2016年12月08日

年の瀬、短歌十首(死者を偲ぶ街)


年の瀬、短歌十首(死者を偲ぶ街)

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母死して一年すぎむ冬の陽の没りて余光や田舎の暮れぬ

その一生忙しく終ゆ師走にそ死ぬはふさわし母なりしかな

我が姉と母とのここに安らかにあれと祈りつ年の終えなむ

我が庭にねじこむ石に広き葉の散りて重なる今日も来る女

この家の庭に石置き冬となり椿の映えて我が日々通る

年の瀬に老人一人また死にぬこの街に生きし女やしのびけるかな

街中に死者は眠りぬこの道を今日も行きにつ年も暮れなむ

駅により誰かよりなむ淋しきや冬の薔薇咲く田舎町かな

駅前の自転車やかな営みのここにつづきて冬に入るかな

美しきわたりの鴨や来たりけり冬の鴎も飛び来る街

夜の霧深くもおおい街の灯や芒のしげりともしきかな


何か母が死んで一周忌が12日だけど不思議な感じになる、姉と母とは60年間も一緒にいただから二人が死んだということが自分にとってどういうことなのかまだわからない
死者が何なのかということはこうして親しい人が死んでみないと実感としてわからない
最近やはり近くで自分の親のような親しかった女性が死んだ、するとそれも何か身近に感じた。
死者とは全く骨となり灰となり何もなくなるのか?
現実は物理的物質的には科学的にみればそうである。唯物論的にはそうなる。

でも死者はやはり存在し続けるという感覚をもつのも人間は単なる物質的な存在ではないからである。そうでなければ死者をいつまでも偲んだり墓参りしたりしないからである。その体は消えてもなにか霊魂なのかなにかわからないが残っていると感じる
その死者を過剰に思いよせたことにより日本の仏教があった。
死者の供養のための仏教と化したのである。仏教はシャカの教えは死者にそんなに重きを置かないからである。
死者を通じての共同性として檀家が生まれたのである。
それはそれなりの村の共同性だった。
ただ戒名であれそれは仏教とは何の関係もない、別にそんなことで救われることも成仏することもない、それは日本的習性となっただけである。

ただ死者を偲ぶということはやはり死者とのつながりを持続させることであるから悪いことではない、国家が「記憶の共同体」だというときまさにそれは故郷というときそういうものがありもともとは村とかから国になった。おくにはどこですかというとき国はもともと小さな村のようなものだったからである。
そこに記憶の共同体としてあったのである。
それを感じたのは自分の家族が死んだことと近くの人が死んだことで感じたのである。

そして墓はすぐ近くにあり毎日墓の前う通っているから自分の場合は死者と親しいともなる、田舎というとき死者が眠るにふさわしい、都会だと騒々しいし死者も安らかに眠れないともなる、人間の感覚はやはり小さい狭い範囲だと理屈なしで一体化する
一万くらいの街だと何もないが何かそこは人間的な場所になる

自分は介護になってから10年間この近辺を行ったり来たりしているだけになったのであるそれでも見るべきものがある、田舎には季節の変化がある、都会では季節の変化が感じにくいのである。
社会を知るというとき小さな世界、田舎のようなところで考えるとわかりやすくなる
東京のような所ではもう混沌として何も考えこともできなくなる、人間はそこで主体性を喪失する、巨大な大都会の歯車と化してしまうのである。
そこでは死者を偲ぶということもしにくい、常に騒々しい今しかない、死者はそこで忘れられるのである。
だから死者を偲ぶのには田舎いいなと思った。
でも死者を偲ぶにしてもその街で生きていたということがなければ死者となっても偲ばれないともなる
それで東京から介護のために移住させるのは何か不自然であり田舎の人も抵抗がある
それは金では解決しない、何でもすべて金では解決しないのである。

原発事故で避難させられた人たちがそうした自分のアイディンティティの場所から切り離されたことが意外と大きな痛手だったことが外から見てわかりにくい
なぜなら墓も先祖も精神的に以前として結ばれていた場所だったのである。
そういう場所を新たに作ることは老人ならできないからである。
そこで小高の老婆は小さな家を新しく建てて住むというのもわかるのである。

自分の家の庭の石はねじこむ石となる、一人の年配の女性が何かとねじこんで入りこんだとなる、その女性は毎日来ている、仕事は5分くらいでありただ毎日来ているというだけである。それでも誰も来ないよりはいいとなる
何か一人になるとこれもまた新たな経験であり心境になる、なんか一人暮らしというのは今まで経験しないことだった。
介護でも母がいたのだから一人ではなかった。だから淋しいということもなかった。
家にはやはり以前として家族がいるという感じだったのである。
それで妻を亡くした人がしきりに介護する人でも家にいればいいと言うのもある程度はわかった。
がらんとした大きな家にいるのが何か不自然であり淋しいとなるからだ。


補足

俳句と短歌ではやはり短歌は生き延びるが俳句はむすかしいかもしれない、俳句はあまりにも短すぎるのである。
でも俳句でつちかった季語は日本の文化から消えることはない、
今回も本当は冬椿とか冬薔薇というとき短歌にすると冬の椿になり冬の薔薇になる。
俳句の方が簡潔に表現できる。でも何か表現しきれないものが俳句にでてきているから俳句はだんだん消失するかもしれない

石の庭ここ日々通り冬椿

この家の庭に石置き冬となり椿の映えて我が日々通る

これは同じものでも俳句になると簡潔になるのである。
つまり季語が冬椿がひきしめる役割を果す、冬椿からイメージするものがすでにできあがっているからである。

the setting stone

in the garden

red camellia japonica

そこはa stone ではなく新しい家でもthe stoneになっている、要するに家とに我があると定着するという感じになる、アパートとか復興住宅でも庭がないと定着するという感じを受けない、復興団地でもそうである。
おそらく家と庭があると大地に根付いたという感覚になるからかもしれない。




2016年12月07日

アメリカの国の成り立ち (トランプがメキシコに壁を作るは万里長城とにている)


アメリカの国の成り立ち

(トランプがメキシコに壁を作るは万里長城とにている)


牧場経営というのは 
治外法権の行使なんだよ 

移動保安官がいつ来るか分からないから 
俺たちが法律だ!みたいな意識が醸成される 

理性よりも恐怖が支配的なのが北部13州 


アメリカというとき国の成り立ちが他の国とはまるで違う、なぜ未だに銃にこだわり個々人が銃をもっているのか?
それがその国の成り立ちでそうなっている。
それは西部劇にあるようにアリリカは「荒野のガンマン」だったのである。
荒寥とした西部の広大な土地に牧場をもつとしてもそこには守る人がいない
それで良く西部劇で保安官がいてもそれだけでは守り得ないから住民が一体となって敵と戦うのである。そこには守る警察組織もなかったのである。
それで広大な牧場をもっていても自営するほかない
そしてそこに入ってくるのは見知らぬ人であり常に警戒していなければならない、常に銃を携帯して油断できない、これがアメリカ人のアイディンティティを作っている
日本だったら相当に古い時代から村があり何かそこで守られているものがあり治外法権の場がほとんどなかったろう。
侍は確かに刀をもっていたとしてもそれは一部であり全員ではなかった。
アメリカでは全員が銃をもっていないと暮らしていけない社会だった。
こういう社会に生きることは絶えず恐怖の中に生きていることになる
そして移民社会であり見知らぬ人が絶えず移民として流入してくればその人たちも信用できない敵と化しやすいのである。

そしてなぜメキシコ国境に移民が入らないようにするため壁を築くというトランプの主張がでてきたのか?
それはメキシコから流入する労働者が増大してアメリカの白人のアイディンティティとかが破壊される、オハイオの女性はメキシコ人と接してすスペイン語をしゃべるのに苦慮しているという。英語も通じない人たちが膨大に流入してきている
何か人間の共同の核として言葉がある。その言葉が通じないとなると意志疎通が困難になる。そこに誤解が生まれ争いになりやすい。
国はやはり日本でもどこでもそうだが建国した指導的階層が最初はいる。
それは別に階級制として支配したとかならない、そういうエリートがいないから国も作れないしありえないからだ。
だからアメリカの最初の建国者は英国系であり英語を話す人たちだったとなる。
そういうもともとの開拓者として入ってきた白人が今やメキシコから入ってくるヒスパニックの人たちに浸食されてゆく

だからトランプがメキシコに壁を作るというときそういう危機感が生まれたからである。中国でも古い時代から万里長城を築いたように絶えず異民族の侵入になやまされてきたからこそである。
それは地理的に陸続きだということが大きな影響をもたらした。
それがアメリカで今起きているのである。
最大の課題は陸続きのメキシコとか南米諸国との関係でありそこにアメリカのエネルギーはこれからそそがれてゆくからそういう時代だからトランプが生まれた必然性がある

メキシコ人の帰化率はすべての移民集団のなかで最も低い、ハンティトンは国家は「記憶された共同体」だと延べている、メキシコ系アメリカ人はアメリカの人口の12・5パーセントをしめその大部分が南西部のメキシコに隣接する地域に集中している
彼らはアメリカ史上はじめて国民の歴史的記憶を修正しつつある。
「地政学の逆襲ーロバート、D・カブラン)

個々人でも人間が最後は記憶になる。記憶されたことが人生なのである。それは国とか民族になっても同じである。過去の記憶を共有することが共同体でありそれが国家であり民族である。日本人だったら二千年の歴史があり記憶を共有している共同体だとなる。
それは最近近くで死んだ三人の大正生まれの女性のことをうを語った。
自分の母親もいて三人はいつも自分の店にきたりしていたのである。
それで最近同級の息子が残されて供養に行った。そこに記憶を共有するものとしての連帯を感じたのである。
つまり村というものも一代ではなりたたない、何代も積み重ねてきた歴史がある
そういう共同性が失われたとき、原発事故のようにその土地に住めなくなったときどうなるのか?それはアイディンティティの喪失になり精神的に意外と深刻なのである。

例えばシリアとかでも難民化して他国に移住するときそこでアイディンティティをもつことは時間がかかる、第一もうそういうアイディンティティをもつことを拒否してイスラム社会のアイディンティティにこだわりその国の歴史を無視する
それは今アメリカのメキシコ人がそうなっているからアメリカでは万里長城を築くとトランプが言っているのだ

地政学的な見方としてはアメリカは有利だった、陸続きではない、島国のようになっていて陸続きの中国とか他の国とは違い対立をまねがれていたのである。
現実にロシアがあるとしてヨーロッパは陸続きなるが故に古来から異民族の侵入になやまされてきたのである。その継続としてロシアがある。
そういう地政学的なものからは人間は逃れられない宿命になっているのだ。
人間はものを考えるときでも自分の住んでいる場所がそこが田舎であっても中心として考えるのである。
福島県でも会津と中通りと浜通りとあるとき会津は会津一国として昔からあっり考える
歴史を理解するのには地理の理解が欠かせないのである。
だからあらゆる学問の基礎に地理がある。それで地歴となったのである。

自分が日本はくまなく旅したが外国はしたのはしたがとても外国となると地球となると広すぎるからできなかった。地球を知るとなるとこれは時間がかかる、とても百年くらい生きてもわんかりえようがないのである。
川を知らないと外国は理解できないと書いたがまさにそれが地理だからである。
アメリカは地理的に有利な立場に今まではあった。
陸続きで他国からの侵入がないということである。それが今メキシコからの移民で苦しんでいる、それは陸続きの大国が歴史的に経験してきたことである。
それが万里長城を作ったからである。その歴史の再来がトランプの壁を作るということであり歴史はくりかえすということにもなる
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2016年12月06日

森は一つの命(one rolling life)(詩) (自然から離れた文明が文化を喪失させ非人間化した)


森は一つの命(one rolling life)(詩)

(自然から離れた文明が文化を喪失させ非人間化した)

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 村々にもその土地に根付いて個性がある。


雨の日も
風の日も
雪の日も
寒き日も
暑き日も
森の樹々は
深い沈黙に
物言わず立っていた
静かに日のさして
森は神殿となり
静かに日のさして
ゴシックの大聖堂となる
大地に根付いてその長き日
命をともにした樹々
一本の樹々は老いて
遂に森に倒れふしぬ
その時もの言わずとも
そこに長くあった樹々は
その樹を見守っていた
その樹はしばらくは
森に倒れ木としてあった
命はまだ朽ちないように
やがてその樹は再び
森の栄養分となり
その土に還る
その時すでに新しい芽が
その森に芽生えている
森は一つの命
めぐる命
めぐみはめぐる
雨の日も
風の日も
雪の日も
寒き日も
森に静かに共に絶えて立つ

the silenced trees
stately trees
solomn trees

one by one

deep rooted ones
in the earth


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文化というときそもそも国が民族が文化共同体なのである。歴史のある国はみなそうである。ただアメリカのような国は文化共同体が形成されない、歴史が浅いからである。
そのアイディンティティが形成されていない、だから国自体が意外と脆弱であり分裂の危機もありうる。英語すら今も通じないという社会になっているからである。
どこの国でもその国の言葉をもっているというときまさにそれが文化共同体の基盤なのである。
文化共同体とまた政治共同体経済共同体は別な面がある。
グローバル経済というときこれは文化とは関係なく世界を結ぶということで問題が起きたモノ、ヒトを自由に流通させるということだがそれはそれぞれの育んだ文化を無視するものだったのである。

グローバル経済がどこから生れたかというとマルクス主義も資本主義も同根だというとき文化を無視するからそうなる、中国の文化革命が文化革命ではなく過去の歴史的遺産を破壊したのはなぜか?共産主義もグローバル経済なのである。
なぜなら理念国家であり過去の文化を無視する、世界のプロレタリア-トを団結せよというときそこに民族というのはないからである。
だから共産主義もそれぞれの文化を破壊するのである。
そこで人間を規定するものは民族とかが育んだ文化ではないからだ。

グローバル経済は技術の進歩で空間の障壁が克服されたからである。航空機で世界中を行けるということもそうである。
でもその空間にしてもそこに実際は文化という問題が生れる
なぜ文化とか歴史が簡単に空間を越えて旅してもりかいしにくいのか?
それは文化がその土地と一体となって時間の中で形成されたからである。
ヨーロッパでもローマ帝国時代から二千年とか歴史があり文化が形成されてきた。
それをちょっと旅したくらいではわかりえようがないのである。

では全く文化というのが理解できないのかというとそうでもない、文化とはその土地から自然から生れものでありその自然ということで共通性がある。
もちろん宗教となると一神教は自然と関係ないとかいうがこれも砂漠という自然を通じて会得した宗教となると関係している
つまり自然は都会から生れない、神道でも仏教でもイスラム教でもキリスト教でも自然をベースにして生れたものなのである。
だから現代は何か宗教というと都会化して政治化して経済化して科学化さえしている
そういう宗教もある。自然から離れたものでありそれがすべてカルト化しているのであるそれは政治化した経済的価値のみを追求する本来の宗教とはにてもにつかないものなのである。その文明化した都会の宗教だからそうなったのである。

だから山岳宗教などが何か迷信的だとか非科学的だとかされるが自然と通じて力を得るというときやはり宗教の伝統を受け継いでいる、今の宗教は自然から離れた宗教である。
政治と経済のことしかないのである。創価はその極端化したものだがあらゆる宗教が本来の宗教ではない、政治化した経済化した大衆宗教である。
だから平安仏教も貴族の仏教だとか批判されるが文化を創造したし鎌倉仏教も文化を創造した。現代の自然から離れたカルト仏教からは文化は創造されないのである。

それはヨーロッパでもそうである。ゴシック建築の石の大聖堂はゲルマンのドイツの森を型どったものであり荘厳なものである。それは森というのがその時ドイツの大地をおおっていたからできたのである。ドイツの自然から形成されたものなのである。
ドイツの大地から形成された文化というとき音楽もそうである。
ドイツの森が何かそうした精神性を与えたのである。

現代文明はあらゆるものが自然から乖離した。その時起こったことは人間の非人間化である。人間も生物の一種であるとき自然と離れてはその生命もないのである。
でも東京などを見ればわかるようにそこに自然はない、人工的機械的空間となっている
自分が詩にしたような森などもない、高層ビルを見上げてただ人間が蟻のように這いずり回っているだけである。
そういう文明人間はデンデラ野のことで指摘したように人間が最後チューブに人間とされ延命治療で地獄を作り出している、それも文明という非人間化だったのである。
それならデンデラ野の方が何か人間的だとみる、それは自然村として人間の自然な在り方があったということにもなる

そして森が一つの命というときそこには生命の循環がある。人工的都会の空間にはそういうものはない、一つの機械の部品のように生は終えるのである。
人間の生の充実はそもそも自然を離れてはありえない、国でも自然国家として生れた。
なぜならヤマトというとき山の戸口の意味でありそこは神聖な場所であり山を御神体とする宗教が日本にあったからである。つまり自然信仰が最初にあり国が形成されたともなるのである。

いづれにしろグローバル経済は空間の障壁が技術的進歩で克服できたが以前として文化の障壁は簡単に克服できない、それは時間軸で成り立っているからである。
そういう時間軸で形成された文化が消失するとき非人間化されるのである。
空間でもその空間を文化として体現するのは容易ではない、確かに電車であれ車であれ空間を猛スピードでつきぬけてゆくことはできる
でもその中で生の充実は得られない、今の旅はただ空間を移動しているだけである。
とても芭蕉のうような俳句が生れえようがないのである。新幹線で二時間でちょっとで平泉についたというときその間の時間軸で形成された文化ははぶかれているのである。


周防(すは)なる磐国山(いはくにやま)を越えむ日は手向(たむけ)よくせよ荒(あら)しその道

右の一首は、小典山口忌寸若麿(せうてんやまぐちのいみきわかまろ)

畏怖すべき境界である。旅人の通過を妨げる荒ぶる神の説話は風土記に多くみられる。そして、そのような場所そのものが「たむけ」と言われ、後に「たふげ(峠)」に転じたと考えられている(『代匠記』

空間でもこうして何か文化的なものとしてとらえていたのである。つまり技術の進歩はそういう文化的なものを常に無視するのである。
森が循環する一つの命だというときそれも無視される、放射性物質は毒となりプルトニウムだと二万年消えないとか循環しない物質なのである。
文明とは技(わざ)が災い(わざわい)となってきたのはプロメテウスが神から火を盗んだときからはじまっていたのである。
だから何かソーラパネルでも風力発電でも結局自然破壊することはトータルで同じだという、シリコンとか何かソーラーパネルの材料は廃棄すると毒になる
森のように一つの命として循環しないのである。
人間の共同性とかでも自然から作られる共同性が今はない、そこで不自然となり非人間化してゆく、だからこれからの問題は政治経済ではなくその国々の地域地域の自然を見直して共生して文化の再創造を志向することである。
地域地域というとき地域の中にも地域がある、村がその最小単位だった。
村々にもその地域に根ざして個性があったのである。
そういうもの自然共同体から生れた村々を都会からは限界集落として効率が悪いから消失しろとなる、それもインフラなどに膨大な金が今はかかるからそれが税負担となるからそういわれるのである

いづれにしろ矛盾なのは田舎には東京で原発を作らせまた東京の老人を介護のために田舎に移住させるとか何かそういうのも非人間的になるのは文明のためなのである。
もちろん田舎でも文明の恩恵は受けている、ただいろいろ原発事故であれ限界集落であれ老人問題であれグローバル経済でもそうしたものの矛盾が限界に達している
それで世界でもグローバル経済に反対するとかで変わりつつある。
それは人間の非自然化が非人間化になってるからである。


タグ:森の詩
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2016年12月05日

デンデラ野の現代的意味 (そこが不幸だったのかどうかわからない)


デンデラ野の現代的意味


(そこが不幸だったのかどうかわからない)


「六十を超えたる老人はすべてこの蓮台野に追い遣るの習ありき」。つまり、口減らしのため高齢者を追放した場所だった。「いたずらに死んで了うこともならぬ故に、日中は里へ下り農作して口を糊したり」。お年寄りたちは身を寄せ合い、わずかな耕地で自給自足しながら死期を待ったのだ。

デンデラ野といいうときなぜかうば捨て山のイメージになる。
ただこれも昔のことになると常に誤解が生じる、現代からイメージするからそうなる。
飽食の時代に昔のことがイメージできなくなる、食料も満足に得られない時代に、口減らしは別に間引きとか生れる子供にも行われていた。
食料が限られていればそうならざるをえない。だからそれが残酷だとはならない
そうする方でもぎりぎりでそうなっているからである。

ここでの老人はそういう生活が厳しいためにそうなったのでありそれが子供が残酷だとはならない、それをわきまえてそういう風習が自然と生れたのである。
ではこのことが全く不幸であり残酷だったのかというと現代からイメージするからそうなる
現代の延命治療の方が残酷だともみる、生き地獄を経験させられているからだ。
豊かさの中でかえって人は地獄を経験する、そういうことも人間社会にはある
だから常に人の幸不幸は計れないのである。

お年寄りたちは身を寄せ合い、わずかな耕地で自給自足しながら死期を待ったのだ

こういうことができたのはそういう共同体の中で暮らしていたからである。
日々暮らしをともにしたから自然と最後も仲間と一緒に暮らしたのである。
そうした人のつながりは簡単にはできない
農家が三代で農家と認められるというときそれだけの時間がかかって仲間としで受け入れられるということである。
自分の家のことでも二代目にしろ店をやっていたとき良くきていた人が大正生れの人が自分の母親をふくめ三人死んだ。その親の代からの人のつながりが生れる
ただこれもみんながうまくいくとはならない、人にもいろいろいるからだ。
ただ人のつながりは一代くらいではなかなかできないということもある
街内は農家と違って代々住んでいる人は少ないから余計にそうなる

このことで示唆しているのは老人自体が何を思ったかというと
子供たちに迷惑をかけてはいけないということがあった。
それは生活が厳しいからそうなった。食い扶持を確保できないから自ら自給自足しようとしていた。子供たちに頼らないようにして最後を迎えようとしていたのである。
これを現代と比べるといかに今は老人があらゆる面で医療であり介護であり若い世代に負担させているので老人は早く死ねと若い人たちに言われるのである。
それはまた現代が豊かになっここともあるがそれでも若い世代の負担に老人がなっている

でんでら野では医療も介護サービスもなにもない、食料さえ援助がない、自分たちでまかない仲間とともにあって死期を迎えたとなる
ただそれが不幸かとなるとまたわからない、そこには仲間がいたということが慰めになるそういうことができたのはその村での暮らしの継続がありできたのである。
だから都会から老人を田舎に移すということを批判する人がいるものわかる。
全然知らない老人が田舎に押し寄せてもとまどうし第一それだけの世話する人材もいないのである。
田舎に都会の老人をまかせる、捨てるともなるのかとなる。でもその人たちはもともと田舎に暮らしをともにした人たちではないのである。
だからこれも何か不自然でありやっかいものを田舎にまかせて捨てるという感覚になる
これはいくら都会の人たちが金があってもやってくれるわけではないのである。

何か原発事故でも補償金でもめたけどなぜ船主などが漁業権などを東電に売り渡して多額の補償金を事故前も事故後もさらに手厚くもら立派な家を建てていることに回りのものが不満になる、避難区域の人たちもいわきではいやがらせまでになった。
それは世の中なんでもすべて金になっても金では解決できないからそうなっている
まず人間のつながりは時間がかかり一代だけではできないとかなる
デンデラ野でともに老人が身を寄せないとか助け合い暮らしたのはそういう暮らしの継続としてあったからできた

ともかく何か老人問題というとき人間は結婚して子供をもち家族をもつ、ところが子育ても終わり夫婦だけになるとか夫婦でも夫が妻が死ぬと一人になる
自分も親が死んで一人になりまた切実に一人暮らしで求めているのは実はまた新しい共同なのである。
家族がいないということはそれに代わるものを求めることになる
それが村とかの共同体にはあったが現代ではないからそこに孤独死とかの問題が起きる
デンデラ野では医療も介護もないが仲間がいて看取るということがあった。
孤独死はなかったともなる、だから時代によって幸不幸はわからないのである。
そしてなぜ葛尾村とかではあんな不便な所なのに帰るという人が多いという。
そこはやはり飯館村と同じように人とのつながりが濃いからかもしれない、小高は別に放射線量など高くないのに帰る人が少ないというのはなぜなのか?
人とのつながりがそれほどなかったからなのか?何かこれも考えさせられる

意外と老人とか一人暮らしでもそうだが金も大事だが人とのつながりが大事になる。
なんか夫婦でいて妻が死んで何か事件を起こした老人がいた。
ゴミ屋敷とか猫屋敷とかなるのも一人暮らしもそうである。
何か一人暮らしには問題が起きやすいのである。
一人暮らしというのは親が死んでわかったが何か新たな共同性を求めるのである。
それは家族でもない、夫婦でもない、つまりデンデラ野のように老人だけが集まりそこでともに暮らすというのは今は老人ホームになっているがそれとにている
そこが家族ではないにしろそういう機能をもっているし期待されている
デンデラ野というとき何か今からするとマイナスイメージになるが現代にも通じるものがある。
ただ老人ホームとかのその形態が変わったのである。何でも今あったことは昔もあった。ただ形態とかが変わっただけなのである。
老人ホームで若い人の世話になることは何か本当は後ろめたいこことなのかもしれない
デンデラ野では生活条件の厳しさからそうさせられたがそれが現代でも何か老人問題で示唆するものがある。
だから何でも現代的な問題でも歴史的に考察する必要がある
人間そのものは変わらないということがあるからだ。

タグ:デンデラ野
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2016年12月04日

一枚の木の葉(詩) (都会と田舎の相違ー土地と密着した記憶の場が田舎)


一枚の木の葉(詩)

(都会と田舎の相違ー土地と密着した記憶の場が田舎)

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一枚の木の葉

この道にゆくりなく
夕べ散りにし
木の葉一枚あわれ
なれ親しみ細き道かな
五本松の二本枯れてなし
その二本の松なお我が心にあれ
その道を我が去りゆくも
我が心に一枚の木の葉残りぬ


五本松のあるところから迂回した道はいつも自転車で行っている。
六号線に五本松があるが六号線は車が多くて情緒がない、今は国道とか高速は早いのだが記憶に残る道ではない、それはただ通過してゆくだけの道である。

何度も言うが現代とは何かいろいろなことが人生でも記憶されないことが多いのである。旅でもそのことを書いた。便利すぎて記憶されなのである。
でも人生をふりかえると記憶がいかに大事になるかである。
記憶そのものが人生になる。何がきおくされたかが人生なのである。

最近一人の近くの老人が95才で死んだ。その人は自分の家で店をしてたときもまたそのあともきていた。90才のときも自分の家に来ていたのである。
そして思いだすのはやはり近くの人で世話になった老人だった。
その女性のことは前も書いた。
自分の母親とその二人の女性はいつも自分の家に来ていたのである。
その三人とも死んだ。でも何かその三人がここにいるような気がする
記憶としてその三人が一緒にいたことが残っている

それは相馬市の道の駅にある五本松ともにている、いつも五本松はあった。
しかし二本は枯れて切られた、でも以前として記憶の中に二本の松はある。
人間も何かこの五本松とにているのだ。
あるところに長くいるとそれが奥深い心の中で記憶となり定着するのである。

一方で都会などではただ騒々しく記憶に遺りにくいのである。
だから原発事故で避難した人たちはそういう故郷で住んだ記憶が奪われたことが意外と深刻なのである。新しい場所でまた記憶を作ることはむずかしいからである。
こういう精神的損害が大きかったことは意外と外から見てわからないのである。
それは補償金でも補いえない損失だったのである。
あれだけ補償金もらったんだからかえって得だったという人も外からは見える
でもそれは金で補えないものだった。
だからといって補償金問題はまた別な問題としてある。

とにかく故郷とか田舎は人生を記憶される場所だったのである。

仕事,職;役目;地位,身分;((one's 〜))立場
get a place in a law firm
法律事務所に就職する

fall into placeとは

正しい場所に収まる、うまく収まる、つじつまが合う、ぴったりする

in placeとは

決まった場所に、適当で、適切で

当然あるべき所に(←→out of place)
I found everything in place.

すべての物があるべきところにあった

the placed memory

the pressed memory

the impressed memory

となる




placeはまたpressと通じている、刻印するとかとなり記憶するともなる
場所があり記憶される所が故郷であり田舎なのである。
それは自然の事物でもそうであり人間もそうである。
三人の老女が死んでその三人が石のようにもなる
そういう記憶された場所が故郷であり田舎なのである。
それは都会では得られないことなのである。
それよりそうして作られた記憶はもう一度作り得ようがないのである。
だから老人は記憶に生きているのである。

遂に認知症になと千回も昔のことを語りつづける、今は記憶されないで過去の記憶にまさに生きている、生きたとはその記憶のことだからである。
戦争で苦しんだことを延々と語りつづけて死んだのはそのことが人生でもあったとなる
それは別に田舎のことではないシンガポールとか戦地のことだったがそれがいつまでも記憶として残って忘れられなかったのである。
だから人生とは何が記憶して残されるるかが大事になる
若いときの不品行も記憶として残されるし消えないから怖いのである。
例え別に警察につかまるとかつかまらないとかではない、その心に刻印されるから怖いのである。

タグ:木の葉の詩

2016年12月03日

栃窪から真野ダムへ(冬景色俳句)

栃窪から真野ダムへ(冬景色俳句)


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栃窪に松一本や冬菜かな

前畑に冬菜や蔵の二つかな

栃窪の奥や墓あり残る菊

栃窪の奥に晩菊蔵ある家

川上や巌に枯木水の音

冬の雲ダム湖に写り山の影


川上や木の葉吹き散り枯木かな巌の固くここにとどまる


栃窪で変わったことは高速道路ができてその下を通って行くことである。
この高速道路は結構この辺で影響しているのかもしれない。
まだできたばかりであり車がないからわからないが何か影響している
仙台の会社でユニットバスを作ったのは高速で近くなったからである。
東京方面などからも来やすいということはあるかもしれない。

松一本があり冬菜畑がある。網で囲っているのはイノシシとかキジに荒らされるからだろう。何か田んぼがほりおこされているのはイノシシなのだろう。
イノシシがこの辺では増えたかからである。

ひさしぶりで真野ダムへ行った、紅葉は散って枯木になっていた。
最近木枯らしが三回くらい吹いてその時散ったのだろう。
冬が早くきたというか季節感が狂った、師走だから冬ではある。
でも今日はまたあたたかった。今年は温暖の差がはげしいのである。

栃窪というとき上栃窪となると奥になり感覚的に違ってくる
田舎はいろいろな村があることで変化がある。
そういう村が限界集落とかなって消えてゆくと淋しい
ただ村でも街とつながったり隣の大きな街とつながったりしていると
限界集落にはなりにくい、車があるから買い物でもできるからである。
飯館村となると孤立して遠い感覚になるからまた違っている

真野川でも写真とっていた人がいた。前もあのダム湖で写真をとる人がいた。
あの辺は絵になる所なのである。
霊山まで行こうとしたが時間がなかった。自転車だと簡単には行けない
でもロードで若い人がすいすいと上ってゆくのはうらやましかった。
歩かないと上れないからである。
ヤハマのロードの電動自転車は馬力がなくて坂は上れなかった。
だからあまり厄にたたないということもあった。

とにかく何か最近遠くに行けないのである。何かと用がある、家を一人で切り盛りすることが以前として結構な仕事となっているのである。
仙台に行ったのも今年は一回しかなかったし旅行もしていないのである。
ほとんど近辺ですごしているのである。

タグ:冬菜

団塊の世代が介護難民化する深刻 (誰も負担しきれない介護の重圧)



団塊の世代が介護難民化する深刻


(誰も負担しきれない介護の重圧)


近くの自分の家で店をしていたとき良く来ていた女性が95歳で死んだ。
その人は90歳までまっすぐ立っていた。自分の母は90度に腰が曲がっていた。
腰が曲がるとき苦しんで死にたいと言っていた、相当に腰が曲がる時痛いし苦しむのである。でもその後も20年くらいか腰が曲がったまま普通に生活していたのである。

今回死んだ老人は腰が曲がることがなかった。それで89歳でこの辺が原発事故で避難したとき一緒に避難したという、その時は丈夫だった。
しかし90歳からか91歳なのか介護状態になり95歳で死んだ。

そして驚いたのはその同級の息子が脳梗塞がひどくなりやっと歩く状態だったのである。筋肉が柔らかくなり弱くなって歩けないという、それでも車をなんとか運転している
運転しないと一人暗しだから買物もできないという、今は買物できないともう生きていけない、買物できる内は弁当でも食べてなんとか生きることはできるからだ。

その人の状態を見たらこの前コンビニまで車できて這って歩いて買物していた人を思い出した。その人はヘンスに車をぶつけて事故を起こした。
その家は蔦がはい二階は住めないような状態だった。
その人も一人暮らしだった。

ともかくあんな状態で母親も介護していたのは驚いた。ただ救われたのは弟がいて隣の街から来ていた、今も来ている、自分の場合は誰も助けるものがいなかった。
ただ弱みにつけこまれて責められただけだったのである。
その弟にしろ一週間に一回しかきていないという,あの状態で自分で買物から料理までできるのかというように見た。歩くのやっとだし起き上がるのも辛いのである。
もう実際は介護状態なのである。でも誰も支えるもものがいない一人暮らしなのである。いづれは誰かが介護せざるをえない、おそらく簡単に福祉で世話する訳にはいかないから弟がめんどうみさせられるかもしれない、農協で見に来ているがもう介護状態なのであるでも介護する人がいない、何かそういう人が増えてくる

問題は団塊の世代がすでに病気とか介護状態の人が増えてくることで75歳以上になると深刻になることが憂慮されている、たいがい60以上になると何かしら病気がでてくるのである。自分も病気になったし同級でもすでに死んだり脳出血になった人もいる。
だから75歳になると急速にそういう人が増えてくる,そしてもう介護する余裕が国にも家族にもどこでもなくなっているのだ。
金でなんとかしろというけど施設に入ると20万以上かかる
隣の人は買物を頼んでいたができなくなりいわきの施設に入った。
それはそれだけの金を息子とかが出したからである。
それだけの年金とか金をもっている人は今はわずかなのである。

自分がその人を心配していたのはその人の親と自分の親が店をしていたとき良くきていたしいい人だったからである。もう一人も前に書いたが姉が認知症になったとき世話になったこの人もいい人だった。
だから死んだ三人のことを思い出すのである。
それは親の代からのつながりでありそうなった。
人間のつながりはなかなか簡単にはできない、やはり親の代からのようにつながりが今になると大事だったなと思う

地域のつながりもそいうことがあるからユニットバスでも仙台の業者には本当は頼むべきではなかった。今回はいろいろ事情がありできなかった
なぜなら畳屋がいてその人も病気になりすでに十年介護しているとかなるとその人のことを思うからである。
自分の家の畳を作ってくれた人として今になってもつながりを感じていたのである。
それは自分の家で店をしていたときのことを今思い出しているのと同じである。
そういう地域のつながりがありそれが何かこういうふうに苦しい介護とかなると隣近所で助け合うともなる

ただ実際問題として介護はこれは助けるにしても重度になったら無理である。買物手伝うにしても手間になる、だから隣の人は施設に入ったのである。
では施設に入らない人はどうなるのか?特養などとても入れないとなるとどうなるのか
結局コンビニに車で買物に来て這って歩いていた人のようになり事故を起こした人のようになる
そのあとはどうなったかしらないがもう一人では生活できないのである。
そういう恐怖が一人暮らしにはある、自分も経験しているからわかるのだ。

これはここだけの問題ではない、全国的に起きてくるしすでに起きている問題である。
介護は平均的には五年はかかる十年だってざらにいる
その重圧は大きいのである。

それを誰が負担するのか?

本当は家族でも地域でも国でも協力しないとできない問題である。でももう団塊の世代はそうなると数も多いから放置される、野垂れ死にしろとなる、そういう兆候がすでに出ているのである。
なぜこの辺で原発事故で避難区域になったところが復興できないかというと公務員でも人手たりない、公務員が激務になってやめたいともなっているしもうつづけられないとなっているからだ。若い人も流出して老人だけが取り残されているのである。
そんなところで復興はできないとなる

いづれにしろこの介護の問題は自分だけではない、みんなにふりかかってくる問題だったのである。自分は病気も直ったし元気であるがいづれどうなるかわからないから自分のことでもある。一人暮らしは本当に現代のような時代が生き地獄になる。
ただ金しか求めなない時代である。金がないなら野垂れ死にしろともなる時代である。
また金があっても介護する人が金目あてでくれば盗られてしまう、そのことが自分も経験している

ともかく団塊の世代が七五歳以上になると本当にあちらこちらで放置されて死んでゆく老人が目立って増えるかもしれない,助けようがないとなる。
車で買物に這ってゆきついには買物もできなくなり食べることもできなくなり野垂れ死にのうよになる。それがどこでも起きる、介護難民というよりもう介護できない、それだけの負担を負えない状態になっているのだ。
だからこの世代は病気になることが最大の不安になるのである。
一人暮らしは特に病気になったらどうにもならなくる恐怖かある。
それを自分は経験しているから恐怖なのである。

タグ:団塊の介護
posted by 老鶯 at 12:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 老人福祉医療問題

2016年12月02日

投資信託はもうからない もうかるのは証券会社と銀行だけ


投資信託はもうからない

もうかるのは証券会社と銀行だけ


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投資信託というとき月々の分配金が定期的に入ってくると思いやる人が多いだろう。
何か安全だという感覚になる、貯金に利子がつくような感覚になる
それが特に外国になると全く違っている、為替の差が大きく作用するしその他にまぶ手数料が高いし為替取引でも外国になると税金がかかるとか何かと差し引かれる金が多いのである。
そしてリスクが株と同じくある。

投資信託はもうかっても損する方が多い

ますごのことは確率的にもまちがいない、もうかったとしても損しなくらいである。
株の方が損失も大きいがもうかる場合がある、分配金といってもこれもいつのまにか元金からひかれていたのである。その報告もなかった、その額も大きかったのである。
売ったり買ったりするのもいちいち即座にできない、手続きがありめんどうになる
そのままにしていたら担当の銀行員が放っておいて大損していた。
カナダの国債はそうだった、USリートはもうかっていたのでそれで穴埋めになった
結局損失を出していた。

投資信託はどうしたってもうからない仕組みになっている、分配金は一カ月いくらであり一年間でも安定しない、常に変動にさらされている
次々にリスクがありかえって株のように一度大儲けしたらやめてまたやるのならいいが
分配金は一カ月に一回でありそれがたまるまで一年とか軽くかかる、その間に必ず変動がある、リスクがあるからどうしてももうからない仕組みになっていることがわかった。

ただアメリカがトランプ大統領になって景気が良くなるとかでアメリカに投資するのは今は時期だというのは本当だろう、みんな言っているからだ。
ただそのあとははわからない、八月までくらいであとはリスクが大きくなる
だから自分はその頃にやめてあとは一切投資にはかかわらない
株とか投資信託でもうかるのは証券会社と銀行だけである。
これはまちがいない、そもそもそういう仕組みになっているからだ。
むしろ株の方がリスクが大きくてももうける人はもうける
投資信託は分配金では一カ月決められた額であり多くはない、それも一年間くらいすると変動してくるからもうからない、だから結局リスクをとることの度合いが大きくなるだけである。

ただ不思議なのはもし自分が投資信託に投資しても損もしなかったとなると実はその分が銀行であれ証券会社であれ金が回っている、金は増えているのである。
それでももし自分が損してその金が回っているなら金自体は増えていないのである。
だから投資は金が増えたということでとにかく金が証券会社であれ銀行であれ回ってゆけばそこに金がたまる、それは悪いことではない、金は減っていないからである。
一方で貯金はそもそも今は全く増えないのである。減りもしないが増えないのである。
実際は利子がつかないと金は実質では目減りしている、物価が上がれば目減りしているのである。
グローバル経済というとき金が世界中を回るということである。
それは血液と同じであり金が回らなければ金も活きてこない
ただもうかるのは一般の素人は確実にもうからない、もうかるのは証券会社であり銀行だけである。

特にグローバル経済ではゴールドマンサックスとかが年収が七〇〇〇万とかなりリーマンショックでもその蓄えた金で影響がなかったといわれる。
つまり巨大なグローバルな証券会社は損することはないのである。それは銀行でも言える投資信託では手数料が大きいから稼ぎが大きいのである。
5000兆の金が世界をめくっている、まわっているというから驚きである。
そういう中に素人が一般人が参加しても小遣い程度もうけたとしてももうからない仕組みになっている
ただ投資信託でも貯金しているより金は増えたり回っているのである。
別に地方銀行でももうければ回り回って地方の経済に貢献するということもありうる
銀行員の月給も高くなるかもしれない、まず地方銀行員は月給も安いのである。

33才独身、地方銀行勤務。年収450万位です。 
総合職だから一般職よりは給料高いけど、飲み会、転勤も多くて、家賃代も出ない(実家が職場の同一勤務内にある)ので、全然貯まらない。 
散々親に金を使わせて、就職も適当に好き勝手やってきた妹が公務員と結婚する。 
真面目にやってきた人間ほど損すると気づいた時には遅すぎた。

田舎では地方銀行がエリートとか公務員と同じだとされていたが今は違うのだろう
高度成長時代とは違うからである。まず利子がつかないとかマイナス金利とか銀行も相当に苦しくなっているからである。

ただ地方銀行が投資信託などに手を出すのは信用を失うリスクがある。
それで信用組合などはしなんというのもわかる、一時は郵便局で投資信託をして損したと騒がれたからである。
そもそも投資信託はこのようにもうからない仕組みになっているのだ。
それを経験してわかったのである。人間何事痛い目にあい経験しないと本当に実感として理解できない、それが社会という生き物なのである。
どんなことしても投資信託ではいくら多額だったとしても素人ではもうからない
それはそういう仕組みになっているからである。
一時期もうけたとしても次は損することになっているのである。

タグ:投資信託
posted by 老鶯 at 12:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会問題の部

2016年12月01日

森の古木、老木(aged trees)


森の古木、老木(aged trees) 


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アイヌの紋様


 

何回も変化させたら古木らしくなった。これも全く意外なものから変化したのである。
樹とはまるで違ったものだった。
これは樹だなと思い老木らしく変えたのである。

紋様はアイヌの着るものとにていた。木の皮をはいで着物にしていた。

厚岸の語源は、アイヌ語のアッケウシイ(アツ=オヒョウニレの樹皮、ケ=はがし、ウシ=いつもする、イ=所)であるという

aged tree of the forest
the crest of the Ainu race:

There is Ainu in minority race Indians living in Japanese Hokkaido
I wear the thing which I made with the peel of a tree of such pattern cutting clothes

Akkeshi in Hokkaido in Japan

The place that tore off the bark

I made clothes with the bark
タグ:抽象画(樹)
posted by 老鶯 at 23:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 抽象画の部(abstract)

abstract picture (rivver)


abstract picture (rivver)

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night river

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city of sea



海の都市というときオランダとかイメージする、何か抽象画でも具象画を具体的に存在するのをイメージしている。
要するにどんなにしても人間は現実に存在する、具象画から離れられない、いくら抽象画でもそうなのである。  


Even the Netherlands or some abstract picture to image what exist in a representational painting concretely at time called the city of the sea.
In brief, a human being is so in the abstract picture which is how much that it is not separated from an existing representational painting practically how.
タグ:abstract river
posted by 老鶯 at 15:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 抽象画の部(abstract)

2016年11月30日

鹿島区の新住宅街に住んでいるのは外部の人たち (大熊や双葉や浪江の人たちらしい)


鹿島区の新住宅街に住んでいるのは外部の人たち

(大熊や双葉や浪江の人たちらしい)

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高級住宅街は庭も広いし家も大きいから5000万では建てられない
一億近くかかっているのもあるかもしれない
2600まんととすると差が歴然としている

2500万の建て売り住宅街はダイユーの近くにできている

 

鹿島区でも原町でもそうだがまず新しい家が次々に建った、鹿島区だけでも何百軒も建った。新しい街がいくつもできた感じである。
まるで住宅の展覧会場になっている、だから毎日その新しい家を見るのが日課になる
みんな家が違っているからである。

ただ不思議なのはどういう人が入っているのか?それが不思議だった。
船主で磯部の人が入っているというのは本当だろう。
これだけ新しい家を建てるとなるとそれなりの金が必要である。
大熊とか双葉とかでは帰れない場所がありそこの補償金は高くなるからだ。
それで小高の人が浪江とでは補償金は五〇〇〇万違うとか言っていた。
その人は小高に家を建てたという、それは母親が小高に住みたいということで小さな平屋を建てたのである。他に小高では家を新築した人がいる
それだけの金が入ってきたこともある。飯館辺りでも新しい倉を建てたとか金が入ってきたので新しく建てた人も結構いる。

ただ金に恵まれたのは船主とかて大熊双葉とか浪江でも帰還できない場所に住んでいた人たちである。その差が五〇〇〇万あるとか噂になるのもそのためである。
要するにこの辺では補償金でずっとどこでももめてきたのである。
それはここだけではない福島県内でもそうであり横浜のような自主避難者まで子供がいじにあったということでもわかるように原発避難者に対する風当たりは強いのである。
このことはあまり公然と口に出せない、だから子供のいじとか陰湿なものとなる。
子供がそうしているではなく横浜なんか関係ないと思っても大人がそういうことを言うから子供がそうなる。
だからこれは全国的な問題なのである。

それが一番具体的に表面化したのがいわきだったのである。なにしろ二万人も移住して新しい家を建てたらとをなるのか?その規模も大きいから目だつ、ここだって立つのである
なんでこんな立派な家が建つのだろとなるからだ。そんなに金をもっていたのかとなるからだ。
海老の人でも右田の人でも烏の人でも津波にあった人たちがみんな船主ではない、だから前から磯部でも回りの人たちが立派な家を建てているから不満だったのである。
漁業権はおおきな権利だからである。もし漁師が反対すれば原発は建てられなかったのである。
そのことはこの辺では自分でもわからなかった、ただ近くの人はそういうことに敏感だからそれを見てねたんでいたのである。

とにかく日本みたいな狭い所に住んでいると隣に蔵がたつと腹がたつ社会である。
自分でも高度成長の早い時期に大きな家を建てたから回りからねたまれた。そのあとはみんな新しい家を建てたからそういうことはなくなった。
この辺で一番はぶりが良かったのは漁業権を原発に売り渡した船主などであった。
田からそういう人は原発あとも手厚い補償金があるから生活に困らないのである。
かえって汚染水の保証とかで補償金が増えたことあるかもしれない。

ただ補償金といってもこれも内部でももめている、だからこの補償金が一番問題だった。第一放射能汚染で細かく区分けしたことである。くそれで隣が多くもらってこっちはもらえないとか三〇キロ圏内でもらってその外はもらえないとか区切られてもたのである。
それより補償金など全くもらえない所の方が多かったのである。
相馬市など放射線量はたいして変わらなくても全くもらえなかったのである。
そこにも原発避難者がいて不満が大きいが表立ってはいわなだけである。
それを言うと「お前は傷口を塩ぬって楽しいか」とか波風がたち補償金をもらった人たちが責めてくる。お前には人間の情もないのかとかなる。

でも南相馬市では同じ相馬藩内でいわきのよヴは今は表立ってはそ不満は現れていない
でも復興住宅とかに福島県内の仮設を出て原町とか鹿島とか移りはじめている
そうすると何かやはりいわきのような軋轢が生まれかもしれない。
ただいわきは規模が大きすぎたのである。でも原町の県営住宅の復興住宅は雲雀が原で五階建てのビルである。それに大熊とか浪江とか外部の人たちが移ってくる
その数が大きいとなると軋轢が生まれるからもしれない、だから今になって原発はとてもそこで建てた双葉であれ大熊であれ富岡であれ狭い範囲の問題ではない、広い範囲で考えねばならない問題だったのである。

いわきでは住民票を移さないでいわきの住民にならないで税金を払わないとか問題になった。南相馬市でもそうなるかもしれない、南相馬市の住民にならないのは補償金をもらえなくなるからそうなる。
ただ浪江などは来年で補償金が打ち切られるとかなりこれも今後の問題になる。働く場が確保できるきかという問題もでてくる。そして最大の問題は復興住宅でも入るのは老人が多いのである。若い人たちは東京に行って就職して帰らないとか仙台の方に行って帰らないというのが多いのである。
取り残されたきは老人であり小高でも飯館村でも浪江でも残るのが老人となるとシルバータウンとか街自体が老人ホームのようになってしまう

原発事故が広域的だいうときそもそも放射線量で区切るのには無理があった。
便宜上、政府の都合でそうしたにすぎない、現実に室原ダムがあり小高ではそこから田んぼのたの水をひいているというときその水は泥となって流れて田んぼに流れるから放射能汚染する。それも大地はつながっているからである。
飯館村が南相馬市とか相馬市と関係ないなどならない、現実に真野ダムの水を利用しているからである。だから放射線量では細分化できないものだったのである。

原発問題を被害者にもなっているから追求してきたけどこの問題は広域的な問題でありその配慮が欠けていた。原発を建てる所有者と県で決められたとかなると信じられないとなる。そんな問題ではなかった。
でも小高で東北電力で原発が建てる計画があり工事が始まると頃だったのである。
そんなこと知らない人が多かった。自分も知らなかったのである。
要するに知らない内に原発が建てられるということである。
それは狭い範囲のこととして処理されるからそうなっていたのである。
小高町と原町市は合併前は別であり原町市で原発に反対だとしてもそれは小高町で決めることだとなってしまう、そういうふうにして大熊とか双葉とか富岡では原発を建てることに外部から文句が言えなかったのである。
そして事故後に今度はみんな避難してきて立派な家を建てたらこれは何なのだろうとなるだろう。
事故前も得して事故後も得している、手厚い補償がある。でも南相馬市でも確かに原発で働いていた人は多いにしろそんなに恩恵があったとはいえない、だからそういう人たちに不満がでてくる
特に相馬市は何ももらっていないから不満が大きくなる

それよりそれが税金で払われるというとき横浜市のような自主避難者にまで回りで見ていていじめになった。それは神奈川県とか横浜の特殊性であると指摘する人もいる。
でも全国的に膨大な原発事故の補償金を税金から払うことに不満な人たちがいるからこそおきることである。
それは内部でもそうだしそのことを考えると軋轢が生じるのも当然だとなる
posted by 老鶯 at 15:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

ことわざは人間の普遍的真理 (損して得をとれ)


ことわざは人間の普遍的真理


(損して得をとれ)

何かこの十年社会経験を積んだ、社会経験が自分にはたりなかった。それで何か自分には欠けていた。
三〇年間くらい社会から離れて生活していたからである。どういうわけかそういう環境にあり社会知らずにすんでいたのである。
ということはあまり社会の悪い面を見ずにすんでいたし悪に染まるということもなかったそれはいい面と悪い面がかならずでてくる
社会と交わらないで生活していると不思議にみんないい人だと思ってしまうのである。
学者の問題は浮世離れになり現実の生活が見えなくなることである。
それ理系の研究者などならかまわないが文系となると社会経験がないの致命的である。
象牙お塔とかで学者は社会の実体験をしていないから浮世離れになり非現実的世界にとじこもることにもなる
何か官僚などでも東大閥とかで法律分野関係が独占してそれが日本をおかしくしているというのもそうである。
大岡裁きとかあるけど裁判などは相当に人間に通じていないとできないだろう。
ただ法律だけでは相手が人間なのだからできない、情がなく理だけではできないのであるだから人生経験が豊かでないとできないということがある。
でも大学からすぐに司法関係に就職すると社会を知らないままに人間を知らないままに専門職となり何か現実社会とはかけはなれた見方をするようにもなる

「法匪」というのもそういうものだろう

匪とは賊に近い意味の言葉で,匪賊という言葉もあります。
昔,中国共産党は赤匪と罵倒されていました。
法匪とは,法律知識を悪用する法曹関係者に対する罵倒語です。

法をたてにして悪さをする、弁護士などもそういうことがある

社会というのは人間そのものが変わらないから諺(ことわざ)に真理がある。
もしこれだけ文明的に進歩したとなれば人間そのものが変わりそんな昔からの諺はすたれているはずだからである。
人間は例え飛行機にのり電車にのり車にのりスマホで通信してパソコンを操っていてもその本質は変わらないから諺は今でも生々しく生きている

今回の銀行の投資信託でもそうだった。

「魚心あれば水心」となる

こういうのは相手がもうかりますよというときそれを聞いている人ももうけたいからそれにのってくる。もし別に自分はもうけたくない、金はこれ以上ふやす必要はない、今あるだけで十分だと思っていればそうした勧誘にはひっかからないのである
だからこそ何か売りつけるとかのときは魚心あれば水心なのである。

こういう諺は長い人間生活の中で誰言うともなく普遍的なものになっていったのである。
「損して得をとれ」

これも何か商売している人たちが長年の経験の積み重ねで納得するものとなった。
商売というのもそれも長年の経験がないと理解できない、商売上手というとき単に人をだまして売りつけるだけではつづかないだろう。
だから大阪や近江商人が有名なのはそういう積み重ねの結果として会得した商売の心得が生れた。それは単にもうけるということだけでは商売がうまくいかないからである。

その人は理系分野ではすぐれていても経営となると商売の要素が大きく入ってくる
その人は最初から絶対損をしてやるものかと身構えてきた。
もちろん借金しているから追い詰められているからそうなったこともあるが
自分が苦しみ病気になっていても介護でもそれを商売にして取引してきたのである。
だからその人はもう絶対損してはいられないという態度で接してきたのである。
何か商売しているうちにそういう態度が身についたのかもしれない、相手が苦しい時がチャンスと取引として商売とて接してきた。
だから「損して得をとれ」などありえない、得することしか頭にないのである。
それで自分は苦しめられたのである。
だから商売で人格が変わってしまったとなる。なぜなら若いときはいい人だったと知り合いがしきりに言っていたからである。
つまり人間はその仕事によって人格が作られるということがある。
だからこそ職人気質とかが生れた、江戸時代だと何か職業でも道徳的には今の社会とは違ってまともなのがほとんどだったのである。
そのことが外国人が日本人を見たとき幸せそうな顔をしていると見たのである。
今の社会は何かブラックなものが多すぎるのである。

いづれにしろ損して得をとれというとき人間は何が損が得かわからない、計算できないのである。損したと思ったことは得に通じるし得したことが損になる
そしてまず人生は損得では計れない、人生をふりかえると損したと思ったことが結局は得だったが得したことが損だったなどということは普通にある、めずらしいことではない
人間はともかく利益あげようあげよう得しよう得しようと必死なっているのが日常である目先の利益に血眼になっている、今利益をあげればいいのだとなっている
でも今の利益が後の損になっているかもしれないのである。
自分が商売のことを言うのはどうかと思うが自分のわずかな経験から言っている。
商売でもつきあいでも損して得をとれということは経験してあるから諺になったのである銀行が株とう投資信託に手をだして一時的には利益を上げることに成功しても将来的にどうなるのか、地域の人々の役にたつ銀行なのか?地銀の役割は何かなのかと問われる

そしてまちがいないのが

「金の切れ目が縁の切れ目」

これもただ金を求めるものはみんな現実にそうなった。現実社会は利で結び利で分かれる金の切れ目が縁の切れ目なのである。こいつはもう金にならないとなれば分かれる
用なしだとなる。
最初から得しよう得しようときて後は得にならないから用なしだとなる。
どうしても苦しい人とか困った人とかに接するときは損することになる
でも損したくないとなれば福祉関係でもかえってそれを利用して得することを考えるし実際に福祉関係でもそういう弱者相手に商売している人たちはそうなっているのである。
誰も慈善活動で商売をしているのではないとなるからだ。

今の社会とか会社の問題はあまりにも利を血眼になって追求しているからモラルの荒廃が生まれた。江戸時代は貧乏でも職人は技をみがくことに精出していた。
ただ商売関係だとどうしても現代に通じる問題があった。
何か職業をみると自分の所にきた仙台のユニットバスを作ってくれた人は安かったしそれで安上がりにしたというものでもない、だから安くていいものを作ってくれたからその会社はいい会社だしそこで働く人たちもいい人だと見るのである。
個々人にはいろいろあってもそういう人たちはモラルの荒廃はない
でも銀行でも官僚でも政治家でも医者でもマスコミでも学者ですら御用学者となり原発を推進してきたようにブラックなものが多すぎるのである。

江戸時代がモラル的には優れていて民心が安定していたというとき農業中心の社会だったからということもある。農民だったら自然を直接相手にしているから気が長いとできない、森林でも木材をとるには五〇年とかかかるとしたらまず一代では収穫できないのである。それで農民は三代つづかないと仲間になれないというのもそうなのだろう。
それだけ気が長い仕事なのである。
大根の種を今まいたとしても成長するには三カ月も必要だとというときそれも気が長く待つ仕事なのである。だから農業は忍耐をはぐくむということはある。即製できないからである。
現代はあまりにも変わりすぎるのである。そこに民心の安定もない、目先の利益だけに血眼になっている。株でも投資となればやはりその会社が成長するには時間がかかる
でも投機は違っているのだ。為替差益とかで即製的にもうけることなのである。
現代は瞬間瞬間の即製的な投機が経済になっている、それが世界を歪めてしまったのである。

国家にしても国家百年の大計とかあるけどそういうふうに考えることもなかった
めまぐるしく変化する社会に追いつくこと追われ社会なのである。
目先の利益獲得に追われる社会なのである。今もうけなければもうかならいという社会である。株などはそういうものだからそこでモラルを醸成することはむずかしい
そうなるとどうなるのか?今は得してもあとで大損になっているともなる
その得した分が今度は子孫の負担として損になるともなる
原発事故は一時的には利益を地域にもたらしたも結果的には大損になったからである。
そういうことはこの世にかなりある、現代の問題は江戸時代のような時間の悠長さがもてないのである。分刻み仕事に追われている、目先の利益をあげようとしてかえって大局的長期的には損になる
だから何か得になるか損になるかわからないからこそ「損して得をとれ」という諺が生れたのである。


慌てても「損して徳とれ」の効果は期待できません。長い期間の「いい仕事」「いい事」の積み重ね、心の底からそう思える綺麗な心を兼ね備えなければ偽善になります。
類義語に「損せぬ人に 儲けなし」「損は 儲けの始め」「損をして 利を見よ」などもあります

得とは徳ともしている、となると損することは徳を積むとういことにもなる
何か損したと思ったことは実は徳を積んでいたことにもなる
このサイトは要点をついている、長いつきあいとかを考慮しているからである。
現代に欠けているのはこの長期的視野とか長い視点なのである。
ギャンブルになると今もうかればいい、今大金をもうけることになる
それは株にもある。株などは長期的にみると上がったり下がったりしているから長期的にみると損しないともなる、そもそも投資というときそれが今大金を投入しても成果をあげるのはすぐにできない、特に新しい研究分野になると何十年とか新薬の発明にはかかる
事業でもすぐに成功することはない、でもすぐにみんな成功したいのである。
利益をあげたいのである。現実に事業でも金がかかるからである。
ただ自分も失敗したから他人をとやかくは言えない、何かはじめても成功はすぐにはできない、プログなどでもこれも積み重ねである。すでに十年とかしていればそこに情報の蓄積ができあがる、プログで検索するとそこに膨大な情報がありそれが図書館のように役にたつとなる
インターネットでは最初はたいした情報がなかったが知識がなかったが今や膨大なものとなっている、それは情報や知識の蓄積ができてきたからである。
そうなると参考にすべきものが多くなってくるのである。
巨大な図書館の機能もつようになっている。
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2016年11月29日

銀行が投資信託や証券に手を出すリスク (銀行は証券のことは支店長でも部長でもわからない)


銀行が投資信託や証券に手を出すリスク


(銀行は証券のことは支店長でも部長でもわからない)                                          



「支店長が是非ともご挨拶をと申しておりますので、近くにお立ちよりの際は是非当店にお越しください」。

で、実際に支店を訪ねると、応接室に通され、上客にしか出さないような玉露のお茶が置かれ、しばしの歓談となるが、この段階では、支店長から退職金の運用方法などについて切り出してくることはない。支店長は、あなたの現役時代の自慢話を、「うん、うん」と頷いて熱心に聞いてくれる。

ある銀行の支店長マニュアルには、「退職されたお客様の話には、きちんと耳を傾けること」とある。正直、銀行の支店長は、退職した人の話に時間をかけて付き合うほど暇人ではない。それでもじっくり話を聞いてくれるのは、別の目的があるからだ。


特にマイナス金利になってからは、銀行としては出来るだけ預金を減らしたいと考えている。だから、銀行はその預金を、投資信託などの運用商品に乗り換えさせようと画策している。


自分の所にも部長が地銀の部長がきた。小さな地銀だから部長といってもたいしたことがないのだろう。
カナダの国債で大損していた、前に手を打つこともしていなかった。
だからそもそもその部長も支店長も信じられなくなった。
これは銀行が証券に手を出すリスクでもある。
客だけがリスクがあるのではない、銀行は確かに手数料は確実に入り損はしない

その代わり銀行は信用を失う

これは銀行にとってかなり深刻なことかもしれない、利益さえあげればいいと考えでしたことでもそこで信用をうしないかねないリスクが銀行にもあった。
銀行は損はしない手数料で確実にもうけるけど損した客はその銀行を信用しなくなる場合がありうる
自分の場合はそうなった、なんかその地銀の担当にも部長にももう会いたくない話もしたくない
これは自分も悪いのだからそんなこと言われてもともなるが何かそうなってしまうことがやはり銀行のリスクなのである。
信用第一というときその信用が失われることが銀行側の大きなリスクかもしれない
そんなこと銀行側ではあまり考えないがそこに将来的には何かかえって損失になるかもしれない。

二宮尊徳の言葉に

「道徳なき経済は罪悪であり 経済なき道徳は寝言である」(二宮尊徳)

罪悪を犯罪としているところもある。法にふれなくても犯罪などこの世にいくらでもある殺人犯さえつかまっていないのがこの世である。
今の経済は総じて道徳がない、グローバル金融資本主義なると全く道徳はまるっきりないマネーゲームとギャンブル化した世界市場になる。
そもそもそういう所に金をなげこむこと投資することはすでに道徳もなにもない世界に金を投入することなのである。
本来の会社を成長させるとか地域経済に産業に貢献するとかはない、投資でもなんでもないのである。投機は投資ではないのである。金を動かすマネーゲームなのである。
それこそまさに道徳なと経済であり犯罪なのである。

だからこういうことに加担する地銀はもう地銀ではない、その本来の役割を失いかねないのである。お前にも道徳がある経済があるのかといえばなかった。
ただ利子がつないので老後のたしになればと投資したのである。
それならお前も責められるべきではないかというのも本当である。
それで今は反省している、遺産でもど使っていいかわからないからそうなった。
自分は百万の金を使ったことなどないからである。
ただ老後が長いとなると年金も少ないからそれで補おうとしていたのである。

経済なき道徳も寝言になる、利益をあげない経済もまた寝言であるとなるとき実利を重んじることは悪いことでとないしそうでないものはこの世で成り立たないのである。
だから別に利益を追求することが悪いことではない、その前提に道徳があり証券でも株でも扱うときそれそうおうの対処方法がある。
でも証券マンとかなるともうかる株は投資信託は教えないとか何か知ることがむずかしいのである。
カナダの国債が安全だというときそれは石油がとれたし石油が高かったときだった。石油が下がったとき価値が下がった。その詳しい事情はわからない。
カナダの国債を選んだのは銀行の担当員自体も適当だったのである。詳しい将来予測などしていない、その後ずさんに管理していただけである。

ともかくその地銀に金をあづけるのは危険であるとまでなった。
それは投資信託などに証券に銀行が手を出すリスクだったのである。
そんな一人などどうでもいいということにもなるが自分のプログはそれなりに地域で読まれているとなるとそんな地銀があるのかと警戒する人もでてくるかもしれない
自分も悪いにしても地銀にも問題があった。
今の時代インターネットで評判が広まる時があるから気をつけるべきである。
今まではマスコミをおさえればいいが個々人の情報がストレートにフログにのせられるとそれが広がる場合がある。
するとどこの銀行とはいわないが評判を落とすことになる。
だからこうした情報化社会では気をつけるべきである。
インターネットで発信できる権力を個々人がもったからである。
ただそれも読まれる人の数によるのだ。プログの力はやはりテレビと同じように視聴率がそのプログの評価になる。もし読者が多いプログだとなんらか拡散して影響するかもしれない、それは会社にとっても危険なことになるかもしれない

おそらくあそこの銀行かもしれない、銀行はそんなことしているのか?
気をつけなければならないとか警戒されて信用されなくなることもある。
もちろん投資信託にも警戒する人もでてくる。
ただ個々人によってその対応は違うしそれを鵜呑みにすることも危険である。
ただアマゾンのレビューを見て買い物するとたいだいまちがいないのである。
だから今はインターネットで個々人の評価が口コミが広まることもあるし評価となることもあるから会社でも気をつけた方がいい
消費者は何も言えなかったが今は直接フログなどで訴えることができるからである。
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2016年11月28日

地方銀行の役割は何なのか? (証券などに手を出すのは信頼を失いかねない)


地方銀行の役割は何なのか?

(証券などに手を出すのは信頼を失いかねない)


「地方銀行は、守るべきところ――つまり地域そのものであり、地域にある企業や住んでいる人ですが――が、はっきりしている。これが地銀の大きな特徴であり、アイデンティティだと言えるでしょう。だから、地銀は地元を決して裏切れないし、地元に信頼されるべき存在なんです」

銀行が、モラルハザードを起こしやすいということである。そのため、課題としては、モラルハザードを起こさないで、信用される銀行になることである。銀行が不祥事を起こし、顧客離れが起きたしまうことは非常に危険である。そのために、まず、不祥事を起こさない内部の取り組み・仕組みづくりから行わなければならない。その銀行の特色として、信用がある銀行と顧客から言われることが銀行にとって一番大事なことである。


利益をあげるためにも、投資と証券が必要になってくる。これから投資と証券のエキスパートが、地方銀行の鍵を握ってくるだろう。

今後の地方銀行


地銀というくらいだから地にその土地土地に根ざす銀行となる。地銀とメガバンクなどは役割がそもそも違うものとして生れた。
つまりこれは郷土学とも関係あるものだった。
郷土に根ざした銀行が地銀である。メガバンクは大企業に融資するが地銀は地元に融資するからその規模も小さいのである。
地元の零細な会社でも自営業の支えとなるのが地銀である。
でも今や利子がつかないとか地域経済の衰退で地元で成長する成功する産業も減少した
そのためにグローバル経済化したなかで証券などに手を出すことになった。
これは預金者が利子がつかないということで全国的に起きていることである。
その時危険なのは地銀の本来の役割が見失われることと地域の信頼の上に成り立っていたものが失われる危険である。

そのことを自分は身をもって経験した。なぜ銀行員なのにその若い人は証券場で働いていたという、そのことをしきりいってすすめてきた。
証券に詳しい人と話を聞けば思う、でもそもそもその人個人が優秀でも銀行は証券会社ではない、つまり証券に関する知識でも情報でも経験でも積み重ねがないのである。
なぜならそれは別分野の仕事であり会社自体が地銀自体が最近利子がつけられずどうして預金を集めるかもうけるかとなり証券とかに手を出すことになった。
実際は銀行自体が証券を扱うのではなく大きな証券会社の下請けになっているにすぎないのである。
だからそもそも地銀の仕事と証券の仕事はにているようで違ったものなのである。

その一人が証券場で働いていても地銀自体は証券のことは知識の蓄積もなにもないので知らないのである。だから部長がきたとしてもその人は確かに世界情勢とか知識はもっていた。でも別に証券とか株の知識があるわけではなかったのである。
部長レベルですら地銀だったら素人と変わりないと思った。
だからカナダの国債が安全だとしてすすめられてまた売ったときも大損をしていた。
売るときも円高のときだった。今になると円安になっている
そして管理がずさんだったのである。仕組みが複雑すぎてどのくらいあづけた金額が減ったのかも報告されなかったのである。
早い時期に売るべきものだったが報告されないからわからなかった。
それは自分があづけっぱなしにしていたのが悪いんだというのもそうである。
何でも他人にあづけぱなしまかせてしまうと文句は言えないのである。
だから知らないことはやるなというのは確かなのである。

第一そもそも知らないというとき地銀は証券とかの知識はないのである。
その一人の若い人は証券場で働いた経験があるとしてもとても一人でグローバル経済にたちうちできるものではないからである。
それより地銀はグローバル経済にたちうちできない、素人となんら変わりないのである。
そして銀行とか郵便局でも投資信託をはじめて損した人が怒って訴えたことがあった。
それも郵便局が地域で信頼していたからである。
郵便局が窓口となっていたことで信頼して投資信託を買ったのである。
そういうものではないにしろリスクがあるにしろそう今までの習慣で思ったのである。
知らない人は地銀でも銀行の人がくるのから信頼できのかともなる

そして結果的に自分の場合は銀行も信頼できない、証券に関しては知らないんだということを大損して知った。
そもそもが地銀がグローバル経済の中に組み入れられて証券でもうけるとなると本来の役割からはずれたものとなる
グローバル経済は今は格差を生んで批判されている、それで世界の潮流としてグローバル経済は否定されつつある。
でも地銀でももうけ先がないから手数料が入るから証券に手を出したのである。

いづれにしろ証券などをしていると地銀の役割が見失われ信頼が失われる
この信頼が失われることは怖いことになる
あそこには金さえあづけられないとかなるかもしれない、あれほどもうたると言ったのに大損したとか地銀に対して信頼できないとなるかもしれない、
もちろんもうけさせればそうせならないが証券は株でも素人はもうけられないようになっているからだ。となると手数料だけ地銀はとっているだけとなり信頼を失いかねないことが怖いのである。
証券とが株はそういうものだといえばそれまでだが何かそれだけではないものが残ってしまう。銀行も証券をはじめたがうまいこと言うだけで損するだけだとなって地域の信頼を失う、それは証券をはじめた人が悪いのであり銀行は悪いのではないとういことも確かである。
でも何かそれだけでは割り切れないものが残るのである。

例えはギャンブルなら賭博場ならそういう場では大儲けする人もいるし損する人もいる
そこはそういう場所としてあり損したからといってそういうものだとしてそのガジノがあることを批判することはない
でも銀行は何か堅い職業としてあった、だから何か証券場になるのはそぐわない、賭博とは違っていても何かそういう感覚になる
証券はリスクが大きいからである。
地域に生きるとなると信頼が第一になる、二本では狭い村社会が基本にして生活してきたから信頼を失うともうそこでは何もできなくなる、それで世界で日本は一番相互信頼が強い国だとなり犯罪も少ない社会だとなっていた。
それがグローバル経済などで破壊された。それは地銀にも及んでいたのである。

世界がイギリスのEU離脱でもアメリカのトランプの勝利でもそうだがアメリカファーストいうときまさにそうである。ナショナリズムへの回帰となっている
日本でも地銀でもそうだがメガバンクと地銀の役割はそもそも違っていた。
グローバル経済になると巨利を得たの世界的メガバンクである。
ゴールドマンサックスなどはリーマンショックでも年収が七〇〇〇万もありその蓄積があったから影響がなかったとかある
こういうグローバル金融資本主義が世界的な格差を生みアメリカでさえ貧民の国になっていたのである。その怒りがトランプの勝利になったのである。

ともかく自分にも非があったが地銀に対する信頼はその人でもその銀行に対しても疑問をもつようになった。もともと証券の知識などないのだから地銀を通じて金を操作させてはいけないものでもあった。
そして管理の仕方もずさんだった。逐一報告して売り買いしないかぎりもうからないしリスクになる。それができないのだから地銀などには頼むべきではなかったとなる
つまりリスクというとき証券など知らないとういこともあるが地銀に頼んだことにもあった。その管理もずさんだったからである。
そして証券とかグローバル市場でもうけようとしたら意外とその担当する人による
今回も実際に売ったり買ったりしたのはカナダの国債を選んだ若い人が担当者だったからである。売る時期とかも大事になる、タイミング大事になる、それが裏目に出たのである投資家というときこれも実際は優秀な人がいるし医者でも藪もいれば優秀な医者がいる
だからその当たりはずれも大きいのである。
ただ自分で売り買いしたりできるなら自分の責任になるしそれができるならいいが地方ではしにくい、カナダ国債が安全だとなればそうなのかなと日本の国債をイメージして思ったからである。

それで本当に怖いのは為替差益であれたちまち差益が大きくなり大損になるのが外国向けの投資信託なのである。確かにもうけることもあるがその損するときの額も大きくなるのである。グローバル経済はあるほんの一部のものがもうける仕組みになっているから素人はもうけられない。もうけてもまた損するのである。
こういう悪魔に操作されているようなグローバル金融資本主義はなんらかでリーマンショックの再来とかなんか恐慌とかで崩壊してゆく、その前にナショナリズムに復帰してそれぞさの国の文化を大事にするものへと世界は変わってゆく、そういう兆候が世界的にすでに政治の面でも現実化しているからである。

人間にとって大事なのは信頼なのである。その信頼がないと何事なりたたない、日本では狭い範囲で生活してきたから信頼を失うと繁栄しない、地銀でもそうである
こうした信頼関係が成り立つのはグローバル経済になるとむずかしい。
そこではもう相手の顔も見えないのだから世界から集められたかねはゴールドマンサックスとかに吸い上げられるのである。それで七〇〇〇万の年収を得ていたとなる
そういう暴利を得ているのは異常である、何か物を売るならいいが金融でそんな巨利を得るのはもう悪魔的だとなる、だからそういうシステムを否定する力が世界でわきあがる
それがアメリカですら起きていることなのである。

職業には何でも知識が必要である。


本屋だって本の知識とか本の内容を理解する知識が必要

料理屋は料理についての材料でもなんでも知識が必要

農民だったこれは様々な体験的知識が必要

大工は木材とか深い体験的知識が必要

医者ももちろん知識がなければできない

店屋も売るものの知識が必要


本屋などは本についての知識がないからつぶれてゆくということもある
ただ本をならべているだけだからである。
電子本の影響もあるがそもそも売る本を理解して知識があって売っている店はまれだったのである。
株とか証券も知識が必要、でも銀行では地銀ではその知識がない
株は上がるときもあれば下がる時もある
為替も上がったり下がったりする
世界には常にリスクがある、それは誰もわからないんです
大損しても私たちにはどうにもなりません、責任はとりません

ただし手数料だけは確実にいただきます

損しても文句は言わないでください、それが投資信託であり株なんですから

要するに投資信託でも株でもその知識はある人はある、でもそういう人とはめったに出会いない、だから素人にはもうけられないのである。
他の職業は知識がなければ勤まらない、簡単に注射だってできないだろう。
家を建てのだって危険になる、証券とか株は頼んだ人は大損しても何の保証もないのである。
その時情勢によりますからどうにもならないですで責任などとる必要がないのである
となるとこれほどでたらめな職業はないともなる
無責任きわまりない職業ともなる

『当たるも八卦、当たらぬも八卦』

それは運しだいです、負けても文句は言わないでね

いくら知識を言ってもそれがどうなっているのかわからないからである。
だからペテン師なのかとなる、ギャンブルと同じだとなる
そのギャンブルも素人は負けるようになっているからやらない方がいいとなる

posted by 老鶯 at 17:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会問題の部

2016年11月27日

近辺の冬の写真と写生俳句


近辺の冬の写真と写生俳句



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石囲む庭や中にそ冬椿

石ありて散り重なれる紅葉かな

鳥一羽枯木にとまり餌ねらう


写生は俳句という時本当にそうである。
この三枚の写真を見ればわかる。
写真がすでに写生でありそれに俳句を付け加えただけだとなる
写真俳句が生まれたのは必然だったのである。

冬椿が咲いていたのは石の展覧会のように庭を飾っている家である。
あの家はこの辺では誰でも知っているだろう
いかにも金持ちの家という感じだからである。
あの石は見物である。あの意志だけで相当に高額かもしれないからだ。
ただ他人の庭でも見るのは無料なのである。

近くでも何か毎日見ているそこに変化がある。季節の変化がある
紅葉が散る、あそこの庭は外から見ても何か日本的でいい感じである。
だから他人の庭でも鑑賞している。

今日は枯木に一羽鳥がとまっていた。いかにも冬らしいとなる。
本当は今は晩秋なのだが冬になっている、綿虫なども飛んだ
季節感がおかしくなる。
この鳥は鳶だったのか?鳶というとき冬の季語なのである。
この鳥はただとまっているのかと思ったら餌をねらっていたのである。
川から魚をとったからである。その場面はとれなかった。
まずそんな場面はよほどでないととれない。

ただ近くでも季節の変化があり何か写真になるものがあることは不思議である。
こんな狭い田舎でそんなにないと思うけど結構ある。
ここ十年は旅に出たことがほとんどないのに結構写真をとっているからである。





タグ:冬の俳句

真壁仁の詩が津波や原発事故を予見してた (農民詩人の語るもの)


真壁仁の詩が津波や原発事故を予見してた

(農民詩人の語るもの)

おきき
河がささやいている
その肌を汚す乙女
流れを血で染めるな と
河がうたっている
家畜をはなす若者
ふるさとの土を守れと
わかものは合唱する
黒い虹のかわりに
白い翼の鳩がふるさとの空に帰る日の歌を
河は夕映えを写す
河は星を写す
歴史をいろどる

真壁仁詩集

これは最上川の短歌でとりあげたけど何かこの辺の状況を詩にしている感じになる
河が汚れたというとき故郷が放射能で汚染されたということである。
「家畜をはなす若者」とは牛を飼っている人になる
ふるさとの土を守れとは田畑が放射能で放置され荒地になっていることに通じる
黒い虹とは津波や原発事故のことである。

白い翼の鳩がふるさとの空に帰る日の歌を

これはふるさとが元の放射能のないふるさとにもどり平和がもどることである。
若者が帰ってくることである。

河が夕映え星を写すというとき故郷の景色の中で再び暮らすということである
この詩のテーマはやはり農民は常に苦しんできて貧乏だった
特に小作が多く地主を恨んでいたのである。
その重圧が大きかったのである。
この時は農業中心だからふるさとの土をまもれとなる
今になると農業は常に否定されてきた、金にならないと否定されてきた
農業だけはやるなと親になぐられた子供さえいた、その子供は成長して原発や建築現場で働いたのである。
他にも農業はやりたくないとほとんどが会社勤めになったのである。

ただ真壁仁とか生きた時代はまだ農業中心の時代である。だから農業に固執して生きる他なかったのである。苦しくても農業の他に仕事がないからである。
現代では農業に固執しない、だから補償金もらったら若者は外に出て行って帰らないとなった。土を守るという意識がないのである。

ただ故郷に帰りたいということはあるだろう、故郷の景色を再び心に写したいということはある。老人の場合はかえってそれが強い、でも若者はむしろ故郷にこだわらない、なぜなら農業中心の社会でなくなったからである。
だからかえって補償金をもらい、姑とも離れて暮らせるからいいともなってしまった。

若い人が老人が息子が娘が帰ってきてほしいと思ってもそうはならない
それが現代的問題としてあった。
ただこの詩が何かこの辺の状況にぴったりなのである。
詩は何かを暗示するし比喩となるから状況は変わっても同じようなことが起きて
時代を越えて活きてくる
この時の状況は今とは違っていても同じような状態がここに起きてその詩が活きてくる

違うのは農民が八割とかいた時代と今はあまりにも違いすぎることである。
故郷でもその土地でも執着しない、農民だったら土を守るというのを体で知っている
でも今は田舎でも農民は一割にみたないとかになるとそういう感覚はなくなる
それで放射能汚染とかは土とか水とか森とかでも生活の基本になるものが汚染されたことが致命的だったのである。

ただ放射能汚染で不思議だと思ったのは 河は夕映えを写す 河は星を写すというときなんら自然は見たかぎり前と同じようにきれいなのである。
空がよごれているわけでもない、水が汚れているわけでもない、だから前となんら変わりないとみる、美はそこなわれていない不思議なのである。
でも空気とか水とか土は実際は汚染されているのである。
ただ見た限り以前として同じような状態に見えることなのである。
それが放射能の一番不思議なことだったのである。

最上川紀行短歌二〇首

タグ:真壁仁の詩
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2016年11月26日

最上川(春秋短歌二〇首) (最上川は唯一外国の河をイメージさせる)


最上川(春秋短歌二〇首)

(最上川は唯一外国の河をイメージさせる)
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左沢(あてらさわ)

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  (春)

最上川水豊にも流れつつ岸辺の港春の夕ぐれ

左沢(あてらさわ)石橋古りて最上川岸辺になおも雪の残りぬ

終点におりたちあわれ左沢春の日さしてそぞろ歩みぬ

最上川時に浮かびぬ舟の影流れはつづき春の日暮れぬ

山形に市つく名の多し紅花に栄ゆ春の日たずぬ

ゆるやかに曲がりくねりつ水豊か春の夕日の山に没るかな

 (秋)

最上川岸辺の泊まり舟も来じかすか虫鳴き旅人さりぬ

最上川岸辺の家々港かな我がたずねつつ秋深まりぬ

最上川岸辺に紅葉映えにつつ流れ豊に舟は下りぬ

舟を曳く村人あれや河岸あり昔偲びぬ秋の夕暮

最上川大石田かな実りの季塀の長くも番所ありにし

紅花をここにはぐくみはるけくも京に運びぬ秋の河かな

ゆるやかに流れる河の滔々と岸辺広がる実りの田畑

紅花の生業ありて最上川京とつながり栄いけるかな

山に沿い奥深くも流れゆく最上川の秋の夕暮

舟よれる港の番所秋の灯のともりてあわれ旅人とまる

鮭川の鉄橋わたり雪ふぶく羽前前波雪にうもれぬ

 (酒田)
  
酒田なれ荒浪越えてここに来ぬ北前船や倉庫の古りぬ

影をなし欅の並木倉庫かな米を守ると酒田の栄ゆ 

木造りの灯台ありて酒田かなきめらきにけり秋の星々

飛島にわずかの畑耕しつ住む人のあれ冬に入るかな

白鳥のあまた群れにき酒田にそ来たりて思ふシベリアなるかな


最上河 上れば下る 稲舟の 否にはあらず この月ばかり
『古今和歌集』巻20  東歌(詠み人知らず)

最上河 つな手引くとも 稲舟の 暫しがほどは いかり下ろさむ
『夫木和歌集』 崇徳院

広き野を ながれゆけども 最上川 うみに入るまで にごらざりけり
(昭和天皇)

一番古いのが古今集の歌である。これは稲舟が見えず月ばかりというとき稲舟が相当に通っていたからこの歌になった。それとも期待したほど稲舟が見えなかったのか?
平安時代だから最上川がすでに舟運があり知られたとしてもまだまだだったということは言える。でもすでに稲舟が都にも聞こえていたから期待したから稲舟が見えないとなったのである。

昭和天皇はいろいろあったが歌はうまかった。天皇とはもともと日本文化を体現していた人だったのである。

最上川 いまだ濁りて ながれたり 本合海に 舟帆をあげつ 斎藤茂吉

こういう歌もあるとすると濁っている場所もある、ヨーロッパでも大きな河はにごっている、ライン河を大きな貨物船が行くがその河は中国よりはきれいでも黒ずんでいた。
河はまず荷を運ぶものとしてあった。次ぎに人を運んだのである。

ローヌ河がゾルグ河と合流した下流で洗われる
そのローヌ河の左岸の一帯の地方では
その頃そこの君主としてわしは望まれていたのだ
それはトロント河とヴェルデ河を海へそそぐあたりから
ハーリ、ガエタ、カトーネの府々をふくめた
あのアウソニア(イタリア)の角笛(ナポリ王国)でのことだ
すでにわしの額にはドナウ河が
ドイツの岸辺を離れて流れている
(ダンテ−天国編)

河というのがいかにヨーロッパではもう人間の血肉と化している。だから河を理解しないかぎりヨーロッパでも他でも理解できないのである。

最上川は日本では唯一大陸の川を思わせるのである。水量が豊であり川も長く大河であり運河のように荷が運ばれたからである。
ともかく日本の川は水運に向いていない、世界の文明がナイル川とかチグリスユーフラテス川とかインダス川とか黄河とかによって作られたというとき日本にはそういう大河がないのである。
その大河がないということが地理でも歴史でも理解しにくくしているのである。
日本にないものがこの大河とか砂漠とか平原なのである。そもそもないからイメージしにくいのである。
でも根本的にこの河のことを知らないと世界史でも歴史でもわからないのである。
文学でもわからない、いろいろなことがわからないのである。

こういうふうに河と街とか外国ではヨーロッパでもそうだしインドでも中国でもそうである。大河によって文明が作られたのである。ライン河が父なる河としてドイツを作ったのもそうである。
日本でそれをイメージされるのは唯一最上川だけなのである。
川とんうときそれが交通路としてあったということが文明を作った。
「すべての道はローマに通ず」道がローマを作ったように川が道として文明を作った。
そこでこの河を知るときどうしても河を舟で行くということができないことが河を理解できないのである。一部分は行けるのだが全体の河を行くことができない、ヨーロッパでも中国でも河の旅がありそれは延々として河は船で行けるのである。
途中に運河とかでも結ばれている。河は交通路であり道だったのである。

その河を通して行けないというとき河をしりえないとなる。今なら鉄道の旅であり最上川を横切っても河を下るということがない、上るということもない、河の一断面を見ているだけなのである。河は上から下と一つのものとしてつながったものとして見ない限りわからないのである。

それで自分も思い出して短歌にしたが鉄道で横切った最上河なのである。
わからなくなったのは羽前前波という駅だったのだろうか、そこには五六軒の家があり雪に埋もれていた。こんな小さな村の駅に電車がとまるのかと思った。
しかし鉄橋をわたり蛇行する河が最上川と見ていた。その時は雪がふぶいていた雪景色だった。それは最上川だと思って見ていた、でも地図を見ると何か違っている、なぜなら鉄橋をわたってトンネルをくぐりすぐに羽前前波にとまったと思っていたからである。
これは今になるとわからない、大きな河だったから最上河だったのかもしれない。
こういうふうに何か記憶があいまいになってくるのである。

酒田に行ったのも自転車で行ったのだがどうをどう行ったのか良く覚えていない、でも酒田についたとき白鳥の群れが刈田に一杯いたのが印象的だったのである。
その時シベリアを思ったというのは日本にはシベリア季節風が吹きそれが朝日連峰などに豪雪となり複雑な地形を造ったという、日本海側になると大陸の影響が気候的にも大きいとなる。シベリアが近いのかなと思った。
面白いのはアムール河である。その河口から流氷が作られて流れてくるとかも言われる。
またアムール河から淡水魚が日本に太古移動した、その時まだ日本列島はできていなかった。一方にてけは黄河と揚子江系の淡水魚が移動してきた。
それで西と東では別な種類の淡水魚が棲息することになった。
海でも親潮と寒流と黒潮の境が福島県沖とかな漁場となっている
東と西はこのようにもともと地球の歴史でも別々のものとしてあった。
ただこれだけ河の影響が意外と大きいことは知っておくべきである。

最上川は米を運んでいた、紅花もそうだが他にもいろいろ運んだ。
酒田の山居倉庫は米を貯蔵していたが欅並木があるがあれは夏に影を作って涼しくして米を保存するためだった、米は夏だったら痛みやすいからだ。
それで冷凍庫つきの貯蔵庫が必要になる、保存することも文明ができる条件だった。
食糧を保存しないと人間は生活できないからである。

蕪村の句は生活に根ざしたものに着目しているのが多い。

新米の坂田は早し もがみ河

毛見の衆の 舟さし下せ最上川

新米とか毛見衆とかに注目しているのは農民の生活がじかに伝わってくる
米を調べられるのが嫌で早く舟で下らせろとなる

川上とこの川下や月の友 芭蕉

これは江戸から利根川に通じていたのでできた。実際に上には俳句の友がいたのである。このことはヨーロッパの川とか中国でも常にあり川で友と別れる漢詩が多いのである。
中国の漢詩になぜ別離の詩が多いかというとあれだけ広いから一度別れたら会えないからである、日本だって交通の便が悪いときはそうである。それで会うことは貴重なことになる。

山形市に五日市とか六日市とか市のつく地名の多いのは紅花などの市がたったからだろう紅花で栄えたものとして地名が残った。曳舟とかの地名も残った。

苗植えていつしか五二日めにはや白わせの花そ咲きける

細葉もちうえて六三日めに花は咲き一〇日あまり栄ゆる

会津農書で残された歌である。農業は何でも実るまで時間がかかるのである。

大根の芽のいでけるも収穫は来年とならむ待つ時間かな

大根でも三カ月くらいかかるとか収穫までは長いのである。それまで手入れしているから農業はなかなか効率的になりにくいのである。

現代でも野菜でも何でも農作物がスーパ−にあ、でもどうしてその農作物ができるのかわ・からないのである。そうなると野菜でもなんでも食べ物を粗末にするということがあるただ今は高いから粗末にできないともなる、ということは食糧はあまりにも安いとまた困るともなるのか?

川の詩というとき日本ではいいもの少ないだろう。


おきき
河がささやいている
その肌を汚す乙女
流れを血で染めるな と
河がうたっている
家畜をはなす若者
ふるさとの土を守れと
わかものは合唱する
黒い虹のかわりに
白い翼の鳩がふるさとの空に帰る日の歌を
河は夕映えを写す
河は星を写す
歴史をいろどる

真壁仁詩集

これはなかなかいい詩である。これをよみこむと流れを血で争うなというときこでも河の利権をめぐって藩が争ったことがあった。木材の利権でも入会権でも争いそれが戦国時代ともなった。それで河を血でそめるなということにもなる
ただ日本では河をめぐってはそんなに争わない、外国ではriverがライバルからきているのだから河を挟んで人は争っていたのである。河が国境になりやすかったのである。
ライン河もヨーロッパを区切る河となったことでもわかる。
つまり歴史も地理であり河は大きな役割を果たしていたのである。
家畜を放すというとき馬や牛だろう、それは農耕にも使われていたからでてある。

それから黒い虹とは何か?これは原発事故の放射能をイメージする、この辺の情況を暗示的に比喩的に示している、黒い虹は津波でもある。
ともかく河というのは湖とか海の感じにもなる、大きい河はそうなる。
だからこの詩は最上川をイメージするとできる、他の河ではこうしたイメージが生まれないのである。

山形県というとき福島県からすると周辺地域だか地理的連続性と一体感がある。
でも最上河とか日本海とか異質な風景なのである。
山形は風土的には魅力がある。日本海があり最上川があり月山があり山と海と河があるからだ。文化的に湯殿の碑とか東北地方に多いのである。
湯治とかに農民が行っていたこともある。山形は何か言葉でも濁音が強いのかもしれない学生時代にあった人はそうだった。

山形弁なまりの強しその人の二階に住みし学生時代

これも遠い話だけと津軽弁でもまたなまえが強いとここも何を話しているかわらない、宮城県は仙台でもだっちゃとか解放感がある、明るさがある
新地の女性がだっちゃど言っていたのは相馬弁では違う、だべと相馬ではなるからだ。
新地は伊達藩でありそこがまぎらわしいのである。
一時相馬郡になっていたから相馬藩と勘違いしていたのである。
なまえは国の手形というときこれはなかなか変えられないからそうなる。
東北弁でも一様ではないからだ。
地域性風土性文化性とかそういう相違は今でもありそれがあってこそ旅は面白いとなる
ただこれを深く知るにはやはりむずかしい、関東辺りになるともう地理的一体感がもてないからだ。すると面としての記憶が形成されにくい、点だけになりなんとか線としてつなぐとなる。なんとか福島県だとその周辺は地理的一体感がもてる
でも会津は山国だし新潟でも日本海となり風景は異質になる
日本の旅は福島県でもそうだが太平洋から日本海に向かって旅すると変化して興味深いとなるしそうでないと地理はわからないとなる、風土性もわからないのである。


最上川は日本で唯一川の文明を想起させる (最上川紀行-左沢線の旅などの追加)

フラワ-長井線で白鷹町へ


母なる川-最上川

2016年11月25日

銀行員も今はブラックなのか? 若い人の会社や仕事で形成される人格は将来どうなるのか ?


銀行員も今はブラックなのか?

若い人の会社や仕事で形成される人格は将来どうなるのか ?

身内の知り合いが大和証券に就職決まったと報告受けたが、
その後彼が言った言葉、客にはいい情報教えないw
とペラペラ喋っていたことを絶対忘れない。面接などで植え付けられる
汚い思想であると思われるが、証券会社社員という人種は通常の商売のような
顧客満足を目指す仕事をしてはおらず、客を食い物にするために仕事をするクズで
あると実地でわかった。


顧客満足を目指す仕事をしてはおらず........

ユニットバスを百万で作ってもらったけどいいものである。自分が顧客だとすると満足したとなる。安くていいものでなかったら顧客は満足しない。
たいがいの仕事はいかに顧客を満足するか努力している、そうしないと仕事が成り立たないからだ。仕事の注文もなくなり物も売れなくなり病院のようなところでも患者の扱いが悪ければ患者も来ない、それはどこでも同じである。

証券会社とか銀行とかなると顧客満足となると株や投資信託でもうけされることだけど実際はそうなっていない、客をだますことが多いというとき株とか投資信託の仕組みが複雑すぎてわからないからである。
だから素人はだましやすいのである。
カナダの国債は素人考えて安全だと思っていたが為替差益で大損した。それもわからないうちにそうなっていたのである。
管理がずさんなのである。それは逐一報告されていない、その収支決算は素人が見ても全くわからないものだったのである。
売り買いするのもめんどうである。だから自分はたいして損しないと思ってまかせていたのである。
国債でも投資信託でも外国になるとより危険になる。それは為替差益がありさらに世界情勢などのリスクがありわからないから危険なのである。
だから知らないことには手を出すなというのは本当だったとなる

一番わかりやすいのは円高とか円安の差益でもうけるものである。
110円の時買ったが今はあがっているからもうかる、下がれば損するのである。
これは何も考える必要がないのである。こういうふうにわかりやすいものは素人でも得するにしろ損するにしろいいのである。
株とか投資信託はプロでもわからないからリスクが大きいとなる。

自分を担当した人は証券の取引場にいて経験しているからわかっているというがカナダ国債では全部裏目にでた。
今になると円安になり売るとしたら高かっのかもしれない、そんなに損するまでなぜ売らなかったのか?
それはずさんな管理なのである。良く見ていないし連絡もしないのである。
最後に急に配当金が下がったから売った方がいいと売ったら大損になったことがその時はじめて知ったのである。

人まかせにしたら株も投資信託も必ず損する

投資というのはわからなかったらその頼む人がどんな人なのか最大の問題になる。
なぜなら知らないのだからまかせてしまうからである。
でもずさんな管理しかしない、手数料とればいいとかしか思っていないとなると必ず損する
はっきりいって地方の銀行などは投資信託についてほとんど素人なみである。
だからやらない方がいいとなる。
もうける方法はあっても証券会社の人は知っていてもそれを頼む人は知らないからである
そして経験から銀行は信用できないということにもなる。
一時は郵便局でも客が損してその恨みをかったことがあった。
もともとリスクがあるものですと言っているから客も悪いことは確かである。
だから頼んだ以上文句いうなともなる
だから泣き寝入りであり得するのは手数料でもうける証券会社とか銀行なのである。

あなたにもうけさせてやりますよ、私を信頼してください

こういっても株や投資信託はそもそもがそんな約束などできないものである。
ユニットバスを作るとしたらこういうものができますよといえば確実にそういうものができて顧客満足させる
医者でもあてたの病気は直せますと言って直すように努力する、株とか投資信託はそんなことはない、言ってみれば時のなりゆきでもうけることも損することもあります
いろいろリスクがありますからしかたないです
でも銀行員や証券会社は損しません
手数料だけはしっかりもらっておきます、損はしない商売です

銀行はもともとこんな仕事じゃなかったろう、ただ投資先がないとか金余りとかもうける方法がなくて株とか投資信託の窓口になったのである。
だかから銀行についてのイメージが悪くなった。そんなギャンブルの馬券などを売り出す窓口になったともなる
何か会社に投資して会社を育てるなどという仕事とはそれはまるっきり違ったものである
世界的にグローバル経済がマネーゲームになったというときそのことがやはり世界を人間を狂わせたのである。
例えはドル紙幣はアメリカでは銀行が発行するとかドルで世界を支配する、石油もドルで買う他ないというときドルが世界の貨幣となりアメリカが得するような仕組みになっている。その仕組みも複雑でありとてもわからないから陰謀論になるのである。
金を右から左に流して巨利を得ているという現代のグローバル金融資本主義が本当に世界を狂わせたのである。
あなたもそれでもうけようとしたではないかというときそうである。
でもそのギャンブルに勝てるのは胴元である大銀行とか大財閥とかであり普通の人はそのギャンブルに勝てない仕組みになっているのがグローバル金融資本主義なのである。

いづれにしろ現代の職業が何かいかがわしいものが増えたというときそこにモラルの荒廃が生じる
資本主義が修道院から生まれて神に奉仕するものとして生まれたというとき今のグローバル金融資本主義は悪魔の資本主義になってしまったのである。
悪魔が世界金融を操作しているのでてある。それがユダヤ人だとか言うがそれもわからないのである。ユダヤ人ももともと真面目な商売人だったのである。
だからこのグローバル金融資本主義は操作しているのは誰なのか?
それは何か悪魔的なものであり誰もわからない謎になるのである。

結局徳川幕府が為替差益で崩壊したいうとき明治維新から日本もまるで変わったものとなってしまった。
江戸時代はモラル的には世界で一番優れていたかもしれない、貧乏だったけど悪いことをする人は本当に少なかった。だからみんな幸せそうな顔ししていたというとき貧乏なのだけど素朴な人が正直な人が多かったからである。
暴利をむさぼるような人はほとんどいない、こつこつ農民でも職人でも商人ですら棒ふりとか小商いであり何かそういヴ職業は大きな利益は得られない、でも正直な商売をしていたとなる、そういう人が多いというとき社会もモラル的には安定していたし江戸時代はかかって住みやすい時代だったとなる。
ただ常に過去は理想化しやすいからそこには様々な暗黒があった。
女性は貧乏で身売りされたとかいろいろあったが総じてあまり悪い人はいなかった。
それは仕事が今のように複雑でない、農民が八割とかなるとそういう人たちは素朴な人たちが多いからである。それは戦前までもそうだった。
それで義理人情に厚いとかあったが現代ではそういう人を見るのは希少動物をみるのと同じであり絶滅したのである。

それで考えたことはそうした証券など銀行でもそうだがそんな仕事をしている人が将来的にどんな人格が形成されるのか?
口先だけの嘘も平気でつく、人をだますことにだけたけてくる、何かそんな人格が形成されるとなると将来的にそんな仕事はもうかってもすすめられないともなる
銀行は堅いイメージがありもともとそんな仕事ではなかったと思っていたからである。
地方では公務員と銀行員はエリートである。まず倒産することがないし安定しているからである。

親戚で事業で失敗した人もて何か人格的におかしくなった。もう頭が金のことしかなくなっていた。借金しているからそうなった。
若いときはいい人だったというからもともとあんな人ではなかったのだろう。
その人は会社で技術系の仕事をこつこつしていればそうはならなかったのだろう。
事業をして事業に失敗しておかしくなった。
自分が苦しんでいるときその弱みにつけこんで商売してきたからである。
いちいちなにかするにも金を要求してきたのである。
何かもらわなければただでは何もしないとなっていたのである。
ちょっとした物でも運ぶのさえ嫌がっていた。
つまり何であれ人間は仕事が人生になるからその仕事で人格が形成されやすいとなるときその仕事がいいかげんなものだったらその人は将来人格的にどうなるのか?
それを考えると怖いなと思った。
ただ若いから利益をあげるためにノルマを達成するために駆けずり回っていてそんなこたとを考えることもないのである。
でも自分の仕事が何なのだろうとちょっと立ち止まって考えると矛盾や良心の痛みを感じるかもしれない、そういうことがあるならいいがそんなことを全く無視しているのが普通である。

とにかく何かそういう疑問が生まれることはある。でもそんなこと深く考えないでた利益をあげることだけに夢中になり他はかえりみない、それは自分でもカルト宗教団体に入り活動していたときあった。
なんでただ票集めだけに必死になっているのか?これは何なのだ宗教なのかというと疑問をもちやめた。
何か人生の中でそういう疑問をもつがそれをあいましいにしてつきすすむ、会社でもやめるのは簡単にできない、会社のために猛進する
それで会社なんかやめろとかいう作家がいるのもわかる、でも会社をやめるとなると自由人を目指すとフリーターとか派遣とかになってしまう
それも厳しいとなる。自分は家庭環境に恵まれていてたまたま自由人だったとなる。
でも自由人というけど社会経験がないものはあとでまた困るのである。
それで介護とか自分の病気で苦労したことを書いたのである。

自由人でまともでいることもむずかしいのである。
例えば芸能人とか芸術かでも変なのが多いだろう。社会常識がない、だからこういう仕事も何か人格形成にはいいものではない、そうなるとどんな仕事がいいのかそんな仕事があるのかとまでなる。
自由人といってもよほど優れている人でないと
「小人閑居して不善を成す」ということに必ずなるのである。
ニートなどはだから相当に危険なものとなる、今といいくても必ず苦難がありそれを乗り越えられなくなる、社会経験がない浮世離れになっても人間はまともになれないのであるでも一方で会社に人生をすべてあづけるのもまた危険だなと思ったのである。

posted by 老鶯 at 20:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会問題の部

2016年11月24日

abstract picture (night trains)


abstract picture (night trains)

nighttrainn1.jpg


resizennnr1.jpg
night river

resizennntrain1.jpg

crossing rails

futuretrainnn111.jpg


抽象画はキーワードから探す、抽象画でもそうである。インターネットでは何でもキーワードが大事になる、でもなかなかそのキーワードが思いつかない
今回は最初のからヒントを得て夜行列車にした。
一連のものとして何か夜行列車に乗った感じになる。
そして最後は明るい都市へ到達する、アメリカだったらサンフランシスコとかだっだ。
なぜならアムトラックで旅したときそんな感じだったのである。


The abstract picture is so in the abstract picture to look for from a keyword. I did anything on a night train with a hint from one of a beginning on the Internet at this time when but it did not readily occur to the keyword when a keyword became important.
I feel like I got on some night train as a series of things.
And if is the United States which arrives at the bright city finally; San Francisco 
It was such a feeling when I went on a trip in Amtrak.

]
朝焼けやサンフランシスコにようやくにアムトラックのつきにけるかな

冬の朝焼けが見えてアムトラックはようやくサンフランシスコについた
長い旅路も終わる駅である。


It showed the winter morning glow, and Amtrak finally arrived at San Francisco

The long route is the station which is over.


posted by 老鶯 at 21:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 抽象画の部(abstract)

投資信託を為替差益で失敗した (為替差益でか江戸幕府も崩壊したその恐ろしさ?)


投資信託を為替差益で失敗した


(為替差益でか江戸幕府も崩壊したその恐ろしさ?)


身内の知り合いが大和証券に就職決まったと報告受けたが、
その後彼が言った言葉、客にはいい情報教えないw
とペラペラ喋っていたことを絶対忘れない。面接などで植え付けられる
汚い思想であると思われるが、証券会社社員という人種は通常の商売のような
顧客満足を目指す仕事をしてはおらず、客を食い物にするために仕事をするクズで
あると実地でわかった。

投資信託で失敗したのは銀行でしているから大きく損するものではないと思っていたことである。一つは確かにそうだった
もう一つすすめられたカナダの国債で大きく損をした。
カナダというと一番評価が高かったし安全だと思っていたのである。
国債となると日本の国債をイメージしていたがまるで違ったものである。
為替差益で120円の時買ったが100円のときに売って大損だった。
つまり外国の国債でも安全と思っていても為替差益がものすごく影響しているのである。そして為替の変動は予想もつかないのである。


幕府の閣僚の最大の失敗は、為替レートで騙されたことである。金銀の交換レートを迂闊に設定して、莫大な損失を出したことは良く知られる。幕閣の誰も経済に疎かった。
 日本の金1に対してメキシコ銀4で交換することにさせられた。
 額面は同等のようでいて、日本の金貨は金の含有量が多く、不利だった。

 徳川幕府は経済失政で滅びた(心の青雲)

この当時は金が世界の貨幣だった、金の含有量で貨幣の価値が決まっていた。それで日本の小判は金の含有量が高かったけどそのことを知らないで安く買い取られてそれで日本の財政を圧迫して江戸幕府の崩壊につながったと「心の青雲」で説明している。 
ここはいろいろなことで詳しい、反発することもあるが参考になるので毎日読んでいる
ここではすでにマネーゲームのようなことが行われていたのである。
それは金が今のドルと同じように世界の貨幣になっていたからである。
その貨幣の価値は金の含有量で決まっていたのである。
なぜスペインが一時豊になったかというとインカとかから金銀を集めたためなのである。略奪したためなのである。金が君をもたらしたのがスペインだったのである。
スペインと泥棒国家だったというのはそのためである。

そもそも銀行が何かとなるとこれもわかりにくい、不思議なのはなぜ銀行が問題になるかというとグローバル経済になったとき世界が金で左右され支配される結果そうなった
そしてドルを発行できるのはアメリカではなくアメリカの銀行がドルを発行する権利をもっているのである。

FRBはアメリカの発券銀行で有るばかりか、国際通貨でもあるドル紙幣を唯一発行しているが、驚くべきことに全株式の100%はロックフェラー家やロスチャイルド家を含むプライベートなエスタブリッシュメント(大手銀行)が握っているのです。

アメリカがイギリスの植民地だった時に、アメリカが紙幣を独自に作る事をイギリスが禁止しました。
通貨を貸し付け、利息を取り続けることは莫大な利益になるからです。
その後、アメリカは独立は勝ち取りましたが、肝心の通貨発行権の戦いには敗れました。リンカーン大統領は新通貨を発行時に暗殺され、新通貨発行は立ち消え、ガーフィールド大統領はFRBを批判した2週間後に暗殺され、ケネディ大統領は通貨発行権をFRBから取り戻した半年後に暗殺され、再び新通貨の発行は取りやめとなりました。暗殺の原因がその理由かどうかは議論の分かれるところです。

FRBはアメリカの発券銀行で有るばかりか、国際通貨でもあるドル紙幣を唯一発行しているが、驚くべきことに全株式の100%はロックフェラー家やロスチャイルド家を含むプライベートなエスタブリッシュメント(大手銀行)が握っているのです。

これは陰謀論でいろいろ言われる、その最大の理由がこうして銀行が支配している、紙幣を発行するドル発行することで金で世界が支配できるシステムになっている、それでグローバル経済が批判されるのである。
マネーゲームの胴元がロックフェラー家やロスチャイルド家などでありそこに世界のマネーを支配するとなる。
それは見えないからこそ陰謀論になるのである。銀行は世界を支配する要としてあるから問題なのである。

いづれにしろ為替差益というか金の価値は世界を旅すればわかるけど後進国に行けばわかる。中国でも前は十倍とかの差があった。今はもう何か中国と日本の円でもドルでもそれほど差がなくなっている。
為替差益というのは何かグローバル経済の異常性を一番示していたのである。
それて江戸幕府まで滅びる原因となっていたという指摘は新鮮だとなる。
なんらか経済が金がどこでも関係しているからそうなる
侍が藩が商人から金を借りていたというのもどこで侍が偉いのかとなる、士農工商はただ職業の分類であり相違にすぎなかったというのはそのためである。
つまり金を借りた方は必ず支配される方になるからだ。
金を借りたらそれを返すために奴隷化されるからだ。女性は身売りされるし奴隷化されるそして借金においつめられて犯罪に走るのが推理ドラマのバターンなのである。
当然借金した武家は藩はそれで商人に支配されてゆくことにもなる。
それが江戸幕府が崩壊した大きな要因だだったともなる。

「版籍奉還」と「廃藩置県」で諸藩は消滅し、大名は「華族」となって東京に在住します大名たちが領地を召し上げられても喜んで従ったのは、借金返済を免除されたからです

こういうことは確かにあった。明治維新も裏側を探ればそうなる。
人間は何かやはり金が経済的理由が動機となるのが多いからである。
犯罪だってそうだし金絡みの事件が多いからそうなる
世界的な動きでも金絡みでありグローバル経済になると余計にそうなる
為替差益とかはすでに明治維新の時もありそれが江戸幕府を滅ぼしたというときもそうである。戦争も常に金がからみ金からみる人もいるのもそうである。
軍資金がないと戦争もできないからである。それでユダヤ人が裏で金であやつっているとかの陰謀論になる。
今はその中心に銀行がからんでいるから何か銀行は今はいかがわしいし銀行員も何かうさん臭いとか証券会社は特にそなる。詐欺的な職業と化しているとなる
グローバル経済自体がもうマネーゲームでありそれに反発する人が多くなった。
その金はほんの一部のものに陰謀論ではロックフェラーとかロスチャイルドに集まる仕組みになっているとかなる

とにかくカナダの国債で大損したのは為替差益でありそれが盲点だった。
だから知らない人は投資はすべきではないというのは本当だった。
投資信託の仕組みは複雑すぎわからないのである。
結局人間は何でも経験である。株であれ投資信託であれ何でも経験しないとわからないのである。いくら本読んでもわからないのである。

人間は痛い目にあわない限り理解しない

これが人間なのである。津波でも原発事故でもそうである。人間は痛い目に直接自分があわないかぎり理解しないのである。
それは個々人が苦労していても自分が実際にそういう苦しい目に会わない限り理解しないのである。それが人間の盲点だったのである。
でも人間の経験する範囲は極めてわずかだからどうしても失敗するということになるのである。

タグ:為替差益
posted by 老鶯 at 10:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会問題の部