2015年01月31日

雪の写真二枚 (蔵王連峰が見える不思議)


雪の写真二枚(蔵王連峰が見える不思議)

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しみとおる寒さや万物粛清す
凍星や北斗七星に北極星

海老村に朝雪積もり海に向き椿あまたの咲きて赤しも
雪原を朝白鳥の飛びにけり蔵王連峰の迫り見えつつ


今日は雪の中を電動マウテンバイクで雪見に走った。
身を切るように風か冷たかった
海老村には家が津波で流されてあそこに椿が見えるようになった
前は家があったから見えなかった
相当数咲いていて雪に映えている
写真はうまくとれていない
椿の赤さがでていない
ただあれだこけ多く椿が咲いているのもめずらしいと見た
前は海老村はマルハシャリンバイの南限の地として有名だったけど
今はなにもない
ただあの椿は見ものだと思った。
津波の後に見えないものが見えるということがあった

八沢浦から見た蔵王連峰ば不思議だった。
蔵王は一つの山ではないあのように連峰なのである。
ただあういうふうに連峰として普通は見えないのである。
だからあんなに見えるということがまた不思議なのである。
前にも見えたがそれが幻のようにも見えた。
連峰としてはめったに見えないからである

ともかく夜も凍てつくように寒い
それでもこういうふうに冷えることは自然にとって必要なのである
この寒さが万物に作用してひきしめている
寒さだったら北海道とかなると全然違っているだろう
いつも雪原が見れる
この辺では雪原は二回くらいしか見れないだろう
雪原はやはり大自然の美である
その雪原の上を朝白鳥が飛んだ
冬はやはり自然の極限の美の世界が現れる
ともかく四季がないところには生活したくない
熱帯に住んだらただたるんでくるだけである
日本の四季は特別なのである


タグ:雪原

2015年01月30日

音もなくふる雪(詩) (詩はテーマごとに分けて選別する作業が必要)


音もなくふる雪(詩)

(詩はテーマごとに分けて選別する作業が必要)



音もなくふる雪

 
しんしんと音もなく
雪はふるかな
雪に雪はつもりぬ
しんしんと音もなく
雪はふるかな
この世の汚れよ
この世の欲よ
放射能の汚染の村や町よ
もはや人は住まず
しんしんと音もなく
雪はふるかな
雪にうもれけるかな
その美は変わらずに
しんしんと雪はふるかな
ただ人は住まずに
雪にうもれけるかな
人よ その前に何も語るなかれ
大自然の粛清浄化は
このように音もなくくる
騒ぎ立てて来たりはしない
大いなる静寂の中に来る
山を思へ、大地を思へ、
そこに真の力が宿っている
不動の力が宿っている
神の業(わざ)には無駄はない
完璧にして寸分の狂いもなし
精密にして計り知れなく深く大きい
神の業は人間の思いを越えて大きい
音もなく深い空から来る
仰々しきものにあらず
いとも静かに来る
おやみなくふる細かき雪のごとくに
そのあとに世界は一変する
純白の雪におおわれる
その時いまわしき過去は消えさり
白無垢の雪のみ映えぬ
ああ しんしんと
音もなく雪はふるかな


今日はここも大雪だった。かなり積もった。このころ必ず雪が降る、この辺は東京がふると浜通りもふる。でも一日限りであり何日もふらない、それが会津や新潟などと違っている。
浜通りでは雪のことがわからないのだ。毎日雪がふるという感覚が実感できないのであるだから雪の俳句とか短歌でも詩でも雪についての文学が生まれない
雪はやはり毎年ふったとき雪について感じるからだ
ただ詩というのはあまりにも読まれない、今や誰が詩を書いているのかもわからない
この詩がいいとか評価するものもいない、それだけ詩はマイナーすぎるのである。

だから誰かがいい詩を書いていてもそれが評価されないしわからない
すでに十冊詩集出したという人がいてもその中味はない
でも今では詩集でも簡単に作れる時代になった
ただ詩を評価することはされていない
詩というのは誰でも書けるしわざわざ何をいいたいのかわからないようにむずかしくしているものもある
わからない故にかえってこれはいい詩なのかもしれないと思う人もいるだろう。
詩を評価するにはやはり自然をどう詩にしているかが目安ではないか?
自然は神の業でありそれをどう言葉にしているかをみる
とはいえ自然でも人間化するから自然を通じて人間の心を示すのである。
雪だったら純白でありけがれない美を示すのである。
詩というのは自分でもいくら書いても不満が残る
表し得ない自然の美に直面している
この詩でも誰かが同じようなもの書いているような気もするのである。

この辺では放射能汚染になったけどおそらく雪がふってまた放射能物質がふってきて放射線量が高くなる
放射能の不思議は何ら見た限りではどこも空気が汚くなったように見えないのである
火力からもうもうと煙が出ているから二酸化炭素で空もよごれているなとみただけで実感する、放射能は何も汚していない、その美は変わりないのが不思議なのである。
かえって火力発電所の煙突の煙の方がずいぶん空を汚しているように実感するのである。
もし放射性物質で黒い雪とか黒い雨とかふってきたらショックだろう。
それがないことが不思議であり何が汚染されているのかも実感できないのである。
ただ数字だけの世界であり実感できない
そのことがかえって怖いということになる

なぜなら汚れていれば危機感をもつからである。
放射能汚染は危機感をもつことができないのである。
奇形児でも動物でも生まれれば具体的にわかるがこれもわからない。
ただ美が変わらずにあるということは救いである
まず自分は空でも山でも海でも川でも汚くなったら住んでいたくない
東京に住みたくないのはそのためである。
田舎に住みたいというとき自分は自然の美に常にふれていたいというためである
だから自分は故郷といってもここだけにはこだわらない
富士山でも高い山などある所でそれを毎日見ていたら心も高くなくなる
この辺にはその高い山がないから大きなものが欠けているのである。

詩というとき詩を書くにしても参考にするとき「雪」というテーマで東西の詩を集めて学び書くことが必要になる
それが詩については本もまれにしか出ないしわからないのである。
また無数のつまらない詩で混乱させられる
いづれにしろ現代は詩であれ音楽であれ何であれ芸術が衰弱してしまった時代なのだろう雄大なものが生まれない時代である。
それも東京のようなゴミゴミした雑踏を歩いていたらネズミのような感覚しか生まれてこないだろう。
東京から詩人が生まれるとは思えないのである。
ただ東京はあれだけの人口があるか文化人は生まれるのである。

タグ:雪の詩

メデアで英雄化されたゴトウケンジ (つまらない人間もメデアを通して英雄化される)


メデアで英雄化されたゴトウケンジ

(つまらない人間もメデアを通して英雄化される)



大勢の底辺を見捨てて切り捨てて得た利益と繁栄を謳歌し
その一方で一握りの有名人のピンチにキレイ事を並べ擁護ショーをくりひろげ
社会の清廉潔白を偽造する
それがメディア化された文明社会です
ほんの一握りが自作自演する資本主義企業社会です
底辺の犠牲には黙ってフタをしテレビ的な悲劇のみを取り上げ偽善する
それがショーアップ格差社会です

凍死しそうな毎日を送ってるホームレスが日本中にいる
こっちを先に救助しろ10億円もありゃこの冬乗り切れる



今回の人質問題でもなぜこんなにケンジが世界的に有名になりまるで英雄化されたのか?
それは明らかにグローバル化してメデアを通して極大化されてしまったのである。
その前に起きた異物混入して自分の動向をyoutubeに流していた19才の少年が英雄になりたいというのと一面にていたのである。
何でもないつまらない人間でもメデアを通して極大化されて世界的有名人になり英雄化される、それを腹ただしく見ている人たちがいても現実問題としてそうなっている。
つくづくメデアの影響がグローバル化では大きいことを実感した。
メデアを制するものは世界を制するということもある。
世界のことになると何が正しいのか何が真実かもわかならいからメデアに左右されやすいのである。
真実よりメデアによって作り出されたものが真実なのである。
それを今回の人質事件はまざまざと見せつけた。

本来は自己責任論でかたづく問題だった。国家までゆるがすような問題に発展する問題ではなかった。それがなぜこれほど国家をゆるがし世界までゆるがしたのか?
それはまさに世界的にショーアップされたからでてある。
みんな世界中の人が注目したからである。
その人が重要人物でもない、特別の人間でなくてもショーアップされた結果そうなった。つまりメデアの力がいかに現代では世界を動かすかということを示した事件でもあった。だからイスラム国もメデア専門部門を作ってプロパガンダしている
ケンジが重要人物でなくても世界のメデアが取り上げ有名になれば宣伝に使えるということで駒とされたのである。

世界のことになるとそもそも真実がどこにあるか判断しようがない
メデア頼りになる、それも欧米側から流されるメデアに左右されやすいのである。
そししてなぜこれほど今回の人質事件が注目されたのか?
それはショーアップされた現実のドラマ化したからである。
それが世界という舞台でショーアップされたから注目されたのである。
インターネットも一役かってショーアップされたのである。
イスラム国も今ではテレビ放送できなくてもインターネットで放送できる時代になった。それも大きな変化であった。
インターネットで個人がテレビ局も作れる時代なのである。
それを証明したのが19才の少年の逃走劇の実況放送だったのである。
プログをみてもらいたいと放火した少女までいた。
こういうことは今までもテレビとかのメデアでもにたことが行われている。
人々の興味をひくことを視聴率をあげるためにとりあげる
でもその中に重要であってもテレビでもどこでも無視されているものがある

確かにホームレスが凍死するような状態にしあってもメデアは取材はしない、放置される他にもアフリカで飢え死にする子供が無数にいてもそれも取材しない
全然しないというわけでもないが人質問題のように取り上げないのである。
今回の問題でもメデアでこんなふうに世界的なものとして取り上げてなければ日本人二人は自己責任であり死んでもしょうがないとかなっていた
日本国内だったら事業に失敗しても自殺しても誰も助けないし話題にもならない
みんな自己責任で終わりなのである。

ただこの人質問題はこれだけで終わらない、あの辺の緊迫した状態はさらに波及しているリビアの次にエジプトでもイスラム国に同調してテロが起きた。
そしてヨルダン政府自体が有志連合から離脱しろと国民と騒いでいることはいかにあの辺が緊迫した状態にあるかわかる。
単なる日本人人質問題ではない、イスラム国にとって日本人一人二人の命などどうでもいいのでてある。
有志連合そのものへの分断が目的化している
すでにヨルダン政府が存続の危機に直面している。
だからかえってイスラム国に譲歩することは危険になってくる
一人二人の人間の命の問題でもなくなっている
戦争だったら一人死んでもそんなこと誰も問題にしない
日本が戦争したときもそうだろう、いちいち死んだからと問題にしない
あの辺はそうした普通の状態とは違う命懸けの戦争をしているのだ
そういうところに傍観的な人が入ってゆくべきではない
ただ迷惑になり国家まで動かされ結局ケンジによってヨルダン政府まで危機に瀕する

日本は人道支援など言っているが今度は欧米から軍隊の派遣を要求される、
そしたら日本はイスラム国の敵となり常にテロにおびえるようになる
つまりもはや一人二人の日本人の命の問題でなくなっているのだ。
刻々と状況は変わっている
大きなテロは今までのとは違っている
散発的ではない、世界同時テロであり有志連合を分断させてヨルダン政府も破壊しようとししているのだ
だから今やまたケンジの一人の命にこだわっているとますます傷口を広げるということがある
日本はどっちつかずでもいられなくなりイスラム国と戦うの戦わないのか選択が迫られる人道支援などいい格好ができなくなる
人間はやはり命懸けで戦っているものは怖いということである
日本は傍観者であり何かショーのように見ているがそんなものじゃない
イスラム国でも生きるか死ぬかでありヨルダンでも実際に爆撃に参加しているのだから
命懸けなのである。
その相違は日本が甘い見方となってかえって敵を有利にして迷惑をかけていることになる

我が命我がものと思わず
武門之儀あくまで陰にて
己の器量伏し
御下命如何にても果す可し
尚死して屍ひろう者なし 死して屍ひろう者なし

ここまで自分を殺して主君に仕えるとなると凄いと思う
忍者の方が厳しくいさぎよい
人道支援などと何かその人が宗教者みたいな感覚になる
戦場ではそんなものが通用しない
諜報員がジャーナリストであり秘密を守るためには自死するのである。
だからケンジは舌をかんで死ねとか傍観者は言っていた。
何か結局敵に対してあまりにも有利にする駒となりすぎたのである。
ジャーナリストの使命とは何なのかも問われたのである。



posted by 老鶯 at 14:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2015年01月29日

人質交換劇で考えたこと (極限状態で人間の命がやりとりされる意味)


 
人質交換劇で考えたこと


(極限状態で人間の命がやりとりされる意味)


日本人が二人人質になったとき盛んに二人がどういう人物かとりざたされた。
一人は何か軍事オタクなのか、何のなのかわからないので死んでもいいとかされた。
それでもその人なりの過酷な人生があった。
妻をガンで亡くしたということは厳しいしずいぶん若くて死んだなと思った。
ただなぜあんなところに武器を売りたいとか行っていたのかよく分からない
でも県議会議員とか何か名だる人も関係していたとなると余計不可解になる

もう一人ジャーナリストでこの人は生かしたいとかが多かった。
それなりのジャーナリストとしての実績があったのか?
これも良くわからないにしろ世界中でケンジを助けろとまでなった。
そしてこんなに世界中で有名になったということも人質になったからである。

そしてなぜこれは劇のように展開したことである。
あと72時間で決めないと殺すとかなるとその命のことを誰でも見守る
あと72時間の命なのかとなると人間は誰でもその人がどんな人であれ
その人のことをかたずをのみ見守りその生死に関心をもつ
人間は結局いつ死ぬことなくだらだらと生きているから生に緊張感がないのである。
戦時中はいつも死ととなりあわせだから生きるということに緊張感があった
そういう時かえって生の意味を真剣に考える
それで特攻隊のような若い人が死んだことで最後の手記を残している

人質問題はさらに人質交換へと展開する、その時も一対一の交換だとか言われイスラム国の自爆テロの女性を解放をイスラム国は求めている。
他にも仲間の釈放を求めている
ヨルダンではパイロットの解放を国民全部で求めている
ケンジよりパイロットの解放が先だとヨルダンでなるのは当然である

ここで考えたことは人間の命が時間を区切ってやりとりされていたことなのである。
人間の命はその時双方にとって価値ある貴重なものとなっていた。
ヨルダンのパイロットの命とイスラム国の女性の命は等価として交換される
これは何か戦争でただ殺し合いパタバタ誰かわからずに死んでゆくのとは違う。
双方にとって敵同士が互いに生かしたいということから人質交換劇生まれた。
戦争はたいがい相手を殺すことが目的でありこのように互いに生かすということは例外的である。
ここでは互いに生かして敵同士で交換が成立する
一方でアメリカのようにテロ集団の要求をのむとまた人質になる危険が増してくるから
要求にのるなということも要求される

ここで不思議に思ったのはただ敵を多数殺すということではなく互いに人質を生かすということに焦点があてれていたことである。
敵同士でも双方にとって命は大事であり生かして交換しようとなった
考えてみると双方にとってヨルダンのパイロットにしろまた生かせば飛行機で攻撃してくるから殺した方がイスラム国にとっては戦争しているのだからその方が戦力をそぐことになるからいい、一方でヨルダン側でも自爆テロしたような女性は解放すれば危険なのである。
ケンジになると解放しても別にそれほど害を与えられることはない
敵同士の人質交換になるとその人の命がまたあとで害を与えられるというリスクがある交換である。
一方で貿易は双方で利益を得る交換なのである
戦争になると命までが交換対象となりそれは双方にとって利益にならない
戦争そのものが双方にとって利益にならない
ただ今回の人質劇ではなんとか双方の命を生かすということでやりとりされている
だから戦争にしてはそこに人間的なものが生まれたということを感じた

人間はただ戦争で相手を殺せばいいんだとはならない、それで戦争という極限状態から戦国時代から武士道も生まれた。人を殺すにしても物のように扱うのではなく作法があるとかなる、ヨーロッパでもただ殺せばいいというのではないルールが生まれた。
騎士道もそうだろう。だから一見現代というのは中世とか戦国時代とかが首を切ったりと野蛮に見えるが一番野蛮になったのは現代である。
大量に機械で殺戮するからそこには人間が一対一で戦うことから生まれる人間的なものがなくなる
一見イスラム国のやっていることは残虐であり戦国時代だと思った。
でもアメリカやヨーロッパがそうではないのかとなる飛行機で無差別に爆撃して大量殺戮を行う,こっちのほうがどれだけ残虐なのか意識されないのである。

結局文明も何か人間として進歩したものとして発展したものとして考えられるが兵器でも技術改良されて人間を効果的に殺す道具を発展させたという側面がある。
その最たるものが原子爆弾だったのである。
現代文明が一番野蛮な文明になっていたのである。
ともかく人間が一挙に百人でも千人でも津波でも2万人死んだとかなると今回のように一人一人の人間の命のことなど考えない、だから死んだ人がどういう人だったのだろうとか数が多くて詮索しようがなくなる
今回の人質交換劇には数人の人質の命のことを貴重なものとして世界中で考えたのであるケンジをいろいろ言うにしてもケンジ助かって良かったな世界中でそうなっている
そんなこと一人の人間が世界から思われることはないのである。
人質劇は殺すということではなく生かすということが目的だからそうなったのである

そもそもイスラム国とは何なのだというと世界中でも謎でありわからない人が多いだろう単なる暴力的集団なのか、何を目指しているのか良くわからない、その内部もわからない、なぜシリアがあんなふうになってしまったのかも第一わからない。
いづれにしろ国が何であれなくなり無法地帯になると人間社会は暴力が露骨に出てくる
それは戦国時代と同じになるのである。
戦国時代にも人質があり城主の子供まで殺されたりしていたことでもわかる。
あの辺は戦国時代化した危険地帯になった。
あれも実際はイラク戦争の生き残りの残党が多いとするとアメリカが作り出したとも言える。 それはベトナムの地獄の黙示録とにている
戦争はそういう人間の極限状態になるからにてくるということである。
タグ:人質交換
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2015年01月28日

冬の暮(家事、介護に追われる状態は変わらない自分)


冬の暮(家事、介護に追われる状態は変わらない自分)

寒椿なおひとしきり風唸る
今日も行く同じ路地裏冬深む
海老浜や沖に船行く冬の暮
知る人の小さき畑や冬の暮
冬芒一杯のコーヒーの味深し

故郷の山脈翳り冬の朝老いにし人とまた会えるかな


家事と介護で半分以上の時間がとられる。家が広いから余計に時間がかかる。
だからこの七年間はやはり何かゆっくりすることができない
それでコンビニの前がコーヒ一杯飲むのが息ぬきなのである。
コーヒは外の景色を見つつ飲むとうまい、あそこでは百円でのめるしうまい
寒いと遠く知自転車は行きにくい、それより毎日家事に追われて時間の余裕がないのである
今まではどうでであったかというは三食は必ず用意されていたし家のことはなにもする必要がなかった。一転して全部自分しなければならなくなった。

それも最初は二人も介護していたときもあった。一人は早く死んで助かった。
こういうとき一番怖いのは介護する方が病気になることである。
代わりがないから共倒れにもなる。誰も助けてくれない、それでむごい目にあった。
だから一人というのは実際はリスクが大きい、何になるかわからないしその時どうにもならない、だから今になるとそもそもこういうことになることがわかっていたから
何らか対策を前からしておけばいいと思った。

人間は前にも書いたけど楽天的なのだろう、なんとかなるだろうとしか未来を予想しないそんな取り越し苦労しても仕方ないよというのも生きる知恵である
でも人間は最悪は本当は予測できる゛ただしないだけなのである。
今回の人質事件でも最悪は予想できたけど楽天的になっていたのである。
そうでなければなんゅ事件にまきこまれることはなかったのである。
最悪を予想しないことは別に個人的なことでなくても津波でわかったように原発事故でわかったように最悪の状態を予想して作っていない
楽観的でありそんな津波なんかこないよで最悪でもないおそらく最低の準備すらしていなかったのである
最悪を考えれは避難訓練くらいするのが普通だがそれも安全神話があるからできなくなっていたのである。

この世の最悪の日はいつかやってくる、それはわからないにしてもそれに備えることも必要である。それは人間の力でもどうにもならないのである。
だから信仰が必要になる゛神により頼む以外ないからである
おそらくこれからも予想つかない最悪のことは確実に起こる
人間は未来のことはわからないからである

いづれにしろ自由に旅していた外出していた自分がやっとコンビニでコーヒ一杯飲むのが息ぬきになることなどありえないことである。
でも現実はそこからぬけだすことができない、毎日同じ道を往き来してそこからはずれることがほとんどできないのである。
それも自分のカルマだったとなる
タグ:冬の暮

カルマの総決算がハルマゲドン (原発事故もこの地域のカルマを積んだ結果)


カルマの総決算がハルマゲドン

(原発事故もこの地域でカルマを積んだ結果)

●カルマの総決算が必ずくる

ハルマゲドンは、「カルマの総決算」とも言い換えることもできる。

更に、知花氏は『人類を救う意識改革』の中で、次のように述べている。
「家庭の一人一人の不調和は家庭のカルマとなって現れます。
それを家庭のカルマと言います。
家庭が思わしくいかないのです。
そこに住んでいる一人一人の心の不調和が家庭の状態に現れて来るのです。
今度はその家庭のカルマが村単位で現れて来るわけです。
ある村に不調和な村と調和のとれた村があったとします。
どちらに災難は起こりますか。
それは調和のとれていない村民に起こります。
それが村民のカルマなのです。
知花俊彦

人間の起きてくることには必ずカルマが関係している、それは個々人とか家族とか村とか町とかの単位でもカルマが関係している。
人間は生きていること自体カルマをつんでいる存在である。
人間が一人生きることのためにどれだけの動物の命が犠牲になっているかでもわかる
生きることは他の生物の命を食べること犠牲によって成り立っている
野菜を食べるにしてもそれは人が苦労して作ったものであり根本的には大地の恵みなのである。
金さえあれば何でも手に入る、用は金があればいいんだとなっているのが現代である。
だから大地に感謝したり海に感謝したり天に感謝したりすることもない
人間が生きることは業(カルマ)なのである。職業というときもカルマとして職業を認識していた。だからカルマから脱するには職につかないことだともなっていたのである。
職業とは何らか自然を破壊することに通じていた。縄文時代などは職業などはない、専門家した職業などはない、要するに生業というのがあてはまるだろう。
そもそも職業という観念もなかったのである。

原発事故が何だったのか?これも考えるとやはりカルマが関係していた。
人間の業として原子力発電に到達したのである。
職業がまさに業としてカルマとなって災いとなったのである
原発事故がそれは東京からもたらされたものであり外部の責任だ、東京の責任だと言うが現実はその村のカルマが原因していたこともある
その村や町が作り出したカルマという側面は確かにあるのだ。
飯館村はそういうことはなかくとばっちりをうけた、回りにどこか家族でももめごとがあると親戚であれ巻き込まれるのとにていた。
飯館村にカルマがなくてもすぐ近くにカルマをもった町があったときその影響をもろに受けたのである。離婚したりすると双方の親戚が必ずもめるのとにている。

●中東で起きるハルマゲドンもカルマの総決算

カルマというと個人レベルから国家レベルのカルマがある
中東で起きていることは国家的カルマでありそれは十字軍時代からであるから長い歴史があるカルマである
だからこそカルマの総決算がハルマゲドンになるということがありうる
要するにヨーロッパに蹂躪されたイスラムとの大戦争になる。
そこに歴史的国家的カルマの総決算が起こるハルマゲドンになる
カルマはまたどこかで総決算されないと消えないからである。
個人的にもカルマは決算を強いられる
それも他者ではできない、他者におしつけるとカルマはさらに何倍も重いものとなって本人にのしかかる
借金をしていたのはただ見栄であったのだから自分で清算しないかぎりカルマは清算できない、他人にその借金をおしつけてもカルマは解消しないのである。
もしそんなことをすればそのカルマにかかわりないものを苦しめるのだから本人のカルマはますます重くなるのである。
家があったら家を売るとか何らか自分を犠牲にしないとカルマは解消できないのである。

イスラム国の広報でイスラム国からハルマゲドンが起きてくると宣伝していることでもわかる。それは聖書で予言されていた。
最終戦争とはなぜ起きるのか?それはつもり積もったカルマの総決算が起きてくるということである。国家間で世界レベルで起きてくる。
人間の罪でありカルマであれそれがどれほど深く積もり積もっているか個人的にもそうであり国家的にもそうである
そういうものは簡単に解消できない、では解消するにはどうなるのかというとハルマゲドンが起きる、人類最終戦争が起きてようやく解消できるとなる
天変地異も起きる、それがノワの洪水だった。
それもカルマの清算の一つの現れだった。何でこんな無慈悲なことが天はするのかと嘆いていた人がいたがそれは人類に対する大きなカルマの結果だともなる
原発事故は明らかにそうだったのである。
人間が作り出したかカルマがこの辺を苦しめる結果になった。
プルトニウムの毒が二万年消えないというときまさにそのカルマの恐ろしさを実感する

ともかく個人的にもカルマつまないようにしないとそのカルマをもつようになる。
人に対しても必ず何らか人はカルマをもつようになる。
人に感謝されたりするときはいいが恨みをもたれたりするとカルマになる。
でも人間は平気で知らずにカルマを積んでいる。
不思議に恵まれた人も金持ちもカルマを積んでいるのだ。
なぜなら金持ちになれるのは実際はその人だけではなれない
周りの人々が関係しているのだ。
だからあまり金をもっているとその金を奪われたり殺されたりもする
金をもっていても有効に使わないとその金を奪われるのである。
そして最悪は殺されて奪われる
だからたいした金でなくても金をもっていることは怖いことだなとつくづく思う
金あればいいと思っているがそれを有効に使えないものは持つべきではないとなる
どんな人も生きる限りカルマをもたない人はいないのである。
自分ではそう思っていなくても知らずにカルマは積んでいるのだ。
その結果か必ず現象となって現れてくる

そもそもなぜこの辺でこんな悲惨な状態になってしまったのか?
漁民であれ農民であれまず海の恵みに大地の恵みに感謝したことがないだろう
ただ漁業ではもうやっていけない、農民でも跡継ぐなどもいない、農業ではくらしてはいけない、もうやめたいということしかなかった。
そういうことは時代的にわかるにしてもそうした限りなき人間の欲望が原発をもたらした漁民はこの辺では少ないにしろ漁業権を東電に売り渡して金を得ていた。
その金は漁業するより多額だったのである。
現代は海の恵みとか山の恵みとか森の恵とか大地の恵み感謝する人などいない
人間が作り出す科学の恩恵こそ恵みであり自然の恵みは無視されてきた
人間は神に天には何もできないけど感謝の心はもてる
今日一日の恵を与えてくれてありがとう・・とは言える。
それもなくただたりないたりないもっと欲しい欲しい・・これしかなくなっていた。
原発はその足りない分を満たしてくれるからいいものだとなっていったのである。

●それぞれの市町村にはカルマがある

それは調和のとれていない村民に起こります。
それが村民のカルマなのです


双葉町とか大熊町は争って原発を誘致していたのである。
隣の町だけが原発で金が入る、こっちも金が欲しい、原発を建てろとかなっていた
それが災いの元を作り出していた。
そして双方とも共倒れになった。
原発が建つことで人間の欲は刺激されてとどまることがなかった
その前にも個々人は過度な富を求めるようになっていた。
調和がとれていないというとき自然との調和がとれていないこともある
飯館村は自然との調和を計った村作りをしていたから違っていた
だから県民所得も一番福島県では低くかったのである。
それも他の町のカルマを受けて悲惨な結果となってしまった。

この世には確かにカルマの法則だけはある
それは個人的にも家族にもあるし地域にもあるし国家にもある
それがいつかたまりたまって総決算が強いられる
結局自分自身の苦しみもそのカルマの総決算、家族のカルマの総決算を強いられたのである。個人的にも家族的にも必ずカルマの決算を強いられる
カルマは結果として必ず現れる、その一つの行為はささないものでも結果として現れるのがカルマなのである。否応なく現れるのである。
だからこの世の中はどれだけのカルマが集積しているかとなると目眩がするだろう。
この世にあるものはカルマだらけじゃないかともなる
会社であれ様々な団体であれカルト宗教団体であれカルマ集積している
国家自体、政府自体にカルマが集積しているのである
公務員とかが官僚が悪だというときもそうである
そういう巨悪は誰もとがめることができない、検察もできない、だから東電の幹部を罰することはできない
なぜ団体がその権力に物言わせて社会をゆがめるのか、横暴になるのか
それを正すことは誰もできない、原発事故も東電だけではない、政府からマスコミから宗教団体が一致して行われていたことでもわかる。
それをとがめることは誰もできなくなっていたのである。

津波という天変地異が起きてその真相があ明らかになったのである。
それが世界的になるとハルマゲドンになるのである。
世界最終戦争で総決算が迫られる
というのはイスラム国が聖書で予言されているハルマゲドンの地ともされからである。
だから不気味なのである。
そしてなぜ相馬地方に最悪の原発事故が起きたのも何かの因縁なのか?
ただの偶然なのか、そうとも思えないものがある。
原発を誘致したのはこの土地のものでもありその町民のカルマが報いとなって現れた。
そして以前として原発を再稼働しろとか補償金を要求するだけの土地になってしまった。それもやはりこの辺の土地のカルマが作りだした結果なのかもしれない
もしかしたらこの辺がソドム、ゴムラになっていたのかもしれない
自分の経験したことはそうだった、弱者を苦しめて喜ぶというか無慈悲なことを身をもって経験したからである。
ただここだけではない原発のあるところはこの辺と同じ運命になる
それはいつの日かわからないけどなりうる
だからここだけの問題ではないのである


タグ:カルマ
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2015年01月27日

安易に危険地帯や困っている人達にかかわるべきではない (日本人人質でかえってヨルダン政府に迷惑をかけてしまった)


安易に危険地帯や困っている人達にかかわるべきではない

(日本人人質でかえってヨルダン政府に迷惑をかけてしまった)


個人的なことを延々と書いてきたけど人間の問題は別に個人的な問題であれ世界的な問題であれ共通しているところがある
人間の問題に常に普遍的なものがある、だからこそ宗教は世界的なものとして普及した。それは人間の問題が共通していてどこでも同じ問題が起きるからである。
人間の苦は世界で人間として生まれたら必ずあるからそうなる。

今回の日本人人質問題でもそうである。一見何か世界的問題のように見えて個人的な問題には見えない、ずいぶん世界がかかわる大きな問題になって複雑だからわからないとなるでも個人的な問題として見るとやはり人間ならこういうことが起きるのだなと自分の経験から考える、歴史的なものとか宗教的なものをぬきにしてもわかることがあると思った。
再三書いてきたけど自分が家族の介護とか自分の病気でさんざんな目にあった。
人は弱者になるとかえってこれがチャンスだと襲いかかってくる恐怖を経験した。
家の中に入れる人は本当に危険である。そして家の中に入るというとき家の中の事情がわかるからさらに危険である。
そして家政婦とかちょっとした手伝いでも家に入って下働きするような人自体がほとんど問題をかかえっているから余計に危険なのである。
青森で家政婦が何軒もの勤めていた家に放火したという事件があった。
その人も金に困っていたとか何か問題をかかえていたのでなるほどなと思った。
下働きとか家政婦になるような人は家族に問題をかかえる人が多いのである。

もう一人はわからなかったが前からつきあいがあったので助けてくれるのかと思った。
それも全然違っていた。その人も問題をかかえていた。
事業に失敗して借金をかかえていたのである。
だからその人のねらいははっきりししていた。自分が弱って困ったときチャンスだとなり借金の請求をしてきた。人間は弱くなるとどうしても弱みをもつと人につけいれやすいのである。でも表面では助けてやるとかいいことを口で言うのである。
その本心は借金で困っているからなんとか金をとろうとしかない
前の人はあからさまに強奪したがこっちは借金するのだが結局同じだったのである。
自分が問題をかかえ困っている人は人など助けることができないのである。
そういう人は困った人苦しんでいる人には迷惑になるのだ。
でも口ではいいことを言うのである

どれほどそのことで自分が介護や病気になったときその人に苦しめられたか相手は知らない、自分はいいことをしていると今でも思っているだろう。
あいつは恩を知らない奴だとも思っているからもしれない
人間は本当に人を助けることなどできないのである。
人を助けるとなる自らが犠牲になるし苦しむことにもなる
でも普通はそんなことをしたくないししないのである。
だから障害者をもってさんざん苦しんだ人は同情しない方がいいとか言っている。
同情してもどうせ何もできないのだからとそう言っている

今回の人質問題でも一見複雑な国際情勢がからんで起きた事件のように見える
ところが実際は違っている

困った苦しんでいる問題があるところや危険地帯には安易な気持ではかかわるな

なんか安易な同情心などそんな複雑な困難な場所にかかわることはできない
安倍首相が金を援助していい気分になっていたがそれがイスラム国の反感をかったことでもわかる。人道支援なのだとよと言っても通じない、それはその地帯の事情があるからだだから安易ないい格好する安易な同情心などでわらない方がいいとなる
現実にヨルダン政府に日本人人質で迷惑をかけるようになったことでもわかる
助けようと思ってもかえって迷惑になることがある
人を助けるとなると安易な気持ではできない、かえって苦しんでいる人を苦しめる

それは個人的にも経験した。そんな借金で苦しんでいる人が人を助けることなどできない、だからこそ自分はそのために苦しめられたのである。
だからボランティアが本当に人を助けるかとなるとできない、なぜなら本当に人を助けるとなる自らが犠牲になる覚悟が必要になるからだ。
自らが犠牲になるとしたら家族も関係してくるのである。結局自分の家族の方が大事だとなり他人のために犠牲になるなどやめろとなるからである。
カルト宗教団体でも宗教は名ばかりであり人を助けるなどないのである。
ただ普通の社会と同じようにそれぞれの欲を追及するためにあるだけなのである。

ともかく金を援助することは悪いことではないしろそれで安倍首相がいい格好したことなどが今回の事件で浮き彫りになったのである。

むしろめんどうな問題ある所には安易にかかわるな

かかわるとしたらそれなりの覚悟が必要になる。現実にヨルダンでは空爆に参加してパイロットがつかまった。つまり命懸けでイスラム国と戦っていたのである。
難民もパレスチナやシリアから国民の三分の二が難民だという現実がある。
そういう国を理解できない、あの辺の事情の深刻さを肌で理解できないのである。

血を流し犠牲になる覚悟ないならかかわるな

これは個人的問題でもいえる。困った人や苦しんでいる人にかかわることは安易にできない、それは事故満足のい偽善となりやすいからポランティアが批判されることになる
もちろんボランティアで外国で死んでいる人もいるがそれほどの覚悟をもっていたかとをかはわからない。
前から俺は死んでいいんだなどと思ってボランティアに行く人はまれだろう。

いづれにしろ中東はヨーロッパの確執の歴史が長い、十字軍の時代からある。
日本はそんな歴史と関係ないのである。だからその土地に土地のカルマがある
日本はそんな所と関係すべきではないのだ。
現実に安倍首相が金を援助するとイスラエルで日の丸をかかげたことがイスラム国から反感をかっている。
安倍首相が不用意に安易に金を援助するとかでかかわったことが裏目になったのである。安倍首相の海外での金のバラマキ自体が批判されていたのである。
海外で金を援助してもそれがその国のためにすべてなるとは限らないのである。
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2015年01月25日

複雑な中東情勢 (ヨルダンにはパレスチナ人とシリアの難民で溢れている現実)


複雑な中東情勢

(ヨルダンにはパレスチナ人とシリアの難民で溢れている現実)


中東は複雑怪奇である。シリアにしろなぜあんなふうになってしまったのか、民主を求めていうがそれだけではない、大国の思惑があり分裂したのだろうか
トルコのイスタンブールに退職した人が長くいた。
あの人はあんなに若者に交じって旅行しているのも驚いた。
あの人はシリアに行っていた。シリアの人はいい人たちだと何度も言っていたのである。シリアは紛争の前は社会主義政権であり国王の支配下に安定していた。
そして外界とまじわらないので国民は貧乏でも素朴であった
それはラオスについても必ず言われる
外国と交わらないときその国民は貧乏でも素朴なのである。
日本も江戸時代がそうだった。
外国から来た人が日本人にじかにふれて感嘆していたのだ。
それは日本人が日本人のままであり素朴だったのである。
それは「逝きし世の面影」などで語られている
今はミャンマーなどがそうだろう。ブータンなどもそう言われる

いづれにしろ中東は複雑すぎる、今度の日本人人質事件でもヨルダンが自爆テロの女性と捕虜の交換をしろと日本人人質がその声明を読んだ。
すると日本人の助かる道はヨルダン政府にかかっんてくるとなる
ところがヨルダンはイスラム国の空爆に参加していてそのパイロットがつかまった。
だからパイロットと交換すべきだという。
人質問題がこういうところまで波及したのは本当に複雑である。
ヨルダンにはまた逃れてきたパレスチナ人が60パーセントもいるとかさらに複雑である。ヨルダンという国は何なのだというときわからなくなる
国際情勢はもともと複雑なのだけど中東は一番複雑である。
だからこんなところで外交をするのはへたをすると大怪我をする
それを安倍首相はいい気になって金を配りしたのである。

ともかく日本人の人質問題は世界的問題として波及したのである。
一個人の金儲けから日本は迷惑したと盛んに言っていた人は殺された
もう一人は生かしておきたいと言っていたジャーナリストは生きている
しかしこの人を生かすことが複雑な外交問題世界の問題になったのである。
そもそもヨルダンなどという国を普通日本人が考えない
でもそこが今注目の的となるときヨルダンとは何なのだとなる


紀元前8000年紀には人類最古級の農業が営まれた。西アジアに文明が発達すると交易の中心地として栄え、紀元前13世紀頃からはエドム人が住み着き、アンマンには旧約聖書に登場するアンモン人の国があった。紀元前1世紀頃には南部にペトラ遺跡を残したナバテア王国が発展するが、紀元1世紀から2世紀にローマ帝国に併合された。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%83%AB%E3%83%80%E3%83%B3


あの辺は砂漠である。だから隊商がラクダでとまる宿がある。それはイスラエルにもあるイスラエルも砂漠が半分だったが灌漑して農地に変えた。
つまり聖書の舞台になったところは砂漠なのである。交易の場でもあった。
だから水がたりないからヨルダン川の水が貴重でイスラエルとアラブが争った。
ヨルダン川は小さな川でも貴重だったとなる
もともとヨルダンとかシリアとかイラクでもアラブの国はヨーロッパによって作られた国である。ヨルダンもイギリスによって作られた国である。
だからイギリス寄りだとなるしエジプトは今でもホンドを使っていることでもわかる。
国王はベトウィン族であるというのも遊牧民として自由にあの辺を行動範囲にしていた
遊牧民は国境の意識がなかったがイギリスとかにより国境が人為的に作られたから不満がある

ヨルダンには57.5万人がUNHCRに難民登録されており、長引く紛争の影響を受け、ホストコミュニティにて避難生活を送るシリア難民46万人は孤立を深め、生活手段の欠如に直面し、危機的な状況におかれています。特にシリア難民の子どもは、児童労働や早期結婚、性的搾取、武装勢力への関与等のリスクに晒されており、学校で物理的に子どもを保護する必要があります
http://www.knk.or.jp/act/JOR/top.html

ヨルダンは難民受け入れの国人なりそれが大きな負担と化している。それで安倍首相が人道的援助をしたのだかイスラム国家からかえって心証を悪くして脅された。
この辺の混乱状態は日本では実感できないだろう
難民といっても原発難民などはかえって地元の人より恵まれている
施設には優先的に入れる、医療は無料だ、地元の家に変えるだけで支援金がでる、あらゆることでいたりつくせりである。
だから避難民といっんてもあまりにも差がありすぎるのだ。
何の避難民なの、避難民貴族化しているのが現状なのである。
かわいそうだなということなどないのである。
ただ狭い家で困るというだけである。
ただ津波の被害者は流されて何にもなくなったというとき避難区域に住んでいない人はかわいそうだと思った。

それでもこうした難民と比べると楽だなと思う。
そういうところに行ったら生きた心地もしなくなるかもしれない
そういう悲惨な現状があるのだからそんなところになぜ行ったのかとなる
ジャーナリストはそううい難民の子の写真をとって援助していたというが
何も何をしているのかわからない、武器商人を助けに行って自らつかまり日本に迷惑だとなる。
前もイラクで難民支援の若者が人質になったことがあった。
難民支援でもそういう危険な場所なのである。
そういう所には行かない方がいいとなる
金銭の援助ならしてもいいとなる
そういう場所に行ったら紛争に巻き込まれてわけわからなくなる

それよりこっちも日本で遠くから見ているよりこの難民の状態を見てくれ
こっちもイスラム国の空爆に参加してパイロットがつかまった
国民はこっちの方を助けてくれよと騒いでいる
日本人一人がそんなに大事なのか?
それよりこっちの悲惨な現実をみてくれ

日本だと日本人のことばかり言っているけどヨルダンとか向こうでそうはならない
天秤にかけたらどっちが大事なのかとなる
一方は命をかけて戦闘に参加してつかまった
一方はなにしにきたのかわからない
それは自己責任じゃないかとなる
日本は中東はあまりにも離れているからわかりにくい
ただそこが石油などので紛争地帯になる
すると今回のようなことになると右往左往することになる
これはアルジェリアでも石油で会社の人が十人死んだ
それは石油をとるためで目的がはっきりしていた。
今回はなんのために行っていたのかわからないのである
それにしても日本人人質二人で中東の問題がリアルに浮かび上がってくる
中東への関心が深まったという効果はあった。
まずヨルダンのことなどほとんどの人は考えもしないからだ
いづれにしろグローバル化ではどこかで日本人も必ず世界とつながり
その影響を受けるのである。


posted by 老鶯 at 20:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

瀬戸内海ー春の俳句連句


瀬戸内海ー春の俳句連句

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洲本城波のやさしく春の月
船見えて若草萌ゆる瀬戸の海
夕日さし船の往来明石城
汽笛鳴り大きな船や瀬戸の春
春潮や大阪へあまた船の入る
重なりて瀬戸の島々春の海
昔なれ島々の港春の月
潮流の早き流れや燕来る
常夜灯潮流の岸辺椿散る
三重塔島の栄や落椿
瀬戸の島蝶の生まれて島わたる
船を待つ暇のあれや島の春
春日さす待合室や船を待つ
船遅く菜の花の島めぐりさる
ひた走る電車や海沿い桜咲く


思い出す旅というのも不思議である。自分は瀬戸内海を旅したときもわざわざ遅くなるようにしていた。今だったらいくらでも早く行ける、それが旅の情緒をなくしている。
旅がなくなったというとき早すぎるからである。
歩いていた時代の旅と今は百倍の速さになっている。すると心に映し出されるものは記憶できない
めまぐるしく過ぎ去ってゆくからできない、団体旅行などでは人としゃべる時間にとられるとまた心に残らない、つまり旅の時間は回りの景色に注意しなければならない
それだけで相当な時間の余裕が必要である。
ここで一時間次はここで30分などと計画していたら旅にはならない
そういう旅は印象に残らない、ここは景色がいいから夕方までいて夕日まで見ようというのがいいのである。
だから時間が制限されたら見るものも見れないのである。
現代の旅はそういうことが多すぎるのである。
速度をわざと落とさない限り景色も心に残らないのである。

瀬戸内海を旅したときはすでに20年とか30年まえとなになった。
ただその時わざとゆっくりとした旅をしていた。
こういう時間に余裕をもてるのが贅沢であり金を使うことではない
その時間が消失したときつくづくそう思うようになった。
その場所にいつでも気軽に行けると思っていたが今は行けない
そういう時が誰にでもやってくる
あそこにもう行けないのかと思うときショックである
そうてるとあそこに長い間いたことが貴重だったとなる。
ただどうしても記憶は定かでなくなる
なんとなくこんな雰囲気だったなと俳句にしてみたのである。

こういう俳句が作れたのはやはり瀬戸の島々をぶらぶらする時間があったからである。
旅というのは意外とできない、家族を持ち勤めていたらこんな旅はできない
二三日の保養が精一杯になる。ただ移動して動いているだけなのである。
だから旅するということは意外と今は交通が発達して楽に見えてもできない
その時間が与えられないのである。これも皮肉なことである。
とにかく旅するなら一カ月間くらい余裕みてするのがいいがそれが勤めていればできないまず今はそもそも旅人というのはいない、旅人になれない、江戸時代辺りだとみんな旅人になっていた。それだけの距離を歩いて行くし時間がかかるからである。

瀬戸内海の春は春らしい、船が好きであり電車も好きである。車は好きではない
車が旅を破壊したということはある。船はやはりゆっくり進んでいる
電車も普通電車なら遅いから旅情がある
新幹線になるともう過ぎ去るだけになる。
瀬戸内海は昔だったらやはり生活があり活きていたのだろう。
港々が生活の場になっていた。
それも車時代になると変わった、運輸は船ではないだろう
ただ島から島へは橋がなければフェリーになるが橋がかかると港も廃れた
そこちまた旅情を牛なっている

瀬戸内海は潮の流れが早い、それが内海でも違った印象を受ける
その潮の流をしらないと船は操れない
瀬戸内海から村上水軍とか生まれたのは必然だった。
瀬戸内海はやはり日本の海としては魅力がある
日本の海では唯一古代から船の交通路となっていたからである。

淡路島の洲本に泊まったがあそこの海岸の波は穏やかだった。
自分の住んでいる太平洋岸は波が荒いから穏やかでやさしく見えた。
あそこには松がありいい場所だった。
洲本の城も小さくてかわいらしく見えた。
淡路島は大きい島でありただ洲本意外はわからない
結局今は思い出を綴る作業をしているのが自分である。
それを俳句でも詩でも作品化している
一連のものとなるときそれが一つの作品となるからである。
単発ではなりにくいのである。
だから一連のものとしてつなぎあわせる綴る作業をしている



禍福はあざなえる縄のごとし

江戸時代だったら
伊勢なんか遠い、もう一生に一度の旅だ
一カ月間はゆうゆうかかるな
歩いて歩いて目的地につく
一カ月間は農作業は休みだ
じっくりと見てまわるよ

伊勢か新幹線と数時間
パリかニュヨークか
飛行機で何時間
どこでもすぐに行けるな
でもそこで過ごす時間がない
毎日が勤めだからな

世の中とはこういうふうにできているんだよ
なんでも満たされることはない
便利だと思っても時間がなくて旅が楽しめない
肝心の時間がないんだよ
家族サービスだ、勤めは一カ月間休んだら首だよ
すぐに行けるんだけど時間がないんだよ

世の中こうなっているんだよ
原発は便利なものなんだけど
電気は便利なものでいいんだけど
原発事故になったろう
二つのものを人間は満たせないようにできている
便利が不便になり不便も実はいいところあったんだよ
何でもいいことはこの世にはない
禍福はあざなえる縄のごとし
時代時代に幸不幸があるんだよ

タグ:瀬戸の春

2015年01月24日

何事にも因果応報のカルマがつきまとう (原発事故にもあった)


 
何事にも因果応報のカルマがつきまとう

(原発事故にもあった)


人間の社会は何でこんなに不公平なんだと思わない人はいない
特に不遇で貧乏な人はそう思っている
それは社会のせいだとかなんだとかいろいろ言う
でも何でそうなっているのか謎であり解明できない
本当に社会の不公平だけなのか、それも確かにある
金持ちの家に生まれるのと貧乏な家に生まれ差は大きすぎる
そういう生まれつきの格差は常にあり
ではなぜそういう親から生まれたのだろうとなる
それは親の因果が子に報いとなるしか説明しようがないのだ

今回の原発事故の不思議は何かその因果がカルマとなり数式のように配分された。
大熊とか双葉は一番被害か大きいのは当然だった
その恩恵も一番受けていたからだ。
大熊と双葉は競争して原発を誘致していた
あっちだけが得するのは許せない
こっちも得するべきだと誘致した
そして事故後も原発を稼働させろと言っていることが信じられない
だからここは同情できないことがある
お前らは恩恵を一番こうむっていたのだからしょうがないとなる

では浪江町になるとまた別である。でも何か原発からの距離に比例して被害があった。
距離に比例してカルマが課せられたのが今回の原発事故である
因果応報が距離に比例していたのである
30キロ圏内がやはりあとから放射性物質がもれたときホットスポットができていたことでもわかった。もちろん飯館村はやはり高かった
そして福島市かあれほど被害があるとは思わなかったろう
そこは県庁がある本丸だったのである。
今回の責任は県の責任も大きかったこともわかった
だから被害をみて因果応報だったなとつくづく思った。

ただ飯館村は何か恩恵を受けていないが被害が大きかったのは原発と福島市の線上にあったことである。
それでその災いを受けたのである。とばっちりを受けたのである。
小高も東北電力の原発を誘致してすでに工事がはじまろうとしていた。
それは浪江と小高の両方にまたがる地点にあった。
だから双方に責任がありカルマが課せられていたのだ
小高町は南相馬市と合併したがその前のことであり南相馬市はとばっちりを小高から受けた。
だから小高は補償金問題で嫌われているし責任を課せられているのも因果応報である
他にも富岡町であれ楢葉町でも同じ因果応報があった。
何かそれがまるで数式のように因果応報があった不思議である

それから漁業権者も相当に責任があった。
事故前も補償金をもらい原発御殿が建っていたとか恩恵があったし事故後も手厚くある。漁業権を売り渡してそれだけの利益を得ていたのである。
それで津波で港が壊滅したときそれは天罰だったという人が普通にいたのである
例えば港で船をみんなもっているわけではないし漁業に従事している人達だけでていからである。
結局浜通りは原発があった回りは他より強欲な傾向があった
原発が金になるということでそうなった
その因果応報があった

カルマは簡単に清算されない
介護もカルマであり延々としていねばならない
それも誰か代わってくれない
カルマは負うべき人が負い清算しないと解消できない
事業の失敗した人はが自分に借金を負わせようとしていた
それも自分が病気のとき弱ったとき迫ってきたのである。
借金もカルマであり人に肩代わりできない
なんらか犠牲が強いられる
家を売るとかなんか自分で負わねばならない
でも誰かに肩代わりさせようとしてはカルマは清算できない
もし誰かに肩代わりさせようとしたら二重三重にカルマが追加させられるのである

結局原発事故周辺は放射能というカルマを背負わされたのである。
それは自らのカルマもあった、そのカルマは子孫まで負わねばならない
プルトニウムの毒が2万年消えないとかもう百年は消えないとか
そういうカルマを背負った地域になったのである。
だから何事にも因果応報はある
一見不公平に見えても公平な因果応報の原理が世界には働いている
タグ:カルマ
posted by 老鶯 at 08:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2015年01月23日

山の村の幽霊屋敷(童話)


山の村の幽霊屋敷

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......一軒目の空家......

そこは山の村であり市の中心部から大分離れている。確かに中心部の市街には鉄道が通っているし海がそこからは近い。ここはずっと海からも市の中心部からも離れている。
山側にありここはそれでも古い場所である。早くから開拓された場所である。
ここでの暮らしは戦前から戦後十年は日本全国どこでも同じような暮らしをしていた。
山の木で炭を作り薪を燃料にしていて水は井戸水でありほぼ自給自足の生活である。
第一市までは遠いし車もない時代である。市に買い物にゆくこと自体まれだった。
その村のすぐ山のそばに一軒の古い家がある。
そこを訪ねる者があった。
「佐藤さんの家は古いでしょうか」
「家系的にはこの辺で一番古いかもしれません」
「がらんとして何か淋しいですね」
「一人暮らしもなげえよな、息子は市役所に勤めているんですよ、もう一緒に住まないし農家の跡を継ぎやしませんよ」
「猫を飼っているんですか」
「猫は友達だよ」
「わびしいですね」
外には家がぽつりぽつりとあるが回りは田んぼであり冬なので特に淋しい風景である。
それでも静かでそれなりにいい場所である。冬の日がおだやかにさしている。
「ここでの暮らしも大変だったでしょう」
「いろひいーありましたな、戦争終わったときは食うものがねえ
それで猿を食ったんですよ」
「ええ、猿を食ったんですか、なんかアマゾン辺りで裸で暮らす人が猿を焼いて食っていたのをテレビで見てびっくりしましたが・・・・」
「猿のノウミソはうまい・・・」
「ちょっと考えられませんが猿はよくこの辺では山からでてくるのを見ています」
「イノシシもしょっちゅう出てきますよ」
ここだったら確かにすぐうしろが山だからイノシシでも猿でも出てきても不思議ではないと思った。竹藪が川沿いにありそれは土手の補強にあった。
竹は強く根をはるので川の土手に植えているのが多い。
「跡継ぎがいないことは淋しいですね」
「これもどうにもならん、世の中変わってしまったんだ、農業は機械に金かかるしな
他の田んぼを請け負って米を作ったりしていたがなかなか金にはならんんですから」
「農業が大変なのはどこでもそうですね」
「この村ではすでに三軒空家になっていますよ」
「空家はどこでも多くなっていますが・・・ここでもそうですか
そろそろおいとましましょう」
「あなたはどちらからきたのですか」
「隣の町ですよ」
「そんな近くからでしたか・・・」
訪ねた人が去ったあとには実はその家は空屋であり誰も住んでいなかった。
死んだ人と話ししたことも知らないでその人は去ったのである。

.....幽霊屋敷を訪ねる.......


その家を訪ねたものは去りその家を出て細い道を行くと杉の木が二本立っている。
それがなんとも普通の木とは違う、その影が細い道にのびてさえぎる。
何か人をとどめるようにさえぎる。
するとそこに廃屋となった農家が確かにある。それがいつ人が住まなくなったのかわからないが大分時間がたっていて放置されたままになっている。空家ではなく廃屋である。それは本当に幽霊屋敷に見えるのだ。あういうふうになるのはやはり相当な時間がたたないとならないだろう。
その作りは昔風のまである。外に便所があり風呂まであり外に井戸がある。
それはみんな昔そうだったのである。その配置が昔のままであり放置されている。
こっそりと隣の町から来た人はのぞいてみる。
すると風呂は立派である、煉瓦作りの五右衛門風呂になっている。
煉瓦だということが珍しいしこの家はそれなりに裕福だったのかもしれない。
煉瓦ということは職人も必要だし作るのにめんどうだからである。
遠くの市の職人がかかわって作ったのかもしれない。すると余計に金がかかることになるからこの風呂にひかれた。

そこから家の中をのぞくと戸があいていて炬燵が置いてあり柱時計がありとまっている
炬燵がここにあるということは電気のをすでに使っていたのか、下は囲炉裏風になっていて炭だったかもしれない。ただ囲炉裏ではない、なぜならそんなに時間はたっていないから電気を使った炬燵である。

「いらしゃいませ」
その時びっくりした、奥からのっそりと白髪のおばあちゃんがでてきたのである。
「よごれていますけど炬燵に入れや」
「いいですか、なんか人がいないと思い入ってきたので失礼しました」
「人が来てくれてにぎやかになりいいですよ、なにしろ家というのは人が住まないと人の声が家にひびかないと死んだようになるから」
「あの煉瓦の風呂は立派ですね」
「まあ、あれはいい風呂だった、職人をわざわざ市から呼んで作ったんじゃ
あの風呂に入ったときは疲れはとんだな」
「自分も子供のころ、外に風呂があったんです、その風呂は自分の父親が作った小屋の風呂でした。鉄砲風呂で子供のとき新聞紙とかたきつけにしてバタで燃やしていたんですよ」
「あなたはどこにお住まいで」
「隣の町ですよ」
「それは近いそこはなじみです」
「ところでおばあちゃんは何歳ですか」
「わしか、百歳じゃよ」
「ああ、そうですか、自分の母もその年に近いですが・・・・」
「まあ、今はみんな長生きじゃよ」
「でもこんな立派な煉瓦の風呂はみかけなかったですね」
「まあ、お茶飲んでゆっくりしなされ」
「今日はゆっくりもできません、街の方に買い物があるんで」
「そうかい、それは残念じゃな・・・・」
その時またすーとその白髪のばあちゃんは消えてしまった。
あれどこに行ったのかと思うともう見えなくなっていた。
ただ幽霊のように消えた。
その家全体が今でも残っているけど本当に幽霊屋敷であり空家とは全然違うのが不思議である。つまり幽霊が本当に棲みついたような家になっているのだ。
なぜそうなってしまったのか?
長い年月放置されていたためなのか、それが不思議だった。
一つはその家を離れたくない人の霊が感じられるからかもしれない
だからこそ幽霊となってもそこに人が住み続けているのである。
そこを出ると野原に一本のこれも幽霊じみた一本の老木がくねり長い枝を伸ばして濃い影をおとしていた。
そこに根付いてから相当に長い木である。
そういう木は老人と同じでその土地を離れたくない、そこで朽ちてその土となってゆく。人間もまた生物だから木のように老いてゆくと何てゆくのが自然である。
隣の町から来た人はこうして二つの人が住まなくなった空家と廃屋をあとにして街の方に去った。

タグ:脳霊屋敷
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2015年01月22日

冬深む(この辺の状況)


 
冬深む(この辺の状況)


冬の灯や働く場あり道に松
冬の夜や二両の電車に人の影
寒雀みな生きなむと風に耐ゆ
いつくしむ盆栽あまた冬深む
石一つ徹し動かず冬深む


原町の高松の藤倉ゴム工場は大きい、あそこではかなりの人が働いているだろう。
そもそも農業で働いている人は少なかった。
だから農地が原野化しても生計が成り立つ人が多いとなる
農家の人でもある人は農家に嫁いでも何の農作業もしていない
田んぼは人にやらせているだけでありその人も会社員だとなる
農村風景がどうしても田畑でありだから農家が多いと錯覚する
今は農業だけで暮らしている人はまれである
ただ風景がそうなっているから原野化すると生活がどうなってしまうのだろうと思う
でも実際は会社があれば今は生計が成り立つのである。
全体の経済の割合からしたら農業しなくても市町村は成り立つ社会である。
むしろ会社が倒産したりするとその影響が働き口がなくなるなど大きいのが現代である。堅実に働くとかでは松があっている


寒雀が電線に一列に並んで北風に向かって耐えていた。あれは写真にとればよかったがカメラがなくとりのがした。意外とシャッターチャンスを逃すとあとは同じものはとれないから常時カメラは持ち歩く必要がある
子猫に餌やっているが意外と寒さに強いと思う、部屋に入れないで寒い所で耐えているからだ
普通寒さで死ぬようにさえ思ったからである。
冬深む・・というのはちょうど今の季節だろう。12月では早い、でもなんか冬に疲れたという感じもする、大寒のよう寒さをすでに経験して体調壊したので苦しかった。
でも医者には行くなかった、自然と直るものだろう。
ともかく本当に最近遠くにも行かなかった、やっと昨日原町に行った
イオンでいい冬用のものを買った、LLで着心地が良くふんわりしている。
前のは厚着になっていたからLではふんわりゆったりしなかった
これは3000円でありこういうものは通販では買えない、着るものとバッグなどは手にとってみないとわからないから失敗するのである。

今日は風は吹かない、浜通りは北風がこれからも毎日吹く、会津は雪である。
自転車はあまり寒くなったり風が吹くと出にくいのが弱点である
車はほとんど天候に左右されないのがいい、でも運転は危険なのである。
二両の電車に灯がともり何人かの乗客の影が見える、何か二両の電車は人間的なのである八両だとそれなりに人が乗っていると人間的にならない
ましてや東京のような混んだ電車はもう誰が乗っているなど関係ない、物ののようにつめこまれだげである。
ただ二両の電車は相当に贅沢である。金もかかっているが相馬市と原町間は人口も多いので走らせている。
原町から大野までの乗り継ぎのバスが31日から出るらしい、そのバスで往復してみようかと思う、六号線を走るから辺りの状況が多少わかるかもしれないからだ。
やはり六号線が回復したことは復興するにはかなりの力になる
もともとイワキの方とはこの辺はつながりが薄い、でもそれなりに仕事で来ている人もいた。だから六号線が開通したことははずみがついたことはいえる

タグ:冬深む

神戸地震から20年の教訓 (災害時の心構えー人間が本性を現し狼になる)


神戸地震から20年の教訓

(災害時の心構えー人間が本性を現し狼になる)




「地震保険に加入していなくても、火をつけて全焼させてしまえば火災保険が下りる」(これ自体はデマです)として心無い人が自宅に放火したことから長田区の火災は始まった。


レイプの件は検証していって
噂のもとになった人までたどり着いたら、
電話相談員の創作だった。
この経緯は本になってたはず。

窃盗は多発したけどな。特にサラ金ビルが狙われてた。



 商店街の店主は4、5人単位で武装し、略奪者から商品を守るため不寝(ねず)の番をしていました。
 大地震は、生き残ってからが本当のサバイバル。アドバイスはこうです。

(1)まず、避難所には行ってはいけない。留守宅が強盗や放火被害に遭う恐れが高いからです。家族の誰か最低1人、自宅に残る必要があります。
(2)男手を失った家族は、近所同士で固まる。警察官OBの活用と自警団の組織も重要です。
(3)自転車やスクーターは危険。地震発生から数日、真っ先に狙われるのは移動手段です。金属バットでいきなりボカッとやられることもあり、気をつけるべきです。
(4)女性1人は絶対に避ける。ビルの間、仮設トイレなどは特に危険。
(5)帰宅困難者の移動は、同じ方向の者同士で10人単位の集団を組み、夜間の行動は控える。


神戸の地震の長田区の火事が延焼したのは火災保険をおりるからと自宅に火をつけた。
あの火事はテレビで見ていても恐ろしかった。アナウンサーが焼けた骨を手にもっていたのだから異常だった。
しかしそんな時金の計算ができるものなのか?
ただ人間が火事場泥棒など必ずある、ちょっとした災害でもある。
自分の家で店していたとき水害で流されたものを盗まれた
それはもう誰のものかわからないからそうなる。
災難が起きたとき怖いものは何か?それは人間だということがある
人間が本性を現して狼になる
自分も突然の病気でその恐ろしさを経験した人間の悪質性を具体的に知った。
要するに火事場泥棒に合い、病気をいいことに借金を要求されて責められた

つまり人間が災難であれそういう時はチャンスになる
もう抵抗できないし周りも無防備になり無法地帯になる。
そういう時人間はどうなるのか
人間の本性があからさまになる。やりたいことをやれるとなったらどうなるのか?
人間は狼としての本性を現してしたいほうだいになる
人間はまた善人から悪人に容易に変質する存在でもある
看護師が天使から悪魔に変質しやすいのもそれを示している
なぜなら弱者が相手だと自分の思う通りになるからである
突然の災難にあった人は守る術がない、やられるままだということである。
それを自分が家族の介護とか病気で身をもって経験してきたのである。
ただ今でも自分にそうした人はすぐ近くにいるのである。
だから復讐ができるがしていない
相手もさぼど感じていないのかもしれない

外部から入ってきた人がそういうとき荒らしたというが近くの人もしていた
その例が自分の家に火をつけて保険金をもらおうとしていたというのもそうである
例えば神戸全域で被害があったわけではない、被害が少ない所もありない所もある。
だから神戸内の人からの被害もあったかもしれない
金持ちの家などがねらわれたかもしれない
あんな状態になったら何があっても不思議ではないとなる
ただ噂もありデマが広がる。
人間はマスコミの報道だってそれって本当なのとかなぜ特別そんな一人の言うことをとりあげるのかとかマスコミの報道は誇張されて惑わされやすいのである。
マスコミは本当は事実だけを伝えればいいのである。
その事実に対していろいろい言うと各人が判断できなくなる

人間は本当のことを知るということがむずかしい。
何か事実があっても直接本人から聞くことができない
ニュースで報道していたよとかある人から聞いたよとかその当事者に聞いたわけでないからである。
原発の現場で直接働いている人から聞いたことを書いた。
でも自分の書いたものを読むものはそれが本当なのかわからなくなる
要するに自分が信用しないと本当かどうかわからないともなる
2ちゃんねるなどが信用されないのは誰だかわからないからデマも放置されているからだ

ではマスコミが信用できるかというと信用できない
例えばこの辺で暴力団関係の人達が入り入れ墨の人が風呂や温泉に入って飯坂辺りでは観光に悪影響だとかでていた。
では入れ墨の人が入っているの見たのかとなると見ている人は少ないだろう
自分は近くのホテルの湯で実際に見たからそれは本当だと信じることができる
ではすべてのことがマスコミから報道されていても信じられるかとなるとできない
直接その本人から聞けないからである。
だから何人か津波の被害者から直接聞いたことで津波のことをリアルに知った
戦争のことも直接聞いたことがリアルなものとして心に残る
直接経験した人から聞いたことは本当のことだと思ったからである

なぜデマにまどわされるのか?
レイプの件は検証していって
噂のもとになった人までたどり着いたら、
電話相談員の創作だった。
この経緯は本になってたはず。


誰も事実があったとしてその本人から直接聞いてはいないからである
一体が誰がそんなことを言っているのかと聞いてゆくと真実がわかる
そのデマの発祥地までたどっていってつきつめてわかったのである。
ただ誰から聞いたよではその誰かは誰だったのというと普通はわからなくなる。
みんな誰からか聞いたよであり誰が一体そんなことを何の根拠があって言っているかわからないのである。
マスコミで報道したよとしてもマスコミすら本人に聞いたとしてもその本人に視聴者は聞いていないから本当のことはわからないが信じているのである。
NHKでもそういう報道があったがNHKは信じやすいからその報道も信じるのである。
自分の見たもの聞いたものの範囲はあまりにも狭すぎる

世界となるともうそこで起きたことがどこまで本当なのかわからない
例えマスコミで報道されてもアメリカから報道されたらアメリカの都合のいいことばかり報道されるとなる
そうして常に真実は歪曲されたり誤解させられるのである。
つまり個々人では本人からその場にも直接立つことができないとしたら真実があかりえないのである。
だからわけのわからないデマに人間は左右されやい
特に災害の時はそうである。誰が言ったかなど調べる余裕もないからである
現実に放射性物資はスピーディで津島方面に流れたことわかっていた。

浪江町では町長の指示で津島に一時避難したのである。
政府ですら的確な情報を災害時には伝えなかったのである。
飯館村は一カ月後くらいに避難した、村長が避難することを拒否したためでもある。
その時放射性物質は高濃度に流れていたのである。
災害時には必ずそうした過ち起こる。
情報が錯綜し混乱してくるからである
特に放射能の知識などもっている人は地元民ではほとんどいなかった
だから市町村で混乱して右往左往しているだけだったのである。
報道というときマスコミ頼りだけではだめである。
一般人がインターネットで発信できるようになったのは進歩である
これも問題あるにしろ例えば地元から発信できる、田舎でもできるということが強みである。
地方でも現場から発信することの意味は大きいのである
今回は自分も現場からプログで発信したことはそれなりの意味をもっていた。
現場からしか伝えられないものがある、それはどこでもある。
災害とか緊急の場合は特に効果的になるのである。


イスラム国による日本人人質事件(2) (生きるか死ぬかで命が値踏みされる)


イスラム国による日本人人質事件(2)


(生きるか死ぬかで命が値踏みされる)


今回の事件では身代金200億円要求されてそれを支払う価値があるのかどうかと問われる
なにしにいったのかわからないものにそんな金あど払う必要がない
二人にはそんな価値はない、ジャーナリストには多少価値あるが・・・とか言われる

つまりここでは人間の価値が値踏みされているのだ。
こんなやつらを200億円も国で出して助けるべきなのか?
それだけの価値があるのか?
雪山などで遭難したときなども救助するがその額が違う
あとで家族もかかった金を払わされる
だからべつにそんなに助けるか助けないかは考えない
怒られても大問題とはならない

今回は金が巨額なだけではない、外交問題にも発展する
日本がどういう態度をとるか世界が見ている
日本からするとただ迷惑な人たちだから切り捨てろという意見が多い
要するにあの人達に200億円の価値があるのかということになる

人間の価値をではどうして決めるのかとなる。
ここでは一体あの人達はなんのために行っていたのかとなる
そんな危険なところに行って何しようとしていたのかとなる
一人は軍事関係で武器で金儲けするためだったとあり
ジャーナリストはその人を助けるためだという
すでにこの時点でなぜジャーナリストはそんな人を命をかけて助けなければならないのか?
特別な義理が友情があったのかとなる

あの人達は普通の社会から見ればはずれものだろう。
日揮のアルジェリアげ殺された人は石油をとる目的がありそれは国でも価値を認めているこの場合はそうした目的も何もわからない、私的な利害で動いていただけだとなる
そんな人を200億円かけて助ける必要があるのかという議論になる
第一普通の社会では建築現場であれ一万の日給稼ぐのにも事故で死んだりしている
原発の作業では最近二人連続して事故で死んだしすでに10人以上死んでいる
別にその人たちのことは特別扱いされないのである。

この人たの方が原発事故の後始末をしているのだから命の価値があったとならないか?
死んでもそんな巨額な金など払われない
これはどこでもそうである。人間の価値も金で計りえないとしても現実に計られている
もし一人百億円もらえるならもっているならその人は社会ではどうなるのか
それだけの金はどんなことしてもえられない金なのである
第一一人は武器を売ってもうけようとしていた人がいてかえってつかまり
今度は逆にイスラム国に人質になり自分がもうけたい金の百倍もの金が要求される
使われるというのも何か馬鹿げている

ただこの事件で考えたことは人間は生きる死ぬかとなるとき何であれ人間の価値が鮮明に問われる
それは老人が病院でこの人を生かすべきかどうか、延命治療でも問われている
この場合はそれと違って健康でありまだ40代とか若いのが違っている
一方で世界では飢えている地帯もあり子供が死んでいる
その時誰もこの子供生かすべきかどうかもない、生かすべきなことがわかっていてもできないこともある。それも幼い命なのだから老人の命とは違い未来があるから違っている
命の価値は明らかに子供と老人では違ってくる
だから幼い子供の心臓移植でも億の金が集まる
それはこれから生きるものに対して価値を認めているからである。

人間が何であれ一旦生きるか死ぬかとなるとどんな人間であれ最大の関心になり
その人物がどうだこうだとか何のためなんだとか問われる
不思議に重要人物としてとりあげられるのである。
普通の生活ではみんな誰もそんな重要人物にならないのである
みんな誰も注目されないで働いているだけなのである。
その人がどんな人なのか何をしているのかただ金を欲しいからだろうしか考えない
コンビニなどで働いている人に「なんで働いているの」などといちいち問う人はいないのである。

この人たちがこれほど注目されたのは、世界的問題の渦中に入ってしまったからだろう
その目的が不純でも現代の世界の問題の中に日本が問われる存在になった
本人にそういう意図がなくてもそうなったのである。
海外旅行でも別に観光目的でも日本を意識させられる
日本人としていやおうなく意識させられる、それが深刻なものとしてつきつけられる結果となった。
日本人の責任と覚悟みたいなものが外国にでると問われることがある
これはもともとそういう紛争地なのだから予想できていた
ジャーナリストは死ぬ覚悟だと言っていたがもう一人は金儲けにすぎないのだからただ日本に迷惑をかけるやつにすぎないとか批判される
つまりそんな危険な所に勝手にゆくな、日本にとって迷惑になるんだからとなる
だから殺されても仕方がない、自己責任論になる
その自己責任でも本当は行っていいものではない
結果的に自己だけすむならいい、雪山で死んでも助けに行きませんよとなれば誰にも迷惑かけないからである。だからといって死体が見つかれば連絡されて始末しなければならないことはある。

とにかくそうした危険地帯にゆく人は何の目的でゆくのかはっきりさせて第一日本でも許可しない許可しても助けないということを明確に記すべきだとなる
自己責任で誰にも迷惑をかけないならそれずすむならいいが海外になるとすまないからである。
観光に行って行方不明になった人がいるが家族が探すだけで国はかかわらない自己責任である。別に危険な場所に行ったわけでもない、それでも自己責任で国はかかわらないのである。今回のような大迷惑にはなっていない、だからそんな馬鹿高い金など払う必要がないというのがどうしても結論になる。
タグ:人質
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2015年01月20日

「イスラム国」が人質の日本人2人を殺害すると警告 (イスラム国の主張も否定できない、植民地化された恨みとすれば)


「イスラム国」が人質の日本人2人を殺害すると警告


(イスラム国の主張も否定できない、植民地化された恨みとすれば)

●喧嘩両成敗、双方に言い分がある

そもそも人間はなんでそんなことまでし殺してまでまたは殺されてまで行動するのか?
人間の動機が問題になる。喧嘩両成敗とういうとき必ず双方に言い分があるからだ。
自分も経験あるけど家族間のもめごとで親と子のもめごとで親が子を虐待していたと思っていた。それも親がすでに70とか子が40とかの年である。
その事情は複雑にしろ交流があまりないから子の話を一方的に聞いて失敗したのである。実際虐待していたのは子供の方だったのである。子供というってももう親を十分に虐待できる年である。
やがて85くらいになって病気になり子供はめんどうみず最後に「ひどい娘だあわ」と自分の家に電話してきてすぐに死んだのである。
複雑にしろここでの最大の問題は両方のことを聞かないで子の方の言い分だけを聞いていたからそうなったのである。
あとでその娘の本性があらわれ本当にひどい娘だったのである。
そんな人だったのかびっくりしてきれた。
だから人間が喧嘩したりするには必ず双方の言い分を聞かないとわからないなと思った。
イスラムのテロであれイスラム国のこうした残虐な行為の言い分や目的は何なのだろうと思う。ただこのことに同調しているのは右翼系である
アジアを植民地化したヨーロッパに対する恨みと共通しているのである。


日本と欧米の戦争も植民地化されることに対して起こったしそもそも明治維新も上海のアヘン戦争とかで植民地化されると危機感をもっていてヨーロッパに対抗するために起きた日本は唯一ヨーロッパに植民地化されないアジアの国だとい誇りと主張かあった。
そのことを考えてみるとイスラム国のイスラムの過激派思想集団と同じなのである。
彼らも同じことを主張している。日本はアメリカともあれだけの戦争をしたのだから協力してくれると考えるのも歴史からみればそうなる。
ただめちゃくちゃに金だけか欲しいとかだけでテロをしているのとは違う
その主張は日本の戦争の時と同じだし今でも反ヨーロッパや反米の主張がつづいている。だからフランス人が殺されたことでもお前らのしたことを見れば当然だと言う人も普通にいるのである
さんざん植民地化して虐待してきたのだからその仕返しをされるのも当然だとなる。
ともかく日本側の戦争での主張は植民地化されたことが言い分としていることでは同じなのだとから全く非論理的暴挙ではない。

●明確な目的や思想があるなら価値がある

いづれにしろ日本人が何のためにあんな危険な所にいたのか?
前は物見遊山で若者がイラクに入り人質になり無惨に殺された。身代金は払われなかったそれはただ物見だったからである。
今回の一人も何のなのかわからない、もう一人はジャーナリストである。
なぜあんろところにわざわざ行っているのかわからないところがある。
ジャーナリストにしろ別に日本国民から望まれて行ったのとも違うだろう。
スクープねらいで有名になり金を得たいという野心だってある
ただ日本人は宣伝効果が大きいから人質にしたとも解説している
安倍首相がこんなときヨルダンとかエジプトにテロに対抗するため金を支援したことも反発を買った。わざわざこんなときゆく必要がなかった。
だから安倍首相が名指しで批判された。


こういうことも前の戦争のことをふりかえり考えると見えてくるのものがある。
尖閣諸島の中国との対立でもそうだった。
日本の外交をどうするかということが同じ継続した問題として浮かび上がってくるのだ。日本確かに右翼系が欧米に反発して植民地のことを盛んにとりあげて批判する。
でも現実は欧米の一員になっている現実があるからイスラム国のテロの標的にもなる
だから本当はイスラム国に同調するなら個々人で義勇軍として参加するということさえありうるのである。
欧米でもそイスラム国の思想に同調する人がいて参加しているからだ。
欧米に反発する人々は世界にも多いからである。
イスラム国はそういう核になろうとしている
ただ今回人質になった人は何か特別な目的とか使命があったとは感じられない。
だから金を払う価値がないという意見が多い。


日本では戦争でそもそも300万にも死んだ、今二人の良くわからない人が生きるか死ぬかになっている。そのことが話題になるときでは300万人死んだ人の命の価値はどうされるaのかという問題が浮かび上がる。
その人達の命の価値はとをなるんだろうとなる。その人たちは明確な意志のもとに日本のために死んだのであり何かわけわからないものとは違う。
でも今になるとその価値は低くなり無駄死にだったとかされることも多い。
なぜそうなっているのかというと戦争に負けた結果として日本はアメリカに植民地化されてただ欧米のいいなりになる国になったからである。
つまり欧米からアメリカからすれば勝ったのだから勝者の論理が働く、アメリカの言い分が正しいとなり歴史になる。それは日本の歴史でも薩摩長州が勝ちやがて長州閥が日本の政治を天皇をまつりあげて支配者になった。
それは山口県の安倍首相もその系統であり吉田松陰をもちあげるのは間違っているという幕臣系統の人々がいたしそれも真実だと思う。

●日本人は利の国であり前の戦争のように犠牲にはならない

要するに日本の外交は曖昧なのである。利が基になり利にある方につくだけになったのである。イスラム国についたら損しかないからつかない、ただポーズとしてイスラムにも見方するような格好しているだけなのである。だからこうして深刻な事態になるとその本性が現れるのである。日本国民だってめんどうなことにはかかわりたくない損したくなんいというのが本音なのである。
欧米にいい顔を見せていればいいイスラムにも自分たちは敵ではないよとどっちにもいい顔を見せたいのである。
日本が欧米に反発しないのはそれだけの経済成長をしたことなど戦争に負けてからは利の国になったのである。
大義とか思想に殉じるという意気はない、金になればいいしかない、それは上層部だけではない、日本国民が全部そうなったのが戦後の状況だったのである。


だから団塊の世代はその最先端にあり高度成長をして豊かにしたのは自分たちだという主張がある、反発されるにしろある。
ただ何らかの思想に殉じるとか大義のためとかそういうことは国自体にもないし国民にもない、カルト教団などにもない、利を求めることしか教えられないから結局そんな自分を命を犠牲になるとしたら誰も入らないのである。
明らかに欧米が正しくないとしても利があるからついていた方が得だとしかない。
19才の若者が自分は英雄になりたいと動画を投稿して実況中継しているのに国民が騒いでいるのも何か平和なのだけど国家も個々人も利を求めるだけであり犠牲になるような大きな目的はないからだともなる。
結局人間社会は中庸の外交などない、どっちかにつけ、でなければ殺すと迫られることがある。そして結局どっちからも攻められて滅ぼされることだったありうる。
ただ穏便に穏便にと言っても相手は許さないという結果になることが怖いのである

ともかく個々人でも人生が一貫したものがないとその人は信頼できない
国でもそうである、右につき左につき真ん中だノンセクトだとかなると信頼できなくなる旗幟(きし)を鮮明にしないとどっちつかずでありどっちからも捨てられ攻められことがある。小国はどっちかにつくほかない、中庸などしりえなかったのである。
中庸ではいいように見えても生き残れないことがあったのである。
欧米を批判するとしても現実は欧米に従いその路線の中に組み入れられている。
だからいくら欧米を批判してもイスラム国のような命懸けの集団に迫られたら欧米を批判していても結局現実的には欧米側につくという判断しかできないのである。





タグ:日本人人質
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2015年01月19日

寒鳥の写真二枚(写真はシャッターチャンスが勝負)


寒鳥の写真二枚(写真はシャッターチャンスが勝負)

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海老村の津波の跡


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宮本武蔵の絵

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鹿島区の墓地のある復興団地の公園

クリック拡大

山鳩や百輪赤し寒椿

山鳩に復興団地や寒椿

寒鳥の未明に一羽声もなし

この二枚はいい写真だろう。写真はいい場面に会えば別に写真の技術とは今はデジタルであり関係なくなった。自然でも写真はある一瞬なのである。
その一瞬をとらえたのが貴重なのである。
山鳩の写真は写真の方が椿が赤くきれいに写っていた。肉眼でこのように見えなかった
そういうことが写真の世界にはある。
なんかこの写真は傑作の部類に入るかもしれない、自分で言うのもなんだがそういう一瞬をとらえたということである。

枯枝にとまっている鳥は百舌なのだろうか?まさに宮本武蔵の絵と同じだった。
海老村の跡は津波で消失した、そこに一本の枯木が残り寒鳥がとまっているのもなんとも寂寥としている。
あそこは墓だけが上に残っているから奇妙なのである

今年は最初から体の災難があった。手術してから不思議に体が悪く感じたことがなかったそれが急激な寒さで体調を壊した結果また同じ所が悪くなった。
これも苦しいものである。
ともかく手術してからなんら問題なく二年間も過ごせたのは不思議だった。
この病気と同じ人がいるが別に十年を生きているからこれで寿命を縮めることはないみたいだ。
ただ病気になると一人暮らしとか介護しているときつくなる。
介護だとまず自分自身が病気になったり二人介護したりするとその負担におしつぶされるだろう。
何しろ病気でも誰も介護するものもいないのだからせざるをえないからである。
相手は食うこともなにもできないからそうなる

明日はともかく二年ぶりに医者にゆく他ないだろう。
こういうとき車もないし困るのである
田舎で一番困るのは医者なのである。
特に退職した老人が田舎暮らしにあこがれるがまず病気になったら本当にみてもらう医者がいない、元気な内は良くても一旦病気になったら地獄になってしまう
だから先を考えるといいとはならない
だから病気になったらまた都会に帰れるようにしておくのもいいとなる
今年はどうなるのか、この二年間は体に何ら変調がなかった
今回こうなったのははじめてなのである。
ただ老化現象による病気が起きてくるのが怖いのである。
別に運動はできるしむしろ運動をした方がいいみたいなのだがやはりかなりの苦しさが急にきたのである。
若いときはこんな病気にはならない、老化現象の病気がたいがいかかえる人が多いのである。
タグ:寒鳥

2015年01月18日

原発事故で失われたもの (家や故郷もそうだが仕事も失われた)



原発事故で失われたもの


(家や故郷もそうだが仕事も失われた)


●仕事も失われてはじめてその価値をしる


漁師の人が「自分がどうしてこの浜にいるのかわからない」とテレビで言っていたが漁師なのに魚をとらないとしたら自分はなんなんだという疑問が生まれた。でも手厚い補償金がでているから別に生活には困らないのである。補償金で暮らせるけど魚をとらない漁師は漁師なのか、ただ毎日海をながめて何もしない、それはもう漁師ではないだろう。農家でも補償金がもらって働かなくてもいいにしても毎日暇だからパチンコばかりしていたら農民なのかとなる。働くということが単に金を得るという行為ではない、自然界の中で働くことは第一次産業は自然と直接かかわるものでありその仕事自体が他の仕事と違っていたのではないか?何かそうした根源的なことが問われたのが津波であり原発事故だった。
http://musubu2.sblo.jp/article/74006067.html

原発事故で失われたものはいろいろある。その中で注目されなかったのが仕事だった。
仕事など漁民でも農民でも苦労の割りには金にならないとか今は不満ばかりだった。
現代人はたいがい仕事には不満であり金のために働く消費の方に重点が置かれるからそうなる。いい車が欲しい、家が欲しい、うまいものが食べたい、子供にいい教育をさせたいとか仕事そのものに価値を見いだしている人が少ないのである。
仕事は当たり前にあるものでありむしろ苦労なものやっかいなものとしてあるようになった。
でも今回の原発事故で補償金で仕事もしなくても食べていける、食べるだけなら前より贅沢している人が増えたのである。

ただ仕事がなくなったときどうなったのか、飯館村でもギャンブラーになったというけど何もすることがなくそうなったのである。
前から馬券売り場は飯館村にすらあった。なんかそぐわないと思っていたがギャンブルはやめさせることかだできない、だから農村でも別にしていたのである。
下々の考えることは何か食べて金になればいいじゃないかとなるのが多い。
この辺で馬券場ができるとき反対した人達もいたが大方は賛成だった。
その火とが言うには馬券場でも掃除の仕事でもできるからいいんだよなと言っていた。
ともかくその人は生涯貧乏なのでそういう発想しかできないのである。
ギャンブルは必ず何か弊害がでてくる。回りも悪影響を及ぼすのである。

現実に自分もそういう被害を受けたのである。
この辺ではパチンコ屋が仕事しない人で繁盛した。
その時パチンコ屋で人手がたりないたりないと勤めている人が言っていたがその時病院であれスーパーであれどこでも人手不足で困っていたのである。
そういうときみんなが補償金あるからとパチンコ屋におしかけてパチンコ屋で人手たりないから人手が欲しいというのはこの辺の事情にそぐわないものたったのである。
そういうことをパチンコをしている人は感じないのである。
そんなものハチンコししている人が掃除なり何なりしていればいいのである。
その時自分は病気で苦しい面があり腹ただしくなったし怒りを覚えたのである。
だから小高の人は帰れと言ったのである。

●仕事の意味を問うことはなかった

結局原発事故で失ったものに仕事があったのである。
仕事の意味を意識している人は少ない、仕事も普通にあるものであり苦労なものと感じていた。それが一旦仕事をしなくてもいい、遊んでいてもいいよとなったときギャンブルになったのである。飯館村すらギャンブラーになったのである。
その弊害は周りの人にもでてくる。
あいつらは遊んで暮らせる、金がもらえるから立派な家も建てた、俺たちは働かせられるだけだとかなってイワキで原発避難者にいやがらせになった。
金があるからいいじゃないかというのが現代の生活である。
でもこの辺の事情ではそうはならなかったのである。
それによって周りに迷惑をかけていたのである。
ただギャンブルしている人はそのことは感じていない
普通の前のような状態だったら馬券場で掃除の仕事できるからいいよ、この不景気で困っている人はいくらでもいるんだから仕事ができることはいいことだとなる。
でも原発事故ではあらゆる場で人手不足の時、迷惑になっていたことに気づかないのである。

つまり人間は相手のことを考えないことが多すぎるのである。
自分が病気で苦しんでいるとき、借金の請求にきてあわよくば財産を全部とれるとかまでなって迫ってきた。借金している人は相手のことなど考えない
かえって死んだら金が入るぞとかしかなくなっているのだ。
だから本当に今ではその人には怒りを覚える。
その人が事業に失敗したのは当然だと思った。
まず相手に対する気遣いのない人だったのである。
その人はすでに殺意すらあったのだから殺人犯に近いのである。
その人は技術的に能力あり優秀なことは誰でも認めていた。
でも人間的にモラルの面では相手をきづかうことなどない人だった。
そういう人は人を使えないだろうし大きな仕事はできない
経営者と技術職はまた違っていたのである。
東電の上に立つ人にも何か経営者としてそういうことがあった。
原発をたつ周りの人など眼中になかったのである。
地元の人との交流はただ金を通じてなされていただけなのである。
地元の人は人でそれでいいとしていたのである。

いづれにしろ弱者をいためつける弱さにつけこんで責めてくるのは効果的である。
何も言えないし従うほかないからである。それは病院でも医者や看護師は悪魔に変質するというのもそのためである
そういう弱者になった人は絶対にその恨みは深いし忘れないのである。
だからいつか復讐されることを恐れるべきである。
例え現実にはなにもなくてもその恨みの念を受けることになるから気をつけるべきである
ともかく人間は仕事について仕事そのものの価値について考えない、説く消費社会になった現代では金を稼いで消費することが生活になっているから考えない
より多く金をもらって消費することの方が価値になっているからだ。
過去をふりかえると仕事そのもの価値を見いだしていた時代があった。
その時は逆に極端な貧乏時代だったのである。

●農民自身に価値を見いだしていた時代


父上のおん手の詩

父の手は手というよりもむしろ大きな馬鋤(からすき)だ
合掌することもなければ
無論人の手をかすめることも知らぬ手
生まれたままの百姓の手
まるでじべたの中からでも掘り出した木の根っこのような手
人間のこれがまこの手であるのか
ひとは自分の父は馬鹿だという
ただその手を思うと自分の胸は一杯になる
その手をみると自分は涙で洗いたくなる
いまもその手は骨と皮ばかりになって
なおもこの寒天の痩せた畑地を耕している
ああ自分はなにも言わない
自分はその土だらけの手をとってとしいただき
この所ではるかその手に熱い接吻をしている
(山村暮鳥)

天日燦として焼くごとし、いでて働かざるべからず(三野混沌)



トルストイも農民の手に注目していた。手をみればその人のことがわかったという。

無論人の手をかすめることも知らぬ手

農民は人の手をかすめることがないというとき、それはその当時そうだった。
第一農民に国から補助などなかったのである。
この価値観は八割が農民だったときの社会に通じる価値観だった。
ただ今でも人の手をかすめるというとき例えば仕事をみると公務員だろうが銀行員だろうが政治家だろうがそういう人は人の手をかすめている職業である。
お前は何なのだとなるとその一員だともなる
農民が一割にも満たない社会はそうなる
でも最近野菜が二倍以上高くなるとまた考えも違ってくる。
この辺では野菜すら作っていない人が多いし補償金もらっても金だけが頼りになる生活は不安になるだろう。
どうしても現代の価値観は金で計られるのである。
米が安ければ農民は価値ないものとされるのである。

農業社会でなくなったとき農民を基本にした価値観は消失したのである。
農民社会だったら農民が一番価値あるものとなる
それは江戸時代からつづいてきたのである。
その時農民に価値あるものとなっていたのは機械が発達していないからでもあった。
今の農民はみんな機械でしている
すると人間の手に価値を置かないのである。
仕事は機械がするものだとなると人間の手には価値がないとなる
そういうことは社会全般で起きている
苦労仕事は機械にさせて楽をしたいとなる
だからこのように人間そのものに価値を置くことはないのである。

だから前から書いてきたけど原発事故はそういう社会状況が極端に現実化しただけではないかとも思った。
仕事なんかつらくて農業なんか金にならないからしたくない


息子も跡継ぎにはならんよ
漁業では暮らしていけんよ、今の時代はな
・・・・・・・・・・
じゃ、農業をするな、原発事故で補償金もらっていいじゃないか
仕事なんかするな、遊んでギャンブルしてろ

漁業で暮らせないから漁業権を東電に売り渡した
別にいいじゃないか、事故後も手厚い補償が継続されるんだから
仕事なんかしたくなかったのだし願ったりかなったりだろう

もともとお前ら故郷などどうでもよかったんだよ
一億円もらったら故郷を出てゆきたかったんだよ
これ幸いじゃないか、と出て行ったとなる


極端になればこんなふうになるのである。一見原発事故の災難からすべて来ているように思われる。その前からそういう社会状況がありそれが原発事故で極端な現象として現れたにすぎないともいえる。
だから過去をふりかえるとその価値観の相違が大きくあり果たして今の時代の価値観に生きることが良かったのかともなる。
貧乏はいやだというのがわかっていても何か根本的な価値観の相違が問題の根底にある。つまり人間には価値がない、労働には価値がない、それより機械に価値がある、金がすべてだとなる。
だからこの詩のように農民自体に価値を見いだす人は今はいないのである。
だからこういう時代が幸せなのかというとまたわからなくなるのである。
今の価値観が根本的におかしいのじゃないかとなる。
そういうところからも原発事故が起きてきたとも深く考えればあることが見えてくるのである。
ともかく漁民が久しぶりで魚をとったとき喜びにあふれていたし農民を収穫を手にしたとき喜びにあふれていた。それはそれが金になるというのではなく収穫そのもの仕事そのものの喜びだったのである。それを仕事を失って見いだしたのである
タグ:仕事の価値
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2015年01月17日

小高のジレンマ (南相馬市になっているから複雑になった)


小高のジレンマ


(南相馬市になっているから複雑になった)


小高のジレンマというときそれは小高だけではない、南相馬市全体がジレンマに陥っている。
浪江とか双葉、大熊やその他は町単位で補償金でも交渉している。
だからわかりやすいのである。
小高は合併して小高町ではない、南相馬市なのである。
いい面としてはイワキの方に移住した双葉とか大熊町とは違い南相馬市内に移住していれば以前として南相馬市民なのである。だからイワキのように激しい反発はないとはいえるただ鬱積した不満が補償金問題で特に鹿島区にある。
原町区とはない、原町区には仮設も少ないこともあるし原町区は一人十万二年二カ月もらっていると言われるから補償金には不満がないみたいなのである。
最初混乱していたとき、鹿島区に市の財政から金を出すということに反発した人がいた。その時は市の財政から緊急に出したから反発があった。
これも同じ南相馬市だったら何らかの配慮があるのが当然だったのである。
何か合併前の小高、原町、鹿島にもどってしまったのである。
南相馬市として何か対策がなかったのである。
だから南相馬市は補償金問題で分断されてしまったのである。
浪江とか双葉とか他の町はそういうことはないのである。

小高のジレンマが小高だけにあるのではない、原町や鹿島に住んでいる人達にもある。
なぜなら小高は南相馬市でありそしたら南相馬市として対策を考えるし参加しなければならない。
別に小高に住んでいなくても南相馬市民として考えざるをえない、それはジレンマなのである。
そもそも原発は福島県全体の問題であり原発が建つ町や市だけの問題ではなかった。
だから何ら関係ない飯館村まで悲惨な状態になったのである。

小高の人が仮設に住んでいて補償金で遊び暮らしているというときそれも反発された。
現実にすべてではないにしろそういう面が強く出たのである。
あの人達は補償金をがっぽりもらって遊び暮らしているからいいとかなった。
それは鹿島区では補償金もらえないから余計に反発が大きくなった。
実際に仮設では何かそういう人の方が多い感じなのである。
何もすることがなくなりギャンブルになった。
飯館村でもギャンブラーになったとか言われる。
飯館村にも馬券場があったのだからどこでもギャンブルはある。
鹿島区にも馬券場がありそこでは食事までできるから結構いい施設なのである。
そんなところが繁盛しているというのも異常である。

だから前の親戚がパチンコ屋に借金返済のために勤めていて忙しい忙しいと
自分が苦しいとき言っていたのもこの辺の異常な状態を示していたのである。
パチンコするための人に働いていて困っている人はないがしろにされていた。
それも金のためそうなったのだから仕方ないにしてもそういう異常なことが
一身上でも起きていたのである。
金になってパチンコ屋でも働く場所があるからいいじゃないだけではすませない問題だった。
第一人手不足のときパチンコ屋に人がたりないなどと言っていること自体おかしいのである。でもパチンコ屋が繁盛してそうなっていたのである。
これはここだけではない、避難した地域でどこでも起きている問題だろう。
他でもプィリンピン女性を連れ込んでいるとか知人が言っていた。
東京まで行って競馬であれ風俗でも遊んでいた人がいた。
なんか仙台とか遠くで目立たないように遊んでいたという。
そういうことがあると何なのだろうとなる。

そういう人達は復興など考えないだろう。現実に年だからあとは生活保護だといっていたそういうのもまた南相馬市民だから困るのである。
そういう人達を市でかかえると負担になるからである。
要するに小高のジレンマは一つは小高は小高で復興しろと言っても南相馬市民だから南相馬市民がかかわるから違っている。行政でも小高には立派な市役所がありそこで仕事している。そこでは小高の人だけが働いているのではない、南相馬市民が働いているのであるだから行政でも南相馬市民として対処しているのである。
それは行政でなくても普通の市民でも小高は小高町だけで復興しろとはならない
だから小高に対してきついこともいい、何とか真面目にやれよはか苦情を言うことになるそれは同じ南相馬市民としてあるからそうなる。


そもそも原発の問題は双葉とか大熊とか小高とかが町単位で考えるものではなかった。
これだけ広い範囲にわたって被害が出たからである。
県政の問題であり一つの町や市の問題ではなかった。
だから県の責任も大きいのである。
地権者の許可があり漁業権者の許可があり県の許可があると建てられたというのも
原発という重要課題を決めるにはあまりにも変なものだったのである。
現実に県庁のある福島市まで被害があったのをみてやはり福島県は自業自得だなと思った何か今回の原発事故では被害者も自業自得だと思った。
なぜなら原発の被害を受けたところは何かしら恩恵もあり福島市だって県庁があるから
責任があったとなる。そこが被害を受けたのも自業自得だと思ったのである。
福島市では遠いから関係ないと思っていたろう。

小高もすでに東北電力で原発の工事がはじまろうとしていた。
それも中止になり避難区域になったのも自業自得だったのかとなる。
それは合併する前でありだから小高町だけで原発を建てるということも問題だったのである。でも実際は小高町の許可があれば建てられるというふうになっていた。
原町や鹿島は関係ないとなっていたのが原発だったのである。
いづれにしろ原発はむしろそういう市町村の枠をとりはらい結束して反対するものだったのである。
自分たちが利益になればいいというのは問題だった。
現実に双葉町と大熊町は競って原発を誘致したのである。
大熊町で利益を得ているから双葉町にも利益を得るべきだとなっていたのである。
これまたこの辺は原発でただ利益のみを金をのみを求めていたのである。

結局このジレンマの解決はどうするのか?
それは小高の問題であり南相馬市の問題である。
もちろん小高に帰れと言っても強制はできない
でもやはり小高だけではない、南相馬市の問題だから困るのである。
現実に南相馬市民が小高の市役所で働いているからである。

ジレンマ、ディレンマ (ギリシャ語:δί-λημμα、英dilemma) とは、
ある問題に対して2つの選択肢が存在し、そのどちらを選んでも何らかの不利益があり、態度を決めかねる状態。
タグ:小高
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船旅の思い出(詩) (ロ-マからギリシャのオリンピアへ)


船旅の思い出(詩)

 
(ロ-マからギリシャのオリンピアへ)


新年に異国の港に寄る船や我が旅せし日を思い出すかな

外国(とつくに)の街は古りにき教会の鐘の鳴りつつ船は去りにき

バスにのるトルコの人のキプロスにヨットを持つと金持ちなるかな


ヨットで世界一周した人のテレビ放送をみた。あんなふうにして世界を旅したらいいなとうらやましく思った。船旅でもヨットの旅は全く違っている。
地中海はヨットの旅に向いている。だからヨットをもって各地の港を回る人がいる
ただヨットは相当な金持ちしか趣味にもできないだろう。
ヨット一艘がどれくらいするのか何千万になってしまう。
だから冒険でも贅沢だなとみる。
それは貿易ではない遊びだからである。ヨットをもつ人は日本でも大金持ちだからである
ただ自分は電車でも自転車でも船旅をずいぶんしたからいつも旅しているからいつも旅している気分なのである。だからテレビをみてヨットで旅する人と一体となったということがある。
本当にあそこはアドリア海でも歴史があるから魅力がある
地中海は船旅に一番向いている海なのである。
トルコで出会った人はヨットをもっているというから相当な金持ちなのだろう
キプロスは半分はトルコの領土だからそうなっている。
キプロスには船で立ち寄って何時間で去った思いである。
一応よったので記憶にある。ヨーロッパは歴史があるからそれを調べたら尽きないものになるだろう。
地中海とにているのは瀬戸内海だが規模が小さいから大航海時代にはならなかった。
地中海は規模が適当で大西洋に出てゆく内湖のような役割を果たしたのである。

つまり歴史も常に地理なのである。地理によって制約されたり歴史が作られているのである。
ギリシャの魅力は古代の遺跡と自然が多様なことである。海あり島あり山ありと日本ともにている。変化に富んでいる。ギリシャは海に拡大して勢力をました。
植民都市を各地に作った。
ナポリはネオポリスでありギリシャ語から発している。そういうギリシャに由来するものか多い。だからギリシャのコインが発見される。
それより前はフェニキア人が商業の民として活躍した。
アルハベットと商業するのにどうしても必要だったのである。
つまり共通の言葉をしゃべり文字を書くことで商業が成り立つ
ちょうど英語のような言葉がグローバル化すると必要なのとにている。
地中海は商業の民をはぐぐみ大航海に向かったのである。
それは地中海があったからである。

イタリアのブランデシからギリシャに船で向かったとき、嵐だった。かなり船はゆれたのである。その時思い出したのは難破したギリシャの船が海底から発見されたことである。そこにギリシャの壺が大量にあった。それは貿易のために作られ運ばれたのである。
やはり船の旅は何かいい、なぜなら船は港港に寄ってまた去ってゆく、それは旅でも同じだが船の場合は到着するとき去ってゆくときそこに旅情が生まれるのである。
船の旅は時間がかかるからこれも時間がないとてきない
沖縄までぼろい船で東京から一週間かけて行った。
一週間もかかるということは今はないだろう。
結局自分はそれだけ暇でありそれが旅に費やされたのである。
これだけ旅してもまだ旅していないところは多いから世界を知るということはそれだけ時間がかかるようになった。

ヒマラヤとかはもっと見たいと思ったがこれも容易ではない、金より時間とか体力の問題になってしまったのである。
ブリンディジからギリシャのオリンピアに行ったのだがイタリアの南は北と違い相当貧乏らしい。電車で雨がふっていて中世の城も見えた。あの時も日本人が同乗していた。
外国旅行して日本人に会わないことはなかった。だから一人旅でも日本人にあう、そしてあのころはバックパッカーの時代でありどこかの安宿に長くいることになっていた。
そういう時代も終わった、ただ以前として外国は身近になってゆく
だからこれからも庶民レベルで外国の発見がある。
どっちかというとエジプトとか大陸は広いというだけでなじめない、中国もそうである。その広さが日本とあまりに違っているからなじめないのである。
あれだけ広いところに住んでいれば心も広くなるということは感じる
電車の時間でもルーズなのは大陸的などと言われるのはそのためである。


ローマからギリシャへ海を渡る

船はローマをいでぬ
地中海は荒れ船はゆれしも
かつて地中海をギリシャの船は
美しき壺を運びぬ
船は波浪にもまれ沈み
海底に破船は久しく埋もれ
そこに大量のギリシャの壺
ああ かの時波は荒れしも
かなた望むはギリシャの雪の高峰
清浄にしてゼウスの棲むや
船はギリシャに着きぬ
ドラクマを手にとり
そこよりオリンピアよ
巨木の根のようにゼウス神殿の
石柱の跡のここに残りぬ
競技場に春の野の花の彩り
そこに逞しき男等は力の限り競いぬ
その誉れはここに刻まれしかも
その観覧席の石の座席はいかにも古し
二千年の歳月はここに過ぎにし
熱き応援もここにありしや
その熱情は覚めて石のみ残りぬ
春の風はここに吹きそよぎ
悲しきやヒヤシンスの神話を語らむ



オリンピアはゼウスに捧げる宗教的行事だから今とは違っていた。なぜあんなに石の柱があるのか体育館の跡とか神殿の跡である。石だから二千年とか残っている。
それは本当に古い、石も相当古くなっている。雨風に二千年打たれて残っているのだから当然だともなる
オリンピアで競技が行われるとき戦争も中止されたのはゼウスへの宗教的行事だったからである。神聖な行事ともなっていたからである。
あの時はまたユーロではなくドラクマだった。だからリラとフランとか交換するのがめんどうだった。ユーロになってからは旅していない、ただかえって国が変わればコインも変わるというのが面白いともなる。みんな同じだと面白くないともなる。
ただ不便なことはありユーロだったら便利なことは確かである。


タグ:地中海

2015年01月15日

怨念の継続が歴史 (明治維新での幕臣の怨念ー心に青雲の著者の怨念ーイスラム国の怨念も同じ)


怨念の継続が歴史


(明治維新での幕臣の怨念ー心に青雲の著者の怨念

ーイスラム国の怨念も同じ)


●明治維新以来長州系の政治家支配の怨念

汚職の大元締めみたいな書き方をされていた田沼意次の再評価は大石の考察による。私の母方の先祖は田沼意次の家来だった関係であったから、田沼が実は清廉であって、彼の経済施策が評価され、むしろ松平定信の改革が失敗だったとされ、ささやかながら嬉しかった。実に意次の墓には、明治になって金網がかけられ、死後も犯罪者扱いされていたようだが、つまりは明治政府の元下級武士どもはそこまで性悪だったのである。
http://kokoroniseiun.seesaa.net/8 (心に青雲)

心に青雲ではなぜあれほどユダヤとかキリスト教に怨念すら持っているのか不思議だったそれが今日のプログでわかった。そして天皇も批判しているのかわかった。
つまり著者の先祖が幕臣だったということである。明治維新に勝利した薩摩長州に恨みを抱いていた。
それで天皇を祭り上げて権力をとった薩長を激しく批判するようになった。
明治維新でもそこには権力争いがあり負けた方には犠牲が出たから怨念を持つようなりその怨念が消えないのである。会津は有名であり怨念を売りにしているとういこともある。それだけの恨みをもつのも当然だとなる。
それで未だに長州に対して山口県と仲が悪いとなり実際につきあわないとかなっている。


人間は何であれ怨念は簡単に消えない、百年過ぎても消えない、怨念はその子孫にも継続されているのだ。
自分の家などはそうした家柄でもないから祖父母のことは明確にわからないからそうした怨念はない、むしろ母方の系統は祖父が事業に失敗したことで良く見ていない
するとなんか墓参りでもあまり誠意をもってしないということにもなる。
父方の墓とは全然違うものとなっている。母自体も父親を良く思っていなかったのである父親の失敗で散々な苦労を強いられたからである。
明治時代ならまだ祖父母を知っているということもまだある。
でも田沼意次となるとそこまでたどれるのかとなる。
もちろん京都辺りだと江戸時代前から先祖をたどれる家柄もあるから違っている

では「心の青雲」の著者が明治維新で権力を手にした特に長州を批判しているかとなると長州が天皇を祭りあげて江戸幕府を倒したという怨念をもっているからである。
天皇と長州は一体でありそれらが権力をとったことでその後の日本はゆがめられたという怨念があったのだ。
幕臣だった人には明治政府に怨念をもっていた武士は相当いた。西郷隆盛が官軍だったのに武士の身分制を廃止するのに反対して天皇にも逆らうことになったことでもわかる。
実際に長州の系統が今日まで政権をとってきたのである。
歴代の首相をみれば長州系が政治を牛耳ることが明治維新以来つづいてきたのである。
明治以来まで権力の継続があった。今の安倍首相も長州系である。
そして長州系の支配者は何らかの縁戚関係にあることも明らかなのである。

●イスラムのテロも怨念

そしてなぜあれほどキリスト教とユダヤ教を批判しているのか?
それは欧米がキリスト教でありユダヤ教だからである。
太平洋戦争は欧米の植民地化するものの戦いであるとしているからである。
ただ明治維新の起こったのは上海で高杉晋作がアヘン戦争を経験していて植民地化されるとして明治維新を推進したのだから長州でも最初は攘夷であった。
明治維新は紆余曲折していたからわかりにくい、ただ歴史を怨念としてみるとき個々人でもその犯罪の動機がわかりやすい、まず動機がある人はどうししても最初に疑われるのである。殺人までになると相当な恨みとか動機があるとされるからである。
私憤か公憤ともなりやすいのが人間である。

イスラムのテロでもそれは宗教的な理由だけではない、単純にみれば怨念なのである。
イスラムでは欧米に植民化されたのだから当然恨みをもっている。
また今も貧乏だしそれも欧米に対しての恨みとなる。
それは日本国内であれ格差社会になれば必ずそうした不満が怨念にもなる。
イスラムではアメリカ軍に欧米軍に殺されているのだから当然だとなる。
家族が仲間が爆撃で殺されたら恨みをもち復讐したいとなるのが当然である。
だからフランスのテロでもテロの犯人が仲間とか師が殺されたから復讐だと言っている。宗教の対立というよりそこで現実に殺し合いが行われることで怨念をもつのである。
動機はもともとそうした怨念なのだけと神をもちだして正当化しているのが真実である。創価なども様々なことで怨念をもつものが集まり信仰もその怨念の宗教となる。
神様、仏様怨念をはらしてくれと祈っているのだ。
それは個々人でもそういうことがあるし集団でもそういことがある。
人間は何らか必ず怨念をもつものであるからそうなっている。

欧米がキリスト教とかユダヤ教とかでありそうなるとその宗教まで怨念の対象になる。
それはイスラム教が悪いと欧米でテロで殺されるとなるのと同じなのである。
一見宗教の対立のように見えるけど双方にすでに殺されたということから深刻な怨念をもつようになっていて宗教対立になる。もし殺し合いをしなければそんな深刻なものにはならないのである。偶像崇拝は別にユダヤ教でもキリスト教でも固く禁止している。
そもそもイスラム教はユダヤ教からアブラハムの教えに基づいているのである。
だから似た者同士なのである。
その根底にあるのは宗教というより植民地化されて搾取されたとか差別されたとかそうした怨念があり宗教対立になっている。
宗教にこだわるとここに死にそうな人がいたとしてもお前は宗教が違うから助けないとなる。だからフランス革命自体が宗教から分離した政教分離を目指して人権主義(ヒューマニズム)になったのである。それは宗教と関係なく人権があるとなるからみんな平等となるということである。これも問題があるにしろそれも宗教があまりにも政治まで支配したから起きてきたヨーロッパの歴史から必然的に生まれたのである。

●蝦夷の怨念、幕臣の怨念、中国韓国の怨念

ともかく明治維新で幕臣だった武士は北海道に開拓に入ったとか辛酸をなめた。会津は特にひどかった。だからその怨念は継続されている
また古くは蝦夷があり蝦夷も滅ぼされた、その怨念も東北の地で継続されている。
蝦夷の歴史が消されたのは大和王権によって消されたのである。
だから東北には蝦夷の怨念がありそれを鎮めるのが祇園祭の起こりだったとも言う。
歴史は権力争いだから必ず勝者と敗者がいて敗者は怨念化する。
京都にはそうした怨霊を鎮めるための神社がそちこちにあるとか京都は政争の場だからそうなっている。
テレビで未だに寺の柱に応仁の乱で争った槍の傷があるのだから歴史も古いのである。
明治維新でも勤皇と新撰組とかの熾烈な争いの舞台となったのは同じである。

ただキリスト教にしても内村鑑三は武士の出であり盛んに薩摩長州の明治政府の腐敗を告発しつづけてきた。だから別にキリスト教だからと言って全部が欧米憎しとはならない。それでもほとんどの教会は欧米と通じているということで財政援助されているから宗教も利害関係にこの世では必ずまきこまれる。
韓国のキリスト教関係はこれも日本を支配するためだというのも統一教会などはそうだろう。そういうふうに宗教も背後に権力があとおしするから警戒される。
内村鑑三はアメリカに留学してもアメリカの拝金主義を嫌っていた。
反アメリカでもあったから何ら援助受けていないのである。
明治維新では幕臣だったからその出自から薩摩長州に反発した。
武士道キリスト教を唱えたのもそのためである。

いづれにしろ個々人も怨念がありそれが大きくは歴史の怨念となって継続される
怨念が様々に一団化して共有化されそれが歴史として継続されるのである。
中国でも韓国でも怨念が継続され日本を攻撃する。
日本は日本で戦争で死んだ人の怨念が深く刻まれている
これは欧米とイスラム国との対立ともにている。
こうした歴史の怨念は消えないし解消されないのである。
経済的に優位にたち今度は逆に日本でも中国に支配されるとその怨念を晴らしたとなる。現実に最近日本は経済も低迷して中国から売春ツアーがきているというから
日本も同じであり一旦おちぶれればどこでもそうなってしまう。
これもカルマだともなる、さんざん日本人は外国でそうしてきたから当然だともなるのである。
「汝の敵を愛せ」と言ってもキリスト教国でも実行されていない、むしろその逆である。殺されたら殺せというのが国同士とかなるととめられないのである。

タグ:怨念の歴史
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2015年01月14日

平泉四季の俳句連作(新春ー2015) (平泉に集約されたみちのくの歴史)


 
平泉四季の俳句連作(詩)(新春ー2015)


(平泉に集約されたみちのくの歴史)



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春の虹切れ端残る平泉
一陣の風に花ゆる義経堂
平泉花の盛りに荒れる風
時は過ぐ無量光院跡花の影

杉林木陰の深く金色堂

平泉旅人去りぬ秋の蝉
三代の栄華の跡や秋の蝉
みちのくに秋草の花曲水の跡
平泉旅人とまる夕紅葉

三代の栄華の跡や冬の雨
みちのくや冬の雨ぬる弁慶松
金色の御仏雪に光るかな
池凍り金色堂の光輝かな
大泉が池百羽の鴨の騒ぎけり
柱跡苔に雪ふる平泉
金色堂ミイラ眠りぬ冬深む


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冬の平泉

平泉激しく炎上してのち
みちのく遠く忘れられるかも
観自在王院の池は雪に閉ざされ凍りけり
飄々と樹々は風邪に鳴り
我がその雪踏みてたずねぬ
みちのくの京よりいかに遠きや
西行の歌は心に凍みて残れり
平泉藤原一族は滅びて
残りし千歳の形見なれ
その栄華の日の夢の跡
贅を尽くして匠を残しぬ
螺鈿の巻柱、瑠璃の玉、象牙に硝子
須弥壇の孔雀の生き生きと
はるか富はここに集められぬ
三体の黄金の仏はかがよい
ミイラは納まり眠りにつきぬ
みちのく遠く栄華の日も三代の間
雪に閉ざして凍れる池や
みちのく遠くさらに冷えてあれ
その空気は張りつめ澄みて
塵もあがらず雪も凍りぬ
ただしんしんとみ空より
雪の結晶は舞いつつ浄められぬ
黄金の御仏遠つ世の徴し
みちのくの金色堂形見なるかな

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みちのくというときやはりそこには歴史がありその歴史を背景として自然が映える。
原生の自然とは違い人間の歴史的なものが反映される美となる。
北海道には歴史がない、原生の自然があるのが魅力である。
でもやはり歴史があるのとないのとはかなり違っている。
近江の魅力は様々な歴史に彩れて自然があることである。
京都もそうなのだが都会化しているから意外とその魅力を感じることがむずかしい。
ただ人間には共有された地域地域に歴史がある。
それは相馬藩という小さな単位でも400年くらいの歴史が刻まれている。
それで今回のように避難して人が住めなくなったとき歴史が問題になる。
人間は歴史を共有して自然を共有するのである。
それが生きるアィディンティティとなる

みちのくと言っても広いからなかなか共有しにくい
ただ平泉が古都でありそこに歴史を共有するものがあることは確かである。
最初のみちのくの統一国家の象徴としてあった
つまりみちのくの王として藤原氏があった。
ただそれもはかなく三代で終わってしまった。
それでも単なる夢ではなくみちのくの統一国家としてあったからこそリアリティがある
ともかく地元でも相馬藩でもその歴史を理解するのには時間がかかるのである。
近くだと四季を通じて行けるから理解が時間的に深めることができる
旅だと一回くらいしか行けないとあとで忘れ安いのである。
ただ芭蕉が優れていたのは一回の旅でみちのくの歴史を知り自然を知り俳句を残したことである。
その俳句が極めて深く陸奥的なものになっていたのである。
みちのくの歴史と自然の特徴を一回の旅で会得したというのも不思議である。

もちろん元禄だから今の時代とは違い鎌倉時代もまだ違ったものと感じていたのだろう。ただ時代をリアルに感じるのは自分の生きている百年くらいかもしれない
今だと明治維新からは祖父母が生きていたということで身近である。
江戸時代になるとなにかイメージできないから誤解が多くなるのである。
芭蕉はただみちのくだけではない、中山道でもその特徴を俳句にしていた。
「月の友」とかいうのもそうである。中山道は月がにあっていたのである。
自分も中山道を旅してふりかえると月があっていたしその時期に旅したので会得したのである。
俳句はそもそも一句だけではあまり芸術としては短かすぎるから現すことがむずかしい
ただ連作として読むとそれなりのつながりがあり読みごたえがてくる
芭蕉の句も奥の細道として連続として読むから一つの文学古典となったのである。
ただそれがみちのくを特徴づけるものとして後世に残った。
芭蕉によってみちのく的なものが顕著にされたというのも不思議である。
みちのくというと必ず奥の細道をイメージしていることでもわかる
それほど芭蕉の旅の俳句でみちのくがイメージ化されるようなったのである。

みちのくというと寒い辺境なのだから冬がふさわしいともなる。
冬のみちのくはまたみちのく的になる。それでもみちのくは広いからどこがみちのくかがわかりににくい、福島県はみちのくと感じるものが今はない、会津の方はまだ雪国になっているから違っている。中通りには奥の細道を感じるものがないのである。
新幹線が通っているのもそうだし宮城県もそうである。
平泉とか山寺には感じる。要するに現代が旅がつまらないというとき遠さの感覚がなくなったからである。
みちのくが江戸時代でもどれほど遠かったということが実感できない
新幹線で二時間ちょっとかとなる、はい行ってきたよ帰ってきたよでは何も旅にならないし印象にも残らないのである。
だから石巻の方の石捲線を来るとその電車の便も不便だからみちのくの広さを感じるのもいいのである。早く着きすぎることによってその土地のことがわからなくなっている
それをするにはつくづく自分がふりかえってみて時間が暇が必要だったなと思う。
余程の暇人でないとできないことだったなと本当に思う。
今や近くすら介護とかで行けなくなりわかった。
一日旅することができない、旅は金より時間だったのである。


みちのくは冬にふさわしいとなると岩手県はより寒いし辺境になるから雪もふるからいいと思う。福島県はまだあたたかいということもあり雪も中通りでもそれほどふらないからである。冬は空気も澄んで雪におおわれると浄化された世界になる。
そこに金色堂が映えるのもいい、四季に金色堂は映える。
ただ金色堂は金閣寺とは違い外にないから自然に映えないのである。
みちのくの冬はやはり他の冬とは違う。
みちのくは何か霊場として眠る場所としてふさわしいのかもしれない
そういう歴史的風土であり何か産業や商業の土地ではない

その土地がもっているものがありそれにあったものとして文化もあるのがいいのである。その土地の役割があるのがいいのである。みんな同じだったらつまらなくなる。
だからみちのくは騒々しい活動の場となるのも問題なのである。
だから癒しの場とか霊場、安らぐ場所としてあるのがふさわしい。
みちのくといってもすべてがそうではない、みちのく全体の特徴としてであり個々にはまた違っている。
ともかく回想の旅というのはあることに気づいた。
旅しなくてもこれだけ旅していれば以前として旅がつづいていることに気づいたのである芭蕉のように生きているそこにあることも旅であり旅の一過程一行路になってしまうのである。





タグ:平泉

2015年01月12日

浜通りに三カ所原発ができるところだった (なぜこんな危険なものに反対運動も起きないのはなぜだったのか)


浜通りに三カ所原発ができるところだった


(なぜこんな危険なものに反対運動も起きないのはなぜだったのか)


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この辺に避難してきてる20代から40代だと、イチエフやニエフ(福島第二原子力発電所の通称)やそれらの関連企業で働いてる人も多い
その中でも富岡町は“お役所町”って言われるくらい保守的な町で。原発の恩恵を受けすぎていて、自分たちで積極的に何かを変えようとか、動かしていこうっていう姿勢が薄いんだよ。
http://www.thefuturetimes.jp/archive/no06/hirayama/

『富岡町史』は、次のように語っている。
発電所の立地に伴い、働く場も増え所得が向上した。
生活の向上にあわせて、大型店の建設や、店舗の整備には目を見張るばかりであり、また、駐車場の整備等により消費者へのサービスに努め、商工会の働きも活発化している。



富岡町長が津波で流された金庫に5億円入ってとかかが話題になった。
真意はともかくそれだけ原発は町長であれ議員であれ金が回ってくることを示した象徴的な話題だった。
原発事故のあとも巨額の補償金が入ってくる。それでイワキなどに一早く家を新築して顰蹙を買ったとかある
浜通りは南相馬市でもそうだが原発の影響が大きかった。
原発で働く人も思った以上に多かった。
小高の人は原発を作るときからかかわっていた。
そして鹿島の加藤建材の社長が砂利を真野川から運んで財を築いたというとき原発の恩恵が建設関係にもあった。
社長はその時砂利を手でふるいにかける仕事をしていた。
そういう現場を見ていたことが子供の時にあったみたいだ
今は機械化しているから手ですることはないかもしれない。

原発は工事するときから回りへの経済的影響が大きかったのである。
だから小高の大工さんが小高に原発ができれば景気良くなるというのは本当である。
だから不思議なのは小高に共産党系が多いのになぜ反対運動が起きていなかったのか?
それから原町にも左翼系統が多い、先生とか多いのである。
そういう人は小高に原発を建つことを知っていた
でもあまり反対という声は聞こえなかった
富岡町の共産党員は原爆の実験で船が被爆して帰ったことを盛んに言っていた。
共産党系や左翼はそういうことにうるさいのに何か目立った反対運動もない
原発建てるからと抵抗もほとんどなかったのではないか?
その時小高は別な町だったからできないという事情もあった。

新潟県の巻町といいますと、日本中そうでありますが原子力発電所を造ろうという地域はどこの地区でも革新勢力の一番弱い所ですね。これがまずねらわれます。巻町も圧倒的に保守の強い町だったんですね。人口三万、社民党、かつての社会党、共産党もありますが町長選で独自の候補をたてますとだいたい二千票しかとれなかったところです。

巻町の町民ほど原発問題を熱心に研究し、長い時間をかけて自分の身につけて判断をする力をつけてきた町民はいない、だから、巻町の町民が出した判断は正しいと思います」と、こういって通産省にも老原発をやめるように申し入れました
http://daemon.co.jp/~nagai/kenminkaigialles/fujimaki.htm


巻町の例があり原発を小さな町の人達が勉強してやめること決めたのである。
だから浜通りはまるで違っていたのか、原発を大熊町だったか事故後も原発を稼働させろと要求していた。これほど原発にどっぷりとひたり原発経済からぬけでられなくなっていた。
それにしても今になるとこんなに原発が浜通りに近接して建つということは異常なことではなかったか?
それに疑問もなくたいして反対運動も起きなかったのはなぜなのだろうという疑問がでてきた。
自分も30キロ圏外でも原発には無関心だった。小高に東北電力の原発が建つことも知らなかったのである。
大工さんが小高に原発建つと景気よくなるよと言っていたのでそうかなという感じだったただ原発で働いている人は意外と多かった。
仮設でもそういう人かまたいたのかと思って意外に多いなと感じた。
小高になるとかなり近いから余計に多かったことは確かである

浜通りは原発事故が起きた周辺は何か他とは違っていたのだろうか?
何かそもそも巻町のようなまともな住民意識かない
ただ原発で金が入るとかそうした欲ばかりが増大してそれが麻薬のようになっていた
だから事故後までその麻薬からぬけでられず再稼働しろとかなった
原発とは補助金が入るから麻薬的なところがあった
それは今補償金をもらって暮らしている人達にも共通している。
補助金がいつまでも入る感覚になっている。
いたりつくせりに補助金が入る
避難区域では帰る度にいろいろと補償金が入るのである。
もちろん漁業補償も事故前も事故後も大きかった。
だから浪江の請戸の人が相馬市の病院で特等室に入り家を建てると言っていた。
磯部の人も原発補償金で家を建てた漁業関係者がいたというのもそのためである。
自分の家の近くにも家を建てた人がいた。
それは確かに言えるのである。

そしてなんか浜通りの人は金使いが荒いというとき、会津に入った仮設の人が言うとき、前からそうだったのだろう。原発関係で金が入っていた人が多かったからそうなる。
巻町では原発は町を豊かにはしない箱ものをつくるだけだと反対して建てさせなかった。これは全国的にはめずらしい例だろう。
この辺は何か異常な原発の麻薬にとっぷりと浸っていたのである。
「もっと原発作れ、事故あっても原発再稼働して金を落とせ」
こうなっていたのだからこの辺の感覚は正常な感覚が原発で麻痺していたのかもしれない
浜通りは一人一人を見ても強欲になった人達が多かったのかもしれない
もちろんそれは現代ではそういう人が普通だから簡単には言えない
でも何か富岡町長の五億円の金庫に象徴されるように金の亡者のようになっている人も多かったかもしれない
一人一人を見てもそういう傾向が他よりは強い場所だったかもしれない
お前はどうなんだというと自分もまたやはり金は欲しいが自分は金は使っていない
家はあったから別に金は使っていない、百万の金を使ったことがなかった
他のひとは自分で一代で家を建てるとなると金がかかるのである。
立派な家を建てて借金しているとか借金して贅沢している人もいた

●原発金が麻薬のようになり麻痺していた
●全体的に欲深くなっていた
●住民自治意識の低さ

いろいろな要因があった。新潟県の巻町が反対できて作らせなかったというのと比べるとそうである。
新潟県にこの辺から避難した人は新潟県の人は人情が厚いと言っていた。
福島県の浜通りはどうなのか、人情もない、貪欲な人間が多くなっていたのでは?
欲が深くなると人情も薄れるのである、自分の欲望をどこまでも満たそうとして他人の苦しみも何も関係なくなるのである。
相手が苦しいならこのさい自分の欲望を満たしてやろうとさえなる。
そういう経験をこのて七年間地元でしたからわかる
ただこの辺の人がみんな裕福でもないし貧乏な人が多いのは他と同じである。
要するにこうした人情があるとかは統計的にはわからない
ただ一人でもそうしたいい人に会えばあそこはいいところだとかなってしまうからである

とにかく原発は本当の富をもたらさなかった。原発で豊かになることはできなかった。
浪江の請戸の農家の人は10町の畑で野菜を作り四人の娘を大学にあげた。
平に野菜を売って財を築いた、それは本当の実りであった。
それは自慢していい実りだった。でも原発で金が入っている人は今は批判されている
事故の後でも補償金をもらった人は批判されている
お前たちは原発に積極的賛成してそのために金も入ったろうと批判される
それも確かに自業自得だったとされる
第一三カ所も原発が建ったらどうなるのか?
これは空恐ろしいことでありそれでもこの辺では反対運動もなかったのである。
なにかが完全に麻痺していたのである。

ただ津波があり原発の増発に歯止めがかかり原発廃止の方向への運動も強くなったことは津波が来て事故になったからである。
もしこのまま何もなかったらいづれ大事故になり日本は滅亡していたかもしれない
そういう歯止めはかかったことは事故のプラスの点だった。

戸港春の陽眩し船並び田畑広がる実りの地なりし

請戸というと港の方を見ているが実際は海側に広い田畑が広がっていたのである。
その風景も津波と原発事故で消失したのである。

ukedooo123.jpg
請戸港の船が鹿島の復旧した港に十艘くらい停泊していた



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フクシマ原発事故後の放射性物質のダストが飛散した問題 (3・11の事故と通じた分布を一応していたが違った面もあった)


フクシマ原発事故後の放射性物質のダストが飛散した問題


(3・11の事故と通じた分布を一応していたが違った面もあった)

放射性物質のダストの分布図
RRRRRRRRMAP11111345.jpg
クリック拡大

そもそも、放射性のダストは一様に存在するのではない。
 放射性核種は、風雨でそちこちで吹き溜まりになっていて、2014/3 頃、富岡町 夜ノ森地区の国道6号線の検問のところでは、地上1mで2μSv/h 程だが、その路肩の地表では50 μSv/h を超えた。

昨年 8/19 の3号機の解体工事によるダストの飛散の件で南相馬市の小高区で問題になった稲もそうだ
http://leibniz.tv/hironomachi.html

急激に放射線量があがった地点である。これをみると前の放射線量が広がった地図と重ねるとある程度一致しているのかもしれない
ただ放射性物質はブルームになっている、一つの塊りとなって飛散する
あるところに吹き溜まりのようにダストがたまりそこが高くなる
だから飯館村でなぜ佐須地域と霊山に顕著に放射性物質のダストがたまったのか?
それは地理的要因が大きい。

あの辺は自分が佐須で計ったが泥で20マイクロシーベルトあり
今も牧草地で5マイクロあったから高いと言える
今は5でも高いのである。
佐須から峠がありそこを越えると行合道に出ると霊山である。
あそこも高いダストが流れたのは何か地理的なものである。
つまり風がどう流がれているのか上空のことかわかりにくいし
風も谷間だと吸い込まれやいとかありわからない
ただ放射性物質のダストが一塊りとなって佐須に吹きつけ峠を越えて霊山に当たり
そこにダストの塊りが落ちて沈着したのかもしれない

一応二本松にもダストの黒い点があり福島市にも郡山市にもダストの小さい黒い点があるこれは前に風の流れから自分が放射性物質の流れを解析したのと通じている
春に東風が吹いて飯館村が被害が大きくなった
ただこれは別に春先のことではないから風の流れがどうなっているのかわからない
でも3月11日の東風の流れと共通している
だから春の東風だけの影響で飯館村が被害が大きくなったともいちがいに言えないのか
つまり風の流れが地形に影響されている方が強いということもいえる
ただ全く違ったものになっていたのは富岡とか広野、大野とか末続辺りに顕著にダストの大きな黒い点が集中している。そこには二回以上集中した。
これはなぜそうなったのか?
富岡に第二原発があるがそれは関係ないとするとこれも風の影響だったのか?
南風だったら南相馬市の方にも影響しているが小高近辺だけにダストの点がある
このとき風がどういうふうに吹いたかわからない

でも確かなことは30キロ圏内までが避難区域としたことは科学的根拠があるとなる
小高など20キロ圏内にダストがあり稲に影響したということでもわかる
小高はやはり原町区や鹿島区などより放射性物質の影響が事故の後も出たとなるから
避難区域に指定したのは正しかったともなる
ただ放射性物質は一様に分布しないのである。
ある所が高くなり他はそうでもないということがある
飯館村では草野辺りはこのダストの影響がないのである。
ダストが通過して佐須が吹き溜まりのうようになったともいえる

ともかく地理というのは地形はわかりにくい
磐城の方はかえってわかりにくいのだ
富岡から広野ー大野とか末次になっていたことが勘違いしていた
広野から富岡だと思っていたのである。
こういうことは旅していても常にある
地理は何かわからなくなってしまう
何回も行っていればわかる、佐須は事故の後も霊山回りで行っているし地理的にわかりやすいのだ。
富岡があんなに事故を起こした第一原発に近いとは思わなかった
それより富岡に第二原発がありこれも危険だなと思った。
浪江と小高の間に東北電力の原発ができることになっていた。
すでに工事がはじまるところだった。
だからこんなにこの辺に原発を集中させていいのかという疑問があってもいいはずだったもし第一から第二から新しくできる東北電力の原発ができたらそれらが地震で一挙に崩壊したりしたらどうなるのか?

今回の事故から考えると空恐ろしいものとなる
そんなことをなぜすすめられたのかという疑問である。
原発事故では30キロ圏内が住めなくなるからだ
原発は広い土地に点々と分散していれば30キロ圏内が住めなくなっても別な地域に住めばいいとなる。ロシアではそうして移住したのである。
日本ではそれができないのだから狭い国なのだから50以上あるということが異常なのである。
それは原発が必要だからではなく何か別な意図があった
原発を外国に日本が作るということでもわかる。
輸出産業としての原発事業のためだということもあるし核の保有国ということにもなる
原発の技術、原子炉は日本の東芝が作っているとかがありアメリカやフランスとか共同事業だからである。

なぜ原発が浜通りに三カ所も作り集中させたのか?
それは恐ろしい暴挙であり地域の破滅に通じていた。
それが今回の事故で歯止めがかかったが最悪はこの三つの原発が同時に事故になり
回りが30キロ圏内だけではない80キロ圏内も人が住めなくなるような事態になった。
そういうことを科学者が考えないということもおかしいのである。
原発の恐ろしさを知っているのにこんなことを許すということが科学者にも問題があった
今年も以前として原発問題の追及はつづく
posted by 老鶯 at 16:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

小高はどうなるんだろう (それは無責任→各人がどうするのかが問題)


小高はどうなるんだろう


(それは無責任→各人がどうするのかが問題)


小高はどうなるんだろうーと書いたけど考えてみれば無責任だった。
それはよそ事であり自分とは関係ない言い方だった。
前にも書いたけど日本語には未来と過去がはっきりしない
英語では未来はwillでありこれは意志であり
未来は各人の意志で決まってくるものなのである
それは別に小高のことでなくても全部そうである
大きく考えれば日本はこれからどうなるんだろうと言うのも同じである。
日本をこうするんだと一人一人が意志をもつことが未来を決めてゆく
会社でもそうだろう、自分の会社がどうなるんだろうと言ったら
その会社員とは言えない、アルバイトととかならいいが正社員だったら
自分の会社を一員をこうしてゆくんだとならないと会社も成り立たない

小高を例にとると狭い範囲だからわかりやすいのである。
なぜなら一人一人がどうするのか問われているからである。
もちろんそれは南相馬市全体とも深くかかわってくる
南相馬市の一部だから無関心ではいられない
だから俺は帰って小高に住むというとき
それは小高の未来にもなる
俺はもう年だしめんどうだしかかわらないというのも意志である。
現実に早い時期から他に土地を買って帰らないと決めた人もいる
それはそれなりの意志をもって未来を決めたのである
その選択は許されているからどうのうこうのとはいえない
それは小高の一人一人が決めることなのである。
小高に帰れと自分は言ったが強制はできない
そう言ったのは補償金で遊んでいるからそう言ったのである


ただ小高をどうするのかというとき小高だけの問題ではない
南相馬市全体の問題になっている
小高がどうなるんだろうとか切り離して考えることはできない
それは相馬藩の歴史からもそうなる
人間は一人一人が歴史を刻んで生きている
ただそれがみずからの意志(will)で決めているかどうかはわからない
戦争のときでも一人一人の意志で決めたのかはわからない
権力に強制されたということもあるからだ
原発にしても一人一人の意志がかかわったとはいえない
権力に強制されたというのが現実だった
むしろ原発で得する豊かになるということで住民の意志は積極的誘致を決めたともなる。すると原発は住民の一人一人の意志の総合で決められたとなる。

ともかく原発事故以後に問われたことは本当に様々あるのがこの辺である。
住民の一人一人の意志によって決めるとしたらそれが民主主義だとしたら
原発に関して情報開示が必要だったがそれも成されないから決めようがない
また原発は地元の人でもかかわりえないという問題もあった
お前らには原子力のことなどわかりようがないから黙っていろで終わりになり
住民はかかわることもできないものだった。
そこにもはや民主主義もなにもなくなっていた
ただみんなそんなに小高の住人でもいろんな人達がいる。
遊び人もいた。そういう人は小高などどうでもいいのである。
どこでも補償金でももらって暮らした方がいいとなる
あとは生活保護だとか言っていた
そういう人も地元にとっては今は迷惑になるだろう
ただどうしてもそういう人は一定数どこでもいる
そういう人も排除できないのが現代社会である
かえってこんな事態になるとそういう人は目立つことも損だった
つまり小高に住むならそんな人はいらないとなるからだ

そういう人でなくても小高の人にもいろいろいてもう若い人なら帰らないと決めた人もいる
それも一つの決断であり未来を決めたのである。
つまり小高でも避難区域でも何かそこに住むということともう住まないという二つに分断される
その差が大きいのである。
そこに住むという人はやはり何かしらそこにこだわる愛着あり住みたいとなる
一方で一億円もらえたからもう他で住んだ方がいいという人はもう帰らない
そういう人も別に原発事故の前からいたのである。
現代は広域社会でありどこに住んでも自由だからである。
だから東京の年寄りが田舎で暮らしたい田舎の老人ホームで暮らしたいともなる
そういうふうに地域性が希薄になっているから金さえあればどこでも暮らしていいとなると移り住む人も遠くなるということである

ただ人間はこういう事態になるとそこに住むということはそれ自体が決断であり未来を決めることになる
ただ老人だとそこに住むという決断というよりそこに住むほかないということある
長年住んでいたからそこに住むということである
また土地も家もあるのだからそこに住むとなる
それでも小高に住むということは不便でありマイナスが多いから一つの決断になり意志になり未来を決めることになる

十津川村では全員が北海道に移住することを決めた、全員の意志で決めた、そして困難に立ち向かったのである。それがこの辺とはまるで違ったものとなっている
そんな条件の悪いことには参加したくないというのが多い
老人になると楽な方を選びやすいからである
だからシルバータウンになりそんなところで町が成り立つのかという疑問が生まれた
市としては行政としては小高に住んでもらいたいということはあっても
それを強制はできない、それか民主主義であり広域社会である
だから一地域で困難が起きればその地域が維持しにくくなる
ともかく何か小高だけではなくこういう困難な状態になると一人一人か問われるようになる
今までだったらそれぞれ勝手にやればいいですんでいたのである。


要するに故郷は何なのだとかそんなこと問うことは今までありえない
第一故郷は普通にあるものでありなくなるということ住めなくなるなどありえないからである。
だからこの辺で問われることは深い哲学にもなるし歴史も関係してくる
故郷は何かなのかなどと問うこと自体それは深い哲学であり歴史をかえりみることにもなるからである。
そういうことは歴史をふりかえれば戦争の時最も深刻に現れた
なぜならその時は生きる死ぬかの選択を迫られたからである。
それも若い人がその選択を迫られたから故郷に住むか住まないかの選択より命懸けだとなった
それで若い人は苦悶したのでありその手記などか残っている
自分の命を国にささげることのを意味を真剣に問わざるを得なかったのである。
それと比べると今回は小高に住む住まないで生死を決めるわけでもない
そこまで故郷に愛着もしない、命があれば楽な方でもいいとなる
そういうふうに最初から決めた人はそれで良かったとなる
でも戦争だったらそうはならない
たいだい若い人も死んだのだからあとがない選択を決意させられたのである

タグ:原発避難者
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2015年01月11日

小高はこれからどうなるのだろう? (老人のみ帰ってシルバータウンになってしまう?)


 
小高はこれからどうなるのだろう?


 
(老人のみ帰ってシルバータウンになってしまう?)


鹿島区に移った仮設に住んだ人で土地を買って早く家建てた人は賢かったとういう。
もう小高は住めないと見切りをつけたのである。
そのときまだ混乱していて土地が高くないこともあった。
それから土地がもしかしたら三倍くらいになってるだろう。
津波の被害を受けた人もいるから余計に土地を求める人が増えたからである。
だから必ず土地がないかと避難した人に聞かれたのである。
今でもそうである。
だから西町などは住宅地だったけどいつもそこに立てられていた売りに出されていた案内を見ていた。
そこは70坪で700万だった。それでも高いから買えないなと自分は見ていた。
だからその土地はいつまでも売れなかったのである。
もちろん家を建てるとなると土地がまず必要だが家自体金がかかるから簡単には建てられない
しかし今になると70坪7百万は安かったなとつくづく思う。

あそこは鹿島区では一番いい場所であるからだ
その後大東建託とかでアパートが百室くらい何棟も建った
大手の会社だから高く買ったことは間違いない
あそこに土地をもっていた人は3倍以上で土地が売れたということになる
今なせ鹿島区では結構近くでも土地が余っているのに住宅地としての土地があるのに売れないのか?
それは高くなるので売らないのか?それが良くわからないのである。
住宅地として整備されていた土地がかなりあるからである。

小高ではあと一年くらいで仮設を出なければならない、すでに空室が増えているという。
そういう時になってきた。小高にも帰らない、住む所がない人は原町区に集められるらしい。
それだっていつまでもいられるわけではないからこれからはかえって苦しい状態になる。
だから補償金をもらっても貯金している人もいるとかそれよりもそんな先のことは考えない人も多いという。
人間一旦補償金でももらうと先の考えが甘くなる。補償金がずっともらえる、様々な援助もまたありうるとか考える
それは借金ともにている、借りた金は返さなくてもいい自分のもののように思うのである補償金というのは一つの麻薬ともなる。
働かなくても補償金が入ってくる、補償金をせびればいいとなる。
何か懸命に働いて金を稼ごうなどという気もなくなってくる。
毎日パチンコ通いでギャンブルラーになったとか飯館村の人ですらそうだとなると避難した人はそうなりやすい。
そして老人が多いということが問題なのである。
高齢化の悪い面が極端に原発事故周辺で現れている。

結局小高はこれからどうなるのか?
帰るのは老人であり若い人は帰らない、いづれ帰ってくるだろうと言っているが帰らない、
避難した先で就職したりして家を建てたりしたらもう帰らない
そうなる傾向が強いのである
すると小高はシルバータウンになる。老人だけの待になる。
シルバータウン構想というのもあったがシルバータウンというのはアメリカにあったが日本ではないのだ。
シルバータウンとなっているは施設になっている。
施設のことではなく街自体がシルバータウンになる。老人だけの街になる。
そういう街は日本ではなかった。
過疎地域でシルバービィレッジになっている。
子供が一人も生まれないとかいう地域がある。
そういう村はどうなってしまうのか,いづれは消滅するとなる。
外部から転入などがないとそうなってしまう。

小高は一万以上ある町だったから限界集落とも違っていた。
しかし小高は町自体が老人の町になることが見えている
そういう町が成り立つのか、そんな町がありうるのかとなる
もう一つは車社会だから原町の郊外化した町になる。
そこでは土地があるから農業などしても自給するものとか趣味にとどまる
もう米作りなどもしない,売るための農業はしないし高齢化でできない
車が運転できれば原町まで通えるから何とか生活できるとなるが車がないと生活ができない、まだスーパーが開くともなっていない。
そういう準備もできていないからだ

小高に外部から来た人がなんかにぎやかで人が多いから復興しているんだなと見たというこれも錯覚しているのだ。外部からの除染とかの人が大量に入っているから錯覚したのである。
とにかく除染の人がこの辺では本当に多い。
最近バイキング形式の食堂を仮設で始めたら一杯だった。
そこも外部から入ってきた除染の人達で入ってくるからそうなる
ホテル食堂関係は繁盛しているのである。
やはり人が多いということは新しいことを始める繁盛しふすいということがある。
まず小さな町では今は近隣だけを相手にしては商売は成りたたないのである。
あそこにも原町辺りからも来ているかもしれない
中に会議場のようなものまで用意したからである

相馬藩の歴史からすると小高は重要である。なぜなら小高に相馬藩の最初の城があったからである。浮舟城があったから大事なのである。
あそこから相馬藩がはじまったから大事なのである。
だから小高に人が住まなくなる、復興しないことは相馬藩の歴史が消失することになる。それで小高の浮舟城の城跡に立ったとき、蝉が盛んに鳴いていた
もしそこに人が住まないととなるとその蝉の声がひびくのも虚しいとなる。

城跡や人のもどれと蝉の声

こんなふうになる。一旦人が住んだ所が廃村とか廃墟となるとそこは何か幽鬼が漂ような異様なものになるのだ。
つまりもともと人が住まなければそうはならない、そこは原初のままの自然でありその方がいいとなる。でも一旦人が住み百年の歴史でも刻めばそこに人がいなくなると何か幽霊が彷徨うな状態になる。
それはやはり人間が住んだということでそうなっているのである。
ましてや小高は相馬藩の草創期からの歴史の場だったのである。
人がもどったとき何か蝉の声でもいきいきとひびきわたるとなる。
それは飯館村とか他の避難区域で無人化した所や廃村になったところでもそうである。
そんな場所を観光にしている場所もある。
廃墟マニアが訪れだけになるのも淋しいとなる。
いづれにしろシルバータウンでも人がまだ住んでいるのと住まないとは相当に差があると思う。ただシルバータウンが実際にはどうなるものなのかイメージできない
どれだけの人が帰り住んでどうなるのかあと一年以上しないとわからないからだ。
日本では町全体がシルバータウンになったという地区もないからである。
そうはいっても高齢化社会ではそういう町や村もあって不思議ではないとはいえる。


原発事故はなぜ起きたのか(続編4) (世界の平和のためにはエネルギー問題の解決が必要)


 
原発事故はなぜ起きたのか(続編4)

 
(世界の平和のためにはエネルギー問題の解決が必要)


一地方で起きることが世界でも起きるというとき、丸森の木材資源を米沢藩と伊達藩と相馬藩で三つ巴で争ったことがその象徴でもある。木材の入会権が大規模な戦争の発端、戦国時代を作る契機になったというのもそうである。
つまり古代からエネルギーが文明を作っていたのである。
だから文明史から世界史を見ればどこの国がどうだとかどこの国が悪いとかならない
そういう文明を採用した作り上げたことが争いの基になる。

なぜなら今は石油文明だとするともし石油がないとしたらどうなるだろうか?
石炭にすればいいというがその石炭すらないとするとどうなるだろうか?
まず石油がなかったら車も動かない、もちろん飛行機も動かない、船も動かないのである零戦は燃料のガソリンがなくて片道飛行であり帰ることができないのに突撃した。
そんな状態では戦争はできない、大和魂だけでは現代は戦争はできないのである。
その最も恐ろしい現実は原爆が落とされたことだったのである。
あれをみて完全に日本人はギブアップしたからである。
石油がないと車も使えない、もちろん最新式の武器も使えない、そうなるとどうなるのか結局歴史をさかのぼるとモンゴルの帝国のような馬が最大の輸送手段になり世界を制覇するとなる。

そういうふうに世界史を文明史の観点からふりかえると見えてくるものがある。
まず中東に石油がなかったらどうなっていたか?
何ら今のような紛争は生まれていないのである。
中東では世界とはかかわらない、砂漠をラクダの隊商が通っていたりあとは羊を追ったりして暮らしている、そんなところに誰も関心をもたないのである。
でもそこは江戸時代の鎖国のように平和が保たれていたのである。
ただ隊商は財を運んでいたから盗賊が生まれた。それは現代に通じている。
つまり石油があれば石油を欲しいために盗賊も生まれる
その大盗賊がアメリカだともなる。
丸森で木材資源を米沢藩と伊達藩と相馬藩で争ったことはそれはヨーロッパとアメリカとロシアが争っているとかとにているのである。
アメリカが圧倒的な軍事力で石油資源を我が物にしているから世界を支配できる。

桃源郷というけどそれは時代からも社会からも隔絶されて隠されていた所にあった。
それはまさに石油でもそうしたものがない素朴な生活で暮らしていたから桃源郷になっていたのである。
この辺では飯館村はそれと多少にていたのである。
あそこはやはり貧しい村であり不便な場所だからである。
そういう場所は秘境は昔はどこにでもあった。隣の村自体が秘境にもなっていた。
それは交通が不便で人々が今のように車で往き来したりしないからである。
たまに行ってみればそこは秘境になってしまう。
こんなところにも村があるのかと不思議になるのである。
時代の発展とともにそうしした昔が失われたからそれが桃源郷への憧れを作り出したのである。ただ人間は時代をさかのぼって生きることはできない、その桃源郷でも幻滅は必ずある。

ここで考えることは原発事故でなぜ故郷にすら住めなくなったのか、そういう悲惨なことが現実に起こった。では原発はいらないとしたらどうしても石油文明でも問題になる。
必ず江戸時代のような不便な時代にもどれるのかということになる。
それは書いてきたようにアメリカの建国時代の理想が江戸時代だったのである。
そこには身分制がないにしろ極端な農本主義の社会を目指していたのである。
そのような社会だったらそこは楽園であり広いにしても桃源郷になっていた。
でも今からすると誰も江戸時代などにもどりたいとはならない

でも原発のない社会、石油がなくても世界戦争がない平和な世界を志向するとき
エネルギー問題が重要な課題となる。
それで太陽光エネマギーとか風力発電とか地熱発電とかシェールガスとか藻がエネルギーとなるとか水素エネルギー社会とか石油や原発に代わるエネルギー社会を模索する結果になった。
でも太陽光発電でも石油に代われるものではない、膨大な定期的な電力は供給できない、家庭をまかなうことが辛うじてできるくらいだからである。
石油に代わるものそれが危険でなくて得られるものだったら文明は変わる
石油や原発はあまりにも危険なものでありそのために犠牲が大きかったのである。

人間は平和に暮らしたい世界が平和であってほしいというときそれを実行するためには最も身近な所に日々の生活を見直すことにあった。
合理的に考えてゆくと石油や原発に頼ることが紛争の種になり災いとなっていた。
もちろん木材に頼っていても紛争にはなっていた。
それは国内とか一地域とか小規模にすんでいたのである。
丸森では殺し合いにはなっていなかったのである。
つまりエネルギーは燃料でもそうだが食料でも自国でまかなうことさらに地方地方でまかなうこと自給自足的なものがいいという結論になる。
過去の自給自足は村が単位だとすると広域化社会からすると極端に狭い範囲で生活していたからそんな狭い所で良く生活できたのが不思議だと今ではなる。

そういう狭い範囲で水道もなくガスもなく電気もなくて暮らしていたのである。
かえってそういう生活は回りのもので暮らしているから石油がなくなったら終わりだと電気がなくなったら終わりだとか戦争するしかないとかならないのである。
災害でも津波でも裏山の清水を運び薪で米をたいていた所があった。
外から物資が入らなくてもしばらくは生き延びたのである。
これが東京のような所だったら水も飲めない電気もないとなると生き延びられない
だから今回のような災害になったらいかに東京を脱出できるかが問題になる。
一切の交通機関は使えない、車も使えない、だから自家発電の災害用の自転車などが売り出された。自分も自転車で相馬市でスーバが開いたとき買い物した。
つまり便利な文明生活が断たれたときどうなるのか、徒歩か自転車かなどに交通手段ももどってしまうのである。それが最強の手段になってしまうのである。

いづれにしろ今まではこういうことを真剣には考えない、津波という大災害があり原発事故があり真剣に考えるようになった。
石油に頼る文明は危険なのである。そこで石油をめぐって必ず争いにまきこまれるからである。原発も危険である。だから身近にあるものをエネルギー源にしていれば世界紛争にはまきこまれない、現実に集団的自衛権で中東に自衛隊が派遣され戦争に加担させられるイスラムのテロでもなぜ起きたのかというとイスラム社会はイスラム文化圏で暮らしていればそうはならない、グローバル化経済で混じり合うからそこに無理が生まれ殺し合いまでなる。それぞれに棲み分けしていれば紛争は起きないのである。
グローバル化した結果20世紀は大殺戮の時代になってしまった。
誰でも平和を望んでいる、その平和がどうして保てるかとなるとその根底にエネルギー問題があり文明の問題があった。

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2015年01月10日

原発事故の原因は何なのか(続編3) (石油文明が世界戦争となり地獄を作り出した)


 
原発事故の原因は何なのか(続編3)

(石油文明が世界戦争となり地獄を作り出した)


●プルサーマルでは危険を指摘することすらできなかった

なぜ原発事故が起きたのかということを問うと政府とか東電の責任も重いことははっきりしている。
佐藤 が失脚させられたのはプルサーマルをしつこく追及したからである。
彼は原発そのものに反対していない、共産党も反対していない
でもプルサーマルの追及はしごく当たり前のことだった。
それでも佐藤栄佐久は政府と東電様に逆らうやつだからこらしめてやろうとなり
政府も検察も結託して失脚させたと言われる。
政府は戦時中は特高によって戦争に反対する者をとりしまったと同じである。
権力者にはどこでもそういうところがある。
ただこうした様々な原因があったのだけどマクロ的観点から見れば原発そのものに反対する人はいなかったのである。共産党もそうだからすべてそうだった。
ただ安全のことを追及していただけである。
その安全のことすら追及できないような雰囲気なっていたし実際にそこに権力によっておさえられていたのである。

ただそういうことがいろいろあるにしろではさらにマクロ的なもの時間軸で歴史的に考察するとまた違ったものとして見えてくる。
それは文明論としての原発事故の必然性なのである。
文明とかではない、単純に考えるとなぜ石油文明が悪いんだとか原子力文明が悪いだとはならない、電気はいいものだし石油だって悪いものてはない、いいものなのである。
その効用は計り知れなく現代の文明の基礎を作っているのである。
では何が問題だったのか?
要するに単純に考えれば石油でも原子力でも危険を犯してしか得られないものなのであるそれは石炭時代があったけどその時落盤事故があり大騒ぎしていた。
つまりそれらのものを得るには多大の危険と犠牲が強いられるのである。
そのリスクは見逃されているし個々には感じないが石油とるにしても現実にアルジェリアまで行っていた人を知っているがそこてテロで日本企業の人が十人死んだとか
石油を手に入れることはこうした危険がつきまとっているしコストもかかる。
そして戦争の原因が石油のために石油が入らないために真珠湾攻撃を強いられたと解釈する人もいる。アメリカの経済制裁が戦争の発端になっていた。
今でも必ずアメリカが敵対する国に経済制裁するから同じことをしている。

●アメリカが悪いのではない石油文明か悪い

世界の紛争があるとアメリカが諸悪の根元だという論調になる。
それは石油利権をアメリカを握っているからである。石油はドルでしか買えないから世界の機軸貨幣になっている。つまりドルは紙でも富と権力は石油という現物を握っているものが得られる。
いくら紙幣が支配するからといって紙は紙にすぎないし紙をすって豊かになれない
石油があり石油文明となり世界が石油のために戦争にもなり命が犠牲にされる。
アメリカが悪いのではない石油文明が悪いともなるのである。
では石油に頼らなければどうなるのか?
それは江戸時代であり鎖国たったけど貧乏だったけど世界中が戦争にまきこまれ何百万人とか死ぬ必要はなかったのである。
だからアメリカにしても江戸時代のような時代があった。それは建国時代の西部開拓時代である。江戸時代と同じ農民の社会、農本主義の社会である。
アメリカはその時、人間も質素であり質朴であり一つの巨大な自然に囲まれて楽園があったとなる。
その時は石油文明もない、江戸時代と同じ農民社会だったのである。

その時は世界で別にアメリカを諸悪の根元であるとか批判しない
アメリカは他国を支配したりもしない、自国で純朴な人達が楽園を作っていたとなる。
その状態をホイットマンが詩にしたとなる。
つまり世界か人間が腐敗したのはアメリカのせいではない、文明の発達とともにそうなったのである。
石油も原発も利用しない社会があり石炭とかでまかなわれた時代があった
その時は世界が世界戦争になるようなことはなかった。
石油は中東に集中するからそこから世界紛争になりやすいのである。
それは宗教問題だけではないのである。
具体的な石油文明を維持するために石油を得るためにそうなっている。

そうするとなぜ人間が堕落してまた世界戦争になり残酷に大量に殺し合いたのか、その原因は何なのかとなると石油文明による富の収奪戦争だったともなる。
それだけではないにしろ富をめぐって世界各国での衝突だったとなる。
石油にたよっていなければそんな大戦争にはなりえてかったともなる。
それは江戸時代でありまたアメリカの建国時代の西部開拓時代などである。
それは江戸時代とにているからだ。
つまり石油とか原子力でもそれ自体が悪いものでもない、鉄でも道具でもそうである。
斧でも何でもそれは生活を便利にする。
それが悪いもののようにされるのは人間側の欲がからみ斧で武器になり人を殺すことになる。
ただでは薪で炭をエネルギーとしたとき戦争が起こらなかったかというと起こっていた。木材の入会権をめぐり村同士が争いそれが火種となり藩同士の争いに戦争に発展した。
相馬藩でも丸森の木材資源をめぐり米沢藩と伊達藩と相馬藩が争ったのである。
飯館村では実際に人が殺し合ったからエネルギーを得るための争いは古くからあったのである。
だから燃料を薪や炭にしていれば争いがないということでもなかった。
ただそれらはどこにでも地元にあるものだから石油のように世界戦争まではならないということはいえる。

●石油や原子力が悪いのではない、悪く利用する人間が悪い

石油とか原子力でも本来は悪いものではない、ただ人間の欲心や野望などに利用され危険なものとなる。原子力は核兵器になりそれで人類滅亡だというときそれは核が悪いのではない、それを悪い方に利用する人間が悪いのである。
つまりアメリカが原子爆弾を落としたようにそこまで戦争になると人間はやる。
いかに戦争が残酷なものか、その真実を知ったらまさに戦争はこの世の地獄意外のなにものでもない
日本兵はいろいろ残酷だったといわれるのも本当だろう。
しかし日本人が捕虜になったとき本当にその仕返しなのか残酷無惨に殺戮された。
それは今明らかにされている。布をかぶせられて頭を何か道具でたたきつけられて殺されそのまま埋められたとか、飢えて脱走して近くの農民から食料を盗んだ日本兵を知っていて中国人がねらいうちして殺したとか、残酷な日本人捕虜がありシベリアへ連行された人達もそうだった。

それを知ったら戦争などどんな美名の下にやるにしてもやりたくないとなる。
もう人間が人間でなくなるのが戦争である。
それはどっちが正しいなどなくなる、やられたらやりかえせしかない
日本人の捕虜はそうして悲惨に撲殺されたのである、まるで屠殺だったから悲惨である
戦争とはそういう現実があることを知るべきである。
もう人間を人間と見なくなっている、相手は物か動物に等しいものにされていたのであるそういうことを知ったとき本当にそんな時代に生きたら最悪だったなとつくづく思う。
だから心底助かったと思う。それも時代的に団塊の世代はほんのわずかの差で戦後生まれになり平和を満喫したのである。
若い人が平和に不満な人がいるがまず戦争のことを良く知らないからそうなる。
血の気が多かったらスポーツでも登山でも激しい運動でもやればいいのである。

つまり石油文明にならない江戸時代とかアメリカの建国時代には西部開拓時代はそういう世界戦争が起こる余地がまだなかったのである。アメリカの建国自体がインディアン虐殺がありそういう血にぬられたものが根底にあった。
だから日本の江戸時代とは違っている。でもやはりその当時は農民社会の楽園を目指していたのである。だから自然との共生を目指す農民的モラルが支配的になっていたのであるアメリカ人が悪いとかではなく、結局世界文明は石油文明であり同じ文明になっている。としたらその文明自体が文明人がみんな同じように悪いとなってしまうのである。
だからこそ世界戦争となり人はもはや人ではない、獣性丸出しの残虐な殺し合いしかなくなっていた。20世紀はそういう人間大量殺戮の時代でもあったのだ。

それは石油だけではない世界が一つの文明を共有する文明人になったからである。
アメリカ人だ、中国人だ、日本人だという民族で分けることは通用しない
同じ文明を共有するものとして文明人だから殺し合いになったのである。
ともかく江戸時代のような生活とかアメリカの建国時代のような西部開拓時代のようであったならば人間がそこまで残酷にはなっていない、素朴な人達がいたとしたらそんな残酷なことを例え外国人でもできないのである。
ましてキリスト教徒だったらそんなことしえるだろうか?
異教徒は人間ではないというのもあるが「愛」を説いている宗教がそんな残酷なことをしえるのかとなる。「人を殺すな」とは外国人でも同じだからである。
たいがい宗教はそういうものであり人間が人間でなくなるようなことはできないのである

タグ:石油文明
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小高の人の話(2) (小高には共産党系が多い、でも小高の原発の反対運動が起きていない?)


小高の人の話(2)


(小高には共産党系が多い、でも小高の原発の反対運動が起きていない?)


小高は共産党が多く前に原町の同級生で衆議院の議員になった人がやめたという。
それより逃げた脱出したというのも驚く、今は住んでいない。
共産党系とか創価系はどこでも一団となる。
底辺層を組織化するが地方では田舎ではそんなに勢力化しないが小高は特殊だったのである。
都会に行くと市営住宅地とかが共産党系と創価系に二分されていた。
つまりそこの住民はどっちかの党に入っているし入らないと住めなくなる。
その社会が地域が党派化したらそれに入らないと住めなくなるということが現実にある。
そんなに小高では共産党が多かったというのは開拓に入った人達が多かったとか
その地域の特殊性があったのだろう。
小高と浪江の東北電力の建設で土地をもっていた人が反対したのは浪江の棚塩の人だったでも実際は東北電力で原発の工事を始めようとしていた。
それが今回の事故で中止になった。
共産党系とか左翼系統は原発に反対のはずだったのである。
だからそんなに共産党系統が多いのになぜさほどの反対もなく原発が建てられることが決まったのか理解できない

ただ原発に共産党も賛成でありただ安全を計ることを条件にしていた
つまり前の知事の佐藤のも原発に反対したわけではない
プルサーマルで追及したのは安全を計ってくれないと困るということだった。
ただその安全を言うことだけでかなりの抵抗があった。
安全をしっかりしてくれというだけで政府とか東電は聞かなかったのである。
それで佐藤 栄佐久が失脚されたとか言う人もいた。
東電でも政府でも原発に関しては何も言わせないという態度だったのである。

小高の人の話では原発で仕事していたが危険な場所に入るのは金になったといっていた。自分は危険な場所に入らなかったからあまり金にならなかったという。
仕事は実際は楽なものだったとも言っていた。
仕事は一分間しか何かするもできないという
放射線量を計るカウンターがつけているのでできない
それで一分間で交代するとなると一つのネジをとりつけるにも百人かかったとか言っていた。
原子炉のある場所ではそれだけの手間と人力が必要となる。
原子炉内ではもう人力ではできない
それで今は作業するのにロボットを利用するようにと開発しているのもそのためなのである

ただなぜ前も書いたけど棚塩の土地をもっている人がそんなに原発に反対していたのか不思議である。それは共産党系でもなく左翼系でもないのである。
話聞いてもどういう事情で反対したのか良くわからない
常に道路建設でも何か反対する人はいる。
でも巨額の金が入るのだから反対する理由がわからないのである。
そしてなぜ小高では共産党がそんなに勢力があるなら原発に反対しなかったのかわからない
すでに東北電力では建設を始めることになっていた。
それで小高の大工さんは景気良くなると言っていた。

しかし小高が南相馬市と合併することでそのこともあまり問題にしなかった。
すでに小高町のとき決められたものでありそれを受け継ぐことしかなかった。
もし南相馬市に合併したとき原発を建てるとなると反対も相当あったろう。
だからそもそも原発は狭い地域で決めることに大きな問題があった。
その土地の地権者とか県の許可があれば建てられるということも今から考えるとありえないことだった。
そうなれば土地の所有者がとても一軒くらいで反対できるわけがないからだ。

一面小高が何かと高校とか施設もあり優遇されていたのは東北電力の原発が建つためだったかもしれない、それは浪江でも同じである。
小高と浪江が土地の所有者でありそのために金が回っていた。
それが浪江で小高でも今回の事故で避難区域になってしまった。
やはり小高も浪江も責任があったとはなる。
原発はとにくか経済的恩恵が大きいのである。
大工さん言っていたように全体的相当に金回りが良くなる
だからそうなると反対することもできなくなる
それで共産党も反対ではなかったのである。
何かこの辺では原発のために個々人でも欲望が刺激されふくらんだということはある。
浜通り全体でそれは言えるかもしれない。

一番割りを食ったのは飯館村だった。
ここに原発の恩恵があったというが所得でも県内で最低線であり原発の恩恵はなかった。マデイな生活とかを村の標語にしていた。
原発はやはり県でも許可を出すとなる県にも相当な責任があった。
県というのもあまり関心がないが原発は福島県全体の問題だったのである。
福島県も広いからそれに無関心なのが多かった。
福島県は広いからそれだけ一体感がないことも問題だったのである。
でも中通りまで放射能の影響があったように福島県全体の重要な問題だったのである。
そんなことを会津の人達も遠いから無関心だったろう。
福島県の政治とかなると何かそうした地理的一体感がもてない、広いからそうなる。
例えば福島県人だと言っても会津とか浜通りは遠いし地理的にも気候的にも別な地域なのである。相馬藩はもともと伊達藩と宮城県と関係があり明治維新後もそうである。
仙台に近く通勤圏にもなっていたからそうなる。
会津は交通としては東京より遠い地域なのである。
だから福島県は会津県と二本松県と磐城県に別れていたのもわかる。
これらは別々な地域なのである。

タグ:小高の原発
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2015年01月09日

原発事故はなぜ起きたのか?(続編) (アメリカの歴史との対比でみるーそれは文明の発展で世界共通の問題)


原発事故はなぜ起きたのか?(続編)


 
(アメリカの歴史との対比でみるーそれは文明の発展で世界共通の問題)

延々とつづく原発事故の後遺症

津波とか原発事故が問うたことはな何なのか?そのことを現場から追及してきた。
それは現場ないと当事者でないと理解できなていものがあるからだ。
これは大きく考えれば文明そのものの問題でありそれが原発事故で露(あらわ)にされたということがある。そういうことも書いてきた。
ただ様々な要因があるにしろそれが全部原発を作った政府とか東電に全部責任があったかとなるとそれも簡単に言えない奥深い問題があった。
お前たちは原発で金が入って恩恵を受けている、事故の後も多額の補償金をもらっている特に避難区域とかその周辺への風当たりは国民からも強い。
福島県内でもイワキでは大熊や双葉への風当たりは強い
多額の補償金で高騰した土地を買い家を建てているとかそこで険悪にもなった。
それも南相馬市でも小高、原町、鹿島と補償金でもめた。
鹿島区は一番補償金をもらっていないのに小高の人が一番多く仮設に入っているので反発があった。
原町区はそれなりにもらっているのでない、だから原町区に小高の人が入る仮設を建てれば良かったというのも一つの解決策だったかもしれない。
ただ土地が確保できないので鹿島区になったのである。
大玉村で農家の人が風評被害などで米が売れないと東電に訴え裁判にもなったが中通りでは補償金すらもらっていないからそうなる。
中通りは広いからそこに補償するともう莫大になりできないから切り捨てられたのである未だにこうした金の問題は解決していない、これは一番具体的でかりやすいから見えやすいのである。

自分がこの原発事故で追及したのはその深層でありその原因が現代文明そのものにあったということを追及した。
そういうことはめんどうになるのであまり関心がないことはいえる。
でもなぜ原発事故が起こり故郷に住めなくなるまでなったのかという深刻な事態を追及してゆくとその最も根本的な原因が何であったのかとなる
それを追及するのは現代文明そのものグローバル化経済でもそうだしそれらを問うことになるのだ。
何かしらないけど春の塩の道をたどる(二本松までの絵巻物(塩の道をたどる)とか(飯館村が原初の葦原になり伝説化した (葦笛の詩として引用構成) ・・・・・とかが読まれていることはやはり故郷を失った人達が読んでいるのかもしれない、飯館村ではそうだろう。第一今まではまず故郷に住めなくなるなどいくら原発があっても考えた人はいないだろう。自分も原発には無関心だった。
時々原発で働いて金になるとかは聞いていたが何かあまりにも情報不足だった。
もちろん知っている人は知っていたし関心をもっていたのだろう。
原発は県単位でも回りの市町村でもその影響が実際は大きかったのである。
働いている人も三分の一までいかなくても何らかかかわる人が多かったのである。
そこは何よりも金の成る木であったからだ。
不思議なのは原発に土地を提供した人がいて県で認可すれば許可されたとかいうのもあまりにも原発が建てられるにしてはその許認可が狭い範囲で決められてたのである。
これも大問題だった。そういう様々な問題がクローズアップされたのが原発事故だった。

●石油文明が戦争を起こしたように原子力文明も犠牲を強いた

]原発事故がなぜ起きたのか?
それは歴史的にもさかのぼり検証せねばならない文明的問題でもあった。
それはエネルギー問題であり石炭→石油→原子力と国を世界を左右する問題だからである例えば太平洋戦争がまず石油輸送が石油が入らなくて日本はアメリカに真珠湾攻撃を強いられたという解釈もある。
戦争の前に石油利権が石油が断たれることはすでにそこで国自体が成り立たなくなるほどの力をもっていたのである。
アメリカが中東を大事なものとするのは「石油を制するものは世界を制する」となっているからである。だからイラクにも敢えて攻撃して制圧したのである。
それは石油と深く関係していたのである。
石油をめぐって世界戦争が起こる要因があったし今もそうである。
象徴的なのか日本の零戦は片道の石油の燃料しかなく役に立たなかったとかなる
石油が燃料がないと今でもこの辺では石油が入らなくなりガソリンスタンドに長蛇の列ができてパニックになった。車があってもガソリンが入らなくなったら車社会は麻痺して
食料すら入らなくなったのである。
石油文明になっていれば石油に頼るのだから石油のために人間の命も犠牲にされるのが文明である。
マヤ文明とか何かわからないけど太陽のために太陽の光が消えたら終わりだと盛んに残酷な犠牲、人間の生きた心臓まで捧げられた。太陽がエネルギーを供給するものだから太陽のために命がささげられた。これは野蛮のように見えても石油のために戦争になったとしたらそれも何百万人も死んだら同じじゃないかとなる。
つまり石油文明は富とか便利さをもたらしてもそこに呪いが隠されていたのである。

でも考えてみれば日本は戦争に負けてどん底から這い上がり富を求めて富を手中にした。富を求めることが悪いとは思えないのである。
なぜ豊かになろうとして悪いのだとお前は貧乏がどんなに苦しいものか知っているのかと言われる。日本人は戦前も戦後十年も貧乏だったのである。
そんな貧乏からぬけだすために働いて豊かになろうとした。それが悪いと思う人は一人もいなかった。まずそんなことに気づく人もいなかった。
便利なこと富は全面的に肯定されるものだった。カルト宗教団体でも求めるものは富であり世俗的なものを得ることである。たから政治化して利権団体となっている。
もし欲望を抑えよとか富を求めるなとか言ったらあんな数にはならないだろう。
必ず反発がありあんな膨大て数にはならないのである。
だからどうして富が呪いとなり便利さでも呪いとなってしまったのかそのことを追及しなければならない。
その答えは過去を追及してゆくと過去から現代を見るとわかりやすいのである。
過去というのもその当時生きていた人にとってそれが普通の当たり前のことだったのである。
子供の頃、便所でも風呂でも外にあったからあれだと冬は寒いし相当に不便でありあんな生活に誰ももどりたくないとなるのが当然なのである。
だから過去の不便さとか貧しさがいいものではないのである。
ではそういう生活を今の豊かな便利な生活から問うとまた違ったものに見えるのである。

●アメリカの西部開拓時代は日本の江戸時代とにていた農民社会

それはアメリカでヨーロッパでも実は同じだったのである。
つまりアメリカでも江戸時代のような時があったのである。それは日本とは違っていても何かにているなと気づいた。
幕末から明治時代のころアメリカでは西部開拓時代である。
その時ホイットマンが「草の葉」を書いたときである。
江戸時代ではないにしろアメリカにも江戸時代的なものがあった。
それはホイットマンの詩に象徴されている。
そこで詩にされたのは讃歌されたのは農民であり個々の職人であり平民だった。
アメリカ社会はもともと王様がいないのだから平民が作った国である。
それはアメリカ英語にも反映されているのだか英語をわからない人はしりえないのである

日本では一見江戸時代は士農工商で身分制社会でありアメリカとは異質だと思っているがにている面があったのだ。
アメリカは西部開拓の時代は江戸時代の農民や職人などと同じように素朴であり質実な人間だったのである。だからこそホイットマンがそういう人達を讃歌して詩にしたのであるあらゆる平民が詩の対象となっていた。
そしてその時アメリカには今のような巨大都市がない、人工的なニューヨークのような都市がない、みんな牧畜とか農民とか職人であり自らの手を駆使して働く人たちだった。
アメリカでは学者とか自ら体を使い働かない人は軽蔑されていたのである。
アメリカは極端に実業の世界でありヨーロッバのような神秘的な宗教とか哲学を嫌う面がありそれが極端化すると金だけを求める現代と同じ人達だとなる。

ただその時すでにソローなどが鉄道のことを批判したりして機械文明がアメリカに入ってきてアメリカの原始の田園がそこなわれつつあったのだ。
ただ今から見るとアメリカも広大な田園がありそこで質実に働く人達がいた時代がありそれは江戸時代ともにていた。江戸時代も広大な田園の中で人々は暮らしていたからだ。
それは明治でも大正で昭和でもそうだった。第一大正時代が日本が6千万の人口だったとういことが信じられない、それだけの人口しかないとすると広々とした土地がまだ広がっていたのである。
だから世界の歴史は日本からだけ見なくても世界的に共通なものがあったことに気づいた世界の歴史は孤立していない、マヤ文明やインカ文明のように孤立しては存在し得ないのである。
だから同じ発展経路をたどることが見えてくる。

だからなぜ悲惨な膨大て戦死者を出した世界戦争が起きたのかという原因もそうした世界文明の発展経路の中で必然的に起きてきた。それは石油利権をめぐるとなると石油のために世界が戦争するということは石油文明そものものが戦争の原因だったなるのである。
それは原子力にも通じている。核は平和利用すれば問題ないというがやはりそれだけではなかった。原発でもだから原水協では平和利用ということで賛成していたのである。
石油にしろ原子力にしろそこには何か呪いが隠されていたのである。
電気は便利なものであり悪いというわけではないし車だってそうである。
ただそれが全面的にいいものではなくて何かしらの呪いが隠されていたからこそこんな事態になったのである。
石油文明原子力文明には呪われたものがあったということにもなるのである。
だからアメリカの西部開拓時代とか日本の江戸時代とか戦前の貧乏な時代などと今がどういう関係があのかとなる。でも今だからこそ過去が何であったか見える。
その当時を生きていた人は見えないのである。そこで生きることに夢中でありどういう時代を生きていたのかわからない、戦争で死んだ人達もそうだろう。
ただ巨大な時代の波にのみこまれて死んでいったのである。
それは戦争でなくてもその時代を生きることはただそれぞれが必死になってい生きるということである。
だから自分がどういう時代に生きているなどわからないのである。

大地を耕す人びとが道徳的に腐敗するこなどということはいかなる時代でもいかなる国民といえどもまだその例を見たことがない
そうした腐敗は農民のごとく生計のめに天を仰ぎ自らの土地を労働とに頼るものではなく顧客の偶然性や気まぐれにたよっているもので他への依存は金銭主義をもたらし特性の芽生えをつみとってしまう。(ジェファーソン)


ここではさらに大工とか石工とか鍛冶屋まで否定している。これは江戸時代の農本主義の世界であり安藤昌益の思想の実践された世界である。
それは戦前でもつづいていた炭や薪を燃料とした自給自足の世界なのである。
だから草創期のアメリカと日本の江戸時代には共通性があった。
アメリカでもその時代から見ると今の世界は何なのだとなる。
農本主義で培われた徳性など皆無であり金融資本主義とかになり自らの手で働かない人が巨利を得る異様な世界となっている。
それはその当時のアメリカから比べるとその変容ぶりがあからさまに見えてくるのである


参考ー「楽園と機械文明」ーL・マークス

次回は山村暮鳥の詩などから現代と過去から原発の原因を追及





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正月(松と葉牡丹)


正月(松と葉牡丹)

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正月や松に葉牡丹末永く
残月や百才生きて冬芒
大原に老木一本冬の暮

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正月は松がいい、松はときはぎ【常磐木】である。
これの元の漢字は
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常緑だからそうなった。松は日本では一番親しんでいる樹である。
葉牡丹も冬にふさわしくこれも花というものでもないが何か質実で長持ちする
つまり末永くということにふさわしいのである。
人間はやはり交際でも末永いことを望む、簡単に切れるのはいいことではない
ただ人間の付き合いは長続きしない、切れやすい、現代は特に切れやすい
大勢の人と交わっても一過性なのである。ネットでもそうだしそもそもそういう一過性の中で日頃暮らしているからそうなる。

要するに正月は農耕時代の時間の中で生まれたものなのである。その悠長な自然のリズムで今は生きていない、だから松でももともとは正月に飾られたのは農耕的なものの中から生まれたもので常磐木となった。
正月がなぜただ年が変わるだけのものになったかというとそういう農耕的生活が消失してしまったからである。農耕はただ米を生産するだけではない、生活全般にわたる文化であった。それは精神生活にもなっていたのである。
今の職業は多様であり農業が主役ではない、だから都会だと余計に農業的なものから離れるし自然とも遊離しているから正月が何であったのかもわからなくなる。

人間はともかく何でも末永くあることを望む、現代は何でも変わりすぎるから精神が安定しないのである。老人になると変わらないもののなかで暮らすことが安定する。
だからめまぐるしくく変わる現代は向いていないのである。

百才生きていたら枯芒から冬芒になる。朝に残月がでていたけど最近毎日のように見ていたから百才となるとあの残月であり冬芒だと思った。
冬芒は死んだわけではない、故郷の大地に根付いている。だから萱根とかいう地名もあるのも面白い、萱の根っこはかなり強く張るのである。

人間は明らかに長く住んでいるとその土地と一体化してくるから大原の老木は一人の老人に見えるのである。あそこで知り合った老人も死んだけどそうした老人を思うのでてあるともかくまだ正月の内、松の内だけどどうしても正月の気分はたちまち消えやすいのが現代である。「松の内」などどんと言う言葉も死語になっているのだ。
そういう農耕的生活が消えれば自然とそれとともに言葉も死語化してゆくのである。


タグ:正月