グロ−バルリストとナショナリストの戦い (思想価値観世界観の転換の時代))


 グロ−バルリストとナショナリストの戦い

 (思想価値観世界観の転換の時代)

natinalisttt123.jpg

国際主義(グローバリスト)とは、「共産主義」「社会主義」「左翼リベラル思想」「ネオコン(新保守主義)」「新自由主義(ネオリベ)」・・・、様々な形があります。
これらの共通項は、国家の価値や民族の価値、それらのナショナリズムを否定して世界を統一すること(ワンワールド)、つまり世界政府を樹立することです。

民営化が容易になり市場経済化が進むと、外資(アメリカ資本)が民営化された現地企業を買収することが容易になり、グローバル化が達成されたことになるのです。
これが、民主化→民営化→グローバル化という三段階のレジーム・チェンジ方式なのです。


人間とは今生きている時代がどういう時代なのかわからない、その時代に生きている者が一番わかっているようでわからない
それがグロ−バル社会になると世界を知らねばならないから余計にわからなくなる
第一社会というものは大きなものだから人間はその大きな社会に時代の雰囲気にのまれる例えば日本の戦争であれナチスであれその時代に生まれたらやはりその時代にそまる
戦争は否定されないしむしろ称賛されて高揚されていたとなる
一時代が終わると冷めた見方になる、その時代では熱中していたのである

だから今の時代をみるとき歴史的見方が必要になる、過去の時代の対比で現代をみる
江戸時代に生きていればそれはできない、外国も知らないから江戸時代で生きている人は対比できるものがないから今生きている時代を知らないとなる
現代になって戦争のことをとやかく言うがそれは戦争が終って70年過ぎたから覚めてふりかえり見ているのである

現代とはグロ−バル社会である、でもそれがどういう社会なのか見えている人はいない
なぜなら日本でも世界中でもグロ−バル化しているからである
それは全部が赤色にそまっている時一点だけ白色になっていると同じになる
それは赤色に染められるのである
だからグロ−バル社会に生きていればその色一色に染められるのである
それは共産主義でもグロ−バルというときもそうである
その価値観に染められそれ以外は排除されるのである
中国などではもう強制的にそうなっているからその価値観から思想強制されているのである

ただ世界はグロ−バル化が資本主義でもゆきづまっているしその弊害が大きくなったのである、そこで移民問題やらなにやらいろいろいと問題が噴出している
資本主義にしても金融資本主義とかに変貌している、そして富が世界の富が数パーセントの人たちに吸い上げられている格差社会になった
それは世界でもそうであり資本主義の本場のアメリカでもそうである
それでナショナリストのトランプ大統領が生まれたのである
それはウオール街のグローバリストに対抗するものとなったからである
ただグロ−バリストというときなかなかこれがわかりにくいのである
それはグロ−バル化の中で一色に染められているからそれ以外の見方ができなくなっているのである
現実に金の力が世界を支配してそれが実行力をもっていることでそうなる
だから世界の果てまで血眼になって金を求めている
ドルでもアフリカの果てまでドルをくれと子供まで要求している、ドルは世界の通貨でありアメリカが世界を支配しているとなるからだ

まずだから大事なことはグロ−バル化とは何なのか?これを理解することなのである
それがむずかしいのである、客観的に見ることがむずかしいのである
ただそういう時代の変化が起きている、ナショナリストのトランプ大統領が生まれのはそのためである、貧富の格差がアメリカで起きているのもそうである
アメリカの富は数パーセントが50パーセントを握っている異常事態なのである
そういう社会がもう成り立つのかということである
もう崩壊前夜であり革命前夜なのである

ただこのグロ−バル化が何なのか?それを理解しないかぎりこれに対抗できない
それは例えば時代時代の色に染められるからである、戦争の時は戦争一色に染められる
あらゆるものが戦争一色になっているときそれを客観的冷静に見るのは不可能だとなるからだ
それは今でも自由社会でも例えばカルト教団に入っていればそうなる
その団体での見方が思想洗脳されて一色になる、ただ言論の自由があれば批判する人もいるから客観的に見ることができるのである、でも洗脳された集団は強固でありそれを否定するのである、そして創価などでも数が多いとなるとそれに誰も逆らうことができなくなる、つまり数が増えると創価一色になりえることもありえたのである
他にもカルト教団がありその色に一色にそまる

でもグロ−バル化とかグロ−バリストとかなるとそれはもう社会全体世界全体がその中で生きているのだからそれがわからないということである
だからまずグロ−バル化とは何なのか?グローバリストとは何なのか理解することが先決だとなる
ただこれは本当にむずかしい作業なのである、それは金が世界を支配していて実行力をもっているから簡単に否定できないのである
みんな世界中の人が思っていることは金が欲しい、金があればすべて解決すると思っていることでもわかる、そして金の中でもドルが欲しいということでもわかる
金があればすべてがこの世の物が得られとまでなる強力なものになっているからである
それは世界中どこでもそうである、アフリカの果てまでそうである
それから逃れることができないことでもわかる
すべては金なりの世界になっているのである、それから脱する道があるのか?
それがいかに容易でないかわかる、つまりなにやかにやと理想論を言っても金が実質的に絶大な権力となり実行力があり支配するからである
世界中の人が金の前にひざまづくのである、マモンの神にひざまづくからである
第一金がなければ今日食べるものが得られないという人が世界中で田舎でもいるからである、そしたらそんな人はグロ−バル化がどうだこうだとか言っていられないのである
今日の食べる金が欲しいというだけになっているからである

ともかくこのグロ−バル化とかの問題は簡単に解明できない、変革するのも容易ではないただそれも転換期に来ているから自壊するとか何か大きな変化がきている
世界でも来ている、それがナショナリストの運動が盛んになってきていることでもわかるアメリカ自体がトランプ大統領になっことでそれを証明しているのである

基本的なグローバリストとナショナリストの対抗軸を列挙した

グローバリスト     ナショナリスト

中央集権ー地方分権

外需中心ー内需中心

グロ−バル金融資本主義ー内需地域資本主義

大企業型多国籍企業型経済成長主義ー国土生態系によるコスモスの形成

マスコミ(マスメデア)−インタ−ネット(分散型メデア)

物質追求ー精神性の追求(国風文化など文化の追求)

こういう対比が主にありそれを追求してゆく、そして新しい思想的世界観価値観を現実の社会にでも実践してゆく、でもまずグロ−バル社会とは何か理解しないとできないことなのである

この本は参考になるから読んで参考にすべき

ポスト大企業の世界(貨幣中心の市場経済から人間中心の社会へ)−デビット・コーテン


2019年01月18日

新聞に出ていた鹿島駅に置く見守りの人について (電車の運行などにはかかわらないのはなぜなのか?)


新聞に出ていた鹿島駅に置く見守りの人について 

(電車の運行などにはかかわらないのはなぜなのか?)

市が同社から同駅舎の一部を借り、同市のNPO法人相馬救援隊が駅に駐在して利用者の見守りや観光案内などを行う。同社によると、地域活性化事業で自治体と協定を結ぶのは同支社管内初めてで、県内でも珍しいという。

1/1(火) 11:16配信 (福島民友)

stttguid11.jpg
ここでは切符を売らない、なぜか?
切符を売るとなるとJRで委託することになり金銭の負担が生じる
でも自治体がかかわると自治体でnpoに払うことになる
どういう協定なのかは詳細はわからない

ともかく定期的に見守り役がいれば助かる、そのことは書いてきた
いろいろ聞かれるからである、その時直接その見守り役に聞けばいいからである
私はイレギュラーに30分くらいしかいなかった
でも結構その時案内があったから案内はある

タクシーの電話番号は駅舎を出た所にあるが気が付かないのである
それをスマホで探すのだがすぐに見つからない時がある
そういうことでも駅に人がいれば聞けるからいいのである

駅はやはり街の案内所である、鹿島には道の駅がないから車の人もここに来るからだ
ここが街の中心としてわかりやすいし車も一時的でもとめられるからである
商工会も近くにあり観光案内しているがわかりにくいし車もとめにくいのである
だから外から来た人にとっては目立つわかりやすい場所がいいのである 

とにかくこの駅の窓口の張り紙には

切符の販売や清算、列車の運行などに関する駅業務の案内はいたしかねます

これは何を意味しているのか?
JRでは切符の販売はしないというのは何かめんどうになるからだ
機械を設置したり費用もかかるからだろう
また委託するとJRで金を払うことにもなるからだろう
列車の運行などの案内をしないというのも解せない
なぜなら駅員が窓口にいるからだ
そしたら必ず聞かれるからである、でも何かJRでは責任を気にしている
だから駅を勝手にはできない、無人駅でもできない
私が自分で作った時刻表でも置くなとなんでも勝手にできない
それは駅の方に苦情が来るからである

この張り紙だけを見ると高校生とかの見守りが中心になるのか?
それは小高駅では高校があり高校生の出入りが多いということでここの駅員が小高に移った
ここもそういうことなのか?何か女性だと心配することがあるからだともなる
それで自分が警察に通報されたのもそのためなのかとなる
今はそういうことに過剰に敏感になっているからだ

今日孫と一緒に来たばあちゃんが椅子に座ると寒いと言っていた
座布団でも置けばと言ったが私は置けない、JRの許可がないと置けないと言った
ただ小高には他でも座布団を置いている、それはJRの許可をとっている
その許可をとることがめんどうなのである
だから商工会とか団体に入らないと何でもしにくいのである
まず個人は何もできない、今の社会はそうなっているのだ
それが善意でもできない、個人のボランティアは認められないのである

私は別にただ駅に案内するとかあるがそこに買い物ついでに様子を見ているだけである
でも今度の見守りの人は長くいる
でもなんらか電車の運行のことは聞かれるのである
つまり会社でも何でも今は責任を気にしている
それが過剰になるともう何もできなくなる
子供に声かけることすらできないような状態になっているのだ
そういう窮屈な社会になってしまったのである
それはテレビで全国放送すると過敏に反応するからである
事件とかは常に起きているが全国だらそうなるが全部はそうならないのである

今日も風で遅れたからそこで心配になる、そのことで水戸の案内所に連絡したりした
20分くらいの遅れだったようだから良かった
運休になることもある、これから風が吹くからだ
それが駅のこれからの一番の問題なのである

今日は相馬救援隊の人が一人来ていた、見守りの人を置く場所を直していた
それは記事にもでていた
nomasstyle111.jpg

ふるさと納税で寄付金をもらっていたが平成30年で中止している
でも相馬救援隊の活動はしている







タグ:相馬救援隊

2019年01月17日

粘土社会から積み木社会になり崩壊した原発事故の避難区域 (家の重みとか土地とか先祖が一体化したものが喪失した現代社会)


粘土社会から積み木社会になり崩壊した原発事故の避難区域

(家の重みとか土地とか先祖が一体化したものが喪失した現代社会)

前に考察したけどなぜ原発事故でこんなに簡単に町とか村とかが解体したのか?
確かに強制的に国によって避難させられたり強制されたことがあった
そににしてもこんなに町でも村でも自治体でももろいものだったかということである
放射線問題があるにしろそれだけがすべてだったのかという疑問である
それは何か現代社会の特有の問題として生まれた問題ではなかったのか?

グローバル社会とか広域社会とかがそうである、そういう社会の構造の中で必然的に起きたのではないか?
現実に復興で働いたのはほとんど外部の人である、内部の人はただ助けられる存在であり自助努力もしない、一部はしてるにしろ外部まかせである
自分たちで復興する意志もなにもない、ただ補償金をできるだけ多くもらうことしかなくなったのである
その権利がありそれが当然でありそれに何を文句を言うのだとなる

でも何か現代社会というマクロ的な視野で見ると現代の社会は交通が発達して外部と世界的に経済でも関係する社会である
そのことが逆に中心的役割を果たす地元の絆を紐帯を喪失させたともなる
ここだけではない、現代の社会は過去の村のような粘土社会とは違う
いくら田舎でも地元に住んでいてもそれは一時的に住んでいるという状態になっていたのかもしれない、昔の村だったらそんな簡単に何かあれ村から離れられないからである
だからこそ繋がりが絆が強いものとなっていた
つまり粘土のように人と人がくっついて離れられないような社会だった

現代は何か市町村でも積み木社会のようになっていないか?
ただ一時的に積み木をして作った市町村のようになっているのではないか?
それは積水ハウスとか大東建託でもそうだがそうした大会社が積み木で家を作るように
ただ組み立ててたちまちアパートをこの辺では15、6棟を建てたからである
何かそれは積み木のように建てたとなる
積み木だからこそ壊すのも解体するのも簡単なのである

絆、絆と震災以後盛んに言われたがその絆は外部との絆であり内部の絆はかえって希薄化していたのである
積み木社会だから粘土のような粘着性のある市町村ではないからこそこんなに簡単に村や町でも崩壊してゴーストタウンになったりした
まず村とか町でも維持してゆこうとする絆がない、人と人の絆がないし土地との絆もない社会である
粘土社会とというとき木とか石に象徴される土着的とか土に根ざす社会ではなくなっていた
木は土深く根をはり栄養分をとる、でも花は深く根を張らないから栄養分がとれず枯れてしまうことが多い
木はその土地に深く根を張り動かない、そこに充実感があり生きる意義がある

そもそも現代社会はその土地に土着して深く根を張る生活をしていない
積み木のように壊れやすい社会だからこそ原発避難区域は簡単にゴーストタウンになったのかとなる、それは双葉とか大熊とか原発があった所ではない
その周辺である、浪江とか小高とか富岡とか30キロ圏内である
そこは避難区域にされたから放射線量でそうなった、国でそうしたのだとなるのもそうである

でもそれだけなのか?現代の社会は実際は一つの小さな土地にしばりつけるものではないそれはグロ−バルにモノでもヒトでも流通する時代だとなる
そこで起きたことは何なのか?
何かあったらそこにとどまり抵抗するとか一致して協力するとかではない
まずマイホームでありマイカーであり町や村のことは関係ないともなる
それでみんな強制されたにしてもその後もだらだらと6年も仮設に住んだり他に家を建てたのである

だから私はどうしてもこんな簡単に村でも町でも崩壊するのかということが納得いかないのである
現代社会はもう一時的な仮の宿なのかもしれない、ホテル家族などとも言われたことがあった、一時的に積み木のように組み立てられては街ごと簡単に積み木は崩されて破壊されるのである 

天皇の御製歌(おほみうた)一首

あをによし奈良の山なる黒木もち造れる室(やど)は座(ま)せども飽かぬかも

太上天皇(おほきすめらみこと)の御製歌(おほみうた)一首

はだすすき尾花逆葺(さかふ)き黒木もち造れる室(やど)は万代(よろづよ)までに  

家でもこういう重みがなくなっている、外部から来た積水ハウスでも大きな会社が積み木のように組み立てて家を建てる、そこに永続性とか持続性がないのである
田舎だとこの辺だとそうした永続性とか持続性のある家はあった
この家のもつ感覚が西洋と東洋では違っている、西洋といっても遊牧民になると砂漠とか草原の民となると常に移動するのだから家に重きを置かない、その土地にも執着しない
だから現代人は車で絶えず移動する遊牧民になっていて心情的にも変化したとなる
とにかく通販で絶えず物を運ぶ時代である、グローバルにも世界は交通が発達してモノでもヒトでも入ってくる流通する時代である
ただそこに何かが欠けてくる、もうその土地とか家とか人と人の絆とかアイディンティティとかでもその土地にない社会である
金があればどこにでも住んでいいという社会になる時人々は故郷でも長く住んだ所でも移り住む、それはアメリカではそういう傾向が強いというときやはり遊牧民的体質があるからだともなる

これは理屈ではない、最近60年一緒に生活した家族がみんな死んで家に一人残されていつも思うことである
農耕民にとって家というのは単なる家ではない、家には死者の霊だ訪れ宿るということがある、だからお盆というのはそういう何か根源的なものとして理屈ではないものとして伝えられてきて今日日本人に残っているのである
お盆には死者が家に迎えるというとき何か今の現代風の家ではなく古い長持ちする奈良の山なる黒木もちとかなるのである
こういう感覚は日本人特有というか農耕民特有のものである

家というのに思い入れが深いのである、でもその家すら簡単に捨てて町や村も捨てられたということが理解できないのである
家だけではない先祖の霊が山に眠り春には先祖が田植えのときに降りて来るという信仰でも死んだ人はともにまだその土地にいて生活を見ているとなる
その心情は理解できるのである
つまり家とか土地と先祖とが一体化しているのが農耕民であり日本人だとなるからだ
それは理屈ではない、死者は見えないにしても何かその霊魂というかそういうものが土地とか家に宿っているということを感じるからである
家であれその家の周りでも死んだ人の霊魂がいる、見ているようにすら感じるからである

中国の少数民族の瑶族は、家というのものを特に大切にする
出産はもちろん、死ぬ際も家の中であることを望む
それは家以外の場所で死ぬと、家族はその死体を家まで運ぶことができないという慣習があるためだ
それゆえ彼らは遠くで長い間働いたりすることを拒む
重い病気になったりしたら家へ帰りたがる
魂は必ず家へ戻れるようにとの想いは今でも根強く残っているという
「森林理想郷を求めてー平野秀樹」

これは理屈ではない、そういう心情は誰にでもある、特に日本人は家に対する思いが強いのである、昔なら農業が8割とかしていたとなると家と土地と人は一体だったのである
そして魂も一体化ししていたのである
こういう感覚は遊牧民にはない、ヨ−ロッパでもいろいろありかえって石の家があり何かそこには永続性がありその家はこうした農耕民の家とにたものがある

例えばマイホームとかマイカーのことで指摘したがマイホームというのはそういう家ではない、それは会社人間化工業化してできた単位であり本来の家でとなくなっていたのである、その証拠にマイホームとは東京とか都会に来た人たちが家を持ちたいとしてその言葉が流行になったからである
本来の家はそういうものではないからだ、マイホームというとき一代限りのものであり代々つづく農家のようなものではないからだ
一時的なものとしての住まいであり代々続くものではないのである
永続性とか接続性はないのである
それは近代化によって工業化社会で会社員にみんなが成ったとき生まれた言葉なのである
いづれにしろ病院でも老人ホームでも人はそこで安住しない、そこで死にたいとも思わないのはみんなそうだろう、家に帰りたいとかいうとき家に対する思い入れが理屈ではなくみんなもっているからそうなるのである
まず無機質な病院は死にたくない、老人ホームもまた家ではない
家とはただの建物ではなく精神的拠り所になっている所なのである


そんなに家にこだわるのは古いとかもなる、でもなぜこんなに簡単に家を捨て他所に移り故郷でもその土地でも簡単に捨てるというとき何かそれはただ原発事故だからしかたがないというだけでかたづけられるのか?
そこが常に疑問だったのである、現代の社会は積み木のようにもろい、簡単に何かあれば崩れる、ばらばらになるのではないか?
そういう社会にみんな住んでいるということを知らねばならない
なぜならそうなると市町村でも自治体でも何か大きな事故であり災害であれあると自治体自体がもろくも積み木のように崩壊する
それがグローバル社会であり広域社会でもある、それがいいとか悪いとかではない
そういう社会を作ったてきたのが現代だったということである


人間の存在を問うときその存在意義でも問うときそれでいいのか?
そういう根源的な問いをこの辺ではつきつけられたともなる
何か現代社会は実は積み木社会であり簡単に積み木は崩されて破壊されてしまうというのを知らしめたのではないか?
それはマクロ的に国家などでもそうなのかもしれない、愛国心とかもかえって常に戦後は悪いものとして否定されてきたからである
そしてただ経済一辺倒になり金になりさえすればいいという価値観しかなくなっていたからである、そういう社会は先祖でも家でも土地でもつながりがなく絆もなく壊れやすいということである、物質性があっても精神性がない社会だともなる
日本人の心情として東洋の心情として物はただの物ではない、物が憑くとか物心とかあり物は単なるものではない、物は魂と一体化したものとしてあった

西洋では物はobjectであり客観的魂のない対象物である
人間の心とは切り離されている、東洋では物と心は一体なのである
だから家とはただの建物ではないのである、心が先祖の霊でも宿っているとか感じているのである   
これは信仰とういのではなく日本人の共通した心情なのである、農耕民が長い生活のなかで共通の感情として持ったものなのである、だから遊牧民とかの心情とはかなた違っているからこの両者の文化の相違は大きい、それで理解しあえないということがある
どっちがいいとか悪いとかではない、そういう生活形態がありそれが理解しにくいのである


nendsss111.jpg




posted by 老鶯 at 22:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

ボランティアの矛盾 (遠くの人が助けて近くの人が助けない)


ボランティアの矛盾

(遠くの人が助けて近くの人が助けない)


東京の方から去年だったか、まだ仮設に住んでいた小高の人の引っ越しを手伝いに来たボランティアがいた
そんな遠くから良く来てくれるものだと感心していた
でもよくよく考えると交通費はどうしたのだろうとか、そんな遠くから自費でわざわざきてもらうほどなのか?それが今になり疑問になった
津波でも最初は京都とか大阪から来て泥をとりだしていた
その時は労働力が必要だったし地元ではできなかったからだ
その時は有効に働いていたのである

でも5年6年すぎるとどうなるのだろうか?
第一小高の人たちは津波の被害者と違ってそれほどの被害ではない、家を失ったり家族を失ったりしていないのである
それで補償金を多くもらったりして喜んでいた人もいるしまた仮設暮らしを楽しんでいた人もいるのである
でも毎日のように仮設に入った人はやることがなくパチンコだとギャンブルで遊び暮らしていたのである、補償金も入ってそうなったのである
だから外から来て働く人が怒っていたのである
そういう人たちを見たらやる気がなくなるからだ

そもそもなぜ5年とか6年過ぎてもボランティアが来ていて引っ越しの手伝いをしていたのだろうか?何も近くの人で小高の人たちが協力すればできることだった
そうして引っ越し費用も必ず援助されるのが原発避難者だったのである
そうすればその金で引っ越しを手伝う人もいただろう
金に困っている人は周りでいるからである
その事情はわからないにしてもこういうことは他にもあった

でも現代社会の矛盾は遠くが近くなり近くが遠くなっているという現実がある
そういう社会の反映でもある、例えば避難した先が妻の実家に行くとなると本当に全国に散らばったのである、この前会った人は淡路島に行ったとか四国に行ったとかなる
それだけ広域社会になっているからそうなったのである
その広域社会だからこそ遠くからボランティアでも援助に来る人たちが多かったのである
でも肝心な地元の人たちは協力しないというのも変だったなとつくづく思う
第一普通の生活で何か困っていても苦しんでいても協力などしないのである
むしろ苦しんでいるのを楽しんでいることさえあるのが普通である
近くの人は助けないのである、介護でもそうだし自分自身も苦しんでいたけど同情すらされないしただただ責められるだけだったのである
それも自分自身のカルマだったにしろ矛盾していたのである

仮設に移り住んだ小高の人たちは困っているからと常に外部から同情されていた
それで奇妙なのは自分が苦しんでいる時自分の家に来た人も事業に失敗して苦しんでいるから助けるところではなかった、それで借金もしているから金に困って自分が弱い立場になったことをいいことに脅迫までしてきたのである
その時その人の家ではパチンコ屋で働いていたのである
そのパチンコ屋には小高の人などが毎日つめかけていた
そして自分自身は何ら助けられることがなかったということで憤りにもなったのである
これも本当に矛盾だったのである

普通はまず困ったら家族が助け合う、次に近くで助け合うのが順序である
まず今は遠くの人が助け近くの人は助けない、これも矛盾していた
そして地元では補償金で助け合うところではない、心は一つになれない、分断されたのである、これも現代の矛盾なのか、まず内部で団結しなければ復興などありえないとなる
外部頼りならもう外部の人に一切まかせて地元の人たちは外に出た方がいいとなる
現実は若い世代は外に出て帰ってこないからそうなったのである

遠くから来るボランティアも必ずしも有効なものとなったとは言えない、その善意はありがたいにしろ何かボランティアが有効に働くのは自分の経験でもむずかしいのである
全然認められないこともあるしやはり社会で認められないということである
いろいろあったけどまず苦しい時は家族だったら家族でまず助け合う、次に近くの人が助け合う、次に外部の人に助けてもらうのが順序である
それがまず外部の人、遠い人が助けることになった
復興の仕事はほとんど外部の人たちがしていたのである一部は地元の人たちがしたとしてもほとんどは会部の人たちだった
家を建てるにしても何をするにしても外部の人が建てたり工事した
それは地元ではできないからそうなったのだからそれを批判することはできない
でも何か外部まかせとなったことがある

何も6年とか7年も過ぎたら自分たちできることはすべきだったとなる
そして結果的にどうなったかというと地元では協力しない、外部とは協力するがその外部の人も来なくなる、残されたのは地元の人たちでありその地元の人たちが補償金などで分断されて協力ひない、心ひとつになれないのである
それを言えば小高の人たちにすれば何で地元の人が協力しないのだと怒りになっている
俺たちは苦しいのに助けないのか、冷たい奴らだとなり怒りになっているだけなのである
こういう内部事情があり外から来るボランティアが悪いとはならない、でもそれが有効に働くかどうかは別問題になる、それは自分自身もそうだったからである
駅でボランティアしても何も認められない、それはそれとしてかまわない、道案内とかしてありがとうと言われるから気分いいからかまわない
ただボランティアがすべてうまく有効に機能しないことは言えるのである
それよりまず地元でやれるかとはやる、地元でまず協力しあうべきだったができなかったのである、それが一番の問題だったのである                                                  

posted by 老鶯 at 09:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2019年01月16日

世の中は三日見ぬ間の桜かなー三日見ぬ間の枯木かな (老人は時代の変化についていけない)


世の中は三日見ぬ間の桜かなー三日見ぬ間の枯木かな 

(老人は時代の変化についていけない)


人間の一生でも世の中でもこんなに変わるとは想像もできなかった
この辺では特にそうだった
ここ十年で体験したことは変化が激しすぎたのである
第一津波では村がいくつも消失したからである
村ごと消えるなど想像もできなかった
その津波で家族も死んだ人も多数いるし原発事故では故郷に住めなくなった
それもありえないことだった
人生は無常だということを一身上でも家族が認知症になりみんな死んでそうだった
ただ茫然として一人取り残されたとなる

ただ人生とはそういうものだったのである、だから日本でも70年間平和だったということはまれだったし自分自身でも何事もなく暮らしていけたことの方が幸運だったとなる
でも一回は水害などがあったがそれほどの被害ではなかった
床上浸水だったがそれほどの被害ではなく乗り越えられた
それ意外に何か不幸なことはなかったのである

それが一度にここ十年介護やら自分の病気やら回りは津波や原発の被害にあった
それは想像を絶したものだったのである
世の中もそうだが個人的にも家族でも変化が激しいのである
人生とは常に変化なのである、成長してゆくこと自体が変化なのである
大きな変化は30頃まで起きる、そこが青春なのだけどこれもあっというまに過ぎる
青春の若さとか女性なら美とかあっというまに色あせてすぐに老人になる
そして見る影もなくなる、つまり枯木になるのである

世の中は三日見ぬ間の桜かなというときそれは盛りの時期である、また個人的にも世の中でも国でもそうである
中国を見ればわかる、十年二十年をふりかえってみればわかる
どれだけ遅れていたか?物価は日本の十分の一とかであり技術は最低であった
それが今見れば驚くばかりである、給料だって日本とたいして変わらなくなっているし新幹線が走っているしスマホとかの技術では中国が優れている
論文の数では中国が日本を百倍単位で引き離している、それだけ技術が進歩しているのである
でも中国という時、何か依然として右の人は日本がより科学技術でも遅れた国だと見ている、それはあまりにも変わるとそれに追いついていけないのである
三日見ぬ間の桜かな、その三日が十年であり二十年であり同じである
もはや中国は満開に花が咲いているともなった

しかし一方で衰退するのも早いのだ、女性でも若いと思ったらたちまち老人になり若い時の面影もなくなる、三日見ぬ間の枯木になっているのだ
だから国単位でも栄えていたと思ったら枯木になっていたというのはいくらでもある
そのスピードが早いのである、アメリカと中国は今や同等でありアメリカがいつまでも栄える強国ではなくなっている
でも今までのようにアメリカの位置は強国として世界をリードするものとして見ている
でも現実はそうでなくなっている、自分の国が優先だとなっている
それはアメリカがもう衰退しているからである

人間はその変化を見抜けないのである、銀行が地銀が真面目な仕事であり地方ではエリートだと思っていた、でもその地位ももう保てない
それで追い詰められているから収益をあげられないから投資信託をうりつける
これは銀行で売った時点で絶対に損しない商品なのである
手数料が確実に入るから毎月配分とか言って売りつける
だから地銀とかは対面的に営業の人が来てその人を信じるということがある
それでおばあちゃんが投資信託で一千万損しても銀行員を信じていたというのもそのためである
それは老人は急激な変化に対応できないからである
それは自分自身もそうだったのである、銀行というとき信じていたのである
でも世の中の時代の変化が激しいからそれに追いつけず失敗する

つまり三日見ぬ間の桜なのだがまた三日見ぬ間の枯木にもなっている
そういうふうに人間の変化が激しいのである、人間関係でもそうである
常に変化している、60年一緒に生活していても死んでしまうともう帰ってはこない
ただそこで茫然としているだけである
そしてただ過去をふりかえるだけだとなる、最後には同じことを認知症になって千回も話する、それは別に認知症にならなくても老人になると過去のことを嫌になるほど繰り返し語るからである、なぜならそうして語ることが生きたことだからである

ダーウィンは、「この世に生き残る生き物は、最も力の強いものか。そうではない。最も頭のいいものか。そうでもない。それは、変化に対応できる生き物だ」という考えを示したと言われています

変化に対応できるものというとき時代を見ればわかる、明治時代には本当に激変した社会に変化したものが生き残った
その変化に対応できたのは若者だったのである、とても老人では適応できない
それはいつの時代でもそうである、子供でも若者でも一番その時代の社会に適応する能力がある
でもすでにすぐに40とか50になると適応力がなくなるのである

おそらくなぜ日本が衰退するのかという時、時代の変化に適応する若者がいない、若者が活躍しない、それは老人が多い、高齢化社会になると新陳代謝がなくなる社会になるからだ
明治だったら若者が創始者になって創業者になってやるほかない、だから明治に会社でも大学でなんでも創始者になったのである
そしてなぜ戦後にこれだけ日本が発展できたのか?
それは戦争に負けた結果、既得権者が一掃されて新陳代謝が行われた、強いられた結果なのである
その変化も激しかったのである
高齢化社会はその新陳代謝がうまくいかない、老人がいつまでも権力を握っている社会である
相続でも60とか70になってやっと親の財産でも相続するとかなっている
そうなると下の世代は権力をもたないから自由にできない、自分のやりたいこともできないのである
新陳代謝ができない社会が少子高齢化社会なのである

それで女川辺りでは津波の被害地域でも老人は口出すなと言って若い世代に街作りをまかしたのである
急激に変化する時老人は対応できない、若い世代は40くらいまではまだ適応できる
でもそれ以上になるとむずかしくなる、私が失敗したの50から海外旅行したので遅かったのである
若い世代なら今の時代に適応して新しい未来を目指し作ることができる
時代に適応できるからである、だからこの辺ではそうした若い世代が明治時代のように活躍できる場でもある
何もないところから一から始めねばならないということになったからである

いづれにしろ戦後70年過ぎてまた明治から戦争まで70年であり戦後の高度成長を経て70年でありそこでまた大きな変革の時代に変化の時代になる、それで色々な分野で変革が迫られているのである
ただその激変に老人はついていけないのである
                                            
世の中は三日見ぬ間の桜かなー三日見ぬ間の枯木かな

世の中も人生もこれだった、いつの世もそうだった、常に変化であり無常の世界だったのである


鹿島駅に市でNPOの見守りの人を置く


鹿島駅に市でNPOの見守りの人を置く

sssttttkk22.jpg
ここに人を置くとすれば駅員のようになる
切符も売っているのかとと思う
どういうことになるのか?




昨年12月10日に相馬(福島県相馬市)−浜吉田(宮城県亘理町)間で運転を再開し、JRが1カ月間の利用実績を調査。新地(福島県新地町)−岩沼間では震災前の86%に当たる1日平均約8400人、原ノ町−新地間では82%の約3100人が利用した。平日の利用者数の落ち込みが大きく、JRは、通勤客が大幅に減ったと分析している

通勤客は山下駅、山元町が津波の被害で人口減になった、あの辺まで仙台の通勤圏だったのである
通勤となると高校生の通学のように毎日乗るから定数になるから乗客が常時見込めるからいいとなる
双葉とか大熊、富岡とかまだ不通になっているのも痛い
この辺は原発があり乗降客が多かったからだ
ここがいわき市までつながればまた乗降客は回復する

鹿島駅には常時見守りの人を置くようになる、コーヒーは出さない
市の方で援助する、npoの人が来る
私は30分くらいしかいないから役にたたない
でも常時いれば直接わからないとき聞けるからいい
自分の仕事はなくなるということはある

ただ自分は駅が広場の役割がありそこで何か話したり案内したりする
今日は小高のばあちゃんが鹿島がなつかしいと言って待っていた
息子なのか淡路島の方に行ったという、それで原町の復興住宅に住んでいる
この人も車をもっているが何か車検とかで電車で来た
誰もいない駅より何かちょっとでも話したりするとなごむということはある
ただ嫌がる人もいるからみんなと話はできない。
ばあちゃんとかは話しやすいのである

その駅の見守りの人でも市の方で金を出す、npoだからそうなる、でもいくらくらいもらえるのか?たいした仕事ではないにしろ半日でもいれば仕事である
それで金をもらうからである

自分の役目は終わったともなるがこれからも駅に30分くらいは買い物帰りにたちよる
そこで待っている人と話したりする、また駅は広場でありそこで土地の人ともあって話したりする場である

でも駅に常時人がいるということは切符でも売れるはずだがしない
そういうふうにJRではしない、市の方で見守りの人を置くとなるとそうなのだろう
切符くらいついでに売るようにしたらいいと思うが何かめんどうなのだろう
そうなるともしかしたらJRで金銭の負担があるから頼まないとなっているのかもしれない今日は市役所の人とJRの人が来ていて相談していた
でも金銭の負担は市の方でするのだろう

2019年01月15日

相馬市の山上の塩手山や茄子小田の地名の由来は?


相馬市の山上の塩手山や茄子小田の地名の由来は?

shiodeyama.jpg

shiodeee111.jpg
こういう地形だから塩手山は地形から名付けられた


「なす」の語源は、「なすりつける」とか、「ならす」の意味の他に、「なずむ」というどろどろの湿地の意味もある。栃木の那須は平坦な地形の「なら」に通じる地名由来だ。岐阜県の茄子川は、川がついているので、平らなところを浸食した意味も含まれる。 


シオデ(牛尾菜)

漢方では、根茎を「馬尾伸筋(ばびしんきん)」と呼び、鎮痛などに効能があるとしています。 

しおしおと

 凹んでーしぼんで、生気を失う、陰気な・・・・

地名を解くとき注意しなければならないのが漢字は当て字でありその漢字から地名を見てはいけないのである、もともと音がありそれに漢字を当てたからおかしくなる、誤解されるのである、北海道のアイヌに漢字をあてた結果奇妙な地名になっているのでもわかる

茄子とあるから茄子と関係しているのかというとない、那須は有名だけどそれ茄子とは何の関係もないのである、地形的なものなのである
川が関係しているとなるとあそこにも川があるからそうなのかともなる
そして茄子小田となれば小田は小さな田だからまさにそうである

そして塩手山とあるがそれは何になのか、塩とあるから塩とは関係ないことが多い
それは山の中に塩とつく地名が多いからである

 山間に多い塩地名 ― 塩原(しおばら)
  
(1)楔形の谷の奥
(2)川の曲流部
(3)撓たわんだ土地(長野県北部〈北信〉にみられる)
(4)植物のシオデ(牛尾菜)に由来 

この四つのどれかとなる、楔形の谷の奥、川の曲流部、たわんだ土地というとき塩手山とか奈須小田はあてはまる、しぼんでゆくつ地形であり、しおしおという言葉がありそれは何か陰気な生気がなくなる場所としているからだ
確かにそういう地形なのである

もう一つはシオデという植物がありそれは薬草として利用されていた、農家の出の人は自分の家で薬草を作って処方していたという、それは千振(せんぶり)とかドクダミとかである、それから血止め草と呼ばれていたのもあり薬がない時代は自家製で作っていたのである、現実に千振山といかのがあったり薬として欠かせないものが野草にあった
これはチフリ山と読んでいる

この地方で人気のある「薬来山」は、昔は「せんぶり」の宝庫でした。

千振(せんぶり)山とつく地名があるのか?センブリが薬草として貴重だから薬の山はセンブリが豊富にとれる山だったとなっていた

たいがい何か花でも薬になる、トリカブトは毒薬でありこの辺で山中深く咲いていた
漢方薬が生まれたのは人間にとって必然だったのである
ただそういう知識は専門化したがもともと自家製でも作っていたのである
そうしないと生きていけないからである
その農家出の人は納豆まで作っていたというからだ

いづれにしろ地名の由来で一番多いのは地形に由来したものである
だから塩手山がシオデという植物に由来するかとなると疑問である

インタ−ネットでは地名に関するものが多いから参考になる
全国的に共通なものを調べやすいのである

台町とかあったけどかなり高い所にも畑があり見晴らしが良かった
その前にあの辺は今田という地域である、今田とは新しく田にした地域だともなる
新田は新しく開拓した田のことである
あそこには紙漉川というものが近くにあるから紙漉きが行われていたのである
あの辺は地形的に複雑である、入り組んでいるからである

南相馬市と相馬市の相違は原発事故の被害が南相馬市と相馬市では格段の差があった
放射線量は海側だと変わりないが南相馬市では鹿島区でも半分は避難したのである
相馬市は避難した人はほとんどない、その影響が大きかったのである
だから南相馬市の地域は原発事故で田畑が荒地化した、8年過ぎて回復したにしても南相馬市地域では荒地が依然として多い
特に橲原とか大原とか山側になると荒地のままなのである
それから小さな田はソーラーパネルになったりする、小さな田畑はもともと跡継ぎがないとか生産性が低いので原発事故以後は放置されてしまったのである
だから金にするためにソーラパネルにされやすいのである
宮城県とかでも津波の被害地では農業をやめた人が多いというのもわかる
それはもともと農業していたのは60歳以上であり高齢化で継続できなくなっていたからである

ただそうして荒地化しているのが景観として嫌なのである
でも相馬市は山側でもあんなに高い所でも田畑を継続しているから南相馬市とは違っているとみた
そもそも小高などは避難させるべきではなかったのである
みんな言っている、3年農業をやらないともうできない、体がなまってできないと言っているからである、今でも原発事故の後遺症は南相馬市にあり相馬市は津波の被害が大きかったが荒地は目立たない、全国的に耕作放棄地は多い、それをどう利用するのかとなると全部ソーラーパネルになるのかとなると嫌だなと思う
グーグルの地図で見ると山の中にもあり玉野村では大規模なソーラーパネルが設置されることで問題になっているのである
もうそうなると山村というものではない、工場地帯みたくなるから嫌だなと見る
海岸部は仕方ないにしろ山の中までそうなるのは景観的に嫌だとなる
でも私の場合は景観とか風流だけから見ているからそうなる
そこで生活するとなるとまた違った問題になるのである



posted by 老鶯 at 20:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 相馬郷土史関連

2019年01月14日

葉牡丹(相馬市の山上から塩手(茄子小田)から市街へ


葉牡丹(相馬市の山上から塩手(茄子小田)から市街へ

winterfield1.jpg
ここから海が見えて見晴らしがいい

habotannn11.jpg
茄子小田であり塩手とある

satayama1111.jpg
すぐ前にこの山がある
shiodeee111.jpg
白い所に雪が残っていた、この辺は雪が降ったから寒い

nasuodaaa111.jpg
茄子小田という地名がある



冬耕の畑や高台に我が来る

葉牡丹や蔵ある家に古木かな

茄子小田と隠さる家や冬の暮

家の前冬あたたかく里の山

山上の奥にしあれや昨日(きぞ)ふりし雪の山蔭に残り白しも

どの辺を行ったのか?
相馬市の道の駅から山の方へ上っていった
そこに隠されるように人家があった
今田とかを通り山上の奥である、宇多川にそって上ったからだ
途中の高台から見晴らしのいい場所があった
近くでも行ったことがないところがあり見晴らしのいい場所がある

それから塩手というところは変わった場所がある、すぐ前に小高い山があり何か人間的である

今度の自転車はypj-xcはマウンテンバイクでありそれがぐいぐい走るというかぶーんと走るというか坂でも悪路でも平坦な道でもすいすい行くから楽である
地形的に変わっている、私が求めているのは景観とか地形とかでありそれを縦横に行けることだった、それには車ではだめであり今までの自転車でも行きにくかった
今度の自転車はオールマイティなのである
タイヤが大きいし厚いというのもいいのである
一番いいのは走りが楽なのである 

蔵のある家の所の地名は茄子小田となっているのも何か隠れた里である
それから塩手から常磐高速に出た、その脇の坂道を上り相馬市の方ででた、そこは高く松林になっていた、相馬市の市街と海の方が見えた
そこは細い道であり車はめったに通れないが家が数軒あった
結局坂があると敬遠してきたがこの自転車だとどこでもすいすい行ける感じになる

ともかく昨日は風もなく寒くもなく穏やかだった、今頃はこの辺は風が吹く
だから風が吹かないから自転車で行くのは向いていた
この自転車だと今まで行けない場所に行ける
そこに近くでも新しい発見がある




2019年01月13日

トラック運転手に女性が増えている (機械化で女性でもできる時代になっている)


トラック運転手に女性が増えている

(機械化で女性でもできる時代になっている)

その人はトラックの運転手だった、良く自転車に乗っているからまた駅であった
自転車の人とは自分も乗っているから話しやすい
なんで自転車に乗っているんだろうと思ったから足を悪くして車に乗れなくなったからだった、アクセルとブレーキを間違うから車には乗れないと言っていた
その人も80近いのかもしれない、ただトラック運転手していて車に乗れないのは辛い
前にも80の人が車の免許を返して失敗したとい言っていたからである
ただ本当に車が危険になり乗れないという人が80近くなると増えていることは確かである
そいうう人に4人くらいあっているからだ

高齢化で車を利用できないと鉄道とか自転車を利用するようになる
自転車は電動自転車ができて便利になった
自分が今度買った電動自転車は悪路にも坂にも強い、半分のバイクのように走るから楽である、今日はそれで山上とか今田の奥の高い所を走ってきた、遠くに海が見えて気持ち良かった、今日は風も吹いていないので楽だった
その途中で交通事故を見たのである  

その運転手はしきりに女性が運転手になっているのが多いと言った
女性でもできるのと聞いたら今は女性が増えている、でも力仕事があるのではとか聞いたら今は機械化しているから荷物でも自動化して下したりしている
それから運転席も快適にできているという、それで細腕の女性でもしているしできるという、そんなものかと知らないから思った
月給もとる人は一か月50万もとっている人がいるという
それは多いにしても女性でもトラック運転手になるとスーパーとかのパートなどよりずっと高くなる 

今は人手不足だから待遇も良くするし女性でも男性と変わらず仕事ができる
だから人手不足の解消は女性の活躍にあるのかもしれない
女性が建築現場にも入れるような環境を整えれば入ってくる
テレビでトラックの自動運転を言っていたが現実にトラックは半分自動化しているらしいだから女性でも入り安いとなる、農業も機械化しているからこれも人手不足を補えるかもしれない、つまり人手不足は外人頼みでなくても解決する方法が今ではあるとなる

なんらか今は女性が男性の職場に進出する、それはやはり女性も外で働かざるをえない時代になっているからだ、共稼ぎでないと生活が成り立たないとかなっているからだ
すると収入のいい職場に女性も進出してくる
それが機械化で楽になれば余計にそうなるのである
やはり機械化ということが大きなポイントになる
今度買った私の電動マウンテンバイクのように体力なくなってもこれならまだ坂でも遠くへも行けると思ったからだ
これだけは技術のありがたみを感じたのである、車にも乗れないから特にそう感じたのである

実際は女性が男性の職場に進出して働いている、鉄道でもそうでありどこでもそうである第一女医が多いのもそうである、それは女性が働き安い職場が増えたためなのである
力仕事というのは機械化しているから別に力がなくてもやれるとなれば女性でもやれるとなるからだ、現代は力があるということがメリットにならないのである
これからAIも進歩すると簡単な頭を使う仕事も自動化される、すると人手はいらなくなるのである
だから外国人だけに頼るというのは疑問なのである
外国人労働者に頼るのは国と国の問題になりめんどうになるからである




年間休日120日以上!積み降ろしはリフトで行う大型ドライバー

雇 用
正社員
職 種
女性も活躍中の大型トラックドライバー
給 与
月給 310,000円〜330,000円
固定残業代含む
◎交通費別途支給

運送会社=男社会のイメージはもう昔!
中島急送では女性が輝ける仕事が多数あります!
女性だけのドライバーチーム発足につき大募集!
゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・

【★中島急送で女性が活躍できる7つの理由★】
◎未経験者の教育体制ばっちり♪
◎女性専用トイレ完備でいつも清潔♪
◎お子さんの学校行事には参加できます♪
◎土曜日面接実施中!忙しいママも大丈夫♪
◎勤務時間が一定なので家事・育児も安心♪
◎安全の取り組みを徹底し、安全・安心な会社♪

女性の体力では難しい業務が多いのはもちろん、文化としても男性至上主義が根強く残っていたからでしょう。

しかし! その時代もついに終焉を迎えつつあります。

我らが運送・建設業界にも女性進出の大波が打ち寄せてきたのです…!!

レッスン2

■トラガール(女性トラックドライバー)急増の2大理由

男文化を貫いてきた業界に、女性ドライバーが増えてきたのは何故でしょうか?
その理由は、2つありました。

理由1.インターネット通販の普及
大きな理由の1つは、『Amazon』や『楽天市場』といったインターネット通販の普及です。



やはり時代が変わっていた、通販全盛時代となり人手がたりない、でも女性でもできる仕事でありかえって女性が選ばれている事情がある、たから時代が変わるとある仕事はヘリある仕事は増えてゆく
それは機械化でもAIでもそうなのである
それで意外と女性向きの仕事が増えてくるかもしれないのである、これはその一例なのである

六号線鹿島区永田で交通事故(午後1時頃)


六号線鹿島区永田で交通事故(午後1時頃)

nagataaacc1.jpg

nagataaa11.jpg

nagata1234.jpg

9日午後5時すぎ、南相馬市鹿島区南柚木の国道6号線で、軽トラックと普通乗用車が正面衝突する事故があり、さらに普通乗用車のうしろから別の軽乗用車が追突しました。
この事故で軽トラックを運転していた相馬市山上の解体作業員、粂井浩志さん(61)が心肺停止の状態で病院に搬送され、その後死亡しました。

今日起こった事故は永田だった、柚木の手前である
坂を上る時に起こった、私はずっと前にもこの坂を下った所でも事故が起きたのを見ている
柚木はその先である、六号線でも事故が起きている
硝子片が散らばったくらいであった
でも毎日のように南相馬市内でも事故が起きているのである

だから私は原付のバイクに乗らない、歩道を走れないからである
今度の電動自転車は半分バイクだから楽である、坂でも悪路でもすいすい行くから結構今日は相馬市の山上や今田の奥の方へまた坂を上り高い所にも行ってきた

怠(なま)け者が認知症になりやすい (頭を体も働かせないと危険)


怠(なま)け者が認知症になりやすい

(頭を体も働かせないと危険)

なぜ認知症になるのか?この原因はなんでもそうだが一つではない、だからこれが原因だというのは言えない、犯罪でもなんでもその原因となるのは一つではないからだ
私の家族が認知症になった一つの大きな原因が怠け者になっていたことである
人間はそもそも本来怠けやすいのである、そういう習性がある
だから人間は怠ける環境にあると自ずと怠けるのである
それで怠けられない環境にある、強いられる環境にあることも大事になる
人間は怠けるし楽をしたいとか快楽を求めるということがあり決して自ら苦しむようなことはしたくないのである

過去に人が苦しんだのは自らそうしたのではなくそう強いられていたのである
貧乏な時代だったら嫌でも働かざるをえない
ニートのような人はまず団塊の世代ではほとんどいなかった
みんながむしゃらに働いていたのである
そういう中で働かない人は本当にまれだったのである
今はなぜ普通にニートがいるのか、それはそういう環境にあるから働くなくてもいいからそうなっているのである

ただここに危険があった、私の家族の一人公務員で働いていたが55歳くらいで早期退職した、その後何も仕事はしていない、家事も何にもしない、趣味はしていたがそれも別に才能がないからその趣味を究めるものでもなかった
それでふりかえるとその後30年くらい仕事もしない、家で何もしない、だらだらと過ごしていたのである、そこには緊張感もない、張りもない生活だったのである
ただそれを自分は気づいていなかった、認知症になってから気づいたのである

そしてわかったことは家事を自分でしてみてこれは結構大変だなと実感した
まず掃除というのは本当は毎日しなければならない、それができないから自分の家は汚れている、散らかっている、こまめにしていないとだめなのである
それから片付けるものが常にある、特に手間がかかるのが料理なのである
だから自分自身は料理は買ったものでまにあわせている
ところがその買う種類が多いので買うことが一仕事になる
何を買うかが問題になるのだ、それで時間がかかる
また何を買うべきかわからないのである

そして一番の問題は料理なのである、料理は本当に手間がかかる、そろえるものが多すぎるのである、それで冷蔵庫の中に種類が多いからいつも何が入っているからわからなくなる、なぜならいつも見てチェックしていないからである
他にやることがありプログを書いたりインタ−ネットを見たり本を読んだりしているからそんなに頭が回らなくなっているのだ
だから料理とか家事は一仕事だと思った
そして一番料理は頭を働かすから料理をしていることは頭を働かすことなのである

それで一人は店を70頃までかしていたしずっと90過ぎても料理して家事をしていた
趣味はなにもないが庭に花を植えるのも無駄だとしてそうして働くことしかなかった
大正生まれだった、でもそうして家事を90過ぎてまでしていたことが良かったのかと思う、最後に95過ぎて介護状態になって認知症になっていた
もう90過ぎる半分は認知症になるのであるからやむをえないとなる
だから姑が嫁におばあさんはなにもしなくていいですよ、テレビでも見ていてくださいと役割がなくなると呆け安くなるのである

人間は何か強いられないと仕事はしない、怠け者になりやすい、だから強いられるということも大事なのである
朝起きるにしても強いられなければ朝早くは起きないからだ
規則的生活も強いられないとできないからだ
勉強でも自主的にするものだかある程度強いられないとしないのである

何か自分は介護から今でも一人になってから常に追われている、家事することがなにかかにかあるのだ、その合間にプログを書いているから追われるのである
つまり自分は家事をしないでいられない、強いられているからしているのである
誰もしてくれる人がいないからである、今までは全部料理でもなんでもしてもらっていたのである、そこて自分は怠けものになっていたことは確かである
人間は環境によって作られるのである、時代時代で環境が違うから人間もその時代で環境で作られるのである

認知症にならないためにはどうしたらいいのか?
その一つは心身ともにWORKさせることである、働かせる、機能させることである
そこで危険なのが役割がなくなることなのである
会社を退職すると役割がなくなる、かといって家事が妻がしていたりすると何もすることがなくなる、これが危険なのである
料理はいろいろ頭を使うのである、でも夫は何もしないと危険になる
つまり人間は役割がなくなると心身ともにworkしなくなるのである
それで頭を使わないからだんだん機能が低下してくるのである
それが認知症につながってゆくことがある、それがすべてではないにしろそうなりやすいそうでなくても老化してゆくのだから認知症になりやすいのである

いづれにしろ認知症の予防ができるかぎり心身ともに働かすことである
男性と女性はまた違っているが男性の場合会社を退職すると役割がなくなるから危険なのである
女性でも障害児をかかえてそのことが心配で世話を焼いて心身を働かせていたら人は認知症にならないとか言う人もいたのも逆説である
何か自分自身の家族でもそうだった、あんなに一方は働いているのに一方ただ食事を出されているのを待っているだけだったのである
だから奇妙なのは主人がいて召使いるとき何でも召使がしていたらその主人呆ける認知症になるともなる、それも逆説である
つくづく人間は何が幸せかわからないのである
実際に経験しているだろう、不幸が幸福の原因になっていたり幸福が不幸の原因になったりしているからである

いづれにしろあまりにも怠ける状態にあることは危険になる

シーシュポスは神々を二度までも欺いた罰を受けることになった。彼はタルタロスで巨大な岩を山頂まで上げるよう命じられた(この岩はゼウスが姿を変えたときのものと同じ大きさといわれる)。シーシュポスがあと少しで山頂に届くというところまで岩を押し上げると、岩はその重みで底まで転がり落ちてしまい、この苦行が永遠に繰り返される

怠け者の罰はこうなる、有益なことをしないから延々と無益なことを強いられるともなる
ただ人間は何もしなくても何かしても必ずカルマを積んでいる、楽をした人も金を持ちすぎた人も有効に使わない人は罰をカルマをもち何かそれが後で苦しみとなって現れるのである、要するに人間ち起きることは何かしら因果応報だともなるのだ

posted by 老鶯 at 09:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 福祉医療−老人問題

2019年01月12日

2019謹賀新年(霊前に献ぐ花)


2019謹賀新年(霊前に献ぐ花)

kinganewyyy345.jpg



姉が死んでから8年、母が死んでから3年すぎた、月日が過ぎるのは早い
ただ不思議なのは死んでからも家族は家族であり60年間一緒にいた記憶は消えない
むしろ人間の不思議は何か?

人間は死んでから本当の力を発揮する

これを何か家族が死んで感じているのである
人間は死んだら終わりだとか思っていた、動物なら死んで終わりである
人間は逆である、人間は死んでから本当の力を発揮する
むしろいきている内は人間の価値はわからないのだ
評価もできない、今有名でもそれもうたかたのように消えるからである
死んでからいつまでもなんであれ話題にされる人は本当に価値ある人なのである
それは別に有名人とか偉人でなくてもそうである

人間は死んでからその本当の価値を知るのである
そもそもなぜキリストが死んでも2000年過ぎても忘れられないのか?
そのことだけでもわかる、キリストが死んだときこそその後に最も力を発揮したのである
でも死んですぐに忘れ去られるのはその人に何かしら残すものがなかったからだともなるそれは巨万の財産を残したとしても必ずしもそれで後世に影響を与えるとはならない
私的なことを延々と語るのもなんだがやはり自分の家を築いたのは姉と母であり
そこに功績があり今の自分があるとなるから語るのである
それは金銭的な面だけではない、自分を支えてくれた人だったとなるからだ

それで紅白の餅を献げ花を挿したのである

葉牡丹に白菊黄菊千両や新年祝う霊前なるかな

最近フラワーアレンジメントはしていない、その余裕がないのである、家事に追われるのである、だから今になると自分のように恵まれた人はいなかったなとつくづく思う
その恵まれすぎた結果として塗炭の苦しみを受けたのである
全部家のことでもしなければならなくったからである
花の不思議は花は争うことがないどんな花でも一つの壺に争わず映えるのである
かえってその個性を互いに際立たせるのである
花は調和している、自然も調和している、コスモスを形成する
ただ人間だけが不調和な存在なのである
いろいろ努力しても常に不調和になるのである、科学技術でも調和ある世界は乱されるのである、だから人間の努力とは何なのかとなる 

キリストが言うように

野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。働きもせず、紡ぎもしない。しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった

これは人間の労働を否定しているのである、人間は労働を賛美しすぎるのである
労働はケースバイケースで必要である、でもそれを全面的に肯定はできないのである
結局膨大なの労働の結果として生まれたの何なのか?
東京の怪物都市だったともなるからだ、そこに全く美がないからである

人間の力は決して個人からだけでは発揮できない
そこには様々な力が加えられて付加されて力を発揮する

●神の力
●土地の力
●家の力

この三つは明確である、他にもあるとしてもこれはわかりやすいのである
この三つの力があって個人でも力を発揮できるのである

人間はつくづく経験してみないとわからないのである
人間が家族が死ぬということはどういうことなのか?
それが家族がみんな死んで自覚できたのである
かえって死んでから家族の意味とか先祖の意味とかを理解できるようになる
生きている内はそういうものが頭で考えているだけであり実感しないからである

今年はどういう年になるのか?
何か自分自身も回復してきたとかなるし回りはどうなのか?
震災以後8年だから回復してもいいが実際はしていない、結局回復は復興は長い目で見ないとできない、それだけ被害は大きすぎたからである


冬日没る(大原の二つ峰)


冬日没る(大原の二つ峰)

                      
イノシシの猛進するや年明けぬ

冬日没る大原に見ゆ二つ峰

一本のすぐなる松の隠されて今日我がよりて冬の日暮れぬ

twinedmmmm123.jpg

twinedpeak11.jpg
クリック拡大

実際に見たのとは違う、もっと明確に二つの峰が高く見えるのである
やはり写真と現物は違うのである

matufuyu1.jpg

林の中にあった一本の松
これもこんなふうではなかった、もっと太い松だった

人間と自然の関係は何なのか?それは自然があるとしてそれを人間化することなのであるだから名前をつけること自体人間化したものなのである
名前がないとそれは自然のままだとなる

human identified mountain

human identified tree

human identified stone

とかなる、それで真野川上流の隠された石を老子石と名付けたのである
名付けることはまた意味をもたせることなのである

ただまだどこでも名前が付けられない山がいくらでもある、それはそこで生活している人でも認識していないのである
だから時代が変わりそこに生きる人がいてまた新しく自然が identifiedされるのである
そういう作業をしてきたのが自分だったとなる

要するにこの二つ峰に人間を見ているのである、人間を投影しているのである
それは夫婦に見えたり兄弟姉妹に見えたり祖父母に見えたりしてそういう名前がつく
人間化した山になるのである

これはtwined mountains でありtwined peaceともなる
それは常に人間には争いがある、だからこうして二つの峰が一体化している
夫婦でも離婚とか家族でも争いがある二つの峰が一体化して平和がある
それが自分自身の家族にも言えたからここに自分自身の感情が投影されてアイディンティティ化されているのである

大津皇子の遺体が二上山に移し葬られる時、姉の大伯皇女(おおくのひめみこ)が哀しみ悼んで詠んだ歌が2首ある。

うつそみの 人にある我れや明日よりは 二上山を 弟背(いろせ)と我が見む

@「現世の人である私は、明日から二上山をわが弟の君であると見て偲ぶだろう」

この山は見れば大きい山はいかにも姉であり小さい山は弟に見えるのである

はるけくも飛鳥に来たり二上山我が望みて秋の陽没りぬ

これは確かに飛鳥から見えたのである、結構奈良では目立つ山だったのである
あの時は名古屋から奈良まで自転車で行ったから遠かった
ただあの山は飛鳥からも見えたのである

寺内から深野の方向に行く所の山道をマウンテンバイクで上った
そしたらイノシシがものすごい勢いで走った、二頭いた
小型ではあった、丸森は大きなイノシシを見た、あれは怖かった
丸森辺りだと森が深いからあのような大きなイノシシがいるのかとなる

とにかくイノシシ年であり年男になっているのが自分である
だから最後の猛進の年になるのか?正直旅行とかはしたくなくなった
疲れるのである、近間ならいいが遠くとか人ごみに入るから嫌になる
やはり老後は旅より家でゆっくりしたいとなる、だから老後は家が大事になると思った
家が過ごしやすいとか田舎いいとなる

ただこの辺の山は土とるためにいたるところ山が削られているのである
それが景観を悪くしているのである、それだけの工事がこの辺であったためである
それからソーラーパネルも増えすぎたのである
ただマウンテンバイクで行けるところが近間であると面白いとはなる
飯館にはそうした道がありバイクで行けるとかあったから行ってもいいが疲れるとなる
ただ今度の電動のマウンテンバイクでは行動範囲が広がったことは確かである


2019年01月11日

列車見張員がレ‐ルを点検 (2019仕事始め)


列車見張員がレ‐ルを点検

(2019仕事始め)

trainkeep14.jpg

railwaykeep1.jpg

railkeep2.jpg

raiwajr33.jpg

列車見張員とは列車が来るのを工事している時見張っている
電車来る前に工事をやめる、何かこれで遅れて事故にあって死んでいる人もいる
それは必ずしも電車は定期運航していないからである
事故があったり風で遅れたり正確に時刻を決められないからである

たしかにうちの警備会社
列車見張りの手当てが500円つくので
昼だと9500円夜勤だと1万500円
昼夜働いて2万円
この現場は日曜休みなので6日間×2万円=週給12万円
一ヶ月だと50万円近く稼げるわけです

でも毎回昼夜やると家に帰れないんで
これはさすがに極端な計算です

普通の警備員よりは金になる仕事のようである、でもトイレに行けないとかになると困ると思った

ただ今日来た人は大工さんが使う水平機のようなものをレールに置いて計っていた、ちょっと高くするとか低くするとか言っていたからである
レールの点検作業をしていたのである、こういうこともしている

鉄道というといろいろな仕事がある、駅関係もあるし鉄道だとその他常に保守管理の仕事があり毎日のように来ているからだ
ただ現代の仕事はわかりにくい、でもそこで定点観測していると何か見えてくるものがある
それは別に鉄道だけではない、毎日仕事している所で定点観測しているとその仕事が他者にわかりやすいことがある
それがインタ−ネットではしやすいのである
福島県の新聞でも二つあるにしてもそうした細部は報告されないのである
本当におおざっぱなものしか報告されない
まず福島県だって広いからである、そこに情報環境が変わったのだけど大きなものは対応できないのである

それでこうした細部をインタ−ネットだと報告できる、その細部から見えてくるものがある、駅ウオッチャー、鉄道ウオッチャーになっているのが自分である
何かそういう人も必要なのかもしれない、ただどこでもそういうことはしにくい
内部情報は公開されないからである
でもインタ−ネットだと個々人が放送できる、全国にもできることが強みなのである

今年もテーマとして報告することがあるのか?
マイカーとマイホームのことを批判したけどマイステーションとかマイタウンとかなるとは私的なものではない、そこを自分のものとして共有するものであり私の駅でありまたみんなの駅なのである、ただ先にマイステーションになるしマイタウンになるのである
私の駅だから私の街だからそれにかかわり知ると良くしたいとかなるのである

ただ何もしなくてもまず人間は相手のことでも知ることが先なのである
知らないことにはどうにもならないのである
知るということはその人を理解することであり仕事でも知ることはその仕事を理解して相手を理解することなのである
つまり現代は相手の仕事でも何でも知らないことが多すぎるからである
また知り得ようがないからである
記者とか報道関係はそういうことを伝える人だったのである
それをプライベートでも目立たなくても無料でもやれるようになったのがインタ−ネットだったのである
タグ:列車見張員

2019年01月10日

車社会と鉄道の相違の考察 (マイホームとかマイカーの時代へ)


車社会と鉄道の相違の考察

(マイホームとかマイカーの時代へ)

自家用自動車を「マイカー」という言葉で呼んでいるがこの言葉ほど自動車に対する日本社会のとらえ方を象徴したものはない
他人にどのような迷惑を及ぼそうと自らの利益だけを追う
飽くことをことを知らない物質的欲望がそのままこの「マイカー」という言葉にあらわされている
「自動車の社会的費用」宇沢弘文

戦前と戦後を比べると何が変わったのか?
戦後十年から二十年はまだ車が普及していない、だからその時それほど車の影響はなかったし主要な交通機関は鉄道とかバスだった、特に鉄道が国鉄だったから鉄道が輸送の中心だった

車の問題は社会全体も人間そのものの人格すら変えてしまったほどに影響が大きかったのである、街路が消滅して街の活気が失われた、車の問題は車一台がしめる面積が意外と気づかないかもしれない大きいのである
だから駐車場が必要でありその面積を確保するのが問題になる
駅前にはそうした面積を確保できないのである
車は駐車する場所の確保に一番困っているからである
すでに日本全体でも土地の面積は道路と駐車場で二十パーセント以上占められているのである
だから車は今までの街の中に商店が密集して駐車できないことが一番問題になり郊外の大型店に移り街は寂びれてしまった、シャッター通りになったのである

車は歩行者や自転車からすると常に危険なものだが車にとってみると自転車とか歩行者は目障りになる、突然横切ったりするからである
それで自転車で行くと必ず自分はどなられることが多い
自転車は脇を通り車の邪魔をするなということである、それより歩行者とか自転車は邪魔だとなっているのだ、自転車専用道路は日本にはほとんどないからである
歩道を行くのだがそこは段差が必ずあって走りにくいのである
だからマウンテンバイク型のがいいとなる

車が社会そのものも変えたしそれだけではない人間の人格まで影響したのである
「キレル」人間を大量生産したからである、老人がキレルというけど車を運転する人はみんな突然後ろからスピードを出して目障りな歩行者や自転車をどなりつけて猛スピートで走り去ってゆく、キレルのが車なのである
機械が社会を変えただけではない、人間の人格まで変えたことが深刻な問題なのである
ただ便利なものとして何でも日本人は受け入れたのである
技術の危険性は原発でもそうだが考慮していないのである
便利ならいいとなっているからだ

実際人格を変えるということは本当に危険だし住みにくくなる、人間同士の関係もギスギスする、そこにはもう人間としての情は通わなくなる
第一車に乗っている人は歩行者のように歩かないからその人すら認識できないのである
ただ通り過ぎてふっとばしってゆくだけである
そこには人間と人間の情が通わないのである
例えば馬とか牛とかに農業で仕事でじかに接していると相手も動物だから情が通うのである、だから馬には名前をつけて人間のように呼ぶ、それは今はペットになっている
つまり情がない社会でペットはその代償となっている

車の問題はいろいろあるがやはり戦後の社会そのものを人間の人格まで変えてしまったのである、それは確かに世界共通の現象なのである
このマイカーということとマイホームというのも共通している
その私的な所有と空間の私的な占有とマイ・・・となるとき他者を排除するものとなる
それは公共性が喪失したものとなる
プライベートとかもそうである、プライベートは奪うとういことであり、本来共有のものを奪うとういことなのである
明治からでも私的所有過度に認めて山が入会権として共有だったのにそれも無数に分割されていちいち私有している所有者の許可が必要となり山を共同で管理するできなくなったのである

戦前は異常に国家優先の社会だった、でもそれは公共的なものとして全体としての共同の意識をもっていた、それが過剰になっていた
でも戦後は逆に私的なものだけを追求するようになったのである
そこに共有するとか共同するとか公共的なものを追求することが喪失した
そして金だけを求めてマイ・・・となり他者とか公共的なものとか全体とかへの意識が希薄化したのである、それは明治から私的所有を過度に認めてからもそうなっていた
でも国家という共同意識はありそれが過度になって戦争にまでなったということはある
それが極端に戦後は私的なものを追求するようになったのである

マイホームとか核家族とかでもそうだった、マイホームに象徴されるのは自分の家族のみの利益を求める世界である、核家族となるとまさに家族でも夫婦単位の家族であり昔のように大家族ではない、国家というものを極端に戦争に負けて否定するようになったのである、だから日本では愛国心も薄れただ自分だけの私的な利益だけを追求して家族でもマイホームという核家族単位の幸福を追求してきたのである
それは他者を車のように排除してマイカーでありマイホームになったのである
日本がではつくづく戦後は公共的なもの大きな共同体的なもの価値は追求されなかったのである

こういうことがこの辺で起きた原発事故でもあった、簡単に町でも村でも避難区域になりゴートタウンになった
それはそうさせられたとしても何かこんな簡単にそこに長年住んでいた町や村が崩壊するのかということが信じられなかった
それも結局私的所有とかマイホームマイカーの時代になったからなのかとも思う
自分の家族さえ良ければいいとかマイカーとなるとマイカーを家にしている人もいるからそのままマイカーで補償金をもらえば他に移ればいいともなるからだ、市町村に住んでいてもそのつながりは希薄になっていたのである
市町村全体のことを考える人はいない、ただマイホームマイカーなのである、他は知らないとなっていたともなるからだ


鉄道にはひかれる原因はそうしたものが失われたからである
鉄道には車両の中でも共有する空間であり車のように排除する空間ではない、みんなで共有するものとしてある
駅でもそこは広場的な出会いと別れの共有して情を通う場を提供しているのである
高速道路のSAにはそういうことがないのは車だと直接家まで行くから家で出会いと別れがあるから他人は関係なくなるのである
駅だとそこで共有の空間であり他人も一緒にそこでかかわるのである
だから一緒に見送ったり出迎えたりしているのである

人間というのが社会というのが機械とか技術によってどれだけ変わるかを考慮していないそれが人格まで変えてしまうとういことが考慮していない
でも便利なものはやめられない、その便利さによって恩恵も大きいからである
ただ人格まで影響すると人間は無情なロボットだらけになってしまったのかともなる
つまり無情非情化した人間となりそういう人たちの中で暮らすことは地獄だともなる
現実に今の人に情はなくなる、そうなると病院とか介護とかの分野では情が大事になるけど人間はロボットのように処理される
だから病院とか介護施設とかは怖いなと経験してつくづく思ったのである

宗教とかはもともと情の世界を人間の根本としてとらえてきた、愛とか慈悲とかそうだろう、でもこうして機械技術が発展すると情のない人間にとりかこまれて生活することになる、そして金が突出して力をもつ世界となり人間を人間とみない、金になるかならないかしか付き合う判断がないのである
それで自分が介護とか病気になり苦しんでいる時一切同情がない
ただこいつから弱っているから金をとればいいしかなくなっていたのである

確かに便利さでは格段に進歩したのだが人格とか人間の情という面では衰退した
江戸時代は逆に技術がないから病気になったら直す術もなくあきらめていた
ただみんな他人でも長屋に住んでいたら家族のようにして情をかけたのである
だから現代は確かに機械や技術の進歩で病気も直せるし栄養もとれる
ただ逆に情がない社会になっている
それで江戸時代が今に比べると全部悪いとはならないのである
技術がない社会としても情で補っていたのである

そして私自身は情がある社会がいいともなる、情ある人に看取られて死んだら幸福だとなる、病院は情がないからみんな嫌がるのである、確かに技術は進歩しているが情はないのである、医者にも看護師にも希薄である
だから時代時代でいい面と悪い面がでてくるとつくづく思う
それで江戸時代がすべて悪いとはならないのである
現代は江戸時代のいい点が失われたからこそ江戸時代を良く見えるということである

花の映える飯館村(詩) (原発事故で一番被害を受けた無惨になった村)


花の映える飯館村(詩)

(原発事故で一番被害を受けた無惨になった村)



iidatevvvvff1.jpg

広々と各々庭のあり
夏の日に花は映えぬ
とりどりに小さな花々も
明るく大きな花も伸びやかに咲く
秋の日は芙蓉がゆったりと咲く
時の流れはゆるやかに花々は
それぞれの色と形もて
存分に与えらた個性を示す
天より神はその花を見る
そこにつつましい暮らしがある
山菜を食べるまでいな暮らしがある
もうとこちらで牛が鳴き
あちらで牛がもうと鳴く
森に囲まれ小鳥の鳴く声のひびく
その音色は澄んでひびきわたる
それぞれの家は森に囲まれている
人々の家も暮らしも隠されし村
ただ花が日がな映えて咲く村
花と花は争わず互いに認め合い咲く
道の辺の一本の木に秋の日のさして
かなた安達太良の山に陽は没りぬ
秋の蝉ここに静かに鳴きひびき生を終える
その命はここに尽きて幸いなりと・・・
今悲しもその村は荒れ人は去りにき
ただ残れる一本の木に我はよる
村人のここに還る日を待ちにつつ
墓に眠る先祖もまた帰るのを待っている
美しき村よ蘇えれ!
安住の地を回復せよ
そこに人は心身ともに養われるべし



飯館村の不思議は何か南相馬市方面から行くと標高が高いのである、だから自転車だと坂を上るのに苦労した
歩くほかないのである、電動自転車だと楽ではあったがそれでも坂がきついのである
ここに花の詩を書いたけど何か不思議なのだけど飯館村では花が自然のままに咲いているという感じになる
またここでは書いていないけど草むら深く咲く野の花がありそれはまだ誰の目にもふれていないという高山植物のようにな感じになっていた、なぜ花が映えるのか?

それは高原であり森につつまれていて人家も森に隠されている、するとそこで目立つの花になるのである
一軒一軒が広い庭があるし森につつまれているからである、人影もまばらであり自然の中に隠された感じになる
すると人の暮らしを隠せというヘシオドスの言うことがわかる
都会のように人の暮らしがむきだしになり人と家で埋め尽くされた所がどれだけ醜くなっているか比べれば一目瞭然だからである

ただ人の暮らしを隠せというとき飯館村だってそうである、そこに住んでいる人たちも実際はどこでもそうだが醜いのである
田舎の人間が素朴だという時代はとっくに終わっているし前からでも田舎の人間は田舎の人間特有のいやらしさがある
もうそれで嫌にもなるのである、しつこく蛇のようにからみつき噂にした干渉したりするからである
人間はどこでもそうなのである、ただ飯館村はそうした人でも暮らしでも隠されているからただその村の人と関係しないと花だけでも見て帰っていたからそこがこのように見えたのである  

いづれにしろ飯館村は悲惨であり愕然とする、田んぼの土ははがされむきだしになり放射性物質のフレコンバックがいたるところに積まれている
だからあんなに土をはぎとったのは問題だった、除染にしても何かやり方があった、だから下の土と入れ替えるということもそうだったなと思う、たが科学的知識がないからわからない
でもあまりにも無惨の景観になってしまったのである

そして事故後は補償金で村は二分されたのは南相馬市と同じである、前のまでいな村とで一体になるということはない
その補償金が大着すぎたからまたそうなったのである、までいな暮らしより一億円もらって外で新しい家を建てて豊かな暮らしをした方がいいとなったのである、それだけ今は金の力が大きいのである
もしそんな金をもらわなっかたらやむをえないとして質素でもまでいな暮らしで満足する他なかったからである
その時外から来る人は一時的にいるとしたらいい村だとして帰ってゆくのである

でもそこに住んでいる人には不満が大きいのである、スーパーが小さいのがあったとしても貧弱だった
歯医者もなにもないのである、馬券売り場を作ったがそこでもめた、娯楽がないからそうなった
パチンコ屋もなかったからだ、ただ飯館村は原発とは関係ない村だと思っていた
それでも原発で働いていた人がいたということは意外だった
それだけ原発は金になるからそうなったのである

いづれにしろ花が映えるというとき庭が広々としているからそうなった、そして贅沢なのは一軒一軒森につつまれていたからである
それは都会のごみごみした密集した家と比べればわかる、そこにどんな豪邸を建ててもそれが豊かだとは言えない
だからこういう原発と関係のなかった村を破壊した罪が一番大きかったとなる
極端に言えば東京などは価値がないからなくなってもいい、でもこういう自然の中にある村は神がよしとして天から見ていた
そこに天から神の眼は注がれていたのである
だから原発事故の罪の重さはまさに飯館村にその罪の重さを示したのである


posted by 老鶯 at 14:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 飯館村

2019年01月09日

クボタの社員が若いヤンキー風の女性を採用する相談 (人手不足になっているからか?)


クボタの社員が若いヤンキー風の女性を採用する相談

(人手不足になっているからか?)

喫茶店でしきりにクボタの中年くらいの社員が若い女性を相手に仕事の説明をしていた
部品でも100くらいからの納入がありその手続きのことをパソコンですることを説明していた、会社ごとに伝票とか違ってくるからめんどうになると言っていた

その女性は髪が長いからヤンキー風である、焼肉屋とかで働いていたと言っていた
だから継続して夜も働きたいとか言っていた

ではなぜこの女性がクボタに応募したのだろうか?

事務をしたいということは言っていた、でも何かクボタとなると大きな会社でありその社員になるにはふさわしく感じなかった
実際に髪が長いとしきりにその説明する社員は言っていた
制服がありそれを着てもらうからだとか注意したのは

「じいちゃんばあちゃんの印象を悪くする」

つまりここでわかることは農業しているのは60以上のじいちゃんとかばあちゃんが多いということである、実際に本当に農業しているのはそうなっている
するとヤンキー風の女性は好まれないから何回もそのことを言っていたのだ
第一そういう人は面接で落とされるはずである

でもなぜ採用しようとして仕事の説明を丁寧にしていたのか?

それはやはり人手不足になっているからではないか?

もう人を選んでいられないとも見た、特に若い人は少ないからである
その女性は事務員には向いていないとも見たからである

休みのことで農繁期があり秋の刈り入れ時期は忙しくなる、修理なども頼まれる
でも冬になると暇になるから休暇を取りやすいとか言っていたのはやはり農業だそういうリズムになるからだ
あとはハワイとか観光旅行にも会社で行うとか言っていた
つまり何かクボタの社員の方がなんとか説得して若い女性に働いてもらいたいという感じなのである
それはやはり人手不足になっているなのか見た
その女性は事務員には向いていないと見たからである、でもパソコンの操作などはできるから採用しようとしたのか?

人手不足はいろいろ深刻になっている、広島の災害地で復興できないのは大工が少なく修理ができないとテレビで放送していた
地元の大工は今や本当に少ない、ただ大東建託のようなのはすぐに外から来て組み立てるだけだから建てることができる
でも修理となると大工でないとできないのである

この辺でなぜ見て南相馬市から青森の老人ホームに移されるのか?
それは青森ではもともと仕事のない所であり女性も仕事がないから介護で働く人が多いからである、仕事がもともとないから介護が仕事になる
福島県では施設があって空き部屋があっても入所を断っているのは介護する人がいないからである

ともかくいたるところで人手不足は深刻になっているから外国人労働者を入れる新しい法律も作ったのである
ただ外国人労働者を入れることは国と国の国際問題になりやっかいなのである
でも人手を会社でどうして確保するのか、誰でもいいというわけではない
でも働く人の質はどこでも介護でも低下してくる
でもニートとかでも今なら働けるのではないか?
それだけ人手不足になると選ぶ方でもその質をどうのこうの言っていられないからである

ともかくどうも焼肉屋で働くのとクボタの事務員となるのはかなり違ったものになるのでは、確かに焼肉屋でも勘定していたし会計していたとか言う
でもクボタの仕事となると高度になるように見えた
百社もの部品の納入とかの事務になると結構大変な作業になると見たからである
ただパソコンでもそうしたことはわかりやすくなっているからとは説明していた
自動化をどこでもしているからである
ただ一千万とかの納入があるとか金の責任が生まれるからそこは注意していた

仕事はこうして何か経験しないとわからないのである、だからこういう仕事をすればこなせば一段上の収入のいい仕事につける、この女性は男性と暮らしている、男性も仕事しているのである、だから焼き肉店で夜も働いているとなると結構収入になるとはなる
ただまたそれだけ働かねばならないともなる

posted by 老鶯 at 21:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2019謹賀新年(千両と山鳩と松の内)


2019謹賀新年(千両と山鳩と松の内)

kinganewpp1.jpg


kitaizumi111.jpg

北泉の延命地蔵に江戸時代の碑があり正月と記されている
ただここは津波の被害で村自体が消滅するような状態になった
だから祭りも途絶えることがある




新年を北風受けて走るかな

風受けて赤さを増しぬ寒椿

舞い上がる木の葉や街の辻走る

峰二つ大原に望み冬深む

千両に山鳩来たる松の内

我が家や千両百両栄えけり


新しい自転車でypj-xcで小高い山道を行った、風も吹いていたが今度の風を受けても走れる、何か半分がバイクになっているからだ
それで北風でも向かって走れる、悪路も行ける優れものである
今までは風が吹くと外に行きたく無いし行けなかった
これだと行けるなと思い行った

北風はここでは毎日吹くのだから外に出れないと困るのである
冬でもやはり外の風を受けることが自然と一体になることである
だから椿に北風が吹きつけてさらに赤く感じたのである
それは実際に北風を自分が受けて走っていたからである

大原には二つ並ぶ峰が見える、あれは二つ峰となる、対なす峰であり夫婦峰とかにもなる人間でもやはり夫婦でも家族でも二つが一体になると強さを発揮する
私の家は特殊だったけど最後は一つになったという感じである
それは死んでからだともなる、twined peaceという感じになる

正月気分というとき一月は松の内となり小正月とかあり正月なのである
それは農業で生活していたときのものであり農業が縮小するとそうした伝統が失われたのである、農業は自然と密接に関係しているからそうなった
正月でなくてても松が立っている間は農民は休んだ、それで松が立っている内は休むから松の内となった、一斉に農民は作業して休むからそうなった

今日聞いた話ではクボタでは農機具を販売するが収穫の時期の秋は忙しい、何かと修理とかも頼まれたり忙しいが冬は農民も休むから暇になるから長くも休みを取れるとか言っていた、それは農民の生活のリズムに合わせているからそうなるのである
農業社会だったらみんなそうなるのである

千両とか万両とか十両でもにているから区別しにくい、ただ縁起物であり新年にふさわしいものなのである
正月は農民の文化であり農民の生活が衰退すると正月の祭りも喪失してゆくのである
ただ季節感は変わらずあるが生活そのものが農民社会でなくなるとどうしても正月というのがすたれたものになる
正月とは特別なものであり神社にも正月と印した江戸時代の古碑がある、それは正月に記念するものとして奉納したとなる

千両と山鳩と松は正月にふさわしい、山鳩は平和であり千両は金運だとなる、松と末永くとか長寿を示してもいる
今年はどうなるのか?去年も自分にとっては平和だった、平和がもどったという感じになった、今年もそうあってほしいとなる
日本も暗いことが多いがいい年であることを願う
我が家は自分の代で終わりにしても栄えた家だったのである
そうなったのは父と姉と母がいてその栄えを作ったのである
自分はただ受け継いだだけだからである

hhhhappynewyear1.jpg

花幸園芸店の作品(南相馬市鹿島区)
はなこうえんげいてん

これは傑作なのだけど近くの花屋の人は思っていない
著作権のことも知らない、でも忙しくて最近はフラワーアレンジメントはしていない
人間は家事から何から色々なことはできないのである
フラワーアレンジメントも結構暇でないとできないと思った
また金もかかるしいろいろなことで使うから最近はしていないのである




デジタル情報とアナログ情報の相違 (デジタル化した情報だけでは真実はわからない)


デジタル情報とアナログ情報の相違

(デジタル化した情報だけでは真実はわからない)

spacetime111.jpg


数値を、長さ・回転角・電流などの連続的に変化する物理量で示すこと。⇔デジタル。

デジタルが「バラバラ」であることに対し、アナログは「並べると似ている、関連がある」という意味を持ち、連続性がポイントになります。

デジタルが「バラバラ」であることに対し、アナログは「並べると似ている、関連がある」という意味を持ち、連続性がポイントになります。

アナログ」は、元々
「類比」や「類似」を意味する
「analogy(アナロジー)」を由来とします。

「類比」は「比較すること」
「類似」は「似ていること」という意味です。

 つまり、
長針と短針を比較することによって、
曖昧ながらも時間を表しているということですね。

このように、アナログの語源を調べると、
数値は正確に一致している必要はなく、
曖昧でよいということが分かるかと思います。


デジタルというのは一部を切リとったものとある、分割して見るというのもある
アナログは連続的に変化する物理量とかなる
科学は苦手だがやはり思考するとなると科学的思考が自ずと生じてくる
文系はアナログ思考なのかもしれない、文系は全体に注目するからである
だからどこまでも分割して原子とかにつきあたる、そういうふうにどこまでも部分化して究極の原子とかになることが苦手だとかなる、思考できないともなる

この図で証明するとカレンダーで日にちを見ている時一か月のカレンダーを見ている時
一週間でもいい、必ずその日だけを切り取って見ていないのである
一週間がある、4日だとすると必ずその前後を時間として見ている
今日は四日だなというときその前の三日とか二日とかを見ているしその後の6日七日でもみている、日にちを連続したものとして見ている、時間を連続したものとして見ている
時計でも同じである、デジタルだと今の時間を一分一秒として正確に切り取って見ているでもアナログ時計になると24時間を見ている、24時間の中で今どこの位置にあるのかを見ている、だからアナログが類比や比較して見るから起きているというのもわかる

川を認識するときとても一部を切り取っては見れない、上流から下流とあり長いからである、そしてその中で川は激流にる所もありゆるやかに流れる所もあり河口のように広々と流れる所もあり多様なのである
川を認識するのにはそれだけ長いものとして見る必要がある
例えば川のような認識になると本は川とにている、始めがあり終わりがある
それは一つの川なのである、一方でインターネッがトデジタルだというときリンクして読む、一部分をリンクして切り取りつなぎ合わせたりする
本のようには読まないのである、一つの川のようには読まないのである

空間でもそうである、一部分で空間を認識することは絶対にできない、一つの場は大きな空間へ広がり大きな空間の中にしか存在しえないのである
土地とかは全体の中にありだからこそ私有には適さないのである
ここは自分の土地だから自分の思うようにするとしても山でも森でも大地でも連続してつながり一体化したものだからそういう私的所有を明治以降過度に認めた結果、山は無数に所有が分割されて山全体を公共のために利用できなくなったのである
飯館村でも放射性物質の処理場にするというとき現実にフレコンバックから雨で放射性物質が流れた、放射性物質は森から泥となって流れ川に流れてくるから南相馬市でも関係しているから勝手にしてもらっては困るのである
そういうことはいくらでもある、土地はつながっていてデジタル化一部分切り取って利用することはできないからである

道を例にとれば道を一部分きりとることはできない、道は連続していることに意味があるからだ、価値があるからだ、連続的に全体的に認識することがデジタル情報だとしにくいのである、でも実際は情報というのはどうしてもその現場に立つこともできないからデジタル化する、切り取った情報になり誤解を生むのである
それはニュースでもテレビ放送でもそうである、写真でも動画でもその場に立つことができないから写真でも動画でも現実を見ているとは認識しているとはならない
それはあくまでも一部分のデジタル情報なのである
その現場に立てば大きな空間があり様々なものを認識する、それを総合的に見るのが人間なのである、だからデジタル情報で人は誤った認識をして情報を曲解するのである
それはグローバル化して世界的にそうなったのである、本当に世界を理解することがニュースでもデジタル的に切り取った情報ではできないからである
そこに誤解が生まれそれで誤った情報に洗脳されているというのは確かなのである
それで世界の人たちがメデアによって操作されているというのもわかる
それは常に一部分でありデジタルなもの切り取ったものだからそうなるのである

現代はデジタル社会である、でも一部分を切り取った情報だとそこに真実が見えなくなるインタ−ネットがきりとった部分の集合であり全体が見えなくなる
一方でキーワードで検索するとすぐに目的のものが出てくるので便利なのである
インタ−ネットは長文が嫌われるのはデジタル情報として見るからである
2チャンネルとかでも極端に短いレスポンスでありそれはそれなりのコミ二ケーションなのだけど部分化した情報になる、川の一部分を切り取ったような情報になる
一方本は一つの川のようにな情報であり流れがありそこで主張するものがある
インタ−ネットはだから何かその人の主張があっても断片的に見られる
無数の断片化した情報になる、ただリンクしたり目的のものを探すのには便利なのである
ただプログはデジタルではない、アナログ的な要素がある、なぜならその人の主張を延々と書くことができるからである、するとこの人はこういうことを言いたいのだとわかる
前に書いたことでもその続きを延々と書くことができるからである
補足することがいくらでもできるからだ、本は一回出版したらそのままであり補足したり書き加えることができないからである、本は一冊一冊で完成しているのである
でも人間の知識には個々人でも完成することがないのである

とにかく人間の存在感がデジタルではなくなる、人間の存在はその土地と結びついているのである、今は土地と切り離されて人間を認識している  
何かが起きるというとき事件でもtake placeなのである、場所が深く関係しているのである、だから地域でも世界でも地理が深く関係している、地政学が大事になる
例えば中国でも介護問題が起きている、それで日本人の人が指導に行っていた、そこで老人ホームに働きに来ていたのは内モンゴルとかの人たちだったのである、内モンゴルとなると辺鄙な地方であり出稼ぎに来ていたのである
これも地理がわからないと理解しにくいのである、なぜ青森の老人ホームに南相馬市の人が引き取られたのか?
それも青森だと冬は仕事がないし女性でも介護での仕事で収入になるということでそうなった
介護関係はどこも人手不足だが青森だったらそういう仕事でも収入にしたいという人達がいるからそうなったのである

それで不思議なのは深野(ふこうの)の人が二三行自分のプログにコメントしたときこの人は深野に住んでいる、それも実名だったから確かに住んでいる実在の人だと認識したのである
深野はすぐ隣だからいつも行っている場所である
深野という土地にその人は実在して住んでいるということでその人のことはほとんどわからないにしてもその土地に根付いて実在しているということで存在感をもつ
それは空間的にそうであり時間的にもそうだったのである
時間的にその人はその土地に代々住んでいる人だからである
ここにずっと前らか住んでいてまたこれからも住んでいるということを時間的に継続したものとしてその存在がありそれでその人はデジタル空間で一時的なものではなく永続的に存在すると認識したのである、別にその人のことについては何も知らなくてもその土地に根付いた生活しているということで存在感を示したのである
万葉集でも地名が重要であり地名からその人なりを認識していた
その土地と離れて人でも認識できないということがあったからだ
そこに万葉集の原始性がありアイディンティティがあったからだ

人間の存在はなぜ現代では空虚になっているのか?何か数字の一つのようになっているのか?それは土地と結びつかないからではないか?
ただ人間は数値的存在となっているのは土地から切り離されてしまったからではないか?東京とか大都会になると高層ビルに住んでいたら土地など関係なくなるからである 、だから都会では人間の存在感はないが田舎だと存在感がある
特に農家には存在感を感じるのである、その土地に長く根を下ろして生活してきたという感じになるからである
ただ都会だけではない、何かその人が田舎に住んでいても地方に住んでいても実在感がないのはやはり遠くになるとその土地を認識できない、例えば福島県でも広いから会津になると山国であり別な世界になる
そうなるとその土地のことがイメージしにくくなる、深野というときすぐ近くでいつも行っている所だから認識したのである


2019年01月08日

時代劇のの政治家と悪徳商人の関係に世界戦争を見る (陰謀論が常に言われるのはなぜなのか?)


時代劇のの政治家と悪徳商人の関係に世界戦争を見る

(陰謀論が常に言われるのはなぜなのか?)


蘭学者がいて今までの火縄銃から新式のヨ−ロッパ式の銃を作るために蘭学者を老中が利用する
開国を言い開国のためのきっかけとして新式の銃を作ってくれと頼む
蘭学者は開国論者だから引き受けた
ところがそれは老中と商人がグルになって銃を売ってもうけるためだったのである
最近youtubeとか陰謀論が盛んである、ネットでは陰謀論が本当に多いのである
ただそれが全部嘘とかにはならないのも本当なのである

そもそもなぜ戦争が起きるのか?

このこと自体が本当に謎なのである、何が理由で戦争が起きるのか?
そしうてなぜ膨大な人間が戦争で死なねばならなかったのか?
それは勝敗に関係なくそうした戦争を産みだす原因は何なのか?
それが何か不可解であり謎なのである

私自身が思うにも国民は本当は誰も戦争を望んでいない、アメリカ国民も実際は戦争を望んでいない、それで戦争を望む人たちが支配者でありその支配者がマスコミとかメデアを握って国民に戦争をあおる、そこには別に正義がなくてもいい
ただ正義のように見せかけることが必要なのである

どこの国でも国民は戦争を望んでいない、戦争は上層部とか一部の大金持ちとかと結託した人たちである、その人たちは国のエスタブリッシュメン?になっているからだ
最近元外交官だった人がトランプはそういうアメリカの支配層に金融関係者に対立して発言している、大統領こそアメリカの代表者であり国事を決めるものだとして発言しているだから今までの支配者層からの反発があるのだというのもそうかなと思う

第一国民とかでもどこの国でも本当は戦争などしたくないのである
戦争をいいように見せるのはどこでもその国の国民ではなく支配者層になる
まず戦争で死ぬということはあまりにも過酷だからである
日本がでも戦争をあおったのはやはり支配者層とメデアであり日本国民そのものが戦争に進んで参加したわけではない
そもそも赤紙一枚が突然に来て即座に戦地に送られて地獄の中に叩き落されたのである
何のために戦争するのかも考える余裕もなにもなかったからである

だから盛んに東西冷戦とか北朝鮮問題でもそれは何か戦争を産みだし戦争を利用してもうけたい人がいる、悪徳商人と政治家が結びつくからだとなる
そこで今回の桃太郎のドラマのように老中は大義を言うけど実際は悪徳商人と結んで金儲けしようとしている、そこに大義などなにもないのである

そのことは明治維新でも坂本竜馬などを操っていたのはロスチャイルドのグラバーでありたイギリスの商人であり武器を売りつけるために日本を利用した人でそれがロスチャイルドとかの大金持ちだとされている、つまり必ず人間の社会には金がからんできている
金儲けがのために戦争もあるとなるのはわかる
武器を売るのは戦争がないとできないからである
ソ連との冷戦の時アメリカでは莫大な武器が製造され核も作られ軍事費に武器製造に予算が使われたからである、そこに金儲けのために政治家が動かされる
ロビー活動しているのは大金持ちだとかユダヤ人とかいろいろ言われるのである

グラバーさんは貿易商ですがいろんな物を日本にもたらしました。
龍馬が5000挺余のフランス式新型銃をグラバーさんを通して輸入、長州藩に売却したとされます。

幕府に敵対していた長州藩は、長崎のグラバーから武器を買うことを幕府から禁じられていました。そこで、龍馬はグラバーから分けてもらった武器を薩摩藩名義で、長州に流すことで両者を和解させることに成功したのです。

銃が関係していた、武器が関係していた、明治維新は旧幕府藩から武器の面で優れていた、仙台藩では木の大砲が丸森にあるように旧式であり会津攻撃には大砲が使われたとか武器の優位性で旧幕府軍に勝ったともるな
人数からすると旧幕府軍が有利だったが武器の差で負けたともなるからだ、その武器を売ったのはロスチャイルド支配下のグラバーであった、それは悪徳商人だったのである、だから戦争とかになると武器が必要でありそこで悪徳商人がかかわってくるのである

すると戦争を起こすのは国民ではない、真の支配者は政治家でもない、裏で金でもって商売をする大金持ちとかだとなる、ただそこに大義銘文を付け加える
何かそういうことは別に日本でも常に時代劇で放送されているのである
とすると世界規模での戦争もそうなのかとも見る

そもそも社会でも何かブラックなものが公然としてある、カルト教団などでもそうである宗教を看板にしても中身はやはり金儲けであり利権を権力を得たいとかのために活動している、ただこれも宗教というのは偽りの看板でありそれは金を得るための権力を得るためのものでしかない
そういうことは常に日本でもあり世界的にあっても不思議ではないのである
ただ世界だと規模が大きすぎるから不可解になって陰謀論になっているのである

確かなことは戦争に悪徳商人が武器商人がからんでくる、戦争は商売になる、それで大儲けできるということはある、その時大義より実は裏で金儲ける悪徳商人が戦争をあおっているのだともなる
それは常に裏で活動しているから表に現れない、見えないから陰謀論になるのである
それで金融関係にたずさわるのは胡散臭いとなる、それらはただ金を操作するだけであり何もしないで大金が入ってくる
そういうシステムを世界に作り上げたともなる、それがグロ−バル経済であり金融だとなる
だから数パーセントの人たちに世界の富が集中しているからだ、そうして世界中から金を集める、富を略奪しているのがその人たちだともなるからだ、グロ−バル経済がいいものに見えても実際は世界の富を我が物にしようとする極わずかの人たちのためのものだとなるからである、だからアメリカでもグローバリストとナショナリストがいてトランプは実はそうしたグローバリストに対立するから叩かれているのだというのもわかりやすいとはなる

だからなぜ戦争が起きるのか?その原因がわかりにくい、それは人間の複雑さとか不可解さと似ているのだ
人間にも裏表があり本当の姿が見えない、善人に見えたのが悪人だった、悪人と見えたのが善人だったとかなる、また善人と見えても何かのきっかけで人間は簡単に悪人にもなるからだ、金でも何でも追い詰められると人間は悪人になるからだ
純粋に金儲けだけを考えるなら利益とか利権を考えて主張するならいいが人間はそうは言わない、何か理屈を言い大義を言いそれで人間はわかりにくくなるのである
その点自然には裏表がない、動物でもなんでもありのままであり天性のままである
そこに無邪気さがある、ただ他の生物を食べるとういことで残酷だとも見るがそれは腹が減っているからであり命をつなぐためにそうしているだけなのである
腹を満たせばそれ以上は望まないのである

この陰謀論を原発事故にあてはめても同じだった
原発村を形成したのは安全神話を形成したのは現代の支配層でありエスタブリッシュメントだったからである
政治家、官僚(検察)、マスコミ、科学技術者とか現代の支配層だったのである
だから原発マフィアとかとも呼ばれるようになった
あの時はあいつらはオウムだったということも言う人もいた
東電にはそれだけの利権の場、金のなる木であり天下りの場であったからだ
その恩恵は地元にもあった、地元でも金になるとして積極的に誘致したからである

ただ戦争となる時死ぬということが普通にあるからいくら利益になる金になるといっても簡単には参加できない、でも日本だったら戦前は国が一番大事であり国を強くして欧米列強と並ぶということが悲願となっていたから国のために犠牲になることでも国のためにということが優先であり戦争に参加したとなる
だからアメリカのようにウオール街とか大金持ちが陰でもうけるためにだけ戦争を起こしたのかとなるとそうは見えない
第一天皇の富のことを言うけどそれはロックフェラーとかロスチャイルドと大金持ちと比べると微々たるものなのである
日本がは国王なる天皇が外国のように贅沢していない、質素なのである
ただ本当に日本でも戦争を国民が望んだのかは疑問である
庶民は赤紙一枚で有無を言わさず戦地に送られたから戦争がなんのためのなかなど理解して行っていないからである
強引に権力者によって戦地に有無を言わさずほうりこまれたのである

ともかく戦争とは人間にとって最大の悪であり罪として現れたものである
それは確かなのである、そこに勝者も敗者もないのである
その原因はいろいろあるにしてもそれは人間の罪の結果が最大限に戦争で現れたものだとなる
だから人類が最後にハルマゲドンで苛烈な世界戦争滅びるというときそれは人間の罪の総決算としてそうなるのである、勝者も罰せられるのである
アメリカが正義でもないし勝者であってもまた罰せられる
戦争に勝者はいない、ただ膨大な戦死者を産み勝者にも敗者にもただ地獄を作りだしたということだけである、その戦争を利用してもうけたとなるとそれこそその人たちは悪魔でありサタンだったというのもわかる
なぜなら膨大な人たちの命を犠牲にしたからである

そんなふうにして金儲けしたとしたらそれがどうなるのか?
神は罰せずにはおかない、いづれ目に見えてその恐ろしい罰が下されるとなる 
そういう暗黒がこの世から消えないという時まさにこの世が滅びなければならない理由だともなるのである
つまりこの世はサタンに支配されているということなのである
それが必ずしもロスチャイルドとかユダヤ人とか大金持ちとかでもない、それはあるにしてもそれだけで世界を動かせるのか?
となるとサタンがこの世に介在して支配しているとしか言いようがないのである
サタンによって人は金であれ何であれ人間の欲を餌にして操作しているとなるのだ


posted by 老鶯 at 20:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

なぜ外国人労働者を入れるのがむずかしいのか? (国と国の関係となり国際問題になる)


なぜ外国人労働者を入れるのがむずかしいのか?

(国と国の関係となり国際問題になる)


外国人労働者の問題がめんどうなのは国と国の関係となりそれで対処がむずかしくなるなる、ややこしくなる
それは日本人でも海外旅行に行くと日本人とされて日本の国を背負うようにもなる
別に普通の人なのだけどそうなっしまうのである
それは普通の庶民でも外国に行くと日本人として日本国を意識させられるのである
だから外交官にもなってしまう、でもこれまでは庶民は直接外国に行くこともない
でもこれだたけグロ−バル化すると庶民でも外国に行くようになったからそこで何か事件があると国際問題化する
それでイラクに行ったりしてまたイスラム国で殺されたとかして国際問題になった
日本の政府がかかわり金を払ったとかなった
人質になり政府に金が要求されたとかなった
でも自己責任として政府は見放したとかあった
つまり一私人なのだけどそういうふうに外国になると国がかかわるのである

今度はまた日本に自由に外国人労働者が入ってくるとこれも今までになかったことであるからとまどうのである
外国人労働者でも必ず背後に国を背負っているから国と国の関係になる
それで問題がややこしくなる、日本がでも実際はブラック企業で働きひどい目に合っている人は普通にいる
でも外国人労働者になるとまた違ったものになる
何か日本に来て働いた人たちが中国に帰って反日運動していたというのもそうである
何か日本に来て働いていいことがなかったのでそうなったのか?
日本がの国自体に恨みをもってそうなったのか?
ただいい思いして帰った人もいるからみんながそうではない
でも一部に指を切断したとかあるからそういうことがトラウマになり恨むということがある、それは別にどこでも労働していれば事故がある

でも外国人労働者だと国を恨む

それが国際問題となる、そこで日本国との関係でも悪くなるとか影響する
でもそこまで考えて外国人労働者を入れることはめんどうでありややこしくなる
経営者としては働かせる方では安価な労働者として雇うだけなのである
そして日本に永住させるとなるとまたさらに問題が大きくなる
つまり外国人から日本人になることがどういうことなのか?
外国人労働者にしてもただ金を稼ぐ、家族のために金を稼ぐためにきている
仕送りしている、でも永住するとなると日本人になるとなるとまた根本的に違った問題になる

外国人労働者にしても日本人になることがどういうことなのか?そんなこと考えないからだ、こっちの方が生活しやすいとかしか考えないからである
現実に自分の町のホンダで働いているネパールの人は4000メートル級の場所に住んでいたのである、3000メートルまでは行ったがそんなところでどうして暮らしていけるのか?それがイメージできないのである
観光行などがあるにしてももうそこでもともと何か食べるものがあるのか?
そんなところに暮らすのと日本で暮らすのとはあまりにも差が大きい
だからその人は日本がでの暮らしが長いから奥さんを呼んで定住するというのもわかる

そういうことになるとヨ−ロッパの移民でもそうである
過酷な条件の国にいるより生活しやすいヨ−ロッパに移住した方がいいとなるからだ
でも人間はグロ−バル化してもどこかの国に属している
無国籍の人間はいない、無国籍だとその人は安全も確保できない、外国に行って死んでも放置されるとなる、だから人間はどこかの国に属していて国籍をもっていてそれで保証されているのである
だから小さな国となると何か損になる、大きな国になるとバックを大きいから得になることはある、アメリカは一番世界で大きいし力があるから得である、ドルも世界中で通用するからである、日本がでも一番パスポートが世界で通用するというとき得な方である
中国だってそうなる、外国に行くと一般の庶民でも国を代表するとなるからだ

ただ外国人労働者の対処方法ではシンガポールであれ韓国であれ他でも永住権とかは与えない、原則として期限を決めて金を稼ぐことを許可して後は故国に帰ってもらうシステムなのである、ただ賃金はいいから外国人労働者でも不満がないのである
互いにそう割り切ってやれば韓国のように問題が起きないともなる

単なる期間労働者なのかーそれとも日本に永住させる日本人とするのか?

この二つの関係は相当違っているのである、そこが日本ではまだあいまいなのである
都合のいい期間労働者として受け入れのか?それでも韓国のように賃金も日本と同じにして不満がないようにするのか?。
何か混乱している、次世代の日本人にするとなるとそれはまた別問題になりめんどうになるのだ
つまり外国人労働者との契約が必要になるのかもしれない、期限を決めて働いてもらうが日本人と同一賃金にする、でも日本に定住するとか永住するとか日本人になるのではないその二つを明確に分ける必要が出てくる
何かここが混乱している、次世代の日本人を作るとなるとそれは教育でもなんでもめんどうなものになるからだ
それが何か混乱している、それで国の方針もはっきりしていないし国民でもどう対処していいかわからなくなっているのである
いづれにくしろここには国際問題になりそれが問題をむずかしくしていることは確かなのである 

つまり働くということは共同することでありその共同が国際化するから国を越えて働くとなるから問題になる
グロ−バル化でもただモノだけが入ってくるのなら問題がそんなにない、それは実際はあるのでグロ−バル化は日本がの社会を田舎まで変えてしまったとして批判してきたのである、でもヒトが入ることはモノが入るのとは根本的に違ってくるから問題なのである
それぞれの国はそれぞれの国の定めがありその国を発展させる
グロ−バル化すればこの国は嫌だとなり暮らしいい国に出ていけばいいとなるとなる国を維持できなくなるのである
外国人労働者だと別に日本人でないから何かあれば嫌になればまた国に帰ればいいともなる
戦争になったりしたら敵国にもなる、でも日本に住んでいれば日本人は戦争になったら日本のために死ぬのも拒否できないのである、だから外国人自身でも永住して国籍まで持つとなると期間労働者とは相当に違ったものになる
日本がではその区別を明確にしていないのである、そこで何かどっちにしろ混乱しているのである

posted by 老鶯 at 10:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2019年01月07日

外国人労働者が移民が日本に来て残す嫌な記憶 (指を切断した人が多いーこれが国際問題化する)


外国人労働者が移民が日本に来て残す嫌な記憶

(指を切断した人が多いーこれが国際問題化する)

iminnnnn555.jpg

2019-01-07_18h09_34.jpg

waokerfff11.jpgyubiaaa1.jpg
「選ばれない国ー日本」

週刊東洋経済 2019−1−12



移民を大幅に受け入れることになり話題になっている、外国人で一人はスリランカの人だったが指を切断したした人を知っている
それからテレビの放送で「外国人に選ばられない日本」という放送でもその人は指を切断していた
週刊東洋経済の記事でもやはり指を切断した中国人の写真が出ていた
それは機械でドリルで穴をあける仕事で指を切断しやすいのである
そういう仕事をアルバイトでしたことがあり一日機械のようにドリルで穴をあけるのが嫌になった
私がした仕事はそうした単純作業であり底辺の仕事しかなかった
それ以来私は仕事したくなくなった、それで30以後は仕事していない
結局遊びだったといえばそうである、そういう特別恵まれた家庭環境だからこそそうなったのである

スリランカの指を切断した人は義指というか人口の指をつけるためち病院に通った
だからそのまま放置されたりしてはいない、会社ではその事故に対してめんどうみていたのである、ただそれも20年前とかなるから事情が今とは違っていた
まだこんなに人手不足にはなっていなかったからだ

人手不足という時、広島の大雨で洪水で被害にあった町では家を修理する大工不足で復興できないとかある、人手不足は深刻なのである
それもオリンピックの方に建築工事関係の人手がとられているからである
肝心の災害の被害の復興に人が集まらないというのも不公平なのである
オリンピックより災害の復興の方が大事だからである

つまり人手不足の時代は何を優先順位にするからが問題になるのだ
オリッピックに人手が必要だとかなると本当にオリンピックが日本にとって必要なものなのか日本の国にとって優先的に必要なものなのか?
そこがもともと疑問であり私自身はもう日本はオリンピックなどに金をかける必要がないということを書いてきた

ただ何が優先的なものなのか?プライオリティとは何なのか?
それが大きな国単位になると判断がむずかしくなる
それは個々人の人生でもそうである

何を優先的に選び金を使い時間を使うべきなのか?

そのことが人生を左右するから何に優先的に時間でも金でも投資するのかが大きな問題になる
それは大きな国でもそうだった、景気対策として公共事業が必要でないのにも全国で莫大な予算を使って高速でも道がいたるところに作られた
そんなに道が必要なのか?農道でも舗装したり必要なのかとか問われた
ただそれは地方に仕事を与えるためにそうしたのであり必要性から金を使ったのではない地方には建築土木関係で仕事する人が多いからである
そこでその人たちのために仕事を与えねばならないと国でそうしたのである
だからそれが一概に必要性がないから無駄だっと言えない
ただその反省から民主党がコンクリートから人へとかの政策変換を計ったのである

日本では移民というとき大量の移民は入ってきていない、確かに中国や韓半島からの亡命者とかはかなりの数入ってきた
それは鉄の生産に従事したとか技能者だったのである、日本では大量の普通の労働者を受け入れた歴史はないのである
そこにどうしても普通の労働者を受け入れる素地がない、歴史的にノウハウがないのである

相馬藩では天明の飢饉で藩内の人口が三分の一に減った
その時越中とかからの移民が大量に入ってきて穴埋めした歴史がある
その移民は江戸時代だから必死で移住してきた
江戸時代に移動の自由がなかったからだ
命がけで移動してきたのである、でも困窮した場所になぜそうして移住してきたのか?
今アメリカとかヨ−ロッパに移住しようとする人たちはもう自分の国に住んでいられないという危機感からやむをえず脱出を図り移住してきている
その時移住する先が飢饉で苦しんだような場所ではないのだ
ただそうなったのは荒れた土地でも農業の時代だから土地が与えられるということで移住したのである、その後も相馬藩では移民は苦しんだのである
それが加賀泣きということが伝えられている、加賀から来た人が苦しくて泣いていたということである

これは時代が違うが現代の移民はどういう事情でくるのか?
貧乏な親に仕送りしたり助けたいということもある
それは貧乏な国から豊かな国に来るのである、そうなれば同じ人間だから同等にあつっかてもらいたいとなるのである
でも移民だったら江戸時代でも相馬藩に来た移民は苦しい一段劣ったものとして扱われたそれでも何代もここに住んでやがて豊かになっていったのである
豊かになるとかは一代ではできないしまた日本人になるというときもできない
それで農家では前は三代までつづいたとき一人前として受け入れたとなっていたのである
移民を日本ではどういうものとして考えて受け入れるのか?
それが問題になっているのだ、次世代の日本人を作るものとして受け入れるというなら
それは長期的視野で日本を支える人を作っていくとなる
一時的なものではないからその対策もかなり違ったものになる
ただ一時的に受け入れるとなるとそれは付け焼刃のようなものになる

ただ私の町でホンダで働ている人は車の免許もとりネパールから奥さんを呼ぶとしているから定住するのである、定住する人を認めるようになるとそれは次世代の日本人になる
でもそこで軋轢が生まれる、本当に日本人として受け入れ覚悟があるのか?
もちろんでは移民でもどういう考えて入ってくるのか?
ただ一時的に金を得たら後は関係ない、そうして帰った人も多いからだ
ただでは日本人となることはどういうことなのか?

中国人と韓国人が問題になるのは反日であり中国人はアメリカで問題になったようにアメリカのスパイとみられる
中国では移民したとしても中国に忠誠を誓う法律がある、つまり移民して定住しても中国の国民となっている、そういう人たちを受け入れられるのか?
そうなると東南アジアとかベトナムとネパールとかいいとなる
中国は豊かになったのだから別に日本に来る必要もないとなっているからだ
だからそういう国の選択も必要になるのである
要するに移民は機械として一時的な労働力の穴埋めとして受け入れるのと日本人として受け入れるのは相当に違っているのだ
そのコンセンサスが日本ではできていないのである

ただ三人が指を切断したということは重いことである、そこで日本がについてどう思うかとなるといい思い出はない、ただ切断した指を見て苦い思い出となる
それは現実に日本で働いたからそれが日本への記憶となっているのである
日本のために受けた傷だとなる、そういう記憶はなかなか消えないのである
ただ日本人でも工場で死ぬ人もいるし怪我もしている、でも何か日本人が怪我するのと外国人が日本に来て怪我するのが違っている
それは外国人だからそうなっているのである、そこに国と国の国際問題になっているからである、そこに移民を受け入れるむずかしさがある

posted by 老鶯 at 18:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2019年01月06日

無用の空間の効用ー西洋から東洋へのシフトの時代へ (内なる力の時代への変化)


無用の空間の効用ー西洋から東洋へのシフトの時代へ

(内なる力の時代への変化)

orderroom1.jpg

現代は無用な余計な物が多すぎる、それで空間も狭まめられる
そこで余裕も生まれないのである
断捨離(だんしゃり)が必要なのである


大きな冷蔵庫に変えて半分くらいの冷蔵庫にして配置を変えたら台所が広くなった
そこで台所で動きやすくなった、やはり広くなる空間ができるとそれで活動しやすくなる何かものをごたごた置いて部屋を狭くするとそこで活動しにくい
老子とかのいう無用の空間の効用がある
すべてが有用なものとしてあるのではなく何もない空間の効用である
人間社会は有用なものの空間として埋め尽くされているとかえって活動しにくくなる
日本ではそういう空間が作りにくいのである
広い空間が土地がないからである

だから狭い田んぼは最近はソーラーパネルになったけどそこはいつも通る所なので嫌なのである、でもこの辺では小さな田んぼは米をとるのにも放射性物質の汚染で敬遠される
実際にこの辺でとれた米は飼料米になっているのが多いのである
西洋と東洋とは何か?それは非常にむずかしいことである

でも空間の考え方に西洋と東洋の相違がある、インドでゼロが発明されたのも仏教で空即是色とかの教えがあるのもそうである、空という観念はゼロが生まれた、ゼロは何もないことではないからだ、インドではなぜitとかに強いのか、やはり伝統的にゼロを産みだし国だからともなる、数学に強い国なのである
どうしても西洋には空という観念が生まれ得ない、世界は有用なものとして埋め尽くされる世界にしたいのである

そういう空とか無用の教えは老子にもあるから中国もやはりインドと共通したものがあるただ中国とインドは相当に違っている
東洋と西洋は何かとなるとそうした考えたのレベルからいろいろある
それが社会全般に影響している、資本主義でもそうである
time is moneyであり時間すらすべて計り無駄をなくす効率化するのである
その時計に追われて一秒一分を無駄なく効率的に有用に生活というのが西洋の思想であり資本主義の思想なのである
要するに西洋文明に世界は席巻されたのが20世紀であった
資本主義でもそうである、それは西欧文明の所産なのである
ビジネスしている会社員はびっしりと手帳に一日の計画が書いてあるという
それだけで憂鬱になり余裕がなくなり時間に追われている生活なのである
それで鬱病が増えるのもわかる

ただ別に東洋とか西洋というのではなく何か相対的に見る手法はある
西洋だと男女の区別を言葉でも冠詞でしている、自然でも男女に分けてみている
中国でも基本的に陰陽の思想がありそれも西洋の男女に分ける思想とにている
だから二つの世界に分ける手法はどこにでもある
西洋は特にアーリア人は外に向かう侵略的謀略的気質がありそのアーリア人が世界を席巻して二度の世界大戦があり膨大な死者を出したのが20世紀だったのである

東西文明論というとき宗教とか哲学があるがそもそも宗教はアジアから生れたものであるキリスト教とか一神教でもそうである、イスラエルはアジアであり西洋というとギリシャを起源としたものなのである
思想的に西洋を作ったものはギリシャでありその後にローマ帝国だったとなる
そこでキリスト教はローマ帝国に組み入れられたのでありカトリックが政治化したのもそのためである
だからヨ−ロッパのキリスト教は本当のキリスト教ではないという人もいるのである

西洋と東洋の相違は外なるものに向かうのが西洋であり内なるものに向かうのが東洋だともなる、西洋がヨ−ロッパから大航海時代が生まれたのは必然だったとなる
でもそれも世界を一周して再びアジアに回帰する時代となる
それは経済とかだけではない文明そのものがアジアに東洋に回帰する時代となる
それはもう資本主義が限界となりもう経済発展は望めないとか世界的なものとして現象化しているからである
だからこれからアジアの時代の回帰となるとき木の詩で書いたように物質的欲望や外へ外へ移動していた時代からかえって内なる思考を深める時代になる
そもそも文化というとき奈良時代であれ鎌倉時代であれ仏教がそのベースにあったとしてそれは内なる思考から生まれているのだ

いづれにしろ大航海時代から外へ外へ拡張する時代は終わった、それはホイットマンも予言していた、西部のカリホルニアの西海岸から東を望みそれを思ったからである
資本主義もまた大航海時代から船の株主となったとき始まったという説もあり外へ外へ拡張する時代だった、また世界成長する無限の成長原理に基づいていたのが資本主義なのである、でももうフロンティアはなくなった
それが大きな時代の転換期なのである、だから世界の経済の無限の成長を目指す資本主義はもうありえないのだ、金は銀行でもだぶついているし投資先がないのである
だから資本主義が終わったというのは一つの大きな時代の変わり目にきてそうなったのである


その内なる力とは何なのか?それは禅宗にある、なぜ座禅して瞑想するのか?
それは何の効用を生むのか?西洋的思想ではそういうことは起こりえない
常に奉仕しろとか有用であれとなっているのが西洋の思想だからである
つまり資本主義がウェバーのキリスト教に基づいたものから起きたというとき修道院から起きたというときまず何もしないで寺で座禅して沈黙して瞑想していることはありえないからである、そこが根本的に宗教でも違っているからだ

禅宗とは内なるものに重点を置き沈黙の修行をすることである、沈黙することは自然に通じることである、なぜなら山でも木でも石でも大地でも沈黙しているからである
雑念を払い欲をおさえ沈黙することが修行なのである
それが内なるものに向かうことであり自然と一体化することなのである
期せずして社会から離脱して生活していた自分は沈黙の行者のような生活を隠者となり30年間してきたともなる
ただそれは自分が望んだことではない、社会に不適応者でありそうなってしまったというだげである、自分が望んだわけではないがそういう生活を家庭環境でもできたということである、ここにも実際は問題がありそれがすべていいとはならなかったからである 
ただ自然に没入するということではそういう生活は合っていたとなっていたとふりかえるのである

2019年01月05日

世界の歴史認識をどう見るのか? (第一次二次世界大戦の構図ー武田邦彦氏の歴史観の検討)

                                    
世界の歴史認識をどう見るのか?

(第一次二次世界大戦の構図ー武田邦彦氏の歴史観の検討)
warldwar1.jpg

worldwar123.jpg


そもそも歴史とは何なのか?人間の生の集積だとなりそれは無数にありもう一人一人の生も歴史になるからとてもそれらあいちいちとりあげていたらもうわからなくなる
ただ武田邦彦氏の言うように大きな流れを見ることは大事である
それで最近NHKで見た映像の記録の第一次世界大戦のことがわかりやすかった

なぜそこでドイツがイギリスとフランスとロシアに対して戦っていたのか?
その理由が良くわからないけどドイツはロマノフ王朝時代からオスマン帝国時代からフランスとイギリスに敵対して戦っていたのである、ロシアともそうである
それが第二次世界大戦まで継続していた歴史がある
歴史はそうして必ず継続している、ドイツはなぜそれほどイギリスとかフランスとかロシアに敵対したのか、両側から責められたら苦しいからである
それでオスマン帝国と同盟して戦うようになった

ヨ−ロッパ大陸のつづきとはしてロシアがありそこが熾烈な戦いになってのだろうか?
同じキリスト教徒なのにそうなっている、オスマン帝国はイスラムだがロシアもロシア正教でありキリスト教の分派である
それがなぜあれだけの熾烈な戦いをしたのだろうか?
ただ覇権争いが世界史ではありヨ−ロッパ諸国がその覇権争いになった
スペインが覇権国になり次にスペイン艦隊がイギリス艦隊に敗れイギリスが覇権国となったり興亡はヨ−ロッパで繰り広げられてきたヨ−ロッパで覇権国となることが世界で覇権国になることだったから熾烈な戦いになったそこに最後に一枚加わったのはアメリカだったのである
第一次世界大戦もアメリカの参戦で決着したからである

最近オスマン帝国とエスカりてーナ二世のテレビの連続ドラマを見て身近に感じた
その歴史ドラマを見ると今のシリアをめぐる争いもその継続だと理解した
オスマン帝国としてシリアもあったからである
サウジアラビアもオスマン帝国の支配下にありなぜサウジアラビアの王室を批判した記者が殺害されたのか?
それは昔のオスマン帝国に逆らうものとしてサウジアラビアがありアラビアのローレンスはオスマン帝国からの独立をうながした
それはイギリスの狡猾な二枚舌だったのである、そのこに悩んでローレンスは死んだのである

つまり今起きていることは過去からの歴史の継続であり突然起きたことではない
だから現在を知るには過去からの長い歴史を見なければわからないのである
歴史の大きな流れを知ることは確かに大事である、個々のこまかいことをとりあげていたら切りがないからである
ではヨ−ロッパで起きていた歴史とアジアがどういう関係にあるのか?
世界史はヨ−ロッパの歴史から世界史と発展したからそこにアジアも関係しているとなる欧米史観として世界史があるからそれで世界史を見るからである

大航海時代にスペインがインカとかマヤ文明を亡ぼしたりてポルトガルもそうだった
ヨ−ロッパが世界へ進出して支配した歴史が世界史となっているからだ
ヨ−ロッパの植民地を世界に作ったからである、そのヨ−ロッパ内で熾烈な覇権争いがあった、その派遣争いで中心的役割を果たしたのがドイツだったのである
ドイツにどうしてフランスとかイギリスもロシアを敵にして戦うことができたのか?
それだけドイツ一国が力をがあるからだともなる
それが第二次世界大戦までナチスの登場まで継続されていたのである
そのドイツと日本が同盟国となったのである

第二次世界大戦はドイツ対フランス、イギリス、ロシアとなっていた
それは日本が第二次世界大戦で戦った相手と同じだったのである
ロシアは後から参戦したから違っていたが構図がにていたのである
そして最後にイギリスにうながされてアメリカが参戦して日本が負けたのも似ている
過去の歴史の構図がそのまま第二次世界大戦にも引き継がれたともなるからだ

でもなぜアーリア人として武田邦彦氏は一くくりにしているけどドイツ人もそうである
そのアーリア人同士が苛烈に戦ったのだろうか?
そのヨ−ロッパでの戦いが世界に波及したのが第二次世界大戦だった
そこに中国があったのだか中国は白人側についた国だとしている
つまり日本だけがアーリア人連合の白人と戦った唯一の国だったとしている
でもドイツ人もアーリア人でありそのドイツがヨ−ロッパでは孤軍奮闘していたのである
不思議に今ドイツと中国が接近して連合化しているのもその継続なのか?
アメリカと対立したときドイツと連合する、日本にも接近するのはアメリカというヨ−ロッパから生まれ鬼っ子と対立すると実はドイツであれ第二次世界大戦で敵となったものと戦うということになる
中国を除いて欧米列強と戦ったのに中国だけは白人側について戦ったという歴史認識も今になると中国は失敗したというのもそうなのかとなる
中国はアヘン戦争などであれだけヨ−ロッパとかにひどい目にあったのにヨ−ロッパ人は白人は尊敬しているのである、日本人は常に小日本人として卑しめるのである
それはもともとも中国文明の漢字文化圏にあり日本は中国の朝貢国として見ているからである、そもそも日本は中国の子供のようなものであり親なる中国に責めてきたことが許されないのである、プライドが許さないのである

日本がしきりに右だと太平洋戦争は植民地解放のために日本人か戦ったというのは疑問である、なぜなら結果的にそうなってもそもそも明治維新の時アジアへ進出する野望があり吉田松陰でも西郷隆盛でも征韓論がありそれは植民地解放するということではなく日本がアジアに進出してアジアを支配するということがあったからだ
それは結果論として言っているのでありそういう意図があり理念があったとは言えないのである
ではアジアをヨ−ロッパ列強から植民地解放するというならもし植民地を解放したなら日本人が勝ったらその植民地から日本人が撤退するということはなかったと思う
結果的にそうなったのでありそれは快挙であってももともと植民地解放思想というのは大平洋戦争にあったと言えない、それは結果的にそうなったのである


ただ歴史認識は時代とともに変わる、アメリカと中国が覇権争いになるとき歴史認識も変わる、中国がアメリカにつぶされるというときアメリカこそが敵だったと第二次世界大戦の日本の立場になる
しかしその時周りの国は中国を応援するのか、同盟するのか?
それが一帯一路計画でも拒否されたようそうはならないのである
中国は侵略国とはなされるようになったからである
だから日本にもまた接近してくる、協力を願うとなる
つまり中国独自ではアメリカに対応できないからである
だからもともと第二次世界大戦では日本と中国は同盟して欧米と一致して戦うべきだったという反省があるというのもわかる
中国がいかに巨大でもアメリカとは依然として一国では戦いないのである
そこで過去の歴史認識もまた変わってくるがそれを言えないというのもわかる
そうなると歴史認識がくつがえされて共産党の立場がなくなるからである
弱い日本を悪者にしているのが楽だからである、アメリカを悪者にはできないのである

ともかく歴史の継続としてドイツと日本は似ていてこの二つの国を無視して世界史もなかったとなる、江戸時代は世界史とは関係なかったが明治維新で日本は世界史に参加して世界史を塗り替えたというのは言える
ただ次に覇権国になるのはどうこなのか?アメリカなのか中国なのか?
それを考える時、アジア対欧米という構図で見るのも歴史認識である
もはや中国は白人側につくのではなくアジア連合として第二次世界大戦の主役となった日本の立場になる、でも中国はそうなると歴史認識を見直すことになり共産党は崩壊してしまうかもしれない不安がある

中国の周辺国を侵略して支配するのでなく同盟国してアジアが連帯して欧米列強に立ち向かうとういうことをしなければならなくる
それは歴史認識を大幅に変えねばならないからジレンマになる
中国が今度世界の覇権国になるには周辺国の特に日本の同意が必要になってくる
でも反日政策とか共産党一党独裁とかでは同盟できない、それは中国の恐怖政治の下に国を置くことになるからである
ただなんらか日本の立場もむずかしくアメリカ一辺倒の時代は終わったとしてもでは次をどうするのかとなるまだ日本自体の立場が見えないのである
二つの強国のながて右往左往しているだけなのかともなる、しかしアメリカがこれから今もすでに衰退している、もう国内優先であり世界にかかわらないというとき世界の覇権を誰がにぎるのかリードするのかとなりその模索時代になっているのである
確かなことは欧米からアジアへ西から東に覇権は移り今度は東が興隆してゆくことは確かである
すると大きな流れを見ればアメリカにだけ頼る時代せ終わったのである 

それは経済的なことだけではない、文化面でも日本独自の国風文化の興隆でありアジアの再生、ルネサンスを目指す、これからインドが一枚また加わってくるときそうなる、西は衰退するのである、その大きな歴史のサイクルを指摘する人もいる
やはり歴史の大きな流れを見れば東から西へ西から東へと栄えはシフトするのである、そういう歴史の分かれ目として現在がある
そこで日本だけが欧米列強と対等に応戦して次なるアジアの未来を開いたという見方もある程度はわかる
でも3百万人も死ぬという犠牲はあまりに大きかった、戦争の悲惨は世界的に極点に達したのである
だからその戦争をそのまま賛美することは危険になる
ただ第二次世界大戦はアーリア人の暴虐的気質から生まれそれに席巻されたとかはわかる、アーリア人とかは何かわからないにしてもアジアは気質的にインドになると平和の民だからである、ガンジーの無暴力の民だからである
それを攻撃的戦闘の民にしたのはアーリア人に対抗してそうさせられたというのもある
アジアとは何か?東洋文明とは何かというとわからなくなった
ただそれはまた再びよみがえらせることになるから東洋ルネサンス(再生)が日本なら国風文化が再び起こるのである
それは物質文明の極点になった東京とかからは起こらないのである、地方から起きるのである
その試みをしているのが自分だったともなる

    アメリカ一強の時代は終わり

   中国一強の時代へ?

   EUは分裂、ロシアはまだ力たらず、インドはまだ途上

   日本は経済的に停滞

   日本とドイツが鍵になる
    
   第二次世界大戦の繰り返しの構図か?     
    
とにかく確かに西へ西へと進出したフロンティアを求めた時代は終わった
それをホイットマンは示唆していたのである、地球を一周してアメリカの西部開拓がありそこは大平洋で閉ざされた
でもそこから太平洋を越えて西へ日本に向かいアジアに向かい逆に今度はアジアから東から西へと向かう大きな歴史の流れがありそれは繰り返されてきたのである
その時間は500年とか長いからなかなかそういう時間とかの長さで見通せないのである


カリフォルニアの岸辺から西に向かって―ホイットマン(草の葉)

カリフォルニアの岸辺から西に向かって
倦むことなく問いかけつつ、まだ見つからぬものを探しつつ
年をとっても子供のぼくは、波路はるかに母なる者の住む家を
移住者たちの母国を遠望し
今まさに円をめぐり終えようとして 西部の海の岸辺の沖のかなたに眼を馳せる
想えばかつてヒンドスタンから、カシミールの渓谷から
アジアから北国から神から賢人と英雄から
南国から花咲く半島、香料におう島々から、西をめざして旅立ったが
以来長きにわたってさまよいつづけ、地球をぐるりとさまよい終えて
今喜びに胸をおどらせつつ、ようやく故郷との再会を果たしている

長い間準備を重ねた無形のものが遂に君に宿って形ができる
今日以後君は、たとえ何がどうなろうと君自身として確固不動だ



西へ西へと向かう旅が遂にアジアが終着点だったことを示唆している
アジアが再び勃興することを示唆している、 アジアに還るということである
アジアがオリエントでありすべての起源であるからそうなる
アジアが再び東から西へと一めぐりして再び戻ってきたということである

 長い間準備を重ねた無形のものが遂に君に宿って形ができる

これは老人になると誰でも経験したものや追求したものが実る、それはある意味で不思議な現象である
人は死ぬ前に何かわからぬが神の力が働いて最後に壮大な詩をうたい死ぬということがあるのかもしれない
ただ個人の力には限度がある、自分は天才でもなんでもない凡人にしかすぎなかった
それでも何か天才とか凡人とか関係ないのかもしれない、誰かに神の力は働く、その神の力にうながされて何かを成す
才能でも発揮されるとかなる
それはこれまでの人類の英知の芸術でも文化でも歴史の集積したものが一人の個人を通して現れることがある
それは天才だからではないのだ、つまりそういう時代に巡り合うことが大事なのである
現実に天才芸術家でも有能な人でも戦争では死んで実りとならなかったからである

歴史とは何か?

無数の屍の上に築かれている

なぜこんなに第一次第二次世界大戦でも他にも共産党の粛清でも無数の人が死んでいるからだ
なぜこんなに死なねばなはないのか?だからこの言葉が生まれるのである   





posted by 老鶯 at 21:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2019年01月04日

2019新年の抱負 (木の力(詩)内なる力、国風文化の時代へ)


2019新年の抱負

(木の力(詩)内なる力、国風文化の時代へ)

木は大地に根を張り
木は徐々に成長する
木はあせることなく年輪を重ねる
そしてやがて大木に成長する
せかして成長させることはできない
時間を早めることはできない
木と木はその土地に根付き
木と木とは騒ぐことなく
静かに深い信頼で結びついている
木と木とは並び隣の木を傷つけない!
言葉でもって傷つけない!
口を堅く閉ざして厳守する
木は決して乱れることがない
木々は争うことはない
木はそれぞれの内に充実する
内なる力が木に満ちている
木の力は外に向かわず内に向かう
その内なる力に習い!
木はそうしてその地を離れずに
長い年月そこにありて動かず
一本一本の木は内なる静かな力に満ちて
ここに自立して立ちゆるぎない
そしてその地に一つの荘厳な神殿を形成する
神の良しとする平和の殿堂がそこに成る 

(変わらざる契りにあれや冬深む)

人間には歴史をふりかえると時代を形成するものがある、世界史でもそうである
大航海時代から外に向かう力がグローバル世界と向かうものがあった
それで西欧文明の挑戦を受けたのが日本だった
そのヨ−ロッパが外へ向かう力が世界を席巻した、世界がそのヨ−ロッパの強引な力によってふりまわされたともなる、その象徴的なものがインカとかマヤ文明がスペインの強盗団のような一団によってあっけなく滅ぼされたことである
ヨ−ロッパのアーリア人というか力づくの征服の時代だったのである
そのヨ−ロッパの延長としてアメリカとういう超大国が生まれてアメリカによって世界史が作られることになった

第一次世界大戦でもそうである、最後にアメリカがイギリスに参戦をうながされアメリカが参戦したときドイツは敗れたのである
それは第二次世界大戦でもイギリスが日本にシンガポールなどを奪われたときアメリカが参戦して日本は大敗北になったのである
アメリカによって今度は世界が席巻される時代になったのである
大航海時代から外へ外へとヨ−ロッパが向かい征服する時代でありそこからグロ−バル社会が形成されるようになっていた

なぜなら日本の不思議は鎖国して300年平和を保っていたからである
これも世界史的にはまれだとなる、ヨ−ロッパは戦乱つづきであり300年間戦争がなかったなどないのである、第一次世界大戦でも一千万人以上死んでいる
それも悲惨だったが日本は参戦してもその戦争の舞台はヨ−ロッパだったのである
ヨ−ロッパとは悪い面をみれば絶えず戦争する国だったのである
それはアーリア人的気質からそうなっているというのも一つの見方である
ただアングロサクソンの気質だというのもそうである

ではアジアはどうかというとアジアといってもそれはインドとか中東とか中国とかふくまれて広いのである、だからアジアとは何かとなれば何か明確ではない
中国だってあれだけ広大な国だから戦乱がやまない国で三国志が生まれた
でも何かヨ−ロッパとアジアというとき何が違っているのか?
それは宗教せアジアから生まれたものである、イスラエルもアジアなのである
キリストでもアジアから生まれたというとき東方の三博士に祝福されたというときその東方とはアジアである

ヨ−ロッパはもともと狩猟や遊牧民の国であり移動する外に向かう民族性がある
ドイツ語に秋の言葉がないというのもそうである、秋は収穫の時なのにないのはやはり遊牧民の国だからだとなる、秋は農耕民にとって重要な収穫の季節だからである
その遊牧民的気質が文化がやがて地中海に出たときフェニキア人が船を操作して後悔して貿易する商業の民となったという説もわかる
遊牧民とかは常に移動して外へ外へ向かう気質があるからそうなる

一方農耕民は内に向かう、一定の土地に定着する、そこで力を養いはぐくむ
それは詩にしたように木とにているのである
その相違がヨ−ロッパと西欧文明と東洋文明の相違としてある
ただこの二つが明確に二つに分かれるというものではない
例えば建築を見ればかわる、ヨ−ロッパのゴシック教会が森を象っているという時
それは内面的なものであり木の詩に思考に通じるものがあるからだ
だから中世は内面的な時代であり大航海時代になった時、外へ外へ向かう時代になったのである

そして世界はどうなったのか?遂にアメリカが世界の覇者となったとき大航海時代から世界を一周してグローバル化は完成した
そしてグローバル化の世界はさらに中国の台頭でアジアが興隆して今度はアジアの時代になる
そしてヨ−ロッパでもEUでもイギリスが脱退するとかアメリカでもアメリカファーストとかそれぞれの国が内に籠る時代と向かっている、それは経済的なこと貿易的なことだけではない、世界が内に向かう時代になったのである
この内に向かう時代とは何か?

日本を例にとれば奈良時代は唐の文化を取り入れる外に向かう時代であり、漢字を取り入れて日本と中国文化の融合を計った、次に平安時代はかなを発明して国風文化を築いた時代である、日本でも外来文化をとりいれるグロ−バル化とその後に国風文化が起こる
仏教を取り入れたが鎌倉時代はその仏教を日本化して内面化したということがある
戦後時代は一時信長キリスト教をとりいれたようにグロ−バル化が起きる
その時絢爛なものが生まれる
江戸時代の鎖国の300年もまさに国風文化の時代であり日本の基礎を作ったのである

そして明治維新で西欧文明を取り入れてグローバル化の中に組み入れられた
その時日本はアジアという国へ中国までも外へ向かっていたのである
明治維新から吉田松陰などは韓国も中国へも進出する思想をもっていたのである
それが現実化したのが第二次世界大戦だったのである
江戸時代から明治というときグロ−バル化してゆく日本がはじまったのである
その当時の思想はアジアを視野にしていたということが詩などでもそうである
それもアメリカに敗れて終わったのである

いづれにしろこれからの時代はこうして大航海時代からグロ−バル化した世界は行き詰まり終わる、資本主義とはもともと大航海時代からはじまったという説もある
つまり船の株主を募集してそれが成功すれば莫大な富が手に入る、でも失敗すれば大損失になる、そしてそれが成功したからオランダとか小国にも富が集積したのである
その資本主義ももう投資する先がないとかフロンティアがないとかで金がだぶつく、それでもう資本主義が終わりつつあるというのもわかる
資本主義とは何かそうして外に向かう力だったからである、その外に向かうものが今はなくなったからである
そしてグロ−バル化はいろいろな矛盾をもたらしたからである
グロ−バル化はいいように見えて負の部分も大きかったのである  

だから世界史的にも世界がナショナリズム化してゆくのはそのためである
それはその国の土地に還る、日本国内ですら東京一極集中とかはグロ−バル化も影響している、地方が経済的に衰退したのもそうである
田舎がグロ−バルと関係しないようで深く関係していたのである
林業が衰退したのは外材を輸入して日本にこれだけ森があるのに無用となったからである食料だって麦でも大豆でも外国から特にアメリカから入っていることでもわかる
その影響は田舎の方が大きかったのである
でもそこでいろいろな矛盾が生んだのである

つくづくなぜ原発事故で町でも村でもこんなに簡単に家族がばらばらになり離散して町や村でも廃墟化したのか?
それを考察する時やはりグロ−バル化が影響していたのである
グロ−バル化とは外へ向かう時貨幣の力が大きくなる、世界中金さえあればその金もドルがあれば生活できるとまでなる、土地とかが最大の財産であった時代ではない
金さえあれば日本国内ならどこに住んでもいいのである
そうなるとこの辺では補償金をもらうことこそ最大の関心となりそのために争うようになって分断されたからである
親がいたとしても親は老人は捨てられて若い世代は補償金をもらいすぐに外で家を建てたとかなる、その変わりようが早かったのである     

それは故郷といってもそこに愛着するということがないからである
金があって一時的に住んでいる、一億円もらえば外に出て暮らした方がいいと前からそうなっていたからかえって金をもらったから好機となり若い世代は出て行ったのである
老人は土地に愛着があるから残ったのである
だから絆が盛んに言われけど内部では絆はなくなっていたのである
かえってグロ−バル化と広域社会になると外部との絆があったとなる
それで避難した小高の人が私たちはこの土地の人に金を使って助けているのよということを言った、まさに消費者は王様であり金があるものが王様の社会であるからそうなった
そういう矛盾がこの辺では露骨に現れたのである
それがグロ−バル社会の広域化社会の矛盾でありそれは人間そのものを歪めるものになっていたのである

グロ−バル化で金融資本主義になり一握りの人たちに富が集中するというときもそうである、戦争の原因がやはり金融を金をもつものによって引き起こされたことがあった
第一次世界大戦でも何か金融関係者、株を扱う人たちが大金持ちが戦争を金儲けの手段として奨励したとかある、それも資本主義の負の面が戦争ででてきた
だから世界的にみても資本主義は限界にきているのだ
その格差が大きくなりその不満がこれから爆発するからだ
現実に自分自身がそういう被害を受けた、金ある所から奪えばいいとしか人々の気持ちがなっている、働くの馬鹿らしいとなっているからだ、ただ奴隷にされて働かせられているだけだとなっているからだ
その人たちが金持ちに牙を向くから金持ちも安穏とはしていられない時代になっている
それは資本主義がもう限界にきて破綻するとう時代になっているからである

いづれにしろ時代は常に変わる、その変わりようが早いのである、また気づかないのである、中国があんなに変わるのには本当に驚いた、十数年前はあまりにも貧乏で悲惨だったからである、家畜のようにして鉄道の車両につめこまれていたのである、実際に鞭でたたかれていたというからその時中国人が家畜だったのである
それが新幹線と同じものが走っているとういことに驚くのである
そういう時代の変化についていけなくなる、でも世界史的にはグロ−バル化とか資本主義が矛盾をもたらして限界にきている

その結果としてグロ−バル化は終わりナショナルな志向が強くなりそれが影響して内面化する国風文化の時代になる、自分自身すら旅ばかりしていたグロ−バル化した広域化した世界に生きていたがそれと同時に私は故郷で自然とアイディンティティで化して内面化することもしていたのである                                          
こういう詩が作れるのもやはり定着していないとできない、田舎に住んでいないとできない、つまり内面化の時代は外へ外へ向かう時代ではない、定着して思考を深める内面の充実に向かう時代である

それが本当は宗教なのだけど高度成長時代の宗教はカルトでありそれも外へ向かうあくなき欲望の達成だったのである、時代の影響を受けて宗教もそうなった
だから創価でも高度成長時代とともに会員も増えたのである
でも高度成長時代が終わると会員も減ったのである、そこは欲望資本主義社会とよりマッチした過激な欲望達成のための利権集団を形成したのである、ただカルトだからそこに人間のいろいろな悩みがありそれをただ一票に結びつけたのである
そこには一切内面的思考などない、がむしゃらな欲望の追求ということでグロ−バル資本主義の中に組み入れられた集団であった、本来の宗教と何のかかわりもないものだったのである

いづれにしろこれからの社会は世界でもグロ−バル化は終わる
資本主義も矛盾が大きくなっているからなんらか破綻するのか新たなものが生まれるのかその岐路にある、ただ世界史的傾向としても何か中世の時代や日本でも江戸時代にもどるというとき内面化する時代であり宗教でも文化でも国風文化の時代になるのである
要するにグロ−バル化とは限りなく物質を得るためにのグロ−バル的欲望の社会だった
次は人間の内面の精神的探求だとなる
木の詩でもそうである、大地に根を張る定着した木がまさにその象徴なのである
ただ別に今だけではないそういう時代は常にあったからそういう時代に回帰するということである 



もろもろの静かなる力 その広さをはかり
かたみに 暗く 相まみゆなり

ふるえる手もて われは きみを築かむとす
アトム また アトム と 積み重ねつつ
さあれ、大伽藍よ
何人か よく きみを築きおおせむとす

さあれ おりふしの夢の中にありて
きみの堂宇を大観す
深き土台より
屋根の黄金の先端にいたるまで

はた われは見る 最後のかざりを
わがこころ
造り また 築きつつあると

(リルケ)




リルケは内面を追求した詩人である 深き土台よりといつうときその深き土台は都会ではありえないのである
大地とか山とか自然があってアイディンティティ化されるのである
だから木などどこにでもあるけどそういう木を毎日見ていると自ずと人間の心に反映してアイディンティティ化されるのである
都会の高層ビルを見て何がアイディンティティ化されるのか?内面化されるのか?
そこは自然と遊離した世界でありただ数字化された抽象的な金だけがやりとりされる世界だともなる
毎日株取引でもデイトレダーなどは数字を相手にしているだけなのである、ただそこで巨万の富が流れ込んだりする世界である
そこに生の充実はないのである、ただ別に金でも有効に使えば活きてくる
今はかえっていかに金を有効に使うかの方がむずかしくなっているのだ
それは物質が飽和状態になってしまったからである、内面の精神的な追求は必ずしも金はかからないのである
それは精神的なものであり物質として現れないし金にもならないからである
だから無価値にもされる、でも金にならいもの物質化しないものの価値がこれからは追求される時代になる
だから文化の時代になるのである、車社会はこれも現代的ツールだった、常に外に向かうもの遠くに行くものとしてあるからだ
でも自然を感じて内面化するものではない、風をさえぎり外の空気を遮断する密閉された空間の移動なのである
現代とは交通が異常に発達して遠くと結びついたがグロ−バル化したがこれからは定着して内面化する時代になる
それは文化の時代なのである







2019年01月03日

常磐高速SAで南相馬市の津波原発事故からの今の現状紹介 (環境カウンセラーの原町区雫(しどけ)の長沢さんに聞く―復興は失敗)


常磐高速SAで南相馬市の津波原発事故からの今の現状紹介

(環境カウンセラーの原町区雫(しどけ)の長沢さんに聞く―復興は失敗)

kankyouassistt1.jpg

shidoke1.jpg

nagasawa111.jpg

shidoketunamii222.jpg
雫(しどけ)では鉄塔が折れ曲がった
shidoketunamii22233.jpg

雫の道



常磐高速のSAで何か催し物がないかと行ってみた、そこで写真などで今の南相馬市の現状を紹介する女性がいた、なにか都会的な人であり話が上手でありいろいろ知っている
神戸から子供連れで来た人とかを案内した
その女性は原町区の雫(しどけ)の人であり津波が襲ってくるのを目の当たりにしたという、すぐ家の前まで津波が来たからである
津波の恐ろしい光景をじかに見たのである
津波はある程度距離があると見てすぐ逃げたら助かる、現実に助かった人がいた
鹿島区の大内となる二キロくらい海岸から離れているから津波が来るのを見てトラックで逃げて助かったとか八沢浦では百メートルくらい前が海であったが遮る丘がありすぐに裏山に逃げて助かったのである
つまりすぐに逃げれば津波が来たのを見ても助かることがある

雫ではあそこは萱浜などからすると高いと感じていたが一番被害が大きかったとか言っていた、鉄塔が無惨に津波に壊されていた記憶がある、南相馬市では700人近く死んでいる、ただ8年とかたつと何か津波の跡はソーラーパネルとか風力発電とか津波の生々しいものは消えている
何かそこで高台を作るためにかさ上げするのに高くするのにナンセンチかとかするに何千万かかるとか言っていた、その金も凄い金だと思った
ともかく津波の跡の土木工事でも除染でも何兆円とか莫大な金がかかった
でもここだけではないそんな金を使っても復興は進まなかったのである
その金は大手ゼネコンとかに流れただけなのである
だから飯館村の人でもそんな除染に金を使うより補償金としてもらった方がいいと言う人も多かったのがわかる
そして除染より飯館村に住んだ科学者が下の土を上にもってくることが良かったと言っていた、表土が無惨に削られて荒廃したからである

それよりその環境カウンセラーと意見が一致したのはそもそも住民の意志が全くなかったただ政府の言いなりになり30キロで区切られそこで小高と原町と鹿島で分断された
そのことでこの辺は復興できなくなった
そのことが復興できなくさせている一番の要因だと言っていたことには同感である

心を一つに

南相馬市の最大の課題がここにあると言っていた、でもみんなを集めても意見を言う人は少ないという
小高だけではない、南相馬市として合併したのだから市全体の復興をどうするかということを市民が協議することが大切だと言っていた
私も住民意志が全くなかったことを言ったのでそれで同意した
小高と原町と鹿島が合併したけどそれぞれでもどうしたら市全体を小高でも鹿島でも復興させるのか?
将来をどうするのかみんなで協議するということが全くなかったのである
ただ補償金をもらって個々人の家族の復興だけを考えたのである
つまり原発事故が起きたとき市であれ町であれ村であれ蜘蛛の子が飛散するように散らばったのである

確かに爆発したときは恐怖だった、だから極度に恐れたこともわかる、とうしていいかわからないということもあった、第一その時噂で前の市長が北海道に逃げたということがいわれたりした、南相馬市の病院でも看護師は逃げて帰らなくなったからである
ただふりかえればその時爆発しても海側は二三日で20マイクロシーベルトから0・5とか低くなったのである、だからその時点で科学者が危険でないと避難させるべきではなかったのである、ただ30キロということで科学者ではそこが危険地帯になっていることで科学的根拠があり言ったことであり素人にはわからないから避難したのである
でも二年とかたったらもうたいした放射線量でないすぐに影響するというものでもなかったのである、一ミリシーベルというのはあまりにも厳しい数字である
科学的根拠があるにしろ現実問題として市町村を自治体を維持することを優先させるという選択もあった
だから避難したとしても冷静になれば2年で避難解除して返すべきだったのである
これは政府の大失政だったのである、政府によってめちゃくちゃにされたともなる
それは他の津波被害地域でもそうである

それはなぜかというと住民の意志が全く無視されて政府指導で行われたからである
いくら土地を高くして人を住ませようとしても住民は住まないのは住民の意志を聞かない無視して政府指導でしたからである
民主主義は住民の意志が参加が基本の制度である、でもそれがなかったとすると民主主義はここにはなかったのである
そもそも原発自体が政府指導で成されたものでありそこに住民の意志はもともと全く無視されて作られたものなのである
住民には金を与えればいい住民が望むのは金しかないと見ていたからである
そこに住民自体の問題もあったのである

住民の意志がそもそもなかったともいえる、市町村でも心一つになどなっていない
グロ−バル社会のことを批判してきたが広域的にグローバルに経済的に交流があるとしても内部の結束が絆はない社会だったのである
だから市全体を町全体を村全体をどうしようとか協議したり何か議論したりもしない
ただ個々人が家族が金を得て生活すればいいとしかない社会なのである
だからこんなに簡単に町でも村でも崩壊したのかとも思う
それはここだけではない現代社会は確かに広域的にグローバルにつながっている
今日買ったのは熊本から来たトマトだった、これも熊本地震で被害にあった所から来たのかとか考えたがわからない、ただ物だけはどこからでも入ってくる社会である
となれば金さえあればいいという社会になる、今住んでいる所はただ金があれば一時的に住んでいるともなる、金が得られないなら他に移ればいい、金があるから別に故郷にこだわったり地元にこだわり住む必要がないとなる
ただ老人は愛着があるから帰ったのはほとんど老人なのである

いづれにしろなぜ復興に失敗したのか?
それは緊急事態にうまく対処できなかった、市長でも対応できなかった
そして政府の言いなりになり住民同士でも何の協議もしていない、市町村をどうすればいいのかとかみんなで意見を出し合うとか協議することもない
ただ補償金をもらえばいいとしかなかった、それも個々人のことであり家族だけを考えてそうなったのである、市町村全体をどうするのかということを考えた人はいないのであるそもそも市長自体が原発が爆発したとき北海道に逃げたという噂があるようにそのこと自体がこの辺のことを象徴している、市民のことなどどうでもいい患者のことなどより自分が先だとなり逃げたのである、後は補償金をもらえばいいしかなくなったのである

だから山梨県の笛吹市の社長経験者が言うことは筋が通っていた
市町村全体の復興のために金を使うことだと言っていた
その人は会社を経営しているから復興をどうするかとか意見が言えたのである
ただその社長は仲間に裏切られて社長をやめた、会社経営に失敗した人だったのである
でもやはり経験しているから言えたとなる
会社経営と市長運営の経営もにたところがあるからだ
前の桜井市長は役所の人とうまくいかなくなっていたことも影響したとも言われる
やはりこういう緊急自体にはトップの判断でその後も決まる
戦争の時だってやはりトップの判断で決まっていたからてある
住民が協議するにしてもやはり誰かが強引にでも引っ張らないと緊急事態にみんな意見を出し合ってもまとまらないからである

ただこれも今になると結果論である、ああだこうだと自分が言ってもお前もそういう緊急自体に何かできたかとなるとそうはならないからだ
ただ小高はギャンブルとかばかりしていたから二年くらいで別に放射線量が高くないのだから返すべきだったというのは誰でも回りでもむずかしいことでなくわかったことでありそれで協議もしないでだらだら五年以上仮設にいてそれで補償金をもらえばいいとか俺たちは被害者だとなり被害者意識だけが全面にでて何もせず終わったのである
その時町をどうするのか復興するのをどうするのかとか住民がみんなで協議したりしていないのである、ただ個々人のこと家族のことし考えなかったのである

NPOというとこれまた問題があり金の無駄使いだとか言う人もいる
また左が多いからそこで政治的に利用される、党派に利用されるとかもなる
ただ地元だからどうして復興できないかというとい心が一つになっていない、そこを指摘したとういことは同意する
何か津波でも原発事故でもあまり話題にならなくなった
なんでも関心はオリンピックのことでありそこが復興よりも大事になり人もそこにとられているとか、放送もしてくれないとか言っていた
確かに津波原発事故のことはあまり全国的には放送されていないようだ
それも政府の意図であり政府はオリンピックに国民の目を向けさせて震災のことは忘れさせようとしているともなる
その政府の復興政策は失敗だったからである、そのためにこの辺では荒廃したままだとなるからだ
posted by 老鶯 at 15:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2019年01月02日

Dマガジンと楽天マガジンの比較評価 (インタ−ネットで変わる情報世界)

Dマガジンと楽天マガジンの比較評価
(インタ−ネットで変わる情報世界)

scrolll1.jpg

楽天マガジン

webcreater1.jpg



Dマガジンを見ていたが操作できなくなってもうアクセスできないと思ったので楽天マガジンに入会した、本当はしたくなかった
電話でも簡単に連絡できないとも思ったからだ
何かインタ−ネットでは電話がすぐに通じないし通じなくなるから不安になる
でも実際は私自身の操作の間違いだった、その手順が間違っていたのだ
こういうことは良くある、何かこういうことで私自身はミスが多い

ただDマガジンでも安い、楽天マガジンはさらに安い、こんなに安くていいのとなる
週刊誌でも一冊買えば400円とする、それがあれだけの雑誌を全部読んでも一か月400円はかだから安いと感じる
それだけインタ−ネット時代になると情報は廉価になる
それは情報を出すのが電子空間だと簡単だし金がかからないのである
新聞でも雑誌でも本でもこれを印刷して配達するとこれはもう個人の手に負いないからである、配達して本屋で売るということで手間がかかり金がかかるからだ
だから新聞でもメデアであり新聞に載せてもらうと目立つからそれで広告費とか稼ぐ
新聞に載せてもらうことはそれだけ宣伝になるからだ
それは新聞社が何か特別な取材力とか何かなくてもいいのである
新聞に載せてくれという人でも会社でも頼みにくるからである

それがインタ−ネットになるとどうなったのか?
自分でもしているように誰でも個人レベルで雑誌が作れる感じになった
それも金はかからないから個人レベルでできる
ただインタ−ネットで読まれるのには意外と読みやすさとか見やすさとかが関係してくる楽天マガジンは横にスクロールして一覧できる
これは読みやすい見た、そこで読みたいものを見たいものをクリックすると見れるし拡大縮小もマウスで自由にできる
Dマガジンだと一気に2倍3倍になり拡大がマウスで自由にできないのである

何より、dマガジンで一番不満に感じていたのがページめくりのアニメーション。dマガジンではページを勢いよくめくっていくと文字がぼやけて表示され、少し待つと読めるようになるというインターフェイスで、雑誌を流し読みしたいときにも文字を読むのに待たされることがストレスでした。

ただ文春とか新潮とかは楽天マガジンでは読めなかった、でも種類は楽天マガジンが多いという
でも「紙の爆弾」という雑誌は創価の問題を取り上げていたり他にないものがあった
楽天の社長は創価だったとか聞いたことがあるがこういう雑誌を置かせないだろう
インタ−ネットでは出版できないようなものでも個人レベルで出すことができる
それで「心に青雲」の都築詠一氏は過激なプログを書き続けて69歳で死んだのである
それが驚きだった、文学に造詣が深くそれで毎日7年間くらい読んでいたからである
この人はプロ級の人だったのである、実際に有名な作家の編集にたずさわっていたからだもっと書いてもらいたかったが死んでしまったのは残念だった

インタ−ネットは情報世界を変えた、週刊誌がコンビニに置くと目立つから売れたのである、何かセンセーショナルあ見出しを見て買う人もいた
情報では目立つことが読まれることであり売れることなのである
ただそうできるのはそうして宣伝力がある大きな会社とかがないと目立つようにはできない、インタ−ネットで出しても目立つことがいかに大変なことかわかる
無数のプログがあってももう読まれないからだ
コンビニに雑誌でも置けることはそこに人の出入りが多いから目立つからそれで読まれたり売れたりしていたのである
その内容がどうかということでもない、それはテレビはいつも茶の間にあって見られから力をもったのである
最初は何でもいい、映るだけで驚きであり食い入るようにして見ていたのである
だからなんでもいい、内容がなくても何百万人の人たちが見ていたのである

ただそういう時代は終わった、インタ−ネットが情報世界で変化をもたらした
とにかくこうして私自身が延々と長文を書いているけどそれは書きやすいからなのである書いたら即座にアップして公表できるからである
私は誰がどう読んでいるかとか考慮していない、自分の思うことを感じたことを書いているだけである、そこに問題があるのだがそうなっている

ただインタ−ネット時代はこうして何でも書けるから一億総評論家になる、くだらない発言でもできるからだ
それでもインタ−ネット時代はこうして誰でも書いて発表できるのだから何か記事でも本でも読んだらその感想を評論をして見るべきである
ただ読み流しただけでは読んだことにならないからだ
対話的に読んで評価してゆくと自分なりに読んだことになるからだ
だから私の場合は書くことが無限にありただ詩についてはまだ出していない
それも相当に書き溜めたものがあるからだ
詩となると一般的ではないからあまり読まれない
ただ自分のしていることは本当に雑誌作りだった、それも一人でしているのである
それができたのはインタ−ネットだからだった
ただ楽天マガジンのように縦書きでスクロールして読めるようにしたらもっと読みやすくなる、それをするとやはり個人的には無理だとなる
現実になぜドコモのDマガジンではできるはずなのにしていないからだ
それくらいの会社だったらできるはずなのである
そこに差が生まれているからだ

desinn1.jpg

インタ−ネットでの契約は一時的に一冊本を買うとかではない、一年とか長く契約する
それは一か月でも400円であれだけのものが読める、すると一か月でそのくらならと金を払うがそれは一年とかでも継続するものとなる
だから読者は一回だけでやめるということがなく一年とか継続するからそれでやっていけるのかともみる
だからこの表現は面白い見方だと思った、恋愛は気まぐれで結婚はそうではないからだ

ともかく今は旧来のメデアが批判される、それがインタ−ネットでしやすくなったのである

webcreater123.jpg

tvcaster1.jpg

ボクシングの公式戦かと思い見た、それはエギゼビションでありショーにすぎなかった
一回でノックアウトしたし何か前のも日本人がキックボクシングで勝ったけど作られたもの嘘に感じた、それはこれは公式戦ではなかったからだ
権威あるものとして試合が成されたのではなかったからだ

こうあるるようにテレビの発言者はテレビ局の言いなりになるロボットなのである
そういう人しか呼ばれないのである
だからもうテレビを見ないとか信じない、マスコミでも信じないとか増えている
そもそも新聞はその寿命がもう尽きている、なくなるのが目に見えている
テレビでも今のような放送はなくなる、ただ良質な番組はcsとかで有料で放送される
その過渡期なのである
映像的な番組作りはやはりなかなかドラマでも個人的にはできない、それは相当な金がかかるからそういうものはまだ放送として価値がある
ただ大河テレビとか飽きたとなる
要するに本当に情報社会となり情報の戦国時代になったのである
百家争鳴になったのである、今は私は一日二回長い文を書いている
これも読む方となると疲れると思う、でも私の仕事がこうして書き続けることなのであるつまり書くことによりただ受け身になるだけでなくアウトプットすることによって理解を深めているのである
だから何でも情報を受け流すだけでなくその感想でも自分なり書いたり評価するとより理解が深まるのである

kamibakludan1.jpg






なぜ正月気分がなくなったのか? (農業が主な仕事でなくなったため―自然から遊離した現代文明の危険)


なぜ正月気分がなくなったのか?

(農業が主な仕事でなくなったため―自然から遊離した現代文明の危険)

なぜ正月になっても正月気分にならないのだろうか?
ただ年が変わるというだけである
それは日本とかアジアでは農業社会でありそこから正月とかの祭りとか様々な行事が生まれていたからである
そもそも日本でも農業社会では密接に自然と結びついた生活をしていた
春は張るであり張り田などがあるとしたら春は張りだったとなる
冬はふゆであり増えるである、これも農業社会だから生まれていたのである
農業している畑を趣味でしている女性は冬は土も眠り土に栄養分を貯えるというのもそうである、冬は農業している人にとっては本当にふゆー増えるだったのである

例えば農業というときいかに農業社会だったかというと小学校の時、「農休み」があったそれは日曜日ではないのである
農家が田植えとか稲刈りとかになって忙しい時学校すら休みになっていたのである
農業社会だからこそそうなっていた、日曜日は明治以降新しくもちこまれた制度である
それは会社員とか工業社会になった時定期的に休めるようになったからである

農業社会ということで社会が成り立っていた時代が江戸時代でも長くつづいた
俳句でももともと農業社会から生まれたものである、誰か芸術家が作り出したものではない、農業社会がありそこで田植えとか稲刈りとかいろいろ季節ごとに仕事があって季節感が生まれた、確かに農業と離れても日本独自の季節感はあってもその基礎は農業にあっただから天皇とは大嘗祭を行うように豊作を祈る司祭だった
日本の神社の由来はいろいろあってもほとんど豊作を祈るものに変わったのである

そもそも農業文化が今では廃れたともなるのは明治以降の工業化とかで変化したからである、でも戦前までは農業社会だった、農民が8割とかだったからである
そして養蚕がどこでも行われるようになったがそれも農業なのである
蚕の餌となる桑を育てることは農業だからである
私の裏の畑にも桑畑があった、それはどこでもあったのだ
それで面白いのは阿武隈高原のどこかで蒸気機関車が通ると桑畑が煙でだめになるとしして反対していたことでもわかる、それだけ養蚕が生活になっていたからである
天皇でも豊作を祈る司祭だった、今でも皇居内で田植えとか養蚕をしていることでもわかる

正月というのは農休みとにているというとき農休みは田植えが終わったころに休むということでもある、一斉に村中で田植えをしてその後にみんなで休むことが農休みでもあった同じリズムで仕事していたからそこに共同性が生れ共同の感覚から共通の自然観が生まれ俳句の季語が生まれたのである
農業社会は密接に自然と結びつくから自然に神が存在してそれを貴重なものとして敬い祭りが生まれていたのである
ただ養蚕が盛んなになった時、貨幣経済が浸透してきて草鞋作りとかの副業がなくなったという、養蚕は輸出産業であり私の母が製糸会社で糸取りとして働いていた
でもその時米十俵とか給料としてもらったというときまだ貨幣経済になりきっていなかったのである、江戸時代と同じで米が貨幣となっていたのである

何か現代は自然と遊離しているというときそもそもが農業社会でなくなったからである

草山の奧の澤べにひとり來てなはしろ茱萸をわが食みにけり 古泉千樫

草山(くさやま):日本国語大辞典だと、江戸時代、まぐさや肥料にするための草を刈る山で、多く一村または数村の入会地であった。草場。とある。古泉千樫は農民だったので、この意味のほうが正しいと考える。

なはしろ茱萸:山本健吉『季寄せ』には、仲夏(芒種6/6-小暑7/7の前日まで)の季語「苗代茱萸」があり、蔓性の常緑樹で、枝に刺(とげ)がある。田植どきに、長楕円形の実が赤く熟するので、はるぐみ・俵ぐみとも言う、とある


ここで解説しているように草山とかの地名はある、萱場とか萱とつく地名の方が多い
それは萱を茅葺の家だったとき材料となっていたからである
それで思い出すのは会津を自転車で旅したときである、山全体に萱がなびいていたのである、萱に埋もれて暮れるという感じになった

そしてこの辺で右田の海側に住んでいる農家の人がやはり橲原(じさばら)に入会権として山をもっていた、そこで草を刈り田の肥料にしていたのである
その当時だと車もないから馬車で運んでいたのである、農業にとって肥料に苦労していたでも遠くから肥料を仕入れることはできなかったから地元でまかなうのがほとんどだったのである

正月に松の内とあるがこの由来は正月ではない農休みと関連していた

幾日も働いたので休みたくなったとき若い衆が部落の総代の家の前に松をたてて馬の鞍のなわをつったり蚕玉様の石塔をたてたりするとお松が立ったとといって総代が農休みのふれをだす所(伊那市西春近小出)や総代の木戸へ松を建てると次の日に仕事を休む所もある
(我が村の記録ー上伊那の明治、大正、昭和―中村寅一)

松の内はこうして部落の人たちが一斉に休む期間のことでありそれが正月の行事になったのである
こういうことは農業社会だからその由来がそうした生活から生まれていたのである
苗代茱萸(ぐみ)というのもそうである、苗代を作る時まさにその茱萸がなるということで農業と密接に結びついていたのである

ともかくこうして農業社会から工業社会に変わった時その変わりようが余りにも激しかったのである
そしてどうなったのか?人間の生活は自然と密着した農業者からか遊離したのである
そのことは原発事故関係でも書いてきた
農業とか自然と関係することが希薄化してまたなくなったとき農業で働く人が一割にもみたなくなったとき農業は軽んじられる、それで父親が農業だけはやるなと言って子供が殴られたという、そしてその子供は原発とか建築とか土木関係で働くようになったのであるそのことは極端にしても現実に農業とかを社会で重んじる人はいない
そこから何が生まれたのか?自然と遊離して自然を軽視する
そして最も大事なのものは科学技術であり工業でありそしてグローバル化社会になった時加速して金が最も大事になる、そうして自然への畏敬など喪失した
漁業関係者は船主は漁業で生活していたのでない
原発の補償金で事故前も事故後も豊かな生活をしていたのである
だからそうなるとどうなるのか?
一匹の魚の恵みに感謝することなどない、その一匹の魚を軽んじる一粒の米を軽んじるとき自然が怒り津波や原発事故を起こしたと私は指摘してきた
この辺は風力発電やソーラーパネル工場のようになった、これだって問題があり景観が破壊されたので嫌だとなる 

でも土地を活かすには農業などしても金にならないとしてそうなった
津波の跡はしかたないにしても小さな田んぼが維持しても金にならないからソーラーパネルになったのである、それでいつも通る所がソーラーパネルになったので嫌だとなった
ただ自分の場合はあまりにも景観を重視していてその景観が農業という基盤があって維持されていたことをないがしろにしていたのである
だから八沢浦が元の美しい入江にもどったとき驚嘆して奇跡だと本当に思った
この辺では入江がないからである、でもそこは明治以降苦労して開拓して田にしたところだったのである
そもそも自分はそういう田より米をとれることより景観の方を優先していたのである
田んぼなどどうでもいい、米など減反政策でありあまっている、いくらでもとれる入ってくるということで軽視していたからである
それはまさに農業社会でなくなったことだったのである
自分自身が農業のことをなにやかにや言っても現代社会に生きる時代の子から逃れることはできなかった
そういう時代感覚は誰でも共有するものなのである、つまり農業とか漁業とか林業とかは価値あるものとならず軽視されているのが現代だからである

天地の寄り合ひの極(きはみ) 玉の緒をの 絶えじと思ふ 妹いもがあたり見つ

天地(あめつち)と相栄(あいさか)えむと大宮を仕へまつれば貴(たふと)く嬉(うれ)しき(万葉集)

 農業社会だったら天地ときりはなせずにある、天地があって人間のつながりがある
玉の緒で結ばれるた人間があり売る、天地とともに栄えるのが人間なのである
でも科学技術社会になると原発とともに栄えるのがこの辺だった
それはここだけではない、社会全体がそうである、そうなると天地から離れているのだからもう天地を敬ったり感謝したりしないのである、そうした祭りも神社でも何でも廃れるのである、崇めているのは神の如くなっていたのは原発だったのである
ただそれが崩壊したときどうなったのか?
水も空気も汚染されて住めなくなったのである、それは天地から遊離した人間への罰だったとなる、また漁業にしても一匹の魚を軽んじたことで神からの恵みを軽んじたことで津波は罰だったともふりかえればなる
科学技術が神のようになる時そこには恐ろしい呪いが隠されていたのである
それは天地から自然から離れたものでありそこに恐ろしい呪いがあることを自覚できなかった、ただそれはここだけの問題ではない、現代文明そのものの問題だったのである
それがここでは何でも極端なものとして事実として現れたのである