2017年08月23日

一つの抽象画から変化するから大量生産できる (春の森-forest in spring)


一つの抽象画から変化するから大量生産できる

Because I change from one abstract picture,
I can produce it in large quantities

(春の森-forest in spring)

youthfulimage1.jpg
ORIGINAL ABSTRACT PICTURE

CHANGE 

springforest11.jpg

springforest11333.jpg
A WAY OF FOREST IN SPRING

springlake111.jpg

A LAKE IN SPRING

springfloer345.jpg

FLOWER IN SPRING



最初の抽象画は簡単である。これは春の感じだなとして変化させたらやはり春のイメージの抽象画がいくつもできる

抽象画は単純なのが抽象画である。単純に色をモザイクに分析しただけで抽象画になる
これは春の感じだなとか秋の感じだなかとかる
色の配合でモザイクでもいくらでもできることになる
その組み合わせは無限蜷くからだ

だから一つの抽象画いくつもにまた変化する,すると無限にできるともなる
それは全く絵を描く才能から作られているのではないのだ。
そこがcomputerの抽象画の最大の不思議である。

ただ作る方でも化学実験のようにして作っているのである。
これは何にしようかなとか画家が絵を描くのとはまるで違っている
むしろ科学者であり実験しているという感覚になるのである。

何かしら人間は才能があってできる,でも全く才能がなくてもできる
それはcomputerが作り出したものだからである。
ただcomputerにはただ色を配合してもそれが春だと秋だとか見ることができない
今回の春の森という題でもこれが春の森として見ることはできないのである。
そこがcomputerと人間の相違だとなる

人間は自然界から多様なものを見ることができるようになっている
それは長年の積み重ねでそうした感性が養われているからである。
computerにはそれができないのである。おそらく永遠にcomputerにはできない
画像解析がいくら進んでもcomputerが芸術を創造できると思えないのである。


The first abstract picture is simple. If I do this when it is a spring feeling and change it, after all it is possible for some abstract pictures of the spring image

It is an abstract picture that the abstract picture is simple. It will be possible for with the mosaic by autumn feeling -colored combination plenty that this which becomes the abstract picture just to have analyzed a color into a mosaic simply is a spring feeling, putting it together is 

Therefore it that it is when I do it even if it is possible endlessly which changes into some one abstract picture again is not made by talent to picture a picture in at all.
There is the biggest wonder of the abstract picture of computer.

Even a person making it does it like a chemical experiment and only makes it.
This is that it is in the sense that rather it is a scientist and tests totally different from a painter drawing a picture what you should be going to like.

This is because it which but it is possible for without talent at all which some human being has talent, and there is is the thing which computer created.
Even the title called the spring forest at this time when I cannot watch it in autumn in spring even if I merely combine a color with computer cannot only watch this as a spring forest.
When it is a human difference, there becomes computer

As for the human being, it which comes to be able to watch a variety of things from the natural world is because such a sensitivity is fed by longtime accumulation.
There is not it in computer. Probably think that computer can create art even if image analysis not to be possible advances to computer how much forever, and there is not it.

2017年08月22日

駅からの足がないことが鉄道の大きな問題 (鹿島駅の時刻表を作る)


駅からの足がないことが鉄道の大きな問題

(鹿島駅の時刻表を作る)


今日来ていたのは相馬市から来た人だった,わざわざ二時間も遅れたのに乗るという
その理由が相馬市からのバスがないからだという
相馬市街に住んでいるのではなくちょっと離れているからバスの便がそれぼどないから
そのバスの乗るために鹿島駅で待っているという。

鉄道の最大の問題がここにあった,みんな駅に高校生でも息子でも孫でも車で迎えに来ている,駅からの足がないからそうなっている,タクシーだと町内は600円内で行けるが離れると高くなる,だから普通には利用しにくい。
それで9人乗りの乗合タクシーなどが一時小高の方で利用されていた
今は子供の通学などに使っている

電車が利用されないというとき電車にだけ乗せようとしても乗らない,交通は鉄道だけではない,今では車が主流となっていると車と結びつかないと電車も利用しにくいのである乗り継ぎができないので田舎だと町から離れて住む人が多いから車になる
なぜ東京とか都会だと電車だけでまにあうかというと電車で用をたせるようになっているからだ。車がなくても不便がないのである。
電車とバスでも連結したようにして利用できないと電車も利用されないのである。

その女性は二時間も待っていたのは暇な人だからである。なんでも息子がアメリカに仕事で住んでいてインターネットで連絡しているという,それでタブレットをもっていて見ていた,おばあちゃんなのに60代なのか先進的である。
それは息子が与えたのと連絡するためにもたされたともなる

その人はアメリカとハワイには行った,タイにも息子が住んでいて行っている
この辺で60代くらいになるとそういう人は少ない
でもそういう国際化はグローバル化は田舎にも及んでいるのである。

アメリカの高速道路にはサービスエリアとか休憩所があっても小屋のようなものしかないという,日本ではパーキングエリアとサービスエリアがある。
サービスエリアは50キロごとにある,鹿島のセッディセとかのサービスエリアがある
アメリカにないというときアメリカが広いから50キロごとにもそうした休憩所がもうけられないのかもしれない,アメリカは広いから高速でも違ってくる,高速はアメリカでは無料だというときずいぶん得だなとも思う
日本では人口が密集して狭い場所だから細分化してサービスする所がもうけられる
アメリカだと次の街から街で相当に離れていることがあるだろう
するとその間にサービスする店も休憩所もないとなる

アメリカだと鉄道の軌道も広いしアムトラックだとソファーでゆっくり寝れた
アメリカ人の太った人が座っても十分に余裕があるからだ
だからホテル代をうかすことができた,日本は窮屈だから眠れないのである。
アメリカが土地が広いというとき土地が無料だったというとき
その考え方にも影響する,人種差別があるにしても広い土地だから棲み分けができるという,それで摩擦が起きるのを防いでいるともいう。
日本では近接して密集して住むから必ず摩擦が起きやすいのである。

ともかく駅は必ず待つ時間があり一人の女性は買ってきたのかおにぎりを食べていた
弁当でも食べている人がいる,それは待つ時間があるからだ
だから駅前の自動販売機は一番売れている,待つ時間に飲む人が多いからである。
人の出入りが多いところは商売になりやすいのである。

時刻表を作った,コピーで十円である。
自宅での印刷はかえってインクカートリッジでコストが高くつく
そしてうまく印刷ができない,コンビニのコピーだと写真もきれいにとれていた
前は相馬市の方でしていたが遠くてできない
何か全部自宅で機械を用意してやるのはかえって今は損である
洗濯でもコインランドリーが安上がりである。
乾燥機を6万で買って失敗した,生活が変わっているときそれに適応しないと損になる
印刷はスキャナーとしては使いたがその他印刷となるとうまくいかない
インクが消耗しやすいから損なことに気づいたのである。

この時刻表は印刷自由です

(A4の大きさに印刷できます)

timepole221.jpg

母親が三人変わり異常化した女性? (血縁の家族に平和はない?)


母親が三人変わり異常化した女性?


(血縁の家族に平和はない?)


母の実家はママ母が入ってきて異常化した,その継母が異常に気性が荒かったからまた混乱した,一人の母親は追い出されたとか次の母親は水から出てゆくとか分離したのであるだから娘は三人の母親をもったことになる
ただ三人の母親にかわいがられたのだから経済的な面では苦しむことはなかった恵まれたものだった。実際にこの世ではもっと苦しい境遇で生まれ育つ人がいるからである。
だからその人が特別境遇が悪かったともいえない

ただ三人の親にもそれぞれ非があった,それがあとでそれぞれにカルマ受けた,罰を受けたとなる,生みの親は5才くらいまでしか一緒にいず出て行った
今この人は最後にその娘に頼って老人ホームに入ったが認知症になって苦しんでいて何がなんだかわからなくなっている,その娘と再婚した先の息子は実の子ではなく愛情はなく金目あてだけなのである。
その親は恵まれたの人の後妻になったので金がある,でも金があってもその実の娘も全く愛情などないのである。そんな人に頼らざるを得ないのが悲劇だったのである。
ドラマで子供を手放すなというがそのことなのだろう。
子供を手放して自分は裕福な人の後妻になったのは勝手だとなるから当然娘も愛情などないとなったのである。

それは他人事ではない,自分もそうだった,頼ったのが泥棒だったのである。
だから大金を失ったのである。それはたまたまそういう事情が生れてそうなった
何か困ったとき頼る人がいないと悲惨なことになる
だから結婚しないとかまたニートとかは悲惨な結果になる
人間は先がどうなるのかわからないからそうなるのである。
しかしどんな人も必ずカルマが60以降に現れやすい,なぜなら人生の総決算みたいなことが起こる,それは最期の時に起こるからだ。

どんな強い人でも弱者化するのが老人である。金があっても認知症になったりしたらどうにもならない,第一金のことがわからなくなるからである。
そしてそこに金の亡者が集まってくるのだから地獄となる
人間は愛情がある家族がいなかったから金ほしいだけになる
金をとったら捨てられるということである。

結果的にどうなったとかというと異常に気性の荒い継母は最後は老人ホームで目が見えなくなり自分の母親に看取られて死んだのである。
自分の母親はその継母にいじめられていたのである。でも母は最期を看取ったのである。そして悪かったなと言って死んだのである。

母親が三人いた娘は三人目の母は実の母ではないがずっと一緒にいた。
でも反発して娘は病気になったときもめんどうみなかった。
それがわかったのは「ひどい娘だわ」といって白血病で死んだ
ただ救われたのは介護もないしあっけなく死んだから良かった
もし介護状態になったら最悪だった

ただ自分から見てわからないのはその母親は一番長く一緒にいて娘を世話していた
だからそんな冷たいことをできるのかわからない,別に自分の母親のように継母としていじめたわけでもしいからである。
何かいろいろあっても普通の人なら愛情をもつからである。

ただその娘は実際は異常人間と化していたことがわかった
それも何十年と接していないのだから自分にはどうこういえない,ただ明らかに普通の人間ではない,自分の母親になぜ
「おばちゃんは金あるんだから金でめんどうみてもらへ」と
血相変えて去って行った,それは狂気だった
別にめんどうみなくても何もする必要がないから来なくなればいいことだからである。
別に世話してくれとも言っていないからである。

ともかく前にも書いたが自分の家系は何か不和をもたらす家系だったということはある
ただそもそも家族というのは本当に理想的な家族があるのか?
何かしら問題が生れてはないか?
人間の家族は理想的なものなのだろうかとなる
自分もそうだが血縁とかにこだわることも問題を起す,血縁で結ばれるのが果たして人間としていいものかという疑問がある。

だからキリストは結婚すること,血縁の家族を否定したのである。
仏教でも同じである。出家することが宗教の基本にあったからである。
血縁とかには結婚とかには根本的に平和がない
それは肉の結合だからである。精神の結合ではないからである。
肉の結合たる家族が理想的なものではなく不和をもたらす,そういう宿命が家族にはあるし親子にもある,人間が本当に結ばれるのは血縁ではないというのがその教えなのであるだから家族には自分でもそうだが常になんらかの問題が生じる,理想的になりえないのである。
天国で結ばれるのは血縁ではない,愛で結ばれた人達が作る国だからである。

2017年08月21日

支援がすべていいように働かなかった (復興団地も住宅も一時的な住まいなのか?)


支援がすべていいように働かなかった


(復興団地も住宅も一時的な住まいなのか?)


支援すると、意図的に弱い立場に固執する人が生まれてくる

この辺でも津浪の被害地域でもこのことは起きていた
そのことはずいぶん書いてきた
支援されるのはいいとしてそれが自立に向かわない,かえって一方的にいつまでも支援されるものとなり支援を延々と要求するだけになる
支援する人が悪いのではないが人間は楽な方に向かう
支援してくれる人がいれば楽だからいつまでも支援してくれとなり自立をしない

この辺ではそういうことが極端に起こった,原発避難者は常に支援されるものであり外からボランティアがいつも来ていた,そのボランティアが悪いというのではない
常に支援されるものであり自助努力を失っていった
現実は毎日パチンコでありギャンブルしていたのである。
だからボランティアの人達も矛盾を感じたというのはここで言っているのと同じだった
特に地元では支援する気持ちもなくなってしまった

だから例えばこの辺では小高の人達はみんなこんなに支援しているのに地元の人は支援しないのかと怒りにもなっていたのである。
補償金をもらえるのは当然でありそんなことで文句言うなとなって分断されてしまったのである。それをマスコミが後押ししたから余計にそうなった
だから地元の人はおおっぴらにはそのことは言わないのである。

原発避難者が大量に入ってくることは何であれ摩擦になった
それは移民でも大量に入ってくると摩擦になる
これはどこでも当然なのである。どこにもそれなりに共同体があってそこにそれだけ大量の人が割り込むと摩擦が生れる
ただ外から支援する人は歓迎された,でもここでは支援する人も必ずしも自立させるものではない,いつも支援されるとその支援が当たり前となり遂には要求するようになる
それが人間の性質である。楽をしたい,もっとくれとなる

そういうことはこの辺では放射能被害とかいろいろあり要求しやすかったのである。
それは当然の権利となったからである。その権利は認めるにしてもそこから自立するとなるとかえって自立をはばむものにもなった
だから人を援助するものもむずかしいものがある
一見いいようでもその援助に甘い常に援助されるものであり楽をしたいとなり自立はできなくなる,結果的にはそうなってしまったともなる

最近は復興住宅というのが福島県の各地に建てられた,原町の復興団地は五階建てであり数が多いのに驚く,一つの街ができた感じにもなる,他にも三階建ての団地があるから数が多い,ほとんど浪江の人達である
でも復興団地は復興するものとしたら浪江だったら浪江に建てられるべきものではないかそうしなければ復興はないからである。
放射能のためにやむをえないからそうなっているにしても何かこれも違和感を感じるのである。

復興団地に住んでいる人は将来は地元に移るものとして住んでいる?
そのための復興団地である。でもその復興団地はもう地元に帰らないでいつまでも住めるそうしたら移住することになるのか?
移住したとしたらいつまでも補償金に頼るわかけにいかないから就職して移住先にとけこむ必要が出てくる,そして移住先で仕事があれば地元には帰らないともなる
だから何か復興団地というのもあいまいな宙ぶらりんな感じにもなる

もしこれが地元に建って住むとなるとまさに復興団地になる,そこで生活しなければならないからである。地元で生活するから地元を復興させようと自ずからするからである。
しかし地元から離れて住んでいればそういう気持ちが薄れる
ただ近くなると土地を見に行ったりして行き来しているから徐々に地元に帰還するようになるのか?
ただますます帰らない人も増えているのが現実である。

ただ移住先でもこの先補償金がいつまでももらえるわけではないとなる移住先で仕事をするとなると厳しいものがあるかもしれない
何か大工のように技術をもっている人は他の人は簡単に職につけるのか?
そして老人が多いということは復興の最大の障害ともなっている
老人は苦労できない,楽をしたいとなるから支援してほしいとかしかなくなるからである

復興団地も住宅も支援なのである。その支援が有効に働くのか?
地元の復興に役たつのかとなるとまた疑問になる
老人だったら復興住宅でもいつまでも住んでいようとなってしまうかもしれない。
そのために補償金を要求するし支援を要求するだけだとなってしまう。
でもまたそういうことを移住先で許容するのかとなると全面的にはならない
小高の住民は南相馬市だからまだいいとして浪江とかなるといつまでも浪江町民になる
とすると税金を南相馬市に払わないとか他でも問題になった
いつまでも住むとしたら南相馬市民とか他でもその市民や町民になるがなかなかなれない補償金をもらうためになれないということがある。
これもだから宙ぶらりんになっている

不思議なのは仮設に住むというのでも仮りの住まいであり何か何でも仮りの状態になったそれは住宅でも借りている人は仮りの家に住んでいるという感覚になる
それか大規模に仮りの状態で住んでいるとなったのかもしれない
街自体が仮りの街にすらなっているという感じになる
漂流者のような感覚になってしまったかもしれない。
どこにいっても仮(か)りの住まいであり仮りにいるだけだとなる

そしてこの世は仮りの世だというように宗教的にもなる,すべてが仮の世界になってしまう。一時的にいるのでありいづれはいなくなる
ただ最近小高の人はほとんどいなくなったし浪江の人のこともわからない
だからもどった小高でどういう生活をして何を感じて暮らしているのかわからなくなったこれも問題である。だんだん内部でも外部でも関心が薄れ忘れられてゆく,いつまでも関心を外部の人でももていなからである。
するとそこにもどり残った人はそこでそさなりに自立して生活する他なくなる
不便でも不満でもその現実を受け入れざるをえなくなる,それが嫌な人は子供のいる移住した先に親も移るとなる
ただ今になるとみんなどうしようとしているのかわからなくなった
posted by 老鶯 at 20:42| Comment(1) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2017年08月20日

鷺がもどり川に群れて眠る (生態系の回復が復興でもあった)


鷺がもどり川に群れて眠る


(生態系の回復が復興でもあった)

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白いのが鷺である。数えれば50羽以上いた



霧雨やあまた鷺もどり眠るかな


数えたら五〇羽以上いた,白い点が鷺である。前はこうして群れて巣を作っていた,鷺は夕方になると一カ所に集まり眠る,烏もそうである。
これを見てこの辺では生態系が回復したと見た
田んぼが増えた結果,そこに蛙なども増えて餌になるものが増えた結果である。
田んぼは水が流れるから生態系を形成するものだったからである。

復興というとき街の復興だと前のような街並みとか住宅地の復興となるのが田舎では生態系の回復が復興ともなる,田んぼは生態系の中にある,だから田んぼがなくなった原発避難区域では鷺はいないのである。
鷺でも蛙でもいないことは生態系が破壊されたからいないのである。

南相馬市は小高と山の方をのぞいて生態系が回復した
夕方に鷺が十羽くらい飛んだのを見たときはうれしかった
それは六年ぶりのことだったのである。

ともかく復興というとき田舎では自然の回復があって復興がある
放射能は目に見えないが森でも川でも汚染したのである。
その自然の復興は先が長いのである。
三〇年でセシウムが半減するとかその他放射性物質は消えない

飯館村辺りでは田んぼの土は削り取られている,それは無惨である。
だから鷺は田んぼが回復しないかぎり見ることはできない、
でももう飯館村では田んぼを作る人はどれだけいるのか?
あれだけ荒廃したらもうあきらめる人も増えているだろう。
そして鷺がもどらなければ生態系は回復していないのである。

蛙が夏の夜空に星々に向かって鳴いたとき復興を感じた
復興は人間のみにあるのではない,自然と共にある
それが都会などとの大きな相違なのである。
放射能汚染はその生態系を汚染したから罪深いのである。
蛙でも鷺でも住めないところはまた人間も住めないなのである。

この生態系を東京とか大都会になるともう無視されている
ビルと家の密集しかない都会では鷺や蛙を見ることができない
だからあたかも生態系などと無縁に暮らしているようになる
でも人間は生態系を離れてあり得ない
空気も生態系であり水もそうである。土もそうである。
そういうものが汚染されたら生きてゆくことができないのである。

都会にも放射性物質に汚染された水や食料しか提供できなくなるのである。
だから都会も生態系とは無縁でいられないのだけどまるで無縁のように生活しているのである
何かそのことが大災害が来て知らしめられるかもしれない,東京に住めなくなるかもしれないのだ。それは空想ではなく現実的問題となっているが危機感がないのである。

ともかくこの辺では当たり前にあったものが今になると貴重だったとなる
鷺もその一つである。鷺がもどって生態系が回復したことを示しているのである。
posted by 老鶯 at 19:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

人間何のために働くのか? (ただ金のためだけなのか?)


人間何のために働くのか?

(ただ金のためだけなのか?)


このことは自分の一つのテーマである。これはすべての人のテーマでもある。なぜなら日々働いているのが人間だからである。
でも働いている人自体がなぜ日々働いているのか?
明確にわかっていて働いているだろうか?
労働の経験がまれな自分がこのことをテーマにしているのも変だとはなる
ただ自分は働いたのではない,働かされたという経験しかない
金がほしい,その日の食を得るために働いただけだとなる
そういう人も多いしそれ以上考えないから別に金があれば多くの人は働かない
働くことを強いられている働くことは嫌でも仕方なく働いているとなる

まず家族のために働いているというのはわかりやすい,その一番の理由となるだろう。
働くのは嫌だけど家族を養うために働くことる生きがいを感じるからだ
でもその時働くこと自体に生きがいを感じるということではない
次に会社のために働く,会社が家族より大事に思うことさえあり企業戦士とか高度成長時代に言われた,戦士だから会社のために命をささげるほどに働くということである。
今でもそのことは継続している面がある,会社があってその人の存在意義がある
なぜなら日々会社に行き会社から月給をもらい生活が成り立つからである。

不思議なのはある会社がある,では無数にある会社はなんのためにあるのだろうか?
JRという会社がある,その会社はなんのためにあるのか?
それは人々に交通の便宜を計るためにある,そのために早く安全に人を運ぶことを仕事としている,それは考えるまでもないことである。
でも他に無数の会社は何のためにあるのか?
どんな会社も何かのサービスをするためにある?

建築関係になると個人的には快適な住まいを提供するということでわかりやすい,他に大きな公共的建てものを建てるということもある,それは個々人ではない,大勢の人のためのものもを提供するためである
医療関係だとこれも医者がいて患者を治すために働く,その他医者のすることはある
製薬会社は薬を作り人間の病気や予防などをする,それも実際は人にサービスするためである。
複雑な社会だからそのサービスも多岐にわたる,現代なら通信が発達している,するとそれを提供するためにITで働く,それもやはり人にサービスするためなのである。

何か会社というときこうして人に尽くす,サービスすることが基本にある
だから働くことは人にサービスすることだともなる,つまり働くとは自分のために働いているのではないのだ。
でもみんな自分が飲食して住居を得て自分が生活するために働いていると思う
他者にサービスするまえに自分の日々の生活のために他者にサービスする生活を強いられているともなる
現実に働かなくてもいい金があれば人は働かない,人にサービスするのはしたくないからだ,誰もコンビニでスーパーのレジで危険な建築現場で働くだろうか?
もし家でも自分で作るとしたら家族のために労を惜しまず働くのである。
他者のために家を建てるというときそういう動機はない,ただ会社のために金のために働くとなる

不思議なのは資本主義が修道院の中の労働からはじまったということである。
それは宗教的なものが信仰がバッグにあったということである。
そんなことが今や資本主義からイメージしにくい,宗教は人を助けるためにサービスするために働く,それが神の意志にかなうとなる,だから修道院では勤勉に働き人々に奉仕する,その結果として資本が蓄積された,仏教関係ではむしろ働かず人々の布施で生きていたから東洋と西洋では違っていたのである。
人間はそもそもそんなに働かないものだったからだ
資本主義社会は歴史的に異常に働く社会になったことは確かなのである。

宗教だと布施で生きるということは他者の労働により生きる寄食者にもなる
汗水垂らして働いた米でも農民からもらい生きることだからである。
だからこそ僧職にあれば最低の生活で身を修めて仏に仕えることになった
基本的にはそういうのが宗教のはじまりだろう。
ただ僧職としての専門家が生れて堕落したのは東洋でも西洋でも同じである。

明らかなことはウェバーが働くことにキリスト教の信仰にありそこから働くことが意義あるものとして奨励されたことである。
人間はそもそもそんなに働くものでは本来なかったからである。
働く動機がもてない,その動機が信仰に由来するとなれば人は無償でも働くとなる
ボランティアもこれとにているのである。無償でも働きたい,人のためになりたいと働くからである。生きがいとか何か他の動機があるにしろ他者のために働くのである。

働く動機は他に遊びたいから働くということが現代では多い,海外旅行したいからその金をためるために働くとか他に趣味を楽しむために働くとか遊びの世界が広がったからそのために働くのであり働くこと自体に意義を求めて働いてはいない
消費するために働くというのもそうである。何かうまいものを食べたい,でも金がないと食べられないから働き金を得る,金のために働くといってもその金を何に使うのかが問題になる,ただ貧乏になると衣食住のためだけだとなるだろう
その他そんなことを考えることはないだろう。一般的にはそうである。

現実に人を雇うがお手伝いさんなどはその家の塵一つでも掃除したくないのである。
金がほしいからしかたなくしているだけである。
ある人はただ金をくれといって家捜しされて大金を盗まれた
つまり他人の家で働く動機が全くない,金しかないから極端になればそうなる
家族だったら親でも妻でも自分の家だから掃除でも家事でもするのである。
そういうことは狭い地域で生きているとある
ゴミが道端に捨てられてあったが誰も拾わなかった,そこは自分の家ではないからそうなった,自分の家だったらするが外に出ると自分の家という感覚がなくなるからしないのである。それで自分がかたづけた,でも社会もまた家であり公(おおやけ)であり家なのである。

駅でボランティアしているのは自分の家のような感覚がありしている
自分の街がきれいになっていれば住んでいて気持ちいいからである。
自分の住んでいる所が汚いと嫌になる,だから山の斜面が土をとるために削られたのを毎日見ていると嫌な気分になったりする,景観というのは日々接する場所にいれば気になるのである。
それが一番現れたのは原発避難で街がゴーストタウンのようになったときである。
街全体に人が住まなくなり放置されればあのように荒廃してしまう
そしてそこに個人的に家に帰り住みたくないとなる,つまり常に自分の家のこと家族のために働いているが街全体のために働いているという意識がないのが普通なのである。
でも街全体が人が住まなくなり荒廃したとき実は意識しなくても自分の家のためだけではなく街全体の維持のために人々は働いていたのである。

だから本当は家族を維持するとしても街全体がなければ維持できない,それが原発で避難区域になったところで起きた。街自体がゴーストタウン化したからである。
働くというときいろいろあっても家族のためだけでもない,会社のためでもない,地域全体のために働かなけれも街が維持できない,それを如実に証明したのが原発避難区域である。

一人はみんなのためにみんなは一人のために(One for all,all for one)

そういうものとして街はあった,それが失われたのが原発避難区域の街だったのである。
いづれにしろ人間の働くことも多様でありそれをもはや解きあかすことはできない,これだけ複雑な社会になると余計にそうである。
ただ基本的に人にサービスするということが働くことにはある。
実際に鉄道でも人々がそのサービスがいらないとなると維持できなくなる
そのサービスが必要ないということは人のためになっていなから鉄道で働く人もいらないとなるからである。
その人のためにサービスすするにしても社会が変わればまたその職でもなんでも変わってくるのである。
ただ基本的に人に何かを与えるサービスするということが働くことのベースとしてることは確かなのである。
ニートとか無職は何も与えないから社会から責められることになるのである。
働かない人が金をもっていても批判されるのは人にサービスすることをしないからだともなる,何かを与えないからだともなる,ただもらうだけの人だったらその人は例え金があっても批判の対象になるのである。
posted by 老鶯 at 17:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会問題の部

2017年08月19日

無人駅で一番困ったことが今日あった ( 切符がなく駅で料金を払うことができない人)


無人駅で一番困ったことが今日あった

(  切符がなく駅で料金を払うことができない人)


今日仕事で福島駅から来た人が乗車証明書はもっていたが切符はもっていなかった
それは鹿島駅で清算する証明書だったのである。どうしてそうなっていたのか何かありそうなった
それでどうしていいか迷っていた,それで原町駅に連絡したら切符入れに金をいれてくれと言った
前にも切符入れを回収すると小銭が入っていた,今度の金は大きい
その人は別にそのまま駅を出てもとがめられることはない
たまたま自分がいたから聞いてきたのである。

こういうことで良心的な人はいるものだと思った,かえって無人駅で金払わなくてすんだと得したと思う人もいる,自分などはそういう面があった。
その人が金に余裕があるからなのかと思ったがそうでもない,なぜなら3,4キロある自動車のリース会社のあるところまで歩いて行ったからである。
金を節約するために歩いて行ったからである。タクシーで行けばやはり1500円くらいとられる距離だから節約した

それで原ノ町駅にインターホンで連絡した,料金はわかった
その人は1940円と料金として入れてくれといったがこまかがないので2000円入れたのである。この金は大きいと思う,普通は小銭が多いからである。
その人はこの駅が無人駅だと知らなかったと言っていた
これは無人駅の一番の問題だったかもしれない
料金を無人駅では清算できないのである。みんながスイカを利用できるわけではないからだ。

このように無人駅は万能のようにみえても最も肝心な料金を回収することができないということがあった,鹿島駅は結構乗り降りがある駅なのである。
それで昨日は市の地域振興課の人が二人乗客数を調べていた
何か駅を地域振興のために調査しているのかとなる

確かに地域振興というといろいろあるが駅も大きな部分をしめているかもしれない
鹿島駅は人の出入りが結構多いのである。
今日は小高で花火大会があると浴衣を来た若い女性が電車に乗って小高に向かった
今日は小高はにぽやかになっているだろう。
通りも暗いから人が集まるのはいいことである。
ただ直通で行く電車がまれなので行きにくいのである。
その辺がまだ改善されていないのである。

蝉の声と雨(相馬六万石の城下町)


蝉の声と雨(相馬六万石の城下町)


蝉の鳴き電車の待ぬぬ駅舎かな

雨しとと蝉の声ひびき城下町

城下町出会える女や秋の雨

城下町かぼちゃの花に雨のふる

蝉の声柳しだれて城下町

城下町屋根の低くも秋の雨


六万石城跡に秋の雨しとと今日たずぬる人もなしかな


今年の気候は本当におかしい,この雨は秋雨なのか,それとも梅雨のつづきのなか,夏ななのか?季節がわからなくなっている
だから秋の雨とするのも何かあわないのである。
蝉の声にしても秋の蝉になっているがその前に夏の蝉の声があって秋の蝉になる
それがぬけているからおかしくなる,蝉の季語は夏でありその夏が早めにあって梅雨がつづているという感覚になる
ということは俳句の季節感が狂ってしまって俳句にならないともなる
俳句は季語を基にしているからそうなる
これから残暑になったらまた季節感が狂ってしまのうである。

相馬市まで用事があって二カ月ぶりくらいに行った,最初一カ月は暑いから行けなかった次に雨で行けなかった,自転車でも行けない,原町まではなんとか行った
相当に今年は体が弱った,夏ばてにもなった

相馬市は城下町の風情があるというとき実際は何もないのだか街の形が変わっていないからだろう。城下町のままの町割りになっている,だから駅前から発展した原町とは全然違っているのだ。
そして平凡なことだが屋根が一般的に低く感じられる,高いビルがない
すると何か江戸時代のような町に見えるのである。

公共施設が入母屋作りにしているのも効果的である。だから相馬市は歩いているだけで情緒がある街である。ただ何かもないということはある
その何もないということがいいということがある。
現代派はなんでもありすぎて情緒を壊しているからである

傘をさして一人の女性と出会う,なにかそうした当たり前のことに人間的なことを感じる日本には雨が多いから雨の情緒があった,それは歩いていると自ずと生れる
車ではその情緒を味わうことはできない,車は常に情緒を壊すものとしてある
自転車でも歩いて感じるものとは相当に違う。
歩いていると一軒一軒の店でも家でも見るのである。
だからこそ歩く生活なら街の通りを見るから街が活きていたのである。

城下町といっても相馬六万石となると回りは田畑であり淋しい風景だったのである。
今その名残はある,まず観光客が野馬追い意外でたずねてもここに発見するものがあるだろうか?城跡にしてもここに城があったのかとも思う
何か城下町というものも感じない,だからここが観光の目的地にはならないだろう。
でも何か街の雰囲気はそれぞれ違ったものがある。
相馬市と原町を比べると明確である。そのことはいつも言っているがやはり相馬市は城下町だからそうなっている,でも外から来た人にはわからないのである。

戦意を喪失させられた日本人 (原爆のショックは永遠に消えない)



戦意を喪失させられた日本人


(原爆のショックは永遠に消えない)


NHKの放送で「なぜ日本は焼き尽くされたのか〜米空軍幹部が語った“真相”」を見た
アメリカ軍がB29で日本を焼け野原にしたのは日本が戦争をやめさせるため,市民までまきこんで爆撃した,市民に戦意を喪失させるためにやったという
その目的はあまりにも見事に想像した以上に効果を発してアメリカでも驚いたという
原爆を落としたのも日本に戦争をやめさせるためだったと常にいう
理屈あとでどうでも言えるのである。

こうした焼け野原された日本人はその後どうなったのか?その惨状を見たときどうなったのか?

まさに言葉を失った

言葉に現せないものとしてこの世の地獄を見たのである。爆撃して焼かれた人が子供でも写されていた,それは地獄の光景だった,戦争は非道でありイスラム国だけが非道ではない,過去の戦争でもそれ以上のことが行われていたのである。
戦争というは人間の悪を最大限にひきだすものとしてある。
日本のことを非道というがアメリカの非道も信じられないとなる
それはあまり赤裸々に報道されないからわからないだけなのである。
インターネットを調べればその悪逆非道に戦慄を覚えるだろう。
そんなことがあったのかとういことである。人間の悪逆の限りが尽くされたとなるのが戦争だった
アメリカ人の悪逆非道の方が日本兵の非道よりどうしても勝っている
その悪逆非道を知ったら身の毛のよだつようなことが現実にあったということに戦慄を覚える

ピカートもナチスについて言っていたが

まさに言葉を失った

それが第二次世界大戦の結果だったのである。アメリカが正義でもなんでもない,ただ戦争の勝利者になったというだけである。
それも膨大な人命の犠牲の上に勝利者になったのである。

結局日本は戦争に負けてどうなったのか?

今でも戦意を喪失してしまった

そのあまりの悲惨さに戦争というのは口にしたくないとまでなった
だからウヨが戦争を鼓舞しても日本人は別に9条を守れば国が守れるという左翼も極端だがそもそも日本人は原爆であれなんであれ日本は戦争をする戦意を今でも喪失しているのである。
もちろん戦争をじかに経験していないものがそう言っても説得力がないことはわかる
でも戦争の悲惨さは映像でも残っている

それは津浪とかともにている,あの悲惨な状態の前に自然の大きな力の前に言葉を失ったただ茫然としているというだけだったのと同じである。
あれだけ大きな力を示されるともう何も言えなくなる,ただ自然の力に驚嘆するだけだとなる,それと同じようなことが戦争で起きていたのである。

日本はアジアから中国とか韓国から戦争のことでバッシングされるけどそもそも日本はその報いを敗戦の焼け野原で受けているのである。
なぜそれだけのことが成されたのにさらに日本をバッシングするのか?
それは「水に落ちた犬は打て」になる,弱者になるとかえってその弱さにつけこまれて個人的にひどいめにあったことを書いてきた
それは国家間でも同じなのである。

韓国や北朝鮮は常に不満をもっている,強いものにたかれつづけられた国である。
だからこそその腹いせを日本人に向けているのである。
日本人は確かに今戦わなければ国も守れないと危機意識をもつ
でも戦争で戦意を喪失してまった,悪くとれば戦争する気力がない,意気地がないともなった,それで非戦国家になり9条だけに頼る弱い国家でいいのかとなる

でもあれだけの戦争の悲惨さを見たらとにかく戦争はしたくないと別に経験しなくてもなる,自力で国を守らねば侵略されるというのもわかる
でもその戦意が喪失させられている,それは戦争が終わっても継続しているのである。
それだけ戦争の影響は大きかったのである。
日本全土が焦土となった記憶は簡単には消えないのである。

ではアメリカの戦争犯罪はこれからどう罰せられるのだろうか?
それだけのことをしたアメリカはやはり良心に怯えている
戦争を終わらせるためだったという理屈はただ理屈である。
その良心からその悪が消えることはないのである。

その報いはやはりカルマとなってアメリカに向かってくるかもしれない,なぜ今北朝鮮がアメリカに狙いを定めて核弾頭のミサイルを打ち込もうとしているのか?
それは日本もまきこむのだがやはり原爆を使用した日本を実験場としたカルマであり
核に怯えているである。
核爆弾を使ったものはまた核爆弾が落とされるという恐怖におののくことになる

国内的に人種差別でもめているようにアメリカ自体が分裂するかもしれない
人種差別が日本人に対してもあったがアメリカは白人主義だけではもう成り立たない国である。人種差別したら第一国内で統一できない,それだけ白人ではない人達が増えすぎたのである。

ともかく戦争は人間を非道にする,もう歯止めがきかない,ルールもなにもなくる
人間の悪の限りが戦争で噴出する,それが第二次世界大戦の結果だったのてある。
だから日本はその戦争を身をもって経験した唯一の国なのである。

日本人はもうどうしても戦争ができない

戦意が喪失した

それがいい悪いと関係なく戦争に負けた結果として日本人にもたらされたのである。
要するにアメリカも全土が焦土になれば戦意を喪失する
そういうことが核戦争ではなりうる,なぜ北朝鮮のような弱小国にアメリカがおびえなければならないのか?
それは核がそうさせているのである。核はアメリカでも怖いのである。
日本を空襲するとき飛行機を爆撃する体制が日本にはなかった
だから空襲も容易と見たというときもそうである。
やはりアメリカも核は怖いから簡単に攻撃できないのである。
そして核の呪いがカルマがアメリカに回ってくるかもしれない,それをしているのが北朝鮮なのかもしれない,それはアメリカだけではない,日本も恐怖である
ただ一番恐れているのはアメリカだとなっているのである。
posted by 老鶯 at 05:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2017年08月18日

金の損得,人生の損得 (あと何年生きるのか?)


金の損得,人生の損得

(あと何年生きるのか?)


年金を早くもらえばすでに400万もらえた,最後までもらわなかったから繰り下げしたからそんなにすでにもらえていたのかという驚きもある。
ただたいした年金ではない,国民年金はたかがしれている
でもその400万をとりかえすのには80越えないと元がとれないというのも良くわからなかった
人間はそもそも金の計算ができない,あと何年生きるかもわからないからだ
親戚の人は60で死んで厚生年金がもらえなかった,そういうこともある
自分の母親は60才で3万もらって失敗したといっていた。
なぜならそれから100才も生きたからである。65才からもらうと5万くらいもらえたのかもしれない,そうなると差が大きくなるからだ。
それでも3万×12×40=14400000になった,千四百万になっていたのである。

自分の母親は趣味もなにもない,働くことがしかない,花さえ無駄だとしていた,田から金は使わない,馬鹿げているのはそのためた金も盗まれたが不思議なのは認知症になっていたためなのかどうかわからないが無頓着になっていたのである。
金のことが良くわからなくなっていたのかもしれない。
姉は本当に認知症になって金のことがまるでわからなくなっていた
いくら自分が金をもっているのかもわからなくなっていたのである。
それで銀行からも金をおろせなくなっていたのである。
このことには本当に驚いた。

人間は終生金に異常にこだわり生きている,普通に生きているときはそうである。自分の親も身内もそうだった,金のために大喧嘩したこともある
でも結果的にどうなったのか?そのこだわっていた金も盗まれたり認知症になり銀行からおろせなくなったのだから金はもう自分のものでなくなったのである。
自分の親は金を盗まれたといったとき笑っていたのである。
頭が正常な時は一円も無駄にしない人だったのになぜ大金を盗まれて笑っていたのか解せないことだったのである。

いづれにしろ人間は金も計算どおりにいかない,人生が計算どおりになった試しがないのだ,何か必ず不測の事態が起きる,津浪や原発事故がそうだった
そこで予定がまるっきり狂ってしまうのである。個々人なら病気になったり事故が起きたりする,それで人生が狂ってしまうのである。

だから人生など計算できないし何か損得なのすらわからない
人間は懸命に得しようとしていきているのだけど結果として何が損得かも最後はわからなくなる
得だったものが損だったり損した思ったことが得だったりもする
人生の損得など誰もわからないのである。

美人と結婚できなくて損したとか何に何しないで損したとかいろいろ老人になって後悔する、でも最後はどうでもいい,それは若い内ならそうなる
人間は結果的に何が損か得なのか,本当にかわらないのである。
結局塵となり灰となってみんな終わるだけだとなる
大金持ち地位ある人も美人も行くつく先は老いることであり死である。
それはみんな平等である。いくら金持ちでも老いを金でみんな補うことはできないからだ失われた美貌は決して帰ってこないのである。

人間はもっとうまいものを食べていれば良かったなどと最後に思わないだろう。
老いて病気になるとますどんなうまいものでも食べたくないからだ
食欲があって健康であってうまさを感じるからである。
健康なくしたらいくら金があってうまいものが買えても何にもならない
それで自分の父親は病気になりサシミを食べれるようになったが食べたくないと言って死んだのである。
明治生れの人であり一生貧乏だったが最後の二三年金持ちになったがその時は病気になっていたのである。

人生の損得など最後になると本当にわからない,何が得したのか?何が損したのか?
それも良くわからないのである。みんな得しようとして懸命に生きてきたはずなのだが最後は金をためても金をおろせなくなったとかの喜劇なのか悲劇なのか
金にそれぼと執着しても何の用もたさなくなったのである。

金は別にないよりある方がいいことは確かである。
ただ人生の損得の計算はできないということである。
結婚して得したのか損したのかそれもわからない
結婚しないで損したのか得したのかもわからない
結婚しない損は実際は自分の経験では大きかった,病気になっても誰もみるものがいないからだ。でも自由に生きたいうことは自分の場合大きな得だったのかともなる
自分の場合は社会に適合できないからそうなっていたのでありそれて得だったともなる
まず自分は無理をしなかった,疲れたら寝ているだけだから体が弱くても生きられたのかもしれない,母も体が細くて力ある仕事などできない,でも百才まで生きたのは無理をしなかったからだと言っていた

でもそれが得した,百才まで生きたのだから得したのか?それも良くわからないのである得したというか俺は生きたとかなるのは実際は危険を乗り越えたり困難を克服したりするときである。その時俺はやったとなり達成感がある
その時こそ本当に生きたことになり生の充実感を得る
でもそれは危険であり死ぬこともある,だからこそ生きたということに価値が生れる
そういう経験を一回もしないとしたら生きたとも言えないのである。

そもそも人生は損得では計れない,損したことが実は大きな得だったこともふりかえればあるだろう。運不運もあり不運にも若くして事故で死んだりする人もいる
ただわかっていることは時間をともかく人間はみんな無駄にしている
金は一円でも無駄にしないように生きているが時間は本当に浪費しているのである。
時間は金のように計算しにくいからそうなる
若いときこの先ずいぶん長いなと思っているとあっというまに時間がすぎてしまう
白髪の老人となりもう死を待つだけだとなる

要するに死を前にして人間の損得などたいしたことではないのかもしれない
大きな家に住めなくて損だったとか,うまいものが食べられなくて損だったとか,美人と結婚できなくて損だったか,いろいろ損なことを考える,でもどうせ死ぬんだとなると
そんなことどうでもいいやと最後はなる。
要するにソロモンのようになるのである。どんな栄華を生きても最後は人生は虚しい,死があるだけだとなる

あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ

こうなるのである。ただ自分として後悔しているのはヒマラヤに一回しかいかずその時曇りで8000千メートル級の山が見えなかったことである。
だからヒマラヤにもう何回が行きたかったが行けなくなった
それはなぜか?そもそも外国に行けると自分では思っていなかったからだ
外国でもどこに行くか迷う,やはりヒマラヤは見物である。
十回もヒマラヤに行ったという人がいたがそれだけ行ったら満足だとなる
今の時代でヒマラヤだろうアフリカだろうがどこにでも行ける時代である。
ただ老人になり体力鳴くなと行けない,だから若い内に行くべきだったとなるが時遅しとなってしまったのである。

要するに登山でも旅行でもいつもその機会が与えられているわけではなかった。
これだけ旅行した自分でも外国に関してはそうだった,外国を知らなかったからである。
だから若い人は老人を見て何が失敗したのか後悔しているのか良くしるべきである。
このことは若い人同士ではわからないからだ
後悔しないように生きるためにはどうするのかを良くしるべきなのである。

2017年08月17日

建築現場で人手不足-死者が出る (オリンピックをやる今意義あるのか?)


建築現場で人手不足-死者が出る

(オリンピックをやる今意義あるのか?)


大手ゼネコン「大成建設」の工事現場でまた死亡者が出た。 
20年東京五輪のメーンスタジアム「新国立競技場」の建設現場で、23歳男性が過労自殺したばかりだが、また現場の過酷さを象徴するような事故が起きた。 

土木屋 塗装 やらはスジモンとまでは行かないが、近いのが多いね 
基本的に誰でもできるような職種に多い 
機械工 電機工は技術持ってるから、比較的きちんとした人が多い

建物は残るから悲しみがずっと続く 
浜松のアクトタワーで死んだ電気屋さんは知り合いだった 
浜岡のゴルフ場で資金が尽きて自殺した型枠大工の親方は友人の父親だった 
あそうだ日航機が墜落したその日だった 
この二つの建物は見るたび怒りが込み上げてくる


城を建てるとき人柱伝説がうまれのもわかる,誰かが建設工事で死ぬからそうなる
誰かが人柱になるからその伝説も生れる
そのことは現代に継続している,建築現場にこの辺で除染でも暴力団が入ってきて
治安が悪くなった,郵便局に入れ墨丸出しの若い男がきていた。

ではなぜそうして暴力団がかかわるのか?
つまり最低辺層の人達がまた前科者とかでも何でもかんでも労働者にするからである。
そういう人達は仕事を選ぶ余裕がない,明日食べものがないとなればどんなことでする
原発作業員にもなんでもなる,人間は追い詰められたらなんでもする

借金のカタに遊女にされたりパチンコ屋で働くとかとにかくもうそこに労働のモラルはない,金になり今日食べれればいいだけになる
建築現場は誰でも引き受ける,最低辺層の人達が集まる場所なのだ
事業に失敗した人なども集まってくる
それはそれなりに働く場所を与えて社会の役にたたせている面もある
アメリカの大企業が受刑者を低賃金で働かせているのとにている

ここに人間のブラックなものがあからさまに現れる,そもそも個々人の家建てるとしたらそれには意味がある,でもオリンピンクのために働くというときそこで働き死んだ者はオリンピックは日本で必要なものであり俺たちもオリンピックに貢献するのだ
日本のためになるんだとか考える人はいないだろう。
そもそもそういう人達は金をもらえればいいとしかならない

奴隷労働にされるのは借金のときがわかりやすい,もう遊女にもされるし何でも金のために働く奴隷にされる,そこに働く意義など微塵もないのである。
そういうことは普通にある,でも道路でも鉄道でも建物でもそれなりに社会インフラの整備のために働いたとはなる,そういう意識をもたなくても結果的になることはある

でもオリンピックは国民にしても今必要なのかどうか深い議論もせず行うことになった
前の東京オリンピックには国民的同意と意義があった,日本が戦後の焼け野原から経済成長した証として行われたからである。
そこに国民的同意があったのだ,今回はそれもないのに勝手に政府主導で行われるから問題が起きる

死んでまで犠牲者をだしてオリンピックをやる意義があるのか?

そういう疑問が国民の間に根づよくあるのだ。それはこの辺で行われた除染でもそうだった,飯館村で一軒の家を除染するのに一億円かかったという,それなら一億円もらった方がいいと村の人が主張したのもわかる,なぜなら後ろ森だから除染しても一時的なものであり効果がないからである。
除染費用の莫大な金は大成建設とかその他大手ゼネコンに流れたのである。
大成建設の社員は放射線量を計るモニターの下の土をとっていたのである。
だから放射線量は半分になっているが実際は倍以上なのである。

大成建設は創価と深く結びついた会社である。それは正本堂を富士山の麓に建てたときそうなった,大きな仕事を請け負ったからそうなった,利害関係で結びついたからである。宗教的建造物というとき信者がその建設にたずさわるなら死んでも信心であり成仏したとかされる,ピラミッドは宗教的建造物であるという見方がでている
王の墓ではない,宗教としての建造物ならそこで死んでもそれなりに意義があったとなるなぜならあれだけのものを建てるとしたらやはり死者が相当数でているからである。

働くということを追及するとただ金だけではない,その意義を認めて働いている人はまれだろう。まずは金が価値となり金をどれだけもらうかだとなる
でも労働で人か死ぬときそれまでして働く意義があったのか?
そんなにしてまでオリンピックには意義があるのかと疑問になる
オリンピックは血にぬられたものであり人柱の上に成り立っている
それほどに今オリンピックが日本人の総意として求められているのか?

まだ東北大震災の復興もできていないのになぜオリンピックに金を使うのかということに対して国民は合意していないのである。
ゼネコンと電通とかのためにするのかともされるのはそのためである。
そして死の犠牲までありそんなことをしてまでオリンピックををやる意義があるのかとなる

建物は残るから悲しみがずっと続く 
浜松のアクトタワーで死んだ電気屋さんは知り合いだった 
浜岡のゴルフ場で資金が尽きて自殺した型枠大工の親方は友人の父親だった 
この二つの建物は見るたび怒りが込み上げてくる

これは現場で働くものの率直な感情である。ただ電気屋でも建築現場は常に危険だから事故が起こりやすい,事故はさけられないことは確かである。
でもオリンピックとなると規模が大きいしその犠牲も大きくなるから問題なのである。
建築は戦争ともにている,道路を作ったり橋をかけたりと建築なのである。
ローマ帝国が道をはりめぐらし橋をつくり建築で大帝国を築いたことでもわかる
建築技術に優れていたから大帝国を築くことができたのである。

このことはオリンピックの熱狂があっても何か後ろ暗いものとして冷たいものとして見る今回のオリンピックはそれだけの意義がないからである。
そんな無駄なことのために労力が人命が費やされたことをどうみるのか?
この人のように怒りがこみあげてくるとなるのではないか?
posted by 老鶯 at 22:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

駅から労働することは何になのか考える


駅から労働することは何になのか考える


仕事と労働は別物、仕事っていうのは自ら仕事を創りだすものなんだよ、 
労働ってのは寄生して汁吸ってるだけ


無人駅だけでは困ることがある。困るのは外部から来た人である。
ゴミ箱がホーム内にありわからないのである。
それから切符入れも小さいからわからない,その切符は回収しているのである。
感心するのは金を入れている人がいる,ごまかしたくないという人がいるのは感心する
自分にはそういうことがなかったから余計に感心したのである。
鉄道を支えている人のことなど考えたこともないのである。
要するに電車賃が高いとかしか考えていないのである。
それだけ自分は社会性に欠けていたともなる

今になると無人駅でそれほど何か仕事というものがあるわけではない,
ただ外部から来た人に道案内とかはある
何か聞きたいことが必ずある,それは自動化できないだろう。
80パーセントは自動化しても自動化できないものが残る

そもそも仕事は与えられるものではない,創り出すものだというとき仕事になものを見つけ出し発見する,例えば階段をキャリーバッグを運ぶのは負担になる
もしそれをもってくれる人がいたら助かるとなる
そういうことをポーターなどがいて頼むことがある
でもそうなると無料ではしないとなる,重いし運ぶのが結構な労働となるからだ
それをやる人は金をもらってやることになる

人間はつくづく他人のためにそうした重い荷物を運ぶことはない
自分が病気になったとき,遠い親戚の人はその荷物を運ぶのもを嫌がっていたからであるその人は借金しているからまず金が欲しい欲しいしかないのである。
そういう人は無償の労働など絶対しないのである。

だからボランティアでも水害や津浪のときなど泥をかきだす仕事は苦しい
川崎の人も良く原発避難者の引っ越しの手伝いをしていたと思う
重い荷物を運ぶから74才では苦しくなる,自分ったらできない
そして仮設の人達はむしろ金をもっているのだから近くで金がなくて困っている人がいたのだからその人たちに金をはらって手伝ってもらうべきだとも近くでは見ていたのである
ボランティアというとき盲人を電車に乗せることなどは楽である。
でも案内されることを嫌ったから自分でしたいということが障害者にある
いつも人を頼っているのが嫌だとなるからだろう。
そういうならいいが荷物を運ぶとなるとボランティアではしたくない,ボランティアはそうした苦しい労働には向いていない,そういう辛い労働はやはり報酬があってできるものである。

「このバックが重いのでもってもらいませんか」
「・・・・・・」
「お礼はさしあげますが・・・」
「自分は別に金に困っていませんから」

男性なら若い女性で美人なら無料でやる,その他は無料でやることはないだろう。
金をもらってもやらない,なぜなら金がある人はやりたくないことはやらない,
労働はしないのである。ただやりたいことは金をはらってもやるのが金持ちである。
芸術などは金をはらってもやりたいものである。
美でも何かを創造することは金を払ってもやりたいのが人間なのである。

人間は金があると労働はしない,あの人はキャリーバッグを重そうにして運んでいるけど自分も力はないからしたくない,金をもらってもしたくない
人間は何でも本当に金をもらったからやるだろうか?
もし金をもっていたら嫌な辛い仕事などしないのである。
だからこそ機械化自動化しているのである。
要するにエレベーターがあれば機械化されて人間の助けがいらないのである。
でもそうなるとそのインフラに金がかかるからできないのである。
新地駅とかは鹿島駅より小さいけどエレベーターがついた,それは津浪があって特別にできたことである。

ともかく駅からいろいろ考えることがある,駅から社会が見えるということもある
仕事は与えられるものではない,創り出すものだというとき社会はすべて満たされていわけではない,時代によっても社会が変わりそれで必要なものが生れる
コンビニなどは車社会になってうまれたのもである。
コンビニとか宅配とかも車社会になり新たに創り出された仕事なのである

ともかく鉄道で感じることは駅でもそれを維持するのに人の手間や金がかかっている
自動化してもやはりその自動化のために金がかかる
エレベーターを作っても電気代はかかるからである。
だからインフラは無料では維持できない,そもそもなんでも無料では維持できない
人の手間があって維持できている
だから鉄道会社では郷愁で鉄道を残せるのか?金がかかるのにその金を誰が出すのだとなる,鉄道を残せという人が鉄道を利用しないのである。
その負担は鉄道会社だけで負えきれないからそういうのも当然だとなる

2017年08月16日

死者の不可解 (死者が残すものは何なのか?ヒストリーはストリーのこと)


死者の不可解

(死者が残すものは何なのか?ヒストリーはストリーのこと)

人間の最大の謎は生きていることから死者になることである。その変化があまりに大きいから愕然とする,死者となると残るの骨だけでからである。その骨すらなくなっているのだ,一人の身内の骨は土になってなくなっていたのである。
それで娘にその骨をもっていって供養してくれということができなくなった
骨もなくなるのである。
最後に残ったものとして骨にこだわるけどその骨すらなくなっているのだ。
すると人間が残すものは何なのか?

最後に墓だとなるがその墓すら跡継ぎがなければやがて捨てられ今ではそうして捨てられた墓が山と積まれているのである。
ある島ではその墓の墓場になっているのである。
墓は簡単に捨てられないからそうなっている
だから墓を残すことはやっかいなものになる

そもそもそうして焼かれた骨がそんなに大事にされるものなのか?
第一そこに生前の人間が宿っているものなのか?
いづれは土に還り土となってしまうのである
死者がどこにいるのか?何か遺影を見ていると死者がいる感じになる
位牌にいるのかとなるより遺影に死者でも生前のままにいるという感じになる

人間が死ぬと急速に忘れられる,あれほど存在を主張したものが消える
そしてもう何も語らないのである。
要するに生と死の落差が大きすぎるから人間は死の前に茫然としているのである。

墓参りしたとしても骨をうめた墓に死者がいるのか?それも疑問である。
一人の骨は土になりそこには何人か一緒に埋まっている
となるともう個人として識別はできない,一家の墓のなかに骨も一緒になったのである。ただ名前は記されているからかえって墓にその名前が残りそこに埋められたことを示している,最後の記録となっている

でもそういう人がいたということは戸籍を見ればわかるのである。
そしたら戸籍がその人が存在した最後の証拠なのかともなる
戸籍は死後も長い間残るからである。
その戸籍とは系譜のようなのもかもしれない,系譜だと何百年も残っている
そしてわずかにその系譜から名前が残りそういう人がいたことを知る
でも名前だけでありそれ以上のことは何もわからないのである。
天皇だって名前だけしか知らない天皇が古代にはつづいているのである。
その諡号からその人となりを探っていたりする
それは戒名とにている,戒名しか残らないものがいるからだ

歴史上の有名人,偉人の墓でもいくつもあちらこちらにある場合がある,ではそこにその人が実際に埋まっているのかといとそれすらわからなくなったいる
骨がない場合もありそこに埋まっている証拠がないのである。
ただ伝説化してこれがその人の墓だと後世の人が勝手に言って墓を作っている場合もある
だから何が死者なのか不可解なのである。
死者というとき骨のことではない,その肉体が消えても残るのは何か?
歴史でもストリーというとき物語のことである。
すると個々人の物語(individual story)のことかとなる
そういうものを人間は必ずもっている,それは家族でもそうなのである。
兄弟でも全く異なった運命を生きることも普通にある
人間が生きたというときその物語にあるとなる
でも墓に興味をもってもそこから個々人の物語は探れないのである。
個々人の物語でも人間は複雑だからその物語を知ることはできない

老人が昔を延々とかたるときそれはなんのためなのか?
自分がこう生きたと知ってもらいたいからである。
それぞれの一生が語ることによって伝えられる
だから認知症になると遂に同じことを千回も聞かされることになる
それは自分はこう生きたんだと伝えたいからである。
一生とはその伝えたいことにあったからである。
死んだ途端に骨となったときそこに読み取るのは何なのか?
化学物質としての分析なのかとなるがそうではない
ストリーにこそその人の一生があったとなるとその物語を知るべきだとなる

自分の家族は五人いたがみんな死んだ,残ったのは自分一人だけである。
それぞれが家族で全く違ったストリーをもっていて死んだのである。
それは同じ家族でもこれほど違った物語をもっているのかということである。
でもその物語を全部知るのは自分しかいないのである。
だから最後は墓守ではない,その物語を伝える語り部となるのである。
老人はみんな語り部になる,そこに老人の生きる意義がある

その語ることがうまい人が伝説とか昔話を作り後世に残ったのである。
小高の老人から聞いた話は面白かった,その人は話がうまいのである。
話がうまい人とそうでない人がいる,その人を別に知識人でもなんでもなかった
でも自分が経験したことを語ることがうまかったのである。
だからそのことをプログに書いてのである。
今なら小説家とかなる,最後に残るのは骨はなく墓でもない物語だともなる
それは代々伝えられるからである。
歴史とはヒストリーだというときストリーのことだからである。
それぞれの人生は一つの個々の物語として残されるとういことである。

いづれにしろ自分の家族の一生をふりかえると不思議になる
それぞれが全く違った運命を生きたからである。
posted by 老鶯 at 09:21| Comment(3) | TrackBack(0) | 老人福祉医療問題

2017年08月15日

人間の評価は生前の評価である (死後に変わることはない,生前の評価で決められる)


人間の評価は生前の評価である

(死後に変わることはない,生前の評価で決められる)


親を看取ったが人間の評価は生きている内はわかりにくい,でも人間の評価は死後にもつづいている,死後にかえって冷静に判断できる
それは肉親でもそうである。親子でも他人でもそうである。
親子だと介護から看取りから葬式からその後の供養とつづく,そして死後何年かして冷静に死者をみる,人間は死んで終わりではない,ここで言うのは死後の世界がどうのこうのというのではない,生前その人がどうあったのか生きたのかという問題である。


そもそも死後のことを考えてもわからない,スピリチャルでも勝手に死後の世界を想像して言っているのである。聖書だとあくまでも約束のことであり様々なことをイメージしてはいない,その天国も実際はこの世の延長としての天国なのである。
全くこの世と違った世界を人間が想像できるのか?それはできない

例えば花園の中にあるのは天国である。その花園を別にこの世でもあるから花に囲まれた神の庭園をイメージできる,そこが天国なのである。
この世と全く違った世界を人間はイメージできないのである。
もちろん地獄も同じなのなのである。この世でまさに人間がみんな地獄を経験しているから地獄がどういうところかイメージできるのである。

人間が死後に裁かれと聖書で言われているがすでに生前に裁かれてはいないか?
人間の死にざまをみればわかる,たいがい断末魔の様相を帯びて死ぬのである。
成仏するとかしないとかこだわるけどカルト宗教団体などでもその死にざまは同じである

人を裁くな。あなたがたも裁かれないようにするためである。あなたがたは、自分の裁く裁きで裁かれ、自分の量る秤で量り与えられる。
(マタイ7)

常に日本は悪者としてアメリカでも裁いているけどアメリカも原爆など落としたことで裁かれる,神によって裁かれる国なのである。
個々人でも国でも人間には裁く力がないのである。
人間は他者評価するとき必ず自分も評価される運命にある
お前はそんなこと良く言えるなとなる,自らの不正を正さないで他者をとがめているのである。


死ぬ前に何か後悔してとりもどせない恐怖におののいている姿を見た
ある人はママ母でいじめていたので死ぬ前に悪かったとして悔いていたのである。
その人は目が見えなくなりいじめた子供に看取られて死んだ
すでに生前に裁かれていたのである。

ただ人は人を裁くことは不可能である。裁く力は人間にはない,だから裁くなと神は言ったのである。それは国と国の争いでもそうなのである。
どちらが悪いかなど裁く力は国にない,アメリカにもない,裁く力は神にしかないのである。

果たして人間は死後に特別評価されることがあるのか?
すでに生前に評価されてはいないか?夭逝する天才は別にして一般的にはそうである。
自分が言っているのは特別に功績がある人のことではない
ノーベル賞などをもらうような人のことではない

普通の家族のなかでも功績がある人はない人がいる
普通にふしだらな親というのがいてそういう人は肉親でも子供がどう評価するかである。そうなると子供すら供養の心もなくなっているのである。
さんざん親にひどい目にあったからそうなってしまったのである。
だから肉親だからといって必ずしも親だからとして何でも是認されることはないし尊ぶこともないのである。
ふしだらな一生を送った人を肉親すら敬うことはないのである。

人間が死んだからといって死者を見るとき常に生前のことを見ているのである。
死後のことはわからないからである。ふしだらな一生を送った人が死んで特別な人に変わるわけがないのである。
人間を作るのは死後ではないということである。
生きているときに作られる,人間の評価は生きている時にすでに成されているのである。すでに老人になっていればもうすでにあらゆる面で評価されているのである。

自分にとっては家族は自分が正当に評価している,結局自分に尽くしてくれたということで評価して感謝している,最後は一人は確かに悲惨な死だったが生きているときは家に尽くした人だから功績があったのである。
自分が自由に生きられたのは家族があったからだとなる
過酷な社会に放り出されたら自分は何の才能も伸ばせず終わりだった
それだけ生き抜く力がないからである。
何か家族に守られて自由に生きていたのである。
その結果として代償として介護と自分の病気で十年間塗炭の苦しみを味わったのである。
だから必ず苦あれば楽がありであり楽なだけの人生などこの世にないのである。
どんな裕福な家に生れてもどこかで苦しむことになる
それが人間の定めなのである。
ともかく人間の死後というけど実際は生前の延長として死後がある
生前と死後は切り離せないのである。
死後全く別な世界に生きることなどありえないのである。

だから実際は死後のことより今生きていることそのことが大事なのである。
死後のことをとやかく言ってわからない,今を生きることこそが大事なのである。
その今の時間を人間は常に無駄にしているのである。
そして老人になりみんな後悔しているのである。
死後は生前の延長であり生前に刻印されたものが死後にも刻印されているのである。
人間の一生を見る場合必ずそうなるからである。
人間の評価は生前の評価であり死後になると冷静に判断できるというだけなのである。
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日本だけが戦争で悪者にされるのか? (戦争は喧嘩両成敗にするべき)


日本だけが戦争で悪者にされるのか?

(戦争は喧嘩両成敗にするべき)


戦争とは何かというとき戦争は対外的に起こり国を意識する,敵が存在して国家を意識する,それは国内でも同じである。常に回りが敵であり戦国時代になった
相馬藩だと常に伊達藩を意識して軍事訓練していた,それが野馬追い祭りとなっていった日本全体で見ると

百済の援軍として戦ったのは、唐−新羅連合軍です。飛鳥時代だと思います。
白村江の戦いが最初の外国との戦いである。

戦争がなければ日本でも日本という国家を意識しない,それが証明しているのは鎖国となった江戸時代である。対外的に関係を閉ざしたから外国を意識しないのである。
だから日本人だという意識もない,敵も存在しないから300年間平和だった
こういうことは世界史ではまれであり島国だったからできたとなる

そして明治維新になり外国を過度に意識させられるようになった,すでに太平洋戦争の種はこの時まかれていたのである。
吉田松陰はアジアを侵略せよと公言していたからである。
そういう過激な思想がどうして生れたのか?
それが過度に今度は鎖国状態から外国を意識させられるようになったからである。

その意識した外国とは欧米列強だった,その時アジアは中国をはじめ植民地にされていたからその恐怖感があり戦争をはじめた,それが最初はアメリカではなくイギリスだったのてある。その時イギリスが七つの海を支配していたからである。

アジアの拠点がシンガポールであり自分の姉はそこで4年間従軍看護婦として勤めた。
実際はシンガポールの向かい側のジョホールバルでありマレー戦争だった
その赤十字病院だった,つまりイギリスとの戦いでイギリスを追い出してその病院を使っていたのである。それはアジアの国が欧米列強に勝ったということで快挙だったのであるただその後はアメリカが参戦して形勢がたちまち悪化して敗戦になった

日本の明治維新はまず日本がアジアの中国でも植民地にならないために独立した国だったその時日本人は強烈に国家を意識するようになり西南戦争で武士の集団との戦いで形成された国民軍が平民の軍隊が国民の軍隊が勝った,これによって日本軍が形成されたのである。

日本は江戸時代の鎖国から明治維新になり過度に外国を意識させられるようになった
アジアが植民地化されたことの恐怖から明治維新が起こり日本はアジアに先駆けて欧米列強と戦うことになったのである。
だからすでに欧米列強によって明治維新のときから戦争がしかけられていたともなる
しかし日本だけは植民地にできなかったのである。

戦争のきっかけがアジアの植民地解放戦争だったということも一理ある
中国と戦争になったのも中国が欧米列強側に立っていからそうなった
中国は欧米列強の植民地だったからである。
だから日本が中国戦争したときなぜ独立できたのか?
日本が欧米列強と戦ったから中国人が植民地にされていた隷属を破り共産党により独立国家を形成できたとなる,日本が欧米列強と戦争しなかったら中国は独立国家になれなかったともなる

つまり欧米列強とアジアの関係で見るとき日本の戦争がだけが悪だったのか?
なぜ日本だけが悪者にされるのか?中国からも韓国からもアジアからも悪者にされるのか?それは日本がアメリカに敗れたからそうなっているだけなのである。
日本だって国内戦争だったら勝った方が負けた方を悪者にするからである。

世界史でも同じなのである。そこに善悪は通用しないのである。だから日本だけが悪者にされるは負けたからだとなる
善悪を言うなら欧米列強が善なのかとなればそうではない,つまり欧米列強がアジアに進出しなければ第二次世界大戦はなかったからである。
西部劇でインディアンか常に悪者にされていたように日本も悪者にされていたのである。
そしてアジアでも中国や韓国が日本が悪いから謝罪せよというとき戦争で負けたからである。日本が悪いわけでなくても謝罪を要求される
謝罪させることによって上位に立つ,日本の謝る姿を見て優越感にひたる
そして韓国になると永遠に謝罪せよとなり日本を下位にする
しかしアメリカに対しては中国やロシアに対してはそういうことにはならない
日本に対しては下位の国家として謝罪を請求するのである。

そしてNHKの放送は中国や韓国の意向に沿ったものとして常に編集報道しているのであるそれで右側からNHKでも朝日新聞でも左翼系は中国とか韓国(在日)の工作員が入り込んで操作しているとなる
そういうことはネットで盛んに言われるようになったのである。
そう言えばNHKは常に戦争を起こした日本人が悪いとして戦争を否定している
日本人は謝罪すべきだとして報道している,それは中国韓国側の圧力の結果だともなる
だからNHKを見ていると知らず洗脳されるのである。
日本人は悪いのだな謝罪すべきなのだなと番組を見ていると自ずとそうなってしまうのである。そしてNHKは良心的な公平な放送局のように国民には見られているから余計にそうなる,テレビは事実を伝えるものではない,放送局の意向でもって編集して伝えているのである。だからテレビを見ていると意識しなくても洗脳されるのである。

確かに人体実験したとかはひどいとなる,でもそれだけを取り上げ日本人は悪いとされるのも問題なのである。そもそも戦争は非道であり戦争そのものがそういう悪を産み出すのである。現実になぜアメリカが原爆を日本に落としたのか?
戦争自体が非道だから人間的なものをはみだして残酷非道になる
戦争は日本だけが悪いとはいえない,戦争そのものが悪いのである。
どの国が悪いとはならない,アメリカも悪いのである。
日本だけが特別悪いものとして糾弾しつづけられるのはおかしいのである。

いづれにしろ国家間の戦争とかなると争いとなると公平に裁く者はいない,勝ったもの強いものが正義となってしまうのである。
だから常に日本人が悪者とされて謝罪を要求され下位に置かれる
アメリカや中国でもロシアならそうはならない,日本だけがそうさせられているのは国が弱いというだけの理由なのである。

ともかく姉は死ぬ間際まで戦争のことを語り死んだ,それだけ戦争のことが忘れられなかったのである。特に20代の青春が戦争だったから余計にそうなったのである。
戦争の興味は自分の場合は姉から聞かされた話が生々しいものとして残る
従軍看護婦の四年間は辛いし普通では勤まらない,特に敗戦になったジャングルに逃げたときは食うや食わずになり苦しんだ
そして死ぬ間際まで認知症になっても同じ従軍看護婦の戦友のことを忘れなかったのである。青春がまさに戦争だったからそうなった,青春時代は一番印象に残りやすいからである。

戦争というときやはりNHKとか左寄りの圧力が強い,すると常に日本は謝罪すべきだということが知らずに思い込まさせられるるのである。
つまりテレビ見ていると知らずに洗脳されるのである。
なんて日本人は悪い奴なんだ,戦争の責任は日本人にあり日本人は謝罪すべきだとなるのである。そういう意図でもってNHKでも他でも番組を作っているからそうなるのである。
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2017年08月14日

お盆もすたれる? (何でも時代の影響を受ける)


お盆もすたれる?

(何でも時代の影響を受ける)


そもそもお盆に先祖の霊が帰ってくるということそのこと自体が維持できないものになってきたのかもしれない,その感覚がのみこめなくなった
ただ慣習としてお盆があるから墓参りするとかとなる
それが若い人に顕著になったというときお盆自体がすたれてゆくのか?

墓の跡継ぎもなく,墓を維持できないとかある,墓とは何かというとき江戸時代あたりだと庶民に墓はない,この辺だとホトケッポというのがあり共同墓地であり村の人を埋めていた場所である。そこには墓はなかったのである。
そして今そうした墓をもたない共同墓地を志向しているのも昔に回帰しているとなる
ただそれは昔と同じではない,墓友達とかいっても村のコミニュティは根本的に違う。

家制度ができたのは明治以降である。・・・家の墓というのは江戸時代にはない,武家でも個人墓である。墓とは特定の個人を思い出すものとして作られた
だから一家の墓とかでも知らない人がいると供養するにもしにくいのでてある。
自分の場合は父親と姉と母と兄は知っているから供養しやすい
一番かかわったのは姉と母であり終生忘れることができない生々しいものしとてある
一家の墓でもやはりその人を知らないと供養しにくいのである。

現代の社会は広域化している,昨日駅に来た人は宮城県の主審で大阪の会社に勤めているという,ここに来たのは営業のためだという,墓参りに来る人もいる
前に来た人は小高の出身で鹿島にきて新地にも墓参りしていた,その人は仙台に住んでいる,駅にいると仙台に住んでいる人が本当に多い
自分の墓地でも実家の原町の墓地でも仙台から来る人が多いのである。

故郷に代々生活する人が少なくなっている,だから家でも墓でも跡継ぎがなくなる
ただ江戸時代辺りは家は代々つづくものとしてあった
あまり変化がない農業社会だからそうなっていた
でも別に一家の墓はないのである。
墓を作るだけの富がなかったともいえる

現代人が墓に執着しなくなったのはなぜかと問えばもともと墓に執着していない
その昔にもどったのかともなる,お盆に墓参りというけどこれも江戸時代なら墓がないのだから墓参りはしていないとなる,ホトケッポという村の共同墓地に墓参りしたともなるのか?それは村人が埋まっているのであり個々人や家族の墓ではないのである。


ただ墓というのは家がなくなっても墓地にある,ここに生きていた証のように墓だけが残っていることがある,近くで事業に失敗して一家離散になった人の家の墓も残っていた
それでその人のことを思い出した,その人のことを知っているひとはもう若い人にはいないのである。
人間は死ぬとすぐに忘れられる,それより生きていても退職したりしてなにもしないと会社からも忘れられ地域でも活動しないといるのかいないのかさえわからなくなる
退職して何もしないで20年くらいたつといることすら忘れられる
それが実際は怖いことだった,それは一つの死だったのである。

今の時代高齢化社会そういう生きながら死んでいる人を大量に産み出しているのである。
家制度の上にお盆が成り立つというときそれもすたれるのかもしれない,社会が変わったからである。それとともに風習とか慣習も維持できなくなる
あらゆるものが変わることをまねがれない,ただ死んだ人を偲ぶということは変わることがない,人間であるかぎりそうなる,ただ先祖とか一家とかなると偲ぶとしても抽象的になるからすたれる
妻をなくした人が毎日あたたかいご飯をあげているというのには感心する
自分はずぼらだからそんなことはしていないからだ

ただ自分は姉と母のことは終生忘れないのである。
争いがあったにしても何か自分にとってはいいものだったのである。
姉と母がいなかったらこんな自由な生活などできなかったからである。
自分にとってはいいものだったから死んでも思っているとなる
でも親子でも必ずしも親を思うとは限らないのである。
親にひどい目にあった人は供養すらする気がないのである。
だから親だからといって親を思うとは限らないのである。
つまり親にもいろいろあるからである。毒親も普通にいるからその子は親を思わないのである。。

人間の心は偽れない,供養するにしてもそうである。死んだからみんなかわいそうだともならないのである。墓参りをしても実際は何もえられないから死んでも墓参りもしたくないというときその人は死んだ人に対して何の思い入れもないからである。
別に墓がなくても死んだ人を思っている人は思っている
それが墓参りとなり供養となっているだけなのである。
そもそもその心がない人は供養する心ももてないのである。
一番大事なのは墓があるとないとかではない,心があれば墓が無くても供養するのである
だから別にお盆がなくなっても死者を偲ぶということはなくなることはない,個々人でもそうであり供養するからである。ただ集団で国の行事のように供養するということがなくなるだけである,故人を偲ぶということはなくならないのである。

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こうして捨てられる墓が全国的無数に増えている


タグ: お盆
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木槿とお盆


木槿とお盆

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写真は花を活けたらすぐにとらないとだめになる
とりかたも結構むずかしい




なにかあれここに住みつき木槿かな

雨しとと石に木槿や田舎かな

夏燕水面に触れ飛び涼しかな

電車来て黒揚羽舞う田舎駅


姉と母なお我が家にともにあれ今争わず供養するかな

畑よりとりにしダリヤ霊前に備えてでで虫つきてありにし

のうぜんのなお残り咲き雨にぬれ散りけるかな夏はすぎなむ


今年の天気はおかしい,最初に早めに暑い夏が来て次に梅雨が長引いていま感じだ
だから季節の感覚がおかしくなる,こういうことがこの頃多い
蝉にしても夏に盛んに鳴くが実際はもう秋であり秋の蝉になるけどそういう感じがない
逆に秋が早く来すぎたともなる,季節感がこの十年間くらいおかしいのである。

お盆にふさわしいの木槿の花である。何か田舎的であり素朴な感じになる
花にはいろいろあるが何かを象徴している,俳句は短いなかに深さを現す
要するに俳句は作る方より鑑賞する方が試されているのである。
短いからそこに深いものをくみ取ることが鑑賞することが必要になる
そもそも木槿の花がどういうものか深く見ることが必要になる

そして人間はある場所に定着しないと深くなんでも見れない,旅では通りすぎるだけだからである。定着する場が必要なのである。それは故郷なくてもいいのである。
ただ田舎でないと定着しても何か自然の深さを知ることはできない

知っている人が畑からダリヤをもってきた,そのダリヤを見たらでで虫がついていた
こういうのが田舎ならではではでる,ただその畑では金がかかり収穫がほんどない
ただ草むしりしているだけなのかとなる

電車が来てく黒揚羽が舞う,黒揚羽がつくづく田舎の駅にふさわしかった
駅もお盆でにぎわっている

ともかく今年は季節感が狂った,そうなると俳句でも何かうまく作れないとなる
俳句は季節感を基にしているからである。ここ十年は季節感が狂う,すると俳句の文化すら影響を受けているのである。
5,6月辺りが真夏のような時がありその後梅雨が今もつづき秋になるとなると季節感が狂ってしまうからである。

タグ:お盆 木槿

2017年08月13日

夏の光(sunlight in summer)


夏の光(sunlight in summer)

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sunlight and shodow

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 into forest in summer

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a river in summer
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a city in the sea

人生とは何かを究めること (道を究めること)


人生とは何かを究めること

(道を究めること)


日本語には道とつく言葉が多い,剣道、柔道、弓道、華道、香道、武士道、茶道、書道とかいろいろある,武道とは単に格闘技ではない,道を究めることである。
道を修めることである。宗教でも神道となり神ながらの道を究めることになる
道は極めて日本的な思想であり宗教にも通じているのだ
道を究めるというときはそれはあらゆる分野に通じている
江戸時代なら職人道があり職人は刀鍛冶でも最高の刀を作るために精進していた
それはあらゆる職業でもそうだった,特別な職業だけではないのである。
英語だとはworkである,作品を作るために精進していたとなる
江戸時代までこうして個々人が道を究めることに生きていたのである。
明治以降は会社組織になり会社がwork(作品)を商品を作るために会社員全部で精進しているとなった,だから個々人の道を感じなくなったのである。

例えば旅でも旅を究めたのが最初は西行であり次に芭蕉とかであり近代では山頭火などになる,旅を究めるというとき芭蕉のように人生自体が旅としてとらえるようになったのである。人生は旅だとしたのである。それこそ旅を究めたとなる
現代では旅というときただ保養する気晴らしという感じしかない
うまいものを食べて違った環境で気晴らしする,旅人はもういない
江戸時代だと歩いて移動するから隣の町まで行くのにも旅になっていたのである。
今は平泉まで二時間半だとかなれば旅とはならない
途中は通過して一挙に平泉につくから深い感懐も抱けないのである。

だから旅人はいない,ただ移動して気晴らしする人であり観光する人である。
旅人となることは実際は容易ではない,今になると余計にそうなる
移動しやすいからそうなる,自分の場合,自転車で旅したときある程度は旅人になっていた,一カ月くらい旅したからである。
その時必要なのは今のようなホテルとか旅館とかではない,江戸時代のような泊まるだけでいい宿なのである。特別土地のうまいものを食べることでもない,そういうものに金をかけることではない,一宿一飯の宿なのである。
木賃宿というときそういうものだった,そういう宿が多かったのは江戸時代は移動することが容易ではないから簡易な宿で良かった,移動するだけで時間がかかるからそうなった今はそういう環境が失われたから旅もなくなり旅人もいなくなったのである

ただ以前として人間には旅をしたい,別な世界を見たいということは変わりなくある,現代だとだから世界旅行が人気になるのである。
常に言っていることだけど学問の基礎は地理にあるというとき旅しなければその地理感覚が身につかないのである。近くですらそうだった
江垂のことを書いたが地理的に誤解していたのである。広い範囲が江垂だったのである。郷土史を究めるというときもやはり地理感覚が基礎にないと究めることができないのである。

いづれにしろどんな分野にしろ一芸に秀でることが生きることになる,そのために日々ある。それはつまらないことでもそうなのである。雑学すらそうである。
地名学があるとする地名など学問なのかとなるがやはり学問になる
雑学にしてもやはりそれを究めるには積み重ねが必要であり地名を究めてゆくことが必要になる,それは人間のあらゆる分野でそうなのである。

医者だったら医道を究める,やはり医者として熟達してゆく,すると神業的な神の手をもった医者になる,手術のうまい先生でそういう人はいる,ただマスコミにもてはやされる人はみんなそうとは限らない,マスコミの人の判断は何か実力ない人でも有名にするからである。
ただ本当にその分野で実力あり神業的な人がいることは確かなのである。
それはどの分野でもいるのである。人間国宝とかなるとそういう人だろう。

現代でも組織の時代でも道を究めるということはある,ただ集団で道を究めることはありえない,カルト宗教など道を究めるなどとは何の関係もない,ただ数を増やして権力をもつというだけだからである。そんてところで道を究めるなどは全くない
現代で道を究める生き方がしにくいのは組織化集団化の時代だからである。
workするにしても一人ではなできない,何か発明するにしても組織で会社でしているからである。道を究めるというとき江戸時代までは個々人で究めていた環境があった
そこに現代で道を究めることのむずかしさがある

道を究めるというときその道を究めた人に弟子入りするということがあった,師が必ずいて習ったのである。現代ではそういう関係は築きにくい,ただその道に優れた人はいる
南相馬市の病院には脳外科で優秀な先生がいてその先生に習いたいために全国から研修生が集まるというときそうである。
そういうことが医療の世界でもいろいろな分野でもある

人間にいろいろな考えがある,いろいろな人がいる,それが一貫してそれぞれの道を追及すると豊かなものになる,ただ自分のしていることが何なのかわからないことがある。
でもわからないなりに学問でも芸術でも職業でも道を究めることをしていると最後に実りがある,郷土史なども雑学のようなところがあるがやはり郷土というのをあらゆる観点から究めようとしているのである。
それが津浪や原発事故などで郷土学というものが必要だったことを知らしめたのである。原発事故では郷土そのものを失うことになり故郷とは何かとか問われたからである。
故郷を失った故郷の意味が追及されたのである。

道を究めるというとき重要なのは雑念とか欲望とかいろいろなものを遮断する必要がある
だからある意味で道を究めることは精進することは修行でもある
この世の欲望にふりまわされていると修行しにくい,精進できないからである。
そして人間に与えられた時間は限られている,たちまち時間はすぎてしまうのである。
でも後で雑学すら役に立っていることがわかる,様々な経験したことも活きてくる
だからどんな職業でも何でも自分は自分のあった道を究めているという自覚が必要なのである。ただ会社人間化しているとい俺たちは社蓄なんだよなというとき一生を奴隷として終わるかもしれない,そうして終わった人生は何なのだろうと悔いるが万事休すとなってしまう。もう人生は一回だけであり取り戻せないからである。

2017年08月12日

津浪で判明した江垂の地名の謎 (気になる江のつく地名2-地名伝説には嘘が多い)


津浪で判明した江垂の地名の謎

(気になる江のつく地名2-地名伝説には嘘が多い)
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津浪浸水地域

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津浪は六号線を越えてきていたのである。

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「えびす」の語源は、「エミシ(蝦夷)」が「エミス」になり、「エビス」になったとされている。また、「えびす」は蛭子の神さまでもあり、水に関わりがあるから、兵庫県の西宮戎神社や大阪の今宮戎神社のように海に近いところにあるのが多いのである。

気になる江(え)の地名で考察したけど今日自転車で六号線を通ってきたら小島田は自覚していたが六号線沿いに江垂(えたり)の地名の表示があった
ここも江垂なのか?江垂は街内でもあるからこんなに広い領域だと思わなかった。
そもそも村の境はわかりにくい,江垂と小島田の境はわかりにくい,小島田はほとんど津浪の被害があった,江垂はなかった。
でも江垂まで津浪は押し寄せていたことになる
小島田の地名は湿地帯であり島のように田があるということになる,湿地帯が広がってそこを田にしたのである。地形的にはあっている

江垂の地名の起こりが都の貴人が来て水で袖を濡らしたことでその名がついたという伝説がある。江を衣垂としてその伝説が生れた,それは根拠のないものだった
地名伝説は何かこうして後世にあてつけでその由来を説明している
なぜそうした地名がついたのか後の世の人は不明になったから勝手に地名を解釈して地名伝説を作ってしまった,地名の由来の伝説は信用できないのである。
ただ地名はそれだけ古いからその由来がわからないのが多いのである。

江は水と関係しているから袖を水でぬらしたというのはあてはまっているかもしれない,ということは海が迫っていた,海水でぬらしたのかもしれない。
縄文海進があり海が奥まではいりこんでいたことは今回の津浪で実証された。
塩崎(しおのさき)はもともと海の崎にありつけられた名である。
そこに船着とか地名があるのも古代に船が着いたからその地名が残った
そして今回の津浪はすぐその近くまで津浪が押し寄せていたのである。
あそこは低い土地だから奥まで津浪が来たのである。

江垂の地名は海に面していたということで生れたのではないか?
江とつく地名は海に関係している,水と関係している
垂れるの意味は

一続きのものの端がだらりと下がる

海が一続きとしてありその端だというとき位置的にはあっている
江垂が海が迫っていたことが気づかなかったのはそれほど奥に端に海がつづいていたからだとなる
それは蝦夷(エソ)に由来していることでも縄文時代からの言葉に由来している

桜田山の下からせ縄文人の遺跡が発掘されている,そこからは鹿の骨とか海の魚の骨が発見された,そこは狩の場でもあり漁をする場でもあった,つまり海が近くに迫っていたから海の魚がとることができたのである。
海に近ければ海の幸で生活できる,その海も入江のように入り込んでいると荒くないから漁ができたとなる,だから海老はエヒでありこれも海に面して住んでいた人達である。
江垂も同じだった。
不思議なのは海老とか江垂でもそこは蝦夷という原住民が住んでいて外来の人達との争いの地点でもあった

なぜなら桜田山の下に第六天の祠があり第六天とは魔神の意味でありそれは大和朝廷に抵抗した人達としていたのである。悪者にされたのはインディアンなどともにている
西部劇ではインディアンが常に破るものとして退治するものとしてドラマが作られていたからである。戦争では強い方が勝手にドラマを作るのである。
海老にも御刀神社がありそれは海老村に蝦夷が住んでいて抵抗した,それで刀で責めて征服した地点だとなり神社が祀られた。
海老からは弥生時代の遺跡が発掘されたから相当に古い場所なのである

ともかく日本には江とつく地名が北海道でもどこでも多いのである:それはなぜか?
日本の原住民が蝦夷でありそのエゾのエが全国に地名化して残った。
それは縄文語に由来しているのである。
蝦夷というのは謎であるが大和王権が日本を統一するときその前から住んでいた原住民である。それらの人達は歴史から消えたが地名としてその存在を残していた
アイヌも蝦夷なのかどうかわからないがアイヌはむしろ蝦夷の後に来て蝦夷と同一化された民族だともなる,その前に蝦夷がいたからそうなったのである。

ともかく歴史でも考古学でも何でも地理に詳しくないとわからないきである。
地元にこれだけ長く住んでいても地理がわからない,江垂は街内と見ていたのである。
でも今回の津浪で海が迫っていたのである。それは津浪が知らしめたとなる
posted by 老鶯 at 21:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係