2016年03月31日

abstract(海中の道-a way in to the sea


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海中の道


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トンネル

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心臓



抽象画はインターネット内にいくらでもある。それを変化させるとまた抽象画になる
そうするとこの芸術は尽きることなくあるとなる
要するに変化することは無限だからである

今回は水の流というか変化という連作になった
水というのはそれほど実際で多様に変化している
同じ流れはなないのでのある

そして水は本当は怖い、それが津波でわかったことである。
渦をまいて押し寄せたりしたときは怖かった
その時水は悪魔的になっていたのである。






タグ:海中の道

原発避難区域は自治体が消滅で公務員が失職の危機 (飯館村で学校に強制的に再開することに不満)


原発避難区域は自治体が消滅で公務員が失職の危機

(飯館村で学校に強制的に再開することに不満)


●飯館村で強制的に村長が住民を子供の教育で帰還させる


今この辺で起きていることは今までありえないことの連続なのである
この頃盛んに限界集落問題が言われる、少子高齢化で日本が衰退するなど言われる
消滅する自治体のことを盛んに言われる、それは都市すらそうなっている
都市レベルで日本は衰退して消滅してゆく

そういうことはこの原発被害地域ですでに起きているのである。
町や村に住む人がいないくなる、住んでも老人でありそれも今までの人口のせいぜい一割だとなると明らかに限界集落が極端化して現実化したのがこの辺である。
そうしてどうなるのか、公務員が職を失う危機なのである。
公務員ほど安定していたものはないと見なされていて常に外部では不景気の時代うらやましがられてきたのである。
つまり公務員はやめさせられない、失職することなどありえないとうされていた
会社と違うのだから自治体は潰れない、破産しないとされていた
だからこの辺で町や村が消失するというとき自治体の公務員も職を失う危機なのである。

そうなるとどうなるのか?それが飯館村の放射線量が元から高い所でも学校をはじめるから帰れとなる。それと飯館村の村長が強く言っている。
飯館村はもともと放射線量が高いけど村長は避難させなかったなど批判された
今度は放射線量が高いのに帰れということで村民が不満を募らせている
飯館村と小高を比べると放射線量の差が大きいのである。
小高なら街内で0、1であり影響はないとみられる
飯館村はそうはいかいなのは素人でもわかる、最初から7とかになっていたのである。
それは草野辺りでもそうだった。
それから除染して0、5とかに下がったとあるが本当なのかとなる
今では0、5だも高いなとかなっている
飯館村では放射線量が高いというときそれは過剰な反応でもないのである。
放射線量についての見方はいろいろあるから断定できないがもともと高いし今でも高い
それは小高とかと比べようがないのである。


ではそういうところに帰れというのはなぜか?それは村民の意志ではない、村長とか公務員、役所に勤めている人たちの意志が働いている
なぜなら村が自治体が消滅すれば村長も役所の公務員も失職する危機だからである。
一番そうしして危機感を抱いているのはそういう人たちである。
議員でもそうなる、職を失う危機なのである。
そうなると多少放射線量を高いとしても村を維持するために帰れとなる
その意志は村民の意志ではないのである。


そもそも公務員とは何かとなるとこれも実際はその本人たちも意識しえないものがあったろう
公務員とは会社員とは違うけどでは何なのだというときそれも考えてみるとわかならないのである。
飯館村では村民が帰らなければ村は維持できない、消失するという危機である。
その危機を一番感じているのは村長とか役所に勤めている人である。
会社だったら浪江の会社に勤めていた人は会社が二本松に移り人も移れば良かった。
公務員は他の土地に移り公務員にはなれないのである。
公務員とはその土地と一体となり存続している
ただ公務員が主役ではなくその住民が主役なのである。
でも今は公務員が失職するから村民を村にとどめることに必死になっているのである。
村民の意志は無視され公務員の意志が全面に出ておしすすめる
村民は村長や公務員の奴隷かともなる
そういうことで公務員をいつも批判しているのがネットである

ただ飯館村のような小さな狭い村になるとやはり村長の権力が大きくなる
それに逆らえないワンマン体制になりやすい
南相馬市くらいになるとそれなに大きいからすでに市長だけではいくら優秀でもどうにもならないということが多々ある
いくら市長をどうのこうのと批判しても人口も規模が違うからワンマン体制にはなりにくいだろう。
飯館村の規模は村長がワンマンとなり君臨するということがありうる
そういう規模の村だからである、その時村民の意志は無視されるということはありうる


いづれにしろ自治体が消滅するということ自体ありえないことだからそれをどう考えるのかとなる
そもそも自治体とは何なのだろうとか故郷とは何なのだろうかとか考えること自体がありえないことだったのである。
そのありえないことがこの辺では意識させられたのである。

●公務員自体が何をするのか問われている


3232の全国市町村を10年3月末に1727に半減させ、すさまじい現実を地方にもたらした。「旧町村部の過疎化が進み、新たな行政コストがかさんだ」「面積が広がって消火や救急搬送の所要時間が長くなった」(NHK)。合併した市町村だけではない。全国で数限りない業務が民営化され、福祉削減と公共施設の閉鎖、職員削減・非正規職化と大幅賃下げが一気に進められた。


、一生をそこで過ごすことを考えるのではなくて、一人の人間のライフサイクルのうちのごく一部をそこで過ごしてもらえるようにするとか、そうした方が魅力的な街になると思う。


公務員のBさんも失職し、その地域に公務員がいなくなりますね。すると、その地域をどうやって復興に導くのでしょうか?その街から公務員が消えると、国家が特別になんとかしてくれない限りはもうその街は消滅の一途を辿るしかありません


地方行政の歳出は一種の必要悪であり、圧縮が望ましいという結論となる。この結果、地方公務員のリストラや年収削減が強く望まれる事となる。私の見るところ、地方公務員の多くは未だにこのパラダイムシフトを理解せず、保身のみに気が行っている様に見える。http://blogos.com/article/86294/


いろいろ意見ががあるけど

その街から公務員が消えると、国家が特別になんとかしてくれない限りはもうその街は消滅の一途を辿るしかありません

こういう人は公務員の人であり一方で民間にまかせてもいいいう人もいる
現代では公務員の役割が減少したから一種の必要悪であり生産的ではないという意見である。

本当に公務員がなくなると自治体が維持できないのか?
福祉関係とかになるともう生活保護であれ介護であれ様々なサービスが受けられなくなるのか?ゴミの収拾でもそうである。
こういうことは今では介護など民間に委託してやっている、ゴミでもそうである。
そしてしきりに介護は公務員がやれと言っているのも一理あるかもしれない、福祉関係が公務員が直接やれとなる。でも事務的なことはしているが実際にしているのは民間人なのである。
本当に公務員がやるべきものは何なのかとなると意外と少ないのである
ほとんど民間でできるものである、現代は国家の役割とかが減少した。
企業の力が増大して多国籍企業が国家をしのいで世界を支配するとまでなっている
それがいい悪いにしろ現実だとなる。そうなった結果、国家の役割は減少しているから地方の自治体の役割も減少する。
公務員のしていることはほとんど民間でもできる、だから公務員がなくなっても困ることがない、公務員がなくなって何か困るのか?
それをつきつめてゆくと公務員の本来の役割がわかってくるともなる

●地方公務員は神主とか僧侶の役割とにている


変なんだけど地方公務員の役割は神主とか僧侶とにている、江戸時代の寺は戸籍係であり公務員も戸籍を管理していることでも同じである。
寺は役所の役割を果たしていたのである。神主でもその土地に根付いたものだからその土地に根付いているものである。
地方公務員もやはりその土地に根付いて仕事している。会社だったら今回のように浪江の会社が二本松に移動して社員も移動したが公務員は移動しないからにているのである。
神主はその土地を司るものである。農業中心の時はそうなっていた。
農民はめったに移動しないし移動させなかったからそうなっていたのである。

飯館村や原発避難区域で起きていることは町や村自体が消失する、住民が移動してゆくとことによってその土地に定着することで生業があったものが消失した
それが地方公務員だったのである。
公務員は会社のように倒産したりしないから安定しているというときそれも神主とか僧侶とにている
特に神主となると土地に根ざしているからそうなる
その役割が減少したのは農業中心でない工業中心になれば土地に根付くこともないから移動ししてゆく、海外までも移動してゆく、結果的に地方公務員は国からその土地を地域を守るために地方交付税が支給される、それが東京とか都会民からの税金だから限界集落などは消滅させろとかなる
効率が悪いものは生産的ないものは消滅させろとなる
それは神主とか僧侶などともにている、これらは生産的でないからである。
宗教はそもそも生産的でないし効率を追及しているわけではないからである。

一方で地方の存在価値はどこにあるのか?それが都会との対比で問われている
都会的経済的効率的価値観が本当にそれでいいのか?それが人間的なのかとなると違う
では地方的田舎的価値観とは何なのか?
それが原発事故で問われたことでありそれを自分は書いてきた。
それは自然と調和する共生するなかでの価値観なのである。
それはただ食糧を産むとかだけでない、資源があるとかではない、精神的に自然と調和する価値観なのである。それを詩として表現してきたのが自分であったのだ。
タグ:飯館村
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2016年03月30日

千変万化の水の流れる変化(thousand of changes of water )


千変万化の水の流れる変化(thousand  of changes of water )


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断層



これは何なのかと自分でもわからなかった
波ということはわかるがそもそも波というので変化させた
これは水の千変万化だとわかった

水は一様ではないそれは様々に変化している、千変万化なのである。
水をそのように見ていない、かえってパソコンでソフトを操作して
水がこんなふうに見えることもあるなと発見したのである。

デジカメで人間の目で見えないものを発見したのと同じである。
無限の化学変化がパソコンの抽象画なのである。
タグ:水の変化

一方的に感情的になりやすいマスコミの報道 (原発避難者も回りの人も理解し合う道を見いだすべき)


一方的に感情的になりやすいマスコミの報道


(原発避難者も回りの人も理解し合う道を見いだすべき)


マスコミの報道は一方的になりやすい、公平中立な報道そのものがありえない、左翼系だとそもそも最初からかたよっているからかたよっている報道になる
そういう政治的な大きな問題でなくても人間は人を公平にみることほどむずかしいことはない
親戚でも親子で争いがあった。自分の家でかかわりあっても交流がなく良く思っていなかった。人間はまず絶えず変化しているから何年か交流がないと事情が変わるから相手を理解できなくなる
だから困るのは遠くに住んでいて何か事件とか事故が起きて呼び出されることなのだ。
静岡で兄が交通事故で死んだときがそうだった。
その時離婚したとか市営住宅の家賃を払わないで追い出されたとかそしてトラック運送会社で働いて子供は児童施設にあづけたとか混乱状態にあった
そんなとき死んだのだから最悪だった、そこで今度運送会社で保険金のことで代理人になることを画策していた。
じぶんはそんなことにかかわりたくないから帰ってきた。
でもその後もやはりかかわらざるをえなかったのである。
ここでの一番の問題は静岡で遠すぎたから事情がのみこめなかったのである。
こういうときは必ず誤解が生まれる
日頃行き来して相手の事情をわかっていればいいのだがそうでないと何がなんだかわからなくなる、判断もできなくなるのである。

親子で争っていたのは最初は子の言い分が正しいと思っていた。
それは親の方を良く思っていなかったからである。
でもそれは疎遠になっていたらわからなくなっていたのである。
子といっても40とかいいい大人になっていたしもう今では50代とかになったし
そこで何が起きていたのかわからない
でも娘の方の言い分だけを聞いていたからあとでそれが間違いだったことを知ったのである。
双方の言い分を聞いていればそうはならなかった。その娘を事情があってもひどい娘だと言って親は死んでいったからである。
その人は自分の家にきても信じられないひどいことを言って縁も切れたのでわかったのである。本当に「ひどい娘」だということを身をもっし知ったのである。
それは病気になって全く放置したようなことをしたからである。
ただその人が救われたのはすぐ死んでしまったことで娘に世話にならずにすんだから助かった。もし介護になったりしたら虐待になっていた。
こういうふうに個々人の問題でも疎遠になる理解しにくくなり誤解が生まれる

報道というのもそうである。事件があっても即座にその事件のことを理解はできない
すぐに反応するのだが表面的なものでありその実情とか内情とか深く知らないで反応するそれは原発事故でも津波の被害でもそうである。
その時何が起きているのか外から見ているとわかりにくいのである。
原発事故になると放射能問題とか複雑であり余計にわかりにくくなる。
まず原発事故で補償金をもらったのは30キロ圏内でありそこからはずれると基本的にもらえないのである。ただ南相馬市は30キロからはずれても一人70万はもらった
でも30キロ圏内はその三倍とかもらい一番もらったのは避難区域であり避難者である。
こうした事情もまた外からはわかりにくいのである。

だから相馬市ではトマト栽培の農家に飯館村の人が雇ってもらいたいと言ったら断られたと報道した
しかし雇う方の事情もある程度言わせる必要があった。
でも一瞬テレビを見ている人はなんでかわいそうな苦しんでいる飯館村の人を雇わないのだとみる
実は自分すらそうみていたのである。なんだその農家は冷たいなひどいと思ってみて感情的になっていたのである。
テレビは感情的に反応するメデアである。理性的になりにくいのである。
活字だと冷静になるがテレビは感情的になる、そこに危険性がある
イラク戦争で石油まみれの海鳥を写して世界的に反響があった。

イラクはひどいことをするな

最初にこうして感情的に反応させるのがテレビなのである。

相馬市のトマト農家は冷たいなひどいな

こういうふうにその複雑な背景より感情的になりそれがリンチ的になる
その場の感情で動くとそうなるのである。

トマト農家にしてみれば津波被害者の方が苦しいのだから現実的対応をしたのである。
飯館村の人は同情すべきでも一応補償金で暮らせるのだから今は津波の被害者を雇うとなったのである。それは冷たいことでもなんでもないのである。

それは下神白団地の報道でもNHKはやはり同じように報道した。

回りの人は受けていれてくれない、仲間に入れてほしい

そこに避難区域の人が入り交じっていた。でもこれも一方的なのである。

回りの人はなんでそんなに冷たいんだ

まず感情的に反応する、するとそこで怒りとかが露骨にあらわて理解しにくくなる
だからここには注意して配慮すべき問題なのである。回りの事情もあるからそうなる
小高区の人の言い分もわかるけど国民年金しかもらえない人が多いから補償を継続してもらいたいというが南相馬市民でも国民でもそんな補償受けられないのである。そうなると回りの反発を受けるがこれもマスコミは一方的に報道している

いわきなどでは原発避難者が新築の家を建てる、それで土地の値段があがったり様々な問題が生じている、これは事実なのだけどNHKでは報道しない
つまりNHKでは原発避難者側にたつ報道をしているしそういうふうに決めてしているのであるNHKは公正な放送はしない、一方的な報道をしている
それで事情を知らない人は誤解するのである。
自分すらそのNHKの報道に一瞬相馬市の農家はひどいな冷たいなと感情的になっていたことでもわかる
テレビはもともと深く考えさせない映像による感情的にするメデアであり一方的洗脳メデアなのである。


別に自分はどっちの味方でもない、それは確かに補償金をもらったがそれは避難者のように多くはもらっていないから言えたのである。
だから自分はなぜ原発避難者との軋轢が生まれたのかというとき原発避難者の言い分もありまた周りの言い分もあるから双方で理解し合う必要があると思う
ところが原発避難者にそれを言うと感情的になる、お前は同情しないのかとかせめてきた人がいるしそれが原発避難者が周りから嫌われるということも言った
ギャンブルして実際に除染でも復興事業をしているのは外部の人である。
それで福島民報の社説で除染している人たちは寒い日も暑い日も働いているから福島の人は感謝すべきだとあった。
このことはまさに原発避難者こそがギャンブルで遊んでいるだけで何もしないという批判にも通じている、ただそういうことをあからさまに言えないのである。
言えばお前は何もしないから何も言うなとかなる
そういうその人は何をしているのかとなるとギャンブルしているだけかもしれないのである。
俺たちは原発避難者様だから何も言うな、批判するな、ギャンブルしようがなにしようが被害者だからしょうがないとなる、外部でもそういう人はいる

こういうときマスコミの報道は特にNHKは影響力が大きいから相当に注意が配慮が必要である。それは双方にとっての溝を深くするからである。
原発避難者でもその周りのものでも何か折り合うことをさまたげる
そうして一方的に報道するとそれで原発避難者は自分たちの言い分は通るとなりさらに傲慢になり回りの人に嫌われる
するとやはりその原発避難者もいいというわけにはいかないのである。
ただ双方が理解しあえないで根強い反感をもったまま暮らすことになるからである。
つまり対立を煽り立てているのがマスコミの報道だとなる
それが影響力が大きいから外部でも内部でもさらに問題をごじらせる作用をするのである

自分は原発避難者もその周りの人たちもそれぞれに問題があり双方が和解する道を見いだすべきだと思う、マスコミ報道のようにただ対立をあおるだけでは双方とも不幸である。ただ原発避難者は常にマスコミではもちあげられるから原発避難者もそれで思い上がることがあった。
そして原発避難者を批判すると今度は何でお前はそんうなことを言うのだと感情的になり糾弾してくる、しかし現実を内情を知り利害が関係している者はそうはならない
つまり当事者と外部のものの見方は違ってくる
原発避難者がもう故郷に帰れないとしたら回りの人もそのことを考慮すべきである。
だから一億円補償金もらって家を別な土地に建てたとしてもやむをえないとみるべきだともなる、でもそこにはもともと住んでいた人にしては納得がいかないのである。
それは行政の問題でもあるがむずかしい問題である。
町とか村が消失してしまうということはあまにりも大きな問題であるから簡単な解決方法などないことも確かである。
いづれにしろギャンブルで毎日遊んでいれば地元の人もあいつらなんなのだとなる
そんなことはいつまでもつづかないだろう。
その土地に根付くとしたらやはり原発避難者もその土地に貢献するものを見いだすほかなくなる
補償金でもいつまでももらえるわけではないからである。










タグ:原発避難民
posted by 老鶯 at 10:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2016年03月29日

贅沢な便利な時代の復興がむずかしい理由 (人間は敢えて苦労はしない、時代によって開墾など苦労が強いられてした)


贅沢な便利な時代の復興がむずかしい理由

(人間は敢えて苦労はしない、時代によって開墾など苦労が強いられてした)


● 人間が求めているのは快と楽

一度いい生活を覚えると 
 ちょっと生活水準が下がっただけで 
大げさな言い方をする 


何が復興をはばんでいるのか?現代は贅沢を豊かさを経験した人がほとんどである。
本当の貧乏を知らないのである。貧乏にもいろいろ差がある、最悪は飢饉とかなり食べられなくなることである。そういう生きるか死ぬかの貧乏は今はありえない
今は何か贅沢できない貧乏というものもある
戦後焼け野原のときは何もない、贅沢するものがないのだから今の貧乏とは全く違ったものである。
今はあらゆるものがあふれている、金さえあれば何でも買える、その差が大きい、何でもあるのに欲望を満たすものがいくらでもあるのに金がない、そういう貧乏はまた昔の貧乏とは違っているだろう。
人間の辛いのは裕福な人が没落することである。いろいろ豊かな生活ができたのにその生活の質を落とすことがなかなかできない、それで借金してまでいい生活をしているのが現代である。
ある人は事業して失敗しても成功したとして装い豊かな生活をつづけていた。
それは豊かな生活を落とせないし回りにも落ちぶれる姿をみせたくないからそうなる
それでアメリカでも中産階級とかが没落して貧乏人が増えて大統領でもそうした貧乏人の味方になるトランプであれサンダースであれ人気になる
アメリカは数バーセントが富を独占している格差社会である。
人間が辛いのはそうした豊かな生活から没落してゆくことなのである。


そもそも人間はみんな楽を求めている、あくことなく何であれ快楽を求めているのであるまず人間は求めて苦労したり貧乏な生活をしたりしない、山尾三省は例外だった。
パンまで贅沢としたら異常である。でも別にそういう貧乏な時代だったらそれが普通だから異常にはならないのである。
例えば戦後でも日本中で食べるために開墾に入った所が実に多い、それは戦後の歴史として大地に刻まれたとなる
この辺でも浪江でも赤生木(あこうぎ)でも津島でも開墾に入った人たちがいて結束が強いと言っていた。それは飯館村だろうが自分の住む街から近い所まで戦後引揚者が入ってきた所なのである。
何をして食べるかとなると戦後焼け野原になったときも農業だったのである。

まず食糧がないのだから当然だとなる、その時農家の方が食糧があるから贅沢していたのである。卵でも鶏肉でも食べていたとなる
そもそも開墾するということは相当な苦労である。何もないところを開くからである。
第一今だったらそんな苦労することなどしない、でもその時は明治でもそうだが北海道の開墾に入ったがこれも厳しいものでもそこしか働く場がないということがあった。
人間は別にその時求めて苦労をしたのではない、そういう場しか生きることができないからしかたなく強いられてそういう困難な場所に敢えて入っていったのである。
相馬藩で天明の飢饉で三分の一の人口が減った、その時越中などからの移民が来て労働力不足を補った。その時越中からの移民も貧乏であったし飢饉で荒廃したような所に来たのは何か理由があった。誰もそんな困難な場所に敢えて来ないのである。


人間はもともと楽を求めている、楽な方に流れる、何か苦労するとそれは強いられるからしかたなくしているのである。
自分も介護などしたくなかったが誰もするものがないからしかたなくしているほかなかったのである。
人間が執拗に求めているのは快であり楽なのである。苦労するとしたらそれは強いられているからである。
今や農業でもわずかの畑で野菜を作る女性がいるがその趣味の野菜作りでも肥料から種から労役にしてもかかる、でもその人は好きだからしている
そこから生産されるものはわずかであり分けてやるほどのものも作っていない、でも援助している、そういう農業と昔の農業はまるで違う、生きる死ぬかという追い詰められた労働である。それはそういうふうに強いられたからである。

なぜ津波であれ原発避難民であれ復興がむずかしいのかというとみんな豊かさを覚えた人たちである。
だからもともとの生活のレベルが高いのだからそういう生活が破壊されてできないとなると一から開墾とかに入ったようなことはしない、もうあきらめて他でもとのような豊かな生活をしたいとなるのが普通である。
回りでは以前として前のように豊かな生活をしているからである。
そして移動もしやすい時代だから余計にそうなる、昔だったら本当に貧乏な時代だったら回りもみんな貧乏な生活だとしたらどこに行っても同じだとなりあきらめるだろう。
でも今は回りが豊かな生活を以前としてしているとなるとそうはならない
もうここでは豊かな前のような生活ができないとなるとそこから流出してゆく


大内村の人が郡山市に避難して生活している内に補償金があり贅沢している内に帰りたくなくなった、何かそういうことが原発避難者でも他でも津波の被害者にも起きている
一旦贅沢を覚えると困難な不便な地域に帰りたくないとなる
だからかえって多額の補償金が帰らないようにさせたのである。
放射能汚染問題もがあるそれだけではない街自体が廃墟のようになったとき誰も帰りたくないとなる、そんなところで苦労したくない、不便な生活をしたくないとなる
若者だろうが今はそんな苦労をしたくない、いくら貧乏でも贅沢を覚えた世代だからである、老人なら特にそうである、もう苦労はできないのである。
そうしたらそんな不便になった廃墟のような町に帰りたくないとなる

●限界集落問題が極端なものとして現実化

そしてこの辺の状態は限界集落が極端化した地域となった。一万の人口が千人に一挙にへり老人が主な住人になったというときそうなのである。
「地方消滅の罠」山下祐介とかの本でもそれをとりあげているし全国的な問題である。

そしてこの棄民は自主的な逃散としても現れ負のスバイラルを引き起こす
棄てられる前に自ら逃げ始めるのだ、それは人々が自立しておらず、依存しているからそうなるのである。
そして残った者たちも「なんとかしなければ」とは考えずに早々に諦め「とりあえずなんとかしてくれるから大丈夫」という依存の内に逃散する人をとめることもなくむしろその意志を尊重してしまうのである

何かこれが原発避難民にもぴったりなのである。双葉の町長が自分たちは棄民だと言ったのを思い出した。この本では原発避難民のことも書いているからこれは限界集落などの日本の問題を極端に先取りして現実化した場所なのである。

原発避難民になるとこの依存は自分たちは放射能の被害者なのだということになりそれが社会的に認知されて特権化しているからやっかいである。

お前ら依存しないで自立しろとか言っても俺たちは原発事故の被害者だから国民であれ誰であれ同情されるべきでありそれが当然なのだとなり同じ南相馬市民でも小高区の人にそういうことを言うと怒る、それをマスコミも支持しているからそれが社会的コンセンサスだと信じているからやっかいである。


そして放射能というのは素人にはわからない、わからないものは恐怖が増大する
自分は科学は苦手だから理解できない、でも放射線にはいろいろありα線は透過しない、距離でも短いから細胞をかえって傷つけるという説明もあった。
その他の線はレントゲンとかの放射線は透過するからかえってつきぬけてゆくから細胞をきずつけないという説明も素人なり納得する
これもいろいろな説明があるから素人にわからなくなり怖がる人は怖がる、子供をもっている母親は特に怖がる
つまりこうしして原発避難者は区域は余計に帰らない人がいても別にそれで批判はできない、それも当然だとされるから帰らなくてもうしろめたいものは余り感じないだろう。
そこに明確な理由があるからである。


ともかく津波の被害地の事情はまた違っているが原発避難区域の復興はこういう事情で本当にむずかしいと思う
小高の病院の配管を直すのに7億円かかるとしてそれを少しで住民を出すとかの考えさえもない、ただ自分たちは被害者だから外部のものが市政でも優先してやるべきものであり自分たちは何もしなくてもいいとなっている
もちろん例外的に努力している人はいる、でも全体的にはそういうふうに依存してもそれが正当な権利とまでなっているからもう復興は無理に思える
だから補償金でも問題があるにしろ一億円とかで手をうって移住させる、それで他の地域で暮らせるようにしてやる、現実には避難区域ではそうなっているのである。
限界集落と違うのは原発避難民には多額の補償金が用意されるから消滅するにしても外に移れるから救われるとなる、そっちの方が復興になっているのである。

原発避難民と外部からかかわるのもやっかいなのである。依存することが当たり前であり権利であり何か自分でも補償金のことを言ったりすると怒りを露にする
それはもう被害者であり権利だから外部のものは何も言うなとなる。
でも南相馬市民としてあるのだから小高の場合は切り離して考えられないのである。

●人間は時代の子であり時代を越えることはできない

要するに人間は時代の影響から逃れることができない、時代の子である。
戦争のときはいくら理不尽でも戦地に行かざるをえない、そこで死んでも当然だとされる戦後の引揚者の開墾の時代は苦しくてもそれしか生きる術がない時代である。
そして時代は別に神が作る訳でもない、人間が作っているのである。
戦争だってそうでありそれは人間がやめさせればできた、自分は絶対に戦争には行かないとかして抵抗もできた、歴史はどうにもならない、変えられないということではなかった歴史は誰が作るのか?神が作るのか?人間が作っている
一人一人の人間が作っている、だから原発がない社会は作れるのである。人間が作るものだから人間の意志で否定できるのである。
それができないとしているのはやはりアメリカとかの圧力でありやはり人間がしているのである。
ただ百人が賛成することに一人が反対しても民主主義では成り立たないだけである。
でも反対する一人が意味ないのかというどそうでもない、そういう人がいて歴史に残っている人もいるからである。
復興でも一人が立ち上がりそれに賛同したら何か変わるかしれない、いくら放射能でもそれはわからないし人間が一人でもその意志があれば変わるということはある。


人間が歴史を作り出しているのでありこの辺の状態も津波は別として原発事故は人間が作りだしたものなのである。
地球は自然は神が作り出したものである。でも文明は人間が作り出したものなのである。原子力文明とともに人間が滅びるというときまさに人間が作り出したものと運命をともにすると最終的にはなる
でも神の作り出したものがそもそも宇宙であり地球であり人間すらそうである
それは人間の作り出したものと運命をともにしないのである。
人間が全能でないし神に作られたものだから神の手中にありそれを越えることはできないのである。
そして再び神の世界を作り出すのは神しかいないとなる、人間の作り出した文明は神が作り出したものではない、だからどんな文明も滅びてきたしこれからも滅びるのである。



タグ:復興
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2016年03月28日

写真から抽象画へ(photos change abstract pictures)



写真から抽象画へ(photos change abstract pictures) 


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インターネットの写真が抽象画にできる
夜景は抽象画になたりやすい
函館の夜景がそうだった
二つは抽象画化したものである。
夜景を抽象画するとこんなふうになるのである。
ただ最初に函館をイメージしないと鑑賞できないかもしれない
写真でもいろいろあるが夜景は抽象画になりやすい

ただこれも前らか言っているようにソウトを操作する中でできるものであり
偶然なのである。
だからいくら操作してもそれらしいものにならないのもある
それで嫌になるのである
今回は函館をテーマにして詩を作ったのでついでに抽象画をためしてみたのである。
タグ:函館

原子力文明で人類は滅びる (これまでは農業文明で自然との調和を計る文明)


原子力文明で人類は滅びる

(これまでは農業文明で自然との調和を計る文明)

縄文文明 一万年
エジプト文明3000年
稲作文明 2000年
マヤ文明2600年
近代科学技術工業文明 200年?


文明というの歴史をふえかえりみると最古の文明がエジプト文明と言われる。
三千年もつづいたとなるといかに持続した文明であったか驚きである。
それはエジブト文明はナイルの賜物というときナイル川によって持続的に大地に養分が補給されて麦の実りがあった。ビールすらすでに作られていた。
ナイルの上流はエチオピアにもなっていてそこから岩が土となり栄養分を供給したというからそのスケールも時間的に空間的にも大きい、地球規模でありそれで3000年もエジプト文明がつづいた。
それは自然と調和する文明であったからこそである
ピラミッドも王の墓というのではなく大地と宇宙の星々とも関係して調和を計るものであり権力の象徴とも違っていた。


ともかく自然と調和する文明がこれまでの文明だったのである。それはほとんどの文明が農業をベースにしているからそうなったのである。
アンコールワットでもマヤでもインカ文明でもそうである。
そのベースとなっていたのは農業であるから自然と調和する文明を志向したのである。
稲作文明も弥生時代からはじまったがこれも基本的には自然と調和する文明である。
その前に縄文文明は稲作文明より自然と調和する文明である。
稲作文明になる海岸地帯の湿地帯を田にしたりしたのでそれは自然破壊だった。
そして塩害を防ぐために松原を作ったのである。
これが津波で根こそぎ破壊され時ほど驚いたことはない
そこはもともと稲作文明になったとき湿地帯だったところを田にした所である。
縄文時代はそういう場所には住んでいないから津波が来てもそれほど被害にあわずにすんでいる。
津波はもともと海だったところを海にしたのである。
稲作文明は自然と調和したもののようでも実際は自然と調和しない面がすでにあった。
でも基本的には自然と調和した文明である、なぜなら農業をベースにすれば自然と調和しなければありえないからである。
水が山から流れて田を潤して米ができる、それは自然と調和してできることである。
縄文文明が一万年もつづいたというときはそれは驚異的ではないか?
なぜならエジプト文明は3000年だとすると驚異的になる
それは自然と調和を計る文明だったからである。
森の文明だったというのもそうである。


そして人間は自然と調和を計っていた。ギリシャ文明でも神殿は自然と調和計るものとして建てられていた。石の神殿だけどあまり高い大きなものは作らない自然に調和するように作られていた。日本の社ともにていた。
それはエジプト文明でもピラミッドさえそうでありマヤ文明の神殿でも森に埋もれたがそうである。日本でも自然に調和するものとして社が作られた。
杜が森であることでもわかる。

近代文明になるとこれは世界的に共通している。機械化により自然を大規模に破壊して自然との調和を計らない巨大な人工文明を作り出したのである。
大都会を見ればもうそこに自然というのは全く人工的なものだけである。
現代の神殿というとき国会議事堂であり最高裁判所であり日本銀行でありそれから様々な大企業のビルがあり文明の中枢をになっている。
そこにはこれまでの文明のように自然とは何の関係もないのである。
奇妙なのは天皇はもともと大嘗祭とか稲作文明の司祭を担っていた、その継続として皇居内で養蚕をしていたり田植えをしたりているのである
これも奇妙な光景である、現代文明を作っているのはもう農業からかけはなれたものなのである。
そこには自然はない、ただ人工的なものにおおわれている。

エネルギーにしても石炭とか石油でもそれは地球の恵みという自然から生まれたという感覚がある
でも核になると原子力発電になるとこれが自然の恵みなのかという感覚はなくなるだろう核エネルギーが自然と調和するということはありえない、原子核を破壊するということはおそらく自然に反する行為なのだろう。
科学者もそんなことするべきではないとか畏れを言っていたのもそのことだろう。
今までの文明は自然から離れるということはない、ベースが農業だからそうなった。
農業は基本的に土であれ水であれ自然との調和を計らないとできないからそうなる
最近のソーラーバネルとか風車とかも自然破壊なのだけど一応自然エネルギーを利用して自然と調和を計るようには見える。これらは自然エネルギーを利用していると素人にもわかる。
核エネルギーはこういうエネルギーとも根本的に違っている。
自然と調和するという範囲からも逸脱しているからもう素人には理解できない
この核エネルギーを利用した原発が事故になったとき生命に直結するもの
空気でも土でも水でも海でも森でも食糧に直結するものが利用できなくなる恐怖がこの辺で体験したことである。


自然をベースにした農業文明だったらこんなことありえないわけである。
自然を破壊するというとき文明は稲作文明でもなんらか自然破壊になる。
最初焼畑農業でも肥料にするために森を焼いたのも自然破壊である。
でも核エネルギーはその土地の基本的な命に直結するものを汚染した。
そのためにその土地に住めなくなるという被害になった。
何であれその土地に住めなくなるということはない、水とか燃料となると木とか土があれば農業ができて最低限の食糧は確保できたろう。
それができなくなるということはもう復興もなにもない
何があっても最低限食糧が水でも飲めれば復興はありうる
その最低限からまた豊かな生活が志向できる、それができないということが原発事後が今までとは違う致命的なものとした、それはもう文明は維持できない
例えいくら工業製品があっても食糧が生産できなければどうにもならない
その土台が崩壊したら工業文明もありえないのである。

原子力文明はもう生きる土台を汚染して根こそぎ使えないものにして住むことさえできなくなることをこの辺で実際に現実化させたのである。
石油文明ならまだそうはならない、原子力文明は根こそぎ自然を汚染して使えないものにするからそのあとには誰も住めない世界となってしまう。
それほど恐ろしいものであるけど自覚されなかった。科学者は知っていても一般の人は知り得ないものだったのである。
だからなぜ未だに日本では原発を再稼働して利用しようとしているのか不可解になる
それは別な用途があり核兵器開発のためとか電気を作るためだけではない他の利用のために廃止できないのである。
技術者も廃炉にするのでも将来使われないとしたらモチベーションがなくなる
将来原発は利用できるということで廃炉作業しないとただ廃炉して原発を廃止するだけではやる気がなくなる、つまり原発の核の技術は維持したい
それは何のためなのか?核武装とかのために必要だから国策でそうしているとなる


要するに人間は文明を発展させて科学でも原子力にたどりついた。
でもその原子力とともに人類も滅びる、それが人類の終結なのかとなる
人間は自らの知力で作り出したものによって滅びる、その知力は神を超えるものとはなりえないからである。全能の神になりえないからである。
だから人類は高度な文明を作っても遂には最後はその文明とともに滅びる
その最終的なものとして核がありそれが核兵器、核戦争で滅びると言われたが平和利用でも滅びるのである。
核そのものがそれほど危険なものであったということを今回の事故は現実として示したのである。
バベルの塔も原子力も神の怒りをかって崩壊する、人間は科学者であれどんなにしても全能にはなりえない、ただ全能幻想に陥っている、原発の「安全神話」がそうだった。
神話となっているのだから絶対に事故は起きないとまでなっていたのである。
それがもろくも一挙に崩れ去ってしまったのである。
それは津波が来たからだとか何か特別のことではなくそういう運命にあったのである。
防ぎようがなく事故は起きたのである。これからも起きることは確実である。
それが致命的になり日本は滅び世界も滅びるとなりかねないのである。
世界ではどこでも原発がありまだ増えてゆく、原発に対して危機感がないのである。
原発は何か現実の恐怖として結びつかない、でもそれが架空のものではなく現実のものとしてこの辺で示されたのである。

近代機械工業文明の寿命は前の文明からすると異常に短い、それはなぜかとなれば農業文明でないから自然との調和を計る文明でないからである。
そしてグローバル的に共通な文明だからグローバルに影響して崩壊する
現代人の生活はどこもにたりよったりなのである。アメリカ人やヨーロッパ人でも今はアフリカ人ですら生活自体はそんなに変わらない、求めているのも同じである。
牧畜民と農耕民のような相違はない社会である。
だからこそグローバルに影響して全世界が人類が崩壊するということがありうる
江戸時代のような鎖国のようなこともありえないからそうなる
どこでも原発をもつ社会になったらそうである。
つまり電気がない社会がありえないように原発がない社会がありえないから危険なのである。
それぞれに国々で固有の生活をすることはない、すると世界的崩壊を同時に起きるともなる
もしあるところで原始的生活が可能だったらそういうことはない
そこでは自然環境が保護されてそこに人類が生き延びるという逆説が起きてくる
だから一様化された文明というのはかえって危険だともなるのである。

タグ:文明論
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2016年03月27日

北海道新幹線開業 (北海道には十回行ったー過去の記憶の街ー函館(詩)


北海道新幹線開業


(北海道には十回行ったー過去の記憶の街ー函館(詩)




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過去の記憶の街、函館


市電は過去の記憶を刻む
乗り場は駅でありその名に親しむ
老若男女が日々乗り合わせる
我は旅人なれば気楽なり
市電はゴトゴトコト街中を走る
その線路は刻まれた記憶の道
古い喫茶店が十字街にある
私はかつて函館の住人のようにあった
私は長く気ままにそこに滞在した
青函連絡船もその時あった
函館と本州は船で結ばれていた
白波が両側から打ち寄せる
立待岬に荒々しい波が打ち寄せる
エゾカンゾウが崖に咲き鴎が飛ぶ
ここに啄木の一族の墓がある
函館はその時青春の時代
榎本武揚が夢見た蝦夷共和国
日本の夜明けの熾烈な抗争の場
斬新な五稜郭に古風な見張りの屋根
ここに幕府軍は力を尽き船は沈みぬ
函館はその時開港して外国に開く先進地帯
今は秋から冬となり過去の記憶の街
ゴトゴトゴト市電は今も記憶の街を走る
私は冬の日もたずねた
入船町にロシア人などの異人が眠る墓
ハリスト正教会の屋根
カトリック教会の塔
トラピスト修道院も樅の木立ちて鎮まる
瞑想と祈りの日がこの北国にある
函館の市電の乗り場に凍てつく雪
その雪を踏みしめて歩みぬ
啄木の墓はここにありここに眠りぬ
そこはふさわしき奥津城なれや
明治の青春の日の形見なりしも


啄木の墓

立待岬の崖反りて暗し
荒波の大森浜に打ち寄せ
その波の音のひびき聞きにつ
啄木の墓の雪に埋もれありぬ
荒寥たるかなその一生
函館にその跡しばしとどめぬ
市電は路地を曲がり鈍き音
鴎とびきて冬にも旅人あり
坂を上り下りして暮らしあり
入船町に外人墓地や船は入りぬ
ハリスト教会や天主堂教会の塔
その鐘の音の海にそひびきわたり
ここに外国への門戸を開く
五稜郭に榎本武揚の蝦夷共和国
その夢は開陽丸の沈没とともに潰えぬ

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北海道というと十回は行っている、それも一カ月くらい一回で行っていた。
それほど自分は暇だったのである。
何故そうなったかというと梅雨の時期に家にいるのが嫌だったから北海道に行った
仙台から苫小牧までのフェーリーが便利だったのである。
電車で行くと新幹線すらないときがあったから遠かった。
青函連絡船の時から北海道に行っていたからずいぶんそれから月日が流れたと思う

函館にも何回も行った。函館から入るのと苫小牧から入るのは相当に感覚的に違っている函館は明治を象徴した街であり苫小牧はじかに北海道の大地を感じる
苫小牧に下りた時から北海道の大地を感じる、ルピナスとか北海道にしかない花が咲いていたりするからである。空気まで違って感じるのである。
最初は電車だったがそのあとはものたりなくなって自転車になった。
本当は最初は自転車でそのあと電車になるのが良かったが逆になった。
旅というのは意外と遊びのようにでもエネルギーが必要である。
特に自転車になるとそうである。旅をするというとき今は便利だから楽になりそれがかえって記憶に残らない旅になる。
旅とは峠があればそれを徒歩であれ自転車であれ苦労して上るときそこが記憶される


人生でも苦しみや不幸を経験しないと幸福が何かわからない、自分もここ十年間介護から何から苦しみの連続だった。でも今なにかその苦しみから解放されたなと幸福感がある
幸福とは苦しみがなければ不幸がなければありえないのである。
幸福ばかりだったら幸福はありえないとなるのだ。
今はだから旅をするというとき保養であり旅人はいないのである。
旅人になるというときそれだけの時間もないし便利だから二三日保養になる
江戸時代あたりだと歩いて行くとなるとそれだけで苦労だし旅になってしまう。


北海道の魅力はやはりそこが明治を象徴したフロンティアだったことである。
日本にもまだ耕すべき広大な土地が広がっていたのである。
その頃農業中心だから常に土地が求められてきた。それは満州にも求められてきたのである。それが戦争の原因にもなったといわれる。
農業中心だと土地が必要になるからである。戦後もブラジルとかに移住したのも農業するためでありそのための土地を求めていたのである。


北海道新幹線はそれぼどインパクトはない、それより青森まで新幹線が通ったときインパクトがあった、弘前から津軽鉄道に乗って終点の中里駅から十三湖にタクシーで行ったときはずいぶん近いと感じたのである。二時間くらいになると本当に近い。
ただ函館までは別にたいした距離ではないから新幹線の効用はそれほとない、現実にすでに開業したばかりでも空席がでていることでもわかる。
つまり札幌まで伸びない限りインパクトと効用はない、だから別に新幹線で函館まで行ってみたいとも思わない、松前には行ってないから行きたいとはなるか新幹線に乗ってみたいとも思わないのである。

ここ十年間介護に追われたりして旅はしていない、そして旅もできなくなる
自転車だと疲れるしなんか億劫になってしまったことである。
だからつくづく旅すら人間はできなくなる、これほど旅してもこれだけで終わりかとなるのが人生である。それは何でもそうである。
みんな終わってみれば人生はこれだけなのかとなるのに驚くのである。
もっといろんなことができると思ったが本当にできない、読書すらできない、せいぜい本でも100冊読んだらいい方である。その知識で書いているのである。
第一インターネットがないとまともな本が地方では読めないということが大きな問題だった。まず詩などとなるとどういうものがあるのかとかそれすらわからない
今は通販で詩集を集めて読んでいるがあのころはまずできない
それで仙台まで行って買っていたのである。それでも詩集など買いなのである。
だから田舎は知的なものを探求するには相当に不利だった
時代的に損得は必ずあるかちらどうにもならないのである。

いづれにしろ自分にとって北海道は第二の故郷である。十回も行ったからそうなる
新幹線は自分は山陽新幹線も乗っていないし北陸新幹線も乗っていない、鉄道が好きでも新幹線は敬遠してゆっくり普通の電車でわざわざ乗っていたのである。
だからこれも時間があるからこそできたことなのである。旅は金より時間がないとできないのである。暇人しかできないのである。
今回の北海新幹線にはそれほど魅力を感じないのである。

posted by 老鶯 at 08:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 北海道(俳句-短歌-詩)

2016年03月26日

嘘をつかないということがこの世で一番むずかしい (それができないから社会は変わらない)


嘘をつかないということがこの世で一番むずかしい


(それができないから社会は変わらない)



正直の木に
正直の実のなる
何事のなけれど
この世にまれなることなり

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馬鹿正直な女性が眠る墓



人間で一番むずかしいのは実際は一番単純なことである。
「嘘をつくな」というけどこれが一番実行しにくい、なぜなら生涯で嘘つかなかった人がいるかとなるといなだろう。女性は弱者だから嘘で防衛しているんだから許される苫でなっている、嘘ついてもいいんだよとまでなっている
人間は複雑でありその悪徳もかぎりなくある、自然は単純であり嘘はつかないというより嘘をつけないようにできている
動物でも何でも嘘がつきようがない、ただありのままに生きているだけである。
自然によって癒されというときそこには嘘がないからである。真実しかないからである。自然からは何らか悪徳が生まれないし産まないようにできている
人間から限りなく悪徳が生まれてくる。


 ――巧言令色、鮮なし仁。(巧言令色鮮矣仁。)(「論語」学而篇・陽貨篇)

 というのは、孔子の言葉で、「口先が巧みで、角のない表情をするも
のに、誠実な人間はほとんどない」という意味である。

 これを裏返して、孔子はまた、

 ――剛毅木訥、仁に近し。(剛毅木訥近仁。)(「論語」子路篇)

 すなわち、「剛毅で飾らぬ人間は、(誠実なのだから)完成した徳をそ
なえたものに近い」とも言っている。利己的な打算がなければ《飾る》
必要がないのだから、当然《木訥》になるであろうし、みずから正しい
と信ずるものの前には、その生命さえ惜しまぬなら、当然《剛毅》にな
るであろう。

話がうまいというときその人は何か人をだますのもうまいとなる。だから話がうまい人に気をつけろともなる

そして嘘が多いというときこの社会自体が嘘が多いことなのである。例えばカルト宗教団体でも宗教を表看板にしていても実際は全く正反対のこの世の欲望を追及する世俗と全く同じでありむしろ俗社会より俗的になっている、
するとなぜ宗教を表看板にしているのか?それ自体が不可解だかそれを批判すると今度は宗教を批判するのか罰あたるなどと集団で脅してくる
それはカルト宗教団体だけではないあらゆる分野でそうした嘘がまかりとおっているのである。
東電だって科学者がいて日本の頭脳集団だったのかもしれないが嘘ついていたのである。科学者も嘘をつくから信用できなくなった。
嘘をつくというとき一番嘘をついてはならないのが政治家のはずだが政治家が一番嘘つく商売なのである。それは政治家自身が大衆にこびをうるために嘘もつく、おべっかも言うとか言っているからわかる、そうしないと票が集まらないからである。
こうして社会自体が嘘が多いというときどうして嘘をつかないでいられるのか?

社会はそもそもそうした嘘つかないことなど求めているのかというのも疑問である。
社会の反対は会社だけど会社が求めているのは嘘をつかないということではないだろう。それを奨励しないにしろ利益をあげることを第一として入社するとき面接でもお前は嘘つかないから選ぶなどありえないのである。
この人が将来会社にとって利益をあげる人物かどうかで判断するといっている。
会社というとき会社自体が嘘つくこともある。会社が人を選ぶというのは会社の利益をまずあげることができる人間だとなる
その選ぶ権利は権力は会社が絶対的にもっている、その人間が嘘をつくとか嘘をつかないとかを基準になどしていないのである。
これは学校でもそんなこと教えられたこともないのも不思議である。
ただ成績が良くなること試験が通ることなどしか教えられていない


そもそもおかしいと思うのは人間は会社のために生きるのかとなる、でも実際はそうなっている、大企業に入社するかできないかで人生が決まる、有名大学に入るかどうかで人生が決まるなどと常に言われているし実際に社会の価値観がそうなっているからみんなもそうなる
でも実際は会社のために人間があるのか?会社とは何のだろうとなると会社にそんなことが決められるのかとなる。
でも現実社会では会社がすべてだということにまでなってきたのが日本である。
世界的にそうなってんる。
戦前は国がすべてとなっていたのと同じである。
会社は直接生活と結びつくから会社を首にされたら食べれなくなるから会社に忠誠を誓うのである。
でも考えてみると人間が会社のためにあるのではなく会社が人間のためにあるべきなのである。
「私は会社に尽くすために働くことはしません、社会をよりよりくするために働くのです」会社も社会のためにあるのだから当然そうなるのである。
ある特定の会社のためにだけ働くのではない、社会全体のために働くというのが理屈になる、それは理屈だけで実際はある特定の会社のために働く、そもそも会社でも自分の会社のために尽くせというのはおかしいのである。
なぜなら個々の会社自体が社会に尽くすためにあるからである。
国のために尽くせというときは個々の会社を越えたものに尽くしていたのである。
だから多国籍企業が国の代わりになるときそこにも問題が生まれる
多国籍企業は利益しか求めていない、世界はその多国籍企業に支配されれば利益にならないものは排除される、そこで大規模な環境破壊も起きてくる。
国々の文化も破壊される、郷土愛とか愛国心も必要ないとなる
それは盛んにここで言っている。こういう価値観の世界も相当に危険である。
これは国々の文化と歴史を破壊してゆくからである。

多国籍企業が国家を破壊して資本主義の世界に君臨してゆく

社会のために尽くせというとき嘘をついたりしては社会のためにならないということがある
嘘をつくことは社会を害するものだからそう言われる、でも会社に入るときはまず利益をあげることが先決でありそういう人が選ぶのである。
嘘をつくような人は選ばないなどありえないのである。嘘をつかなてれば学歴も関係なくつきあうと言っても現実社会ではそういうこを最初から入社するときでも要求されないのである。利益をあげるには嘘ついてもしかたないとかということが会社にはある
政府とか官僚でも東電とかマスコミでも「安全神話」を作っていたがこれも嘘だったということがいかに嘘つかないというけど実行できないものか如実に示していたのである。
コストを優先して利益をあげるために嘘ついていたということがある
会社自体の最優先課題は利益を上げることだからである。


社会に尽くすとか社会をよりよくするためには「嘘をつかない」ことだなどと言ったら誰も聞かないだろう。利益をあげること豊になることだったら誰でも聞くのである。
社会を良くするには社会を正すには嘘をつかないことだなるが言っていることは簡単でも実行することが不可能になる、嘘をつかない世の中があったらそこは天国しかないしこの世にはないとなる、自然は嘘をつかないからまさに天国なのである。
会社ではとにかく有能な人を求める、嘘をつかない人ではない、そんなことを基準にしていない、社会自体もみんな有能な人を求めている、でも有能な人が嘘をつかないということはない、かえって無能と言われる人が嘘つかない場合もある
人間社会は嘘をつくなといってもそのことが特別な価値にはならない、いろいろな面で有能な人こそ求められているのである。でも有能な人でも嘘はつくのである。


その人は有能ではなかった、馬鹿正直だった、10万とか借りてもなんとか返そうとしていた。今はまず百万借りても返さない、借りたものはもらったものでありあとは盗んでも反省もしない、だからその人は例外であり馬鹿正直となる、つまりその人は馬鹿としか見られていなかったのである。
この世ではそうして馬鹿にならない限り正直にはなれないのである。
一方家族のことだからいいにくいけど如才なくふるまって嘘をつくことに平気な人もいる家族だから家と自分には尽くしてくれたから言いにくいけどそういうことが馬鹿正直なものに対して対比させられた。
つまり善とか悪はこうして対比するとき明確にわかるのである。
そのために善と悪がある、善だけの世界は天国にしかない、その時善に気づかないのである。悪があると対称的に善が強く意識されるのである。
ただ一般的にはこういう馬鹿正直な人はまれである。現代ではほとんどいないだろう。
大正生まれとかに稀少動物か植物のように残されているだけだとなる
あらゆる人が現代では功利的になり生きているからである。
大正生まれでもそういうことはまねがれなかったのである。それは田舎の人間が素朴だなどと言われた時があった。それと同じだが今は田舎も都会も人間に変わりない
資本主義社会が浸透すればどこでも人間は同じだとなる、金が大きな力をもつ社会だからである。牧歌的な時代はもうすでに世界でもほとんどないだろう。
アフリカの果てまで一ドルくれとか子供が言っている世界になっているからである。

この世に正直なることがまれでありその単純なことが実行されていない
正直の木に正直の実がなるということが実行されていないのである。



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2016年03月25日

介護される方も介護されやすいように努力が必要 (介護は自力でトイレに行けるのと自力でご飯が食べられると楽)


介護される方も介護されやすいように努力が必要


(介護は自力でトイレに行けるのと自力でご飯が食べられると楽)


介護される老人の劣化がひどい様な気がする 
昔の老人は這ってでも便所に一人で行き 
這って戻って布団に入り死んで行ったもんだが。 

百歳の自分の母親がそうだった。トイレに這っても行っていたし入院して一カ月で死んだけど家にいたときは何も食べなくなっても自力でトイレに行っていた。
食べるのも自分で食べていて食べられなくなったので入院させたが一カ月で死んだ

つまり自分はオムツさせることもないしただご飯を出すだけだから他の人よりは楽なので介護できたし何か時間があってプログにも書くことができた。
自分が最も恐れていたのはオムツさせてとりかえることでありトイレに行けなくなることでありご飯を食べさせることだった。

テレビで脳出血などで三食食べさせるのを見ているしトイレでもいちいち補助して行かせているのを介護施設で見ている、そのことが介護するものにとって相当な労力であり何か自分のことは何もできなくなる
介護は自分で食べる、自分でトイレに行く、これができれば楽である。
これができるかできないかの差が大きいのである。
それでも自分は辛いと思った、拘束されるのが嫌だった。
第一自分のようなわがままな人間が家事から介護まですること自体大変だったのである。
でも一人は認知症になったけど二年半で死んだことも救われた。自分は介護する動機が十分にあった。家族に世話になったということ自覚していた。
特別自分は世話になったということで懸命に介護したのである。
だから苦しかったけどこれもカルマだということを自覚してやっていたのである。

介護するときはこうした家庭の事情がそれぞれにててくる、それは外部からはわかりにくいのである。お前は特別親に良くされたからお前がやれと兄弟でもいろいろ事情がでてくる。
介護はまた金だけではなかなかできない、施設ではそこで問題が起きてくる
なぜこの知らない老人を世話しなければならないかとなるからだ。
金持ち老人から金をもらえばいいが給料が安いとやりたくないとなる

ともかく介護される方にも問題がある、大正生まれとかはまず忍耐強いとか苦労しているから介護されるようになってもそういう性格が出るのかもしれない、ただこれには個人差がある。みんながそうとはならない
自分の母親は最後までトイレに自力で行っていたしオムツをしなっかた。ご飯も自力で食べていたのである。
オムツというのはその本人にとっても相当にショックであり嫌なのである。
入院して管を入れて小便をとることを凄く嫌がっていたことでもわかる
5年間くらい介護したけどそういうことがなかったので他の人に比べれば楽だったとなる
ただ認知症の介護は二年くらいしたけどこれは地獄だった。
でも二年間くらいですんだから救われたとなる

介護される人でも介護される人が介護する人に気を使っていた人がいた。
その人は介護されやすいようにリハビリでも懸命にしたという。
その人は介護する人に対して迷惑をかけるので楽に介護されやすいようにするために努力したのである。
だから介護する人に親切にされたという、介護はやはり介護される方もそうした配慮とか努力が必要なのだろう。
だから介護になるとわがままな人、我慢できない人などはめんどうになる。
それで贅沢になった団塊の世代などが大量に介護になると今よりひどい状態になる
もう嫌なことが我慢できないからである。

介護の問題はいろいろあるが介護される側にも相当な問題がある。
でも脳出血とかなるともう自力で食事できなくなったり寝たきりになる
自分の母親はそもそも百歳まで病気がなかったのである。
だから老衰で死んだから違っていたのである。
たいがい必ず病気で死んでいるからである。

介護するのに楽な人は介護する側からも親切にされる
自力でトイレに行ける、自力でご飯を食べる、この二つのことができれば介護もそんなに手間ではないのである。
この二つができなくなるとその手間は何倍にも増大するのが介護なのである。
這ってでもトイレに行くとかボータブルトイレでも自力でトイレに行くだけで介護する方は楽になるのである。その差が本当に大きいのである。








タグ:介護問題
posted by 老鶯 at 11:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 老人福祉医療問題

2016年03月24日

義援金が知らずに振り込まれていた (知らないから意識もしないし感謝もしない)


義援金が知らずに振り込まれていた


(知らないから意識もしないし感謝もしない)


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給料日に現金を準備する手間がかかりますが、やはり現金だとありがたみが違います。会社に対してもそうですが、家に帰って女房に明細書の紙切れ1枚渡すのと、現金を渡すのとでは、重みが違うと思います。


義援金が最初の時一回ははっきり覚えている。みんな体育館に集められて支給された。
それは振り込まれた。5万だったことを覚えている。
この辺ではこうした義援金でも賠償金問題でも金がいろいろ支払われている。
その後も口座にふりこまれていたのだが所帯主の口座に振り込まれていたので知らなかった。
その所帯主が死んだので自分に連絡の書面が市役所から送られてきた。
それで今回が5回目だということに全くきづいていなかった。
東電の賠償金は申請して額が決まると東電で振り込みましたと連絡のハガキが来ていた。たいがい送金しても送ったとメールであれ電話で連絡する
それが全くなかったらもらったことさえわからなかった。


何か現代はそういうことが多い、金というものが数字としてやりとりされているから金がどういうふうに動いているのかも実感として自覚できないのである。
遺産でも受け継ぐとき様々な所に貯金してありわかりにくいのである。
それで死んでから二年とかすぎてから貯金があったと連絡がありわかったこともある。
親が死んだときこの財産の整理が一番の問題になるのである。
蔵の金庫にでも小判で残していればわかりやすいが今はみんな数字化しているからわかりにくいのである。

給料にしても現金で手渡しされていた時代がありそれだとありがたみがあるというのは数字としてふたこまれるとそういう感覚がなくなる
直接金を渡されればその金を実感するからありがとうとかなる
金が数字化すると例えば銀行員が不正して貯金を数字を操作してごまかしてもわからない時があるだろう。そんなに積んでいる人がチェックしていないからである。
だから銀行員はごまかしても罪の意識がもてないということがあるかもしれない。
それはただ盗んだというより数字を操作したという感覚しかないからである。
前にリンゴ一個盗むとなぜ罪悪感があれほど感じるのかということを書いた
その一個のリンゴからはいろいろいイメージするからである。
その作った人や運んだ人や売る人などその一個のリンゴからイメージする
物が金に変わり数字化するとそういうことがないのである。
小判でも盗めばそういうことはない、その金を意識する、紙幣でもそういう感覚はある。数字にはそういう具体的なものを通して実感できないから違っている

義援金というのは賠償金とか補償金とは違う。善意の金でありそれは税金とも違うだろう原発に対する国の補償金は税金である、義援金は善意の金が集まったものである。

国から出ている金、東電から出ている金、義援金に分かれる

今回一番金を出しているのは国である。東電の賠償金は国が肩代わりしている、ということはそれは国民の税金でまかなわれている
国の政策で原発を作ったのだから国民の責任にもなっているからである。
義援金はその税金とも違うが何か混同しやすいのである。
その内訳を見ると会社が集めた金が多いのである。今の社会は個人的には大きな金は集まらない、でも個人の善意の金は一番価値あるかもしれない
なぜなら自分のことを考えてみると個人になると寄付金を出したくないことでもわかる
千円でも大きい金になるからだ。
ところが税金とかなると国でも湯水のように使う、それで無駄が多いと批判される
税金は国に義務として国民が苦労して治めたものである、だからその使い道も厳しく監視されるものなのだがそれがうまくいかない、予算は何か無駄なものに使われる


原発の賠償金に関してはこれは当然であり権利であり何ら感謝するべきものでもない、国からであり東電からでありそう思っている。そこに遠慮はいらないのである。
たから賠償金をいくらでももらえるだけもらうべきでありそこに遠慮はないのである。
ただあまりにも高額なものを要求すると国民の税金から払うのだからそんなに払っていいのかと批判されるので注意すべきだと言った。
税金が国民の金だとしたらいくら被害があっても限りなく払うようなことには怒るだろうそれで福島県は全国からイメージ悪くなったのである。

ともかく義援金というのは津波の被害者にも支給されたがこれは原発の賠償金とは違う。国民の善意の金でありその金で被害した人々を助ける金であるから被害者からするとありがたい金となり感謝する金になる
何かその相違を大きいような気がするがこの区別がはっきりしていない面もある
原発事故での賠償金は義援金とは違うので余計にこの辺では混同する
義援金は権利としてもらっているのではない、人々の善意の金であり感謝すべき金なのである。
ただ今回最初は5万もらってもそさなりに意識して応援してくれる人がいるんだなと意識した。
他にも津波の被害でも原発でもボランティアが来て助けていたからそれは全国からの善意の援助である。だから被害者は感謝していた。
でも自分の場合は原発の被害はあったが避難したわけでもないし外から援助されていることを感じなかった。
ただボランティアも津波の瓦礫をとりさるとか自分自身には直接関係しなくてもこの土地に住む者にとってはありがたいものであったが自分はあまり意識しなかったのである。

人間は何か感謝すにしてもその人がどれだけ意識して感謝するかしなければいくら相手が助けたと思っても通じないとなってしまう。すると金を支援した人もその金を通して援助しても何もなっていないと不満が今は大きい
その援助した金がどこに行ったかと疑問に思っている人も多いので義援金が集まらない
実際にその金は私的に流用されていることも多いのが義援金などである。
いづれにしろ金が数字化したときこういうことが常に起きている
そもそも何か買うにしても買った物のことをいろいろイメージする人はいない
そして金はどんな金であれ不正な金であれ金なのである。
この金がいちいちどういう金なのかどうしてもたらされた金なのかなど知ることはもうできない
金とはそういうものである。だから義援金でもそれが振り込まれていても知らなかったので自覚しえようがなかったのである。そしたら善意で送られた金も意識しないのだからその送った人たちに対しても何のありがたみも感じないということになってしまったのである。
それは少ない金だからそうなったともなるがそれにしても現代ではどんな金でもそうなりやすいのである。






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2016年03月23日

2016変化する相馬市南相馬市(写真)


2016変化する相馬市南相馬市(写真)

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津波の跡の磯部のソーラーパネル

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磯部水産加工場

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美里(南相馬市鹿島区)

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絆診療所



相馬市松川浦に新しい水産加工場ができた。ただまだ放射能汚染でこれからどうなるのか、でも新しい建物が建つことがこの辺は多い
磯部は一面がソーラーパネルになった。あれだけの大規模なソーラーパネルは見たことがない、あそこの土地利用はソーラーパネルしかなかったのだろう
もう何にも使えなくなった。山の奥の方にもソーラーパネルがありそれが景観を乱しているので嫌なのである。

相馬市と南相馬市は違っている。相馬市は普通に田んぼもあり米も作っていたから変化がなかった。
ただ津波の被害は大きかったのでその変化は激しかった。
この辺には百軒くらい新しい家が建った、結構いい家である。
値段は土地付きでいくらくらいしたのか?5千万くらいはしただろう。
土地が高くなったからである。ここに家を建てられたのは裕福だったのだろう。
ただ津波の被害にあった人は借金して建てたとういうからみんながそうとはならないだろう。
ただ外部からも原発避難区域の人も入ってきているからいろいろだろう
ここは本当に新しい町となってしまったのである。
美里団地などというのもまさに東京とかとにているのである。


南相馬市の鹿島区では「絆診療所」/か新しくできた。これは小高の医者である。
前が日当たりが良くて広いからいい感じである。
ここでは開業医は二軒しかなかった。一人は年取っていた。
でも今度前に整形外科をしていた所が「心療内科」になるという
医院としてすぐに使えるからいい、雲雀が原の精神病院の医者がここで開業するという
心療内科というと何かこの辺ではめずらしい、原町にはあった。
家族が認知症になりみてもらった。心療内科というのは現代的なものなのだろう。
ただこういう専門医院が一万くらいの町にてきるのはめずらしいと思った。

この辺は変わり方がとにかく激しい、ただ人間の社会は常に変わっているから変わるのだけど津波とが原発事故はその辺かを加速したのである。


タグ:磯部
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2016年03月22日

春満月(津波より五年すぎて平和を感じるー松川浦へ)


春満月(津波より五年すぎて平和を感じるー松川浦へ)

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新しき加工場でき蕗の薹

津波後松川浦に春の鴨

おおらかに春満月や姉の顔

ほほえむや春満月に星一つ

春満月我が家をのぞく平和かな

屋形にそ春満月や幸めぐる

春満月徐々に平和のもどるかな

人のあれ鬼越館に春満月


梅の花日々ににおいて散るころにさらに濃くして匂いけるかな

ゆくりかに春満月の昇りつつここに落ち着く五本松かな

東風吹きて松川浦のさざなみぬかなたに広く海を望みぬ


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津波から五年は一つの区切りなのか?何か今日は春満月が出てさらに平和を感じた。
何か落ち着いてきたなという感じである。
去年とも違う、さらに平和な感じである。自然を感じるというときその人の人間の心境が大きく左右している。
自然は同じでも例えば月をみてもその人の感じはその心境によって変わってくる
津波から五年を過ぎてやはり悲しみもまだ深いが何か平和もまた前より満ちわたるような気がする
5年も過ぎたのだからかいつまでも悲しい悲しいと嘆くだけの時は終わった。
磯部には新しい水産加工場とかできたしこの辺はいろいろ新しい建物だたった
いつまでも過去を引きづっているわけにはいかない
原発事故の被害地域は復興が遅れている、放射能が足かせになり遅れている


それにしてもいい春満月である。それで姉のことを思い出した。
姉は性格がおおらかであり陽気な性格でありいつもにこにこしていた。
自分と母内向的であったが姉は正反対でありそれが良かった。
神経質な人はかえってこうしておおからな人と接していた方が安らぐのである。
ただそれがすべていい方向には働かないがみんな性格とかは良くも悪くも働く


春満月というとき人間は自然に人間を見ているのである。人間の心境で自然を見ているのである。今日の春満月は姉の顔にそっくりだとか見ている
そして微笑んでいるというとき一つ星が輝いていたがそれは子供なのである。
人間は家族の人間関係が大きく影響する、自分の場合特殊だったがそうだった。


相馬市の道の駅に鬼越館跡があるがあれも外から来た人は気づかない
でもそこにも人は住んでいたのである。
鬼越館というと何か怖い名前だが北風の意味でつけられた。
北風がふきつける館だったとなる
それに春満月が昇ったのも不思議な取り合わせだった。
ともかく歴史的なものは知っておく必要がある。


それからいつものように五本松を見て帰って来た。
五本松というときも人を見ているのである。五人の人としてみている
それから屋形に帰ると満月が光っている
屋形の人を知っているからあの人は不幸だったが幸運がめぐってきたのかなどと思う。
何か自然に人間その時その時の心境で見ているのである。




タグ:春満月

春彼岸(この世の無情、津波、家族の死、金の非情の短歌十首)


春彼岸(この世の無情、津波、家族の死、金の非情の短歌十首)


この世への未練のなおもありにしや津波に死せる人をとむらふ

津波にて死す人あまた五年過ぎまことなれかしなお夢とも思ふ

かたわらにつねにありにし母と姉今はなしかも我が一人かな

人の世は会いて別れてみな消えぬ夢の間なれやこの世のことは

姉と母争う時ありそも終わりともに眠るや春の彼岸に

我が母の死してあの世に何思ふ我を見まもる人となれかし

涙すら今はいでじも十年の苦しみ思ふ無情なるかな

万寿菊我が家に咲き慰める女のここにあればよしかな

形見とて残る最後は墓なりし春の彼岸や実家の墓かな

ひたすらに金を求めて金に追わるこの世に生きるは無情なるかな

金求め金に追われてそのうちにたちまち死にぬ人ならじかな

人と人その契りしも短きをたちまち消えてこの世になしも

故郷の家のなきしもかたすみに墓の残りし人知れじかも


この十年間経験したことは人間の非情、無情の連続だった。そこには津波もありそれは自然の無情でもあった。津波はまだ何かまだ遠いものではない、以前として生々としてあるし死んだ人はまだ彷徨っている感じになる


織田信長と「敦盛」[編集]

直実が出家して世をはかなむ中段後半の一節に、
思へばこの世は常の住み家にあらず
草葉に置く白露、水に宿る月よりなほあやし
金谷に花を詠じ、榮花は先立つて無常の風に誘はるる
南楼の月を弄ぶ輩も 月に先立つて有為の雲にかくれり
人間五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり
一度生を享け、滅せぬもののあるべきか

前置きとしてこういうのがあった。全部を知っている人は少ないだろう。こういうときインターネットは便利である。
戦国時代は動乱の時代だから無常より感じたのである。無常を感じるということは平家物語でもそうだが人が大勢死ぬからそうなる。
それは津波でも自然災害でもつくづくあった。まさにこの辺はそうした無常に襲われた
未だに津波で死んだ人は生々しいしその霊は海辺を彷徨っている
こういう経験もなかなかできない、でも常にそうした無常は個人的にもあった、ただこうして多くの人が共有することはそんなにはない、それでも戦争のときがあったし二〇年もすぎたが神戸地震でもあった。この時は東北は遠いからそれほど身近に感じなかったのである。

この世が夢だというとき秀吉も難波の夢として一生を終わった。
本当に自分も家族を二人失ったとき六〇年も一緒にいたからそれが夢のように思える
そういうふうに長く一緒にいたものが消えるとそれがどうなるかとなると
存在していることが本当だったのかそれは幻だったのかとも思う
そして今度は自分が存在しているのは幻なのかとなる
津波のときも原発事故でも夢なのか現実なのがわからなくなるのだ。
そういうことを戦国時代に感じたのは当然だとなる
そこで人と人が殺し合うからさらに無情であり非情を経験したのである。

自分の一身上のことを語ってきたが本当に無情非情を一身にあびた。
姉が認知症になってからそうでありその後十年はこの世の非情無情無常を経験してきた。自分の周りもそういうこと無常の世界となった。
金を金に追われている人がいるのが普通でありそういう人が来て金の切れ目が縁の切れ目となり去った。
金を求め金に追われてそのうら人は人間的情をかわすことなく死んでゆく
特に現代はそれが人間の現実になっている
金を求め金に追われ人のことはただ金としか見えなくなっているのが現実である。
これも人間として悲しい現実である。そして人は虚しく死んでゆく、そして二度と会うこともないのである。
認知症の姉の最後は遂に金があっても銀行から金をおろせなくなって無常にも死んだ。
金を求め金をためても最後は自分の金すらままならなくなり死んだ
これもまた無常である。認知症は人間の無常を最も現実化したものでもあった。


そして最後に残るのは墓だけである。家がなくなっても墓だけが残っているのを知っている、墓こそがこの世の現実なのである。あとは夢幻にすらなる。
墓は最後に残るものだからである。その墓さえ遂には消えて何も残らない
自分がこの十年間に経験したことはまさに無常無情非情の連続だったのである。
それは回りでもそうであった、大量の死があり町が廃墟化してゆくなど無常がつづいたのである。

平家物語でもうそだがこういう時代は出家したくなるというのがわかる
自分もつくづくこの世が嫌になった。ただすでに老人だからこの世から去るから別に出家しなくてもまもなく死ぬだろうとなるからいい。
前から自分は人間が嫌いだった。それで三〇年間隠者のような生活ができたことは不思議だった。その時社会も平和だったのである。今になるとそれは特別恵まれた結果だったのである。それがあとで今になりまた苦労することになった因を作っていたのである。
楽しすぎることも危険なのである。苦難に対して弱くなるからだ。世間知らずも危険なのである。
ともかく自分はそういうことが重なって塗炭の苦しみをこの十年間経験したのである。

ともかく何にかこの世のことに金に追われ様々な俗世間のことに追われているうらたちまち人生は終わる、生を楽しむ時間をもつ人は少ない、社長になると金が入っても時間に追われているのである。


蟻の如くに集まりて、東西に急ぎ、南北に走る人、高きあり、賤しきあり。老いたるあり、若きあり。行く所あり、帰る家あり。夕に寝ねて、朝に起く。いとなむ所何事ぞや。生を貪り、利を求めて、止む時なし。
身を養ひて、何事をか待つ。期する処、たゞ、老と死とにあり。その来る事速かにして、念々の間に止まらず。これを待つ間、何の楽しびかあらん。惑へる者は、これを恐れず。名利に溺れて、先途の近き事を顧みねばなり。愚かなる人は、また、これを悲しぶ。常住ならんことを思ひて、変化の理を知らねばなり。(徒然草)


期する処、たゞ、老と死とにあり。その来る事速かにして、念々の間に止まらず。これを待つ間、何の楽しびかあらん

人は正に今もこれである。金を求め利を求め金に追われて休むことなく人の情も消え楽しみもなくたちまち老いと死がやってきて終わる
自分が接した人がそうだった。人間の情は借金に追われて消え無情と化してただ金を求める,それが犯罪までになる。

常住ならんことを思ひて、変化の理を知らねばなり。

常住できなくなったのが原発事故の避難者であり変化の理を知らなかったのが自分でもあり津波の被害者でもあった。
人間の世は常に変化なのでありそしてたちまち老いが来て死がくる、そのことは人間である限りどんなに科学が発達して便利になっても同じだったのである。


タグ:無常の短歌

2016年03月21日

南三陸町に定住する若者 (何億円の金よりも大事なものがここにある?)


南三陸町に定住する若者


(何億円の金よりも大事なものがここにある?)


南三陸の被害が大きかった、街が壊滅状態に陥った
南三陸町は志津川町であり湾があり景色のいいところだった
それは陸前高田町も湾があり松原があり景色のいい落ち着いた場所だった
あそこも壊滅状態になった

でも南三陸町では外から定住している人を募集して百人とかするとかなると成果があったシェアハウスを用意してまず地元の人が積極的に外部の若い人を受け入れることに勤めたそして三カ月くらいをいてもらいどんなところか実地に知ってもらう
そして定住する人は定住する、そういう地元の人の配慮もあり成功した。

その一人は宝くじで何億円あたっても金で買えないものがある
ここで暮らすのはそれだけ価値があると言っていた。
その人は新潟の人だというとき東京のような大都会ではない
でも南三陸にきてそんな考えを23歳とかでもつものだろうか?
みんな金だという時代にそんな考えをもつものだろうか?

その人は水産加工場で働いているけど結構そこで働き定住するとなると
将来を考えると苦労すると思う
でもよくそういう考えになったのか理解しにくいとなる
そこに住むということにあの状態でも魅力を感じたからだとなる

それはあういう状態で地元の人も積極的に受け入れるということがあったからだろう
なかなか普通だったら田舎ではよそ者を受け入れないからだ
そういう人が住んでくれれば未来がある
津波で地元の人が20パーセントとか流出している、
それも若い人が流出している
でも一方で若い人が入ってくるということで交代して街作りができる

原発避難地域を考えるとここより問題は深刻である。
20パーセント流出したとあるが避難区域では一割しか帰らない、町に帰るのは一割でありそれもほとんど老人だとするときその差は大きい
原発避難区域の方が町の消滅の危機なのである。
そしてそこで訴えているのは補償金でありその補償金をもらって町を復興するとは限らない
みんな外に出てその金を利用して家を建てるなり新しい生活をはじめているからだ
そういう若い人たちももう帰らないのである。
三陸とかの方が深刻のように見えるが原発避難区域の方が町の消滅状態になっているのである。

そして原発避難区域とかその周辺は補償金でもめていたり心もばらばらになった。
それはかえって多額の補償金をもらったことでそうなったのである。
補償金をもらったらかえってもうこんな荒廃した町に住みたくないとなり若い人は流出した
他の津波の被害地と違って子供に放射能の影響があるというと通るからある。
そういわれると残れと強制できないのがこの辺なのである。

ともかくなぜ南三陸に来てここには金で買えないものがある
それだけの価値をあのような状態で若い人が見いだしたのか理解しにくい
ただそういう人かいれば未来がある
そしてもともと田舎でも田舎を嫌っている人はいくらでもいた
今でこそ故郷を返せとか言うけど原発で働き豊かになりたいというのが本音だった
まず農業などでも跡継ぎがないなど不満だらけであり漁業だってそうだった
だから原発を誘致したのである。

地元に住んでいる人が地元の価値を見いだしていない
それが外国人が日本人が当たり前だと思って注意しないものに魅力を感じるのとにているその若者はあのような状態でその土地に魅力を見いだしたのである。
復興が内部の人だけでできないというとき常に被害者になり自分たちはかわいそうで支援されるものであり何もしなくてもいい、外部の人がやるべきだともなっているからだ
かえって外部の人は別に被害者意識がないから新しい街作りにはいいとなる

津波の被害も海を呪っても恨んでもとをにもならない、それがかえっていい方向に働くことがある
一方で原発の被害地は延々と恨みを訴え補償金をもらうことを訴える
その補償金でかえって外に若い人が流出しているのである。
そして原発避難民はその人たちだけではない、回りの人にも影響している
なぜわからないけど南相馬市ナンバーの車が福島市で傷つけられたのか?
単なるうわさなのか?でもいわきでもめたように南相馬市でも小高区などが他でも補償金をもらったことでそれをねたみそうなったのか?
福島県内でもそうしてもめているのである。

何か犯罪の被害者ともにている、自分も犯罪にあってその人を恨みつづけた
そして激しく恨みつづけたら津波が来たのである。
それは自然にも影響したのかと思った。
犯罪の被害者は復讐もするのも普通である。復讐をせざるをえない気持ちがわかった。
でも復讐して心が晴れるかとなるとそうもならない
そして犯罪者がそれで更生するかとなるとならない
かえってその犯罪者が恨み悪い連鎖になる
犯罪者を罰せられるのは当然でもそれで更生するとは限らない
自分はあきらめて許した、そしたら気持ちが楽になった
復讐することもそれも相当な重荷なのである。
なぜ在日とか韓国とか沖縄でもその恨みを言うことは正当にしても
それを言われる方になると嫌なのである。
もうつきあいたくないという気持ちになる
それは原発避難者にも言えるのである。事情が違うにしてもにているところがある
だからそっちにもなんらか非があったのではないかと国民から言われる
何か気持ちきりかえる必要があるのかもしれない、外にでて新しい生活をするならもうこだわらいなからかえっていいともなる
現実はそうなってしまったということである。


だから別に補償金をもらっても訴えても当然だとなると思っているがそれが回りに影響している
それはここだけではない全国的に影響しているのである。
福島ナンバーの車が東京で傷つけられたとかも聞く
そうなると福島の外に出で福島県南相馬市と住所を書くことも怖くなるということがあるつまり避難区域の問題はお前は何もしないから何も言うなとは言えないのである。
そして自分たちは被害者だからかわいそうでり外部の人が何でもしてくれるするべきだとなりそれが当然であるとなる、その意識は在日とか沖縄の意識と同じなのである。
延々と被害を訴えそれを外部に向かって強制さえさせられる
それが当然であっても限度があるべきなのである。
それはその場所だけではない、全国的な問題だからである。
要するに補償金は国民の税金であり国民が何兆円もの金を払うようになるからうるさくなるのである。
そんなに払う必要があるのかと国民からも言われるのである。





タグ:南三陸町

2016年03月18日

雲雀(五年すぎた右田浜ー植えられた松の苗)


雲雀(五年すぎた右田浜ー植えられた松の苗)

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松の苗またここに植え右田浜育つ日待ちぬ雲雀なくかな

松の苗育つを待ちぬ長きかな春の夕日の山に没るかな

一本松ここに残りぬ春の日の夕日のさして雲雀なくかな

一本松残り春の日昼の月平和もどらむ我がよりにけり

一本松春の日さして我がよりぬ津波の跡の形見なるかな

大きる根のみ残りて大木の今はなしかも春の日くれぬ

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右田浜も工事が進んでいた。この辺は一年くらい立つと変化する
これだけ変化することは経験していない
右田の松原がなくなりここにまた松の苗を植えていた。松だけではない、他もある
でもこれが育つのは時間がかかる、五〇年後くらいとしたらとても生きているうちは見れない、それよりも本当に育つのだろうかということもある
これを見れのは今二〇才くらいの人までは見れるかもしれない、でもあまりにも先が長いだから本当にその時ここが前のような松原か森になっているのかわからない


でも木蔭がないということが困る、自分は暑いとき松原の木蔭で休んでいた。
海の風がすずしいからである。天然のクーラーだった
それが根こそぎなくなった。
津波に残った一本松はなお生きるのか、これもわからない
やはり残ったら奇跡的だとなる

大木があったがそれをも切られて根だけが残っていた。
あそこには道をはさんで門のように大きな木が立っていたのだ。
三本の木は残るのか、何か名残を残してほしいということもある
ともかくこの辺の復興の先は長い、松を植えたとしても五〇年も育つのにかかるのであるおそらく五〇年後にこの辺は復興したとなるかもしれない
それだけの大災害だったのである。
その時はもう自分はこの世にない、でもあの世から成長した松原や森を見たいとはなる
その時のんびりと昼の月となっているのが自分かもしれない
昼の月のように平和な時が長くつづいたがこの辺は一変してしまったのである。

ただこの辺では津波の被害があった所には家はない、とするともうあのくらいの津波が来ても被害はないとなる
ということは津波の災害はこの辺ではない、でもあとどういう災害に見舞われるのか?
それより大きな津波がくるのか?やはり何か必ず災害はある、それは予測できないのである。

タグ:右田浜
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復興とは全体の復興と個々の復興がある (シリアのように国が全体が崩壊すれば他国に逃れる他ない)


復興とは全体の復興と個々の復興がある


(シリアのように国が全体が崩壊すれば他国に逃れる他ない)


元に戻すことではない

個々人の復興と全体の復興がある


復興とはみんな元に戻すことを考えている、そうなればいいが津波の被害地でも原発事故の被害地でもそうはならない
放射能のない元の市町村にもどしてくれといってもできない
もしそれができれば元の市町村にしてくれるならば賠償は終わる
だからいくら元にもどしてくれと言っても無理である。
でも依然として元の町に村にもどしてくれとこだわる
そうなると復興は無理である。
それはどんなことしても江戸時代には戻れないと同じである。
時間を逆にもどすことはできない、それが現実の厳しさである。


それから復興というとき全体の復興、市町村単位の復興がある
全体が崩壊したとき個々の問題より全体が大事になる
でも普通は自分の土地とか家とか家族とかそういう個々人のことを利益を優先していて生活していたからまずそういうことから抜け出して考えることはむずかしい
人間は何かこういうふうに激変すると今までの常識が役に立たなくなる
でも旧来の考え方に固執するから復興できない
自分の土地を家を家族を権利を守るということで行政ではその権利を取得するのに二年間もかかりそれだけ新しい街を作るのに手間どったのである。

ともかく全体を意識して暮らしてきた人はまれだろう。
今は特にそうである。会社のためにとか生活していた人がいるが村のためとか町のためとかさらに広域的な市のためにとか働いていた人がいるのか?
公務員は公僕だからそううい意識が自ずとあったかもしれないが他は今はないだろう
つまり会社のためにという人は多い、だから企業戦士とかなってまるで会社のために命をささげるとまでなっていたのである。
市町村というのために生きるという意識がないのである。
戦前は国のために生きるということがあった
それは強制されたものでもあった。
だからこそ国のために命を捧げて三百万人も死んだのである。


全体が大事になるのはこうした全体が壊れたとき意識する、普通のときは意識しないのである。
シリアみればわかる、今日も家族でギリシャまで海をわたろうとして孫や息子が12人死んだ、帰らない、探しようもないという人が海を見ていた。
これも過酷な現実である。シリアの現実も信じられないとなる
親が殺されて子供は奴隷として売られレイプされ放題とか信じられない現実がある
それはなぜかというと国という全体が崩壊したからである。
国がないということは誰も守ってくれるものがいないということである。
そこはすでに無法地帯となり盗賊のようなものが自由に跋扈する
イスラム国なども盗賊の一種なのかもしれない、中国では盗賊の首領が皇帝になったのだからそうういこともありうるの人間社会である。


なぜ復興がむずかしいのか?それは全体を優先して全体への意識が欠落しているということもある
みんな復興というとき自分の復興を考える、全体の市町村の復興を考える人が少ない
賠償でも個々人の復興を考える人が多い、自分がいくらもらえるんだということに集中する
そして個々人に重きをおけば結局個々人が賠償金をもらえるだけもらって後は故郷のことはどうでもいい、それより自分のことが大事であり外に出て家を建てて新しい暮らしを始めた方がいいとなる、そして若い人は流出したのである。


そもそも現代社会はこうした全体意識をもつより個々に分解された社会である。
個々に利益を追求する社会であり全体が意識しにくい、意識できるのは会社であり故郷ではないだろう
農業主体だったら故郷を意識する、それは自然と密接に結びついた共同体だったからである。
田んぼがあるとするとそれは山から絶えず水が流れてこそ成り立つから山が神ともなる
先祖は神になり春には里に下りてくるという信仰にもなった。
自然と一体になって暮らしていたから自然とそうなったのである。
会社はそういう自然と一体化した全体を意識しにくい、会社はどんな大きな会社でもトヨタでも全体ではないのである。
故郷とはそうした自然と生活が一体化した全体だったのである。
その全体が壊れたから全体を意識するようになったのである。

いづれにしろ復興というとき元にもどるということだと思っているが違う。
それができないから新しい考え方が必要になる
元にもどってほしいとしてもできない、元にもどすことができない、ではどうするのかとなるときそれが内部から老人とかでは新しい街の発想ができない
それで外部に頼るほかないとなる
もし避難区域の広い土地を空家でも自由に使って新しい町を街を作っていいと言われたらどうなるのか?
それはともかく大きな実験になる、失敗もあるが意外なことにも直面するがやりがいはあるとなるかもしれない、それが元のままの状態に復興するということにこだわるとできないのである。


内部の人は被害者意識が強い、何かというと被害者でありこの被害をどうしてくれるんだ、もっと賠償金を払いとかそのこと自体すでに外部頼りなのである。
俺たちが被害者のだから政府でも東電でも国民でも俺たちのために尽くせとなっている
それは避難区域からはずれた人にも要求されているのである。
そしてちょっとでも賠償金のことなどで避難区域からはずれた人が批判すると怒る
お前はなにもしないから何も言うなとそれは恐ろしいほどである。
恐喝にさえなっているのだ。それは極端にしろ避難民の心情なことがわかった。
それにマスコミも加担して助長している
いつも避難民側につきかわいそうだかわいそうだとしてテレビで回りの人が冷たいと告発しているのである。
津波の被害者はあまりそういうふうに訴えることができない、天災だからどうにもならない、でも原発避難者は言える、そこに大きな差がある


南相馬市でも合併したのだから全体としてまとまる必要があった。
だから補償金問題でも南相馬市全体を考慮して配分すれば良かったのだかしない
例えば小高病院の配管を直すのに七億円かかるというときそうした補償金を全体のものとしてプールしてあとで予算を組み配分して直すとかする
小高は南相馬市だからここだけを考えて復興はできないだろう。
でも小高は小高,原町は原町、鹿島は鹿島と分断して最初から考えた
確かに放射能影響はあった。でも山側をのぞけば放射能の汚染はほとんど変わりない
小高の街内は0、1であり同じなのである。
だからそもそも30キロ圏内で線引きするのが間違いだったのである。
それは政府でそう決めたことが間違いだった。それが自治体を混乱させたのである。
政府には政府の事情があり科学的見地もあったがそれが市町村を一つにしないものとした原発被害地域は本当は広域的に一体化して抗議したり全体の復興を計るべきだったのかとなる
避難区域だけがあまりにも優遇されたことなどで分断されてしまったのである。
それはまた市町村単位とういのもにこだわれば広域的連帯をもつということもむずかしいとなる


いづれにしろ全体が破壊されるとシリアのようになる
みんなバラバラになり他国に逃れるほかないとなる
特にこの辺はそうして生きるか死ぬかではなく賠償金でかえって豊かな暮らしができるとなって流出している、それはシリアとは考えられないような避難民貴族と化している
シリアの人たちが見たらどれほどうらやましいかとなる
日本でも避難民になりたいという人がいることでもわかる
避難民様になればもう特権をえたのでありそれですべてが通るからである。
テレビで何で回りの人は避難民様に冷たい仕打ちをするのだと告発される
そういうふうに一方的に報道を編集することがテレビの問題だった。

相馬市のトマト栽培農家が飯館村の人より津波被害者を雇ったのはそれは冷たいことではない
その言い分だけを言わせてではその雇った人の気持ちを伝えないのは一方的になる
一瞬わからないがそういう意図がテレビからくみとれるのである。
つまり巧妙に一方的に誘導れされているのである。
何かテレビとか報道はその局の意図があって報道しているのである。
もちろん飯館村の人は最も同情されるべきであり自分はそういうことは言っているのではない
避難民になったときやはりそこに回りの事情があるのだからその事情を考慮して放送すべきだということである。
何でも避難民なら許されるとはならないのである
回りの人にも言い分がありそれをとりあげず一方的に避難民のことは何でもいいとしているのである。


結局これはNHKが在日勢力にしめられて一方的報道しかしないのと同じである。
報道は公正であるべきだがそうはならない、そこに民主主義はない
テレビだと避難民側の報道しかない、テレビで回りがどういう不満をもっているか報道していない、もしテレビでもそういう問題があることを報道すれば公正だとなる
つまりマスコミが特にテレビは裁判官になってるのだ。
そこが報道のマスコミの大問題なのである。
自分はどっちの味方より中立でありできるだけ公正な見方をしようとしている
いくら利害関係があっても自分では公平を追求していると思っている
それが報道にはマスコミには特にテレビにはない、NHKが問題なのは影響力が大きすぎるからである。
ただこれができたのも30キロからはずれていて補償金もたいしてもらえないとかあったからである。
利益をあまり受けていないので言えたともなる、お前も結構もらっているのではないかとなれば言えなかったのである。
つまり人間は自分の利益が逃れられない、そこで必ず公平ではなくなる
だから警察官でも公平になるならもう女性でもそれが美人だったりすると思い入れができ判断が狂う、他でもまず公平であること自体神でないとできないとかなるほどむずかしい第一国と国の争いとなるとどっちが悪いとかわからないから最後は神が審判者になって裁くとなる、つまり裁くということは神しかできないとういことである。

タグ:復興とは
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2016年03月17日

原発避難者の賠償金の請求はきりがなくなる (家族を殺された賠償ともにて償いきれない)


原発避難者の賠償金の請求はきりがなくなる


(家族を殺された賠償ともにて償いきれない)


津波や原発事故で起きたことは様々あり複雑である。それをどう考えるかとなるとまた複雑である。
原発事故自体その原因追求すると核のような危険なものに人間が手を出したからだと科学者の責任もなる、なぜそんな危険なものを発明したのだとかとかになる
それが今までは核兵器をだめだということで反対していたが原発は平和利用で肯定されてきたのである
原発自体に反対した政党はない、共産党も原発自体には反対していない、ただ安全に運転しろと追求していたのでありかそれが成されなかった。
だから原発事故の原因を追求すると原発を発明した人が悪いとかきりがなくなるだろう。交通事故でもそうである。交通事故で家族を失った人たちは車社会を恨むまでになる。
そうすると車を発明した人が悪いとかまでなり車社会を否定するようにまでなる
原発事故では原発を否定して核を否定するようになる


そして賠償というとき様々な被害者とにている、例えば殺人で家族が殺されたときその被害は大きいから家族は死刑にしろとなり実際になる人もいる
どうしてそうなるかというと死んだ人の命はかえってこないからである。
金を盗まれたなら金を返せばいいが死んだら命はもどってこないからである。
そうなると賠償しようがない、どうするんだとなり死んでわびろとなる
なにか原発事故の被害者もそうした被害者とにている
故郷を失ったとか家族がばらばらになったとかコミニュティを失ったとか、失ったものがきりなくある
それは自分は避難者ではないけどそういうことを意識していなかったけど5年すぎてそれが現実として迫ってきて理解する
一軒の農家が枯野の中に放置されて人が住まないというのを見てその農家の価値を存在を考える


それも不思議なことである。そんなことそこに住んだ人も考えたことがないだろう。
外から見ても普通にただ一軒の農家あるとしか見ていない
でもそこは代々故郷にあり農家として土地が受け継がれてきた、その農家でもそれは故郷という村とかのなかで営みがつづけられてきた。
そういう当たり前のことが価値が見直された問われたのも今回の原発事故である。
そういうことを自分は哲学的にも探求してきた。
そんなこと復興のためになにになるのだということで責める人もいる
でもそれは郷土の価値とかを探求してきたからこそ自分は言うのである。
でも故郷の価値とかそんなこと意識していた人などいない、人間は個々の利益は意識できるけど故郷という狭い範囲でも全体を意識すること全体の価値を意識することはない、この家の土地の値段はいくらだとかなんかそうした個々の利益にかかわることは関心がある
故郷全体のことを関心をもっていた人はほとんどないかもしれない、それは最近国の価値など考えない、愛国心などをもつことができない
戦後はみんなここの利益追求で生きていきたからである。
ところが原発事故でも津波でも故郷全体を喪失したときその全体を意識したのである。

賠償問題を考えるときそれだけ被害にあったのだから当然それに見合った補償金をもらうのが当然でありその賠償金をどう使うと勝手であり外部の人は何も言うなというその被害はあまりにも大きいのだからそれを肯定したら無限の賠償になるだろう
俺達の被害はいくら償っても満足することはない、だから賠償金だけではない、外部のものでも俺達に同情するのが当然であり俺達に何も言うなとなる
そういうことをマスコミでも特にテレビでも同調するから余計に思いあがり少しでも異議を唱えると怒るのである。

でも一方でそれは原発避難区域になった人だけが主張される、許されることなのである。福島県全体でも宮城県でも茨城県でも放射能の被害があった。
その人たちはわずかの金であとは要求できないのである。
それは南相馬市だったら小高区は特別でありそういう被害者の特権を得ている
でも原町区でも鹿島区でも賠償は終了している
もう補償金はもらえないのである。
そしてなぜ避難者だけがそんなにもちあげられて毎日ギャンブルして遊んでいてもいいのか、回りの人も不満が多いのである。
俺達は被害者だから何しようが何でも許される、ギャンブルがどうのこうのというけどしょうがないじゃないか、こうなったのも原発事故のせいなんだよとなる
原発事故で避難してその苦痛で死んだとかなるならそれも被害である。


だから変なのは原発避難者は何もしなくてもいい、遊んでいてもいい、何かするのは復興するのは外部の人であり避難者はあそんでいようがなにしようがいいとまでなる
そうなるともうすでに避難者は故郷に帰らないのだから外部の人にいっそう全部やって貰った方がいいとなる、老人は帰って土地のことを教えたり補助にまわる
若い人は流出したのだからもうそこに住むことを放棄したのだから何もできない
そしたら誰が復興するのだとなり外部の人しかないとなる
帰らない人がいつまでもその土地の権利ももちつづけるのか?それは不在地主のようになって権利もなくなるのではないか?
だって復興するにはその土地を利用しなければならないからである。
そういうことは津波の被害地でも起きている
土地の所有権が細分化してその権利を譲ってもらうのに二年とかかり復興が遅れたというのもそうである。
そして相馬市とかに避難者が家を建てて贅沢してかえって良かったと東電は恨んでいないという人もいる
もはやその人は不満がないのである。


いづれにしろ原発事故で失ったものの価値を言うことはいいしその価値を言うのはいい
それは必要なことであり自分も言ってきたのである。
つまり当たり前にあったものがそれだけ今になると失ってみると価値があったということを言うのは外部の人にとっても参考になるのである。
そんなこと普通は考えもしないからである。
でもそうだからといって犯罪で家族が失ってその賠償はどうするのだというとき命はかえってこない、すると金で賠償しろといってもそれにも限度がある
その命の価値がどれくらいのものか、それは限りないものだとなる、精神的賠償というけど実際に支給されたけどこれを言ったら家族を殺されたからその賠償はどうなるんだと同じであり償いきれない
原発避難民にもこれと同じ問題が起きている、俺達の被害はどれほどのものか、それはとても償いものである。人間の命のように俺達の失ったものは償いない
故郷とはそれほど価値あるものだとかなる、でもそこに住んでいたときそんなこと主張もしないし農業などやりたくないとか跡継ぎもいないとかそんなことばかりであり故郷であれその土地であれ農業に価値を認める人はまれだったのである。
だからこそ原発を誘致して豊かになりたいということで誘致したのである。

「俺達の失ったものがどれだけのものか他のものにはわかりえよがない」
この感覚は犯罪で家族と失った気持ちと同じである。
もういくら金を与えても賠償しても満足できない、第一死んだ人の命はかえってこないからである。
それと同じことを在日とか韓国は戦争のことで訴えつづけている。でも死んだ人とをどうして償いというのか、それはいつ終わるのか、それを要求されたら
きりがないのである。
要求をするなというのではなくそれには限度があるということである。
失われたものの価値を問い言うことはいいのである。改めてその失われたものの価値を見いだしたともなるからだ。
でもそれを賠償にすべて結びつけるときりがなくなり誰が賠償するのかとなる
それは税金であるから国民の反発もあるし避難区域以外との差はあまりにも大きすぎるのである。
つまりその被害を言うことと賠償金の請求が一体になっていることに問題がある。
これだけのものを失った、だからそれを全部取り返すためには賠償金の限度はないとなったら誰も許さないだろう。
福島県全体でもそう要求できるのは避難区域だけだからである。


一方で津波の被害者は家族を失っているからこっちの被害の方が原発避難民より大きいとなる。原発避難民は家族を失っていない、その命はとりもどせない
だけど津波の被災者は海を呪うとか言ってもなんにも海はしてくれないのである。
呪ったり恨んだりする相手がいないのである。
たがらあきらめろしかないとなるだけなのである。
その差もまた大きいのである。ともかく一体原発避難民は賠償される権利はあってもどれくらいあるのかとなる、それを許せば無限になる、その償いは原発避難民だけに許されるそれも10キロ圏内とかでありそこからはずれた人はもう何も賠償を言う権利は喪失している
同じ南相馬市なのに小高は避難区域になり特別である。
小高のために南相馬市はあらゆることをしなければない、それは当然であり反対することは許されないとなる


同じ原発の被害者でも避難区域になった人とこれだけ差があるのである。
そうしたら回りの人は不満になるのは当然である。
「俺達は何をしようが、何もしなくても、被害者だからいいんだよ、ギャンブルもいいじゃないか、それも原発事故のためにそうなっているんだ」
こうしてそれを肯定する人も外部にいるのである。
そう思わせたのはマスコミであり特にテレビはそうだった。そういうお墨付きを原発避難民に与えた、だからちょっとでも原発避難民を批判すると烈火のごとく怒りそれが正当化されるのである。
それは在日特権とかつくづくにているということを理解したのである。
沖縄ともにている、俺達は日本の戦争の犠牲者なのだ、だからその償いを受けるのは当然だとなる
ただ原発事故では利害が一致しないしそう言えるのが許されるのは原発避難民だけであるただそこに歯止めがかかり原発避難民も自粛する効果はあったとなる
それは政府とか東電の策謀だったのか、政府や東電には都合がいいものだったとはなる




タグ:原発賠償金
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2016年03月16日

仮設のF食堂は小高に今月で帰り開業する



仮設のF食堂は小高に今月で帰り開業する


「あそこはなんであんなに客が来るんですかね、うまんですかね」
「味は小高にいるときと変わっているみたいです」
「そうですか、まずくなっているの」
「私は小高生まれでこっちに嫁いできたからわかるんですよ」
「そういうことですか」
「あそこのおばあちゃんがやっていて繁盛していました
今は孫がやっているようですがそれで味も変わったのでしょう」

そんなふうに話していたのは客と別な食堂の女性だった。

「なかなかその店の味を作ることはむずかしいですよね
それを受け継ぐないと店も繁盛しない
でも直接その味を作るにはそのおばあちゃんから習わないとできないでしょう」
「そういうことを一緒にしていないから味が変わったように思う」
「まあ,ラーメンなどはタレが勝負ですからね、それは秘伝のようなものでしょう
それを受け継げば二代目も繁盛できる、二代目が会社を引き継いでも繁盛するのはむずかしい、それだけ創業者の力が大きいということなんですね」

いづれにしろF食堂は小高に帰る、避難解除になり帰り営業する、小高では旅館とこの食堂ははじめる
、除染関係とかでこの二つはやっていける
その他は何か帰って再開するのは聞かない、それだけでは淋しいし復興するのはむずかしい、
第一帰らないと決めた人が避難区域では多い
ただ小高は放射線量は低いから帰れるのである。
鹿児島の放送局まで取材にきていたから驚く,それだけそのF食堂は有名であり外に並んで待っている人が多かった。
そんなに混むというのもなぜかわからないことがあったがやはり原発避難区域から来た人は外部でも注目されるのである。

いづれにしろ五年すぎたから一つの区切りなんだけど避難区域は復興することはむずかしい
津波の被害地でも復興ではなく全く新しいものを作り出すことだとも言っている
今まであったものを復興するのではなく全く新しいものを作り出すのである。
だから外部からの人の支援が必要になっている。
まずすでに避難区域では地元の人も帰らないし一割くらい帰っても老人だけが帰っても復興できるのかとなったらできない
その人たちは老人が多いから余計にそうである。
そしてここでも問題にしたようにとにかく被害者意識が強すぎるから地元の人はかえって復興しにくい、何でも放射能のためだとなりそれを何かといえば言うからである。
つまり自分たちは被害者であり同情されるべきであり何か支援されるべきでありそれをしないのは責められるべきだとまでなっている

そういうふうにマスコミでも避難者をもちあげたから余計にそうなったのである。
ギャンブルしていようが何しようが俺たちは被害者なのでありそれに逆らう奴は許せないとなる
ここで何か尽くせ、原発避難者様に尽くせ、俺たちは何をしようと非難するなとなっているからだ。それをマスコミも支持しているからしまつが悪い
それは在日とか韓国の心情と同じである。自分たちは被害者なのだ、みんな日本人が悪いんだ,俺たちのことを批判するな、日本人は謝罪して韓国のために尽くして罪滅ぼしをしろというのと同じである。
ただこの辺では全部がそうではない避難区域になった人たちだけでそうでありあとはそういうことが要求できないから違っている。
だからかえって外部から来る人が若者でもそうだし外国人すら呼びこむほかないともなるなんのかのと言ってもそもそも人がいないとなれば何をもって穴埋めするのかとなる
そうしてぎりぎりに追い詰められているのである。

宮城県とか岩手県では人が働かない流出する、そして商売するにも成り立たないとか借金してはじめられないとか生活が苦しいとか五年過ぎて相当に苦しい状態の人が多くなっているみたいだ。
それは原発避難民のように補償金が出ないからである。
そして事業でも資金がもう出してくれないとか嘆いていた。
やはりただ援助するとなると限界がある、その限界が五年で生じた、だから津波の被災地の方が苦しいとなる。
ただ原発事故周辺もだんだん苦しくなってくる、今はまだ外部から一万とか入ってきているかもしれない、プレハブの宿泊所は増えている、外国人用のもできたということはそれだけ除染関係でも人が入ってきている。

石巻の雄勝の被害が実際は大きかった。四〇〇〇人とかの人口で千人も減ったとかある。あそこは硯で有名でありその職人も津波の被害を受けて相当数死んだという。その伝統の業も消えるかもしれないと言っていた。
そこに子供の体験学習の場を作った人がいた。でも古い校舎を改造することなどに三億円かかったという、その金はカタールなどから出たりその人がかき集めたという
子供相手の事業していたからできた。でもそれだけの金を集めるとなると簡単にできないと思う。

タグ:仮設の食堂
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原発避難区域を偲ぶ短歌十首(桜など) (それが現実だということの重みが違う)


原発避難区域を偲ぶ短歌十首(桜など)


(それが現実だということの重みが違う)


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白いのは砂であり川は曲がって流れて海に注いでいた

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津波の後に砂場は消えた

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小良が浜はおらが浜であり相馬藩の境で争った地域である。
つまり熊川が境になっていたのである。



ふるさとに残せし墓のあわれかな春の彼岸に人の帰りぬ

その道を行く人なしも故郷の帰れぬ人や春の日くれぬ

高瀬川流れの早しさへづりの高くもひびきなお奥に入る

葛尾の落合に来てあわれかな草に埋もれし碑の古りかな

たずぬるも更地となりぬあわれかな老女一人の帰る秋かな

楢葉町よりしことあり海望み梅の香りて行く道偲ぶ

熊川を沿いて下りぬ桜咲き海の開けて船の行くかも

一軒の残されし家をしみじみと見ゆ人の帰れず枯野の中に

理容店蔦の這いにつ淋しかも人の帰れず秋の日くれぬ

竜田駅電車通りて金木犀においけるかな下りる人多し


原発避難区域はやはりこれまでの歴史でもあったのかという不思議である。
廃村とか小さな村にはある、その規模は小さいのである。
ここにはまた津波の跡もまだ生々しく村が消滅している
そういうものが重なって異様なものとなっている
だからこれが本当に最初は夢ではないかとか現実に思えなかった。
何なのか理解できなかった。今でもそういうことがある
自分は別に津波の被害にもあってないし普通に故郷に住んでいる
だから本当のところ避難した人の気持とかこのことを避難した人がどう感じているかはわからない

原発避難民のことを非難したのはそれはまた周りの事情もありそれを言っただけである。つまり原発避難区域の人たちのことはかわいそうだというときそれが必ず補償金と結びつくことが問題なのである。
そうしてかわいそうだというとききりがなくなってくる、そのことを言えば延々と補償金を要求できるからである
それとは別に一体この避難区域は何なのかと考えるときこれが5年過ぎてようやく現実としての重みをもってきたのではないか?
何か避難区域の人の住まない一軒を家を見ているとそう思った。
ここにも人が住んでいた、それも江戸時代とかから長く代々住んでいた家もある
そこで浪江までとか野馬追いに出る家が今でもある
そういう家の歴史でも重みがそこにあることを5年過ぎて意識するようになった。
普通だったら一軒一軒の家のことなどありふれていて当たり前だから考えないのである。5年すぎたら何かそれがまるで遺跡のようにすら見えてくるだろう。

この原発避難区域の不思議は最初は本当に映画の猿の惑星のように見えたのである。
こんなことがありうるのかという不思議である。
だからこれが現実だということを理解するのは5年もかかったのかもしれない
それは津波の被害地でもそうなっている、なかなか現実として受け入れられないのであるおそらく津波で家族を失った人もそうだろう。これが現実なのかということなのである。それはシリアとかでも起きている、27万人も死んだとかそれが信じられない、そんなに死んだのか、街は破壊され瓦礫の山になっている。
そして一人の少女が奴隷として売られレイプされるからガソリンをかけて死のとした。
その少女は15才である。これもこの世の現実なのかと思う。
その現実の重みは当事者でないとわからないだろう。

それと同じように原発避難区域もそうである。もちろんシリアとは違い原発貴族とも言われているから余りにも違う。
でもこれが現実だということその重みが違っているのだ。
現実とは映画の世界とは全く違う重みがある、人一人死ぬのでも重みがある。
自分が一身上体験した苦しみも現実だった。
みんなそうして厳しい現実に生きている、
こういうふうに当たり前ではない、異常化した世界が現実だということを理解することは本当にむずかしい,それは戦争でも起きたことである。
戦争の現実を理解することは今になれば不可能である。
バタバタ戦場では人が臣でく現実を理解できないからだ。
それを映画で見ても娯楽にさえなってしまうからである。
この辺ではそういう厳しい現実を体験した人が多い、ただそうは言っても原発避難民は恵まれていた。それは津波の被害者とかと比べるとである。

でも故郷を失うということがどういうことか?この現実をなかなか理解できないだろう。
それと補償金を結びつけないとき、一体それが何なのだろうとなる
何か残された一軒一軒の家がその重みを語っている
ただ飯館村とかで千軒の家が壊されるというときその時も家もなくなり思い出もなくなりそこにあったという重みも家がなくなって消えることがありうるだろう。
やはり家というのは何か一つのそこに存在した重みを残すのである。
家が消えるとあとは人の語りとかなり具体性がなくなってしまう。
墓も家と同じように何か現実にここに生きたという人が残したものであり重みをもっている

ただ原発避難民がどれだけ被害を受けたか、どれだけ貴重なものを失ったかとわかる
だからすべてが許されるとなるのか?それは周りの人のこともあるのだからそうはならない、これは別なものとしてまた考えねばならぬ
俺たちの失ったものを考えろというとき津波の被害者はそれ以上に失っているのである。ともかくこの辺の状態は以前として混乱しているし様々な思いが入り乱れているのであるそれは避難区域以外でもそうでありそこに葛藤があり様々な思いがありそれをみんな知ることは不可能である。


実朝の歌に何か原発避難民と同じ心境の短歌があった。


ふるさとは見しごともあらず荒れにける影ぞ昔の春の夜の月

散りめればとふ人もなし故郷は花ぞ昔の主なりけり

里あれぬ志賀の花園のそのかみの昔の春の恋しかるらむ


この短歌と心境的には通じている。この故郷というとき小さな村の規模だろう。
鎌倉時代となると人口は極端に少ないからだ
ただ「故郷は花ぞ昔の主なりけり」こうなっているのはにている。
庭に桜が咲いていても空家と化して人は住んでいないからだ。

志賀の花園というときそこは相当に古い由緒ある場所であった。だからこの短歌には深いものがある。

自分はなんか不思議だったのは避難区域の道である。そこも確かに人が歩いていた道である。でも誰も歩いていない、そこはかつて人が通っていた道だなとみるのも不思議なのである。
なぜ人は廃墟にひかれるのかというとそこはセットの映画の舞台ではない、現実にそこに人が住んでいたのでありその重みが違うからである。

ともかく自分は楢葉とかにもよったりした。ただ何かやはり双葉とか富岡とか越えるとなじみがない、でも双葉は姉から父が酒屋で丁稚していたことや葛尾村の出身であったことでなじみがある

さらに大熊でも楢葉でも良くわからない、地理的にもわからない、ただこの辺はいつも電車で通っていたしよったこともあり思い出して短歌を作った。
一番印象に残っていたのは熊川をそって下り海に出たときである。
そこにも家があり春の太平洋が開けて船が行く景色だった
ここも津波でもう家も桜もなくなったろう。ここは記憶に明確に残っていた。
思い出すとき記憶がつくづく大事だと何度も書いてきたけどここでもそうだった。
記憶として蘇るときそこに自分が確かにいたということを再確認するのである。
そして詩とか短歌にできるのである。


NHKの放送の原発近くの熊川の津波の被害の写真 
(ここを通った桜が咲いている写真があった)





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2016年03月15日

発想の転換が必要な津波原発被害地 (労働やものや様々な価値観が変わる時代)



発想の転換が必要な津波原発被害地


(労働やものや様々な価値観が変わる時代)


労働というのが機械化で変わった。機械化した結果失業する人が増える
今度はコンピューター化で事務系統高度な事務系統とかすら失業する。
そして格差社会が極端になるからその対策としてベーシックインカムを導入することがヨーロッパではもう具体的に進めようとしている。
極端な格差社会になると社会の治安も悪くなったりするかからである。
格差社会がなぜ起きるかというと機械化も大きな要因としてある
コンピューターのソフトを作るよような人は高額な収入になるがその他の人の労働力は省かれる
それで失業した人にも働かなくても金を払うとなる。
そうなるとどうなるかという社会実践が現実にヨーロッパでは始まっている
ただ一方でなぜ日本などではこれほど人手が不足しているのかとなる
それも機械化でやがては補うことができるのだろうか?

そもそも理想社会などありえないが辛い労働から解放されることが人類の目指してきたことである。
流れ作業でも機械化できればそうした仕事をしないですむ
そしてそのような機械的仕事はしないで各人が好む仕事をする
各人が適した仕事をする、それは利益を産まなくてもいいとなる
あなたが農業が好きなら自由に野菜作りでも何でもしてくださいとなる
別にそれは利益を産まなくてもいいのです、とれたものは周りの人にただであげてくださいとかなる
他に商売したいなら店を出してしてください、別に特別利益をあげなくてもいいです
あなたの趣味でも商売にして街を活気づけてください
花が好きなら自由に花を飾ってください、店はもともと見せるからきているんですから
他にも趣味があるでしょうからそれで人が関心をもち通りを賑わえばいいことです

この世の中資本主義は金にならない限り利益を産まない限り価値ないものとされる
人間すらそうである。もし絵でも売れなければ価値ないとされその人間すら価値ないとされる
そういうことでなくて金を産まなくても各人の価値を追求する社会はある意味で理想社会かもしれない、それも結局意外な結果になるかもしれないがそうういことができる社会は進歩した社会だとなる
そういうことは一部インターネットで実現している
インターネットの情報とか知識は無料だからである。
無料だからたいしたものはないともいえなくなっているのがインターネットである。
今までは情報でも知識でも発信するとなるとコストがかかりすぎたからである。
だからマスコミしか発信することができないのでマスコミが異常なほど権力をもち第二の権力とまで言われたのである。
原発事故でも安全神話を作ってきたのはマスコミも加担していたからである。
要するに政府でも東電でもマスコミでも互いの利益で結びつき安全神話が作られたのである。


ともかく社会の価値観は常に変わってきた。そして価値観が変わることは発想の転換が求められる、それが柔軟にできない、特に老人はできないのである。
どうしても従来の路線で価値観で物事を見るからである。
例えは農業というものをそれは食べ物を提供するものだとばかりと見ている
でも価値観が変わると米余りになると減反になると農業とはなんなのだろうと考えてしまう。何のために農業があるのだろうかとなる
農業とは食べるものを提供するだけではない、それは自然の景観を維持するものであり
またそれは日本の文化だから文化を維持するものだとも見れるようになる
そんなもの何の価値があるのか、米がとれて米をいっぱい食べるために田んぼがある
これまでだったらそう考える、現実に満足に白い米すら食べられず戦争のとき、東北では白い米を食べたくて兵隊になったとかある
それは貧乏な時代ならそうなる。それが米が余り減反までなると価値観が変わる
田んぼなんであるんだとなる、田んぼは景観の維持のために日本文化の維持のためにあるとなるときどうなるか、それは米を売ることに米を利益として考えないからそうなる
現実に今も米を作らない減反政策をしているのはなぜかとなる
そんなことして無駄だとなるが別な価値観をもてばそうならないのである。


自分が追求してきたのはまさにそうした景観とか情緒がある世界である。
それで極端になったのが八沢浦が津波で入江になったとき波が朝の光にきらきら打ち寄せてきたとき自分の望んでいたものが現実化したことに驚いた。
その現実は想像を越えたものだったのである。きらきら波か光り打ち寄せることは奇跡のように思えた。
もちろんその時ここで津波で死んだ人がいたのだからそのことを指摘されてあまりに不謹慎だったことは言うまでもない、でもふりかえると自分はあそこが田んぼになっていることにあまり価値をおいていなかったのである。
いつもあそこが昔のような入江になったらどんなに美しいだろうなとイメージしていたのである。

そこに古歌も残っていて風光明媚な場所だったのである。この辺では入江とか浦がほとんどないからものたりなかったのである。
こういうふうに時代によって価値観が変わる、もちろん旧来から見れば八沢浦は先人が地のにじみ出るような努力して干拓した所であり、犠牲もあった。
でも時代が変わればまたその価値も変わるのである。
自分にとっては景観の方が価値があり外からくる人も田んぼをみたとしてもつまらない
八沢浦の入江を見たら本当に美しいと思うだろう。そしてそこが観光地になる。

つまり農業でもそうした発想の転換が必要なのである。「浦里の滴」という菜の花から作った油を小高の人が売り出した、それも自分にすると今の時代になると油などいくらでもある、もちろんその他の味噌であれ?油であれ何でもいくらでも種類がある
すると自分の場合だか一面の菜の花畑になったその景観に価値あるとなる
でもそれはやはり油として菜の花畑にするのとは違うからありえないともなる
でも油などいくらでもあるというときどうしても景観の方が価値があると自分は見る
だからソーラーバネルでも風車でも景観が壊されることが嫌なのである。


津波の被害地とか原発避難区域とかで今必要なのはこの発想の転換なのである。
旧来の発想では復興できない、全く変わってしまったからである。
街が何もない荒地になった、一体どうすればいいんだとなる
どんな新しい街にするのだとなる、そうなると旧来の考え方では復興できない
新しい復興のビジョンが必要になるのである。
こうなると旧来の考え方しかできない老人には向いていない
それで女川では若い世代に街作りをまかしたのである。老人は口を出さないと決めたのである。
もうそれくらいの覚悟をしないと復興できないからである。
津波や原発避難区域はみなそうである。



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2016年03月14日

なぜ原発避難民は傲慢なのか嫌われるのか? (マスコミとかで同情していい気になった?NHKは中立ではない)


なぜ原発避難民は傲慢なのか嫌われるのか?


(マスコミとかで同情していい気になった?NHKは中立ではない)

なぜ原発避難民は嫌われのか?その原因はある。


マスコミが同情して一方的に原発避難民の側にたちすぎた


磐城の下神白団地のことをNHKで放送していた。そこに原発避難区域からのいろいろな人が混じり合っていた。
新しい家を建てられない人が入っていた。設備はバリアフリーで老人が住むにはいい感じに見えた。
そこでもまた避難民はもう金はいらない、もっと回りの人が親切にして受け入れてほしいということを言っていた。
新しく避難民が家を建てたらいやがらせとかいじめにあったとか言わせる。
それを一方的に聞くと外部の人が見るとなんだかわいそうな避難民に地元の回りの人は冷たいなと見る。
でもそこにテレビの危険性があったのだ。
そういうふうにしむけているのがNHKだったのである。
一方的な原発避難民の言い分を言わせて報道する

なんだ、なぜそんなひどいことを原発避難民にしているのだ

こういうふうに外部のみ人は見るのである。

それは相馬市でも飯館村の人がトマトを作る農家で働かせてくれないかと言ったら断られた、あなたたちは補償金をもらっているからいい、津波の被害者はもらっていないから雇うと言っていた。それは津波の被害者全般に言える、津波の被害者は家族を失ったのだから一番の被害者だけど補償金はもらえないのである

なんだ、このトマト農家は原発避難民に冷たいな

こうテレビでは見るのである。その効果は見る人が多いから大きいのである。
テレビは一方的洗脳メデアである、そこにテレビの危険性があった。
それはなかなか気づきにくいのである。
映像であるからさそまた宣伝効果が大きい、テレビは大衆向きだから余計にそうなる
トランプがそのテレビの特性を利用して宣伝するのがうまいというのもわかる
悪く言われてもそれも知名度があがるから容認しているというのもしたたかである。

テレビは何か人を考えさせないメデアなのである。一方的洗脳メデアなのである。
イラク戦争のとき、海鳥が石油まみれになった映像が世界に流された。
それもやらせだったのである。でもその映像が世界に与えた影響が大きいのである。
映像は活字と違ってわかりやすいからだまされるのである。
例えばトランプが演説する壇上に暴徒が襲ったがあれはやらせであり金を払いしくんだものだというのもそうかなと見た。
トランプはもともとテレビタレントだからテレビの特性を知ってしくんだと日本の外人タレントかそのことを言ったのは面白かった。
テレビて仕組まれたドラマを作っていたとなる。

そういうことはNHKでも常に行われていることをこの辺に話題になりテレビに放送されることでわかった。
結局注目されるのは原発避難民であり他は例えばイワキでも他でも地元でも原発避難民を良く思わない人たちが大勢いる、そのことについてはふれないのである。
原発避難民を批判することはもうマスコミでは許されないようになっている
ただ雑誌とか紙メデアではそれなりに地元の実情を書いている
NHKではそういうことは全くしていない、テレビの取材は取材する人の承認をえないとできない、すると取材される側にたった放送になる
ある記者が取材にきて嫌なことを聞かれたとか言っていた、するとその取材する人もひどい人だとなる
そしてNHKは影響力があるからテレビを見る人は原発避難民側につくのである。
NHKとか放送にはそもそも中立はない、NHKは在日が支配しているとか左よりである
放送でもどうしても中立はありえない、それはやむをえないことである。
ただNHKは影響力が大きいし公共的な側面があるからなるたけ中立であくべきなのだがなっていない、すると国民を間違った方向に導くから危険だとなる


そのことが原発避難民をつけあがせた原因の一つである。それから何かわからないが原発避難民が避難民になったからとそんなに変わるのかという疑問がある。
そうなったきはもともとそういう傲慢な人たちが多かったからなのかともなる。
それは原発の金でうるおって羽振りが良かったからかもしれない、それで会津辺りで俺たちはこんなまずいもの食わないとか言っていたのか?
ともかく何か横暴で傲慢になっている、それを助長したのがマスコミであり特にテレビでありその主なものがNHKだったのである。

傷口に塩を塗って楽しいか

こんなことを言うことが信じられないとなる、これは特殊なものでなく原発避難民の気持を代表しているのかもしれない、そもそも漁業組合があるがここに入っている人は原発事故前も多額の補償を受けていた、それで原発御殿がたっていたとか回りではうらやましく思いその羽振りの良さに対して不満があった。
漁港があってもみんな漁業組合に入っているわけではないからである。
何かそして原発避難民はもともと傲慢だったのかとなる
請戸の人は入院して特等室に入り家を建てると言っていたしまた相馬市に家を建てた人もいる、その人は高額の歯の治療して別に東電を恨んでいないという、つまり手厚い補償金がそうさせたのである。
回りではそういう人たちをどうみるか?相馬市などでは金は8万くらいもらって終わりなのである。
それは福島県でもそうであり補償金をもらったのは実際は避難区域でありあとはほとんど何ももらっていないのである。
だけど原発避難民は避難民様になり回りのことを無視して謙虚さがなかった。


この辺では小高区の人がそうである。
「俺たちは金はあるんだよ、お前らは金がねえな、俺たちはここで金を使って消費して助けてやっているんだ、ありがたく思へ」
こんなふうにまでなったとしたら回りの人がどう思うのか?
それほどに思い上がらせたのはそもそも前からそうだったのかと思う、なぜならそんなに人間そのものが何かあっても変わらないからである。
謙虚な人は謙虚だからである。人格が何かあったから一変に変わるわけがないのである。もちろんどこでも禄でもない人間はいるが何か原発避難民にはそういう傲慢な人が多いのである。
「お世話になります」とか回りに気を使う人も少ないのではないか?
そして毎日ギャンブルだとかなっているとこれは何なのだとなってしまうのが普通である
自分に対して卑語で責め来た奴はそうである。これほど傲慢なっているのか?
避難民様を何であれ批判するものは許せない、そうういうふにつけあがらせたのはマスコミ特にテレビでありNHKだったのである。
その影響力が大きいから問題なのである。

そしてなぜ沖縄とか在日とか韓国とか中国とかの日本に対する反日の運動を理解した。
そのことを具体的に自分は理解しなかった。東北に在日のことなどわからない
なぜ執拗にあれだけ「心の青雲」でとりあげ責めているのかその理由が具体的にわかった人間は一旦被害者意識をもつとそれが特権化して当然になり責めつづけるということである。
そうなるともう逆らえないのである。集団化しているから必ず今度は少しでも批判すると抗議が来るからテレビではタプー化して何も言えなくなる
そういうことが原発避難民にも同じようにあった。
俺たちかわいそうな避難民であり放射能の被害者でありその被害者をなぜ責めるのだ。
許せないとなりあの発言になった。
放射能の被害者は福島県でも他でもあり20キロ圏内とかだけではないのである。
でも俺たちは被害者なんだというとうことに凝りかたまっている


そういう強い被害者意識をもつともう復興も何もできない、なぜなら放射能のために米を作っても売れないとか必ず原発の被害のことをもちだして言うからである。
何かうまくいかなくても俺たちは放射能の被害者なのだとなるからである。
小高などは0、1だから帰れるのに帰らない人も多いのである。
そして俺たちは同情されるべきであり援助されるべきであり自分たちはなにもしなくてもいい、外部の人がやるべきであるとまでなる
なぜなら被害者だから外部の人が政府であれ東電であれ国民であれ支援するべきだとなるだからこういう人たちと対話もできない何するにもめんどうになる
だからもう復興はできない、延々と放射能のためにこうなったのだと訴えるからである。それは在日の俺たちは戦争で日本の被害者だった、だから特権があるんだというのと同じである。韓国と同じでありもうつきあいきれないともなる

自分も南相馬市だから南相馬市をテーマにして郷土史とか芸術の創作とか詩を主に書いてきた。それはこの辺の全体のことである。
だから自分は小高の病院の配管が壊れたことで七億円必要だというとき少ないにしろ寄付してもいい、でもそのためにまず補償金をもらっているのだから小高の人も出せとなる。そういうことを一切しないでただ外部の人頼みになっている
でもその配管を直す金がもし南相馬市で一部負担するにしろ南相馬市全体の問題なのである。合併したから余計にそうなったのである。
そういうことまでお前は何もしないのだから黙っていろと言えるのか?
つまりもう対話が成り立たないのである。
それよりすでに小高に帰らない人はもう小高を捨てたのである。
それも放射線量からすれば帰れるの帰らない、そういう人たちもどうなのかとなる
それはそれですっきりしていいのかもしれない、帰っても放射能の被害のことを延々と言われ被害者意識は消えない、そしてまた補償金などを要求してくるからである。
原発避難民様に逆らうことはできない、それを助長したのがテレビであり特にNHKだったのである

最近では鹿島の仮設の食堂に鹿児島の放送局が来ていたのは驚いた。その取材の中心は原発避難民である。他も被害者であるがその実情は伝えられないだろう。
つまり報道によって人間は必ず ゆがめられる、誤解してしまう。
ただ内部の人はその利害関係でも身をもって受けるから真実を話すのである。
ともかくこうして被害者意識にこりかたまった人たちはもうどうにもならない
それで外部から人を入れる

地方創生の切り札は「よそ者」「馬鹿者」そして「若者」

こういう外部の人は放射能の被害のことは言わないだろう。望んで入ってくるのだから
「馬鹿者」とはその土地の変わり者であり除け者のような人らしい
それは自分のようなものにあてはるだろう。
そういう人は何か変わったアイデアが出せるから地方創生につながるという。
要するにこういう事態になるとまさに発想を変えない限りできない
地元の被害意識に凝り固まって人たちや老人だけでは復興などできないのである。


原発で逃れて来た人の番組や特集は民放でも多く放送している。
NHKならではの視点で特集するのであれば、避難者を受け入れたいわきの人々がどう感じているか(避難して来た人との待遇や行政での違い)を取り上げ深く掘り下げることなのではないかと思います。是非その視点での特集も見てみたいです。

こういう意見がありもし大量に避難してきた人たちだけでなく
磐城の人たちがどう対処したかどう思ったか、その現実は放送されない
そこに津波被害者もいるからである。
だから一方的になりかたよってしまうのである
つまり今はニュースでもテレビ放送でも多角的な分析が必要な時代である。
ただそうなると相当暇でないとできない

自分のプログもリンクして読ませろとかなるが
インターネットのメデアは目立つことがむずかしいから影響力が弱いのである。


posted by 老鶯 at 15:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2016年03月13日

NHKスペシャル メルトダウン88時間〜 福島第一原発・同時多発事故の全貌〜を見て


NHKスペシャル メルトダウン88時間〜

福島第一原発・同時多発事故の全貌〜を見て


今回のNHKの福島原発の事故再現のドラマは興味深かった。
東京の東電からや官邸からの指示が遠くてできない
意志疎通ができない、これも一つの原因になっていた。
東電の司令室でも現場を知らないのだから指示するのもむずかしい

それで現場では現場をしらないのにと不満だった

こういう突然の事故とか緊急時になると遠く離れていると必ず誤解が生まれ意志疎通ができなくなる
そういうことを自分は家族が交通事故にあったことで経験している
静岡で突然事故で死んだ、その時いろいろなことがあり何がなんだかわからなかった。
いろいろなことでもめたのでありそれが自分も行ったのだが自分は車をもっていないから余計にわからなかった。
そのことを書くと長くなるから書かない、でも何か突然遠くで事故とか事件など起きたらその事情がのみこめない、静岡というと本当に遠いから余計にそうだった。
原発事故でもそういうことが起きていた。
それは戦争のときも満州で勝手に関東軍が中央の指示に従わないで暴走したことが間違いのもとだったともいわれる。
それも遠いからもう中央の指示は届かないし現場が暴走しようがとめることもできないのである。
緊急時は遠いということが致命的になる。すぐにかけつけることもできないからである。

これを見てつくづく原発は東京に作るべきだったと主張していた人がいかに正論だったかわかる。その人は東京に住んでいたからである。
東京に住んでいれば東電の人がじかに現場に行けるのだから意志疎通ができたのである。東京に作ったら安全を追及できた。なぜなら一千万の都民がいるのだから安全でないと許されないとなるからだ。
でも送電とかでコストがかかっても福島に作ったのは東京都民を納得させられる安全を計れないと思っていたからである。
東京都民も反対する、いくら「安全神話」を作っても東京都民は納得しないから福島に作った。
福島に作ったことが「安全」でないことの証明だったのである。
300キロ離れているから東京は安全だとして福島に作ったのである。
今になると東京の方が安全だった。東京湾は津波が来てもあのような大きな津波は来ないからである。
もちろん津波でなくても原発は安全でないからこそ離れた所に作ったのである。


そして吉田所長なども最後は2号機でも爆発すると東日本に人が住めなくなるという恐怖を感じていた。それほどの重大な事故だった。
また原発がそんなに危険なものだとは回りの人も知らなかった。
そして「安全神話」を政府も東電もマスコミでも作り出していたのである。
それで吉田所長なども最後は神に祈っていたというから皮肉である。
もう神に祈るほかないと現場にいた人たちもそうだった。
2号機は原子炉は破壊されすに爆発がなかったのは不思議なのことに原子炉のおおうところに隙間がありベントできなかったがそこから水素などがもれたためだったのである。
本当はそこを完璧に密閉していたらかえって爆発したのである。
これも運が良かったというのも不思議である。


人間の技術でも完璧にはならない、完全に安全などない、そこに奢りがあった。
だから科学者も神に祈るのかと奇妙だった。
確率的に一万年とか一回しか事故は怒らないとか言う人もあった。
人間の知力には限界があるのだ。
だから最後は神に祈る他ないとなっていたのも腹ただしいとなる

科学者も神に祈るようなものなら最初から人間で操作できないのだから原発は作るな

科学者などが安全神話を作ったのだから科学者は神ともなるからだ。
原発を作る前に神に祈る

「神様、原発を作ってもいいでしょうか」
「そんな危険なもの作るな、神は責任をもてない」
「そうでしょうか、でも作ります」

こうしてもはや東日本には住めないとかなったとき神に祈っているのだから勝手だとなる原発のように核の操作のように人知を越えたものに手をだしたこと自体過ちだったのである。
人間とは科学者とは神を畏れぬものなのだ。だからこそ事故が起きたのである。
科学者は今や神に近いのでありその科学者に従うから事故が起きた。
ただ科学者だけで原発や核は作られた訳ではない、政治とか経済的理由とかいろいろあるでも安全神話とか作ったのは人知を越えたものなのに神話というからにはまさに神になっていたのが人間だったのである。


もちろん自分は何か原発にはほとんど関心がなかった。それもやはり原発に対するマスコミとか教育もなされていない、まず原発の安全神話が作られているのだから危険なのもだと宣伝できない、教育もされないのである。
原発の周辺では何も危険も知らされていないから爆発したとき浪江では津島とか一番線量の高いところに逃げていたのである。
あとから相馬市の方に避難した人がいたが相馬市の方に避難すれば良かった。
スピーディも使用されなかったのである。

でも国会でも原発の危険性が全電源喪失なったらどうするとか指摘されていた。
つまり原発に詳しい人もいて質問されていたのである。
しかしその安全は追及されなかったのである。


要するに原発事故は神も畏れぬものの罰だったのである。
科学者も核を操ることは危険であると不安になっていた人もいた。
それでも原発は以前として稼働させようとしている
人間は最後はもう神頼みになる、それも人間は勝手だなと思う
神に祈るしかないようなものをそもそも作るべきではない
機械でもそれは人間の作ったものだから故障したら直せる
直せないとしたらそもそも作らない方がいいとなる
機械を作ったのは人間でありその人間が操作できないものを作るとなると
もう機械自体が暴走して危険だとなる
ロボットなどが危険だというときそれが暴走して操作できなくなる
それは原発とにているのである。

そもそも文明自体がもう巨大化して複雑化して人間の操作する範囲を越えている
するとどうなるのか、グローバル経済でも操作不可能となりメルトダウンして
恐慌とかなりどうしたらいいんだとなり最後は神に祈る他ないとなる
人間が作ったものが人間で操作できなくなっているのである。
結果的に人間は滅亡にいたる
それは神が作り出したものによって滅びるではなく人間によって作り出したものによって滅びるとなる
それもまた人間の運命なのかもしれない、人間のそうした傲慢さが神に呪われ滅ぼされるのであてる。

それにしても今回のNHKの放送ではなんとか爆発を防ぐことなど事故をくいとめる、軽くくいとめる方法はあった。それは今ふりかえればである。
消防車の水が半分もれていたというかこれもアクシデントであり必ず緊急時にはそういうことがある。
人間は戦争でも何でも事業でも人生でも失敗が必ずありそのあとにこうしていればとか後悔している、でも時間を戻すことができないのである。
今になってはもうとりかかしがつかない、だから人知を越えたものには手を出すなとなる炭でまにわあせろとは言わないが原発はあまりにも危険なものだったのである。



posted by 老鶯 at 23:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2016年03月12日

地方創生の切り札は「よそ者」「馬鹿者」そして「若者」 (原発避難区域でもそうである)


地方創生の切り札は「よそ者」「馬鹿者」そして「若者」


(原発避難区域でもそうである)


地方創生の切り札は「よそ者」「馬鹿者」そして「若者」――増田寛也氏インタビュー
PRESIDENT Online スペシャル

石川教授:

もうみんな好きなこと言う、自由に言う。そこでみんなが意見を出してしまえば、(全体を)見回してみるゆとりが出るわけですね、そうすると、物事の大事なもの、枝葉のもの、それは自ずとわかるんです。一番大事なエッセンス、それをみんなで拾い出して、それを大事に着地させる。(自由な話し合いは)そういうプロセスだと思ってます。

〜宮城・岩沼市玉浦の集団移転〜


自分をこきおろした原発避難民より「よそ者」「馬鹿者」そして「若者」の方がましだ
そこに何か復興の糸口がある、老人だけではもう町は復興しない
ではどうするのかというとそこに生まれて住んでいた人も老人だけが帰っては復興できない
ただ補償金だけをもらいギャンブルで遊び暮らしていればいいとか人の善意を踏みにじるような人はもういらない、勝手に外に住んだ方がいい、そこで何しようがかまわない
ただ補償金はいつまでももらえないことは覚悟するべき


もうそういう人が若者かもしれないがいたということは考えが変わった
そんな人はいらない、「よそ者」「馬鹿者」そして「若者」呼び込む、もう誰も住まない
土地が広大に広がり家も空家だらけなのだからそこをそういう外部の人が利用を考える
何か一からはじめるのにそういう場は向いている
老人は過去から考える、それも老人としてあっていいが今回はまず今までの状態をそのままにして復興などできない、
復興とういけど何を復興させるのか、今まであっものを復興させるのか?
それより全く新しいものを作り出すことになるのではないか?
それは「よそ者」「馬鹿者」そして「若者」さらに外国人も入れる
この辺では除染とかその他工事関係で人で不足で外人用の宿泊所が作られた。
老人ばかり帰ってももう何もできない、ただ補償金くれ世話してくれ介護してくれとしかならない
それは自分でもそうなのである。

そもそもが一体どうするのか?そこに住んでいた人たちも帰らないで家を建てた人もかなりいるし帰るという人でもどういう街にしたいのか岩沼のように話あってもいない
そして自分は南相馬市民だから小高のことを考えざるを得ないのである。
避難民がギャンブルしているだけだというのも事実である。
こんな状態だから憂さ晴らしも必要だといろいろ言う人はいる
でも周りの人がどう思っているか、それを自分は言ったのである。
そうしたらお前は何も言うなとか言う
では一体どうしようとしているのか?
そんなことお前には関係ないともなるが避難民は各地にいて補償金をもらっている、それは税金なのである。
そしたら回りの人が何も言うなと言えるのか?
特に南相馬市民だったら小高のことを身内のように考えざるを得ないのである。
そして飯館村でも浪江でも大地はつながっているから全体としてつながっているから
お前は関係ないと言えないのである。
放射性廃棄物の処理場にするにも影響するからである。


小高と楢葉とか大内が避難解除になることでまた問題が起きて住民は困っている
そもそも帰る住民はどういう街作りをしたいのか?
そういうことをみんなで話し合ったのか
それより帰らないと補償金で家を他に建てたり生活の拠点を移して帰らない人も多いのである。
お前は何もしないのだから関係ない、黙っていろというが大地はつながっているし関係をもたざるをえないのである。
そしてお前は何も言うなというときではそこに住んでいた住民はどうしようとしているのか?
そんなことお前に関係ないことだ、お前は何もしない、では自分もかかわらないですむのか?
南相馬市の財政負担も小高にかかるし小高だけでやれるわけがない
小高病院の配管に七億円必要だというとき誰がその金を出すのか、南相馬市や県や国でだしてくれのか?
そういうふうにかかわらざるをえない、つまり南相馬市民だったら必ず小高も住民として影響があるからだ。

NHKとかマスコミではきれいごとしか言わない、避難民が毎日ギャンブルだとか言わない
そこで内部の真実が曲げられて全国に放送されて原発避難民に全国で同情しろと強制すらされるのである。
同情するのもいい、でも具体的にどういうふうに復興するのか?
新しい街作りをするのか、将来像をどう描くのかなど何もない
コンパクトシティなどはあるが具体的にこのような街作りをするのだということをみんなで話し合ったりもしないだろう
それよりもう若い人は子供もっている人は帰らない決断をしている
では老人だけ残ってどうするのだとなる
そこはうば捨て山となりもう嫌だとして街を出る人もでてくる
そしたら街は成り立たずこれまでの復興のための事業も無駄になる


何かどうも復興事業がうまくいかないのは住民の意志がはっきりしない、官主導でもうまくいかない、岩沼は民主導でうまくいった。
原発避難区域では明確な将来像が描かれていない
放射能汚染のためだともなるがそれがあったとしても何かアイデアがないのか?
それが「よそ者」「馬鹿者」そして「若者」を都会から東京から呼び込む
それも一つの案であり他にも話しあいば出てくるかもしれない
ただ話し合いも拒否してお前は何もしないのだから何も言うなというときもう民主主義は成り立たない、そういう奴は去ってくれ
内部にそういう奴がいるより「よそ者」「馬鹿者」そして「若者」でも外国人でも多少はいいとなる
原発避難民はただ補償金をもらって楽したい、遊んでいればいいだけである。
ギャンブルで使ったから福祉に金貸してくれとか寄付金を集めてそれを何に使うのか?
ギャンブルにまた使うのかとも疑うようになる

補償金をもらっていたり国の税金を使っていると外部からいろいろ言われるのはふむをえない
それは別に悪いことではない、新しいエネルギーを外から入れて活性化することだから
それでもう日本はここだけではない、人手不足や少子高齢化で外国人でも入れるほかないのかとも思った。
それは内部にいる日本人でも今は何もしない、原発避難民のように何もしない、ただ補償金をもらいたいそれで遊んでいたいとか思っている人が多い
老人はやむをえない面があってもそれではもう街が成り立たない
名取の閖上では津波の被害が大きかったが外から若者を入れて活性化するべきだと言っていた。
そして名取の閖上では老人は補助金は十分にもらったからいらない
そうして外から入ってくる人にその補助金を与えて自由にやらせるべきだど言っていた
あそこでは原発の補償金ももらっていないのにそう言っているのである。


このことは日本全体の問題である。ただこの辺は極端なものとして先行して高齢化がすすんだ。
そして老人だけが取り残されるような事態になっているのである。
この辺でそうしたことを解決すればモデル地区になる
ただこれからは日本は経済的にも厳しい時代になる、すでに貧困化している
となるとニートとか働かない人は排除される、外国に行けとかなるかもしれない
つまり高度成長時代ならあぶれるものがいても良かった
そのときあぶれたものはほのわずかだから目立たなかった。
その時こそ本当は自分のことをしたい自由人がもっといて良かったのである。
なぜならそういう余裕が社会にあったからである。

いづれにしろこの辺の内部の人でも若者でも禄なのがいないとなると
外部から呼び込み新しい人で新しい街を作るのもいいしそうするほか方法がないともなる
何かいい方法があるならば言ってくれ、ただ自分は今回の発言で内部の人に原発避難民にさらに失望した。
それは怒りでもありそういう者はもう故郷にはいらない、日本にもいらないとまでなってしまうかもしれない、そういう時代になってきている
高度成長時代に生きた団塊とかは恵まれていたとなる
それもやはり時代でありどうにもならない、戦争で三〇〇万人死んだのも時代である。
今回の津波で死んだのもそうである。原発事故もそうである。
どんな時代に生きるかも宿命である。
まあ、自分たち団塊の世代はいい時代を生きたとはなる


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罵詈雑言卑語だけの原発避難民の発言 (原発避難民全体の印象も悪くした発言に怒りを)


罵詈雑言卑語だけの原発避難民の発言


(原発避難民全体の印象も悪くした発言に怒りを)


他人任せでもないし(している人もいる。ボランティアもいるし、ボランティアはボランティア。)お前は結局ネガティブキャンペーンをしたいだけだろ?お前はいたずらに絶望を煽るだけで何も生み出さないな。誰もしていないというのならお前がやって範を示せ。する気もないなら黙っていればいいだろなんて
傷口に塩を塗って楽しいか?放射能を語りたければ機械によって測定された数字を見ろ


こいつこそ口だけの奴である
お前は毎日何をしているんだ
お前こそ遊び暮らしているんだろう
補償金でな、ボランティアはしてもお前は何もしない
何しているんだ
遊ぶこともいろいろあるがギャンブルか毎日お前も
そうして真面目に復興を考えている人に毒ついてくる

お前が人の善意とかを全く無視してのうのうと遊んでいるんだろう
そういう奴が原発避難民だということがお前のは発言でわかったな
復興などお前にとってどうでもいいことだろう
毎日補償金遊んでいればいいことだろう
将来もな、お前は故郷に帰って何をするんだ
どういう考えがあるんだ


今は言わせてやるからここでもいいプログでもいい言ってみろ
お前が人の善意を無視する奴なんだよ
何か傷をなめて楽しいか
お前が毒ついて人の善意をふみにじり楽しんでいる
お前の発言は記録されて消えることがないからな


お前には郷土のことなど関係ない、勉強する必要もない
お前は故郷に帰る必要もない、どこかに行って補償金で遊んでいろ
故郷には帰ってくるな、お前はいらねえんだよ
「神は自ら助くるもの助ける」
お前のようなものは故郷にいらねえ
補償金にたかり暮らすだけだろう

補償金をギャンブルで使ったから福祉に貸してくれ
原発避難民はどこまで腐っているんだ
お前もな、お前こそだまって復興のために何かしら働け
しないなら黙っていろ


ともかく原発避難民はモラル的にもう壊れた人が多いのかもしれない
補償金もえばいいあとは遊んでいればいい
将来もかわいそうなんだから要求できるんだよ
それだけの被害があったんだから要求できる

じゃ、もらえない人が多いんだからその人たちはどうなるんだ
自分たちだけのことを考えて回りのことを考えない
原発建てる時もそうだろう
自分たちに金が入ればいい、回りのことなど知らねえ
事故の後そうだろう
小高でも合併前に東北電力の原発が建つことになっていた
これも小高の住民に責任があったんだよ
みんな今度は責任が問われたんだよ
自分も問われた、だからいろいろ考えている


こいつの発言のように原発避難民はこういう禄でもないのが多い
お前の発言はお前だけの発言ではない
原発避難民の一人として発言しているから責任があるんだよ
だから無責任な発言をするな、黙っていれ
発言しても責任ある発言をしろ
もう2チャンネルのような罵詈雑言はここでは通用しない
プログもあるんだからお前はそこで自分の主張しろ
それを自分が読んでお前が何者か知るだろう

お前のは発言で自分がどれほど傷ついたか
お前のことはここに匿名でも記録されるし
そして原発避難民はそんな奴らが多いということを
お前がここで示したんだよ


まあ、反論があるならいくらでもしろ
ただし罵詈雑言卑語だけなら断る
真面目な議論ならいい、発言ならいい
それが復興につながるからだ

お前は自分が真面目に追及していることを真っ向から否定した
それ故に許せない、お前の言葉によって自分がどれほど傷つけられたか
お前はその責任をとれ

お前みたいな奴がいることそういう奴が原発避難民だということ
それがお前自身が示したことなんだよ
お前の無責任な発言がそれだけ重みもあるんだよ
ただ何行か罵詈雑言して去る

そんなら発言するな、お前のようなものが原発避難民に多いんだよ
お前がそれをここで示したんだよ
タグ:原発避難民
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無責任な発言が許されなくなったインターネット (匿名でも発言の責任が問われる時代)



無責任な発言が許されなくなったインターネット


(匿名でも発言の責任が問われる時代)


インターネットとにかかわったのは自分は古い、なぜかかわるようになったのか?
それは最初にワープロからはじまっていたのである。
ワープロもローマ字で変換するものではなくオワシスの親指シフトで文章を書くことからはじまった。
自分は悪筆であり字があまりにもへたのでなんとか他人にも読めるものを書くためにワープロになった
その時富士通のニフティでパソコン通信をしていたのである


実はパソコン通信を知っている経験している人は少なくなった。
それはなになのとまでなっている、2チャンネルとにているやりかたである。
それはまずインターネットでも通信環境が調っていなかった
だから相手に文章で書いたものが送信されたかどうかが問題になる
それでその日の内にでも返答しないとレスポンス(レス)しないと議論にも話し合いにも参加できないものだった
それは最初のパソコン通信のインターネットの文化ともなっていたのである。
その時第一パソコン自体もっている人も極めて少ないから技術的な問題も多く
なかなか普通の人はできない、参加できないものだった。
パソコンも高価であり操作するのがめんどうだった


自分がこれにはまったのはワープロのオワシスの親指シフトでやれたからである。
ローマ字変換だと自分はめんどうでついていけなかった
何かこういうことはできる人とできない人がでてくる
文章を書くことが基本だというときここでつまづいてしまう
自分はたまたまオワシスで親指シフトで通信つきのワープロをもっていたことでインターネットができるようになったのである。
そのニフティのハソコン通信は相当な暇な人しかできないものだった
それは答えること自体手間暇であり労力がかかりすぎたのである。
今でも介護してからは忙しくて返答できなくなって一方的に発言するだけになった

それからWIN5でパソコンが普及してホームページを作った。これは自分の主張ができる多機能なものであった。
その後介護になりできなくなりプログに移動した、ホームページからプログと移行して一五年くらいしているのである。プログさえ一〇年もしていた
この辺で相当に技術的にもインターネット自体のコミニケーションも変化した
いろいろなもの、ツッターとかフェスブックとかでてきた
これには自分は忙しくてついていけないからしていない、スマホもしていない
インターネットのコミニケーションは常に変化してきたのである。
パソコン通信と一番にているのは2ちゃんねるでありそこで全くの匿名であり罵詈雑言もしたいほうだいである。
ニフティではある程度そういうことは制御されたが禁止されたが2ちゃんねるとにていた
だからパソコン通信の経験ない人は若い人でも年配でもインターネットのコミニケーションの仕方がわからないだろう
プログになると独立のメデアであり双方向にできても全く違ったメデアである

プログだと匿名でもその人がどういうことを日常的にしていてどういう考えなのかとかその人生でもわかるのである。
二三行発言しただけではその人のことは全くわからない
今回自分に罵詈雑言した奴がそうだった
原発避難民であることはまちがいないだろうがどこの自治体に属しているかなどわからない、それだけでもわかれば会話しやすいのである。
だから今はインターネットのコミニケーションは変わっている
「保育園に入れない、日本死ね」とプログで発言した母親がいて社会問題になったけど
プログなど何百万あるとしたそれがそんなに反響があることに驚いた。
だからサヨク系がマスコミと計ったためだとか言うのもわかる
まずテレビなどだともし百万人がテレビを見ているとしたらインターネットなら絶対そういうことはありえないから影響力が天と地のように違うのである。
ほんとんど数人しか目にふれないプロクなどごまんとかあるからだ
その影響力は余りにも違いすぎるのである。

ただ変わったのはプログができたということはこれは個人的に一応発言ができる
インデビジュアルな個々のメデアなのである。
それは今までのパソコン通信とか2ちゃんねるとは違う、匿名でもその人となりがわかるのである。
だから今回のように突然あいさつもなく罵詈雑言してくるのには違和感を感じた
それは2ちゃんねるのノリでそうしてきたからである。
こういうことはインターネットではやりやすいがもうコミニケーションとしてはできな時代である
発言するのはいいにしても自分の立場を自分がどういう人間かをプログで示しておくべきだろう
そうすれば会話もしやすいのである。
要するにインターネットのコミニケーション方法は変わった
発言は自由である、プログで批判するのもいい、でも自分のことをある程度他人に知ってもらうためにプログをもつべきなのである。

そしてインターネットは今は発言でもかなり責任が問われることがある
今回の発言の責任は相当に重い
自分に対してその価値をおとしめてそれでアバヤとはならない
あなたの発言は長く保存される、それで犯罪歴が消えないと裁判にもなった
インターネットは意外と消えやすいようで記録するのには便利なのである。
だからあらゆることが記録されているのである。
匿名でもその発言も記録されて簡単には消されない
原発避難民にこんな発言した奴かいるのか、やっぱりそんな奴らだったんだ
とんでない横暴な傲慢な奴らだったと思う人もでてくるから注意が必要である

もちろんたいして読まれていないとするとそうはならない
それで気軽に罵詈雑言して喜んでいる人はいる
でもこれからそうはいかない、その発言には責任がある程度厳しく問われる
「こいつの発言はなんなんだ、やっぱり原発避難民はこんな奴らだったんだ、本音が出たな、こんな奴らに援助するのも馬鹿らしい」
そういうことはすでにインターネットで言っている人がいる
自分も本当に今回の自分に対する罵詈雑言ではそう思った。
こんな奴ら助ける必要があるのか、神すら助けないと思った。
極端にしてもそうである

ただこうした罵詈雑言卑語はニフティのパソコン通信では普通であり日常だった
だからとやくか言うのもなんだがインターネットのコミニケーションは変わった
匿名でもその発言は厳しく問われる時代になったのである。
誰でも発言できる、でも責任も問われる、それが民主主義だとなる
だから匿名であってもこの人の原発避難民を代表して発言していないとしても
こういう人が原発避難民にも多いのだと自分のプロクで示したのである。
その発言の責任は今までとは違い重くのしかかるから注意すべきである

第一普通の社会でおまえは何なのだ、馬鹿とか言わないがそういうことはニフティのパソコン通信では普通だった
あいさつもないし目上も下もない、偉いひともなにもない、ともかく相手のことを最初から罵詈雑言して喜ぶ人が多かったのである。
そういう時代は今は終わった、その発言の責任は厳しく問われるし記録に残る
インターネットはそういうふうに自由に誰でも発言できるのがいいのだが
今はプログで自分がどういう人間か示していないと会話はしにくい
誤解が生まれるし対話できない、ただ罵詈雑言して喜んでいるような人間を相手にする暇はないからである。
自分は今まで介護で忙しく答えることができなかった
今は暇ができたのである程度できる,それでも手間なのである。




タグ:匿名発言

春の霜(この頃の感じることー震災より五年すぎて)


春の霜(この頃の感じることー震災より五年すぎて)


星ひそか夜に梅の香の濃く匂ふ

故郷にともに老いゆく春の霜


赤々と椿の散りぬ雨しとと我が墓の前今日も通りぬ

万寿菊長くも咲きね我が家に今日も来たれる女のありしも

我が姉と母の遺影の我を見る春の彼岸や一人し悲し

五年過ぎさらに老いにき家族みな亡くせし人の追悼の言葉

仮設にも住む人へりぬなじみしも離るる人や春寒しかな

心なき人の心に傷つきぬ神も怒らむ助けざるべし



今日は寒い、朝は霜だった、老人が風ひいたとかおかしくなる
意外とこの風が老人になると危険である。肺炎で60代で死んだ人がいる
肺炎は老人の死因で多い。

春の彼岸も近い、毎日自分の墓の前を通るから墓が身近なのである。
そうなると死者とともに暮らしているともなるから悪いことではないだろう。
遠くに墓があるととうしても疎遠になるからである。

東日本震災から五年がすぎた、それで東京で南相馬市の人か、家族をみな亡くした老人が追悼の言葉を延べていた。
あれもあわれだと思った、実際にかわいそうな人は津波の被害者であり
原発避難民ではない、ただこの辺は津波の被害者と原発避難民とか混じり合っている
それで複雑ななのである。

原発避難民はかわいそうではない、自分に対して発言した人のように禄でもない人が多い普通なら相手にしないがこういう状態だから答えた
もともとこの世の中ろくでもない人の方が多いから原発避難民でもそうであり
いちいちとがめていたらきりがないだろう

だからこそ人の暮らしを隠していたとき良かったのである。
それは飯館村でもそうだった、それが避難民になったときギャンブラーになったとか露骨に隠されていた悪い人間性がむきだしになったのである。
何もすることもないということもあることもありやむをえないともなるが
何か自重してそうならないことを模索するべきでもあった。

いづれにしろ原発避難民は人間性の悪い面を金が入ったりしてむきだしになったのである別に事故がなければこんなに目立つことはなかった。
「俺たちはかわいそうなんだ」そればかりでありそれに意義となえると
お前はそれでも人間なのかとせめてくる、弱者商売なのである。

もうこういう人は神も助けない、この発言のようにそういう人が多いことが問題なのである。
ただ本音で地元なら話し合い、何か次代を開く道を考えることはありうる
でもこういうあからさまな暴言卑語をする人とはできない
それは今まで2ちゃんねるとかでしてきたことである。
でもそういう時代インターネットでも終わっている
発言にはある程度責任をもたざるをえない時代である
インターネットもそうして民主主義のツールとして進化してきているのである

だからこの人の発言は許されことがないし
原発避難民自体もおとしめたのである。
やっはりこんな奴が多いんだなということを言葉で示したのである。

タグ:春の霜

なぜ原発避難民と軋轢が生まれたのか? (自分が真面目に故郷を思うことを否定した奴は許せない)


なぜ原発避難民と軋轢が生まれたのか?


(自分が真面目に故郷を思うことを否定した奴は許せない)


他人任せでもないし(している人もいる。ボランティアもいるし、ボランティアはボランティア。)お前は結局ネガティブキャンペーンをしたいだけだろ?お前はいたずらに絶望を煽るだけで何も生み出さないな。誰もしていないというのならお前がやって範を示せ。する気もないなら黙っていればいいだろなんて
傷口に塩を塗って楽しいか?放射能を語りたければ機械によって測定された数字を見ろ

この人がどこに住んでいた人かわからないから誤解が生まれる
でも何か原発避難民は傲慢ではないか?
それで鹿島区の人が小高区の人に俺たちは金あるんだよとか馬鹿にされたことを言っていた。その人は貧乏だから余計に頭に来た

それから南相馬市内とか福島県内では直接原発避難民と接しているのである。
ボランティアとして一時的に来る人とは違うのである。
ここで暮らしてここで死ぬということで一時的にボランティアで来る人とは違う。
ボランティアは一時的だから責任もたいしてない
人間はその土地に住むだけで責任が生まれていたのである。
原発を建てるときその土地をもっていたから自分の土地は自分の勝手にしていいとはならないのである
だから土地は全体のことでありその一区画を私有しにくいのである。

この発言の真意はまだわからないし誤解生まれる
でも原発避難民が勝手であり自分たちがかわいそうな人でありマイナスなことは何も言うな、いいことだけを言って同情をかいとなるのか
それはマスコミがしていることである。
マスコミは真実は報道しないし何か質問することもできない
一方的な報道であり大勢はそれに洗脳される、現実はきれいごとではない
きれいごととしてすまししていたらそれもメタンガスのように不満が吹き出るときがある
福島県で補償金をもらったの30キロ内でありあとはほとんどもらっていない
イワキでも相馬市でも何万円しかもらっていないのである。
そういう不満があることを隠すことができるのか?

お前は何もできないくせに、何も言うな、口だけなんだよ

それもそうだが考えること思っていること自体関心がありかかわっているのである。
そのことを軽くみて無視していいのか?真面目に復興のことでも考えている
特に小高は南相馬市だからこそ同じ市民として考えているから発言している
それは耳に痛いこともある、でもそれが現実なのだからきれいごごとですませないから言っている
かわいそうだ、かわいそうだでいつまでもすまされるのか?

そしてイワキでも問題になったこと補償金で贅沢三昧していることも事実である。
それは自分は直接知っている、東京までギャンブルしに行っていたとか
風俗だとか金を使っているしそれは回りでも知っているのである。
ある人はフィリンピン女性といたとかいろいろあり事実である。
補償金とその他いろいろプラスがあり一カ月百万もらったとかも嘘ではないだろう
別に補償金だからか何に使ってもまわないともいえる
でも問題は福島県でやはり放射能の被害にあった人たちや回りのことを考慮すれば普通なら遠慮するのだがしない
あまりにも横柄な態度故に嫌われている、福島県内でも嫌われているのである。


この人の発言もまさしくそうだった。お前は何にもできないんだから何も言うなというが
一体この人は何をしているのか?どれほどのことを復興のために尽くしているのか?
それだけの熱意があるのか?口だけで言うのはやめろというとき
では一体この人はどんなことを復興のために日々しているのか?
それが知りたいのである。それなら納得するだろう
何もできない奴は言う権利もないといえるのか?
では一体この人は何を日々復興のためにしているのか?
復興をどうしたいのか、どういうことを復興のために考えているのか?
それを知りたいのである。それを発言して批判した以上言ってもらいたいのである。
インターネットは双方向に発言するメデアだからできる
マスコミはできない一方的で終わるからできないメデアである。

いづれにしろ2ちゃんねる的になるといげつなさがもろにでる、
そして発言が短いから相手のことはわからない、誤解が生まれやすい
こうしてプログは長い文章で発言できるから真面目に探求できるメデアである。
そしてくだらない罵詈雑言もコメントは拒否できる
ただ双方向の対話となると短いのは薄っぺらになるから向いていない
つまりプログだとその人がどういう人で何を考えているのか
日頃何をしているのかわかる2チャンネルになるとそうしたことは不明である。
ただ本当はインターネットのメデアは双方向の発言であったとき活きてくる
それも即座にできるとき活きてくる、それは前にあったのである。
そういうことを自分はしてきたからインターネットでの発言の仕方を知っている


ともかくこうして批判するのはいい発言は自由である。
そこから理解も深かまるということもある
ただ一方的に発言していると反応がないから不満にもなる
それでともかく反応があったので返答したのである

自分は真面目に復興でも故郷のことを考えている、だから2ちゃんねるのノリで発言されると返答したくない
あなたは口だけでだというけど何を復興のためにしているのか?
それを言うなら納得するし原発避難民を理解するだろう
別に原発避難民がみんながパチンコとかで遊んでいるわけでもない
中には復興するために努力している人もいるしそのことも書いた
なぜ頭ごなしに自分が真面目に故郷のために探求していることを否定するのか?

こっちの方がお前のような奴が原発避難民にいることに怒りを覚える

原発避難民はそういう奴が多いんだということを知る
ただ発言して反応してくれたのだから何かともに復興を考えるということあった

そんなわけで必ずまた答えてください、それは自分を味噌くそに批判したのだから
責任があるからです

ではよろしくお願いします

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これも全部噂ではない、事実である。東京に風俗やギャンブルに行った人を知っているからだ。
つまりインターネットに発言されいるのには事実があり全部嘘とは言えないのだ
なにかしらの事実があって発言しているのも多いのである。
ただプログのように深くつっこむことはできないから問題なのである。





タグ:原発避難民
posted by 老鶯 at 00:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2016年03月11日

私のプログに対する批判に答えます (ギャンブルしている人たちや故郷を捨てた人たちをまず批判しろ)


私のプログに対する批判に答えます

(ギャンブルしている人たちや故郷を捨てた人たちをまず批判しろ)

自分に対するコメントの答えです

他人任せでもないし(している人もいる。ボランティアもいるし、ボランティアはボランティア。)お前は結局ネガティブキャンペーンをしたいだけだろ?お前はいたずらに絶望を煽るだけで何も生み出さないな。誰もしていないというのならお前がやって範を示せ。する気もないなら黙っていればいいだろなんて
傷口に塩を塗って楽しいか?放射能を語りたければ機械によって測定された数字を見ろ


こう言うのはどこの地域でありその出自か明らかではない
これだけ反応があったということで答える
自分はこれだけ書いてもほとんど反応がなかったからである
どいうふうに読んでいるのかもわからなかったです


放射能を語りたければ機械によって測定された数字を見ろ

今日テレビを見たら小高の整形の開業医が0、1だから始めると言っていた。

だからあなたがどこに住んでそういうことを言っているのかわからない


お前は結局ネガティブキャンペーンをしたいだけだろ?お前はいたずらに絶望を煽るだけで何も生み出さないな。


絶望をあおるというより現実を言っているだけだとも思いますが、、、、
現実を直視してどうするかを考えている
現実に老人だけ帰って復興できるのかというのは現実である。
ではどうするのかということを考えざるをえないでしょう


誰もしていないというのならお前がやって範を示せ。する気もないなら黙っていればいいだろなんて

それよりなぜ原発避難民は毎日ハチンコ屋やギャンブルをしているのか?
そういう人たちこそまず非難すべきでしょう
そういう人たちこそ率先してボランティアに頼むより復興に働くべきでしょう
そういう遊んでいる人たちがいるから地元の人も嫌がり助ける気もなくなるのでしょう


自分は原発事故で小高の人たちが避難してきたとき苦しい状態にあった
でも小高の人はその時どうしていたか?
大挙してパチンコ屋におしかけていたのです
その時自分の所にきた親戚とも言えないがパチンコ屋で掃除して働いていたのです
そこで人手たりないとか言っていたのです
自分が苦しい状態のときパチンコ屋にみんな通って遊んでいたのです
その手伝いをしていたのが親戚だったのです
その時そうして遊んでいる人たちに怒りを覚えたのです
それは小高の人に対してです

あなたが自分に怒りを覚えるのはそもそも何故なのか?
それはもっとお前は避難民に同情して助けるべきだということでしょうか?
その前に遊び暮らしていた人たちはどうなるのでしょうか?
そういう人たちがいれば誰も助ける気がなくなるでしょう

感情的になるともう会話できません
自分に対する憎しみが先行しているようです

まずお前ら避難民が藩を垂れろ、、、それから文句を言え

毎日ギャンブルで遊んでいる人も多い、まずそういう人たちこそネガティブキャンペ-ンを身をもってしている

まあ、それぞれの言い分かあり人が理解しあうことはそもそもむずかしい
でも何らか会話すれば相手のこともわかることはあります
ただ自分に対する何か憎しみがありあなたとはとても会話できないでしょう


津波原発事故に関しては様々な人たちがいます、
様々な意見をもっている人たちがいます
それをお前は何もしない、何もできないから何も言うなと言えますか
自分は南相馬市内だけでなく全国にむかって実情を言っているだけです
きれいごとだけではすまないのです
かわいそうだ、かわいそうだと言われていれば気分がいいでしょう
現実にそんなに原発避難民がかわいそうなのでしょうか?
もっとかわいそうな人は津波や原発被害者だけではないいます
宮城県でも岩手県でもいます
普通に暮らしている人でも苦しい人はいくらでもいいです
まずは自分たちこそが苦しいのであり同情しろという言い分は通るのでしょうか?

いつまでもだらだらギャンブルなどやっているな
小高に帰り放射能の泥をかきだせ
年のことを言っていられるか
まずお前たちが範を示せ!

できなければ外国人でも金だしていれてやらせろ
寄付してもいいけどお前ら何に使うんだ
(これは本気だよ)
ギャンブルに使うのか、補償金もらってうえに

小高の病院の七億円の配管を直したかったら自分たちの金をだせ
補償金もらっているのだから
それよりなぜ若い人はその場から逃げ出したのか、他で家を建てたのか?
そういう人たちこそまず批判すべきではないか?
まずそういうふうに故郷を見捨てた人が多いから復興できないのである。
それを全体が大事だとして自分は書いてきた
そういうふにう第一避難区域ては故郷を捨てた人が多いのである
それも若い人が多い、だからそういう人たちこそネガテブブキャンペーンを
身をもって示していないか?

介護でも自分でやらないで他人にまかせるなともにている
自分たちがまずやらないで他人まかせになっているからこそ批判される

もう故郷のことなど知らない、人ともかかわりない、家も建てたし関係ないことだ

そういうことを延々と書いてきたけどそこに一番の問題があるのてはないか?
その人たちこそネガティブキャンペ-ンを身をもって示している

地域の結束が強過ぎて身動き取れなくなってる様に感じる

「皆で一緒に元の町に戻るぞー!」とやってたら自分だけ「避難先に家買ってそこの住人になります」とは言えんわな

某帰宅困難地区からの避難民がこのパターン


地元の津波被災組の中には災害復興住宅への入居待ちもいる

防潮堤の建設を待って元の場所に戻るという人も居る 


こういう人もいるのか?みんな勝手に避難先で家を建てたりしていると思っていた。

つまり故郷を出てか帰らないことに気兼ねしている人もいる


ともかく感情的になると議論などできないてす
ただ口だけで何もできないというが何か考えることはこうしてプログに書くことも相当な労力なのです
それが自分は全然認められていません
あなたにとって無駄だとなるかもしれませんがそれなり読む人がいるのだから一応関心があり参考にしている人はいると思いますが、、、、、、

ところであなたは復興のために何を毎日していますか?
どのうような範を垂れていますか?
それを教えて下さい
みんなもそれを知れば全国の人も応援するでしょう
たいして自分のプログは読まれていないですが
全国の人にどうそ訴えてください



注意

自分が対象にしているのは重に南相馬市の小高区の人たちのことです

他はまた飯館村で放射線量が高いし浪江とか大熊、双葉はまた共通な面もありまずが事情が違ってきます
誤解のないように










タグ:原発避難民
posted by 老鶯 at 21:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

東日本震災からの復興をばばむ高齢化社会 (帰るのは残るのは老人)



東日本震災からの復興をばばむ高齢化社会


(帰るのは残るのは老人)


今日は東日本大震災のテレビ番組を見ていた。
そこで感じたのは高齢化して老人が多くて復興ができない
三陸の漁港でも跡を継ぐ若い人がいなと嘆いていた
それは前から言われていたことであり震災で顕著になった。

三陸の乾坤式場はビルが高いから三階より上に逃げて全員助かった。
その助かった300人くらいの人は老人だった。
老人の芸能発表会をそこでしていたからである。
それもなんか生き残ったのはいいが老人だからその人たちが復興の力になるとは思えないそれから水産加工場を再開しても人手がたりないとかで困っている
それで外国人の労働者が働いていた。
南相馬市でも外国人専用の宿泊所が作られたた。
ここも除染関係とかで人手不足なのである。
建築関係も人手不足でありこれは全国的にそうである。


奇妙なのは津波で死んだ人は老人が多い、その理由は津波など来ないと逃げろと言っても逃げない人が多かったのである。
津波など来たことがないから来ない言い張って逃げなかったのである。
それは老人だけではない、津波が川をさかのぼってみるみる水かさをましたのに逃げないで見ていた人がいた
この辺でも磯部辺りで津波を見に行きに海に行ったという人が結構多い
津波はチリ地震の津波しか知らないからそうなった。
津波の恐ろしさを肌で知っている人はいなかったのである。

ともかくいろいろ放送していたが高齢化社会というのが今回の復興するにしても大きな足かせとなっている
自分も老人だからわかる、津波の被害地に商店を再会するにしてもそれだけの金をかけて借金してまでしてやるとなると不安でありできない
ある人は学習塾をはじめるのに一千万の資金がかかるが用意するのが大変だけどここで自分は生きるから再会するとか言っていた。
そこでもそもそも少子高齢化で子供が減っているのだから子供相手の商売がしにくくくなっている
小高でカバン屋をしていた人も中学生とか高校生にカバンを春に売るからいいと言っていた。
それは定期的な収入になるから商売になる、やはり商売は定期的に収入にならないとつづかない、定着できないのである。

ともかく小高のことを批判してきたが整形の開業医が放射線量が0、1なので帰る決断をしたという、小高は街内とかは本当に低いから帰れる
でも問題はすでに各地に避難して生活も避難した場所ではじめている人もいる
帰るのは一割くらいしかいない、その一割が老人が多いのである。
そういうことでどうして復興できるのか、少子高齢化社会の矛盾が露骨にこの辺では現実化したのである。
そして街が暗くて防犯に良くないというのもわかる
一割帰っても街は相当に暗くなることでいやがっている

ただ原発避難者は他の津波の被害地域より恵まれている、母子家庭のことを言っていたが本当に賃金も10万に満たないとか安い、もう生活できるかできないかのギリギリである復興住宅に入っても金がかかるとか嘆いている
この辺でも老人が多いから国民年金で暮らしている人が多いからもっと補償金を継続してもらいたいという虫のいいことを要求している
それは別にみんな同じなのである。原発避難者だけがいくらでも補償金がもらえるということは今でも回りの人から反発を受けているから自重すべきだろう。


自分の考えでは地元の人たちだけでは原発避難区域などは復興するのは無理ではないか?
第一双葉とか大熊などはもう帰るということはない、他に家を補償金で建てた人が多いからである。
そこは今度は放射性廃棄物場として土地を売ることになる
それで神社だけを残してほしいというがそれも無理なみたいだ。
するとその地域の歴史は消失する、でも他で十分に老後を余裕をもって暮らせる補償がある
だからその人たちは余裕がある、かえってこれで老後も補償されたから良かったと思う人もいるだろう
一方で小高などは中途半端なのである。確かに補償金もらったがすでに打ち切られている今度は復興住宅に入っても家賃とかいろいろ金がかかる、帰っても不便であり嫌だいうのもわかる。

いづれにしろ少子高齢化社会で政府が移民を受け入れるとか盛んに言うがそれも無視できなくなっている
限界集落とか過疎地とか原発避難区域でも津波の被害地でも若い人がいなければどうにもならない、するとどうするかというと移民でもいれる、外国人をいれて労働力を確保するとか考える、何か他に方法がないからである。
例えば原発で放射線量があまり高くない所は住居と空いた土地を提供すれば住む人がいるかもしれない、なかなか家とか土地が提供されないので移住できない人も多いからだ。
田舎に住みたいという人はいる、そういう人も受け入れるとか何か復興させることを考える必要がある
こういうふうになるともう追い詰められているのだからやる他ないともなる
だから新しいものを取り入れるチャンスでもある

老人の心境とはどういうものかというと要するに人生は終わりである。
ただ昔を回顧することであり思い出を生きるのが老人である。
そして老後の時間は実は意外と貴重なのである。
なぜなら残り少ない時間をどう費やすかが大問題になるからだ。
例えは芸術家とかなると最後の作品の総仕上げであり時間が貴重になる
自分は介護に十年間費やしてその間旅ができなかった。
その時思ったことがもう一度富士山を見たいということだった
それもできないのではないかと真剣に思っていたのである。


とても新しく街を復興させるとかに時間を費やすことはできない
自分でも望むことは難儀な復興のことではない
これまでしたことをライワークを完成することである。
だから震災から5年すぎたけどまた帰って復興するのに五年かかるとかなると
もう死んでいるかもしれないとなる
つまり復興するにもも老人は復興できない、ただ昔を偲ぶだけだからである。
老人の時間感覚は時間が過ぎるのが早いことも影響する
5年すぎたけど後五年復興するのにかかるのか?そんなに金を費やしてももう年でできなくなる、借金だけ残ったらどうするのかなど言っていたこともわかるのである。
そのうち体も弱り動けなくなるとか心配する
このことが少子高齢化社会が津波の被災地でも原発避難者にも共通して復興をむずかしくしているのである。




posted by 老鶯 at 19:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係