2019年05月24日

抽象画の建築の変化のデザインの不思議 Wonder of the design of architectural change of abstract paintings


抽象画の建築の変化のデザインの不思議

Wonder of the design of architectural change of abstract paintings



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Japanese architecture

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建築と抽象画の関係あるのか?絵画と建築は密接に関係していた
なぜなら絵画は独立していない、もともと建築の一部でありまた音楽でも大聖堂と一体化してあった、つまり建築と一体化してあった
大聖堂の一面にキリスト教の絵画とかが描かれていたし仏教建築でも寺の中に絵が絵がれていたとか城の屏風に絵が描かれていたとか建築と一体化して絵画があったからだ
その後に絵画が建築から離れて独立して存在するようになり売買されるようにもなった
そのように近代化とは何でも分離してゆくことなのである
部分化してゆくのである

不思議だったのは竹中工務店のホームページの写真をきりとり抽象画に変化させる
ここは空港だったのである、すると空港にあったデザインにソフトで変化したのである
それが何か斬新なものとなっていたので不思議なのである
こんなふうに普通はなるとは思えないからだ
でも前にもこうして建築をソフトで変化して作ったものがある
何か建築をデザインしているのかともなる

この私が作る抽象画が自動生成しているから実際はAIが作っているとなる
だから大量に作れるのである、自動生成していればそうなる
それを選んで多少手直しするがそうすると何か不自然にはなる
でもそのままだと著作権違反になる、見本としてこれは著作権違反になるだろうか?

とにかくデザイン分野とこの抽象画の製作は関係しているとなる、デザインとなると建築であれ他の製造物でも関係するとなる
そのデザインにもコンピュターがソフトの製作が深くかかわってきているのである


Is there a relationship between architecture and abstract painting? Painting and architecture were closely related
Because the painting was not independent, it was originally part of the architecture and the music was integrated with the cathedral, ie it was integrated with the architecture

Christian paintings were drawn on one side of the cathedral, and even in Buddhist architecture, pictures were drawn in the temple, or pictures were drawn in the style of a castle, or pictures were integrated with the architecture Body
After that, the paintings were separated from architecture and became independent and became to be sold
As such, modernization is about separating everything
It will be partialized

What was strange is to change the photos of Takenaka's homepage into abstract images
It was an airport, and then it was soft and changed to the design at the airport
It is strange because it was something new
It's because I don't think it's going to be normal like this
But before, there is also something that changed and made architecture this way
It is also possible to design something

Because this abstract image I create is automatically generated, AI actually makes it
So you can make a lot, it will be if you generate automatically
Choose it and make some adjustments, but if you do, it will be unnatural
But if that is the case, it will be a violation of copyright. As a sample, will this become a violation of copyright?

Anyway, the field of design and the production of this abstract will be related, both in design and in architecture and other products
The design of software is deeply involved in computer design as well.

2019年05月23日

なぜ日本の技術はITなどで遅れたのか? (日本の文化(言語)と相性が悪かった?)

                                                        
 なぜ日本の技術はITなどで遅れたのか?

 (日本の文化(言語)と相性が悪かった?)


動詞が文末に来る頻度が高い言語の話者は、陶磁器、光学機器、自動車のように、単体で完結する製品やサービスで強い傾向があり、目的語が文末に来る頻度が高い言語の話者は航空機のような大規模なものを作ったり、PCやスマートフォンのように他のさまざまなものと相互作用をこなすものを作るのに強い傾向があります。


ベストプラクティス、テンプレート、こういったものがないと動けないのが日本人の悪いところだと思うのです。これらは強いていえば、すべてコピペです。日本人はある技術が元々あって、それをより良くする、量産するといった、熟達させることは得意です。匠の技というのも歴史のある技術を熟達させたものを指しますよね。それはそれで日本の素晴らしいところではありますが、0から1を生みだすということに関しては、世界と日本とでは雲泥の差があると思います。これを自分の課題としてしっかり見つめることが重要です

言葉が技術と関係しているのか?詩を書いたりしていると言葉自体に興味をもつ
言葉は一番その国の文化をなのである、言葉が文化のアイディンティティなのである
すると言葉の問題もあってITに日本がは遅れたのかとなる
ここでドイツ語と日本語は語尾に目的語くるというが英語の基はドイツ語だとするとそういうことがあるのか?
ただドイツと日本は物つくりは得意だがITに送れていることでは共通しているという
技術でも何か得意分野がありITはまた他の技術と違っているのである
どうしても英語でプログラムでもコンピュター言語化してソフトでも作るのだから英語圏の人は有利になりインドでは英語圏であり数学も得意だからIT分野の人材が出やすくアメリカでソフト制作を委託されるようになっている

私は技術はわからない、文系だからわからない、でも何かパソコンをしていて抽象画を作っていてITとかAIの技術にかかわっていることを意識した
抽象画はソフトの操作で自動化してできるからである
森であれ川であれ電車が多様なシーンを進む地球を進むシーンを抽象画として作ることができたからである

IT化というとき膨大な情報を処理する能力のことでもあった、AIでもそうである
膨大な写真がインタ−ネット上にありそれを処理する能力である
それはきりなくあるから抽象画もきりなく生産できるのである
写真の加工が基本だとするといくらでもビッグデーターとして写真がインタ−ネット上にあるからそうなる

英語は何か数式とにたものがありそれがインタ−ネットやAIやプログラミングするのに適していた、相性が良かった、日本語であれ漢字であれ相性が良くない
でもなぜ中国ではあれだけIT化してアメリカを追い越すまでになったのか?
となると漢字文化圏であってもITの技術進歩はできるとなる
だから言語だけが関係していたともならないのである
ただ中国人は日本人より英語ができる人が多いのである、しゃべれる人も多いのである
語順が同じだということもあるかもしれない、その理由は良くわからない

「I leave A for B.」「I leave B forC.」「I leave C forD.」 

He left Tokyo for Nagoya(東京をたって名古屋に向かった)

これは何か数式のようになっている、英語は数式的なところがありそれてでITに相性が良かったのか、それとも英語的思考がITを生んだのかともなる

動詞が最後に来るとなると

私は森の中に鳥を見た 

私は鳥を見た森の中に

I look a bird in the forest


その相違があるが動詞が先に来て目的語がつづく
結局絶えず動くものを見ているのが動詞が主語の次にきて前になりやすい
でも最初に景色を見ているものは動詞が後になりやすい
森だったら最初に目に入るのは森だからである
その後に鳥でも動物でも動くものをキャッチする

日本では森が多いしドイツでももともと森でおおわれていた国である
それで共通しているのか?
平原とか砂漠だとまず動くものをキャッチするから動詞が先に来る
目的語も動詞の次にきて文頭に来る、そのバックとなる景色はあとになる 
次々に変化するものとらえるということでその変化に適応できるということで英語が有利だったのかともなる
農耕民的だと定着して一つの物造りに励むとういことがある、その物にこだわり作り上げる
それは農耕民ではない、森の民の縄文人でも縄文土器を作ったからにている
ただこれどういう関係になるのか?今一つ納得がいかない

確かなことは縦書きと横書きの感覚は相当な文化の相違だとみる
縦書きと横書きではかなり違ったものだからである
ところが漢字は縦書きである、でも漢字は横書きでも何か英語のようになる
日本語はまず縦書きでないとかなでも表現しにくい言葉である
ここに精神性と文化の相違が生まれる
縦書きということは上意下達のようになる、日本語で尊敬語が多いのはそのためである
英語だとIとYOUであり人間関係も対等となるのである
言葉でもそうだがアメリカのように現実社会でもそうである、特にクィーンズイングリッシュよりアメリカ英語は庶民的なものとなっているというのもわかる
アメリカ自体がリンカーンから始まった平民の国だからである

いづれにしろ日本語自体にも文化にも何かITに適さない言語でありそれで遅れをとったともなるのか?
日本語はかなもあるしカタカナも混在しているからわかりにくくなる、それはまずプログラミングでは使えないともなる
ただ漢字の方が横書きでも通じるし簡潔化されている、、かなが入る日本語はいい面として機能したとしても何か簡潔さに欠けているし上意下達になった
それが英語のようにプロググラムミングするのに適していなかったのかともなる
物造りだったら言葉が関係していたとも思えない、それはただ物を精進して丹精を尽くして作り上げる職人文化が日本がにもありドイツにもマイスター制度があり似ていたのかとなる

つまりIT化とかAI化とかコンピュター関係とかで日本が技術的に遅れた原因は文化的要因がありそれで遅れて世界から取り残されたともなる
だからそれは日本の文化とも関係しているからそれを変えることができないからむずかしかったともなる
それから日本自体が天才を産みだすシステムがない、文化がない
ヨ−ロッパに多数の天才が生まれたのにも文化があった、地方都市で育まれた経緯がある日本には天才を生む土壌がなかった、教育でも画一的であり同調圧力が強いから個性あるものが敵視されて排除される
そうして様々な要因でIT化で遅れとりそれが経済の衰退となっていった

日本が技術的に優れているとか、頭脳が優秀だとか言われたときは電機製品とかを故障しないものを作ったとかで世界に売れたからである
でもそれは何か発明とは違っていたのである、細部にこだわる文化があり精巧なものを作るという文化が歴史がありそれで一時は成功して日本が技術的に優れているとなり日本人は頭いいとされた、今でも日本の技術は優れいるという感覚をもつ
でも日本の技術はIT化とAIで相当に遅れてしまったのである
それを証明したのが安全神話を作った原発だったのである

日本の技術は優秀だから事故は起きないとしていた

これも奢りだったのである
そこに一時は日本の電器製品が世界一だとしていた奢りがあったことで失敗した
日本人は発明とかは苦手である、ただ精密に細部にこだわり精巧なものを作る物造りにはすぐれていた、それはドイツと共通していたのである、原発でも巨大なものは操作するのはアメリカが優れていた、安全管理も優れていた
そこには技術ても戦略的思考があったからだともなる、日本は個々の細部にこだわっても戦略的思考がないからである
結局日本の高度成長時代で電気製品中心になったのはそれはたまたま幸運だったともなる日本人が優秀だからとは言えなかったのである、現実に今や中国があれだけ技術的にも躍進していることでわかる、中国人の方が優秀だと今ではなっているからである
ここには国自体のスケールの相違とかその他にも原因はある、何でも総合的なものとして働くからである
何か総合力で中国が優ったからだともなる

世界史でも技術的な面でも興亡がある、中国が優れていたときもありイスラムが優れていたときもありやがてヨ−ロッパが主導権を技術的に発揮した
そういう技術面でも興亡を繰りかえすのが人間の歴史である
では日本がそうして技術的面で世界で優れていたのか?特別の発明をしたのか?
品質のいい物つくりはしても発明はなかった、それが今日本の衰退となった
そこに日本の文化が世界的になりえないものがあったとかなる
日本語は民族のアイディンティティの文化の最たるものであってもIT化とかAI化の技術には不適合な言語だったともなる
ただ言語がどのようにIT化とかに影響しているのか正直説明しにくいだろう
明治維新ではヨ−ロッパの文明を紹介する時に日本人は漢字を利用して翻訳した
かなだけでは無理だったからだ、そもそもかな自体が漢字から作ったのが日本がだったのである
英語は横書きであり漢字のように日本語化できなかったこともある、そういうことは確かに影響していたのである

施設で老人が若い介護士に殺される (介護は動機がないとできない、老人の虐待日常的に起きている)


施設で老人が若い介護士に殺される

(介護は動機がないとできない、老人の虐待日常的に起きている)


 勤務先の有料老人ホーム「サニーライフ北品川」(東京都品川区)で入所者の男性(82)を暴行して殺害したとして、警視庁は22日、元介護職員の根本智紀容疑者(28)=東京都新宿区北新宿4丁目=を殺人容疑で逮捕し、発表した


このサニーライフは月の料金が23万とかそれなりにいい施設なのかもしれない
東京だと高くなる、ただ必ずその他にもいろいろ料金がかかり要求される
だから本当は25万くらいになっているかもしれない

なぜこの介護職員が殺人までにいたったのか?

それが知りたいとなる、なにかこういう事件はこれから増えてくる
認知症の介護だったのか?何が原因でそうなったのか?

介護問題はこれからさらに深刻になる、知っている人も非正規の建築現場で働いているのに親が施設に入った
それもこの辺の近くでは立派な施設があっても介護する人がいないから青森の施設に送られた、この辺では青森に多く送られているのである
つまり介護する人がいないのである 
そして施設に入れば後はみんなやってくれるというがその非正規の息子は施設から別途に金を要求されて払っているのである
つまり施設に入れたからといってそれで終わりではないのである
その人は金持ちではないから最低辺の施設に入れた、それで青森に送られた
青森は仕事がないのでそういう人を受け入れていたのである

介護する人がいないというとき介護の仕事が過酷だからそうなっている
誰もやりたくない、家族でもやりたくない、それで金がある人は施設に入れる
でもそこが介護される人にとっていい場所とかなるとはならない

介護の問題は何かエネルギーが奪われる、肉体的にも精神的にも奪われる
そういう仕事に若い人がつくのは何の生産的なことがないともなる
自分自身10年かしてもう肉体的精神的にエネルギーが奪われた
ただ私の場合は特別親に世話になったから自然と介護を懸命にしたのである
そういう動機が特別あったからである
だから認知症になっても懸命になってしていたのである

では介護施設では若者がそんな動機などないとしたらどうなるのか?
貴重な青春時代のエネルギーを奪われるだけだともなる
ただ別に若者の仕事でも最底辺で非正規で辛い仕事をしている人はいくらでもいる
自分も最底辺の肉体労働をしていたからである
ただそれも一時的でありそれ以後一切仕事はしていない、後は旅していただけだとなる
つまりそういう仕事でも一時的なら救われるのである
それが若い時長くつづきさらにその仕事で何かスキルがつくとか生きがいになればいいがならないとしたら誰もしたくないのである

何か自分は30頃だったとか親戚の人が叔父にあたる人が手術をするので輸血してくれとか頼まれたが断った
その時山登りして非常に疲れてしなかった、つまり自分のしたいことをして老人のために病人のために何もしなかったとなる
このように今なら介護とか病人の世話より若いなら遊びたいとなる
そういう時代であり介護とかなると誰もしたくないのである
自分が家族の介護をしたのは若い時ではない、60以降だったからである
それは特別世話になったから自然と介護に懸命にれたのである
もし若い時そんなことを強いられたら親を恨んだともなるからだ

山登りでも今になると体力がないからできない、すでに40頃から自分は登山をやめた
体力がないのでやめた、それで自転車旅行に切り替えたのである
自転車旅行も若い時はできないとと思っていた、でも実際は40過ぎても自転車旅行はできた、なぜなら疲れれば休めばいいからである
そうして私は旅ばかりしていたとなる
そのプラスマイナスはあった、仕事をしない人間は会社のことを知らない人間は何か欠けたものになる、それで介護では苦労したのである
介護では社会とかかわるからである、それでニートは親に頼っていられるときはいいが親が介護状態になりそれから死ぬと地獄になる
もし金もないとしたら最悪になる、それをプログで書いてきた
誰も同情しない助けない、弱者になった結果困窮した人たちが襲ってきたからである

いづれにしろこれからこういう事件が増える、これがどうして起きたのかわからない
原因がわかないがこういう事件が起きやすくなる
たとえ金持ちが入る施設でも起こる、かえって金持ちに若者が使われているとか不満になっているかもしれないからである
つまり介護には動機が必要だが金だけだったら手厚い介護はできないからである
それで虐待になる、非正規の底辺労働者は身寄りもなくあとは施設に入れられて虐待されて死ぬだけだと恐怖を語っている
身寄りがないとそうなりやすいので恐怖になる、そういう人を自分自身も見ている
病院でも特養に入っている人が虐待されていたからである
自分も病院に入院して虐待された
虐待は日常的にある、ただ殺人までになるとなかなかないが当然殺人までなることがありうるしこれから増えるのである、だから施設とか病院は自分自身が恐怖なのである



サニーライフの評判

ここも悪徳ブラック?

サービス残業や休日返上が当たり前の社風

入社後の離職率が高い。大量採用、大量退職を繰り返している
スタッフがやる気なくして次々と辞職

社長なんかが施設みたいな豪邸に住み、ロールスロイスポルシェベンツマイバッハとかを会社の経費として乗り回して、下は薄給そのものじゃ 
当然、下の人間は(不当な搾取に)あまりにも馬鹿馬鹿しくなり、まともな神経で働かなくなる罠 

ここの支配人の月収は25万円で、土日祝祭日出勤当たり前、残業手当はなし。 
こんなんでモチベーション維持して働いていけますか? 
支配人もそうだけれど社員は消耗品で使い捨てで、潤っているのは経営者一族を 
始めとした一部の人だけなの?これじゃ何かと世界を騒がしているどこかの国と 
変わらないんじゃないか? 

贅沢は言わねえけどそろそろ休みが欲しいよ。 
ベテランはどんどん辞めてくだろ。


やはり離職率が高いからあまりいい評判ではない、働く人が働き安い環境がないと介護はむずかしいということか


posted by 老鶯 at 06:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 福祉医療−老人問題

2019年05月22日

夏野(萱浜をめぐる)


夏野(萱浜をめぐる)

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船遅し菜の花満ちて海藍し

赤と白桜井古墳につつじ咲く

夏菊の庭に咲き満ち海望む

縦横につばめの飛びぬ夏野かな

石一つ古代の跡や夏野かな

隠されし木陰の道の涼しかな


牡丹咲きつつじの映えて朝日さし影のなきかも栄なるかな

我が家に牡丹五輪咲きにつつ栄えありにし跡を継ぐかな

満月の田に映りつつ蛙鳴く声のひびきて平和もどりぬ


写真は瀬戸内海のどこかの島だった、そこに一面に菜の花が咲いていた
そこをゆっくりと船が行く、瀬戸内海だと絶えず船が行くのが見える
その時私は島めぐりしていたのである
それも何十年も過ぎると記憶もなくなる
ただ船にはひかれている、電車もそうだがやはり風景にとけこむからである
そして船を見ていると何か時間がゆっくり進むように思う
車とか電車でも早く過ぎるから時間が早く過ぎてゆくように錯覚するのである
ともかく現代は時間に追われている
そんなふうにのんびりと島から島をめぐっていたというのもふりかえると恵まれていた

それから日本の船はほとんど乗った
一番長かったのは沖縄まで一週間貨物で行ったことだった
東京からはその船しか出ていなかったのである
第一そんな船に乗ること自体がどれだけ暇人だったかとなる
菜の花の季節はと終わった、萱浜は菜の花と海の風景が見られた

牡丹が咲いてこれも散った、どういうわけか庭の牡丹だけは毎年五六輪咲く
牡丹はまさに栄いの花である
隣の庭に咲いていたのは牡丹とつつじである
そこは空家の庭である、塀がないから丸見えになる
主はいなくなっても花だけは咲いているというのも不思議である
ただこの家には人が住むというが未だに住んでいない

萱浜は夏野になっている、田んぼがあることはある、でも原野化しているのが多い
そこに夏の黄色な小さな花が一杯咲いている
新しい電動自転車は悪路でも行けるし平坦な道でも坂道でもすいすい行くから楽である
これに乗ると何かどこまでも行きたくなるのである



古代の泉官衙遺跡の正倉院がある場所を表示した案内を設置した
一葉松の近くでありあんなところだったのかとわかりやすくなった
ずいぶん離れていると思ったが泉官衙遺跡は広い地域だったのである
何かその遺跡の石が発見されて露頭してあったとか案内に書いてあった

ここまで運河があったということが証明されている
それを絵にしたのをパンフレットで出している
何かそんな運河があったのかと見る
湿地帯だったから船でしか行けないということがあったのだろう
古代には船が運送に利用されているのが結構多いのである
陸地は湿地帯とか道がなかったから原始の状態になっていて船で行った方が便利だったとなる

それにしてもあんなところに正倉院があったとは意外だった
つまり泉官衙遺跡は広い地域であり新田川橋の高平の西殿はやはり古代の泉官衙遺跡と関係しているのだろうか?
それだけ広い領域であったのは意外だった
ただ西殿の地名は古代に由来していない、なぜなら沢田館があり西殿と東殿があったからである
でも古代に由来して西殿と名付けられたものはあるから注意すべきである
タグ:夏野 萱浜

2019年05月21日

40歳の焦燥 (人生は30までで骨格は形成される、あきめるには早すぎるから苦しい)


40歳の焦燥

(人生は30までで骨格は形成される、あきめるには早すぎるから苦しい)

Love & Freedom(底辺労働者)の人がなぜ焦燥感に苦しむのか?
それは盛んに自ら言うように40だともう終わりだがそれまでならなんとか未来がまだあると見る
そういう中途半端な年齢だからだろう
でもすでに30を越えて40になると人間はもう決まってしまう
それでもうスキルもなにもないとか苦しむ
一生底辺労働で後は生活保護だとかFXで一発かけて挽回する他ないと悲壮感を漂わせている

人間は何か意外と20代くらいで決まってしまう、40近くになったからもうその一生は見えてくるとなる
「若き時に神を知れ」というのはそのためだった、この深い意味は若い時わからないのである
20代で求道しないものが30過ぎて40過ぎて求道できなくなっている
そんなことがあるのかというときふりかえるとあった
求道は最も命が盛んな時するものであり力が衰えた老年になってすることができなくなる
普通はこういうことを考えない、青春なら欲望のままに若さを発揮して生きればいいとかなる、そんな求道とか関係ないとなる
ただ求道だけではない、ビジネスでも仕事でも20代に骨格が形成されるから30過ぎると無理だとなる
だから人間は30でほぼ人生行路が決まるとまでなる
その20代があっというまに過ぎてしまうのである
やはりその時期が一番大事だったのかとふりかえるとなる

20代というとき何か人生はとてつもなく長いように感じるのである
永遠につづくようにも思う、だから年齢によって感じる時間は相当に違っていた
60とか過ぎると人生が終わるのがアッという間だったとなる
年齢によって青年と老人の差はこの時間感覚にある
人生が限りなく長いと20代では思っていたが過ぎてみればアッという間だった
そして20代でほぼ人生は決まっていたともなる
そしてすでに若い時は青春はとりもどせなくなっているのだ

ただ30までにほぼ決まるとしてもその先は長いこともある
私の場合は30年間旅に費やして終わったとなる
これも普通はありえないことだが正規のルートからはずれたからそのまま外れたルートを最後まで来たということになる
だから一旦正規のルートからはずれるとそのまま最後まではずれたままになる
20代でも正規のルートからはずれるとフリーターとかニートとかなり正規のルートにはもどれなくなる
時代が変わるにしてもそうなっいる

ただ人生百年という時今までと違った時間感覚をもつ必要がある
つまり成果を出すのはかなり遅くなる、60代とか70代になってもいいとなる
その先さらに百年生きるとなるとそうなるのである
だから長期展望ができる時代になっているのだ
何か成果を出すためにあせる必要はないのである
骨格は20代で決まるとしてもそこに肉付けする時間が長くなるのである

いづれにしろ40代の焦燥感はわかる
でもこれが60とか70とかなると消えてしまうのである
あきらめるから焦燥感が消える、なんとかしようとかもがくこともないのである

なんだ、人生は終わりなのか、これぽっちで終わりなのかと驚くのである
そして何か不思議な感覚になる
この人生は何なのか?人の出会いでもさよならだけが人生だとなる
人間は会ったとしても本当は分かれるだけだとなる
あなたとここで会いましたがすぐお別れです、私はあの世に行きます、あなたとは二度と会いませんとなるのも不思議なのである
例えば嫌な人がいようが常に嫁姑で憎み争っていようがその喧嘩していたのもなつかしくさえなるかもしれない、なぜなら二度と会えなくなるからである
現実に家族が全部死んでそうなったからである

この世にいつまでもいられない、人生はliveはleaveであり去ることだったとなる
とかなり次々に変わるのである、常がない、無常なのである
「I leave A for B.」「I leave B forC.」「I leave C forD.」.....
去ることが人生なら重荷もないのである
何かを重く背負うから背負わされるから人生は苦しくなる 

でももうこの世から去るだけだ、この世とはお別れだとなるとそういう重荷も消えるのである、だから60以上でも警備員とか底辺で仕事している人がいるがそういう人はあきらめているからふっきれているから悟りきったようになっているともみる
40のような焦燥感がないのである

人生はこんなもんだ、人生はこんなで終わりなのかと意外に思うのである
つまり若い時とか40でも何かをしなければならない、何かを達成しなければならないとかで苦しいのである
別に今日一日でも生きていれば得だよとか老人だとそうなる
なぜならすぐに死んでこの世とはお別れだからである
だから焦燥感とかはなくなる、ただ後悔は誰でもある
時間を有効に活かせなかった後悔は誰でもある、巨額の金を残した人でもそうである
青春はもどらないし時間がもどらない、人生をやり直すことはできないからだ
だから金より時間が貴重だったとなる

人生は誰でもなにかしら積み重ねがある、それが60以降に活きてくる
自分自身は文学の才能はあったとしても何か何もないとも見られていたのである
でも60以降とかさらにその後に何か今まで積み重ねたものが活きてきたなと思う
また理解できないことを理解できるようにもなったのである
詩でもそうである、相当に書き溜めたがまだ発表していない
なんとか詩集にしようとはしているがなかなかできない


青春でもその後の壮年でも人間には節制とか心を訓練する必要がある
しないと人間は欲望のままになり怠惰になってゆく
つまり心の鍛錬が必要なのである、それはあらゆる面でそうである
芸術でもそうであり他の仕事でも職人でも技を身に着けるのにはそうなる
それで全く絵の才能がないのに私が抽象画を作れたのはただ訓練してそうなったのであるだからすべて才能だけで決まるわけではないのである
何事か常に積み重ねて節制して鍛錬してゆくことが実りとなってゆく
だから人生百年時代は本当は焦る必要はないのである

自分としては酒とか煙草を30過ぎて一切やめたのが良かった
酒は頭を馬鹿にするし認知症にもなるかもしれない、精神を修行するには酒は良くない
なぜなら頭が一時的馬鹿になってしまうからである、脳と精神を麻痺させるのである
その影響は結構大きいのである、むしろ煙草はそんなに影響がないかもしれない
酒は一時的無意識にして馬鹿になる

いづれにしろ精神の修養と修行はしろ、節制はしろ!

これは別に宗教だけではない、あらゆる面で言えたのである
天才でない限り人間は積み重ねなのである
第一膨大な知識を全部知悉することは不可能である
ほんの一部だけであり天才だって知識的にわずかしか知ることができない
つまりある分野に積み重ねれば凡人だって詳しくなれる
そしてその人に埋もれていた才能が開花することはある
だから修行するとか節制するとかが大事になる
自分は社会からはずれて生きてきたけど修行とか節制をしてきたともなる
旅したのも見聞を広めるためであり何か無駄に浪費したのとも違っていたから今になり書くものがある、そして自分自身は節制してきたし雑学のような知識でも積み重ねてきたのである
それで凡人でも今になり何かしら芸術でも実るものがあったと思う
ただ誰も評価してくれないというだけなのである 




メデアが変わると表現方法とか伝わるものが変わる (youtubeを見て感じたこと)


メデアが変わると表現方法とか伝わるものが変わる

(youtubeを見て感じたこと)

昨日は疲れた、ウィルスソフトの体験版をインストールしようとして失敗した
すでに入っているマイクロソフトのdefenderを削除しないとできなかった
途中で中止できたから良かった、へたにするとパソコンの不具合になる
パソコンは今はいいものメーカー品を買わないとあとで困る
富士通のパソコンはいいから買っていて良かった
後は中古品を使っていた、そしたら不具合になった
何かこのパソコンは使い方で苦労する
20年くらい使っていても私は詳しくはないのである
その機械ばかりにこだわっていると肝心の書きたいことに精力をそそげないのである

youtubeは今や小学生でもユウチュバーになりたいとかなっているから新しいメデアなのである
メデアとは媒体のことである、仲介するものとか中間で偏りがないという意味でもある
でもマスメデアとういうときメデアが力をもっていたからメデアを通してしか発言できない、するとメデアを持つものが絶大な権力をもったのである
私に発言させてくださいと言ってもメデアをもっているマスコミを通してしか発言できないのである、それもメデアをもっているマスコミの意向に沿っての発言しか許されないのである
それはNHKでもそうである、でもそうだからこそマスコミは第三の権力となっていたのである
マスコミに顔だけ出てもそれだけ絶大な効果がありその人物など関係なくても名前が知れるから選挙に有利になったのである
それで青島とかなんとかなにかふざけたものでも芸能人でも名前が知れているから都知事になったりする、それはマスメデアのマスコミの影響でそうなったのである

ただこのyoutubeとは何なのか?これは実際はまた違ったメデアだと思った
これまでは写真も出でいたがテキスト中心でありビデオ形式では出ていなかった
つまり今や個人がテレビ局になっていたのである
何かこれが最初違和感がありわからなかった
こういうのは新しいものは老人にはなじめないのである
パソコンを20年とかしていてもそうなのである
ITの世界はいろいろあり複雑なのである、遺伝子情報の解析のようなことウィルスソフトでしている、その複雑さはもう理解できないとなる

このyoutubeで理解したのは最初は武田邦彦氏の放送を見ていた、次にdeepmaxの中国情報を見た、これも中国の裏側がわかって興味深い
何か最近「オスマン帝国外伝愛と欲望のハレム」このドラマを連続して見た
中国の権力闘争は中国のカルマとして繰り返されている、でも権力闘争となるとオスマン帝国でもそうだったしハレムとは江戸時代の大奥だったから同じだった
東西でも人間のやることは共通していたのである
それが人間の業(カルマ)だったのである

最近のyoutubeで面白かったというかこれは何なのだろうと良くわからなかった
Love & Freedomの底辺労働者の訴えである
これがなぜか生々しいものだった、それは底辺労働の非正規の現実を生々しく訴えていたからである、そこで外国人労働と競争する底辺労働者の恐怖を理解した

日本人底辺労働者が外国人労働者に追いやられる!

これもグロ−バリゼーションのためだった、賃金競争で最底辺のネパールとかベトナムと同じ水準化する、その深刻さがここの放送で生々しくわかった
それでこれは個人の窮状をとかを訴えるのには効果的なメデアだと見た
とてもマスコミでは個人でこんなふうに訴えられないし語られないのである
確かに学者とか政治家がマスコミで語るとしてもその当事者が延々とその不満を経験から語ることはできないのである
だからそういう声は抹殺されていたのである
その人の焦燥感が何かyoutubeだと生々しく伝わってきた、これはテキストだとこんなふうに伝わらない、さめたものとして読んでいるからである
だからこれはメデアによって伝わり方が違うと見たのである

この人は何か大学院まで出て臨床心理学とか学んで実際に職にもついたから相当なインテリなのである、だからなぜ底辺労働者になっているのかわからない
でも家族とか恵まれないとかなり身寄りがないとかでそうなった
両親に大学の時なのか捨てられたのである
それに比べると自分は相当に恵まれていた、家族に恵まれてこんな自由な生活ができたと今でも感謝している、だから介護も必死でしたのである
それは強制されるのではない、そういう気持ちに自然になっていたからである

なぜ私がこのyoutubeの放送に惹かれたかとなると自分自身も20代に底辺労働者だった
流れ作業とか建築現場でも働き高いビルから落ちて死ぬところだったが危機一髪助かったのである、自分が働いたという時そういう場所しかなかった
三流大学の文系であれその当時はみんなどこの会社でも人手不足で就職できたが自分はしなかった、だただそういう人は本当に10万人に1人なのかほんのわずかしかいなかったみんな高度成長時代であり企業戦士となっていたのである

その時自分は追及していたのは宗教である、それでカルト教団に入ったのである
これも全く宗教を追求する、求道する場所ではなかった
でもそこで大学時代を費やしたのである、これも無駄と言えば無駄だった
とにかく人間は無駄が多すぎるのである、青春は浪費と放蕩とかで終わるのも多いのである
そして青春はあまりにも短すぎたとなる、あっというまに過ぎて老人になっていたのである

いづれにしろメデアの変化がITで凄まじい時代であった、平成はITの変化の時代でありそれは世界的に共通していたのである
そしてその変化は今も続行中なのである、だから理解できないものがある
私はスマホをしていないからそこで確実に理解できないものが生じている
メデアの変化という時、ソフトで新聞のようなものも雑誌でも作れる
本自体でも作れる、ただ出版のハードルは高い、インタ−ネットだと誰でも即座に発信できる、そのことが大変化だったのである
だんだんテレビでも見なくなる、youtubeが主流にもなるからもしれない
別にテレビ局は一人でも作れるしもしスタッフを何人か集めれば資金があればテレビ局が作れるからだ
それは教育とかでもそうしたテレビ局を作り資金もいらないのである
だからインタ−ネットのメデアを利用することでビジネスもできる
ただyoutubeが何かわからなかったようにまだこのメデアを利用することがどういうことなのかわからないことがあるのだ

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2019年05月20日

津波の被害の原因は俯瞰的に時間的(歴史的)に見れなかったため (人間の弱点は空間と時間を広く長く見ることができないこと)


津波の被害の原因は俯瞰的に時間的(歴史的)に見れなかったため

(人間の弱点は空間と時間を広く長く見ることができないこと)

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相馬市磯部地区では約2000人の住民のうち、251人が大津波の犠牲になった。市全体の死者・行方不明者458人の半数を超える。
 「相馬沖は遠浅だから津波は来ない」。地域の多くの人たちが、そう信じていた。1960年のチリ地震でも津波は防潮堤を越えなかった。経験則があだになった


丸森の方に行って山に登り相馬市を松川浦を見た、そこで感じたのは人間はこうして俯瞰的に見ない、いつも暮らしている場は狭い場所なのである
人間の弱点はこうして俯瞰的にとか広い視野で見ることができない
それから長い時間で見れない、つまり総合的に見れない
そこに盲点があり津波のことでもそれが言えた

高い視点から俯瞰的に松川浦を見たら津波のことをイメージしたらどういうふうに津波が来るか見える、でも住んでいる場所から見えにくい

そもそも磯部は砂州になっていたところであり松川浦は今よりかずっと広かったのであるではなぜ砂州のような所に家が密集したのか?
それは海岸線が漁業するのにいいのと船溜が漁港になっていたことである
つまり磯部は漁港として機能していたのとその後背地は田んぼだったのである
田んぼに家を建てることはできないから砂州に家が密集した 
半農半漁の生活があり家が海岸線に密集した

日本は山が多いために余計に俯瞰的視点が持ちえない
ヨ−ロッパとか中国でも塔が多いのは俯瞰的視点を得るためである
それは平地が多いから有効なのである
日本では山が多いから塔を建てても俯瞰的視点が得にくいのである

津波のことを知るには住んでいる土地を俯瞰的に見ることが必要だったのである
そして津波の被害がどういうふうになるシュミレーションしておくべきだったとなる

そして時間的にも歴史的時間でも津波を経験していないから津波が来ないという確信までになっていた、それで老人が避難しないで犠牲になったというのもいくら老人でも百年生きたとしても400年前のことなど語り得ようがない
そこで大事なのは伝承とか記録になる
「相馬藩政史」は殿様が代替わりしないから相馬藩のことを連続的に記録されているもので貴重であったが二行だけ生波(いくなみ)で700人溺死としか記されていなかったのである
それも津波の後に発見されたのである、それまで津波のことなど誰も知らなかったのである
ただこの二行だけでも発見していれば警告になった

人間の盲点は俯瞰的に見れない、日本は特に山が多いから俯瞰的見れないのである
大陸だと平原とか草原とか砂漠とか広い平坦な土地がどこまでも広がっている
すると俯瞰的にみる、それで大陸では戦略思考が生れる
戦略は広い視点で見て戦略を作る

【連合国の戦略】
揚陸部隊によるドイツ占領下の北西ヨーロッパの奪還

【連合国の戦術】
夜間の落下傘部隊の降下と艦砲射撃や空襲による援護

日本の太平洋戦争は戦略がなかったといわれる、戦術はあったのかもしれない、戦術は個々の戦場で発揮される
でも戦略となると戦争を総合的に大局的にどうすすめるかとなるがそれがなかった
全体の戦略はなかった、だから無闇と戦線を拡大して大敗北となった

いづれにしろ人間の盲点は俯瞰的に見れない、第一地球でも宇宙でも俯瞰的に見れる人はいない
それは神なら見れるが人間には極小の中に生きているから見えないのである   

箱根路をわが越えくれば  伊豆の海や沖の小島に浪の寄る見ゆ   源実朝

こういう大きな空間は古今、新古今の歌には見当らない

そうなのか?古事記などでは日本の国造りを大きな視点で表現していた
日本は国見山が多い、南相馬市の原町にも国見山がありちょうど鹿島ー原町―小高が見えるのである
それで南相馬市が合併したのは地理的に必然性があったとなる
相馬市は視界の外になっていたからである
相馬市を見たのは丸森の高い山の上だったからである、あそこからは蔵王を見えたし亘理の方へ伸びる海岸線も見えたのである
絶景ポイントだったのである

ともかく人間は視点を変えれば見え方が違ってくる、人間の弱点は地理でも常に自分の住んでいる場所が中心になる
するとその視点が固定化されて全体の視点を見誤るのである

いづれにしろ磯部は悲惨だった、2000人も住んでいたのに壊滅して何も残らなかった、これも空恐ろしいものだったとなる


posted by 老鶯 at 14:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係

2019年05月19日

抽象画は決まったソフトを使う手順でできる (化学実験とにている、だから才能がなくてもできる)


抽象画は決まったソフトを使う手順でできる

(化学実験とにている、だから才能がなくてもできる) 

Abstract painting can be done by using fixed software
(It's a chemical experiment, so it can be done without talent.)


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enlarge

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morning forest

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night forest




私の抽象画の製作はソフトの操作でできる
その過程がまるで科学の実験とにている
まずAのソフトを使い次にまた同じソフトでも操作を変え
そして別手ソフトでまた変える
この手順が決まっていることがわかった
それが抽象画になりやすいのである

山の抽象画とか鉄道の電車が走るトンネルの製作がそうだった
決まったソフトの操作でできることがわかった
そこには創作性はない、他人の作ったもの写真でも利用しているからだ
ただそこに著作権違反があるかもしれない
ただまるっきり別なものになっているのが多いからわからないと思う

山とか森とか鉄道のトンネルは決まったソフトの操作でできる
だからその手順がわかれば大量に制作できる
なぜならいくらでもその元となる写真でも絵でもあるからそうなる
これはAI化できる、決まった手順をプログラムすればできるからである


I can create my abstract painting by software operation
The process is like a science experiment
First use A software and then change the operation with the same software again
And change with another soft again
It turned out that this procedure was decided
It is easy to be abstract

The construction of the tunnel where the abstract of the mountain and the train of the railway run is so
It turned out that you can do it by the operation of the fixed software
There is no creativity in it, because it uses photographs made by others
There may be a copyright violation there
I just do not know because there are many things that are completely different

Tunnels in the mountains, forests, or railroads can be operated with fixed software operations
So you can make a lot of it if you know the procedure
Because it is the picture and the picture that is the origin of it

This is because it can be made into AI by programming a fixed procedure

原発事故の責任問題 (責任は地元から周辺から国自体、世界まで波及していた)


原発事故の責任問題

(責任は地元から周辺から国自体、世界まで波及していた)

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原発事故でわかったことはその影響が大きい、影響というとき責任も世界まで拡大していたのである
海が汚染されたことは世界的環境汚染でもあったからだ
一時は東北にはもう人が住めないとか吉田所長が言っていたからそんなに怖いものだとはみんな知らなかった、知らされていなかった

そしてその責任の範囲が原発を誘致した地元にありさらに周辺地域と拡大して日本全国から世界まで拡大するものだったのである
たいだい事故だったら一地域にしか影響しない、火力発電がこの辺では津波の時火事になった、それは原発事故とは違うから騒がなかった
でも原発事故が火災になり爆発したらすぐ近くにあるのだからここも避難させられた
もちろん30キロ圏外でも避難した人が半分いたのである

まずこんなに怖いものだと地元でも認識していなかったしさせられなかったのである
だから「安全神話」が形成されて信じていたのである

普通はそんなに重大な危険があるものは手を出さない、なぜなら事故になったらその責任があまりにも大きくなるからだ、いかに会社でも責任を回避することを第一としている
保険でもなんでも細かく法律で規定しているがそれは責任を逃れるためである
責任はとりませんということで細かく規定している

だからなぜなのかわからないが駅の切符売り場に人を置くようになったが「駅の業務はしません」と張り紙がしているのはなぜだろうと思った
そこにいること自体必ず運行のことやらなにやら聞かれるからだ
駅員のいる場所だから聞かれるのである
だからなぜ駅の業務をしないのだろうと不思議になる
それも責任をとりたくないからそうしているのだろうとなる
また業務委託しているのは信号の操作などでもさせるというときJRに責任がないとしてまかせる、責任は業務委託した人だとしている
つまり大きな会社では責任を意識するからそうなる
もし事故があるとJRがとらされる、そこは大きな会社だから巨額の賠償でも請求できるからである

それで東電は原発はとても東電では責任が負えないから国が責任を負うとういことで原発を作った、国という時、それは国民のことなのである
国民が責任を負うということなのである、国民が許可したからできるのである
それはその時の政府が責任を負うということではじめたことでも国民が投票で自民党なりにまかせたからできたとなる
結果的には原発事故の巨額の賠償は国民が税金として払うことになったのである
でもそこまで国民が意識していたかというとしていない
それまで意識していたとしたら日本のような地震国に原発を作らせなかったからである

とにかく何か社会というのは人間個々人でも常に責任を負わされる立場にある
恋愛だと責任がないが結婚だと責任があり簡単にはできない
恋愛なら嫌になったら別れればいいだけだが結婚はそうはならない、離婚となればめんどうであり責任が生じて金を払わされる
契約自体が責任を明確にして責任をとらせるためにあるともなる

地銀で投資信託をすすめる、私にまかせてくださいと言う
では損した場合の責任はどうなるのですか?

一切責任はとりません、お客様の責任になります
でも手数料だけがいただきます

これもおかしいのである、私はプロですからまかせてくださいと言うからまかせた
そしたら責任が生じている、でも地銀では一切責任はとらないのである
ただ別に株でも上がり下がりがあるのだからすへてが銀行の責任というわけではない

これは原発と同じなのである

「安全神話」で絶対に事故は起こりません、まかせてください

こう地元の人たちに言っていたからである、では責任はどうするのですか?
結果的にはもう責任もとりようがなくなった
放射性物質で汚染された土地はもう30年なのかわからないが元にもどらないとなったからだ、責任は必ず誰かがとらされるのである
日本の戦争だって3百万人も死んだという時、そのことはなぜそうなったのかわからないにしろ責任だけとらされた、国民がとらされた、その責任は今でもあまりにも重すぎたのである、ただ戦争始めたとき誰も3百万人も死ぬと思った人はいないのである
戦争ともなればその責任はあまりにも重いものとなったがそれを自覚しない
そして戦争をどうして起こしたのか?その責任はと言ってもわからない、でも3百万人が死んだということで責任をとらされたのである

その責任はどうするんですか?

そして政府でも東電でも確かに賠償金は払ったとしてももう街とか自然が元にもどらなくもなったからである

ともかく「安全神話」でも地銀でも(私はプロですからまかせてください)とういうとき

責任はどうしますか?損したらどうしますか?

銀行では手数料はもらいますが損してもなにもできません

一切の責任はお客様がとることになります

最初からこういえばわかりやすいのである
そういうものなのかと客でも認識するからである 

原発でも「安全神話」を形成してその危険性を一切教えもしなかったのである
だから原発が爆発した時どうしていいかもわからず混乱するだけだったのである
もともと「安全神話」で事故は絶対に起こらないと言っていたからそうなったのである

ともかく人間は常に責任を課せられている、そして責任から逃れようがないのである
生きてきたことは責任をとる、とらされることであり責任はカルマだともなる
その責任は必ず周りに波及してとらされる

事業を起こして失敗した人が親戚にいたが自分自身は関係ないと思っていた
ところが自分の家が介護になり自分が病気になったとき相手は借金で苦しんでいるから
弱味につけこんで金を要求してきたのである
だから別に自分が関係ないと思っても他者の過失であれなんであれ影響してくる
交通事故などが一番わかりやすい、自分に何の過失もないのに事故を起こされて無惨に死んだ人などいくらでもいるからだ
必ず回りに責任が及んでくる、自分は関係ないと思っていてもそうなのである
世界のことでも遠い国だから関係ないと思っていると戦争に否応なくまきこまれたりもする、つまりこの世の中何であれ連帯責任の中に生きているのかともなる

ただそれが自覚できるのは現実にこうして苦しみがあり被害があったとき意識するのである、そういうことがないと意識できないのである
カルマでもそうである、なぜこんなに苦しむのだというときそこに何かしらのカルマがありそれが現れて苦しみになるとき自覚するのである
何もなければ自覚できないのである



posted by 老鶯 at 09:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2019年05月18日

藻屑蟹 (徳間文庫)赤松利市(kindle版) を読んで (南相馬市などの除染で金が乱れ飛んで荒廃した話)


 藻屑蟹 (徳間文庫)赤松利市(kindle版) を読んで

(南相馬市などの除染で金が乱れ飛んで荒廃した話)


 
  過剰とも思える賠償金の狙いが、原発避難民と一般市民との分断を意図した施策だと考えればどう でしょ う」 「俺たちは、 それに乗せられた、という ことなのか」
   原発避難民に心底から同情を寄せる市民が、どれだけいるでしょうか?」

   ゼロかもしれないと思ったが、口にはできなかっ た。 「おそらく ほとんどいないでしょうね」   
  「莫大な補償金を得ることで、 原発避難民は孤立してしまっ た」

原発避難民の帰還事業が始まった、帰還した避難民への補償金は原則打ち切られます
高額の補償金で持ち上げられるだけ持ち上げておいて、帰還できなるからといきなり梯子をはずした
避難民は当然不平不満を口にします
その声が一般市民に届かない構造が出来上がってしまているのです
本来は避難民は脱原発を身をもって声高に主張できる立場にあったのです
しかし彼らが主張しているのは補償金の継続です
そんな彼らを脱原発派の人間が仲間として認めるのはむずかしい

このことは私も前に書いた、この小説はめずらしく原発避難民のことを非難している
小説だからできたが今でもなかなかできない、原発避難民からの抗議が出てくるからだ
でもこの小説で指摘した

「過剰とも思える賠償金の狙いが、原発避難民と一般市民との分断を意図した施策だと考えればどう でしょ う」 

こんなことを政府とか東電で意図して過剰な補償金を出したのだろうか?
確かに原発避難民は過剰な補償金をもらったし今でも足りない足りないとして裁判にでも訴えている、それはもういくらもらってもたりないとなる
そういうことを延々と要求すると補償金をもらわない人たちはあいつら金の亡者だとか見るようになる、原発を誘致したときも金が欲しいからであり原発事故以後も金をむしりとるだけむしりとる奴らだとかなってしまった

そのことで別に原発と関係ない人たちもいいものとは見ていなかったのである
ネットでは(原発乞食)とか非難されていた、ただマスコミとかではNHKでも常に原発避難民側にたって放送していた、補償金のことは言わなかった
そのことでさらに原発避難民は冗長したともなる
またボランティアでも絶えず仮設にきて応援していたから原発避難民はかわいそうな人たちとして見られていた

ところがその仮設に住む周りの人は補償金を全然もらっていないのが多かったのである
南相馬市だと原町区は30キロ圏内でそれなりにもらっていたが鹿島区は一人70万しかもらっていない、それでももらっているからいいとなる
相馬市になると何にももらっていないのである
別に放射線量は同じなのである
でも相馬市にも相当な原発避難民が仮設に住んでいたのである

そういうことで鹿島区の人たちは不満であったが表立ってはそのことは放送されなかった私がそのことを書いたら「お前は傷口に塩ぬって楽しいか」とか言われた
それだけもう原発避難者の被害者意識はこりかたまっている、それに一言でも批判すればお前らは情もなにもない人間なのかとなっていたのである
それを助長したのは政府とか東電とかマスコミだったのかともなる
それからボランティアすらそうだったともなる、別にボランティアに悪気がないにしろ善意でも原発避難者様にしてしまったのかともなる

でもこうさせたのは政府とか東電とかマスコミとかであり何か別な施策があったのかともなる
でも原発避難民にすれば被害があったのだから金をもらうのは当然だとなり周りの人たちの配慮が全く欠けていたのである
それは俺たち被害者だから当然でありなぜそんなに文句言うのだとなっていたからである
そこで政府や東電の意図したように深刻な分断状態が生まれた

反原発を言える立場でもいくらその人たちが反原発を訴えても聞かれない

あいつら金だけがほしい原発乞食なんだよ

そういうふうに見られる構造ができているから通じなくなったのである
あいつらが欲しいのは金だけだと見られようになったのである
そのことを私は前に書いていた、もしそんなに補償金をもらわなかったら強力な生き証人であり反原発を主張できたのである

そして鹿島区では底辺の人が家族が三人いたから不満が本当に大きいのである
もし小高区のように補償金をもらったら相当に喜んでいた
一人に十万が払われるしその他ももらえるからそんな金をその人は手に入れたことがないからである、そういう底辺層は小高の人に不満を強く言っていたのである
他でも相馬市とかでもそうである、放射線量は変わらないのに補償金はゼロだからであるそれは政府とか東電の分断政策だったのかともなる
それが首尾よく成功して地元では反原発にならず政府とか東電に一致して反原発と反政府とかの勢力にならなかったとなる

だから外から来た人は会社経営していた人は失敗したにしろ個々人に補償金を払うよりその金で市町村の復興に使うべきだといっていたのもわかる
個々人に補償金を払った結果どうなったのか?
その多額な補償金でいち早く他の街に移り家を建てたりしたからである
まずそんなに補償金がもらえなかったらそう簡単に移住はできなかったのである
だから小高などは失敗だった、そもそも30キロ圏内だからは移住させる必要がなかったのである、それは賛否があるにしろそれほど放射線量が高くなかったからである
これも30キロ内で区切られてそうさせられたのである

国を治める時、分断して治めろというときそういうことがここにもあったのか?
何かそれがここでは成功したとなるのか?
本当に怒りをぶつけるものが仲間内であり肝心の政府や東電にはむけられなかった
例え向けられて裁判になったとしても国民からあいつらはただ金が欲しいだけだよと見られるだけだったからである
第一そもそも南相馬市内で小高とか原町とか一致しない
原町の人が鹿島に来て一致して補償金をもらうために戦おうと集まったが原町は三倍ももらっているのだから協力などできなかったのである
もしその時原町と鹿島が同額の補償金をもらうために戦うならできた
それがないからできなかったのである

つまり南相馬市は30キロで区切られて政府とか東電の思惑通りになったとも見れる
何かそこで自治体としての対策があっても良かったが何にもなかった
そしてみんな補償金をもらうために血眼になっていただけだとなる
この小説ではこの辺が多額の補償金で狂わされたらことを書いているのもわかる
それは石巻でもそれと似た状態が起きていたことも書いている
仙台の国分町などが舞台にてるのもわかる
津波の復興事業で作業員が流れてきて金を手にしたから散財したともなるからだ
その中に刑務所に入っていた人もいたとかもわかる
暴力団も入ってきたからである
そして除染では建設業で莫大な金を手にしたとも聞く、それが報道もされたのである
ついまりこの辺では非日常の世界が生まれ田舎ではもらえない金か乱れ飛んでその金で狂ったともなる

でもその熱気がさめたとき金もなくなったとき後はどうなったのか?
復興はすすまず流出した若い世代は帰らずゴーストタウンになったままだともなる
でも何か補償金問題でのしこりがあり一致して残った人でも協力できないとかある
とにかくこの小説はこの辺の現実を書いている
きれいごとではない現実を書いている    

震災後の一年で石巻の人口は一万人以上減少している
故郷を見限った人の気持ちもわかるよな、弔慰金で大金もらって仙台さ住んでいる人もいるけど石巻に残って故郷の復興のために汗流している人間としては地元を見限って安穏と暮らしている人間に一言謝ってほしいよね」

石巻の人に聞いたけど何か保険とか一億円入ったとかでやはりあそこでも大きな金が入った人たちはいたのである
でもその金をもらって仙台に出て行った、だから仙台の人口は増えたのである
とにかく南相馬市辺りでも仙台から親戚でも来る人が多いのである
それだけ仙台と関係深いのである、今の時代はどうしてもこうして移住しやすいから大きな金が入れば出で行ってしまう
故郷に愛着をもたないことはグロ−バル経済のことで書いてきた
広域社会からグロ−バル経済になると故郷に対する意識は希薄になる
小さな畑で作物がとれなくても野菜でも米でもいくらでも買えるじゃないかとなる
金があれば不便な所に住む必要はない、他に移り住めばいいじゃないかという気持ちになっているからだ
そのこと自体が故郷の価値が低下してまたそこに住む人の価値も低下する
仲間意識もコミニュティ意識も田舎だって希薄化しているのである
だからこそ簡単に街自体が分解してゴーストタウンになったとか私は指摘したのである

何かこのことは私も指摘してきた、津波原発とか自分自身の一身上の介護とか病気のこと自体が小説だった、こんなことがあるのかという信じられないことの連続だったからである、小説を書く能力があれば賞ももらえたのかとなる
それだけの体験をしたからである
小説は一般向きの娯楽にもなる、ただ詩となると理解できるのはわずかである
でも小説にはそれほど価値はない場合がある、通俗小説が多いからである
とにかく私が書いたプログは長編の小説にもなるドキュメントだったのである


posted by 老鶯 at 16:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

田舎と都会の暮らしの相違 (いい面と悪い面がなんでもある)


田舎と都会の暮らしの相違

(いい面と悪い面がなんでもある)


田舎と都会を比べる時いろいろある、田舎でも10万の都市というけど
それが田舎なのか?
10万の都市といっても合併した都市は全然違っている
例えば南相馬市は鹿島と原町と小高が合併してできたから6万以上になっている
原発事故で小高が避難区域になったから一割くらいは人口が減った

ただ10万の都市とかで百万都市とかに住んでいる人は誤解する
合併しているから土地が広いのである
原町はすでに5万とかあったこの辺では都会なのである
だから前から小高とか鹿島は一万くらいの町だから差が大きかったのである

私が今でも一番感じているのは食事がめんどうであり外食したいのだがそれが鹿島とか小高くらいになると極端に少なくなる、弁当屋すらなくなった
原町だととにかく食事するには便利なのである
さまざまなものが提供されている、レストランとか食堂とか弁当屋でも比べると10倍以上の差がある
そしてキクチスーパーが鹿島にもあるが原町に比べると何倍もの差がある
それで鹿島にはキクチスーパーで売れないものと古くなったものとかが置かれているというのも本当なのだろう
品物の種類でもなんでも違うからである
ただ最近シシドスーパーができたので競争が生まれたからそれだけでも良くなったとはなる

だから南相馬市というとみんな市で同じでも住む場所によって全然違っているのである
いわき市などでも30万あるとすると大きな都市と思うがその範囲が広いから住む場所によって相当な差がある、仙台とかのように密集して人が住む都会ではないのである
合併してからそういう都市が増えたからここに誤解が生まれる
だから田舎の都市は原町のような都市部に住む者と周辺部はかなりちがったものとなる
周辺部は買い物でも車がないとできないとなっている

田舎と都会の差はいろいろある、教育でも仕事でもあらゆる面にある
それはいい面と悪い面がありいちがいに語れないしそれを語っているものがインタ−ネットだったらいくらでも今はあるから実情がわかる
田舎の不利な点も相当にあるしいい面もある
だから田舎に向いている人間と向いていない人間があるともなる
また生まれた家によっても左右される
田舎は何か資産がないと生きずらいのである
つまり親がある程度裕福で資産がないと生きずらい
田舎では若い人でも収入が年収でも200万とか低くても親の援助があり家ももっているし車でも家に普通二台はもっている、一人一台もっているのも普通なのである
ただ生れた家で資産がないと何か目立って田舎の底辺になる
そういう人を知っているがたいがい市営住宅に住んでいる
家賃は4000円の人もいたしそれでも三つも部屋があった
それくらでいないと田舎では現金を稼ぐのむずかしいから住めないとなるからだ

ただ田舎と都会の一番の違いはなにか?

多様な選択があるのが都会である
田舎は教育でも仕事でもなんでも選択できない
たいがいコースでも決められている、それは東京のように多様な仕事がそもそもないからである、そうなると多様な職業の人と接することもできない、非常に限られた人としか接することができないから視野が狭くなる
学校でも私立がないから選択できないしあらゆるものでそもそも選択することができないそもそも選択するものがないからである
それで知的には遅れるとか何か才能を活かした職業に従事できないとかある

ただ田舎と都会の底辺を比べると田舎はそれほど苦しいとも見えない、そういうことを語っている人がいる、都会の底辺はyoutubeのLove & Freedom(底辺労働者)のように苦しいのである、追い詰められている
それは親の資産を受け継がないからそうなる
家でも狭いアパートであり東京辺りだと何するにも金になるが底辺だと金がないから何もできないとかなる、だから東京辺りだと底辺は金持ちの奴隷なのかというふうに見える
いろいろサービスが多様にあったとしてもそのサービスをさせられ方とする方に分かれているからだ
それで安く奴隷を使うには金持ちは外国人がいいともなる、つまり都会ではグロ−バリゼーションでも極端なものとして働く、東京辺りだと金持ちも多いが底辺も多いのである
その底辺も田舎の底辺とはかなり違っている
田舎の底辺は家の資産を受け継ぐとか親の援助があり家もあるし車ももっているしと東京辺りの底辺とは違っている
だから底辺を比べれば東京とかは極端化してみじめなのである

ただ田舎だと親からの資産と援助がないと苦しくなる、つまり田舎だと農家でも代々で住んで財を築いてきた家がある、その上に次代のものがある
たいがい家はもっているからである、土地ももっているからそこに資金をかける必要がないのである
そして田舎で住みやすい人はそうして代々住んでいて資産があり社会的地位がある家である、医者とか公務員とか土建業でも社会的地位があり資産があるとなる
農家でも篤農家はそうである、ただ零細な農家はもうやっていけない、果樹と花の栽培とか商品作物になるものを作らないとやっていけない

都会と田舎の相違はいろいろある、そこにいい面と悪い面がある、それを語ったらきりがないとなる
例えば芸術とかになると都会がなんでもあるからいいように見えてもとても自然の中での感受性を磨くことは不可能である
なぜなら毎日見ているのが高層ビルだらけだったり人ばかり見ていることになるからだ
一方で丸森の絶景ポイントから見た蔵王とか海岸線の景色には感動した
それも今までこの年になるまで知らなかったのである
何か田舎に住んでも田舎のことを知らないことがかなりあるのだ
車がないということも影響していたがあんないい場所があるとは知らなかったのである
そういう場所に日常的に行けるとなれば田舎は都会とは比べようがないほどいいとなる
それは価値観の相違があっても高層ビルと人ごみの中にいてそれが幸福なのかとなるからだ

東京辺りだったら散歩する場所もない、サイクリングするにも車の洪水と人ごみを通るから田舎のようにはいかないのである
トラック運転手で足を悪くした人がサインクリングしている、結構遠くに行っている
それが楽しそうなのである、別に安い自転車でもできる
東京では底辺労働者が休みにすることがないというだ田舎だったら自然は親しむことがいくらでもある、別に遠くに行く必要もないのである
だから丸森にあんな景観がいい場所があったとういのもそうである
そういう絶景ポイントはそこに住んでないとわからないことがあるのだ
それもそこで何度も見れるということが違っている

田舎とか都会で情報とか教育格差があるとして情報格差はインタ−ネットで解消したともいえる
まず田舎では本を手に入れることが容易ではなかった、専門的な本はそもそも売っていないからだ
仙台ですら本の量が少ない、それを知ったのはインタ−ネットの通販でこんなに本があったのかという驚きだった
本が手に入らなければそもそも知識を得ること自体不可能だったからその差は大きかった
それが解消したとき何か田舎でも研究者になれるのかとも思った
例えば学者の論文まで読めたことが大きい、それも無料である、自分の古代関係の万葉集の真野の草原について相当に深くわかってきたからだ
これはそもそも学者の論文も読めない本も読めないとなればわかりようがないからだ
こういう点で都会と田舎の格差は解消したことは大きいとはなる


posted by 老鶯 at 10:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2019年05月17日

小さな畑から考えるグロ−バル経済の矛盾 (世界市場を支配するはサタンなのか?祭りがもっていた意味)


小さな畑から考えるグロ−バル経済の矛盾

(世界市場を支配するはサタンなのか?祭りがもっていた意味)


今日は暑かった、畑も乾いている、それでペットボトルで水を運んでいる
今は一人だから自転車で運んでいる
でもそこで一体なにがとれているのかもわからない、茄子を植えたというが花すらまともに咲いていない、そこで何がとれているのかもわからない
実際にもらったのはキュウリ二三本である
第一ほとんど何もとれない、肥料やら種やら道具やらそこにかけた金の十分の一もとれていない、そんなこと普通だったらつづかない
前の畑をしていた人は腎臓病で死んだ、透析をしていた
隣の畑は車に乗せられて這って80過ぎた老人が手入れしていたが今は来ていない
それで草ぼうぼうとなっている
この小さな畑でも一緒にしていた人が糖尿病で病院に二か月も入っている
手術するのに仙台まで行ったからだ
その女性でもその畑の草むしりでも苦労している
しかし収穫がないのだから普通だったやめているのだ

なぜこの小さな畑は別になくてもいいものである
でももしこれが戦前とか江戸時代とかならどうなるのか?
もし日照りになり作物がとれないとしたらどうなるのか?

今は別にここでとれなくても
野菜はいくらでも入ってくるよ、外国からだって入ってくるよ
飢饉のように餓死することなどないよ
それより今は金さえあればいいんだよ

こんな感覚であり日照りで野菜がとれないとしても全国世界規模になれば食料になるものが入ってくるとなる、それがグロ−バル経済であり広域社会に住んでいる者の感覚なのである
もし戦前と江戸時代ならその土地で食料がとれなかったら飢饉となり餓死する、そういうことがかつてあったからだ
だからその小さな畑でも野菜がとれなかったらそこに住んでいる人も困るからなんとか雨がふって野菜が育ってほしいと願うはずである
ところが現代ではそんなことがない、金があればいつでもどこからでも買えるという感覚になっている、そこで大事なのはこの土地でとれる食料ではないのである
その土地に依存して生活しているわけではないからそういう感覚になる

そこで何が起きてくるのか?
土地の人はその土地に無関心になる、その土地のことを真剣に考えない
日照りで困ったと言っても別にここでとれなくても全国からでも世界から食料が入ってくる、それより金があることなんだよとなる
そういう思考になっているのが広域化グロ−バル経済なのである
でも別にそのように広域化グロ−バル化経済だからこそ昔のように飢饉がなくていいじゃないかというのもある
それが悪いことなのか?という意見もある 

その時その土地で働く人の価値とか働く意義も低くされる

つまり地元で食料生産にたづさわてっも地元の人がその人を重視するわけでもないのである、そして地元の米はまずいとなりここでは放射能汚染とかで飼料米になっている

そうなるとそんな米をとっても価値がない→その米を作る人間も価値がない

そうしてその土地土地と人間のつながりも希薄化して原発事故で起きたように簡単にばらばらとなり先祖代々からの土地からも離れて住むようになりゴーストタウンになったのである
問題はその土地に暮らしていてその土地のことを真剣に考えないようになる
そうするとどうなるのか?

そこでその土地で長年つづいてきた祭りなどが失われる
そもそも神社はいろいろあってもその土地にあって豊作をもたらすとために祈る場所だったとかなるからだ、江戸時代だったら雨乞いをして神社で祈るとなるからだ
それより今なら金であり神に祈る必要はないとなるからだ
だからもともと地域にあったものが意味がなくなっている
神社で神に祈ってもどうにもならない、それより金があればいくらでも食料は買える
そういうことがグロ−バル経済では当たり前になっているし疑問もない

そういうことで地域に無関心になっているから原発も金になるからと地元の人が熱心に誘致したのである、そして今度は地域でも故郷でも住めなくなった
でもまた地域に執着しないからばらばらに簡単に分散したのである
そもそもこのように地域のことを真剣に考えて暮らしていないからである
別にここで食料がとれなくもいくらでもは食料が入ってくるではないか?
ここでとれないなら他から金で買えばいい、それができないなら金があるから他に移り住むだけだとなりばらばらになり町からも村からも人がいなくなり廃墟と化したのである

でもそもそも祭りとは何なのか?それはいろいろあるにしても神に祈って恵みを実りを与えてもらうということである、それは自然と人間の間に祭りが生まれたのである
豊作になれば自然であれ神に感謝するという祭りが生じたのである
その祭りもグロ−バル化経済では消失する
なぜならグロ−バル経済という時世界のことであり金さえあれば世界のどこからでも食料が入るのだから神とか自然に祈るとか必要はないとなるからだ
そこにそうした自然とか神というのものが省かれる
そして祭りも消失する、つまりグロ−バル経済では神となっているのは世界市場を操作する者なのである、それが何者か?それがわからないから陰謀論になる

だからグロ−バル経済というのは一見世界で食料でもある所からない所に供給するのだからいいじゃないかとなる
それで飢饉もなくなり世界の人たちにとっていいものである
つまりグロ−バル経済化ではそうした経済原理だけが働きその土地土地に伝えられた祭りは失われる、それは国でも日本だって伝えられてきた祭りがあり天皇がそれを継続している司祭だとなっている
宗教とはいろいろあっても神が存在して神と人とが折り合うためのものであった
そこに至高のもの、神を認めてそれに折り合うために祭りが生まれた
キリスト教が生まれたユダヤ人の聖書でも常に動物が犠牲として神にささげられていたりして神とおりあっていた
なぜなら至高のものなる神が実在している、その神との折り合いがつかないと災いが起きるからである、ノアの洪水も神が起こしたとしている、それは人間の心がみな悪くなったからだとしているからである
そこでなんらか神と折り合うものが必要となり家畜がささげられたり人間までもささでられたりしていたのである

グロ−バル経済ではそうした狭い地域ではない、世界規模になると地域地域の経済とはまるで違っている、そうなると地域の神とかの折り合いは必要なくなる
神社などもその土地土地に結びついた神であり祭りがあったからだ
グロ−バリゼーションとは一体何なのか?
それが現代の最大の課題である、それが人間にどういうふうに影響するのか?
何か人間がもともと継続していた地域地域の祭りでも消失したことは人間にどう影響するのか?
そういうことをもっと知るべきではないか?
すべてが経済とかコストとかそれだけ社会を計っていいのかということである
そこに何か非常に危険なものがあり神の怒りをかうものがあってそれで世界規模の破綻が起きてくる、
グロ−バル経済は世界市場が神の見えざる手によって導かれるというが実は悪魔にサタンによって導かれていたのである
世界の富が数パーセントの人に集まっていることがそのことを如実に示しているからだ
だからこそ絶えず陰謀論が言われるのである

グロ−バリゼーションによって何か本当は人間にとって大事なものを見失った
それは文化的なものでありそれは経済の原則と反するものがある
祭りとかは文化的なものであり人間が何千年とかつづいた歴史の中で継続されたものであり
そこに人間が継続しなければならないものがあった
それは経済のコストとからだけでは計られないものがありそれを見失ったとき人類そのものが危機にさらされる
そういうことで原発事故だって起きる、人類滅亡の危機になる
科学至上主義というのもそうである、科学者が神となることなのである
そこにはすでに神を畏敬する畏れもなくなることなのだ
遺伝子組み換えとか現実にすでに実行されている
そういうことから人類に大きな災いが生まれ原発事故のように取り返しのつかない壊滅的なことが起きてくる

つまり人間が長く継続したものにはなにかしら意味があって継続されてきた
しかしそれすらもう問われることもない、そうして祭りであれ伝えられてきたものが無視されるとき大きな壊滅的な災いが起きる
津浪でもそうである、何か言い伝えが失われた結果として無防備に海岸沿いに家が密集したからである
それで一匹の魚を軽んじた結果、それが大津波となったという伝承もそうだったのである
グロ−バリゼーションとは本当は悪魔的なものでありサタンが支配した結果なのかともなる、世界の富が数パーセントの人たちに集まるというときそれ自体が悪魔的だからであるそして普通の人は投資したとしてももうけられない、一割しかもうからない
もうかるのはと株を操作する世界のエスタブリッシュメントであるとしている
株に投資させられる一般人はカモだとしている、自分もそういう経験をしたからである
つまり経済がギャンブルのようになっている、そして地域地域から国単位でも祭りとかが失われてただコストしか考えられない世界になっている
つまりグロ−バリゼーションとは世界が悪魔がサタンが支配するシステムだともなる
第一世界の株のことなど経済でもわかる人はいない、それは何かしらのきっかけで恐慌とかなり破綻する宿命にあるのだ
悪魔のシステムだから当然そうなってもおかしくないのである  

グロ−バリゼーションをすべては否定はできない、でも今のグロ−バリゼーションは限度を越えている
あくまでも内需主体のドメステック経済が主であるべきなのだ
それはまた地域地域でもそうである、あまりにも広域化するとその地域の価値とか人間の価値まで失われるのである
だから現代は輸送にたずさわる人が多いのである、田舎で会う人がトラック運転手が本当に多いのである
それは広域的にグロ−バルに運ぶ社会だからそうなっているのである
経済とかコストが全面に出てきて何か本来あるべき文化的価値とか人間の本来の価値が無視されてしまったのである 








荘厳な森の詩(丸森町の森からイメージされたもの)


荘厳な森の詩(丸森町の森からイメージされたもの)


荘厳な森の詩

樅の木が忠実なる友とか同士のように
厳かに立ち並び歳月を森に重ねる
まるでゴシック建築の神寂びた石の柱のように
森の奥処に山雀がリズミカルに鳴く
それは森全体にひびき木霊する
つつじが赤く新緑の中に歓び映える
新たな命の再びここに芽生えぬ
藤の花がさわに長々と垂れ咲く
首飾りのように神は木にかける
その美は文明の華美なる濫費にあらじ
清楚にしてつつましきもの
重厚なる厳(いか)つしの森は鎮まり
錚錚と風は鳴りここに樹々は連なる
ここに我らの精神は形成されぬ
力強く樹々は信をもて結ばれる
原始組成の自然(じねん)の紐帯
人はそに付け加えるもののなかるべし
我々は文明の中で真の精神の拠り所を失う
その心はただ物質文明に消耗されぬ
真の自然の声を聞かず形姿を見ない
我々は深遠なる森に還り深く木のごとく根を張り
そのよって立つべきものを心から感得すべし

み吉野の象山(きさやま)の際(ま)の木末(こぬれ)にはここだもさわく鳥の声かも

山部宿禰赤人

丸森は名前のごとく森の国である、樅の木の原生林とかもある、確かに樅の木が多い
それだけ原始の森があった所である、その森は相馬市からつづいていた
ただ樅の木となると丸森とかに多い、松の木も混じっている
そこで聞いた鳥の声がまさにこの万葉の歌だと感じた
樅の木が暗い森からひびきそこに荘厳な樅の木が立っていたからである
そこは森が深い、前にそこに迷い込んで出れなくなった恐怖を書いた
それだけ森が深いとなる、ただ杉の林だとあまり荘厳さを感じない
それが樅の木だと感じる
それはドイツの黒い森に通じるものがあるからだ
しかしドイツに行っても黒い森はほとんど消失している
でもヨ−ロッパはドイツでも樅の木の森におおわれていた
そのゲルマンの深い森からあの荘厳な石のゴシック建築が生まれたのである

万葉集の歌が何なのか感じにくいものがある
それは万葉集には原始的な人間が実際に生活していてできたものだから現代人の感覚ではわかりにくくなる、その自然だって今とはまるで違っていた
神道が日本の原自然から生まれたことでもわかる
ヨ−ロッパでもそうだが中東辺りですらレバノン杉の森があった
それが船の材料とかで切って残っているのは数十本とかになってしまった無惨がある
自然がどれだけは消失したか、破壊されて来たか、それはドイツに行ってみても森が見えない、でもあの平原は黒々として原生の森だったのである

日本では森が70パーセントとか残されたのは牧畜などをしなかったからか山が急峻でできないということもあった、日本語の野(の)は斜面の意味だからである
そこが外国の感覚と地形と違っているからである
それだけ日本は山国でありヤマトなのである

いづれにしろ木暗い、奥深い森にひびく鳥の声はこの歌と同じだった
ここだも騒ぐというとき鳥の声がここに鳴き合い共鳴したということである
それは奥深い原始の森があってこそなのである
そこには樅の木とか松とか杉だけではないものがある森だから感じたともなる
ブナの木の森でも感じるものがあったがブナの木はこの辺ではなくなっている
小山田の奥の森にブナ坂とあったから前はブナがあった
それはどこでも杉の木だけではない、杉の木は木材として作られた林であり本来の森ではないのである
森という時縄文時代が森を住処として生活していた、日本全体が森でおおわれていて縄文人は森で生活していたのである
それで縄文人は前期では満遍なく森に割拠していた、縄文人が争わなっかったというとき農業ではなく森を生活の基盤としていたからである
稲作になると土地をもつものがそれだけ財を貯えるから土地争いとかが起きてくるからだ

いづれにしろ文明人はもう自然と共鳴しない、自然というときそれはただ木材としてしか見ないからである、その収入となるもの金となるものしか価値を見ていないからである
だから容易に森も破壊されてゆく、ただこれは世界的にそうである
グロ−バル経済になればますます森は資源となり金となるものとして伐採されて熱帯林すらなくなっている
その時人間の精神も文化も消失するのである、消失しているのである
鎮守の杜(もり)が日本にあるのはやはりそれだけ日本は森の国だったのである
日本語に森ということばがない、それはもる(盛る)であり盛り上がるとかになりもりではない、ではなぜこれほど森におおわれていたのに森という森林という言葉が日本語にないのか?
それはあまりにも森に覆われていてそれは当たり前であり意識しなかったともなる
一本一本の木は意識しても森全体を意識できなかった、意識できないほど森に日本は覆われていたとなる

いづれにしろ飯館から丸森は森がつづいている、丸森はまだ回らない知らない所がある
飯館でも広いから行っていない場所がある、それだけ森が広いからそうなる
必ず自転車で行くと道に迷ってしまうからである
そして森に迷い込んで森から出れなくなった恐怖を経験したのである   

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この地図をみれどわかる、縄文時代は東北地方が人口が増えて関東から長野県地方が東北より増えている
でも西は増えていない、同じままなのである、だから東北地方はそうして人口が一時増えたがそのまま増えない
西は縄文時代は全く増えていない、つまり人口面から見れば東北関東地方が縄文時代は中心地域だったのである
そしひてそこは蝦夷の地域であり出雲に通じていて日本の原型を作っていた
実はここかヤマトの起源であり西から弥生時代に日本が作られたというのは違っているのである
それは征服したものがそういうふうに歴史を記したからそうなっているだけなのである

とにかく最近でも日本は森が多いと思った、山を見ていても森か見えないけど山と森は一体なのである
山全体が森になっているのが日本の自然だったのである、そして今でも70パーセントが日本の国では森なのである
こういう国は大陸と比べると珍しい、ネパールが山だけの国になるが日本は森の国なのである

2019年05月16日

宮沢賢治の中尊寺の詩より (大盗とはグロ−バル経済で起きていることだった)


宮沢賢治の中尊寺の詩より

(大盗とはグロ−バル経済で起きていることだった)   


 中尊寺
            宮沢賢治

七重(じゅう)の舎利の小塔(こたう)に
蓋(がい)なすや緑(りょく)の燐光

大盗は銀のかたびら
おろがむとまづ膝だてば
赭(しゃ)のまなこたゞつぶらにて
もろの肱映(は)えかゞやけり

手触(たふ)れ得ね舎利の宝塔
大盗は礼(らい)して没(き)ゆる


この詩は、簡単に言うと、金色堂に盗みに入った大泥棒も
金色堂の放つ燐光と、その迫力に盗むことが出来ず、
一礼をして、その場を立ち去っていくと言った意味です。

 この大泥棒は、源頼朝を指していると言われていますが、
他にも幾つかの説があるようです。

これも不思議な詩である、詩とかは隠喩がありいろいろに解釈できる
一つの解釈ではない、人によって時代によって解釈が違ってくる
そういう詩がいい詩だともなるしそもそも芸術は鑑賞する方が問われるのである
鑑賞する側も芸術家でありそうした才能も要求されるのである
まず宮沢賢治の詩そのものもか難解であり理解しにくい所がある
法華経に通じないとわからないとかなると余計に難解なのである
こうした難解なものでも後世に残っている
やはり後世になって認められることがある

この詩を私が今に生きて感じたのは解釈したのは何か場違いのような気もするが
この大盗(だいとう)という言葉である
これが何を意味しているのか?
大泥棒の意味なのである、ここでは源頼朝とか鎌倉幕府側のことを言っている
この金色堂の荘厳は盗まれず破壊されず残った
実際は堂塔伽藍は火を放たれて焼失したのである、その跡は忘れていた
そして芭蕉が来た時もその金色堂が残っていたことで「五月雨のふりのこしてや金色堂」の句が作られた、宮沢賢治の詩と通じるものがある
何かその美が尊いものとして残されたとなる 

1453年にコンスタンティノープルがオスマン軍率いるイスラム勢力によって占領されたのです。普通に考えれば、異教の建造物は破壊の対象となるでしょう。しかし、征服したメフメト2世はアヤ・ソフィアの美しさに感銘を受け、聖堂を完全に破壊するのではなく、わずかな改修にとどめてモスクへ転用したのです。

その美の威容に破壊できなかったことでは金色堂とにているかもしれない。
人間は醜いものだと破壊衝動が起きる、だから今の東京とか大都会には美になるのものがないから原子爆弾でも落としてもいいとかなるかもしれない
京都には文化財があったからアメリカ軍が空襲しなかったというのもそのためである
歴史という時、宗教でもそこに荘厳な美が残されて偲んでいることが多い
それはキリスト教圏内で多い、それがルネサンスの芸術に集約されたともなる
仏教でもそこに美があり後世のものが偲んでいるのである
現代文明にはなぜか全体的に美の感覚が消失している
ビルだってビジネスとしての機能性しかないのである、それが世界的なグローバル経済の結果だったのである  

これだけの富が生まれても美が生まれない、その象徴がアメリカ主導のグロ−バル経済からは美が生まれていない、世界の富がアメリカに集まりその数パーセントに金が流れ込んでも何か美は生まれていないし作り出されていなのである
だから美は必ずしも金があるからといって作り出されない、ルネサンスは確かに
メディチ家の繁栄はフィレンツェ・ルネサンス文化の発展につながったということは言える、そこに富豪がいて芸術家のパトロンになり繁栄したとはなる
ではなぜアメリカの一部の投資家などに莫大な富が集積されているのに何か美が創造されていないのはなぜかとなる

確かに金がないと経済的に余裕がないと芸術は生まれないことは言える
個人的にも宮沢賢治のように裕福な家庭だからあれだけの才能を発揮できた
あのころは農民は貧乏でどうにもならない時代だったけど賢治の家は裕福だったからいろいろなことを試すことができたとなる
ただ賢治は天才だったからできたということがある
でも家が裕福で余裕があることが隠された才能を伸ばすことがある
不思議なのは現代は経済的に余裕ある人が多い、第一なぜ働かない人が人口の三分の一もいるのか?

またニートとか全く働かない人がこれだけ多いのか?
貧乏だったらどんなに苦しくても働かなければ生きていけないからである
戦前はみんなそうだった、するとそうして働かない人は貴族なのかとも見てしまうのである、そこから非正規で苦しんでいる人が生活保護自由時間をもてばしたいことができるとしている、それはおそらく現代的にはベーシックインカムでありそこでしたいことするとなる

ここで言いたいのはグロ−バル経済とは何なのか?これを知らなければ現代を知り得ようがないのである、それはこれまで書いてきたように一万くらいの田舎でもグロ−バル経済の中に組み込まれていて逃れることができないからである
そしてグロ−バル経済とは「大盗」が跋扈して世界から富を集めているのである
それがグローバルな多国籍企業だともなる、国自体も実は歴史的に見て大盗である
ジンギスカンのモンゴル帝国も大盗であり中国国内でも時の権力者に対して反乱を起こして盗賊が皇帝にもなっていたからである
つまり「大盗」になれば英雄なのである
それは現代でも同じである、小盗は厳しく常に罰せられるが大盗は国を盗むのだから罰せられないのである、むしろ国をのっとるとなると英雄になるのである
それは歴史でも戦国時代があり熾烈な権力闘争に勝てば国の富を得るとなる
カルト教団でも国をのっとる、権力を得たいとなり選挙で勝つことを最大の目標としている、そこでその首領が実は大盗賊の親分だともなっているのである

つまり大盗とはグローバル経済になれば国自体であり多国籍企業になる、そもそも世界からグロ−バル経済で数パーセントの人に富が流れていること自体がその人たちこそ世界の富を収奪している大盗なのである
ただそれらの人たちは罰せられることがないのである、むしろ崇められているから陰謀論が生まれる
どういうふうにしてその富がごくわずかの人に集まるのかとなるからだ
でそうはいっても日本自体だってグローバル経済で高度成長が一時は大盗だったともなる
グロ−バリゼーションとはそういうものだともなる

グロ−バル経済というときそれだけの富がごくわずかの人たちに集められているのになぜでは歴史的に富が集中するとそこに美が創造された、でも創造されていない、その莫大な金は何に使われているのかとなる、金の使い道が変わったということもある
その世界から集めた金はどこに投資されているのか?それは科学技術の分野だともなる、ITとかもそうである
その金の使い方は歴史的にはエジプトならピラミッドとかギリシャなら神殿とかその後キリスト教なら大聖堂とかなりルネサンスになる、そこには宗教が関係していたのである、ピラミッドが謎にしても王の墓ではなく当時の宗教的建造物だという見解が出ているからである、そこに民衆の宗教的熱意があって作られたともしているからである

現実にいくら権力者がいても民衆の意向が働く、ローマでは大衆が望むのは「パンとサーカス」でありあの巨大なコロッセウムもサーカスに猛獣と人間の戦いの見世物として作られたというのも矛盾なのである
でもそれは民衆が望んだからだとなる、今でも大衆を望むものがありそれでテレビというマスメデアが大きな力をもったのである
それは大衆が作り出したものであり権力者だけでは作りえないからである
常に視聴率が最大の問題でありそれで会社の宣伝媒体となっているのが現代社会であるからだ

いづれにしろ資本主義であれグロ−バル経済というのが何なのか?
これが理解できなくては今の世界は理解できない、ところがそれが理解しにくいのである
おそらく大盗というときそれが本当に大盗でありかつての富をもつものとは違い美とか文化を創り出さないためなのかとも思う
多国籍企業だと後進国の人たちの安い労働で成り立つ、それは別に日本でもそうして外国の安い労働力に依存していた
逆に今度は外国人労働者が世界から入ってきて非正規の氷河期世代の30後半から40代の人が低賃金に抑えられている
それもグロ−バル経済の結果なのである、そしてもう俺たちは捨てられるという恐怖を語っているのである
それがグロ−バル経済なのである、労働自体が世界的競争にさらされるからそうなる

グロ−バル経済の問題はいろいろある、そもそもグロ−バル経済が何か知ること自体容易ではない
だから常に陰謀論になって終わる、ただ確かなことは歴史的に富が集まれば文化が芸術が美が生まれた
それがグロ−バル経済にはない、かえってグロ−バル経済は国々の地域の文化を破壊しているのである
日本語すらグロ−バル化すれば必要ない、みんな共通の言葉がいいとなり英語を共通語にすればいいとなる
それで非正規の人たちが英語を覚えて外国人労働者をマネジメントする立場になれと訴えている
そしてもう日本人のアイディンティティは保てない、日本語が通じない外国人労働者に日本人は入っていけない、排除されるというのもそうである

それからグロ−バル経済にはかつてのようなキリスト教でありイスラム教であれモラルがないのである
ただモノであれヒトであれ自由に流通する世界である、モラルがないからそこにあるのは金だけが唯一の価値となる
そこで悪魔的に世界の富が世界の数パーセントの人たちに集まる、でもそこには何ら文化的なもの美的なものも創造しないのである
美とモラルとも関係しているからである、だからエジプトでも宗教がありキリスト教でもイスラム教でも仏教でも背後にモラルがあって文明が作られていたのである、それがグロ−バル経済にはないことが最大の問題なのである
そこで世界は精神的に荒廃して退廃してゆく、だからその限界がきて資本主義のグロ−バル経済は崩壊する
では次の時代はどういう時代になるのか?それは何か大きなショック的なものが起きて変わるのか?
世界的恐慌が起きるのか、世界的戦争が再び起きるのか?津波のような大災害が起きるのか?
原発事故のような破局的災害が起きるのか?
何かわからないにしてもそういうことは起きる、そういう変わり目に来ているのである


2019年05月15日

丸森町のメガソーラーで考えたこと (グローバル経済で日本の国土も破壊されてゆく)


丸森町のメガソーラーで考えたこと

(グローバル経済で日本の国土も破壊されてゆく)  


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台風とメガソーラーの危険性

メガソーラーは、無人島のような、人が近所にいない場所にしか設置は許されるべきではないと考える。何かあった際、被災時(特に水害)に重大な危険性があるためだ。

太陽光発電そのものを否定しているわけではないが、人の住環境の近傍に、設置されて良いとは思えない。災害時でなくとも、設備故障・経年劣化・鳥獣被害により、近隣住民を危険に晒す可能性が否定できないからだ。

また山奥などでは、火事の火元となる危険性もある。
山も推奨できるものではない。

海の近くとなれば、塩害により設備が損傷する危険性が高まる。
同様に、推奨できるものではない。
風水害でパネルが海に大量にばら撒かれた場合の汚染リスクもある


丸森のメガソーラーパネルには驚いた、あれだけの量があると災害があったりしたら被害も大きくなる、ソーラーパネルも自然破壊であり公害を生むものだった
原発も津波は地震で大被害になった、科学技術でもこうした自然の影響をまねがれることができないことを知った

ではなぜソーラーパネルがこんなに普及したのか?
農業でも跡継ぎがないとかするとそこが荒地化する、その土地をもっていても何の用もなくなる、税金をとられるだけだとなる、するとその土地を活かす方法はソーラーパネルだとなる
土地さえ提供すればいいから楽である、家を貸すより楽である
そしてそうした金にならない土地が山でも森でも増えすぎたのである

山林でも丸森だったら江戸時代に米沢藩と相馬藩と伊達藩で木材資源で争いがあったように木材が利用されていたからそうなった
実際に相馬から伊達藩の宮城県の丸森まで森がつづいていた、森は相馬藩からも連続してつづいていたのである
戦国時代が入会権から村同士の争いとなったのが原因だったという学者もいる
入会権をめぐって大名が加担してその争いにまきこまれたからだとうい
それだけ木材資源は今の石油のように大事なものだったのである
それがグローバル化経済で石油が燃料となり炭を作る木材も使用されない、後は外材となったとき森は無用の長物となってしまった
それでも日本はまだ森が残っていた、森林が70パーセントもある国だとなる
外国では森林が鉄とか牧畜とかで消失してはげ山になった
ギリシャの山でも羊飼いがいた、外国ではいたる所に羊飼いがいる
それはヨ−ロッパでも同じだし中国でもそうである
それでヨ−ロッパの広大な森林は消失したとなる

とにかく文明と自然破壊、環境破壊は必然的に結びついている
それは人間の宿命のようなものである、人間の業なのである
自然破壊しなければ生きていけないのが人間なのである
焼畑農業でも森林を焼いて灰で肥料にしたとかでも森林の破壊だったからである
だからそういう環境の破壊は人間は現代まで継続してきたのである
原発事故でもそうだった、大規模な環境破壊自然破壊が起こり故郷にすめなくなった
森はもう除染もできない、セシウムは30年とかで半減するとかになるとそれだけの時間を待つほかないのである
プルトニウムは2万年消えないとするともう待つこともできない、人類は滅びるともなる

不思議なのはソーラーパネルが農業と関係ないと見ていたが問題が共通していた
畑だと常に雑草の駆除が強いられる、毎日のように日本では草むしりが仕事だからであるソーラーパネルでも雑草が繁るので草刈りが仕事になる
それから鳥獣の被害もでてくる、鳥の糞とか巣を作られて被害があったとか
また電線なのか何か盗まれたとかの被害もある
畑でも誰も見ていないから作物が盗まれるのが農業である
それからネズミだモグラだキジだとか鳥だとかに常に作物が食われる被害がある
だからそうした自然の影響からまねがれないのがソーラーパネルでもあった
特に台風とかで斜面が崩れてソーラーパネルが落ちるのは怖いと見た
あの丸森のメガソーラーパネルは何かそうなったら麓の人が住んでいる所まで被害が及ぶ

ソーラーパネルは景観を破壊することでも影響が大きい
せっかく絶景ポイントとなっていてもあんなふうになると台無しだともなる
あそこが森だったら蔵王が見えてさらに荘厳な景色となっていたからである
ただあの斜面は日当たりがいいから選ばれたのだろう、もともとゴルフ場だったとなると森林はなかったのか?
すでにゴルフ場の時に森林は破壊されていたのか?
あそこだったら見晴らしがいいからゴルフ場としては最適地となっていたとなる?

そして丸森町にも事情がある、木材資源があっても利用できない、森があれだけあっても木材が利用できない、それで高齢化率がここでも高くなり苦慮しているのはどこでも同じである、農業の後継ぎがないと会社経営にして他からも若い人を呼び込もうとしている
それは日本全国でそうなっている
そういう状況であのメガソーラーができたのである

いづれにしろ飯館村は原発事故で無惨なものとなったし丸森でもメガソーラーで景観が破壊された、それもグロ−バル経済とも関係していたのである
そもそも石油とか木材でも輸入だからである
そして人まで安い賃金で外国から入れて働かせる、でも日本で人手不足かとなるそうではない、氷河期世代の30代後半から40代頃まで膨大に人手がある
でも若い人がいいからは外国人労働者を入れる、するとその人たちの時給でもあがらないし不用にされて捨てられると訴えているのも深刻なのである

なぜ若い外国人を優遇して日本人の氷河期世代は国から捨てられるのかという訴えも最もだと思う
それもグロ−バル経済の結果としてあったのだ
世界的になれば企業でも国のことよりコストが最大の問題になる
いかにコストをおさえるかとなり世界での労働市場に目を向ける、そこで最貧国のネパールとかなら低賃金でも若い人が働くとなるからだ
そして肝心の日本人はいらない、30後半から40ともなるとおっさんでありいらないとなる、これも理不尽でありおかしいのだがそれもグロ−バル経済が作り出した矛盾なのである


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2019年05月14日

丸森町から蔵王と海が見える絶景ポイント (初夏の藤の花と丸森町の俳句と短歌)


丸森町から蔵王と海が見える絶景ポイント

(初夏の藤の花と丸森町の俳句と短歌)

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羽山神社
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松川浦が見える

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ソーラーパネルのヘンスで中に入れずいい写真がとれなかった

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クリック拡大

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鹿狼山(がろう)が見えて亘理の方へ海岸線が伸びている

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この石は大きいから存在感がある

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藤の花が街中の通りに垂れ咲いている

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田んぼに富士の花を写す



正面に蔵王を仰ぎつつじかな

新緑につつじの赤し森深し
      
鳥鳴くやつつじの赤く奥の森

初夏や展望拓く海と山 

海岸線はるかつづけり夏の海

遠大に展(ひろ)がりにけり夏景色

遠望す名も知れぬ山夏霞

夏空に蔵王の高く不動かな

夏山に向かいて我がひた走る

門ありて塀の長くも藤の花


分け入りぬ木の根残りて碑の古りぬ羽山神社や夏の森かな

つづらおり坂を上りて越え来る蔵王を望み夏の海見ゆ

森つつみ奥にそ家のありにしを我がたずねて夏の日暮れぬ

(蔵王)

夏の海広く蔵王の高きかな新緑の森につつじ赤しも

新緑に蔵王の高く松も古りつつじの赤く森の深しも 

初夏に開けし眺望大なりき雄想得べしなお生きむかな

新緑に蔵王の高く雪残り海も望みて神々しかも

国境越えてそ望む大いなる夏の山かななほまた行か

樅の木の重々しくも太しかな奥に山雀の鳴く声ひびく

(藤の花と丸森町)

阿武隈川蛇行し流る夏の日や蔵王の映えて緑豊けし

おばいしの苔むしあわれ夕日さし橋のたもとや藤の花たる

草深く碑も古りにしや丸森に藤の花たれ夕暮れにけり

藤の花シャガの花咲く金山城草の繁りて奥に隠さる

丸森に藤の花房さわにたれ森のつつみて木立古りしも

金山城たずねて相馬へ帰るかな藤の花たれ夕ぐれにけり

夕ぐれに植田に映る藤の花坂越えて我は相馬に帰る

丸森に糧のあれかし植田にそ夏の夕日や山影写しぬ


相馬市から城跡の裏の森を行きさらに丸森へ向かった
あそこの道つつぱおりであり坂がつづく

そこは土取り運ぶトラックが何台も来るので危険!

狭いつづら折りの道を何台もトラックが通るので危険だった
ここは注意すべきである
その坂を上りきったら丸森町の絶景ポイントに出た
蔵王が見えて海岸線が見える本当に雄大な夏景色である
ただそこはソーラーパネルがしきつめられている
それで景観が壊されている、ただ何も土地を利用できない
今は木材でも利用できないから森の木を切ってソーラーパネルにした
でもあれは台風などがきて大雨に成ったら崩れるかもしれない。

この辺では高い山がない、でも蔵王は相馬からでも見える
宮城県側からも見える、つまり福島県と山形県と宮城県から見える
三つの県にまたがり見える

 陸奥みちのくをふたわけざまに聳そびえたまふ蔵王ざわうの山の雲の中に立つ

斎藤茂吉の歌であるが確かに宮城県と山形県を分ける福島県まではそうはならない
ただこの辺では一番高く大きな山だから蔵王が焦点になることは確かである

あそこが絶景ポイントである、あそこは行きにくい場所でもあるしわからない
何かそうした絶景ポイントがある、でもわかりにくいのだ
富士山だって絶景ポイントがあるがそこがわからないのである
蔵王はこの辺では一番映える山である
ただそれを見る場所、絶景ポイントを知るべきだとなる
それを今回発見したのである

丸森は森の町である、初夏で新緑が映えつつじが赤く燃え染めて美しい
蔵王が見えたり阿武隈川が流れ景観がいいのである
市町村があるとしてそれぞれ景観が違っているのである
その景観によって市町村が作られている
だからソーラーパネルとかになるとその景観が破壊されるから問題なのである
かといって江戸時代なら丸森の森の木材資源のために相馬藩と伊達藩と米沢藩が争ったのは有名である
でも今は木材も利用しないとなると収入がないからソーラーパネルになる
ただ森があっていいとしてもそれだけでは生活がなりたたないことが問題なのである

丸森は阿武隈急行があるしとても槻木で乗り換えがありめんどうになる
それで秘境駅があるとかなる、ただ丸森は景観として一番いいかもしれない
飯館村は森につつまれているとしても蔵王のような山や阿武隈川などないからである
ただそれぞれにその土地の姿は違っているのである

金山城は石垣が当時のままに残っている、それが見物である
ただ相当に小さな城でありそこにどんな暮らしがあったのかもわかりにくい
一時は相馬藩でも支配していた城だったのである
歴史的にはそういうこともあり丸森とはつながりがある    

今回は坂をかなり上ったから100キロ行けるヤマハの新しい電動自転車の電池が帰りにきれた
そうなると重くなると思ったが以外とギアを軽くすると走れたので助かった
普通だと重くなって走るのが容易でないことを経験しているからである
だからヤマハの・・は優れものである
それで行動範囲が広がりまた遠くに旅に行けると思った
やはり軽く走るので疲れないことがいいのである
だから意外とまだこの自転車なら遠くにも行けると思った
やはり技術力の影響は大きい、技術力で体力がなくなったことを補えると思った
帰ったのは8時半頃だった、ただ昼間に出かけたのだからこのくらいはかかる
朝にでかけていればもっと遠くに行けた、福島市の方まで行けたのである
まだこの自転車で泊まる旅はしていない
荷物をつけることができないのでそこは一番困った点である
充電器も荷物となるからである

もう自転車では遠くに行けないと思ったがこれなら行ける、バイクではないが楽に行けるからである
坂でも上って疲れないで行ける、そうなるとこれなちら遠くに行けると思った
ただこれも経験してみないとどうなるかわからない
十年以上長い泊まりの旅はしていないからである
70歳でもロードにのってきつい坂を上っていた人がいた、そういう時代でもある
だから自分もまだ行けるのかなとこの自転車に乗って思ったのである


あとがき

写真が絶景のわりにはいいものがとれなかった
ソーラーパネルでいい場所に入れなかった

藤の花は写真でうまくとるのがむずかしかった
記録として出した
写真は記録としてたどるためにもあるからだ

あの絶景はあそに行ってみないとわからない

丸森からも行ける、青葉温泉の方に行くと行ける




2019年05月13日

田舎でもネパール人など外国人が増え一方で老人や病人が増える日本


田舎でもネパール人など外国人が増え一方で老人や病人が増える日本


その女性は福装の裁縫会社で働いていた、そこでは前らか中国人は働いていた
最近見かけたのは黒い顔の女性だった
インド人かと見たし前にスリランカ人がきたからスリランカとも見た
その女性はネパール人だったろう、なぜなら一人のネパール人と会ったからだ
そこで地元でも海外旅行が日本がではじまったときからヨ−ロッパに行っていた人が聞いた、やはりあの人は外人になれていたのである
そういう人が田舎でもいたことは意外だった、それだけもう田舎でも多様な人がいたのである、ただ自分の場合は引きこもりのようになっていて知らなかったとなる

今年の4月から法律が改正されてさらに外国人が入りやすくなった
ベトナム人とネパール人が本当に多いくなった、これはいたるところにいる
田舎でも普通に見かけるようになった
ネパールは一度トレッキングで行った、どうしてあんな高い所で生活できるのか?
ボールペンもなくくれと言われる、ボールペンがないとしたら学校で学ぶこともできない筆記用具とかノートもないともなるからだ

第一あのような高い所での生活の問題は運ぶのが容易ではない、山を上らないければならないからだ、それだけで容易ではない、そして裸足で歩いている人がいたのには驚いた
というよりは靴が買えないないからだともなる
インドでもリキシャの人が裸足だった、暑いのにそうなのである
何か原始的なところがまだある世界だとなる
山の中で畑で何かの獲り入れをしている人を見たらそれが万葉時代の女性のようにも見えた、それだけ原始的なものがまだ残っている所だともなる
ネパールの暮らしは理解できなかった、それは文明的な生活と隔絶されているからでも
ベトナムだと理解できる、なぜなら田んぼがあれば稲作であり米を食べているからであるそして平地が多いからである、二毛作であり一つの場所で田植えして稲刈りをしていた
だから米の量としては日本より倍とれるとはなる
ただ日本では品種改良で良質の米をとるし収穫量も一反からでも多くなった

ネパールは本当に生活でもそうだが気候でも地理でもその土地そのものがわからなかったなぜネパールにジャングルがあるのか?そこにサイがいたしワニもいたしトラもいるという、そのジャングルを象で見て歩く
なぜヒマラヤのうよな雪に閉ざされた山があるのに熱帯のジャングルがあるのか?
私は外国旅行に慣れていなから驚きだった
ネパールの紙幣が象とかトラとかサイが描かれているのもそういうジャングルがあるからなのだ、熱帯の大きな鳥もいたのである
ネパールは旅するには魅力ある国である、原始的なものが生活に残りその自然が多様でありヒマラヤが見れるからである
ただ一回しか行ってないのでちょっとだけ垣間見たとういだけである
海外旅行は深く鑑賞はできない、言葉もわからないしただ垣間見たというだけで終わったそして何かもう二度と年で行けなくなったのである
だから何でも海外旅行でも早い時期にすべきだったとなるのだ

いづれにしろこうして外国人が入ってくることは必ずいい面と悪い面をもたらす
外国人が入ってきて不満なのは40くらいの氷河期世代である
賃金の安い外国人と競争を強いられている
外国人は若いから競争に勝てないとしている、日本語ができなくても仕事はできるものがある、そうしてグローバル化するとそうして底辺国とも競争を強いらるのである
そこでスキルもなんにもない者はさらに最底辺に落ちてゆく恐怖を訴えている
そうしたベトナムであれネパールであれ外国人は生き生きとしているという
なぜなら為替の差で親に仕送りできるし労働する意欲が違っているからだ
日本人の氷河期世代とかは自分自身のことだけで金は使われてなくなる
外国人は賃金が安くても日本で働くメリットがあるからだ

ネパール人は白人のような顔の人もいるし黒い人もいるし本当に人種が混在している
だから見分けがつかない、何か不思議なのはアメリカのサンフランシスコとかで見かけた年配の日本人の女性は見分けられた、日本人のような顔していると見たからである
だから日本人の顔はやはり日本人としての型があるともなる
でもネバールとかなると見分けがつかない、多民族国家だから見分けがつかない

ともかく何であれ女性であれ男性であれ若いということは国に関係なく価値がある
つまり若いというだけ価値がある、そのために40くらいの氷河期世代は若くなくなっているから価値が自ずと低下しているから嘆いているのである
若いという価値は世界共通でありどこの国に行っても価値があるということになる
若いということは適応力とかいろいろ優れているからである
それはどこの国とかではなく世界共通なのである

日本の問題は高齢化である、最近なぜかとなりの60代の人が見かけなくなった
体を悪くしたのか?外に出たのを見たことがないのだ
また一軒となりの子さも60代になったのか?
その人も足をひきづって歩いている、スーパーのレジで働いていたがやめている
この前土手の道であった人は64歳で脳梗塞になり一時はしゃべれなくなった
杖をついて歩いている、その同級生も病気になった      
もう一人近くの同級の人も脳梗塞で足を悪くしてひきづり歩いている
でも車で買い物に来ていた

それから危機一髪で脳梗塞から助かった同級の人がいた、一時痩せ細ったが普通に話しできる、でも無理はできないという、他にも病気の人が多い、高齢化病人社会になっている60過ぎると自分もそうだったが何かしら病気になりやすいのである
ただ70歳でロードに乗っていた人もいたからいろいろである
元気な人は元気なのだが病気の人が目立つとなる
福島県は脳卒中が多い県であり全国で7番目になる、心筋梗塞は一位なのである
そして南相馬市はさらに脳卒中が多い市なのである

こういう社会では外国人は若いから歓迎されるということはある
つまり外国人は日本人の若い人よりもやる気がある、それは賃金が安くても為替の差で仕送りもする、そういうモチベーションがあり違っているからだ
日本はこうして衰退国家になってゆくのだろうか?
なぜなら戦後焼け野原になってもその時団塊の世代が生まれた
なぜそんなときに食べ物もないのに多くの子供が育つことができたのか?

それが不思議なのである、今の経済力でも10倍くらいの差があった
家にあったのは飯台一つだったからである、それはどこでも同じである
そんなときになぜあんなに子供がいたのかという不思議である
貧しくても子供は増えるし育つともなるのか?
その時は逆に今より社会に活気があったとなる、つまり子供が多くまた若い人が多かったからである、つまり日本はその時若い国家だったからだとなる
若い人が子供が多いということはそれだけで国に活気をもたらしていたのである
貧乏でもそうなのである、そういう国ではエネルギーが満ちているともなる

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ネパールの紙幣

現実にサイとかトラとか象がいる国なのである

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2019年05月12日

abstract japanese bulding(日本の旅館)


日本の旅館〈abstract japanese building9)

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近辺の夏の短歌(原町区馬場村の墓)


近辺の夏の短歌(原町区馬場村の墓)


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(鹿島区)

ふるさとの小径にあわれすみれかな

ふるさとの小径のあわれ我が行きて夏の夕ぐれ細き月いず

故郷の道隈なくも我か行くもなお知らぬ道夏の夕ぐれ

雲雀鳴く夕べに波のひびきけり夏の日輝き山脈に没りぬ

 (馬場区)

釣り人や藤の花垂れ奥の沼

夏の花まばゆく映えて石神村の広くもあるかな

水張る田山影写し奥の家藤の花房長く垂れにき

二本の木の下にあわれ文久の墓夏の日ここに夫婦(めおと)眠りぬ

夫婦なれここに生き死ぬあわれかな二本の木のここに離れじ

ここに生く形見と墓や忘るるな我尋ねて夏の日暮れぬ

(飯館村)

飯館に住む人あわれ何頼る花は咲くとも糧のありなむ



石神は広い、小学校が二つもあるし広い、

明治22年(1889年)4月1日 - 町村制施行にともない、石神村・牛越村・大谷村・大木戸村・大原村・押釜村・信田沢村・高倉村・長野村・北長野村・馬場村・深野村・北新田村の計13か村が合併して行方郡石神村が発足

こうなったから広くなったのである、でも昔の村を郷土史だと見なければならない

今日は石神村の昔の馬場村に行った、山側であり荒れた土地が多かった
やはり放射線汚染されている度合いが強いからだとなる
この辺では山側は荒地が多くなっている、そこで生業がないとき荒れたものとなる
自然があっても生業がないとそこは荒れた感じになる
人間の手の入った所は必ずそうなるのである

飯館村で出会った六〇代の女性がいる、すると山菜を私は食べているよという
それも糧である、花が咲いても糧がなければ生きていけない
そこが田舎キの問題だとなる、美しい自然があっても糧がなければ生きていけないのである、飯館村だって米でもとれればそれが糧となっていたし山菜でもそうである
それが放射性物質で汚染されて食べれなくなったからそうなったのである

奥の方に溜池があった、そこは自然の沼のように見えた、釣りしている人が五六人いた
そこではブラックバスは放されていない、鮒を釣っていた
私は釣りする人には興味がある、なぜなら釣りする人は自然の中に溶け込むからである
だからパ‐クゴルフとかパチンコとかで時間を潰すよりはいい

馬場村の丘の高台に日本の木があった、それもかなり古い木である
その下に墓が五つくらいあった、そこに信士信女とあり夫婦の墓がある
ここは文久となると幕末だが農民の墓があった、ただ農民が墓をもてたのは幕末頃であるその頃豊かになった人が墓を作ったのである、その頃墓を作るだけでも手間だから金がかかったから作れなかった
そして墓で注意すべきなのが一家の墓はないのである
個人墓か夫婦墓なのである、一家の墓は明治以降国の政策でおしつけられたものだったのである、だから実際は不自然なものなのである
新しいものであり日本の古い伝統から生まれたものではないのである

夫婦墓は明治になってからもありそれは江戸時代の継続としてかえってあった
家族の結びつきもあるが夫婦の結びつきが強いからそうなったともなる
そこに古い二本の木があったということがいかにも夫婦(めおと)の木と見た
こうして自然と一体化してあるとき何か昔を偲ぶことができる
その土地に何かを残して伝えているとなる、伝説とかの類もそうして生まれた

ここで大事なのは人間はそうしてその土地に墓があるときその継続として次代の生があるつまり苦労してその土地を拓き暮らした人がいてその次の世代もまたそこに生きる
そういう自覚が必要になる、墓でも残ればそれを自覚する
墓はだから次代に受け継がれるなにかだともなる
農家の場合は土地と一体化しているから土地に記憶が刻まれているとなる
それで津浪や原発事故などでその土地自体が荒廃して住めなくなったことは次代に受け継がれるものがなくなったことなのである
津波の恐怖は村自体根こそぎなくなったから伝えるものもそこになくなる
それで津波は語り継がれなかったとか言う人もいる

農家でも跡を継がれないということはその土地に生きた人たちのことを忘れるということである、それで大原でも知っている農家の人の家が空家になっている
その人は死んでしまい墓に眠っている
息子はいても跡を継がない、すると何か伝えたいものがあっても伝えられないのである
いづれにしろ墓を見る時江戸時代は貴重なものとして見る、明治以降はなぜか貴重なものとして見ないのである、歴史だと古ければ古いほど価値があるとなるからである
元号でも古ければ価値があるからだ、相馬市の新田になぜ元禄の碑があったのかと思う
そこは新しく田として開拓した所である、それがすでに元禄なのである

いづれにしろまた新しい自転車で毎日のようにサイクリングになった
ほとんどの道を行っているがまだ行っていない道があった
馬場村には初めて行ったのである、それだけ相馬藩内でも広いのである
今度のヤマハの電動自転車は悪路にも強いし楽に走れるからいい
それで行動範囲が広がったのである
退職したトラック運転手の人も自転車で近くを回っている、自転車は健康的いいのであるまず会社を退職したら仕事することはむずかしい
ボランティアでも無料でもむずかしいことは駅でしてわかった
つまり老人は退職したら何もするなとういことなのである
これもおかしいと思うけどそうなのである
だからパークゴルフとかパチンコとか釣りとか遊んでいるほかない、そうならボランティアのようにめんどうなことはないのである
そもそもそのように社会がしているのである
ただ消費者になれ生産者にはなるなともなっているからだ


昨日はそれほど暑くなかったから良かった、でも暑くなると熱中症が怖い
ただ今の時期は一番いい時期だからでかける、後は梅雨になりまた七月から八月は暑くて出かけられない、自転車はもろに光を受けるから夏が本番になると出かけれなくなるから今の内出かけた方がいいとなる


2019年05月11日

人間はなぜ関心をもたないのか? (原発でも自分に危害がない限り関心をもたなかった―報道は関心もたせること)


人間はなぜ関心をもたないのか?

(原発でも自分に危害がない限り関心をもたなかった―報道は関心もたせること)

人間はなんでも自分自身に家族でもまたその住んでいる場所でも何か危害あり不便を直接感じないと関心を持たない
なぜ今駅のことで書いたが鉄道を人々があまり利用しないからである
だから駅が自動化されようが何になっていても関心がないのである
そこでボランティアしても必要がないとなる
JRでそんな余計なことをするな、地元の人も必要がないとなり誰も注目もしないのである
でも車社会になると常に車のことに人々関心をもっている、どういう新しい車が出たとか高速道路の方が鉄道より関心がある、だからもっと道路を便利にしろとなる
常磐高速の4車線化を要求している
でも鉄道になると一時間おきでは不便だから30分おきにしろといってもそもそも乗る人も少ないし不便を感じないから要求もないのである
ただ遠くから来る人は一時間おきだと不便となるがそれで遠くから来ている人は日常的に利用していないからそれは要求とはなりにくいのである

近くのゴミ捨て場として網をかけている所でも烏につつかれて困った
ゴミが散らかったりするがそれで市に問いあわせたらゴミ箱は場所が確保すれば市で設置するという、でもその場所が確保できない
近くに最近そういう場所を発見した、でも近くの人に言っても関心がないのである
別に今の場所でいいと思っているからみんなの切実な関心がない
もし何かもっと切実なものとしてあればみんな関心をもつ

人間は切実なものとならない限り関心をもたない

人間はなんでもそれが自分の身に降りかかり切実なものとならない限り関心をもたない
鉄道でもなにかぎりぎりで廃線になるとかなり存続しろとか関心をもつのである
でもその前はみんな車を利用しているし鉄道は利用しないのである
廃線となることで街が衰退するとか関心をもつ

それは人間自身が常にそうなっているのである、例えば体でも健康な時は体に関心をもたない、でも一旦病気になるとその病気に異常なほど関心をもち調べる
なぜなら生死にかかわるからである
でも考えてみれば体に関心をもたないときそれが平和な時だったのである
また犯罪とかに自分自身が会えば治安に異常に関心をもち警察に頼むとかなり警察に関心をもつのである、もし病気にもならない、犯罪もなければ医者も警官もいらない
実はその時こそ人間社会に平和があるとなる

でも関心をもたないことで非常に危険なことも起きてくる
それが原発事故だったのである
原発は本当に危険極まりないものだったのである
でも不思議に地元でも原発に関心をもっていなかった
私自身は30キロ離れていて遠いから関係ないと思っていた
その関心のなさがすでに小高地区に原発が建てる工事を東北電力で開始するところだった小高になるともう20キロ内にも近くになるし原町は10キロとかなるから危険極まりないが小高に原発を作ることで原町があれほど人口が多いし反対する人がいてもいいのにそうしたものも聞こえなかった
もちろんこれにはマスコミが危険だと報道しないことも原因だった
マスコミは原発のことで危険だとなど報道していない、原発推進であり広告費をもらっていたからである、それは大手のマスコミでもそうである

そうして原発事故には地元でもただ金をもらえるから景気が良くなるからいいとしかなかったのである
福島市とか二本松とか白河まで放射性物質が流れて影響されるとは思えなかったのであるそれもつくづくカルマだと思った
福島市には県庁があるからだ、だからその時福島市の人たちも原発は遠いから関係ないし誰も関心をもたなかったのである

こうして関心をもたないことは重大な事故や被害をもたらす
津浪にしても2011の震災の7年前とかにスマトラで津波があり大被害があった
でもその時日本とは関係ないと見ていた
なぜなら日本では津波を経験している歴史があるから津波対策しているからスマトラとは違うと国民も見ていたのである
その後にこれだけの大地震と津波に襲われたのである

人間の弱点は自分に直接危害が起きなければ関心がないのである
何か自分自身にとって不便なことや危害があったりしないと関心がない
そんなこと自分には関係ないとなっているのである
それはあらゆることでそうである
鉄道を利用しないものは鉄道に関心がないのである
私自身は鉄道に関心をもったのは鉄道で長い間旅していたからである
遊びでも鉄道を利用していたからである
これが車で旅していたら鉄道には関心がないのである

ただこの関心がないということが上からの為政者とか支配者には好都合なのである
そこで重大なことは見逃される、すると原発でも容易に作られる
実際は原発建てる土地を買収して県の許可がおりるだけで原発は建てられたのである
ここでは誰も反対していないのである、ここで関心があったのは金とか景気が良くなるとかしかなかったのである
だから小高に原発を建てる工事がはじまるのにそれすら10キロくらいしか離れていな原町ですら知っている人がいなかったのである
つまり原発に関心がほとんどなかったということなのだ
それがこれだけの事故になり関心をもつようになったのだが時遅しとなったのである

人間の弱点は自分の身に及ばない限り関心をもてない

そのことが重大なことにいつのまにか発展している
例えば体でも実際は病気になる芽がある、でもそれに気づかない、そしていつのまにかもう手遅れだとかるなる、早期にその芽をつんでいれば病気でも直ったとかもっと延命できたとかなっている
でも人間は病気になってはじめてその病気に異常に関心を持つ
原発など核のことなど普通はめんどうだから調べもしないのである
それでも一旦こんな事故になると科学のことはわからないにしろ関心をもつのである
つまり病気と同じく生死にかかわるからである
残念ながらその時関心をもってもすでに時遅しとなっていたのである
それは人間社会には常にそういうことが起きているのだ

ナチが共産主義者を襲つたとき、自分はやや不安になつた。けれども結局自分は共産主義者でなかつたので何もしなかつた。
 それからナチは社会主義者を攻撃した。自分の不安はやや増大した。けれども自分は依然として社会主義者ではなかつた。そこでやはり何もしなかつた。
それから学校が、新聞が、ユダヤ人が、というふうに次々と攻撃の手が加わり、そのたびに自分の不安は増したが、なおも何事も行わなかつた。
さてそれからナチは教会を攻撃した。そうして自分はまさに教会の人間であつた。そこで自分は何事かをした。しかしそのときにはすでに手遅れであつた。  

こういうことはローマ時代からあった、「パンとサーカス」なのである、パンとか金であり馬鹿な大衆にはパンを与えればいい、サーカスはマスコミとかのテレビで芸能人の馬鹿騒ぎを見せていればいい、あいつらは原発のことなど何もわからない
あいつらが欲しいの金だから金をばらまけばいい、テレビとかの害悪は何か政治的問題でも重大なことがあっても真剣に検討されないのである、それは大衆が国民が無関心だからである、いくら大衆が馬鹿でもこのように故郷にも住めなくなったら関心をもつからである、でもその時はすでに時遅しとなっていたのである
それは歴史では常にあったことである

結局自分の身に危害が及ばない人間は無関心なのである、体でも病気にならない限り無関心である、それはいいことなのだが人間は誰しも病気になるから病気に本当は無関心でいられない、認知症などについて無関心だった
でも家族の一人が認知症になったとき無関心ではいられない、関心をもちなんとか対処しようとする、それは強いられてそうなったのである
結局いくらグローバルな情報社会になっても何かあってもあらゆることに興味を関心をもてない
ただ本当に重大な原発のようなものにはもっと関心をもつべきだった
それをマスコミでも地元の新聞でもしていない、報道は関心をまずもたせることなのである
ニュースでもそうである、重大なニュースでも報道されないことがあるからだ
それでインタ−ネットでyoutubeなどで個々人が報道されることはいいことである
非正規の派遣労働者の苦境を語る人には共感したりしたからである
そういうことはマスコミではとりあげてもそうした苦しんでいる本人に語らせないからである

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2019年05月10日

藤の花、菖蒲の季節(相馬市には藤の花が合っている)


藤の花、菖蒲の季節(相馬市には藤の花が合っている)

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玉子屋


藤の花垂れにし下に休む人その後我も休むかな

八重桜に菜の花映え街中や玉子屋にそ働く人あり

玉子屋に働く女やあわれかな墓に入りしも花をささげぬ

紫と白の藤咲く相馬市に奥ゆかしくも住み人のあれ

路地を入り白菖蒲咲くを我見つけ知られざりしもあわれ深まる

人生の移り変わりの激しかな津波に病杖つく人かな  

若葉に風のそよぎて鳥飛ぶや藤の陰にし人は休みぬ


藤が咲き菖蒲の季節になった、相馬市は城下町であれ入母屋作りで公共の建物は統一している
それが原町とは違う、原町の駅前の丸屋には十階の建物がホテルが建つとうから驚く
とにかくこの辺は震災以後ホテルが建てられつづけている
こんなにホテルがあっていいのかとなる、まだ原発の廃炉作業がつづくから需要があるともなる

その村とか街にあった花がある、相馬市は藤の花である、城跡の中村神社に藤の木があるからだ
そして白い藤も咲いている、城下町としてしんみりとして合っているのである
ただあそこで城下町を意識するかというと外から来ても意識されないだろう
細い路地があるからそれで城下町を意識することはあるが他に何か意識しにくいのである

原町はひまわりの花があっている、明治以降常磐線の機関区としてそこから街が発展したからである
つまり鉄道の駅中心に街が整備されたからである
それまでは浜街道沿いの宿場町だったとなるからだ
そこは相馬市との大きな相違である、だから今になっても駅前に十階ものホテルが建つことでもそうなのである

でも相馬市にはそういうビルが建つと景観がそこなわれる、何か低い家並みがあるのが素朴な感じがするからだ
それで原町と相馬市では違っているのである
それぞれの街で町でも村でもなんらか特徴がある、でも有名でない所はわかりにくいとなる

鹿島には玉子屋は有名であり街中に工場がある、そこに八重桜と菜の花が咲いていたのも合っていた
そこで働いていた女性も死んで今は墓の中である、その墓がすぐ近くにある
そこは自分の家の墓でもある
そこに津波の被害者が主に右田の人たちが復興住宅地の団地にいる
その公園でいつも休んでいる、そこには藤棚があり藤が咲いている

それにしても復興団地があそこにできると思わなかった、前は幼稚園があったがそれもなくなった
こんなに変わるとは思いもよらなかった
人生は本当に有為転変である、烏崎村の人と土手の道で語ったけどその人も津波の被害にあった人だった
そして脳卒中になり杖ついている
病気になっている人も多いのである、それは自分自身もそうだった、家族はみんな死んだとかなりただ茫然としているだけだった
人生とはこんなに変わるものかとただその無常に驚くだけである
もともとそういうことが人生だったともなる、なぜなら70年前は戦争であり三百万人死んでいるからである
長い人生のなかではそうして変化することを知った

路地は入ったら白菖蒲が咲いていた、あそこに咲いているのは気づかない
街中の畑にも菖蒲が咲いていたこともあったが今は荒地になっているのも淋しい
畑でもそうだが荒地になっていると良くないのだ
そこで花でも植えているだけでほっとする、そこに美が作り出されるからだ
ただそうするのにも手間がかかり金がかかるからできないのである
何かそういうことをNPOでしてもらいたいともなる
駅の見守りなど本当に必要なのかどうか疑問だからである、いれば安心感があるにしろ駅の業務をしないというのも変ったからである

今日は暑い、暑いともう自転車で出かけられなくなる、自転車は日ざしをまともに受けるから困るのである
それで去年は熱中症になったから怖くなったのである



なぜ会社から退職すると居場所もなくなり孤立化するのか? (生産共同体(会社)から排除されたため)


 なぜ会社から退職すると居場所もなくなり孤立化するのか?

 (生産共同体(会社)から排除されたため)

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 経済という時、基本として生産と消費がなんでもある、生産する者とまたはサービスを提供するものと消費するものサービスを受ける者がいる
それは資本主義社会では明確に分かれているのである
なぜなら時代をさかのぼればのぼるほど生産と消費は分化していないからである
例えば農業している人は米でも野菜でも生産する、そして村は生産共同体だったと同時に消費する共同体でもあった
つまり自然があり米でも野菜でも生産して消費する、その時消費するというとき自然から神からいただくということで感謝する、それがその土地土地の祭りとなっていた
神社とかにはもともとそういう機能があったとなる
神社はその土地土地に根ざしたものが多いからである
そうして一つのミクロコスモスに生きていたのである

そういう社会では生産と消費は分化しない、今でも小さな畑で野菜を作っている人は生産と消費が分かれていない、しかしそのためには金がかかる、肥料やら種やら道具やら労働力やらと生産するには金もかかるし苦労が多い、だから私がそれを援助してももらったのはキュウリ二三本でありそれも一万もしたともなる
これをスーパーで買えばそんな馬鹿高いものにはならない、だからそんなことをしても無駄だとなり損するだけだとなる

ただその人にとってそれが生きがいになっている、他にも仕事があるとしても家事などしたくない、皿など洗いたくない、その人は庭で花を育てるとかそういうことに熱心なのである、そういうことが苦労があっても好きなのである
皿洗いと掃除とか家事はしたくないのである
だから今は一切していない、なぜそうした農業が生きがいになるのか?
ただの労苦ではないのか?

それは生産と消費が一体化してからである

そして生産共同体というとき生産は共同でする、その人も畑で野菜作るにもいろいろ他でも畑で野菜を作っている人がいるから聞いている
また畑をうなってもらったりしている、その時は金を払っているのである
つまり一旦生産するとなるとサービスを提供する側になると共同体が必要なのである
協調しないとできない、それでどうしても農協などがかかわるようになる
でもそんな小規模なものは金にもならない、農協を通じて売る場所がある
するとそこで農協に金を払うからもうけもなにもなくなってしまうのである
いづれにしろその畑で野菜を作ることは共同があり生産と消費が一体化している
そして現代社会は生産とサービスを提供するものと消費が分離しているのである

消費者が王様だというときもそうである
ではなぜそうなるのか?生産する者からサービスする者から一旦離れてしまうことは社会にとって消費者になる
でも消費共同体などないのである、消費は個々人でしている、だから会社を退職した人は生産共同体(会社)から離れるから社会で孤立する
会社をやめて地域で活動しろといってもそこには生産共同体としてのコミニュティがないのである

生産共同体は会社は共同して働く場だったのである、だから会社で働く人たちは共同体の一員となる、そして仲間意識をもつ、でも一旦そこから離れると仲間ではなくなる
でも農業とかしていた村ではそういうことはないのである
村の共同体の一員として死ぬまであり死んでからも先祖として生きつづけていたのであるそれが村の祭りだったのである

人間は自然から確かになんでも消費する存在である、食べ物でも自然から本質的には得ている、でもまた生産するものでもある、生産することによって自然への神への感謝が生まれ消費するというものではなく賜(たまわ)るのである
資本主義グローバル化社会になるとそういう自然の中での生産と消費の一体化は喪失して分離されるのである、その時自然とか神に感謝する祭りはなくなる
そこに媒介するのは金だけだとなる
だから会社という生産共同体から離れたらその人は消費するだけの人間となる
そうなると消費するためには金がないと存在感がなくなる
消費すれば金を払えば消費者は王様だとなり歓迎されるのである

そしてなぜ会社を退職すると社会で居場所がなくなるのか?孤立するのか?
それは生産共同体から分離されてしまうからである
地域でもし昔の村のように農業でもしていればそういうことはありえないのである
労働の疎外というときマルクスが指摘したことは今も活きている
でもその労働の疎外がどこから起きているのか?
それは生産と消費の分離から起きていたのである

とにかくなぜ一旦会社から分離させられると居場所がなくなり孤立しやすいのである
そしてもう何か社会のために労働したとしてもできない
ボランティアとか意外とめんどうでできないのである
なぜなら会社とは生産共同体として組織化して素人は立ち入れない場所だからである
なにより生産共同体になると個人ではできない、組織化して仲間でするから一旦そういう共同体から離れると消費者になるほかないからである

現代は何か本当に労働自体が疎外されている
その悲惨な例が非正規とか派遣で働いている40くらいの人たちである
夢も希望もない、家族がいない人は何の働く動機もない
ただ金だけであり日々ただ生きがいもなく時間を浪費しているだけだとなる
つまり派遣という労働は毎日ただ仕事の現場に派遣される
会社で働いているのとは違う、会社員とも違う、仕事があれば派遣されるのである
そこでは日給であり正規の会社員として定年まで働くというものではない
だから保証もないし福祉もないとなる

そして何よりそこで働いたからと言って誰かに感謝されることもないのである
家族がいたら家族に感謝される生きがいがあるかもしれないが結婚していない独身者はそういうことがない、ただ一日分の金をもらいあとは食べて寝るだけだとなる
労働する生きがいがないのである
例えば働く語源が端(はた)を楽にするというときそれは家族労働のような狭い範囲から生まれた、家族が働いて苦労しているから楽にさせたいとなるのが語源なのである
そういうとき働くということはやりがいがあるとなる
今の労働はそういうことは全くない、それもグローバル化すれば地球の裏側で働いている人のことなどまるでわからない、つまり働いている人とは関係をもていなのである
ただモノが無数に入ってくるが人とは関係しない、そこに金が媒介となるだけである
そこに結局労働の疎外が起きているのである
ただマルクスの論理はそれで共産主義になったらそうした労働の疎外がなくなるということはないかった、共産主義だってグローバルであり働くという語源のようなものはなくなっている

つまり生産共同体として生産と消費が一体化することが本来の人間の在り方でありそこに自然との融和があり人間の協調があり祭りがあった
だから人間の労働のモラルもなにもなくなったのである
働くことに生きがいが見いだせないのだ、ただ金が欲しいというだけである
それで小さな畑で野菜を作る人は生産と消費が一体化しているからそこに生きがいを見出しているのである
ただそこの矛盾は金がかえってかかるということである
その金を与える者がいなければそもそもできないのである

いづれにしろ生産と消費が分離しているのはあらゆるものがそうだと思う
例えば情報というとき今までは情報を提供する者と消費する者に分離していたのである
情報を提供する者はマスコミだった、新聞とかテレビとか主だった、雑誌でもそうであるそれで情報を提供するものが国民の世論を操作して作っていたとなっていたのである
マスコミが報道するとき必ずマスコミの意にかなったものしかとりあげないからである
ニュースにしても重大なニュースでも報道されないからだ
また個々人では報道できないからである
それがインタ−ネットでyoutubeとかなると一個人がテレビのように報道できる
それは金がかからないからできるようになったのである

それでyoutubeのLove & Freedom底辺労働者)は一つの例としてこんな人がいたのかとなりその人の立場を派遣労働の悲惨な姿を生々しく知ったのである
それは家族もいないから孤立していて労働自体にも共同性もなくただ毎日金をもらい食べて寝るだけの生活なのである
そこで生産共同体という会社にも属していないからない、派遣共同体とかにはないから孤立しているのである
何より家族がいないということが孤立感を深めているのである
それは今になると自分もそうだから同情する、共感するとなる

自分自身も若い時は底辺労働者だった、でもそれは自分にとって必要なものだったのである、何か自分は恵まれていて傲慢な所があったから底辺労働してそういう傲慢さが打ち砕かれたのである、その後も自分は労働は一切していない
旅ばかりしていた、消費しかしていないのである
鉄道の旅をしている時でもそうである、それは消費でありサービスを受ける側しか経験していない、でも資本主義社会では消費者は王様なのである
金さえ払えば鉄道会社でサービスしてくれるのである
それが一旦サービスを提供する側にまわるとボランティアでもいかにむずかしいか無人駅の問題で延々と書いてきたのである
それは自分だけではない退職したら会社という生産共同体から離れたらもう一消費者でしかありえないのである、そこに仲間もいなくなり孤立化して居場所もなくなるのである 、ただ金をもっていれば消費者は王様であり待遇してくれるとはなっているのだ
しかし消費共同体というのはないのである、だからやはり孤立しているともなる
生産共同体なら会社のように共同があるが消費するだけだったらないからである
だから会社から退職した人は一消費者となり居場所がなくなり孤立するのである


posted by 老鶯 at 09:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2019年05月09日

現代文明は結合とか調和とか秩序とかが失われたのか? 有機的全体的歴史的持続的結合から無機的刹那的部分的接触の現代文明社会

現代文明は結合とか調和とか秩序とかが失われたのか?

有機的全体的歴史的持続的結合から無機的刹那的部分的接触の現代文明社会 

Organic overall historical persistent bond → Inorganic momentary partial contact

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人間社会からなぜ今現代文明は結合とか調和とか秩序とかが失われたのか?

有機的でないというとき無機的な社会となる、人間の温かい血が通わない冷たい関係である、それは人間の関係は金だけの関係だとか一時的な関係であり金の切れ目が縁の切れ目とかは別に昔からあったから格言として残っている

ただ生命というのは本質的には有機的全体的歴史的持続的結合の上に成り立っている

また二つに分けるとすると空間軸と時間軸の結合がある
人間はそもそも空間がなければ生きられない、また時間があって人間は生きている
時間という時、それは極めて人間的なものである
時間を作り出したのは人間であり人間にしか時間がないし歴史があるのは人間だけである動物には歴史がないのである、一代ですべての生は消滅する
ただ種の保存があるだけなのである

空間的結合というとき今はグローバルになり世界的結合になる
交通の発達でそれができるようになった
ただここで問題なのは空間という時、世界的に交通が発達して容易に行き来することができるとしても文化的結合とかアイディンティティの結合は不可能なのである
そこには時間が歴史が欠けているからである
時間軸とはその地域地域の空間から時間の積み重ねで作られてきたものだからである
それは地域の風土とかに深く依存して作られてきたからである

たとえば最近しきりに縄文時代のことを言う、縄文時代とは何なのだ
縄文時代が一万年というがそれが今の時代と何の関係があるのか?
それは時間軸の志向なのである、なぜ日本では天皇を近代国家になっても崇めるのか?
それも歴史的時間軸の志向でそうなっている
天皇は日本の国家が成立してからつづいているから継続されている歴史的な象徴だともなるからだ

つまりその土地の風土とか地理とか空間と時間が一体となって作られたのが一つの国を形成する、アイディンティティを形成する、そこには時間的要素が欠かせないのである
だからその時間は長いのである、父母がいて祖父母がいてさらにその前の先祖がいて成り立つのが歴史である

それが村の歴史とかで語られる、先祖は死んだら山に葬られて田植えの時期になると山から先祖が平地におりてくる、先祖は稲作文化と深く結びついてそうなった
それは地域の風土と結びついて長い時間のなかで形成された
空間と時間が一体化したのである

故郷という時それは何なのか?
それは空間的に故郷という場所があって成り立つ、一方故郷は古い郷でもありまた故ある郷ともなる、それは時間の中で作られた故は理由でありアイディンティティの場所なのである、空間だけでは必ずしも故郷とはなりえないないのである
故郷は先祖が関係しているのである、時間の中で生きた人間の物質的精神的営みが関係している

故郷は一時的なものではない、長く継続するものである、山とか石とか木とかの存在と似ている、木は大地に深く根を張りその樹齢が5百年とか千年のもあるからである
そういう長い時間の中で継続して作られたものだからである
故郷というとき狭い一地域だがそれぞれの国も同じである
日本という風土があり土地があり日本の歴史が形成されたからである
だから郷土史というとき狭い一地域でもそこはミクロコスモスの世界なのである
一つの調和したコスモスとしてあった世界なのである
自給自足できた世界だった、村は日本では一つのミクロコスモスとなっていたのである
コスモスというとき地球規模になれば不可能である 

そこには分裂分断にならざるをえない、生態系にしても狭い地域で成り立つ
そこに空気と水と土とか山とか森がないと成り立たない
その基本が喪失すれば原発事故で空気も水も土も森も汚染されて住めなくなったからである、そして長い時間軸で形成された故郷は捨てられて町も廃墟と化して荒地となったからである、そして先祖も捨てられたとなる、それは老人だけが避難区域に残されてその子供たちは流出したということでもわかる
親でも先祖でも時間軸で形成されたものが破壊されたからである

それはここだけではない、そもそもすでに有機的全体的歴史的持続的結合が失われた世界に住んでいるそ→その反対は無機的刹那的部分的接触なのである
そこではまた専門化社会でありそれも部分部分の専門家がいて専門家以外は立ち入れない社会になっている 
だから常に現代人間は無機的な情がないと感じる社会に生きている
そこで金だけが人間を結びつけるマルクス流に言えば人間疎外が起きているのである

なんかあらゆる人と人間として話すことも接触することもできないのである
それぞれが部分的専門的なものとしての存在であり人間は無機的存在となる
どこであれ役所であれ会社であれ大きくなれば様々な分野に専門化して分かれて部分化して全体を見る人なと一人いないしわからないとなる
それで私は専門ではありません、別な課に行ってください、そして別な課に行ってもまた別な課に行ってくださいとなり遂に行く聞く課もなくなる
つまり人間は有機的に結合しないのである

無機的刹那的部分的接触でありそこに結合とかはないのである、ただ一時的に会い別れるだけだとなる、それは無常としてあったがそれでも空間と時間が一体化した有機的ミクロコスモスは存在したのである
そしてこれが喪失するどうなるのか?
ばらばらに村でも町でも市でもなり原発事故の避難区域のようになるのである
それはここだけではない、他でも起きるのである
現実にそういう社会に住んでいるからである
有機的持続的結合ではない無機的刹那的部分的接触の中で生きているからである

だから東京のような大都会になると何か大きな災害が起きると巨大な崩壊が起きてくる
地震であれ事故であれ水でも供給できなくなる
水などいくらでもあるじゃないかとなるが都会には水も供給できなくる
それで東北の被災地では一時的に水も燃料もなくなり裏山から水を運び裏山の木を切り燃料にして生き延びたのである
それが大都会ではできないから巨大な都市自体の崩壊が起きてくる
もう道路も破壊されるから脱出すらできなくなる

大都市には有機的生命的に結合するミクロコスモスがない、食料だって外部からもたらされてかったらもう生きてゆけないからである
そこで成す術もなく死ぬ他なくなるのである
つまり大都会は災害には弱いのである
田舎だったら水を山からとるとかありえた、でも原発事故ではそれすらできなくなっていたから都会とは限らず現代社会は生態系に依拠したミクロコスモスが喪失しているから危険なのである

だから原発事故は空気でも土でも水でも森の木々でも放射性物質で汚染されたから使用できなくなった、つまりそれは生態系に依拠するミクロコスモスが破壊されたからそうなったのである
だからもう故郷であれ何であれそういう場所を捨てて脱出するほかなくなった
その時故郷は空間と時間軸で作られたものが捨てられたとなる
確かに今は移動が簡単だから他に移ってまた家を建てて住んだ人が多い
でも空間は移動できても時間軸で作られてきたものは再構築不可能となった
それは一から始めなければならなくなったからである
また他の時間軸の中で再出発しなけれはならなくなったからである
精神的アイディンティティを失い再構築を強いられたともなる

ただ時間軸で形成されたものは何か目に見えないからそれが喪失したことが何であったか自覚できないともなる、それは精神的要素が多いからである
だから生業(なりわい)を返せと裁判を起こした時、その生業とはまさにその土地と風土のなかにあって長年の時間軸で作られたものを失ったということである
それは500年であれ1000年であれその土地に根付いて成長した木が他の土地に移せないとにているのである
ただダムになったところで桜の古樹を他に移した例はある、でも木とかでもその土地と一体化して長年あったものを移すことは不可能だとなるのである

言葉でもこれも長い時間で作られた歴史的なものである
そこには縄文時代からつづいているとしたら本当に長いのである
だからその言葉は民族のアイディンティティとなる
言葉はただ名前だけではない、基本的に民族の文化なのである
言葉には民族の精神が宿っているとなる

それで恵みというときめぐるなのである、水を考えるとめぐるであり水はめぐって大地を潤し実りを与えるのである
こういう言葉やはり原始的生態系と一体となって暮らしていた縄文人から生まれた言葉だったともなる
また賜る(たまわる)というときタは多いという意味である
すると多くたまわるとなる、ター回るなのである、獲物でも分け合うとういことである
そういう生活を縄文時代はしていたからこういう言葉が生まれたとなる
それは狩猟でも採集でも自然から賜ったものを回すという思想なのである、そういう循環型の生活をしていたからこういう言葉が自ずと生まれたともなる
たかるというときタは多いでありタ、狩るなのである
多くの物を狩るなのである、この狩るが稲作が入ってきたとき刈るになった、つもりもともと縄文時代の言葉だったともなる
多珂神社が多いがこのタカも集る(たかる)からきているのかもしれない、なぜなら大勢で獣にたかり狩りをるからである
言葉の解釈はいろいろあるしても日本語の基本は一語でありそして動詞が基本になる、めぐるは芽ぐわしとかにばなっているが
めぐるという動詞が基本なのである

言葉とは縄文時代までさかのぼるものなのである
それでグロ−バル化して英語にしたらいいというとき日本民族の歴史も文化も失い根無し草になってしまうのである
そこに歴史と文化の重みがある
それを失うことはもうアイディンティティも失い生きる意味さえ失ってしまうのである 




なぜ駅の高校生の見守り役が駅の業務をしないと契約したのか? (専門以外の人が立ち入ることを嫌っていたから?)


 なぜ駅の高校生の見守り役が駅の業務をしないと契約したのか?

 (専門以外の人が立ち入ることを嫌っていたから?)

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こういう契約がどうして結ばれたのか?
それが理解できなかった  
これを契約条項に持ち出したのは誰なのか?どういうわけでそうなったのか?
これはJRの方で駅の業務はしないようにと市側ので認めたNPOに提示して決めたのではないか?その経過がわからないにしてもNPOが提示したのではないだろう
JRでそう提示してNPOは受け入れたのではないか?

なぜそう思ったかというとJRとかでも外部の人が勝手に立ち入ることを嫌うのである
駅の業務に立ち入れさせたくないのである
でもわからないのは他ではかえって駅の業務を委託している
それも危険なことも委託している
それはコスト削減のためにそうしている
こういうふうに正式にJRと民間が契約してならいいとなるのか?
それはJRでそういうふうに認めているからである
それで安全管理ができなくなるから労働組合では反対している

だから危険でもない「駅の業務をしない」という契約をしたのだろうか?
委託すると金がかかるからなのだろうか?
この辺のことがわかりにくいのである
まず駅で乗客の案内をしても危険なことはないからである

おそらく自分の場合は許可もされていないで勝手にしていたからJRで嫌い立ち入らないようにとしたとなる
何かそのことがわからないのである
役所仕事としてここでもある、私の部署ではないので他の人に聞いてくださいとかなる
それが現代社会である
つまり〈私たちは高校生の見守り役以外はしません、そうJRと契約していますから」とかなる
それで駅前の自転車屋でもいつも見ているから木が枯れたから水をやるとかしてもいい
それが人間の務めだと言っていた
今の社会は部分化専門化してその部分しかしない、そして無数の部分の仕事に分化しているのである、それで全体を知る人は誰もいないのである
まず全体を知り得ようがないのである

こういうことは別にここだけではない、役所でもそうだがどこでもそうなのである
無数に分化された社会であり専門化された社会だからである
原発でもそこは専門家しか立ち入ることはできない、そして誰も全体を知るものはなかった、吉田所長すら肝心の復水器について知らなかった
なぜなら私は資材部門だったからと言っていたからである
また社長でも会社全体を知る人はいないのである、何か一つの専門に詳しくてもあらゆることに詳しい人はいないしなりえようがないからだ

例えば原発では千人の電気仕事をする関係者がいた、配管の仕事をする人もいた
だからその人たちは実はこれは危ないとか現場で仕事して知っていたのである
では所長であれ幹部であれ上の人はそうした細部のことを知っているかというと知らないのである、いくら技術者として優秀でももう全部を知る人などいないのである
そんなことができるのは神だともなってしまうのが今の社会なのである

だから駅で勝手にボランティアしてなぜ仙台行きと原町行きのホームがほからないのが不思議だった、そんなことが当たり前であり誰でも知っていると思ったからである
ところが遠くから来る人はそれがわからないのである
それでその表示をするようにしたかしたのである
つまり上の人はすべてを知っているわけではないのである
だから原発では電気関係者が千人も働いていたということはそれだけ複雑なものが原発
だった、そしてその電気関係者はどこが危険が知っていたが上の人はそれを認めなかった上の人には何も言えない、もし逆らうというと会社自体がつぶされる
東電の命令は絶対だと言っていたからである

いづれにしろ現代文明社会はこうして原発事故でもそうだが破綻してゆるのではないか?ナチスがなぜ起きたのか?それはこうして専門家して無数に部分化した社会をまとめるために起きたとしている人もいる
つまり一つになるにはハイルヒットラーが一番わかり安いからである
カルト教団でもそうである、そこではめんどうな教義はどうでもいい、大衆がてっとりばやくわかることがいい、それで題目を唱えていればすべて解決するというのが一番いいとなるのだ、教える人も楽なのである、それで一日中題目を唱えている人がいたのである
そんなことしたって解決するわけがないのにもそれがわかりやすいからそうなるのであるナムナムとひたすら唱えることがわかりやすいからである

そしてなぜボランティアが難しいのか?
ボランティアがなぜ嫌われるのか?
それは専門化部分化した社会では私が駅にたまたま無人駅化したから勝手に駅員のようなことをして嫌われたと同じなのである
そうした専門化した部分化した仕事では第三者は素人は入りこめないのである

「お前はなんの権限があってしているのだ」
「そこは俺たちの会社の組織の許可がなければ入れない」

これはどこでもそうなっているのである、特に原発とかなると国がかかわっているから余計にそうなっているのだ、第三者は入り込めないのである
すると内部は秘密のベールに覆われているし知り得ようがない
そこから今回のような大事故になったのである
それがこれからも今の文明社会で起きてくる、全体を知る人などいない
部分部分で仕事していて他のことはわからないし立ち入ることもできないからである

ボランティアは何かそうしした専門家ではない、だから専門的に仕事している人がそうした何も知らない素人を入れるのは嫌うのである
それは一万くらいの町でもこの町がどういうふうになっているのか?
それもグローバル化とも関係してわからないのである
だから昨日は会社で働いていた人の話を聞いてそんな人がいたのかと知ったのである
その人はすでに40年前とかに海外旅行にヨ−ロッパまで行っていたことに驚いた
円がどるで240円の時だったからである
こうしてつくづく身近でもどういう人がいるかわからないのである

昨日また会った人はネパールの若い女性である、前も黒い顔の女性が二人いたからスリランカかと思った、それもネパールの女性だった、この辺では福装の裁縫会社で働いている女性が多いからである
グロ−バル化することでもさらに複雑になっているのが今の社会なのである
つまり一万の町ですらいかに複雑になってどう動いているのかなどわからてい
実際に隣の人が何をしていのかも未だにわからないことがあるのだ
田舎だからそんなことがないと思うがある、そういう社会なのである
だからボランティアというのは何か得たいの知れないものと現代では成り安いのである
なぜならみんな専門部門で仕事していて何かフリーのボランティアは何する人だとなってしうまからである

奇妙なのはだから全体を生きようとするものはアウトサイダーになるほかないとかなる
つまり無職になる他ないとなる、無職は専門家にならない、素人だけであらゆることにかかわるからだともなりそれも逆説だとはなる
ただはっきり言えることはこうして素人の外部のものを立ち入れさせないと会社でもどこでも内部だけでしかわからなくなりそこで原発事故のような破局的なことが起きてくる
原発が素人などわかないから知らせることも見せることも許可されない
でも原発でも科学者でなくてもわかることはありえたのである
原発は別に核分裂して熱をたして蒸気で電気を起こしているからである
それは蒸気機関車でもそうでありその基本的原理はわかることなのである
核のことはわからないにしてもそういう原理はわかるのである

ともかく無人駅でボランティアして社会が見えることがあったのは不思議だった
第一ここでこんなにいろいろな問題があると思わなかったからである
それじ社会勉強にはなったとなる
郷土史研究というときそれは総合的なものであり町でも歴史から地理からあらゆることを全体的に見る作業だからである、その一つに駅があったということなのである




2019年05月08日

烏崎村の津波被害にあった人と話する (父親は漁師だったが50歳で海で死に会社で働いた)


烏崎村の津波被害にあった人と話する

(父親は漁師だったが50歳で海で死に会社で働いた)
                                                                                

1971年3月に1号機の原発営業運転を開始

昭和52(1977)原町市議会で「火力立地推進に関する決議案」可決
昭和52年鹿島町議会で「火力建設の協力に関する決議案」可決
昭和58年漁業補償協定および付帯覚書を締結
平成5年建設工事開始
平成8年(1996)発電機を送電系統に連系(初並列)
平成9年通商産業省の使用前検査に合格(営業運転開始)

1971年に副失敗第一の原発ができて開始している
1996年にに25年後に原町の火力発電所が運転開始している

それは20年後だったのか?

となると原発はそんなにこの辺では早くから建てられたいたとなるのは注意すべきである

その人は川の土手の道に杖を持って立っていた、そこで立ち止まり話した
その話が長かった、3時間以上も話した
その人は烏崎の人であり津波の被害にもあい復興住宅に家族と住んでいる
一軒屋にしても部屋が二つとか狭いと言っていた

その人は脳卒中になった、64歳だと言っていた、だからまだ若い
しゃべることはしゃべれるし脳はやられていない、ただ足にきして歩くのが不自由になったのだ、そういう人と前もあった、それは同級の人だった
一人は結構重かったのだがダメージは軽くてすんだ
足も悪くないし一時痩せ細っても頭脳も明快である
ただ病気になったから激しい運動はできない、でも自転車で運動するようになった
それで高いヤマハの最新式の電動自転車を買ったのである
もう一人は足にきた、びっこひいている、でも車で買い物に来ている
脳卒中も多いなと思った

その人は何かよっぱらったようにしゃべるが普通にしゃべることができる
一時は呂律がまわらなくなってひどかったらしい、リハビリして回復した
ただ何かときどきしゃべるのが変だから酔っぱらっているのかとも見える
なにか良くしゃべる人であった

その人は烏崎村の漁師の父親のもとに生まれた、その父親が50歳の時海で死んだというから早く父親が死んだとはなる
それでいわきの水産学校に入った、その時漁師になろうとしたのだろう
でも父の仕事は受け継がなかった、すでにその頃から漁師は魚でもとれなくなっていたのか?
                                                                                
漁獲量はピークだった1982年の1282万トンから、2012年には484万トンにまで落ち込みました。前年の東日本大震災の影響もあるとはいえ、約3分の1にまでなってしまった

漁業も農業と同じくこういう状態だったのである

でも不思議なのは妻とヨ−ロッパ旅行していたのである
その時円はドル換算で240円だったという、その頃ヨ−ロッパ旅行した人は田舎ではほとんどいない、ハワイとかの旅行が人気になった時ではないか?
ヨ−ロッパに円が240円のとき行けた人は相当な金持ちである
第一外国はそのときまだまだ遠い所だったのである
だからこんな田舎からなぜヨ−ロッパに行ったということが不思議だった
私も本当は外国に行きたかったがその時は飛行機代が50万円とか高い時があった感じになる、そうなると普通の人は行けないはずである 

ジャンボ機の登場で高額な旅行代金が大幅に引き下げられ、特別なものだった海外旅行の門戸が少しずつ広げられていった。海外旅行者数はジャンボ機の就航を挟み、1969年〜1973年の4年間で4倍以上となる223万人に拡大ーー。まさに海外旅行の第1次ブームと言っても過言ではないが、そのブームの海外旅行客を魅了したものの1つが、ジャンボ機そのもの。そのスケールの大きさは旅客を圧倒し、機内で写真を撮り歩き、収拾がつかなくなることも珍しくなかったという

ジャンボ就航前年の1969年。最低40人単位でパッケージされた旅行が対象で、その価格は個人普通運賃の60%という大幅な割引が設定された。これにより、60万円台だったヨーロッパ商品が30万円台に、30万円台だったハワイ商品は最大7割近い値下げも行なわれたという。

この時から海外旅行は安くできるようになっていたのだ
私が失敗したのはその頃から海外旅行に行くべきだったとはなる、50歳では遅すぎたのである、もし海外旅行を早くしていれば人生が変わるということもあった
だからこんな田舎にすでにヨ−ロッパに旅行した人がいたのである

ともかくトランジスターとか言うとすでに日本の過去となり歴史となった

池田勇人は、「就任以来、高度成長、貿易振興を促している私は、自ら各国の首脳にトランジスター・ラジオを手土産に持って行って売り込んだのだから、偉大なるセールスマン、トランジスター首相」
                      
池田勇人首相はあのだみ声で所得倍増を言った人だった、その時日本は高度成長時代に入っていた、ソニーのトランジスターラジオが売れるようになっていたのだ
何かそれも歴史となりつつあり日本の繁栄期の象徴的なことにもなってしまった
高度成長時代は日本の電機製品は世界一となり売れたからである

この辺で最先端の電話の開発をしていたということもあったのか?

 電話交換手がスイッチボードのプラグにジャックをさしこむかわりに、特定の入力条件が満たされたときにリレーが回路を閉じるという方式を利用したのだ。リレーを使う ...

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こんなことを電話局ではしていて相手の電話とつないでいたとなる
だからこれが不便なので新しいものにするために開発していたが失敗したと言っていた
その時すでにソーラーパネルも開発していたがこれも失敗していたという
ただそうした先進的な取り組みをしている会社となると一流だったとなる

その人の言ったことで不思議なのはもともと今の火力発電所がある所には原発が建てられる予定があったか烏崎村の人が反対してできなかったという
そんてことがあったのか、私は覚えている、火力発電所を東北電力で建てる時会社で案内したのである、それは火力発電所であり原発ではない、ただそういう計画があったのか?その辺が良くわからないのである

火力発電所が建つ前の状態を私は知っている、そこは海であり原町まで砂浜がつづいていたのである、景色的に原始のままだったともなる
右田の松原もあり景観のいいところだったのである
だから火力発電所ができたということは大きなこの辺の変化だったのである
何かそれで烏崎の人に補償金が入り景気良くなって呉服屋が旅行に招待したとか知っている、家族の人が呉服を買っていたからである
ということはその時火力発電所が建った時、景気が良くなっていたとなる
ともかく原町の火力発電所ができてから40年がすぎている 

1971年3月に1号機の営業運転を開始

その約20年後に原町の火力発電所ができたとするとありえる、つまり双葉で火力発電所ができたからこっちにも作ろうということはありうるからだ
ただ意外と早く原発はすでに稼働してしいたのである

宮城県での建設候補地が町域に含まれる女川町および牡鹿町(現・石巻市の一部)の両議会も9月に誘致を決議し、石巻地区市町村長(1市9町)も誘致を請願して、浪江と女川で誘致合戦に陥ったが、1968年(昭和43年)1月5日に東北電力は女川町小屋取地域に建設することを決定した(浪江には浪江・小高原子力発電所が建設準備中だった)

浪江と小高の中間地帯の崖の上に原発は建設される予定だったより工事は始まろうとしていたのである、それが震災と津波で廃止になったのである
つまり津波と原発事故がなかったら小高に東北電力の原発は作られていた
それで小高の大工さんが景気良くなると言っていたのである
そこに建っていると相馬市まで30キロ圏内になり事故があったら住めなくなっていたかもしれない、ここは人口が多いからその被害も甚大になった
そして小高に東北電力の原発が建つことも知らない人が多かった

私自身も知らなかったのである、なぜなら原町はその時市であるから6万くらいの人口があったから左寄りの人たちがいて反対運動してきいるはずだがしない
そして小高でも共産系の人たちが多い町なのにしていないというのも解せないのである
だから知らない人が多かった、原発は何か知らないうちに建てられていたのである
それは原発の土地を買い県の許可がおりりれば作れるというものでみんなで協議するとかなかったのである、だからここには民主主義は全く機能していなかったのである

烏崎で中学の同級生も死んだ、地区の世話役で老人に避難勧告をしていて老人は頑固で逃げないので避難が遅くなって死んだとか言っていた
そういうことは他でも聞く、時間がないのに老人とかを回って逃げ遅れて死んだ人がかなりいたのである
また前が防波堤で遮られて海が見えないからわからなかったということも言っていた
そういえば確かに防波堤の上を自転車で行ったことがある
津波の場合、津波が来たのを見て早く逃げて助かった人の話を聞いている
八沢浦でも海に近いのに津波が来たのを見て裏山に逃げて助かった人がいた
それだけの余裕があったとはなる

海岸に接していても白い波が盛り上がるのを見たらすぐ逃げれば助かった
烏崎でもすぐ裏山があり高い所があったからである
それは歩いても近いのである、何か避難することでも失敗して相当数が死んだのである
大内では津波が来るのを見てトラックで逃げて助かった人もいる
つまり津波は意外は津波が押し寄せるのを見ていると怖いから逃げることがあるが見ないと逃げないこともあった、それが盲点でもあった
人間はやはりじかに見ないと危機を感じなかったということである

その人は今、二間の復興住宅に二人くらいで住んでいる
でも息子はいわき市と仙台にいるというから近いからいいと思った
それなら何かあったら来てもらえるからである
金はないと言っていた、それは船主でなくなっていたからである、漁業組合にも入っていない、仕事は電機関係とかの会社だったからである
そこで働いたことの苦労も語った

ともかく60代になるとなんらか病気になっている人が本当に多い、実はその人の同級生も64であり病気になっていた
自分自身も60代で病気になり入院して手術もしたのである、そのことはプログに書いてきた、まず60代以降は健康が大事である
一旦軽いにしても脳卒中になり障害がでると身体障害者になる
だからその人は歩くことはしても自転車にも乗れないのである
そして時々めまいするとかいうからやはり一時は呂律もまわらなくなったのである
でもリハビリして回復したのである
そして病気になってから誰も来ないとか言っていた、健康ではないからパークゴルフもできないと言っていた、確かに人間が何か病気になったり障害が出ると人は来なくなる
そういう人と付き合うことはさけられる、車も運転できないから一緒に行けないからである、なんかそれも淋しいと思った
車椅子の人を良くみかけるがその人も脳卒中になってそうなったのかもしれない
高齢化社会でこうした人たちも増えてゆくのである

いづれにしろこうして老いて昔を語るようになる、その人はまだ呂律がまわらないようになったりししても語れるからいい、もっとひどくなるとしゃべれなくなるからである
それもショックだとなる、こうして会話ができれば何かを伝えることはできるのである
これも一つの郷土史として記録されるとはなるからだ







        
  


posted by 老鶯 at 21:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 明治維新-明治以降

「安全の要」である駅業務の外注化は鉄道の安全を崩壊させる  2015年4月より「業務委託駅における業務の委託範囲拡大」が実施された。


「安全の要」である駅業務の外注化は鉄道の安全を崩壊させる

  2015年4月より「業務委託駅における業務の委託範囲拡大」が実施された。

railwayissue111.jpg

  人身事故などが発生し輸送障害が起こった場合、今までは最終的な安全確認は管理駅社員(JR社員)が行っているものを、業務委託駅社員が行うことができるというものだまた、列車非常停止警報装置の復帰扱い業務についても、業務委託駅社員が自らの判断で復帰扱いを行い、管理駅に事後報告する。
  
  つまり、駅における安全の確保に関してJRが全く責任を取らなくなるということだ。
  この攻撃に真正面から立ち向かい、職場から、「鉄道業務の外注化反対!」「乗務員勤務制度改悪反対!」「分社化・転籍反対!」の怒りの声を組織しよう。
  
  
これも何なのだろうか? 

業務委託駅社員にまかせる→コスト削減→安全が損なわれる

駅の機械化自動化→コスト削減→サービス低下

何か大きな都会の駅でも機械化自動化している、委託業務というのは駅の業務を委託することである、無人駅では管理することをまかせる
それは一日一回見回りしているだけである、でも一応管理を委託している

その駅の委託業務の範囲を広げる→安全が損なわれる

それで組合が反対している
でもなぜ鹿島駅では無人化したか駅の見守り役は置いたの高校生の見守りということで駅の業務はしないという約束でしたのである 

列車非常停止警報装置の復帰扱い業務についても、業務委託駅社員が自らの判断で復帰扱いを行い、管理駅に事後報告する。

これはとかなり専門的になるから危険なことは確かである
でもなぜそんなことまでまかすのか?
私はそんなことをまかせられない、駅でボランティアで時間とかその他案内しただけで嫌がられ拒否されたからである
別に無料でしているからコストとは関係ないのである
だからJRではただ素人の人がJRの職員でないものが入ってきて何かされるのを嫌がってそうしているのかと思った

でもここではJRではコスト削減のために危険な専門的な仕事まで委託業務する

これも何かなのかわからなくなった
結局JRでは経営が苦しいから委託業務する、JRの正社員でするとコストがかかるからだとなる、JRではなるべく正社員を減らして委託業務してコスト削減するとなるのか?

何かそういうことは日本全体に起きている、正社員になれない非正規社員が膨大なのである、一千万とか二千万とか非正規の時給労働者となっているのは本当に異常だと思う
それからグローバル化して外国人労働者が大量に入ってくるとますます底辺労働者は賃金が低くおさえられるのである
それで絶望を語っている底辺労働者がyoutubeにいた

でもここで起きていることはなになのか?

JRではコスト削減しろ

●危険なことでも委託業務させてコストをおさえろ

●機械化自動化AI化してコストをおさえろ

何かこういうことなのだろう
ではなぜ駅の見守り役には委託業務させないのか?
これもコスト削減であり委託業務させない、させるとコストがかかるからなのか?

でもわからないのは危険な仕事まで委託業務させているのである
この辺の理由がわかりにくい

ただ確かなことはJRではコスト削減のために委託業務と自動化機械化AI化している
委託業務でもコストがかかる場合はしない、それが鹿島駅の無人駅の高校生の見守り役だったのだろうか?
私が勝手に駅員のようなことをしたことを拒否したのはなぜなのか?
別に危険なことではない、それよりもこれは危険である

列車非常停止警報装置の復帰扱い業務

そういうことまで委託業務している、確かに危険なのにさせているのは何なのだろうとなる

そしてJRでは責任はない、委託業務者にあるとしている!

自動化機械化AI化すれば責任はJRにはない!

それは乗客にある、自己責任だとなるのか?

実際に駅員がいないのだから人間がいないのだから責任はないとなるのか?
機械とかAIはロボットは責任をとれないからである

これも何か変なことであり何か問題が起きる、その時どう対処されるのか?
法律的にどうなるのか?それは自動車の自動化とか他にもAI化で無人化される店とかいろいろな分野で起きてくる問題である
責任をとるものは誰なのか?機械やAIやロボットには責任はとれないからだ
結局責任は人間がとるほかないからである

いづれにしろ無人駅問題からこれだけいろいろなことがあり波及するとは思わなかった
とすると様々な現場で報告することはささいな場所でもありうる
ただ今までのマスコミでは報道されないだけだったのである
この報道にしてもマスコミでは取り上げないからだ
ただ無人駅を面白がってとりあげる放送はある、秘境駅とかである
でも現実の鉄道に関するこのような問題はとりあげないし追及していないのである
だから現場からインタ−ネットではいろいろなことを追求するようになる

それで「底辺労働者」についての深刻の訴えに同情したともなる

Love & Freedom「底辺労働者」が現実を生々しく体験から報告している(youtube)

こういうことはマスコミでとりあげない、報告されない、だから報道も変わったことを意識したのである

コスト削減はJRだけでない、底辺労働者が増えたのは会社のコスト削減のためである
東電でもコスト削減した結果として原発事故が起きた
社長でもコストカッターとして知られていたのである
結果として安全が無視され大事故になった
何か社会でも共通した問題がある、それで一番わかりやすいのコストカット、削減のために会社が賃金とか安全にかかる費用を削減する、それはグローバル競争にさらされているからそうなる
また日本が経済が停滞して貧困化しいるからだともなる、会社に余裕がないからそうなる
また鉄道は利用しなくなったからそれで収入が減ったからだともなる
そこに現代の様々な問題が鉄道をとってもあり無人駅から見えたとなる










ヨ−ロッパの鉄道は自己責任社会に基づいている (日本でも無人駅は自己責任である、責任をとる駅員がいないから?)


ヨ−ロッパの鉄道は自己責任社会に基づいている

(日本でも無人駅は自己責任である、責任をとる駅員がいないから?)

駅の近くに大きなホテルがあり、そこで日帰り湯に入るためにこの駅で下車しました。駅舎もなくホームに直接出入りすることが出来ます。ホームには、待合所があるだけの本当に質素な駅です。

駅などで発券する長方形の切符の場合は、列車に乗る前に改札印を入れる「コンポスタージュ(Compostage)」が必要なことが多いです。「必要ない」と書かれている切符もありますが、すべては仏語で書かれているため、とりあえず乗車前に刻印しておきましょう。  
切符を買う時間がないからと、飛び乗りで乗車すると、車掌から切符を買う際に通常の数倍の車内乗車料金を請求されます。

私がなぜ無人駅で駅員のようなことをしていたのか?
それは自分自身が鉄道旅行が好きで日本全国を鉄道で回ったからである
ヨ−ロッパで鉄道に乗ったし中国でも乗った、アメリカでも乗ったからである
つまりそれだけ鉄道には世話になったとなるからだ

確かにヨ−ロッパでは刻印しないで乗ると馬鹿高い罰金がとられるとかあった
私はしなかった時外国旅行者ということで許されたのである
本当は許されない、ヨ−ロッパの鉄道は日本とはシステムでもかなり違っている
それも20年前だから今は違っているようだ

つまりホームまで自由に出入りできるとか自由があったのはやはり自己責任社会だっからなのかとなる、刻印しないと罰金がとられるというのもそうである
ただ日本でも今では駅員がいていない所は自己責任なのである
駅員が教えてくれないからである、そこに問題が生まれることは延々書いてきた

ただ無人駅では自由にホームに出入りできるのが多い、第一駅員がいないのだからそうなる、監視カメラがあってもわからないし注意されないからである
日立木駅をみればわかる、誰も見ていないから待合室の壁が壊されたのである
あそこでは自由に出入りしても誰も見ていないしわからないのである

いづれにしろ日本の駅がうるさいくらい危険ですからとか電車がいちいち来ることでアナウンスする、そういうことがヨ−ロッパの鉄道では一切ない
そこは文化の相違なのだろう、ヨ−ロッパは自己責任社会だから危険は自分でさけてください、それで事故が起きても鉄道会社では一切責任はとりませんとなる

でも不思議なのは自動化機械化するとすでに自己責任なのである
JRでは自動化して乗客が困らないように便宜を図っています、それで何かあったら自己責任ですとなる、駅員がいると責任が駅員からJRになるからだ
だから駅の見守り役でも駅員がいる切符売り場だったところにいるから駅員だと乗客は思ってしまうから駅の業務はしないという訳にいかなくなるのである

いづれにしろもう鹿島駅は無人駅ではないと思う
朝と2時半ころは高校生の見守り役として駅員がいるとなる
昼間は確かにいないがそれだけの時間が駅員がいるとなるからだ
とすると駅員と思い駅の業務をするようになる、あそこにいるとわからないと必ず聞かれるからである、それで私たちは駅の業務はしないですとは言えない状態になっているからだ

ただ駅の業務をしないとういのはJRで責任をとりたくないからなのだろう
でも自分自身は駅の業務をしていたのである
JRの許可もなくしていたのである、それは乗客に聞かれたからそうなった
でも別に自分はJRから頼まれたわけでもないし委託された駅員でもないのである
だから本当は駅の業務はしてならないものだったのかとなる
ただ駅の外での案内などは自由である、そこは駅の管轄にないからである

とにかくここたけではない、会社員でないのものが勝手に会社の仕事などできないだろう、かかわることもできないだろう、仲間で組織で仕事しているからである
そういうふうにして外部の者は会社とかの内部には入れない
原発でも確かに仕事で入る人がいても厳重に管理されている、許可がなければ何もできないからである、そういうことはわかる
ただ私がしたことは別に危険なことでもない、あそこで駅の業務といってもそんなに危険なことはないのである 
のでも何かJRからするとしてもらいたくないということがあった

それは組織で仲間で仕事しているので関係ない第三者に入ってもらいたくないのということはあった
ただ駅はJRだけでなく地元の市民でも遠くの人でもみんなかかわっている
それは実際は人間は会社にしてもなんでも公共のためにある
公共善のためにあるとかなる、だから会社でも悪いことをしたりするから原発でも外部の第三者の監視が必要だったのである
それが原発になると絶対にできない、それが大事故につながったのである

つまり社会でも公共善とかのためにみんながかかわる、知るということも大事である
そこで知らされないと何もわからないからである、そして国民のためにもならないからである、そこに報道の役割があったのかとなる
無人駅の問題を追求したが無人駅はそういうことだったのかと考える人も関心を持つ人もでてくる、ただ鉄道はマニアのようにな人が関心をもっているが今は乗る人が少ないから関心がないことが問題なのである



2019年05月07日

なぜ日本の駅はホームに勝手に入れないのか? (自己責任社会ではないから?すでに駅の見守り役は駅の業務をしている)


なぜ日本の駅はホームに勝手に入れないのか?

(自己責任社会ではないから?すでに駅の見守り役は駅の業務をしている)

railwaysssttt1.jpg

ヨ−ロッパの鉄道だと自由にホームにできたり自転車をそのまま電車の後部にのせたりできる、そういうふうに作られている
それがうらやましいと見た
日本ではそのホームに勝手に入れないのか?
私はただ無人駅になっていたから入ったのである
でもやはり無人駅だから勝手にホームに入って送別する人がいた
それは駅員がいないからそうなっていたのである
それも便利だと思った

でも今は高校生の見守役がいるようになったから駅員と見るからできなくなったかもしれない、自分の場合はもともと嫌がられていたからそうなった
そもそもヨ−ロッパの駅ではあんなに駅のホームに自由に出入りできるのか?
そうなると危険にもなる、事故にもなる
日本ではうるさいくらい電車がきましたから気をつけてください案内する
ヨ−ロッパの鉄道ではしないのである
それも不思議だと思う

日本はなにかやとうるさい、干渉する、それは後で事故が起きたりすると責任が問われるからなのかもしれない、それで駅の業務をしないとJRと契約したのはそのためなのだろうでも駅は無人化してヨ−ロッパの駅と同じになっていたのである
誰も見ていないから自由に出入りする人がいて当然だからである
ただ監視カメラは見ていたからそれで見守り役が入るなと注意した
でもその高校生の見守り役は契約では駅の業務をしないとなっていたのである
ただ最近は案内したし駅のホームに入って盲人を導いた時まねてしたのである
だからこれはどうなったのか?
駅の業務もするよようになったのか?
すでにしている、ホームに入るなというときJRの命令で駅員のようになり言ったからである、つまり見守り役でも駅長の命令がありそれに従ったのだから駅の業務をしていることにもなる

いづれにしろ今は確実に駅の業務をしているのである、だから契約とは違っている
すると駅の業務をするから責任も生じてくるのか?
もう無人駅ではない、駅員がいてホームに入るなとか命令できるからである
駅員の役割をしているのだから契約は無効になる
つまり駅の見守り役は駅の業務をする、だから乗客にいろいろ聞かれたら案内する義務も生じるし責任も生じるとなるのか?
これは法律問題である、法律も責任問題がありそれを追求しているのかもしれない
何でも法律では条項では責任をとりませんとういことがうるさいくらい書いてあるし
そして保険とかでは小さな文字で書いてあってわからない
後でそれを証拠しにて責任をとりませんとなっているのである
責任を恐れるから最初の契約は駅の業務をしないとししていたのである
ただ駅の業務をすでにしているとなるとどうなるのか?
駅員として義務を果たせとなるのか?その結果には責任をとれともなるのか?

こんなことくどくど追求するのも何なのだが何かこれが法律なのかとなる

駅の業務はしません、駅のことに関しては責任はとりません

駅の業務は実際している その責任はどうなるのか?

JRとの契約を駅の業務をしたことで破ったのか?その破った方に責任があるとなる
JRは何かあっても関係ないとなるのか?

いづれにしろJRは駅の見守役はどうしても駅の業務にかかわらざるをえないからそうさせるべきである、ただそうなると駅の業務をするということでJRはその負担をしなければならなくなるかもしれない、現実にも駅の業務をしているからである
だから乗客に何か聞かれたら答えていたしすでにしているのである

そこで何が問題が起きたら事故でも起きたらどうなるのか?

だからそもそも駅の業務をしないとしたのが辻褄が合わないものだった
だってあそこにいれば駅の業務をぜざるをえないからである
ただ奇妙なのは自分が勝手にボランティアで駅の案内とか業務を駅の駅舎内でしていたことはするなと命令されたとはなる

いづれにしろ駅の業務はしますと書いていた方がいい
その方がすっきりする、それで別に事故が起きることもないと思うからである
現実にもう駅の業務をしているからである
それはJRでもそうさせるよになったのだから駅員としても扱うべきだともなる
そうしたくないとしてもそうしているからである
私はボランティアでそうしていたが断ることはできたし禁止できた
でもあそこの駅の見守役は市とも提携してしているからあそこにいることを拒否できないのである、拒否できないというより駅の業務をしないということでJRで契約したからである
ただ駅の業務をしているのだから契約違反だと今度はなる
それなら駅の見守り役にそのことを注意すべきだとなる
駅のホームに入るなと駅長が直接言うべきだとなる

ともかくなんか法律だとめんどうになる、それはなぜそうなるのか?
責任問題になったときやっかいだから事前に法律で決める
それで条文を作りそれを証拠として責任をとらないようにするとなる

駅の業務はしない→すでに駅の業務はしている →法律違反

駅の業務はする→JRにも責任がある→駅員と同じになるから・・・・・

まあややこしくなるが法律も詭弁だとなるがそういうことにはなる

駅の見守り役は鹿島の人がするべき? (なぜ相馬市とか原町の人がしているのか?)


駅の見守り役は鹿島の人がするべき?

(なぜ相馬市とか原町の人がしているのか?)


これも疑問なのである、相馬市の人もnpoに参加してしている
でも鹿島駅なら鹿島の人が見守りするのにふさわしくないか?
だってここにいつも住んでいみているからである
原町だったら原町の地域がありそこでボランティアする
現実に原町には制服を着た駅の案内役がいたけどその人は原町の人だったからである
もしそこに相馬市の人とか鹿島の人がいたら違和感が生まれる
そこまでこだわらなくてもいいにしろ本来は地域の人の見守りだったらそうなる
時々鹿島の駐在所のパトカーが駅を見守りしている
それは高校生の犯罪が起きたことがあったからだ
警官でも管轄地域がありそこで安全パトロールししているからである
そしてなぜ南相馬市ならいいが相馬市の人がきて南相馬市の役所で税金を払ってみてもらっているのか?
何かそれも疑問になる

こんなことくだくだ言うのもいやだがこれも市政とかと関係あるのかもしれない
だって高校生の見守りでもそれは地域と関係しているからである
だから鹿島の地域は鹿島の人が見守りするのが理にあっている
もちろん反論はあるしそれぞれの理屈は言えるからなんともいえない
でも市政の問題としてあるのはやはり市民の税金を使っているからだともなる
無料のボランティアだったら何も言わないだろう
ボランティアでも結局何か無責任なのである
別にしてもいいとかしなくてもいいとかなっているからだ
一旦金をもらうとなると人間社会は責任が生じるとなる
だから市役所の人でも大きくは政府でももともと国民の税金で運営しているのだからその責任があるから無駄に使うなと監視が厳しくなる
そういう責任も背負わされるとなる

でも駅の問題で複雑なのはそこには市民が関係していることである
JRだけでは運営できない、だからトイレは南相馬市で作り障害者施設の人が毎日ぴかぴかに磨いているのである
商工会ではJRから頼まれて一週間に一回くらいゴミ箱などの掃除をしている
それもJRでは金を払ってしているのである
全部こうして頼んだ所は金を払っているのである
ただその責任はゴミを片付けて掃除するというだけである
後は駅の業務とは関係ないのである

いづれにしろ駅のボランティアというと盲人とか障害者の補助とかが多い
それはやはり駅では困るからである、だからそこにボランティアの需要がある
無人駅で何か案内するとかは募集ししていないようだ
ただ無人駅でも一日一回回ってもらう管理する人は頼んでいる
そうなるとそういう人はいつも一日見ている駅前の自転車屋がふさわしいとなるのだ

考えてみると南相馬市では高校生の見守り役をとして金を払うようになったのか?
それは許可したのか?これも良くわからないのである
どういうプロセスでそうなったのかわからない
相馬市の人が人が入っているというのも何か南相馬市内ならそういうことはしないのではないか?
地域のボランティアだから地域の人がするのが合っているからだ
ボランティアでなくてもその地域に住んでいる人が見守り役には一番ふさわしいからだ

こんなことでも何か市政と関係していて具体的に政治と関係しているともなる
それは予算とか税金の使い道に一番関心があるからだとなる
予算を配分することに自治体でも一番関心がありまた国から配布される地方交付税に関心があるとなる、その予算を握るのが財務省だとかなるから国の力をそこで感じやすいとなるのである
ただ国というとあまりにも巨大すぎて理解できないのである
6万とかの自治体だと理解しやすいのである
だから政治の基本はそうした狭い範囲での民主主義が成長することだともなる
その手段としてインタ−ネットの活用がある
なぜなら誰もこんなこと取り上げないし関心もないからである
それでこれを読んだ人が関心をもつかもしれないからだ

ここにこういう問題が市の中でありますよと訴えることができる
ただ正直南相馬市内でも関心がないことは確かである
なぜなら車社会だからそもそも鉄道に関心がないからである
そこが最大の問題なのである、鉄道を利用する人が常磐高速の十分の一もないだろう
その差が大きすぎるから何かあってもほとんど関心がないのである
ただ三陸鉄道とかでは廃線になると町が廃れるとして運動になった
それは只見線でもそうである、存続するかしないかとかなって始めて全体の関心になる
普通は関心がないから問題にもならない気づかないのである

ただ小さな自治体でもいろいろな問題がある、それが報道されない
まず無人駅のことでこれだけ報道したということも意外だったのである
こんなところにこんな問題があり報道することがあったとは思わなかったからである
でもこれもやはり南相馬市の問題であり市政の問題だったのである

つまりインタ−ネット時代はこうしてその場その場で問題提起してそこにこういう問題があるということを知らせることができる
それで問題を共有するものとなる、ボランティア問題でも自分と全く同じ経験をした人がいたからである、なるほど同じだなと読んだからである
そういう問題の共感はインタ−ネットでしやすいということがある
ただそれにしても読まれるのが少数だからあまり影響はない
でもこういうことがやはりインタ−ネット時代の報道だったのかともなる
こんなことでこれだけ書いていることも不思議だったからである
報道そのものがインタ−ネットだと変わる
ただまだそれに気づいていない、でもテレビでは報道されないことが膨大にある
それが一応書いて知らせることができる、それはやはり何か時代の変化であり進歩なのかもしれない、マスコミからミニコミになるのか、そういう時代になったのである

善意でもボランティアはかえってむずかしかった (自分が感じたことと同じことがネットでも書いてあった)


善意でもボランティアはかえってむずかしかった

(自分が感じたことと同じことがネットでも書いてあった)

ボランティアで一所懸命 時間を費やしてやってきたことが、感謝どころか誤解を生み、なんだか人間関係に疲れました。 家族のことだけやってればよかった。すいません 愚痴です。 いやな思いをされた方はスルーしてください。

電車で座席を譲ろうとして「相手から年寄り扱いしないでくれ!」と怒られたりするなど、これまでの人生で経験したことがなかったのでしょうか。 
逆に、相手は良かれと思ってしたことがこちらにとって大迷惑、善意だとわかっているだけに余計困ったこととかありませんでしたか。 

私はボランティアはあくまでも自己満足の世界だと割り切って考えています。

幼稚園や小学校の役員を今まで引き受けたこと数回です。 
これも無報酬で、まるで通勤しているが如く園や学校に通っていたので 
立派にボランティアだと思いますが、感謝されるどころか 
文句の言われどおしだったことも、あります。 
先生に嫌がらせされたことも。 

一生懸命、やっているのに、 
空回りして、認めてもらえず、かえって悪意に受け取る人もいますしね・・・ 
空しさを覚えるときがありますよね。 


ボランティアはかえってむずかしい、例えそれは善意であれ無料であれむずかしい
そのことを体験から書いてきた、これと同じことを経験してここに書いてきた
そもそもなぜこうなるのか?
例えば私は苦しいです、助けてくださいと頼まれれば助けることがある
それで頼んだ人が何かと文句言うことはない、でも頼まないのにかかわればそんなことしてもらわなくてもいいのにうるさいとなるだけである

電車で座席を譲ろうとして「相手から年寄り扱いしないでくれ!」と怒られたりする

自分も案内してこういことがかなりあった、うざいとされるのである、スマホを見ているから必要ないともされる
つくづくここに書いてあるようなことがボランティアの人は経験しているのだ
善意があったとしてもそれを相手が認めるとは限らないのである
かえってうるさいとなったりうざいとなることがある

そして会社とかJRでもかかわっているとそれはさらにむずかしくなる
そこは会社の運営方針がありJRで認めない者は何もしてはいけない場だったのである
無人駅だから最初は困っている人がいたので自分は案内していた
それはそういうふうに自然になったとなる
困っているから教えたとなっただけである、それはそこが無人駅という特殊な場でそうなったのである
そこは本当は人が必要なのだけどコストがかかるからJRでは人を置かない
無人化する駅が増えてゆく

でも不思議なのは駅の見守り役は何なのだろうか?

ボランティアなのだろうか?

南相馬市とJRが契約してそこに高校生の見守り役限定として常駐させるようになった
それで自治体から金が払われている
金をもらっているとするとそれはボランティアなのだろうか?
市民の税金が払われている、それもわかりにくいのである
でもあそこにいる限り見守り役でも鉄道の案内役をさせられる、現実に駅の業務はしないとしても自分が教えたりまた案内もするようになったからである

つまり市民の税金をもらっているということですでに何らかの責任が生じているのか?

確かにしているとなる、ただその責任は高校生の見守り役というだけであり駅の業務はしないという限定責任なのである
でもあそこにいると必ず鉄道のことで聞かれるのである、駅員に見えるからである
服装でもそうである、駅員に見えるからだ、第一あそこは駅員がいる場所だからである

駅員に見えるから駅の案内してもらいたい、鉄道の案内をしてもらいたいとなる
現実に乗客は聞いているのである、それをしないというとき何なのだろうとなる
その駅員がいる場所にいるべきではないとなる
誤解されるからである
別に高校生の見守役だったらそこにいる必要もないのである
奥にも広い部屋があるからそこから見守っていればいいとなる、何の問題もないのである駅員のいる切符売り場にいるから鉄道のことで聞かれるのを避けることができないのである
そこにいなければ聞かれないのである                          

つまり駅員のようにしている、その場にいることが問題なのである

それは自分が駅員でもないのに駅員のようにふるまったことで注意されたと同じなのである
駅の案内もしないならそんな場所にいると誤解される、なぜ案内しないのだともなる
だからあそこの切符売り場にはいるべきではないとなる
自分もボランティに誤解されたようにである

お前らは駅とか鉄道にかかわらないならそんな誤解される場所にいるな!

こうなるのである、ホームに入るなというのもわかる
でもお前らもそんな誤解されるような場所にいるな、駅の業務にかかわらないとしたら
奥から高校生を見守っていればいいとなる
乗客とはかかわらない場所にいて見守りしていればいいのである

なぜお前らは金を自治体からもらっているのだ

高校生の見守りのためです

そうならそうでいい、切符売り場に駅員のようにしているな!

こうもなってしまうのである、なんかこんなに複雑になるとは思わなかったけど
これも社会勉強だったとはなる   
駅とはそれだけ公共的場だからである、JRだけのものでもない自治体もかかわり外部のものも関わる場だからである
それで駅構内はJRが管轄するから一切かかわるなというのも問題になる
何か悪いことをするなら別なのだけどみんながかかわる場所だからである

見守り役は市民全部ですること!

高校生の見守り役とういけどそこにいる周りの人も見守っているのではないか?
駅前の自転車屋は本当に一日中見守っているから一番詳しいのである
私は数十分くらいしかいない、毎日たちよるにしてもそうである、だから見守り役にはならない
そしたら自転車屋が見守り役に一番ふさわしいとなる
自治体からも金をもらってもいいともなる、現実にあそこの自転車屋が町の人が集まる場にもなっているからだ
その対応もいいのである、それでその人も見守り役に不満を言っていたことがわかるのである
JRの人は何も言ってこないとか、市の方でも何も言ってこないとか言ったいたからである
それは自分自身のことでもあてはまることだったのである
見守りとは本当は市民全部ですることである、誰か怪しいのか地元の人が見ていることである
それはあそこの駅の見守り役だけでたりることもないのである、安心感はあるにしても回り全部で見ていることが安心感につながるのである

いづれにしろボランティアは本当に自分だけではない、もう不可能なくらいむずかしい
だからこんなことでこだわってやるのが馬鹿らしいとなる
そんなこと誰も望んでいなとかなりかえって叱られたりうるさがられたりいろいろ拒否されたらやれないとなる
かえって何もしない方が楽である、第一できないのである

ただ駅の見守り役は限定にしろみんなの税金でしているのだから何らかの責任が生まれるもし誰かが子供が昼間でもいないときホームに入ってきて事故が起きたらどうするのか?

それは誰の責任になるのか?

無人駅の責任は誰にあるのか?監視カメラで見ていても注意できないからである
昼間は無人駅だけど常駐している人がいるのだからその見守り役でも責任が問われるかもしれないのだ、だから何か無人駅というのは不思議である
それはAI化とかでコンビニでも無人化するとかコストを減らすために無人化が増えてくるときこういうことと同じ問題が生まれることは確かである
そのことをまさに無人駅で体験して伝えたとなる
だから何らか自分の経験したことは将来のAI化とかの問題の参考になる
自分自身も何か社会勉強になったのである
社会というのは仕事をしてみないとわからないところなのである
それをしていなかったから自分には欠けるものがあった
社会とはこのように複雑なのである、責任とかも問われるし簡単にボランティアでもできない、おそらくそこには責任問題が生じるからだとなる
責任をとりたくないから駅の業務はしないとか契約している

でも何かあった場合、誰が責任とるのだろうか?
                                                      
無人駅だから責任はJRでもとる必要がない、責任は全部乗客にあるとなるのだろうか?
これも何かわからないことでありボランティアでも保険に入るとかしているのもそのためである
それだけめんどうになるとボランティアは簡単にできないとなる
だから自分の場合はただ駅で人と会ったり何か聞かれたらするとかそういう無難にしていることが得策だとなる
ただうるさがられて文句言われて警察にも通報されるとかそれしかなかったからである
こんなことまでしてやれる人はいないとなる
ただ無難に駅で人とあったり話したり聞かれたら案内するとか程度にする
駅構内では何もできない、監視カメラでも駅長とか見ているからである
それは警察と同じなのである、そういう場所だったのである

立派にボランティアだと思いますが、感謝されるどころか 
文句の言われどおしだったことも、あります。 
先生に嫌がらせされたことも。 

これと同じだった、案内してもうるさがれなぜお前はここにいるのだとかなり駅長はは嫌がらせをする
文句の言われどうおしだったこともそうである
感謝は案内した時あったから違っていたがそれは遠くから来た人たちでありその人たちはまた来ないから地元の人は何も認めていないのである

つまりお前はそんなことする必要がないとうい事なのである

誰も望んでいないことをしても嫌がられるだけで感謝はしない、遠くの人は感謝したとしても後は来ないからである
ただあそこの駅は親切だったとかになることはありうるがそれもわからない、みんな忘れるだろう
一時のことだからである
それで何ら認められることもなく嫌がられるだけだったとなれば誰もやらないとなる
だから頼まれないのにやることが問題なのである
道がわからないのですが教えてくださいと言えば教えるがこちらから教えるとなるとスマホでいいやとかなるから嫌がられるからしない方がいいとなるのだ