2015年08月31日

人権主義では解決しない移民問題 (日本は移民を受け入れるのに向いていない)


人権主義では解決しない移民問題


 
(日本は移民を受け入れるのに向いていない)


最近野良猫を飼って苦労している。猫は家につくというけど追っ払っても一旦家にいついた猫は餌をやらなくてもしつこくくる。簡単に追い払うことかできない
そして捕まえようとすると素早く逃げてつかまえらないのである。
それから子供も生むから困る、これが一番困る、生んだら始末しなければならない
それも違反になるしそれで去勢手術しろとかまためんどうになる。
野良猫がかわいそうだから餌やる人がいるが餌をやるなというのもわかる。
近所でも迷惑になるからだ。

このことが移民が野良ではないのだがにている。人道主義、人権主義だとかわいそうだから保護して受け入れろとなる、でもそうなるとそれを受け入れる方ではまた大変なことになる。
何かかわいそうだと思っても極端になると移民を殺しても国に入れるなとなる。
そうでもしなければ移民を追い払うことができない
野良猫もかわいそうだなどと餌やっていたら次々に繁殖力が強いから地域にふえてきて困るのである。
これも何か移民とにている。

人間はなぜかかわいそうだというのはいいのだがそれが逆に非情なものとなってゆくのか?そこに人間の矛盾がある。
自然界は弱いものを見つけて襲い食べる、これせ残酷だけどそれでバランスがとれているかわいそうだ、かわいそうだと言っていたら生きていけないようになっている。
人間界もまた弱肉強食であるがかわいそうだという人権主義があるがそれですべて肯定はできない、どこかでなぜかブラックになる。
かわいそうだとして食べ物をやるのと一転して追い払い、殺しても追い払いというのはあまりにも差がありすぎるのである。
つまり白から完全に真っ黒なブラックになってしまうのが人間である。

日本でも移民問題はすでに都会では大きな問題になっている。
外国人に占拠されてしまったような場所もある。
これからも移民問題は深刻になってくる。すでに在日との軋轢も深刻である。
在日によって日本の国益は内部から浸食されるということが常に言われている。
朝鮮半島で戦争があり大量の難民がおしかけてきたらもう銃で殺してでも入れないようにするほかない、つまり人権主義は成り立たなくなる
では移民がすべて悪かとなると労働力不足問題だから必要だともなる。
日本人が働かない人が増えるから労働力不足になりいたるところで困っている
ニートとかフリーターとか非正規とかとか年金生活者の老人とかとか生活保護とかが
多いから日本人は働かないのだから移民の方がいいとなり受け入れる
日本国内の問題があり他の国でもそうである。
もし国が家族なら国内でそうした労働力はまかなうべきだとなる。
介護など別に暇な老人でもできることなのである。補助役としてできる。
家事を外国人にやらせて女性を働かせるというのもまた問題が生まれるだろう。

ともかくかわいそうだと思うのは人間として悪いことではない
ではなぜそう思っても今度はその正反対の真っ黒なブラックになってしまうのか?
野良猫の子は殺さざるをえなくなる
移民は別に野良猫ではない、人間である。
そもそも人間は必ず国籍がありどこかの国に所属して生活していた。
その国が貧しくてもそこで生きるほかなかったし脱出などできなかった。
それがグローバル化で簡単に飛行機で海外に行けることなども影響している。
中国などは飛行機で三時間だから国内より近いと感じてしまうだろう
そういうふうに外国との距離感がなくなったことも影響している

最近はやはり何か外国人旅行者があまり増えるのもあまりいい気分にはなれないだろう。何か落ち着かないというか騒がしくなる、経済効果はあっても何か日本的な落ち着きが乱される
日本は狭い国だから何かそうした異民族を受け入れる土地の余裕も精神的余裕もない国なのである。
外国の文化でもいいものだけは日本人が選んで受け入れてきたのである。
だから宦官制度などは受け入れないし他にも受け入れないものがあった。
だから食生活でも何でも牛でもなんでも食べることは日本人は良くなかった。
最近癌がふえているのは謎でも欧米型の食生活が影響しているのである。
不思議なのは肉を消化する酵素が欧米人ではでるが日本人には出ない
むしろ日本人は穀物類を消化するために腸が長くなったのである。
そういう体の相違が歴史的に縄文時代から作られてきたのである。
だからそうした歴史とか風土を無視したことはやるべきではなかった。

日本は中国やアメリカと違って異文化のものを受け入れる余裕がない
国土でも精神的にもそうである。
ただ外国のいいものは選んで取り入れるとういのが向いているのである。
それが日本に見合ったものである。
別にキリスト教でもイスラム教でも受け入れることはできる
でも移民はまた別問題である。つまり日本的な文化の上に異文化をとりいれるのがいいのである。
一時明治維新では日本語をフランス語よした方がいいとか今でも英語にした方がいいというがそうしたら日本の文化は滅びてしまうのである。

ただ英語でも日本的に漢字を取り入れたように日本文化と同化させるのはいいのである。なかなか英語の場合はまだできていないから問題になるのである。
それは根本的に異質だから同化できないとなる。
そのためにはまた時間がかかる、カタカナ英語は日本的に同化したものである。
日本人は別に英語にしなくても科学でもなんでも欧米文化を理解し取り入れているから英語にする必要などないのである。
人間はその区に歴史とか風土を無視したことはやるべきではない
それだけは確かでありそれが移民問題の根にある。
日本は外国の文化のいいところを受け入れるのはいいが移民を受け入れる国土が精神の余裕がないのである。
だから軋轢を生むから移民を受け入れるのは無理だとなる。

タグ:移民
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2015年08月30日

世界情勢と旅行 (ホテルがとれない、日本国内も旅行しにくい)


世界情勢と旅行

(ホテルがとれない、日本国内も旅行しにくい)


団塊の世代は幸運だったのだろう。例えば30代頃、1970年代は貯金の利子が高かった。退職金一千万でも10年くらいおくと倍になっていたかもしれない。
それで今の老人は金をもっている、その頃貯金しない人はもっていない
家などローンで買っていても金は残らず老後難民が話題になる
高度成長時代は自営業でも金を残したから貯金をしているから金をもっている。
その高度成長時代が終わると非正規で働く人が増大して若者は金がない
だから時代的にみると今の若者は損だとなる
もちろん時代的にどの時代に生まれればいいのかとかはわからない
結局人間はその時代時代を懸命に生きる他ないからである。
戦争の時代は戦争を生きざるを得ない、嫌だといってもどうにもならないことがある。

ふりかえれば団塊の世代は幸運だったとなる。個々人によっても違うが平均的にはそうだろう。
旅行するにしてもそうである。金がなかったけど全国隈なく旅行した。
今になると日本の国内すら旅行しにくくなった。外人の旅行者がふえすぎたのである。
ホテルの空き室が都会ではなく部屋代が三倍くらいになっている
こうなると本当に旅行しにくいだろう。カプセルホテルすら外人が泊まっているという。何かゆったりと国内旅行すら楽しめない時代である。
京都にしろそこに外人があふれていると観光をゆっくり楽しめないだろう。
修学旅行生がうるさいので自分は京都で嫌だった。
今はそれ以上に外人がふえているからそれで日本人にとってはいいとはならない。

自分も旅行で苦労したのは安宿にとまることだった。これがなかなかできない
探すのがめんどうなのである。なんとか旅の経費を減らすのがホテルしかなかったからである。
自分はつくづく貧乏旅行者であり金持ちでもなんでもない、何か贅沢などしたことがなかった。
外からそんなふうに見られていないが自由な時間が与えられただけであり何か贅沢したことなどない
前にも書いたけど旅をすることは遊びでいいなと思われるがそうでもない
本当に旅人になるには旅に集中する必要がある
なにかうまいものか食べると旅で女性などに気をとられるとまず気が散るから自然や
観光にさしさわるのである。
観光というのもいろいろありやはり時間が限られているから見ることに集中することが意外とむずかしい
そこにいる時間が短いから良く見れないのである。
だから旅が遊びのようにみられるが何か集中しないと良くみれないし心の残るものとならない
するとあとで旅した所がどういう所だったか思い出せなくなる
旅は意外と何かを記憶していることが大事だったのである。
現代の旅は何かせわしい、そして電車とか車とかを利用するがそういう旅もなかなか記憶に残らないのである。

人間はその時その時することをしないとできなくなる。
最初は電車の旅を20年間くらいしていた。次ぎに40代から自転車の旅をした。
次ぎに50代から海外旅行をした。そしたら人生の終わりになってきた。
でもこの旅もふりかえると幸運だったとなる
今になると国内旅行すらホテルがとれないとかなるとゆっくりできない
海外旅行も円安でしにくい、一時円高で70円とかの時代があったのである。
そういうとき若者が外国で安宿で「沈没」とかい言って一年とか何もせず暮らしていたのである。それも今はないだろう。
今は中国の物価が日本より高く日本の買い物が安いと言っている時代である。
中国の爆買いはそのために起きている
あの頃の中国は十分の一とか馬鹿安の時代だったのである。
それも十年もたたないのにこんなに変わるものかと思う。

だから今や中国を旅行するのにも金がかかり簡単にできないとなる
旅行には向いていないとなる
自分としては今はバックハッカーのような旅行はしたくない
金持ちの旅行がしてみたいとなる。特に外国だったらそうである。
逆に一流ホテルに泊まってみたいとなる
つまりそれも経験であり今になと冥土の土産なると考えるようになった。
老人になると考えが変わるのである。
でも貧乏性は変わらないからそういう場所にとまることが不似合いになっている
まず服装からしてそうである。そういう場所になっていないのである。
ただ貧乏人ばかりに合っていると何か社会の見方が偏る
ハイクラスの人間も知らないと社会のことはわからないのである。

いづれにしろ今の時代は外人でこむ場所には行くのはあっていない
北海道すら外人が多くて泊まれないという
北海道は外人にとって人気の場所になっているからである。
ともかく今になると何か旅行すら国内でもしにくい時代になった。
一回だけネバールに言ってヒマラヤを見たけどあそこも地震で行きずらくなった。
当分はあそこも観光になるとむずかしいだろう。
中東でも危険でありいつテロの巻き添えになるかもしれない
こう考えると海外旅行も今は何か向いていない
でも人生は短いからその時々にやることをやっていないとあとは二度とできなくなる
これだけは肝に命じていた方がいい
いくら金がかかるとか言っても人間の時間は限られているからだ。
その限られた時間にやるべきことをやらないとあとは二度とできないのである

それは読書でもそうである。厚い本だとそうである。
まず厚い本を読む時間がなくなる、今は本はアマゾンで買っていても触りしか読まないからである。
結局人生は短いから時間との勝負だったのである。
何事すぐに時間切れになる、雑学すら物にできないのが人生だった
これだけ時間だけが与えられた自分が言うのだからまちがいない
一時楽器をやろとしていたがその時間もたちまち過ぎた
楽器の演奏でも直接するのとただ受け身で聞くのでは理解度が違ってくる
でも人間はつくづく何でもできない
その中に勉強でもロスが大きすぎたのである。
もちろん才能がないせいもあったが才能というのも実は開発しなければ生まれない
最近自分はパソコンで抽象画をはじめたのがまさにそれだった

自分でもこれだけは不思議だということを何度も書いてきた。
全く絵の才能がないものが抽象画なら描けるのかという不思議である。
それはパソコンのソフトの操作で開発されたものなのである。
つまり才能ではなく何かを開発してゆくということである。
educationがそもそもeducate(引き出す)というように引き出す能力が才能なのである。
そして個々人には何かしら開発されない能力が眠っているのである。
そして人間は天才でない限り日々の積み重ねたものがあとが必ず実る
それは雑学のレベルでもそうであり何かしら必ず実る
人生経験でもやはり老人は何かしら経験を積んでいるからその話が面白いとなる
人間の実際に経験する範囲はあまりにも狭すぎるからである。
だから他人が経験したことはやはり知らないことであり新鮮なものになるのである。

ともかく今になると富士山でも外人で混んでいるとかなんか嫌である。
今は自分には山をもっと見たいということがある
山についての詩を相当書いているからだ。
山は別に登ればいいが登らなくても遠くから見るだけでも荘厳である。
でも富士山でもきれいに見える場所がなかなかわからないし見れない
自分が山を見たいというとき自分の住んでいる場所に高い山がないからである。
福島県でも中通りになると1000メートルを越えた山がある。
会津には1000メートルを越えた山がひしめいているから福島県でも高い山が見れるのである。
ただ日常的には見れないから山を見たいとなるのだ。

自分の失敗はまず世界旅行とか自転車旅行が先でありあとで電車の旅行だったのである。
なぜならきついものは若い内にして楽なものは年取ってからするのが順序だからである。
50になって一人の海外旅行は辛いからである。
自転車旅行でもそうだった。あれは若い内にやれば良かったのである。
まず辛いこととか激しいことは若い内にやらないとあとはできない
若いとき楽なことはやるべきではないとなる
最も苦しいことをやるのに向いていたのである。
ともかく人間は必ず人生の終わりには後悔する
あうするべきだったこうするべきだったとか必ずなる
それはなかなか忠告しても聞かれない
そして結局最後になってわかるのである。
そのときは遅かったとなっているのが人生なのである。
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2015年08月29日

田舎でも差があり一万くらいだと限界集落化してゆく (自転車屋がなくなり困る)


田舎でも差があり一万くらいだと限界集落化してゆく

(自転車屋がなくなり困る)


家の地区など もうどこに自転車屋あるのかしりません。
今の中学生とかどこで自転車買ってるのか不思議です
自転車パンクしたらもはや自分で修理するしかない状態です

近くの自転車屋がなくなるらしい、というのはまだ50代くらいで病気になりできなくなった。
このことが自分にとっては困った。なぜなら自転車は買ってもあとの保守が必要であり自分は不器用でできない、パンク修理することもできなくなる
こうなるとパンク修理くらい自分でやれるようにしないと困る
自転車は結構自分で部品交換までしている人がいる。
構造が簡単だからできるのである。でも自分は何か機械は不得意である。
車の運転も自分には向いていない、必ず事故になっていたし死んでいたかもしれない
原付の免許をとろうとしたがこれも危険だからしていない
だから自転車屋がないということは苦しくなる

何か現代は不便なところはさらに不便になり住みにくくなる
需要がないから便利なものもできない
都会だと様々なサービスが提供できるのは人口が多いからである。
老人だけが集まる食堂ができたりもする
老人に対するサービスもふえている。
一人暮らしだと野菜が不足する、だから野菜を細切れで売っていたのは便利だと思った。なぜなら一人暮らしは野菜を無駄にすることが多いのである。
何でも一人暮らしは何か生鮮食料だと残したりして投げたするから無駄が多くなって損なのである。

なんかここだとまず商店街の店屋は薬局くらいししかなくなっている。花屋は確かに一軒あるがこれも花の種類が少なすぎる。
通りを歩く人も今とほとんどいない、車が通り過ぎてゆくだけである。
駅前の自転車屋があったのは鉄道と深く関係していた、自転車はもともと鉄道で運ばれてきたから駅前に店をかまえた。
引き込み線があって物が運ばれてきたからである。
駅前通りも今やシャッター通りになった。
田舎では確かにみんな車をもっているから自転車屋がなくても困らないのである。
まず車がない人は必ず貧乏人であり社会的地位は低い
自分は別に車をもてるが車の運転に向いていないのである。
自分は必ず事故を起こすから乗らない、乗らずに田舎で暮らすことができたのは仕事もしなかったからである。

自分は車より自転車が好きなのである。風を切って自転車にのるとき一番幸福感を感じるだから自転車にのらなくなったら死にたいとまでなるだろう。
自転車の不思議は一台一台乗り心地が違うことなのである。
だから五台くらいあるが乗り心地が違うから楽しめるのである。
田舎に楽しみがないというのは歓楽街のことなのか?
田舎は十分に楽しめる、自転車に乗る空間が広がっている、自転車で自然と一体化できる特に電動自転車だと坂が気にならないからこれもいい、体力がない老人になっても楽しめる
そして田舎では自転車道路がありほとんど通るひともいないから悠々とどこでも乗れる
等位だったら自転車で事故が起きたり何かと狭いから何でも窮屈なのである。
まさに田舎は贅沢な空間がある。spacious(贅沢)なのである。
そもそも田舎を楽しめない人間は人生すら楽しめない人だろう
自然と切り離された人間をイメージできない、自分は大学時代に四年間住んで都会を嫌悪するようになった。
その後は性格でありほとんど隠者のような生活になったのである。

まず芸術というとき自然の感性が基本にあり俳句でも四季がない自然がないところでは作れないだろう。
そこからして田舎を嫌うとしたら芸術の基本的感性すらみがけないのである。
田舎の人間関係を嫌うのはわかるが自然と隔離された大都会に住むことで自然と遊離したら感性がみがけない
そうなるとほとんど人類が残した芸術というのを理解できなくなる
それがいかに人間を貧しくするか?
そんなことを考えない社会というのも異常である。
都会に住んでいる人はキリコのようなロボット人間に化しているのかとも思う
常に像で考えろと言う人かいるがその像が自然がないのだからイメージできないのである像とは山とか樹とか石とか自然の像のことだからである。
高層ビルを毎日見上げていたらどんな像が生まれるのかとなる。
毎日株のやりとりでパソコンの画面ばかりみていたり何か人間が機械化している
都会人の感じることはかなり浅薄になっている
それはそもそも自然という人間を形作る基本が喪失しているからである。

不思議なのはまず自分のように山とか石とか樹とかそうしたものから発想しいてる人はほとんどいない、あらゆる問題でもそうである。
農民だと意識しなくても無意識のなかに自然と通じている。
でも経済的には苦労ばかりで金にならないと嘆くばかりである。
ただ今は金のかかる時代だから田舎を余裕をもって生活するとなるとかえって資金が必要だとなる。
農業は趣味としてやるのもいいがそのために余裕で暮らす金が必要となるのが現代である田舎に作らすにもそうした矛盾がある。
田舎に対する誤解は一万の街内と500メートル離れただけの地域とは相当違っている。
500メートルはなれるとそこは農家が多く、農家のつきあいはめんどうになり拘束される
四六時中回りから看視されていると嘆く人がいる。
街内はそれほどないからである。
それかちさらに一キロとか離れると街が遠いから買い物に不便になるのである。
それで田舎では車なしでは暮らせないのである。

いづれにしろ自転車屋がなくなることは自分にとっては痛手だった。
田舎は便利な生活になるとどうしても分散する生き方は不便になる。
でも分散していたのは米を作り野菜を作る土地が必要でありその土地を得るために分散したのである。それも自然に則った生活だったのである。
その時別に車がなくても自給自足していたのである。
つまり不便でも自足していた生活だとなる
だから今でもそうした不便でもある程度自足するという心構えないと田舎では住めない
便利なもの便利なものを求めることは自足していないのである。
田舎の生活なら本当は自給自足の生活をしたときこそ田舎を知る
近くの森から燃料の薪をとり清水をくみ最低限でも田んぼと畑で食料を自足する
そうして生活したときそれが本来の田舎の生活だったのである。
今やそれをするには資金があって趣味的なものとしてしかできない
それも矛盾しているのである。
なぜかというと街から離れるとすでに車が必要でありそれにコストもかかるからである。一万の街内ならなんとか自転車でも生活できるとなるからだ。

そもそも自分にしてもカナダの国債とかアメリカに投資しているとかそんなことをしていまこと自体大きな現代の生活の矛盾である。
でもまず田舎では公務員くらいしか余裕もって生活できない、職はないのである。
ただこの辺は原発でも火力でもあったからそれなりにあった。
だから比較的豊だったのである。それが原発事故で悲惨な状態になった。
家を維持にするは相当な資産がないとできない、田舎の生活は収入が低い割りには金がかかる、だから食料くらい自給しないと割りに合わないのである。
自分はただ親の遺産があってのでなんとかやれているというだけである。
遺産とか資産がないと田舎では生活が苦しくなる。

自分は相馬藩内は意外と自然が変化に富んでいるからあきないということがあった。
双葉以南になるとあまり感じないが浪江は二つの川があり高瀬川渓谷があり風光明媚である。
原町も鹿島も相馬市も松川浦があり新地も地形的に変化に富んでいる
それから丸森も森が深いからいいし飯館村もそうだった。
山元町から亘理へ行くと何かそこは景色的に地形的に平凡になるから魅力を感じない
蔵王が見えるところで自然の変化を感じる
いづれにしろ田舎を楽しめないものは人生そのものも何も意義あるものも感じないだろうただ田舎の人間は都会の人間より劣っているというのも確かだろう
優秀な人間は田舎には残っていない、何かのんびりしたのを好むから才能ある人間は特に理系の人などは残らないだろう。

芸術家なら田舎なしではありえいな、例えば自分が抽象画をパソコンで作ったがそれも自然をイメージする力がないと感じないのである。
これ何なのだろうとなるとき何か自然をイメージするからだ。
そのイメージ力がないと鑑賞もできないとなる。
ともかく地方創生が課題になっているがこの辺はその自然が放射能で汚染されたから致命的だった。もう立ち直れない状況である。
もっとも田舎的なものが一番打撃を受けたからである。その最も基礎を成すものが失われたということはその損失は計り知れないものとなってしまったのである。

brainnnn123444.jpg

日本の自然の魅力が複雑な地形にある
大陸だとどこまでも平坦な平野がつづいたりあきる
日本は地形が複雑だからあきないのである。

この絵でも火山があったり湖があったり森があり複雑になる。
それが狭い国でもあきない理由なのである。


タグ:自転車屋
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2015年08月28日

中国の政治経済と政教分離の問題 (近代国家になっていない、市場経済にもなっていない)


中国の政治経済と政教分離の問題


(近代国家になっていない、市場経済にもなっていない)


中国がなぜ株価が急激に下がったのか?世界経済に具体的に関心をもたざるをえなくなったのはカナダの国債などをすすめられて自分が買ったことだった。
今回の株価が急落したことが中国が原因だったからなぜだろうとなる。
カナダドルと日本の円の関係でも影響してカナダ国債が下落した。
株価とは国債は別な動きをすると聞いた。株が下がっても国債は上がるという。
それが逆の現象になったから理解できない、もともと自分は経済学部を出たとしても
経済のことはわからない、グローバルの社会で経済のことでもわかる人がいるのかとなるたいがい株価の予想でも専門家がはずれているからである。
株はだからギャンブルであり誰もわからない、運だともなっている。
確かに世界では何が起きるか予想つかないからだ。自然災害でもそうである。

もともと自分は株などやりたくない、ただ一年くらい配当がありこれは月給のように定期的に入ってくるのかと思った。実際今回の急落はアメリカにもカナダにも大きく影響して元金から一割ほとどひかれたから影響が大きかった。
配当金もらっていても元金からこれだけひかれるのかと驚いた。
株ではないのだがショックだった。それが中国が原因でなったということで考えるようになった。
それでプライムニュースの中国人の専門家の解説がなるほどと思った。
中国は民主主義国家とは違う、一党独裁の国である。つまり共産党独裁の国である。
国民国家ではない、革命をなしとげた毛沢東以来の共産党独裁の国家でありそれが今でも共産党王朝のようになっている。
中国のような巨大な国は国民国家ではないのである。
共産党が指導する国であり国民という概念は未だにないのである。
共産党が中国の近代を作ったのであり国民ではないのである。
共産党は革命によって中国の貴族化したような国家である。
だから共産党の幹部は貴族であり庶民とはかけはなれた蓄財ができたのである。


中国は何か他の国のように国民国家だと思っているが違っている
人民解放軍はあくまでも共産党の軍隊であり中国国民の軍隊ではない
日本は明治維新で国民国家になった。
なぜなら西南戦争で武士階級と国民の軍隊が戦争して国民軍が勝ったからである
このとき日本では国民の軍隊となっていたのである。
中国は革命をなしとけた共産党の軍隊なのである。
中国はもともと歴史的に王朝国家であり庶民は奴隷のように扱われていたのである。
民は目をつぶすとか全く民を無視して王朝がその富は権力を独占する体制である。
それが共産党王朝に移行したとなるのはそういう歴史の継続なのである。
そして賄賂の国だというのも歴史の継続なのである。

【一将功成りて万骨枯る】

中国には中国のメンタリティが歴史的に形成されている。

それは日本とは相当に違っている。そして近代化したとき中国はまだ近代化していないし国民国家にもなっていない、軍隊が共産党のものであり国民のものではないということもそうである。
それで中国の専門家が言うにはイデオロギーに偏ると良くない、ナショナリズムをあおると良くないと言うのはどういうことなのか?
イデオロギーとかナショナリズムを否定してきたのが近代であり世界第二次大戦以降の世界なのである。
イデオロギーというのはマルキシズムでもそうだし宗教もそうである。
マルキシズムは宗教のようにもなったからである。
近代国家は宗教よりフランス革命のように博愛、自由、平等を追及してきた。
合理性とかを科学万能主義でフリーメーソンのユニテリアンなどによってすすめられてきたのである。
中国の政治体制とか経済でも前近代的なものをひきづっている。
市場経済も政治が力をもち権力で操作する、市場との対話が中国の指導者にはなかったというとき政治権力が圧倒的に強権だからできることである。
そもそも中国が民主化だとか国民国家とかになるのがあれだけの人口をかかかえているとむずかしい。どうしても一党独裁国家でしかまとめられないというのも現実なのである。

そししてなぜ政教分離と関係するのか?
政教分離とは近代国家になるものとして欠かせないものとして法律化されたからである。それはヨーロッパの二千年の歴史でカトリックが政治支配したことの反発から生まれた制度だからである。
意外とこのことは近代国家の基礎にあることを見逃されている
カトリックの圧政から逃れるために近代国家が生まれてきたということが基礎にある。
このカトリックとマルキシズムのイデオロギーの共産党国家はにているのである。
イデオロギーを優先して主張すると市場経済とか政治でも近代国家にはならない
ナショナリズムを主張すると市場経済とは相反するものになる
ただナショナリズムではなく文化ナショナリズムならそれは否定できないのである。
政治ナショナリズムになると問題が起きてくる。
文化大革命の恐るべき弊害もやはりイデオロギーを優先した結果でありまたカンボジアの大虐殺もそうである。
イデオロギーとか宗教を優先させると人類はそのことで恐るべき殺戮が平然と行われたのである。それはカトリックから始まっていたのである。
その反省から宗教分離による近代国家が生まれたのである。
これが日本と関係ないかというとやはり関係している。その象徴が創価であり公明党である。これはもともとその日蓮の教義が【王仏冥合】を唱えるから必然的にそうなる 王とは政治であり仏は法華教のことである。

法華経の本門の教えが国家・社会の指導原理となることによって、この世に寂光浄土が実現するという日蓮の教え。

創価と公明党は一体不二の関係でありそこに今回のような政治の問題が出てきたとき矛盾が生まれのである。
カルト宗教団体は民主主義国家と国民国家とか市場経済の原理とか近代を作ったものと相反するのである。
この世に理想国家が生まれと運動すること自体カルトなのである。
それは結局この世の利権を権力を手中にするということになってソビエト連邦も腐敗して崩壊したし中国共産党一党独裁も近代国家に脱皮しないとそうなってしまう。
それは日本の戦争も政教一致から天皇を神として起きたのもカルトだったのである。
天皇を神としてナショナリズムを推進した結果だったからである。
そういうイデオロギー優先の社会は前近代的なものとして否定してきたのが第二次大戦以降の世界なのである。
だから近代化というとき明治維新のとき天皇を日本の近代国家の中心に据えたということも矛盾だったのである。明治維新にも近代国家となるのに矛盾が日本にはあった。
天皇とナショナリズム偏重になるとやはり政教一致でありイデオロギー偏重の国家となり近代国家にはなりえないのである。
この問題は近代国家の成立の根幹にかかわるのにあまり論議されていないのである。
そうしたイデオロギーのカルト宗教団体が政権の一旦を握っていること自体が矛盾しているのである。

ではそうしたカルト宗教団体とかマルキシズムのイデオロギー優先の政党が勢力が常にもつのかとなるとそれはやはり社会になにかしら理由があるのだ。
底辺層にとってはそうした団体がなにやかにやと言っても必要なのである。
必要悪としても社会にある。丁度暴力団でも社会の必要悪として存在を主張するのと同じである。なぜなら自民党の議員と暴力団と関係しない人はいないというのもそのためである。そういう現実を否定できないのである。
誰も何もしてくれない、現実の生活で何もしてくれないとなると下層民は何でもいい、宗教もイデオロギーでもそんなもの何でもいいわからなくても生活保護を斡旋してくれるとか実益をもたらしてくれれば助かるとなる。
そのためにはまた政治的御利益をそうした下層民に与えねば力をもつことはできないのである。
ただ拝んでいればいいとだけでは何ら力をもつことができないからである。
馬券売り場で掃除婦として斡旋してくれたとか何でも実益を与えなければ力を持つことはできないのである。

もちろん別にそうでもない創価の人はいる、そんなに経済的に困る人でもないのも今は増えている。それもまたカルトに入っていることば変わりない、良く創価の人はいい人だよとか言うがやはり宗教的にはカルトであり間違っている
なぜならカルト宗教団体は集団的狂気になりやすい、宗教をイデオロギーを絶対化するからそうなる。それは天皇でも神道でも右翼でもそうなるのである。
イスラムも教義自体が王仏冥合、政教一致なのだからあのようなイスラム国の残虐性が生まれる。それは宗教と政治が完全に一致しているからそうなる。
イスラムの諸国はなかなか近代国家になれないのはそのためである。
サウジアラビアであれ一族国家でありその富はと独占されているから全近代国家である。それも石油とうい富で国が保たれているが石油がなくなれば中東のイスラムの国家は元の砂漠にもどってしまうかもしれない、石油の上のまさに砂上の楼閣だとなってしまうかもしれないのである。
だからそもそも近代化とは何であったのか問いなおす必要がある。

憲法学の立場では「政治上の権力」とは「統治的権力」を意味します。政治活動そのものではなく、法律を作ったり、人を裁いたり、税金を徴収したり、公務員を任免する「公権力」を意味しているのです
 http://www.d3b.jp/religion/413
 
第三文明で理屈を言っているけど実際は公権力を我が物にしよと選挙を最大の信仰として活動しているのが創価である。
公権力を独占すれば法律を作るのも人を裁くのも公務員を任命するのも創価でできることになるのだ。それは中国の共産党一党独裁とにている。
法律でも無視できる、市場経済の原則も無視できるからである。
中国では選挙ないのだからだから一党独裁になる。
日本では選挙があるからまさに選挙でしか権力を得られないから選挙に最大の力を投入しているのが創価なのである。それはまさに王仏冥合の信仰だからである。
創価大学は司法とか検察とかに入り支配しようとするためにある。
具体的に権力中枢の支配のために送り込むためだともなる
天皇の側近とかにも創価が介入していとか外務省でも創価の勢力が力をもっているとか
常に権力を具体的に得るための画策をしているのである。
 
 
 宗教の部
 http://www.musubu.jp/jijibunruishukyou1.htm



タグ:政教分離
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2015年08月27日

木槿(俳句はやっぱり写生だー写生の奥義を究めよ)


木槿(俳句はやっぱり写生だー写生の奥義を究めよ)

suzume22111.jpg



我が庭に木槿に石や落ち着きぬ
雨濡れて雀の来るや白木槿
雨しとと我に一日向き白木槿
鶏頭に黄菊の映えて偽らじ

雨しとと月見草咲きこの道を今日も通りつ田舎に住みぬ
のうぜんの暑さの名残り散りてあり雨しととふり季節変わりぬ
おおらかに芙蓉の咲きていやされぬあどけなきかも田舎に住みぬ
街中の家に赤々とさるすべり鶏(かけ)も鳴きにき田舎町かな

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この頃雨がふる、秋雨なのだろうか?また残暑があるみたいだけど秋である。
庭の木槿の白い花が雨にぬれている。
そして塀に雀がやってくる。その景色のままを写生にした。
雨にぬれている雀がくる、白い木槿が咲いている
そこには何も飾るものがなない、ありのままの写生である。
ただそこには深い真実がもの言わず現れている。
それをどうみるかイメージするかは人によって違う。
雨にぬれた雀とは人に例えれば誰になるのか?
それはそれぞれがイメージすることである。
そこにはいろいろなものがくみとれる景色なのである。
雨ぬれた雀はかわいそうだなとかみるしただそこに白い木槿が咲いている
その雀はやはり人間に見るのである。

なんか雀は庶民であり貧乏人にも見える
ただこうしたシーンを貧乏の時代に見ていたらまた違って見える
その時はしさらにしみじみと我が事のように見えるかもしれない
貧乏なのだけど濡れた雀だけどそこに白い木槿が咲いている
そこには田舎の素朴なものの象徴である。
つまり貧乏な時代だと自然の風景でも一段と心にしみ入るものがある
飽食の時代はそういうふうに見えないのである。
だから貧乏は嫌であるが貧乏な時代には清貧がかえってあった。
清く貧しいということがあった。
そこに精神的に深いものがあった。
豊になってかえって精神の深さは消失するということもあったのである。

 
俳句は写生でないと深いものが作れない
それはあまりにも短いからである。説明できないからである。
だから俳句は読む人がよほど鑑賞力がないとどこがいいのかもわからない芸術である。
要するに鑑賞する側によってその良し悪しが決められるとまでなる芸術である。
それだけ読み取る力が必要になるからである。
だから俳句を作る人より鑑賞する人の方が大事だともまでなる。
俳句の善し悪しは作る人より鑑賞者によって決まるとなるからである。
その背景をいかに読むかが問われているからである。

いづれにしろ写生は物の真実を見つめることである。
ありのままが実は深いものを語っている
雀は自然は何も飾らない、人間ほど飾るものはいない、なぜそんなに飾らなければならないのか?
嘘だらけの虚飾だらけの人間も普通にいる、自然は飾らないことで真実をしめしている
別に貧乏でもいいではないか、この世に生きるということは虚飾であってはならない
貧乏は貧乏でも生きることは自然の中で生きれば自然と調和したものとなる
白い木槿は別に金持ちの家の庭でなくてもどこでも咲いているのである
おそらく貧しい時代でもそうして花は映えていたし一層調和して咲いていたのかもしれない
それがなぜか貧乏というものがわからなくなり豊になることを装わなければならなくった嘘をつき借金までして豊かさを装うということが何か間違っていた。
この辺ではそうである。原発でも何でもいい金になることなら何でもいいとなっていた。それをとめることは誰もできなかった。それは日本がそうであり世界でもそうなのである人間が求めるものが何か間違っていたのである。

貧しい、しかしその心は清く生きている、その時ボロを着ていても美しいものがあったのかもしれない、ただそういうものは忘れられてしまったのである。
昔はただ貧乏でありみじめなものとしてしか見えなくなったのである。
なぜ自然は美しいのか?。それは飾らないありのままであるからだ。
人間はなぜこれほど豊なのに美しくないのか?
その心はもう金しかなく清い心などない、どこまでも欲望を満たす金を求めているのである。
お前もそうではないかとといえばある程度はそうである。
お前には貧乏の苦しみなどわからないというのもそうである。

ただ自分は真実を追及してきたのである。虚飾的なものは拒否してきたのである。
虚飾があまりにも多くなった、貧乏はあってはならない見えてはならないものとなった。それもまた虚飾なのである。
貧しいときはみんな貧しいのだから貧しさが気にならないということがあった。
その貧しさのなかで共有する人間のあたたかみもあったのだろう。
過去はただ否定的に見られるが今の社会の方が人間の方が失ったものが大きいかもしれないのだ。
借金までして贅沢して虚飾の生活していた人は何なのだろうと思う
そういう見栄とかを軽く考えているがそれも怖いことになる
そんな見栄のために他人が苦しめられるからである。
病気の時に借金で責められたからである。
そんなにまでして成功を装いたいのかともなる
現代はそれ相応の生活などしていない、借金している人が多いからである。
だから雨にぬれてくる庶民などいない、金もないのに虚飾の生活をしているのである。





タグ:木槿

aflican flowers in variety (abstract pictures imaged flowers)


aflican flowers in variety

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photshopでこの花が次々に変化してゆくのが見られた
その一枚一枚が絵になっていた
パソコンい抽象画は変化の芸術なのである。
無限の変化の芸術である。
だから抽象画、いくら有名な作家のものでも同じだとあきる。
なぜ変化しないのかとなる
これは具象画とは違ったものなのである。
定まらないものが抽象画なのである。
だから一つの抽象画はいくらでも変化してゆくのである。
だから一枚の絵ではなく変化してゆく絵として見るのがいい
それがでphotshopのプラグインで見られたのである。
posted by 老鶯 at 13:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 抽象画の部(abstract)

原発事故を自給自足の生活から見直す (今は田舎の方が都会より贅沢であり不便を感じない)


原発事故を自給自足の生活から見直す


 
(今は田舎の方が都会より贅沢であり不便を感じない)

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丸森で見た炭焼き

●田舎は地方は戦前までは自給自足で都会に頼っていなかった
http://musubu2.sblo.jp/article/103786963.html

富めりとも翁の身には知らざらん木の間のけむり絶えずのぼりて 大和田建樹

これは前にプログに書いたものだった。膨大な量になったから自分でも何を書いたかわからなくなった。
何度も書いているけど人間の生活は戦後十年まで自給自足だったのである。
現代では自給自足の生活がどうしても理解できないのである。
今になると自分自身でも田舎に住んでいても理解できなくなっているのだ。
まず水道とか電気もほとんど使っていない、電話だったないだろう。
郵便は配達されていた。江戸時代だったら飛脚だけどその頃も郵便は配達されていたのである。
赤いポストがどこにでもありそれが象徴だった。
馬車というのが馬車屋とかあり運送をになっていた。だから駄賃とかが生まれた。
その頃車などないからそうなっていた。
燃料は近くの山でとれた木材で炭にしていた。それは江戸時代からつづいた継続された生活だったのである。
自給自足だから自家生産であり納豆まで農家では作っていた。

今でも栃窪辺りに行くと山の家があり薪が積んでいる、そしてきれいな水が山から流れてくる。
そしてその小川で洗濯もしていたのかもしれない、道を鶏がよぎり放し飼いにしている。鶏が放し飼いにしていることが何か牧歌的というか自然的でありなごみを感じる
卵の大量生産のためにボイラーにされる鶏は嫌な光景なのである。
卵はかなた貴重なものだった。卵は実際は病人しか食べられないものだったである。
玉子焼きは贅沢なおかずだったのである。
だから自分が家で店をはじめたとき子供の時卵を自転車で農家に買わせられたのである。その頃農家でも街でも自家営業が多かったのである。
今はほとんど会社に勤めているし会社員なのである。コンビニの店員も実際は会社員である。時給いくらで働くから会社員というのでもなく一時雇われのようなものだろう。
そもそも会社の起こりは....屋というとき家が会社の起こりである。
自給自足の生活がわからなくなたっというとき、水も燃料も時給だということはそのために金を払う必要がないのである。金を使うことは外部に頼るということなのである。
だから現代は自給自足の生活からすると百倍も外部に頼る生活なのである。
なぜならグローバルになれば外国にも頼るようになっているからである。
だから常に金がなければ暮らせない、金はいくらあってもたりない、金になれば原発でも建てろと積極的に誘致したのである。
原発とかそうした巨大科学技術に頼るときそれは一つの神のごとくにならないか?
無限のエネルギー作り出すのは原発であり原発を運転するものは神官になる。
そのは下に従属するものとして地元の人たちがいる。原発の周辺では三分の一くらいが原発にじかに勤めていたし地域の経済も支えていたのである。
そしてそこで直接働く人は固く口止めされていたのである。
「原発は安全だ」ということをそこに勤めた人は外部に神の命令のように言うことを強制もされていた。だから原発のあるところでは地元の人がそうだとすると原発は安全でないとか言えないのである。

一番の問題は放射能のことはわかりにくいし理解できないからである。
公害であれば水が汚染されて赤くなったなどとなればわかりやすいから危機感を感じる
放射能に関しては見えないから危機感がないのである。
文明というのは石油がなくなれば原発がなくなれば終わりだとなる。ガソリンがなくなって車がこの辺では一時動かなくなった。そのことが一番影響があった。
なぜなら車があれば遠くに言っても買い物ができたからである。
車がなくなれば鉄道もないのだから遠くに行けないから品物も遠くからも入ってこないから大きな打撃になったのである。
その時まだ自分のところは電気が通っていたし水道も通っていた。米もあったので米とノリくらいで二週間生活していた。
その米も一週間でなくなった。その時町から古米が提供されたのである。
おにぎりとかも提供されていたがたりないので自分は食べてことはない
母は寝ていたので移動はできなかった。ここでも30キロ圏外だが半分は移動した。
何が起きたのか良く自分は理解できないので原発が爆発したとき外を出歩いていたのである。その時一番高い時に被爆したことは確かである。
でもここは海の方に放射性物質が流れて放射線量は高くなかったのである。
実際は飯館村とか福島市とか二本松市とか郡山市が風の影響でこの辺より放射線量が高くなっていたのが意外だったのである。
ただ30キロ圏で区切られたからそこで補償金の問題が起きたのである。

田舎を考えるとき不思議なのは自給自足の生活が戦後十年までは江戸時代の継続としてあった。それが今や理解できなくなった。
ただ自分はその生活を子供のとき経験しているからわかるのである。
その後の世代は急速に高度成長時代で豊かな時代に生まれているからわからないのである田舎というとき今は都会より田舎の方が暮らしやすいことは医療関係をのぞいてはそうである。不便を感じないのである。
通販の発達を大きかった。パソコンを二台でつなぎリンクさせるものがあった。
これは便利なものだと思った。2000円くらいでは安いと思った。
すぐにアマゾンで注文したら次の日には届いているのである。
田舎でももしう買いなものはないという便利さなのである。
本でも専門的なものでは買えないものはないのである。これは田舎にとっては便利である今までは仙台まで行かないと本も買えないし何かこうした便利なものは田舎では買えない、電器店でも売っていないのである。
中古品のパソコンを買ったけどこれも普通に使える、今古いパソコンwin7とと新しいwin8を二つつないで使っている
インターネットでも情報的には飛躍的に田舎にとっては便利である。
これだけのものを日本だけでなく世界に発信できるからである。
写真がいいからとアメリカからメールで連絡があったのもそのためである。

今はいろいろな面で田舎の方が暮らしやすいし贅沢である。
最大の弱点は医療関係である。自分の一万の町には医院は二つしかない
一つは老人であり実際は一つになっているだろう。
総合病院はあってもなかなか専門的なものはみてもらえない
でも隣の市ではあるが通うとなると車がないから不便になる。
自給自足の時代だったらそもそも医者にかからず死んでいったのだろう。
お地蔵様に祈るくらいで死んでいったからこの点では相当に差があった。
お地蔵様には腰が痛いとか腹が痛いとか目にきくとか分担があった。
結局お地蔵様に祈るほか何もできないということだった。
その点をのぞいて田舎で不便を感じることがなくなったのである。
だから別に東京に憧れというのも少なくなったと思う
田舎に仕事がないからと東京に行くとして東京の生活と田舎の生活は変わりないのである


ただエネルギー効率とか現代の生活は実際は田舎の方が都会より車を利用しているから高いのである。田舎の生活はエネルギーをかえって車を使うことによって消費する度合いが都会より八倍とか高くなっている。車というのはそれだけエネルギー使うものなのであるそれから限界集落とかなるとやはり電気でもインフラか必要になる。
それは180倍もコストがかかるとかなるからそれだけいかに便利さのために金がかかるから限界集落など税金の無駄だとかなる。
そういうふうに言われれば田舎に住む人も肩身が狭くなるのである。

富めりとも翁の身には知らざらん木の間のけむり絶えずのぼりて 大和田建樹

都会の人が富んでいるとも田舎に住んでいる暮らしていける、都会のことなど知らない、、ここでは炭焼きしてその炭焼きの煙は絶えずのぼり暮らしがなりたつ
都会の人がどうこういわれることもない、別に電気も水道も自活しているし頼らないからだ。当時そういう自負があった。
そういうものが文明化でかえって喪失した。
原発があって町がなりたつ、原発が未来だとまでなっていたのである。
そうして水も土も木材も森もすべて放射能に汚染されて住めなくなったのである。
そんな昔にもうもどれないというのも確かである。
では未来とは何なのか?それは現代の生活から見えない、かえって過去のこうした自給自足の生活を見直すとき見えてくるのである。
自給自足で生活していた人はこういう気持だったのかとわかり理解するのである。
現代人はまずこういうふうには思わない、金しか頼るものがないとなっているからだ。
それはとりもなおさず外部のものに頼るしかないということである。
そして結果としてはもう放射能に汚染されたから住めないと言われるけどもともとそういう自給自足の生活などなくなっているのだから外部頼りなのだから金さえもらえば外部に流出するのも自然ではないか?

だから小高でも実際帰るのは千人くらいでその八割は老人だというときどうして復興などできるのだろうか?
そして小高病院の配管を直すのに7億円もかかるということである。
インフラの修復にもそれだけかかる。それは限界集落で180倍もコストがかかるというのが現代なのを象徴しているのである。
田舎では車までも実際は都会よりエネルギーを使っていたのである。
田舎の方が都会より今では贅沢である、しかし田舎的な自給自足生活はないのだから
外部のものに原発に頼りとなるともう田舎は田舎でなくなっていたのである。
田舎は素朴などないのである。金しかなくなっているのは同じである。
自分が病気で経験したことを書いたけど「金をくれ」と家に来てそのまま家捜する人もいて大金を失ったことや借金のために自分が病気のときチャンスだと借金を要求してくるとかただ金を要求することしか頭にない、金しか頭にない
それだけまた金に追われているのが現実である。
田舎でも義理人情など全く喪失してしまっているのである。
田舎の人が素朴などというのはとっくの昔に消えているのである。
田舎の人も金,金、金しかないのである。
もちろんそうした昔には帰れないというのも現実である。
でも未来は何かというときそうした過去を歴史をふりかえることから未来が見えてくるから歴史や昔を知らねばならないのである。

タグ:自給自足
posted by 老鶯 at 05:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2015年08月25日

Mystery flowers abstract pictures arranged by photoshop imaged lavenders


abstract( Mystery flowers)

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海中の遺跡の花(flower in a ruin into the sea

 

photoshopには様々な機能がある。
プラグインは優れものである。
何かわからない使いこなせない機能がある。
だからこれを使いこなすことはかなりの時間がかかる
これを使いこなせば無限に抽象画などができるかもしれない
ソフトはいかに使いこなすかが勝負である
いろいろな機能かあっても使いこなせないのである

パソコンの芸術はソフトに相当に影響される
自分が創作しているというのではなくソフトが作り出すものを
自分なりにアレンジするからである。
だからphotoshopを使いこなせば無限に創作範囲が広がる
写真もいろいろ加工できる
これは優れものだった
加工芸術には不可欠のものだった

パソコンのソフトによって新しい芸術分野が開けた
これは明らかにart(技術)だったのである。
西洋の概念で芸術は技術だとして発展したことがわかる
パソコンとかインターネットは今世紀最大の発明だったのかせしれない
ただこれをまだ人間は使いこなせていない
自分が抽象画を全く絵を描けなくても描いたようにである

パソコンは人間の知能と深くかかわっている
だから今までの物理的な技術とは違っていた。
パソコンはどう変化するかというと人工知能を追及するようになる
その一つが抽象画を絵の才能が全くないのに作れたと言うことか一つの例なのである。


抽象画はいろいろイメージできる、これはラベンダーをイメージしてもいい
ラベンダーは確かにこういう花ではない
でも何か紫であり匂いが神秘的なのである。
だから形にとらわれなければこういうふうに抽象画にできる

タグ:神秘の花
posted by 老鶯 at 23:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 抽象画の部(abstract)

キプロスに寄港した一時(詩) (6時間ほど船で寄港した思い出)


キプロスに寄港した一時(詩)

(6時間ほど船で寄港した思い出)

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キプロスの名と由来はどこに
CYPROUS(cyprus)糸杉と銅の国(copper)と
地中海の要衝に位置しその歴史も古りし
糸杉はレバノン杉と同じくエジプトの船の材に
ローマの劇場跡やここにもローマは語りぬ
その山中深くギリシャ正教の教会
古りたる石のごとくにありぬ
イコンを守りて民の祈りはつづく
しかしここに獅子心王と名をはせし
十字軍のイギリスのリチャード王
そのこもりし城の城壁は海を望みて古りぬ
東方に富と知識と技芸豊かなり
そを果敢に奪い取れ
十字軍の要塞は各地に作られぬ
これにイスラムの英雄起こりて駆逐せり
キリスト教とイスラムの熾烈な戦いは今もつづく
マルタにロードスにシリアにイスラエルに・・・・
十字軍の基地は聖地エレサレムを包囲する
その後大英帝国はマルタをキプロスを手中にし
エジプトのスエズ運河の利権を得る
しばし船の寄港地として立ち寄りて
地中海の明るい陽光にアーモンドの花の咲く
手にせしはイギリスのコインなり
エジプトの金はエジプトポンドなり
大英帝国の威光は砂漠に沈むピラミッドまで及ぶ
船に寄港してその一時の思い出、キプロス
船はまた次ぎなる島にたちよりぬ



世界遺産のキプロスを扱ったのが先日放送された.キプロスの悲劇は小国家の悲劇である。大国に挟まれた国はそうなりやすい、そして何故そうした小国が存在するかというと大国の思惑で権力の綱引きでそうなる。ベルギーとか朝鮮とか台湾とかベトナムとかも一時そうなった。そもそもクエートという国はアメリカなしでは存在しえない、おそらく韓国にあった任那(みまな)という国はクエートととにていた。というのはかやの国の任那は鉄の産地であり一時鉄の延べ板が貨幣と同じ役割をはたしていたのだ。つまり石油だったのだ。そもそもなぜアルジェリアのようなところまで日本人が行ってるのかわからなかったが石油がとれるということで結構日本人が行っていたのである。フランス語の通訳する日本人とかいろんな人が行っていた。キプロスもまた地中海の要衝にあり銅とか船の材の糸杉の産地だった。copperというのは地名であり銅の意味ではない、そこに銅がとれるので名ずけられた。アルゼンチンなども銀の意味だそうだから類似のものだろう。レバノン杉が船の材として切り取られたように木材の産地だった.
 それ以上にここが中東とヨ−ロッパ圏の境にあり軍事的にも重要なポイントになった。中東ににらみをきかすにはいいのでナトーや日本の自衛隊の幹部もここに派遣されていたのだ。アジアににらみをきかす沖縄と同じように位置的に重要な島であった。ここの悲劇が台湾や朝鮮と良く似ているのだ。大国の綱引きの場となる故そうなるのだ。ギリシャとトルコとの敵対するというより背後に大国がからんでいるため分断されるのである。ヨ−ロッパの十字軍の基地がマルタやロードス島やキプロスに置かれた図式が現代に反映しているから歴史と言うのは連続性の内になりったているのがわかる。十字軍の基地がシリアやイスラエルにもありイスラム圏とヨ−ロッパ圏の争いは長いのである。トルコはそのなかでEU加盟に熱心なように中間地帯になってきた。三国志の権力争いも大国が二つではうまくいかないので三国で平和保つ政策で権力を拮抗させる現実的解決方法を目指したのだ。こうした小国はかえって歴史を凝集して残しているので各国の興亡を狭い地域に残すので注目されるのである。イタリアのシチリアなどヨ−ロッパの歴史を重層的に地層のように残していることがNHKの放送でわかった。
 
これは引用が長くなったが情報の集積として興味深い
今はこうして情報の集積をしやすい、そこから見えてくるものがある。

人類が消えた世界 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)[文庫]

アラン・ワイズマン
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クリック拡大

これは前に時事問題の深層で書いたものでてある。詩は一部書き加えた。
キプロスが印象に残ったのは船で6時間くらい寄港したことである。
その時アーモンドの花が海に向かって咲いていた。これは確かに桜の花とにていたのである。
それはアーモンドの花だった。当地の人は花よりアーモンドの実として意識している。
船旅がいいのはやはりこうして一時寄港したりするときである。
6時間だからほとんど何も見ていないがそれでも一時でも寄ったということで記憶に残る旅はともかく記憶に残ることが大事なのである。
なぜなら外国になると歴史的なものでも何でもわかりにくくなるから余計に何かを意識できず忘れるのである。
ここで自分が書いてことをテレビで専門の学者の人が同じ指摘をしていた。
キプロスはヨーロッパの国にとって要所であった。軍事的にも中世からも要所だったのである。中東は日本にとっては遠い国だけどヨーロッパでは歴史として一体化しているから関心の度合いも違うし争ったとしても兄弟が争うともにているのかもしれない
骨肉の争いともなっている、それは朝鮮半島と日本ともにている。
この分析が正しかった、自分はそれほどキプロスには詳しくないし6時間寄港しただけだったけど一回でもともかく外国でもその地を踏むことは本で読むより効果がある。
ともかく自分は外国旅行したのは50才すぎてからだから一人旅できたのは自分ながら今になると良くできたなと思う。
海外になれている人は今は抵抗がない、なれない人はやはりハードルが高くなる。

キプロスはギリシャの古代からローマから中世から現代と歴史が地層のようになって残されているから面白い国になる。
トルコであった人はキプロスに別荘をもっていた。キプロスは別荘の多い国であり保養地なのである。今はギリシャとトルコに国が分断されている。
これも朝鮮半島とにているのである。
ともかく世界を理解しようとしたらこれも旅行を欠かせない今の人はそういう点では恵まれている。
海外旅行はその頃はそれほど金はかからない、そこであった若者はイスラエルで仕事としていた。別に普通の労働者だったのでしきりに日本に帰るのが嫌だと言っていた。
戒告では働くに時間がルーズであり働きやすいと言っていた。
日本ほど過酷な労働条件の国はない、過労死があるなど外国ではないだろう。
今はどこでも外国でも日本人と合うから外国旅行はしやすいのである。
外国旅行でももちろん国内でも何かを読まれるものを書くとなるとそれなりの知識が必要になる。
まず言葉がわからないからこの遺跡は何なのだろうということがわからなかった。
一人旅だと説明してくれるものがないからである。
それでかなり損したとなるが百聞は一見にしかずでその地を踏んだという経験が大きかった。

文明の十字路ーキプロス
http://musubu2.sblo.jp/article/64110080.html

ここでも書いたがキプロスについての情報は集積されている。
今のイスラムでもシリア辺りでもいろいろな国が交代していた。
トルコもそうであり支配は変わっていた。だからイスラム国を主張するのはそうした歴史があるからである。それがわからないにしてもあの辺の歴史は常にそうして国が代わる代わるになり支配されたり支配したりしていた地域なのである。
 

2015年08月24日

インターネットの一番の恐怖 (記録したものが一瞬にして消える)


インターネットの一番の恐怖


 
(記録したものが一瞬にして消える)


インターネットの一番の恐怖の恐怖はパソコンでもウィルスで一瞬にして記録したものが消える恐怖である。それは何回か経験している。復元できないものせあった。
せっかく俳句とか短歌を作ったのに復元できなくなった。
これまでの苦労が一瞬にして水の泡になく恐怖である。

これはパソコンだけではない、レンタルサーバーとかプログを使用する場でも起きている突然報告もなくプロクが消されたとインターネットで報告しているのを見た。
何か違反があっても報告もなくプログが消されるのかとなると恐怖である。
一回さくらのレンタルサーバーで故障で記録が消えたと連絡されたときはショックだったでも予備に記録してあるので復元されたのである。
さくらのレンタルサーバーは保守はしっかりしているという
他のプログでは全部プログをもっているものが消えたこともあった
一方でいつまでキャッシュとかで犯罪を犯した人が記録が消されないので困ったという人もいた。
意外とインターネットは通信記録が残るから人物が特定できる

自分の経験で恐怖だったのは突然自分が病気で入院したときだった。
帰ってみてレンタルサーバーに支払う期限があと一日で切れるところだった。
それはカードの期限が切れていたからである。
その月で期限が切れていたからメールで連絡があったのだが入院していた時期に見ていなかった。
インターネットは必ずもメールを見ていないことがある。
自分はメールはあまり見ていない、見ているのは毎日書いているプログである。
だからプロク中心だからプログのコメントとか連絡されると見る
なにしろ忙しいのでいちいち対応できなくなっていた
そししてあわてて電話でレンタルサーバーに連絡した
カードの期限を伸ばすので消さないようにとお願いした。
それもなかなか聞き入れてもらえなかった
プログだけではない、ホームページも運営していた
ただこのて七年間は介護などでホームページはほとんど更新していなかった
だからプログ中心でありそのプログが消されると膨大な記録が失われので
自分の努力も水の泡となる

インターネットは新しいメデアだから様々な問題がある。
でも今回の大阪の中学生の男女が二人殺害された事件の犯人は45才でフェスブックとかしていて記録が残っていた。
そんな人もインターネットししているのが現代である。
労務者ならしていないようでこの前あった人もインターネットしていて詳しかった。
この辺には他の県の人が大勢除染などて入ってきている。
その犯人も除染で福島県に来ていたのである。
なんだからがらの悪い人がきて治安が悪くなったとか心配しているのもこの辺だった
犯罪は大阪で起きたからここてなくて良かったとなる
でも何かフクシマで起きたかもしれないとなると怖いことは確かである。
外部からの人は素性が知らないから困るとなる
この辺はとにかくいたるところプレハブの宿泊所が建っている

さくらのプログはおまけでやっているから力を入れていないというのは本当である。
何か他のメジャーなプログと違ってプログの情報を会社側で何も操作しない
他のプログではそメンバーで共有する機能があった。
だから会員になるとそこの内部で情報を共有しやすい
でもそうなると会社側で操作されるので嫌だという人もでてくる。
自分は何か嫌である。
さくらのプログは全くそういうことがない、何の操作もしないのである。
プログランキングとか何にも操作していないのである。
だからアクセスを増やすには良くないかもしれない
それでもセオ対策しているとか書いてあった。

今悩んでいたのがアクセス解析とか保存整理とかの問題である。
なぜリンク元がなしが9割もなのだろうということがわからなかった。
ブックマークが主だからだとなるとリピーターが多いのか?
でも読まれているページは500とかなる
ページビューは二つのプロクで2000以上になっているから最近また増えてきた。
しかしほとんどリファラーなしリンク元なしだからどういう人が来ているのかわからない外国から写真がすばらしいとか連絡があった。
これも返事はしていない、常時見ている人は写真だから外国でもいるとなる
外国だとどう使われているかわからない
だから良くオリンピンクのロゴがパクリだとわかったのか不思議である。


ともかく自分の課題はこれまで書いてきたものをどう整理するかなのである。
今度はそれで本にしてみようかとgoプログにも試しに作った。
アクセス解析が充実しているのがいいと思ったからだ。
そこは写真を出すのに便利である。livedoorもそうである。
でもlivedoorはアクセス解析では充実していないのでやめた
本を出すのにも対応していない
何かインターネット内にはいろいろな便利なものがある
ただそれを理解して使いこなすのがむずかしい
自分は十年以上インターネットしていてもそういうことがわからないのである
そういう技術的なものを理解することがむずかしかった

とにかく親の介護になったり自分の病気になったりしてから自分はなにかそうしたインターネットのめんどうなことにかかわることができなくなった
だからコメントでもいちいち答えられない
ただ暇をみてやっとプログに一日分出すのが精一杯だった
前は三食付きだし何も家のことなどする必要がなっ交野である。
介護になってから毎日家と格闘し続けてきたのである。
だから第一家のことが七年たっても整理できない
姉のことが写真でも残したものを整理されていない
着るものからなにから自分のものでも整理されない
母のものでも着るものなど整理できないのである。
整理という掃除もあるしこれもなかなかできない
だからゴミ屋敷になるというのもわかる

つまりみんな簡単に捨てられないからそうなる
7年間も家にかかりきりでも整理できないのである。
ともかく記録したものを整理しようとしているのだがこれもいろいろありすぎて自分でもわからなくなった。
まず何でも一人でやることは大変なことである。
例えば家事をするにも料理となるといろいろ食材を点検すること自体手間なのである。
そんなに人間はいろいろなことができない
だか以前として買い物だ食事の提供だ、掃除だ.......
休む暇なく追われているのである。
ただこうしてプログだと簡単に出せるからつづいたのである。
今年の夏は暑くてまた整理もしたくなかった
涼しくなったからともかく家のことでもインターネットでも整理しなければならない

本の整理もまた一苦労である。家が傾くほどの本があったが半分が古本屋にださずにゴミとして捨てた
ところが今度は新しい本をアマゾンで調べるために買うのでまた増えたのである。
本というのも整理するのに苦労なのである。
これも役にたつものがあると捨てられないから困るのである。
確かに読んでいても利用していなから読んだともなっていないのが多かった。
今は自分の文脈で利用しているから本は理解しているし利用できる
深く理解できる、本というのもインターネットより深い情報があるから今も必要なのである。
アマゾンでない本はない、安いものでまにあわせてもいくらでもあるというのは便利である。
だから今は仙台にも行かなくても情報弱者にはならないのである。
仙台の大きな本屋よりも情報は本は瞬時に買いるからである。

最近多少余裕ができたようだがまだまだ追われる生活だから苦しい
第一そんなにいろいろなことに人間は頭が回らないのである。

livedoorはやめてgooプログにも試しに作った

困ったのはプログは簡単に移動できない、ドメインを簡単に変えることができない、
変えると一旦アクセスしたものが切れてしまうことが問題である。
そういう人は自分だけではない、簡単に変えられないということがこれも大きなインターネットのサーバーを借りる問題だったのである。
インターネットは以前として様々な問題があり解決されない問題がある。
ただこうした事情でも一日一回書き続けられたのはプログがあったからである。




何か与えることがないものは生きていけない (貨幣とは何なのか?)


何か与えることがないものは生きていけない



 

(貨幣とは何なのか?)




あなたの一番有益なことをしなさい

金は与えます

金のために働く必要はありまん

あなたは何をしますか

あなたは何に一体時間を費やしたいんですか?

とにかくあなたが時間が費やしたものが人生です

漫画を一日読んでいたい、音楽を一日聞いていたい

そうしたいならそうして下さい

それがあなたの人生です

ところがです、漫画を一日読んでいたというが

それは誰かが創作して苦労して作ったものなんです

音楽を一日聞いていたいというけど

それも誰かが創作したものなんです

うまい料理を食べたい

うまい新鮮な野菜を食べたい

うまい肉を食べたい

うまい魚を食べたい

、、、、、、、、、

それも誰かが苦労して作ったものなんです

私は快適な家でのんびりしたい

それもその家も誰かが苦労して作ったものなんです

自由に旅行したい

それも乗り物でも食べることも泊まることもしなければならない

それも誰かが提供して旅ができているんです

本を読みたい

本ならインターネットでいくらでも買える時代

でも誰かが運びその本の内容も書くの苦労しているんです

そして車で苦労して運ばれてきているのです


人間が無料で提供されているのは空気くらいでしょう

今や水さえ水道管を通って人の力で供給されているんです

そのために払っているのが代価が金になっているんです

金など株とかで入ることあるんじゃないか

親の資産でのうのうと暮らしている人もいる

そんな人は何の苦労もしていないじゃないか

それそうですが、親の資産でも親が苦労して残しているんです

金は簡単に生まれないんです

株だったいつももうからない、必ず下がりますから

また金は万能ではない

物価が高くなり金は紙切れにもなる


この世の中、人は何かを人に供給する、与えないと生きていけないです

あなたは何を与えられるのかです

あなたが何もしなくてぼーっとしていたい

でもあなたは三食食べねばならないし住む家も必要でしょう

それも必ず誰かが苦労して提供したものなんです

問題はあなたは何を与えられるかなんです

何も与えることがない人は何も与えられません

世の中とはそういうものではないですか

働くのは金を得るためではありません

誰かに何かを与えるためなのです

肉体労働でもそうです

暑い盛りに外で働いている人はそうでしょう

頭を使って働いて与える人もいるでしょう


私はパチンコ屋で働いています

それも誰かに与えるためですか

娯楽として与えるためですか?

それはあなたが金を得るためだけです

そんなものが与えることになるでしょうか

その人は借金を返すためにパチンコ屋で働いている

誰かに与えるためとかはなく何のためもないのです

それこそ金をえるだけのものとなっている

普通の仕事はなにかしら自覚しなくても他人のためになっています

金のために人は働いているのではないのです

金は一つの働くということが代価となるものなんです

金はすべてではない、金はメデアであり仲介するものなのです


ではなぜ収入にこんなに差があるのですか

おそらく多く与える人は多く金を得るのが理想だけど

金はとうしても不公平が生じる

金というのは無数の職業があるとき

いちいちその価値を物で与えたりしためんどうだから貨幣を作ったんです

それは人間の知恵です

その金に支配されるということがあってはならないのです

人間と人間のやりとり金が介在しただけなんです

理想は多く与えるのもは多く受け取る

少ししか与えないものは多くは与えられないというのが理想なのです

人間は何が与えられるかが一番大事なんです


働くのは金のためではないんです

そこが社会を歪ませる大きな原因なのです

国と国の関係もそうです

何も与えない国は何も得られない

何もない砂漠でも石油が与えられるから豊かになる国がある

日本は技術力を与えて製品を加工して売って石油を買っている

何もない国は安い労働力を売る他ないのです

金だけがあればいいようにみんな思っているけど

金自体には何も価値がないのです


貨幣で何かを交換できる、買うことができるから価値があるのです

黄金の金は黄金自体に価値はあります

それとて何かと交換できるから価値があるんです

アフリカでは黄金と塩が等価だったというのもそうです

なぜなら塩の方が日常の生活では不可欠だからです

黄金をいくらためても食べることはできないからです

食べるものを買うことができるとき黄金に価値が生まれるのです

金自体は紙にすぎないのです

それが交換能力を失ったとき金の価値はなくなる

ただの紙になってしまうのです

円安になれば外国のものはますます高くなり

日本の円の価値はなくなるのです

交換能力がなくなるからです


金は媒介するものです、メデアです

情報でもメデアなのだからメデアをもったものが力をもってはならないのです

マスコミはメデアをもったから権力をもち大衆を操作するのです

貨幣でも媒介するものが力をもちすぎるのです

世界的に交換するものが増えると貨幣の力も強くなる

なぜなら交換したい、買いたいものがグローバルに広がるからです

欲望もグローバルに広がるのです

そして金が世界を支配してしまう

アメリカのドルが世界を支配してしまう

世界の機軸通貨がドルだということは世界を支配するのがアメリカになる

ドルをもっていけば世界中でアフリカの奥地でも通用するからです

ドルだったら世界のどこでも何かを買うことができるのです

それがアメリカが世界を支配する力を与えたのです

世界の人は国はアメリカにドルを通じてひれふすのです

金融でもって世界を支配するのです

しかしアメリカの背後に世界一の軍事力があり

ドルだけでは支配できません

ドルもまた紙でありドルを価値づけるものがないと価値はありません


実際に価値があるのは石油であり技術力であり軍事力です

貨幣はただ媒介するものであり貨幣自体には価値がありません

ローマの貨幣が価値があったのはローマ帝国があったからです

アメリカのドルが価値があったと同じです

ローマが価値があったのは軍事力であり貨幣ではないと同じです

何か資源でも技術力でも何でも与えるものがなければ価値がない

貨幣自体に価値があということはないのです

貨幣に価値あらしめているのが本当の価値です

だから江戸時代は貨幣より米高で給料が支払われていた

米が貨幣の代わりをしていたのです


サラリーとはローマの兵に支払われたけどそれは塩のことだったのです

塩が金の代わりに支払われていたのです

だから貨幣に紙幣に価値があるというのはそうあらしめているものがある時です

日本に技術力がなくなり与えるものがなくなれば円は暴落する

何も買うことができない紙切れになってしまうのです

そういう恐怖が昨今の経済の中で起きてきているのです

日本に膨大な借金があるというときそれは何なのでしょう

日本銀行が紙切れをの紙幣を作り市場に出しても景気が良くなりますか

黄金でもあればそれなりに景気が良くなるでしょう

ただ紙切れをいくら刷っても景気が良くなりますか

そんならこれほど楽なことはないでしょう

働くこともないです、紙切れをするだけですから




今の世の中絶えず金のことを考えないと生きていけない

金のことが頭から四六時中離れられない

世界が金のことで頭がいっぱいになっている

株や金融が世界をかけめくっている時代はなかった

でもよくよく考えてみると貨幣とは何かとなる

貨幣は単なる紙切れでしかないのである

そんなものに価値があるはずがない

これはみんなわかっている

世界の経済の動きは金融ではない

その背後にあり紙幣を価値づけているものである。

日本の円が価値がなくなのは国の価値が減退したからである。

それはいろいろある、だから日本銀行が紙幣をすっても景気は良くならない

紙切れをいくらすっても景気はよくならない

そんなことで景気が良くなるなら楽である

だから何かバブルになったりするのは資本主義社会の宿命なのである。

膨大な金あまりになり何かそれで買えるのかとなり

チューリップバブルが起きたように絵画バブルが起きたように

なんでもいい紙切れをもっているより現物に価値があるということなのである




俺はありあまる金を今もっている

でもここにはなにもない荒野なんだ

ここでは水一杯も飲めない

金をもっていても何の役にもたたないんだ

自動販売機もないしな

金がここでは捨てるだけだよ

何とも交換できない、買うこともできないから

そのとき一人の人が馬にのってきた

「助けてください 水一杯ください、金はこれだけあります」

「いいだろう、全部もらおう」

「ああ、やっと水をもらっんて助かった」

金も荒野や砂漠なら買うものがないから何の価値もないんだよ




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2015年08月23日

青森へ新幹線で行った不思議(詩) (津軽鉄道の終点、中里駅の旅情)


 
青森へ新幹線で行った不思議(詩)

(津軽鉄道の終点、中里駅の旅情)

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新幹線ではじめて新青森についた
途中二戸とか八戸と三戸とか五戸
その辺境の地名のみが心に残る
そこははじめて下りた駅
そこから普通車に乗り換えて
山間をぬって弘前に行く
今年の5月は暑いが雪が残っていた
その山間をぬけると開けた地が浪岡
弘前の五層の城は古武士のような風格
北の果てなる地に古の威厳を保つ
いくつかの古風な門をくぐりぬける
桜は今一斉に咲き誇る
優美な岩木山はその城より望み映える
弘前は喫茶店の街だという
ここではじめてコーヒが薬として飲まれた
その謂われもまた歴史を語る
弘前から津軽鉄道に乗る
高い煉瓦作りの塀を巡らした斜陽館
それはまるで城であった
地主として富を独占した
いつ小作に襲われるかもしれないと
高い塀を巡らした
そこに冬は津軽平野の西風が吹きつけた
終点の中里駅におりると
一軒のタクシーが待っていた
その運転手が一三湖に案内した
その道すがら地吹雪をふせぐ柵を説明した
ここの地吹雪はすさまじい
ここはその地吹雪を経験しないと
ここで暮らすものの厳しさを実感できない
一三湖はにごり波立ち西風が吹きつける
春なれどなお西風が吹きつける
一三湖は思い出した
砂に埋もれて栄し港は消えたと
運転手は津波で港は消失したと
それが生々しく思えたのは
今回の津波でいくつもの私の故郷の村が消えた
そのことを語ったのもまた時の巡り
十三湖の砂に埋もれた宋の銭
ここに船は巡り栄えたのは幻や
今はただ荒寥と西風が濁る湖にふきつける
私の住む所は太平洋からは春になれば
東風(こち)が吹くと言った
ここは春になっても西風が吹きつける
一十三湊は私の心に残る
そしてなぜか中里駅のそのタクシー運転手
その人が心に残る
その息子は仙台にいるというのもわかる
そこに働く場もないのだろう
青森県は常にそういう場だった
不思議なのは新幹線で二時間もかからず
青森についてしまったことだ
それほど近いのかという驚きである
最果ての地にそれほど近いのか?
すると中里駅でも近いとなる
新幹線は何か距離を短縮する不思議をもたらした
遠くが近くなり青森の津軽平野の最果ての地につく
だから中里駅も隣のようにさえ思えた
私は旅をしているうちに人生の終点を感じた
そこが旅の終わりのようにさえ感じた
人間は何をしても終わりが来る
人生は短く旅も尽きる日が来る
みちのくの最果ての地で終わりくるというのも
それも旅をしてきた私にふさわしい
その人がその場所が印象に残る
今なお忘れられた知られざる村がある
黒石市から雪に埋もれた小国
バスでトンネルをくぐると小国があった
あそこもまた奥深い場所である
あそこにも村があり人が住んでいる
冬はしんしんと雪に埋もれて青森は遠い
しかし新幹線でまた近いという不思議
旅も終わり人生も終わる
中里駅の一台のタクシー運転手
なかなかここまでは訪ねて来ないんですよ
新幹線でよる人増えたんじゃないですか
そうでもないです
終点はどこでも印象に残る

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新幹線で新青森から弘前市から津軽平野の津軽鉄道に乗ったのは不思議だった。
その不思議さは二時間ほどで新青森につき弘前とか中里となると辺境の辺境、最果ての地であった。みちのくでもそこは最果ての地である。
だから遠いと思っていたが新幹線で近いなとつくづく感じてしまった。
実際は自分は一カ月くらいふらり旅にでて帰らなかった。
今や二三日旅するのに難儀なのである。だから介護や自分の病気やらで七年間旅していない、旅ができないということが信じられないことだった。
それも近くですら出かけられないというのもショックだった
今回青森に行けたのは新幹線があったからである。でなければ日にちがかかるからできない、新幹線が時間と距離う縮小したから青森まで行けたのである。
青森は何か最果ての地で印象に残る地だった
それも自分の人生の旅の終わりにふさわしい場所に思えた。

津軽鉄道の終点の中里駅は何かこれも不思議だった。
一台のタクシーが待っていた、そのタクシー運転手も印象に残った。
あそこに一台のタクシーがあったことが印象に残った。
自分はこれまでタクシーをほとんど利用していない
高いから利用していない、でもあそこにタクシーを乗ったのは利用価値があった
タクシーで土地の人と交わるということにも価値があった
普通なかなか土地の人とは交わりにくい、タクシーは一応商売だから案内もしたりする
それは全部でないにしろ何か印象的だった
タクシーは外部から人の窓口になっていたのである。
青森の黒石もその名から黒をイメージするのも不思議である。もの寂びた街をイメージするが本当にそういう街だった。こみせ通りとか雁木の通りがあったりするからだ。
そこからバスにのって温川(ぬるかわ)温泉に行ったことがある。
その途中にトンネルをくぐると小国という村があった。
小国というのは日本のいたるところにある。まさに遠く離れた辺鄙な所で自給自足して暮らしていた所で小国となった。これも極めて日本的な地名なのである。
津軽鉄道はまた旅情があった、これは次ぎに書いてみよう。

ただ津軽鉄道でも斜陽館のあるところまつでは行くが終点の中里駅まで行く人は少ないみたいだ
でも中里駅からタクシーで十三湖に行くと津軽平野の荒寥とした景色が身にしみるのである。
だからあそこのタクシー運転手は何か津軽の旅には欠かせないものだと思った。
車の旅だというこういうことがないが電車の旅ではやはり旅情がある。
自分は最初の二〇年間は電車の旅であり次ぎに四〇才過ぎて自転車の旅であり50になったら海外旅行だった、そうしているうち人生の終わりに近づいたのである。
人間はなにをするにしろいづれは終わる
そして必ず過去をふりかえるのだ
旅というの蓄積である。旅でも忘れやすいから記憶として蓄積しないと忘れる
もう思い出せない所がかなりあるだろう。
だから思い出せる旅を心に残る旅をいかにするかが旅の秘訣にもなる
たいがい思い出せなくなるのはその五感に感じたものを記憶に残さないためである。
旅でであった女性がいたとしてその人に気をとられていると自然に対する印象は消えて
その女性の印象だけがのこり妄想にとらわれて記憶が消失するのである。
人間のエネルギーは女性に費やされるのが多すぎる、そこで貴重な時間が奪われていたのである。
それだけではない、人間というのはいろいろなものに雑なものに時間を奪われすぎているのである。
自然に集中できない、様々な雑なものが雑音が入り自然を記憶に残せないのである。

寂けさや岩にしみいる蝉の声 芭蕉

これは雑音ではない、一心に蝉の声に耳を傾ける静寂が沈黙が江戸時代にあったから残った句である。
その時観光客もまれだろうし車の騒音もないからこそこの句ができたのである。
今だとそうした句を作ることはむずかしいのである。
とにかく旅というのは一回限りのこともある
その場にはもう一回しかいることがない、海外だとそうなりやすかった
人間は旅でも一期一会になるがそれより自然との出会いも一期一会なのである。
自分は人間の出会いより自然との出会いに重点を置いた。
人との出会いとなると今はその場かぎりで合う浅薄なものになっているからだ
だから旅では人と出会ってもそこに時間がとられると自然と一体となる時間が奪われるのである。

結局人間は才能ではない、五感というのもこのように絶えず磨いていかなとその機能も低下してゆくのである。それは何でもそうである。
人間は常に何かを蓄積しているのである。自分が蓄積したのは旅だった
その旅も何か人間の欲望を刺激するようなものだとそっちのことばかり記憶に残り肝心のものが何も記憶に残っていないということがある。
だから青春の奔放な欲望を解放したような生活はあとで怖いことになる。
心に美しいものが残っていないという恐怖である。
欲望の残滓だけしかないという人も結構いるのである。
それを自分でも青春の時も考えられないのである。
青春時代の汚点が老年になりかえって鮮やかによみがえり苦しめることになる。
そして青春は過ぎるのが早いのである。
心の中に珠玉のように美しいものを残すような時間をもたねばならない
それがのちのちの宝となるからだ。金だけか宝ではない、老人になると記憶が宝となっているのだ。
そしてもういくら金を積んでもその記憶を作れないしその時間をとりもどせないのであるこれは本当に厳粛なことである。

時間などいくらでもある、暇で暇でしょうがない、暇をつぶすのが一苦労だ
自分もそう思っていたのである。暇をもてあましていたのである。
それが暇はない、絶えず家事であれ介護であれ追われる生活なのである。
ああ、暇だなと思っているとその暇も消失している。
50で海外旅行しなかったらもう海外旅行に行けなかった、そうしたら今どき外国に行かないなど笑い物になっていたのである。
実際に自分の識見は海外旅行しなかったときはそうだった。
だから人間というのは経験すべきことは経験しておくべきである。
山登りも今は体力がなくなり時間がないからできない
でも何度も登っている山があるからそこから思い出して山の詩を書いている
これも実際に山を登らない限り詩も書けないのである。
山は登ってみて実感するものがあるからだ

次回津軽鉄道の旅に御期待!



タグ:津軽鉄道

livedoorに試しに新しいプログを作る


livedoorに試しに新しいプログを作る

写真も加工して映える

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クリック拡大


写真が加工することで映える、芸術は生のままの自然というのではない
何か加工することとかその人の個性を反映させて芸術化している
それが一つの技術である。artとは技術である。
だから写真そのままでは映えないが加工すると見栄えが良くなる
これはその一つの例である


livedoorに新しいプログを試しに作る

livedoorは住所も登録しないで作れた、試しに作ったが簡単だ
特に複数の映像がアップしやすいし操作しやすい

さくらのプログは映像をアップするのもめんどうである。
多くの写真を出すのには向いていない
写真の整理に便利なので作ってみた

ただプログというのも何なのか?
勝手に主催する側で消されとかの報告がある
全部自由ではない、もちろん悪質な何かがあった
その理由も伝えられなかったという

でも言論の自由が補償されないと全部消されるとなると恐怖である
自分のプログは膨大なものだから消されると再現できない
一応記録はとってあるから消えるというわけではない
でも一回さくらのプログで故障して消えた
でも回復したので助かった

パソコンの恐怖は一瞬にして記録が消えることである。
ウィルスでも一瞬にして消えた
でもプログでも会社側から通告もなく消されのが怖い
たださくらのプログは保守管理がしっかりしているというので安心した

インターネットは便利なのだけど怖い面がある
今はどうしてもプログ中心になる
時間の余裕がなく自分のプログでもホームページでも整理するのが大変な手間になる
余裕がなくてコメントにも答えられない
ただ忙しくてもプログは暇みてできた

インターネットはまた簡単にパクられる、これも相当な問題であるが調べようがない
だからよくオリンピックのロゴが調べられたと思う
世界になるともうわからなくなるからだ
インターネットは一手でも時間的に手間になるし時間がとられる
写真とか他でも整理のために試しにlivedoorで簡単にプログ作れたのではじめた
ただlivedoorが自分のプログにかかわるのは嫌である

でもなんでも自由に出すことができるということは危険でもある
何らかの制限が必要になる
でも一方的に通告もなしでプログ自体消されるということは怖い
自分はプログとかでしか表現できない
一方的に通告もなしで消す権限がプログにあるということはどういうことなのか?
そうなると言論の自由とかもないだろう。
もちろん制限は必要にしても何か批判したら圧力がかかったら消されるとなると
おちおち書いていらないともなる
何かそうしたものにルールがないのも困る

レンタルサーバーでもプロバイダーでも個人に対してどれだけの権限があるのか?
そういうことが明確にされていないのである。
事件になるとプロバイダーがら発言者が特定できる
livedoor では住所とか個人情報を書かなくてもプログが作れた
でもそうなると事件のような場合、その人を特定できるのかとなる
ただプログの発言でもチェックしているみたいだ
また著作権でも保証できるのかとなるとそれもない
何か勝手に利用されてしまうとういこともある
そういうことがいろいろとあいまいなのである。

ただ安全のためにプログは会社が違うところに消えたりするから二つとか作っていないとまずいともなる
インターネットの言論はまだ確立していない
でもこれは明らかに民主主義の発展にはつながる
自分の場合、インターネットでしか表現できないからである。
簡単に一般の人も表現はできない
マスコミ主導から脱するためにはインターネットは不可欠なのである。


タグ:livedoor
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2015年08月22日

特攻隊の死(詩) (70年過ぎて歴史となり評価されるー明治維新との相違)


特攻隊の死(詩)

 
(70年過ぎて歴史となり評価されるー明治維新との相違)



特攻隊の死


未来ある若き命を
強いられて御国のために
父母のためにと献げられぬ
何故と思う間もなく
御国の危機に献げられぬ
あたら若き命を
戦果ともならずに
特攻隊は敵艦めがけて
一心に砕け散るかも
その責は誰にありしや
その若き兵を誰か責めらる
ただ御国の危機に捧げれぬ
飛び立ちて突撃する心よ
神風特攻隊は武運はかなく消ゆ
ああ 時代の重みよ
戦いは敗れ同胞は異国の土に
はや70年の歳月は過ぎむ
やがてその日も忘れられむ
御国の魂と靖国に祀られるも
その命は報われざるかな
何故に若き命を
今は飽食にして国を思う若者なし
ただ享楽を求めて惰弱となりぬ
今非戦を語るは楽なり
しかしその時代の重みよ
三百万の命の代価は何や
未来ある若き命の代価は
その報いもなしや悲し
国難の明治は語られしも
太平洋戦争の死は無にされむ
何故の同胞の死なるや
今なお知らず70年は過ぎぬ
旭日に富士嶺高く日本の誠の心
平和と繁栄の日の70年
その果実は今美味とならむ
しかしまた危機の時代は来れり
国難はまたカルマと襲いかかる
未曾有の災害、経済の難、外敵の難
日本人の心は乱れ相争う
ここに故郷は消失して原野となり
あたかも戦後の焼け野原なり
国難の時勇み立つもののあれ
日蓮の激しく叱咤する声のあれ
そは衆の声にあらず一人立つ声なり
予言者の声にて衆の声にあらじ
衆より激しく責められしものの声なり
ああ 70年の歳月は過ぎぬれ
一時代はまた過ぎて次なる時代
日本の誠の栄はこれよりなりや
その前にまた国難の時は来れり
日本人よ心して立ち向かうべしかな



70年過ぎたときこれは大きな時代の区切りとなる。明治維新から70年で太平洋戦争でありそれから70年がまた過ぎたのである。
70年後とに大きな変化がくるというのは本当だった
津波原発事故とまさに自分の住んでいる場所がこんな大変化をする場となるとは思わなかった。
故郷を消失するなどこの辺が一番の変化に見舞われたのである。
これは一地域の難ではなく国難なのである。日本全体に及ぶし世界にも及ぶ
原発の災難はここだけのものではない世界的なものだからである。
危機は国内だけではない国外からも起きてくる。
個人的にも悪いことは必ず重なるのである。良いことも重なるのである。

戦争で一番印象的になったのは神風特攻隊である。
それぞれが神風特攻隊に一員としてイメージしてその突撃に向かう姿を思い浮かべたらどうなるか?
それは空恐ろしいものではないか?20くらいで死んでゆくものの気持がわかるだろうか?
誰もその特攻隊を責められない、それを強いた上の人は大人は責められる
特攻隊で死んだ若者は責めることはできない、ただ国の犠牲になったとのである。
非戦を言うのを今になれば簡単であり楽である。
その非戦も命をかけてやるとなるとまた別である。
人間は何でも命を書けてやるとなると真剣にならざるをえないのである
ただ命をかけたとしても的を得ないと無駄だとなるのも確かである。
無闇に行動しても戦果も成果もないのである。

いづれにしろあれだけの戦争になるともう歴史としてあり歴史の評価になる
だからその評価には時間がかかるのである。
明治維新との相違は明治維新にはいろいろな人物が現れて語られることが多いのである。その評価はまちまちでもそれだけ人物が出て語られることが多いということは意味あるものだとされる。
そこで様々な人間的葛藤があり人間の物語となっている
太平洋戦争でもそういうことがあったのだが余り個々人について語られないし英雄も実際は生まれていない、ただまだ太平洋戦争の真実は解明されていない
明治維新はいろいろ人物が生まれ人間の物語となっている
太平洋戦争は300百万人死んでも何かそうした人間の物語か欠けているのである。
だから詩になりにくいしもちろん叙事詩的なものであったが詩にならないのである
ただ300百万人が死んだという数だけが巨大なものとして印象づけられているのである。
近代の戦争は国民戦争であり世界的にそうだったのであり数の戦争だったからだともなる


特攻隊にしてもその葛藤はあまりにも若いから父母への恩とか未練になっている
明治維新は若者でも20代でも父母というより国を憂いて行動していた。
明治維新も若い人が活躍したのだが太平洋戦争は若い人は大量に死んでもそれが明治維新とは違っている。
上から強いられた死であり犠牲の死である。
司馬遼太郎が明治維新をあれだけ魅力あるものとしたのはそこに人間の物語があったからである。その見方も偏っていてもそこに人間的なものを感じたから小説にもなった。
太平洋戦争ではそうした人間の物語に欠けているのである。
ただ無惨な大量の死があるだけと見てしまうのである。
それでも特攻隊の死は太平洋戦争を象徴したものとして今でも訴えることには変わりない最後の戦争の華だといえば華だが未来ある若者の無情な死だった。
いづれにしろ太平洋戦争も歴史化するとき簡単には評価したり語られないものである。
明治維新とは違い何か人間臭いものがないことが物語になりにくいし意味をもたせられないのである。


歴史となるとやはり評価するには時間がかかる。要するに何か芸術とかも理解するにもまた自分でも創作しているが時間がかかるものである。
ルネサンスとかはやはり生まれるにはそれなりの時間の蓄積が必要である。
ルネサンスはイスラムの歴史とかヨーロッパの歴史の集積があって生まれのである。
歴史の集積がないところにルネサンスは生まれようがない
ローマの歴史とか中世の歴史の集積があって生まれたのである。
日本にもその歴史がありその集積があり歴史が作られる
日本の70年の平和と繁栄の蓄積はこれから華開く、それは自分でもそうだった。
何か詩でも書けなかった、でもやはり人間一個人でも蓄積したものが華開くの時間がかかる
旅にしてもまず旅することでありそれは行動なのてある。そのあとに内省して芸術として創作するのである。
戦争というのも自分が参加しないにしろその壮大なの歴史が内省されるのに時間がかかるのである。
だから太平洋戦争でも70年過ぎていろいろ評価するようになるがそれは以前として一つの答えなどないのである。
明治維新との相違は欧米であれイギリスであれ常にそういう海外の勢力に地抗しつつ日本の独立の道を切り開いたのである。


太平洋戦争では日本自体が大敗してうちのめされ独自の独立の道はなくアメリカの隷従があるのみだった。そこが日本人の魂まで喪失した。
明治維新はまだそうした隷従はなく日本人の魂は残っていたのである。
それは大和魂というものでもなく武士の魂かもしれない、何か日本独自の魂が残っていて改革されたから違っていた。
戦後はそうした日本人の魂が失われてしまった。ギブミーチョコレートしか物質欲しかなくなっていたのである。
ただそれでも平和と繁栄の70年は無益ではない、そこに蓄積されたものが華開くのが70年後だったともなる
もっとスケールを大きくすればあと百年とか二百年で日本の時代、ルネサンスが来るというのもそうかもしれない、日本はまだ本当の栄、華が開いていないとなる
つまりこの明治維新からの蓄積は技術と物質とかが優先された。
それが戦後も高度成長時代とつづいてきたのである。それも一段落したとき文化の華がルネサンスが起きるのである。
だからこれからは内面的なもの文化的なもので日本は日本の歴史の蓄積で華開く時代だともなる。
ただ経済的衰退とか内外が混乱時代となるとブレーキがかかってくる。
それも乗り越えたとき日本の黄金時代がやってくるとなる

あたらの意味はあったらなである。まさにあったらなという思いがにじみでる言葉だったのである。
いづれにしろ人間にはいろいろな葛藤がつきものなのである。
その葛藤さえ許されなかった時間がなかったのである。
時間があったらな・・・ともなるのである。
それは今だってそうである、人生をふりかえるとき時間があったらなと体力があったらなとか老いるとそういうことばかり考えるのである。
老人になればそれが普通だけど20代ではそういう時間も余裕もないのである。


タグ:特攻隊
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2015年08月21日

丝绸之路の詩(シルクロート) (地球を詩う時代)



丝绸之路の詩

(地球を詩う時代)

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丝绸之路の詩(1)

大都長安の城壁の大門
丝绸之路へ通じ出立す
離別の情、遥か平沙万里の道
長城は沙場に尽きし残滓
風沙に一村埋もれ消失
西域の城誰か守らむ
誰か天幕に祈りを捧げ
日月星辰に導かれて
駱駝に馬に乗り羊を追ふ
隊商に兵の力尽きて
砂塵に埋もれ白骨の無情
宝物も沙に埋もて久しく虚し
地の日は短く天の日は長しも
少女のミイラと眠る楼蘭
湖も沙に埋もれて消えぬ
時に浮かぶオワシスの夢
百花香り木の実の美味にして
木陰に休らふパラダイス
遥か帝都を辞して幾歳や
西域を守りて胡人と交わり
日を重ねて情の深まる



丝绸之路の詩(2)

朝目覚む酒泉 百羽の燕
鐘鼓楼 東西南北に通ず
氷河白雪祁連山脈冷涼たり
征人通過す西域の道
中華広大にして茫漠
万里長城の端の砂漠に埋没
その外郭につづく陸土
人跡絶えて平沙に唸る風
草原を疾走する騎馬民族
英傑は生まれ遠望す
遠大なる地球の歴程
大望はここに生じる
彼方欧州に達して
帝都羅馬にも知らる
小なる日本大陸を知らず
大海を知らず大河を知らず
狭隘なる地に呻吟して
雄想は生まれず朽ちぬ
大陸の草原の風、大洋の風
今詩人は地球を詩う
その旅程は尽きざるかな



「東迎華嶽」(東に華嶽を迎え)、「西達伊吾」(西は伊吾に達し)、「南望祁連」(南は祁連を望み)、「北通砂漠」(北は砂漠に通ず

酒泉はそういう交通の要所だった。
中国は三回くらい旅した。50才ではじめて海外旅行した自分にとってあんな自由な旅ができたのは今になると不思議である。
様々な失敗であり過酷な旅でもあった。それもなんとかやれた。
今どき50才で海外旅行してない人はいない、今は貧乏人でもできる
10年前以上になると円高であり一ドル70円とかのときもあった。
その時海外旅行熱が日本にあり貧乏旅行が流行になり若者は海外の安宿で沈没とかいって一年とか過ごしているのがトレンドだった。
それも円高で物価が十分の一とかだからできたのである。
円安になると海外旅行は高くつくから今は中国すらなかなかできないだろう。

中国は漢字で共通しているから親しみ安いし歴史と文化でも日本と通じる
でも中国を理解するとなるとまた別である。
日本人が大陸を外国を旅して理解できないのはその広大さなのである。
何か空まで広く感じる、日本は山国であり空が何か狭い感じになる。
だから大陸の感覚が実感としてわかりにくいのである。
大河も砂漠も日本にはない、その広大な長大さが実感できない
あれだけ広大になるとちまちましたものがなく大きな人間でも思想でも生まれる
中国から英雄が出るというのはその壮大な国土の故である。
日本は島国でありスケールが何でも小さくなるしその小ささが文化になっている
漢詩は一応誰でも読んでいるから文化的になじみがある
世界史を理解するときいろいろなアプローチがあるが詩から理解するというのも外国の文化を理解する手段になる。
ただ詩とか芸術でも不可分にその風土と結びついて生まれる
それで漢詩を知りたかったら中国本土を旅する必要がある。
実地にその地を踏むと実感できる

今は日本でも外国でも実地に踏んだ地を回想して詩にしている
想像の世界ではなく実地にその地を踏んだということが世界を知るには不可欠なである。ただ中国でもアメリカでもロシアでもその広さを一回くらいの旅行では知り得ようがない日本とのスケールがあまりにも違いすぎるのである。
現代とはすでに庶民でも普通に海外旅行しているから地球を詩うグローバルなものと自ずとなる。
まだそういうグローバルな詩はまだ生まれていないのかもしれない
日本もすでに外国との交流をする時間をかなりもった。
それが蓄積されると世界的な詩を作る人もでてくるだろう。
それにはやはりまた時間がかかる、時間によって熟成されないと文化は生まれないのである。
現代は何でもグローバル化する時代である。地球自体はどこにでも行けるから狭くなっている。実際は歩いてとか馬でとか駱駝で行ったりしないとその広大さは日本すらわからないのである。

広いといえば相馬藩内でも徒歩で自転車で回れば結構広いのである。
まず日本のように狭い国でも変化に富んでいる国はないから旅してあきない国である。
ただ広いというだけだとあきてしまうのである。
いづれにしろ現代は地球を詩う、地球を描くとか何でもグローバルになる
シルトンクロードでも歩けば馬で駱駝で行けばその広大さ唖然としてしまうだろう。
中国では火車、汽車の中で泊まる人が多いし長くなるから車中で生活できるようになっている。三日とか乗る人も多いからである。
10年前以上になると一般の人がのる列車には外国人は乗れない
殺人的混みようであり車掌が客を笞で打っていたというから中国は何でも過酷である。
流民と化した出稼ぎ労働者が大挙して民族移動のようになっていた時代だったからであるそれせ今になると新幹線も走っているのだから中国も十年以上でかなり変わってしまったのである。

地球を詩うというとき今は地球規模で何でも見なければならない時代である。
地球には実際は国境はないのである。こういうふうに自由に往き来できる時代だからこそそうなった。
歴史でも地球史となり壮大な自然から人間の歴史を再考察する時代である。
ただまだそのスケールにあわせるほど日本人は熟成していない
それでもその交流の範囲は広いのである。
この辺ではあまり外国となると交わりがないが関西辺りだと神戸の人で中国語を自由に話すとかアルジェリアに石油関係で仕事していたとかグローバルに仕事をする人がいた。
田舎ではそういう外国と仕事するとは少ない、でも島商会は中古の車をロシアに売っているからグローバルな会社なのである。
何かしら外国と通じ合うのが現代であり田舎でもそうである。

地球を詩うとなるとその詩う人も地球大になることが望まれる
それだけの体力もまた知識も要求される、それだけ空間せかいか広がると人間は長生きしないととても世界を理解できない
50才からやっと海外旅行して60才から世界をみるとか今は長生きしなければ世界を知ることができない
空間が地球規模に広がった時、時間もまた比例して長くないと空間も理解できないのである。
日本の長所と弱点がある。弱点は広さの認識をもてないことである。
日本が外交がへただと言う時、世界規模の認識がもてないためである。

東海の小島の磯の白砂に
われ泣きぬれて
蟹とたはむる

石川啄木『一握の砂』

東海とは韓国から見れば日本海は東海なのである。小島とは北海道か日本のことである。啄木は日本という小さな島国の悲しさを歌ったとなる。
日本は島国という制約で大きくなれない悲劇がある。
日本が太平洋戦争で負けたのも大陸のように大きくなれないということにあった。
日本は海に囲まれていても海洋民族とも違う、イギリスは七つの海を制覇した海洋国になった。日本は海に囲まれていてもそれが外国に通じる海ではなかったのである。
ともかく人間の一生は短い、自分の場合、旅していたらいつのまにか人生も終わりに近づいていたのである。
今はその旅を回想する、回想して詩を書いているのである。
旅でもその時、旅している時はなかなか理解できないで書けないがあとからその場を理解して書けるということがあった。
ただ実地にその場を踏まないかぎり詩でも書けないと思う
この詩は訓讀漢詩風にもなっていない、漢詩の詩語で表現しているのが少ないからである日本的な詩だけどやはり中国は日本と通しるものがあるから漢詩があるから文化的に共通性を見いだすのである。
旅というとき何か遊びではないかということが外から見られる、旅することは実際は相当な労働なのである。もちろん外国の宿にたむろして遊んでいる人もいる。

旅することはその回りの景色と同化することである。だから旅で恋愛だと女性に気をとられると気が散るので旅の自然であれ歴史を知るのに邪魔になる
団体旅行でも社交の旅になり回りの自然に注意を払うことができない、また旅というとき当人旅人ならなければならない、現代の観光旅行は旅人ではない
だから今では旅人になることはほとんど不可能になっているのである。
自分は一人で自然と歴史でも見ることに注意していたから思い出してなんかと詩にできるただ忘れるのも多い、忘れない旅をするにはどうするかというのも旅の課題なのである。旅は本当に旅なら行にもなる、観光旅行ではなく保養でもなく行だとなる
自転車などになると体力がない自分にはきつかった。でも達成感があった。
中国も10年前だときつかった。ただなぜ危険な目にあわなかったのか?
それは自分は汚い中国人と同じ格好していたしほとんど中国人に見られていたからだと思う、金持ちの旅人にはとても見られなかったことがかえって安全だったのである。



2015年08月20日

金だけでは解決しない原発の避難区域の復興のむずかしさ (小高病院を修理するのに7億円かかる)


金だけでは解決しない原発の避難区域の復興のむずかしさ

(小高病院を修理するのに7億円かかる)


テレビで放送していたけど小高病院の配管などを直すのに7億円かかるという、そんなにかかるのかという驚きがある。
やはり病院というインフラはそれだけ今では金のかかるものなのである。
ベッドは用意できないとか医者が言っていた。
でも救急医療みたいなものをしていた様子が見えた。
それでも病院にベッドがないとしたら病院として機能しないだろう。
今は病院が市町村の要となっていることが震災以後明らかになった。
病院が機能しないとき、その街には誰も住みたくないとなる
特に高齢化では病院が医者とか看護師がいないと生命の危険に常にさらされるからであるところが実際帰るのは老人が圧倒的に多く若い人は帰らないのである。
飯館村でも三所帯の住宅を新たに建てて孫と一緒に住みたいという人がいた。
でも子供たちが帰ることは未定だしその建物自体無駄になるかもしれない
小高の人で名取に子供が家を建て親の部屋まで作ってくれたという
その子供は原町の会社に常磐高速道路で通っているのである。
こういうふうに家族がばらばらになっているのがこの辺では多いのである。
飯館村でも帰る人はわずかであるからこれから復興することは容易ではない
そこで農業することが一番むずかしいからである。

小高の問題は複雑である。南相馬市が補償金で分断されていがみあうようになったというときそうである。
そのことは浪江とか避難区域で起きている、会社を経営する人が仕事をくれと仲間だった人に頼んだら補償金をもらっているから仕事は必要ないだろうと言われてがっかりしたという、それは会社とか経営していると億の金は避難区域などではもらうだろう。
牧場を経営していた大熊の人は5億円もらったとか噂になった。
それくらいの補償金もらったら人間はどうなるのか?
もう働く気もしなくなるだろう。あとはその金で楽に贅沢に暮らせばいいとなる。
だから復興するには金を与えることではないということを内村鑑三が二宮尊徳の例で言っていたけど本当にそうなっている。
多額の補償金を与えたことによって復興がかえってできなくなったという皮肉である。
その補償金によって南相馬市は分断されたのである。
特に鹿島区の人は補償金が少なくかったから小高の人に反発するようになった
実際補償金で威張っているというのもおかしなことなのである。
そして毎日パチンコ通いだとか批判されるようになった。

その補償金は復興させるものとして実際は働かない、かえって故郷に帰るより一億円もらえるなら他で暮らした方がいい、便利な街で暮らした方がいいとなってしまった。
そして若い人たちは帰ってこないのである。
多額の補償金がいいようでもかえってそこに住む人を分断して家族もばらばらにしたということがあったのである。
補償金が必要でも何か別な金の使い方も考える必要があった。
だから今回の病院を修理するのに7億円かかるとしたらそういう所に補償金などをまたは東電でも援助するとか市政でも考えねばならなかった。
もう南相馬市の人心がばらばらになることも深刻である。
小高の人は小高でやれとか鹿島の人はなる。金もらっているのだからその金でやれ、病院もお前たちの金でやれ、南相馬市の財政からは出すことは許さないとかなる

現実に一時鹿島区の人に補償金がおりないということが最初言われた。
その時臨時に市長が鹿島区に仮払いとして一所帯百万支給したとき市の財政から金を出すなと原町区の人が強硬にインターネットで発言する人がいたのである。
つまり南相馬市に小高が入るのだから今度はそういうことを強硬に言うようになる。
小高の人は金をもらっているのだから自分たちの金で病院を直せとか言われる
自分の所にきた遠い親戚だからしかたないにしても「おばちゃんは金あるんだから金でめんどうみてもらえ」と血相変えて勝ち誇ったように去って行って縁が切れたのともにている。
「金でめんどうみてもらへ」ということがまさに金の社会だからそうなる。
でも金が万能ではなくそれが人間を分断してまたかえって復興を困難にしている原因にもなっていたのである。

金があってもそれですべて解決することにならない、その金をどう有効に使うかが意外とむずかしいのである。
金は魔物だというとき本当にそのことを身をもって経験した。
自分が病気のときも金を要求され借金している人から恐喝されたから怖い
その人は頭の中が借金のことしかないからへたすると殺人までにもなりかねない
借金に追われると人間はそこまで追い詰められるのはテレビの推理ドラマで常に放送されている。火事場泥棒にも会い実際にもう一人のこれも遠い親戚から裁判にかけると脅迫されたのである。これだけ今は金、金、金・・・・の社会になっている。
ではその金が万能かというとそうはなっていない
この辺では金がマイナスに働きかえって復興できなくさせている
でもなにやかにや言っても金がある方が勝ちだということで金は手放せないし金さえもっていればなんとかなるという考えになる
でもこの辺で復興というとき一家族が復興することではない
全体の町が復興することでありそうしなければ一家族も住めないのである。
そのことが良く自覚されていないのである。
同じ町の人と一緒に住みたいとか言うが浪江でも浪江町を他に作ると軋轢が生じる。
かえって少人数で全国にばらばらになると軋轢もないのである。
だから何か広域社会になるとそういうふうに分散しやすい社会だったともなる。

それから補償金もらったからそれで生活すればいいというが病院も修理できない、ベットもないというとき老人だけが帰ってどうなるのか?
金があってもサービスする人が働く人がいないならどうなるのか?
つまり十津川村のように村人の心が一つになるようなことが必要なのである。
それができないから復興はできないとなる
確かに老人は帰りたいとかあるしその気持がわかる
飯館村の人がうまいことを言っていた。
マラソンをしてタスキをわたすことが自分の仕事だ。農家の人でありマラソンというとき長距離か農業でありその土地を次の世代に渡すことが仕事だと言っていた。
ところが村であれ村自体が消滅するときそれが不可能になっているのだ。
一家族でもそう思っても村自体が消滅すれば復興がてきないのである。
そういうことは今まで経験していないことだから避難者が良く理解できていないのである町時代がなくなるなど故郷がなくなるなどということを経験していないから何かどういう状態にあるのか避難している人たちも明確に自覚できないのだろう。
一家族が復興しようとしても村や町が全体が復興しなければ住めないのてある

だから小高の人は補償金もらっているのだから病院を自分たちの金で集めて修理して住もうとなれば心が一つになるということもあるだろう。
でも実際はそういうことがむずかしいのである、確かに自分の家族のことは考えるがでは自分たちが住む町全体のことを考えて行動することがむずかしいのである。
それは金によってそれぞれが分断されたということもある
現実に最初から小高を見捨てて他に家を建てた人もかなりいるからである。
そういうふうに町全体を復興しようとするために心が一つになれないのである。
そして南相馬市でも復興を援助することが小高と鹿島で補償金で反目し合うとかありできなくなった。
「金もらっているんだからお前らはお前らの金でやれ」となってしまった。
金が人間の心もばらばらにしてしまっているのだ。
金が全部悪いというのではなくその使いようが悪いのである。
金というのはいくらあってもうまく働くとは限らないのである。

市政にしてもそういうことを考えてやれば政策を考えればいいのだができなかった。
市長に手腕がないとかいろいろ言われたが市長だけではどうにもならないことだろう。
小高は確かに金はもっていても南相馬市にとって負担になる
でも南相馬市の市民だから別に考えることはできない、それもジレンマになる。
何か金もっている人はいる、高額な年金をもらっている人もいる、補償金で潤っている人もいる、それでいいのかというとそうなっていない
働く若い人がいない、医療でも看護師がいない、介護でも働く介護士がいない、他にも人手不足でやっていけないとかなっている。
それはここだけではない、日本全体の問題だけどここではそれが極端なものとして先取りして現実化ししているのである。
いづれにしろ復興というときここだけではない津波の被害地域でも様々な問題があり
困難を極めているし以前として先が見えないのである。

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グローバル企業は地球をも破壊する (生産共同体ー文化共同体の考察)


グローバル企業は地球をも破壊する


 
(生産共同体ー文化共同体の考察)


人間は群れることから村になったとかいう。人間は何らかの共同体に所属して人間だというのもわかる。
人間はもともと生産も消費も一体の存在として生きてきた。
何かを生産することで共同体になることはわかりやすい、江戸時代の村とかさらに縄文時代の村までさかのぼれば生産共同体である。
みんなで狩りをする魚をとる米を作るなど生産共同体である。消費するというときそれも生産の一過程である。
森の木材でも消費するというときそれは生産につながる。消費という言葉には浪費という言葉から来ているのだろう。
江戸時代のような小規模の自給自足経済では浪費するようなことはできない
資源が限られているのだから浪費などできない、だから人間の糞尿だろうが紙切れ一枚でも無駄にすることはできない社会である。何でも有効利用する社会である。
つた物は現代の物あまりの時代と違って大量生産ではないから一つ一つの物は手作りであり貴重なのである。だから現代のようになんでも消費するという観念はなかった。
だから村でも何でも生産共同体でありその中でしか生きられない社会である。

現代でもやはり生産共同体が社会を形成する、会社ではなにかしら必ず生産することによってそれを売って消費してもらって成り立っているのである。
ただ工業化社会になると生産するものは電化製品でも車であれ様々な無数の物が生産されているがそれは会社で分業化して生産されて消費される、使用されている。
一方で村とか自給自足の経済では自然の循環の中で生産されて消費され使用されて成り立っている
米を作るということは山から絶えず水を供給されて実りがもたらされる。
山は水の貯水の役割を果たしていて雨がふらないときでも山からは水が流れている
そういう干ばつのような時を経験しているが山には水が絶えず流れていたのである。
それで山が神となり春には平地に下りてくるというときそうした自然循環の中にあっての生産共同体だからこそ生まれた信仰である。
つまり昔の生産共同体は自然と切り離せない自然循環の中にあった共同体である。
だから祭りごとも一致している。祭りが政り(まつり)事になるのも当然だった。
天皇がその政(まつり)ごとにたずさわる神官のような役目を果たしていたのもわかる。
大嘗祭が豊作を天に祈る司祭だったというのもわかる。

一方で現代の会社はこうした自然循環の生産共同体とは遊離したものとしてある。
第一電化製品でも車作るのでも他の様々なものを作るのに自然と関係していない
自然を考慮することもない生産共同体である。
東電のような電力会社も原発とかなると自然循環の共同体とは何にも関係ない会社であるだから農業とか漁業とか林業とかとも関係しない
でも電気そのものは第一次産業でも使うから関係しないということはない
なぜならダムのよう水力発電だと自然と関係している。
石炭でも石油でも実際は自然にあった自然エネルギーだから自然と関係している。
核となると今までのエネルギーとはまるで違ったものであり自然とは関わりないのである自然エネルギーだと科学に弱くても石炭であれ石油であれ燃やしてエネルギーになるのだからわかりやすいのである。
原発になるとそういうふうに今までの観念では理解できないものである。

ともかくこれまでの共同体は自然循環の中にあり自然を自ずと意識化される社会である。そもそもだから社に介するがのが社会でありそれが会社になったことでもわかる。
その会社が今やグローバル化して大企業化してその大会社が国を越えて世界で生産活動して消費させているのが現代である。
だからアメリカでもアメリカという国を支配しているのはロスチャイルドだとかロッフェラーだとか常に言われる。ロスチャイルドが原発にかかわりその利権を獲得していたとかいわれる。
それは東電でもあれだけの三兆円の資産があるとか国並の力をもっていたのである。
その東電に政治家でも官僚でも検察でも天下り先としてあり雇われていたともなる。
政治家より国より大企業の方が力があれ国は政治家は大企業の下僕であったという構図が原発事故で見えてきたのである。

その会社は一地域とか国とか世界でも制約されずに活動できる。
大企業にとっては国というのがあると自由に活動できないから障害になる。
貨幣でも国ごとにあると経済活動が停滞するから一つになった方がいいのである。
それでユーローが生まれたしドルが実質的に世界貨幣となっている
そうなるとアメリカがアメリカの大企業が世界を支配しているともなる
その規模は日本の昔の村と比べたらあまりにも規模が大きすぎるから理解不能になってしまう。
だから大企業は地球の自然でも破壊する力をもつようになる。
後進国の森林資源でも破壊してとりつくしたり有用な樹を植えて混生林の自然林を破壊してしまう巨大な力をもつことになる。
こうした大会社は自然に制約されて生きてきた小規模な生産共同体とはあまりにも巨大なマンモス的なものでありそれは地球の自然まで破壊する力をもったのである。
そもそも人類史でこうした地球の自然を破壊するような巨大会社は存在しえなかった。
自然の制約を越えられないしその中で生きていた共同体である。

国とはなにかとなるとそれは小規模な村がもともと国(くに)であり区切るとかあるからクニは小規模なものから発している。小国(おぐに)というのは全国にありそこは一つの自給自足の国だったのである。その規模とはかけはなれたものが大会社なのである。
そして国というときそこには何かしら文化がある。祭りがあり政(まつりごと)がありそれは自然と密接に結びついてあった。大企業とかはただ一つの物をテレビならテレビとか車なら車とかを生産する共同体でありそこには自然とかかわる祭りは生まれない
つまりそこには文化がないのである。
生産共同体があるとしたら文化共同体がある。文化というのもcultureがcultivate(耕す)から来ているように生産共同体がなくして文化もありえないのである。
文化というときその土地土地に根ざす生産共同体をベースにしているから多様になる。

一方でテレビや車だけを生産するのは単一生産であり多様化しない
自然とも関わらないので会社には文化が生まれないし育たないのである。
だから会社というのは世界的に文化を破壊するのである。
言葉にしてもそれは国々の文化であり文化共同体の基礎として共有される。
でも言葉が違うとグローバル経済にとっては不都合になる。一つの言葉の方が大企業にとっては商売しやすいし英語が世界語になった方が便利になるのだ。
そうなると言語としての文化は文化共同体は破壊されるのである。
グローバル企業が地域の文化を破壊するのはアメリカが世界の文化を破壊しやすいのはアメリカはグローバル企業が支配しているからだとなる。
今は例えればイオンがあるとするとイオンという大会社の一員として働くのでありその地域地域で働くとはならない、商店街はその地域のものだけどイオンとなると大会社であり地域のものとは違う。だからイオンという会社が優先化するから撤退したら何も残らなかったとか問題が起きる。地域だとここが商売にならないからと撤退できないからである。でも今やみんな地域の一員とかの感覚ももてない、現実には会社の一員でありまた国の一員と戦後のような強い国意識ももてないなのである。
だからいくら愛国心をあおっても何か国としてのアイデンティティが失われているのである。
とにかくグローバル化すると地域の食文化も破壊される、みんな一様化され安い、ただスシとかが世界で共通語になることもあるがスシとかは日本の暑い湿気の多い所にあった食である。暑いと刺身とか生のものかうまいからである。日本の湿気とか暑さから文化が生まれていたのである。酢の物もそうでありさっぱりしているからである。
日本の暑さは乾燥地帯の暑さと違っているからである。

現代は会社社会であり文化が破壊されやすいのである。その文化が破壊されることが深刻なことを理解されていない、文化はまだ技術によっても破壊されやすい
文化はもともと自然循環の中で生きてきた長い伝統から生まれた、それぞれの国の成り立ちは必ず文化がありその文化も大規模な機械化とかグローバル企業化によって破壊される万葉集などは日本の生産共同体から成り立った文化共同体の産物である。
会社社会はそうした文化は生まない、だから自然を容易に破壊する、森でもそこは木材という自然としてしかみない、米を作る生産共同体だったら山は水を貯える神聖なものだとかなるがそういうことは無視される
大企業や巨大な機械化によって森が根こぞき破壊され森と一体化した人間の共同体も破壊されるのである。
だから今回の原発事故も大企業による破壊だったのである。
第一次産業が致命的な打撃を受けたのはそもそも会社は昔の村のような自然と一体化して生きるものではない、自然循環に生きるものではない
現代文明はこの巨大会社化したときその弊害も大きく地球の自然を破壊するまでなったのである。

posted by 老鶯 at 01:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会問題の部

2015年08月19日

原発事故で荒廃した地域と同じことが江戸時代に起きていた (内村鑑三ー代表的日本人ー二宮尊徳の教えと一致)


原発事故で荒廃した地域と同じことが江戸時代に起きていた

(内村鑑三ー代表的日本人ー二宮尊徳の教えと一致)



(すなわち)かつて耕作された土地が放棄されることほど、我々を落胆させるものはないのである。
 もし原始林のたくましい成長力がなければ、放棄された耕地が荒れ果てていくのを防ぐことはお先真っ暗な絶望となるであろう。
と言うのも誰も踏み込んだことのない土地の開墾を進んでやろうとする者が十人いたとして、見捨てられた土地の復興に身を奉げようとする者はただの一人もいないからである。

十九世紀の初め、日本農業は非常に嘆かわしい状態にあった。
 二百年もの長い間続いた平和は、あらゆる階級の人々の間に贅沢と浪費とをもたらした。
 多くの地方でその土地からの収入が三分の二に落ち込んでしまった。
 アザミや茨がかつて生産力のあった田畑に入り込んで来た。そして耕作のためにわずかに残った土地は、その田畑に課せられたすべての税金を賄わなければならなかったのである。

 村また村は徹底的に荒れ廃れてしまった。
 正直に働くことはいよいよ重荷になり、人々は不正直な生き方をするようになった。
 すなわち、彼らはこれまではやさしい大地から気前のいい贈り物を見つけようとして来たのに、それをやめてしまった。そして互いにいかさまをしたり、騙し合うことによって、その哀れな生活を支えるのに必要なわずかなものを得ようと探し求めたのである。
 彼らの禍の原因のすべては、道徳的なものであった。そして「自然」は、その卑しい子供たちに報いることを拒み、あらゆる悲惨な出来事をその土地に降りかからせたのである。

 しかし今では荒れ果てた「自然」が彼らの田畑に侵入し、<狸と狐とはその棲み処を人々と共にする>までになって、人口は以前の三分の一を数えるに過ぎず、貧困に陥った農民から取り立てることができるのは高々二千俵にすぎなかった。

 そして貧困と共に道徳的退廃が進んだ。かつて繁栄した村々は今では博打たちの巣窟となった。

「金銭を与えるとか、あるいは税金を免除するとかは、彼らの困窮を助ける方法ではない。
 実際のところ、彼らの救済の秘訣のひとつはまったく金銭的な援助を取りやめることにある。
 そのような援助はただ貪欲と怠惰を生じさせ、人々の間に不和を引き起こす源である。



 
相馬藩では二宮尊徳ほど語られている人はいない、二宮尊徳自身は心地きて指導していないが弟子がおもむき教えを受けて相馬藩で飢饉のあととか荒廃した土地を建て直した。
二宮尊徳は天明の生まれだった。その時全国で最も悲惨な飢饉の時代だったのである。
だから土地がいたるところたで荒廃していたのである。
それが不思議なことに原発事故周辺が荒廃したととにていたのである。
ただ二宮尊徳の時代は農業一辺倒の時代であり今とは事情が違っている。
農業でしか生活できないし農業が生活のすべてであった時代だからである。
だからその時代のように農業一辺倒の回復はないのである。
それでも歴史とはつくづくくりかえすものだと思った。
津波だってこの辺でも400年前に700人が溺死したという記録がありそれが繰り返されたのである。
今あることは昔もあったということがくりかえされているのが人間の歴史であり事情は変わってもやはり同じことがカルマのように繰り返されているのである。

かつて耕作された土地が放棄されることほど、我々を落胆させるものはないのである。
誰も踏み込んだことのない土地の開墾を進んでやろうとする者が十人いたとして、見捨てられた土地の復興に身を奉げようとする者はただの一人もいないからである。

この辺の状況をあくことなくプログで報告してきた。またどうしたら復興できるきかとか探求して書いてきた。それがもう復興できないという絶望的になるのはまさにこの時の荒廃とにていたのである。
なぜ過酷な災害にあっても十津川部落では一致団結して北海道に移住できたのかというのもこれと同じ状況だった。
新天地で生きるという強い共同の意志がありそれが成されたのである。
他にも明治維新で職を失った武士階級が北海道に移住して成功したのはそのためだった。

十九世紀の初め、日本農業は非常に嘆かわしい状態にあった。
二百年もの長い間続いた平和は、あらゆる階級の人々の間に贅沢と浪費とをもたらした

戦後の高度成長時代はあらゆる階級の人々に贅沢と浪費をもたらした。
これはまさに同じ状態だったのである。どれだけ人々が贅沢と浪費をしてきたか?
それはここの人を例えたが日本人の八人に一人は借金してまで贅沢していたのである。
ある人は事業に失敗していたが自分は成功しているんだと装っていた。
そしてそのために自分は恐ろしい苦しみを受けたのである。
その人にはもはやモラルとか誠実さの一片もない、ただ金をむしりとる強盗のような心の状態になっていた。そんな人が病気の時にきたから最悪だったのである。
それは一つの例であり今やその人に限らずそんな人ばかりである。
モラルなど何もない、金さえあれば金さえとればいいんだとしかなくなったのである。
浜通りでは金使いが荒いとか言われるようになったのは原発で金が入ってきていたこともあったのだろう。
漁師でも補償金が多額であり原発御殿が建っていたというがそこはまさに何もなくなったあまりにも悲惨な絶句する状態になってしまったのである。

村また村は徹底的に荒れ廃れてしまった。
 正直に働くことはいよいよ重荷になり、人々は不正直な生き方をするようになった。
 すなわち、彼らはこれまではやさしい大地から気前のいい贈り物を見つけようとして来たのに、それをやめてしまった。そして互いにいかさまをしたり、騙し合うことによって、その哀れな生活を支えるのに必要なわずかなものを得ようと探し求めたのである。
 彼らの禍の原因のすべては、道徳的なものであった。そして「自然」は、その卑しい子供たちに報いることを拒み、あらゆる悲惨な出来事をその土地に降りかからせたのである


これもまたこの辺の状況とにている。というより日本全国の状況でもある。
そして「自然」は、その卑しい子供たちに報いることを拒み、あらゆる悲惨な出来事をその土地に降りかからせたのである
これは津波もそうだし原発事故もそうなのである。自分は何度もモラル的な荒廃がこういう状態をもたらしたと何度も書いてきた。二宮尊徳の時代もそうだったのである。

<狸と狐とはその棲み処を人々と共にする>

これも全くその通りになってしまったのである。
だからなぜこんな悲惨な状態になったのだろうか?
そのことが誰も解せないことであったがやはりモラル的荒廃が自然の荒廃にもつながっていた。

そして貧困と共に道徳的退廃が進んだ。かつて繁栄した村々は今では博打ちたちの巣窟となった。
「金銭を与えるとか、あるいは税金を免除するとかは、彼らの困窮を助ける方法ではない

なぜこの辺では補償金で身も心も分断されてしまったのか?
互いにいがみあうだけであり協力などしないし実際に復興の仕事をしているのは外部から来た人たちなのである。
地元の人はパチンコとかギャンブルに興じているだけだとなる。飯館村さえ素朴な村だと思っていたがギャンブラーになったというのもそのためである。
避難区域になると荒廃が激しいから余計に復興の気力もなくなったのである。
博打ち、パチンコ通いになったのである。
こういうときニートととか遊び人にとっては補償金がもらえるから原発事故を喜んでいたのである。それも頽廃である。真面目な人もそれらの人と同類となったのである。
つまり新天地を目指して新しく土地を開墾して切り開き新しい生活を始めるというのとは違う。そこには希望があるがこういうふうに荒廃すると人々の心もうして新しい土地に移り開墾しようとかする気持になれないのである。
そして何より前々よりすでに農業は金にならないと実質見捨てていた人たちが多かった。金にならないから跡継ぎがいないとか誰も農業に精を出す心が喪失していたのである。
それが津波と原発事故で一挙に最悪の現実になったのである。
結局補償金をもらってかえって頽廃した。老人も多いこともあるがもう補償金で暮らしたいいう気持しかなくなった。
それだからこそ補償金の不公平さでどこも分断されたのである。
そもそも土地がつながっているのにわずかの放射線量の差で差別すること区別することも政府や東電の策略でありのせられたのである。
 
 
おそらく復興には二宮尊徳のような人とか思想とかで指導されることが必要である。
ただそれは今の時代はまた違っているからむずかしくなる。
つまり農業だけではない社会になっていたしかえって農業を捨てて工業化した地域になれということもあるからだ。
だから農業だけから志向してもどうにもならないのである。現実は農業は重視されないのである。それは事故前そうだったのであり余計に事故後にもそうなったのである。
そうした農業の軽視自体が今日の荒廃をすでにもたらしていたともなる。
原発事故の前からそういう状況があったが事故後に最悪の結果となったということである
これからどうすれば復興するのかとなると二宮尊徳の勤勉の思想とかは今は通用しないだろう。日本全国でもうすでにそうなっているからここだけの問題ではない

資本家が株主だけがもうけていくら働いても働く人に金が入ってこないという資本主義の矛盾もあるし機械化とかで人間はなるべく働かないようにするのが現代の文明なのである一般的に働くことに生きがいを見いだせない時代である。
大都会だったち摩天楼のようなものが人間を蟻のうように見下ろしていて何のために働いているかもわからない、ただ金を得ればいいというだけになっている。
全体を見渡して働いている人などいないのである。
つまりこの辺で起きたことは別にここだけの問題ではなく日本の問題であり世界の問題としてある。その矛盾がこの辺に集中的に現れたのである。
だからフクシマの復興なくして日本の復興もないとかというのもそうである。
そして資本主義とかの文明そのものの問題をこの辺は事実として問うているのである。
机上の空論ではない、現実問題として解決を求められているのがこの辺なのである。
だから津波の被害地域でも復興できないとか言われるのはそれだけ深刻だからそうなっいる
それほど復興はむずかしいということであり農業一辺倒の二宮尊徳の時代ならまず農業を復興することだと肌で知っていたからわかりやすいがこれほどの文明化した状態ではさらに困難になったのである。

彼らの救済の秘訣のひとつはまったく金銭的な援助を取りやめることにある。
そのような援助はただ貪欲と怠惰を生じさせ、人々の間に不和を引き起こす源である。

この辺の救済とか復興は過度な補償金が支給されたことにもあった。それでかえって心は分断されたし心が一つになれないからすでに避難区域でも帰還することができない、
帰るのは老人だけだとなり小高病院が修理するのに7億円かかるというのも驚きである。
つまり現代の便利な文明は一端破壊されるとそれだけの費用とか労力がかかってしまうのである。
その七億円はどこからでるのか?出せないから修理できないしベッドもないというから復興もむずかしくなる。
その金を補償金から小高の人が出せばいいともなるがそれはしない、自分たちの腹を痛めることはしないのが普通である。それは自分にもあてはまる。
ただこういう緊急の際が自分のことばかり自分の家のことばかり考えるともう復興はできず家族も散り散りになったように街は捨てられるようになってしまう。
ともかくつくづく歴史は繰り返すというのが今回の教訓だった。それは個々人でもカルマがそうであり同じようなことがまた起きて人間は苦しむのである。


十津川村の教訓ー移住する意志と覚悟と決意があった

(原発事故周辺は補償金だけをもらうことしかないので復興はできない)
タグ:二宮尊徳
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2015年08月18日

虫の音に関する日本人の感覚 (万葉集時代には音(ね)の表現はなかった)


虫の音に関する日本人の感覚

 
(万葉集時代には音(ね)の表現はなかった)



虫の音や夜更けて聞き一人かな
虫の音や百歳の余命夜のふけぬ
虫の音や貧しき人の声を聞け
外よりそ働く人や虫の声



庭草に 村雨降りて 
こほろぎの 鳴く声聞けば 秋づきにけり

草深み こほろぎさはに 鳴くやどの 
萩見に君は いつか来まさむ

コヱに、A人工物音、B自然物音は70例中1例だけです。
あとはC虫音、D鳥声、E獣声、F人声です。
あえてボクは虫の声を虫音と表現しましたが、
万葉集では「虫の声」と認識していたのです。

虫が羽を擦り合わせて立てる「音」は
万葉集では「オト」とは
訓まれていなかったことは確かです。
http://ameblo.jp/tanonoboru/entry-11771530896.html

万葉集の時代は音(おと)、声(こえ)で表現していて音(ね)と表現しているものがない
これも一つの万葉集の発見になるから興味深い
鳥や獣がなくのも人間の声も声でありそれらを区別していない
蝉の声とか虫の声というのは日本ではなじみがある。外国では蝉とか虫の音に関心がなく雑音にしか聞こえないという。
万葉集時代にすでに日本人は虫の鳴く声を雑音ではない、人間の声と同じように人間的なものに感じていたのである。
音(ね)となったのはあとからである。音(音と)と名と鐘の音(ね)などとなる。

ただ虫の声と虫の音は何か感覚的に相当違う、
声となると複数的に多く鳴いているというのも感じる。だから民の声を聞けと言えば大勢を意味しているしそれは英語のVOICEと通じている
まず英語では虫の音であり声とは表現しない、声となると人間的になるからである。
つまり日本人は虫の声でも鳥でも獣でも鳴くとき人間のように感じていたのである。
そもそも日本の風土は国は狭いのだから繊細な感覚が養われるのに適していた。
中国とかアメリカとか広いから虫の声などに耳を傾けるような感覚にはならない。
声というとき複数的であり音(ね)となると一匹の音(ね)という感覚になる。
今回の自分の俳句は夜更けに聞いたから音(ね)の感覚なのである。
この感覚はただ万葉集時代にはなかったのである。

虫の声であれ音(ね)であれこうした小さなものに注意したのは日本人的感覚である。
日本人は相当に微妙な自然の音に注意していた。その音にはいろいろあった。
芭蕉が音の詩人だというときもそうである。蕪村は視覚の詩人であり画家であったから当然だとなる。画家的な感覚は共通したものがある。
でも虫の音に注目した日本人的感覚は他にないだろう。それでもなぜそれだけ音に敏感だったのに日本では音楽が発達しなかったのである。それも謎であるが日本に音楽がないというわけでもなっかた。雅楽などがありやはり音楽はあり音の世界があった。
芭蕉の

寂けさや岩にしみいる蝉の声

この声は多くの蝉の声である。音(ね)ではない、こういう俳句ができたことはやはり日本的感覚なのである。つまり音の世界にも深いものがあるからこそ音楽が発達した。
だから芭蕉の世界は死ぬまで音にこだわっていて音が人間の命だったのである。

やがて死ぬけしきは見えず蝉の声

いづれにしろ虫の音(ね)というときイメージするのは小さいものの声である。何か権力者とか金持ちとか強い者の声ではない、小さきものへの声に耳を傾けるとなる。
人間も命も虫であり虫の声でありやがてその鳴く声が絶える時死ぬのである。
そういう微けくあわれなものが虫の声に音(ね)として例えられのである。
あわれという感覚もそうである。それは強いものではなく弱い小さいものとなる人間であれ何でもあわれとなる。絶対的な強者などいないからあわれとなる。
聖書の「貧しきものは幸いなり」というときもそうである。
貧しきものとは物質的に貧しいというのではなく心が謙虚な人は幸いであると言っていたただ同時に物質的に貧しいということもイメージしている。

現代人はこういう感覚が豊かになったときなくなった。庶民ですら食べている者か昔の王侯なみということがあるからだ。
それでも今でもこの辺では安い住宅に住んでいる人は昔の長屋に住んでいる感覚になる。でも田舎でもみんな一軒屋に住んでいる。
奇妙なのは仮設住宅が長屋ににている、てもそこに住んでいる人が貧しいかというとそうではない、補償金をもらって豊かなのであり仮設は一時的な仮の生活だから長屋暮らしとは根本的に違うのである。
現代では清貧とか何か貧しいという感覚は共有されていない江戸時代は貧しいということはありふれたことである、戦前でも戦後十年でもそうである。
日本は高度成長時代になったとき急速に変貌してしまったのである。
貧しさのなかで清く生きるとか貧しくても心豊かに生きるとか江戸時代の人々はいい顔して幸福そうだったということなどイメージできなくなったのである。
都会ではもう騒音化した世界であり虫の声とかもかきけされている。
田舎だとまだ虫の声や蝉の声や音の世界に聞き入ることができる

●我のみや 夜船は漕ぐと
 思へれば 沖辺の方に 楫の音すなり

大伴家持の歌とされるS4460を『新潮集成本』より写します。

●堀江より 水脈さかのぼる 楫の音の
 間なくぞ奈良は 恋しかりける
 
 
 舵の音に注目しているのもそうである。奈良に堀江があり舟が通っていたというのも奈良らしい。梶の音が聞こえてそこに生活があったのである。
江戸時代でも江戸には水路があり舟が通っていたからそういう音に注目することはあったろう。
それは沈黙の世界であり夜の闇が深いから音に敏感になるのである。
現代は音にあふれた結果かえって虫の音とか自然や生活の音に鈍感になった。
それときりもなとさず人間同士でも人間の声は無視されているのである。
車とか機械とか騒音化された世界でありかそかな人間の声は無視される、政治でもそうであり人間同士でも相手を思うこともない非情な世界になっているのだ。
おにぎりが食いたいとか言って死んだ人があるように貧しい人が見えない世界であり貧しいということはあってはならない隠されることである時代でもある。
貧しい時代は貧しさ共有していたからかえって連帯感があったというのも不思議である。





タグ:虫の音
posted by 老鶯 at 03:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本(世界)文化文明論

2015年08月15日

復興の実り (故郷の実りとは何なのか?)


 
復興の実り

 
(故郷の実りとは何なのか?)


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朝ひびく厨に我や蝉の声

南北に沸き上がるかな夏の雲

夏菊や一雨ふりて水写る

復興や朝日のさして実りかな

復興や墓地の回りに実りかな

復興や故郷の実りうれしかな

山鳩の番いの飛ぶや実りかな

朝畑に一仕事かな菊の花

根を下ろカボチャの花に菊の花

菊の花雨ぬれしっとり湿る土


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津波の来た所は田んぼになっていない、ただ試験的に一部今年は稲か実っている
田んぼがあり稲が実るということは当たり前のことだった。
それがなくなってこの辺が草原化したことが本当に不思議だった
だからそのことを報告してきた。


墓地の回りも実りがありまだ草原もある。まだ田んぼが全部は復興していない
でもそれなりにかなりふえた、五分の一は復興したというからそうなのだろう。
この実りがあるというとき故郷を感じる、故郷に実りがあってはじめて故郷なのである。故郷とは何かなど考えもしなかったろう。田んぼがなくなることもイメージすらできなかった。
だからこの辺はいろいろ考えさせられる場所になりそれを書いてきた。
今は米など余っているとかいろいろいわれてきた。
でも本当の故郷とは故郷に実りがあってその実りで養われてこそ故郷である。
今は米だって外国から入ってくるから地元にこだわる必要がない
何かグローバル経済だから米なんかどこからでも入ってくるから金さえ出せばどこのうまい米でも食べられるからいいというふうになっている


そのことが何かもう当たり前であっても人間の生活として理にもあわない変なものではなかったか?
地元に実りがなかったらよその米を食べるばかりだったら故郷意識もなくなる
故郷に住んでいる意味すらなくなるという感じになる
それは農業している人だけの意識であり今は違うというのもわかる
でもそもそもそういう感覚になってしまったことが原発事故をまねいた原因にもなっているとも書いた。
故郷の実りはここだけではない、他でもないがしろにされてきた。
そして原発でも何でも建ててもっと金を得て贅沢をしたいとなっていた。


だから無理して借金して立派な家を建て今度は原発が建てられると金になると言う人も小高にいた。でもそれも中止になった。
農民は農民でもう農業など手間がかかり苦労ばかりでやっていられない、跡継ぎもいないとか嘆くばかりだったのである。
それはここだけでの問題ではない、日本でも世界でも農業はおとしめられていたのである
米は安い金にならないということでしたくないという声ばかりだった。
今度は放射能汚染の風評被害で米は売れない、だからやめたという人もいる
でも本来の人間の生活はまず地元でとれたものを食料にするのが基本だろう。
地元に米かとれなかったらまさに実りを感じないのである。
だから4年ぶりとかにその実りの米を食べたとき農民はどういう感覚になるのだろうか?
米をとれてありがたい、この米は売れなくても自分たちで食べてその実りに感謝するとかなるかもしれない。それとも売れないのでがっかりしたとなるのか?


ともかくグローバル経済とか広域社会はすべて否定できないものだし必要なものである。でも何かそれが人間の正当な生活の道をふみはずしている。
それがすべてでないにしろ原発事故をもたらした原因になっていた。
自ら作る農民であれ農業しなくてもそこに住む人であれまずその土地の実りに感謝することがない、ただ金があれば何でも買えるからまず金だとなっていた
もう頭に誰でも金しかない、そしてこいつは金もっている金を盗ればいいとかまでなり
相手が困ろうが苦しくても病気でももう関係ない、相手はまさに金にしか見えなくなっているのである。
そういうことにここだけではないなぜなってしまっているのか?
そういうことが原発事故でも問われたのである。


そうはいっても現実社会は東京で一千万以上住んでも都会に住む人も農業とは直接関係していない社会である。
だから田舎に住んでいる人が何を感じているかもわからない
金さえ出せば食料は手に入る、外国からも入ってくると考える
でも何かが津波のような大災害が起こり本当に国内からももちろん外国からも食料が入らなくなったらどうなるのか?
そういうことが今回のように起こりえるのである。
その時現代の文明の矛盾がこの辺のように肌身で感じるようになるのである。

いづれにしろ故郷の実りは放射能汚染でも老人は食べるべきである。
故郷の実りを食べてこそ故郷なのである。
田舎だって他から食料が入らなくなることがある、だから本当は地元のもので最低限はまかなうということが備えになるのである。
ともかくこの辺はまず田んぼなくなのなどイメージもできなかった。
それでいろいろ考えさせられる場所になったのである。


タグ:復興 実り

現代人はなぜ労働したくないのか? (jobでなく[lifework]を目指すべき)


現代人はなぜ労働したくないのか?

(jobでなく[lifework]を目指すべき)


働くこととを探求してゆくとこれも複雑なのである。
jobだと賃[手間]仕事をするとか半端仕事とかある。
workだと•one's life's work [lifework]であり作品の意味もある。
現代に増えた仕事はjobである。
作品をしあげるとなると江戸時代の職人はみんな一つの作品を仕上げるために精出していた。
だから下駄でも何でも作った人の名前がついたりしている。
今でも特殊なきれのいい包丁を作っている所が近くにあった。それには名前が刻まれていた。
名前か刻まれていることはそこに誇りがあったのである。
そこから職人気質とかが生まれたのである。
今は大量生産になれば作った人の名前など記されていない、誰が作ったかもわからない、もしかしたらロボットが作っているのじゃないかとさえ思う
大量規格生産だったらそうなる、大量に同じものを作ることになったからである。


そういうものは貴重なものではない、例えは江戸時代など簪(かんざし)などあるがあれも一本一本手作りで貴重だったろう。
戦前の十年後とかまでは物はないから何でも貴重だった。自転車だって一生磨き使っていた。
物は職人でも丹精こめて一つ一つ手作りで作っていたから貴重になりその材料も大量生産するほどないしわずかだからさらに貴重になる。
簪(かんざし)でも銀の材料が貴重だから産地の秋田まで職人が移動したとかも言われる。当時は簡単に材料でも運べないからそうなる。
職人はすでにその仕事自体はone's life's work [lifework]であった。
そういう仕事をしている人は今の人の仕事とは全く違った意識をもっていたのである。
まさにwork(作品)を仕上げることが仕事だったのである。


現代人が豊かでも物があふれても何か満たされないということもこれも過去の比較でみるとわかりやすいのである。
まずこうして[lifework]として仕事をしている人はまれだから仕事はただその場稼ぎというか賃金を得るためのものであり生きがいを見いだせないのである。
自分にしても能力かないから若いときから流れ作業のような仕事しか与えられなかった。それ以来仕事を嫌悪するようになり仕事していないのもそのためである。
現代ではまず生きがいある仕事をできる人は特別な能力がある人しかなれない
ほとんどの人があとはロボットのような大量生産の部品を作る人になるしjobになる。
ともかく仕事はその場限りとかではなく本当は[lifework]になるとき仕事なのである。
だから昔の職人は技をみがくために一生努力する、現代ではその場限りなら技を磨く必要もないし何か仕事に上達するとかもない、その場限りで手間賃を得るだけだとなる
そうすると仕事に生きがいをもていなから仕事したくないとしてニートとか働かない若者も膨大に増えたのである。
それだけの余力が家にあったりするからそういうこともできるのが現代である。


自分の庭を作ってくれた人はそういう職人だった。大工でもあるし庭作りもできて一人親方になっていた。何でもできるから驚いた。でもそういう能力がある腕が良くてもやはり金がたりないと別なブラックな仕事をしていたのである。
今の社会はそれだけきりなく金が必要になる。それだけ贅沢を求めてきりない社会なのである。
家を建てている人は借金している人が本当に多い、借金してまで贅沢をしているのが現代なのである。
生産社会だったのがこれまでの物を大事にする社会である。もったないの社会である。
それが物がないからであり大量生産できない社会だからでもあった。
物があふれれば物は貴重でなくなる、だから簪でも江戸時代なら貴重でも今ではそうはならない、そうした物の価値も時代によってまるで変わってくるからである。

現代でもそうした職人とかは受け継がれている、エキスパートとかスペシャリストとか専門家がそうなるだろう。そういう人はやはり貴重であり価値ある人となる
でもそういう人になれるのは極まれなのである。
そういう人は別に農業でもいる。農業のエキスパートで成功している人もいた。
浪江の人で野菜作りに優れていて平(いわき)に売って財を成して子供を三人も大学に出した人である。その人は賞ももらっている。
野菜でもネットなどで販売している人では名前を出してその人が作ったものとして売り出しているがそれは昔の職人とにているのである。
だから現代でもそういうことは受け継がれているのである。


宅配とか、自販機の飲料水詰め込みとか
よくあんな仕事やれんなぁ〜と思ってる漏れの仕事(IT土方:夜間オペもやった)も

他人様から見リャ、よくあんな奴隷みたいな仕事やってんなぁ〜という目で見てるんだろねw


確かにこういうことが多いから仕事したくないという人が増えたのである。
自販機などは機械化して手がかかってないようで詰め込む作業を見たら種類が多いから結構な仕事になっていた。なかなか今の仕事は見えないから苦労がわからないのである。


自分は家事が仕事だからゴミだすのも一仕事なのである。するとゴミを投げるからゴミをもってゆく清掃車を見ている。あの人たちもゴミを運んでいるからあれも結構重いから楽じゃないなとかみる。
一つの仕事としての連帯感をもったのも奇妙である。
やはり同じ仕事している人は共感を持つということになる。
そしてあの清掃車の仕事でも市町村を支えているという実感をもった。
なぜならこの辺は人手不足でありみんな補償金とかもらって働かない人が多いからであるこの辺でそうして働かないとゴミすら運ぶ人がいないと市全体で困ることになる
一見そういう仕事はしたくないとなるがそれがするものがなくなったときどうなるのか?
市がもはや成り立たない運営できない、住むこともできないとまでなってしまうだろう。外国とかストライキがあってゴミが街に散乱したことがあっことでもわかる。


原発事故では何かそうした市を町を村を誰が支えるのかということが問題になった。
働き手の若い人がいなくなればゴミを運ぶ人とかまでいなくなればもはや市町村も運営できないとなるからだ。
こういう場所ではまた仕事の意味も違ってくる。でも働かない人はこの辺では老人も多いこともあるが補償金もらっているから他よりずっと多い
それでどこも人手不足になっているからまた事情が違ってきたのである。
だから俺たちの住んでいる市町村で困っているのに働かないということはそこに住めないとまでなる。
そういう危機的状態になれば今までのようにしてはいられないはずなのである。
金があるから働かなくてもいいとかならない、年金もらっているからいいともならない
第一年金暮らしといっても金があっても働いてくれる人がいないなら老人の暮らしも成り立たないのである。
病院でも介護でも働く人がいなくなれば金があってもサービスは受けられないのである。


だから避難区域では現実に帰りたくないというとき働く若い人がいないのだから老人だけ帰っても暮らせるかとなって問題になったことでもわかる。
働くことが端を楽にするというときまんそれは狭い範囲でみた労働感である。
つまり身近な家族でも苦労して働いているから楽にしたいという気持になる。
それが小さな市町村だと家族のようになりそういう意識がこういう緊急事態では生まれた他でも老人だけの村がスーパーも運営できないと自ら働かざるをえなくなったことでもわかる。少子高齢化ではそうなりやすい、人手不足が深刻になるからである
働くとは身近で感じたことであり今のように外国の人が働いて物を運んでくるということなどない
だから働くという目的とかがはっきりと見える社会だった。
今は一体誰のために働いているのかなどわからない、外国の品物が入ってもそれは誰のために働いているかなど関係ないのである。金になればいいとしかないのである。


一方で医者とか看護師とか介護関係などは直接人と接する仕事だから誰のために働いているから明確である。働く相手は現実に向き合う近くの人間だからである。
だからそういう仕事は嫌な面があっても生きがいが生まれる
だからいつも医者とか看護師とか介護士でも感謝されるのである。
品物を作って人とかコンビニとか他にも何か働いても感謝される仕事は少ないである。
ともかく現代は働けといっても働くことが嫌悪される社会なのである。
誰も今や家事なとしたくない、その女性の生きがいはわずかの狭い畑で農業することであるそこで生産するものはほんのわずかである。趣味にすぎないのである。
農業自体は実は苦労があってもまさに実りがあるからそれで働く喜びがある。


でもそういう仕事は一面金にならないし趣味でありかえって金がかかっているのである。でもそれが生きがいだから仕事している、つまり金になって生きがいになる仕事は現代では少なすぎるのである。
だからみんなjobとなりプロフェショナルになはならないのである。
そういうスキルもなにもいらない単純仕事は機械化される、ロボットがするようになる。でも農業などは複雑であり機械化できないのである。
人間の仕事がなくなることなどありえないのである。

株などでも大金が入っても金が入ってもそれ自体では生きがいになはならい

ただそれを消費することが生産に通じることはある

その金で有益なことに消費すれば生産になる、花を高いけどフラワーアレンジメントすれば美を作り出しているとかなる。


ともかく若者はjobではなく若いときから[lifework]をもつべきだとなる
それは趣味の分野でもそうでてある。才能なくても積み重ねてゆけばそれなりのものになる
雑学の分野だってそうである。何度も言うが時間を費やしたものがその人の人生なのである。そして時間はすぐに切れてしまうのである。
人生はつくづく遊ぶ時間すらないものだった。お前はそんなに遊んでいたじゃないかというけどそれでもそれもあっというまに過ぎてしまったとなる
おそらく何をしても人間の時間はたちまち過ぎるということである。
一つの楽器に習熟するのにも一生もかかってしまうのが現実なのである。
何事でも一万時間をかければそれなりのものになる。
いくら天才でも第一与えられた時間は増やせないからである。




タグ:仕事
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2015年08月14日

明治維新を背後で操作したフリーメーソンーユニテリアンなどの謎 (科学技術信仰でもあり原発事故で文明の崩壊現象が起きた)



明治維新を背後で操作したフリーメーソンーユニテリアンなどの謎

(科学技術信仰でもあり原発事故で文明の崩壊現象が起きた)

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●明治維新は外国人によって指導された

明治維新は様々な謎があり複雑である。あらゆる面で欧米との接触から始まったし欧米の宗教であり思想であれ科学技術であれ取り入れる過程で複雑なものになった。
その背後で操ったのが欧米勢力でありフリーメーソンやユニテリアンの組織だという解説が出てきた。
明治維新の真実は未だに解明されていない、本流は最初公武合体であり別に開国しないとかではなかったのである。
それが薩摩長州連合によって幕府が朝敵となり新しい日本が作られた。
その背後には資金面でも援助したフリーメーソンやユニテリアンの組織が知識人などがかかわったとある。
坂本竜馬は長崎のグラバー邸に出入りしてそこで資金を調達して武器を仕入れて売り込み薩摩や長州に力をもち薩摩長州連合を押し進めて明治維新を成したと良く言われる。
明治維新は日本人のみで成したものではなく欧米勢力が背後でかかわり成されたものだという主張である。
実際は公武合体派が純な日本の系統だったともなる。

幕府と朝廷の公武合体派が正しい勢力だったのである。
それに対してイギリスによる裏側から管理指導を受けていたのが薩長同盟である。
明治維新は日本人が成したものだというが実際は欧米勢力、最初はイギリスが深くかかわって成されたともなる。
それは実際の資金とか武器の供与とかだけではない、イギリスが当時文明を代表するものそして明治維新にかかわり新しい日本の明治を作る人物も養成したのだとなる
それはカトリックとかの旧教会勢力ではない、その思想はフリーメーソン、石工の団体から発して理神論としてのユテリニアニズムの宗教である。
これは神を理論的に理解するものだから極めて理論的であり知識人が科学者などしか理解できないものである。だから一般の人にはなじみのないものである。
ただ指導者層がフリーメーソンでありユテニリアンだったとなる
ハーバード大学がもともと修道院でありユテニリアンのメッカだったというのもうなづける。
そこには最高の知識人が養成されているし何より科学研究の世界の殿堂になっていることでもわかる。

だから明治維新のときの今は偉人とされる人はなんらかこのフリーメーソンにユテニリアンの思想の影響を受けている、福沢諭吉もそうだったというとき実際にユテリニアンの教授を大学に招請している。
というよりはもともと明治維新には新しい日本を作るにはそうした外国人の技術者であれ知識人を招請しなければできない、そういう人たちに指導されたのだから当然だったともなる。明治以降にできた大学で外国の宣教師が深くかかわるものが多い。
それは外国人の援助なしに大学だって作れなかったのである。
東北学院とか青山学院とか立教大学とか一番古いのでは新島襄が創設した立命館とかでもそうである。アメリカから多額の資金を援助されて設立された。
そういう大学は日本人が設立したのではないのである。
だからそういうものには日本人の独立性が欠けているのである。
ただ内村鑑三は別だった。ユテニリアンの組織に世話になったとしてもあとは別な日本人としてのキリスト教を唱えた。
だから外国の宣教師とかかわるなと言っているからである。
この草創期には何らか知識人であれ外国人とかかわらざるをえなかったのである。

●フリーメーソンとかユテリニアンとかは現代文明の思想の基

そもそもフリーメーソンとかユテリニアンとは何なのか?
それを思想面からみればそれは別に何か秘密でも隠されたものでもない、要するに近代を作り上げた思想でありそれはこの世が神が作ったとかキリストが神の子であるとかを否定する思想である。
ただそれは公には言えないので無神論はタブーなので欧米で神を理性的に理解するとなったのである。
でもこれは珍しいものでもなんでもないのである。
現代では文明人ならばみんなそういう思想のもとに日常化している、生活の中でそんなむずかしい理論を知らなくても理解できなくても実行している。
弁証法を解くとしてもそれも無神論でありやはりユテニリアンの系譜になる。
理屈で理性で世界を解きあかそうとしているからである。
とても理屈とか理性でこの世を解明などできないのである。

アメリカは清廉潔白を旨とするピューリタンが建国したのではない
早い時期から世俗化して金儲け主義、合理主義者となった

現代文明の特徴はニーチェの「神が死んだ」とかすでに理性とか人権主義とか合理主義とかに変わったことである。そもそもカトリック教会の腐敗からキリスト教を嫌悪する人たちが公然と増えたのが現代である。
それにとって変わったのがフランス革命とかの自由、平等、友愛という思想はキリスト教のものではない、人権主義もそうである。
だから別に明治維新だけではない、今や世界がそうした近代化の思想が実現されたグローバル社会になっているのだ。
マルクス主義もまたその分派であり神を否定して社会改革を望んだのである。
結局いくらピューリタンとか清廉だとか言っても世俗化の力には勝てない

今や文明の宗教がカルト化してただ人間の欲望の全面的に肯定するようになるのも当然である。
世俗化の力とは人間の欲望を否定できないことである。
その欲望の力がまさるからグローバルに資本主義も欲望をあくなく追及するようになったそれはユダヤ人がどうのこうのとういのではなくそれは人間の欲望がそうした社会を作ったのである。近代文明社会そのものがそういう世界的にそういう社会にしたのである。
一見こういうことが原発事故と関係ないように見える。
でもこの原発事故を深く考えればこうした現代文明の崩壊現象ではなかったかとも見える自分を苦しめた人たちやまたなぜフクシマで自分の住む周辺がこんな状態になったのか?
それは大きくみれば文明の崩壊現象ではないか?
その原因はいろいろであってもそれは別に知識人でなくても技術者でなくても個々人が庶民が追及しているのはこうした指導層の人たちと全く一致している。
金儲けが第一であり金が神の如くなったというのは別に日常的の生活でそうなっている。
だからこの辺の一人一人を見ても金がないのに借金までして立派な家を立てたり俺は事業の成功者だとして装い自分の所に病気のとき借金を要求して恐喝まがいのことをしてくる最悪なのは「金をくれ」と来て本当に家捜して大金を失った。
頭の中が金しかなくなっているのである。同情もなにもない、昔の日本人の義理人情もなにもモラルさえなくなくなっているのはそれは近代化して文明化して起きてきたことなのである。

そういう自分もこの現代文明にとりこまれている。アメリカの株のようなものでもうけて外国の国債を買ったりしてもうけているのかとなる。
それは世界がそういうシステムに誰でも否応なくとりこまれているということである。
そこで損したり得したり大きな格差が生まれたりと矛盾してくる。
アメリカで富が何パーセントかに集中していあとは貧乏だというのもおかしな話なのである。
そうした世界の矛盾が何かの拍子で一気に崩壊することがありうる。
そうした矛盾が神が許さないからだともなる。
それは世界的だから世界的崩壊につながる恐怖がある。
いくら金を貯えてもそれが紙切れになることがありうるからだ。
現代の宗教とはフリーメーソンとかユテリニアンとかむずかしいものではなく一部の知識人や技術者が指導しているというのでもなく世界の人がそういう意識になっている。
世界が共通した思想であり意識をもっている。だから背後からフリーメーソンが指導しているとか関係なのである。
すでに世界の人が中国人でもアフリカ人でもそうしたグローバルな世界経済の中に資本主義の中に組み入れられているのである。エジプトの果てまでロバに乗った少年が一ドルくれとかなる。そんなところまでアフリカの部族までドルが通用していることでもわかる。それはとりもなおさずアメリカが世界を支配しているともなる。

●原発事故は科学技術信仰の文明崩壊現象

原発事故を考えてもこれもやはりユテニリアンの思想の崩壊だったのかともなる。
現代の共通の信仰は科学技術だということである。合理主義とか金が第一とかもそうである。それは普通の庶民でもそういうふうに現実日々生活で実感して実行している。
だから映画では核を信仰の対象にしていた。
核というとき原子力はいい核で核兵器はそうではない、人類に役立つとか思っているがこれもコインの裏と表なのである。
つまり科学技術信仰であり科学技術が人間の理性が信仰の対象である。
それはとりもなおさず人間の力の信仰なのである。神はもはや存在しないということは科学技術が信仰の対象となる。
科学技術がもう人間が死なない命をもつとかまでなる。
科学技術があらゆるものを人間の問題をすべて解決されるとしているのが現代文明なのである。
それはフリーメーソンが指導しているとかユテリニアンの思想だとか隠されたものでもなく文明人はみんなそのようにして現実日々生きている。
ただ病気でもすべてが科学の力で解決しないから宗教に頼ったりするが現実は科学の力を信じている。いづれは科学技術が解決してくれるというのが信仰になっているのである。カルト宗教団体でもそこに医者がいて科学者がいれば権威をもてる。
世界では今やキリスト教でも仏教でも一番権威をなくしたのは僧侶階級なのも共通している。

科学技術のように実際の社会でご利益を与えないからそうなる。
ユテリニアンはカトリックの僧侶を嫌悪していたというのもわかる。
神の権威を元に威張っているだけで何もできないとなったのが近代なのでありそれは正しいことでもあったからだ。
つまりユテリニアンの思想の方が宗教によって自由を拘束されたものから近代は解放されたのである。
アメリカは特にそうしたヨーロッパの宗教支配から脱する新天地だったのである。
でもそうした近代も原発事故で科学技術信仰の崩壊現象として起きたとも言える。
その信頼はもろくも崩れさったからである。
この辺の津波や原発事故の後の荒廃は何を意味しているのか?
それはまさに文明の崩壊現象として起きているとしかいいようがないのである。
何か原発は神殿でありその神殿は崩壊して住むこともできなくなった。
その回りは荒れ果ててしまった。それはマヤ文明とかとにている
森の中に神殿が放置されてて謎のマヤの文字が残りなぜそうなったのか謎となる
科学技術信仰が崩壊すれば実際にこんなふうに荒れ果てた地域となるという見本がこの辺なのである。

●科学技術文明の崩壊
●理性理神論の崩壊
●グローバリズム資本主義の崩壊

この辺でと確かにこういうことが起きたのである。グローバリズム資本主義というときなぜコミニュティまで破壊されて補償金で分断されているというのもそうだし
金を第一にすれば一億円もらえるなら別にどこに住んでもいいということであり外国でもいいとなる。それはとりもなおさずコミニュティとか人の絆とは関係ない社会である。
それよりも金が大事だとなり若い人は去り老人だけが取り残されたとなる。
それは原発事故だから起きたというのではなく前から金が大事だとなるとき故郷とかその土地に縛られない生活を望んでいたとなるとそれが補償金で実現したともなる
すでに原発を作ったとき市町村すら政府とか東電によって買い上げられていたのであり
事故の後は放射性物質の廃棄場になることが予定されていたともなる
漁業権者でも漁業権を売り渡して巨額の補償金をもらっていたのである。
これはここだけの問題ではない、今の文明そのものの問題であり原発事故周辺に顕著に現実化したのである。
様々な現代文明の矛盾がこの辺に集中的に現れたのである。

福島第一原子力発電所の事故の原因の深層 (イリイチの「専門家時代の幻想を読んで)
http://musubu.sblo.jp/article/44433485.html
posted by 老鶯 at 02:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2015年08月13日

津波原発事故から4年半過ぎて (お盆のまためぐりて我が心境の短歌30首)


津波原発事故から4年半過ぎて

 
(お盆のまためぐりて我が心境の短歌30首)

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大熊町に残された手押し車




紫陽花や厨ににあうは女性かな

(墓参り)

五年のはや過ぎなむや姉の墓赤々と映ゆほおづきの花
我が墓地の街中にあり天保の碑知らずありしもひぐらしの鳴く
我が墓地に同級生の墓ありしお盆めぐりてみな老いにけり
あわれかな原町の実家の墓参り年に二度なりまた来るかな
忙しく時は過ぎにきめぐりくるお盆に死者を偲ぶはよしも
我が家の墓の近くに雨しととお盆に参り花をさしにき
戦没者なお偲ぶかも戦友を思う人しも90を越えるかな

(村々のこと)

我が暮らし今日も屋形を通りつつ蝉鳴く声やあわれ暮れにき
のうぜんの花は燃え咲き散りにける我が家に勤めなお暮らすかな
久しくも橲原に行かじ立目石秋となれるや虫の鳴くらむ
土地土地に暮らしのありて思いあり夏も過ぎなむひぐらしの鳴く
大原に老木一つここに住む人も死にけり跡継ぎなしも
鳩原村そこに育ちし人もあれ帰る日あれや墓も淋しき
墓地あれや下栃窪や遠しかな秋の蝉鳴く声聞きつ帰るかな
飯館に一年も行かじ荒れにしや墓参りする人もありなむ
原町にスーパーヒタチとまりつつ動かざるかな五年も過ぎむ
全国の人の来たりて仕事する事故の傷痕消えざりしかも
放置さる避難区域に手押し車誰か使いしや人は住まじも
鹿島にそ小高の人の五年しも住みて長しやひぐらしの鳴く
いつまでや離ればなれになる人のいつ帰りなむ老いゆくものを
人の世はかくも変わらむ津波跡なお残りし庭の樹を見ゆ

(百歳の母)

我が母の百歳すぎて何思ふただいねにつつ齢伸ばしぬ
百歳を生きてなにをか思ふらむただいねにつつ言もなきしも
継母に育てられにし母なれやその一生の労苦のみなり
百歳に大正生まれなお生きぬめまぐるしくも変わりし世かな
90過ぎて家を離れてアパートに住むこともありしその労苦かな
我が家に強き姉しも今はなし故郷に咲く鬼百合の花



津波原発事故からすでに4年半を過ぎようとしている。この間に自分の一身上でもめまぐるしく変わった。七年間介護であり自分の病気であり自分も様々なことに追いまくられた来た相手も良くなかった。相手もまた事業に失敗した、生活がぎりぎりで苦しいとか犯罪にあうとかそのことを延々と書いてきた。
つくづく人生は過酷である。津波で死んだ人も過酷だし原発事故で避難した人もいろいろ言われたが過酷であった。
自分の一身上でも過酷だった。それも自業自得だったともなる
何か嫌な予感はしていたがそれが想像以上に過酷なものとして身にふりかかった。
つまり原発事故も津波もみん想定外のごとだったと同じだった
60以上は人生の総決算みたいなことが起きてくることは確かである。

お盆だから墓参りをした。母の実家の墓参りもした。でも彼岸とお盆しか行っていなかった。それも何か以前として忙しく追われているからである。
結局自分はこの七年間家のことで自分のことで悪戦苦闘してきた
この間誰にも助けられなかった、ただかえって弱者になったとき責められるだけだったのである。人間がいかに非情が身をもって知った。
ただ求めてきたのは金だけだったということである。

そして自分の周辺もまた以前として正常にもどっていない、仮設はそのままだし2000人とか仮設にいる、小高の人は来年帰るというけどこれも延長するとかなると長引く
まず津波原発事故の後遺症は以前として消えることはない
5年過ぎても何ら変わらないということがあるだろう。それほどの大災害だったのである

故郷は何なのかなど考える必要もない、当たり前にあるものだったがこれも住めなくなった時考えるようになった。
故郷の山はありがたきかなとか故郷に住めることはありがたきかなともまでなってしまった。
故郷とは何なのだろうというきそれはそこに住む人の思いが残っている場所である。
それは一代だけではない、何代も前の人々の思いが残った場所なのである。
だから不思議なのは津波の跡の家の庭に残っている樹がまだあるがそれが何か普通の樹とは違う。その家に土地に離れがたく残っている人間のように見えたのである。
自然の樹とも違う、人間化した樹だったのである。

故郷というとき広いからそれぞれの土地に村に思いがある。
橲原(じさばら)だったら立目石とかがあり大原村だったら老木が一本ありあそこで農業して死んだ人を知っている、でもその家は空家になっている
小高の鳩原村に育った人もいて荒れ果てた故郷を悲しんでいた。
それぞれの村には暮らしがあり死んだ人であれ思いが残りそれでお盆には墓参りして
死んだ人をしのぶのである。
だからお盆というのは死者を偲ぶものとしていい風習である。
ただこれは仏教とは何の関係もない、日本的風習なのである。

それにしても避難区域に残された手押し車とか見ると不思議である。
あれ押して老人が往き来していた、それか突然誰もいない街となってしまったのである。あの手押し車でも押していたときそこに暮らしがあったのである。
だからこの辺の状況はまるで映画のようにさえ見えたし今でもそうである。
突然いくつかの町が村が放棄されたためそうなった。
街自体が突然廃墟のようになってしまったのである。
もちろん津波で消えて土台しかなくなった村もいくつもある
そうしうた荒廃した状況が未だにつづいているのである。

自分の母の一生はただ労苦の一生だった。時代といえば時代だが不運といえば不運である運命といえば運命である。人間の一生が様々で何らか苦労がないものはいない
戦争で死んだ人たちも何なのだったかとまた問われる、ただそれも70年過ぎると関心がうすれてゆく、70年は長いからである。
あれほど災禍でもわすれられてゆくのが人間である。
この津波原発事故はまだまだ地元では特に忘れられないし生々しいものとして痛々しいものとしてある。

今年の夏は異常に暑く体力が消耗した。今日は涼しいし雨が降っている
なんかまだ暑さがつづくとなると嫌である。
ともかく五年過ぎて小高の避難者などが帰還すれば元のようになるのか?
以前としてこの辺は五年すぎてもさほど変わっていない
そして自分も延々と家を守ることに悪戦苦闘している
家事というのは実際はいろいろあって知恵も必要である。
そういうのは女性があっていることがつくづくわかった。
厨に台所に立つのは女性があっている、庭に紫陽花が咲いて女性がふさわしかった。
介護も女性の方が何かと向いているのだ。それを全部自分でしているから毎日が追われているのである。


タグ:お盆

フラワーアレンジメントも芸術的創造のセンスが必要 (花屋もただ花を売っているだけで商売となるのか?)


フラワーアレンジメントも芸術的創造のセンスが必要

(花屋もただ花を売っているだけで商売となるのか?)


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皇室の紋様

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花を見るというとき野の花とか高山の花を見てきた。
でも自分はフラワーアレンジメントをしたこともないし生け花も知らない
フラワーアレンジメントは野の花を見るのとは違う
そもそも外国の花が多いから日本の野に咲いてない花を扱うからである。
菊なら日本的な花だから菊からイメージするものが皇室とかなる

まずフラワーアレンジメントは花をランダムに挿すことからはじまる
単にそれだけで色が交じり合い一つの花の世界が生まれる
それはあんまり考える必要もないし創作的でもないが
これも偶然の結果として何か一つの美の世界が生まれる

これもただ偶然の結果である。ただ白藤と都忘れは合っているなと白藤に都忘れを添えた写真では都忘れが良く写っていない、だからまず写真の撮り方が結構むずかしいことがわかる
花をとることは結構むずかしい、これはまず写真の技術が必要になる
雑誌とかに出ているのは何気ないようでもプロが出しているから鑑賞に耐えている
素人は何かその辺が作れないということはある。
その一つが都忘れがうまくとれていないことだった

だからフラワーアレンジメントと写真の技術とパソコンの加工の技術などで写真でとってさらに配置などを変えて見栄えを良くする必要が出てくる。
つまりフラワーアレンジメントは写真をとり加工してみてまたそき配置を変えたりすることも必要である。
そういう相互作用を経て作品化してゆく
でもそれにはかなりの時間が必要になる、なぜなら花は枯れやすいからである。
花を見ている時間も短いのである。
だからこそ写真にとってその美の瞬間を保存する作用がまずあった

ともかくフラワーアレンジメントはやはり芸術の創作でありセンスも要求されるが技術も要求される、そして花の性質とかどう育てるかとも知る必要があるから
本当は花屋は意外と創造的仕事なのかもしれない
もちろんそんなことまでしないでただ花を売っているという店も普通である。
しかしそれだけでは本当は花屋という商売を活性化できない
やはり常に時代の最先端をゆかないと取り残されるということがある
あらゆるものがそうである。パソコンとかインターネットなどなくてもいいとかとなる
そんなものめんどうだからしなくてもいいとかなる
そうなるとなんでも時代に遅れてしまうということがあり店に魅力がなくなる
そもそも花屋はスーバーのようにただ花を売るだけではない
だから誰にでもなれるものでもない
花屋の人はフラワーアレンジメントはしている
それに感心してこの人はやはり花屋だからセンスがあるのだと思った
しかしせっかく飾っても売れないと正月に言っていた
それは高いこともあったが正月用として上手な作りだったのである

実際花の世界は今はこれもグローバル化して多様なのである。
いろいろ知らない花が外国から入ってくるのである。
すると知識も必要だしセンスも必要になる
つまり芸術的感性が必要な商売なのである。
花についての詩なども知っていればいいがそういう人はほとんどいない
何か現代というのは何でも機械化するとき人間の仕事は芸術的な創作的なものが
仕事として残るが機械的にできることは人間は必要なくなる世界である
するとこれからの課題は創作性を磨くことになる
機械にできないことは創作的なことだからである。


この辺のスーバーでレジの一部が機械化した、するとそれで人手が省かれる
事務でも機械化して事務員も必要なくなる
人手不足が騒がれているが一方で機械化して人手不足を補っている
弁当まで機械でオカズを配置して大量生産している
でも一方で手作りの味は人間にしかできないとか人間にしかできないことが貴重となり高価となる
第一本を売るだけの書店でも創作的なことがない誰にでもできる仕事である
もしその本を読んで感想を批評できるようだと違ってくる
ただこれも相当な知識と創作性が必要になる
書店でもそうだが何かどこでもただ売っているだけでは創作性がないのである。
これからの仕事は何でも創作性が必要になる
佐賀のうどんとかソーメンは他のよりうまいとか蕎麦でも会津のはうまいとかなるが
それも創作性であり同じものだったら価値がなくなるのである。
何か芸術というとき特殊ものもをイメージするがどこでもそうした創作的なものがないとどこでも同じだとなると魅力がなく売れないとなってしまう
貧乏な時代なら味よりただ腹一杯になればいいですむが今のような贅沢な社会はそうならないのである。


タグ:花屋

2015年08月12日

フラワーアレンジメントの加工(2)


フラワーアレンジメントの加工(2)


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加工した方がただそのままを写真に撮るより見栄えが良くなる
ありのままが必ずしもいいとはならない
だから写真でものままではなく加工して見栄えを良くできる
それはパソコンのソフトでできる
フォトショッフはにはそういう加工をするソフトである。
ただ全部が使える訳ではない
結局この加工は試してみて偶然にこれがいいとか発見する作業である。
なれてくるとこれをこう加工したら操作したらいいのとかなる
画家だとそんな作業はしない
機械に頼らないからである。

才能がある人はそれができるが才能のないものは機械に頼りデザインできる
つまりパソコンは明らかに人間の頭脳の役割を果すようになったのである。
だから人工頭脳というのができてくる
機械化できるものは機械化する、それは物の生産でも機械化できるのはロボットがやるようになる。
でもどうしてもできないものが残る、それが人間の仕事だとなってしまうかもしれない
機械には美的判断とかできない、ただ機械的に美も醜もなく写しているだけなのである。
だから機械には限界があり人間のようになることはできないのである。

2015年08月11日

フラワーアレンジメントした写真を加工する (別なものに変質して新な美を生む)


 
フラワーアレンジメントした写真を加工する

 
(別なものに変質して新な美を生む)

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これは前にフラワーアレンジメントしたものを写真にとっていた。
それをフォトショップで加工してみた
そしたら何か斬新なものとなって別な見方が生まれた。
こういうことがソフトできる
デザインというかそういうことが素人でもパソコンでできるようになった
写真でもいいろいろ見栄えを良くできるのである。
これは雑誌などでしていたがこれも自力でパソコンでできるようになった
このデジタル写真とパソコンのソフトの加工の分野は映像に対して素人でも
プロ並みのものができるようになった

まず絵が全く描けなくても写真がその代わりをしてくれるしパソコンやインターネットがその代わりにしてくれる
人間の頭脳の働きを機械がしてくれるということである。
ただその原画となるのものはやはり人間が作っている
これは他からのものを使っていない、自分のものである。
フラワアレンメントしたのは自分である。
だから自分で作り加工したものは著作権違反にならないのである。
posted by 老鶯 at 23:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 抽象画の部(abstract)

分断されて帰還がむずかしい原発避難者 (現代の広域経済なども影響してばらばらになった)


分断されて帰還がむずかしい原発避難者

(現代の広域経済なども影響してばらばらになった)


双葉町となるとあれだけ原発に近いのだから補償金でも何でも一つにまとまるように見える。実際は補償金でも違っていて四つくらいにさらに分断されているとういう。
中間貯蔵施設問題でも地権者に賛成派と反対派がいて分断されていた。
双葉とか大熊町となると外からみればどこも放射線量が高いと思うがそんなところでも放射線量で区別されている。
だいたい土地はつながっているのだから空間だってそうだしそんなに区域を分けること自体が疑問だった。
南相馬市でも30キロで区切られてその区切られた隣り合っても補償金がもらえる人ともらえない人がでてきて分断された。

自分の住んでいる場所は30キロ圏外であり除染をはじめるという連絡がきた。
0.3以上は除染するというがここは0・2であるからしなくてもいいのかと思った。
ただ一部樋の下などが高い、でも地域的に一軒でも除染しないと回りに影響するから
地域の人と相談した方がいいと言われた。
つまり一軒だけ除染しない勝手にすると回りに影響するからだ


このことを考えると地域的に放射線量で分断して補償金の差をつけたりしていることが納得いかないのである。
もし隣合っているならほとんど実際は放射線量は変わらないし風でも隣から飛んでくるのだから同じことなのである。
水だって流れてきて泥でセシウムが運ばれてくるから一地域だけを除染しても無駄にな
放射性物質の問題は一地域を除染したりそこだけをとりのぞいてたからといって解決しないのである。
点の問題ではなく面の問題として放射能汚染があるのでありそんなふうに分断したのはなぜだろうと前から疑問だった


つまりそれは双葉町でも大熊町でも南相馬市でもどこでも政府や東電で意図的にわざわざ住民の心を分断させるために補償金で差をつけたのかとなる
住民同士がいがみあえば補償金でもまとまって払う必要がないとなる
まとまって交渉されると圧力が大きくなるから補償金を支払う方では困るからである。
結局そういう政府や東電のずるい意図に住民もはまり操られたともなる


ともかく大熊町とか双葉町や浪江町は旧相馬藩内だから南相馬市とかと連携して協力して解決策を求めてゆけとなるのもそれも簡単にはいかないだろう。
第一鹿島区に避難した小高の人たちとすでに補償金でもめてここも分断されているからである。
小高の人は全部ではないにしろ金もらってかえって威張っているとかなっている。
このことは別にここだけではない原発避難者として同じなのである。
イワキであれ二本松であれ会津であれ福島市であれ原発避難者は補償金をもらっていても受け入れた市はもらっていないからである。
そこに大きな不満がある。相馬市すら原発避難者に大きな不満がある。
なぜあの人たちは働いていないのに贅沢しているのだろうとなる
女性はこまかいところを見ているからスーパーで高いものを買っているとか見ているのである。


いくら同じ相馬藩としてめんどうみろとかいわれても今の時代はまた違っていてむずかしい。
避難先のイワキ市とかに双葉町とか大熊町とか浪江町とかを作る計画をしたがこれも無理だとなった。
なぜなら一つの市にまた別な町があることは摩擦を生み困るとなる。
そして一体避難者はいつまでも補償金をもらえるのか?補償金で暮らす気なのか
なぜあの人たちは補償金でいい車を買い毎日遊んでいるのか?
真っ先に土地も買い家も建てているのか、前からの住民は金もないからかえって土地が上がり家も建てられないとなり不満になる
ある人は浪江の人は避難先で遊んでいるのもまずいと商売をはじめたが地元の人に世話になっているのに競争を相手となり客を奪ってしまうのが気がひけるとか言っていた。
なぜそういう問題が起きるのかというと数が多いためなのである。
ある市や町に一挙に2000人とか移住するということが摩擦を生んだのである。
これば百人単位とかで散らばったらそんなに摩擦にならなかったかもしれない
一挙に2000人も増えたら一見人口増えて経済的にいいと思うが実査気はそうはならなかった。

別に補償金をもらってその町に金を使っているのだからいいじゃないかとならなかった。
補償金もらって毎日パチンコ通いだとか遊んでいるだけだとというとき批判された。
そして何でも原発避難者は病院でも介護でも優先されて地元の人は後回しにされたりと不満が大きくなったのである。
実際復興に働いたのは地元の人ではない、外から来た人たちだったのである。
地元の人は遊んでいたからボランティアの人とかは喧嘩になったというのもわかる。
これも現代を象徴している、広域社会になると地元だけの経済ではない、全国と関係しているし外国とも関係している、食料でもどこからも入ってくる。
もし自給自足のような小規模な経済だったらこんな問題は起きていない。
もちろんそういう経済はまともに電気もない生活だったから比べることもできない

とにかくこの辺で大東建託とかがアパートを十棟以上も次々に建ったり建売住宅も次々に建った。それは地元の大工さんとか建築業者がしているのではない、働いているわけではない、今は組み立て式だから地元の大工さんが地元の材料で建てることもないのである。つまり全く地元の人がかかわらないでも家が建っているのである。
金さえあれば建売住宅で一週間くらいで組み立てて建ってしまうのである。
だから金さえあれば別に避難した先の人に世話になるということでもないとなる
そうなると避難した先でも別に何の世話にもならないとなりかえって威張っているというふうにもなる
それで地元の人と軋轢が生まれたのである。


そもそもなぜ原発避難者が一つにまとまらないのかというとき政府とか東電によって放射線量で地域を分断させられたこともあるがこうした広域化社会になったということもあった。
小さな町でも村でも広範囲に全国と世界ともつながり生きている社会なのである。
だから田舎でも隣近所が助けあわないとか疎遠になるとかあった。
それはとりもなおさず隣近所とか狭い地域で助け合わなくても生きられる社会になっていたからだろう。
そういう現代の社会も影響して分断されてしまったということがある。

こうなるとやはり日頃の生活が問題になる。例えは大工さんとか手に職をもっているとか何か技術をもっているとか故郷を離れても仕事ができる人は強いとなる。
今は人手不足だからどこでも受け入れるからである。だから看護師は原発事故以後すぐに移住した人も多い、南相馬市立病院では半分がたちまちいなくなったとかあって問題になった。
故郷を両親や祖父母を見捨てるのかとかとも言われた。
農業とか漁業となると他に移って簡単にはできない、一部でしても土地が必要だったり簡単にはできない、でも大工さんとか看護師とか他に手に職をもっていたり技術をもっている人は就職しやすいからどこに行っても移住しても生活できなるとなる
だからいろいろもめているのもめんどうだから移住してしまって帰らないということになりやすかった。


いづれにしろ避難した人が2000人とかなるとその人たちは目立つしもし浪江町とかとしてまとまって住むとなるとこれも問題なになる、同じ町に別な町があることは軋轢を生む
そしてその人たちがみんな避難した先で貢献できなるのかといったらそれもむずかしい。でも大堀の陶工は白河市とかに窯をもって定着したという。
それも技術をもっていたからできたとなる。
やはりこういう困難に直面すると日頃の生活がものいうし影響するともなる
ニートとか遊び人のような人も補償金をもらって喜んでいたがではそんな人を他の土地で受け入れるかとなるとならないだろう。
そして補償金はいつまでももらえるものではないのである。
だからよその土地で針の筵(むしろ)のように思って暮らしている人もいるかもしれない
補償金もらっているからとなんてもいいとはならなかったのである。


「この家は誰が建てているんですか」
「大東建託だよ」
「地元の人はかかわらないんですか」
「かかわらないよ、全国から来ているよ」
「津波と原発の被害では沖縄から北海道まで全国から来ている
地元の人は別に何もしない人が多い、パチンコ屋通いとか批判された」
「自分などは大東建託という会社に勤めて金をもらっている
別に地元に貢献するという意識はない
仕事があれば全国に派遣されるだけだよ、自分たちは会社員なんだよ
会社にさされば全国どこにでもゆくほかない、自分たちにとって大事なのは会社だよ
自分たちが住んでいる所じゃない」
「補償金もらって原発避難者が家建てているけど」
「そんなの関係ない、金さえもらえばいいんだよ、地元の事情は自分等には関係ない」

今の社会はこんなふうになっている。
でも地元の人が避難者のために家を建てるとなると違ってくる。

「この地域は補償金などもらっていない、それなのに補償金をもらっているよそ者のた めに家を建てている、働いているというのも納得いかない、
自分たちも被害者なのだから補償金もらいたのだ
補償金もらって遊んでいま人のために働くの馬鹿らしい」

こんなふうになってしまうかもしれん、広域経済では日本国内だけではない世界ともつ ながるから狭い地元のことを考慮しない社会なのである。
何かそういう矛盾が原発避難者と受け入れた側の軋轢を生んだことは確かである。

タグ:原発避難者
posted by 老鶯 at 20:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2015年08月10日

東京オリンピックのエンブレム問題 (野馬追いの旗ともにている)



東京オリンピックのエンブレム問題

(野馬追いの旗ともにている)

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人間は一つの社会を形成して集団で暮らすようになるとその集団を象徴するものが生まれる。それは人間が群れをなして集まり暮らしたときから始まっていた。
トーテムがそれである。狼とか熊とかを部族の神として象徴として祀り一族の団結を計る今回のエンブレム問題の深層もそこにあった。

紋章とか旗印とかができるのもそうである。
ヨーロッパと日本では封建制があり城が非常に多い、するとそうした地域地域の独自性が生まれは紋章とか旗印でも多様になるのが共通している。

野馬追いの旗は複雑であり簡単に分類できない

●血統的な一族意識
●地域性的な一族意識
●役割としての旗印
●単純に他者と区別するもの

これだげではない他にいろいろあるが地元の人でも説明できないほど複雑である。
すでに旗印を受け継いだ家ですらなぜその旗印なのかわからないのである。
旗は戦場で他者と区別するものとしてあった。それは敵だけではなく味方でも区別していたのである。

オリンピックのエンブレムそうである。血統という民族的象徴として日本国がありまた東京をシンボル化したものとして作られた。
そしてオリンピックを象徴するものが必要だった。そういうものをとても小さなエンブレムにもりこむことはむずかしい。
複雑になるとかえって訴えるものがないことがありあのような単純なものになった。
シンプルなものがかえって訴えることがあるからだ
それがあまりに単純なのでパクリだとされた。それと酷似したものが外国にあった。
それはだから真似たもの盗用したから著作権違反として訴えられた。
何か何十億もの金がそれにつぎこまれたとかなったこともある。
金が関係しないならあれでこんな問題にはならなかったろう。

これも一つの抽象画である。自分も抽象画をずいぶん出してきた。
抽象画は果たして創作物なのかという疑問がありながら面白いから出してきた。
それはパソコンが生まれたパソコンのソフトから生まれものである。
それと電気の光であり色だから今までのように絵の具で描いているのとは全く違うのである。絵の具では出せない色を出している。
チューブ入りの絵の具の発明は絵画を変えた



チューブ入りの絵の具の発明とは、意味合いが違います。

簡単に絵が描けるようになったことで、本来描かなかった人たちも描くようになり、作品に対する考え方も安易になりました。

手描きの絵はオリジナルの一枚絵ですが、デジタルはオリジナルの原画というものは存在しないというところが最大の相違点ではないでしょうか


なんていうか「デザインとは無から有を作り出すことじゃなくて
既にあるデザインを分解して再構成することだ!」みたいなこと
本気で思ってそう。


まさに自分がしていることがこれだった。あるところを切り取って新しく自分のイメージに構成したりまたソフトで変化させるだけである。
これは絵が全く描けない自分でもできたことに驚き面白いからしている。
こういうことはデジタル写真でも生まれた。これまでの写真はプロでないとうまくとれない。それがデジタル化した結果誰でも写真の世界に入れるようになったのである。
6万のカメラでも今や一万円のカメラでもでも画素数があがりきれいにとれるのである。
いいカメラだと光の具合が良くでているから感動した。


今回の東京オリンピックのエンブレム問題も何かこうした技術の変化と関係していた。
これはコピーにすぎないじゃないかというときそもそもパソコンやインターネットはコピーペーストの世界なのである。
文章すら絶えずコピーしてペーストして書くようになった。
だから文章でもコピーされて盗作されて文章の一部が切り取られて再構成されている。
ただそれは良くわからないのがインターネットの世界である。
それが世界的に広がっているから世界的にコピーされて著作権違反がかなりあるだろう。外国になると盗用してもわかりずらくなるからだ。
だから明らかに自分の作品も盗用されているというより自分も盗用しているのかとなる。ただそれが金にはならないしどれだけの創造性があるかわからないから問題にならないのである。


でも今回はこんなもので何十億の金になるのかということで問題になったのである。
これよりもっといいものを作れる人はいるだろう。
ただなかなか芸術となると理解しにくいのである。
どこに独創性があり価値があるかを見極めるのがむずかしい
それは芸術のあらゆる分野でそうである、俳句でも全く同じものがあったりしても不思議ではないのである。それは短いからそうなる。
そして類似俳句とか類想俳句とかがある世界なのである。
芸術は他人の作品にヒントを得るということが必ずある世界である。
それはあらゆるものが他からのヒントを得てしている、技術の世界でも何でも文明自体がそうである。
だから模倣するなとかは言えない、模倣も想像に通じてゆくからである
このエンブレムが本当に想像性があったのかないのかそれが問題になる。
でも模倣していても創造性があるのはある。その辺の見極めがむずかしい
ただこれは模倣性が強く創造性がないことは誰が見ても明かなので批判されているのである。

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このなかにオリンピックのエンブレムとにたものがある
野馬追いの旗には単純なものも多いからである。



野馬追い関係


抽象画の部

タグ:エンブレム
posted by 老鶯 at 17:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

抽象画(人間は色に反応する)



抽象画(人間は色に反応する)

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外光


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パソコンの抽象画で感じたことはまずは色である。
絵画というと構成とかあるが建築的なものもあるが基本的には色である。
印象画が色を究めたことが最大の発見だった。
色にはもともと神秘的なものがあった
人間の五感というとき一番色に感じることは確かである。
あとは匂いとか音とか肌触りとかいろいろある。
日々感じるのは人間は色なのである。

だから人間は例えは色のない世界は地獄のようになのるではないか?
冥王星とかはまるで色がない、暗黒の惑星である。
光と色は一体だったのである。
この世に色がなかったら黒と灰色とかてかなかったら闇の世界であり地獄である。
そういう世界に人間は耐えられない
でも動物は匂いは感じても色をどこまで感じているのか?
蝶は色に反応していることは確かである。
でもどれだけ色に反応するか疑問である


つまり人間だけが豊かな色に反応するのである。
様々な色が人間の脳に反応する
人間の心が色によっていかに影響されるか
赤い色とか青い色とかによって心の状態を示されるのもそのためである。
仏教で色心不二というとき色と心は一体だからである。
その時の心の状態が色によってイメージ化される
日本語でも赤き心とかあり色がその心を示しているからそうなる
ただ赤でも青でも実際はまたそこから百通りくらいの赤があり青があるから
色の世界は無限である。
特にパソコンの電気の色は今までにない色なのである。
つまりパソコンの色は新しく生まれた色なのである。


パソコンだとインターネットに出たものだとそれが簡単に変化させられる
それがまた今までとは違う、常に変化するのがパソコンの抽象画の特徴である。
普通有名な絵なら変わらないことに価値がある。
抽象画が変わることによってまた新たな価値が見方がでてくる
この絵もまた変化させたものなのである。
ただ元の絵がわからなくなったとき著作違反ともならないのである。

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posted by 老鶯 at 13:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 抽象画の部(abstract)

2015年08月08日

抽象画(火山、富士山など)



抽象画(火山、富士山など)

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海底火山

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小高の懸の森(かけのもりのゼンマイ)


抽象画と具象画は実際切り離せない、山のようなものが操作して偶然にできたがこれは富士山だなと思いそこを手を入れて変えてゆく
山としか見えなければそれは具象画になる
抽象画は一応題はつけているがそれがすべてではない、いろいろな見方が生まれるからだ日本は富士山だから何かこのようなものを記念のメダルとして作ればいいとか思った。
そういうことができる造形だった。

結局抽象画は変化の芸術である、ソフトでこんなふうに変化するのかという驚きである。ただいくら変化させてうまくいかないものがある
ここのところが謎でもある、ソフトではみんな有効にはならない
変化しやすいソフトがありそれがフォトショップで広がったのである。
要するにソフトの利用による芸術だからソフトの使い方になれる必要がある。
今使っているのはペイントショップとフォトショップだけである。

タグ:富士山
posted by 老鶯 at 00:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 抽象画の部(abstract)