2026年02月09日

中道改革の衆議院選挙の大敗はなぜ 【創価票が機能しなかった、買い被り過ぎたのが失敗】


中道改革の衆議院選挙の大敗はなぜ
【創価票が機能しなかった、買い被り過ぎたのが失敗】

中道改革がなぜ大敗したのか、大きな原因は期待した創価票が入らなかった。
なぜそうなったのか、選挙の準備ができなかった。創価というのは巨大な団体であり
でもみんなが熱心な会員ではない、そこで何百万人の幽霊会員がいる。その人達は会合にも出ない、それで選挙の時その人達に一票を入れさせるのが幹部の仕事になる
それは半年前であれ一年前であれ運動する、だから今回のように時間がないと対応できない、つまりこれだけの巨大組織を動かすとなるとそれなりに時間がかかる
そして創価の会員は池田大作会長時代とは違い熱心な人は減った。一種の憑き物がとれたようになった。

幽霊や霊が取り除かれ、正気に戻った状態

「憑き物が取れた」とは、幽霊や霊が取り除かれ、正気に戻った状態を指します。この表現は、集中しすぎた状態から解放され、元の自分を取り戻したことを示す言葉です。例えば、何かに夢中になっていたときに、ふと我に返ったときに「憑き物が取れた」と表現されることがあります

カルト宗教団の会員はこんな状態である。一種の憑依現象でもある。本来の宗教とは何の関係もない、それは精神異常でもあり社会病理学的に見るべきものである
ナチスの全体主義―ファッシズムである。社会自体がそうなる時がある。今創価であれカルト教団は憑き物がとれたようになっている。洗脳から覚めたともなる
だから創価でも会員を操作できなくなった。なぜ選挙運動ばかりさせられるのかと疑問に思い嫌になっていた人も多いからである。
池田大作が死んだこともカルト教団にとって教祖は神であり仏でもあるからそれを失うことは求心力を失うのである。なぜなら池田先生のために選挙運動するとなっていたからである。

とにかく巨大な組織でありその人達は自主性はない、だからこそ選挙でも必ずしも集団で一致して行動するわけではない、つまり上からの働きかけが必須である
そうしなければ動かないのである。浮動票のようにその時々の情勢で動かないのである
今や組織自体が一つとなり動かない、動かすにもかなりの時間が必要なのである
今回はその時間がなかった。だから立憲も期待したが期待外れに終わった
もはや創価票は幻想であり期待できない、むしろ創価と組むと逆効果になる
現実に自民党から公明が離脱してもかえって右寄りの人達が票を入れて自民が大勝した
公明党が離脱してかえって良かったとなる。公明創価を買いかぶりすぎていたのである

それは立憲でもそうだった。創価票がごっそり入ると見たがそうはならなかった。それが誤算だったのである。今や創価公明は衰退してゆくだけである。そこと組んでも伸びることはない、そもそもカルト教団と組んだことが間違いだったのである

溺れる者は藁をもつかむ

oborerupic.jpg

溺れる者は藁をもつかむ」とは、困窮した状況に置かれた人が、全く頼りにならないものにまで必死にすがろうとする

立憲はまさにこれだった。公明党もそうだったのである。新党でも何ら新鮮味がなかったのである。互いに沈んでゆくだけだったのである。

2026年02月02日

地理はまず方角を知る 【日の昇る東と沈む西を基本として知る】

地理はまず方角を知る
【日の昇る東と沈む西を基本として知る】

eastwest.jpg


direkstion.jpg

「オリエント」の語源はラテン語で「日が昇る方角」(=東)を意味するオリエンス (Oriens) である。英語のイーストやドイツ語のオスト (ost) などはギリシア神話のエオス(暁の女神)に由来する

地理で一番意識するのは陽の昇る方向と沈む方向である。小野妹子 陽の昇る国から陽の沈むへと

遣隋使の小野妹子が、持って行ったとされる書簡が「日出處天子致書日沒處天子無恙云云」(日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙無しや、云々)で始まります。
現代語訳すれば「日が昇る国の天子(国王)から、日が沈む国の天子へお手紙します。元気?」ってところでしょう。

ともかく地理の基本は方角を知ることである。陽が昇る方向が東であり沈む方向が西である。でも東西南北があり東西はわかっても南北がわかりにくい、南仙台駅があるがなぜ南なのか北仙台もある、仙台を中心として南があり北がある
でも常に意識できるのは陽が昇る方向の東であり沈む方向の西である 南相馬市となると相馬市の南となり合併後に名ずけられた

東の 野に炎の 立つ見えて かへり見すれば 月傾きぬ 柿本人麻呂

(読み方:ひむかしの のにかぎろいの たつみえて かへりみすれば つきかたぶきぬ)

ひむかし・・・は陽に向かうである。こういう光景は常に見ている。陽の昇る方向と陽の沈む方向は意識しやすい、だから近江では陽の昇る方向が関ヶ原の方向でありそこから東(あずま)になっている。そこが東西の境界なのである。
日本の東西は西から発展した、でも西から陽の昇る方向に東(あずま)に向かっていったのである。征夷大将軍は西から東の蝦夷を征服する称号でありその意味は東の蝦夷を支配するという役割なのである。だから家康でも征夷大将軍を名乗る
東は長く征服されなかったからである。


ともかく近江は琵琶湖を中心として湖東湖南湖西とか方角地名でわかりやすい、湖西というとき陽の沈むところだから淋しい感じになる。湖西線は淋しいとなる。何か東となれば陽の昇る方向であり明るい感じを持つ、陽の沈む方向は何か暗い感じになる
でも夕日が映える所は印象的になる。エジプトでナイル川の西岸に太陽が沈むのを見た時エジプト3000年の歴史を感じて何んとも言えない感慨にふけった。

日の沈む方向でもそれが意外なのである。明石に春の夕陽が映える、大阪に日下(くさか)とあるのは何故なのか、この地名は相当に古い、日下氏となると古代の有力氏族である。そもそもなぜ大阪に日下―日の沈む方向になるのか?そここから日の本の国の由来がある。

古代史では、神武天皇が大和へ向かう際に通過した重要地点として「河内国・日下」が登場します。

このため、日下は「日の本(ひのもと)」=太陽・東方・始まりを象徴する地として扱われることが多く、神話的な権威を帯びた地名でした

大阪が日本の最初の中心地でありそれで日下(くさかべ)氏が生まれ日本の基となった

日下部 (稲沢市) - 愛知県稲沢市の地名
日下部 (八頭町) - 鳥取県八頭郡八頭町の地名
道場町日下部 - 兵庫県神戸市北区の地名

神戸市にも日下部がありそこは陽の昇る場所になる


ともかく地理は方角地名が基本である。世界でもそうである、だから西半球というとき
陽が沈む方向である。ヨーロッパは陽が沈む方向なのである。世界史では東からオリエントから西に向かったのである、中国でも西域がありそこからヨーロッパに向かった
さらに大西洋を渡り西へ西へと向かった、アメリカの西部のカリフォルニアの海岸からは太陽が太平洋に沈む。その日の沈む方向に日本があり中国がアジアがある
西へ西へと移動して地球を一周して極東の日本に到達する
コロンブスは西へと大西洋を渡りアメリカに到達してもそこが日本だと思っていたのである。ただ日本の地理は東西の境界であり結ぶ地点にあったのである。
陽の昇る方向から沈む方向へ向かうのは人間も生物の一種だから本能的にそうなる
東から西へ西から東へと文明も興隆して衰退するのも地理的にそうなる。




2026年02月01日

世界で多党化が進む主な理由 【民主主義そのものが問われているー民主主義が独裁を産む理由】

世界で多党化が進む主な理由
【民主主義そのものが問われているー民主主義が独裁を産む理由】

1. 社会の価値観が細分化した
かつては「労働者 vs 資本家」「保守 vs 革新」といった大きな対立軸が政治を規定していました。


しかし現代は、

環境問題→参政党
ジェンダー
地域アイデンティティ
移民→日本保守党
デジタル社会→チーム未来

多党化は「混乱」ではなく、
社会の多様性が政治に反映され始めた結果とも言えます。

ただし、多党化が進むと、
連立政権が複雑化する
政策決定が遅くなる
ポピュリズム政党が台頭しやすい


今までは昭和でも平成でも二大政党で分かり安かった。自民党と社会党とかで分かり安かった。これだけ多党化するとわけわからなくなる、だから政策でも何にに重点を置くのかを見る。わかりやすいのは日本保守党が移民問題をチーム未来がデジタル社会を若者向きの問題を重点にするのはわかりやすい、他はわかりにくい。
消費税はほとんど賛成であり区別できない、ただそのやり方の方法が違うとなる
知識人に受け安いのが反グローバリズムの参政党である。ただ庶民受けにはならない、
共産党と創価は問題でも庶民に受ける。めんどうな知識は必要はない、身近に接して話だけでも聞き援助してくれる党に入れる。だから一定数の票が確保できる

中道改革は何かあいまいであり浮動票は入らない、組織票が頼りである。でも創価でも何か入れにくい。やはり公明党でないと入れにくい、組織票としてまとまりにくい。
原発に賛成とかで私は入れない、宗教政党はそもそも中道でも一つにまとまりにくい、どうしても排他的になる。そもそも信者や会員優先でありそうでないものは重要ではない、会員には利益を与えるがその他は無視される。少しでも批判して逆らうと謗法だとか仏に逆らうから罰当たるとかなる。

だから一般人からすると近づきがたい。ただ議員でも落選すると罰あたったと逆に言われる。何でも宗教で判断するからである。ではなぜ創価でも共産党でも一定の支持者がいるのか、それは最下層の人達がいてその人達の頼る党がないからである。他の新党は庶民にはわかりにくいのである
結局宗教政党はカルトは詐欺集団である。得する御利益があるのは議員とか幹部であり
その他にはない、選挙でもただ働きをさせられるだけだとなる
かといって最下層の人達が一定数いて今は増えていると勢力が増すともなる

いづれにしろ多党化になるのはそれだけ社会が細分化されて複雑になったからである
極端になると一人一人が一党ともなる。日本保守党などがそうである。保守自体が多党化している、だから選ぶ方になると困惑する。個人への人気投票なのかともなる。
高市首相自体がそうである。私が首相としてふさわしいかを決める選挙と言い、国民い問う、それは人気投票だとなる。当選すればやはり私は人気があるとなり認められたとなり喜ぶ、多党化でも個人への人気投票になる。そこに民主主義でももはや成り立たなくなる。民主主義の問題は一人一人の言い分を聞いていたらきりがない、それに答えることはできない、そこに限界があり何かを判断して決めることもできなくなる
ワーワーと騒ぐだけで何も決められなくなる。必ず反対の人がいて批判がありそれをまとめることができなくなる。結果的に良い政策でも実行できずに国民が損するとなる
とにかく支離滅裂であれ自己を主張するのが民主主義である

この辺で原発事故があっても原発いいものだと堂々と主張する。それは原発事故で避難区域になった地域であり補償金が手厚いからいいものだったと主張する
そういう人が一人いても原発事故でもそんなものかと信じて原発が増設される
その発言には責任が伴う、でも責任を自覚しないでとにかく自己を主張する
戦後こうして民主主義的人間が育成された、それは知識人だけではない庶民でも本当に自己を主張する、支離滅裂でも主張する、そして俺とお前は同じだとなる
水平化される、そこで多数が正義であり多数に従えとなる。つまり多数がすべてを決めるのでありいかに多数に支持を得るかがも問題になる、だから逆に民主主義は独裁になりカルト宗教団体とかが力を持つようになる

そこもただ一票を得ることであり人を選ばないからである。
民主主義→ファッシズム→独裁となる。トランプ大統領のような独裁的人物が出るのも
民主主義だからである。何か明快でありすっきりする。一人一人がゴタゴタ言っていたら何も決められない、だから民主主義自体が問題なのである。
それで選挙しても無駄だとなり選挙に行かなくなると民主主義が崩壊する
そいう危機的状態にもなっている、投票率が低すぎるからである。









2026年01月29日

帝国主義の時代への回帰【アメリカ、ロシア、中国の帝国主義の時代】


帝国主義の時代への回帰【アメリカ、ロシア、中国の帝国主義の時代】

impererpower.jpg


westearthmap.jpg

アメリカの西半球中心主義はヨーロッパも入っている。でもヨーロッパからは距離を置くとトランプ大統領は言う
地政学的にはどうなるのか?

帝国主義(ていこくしゅぎ、英: imperialism Caesarismまたはインペリアリズムとは、一つの国家または民族が自国の利益・領土・勢力の拡大を目指して[4][1][5]、政治的・経済的・軍事的に他国や他民族を侵略・支配・抑圧し[1][5]、強大な国家をつくろうとする運動・思想・政策[4][5]。「帝」という字は「最高の神」、天下の「きみ」を意味し[インペリアリズムimperialism)は「帝国主義」、「帝政」「皇帝制」「広域支配主義」などと和訳される。

何か人間は古き良き時代を懐かしく思い回帰する。老人は特にそうなる。昔は良かったななつかしむ。それは今と比較するからである。70代の老女がしきりに昔は隣近所でもわずかなものでも貧乏でも分かち合い助け合っていたとかしきりに言う。今はただ金を求めるしかない、近くであれ米であれ何か足りないものくれとかありえない、すべては金であり極端になるとこうして金がない者はその人の責任であり貧乏人はなまけていたからそうなったのだと助けたり協力しない。その役割は役所が担うことになる。
だからそういう貧乏な人は生活保護になり福祉の世話になる。奇妙なのは私が困って相談すると福祉に相談しろという、その人は生活保護なのである
つまり福祉関係のサービスがありそれを知ることが第一である。隣近所であれ困っても相談しても無駄なのである。

昔に回帰するという時、大きな歴史でも昔に回帰する。何か今帝国主義の時代に回帰する。帝国主義とは世界史では常に古代から2000年前とかでもあった。ローマ帝国は有名である。その後も帝国主義はあった。ペルシャ帝国とか中東にもあり中国も中華帝国である。中国は広いから中国国内で強権国家の帝国主義になる。
今は中華帝国の再現を目指す、日本でも戦前は日本帝国主義があった。

帝国主義の特徴は領土を拡張することである。だからアメリカはカナダでもアメリカになれグリーランドはアメリカの領土にするとなる。ロシアでも帝国主義でありウクライナに侵攻する。七つの海を支配したイギリスも帝国主義だが領土を拡張するというより植民都市を世界に作った。だから貿易で儲けることができた。ただ中国に売る物がなくアヘンを売ったのである。そこでアヘン戦争になった。貿易となるとこれも戦争にもなる。

アメリカでもデールと称して自国の有利な商売をする。政治も商売となる。
そこでイギリスがアヘンを売りつけたように暴利を得る。その背後に強力な軍事力があるから逆らえない。帝国主義は経済でも支配する。何故ならドルが基軸通貨になっていることでアメリカは労せずして金が入ってくる。ドルと交換しないと石油が買えないからである。もともと通貨は支配の道具であった、なぜなら通貨には王の肖像画が彫られている、それは王が支配する象徴なのである。アメリカだったら大統領の肖像画がドル紙幣に描かれる。つまりアメリカの王が支配するということである
カンボジアとかネパールの紙幣など持ち帰っても何の価値もない、ただの紙屑だとなる
帝国主義は経済金融でも支配する、その富は世界でも帝国に今ならアメリカに集まり巨大な富を得る。グローバル経済でも富は帝国主義になれば覇権国に集積される

今はその帝国主義が復活してきたのである。アメリカ帝国主義、中国帝国主義、ロシア帝国主義・・・である。その帝国主義同士が覇権を争うのである。それらが衝突するとき第三次世界となり世界最終戦争ハルマゲドンとなり人類滅亡になる
だから帝国主義は危険である悪しき過去の再現なのである。
ただ帝国主義と民主主義は相いれないのである。アメリカが帝国主義化して民主主義を推進する指導国となっていることが矛盾になる。帝国主義はアメリカ独裁になる。アメリカでもトランプ大統領が独裁者になる。私が王であり法律だともなる。私に逆らうものは許さないとなる、ヨーロッパの絶対君主のようになる。つまり悪しき昔に逆戻りする。善き昔に逆戻りするならいいが悪しき昔に逆戻りする、それはナチスの再興にもなる。ただ歴史もカルマがあり

同じ構造が別の形で現れる(歴史の類型性)
まったく同じ出来事が起きるわけではない。
しかし、

帝国の興亡
経済の循環
社会の閉塞と改革

似たパターンが周期的に現れる。

同じ構造が別の形で現れる(歴史の類型性)ここに注意すべきである、同じことの繰り返しではなく別な形で現れるから誤解しやすいのである。同じ現象に見えても違っているからである。
いずれにしろ帝国主義が再現されることは良いことではない。悪しき過去の再現になるからである。



posted by 天華 at 16:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2026年01月28日

人類の終末が何故言われるのか 【聖書は人類のために書かれたもの―一民族のためではない】


人類の終末が何故言われるのか
【聖書は人類のために書かれたもの―一民族のためではない】

timeofend.jpg

終末時計の時刻が今年さらに進んだ理由について「核兵器、気候変動、破壊的テクノロジーのリスクが全て増大している」と語った。

なぜ終末が言われるのか、それはグローバル化して常に世界のことが報道される
それで日本より外国に注目される、日々外国のニュースが入ってくる
そうなると不安が百倍にも増大する、江戸時代に生きていた人ならせいぜい狭い村のことくらいしか知らず生きていた、現代は否応なく世界のことを意識する
それは別に悪いことではない、その結果として今や人間は人類のことを意識する
それぞれの国家や民族ではなく人類を意識する

核兵器、気候変動、破壊的テクノロジーのリスクが全て増大している

気候変動で人類は地球に住めなくなるとか核戦争で滅びるとか意識する
終末がきて人類は滅亡するとなる。そういう感覚は百年前とか千年前とか意識できない
狭い世界で生きていれば意識できない、でも聖書になるとその人類を意識していたのである。たしかに神はへブル人を選んで導いた。でも一民族の神ではなく人類の運命を決める神であった。だからノワの箱舟は人だけではない、動物も滅亡から救うために乗せられた。人間の罪が動物まで影響したのである。人間の罪のために神は動物まで滅ぼそうとしたのである。そこに人間の罪深さがあった。

人類が滅亡するという時、神が人間を滅ぼすともなる。そこに明確な神の意志があり滅ぼす、その力が神にはある。ただ核兵器、気候変動なども人類が滅びる原因になる
ともかく人類と意識するのはグローバル化の結果である。それは別に知識人だけではない庶民でも意識する。江戸時代なら村民としての意識しかないし日本国民意識もなかった。終末観は人類を意識して起きる。

聖書は一民族のことではなく人類の聖書でありそれだけの大きな視野を持って書かれたのである。そして人類の未来を予言したのである。
人類は滅びるのではなく神により滅ぼされるのである。だから必ずしも気候変動とか自然環境の変化で滅びるとはならない、それは防ぐ方法がある、でも神が滅ぼすとしたら防ぐ方法がないのである。そう考える人はない、そもそも神などないと見ているからである。でも聖書は神の業が現実に現れて人間を導いた記録である
それは一民族ではない、人類を導く書である。

第一ノワの箱舟などありえるのか、荒唐無稽なものに思える。そんなことイメージすらできない、ただそれも人類を救う生き残させるために神が命令してノワに作らせたのである。その時すでに人類が意識されていた。一民族が生き残るのではない人類が生き残るためにノアが選ばれ箱舟を作ったのである。まずその頃多様な民族が存在していた。それらを人類と意識できなかった。そもそも人類と意識されたのはここ百年くらいである。それまでは個々の国家があり民族がありそれ以外のことは視野に入らない。

今終末が言われるときそれは一民族国家の終末ではない、人類の滅亡だとなる。一民族一国家が滅亡しても人類が生き残れば人間の歴史は継続される。アメリカが滅びても今でも移民が大量に流入してくるからアメリカから人間がいなくなることはない。それは日本でも同じである。少子高齢化で日本人がいなくなっても移民が入ってくれば日本から人間がいなくなることはない、ただ人類が滅びたらどこの国でも維持できない
ともかく人間の歴史は多様な民族抗争の歴史であった。でも今は人類を意識する
民族の存亡ではなく人類の存亡が問題になったのである
それで核兵器は一つの国家滅ぼすだけではない、人類を滅ぼすから問題となった。
人類の存亡のために核兵器を廃止しろとなる。

. “終わり”は実は“転換点”の比喩でもある
終末という言葉は、破滅だけでなく「大きな変化の前触れ」を示すこともある
価値観の転換、社会構造の再編、技術と人間の関係の再定義
つまり「終わり」ではなく「別の始まり」を語っている場合も多い

これも言える。何か社会が荒廃して行きずまった時終末だとか末世だとなる。それは今までも言われたのである。ただそれは一国家で言われた。人類の終末を言われるのはグローバル化したためである。国家民族意識から人類意識を持つようになったためである

2026年01月27日

民主主義国家からなぜ独裁者が生まれるのか? 【民主主義の行き詰まりー理想になりすぎた】

民主主義国家からなぜ独裁者が生まれるのか?
【民主主義の行き詰まりー理想になりすぎた】


意見が多様であるほど、社会はしばしば分断し、対立が深まります。

経済格差
治安悪化
既存政治への不信
複雑化する社会問題

こうした不満が蓄積すると、人々は「強いリーダー」を求めやすくなります。


民主主義と独裁国家は正反対である。でも民主主義国家から独裁国家が生まれやすい
それは何故なのかとなる。アメリカは民主主義の国家であり模範である
でもトランプ大統領な独裁的な人が出た、人気がある
その理由はアメリカは移民が多く多様な人の集まりである、言葉でも英語だけではない
ヒスパニック系が多く言葉が通じない、肝心な言葉すら通じないからコミニケーションできない。でも民主主義国家では言葉が通じなくても一票を持っているからそれぞれの個々人でも話を不満でも聞かざるえない、それは大変な重荷ににもなる
日本であれ民主主義国家ではそうなる。一人一人の言い分を不満であれ訴えであれ聞かざるをえない、それをいちいち聞いていたらとても処理しきれない

別に学問無い人でも職業に関係なく民主主義国家では自分の主張を言うことはできる
それは悪いことではない、でもその人達の言い分をいちいち聞いていたらとても処理できない、聞く方で嫌になってしまうのである
その人は原発事故の避難区に住んで移り住んだ人だが原発について私が反対意見を言うとそんなこと言うな、みんな補償金をもらって喜んでいるといって食ってかかる
それだけではない、とにかく自分を主張する。だから戦後に育った人達はみんな民主主義国家で育ったからそうなった。戦前だったらそういうことはなかった。
言っていることは支離滅裂でも私にくってかかり自分を主張する
では何を言いたいのかとなると原発のことで補償金であれ批判するなということである
補償金をもらって何が悪い、当然だとなる
つまり人間利益になること金になることになると敏感であり譲れない、そのためにいろいろ言うことになる。それを批判すると烈火のごとく怒る

民主主義国家ではどんな人でも自分を主張する。仕事でもどんな仕事でも自分を主張して自分は価値ある存在だと主張する。その価値を認めるべきだとなる
でもいちいちそれを聞かされる方になると嫌になる。掃除する人であれ何であれ延々とその仕事のことを不満でものべつとなく言われると嫌になる。それが無駄とか価値無いというものでもなく一人一人の言い分を聞くことには限度がある
そして上に立つ人であれまたみんなも勝手に言いたいこと言っていたら終始がつかなくなる。そのためにかえって独裁者が現れやすい、一人一人の言い分を聞いていたらきりがないし何もできなくなる。必ず不満があり反対があり批判がある
すると結局何もできないとなる。だから民主主義国家では独裁者が出やすい
要するにとても一人一人の不満でも主張でも聞いてそれにかなえることは不可能である
誰かに良いことは誰かにとっては悪いことになる。誰かに得することは誰かの損にもなる、みんなが得するということはない、民主主義は自分は利益を得たい得したいとなる
でもみんなが一様に得するようにはなりにくいのである

いずれにしろ民主主義国家が独裁国家になりやすいのは民主主義自体にその原因がある
かといって共産主義がいいのかとなればそうではない、何か余りにも民主主義が理想のようになりすぎたのである。そのために混乱する、アメリカ自体がもはや国として統一されず分裂するとかなる。多様性が悪いものでないとしてもとても国家として統一できなくなっている。民主主義が余りにも理想のように常に語られけどそこに限界があり
その矛盾が噴出している、だから暴動が頻発して独裁が生まれる。
では何がいいのかとなるとわからないとなる。確かなことは余りにも民主主義が理想化されたことである、それは理想に向かう一形態制度に過ぎない、それを自覚すべきだとなる。


2026年01月25日

南国の楽園の詩【ゴーギャンの絵より―文明は人間を不幸にした】


南国の楽園の詩【ゴーギャンの絵より―文明は人間を不幸にした】

gogyannpic1.jpg



村の女が集う
その肢体はのびやかに
石のようにどっしりと腰を下ろす
あたたかいので着飾ることはない
その着るもの差別はない
ただ豊満な肉体が誇らしい
人々は集まりなごむ
そこに時計はなく時間に追われることはない
車もなく騒音もない
波の音が響き涼しい風が吹きそよぐ
海の幸がすぐ近くにあり
種々の果実は豊かに実り
どうぞ食べてくださいと
神の手からもたらされる
またココナツのミルクを飲む
日々の糧は労せずして与えられる
そこで金に時間に追われることはない
太陽は輝き昇り赤々と海に沈む
その自然のリズムに合わせる
大輪の花があどけなく咲き開き
大きな蝶が紋もも鮮やか舞い休む
村の女が和やかに集い憩いぬ
信頼に充ちてただ共に安らぐ
そこに上下関係はない
家族のような団欒がある
何故か大きな石の貨幣がある
それは使われない貨幣である
金に追われて暮らした人には
その貨幣の意味が価値がわからない
ただの飾り物に過ぎないから
そんな大きな重いものを持ち運ぶことはできない
ここには金持ちも貧乏人もいない
人々は相集い笑いなごみ寄り合う
そこには赤裸々な身体のみが映える
その身体はふくよかに大きく映える
そこに過酷な労働はない
なぜ長いトンネルを作る必要があるのか
山をくりぬきその過重な労働を強いるのか
人間は文明を作ったがそこに安らぎはない
人々はなごみ安らふことはない
日々時間に金に追われ機械に使われて疲弊する
その体は点のようになり存在感がない
背広を着て何か常に窮屈である
そこでは伸び伸びとできない
時計は一分ごとに刻まれ機械の時間に追われる
たえず金を数え数字に追われる
その心は休まることがない
自然の時間ではない機械の時間に追われる
南の国に楽園あり
そこに過酷な労働はない
労苦なく日々の糧は与えられる
神の手からじかに与えられる
文明人は労働を善として休むことを知らない
巨大な山にトンネルを作る
その労働で死ぬ人があっても成し遂げる
それが人間の文明の成果と誇る
でもその労苦の跡は消える
残された巨大建築の礎石の跡
その建築物も消えた
文明は膨大な労働の集積
でもそれを誇るにしても虚しく消えぬ


エデンの園は寒い所にはないだろう、寒ければ頑丈な家が必要であり寒さを防ぐ衣服も必要である。また食料を得るため労働が必要になる。南国のように果実を労苦なく得ることはできない、絶えず働かなければ得られないのである。
人間が作った文明が果たして人間を幸福にしたかどうかはわからない
ゴーギャンがパリとか文明の大都市から逃れてタヒチに来たのもそうである
文明批判という時画家でもそうだが宗教でも文明を否定する。仏教でも中国の老子の思想でもそうである。キリスト教でもそうである
老子は鍬を使うことすら否定した。それによって失うものがあると警告したのである

花は働かず、紡がず、それでもソロモン王の栄華より美しく装われている

人間は営々と働き文明を作り出した。でも野の一輪の花ほどの美もなく殺伐とした大都会を作りそこで人々は和み憩うこともない。みんな疲れている。巨大なビルとか山をくりぬくトンネルとか海底トンネルとか作る必要があるのか、それに費やす労働も資金も膨大でありそれほどの犠牲を払い必要なものなのかと今は思う

山が崩れそれを直すためにまた過重な労働が強いられる。確かなことはそれほどまでに働いても人間を幸福にはしない。むしろ過重な労働で苦しむだけだともなる
人間は自ら苦しみを作り出して不幸にする。文明は人間を幸福にしたとはならない、不幸にもした。だから今は何かを成すより成さないという選択も考える
それが宗教であり哲学でありそういう時代にもなった。文明によりみんなが幸福になったわけではない。むしろ不幸に感じる人が多くなったのである









2026年01月23日

情報戦争の時代−膨大な情報を処理できない判断できない


情報戦争の時代−膨大な情報を処理できない判断できない

informetionsimage.jpg

informetionnworld.jpg


現代の特徴はインターネットが普及したことで世界でも情報化した。テレビでも情報化したがインターネットの情報化は世界が細部まで情報化した。個人が情報の発信者になった
そうなると膨大な情報が日々流れてくる。それを追いかけ知るだけで容易でなくなる
ベネゼエラがアメリカの急襲で大統領が瞬時に逮捕されアメリカに連行された
それも周到に準備されていたのである。まるで007のスパイ映画であった
中国のイギリスの大きな大使館建設でも光ファイバーが地下の部屋の側を通っているから情報を盗むとされている。

イギリスのシテイ(シティ・オブ・ロンドン)は、ロンドンの中心部に位置する重要な地域で、商業活動や金融取引において重要な役割を果たしています。シティは、ロンドン証券取引所やイングランド銀行、ロイズ本社などの金融機関が集まる世界有数の金融センターであり、英国の国内総生産の約2.5%を占めています

中国がここに目を付けたのはそのためだとなる。証券とか金融も今は情報である
株でも情報であり情報で左右される。一早く情報を得れば巨額の利益を得るのである
最も情報に左右される場である。なぜなら悪い樹報が流れれば株が下がる、その情報によって大損する人大儲けする人が出てくる。
株は今や情報でありその裏付けとなる現物でも金銀でもない、情報なのである
だから空箱に石コロしか入ってなくても金銀が入ってるという情報を流せばみんな投資してその空箱でも株が上がる、なぜならその情報でみんな投資する株を買うからあがる
実体のない者でも情報に左右さてそうなる。それが情報社会なのである。

そしてあらゆる分野で専門家がいてその情報を流す、それを信じるのが現代社会である。
それは例えば医療の分野でも情報が大事である。癌についてはまだ解明されていないから様々な情報が入り乱れ惑わされる。不思議なのはれっきとした癌専門の医者でもガンには生きがいを持ち目的を持ち生きろとか精神論を言う人が結構いる。それは文系にもなる。
ただ最近では分子治療方とか最新の科学技術の治療法が出てきている。
それでも精神論を言う医者が普通にいる。正に病気は気からでありその気が滅入ると早く死ぬという。しかしそんなこと誰でも言える。癌でも他の病気でもやはり膨大な情報が専門家でも素人からでも流れる。それで迷いかえって病気を悪くする人もいる
自分もそうだった。何を信じていいかわから無くなるからである

情報を選別することがむずかしいのである。そこに専門用語が出てくると理解できなくなる。それは現代社会でどこでも起きていることである
それだけ複雑になっているからである。また世界の情報となれば簡単に理解できない
ベネゼエラとは何なのだとなれば一応地理的にはわかる。でもどうしてベネゼエラという国が形成されたのかとなるとわかりにくいなじみがないからである。日頃関心をもってい見ているわけではないからである。

情報を選別して自分なりに判断できない!
膨大な情報にふりまわされているだけ

こうなりやすい、いづれにしろ世界に起きることを理解することは簡単にできない
空間軸と時間軸で知ることがむずかしい、特に時間軸で歴史を知ることがむずかしい。
そこで必ず誤解するのである。それは別になじみがないベネゼエラとかでなくても隣の中国でもむずかしい。韓国でもむずかしいのである。今だけを見ても理解できないからである。アメリカがグリーンランドを自国の領土とするというときグリーンランドとは何かとなる。そこはロシアに近くまた中国も進出するからアメリカは防衛上必要だとなる。アメリカファーストになり自国防衛が今や先決だとなり西半球中心主義になる
モンロー主義からドンロー主義になる。そこで世界も変わる

ともかく膨大な情報が日々流れるが今や消化できないのである。それはあらゆる分野で起きている。そこで判断が誤る。別に専門家でも一部を知るだけだからその判断が正しいとはならない、つまり専門家も膨大な情報を処理できない、それでAIに頼るとなる
人間では処理できなくなっているからである。
怖いのは情報パニックになりかえって単純化した扇動に乗せられる、フェクニュースでも信じる、そして単純化したものナチスのヒットラーでありカルト宗教になる。そこでは難しいことは言わない、題目を唱えればいいとなるから庶民でも理解する。それはハイルヒットラーにもなる危険がある。余りにも複雑化した文明のアンチテーゼとしてファッシズムが生まれた
つまり現代の情報社会はもはや処理できない情報洪水に飲み込まれているのである




posted by 天華 at 17:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2026年01月22日

神を愛するとは何なのか 【親子の愛でも何故もめるのかー無償の愛が無いから】

神を愛するとは何なのか
【親子の愛でも何故もめるのかー無償の愛が無いから】

聞きなさい。イスラエル。主は私たちの神。主はただ一人である。心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くしてあなたの神、主を愛しなさい。」(申命記6:4−5)これがヘブル語の聞け"という最初のことばからとったシェマーとして知られていることばです。 現代のユダヤ人は、朝夕の祈りの中で、シェマ―を唱えることを最も聖なる義務の一つだと考えます 

主を求めなさい
主を恐れなさい
主に仕えなさい
主の命令と定めを守りなさい
掟を守り行いなさい

聖書メッセージ(Tヨハネ4:7〜12)『神は愛なり』
聖書箇所 Tヨハネ4:7〜12

4:7 愛する者たち。私たちは、互いに愛し合いましょう。愛は神から出ているのです。愛のある者はみな神から生まれ、神を知っています。

4:8 愛のない者に、神はわかりません。なぜなら神は愛だからです。

4:9 神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを得させてくださいました。ここに、神の愛が私たちに示されたのです。

4:10 私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。

神を愛しなさいと言うけど神をどうして愛せるのか、目に見えないものを愛せるのか
神が愛であるという時神は常に人を愛する者であり与えてくれるものである
それが神を愛しなさいというとき神が愛されることを望む。神は自ら満ち足りたものであり愛されることを望むのかとなる。
人間は常に人であれ愛されることを望む、それで神は誰であれ愛してくれる与えてくれるものと見る。だから神を愛しなさいとは何なの理解できない
そもそも愛という時愛される愛であり自ら他者をすべてのものを愛せよとなると実行できない、だから教会であれ宗教団体であれそこに入るのはみんなが神が愛してくれる与えてくれる何かもらえると思って入る、それが他者愛しなさい与えなさいと指導されると期待外れだとなる

そもそもそうした高等な愛でなくても愛にはいろいろある。親子の愛と男女の愛とかいろいろある。では神の愛という時何なのか?それは親子の愛とか家族愛とかからしかイメージできない、だからキリスト教では父の愛となる。それは親子の愛なのである
でも親子の愛は血縁の愛である。父の愛はそうした血縁とは関係ない、愛という時血縁でも親子の愛がない場合がある。それで親子間で確執がありもめる
親の愛にもエゴがあり条件があり見返りを要求する。

要するに無償の愛がこの世ではない、愛にしても必ず見返りが要求される。親子でもそうである。それで嫌になり親子でも争う。神の愛となれば無償の愛である。愛する人であれ何も要求しない、それでも神は愛されることを望み要求する。神も愛されることのである。それは何か物を与えるとかではない、神を愛することは神に仕えることであり神の掟を守ることである。だから肉親などの愛とは違う。そこに厳格な父が存在してその戒めに従うとなるから母親の愛とも違うとなる、そこが誤解しやすい、何でも許され与えられ愛されるのとは違う。

でもみんな神とはそんな厳格なものとは見ない、とにかく無条件で愛され与えられるものとみる。それで宗教団体に入るのはとにかく何かを与えてくれる愛してくれる助けてくれると見て入る。だから愛しなさい、与えなさい、許しなさい・・・とかなると実行できない、愛してください与えてくださいと思って入ってくるからである。実際はカルト教団になると一人でも会員を増やして勢力を増大させてこの世で力を持つことだから受け入れる。でも何でも与えられれ助けてくれるとはならないとなり失望する。それも余りにも勝手なものだとなる。
その神の厳しい掟を守れとなれば嫌だとなる。何か騙されたともなりやめるともなる
それも余りにも勝手な一方的な要求だとなる。自分の都合のいいように解釈してそうなる。神は相当に厳格であり女性のように甘いものではない、

とにかく愛という時、愛してくれる与えてくれることであり神でも愛することであるということは理解できない、神を愛することがどういうことか理解できない

 私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。

まず人間が神を愛するということはありえない、第一見えないし実在するのかどうかもわからないからである。だから人間は常に神ならざるものを愛して拝むのである
それで妬む神として神がその実在を示したのである。

弟子フィリポが「父(神)を見せてください」と願った時、イエスはこう答えました。
「私を見た者は父を見たのです」
これは、
「神を知りたいなら、私の生き方・言葉・行動を見なさい

紙は見ることはできない、でもキリストを見た者は神を見たとなる。神とは何なのかキリストの言動を見て知ることができたのである。抽象的ではなく目前に現存する者として認識できたのである。

神が愛であるという時、親子の愛とかからイメージする。でも親子の愛でも無償の愛はない、常に何かを要求する愛である。別に親子でなくても血縁でなくても愛はありうる
その方が本当の愛となることもある。なぜなら一緒に子供の時から生活しなければ血縁でも親と認識されない。そこで愛は育まれない、それで動物は親が違っていても乳をのませれば親と認識するが実の親でも認識できない、犬でも犬に育てられた猫は犬が親だとなる。そこに親の愛を感じて育つからである。

ともかく神の愛とは何なのかそれは親子の愛とかからしかイメージできない。親子の愛でも母親の愛と父親の愛は違っている。父の愛は厳格な愛になる、でも母親の愛をみんな求めてている。厳格な父親の愛は嫌なのである。
だから神を愛しなさいというとき父の愛は受け入れにくいのである

愛が最も大事なことはわかる。何故なら愛は体にも影響する。病気になったりすれば看病するにも愛が必要になる。でも医者でも看護師でも家族代わりになれない。家族のような愛を持てないからである。そこが致命的になる。
また独身者が早死にするのは愛する人がいないからだとなる。つまり愛は体に影響する。心と体は一体だからである。それは自分自身がそうだからわかる
いくら病院で治療するにしても高度な機械で診てもらうにしても優秀な医者に診てもらってもそこに愛が無ければやはり影響する。でもその愛は家族なら持てるが医者でも看護師でも持てない、そこに限界がある。癌でも周りに愛する人がいれば癌でも消えたり長く生きるというのはわかる。それだけ愛は影響する。でも何かそれほど重要視されない、常に医者に機械に薬に頼る。機械でもAIでも愛が持てないのが限界である
神が愛であるというとき愛が持てなければ神にはなれないからである。
だからいくら文明が高度に発達してもそこに愛が欠けているから殺伐としている
愛無き荒野と化している。

いづれにしろいくら愛を説いてもそれを実践することはむずかしい。それは親子の愛すら無償の愛でないことでもわかる。子供に何かを要求する愛だからである。そこで親子でも確執が生まれうまくいかないとなる。




2026年01月19日

公明と立憲が合同した中道改革とは何なのか―名前だけ変えたものに過ぎない 【小選挙区制は政権交代するためのものだった】

公明と立憲が合同した中道改革とは何なのか―名前だけ変えたものに過ぎない
【小選挙区制は政権交代するためのものだった】

中道とは仏教用語だからわかりにくい、何か現代社会で仏教はなじまない、葬式仏教になり言葉が残っていてもそれが現実社会で意味あるものとして働かない。
そもそも創価が仏教の信者とも言えない、政治団体である。なぜなら会合があればそれは選挙のためであり一票獲得するためなのである。完全に政教一致なのである
一票入れることが信仰の証だとなる。だから立憲と組んでも中道となりなじみがない
右でも左でもないということで両方の支持を得る方便だとなる
そもそも創価でも公明党でも方便なのである。

仏教における方便は、衆生(生きとし生けるもの)を救済するために仏が用いる巧みな手段を指し、難解な教えを分かりやすく伝えるための比喩やたとえ話も方便の一種とされています

方便はサンスクリット語の「ウパーヤ」に由来し、元々は仏教用語として用いられていました。法華経をはじめとする大乗仏教では、難しい教えを人々に理解してもらうために、たとえ話や比喩を用いる方法として発展しました。現代では「嘘も方便」のように、目的達成のための一時的な手段という意味で使われることが多いですが、本来は仏様が人々を救うための智慧に満ちた方法を指す尊い言葉です。法華経では創作劇のような物語形式で教えが説かれており、それ自体が読者に気づきを与える方便として機能しています。

創価の目的は権力奪取である。異常なほど現世利益を福運を説く、でもいくら拝んでも得られない、それで政治で権力を持ち現世利益を与える。そのために選挙が仏法の戦いになる。選挙でも仏が味方するから勝つとなる。選挙が最大の信仰を試すイベントなのである。正に創価はそのための組織であり方便だとなる
つまり目的は権力奪取でありそのための方便なのである
立憲と合同したのもそのための方便なのである。だから政策でも矛盾していてもかまわないのである。あくまでも方便だからである。

ともかく仏教を現代の社会に適応させることむずかしい。それで言葉だけであり中味がないのである。仏教民主主義とか言っていたのもそうである。言葉だけであり中味はない、中道改革でもそうである。言葉だけなのである。
創価の場合はすべて権力奪取を目的にしている。そのための方便としてあらゆるものを利用する。立憲も利用されるとなる。ただわからないのは自民党から離脱したことである。国土交通省の大臣の権力は大きいものなのにそれも捨てた。権力に執着するにしては損だとなるから理解しにくい、ともかく三国志を経典のように読んでいる。それは権謀術数を教える本である。いかにして権力を得て権力を操作するかが最大の目的としている、そのための経典なのである。だからそのためには何でもする。あらゆるものを利用する。それは方便なのである。票に結び付くならなんでもいいのである。
政策でも相入れないものがある。自民党でもそうだった。でも権力奪取が目的であり矛盾していてもかまわなかった。つまり方便であり何でも利用するとなる。それはマキャバリズムである

マキャバリズム(マキャヴェリズム)とは、目的達成のために道徳よりも現実的・合理的判断を優先する政治思想で、イタリアの思想家ニッコロ・マキャヴェッリの『君主論』に由来する概念です。

一般には「目的のためには手段を選ばない」と理解されます
仏教自体権力奪取の方便として利用する。何か美辞麗句を並べてもその目的は権力奪取なのである。だから中道もそうである。そこに中味はない、方便なのである

こうなるのも小選挙区制にしたのはアメリカのように二大政党制にするためだった。
アメリカでは民主党と共和党が大統領でも4年ごとに交代する
その時大幅に変わる。政権交代して変わる。だから二大政党制になった

権力は腐敗の傾向がある。絶対的権力は絶対的に腐敗する アクトン

権力を持つと既得権者となりそれで賄賂を受け取ったり民間から様々な利便を得る
だから政権交代が必要であり二大政党がいいとなった。日本でもそれに習い小選挙区制になった。でも多党化してどこに入れていいのかわからなくなった。二大政党ではないからである。立憲と公明の中道改革が二大政党制を目指すことはそういう理屈があることは理解できる。ではただ政権を取るということの方便だとなると問題である
そもそも政党でも新しい政党はわかりにくい、名前だけを変えても中味がない
いずれにしろ選挙民からするとどこに投票していいのか迷ってしまう。

中道改革とは何なのかを今理解できない、ただ二大政党制を目指すことは理解できる
かといって中道改革を支持するかとなるとできない。その中味がわからない、選挙に勝つための方便の新政党だとなる。だからいづれまた分裂する。多党化がまねがれない
そもそも政教一致の政党が政治を歪めたのである、宗教と政治の役割は違う、それを同一化したから歪めたのである。






posted by 天華 at 17:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2026年01月17日

南相馬市が原発事故でなぜ分断されたのか 【合併してかえって元の町、市が意識されるようになった】

南相馬市が原発事故でなぜ分断されたのか
【合併してかえって元の町、市が意識されるようになった】

somscitymap.jpg


飯館村合併の歴史

この村は、何度も複雑な合併を繰り返し、現在の名前に落ち着いている。

まず、町村制施行の1889年(明治22年)に飯樋村と比曽村、大倉村と佐須村が合併し、合成地名でそれぞれ飯曽村、大須村となった。

つづけて、1942年(昭和17年)に飯曽村が石橋村(この地名も合成地名である)を編入し、同年、大須村と新舘村が対等合併し、合成地名で大舘村となった。

最後に下記の年表にあるように、飯舘村という合成地名に落ち着いた。かろうじて、飯樋村と新舘村の一文字だけが、現村名として存続している。


そもそも歴史をたどると日本は村が単位であり藩がありその中で生活していた
村にしても小規模であり村同士でもあまり交わらないのが普通だった。
それで明治以降合併があったが例えば大倉村と佐須村が
合併するとき民情が違うと合併しなかった。その距離は5,6キロくらいしかないのにである。これは頻繁に車で行き来している今の時代とはあまりにも違っているからそうなる。5,6キロでも歩けば遠いのである。
それでも民情が違うと合併しなかった

民情(みんじょう)とは、国民の心情や実情を指します。 具体的には、国民の気持ちや生活状態を表す言葉であり、時代や社会の変化に応じて変わることがあります


今ならこんなことはありえない、それだけ近くの隣の村でも人々は交わることなく暮らしていた。言葉でも微妙に違ったりする。それが日本だったのである
そもそも日本だけでなく人間は集団化して住む。するとその集団で争いが起きる
ささいなことでも起きる。その最たるものが土地の争いである
入会権の争いが戦国時代の原因だったというとき、人間は土地をめぐる争いが基本にある。それは世界的にもそうである。領土をめぐる争いが国と国の大規模な争いに発展する。入会権ではそこに大名が介入して戦国時代になったというのもわかる
また資源をめぐる争いがある。丸森の森林、木材資源をめぐり伊達藩、米沢藩、相馬藩が三つ巴の争いとなった。それは木材は炭にもなるし資源として重要だったからである。それは今の石油と同じだったのである。

ともかく南相馬市でも小高町、原町市、鹿島町が合併した時同じようなことが起きた
それは原発事故で起きた。かえって南相馬市と合併しても前の市町村が強く意識されたのである。それは原発事故の補償金の分配で争うともなった。
なぜなら小高区、原町市、鹿島区で補償金の額が違ったからである。
でも原発は合併される前に作られていてその時南相馬市は関与しなかったのである
だから小高に東北電力で原発が作られるとなってもそれは小高町の問題であり原町市や鹿島町は関与しない、それよりそうした重大なことでも知らない人が多かった
自分たちとは関係ないと見ていたのである。これも怖いことだった

そもそも原発は一市町村とか狭い範囲で決められるものではなかった。そして危機感をもたなかった。
一市町村で決められるものではなかった。でも原発のことを理解できないから政府や東電のおもいのままにされたのである。そして地元でもかねになればいいとしかなかった。だから東北電力の原発が小高に建設されるところだった、工事も始まっていたのである。するとそれは小高だけの問題ではない、南相馬市や相馬市や広く福島県の重大な問題として検討すべきものだった。それが全くなかったのは原発が何なのか理解できなかったからである。それで小高では景気が良くなると建築土木関係の人が言っていた。
これだけの事故が起きてもそれが金いなるとなればいいとなる

いづれにしろ南相馬市が合併して返ってその前の市町村が意識されるようになった。
それは原発事故の補償金が小高―原町市ー鹿島で違っていたからである
小高は避難区域になったから一番高い、次に原町区も高い、鹿島区は30キロ外であり少なかった。つまり合併前の市町村がかえって意識される結果になった
そもそも原発は一市町村で決められないものだった。今回の事故でそれが判明した
30キロ内は住めなくなるから一市町村だけで決められない。でも原発を作る方にすれば一市町村を相手にした方がいいのである。その方が補償金でも少なくてすむからである。それは原発のことをみんな理解できないということでそう仕向けられたとなる
別に一市町村と交渉すればいいとなれば楽である。ここに原発の問題があった。

そもそもなぜ東電では福島県に原発を作ったのか、それは東京に作れないからである
場所としては東京湾があり立地的には良かったのである。管理するのにも良かった
本社から遠くなれば安全管理もしにくいからである。それで福島原発事故の時連絡がうまくいかず指示もできなかった。そのために吉田所長が悪戦苦闘したのである
責任回避のために福島に原発を作ったことが返って裏目に出たのである
原発はこのように常に危険でありそれを隠蔽して責任を回避するように働く。そして権力で安全神話を作り事故は起きないとするから避難訓練もしなかった。

ともかく事故から14年もすると冷静に振り返る。何か混乱して何であったのかわからなかった。原発がいかなるものか今になれば国民でも理解する
それでも野党でも原発を増設しろとなっていることが理解できない。それは事故当時者のことがあまり語られない、その当事者も国民に訴えないことも原因している
補償金もらって喜んでいるとかその被害でも大したことがなかったと見られる

むしろ東京の人が福島県民のために苦しみ福島県民が悪いという人もいる
国民でもなんでそんなに補償金を税金から払うのだと怒る人達もいる
国民には責任などないと思うからそうなる。国民が推進したのにそういうのも勝手だとなる。だからこそ野党でも原発増設になる。原発事故はたいしたことではないとなるからである。その責任は原発事故の当事者にも原因がある。補償金をもらうことに血眼になり補償金もらって喜んでいるとかなればそうなる。もし原発事故で人がばたばた死ぬようなことになったら原発増設など国民が認めないだろう。

確かなことは事故から14年も過ぎれば冷静に振り返りそのことの良し悪しを判断する、そのためには当事者のことを知るべきだとなる、そのために地元から発信することに意味がる。やはりその当事者でないと実感できないことがある。でも当事者でも地元でも一様ではない、南相馬市でも一様ではない、だから空間軸だけで鼻時間軸で歴史を振り返ることが不可欠なのである。



posted by 天華 at 11:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2026年01月15日

人間の歴史は個々人でも国家でも失敗の記録 【失敗は歴史の教訓となる】


人間の歴史は個々人でも国家でも失敗の記録
【失敗は歴史の教訓となる―福島原発事故の失敗の教訓】

ジャーナリズム」の定義と目的

ジャーナリズムを一言で説明すると「社会で起こる出来事を取材し、事実を伝える活動や、その成果物」を指します。

私たちがテレビや新聞、雑誌、インターネット上の記事などで日々接している情報源は、ほとんどがジャーナリズムの産物といえます!

その役割は、単にニュースを伝えるだけでなく、社会の不正を暴いたり、市民の疑問や問題意識を掘り下げたりすることにより、民主主義を支える大切な柱になることです。

ジャーナリズムの根本には「真実を追究する」という強い使命があり、正確かつ公正な情報を提供することで、社会に貢献しようとする姿勢があります。

人間の一生も失敗の記録になるが大きく国家であれ世界史であれ失敗の記録である
失敗が後の教訓となる、諺がことわざがなぜ今でも活きているのか、時代がこれほど変わっても活きている。それは人間は同じように失敗を繰り返しているからである
人間は本質的には変わらないからである。それでみんな老人になり失敗を語り後悔する
だから人間が歴史から学ぶという時失敗から学ぶとなる、なぜ失敗したのかを知ることが歴史を学ぶことになる。意外と人間は成功したことから学ばないのである

原発事故でも大きな失敗であった。ではなぜ失敗したのか?それを追求することが後世のためになる。でもその真実が記録に残されず語られないと後世の人が誤解する甚大な事故でも10年20年と過ぎるとあいまいとなり真実がわからなくなる
そして戦争で300百万人死んでもそれが美化される。西欧列強のアジアの植民地化に対抗するための植民地から解放するための戦争だったとかなる。
でもそんな思いで戦い死んだのかとなるとそうではなかった。それは後から美化されたのである。

原発事故でも同じである。もし50年とか百年過ぎたらその事故の真相もわからなくなる。その時事故にかかわった人達がどんな思いでいたのかもわからなくなる
だから事故で補償金をもらってかえって喜んでいた人がいたとなればそれは何なのだとなる、理解できなくなる。第一そんなこと公にされない、マスコミでも常に被害者として見てその被害を語る。事故で喜んでいたとか書かない、でも地元に住んでいればそれは作り話でもない、現実なのである。でもそれが50年でも過ぎればその真実は不明になる。事故の被害者の惨状のみが語られる、記録される。被害がいかにひどかったか、被害者としてのみ語られる。だから事故でも補償金もらって喜んでいたとかありえないとなる。要するにこうして過去のことは不明になりその解釈も誤ったものになる
また事実を真相が語られ記録されないことがある
何か語るのにも記録するのにも権力がないとできない、マスコミだけの語る物を鵜呑みにしていたら誤った解釈になる。でも新聞でも記録としては後世に残る

私がなぜ原発避難区域の被害者の真実をあえて不評なのに語るのか?それは真実だからである。ただ補償金でも原町区のようにもらっていたら書かないし批判しない
批判できない、あなたも十分に補償金をもらったではないかとなるからである
逆に確かに補償金が少なかったから敢えて原発避難区域の人達であれ責められても書いているとなる。すると後世の人が読んだらそういう事情があったのかとなり理解が深まる。でもマスコミや官報だけの情報を見ていたらそうはならない、第一そのことは語られないし記録されないのである。すると後世の人達に誤った情報を伝え誤解させる
すると歴史でも誤った解釈をする、300百人戦争でも死んでも美化される
戦争でもいいものだったとされる。そして戦争に加担した人達の責任は問われなくなる

いづれにしろ原発事故の失敗は教訓を残した。その真実を知り後世に伝えるべきだとなる。それが私の使命であり書いているとなる。

避難区域の拡大(30kmゾーン)
4月27日:プリピャチ市(約5万人)を避難。
その後、30km圏内の村々から約11万5千人が1986年中に避難。
1989年以降、汚染が高い地域が再評価され、最終的に約35万人が移住を余儀なくされた

ここはチェルノブリの事故から学んでいた。30キロ圏内が避難したからである
ただ十分には学んでいなかった、なぜなら事故になったらどうなるのかを想定しなかった、それで事故が起きないという安全神話が成立したのである
だから事故は起きないのだから避難訓練もしなかった。それで一番放射性物質に汚染された山の方の津島に避難したのである。今でも津島は森だと30マイクロシーベルトとかか信じられない馬鹿高く森には入れないのである
その時東電の社員がいて海の方に避難すべきだとそれに従った人は汚染されなかった
そうなったのは余りにも安全神話が強固なものとして信じていたことにある
それは戦争なら日本は神の国だから絶対に勝つというのと同じだった
つまり科学者でも神がかりになっていたのである

ともかく今になると原発中止ではなく増設しろというときその安全対策が問題になる。
それがルーズであり危機感がなくまた甚大な事故が起きるかもしれない。
それは歴史の失敗の教訓からの失敗から学ばないからだとなる。
戦争でもそうである。過去の戦争の失敗から学ばなければ同じ失敗を繰りかえす
カルマの意味は繰り返すだからである。人間の失敗はカルマであり繰り返すということである。それは個々人でもそうであり国家でもそうでありだから歴史を学ばねばならないのである。また真実を後世に伝えねばならないのである。

●歴史の証人になる意義


1. 出来事を“生きた”人
戦争、災害、革命、社会変動などを実際に体験し、
その体験を語ることができる人々。

2. 記録の外側を伝える存在

公文書や新聞には残らない、
・恐怖
・喜び
・葛藤
・日常の細部
といった「生の感情」や「肌で感じた現実」を伝える。
3. 歴史の継承者
証言は、後世が同じ過ちを繰り返さないための重要な手がかりになる。
特に戦争や災害では、証言が社会の記憶を支える。

4. 時代そのものを体現する存在
その人の人生が、時代の構造や価値観を映し出す。
個人の物語が、社会の大きな流れとつながる。


公文書や新聞には残らない、
・恐怖
・喜び
・葛藤
・日常の細部
といった「生の感情」や「肌で感じた現実」を伝える。

これはマスコミや官報では伝えられないし残らない、すると誤って歴史を見るから真実が隠されて美化されたりすると危険である。戦争は意義がありいいものだったとみることもありそれがまた戦争になる危険を孕んでいる。死者は美化されやすいのである。

恐怖、喜び、葛藤、日常の細部ーこれが語られること読むことが大事になる、でもこれを読み込むことは難しい、古文書でも読むのが困難でありそれは学者がすることになる。
原発事故の恐怖は放射性物質汚染の恐怖であり、また葛藤は原発は金になるということで反対できないという葛藤である、また喜びは手厚い補償金を避難区域ではもらったことである。そのことは公にできないものである。被害を強く訴えれば訴えるほど補償金でも高くなり国民の同情も得られるからである。被害者が原発事故でも補償金もらって喜んでいるとなると支援されなくなるからである。常に被害者として訴えていた方が支援されるし補償金でももらえるとなる。
こういうことは地元でないと実感できない、人間は実感することが本当に知ることである。だから事件があればその現場に行って実感して報道する
外国でも実感することが知ることである。百聞は一見にしかずとなる。




posted by 天華 at 13:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2026年01月13日

南相馬市市長選挙ー原発になぜ反対できないのか 【野党でも原発増設の危険】

南相馬市市長選挙ー原発になぜ反対できないのか
【野党でも原発増設の危険】

桜井氏は見向きもせず「脱原発をめざす首長会議」世話人として各地の現・元首長たちと脱原発に向けた活動をするなど、一貫して地方政治の立場から国に物申してきた。

桜井前市長が原発反対を訴えても選挙で票にならず負けた。その理由は何だったのか?
それは地元ですら原発に賛成だからである。原発の被害があっても返って補償金をもらったから得したとなっている
特に30キロ内はそうである。原発の補償は30キロないだからである。それで鹿島区は除外されたが南相馬市ということで補償金はもらった。でも隣の原町区の三分の一だった、小高区になると家族が多いと追加補償が一千万になった人も普通にいる。その差が大きかった。それで小高の人で原町区に移り住んだ人は原発も反対しない、むしろいいものだったとしている
浪江の街中で原発で働いていた人もみんな補償金もらって喜んでいると言っていた
私は小高の人でも常に原発の被害を言うのでそうなのかなと同情していた。それよりちょっとでも批判するとお前はなんなのだ・情もない人間なのかと猛烈に批判されるから怖くなり今はしない、身の危険を感じたからである

何か被害者特権化した。俺たちは被害者と常に訴える、でも一方で補償金もらって喜んでいるというのも矛盾である
発達障害者の子供を持つ兄弟でその弟は障害者の兄はつねにいい子にされる。弟は福祉関係者から弟が悪いと常に責められると私に訴える、よく理解できなかったがこれとも似ていると感じた。
原発事故の避難区域になった人達を責めることはできない、そうすると地元だけではない、マスコミでも批判しないから何で批判するのだとなり何も言えなくなる。
なにか腫物にさわるようになり厄介である、だから私は関わらない、怖いからである
こうことでそもそも原発は反対できるものではなかったのである
これだけに事故後でも変わらなかった。むしろ補償金が手厚かったから原発はいいものだったとなっている
地元でも原発に反対しないとなればもはや誰も反対できない、だから立憲であれ最近勢力を増大させた参政党でも原発再開だけではない増設しろとなっている。国民民主でもそうである。何かこれだけに事故だからこんなことありえない見るがいかに金の力が大きいかか、金になれば危険でも不都合でも目をつぶるとなる。

ただ民主主義は誰でも自由に発言できる、別に原発はいいものである、もっと推進すべきだと言うこともできる
だから小高の人はあからさまに言う。それをとめることはできない。でも小高の人がそうなのかとなり意外だったとなる
何故なら常に原発の被害を訴えていたからである。それでかわいそうな人達となり援助しなければならないとなっていた
ちょっとでも批判するとお前は情もない人間なのかとなり責められる。そうして被害者として常に訴える。でも南相馬市でも全部が原発に賛成ではない,小高区と原町区は賛成である。ということは大半が賛成だとなる、補償金が多くもらったからである。
人間は金で動く、金をもらえれば許すとなる。また民主主義は数で決まる。多数決で決まるから南相馬市なら原町区が一番人口が多いのだから原町区で票をとれば当選できる。だから原町区と小高区は原発に賛成であり批判しない、でも多数決の判断の問題は責任を誰がとるのかとなる。原発に賛成とするのもいい、でも事故になったら誰が責任をとるのか?
実際は多数決だと誰も責任はとらない、それが問題なのである。

実際原発事故の責任は国民にもあり国民が推進したのである。それがわかったのが国民民主でも立憲であれ野党が原発推進である。もっと原発を増やせと訴えている。電事連とか電機連合組合は強力である。その団体の意向に逆らうことはできない
つまり国民が原発推進なのである。としたら国民全員に責任があるとなる
だから原発事故の被害者に補償金を税金から払うことに不満を言えない、責任を共有するとなるからである
でも国民となると責任を感じなくなる、それは責任がないと同じにもなる、戦争でも国民に責任があったとしても国民の責任は問いない、結局誰も責任はないとなっている

桜井前市長が原発反対を訴えても選挙で票にならず負けた。その理由は何だったのか?
それは地元ですら原発に賛成だからである。原発の被害があっても返って補償金をもらったから得したとなっている
特に30キロ内はそうである。原発の補償は30キロないだからである。それで鹿島区は除外されたが南相馬市ということで補償金はもらった。でも隣の原町区の三分の一だった、小高区になると家族が多いと追加補償が一千万になった人も普通にいる。その差が大きかった。それで小高の人で原町区に移り住んだ人は原発も反対しない、むしろいいものだったとしている
浪江の街中で原発で働いていた人もみんな補償金もらって喜んでいると言っていた
私は小高の人でも常に原発の被害を言うのでそうなのかなと同情していた。それよりちょっとでも批判するとお前はなんなのだ・情もない人間なのかと猛烈に批判されるから怖くなり今はしない、身の危険を感じたからである

何か被害者特権化した。俺たちは被害者と常に訴える、でも一方で補償金もらって喜んでいるというのも矛盾である
発達障害者の子供を持つ兄弟でその弟は障害者の兄は常ににいい子にされる。弟は福祉関係者から弟が悪いと常に責められると私に訴える、よく理解できなかったがこれとも似ていると感じた。
原発事故の避難区域になった人達を責めることはできない、そうすると地元だけではない、マスコミでも批判しないから何で批判するのだとなり何も言えなくなる。
なにか腫物にさわるようになり厄介である、だから私は関わらない、怖いからである
こうことでそもそも原発は反対できるものではなかったのである
これだけに事故後でも変わらなかった。むしろ補償金が手厚かったから原発はいいものだったとなっている
地元でも原発に反対しないとなればもはや誰も反対できない、だから立憲であれ最近勢力を増大させた参政党でも原発再開だけではない増設しろとなっている。国民民主でもそうである。何かこれだけに事故だからこんなことありえない見るがいかに金の力が大きいかか、金になれば危険でも不都合でも目をつぶるとなる。

ただ民主主義は誰でも自由に発言できる、別に原発はいいものである、もっと推進すべきだと言うこともできる
だから小高の人はあからさまに言う。それをとめることはできない。でも小高の人がそうなのかとなり意外だったとなる
何故なら常に原発の被害を訴えていたからである。それでかわいそうな人達となり援助しなければならないとなっていた
ちょっとでも批判するとお前は情もない人間なのかとなり責められる。そうして被害者として常に訴える。でも南相馬市でも全部が原発に賛成ではない,小高区と原町区は賛成である。ということは大半が賛成だとなる、補償金が多くもらったからである。
人間は金で動く、金をもらえれば許すとなる。また民主主義は数で決まる。多数決で決まるから南相馬市なら原町区が一番人口が多いのだから原町区で票をとれば当選できる。だから原町区と小高区は原発に賛成であり批判しない、でも多数決の判断の問題は責任を誰がとるのかとなる。原発に賛成とするのもいい、でも事故になったら誰が責任をとるのか?
実際は多数決だと誰も責任はとらない、それが問題なのである。

実際原発事故の責任は国民にもあり国民が推進したのである。それがわかったのが国民民主でも立憲であれ野党が原発推進である。もっと原発を増やせと訴えている。つまり国民が原発推進なのである。としたら国民全員に責任があるとなる
だから原発事故の被害者に補償金を税金から払うことに不満を言えない、責任を共有するとなるからである
でも国民となると責任を感じなくなる、それは責任がないと同じにもなる、戦争でも国民に責任があったとしても国民の責任は問いない、結局誰も責任はないとなっている

広告費の増加例: 関西電力は美浜、大飯、高浜の3原発を擁するが、年間広告費は2015年度の31億円から翌16年度に92億円と実に3倍増

赤信号みんなでわたれば怖くない

戦争もみんなで賛成すれば怖くない

原発もみんなが賛成すれば怖くない

多数が正義であり多数には逆らえない。でもその多数は責任をとらない、国民が責任をとれといっても国民となれば数が多いから責任をとらせようがない、でも人間のすることは必ずなんであれ責任をとらされるようにできている
戦争でも3百万人死んだとか原爆の被害は空恐ろしいものだったとかその責任はさけることができないとらされるのである。
そこが自覚されていないのである。誰でも発言できるのが民主主義である。小高の人でも原発雛区域の人でも原発はいいものだったと主張できる。でも責任がともなう、小高の人が一人でも原発はいいものだったと主張するとき小高区を代表して主張していると感じた、主張するのはいいとして責任を自覚しているのかとなる。

極端な言い方すれば原発事故でおめでとうございましたとまでなる。でも現実は常に被害を訴えている、つまり同情しろ南相馬市でも小高区に優先的に予算を金を出せとなる。俺たちは被害者なのだと訴える。常に援助されるべきだとなる
発言するのは自由にしても責任がともなう。その責任が自覚されない、それが民主主義の問題である
独裁政権だと一人の人間の責任が追及されるからわかりやすい、でも大衆民主主義になるとその数が多いから国民に責任があるとしても結局誰も責任を問いないのである。みんなに責任があるということはみんなに責任がないとなる
赤信号みんなでわたれば怖くないとなってしまうのである。つまりそのことが最も怖いことなのである。それがファッシズムとなり暴走するナチスになる。そこに牧者はいず家畜が暴走して全部死ぬともなる。民主主義とファッシズムは相性がいいのである。ナチスは選挙で選ばれたからである

いずれにしろ原発事故から14年過ぎても原発問題は解決しない、廃炉にするにしてもその費用であれ時間でもかかりすぎる
それほどの被害でも原発増設しろとなっているのが理解できない、それは原発事故の肝心の被害者が原発賛成になっていることにある。原発事故になっても補償金をもらえるから返っていいものだとみてしまう。その危険も見逃される。だから確実に次の大事故につながる。原発が止められないというより増設されるからである。






posted by 天華 at 13:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2026年01月10日

盛岡市の詩


盛岡市の詩
moriokacity.jpg

trainsnow.jpg


kitutukisnow.jpg


精緻に組まれた盛岡市の城の石垣
赤々と紅葉は映えて散り
岩手山輪郭鋭く聳え迫りぬ
陸奥を貫き北上川の滔々と流れぬ
その岸辺ケンジは足跡の化石より
太古の生物、牛を生き生きとイメージする
川にのっそりと浮かび沈む
その足跡は泥に残されていた
盛岡市は陸奥の古都
街中を中津川の流れのひびき
晩秋の日はさし静か
その音を古木と石は聞き入りぬ
ここにおもむろに人は交わり
ベンチに座り一時盛岡の人となる
せわしく過ぎゆくなかれ
奥深く記録に刻み帰るが良い
明治の古風な煉瓦の銀行
その庭に三色の薔薇の咲きぬ
秋日さしその色合いを深めぬ
ここは明治からハイカラな都会
そこにモダンな感覚の養われぬ
プラタナスの広葉の散る街路
若い人等が未来を語り歩む
いくつかの橋は古り
江戸のように行き交う
まるで浮世絵や版画のように
古い商家の壁に夕日さし
長々と柳は垂れぬ
夜青い街灯が灯り
メルヘンチックな旅情に浸る
この市街を離れて小岩井農場に
森に踏み入れば新雪は深く積もり
アカゲラの木をたたく音のみがひびき木霊する
醜き人の顔は見ずただしんしんと雪は降り積もりぬ
ここに沈黙は深く物音一つもなく
心洗われ浄められる
ここに自ずと絶妙な楽は奏でられる
その街も雪の降りメルヘンのようになる
銀河鉄道に乗り天の駅にとまる
それも一時常に場面は変化する
その駅は幻想の駅となる
雪はふりしきり赤く青く信号が点滅する
列車は雪降る中を走り過ぎて行く

trainnsnoww2.jpg


sigunalerailway1.jpg


盛岡市が外国人に人気があるのもわかる。都会でも風光明媚であり歴史もある
そして賢治の詩とか啄木の短歌で価値を高めたのである
岩手県自体が魅力がある風土である。海山川と地形に魅力がある
盛岡市でも真正面に岩手山がまじかに聳える、あの独立峰を見るとまるで額縁に見事に収る。また小岩井農場とかメルヘンチックになる
あそこの森に雪の時に行った。アカゲラが木をたたく音のみが木霊していた
盛岡市でも近くに小岩井農場があり森がある。都会でも身近に自然がある
こういう場所こそ住むにはいい、田舎でも今は村のような所には住めない
様々なものが不足するからである。





2026年01月08日

今年はどうなるー次々に起きた世界の事件の感想 【貧乏でも助け合った時があった】

今年はどうなるー次々に起きた世界の事件の感想
【貧乏でも助け合った時があった】

●ベネズエラのアメリカの攻撃

事件はまず空間軸で認識する。起きるはtake place になる。まず場所の認識になる
アメリカの裏庭という地理の認識になる。アメリカはそれだけ今や自分の国を守るこことで精一杯になった。キューバ危機がありその時はソビエト連邦がかかわりアメリカはキューバに危機を感じてケネデイ大統領が戦争まで覚悟した。この時は核戦争も辞さないと決断したので世界が緊張した。米ソ冷戦時代でありアメリカは喉元に核基地を作られるとなり許さなかった。

1962年10月から11月にかけて、ソビエト連邦がキューバに核ミサイル基地を建設していることが発覚、アメリカ合衆国がカリブ海でキューバの海上臨検を実施し、米ソ間の緊張が高まり、核戦争寸前まで達した一連の出来事のこと。

今回のベネズエラのアメリカ攻撃はこれと似ている。違うのはソビエト連邦に代わり中国がその背後にあり中国をベネズエラの石油権益をアメリカに取り戻すのも狙いだった
またベネズエラの石油の大半は中国に輸出されているので中国を追い出すのが目的でもある。これもキューバ危機と同じように中国が軍事基地化される、核基地化されることを事前に止めるためである。ソビエト連邦に代わり中国がアメリカを脅かす国となった
米ソ冷戦時代から米中冷戦時代になった。

そしてパックスアメリカの時代は終わる。アメリカは自国を守るだけで精一杯なのである。だから西半球にシフトする。アジアは関わらない、そうなると台湾有事でもアメリカは関わらない、その時日本は一国で中国と対峙する。これは日本の存立危機になる
北朝鮮も中国と一体化して攻めてくる。それに対抗できるのか、つまりアメリカの西半球重視の政策は日本にとって現実的に恐怖となる。
世界が戦争になる時必ず核が問題になる。核が使われる恐怖になる
それは世界最終戦争になり人類滅亡のハルマゲドンになる。核が抑止力というが戦争になれば使われる。プーチン大統領が核を使うぞと脅したことでもわかる。

アメリカのベネズエラ攻撃は世界的に波及する。ただベネズエラという国が独裁国家でありベネズエラ国民がマドゥロ氏を支持しているわけではない、独裁国家では国民が政府を支持するとはならない。

2021年9月に公表された最新のEncoviによると、ベネズエラにおいて1日あたり1.9ドル以下で生活している「国際貧困ラインを下回る生活を送る人」の割合は76.6%で、前年の67.7%から約9ポイント上昇しています。つまり、現在のベネズエラでは国民の4人に3人以上が極度の貧困状態に置かれていることになります

その後は2015年に2万人超、2016年に5万人超、2017年には15万人超と増加ペースが徐々に加速し、2018年には一気に300万人超にまで膨れ上がりました。2019年に450万人弱、2020年に500万人弱と、その後も難民などの大規模流出は続いています。

これは異常な状態である。国家破綻の状態にもなる。こういう国では別にアメリカに支配されてもいいとなる。国家でも国民が支えるのでありその国民が国から脱出することは政府でも国家でも維持できなくなる
これは愛国心とかの問題でもない。まともに食えない状態では愛国心ももてないとなる
それは会津で薩摩長州軍に攻められていたがそこの住民は侍以外はむしろ歓迎していたのと似ている。年貢が安くなるとして歓迎していたのである。つまり庶民が国民がまともに食えないような国では政府が支配者が変わることが望まれている

現実に会津では明治維新後にヤーヤー一揆が起こった。国民に支持されない政府は別に他藩に外国に支配されてもいいとなる。独裁政権では取り巻きは利権を得ている
また麻薬販売でも利権を得ている。大統領がアメリカに逮捕されても依然として権力を維持しているのは旧勢力である。その人達はその権益を手放さない。
ただ国民であれ住民に支持されなければいずれ権力は維持できなくなる
そういうとき外国勢力が侵略してくる、でもベネズエラのような国では自国を守れない、もともと独裁者によって苦しめられた人たちが他国と戦う意志が持てない。
つまり国家を支えるのはその国の住民であり国民である。独裁国家にはそれがないから自国でも守れないとなる。

これは小国だけではないロシアであれ中国であれアメリカであれ貧富の差が大きいと国のために命を賭けて戦うことはしない、一見アメリカでも中国でも領土が馬鹿でかくても国意識が希薄であり意外とそこが弱点となり大国でも強いとは限らない、国を自ら守る支える意志がない国は弱いとなる。
ともかくアメリカはもはや世界より西半球、自国第一主義になる、その方向を明確にした。アジアは中国にまかせるとなるとアメリカが介入しないとなると日本はかなり危険な状態になる。確かなことは政府が国を守るのではなく国民が国を守る意志をもたないといくら政府で守ろうとしても守れない。そのためには貧富の差が大きいと国は分断されて他国に対抗できない、

●香港の九龍城砦の暮らし

このテレビ放送でそこで暮らした人たちがなつかしむ。その理由が自由があり助け合いがあった。住民はスラム街でもそれが全部悪いものとはなっていなかった
自由に商売もできて互いに貧乏でも助け合い生きていた。
何かスラム街だと悲惨に見えるがそこにもいい面があった、そんな所で暮らしてなつかしむということはないとみるがそうでもなかった。
それは戦後みんな貧乏であっても醤油とかわずかなものでも分け合い協力して生活していた、そのことをしきりに言う老女がいる。その人は今も貧乏なのである

貧乏人同士が助け合うが金持ちは助け合わない、金持ちは助けててもらわなくてもいいとなるからである。それで傲慢になる。インドでも乞食に恵むのは同じ貧乏人なのである。貧乏の苦しさを知っているから助けようとする。今日本でも助け合うということがない、何か貧乏でも自己責任にされる。怠けていたからだとなる。
でも貧乏人同士はわずかなものでも助け合うことがある。そいうことがかつての日本人にあった。貧乏がいいとはならないが貧乏でも人間は助け合うということがある
貧乏から学ぶものがある。日本人は豊かになってかえって非情になったともなる

ともかく人間は心が大事である、国を守るにしてもその心がなければいくら兵器を備えても守れないとなる。また豊かになってもかえって心は冷たくなる、助け合うこともなくなった。誰も貧乏にはなりたくない、でも貧乏でもわずかなものでも分け合い助け合い生きていた過去があった。そういう国だったら国を愛して守る意識が自ずと育まれる
愛国心が育まれる。
確かに今日本が貧困化している。でもそれが全部悪いものとなるとはならない
なにかいいと思えることが悪く作用する。この辺では原発事故で補償金をもらったが
復興という時補償金をもらうことが目的になってしまい補償金の多寡で争うようになった。補償金をもらえるのはいいことのようにみえてもそこにも悪く作用するものがあった。
日本は今経済だけではない何か戦後80年とかで見直すものがある
余りにも経済一辺倒になり金だけを求めるようになった。貧しくても助け合って生きていた時代を見直すべきだともなる。

今年の正月はテレビばかり見ていた。それでも結構面白い番組があった。
今年も様々な事件が問題が起きる。新年早々すでに起きている
それらをどうみるか、時事問題の深層のテーマになることは多い、
時事問題でも様々な視点がありた多角的に分析する時代である

honkonndoll.jpghonnkonnflower.jpg

バウヒニアは、香港原産であり、このことから、香港の象徴として1965年に香港の市花として選ばれ[2]、また香港に関する様々な旗や徽章、紋章に描かれる。

この花は香港原産なのか空港でこの花模様のコインと交換した、それが記念だった
香港には寄っていない、でも一時でも寄れば興味を持つ
それでもこうした花とは無縁の都会であり何か魅力がない、ビジネスにはいいが観光では魅力がない、








posted by 天華 at 19:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2026年01月01日

2026年新年に思う 【時代劇でなぜ侍は殿様に忠誠を誓ったのか?−城は聖堂と同じ】

2026年新年に思う
【時代劇でなぜ侍は殿様に忠誠を誓ったのか?−城は聖堂と同じ】

2026newyear.jpg


2026.jpg



年明けて我が目覚めれば赤々と椿の咲きて寒き朝かな

白百合の一輪開き間もなくもまた一輪の我に向き咲く

年明けて天守に望む我が国の栄えあれかし心直しも

時流れはや花散りぬ人の世をいかに生きるも心残りも

時流れはや花散りぬ人はみな心ならずも死ぬものなりしも

浅野内匠頭の辞世の句は「風さそふ 花よりもなほ 我はまた 春の名残を いかにとやせん」だった。
久しぶりで忠臣蔵を見た。今に時代からみるとなぜそこまで忠誠を殿に誓うのかとなる
でも別に幕府は個々の家では仇討ちを奨励していた。それが武士のすべきことであり悪いとも思っていなかった。むしろ仇討ちをしないものは武士ではないとか咎められていたのである。ただそれは個々の家ではそうでも藩全体で仇討ちとなると別だった。

なぜ殿のためにそこまでしたのかとなればやはり当時の時代背景があり社会があり当時にしてみれば変わったことでもなく必然だった。藩は一心同体であり城はその象徴だった。城は単なる建物ではなく武士の精神的象徴拠り所としてあった。ヨーロッパの聖堂とも似ていた。城は心を一つにする場であった。その時代殿様がなぜその忠臣にあったのか?別に殿様でも優れた人とは限らない、でも殿様を神のごとく奉る。忠義というとき殿への忠義なのである。だから義といっても狭い社会の範囲のものであり今の正義を実現するものとも違う。何故なら殿様で悪い殿様がいた。別に殿様が聖人君子でもなかった。そもそも侍ではない一般庶民は侍とか殿様をどうみていたのか?

それは雲の上の人でありその姿すら見れない人だった。篭のにっていれば見えないのである。直接御目通りなどできないのである。それは天皇とも似ている。だから一般の人は殿様と言ってもどいう人かなどわからない、だから殿様への忠義などない
そのために会津では年貢で苦しめられていたから明治維新で薩摩長州に攻められても城が炎上しても無関心でありそれより年貢が安くなると喜んでいた。
つまり侍と庶民ではその差が大きい。だからここは侍と庶民を分けて考える必要がある
侍と庶民は別個の存在だった。それで会津でも城が燃えた時白虎隊が自刀したが庶民は城が燃えてもたいして感じなかったのである。城と一体となっていたのは侍であり庶民は関係なかったのである。何かドラマだとそこが抜け落ちているから庶民と侍を同一のものと見るから誤解する。ドラマは真実を歪める。何か美化される
歴史は現実を見る目が必要である。でも今はドラマが真実に思えるのである。

ともかく大晦日から時代劇とかテレビを見ていた。影武者とかも面白かった。戦国時代はドラマになりやすい。この辺では野馬追があるから戦国時代が再現されるからなるほどと見る。現実武田の旗印も出る。戦争でも見ているだけなら面白いとなる
今年の正月は午後から霙にもなりぱっとしない、今年はどうなるのか
私の場合生きているかもどうかわからない、それで人間は

心ならずも死ぬものなりしも・・・

人間はいかに偉大な人でもみんな心ならずも死ぬ、百歳生きてもそうである
何かそれぞれ心残りがあり死ぬ。そもそもそれがこの世を生きることである
この世では何か達成されることがない、心ならずもともなり心残りになる
ただ多少生きる時間に差があるだけである。この世に生きて完成されることはない、未完で終わる。完成されるのは神の国でしかありえないのである。

昔から馬は、縁起の良い動物として親しまれてきました。
これは、馬が後退せず力強く前に向かって走ることから「前に進む象徴」であることや神様の使いとして奉納されていたこと、農作業や移動など人の生活を助けてくれる身近な動物であったことが大きな理由となっています。
現在、神社でよく見られる「絵馬」は、もともと神様に奉納されていた馬だったといわれています。

馬という時相馬野馬追がこの辺であるから馬には親しみがある
でも私はとても馬のように行動できない、今年生きているのかとも見る
ただ確かに馬は前進する力を象徴している。ということは全体的には前進するのかとなるがとてもそうは思えない、これも個々人では違ったものになる

ともかくよいお年であることを願います



2025年12月29日

吉展(よしのぶ)ちゃん誘拐の犯人は福島県石川町の人だった 【当時の時代は背景を知る・・・】

吉展(よしのぶ)ちゃん誘拐の犯人は福島県石川町の人だった
【当時の時代は背景を知る・・・】

dekasegizoonn.jpg


1963年(昭和38年)3月31日 - 16時30分 - 17時40分、東京・台東区入谷町に住む建築業者の長男・村越吉展(当時4歳。以下「被害者」という)が自宅近くにある台東区立入谷南公園(台東区入谷町)に遊びに出掛けていたが行方不明になった。両親は迷子を疑い警察に通報。新聞などで「誘拐」ではなく行方不明として報じられる。

吉展ちゃんの両親のもとに小原保から身代金50万円を要求する電話があり、両親が警察に相談しその後何度か小原保から電話がかかってきたことで録音することに成功しました。

4月1日 - 警察の聞き込みの結果、公園

「吉展ちゃん誘拐殺人事件」の犯人である小原保は、事件を起こした1963年当時上野御徒町にて時計店の修理工をしており、多くの借金を抱えて生活に困窮していました。

親族にお金を無心するために故郷である福島県石川町に向かった形跡もあり、お金は借りられなかったため何とかお金を工面しようと焦っていました。

小原保は福島県の貧しい農家の出身で、11人兄弟の10番目の子供でした。

小学5年生の時に骨髄炎を患って片足を悪くした小原保は、座ってでもできる仕事として中学を卒業した後に時計の修理工として仙台の時計店で働き始めました。

その後上京し上野にある時計店で働き始めましたが、月給2万4000円では生活は苦しく時計を横流しして生活を補っていたところ時計店にばれてしまい解雇され無職となりました。

小原保はその後貴金属のブローカーやヒモなどをして生活していましたが、借金がかさんでいき次第に生活が困窮していきました。

東京オリンピックを翌年に控え、高度成長の真っ只中だった日本の闇を写したような事件だったと言えるかもしれませんね

月給2万4000円では生活は苦しく時計を横流しして生活を補っていたところ時計店にばれてしまい解雇され無職となりました。



小原保の故郷は福島県石川町

白井弁護士は受任すると、東京拘置所に通い、小原と接見を重ねた。金に困って重大な事件を起こしたが、小原はおとなしい人物だったという。

身の上話も色々聞いた。福島県石川町で貧しい農家の五男として生まれた小原は、子供の頃に患った病気のために正常な歩行ができず、いじめにも遭っていた。不遇な少年期は山に登り、山並みを眺めている時が唯一、気分が安らいだと語っていたという。

「私も子供の頃、母親の実家がある福島県の会津に疎開していて、当時はよく山に登っていました。その話をしたら、小原は心を開いたようでした」


月給2万4000円では生活は苦しく時計を横流しして生活を補っていた

その頃の金銭感覚で2万円はどのくらいだったのか?50万の身代金を払ったがこれは今の感覚では少ないと思った、身代金だと軽く一千万とか要求する
50万でも当時だと5百万くらいになっていたかもしれない
そのくらいもらわないとこんなきけんなことはやれなからだ
ともかく借金が犯罪に結びつくことが多い。
何故私がこの事件に注目したのかとなれば福島県の石川町に自転車で行っている
そこまで阿武隈高原をたどり行っている、そこは郡山市に近くても山また山の土地である。その山にまだ萬屋(よろづ)があり寄ったら味噌汁をご馳走してくれた
これは今時めずらしいことだった。何か昔の素朴なものがまだ残っていたからだとも見た。第一萬屋(よろづ)というのがなくなっていたからだ。山の村では店でも品物を仕入れるにも難儀でありそれで萬屋(よろづ)が貴重だった。

和装館 よろづ屋 南相馬原町本店

これなどももともとよろづ屋だった。ただ元の原町市だから辺鄙な場所ではなかった
そのころスーパーなどないから何でも屋になっていたのである

いずれにしろ事件は時代を写す鏡になる。ただその時私は東京の私立の大学生であり恵まれていた。その頃貧しい時代であり中学生でもその時から10年前は集団就職があり中卒で東京とかに働きに出た、団塊の世代はとにかく数が多い、でも高度成長時代でありその多い人達を吸収できたのである。ただこの人のように犯罪を犯す人もいた
犯罪の動機で一番多いのはやはり貧乏である。その時代はまだ貧乏な人が多かった。
それでも高度成長の波に乗った人達は豊かになっていた。だからこの時代でも明暗がありすべて時代のせいにはできない。高度成長の時代だから成功した人も多いとなる
この人は足が悪いとか個人的事情でうまくいかなかったようである
だからすべて時代のせいともならない、それでもその時代を象徴していたとはなる
なぜなら小原保は脚が悪いから障害者だった、すると今なら国の支援があり援助されていたとなるからである。

何か借金を返すために故郷に帰り金を無心に来たらしい、それで実家の納屋の倉の凍み持ちのあるところにいたとか外の藁の中で寝ていたとかなる。
母親がいたが母親とは会っていない、母親は息子のことを脚が悪いから不憫だと思い他より目をかけていたのである。だから別に親が冷たいとはなっていないのである
ともかく古殿から石川町がありそこから
いわき市に自転車で下ってきたことがある。ただ地理的に郡山市に近いから郡山市で働くということもあった。でもその頃は東京や静岡県の方に工場が多くそこで工員になった。その頃また地方では働く場がなく農家では出稼ぎに出ていた。その頃農業だけであは生活が成り立たなくなっていた。原発のある双葉とか浪江辺はその頃出稼ぎ地帯でチベットとも言われた、働く場がなく出稼ぎ地帯になっていた、それで地元で暮らしたいとなり原発が誘致された経緯がある。つまり貧困が原因でもあった。人間の主な問題が貧困にある。人間は経済で動く利益を求めて動く、それは変わりないのである
江戸時代でも江戸への出稼ぎがありムクドリと呼ばれていた。

ムクドリがしばしば登場しますが、「椋鳥」は冬の季語と定められています。江戸時代、江戸っ子は冬になると集団で出稼ぎにやってくる東北人たちを、やかましい田舎者の集団という意味合いで「椋鳥」と呼んで揶揄していました。俳人小林一茶は故郷、信濃から江戸に向かう道中にその屈辱を受けて、「椋鳥と 人に呼ばるる 寒さかな」という俳句を残しています。

こういうことがあった。それだけ出稼ぎ者がいたということである。歴史は繰り返すと言うがこれもそうだった。ムクドリは大群で群れて飛ぶ。だからいかに江戸でも出稼ぎ者が多かったかわかる。出稼ぎは慣れないと都会で家もなく働くのだから辛いとなる
でも家に帰れるからいい方だともなる。小原保は故郷に帰っても迎える人がいなかった
母親がいても会えなかった、それが時代が違っていてそうなっていた。でも共通な面はある。
いずれにしろこれも時代を象徴する事件だった。個人的事情もあるが時代背景をみないとわからない。それでも50年も過ぎると記憶もあいまいとなりその時代のことがわからなくなる。また忘れてしまうのである。







posted by 天華 at 13:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2025年12月26日

全国城の俳句2【春夕陽、春野、桜、菊、月、春の暮、春爛漫・・・・】

全国城の俳句2【春夕陽、春野、桜、菊、月、春の暮、春爛漫・・・・】

trinncathle.jpg

blackfujinohana.jpg

kyoutoniwaishi.jpg



鶴ヶ城少年死すや蝉の声
夏日さす名古屋城や金の鯱
春爛漫大阪城や夢の跡
車窓より春野のかなた姫路城
姫路城望むや春の市街かな
和歌山城白壁映えて菊花かな
明石城船の往来春夕陽
萩城や残る石垣芒かな
秋日さす築地塀や武家屋敷
秋の日や古木の太く熊本城
松山の城下に桜海近し

波ひびき桜装う洲本城
春の日や大阪近く洲本城
花に月淡路島に洲本城
残る花月の光るや洲本城
淡路島波寄せ松や春の夕

二条城障壁画に松桜かな
雷鳴りて家康の天下二条城
雄渾に広間に松や京の夏
秋深む嗜好を凝らし京の庭
大庭に石の配置や秋深む
池映る月や所得て石黙す
京の庭木陰に石や夏の山

平戸城春の潮や外国へ
鐘の音や寺に教会春の暮



城の見方もいろいろである。城は遠くからでも見えるからランドマークになる。
城はいろいろな角度から見て違って見える。そこにはそれぞれの城の物語があり美がある
松本城は黒であり藤の花が似合う。ただ漆で板を黒く塗るのは他でもある
和歌山城は白壁が美しい。
淡路島の洲本城は小さいがあそこにも城があった。城は小さいのを含めるとその数が多い
すべての城をマニアでも見ることはむずかしい。私が俳句にした城は実地に行っている
だから私は相当に日本全国を旅している。
やはり城を中心にして街でも見る。だから城を見ることは欠かせないのである。

京都の二条城も城である。その中の障壁画は見ものである、京都は日本の文化を象徴した場である
でも見る所が多くなかなか深く鑑賞できない、庭でも朝から夕べと季節ごとに見ていないとその神髄はわからない
文化は簡単に理解できない、それだけ奥深いものがある。絵でもなかなか鑑賞するのがむずかしい
芸術は鑑賞すること自体むずかしいのである。京都に庭でもそうである。一回くらい見てもその奥深いものはわからない、

ともかく城は全国にありそれぞれ特徴がある。これも現場に一回でも行ってみない限りわからない
庭でも何回でも見ていれば何かそこに感じるものがある。ともかく京都を理解することはむずかしい






2025年12月25日

全国の城の俳句【人柱伝説の語るものー城から見る日本の歴史】

全国の城の俳句【人柱伝説の語るものー城から見る日本の歴史】

japancathles.jpg


弘前城門の古しも枝垂桜
上山城秋の一夜や泊る宿
青葉城石垣反りて燕来る
片倉氏白石城や秋没陽
井戸いくつ二本松城落椿
悲しきや乙女桜に小峰城
小田原城天守に望む春の海
海望み小田原城や花盛り
花盛り小田原城の門を入る
吉田城橋にもたれて春の風
名古屋城海の涼風金の鯱
松江城茶にもてなすや春の暮
籠城に井戸を備えて冬の城
福山城天守に人や花盛り
春光や波よせひびく唐津城

青葉城石垣反りて広瀬川ひびき流れて朝桜映ゆ


小峰城の人柱伝説は、城の石垣が何度も崩壊し、人柱を立てることになったという悲劇的な出来事に由来しています。最初に城に来た者として選ばれたのは、作事奉行の娘おとめです。おとめは父に会うために訪れた際に、父の手で「来るな」と合図されたにもかかわらず、逆に「来い」という合図と勘違いし、捕らえられてしまったのです。この事件を悼んで、おとめが埋められた場所には「おとめ桜」と呼ばれる桜が植えられました。現在の桜は二代目で、初代は戊辰戦争の際に焼失しています

城が何を語るのか、一つは建築の美として見る、またそこにはそれぞれの物語がある
何か人は残る物から昔を歴史を観る,それはわかり安いからである
古墳があればやはり古代を偲ぶ、そこには確かに人が葬られている。でもそこに残された物語がある。それが様々でありわかりにくい。城ならば一目見て立派だとわかる。
それは外国人でもわかる。いろいろ城を説明されてもピンとこないだろう。それは外国になるとそこに籠められた歴史が複雑でわかいにくい。
でも城に人柱伝説があるのはいかに城を作るのが大事業だったかを物語る。城の石垣が何度も崩壊して人柱を立てたというのもそのためである
そもそも今でも巨大なビルでも建てれば工事で事故で死ぬ人も多い
するとそもそもがそれは人柱だったともなる。他にも工事では人が死ぬ

人柱というとき普通の家でも私の家でも半年くらいかかり建てた。城となると十年くらいかかったとかありいかに時間と労力をかけたかを知る。つまり何でもそうだがこの世にある物は建築物でも時間と労力をかけている。つまり人柱という時それぞれの家でもそうなのである。何か神道では死者を一柱二柱とか呼ぶ

死者を「一柱」と呼ぶ理由は、古来より神と深い関わりがあったと考えられていることに由来しています。神は自然物に宿るとされ、特に「大木は神が宿るモノ」として重要視されています。柱の形状は地面から天に向かって垂直に立っている姿から、「神が降りて来る為の通り道」としての役割を果たしていたと考えられています。イザナギとイザナミが葦原中国に降り立った時に初めに立てた天御柱(あめのみはしら)は、神と柱の密接な関係を象徴しています。 


松江城約4年
大阪城(豊臣秀吉)約15年
名護屋城数か月で完成と伝わる
松山城約25年

盛岡城
1597年〜1615年頃  
→ およそ18年ほど


この年月をみればいかに時間と労力をかけたかわかる。現代だと重機を使うから工期も短い。第一石垣を作るのにもその石を運ぶのでも人力となると大変な労力になる。
ただそうした苦労を偲ぶことが今になるとむずかしい、それは現代から過去を見るからそうなる。そこに歴史を知る錯覚が生まれる。何か簡単に作られたとも見る
その苦労が偲べないのである

日本の城でもそこには何か精神的なものを象徴している。なぜ天守があるのか?
それは殿様がいて家臣がいる。縦軸の人間支配のためだともなる。頂点に殿様がいてその下に家臣がいて城を守る。でも戦で負ければ殿様が天守で切腹して終わる
それは武士としての覚悟でありそれが城に反映された造りとなる
松江城の天守に井戸があった。それは籠城のために作られた。他でも場内には井戸があったのは籠城のためである。
それは外国の城とは違った精神性が歴史がある。外国の城は市自体が壁に囲まれてその中で敵が攻めてきたら生き抜く構造である。市全体が城にもなる
だから目立つのは城壁なのである。城壁が頑丈であり市民を守る。そこで王様を守るともならない、そこにシテズンシップが生まれたのである
平原のような所では遮る物がないすると大軍が攻めて来るから強固な壁を作り防ぐ、日本の城は山城であり平山城から平地の城になった。山が多いからそうなった。

日本の場合は城があってもそこに住民とは関係ないとまでなる。侍は関係しても関係しない、城が燃えてもそれほど感じない、かえって会津ではその時年貢で苦しめられたからヤーヤー一揆が起きた。庶民にとっては農民は年貢が少なければいいのであり領主でも年貢を高くすれば不満になる、それで城主が変わることことで年貢が少なくなれば返っていいとなっていたのである、だから会津で城が燃えてそれを見て白虎隊の自刃があったが庶民はそれほど感じなかったのである。この意識の差は大きいと思う
侍と庶民は別だったのである。

ともかく日本だとどこでも城を見る、そこから歴史を観る、だから城から歴史を偲ぶ
白石城は丸森から行くと近い

金山城は標高117メートルの「お舘山」山頂にある山城で、1564年(永禄7年)[3]または65年(永禄8年)[1]に相馬氏の家臣井戸川将監、藤橋胤泰が築城したと言われる。その後伊達氏と相馬氏の争奪戦が展開された

天正9年(1581年)には伊達政宗が初陣を飾り、同12年(1584年)に伊達氏の領有となった。

金山城は相馬藩と伊達藩が交互に城主となっていた境の城である
白石城も蒲生氏郷の会津藩との境にあった。地理的に境を知ると見えてくるものがある。そこに興亡があり歴史が記されるからである。



2025年12月23日

寒さ身にしむ一人の暮らし【冬薔薇、冬タンポポ、冬の朝、冬紅葉、寒烏、枯野、・・】

寒さ身にしむ一人の暮らし【冬薔薇、冬タンポポ、冬の朝、冬紅葉、寒烏、枯野、・・】

sunseywintermoon.jpg


路地裏のいつもの道や冬薔薇
鉄道冬タンポポや浜通リ
玄関に重なり散りぬ冬紅葉
餌あれや枯野見ているノスリかな
故郷や墓地に枯野に寒烏
葉隠れに山鳩来たる冬の朝
姉と母遺影を見つつ年の暮
一人身に寒さ染み入る買い物に
古い家寒さ身にしむひとりかな
今日も見ゆなお散り残る冬紅葉
寒鳥の鋭く枝に止まるかな

冬の浪ひびきかなたに雪おおう蔵王望みて山形思ふ
白鳥の姿美し凍てる空鳴く声ひびき朝翔けゆきぬ


ノスリはネズミを探しているのか、必ず電線とかに止まっている。ネズミが枯野に見えるのかとなる。田舎の景色として枯野と墓地と寒烏となる。
福島県の浜通リは雪はほとんど降らない、それで鉄道に沿い冬タンポポがさいていた
でも今日は寒い。買い物が必ずありそれが一仕事になる
めんどうなので料理はほとんどしない。だから買い物は必須である

冬の浪が打ち付け響く、かなたに冠雪の蔵王が望まれる。蔵王が見えるから山形県が近いともなる。福島県でも吾妻山は磐梯山は浜通リからは見えない、だから返って山形県が近いともなる。やはり見えるか見えないかは相当に影響する
福島県でも広すぎる。ハマ、ナカ、アイズでは気候でも違い見える景色も違う
福島市は阿武隈山脈に遮られて全く見えない、だから福島県は地理的に一体感が感じられないのである。むしろ宮城県だと牡鹿半島でも金華山でも見えるから地理的には親近感があるとなる

故郷の風景は枯野と墓地と烏だとなる、何か墓地が目立つ、それで墓地を調べていたのである。冬は白鳥が飛ぶから気持ちいい。今年は冬が長い。ただ一人は寒さが身に染みるとはなる。それでも一人は自然に感じやすくなるから俳句でも短歌でも作るのにはいいともなる。毎日狭い所を同じ道を行き来している。冬は遠出するのがむずかしい
遠出するなら鉄道の旅になる。
ともかく今年も終わりになる。晩方になり寒くなった。












2025年12月22日

金沢の冬の俳句【冬桜、冬の水、冬深む、冬の川、冬の月・・・・】

金沢の冬の俳句【冬桜、冬の水、冬深む、冬の川、冬の月・・・・】

kennrokuennflownew1.jpg


水流れ古松に寄りぬ冬桜
冬の水めぐり流れて日は暮れぬ
金沢に金箔の技冬深む
金沢や技を伝えて冬桜
金沢の橋の古りにし冬の川
金沢の茶室や池に冬の月
冬深む古都に伝えぬ職人の技
金沢に買いし茶碗や冬深む
古都なれやともしび静か冬の暮
犀川の流れのひびき寒の朝
金沢に買いし茶碗や冬深む




日本の古都は京都と金沢だろう。奈良は日本の建国の場所であり古都とはまた違っている。それは現代に継続していない。京都と金沢は継続している古都である
いろいろな伝統の技が職人を育んだ。そのことで現代まで活き続けたのである。
京都も奈良も川があり水路があり庭が文化の象徴となる
金沢は兼六園があり魅力的である。水が街中を流れるということで盛岡も東北の古都になる。でもそこに伝統の技はないから物足りない。
ともかく金沢は遠いので一回しか行かないからわからない。ただ金箔など職人の技が受け継がれているから京都のように古都として活きている、どちらも冬もいいのも共通している。


続きを読む

2025年12月21日

京都の冬紅葉の俳句とAIの絵

fuyumomijiletter.jpg
京都の冬紅葉の俳句とAIの絵


tearooomfuyumomiji.jpg

momijijphouse.jpg

kyoutoshinisemomiji.jpg

fuyumomijikyoto.jpg

fuyumomijipicture11.jpg

fuyumomijipic333.jpg

fuyumomijipicture11.jpg

味わいぬ京の老舗や冬紅葉
京の道しとと雨濡れ冬紅葉
京の庭苔に散りたる冬紅葉
茶室にて京に交わる冬紅葉
抹茶呑む黒茶碗重し冬紅葉


京都は日本の文化を凝縮した千年の都である。だからどこでも絵になる
歴史の重みがある。庭はその象徴である、家庭というとき家と庭となるのも日本的である
それも文化である。外国のガーデンの由来は

「garden」の語源は、13世紀後半に古北フランス語の「gardin」から来ています。この「gardin」は、フランク語の「*gardo」(柵で囲まれた庭)に由来し、さらにゲルマン祖語の「*gardan-」に遡ります。最終的には、印欧祖語の「*gher-」(囲む)に由来し、囲まれた土地や庭を意味するようになりました

柵に囲まれた私有地の意味で日本の庭の感覚とは違う、何か柵で侵入する者を防ぐが基になっている。他者が入ってならないものになる。それは絶えず異民族が侵略してきた歴史があり庭でも柵で囲み侵入できないようにした。

いずれにしろ京都は日本の文化を象徴する場である。ただ本当の京都は住んでみないとわからないだろう。住んで実感する。ニ三回旅してはわかりにくいのである
それはどこでも外国でも同じである。だから外国に住んだ経験がある人はささいなことでも日本との相違を知る。そこから理解を深められる



2025年12月20日

冬の日家に籠る日々【冬紅葉、短日、年の暮、冬薔薇、木の葉散る・・・】

冬の日家に籠る日々【冬紅葉、短日、年の暮、冬薔薇、木の葉散る・・・】

yamahatogerden.jpg

momijiwinter.jpg



数枚の散り重なりぬ冬紅葉
短日や近間を回りはや暮れぬ
近くなれ空家と化すや年の暮

山鳩の家に来たれる冬の日や我は静かに家に籠りぬ
冬の薔薇一輪咲きしも今日見れば散りてなし我は家に籠りぬ
一枚の木の葉庭に散るそを見つつも我は静かに家に籠りぬ


何か今年の冬は11月で冬になりすでに長い11月から3月くらい冬だとすると5か月もある、約半年にもなる。どうしても冬は家に籠る日が長くなる
日も短くあっというまに暗くなる。それで近間を行くだけになる
直ぐ近くの組の人の家が空家化した。二人の老夫婦が住んでいたが車が二台あったがそれもなく空家化した、どこに行ったのかどうしたのかわからない。ただこうして空家だけがどこでもふえてゆく日本である。そこは子供の時からあった家だからそれなりに古い。これからも空家は増える。

山鳩が一羽庭に来る、それでなごむ、やはり窓から庭がみえるのはいい
そこに自然があり四季の変化がある。でも山鳩が来たのはめずらしい。
冬紅葉が重なり玄関に散る。それは老人に見える。
俳句は写生である。それをどう見るかはその人によって違ってくる。私はその冬紅葉が老人に見えたのである
とにかく今年はすでに冬が長く12月で冬深むともなる。
冬は瞑想して内面化して過去を回想するのに向いている。だから冬もいいとなる

2025年12月19日

時間が浪費され失うことが人生の一番の後悔 【後一年しか生きないとなるとどうなるか考えよ】

時間が浪費され失うことが人生の一番の後悔
【後一年しか生きないとなるとどうなるか考えよ】

agevalue.jpg

時間でその人なりの価値を創る、最後になるとその価値を創る時間がなくなる

人間は生きることは何らかの価値を作ってゆくことである。その価値は多様である
でも働くことはその人なりの価値を作ることである
だから老人になると何であれ職業でも自分のしてきてことを延々と語る。それが他者から見て価値無いものでもその人は語る。それは自分のしてきたことを価値あるものとして認めてもらいたいからであう。ただ現代だとその価値が金で計られる
いくら稼いだかで計れる。それでも金だけでは価値は計れない、またその人自身も金だけでは測らることに満足はしない。何であれ自分のして来たことは価値あることであり
当人も価値ある人間であり人間だったと認めてもらいたいとなる

それでは余命後一年とか宣告されて何をすればいいのかとなる。一年しか生きられないとしたらその間に価値を創る価値あることができるのかとなる
でも現実はそれが求められる。一年間しかないにしろそれが貴重な時間になる
それは誰でもそうなる。どうしても老いれば病気になりそうでなくても寿命があり死に向かっている。でも人間はそう見ない。時間は無限にあり老いて病気になることを考えない。まず後一年しか生きられないとしたら何をすべきか真剣に考える
時間を浪費できないと切実に考える。そして人それぞれにしろ価値あることをしようとする。でも現実はいくらでも時間があるとなり時間は浪費される
金の浪費は具体的に感じる。何を買って損したとか金を使って損したとかは失敗したとかなる。でも時間に関してそう思はない。だから時間は失いやすいのである
そうして最後に後一年しか生きられないと宣告されて時間の貴重さを思い知らされるのである

グラフのように年齢が増すごとに時間の価値は上がってくる。最後に後一年しか生きられないとなれば時間の価値は何倍にも上がってくる。その残された時間内に価値を創るとなると容易ではなくなる。何するにも時間がかかるからである。
そして時間はみんな平等に与えられている。金があるとかないとか才能があるなしにしろ時間は平等に与えられている。でもいかに時間を活かすかで差が生まれる
金を活かすかもあるが時間を活かすことで差ができる。ただ金を稼ぐにしろ時間が必要である。投資では十年くらい先を見て投資する。時間をかけないともうからないのである。時間をかければそれほど知識が無くても増やせる。それで老人は投資に向いていない、時間をかけられないからである。若い人は先を長く見れる。それで投資は若い時から始める。少額でも時間をかければ増える。

結局その人の価値は何に時間をかけたかで決まる。例えば普通は会社員で働き時間を費やす。するといくら社畜だとか嘆いてもその人の価値はそれぞれの会社で培い作られたものになる。それで退職したら会社の役員だっとか自慢する。それが嫌がられてもその価値を認めてもらいたいとなる。でも会社を退職したらその価値は消失する
それは狭い会社内の価値だからである。会社を退職したらその価値を言う場がなくなる
あの人は・・・・で会社に貢献した人だと言う認められるとしても会社内だけのことでありその会社を退職したらその価値を認める人はいないからである。

浪費した失った時間は取り戻せない!

あの時若い時もっとやりたいことをやっていればよかった。今その時間も体力もなくなり後何年生きるかになってしまった。こんなに早く老いてなにもできなくなるとは思はなかった。しかし時間は取り戻せない、価値でも時間があって創られる。後一年それも
病気になり何ができるのだ・・・・・こうなるのである。
それは誰しも老人になり後悔している。その時愕然としてもどうにもならないことを知るべきだとなる







2025年12月18日

はじめに言葉ありき―冬の大地の沈黙の詩 【新たなアカデミアが必要な時代−言葉が通じ合わない文明人間】


はじめに言葉ありき―冬の大地の沈黙の詩
【新たなアカデミアが必要な時代−言葉が通じ合わない文明人間】

bigcitycaosu11.jpg

academia.jpg

「はじめに言葉ありき」部分の、ギリシャ語による原文はこちらです。
Εν αρχηι ην ο Λόγος
(En arkhēi ēn ho logos、エン・アルケー・エーン・ホ・ロゴス)
簡単に言えば、「アルケーはロゴスなり」。

「アルケー」の意味は、万物の始源・宇宙の根源的原理。



師の言葉は確かに伝授されて
ロゴスとなり響き合う
荘厳に大地は鎮まり
その上に石と石は黙し合い
深く通じ合い言葉は活きる
喧騒と騒音の世界に言葉は響き合わない
言葉は事物と結びつかない
故に事物が盤踞して表現できない
表現する言葉がない
その前で人は何も語れない
言葉を失うのである
そこで人間は大衆群衆となり消耗される
ここで言葉が失うことは
心も通じ合わない
言葉を失う時心も死ぬ
『初めに言葉ありき』
言葉によって世界は創られた
その言葉を失う時世界も消失する
事物が無造作にのさばり占拠して
その前に人は言葉を失う
そこはカオスとなり出口無き迷路と化する
その迷路で怪獣に食われる
今冬の陽は音もなく静かに光を放つ
静寂は充ちて言葉はロゴスは自ずと成る
この静穏な冬に休息して瞑想する
冬は休息の時であり回想の時である
師の言葉は沈黙に心に深く共鳴して
大地に根を張る木々のように
神のロゴスは自ずと成る



現代の問題がいろいろある。その大きなものが人間が言葉で通じ合うことができなくなったことである【初めに言葉ありき】とあるとき言葉を持つことで人間になった。だから初めに言葉があったとなる。ただこの言葉はロゴスの意味であり言葉というだけではない
神の創造した世界を現わすロゴスのことでる。ロゴスには様々な意味がある

現代の問題の根幹に言葉が通じなくなったということがある。また世界を言葉で表現できないということで人間はその存在意義も失う。東京の大都会の風景を見れば

 言葉を失う

言葉で表現できないとなる。そしてそこは出口のない迷宮であり怪獣に食われるとなる
それは言葉で表現できない巨怪なものである。何か原始状態の様々な恐竜が跋扈した時代にも似ている。巨大ということで似ている。それはピカートとかが沈黙なき世界を語った
沈黙があって言葉が活きると説いた。それは確かである。騒音喧騒の世界では言葉は活きない。それで現代では言葉を活かそうとすると現代文明から離脱して遮断して沈黙の場を創る。それがアウトサイダーとなった。つまり現実社会では言葉を活かすことができない、その社会から離脱して言葉も活きる。それでニーチェとか社会から離脱して孤高になり超人を説いたのである。

ともかく師がいたとしてもその教えでも言葉でも通じ合わない、騒音語の中で暮らしているから通じ合わないしその言葉思想でも汲み取れないのである。
つまりその教えでも言葉を汲み取るにはやはりその人も社会から離脱したアウトサイダーとならねばならない。

「academia」の語源は、古代ギリシャの哲学者プラトンが設立した学園「アカデメイア」に由来する。アカデメイアは、アテネ郊外のアカデモスという神域に設立されたため、この名がつけられた。以降、学問や研究を行う場所を指す言葉として「academia」が使われるようになった。

こういう新たな場が必要になる。それは田園にあり自然から学べる場でもある
それは今のマンモス大学のように何千人に講義する所ではない、少人数なのである。
ギリシャは比較的温暖であり戸外で過ごすことに適していた。そこで人が集まり談話して議論した。真理を探求したのである。
インターネットでも共同研究の場であるがそこに生の自然の場はない。情報集積の場であるがアカデミアになる空間ではない、やはり生の自然の場が必要なのである。

ニーチェの沈黙は「逃避」ではなく、思索と力の蓄積です。声を上げるべき時と沈黙すべき時、その両方を見極めることが「超人」への道だと彼は示唆しています

真実の深い言葉を発するには沈黙が必要である、自然は山でも岩でも木でも沈黙している。無駄なことはしゃべらない、だから沈黙しなければ自然と通じ合うことはできない
それで禅宗はひたすら沈黙して座禅して心浄める修行をする、自分は一人引きこもりそうしてきたのである。特に冬は静寂の時であり沈黙の時である。
ともかく言葉は沈黙が合って活きて来る。現代の騒音社会では言葉通じなくなっていることは確かである







2025年12月16日

大衆社会とは何なのか【導く者を否定するから国家も維持できない】

 大衆社会とは何なのか【導く者を否定するから国家も維持できない】

日本弱体化】なぜ分断国家アメリカは強く、安定国家日本は衰退するのか?


凡庸人が凡庸たることの権利を宣言し,強行する野蛮性」「 自分が正しいと信じ込み,他人の言葉に耳を貸さない自己閉塞性と歪んだ万能感」といった性質をもつ「大衆」そのものではないか.


●議論も何かを究めるものではなく水平化するために主張する

現代の問題はいろいろあるにしてもその根底に大衆化社会がある。この上に乗っかり上部構造がある。上部構造として現代社会の支配者となる上級国民がいる。それは政治家であり官僚でありマスコミでありとかいる。でも政治家でも大衆の代表だから大衆に支持されないと選ばれないから大衆のお気に入りにならねばならない、マスコミでも大衆に合わせるのであり大衆を批判したりはしない、なぜなら視聴率が一番大事でありより多くの人達に見られることで成り立つからである。また企業がスポンサーになるから企業では大衆がお客様だから大衆に受けのいいことを放送する。
またカルト宗教団体でもとにかく一人でも会員を増やしたいから大衆に合わせる。結果的に宗教は大衆に合わせて俗化した。

 凡庸人が凡庸たることの権利を宣言し,強行する野蛮性」「 自分が正しいと信じ込み,他人の言葉に耳を貸さない自己閉塞性と歪んだ万能感

大衆にとって自分より偉いと思う人はいない、自分自身が一番偉いと思っている
だから辻褄が合わなくても自分を延々と主張する。それは戦後民主主義が作り出した人間である。人間は平等であり対等であり自由に発言できる社会である
だから誰であれそれを咎めることはできない、その発言が支離滅裂でもかまわないのである。議論でもともかく発言して俺とお前とは同じだとなる。その内容は関係ないのである

だから原発事故にあって故郷に住めなくなても多額の補償金をもらったから原発事故でも東電でも政府であれ何であれ批判しない、私が批判すると猛烈に自分をあけすけに主張する、原発はいいものだった。みんな喜んでいるとまでいうのである
これは意外だったが現代はそれだけ金の力が大きいから金に支配される
要するに金をもらえればなんでもいいとまでなる。原発事故でも補償金を貰ったから良かったとなる。そもそも原発は金になるから誘致された、地元でも一部の者ではない
みんなが積極的に誘致したものだった。その経済的効果は絶大的なものだった。
原発事故前も金を貰った原発事故後も金をもらっためでたしめでたしとなる
ただ南相馬市だと小高区は避難区域になりその補償金の額は大きかった。原町区も数が多いがそれなりに多額だった。なぜなら鹿島区の三倍はもらったからである
割を食ったのは鹿島区である、それより相馬市とか別に放射線量が同じなのに補償金がもらったにしても余りに少ないから不満になった。

●民主主義が大衆民主主義―ポピュリズムになった

これも何が人を動かすかは金であることがわかる。それは原発だけではないあらゆることで金で動くのが現代である。それはいつの時代でも同じだとなるが江戸時代とかなると身分社会であり身分によって将来も決められていた。身分がものをいう時代である
それは金だけではなかったのである。
いづれにしろ大衆社会とは大衆が力を持った社会である。大衆と民衆とはまた違う
大衆とは現代文明社会から生まれたものであり江戸時代とかなれば存在しないからである。江戸時代なら藩に属して藩民は存在しても大衆は存在しない。大衆とは不特定多数の者でありどこに所属しているかも不明の人達である
民主主義でも大衆は存在しないギリシャの一万くらいのポリスで生まれたからである
大衆という時ローマ帝国のパンとサーカスに興じた人達と似ているかもしれない
その役割がマスコミになったからである、サーカスを娯楽を提供するのがマスコミである。日々の事故事件でも自分が被害を受けなければ娯楽にもなるからである

「 自分が正しいと信じ込み,他人の言葉に耳を貸さない自己閉塞性と歪んだ万能感」

大衆にとって偉い人はいない、自分が一番偉いのである。だから他者の言うことに耳を傾けず自分の言いたいこと主張する。それは別に辻褄があわなくてもいい、とにかく自分を主張して他者を認めたくないのである。何かを言うことにより俺とお前は同じだと水平化することは目的なのである。だから自分を導くものは自分であり他者ではない
自分が一番偉いとなる。
こういう大衆社会はギリシャで生まれた民主主義とはまた違っている。その数の規模が違いすぎる、何百万人を相手にするのと一万規模のポリスではその規模があまりに違いすぎる。だから現代の民主主義は大衆民主主義となりそれがポピュリズムとなりファッシズムとなるナチスとなる。それはカルト宗教でも大衆化して俗化した。そこでも御利益が金がものいう世界である。なぜなら利益になる金になることは即座に誰でも理解するからである。

●導く者がいなくなった現代ーそれでもヒットラーにカルト教団の教祖に導かれる

現代社会が大衆が主役になった時どうなったのか?もはや誰も導くものがいなくなった
大衆は導かれるとを拒否する、自分たちが導く者となっているからである
そこに何の信条が思想が無くてもいいのである。どんなことでも主張する
議論になればどちらが正しいとかも関係ない、議論することによって水平化される
議論で何かを究めることではない。対等になることなのである。別に優劣を決めることではない。何でもいいお前と俺は同じだと言いたいのである。
現代大衆社会は導く者がいない、導く者は大衆である
だから赤信号みんなでわたれば怖くないとなり法律でもルールでも無視できる
それがナチスとなるから実際は相当に怖いことだったのである

なにか国家でも導く者が必要でありその導く者がいなければ国家は継続できない崩壊する。大衆に導かれる社会はありえない、それがファシズムとなりナチスなる
明治維新が成功したのは導く一定の人達がいたからである。
侍はモラルを持ち指導する人達でありその人たちが明治維新でも成し遂げて指導者となったからである。明治維新は庶民が成したのではないやはり侍だった下級武士が成し遂げたのである、各界の指導者となったのである。侍が教育界に入った教師になったのが一番多かったからである。

ともかく国家を維持できなくなるというとき国家を導く者がいない、その導く者は常に大衆により否定される。牧者なき羊の大群が大衆である。そしてアナーキーに無政府状態になりそれでも導かれるものを求める。それがハイルヒットラーのナチスとなりカルト教団の教祖になる。ここで導く者と支配する者は別である、支配するという時権力で支配するとなるから拒否される。でも導く者は必要である。それは牧者であり権力で従わされる者ではない安全な場所に導く人である



2025年12月15日

来年はどうなるー第三次世界大戦の恐怖【世界最終戦争―ハルマゲドン】


来年はどうなるー第三次世界大戦の恐怖【世界最終戦争―ハルマゲドン】

何か高市首相の台湾有事の発言で中国が激怒して日中関係が悪化した。それから中国軍のレーダー照射で日本が抗議してアメリカ軍が具体的に後方支援する、空母のリンカーンを現実に配置する、それは核弾頭を持つ、これはかなり緊迫した中国と日本アメリカの対立が具体的に軍の一触即発なった。何が恐怖かというとどちらも核を持つ、核戦争の恐怖が具体化するからである。そしてウクライナ戦争でもロシアが核を使うと西側をNATOを脅す、つまり核戦争の恐怖を具体的に感じた。ロシアでも中国でも膨大な核を保有している
もちろんアメリカは世界一核を保有している、その核を空母からでも航空機で使用できる
潜水艦でも使用できる。つまり台湾有事は核戦争になる恐怖がある
何か今回は日本が外交の主役になるとかいう。ヨーロッパとも一早く連携することになったからである。でもそれが第三次世界大戦への恐怖となった。
その中心に日本があるということは日本が最も危険な状態になることでもある

昨年、米国防総省が公表した中国軍に関する報告書には“台湾での軍事作戦で敗北し、中国共産党体制の存続が脅かされる場合は、核兵器の先制使用を検討するだろう”と明記されています」

中国を守るというより共産党を守る、共産党一党支配を守ることが優先される、中国人民はその盾になる
そもそも共産党と中国人民は別である。だから中国でも人民が共産党に習近平に抗議して失脚させる。それを習近平でも共産党も一番恐れている。共産党は今や保守であり既得権者でありその既得権を死守する、中国人民を守るわけではないのである
だから中国人民が反乱してデモを起こすことを恐れている。政権交代は民主主義ではないから暴力であれ人民の反乱で起きる
それによって共産党内の権力闘争が起きる。それが軍部とかかわり内乱にもなる。それが中国の歴史でもあった

来年はどうなるのかというとき世界的には第三次世界大戦へ進む恐怖の年にもなる
ここ二十年親の介護や自らの病気でいいことがなかった。悪いことが重なり続けた
それが継続して来年は最悪になるかもしれない、癌が悪化して死ぬかもしれない
でもこういう危険があるときむしろ死ぬことは悪いことにはならない
核戦争になりそんな世界で生きたくないとなる

なぜこんなに災難が多く続くのだろうかとなる。この世は火宅の世であり災難の世であり地獄である。それで聖書のテーマがこの世からの脱出救出なのである
ノアの箱舟でも出エジプトでもソドムゴムラからの脱出でもそうである
災いのこの世からの脱出なのである。神は災いのこの世から選んだもの脱出救出することがテーマである。ともかくこの世はいつか滅びることは確実である
遅かれ早かれ滅びる運命にある。この世に天国は生まれない、人間の手では作れない
神の国は神自ら作り治め恩寵として与えられるものである
だからなんであれ核戦争であれこの世は滅びる。
だから自分としては来年でも死ぬことは悪いとはならない、核戦争の悪夢を見ずに死んだ方がいいとなる。悪いことばかり続くとなれば死んだ方がいいとなる

いづれにしろ来年でもいいことがない、個人的にもそうである。なぜか私には親の介護か20年過ぎても悪いことしか起きない。そして最後は死である
これも自分のカルマだったとなる。30年くらいは家族に恵まれて極楽だった
それが介護から一転して地獄と化したそれも自分のカルマだった。恵まれることはいいようでも悪いことにもなる。何か悪いことで苦しみ苦労していれば苦難に耐えられる
でも楽ばかりしていると苦難に耐えられないとなるからである
苦は楽の種―楽は苦の種になるからである。

とにかく来年はどうなるかとなればどうしても個人的にも世界的にも日本でも何か良くなるとは見えない。物価高で苦しみ戦争に脅えるし地震津波も年末にあり来年ももっと大きな地震があり津波もありえる。災難はつづく、こんなに災難が個人的にも自然でも続くのは何なのだろうとなる。人心の乱れが自然にも影響して災害が起きることもあり得る。相当に日本であれ人心は乱れモラルは消失している。それぞれがエゴむき出しになり金だけを追い求める加熱する。金を持たない人だけではない金を持っている人も安心できない、常に金が狙われる。親子でも親の遺産の金が目的となる
それで大金持ちがそうした子供に金を残さず猫に遺産を残したというのもそうである
子供でも親に求めるものは金である。親は死んでもいい金をくれとなるのが現実である
こうした世相は来年でも次の年でも延々と続く。線路は続くよ地獄は続くよとなる
つまり親鸞の言う地獄は一定の住処であることは変わりないのである。







posted by 天華 at 11:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2025年12月13日

春の日天童寺を訪ねる【中国を模範にして学んだ日本の宗教】

春の日天童寺を訪ねる【中国を模範にして学んだ日本の宗教】

chinesetower.jpg

春の日日本人寧波に着く
運河を舟に天童寺に行く
穏やかに川岸に春草
民の安居の家々
松は古り参道登り
紫山夕陽に映えて高塔いくつか
その塔の屹立して厳格に
道元の座禅修行の室に偲ぶ
そこに律して研鑽の日々
日本は遥か遠方に何想うらむ


「門外二十里松徑」
(相傳の謝康楽、すなわち杜明師に寄る7、此に客は今土を為し、何人が更に詩を解かん、
山空に黄葉落ち、歳久しく緑苔滋す、日暮て高亭に坐し、悠然と動すれば我思う)
(相傳の謝康楽、すなわち杜明師に寄る7、此に客は今土を為し、何人が更に詩を解かん、

大權洞 

山椒古洞閴無塵
雲物深藏護塔神
歲月雖長人跡少  一番花發一番春 
(山の椒は閴にして無塵の古洞、雲物は護塔神の深蔵なり、歳月は長いと雖も人跡は少な
く、一番の花は一番の春を発する) 

梵苑
C幽絕世塵  洞中風月自通神 大權
顯迹名猶在  雲合雲開幾度春 

佛跡岩 
男兒膝下有黃金  踏斷懸崖鐵石心 多少人看都不識  可憐埋沒白雲深

(男児の膝下に黄金有り、鉄石の心で懸崖を踏断する、多少の人看は何れも識ず、憐れむ
べき白雲の深くに埋没するを) 

石書傳道是仙人  雪囓霜饕色倍新 一段精神磨不滅  年年香擁百花春 
(石書を伝える道は是仙人、雪を噛み霜を貪る色はますます新し、一段の精神を磨くは滅
せず、年々香を擁く百花の春)

放光松 
光放三千尺  形奇六百年 高枝幾墜地  老 欲參天 
霽夜亭亭月  晴春曖曖煙 幽人紀妙絕  吟就占松篇 
(三千尺の光を放ち、六百年の形は奇しい、高枝は幾ど地に墜ち、老幹は参天を欲す、霽
夜に月が亭々とし、晴春に煙が曖々とす、幽人は妙絶を紀め、吟は松篇の占めるを就す

赤菫峰 
赤壤多靈草  崖根出劍精 地從山勢結  脉向海門生 
甬水春流合  蛟川夕照 蒼蒼翠微際  一路有鐘聲 
(赤壤に霊草多く、崖根に剣精出ずる、地に従い山勢に結び、脈は海門の生まれるに向か
う、甬の水春に流合し、蛟川に夕照がぎる、蒼々たる翠微の際、一路に鐘声有り)

天童寺・霊隠寺・阿育王寺はいずれも中国浙江省を中心に位置する著名な禅宗寺院で、日本仏教との深い関わりを持っています。特に道元や鑑真など、日本仏教史に重要な人物が修行・滞在したことで知られています。

禅宗寺院に於ける境致と十境詩について 

天童寺は中国的な場所だった。海から運河を舟で行き山の上の寺に行く
そこで山で修行した僧がいた。道元はここで学び修行した。修行の場にふさわしい風光明媚な霊場だった。禅宗に私が魅かれるのは心を浄めることを第一にする
そして清浄な自然と一体化する。旅をするにしても雲水となる、それも修行なのである
そこは松の長い参道があり夕暮れ山が紫色に染まる紫山となった。
そこに高い塔がいくつか屹立する。中国の塔は日本の塔のように優雅ではない
厳しく天に聳え立つ、仏像でも柔和というものでなく引き締まり厳格に見える
いずれにしろ仏教でも中国経由で入って来たという時、中国的になった
禅宗は特にそうだった。日本の禅宗は中国の禅宗なのである。
何か山岳宗教でもあり仙人とかにも通じるものだった。

室町幕府・足利義満の時代(1386年)に京都五山と鎌倉五山が正式に整えられ、さらに京都の南禅寺を「五山之上」として別格に位置づけました

天台宗(てんだいしゅう, Tiantai)は、中国を発祥とする大乗仏教の宗派のひとつである。妙法蓮華経(法華経)を根本仏典とするため[1]、天台法華宗(てんだいほっけしゅう)とも呼ばれる[2]。名称は、実質的開祖の智が天台山に住んでいたということに由来する[3]。

天台教学は入唐した最澄(伝教大師)によって平安時代初期(9世紀)に日本に伝えられ、多くの日本仏教の宗旨がここから展開した。今日では中国、日本、朝鮮、ベトナムに信徒を持つ[1]。

禅宗は武士の宗教にもなった。禅宗はなぜひたすら座禅をして瞑想するのか、心を浄めるためであり雑念を払い心を大自然の中で浄化することである。
もともとは天台宗であるから山岳宗教でもあり比叡山がその中心となった
それで親鸞も日蓮も比叡山で学んだし後の山伏などもその系列に入る
宗教はそもそも心を浄めるためにある。それがカルト教団になると一切ない、政治経済を第一にして世俗の欲望を何でもかなえるためのになった。だから東京とか大都会が発祥の場になった。そこでは心を浄める場ではない、世俗的欲望をかなえる経済政治の場である

いづれにしろ中国は常にこうして仏教であれ文化であれ日本人は学ぶ模範とする国としてあった。今のような経済的政治的交流ではなかったのである。中国は日本の手本となる国だった。それが明治維新後失われたのである。でも漢字を使っているから中華文明の一翼を担っている。漢字を使うことは自ずと中華文明文化を継続して担っている
言葉は文字はそれだけ文明の文化の骨格を成すからである。
中国人は中華文明の自負があり日本はその文明の恩恵にあずかるものであり下位に見る
それで太平洋戦争で中国が日本に踏みにじられたことを許せない、親であり兄であるものを踏みにじったとなるからである。そういうルサンチマンがあり日中関係がうまくいかない。ただ日本が中国に従うべきだと思っているからである。




天童寺は中国的な場所だった。海から運河を舟で行き山の上の寺に行く
そこで山で修行した僧がいた。道元はここで学び修行した。修行の場にふさわしい風光明媚な霊場だった。禅宗に私が魅かれるのは心を浄めることを第一にする
そして正常な自然と一体化する。旅をするにしても雲水となる、それも修行なのである
そこは松の長い参道があり夕暮れ山が紫色に染まる紫山となった。
そこに高い塔がいくつか屹立する。中国の塔は日本の塔のように優雅ではない
厳しく天に聳え立つ、仏像でも柔和というものでなく引き締まり厳格に見える
いずれにしろ仏教でも中国経由で入って来たという時、中国的になった
禅宗は特にそうだった。日本の禅宗は中国の禅宗なのである。
何か山岳宗教でもあり仙人とかにも通じるものだった。

室町幕府・足利義満の時代(1386年)に京都五山と鎌倉五山が正式に整えられ、さらに京都の南禅寺を「五山之上」として別格に位置づけました

天台宗(てんだいしゅう, Tiantai)は、中国を発祥とする大乗仏教の宗派のひとつである。妙法蓮華経(法華経)を根本仏典とするため[1]、天台法華宗(てんだいほっけしゅう)とも呼ばれる[2]。名称は、実質的開祖の智が天台山に住んでいたということに由来する[3]。

天台教学は入唐した最澄(伝教大師)によって平安時代初期(9世紀)に日本に伝えられ、多くの日本仏教の宗旨がここから展開した。今日では中国、日本、朝鮮、ベトナムに信徒を持つ[1]。

禅宗は武士の宗教にもなった。禅宗はなぜひたすら座禅をして瞑想するのか、心を浄めるためであり雑念を払い心を大自然の中で浄化することである。
もともとは天台宗であるから山岳宗教でもあり比叡山がその中心となった
それで親鸞も日蓮も比叡山で学んだし後の山伏などもその系列に入る
宗教はそもそも心を浄めるためにある。それがカルト教団になると一切ない、政治経済を第一にして世俗の欲望を何でもかなえるためのになった。だから東京とか大都会が発祥の場になった。そこでは心を浄める場ではない、世俗的欲望をかなえる経済政治の場である

いづれにしろ中国は常にこうして仏教であれ文化であれ日本人は学ぶ模範とする国としてあった。今のような経済的政治的交流ではなかったのである。中国は日本の手本となる国だった。それが明治維新後失われたのである。でも漢字を使っているから中華文明の一翼を担っている。漢字を使うことは自ずと中華文明文化を継続して担っている
言葉は文字はそれだけ文明の文化の骨格を成すからである。
中国人は中華文明の自負があり日本はその文明の恩恵にあずかるものであり下位に見る
それで太平洋戦争で中国が日本に踏みにじられたことを許せない、親であり兄であるものを踏みにじったとなるからである。そういうルサンチマンがあり日中関係がうまくいかない。ただ日本が中国に従うべきだと思っているからである。











2025年12月11日

大学の大衆化と学びの場の喪失 【戦前と戦後の教育の相違】

大学の大衆化と学びの場の喪失
【戦前と戦後の教育の相違】

●戦前の大学はエリート養成の場


中小や無名校を中心に、今後10年間で少なくとも50校、多ければ100校が淘汰されると思います。有名校も例外ではない。首都圏の上位大学といわれる『MARCH(明治、青山学院、立教、中央、法政)』レベルでも、無策でいればあっという間に危機に瀕するでしょう。安泰なのは早慶(早稲田、慶應)ぐらい。自校の魅力をアピールし、少ない学生を奪い合う『大学戦国時代』に突入するんです」

偏差値50以下の大学を削減すれば、資源が優秀な大学や専門学校に集中し、学生のスキル習得が加速します。例えば、電気工事士や看護師などの職業訓練は、Fラン卒業生の事務職志向よりも需要が高い

大学の役割を「就職のための通過点」から「真の学びの場」へと再定義する

何か大学という呼び名が時代にそぐわなくなった。大学となると戦前は特別のエリートであり将来が約束されていた。そこでバンカラとか自由なふるまいでも大目にみられていた。

高等学校のエッセンスは帝国大学への進学保証制度であった。旧制中学校が入学定員数を順次増加していったのに対し、旧制高校はそれをせず、1学年の定員と帝国大学のそれとは戦前期を通じてほぼ1対1であったため、高等学校の卒業証書さえあれば、専攻を選ばない限り、どこかの帝国大学に無試験で入学できた
戦前の教育制度は今とは相当に違っていた。

高等学校の卒業証書さえあれば、専攻を選ばない限り、どこかの帝国大学に無試験で入学できた。

つまり受験戦争などなく大学に入れたのである。第一高等学校自体が誰でも入れるものではないからそこですでに選別されて大学に無試験で入れた。



大正生まれの私の母は尋常小学校出であり高校自体に入れる人は特別にもなっていた
戦後に教育は大きく変わった。高校に行くのは当たり前であり中卒になると最低に見られる。でも中卒は日本が高度成長時代になり東京などの中小企業の工場に集団就職した
クラスの三分の一くらいが中卒だったのである。

だから地方で大学に入った人は50人クラスで5人くらいであった。それだけまれだったのである。でも私の場合はその5人に入っていた。それでも三流の東京の私立大学に入ったがそこがマンモス大学であり授業でも千人が入る講堂とかでするので勉強する気が無くなった。
なぜそのとき学生運動が起きたのか?マンモス大学で大衆化して大学は戦前とは全く違うものとなっていた。別にエリートでも何でもなくなっていたのである。
新宿で石を投げれば大学生に当たるという時それだけ大学生が増えたのである
その人たちは戦前の大学生とはまるで違ったものになっていた
だからどうしても大学という呼び名が合わない、そぐわないのである
戦前の大学とは同じ大学でも中身がまるで違ったものになっていたからである。

ともかく戦後の教育と戦前の教育は全然違ったものになった。何故ならその内容でも戦前は修身という科目があり道徳教育が一番重んじられていた。それには国家がかかっわり国に奉仕するものとしてそうなっていた。
戦後は国家は常に否定されるものとなり道徳より知識偏重になった。それと利の教育となり勉強するのは金になる得をするためのものとなった。つまり勉強すれば立身出世のためだとなる。国に奉仕するとかではない自己の利益になるからする
何か戦前は大学生でも少ないしエリートだからそれなりの矜持が持てた。戦後はそれが無くなった。大学でもピンからキリまでありFラン大学もありとても大学という感覚にはなれない。つまり誰でも入れる名前だけの大学である
戦前と戦後の大学の差が大きすぎるのである。だから錯覚するから大学と呼び名を変えるべきだとなる。何か大学を知らない人は誤解する。それは大学を特別なエリートと見る。でもFラン大学となれば小学校から中学校の知識もない、それだけ大学の中身が変化したのである

●学問は自主的に問い学ぶ場

そして高校と大学の差が大きすぎる。大学は自主的に勉強する場であるが高校までそいうことをしていないから何か大学は遊びの場にモラトリアムの場になった
授業に出ないこと自慢して下宿で一日麻雀に明け暮れているとかそれは高校とあまりに違っているから何なのだろうと戸惑う、理系は別にしても文系は勉強をしなくてもいいのである。そもそも学問とは学び問うことであり、何か問うことがありそれで学び教えられる。その場が大学だとなる。その問いがなければ何を勉強していいかもわからない、そもそも向学心があれば自ずと人は勉強して自ら学ぶ、その向学心に答えるのが大学であり先生だとなる。もし向学心が無ければいくら優秀な先生がいても効果は期待できないのである。

何か私の場合変なのは常に疑問に思っていたのはなぜ人間は死ぬのだろうということであった。その解決を求めていた。それは宗教の問題になる。私には求道心があった
そのためにカルト教団に入りそこで会員から指導されていたのも奇妙である
大学では指導する先生がいなかった。でも学問とは問うことから始まる
そしてその解答は用意されている。でもその答えは別に学校で大学で得られるとはならないのである。確かなことはそうした問がありそこから学問があり得る。その問いが真剣であればあるほど自ら勉強するのである。

いづれにしろ教育でももはや大学でも時代によって変わらざるを得ない。そしてインターネットとかで自主的に学ぶ場が増大した。もう学校という枠にとらわれることが無くなった。ただ道徳教育とかは対人的とかコムニュテイとかがあり身に着く。侍はそうした場で生活の中で武士道を体得した。
現代の問題はそうした場の喪失である。確かに知識を得る場は多様化してもモラルは知識からだけでは身に着かない。それで貴族に問題があるにしても

●大衆化して失われたエリート(地の塩)

ノブレス・オブリージュ(仏: noblesse oblige フランス語: [nɔblɛs ɔbliʒ])とは「高い地位には義務が伴う」というフランス語[1]。「nobless」は「高貴さ」、「oblige」は「(義務を)強制する」という意味である

義務がありそれはただ特権階級となり贅沢することではない、それは日本の侍にもあった。それが大衆社会になった時世界的に失われた、すべてが大衆化することは何か高貴なものを目指す人がいなくなったのである。問題があるにしても地の塩の役割があった
何でも平等という社会はもそれは全体が劣化する。それで高貴なものが喪失してあらゆるものが大衆化して学ぶ場が喪失した。大学でもそうである。そこはもはや学ぶ場ではないしエリート養成の場ではない大衆化したのである。
何か現代は平等を目指すが高貴なものは否定される。どんな優れた人がいてもお前と俺は同じだと水平化される。つまり指導するにも指導できない。指導される必要はないとなるからである。
それで逆に大衆を指導するのはヒットラーでありカルト教団の教祖になる
またマスコミとかNHKが指導するものとなる、NHKは権威がありNHKが言っているという時納得するからである。

いづれにしろ現代の大衆化社会では教育は不可能である。そういう場もないし俺とお前は同じだ、偉そうなこと言うなとなる。俺を指導するのは俺様だとなる
つまりこうして大衆に席巻されたのが現代なのである。大学の大衆化でもそうである
そこは名ばかりであり中味がないのである。それで大学は公園だったとかレジャーランドだったとなる。現実とても何かを学ぶとかではない学生自体が相当に劣化しているからである。






posted by 天華 at 20:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育心理学など

2025年12月10日

戦術があっても戦略がない日本 【山が多い日本は局所的戦争になり、大局的見方ができない】


戦術があっても戦略がない日本
【山が多い日本は局所的戦争になり、大局的見方ができない】

grandstrajity.jpg

strajity111.jpg
世界から見た中国情勢の深刻化】※日本では報道されない新たな視点※ 武田邦彦×伊藤貫

ギリシャ語のstratos(軍隊)とagein(指揮)が組み合わさったstratogos(将軍)が語源である。18世紀に研究者が戦争術(art of war)を分析するための概念として再定義されたものであり、そこで初めて戦略と戦術に分けることが提案された。

名詞の「ジェネラル」は「将軍」の意味です。「将軍」は軍を指揮する大将のことで、日本では「征夷大将軍」の略称としても使われます。形容詞では、「一般的な」「総体的な」という意味になります。

軍事では、戦略は全体的な勝利を目指す長期計画や方向性を、戦術は具体的な戦闘や小規模作戦での方法や手段を意味します。これが現代のビジネスにおいても応用されています。

戦術とは、戦略によって定められた目標を具体的に実現するための手段や行動です。どのようなメッセージで訴求するか、商品の価格設定はどうするかなど、戦略を実現するための具体的な行動計画が戦術に含まれます

戦略は「地図」:目的地(勝利)までの大きな道筋。
戦術は「運転操作」:その地図に従って、現場でどう動くか。

戦略と戦術の違いの歴史的背景
戦略=長期的な目標達成のための計画(資源確保、外交、同盟)。

大局的戦争: 地図全体を覆うような大きな円や広がった網の目で表現できます。これは、複数の大陸や国家が関与し(例:第二次世界大戦)、政治・経済・文化など広範な領域に影響が及ぶ様子を示しています。
局所的戦争: 特定の地域や地点を示す小さな点や限定された領域で表現できます。これは、特定の地域に限定され(例:朝鮮戦争、ベトナム戦争)、全面戦争への拡大の危険をはらみつつも、一応は地域的に限定されている状態を表しています。

戦術=戦場での具体的な兵力運用や陣形、奇襲など。 日本は「戦略より戦術に偏りがち」と指摘され、長期的視点の不足が歴史的敗北につながったと考えられています。

これに対し、海軍は「極東での英領攻略は対米戦につながる」という考え、すなわち
「英米不可分」という立場にあり、これは海軍の伝統的な英米観でもあった。したがっ
て、この立場の意味するところは、先の企画院の国力検討において対英戦に限定しても戦争遂行の国力にかなりの限界があるということから、ましてアメリカとの戦争をも含む米英同時の対南方戦など成り立たないということであった

戦略: 長期的な方向性(例:敵国の経済封鎖、覇権の確立)。
戦術: 戦略を実現するための短期的な手段(例:包囲、突破、補給線活用)。

歴史的教訓: 戦術的勝利があっても、戦略が誤れば最終的に敗北する。逆に戦略が優れていても、戦術が伴わなければ成果は出ない。


日本人は戦術には優れていても戦略では劣る。戦略は空間軸と時間軸で想定する
中国とか大陸国家では空間軸でもその範囲が広い、時間軸でも長く見れる
日本は島国であり空間軸でも狭く閉ざされていて時間軸でも短く長い時間を未来を見て戦略する計画するのが苦手になる。
大陸国家では大帝国を形成した歴史がある。日本ではそれが狭い島国に閉ざされている。その島国でも山が多く平地が少なく戦略的思考ができない。大陸だったら戦争でも戦略的思考になる。
それは日本では戦争という時地理や地勢が影響されて戦略的思考ができない
どうしても大局的に見れない局所的になる。戦国時代でも日本の戦争は関ヶ原の東西の戦いくらいしか大きな戦争がない、局所的な戦いになる。

平家物語によれば、義経は馬2頭を落として、1頭は足を挫いて倒れるが、もう1頭は無事に駆け下った。義経は「心して下れば馬を損なうことはない。皆の者、駆け下りよ」と言うや先陣となって駆け下った。坂東武者たちもこれに続いて駆け下る。二町(218メートル)ほど駆け下ると、屏風が立ったような険しい岩場となっており、さすがの坂東武者も怖気づくが、三浦氏の一族佐原義連が「三浦では常日頃、ここよりも険しい所を駆け落ちているわ」と言うや、真っ先に駆け下った。義経らもこれに続く。大力の畠山重忠は馬を損ねてはならじと馬を背負って岩場を駆け下った

この鵯越えの戦いも山に遮られてその山を味方にして急襲して勝った。これは信長の桶狭間の勝利ともにている。つまり山を味方にして勝ったとなる。
山が障害ともなるがまた味方にもなる。確かなことは日本では山が多く局所的な戦いになる。大局的戦いになりにくい。局所的戦術を駆使した戦いになる。
戦略的戦いにならないのである。とにかく日本は大局的な見方、グランドストジテイを持てない国である。中国とその領土も広大であり大帝国も歴史的に形成しているから空間軸時間軸思考の幅がかなり違っている。日本は局所的戦い戦術は優れていても大局的に時間軸でも長期的に見ることが苦手である。

外交の巧拙は,交渉を指導し,これに従事する者のかけひきの術に依存するのみならず,彼らの,彼我の相対的力量を冷静に測定し,交渉をめぐる国際・国内環境を現実的に把握し,大局を見すえて緻密に駒を進める能力に依存する。 〈グランド・ストラテジーgrand‐strategy〉をもって,外交を進めることも成功の要諦であろう

日本の太平洋戦争の失敗はグランド・ストラテジーをもたなかった。最初に戦術があり真珠湾でもシンガポール攻撃でも戦術的には成功したが戦略的には巨大なアメリカを敵にしたことで戦略的には失敗だった。何か無計画な戦略なき戦線の拡張だった
そして広大な中国大陸に飲み込まれたともなる。そこに戦略が欠落していたのである
長安に今の西安まで日本軍が侵攻していたことに驚く。それも戦略なき戦いになり自滅したのである