2021年09月26日

若い人の甲状腺被害が多いのははやはり原発事故の結果か (復興しない原発避難区域―飯館村など)


若い人の甲状腺被害が多いのははやはり原発事故の結果か

(復興しない原発避難区域―飯館村など)

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30 倍となる多い

低線量被ばくの発がんリスクと福島の甲状腺検査の結果の解釈


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2012年の調査である、10年過ぎたらどうなるのか?

福島で最も恐れていたアレが遂に急増し始めました 
ここまで深刻だったとはもう言葉がありません・・・
https://www.youtube.com/watch?v=ZeYEd2Ksor4

●放射線により甲状腺被害が増えたのは確か

津田教授 福島の有病率は、全国平均甲状腺発症率(5〜24歳)の17〜22倍と多発であるという結論になります。2巡目の検査で新たに見つかった甲状腺がんは、1巡目の検査後の約2年の間に5.1mm以上に成長したと考えられます。これらの腫瘍が、その後も同様のスピードで成長する場合に一生発症しないと考えるのは困難です。

原発事故の放射線被害もわかりにくい、でもやはり確実に被害が5〜24歳)の17〜22倍と
多いとしたらこれは具体的でわかりやすい、明らかにここに被害が見られたとなるからだ武田邦彦氏もこのことを指摘している、でも報道がされないとしている
福島医大と長崎医大で甲状腺癌の共同研究をするというときやはり事実として被害があったからだとしている
でも原発事故前でも危険が報道されない、事故後も報道されない

ここにマスコミの問題があった、報道できない何かがあるのでできない
県の政府の広報となっているのが福島民報でもあるからだ
県の出資が50パーセントにもなっているからだ
また創価の聖教新聞を刷っているから公明党は政府側に自民党につくからそうした報道を抑えることができる、だから報道機関が自立していないと大事なことでも報道されないのである、それが原発にありとりかえしのつかない事故になったとなる
原発マネーはあらゆる所に流れていたのである
報道機関ならマスコミなら全部であり丁度爆発した時全マスコミが朝日新聞社の幹部まで中国に招待されていたときだったのである

それはコロナウィルスでもある、本当のことが良くわからないからである
また科学的なこと専門家しかわからないから簡単に騙されることにもなる
自由な報道にするには何かの団体とか権力者に忖度するとできないのである
でも今まではマスコミしか報道できないのだから一個人などではできないからそこで報道されないとわからないのである

だから飯館村では子供が住めないから学校でも村外から数人通っているだけである
空気に放射線が依然として放出されているとなると飯館村内に入ることや住むことはむずかしいとなる
ただ老人は関係ないとしている、飯館村の老人は山菜を食べていると言っていたからである、老人は気にしなくてもいいとなる
放射線被害があるのは若い世代であり子供に影響したことが致命的だったともなる
もし子供に影響がなかったら親でも一緒に住めるとなっていたからである
それでいくら立派な建物を建ててもそこで子供が学べないということにもなった

この放射線の被害のやっかいなのはセシウムの半減期が30年とかプルトニウムだと二万年消えないとかなりこうなると住むこと自体が不可能にもなる
飯館村はそういうレベルにあるのかもしれない、土壌でも山林でも放射性物資に汚染されてそれを除去することは不可能になっているからだ
最近私は放射線量を計っていないが空間線量みたいのが減っていなかった
ここは放射線量が0.2とかそもそも低くかったから減らなくてもいいのかと見ていた
飯館村では0.7マイクロシーベルトとかある、でもモニタリングポストの線量は低くしている、その下の土を除いて設置されているかである
それを大成建設とかで設置していたのである、そのことを飯館村の人が指摘していた
何かこうして政府のしていることが原発ではごまかすことが多かったのである
それに加担したのが御用学者だったのである

●放射線の被害は長く続くからやっかい

原発の放射線被害というのが具体的に見えるものとて提示されない
すると危機感も感じないのである、何も被害がないじゃないかとなる
コロナウィルスでも具体的に被害があり苦しみ死んだりすると危機感を感じ外出や遠出でもひかえる、具体的に被害が出ないと危機感を感じないのである

もう十年も過ぎると外部でも関心がなくなる、ただそこに住み南相馬市でも現実問題として放射性物質が依然として飯館村から川を通じて流れて来るのだから敏感にはなる
でも今年は明らかに鮎が海から上ってきた、それは今年放流したものとは違う
自然に繁殖した鮎が海から上ってきたと見た、なぜなら小さい鮎だったからである
もともと事故前でも鮎はこの辺では小さくなっていたからである
すると自然も回復したのかともみる

チェルノブェリでは子供の甲状腺癌が多発してそれを見た時悲惨だったのである
福島でも増えたとしても報道しないからわからなくなっていたのである
やはりその時の映像のインパクトが大きかった、福島では全然報道されないのである
ただ飯館村は回復していない、田畑でも回復しない、ただダリヤを250円で買った
ダリヤ畑があった、花栽培は放射線の被害がないからできるとなっていた
他の農作物は依然としてまだ放射性物質がふくまれて安全とは言えないのか?
ただ測定して安全だとはしている、でも回りの山林から放射性物質が流れ出して来る
それを止めようがないのである、それは雨で流されて真野ダムにたまりまた新田川を通じて原町区にも流れて来る
それで放射性物質を含んだ土を入れていたフレコンバックが破れて流れ出したことがあったからだ

いづれにしろ原発事故で避難区域になった所は復興していない、帰還もしていないから
放置されて田畑は原野化して荒寥としている
ただそうした地域でも補償金をもらったから生活している人はいる
でもなにか生活の持続可能な場所とはなっていない、原発事故の補償金をもらうための利権の場所のようになったのかもしれない、除染では何兆円もかけたしその金は相双リテックとかに流れて幹部で何億円とか山分けしたとかなる
また建築土木関係では仕事が増えてもうけたとなる
それでいわき市の足場会社の会社の息子がプレジャーボートを買って子供を殺してその母親の両足を怪我させた、切断した、それを見た時ショックだった
何か関係ないようでもこれも原発事故が回り回って影響したのかとなる
金回りが良くなってそれが事故につながったのかとなる
高級な車を買った人も多いからである

●放射線量で補償金で分断されたのは政府の策略だった

とにかく原発は莫大な金が流れた、事故前でも事故後でもそうなのである
こんなに莫大な金が使われることに驚いた、でもいくらそんなに金が使われても復興にはつながらないともなった

 村民の1人はこういった。「原発事故のせいで村が3つに分断され、賠償額にも差ができた。事故の前はみんな気持ちが通じ合い、トラブルなんてなかったのに、ねたみやひがみが生まれている」
 
 星英雄:先が見えない−−分断と風化に抗して希望を模索する飯舘村〈飯舘村レポートA〉
http://rentai21.com/?p=833
 
 飯館村などは一様に放射線が高かったのだから賠償も一律で良かったのである
これは今になると政府が住民を分断させるためにしたとも思える
隣同士で補償金の額をめぐって争った所がかなりある
実際に放射線量はほとんど変わらないのに差をつけたのである
鹿島区は30キロで区切りそれで原町区は三倍ももらい、医療費も十年過ぎても延長してもらい、高速も無料だったのである
この差別は大きかった、相馬市でも市内を計ったら放射線量は変わらなかった、かえって高い所もあったし他にも周辺地域で伊達市でも隣同士とかで親戚でも補償金をめぐって争っていたのである
こんなことしたのは政府の策略だったのかとなる
なぜなら分断されることは被害者一致協力できないことになったからである

●ハコモノに金をかけて作っても復興にならない

奥尻町では被災者一人あたり、405000万円が復興で使われ、義援金も一人あたり1000万円ぐらいあった。そこまでしても、それだけにしかならなかった」

飯舘村・菅野典雄村長「経済一辺倒のままでいいのか」 将来を見据えた復興のありかたとは

奥尻島でも津波の被害で建物とか公園とか箱物を作っても復興できなかった
被災地に求められているのは『何かを生み出す人』です。お金を使う人はいらないんです被災地に多いのはお金を使う人たち

https://www.huffingtonpost.jp/2014/03/02/reconstruction-of-the-great-east-japan-earthquake_n_4886571.html

これは事故から7年後とかその前に言っていることである
10年も過ぎたらまた状況が変わっている、一番変わったのが外部でも関心が薄れて内部のことがわかりにくくなっていることかもしれない、飯館村の村議会選挙のことを知ったそこで運動員にうろうろするなとか南相馬市なのにそんなことを言っているのは信じられなかった、つまり飯館村内にもいろいろな人がいるにしても外部の人が相当にかかわってきているのに南相馬市なら地理的にも一体なのにそんなことを言うこと自体信じられないとなる
おそらく議員選挙に出た人も飯館村には住んでいないのではないか?
外部に新築の家を建てて飯館村を利権の場として利用していることもある
住んでいれば住民になるけど実際は住んでいない人が多い、それでこじんまりした新築の別荘を建てていて時々帰ってくるというのもそうである

いづれにしろ十年過ぎても復興はしていない、ほんの一部であり全体的には原発避難区域は復興していない、全体的に田畑は荒れ果てて住んでいる人は老人であり若い世代は流出したのである
最近では小高区の大工さんが立派な家を建てていたが原町に中古の家を買って移り住んだとかある、飯館村の人でも周辺に移り住んでいるのである
補償金で新築の家を建てた人も多いだろう、すると生活する場所が村外であり通うにしても村の住民という感覚になれないだろう

金をいくらつぎ込んでも復興にならない、それは奥尻島でもそうだった、補償金でも援助金でも相当にもらった、そして菅野町長がさらに支援金をもらうためにテレビで宣伝したのを見た、そんなに金をもらっても復興できていないのである
湯水のように金を使っても復興しないのである
それはなぜなのか?金を使う人ではない、何かを新しく作りだす人が必要だというのもわかる
でもそれはたいがい外部から来た人達がしている、外部頼みなのである
ただもう外部の人でも関心あるのは減少して一部の人しか継続してかかわらない
それで川俣町の山木屋の人が大学の人が来たが一時期だけかかわって後は来なかったとなる、そういうボランティアでも多いだろう
継続してかかわることはむずかいしからだ、ただ南相馬市とかだと地理的に一体だから無視できないのでかかわるとなる
飯館村は飯館村だけでは自立できないのではないか?
それで南相馬市と合併すれば復興を広域的に考えるからそこに何か開けるものがあるかもしれない、ただ全体的に原発事故の避難区域になった所は十年過ぎても復興していないのである


posted by 老鶯 at 21:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2021年09月25日

感染症の歴史をふりかえる (人間が広く交わると感染症もグロ−バルに拡散したーそして変わる社会)


感染症の歴史をふりかえる

(人間が広く交わると感染症もグロ−バルに拡散したーそして変わる社会

6世紀〜 天然痘の日本定着。もともと日本には無かった病気だが、中国・朝鮮半島との交流が盛んになり日本に上陸した。以後治療法が確立され、全国に普及する19世紀半ばまで猛威をふるう。

平安初期の貞観富士山噴火(864年)のときは、咳逆病(しはぶきやみ・インフルエンザ)の流行が続いていた。
『日本三代実録』には「863年は前年から咳逆病が大流行し、大納言・源定、内蔵権頭・藤原興邦、平城天皇皇女・大原内親王、大納言・源弘などが相次いで死去した」と書かれている。

そして江戸時代の末期にはコレラが蔓延。
これも外国船から人や物と一緒に上陸し、大阪や京都、江戸にも広がって行き、多くの犠牲者を出すことになります。
1853〜1860年にはペリーらが来航し、江戸幕府に開国を要求。
黒船騒動が起こります。
コレラ(罹ると短時間で亡くなる為、コロリとも言われた)のような恐ろしい病気も振りまいていく。日本はシベリア出兵を行うなどし、第一次世界大戦に関わりを持ちます。
それはスペイン風邪を受け入れることも意味していました。
ヨーロッパを中心に広がったこの疫病は、同盟国、敵国を問わずに感染者を増やしていきました。
どの国も戦線を維持することさえ難しいほどになり、戦争終結の契機へとなったと言われています。
日本では大正7年5月から9年の5月までの間、合計3回の流行(第三波)がありました。

東アジアと西アジア・地中海世界をつなぐシルクロードは、絹や漆器、紙などを西方に、宝石やガラス器、金銀細工や絨毯などの文物を東方にもたらしたが、同時にさまざまな感染症を交換させた[17]。天然痘や麻疹は西から東に運ばれ、ペストは東から西へともたらされた[17]。こうした感染症に対し、人びとは免疫をもたなかったので、東西でパンデミックが生じ、多くの人命が失われた

シルクロードの東西それぞれの起点となった漢帝国と古代ローマは、大人口を抱えて繁栄した当時の超大国であったが、2世紀以降、時を同じうして感染症の大流行が発生し、人口が激減し、帝国の分裂と混乱を招いた[17]。11世紀以降繰り返された十字軍遠征、また、それによって活発化した交易もまた、ヨーロッパ大陸にペスト菌による感染症拡大をもたらしたと考えられる]。13世紀のユーラシア大陸で巨大な版図を有することとなったモンゴル帝国では、シルクロードの大部分が支配下に置かれることとなり、ユーラシアを横断する交易をいっそう拡大させたが、感染症もまた東西に拡散されることとなったのである。

コレラ、インフルエンザ、マラリア、麻疹、ペスト、猩紅熱、睡眠病(嗜眠性脳炎)、天然痘、結核、腸チフス、黄熱などが、ユーラシアとアフリカからアメリカ大陸へもたらされた

免疫をもたなかった先住民はこれらの伝染病によって激減した

1331年の元の時代に大流行が発生し、1334年には河北省で人口の9割にあたる500万人規模(推定)の死亡患者が出たという隊商などによってイランやシリア、パレスティナに拡大し、エジプト、さらにチュニスなどの北アフリカを経てヨーロッパに感染を拡大させた[18]。特にイランやエジプトでは猖獗をきわめ、人口の3割をこの時期のペスト感染で失ったとみられる

ヨーロッパの疫病が新大陸で猛威をふるった顕著な例として、1545年から1548年にかけてのメキシコ(ノビスパニア)での大流行があり、このときメキシコ中央部では先住民(インディオ)の約8割が死亡したといわれる。征服から1世紀経ったのち、メキシコの先住民の人口は征服直前のわずか3パーセントにすぎなかったという試算もある[

梅毒は、元来はハイチの風土病だったのではないかと考えられ、コロンブス一行が現地の女性との性交渉によりヨーロッパにもち帰ったとされる。梅毒は、ヨーロッパ諸国も介入した16世紀のイタリア戦争を通じてヨーロッパ各地に広がったため「ナポリ病」と称することも多い。

アジアへはヴァスコ・ダ・ガマの一行が1498年頃インドにもたらし、日本には永正9年(1512年)に中国より倭寇を通じて伝わったとされ、江戸時代初期には徳川家康の次男結城秀康も梅毒に罹患している。



感染症は人と交わることによって感染する、するともし人と人が交わらなければ感染しない、人が病原体を運ぶのであり人が移動しなければ感染しない
古代に天然痘でも朝鮮半島からもたらされたというきそうである
朝鮮半島とは一番日本は交流があったからである

江戸時代の末期にコレラが流行したのも長崎に外国人が入ってきて流行した
江戸時代でも鎖国していても長崎の出島から外国人が入り貿易していたからである
このコレラは北前船で新潟まで来て阿賀野川を通じて城のある会津若松まで広がった
江戸時代でも結局外国からウィルスが侵入して日本に広がったのである

スペイン風邪でもそうである、世界第一次戦争があり広く人々が国を越えて交わる結果として広がった
何か隣の人は戦争で東南アジアとかに行き梅毒にかかったらしい
それで変になった、土地の女性と性交したとかあったのかもしれない、戦争は感染症を拡散されるのである
日本軍は東南アジアの熱帯で感染症にかかり相当死んだ
従軍看護婦だった姉もマレーシアのジョホールバルで腸チフスになり苦しんだ
熱帯は感染症にかかりやすいのである

世界史的にも巨大帝国がローマでも中国でも東西が交わると感染症が世界的に拡散する
モンゴル帝国は西側の国を攻めるとき感染した死者の死体を城壁に投げ入れて感染を広げた、つまり感染者を武器としてまで使っていたのである
戦争でも国境を越えて人と人が交わるから感染症が広がる

大航海時代でも南米にウィルスがもたらされて原住民であれ免疫がないので感染して多数が死んだ
これらを見れば人間がそれぞれの国だけで生活していれば感染症は拡散しない
でも人間の歴史は必ず領土拡大してゆくからそこで他国と交わり人とも交わるから必然的に感染症も拡散される運命にあった

グロ−バル化することは必然的に感染症を拡散させることだった
つまり必ず何でもプラスの面があってもマイナスの面が生まれて来る
それが感染症だったのである、おそらく生態系の維持というときある一定の地域で範囲内で機能している、だからそこで感染症は風土病と言われた
ある地域の生態系から生まれるからである、その風土病でも人から人にうつるのだからある一定の地域内で暮らしていれば拡散されないのである

現代のグロ−バル化は頂点に達した、世界中の人達がこれほど交流して交わる世界はなかったからだ、それは一部の人でない、あらゆる人が世界で交わる社会になった
だから最初にイタリアで被害が大きかったのは中国人の労働者がイタリアに多かったからである、そして日本の感染は観光で中国人を入れるのを早い時期に止めなかったためだとしている
ただこれだけグロ−バル化しているともう感染は世界的にたちまち拡散されて止められないということになった
つまりグロ−バル化の負の面が感染症で露骨になったのである
それでも人間の交流を止めることはできなかった、世界史でも世界との交流は感染症があっても止められなかったからである
ただグロ−バル化の負の面が最近は目立つようになった
世界経済でもグロ−バル化すると必ずまた反面に対立が激化してくる、それが米中対立でありまた世界戦争の恐怖になる

感染症は人の交流を止めることになる、それもまた大きな視野でみれば人間にとって必要だから感染症かあるのかともみる
外国と交わることがすべていいようでも必ずしもそれが平和的な交わりではなく必ず対立激化して戦争になっていたからである
異質の文明が出会うことは必ず苛烈な覇権争いになり戦争になっていたからである
その犠牲も莫大だったのである
それで老子の「小国寡民」の思想が生まれた、いわば小さな村で外と交わらないで平和に暮らすということである、それはグロ−バル化は人と広く交わることはまた対立激化して戦争になって犠牲が多かったからである
グロ−バル化はすべていいものとして作用しないからである

現代ではもうフロンティアもない、アメリカ大陸とか南米とかフロンティアはなくなったそして地球の人口でもアフリカでさえふえない、少子高齢化するのは世界的なものなのである、つまり世界の人口はこれからは増えない、もう地球で人口が増えても養えなくなっている、限界現象が起きているからである
持続可能な世界を作るにはもうグロ−バル化して貿易を盛んにするとか資源を多国籍企業が食いつくしてゆくとかしたら森林ても喪失して持続可能な社会はなくなってゆく
江戸時代の様な自給自足のリサイクルな循環型持続可能型の社会がこれからの人間の在り方なのである
コロナウィルスもグロ−バル化を抑制するものとなったから今までの世界と社会を見直すものとなった、世界が無限に拡大するとかはない、縮小化するダウンサイジングした社会となる

つまり日本の江戸時代のリサイクル社会とか茶室とかのシンプルなわび、さびとかの日本文化を見習う社会にもなる、大陸の無限に拡張拡散拡大する世界は限界に来たからであるそれをつづければ世界第三次戦争で人類は滅びることになる
何か拡散拡大ではない、抑制して制約する限界をもうける社会である
内なる世界に向かう、内なる精神性の世界を追求するようになる
それは宗教とか哲学とか芸術の世界の探求にもなる、ただカルト宗教は内なる世界より外なる世界を求めて会員を増やことが目的だから違っている
禅宗のように座禅して内なる世界を究めるともなる

また物量とか量で計る世界ではなく、意味を求める社会になる、哲学的な社会になる
それはオリッピックが一部の金儲けのためのものであったし意味がなくなったことでもわかる、いくら金をかけても何か意味ないことはもうつづけられないのである
だから宗教や哲学の時代になる、そういう変化は今回のコロナウィルスでも起きたということである、巣籠り生活とかでもそうだったしテレワークでもそうだったからである
コンピュター時代になるけどこれは今までの重厚長大な技術とは違う、人間の知能と深く関係している、人間の知能開発の道具でありまたそれは精神とも結びつくのである
AIとかもそうでありそれは今までの機械と道具と違って人間の知能と精神に結びつく
それは時代を象徴するものでありそこに変化がありそれに適合することで時代が変わってゆく
posted by 老鶯 at 22:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2021年09月24日

地域エゴは人間の争いの原因として常にあった (飯館村はそもそも村を維持できるのか?)


地域エゴは人間の争いの原因として常にあった

(飯館村はそもそも村を維持できるのか?)




印旛地域の行政中心地は成田市の2つ隣に位置する佐倉市だ。江戸時代には老中を輩出した佐倉藩があり、明治時代には7県が合併した印旛県の県庁が置かれた街である。現在も、保健所やパスポートの交付窓口などがある。博物館も美術館も大学もある。東京から帰る電車が深夜まで走っている。成田市民は、佐倉市民が羨ましいんだな。

しかし成田市域の大半は幕府領。下総佐倉藩の「領地」ではなかった。よそ者の私などは「一通り窓口や施設の揃った街に暮らしているんだ、という気分が味わいたいなら、佐倉市に吸収合併されるのがいちばん安上がりだ」と思うのだが、賛同されたことはない。佐倉の下に入るなど考えられない、らしい。

地方自治体の境界線は、住民の心に枠を作ってしまう。中小の町村が、何でも自前で施設を持つ必要はない。隣町に一定のお金を払って、施設を使わせてもらえばいいのだ。が、「我が町の土地にない施設に公金を投入するのは、どうしても許せない」というのが住民感情である。

県も同じだ。「なぜ我が県には空港がないのだ」と考えてしまう。そうして、どれだけ無駄遣いをしてきたのだろうか。県単位で人口の増減に一喜一憂したり、県単位で産業メニューをフルコースで揃えようとしたり。地域エゴのために合理性がどれだけ歪められてきたか

夕張市だって、「札幌市の辺境部」だったなら、無謀な人口維持策を講じることなく、静かに滅びていくこともできたろう。限定された行政区域の内側で自立しなければならぬ、という強迫観念があるから、衰退の道に甘んじるという選択ができないのだ。

 地域エゴに固執する者は自己が災難に見舞われたときに他者の地域エゴの報いを受けざるをえまい。他者を助けずして自己のみが生存(ながら)えようというのが道理であろうはずはない。瓦礫の広域処理は同胞の相互扶助の精神の如何(いかん)を問う重大なテストケースである。

 今後も、自分を中心に考える自分中心、自国エゴ、地域エゴ、民族エゴの流れは進んでいきそうです。



●自治体でも衰退して維持できなくなる 

人間のもめごとは様々なエゴから起きて来る、要するに自分さえ良ければいいということであり自分さえ利益になれば他は関係ないとなる
諸悪の根源はここにある、そもそも部族同士の争いから人間の戦争は始まっている
日本でも村同士の争いから戦国大名が生まれた、何か山林の入会権の争そいとかあった
この辺で有名なのは丸森の森林資源をめぐって米沢藩と伊達藩と相馬藩が熾烈に戦った歴史がある、そういう歴史がそもそも人間の歴史だったとなる

佐倉市と成田市の争いでもそうである、歴史的にもそうなのである、よそから来た人にとっては佐倉市と成田市は合併した方が事務手続きでも便利だとなるからだ
東京から近い人が移住しやすいからよそ者にとっては佐倉市とかに大きな市に合併された方が住みやすいとなるのだ
つまり現代ではみんな広域的にグロ−バル化して生活しているから一地域に限定して生活することが合わなくなったのである

何かこの原発事故は本当に相馬藩領域が最大の被害地になったのである
大熊双葉浪江でもそうだし飯館村も相馬藩領域だった、だから伊達藩との境目で森林資源の争そいがあったのも丸森と似ている、飯館村は森林資源が豊富だったから同じようなことが起きた

夕張市だって、「札幌市の辺境部」だったなら、無謀な人口維持策を講じることなく、静かに滅びていくこともできたろう。限定された行政区域の内側で自立しなければならぬ、という強迫観念があるから、衰退の道に甘んじるという選択ができないのだ。

こういう考えもある、日本で少子高齢化で人口が減るとそういう所が増えてくる
今でもすでに日本全国で空家が800万軒あるとなるからだ
この辺で原発事故でゴーストタウンにもなり町自体が空家の町になってしまった
そして若い世代が流出して子供がいない、極端なものになった
老人ばかり住んでいてその町であれ村であれ未来があるのかとなる
ただ南相馬市の小高区は南相馬市内に入っているからかえって移住するにも南相馬市内だと問題がない、だから原町区が便利なので移住した人が多い
でも他の人達も移住している、大熊とか双葉とか浪江とかからも復興団地があり移住している、四階建てのビルでありいくつも建ったからである

そうして浪江町とか双葉町とか大熊町とかでも復興しないから帰れないのである
また飯館村の人も相当数近辺に散らばり住んでいる、もちろん南相馬市にも住んでいる
川俣町とか福島市の方にも新しく補償金で家を建てて住んでいる人もいる
第一学校自体他の土地の学校に通っている人が多い
いくら立派な校舎を建物を作っても親たちは住んでいない、飯館村の外に住んで通っているのである、それも数名とかしかいないのである
こういう状態でよそ者はうろうろするなとかかかわるなとか飯館村選挙で言っている人は全く自分たちの現状を理解していないのである
ただこの人は特殊な人だったのかもしれないがそんな人がまだいるということに驚いた

●地域エゴは根強い問題

でも現実問題として地域エゴは根強いものだから歴史的にも常に問題になってきた
そもそも国(くに)というとき漢字だったら回りを囲むとなり閉ざすそこが国となる
クニは区切るなのである、一つの境をもうけて区切った場所がクニなのである
そこで内と外を意識させて生活していたとなるから
だから江戸時代なら村と村の境界とかが大事になる、そこで常に境の石とかあり境界を明確にしていたのである、そこで強い村の結束が生まれた

それにはいい面と悪い面が常に生まれる、村だけで閉鎖的になってしまうことである
江戸時代の村は本当に閉鎖的でありよそ者は簡単に入れない、すぐ目立つからわかる
それで明治になって合併がすすめられたとき飯館村の大倉村と佐須村が合併しなかったのは民情が違うからだとなっていた
民情が違うというのはわかりにくいがやはり何か隣村でも通じないものがあったからそうなる
つまり村は隣村の人さえ自由に交わらない社会だったのである
そこで民話の伝説では隣村から来た麦付きの男が蛇だったとかなる
隣村さえ得たいのしれない者となっていたのである
日本人は長い間そうして閉鎖的な生活をしていた、そうした村意識は簡単に消えないのである

ただ原発事故以後はそうした江戸時代の感覚の村の維持は不可能になった
飯館村の住民自体が周辺でも遠くでもばらばらに住んでいるからである
不思議なのは村議会選挙があるとして立候補している人は飯館村内に住んでいるのか?
それも疑問なのである、なぜなら前の村長は飯館村内に住んでいなかったからである
もはや飯館村自体が飯館村だけで成り立たなくなっている
外部から百人とか移住しているのもそうである
何か議員にとしてもそこに住んでいないかもしれないのだ、飯館村はどうして成立つのだろうか?

その村が補償金を得るための利権の場のようになっているかもしれない
巨額の補償金がばらまかれたからである、そのために村は分断された
その補償金が入ってきたがそれも十年すぎて村の予算としてと財政的にどうなるのか
何か村自体が維持していけるのだろうかという疑問がある
だからよそ者はかかわるなとかならない、南相馬市であれ福島市であれ伊達市であれ川俣町であれ広範囲にかかわざるをえないのである

●復興はできないとしたらいつまでも予算でつぎこむことは無駄?

何か復興させたいとしても最初はそう思ったが現実問題としても復興をあきらめるということも考えざるを得ない状態になっているのではないか?
なぜなら未来を担う若い世代が流出して子供もいないからである
老人だけが住んで成り立つのかとなる、そこに予算をつぎこむことも無駄になるのではないか?
それで津波被害の三陸地域に官僚の人がジジババに金をつぎ込んでも無駄だと本根が出たのである
そもそも住民がその村内とか町内に住んでいないということはどういうことなのか?
飯館村の瀟洒な建物は別荘であり人が住んでいない、時々帰ってきているだけだという
これも何か不思議なのである、軽井沢のような所だとそういうこともありうるが
そもそも貧乏な村で別荘にして維持できるのかとなる
またそんな暮らしが成り立つのかともなる、別荘村にするなら福島市とかに住んで金持ちでないと無理である、でもいづれはそんな収入は得られなくなるだろう
補償金でも使えばなくなるからである

確かなことは飯館村だけでは維持できない、他の大熊とか双葉とか浪江とかでもそうである
小高の場合も実際は維持できないとしても南相馬市だからそこを捨てても南相馬市内の問題として処理できるのである
もはやかたくなに町でも村でも維持できなくなる、それはここだけの問題ではない
少子高齢化と人口が激減してくくとき全国で起きて来る
ただここでは原発事故で極端な現象として現れたのである
だから大熊とか双葉とか浪江とかが合併するほかないという案もでたのである
もはろ飯館村は飯館村だけで維持できない、それで南相馬市と合併するべきだったとなる確かに原発事故では補償金を十分に村でもらったから合併しなくていいとなった
でもこれから先の問題としてもう補償金だけでは維持できない
やがて廃墟の村になってしまう、現実問題として住民が住まない村は誰のものなのか?
回りの市町村に住民が新築の家を建てて住んでいて飯館村の住民となりうるのか?
また権利でもあるのかとなる、つくづくこれもむずかしい問題である
ただ飯館村に所属して利権を得るためなのか?補償金をもらうには飯館村の住民でないともらえない、他でもそうだったからである

それで飯館村の人が相馬市に移住してトマト農家に雇ってくれと言ったが断られたとNHKでそのことを訴えていた、NHKは原発避難者側についた、それを見た人はなんでそんな冷たいのだと瞬間的に怒りになる
でも相馬市の海側では松川浦などでは津波の被害が大きかったのである
そこでは補償金ももらっていない、だから津波の被害者を雇ったのだから別に冷たいことはなかったのである
こういうふうに広域的なものとてし飯館村住民もありそれをよそ者だからうろうろするなとかかわるなとか邪魔だとか言う人がいるのは信じられないとなる
つまり現状を全く理解していないということである

今までとは全然違った状態になっていることを理解していないのである
ともかく飯館村が維持できるのか?それ自体が疑問なのである
ただいろいろな人がいるからその実情がわからないから何とも言えない
確かなことは飯館村だけでは問題は解決しないし維持すらできないことである
別に江戸時代の様な村であれば自給自足であり自立しているから大倉村と佐須村が合併しなかったようにそれでも良かったのである
でも今になるとそんなことでは成り立たないのである、村自体が維持できなるのかと見るからである

●復興できない、自立できないとしたらどうするのか?

浪江の人が近くの復興住宅に住んでいる、それで選挙の時、議員になる人が運動する人が車で回った、そしたらよそ者は来るなとなったらどうなるのか?
政治運動するなともなる、ただそういうふうに今は原発避難区域の人達は散らばって住んでいるのである、そして働かないという時回りの人は不満だった
補償金で金があるから高いものを買っているとか見ていたのである
その人は相馬市の人だったのである
それはいわき市とかでもそうだった、2万人とか避難してその人達は補償金で新築の家を建てた、地元の人は建てられない人たちがいたしそれでうらやまく思い嫌がらせが起きた普通避難民世界ではテントを張って暮らすとかもうぎりぎりの生活なのである
でも原発避難民は避難民様となり貴族にもなっていたとなる
だから傲慢になっていたともみる

何かこの原発事故は原発か近い所遠い所と距離で分けられた、双葉とか大熊は一番被害が大きかったが恩恵も一番あったのである
それでここにもカルマの法則が適応されたともなる
原発は距離に比例して被害が大きかったからである、それ故にカルマとなりカルマとは責任であり恩恵があればそれに比例し責任も大きく課せられていたとなる
ただそういうことは自覚しない、得すればいいとしかなかった
飯館村は確かに恩恵を受けていないから余計に同情された

でも今になればもう十年を過ぎればどうして復興するのかが問題でありいつまでも外部であれ頼るというわけにはいかなくなる
いつまでも特別優遇されるべきだとはならなくなっている
それは他の避難区域の人達でもそうである、一体どうして復興するのか、それは外部まかせでできるのか、何らか自助努力もしないと復興できないしそうできなければもう復興をあきらめて別な道を模索しなければならない、現実はもうあきらめているとなるとそこにいつまでもこだわっていても無理であり一層見捨てるということにもなる
北海道の夕張ではそうするほかないとなる、いつまでも夕張市を維持しようとしてもできないからそう言っている

そういうことは誰の意志で決めるのかわからない、ただいつまでも復興できないのに復興にこだわっても無理だとなる、ただ費用だけがかかってくるからである
一層会社でも倒産して整理した方がいいともなる
ただそこには会社の社長もいないし従業員がいたとして町民とか村民とかいたとしてその人達の意志で決めるとなる
でも一方ですでに分散して住んでいるのだからその住民は別な市町村の一員になる
しかしまだ別な市町村に籍を変えたということでもない、その辺の所属とか身分があいまいなのである
いづれにしろ原発避難区域はそこの住民だけでも決められないようにもなっている
だから夕張市が札幌市になっていればその周辺として処理することができるとなる
だから浪江とか双葉とか大熊とかが合併するとか提案された、それより南相馬市と合併すればその周辺地域として処理するともなる
ただそういう地域を背負うことは負担になるのである
言えることはもう自立した自治体として機能できないような状態になっている
だから今になると飯館村は南相馬市と合併していた方が良かったともなる
なぜなら自立しようとしてもできない、そして広域化した社会で自立することは地域エゴになってしまうのである、

それは世界的にみてもアフガニスタンが自立するのはいい
でも食料不足になり自立できない、そうしたらいくらタリバンでも国を守るとしてもできないのである、外部からの援助が必要なのである、つまりよそ者を入れないということ
外国人を入れない排斥するのはいいとしてそれは経済的にも自立していればできることである、江戸時代の村は貧乏でも自給自足が基本であり自立できていたのである
今はできない、グロ−バル化してさらに国内でも広域化した社会で生きているからである例えばなぜ都会の人達が東京の人達が過疎地域とかに不満なのかというとそういう地域を維持するのに80倍とかの金がかかる、インフラ整備に電気であれ水道であれかかる
そのために税金を地方交付税をとして払うことに不満だからそうなる
でも江戸時代とか戦前では水道がなくても江戸の水を利用するとか燃料は炭だとか電気もなかったのである、葛尾村村など戦後遅くやっと電気が通ったのである
そういう村だったら自立しているから東京とか大都会とは関係ないともなる
そして逆に木材であり石材であり石炭であれ様々な資源を地方を頼りにしていたのであるそのために蒸気機関車で東京にそうした物資を運んでいたのである
それが外材とかなったとき地方は衰退した、そこで東京の人は地方に税金を払うのは馬鹿らしいとなって不満になりそういう過疎地域はもういらないと見るようになったのである

●ソーラーパネルの村になっていもいいのか?

飯舘電力では、耕作放棄地となっていた広大な農地にソーラーパネルを立てて発電し、その売電収入を復興の資金にしようと考えます。

畑があっても、耕す人がいなくて放っておけば農地は荒れてしまいます。だけど僕らがそれを借りて発電をすれば地代も払えるし、農地を管理することもできると考えたんです。
2019年4月1日現在で飯舘村の避難者は4358人。村内居住者は1258人(内、帰還者は1118人)、帰還者は村の人口の20%ほどにとどまっています。戻らない理由については、避難から7年以上が経ち、生活基盤が他でできてしまっていることも大きいかと私は思います。

ソーラーパネルがやはり希望となっているのか、これも景観破壊である
でも土地利用できないから収入がないと生きていけないからそうなる
要するに住民は飯館村に住まなくても土地を貸して収入になる、それで他の土地で生活すればいいともなる、こういうことが果たしていいものだろうか?そして時折別荘に帰って故郷をなつかしむのかとなる
それはもう昔のまでいな暮らしの飯館村とはならないだろう
そんな生活がありかるのかと思うからだ

でも荒地のままにしても置けないからどこでもソーラーパネル化しやすいのである
その時飯館村はソーラーパネル工場となり昔の飯館村ではなくなる
現実問題としてはどうすればいいのかと自分に問われてもわからないとなる
自分自身はただ飯館村に来て花を見て帰ってきたというだけだからである
その時はそれで良かったのだが今になると昔の飯館村は消失した
ただ外部からの人がいろいろと尽くしている、つまり今や飯館村は外部の力に頼ることが多い村なのである、だから南相馬市から来てよそ者がかかわるなというときまたうろうろするななどと言う人がいることが信じられないとなる
なぜならこうして原発事故以後外部の人と接する村になったからである

どこもかしこもソーラーパネルにしていいのだろうか?

丸森も山が全体がソーラーパネルになった場所がある、そうすると景観が失われる
ただそうなるのも外材で木が利用できない、つまりそこに木材でも利用して森も活かされるし住民でも住めるということがあった、それは江戸時代ならそうだったのである
その時景観も保たれていたのである
だから自然保護といってもその自然が人間の生活に活用されないと守れないということがある、かえって自然は荒廃するともなる
ただ山を所有しても生活の足しにならないとなりソーラーパネルにして金にした方がいいとなるからだ
とにかく飯館村をどうするのか?他の原発避難区域でもどうするのか?
それを決めるのは誰なのか?そこの住民だけなのかとなるとこれもわからないのである
現実に周りの市町村に住んでいるからである、新しい家を建てて住んだら帰らないからである
そういうことで何か空白状態になりそういう場所には外部から人が入り安い
また空家化して荒地化すると猿とかイノシシが増えてくる、そして恐れもなく道を歩いている、イノシシとか猿が増えたからである、そこの住人は獣にもなってしまうのである

ただ外部から多方面の経験知識をもった人たちが入ってきている、そういう人達が復興の鍵を握っているのかもしれない、新しい村作りの主役となるのかもしれない
その辺については詳しくない、ただよそ者を受け入れざるをえないしもう飯館村だけでは成り立たない、周辺地域とも深く関係せざるをえないのである
それも選挙は飯館村だけのものであり外部の者は南相馬市でもかかわるなとか関係ないとうろうろするなとか言うことが信じられないとなる
そんな人がいたら復興自体不可能である
posted by 老鶯 at 17:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 飯館村

abstract painting -mountain and river-flower field


abstract painting -mountain and river-flower field

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写真の一部と合成して作った、山は創作でありと花畑は他者の写真である
ただこういう似た写真があるからどれなのかわからなくなる
写真には似たようなものがあるからだ
これも著作権違反になるのか?一つの創作ともなる

The mountain is a creation and the flower garden is a photograph of another person, which was created by synthesizing a part of the photograph.
However, I don't know which one because there are similar pictures like this.
Because there are similar things in the photos
Is this also a copyright violation? It can be a creation

2021年09月23日

秋の蝉、芙蓉、秋涼し(飯館村の秋ー飯館村議会選挙(2)


秋の蝉、露草、秋涼し、芙蓉(飯館村の秋ー飯館村議会選挙(2)

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あいのさわの羊草

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亀石
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臥牛石

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清流や露草咲きて竹真すぐ

コスモスにまわりとまらぬ風車

秋涼し峠を越えて飯館へ

秋の雲影を落として村一つ

秋の蝉一つ鳴いてそ峠越ゆ

山鳩に遊びの庭や芙蓉咲く


また一つ森の広きも石重く道の辺にあり秋となるかな

秋の蝉一つひびけり我がたずぬ飯館村を我が帰るかな

広々と大池に咲く羊草風のかそかにトンボ飛ぶかな

飯館の人の作れるダリヤかな我が部屋にさしめでにけるかな

飯館の地は荒れにしも様々の色のダリヤ畑に映えぬ

家々に芙蓉の咲くも人住まず花のみ映えて我が見て帰る

亀石に臥牛石かな秋の日や飯館村に落ち着き住みぬ

十五夜の満月輝き我が家かなかつて共に住む姉をし思ふ


一昨日は飯館まで行ったけど涼しかった、やはり涼しいと疲れない、気持ちよく運動できた
飯館村では森に囲まれている、そしてその森に様々の形の石がある
だから石の村だともなる、その一つ一つに名前を付けると面白いとなる

あいのさわには羊草が咲いていた、広い池だから気持いい、近くに大きな石が五つくらいある公園がある、あそこもいいが草に埋もれていた、あまり人が行き来しないからだともなる、外部から来る人が減ったからだろう
あいのさわでもキャンプしている人も見かけなかった、今は休みだから来ていてもいいと見たがいない

飯館村でにぎわっているのは道の駅のまでい館だけである、昼間は食事する人で満員だった、その裏の子どもの遊びの庭があり芙蓉が咲いて彫刻がありそこに山鳩がとまっている何か飯館村には山鳩が似合うのである、ただまでい館の彫刻に男女の像があるのは似合っていない、森の国だから森と小鳥とか石の彫刻だとあっているとなる

飯館村には何か芙蓉があう、芙蓉が山の村にゆったり咲いているのが似合うとなる
ただ正直やはり人が住んでいないということで前とは違う
私が芙蓉が見た家も空家だったからである、ただいつも花を見て飯館村を帰ってきた
それで畑のダリヤを栽培している所があった
そのダリヤをまでい館で売っていたので買った、250円は安かった
その畑だけが彩り鮮やかで活きていてなごんだとなる

までい館の前の農産学校は廃墟であり壊すほかないとも見た
あそこの学校に南相馬市の鹿島区の人が学んでいたことを聞いた
なぜわざわざそこに入ったのかわからない、事情があって入っていたとなる
でも高校までも一応あった時代があった
ただその人はすでに40以上になっている、その頃学生の数も多くてそこに入ったのかもしれない、必ずしも高校となると地元の人が入るとは限らない
何か他でも空家が多く古い兜屋根の養蚕していた家はまるで文化財のようにも見えたのである
実際今は空家だらけなのである、生活でもどうして成立っているのかわからない
おそらく補償金で生活しているのかとも見る、相当に飯館村だともちっているからその金で生活できることはある、ただいつまでも補償金で生活できるのかとなる
近くの復興団地でもそうである、だから生活が苦しい人がいて電気を消している人がいる
ただ今回は不愉快だった、選挙中であり運動員がうろうろするなとか邪魔だと言われた
田舎だととにかく姑息な人が多いのである

それで何度言うように飯館村であれ暮らしが隠されている所が自然につつまれている所がいいのである、そこでこのように人と接する時、必ずどこでもそういう嫌な人と逢うことになっている、田舎の人とかがみんな素朴だとかそんなことが今はない
だから補償金もらえるとなると金しか見えなくなり村は分断されたのである
要するに人が出てこなくて自然の中につつまれ隠されて花だけが映えるようだと良かったのである
ただ原発事故以後はもうそういう村でありえなくなったのである
不思議なのはそもそも議員になる人自体飯館村に住んでいるのかとなる
一応籍があっても外に住んでいるかもしれない、前の村長がそうだったからである
そして孫は外部から学校に通っていたからである
ただ今全体的どういう状況なのかはわかりにくい、でも子どもも住んでいないというときその未来はどうなるのだろうとなる、外部から来た人も年配の人が多いからだ

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こういうことを言う人がいる、だからみんなが外の人は何もいうな目障りだというのは異常だとなる
このように外からの意見も聞くとしているからだ
ただこうして一人でも印象が悪い人がいるとどこでも嫌になる
人間はやはりそこに住んでいる人が作るのでありそこに住んでいる人の気持ちとかその人となりが影響する、今だと何か人間ではなく建物だとか機械だとかが社会を作っているように見える、でもすこに住んでいる人の心持ちだとかその場所を良くしたり悪くしたりもする、そういう気持ちがあれば人がいれば復興もするともなる

第一よその声無視できないのは学校でも村内の学校に通うより外部の学校に通っている人が多いとなるか、そうしたらよその声を今は無視できないのである
ただ田舎の人が何か姑息なのである、視野が狭いのである
よそ者を嫌うということはある、南相馬市の人すらよそ者として受け入れない人がいたからだ、だから自分の場合は今までは別に飯館村の人とは接していなかったのである
要するにその時はかえって良かったとなる、なぜなら花を見て帰るだけだったからである
posted by 老鶯 at 12:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 飯館村

2021年09月22日

原発は地域エゴから始まりさらに地域エゴで分断された (飯館村でも南相馬市と合併するべきだった)


原発は地域エゴから始まりさらに地域エゴで分断された

(飯館村でも南相馬市と合併するべきだった)

●東京の地域エゴで原発は作られた

原発事故のことをいろいろ追及して来たけどそこで思ったことは
地域エゴがその原因ともなっていた
そもそも原発が福島に作られたのは東京の地域エゴだった

東京では危険だから福島に作れ

これも身勝手な地域エゴだった、自分たちの安全を計るためにそうしたのである
つまり原発とはこうして地域エゴから始まっていたのである
原発を作る場所は過疎的な場所がいいとされるのもそうである
そこに金をばらまけばいいとなるからだ、またそうして立地された場所は金が欲しいとなり積極的に誘致したのも地域エゴだったのである

極端な話では原発を建てる場所の地権者と県の許可があればそんな危険なものでも建てられた、ただその周りの自治体には金を与えたり仕事を与えたのである
それも地域に利益を誘導するものとなった地域エゴである
他の自治体では恩恵がなかったからである、だから県全体で見ても一部のものが利益を得ていただけであった

でも事故になった時広範囲に被害になった
つまり広範囲に原発は影響する、それ事故になったとき吉田所長は東北に住めなくなると言ったのである
原発事故は広範囲に影響するから市町村の範囲を越えて協議する問題だったのである
それが狭い地域でエゴで決められていたのである

県庁のある福島市でも被害が大きかった!

飯館村は放射性物質ブルームの塊りが流れる通り道となり被害が大きいものだった
ただここは別に自治体でも原発の恩恵はなかった
でもやはり金になるから原発で働いていた人がいたのである、原発だと三倍くらいの給料になっていたからである、この影響は大きかった、原発の回りでこうして働いて人が多かったのである

だから県庁のある福島市まで被害があったのはカルマだったともみる
遠いから原発と関係ないとみていた人が多かったからである
私の住んでいる場所も30キロ離れているから関係ないと見ていたのである
でも30キロ内は補償金が三倍以上もらっていたのである
一応南相馬市ということで鹿島区までは補償金をもらった
隣の相馬市となると一人6万しかもらっていないのである
原町区は鹿島区より三倍もらっていた、その差も大きかったのである

●事故後も補償金で分断

そして原発事故以後様々なエゴで金を得ていたことが判明した
漁業者は船主などは事故前も多額の補償金もらい原発御殿を建てていたとか周りからうらやましがられていたのである
漁業権がありそれを盾に東電からもらっていた、ところが同じ港に住んでいてももらえない人がいて不満だったのである
エゴむきだしになったのは家の前の海は自分のものだとして補償金を払いとまでなった
原発事故以後は補償金の奪い合いになったのである

それで飯館村では補償金をめぐって二つに分裂して争うことになった
その後どうなったかわからないが長年町長をしていた人はやめた
こうして補償金で原発周辺は分断された、それが伊達市とかでもそうだったと聞いた
親戚間でも補償金をもらう人ともらえない人がいて争うことになったと聞いた
つまり隣がもらってももらえない人がいたのである
鹿島区だと塩崎の人がそうなって女の人が泣いて訴えていたのである
子供でも争いになったとか聞いた、これも人間のエゴがむきだしになり争うようになった
今回の飯館村議会選挙でもS議員の運動員がよそ者はかかわるなとうろうろすると困るとか言って聴くこともできなかった、でも南相馬市と地理的にも深い関係があり放射性物質でも川を通して流れてくるのだからそうはいかないのである
でも一票をもっていないから南相馬市は関係ないとされたのである
でも現実に原発事故以後は飯館村の人でも広範囲に移り住んでいるのである
その人達は他の地域に住んでいても依然として飯館村の人なのである
税金は住んでいる場所に全部は払っていないだろう
なぜなら補償金をもらう関係でそうなっている

こうして広範囲な被害があり広域的に政治でもかかわるものとなったのである
だから飯館村の人達は南相馬市と合併しなくて良かった、補償金は特別もらえたからと言っていた、これもおかしいと思った
確かに飯館村には原発事故の責任はない、だから同情された
でもその後はやはり南相馬市とか回りと関係ないとはならないのである
現実に飯館村の住民がその周りに移り住んでいるからである
そしたらその周りにも南相馬市でも世話になっている人がいるのである

それをここは俺たちの土地でありよそ者はかかわるなと言えるのか?

例えば相馬市のトマト農家に飯館村の人が雇ってくれと言って断られたと不満をNHKで言っていた、でもその理由が相馬市の松川浦の津波の被害者を雇ったのは補償金をもらえないからである、それはそのトマト農家が冷たいということではなかったのである
ただ飯館村の人達は何かと同情されたことは確かである
原発事故の無惨さが飯館村に顕著に現れたからである
だか飯館村は補償金が特別多かったのである、実際に今でも放射性物質が特別汚染された地域になっているからだ

●飯館村は南相馬市と合併するべきだった

結局原発事故とその初めから東京地域のエゴで福島に作り自分たちは安全を計ろうとしたこと自体地域エゴだった、それで東京に原発を作れというのが正論だったのである
もし東京に作っていたらかえって事故にならなかったともなる
ただ原発は様々な危険性が指摘されていた、でも東電は無視していたのである

結局原発というのは東京の地域エゴから始まりまた誘致したのも地域エゴだった
自分たちだけは原発で金になればいい、自分たちの市町村は金になればいいという地域エゴだったのである
でも事故になり今度は逆に広範囲に人が移動して広範囲に広域的に政治問題化かしたのである
だから今回飯館村選挙でよそ者はかかわるな、この地域をうろうろするなとか言うのは信じられないとなる、それも地域エゴでありる

現実に回りに南相馬市でも飯館村の人達が移り住んでいるから広域的な問題であり飯館村の一地域の問題でなくなっているからだ
それが依然として飯館村のことは飯館村でする、よそ者は関係するなとかなっているのも全く現状を理解していない、こうして何か権力がないものは無視される
でもインタ−ネット時代には一個人でも発言したりできる
ただ読む人が少ないから影響はわずかにしてもやはり何らか影響するのである

こうして今経済でもなんでも広域化しているとき広く合併することはやはり時代でそうなった、そうならざるを得なかったのである
だから飯館村も地理的歴史的に一体化した地域だったから南相馬市に合併するべきだったということもありえた、現実問題として合併したような状況になったからである
南相馬市でも川俣町でも関係ないとならないからである
それで風車を作ったら川俣町の人に景観のことで勝手に作るなと言われたのもそうである川俣町も隣町だから相当に影響したからである、飯館村の人でも移り住んだりしているからである、でも補償金は全然もらっていないのである

だから何か飯館村自体だけで解決することは全くない
住民自体が周りに分散しているのだからそうなる、だから本当に南相馬市から来て聞こうとしただけでうろうろするなとかかかわるなとか言うこと自体、自分たちの現状を全く理解していないのである
そういうことは小高区の人達にもあった、とにかく自分たちは被害者であり援助されるべきものとして鹿島区のことなど眼中になかったのである
毎日ボランティアがきて援助していたのである
飯館村もそうしして他から援助されていたのである
だから俺たちは常に援助されるべきものとして見るようになったのかもしれない
そこに地域エゴがむきだしになったのである

相馬市のトマト農家で飯館村の人を雇わないとNHKで報道して暗に批判したのもそうである、相馬市の松川浦などの津波の被害が大きかったのだから当然だったのである
でもNHKでは特別飯館村の人がかわいそうだとしてそのトマト農家を批判したのである
これは常に原発事故の避難者は援助されるべきものとしてありそれがつけあがらせた原因にもなった、その周りにも津波でも苦しんでいた人がいたが無視されたのである
ただこうして最初から東京の地域エゴで福島に原発を作らせたのも地域エゴだったしそれが原発事故以後も地域エゴとして補償金獲得競争で分断されたのである

●地域エゴは人間が存在してからあった

ただ地域エゴは今に始まることではない、人間が存在し始めてから地域同士で利権で争うことがありそれが戦国時代にもなったとなる
だからこうした問題は人間社会からなくなっていない、地域地域で利権で結び合いまた争うのも人間の津ねだからである、水争いとかいろいろ地域でも争ってきたからである
それがこの辺では原発事故で露骨に現れたというだけなのだともなる
ただ現代はこれだけ広域社会になったとき地域だけの問題として処理できないのである
原発は広域的にかかわるものであり一時吉田所長が東北には人が住めなくなると言ったのもそうである、福島県だけではない、東北全体の問題でありまた全国的な世界的な問題でもあったのだ、海でもトリチウムの汚染水流すと世界から批判されているからである

地球とはみんなつながっているからそうなる、グロ−バル化すると余計にそうなのである人間はもはや江戸時代のような閉鎖した空間で生きていけなくなっている
私がグロ−バル化を批判してきたときそのマイナス面が大きくなったから批判したのである、でも現実問題として広域化グロ−バル化した世界に生きているから相互の調和を計らざるを得なくなっているのだ
ただそうはならずに地域エゴとか国家エゴとか対立が激しくなり戦争にもなる
そうならそれぞれに別々にかかわらないで生きればいいともなる
しかし現実にそれができなくなっていたのである、江戸時代にももどれないということである

どうししても広範囲な政治が必要になった、そこで問題を解決するほかないのである
グロ−バル化は別にして広域化政治は不可欠である、経済でもそうである
グロ−バル化ではなく大きなブロックに分けた政治になる
それで原発事故以後避難区域になった大熊とか双葉とか浪江は合併案が出たのである
現実にそうなっているのだからそれに合わせるためにそうなった
南相馬市だって飯館村の人でも浪江の人でも双葉でも大熊の人も現実に住んでいる
そしたらすでにこうして広範囲に問題を解決するものとならざるをえないのである
それなのに飯館村では南相馬市とは関係ないとかするのは信じられないとなる
もうすでに飯館村は飯館村だけで問題が解決しない、飯館村議会選挙があっても
回りの市町村とも関係している、飯館村だけでは解決しないのである
原発は世界の問題にもなった、海にトリチウムを流すことは海を汚染することだから世界から批判されたからである

ただその人は例外的な人だからとなるが個人として南相馬市民とショックを受けたのである
今は情報社会でありネット社会だからそういうことも伝えられるから気をつけろとなる
一億総記者時代になっている、個々人でも記者になっているから伝えられ拡散されることもありうるからだ、それが情報社会なのである
とにかくこれだけ変化したのに依然として江戸時代の村意識に生きていた人がいた
だからやはり南相馬市と補償金では得したが住民も周りに移住したのだから
南相馬市と合併するべきだったとも今になると思う
飯館村の問題は飯館村だけで解決しなくなっているからだ

ようやく矛盾が矛盾として意識され、当然あるべき葛藤が生まれるのは、実際に『迷惑』が我が身に降りかかってきたときである。そういう立場に置かれてみてはじめて、人は現実(リアリティー)の痛みに目覚めて思わず大声を上げる。

このサイトでは環境倫理学とか提唱している、本当にこの辺で起きたことはこのことでもあった

●水俣病と補償金  村は保証金で破滅した

1次産業と工場が支えだったのが、漁業は壊滅、農業は落ち目、工場の雇用は細々。貧しくても助け合ってきた村はなくなった。水俣病のせいで村が潰れたわけじゃない。補償金で潰れたんです。

 命や健康は返らない。補償金を取るしかない。でも今度はカネで村が破滅する。公害は起こしたらおしまいということで

水俣病のせいで村が潰れたわけじゃない。補償金で潰れたんです。

これは原発事故でも同じだった、それなりに細々として生活をしていた
その時は助け合っていた、でも事故後は多額の補償金をもらうことが生きることの闘争となった、そして飯館村でも補償金の問題で分断して住む人が流出した
残ったのは老人だけであり村の未来も消失した
第一何億円とかの補償金をもらったら今までの生活感覚とは違う、補償金をもらって楽に生活した方がいいとなる、また老人になれば年金をもらい楽した方がいいとなる
飯館村でもなぜ村に籍を置き村会議員にとかなりたいのかとなる
それは補償金が依然としてもらえる、利権となるからだともかんぐる
それは他の原発の避難区域でもそうなったからである
町とか村の復興よりまずは補償金をもらうということが生きることになった
老人は特にそうなりやすいし若い世代はその補償金を元手に流出して帰らなくなったのである

だからみんな金が欲しいとしてもそれがかえって徒(あだ)になり復興できなくなったともされる、それが水俣病でも公害になるとそうなりやすいと経験者が語っていたのである
しかし補償金はいつかもらえなくなる、今はもらってももらえなくなる
すると何か持続可能な収入が必要になる、農業とか林業とかは持続可能だから貧乏でも江戸時代でも人は住んでいたのである
持続可能でないのものは一時的には恩恵をもたらしても永続的にはもたらさないのであるすると今回のように人は故郷に住めなくなる、人は流出して廃墟と化する
補償金でもそれをうまく活用しないと消費されて終わりだとなる
現実にはそうなっている、復興といっても補償金で他に移住することになったからである

飯館村村議会選挙運動で思ったこと
 (よそ者はうろうろするな、邪魔だ、かかわるなと運動員に言われた)


posted by 老鶯 at 18:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2021年09月21日

飯館村村議会選挙運動で思ったこと (よそ者はうろうろするな、邪魔だ、かかわるなと運動員に言われた)


飯館村村議会選挙運動で思ったこと

(よそ者はうろうろするな、邪魔だ、かかわるなと運動員に言われた)

何かわからなかったが飯館村の村議会選挙だった
それで道の駅のところと住宅地の所で合ったので興味があり聞こうとした
そしたら運動員がうろうろするな、邪魔だとか関係ないからかかわるなとか言う
でも南相馬市の者だと言って関係あるから聞いたのである
現実に放射性物質とか飯館村から南相馬市にでも相馬市でも流れてゆく
放射性物質の汚染では広範囲にかかわっているから聞いたのである
でも確かに一票は持っていないから飯館村の村議会議員でもかかわらないとなる
もし一票を持っていたらこうはならないからだ
村議会とかなると一票でも貴重になるからだ

ただこう言った運動員は江戸時代の人間だった!

江戸時代の村に住んでいる人間の感覚のままなのである
江戸時代だったら隣の村と村すら交わらない、よそ者となり受け入れないとなる
そういう感覚の人がまだいんたということに驚く

第一飯館村自体がもう村として成り立っているのか?

よそから入った人が100人くらいるという、実際に住んでいる人はどれくらいいるのか空家だらけだとなる
そういう村でよそ者はうろうろするなとかかかわるなと言えるのか?
実際に飯館村の住民は南相馬市でも相馬市でも川俣町でも移住している
それは浪江町の復興団地も鹿島にあったり広範囲に移住しているのだ
もちろん今回の原発事故で飯館村は責められない、それはわかるにしても現実問題として放射性物質に汚染されたことは南相馬市とも深く関係する
新田川は飯館村の中心が源流となっているし大倉村では真野ダムがありそれは鹿島区に流れるから密接に関係しているのである
それで放射性物質のフレコンバックが破れて流れ出した、すると南相馬市まで流れてくるのである

原発事故では広範囲に被害があり結果的に合併したような状況になった
大熊でも双葉でも浪江でも南相馬市に移り住んでいるからだ
そしてその人たちが何かなのか身分がはっきりしないのである
依然として移り住んでも家を建てても浪江町の人は浪江町民であり税金も払わないということがある、飯館村の人でもそうである
他に移り住んでも飯館村の住民なのである、そうしているのは補償金をもらうためだともなる、別な場所に移るとその権利がなくなるからそうなる
そういう不安定な状態にある

今までなら飯館村にかかわる必要もなかった、ただ花を見て帰るとかで終わりである
でも原発事故以後はそういかなくなったのである
飯館村は地理的に南相馬市と一体だったのである
一見は離れているようでも水は飯館村から流れて来るから繋がっていて一体なのである
それで飯館村の森が除染されないからそこから放射性物質が南相馬市にも流れてくるのである、また真野ダムの水でも飲料水に利用しているとなると相馬市も関係しているとなる
ともかくその人は本当に江戸時代の感覚の人だった、原発事故以後は自分の村だけで閉鎖して暮らしていけないことを身をもって知ったのにそうだった
飯館村の人は回りの市町村に世話になっている、それで小高の人が鹿島区の仮設住宅に移ったとき文句を言う人がいた、補償金をもらって高速無料とか医療費無料は十年つづいてさらにまた引き伸ばされたのである
鹿島区は同じ南相馬市でも半年で医療費無料は打ち切られたのである
この差も大きかった

ただ南相馬市民となれば南相馬市全体を問題にして議員でも運動する
だから鹿島区の議員でも仮設の小高の人を応援したのである、一票をもっているからだ
それで市町村レベルだと狭い範囲だ一票の重みが違ってくる
でも現代は広域化社会になっている、さらにグロ−バル化社会になっているから広くかかわらざるをえないのである
そして飯館村は飯館村民だけのものではない、こういう事故になったときみんなよそ者かかわらざるをえなくなったのである
だからもう他に家を建てて移り住んだ人たちは権利がなくなったのかともみる
いつまでも帰らないとか住まないとなると権利も消失する

いづれにしろ飯館村の村議会選挙によそ者はかかわるな口出しするなということ江戸時代の人かと思った
そんな江戸時代の村意識で復興などできるのか?
そもそもよそ者が百人とか住んでいるとか広範囲にかかわらざるをえなくなったのが
原発事故だったのである

とにかくこの辺で原発事故で明らかになったのは何か狭い地域エゴとか自分だけの利権を得るとかが露骨だったのである
漁業者は自分の前の海も自分のものだとして補償金をもらおうとしていた
船主は海は自分たちのものだとして漁業権を東電に売り多額の補償金を事故前も後ももらっていたのである
そもそもここは俺の物だと主張する、そんなこと主張できるのか
飯館村は俺の物だ、村人のものだとか言えるのか?
そんなこと江戸時代なら言えたかもしれない、今これだけ人が交わり物を運んでいる時代にそんなことを言えない
別に飯館村を自転車で回っていてもうろうろするなとか言えないだろう
ただ村の政治に口出しするなとは言えるかもしれない、それでも今や不可分に土地でもつながっているのだからそんなことどこでも言えないのである

今や飯館村のものは飯館村の人達のものとはならない、、そこにいつまで空家にしておくのか?そこに住まないのならいづれ権利を失う、誰でもいいよそ者でもいい住む人があればその人に権利が生まれるとまでなる
別荘のようにして時々来る人は住民なのだろうか?
そういう人はその土地に責任ももたなくなる、なぜなら住んでいないから回りで何かあっても関心がなくなるからだ、住んでいればそこに住む以上関心をもつ、なぜなら無関心だったら今回のように住めなくなることがあるからだ
つまり原発事故でわかったことは人間は住んでいるだけで責任を負わされていたのである
だから一番被害があった大熊とか双葉とか浪江とかではその責任をとらされた、住めなくなったからである、住んでいること自体に責任が課せられていたのである
でも別荘のように時々来るとかなるとどうなるのか?何か住んでいないから関心が薄れることはありうる

もう今や日本は日本人のものだとかすら言えなくなる
例えば人口が減って日本を維持できなるなとき移民が入って国を維持するようなこになれそうなる、別に国を維持するのは日本人でなければならないいうこともないからである
飯館村とか他の避難区域でも住民は流出したのだから他から来た人が住んで町村を維持する、地元の人だけで維持できないからそれを止めることもできないのである
つまり故郷に住む権利を失ってもしょうがないとなる
空家だらけにして誰も住まないようりはいいとなるからだ

ただ前時代的人間はいた、そういう人はかえって飯館村では生きていけなくなるかもしれない、ただ津波の被害地でもよそ者が入ってきて同じような問題が起きた
でもよそ者を受け入れざるを得なくなったのである、住む人がいなくなんたからである
うろうろしているという人も必要なのである、別に泥棒するわけでもないし運動していたり自然を鑑賞したりしているからである
マウテンバイクを走らせるルートを作った場所もある
飯館村では人をよそ者を入れる必要があるのだ
なぜ南相馬市から来てうろうろするなとか言えるのか?
そこの土地はお前だけのものではない、みんなのものなのである
漁業者でも漁業権を盾に東電から多額の補償金をもらっていた
それも結局自分たちの海だとしていたからである、実際はその自治体のものであった
みんなのものだったのである、ただ漁業権は魚を取り過ぎないために与えられていたのである
たから原発によって魚も食べられなくなったのだから原発に反対するのが筋だったのである

とにかくこの辺で起きていることは何か様々な問題を露骨にしている
飯館村は南相馬市と合併しなくて良かったとしているがそれも補償金を村でもらい分配することがなかったからである
飯館村は特に補償金を他より多くもらったからである
でも今になると本当は飯館村は一見離れているようでも南相馬市と一体であり川でも通じているから放射性物質も流れて来る
それで南相馬市と一体の地域としてあり合併しても不自然ではなかったのである
歴史的にも鎌倉時代の鹿島区の岩松氏の領地ともなっていた
その後相馬氏が支配したのである、歴史的にも地理的にも一体だったのである
だから南相馬市と関係ないとかは言えない

ただ別に他の人は五人山とか塩の道の宿だったという人が説明してくれた
飯館村の人が全部こんな人ではない、そういう人もいたというので驚いたのである
何も普通にこういうことが争点になっているとか話ししてもいいからである
なぜなら南相馬市は無関心ではいらないからである
一票にはならないにしてもそれだけで判断するのは地域エゴだとなる

今は広域社会でありあらゆることか広い範囲で関係しあっている
江戸時代のようにはならないのである、そのマイナス面としてコロナウィルスとかで苦しむことになった、でももうとても江戸時代には戻れないのである
何か人間の社会が時代を逆戻りできないのである
コロナウィルスで閉鎖的になるにしろやはり別なように閉鎖的になる
同じように閉鎖的にはならないのである、テレワークなどでもそうである
家にいながらつながるということもあり江戸時代のようにはならないのである

それで今気をつけなければならないことは一個人でも報道する道具をインタ−ネットで
もった、確かに私は新聞記者でもない、一個人だからなんの権力ももっていない
でもプログとかで報告できる、それを読む人もいる
すると少しでも何か影響する、こういうことは今までなかった
リアルタイムで報告する、だから一個人でも権力がないとして軽くみられない時代にもなる、だから一個人でも馬鹿にして対処するとそれが飯館村全体にも影響する
それを注意すべきである、ただその人はそういう現代の情報社会のことを知らない
でも今やネットの時代でありスマホをもっているし何か多少でも影響するので注意すべきである
S議員でもそういう運動員がいることはマイナスとして働く、そんな人が議員の運動員なのかとなるからだ、するとS議員の印象も悪くなることもありうるからだ
こんな人が飯館村にいたのかというとき村の印象まで悪くなることもありうる
これは私憤から言っているのではない、公憤ともなっているのである

posted by 老鶯 at 21:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 飯館村

2021年09月20日

思考脳、創造脳を鍛える時代 (数学も考える手段としてあった)


思考脳、創造脳を鍛える時代

(数学も考える手段としてあった)

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私は文系であり数学が苦手だった、その原因が必ずしも生来的なものではなく学校での暗記教育にあった、だから高校まで自分で考えて勉強したこともない
何か興味あって自ら勉強したこともなかった
まず家には一冊の本もないのだから家で自主的に勉強する環境がなかった
また成長しても30才以上になっても家に一冊も本がなかった
それでいつも本を買うために仙台市まで行くほかなかった
専門的な本がまず売っていない、そして仙台市でも本は限られていたのである
これは相当なハンディキャップがある、なぜなら文系となると本を読めば知識が広まるからである

本が買いないとすると知識を広め深めようがないのである
それで町の本屋では「冠婚葬祭」とかが百万部も売れてベストセラーになっていたのである、要するにそんな本しか置いていない、田舎では専門的な本を読む人自体極端に少ないからである
東京だと古本屋もあり本は手に入る、それでわざわざ東京まで行って全集を買ったりしたまず本を手に入れることが知識を広める深めることでありそれ意外にないとしたら
勉強しようがないとなってしまうのである
ただ田舎は感性を磨くのには適している、自然があるから適している
逆行に東京とかなると感性は磨けない、自然がないからである
すると俳句とか短歌でもなかなか作れない、季語が必要でありその季語は自然の中で農民が暮らしの中で作りだしてきたものだからである

勉強とは試験のためにしているのではない、でも実際は試験のためでありそれも暗記だけの教育でありそうなると何かに興味を持つこともできないのである
だから高校まで何か考えたことはなかった
人間が生きることは無数の疑問がありなぜかと考えることが人間たらしめている
それで宇宙は考えないが人間は芦のように弱い存在だか考えることで宇宙より優っているとかにもなった
考えない人間はそもそも人間でもないとなる、奴隷だともなるし機械だともなる
現実にこれほど文明化しても自ら考えない人は多数なのである
それでカルト教団とか大衆を洗脳するマスコミに支配されることになる

数学でも実際苦手でも考える手段として学べば専門家になれなくても興味をもつ
ただ暗記だけだったらそれは考えないのだからつまらないとなる
でも江戸時代辺りまでは実用として読み書きそろばんが必修であり自ら何かを考えるということはできない環境だった
でもそろばんができるとか子供のとき自慢になったがコンピュターがでてきて何の役にもたたなくその労力も無駄になった
活字拾いをして印刷していた文選の仕事も能力として認められていたがそれもコンピュター化して役たたないものとしてその技術で就職しようとしたが採用されず犯罪者になったというドラマを見た

人間社会にはこういうことが常にある、もともとあった技術が進歩して新しい技術になったとき不用になる、そのために職を失う
静岡では大井川の渡しの仕事をしていた人が明治になり失業した、その人達はお茶作りをするようになったのである
人間社会には常に技術とか時代が変わりこれまでの技術でも知識でも無用化される
そういうことは常に起っている
もし技術でも時代が変わらなければ経験あるものが歳の功となり偉いとなっていたのである、老人は尊敬されていたとなる、でも今は技術革新の時代であり老人の経験も活きてこないから老人はいらないとなるのである

要するにこれから大事なことは思考脳と創造脳を鍛えることである
ただ暗記していては世界の競争に勝てないからである、日本は暗記脳に優れていて明治維新とか戦後の高度成長を成すことができた
それもものまねに優れていたというにすぎなかった
日本で戦後電器製品が売れたのは別に発明でもなかったのである
日本で優れているのは改良改善だというとき何か全く新しいものを作りだしたことではないのである、日本人はそもそも自ら考えることがない同調民族でありみんな同じにしようとする、だから異質な者を特に嫌う、村社会なのである
だから何か変わった奴は嫌われて排除される
でも大陸となると違っている、中国でもあれだけ広いから変わった人間もいる
そういう人間も役立つとかとみる、寛容さがある
それで「奇貨置くべし」とかの格言が残る、変わった奴も何かに役立つとして食客として食わせておくとなる
こういう志向が日本人にはないのである

いづれにしろ自分はもともと学問とか好きだったのだが学校での暗記脳教育で自ら考えることをしないので興味を失った、私が自ら勉強しはじめたのは大学を出てからだったのである、それで何か理解することが遅すぎたのである
もはや死ぬ時期になり理解力と思考脳ができてきたのである
第一50歳からバックパッカーになって世界を旅行したことも遅かったのである
それで相当に時間を無駄にしたのである

例えばグロ−バル化を考える時、数学的に考える時どうなるのか?

距離、時間、スピードの関係で考えると距離は変わらないが時間は短縮できる
スピードを速くすれば短縮できる、10キロを一時間で行くとして徒歩で行くのと車で行くのと違ってくる、100キロを時速50キロなら2時間で行く時速70キロなら
100÷七〇=・・になる1・4時間とかなる

AからBまで行く時間は短縮できる、距離自体は変わらなくてもスピードが速くなれば短縮できる、そうして世界には相当な距離で隔てられていても世界の物流が早くなる
物を運ぶにしても船と飛行機では格段の差かある
百倍とか千倍の差がある、なぜなら船だと一か月とかかかってしまうからである
その差が大きくヒト、モノの交流が盛んになりグロ−バル化社会が生まれた
そして時間でもそれだけスピードによって変わった時、空間も拡大して認識する

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正方四辺形を一周する時間を図式化する、一辺一時間で行くすると一周するのに四時間かかる、次にその倍の面積になると二時間で一辺を回ると八時間かかる、次に一辺を三時間で回ると一二時間かかる
つまり空間軸が広がるとその広さを理解するにも到達するにも時間がかかる
ただスピードを速くすれば早く回れる到達するとなる
それで空間の理解が深まることはないのである
確かなことは空間軸が拡大することによって比例してそこを回り理解するのには時間がかかることなのである、空間軸が拡大すれば時間軸も拡大する、比例する
ただそれは数学的な思考でありその空間を理解することは数学のようには理解できない
ただ空間が拡大すれば時間も多く必要になることは確かなのである
でも飛行機で世界を回っても空間を理解することはできないのである

いづれにしろグロ−バル化するということは距離を短縮する、距離自体は不変だがスピードによって距離を短縮するとなる
空間が拡大してスピードが速くなるとどうなるのか、世界の経済成長とか技術が伝播する時間が極端に短縮したのである、中国が十年そこらで急成長したのも交通の発達で空間が狭められたからである、すぐに先進国に追いついたのである
飛行機がないような時代はそういうことは不可能だった、船で運ぶような時代では不可能だったのである
またインタ−ネットとかで通信で世界が結ばれるのもグロ−バル化を促進した
江戸時代のように飛脚で手紙でも運んでいたら時間がかかりすぎる
瞬時に世界と交信できるので世界が村となるというマクルハーンが言ったようになった
ただ通信でも映像でも瞬時に送られてもそこにはぞの場のこと空間を地理を理解することはできない、それで誤解が生まれて油まみれの海鳥を世界では誤解した
イラク戦争でイラクが悪い奴だとすりこまれて怒りになったのである
その周りは別に油に汚染されていなかったのである

ともかく文系であれ理系であれ思考脳を鍛えることが大事になる、数学をただ暗記だけで教えないことである、図形を使い考えさせる思考脳を鍛える教育が必要になる
思考脳と創造脳を感性脳を鍛えることが必要になる、これからのグロ−バル化世界では思考脳感性脳創造脳が求められているからだ、これは子どもの時から訓練していないと身につかない
簡単なことでも計算でも思考脳を鍛える、だからソロバンのようなものはもう役に立たない、それはあくまでも暗記脳だけのものだからである
そうなれば計算機とか機械に変わられたのである
暗記脳的なものはコンピュター化される、AI化される、翻訳でもAI化されている
ただ思考脳と創造脳は絶対にAI化できないのである
つまり思考脳と創造脳が人間たらしめているのである
結局人間の能力は実は見出されていない、開発されていないのである
何か素質があり生まれつきなものがあったとしてもそれが開発されないと埋もれたままなのである、その素質が遺伝で決まっているとしてもそれが見いだされ開発されなかったら才能も開花しないのである

これからの教育は一律に学ぶ暗記脳から思考脳と創造脳を鍛えることである
それは別に特別な人だけのものではない、鍛錬で身につくものでもある
もちろん天才とかはごくごくまれにいるが一般の人でも思考脳と創造脳を鍛える時代なのである、そもそもコンピュターとかAIとなれば機械的なことはしなくつてもいい、必要ないのである、だからコンビニでもスーパーのレジでも機械化されて人が必要なくなる
人間に必要なのは何かと問われるのであり今までの教育の仕方では現代のグロ−バル化には適合できないとなる


posted by 老鶯 at 21:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育心理学など

廃屋から感じる淋しさ (原発避難区域の復興はない)


廃屋から感じる淋しさ

(原発避難区域の復興はない)


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飯館村の養蚕していた家



廃屋だらけの村とか街とかを普通は経験できない、そこは遠くから来るなら別に感じることはない、通り過ぎてゆくだけだからである、ただ面白いとかなるだけである
それで廃墟の村を訪れて紹介する
でもこれが近くだと違ってくる、廃屋には何か荒寥としたものを感じる
それが数軒とかなていれば感じない、どこでも今は空家がいたるところにあるからだ
でもまだ人がそれなりに住んでいるから感じない
ただそれでも廃屋には何か一段と淋しいものを感じる
その理由は何かわからない、やはり人が住んでいたということで人が住まなくなったとき一段と淋しいものを感じる
それで庭でも石でも人が住んでいないと一段と淋しいものを感じる
その庭の石は人間化した石とばなっていたからである

津浪で家が流されて庭だけが残された所がある、そこにはいろいろな石がある
平板な大きな石があるとするとそれがやはり人間にも見えて庭に離れない離れたくないともなる、何かそこに住んでいた人間の気持ちが石にうつる
もともと石は一定の場所に動かない、定着するものである
そこに人間が住んでいると石も人間化する、だからもともと人が住んでいない所にある
自然の石と人間が住んで感じる石は違っている

何か飯館村とかでも廃屋だらけだからそこは荒寥としたものになる
もともと飯館村などは一軒一軒家が林の中に隠れてあった、そして前の広い庭に畑があったりし花が映えていた、だから淋しい村だったのである、隠された村だったのである
でもそこが廃屋の村となったとき隠された村とも違う、一段と淋しいものとなる
確かに瀟洒な小さな新しい家を建てている、それは廃屋ではない
でも人が住んでいなかったのである、最初人が住んでいると錯覚していた
そこはただ別荘のように時々住んでいた人が帰ってくるという
やはり人が住んでいないのである

そもそも家に感じたことは人が住んでこそ家である、人が住んで家が活きている
人が住んでいなかったいくら立派な家でも大きな幽霊屋敷になるだけである
家は死んでしまうのである、何かの抜け殻のようになる
それは村とか街でも人が住まなくなればゴーストタウンになる
そんなことを近くで経験するとは思わなかった、そういうことを実感することはなかなか普通はできないだろう
人が住まないと住むのでは相当に差がある、あばら屋でも人が住んでいれば活きているのである

もともと人が住んでいない場所で原始の森とかになっていればそう感じないのである
一旦人が住むと人間化するから人がいなくなると淋しく感じるのである
原発避難区域になった場所は全体的にそうである、住んでいるのは老人だけであり
余計に淋しく感じるのである、子供がいないということはやがて老人もさらに年をとり介護になったりしたら子どもに引き取られるとかになる
外部から来て住んでいる人も若い人ではない、その人たちもすぐに年をとる、すると病院もないし施設とか介護とかで働く人もいないから住めなくなる
そういう未来しか見えてこないのである
そのために小高とか浪江でも便利な原町に移り住んだとなる
そして故郷には帰らないとなる

ただ正直全国で空家が800万軒にもなるというのは恐怖である
いたるところに空家が増えて放置されると全体にも影響する
空家はいつまでもそのつまにしておくと問題になる、高度成長期とかなるとそういう家には何かしら利用していた、ただ家が50万くらいで持てるという時代にもなる
そのままに空家にしているより誰でもいいから住んでくれとなるからだ
空家とか廃屋があると印象が悪くなるからである

とにかく原発避難区域になった所は何か回復がむずかしいように見える
もともと過疎化していたとかもあり原発事故で最悪になってしまったのである
いつまでも廃屋としてあってもそれが印象を悪くする
何か幽霊が本当に住んでいる感じになる、そういう所にはあまり行きたくないとなる
でも建物だけ立派にしても人が住まないとやはり復興したとはならない
いくら金をつぎ込んでも建物を立派にしても復興しないのである
だから戦後の引揚者が飯館村なども木戸木(こどき)とか辺鄙な場所に開墾に入り住んだそいいう時代はかえって山に活気があった
一万人以上も飯館村でも住んでいた時代があったから山では農林関係とか石材とかで仕事があった、貧しくても仕事があり一応それだけの人が住める村だったのである
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戦後に引揚者が開墾に入った人達が多く一万人以上になった、その後は減りつづけた
ただ6000千人くらいが適正人口だったのか、戦後は引揚者で増えた




戦後引揚者が開墾に入り一万人にもなった、その後は低下するだけだった
また牧畜で牛を飼うことで仕事をもったのでなんとか人口を維持してきた
牛の村として維持できていた経過がある
それも放射線量被害で急激に減ったのである
意外と菊池製作所は残っていてまた川俣の方に働く人もいた、農林業だけではないものは残り生活できているともなる、社会がもともとそういうふうに変わっていたからである
写真の家は二階が兜作りの養蚕をした家である
そういう家は今でも全国で多いのである、また絹織物の機織りの紡績工場が全国に多かった、それがアメリカなどへの輸出品となっていたのである
そういう時代の遺産として今でもいたるところに兜作りの養蚕した家が残っているのである
不思議なのは戦後でもアメリカに生糸などを輸出して日本の経済が成り立っていたのである、だからアメリカと戦争したら生糸でも売れなくなる日本の経済が成り立たなくなっていた、だから経済的な面でもアメリカとの戦争は無謀だったのである
posted by 老鶯 at 11:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 飯館村

2021年09月19日

秋夕焼け、実り、満月(十五夜)(金色堂)(津波の跡の庭の石)


秋夕焼け、実り、満月(十五夜)(金色堂)(津波の跡の庭の石)


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ここの庭はその松にして記念のように残ししている
小屋が一つ建っている、他は消えてしまった
津波の記念として残しているのかもしれない
ここの近くには新しい家が建っている



みちのくや秋夕焼けに星一

みちのくの秋夕焼や金色堂


満月に星一つ添えきらめきぬ夕べ静かに波のひびきぬ

津波後残せし庭に石のあり月影さしてここを離れじ

美しく満月光る夕べかな実りもどりて癒されるらむ

満月に実りとなれる仕事あれ満月輝き曇りなきかも

紅く染む夕べの雲に満月の光りて黄金の実りもどりぬ


今日は満月だった、2021年の十五夜は、9月21日(火)です
まだ満月ではないにしろほぼ満月だった
今日は快晴だから月も雲に翳ることなく輝いていた

海の方に行ったら満月が輝き昇っていた
波も台風が去り静かになっていた
そして山の方は夕焼けの雲になっていた、秋夕焼である
満月に星がひとつ輝き山の方の秋夕焼けに星が一つきらめいた
やはり秋らしい

右田浜で海から離れた所の家でも流された、でもそこには庭だけが残っている
石がいろいろありいい庭だったそこに平板な石がありこの平板な石が何か大地に密着した感じでいいのである、そしてその石はその家があった所から離れないようにありつづける人間化した石なのである、庭にある石は人間化しているのである
だから人が住まないと余計に淋しくなるのである
それが避難区域となって捨てられた家と庭に感じたからである

ともかく実り季節であり黄金色に稲が輝く、浪江の人が全く草ぼうぼうになっている
田んぼのことに無関心なのは変であった
ただそうなったのは田舎でも農家は一割にも満たないとか少なくなったからである
ただ面積からすると田畑は依然として広いのである
それだけの面積を占めても農業で暮らしている人は一割とかなのである
他の人は会社員であり別な仕事をしている

ただ最近は金融関係はいい仕事ではない、ブラック化している
それはゆうちょでも人をだますような保険を売りつけていたとか地銀でも投資信託とか
理解できないものを売り手数料を稼ぐ商売になった
それは証券会社のすることであり本来の仕事ではない
だから満月が光り曇り鳴きとはならない、曇ってしまうのである
そこに後ろめたいものがありもともとその地域地域に貢献するものであったがそうはならない

ただでは銀行をどうするのかとなるとむずかしくなる
職業とはそもそも何らか業を持っているのである
江戸時代まではそういうことは少なかった、それぞれの分の仕事に励めば良かったのである、だから外国人は日本に来たときみんな幸福そうな顔をしていると見たのである
人間は仕事でもしていることが顔に出る
その仕事がいいものなら顔もいい顔になる、その仕事が悪いものなら顔にでて暗い顔になる
金が入ったとしてもそうなる、顔は偽れないことがあるからだ
ともかく現代は人をだますような仕事が多すぎるのである
農民が大半の時代はそういうことはなかったとも見るからである

秋夕焼けというとき金色堂を見て電車から見た空が秋夕焼けだった
それもみちのくにふさわしいともなる
最近旅もしないで思い出す旅をつづけている
いかに記憶することが人間に大事なのかわかった
記憶がよみがえり旅に行った場所を思い出す、そして詩にしたりする
その時深い詩が作れる、つまり記憶を深化できるのである
だから旅というのは記憶することが大事だったのである
記憶するにはやはり一人旅でないとだめである、二人だと気が散って自然を記憶できないからである

ともかく旅したことを記憶としてよみがえりそれを今まとめている
それも膨大なので整理するのが大変なのである
詩集とするためにまとめている、これは結構骨がおれる
プログでも毎日書くと疲れる、失敗したのはプログを同じものをのせるのに二つ出していることである、予備にしたのだが二つにのせると手間なのである
プログとか意外と手間なのである、写真とかをのせると手間になる
でもこれが自分の仕事であり旅したことが人生でありその実りが詩歌として現しているのである

2021年09月18日

集団就職の時代 (時代の変化は常にありその時代の苦しみを負う人間―過去のテレビドラマを見て)


集団就職の時代

(時代の変化は常にありその時代の苦しみを負う人間―過去のテレビドラマを見て)

日本の敗戦まで農村では農業は跡継ぎの長男のみが相続していて、田畑を相続できず食えない農家の次男・三男は戦前まで軍隊で養われていた[12]。次男など年少の男性は家督を相続した兄である長男の扶養家族となっていた。次男以下は農業の手伝いをするという社会だった
https://binged.it/3tOr1Kt

彼ら・彼女たちがときにわずか15歳で経験した労働現場は、現在から見ればあまりに過酷なものでもあった。だが、著者はその過酷さを単なる「残酷物語」として安易には描かない。
https://bunshun.jp/articles/-/3136

実際の集団就職でも、彼女と同じような落胆を味わった少年少女は少なくなかった。それゆえ、転職する者も多かった。夢破れて郷里に帰った者もいた。ほんの一握りの若者だけが、失意を噛みしめながら、石にかじりつくようにして出世や独立を勝ち取った。中卒が「金の卵」だったのは、1955年から65年までの10年間にすぎないが、この時期に生まれた膨大な出郷者たちの物語は、戦後の若者像のひとつの元型を形成している。
https://webronza.asahi.com/culture/articles/2014030800001.html

自分が本当に将来やりたいことや、自分に向いていることを、本当に確信している若い人が何人いるのだろうかということである。自分の中にある隠れた能力や願望、自分さえ気付いていない自身の良さや魅力を、どれだけの人がしっかりと掘り出せているのだろうかhttps://ameblo.jp/kashii-hayato/entry-12339125558.html



人生をふりかえると何だったのか?集団就職というのもそうだった
中学校で三分の一くらいが集団就職していた、三分の一は高卒でありあと大学に行ったのは一割くらいである、50人学級として5人くらいだとなる
三分の一とかではない、五分の一くらいかもしれない、私は同級生でもそのことをわからなかった、どういうことなのか理解していなかった
その時常に先生が心配して言われたのは高校に入れないということで受験勉強しろということだった、だから受験勉強をしたしそれが嫌だった
なぜそうなったのかというと数が多いために教室が用意されない騒いでいたからである
好きで勉強していたわけではないからだ、高校に入ってたとしても自分は集団に向かなかった、だから学校嫌いでありやめようとも思った、でも勉強できなくても東京の私立大学に入った、その大学でもFらんと似たようなものだった

大学で良かったのは偶然なのだけどもともと体力もないし向かいなのに運動部に入ったことである、それで我がままな自分が鍛えられたことで良かったのである
自分は一人っ子であり我ままに育てられた、そして何かその時故郷に田舎にいるのが嫌であり東京に憧れていた、それより家を脱出する願望があった
結局ふりかえる親元を離れたことが自立するには良かったのである
別に経済的自立ではないが精神的自立するのに良かったのである
またカルト教団で運動したがこれが大学生活になったもの馬鹿だったとなる

そもそも奇妙なのは大学生活というのは遊びの場だったのである
講義に出ないことを自慢していたのである、マンモス大学であり大講堂で千人も入るとかで授業している、それで授業に出ない人が多かった、真面目な奴は嫌われていたのも不思議である、つまり高校とはまるで違ったものだったのである
だからパチンコばかりしているとかで身を持ち崩した人もいる
それから学生運動の時代であり学生運動ばかりして勉強もしないということもそうだった大学とは一体何なのだろうとふりかえる
要するに極端に自由になりそれが遊びともなり遊興人間とか学生運動でも実際はそれは真剣なものでもなかったのである

集団就職した人から比べると大学に入るだけで恵まれていたからである
そういうことで学生運動でゲバ棒をふりまわしていて警官とかと衝突したが警官の方が大学出て恵まれているのにと甘いやつらだとして抑えこまれたのである
確かに一人くらい死んだとしても本当は死を賭けた真剣さや思想に殉じるものはない
マルクス主義など洗礼を受けたがそれも本当に真剣なものとはならない、一種の病気のようなものである
若い時は簡単に社会が変えられると思うからである、頭でっかちになるからである
理論だけが先行するからである
これに比べると反体制としてミャンマーとか他の紛争地帯では多数の人が時の権力と戦う時死んでいる、ミャンマーでもアフガニスタンでもどこでも相当数が反体制とか反権力になれば死ぬのである

それがわかるのはみんな大学を卒業したら大企業であれ就職して猛烈な企業戦士となって働いた、その時ちょうど高度成長時代であり日本が鰻上りに成長した時代だったからである、そうなれば別に貧困から脱することができるようにもなった
マルクスの階級論など関係ないのである、貧困な日本でもみんなが豊かになり中産階級が生まれたからである
そんなことで学生運動など何だったのか忘れられたし意味もなかったのである
ただ何か知らないけど青春のエネルギーは爆発させたというだけである

ともかく集団就職というとき大学にいたとき自分自身もアルバイトしてそういう下町の小さな工場を知っている、そこで寮のようなものがあっても粗末なものでありそこに押し込められていた感じである、そこで今の寮のようなものを整備できていなかった
そごで油まみれで働いていたとなる、単純作業をが多かった
一日ドリルで穴をあける仕事などである、大学からその後大学出ても無職でありそんな仕事ばかりしていたから仕事自体嫌になって私は引きこもりになったのである
ただそういう貧乏な時代に引きこもりとかニートはいなかった
そういう余裕がまだ家にはなかったからだ

ただとにかく急速に高度成長時代に入り金回りがみんな良くなったのである
あらゆる所でそれこは波及していて小さな店でも工場でも会社でも成長して豊かになったのである
それは中国と同じである、中国の十数年前は本当に中国は貧乏だった
それで地方の農村から出稼ぎの人達が海側の大都会に出稼ぎに大挙流れてきた
それがまるで流民なのである、中国では飢饉となると人口が多いから流民化する
火車(汽車)にまるで貨車に詰め込まれる家畜と同じだったのである
そういう所にまきこまれて死んでしまうといこともある、実際に混んで車掌が鞭で打っていたからまさに家畜だったのである
何か今でも社畜なんだよなとか会社員を言うが本当に中国では家畜だったのである
そもそも中国では人民は対して家畜と変わらないことがあったからである

あの高度成長時代は何だったのか?
ふりかえるとそのことで日本が優秀だったということではなかった
電機製品がたまたま売れたのである、アメリカとかで売れたことにより高度成長時代になった、日本の技術が科学などが優れたということでもなかった
何か発明したわけでもないからである、ただ先んじて電器製品が売れたということである今になると韓国でも中国でも台湾でも同じものを作っている
その質もたいして変わらなくなったのである
たまたま先んじたことで高度成長があっただけだとなる
その後バブルが崩壊して三十年も低迷している、それは日本が何か発明するものとかもともとなかったからである、そういう力もなかったからだとなる

いづれにしろもう一つの時代を生きて終わったとなる
集団就職もその一つの時代を象徴していたものでありそれも歴史にもなった
何か・・サスペンス名作選 地方記者立花陽介・・・このテレビドラマは常に過去を回想して地域を話題にする
この前は学生運動のことをテーマにしていたり今回は集団就職のことをテーマにしていた能登に勤めて集団就職してうまくいかなかった人のことである
母親は息子が辛いと言ったとき我慢しろと言った、そのことを悔いている
帰ってこさせればいいと言っていた
その人は印刷会社に勤めていた、その時の仕事が活字拾いだったのである

活版の組版では、まず必要な活字を集める(文選(ぶんせん))、集めた活字を原稿に従って配列し、行間・字間を整えて配置する(植字)、大部数の印刷には複製版をつくる、の工程がある。活字は総数4万種以上あったといわれるが、普通の印刷では6000〜7000種程度であった。これを活字ケースに収め、ケース台に置く。活字の配列は、音別分類もあるが、普通は部首別である

ドラマで集団就職した人はこの仕事をしていた、ところが時代が変わり首になり新しい印刷会社に勤めようとしたがこの技術があってももう時代が変わり採用されなくなった
何か今でも子供の時、ソロバン習ったが役にたたなくなった
今やコンピュターでしてしいるからこの技術がなくては印刷もできない
活字を拾っていたとするその手間はあまりにも大きいとなる
今やインタ−ネットの時代になると印刷などしない、即時に通信になる
この差が大きいのである、だから新聞のように一軒一軒新聞を配るとかは江戸時代の駕籠なのかとも思ってしまうのである、そんなものはもう過去のものなのである
ただ新聞紙は焚き付けとかに役立っていた、風呂とか便所とかでも使っていた
まだその時トイレットペーパーなどもないし風呂でも焚き付ける風呂であったからだ
電気も裸電球一つであり水道すらなかった時代だからである

このドラマではワープロを使っている、でもこれには通信機がついていない、それで新聞社の東京の本社にしょっちゅう打ち合わせに行っている、私は通信機付きのワープロを使っていた
今だと即時にインタ−ネットでも資料でも送れるし写真も送れる、動画も送れる
そうなるとテレワークもできてそんなちしょっちゅう東京の本社に行く必要ないのであるこうして常に人間は時代の変化を受ける、技術革新の影響を受ける
このドラマは三十年前から四十年前でありそこから過去を回想する
すると戦争でもまた語る人が若いし学生運動とか集団就職のことでも語られる
ただ時代がたつにつれてそれが遠い日のことであり忘れ安くなる
でもわかったことはテレビドラマも一つの歴史として映像で残しているのかとなる
これは映画とは違う、映画はあまり日常的なことを話題にしないからである
ただ映像を見ても今とたいして変わりない、テレビ画面は本当にぼやけている
その差があるが街並みなどたいして変わっていないように見える
posted by 老鶯 at 15:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 明治維新-明治以降

2021年09月17日

虫の声、実り、秋薔薇、朝顔(初秋の故郷の径ー俳句は写生)


虫の声、実り、秋薔薇、朝顔(初秋の故郷の径ー俳句は写生)

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虫いくつ桜井古墳によりて鳴く

金無きと今日も嘆くや昼の虫

故郷の実りや草に蝶眠る

夕月の雲に隠れて虫の声

掃除して墓を守るや虫の声

故郷の前田に実り蔵と松

大石を残して空家秋薔薇

新築の家もなじむや秋薔薇

五六本金木犀や街の中

秋燕数羽や去らむ早きかな

彼岸花田舎のともしび径暮れぬ

秋の星二階の部屋に読書かな


耳すまし一人の部屋に夜の更けてこおろぎの鳴き虫の鳴くかな

虫の音をまた一つ聴く故郷あわれ夕暮れにけり

虫の声一つ一つを聞きにつつ今日も暮れなむ故郷の径


俳句は写生であるというときこれらの私の句も写生である
特に「五六本金木犀や街の中」これはまさに写生そのものである
だからこんなのが俳句なのかとなる、これは本当に公園に五六本咲いていた
それでこんなに咲いていたのか思い作った
ここは気付いていなかったからである
金木犀が結構咲いている、でもこの花は散りやすいのである、それで気づかなかったとなる、近くでも気づかないのが結構ある

秋薔薇というとき近くの家は空家になった、そこに大石がありそれをいつも見ていた
石が好きだから見ていたのである、何か平たい石でありどっしりとしていたからである
それをいつも見ていたら自分の庭のように思えたのである

虫の声というときいつも金がないと嘆く女がいる、そもそも一ケ月分の金が足りないのだから必ず電気水道ガスの金が払えない、米代も払えない、息子がいてもやはり何かあって絶縁状態である、近くにいて足場を仕事にしているからいい車を買ったとか金はもっていても頼れないのである
桜井古墳に虫が鳴くというとき何か先祖が眠っているから頼るともなる

稲穂が色づき実りの季節である、草叢に黄色蝶がとまり眠る
この時蝶という美があり実りがあり調和する、実りが無かったら蝶も実は眠れない
食べるものの心配とか生活の心配していると安らかに眠れない
そういう人が現実にいる、ただ別に地元で米をとれなくても金さえあれば今は食料に困ることはないのである
でも本当は土地の実りがあって安心だとはなるのだ、なぜなら外から入ってこなくなることもありうるからである
それでこの土地でとれた「天の粒」という米を買った、別に味は悪くない
五〇〇円くらい安いから得だともなる

前田という地名がある、大原にある、そこは草分けであり村の中心であった
なぜなら大原には遠田とかの地名もありそれは相当に離れた山の中に田んぼがあったからである、ただそこの家の人は死んで空家になっていた
息子は農業を継がず市内に住んでいるからである

この辺では外から来た人が新しい住宅地に住んでいる
家をみんな新築して住んでいる、だから新しい町が三つくらいできた感じになる
でもその土地になじむのには時間がかかる、家でも人でもそうである
一つの風景としてなじむには一世代とかかかるのかもしれない
ただ不思議なのは何して働いているのか金を得ているのかわからないのである
地元で働いているとは限らない、車で原町とか小高でも浪江でも通っているのかもしれない、そこにはまだ原発関係で仕事があるのかもしれないがわからない

ともかく秋らしくなってきた、涼しいから助かる、涼しいと頭も働くとなる
今日は高速のSAに行ってきた、あそこは近いからいい、気晴らしにいいとなる
駅の方は今は行っていない、ただ高速では人と話すことはない、駅だと何か話しやすかったのである、一人二人くらいしかいないからである
ただ案内はしない、コロナウィルスがあり何か話しにくい、それで今年も遠くに行くことがなかった、巣籠り生活である、もう秋燕であり燕もまもなく去るとなる

猪苗代湖のボートの事故を起こした会社はいわき市の人 (震災原発事故でもうけた足場会社の人だった)


猪苗代湖のボートの事故を起こした会社はいわき市の人

(震災原発事故でもうけた足場会社の人だった)


株式会社 佐藤剛建
代表 佐藤 剛
所在地 本社 福島県いわき市泉ヶ丘2-43-10
東京支店 東京都墨田区八広1-26-16-1301
業務:建設現場における足場の工事業(足場資材の販売と買取)

福島県いわき市と言えば、東日本大震災でも被害の大きかった地域の一つです。佐藤剛の会社は土木関係で、被災後の建築ラッシュで相当な需要があったと予想されます。佐藤剛が震災当時に既に会社の代表を勤めていたかは現在調査中ですが

東京の人だと思ったけど福島県いわき市の人だった、ここで気になったのがこの会社が津波とか震災で原発事故関係の仕事でももうけたのかである
まずこの辺では土木建築関係では相当にもうかったからである
近くのクレーンの貸し出し会社は新しく土地を買い機械も買い大規模になった
他でも建築土木関係には相当に事業の規模を拡大した
実際いわき市から瓦屋根を直してもらった、その時軒並み屋根が破壊されたからわざわざいわき市から来ても仕事が山ほどあったのである
だからこれも相当にもうけたとなる
この辺で原発が建つときその工事で財を成した人もいる、原発は金の成る木だったのである
だからみんな群がったのである

それから原発事故関係でも仕事が増えた、この人は足場組み立ての仕事であるがこれは
相当にもうかる仕事だいう、何しろ本当にこの辺は十年くらい土木工事や建築の仕事が膨大に増えた、だからこれで事業規模を拡大した会社が多い
また原発事故の除染とかでも仕事があり6兆円なのか莫大な金が使われた
そしてその補償金も多額でありそれでみんな金に狂ったともなる
噂にしても何億円補償金もらったとか聴く、実際に浪江の仮設に入っていた人が家族も多いから一か月に百万以上入っていると言っていた

その人は請戸の港で漁師であり働いていた、船主とかなるその額は大きくなる
なぜなら原発事故前でも原発御殿が建つほどに補償金をもらっていたからである
だからたいがい新しく立派な家は船主の家だとわかる
庭でも立派な石があり一千万単位とかの庭だからである
つまり家でも庭でも今では車を見ればその人の生活がどのくらいのレベルかわかるのである、貯金とかはわからないにしてもそれらを見ればわかる
相馬市の病院で一緒だったと人は請戸の人だった、その人は豪語していた
新しい家を建てると言っていた、それもやはり豪邸になる
津浪とか原発事故の被害でも補償金が多額だからできるのである

またいわき市には原発事故の避難区域になった住民が大量に移住した
二万人くらい移ったとされその人達が補償金で次々に新築の家を建てたから地元の人たちに反感を買い車を壊されたりいたずらされたりと嫌がらせさせられた
それだけいわき市はパニックのようになった、二万人も移ればそうなる
それは難民とかではない、ぜいたくな金のある難民なのである
今の世の中すべて金である、元から住んでいても金がなければ何の力もないのである
俺は金あるぜとなれば金のないもともと住んでいた住民より力あり偉いとなるからだ
現実に毎月電気ガス水道費が払えない人がいてそういう人は生きた心地もしないとなるからだ

ともかくこの事件に関心を持ったのは身近でありいろいろ自分の追求してきたことと関係していた、この辺は多額の補償金が入り金銭感覚が狂った人が多いからである
ただレクサスとか高級な車を買う人が増えたが高価なボートを買う人はいない
ボートにもいろいろあり大型だと何千万になる、金持つとまず豪邸を建て高級の車を買い高価なボートを買う、あとはこの人は食道楽になっていた
何か趣味がなければそうなる、例えばカメラが趣味だったら最高級品のプロのカメラを買うだろう、でもそういう趣味は高級だから芸術ともなり人に見せるものともなるからいいとなる、私自身はそうした金が入れば庭作りしたいとなる
私は石が好きだからである、一大庭園を造りたいとなる
ただこういう人は趣味がないからその外食い道楽とかボートとか車とかに費やして終る
高級品の車を何台も買っていたからである

そもそも静かな透明な猪苗代湖とか他でも水上バイクなど騒音が激しく嫌だとなる
でもただそういう所でもぶっ飛ばして快感を得る、それは車だってそうである
スピードを出して快感を得る、そういう社会でもある
だから車の騒音もうるさいと思わない、人間の感覚が鈍化したのである
その延長として水上バイクで今度は湖をぶっ飛ばして快感を得るとなる
本来は透明な湖面を乱さずに自然の美に浸るのがいいとなるがそれがない
そういう人たちは自然の美とは関係ないのである
それで自然の美には無感覚であり騒音を撒き散らしても何にも感じないのである
またそれを受け入れる人も金になるから仕方がないとなる
それは何でも金を第一する社会だからそうなった、要するに金があれば何でも通るとなる社会だからである

資本主義社会はどうしても金が最大の価値になる、金を持つ人が一番価値あるものとなるその金をもったら何に使うと勝手だとなる社会である
だから原発が金になるとなれば危険など見ない、原発を作る方でも地元でも有力者でも金をばらまけば手なづけられるとみる、実際にそうなっていたからである
故郷があるとしても毎月電気ガス水道代も払えないとした金をもらって故郷を出て暮らしたいとなる、これは故郷が愛郷心を持てと言っても無理である

ただこの人がこんな残酷な事故を起こしたのはやはり直接原発事故とかとは関係ないようで周り回って関係していたのかもしれない、思わぬ金が入りそれでその金を使ってボートを買い事故になった、金の使い方でそんな事故を起こしたとなる
他の人でも多額の補償金が何億円も入ってその金が変な方向に流れてしまったとういことがある、結局故郷の復興とかには使われずにその金で他で贅沢した方がいいとなった
だからみんな他に移り地元に残ったのは老人であり復興はしなくなった
それも結局そういう社会にありもともと土地に根づいて暮らす農民との社会ではなくなったからである

だから浪江の電気工事していた人は回りは草ぼうぼうで田畑がなくなっても補償金もらって良かったとか言っていた、つまり農業でも別に米でもなんでも外部から入ってくるからそれを金で買えばいいのだからそうなる、地元の米を食べる必要は無いからである
もし米でも外部から入らずに買えないとなれば今度は外に移住すればいいとなるだけである、だから今は地元に固執しないのである
この足場会社の人もミャンマーに会社を作り逃げようとしていた、グロ−バル化もしていたのである

こうして何か原発事故から波及したものがあり福島県は荒廃したとなる
金になった人がいてその人は金にあかせて贅沢する、相双リテックなども除染で幹部に何億円も入り分け合った、その金で銀座で豪遊して野球のタニマチになった
この人は若い時大谷翔平と関係していた、野球好きだったのである
要するにスポーツ好きだったとなる、
いづれにしろこの事故にしても何か震災と原発事故とも回り回って関係していたということで
考えさせられたのである
posted by 老鶯 at 10:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2021年09月16日

真子様の結婚相手選びの失敗 (皇室は京都に住み伝統を守るべきだった)


真子様の結婚相手選びの失敗

(皇室は京都に住み伝統を守るべきだった)


明治以降に天皇が極端に持ち上げられて政教一致になったことが後に太平洋戦争で300万人も死ぬ要因になった、神道も国家神道になりこれまでの天皇の扱いと違うようになった、そして昭和天皇の人間宣言で平民と結婚したことで皇室の堕落が始まった
そのなったのはもともと京都に住むのがふさわしいのに東京に住んだことである

江戸時代までは大坂は商都となり京都は天皇が住む場所であり江戸は政治を司り権力の場であった、その住み分けができていて日本という国は調和していたとなる
大坂は商都でありか商売であり京都は長い日本の歴史の伝統を受け継ぐものだった
京都はまた工芸と芸術とか受け継ぐ役割がありだからこそ天皇が住む場所としてふさわしかったのである
人間はとにかくその場の影響を受けやすいのである、大阪に住むと何か商人気質になる
その言葉からして違っている、「もうかりまっか」とか大阪では挨拶自体が商売のことになる、京都は「おいでやすとか貴族の言葉使いになる
そういうことで気質すら住む場所によって違ってくる
何か変なのは仙台弁で必ず語尾にだっちゃだっちゃがつくのである
このだっちゃが何かあけすけというか押しが強いという感じになる
仙台は東北でも伊達政宗が出て異質な場所であり商人の住む場所にもなっていた

東北という時たいがい朴訥な農民気質だからである
東北人は一般的に商人に向いていない、農民気質であり職人気質でもる
真面目であり融通が利かないということがある
その言葉からしてそうなのである、語尾に普通はだべいとかんだとかずうずうう弁になるからだ
それで奇妙なのは宮城県になる丸森は相馬市の隣になるがその人がんだちゃと言っていたことであるんだとは東北弁で語尾につける、んだーだっちゃが合成語になりんだちゃになった、一時丸森の金山城は相馬藩の城でもあった、その麓に住んでいる人が相馬市の病院で一緒だったので私はその言葉を聞いて感じたのである
だっちゃんだでは相当感じが違う、だっちゃは何か押しが強い感じになる、ずーずー弁は内にこもる感覚だからである

とにかく人間はその住んでいる場所の影響を一番受ける、おそらく鄙の人も京都に住んだら雅(みやび)を知るし身につくともなる
京都には独特の場であり千年の都だからそこから自ずとしみだしてくるものがある
それがやはり歴史なのだろう、度々言うが相馬市は相馬藩六万石の城下町である
でも城もないし何が城下町なのかわからない、でも何かそこから城下町の雰囲気がある
高いビルもないこともあり城下町になる、ただ外部から来てもわかりにくいのである
その場の雰囲気はなかなかわかりにくい、住んでいる人でないとわかりにくいのである

天皇は今の江戸城のある場所に住むのにふさわしくなかったのである
もともと千年の都の京都に住むことによってその価値をもちえたのである
江戸はもともと政治の場、権力の場所であったからだ
結果的には天皇が祭り上げられて現人神(あらひとかみ)になり日本の神になり300万人が死んで犠牲になったのである
天皇は確かに権力を持たない、軍隊を持たない、でも権力と一体化するから政教一致になるから危険なものでもあった、国家神道ともともとの神道は違っていた
神道には日本人の精神があり文化であるが国家神道は違っていたのである
それでキリスト教徒の手島郁郎が神道を持ち上げていた、宗教でも権力とかかわらずに
あれば仏教でも学ぶことがある、それが権力と一体となるとき危険なものになる

今天皇が問題になる時明治になって神聖化されて国家神道の主催者になったことである権力に軍事に直接かかわるようになったことである
それで山の奥の村であれ小社でも戦争の勝利のために祈っていた、祈らされたのである
それはあらゆる神社が国家神道に組み込まれたからである
もともと天皇とは関係ない、その土地の守り神のようなものでも国家神道になり天皇とかかわり戦争への勝利を祈るものとされたのである
それが世界でも通用させようとしたことが失敗だった、政教一致になったことが失敗だった

大倉村の山津見神社

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国威宣揚
皇軍武運長久

百人にも満たない小村でもこうして戦争に狩りだされたのである
その証拠としてこうして全国の神社に残されている
ただこれを歴史的評価する人もいるだろう、反発する人もいる
ただこうして刻まれた文字は消えない、また別に消してしまいならない
それは歴史の証しでもある、国家神道と本来の神道は違っている
日本の純粋な神道は日本の自然との合一から生まれた、それが日本語にも残されているからである、日本語が神道を示すものだともなる、それは国家神道とか権力と一体化したものとも違う民族の文化だともなるからだ

地方(大倉村)の小さな碑が語る歴史の重い事実
(神社は国家神道となり戦勝を祈る場となった)
http://musubu.sblo.jp/article/186477520.html

天皇は日本の歴史伝統文化の象徴であり権力を自らもって支配するものではなかったからである
だからこそ平安京以来日本の歴史文化の中心の京都に住むべきだったのである
そして明治になり東京に移りそバックグランドから切り離されたことが問題なのである
第一江戸城があったところに御所があるということが何かそぐわないからである
これが京都なら御所がもともとあり日本の歴史文化伝統と一体化するのである

そういう根本的なことが背景にありそれを無視したから諸々の問題が起きて来る
江戸には東京にはふさわしくないのである
そして平民と結婚して平民化したことが天皇の尊厳を失うことにもなった
自由恋愛とか自由が欲しいとなり今の真子様の結婚問題になった
何かそうなると皇室の尊厳が損なわれて失い国民も愛想がつきるともなる
そもそも皇室の尊敬が国民でもなくなっているのではないか?
昭和天皇までは国民にあれだけ戦争で犠牲になってもあったともみる

でも今は何か天皇に何か特別のものを感じにくいのである
変なのだけど近くに今の天皇と顔が似た人がいる、その人は庶民であり天皇になっても
同じではないかとも見てしまうのである
とにかく人間は聖人であれなんであれキリストであれなんだ同じ人間じゃないかとみる
だからいづれはどんな人も卑しめられる、神が肉体を身に着けて現れてもそうだった
なんだ俺らと同じ人間じゃないかとなる、だから特別尊敬などしないのである
そうなるともう皇室も維持できなくなるかもしれない、まず国民自体が尊敬もしないからである、皇室も自由恋愛だ、何か自由が欲しいとなれば平民と同じ権利があるとかなればそうなる

確かに天皇は軍隊をもたないし財力もない、権力がない、でも権威でありその権威にひれ伏すことで日本の政治は運営されてきた、それは他の国とは違う日本の知恵だったとはなる、でも天皇がこれから維持できかどうかわからなくなっている
まず国民が天皇を尊敬するとかが希薄化している、明治生まれとか戦前生まれの人は戦争があってやはり天皇への敬愛かあった、それは権力に強制されたというのでもなく尊敬があった、そもそも日本の歴史が皇国史観になっているということでもそうである
天皇なくして日本の歴史がなくなるからである、それだけの重みを持ち続けたのである
ただ明治から戦前から戦争がありさらに昭和天皇から今上天皇から今の天皇になりその存続も危ういものとなる、そこに今の男系から女系天皇でもいいとかの議論になる

いづれにしろ天皇は京都に住んでこそ天皇の意味がありその価値を継続できていた
それが東京に移り住み失われた、そのバックグランドは徳川家康が支配した江戸にさらに東京にはなかったからである、その歴史的文化的価値をもつのは京都だっからである
だから歴史もその場から離れてありえないのである、千年の都から東京に移っんた時その価値を失ったともなるのである
昭和天皇が軍神ともなったが短歌がうまかったことである、やはり伝統を受け継いでいた
その後は短歌がうまい人が皇室に出ていないのである、俳句と皇室は結びにくいが短歌は古代から日本の文化となっているから
歌会始めがあるように天皇と結びつくのである

貴人(あてびと)に枝垂桜や雅(みやび)かな

貴人住む京をめぐりて春深む

春の日や鄙も雅に染まるかな

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posted by 老鶯 at 16:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2021年09月15日

猪苗代湖8歳死亡ボート巻き込み事故 会社役員の男逮捕 両足切断の母親 (水上バイクのうるさかった場所ー観光公害にもなっていた)


猪苗代湖8歳死亡ボート巻き込み事故 会社役員の男逮捕 両足切断の母親

(水上バイクのうるさかった場所ー観光公害にもなっていた)

https://bit.ly/3tJkAs8

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猪苗代の名のおこりは磐椅明神が昔、野猪に苗代を耕作させたのでそう呼ぶようになったという説や、イナワシロはアイヌ語だという説などがありますが、定説はありません。
しかし、稲作農業と深い関わりがあったことだけは確かです。

この由来かすると農業が関係していた、野口秀男が生まれた貧しい地域である
猪苗代湖は魚がとれない、だから回りで農業をする稲作をしていた
一時は船で米を運んだとかある、でも猪苗代湖が琵琶湖のように交通が盛んで鮎までとれたのとは違っている、ただ猪苗代湖という地名には何か生活感覚があって名付けられた

ただ猪苗代湖は今は観光の地であり何か生活を感じるものはない、でも周りは田んぼだからやはりそこに生活がある
私は船津浜だろう、そこから真正面に磐梯山が見えて松林があり眺めのいい場所である
その辺から水上ボートが出て水上バイクで遊んでいた両親と8歳の子供が事故にあい死んだ、母親も両足切断したとかその映像を見たとき残酷だと見た
なんでこんな目に合わねばならないのかと思う端から見ていてもその映像だけではっきりわかる、アフガニスタンでは両足を地雷で切断した映像を見たときもショックだった
なぜならこれからもその足は戻らない、障害者として生活してゆくことを想像したら
あまりにも残酷だとなる、幼い命も返ってこないのである

私がなぜこの事故に注目したかというと私がここを自転車で通った時、そこは風光明媚で静かな場所だった、でも水上バイクの音だけがうなりひびいていたのである
それで今も頭の中にその音が残っている、なぜなら静かな場所で人家もまれでありただそこには水上バイクの音だけが騒音となってひびいていたからである
何か水上バイクは音が激しいのである、それは騒音公害ともなるが人家がほとんど見えなかったから騒ぐ人もいなかったのだろう
それより観光で成立つのだから金にならないと困る、それで水上ボートとか水上バイクとかで事故になった
十人乗りの大型のボートでありそれでボートがまきこまれ悲惨な事故になった
その十人乗りのボートの所有者は東京の人であり会社の役員でタワーマンションに住んでいて家賃は30万くらいするという

何か私は旅が仕事のようになっていたから観光というのに関心がある
今の観光は何かこれも金だけが目的となり金になる人は歓迎する
そのためにはそうした金を落とす仕組みを作らねばならない、それでそのために水上ボートとか大型の船でも航行させる
そこにはもう猪苗代湖という名の素朴な感じもないのである
もちろん野口秀男の生家とかあってもその面影は喪失している
そこは観光の場であり観光無くしてありえなくなったからである

ただ船津とか湖南の福良とかはいい場所である、福良に行った時は町の通りに茅葺の家があった、福良は白河街道の宿場町でありそこは昔の面影をとどめている
そこの蔵の宿に泊まったことが思い出となっている、そこは昔も偲べるし風景もいい場所なのである、観光化もしていない、猪苗代湖の他は鉄道が通っている沿線とか観光化している、ただ福良の方にはあまり行かずに会津の方に鉄道でも行けるからこっちは取り残された感覚になる、でもそういう場所がかえって風情がありいいとなる

我が泊まる福良に菖蒲蔵の宿


なぜ観光でも今はそうした風情とかが壊されるのか?

それは過度な観光化のためだった、そこで優先されるのは大勢の人が来ることであり
金を落とす人である、金のあるかなしかで待遇はまるで違ったものになる
自転車旅行者など宿でも歓迎されない、何かはぐれものであり危険だともなる
犯罪者のようにも見られる、そしてすべては金が優先されるのはどこでも同じである
観光も過度になると京都すら風情がなくなる、外国人でうめつくされ風情もなくなる
ホテルでもビルとか建ち過ぎると古都の風情が壊される
何か京都でも観光公害を言っていたが金になるから黙認される
でもコロナウィルスで観光客激減したことには驚いた、でも閑散として元の古都の風情がもどったともなるのも皮肉である
要するに観光は過度になり観光公害にもなっていたのである

そしてホテルでも旅館でも金持ちは優遇される、一泊3万とかの宿がありそこで金持ちは保養する、旅人をもてなすのではない、そこでかまいものを食べて保養するのである
だから旅人はもういないとなるし旅している人は胡散臭いともなる
背広を着ていかにも会社の重役のような金持ちは歓迎されるのである
江戸時代ならみんな宿でも平等だった、平等のもてなしをしていた
それはみんな金持ちではない、相宿になったりしていたからである
江戸時代は歩く旅だから宿についたらみんな相当に疲れている、それで足を洗うというのはわかる、汚れてもいるからだ
今は汚い恰好していたら泊まることもできないとなる
自転車旅行者はテント必須でありそこで泊まるほかないとなるからだ
要するに現代では旅人はいない、保養があっても旅人はいないのである
車だと旅というよりどれだけ早く目的地に着くがであり途中は省かれるからだ
むしろ旅は途中にあるとなるからだ

何かコロナウィルスでも観光がだめになった、インバウンドも駄目になった
これも急激に起きたのである、観光公害を言われていたが本当にぱったりと外国人でも来なくなったのである、その負の面も大きいがやはり観光公害となるほど問題が起きていたすると観光業も見直すものとなった
猪苗代湖でも水上バイクの騒音とか十人乗りの大型ボートとかそれが適していたものなのか、東京の金持ちの都会での生活の圧迫からの解放であり娯楽として提供する
それで風情は壊されるとなる、それはどこでもそうなっていたのである

なぜなら観光のためにそもそも市町村があるのではない、そこに暮らしがありその付けたしとして観光があり観光は主役ではないのである
観光のために市町村があるとなれば本末転倒にもなる、もともとその地域での暮らしがあって観光はそれにつけ加えるものとしてあったからである
観光のために市町村があるとしたら観光公害にもなるのである
京都ではそうなった、でも相馬市は城下町であり何かどこが城下町かもわからない
訪れる人も少ない、でも何か常に風情があり感じるものがあり俳句とか短歌になった
それは高いビルとかなく公共の建物でも入母屋作りに統一されているからだとなる
ただ外部から来た人かそこが城下町なのだということは気付かないともなる

ともかくあの辺を回って船津であれ水上バイクの音が今でも耳に残っている
それは観光公害だったのである、それは日本全国でもそうだし世界でも観光社会になったときそうなっている、何か風情が失われているのだ
それよりさうした悲惨な事故まで起きている、第一大型の水上ボートなどが必要なのかという問題もある、猪苗代湖はあまり大きくないからである、そういうものが走ること自体似合わないともなる

でも資本主義社会というか常に金が優先されるからそのために風情より金だとなり金持ちの娯楽を提供するためにそうなるのである
その金持ちも何か茶を楽しむとか文化をたしなまない、作りださない人達であり成金趣味とかなる、そこで問題なのは旅した印象として水上バイクの爆音のみが心に残っているともなりかねないのである、ただそういうことは地元の人でも考えない
やはり金だとなり原発でも金になるから積極的に誘致されたしみんなそうである
金によってみんな肝心なものが無視され汚されてゆく、アフガニスタンも200兆円もつぎ込んで無駄になったのもそうである、それは賄賂となり一部の都会民を豊かにしただけだったとかなるからだ

語られぬ 湯殿にぬらす 袂(たもと)かな 芭蕉

晩菊やここにもあれや湯殿の碑

湯殿山の近くのホテルで自転車で泊まった、そしたらそこで一部屋を用意して泊めてくれたのである,ホテルではありえないことである、そこは団体が泊まる、湯殿参りの団体が泊まるホテルだからである、そこのお上が泊めてくれたのである
つまりお上にはそれだけの裁量がありお上によってそのホテルの評判もあがるとなる

東北に湯殿の碑が本当に多い、いたるところに江戸時代の湯殿の碑があり湯殿に冬など農作業が終わったとき講がありみんなで疲れをいやしたのである
その時は金持ちを特別待遇するとかない、みんな平等だったのである
何かこの湯殿の俳句は東北的なのである、素朴な東北かあった時代に似合った俳句なのである

みちのくの湯殿でゆっくり疲れをいやしてください

そうなるからである、ただ今はそういう場所よりみんな観光の場所になったのである
それがまた観光公害にもなったのである

猪苗代湖一周サイクリング
https://bicycle-eyes.com/course/cycling438.html

こういう観光だったらいい、猪苗代湖は湖面を乱さない方がいい、透明度も高い湖であるからだ
何かやたら金をかけた豪華なホテルなどより湖南の蔵の宿とかに泊まれば風情があるとなる
だから湖南か福良から会津に行く白河街道は歴史の道であり推奨できるのである
ただ車だと早すぎて風情もなくなる、あの辺はまだ昔の面影が残っている
旧街道は歴史の道であり昔の面影が残っているのである

水上バイク事故で男女3人死亡 「すごい速さで走っていた」 兵庫・淡路島の海上

水上バイクは危険だし騒音が激しいから規制すべきだ
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上級国民は国会議員はワクチンを打っていない (医者も打っていない????????)


上級国民は国会議員はワクチンを打っていない

(医者も打っていない????????)

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https://www.youtube.com/watch?v=AS7H_RBGGhk

このyoutubeも不思議である

●国会議員はワクチンを打たなくてもいいという法律を作った

●医療従事者は倍にも水増ししてワクチンを打ったと報告している

 でも肝心の医者は打っていない
 
このyoutubeは何なのだろうと見た、国会議員でワクチンを打たなくてもいいという法律まで作った

なぜそんな法律を作ったのか?

ワクチンが危険なためなのか、それしか考えられない、国会ではクラスターが起きていない、ワクチンを打たないのにクラスターが起きていない

ワクチンを打っていないからクラスターが起きていない!

これも奇妙である、医者も打っていないとなると特権階級は危険だから打たないのか?
その真意は謎だけどこのニュースはどこでも報道していない
だから相当に価値がある

とういうのは自分自身がワクチンを打っていないから不安になっているらだ
どうしてもワクチンを打たないでいた人が死んだという報告も外国でも日本でも多くなっているからだ
そういう情報にのみ接していればやはりワクチンは打たなければならないかとなってしまうからである
でもそこにも情報操作があるのかもしれない

ワクチンを強制的に打たせる

でも上級国民や医者は打たない

ただそれはわからないようにしている

何か原発事故でも真実は隠されていた、政府とか官僚とか御用学者とか専門家とかマスコミで原子力村を作り危険はないき「安全神話」が作られたのである
だから政府でも官僚でも学者でも専門家でも信じられないとなってしまった
政府でも嘘をつくし国民をだますのである
このワクチンでもそういうことがるのだろうか?これは謎である
ただこういう報道は見かけないから貴重だとなる
どうしてもマスコミでもネットでも全体的にはワクチンを接種しろという報道が大半だからである,ワクチンを打たない人はかなりの少数派になっているからだ

ただ知っている人は全身が痛くなり二回も入院した、立つのがやっとになっていた
だから三回目はしないという、ワクチンを七回すると確実に死ぬという発言もあり
やはりワクチンはそれだけ危険性がある
たでからみんな不安もなく平気で打っているのも何なのだろうともみる
ただ大勢はワクチンを打てとなり打たない者は非国民までなる勢いだから怖い
私は人と一人しか接していないし今は県外にも出ない、旅行もしない
近間を回りスーパーで買い物するくらいである
田舎だと都会のように混雑しない、デスタンスがとれる、だから感染しないとみている
ただそれも自分がそう思っているだけだともなりわからないのである

もしてこうして国会議員とか医者でもワクチンを打ってないとすると相当に危険でないかむしろ安全ならそういう特権階級の人が率先して打っていると見るからである
この報道は何か嘘とも思えない、なぜなら本当にそういう法律が作られたことは事実だからである、だからワクチンに対する判断はわからない
間違いなく確率的にかなりの人が副作用がありそれが重くなることはありうる
またワクチンを打ったからと感染しないわけでもない
だからここで言っていることは他では言っていないので何なのだろうと注目した
ワクチン陰謀論もあるがもしこうなっていたらそれもありうるのかともなる
上級国民と医者が打っていないとしたらそれもありうるのかとなるからだ

確かなことはワクチンが完全に安全を保証するものではないし効果もわからないのである
それなのになぜこれほど強制までされるのか?
それも世界的にである、それで利益を得るのは薬剤会社である、ただこれは専門家でも明確に判断できていないのである
だから強制していいものなのか、そして国家議員や医者が打たないとしたら何なのだろうとなる
下々の者は実験材料でもいいやとなっているのだろうか?
とにかくこのコロナウィルスというのは何なのか本当に不可解なのである
posted by 老鶯 at 09:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2021年09月14日

原発事故とアフガニスタンの類似 (いくら金をつぎ込んでも無駄だった)


原発事故とアフガニスタンの類似

(いくら金をつぎ込んでも無駄だった)

アフガニスタンでカブールで政府の要人の大邸宅が作られていた、それはまるで宮殿のようにもなっていたかもしれない、貧しい国でそんな大邸宅を作れるのかとなる
それを聞いた時、これは原発事故と似ていたなと見た
漁業組合とか船主に原発事故前も漁業関係者に特に船主に金が流れて原発御殿が建っていたという、漁業権を売ることはそれだけの金が入ったということである
他にも相当な金が流れた、それで大熊町長の五億円入った金庫が津波で流されて見つけ欲しいとかなった、それは嘘ではないだろう
つまり地元の要人にはそれだけの金が流れたということである
原発はそういうふうに湯水のように金が有力者に流れたのである

関西電力の八木誠会長(69)や岩根茂樹社長(66)、豊松秀己元副社長(65)を含む役員ら6人が2017年までの7年間に、関電高浜原発が立地する福井県高浜町の元助役(今年3月に90歳で死亡)から、計約1億8千万円の資金を受け取っていたことが、金沢国税局の税務調査で分かった
元助役は、受け取った約3億円を所得として申告していなかったため、金沢国税局は申告漏れを指摘し、追徴課税した。

この人も豪壮な邸宅を建てていたのである、他にも原発関係で金が流れた所があったろう実際その後の除染でも何兆円にもなりそれで地元の相双リテックの幹部に何億円とか分け前があったことが詩り摘発された
その金は野球好きでりタニマチになって銀座とかで豪遊していたとかなる
またオリッピックではIOC会長のバッハは国賓並みの待遇であり一泊300万とかの部屋に泊まったとか批判された、ぼったくり会長と呼ばれ批判された
なぜこんな金が出てくのか?庶民には理解しかねる
それでオリッピックが何か世界で有意義なものかとなるとそれも問われた
だから今回のオリッピックで誰が国民が反対なのにしたいのかがわかりさめた
裏で巨大な利権となりその金を得るために国でもやらざるをえなかったのである

それも無駄金だったのかともなく、残された競技場の利用者もなく金がかかり維持できないともなる
つくづく何か公共事業というのは莫大な無駄があると思った
そんいな巨額の金をつぎこんでオリッピックなどに意義があったのかとなる
ただ観光客が外国から来れば観光業とかホテルとかではもうかったとはなる
それもなかったのだからただ一部の利権者、電通とか工事を請け負ったゼネコンに金が流れたただけだともなった、そのカラクリが可視化されてわかりやすかったのである

ただ原発はオリッピックとはまた違っている、原発の電気は現代生活で不可欠のものだからである、だから電気自体を否定はできない、オリッピックなら別にやらなくても困らないとなるからだ
ただ原発も莫大な金が使われた、国の税金も使われた、それは共通しているのである
それだけの金をつぎこんで何か効果が意義があったのかとなるとそうとはならなかった
一部のものに補償金でも流れ消費されてまず復興のためには何にもなっていないのであるそれより補償金をもらった人たちはその金で故郷から流出して帰らなくなったのである
いくら金をつぎ込んでも復興にはならなかったのである
むしろ金を湯水のようにつぎ込んだ結果としてもう地元を復興させるより補償金をもらって外で暮らした方がいいとなった

それで近くでは南相馬市なら小高の人は原町にとか浪江でも復興団地に移り住んだ
つまり浪江でも小高でもそこに取り残されたのは老人だったとなる
飯館村でも何十億もの金をつぎ込んで立派な学校を作ったが生徒は6人だったとかそれも他の町から通っていて親は住んでいないとなる
いくら金をつぎこんでも復興とはなっていない、かえってそれだけの金をつぎこんだ結果として復興できなくなったということもある
なぜなら補償金もらったら別な市町村に移り住んだからである、そこでもいち早く立派な家を建てたとなるからだ、そして事故前からも補償金は特別もらえるから生活に困らないのである

これとアフガニスタンが何か似ているのとかなる
原発御殿が建ちカブールにはアメリカから二十年間で200兆円とかの金を湯水のようにつぎ込まれた、でもそれも水泡に帰したともなる
カーブルとか都市部ではそうしてつぎ込まれた金が賄賂となり私腹を肥やすものとなっていたのである、何かこれも原発の補償金と似ていたのである
アフガニスタンでもそんな巨額の金をつぎ込んでもアフガニスタンが良くなったことはなかった、都市部はそれなりに自由な生活ができたが農村部は貧しい生活のままだった
つまり都市部の利権者が賄賂を得て大邸宅を建てていたのである

つまりそうして200兆円とかの金をつぎこんでもアフガニスタンは豊かになったわけではない、一部のものに利権者に流れただけだとなる
国民は貧困であり満足に食べ物すら得られない状態も改善しなかったのである
だからいくら金をつぎ込んだとしてもそれが何か実りをもたらとはならないのだとわかるかえっその金が仇になりその金をもらって楽しようとなったり自分だけが豊かになればいいとなる、厥て国全体は良くなったりしないのである
だから金は諸刃の剣である、使い方によって良くもなり最悪にもなる
金ですべて解決できない、アフガニスタンでもやはりそこに住んでいる人達の意識とか心も関係してくる、ただ金を与えても良くなるとは限らない、悪くなることもある
補償金がもらえばいい、後は遊んで暮らせばいいとかなる
現実に避難者はそうなっている、働く意欲ない、補償金で暮らせばいいとかなる
特に老人だとそうなりやすいのである

アフガニスタンでは50万人の難民が出るとなるとそもそも自国に住めない住みたくないとなれば国造りなどできないともなる、それだけ荒廃しているとなる
不思議なのは日本でも焼野原になって都市が壊滅状態になっても復興した
その復興を示したのが前の東京オリッピックであった、その時はオリッピックに意義があったのである
ドイツでも復興した、それはやはりもともと国力があり復興する力があったからできたとなる、工業力も双方にあったからである、技術力もあったからである
その辺がアフガニスタンとかとは違っていた
でもその時別に金をつぎ込んだわけでもない、金もないからである
みんな懸命に働き自国で復興したとなる、アメリカの援助があってもそれだけではない
日本人自身で復興する力が精神的にもあり幸運もあって復興したのである
今は中国が貧困国家だが世界第二の国になった、これも復興したのである

その原因はやはり工業力、技術力が日本でもドイツにあったからだともなる
農業だけでは復興できないからである、中国も復興できたのは工業力であり技術力だったアジアではもはや日本を抜いて工業先進国でありIT先進国になったからである
イスラム世界には工業力がない技術力がないことで停滞しているともみる
これはいくら金をつぎ込んでも工業力とか技術力がつくとは思えない
イスラム世界ではそういう人が育たないとかある、そのために後れをとったとも見る
他にも原因があるとして可視化できるのは工業力と技術力だとなる
つまりいくら石油がとれてもそれを精製する力もないし工業製品を製造する力がないので後進国になってしまったとなる

イスラム世界では石油がとれるのだから金がある、でもその金をいくらつぎ込んでも工業国とか技術を取り入れることもできないのである
だから石油マネーで金を湯水のようにつぎ込んでも自国で車も作りだせないのである
結局他国から買うだけになるから本当は豊かになれないということがある
金だけでなんでもできるとはならない、確かに技術力とかも左右するが精神的なもの
自らの国を良くするという自発的なものがないと豊かにできない
それがイスラム世界にはないから遅れをとった

アフガニスタンなどでもそうである、阿片の栽培でそれを資金源にするほかないとなると豊かにはなれない、そして外国人が来て援助していくら金をつぎ込んでも豊かになれなかった、それは一部の特権者に流れてその人たちが大邸宅を建てた
それも賄賂の金だったとなる、そしていくらアメリカでも金とか武器とか労力を費やしても賄賂をもらい大邸宅を建てて私的なものとして使う、国民のために使うこともなかったのである、だからタリバンが攻めてきても戦うこともない
愛国心もなかったとのかとなる、ベトナムなどとはずいぶん違っている
総力でアメリカと戦い勝ったともなるからである

いくら外部から外国の援助があってもアフガニスタンでは豊かになれなかった
日本だって7000億円も援助していたというから驚きである
でもその金を無駄だになった、すると一体何のためにそんな金を使っていたのかとなる
それも無駄金であり無駄な労力だったのかともなる
別にアフガニスタン国民に感謝されるわけでもないとなるからだ
結局外からいくら援助してもその国の人達がやる気がないのなら何をやってもできない
ここは私たちの国でありなんとか私たちの力で豊かにするという心意気がないとできない金を湯水のようにそそぎこんでも成果が得られないのである

事情は違うが津浪でも原発事故でもそうういことがあり人間は金で何でもできるとはならないと思った、でも現実は金を得ればいいとなる、そしてもっと金をくれとなりただその金で今度は地元を離れて他の便利な場所に移り住み生活するとなったのである
金のために復興できなくなるということもあった
だからすべてが金では解決しない、そればどこでも同じなのだけど金の魅力に負けて金に心もなにもかも奪われてしまうのが現実なのである


posted by 老鶯 at 19:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

宮坂昌之阪大名誉教授の長男(45歳)がワクチン接種後にクモ膜下出血で急逝した (隠蔽されニュースにならないものがある)


宮坂昌之阪大名誉教授の長男(45歳)がワクチン接種後にクモ膜下出血で急逝した

(隠蔽されニュースにならないものがある)



免疫学の第一人者とされコロナワクチン絶対安全派・絶対推奨派
に転向した宮坂昌之阪大名誉教授の長男(45歳)がワクチン接種後にクモ膜下出血で急逝した
事実をテレビ・新聞が報道しないことだ。

グーグル検索では削除されていて情報は出てきませんが、アメブロでも取り上げておられる方がいらっしゃるようです。

厚生労働省が公表したデータによれば、接種を開始した2月17日から6月4日までに、196人(女性104人、男性92人)が接種後に亡くなっていた。6月16日現在、ワクチンを1回以上接種した人の累計数は2003万1055人だから、およそ10万人に1人の割合だ。私たちはこの数字をどう受け止めるべきなのだろうか。



ワクチンがもうアメリカとかでも強制的になっている、職域で強制的になっている
ワクチンパスポートも必要になる、それで抗議している人もいる
ワクチンの効果もまだ良くからない、三回して感染したとかもある
情報が混乱しているから判断に迷う
何か私がしないのは家庭の事情である、前は看護婦をした人が家族にいたらすすめられいたろう、また一人だと自分の体に無頓着になりルーズになる
普通家族がいると過剰に心配するからである、家族がいないと誰も心配もしない
それで家族を介護中に誰も体を失敗してくれないから死ぬところだった
腎不全になり医者に行ったときすぐ入院して一命をとりとめた
家族がいないということは早めに死ぬということがあるのはそのためである
体ででも心配する人がいないからだ

ただこの人は家族がいてそれも有名な専門家の感染症の学者がいてすすめられて死んだ
これも何なのだろうと思う、息子が高血圧とか知っていただろう、ということはワクチンを打つことに抵抗があった、最初はワクチン拒否だったが変わった
つまりこうして有名な専門家でも実はコロナウィルスのことがわからないからこうなる
それが今の状態を示している
でも確率的にワクチンをした方が重症化しなとかでている、死んだ人もいるが10万人に1人となるとどう判断すべきなのか?接種後になくなった人の数が5カ月間で196人は多いのか、高齢者も多いが50代でも40代でも死んでいる
これもどう判断していいのかわからないのである

ともかくこの人は家族が専門家だからすすめられた、それがかえって徒になったのであるもともとワクチン拒否派だったのだからそれを貫けば息子は死なずにすすんだともなる
こうして専門家自体が判断が変わったりワクチンを打たせてしなせたとかなる
そうなると素人で判断するのは至難である、ただ統計的には確率的には奨めてもいいというものなのか?それもわからないのである
ただ大勢はもうワクチンを全員打てとなり強制化している、それで抗議のデモが外国で起きている

ただ注意すべきはこの専門家の学者の息子がワクチンを打って死んだということが報道されないことなのである、これは明らかにニュースになるものでもしない
ということは何か隠蔽させる力が働いているのかとかんぐる
これは今なら重大ニュースだからである、こうして何か隠蔽されマスコミでは報道しないことがあるから困るのである
とにかく原発事故でも政府は権力によって重大なことでも隠蔽する
それで被害を受けるのが国民なのである、また地元の住民だったのである

ただ職域で人と接する仕事はワクチンをうたざるをえないだろう、でもたいがい人と接する仕事が多い、テレワークで家にこもって仕事できる人は選ばれた人だろう
私自身がテレワークであり自宅から出ずにプログを毎日書いている
だから人と接しないから安全だと自分自身で見ている、県外にも出ない、もともと人と接しない引きこもりだからそれが幸いしているというのも皮肉である
この世の中つくづく何が幸いするかもわからないのである

とにかく一人接する人はワクチン接種後、体全体が筋肉でも痛み立てなくなり二回入院した、だから副作用がある人を身近に見たのでやはり相当に副作用があるのかともみる
その人は70過ぎている、身近にそういう人がいると警戒する
ただ南相馬市では一人二人とか感染者が出ているが十人とか単位ではでていない
いわき市は増えた、ただいわき市とは電車が通っていても行き来が少ない、ここでは仙台市との交流が多いからである、だからいわき市からうつるというのも考えにくい
工事関係者もかなり少なくなったからである

このコロナウィルスは人から人に感染する、だから人と接しないようにするのが感染防止することになる、でも今の時代これだけ交通が発達して人流があるとき止められないのである、とめると生活できなくなり自殺者がふえるし増えている
そのジレンマに陥っているのだ、だからどこまで制限すべきなのか迷うのである
これがせいぜい二年くらいで終わるのならいいがさらに続くとなるともうできないとなるただと都会と田舎では感覚的に違う、田舎だと一人でも警戒するからである
そしてそうなるとすぐに話題になり隠せない、そして住めなくなった人もいるからだ
だからワクチンを打たないで感染したら相当に責められる
ただ自分は人と接しないし県外にも出ない、それで安全なのかともみる
ただこういうことが長くつづくと息苦しくなる

ただこのコロナウィルスは世界を変えるというときグロ−バル化が度を過ぎたものとなったことである、それを制限するようになったことである
何か世界の人口でもアフリカですらこれから減ってゆくという、中国でも少子高齢化になり世界の人口は歯止がかかった、これはもうこれ以上人間が増えたら環境も破壊されて
地球に住めなくなるという状態になったからである
人間が増えることは一人でもエネルギーを消費するからである
だから何か地球自体がグロ−バル化はもうできないともなる、限界になった
経済成長はもう望めない時代になった、もうそれだけ養う地球の資源もないし環境破壊になるからできないとなった、それで持続化可能社会を目指すことになった

グロ−バルな交流も歯止がかかる、そういう自体になっているときコロナウィルスが世界に蔓延したのである、だからコロナウィルスもこうして時代を変えるものとして作用した何か中世のような内向き社会になる、遠くとの交流より近間であるもので近くを活かして生活する時代になる、もちろん外国との貿易はあるとしても江戸時代のように出島で制限するとかなる、何か制限制約縮小化の時代になる、それは内面化の哲学宗教の時代だともなる、カルト教団はむしろ外面的に数を増やすことが最大の目的だから本来の宗教とは全く違ったものであり大衆扇動宗教である、内省化などはない、高度成長がGDPの生産増加と消費の増加を目指す、欲望の限りない拡大を目指す、資本主義の中で起きた宗教であり宗教とは言えないものだった

でもそういうものではなく本来の宗教に回帰する時代だともなる
世界が大きな時代の変わり目に来たのである、ミニマリストとかが若者に出たりするのもそうである、原発事故でもそうだった、故郷に住めなくなるということが最悪だったからである、これもこれまでの欲望の無限の拡大が原因ともなっていたのである
だから生活そのものを見直す時代になったのである
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2021年09月13日

家族遺棄社会 (親が子を捨てる、子が親を捨てる)


家族遺棄社会

(親が子を捨てる、子が親を捨てる)

孤独死の現場が凄惨なら、子に捨てられた親の末期も残酷だ。業者は姥捨ての尻拭いだと言う。子の薄情さを責めたくなる。だが菅野氏の筆は親を捨てた子たちの告白に及ぶ。読めば多くの読者は子に同情する。自分であってもそうすると思うだろう。親の末期も悲惨なら、生前の親との生活は増して凄惨だ。

 暴力的虐待は少ない。単に孤独死しかねない親なのだ。借金で蒸発した父と、身を持ち崩した恥晒しの母。子には親の愛の記憶はない。家出した母と、帰宅しない父。幼稚園から弁当を自分で作った。子には親の愛の記憶はない。そんな親でも死にかけたり孤独死すると行政や世間から何とかしろと責められる。

家族遺棄社会というとき老人が遺棄されるのが増えることは確実である
その女性は実の子どもでそれなりの生活をしていても同じ町内に住んでも顔を合わせてもあいさつもしないという、なぜそうなったのかわからない
その母親は常に金に困っているしまた体も悪い、でもかかわらなのである
どういう事情でそうなったのかわからない

もう一人は近くで最近妻が死んだ、夫婦で息子夫婦と同居していても食事でも何でも別々に暮らしていた、だから同居していてもかかわらなかったのである
それで妻が死んだ時、夫は病気持ちであり家の人が何もしてくれないという
ゴミなげをしてくれないという、心臓に機械をつけている、だから何するにも苦しい面はある、でも家の人が何もしてくれない、私が介護などしない方がいいと言ったのは重い介護で寝たきりとかなったらのことである
そういう重い介護は本当に他のことが何もできなくなる、介護が仕事になる
すると若い時すべきこともできなくなるのである

もちろん介護でも学ぶべきことはある、だからなんてすべて悪いようには働かない、でも何か青春の貴重な時間を奪われるとみるからだ
ヤングケアラーは過酷だと見た
叔父にあたる人がガンになり手術するとき輸血を頼まれた、その時自分は断った
なぜなか、その時登山をして体力がないから死ぬほど疲れていたからである
ただふりかえると登山したことは貴重な経験だった、登山は自分には体力がないので厳しくてできなくなったからである
何でも常にできるとはならない、過酷なことは若い時しかできないからだ

とにかく自分は今になると自転車でも自由に行けない、疲れるのと熱中症になりやすいから夏は行けない、でも夏だと本当は運動に向いている、でもできなくなった
つまり何でもいつでもできるとはならない、海外旅行もできなくなった
それは相当に疲れるからである、精神的にも言葉がわからないのだから疲れる
それで50からバックパッカーをしたのが良かったのである
その後60から介護になり十年すぎたから海外旅行もできなくなったからだ
これだけ時間が与えられた自分でもやれることはわずかだったからである
何かをやろうとしてもやれなくなる、退職したらいろいろやろうとしてもできなくなることがある
そういうことでた若い時から介護したりすることが何か有益になるかという疑問になるのだ
まずそうさせられた人は後で親でも祖父母でも恨むとなるかもしれない、貴重な若い時の時間を奪われたとか気づくからである

家族遺棄社会というとき特に老人は捨てられる、ただ老人でもみんな違っている
家族での立場もみんな違っているから一様ではない
でもどうしても親とか祖父母の介護とかなると過重になり捨てるともなる
もともと親でもありきたりの飯を食わせるだけとかのことをしても子供でも感謝はしないからだ
よほど特別のことをしないかぎり親も思わないのである
かえって親に苦しめられたと恨まれるのも多いのである
私の場合は本当に特殊な家族で特別良くされたから親に感謝しているのである
二人親がいたとして60まで食事の用意とか何でもしてくれたからである
あなたは何でもしたいことをしなさいということだったのである
それは特殊な事情でそうなっていたのである
だからそれくらいのことをしたら親に自ずと感謝する
そのために認知症になっても必死になって介護したのである

近くの人は一人は遊び人のようなことしかしていない人生だった、だから老人になると何をしてきたかが問われるカルマになる
家族にどれだけ貢献したかとか問われる、毒親とかなっていたら介護などそもそも子供でもしないとなるからだ、そして捨てられるともなる
ただ金持ちの親でも実は子供は自分で介護したり世話しない、金があるから介護施設に入れるだけだともなる、だからなかなか親を介護したりる動機がある子供が少ないから
親は恨み節になる、もともとそういう人が多いのである
要するに当たり前の育て方とか子供にしても子供は感謝などしないとなる
でも親にしてもなかなかそうして子供に尽くすことができないのである
自分は特別親に恵まれたのである、ただその負の面もあった、死んでしまうと独りぼっちになってしまったからである、それも問題だった
でも自分は親を特別今でも感謝して思っているのである
ただこういうふうになるは少ないと思う

ただこれだけ老人が増えると家族遺棄社会になりそれが当たり前になるかもしれない
なにしろ老人だらけの社会になるからだ、その老人のために国がつぶれるという感覚にもなるからだ、若い人からみれば老人は負担になるだけだともみる
実際に経済的にも労力もかかるから捨てるというのが普通になる
そのために家族遺棄社会になる、これも老人のカルマだからどうしようもないともなる
でも問題は家族が親を遺棄しても誰かがめんどうみざるをえないともなる
それが福祉でめんとうみたりするほかないとなる、すると家族遺棄するのはいい
では誰かがそのめんどうをみる、そのことを家族遺棄する人は考えないのである

老人でも様々でありその生きざまも様々である、別に社会的に貢献しなくても家族に貢献して大事にされる人もいる、家族内の価値はまた別だからである
でも親のために苦労させらればかりいたとかなるととても親に感謝できないし介護となると苦しいから負担が大きすぎるからしないとなる、でも放っておくわけにもいかないから誰かが他人がめんどうみることになる、でもそのことを親を捨てる人は思わないのである不思議なのは今日食い物がないから何か食べ物をくれとか子供に頼んでもできないとなるのも非情だとなる、そして他人に恵んでもらうのもおかしいとなる
そうなると家族とは一体何なのだろうとなる
ただ現実にこれから親は捨てられ介護されないということが相当に多くなる
それも自業自得としてカルマとしてとらえるかその判断はむずかしい

ただ子供にしてもそれだけの金銭的余裕も労力もないとなる
生物は子孫のために親が犠牲となるのが普通である、それが親のために祖父母のために犠牲となるのは自然の原理に反しているともなる
そきんなことしていたら人間の社会でも歪んで衰退してしまうとなる
子供をもつこは子供の犠牲になることも強いられる
ただそういう親はまれである、何か親にはエゴがあり自分が子供を自慢したいとか自分の見栄とかエゴのために利用する、そのことで親に反発する人も多いのである
自分の場合母親が二人いてそういうことにならなかったのである
だから奇妙なことだったのである、もし一人だったらもう自分は何もできなくなっていたただ親のために働かされるだけだったとなる、実際に一人の親は親のために働かされて一生働き詰めだったからである
おそらく自分も中卒で働かされて大学なども行けなかったことは確かである
そうならなかったのは二人の母親がいて自分に尽くしてくれたからだつくづく思い感謝しているし介護も非力でもしたのである、そういう動機があったからできたのである

ともかく老人の価値というときそれぞれがどう生きたか問われる、ただ子供に苦労させただけであり親に苦しめられただけだったらとても介護などできないのだろう、どこまで迷惑かけるのだともなるからだ
ただ家族の事情はみんな違っているからわかりにくいから一様には言えないのである
やはり何かまともに生きないと老人になると必ずカルマとなり苦しむ
たいがいどうんな人でも人生でカルマを積んでいる、それが老人になると苦しみとなって現れるのである

その老人は妻に世話になり何もしない、遊び人のような人生だった、そうなるとその子でもめんどうみたくないとなる
だから自業自得だとしても放っておくにはいないのである
ただそういう老人が膨大に増えてくることは確かである、だから老人はいらない死ねとかなる、そういう気持ちは必ず行為となってこれかられ出て来る、すると大量の老人は捨てられるという事態になる
ここに高齢化社会の暗黒がある、中国でも高齢化社会になり老人は子供に捨てられて自殺している人が増えたとかあるからだ
この高齢化社会は世界的な問題にもなっている、認知症でも世界的な問題になっている
それだけ世界でも老人が増えるからそうなっているのである

情報に過敏になり錯覚して過誤になる (世界が村になるーマクルハーン)


情報に過敏になり錯覚して過誤になる

(世界が村になるーマクルハーン)

今日の朝玄関に出たら風がかなり強かった、木もゆれたし何でこんな風が強いかのかと思った、その時九州近くに大型台風が来ていることをテレビで放送した
だから一瞬その台風の影響が来たのかと思った
でも遠いのだからまだまだのはずだとも思った
でもどうしても一瞬台風の影響で強い風が吹いたと思った
これは台風の影響では全くなかった、なぜなら昼にぱったり風がやんだからだ

このことでいかに人間は今情報に左右されるかである
いくら遠いとわかっていてもテレビとかの情報に左右されるのである
台風は実際はかなり遠いとしてすぐ近くに感じるのである
だから(世界が村になるーマクルハーン)このことが情報社会で常に起きているのである遠い世界の果てに起ったことが隣の村で起ったことのように実際に反応するのである
過剰に反応して怯えるとなる

そういうことはこうした天候だけではない、何か事件があると隣の村で起きたように思うのである、犯罪でも毎日のように放送される、するとそれはすべて隣の村で起きたように感じるのである
子供の性的犯罪が報道されると大人が近くの人でも犯罪者に見られる
だから駅で自分がボランティアしていたというそのように見られて誰かが警察に通報してみんなの前で職務質問されて犯罪者扱いになり駅にも出入りもできないようになった
つまり自分だけのことでは情報社会になるとみんな遠くに起きた犯罪でもみんながそういう犯罪を起こす人と見られるのである

ただ実際に自分が近くの人に大金盗まれたとか泥棒が入って金庫をあけられたとかあり
これは事実である、だから人を見たら泥棒と思えというのは本当なのである
たいがい雇う人でもそうして盗むことなど日常茶判事だからである
そういうことがあたっているけどみんな性犯罪とはならない、大人がみんな悪い人でもない、犯罪を犯す人でもない、そうしたらもう子供とも接触できない
現実に今はそうなっている、だから子供と大人を接触させないようにさせている
何かそれで現代は窮屈な世界になっている、絶えず疑いの目で人は見られているからである

情報社会の怖さはいろいろある、ラジオがナチスを作ったということを指摘した思想がいた、ラジオですら抜群の宣伝効果があったからそうなった
朝日新聞が戦争をあおったというのもそうである、今は一番テレビの影響が大きいものとなった、だからこそテレビが第三の権力になったのである
ただテレビに出るだけで何の能力もない芸能人が青島とかが東京都知事になったからである、そして選挙運動もしないと威張っていたのはマスコミとテレビが作り上げた虚像だったのである
マスコミとかテレビはこれまで多くの虚像を作り上げてきたのである
そういう人は当り障りのないどうでもいい芸能人がなりやすかった
専門家でもないのに何かを言わせるのである、そう仕向けているのはマスコミだったのである、どうでもいい奴に発言させるだけだとなる
実際はマスコミが主張したいことを言わせているだけなのである

ただインタ−ネットが出てきて変わった、youtubeが個人のテレビ局になっている
だから個々人が放送する時代になったからである
それでテレビはあまり見ないし新聞も今は地元のでもとっていない、それで困ることもないのである、だからマスコミの時代は終わったとなる
ただ情報が多すぎて困る、どれを選んでみていいかわからなくなる
ただあらゆることに様々な見方があるのが現実社会なのである
それを一面だけを取り上げて放送していたのがマスコミだったのである

世界のことはさらにわからないからイラク戦争で油まみれの一羽の海鳥の映像がどれだけ影響したか、世界中の人が感情的になり怒ったのである
イラクは悪い奴だとして怒った、フセインは悪い奴だと怒った
でも実際は化学兵器とかはなかったしアメリカが難癖をつけて戦争してフセイン大統領を抹殺したのである、これも情報操作だった
情報というのは容易に操作されやすい、映像社会になると映像のインパクトが強いから余計にそうなる、過剰に反応しやすいのである
そして様々な情報に混乱させられしフェクニュースもある
ただこうして地方でも霜とをベースにして情報を発信できる時代になった
こういうことは今でありえなかった、だから相馬新報として地元をベースにして津波と
原発事故を報道したことは意義があった
確かに他にも報道したが個人として感じたことを報道したことは意義があった
それは今までできなかったことだからである

ともかく情報化社会の問題がいろいろでてきている、インタ−ネットでもそうである
そこで何が真実なのか事実なのかを知ることさえ容易ではない
だからインタ−ネット上での会話とか対話は誤解が生まれやすいのである
対面的でもないしそこで誤解が生まれやすいのである
それで私は今プログで毎日書いていても対話はしていない、コメントにも答えていないのである、対話するにもその人のことを良くわからないと対話できないということがあるからだ、人間が対話すること互いに理解し合うことがいかにむずかしいかを知るからであるただ一言二言その場でインタ−ネットの画面から消えてゆくというのが人間の存在としてはあまりにはかないともなる

いづれにしろ情報社会の問題はインタ−ネットがでてきてさらに複雑化して混乱して来るしかしこれまではテレビ局六局にしきられていたからこれはもう言論の自由もない状態だったのである、それだけマスコミが力をもった時代だった
お前を何か言わせてやる、でも局の言う通りにしろ、勝手なことはしゃべるなとなっていたのだから言論の自由はマスコミの幹部たちにあってそこでは自由な発言なと許されなかったのである、つまりマスコミにコントロールされた発言しかできなかったのである

ただインタ−ネット時代になっても様々な問題が生まれている
結局数が多すぎると選ぶの大変だしyoutubeで顔出して放送してもほとんど見られないプログでも読まれないというのが大半になる
だから情報というのはどうしても放送するにも限度があり限られてくるとなる
そんなにいろいろ時間をさけないからである
ただ専門分野とかでは検索して知識が深められているのも確かなのである
インタ−ネットは共同学習の場にもなっている、だから映像で教育の場にもなる
ただ出版社が本を出すというのではなく専門的なことでもyoutubeを通じて放送することができる、それはかなり効果的なのである、テレワーク学習になる
家にいて学習でるし自ら発信できることも大きな力になり変化なのである

インタ−ネットの強みはリアルタイムに放送できることである
今風が強く吹いた、これは九州に近づいてきた大型台風なのかと一瞬思ったことがそうだったのである、それをその日のうちに発信することができる
その時インタ−ネットは大きな力を発揮できるとなる
でもリアルタイムで見ている人は限られている、個人だと本当に読む人見る人は限られているのである、だから何百万人がテレビで一斉に見ていたメデアとは相当に違う
わずかの影響しかないということである

ただ専門的なことで学ぶことがあり知ることがあり有益なのはマスコミ時代とは違っている、古代史とかで歴史でも地域のことを発信できるからそこで専門的な学者のようにもなれるということがある、それがインタ−ネット時代で変わったことだとなる
つまりローカルな情報が全国に放送できるということである
まずテレビだと福島県のテレビ放送を見れないがインタ−ネットだったら全国でも世界でも観れるからである、だから私の抽象画で世界の人が特にアメリカで十人くらい見ているようだから世界的に見られるということがある
特に音楽とか絵画では世界に通用する、詩となると言葉の壁がありむずかしいが音楽と絵画は世界共通で理解てきるからである、写真でもそうである
だから膨大な世界の写真と絵画とか抽象画でもインタ−ネット上に出ているのである
それを加工して抽象画にしている、それがインタ−ネットの効果でもあったとなる
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2021年09月12日

文明をどうみるか、世界史を理解するには (農業と遊牧民の世界)


文明をどうみるか、世界史を理解するには

(農業と遊牧民の世界)

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文明の生態史観
https://www.youtube.com/watch?v=ajyyGn9MexU

●生活形態ー狩猟採集、遊牧牧畜、農業(稲作ー麦)商業

●気候ー寒帯ー温帯(照葉樹林文化ー熱帯)


文明という時国家から見ると誤解が生まれる、国家は近代になって生まれたものである
では国家の前にあったものは何かとかなる、それは文明である
四大文明論が言われるのはそのためである、文明とは何かが問題になる
文明とは必ずしも民族でもないし国家でもないのである
ただイスラエルは神に選ばれた選民思想があり別である

文明を分類すると狩猟採集時代とか遊牧牧畜民とか農業文明とか商業文明とかある
こうして生活形態で分ける方が民族で分けるより先にある、なぜなら生活形態の方が人間の文化を文明を作るからである、だからその時色が黒いとか黄色いと白いとかで判別するのでない、どういう形態の生活をしているかげ判別し分類するのである
日本だったら狩猟採集時代がありそれが縄文時代になったし弥生時代になると稲作中心の生活になった、また日本は温帯地域であり照葉樹林文化帯にあった
それは中国の雲南地方とか中国の温帯地帯の植生に影響されてそうなった
また農業でも麦地帯と稲作地帯がありこれは別なものなのである
麦はナンとかのパンが主食になり稲作では米が主食となるからだ

不思議なのは韓半島の最先端の古代の伽耶地方が照葉樹林帯に入りそこがもともと任那があり日本府があったとすると日本と一体のものとしてあった
ただ韓半島になると寒い地域でありオンドルが発明された、そのオンドルも日本で発見されていることは寒い地域からも日本に渡来してきていたということである
つまり文明は気候とも深く関係して作られている
たいがい暑い場所に最初文明が作られる、エジプト、メソポタミア、インダスなどは暑い地域である、黄河となると寒い地域であるが暑い所が文明の発祥地になる
南米でもマヤとかなるとジャングルで暑い地域だからである

そしてなぜ四大文明が大河があるかというと大河は交通を盛んにする道でありまたエジプトはナイルの賜物と言われたのは洪水になり泥が運ばれそこが肥沃な土地として麦がとれるとなったからである
その他でも大陸の河は長大であり交通路となる、商業も盛んになる
そのために文明が生まれたとなる、そこに文明が生まれる共通性がある
遊牧牧畜民から文明は必ずしも生れていない、農業を基礎にしたところから生まれているエジプトであれメソポタミアであれインダス文明であれ黄河文明でも長大な河があって生まれた、それが交通路となり商業を盛んにさせる

交通は商業と深い関係がある、そもそも道がなければ行き来できないのだか商業が成り立たない、商業は物を運ぶことだからである、だから川は道になる
特に大陸の河はまるで運河のようになっている、流れは日本のように急流ではなからだ
だから道になる、日本でも古代でも森に覆われていて道がない、また湿地帯で道がない
だから物を運ぶことに難儀したのである
それで南相馬市の泉官衙遺跡があるが新田川があるとして短くても運河を作ってそこに物を運んでいた、湿地帯になっていて運河を作っていたのである
そういう場所は日本では古代ではかなりあった、森で覆われいるから道がない、すると川を通じて物を運ぶのが便利だとなるからだ、

南相馬市の鹿島区の塩崎に船着という地名があるがあそこまで海が入っていて物をは運んでいた、でもそれは今の東北電力がある所で鉄など作っていたからそこから舟で運んだ
船着に隣接して市庭という市が立っていたからである、そこで物の売買が行われていたからである
つまり短い距離でも船で運んだ方が便利だったのである、森で覆われていたら道がないからである
それは江戸時代でも北前船があり船で物を運ぶ、その北前船が新潟まで来て阿賀野川を通じて会津まで物を運んでいたのである

ただ大陸だと草原とか平原があり砂漠がありそこはかえって商業路になる、道になりやすいのである、それで馬でもラクダでも物を運ぶ商人になり遊牧民はもともと羊を追って生活しているのだから商業の民に自ずとなったのである
それで遊牧民が移動する民がやがて地中海に出てきて航海民になったというのも納得する例えばフェニキア人は今のレバノンとかでありそこはやはり遊牧民の地帯だからである
何か誤解しやすいのはイスラエルというのは砂漠地帯の延長である、だから半分は砂漠なのである、ユダヤ人が入植して灌漑して肥沃な土地にしたのである

だから中国が農業国でありその周りが草原地帯、平原地帯、砂漠地帯でありそれがイスラエルの地域まで拡大しているのである、そこは遊牧民として一帯の地域である
まさ一帯一路の世界なのである、そこはもともと自然の道となっているから商業の民と自ずからなる、遊牧民は羊とともに移動するからである
それで移動するから財産を持ち歩けない、それで貴金属を財産代わりに持ち歩く
それはインドでも貴金属を宝石などを大切にするのは飾りつけるのはそのためだとしている、それはまた貨幣の役割を担ったともされるからだ
軽くて持ち運べるもので財宝とするものが貴金属であり宝石などであるからだ

世界の生活形態からみると狩猟採集と遊牧民と農業に分かれている、狩猟採集文化が一万年つづいた縄文文化である、そして農業文明である、基本は農業文明が文明であると定義できる、遊牧民は移動する民だから商業の民だから文明を作らないのである
定着しなければ文明がないともなる、だからエジプト文明も麦を主食として定着文明を作る、定着文明は大きな建造物を作る、メソポタミアならジグラットとかでありピラミッドとかなる、定着文明と建築が一体なのである
神殿にしても定着文明から生まれる、定着しなければそうした大きな建造物は完成しない遊牧民のように移動していたらそんな大きな建造物は作れないからである
だから農業が文明を作ったのである、ただ文明には常に商業的要素が遊牧民的要素が入ってくる

中国は商業の民だというときモンゴルとか遊牧民が交わり異民族が交わるからだ
その最初の国家が始皇帝がどこから生まれたかとなると長安であり今の西安である
兵馬俑にしても馬の大軍隊でありそれはまさに遊牧民を象徴している
そこは遊牧地帯に通じる場所である、海側ではなかった、もともと農業国だったが遊牧民と交わり国家が形成されたともなる、でも基礎に農業がないと文明は生まれない
ギリシャになると遊牧民であり農業があり地中海に植民市をもったから航海の民でもあった、今でもスパルタで山に羊を追い人を見かけたからである
中国にも遊牧民が羊を追って入ってくる、テントを張っている人を見たからである
日本には狩猟採集文化があって農業があっても遊牧牧畜がなかった、そもそも牛、馬、羊がいなかったからである

世界史を見るときこうした生活形態とか気候とかから見なければわからない
それは地の利として気候でも神が備えたものでありそれにマッチしたものが生まれたからだ、ただ大陸は広いから日本の地理は孤立しているからわかりにくいのである
ただ世界をみるとき世界の問題をみるときまずこうして地理とか気候とからみる
そしてし人間が形成して来た文明をみて今の問題をみることが不可欠なのである
今だけを見ていたらわからないからだ、地理を俯瞰してまた歴史をみる
空間軸を見て時間軸でみる、それが不可欠なのである、ただ地理にしてもそれを見ることが困難を極める、時間軸でもそうである、
ただ過去から今をみるとまた未来も見えてる、世界史が理解できるとなる
なぜイスラム圏の国が停滞して近代化できないのかとか見えて来る
だからまず地理を理解することが第一だとなる

文明とは何かとなるとその定義は一定していない、実際にcivilizationとはcivil(市民)のことであり城壁とか市壁に囲まれた中で育まれた共同意識がありそれがcivilizationとなった、それは土地から分離した農民だけではない商人とか職人の連合体でありそこでシテズンシップが育まれたとなる、それは農民共同体ではないのである
だから文明という時、古代文明とかと近代の文明は違っている、civilizationは中世から近代に育まれた概念である
その前にヨ−ロッパだとローマ帝国がある、これもヨ−ロッパの基礎となる文明だった
それはもともと農民が出身であり作ったのである、だからローマでは野菜を姓にしている貴族が多いとなる、質朴な質実な農民がもともと築いた文明である
それは建築に現れている、都市化して贅沢になったのは後のことであり最初は農民が作った文明であり帝国だったのである

とにかく世界史とかなくと実際にその地を踏まないと理解できないのである、世界を二十か国くらい旅したがそれでもあまりに広すぎたのである
中国でもアメリカでも広すぎるから地理からして理解できないのである
アメリカでも一回しか行っていないし地理がわからなかった、そもそもアメリカの地理がわかるには相当な時間が必要である、どんなことしたって一部しかわからない
だからグロ−バル化した世界ではそれを理解するためにはとても百年生きたとしてもわからない、千年も生きれば地球全体の地理を理解するとなる
だから空間軸が拡大した時時間軸も長く生きなければ合わないのである
江戸時代の様な村が世界になっているのとは余りにも違うからである
だから長寿になったのはその点ではいいものとなっていたのである

2021年09月11日

アメリカの9・11からのテロ対策の失敗 (一挙に武力では解決できない−20年の戦いは長かった)


アメリカの9・11からのテロ対策の失敗

(一挙に武力では解決できない−20年の戦いは長かった)

アメリカの9・11のニュヨークのビル崩壊のテロから20年過ぎた
そこでイランとの戦争があり遂にアフガニスタンに攻め入りテロを撲滅しようとしたが
撤退することになり失敗に終わった
その原因は何であったのか?人間は力では武力で治められないということであった
アメリカは巨大な軍事力がありその力を過信する、力で治めることができると思った
そしてアメリカが戦場になったことがない、アメリカ以外だとアジアでもヨ−ロッパでも戦場になって大被害があり何千万として死んでいる
アメリカだけが戦場になっていない、だから戦争が国自体が戦場になるととれだけ悲惨になるか経験していないのである
ニューヨークのビル爆破で三千人死んだとか大きな被害であっても世界でアメリカがどれだけ人を殺してきたかを反省していない、まるでそれは正義のための戦争だとしていた
そこに何ら反省がない、日本の原爆でも反省がない、戦争をやめさせるためにそうしたのだとかアメリカの一方的な勝手な言い分だけが主張されてきたのである

人間は力がある時どうしても奢りになる、そしてその力を行使する、そもそも武器をもっていること自体危険なのである、何か銃がありその銃を子供がもてあそんだりしていて
銃があることでそれが必ず利用されるようになる、そういうドラマがあった
つまり武器があるだけでそれが使用されるようになる
つまり武器がある、貯えることだけで危険になる、だから核武装するときいつかその核が使用される危険がある、だから核自体を無くすべきだとしてもできない
それがいつか核戦争になり人類滅亡にもなる

剣を取る者は皆、剣で滅びる・・・核を持つ者は核で滅びる

そういう運命にある、武器をもつこと自体が戦争の準備でありそれが実際に戦争になる
武器を持つこと自体戦争の準備をしているからである、そして莫大な核兵器が世界にありそれは核戦争の準備でありいつか核戦争になる
なぜ日本でも原発がやめられないのか?電気が必要だからだけではない、原発から核が作れるからという理由もある、日本では簡単に核を作れる、原発があればできるとなる
それでやめられないとしている
技術には必ずいい方面に働くが悪い方面にも働く、それは人類始まって以来そうだったのである、技(わざ)はわざわいになる、日本でもそういうことがすでに意識されたからそういう言葉が生まれたのである、それは世界共通のことだったのである

アメリカは自国が戦場になったことがない、だから戦争の悲惨さを理解できない
でも相手にしたこと他国にしたことは自国にはねかえってくる、カルマとなる
だからアメリカが戦場になってみて戦争の悲惨さがわかる、でもアメリカは自国が戦場になったことがないからかえって他国を力でおさえこもうとして戦場にしてきたのである
でも力だけでは抑えることはできなかった、人間社会は武力だけでは治められない
一時は必要でも武力だけでは力だけでは治められない、また国民であれ民衆であれ従わない、治められない、だからタリバンがアフガニスタンでアメリカを追い出しても
今度国民を治めることは容易ではない、銃をもつことから平和的に生活することは違っているからだ、その時銃は不用にもなるからだ、それでアフガニスタンは前途多難なのである、ここでも武力だけで力だけで治められないし支持されないからである

そして人間は急激に一挙に物事を解決することができない、確かに一時的に武力で革命を起こしてもその後の方がまた大変なのである
何か人間は物事を一挙に解決することを望む、それが痛快だとなる、そういうことがあってもでは貧乏の解決が一挙できるとかなるとできない
徐々に努力を積み重ねで時間をかけないとできない、それは恰好いいことはなく地味なのである、そうして一代でも解決できない、貧乏だとなるとやはり二代くらいつづくと貧困な家でも豊かになることがある、そこで積み重ねられたものがあり財も蓄積される
家とか土地とか他に受け継ぐものがありそれで豊かになれる
でも一挙にギャンブルのようにして豊かになれないのである
どうしても長期的視野が必要になる、それが現代では欠けている、即製的に何でも成そうとするからである、だからアメリカが一挙に武力でテロを解決しようとしたが失敗した
20年間もアフガニスタンにかかわり成果が出なかった
だから何かが根本的に間違っていたのである
テロがなぜ起きているのか?その原因が何かとか追求せず一挙に暴力で解決すると思ったのである、そこには激しい怒りとなり感情的に暴走したとなる
結果として20年もアフガニスタンにかかわっていたのである
何かアメリカがアフガニスタンにそんなに軍事でかかわっていたのかわからなくなっていた、それだけ長い間軍事でかかわっていたのである

あのニューヨークのビル爆発から20年過ぎたのも意外だった、時間が過ぎるのが早いと常に思う、そんなに過ぎたのかと個人的なことでも時間が過ぎるのが早いのである
後でふりかえるとあっという間だったとなる、でもまた忘れるのも人間は早いのである
要するに次々に人間には新しいことが個人的にも世界的にも起きるから忘れられてゆく
私は自分のホームページでその事件をのことで書いていた
それから20年も過ぎたのである、これも早いとつくづく思う
その時私は確かにアメリカは耐えるべきだったということを書いた
というのはアメリカは戦争の悲惨さを自国が戦場にならないからわからない
どれだけ自国が戦場になると悲惨になるか経験していない、9・11のビル爆破では自国が戦場のようになりそれを感じたのである

ただそこでは感情的になり激怒してイラクに化学兵器で難癖をつけてアフガニスタンに深入りしたのである、結局アフガニスタンの無様な撤退で世界の信用を失い敗北したとなるだから何か人間は感情的になることは良くない、理性を失い暴走する
個人的にもそうである、感情的になることは危険なのである
テレビとかは何か感情的に反応させるメデアなのである、必ず誰かをリンチのようにして責める、感情的に憎しみを大衆にあおる、そしてあたかまも正義の味方のように放送するのである、映像だとそうなりやすいのである
もし文字だったら感情的にならず冷静になることはある、そうしたメデアの影響も現代は大きいのである、映像の影響が大きいのである
それでイラク戦争の時も油まみれ一羽の海鳥が世界中に放送されてイラクはひどいと世界中の人が感情的になりイラクは悪い奴だフセインは悪い奴だと一方的にされたのである

ともかくアフガニスタンにアメリカが20年もかかわっていたことも忘れていた
それだけ長かったということである、その間タリバンが戦っていたというのも長いと思った、タリバンにしても20年間も戦っていたらその時若い人でも20年も年取っているからである、そうして時間が過ぎるのが早いのである
本当にアメリカにしろタリバンにしろ20年間も戦っていたということは長い
ただそうなると関心がなくなっていたのである



耐え難き悲しみに耐えたるあとに

この非道、残酷は何故か知らじ
その暴虐、その無謀、狂気は何故ぞ
一瞬にして3000人の命を奪う
ただ茫然自失として佇むのみ
その悲しみはぬぐいがたし
ニューヨークを死の影が覆う
その怒りは煮えたぎるマグマとなり
敵なるサタンに向い爆発する
一転して敵地を見ればそこも無惨
大旱魃に長年の戦乱に飢えたる大量の難民
その敵に向い押し寄せてくる
ロシアに国土は踏みにじられて
地雷に足をなくす子供
その置き土産は地雷なり
アメリカはかつての友なりしを
その友の送るミサエルは今度はアメリカに向かう
イラクもかつてのアメリカの友
武器は売られ蓄えられまたアメリカに向かう
武器そのものが災いならじや
アフガニスタンはアメリカの敵たるや
その国は疲弊しその民は飢え苦しむ
アメリカは正義の国なりと
原子爆弾を落とし裁きを与える
ベトナムになお爆弾の痕生々し
そして不敵に逆らうイラクに爆弾の雨
アメリカは強者故に裁きを与える
人なれ国なれ裁くべからじ
裁くは神のなすことなり
その耐えがたき悲しみに耐えたる時に
世界の同情はアメリカに集まり
神の哀れみもそこに注がれ
テロの魔の手も神によりそがれむ
また強者のアメリカの裁きを実行すれば
そこに憎しみは残り深まり
またテロがアメリカに向けられる
眼には眼を、歯には歯を
そこに解決の道は平和はこない
その耐えがたき悲しみに耐えたる時
テロの無謀も収まらん
暴力は暴力を生み、憎しみは憎しみを生む
その悪の連鎖は断ち切れぬ
主、キリストの十字架に祈るべきにあらじや
その時その無謀に流せし涙は無駄にならじ
世界の人々の分け隔てなく集う
平和の鳩の憩う都とならん
その耐えがたき悲しみに耐えたる故に
戦争の悲惨さを自らの国で知り
ヒロシマの悲劇にも同情の及び
ニューヨークは再び世界の自由の都とならむ

ニューヨークテロからの一連のことをここで私は書いていた

結果的にはこういうことが20年過ぎて現実化したのである、
武力暴力だけではテロは解決しなかったのである

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2021年09月10日

世界的飢饉から世界最終戦争の危機 (グロ−バル化は世界を一つにするより対立を激化させた)


世界的飢饉から世界最終戦争の危機

(グロ−バル化は世界を一つにするより対立を激化させた)

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【習近平独裁最終戦勃発!世界経済危機】

江戸時代に生きている人は未来をどう見ていたのか?
まず日本全国のことすらわからない、藩ごとに分かれていて視野が狭い
極端になると村単位でしか未来とか見ていないのである
そうなると一番の関心はほとんどが農民であり米がとれるかどうかが最大の関心事であった
それで飯館村の作見の井戸をみて豊作になるかどうかを占ったのである
その時日本の他の藩のことすら関心がなかった、ただ隣の藩のこと伊達藩のことなどは関心があった、境を接するからである

伊達と相馬の 境の桜 花は相馬で 実は伊達に

戦国時代は争っていてもその後は互いに平和的な交流がありこうなったのである

江戸時代の最大の関心事は米がとれるかどうかである、他にも食料が供給できるかどうかである、なぜなら最大の恐怖は天候不順であれ米がとれなくなることだからである、そのために飢饉がありそれが最悪であり相馬藩では三分の一が相馬藩内から消失したからである

では現代はどうなるかというとその生活する範囲が日本全国から世界へと拡大したことである、それは明治維新からそうなった、グロ−バル化した結果としてそうなった
そのために世界大戦が二回あり何千万人も死に日本でも三百万人が死んだのである
その犠牲はあまりにも大きかった、原子爆弾もアメリカによって落とされた
つまり現代はどんな国でも世界と切り離して江戸時代のように生きることはできない
江戸時代だったら別に中国であれ朝鮮であれ交わることもないのだから平和的であり友好的だったのである、それは別に経済的でも交流がないからである
だから関心もないのである

現代は情報でもグロ−バル化するとまるでマクルハーンが言っているように世界が村になる、遠い小さな国のことでもまるで隣の村で起きているように関心を持つ
そしてその恐怖にも怯えるとなる、世界の果てのような国でも関心を持つ
そして肝心の自分自身の国とか故郷より関心を持つということにもなる
その結果として何が起きるかというと情報によって振り回されることである
マスコミの報道の力が巨大化する、その報道の真意もわからずフェクニュースに混乱させられる、その象徴がイラク戦争の時油まみれになった海鳥の写真が世界に報道されたことだった、イラクはなんてひどい国だとその写真をみて世界中が感情的になったのである
映像のインパクトはそれだけ強いから効果抜群だったのである
イラク戦争は明らかに化学兵器もなかったしアメリカが因縁をつけて攻めたのである
でもイラクはひどいという宣伝がその写真一枚で抜群の効果があった

またアフガニスタンでもタリバンを悪者にしているがそれは西側のい見方だという人もいる、ただどうみてもタリバンが悪とされるのである
要するに世界が舞台となると簡単に事の善悪も判断できないのである
だから一方的になる、タリバンは悪でありアメリカは善だという構図になる
てもそもそもアフガニスタン情勢は余りにも複雑なのである
そもそもその国を理解すること自体簡単にできないのである
簡単に白黒をつけて見ることができないのである

とにかくグロ−バル化することはすべていいものとして働かない、グロ−バルに世界が交わるということは逆に世界最終戦争の危機ともなる
米ソ冷戦があり次に中米対立がありそれが世界大三次戦争の不安になる
中国が日本を攻めてくるというのも現実化して怯える
中国が貧困の時はこんなこと起きなかった、ある国が強くなると近隣国に攻めてくる
平和的な交流ならばいい、相馬藩と伊達藩のようになればいいのである
現代とはグロ−バル化の負の面が極大化したように思う
その行き着く先は何なのか?中米戦争であり第三次世界大戦である
それが忍び寄っている感じになる、また食料危機がアメリカでも起きているし中国が食料を買い占めている
つまりこれまで起きた災いは津波とかの巨大災害であり原発事故という科学技術の人災でありコロナウィルスという世界的災禍であり

次に来るのが飢饉と戦争だ!

こういう順序になっているのかとなる、つまり聖書で言う世界最終戦争が起きるのかとなる、ハルマゲドンが起きる、そして人類が滅亡する
グロ−バル化とは世界の人々が助けあうことではない、世界戦争になり人類が滅びるという最悪のものにもなりうるものだったのである
それを可能にしているのは交通の発達であり核兵器とミサイルの発達であり第三次世界大戦は核戦争になったら確実に人類は滅亡する、第一近代兵器の戦争はミサイルが主役であれ一瞬に核爆弾が飛んでくるのだから防ぎようがないとなる

そんな戦争ができるのかとなる、グロ−バル化とは情報によって左右されフェクニュースで混乱させられる社会である、コロナウィルスでもそうである
様々な情報が入り乱れ判断しにくくなる、科学者でも違ったことを言うからである
コロナウィルスが世界的災厄となるのもグロ−バル化した結果である
それは原発事故でもそうだった、御用学者は低放射線はかえって有益だとも言っていたからである、情報によっても世界は混乱して来る、パニックになる
そしてイラクの油まみれの海鳥のように世界のことはこの目で見ることもできないから必ず誤解が生じるのである、アフガニスタンのことでも本当のことはわからないのである
カブールでは意外と市民は日常の生活をしていたというのもそうである
それは必ずしも映像を見ただけでも真実がわからないからである

いづれにしろ人間は広く世界的に交わるようになったからといって世界的平和が実現されることはなかった、それで老子の小国寡民の思想が2000年前に言われていたことは驚きである、それは中国内でも広く交わらないことが平和を保つ思想だったのである
世界がグロ−バル化して広く交わることは世界最終戦争となり人類が滅亡することにもなる、そういう不安が増大してゆくのである

ただ家族を守れといっても自給自足しろといっても農業は簡単にできない、そのことを書いたてきた、自給すること自体農業がノウハウから労力から大変なものになる
かえって金がかかる、都会の人が農業をはじめて500万円かかりできなかったというのもそのためである、農業を知らないからそういうのである

posted by 老鶯 at 10:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2021年09月09日

人生は時間切れで終わる (人生は短いから何でもできない、チャンスも一回くらいである)


人生は時間切れで終わる

(人生は短いから何でもできない、チャンスも一回くらいである)

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リストラ40代50代が転職相談で地獄を見る

ここで言っていることはリストラされて40代50代で事業をはじめる、フランチャイズ店の経営する、それは独立した経営者ではなくただ本部に金を吸い上げられる
始めるのに金がかかりそれを支払わせられるからだ
何も経験もなかったら大企業の役職をもった人でもただのおじさんに過ぎない
一から始めなければならない、アルバイトして飲食店のことを知ることが大事だとしている、一兵卒から始めねばならないとしている

今までの経験が何ら役にたたない!

こうなると40代でも結構むずかしい、結局何らか仕事は経験を積まない限りできない
自分自身も何ら仕事の経験を積んでいないから失敗した
一二年とか教師のまねごとをしたけど失敗だった、どう教えるかの経験を積んでいなかったからである
どんなことでもいかに経験が大事なのかわかる、そして経験の積み重ねで仕事ができる人になる

ところが

人間の経験する時間が限られている!

これが最大の問題だったのである、それで他の人も言っているけど35以上は人生の余禄だとかいうのもわかる、人間は30くらいまでで決まってしまうとなるからだ
20代で底辺だと一生底辺になり引きこもりだと一生引きこもりになる
これは相当に怖いことである、人生は長いのだから何があわてる必要もないとか
先はわからないとか思ってもそうではない
人生ではっきりしていることは先は確かにわからない

でも確実なのは何するにも時間が限られていることなのだ!

私の場合正規のルートからはずれた結果職にもつかず旅していたら一生が旅になってしまった、また別な道が開けるとかまだまだ人生は長いからどうにかなるとか思っていた
でも20代で人生の方向が決まり30以後は余禄だともなる、何かするものはこの世にいくらでもある、でも何かを選びする時間が限られているのである
だから40代50代でリストラされると厳しいとなる、まだ時間があるのではないかというけどジャンルの違う飲食店とかで商売始めるのは実際相当に厳しい
アルバイトで見習で一から始めろとしても厳しい、それは全く別な分野でありこれまで積み重ねたものを活かせないからである
それで失敗する人が多い、ただ起業資金を奪われただけだったともなる

ある人が経営に失敗したのは技術力があったのだが会社でも経営することがどういうことかわからなかった、確かに技術面では優秀でも小さな会社でも自営業でもするとなると
それは技術者として雇われるのとはまるで違ったものとなっていたのである
だから会社をやめて失敗だったとなる、やめなければ給料も良かったのだから困ることもなかったのである、結果的に借金を背負い込んだだけだともなった
つまり雇われる者と経営する者とは相当に違っている
でも普通は雇われる経験はしている、でも人を雇い使う経験はしていないのである
人間はまずいろいろな経験ができない、いろいろな経験する時間が与えられていないのである、だからあらゆることを知っているとか優秀な人はこの世にいないのである
もし人生が千年でもあればいろいろな経験を積むからできるともなる
でも人間の一生は短いのである
失敗したらやりなおせばいいというがそのそのやり直す時間がないのである

菅首相も官房長官では優秀だったとされる、でも総理になるのと官房長官は相当に違ったものである、官房長官を経験しても総理の経験などできない、誰もできない、それでピーターの法則のように無能化されるともなる
技術者として優秀だったから経営者としても優秀だとはならない、それでかえって出世すると無能化するという法則が成り立つのである、つまり人間は限られた時間しか与えられないからあらゆることを経験できない、もし時間があったなら千年でも生きていろいろなことを経験できたらこの仕事はこういうものだったのかと実感して知るのである
でも人間はわずかのものしか経験できないからあることで有能でも別なことでは無能化されるのである

そして最後はどうなるのか、時間切れで終わりだ

こうなる、おそらく老後に好きなことをしたいとか計画していても病気になってできないとか何か不測のことが起きてできなくなる
そして退職してやりたいことをやるとしてもできなくなる
人間のの一生はそれだけ短いのである
そのために(若い時に神を知れ)となっていたのである
それも若い時はそんなこと思わないのである、それは老人になっても時間が十分あるのだからできると思うのである

時間などいくらでもありあまっている、暇で暇でしょうがないんだよ

こういう若い時は思っている、でもこうして最も浪費しているのが時間だったのである
時間が最も消失しやすいものだったのである
40、50から一から始めることはできなる、60の手習いとかもあるからできることはできる、でもこれまで積み重ねたことが後年活きるのであり何も積み重ねのないと本当に一から始めるのだから苦しいとなる

そしてあっという間に老人となる、ただ今は60代では老人とは言えない、でも何らかそれでも病気になる人が多いのである
何か学問であれ芸術であれ詩歌であれそれを目指すならまず今なら世界旅行が欠かせないそれで失敗したのは50代から海外旅行をバックパッカーでその経験は貴重だった、何か世界のことについて書くにしてもその経験がないと何も書けなかったからである
だからたいがいヤホーニュースの記事の解説している人は留学している人なのである

この人のyoutubeがなぜ人気があるのかというといろいろな経験をしている、その経験談が面白いし役にたつのである
今まではこういうことはなかなかできなかった、テレビに出て延々と自分の経験など語れないからである、そこがインタ−ネットで変わったことである
何か実際に経験したことは訴えるのである、その人の書いていること語ることは経験したことでありそれが見る人に聞く人に訴えるのである
それがただ本を読んで語っているだけでは訴えないのである
ただyoutubeにはいろいろあって本の解説番組がありそれは
それなりに面白いとなる
youtubeは何か老人でも経験を語れるから老人でも向いているのである
若い人は経験がないから語れないのである
だから老人の経験を知って聞くことは有意義だとなる
ただ自分にしても本を読んでも理解できなかったかとなる経験がたりなかったら若い時は理解できなかったとなる
老人になると理解力だけは深まる、だから評論に向いてくるのである

ただ人間はどんな人でも時間が限られているから人生は時間切れで終る
時間の過ぎるのが早いからである、無常迅速というのもそうである
人生をふりかえればあっという間だったともなる
こんな簡単に終わるのかと唖然としてしまうのである
そして残るのは後悔だけでありその最たるものか時間を無駄にしたということなのである



密集が避けられないからコロナウィルスも止められない (ワクチンの副作用も怖い)


密集が避けられないからコロナウィルスも止められない

(ワクチンの副作用も怖い)

実際にワクチン打った人がが体調を崩して復帰できないでいる
明らかにコロナに罹ったほうが軽症なんだよな
ワクチンは感染も重症化も防げないし重篤者も多い
後遺症もワクチンのほうが多いこれが現実
それでもワクチンを打ちたいなら打てば良いと思うが

70歳の女性は肩が痛くなり腰が痛くなり立つのにも苦労して二回入院した
もともと腰は悪かったが立つのにも苦しくなったり全体的に弱った
これは明らかに副作用である
このワクチンは結構副作用がある、死んだ人もかなりあり報告されいるがマスコミでは言わない、ワクチンの副作用は見逃すわけにはいかないがこれがマスコミではあまり報道されないのである
調べれば相当に数が多いとしてもそれが報告されないし報道されないすると危険を感じない人もいる
ただこれも危険を過度に言う人もいるし情報が混乱する

ただワクチンは今や強制的である、職域で強制されたりするからワクチンしない人は少数派である、田舎でもそうである、たいがい打っている
私がワクチンを打たないのは人と接しいないからである、一人として接していない
ただスーパーとかに買い物に行ったりしている、でも田舎だとそれほど混まない
東京だとまず人流を抑えることは不可能である、特に喚気の悪いデパ地下が移り安いことは素人でもわかる、人でむんむんしていて喚起がないからである
そして空気感染しているということでそこが危険なことがわかる
他でも都会はまず人が密集しているのだから三密をさけられないのである

コロナウィルスで感じたことは都会はウィルスに弱かったことである
つまりあれだけ密集した生活は人間として生物として生活していること自体が異常なのである、分散して生活するのが生物的に本来の姿なのである
あれだけ密集していれば地震でも何でも災害に弱くなる
逃げる場所すら空間すらない、それで江戸の大火では逃れるための空地を作ったのである防火のためにはそうした空き地が必要だったのである
それが無用のようで無用の用があったのである
とにかく現代文明社会は用で埋め尽くされている、都会となれば空き地は活用しなければならないとなる、だから建物でも人でもびっしりと建ち密集するのである

だからそもそも東京一極集中とか見直すべきだとしてもそれも東京遷都も誰も言わなくなった、何かこのコロナウィルスは人が密集する集まることが良くないものとなった
宗教団体でももともとここも人を集めて示威行為をして数をみせつけて権力を得るためにしている、数だけが問題にされるので要するにウィルスは大局的に見れば文明生活をそのものを見直すものにもなったのである
原発事故もそうだった、便利な生活を見直すものとなった、電気が必要でも原発はあまりにも危険なものでありそれを人間は操作できないものだったのである

その点ヨ−ロッパでは巨大都市はあまりなく小都市が多い、そこでシテズンシップが養われた、フィレンツにしても6万くらいだったとか南相馬市くらいの規模だったのである
それでルネサンスが華開いたことは驚きだとなる
そうした小都市がヨ−ロッパのアイディンティティを築いたのである
一千万の都会となればもうそれは人間的なものからはずれいる
もうそこには自然もないし政治でも経済でもただ数として数えられるだけなのである
そういう異常なものから異常なカルト教団などが生まれて来る
宗教でも森とか砂漠とか山岳宗教があり自然と密着したものならカルトのようなものは生まれないともなるからだ
神道でも穢れをこ拒み潔斎するとかあるから清らかな自然の中で育まれたものである
ただ宗教でも人間は悪人が利用するから結局堕落して俗化するのである

結局私自身が求めたのは秘境である、意外と田舎には知られない場所が依然としてある
地元の人も発見していない場所がある、この辺で山深く入って行ったらトリカブトがあった、これは毒である、でもそういうものもあった
城のある会津若松でもコレラが長崎から入り新潟に入り北前船が来ていてまた阿賀野川が交通としてあり会津にコレラが拡散したのである
ただ桧枝岐(ひのえまた)にまではコレラはうつらなかったのかったのである
桧枝岐は本当に江戸時代は秘境だった、隔絶した地域だった
江戸時代とかなるとそうした場所はかなりあった
そういう場所でどうして生活していたのか?米は食べられずソバを食っていた
またヤモリの燻製などを食べていた

ても山の中でもソバはたいして肥料もいらず育つ、救荒作物だったのである
荒れた土地でも育つものであり山には米がとれなくても生活できるものがあった
だから飢饉になるとき山に逃げろというのはそのためだった
かえって米は商品作物であり山の中でも米を作っていれば売れたのである
それで江戸時代の東北の飢饉は実は米が江戸に大量に送られていて伊達藩では石巻から送った、米は商品作物であった、だから米がとれなくなったとき飢饉になった

でも山の中だ米だけではないソバでも稗でも粟でもとっていたし山菜もあり飢饉からまねがれたということがある
つまり一様化することは危険なのである、自然は多様だからである
それで津波でこの辺にあった古い松原が全部流されたことにも驚いた
松原という一様化したものは自然ではなかった、自然なら様々な木があるからだ
そして松は深く根が張らないから津波に弱かったのである
津浪に強いのは深く根を張るのと竹だったのである
第一砂場に松があるとするとどうしても深く根を張りえないのである
そうして不自然なものは何か災害には弱いとなる

現代文明とはまさに不自然な生活が普通になっている、それが意外とその不自然さ故に災害に弱いとなる、まず大都会の密集した生活は不自然そのものなのである
そこから大きな災いが生まれて来る、それに対抗するにも科学が発達しても抗しきれないともなる、そもそもどんなことしても都会で密集が避けられないからである
だから人流をとめることが一番困難であるからだ
私自身が秘境である、一人しか人とは接していないからである
田舎だからあとはスーパーに行くにても人とは接していないから安全なのかとなる
ただそうはいっても現実には外からの物流がなくなれば生活も維持できないのである
本当に秘境に生きるために昔の山の生活をしていればできるとなる
ただ人間の生活は弱点が長所になり長所がまた弱点になる
コロナウィルスには秘境が一番強いともなるのである、でもそういう秘境は現実にはなくなっている、車だとどんな山奥までも入ってゆくからである



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2021年09月07日

秋の蝉、虫の音、桔梗、秋柳( 秋の相馬市に行く)


秋の蝉、虫の音、桔梗、秋柳( 秋の相馬市に行く)

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街中に二つほど聞こゆ秋の蝉

女一人一本松に桔梗咲く

我が家に一人聞き入る虫の声

城下町六万石や秋柳

誰が家や城下町に咲く桔梗かな

秋の蝉いくつか聞こえ城下町

秋の雲影を落とすや城下町

紫の木槿に暮れぬ旧街道

旧街道虫の音聴きて帰りけり

一本松残りて暮れぬ実りかな


女一人寄るべく人もなかりしに松一本に桔梗咲くかな

宇多川の流れに秋の日の光りつつ暮るるもあわれ久々に来ぬ

親しくも松に寄りつつもの思ふ秋は来にけり虫も鳴くかな



女一人で住んでいる人がまた近くに何人かいる、これも不思議なのである
女性でも一人暮らしが多くなっている、老人でも多くなっている
子供と一緒には住まない人が多くなっている、老人の一人暮らしが相当に多くなったのである、庭に松一本がありそこに桔梗が咲いている

6月の始めに相馬市に行った、それから二カ月以上行っていないだろう
というのは梅雨になり暑くなったら行けなかった、7月には暑いとか8月の後半は秋雨になるとか季節が変則的になる二カ月以上相馬市に行かないというときめずらしいともなる暑いと自転車だと熱中症になりやすいから行けなかった
それから何か雨がふりつづいてことで行けなかった
原町も行けない日が続いたのである、まさに巣籠り生活である

相馬市に行く途中の五本松は三本松があったが一本しか残っていなかった
それも淋しいが一本でもあればいいなと見る
五本松から三本松となり一本松となってしまった
これは何か家族を象徴している、家族がみんな死んでいなくなったとか見るからだ
松は人間のように見えるのである、だから古来松は短歌でも俳句にもなり安いのである
田た松並木はかなり少なくなっている、相馬市への旧街道は松並木が残っている
やはり旧街道を行くと道が狭いからそこで自然でも感じる、今回は木槿が咲いていたとか虫の鳴き声とかを感じる、だからこそ「奥の細道」だったのである
細道だから車も通っていないから自然を感じていたのである

ともかく相馬市の不思議は原町では感じないものを感じる、一応六万石の城下町ということで違ってるともなる、ただ外部から来ても城もないし感じにくい
碁盤の目のように細い路地がありやはり城下町なのである
高いビルがないもの影響しているのだろう
公共の建物も入母屋作りに統一しているのも風情を作っている
でもどこが城下町とかになるのか外部から来ても感じにくいだろう
一応石垣などは残っているが他はなにもないからだ
もしビルとか高いものを建てたら違って城下町ということを感じなくなっていたかもしれない、ただそうした雰囲気をかもしだすのはやはり歴史があるからだとなる

秋になったから気持良く相馬市に行けたので良かった
暑いと今は出かけられない、日射病になるからだ、またコロナウィルスの影響で遠くに行きにくい、すると運動不足になるのだ
日本は狭い国であるが四季がありそれが変化をもたらし旬の食べ物がありそれが日本の文化なのである、それがなくなると日本の良さまでなくなってしまう
だから温暖化の影響は大きい、でせ実際は温暖化はないとしている
人工的に温暖化になったのでありコンクリート化した都市とか地方でも道路のコンクリートの反射とかで暑くなった、クーラーの使用でも暑くなった
二酸化炭素が出し過ぎるというよりコンクリート化の影響も大きいのである

秋はやはり芸術の秋になる、プログだと今経験したものをすぐ書いて出せる
こういうことは今までできなかった、雑誌に投稿しても一か月後だったからである
ただこうして自分はプログに書きつづけている、結構これも疲れる
それでコメントに答えられない、プログに書くことを優先するから答えることができていない、後は家事に追われているのである、今は一切の家事を一人でしているからである







思考脳を育てない教育-抽象化とは (暗記教育は奴隷人間を作る―学校は全体主義教育)


思考脳を育てない教育-抽象化とは

(暗記教育は奴隷人間を作る―学校は全体主義教育)

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人間の能力は抽象化能力だった、この世に具体的な事物があってもそれを理解するには抽象化能力が必要になる、抽象化能力とは外界のものをどうして理解するかとなる
例えば話する時でも実際は抽象化しないと話しができない
対話もできない、そこに山があるとしていちいち山がなんであるか説明していたら話しもできない、川があるのに川という言葉がないと話もできない
山という言葉があり川という言葉があるとき別にじかにそこに山がなくても川がなくても話しできるようになるからだ

ただ山と言ってもいろいろある、ネパールのように8000メートルの山もあるし川でも外国の川は長大である、だから山であれ川であれ多様である、ただ基本的に山とはこういうものであり川とはこういうものだという共通認識がないと話しもできないのである
一応外国人と川について共通認識があるから対話でもできる
それが言葉の力だとなる
例えば砂漠というとき日本にはない、それをどうして理解するのか?
どこまでも砂しかない世界というのをどうして理解するのかとなる
そこで外国を理解するのが不可能にもなってしまうのである

基本的に数字と文字は抽象化されたものでありこれが文明の基本にもなった
漢字だと象形文字であり具体的な外界のものを絵のように理解してそれを記号化したのである、だから漢字の方が具体性がある、他の言葉はみんなアルファベットが基本である
表音文字になった、漢字は世界では特殊なのである、韓国のハングルでもやはり表音文字化したものである、漢字は絵画的なものであり具体性があり表音文字のアルファベットなどより抽象化されていないから理解しやすいとなるか反面抽象化されないことで覚える漢字が多すぎるから複雑になる、それで韓国ではハングルにしたのである
漢字だけ覚えるだけ相当な労力が必要になるからだ

いづれにしろ人間の能力は抽象化能力でありそれが文明を作ったのである
例えば数字自体が抽象化能力であり何でも数で数えるという時、その属性を無視する
人間が一人いるとして男女がいるし背の高い人もいるし太った人もいるし黒人もいるし
見た感じはみな違っている、でもそういう属性を消去してただ一個として数字で数えるのは数字によって抽象化したということである、それは究極の抽象化なのである

それは四角があるとするでも四角ということでも面積が違ったりする、ただ四角ということでA=Bとなる、でも実際はA=Bはない、石があるとして全く同じ石はないからである、一つの属性をもって同類として分類する、それも抽象化なのである
数字化することは最も抽象化する作業である、だからエジプトでは穀物の量を計算して数字化した書記が神のように崇められ権力をもったのである、それは今の官僚に通じている抽象化能力が数字で数学で一番わかりやすく現れるからである

ただ抽象化の危険は実際はあらゆるものを数字化するとき人間の実体現実から離れたものになる、この人間の数量化抽象化から何が起きたのか?
それは人間自体が抽象化され数字化されてしまった
人間は数字であり番号であり人間という実体が抽象化されて喪失した
村の様な単位て生きているときは感じないがその生活する範囲が規模が大きくなると
日本のGDPはいくらだとか今年の経済成長率はいくらだとかあらゆるものが数字化するからである
カルト教団なども宗教とは関係ない常に数で計られ数が多ければそれが権力に結びつく
民主主義は選挙で決まるのだからすべて数で決まるから権力を得るために数なのである
人間一人で主張しても相手にしない、10人でも集まれば必ず相手にする
ボランティアでも20人集めないとできない、つまり権力をもたないとボランティアもできないのである

ここから何が起きてきたかというとナチスが生まれたのであるファシズムが生まれたのである、様々な人間の属性の多様性を無視してただ人間は数となった、すると人間は番号となもなり数と処理されるものとなり大量殺戮になっても何も感じなくなったのである
しょせん人間も数であり番号に過ぎないとなるからだ
それは民主主義でもそうであり数の民主主義であり百万票を得なければならないとなれば人間を数として見る、一人一人のことなど見ないのである、要するに人間は数であり番号にすぎないとなる、だから簡単に数として処理されてガス室送りにもなる
ガス室に送る事務官は人間を人間と見ていない、数として帳簿を見ていただけだとなる
でも一人一人の人間が苦しむのを現場で見ていたら恐ろしいとなったろう
でも別にそういう現場を見なければ人間も番号であり数として処理するだけなのである

例えば原始部落のような少人数のコミニュティで暮らしていたら日本の村のような所で暮らしていたら人間を数字で処理することはない、一人一人が別であり数として見ることはないそもそも数として見ることは非人間的なことである、でもそれが文明を作ったのだから
抽象化するということがすでにナチスのような大きな災いを産む原因があったともなる
それで文明自体が滅びるということにもなる、現実の実体から離れて抽象化されてすべてを数字化することがそうなるのである
だから原発でも常に問題になるのが放射線量で数値化することでありコロナウィルスでも感染者を数値化することであり数で判断するのである
実際はすべての感染者が同じ感染者ではない、症状も違うし同じ感染者はいないともなるただ現代文明はあらゆることが数化する、数でみて人間は番号化されて管理されるのである、一人一人は番号にすぎないのである

文明社会はどこでも常に数の計算している、つまり常に数値化しているのが日常であり
そこで人間はただ数にすぎないとなっている
だからそうした文明が世界で共通化した、グロ−バル化したとき戦争になったとき何千万人も死んだとなる、それも人間が数字として処理されるだけのものとなったからだともなる、そもそも中国であれインドであれ十億の人間がいるというとそれは理解不可能になるそれはただ数とみて脅威だとなる
聖書では数を数えて神から罰せられたことがあった、数は結局常に権力となるからである十人より百人が集まれば権力となる、だから民主主義では数が権力なのだからカルト教団でも数を集めることが第一目的となる、その内容など関係ないのである
だから暴力団だろうが有象無象のものが雑多に入り込んでくる
一人一人などどうでもいい、数が集まれば選挙に勝てるとなるだけである

結局こうして現代文明社会でまともでありうるのは人間でありうるのはアウトサイダーになる、後は百万分の一とかの数にすぎないのである、数として番号として処理されるだけだとなる
ただ人間の能力は抽象化能力であり学問でもそうである、抽象化して思考できないことからその差が大きくなる、人間の学力の差は抽象化能力の差なのである
思考するのも抽象化できないから思考できないともなるからだ


私は数学とか苦手でありそのために劣等生であり大学を出たとしてもFランに近い
その原因は数学が苦手だったということである、それは学校が暗記ばかりの勉強だからそれで学問に興味をもてなかったのである
数学でもやはり暗記しているだけでは思考脳が身につかない、数学は高度なものでもないにしろ暗記脳ではできない、身につかない、応用となると思考脳が必ず必要になる
だから思考脳の訓練をしないとだめなのである、それが学校ではないのである
学校は軍隊であり工場なのである、ただ暗記して上の命令に従うだけだとなる
こうした学校教育が全体主義をナチスを産んだ素地としてあったのかもしれない
その学校からドイツのヒットラーユーゲントとか生まれたのもわかる
学校は全体主義を育てる場所ともなる、民主主義でありながら学校は全体主義てある
ただヨ−ロッパとかアメリカの教育はデベートとかあったり何か個性を育てるということがある、でも教育にしてもやはり大衆教育となると全体主義的になる

だからなぜヨ−ロッパから天才があれほど生まれたのか?その原因は貴族社会であり個人に家庭教師をつけていたからだともなる、学校がなければそうするほかない
学校ができたのは近代化されて大衆教育になったからである
そうなると一対一となると相手をの個性を見て教育するとなるからそこから個性を才能を伸ばした人達が生まれたともみる
そして何より教育される環境があったとなる、書斎があり本が家庭にあるのとないのとは相当に違う、私の子供の時高校までも家に一冊の本もなかった
ただ鉄腕アトムとか鉄人二十一号とかの漫画を貸し本屋から借りて読んでいたのである
つまり家で読んでいたのは漫画だったとなる
私が本当に勉強したのは大学出てからの方だった、それは日本全国を旅して地理に興味をもったからである、本の世界ではない実物の世界に接して興味をもったのである
だから教育は学校でも本からだけでも学べない、実物から経験から学ぶのである
それがないとただ本だけの世界とか学校のような無味乾燥なものの中では興味を覚えないのである、外国のことならいくら本を読むより一回でもその外国に行った人の方が実感をもつから知っているとなる、百聞は一見にしかずとなる

ともかく教育というと教えるというとき実はそれが創造的な作業である
どのように教えるかはその教師によってみな違ってくるということありうる
つまり教師が思考脳をもたないと実際は創造的教育はできないのである
ただ暗記教育だけになってしまうのである

学歴による社会の分断 「日本人の3人に1人は日本語が読めない」

【1】日本人のおよそ3分の1は日本語が読めない(正しく読解できない)
【2】日本人の3分の1以上が小学校3〜4年生以下の数的思考力しかない
【3】パソコンを使った基本的な仕事ができる日本人は1割以下しかいない
【4】65歳以下の日本の労働力人口のうち、3人に1人がそもそもパソコンを使えない

数式として抽象化できていると解きやすい、それを図形化するとめんどうだともなる、ても具体的図形化するわかりやすいのである、図形には具体性があるから数字だけではない図形化して思考する
それが絵画は世界共通化している、絵の価値は世界で理解できる
言葉となるとむずかしくなる、それで私の抽象画でも理解されて世界で見ている人がいるとなる、それは全く絵の才能がなくてもソフトで変化させてできるのである
これはコンピュターがうまれてできたart(技術)だったと理解したのである
これは結構むずかしい、つくづく自分は数字に弱いから文系なのである
ただ抽象的思考と思考脳が人間の能力を作ったことは確かである

正直文系は数字に弱い、ところが文系でも言葉の抽象能力は優れている、ただ物を考えるというとき数学でも同じものがある、抽象化することで同じなのである
だから数学でもそこで思考脳を鍛えるものとしてやると興味をもつ、ただこれも先天的なものかもしれない、どうしても高度なものになるとついていてなくなる
ただ確かなことは思考脳を鍛えることが訓練することが大事なのである
でも学校教育は暗記脳一点張りだから思考脳が育たないのである
そうして理系の優秀な人でもオウムのようにロボット化奴隷化されたのである
ただあのようになるのはナチスとかまた現代的な文明社会から生まれたものだったのである、理系文系と分れるのではなく総合的思考脳が育ちにくいからである
もはや全体を総合的に見れる人はいない、だからコロナウィルスでも理系の細菌学者とか文系の政治家とか官僚がいてもそれを束ねる人はいない、そんな両方の知識を持っている人はいないからである


posted by 老鶯 at 11:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育心理学など

2021年09月05日

職業で形成される人格 (職業選択は大事でもその人にあった職につけないー人格を歪める職が多い)


職業で形成される人格

(職業選択は大事でもその人にあった職につけないー人格を歪める職が多い)

人間は学生時代でもいろいろ学んでも勉強してもその目的は何なのか?
その先に社会があり職業に就くことが目的となる
ただ学生時代はどういう職がありその職がどういうものがわからないのである
例えば農家だったらいつも働いている親とか視ているのだから自ずとその職業を理解するのである、それを日々見ているから反発して嫌だとして親に逆らい農業だけはやりたくないと事件を起こした人までいる
また親から農業だけはやるなと殴られた人もいる、その人は工事現場とか原発で働くようになった、その頃から農業は金にならない割に合わない職業にもなっていたからだ
つまり農業といっても外部から見ているだけではわからない
今になると農業はいいものだともみる、原発事故が起きたことで農業をしていればこうはならなかったとも見るようにもなる

なぜ今職業が問題になるのかというと江戸時代まではたいがい親の職業を継いだのである農家でもそうだし漁師でもそうだし大工とか陶器作りとかでもそうである
家業を継いだのが多いのである、だから職業選択にそれほど悩まないのである
侍は侍であり農民は農民であり商人は商人であり職人は職人である
そして結婚するにしても同じ職業の人なのである
すると互いに理解しやすいということがあった、何か経営者は商人の娘を嫁にしろというときもそうである、それは商人も経営者であり自営業であり金銭のやり繰りとかを身近で見ているからである、嫁ぐ先の職業がのちのち影響する
その職業に向かいない人がいるからだ

天皇家に嫁いだ雅子様は宮家とかに向いていなかったのでうつ病とかなった
宮家というものがどういうものがわからずに強制的に嫁にされたからである
第一天皇家のこと自体わかる人はいない、でも宮家とかで育てばそういう環境で育っているから適合できる割わいが大きくなる、ただ別に美智子様の場合は平民で天皇家に適合したとなる、普通はなかなか適合しにくいとなる
つまり育った環境が人間に影響する、血筋より育った環境の影響が人間は大きいからだ
どういう家に育ったのかそれがその人間を作るともなる
だからカルト宗教団体などで育った者は何か偏り結婚したりするとうまくいかないともなる、常識からはずれているからである

なぜ職業が問題になるかというと職業は人間に欠かせないものでありその職業によって人間でも作られる、職人気質とかなり人間を作る
だからその職業がどういうものか知ることが大事になる
ところが学生時代で勉強しても職業のことはわからないのである
そもそも様々な職業のことを今や複雑化して理解できなくなっている
もともと人間は職業が違うと意志疎通もてきなくなっていた
それで鉄を作る人とか山奥で曲げ物など木の椀などを作る人は神秘的な存在となった
それはその職業のことがわからないからである

ただ言えることは江戸時代の人達がみんないい顔して幸福そうな顔していたということを外人が見て言っているとかなりそれをしきりに言う
でもそうなっていたのは江戸時代ならほとど農民であり後は漁師とか職人であり職業の種類は限られていた、侍は侍の世界があり親の跡を長男が継いだ
だからあまり理解できない職業はなかったように思える
ということはそういう職業は何か人をだますようなことはない、商人とかなる口八丁手八兆で口先だけで物を売るとういことがある
商人は必要でもそうなりやすい面がある、でも第一次産業に従事する人がほとんどの時代は何か人をだますような職業がまれだった、すると貧乏でも嘘つかないとかで人々が良心を曲げることもないから精神的には安らかだったとなりそう言われるとなる
職人気質のように仕事に一途に励んでいたとなる

戦後の私の子供の時代の時、回りでは職業が見える社会だった、農民がまだ多かったし
職人も多かった、駕籠を作る人とか石屋とか漆塗り屋とか豆腐屋とか何か近隣の仕事がわかりやすかったのである、今は職業が多様でありわかりにくいのである
すると職業のことがわからないからその人に合った知っている職業に就くわけでないから適合できずにやめるという人も増える、おそらく親の仕事を見て受け継ぐとなるとそういう職業は子供の時から見ているのだからわかっているし適合する割合が大きくなる
もちろん適合しない人は常にいるけど割合的には適合しやすいのである
そこではあまり職業選択に迷わないとなる

現代は無数の職業がある、でも自分にあった職業に就く人はまれだともなる
だからこそニートとが膨大に増えたとなる、仕事に合わないとか辛いとかもある
そもそも何かその人にあった職業に就くことは簡単にできない社会である
ただ職業というとき文系は理系よりいい職業に就けない、それで理系は物作りでありいい顔になるというときそうだと思う
文系の仕事は何かいいものがない、営業とかなると何かそこで口先で騙す職業だともなるそして何か弁護士であれ証券会社であれ銀行であれこういう職業はいいとも見ていたが実際は騙すものだということがわかった
銀行など地域で硬い職業としてエリートとして見られていたが今や人をだます商売になっている、投資信託とか売り手数料を稼ぐ、投資信託が詐欺商品でありハーバード大学を出た人が良心の呵責になりそれを暴露したことでもわかる
弁護士でも何かそこに法律の知識で騙すということがある
もちろんみんなそうではないがそういう人も現実にいる
それで文系の仕事は何かそういう人をだますのが多いともみる

例えば官僚でも実際それは人をだますものであり犯罪者にあるというときそうである
帳簿でも数字でもごまかす、それでそれをごまかした官僚が良心に耐えられなくなり
自殺した人がいた、だから霞が関の官僚でもそうなる
官僚は技官は別にして文系が多いからである、文系はいい職業に就くことがむずかしいのである、何かごまかすことが多い職業だとなる
政治家となるともう政治家自身が言っている、嘘をつくのが政治家だと言っている
何か口先でいいことを言うだけだとなる
選挙の時だけいいことを言うが実行できないのに言うこと自体がそうである
それは政治家という職業がそうさせるのである、だからこそどういう職業に就くかが大事になる、その人がもともといい人でも職業によって心が歪められるからだ

銀行など地域で硬い職業と見られていた、今や高度成長時代になりITの発達とかで取り残されたもうけることができなくなった
貯金されたものを借りる人がいて自動的に利益が上がる時代が終わった時利子も貯金につけられない、銀行は今や必要ないともなってしまった
そうなると何とかもうけるために投資信託などを売りつける、そして手数料だけはもらうとなる、これも騙しなのである
ただ別に株などは自力でできる人はやればいい、銀行であれ証券会社を仲介にするとき
だまされるとなる、それも結局自己責任だとなる、銀行とか証券会社が罪に問われることはないのである

ただ職業が業となっいてるとい職業自体に何か罪なるものがありそうなった
だから農業でも焼畑とかなると森林を焼くから自然破壊だともなる
稲作でも森を破壊するからそれは人間の業だともなる
そういうことで仏教ではその業から逃れるために僧院に入り職業につかず修行したとなる職業に就くこと自体心が汚れるとしてそうなったのである
確かに今や銀行員とかはそうなる、それでアメリカの大銀行に勤めていたような人が
農業をはじめたとかある、銀行という仕事に嫌気さしてそうなったのである
金だけを操作してそれで大儲けする人を見ていたからそうなった
それが陰謀論になり批判するようになった、「つばさの党」でyoutubeで説明している人がそうである
紙幣とか貨幣とか何か架空的なものをあつかうより実物を扱う農業をするようになったのである、金融というときそれは今や数字てあり数字のゲームをしているようにもなっているからだ、何かギャンブルの世界のようにもなっているからだ
そういう仕事自体が心を歪め人格を歪めるものになっているからだ

とにかく現代は職業が無数にありその選択に悩む、ただ地方だと職業の選択は限られている、大卒だと更に限られていて自分に合った職業がないとなり都会に出るほかないともなる、私の場合は引きこもりであり職業にはついていない
でも郷土学とかを追求してきた、田舎で芸術でも学問でも追求して来た
ただそれが職業にはなっていない、一文の収入もならなかったからだ
そして自分に向いている職業はジャーナリストのなかと思うようになった
今ネットでしている「相馬新報」とかがそうである
ジャーナリストは相当な幅広い知識が必要だと思った、原発事故を追求するにしても多角的に追求する必要があったからだ、ただ文系だと理系ではないから原子力のことがわからない、そこが大きな障壁となり追求できなかった

でも郷土史とか歴史とか地理学とかこの追求はするにはあらゆることを総動員しないとできないものだったのである、そこに限界があった
ただ死ぬ頃になって自分の仕事がこれだったとかと自覚するようになった
つまり仕事は新たに作られるのである、youtubeとか意外とこれはテレビとも違って勉強になるものだとわかってきた、様々なことで経験している人が語っているからである
だから子供が一番なりたいのがユウチュウバーだともなった
テレビはこれまで一番の情報源であり親しいものである、それが個々人がテレビ局にもなるということでそうなった
仕事は新しい時代にそれに合った仕事が生まれる、ただ自分の場合はその仕事を発見することが遅すぎてとなる、今や死ぬ歳になっているからだ
それだけ人間の合った仕事というに就けないというのが現実なのである
ということでニートが引きこもりでも増えたともなる

いづれにしろ職業選択が大事なのはその人を職業が作るからである、だから人格を歪めるような職業につくと金になっても後でふりかえりいいものとはならない
苦いものとなって後悔する、さほど金にならなくても私はその仕事がその人に合っていいものならいい顔になる、それで江戸時代は外国人が見たとき幸福そうな顔していると見たのである、それは仕事はその時農業社会、第一次産業がほとんどでありそれが影響していたのである、現代は余りにも様々な職業があり選択に迷う、それより自分の合った職業に就けないとなる、そこでうつ病になっている人が多いのもわかる
つまりみんな不幸そうな顔をして不満なのが現代人なのである
そのことが社会全体を暗くしているともなる


高い地位、儀礼、富、学識など、そういうものに到達した人々について
わたしが思うに彼らが到達したもの彼らのからだと魂に結果残すものではない限り
すべて彼らの身につかず波間に消える-ホイットマン(草の葉)

彼らの体だと魂に結果残すものではない限り

からだと魂に結果を残すというとき職人とかは仕事で体も作られ魂も作られるとなる
体もその仕事に適したものになる
そして魂が作られるということがある意味で怖いのである
その仕事が悪いものであれば魂も歪められるとなるからだ
ホイットマンの時代は職人とか農民とかあらゆる人が讃美されていた
その時代は開拓の時代であり知的な仕事より肉体労働が多い、知的な仕事は弁護士とかでもだますということがあるからだ
だから江戸時代とも似ていたのである、それであらゆるものが讃美されていたのである


体(からだ)は「殻(から)」に接尾語「だ」が付いた語。
古くは、魂に対してそれを宿している身体、生命のこもらない肉体を「からだ」と言い、魂を宿した肉体は「身(み)」と言った。

つまり職業によって魂の宿さないもの、殻(から)になってしまうことである
その一生さえ空虚なものになってしまうとなれば怖いとなる
金があってもその人の実体は中味は魂の無いからだになってしまうとなるからだ

posted by 老鶯 at 22:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題