2020年09月21日

敬老の日ー長生きではその意味が問われる (ただ長生きしても価値も意味もない―新しい老人観が必要)


敬老の日ー長生きではその意味が問われる

(ただ長生きしても価値も意味もない―新しい老人観が必要)

高齢化社会になると百歳以上も増えてくる、これまでは百歳生きたとなると凄いなとそれだけで価値が認められていた
でもこの数が多くなるとまた見方が変わってくる、百歳など普通でありいくらでもいるとなれば価値がなくなる
だから今やそういう段階に来ている
パークゴルフをしている人が多い、この辺でも広いパークゴルフ場が作られた
そこは広いから見晴しもいいからそこに老人が集まる、社交場にもなる
それをとやかくは言わないしそういう場があってもいいとなる

ただなぜ高齢化社会になって老人どうのこうのといろいろ言われるのはそれが今までの老人と違ったものになっているからである
今までの老人は人生50年とか70年でもそれで老人がとやかく言われない
その生きた人生を語れば死んでいたからである
だから長い老人の生を問われない、60まで70まで生きた人生を問われるだけである
ただ百歳となると今での人生とは違う、100歳まで生きる価値と意味を見出す、また社会に提供しなければならなくなる
ただ健康に長生きすれば価値と意味が生まれるとはならない時代になった

でも一般的にそういう価値と意味を作れるのか?

これが問題になるが会社を退職したら何をしてそれができるのか?
趣味とかもありそれで意味と価値を見出すこともありうる
ただみんな趣味に向いているわけではない、それで私の家族の一人が公務員を退職してから何もしなくなった、何か仲間で貼り絵などしていたがそれは向いていなかった
看護婦だったから人の世話に向いていた、でも一切何かそういうことをしなくなった
家事すらしてくれる人がいたのでしない
毎日何かテレビを見ているとかであり何か合ったこともしていない
ただ毎日怠けていたとなる、怠け人間になったとなる
ただ一緒にいてそのことに私は気づいていなかった

それに気づいたのは認知症になったときなのである
それでなぜそんなふうになったのか?病気でもあるがその原因が55歳くらいで役所を退職してから何もすることもなくなっていた、家事もしない、何か頭を働かせることもしない体も働かせない、怠け者になったのである
でも85才まで生きた、でも55才で退職したら30年もそうして何かやりがいもなくただ怠けていたとなる
せめて家事でもしていれば良かったがする人があったのでしなかったのである
そのうちボケて来たのかとふりかえり思うようになった
それは病気にしろボケた原因が認知症になった原因がそのように生きがいもない、家で何もすることがない、家事もしないということにあったのかもしれない
家事はしてみれば結構頭使うからである、その他趣味もなかったから余計に頭を使はないそうして認知症になったのかとふりかえり見る

認知症の原因はわからないにしてもそういうふうに退職して何もしない、趣味もない、家事もしない、ただテレビを見ているとかなると認知症になりやすいかもしれない
それが30年もつづけば相当に影響する、つまり退職してからの生活に問題があったとなるまず会社を退職するとその人の役割りは消失する、地域とかで何かボランティアなどするにもできない、地域社会自体がもうないからである
すると家族しかなく、妻の後をついてゆくだけとかになる
それで妻からもうざいとなり嫌われる
ただそれが70くらいまでならなにやかにやあってもそんなに問題にならない
百才まで生きるとなるとそうはならないのである
私はこう生きたとか語っているうちに死んでしまうからである

でも百歳になると新たなその年月の価値と意味を発見して作り出さなければならなくなるそれがパークゴルフとかで作りだせるのか?仲間とそこで楽しみまた動くことで健康にはいい、でも外部から社会全体からみる、若い世代から見てもパークゴルフに費やされる人生をどうみるだろうか?
一日遊んでいていい身分だとかともみる、でもその老人たちを養う金を年金を払っているのは若い世代だとなりそういうことをしている老人を価値ある、意味ある人と認められるのか?
これが70歳くらいで死んだら何も言わない、何かそうして見ている時間がないうちに死んでしまうからである
百歳まで生きるとしたらそうは見ないのである
そこで何のために生きているのか、ただ人の迷惑のために生きている人もででくる
切れる老人とかいろいろな問題老人が社会を歪める
ただ自分にしても百歳まで生きることがイメージできないのである
あと10年くらいは生きるだろうとはなっているが百歳となると長すぎるのである

だから高齢化社会というのは今まで経験していないことであり模範になるものもない
またその価値と意味も作りだされていない、だから金銭面だけではない、何か精神的にもそこまで生きる価値と意味を作りださなけれ社会ではただ下の世代にとって重荷とされるだけになる
私の場合は認知症になっても介護したのは特別世話になったからである
60まで食事でも用意してくれたし好きなことをさせてくれた
だから介護になったとき自分はそれが苦しくても当然だと思うようになっていてできた
完全ではないにしろ懸命に介護したのである
それで最後にわかってくれて本当に今になると良かったと思う
それだけ世話になった恩返しを少しでもできたとふりかえるからである
正直これからは親孝行したいとき親はなしにはならない
親の介護は必ずありその恩でも返さなければならない、報いなければならない
それがまた高齢化社会でもある、諺は時代を越えて通用するものだがこれは通用しない
親孝行したいとき親はなしでなく親の世話を強いられるとなる

敬老の日というときそれは今までのとは違うものになっている
敬老というときただ長く生きたものを敬うべきだとしていた
でも今までは長く生きても短い、70くらいだとまだまだ元気な人が多い
全然老人に見えない人もいる、髪も黒くふさふさしているのに驚く
個人差があるにしてもなんかあの人が老人なのかと見えないのである
私と同じ年なのにそうなのである

要するに老人観が変わってしまったのである、今までの老人観は通用しない
これだけは確かである、それでいろいろと誤解があり若い人も老人をどう見るか戸惑うとなる、それは老人がまた多すぎるからこんなに老人ばかり必要ない、税金とられるのも嫌だというのもわかる
第一そんな老人ばかりで社会が成り立つのかともある
ということは今や老人は今までのように社会から隠居するかにはなれない
社会の一員として価値と意味をもたないとただ無駄なものとして早く死んでくれと言われるだけになる
百歳まで生きてどうなるのだとか見られる、何のために生きているのだとか言われる
だからパークゴルフしてそれが社会にとって何んの意味があるんだともなる
ただ老人はそんなことで何も思っていない、当然の権利だと思っている
若い世代は老人に尽くせとしか思わないともなる

ともかくこれだけ老人が多いということは老人は長い生きしたからといって百才まで生きても敬われたりしない、今までの敬老は通用しないのである
だから敬老の日も何か時代に合わなくなっている、それはただ長生きしたから敬うという前時代の観念なのである
ただ正直高齢化時代、人生百年時代の社会がどうあるべきかを社会自体で示されていないしまた老人でも作りだしていない、それは人生百年とかの時代を経験もしいないからである、だから新しい老人像とか老人観とかを作りださねばならない時代になったのである
金銭的問題も深刻だが精神的な問題としても問われているのである

何か自分にとっては長生きすることはいいことである、今までしてきた探求追求してきたことを作品化したりもっと学問的にも芸術的にも深められるからである
まず「少年老い易く学なりがたし」とかあり

芸術は長く人生は短し

ヒポクラテスが医術について言った言葉。医術を修めるには長い年月を要するが、人生は短いから勉学に励むべきである、がもとの意〕 

何かを究める時、時間がかかるのである、その時間がたりないからこういう言葉が生まれた、人間は本当に何するにしても時間が短すぎるのである
60くらいあっという間にすぎる、遊んでいても何もしなくても過ぎる
自分の場合はただ旅していただけで過ぎてしまったのである遊戯三昧で過ぎてしまったからだ、ただそれも無駄ではなかった、それで旅を思い出して今作品化しているのである

これから会社を退職してからでも百才まで生きるとしたら人生が二つあることになる
ということは儲けものだともなるがまた重荷にもなる
ただ確かなことはいろいろと理解することが多くなることは確かである
人間はつくづくいろいろなことを知らない、経験するにしてもわずかなことしかしていない知識も膨大でありわずかなことしか知りえない、だから常に学ぶ必要がある
知識を広めるまた深めることが必要になる、すると時間がかかるから百才まで生きることはそれができるからいいとなる
でも百才の人生を有意義に他者かも若い人からも認められて生きれる人はそんなにいるのかとなる、何もすることがなくボケる、認知症になるという人も増えて来る

平成29年度高齢者白書によると、2012年は認知症患者数が約460万人、高齢者人口の15%という割合だったものが2025年には5人に1人、20%が認知症になるという推計もあります。

これも恐ろしいことである、こんな社会がどうなるのか?まさに悪夢である
認知症の人を介護することは経験したからもう地獄になるからだ
私は二年半で終わったから助かったけどそれが長引いたら地獄になる
隣の原町で認知症の母親を殺した50代の男性がいた、こういうことは頻繁に起きて来るから高齢化社会の暗黒があり悪夢になる
なんらかこの認知症を治す方法があるのか?これはコロナウィルスより怖いともなる
これはなんとか治まるとして認知症は治まらないからだ
90以上になったら半分は認知症になる、その症状はさまざまでもやっかいな病気だからそれが介護負担となり家族まで崩壊するから怖いのである
自分自身がその家族崩壊を経験したからである  

こうなると敬老どころではなくなる、老人は殺せ始末しろとかまでなる
何でもいい面と悪い面がでてくる、ただ百歳人生というのはイメージできないのである
そういう社会は何か今までの老人観とか通念では理解できないものである
だから新しい老人観を高齢化社会の見本を作りださねばならないとなる
ただそういうふうに社会でも老人でも自覚していない、パークゴルフでもしていればいいとかくらいである、でも会社退職してからでは何かそうした人生百年には備えられない
精神的にもやはり若い時から備えねばならないともなる
会社員としての人生があったとしてももう一つ60から40年の人生があるとしてそれに備えねばならないともなる
ただ人間が老人になるとわかる、それはいくら長生きでも死ぬということである
死を常に感じる、すると今生きているということが本当に貴重だとなる
なぜなら明日はもうここにいない、また明日はもう人とも永遠に別れて二度と合わないという意識になるからだ、常に死を意識するから若い時とは全然違った感覚になるのである


原発事故の責任者は誰だったのか? (様々な団体組織の利権を求めると全体を歪める―漁業権の問題)


原発事故の責任者は誰だったのか?

(様々な団体組織の利権を求めると全体を歪める―漁業権の問題)

人間はどうしても日々利益を求めて生活している、その利益の集合体が団体組織になる
集団組織になった時、それが全体から見ると全体を歪めるものとなる
権利と利権は違っている、権利とは権理だったのだから何かしら理由があって権利を得ていたのである

それで原発事故で漁業権のことを追及してきた
これは何かわかりやすいかったからである
でも事故前は近くの人は知っていても他の人は知らなかった
つまり漁業権は別に自治体でもそこに住んでいる人でも関係なかった
だから他の人が何も言えない権利だったのである
だから勝手に暴力団が魚をとったりしたら漁業組合では犯罪として警察に訴えることができた

でも何か事故後はなぜ漁業権を東電に売り渡すことができたの?
それが疑問になった、なぜならなぜ漁業権を持ちえたのか?
その理由は資源の保護とかのためであり東電に売り渡す権利ではなかったからだ
ただ魚をとる権利は漁業組合にだけあるとなっていたのである
それは何かそういうことはある、何か邪魔になることがあり一般の人は港などでは釣りをするなとなる
そういうことは理解できる

でもなぜ漁業権を東電に売り渡して手厚い補償を事故前も事故後も受けていたのか?
事故後なら事故を起こして海を汚したなら補償を受ける権利がある
でも事故前も手厚い補償を受けていて周りの人は原発御殿だとしてうらやましがっていたのである
だからトリチウムを流すなとか東電に要求すること自体が今になるとそんなことができるのか?
なぜなら事故前でも手厚い補償を受けていたのだから金をもらっていたのだからその責任がある
だから利権というときみんな金をもらえることはいいことだとして利権団体化する
団体となり交渉して利権を得ればいいとしかなくなる

だから今になると魚を放射性物質で海が汚されて魚がとれないなどと騒いでいるが
もうそういう権利を東電に売り渡したのだからそんな権利があるのかとなる
ただまた東電とそうして組合が交渉すれば補償金をもらえるからだとなってしまう
現実に船主などは津波であれ被害にあってもいち早く立派な家を建てた

魚がとれなくても補償金で暮らせる

こうなっていたからである、今でも別に魚がとれなくても生活には困らないのである
ただ漁師が原発事故で自分はなんのためにここにいるのだろうと問う人がいた
もともと魚をとることで価値があり認められていたのだからそうなった
東電から補償金だけで生活できるとなると東電の社員だとなってしまっていたのである

だからこれはどうしてこうなったのか?
つまり権利が利権となっていたかとにあった、組合を作りそこで団体組織化して利権化してとにかく東電であれ自分たちの利益を計るために交渉する
俺たちの海であり俺たちが権利があるとなっていたのである
他の者は何の権利もないとなっていた、そこに権理ではない、権利がなにかしらrightがあり正しさがあり権利となっていた
魚の資源を守るとかあって権利を得ていたのである

そもそも海は誰の者なのか?

これ自体が問われた、海は漁業組合のものではなかった、それはみんななのものだった
ただそれを具体的な権利となれば自治体のものだったとなる
自治体に許可されて漁師が魚をとる権利を与えられていたとなる
もし漁業権を誰の者かとなると自治体のものとなるから漁業権を売るときは市議会とか町議会でも村議会でも検討して決めなければならないはずだった
でも漁業組合が漁業権を得た結果として漁業組合の責任が問われたのである

だからかえって漁業組合でも自治体で検討して決めれば漁業組合だけの責任ではない
自治体全員の責任だとなっていた、ただ漁業組合とか船主だけに手厚い補償はない
でも漁業権でも東電に売ったとしてもそれは自治体全員の責任だとなる
それで責められることなくなっていたのである
だから権利を要求するのはまさに権利だとしてもその理由を守ることが必須だとなる
漁業権は資源保護のために与えられていて東電に売り渡して利益をえるためには与えられていない、そこが間違ったのだと思う
今になって重い責任が問われていたことに気づいたともなる
それは回りの人もそうだったのである、東電の原発自体が余りにも簡単に自治体の許可もなく建てられたのである、地権者と県の許可とかでも建てられたことがどうしてなのかとなる、そのことについて議論さえされていなかったのである
ただ地元では景気が良くなるととか金になるとかしかなかったのである

でもこのことを批判してわかったことは他の組織団体もみんなこうして権理ではない、リーズンがない、ただ利権を求める団体になっている
そもそも官僚とか政治家とか国の機関自体が利権団体になる
官僚自体が利権の総元締めであり権力をもっているから利権団体になる
警察でもここは暴力装置だから誰も逆らえない利権団体とも化する
一種の暴力団にも変貌する、パチンコ業界に警察の官僚が天下りしたら東電には検察官系とか自衛隊の海上保安庁とかでも天下りしていたのである

要するに社会をみればわかる、あらゆるものが利権団体になる
宗教団体も利権団体にすぎない、だから創価でも神道団体でも仏教団体も利権団体であり宗教を名目にした利権団体にすぎない、宗教自体が利権を求めない
それはその創始者を見ればわかる、なぜ家もなく乞食に似たものでありそこに何か権力があったのかとなる
それでヨ−ロッパではカトリックが利権団体化したから政教分離になった、権力と分離させることになったのである
とにかく社会で利益を得ようとすると利権団体化する、一人では誰も相手にしない
それが10人でも集まれば利権団体となり利益を得ることができる
それでNPOでも10人集めないと認可されないのである
それも実際は利権団体である、なぜなら団体として認められれば国家からも自治体からも金が出るからである、一人には何もでない、だからこそ民主主義など一人は何の力にもならない、利権団体民主主義になっているだけである
それで必ずそうした利権団体に忖度するのである
一票しかないとしたら政治家は相手にしないのである  

マスコミでもテレビ局でも六局だけが許可されて独占していた
新聞でもマスコミでも利権団体でありその独占的利権を守る
そのために政府でも批判しないとなる、なぜなら新聞社に政府が忖度して10割の消費税を8割にしたとかあるからだ、つまり報道するのも利権団体がする
NHKは最も巨大な利権団体である、それで芸能人でもNHKには逆らえない、ギャラがもらえなくなるとかになりNHKが報道する権利を独り占めして多額の報酬を得ていたとなる
それに反発してもそこが巨大なるが故に批判はできなかった
でもインタ−ネットとかyoutubeで盛んに批判されるようになった
それはインタ−ネットとかyoutubeはテレビ局のような巨大な装置など必要ないからである、別に一人でも簡単にできるからそうなったのである
メデアが権力だというときまさにそうだった、メデアはただ媒介する機械ではない
メデアをもつということは権力を持つことだったのである

ただその利権団体民主主義が社会全体を歪めることが問題なのである
そうして権利を得たとしても漁業組合のように今になって責任を問われる
もし自治体で協議してその権利があったとしたら責任は自治体全員になるから責任は問われなかったのである
だから金は責任なのである、ただ金をもらえばいいとなっている
でも金をもらうとそれが責任になる
その責任を自覚しない、金さえもらえればいいとしかない、だからこそ原発は積極的に誘致されたのである、誰もこの辺では反対しなかったからである

とにかく社会にはあらゆるものが利権団体化するともうそれに逆らうことは不可能になる例えば事故前に漁業組合とか船主にお前たちはなんでそんなに金をもらっているのだ
なぜなのだと問う人があったら怖いことになった
漁師など荒っぽい人がいるから暴力沙汰にもなる、だから何か羨ましがっていても何も言えなかったのである
それは他の団体組織でもそうである、利権化した団体に何か言うことはできない
それで放送でも差別言葉だとかが問題になる
盲人団体がありめくらというなとかつんぼというなとか団体から言われるから言えない

でも利権団体民主主義を是正することは不可能に近い
誰が何百万人も信者がいる組織団体に逆らえるのか、十人でも団体組織化するとそれに逆らうことはむずかしくなる
ただNPOなどは小さければそれほどのものにはならない、でも実際の社会の組織団体は規模が大きいからもう逆らえないのである
ただそこで問題になるのは権理であり理なのである、リーズンなのでなしる
法律はめんどうだけどこの理をリーズンを追及しているのである
そこに公正さを求めているから民主主義には法というものが密接に結びついているとなるただそれがわかりにくいから法律のことなど普通は考えないのである

でも原発事故以後には否応なくそうしたことをみんな一般の庶民でも考えざるををえなくなったのである
だから漁師でもなぜ魚もとらないで私はここにいるのだろうと問うときまさに私は何をすべき者だったのかを自問するようになった、哲学するようにもなったとなる
いづれにしろ社会はこの利権団体によって歪められる、コロナウィルスでも医師会という利権団体が検査しなかった、検査させなかったとかも言われる
医師会とか薬剤関係でも強力な利権団体であり逆らうことはできない
でもなぜそういう権利が与えられているのかと問う人はいないしただ利益になればいいとかしかならない、すると原発事故のようなことが起こる
誰も逆らうことができない、そのままにしているとそうしした組織団体が権力を己が物にしてしまいみんなの害になってくる

それは宗教団体でも同じである、そういう団体組織に対抗できないことが問題なのである
政治家が力をもっているようでも現実の行政を予算でも握って動かしているのは官僚だとしている、ある官僚は政治家より力が強い、人事権ももっている
それで政治家の言い分とかは通じないとしている
官僚自体最も強力な利権団体であり省庁でもそれぞれに利権化して争っているというのもそうである
利権団体組織しろ理にかなった権理を求めているならいい、実際はただ利権を利益を求めるだけだから問題なのである
盲人の権利を求めるのはいい、でも社会に生きるにしても一般人のあって生活している
すると全部盲人のためとか障害者のために社会があるのではない
だから自ずと制限が課せられてもしょうがないとなる、でも団体組織化すると何でも訴えることでき社会に要求できるとなる

ただそうした利権団体でも何か抑える方法がないのである、そしてそうした利権団体組織は責任もとらない、マスコミでもフェクニュースを流したからと責任もとらない
組織団体はまた責任をとらない仕組みだともなる
なぜならそれだけの人数がいたとしたら誰の責任になるのか?
赤信号をみんなで渡ればこわくないとかなるのが現実である
つまり法律を破っても別に数が多ければそれが正義だともなるからだ
実際このことが一番怖いことになっていたのだ
なぜなら赤信号とは法律のことであり渡るなということでありそれをみんなの力で違反してもいいとなるからだ、みんなの力こそが第一であり法律は関係ないともなるからだ
数の力こそ正義だとすべてなってしまうのである、現実はそうなっているのだ
民主主義はただ数の多寡でで決められればそうなっいるし現実はなっいるのだ
その理を問われることがないからだ

民主主義がすべて数で決まる時そうなってしまう、そうしてナチスが生まれ社会はどん底におちいる、でも結局戦争で三百万人死んだとか原発事故で故郷に住めなくなったとか必ず責任はとらされるのだ
だからこそいくら巨大な団体組織に逆らえないとしてそのままにしていると国民自体が全員戦争のように責任をとらされる
そういう自覚が国民一人一人にできていないのである
ただ利権を得ればいいとか金になればいいとかしか考えないで行動していると必ず責任はとらされる、それが原発事故で判明したことだったのである

posted by 老鶯 at 15:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2020年09月20日

虫の音(夜に相馬市まで行く)


虫の音(夜に相馬市まで行く)

山鳩の二羽来たりぬ実りかな

秋夕焼け六万石の城下町

秋柳田町通りの飲み屋かな

秋の灯や職人の家や城下町

虫の音の松にひびきて夜のふけぬ   


夜の道長きや虫の音聴ききにつつ我が帰り来ぬ相馬藩かな


今日は何か月かぶりで5時ころ相馬市に行った、何か暑いとかまた曇っているとか雨とかで行けなかった、やっと涼しくなったので夜に行った
月もでていないから情緒はなかった
でも夕方に秋夕焼けになり夜になり虫が鳴いている
街道の松並木の松は見えないが虫はその松に鳴いている
松は見えず沈黙しているが虫の音を聴いているのである

相馬市だと原町の倍の距離があるから長い、夜の道を虫の音を聴きつつ帰って来た
これが車だと虫の音も聞こえない、全く無視される
ただゴーンと飛ばして去ってゆくだけである
つまり車は自然にやさしくないしまた自然に溶け込まないのである
人間は自然と一体化するとき人間もまた自然の中で映える
たいがい鳥でも何でも自然の中に溶け込み映えているからだ
人間だけ自然と調和しないのである
相馬藩というとき一つの歴史的地理的国だとなる、その中を行き虫の音を聴くとなる
一匹一匹の虫の音を聴く、それはまた人間でもある
狭い範囲だったら虫の音も聞けるとなるからだ

山鳩が二羽くる、そこに今実りの穂がたれる、その時平和がある
鳩は平和の象徴だからである、だから原発の避難区域では田んぼが荒地になって実りがない、それが荒寥としたものを感じる

いづれにしろ相馬市は六万石の城下町である、だから何か目立ったものもない、城さえないが違っている
原町とは感覚的に全く違っているのである、ただそういうことは外から感じないと思う
どこが違うのかとなるからだ、何かそういうことがある
そこに住んでいないとそうしした相違がわからない  
田町通りの柳は大きいからいい、すると何か老人が飲み屋に集まり話しているとかイメージする、でもあそこは新しくなったから路地裏の飲み屋ととは違う雰囲気である
ただ秋柳というとそういうイメージになる

何気ないところにいいものを発見する、見慣れた風景が実は他にないものを感じる
それで真野川の落合橋のことを写真にしたりしてそこで語る人がいたことを昨日はプログに書いた
でもここに住んでいてあそこに何か特別なものがある、何か詩的なものでも美的なものでも感じるものがあるとは見ないだろう 

ただどこにでもある橋としか見ないだろう
とういのは自分自身が最近までこの橋に注目していなかったからだ
すでに老人になりその橋はいつも見ていて通っていたのにそうなのである
ただあそこで鮎が上ってきて見るようになったりしてあの橋は何かいい橋だなと見るようになったのである
だから人げは近くでも何か感じない、ありふれたものでありそんなものが特別だと見ないのである 
それで常に遠くに憧れて遠くに行く、でも近くは見逃しているのである
それは自分自身もそうだったからである

2020年09月19日

真野川の落合橋であった釣り好きで料理人だった人 (釣りする人が本当に多い)


真野川の落合橋であった釣り好きで料理人だった人

(釣りする人が本当に多い)

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真野川-落合橋

真野川の落合橋で何をしているのか川をみている人がいた、鮎の群れを見ていた
その人は相馬市から来た人であり新しい住宅に住んでいる
この辺では前は磯部の人とか知っていた、津波の被害者であり家なくなったのでこっちに建てた、とにかくだから知らない人が増えたのである

その人は近くの前ら住んでいる人を釣り仲間である、その人もかと知って驚いた
本当に釣りする人は多い、そんなにいるのかというくらいである
この前はシシドスーパーの復興団地に住んでいる人も何もすることがないので釣りをしている、遠くまで車で行っている、それで大きな平目カレーをもらったことがあった
これは大きいものだった、こんな大きなものが釣れるのか、これを引き上げるのは大変だと見た

私自身は釣りをしない、でも釣りをしている人は何か自然の中にひたっている感じになり時々サイクリングして話かける、釣りのことで話すると自然のことを知ることになる
私の父親は年取ってから仕事もせずに魚釣りしていた、鮎もとっていたし鰻もとっていたその頃の鮎は大きくうまかった、オカズになっていたのだ
戦後の何もない時代だからオカズになっていたのだ
鰻はミミズを棒に入れて田んぼの畦でとっていた、でもあまりついていって釣りに子供のころ興味がなかった、でも今ふりかえるとそうして鰻を釣るということは不思議である
今は鰻はとれないし鮎も見ないのである

ただ今回落合橋の下の流れに鮎の群れが大量に見えたし跳ねるから気持ちがいい
鮎がいると石の苔を食うから石がきれいになると言っていた
この鮎はここに産卵に来たとか言っていた、ここの流れはきれいである
去年の台風で流れが変わりそれで水がきれいになったともみる、鯉もここにいた
ただ新田川で鮎の稚魚を放したとかも言っていた、そうした鮎が今年はこんなに上ってきたのか?その理由がわからない、その人は川を観察して鮎は何匹かみかけていたという
ただこんなに多くの鮎が今年だけでありそれは一か月前くらいからなのだ
だからなぜこんなに鮎が上ってきたのか理由がわからない
放射性物質の汚染で川の魚は食べるなと言われていたしそれから専門の人が常時ここの水質とか生物とかを検査していた、だか最近は見ないのはどうなったのか?
10年もすぎればやはりもうそんなに気にしなくてもいいのかもしれない
ただ川の放射性物質の汚染がどうなったのかわからない

本当に釣りは奥深い、それは自然が奥深いからである、海とかを知るには魚釣りがいい
何でも魚を釣れないことも釣りだとしているのもわかる
何か釣りすることは自然に溶け込むことだからである
だから海で釣りする人と時々話したりする
一瞬魚が海ではねたのを見た時感動した、トビウオがはねたのは与那国島に行った時見たあの跳ね方は醍醐味がある、まさに飛ぶ魚である、でもここの海で魚をはねたのを見たのははじめてである、めったに魚がはねるのは見れない

人間は意外と田舎に住んでいても自然のことがわからない、第一田畑でも実際にそこにかかわらないとわからない、私が畑で野菜作りする女性を援助したのはもともと農業を知りたいということがあった、それで実際に聞いてそういうものかと知った
私が自然とかかわるというとき実際の農業とか漁業とか林業を労働でかかわっていない
それをしないのは疲れるからである、まず頭脳労働になると家事でもそうだけど他のことができなくなる、それで疲れて考えることすらできなくなるからだ
人間は何でもできるわけではない、こうして文章を書くだけ疲れると他のことができなくなる

ともかくいろいろな人の話を直接聞くことは知識を広げることである
ただみんながそういうふうに話をできない、小高の人のことを書いたがあの人は話しがうまかったのである、今日あった人も話ができる人である
とにかく魚屋でありプロの料理人だから魚の料理の仕方も知っている
その他の釣りしている人とは違う、料理人から直接話を聞いたことははじめてである
料理は自分てしてみると何か用意するだけで疲れる、それだけ何か様々なものを使うから化学の実験みたいになり何か疲れるのである、そのあとかだつげでも手間なのである

釣り道具屋がかならずありそれが商売になるのはそれだけ釣りを趣味にする人が本当に多い、海がある場所では特にそうなる
なんでも沖に船をだして釣りするのはいやだとその人は言った
なぜかというとここで釣れと決められるからだという、自由がなくなるからだという
つまり釣りする場所も自分で発見してゆくことがありそれが面白いとなる
そこで穴場を発見するということもある

いづれにしろ釣りは自然が相手だからただ釣りするだけではない、釣りしない時間でも釣りなのである、何も釣れなくても釣り自体が自然に溶け込むことなのである
私が釣りをしないのはそれが手間だし時間がかかるからである
私は自転車で移動するのが好きだからじっとしていられないのである
人間は何でもできない、写真でも最近いい写真を撮ろうとしてレンズも買った
でもこれもまたレンズが高いとかこったらきりがなくなると思った
人間そんなにいろいろなことはできない、ただ釣りは自然を知るにはいいのである
畑はめんどうてありかなりの労働になる、釣りは自然を楽しむという感覚になる
それほどの労働とは見えないからである

釣りをして哲学者になった人もいるということはそれだけ釣りは自然とコミットするものだからそうなった、結局暇な老人が増えた時、釣りする人はもともと多かったからさらに多くなったとみる、あの人もしているのかあの人も釣りしているのかと驚きである
パチンコしているよりはいいとなる
私自身は釣りはしないが釣りのことを魚のことをもっと知りたいとなると釣りのことを知ることはそうしした知識を深めることになる

鮎のことで忘れられないのは新潟県の小出で魚野川が前を流れていて大きな鮎が群れて泳いでいた、そこの食堂に入ったら大きな鮎の塩焼きを食べた、それも高くはなかった
その味がよかった、あとは鮎は子供の時に父親がとってきたのを食べたのを覚えている
でもその後は鮎は食べたこともない、それで久慈川に行った人に鮎を買ってきてもらったがうまくなかった、どうも養殖の鮎だったらしい
今はこの養殖の鮎が意外と多いのである、養殖だと大きくなるからだろう
でも鮎は養殖だと味がない、何か熊野で上流で鮎をやいたのを売っていた
それを食べたが本来の鮎の味はなかった、それも養殖だったからだ
なぜなら観光客だと相当な数を出すからそんなに天然の鮎だったら数がとれないから養殖なのである

次々に鮎の跳ねたり落合橋話のはずむ釣りのことかな

落合橋は落ち合うというようにあそこで話するのに向いている、前あそこで話したことがあった、その下の橋になると大きくなり水がきれいに流れていないのである
あそこは話しするのに向いていいなのである
あと土手の道の木陰の道も散歩する人がいて話しするのに向いている
自然の中で話しすると何か話しがはずむのである
その人はプロの料理人だからその方面の話を聞けば料理についても理解が深まる
あの人も結局暇な老人である、こうして暇な老人が増えたのである
そういう人が何しているかというと釣りしている人が本当に多いのである
また勤め人でも釣りを趣味にする人は本当に多いのである



時代が変わる時大失業になる (明治ー戦後ーそしてコロナウィルス)


時代が変わる時大失業になる

(明治ー戦後ーそしてコロナウィルス)   

時代が変わる時、大失業時代になる、明治には侍がなくなり失業した
するとその人たちを受け入れる職業が必要になる
侍は知識人でもあるから学校の教師になったとかある
また侍は武道にたけているから警官になる者も多かった
一番多かったのは北海道開拓に入ったことである
なぜなら伊達藩では亘理の侍は今の北海道の伊達町に集団で移住したからである
その時代に北海道はフロンティアになっていたのである
この変化も大きく北海道は日本のフロンティアとその後もなっていたがそれも過酷であり失敗した人も多いのである

ただなぜそうなったのか?その時代はもともと農業中心の社会であり農業が主産業だからそうなった、だから農業の問題は土地があることであり土地がないとできないので広大な土地を必要としたから北海道に移住したのである
それは満州でも同じだった、戦前も農業中心の社会だから土地を求めて移住した
満州は寒い土地でもそこで米作りまでしたのである
今はどこまでもトウモロコシ畑であり米作りには適していない土地である

そして戦前の主産業は絹織物であり養蚕でありそれも農業だったのである
だから桑畑はどこにでもあった、私の家の裏も桑畑だった
それで今の伊達市辺りで蒸気機関車ができると煙で桑がだめになるからと中止する運動も起きている
とにかく今でもいたるところに兜屋根の養蚕した家が残っている
どれだけ養蚕をしていたかである、それはなぜかというとアメリカに絹織物を輸出していたからである、私の母親は原町紡績で十年糸取りして働いていたという時もそうである
それは工業でもあったからそうなった、そこで生産されたものは横浜まで運ばれてアメリカに輸出されたのである、そして驚くべきは原町紡績の工場まで引き込み線が引かれていたのである、それは運ぶのは鉄道になっていたからである
車がない時代は輸送は鉄道がになっていた、それで原町は機関区になっていたのである

戦後になり焼け野原になりこの時も6,249,908人も引揚者が本土に帰ってきた
その人たちに職業はない、その人たちを受け入れたのは開拓だったのである
だから本当に戦後の引揚者が開いた部落がどこにでもある
この辺でも例えば浪江町の津島とかでもそうである、飯館村でも木戸木という不便な所でもそうである、それは戦後の引揚者が作った部落である
それでかえって山村でも人口が増えていたのである
ただこれも過酷であり半分は撤退した、これは大きな戦後の歴史だった

つまり時代が変わる時大失業時代が来る、産業の大きな変化がくる
それが明治に起こり戦後に起きた、戦後は電器産業に変わりそこで失業者を吸収した
そして高度成長時代になった、そしてまた70年とすぎてコロナウィルスとかで大失業時代になる、では今度はその失業者をどこで受け入れるのか?
耕作放棄地とか膨大である、でも農業時代ならその荒地でもまた回復しようとするが工業時代になるとそれもない、すると何が失業者を受け入れるのか?
それが深刻な問題になる、なぜならドイツでナチスが起きたのは大量の失業者が生まれたからである、職がないということは食べることもできないとなる
そこで兵士にして職をもたせて戦争するとまでなった、失業の怖さは戦争までなるということである

日本では電器産業でも衰退したという時どこで失業者を受け入れるのか?

それが大問題になる、銀行でも金融関係でも失業者が生まれる、それはIT化とか機械化でも生まれて来る、人がいらないという時代になり失業者が生まれる
おそらくもう新たな産業が生まれることはむずかしくなっているかもしれない
そうなると人口を削減するともなる、人口もやはり時代によって調整される
日本でも人口が減るということはそれだけの人口を養うものがないからともなる
もし新しい産業が生まれるとしたら戦後のように電器産業とかで吸収されるがそれも見つからないとすると人口を減らすほかないとなる
日本は人口の適正規模をすでに越えていて人口調整が必要になり人口が減っているともなる
ただ人口の不思議はなぜ戦後に食べ物すらないのに団塊の世代とかが子供を産んだのかとなる、もう今より最悪の条件である、食べるものもないのに良く子供を産んだとなるからである、今なら食べ物がないというまではならないだろう
だから人口というのは何か調整機能があり増えたり減らされたりする
それは地球規模で見ても今や人口は地球で養えない状態になっている
だから人口を減らすことがコロナウィルスで働いているのかともみる
となるとそれは自然の作用とかともみる、地球がもう限界にきて人間を減らしているともなる

いづれにしろ大失業時代になると相当な危険な状態になる、治安も悪化する
マルクスが生きた時代も失業者が多かった、それで資本主義の問題は失業が生まれることだとしてその理論を構築した、つまり失業がそれだけ危険なのは職を失ったら食べることすらできなくなるからだ、それで戦争でもしてくれとなる
兵士になれば食べられるとかなるからだ、戦争の原因はそうしたし経済的危機に起きる
日本でも戦争の原因はアメリカによに経済封鎖にもあったというのもそうである
経済的に追い詰められて戦争に追い込まれたともなる

ともかく大きな時代の変化の時である、その時起きるのが大量失業である
それに対応できないと戦争にもなる、その前に治安悪化する
その兆候は現れている、もう老人でも年金がもらえないとか非正規の数も一千万単位とで膨大でありその人たちが困窮すると日本は危険な状態になる、そうなりつつもありコロナウィルスで拍車をかけた
観光業とか飲食業が大打撃になった、観光は地方の産業にもなっていたからである
だから大量の失業者を吸収するものが何なのか?それを模索することになる
ただもうそれもないとしたら人口削減しかない、それで調整するために人口が減っているのかとなる
団塊の世代とか死ぬと人口は相当に減る、そして日本の人口適正規模は8000万くらいだろうとしている、大正時代には6000万くらいであり東京の人口は百万とかであり新潟より人口が少なかった、地方の人口が多かったのである
東京から人口が地方へ移動するというのも時代になる
ただ時代の変わり目には何が起きるかわからない、そこに混乱と犠牲が生まれる
その産みの苦しみを経て新しい時代が来るとなる、その変わり目が今なのである


posted by 老鶯 at 09:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年09月18日

松と倉のカフェー金沢の一番星の秋



松と倉のカフェー金沢の一番星の秋




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奥に蔵が見える

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揚羽が飛んでいる

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揚羽来て我が休めるや松と倉

松に倉季節変わりてうろこ雲


秋の蝉ここに鳴きにき我が命残れる時を惜しみて聞きぬ  


何か観光課の人が一番星の庭を撮影していた、観光課だから宣伝するためなのだろう
あそこは野馬追いにも出ているとすると古い農家である
だからあれだけの広い庭がある

あそこは入り口に松がありそれがいいのである
そして蔵がある、それで松倉となる、そういう苗字もある
一番星というのは似合わない、ここの特徴を現していないからである
命名にもセンスが必要だとなる
何かこれからの時代、センスが必要になる、観光だってそうである
何かを発見するセンスが必要である、花屋のことでもセンスが必要だと書いた

これからの時代は何か芸術的センスとかが必要になる、つまり確かに食べる料理も大事であり基本である、でも何かハードの時代からソフトの時代に移行している
建物でも頑丈に作るハードの技術が基礎になる
でも豊かな時代になると装飾にこるとか家具を選ぶとかなる

だから喫茶店とかでも景色のいい場所にあるといいのだ
ここは景色がいいというわけではないが広い庭と松があるから目印となる
ただ原町には海が見える場所に喫茶店があればいいなと思っていたが何か津波の危険があり建てられないとか言っていた
でも海が見える場所にあってもいいとなる

前はカレーでも1000円近くしていたが500円では安い、丼物も500円である
あういう所は普通は高くなる、場所代で高くなる
安くしたのはなぜか?やはり人が入らないからかもしれない
テイクアウトもしている、ただ三種類くらいしかない
あそこは近いから気軽によれる、息抜きにはいいとなる
相馬市はずっと行っていない、暑くて行けない、今日もむし暑かった
まだ残暑である
でも空にはうろこ雲が出たから秋でもある

写真でわかったことはとにかくいろんな角度から多角的にとってみることである
松と蔵が偶然に一緒に映っていた、まさに松倉だとなる



      


南相馬市の感染者が比較的多いのはなぜだろう (ウィルスは交通と人口に密接に関係)

   南相馬市の感染者が比較的多いのはなぜだろう 
  
  (ウィルスは交通と人口に密接に関係)

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南相馬市はいわき市より多い

 県は17日、新型コロナウイルスに感染して県内の感染症指定医療機関に入院していた70代男性2人が死亡したと発表した




南相馬市 60代 男性

南相馬市 50代 女性

浪江町 50代 男性

浪江町  60代 女性

南相馬市 30代 男性

南相馬市 60代 女性
   
南相馬市 10代 女性

南相馬市 40代 女性

南相馬市 30代 男性
  
浪江町 40代 男性

相馬市 60代 男性

南相馬市 20代 男性

南相馬市 60代 男性

南相馬市 80代 女性

南相馬市 60代 女性

相双   50代 男性

南相馬市 30代 女性

南相馬市 70代 女性

南相馬市 50代   男性 

浪江町とあるのはやはり移り住んだ人だろう
 

      
なぜ南相馬市とかで人口に比例して感染者が多いのか?
郡山市とか福島市は人口が多いのだからそれに比例して多くなる
南相馬市は人口が少ないのに多いとなるから注目する
相馬市は5名で少ない、相双とは相馬と双葉地域でありでも双葉地域には浪江町でも双葉町でも大熊町でも富岡町でも人がまだわずかしか住んでいない、一割も住んでいない
だからそこでの感染者数とは復興住宅に移り住んでいるから他の市町村に移って感染したとも考えられる、その場所に住んでいないからである
すると南相馬市でももともとそこに住んでいる人ではなく原発事故で避難した人が移って南相馬市でも増えたとなる

それを証明したのが南相馬市の自分の住んでいるすぐ近くで感染者がでた
それは東京のライブハウスに行った人からうつった
その家族の家は窓が壊されたとかして住めなくなり他に移ったという
何か他にも家があったらしいとか裕福な家だったからうつったと言っていた
南相馬市で多いのこうして外から移り住んで人が多いためだとなる

何かウィルスの感染は人口密度とか交流密度とかと比例している
郡山市は人口が多いし東京との交流も多い、交通の要である、そこから会津若松へと鉄道がでている、だから会津でも最近増えてきた
郡山市が一番多くまた福島市が多いのはわかる、でも南相馬市がそれについで多いのはなぜだろうとなる
その原因は原発事故で避難した人たち復興住宅に住んだ人たちが多いからなのだろうか
でも考えてみると南相馬市に移り住んだ人たちでも浪江町の人だった浪江町となり南相馬市民にはならないのである、ただ移り住んで南相馬市民となった人もいるだろう
その辺がこの辺ではわかりにくい、ただ南相馬市が多いのはそういう事情があるかもしれない、ただ浪江町とか富岡町とか感染した人の出身地を出している
でもその人たちも移り住んだ場所で感染したともとれる

いづれにしろ南相馬市は意外と多いとみたのでなぜだろうと疑問をもった
一部は東京から来た人たちによってうつされたとも報告されている
南相馬市ではまだ外部から工事関係者が来ているからだ、ただそれもかなり減っているからどういう経路で感染したかわかりにくい
年齢で50代以上が多い、東京では40代以下が多い、若い人は外に出る範囲が広い
それで新宿の歓楽街で広がったのである
地方では若い人より50代以上が多いだろう
それは年齢的に50代以上が多いからだから人口比率なのかもしれない。
男性と女性の比率でもたいして変わりない、ただ50代以上が多いことは確かである

いづれにしろウィルスの感染者は数学的にみれる、人口比率とか交流度合いとか交通の関係で見れる、江戸時代に会津若松からコレラが広がったことでもわかる
それは新潟からでも北前船が来て阿賀野川で交通があり白河からも街道があり会津が交通の要であり人口も多かったからである
その時郡山市は人口が少なかったのである、大正時代に人口が増えた   


会津の人口 

1899年 明治32年 30,488 

郡山市の人口推移

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郡山市はもともと藩がない、三春藩があり白河藩があり二本松藩があり城があるが郡山にはない、新興の都市だった、戦後になって急速に人口が増えた都市である
それは地の利にもよっていたのである
東京にも近いことからも発展した、新幹線で一時間くらいで行くとしたらここから仙台市に行くより近いとなるからだ
ただ普通列車で行くと郡山市から磐越西線で途中スイッチバックの中山駅があった
だからそこで会津まで遠いという感覚が生れていたのである
何かそれが思い出となる、でもそのスイッチバッグもなくなったのである

いづれにしろウィルスはもともと人口密度と交通とか密接に関係していた
江戸時代にコレラが会津若松が多くなり広がったのはそのためである
会津若松の城下町が交通の要となっていたからである
それが郡山市が次に交通の要となり人口が増えたから感染者が多くなったのである
だからウィルスの感染は予測できる、仙台市から最初秋田の方に移動した人がうつしたということでもわかる、仙台市は増えると思っていたがやはり増えた
それは人口密度とか交通の関係から予測できたのである

ウィルスの感染を防ぐには人の交流をとめるほかないのである
それが現代ではとめられない、江戸時代でもやはり止められなかった
江戸時代なら人の交流度合いは今と比べれば格段に低いのに止められなかった
関所もあったしそれでも止められなかった
となると現代はもう人との交流は止められない、不可能だともなる
だからこそGO TO キャンペーンになったのである
観光業でも生活できないとなれば死ぬとまでなる深刻になる
現代は意外と交通がこれだけ盛んになればもう止めることはできない
交通が発達して人が行き来する交流することはいいことだと思っていた
でもそのこともコロナウィルスで見直されたのである
それは時代の変化もうながすものだったということになる 

福島県コロナの感染者が会津にでない不思議 (スペイン風邪を分析して地理を見る)

    

posted by 老鶯 at 10:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年09月17日

無駄が多すぎる社会−税金の無駄使い) (でも無駄は税金となって国民の負担になる-無駄な行政)


無駄が多すぎる社会−税金の無駄使い)

(でも無駄は税金となって国民の負担になる-無駄な行政)

何かこの世の中無駄が多い、金が有効に使われない、医療費がこれほど莫大なものになって国がつぶれるとまで言われるのもそうである
福祉関係でも無駄が多い、そして肝心なことに使われない
何か行政でもそうである、加治将一氏のyoutubeでハンコなどいらないとしているがその担当大臣のIT大臣がハンコ議連の主導者であり利権を推進する者となっているというのも矛盾である
除染にしても何兆円もかけて効果あるのか?郡山市では300億円無駄にしたとかある 

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何か今や高価もないことに予算が無駄に使われる、五輪などまだしようとしている
そんなもの国民は望んでいない、望んているのはマスコミとゼネコンなの利権にかかわる人たちだけである、電通などもそうである
万博などでもそうである、高度成長時代になるとき日本が戦争から復興したということで意味があった、日本はこのように復興しましたと世界に示すイベントで意味があった
今なんのためにそんなことする必要があるのか?
ただ観光で外国人を呼ぶためだともなっていた、それもコロナウィルスで停止されたのはこれは神の意志、天の意志だともなる

何か天意とか神意があり災いが起きて来るともなる、原発だってこのまま安全神話で日本に増えたらいつか事故になりもう日本に住めなくなっていたかもしれないからだ
日本は大陸と違って狭い国だからである
だから日本経済というのは高度成長時代が終わり不景気になったけどそもそもあらゆるものが過剰になったためだともなる、それが膨大な無駄になる
それは豊かになると中国でも膨大な食べ物を捨てているから中国政府ですら無駄するなとなった、中国だった昔は餓えて土を食ったとか小説にあった、餓えたら人間の肉も食う
そういう過酷な環境なのが中国だった、それで食べ残して食糧を捨てるというのはありえないことだったのである

こうして無駄が増えたのはやはり豊かになったからである、豊かにならなければ無駄をしようがないのである、江戸時代の生活を見たら紙一枚でも蝋燭の残り粕でも糞尿でも何でも一切無駄はせずに利用した、そうしなければ生きていけなかったからである
もったいないとなり捨てることはありえないのである
ただ逆に日本が貧困になるともう10円20円を節約している人もいる
昔に戻った生活にもなる、やっと食べて命をつないでいる人もいる
一方でまだまだいくら貧乏でも無駄がある社会になった

医療費の無駄というとき高価な機械を買うとその元をとるために実際は何の効果もない
見てもわからないのに認知症になったからと脳を写真をとる
でも脳の精密な写真を取れるのは福島県に二台くらいしかない、そもそも見ることもできない機械でみる、3万だとしても保険がきくから十倍にもなる
それが保険料の負担となり医療の負担にもなる
何か福祉関係だと医者ではどうけ国で出すのだからと人間ドッグに入れとかなる

でも無料ではなかったのである、そんなのを見ても何も役にたたないという医者もいる
ただ高価な機械だからそれを使わないと金にならないと困るからそうなる
福祉関係では生活保護とかの関係では強制的に病院でそうさせられるということもある
また普通の人でもいらない薬を飲まされることもありかえってそれで体の調子が悪くなったという人もいる、高血圧の薬などがそうらしい
薬関係でも会社でなんとか売らなければ利益にならない、するといらない薬でも売るとなる、それは医者や病院を通じて売るからそこにリベードが入るとなる
30万とか50万かかるとしたらその分を別なものに回す、貧しい人はまともな栄養をとれないことに問題がありそのためにその金を使った方がいいとなる

なんか現代は無駄が多いのである、その無駄も金は税金として国民が負担させられているのである、だからもっとこの無駄に国民が監視して減らすようにしなければならない
でもハンコ一つとっても無駄を減らせないのである、そこに利権があり議員でもそうしした利権団体の応援がないと票を得られないので忖度するとなる
でも国民はそうして税負担となり自分自身にその無駄が決して無となるのではない、有となり税となり支払わされるのである
無駄はただの無駄ではない、その無駄のために税金で負担させられているのである
その自覚をすべきであり税負担を減らすためには予算とかの無駄を減らすべきなのである

いづれにしろ日本は貧困化するとき無駄はもうできない、医療費ももう無駄はできない
それはコロナウィルスで4兆円が病院で収入が減ったというときその分は実際は無駄だったことが判明したからである、別に病院に行かなくても良かったのに行っていたともなる結局補償しすぎるとそれが無駄になる
南相馬市では小高と原町では十年間も医療費が無料だった、鹿島区は半年打ち切られた
それで軽いものでも病院に行く人が多かったという、病院が老人のサロンのようになっていたということは言われてきた
そういうことで膨大な医療費がかかり国がつぶれるとまでなっていたのである
ただ正直人間は病気に一番弱い、ひどい便秘になり困り2500円もする薬を買った
まさに自分自身が病気になるとそうなるからなかなか病気に関ししては言えないとはなるどうしても効くいい薬が欲しいとなるからだ

ともかくこれからは行政でも医療でもあらゆる部門で無駄は日本がではできなくなる
貧困化してそんな金がないからである、金の無駄はできないのである
おそらくコロナウィルスとかで余計に無駄はできない社会になる
まず観光とかができなくなり交通関係は大損失になった
これから人はあまり移動しない時代になる、あまりにも移動が激しい時代だった
それももう限界だったのである、だからリニアなどももう時代に合わないから停止すべきなのである
なぜそんなに早く行かなければならないのかわからない、それは社会で必要もなくなった時ただ膨大な無駄なものとして捨てられるかもしれない
戦艦大和も飛行機の時代になりその巨体を一発も大砲を打つこともなく海の藻屑となったようにもなる

もう早く早くとか遠くへ遠くへの時代は終わった、コロナウィルスでそれが現実化した
そんなことにエネルギーを費やす時代は終わった
若い人たちでミニマリストとかなるのもわかる、若い人は時代の最先端をゆく、時代に敏感だからである
何か金も実際は相当に余っている、その余った金が行き場がなくなり株式市場に流れている、銀行では投資先がなく金がだぶついている
金余りなのである、それで景気など良くなっていないのに金が増えている、その金も実は実態のないものである、景気が良くなって金が増えたのではない
むしろ日銀でも金をばらまいていて金の量が増えているのでありそれで株が下がらないだけなのである
金は紙幣はしょせん紙切れでありだから今金の値段が上がっていることが理解できるのである、金の行き先が株式と金と現物に向かう、投資先がないので資本主義も終わりだとしている

いづれにしろこれからは禅宗のような禅僧のような生活になるかもしれない、デスタンスをとれとか近づいて話すなとかそれは座禅を組んで瞑想している禅僧と似ているからだ
宗教でもカルト教団のように集団化して示威行動して世間を威圧する
それは利権を要求する団体にすぎない、それで韓国で集会を開いたキリスト教のカルト団体がコロナウィルスを広めてその指導者が謝るはめなになったことでもわかる
キリストは二三人集まるところに私がいると言った
そうなると十人でも多い、それが百人になり千人になり対には十万人にも集まるとなる
そこに神も仏もいない、ただ利権団体と化して示威行動して圧力かける団体にすぎない
そこに一切の宗教的なものはないのである
だって釈迦だって洞窟で悟りを開いたからである

ともかく時代が変わる時、価値観も変わる、無駄はできないというのもそうである
何か増やすより減らす思想になる、それが老子の思想でもある
だから中国には老荘思想があり禅宗も中国で生まれて日本に入ってきた
それは東洋思想の流れをくむものであった
無用の用とかいう思想はヨ−ロッパからは生まれえないものだった
仏教の空の思想もそうである、とにかく文明になると無駄なものが増えると言っていたのも老子である
無駄なものは無駄で終らない、無駄なことに労働力でも費やされるのである
だから労働がすべていいものではない、莫大な無駄なことがありその無駄のために貴重な時間と労力が費やされているからである


加治将一
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名前だけで何の働きをするのかわからない大臣を批判する

時事問題の解説としては優れている、こいうふうに解説できない
だからマスコミを見ているより思考脳が鍛えられる
要するにマスコミがオピニオンリーダーとかなり愚かな無思考人間を洗脳して操作していたのである
それがなかなか気づかなかったがカウンターメデアがyoutubeになりそうかと気づいた人がかなりいる
youtubeはやはりテレビだからわかりやすいことが武器になる
ただもっと深いことを理解するには本を読むとか文章になる
でも要点がわかるからいいとなる

とにかくオピニオンリーダーは必要である、それがマスコミになっていたことがメデアの大きな問題だったのである
だから個々人でメデアをもつ意義が大きいと思った
なぜならこうしたプログでも自分の意見が言える場となっているからである
すると何か発言することで発言力というかプロのジャーナリトとして活動しているという意識をもつようにもなる
だからこんな大きなメデアでもそれなりの発言の場が与えられることは民主主義の発展には力となるものだと思った
posted by 老鶯 at 23:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

abstract way(venice waterway)

abstract way(venice waterway)



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Venice waterway

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north way

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2020年09月16日

貨幣の謎を解明するには狭い社会で考える (グロ−バル化経済の通貨は巨大な詐欺の経済)


貨幣の謎を解明するには狭い社会で考える

(グロ−バル化経済の通貨は巨大な詐欺の経済)

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貨幣が何なのか?これか本当にいろいろ考えてみてもわからない
今の社会がどういう仕組みなのかもわからない、それがわからないのはあまにも巨大なグロ−バルな世界経済だから知りえようがないのである
もうとても人間的なスケールからはるかに越えたものとしてある
株でも為替でもそれを知りうるものはない、だからプロの機関投資家ももうけていなというのでわかった、誰も知りえないものであり株式市場とは博打場なのである

カナダ国債が石油とれるからいいと買った

アメリカのリートがいいと買った

為替変動があるら今度は日本のJ-reitを買った

その時リーマンショックで上がった株を勝手に売った

それで地銀の営業マンを信じられなくなりJ-reitを一月に売った

そしたらコロナウィルスで半分くらいまでJ-reitが下がった

次にコロナウィルウィルスで一旦落ちた時、買うことを奨めてきた

本当にコロナウィルスで株が上がった


これだけの変化があり結局何がなんだかわからないとなってしまう
別に損しなかったけどもうついていけないとなる
株は機関投資家のプロでも儲けられないとしたら普通の人はもうけられいとみるのが普通である、つまりプロすらわからないのが株の世界なのである
まさに博打であり何か世界情勢とかなんとかいろいろ考えても勉強しても無駄だとなる
そんなことよりただイチカバチカ賭ける、何も考えることなく運まかせでもいいとなる
また銀行がすすめるものなどもその営業の人をあてにしても無駄である
それよりAIの方がもうける確率が高くなる
とても株では世界情勢とかいろいろ分析してもわからないからだ
要するに運だとなってしまうのである
これはなぜそうなるのかとういうと人間が未来を予測できないということからきている
その一番いい例がコロナウィルスだった、2020年は大きな変化が起きるとはみんな言っていた、でもコロナウィルスで世界がパニックになるとか予想した人は一人もいないのである
有名な大投資家も航空会社に莫大な金を投資して大損したのもそのためである

ともかく資本主義であれ共産主義であれ民主主義も崩壊したというのは本当である
何かそこには理想がありそれを目指して世界が動かされた
資本主義とはもともと修道院からはじまったキリスト教から起きたとウェバーは説いた
他人を助けるための経済である、東洋だと経世済民になる
共産主義でも世界を席巻したのはそこに理想があり平等社会が実現するということがあった、それらはことごとく失敗した
共産主義はどれだけの人間を虐殺したか?これも空恐ろしいとなる
権力争いとなり反対派を暴力で殺す、結局暴力主義だったのである
ヤクザの抗争とたいして変わらなかったのである、ただ理論だけは理想があってもマルキシズムでもそれはあくまでも理想であり結果は惨憺たるものだったのである
どっちにしろ格差社会となり富は極一部の人が一人占めする、資本主義でも他人の労働を食い物にするものとなった、それはキリスト教の精神と全く反する世界となってしまったのである

結局この世に理想社会は絶対に生まれない、その理由は人間の欲が消えないからである
共産主義にも資本主義に理想がありはじまったが結果的には強欲主義となり格差社会となった、一部のものが莫大な富を得て階級社会にもなった
自由主義とか民主主義がいいようでもそれももう機能していない
選挙にしても暴力で決めるよりはいいにしてももう一票投じたところで何も変わらないとなる、百万票の一しかの影響力がない、数によって決まるからシルバー民主主義とかカルト宗教団体民主主義とかなりみんな無力感をもち投票率は50パーセントとかいうときすでに民主主義も成り立たなくなっているのだ

第一民主主義が成り立つのはギリシャのポリスのような一万くらいの直接投票の場で成り立つものだったのである、それが百万とかの単位となるともう成り立たないのである
社会というのは狭い範囲で生活して見るとわかりやすいのである
だから貨幣のことを考える時狭い範囲で考える
地域通貨のようなものを考える
すると例えばベーシックインカムとかMMT理論とか狭い地域で考えるとわかりやすくなる

貨幣でも紙幣でも特に紙幣なら紙なのだからいくらでも作れる
地域に銀行があり日銀のようなものがあって紙幣を刷って分配したら裕福になるのかとなる
決してならないことは確かである、なぜならそれは狭い地域でしか通用しないからである何か買いたいものがあっても狭い地域でしか買えない、すると狭い地域では足りないものがあり外から買うにはその地域通貨を紙幣を広い世界で通用する紙幣と交換する必要がある、するとそのレートがいくらになるのか問題になる
それはその地域での価値なのである、その地域で何か売れるものがあればそのレートは高くなる、つまりその地域通貨は紙幣は高くなるのである
でもその地域で何か価値あるものが作れない、資源でもないとしたら技術もないとしたら高くならないのである

これはグロ−バル化経済でそうなっている、石油がとれるとか車が作れるとか技術があるとかでその国の価値がありその国の貨幣や紙幣が高くなるのである
資源もない、技術もない、あるのは労働力だけだとなるとその労働力を外国人労働者のように他国に売る他ないのである
そしてベーシックインカムとMMT理論だと金は紙幣はいくらでも作れるから配分すればいいとなる、でもそんなことが可能なのか?
それは狭い地域で考えるとわかる、紙幣ならいくらでも作れる
でも現物を何かを食料品でなんでも生産して作り売るとなると簡単にはできないのであるだから一地域にいくら紙幣を作りばらまいてもそれで豊かになれないのである
狭い地域げベーシックインカムも行ったらもう生活は成り立たなくなる
紙幣などいくらでも作れる、それで働かなくても紙幣で物でもなんでも買えばいいとなるからだ、もしその紙幣がその地域だけてはない、外部でも利用できるなら別である
そもそもが外部には通用しない紙幣だから価値がないのである
そし狭い地域だったらみんなが気づく

紙幣なんか紙にすぎない、こんなもの持っていても何のたしにもならない
蔵に米でも積んでいた方がいいとなる、物を貯えていた方がいいとなる
紙幣など銀行にあづけても価値がない

そういうふうになってしまう、狭い地域だと経済でも何でも見えるものとなりわかりやすくなるのである、経済の規模が国家規模なり世界規模になると見えなくなりわからなくなる、それで国家自体が政治家とか官僚が詐欺集団だということが言われるようになる
それがわからないのはあまりにも経済でも巨大化して見えないからである
その仕組みでも庶民になるともう理解することは不可能である
それは知識あるものでもそうである、だから機関投資家とかプロでも株ではもうけられないのである

そういう社会自体に問題がありだからグロ−バル経済というのは市場でも株式でも世界的カジノのようなものになっているのである
不正が見えない、そこで大儲けしているのが巨額の金を動かししている一部の人たちだとなるのである、そこで極端な格差社会になっているのはギャンブルで馬鹿勝ちしている人がいるということである
それが狭い地域なら見えるからそんなことは続けられなくなる
つまりこの博打はペテンだとなり誰も参加しなくなる、もうグロ−バル経済はそうなってゆくと思う、今一人勝ちしているドルだって信用しなくなる
なぜ一人勝ちしているのだとなり中国でも他でも反発するからである

これからの経済はブロック経済になる、そしてあらゆるも物の交換より狭い地域での人間を重んじる、人間関係を重んじる経済になる
それは江戸時代の封建制社会にあった、なぜ主従関係があり君主のために命までささでたのかということである、そこには長い年月で育成された人間関係があったからである
それは確かに俸禄もあったにしろ人間関係が優先された社会だったのである
人間関係の絆が強固に作られていた社会だったのである
なにか東北の震災以後に絆が言われたが実際の社会に絆がなくなったからこそ言われたのである
絆というとき物を得るための絆ではなく精神的絆なことでありそれが消失したから盛んに言われたのである

いづれにしろ資本主義であれ共産主義であれ民主主義であれ崩壊している
もうそこには人間のモラルもない、ただ強欲主義があるだけである
共産主義はただ権力を得るための闘争でありそれが暴力主義なのである
第一毛沢東は銃口から革命が生まれるというときもそである
暴力なくして革命はありえなかった、それで中国は欧米に暴力で軍事力で屈服されたからそれを根にもっていた、それで軍事力で負けない国を作ろとした
だから核兵器でももつしアメリカに軍事力でも対抗することを進めて来たとしている

ともかく資本主義とか民主主義とか共産主義の理想主義は崩壊しているのである
その次に来るのものは何かとなると地域的文化的ヒューマン社会だとなる
それは狭い地域で社会で成り立つ、それを基本とした社会である
そこに人間性の回復もありうるとなる
そもそもルネサンスもヨ−ロッパの都市共同体から生まれたものであり例え富がフィレンツに集中したとしてもそれが浪費されなかったのは狭い都市内での富の流通だったからだともなる

アメリカに富が集中してもそれが巨大なる故に実を結ばない、極一部の金持ちによって富が浪費されるだけとなってしまう、地域だったら等分に配分されることがありうるからだまず田舎でも突出した金持ちは住めない、そんなことしていたら住めなくなるからだ
必ず周りにもその富を配分しないと住めないからである
それはグロ−バル経済と違って近くで見えるからである
グロ−バル経済になればそんな人がどんな暮らしをしているかわからないからである
そこでそんな人が存在していてもわからないから見えないからありえる
それで太宰治の生家は田舎であり大地主でありどうっなったかというと煉瓦の高い塀を作って小作から襲われる
ことを恐れて作ったのである、相当に恐怖していたことがわかる

これからの時代はそうして共産主義とか資本主義とかグロ−バル的なものではない
狭い範囲でも足りる世界、ミニマム社会とか節制社会とかなり物欲を求める社会ではない心を大事にする、心とはココのことなのである、その住んでいる場所から発想するアイディンティティを求める社会である
もろちん昔の村ではない、やはり広域的なものになるがその範囲は狭くなる
大きくなってもせいぜい道州制のようなものになる
そうなると社会を見えるものになりその問題でもわかりやすくなり不正はできない
だれか世界市場でギャンブルで馬鹿勝ちするようなことはなくなるのである
そて封建社会のように人間関係こそ人間の絆こそ物より金より大事にされる社会である
Human scale economyとかなる 、economyの起源が家政だったとから原点に戻るともなる  

無縁化社会の生まれた原因の歴史的考察 (金の切れ目が縁の切れ目)





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虫の声、夏菊、コスモス、実り(ようやく秋となる)


虫の声、夏菊、コスモス、実り(ようやく秋となる)

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陽の昇り朝や実りに露光る
                                             
障害者ここに住むかな虫の鳴く

秋の蝉近くの墓地にひびくかな  

墓地ありて先祖見守る実りかな
 

行き来する落合橋や夏菊にコスモス咲きて季節移りぬ                                                  

のうぜんのあまた咲きしも遂に散り一輪残り秋となりしも

近くにそ鳴きにし虫の数匹やその声の今日も我にひびきぬ   

夜通しに虫一匹の鳴くその声を我は聞きつつ眠りけるかな

夜の更けて一匹鳴きぬ虫の声心にひびき残りけるかな   


虫の声が真夜中まで夜通し一匹鳴くのを聞いていた、何かそれは一人の人間の嘆きとか苦しみとか訴えを聞いているともなる
つまり多数ではない、一人の人間としてその虫の声を聴く、それが人間的だとなる
そもそも人間は多数になるともうその声はただ騒音になってゆく
威圧的なものとなり虫の声というものではない、だからカルト教団などは一人一人の声を聴くなどない、ただ一票になる数を集めることだけである
ただ一匹とか数匹とかだとなんとか虫の声でも聴けるとなる
集団になるともう聞けない、疲れるとなる

障害者が住んでいる住宅がある、ここに障害者が住んでいるということを知る
それだけでも何かいいのかもしれない、みんな実際はそういう人を知らない、無関心だともなるからだ
今年の夏は蝉しぐれとかひぐらしとか鳴くのを聞いていない、何か夏から秋なのか
そういう季節の変化がわからなくなっている
ただ今鳴く蝉は秋となる

落合橋という名前がいい、どこにでもあるものだがここで落ち合うというのがいい
だから地名は心にも影響するのである、何か詩的なものがないようで見慣れた風景は絵にならないようでも
実際はそうではない、ただ身近だありふれて美が発見されないのである
盛岡だと橋の街であり有名だけど名所でなくても見るべき感じるものがある、ただ発見されていないだけなのである

実りの季節であり稲田の中に墓地がある、すると先祖が見ているという感覚にもなる
だも街中の墓地にはそういうことはない、でもすぐ近くだから墓地の前を通る
そこに自分の家の墓がある、墓も身近なのである
それでときどき花をさしていないと淋しいなとな花をさしたりする
でももし墓地すら墓すら遠くにあるとそうは感じないのである
だから何でも遠く離れててしまうと死者すら遠いものとなり忘れられるのである
関心をもつのは今そこにあるものなのである

墓参りの効用はとにかくそこで死んだ人を思い出す、死んだ人が存在したことを確認するということである、それだけでも効用がある、そうしないと人間は次々に目前のことに追われて死んだ人を忘れるからである
人間ほど忘れやすいものはいない、だから人間は過去に起きたことでも記録していなと忘れる、その時何があったのかも忘れる、ましてや次代の人は過去に何が起きたのかわからなくなる、それでこの辺で400年前に津波があり溺死した人が700人と記録されていた
それで津波があったということを知ったのである   

今日はむし暑いからまだ夏でもある、ただ秋でもある、そういう季節の変わり目だけど
最近はその境目がはっきりしないのである




無縁化社会の生まれた原因の歴史的考察 (金の切れ目が縁の切れ目)


無縁化社会の生まれた原因の歴史的考察

(金の切れ目が縁の切れ目)

昔から「金の切れ目が縁の切れ目」ということがあったのだから今でも継続されているとなる、でも何かそれは現代では極端化した
具体的な例だと親戚でももともと遠く離れていたから関係が薄い
そもそも地元から遠く離れて住むようになったとき縁が薄かったし遠ざかったのである
人間はやはり地縁、血縁とかがあり日本では狭い村とかの範囲で共同で生活していたからこそ必ず姓の由来が土地の名前から発している地縁となっている
だから姓をたどるとどこどこの村とかの地名にたどりつく

その人との関係は兄でも静岡とかに行ったとき兄との関係は薄れてしまった
それだけ遠いとまず何しているかもわからなくなっていたのである
その子供にしても子供の時一回だけ接しただけだった
だから縁が薄い、というよりは住んでいた土地から離れた時、縁が薄いものとなっていたのである
まず遠く離れていると何をしているかもわからなくなる
近くだと行き来があり何かあっても事情がわかるがもう遠くなると日ごろの付き合いがないからわからなくなる

ただそうなったのは自分の家の問題もあったたから相手だけを責めるという訳にはいかない
もともと金の関係しかなくなっていたのである
だから自分にしても金をくれるものとしてか意識されていなかった
それはわかるにしても親まで金で縁が切れた
墓参りするからと相手が金がないので金をくれたが墓参りは口実であり金が欲しかっただけである、そもそも親にひどいめにあったから親を恨んでいるとかそうなっていたので
親を供養するという気持ちがなかったのだと思う
親でも日本人は特に親でも死んだ人を供養する心が篤い、でも時代が代わり親との関係ですらそうして希薄化した

だから現代は簡単に縁でも切れる、人と人の関係は金しかなくなる、常に人は金になるかしか見ていない、自分が介護とか自分の病気のときその時助けるという気持ちもない
ただ金が欲しいというだけなのである、だから盗まれもした
また困っているのを見て脅迫までしてくる、それは相手も金で困っていたからである
現代はあらゆる面で人間の関係も金銭のやりとりであり金ですべてが計られる社会であるそれで「金の切れ目が縁の切れ目」になりやすい、それも呆気なく親の縁さえきれる、ましてや他人になるとそうである

何かそれでマルクスが商品と人間の関係を説いた、人間が商品化される社会である
人間疎外である、人間は一つの物でありまた金として計られる
それがグロ−バル化社会となれば余計にそうなる、世界中の物が入ってくる
でもそこで別に人間と人間の関係が生まれるわけではない、ただ物を通して金を通して人間がいるというだけになる
第一外国となれば遠いのだから普通は関係しない、ただ物を通して金を通して関係しているだけなのである
だから本来は助け合うなどないのである、それで国同士が争い戦争にもなる
貿易戦争にもなる、それは物を通してか金を通してしか関係していないからである
互いに利益があるときは協力してもそれがなくなれば「金の切れ目が縁の切れ目」になる
でも何かこういうことは人間としてあるべき姿なのかとも思う

なぜなら江戸時代などみれば人間と人間の関係は物とか金だけでは計れないものがあったなぜそもそも強固な主従関係が結ばれたのか?
第一今なら主人のために死ぬなどありえないのである、ただ金による雇用関係になった
つまり雇う者と雇われる者は一時的な金銭関係として結ばれているだけである
それも時給いくらかとかで計られているだけである
雇う方もすぐにやめさせることもできるし雇われる方も給料が多い方があればすぐにやめるとかの関係になる
そこの人間関係は金であり人間関係でも一時的なものになる
ただ会社になると長いから何らか人間関係が生まれる、でもその関係も会社を退職すると切れる、継続しない、でも不思議なのは農村社会では先祖が山にいて春になると田植えの時期に山からおりてくるとかの信仰がある
ということは死んでも先祖はその土地に生きつづけているということなのである
現代では工業社会とか商業社会になるとそういうことない、長く継続される関係がないのである、すべては物を通した金で計られる一時的な関係なのである

結局無縁社会とか孤独死とかが現代を象徴している、現代社会は無縁化しやすいのである東京のような大都会だったら土地との縁はない、漂流者のようになる
ただ金があって人がある、人は物ののように処理されるとなる
ただ不思議なのは無縁化というときいかにそれが過去を見ればありえないことだったかを知る、なぜなら誰か外から来た人が村とか商売するとき無縁の場をもうけてそこで市を開くとなっていたからである、わざわざ無縁の場をもうける、そこが神社だったとのである神社というとき縁を結ぶ場だからそれも変だとなる
でも簡単に村によそ者が入り商売はできなかったのである
おそらくそういうよそ者は村の人間関係を壊すということがありそうなった

今はあらゆるものが自由でありむしろそういう社会は田舎でもない、何をしているのか仕事でもわからない、家を建てるにしても大きなハウス会社が遠くから来てプラモデルのように一週間くらいで組み立てるだけだとなる
その土地とは関係ない人が自由に出入りできるのである
そうなると土地との関係も希薄になる、固定しない流動化する社会になる
それはまた遊牧民的社会にもなる、常に人は移動する、定着しないからその土地で濃密な人間関係を結ぶ必要はないのである
それで欧米人は狩猟遊牧民だから自分を主張して喧嘩もじさない、議論でもする
そこでうまくゆかなけれは別な土地に移ればいいとなるからだというのもわかる
日本が和を尊ぶというときまず狭い範囲の村で生活するとなると争うことはできない
何かちょっとした争いでもいつも一緒にいるのだからきまづくなるからである
嫌な人がいても離れられないというデメリットもある
嫌な人が合わない人がいるからと離れるわけにいかないからだ

ただ何でもいい面と悪い面が生じる、現代はもう人間関係は索漠としている、物と金でしか計れず人間関係はすぐに「金の切れ目が縁の切れ目」となることが日常的になる
それは田舎でも同じである、第一田舎でも農業とかに従事しているのは一割くらいだとなる社会だからである、あとは会社員だからである、その会社ですら一時的な関係だとなる会社は変わり安い、時代の変化を受けやすい、グロ−バル競争社会になると余計にそうなる
ところが農業中心の社会はその土地に根ざすから変わらない、だから江戸時代では農民だけでは職人でも十代くらいつづいているのである
職業自体が変わりないというときそうなりやすい、親の跡を継ぐ人が多かったからだ
そして誤解しているのは長屋でも実際はその住民は変わらなかったという
何かふいと見知らぬ人が浪人のような人が来て住むような時代劇があるがそういうことはなかったのである
今のアパートとかとは違っていたのである、こうして常に過去は歴史は誤解されるのである

江戸時代の封建制とかヨ−ロッパの中世とかでも主従関係があり人間関係は継続的であり貴族でも何代でもつづいていた、農民社会では三代つづかないと土地の人に認められないというときそういう社会だったのである
つまり人間関係は三代くらいつづかないと作れないということである
長さが関係していたのである、物とか金のやりとりはその場その場で終わるが人間関係はそうはならない、家族自体が子供の時から長い関係でありそこで人間関係結ばれる
血縁でも子供の時離れたとか一緒に暮らさないと兄弟ですら兄弟とは思えない他人になってしまうのである
例えば家にで雇う手伝いさんとかでも信用するために十年とか必要だとされる
特に家に入って働くからそうなる、今はまず十年も長く働くことは普通はない、十年も働けばその家の一員のようにすらなるだろう、だから今の雇用関係とは違っていた、つまり人間の信頼関係を結ぶには長い時間がかかるということである
それが現代でぱできないから家に入って働く人は一番危険だとなっているのである

封建制が成立したのはそういう濃密な主従関係とかが成立したのはその土地に根付き長い一代だけではない、人間関係の故である
だから現代社会を見直すとき常に歴史をふりかえり過去との比較が必要になる
つまり現代社会を理解するには江戸時代を知る必要がある
するとなぜ現代の無縁化社会と江戸時代を比較してその相違が見えて来る
もちろん江戸時代はすべていいとかではない、何が失ったのかということが見えて来る
失われたものが実は過去にあった、過去の社会にありそれが現代で失ったと見えてくるのである

ともかく今の社会は何か人間の関係が希薄である、そこで何が起きて来るのか?
簡単に市町村でもばらばらになる、一応家族の絆があっても市町村自体のつながりは希薄である
そして金さえあればどこに住んでもいいし受け入れられるし別にそうなら原発事故の復興などめんどうだと他に移った人たちがいる、それで仙台で補償金をもらった金を資本金にして成功した人もいる
つまり土地に縛られた社会とは違うからそうなる、もちろん放射線が怖いということで批判はできない
でも土地の縁でも人間の縁でも切れやすいのである
そういうものより金が優先される社会である、そういうことが無縁化社会となり孤独死となりまた継続性のない一時的な人間関係になる、だから江戸時代の封建制社会が果たしてただ遅れていた社会なのかどうかもわからない
それは物とか金とかではない、人間関係を重視した社会だともなるからだ
その人人間関係の方が人間にとっては大事なものだともなる
だから何でも進歩したとか社会はならない、ただ社会は変わっただけであり進歩したとはならない
ある面でぱ人間全般から見れば後退したともなる、無縁化社会とか孤独死とか人間は物のように捨てられるとなるからだ


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2020年09月15日

日本の宿命、地理的に大陸を理解できない (中国に覇権が移行してゆくのか?-中国の戦略)


日本の宿命、地理的に大陸を理解できない

(中国に覇権が移行してゆくのか?-中国の戦略) 

中国は日本を併合するー平松茂雄を読む

日本は地理的にまず世界を理解できない、現代のように世界が身近になっても庶民でも海外旅行しても江戸時代の鎖国のようではない時代に生きていてもそうである
日々世界のニュースに接しても理解できない
その原因が地理にある、どうしても日本の様な島国では大陸のような広大な世界を理解できない、実感できない、それはアメリカでもそうである
たいがいそこには砂漠がある、日本には砂漠がない、また大河もない、すると大河の岸に生まれた文明を理解できない、何か大きなものを理解できない
それは政治とかあらゆることで大陸の国々を理解できないとなる

中国の指導部は何を考えているのだろうというときも理解できない
それで「中国は日本を併合するー平松茂雄」を読んだらなるほどなと思った
中国は日本を併合するという目的をすでにもっていて行動している
中華帝国の再興を目指して計画して実行している
一つ一つのことを見てもそれは中華帝国再興として手を打っている
全体的戦略の一環としてそうしている、国家の計画と意志があってしている
つまり世界支配の目的があり個々のことに対処している
それが大国であり巨大な土地と人民を支配してきた国だとなる

日本だと何か太平洋戦争で大東亜共栄圏とかめざした、でも国家的にそれだけ広い土地を戦略的に計画的に支配するという意志があったかとなるとただ膨張して無計画に拡大しただけだとなる

中国のような広大な土地をどうして支配できるのか?

そういう視野がもてたのか?とてもできなかったろう、ただ無闇に戦線を拡大したとなるそして巨大な中国にのまれてしまったともなる
その失敗は中国とか大陸とかはやはり歴史的にそうした巨大な土地とか人民を支配して来た経験がある、第一万里長城を作るような国を理解できないのである
中国をなにやかにやといっても基本的に日本の島国にいたら地理的に理解不可能である
毛沢東は「中国の人口の半分が死んでも、半分は生き残って、また元にもどってゆく」
こんなことを考えているとなると日本人にはありえないことである
第一14億人がいる人口とその巨大な土地を理解できない、つまり一億人死んでもたいしたことがないと考える、ということは日本人の一億が絶滅させてもたいしたことがない!
こんなふうにみるとしたら空恐ろしいとなる

そして中国人は欧米に植民地化されたことを怨念としている、日本に対してもそういうものがある、一時中国は貶められた、そのことを忘れないというとき大国を維持した矜持が強い、だから中華帝国再興なのである、中国のそうした歴史とか矜持をあまり日本でも考えない、でも現実に中国はそういう意志のもとに戦略のもとに中華帝国の再興を世界的に実現しようとして個々の問題に対処している
そうなるととても日本だけとかで対処できる問題ではない、そして現代は容易に人が移動できるからそうして戦争の前に中国人が大量に日本に移り住んで実質的に日本でも支配できるとなる、そういう計画もある
一帯一路というのもそういう一環としてあり中国の支配を世界的に実現させる戦略なのである

だから日本を属国にさせるというのはもう身近に迫っているのだ
日本は地理的にその脅威から逃れられないのである、アメリカは遠いからまた戦争に負けても人が一部入ってきても住むということがなかった
今や中国人は大量に入ってきて一部団地でも占領しているとかなる
北海道の土地でも買っているし経済的に日本が弱体化しているからそこにつけいってくるつまり中国は計画して戦略的に日本を支配を実質的に始めているということである

それに対抗できるのはアメリカだけだとなる、でもアメリカにしても弱体化している
だから中国と対抗できるのかとなると疑問になる
もちろん中国に弱点がありいろいろな見方がある、内部崩壊を言う人もいる
それもありうる、ただ中華帝国再興の意志があり計画があり戦略があり国家的意志がありそのために団結して全力をあげて戦うということがある
そういうとき民主主義とかは弱いと思った
話し合いだ議論だとか反対意見を聞くだとかしていてもまとまらない、それが民主主義である、でも共産党一党独裁だったら国家の意志とか中華帝国再興とかを反対勢力のことなど無視してできる、その強大な強権でできる
第一あれだけの巨大な国をそうした強権なしでまとめ支配することは不可能だからである
いづれにしろ日本が戦争でも失敗したのは地理的に大陸を理解できないことだった
それだけの広い土地と人民を支配できる戦略もなかった、歴史的に日本はそうした大帝国を作る経験などしていないからである
日本の戦争はせいぜい大陸から内輪もめであり小競り合いでしかないからである
その島国が小国がなぜ大陸支配の戦争ができたのかとなる
それは欧米の進出で中国が弱体化した結果である、草刈り場のようになったためである
でもそれも一時的なものであり再び中国は再興して元の大国の繁栄をとりもどす
もちろん中国にも弱点がありそのことを言う人はいる
中国は巨大なるがゆえに常に三国志のように分裂するとか言われる
それもありうるし巨大だからといって必ずしも有利にはならない、強いともならない

ただ中国が共産革命を成しどけたときから軍事力に重きを置く、軍事国家だとしている
軍事を最優先として軍備拡張をしてきた、それがアメリカに欧米に対抗できるものとして計画して実行してきた、核戦争を辞さない国だというとき恐怖になる
その大国意識が怖いとなる、そうなるとアメリカでも中国は恐れていない
日本に原爆落とされた、それすら恐れないとなる、そうなるとどうなるのか?
中国とアメリカの戦争で核戦争になりとも倒れになる、人類滅亡になる危機である
日本は地理的にその中間にあり必ず核ミサイルが飛んでくる、そうなると大三次世界大戦でありそれは人類滅亡に通じているのだ
そういう危機感がまだもてない、ただ中国にはそういう国家意志があり着々とそれを実現するために政治でも経済でもそのためにある
中国はアメリカを恐れていない、このことは注意すべきである
ソビエト連邦の米ソ冷戦があったが中国はもっと手ごわい、経済の規模が大きいからである、その経済力で世界をのみこむ、ロシアの経済力は小さいかったから世界に影響することがなかった、それでソビエト連邦は崩壊したからだ

中国は三回旅行したけど20年もならないのにこんなになるとは思いもよらなかった
20年前は貧困国であり技術も劣っていた、それが急速に日本の高度成長のようになった
それはグロ−バル化したとき急速に国でも発展する、そのスピードが早いのである
新幹線まで走っているのは驚きである、車両に家畜のように詰め込まれて都会に出稼ぎに出ていた、その差が余りにも大きい、それで今でも中国は日本より遅れているとか見ている人もいる、つまり現代の変化のスピードが早いから理解できなくなるのである
ジャパンアズナンバーワンとか言われたのは20年―30年くらいだった
そして日本は三等国になったとかなる、こうしてまた衰退するものも早いのがグロ−バル化社会なのである、

歴史をふりかえると明治が日本では一番高揚した時代だった、なぜならその時日本だけが欧米の植民地にならなかった唯一の国だったからである 
他は中国でもアジアはみんな欧米の植民地化されたからである
だからなぜ江戸時代から駕籠に乗っていたような時代から一挙に明治維新が成り欧米とも対抗できたのかとなるのが不思議だとなる、その原動力が何だったのか?
それはやはり江戸時代三百年がありその歴史がありそれが必ずしも遅れたというものでもなかったからだとなる、もしそれが遅れたものだったら南米のアステカとかインカとかのように簡単に滅ぼされていたからである
中国すら対抗できないものとなっていたのに日本だけがそうはならなかった説明がつかないのである

ただもう覇権国というのはアメリカから中国に移っていいるようにも見える
アメリカはコロナウィルスでもそうだが経済的にも弱体化している、国も分裂している
格差も極端であり国としてまとまりがなくなっている、もう日本のように衰退国になっているように見える、黒人暴動もあったかいろいろ内部崩壊もある
するとどうしてしもアメリカに頼るだけでいいのかとなる
アメリカが頼れる国なのかとなる、その屋台骨がゆらいでいるのである
ヨ−ロッパでも衰退している、それは前から言われてきた、ただ中国を過度に大きく見るのも問題だとはなる、ただ日本は地理的に歴史的にも中国とか大陸国家を見誤る、理解てきない、つまり人間は地理的宿命から逃れられないのである
それでつくづく野郎自大国が漢に滅ぼされた、漢などたいした国ではないとして青銅の刀で対抗して敗れた、漢の刀は鉄器だったからである
日本とは結局この野郎自大国だったのかもしれない、中国でもアメリカでも大陸国家の巨大きさを地理的に理解できないことが政治的にも失敗するということになる

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2020年09月14日

医療の無駄は大きい (4兆円コロナウィルスで病院の収入減るー2025年問題の深刻)


医療の無駄は大きい

(4兆円コロナウィルスで病院の収入減るー2025年問題の深刻)


福祉でも必要でも無駄が多い、とにかく検査するために東京の方に医者に行けとかまた
人間ドッグに入るとか何かと医者通いである
それも無料ではない、負担がある、でもその負担ができない、そしたら普通はそんなに医者に行けなくなる、現実にそうして金がなくて医者に行けないと薬も飲めないとかある

なぜこうなるのか?福祉だと医者がそれほど必要なくてもすすめるからかもしれない
とういうのは医者でも相手が生活保護だったり何か貧乏でも国から補助されたりしていて金がもらえとふんでいるからである、そして別に一般の人でも医者にかかると必要のない医療とかを受けさせられる

現実に近くの病院で認知症をみるCTとかを受けた、でもそれは何の役にも立たないものだった、それは病院でもわかっていた!
それで3万もとられた、3万は安いようで一割負担の後期高齢者だから実際は30万にもなっている!
その人は5万だとしている、でもその負担は大きいのである
結局福島県でCTを撮れる機械があるのは二台だけである
あとはそういう高度の機械ではないのである、それは前からわかっていて金のためにそれをすすめただけだとなる
普通だったら専門家はそのことを知っているから奨めないのである
でも金のためにすすめる、その機械自体が高価だから利用しないと病院経営もしていけないとかなる

つまり何か他でも医療は相当な無駄がある、それが保険で安くなるから気軽にかかるとなる、それが今度は国民健康保険とかのみんなの負担になるのである
なぜ医療費がこんなに莫大なものとなってもう限界だとなるのか?
それはこのように医療は無駄なものが多いのである、延命治療とか終末期医療になるとここでも相当な金がかかる、だからそうした手厚い医療はいいようでも最後は苦しめるだけだとして治療をしない方がいいともなる
ただこの判断は実際はむずかしいから議論になる

でもこれから2025年問題がありそこで団塊の世代とかが病気とか介護になる人が増大するそこで日本の手厚い保険制度がありそれはいいものでも負担しきれないとなり国がつぶれるとまでなる深刻な問題になる
とにかく介護で苦しむ人が増えて来る、この辺では原発事故で介護士がいないとか青森県に送られて介護してもらっている
でもその息子も実は生活が苦しい、でも何か小遣いとか足りない金を送っている
だから親を活かすために苦労しているとなる
これは金銭面だけではない、介護は必ず人手が必要でありそれをすべて金でまかなうことはできない、この辺で認知症の親を息子が殺したという事件でもそうである
こういう事件は日常的に起きて来る社会にもなる

そしてなぜ医療費の無駄が多いのか?
それはコロナウィルスで証明された、不必要でも医療というのは日本では保険制度があり病院にかかれる、アメリカだと金がないと保険に入っていないとかかれない
だからアメリカでは医者にかかれず死ぬ人がでてくる
日本では逆に不必要でも病院に行きみてもらいるからそこで負担が大きくなる
今日本が経済的に落ち込んで苦しくなっているときその負担に耐えられなくなる

コロナウィルスでわかったことは大病院でも軒並み病院にかかる人が減って収入が激減した、それで結果的に4兆円くらい保険の支出も減ったのである
つまり4兆円分は別に病院に行かなくてもなんとか患者が耐えられるものだった
またそうでなくても医者にかかれないから危険だからひかえてそうなったのである
医療にはそれだけ無駄が多かったしそれは言われてきたがそれがなかなか節約できないのは命にかかわることでありあなたはもう治療しても直らない死んでくださいと言えないからである、ただ介護する方になるともう死んでくれとなる

それは自分自身が思ったことでもあった、それは誰でもそうなるのである
一時は二人を同時に介護する恐怖があった、それも意外と一人は認知症でも二年半で死んだしもう一人は5年くらい介護しても一週間前までポータルブルトイレに行っていたので
なんとか介護できた、それがオムツとかなると相当な負担で耐えきれないとなっていた
私自身が何かずぼらでありそういうことに向いていなかったからである
その時自分自身も病気になり二回も入院していたのである
自分自身が病気でも介護する人がいないからそうなった
その時助ける人が自分自身しかいなかった、それでさんざんな目にあった
そのことをプログに延々と書いてきたのである
介護は金だけではできない、人手が必要になる、それも愛情をもてる人でないと本当はできない、でもそうでなくても介護自体が負担なのである
だから早く死んでくれないかなと誰でも思うのである

でも死んでみるともっと親切にしていたらと後悔する人も多いのである
そうして悩むのが介護だとなる、自分の場合は介護して良かったと思っている
最後は認知症になっても私の介護したことを認めてくれてわかってくれて死んだからである、認知症の怖いのは馬鹿になったのとも違う、人間としてわかることがある
この人は冷たくしたとかわかる、すると恨んで死ぬということがあるのだ
そのことが死んだ後に怖いとなる、私がずぼらでも介護できたのは60まで身の回りの世話をしてずっと良くされたからである
それは普通ではありえないことだった、それだけ世話になれば自ずと介護する動機があるだからできたのである、他の人はそうした動機がない、金だけでは介護とかはできない
その金すらたいしてもらえないとなると余計できないとなる

いづれにしろ高齢化社会の問題は病気であり介護であり金もかかる
その金でももう食べることもできないような人がいる、日本全体でも5パーセントが電気水道ガスがとめられる、家賃でも払えない人がいる
5パーセントというと少ないようでも多い、100人で5人であり一千万人で50万いるとなるとそれなりの数になるのだ
その人たち月末に電気、ガス、水道代が払えないのである
それでそれを取り立てる仕事の人が嫌でやめたともいうのもわかる
相手は払えない人たちだからである、そうして最後は住む所もなくなりホームレスとかなる、コロナウィルスではそういう人もでてきた

日本が今や三等国だというときもう福祉とかに金が回らない、医療にも回せない、生活保護でも最低の生活費がもらえない、医療費もただではない、必ず負担がある
そうなると人間は餓死するか、病院にもかかれず早めに死ぬことにもなる
現実そうなっているのだ、もう無駄ができないのが日本なのである
だから高齢化社会は実際は金がないとかだけではない、弱い者は生き残れない
淘汰されていくほかない、手厚い福祉とか医療とかはもう受けられない覚悟が必要になるのかもしれない、それだけ国にも余裕がくなるなからだ

ましてや氷河期などが非正規とかが60以上とか70以上になったらもう悲惨である
生活保護も受けられない、国民保険は雀の涙とかなり死ぬほかなくなる
とても手厚い医療は受けるのは無理になる、だから病気になったら医療も受けられず介護もなく死んでゆくことになる、その未来はもう見えているのである
元気な人は生きてもいいが弱ったら老人は捨てられる、だから健康には気を付けろとなるか貧乏なると栄養すらつけられないのである、だから高齢化社会は闇黒ともなる
それも2025年とするとあと5年だからすぐなのである

2020年09月13日

江戸時代の時間感覚 (50年で良田とする政策ー津波、原発事故の復興も50年かかる?)


江戸時代の時間感覚

(50年で良田とする政策ー津波、原発事故の復興も50年かかる?)

地頭と肝入とが協議して以下のように合意した。つまり彼らは,耕地が「良田」になるまでに50年はかかると見込み,年貢はこの期間「本銘」( ほん めい
本免:本来 ほん めんの年貢)の1/2〜1/3とすると決めたのである 

本来の年貢率を50%(五公五民)とすれば,この年貢率は250〜1 . 67%であり,しかもそれを50年維持するというのである。 


50年かかるとしたら木の育つのと同じ年月である
江戸時代の時間感覚は今と違っている、でも今でも木が育つには50年かかるから自然の時間感覚は長い、今の時代の感覚はとにかく早い、短期的にしか動かない
今直前のこと今利益になるかどうかがすべてである、それで長期的視野を持てないのである、今すぐ成果を上げろであり2年先3年先も考えない
だから国家百年の計などありえないのである
上に立つ人も政治家でも今得すれば今地位があり得することだとしかないのである

ただこの50年という歳月には驚く、例えばこの辺の農業の復興は放射性物質の汚染で復興するのにどれくらいの時間がかるのか?
それはもう不可能であり耕作放棄地になった、そうなったのは時代もある
江戸時代はみんな農民であり農業で生活する他なかったからなんとか土地を利用して食糧をえなければ餓死してしまうからである
だから戦後でも引揚者が一千万単位でいたとかなるとその人たちはどんな不便な不毛の地にも入って農業するほかなかった、それは過酷なので半分はやめたとなる

ただ時間の感覚が短いと長期的視野で物事がすすめられない、今すぐ成果を上げろとなると落ち着いて事業でも取り組めないのである
会社では金融系だとただ社員にノルマを課してとにかく成果を上げろとなる社員は客をだましてでも投資信託とかを売りつけることになる
それでノルマを果たして認められるからである
でも会社の将来を見て苦境を乗り越えるということ何か時代にあった事業に転換するとか長い目で仕事ができないのである

何かあらゆることで簡単に短い時間で成果が出にくい、株式投資でも10年くらい長期的視野でみないともうからない、なぜなら株は必ず10年単位になれば下がったり上がったりするからである、それでリーマンショックのとき半分に下がった株が元にもどしそれからまた上がった、もしそれを銀行の営業マンが売らなかったら相当にもうかったとなる
どうも長期的視野で事業でも仕事をするということが現代は合わない
それだけ変化が激しい時代だから合わない、また農業とかなると自然のリズムに合わせるから林業でも50年過ぎないと木が育たないとするとそのリズムに合わせるほかないから長期的視野に生きることに自ずとなる

それにしても50年で良田になるというのは長すぎる
おそらくこの辺でも農業とか林業とか漁業でも50年過ぎないと復興するとかなったらそんなこと誰もしない、だから若い人は流出した、農業とかの時代ではないからである
漁業、農業、林業などは衰退産業であり誰も跡を継ぎたくないとなっていたからである
それより原発が収入になるとなっていたので地元は積極的に誘致したのである
工業時代と農業時代の相違があってそうなった

おそらく国家百の計とか言う時代は農業とか林業とかの時代だった、それが江戸時代であり明治以降でも戦前でもそうだったのである
そこではもう目前の利益しか考えられない、今金になるかどうかである
それで何でも急ぐ、そこにも落とし穴があった
目前の儲けを優先するから安全がないがしろにされた

急いで富は得られない

これも真理である、結局原発事故でもそうだった、目先の利益を優先して安全を計らないで大失敗になり大損失になったからである、それで今になって事故のあった原発に津波を防ぐ防波堤を東電で作ったのである
なんだ、簡単に作れたとか見る、そんなものすら科学者が警告していたのに作らなかった
コスト削減のために作らなかった、それが大損失を招いたのである
それはとにかくまず利益優先でありそれしか事業者にも頭がない、長期的視野がもてないのである
原発は一企業の事業というより国家的事業なのだからそんなに利益優先ではできない代物だったのである

そして人間の弱点は自然の時間とかと違って長い時間の歴史を考慮するのが苦手なのである、なぜならもう一年前でも何をしたか忘れている
次々に新しいことが起こり過去は忘れてゆくのが人間なのである
だから自分で描いたプログでもこんなことを書いていたのかと忘れているのである
だからただ何でもいいからメモしろとか記録しろというのは本当である
とにかく人間は忘れやすい、また一人の人間が死ぬと急速にその人間自体を親でも何か不確かなものとなり忘れてゆく、ましてや他人の死など次々に死ぬから遂にはそんな人いたのかどうかともなる、もう膨大な人が次々に死んでゆく、そしてその人がもう本当に存在したのかどうかわからなくなる

すると墓でもあればこの人が存在していたのだ思い出す効能はある
墓がなかったら文書の記録とか言い伝えだけになり実在感がさらに消失してゆくのである
いづれにしろ放射性物質に汚染された復興は本当に長くなる、30年過ぎてやっとセシウムの放射線量が半減するとかなる、もう溜池の除染など徒労だと思う
回りの森から放射性物質がまた流れてきてたまるからである
そこに莫大な金を兆円の金をかけることが無駄だともなる
それよりプルトニウムの毒が消えるのに二万年というのには驚くし何なのだろう理解できない、それほど放射線の被害は恐ろしいものだったともなる

時間の感覚として江戸時代のようであったら50年というのはありえる
でも今なら技術が発達しているから来年でも元にもどないとやっていけないとなる
それよりほかに移って別な仕事を探した方がいいとなり若い世代は移住して残されたのは老人だけなのである
ただ良田にするまで年貢をも低くされたし一応米もとれるとか飢え死にはしないとかありそうして50年かけて良田にするともなった

それも50年間もの先を見込んで年貢を低くしたというのは驚きである
ただ正直今ではこの時間の感覚は理解できないし誰もそんな時間をで物事を考えることもできないのである 、為政者でもそんな時間感覚がない、第一首相でも一年毎に前は変わったりしていたからである、そうなる年期一年とか二年でありその時間で物事を決める
そして自分の利益にすることをすればいいとかなってしまうのである
ただ自分たちの派閥の利権とかで動くとかなる
ただ当時は農業主体の生活だからそういう発想もできたとなる
封建制であり領主が変わらないとか時代の変化のスピードが遅いからそういうことができた
それだけ長い時間で考えることができたし自然とはそういうものであり急激に変えられないという感覚がありそうなっていたのである

ただ一個人の人生でも百歳までの人生を考えられない、だからたいがい若い人は60くらいで死ぬから老後を心配しない
でも百歳人生となるともうどうしていいかわからないだろう、金銭的にもそうだし会社員だった人は退職して何をするのかともなる、それだけの長い人生があるということはライフワークをもって何かを追及するにはいい時代である
たいがい少年老い易く学成りがたしとなっていたからである
でもなかなか老いないとなると老いたとしても先が長いとするとそれだけ余裕をもって生きることができるとはなる



あとがき

国会国立デジタル図書館でこうした論文が読める、最近はアクセスしなかったが何かと電子空間では検索できる、ただ検索の方法がわかりにくい
それでも図書館は意外と調べものに不便なのである
キーワードで調べることもできない、また本を一冊一冊調べてコピーするのが手間なのである
だから図書館にはもうここ十年一回くらいしか行っていない
何か調べたり書き物するには自分の家が図書館になっていないとできない
それが古本が安いとか自分なりの図書館が作れる  

すると学者の論文も読めるから引用して自分なりのものを探求して書けるのである
ただ検索が意外と不便であり方法がわからずにうまくいいものに当たらないということが問題である
インタ−ネットは商業用にもなって商売の宣伝が増えたのでそれでいいものに当たるのがむずかしくなった
ただ国会国立図書館なら学術用の図書館だからいいものに当たるとなるが全部は読めないのである   

それで自分でも蔵書を検索できればいいと思った
すると検索してそれを編集すると自分なりのものが発表できる
それもまためんどうだとはなる、何かインタ−ネットは便利なのだけど手間なのである
これが省けないのである、それで何とか自分のプログでもワードプレスで見やすくしようとかフェフブックとかしようとしたができない
ホームページを創り直そうとしてもそれもできない、手間でできないのである


posted by 老鶯 at 14:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2020年09月12日

震災後、宮城県亘理町の干潟「鳥の海」「名取」などに定着したマツカワウラカワザンショウ (津波を知らせなかった地元のマスコミの責任)


震災後、宮城県亘理町の干潟「鳥の海」「名取」などに定着したマツカワウラカワザンショウ

(津波を知らせなかった地元のマスコミの責任)

カワザンショウガイ

本州〜九州,南西諸島
分布(国内)
朝鮮半島南部

ホッキ(北寄)貝の正式名称は、ウバガイ(姥貝)ですが、一般的にはホッキ貝の名で広く知れ渡っています。

その名前はアイヌ語に由来すると言われ、漢字の「ホッキ貝」は当て字といわれています。名前の由来は、北海道などで採れる「北に寄った」貝であるためホッキ貝と言われたという説もあります。

北方系の貝はどれも灰色ぽくて色彩には乏しいのですが、独特な形の物が多く魅力的です
「ウバガイ」はもとは福島から銚子当たりまでの呼び名。貝殻が薄汚れて見え、姥(老婆)を思わせるため。

「ウバガイ」はもとは福島から銚子当たりまでの呼び名。貝殻が薄汚れて見え、姥(老婆)を思わせるため。

自然しらべ2012「貝がらさがし!」 みえてきたこと


松川浦というとき太平洋岸に東京から仙台辺りまででもない、まず浦とか入江がない
だから松川浦は貴重であった、そして南相馬市の鹿島区の八沢浦が本当に江戸時代の裏にもどったときほど驚いたことない、この辺ではあのような入江がなかった
その浦も相当に奥に入った大きな浦だったのだ
それで港があり船が入ってきて物資が運ばれていたのである、入江は港となりやすいのである、小高でも津波が来た駅前まで広い入江でありそこに鎌倉時代から港が物資が入ってきてまた船で運ばれていたのである
そういう昔の状態が津波で再現された、例えば塩ア(しおのさき)に船着という地名がありそこは奥まった地域でももともと入江であり港となっていたからそういう地名がついたそして津波でその近くまで鉄道を越えて津波が来たことにも驚いた
あそこは土地が低いからあのように奥まで津波が来たのである

津浪で名取の海岸に新しく干潟が生まれた、そこに様々な生物が生息するようになった
そこにマツカワウラカワザンショウガイが50キロ離れて移動していたのである
津浪で生物が海を通じて移動していた、これも大きな自然の作用である
津浪で自然も大きく変化した、海はそもそも遠くまで生物でも移動しやすい

例えば南限の地として南相馬市の鹿島区の海老浜は有名だった、そのことを何度も古代史で述べてきた、ここが本当に不思議だけで天気予報を見ると温度でも天候でも境界になっていたのである、まずマルハシャリンバイでも奄美大島から種が流れて来ても温度に植物は作用されるから生育しない、それで原町区の・・・スダシイ神社がありスダシイは南方系の木であり照葉樹林帯の南限の地としてこの辺があった
つまり植物でも生物でも気候に左右される、だから最近温暖化で南方系の植物とか貝でも移動しているとなる
その南限の地として境界線としてみちのくの真野の草原(かやはら)の万葉集の歌が南相馬市の鹿島区に残された

でもこの草原(かやはら)は萱のことではなく地名だという説を私は述べた
何か詩的イメージ化するとみちのくにふさわしいとなるが実際は南方系として大和朝廷の支配地域に組み入れられた境界の地として歌われたのである
その歴史的境界として歌われたものが生態系としての境界と一致していたのである
だから草原(かやはら)はまぎらわしいのだけど地名説が有力だとなる
ただなぜみちのくー真野ー草原とすると真野郷が古代郷名で一致してもさらに草原が地名だとするとそんな狭い範囲が奈良で特に知られたということが疑問になる
でもそこが港だとかするとそれで知られたのかとなる
            
また不思議なのはカワザンショウガイの分布地域である

本州〜九州,南西諸島                              
分布(国内)
朝鮮半島南部

南方系として朝鮮半島の古代の伽耶国とかに分布していたとなる
そのことは古代史で述べた、伽耶国との関連として草原(伽耶国)述べた
何かこうして自然環境とか植物の分布とか生物の分布からも歴史は追求される 

ホッキ(北寄)貝とは姥貝のことであり漁業関係者はホッキ貝と呼んでいた、それは北に寄る貝という意味でありまたアイヌ語から来たともしている
この辺ではホッキ飯(メシ)は有名だった、津波以降は北海道の方から仕入れて作っていた
姥貝は関東まで呼ばれて共通している、ということはその辺は一つの文化圏を形成していたとなる                  

津浪では津波の被害が大きかった太平洋岸が一つの地域としてつながりある地域として見るようになった、松川浦から鳥の海から名取の海からさらに仙台湾から石巻までもまた
岩手県の宮古とか三陸までも津波を共有する場となったのである
だから相馬地域で津波が400年も来ないから津浪は来ない地域としたことが大問題だったのである、海も陸もつながっている、境界がない、だから人為的に境界を作ることはできなかったのである 
磯部の寄木神社の由来も石巻から事情があって移り住んだ人が先祖になっているのもそうである

宮城県の海岸はすぐ隣だからである、そこが郷土史でも見落とされていた
宮城県の海岸に津波の伝承が多い、だから津波が来るとして警告していた市井の学者がいて本を出して警告していたが受け入れられなかったのである
ただ小名浜の原発は当時の副社長が10メートルの高さだったのを5メートル高くした結果辛うじて助かった、それは三陸だと津波は明治時代にも来ていたから危機感をもったからである、それは伝説だけではない、すぐ近くに津波で甚大な被害を受けていたから違っていたのである

そして東電は東京電力であり相馬地域は離れている、それでも科学者は十数メートルの津波が来ると警告していた、そのことを知っている人はこの辺でも専門以外の人は関心もなかった、ますマスコミは福島県でも東電から宣伝費とかもらうから忖度して何も知らせないとなっていた
福島民報は県の出資が50パーセントだから県と国のいいなりなのである
もしこの十数メートルの津波が来るということを大々的に警告して知らせていたらかなりの命が救われたということもあった
だから報道は大事なものである、原発事故になったのも報道がその役割を果たさなかったからである 

郷土史とは地域研究とかは何か重要ではない、好事家のすることであり趣味だともなっていた、でも意外と津波や原発事故で命にかかわることがあると認識されたのである
危険を知らせるとか命にかかわることがある、それは原発事故でもそうである
そういう役割を地域のマスコミでも担っていた、でも全くそういう役割りは果たさなかった、それは全国規模のマスコミでも莫大な宣伝費をもらっていたため原発の危険を言わなかったのである、知らせなかったのである

ただ一番その当事者のそこに住んでいる人たちがあまりにも金になるからと受け入れたことも問題だった、積極的に経済的問題を優先して誘致したからである
ただ誰に責任があったかとなると戦争と同じでむずかしくなる
ただ上に立つ人は権限があり権限をもたない人には責任がないともなる
上に立つ人は決定できるからである、本当は津波の被害を受けない高台に原発を作る予定だった、でもコスト面とか不便だからとわざわざ土盛したのを削ったのである

それを決めたのは誰なのか?

それが問題なのである、そうして決めることができる権限をもったのは誰なのか?
何も権限がないものに責任はないのである
マスコミだってテレビ局だって大きな権限を与えられていた、六局しかテレビ放送できない権限を与えられていたがただ宣伝費をもらうから危険を警告していなかったのである
そして検察でも海上保安上でも上の人は天下りしていた
特権階級は東電に天下りして何ら責任もとらないのである
原発事故では誰一人上の人は責任をとっていないのである
ただ必ず戦争でも今回の原発事故でも責任をとらされる、故郷に住めなくなったとか関連死が実際は思った以上が多いとかなった

いづれにしろ震災から十年もたつのに復興はない、津波の被害地は宮城県などでは名取などは復興している、でも原発事故の避難区域などは何ら復興していないのである
それだけの甚大な被害だったということである

posted by 老鶯 at 10:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波水害関係

2020年09月11日

大麻逮捕の伊勢谷友介容疑者 注目される「ナチュラリスト志向」 (芸能人でも、引きこもり,ニートとか無職は異常人格になりやすいー ただ現代社会自体が異常である)


大麻逮捕の伊勢谷友介容疑者 注目される「ナチュラリスト志向」

(芸能人でも、引きこもり,ニートとか無職は異常人格になりやすいー
ただ現代社会自体が異常である)

それに伴い、ナチュラリスト的な思考がどんどん強くなっていたことも事実です。周囲の人たちには、自然回帰志向のヒッピーのコミューン的な雰囲気もあって、その流れから“大麻礼賛”論者になっていったのではないかとも言われています」

なぜこの事件を取り上げたかというと逮捕された人の部屋を見たら何か装飾品を自分なりに作っている、ということはアーティストでもあった
芸能人はアーティストの部類に入る、そして彼が独身でありまた家庭もない
50近くになっているのにそうである
すると家庭環境がノーマルではない、父親ともなっていない、そこからして人並みとははずれている
何かナチュラリストとかは前も女性の芸能人で大麻をしていて沖縄の島で男性とも集団生活していた
何か普通の家庭をもたない女性であり何か社会常識からはずれた生活をしていたのであるそれと今回も似ていた、この人が飯館村に来て子供と一緒に写真に写っていた
原発事故ではいろいろな人が入ってきたからである

この事件になぜ私自身が興味をもったのかというと何か前から何度も言っているように私自身の生活も社会からはずれた生活をしていて異常化したと述べてきた
30前は底辺労働者であり浮浪者でもあった、でもその時は仕事していたとなる
30以後は全く仕事はしない、旅ばかりして家に引きこもる生活を30年もしていたとなる
そこから何か異常化してこの人と同じような状態になった

なぜこうなるのかというと芸能人とかは現実の社会で仕事をしているのとも違う
ドラマの俳優だとしてもそれは架空のものである、現実を生きるのではない
仮想現実を生きるのが人生となってしまうからである
それで現実と仮想の世界の区別がつかなくなる、ゲームにばかり没頭するとかもそうである
インタ−ネットでもまた仮想現実の世界だともなる
そういう仮想現実が人生になるとき人間はとうなるのか?その人格形成はどうなるのか?何か変な方向に向かってゆく、大麻に溺れるとかいうときその人は大麻を悪いものと思っていない、多少思っても大麻は許されるものだと思いこんでいたことは確かである
大麻は違法ではないと思ってあえてしていたのである
そういうことが世間で世界的にもあり大麻は違法でない国も出ているからだ
かえって体にいいとか精神を活発にするとか思い込んでいる

私自身が大麻をしないにしてもそれは軽微なものとしてこの人はしていたのである
こういう人は引きこもりとニートとか無職とか大量にいる
芸能人は何か社会からはずれた世界であり異常化しやすい、何かエキセントリックになるつまりアーティストになる
現代は何かアウトサイダーとなることが一般化した社会でもある
こういう種類の人が百万単位とかいることになる
ただこの人は引きこもりではない、社会にも認められているし自活しているしそれでナチャルリストとして活動して学校すら経営にかかわっていたのである
何か自由な教育を目指していた、それは自分にも共通していたのである 
そして小人閑居して不善を成すとなる、閑居することは小人にはむずかしい
必ず変な方向に行ってしまう、それは自分自身がそうだったからである

ただアウトサイダーを論じる時、ゴッホとかゴーギャンとかニーチェとか上野霄里とか
ヘンリミラーとかその人たちはまぎれもなく天才である
天才がゆえにエネルギーが大きく普通の平凡な人間になれない、社会に適応できずにあのような超人的志向になったのである
現代社会自体が文明自体が何か異常人格者を産みやすい、なぜヒットラーが生まれたのかを分析すると複雑な巨大な文明社会で人間がアトム化して原子化して無数の部分化して
人間性が失われたとか批判される
シュペングラーの西洋の没落でもそうである、数学的に分析したからである
人間はまた数として見れるだけであり一人の人間など何億人分の一でしかない存在であるただ巨大な高層ビルを見上げていま蟻にすぎないとなる
それで天才はエネルギーがあり能力もあるからそういうことに耐えられないのである
それで強烈な反文明人間になったのである

そもそも現代文明自体が何か仮想現実のように見えてしまう、東京などではそうである
ニュヨークなどでもそうである、これが現実なのかという感覚になれないのである
そこは別な惑星に来たのかと思えるとなる、そこはとても人間が住む世界なのかともみるでも現代人はそうした大都会に住んでいる人が多いのである
その存在は無数の点の一つの点でしかすぎないのである
私自身もそういう生活に耐えられず引きこもりになった、引きこもりは社会と離脱して一人になる、すると無数の複雑な部品として生きるのとは違う
社会だと常に人に頭を下げる生活になるが無職で社会とかかわらなければ何か部品としての自覚がなくなり自然と同化してニーチェのような全人間を目指すようになる  

それで私は天才でも何でもないがそうして社会から離脱して生活してきた
そして自然と山や木や石とアイディンティティする詩を書いてきたのである
それは社会から孤立してきそうしてきたのである
ただそれで異常化してきたことは確かである
何らかそういう芸術家は狂気化してゆく、ニーチェもそうでありヘルダーリンでも最後は塔に閉じこもり精神病になってひきこもるようになった
ベ―トベンでも社会性がなかったとされる
芸能人でも芸術家でも共通したものがある、それで何かエキセントリックなものになってゆく

ただこれは芸能人とか芸術家だけの問題でもない、別に結婚して子供を育てた60くらいになってもその夫婦が奇形化した人格になっていた
妻も異様な人格になっていた、情もない人間になっていた
それは子供の時から三人母親が変わったということがありそうなったのか?
経済的には恵まれているからどうしてそんな信じられない人間になったのか理解できないもうとても人間として付き合えないという人間になっていたからだ

だから別に異様な人格になるのは正常のルートで生活していてもなる
それより現代文明人はもう異常化しやすい、まともに人格形成ができない
その模範となるものもない、それでカルト宗教団体があれだけの数を集める
それはやがてファシズムとなりナチスのように世界を混乱させるようになる
現代の文明自体がもう複雑怪奇であり迷宮でありそこでまとも人格形成することは不可能にもなっている、文明自体がもう病理現象だともなる、だからうつ病が現代病になっているのもわかる
オウムが生まれたのもやはり現代文科学技術文明があってこそである
その土壌から必然的に生まれたとなる
ただ創価の場合もカルトなのだが貧乏人とか庶民を相手にしていたのでオウムのようにはならなかった、そこにまだ常識が保たれた、でもやはりナチスになるファシズムになる
団体なのである

現代はもうまともな人格を形成することは不可能だろう、そういう社会ではない、誰もこの社会をしりうるものはいない、第一一万の町でも何を仕事にしている人なのかわからないのである、都会なら江戸なら隣は何をする人ぞともなる
でも田舎でも今は同じなのである、それは戦後に余計になそうなった
つまり江戸時代から戦前までは農業主体だから農民は自然と結びつき共同体を形成していたからその地域で何をしているかわかっていたしアイディンティティをもつことができたしかしもう今はできない、何か震災以後この辺は外部から移り住んだ人たちが多いから
都会かして余計に何をしてしいる人か近くでもわからないのである

芸能人とか芸術家とかの異常性を指摘したが現代文明自体が異常だとなる、そしたら異常人格者が生まれているのが普通だとなる
それはここの問題ではない全体の問題としてそうなっている
社会からはずれても異常化するのだが社会にあっても異常化しているのが現代なのである学者でも象牙の塔に閉じこもり突然40万人がコロナウィルスで死ぬというのも異常だったそれは社会を知らない、象牙の塔に閉じこもって研究しているからである
そこでも社会性をはぐくむことができないのである 
専門馬鹿が普通にいる、その専門用語を使っているともう他者は煙にまかれて理解できない、特に科学者と対話もできない、専門的なことがそもそも理解できないからである
それでお前は核のことがわかるのかと言われればわかないとなり原発には立ち入るなとなるだけなのである
お前は何も知らないし理解できない、お前は無能にすぎないとなるだけである
その専門家でもまた全能でないから過ちを犯すのである

だから何か江戸時代とかの方が全人間として精神を育む人格が形成されやすいとなる
そこでは他人でも何をしているかわかるし理解するからである
それで塾の教師を見る時、人がいいのか人格者なのかを見たというのもそうである
医は仁術というのもそうである、モラルが高い人を評価していたとなる
現代はモラルなと関係ないのである、医者なら病気を治す人、手術がうまい人であり人格など関係ないのである、別に悪徳医者でも技術が優れていれば評価されるのである

そうはいっても人格というのはやはり社会性がないと培われない
なぜキリストが30まで大工だったのか?これも不思議なのである
神の子でも神話の様な人物ではない、大工として働いていたのである
またいくら神の子でもそこで社会の一員として働く必要があり働いたのである
そこで社会の一員としての自覚が生まれ人に教えを垂れることができたとなるからだ
とにかく現代は知識とか技術は格段に進歩した
でも肝心の人格は形成されない、そういう環境がないのである
そして現実でも仮想現実のようになっていて変な方向にゆく、自分自身がそうだったのである、だから関心をもったとなる





posted by 老鶯 at 20:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

原発事故の大罪は生態系を破壊したこと (生態系を破壊したら人は生きていけない)


原発事故の大罪は生態系を破壊したこと

(生態系を破壊したら人は生きていけない)


原発事故の最大の罪は生態系を破壊したことである、その罪はあまりにも大きすぎたのである、だからこの辺はギリシャ神話のような世界となって歴史に記されることにもなったこれは人類的災禍でありその象徴が自分の住んでいる場所になるとは思いもよらなかったプロメテウスが火を盗んで過酷の刑罰を受けたことやシンシホスの石を無限に持ち上げて無駄な労役を課せられる、それは放射性物質と森で循環するし取り除けないからである
そしてプルトニウムの放射性物質が二万年消えないというのもそうである
平和な山菜料理が自慢だったん飯館村の被害がその象徴だった
最近胃がんで死ぬ人が60以下の人に増えているというのもその被害がでてきている
飯館村は一か月くらい20マイクロシーベルトとかあった、村長が避難させなかったからだ、これも手落ちだった
私の住んでいる南相馬市でも二日くらい20マイクロシーベルトとかあった
それで何かわからないから外を出歩いていたのである
ただ二三日でこの辺は急激に低下したのである

そもそもなぜ人間にはこうした災厄が起きてくるのか?
自然災害あるとする、自然に起こることは自然作用でありそれをとめることができない
かえって止めると自然の一生物である人間にとっても害になる
例えば最近外国で大きな山林火災があり森が燃やされる、でもそれは雷が落ちたとか自然作用なのである
それが自然作用だとするときそこに何か意味がある、何か自然にとって必要だから山火事が起きる、というのは山林が燃えると灰になり肥料になる、すると山林が燃えた後は肥料になった土地が肥えて木でも植物でも育ちやすくなる
とするとそういうふうにして自然をリフレッシュするものとして山火事もあるのかと見るそして人間は山火事を見てその後に木でも植物でも生育が良くなるので焼畑を思いついたのかもしれない、人間のしてきたことは自然から学んできたからである

でも人間のしてきたことは逆にこうした自然に逆らうものとしてもあった
それがこれまでは小規模なものだったが大規模なものになり自然を破壊するまでになった人間は生態系を破壊するまでの力を持つようになった、人間は自然に自然の作用に適合するのではなく自然を変えてしまう力をもつようになったのである
それが20世紀とか以降に顕著になりグロ−バル経済が拍車をかけたのである
だから熱帯雨林でも木が伐採されてオランウータンの住む森がなくなったりしている
グロ−バル経済によって世界の自然は相当に破壊された、森も消失した
このことがコロナウィルスとかとも関係していた
何らか人間は侵入してはいけない森とかに入りそこで動物と接触してウィルスに感染したとされるからだ、そしてウィルスが風土病だというときもそうである
その地域地域にあった病気が世界に伝染したのである

つまりグロ−バル化とは地球に境界をなくすことである、でも自然には明確な境界があり成り立っている、それぞれの風土に適応して生物が生息できるからである
そういう生物が生息する境界をなくすことはできない、その地域の風土に適応してしか人間は生きられないからだ

人間はあらゆる境界を無くした

それが災いをもたらしたともなる、コロナウィルスでもそうである、もう一地域の風土病ではなく世界の風土病となりその伝染を止められないのである
日本を日本の風土がありそこに適応して歴史を作ってきた
日本の風土は島国であり世界と違って特殊である
それで魏志倭人伝に牛、馬、虎、豹、羊、鵲無しと記されていた
大陸と島国の相違は日本は食料でも海産物主体であり肉食しないし家畜がいなかった
また地理的にも平原とか砂漠がないことが特徴である
日本は海と山との世界、海彦山彦の自然である
そこに大きな長大な川はない、また平原とか砂漠がないことは交通には適していない
山と山にさえぎられて閉鎖された世界に生きていたとなる

また海があっても地中海のように交通の海になっていない、大陸では平原とか砂漠とか川は交通路でありそれで常に文物でも流入してくるのである
それを証明したのが中国の秦である、始皇帝が最初の中国の統一国家を作ったからであるそれは兵馬俑のような大騎馬軍団で統一したからだ
つまり平原とか砂漠があることはそこは騎馬軍団で一気にモンゴルのように世界帝国になる地理なのである
地理的条件が歴史を作っていたのである 
そのマイナスとしてモンゴルがヨ−ロッパに進攻してペストがもちこまれてヨ−ロッパでは三分の一が黒死病で死んだのである、モンゴルはそのペストにかかった死体を城の中に投げ込んだというから恐怖だった、まさに細菌兵器として利用したのだからコロナウィルスでも細菌兵器だという説があり人間は戦争になると手段を選ばない、原爆でもそうだった

いづれにしろ生態系を壊すことはそれが人間も生物の一種だから原発事故で故郷にでもその土地に住めなくなるのである
これほどの被害はない、いくら貧乏を言っても昔は貧乏でも第一住めなくなったら終わりである、それは一地域だけではない、人類全体及んでくる
人間の恐怖は地球規模で生態系の破壊が起きて人間が住めなくなることになるからだ
そこに人間の罪深さがありそれが過酷な刑罰としてギリシャ神話に残ったのである

東京のような大都会は世界でもそうだがもう生態系から分離している、そこには森もないし田畑もない、生態系を意識できない、人工的空間に生活している
でももしその水を供給する山とか森とかが放射性物質に汚染されたら水さえ飲めなくなるのだ、そういうことが東京で一時騒がれたのである
海産物主体の日本の食生活も海が汚染されて食べられなくなる
現実にトリチウムを海に流すとかその問題は継続されている
原発事故の罪深さはそうしてもうその土地土地に住めなくなる、ついには日本にも住めなくなることである、現実に吉田所長が原発が爆発した時東日本には人が住めなくなると言っていたのである、そんな恐ろしいものを作っていたのである

そのことはやがて核戦争が起きたり事故になっても人類は地球に住めなくなるということを示唆していたのである
東日本が住めなくなるということはそれだけの甚大な取り返しのつかない被害になるいうことである
だからなぜそんなものを作ったのか、そういう被害を考慮しなかったのか?
いろいろ原因があってもその出発点からして科学者でも警告して停止すべきだったとなるそれは原爆を落としたことと同じである、なぜ科学者はそうした恐ろしいものを作り現実に武器として使用したのかとなる、あとからアイシュタインなどが反省したが遅かった

コロナウィルスでも生態系から復讐されているというときも人間は生態系を破壊して来た結果そうなった、そういう技術力をもったときそうなった
例えばまず縄文時代だったら遺跡の発掘でもわかる、津波の来た地点には人は住んでいなかった、自然に適合して住んでいたから津浪の被害には全部とは言えなくても被害にあわなかったとなる
でも海側を開拓して田にしたときそこは被害にあった、松原も人工林では根こそぎ津波で消失したことには驚いた
でも自然側からすればそこはもともと海だったのだか元の海に戻したということである
自然が必ずしも無慈悲とも言えない、むしろ人間側が自然に適合しない生活をした結果だともなるからだ

20世紀とかは人間の技術でも経済でもグロ−バル化して巨大化した結果として地球の生態系を大規模に破壊して来た、その逆襲を自然から受けているという時、コロナウィルスでもそうだとする、なぜならウィルスは自然の一生物だからである
つまりウィルスとも共有しなければ人類は生きていけないからだとしている
ウィルスにもいい作用がありそれは自然の作用だともなる
単なる異物として取り除くものでもないとしている
地球で異物となったのはむしろ人間であり人間の過度に発達した科学技術とか巨大化したグロ−バル経済なのである

そのグロ−バル経済と一体化強欲資本主義はもう限界でありマネゲームとかなり金融資本主義となり崩壊しつつある、もうそんなことをつづけたら地球自体が持たないとなり
巨大な自然災害が頻発しているともなる、コロナウィルスもその一つなのである
ますますその自然災害も苛烈になる、そして文明が滅んでゆく
エジプト文明が3,000年もつづいたのは自然と適合する文明だったからである
ナイル河を利用して洪水でも実は泥を広大な河岸に運び肥沃な土地とした
一見洪水が悪いように見えてもそれは自然の作用でありそれがエジプト文明を作っていたのである、それは山火事でも同じである、樹々が灰となり肥沃な土地となり生育が盛んにしたと同じなのである

エジプト文明の不思議は高度な科学技術をもっていた、ピラミッドは現代の技術でも建てられないとしていることでもわかる
そして生態系を重んじる文明だった、あらゆる動物が神の化身となり牛までミイラ化して人間と同じように葬られている、それは偶像崇拝となっていたがそれでも生態系と一体化したものとしてありえた文明である
だから「エジプト文明はナイルの賜物」となったのである
生態系と一体化した文明なのである
それで原発事故で一時この辺から蛙と鷺はいなくなった、田畑は荒地化したからだ
でも蛙が鳴き、鷺が戻って来た時、生態系が回復した
田畑は生態系と切り離されずあった、だから蛙がいなくなり鷺がいなくなることは生態系が破壊されたことによってそうなったのである
人間は蛙も鷺でもいないなると実は人間も住めなくなることを示していたのである
空気も水も土も森も汚染されたら住めないのである
未だにそうして避難区域になったところは回復していないのである
現代文明が滅びるという時まさにこの辺が原発事故で現実化したのである

posted by 老鶯 at 10:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2020年09月10日

夏の終わ-夏菊、コスモス、雲の峰 (写真をとるのは労働である)

夏の終わ-夏菊、コスモス、雲の峰

(写真をとるのは労働である)

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雲の峰うろこ雲見ぬ朝の空

夏菊を見つつ走りぬ自転車で

雲湧いて夏菊一面流れかな

夏菊に揚羽喜々とし舞いにけり

夏菊にコスモスまじり土手の道


雲の峰うろこ雲かな夏よりし秋にうつれる流る川かな


自然は刻々変わっている、買い物帰りに真野川の土手の道で雲の峰を見た
でもその脇にうろこ雲が出ていた、そこを写真にカメラがなくとれなかった
それが失敗だった、家に帰ってカメラをとりにいってまた撮った
その時うろこ雲と消えていた

今日は日中に急ににわか雨のようなものが降った、何か雷雨だったのか雷もならないようだった、それもすぐやんだ
このように日本の天候は本当に変わり安い、すると写真を撮るにしても刻々変わっているからシャッターチャンスを逃すのである
だから常時カメラはもっている必要がある
それでスマホで今は写真をとれるから便利だとなる

土手の道には夏菊が一面に咲いていた、それからもうコスモスも交じり咲いていた
いかにも初秋らしいとなる、真野川の岸辺は花壇にしたが去年の洪水で流された
でも夏菊はその花壇のあったところに増えて咲いていた
自然はこうして回復する、花だったら回復しやすいとなる、でも原発事故では田畑は回復できなくなった所がある

もう夏は終わりだろう、明日からは雨になり秋雨に涼しくなるだろう
やっと体も楽になる、何か毎日ぐったりしていたからだ
何か写真とるのは結構な手間である、だからいい写真をとるとなると相当な時間をかけて構えていいカメラでいなと撮れないことがわかった
前も写真をとったとしても安いもので記録するということが多かった
今はなんとか見映えするものを撮ろうとしている、それで広角レンズを中古で買った

近くで写真をとる絵になる風景がある、見慣れているから写真にはならないと思っていたが意外と絵になるものがあった
写真をとるときやはり一定の場所でとる、変化を見て撮るのがいい
でも車がないからそれができない
真野川の土手の道は散歩するにはいい道である
人間は意外と近くの住んでいる場所がいいと見ないのである
それはあまりにもありふれてなれてしまった見えなくなるということがある
何か特別変わった風景を求めるが近くで写真になる風景があったとなる
人間は近くを発見していないのである

写真を撮ることは遊びでも労働だと思った、だから写真家が多いしセミプロとか写真をする人が多い、それほど写真は魅力あるものだと今頃気づいたのが失敗だった
つまり人間はこうして何か気づかないのである、そしていつのまにか時間を無駄にして
人生も終わりになっているのである
趣味だって簡単に身につかない、試行錯誤が必要になる
また機械を使いこなすことも必要になる、だから何でも日頃からの積み重ねなのである




Crests of Venice abstract painting about venice


Crests of Venice 

abstract painting about venice

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ベニスは世界で一番魅力ある都市である、海に浮かぶ都市でありそれが一大勢力となって地中海の覇権を握った時代があった
地中海という海がそれを可能にした、ともかく不思議な都市なのである

Venice was the most attractive city in the world, a city floating on the sea, and there was a time when it became a major force and took control of the Mediterranean Sea.
The Mediterranean Sea is a mysterious city that made it possible.

2020年09月09日

コロナウィルスと人類の災禍 (欧米の悪い面も取り入れた日本ー鬼は外、福は内は変わらなかった)


コロナウィルスと人類の災禍

(欧米の悪い面も取り入れた日本ー鬼は外、福は内は変わらなかった)


コロナウィルスが社会にもたらしたものは何なのか?
ウィルスそもそもが人類の災禍だった、歴史を見れば実際ウィルスがどれほど人類の災禍だったかわかる、そして不思議なのは大航海時代というのは歴史的にヨ−ロッパからみれば偉大な時代とされる、コロンブスは英雄とされる
そのコロンブス像が黒人とかもともとの原住民の子孫からは災いをもたらしたものとしてその像が引き倒される、またイギリスの奴隷商人の像が引き倒される
それはイギリスに移民が増えたからである、そしたらアフリカ系イギリス人とアメリカ人は歴史的には奴隷にされて売り飛ばされたのだから英雄でもなんでもない、悪徳商人にすぎないとなるからだ

コロナウィルスでは外から入ってくるものが何でもいいものとは限らなかったことであるまた必ずしも外から入ってくるものが日本国内ですらいいものだけではなかった
「鬼は外、福は内」と日本だけではない、世界的普遍の真理だったのである
日本はなぜ日本文化を天皇でも長く維持できたのか?
海を防壁となり外国人が容易に入れない島国だったからである
それで鎖国もありえたし独自の文化が維持できたのである

まず大陸だったら陸続きだから異民族の侵入を防ぐことができない
それで中国のように万里長城を作るほかなかった
また街でも城壁で囲み守るほかなかった、市民とは市を守る戦士共同体だった
つまり共同して侵入してくる敵と戦う集団だったのである
それがシテズンシップとなった
これは大陸だったらヨ−ロッパでも中国でも同じなのである
塔があるとしたらそれは見張りの塔であり敵が攻めてくるのを見守っている塔なのである日本の五重塔のような優雅なものではないから塔自体が日本の塔と性質が違っていて
作りも強固なのである

大陸が文明を作り普遍性をユニバーサルなものを作りだした
日本はその大陸文明のユニバーサルな世界からスタンダードからはずれた特殊な国として江戸時代の鎖国まで存在しえたのである
そこにも確かにいい点と悪い点がある、それは結局なんでいい点と悪い点がある
人間でもいい点と悪い点が必ずありいい点は悪くもなり悪いと見れるのはいい点にも変化する、日本は島国で閉鎖された国だとなるが海に囲まれている故に異民族の侵入に苦しめられることはなかったとなる、国内で争いがあっても民族皆殺しとかにならなかった

そもそも天皇の不思議は天皇を批判することもわかるが何か調整役として争いを治めるものとしてあった、日本人同士ならわかりあえるものとして日本人はあり勝海舟と西郷隆盛が江戸無血開城をなしえたのは日本人同士ならわかりあえるということと同じ侍ということで日本人として通じるものがありできた
そして東北は薩長の官軍と戦ったがそれで死んだ九州などの藩士でも敵味方塚に葬られている、そのことが中国人には理解できないというのも大陸と日本という島国の相違なのである、中国人だと敵は墓でも暴いて罰しているからだ
敵を許さないともなるからだ

人間社会はいいものが悪いものとなり悪いものでもいいものとなったりする
そして外から入ってくるものが必ずしもいいものとは限らないのである
でも明治維新から日本はヨ−ロッパの文明がすべていいものとして取り入れた
そこで日本人の文化が失われていった、でもまだ戦前までは日本人的いい面としてあったもの義理人情などがあったが戦後の高度成長時代を経て喪失した
グロ−バル経済は資本主義は情を否定してすべてを金で計るようになったからである

何でも外国でも外から入るものがいいとは限らないのである
食べ物でも日本人は日本がという島国で与えられたものによって体が作られてきた
ところが外国人は狩猟牧畜民族であり肉を食べる、それはなぜかというと大陸だと塩分をとるのがむずかしい、それで肉から塩分とるためだという
また肉を消化する酵素が白人から出るというとき体の作りまでそういう食生活から作られてきたのである

一方で日本だったら海に囲まれている海産物主体の食生活になる、塩分が不足することなくかえって塩分が過剰になに生活をして脳卒中が多くなったとされる
こういうふうに人間はそもそもその風土によって体まで作られる存在なのである
だからこそ中国人が日本に来たとき日本の特徴を魏志倭人伝に記している 
倭にいない動物として牛馬虎豹羊鵲(カササギ)として記している
カササギとは韓国にいて日本にいないのである、だから韓半島を通って日本に来たことが証明される
日本ではタンパク質を魚からとっていた、ただ縄文時代でも肉食していた、狩猟はしていた、その後仏教が入ってきて鹿とか肉食を禁止したとかあるから動物の肉はほとんど食べていなかったのである                                                        

そして日本は食生活からして大陸とは異にしていた、それが自ずと日本文化を作ったのである
日本は島国でも韓半島とか中国と通じることができていた、大陸から切り離されて孤立していたわけではない、現実に古代にはいろいろ民族が入ってきた
秦氏とかは秦の始皇帝と通じてシルクロードがありそれはキリスト教(景教)も実際は入っていた、それは弓月国でありそれはイスラエルまで通じていたというとき壮大な人類の歴史を感じる、つまりイスラエルまで古代から日本は通じていたともなるからだ
そして唐の時代に日本人は遣唐使が漢字をもたらして文字をもつようになった
その時宦官制度から取り入れなかった、すべてを何でも取り入れなかった、取捨選択したのである
それは海に囲まれたから特殊な地理によってできたことなのである
南米のアステカとかマヤとかインカでは文字がない、それはヨ−ロッパとユーラシア大陸と分離した孤立文明だったからである

とにかく外国からいいものだけを取り入れた、日本に合うものを取り入れた
ヨ−ロッパのものが中国でもすべていいものではないからである
そして日本が漢字を使っていても中国とは意味も違っているし別なものとして利用するようになったのである
そして言葉の面から日本人も本当に特殊である、なぜ日本語の起源がわからないのか?
アジアの言葉でも共通性がないのか?ヨ−ロッパとかでも印欧語族として共通性がある
その言葉はアイヌの言葉にも受け継がれているからアイヌは縄文人とは関係ない、新来の人たちでありインドヨ−ロッパ―と共通した人たちである
その顔でも彫りが深いから純粋の日本人とは違っている

コロナウィルスが世界に日本にもたらしたものは大航海時代から世界はグロ−バル化して結ばれたのがそれも世界を一巡して終わりかえってそうしたグロ−バル化よりナショナルなローカルな文化の時代になる、国風文化の時代になる
日本だと平安時代になる、また戦国時代が終わり江戸時代になる
そういう時代の変化がコロナウィルスで起きたのである
人がもう自由に行き来できないということでそうなったのである

奇妙だけど一億総引きこもりのような時代になる、それぞれの地域で関所をもうけ外から入れないようにする、まさに江戸時代に回帰するようにもなる
そういう時代の変化が日本でも世界でも起きたのである
大きな時代の変化が世界でも日本でも起きたのである
ただ日本の不思議はなぜコロナウィルスが今のところこれほど感染者でも死者でも少ないのかである
それはやはり風土とかに育まれて培った免疫性とか体の特質とかにあるのかもしれない
こんなに欧米とかと比べると少なすぎるからである、検査しないということがあってもこんなに差があるのはなぜだろうととなるからだ
それはやはありアジアとしての共通した何かがある、免疫性があるともなる

ただ外国人でも異人種でも異文化でも異文明でも交わる時、そこに必ず問題が起きる
ウィルスもその一つでありそのウィルスが入ってくることでアメリカのインデアンとか
アステカとかマヤとかインカ文明が滅びるとまでなった
ヨ−ロッパ人の侵略は暴力的でもありそれだけの影響があったとなる
日本は明治維新で唯一欧米の暴力的侵略に抵抗できた唯一の国だったのである
それだけのものが歴史的に蓄えられていたから抵抗できたともみる
中国ですら抵抗できず植民地化されたからである

ただグロ−バル化した世界は日本がもはや島国であることを許されない、中国だって軍事強国となり経済強国になるときもう海は防壁にならない
大量の中国人であれ移民が押し寄せて来る、それをおさえられないのである
海が防壁にならないからである、大量の中国人がおしよせて日本は今度は中国の植民地となってしまう恐れがある、北海道の土地は中国人に買い占められているとかでもそうである、海は防壁にならないとき大量の移民が侵入して日本を占領してしまうことがありうるそれがグロ−バル化の怖さである
だから「福は内、鬼は外」なのである、人でも何でも物でも何でも入れていいことはないのである、牛肉でもなんでもあらゆる世界のものを食べることにも疑問なのである
それは体にいいとはならない、何かそして日本人がならない病気にもなる、癌も増えるとかなる                  

コロナウィルスでこうして大航海時代からのグロ−バル化に歯止がかかったことはやはり時代を変えることにもなった、それがすべて悪くは働かない、いい方に働けば日本は日本独自の再生がルネサンスが起こる、国風文化を再び醸成するともなる
それが今度はユニバーサルなスタンダードにもなりうる
だから日本の悪い面だけを取り上げて批判するのも問題なのである
どこの国でもいいい面と悪い面があるからだ、ただ外国と比較すると日本の悪い面は良く見える、いい面でも見える、そこで外国で生活した人は両方が比較して見えるから参考になるのである
でも外国のものがすべていいものとはならない、日本はあまりにも明治維新から戦後から外国のものをいいものとして取り入れ過ぎてしまったのである
もう日本独自のものがなにかさえわからなくなった、精神的なものでもそうである
日本精神が何なのかもわからない、日本人として骨格となるものさえ失ったのである
だからコロナウィルスはこれも悪い面として作用もするがいい面として作用する
そのいい面を伸ばせば日本も変わるともなる、そういう時代の変わり目だとなる


確かにイギリス人の食糧は牛肉である

と認めなければなるまい

イギリス人は戦争愛していると

それはあらゆる享楽と同じ

彼らの大好きな気晴らしなのだ

クレタ島の人々もそうだった

牛肉と闘争、この二つとも

イギリス人から学んだのだ

バイロン(ドン、ジュアン)



こういうようにイギリス人気質があり文化がある、闘争的である、そのイギリス人が主に作った国がアメリカなのだからその気質でも文かも受け継がれている
アメリカの西部開拓は牛の大群とともに西へ移動したからだ

牛肉はそんなに食べる必要があるのか?
(食生活は文化の根元)

ロング=ドライブは途中にはそのインディアンの襲撃や農民とのトラブル、牛の暴走などなどがあり、カウボーイたちは危険な仕事ではあるが莫大な金を手にすることができた。しかし終点の町では賭博や酒、女で使い果たしてしまい、無法者のガンマンが暴れるというお定まり「西部劇」が展開された。大平原のフロンティアには、はじめ政府もなければ法律もなかったので、取引やカウボーイの休息の場所たるドライブの終点地は、暴力の町となる傾向があった。「荒野の決闘」や「OK牧場の決闘」で有名なワイアット=アープが保安官を務めたのがドッジ=シティでは、町が出来てから一年間に25人が殺されている。<旧版世界各国史『アメリカ史』 p.195>

アメリカは今銃をみんな持っている、それで黒人が討たれるの銃で撃たれるとうい恐怖から先に撃つのである、つまり西部劇が継続されているのだ
西部劇で常に銃で決闘が行われる、どちらが先に銃を撃つのかかたづをのんで見ていた
そういう世界が今つづいている野蛮性が残っている国なのである
だから何でもアメリカがいいとして取り入れることは日本にとって良くなかったのである

欧米型の食生活のために胃ガンが増えた? (病気も生活習慣病)




posted by 老鶯 at 17:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年09月08日

プロの投資家ももうかっていない、失敗している現実 (グロ−バル経済は公平な市場ではない、国際金融資本家に吸い上げられる富)


プロの投資家ももうかっていない、失敗している現実

(グロ−バル経済は公平な市場ではない、国際金融資本家に吸い上げられる富)

確実に不労所得を増やす「投資信託」の選び方

「機関投資家」は、市場平均よりも成績が悪い?
まず、「機関投資家(投資信託の資金を運用するプロの投資家)」の言うことを信じる必要はありません。なぜ、こんな話をするのかというと、「プロのファンドマネージャー(機関投資家)の運用成績は、市場平均にすら勝てない」という事例が多数確認されているからです(1)。                                   

そういうことだったのかと私の投資経験から納得した
大東銀行の営業の人は証券市場で株の売買を経験していると言っていたからプロなのでまかせられると思った
その人でも地銀とかでも証券会社のプロでも投資のことはわからない、当てていないとなるといかに投資でもうけることが至難かがわかる
そもそもそグロ−バル経済市場など天文学的数字の経済でありそれを理解できる人はいないと思う

適当にその時石油が生産されているからカナダ国債が買ったが石油の値段が下がり大損失になるところだった、次にUS=REITがいいとか買った、これはトランプ大統領が選ばれて円安になりもうかった
次に円高とか為替差益が怖いということもありJ=REITがいいだろうということで買った
その時営業の人はリーマンショックの時半分に下がった株が元にもどしあがった時J-RERIその株を売りまわしたことから疑問をもつようになった
何か売ったり買ったり転売するとまた手数料が入るからそうする

それより機関投資家であれ本物の投資のプロでも当てていないしもうけていない!

これは意外だった、プロがいてもうけているのかと見ていたからである

このようになぜなるのか?プロだったら知っていて投資していると普通は思う
ところがプロさえ当てていないもうけていない、もうけられないとなる
ただ今度はコロナウィルスでチャートを見せて一時下がったので上がって来た時買いだと営業の人がすすめたとき本当に買いだったのである
でも私はJ-REITを営業の人が信じられなくなり一月に売った
そしたらコロナウィルスで半分まで下がったのには驚いた

このうよ株式の世界、投資の世界は予想もつかない、訳の分からない世界なのである
それはプロでもわからない世界だったのである
その原因はそもそもグロ−バル経済自体が誰も理解できるものではないからだ
その市場自体も天文学的数字であり第一世界を理解すること自体不可能だからである
本当はそこでもうけているのは国産金融資本家であり銀行だというのもわかる

なぜなら世界で金を作りだしているのはFRB、世界中央銀行である、それはアメリカの国ではない、民営の会社であり銀行なのである、その銀行が金融を支配しているとされている、金を作り出すことができるということは最大の権力を握っているともなる
そこにロスチャイルドとか加わっているともされる
そしてなぜコロナウィルスで世界でも日本でも経済的苦境にあるとき株だけは上がっている不思議である、好景気にわいているのは何なのだろうとなる
それはそうした金融を支配する上層部が金を作り出して回しているだけだとしている
それは経済の実体とは違っている

こうしてなぜ経済がもう理解をはるかに越えたものとなり世界市場はギャンブル場のようになってしまっている
金は紙幣が世界市場にばらまかれている、でもそれで景気が良くなっているのか景気が良くなるのか?そんなことがありえないだろう
だって紙の金は紙でしかないからである
例えば江戸時代などはいくら金がやはり力をもったとしてもその金を金あらしめたのは米である、だから藩でも石高でその経済力を示して指標にしていたし侍でも石高でその収入を決めていた、だから金の価値は石高であり紙幣ではない
実際の金でも小判と銀貨であり今の金とは違っていたのである
そういう経済では何か実態経済と金は物の値段と価値はグロ−バル経済のようにはならない、ある程度理解できる経済である

日本語の「経済」は英語の"economy"の訳語であるが、この語は古典ギリシャ語の οικονομッα(家政術)に由来する[3]。οικοツ は家を意味し、νομοツ は規則・管理を意味する[3]。従って、economyの本来の意味は家庭のやりくりにおける財の扱い方である

経済とはこういうものであり家政だ基になっている、それだけ狭い範囲での経済である
でもグロ−バル経済となるともはや誰もわからない天文学的な数字の世界の経済である
だからプロの機関投資家でも経済のことは素人並みでありギャンブラーにすぎないとまでなる、だからこの意見は意外だったのである

それで機関投資家、プロの投資家でも詐欺的になるということはそもそもグロ−バル経済があまりに巨大すぎて理解できないからである
そこに最大の問題があったのである、そこに中国だと経済は経世済民で民を救うものとしての経済だがそうはなりえない、だからなぜコロナウィルスでみんなが苦しんでいる時
株だけが上がって株をもっている人たちは特に金持ちは得しているというのも異常だとなる
困った人など関係ない、株で儲ければいいとしかなっていないのである
むしろ喜んでいるということきにもなっているのが現代の異常な金融支配なのである
修道院から始まった資本主義はもう悪魔の強欲資本主義と化している
「道徳無き経済」でもある
だからもうグロ−バル経済は世界を破滅させるとまでなる、一握りの人間が世界の富を収奪しているとなるからだ、それが銀行などでありそこが金を作り出している世界経済を狂わせる元凶だともしている
ただそれだってあまりにも巨大だからわからないとなる、ただ憶測だけになる

こうしてわからないということ自体が問題なのである、なぜならちょっと考えてみればわかる、狭い範囲で10万くらいの都市に中央銀行のようなものがあり紙幣を発行するとする景気良くするからと金をその範囲内の住民にばらまいたとする
それでみんなその金を使うとする、そんなことで地域住民が豊かになるだろうか?
そうなると金は別に紙幣を刷ればいいだけだとなるからだ
でもなぜそうなっているのかというとグロ−バル経済とか金の力は遠くから物が入る時
力を発するからである、金で何でも買えるというときそれは世界中から物が入ってくるからこそである、全国規模で金を入ってくるからである
すると地域の狭い範囲の経済など関係なくなる、米でも日本中のあらゆる米をうまい米を買えばいいとしかない、地域の米がまずいならうまい米を他から遠くでとれた米でも買えばいいとなる、でもそこで問題になるのが金なのである
金がなければ買えないということである

ではもし地域で金を作りだしたとしたらそうした食料でも働かなくても買えるから生活できるとなる、でも地域では金を作れない、地域貨幣を作ってもそれはうまくいかず通用しない、それより中央銀行ではそうした国の紙幣発行をつぶしている
何か独自の紙幣を通用させようとするとつぶされるとしている
第一地域通貨など狭い範囲でしか通用しない、そうなるとその通貨の意味は今の国際通貨とは違ったものである
ただ物々交換ではめんをとだから地域通貨を利用するということである
だからそもそも貨幣とか通貨とかが広い規模で生まれたのは外国との貿易で贅沢品を買うために必要としたからだとされている
それで貝が装飾品としてもあり宝貝が貨幣の役割りをした、要するに宝石とかと同じものとして貨幣があったとなる

世界の富を得るにはどうするのか?

世界通貨を持つことである、それがアメリカでは民間の国際金融機関のFRBとがである、巨大な国際銀行が紙幣を発行できる
特にドルを発行できる、ドルが世界の基軸通貨だからドルをもてば世界の富を手に入れることができる
その後ろ盾がアメリカという覇権国家があってのことである
そして超格差社会となり数パーセントの人たちが富を一人占めしているのである
それはアメリカ国内でもそうなのである

つまり紙幣は金を握るものは権力を握るからである、権力があって金もありえる
ローマ帝国があってローマの皇帝の硬貨がローマ帝国内で通用するのである
アメリカという強力な国家があってドルは世界の基軸通貨となっている
だからアメリカでは世界通貨として使用されるともなる、でも中国でも他の通貨を使用するとなると反対するのは金の力で支配できない大きな地域が生まれるからである
そういうことはローマ帝国内でも地方を支配する統治者がその人物像を彫らせて貨幣を作りだした時中央政府から攻められて殺されたともなっているからだ

いづれにしろ貨幣とは何かとなると一概には言えない、その背景は複雑にしても一つの支配形態であり政治的なものであり決してアダムスミスが言う、見えざる手に導かれる市場などではないのである、政治的支配形態として紙幣がありその発行権をもっている上層部が経済を国をも支配するとなっているのである
だからこそ世界の富が数パーセントの金融をあやつる人たちで巻き上げられて収奪されているとなる、ただあたかも公平なように装うのである
あまりにもこれも原発のように複雑すぎるし規模が大きすぎるからそうなっているのである、そこに最大の問題がありだからこそグロ−バル経済は問題なのである
貿易とかは必要である、ただ現代の計り知れないグロ−バル経済はサタンが操作する経済ともなっているのである
それでプロの機関投資家でも株で当てていない、もうかっていなとなっていたのである
それこそが現代のグロ−バル経済を象徴していたのである  

現実投資で素人がもうけるとしたらインデックスの株の投資である
引用したサイトで説明しているとおなりである
私自身もリーマンショックの時もっていたインデックスの投資信託が元にもどりそれから上がったのには驚いたからである
ただ銀行の営業の人が来てその時、J-reitに回したからもうけられなかったのである
銀行では次々に売ったり買ったりすると手数料が入るからそうしていただけである
その営業の人自体分散投資のことを言って自らまもらなかったのである
ただコロナウィルスで営業の人がチャートを見せて今上がっているというときそれは当たっていたのである
でも信用できなくなり買わなかった、そもそも機関投資家のプロすらもうけていない当たっていないというからこの世界でもうけるのは至難だとなっているのだ




posted by 老鶯 at 17:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

駅のボランティアで一番頭に来たこと (ただ排除されることしかなかった)


駅のボランティアで一番頭に来たこと

(ただ排除されることしかなかった)


駅のボランティアで一番頭に来たことは乗客からも駅長からもただ排除されるだけだった

●駅で良くゴミをなげる場所が構内のホームにあり客に聞かれたので教えた

 それで時々構内に入ってゴミ箱を点検していた

 そしたら駅長に構内に入るなと言われた

 今高校生の見守り役がいてその人に言われた

 その人には盲人の人が来るからと案内するように教えた

 その人は公式に認められた人だから後から来たとしても自分に命令した

 お前はここに必要ないという態度だったのである

 でもどんな場所にもそこに経験者がいて先人がいる

 それで後から来た人は教えを乞うことがある

 でも今はそういうことがなくなった、むしろ後から来て金がある人など威張っているという社会である、そして情報でも地元のことでも無関心ともなる

●警察に見知らぬ人がいるから誰かが通報してみんなの前で職務質問された

これも頭に来たことである、野球場が鹿島にあり二軍の試合があり人が集まった
その前で職務質問されたらその人は何なのかとみる
そんなところで勝手に何をしているのかとみる
ただその時前の自転車屋と客の人に時刻表を配ったのでこの人は悪い人ではないと弁護してくれた

●客の若い女性は風の時、電車が遅れたので状況を教えているともの凄い剣幕で怒った
 そんな説明などいらない、やめろと大声で怒った

 私は風が吹いた時必ず遅れるので説明していたのである
 それはプログで報告していた、それは客に感謝されたことがあった
 その時は無人駅化したので教えることがあった
 私は別に駅のボランティアをしようとしたわけではない
 無人駅化して乗客に訊かれたから教えた結果ボランティアになったのである

今のように高校生の見守り役がいればもうしない、私のしたことはプログに書いた

そしてコロナウィルスでもう駅で人と接して話することもできなくなった
実は私が駅でボランティアするようになったのは駅でいろいろな人と出会い話して情報を得ることだったのである
それも駅にいた目的だったのである、だから何かボランティアしているとか大げさなことでもなかった、ちょうど昼間買い物して寄っていたので自然にそうなったのである
それでそこにある不具合があり客に困ることがあり教えたとなる

そしてそんなささいなことでも現場のことは駅長でも知らないと思った

それは例えば東電でも原発でも内部で配管の仕事をしている人が言っていたが危険なものがあったと報告していた、でも上の人は幹部の人は知らないと言っていた
また何か建築土木関係の仕事している人も現場のことで上の人に助言したことがあったという、つまり現場のことを上の人が知らないということがあることを知った
私はまず社会経験がないからここでのボランティアは社会経験になった
だから私にとって悪いことではなかった
そういう経験ができたことが貴重だったのである
人間を作るのは経験である、実地の体験である、だからあるゆる場所で仕事している人がいてもその仕事について理解できないのはその仕事を経験できないからなのである
それぞれ仕事していても自分は全くかかわらないのだからわからないのである
駅だって自分はただ電車で旅しているだけだったのであり本当は相当に鉄道会社には世話になっている、でも鉄道のことをその仕事についてはわからないのである

ただJRの問題として駅から駅と安全に時間通りに運ぶことは徹底して力を注いでいる
毎日点検もしている、でも客へのサービスは関心がない、そのことは他の人も指摘していた
だからこそ駅はただ客が通り過ぎてゆくだけであり機械をロボットを設置していればいいという発想にしかならない、コストを削減するためにそれでいいとなったのである

ところがただ運ぶだけではない、客へのサービスとか何かハードだけではない、ソフトの面で力を入れるということも現代では必要かもしれない
日本の鉄道の歴史はまずインフラのハードを整えることだった
それは車社会になってもそうである、まず道路の整備だったのである
でもそうしたハードも一応できあがると人へのサービスが仕事にもなる
そのソフトの面として人へのもてなしとかサービスへ仕事の内容が変わることがある
でもそこはほとんど考慮されていないのである
何か今やハードからソフトの時代になっている、パソコンでも最初はハードが大事だったがそれも多少スピードが早いとかで進歩もとまる、そしハードりソフトだとなる

つまりソフトとは他だと人的サービスともなる、観光でも中国人は最初は爆買いであり物の消費だったが事の消費になる、何か必ず物でも食事でもそれるにまつわる物語があり
観光でもハードの整備があってもソフトの面の充実に消費が向かうのである
鉄道の問題はハードが主要なものでもソフトの面に人的サービスにも目を向けないと収入が減るだけだとなる、それかコロナウィルスでさらに拍車をかけた
極端に100からゼロにまで落ち込んだからである
そうなるとどうするのかとなる

ただソフトというときコストがかかるとから無人駅にすればいいとかなる
そこで何かソフトの肝心な人間的てもの情がなくなる無味乾燥なものになる
でもJRではそれでいいのである、人間のサービスよりハードを整備することが仕事だと思っているからである
それは理系の技術者の発想になる、それが主要でも時代によってハードの整備が整うと
ソフトのサービスを人は求めるようになる、だから機械化ロボット化AI社会でも人間的なものがいらないとはならない、そうなると殺伐とした世界になる
すでになっている、もうどこにいっても人はいらないとなる社会になる
ロボットと機械の方が資本家にとっては効率的でいいのである
でも人間社会はすべて効率で計れないのである、それがまさに人間的なことなのである

いづれにしろ鉄道は公共事業じたら外国では国で援助しているとか鉄道は駅でも公共性が高いのである、鉄道会社だけで運営できるものではない
現実無人駅でも駅のトイレは国で支援して新しいのを建てたのであり掃除は駅ではなく
福祉関係の人達が市から金をもらってしているのである
駅はそうした公共の場であり会社でもやはり公共性があるから会社だけのものではないのである、市民がかかわる場所であり市民のものだというものがある
それで自分のように一市民がかかわってもただ排除されるだけだったとなる
だからボランティアでさえ実は権力をもたないと何もできない
もし何人か集まり市から認可されれば金でももらってたいしたこともしなくても認められて自分のように排除されることはないのである
ただ自分の場合はそこで学ぶことがあったから良かったとはなる
つまり駅から見えて来る社会がありそれが意外と広範囲であり小さい田舎でも見聞が広まったことが自分が得たものだから無駄なことではなかったのである

なぜ人間が他者を理解できないのか?

それはそもそも人の仕事が多様で理解できないからである
今の社会は無数のパートで成り立っている、すると原発でも吉田所長が復水器のことを知らなかった
それは最も大事なものだったのである、それが所長でも知らない
そんなことがありえるのかとも思った、でも他の大会社の社長すら専門以外は知らないのである
でも社長になっているのである、そういう社会なのが現代なのである
だから駅長でも駅のことがみんなわかっていることでもなかった、現場の人が知っているということがあり指摘したら直したことをプログで報告したのである、だから駅とかは意外と広範囲に社会とかかわる場所だったなと回想するのである


東日本震災から10年にもなり大きな地震の来る予兆 (雲とか虹の変化と地震予測ー暑さが影響したことは確か)


東日本震災から10年にもなり大きな地震の来る予兆

(雲とか虹の変化と地震予測ー暑さが影響したことは確か)


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この虹が不安?

他でも何か虹がいろいろ出たとかある、でもこれは株虹ではない、根元の虹ではない
これは夕暮れにかかった虹である
別に前にも見たからこの虹が不吉だとはならないだろう



椋平廣吉

そういえば、と石野博士はこの期に及んでようやくその名を思い出した。

これは前年の夏、避暑目的で訪れていた京都の天橋立で出会った青年の名だ。青年は27か28歳ほどの小男で、自身をして『地震研究家』を名乗った。
本人の主張によれば、10年を越える観察の結果、天橋立のある宮津湾に架かる虹から地震が予知できることがわかったという。
  

精査の結果、的中率25%が妥当だとしても、時間と場所を指定した上での予知ならば、それはそれで驚異的な的中率と言える。


【株虹は地震のしるし(四国各地)】とか諺がある 



今日見た虹は虹の切れ端でありどうも他でも虹がかなり見られたようである
その虹が半端な虹が何かの予兆なのか?
虹を観察して地震研究して当てたということは何かやはりあるのか?

地震は実際は予知できない、でも東日本震災の前の歳の月の夏は異常に暑かった
その時夏の雲が雲の峰がいろいろな形に大きく変化していた
それは例年とは違って雲が異様だったのである、そのことを報告したことがある
2011年ころからその前の年くらいから日本は異常に暑くなっていたのである
この暑さが地下にも海にも影響しないことはない
また天体でも影響するだろう
今年も暑くなった、それがすでに東日本震災から10年となる時何か危険な予兆なのか?

1616.9.9(元和2年7月28日)
仙台:M=7.0
仙台城の石垣・櫓破損。

慶長地震は1611である、その五年後に起きている
この東日本震災の余震はつづいているという、大規模な地殻変動が起きて地震が起きやすいとしている だから10年は節目でありまた大きな地震が起きる予兆が出るのかもしれない
ただ地震は予兆できないのだから勝手に脅かすなとはなる

●天候と関係している、太平洋の海の温度が高くなっている

●雲とか虹も天候と関係している

太平洋の海水の温度が高くなると台風も発生しやすいことは確かである

とにかく最近の天候とか地震の多さはやはり大きな地震の前兆なのだろうか?
私は震災前の年の夏が異様に暑く雲がいろいろな形に変化するのを見ていたことを覚えている、それは例年にないものだった、今年も暑いがあんなに雲が変化していない
確かに雲の峰を見たがこんなものではあの時はなかった
だから地震雲とかなにか雲とも関係して虹の切れ端が出たので不気味だとも見た

でも予兆は不可能である、ただ震災と津波を経験したのもとして確かにその前の年は異常に暑かった、雲が異様に変化したのである
虹でもあんな虹が出るのもめずらしい、根元に出る半端な株虹は地震を予兆するという言い伝えがあるという、その根拠もわからない
でも何か天候と関係しているので不気味にもなる
やはり震災から10年目というので何か大きな地震がまた来るということを恐れる

そしてコロナウィルスでもそうである、何か2020年には大きなことが変化が起きるとみんな言っていたので本当だった、さらに大きな地震が起きたらみんなの予感があたっとなるそれは一人だけではない、みんながそういう変化があり何か大きなことが起きると予測していたのである、そううい節目の年として見ていたのである
ただそれがコロナウィルスだということは誰一人あてていないのである
だから人間はつくづく未来は予測できないのである

地震科学者も予測できない、いろいろ研究してもあくまでもたまたま運よく当たったというくらいだろう、すると素人とたいして変わりないのである
株ならチャートを見ると株の指標になる、でも地震はまだいろいろなことがわからないのである
ただ予感として東日本震災から10年というのは節目であり大きなことが起きると不安にはなる
これは脅しているわけではない、何かみんながそういうふうに見ているのである
変わり目の年だと2020年は見ている、コロナウィルスでその変化が起きたのだからその予測は当たったともなるのである



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2010年08月08日⇒2011-3月(東日本大震災)
躍動する夏の雲

震災前の夏の雲は異様だった、形を変えて空に縦横に形を変えた
そして私はその雲にみとれていたのである
ただその時あのような大災害になるとは予想もしなかったのである
まず人間は予想することが一番難しい
それは今回のコロナウィルスでもそうである、誰一人として予測した人がいなかったからである

そしてそれぞれの人生でも将来でも未来でもどう展開するかわからないのだ
そうしてたいがい意外な結果に終わっているのが人生でもある
一人の人生も予測できない、ましてやそれ以上長い先は予測できない
震災の津波もコロナウィルスも予測できなかったのである

ただ70年であれその間を生きて経験するものがある
そういうことから後々の人に役立つことはある、それで地震でも津波でも備えるということはありうる、だから記録しておくことは大事なのである
それが思わぬことで後世の人に役立つことがあるかもしれないからだ

この辺では慶長津波(2011)の記録はわずか二行だった、生波(いくなみ)で700人溺死と相馬藩政史に記録されていただけである
それがどれほど貴重な記録だったのかとなる、なぜなら一切その他に記録がないからである、それだけ400年前となると記録されたことがどれほど大事になるかという証明であったのだ



posted by 老鶯 at 00:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波水害関係

2020年09月07日

晩夏(今日一日の変化を写真にとる) (草原化して池溏が生まれた写真)


晩夏(今日一日の変化を写真にとる)

(草原化して池溏が生まれた写真)  

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トンボとあとから5、6匹に増えた

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陽が没す前に虹の切れ端が雲に出た

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夕焼けが広がった

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月とノウゼンカズラの花



飛びかいぬ池溏にトンボ喜々として

蝶眠る池溏に映る夏の雲

夏草や池溏に波紋夕暮れぬ

陽は没りぬ虹の切れ端晩夏かな

夕焼けや鉄路の向こう広がりぬ

鹿狼山見えて夕焼け空を染める


今日一日でも景色が変化した、塩崎から六号線の所が津波以降草原化した
一部は田になったが写真のように草原化して池溏(ちとう)が生まれた
これは尾瀬とか釧路湿原にある、もともと海側は広い湿地帯であり津浪の後に湿地帯化ししていくつもの沼ができたことに驚いた
それを写真で相当撮ったから貴重だった、こういう光景はやはり何百年に一回とかしか見られない光景なのである、それで顰蹙をかったが余りにもその変化に驚嘆して心を奪われてしまったのである、正直そこで死んだ人よりその激変した自然に驚嘆してしまったのである

こういう池溏には必ず野生の生物がすみつく、まずトンボが集まり繁殖する、水辺が繁殖に適しているからだ、また蛙が卵をうみおたまじゃくしが泳ぐのを見た
その数も多い、何か波紋があるのはあめんぼうとか生き物がいるからだろう
ここは写真とるにはいい場所である

風景は常に刻々変わっている、だからシャッターチャンスがその刻々にある
それである程度時間をかけないといい写真はとれない
待っていないととれない、すると時間と手間がかかる、これも地元だから構えてできるが旅行になるとむずかしくなる、急ぐからである
でもこんなに刻々と変わる自然には驚く、だから自然を見ているとあきないとなる
夏は特に変化するから写真をとる場面が増える
晩夏であり初秋だがやはり今年はまだ最後の夏が燃え上がっている

今の時代はやはり映像の時代であり映像で記録することが必要になる
それがプログだと日々発信できるからいいのである
それが後で役にたつし記録したものが貴重になる
とういのは何か読み返したり写真を見ても本当に人間は忘れる、自分が書いた文でも撮った写真でも忘れるのである
こんな文を書いていたのかとなり不思議なのである
だから人間は何でもメモしたり写真をとったりと記録することも大事になる
それが一年でも二年でもすぐに忘れる、ましてや10年もすぎたら全く忘れてしまいそこにいたのかもわからなくなるからだ
特に外国などは変わっているし二度と行けないから写真でも記録が大事だったと思う

とにかく今年の夏もそろそろ終わりだが今日も曇っていたとしても暑かった
びっしょり汗をかいたから体にはいい、体温調節ができる
これからは何とか自転車で遠出ができるようになる
これまでは強い日ざしを受けると日射病になるから怖くて出れなかったのである

残念なのは夕焼けが空を染めたがその二分後とかに電車が来た、その時写真をとればいいものがとれた、でも電車とかがとりにくいのは今景色がいいとしても電車が来なかったりしていい写真がとれないのである
いくら待っていてもその時は夕焼けはたちまたち消えてしまったからだ
自然の背景が天候は刻々変わっているからそうなるのである
それで鉄道写真でもいいのは相当に苦労して時間かけて撮ったことは間違えない
ただ見ている人はその苦労がわからないのである
それは何でもそうである、食料でもいくら苦労して作って売っても買って食べる人はその苦労がわからないのである 

私のプログにしても一日二回アップすると相当に手間である
それで何かコメントても答えられない状態になっている
何か相手に答えるということは手間であり対話することは実際は相当な労力が必要であるだから対話するとなるとこれは時間をかけてその場限りでないものとなる
それは別にそうした場をもうけないとできないと思った
それでフェスブックもしてみたがやり方がわからないとかなった
何かどうも使い方がうまくできなくなったのである

それにしてもこのうよなプログとかのメデアでも個人的でもこれだけ表現できる時代である、本とか雑誌とかに出すのは普通の人はできない、でもプログとか誰でもできる
このうよなものでも一つの個人の表現の場になりうるのである
ただこれだけで物足りないのでワードプレスとホームページを作り直そうとしたが
とにかく手間がかかりすぎてできないのである
毎日二回アップしていたら他のことができないのである
家事もしているから毎日追われているのである

平和とは何なのか?ー原発事故で失われたもの (揚羽舞い芙蓉に実り鳩の来る)ここに平和があった


平和とは何なのか?ー原発事故で失われたもの

(揚羽舞い芙蓉に実り鳩の来る)ここに平和があった

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人間はこのように美しくまた実りがある場所には寄ってくる、山鳩も来て平和だなとつくづく思う
実りとは食料とかになるものがある、生活がある、その地域で成り立っているとか見る
田んぼがあり実りがあればこの土地に実りがあると見る
ただ現代のおかしなのはその土地土地でとれたものを利用していない
米にしても全国から入ってくるからいい米を買って食べる
今は地元の米を食べていない、栃窪は山の方で水がいいからと前は食べていた
今はそうとはならない、農家では食べていてもみんなそうはなっていない
そして原発事故以後この辺の米は飼料米になっている
それはもともとうまいという米でもなかったこともある
米でも全国の競争にさらされて地元の実りがそのまま地元の生活につながらないのであるそれは野菜類でもはそうである、果物でもそうである
グロ−バルに全国的な競争の中で売られているからだ

だから土地と人間が分離しているともなる、それは何か不自然なのである
ではまずい米を食べろとなると地元の人でもできない、農家の人すら遠くでとれた野菜でも買っているとなるからだ
要するに食料でも全国的分業になっている、それで長野県のキャベツ農家は億の金をかせいだとかなる、昔だったらその土地土地で自給するほかなかった
それは江戸時代から戦前とか戦後まもなくでもそうだった
交通の発達でグロ−バル経済になり地域経済ではなくなったからだ
それで小農が多かった、わずかの土地でも利用して畑にして田んぼにしていたのである
そういう小農は成り立たなくなった、だから全国で膨大な耕作放棄地が生まれている
農業といっても簡単にできない、土地があっても簡単に収穫できない
農業というのは土地が資本であってもそこに道具や機械や労働の手間が大きいのである
それと農業はまたいろいろ揃えてもソフトの面がノウハウの面が重要になる
これも簡単に覚えられないし身につかない、それで素人がちょっとした畑をするにもなんにもとれず終わることが多い

そのために農業は代々の農家が継ぐのが有利なのである、そこでは農業するための経験が積み重ねられているからだ、何もない所から始めるのは至難だとなる
江戸時代だとほとんど親の職業についていた、それは江戸時代はあまり変化がない時代だからそうなっていた、職人ですら十何代もつづいていた、その系譜もあるのを見た
だから結婚するにしても同じ職業の人と結婚することが多かった
職人仲間は職人と農民は農民とか商人は商人同士の結婚になる
そうなると安定した生活になる、経営では経営コンサルタントが商人の娘を雇いというときがそうである、全然違った職業になるとなかなか理解できなくなるからだ
でも不思議なのは江戸時代でも離婚は多かった、金銭でやはりもめて離婚になっていた
だからいかに結婚自体がどれほどむずかしいものか知る

ともかくこの俳句でも平和とは何かというとき平和平和とか叫ぶことでもない、カルト教団のように絶えず集まり示威行動することでもない、平和とは日常の状態でありそこに平和がある
山鳩が来る、実りがあり芙蓉が花が咲いている、その時調和した風景をみて心がなごむのである
それを特に感じたのは飯館村だった、原発事故で田畑は荒地になり草ぼうぼうになり放射性廃棄物の積まれた村となり平和な光景が全く失われた
何か先祖が眠る墓まで嘆いているという感じになったのである
そして村人は補償金で分断されて住まなくなった、50億円で5人のために学校を作っても肝心のその子供は村に住んでいないし若い世代も住んでいないのである
平和な光景が全く失われてしまったのである、何か戦争があって荒廃した村のようになってしまったのである

飯館村というとき草深く森深く花が隠され咲いて村は貧しくても何かひっそりと隠されていたとなる、それが荒廃してしまった、飯館村の責任ではないが現実にそうなってしまったということである、そこにはもうかつての平和な光景がないのである
飯館村では山鳩がふさわしいと見ていた、森が深いから森に山鳩が帰る、それが平和に感じられたのである、ただ別に山鳩が飯館村にいなくなったわけではない、でも人間の営みがなくなったとき山鳩とか自然まで影響したのである
自然と調和した村だとすると村が荒廃して自然まで影響されてそうなった
もし自然のままの原生林だったらそうはなっていない、それはそれで純自然を見て感嘆するとなっていたのである、一旦人が住むと人の営みがなくなると自然まで荒廃した感じになるものだとつくづく見て思った

それは南相馬市の鹿島区でもそうである、前にいい古い松原があり実りがあり調和していた、それが根こそぎ松原が流された、そしてソーラーパネルとか風力発電の場であり全くその面影すらなくなったのである、これは津波の結果であり人間の罪ともならない
ただ今では海岸地域も稲穂が実っているからある程度回復したが松原はと戻ってこないともなる
とにかく生業を返せとか裁判したことでもわかる、生業とは何か生まれてある業だとなると農業とか漁業とか林業とかになる、それは自然と密接に結びついてあったのである
職人の仕事でもそういうことがあった
それか根こそぎ失われたということがある、その時平和も失われた
与えられたのは補償金でありそれで平和な光景は回復しなかったのである
ただ遺産争いのように村自体が分断されてまた家族すらばらばらになったのである
それで小高の復興住宅で孤独死があったとかなる、他でもある
そこにかつての平和な光景がない、もちろん昔が理想だとかはない、ただ今と比べると平和な光景があったことは確かなのである、それが飯館村に一番象徴的に現れたのである
それが原発事故のむごさだったのである

とにかく芙蓉が咲き蝶が舞い、実りがある、山鳩が来る、この光景に本当に平和を感じた芙蓉というとき飯館村ににあっていた、大きい花で大らかに咲いていたからだ
人間が自然と調和するとき本当は美しい平和がそこに実現していたのである
とても大都市とか工場地帯に平和を感じないのである、それをすべて否定できないにしてもそうである、それが光景としては平和に見れないのである
ただ現実問題としてそうした村とか飯館村とかで住むとなると苦しい
不便だから住めないと実際はなっていた、時々外部から訪れるだけだからいいとなっていたのである、第一病院すらないのだから不便だとなる
だからまず車がない人はとても今は辺鄙な場所には住めないのである

畑にそ実りのありて花々も美しく映えて平和のあらむ

まず実りがあって花々も映える、その実りが生業でも消失したとき平和は失われた
別に原発事故がなくてもこの辺では耕作放棄地が特に多い、それは全国的で後継者がいなくてそうなった、それは全国規模の経済で農業があるようになったからである
すると一地域でその土地を活かすということができない、でも長野県のキャベツ農家のように実際に全国的に成り立つところは億の金を稼いでいるのである
そして実際は8割の農産物はこうした大規模の農家で作っているのである
だから小規模な農家は経営的にはもう成り立たなくなっているのだ
それが地域地域を荒廃させているともなる、グロ−バル経済で日本の森がこんなに豊富なのに荒廃したと同じである
だからこういう経済は何か不自然であり歪みをもたらしたのである
それは観光のことでも外国人が優遇されて肝心の日本人が優遇されないというのもそうである、それはグロ−バル経済だったらどこの国でもそうなったのである
温泉宿は農民の疲れを癒すものとして東北だったら湯殿とかに湯治に村人が行ったのである、それが外国人相手になったのが現代である
それがコロナウィルスでぱったりと来なくなって困ったとなる
何かグロ−バル経済とかこうした広域経済には問題がある、それがコロナウィルスで見直されたことも不思議だとなる、関所まで必要だとなると昔に戻ることにもなる
昔の様な生活をしなければならないとまでなったからだ

いづれにしろ人間は介護で四苦八苦したが家族が苦しいとか困ったかとかそういう場にはよりつかなくなる、それはみんな経験している
何かそういう人とかかわる被害を受けるし苦しみを受けるし損だと思うからである
でもそこに実りがあり花が咲いて山鳩でも来る、それが平和な光景であり観光客でも来るとなる、もう飯館村とかには行きたくないとなるのが人情だからどうにもならない
荒廃した村で心も荒廃してしまうということである 
原発事故の罪深さはそこにあった、平和な光景を壊してしまったのである

















posted by 老鶯 at 10:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2020年09月06日

秋の蝉、芙蓉(近間の道)


秋の蝉、芙蓉(近間の道)

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今日の真夜中のノウゼンカズラと月


このベンチまた休むや木陰かな

揚羽舞い芙蓉に実り鳩の来る

この道や慣れにし通う秋の蝉 

昔よりありにし家や秋の蝉   


蝶を追い花を見につつ雲立ちぬもう一夏を我は生きなむ  

注-鳩は山鳩である


ここ十年以上近間を行き来しているだけである、人間は最後は近間が大事になる
ついのすみかとなるからだ、近間は若い時から常に平凡でものたりないものを感じて来た自然でもそうである、この辺では高い山がないからものたりないのである
でも人間は平凡な中に感じるものがあり日常は平凡なのである
ただ70年もいきれば必ず大きな事件でも災害でも起きるものだと思った
津浪や原発事故やコロナウィルスでもそうである
70年ごとに人間社会では大きなことが起きる、そして社会ががらりと変わることがありうる、それが今なのである

ただ私の生活は毎日慣れた道を行くだけである、でもそうして慣れた道を行くと秋の蝉が鳴いていると心にひびく、そしてこの家は昔からあった家だなと何でもないことでも感じるものがある
原町では道の駅の脇の公園で木陰のベンチで休んだ、そこで小高の人と話したことがあった、あそこはいい木がありいい場所である
そうして何かあるなんでもない場所でも愛着を感じる
それはもう死も身近にみえてくると人間はどんなささいなことでもそこがかけがえのないものに思いてくる、場にしても人にしてもここにもういなくなるとか人にしてももう会わないとかなるからだ
その時誰しも何気ないものでもいとおしく思うのである

こういうことをまず若い時は感じない、田舎なんか平凡でつまらない、飽きたとかなっていた、それで私のように旅ばかりして遠くに憧れるだけだったのである   
そして顔を知っていた俳優が二人死んだ、70才だった、こうしてともかくテレビで親しんだ俳優も死んでゆく、あの人も死んだのかとなる
いくら長生きでも70ともなれば死ぬ人が多い、でも高齢化だと70以上でも首相になったり大統領になっている、アメリカも高齢化である、80近くで大統領が勤まるのかともみる

芙蓉が咲く道がある、そこに揚羽が盛んに舞っていた、この芙蓉はあまり大きい花でないのでものたりないとはなる
そこに秋となり実りそめた稲穂が色づき垂れる、自転車で行くと涼しさを感じる
ただまだ夏であり夏も感じる、帰ったらぐったり疲れた、それは陽がさして午後からかえって暑くなったからだ 
それでまたぐったり疲れて寝込んだ、まだまだ暑いのである

やはりカメラは常に携帯する必要がある、シャッターチャンスが近くにもある
ただ正直人に見せるような写真はいいカメラでないとだめだなと思った
でもそうなると写真とることで手間になる、いい写真をとることはやはりセミプロになってしまう、雑誌にのるようなものだともう写真とることに集中しないとできない
ただ今では素人でもいい写真はいくらでもでている
でも残念なことは写真はすばらいしのだが俳句とかそえてもそれがほとんど駄作なのである
写真はかえって若い人がうまい、でも俳句とかなると駄作が多いとなる
両方がうまくなるのは結局人間にはむずかしいのである


2020年09月05日

墓とは何なのか? (墓は人間の最後に訴えつづける場)

墓とは何なのか?

(墓は人間の最後に訴えつづける場)


墓とは何かと追求して来たけどこの年になると家族でもみんな死んだし親戚でも死んだしまた身近で知っている人でも死んでゆく、だから死が日常にもなる
でも墓とは何なのか?
それを具体的に感じたのは母の実家の25歳で肺結核で死んだ人である
母の兄になっていたのだろう、その墓の前に立つとき常に死者から聞こえて来る声がある
「俺は生きたかった、もっと生きたかった、無念だ、無念だ」という切実な声である

他にも31歳で戦死とかの墓もあった、そこからもそうした声が聞こえて来る
つまり墓というのはそこに依然として死者がいるという感覚になる
江戸時代の墓でもそうでありだから私は墓をいつも見ていたのである
江戸時代の墓があればそれは歴史的遺産にもなる、それで死んだ人の年号をみる
そこが一番大事だからである
江戸時代になると歴史的遺産であり何か聞こえるものがない、歴史の記念碑のようなものになる

でも明治から家族墓になったとき一家の墓になったとき個人もそこに埋められて 墓碑銘に記される、個人でも個人墓はなく家族墓になっているのが日本である
江戸時代でも個人墓か夫婦墓であるのに家族墓になったのは明治政府の強制があったためであり庶民が望んだわけでもないのである
つまり家族墓は歴史が浅いのである、第一侍の墓はみんな個人墓であり家族墓はないのである、ここが誤解しているのである

おそらく明治になったとき家族を日本の国の基としたためにそうなった
そして天皇を親として国民は赤子として子供として国家をまとめた
国家とは国の家になるからだ、そこで家を継ぐ長男が重んじられた、それは外国でも同じである、長子は特別な存在であるのは家を継ぐものとしてあったからだ
長男は家をまとめるものとしてあった、だから必ずしも戦後の法律が相続でも兄弟平等にしたのはいいとはならない、そういう文化の方が何か人間にとって大事なことがあるからだ、なんでも新しいものがいいとか外国のものがいいとはならない、国とか地域のアイディンティティは長い時間で作られたものだからである
それで法律の基が風習とか慣習にもなっているのもわかる

とにかく墓があると不思議なのはその人の訴えるものがある、姉は従軍看護婦としてシンガポールでその向かいのジョホールバルで働いた
そのことが忘れられないから死ぬ直前までそのことを語っていた
認知症になってもその四年間は忘れられなかったからである
生前もそうなら死んでもそうだともなる、墓には良く陸軍二等兵とかなんとか軍の階級をしるした墓がある、今になるとそんなことに何の意味があるのかとなる
でも戦前は戦争中はそれが名誉とされたからそう記されているのである

墓とは何か?墓などいらないという時代にもなった、それはとりもなおさず家族の繋がりが薄れた結果なのだろう、無縁社会とか孤独死が増えるのもそのためである
震災以後に絆、絆とか言われたけどそれはむしろ社会に絆が失われたからだろう
震災以後原発事故にしろ絆は外部の人たちに生まれたが内部では補償金でもめて分断したのである、南相馬市では特にそうなった
そして先日小高の復興住宅で孤独死した人が発見された
それはなぜなのか?避難区域になった人は本当に家族もばらばらに住むようになった
そこで取り残されたのが老人なのである、本当に老人だけが残されてシルバータウンになったのである、ここでも家族の繋がりから先祖の繋がりから分断されてそうなった
それで墓でも故郷に置けず移している人もいる

墓は家族墓だとしているとき墓とのつながりは家族のつながりであり先祖となのつながりでありもう一つ大事なのことは土地とのつながりなのである
なぜならその土地に埋められたということはその土地との因縁があって埋められたとなるからだ、でも東京とかは墓地がないから遠くに墓地を作る
するとそこは土地の因縁とかはない場所なのである
こうして現代人は土地とのつながりも失ってしまったのである
アイディンティティになるものがなくなっている、ばらばらの個人となりアトムとなったそれに拍車をかけたのがグロ−バル経済とか資本主義とかである
そこで通用するのは金だけだからである
金さえあれば国など関係ないとする社会だからである
それでこの辺では多額の補償金をもらった時、仙台市とかに移り住んでそこでアパート経営とかして成功した人がいる、資本金が入ったことでそういうことができた
そこに代々住んでいても簡単に故郷でも捨てられるという時代になった
ただ放射線の被害があると言えば許されるという特殊な事情があったとしてもどこにでも住んでいいとなると東北では仙台市に住みたい人が多いのである
だから震災以後仙台市に移り住んだ人は多いのである

人間は過去とのつながりがあって生きるものである、それが歴史である
歴史という時、国とか世界とかの大きな歴史もあるが個々人でもその人の生きた人生が歴史である、家族でも歴史がある、それは庶民で語り継がれる、それが人間の営みである
人間はそうして家族でも祖父母がいて親がいてと生はつづいてゆく
だから先祖とか歴史と切り離して人間の存在はありえないのである
動物は一代だけの生だけど人間の生は何千年もさかのぼり連綿として続いている生なのである

でも墓が今や取されるときそこに何もなくなりただ物語だけが残るのである
すると物語がhistoryがstoryが歴史だともなる
それしか残らなくなるからだ、遺品とか残っていても庶民になるとそれも価値がなくなるでも物語は語り継がれからそれが歴史だとなる
母の実家はともかく複雑であり闇黒があった、その結果として不和の家であり結局そこに残された者も異常化していた、300万円でその家の長男は「墓を守ってくれ」と言って死んだ、それを託されたのはその家族につながるものだったがその縁も耐えた
私自身も今は墓参りしていない、結局本当に不和の家でありそれが子孫にも影響したとなる、それを頼まれた家族の一員だった女性はその墓をどうするのかわからない
なぜならもう一つ墓を父親の墓もあるからだ

ただその父親の妻はその子を恨んで死んだのである、その子は普通ではない、常識すらない異常化していた、だからその人は人間なのかとも思った
いろいろあっても世話になった母親はひどい娘だわと言って最後に自分に電話してきて死んだのである、本当になぜあんなひどい娘になったのかわからない
まず生活的に貧乏したことはないからである、大事にされすぎたということがあってもなぜそんなになったのか理解できないのである
ただ私の家族ではかかわっていないしもめていたから何かと言えない
その継続として分断されて縁も切れたとなる

その実家の家族での悲しい物語は後妻に来た女性が恐ろしく気が強くて母が語ったのは
「子どもの時俺の作った弁当は食えないのか、実の母親でないからなのかとか言われその弁当をぶちまけられた」これはひどいと思った
私の母親は何かこうして不運というか不幸だったのである
でも最後養老院で目がみえなくなり何か異常化した、そして母を呼んだ
そして「悪かったな」と言って泣いていたという
それからその死体がもともと解剖を頼んだので骨となって自分の家に来た
そして母の実家の墓に埋めたのである
つまりこれがその墓の物語なのである
ただ結核になった兄を世話したのはその後妻だったのである
だからすべてを悪いとはされない、ただ継母でありそういうことがあった
こんなことをされたら一生の傷となったろう
たから母は不幸だったとなる
実家の家の物語はまだつづいている、でもやがて墓は捨てられるだろう
その時何が残るのか?こうした物語だとなる

墓とは何かというとき、そこで必ずそこに生きた人のことを思うことは確かである
そして供養するということは確かである
いろいろあっても死んだら供養することである
そして人は死者の前で厳粛ならざるをえない、死者の前で偽ることはできない
死者は今や冷徹な目で凝視しているからだ、その死者に向かって偽れることはできないのである
だから私が苦しかったけど良かったなとつくづく思うのは特別良くしていれた親に最後介護して感謝されたことである、最後は認知症になった姉もわかってくれた
認知症は正気になることがあるから怖いのである
私に冷たくしてくれたとかわかるのである、それが死んだ後も尾を引くから怖いのである
あなたは墓参りするけど私に何をしてくれた、病気の時冷たくしたことを覚えているよ、良く平気で墓参りできるな、私はあなたの心を知っているよとかなる、そうなると墓参りだってできなとなる、そこに介護の大きな問題があったのだ
介護と死はつづいたものになっているからだ
だから最後に私に感謝してくれたことで救われたのである
それは自分は特別良くしてもらい世話になったから介護もしたのである
十分ではないにしろ努力したのである、それはそれだけの動機があったからできたのである
それで墓参りでもできるし今でも遺影に向かって話しかけている

それが恨んで死んだりしたらどうなるのか?

死者とまともに向かい墓参りでも供養ができるだろうか?

死者は冷徹に見つめているからだ、その心を死者に対して偽ることができないからだ
それは怖いことでもある、墓とは何なのか?
それは死者が訴える場所であもある、死者は何かを訴えている、それはもう声にもならないが訴えているのである、それを具体的に残しているのが墓だとなる
ただ墓がなくなってもその物語はヒストリーとしてストリーとして残るのが歴史だとなる

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墓地に倒れていた墓

俺にも名前がある、俺を忘れないでくれ、捨てないでくれ

最後に墓が叫んでいる

死者は最後に墓として残り訴えている

これも捨てられる墓になる、倒れたまま誰も直さないからである
こういう墓も増えてくる、墓の無縁仏になる
そういう墓を集めている場所もある


蝶と熱帯夜の花と月ーノウゼンの写真(季節感が狂ってしまった)


蝶と熱帯夜の花と月ーノウゼンの写真(季節感が狂ってしまった)

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これはノウゼンだけど夜撮ったのでこんなになった
実際は紫色だったが色をソフトで変えた
こんな花が熱帯でも咲いているだろう


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この蝶の名前がわからない、白い筋がある

鶏頭が咲いているから秋なのだが一昨日も暑かった




夏の蝶写真にとらえる瞬時かな

朝の蝉今日も買い物自転車で

熱帯夜外にでて花を見る

真夜中にノウゼン見るや月光る 


写真で見るのと肉眼で見るのは違う、カメラによって機械によって見えないものが見えるだからカメラは常時携帯する必要がある
近くでもシャッターチャンスになるものが結構あると思った
それだけ自然は多様なのである

今年はまだ真夏である、そして夜は熱帯夜である、もう沖縄にいると同じである
夜も暑苦しい、それで真夜中に外にでて涼む、すると満月がでている
ただ黒い雲が流れて隠された
写真にとったがノウゼンはこんな色ではない、でも花は熱帯でこんな色のが咲いているかもしれない、花というのは南国系統が多いからである
椿でも南国系統だからである、椿の種類は多いからである

わかったことは南国系統の花はまさに熱帯夜のような暑い場所で映えるものである
だから熱帯夜にふさわしい、日本だと沖縄は南国であり南国系統の花が咲く
それも暑いからその花にふさわしいものとして咲く
だから風土によって様々な花があり風土にあって花は咲くのである
つまり花が咲くのがふさわしいのはその風土を知らないと本当はわからない
南国系統の花が多いというとき暑い所で見ないとわからない

沖縄だとなぜ家の作りでも開放的であり月光がさしこんで明るくするのが似合っている
熱帯の月はまた違っているのである、熱帯地域に住んでみないとそうした感覚はわからないのである
日本では一応沖縄のような熱帯地域もあり北海道のような寒帯の地域もあるからその風土を経験できる、ただ暑いのは苦手なのである、なにかぐったりした

今年は蝉が鳴いていても最初8月になってひぐらしが鳴いたと聞いた
でもその後ヒグラシが聞こえないのである、蝉しぐれというときヒグラシである
それもない、だから季節的におかしくなっている
それはここ十年くらい異常に暑くなっているのもそうである
四季が狂ってしまって俳句でも季語が通用しなくなる
9月でも熱帯夜なのである





2020年09月04日

コロナウィルスは人の交流度合いと一致している (人から人へ感染するので交流をさけるほかない)


コロナウィルスは人の交流度合いと一致している

(人から人へ感染するので交流をさけるほかない)

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北海道はもともと中国人が多く来ていたから別として他は人と人の交流の度合いに比例している、これは間違えないのである、数学的な問題として割り出されている
最初は宮城県でも少ないとかあった、そして青森から感染者が出たとかあった
その青森とか秋田で最初に感染者が出たのは仙台市から行った人が感染させたのである
だから最初の内は人との交流度合いが明確に出ていなかった

でも予測できたことはまず仙台市があれだけ東京から来る人も多いから東北では一番多くなると思っていた、東北地方を見ると青森が35、秋田50、山形78、福島172、宮城226となっているがこれは人の交流度合いからみれば本当に数学的に比例している
秋田は過疎地域だと常に指摘されていたからだ、青森でもそうである
山形県もそういう地域である

宮城県と福島県は東京と人的交流が一番多い県

東京と人的交流が多いとどうしても感染者が出やすいのである
最近福島県では郡山市が多くなった、郡山市は東京に近い、新幹線で一時間もかからないとかなる、だからやはり人的交流が東京と多いからそうなる
それは宮城県なら仙台市が人的交流が多いのだから多くなる
福島県と宮城県が多くなるのは本当に数学的比例の問題であり予測できたのである
コロナウィルスは何かわからないにしてもそもそもウィルスは人的交流から割り出されることは判明した

当然東京圏内は多いことは最初からわかっていた、茨城県が少ないなと見ていたがやはり多くなった、群馬県と栃木県を見ると群馬県が多い、群馬県の方が東京圏と交通でも結ばれていて多くなるのがわかる、栃木県となると交通的に不便だとなり少ない
これは明らかに人的交流と交通と比例しているのである

ただ日本海側の福井、石川、富山が多いのはやはり大阪圏との交流が多いからかもしれない、東京圏との交流ではなく大阪圏との交流だろう
現実に最初滋賀県が少なかった、あんなに近いのになぜだろうと見ていたがやはり多くなった
初期の段階では明確に数字とならなかったが今になると数学的正確さで割り出されているのである
岐阜県が山の地域でも多くなったのはなぜか?
名古屋中心に広がったからだともみる、つまり人口密度の高い大都市中心に感染してゆくなぜなら三密というように人口が密集している地域は人から人へ感染するのだから当然そうなる、名古屋から人気の白川郷へはかなり山の方に入るがやはりそこには観光客が中国人でも人気で行っていた、それで多くなったのかとみる
他でも四国では少ないのは四国も過疎地域のようになっているからだ
福岡県は福岡市中心に広がった、ただ宮崎県とか鹿児島県が多いのはなんらか理由がある概して人的交流の度合いによってそれも大都市からの交流度合いによって感染者が数学的比例でほぼ正確に割り出されている

江戸時代の末期のコレラの流行でなぜ会津若松市中心に広がったかとなると白河街道と日本海からの北前船が来て阿賀野川の水運があり人的交流があり広がったのである
ほとんど交通も人的交流もない桧枝岐では感染者は出なかったのである
そこは秘境だったからである、田島方面には会津若松市から感染者が広がった
ということは田島方面にも参勤交代で江戸までの街道があったとしても人的交流は少なかったとなる

こうみてくるとウィルスの感染を防ぐ最大の効果的方法は人的交流を減らすこと止めることだとなる

でもこれは現代では最大の難題なのである、それは世界的にもそうでありこれだけ交通が発達して人の交流をとめることができない、それでなんとか観光でも人を呼ばざるを得ない、GO TO キャンペーンになったのである
人の交流をとめることはもう地方でも生活できなくなるからだ
でも本当にこうした世界的にも国内でも人の交流が過剰になるのがいいことだったか見直される
そういう自分でもこうして全国を分析できるのは日本国内を隈なく旅行していたからである、私の場合実感として地理がわかる、地理はやはり地図を見てもわからないからである
結局このコロナウィルスとは何だったのか?

何か人の過剰な人的交流をとめるものとなった、世界的にもそうである、また観光の見直しも迫られた、観光は水商売だったのである、別に地域にも根ざしていなかった
外国人に頼ること自体そうだった、このようにぱったりと来なくなる影響は大きすぎたのである
それで近くの人に安く泊まってくれと政府で金をだしたら近くの人で泊まる人が増えたというときそれが本来の正常な状態だったのかもしれないと気づいた
なぜなら宿泊料が高いからである、でも東京の金持ちなら4,5万でも泊まってくれる
それで商売になる、近くの貧乏人は相手にしないとなる
それは外国人でもグロ−バル化するとそうなる、金を落としてくれる人がお客様であり近くの貧乏人は関係ないとなる
また現代の宿は旅人を歓迎しない、何であれ金のない人間を歓迎しない、江戸時代辺りなら歩いて旅していたのだから疲れたでしょうとなり足を洗ってくれたりみんな金でも安くても泊めるとなる、そこにもてなしが生まれたのである
それは金持ちを特別にもてなすということはない、みんな平等だったのである
旅人をねぎらうものとしてあった、それはホテルがホステルでありホスピタリティであり病院になったことでもわかる

今はまず本当の旅人は歓迎されない、ただ不思議なのは三回くらい歓迎された
それは阿武隈山中を自転車で行った時、山の中に昔の万事屋(よろず)がありそこでご飯と味噌汁を御馳走になった
ただ買いものしたところでそんなことしてくれるのかといぶかった
今の時代そんなことありえないのである、見知らぬ旅人をねぎらうなどありえないのである、むしろ観光客ではない金を与えない者は嫌われる
そこは別に宿でもないのである、だからいかに宿でも今や旅人をもてなすとかねぎらうとかはなくなった、ただ金があるなしで判断される、だからホテルでもそうである
でも山の中のホテルで自転車で行って泊めてくれたことは不思議だった
そもそも自転車旅行では観光ホテルなどで泊めないからである
普通はそんなところに泊まれないとして旅している
たまたま山の中で何もないので寄ったら泊めてくれて親切してくれたのである
そこの女将がそういうもてなしの心があったのである

だから経営者とか上に立つ人が大事になる、駅でも駅長は大事である
無人駅でボランティアしていたのに駅長は受け入れず目の敵にされて排除されたからである、そこに何ら考慮するものはなかった、そしてコロナウィルスで鉄道が大打撃になったそこでもう遠くから人と話すこともできなくなった不思議がある
これは私怨にはなるがやはりもてなすという心がそもそもJRにはないのである
それは他の人も言っていたからである、ただ正確に運行することには努力しているのである鉄道事業はサービス業とみていない、その点私鉄だとサービス業の心があるかもしれない
だから駅でも無人駅で改札でも機械化して効率化を計る、でもそこに人間の情が消失するのである

とにかくコロナウィルスは現代の社会を見直すきっかけとはなった

遠くより近くを大事にしろ

それは近くの人をもてなすことはない、金を落としてくれる人を優先する
それはグロ−バル社会で起きたことである、まず近くの人を大事になる
それが人間としての基本である、今や近くの人より遠くの人が大事になっているのだ
そういうことは必要でも基本的に人間の生活は近くが日々生活する場なのだからそこがだいじになる、遠くとの交流とか経済でも必要である
ただそれが余りにも過度になって近くの交流が希薄になったことも確かである
だからそういう点を見直すということにもなった、別に観光でも旅でも外国旅行でもできることはいいことである、ただそれが過度になりすぎて近くがないがしろにされたということである

それで芭蕉の句の

語られぬ 湯殿にぬらす 袂(たもと)かな

この句が不思議なのである、そもそもなぜ奥の細道が古典になったのか?
それは東北という地域への深い共感を芭蕉がもったからだとなる、今の旅人にそういうことはない、ただ今は移動でありあとはグルメだとかなるからだ
この時代に農民が労働でともに疲れた体を癒していた
そういう人達に同情していたのである、そして東北人は寡黙であるということもここにこめられていたのである
でもなぜこれだけ江戸から来たのに東北人に共感したのか不思議だとなる
それはやはり時代のためである、江戸時代を知ることは今やむずかいしからだ
別に東北でなくても農民の暮らしが苦しいことは眼にしているし知っていたからである

結局今の時代は金の時代でありすべては金で計算されて金のないものはもてなしもなにもないのである、江戸時代となるとそういう面はあったにしても何か情的なものが色濃くあって違っていたとなる、まず現代では何か情がなくなったのである
人間の情が通わないのである、それは旅は道連れなどもないからである
旅人同士が情を交わす場とかがないのである、それはまず歩く旅ではないからである
歩いて旅していれば道の辺の花とかもみる、人間的感覚になる、でも車とかで飛ばして行けば目に入らない、キレてふっ飛ばしてすぎさる

それで車から突然「馬鹿野郎」と怒鳴られる、これも自転車だと危ないからそうなるも当然だかこうして人間同士に情が通わないのである
歩いていてぶつかったらすみませんとかなりそこに会話が生れて人間としてのやりとりがあるが車時代になればそういうこともない、交通事故になるからそうなる
そういう車というのがどれだけ人間の心まで変えてしまったかということである
だから機械は人間の心を変えるということがある
ただ機械をすべて否定はできない、ただそれによって失われたものがあったことを知るべきである
みんな情も失うような殺伐として世界になったのである
それがコロナウィルスで示されたことは気付かされたことは不思議なのである













posted by 老鶯 at 09:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層