2016年05月31日

母とその前夫の戸籍をたどる (戸籍から一庶民の歴史がわかる-東京の歴史)



母とその前夫の戸籍をたどる

(戸籍から一庶民の歴史がわかる-東京の歴史)



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山口富造(母の前夫)


東京の下谷区三の輪町から王子区神谷町に転籍

台東区から北区へ転籍



昭和17年王子区神谷町二丁目五七番地理研工業王子第二工場内で死亡



■昭和10年(1935)財団法人理化学研究所で開発された研磨材をもとに、研磨布紙の製造販売を目的として理研コランダム株式会社を同研究所内に設立。

■昭和12年(1937)東京都北区に王子工場完成、財団法人理化学研究所より移転。

■昭和13年(1938)群馬県川場村のガーネット鉱区鉱業権を取得し、沼田工場を建設。

■昭和28年(1953)静電塗装設備完成。(特許:工業技術院奨励金を受ける)

■昭和31年(1956)通産省より研究補助金を得て、特殊精密研磨紙生産設備完成。http://www.rikencorundum.co.jp/kaisyaannai/rekisi.html

愛知県西春井郡西春村大字九六坪南城屋敷戸主忌犬飼金松 六男 養子縁組

山口一男

自分の母親は東京で女中で働いた。大人しい内向きの性格だから良く東京まで出て行ったと思う。そこで前夫と結婚した。山口富造という前夫は東京生れであり台東区でありそこに本籍があったが北区に転籍した。
その北区の理研工業で事故で死亡した。そこまで戸籍に書かれていた。時間まで書いてあった。
その理研工業とはインターネットで調べたらおそらく昭和十年に設立されたここではないか?
北区に昭和十二年に王子工場完成とあるからだ。そして昭和十七年に事故で死亡した。
母が結婚したのは山口富造が前の妻が死亡したためである。死亡してまもなく結婚していることも記されている

養子縁組した人は名古屋市の出身だった。六男でありなぜか養子縁組して東京に来た
母が何か変な奴だと言っていたことを聞いた。おそらく育てられなくてなんかの縁で
山口家に養子に入った。その事情はわからない。
その人の墓は焼津にあるが一回墓参りしてあとは誰も墓参りしないだろう。
兄に死んだという連絡が来たために兄が焼津の寺に頼んで埋葬した。
その時母がかまうなと言ったけど戸籍をたどり死んだという連絡が来たからである。
戸籍はそうして死んだときとか必ず連絡して役所が国が責任を負わせるためにある。
そんな一度もあっていない人などかかわる必要がないのである。
金もなかったからめんどうだから母はかかわるなと言っていたのである。
戸籍でつながっていても全くあっていないとか知らない人も多い。
そういう人は戸籍上だけのつながりでありそんな人と関係させるのはおかしいのである。戸籍に関係なく実生活で深い関係になっている人もいるからそっちの方を重視すべきだと戸籍などない方がいいという人もいる。これも何か理不尽なところがあるためである。
山口富造と自分の母は結婚して子供生んだ、それが自分の父の違う兄となる
その兄も交通事故で四一才で死んだ

戸籍をたどるとここまで分ることの驚きである。その足跡が記されているのだ。
戦前でも東京に出る人が多かったのかもしれない、女性だったら女中としての働き口が相当にあったのだろう。
戦前の東京の状態はどうだったのか?

大東亜戦争(太平洋戦争)始まる(昭和17年〜昭和20年)

すでに戦争がはじまっていたのだ。だから相当に混乱した状態だった。
東京と田舎の生活は相当に違っていた。
自分の姉は看護婦の免許をとるために東京に行っていた。つまり東京でしか看護婦の免許をとれなかったのである。東京と田舎はその頃は暮らしでも相当に差があった。
やはり東京に出稼ぎというか東京に田舎から出る人が多かったのかもしれない

1935年(昭和10年)東京の貴重なカラー映像

人力車も走っている、車も走っている、人をのせた馬車も走っている、市電も走っている、立派なビルが建っている、・・・・こういう光景は田舎にはなかったろう。
田舎では高いビルなどはないだろう。今でも南相馬市では高いビルは病院くらいしかないのである。
つまり田舎と東京の光景とか暮らしは相当に違ったものだったのである。
だから東京に憧れるというのはその当時から相当にあったろう。
自分の母親もそうだっかもしれない、ただ自分の母親はとても冒険するようなタイプではないからなぜ東京に出たのか疑問が残る
当時東京に行くのは冒険である。行くにしても蒸気機関車であり八時間くらいかかったかもしれない、そのくらい遠いということである。気軽に行ける所ではなかった。
帰ってくるのも簡単にはできない所だったのである。 
おそらく実家が事業で失敗して母の姉が東京に出てきていたのでその姉を頼って東京に出たのかもしれない、家を嫌って姉は東京にでて
母も出たのかもしれない。家から離れたいということが若い時はある。
自分も家とか故郷から離れたいということがありただ東京に出たいということで三流大学に入った。
その時中学卒業が金の卵としてもてはやされた時代だからずいぶん恵まれていたのである。
その後も自分は相当に恵まれていた。

その時分は,東京は泥浮の都会,土蔵造の家並の都会,参議の箱馬車の都会,橋の
決に露店の多く出る都会であった。考-て見ても夢のやうな気がする。京橋 日本橋
の大通の中で,銀座通を除いて,西洋造りの大きい家屋は,今の須田町の二六新聞
社のところにあったケレ-商会といふ家一軒であったoそれは三階の大きな建物
で,屋上には風につれてぐるぐる廻る風測計のやうなものがあった。何でも外国の
食料品か何かを売ってゐた. (東京の三十年ー田山花袋)

これは明治時代の風景だからさらに変わっている。

また大名屋敷が広かったというとき過去は何か違ってイメージしている
現代からイメージするからそうなる、その時江戸は広い土地があった。

臼杵藩藩主稲葉伊予守の江戸上屋敷が 4,954坪(16,348平方メートル)江戸下屋敷が 3,480坪(11,484平方メートル)とあります。

現在のつましい我々市民の家の広さを、多めに50坪(165平方メートル)とすると、100軒が入ってしまうというとんでもない広さです。

これは小藩でそうなのであり九〇〇〇坪とか八〇〇〇坪とかあり国立競技場と甲子園なみの広い屋敷があった。

現代の東京からそういう広さをイメージできない、江戸の藩の屋敷は庶民の長屋などからした全く別世界だったのである。時代劇で見ても門が大きい、それだけの門があり広い屋敷があったとなる。だからその屋敷を維持するためには金がかかったともなる
もし大名屋敷の跡がそのまま残っていてそこに立ったらその広さに驚き歴史を実感できるでも東京は何か歴史を実感てきるものがみんななくなっているからつまらないのである。
自分の母親の前夫の住んでいたのは今の上野だった。

東京都台東区のおよそ西半分を範囲とし、江戸・東京の下町を構成している地域のひとつである。
下谷は浅草・本所・深川と並ぶ、東京下町の外郭をなす。

三ノ輪は今も走っている都電荒川線の終点だった。この都電には乗ったことがある。
早稲田まで通じていて途中に王子駅があるということはここに前夫は転籍した
すると遠い場所ではなかったとなる。
転籍した理由は王子にある工場に移るためだった?

王子電気軌道によって敷設された路線を東京市(現東京都)が買収したものを端緒として
荒川線はもともと王子電気軌道であり王子までしか行っていなかった。

三ノ輪は上野界隈であり台東区上野である。北区は隣り合っている、なぜ北区なのか?
江戸城があったところが中心でそこから北になっているからなのか?
下谷車坂町などあるのは都会らしい、車とは人力車だろう。頻繁に人力車が通ったからだろう。

いづれにしろ自分の母親は昭和十六年に結婚して昭和十七年に前夫は事故で死んでいるのである。そしたら一年もみたない間に死んだことになる、ただそこで一子を自分の兄をもうけている
女中奉公に東京に出て何年いたのかわからないがこれもあまりにも短い期間だったとなる実家の原町の夜ノ森公園の近くに子供とともに兄とともに帰って自分の家にた嫁いだ。
夜森前一番地となっている。夜ノ森とは夜ノ森公園の近くだったのである。その実家に行ったことがある。
そしてその実家はなくなり墓しか残っていないのである。
母の一生は不運と苦労の一生だった。後妻として二回嫁ぎ自分の父親も早く死んだ。
母の父親が事業に失敗して一家離散のようになってから不運だったのである。
そういう人は戦前生れとか大正生れとかなると多い、貧乏だし戦争もあったからそうなる

こうして戸籍から明確に一個人の庶民の歴史がたどれるのが戸籍でありそれも不思議だとなる、まず墓からはほとんどわからない、江戸時代のものというだけでもわかれば貴重だがその他はその人がどういう生い立ちなのかなど全くわからない、戸籍をたどるとこのようにわかるのである。
それにしてもなんかこの戸籍をたどるというのも不思議である。
戸籍とインターネットで何か歴史をたどることができた。
本でもその一部をインターネットで読みつないぎ編集した
タグ:東京の歴史
posted by 老鶯 at 13:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 明治維新-明治以降

2016年05月29日

7月に原発避難区域の小高が避難解除 (帰るのは二割として老人が多く限界集落化するのか?)



7月に原発避難区域の小高が避難解除


(帰るのは二割として老人が多く限界集落化するのか?)

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小高では原発事故の避難区域では帰る人が少ない、割合的には20パーセント以下である。そして問題なのはその中で老人が多いのである。
人口分布はどうなるか詳しくは分析できない
便宜的に図にしたように全体の二割としてほぼ前の人口が一万として2割である
その人口は面積にも比例している
人が二割しかすまないということはそれだけ今まで住んでいた所が放置されて空地化しているのである。

帰る人でもその内訳は人口分布は年齢分布は詳しくはわからないが若い人は少ない
図の黒い部分が多いことは確かなのである。
小高では小学校の運動会をしたがもう地域的に散らばってできないからまとめて一校にしてやる、それでも50人くらいいたのかな少ないと南相馬市チャンネルで見た。
要するにコンパクトシティ化せざるをえなくなっている
効率的にするには一校にまとめざるをえない
そして農地にしてもこれも農業をするとなると農地が散らばっている管理しにくくなる
水田は水の管理を共同でしいるというからである。

これはどういうことかというと津波の跡の水田を大規模にしたように一軒の農家とかではもうできない、その地域で帰って農業をやる人が共同で会社のようにしてやるほかないのかもしれない
第一帰る人が少ないのだから集約化することが求められる
それは農業だけではない、全体的にそうである。
コンパクトシティ化せざるをえない、人が住むのは街中に集める
農業は会社経営のようにして集約的にする、だからある部分は田んぼにできないから空地化する
原町とか鹿島では連続して田んぼになっているところが増えた
でもまた連続して田んぼにならない、放置された荒地のままの所多いのである。
海老村はそうなっている、津波の被害で跡継いでやる人がいないのだろう。
そういう荒地はどういうふうに利用するかも問題である。

ともかく一万の人口が急激に2000人になりその5分の3が1200人が60以上の老人かもしれない、つまり急速に限界集落化したのである。
それはあまりにも極端なものとして限界集落化したからショックなのである。
そしてこれが30年後なのか50年後なのか日本の先取りしたモデルなのかもしれない
このまま少子高齢化がつづくとそうなると予想しているからである。
限界集落は市町村の消滅危機なのである。
だから広域的に市町村が連合した街作りが必要だとか言われる
小高の場合はまだ南相馬市だから救われている
何らか援助があり南相馬市内の問題として対策もするからである。

ただ2000人規模の町が成り立つのかは疑問である。
なぜなら今はインフラなどの整備に大きな負担がかかるからである。
都会の人がそんなと限界集落がいらない、消滅した方がいいというとき税金を負担するからそう言っている
80倍もインフラ整備にかかるとか言われるからだ
もし昔の自給自足の生活ならそんなことを言われない
電気水道やら医療やらで負担がかかるからである。

工場としてはロボットととかドローンとかできるみたいである。
そこが働く場所になる、そこで若者が残るようになるのか?
何か残されたものはやはり負担が大きくなるだろう。
老人はそういうところでのんびり余生を過ごすことができるのか?
市町村をになうのは若い人であるがその若い世代が子供とともに流出しているからである
要するに津波でも原発事故の被害でもそれが極端になると将来でもイメージできなくなるあまりにも極端な変化に人間は対応できないのである。
一万から2000人に人口がなることは急激であ極端だからその対応策が浮かばないのであるそれは実際に帰って住んでみてどうなるかとなる
厳しい現実に直面するかもしれない、そしてもうこんな所に住みたくないと老人すら子供のいる所に流出することも考えられる

自分が小高に行ったときスーバーがない、コンビニのようになものがあったが品物が少なすぎる、あそこでは何も用がたせない、飯館村にも小規模のスーパーがあったがあれくらいのものは最低必要である。
ただ救われているのは原町が近いから車がある人は用をたせるからいいとなる
まず車がない人はもう住めない、来年に電車も開通するというからそれも復興にはなる。浪江との交通が遮断されたがそれもとりはらわれる
自由に行き来できても浪江は以前として人が住んでいないし荒廃している
そこに人と人のつながりが生れないのである。
だから小高の問題は小高だけではない、浪江も双葉も大熊とかも広域社会だから関係していたのである。
大内村だって買い物は富岡とかに行っていたからである。今はそういうふうに市町村でもみんなつながって生活している、孤立しては生活できないのである。

限界集落というとき山の中の辺鄙な所だと思っている、実際は今のところはそうである。
しかし少子高齢化で予測されているのは避難区域のような状態なのである。
急速に人口が減り限界集落化してゆくことであれそれがこの辺で現実化したのである。
だから少子高齢化のモデル地域にもなる、ここでどう生活するかは将来のモデルともなるのである。
ただどうするのかとなるとその解決策は簡単には見つからないだろう。
要するにそこに生きる人がどうするかということにもなるからだ。
それは南相馬市全体の問題でもあり広域社会では都会の人がインフラに税金を使うのはやめろ、限界集落は消滅しろというのはそのためなのである。
広域社会というのはグローバル社会というのは一市町村の問題が全体に波及する、無関心でいられないのである。
それで熊本地震で東北の瓦礫を受け入れないとしたことが今になると批判される
熊本は自分勝手だから応援しないとかなる
熊本県は地震がないから東北より立地がいいと宣伝したことも批判される
東北は遠いから関係ないとならないのが現代の広域社会なのである。
実際に熊本ナンバーの車がありこの辺でも働いていたのである。


効率的に考えると限界集落は維持できない、コストがインフラなどにかかりすぎると現代ではなる
それでどうしてもコンパクトシティ化した市町村が模索される
そこで広い土地があり空地化した所をどう活かすのかとかが問題になる
いづれにしろ人間は贅沢を一旦覚えたら便利な生活をしたらそのレベルを下げられない
それが一番辛いことにもなる、零落することが辛いのがそのためである。
だから借金までして贅沢な生活を維持するようになる
そのとばっちりが他者にくる、借金を要求されてひどいめにあったからである。
事業に失敗しても成功したと装い借金してそうみせかけていた。
まさにそういうふうにとても自分が書いてきたような昔の自給自足の生活にもどることなどできないのである。
戦争時代は食うや食わずだったなどと比べてもどうしようもないのである。
そうはいっても現実は日本でも一億総貧乏時代とか苦しい経済になったらそう強いられるてくるだろう。
それにどう備えるのか、何かこの辺はそうした問題が先取りして極端な現象として現実化した場なのである。
タグ:限界集落
posted by 老鶯 at 23:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

夏菊(ニコニコ堂から八沢浦をまわる)


夏菊(ニコニコ堂から八沢浦をまわる)

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北海老のニコニコ堂喫茶店

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八沢浦パノラマ写真

両方ともクリック拡大



三色の薔薇の映えにきニコニコ堂

夕暮れに家の間ぬいて夏燕

葉の広み夏蠟梅の隠れ咲く


大空に青鷺遠く飛び去りぬ夏の光になお明るしも

夏菊の風にそよぎて明るしやなお野に働く人のみかけぬ

夏菊に陽差し注ぎぬ夕方に自転車に走る我かなか

鳥の声まじかにひびきこの夕べ叢深く黄菖蒲色の映ゆ

紫の薔薇一輪や庭に咲き町の夜更けて月の光りぬ


半年ぶりとかにニコニコ堂を見た、あそこには三回しか行かなかった。
あそこの庭が花の庭になっていていいのである。
あそこは鹿島では隠れた穴場だとなる、でも商売として成り立っているのか疑問である。昼は予約制だし一週間に三日くらいしかやっていないとなるとそうみる
三色の薔薇が咲いていた、薔薇は夏の季語だった。

八沢浦の方に回ったら広い場所は荒地のままだが脇に入っている所は田んぼになっていたあそこも津波の被害にあったところである。
別に津波の被害にあったところでも田んぼにしている。
ただ海老の方面は荒地になっている。海老は被害が大きかったから田んぼが放置されたのか?

すでに藤の花は終わっていた。今年は暑くて体調崩して相馬市の方に行けなかった
意外と藤の花が早く散ると思った。
夏菊が風にそよいでサイクリングには気持ちがいい
ただ今年は暑くて何回も体調を崩した、胃を悪くした、もともと胃腸が弱い
その原因がわかった。冷たいジュースとか成分的にも体を冷やして悪かったのである。
それでお湯を飲んだら良くなった。
今年はもう暑さ対策が必要である。冷たいジュース類は胃に悪いから飲まない方がいい

自分は毎日買い物だとか自転車でかけずりまわっている
それも近くであり遠くには行かない
すると家の間を燕がとぶ、自分も家の間をぬうて自転車で走る
自転車は自然と一体化するのである。
ただ暑いと陽差しを受けると危険なことがわかった
紫外線の影響も大きい、今年は暑いから気をつけないと危険である。


タグ:ニコニコ堂

2016年05月28日

限りない川の流れの変化( a variety of river)


 
限りない川の流れの変化( a variety of river)


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川の流れの変化がこんなにつづけて作れたのは結局ソフトのためだった。
photoshopの波に変化させるとみんな違った風になるからである
何か抽象画でもソフトでも使えるのは一部である。
ただ抽象画でもパソコンの絵画はソフトを使いこなせないとまずできない

でもその肝心のソフトを使いこなすことがむずかしいのである。
これは本当に本でもわかりにくいし直接教えてくれる所があるといいが
そういう場所がない、今パソコンは誰でも使えるとしても
ソフトを使いこなすことが容易ではない
それは一般的にそうである。めんどうになってしまうのである。

ソフトは前にも書いたけど人間の脳とにている
人間の脳は生涯で20パーセントしか使わないとか言われるときそうである。
ソフトもphotoshopのようなものになるとみんな使いこなせない,それは脳の機能と同じなのである。だからパソコンは人間の脳と密接に関係している
それで将来はパソコンでitで人間に代わって仕事するというのもあながち空想の世界ではない、実際に現実化しているからである。
小説までインターネットとかitを駆使して書いたというのもそうである。
何か本でもすべてが独創的ではない、誰かの書いたことなどを書いているのも多い
つまりすでに言われたことを書いているのも多い
それだけすでに膨大な知識の経験の蓄積がありそれをくりかえしているだけだともなる
三分の二くらいは過去にすでに書かれた知識とかなっている
つまり同じようなことを思い同じようなことを書いている人がいるのである。

ともかく川ということでこれだけ変化があるのかというのも自分でして不思議である。
自然には確かにそれだけの変化があるが見えないということがある。
川というのは一様ではない、一本一本の川は違っている
外国になるとさらに大河もあるから違っている
そういう世界の川を現すとそれだけの変化があっても不思議ではない
ただ現実の川と抽象画の川は違っている
でも抽象画でも何かそれとにた現実の実際に流れている川をイメージするのである。

タグ:川の流れ

石巻もパチンコか、繁盛したのはパチンコ屋 (津波や原発事故で仕事を奪われたことが深刻)


石巻もパチンコか、繁盛したのはパチンコ屋


(津波や原発事故で仕事を奪われたことが深刻)



朝6時から行列「パチンコ天国」で「ギャンブル」しない人たち ―震災後の石巻市のパチンコ事情 (Yahoo!ニュース) 

「そんな店本当にあるんですか」――東北のある都市では、業界団体の職員ですら驚くほど早い時間からパチンコ屋が営業している。開店は朝7時。それも1店舗だけではない。市内の半数がこうなのだ。異動してきた全国チェーンの店員たちは口々に言う。 
 「こんな地域があるなんて信じられませんでした」「間違いなく、日本一でしょ」。 

 

 普通の田舎なら農作業できるから忙しいでしょ 
石巻は津波塩害で農地ダメになったり、除塩しても土の作り直しは時間かかるし元通りってわけにはいかないから、 
やっぱり暇になる人は出てくると思うよ 

身の回りにある自然を 
楽しむ術なんだが、そんな知恵を持ってる 
奴は他者へ伝えないしパチキ行ってる奴は 
 こんな浪費に満足してる… 
ホントに終わってる  

恐ろしいのは田舎へのパチンコの入り込み方の根深さよ 
娯楽が少ない田舎に徹底的に食い込んでる 

兄夫婦が父親が遺した遺産2千万を2年で亡くした 
親子四人でパチンコしてると近所で噂になってたらしい 
 マジに何を考えてんだよ 

 朝からパチンコする余裕があるのに未だにボランティアに頼る連中もいる



石巻に行って聞いたこと書いたけど意外と原発事故のこの辺とにていた。
保険金とか何かで一億円も入った人がいたとか聞いた。
一軒に500万の義援金はでた。保険金も特別措置で相当もらったときいた。
原発事故では補償金もらった人が潤った。でも津波ではそうではないと思っていた。
でもやはり原発事故と同じように津波でも相当に義援金やらもらったのだろう。
ただ実際のところはわからない、そんなにもらえるのかという疑問もある
直接話を聞いた人はそのことを言っていたから噂ではない

誤解が多いのは原発事故でみんな多額の補償金をもらっているという誤解である。
補償金は30キロ圏内で線引きされたから30キロ圏内はそれなりにもらった。
飯館村は避難区域になったのだから別である
多額の補償金をもらったのは避難区域になった所である。
30キロ圏内と避難区域になった所が多額の補償金をもらったのである
原町の石神辺りも山側で避難区域になった所がある、そこも避難区域と同じようにもらった。
今度家を新築するとか聞いたからやはりあの辺は相当もらったのかもしれない
原町でも放射線量は街内などは低いが山側は高かったのである。 
ただ30キロ圏内の原町についてはどのくらいもらったか本当にわからない
山側は相当にもらったことはわかる。

イオンの隣に大きな空きができたビルがあるがあそこにパチンコ屋ができてまた拡張した中には食堂まである。大型の娯楽施設である。中は知らないがパチンコだけではない。
他にもこの辺ではパチンコ屋が増えた、それが東北の津波の被害地でもそうだったのだ
石巻は人口15万として東京の人から見ると小さいというが東北では15万の都市となると10くらいしかないかもしれない、自分の近くでも5万の都市でも大きいと思う
その感覚の差が大きいのである。
15万の都市でそれだけパチンコをする人が多いとなるとパチンコ屋も増える
石巻では未だに店を開かないとか商店街はさびれているし復興しているのかとなる
でもパチンコ屋が繁盛しているという矛盾がある
それが復興なのかとなる、でも原発事故周辺でも事情は同じである。

繁盛しているのはパチンコ屋とホテルである

ホテルも増えた、山の方にも通信設備のそろったホテルができたりここもにもあホテルがかできたのかとか以前としてプレハブの宿泊所も増えている
除染関係とか工事関係で以前として8千人くらいが南相馬市で外部から入ってきているという。
その人たちで経済的には活況を呈しているとはなる

そして今回の震災で意外と問題だったのは仕事を奪われたということである。
農業していた人も石巻だと漁業関係の仕事も奪われた
すると何もすることがないからパチンコ屋だとなった
仮設の狭い所にいるのが嫌だということもある。
別に働かなくても補償金をたんまりもらっているから働く必要がない
働いているのはほとんど外部の人たちである。

原発事故では自分の所は30キロからはずれていた。
避難してきた小高の人たちがパチンコ屋におしかけたのである。
そして親戚の人がパチンコ屋で働いていた、借金しているから働いていた。
そこで人手がたりないと言っていた
その時からどこも人手がたりなくなっていたのである。
自分はその時介護や病気で苦しかったので腹が立った
その時はただ異常自体であり混乱していた。
でも避難してきた人たちは自覚しないだろうが回りで介護関係とか病院とかでも避難してきた人たちで混雑して地元の人が迷惑したということがあった。
一挙に二万も避難したイワキではパニックになったこともわかる
避難した人たちそういうことを自覚しない
かえって金が俺たちはあるんだよとか威張っていたというのも異常である
それは全部とは言えないが何か思わぬ金が入ると人間は傲慢になるのだろう
結局現代の最大の権力は金だからである。
金があるものがなんといおうが偉いという社会なのである。
金のないものは全く相手にされないのが現実である。

第一この辺で避難して仮設に住んでいても別に回りの人の援助など必要ないのである。
買い物はスーパーでしているし食糧に困らないからである。
もし食べるものもないので米を下さい、野菜を下さいとかなれば違ってくるがそんなことはない、金さえあればスーパーでいくらでもあるとなるからだ
昔は隣近所でわずかのものでも借りたりもらったりしていたのはそれだけ物がない時代だったからだろう。江戸時代のようなその日暮らしであり計り売りだったのもそのためである。
そういうことが隣近所で助け合うということがなくこれまた親戚といっても交流がないからしかたがないが「おばちゃんは金があるんだから金でめんどうみてもらへ」と血相を変えて狂気のように去って行った女性がいたがそういう金のみを追及する時代である。
極端になるとみんなそうなるのである。現実がそういう社会になっているのだ。

ただではそうして金があるからといって避難して人たちがは次々に新築の家を建てて地元の人はうらやましく見ているだけとなると不満になる
でもこれまた家を建てているのは建て売り住宅でありそれは昔のように地元の大工さんが建てているのではない、全国展開している建て売り住宅の会社が家を一週間くらいで組み立てるだけなのである。
地元の人は家を建てるのでも別に避難した人たちのために働いているのてはないのであるそしたら地元の人たちに感謝するということもないのである。
そういう広域社会に住んでいるのである。

最近熊本ナンバーの車を見た、熊本で地震被害があったけど熊本の人も働いているのかと思った。そういう全国の人が来て働いている時代である。
そして地元の人は毎日パチンコ屋で遊んでいるというのも矛盾なのである。
それはここだけの話ではない、津波の被害地でもそうだった
ただ津波の被害地は原発事故のように補償金をもらっていないから働かないと苦しいと見ていたし現実にそういう苦しさを訴える人もいたからそんなにないと思っていたのである
人間はお前は金を与えるから何もしなくていい、働かなくていいとされるのもいいようで辛いとなる。毎日することがないからギャンブルだとなる
漁師がこの港に魚をとらないでいるのは何なのだろうと自問していた。
魚をとらない漁師は漁師ではない、米を野菜を作らない農民は農民ではない、家を作らない大工は大工ではない、その人は人間として何の誇りがプライドがもてるのかとなる
飯館村でもギャンブラーになったというときそうである。
までいな生活をしていた人たちがギャンブラーの浪費家になったという矛盾がある

農家だったら必ずなにかしら仕事があるだろう、毎日草むしりだけは欠かせない、それだけで相当な労働である。他にもいろいろすることがある
第一家事だけでも家があればいろいろある、女性の場合は家事が仮設でもあるから暇ということはなかったのかもしれない、自分は家事に追われていることを書いたきた
介護が終わっても以前として家事に追われている、狭い庭でも手入れして水やるだけで手間なのである。全部一人だからそうなる
いづれにしろ人間は仕事がないならいくら金をもらっても誇りも何ももてなくなる
ギャンブラーになったとしてそんなこと誇れないだろ。

ではただ漁師だった人が農民だった人が大工だった人が何か他に仕事できるかとなるとむずかしい、大工なんかは外に出てもできるから有利である。
農民は土地から離れて何もできないからである。
いづれにしろ人間は仕事をもつことによって仕事に精進することによって人間が作られるということがある
でも学問すると言っても普通の人は簡単にできない、芸術といっても別にこれも才能だけではない、日頃から積み重ねであり何でも人間は能力を開発しない限り能力は生れないのである。天才は別にしてみんな能力を開発することで才能が華開く
才能は生まれつき与えられているわけではない、能力を開発しない限り能力は生れないのである。それはどんな分野でも同じなのである。
芸術が生まれつきの才能だと思っているが違う。ずっーと抽象画をパソコンで描いてきたが自分は全く絵の才能がないのに描けているという不思議を味わったからである。
それはパソコンというart(技術)が生れて成し得たことだったのである。
その評価はともかく自分自身が不思議に思ってしているのである。

いづれにしろこの辺に起きていることは以前として様々な人間の問題の場所なのである。何か当たり前のことを問い直す場でもある。
一漁師が魚もとらない自分は何なのだろうと問うときその人は哲学しているのである。
一しょみんか哲学など関係ない学問など関係ないとしているがこの辺ではそうなっているのである。様々な人間の問題が提起された場所なのである。 

タグ:パチンコ屋
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2016年05月27日

ハンス・カロッサの詩は戦争の時書かれたから励みとなる (津波、原発事故の復興を祈る詩)


ハンス・カロッサの詩は戦争の時書かれたから励みとなる


(津波、原発事故の復興を祈る詩)



全額の弁済

復讐の女神たちを恐れ
我等多くを断念した
血気はすべて失い
祭ももはや催すのすら憚れる

かつての財産は次第になくなり
窮乏生活に耐えるしかなく
万事を覆う
償いきれぬ罪業の影


魂は羽ばたくことを許されず
幸福は墓石の下に沈んだ
親しい死者たちは誰も
われらの下に帰ろう欲しなかった

だが汝らは言う 悪しき柵(しがらみ)は
今ぞ取り払われるべき時と
再び喜び得る者あらば
誰とてもこれを褒め称えんと

そうだ我等の願いもそこにある 子供たちが
昔ながらに無邪気に遊び戯れことを
瓦礫と化した我が家の跡にも
色とりどりの花が咲き乱れんことを

共に生きる人々に幸いあれ!
悲しい悪夢からは容易に癒され
すべての人々の生活に
新たな空疎な場が膨れあがる

見よ、われには誰かを呪う資格なし
世界の破壊者に対してもしかり
闇夜の道を求め
孤独な裁きを自ら下さねばならぬ

聖なる存在の求めならば
その負債を全額弁済せざるをえない
万有が刻々と光に転ずる中で
自ら消尽するを思わねばならぬ

ハンス・カロッサ



著者はドイツ人でナチスの時代でこの詩は自分の家がアメリカ軍に接収されたあとに書いたとある、何か混乱した時代だった。戦争の時代の人である。

詩はわかりにくいものがある、でもその背景に何があったか読み取るべきである。
こういう詩はなかなか書けない、深刻な体験をしたから書けた
詩でも文学でも深刻な体験しないと読者に訴えないだろう。

この辺では津波の被害や原発事故で深刻な体験をした。
だからなにかそれと重ね合わせて読む
この作者は戦争だけどこれも実際は津波であれ原発事故ともにていた
戦争というのも悲惨でありその体験は深刻だったのである。
自分の家が接収されたというのも深刻な体験だったのである。

親しい死者たちは誰も
われらの下に帰ろう欲しなかった

原発事故の避難区域では先祖の墓もも棄てられた。先祖もものいわぬが被害者だともなる津波では村が消滅して祭りすら消滅する、これも深刻な被害である。

だが汝らは言う 悪しき柵(しがらみ)は
今ぞ取り払われるべき時と
再び喜び得る者あらば
誰とてもこれを褒め称えんと

何かこの辺では人間関係も激変した。それで避難先で補償金などで対立してもめた。
でも新しい人間関係を築いた人もいるだろう。
悪しき柵(しがらみ)とは何なのか?
避難区域から去って新しい土地に新しい家を建て新しい生活をした人たちも多い
それで良かったならその人たちも責めてはならない、そこで新しい生活をするがいいとなるのか?
避難区域にとどまれと言っても無理だとなればそれもいい、責めるなとなるのか?
むしろ喜べとこの詩で訴えている

共に生きる人々に幸いあれ!
悲しい悪夢からは容易に癒され
すべての人々の生活に
新たな空疎な場が膨れあがる

共に生きる人々に幸いあれ!

避難区域に帰りともに生きる人なのだろうか?
悲しい悪夢から癒され・・・というのは正に津波の悪夢であり原発事故の悪夢である。
この悪夢からは本当に癒されるのは容易ではないはずである。

すべての人々の生活に新たな空疎な場が膨れあがる

空疎な場とは何なのか?津波の跡や原発事故の避難区域で荒地と化した場所と通じている
それは戦争で焼け野原になったとかを現実に体験しているからだろう。 

見よ、われには誰かを呪う資格なし
世界の破壊者に対してもしかり
闇夜の道を求め
孤独な裁きを自ら下さねばならぬ

誰かを呪う資格なし
世界の破壊者に対してもしかり

これは津波ならそうならざるをえないだろう
でも原発事故を起こしたものに対してはみんなそうはならない
呪っているだろう。それでも原発事故を起こした原因は地元の人にもあった
「世界の破壊者」とは当時の戦争だからドイツならアメリカなのか?
広島の原爆もありそのアメリカに呪うということがある
でも日本は戦後アメリカに呪うということがあまりなかった不思議がある
全面的に降伏して復興したのである。

孤独な裁きを自ら下さねばならぬ

結局個人的にそうだけど人間が苦しみを受けるのはカルマである。
その人のカルマなのである。自分のここ十年の病気や介護もカルマだったのである。
必ずカルマが人間には蓄積されてそれが見えなくても苦しみとなって現れるときカルマを業を理解するのである。
舛添東京都知事でもそうである。彼も女性関係とかいろいろカルマを積んでいたのが現れて責められているのである。
彼が特別かというとほとんどの人がカルマを積まない人はいない、どんな善人でも罪を犯さないとかいう人もカルマを積んでいる、ただ苦しみとして現れないとき自覚しないのである。でも60代以降カルマは個々人にも現れる、それは逃れようがないのだ。
カルマの清算が強いられるのである。

津波は天災でありこれは呪いようがない、ただ作者は何か戦争とかの悲惨も受け入れている不思議がある。結局呪ってもどうにもならないということを悟ったのだろうか?
諦念の詩になっているのである。

聖なる存在の求めならば
その負債を全額弁済せざるをえない

負債というのはカルマであり人生の中で必ず個々人にも負債がカルマをもち全額弁済しなければならないというのは人生の厳粛な現実なのである。
一体借金してそれを他人に負わせることができるのか、借金は具体的なカルマなのである事業に失敗してその負債を自分に負わせようと病気と苦しみの時してきた人がいる
そうして犯罪にまでなる人は普通にいる

作者はなぜこれほど諦念したのか?みんなこの辺で津波だ、原発事故だと起きてこんなふうに諦念している人はいないだろう。
何か悲惨な情況でも前向きに対処しようとしているのがこの詩の意味である。

そうだ我等の願いもそこにある 子供たちが
昔ながらに無邪気に遊び戯れことを
瓦礫と化した我が家の跡にも
色とりどりの花が咲き乱れんことを

これもこの辺の情況と同じなのである。津波の跡は瓦礫の山と化したし原発事故の避難区域でもにた情況がある
実際に作者の家はアメリカに接収されたときそう思ったのだろう。
ハンス・カロッサの詩は前にも紹介したけど戦争という深刻な体験と津波や原発事故の体験はにているから理解できるとなる
ただこれだけの諦念にいたることはむずかしいと思う
何かあきらめきれないものが延々と残しているだろ。
第一放射能の被害はやっかいなものだからである。そうでも戦争の被害も日本でもそうだが深刻である。

最大の悲惨は広島の原爆の跡だったろう、それこそ世界の終わりを感じたろう
戦争というのはわからないにしても津波もそうだが本当に深刻なものだった
でもなかなかそれを今になると理解できないものとなっている
この詩は何か復興の励みとなるものだろう。
ただこういう心境になることはこれだけ悲惨なことが起きるとむずかしいとなる
でもいくら嘆いてもどうにもならないということも事実でありだからこそ諦念して一からはじめるほかないというのがこの詩の趣旨なのかもしれない
詩は具体的には言わない、引喩的に示唆するのが多いからそれくみとり読む必要がある。


タグ:復興の詩
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2016年05月26日

スーパーで毎日買い物して考える (日本は貧乏になり外国産のものを食べられなくなるのか?)



スーパーで毎日買い物して考える


(日本は貧乏になり外国産のものを食べられなくなるのか?)


アスバラガスは好きなので食べていたが今細く貧弱だし150円でも高いから買わない
メキシコ産は安く入っていたが入っていない、日本や地元だと高くなる。
原町の同じスーバーだは品数があり安いから得である。
スーパーが一軒で品数が少ないから買い物では損である
でも車がある人はこの辺では原町も相馬市もあるから困らない
アスバラガスの代わりにブロッコリーを買って食べる、ブロッコリーは150円以下でも食べる量があるから得である。これは結構栄養があるらしい。
野菜不足になっているのが気がかりである。野菜はもともと好きでなかった。
その代わり果物は何でも好きで食べている、フィリンヒンでバナナの病気になり品不足になりバナナが高くなり食べられなくなる。
バナナは一番安い、エクアドル産が240円で5本とかまだ安いようだ
アメリカのオレンジも400円くらいで78個あるみたいで安いのか、葡萄は結構高いのかもしれない、チリ産とかある。鮭はロシア産のがいい、鰻は中国産は安いけど何を食べさせているかわからないので不安である。

鰻は子供のとき近くでとれたものを食べていた。自分の父親と鰻とりに行ったことを覚えている、田んぼの畦にミミズをつけた棒を入れて鰻をとるのだがじっとして待っている時間が長いなかなかとれるものではない、ただそんなことして鰻がとれていた時代があった鰻を料理するとき頭をさしてもっているのが自分だった。
つるつるするから新聞紙でつかみそれを裂いて料理するのが家族総出でしていた。
それから鮎も良くとってきて食べた、その頃の鮎は大きくうまかったのである。
天然だからうまかった。川でも遊んだが今は鮎も小さくなりうまくない、それは最近ずっーとそうだった、ただ鮎釣りをしていたが食べるためではない釣りを楽しむためだった。自分は釣りはしないしなじめない、じっと待っているのが嫌なのである。
性格的に向いていない、良くあうして何もしないで待っていられると思う

子供のときバナナはこの辺で売っていなかった、たまたま秋祭りとかでバナナのたたき売りとかあった。バナナは高級品でまずこの辺では売っていなかった。
父親が病気になったとき仙台までバナナを買いに行ったのが姉だった。
仙台にはバナナは常時売っていたとなる
ともかく物が少ない時代だから食べ物もいろいろなかった。第一外国産がなかった。
外国産が入るようになったのは高度成長時代からだろう。
日本の電器製品などが売れ始めた時からである。
そこが外貨が入り外国産のものを買うようになれた。
菓子でもクッキーとかオランダ産で安いから買った。
結局地元のものをどれだけ食べているかとなると少ない
野菜は最近地元産のものが出てきている
一個500円の大きなトマトも売っていたがそれはうまくても高いから買わない
そんな高いものを地方で買う人がいるというのも金がある人がいるなと思う
地元では松川浦の魚を食べていた、石鰈などがうまかった。これは年越しの魚でこの辺では食べる習慣かあった。高いから滅多に食べないものだった。
松川浦の漁師は二日くらいすぎたものは食べないとか言っていた。常に新鮮なものを食べていたのである。それも放射能汚染で魚をとることさえできなくなった。

経済というときむずかしい理論ではない、日々の生活なのである。だから本当は経済学が一番身近なものかもしれない、ただ食糧となるものは工業製品とは違う。
天候などに左右され値段が一定しない、二倍三倍にも野菜がなったりする
そして不安なのは日本で売るものが電器製品とかなくなるとこうした外国産の果物でも何でも買えなくなるという不安がある、要するに今でも円安であり外国産でも高いとなる
どうしたって交通費がかかるから高くなる、日本が貧乏国になったというとき食べ物もそんなに贅沢つづけられるのかとう不安がある。
グローバル経済では売れるものがなかったら外国から買うことができなくなる
資源国なら石油であれ何であれ売ることができる。日本だと電器製品とか車とか売れなくなるとたちまち貧乏になる、その兆候がすでに現れている
日本は貧乏国になっているから贅沢できなくなっている
バナナすら高級品となり昔にもどるかもしれない。
その時国産の価値があがるかもしれない、でもそれだってやはり遠くのものは交通費がかかるということで贅沢できないとなるかもしれない、では地元で我慢すると言っても品数が少なすぎるのである。だからとても贅沢を覚えたからそれだけの食糧では耐えられないだろう。
小麦だって高くなりパンも高くなる、すると米でがまんするほかないという人もでてくるだろう。
リンゴだけは果物として好きでありそれが青森でとれているからそうなる。でも今は一個二百円とか高い、リンゴでも高くなるだろう。
マグロは高いからすでに鮭にきりかえるとかしている。実際は日本は貧乏になっている
ただこの辺では原発避難民はぜいたくしていると言われる、これも変だなと思う。


経済というときいろいろあるが基本は日々の食べ物から考えるのがいいかもしれない、それは毎日のことであり身近なものだからである。
貧乏国になればせめて食べることすらできなくなる、もう外国産のものは昔のバナナのように高級品になる、その時日本はどうなるのか?
日本は無理して贅沢な生活をしてきたともいえる、なぜなら借金までしてみんな贅沢しているからである。
アベノミックスとは金融の操作で景気を良くみせているにすぎないという。
日銀で紙幣を増刷してばらまいてもそれは紙なのだからそんなことで景気が良くなるのかとなる
つまりそうしたみせかけのものもはある日崩壊してゆく
それは借金してまで事業の成功者を装っていた人と同じである。
最後は借金で首がまわらなくなり破産してしまう。

日本の経済はそういう危険な状態にある、下流老人とか本当に現実に多いし67才くらいの人が同じ世代の人に詐欺をしたとかある、ぎりぎりの生活を強いられている人が増えたのである。とても国民年金などでは生活できない、厚生年金の平均15万というのもいろいろ引かれるからたりないのである。
老人が金もっているというとき一割くらいでありあとはぎりぎりなのである。
ただ一旦贅沢を覚えるとそこから生活の質を落とせない
だから借金してまで贅沢しているのである。家を建てるときもたいがい借金しているのである。そういう話は常に聞いてきたからである。
車を二台、軽トラックなどもっているから農家では車代がかかる、農業も金がかかる
農機具代になるとさらに金がかかり農業をやめた人も多い
放射能汚染されて田んぼはやはりかなり荒地のまま残っているのは農業をやたのだろう。趣味で農業やるとさらに金がかかる、野菜とるとしてもその十倍くらい金がかかっているのである。肥料だ苗だ種だとか金がかかっているのである。他から趣味で農業やるのは相当な贅沢なのである。

スーバーで自動化した計算機械には本当に感心した。小銭をいくら入れても正確に計算してお釣りを出す、お釣りを忘れることもない、お釣りをとっていってくださいと警告音を出すからである。
今日大量の小銭を整理するために入れたら一つ古い使えないコインが交じっていた。
そしたら機械か停止したのである。係の人が中を点検したちそのコインがでてきてとったら正常にもどったのである。
それはまさに異物だったのである。異物を入れたら機械が停止した。そして異物を排除したら正常にもどったのである。
こうして異物を認識することは優れていると思う
人間でもガンは異物だからその異物を認識して自動的に排除するようなものを作れれば凄いと思う゛本能的に異物を排除するというのは動物でもしている。毒なものは食べてわかり吐いたり食べないことはしている
実際機械のことを自分は嫌っているがこれには感心した。機械は人間より優れていることがある、それで医療でも何でも人間が仕事を失うと騒がれている
それは本当だろう。こうした機械が出回れば人手不足も補える、この辺では人手不足で苦しんでいるからである。
機械は実際は人間より優れている面がいろいろある。抽象画を大量に作ったがphotoshopなど優れている、これも機械でありソフトを使い粉こなすことで新しい芸術の創造ができたのである。ただこの場合は機械を使ってもソフトでも人間の審美眼などは機械にはもていなから人間の力が本当は大きいのである。
ただ機械的なルーチンワークとかレジなどは機械化できるのである。それが自動小銭選別機とかなるのかで実感したのである。
介護のときおかゆつくる電器製品には助けられた。これを鍋でしていたら手間だった
こういう点で家事は楽になった。主婦は料理は以前としてめんどうでもその他は相当に家事は楽になったのである。
それでも自分は以前として追われた生活なのである。介護がなくても何かそうである。
家事にはそれだけいろいろ仕事がまだあるからそうなる。


タグ:スーパー
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2016年05月25日

共同的世界観の喪失が現代の暗黒を産み原発事故も起きた (弱肉強食の資本主義的価値観の変革が必要)



共同的世界観の喪失が現代の暗黒を産み原発事故も起きた


(弱肉強食の資本主義的価値観の変革が必要)


近代がというとき近代以前が何だったんだろうとなる。近代が何のかを知るには近代の前は何だったのだろう、時代的にどういう世界だったのだろうとなる
それは日本史でも現代史があるが現代を知るには江戸時代と対比するとわかりやすくなる江戸時代はすべていいとかではなくその時代時代の共同的世界観がありそれと対比して現代をみるのである。
それは外国でも同じである。ヨーロッパだったら中世が一千年とかありローマ帝国もあり共同的世界観の中に生きていた時代が長いのである。それはエジプト文明までさかのぼるそれが暗黒時代というのは歴史的見方としては一概には言えない
近代の19世紀でも20世紀でも見ればわかる
これは一体何なのだろうとなる、なぜこれほどの世界大戦があり大量の殺戮が全世界で行われたのかとなる、それこそ近代の200百年は世界史では最大の暗黒時代だったとなる
こんなに世界大戦があり死ぬ必要があったのかとなる
一体その原因は何だったのかとなる、それは日本だけではない世界的に起きたから世界的問題なのである。

抑圧された国民は現実から目をそらし自分を見失う、そうしたむっつりとした空虚な国民の顔は機能障害社会に共通した不安と恐れを示している
 国民の顔に承認を見つけられない故に全体主義指導者は拡大を試みる以外に生き残る道はないと確信する、つまり、政治哲学の正しさを証明するには,他の国や民族ですらこれに従っているのたと国民に示す他なくなっているのである
 (地球の掟ーアル、ゴア)

だからこの指摘は重要である。近代とは大きく見れば原始時代の先住民族の世界観からはじまった共同的世界観の破壊と喪失にあった。
なぜなら共同的世界観に生きていた時代はそこに社会全体には一つの規範があり調和していたのである。先住民族でもそういう自然と密接に密着した生活していたからその土地土地で生きて世界観をもっていたのである。それは実際は貴重な人類の遺産だったが近代になりないがしろにされ見捨てられた。
そういう土地土地に根ざした世界観に生きていた先住民族というときそれを現代的に見れば地方に生きる人々のことでもある


「人々はやまをこよなく愛してをりその土地のために戦う決意をしいる、そういう人がいなくなれば山の守り手は全くいなくなる、聖書の教えは自然を愛し自然を大切にする人間と結びついている時に公害から守られ、安全な道徳的な存在であり続けられる」

乱暴な石炭の露天掘りをやめさようとした人のアメリカでの話である。

このことは原発事故で現実化したものとしてこの辺では現れたのである。
ただ違っているのはすでに近代化したとき世界では工業化したのであり土地に根ざす農業は大事にされなくなった。
例えば近代化とかグローバル化とか貨幣経済の過度の拡大が人間にどう影響したかとなるとともかくあらゆるものが金になったというときそれとう日々実感している

自分の苦しみのときも金だけを求めてきたのである。一人は強盗とさほど変わりなかった現代はそれだけ格差社会であり金に困窮している人が多いのである。
だから借金している人も本当に多い、どれだけの人が借金しているのか?
身近でもこの人も借金かとなることはわかるだろう。なんでこんなにみんな借金しているのか?それだけ金に追われる生活だからである。
そして江戸時代とかその後でも金だけがすべてではないことがあったろう
今はみんなが金さえあればまずいいと考えている、例えば農民でもそうだろう
農民だったらまず買うというより作物を自ら作って満たそうとするだろう
最初にそう考えるが現代では金があればいい、まず買うことができるからとなる
品物はいくらでもスーバーにある、金さえあればどんなものでも手に入るとなる
なにやかにやと言っても金だよとなるのが現実である。
自分も毎日買い物に追われているのである。いかに買うものを選ぶかを知ることが日々の生活で大事になる
何かを作ることではない、ただ買うことになるから金が重要になるのである。

それでこの辺では原発避難民は補償金を多くもらったからもらわない人と対立するようになったのである。実際に避難民の方が金をもらったから威張っているというのも奇妙である。金があるやつが何であれ偉いとまでなってしまうのが現実なのである。
くだらない、教養もない、あくどい人間でも金さえあれば資本主義社会では偉いとなっているのだ。
いくら地位があってももしその地位が金につながらなければ何も評価されないのである。すべてが金によってしか評価されない時代である。
金によってあらゆることが操作される、金の前にすべての人は屈伏する時代である。
それで世界で資本主義で金をにぎっているものが世界を支配しているとなりユダヤ人陰謀論とかでてくる、イルミナティがどうだフリーメーソンがどうだとかいろいろ陰謀論がでてくるのである。
資本主義社会、グローバル化社会を生きることは金の支配から脱せられなければどうにもならないからである。いくら否定しても現実に金が絶大な効力を発する社会である。

その人は事業に失敗した、事業というのは商売の世界でもある、その人は技術者ではあったが商売には事業の経営者には向いていなかった。
自分が病気になっときチャンスとなりあらゆることでこの人も金を要求してきた。最初から金をふんだくればいいとしか考えていなかったのである。
入院するときも保証人が必要でありそれで恩をきせて対価を要求する
それはあらゆることでそうだったのである。頭には多額の借金を返すことしかない
そうした病気とかも関係ない、相手が病気にあれば弱みにつけこんで金を要求する、借金を要求するのには最適だったのである。同情もなにもないのである。
まず借金した人はそもそも人間としてのモラルが崩壊する、借金が原因の犯罪が一番多いように思うからである。追い詰められているから何をするかわからないということであるそういう恐怖を自分は家族の介護で経験したのである。

資本主義は共同的世界観を追及するというより世界が弱肉強食の世界になっている
金があるものが勝者でありそれがなんであれそうであり金のないものは敗者である。
金のないものは資本主義社会では相手にされないということである。
そういうことが日々はグローバルに行われているのがグローバル資本主義だとなる
それこそ暗黒時代ではないか?中世もそうにしろ現代もさらなる暗黒時代ではないかともなる、何か共同の世界観などというより金が最大の価値になったことである。

この辺では先住民族のように住んでいる土地をこよなく愛しているということはなかったというより地方といってもかつての先住民とはかけ離れたものとなっているからだ。
地方に住んでもやはりグローバル社会資本主義に金が最大の力がある社会に住んでいるのである。
だから限界集落のようにな僻地でも宅配便がありバソンコで一発でボタンを押せば品物が届くということがある、それは金さえあれば僻地でも食糧さえ調達できてしまうのかとなる
だから先住民とかはもういない、それは縄文人とかと同じであり絶滅したのである。
この辺ではだから東電の原発を歓迎したのである。双葉町の「原子力とともにある未来」という看板がそうだった。
漁業組合でも漁業権が大きな権利であり原発前も原発後も補償金で潤っているのである。漁業権を東電に売り渡して多額の補償金を得ていたのである。
海を私物化したともいえる、海は別に漁業者だけのものではないからである。

キリスト教の一神教がイスラム教でも森を破壊したということなどないのである。
宗教はみんな自然との調和を説いているからである。
共同の世界観というとき自然との調和と価値の共同性が必ずあるからである。
そういう精神的なものとしての価値の共同性が失われた。
グローバル資本主義社会では精神的なもの価値の共同性がない
あくことなく金のみ追及する社会である。
科学技術というのは資本主義社会では密接地結びついていている
その象徴が原発だった、原発は金のなる木だったからである。
その結果として故郷の自然も空気も水も土も森も放射能汚染されて住めなくなったのである。
ただ原子力のことはなかなか理解できないこともあった。何か放射能というのは見えないからその危険性に敏感になれなかったということが災いになった。
ただその前にすでに金が唯一の価値となり金で何でも買えるという資本主義社会の中に生きているからこそ起きた事故でもあった。

つまり世界中が資本主義的価値観から逃れないように生きているからである。
共同的世界観というとむずかしいとなるが一つの価値観を共有することである。
価値観を変えない限り現代の資本主義的弱肉強食の世界から逃れられないのである。
そういう自分も外国に投資しているから矛盾している
そういう矛盾は必ず起きてくる、ただ価値観の変革なしで原発自体を廃止できないし
いくら金がどうだこうだと言っても金から資本主義的価値観からは逃れることはできないのである。
わかりやすくいえば本当の価値観を追及する生活のことである。
いろいろな職業ももうただ金さえもうけることになっているから荒廃する
すべてがただ利権であり金に支配されるときまさに現代の方が暗黒であるともなる
オリピックでも結局高邁な理想とはかけ離れて利権だけである。
電通が放映権でもうけゼネコンが建設でもうけエンブレムも利権でもうけとかすべて利権であり資本主義社会に組み込まれた偽りのショーなのである。
金になるから利権があり誘致したことが明らかになった。それより東北の震災の被害にもっと継続して予算をとるべきだとなる。他にも福祉関係とかいくらでも金の使い道はあるただこの世は暗黒でありサタンの支配下にあるとき絶望的なことは確かである。
この世から暗黒は消えることがない、どんな社会でもそうだろう。
それは外部的な原因ではなく暗黒は内部的なものにあり人間の内部の欲にあるからだ。
それが消えないから外部の悪も消えない、暗黒も消えないのである。
共同的世界観とは先住民族から歴史をたどり古代中世江戸時代とかにもどり価値観を変えることなのである。 

エジプト文明や江戸時代の稲作文明は安定した世界観をもっていた 
(現代文明は安定した世界観をもっていないからファシズムになりやすい)

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2016年05月24日

抽象画(溶岩の流れ) streams of lava


抽象画(溶岩の流れ)

streams of lava

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溶岩から生命が芽生える




抽象画お元になるのは今までの自分でもそうだしいくらでもある
一つのもの百にも変化するかもしれない、変化の芸術だからそうなる
抽象画は無限の変化なのである。

今回は溶岩の流れである。前の自分の抽象画を元に作った
抽象画は色そのものが何かを現している
具象画が形とか造形美があるが抽象画にはないからである。
抽象画には定まったものはないということである。常に変化するものとしてある。
だからかえって創作にゆきづまることもないのかもしれない
具象画だとどうしても形にとらわれるからそんなに大量生産できないのである。
タグ:溶岩

エジプト文明や江戸時代の稲作文明は安定した世界観をもっていた (現代文明は安定した世界観をもっていないからファシズムになりやすい)



エジプト文明や江戸時代の稲作文明は安定した世界観をもっていた


(現代文明は安定した世界観をもっていないからファシズムになりやすい)


●エジプト文明の3000年の持続性


「母材(土ができる前の元の岩石)の種類によって、土本来の性質がことなるので、理想の土はひとつではない」ということです。


エジプト文明がナイルの賜物というときナイル川の上流の岩石が土となり流れてきて定期的に洪水を起こし肥料となった。
そこに地球的ドラマを感じた。そういう地球的ドラマの中にエジフト文明が3000年つづいたのである。
洪水は自然災害は害のように見えるが洪水があることによって山林から栄養分が流れて肥料になる
肥料が自然によって継続的に供給されることによってそれだけの長い文明が維持されたのである。
農業を維持するのは土の栄養であり土が基本にある。
焼畑とか森林を燃やして灰にして肥料を作り畑を作っていたがこれは自然破壊になった。これは原始的農法で簡単だからはじめられた。
農業は肥料をどうするかなのである。
自分の庭でも花を咲かせていたが最近十年くらい咲いていた福寿草が咲かなくなった。
何か植えても消えてしまうのが多い、もともと地味がないのだからそうなりやすかった。土の栄養は放置しておくと栄養分が徐々に喪失して花すら咲かなくなり作物もできなくなる、ヨーロッパではそれでさんほ農作が行われた、土を休ませて別な土地で作物を作るのである。
つまりとをしたら土に栄養をもたせるかが問題になるのが農業である。
ともかくエジフト文明が3000年も維持できたのはそうした自然の壮大なサイクルの中に生活していたからである。
そしてそれはエジプト文明だけではない、マヤ文明でも日本だと縄文文明が一万年とか言われるのもそのためである。寿命が長い文明なのである。

エジプト文明というときそれが人類にとって何を意味しているのか?それを見るべきだろう。
その知識に欠けているがエジプト文明は自然の壮大なサイクルの中で持続していた文明である。洪水さえも自然災害もその文明に活かされていた
自然災害は地球規模でみれば災害ではない、洪水は土に栄養分を山林からる運んでいたのである。
これは科学的に探求すればきりがないだろう。その面の知識は自分にはない。
でも興味あることは文明とは何かというときエジプト文明を例にすれば一つの世界観をもつ、それはマヤ文明でもそうである。
それはその土地の自然から作られたのである。エジプト文明はナイルの賜物というときナイル河から作られた文明である。
そして農業中心だから定着的静態的文明となる。自然循環的文明ともなる
この世とあの世があるときエジプト文明ではあの世でもやはりこの世でしていたこと耕作など同じことをしていたのである。この世とあの世は連続していたのである。

これも何か変わっているのかとなると現代文明を見たら例えば東京でぎゅうきゅうづめの電車に乗って通勤していたり様々なストレスに悩まされて生活している、そういう生活をあの世までするとなると嫌になるだろう
普通はあの世はこの世の苦痛から解放される場所なのである。
それは仏教でもイスラム教でもキリスト教でも同じだった。あの世に極楽があり天国がある、この世は苦の世界でありこの世の継続があの世にあったとすると耐えられないのである。
もちろん生老病死はあるからそのために人間は苦を強いられるからあの世ではそうならないと願うことはわかるしそれを克服するために宗教がある
ただ全体的に見たとき世界観から見たときエジプト文明はこの世でしたことをあの世でも同じようにしていたということが現代からみると特殊なのである。
全くこの世のことがあの世にそっくり移行している、それは壁画に描かれている
こういう世界観は不思議である。この世がそれだけ悪いものでないからこそあの世もこの世の継続となったとなる,個々人は別にして全体的にそうみていたのである。
するとエジプト文明は3000年持続して平和で充足した生活だったのかとなる
ただエジフト文明を現代で理解するのは本当にむずかしいと思う


●各地の自然に根ざした世界観の喪失が国家主義やマルキシズムによる世界大戦を生んだ


なぜエジプト文明を例にしたかというと現代文明は混沌の文明である。何か一つの世界観などもてない文明である。世界観というとき自然に根ざして生れるからである。
東京のような所でどういう世界観をもって生きるのか、像をもって考えよというときその像がないのである。自然の像というのがない世界である。
高層ビルを見上げてどういうイメージか世界観が生れるのか?
そのことから人間にどういう影響を与えるのか?
それは世界観がないというとき精神文明がないということである。
文明とは日本文明とあれば日本独自の自然に根ざして文明があった。それが神道なのかもしれない、とにかく日本独自の世界観が作られていたのである。
それは日本語にもあり一つの日本文明が作られていた。
そういう世界観が現代文明ではもてないのである。
世界観がもてないというときカルト宗教団体などが跋扈したりナチスがファシズムが生れたりしたのが現代である。
それは日本だけではない、世界的文明が均一化して起きたことである。

 抑圧された国民は現実から目をそらし自分を見失う、そうしたむっつりとした空虚な国民の顔は機能障害社会に共通した不安と恐れを示している
 国民の顔に承認を見つけられない故に全体主義指導者は拡大を試みる以外に生き残る道はないと確信する、つまり、政治哲学の正しさを証明するには,他の国や民族ですらこれに従っているのたと国民に示す他なくなっているのである
 (地球の掟ーアル、ゴア)

 これは現代に近代に現れた世界的現象である。ナショナリズム、国家主義、マルキシズム的世界的労働者の階級闘争の共産主義でも同じである。
 ナチスもまたそういう共産主義の世界的闘争と共通したものがある。大量殺戮が行われたからである。それは現代のグローバル化した文明の病から生れたのである。
国民とは江戸時代には存在しない、それは国家主義により強制的に国民が作られたのである。国家を尊ぶのはわかる、でも政治的強制的側面が強いのである。
それは日本だけではない世界規模で起こり世界大戦となったのである。
創価のようなカルト宗教団体もそうした現代文明の病から生れた、それは強制的に信者にして国家を支配し国民を支配することであるから共通している、つまり他のカルト宗教団体でも一つのファシズムの変容したものである。

承認しないのに強制化して国民を支配しようとしているのは同じである。宗教はその道具にすぎないのである。
ハイルヒットラーと題目を唱えることはさぼと変わらないのである。
要するに世界観が喪失したばらばらとなった人間が狂気的に一体化しようとするのがファシズムである。
それはカルト宗教団体も同じなのである。すてに一体感がないから強制的に一体感を作るのがファシズムである。
それは現代文明が個々ばらばらの部品のようになって一体感が一つの世界観がもてないからなのである。

それは明らかに一つの世界観をもったエジフト文明であれマヤ文明であれ江戸時代の稲作文明では起こり得ないことであった。
そこでの民はいろいろ不満があり問題があっても一つの文明の適合していてその顔はその世界観を承認しているから世界を肯定的に見ていた故に外国から来た人が江戸時代の人々を見てみんな幸せそうな顔をしていたと見たのである。
各地のそれぞれの一つの世界観に生きることが喪失したときそうした国家主義とかマルキシズムとかの無理な強制的な世界観を作り出したのである。
マルキシズムなどでとてもこの世界を解きあかせないのである。それは階級という一部を取り上げたものであり世界を一部の狭い窓から見たにすぎないのである。
世界をみるというときみんなそうして一部を見ているにすぎないのである。マルキシズムはそれをあたかも世界を解きあかしたように錯覚させて世界を混乱させたとせなる

●科学技術文明は自然を支配する世界観だが原発事故のように突然崩壊する危険

人間がエジプト文明であれマヤ文明であれ世界観を自然の中で構築できなくなったためである。現代文明からは世界的にどこでもカルト宗教団体とか宗教もカルトになりやすいしナチス的ファシズムが生れやすいのである。
一つの固定化した世界観がないから人間は常に不安動揺の中に置かれているのである。
江戸時代が安定して外国人が来たときみんな幸せそうな顔をしていたというとき貧乏でも一つの安定した自然の日本的世界観で生きていたためだろう。
例えばエジプト文明にタイムマシンで行ったらその顔まで何か違っている
そこには安寧的な不思議な顔になっていたかもしれない、それは江戸時代の人々の顔とにていたのである。一つの安定した世界観の中で生きていたからそうなっていた
江戸時代も今になれば不思議となる。ただ明らかに稲作文明で一つの共通の世界観に生きていた。それが失われたとき柳田国男が日本の民俗学を起こした。
そういう新しい学問が生れたのは実はそういう世界が失われたときなのである。
稲作だとこれもいろいろ奥深いから科学的には追及できないが山から水が流れて田んぼをうるおし米が実る、その自然のサイクルの世界観をもっていた。
それが死生観に反映されていた。死んだ先祖は山に眠り春になると里におりてくる、春には田植えがはじまり再生するからである。
それは自然のサイクルの中で生きていたからそういう世界観になった。
それはエジプト文明ともにているのである。
自然の中で構築された文明は息が長い、そして世界観をもち人間も安定する
現代の人間が不安動揺とストレスの中にあるのとは違っていたのである。

自分が詩として山とか樹とか岩とか石とかを安定した要素として求めて書いたのもそのためである。
都会にはそういうものはない、絶えず不安と動揺のなかにある、グローバル経済でも日々不安定であり株の値動きにふりまわされている。
現代文明は常に動揺と不安のなかにあり安定しないのである。
グローバル経済を見ればわかる、世界で何か事件があればたちまち株は暴落してしまう。そこに安定した世界観を構築できないから世界的共通の問題として文明は今は共通でありそうなっている
科学技術文明でもそうだがこれも恩恵をもたらすにしても今回の原発事故のように不安定なものだったのである。
原発事故によって放射能で人間の生活の基本となる土や水や森林などが汚染されてたら生きることもできなくなる
科学技術は万全なのものではなく不安定な要素が常にあり一挙に崩壊することがある


原子力はそういう不安定なものであり危険なのもだったのである。
そしてなぜ原子力が原発を維持しているかというと電気を供給することより核武装のためにある、核を作るために原発を維持しているのである。
それはアメリカなどの圧力でもそうしている。
つまり科学技術文明はエジプト文明のように3000年とか持続するものではない、一時的に消耗する文明なのである。
それは精神的にもそうでありそのために一つの世界観を作れない、そこで人間は常に不安動揺の中に置かれている、現代人の顔が江戸時代の人やエジプト文明人の顔とまるで別人になっていたことでもわかるのである。
科学技術は必ずしも人間を幸福にするものでもないのである。
大きな自然のリサイクルから離れるとき人間は人間ですらなくなってしまうという恐怖があり現実そうなっているのである。
常に世界崩壊がカタスロフィが語られるのはそのためなのである。
外部的にそうなるのではなく内部的に現代文明が不安定であるから常に株の暴落とか何か突然に崩壊現象が起きるということにおびえているのである。
エジプト文明とか江戸時代にはあまりないことだったろう。

ただマヤ文明だと歴が発達して2020年に世界が崩壊するという予言をして滅びていた。
そういう終末観がやはり仏教でもキリスト教でもある、だから人間にはそういうことは常に恐れてあったとことは確かであてる。
それは常に自然の恐れに根ざしていてそうなった。
現代はそうした自然災害で滅びるというより何か科学技術の崩壊で今回のように原発事故のようなもので滅びるという不安が大きいのである。
科学技術が実は一番の不安要素となっているのも皮肉なのである。
なぜなら科学技術こそ現代を文明を作ったものだからである。
過去は自然災害が最大の崩壊の不安要素であったが今は人間か作り出した科学技術が一番の不安要素となっているのである。その象徴が原子力であり核兵器になってたのである。

穏やかな雲間に雷雨が潜むように
今日私に媚びる者が、明日には私を傷つける
ほとんど重量とてない取るにたらぬ原子から
世界は最後の審判を引き起こす
(ハンス・カロッサ)

これは原子力のことだった。原発は金になるからこの辺の住民も媚びていたのである。
双葉町では「原子力が開く未来」とか看板まで建てていた。
それが今度は住民を傷つけたのである。そして核の放射能で滅びる
土も水も汚染されて住めなくなった。
人類は意外なもので滅びる、いろいろ言われるが結局予期せぬもので滅びる
その一つに原子力や核エネルギーがあったのである。
posted by 老鶯 at 15:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本(世界)文化文明論

戸籍は何なのか? (一旦銀行にあづけた金は国家が管理する)


戸籍は何なのか?


(一旦銀行にあづけた金は国家が管理する)


ゆうちょ銀行の相続センターでの審査が通らないので、
書類がきちんと整うまでは、永久に銀行の相続を完了できなくなります。

当センターにご依頼頂いたケースですと、凍結した銀行口座の解約手続きを自分で進めようと約6ヵ月間頑張った挙句、「戸籍等の資料収集が煩雑」・「銀行員の指示が二転三転し手続きが混乱」等の理由から自力での手続きを諦めた相続人様からご依頼を頂いたこともあります。

初回で指示された内容と違う内容を新しく指示されて、「あの書類が足りない・この書類ではダメ」等と、銀行側の指示が二転三転することも珍しくありません。

なぜこの手続きで当該戸籍が必要なのか?
なぜ当該相続人の印鑑証明書と実印が必要なのか?

この意味を銀行員自身が理解していません。

銀行員が明らか法律を無視した対応をとる場合は、間違いを正すこともできます。

銀行員に対して正しい手続きの在り方をアドバイスするとこともあります。


ゆうちょ銀行が相続では一番めんどうみたいである。
なんでこんなめんどうなのことが必要なのかと聞いたら相続人を探しているためだというでも提出した書類には相続人はすべて死んで残った一人の姪子の書類はハンコなどをおしてもらい提出している
あとの相続人は死んでいるのである。それもすでに母が結婚した前の夫は戦前の人であり死んでいる、その息子も兄になるが交通事故で死んだ、あと何を調べようとしているのかと聞いたら転籍した先での戸籍に養子などがないかどうか調べと言っていた。
それも提出した書類でわかるのである。
戸籍のつながりを見なければならないとは言っていた。

戸籍はなんのためにあるのか?

相続が発生するとき戸籍が必ず必要になるから

他にも戸籍には国民を管理する機能がありそれに異議を唱える人がいる、差別だというのもあり私生児と摘出児とか非摘出児とか他にも戸籍で差別が問題になる
明治大正になると戸籍に平民とか記されているから士族と平民に分かれていたのである。戸籍は江戸時代では寺が役所の代わりで人別帳を作り管理していた。キリシタンをとりしまるためにも管理していた。つまり国家で管理するのが戸籍にはもともとあった。
それが明治になると四民平等に建前はなったが差別が継続されていたのである。
それで戸籍の国家管理に異議を唱える人はマイナンバー制度も国家の管理を強化するからすべきでないと論述している

そもそも戸籍など普通のときは考えない、でも戸籍は相続の時一番かかわる、戸籍はやはり国家が国民を管理するためにある、そしてわかったことは

ゆうちょ銀行であれ他の銀行であれあづけた金は国家が管理する

一見自分の金のように見えるが一旦金を銀行にあづけることはそれは国家にあづけることでもあるのだ。
だから相続のとき戸籍を通して相続に関与するのである。相続に銀行が国家が関与するのでてある。銀行はつぶせないというとき国家が援助してつぶさせないことがある
国家と銀行は金を管理することで一体なのである。
それは日銀と銀行が実際は金をコントロールしていることでもわかる
銀行はつぶれない、それは国家の支配下にあるから簡単につぶせないのである。

だから預金封鎖があるというとき国家と銀行が一体となって実行する
銀行から金がおろせなくなるのだ、一旦銀行にあづけた金は必ずしも簡単におろせない
良く十万くらいならいいが額が大きくなるとおろしにくくなるなど言われるのもそのためである
例えタンス預金していても一旦預金が封鎖されれば新紙幣しか通用しなくなるから出さざるをえなくなるのである。旧紙幣は使えなくなるからである。

戸籍にもいろいろな問題があるが戸籍は国家が深くかかわるものでありそれが役所の主な仕事となっていることでもわかる
国民を国家が権力者が管理支配するために戸籍がある。
戸籍は明治時代に家中心の支配体制を作るために国家がその制度を作った
戸主を中心にして家があるというとき明治時代に家制度ができたからである。墓をみればわかる、家族墓というのが明治以降にできたことでもわかる
つまり・・・・家の墓というのは明治以降できたものである。

なぜならそれまでは江戸時代は・・・家の墓がない

個人墓か夫婦墓である。侍でも・・・家の墓はないてのである。
これは不思議なのことである。・・・・家の墓というときそれは明治時代以降に家族中心の戸主中心にして国家の強制で管理するためのものだったのである。
それは天皇を頂点にして日本人は一大家族だという国家体制を作り上げたとと批判する人もいる。それはサヨクになるがそれも問題にしろ一理ある。
一つの疑問として国家主義というのは世界的にも近代化して国家主義が世界で台頭して世界大戦になったのである。国家というのがないときもあった。国家という概念は意外と新しいのである。
国家がなくなればシリア難民のようになるとか国家主義が国家が最優先するというのもわかる、そもそも国家と民族は違っているし過度な国家主義にはナショナリズムとかには疑問がある。

いづれにしろ相続では兄弟がいれば甥姪まで関係してくる、一人いただけでもこれだけめんどうなのである。
そしてあったこともない親戚も相続に関与してくることがある
だから相続はめんどうなのである。ただ財産がなければこんなんどうなことはないのである。
そして相続の疑問は親戚でも戸籍上でつながっていても全く実生活と関係なくなっている人もいる、でも相続では戸籍を執拗にたどり相続者を探すのである。
なぜ養子がいないかなどまで探すのかとなる

だからこれは別に法律的に正しいということでしているとは限らない、それで弁護士に相談しなさいとなる、ゆうちょ銀行でも相続人の一人として権利をもっているようになっているからである。相続争いに銀行が関与しているのである。
一旦金をあづけたらそうなるのである。なぜそんな権限があるのかとなるといっても一旦金をあづけたらそうなるのである。


それで矛盾を感じたのは血縁関係がないと義理の母を介護でいくら世話しても財産を相続できないという深刻な問題が起きている、実子は血縁関係があっても何も世話しない、でも相続できるのであり介護した嫁は相続できない、これは大きな問題だけど法律上はめんどうになる、法律は常に時代の変化とともに変わる、でも旧来のままになるのも多い
すでに家族が旧来の戸主を中心とした長男を中心とした家族ではなくなっている。だから相続でも問題が起きる。
介護とかその他血縁関係がなくても世話になればその人に財産があれば残したいとあっても特別縁故者になるとまた相続がめんどうになる

銀行にあづけた金は血縁者のみを見ている

だから銀行に金をあづけることは血縁者でもあの人には残したくないというときそれができなくなる、そのためには何らか事前に手を打つほかない
銀行にあづけないとか何か事前に対策をとる必要がある、ただタンス預金も危険になり現実自分も被害があったから勧められない、ではどうするかはやはり何かあるのである
法律の抜け道とかすべて法律で決まる訳でもないし、そこに知恵を働かすべきである。
とにかく銀行に金をあづけるのは今や利子もなにもつかない、あとで相続すら自由にならないから各自このことは考えるべきである。

そしてこれは複雑だからゆうちょ銀行でも他の銀行でも良く理解していないのである。
それで弁護士に相談してくださいとなっている。法律的にめんどうだから銀行自体でも相続ではまちまちであり決まっていないのである。
なぜそこまで調べる必要があるのか、戸籍が必要なのかどうかも実は明確にわからないということである。でも一旦金を銀行にあづけたら銀行がその権利をもつようにさえなっているのである。国家と銀行は一体であり国で管理するとまでなっていることを知るべきである。

タグ:戸籍とは
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2016年05月23日

木蔭(老人は木蔭に休むのがふさわしい) (老人のあるべき所が失われた)


木蔭(老人は木蔭に休むのがふさわしい)


(老人のあるべき所が失われた)


仮設暮らしの老人が日がな川岸の木蔭でやすんでいる、意外と仮設暮らしはまず補償金がもらえるから余裕がでているのだ。
今まで金の入らない人も金がたまったと喜んでいるのだ。
そしていつも仲間の老人と近くで顔合わせられるからいいと言っているのである。
そして老人は何か木蔭に休んでいるのがにあっているのだ。
それも自然の木蔭だといいのである。



故郷の木蔭

故郷の古木の陰に
老人が何人か日かな休んでいる
古木の日影は風が涼しく心地よい
故郷の古木の大木の陰に
老人が休んでいるのがふさわしい
昔を語り心安らかな日々が
長く暮らした故郷にあるのがいい
なじみの人がいて家と土地を持ち
老人はここに安らぐ
皺の深い老人自体がは古木なのでてある 




動かない岩

森の奥処の大きな苔むした岩
どっしりとして動かない
森の木々が覆い影なして
ひんやりと谷間の風が吹いてくる
小鳥の声がひびき流れの音がひびく
清涼なその奥処を乱すものはいない
そこに岩は動かない
そこが岩のあるべき場所だから
そこに岩も樹も老いてゆく・・・・

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都会になると何か木蔭といっても騒々しいし窮屈なのである。自分はずっと学生時代に東京にいたけど都会を嫌悪するようになった。
おそらく性格的なものがある、何か人づきあいが苦手であり30年間隠者になっていたということが不思議である。引きこもりといえばそうなる
こんなことがありえたのは家族環境が特殊だったからである。
自分はそもそも団体生活になじめない、学校もなじめなかったし会社勤めもできない、ただ変なのは懸命に団体生活してとけこもとうしていた、学生時代に体育会に一時入ったのもそうである。カルト宗教団体に入ったのもそういう団体生活をするためだったのであるそれ以後自分は社会から離脱したというか隠れてしまったとなる
ずいぶん旅行ばかりしたとなるが旅となると別にこれは人と関係しないのてある。
一人旅でありこれは何か社会とも関係しない、だから社会訓練に自分は本当に欠けていた社会常識が養われなかったのである。それで親の介護で苦労したのである。
会社勤めとか人間はしていないと社会常識が養われないのである。


木蔭というとき海側は松の木であれ何もなくなったので海岸線に木蔭がなくなったので休む場所がなくなった。
海側に松原があったときは天然のクーラーだった、いつもそこで休んでいたのである。
海側は今や全く木蔭がないのである。
木を植えたが育つのは五十年後とかなってしまうからその頃は死んでいる

田舎にはもともと木蔭が多い、原町から高倉辺りから飯館村に行く道で細い一本の道がありそこは車が通るとしても一台くらいしか通れない狭い森の中の道なのである。
そこは長い日影の森の道である。あのような場所が田舎ではどこにでもあるだろう。
ただ郡山市とか福島市だと近くにはないがここにはある。
そして福島県の浜通りで一番いいのは夏でも海から風が吹くから涼しい
今日は暑い、でも海から風が吹くから福島市のような盆地とは違う
あそこには暑いし寒いから住みたくない、会津でも雪だし住みたくない、老人になると気候の影響が大きくなる
自分の場合暑さにも寒さにも弱いから余計にそうなる
福島県の浜通りは老人がリタイアして住むのは気候的にはいいのである。
会津など雪で向いていないのである。

この辺で津波であれ原発事故であれ避難した人たちがいるがやはり失ったものは故郷でその古木の陰で休んでいるのが幸せということがあった。
東京の高層ビルのマンションに住んでいるのが老人が嫌だというのもわかる
あれは浪江の老女だった、田舎の離れた一軒屋のような所に住んでいたからである。
東京で贅沢しても嫌だとなる


ただ田舎暮らしは意外と都会と同じように都会より今は金がかかる、だから厚生年金で平均して15万というけどそれでもたりなくなるのが実情である。
田舎では家をもって土地をもってその土地も田んぼとか畑をもっている人がもともとの田舎暮らしをしている人である。
でも今はそれだけでは生活できないから金がかかる
車は一人一台とまでなっているからその維持費がかかるとか田舎は意外と金が都会よりかかる
だから家が田んぼ畑があり勤めがあり資産をもっていないと暮らしていけない
そういう余裕のある人だと田舎はいいなとなるのも実情である。

ともかくこの辺は特に老人が増えた、避難区域の小高でも帰っても8割くらいが老人になるだろう。
確かに小高でも木蔭に休む野はいいかそれができるとしたらやはり若い人が働いているからなのである。老人だけだったら街が成り立たないからである
老人がそうして木蔭で休んでいられるのは若い人が働いていればなのである。
8割もの老人がただ木蔭で休んでいたら街は機能しない、老人でも実際はゆっくりそうして木蔭で休んでいられないとなるのだ。
だかち8割も老人だけの街がどうなるのか?それはイメージできない、何か問題が起きても不思議ではないのである。な

タグ:木蔭

2016年05月22日

夏の庭と近辺の風景(短歌) (仮設も消えるので記念撮影ー仮設暮らしは老人にはかえって楽なものだった)


夏の庭と近辺の風景(短歌)


(仮設も消えるので記念撮影ー仮設暮らしは老人にはかえって楽なものだった)

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石の陰クリスマスローズ咲きにけり目だたざるかな我が庭に咲く

我が庭に三色の花植えて見る華やぎにけり老いを楽しむ

真昼間の川の岸辺の木蔭にそ休みつつ鳥ののびやかに鳴く

新しき家々建ちてクローバーのなお空地に匂いけるかな

仮設にそ五年の住みて菖蒲咲く老夫婦のなお帰らざり

赤々と前畑に咲く夏の花午後にひそかや働く女かな

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庭作りしたら肥料だけ二十俵とかかかった、10万は軽くかかるそれに手間賃になる。
何か老後の趣味としては庭作りが向いている、なかなか外に出るのが億劫になるからだ
自分の庭は狭すぎる、そして納屋だったところを庭にしたので土が悪くて花も咲かないのである。
それで肥料をやって花を咲かせることにした。その方面で働いた女性がいて庭作りしてもらっている。
もともとこの庭は小高の人が作ったのである。その人は大工もできて庭作りもできてと何でもできる優秀な人だったのである。仮設に住んでいたが小高には帰らないという

仮設というときすでに五年すぎたし以前として帰らない、7月に野馬追い前に解除すると言っていたのだがそれがどうなるのか?
いづれにしろ今年中には帰り仮設は壊されるだろう
それで記念に写真をとってきた。菖蒲が咲いていてあそこは盆栽を飾る老夫婦が住んでいたのである。菖蒲と老夫婦というのもにあっていると見た
5年もいれば長いからなじむということがある。仮設暮らしというのも不思議な経験だったろう、かえって老人は暮らしやすい、長屋のようになっていていつも顔合わせられるからいいと言っていた。
あれは高齢化社会の一つのモデルだったかもしれない、老人はあのように長屋のような所でまとまって暮らすのが居心地がいいのである。
今は家族でも老人は邪魔者扱いされやすいからである。
そして今思っているかというとこのまま補償金をもらいつづけて仮設にいたいとまでなっているのである。補償金を一人十万以上もらえつづければ老後はそれで楽になる
それで国民年金しかもらっていない人が多いからそうしてもらいたいと訴えているのである。そうなれば原発事故で得した良かったとまでなる

でも小高に帰っても老人が多い、病人の老人の夫婦が帰って暮らしていたけどでは誰が世話するのかとなる、若い人はいなくなっているからだ。
シルバータウンになってしまう、買い物する所も品物が少ない一軒しかなかったのであるそんなところで街が成り立つのかとなる、そして問題は小高の場合は南相馬市だから直接その負担を負うことになる、福祉でもなんでもそうである。
それは浪江町とか大熊でも少ないにしろ住んでいるから病院が満員になっている
入院したらすぐ退院してくださいというのもそういうためである。
一方で浪江町から福祉関係や看護師なども入って働いていることもある
ただ外から入ってきて負担になっているのである。


そして小高とか鹿島区の亀裂は修復できないほどになっている、鹿島の人が集まると小高に対する不満になる、なぜあんなに補償金もらい優遇されているのだという話ばかりなのである。自分もそのことを思っているから小高の人とは話にくいとなる
その亀裂は深い、鹿島の人たちも裁判しているようだがそれも効果ないだろう
福祉関係とかでも医療費でも鹿島区はすぐに打ち切られて恩恵がなかったのである。
もちろん相馬市の不満はさらに大きいだろう。何ももらっていないし他でもそうである
補償金で南相馬市の一体感は失われたのである、そのしこりは残る

前畑で働き赤い花が映えている、まさにこの光景が田舎なのである。
前の畑で収穫があるということは新鮮な野菜がいつでも食べられる
それは売るものでないから農薬も使っていないのである。
それが人間的生活なのである。それが回復さされば復興になったということなのである。



タグ:夏の風景

生活保護は富裕層の安全のためにある (格差社会では富裕層は危険になる)



生活保護は富裕層の安全のためにある


(格差社会では富裕層は危険になる)


入所受刑者にかかる税金からの支出額である。ニューマン氏の見積もりによると、1人当たり年間380万円かかっているという。その他にも、取り調べや訴訟、移送などにかかった分として30万円が想定されるという。さらに高齢者の場合は収容中の医療費も必要になる。合計して、高齢者受刑者1人当たり420万円、と算出しており、これは福祉制度を通じて得られる可能性のある金額よりもはるかに大きい


生活保護は何なのかわからなかった。底辺層とつきあうと生活保護と必ずかかわる、それも現代的な問題である。
生活保護は突然の病気とか何か思わぬことで失業したりしたときのセーフティネットとされる。
何かみんなもそう思っている、一方で生活保護はなまけものであり働けるのに働かないものがなっているという批判もある
生活保護の人もいろいろいるからわからない、でも老人でないならたいがい働いているのである。働いても半分くらいは引かれているし収入にならないようになっている。
つまり生活保護なのにその上働いて収入になったら他の人から批判がでる
みんな生活保護もらって働いて収入になればいいとなるからだ

生活保護がそもそも何のためにあるのか?それは確かに病気とか何か不慮の事故とかありそのために一時的に援助するためにあるとなっている。
でも本当は生活保護はそのためだけではない、今日のテレビ討論でタックスヘイブンのことを言っていたけど富裕層は安全な社会があってもうけることができる、アフリカとかソマリアとかでもうけることができるますかと問われた、治安が良くなければ富裕層にはなれないのである。なぜならそういう人は襲われて殺されたり普通にあるのが治安の悪い国である。
ブラジル辺りでは金持ちから盗むことを悪いと思っていない、当然だと思ってしている。貧富の差が激しい国ではそうなる、泥棒にも三分の理があるというとき社会格差が常にあったから江戸時代でもそうである。

要するに今のように格差社会になると富裕層は危険な状態になる、自分は別に富裕層でもない、でも犯罪にあったのは今老人は経済的に苦しい立場に置かれている、まず国民年金では暮らせない、平均して厚生年金でも15万というときそれでもぎりぎりなのである。
いろいろ引かれるからそうなる、すると老人の犯罪が増えるのも高齢化社会で増えたのだから当然だとなる
犯罪を犯して刑務所に入った方がいいとわざわざそうする人もいるというのもわかる。
それだけ追い詰められているのである。
生活保護を受けるとなるといろいろめんどうになることもある、特に男性はむずかしくなる。すると刑務所に入るのが手っとり早いとなる。

生活保護をみんな批判するけどなまけもので働かない奴などととしている。
それもあるが結構真面目に働いても生活保護の人がいる。なぜ働いているのに生活保護になっているのか?
その人はなまけものではない、でも夫に恵まれないとか障害者の子供をもったとかなんらかで生活保護になった。その人はなまけものではない、生活保護になった人はいろいろでも別になまけものだからなったとは限らない
要するに格差社会とはいくら懸命に働いても格差は縮まらないのである。だから階級化した社会とか言われる、貧乏人の子供はいつまでも貧乏人であるとか不満になる。
それを今タックスヘイブンとかで富裕層が批判される
富裕層がもうけられたのは治安がいい社会があってこそでありそのために社会的コストを支払うべきだとなる
富裕層でそれを真剣に自覚している人は意外と少ないのである。


格差社会になると富裕層が本当に危険になる、アメリカでは極端だから富裕層だけが集まり住んで治安を守る街が生れる、富裕層は常時危険にさらされるているのである。
生活保護は何のためにあるのか?基本的には病気とか不慮の事故とかのために安全を確保するためにあるとかなるが実際は違う。

富裕層の安全を守るために生活保護がある

生活保護とは
「あなたには最低限生活する金を与えますから犯罪を犯さないでください、私を襲わないでください」ということなのである。
そのことを富裕層は自覚していないのである。
自分も富裕層ではないのに襲われたから怖いと思った。
そういうふうに刑務所に入った方がいいと思う人が困窮した人たちが増えている、老人でもそうである。それで新幹線で年金で生活していけない自殺した人もいたことでもわかる国民年金くらいでは生活できないからである。
生活保護でもいろいろあり地方だと一万しかもらえないとかもある。年金をわずかでももらっていて生活保護が二万とかもらえないが
医療費とか福祉関係は無料だという人もいる、まず地方では生活保護は子供でもいない限り本当に最低である。

だから格差社会が固定化してゆくと富裕層は危険になる、太宰治の実家は大地主であり小作に襲われることを恐れて高い煉瓦の塀を作っていた。
あの時代ならそうであるが現代は何か富裕層が見えない、貧乏も見えない時代である。
でもぎりぎりに追い詰められている人が増えている
そういう人が突然牙を向き襲ってくる、老人でもそうであり恵まれている人は一割くらいだろう。あとは下流老人になる、そういう社会は富裕層は危険になる。
自分は金持ちではない、たまたま多少の遺産が入っただけである。
旅行したにしても最低の金しか使っていない、自転車旅行だったらテントだから泊まるのは無料だとなる、自分が金持ちだと思ったことは一度もないのである。
ただ自由な時間が与えられていただけなのである。

つまり生活保護とか社会保障とは現代では格差社会になると余計に治安を維持するための富裕層ならそのために税金を払わねばならない、タックスヘイブンとかで税逃れるすることは富裕層自身の安全を脅かすものとなるのだ。
そのことを富裕層が自覚しないのである。格差社会になるとその危険度はましてくる
生活保護費用は実際は刑務所とかで囚人として世話するより安くつく、
「生活保護費用ないで暮らして犯罪を犯さないでください」それが生活保護の理由なのである。
そうでないと富裕層を襲う事件が暴動さえ起きてくるかもしれない時代である。
だから富裕層が税金逃れすることなど許されない時代になっているのだ。
自分は車ももっていないし何ら贅沢をしていない、富裕層でもない、でも襲われたのである。それだけ底辺層が増えて現代は危険な時代になっているのである。
タグ:生活保護
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2016年05月21日

ニュースも地理がわからないと理解できない (車のナンバーから地域を見るー舛添氏は湘南ナンバーと品川ナンバーの車をもつ)


ニュースも地理がわからないと理解できない


(車のナンバーから地域を見るー舛添氏は湘南ナンバーと品川ナンバーの車をもつ)


1位に輝いたのは「品川」で、調査対象のうち12.4%の支持を集めた。港区や中央区、千代田区など東京でも特に地価の高い区域を擁するせいか、「都会のイメージでかっこいい」「外車が多い気がする」など、お金持ちなイメージの「品川ナンバー」に憧れを持つ人が多いということがわかる。

 2位は「湘南」(支持率8.6%)。平塚市、藤沢市、茅ヶ崎市ほか神奈川県西南部を対象としたナンバーだ。神奈川というおしゃれなイメージに「ハマっ子のイメージがかっこいい」 という声のほか、「湘南ナンバーをつけたオープンカーで海沿いを走ってみたい」といった声が寄せられた。

 3位につけたのは「富士山」(支持率5.0%)。ご当地ナンバーの代表格に挙げられるが「日本一の感じがするから」「レアな感じだから」「2県にまたがる初のナンバーだし、日本を代表する山だから」といった声が寄せられ、これぞ日本というイメージか。


車もっていないから車のことがわからないけどこの辺で震災以後原発の除染などで全国から人が集まっている
それで気になったのが車のナンバーなのである。面白いから必ずどこから来ているから見ている
確かに湘南は何回か見かけている、自分は湘南のことはわからない、ただ湘南というときなにか東京の別荘地とかのイメージがある。実際に湘南は何かそうした高級な遊び場としてあるのだろう。
地理的には鎌倉から江ノ島から海岸沿いに湘南があり小田原があり湯河原がある
この辺は海があり富士山も見えるし東京の混雑した地帯と違っていい場所なのである。
鎌倉は歴史の街でもあるからこの辺は観光地にもなる、小田原も海が近くて箱根山があり桜の季節に行ったときは城がありいい所だった。
つまりこの辺のことをイメージできることが大事なのである。

舛添東京都知事の妻が湯河原だったというとき湯河原はどこだと思った、小田原のとなりとなると結構遠いと思った。小田急のロマンスカーで小田原まで行ける
それには乗ったことがない、学生時代にその沿線に住んでいたけど旅行にその時興味なかったのである。
湯河原に舛添知事の別荘があったということは納得がいく、東京とは違いあの辺は前が海であり江ノ島辺りからは北斎の浮世絵で有名なように富士山も見える
「湘南ナンバー」の車を舛添知事をもっていたし品川ナンバーの車ももっていたとなる最もステータスの高い地域の車のナンバーをもっていたとなる
それも何かクラスの高いものをもつことに執着していたからだともなる、ただたまたまそうなったとのだろう。

要するにニュースでも地理がわからないと何かあっても理解できない、湯河原はどこなのだと最初わからなかった。小田原の隣なのかとなるとイメージできる
東京からは結構離れているなとみるし海に面しているから景色がいいとなる
石原慎太郎でもそうだが湘南というとき大金持ちはヨットをもっていたりする。
東京には金持ちが多いから湘南というときそういう金持ちの遊び場になっているのだろう

「湘南ナンバーをつけたオープンカーで海沿いを走ってみたい」

そういう金持ちの家の若者が遊ぶ場として湘南がある。この辺だと仙台市に金持ちがいる海の方に家を別荘など建てた人がいたかもしれない、でも津波で流されてしまった。
自分の近くにも別荘をもっていたが売りに出されていた。それが津波で流されて何にもなくなってしまった。1200万で売り出していたが一文にもならなかった。

ともかく日本全国だとたいがい実際にその場に行っているから話を合わせられる、つまり話を合わせるのにはも地理を知らないと合わせられないのである。
三陸で働いていた人が空が狭いとか何か狭さを言っていたが三陸だと後ろが山であり前が海だからそうなる。それもその地理を知らないと話が合わせられない
そういうことはいくらでもある、ニュースでもそこで起きた場所の地理を知らないと理解できないのである

それは世界でも同じであり世界となると広いからどうしても地理的に理解が欠けることが余計にわかりずらくするのである。
シリアってどこなんだとかなり地図を見てわかったようでもわからない、なぜあそこであんな悲惨なことが起きたのかということが理解できないのである。
世界史でも基本的に地理がわからないと理解できない、なぜイギリスがて夏の海を支配したのか、小国のオランダが世界的に進出できたのか?
オランダはニシン漁で船が改造されてそれで船の建造の技術が発達して海に進出して貿易国となり栄えた。そもそも海に面していたことが地の利で有利になりそうなった。
そうでなければあれだけの小国なのだから栄えることはできないのである。
世界史は基本的に地理からみればその基礎的なものは理解できるのである。

原発事故でもなぜ福島県の大熊とか双葉に建てられたかとなると地理的なものが要因となった。あの辺はもともと余の森という相馬藩では開墾されていない森や野だったのである余の森とは相馬藩主の余の森ということで岩城氏と争っていた地帯である。
大野と広野とかあるのもそのためである。
それは前の原町市とかいわきの前の平市からも離れているから反対がないということで建てられたのである。東京からも離れていて放射線の影響がないということで建てられたのである。

鎌倉から江ノ島から茅ヶ崎、小田原、湯河原そして熱海となる、この辺は東京に接していい場所だとなる、金持ちも多いということである。

江ノ島や茅ヶ崎に見て秋の暮

イメージして作った句だが茅ヶ崎は江ノ島が見える、あの辺は江ノ島が中心的になり孤を描いている

それから意外なのは

湯河原で2・26事件の舞台となった「伊東屋旅館」です。

伊東屋旅館は国の夕景文化財にも指定されている、歴史のある旅館です。
事件当時、前内大臣の牧野伸顕が、家族や付き人と共に宿泊していました。
牧野伸顕氏の家族は、別館「光風荘」におり、そこで牧野伸顕は青年将校の襲撃に遭います。

伊東屋旅館は、文豪・島崎藤村ゆかりの地でもあり、遺稿やゆかりの品を見ることもできます。

ここは文人が集まる別荘地がもともと多い場所だったのである。だからこそ要人の別荘もあり事件が起きたという因縁がある
ただ舛添知事の場合は妻が湯河原でありその縁で別荘を建てたとなる

ともかくこの辺では除染とか工事関係で全国から来ているから車のナンバーが気になる
「富士山」のナンバーは目だっていた、その人に話しかけたら富士山を毎日見ていると言っていた。きれいに富士山が見える場所に家があると言っていた。田からうらやましいと思った。
今はなかなか車の人と話しにくい、車は閉鎖された空間なのである。
ただ車のナンバーからその地域がわかりそれが話するてがかりとなり安いのである。

それでも品川ナンバーを見た記憶がない、もしかしたら一回くらいあったかもしれない、東京都にもいろいろあるとするとそれも全部は見ていないから品川だけが特別見ないとはならない、東京は地域的にわかりにくい、ともかく富士山となるとわかりやすいし他でも湘南なら一地域でわかりやすいのである。

この辺では原発事故後いわきナンバーが嫌われた。それは大熊とか双葉であるがここはいわきナンバーだったのである。浪江もいわきナンバーなのである。ナンバーを見て傷つけられることもある。
地域がわかるからである。でも福島ナンバーとなる南相馬市から相馬市とか中通りとかずいぶん広い、福島県はいわきナンバーと福島ナンバーと郡山と会津ナンバーに分かれている
福島ナンバーの範囲は広い、これだと地域でもわかりにくい、いわきとか会津だと地域が特定しやすいしわかりやすいのである。
福島ナンバーに浜通りが入っていることがわかりにくいとなる

全国的に岩手県が平泉ナンバーになっているのは観光のためだろうか?富士山とかもそうである。一般的に地域的には県単位で三つとか四つとか少ない、その地域を車のナンバーからはわかりにくいのである。ただ目安はできる、東京だって七つの地域に分かれているだけである。
宮城県は一番みかけるが宮城と仙台のナンバーしかない、ということは仙台市以外は宮城のナンバーなのである。仙台というナンバーはこの辺では一番目につくのはわかる。

この辺でボランティの人が津波の被害のとき来たけど「京都ナンバー」は目だったの記録した。やはり車はまず地域に注目するのである。

日本のナンバープレート一覧

posted by 老鶯 at 16:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2016年05月20日

抽象画(流れー続編)ーラベンダーの丘



抽象画(流れー続編)ーラベンダーの丘

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ラベンダーの丘というのは素材にあったものを変えた゛今回の元ととなった絵は123RFという有料のサイトから変化させた。
本当は有料だから許可が得る、でも何かなんでも変化させても抽象画になるとは限らない抽象画になるのは本当に偶然である。

そして抽象画の鑑賞でも具象画をイメージしないと鑑賞できない
今回のportcityは港町をイメージしないと何かわからないからだ、鑑賞できないのである
他は流れの続編だが多少平凡化している。
ラベンダーの丘は具象画的になっているから成功したかもしれない

ともかく抽象画の元になるのは無限にあったとしてもみんなが抽象画となるわけではないいくら変化させてもならないものはならない、なるものは一発でなることもある
その理由は良くわほからないのである。
ただこれもマンネリ化するかもしれない、なんか同じようなものだとあきられるかもしれない、結局あきるとしたら自分が創作に飽きるのである。

みんなが記者になるインターネットの時代 (現場の被害よりいい写真をとることに夢中になる)



みんなが記者になるインターネットの時代


(現場の被害よりいい写真をとることに夢中になる)


現代というのはインターネットになると写真をとって即座にプログにのせることができる速報性では新聞より優れている、そして自分もインターネットで報道などしてしてすでに十年以上になる、別にこれで何も金も報酬もなにもなかった
でもなぜ夢中になるのか?金もらえるわけでもないし名前が売れるわけでもないし金銭的にも他に何も得られないのである。
それでも夢中になるのは何なのか?それは報道するということが人間の本能に近いものがあるからだ
人間は別に利益があるから何かをするということでもない、人間は何でも自然なら美しいものを見たら報告したい写真にとったらそれを見てもらいたいという願望が常にある

常にデジカメをフマホなど持ち歩いていること自体すでに一瞬の場面をとらえて報告するツールになっているのだ。
即座にインターネットにアップしてリアルタイムで報告することがインターネットの特徴なのである。
週刊誌だって三日あととかであり雑誌になると一カ月に一回だからこうした速報性はない速報性はインターネットが一番ある
そしてとてもマスコミでとらえられないものをその場その場に生活している人が報告するのに適しているのだ、その土地の事情に通じているのはそこに生活している人であり
遠くから記者として来る人ではないのである。


それで今回の東日本大震災の津波の被害や原発の被害のことを自分が報告したことは相当に効果があった。相当にプログが読まれた、3000ページビューとか今でもある、平均してそうなのだから多いと思う、割り引いてもページビューが多いのである。
最初のプログは認知症関係で多かったが次ぎには震災の津波原発事故でさらに増大した。認知症にしても自らの苦しみ実況中継したようなものだったのである。
だからこそこれも読まれたのである。その記録は今も残っている

これまではこういう個人的な体験はメデアを通してマスコミを通してしか報告されなかった。そこでどうししてもバイアスがかかりマスコミの意向が入ってきて真実が見えないということがあった
なぜマスコミを通すと真実が見えないかというとその報道する局でNHKでも編集するからその局の意向が放送に入ってくるのである。
そしてマスコミの番組作りの最大の目的が視聴率にある、どれだけの人が見ているかを番組作りで一番気にしているのである。NHKでないとどれだけ見ているかで会社の宣伝になるか決まるからである。

マスコミの問題として何か常に極端なものを例として出す、貧乏問題では極端な貧乏の人を紹介する、その極端なことが一般化するのである。
「犬が人を噛んでもニュースにならないが、人が犬を噛めばニュースになる」
アメリカ大統領候補のトランプが大衆はニュースに飢えているから過激な言動をして大衆に訴えると自ら言っていることでもわかる
人間は当たり前のことに誰も注目しない、なぜ津波とか原発事故でゴーストタウンになったとき注目されたのかそれはあまりにも異常な状態がつづいているからである。
自分自身でも未だに避難区域で人が住んでない家のことなど不思議を書いてきた
こんなことありえないことだからニュースにもなるのである。

極端なものが常に一般化する傾向は報道にある
それはインターネットでも起きている、ある特定の人の発言の攻撃が全体に影響しているという。他の人もそのたことにひきづられている
何か人間の心理にある、西部劇でリンチするとき、一人が異常に攻撃してその人につられてみんなも感情的になりリンチを加える、人間の心理にはそういうことがある
東京都知事の舛添が批判されても仕方がないのだがなにかこの際つるし上げて喜ぶということもある。人間にはリンチ(私刑)にする心情があるから法律で客観的に裁くようにしたのである。感情的になると偏ってしまうからである。

現代人はみんな記者になるというときカメラマンになるというとき津波でもその映像をとることに夢中になっていて助けもしなかったということが反省された
衝撃の津波の映像を残そうとして目の前の人を助けなかったから反省している。
それは常にマスコミは災害現場で困っている人をないがしろにして悲惨の現場を写真にとり報告しようとしているのと同じだったのである。それが個人レベルで起きているのが現代なのである。
プログでもyoutubeでも放火してまで視聴者を増やそうとしていることがあり同じことが世界で起きている、それだ金を稼げるとなればますますそうなる、それはマスコミと同じになったのである。
どうしたらみんなが見るのかということはマスコミを腐心している、個々人でも同じなのである。
より衝撃的な映像を出さなければ見てくれないからである。

テレビドラマで火事の場面をその炎を写して注目をあびたカメラマンがいた。
その人が放火したわけではないがその時中で子供が燃えさかる炎の中にいたのである。
そして死んだのである。その時母親がそんな火事の写真を出さないでくれと生き残った息子が恐怖するからとか言ったが全くとりあわなかった。そのことで母親はそのカメラマンに殺意を抱き殺したのである。
こういうことがプロのカメラマンでなくても一般人にもインターネット時代にはスマホ時代には起きやすいのである。


美しい八沢浦が蘇ったという写真をのせて紹介したとき、その水が引いたあとには子供がどろまみれになって死んでいたのである。それを自衛隊員がどろをかきわけて探していたのである。
「前は人が子供がここで死んでいるのに美しい八沢浦が蘇ったなど言えるのか」
そういうおしかりがあったが当然だった
でも津波に関しては本当に悲惨な光景しか目にしていない、どろどろの海となりガレキで埋めつくされていた。そこに美は全く感じられなかった地獄の風景だったのである。
八沢浦は家が少ないからガレキの山にはなっていない、本当に古歌に残っている美しい入江が再現されたことに自分は正直驚嘆したのである。
ただそれは一時であり水が引いたときは泥の海になっていたのである。
朝日がさして八沢浦に浦波がきらきらと寄せてきたときほど驚いたことはなかった。
それは一時の奇跡だと思ったのである。
だからこういう場面を写真にとって残しておきたいとなるのは人間としてまちがってはいないが目の前で津波にのまれるのをみて写真にとっていたら人間的には許されないとなるだろう。

インターネット時代の報道は変わってくる、マスコミの報道とはかなり違ったものとなるその場で生活している人がその場には一番詳しいのである。マスコミより詳しいのであるただ多くの人目にふれるのはまだマスコミである。
インターネットではあまりにも多すぎて記事も埋もれてしまうからである。
いづれにしろ人間の情熱がでることにはいろいろあるが報道する情熱というものがある
その場で起きたことを伝えたいということがある
それは報酬に関係ないのである。自然の光景でもその人が見た特別なものがあったら報告して見てもらいたいとなるのである。
それが度を越すとその場で人を助けることが優先なのにその場の悲惨な状態でも写真だけをとりビデオだけとり視聴率を稼ぐ方に重点が置かれる、マスコミではそうなりやすいがインターネット時代では個人でもそうなりやすいのである。
ともかく自分は震災津波原発事故でそういう記者になっていたのである。
それは家族が認知症になったときも逐一報告していたからそうだった
それも相当に読まれたし今でも参考にされているから無駄とは言えないのである。
なぜなら認知症で困っている人が無数にいるからである。

そもそもインターネットというメデアはパソコン通信からはじまっていたから双方向が基本だった
なぜならパソコン通信の時代は相手に本当に書いたものがメッセージが伝わったかどうかわからないから確かめるために必ずレスが必要になっていたのである。レスポンスがないと伝わったどうかわからないからである。
そういう文の対話からはじまっているからそれを知らない人はなかなかなじめないということがあるがそれが普遍化して普通になってしまったということである。
特にスマホになるとそうである。そこに誤解が生れて事件にもなった。
相手が見えない文だけだとそうなりやすいのである。
ただプログとかなるとただ一方的に書くメデアとなってしまった。その反応はレスより数で決まってしまうのである。

「心の青雲」は毎日読んでいる、ただ著者はレスは罵詈雑言とかあり拒否しているのもわかる、パソコン通信とか2ちゃんねるのノリでやられるとつきあえないとなる
ただその目的がおとしめるだけのものがあるからだ。
「おめえ、傷口に塩ぬって楽しいか」かとか発言されたら答えようがないだろう。
礼儀もなにもない、ただおとしめるだけにだけ発言する人には答えられないというのは当然である。
でもパソコン通信ではその後もインターネットではそれが普通だったのだから異常だったとなる
年も何もない、おめえはなとか言われて来たらどうなるのか?
それだけインターネットの空間の異常性が浮き彫りにされたのはインターネットの世界が普通の社会の感覚になったということでもある
ただレスがないとインターネットの発言が活きにくいということはある。
心の青雲の趣旨には全部が賛成しにくいにしろそこに対話があれば面白いと思う
でもなかなかあそこでは対話しにくい、そういう雰囲気がない、ただ一方的発言になる
それは今は自分でもそうである。

小林秀雄の文章も大嫌いで読めたものではない。谷沢永一氏はこう評した「当たり前のことに勿体をつけ、反り返るような姿勢で絢爛たる字句を操作する名人でした」と
http://kokoroniseiun.seesaa.net/article/437408581.html(生理的に受けつけない文章)

小林秀雄の表現はもったいぶっているとかわざとむずかしくして煙にまくという感じになる。
でも有名だからそれを言うとお前にはそれだけの読む力がないんだとなり黙っている
自分もあの文章には生理的に受け付けない、それを正直に言う人がいてやはりそうかとなる。
でも普通はお前には小林秀雄はわからない、それだけのものだということを思われるのが嫌だあからさまに言わないのである。
「心の青雲」は中味が濃いから相当に対話することがある、内容を対話して深めることができる、ただどうしても極端な発言があるから普通の人は対話しにくいのである。
そしてそれだけ反論するとなると容易ではない、2チャンネルとかパソコン通信のレベルでは対話できないと思う
いづれにしろインターネット時代はみんなが地球的グローバルに記者になった時代であるマスコミの時代は終わった、マスコミも常に批判の対象になるのである。


八沢浦が元の美しい入江に戻った!(南相馬市鹿島区の津波の被害写真)

2016年05月19日

戸籍で切れない因縁 (わずかの貯金でもめんどうになる)


戸籍で切れない因縁


(わずかの貯金でもめんどうになる)


ゆうちょ銀行の母の貯金を相続するの戸籍をそろえるのに嫌になった。
書類がたりないと言われ戸籍をわざわざ東京から郵送してもらった。
それが良くわからないので理解するまで手間どった

第一母が東京で女中で東京の人と結婚した、その人は事故で戦前死んでいるのである。
その父と妻だった母の息子も事故で死んだ。
このことが自分の異父兄弟の血縁関係が意外と因縁深かかったのである。

異父兄弟の兄は幼いとき知っている、その父親の関係は全然知らないのである。
でも兄は交通事故で死んだときこの時も交通事故の保険金でもめたのである。
母が言っていたが前の夫が死んだときも事故で死んだので保険金関係なのか会社から多額の金がでて夫側の親戚とかなりもめたことを聞いている。
何か事故ー金でもめる因縁があり自分に引き継がれたのである。

何かわからないけど前の母の夫には養子なのか変な人がいたと聞いた。
一応前の夫の息子になっているのである。その人も死んだのだが兄が交通事故で死んだときその人の墓参りしたのである。
その時本当に不気味な風が吹いて寒々しい感じになった
というより何か死んだ人がまともでないことを肌で感じたのである。

前の夫は戦前死んだのであり今は台東区になっていた。
それを郵送でとりよせるのにめんどうだった
そしてこれで終わりかとゆうちょ銀行に送ったらまた戸籍がたりなかったのである。
前の夫が今度は北区に移動していいたので転籍した戸籍が必要だという
するとまた北区から戸籍をとりよせねばならないのである。

前の夫と母の息子は交通事故で死んでその一人娘の姪子にはハンコなど押して書類を出している。だから実質的にはそもそも相続する人はみんな死んでいるからいないのである。それでもわずかの金でも相続するとなるとこれだけめんどうなのである。
ともかくそれだけではない何か母方の関係になると因縁が切れない
そこと縁をもってもってもいいことがまるでないのである。
でも最後まで戸籍で縁が切れないのである。

テレビの推理ドラマで遺産相続となると訳のわからない人まで出てくる
何かの因縁がそこであり遺産相続にかかわってくる
遺産相続となると兄弟でも殺し合うまでになる

戦前のことまでさかのぼり因縁は関係してくる、第一戸籍は江戸時代まで庶民でも普通にたどれるのである。
東京に住んでいて台東区から北区に転籍したことまでたどって戸籍が必要になる
それは死んだ人の跡をたどることにもなる、今やその人の前の夫の墓がどこにあるかもわからない、でも戸籍からその人が生きていた跡をたどっているのである。

いづれにしろ静岡で兄が事故を起こしたときもさんざんな目にあった。そのもめた相手が親族ではなく勤めた会社だったのである。保険金を欲しいということでいろいろ工作したからである。
こっちでは事情がわからないし遠いから困ったのである。
別に連絡はとりあっていたから消息不明でもない、事故の直前には自分の家にも来たのである。それが最後だった

戸籍から前の夫の養子なのか何なのか正体不明の人までかかわっている、その人の墓には一回だけ母と墓参りに行ったことも不思議だとなる
今は無縁仏になっているだろう。なんか変な奴だったと母が言っていたからである。
ともかく因縁は簡単にこのように死んでも切れない、戸籍というのは意外と証拠として残る
ただもし遺産相続でないならこんなめんどうなことにはならなかった。
銀行にあづける金は死ぬと簡単にはこのようにおろせなくなるのである。
でも不思議なのはタンス預金とかどこにか隠しておくとかすればその場所を教えればこんなめんどうなことにはならない、でも自分のように盗まれるということがあるのでこれも安全ではないのである。金というのはとにかくいろんな面でやっかいなものなのである。金に人の欲が集まるからそうなるのである。
関係ないものまで金にかかわってくる
ただ今自分の血縁関係の人はみんな死んで自分だけが残った。
それで供養するのは自分だけなのである。

先祖とか家系をさかのぼる、それはその家系が何かいいものを残しているからだろう。
その反対も多いのである。かえって家系の中で悪い因縁に苦しみその因縁が断てないで苦しんでいる人も多いのである。
因縁はいい方にも悪い方にも働くことはある、でもただ悪い方にだけ働く因縁も多いのである。
自分の母方の因縁はそうである。父方の因縁にはそういうことはないのである。

タグ:戸籍

2016年05月18日

八木沢峠の麓ー大古林道の岩 (避難して人の住んでいない森の中の家の道の不思議)


八木沢峠の麓ー大古林道の岩 
  

(避難して人の住んでいない森の中の家の道の不思議) 

    
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ここまでクリック拡大

拡大すると迫力がでてくる

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子だくさん岩


屋敷林木蔭の長く涼しかな

清流の朝の岸辺に藤と岩

山の藤高みに垂れて風そよぐ

ひんやりと苔むす岩に谷の風

ひんやりと苔の常陰黒揚羽

老鶯や木立の囲みユッサの湯

庭の石ここに変わらず黒揚羽   


森の中人住む道行き橋わたる今は空家や夏になれども


橲原から八木沢の麓の大胡林道に行ってきた。 
不思議なのは途中あの辺は避難している人が住んでいない、道が一本通じていて小川があり橋をわたる、そこに家が一軒あり前は田んぼだった。
清流が絶え間なく流れてひびいているいい場所である。
その一軒の家に行く道はなんとも不思議なのである。
それはなんというか人が住んで生活していたぬくもりがあるようにな道である。
森の中や山の中の人の住んでいない道とは違う。
何よりそれは一軒の家に通じている道だからである。


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森の中の一軒の家に通じる道
この道を行けば家族がいる
アトホームである
清流がひびき藤の花が垂れている
この道はただの道ではない
家族が待っている道
家族のあたたかさに通じている道
今人は住んでいなくてもそれを感じる

この辺で起きていることは以前として不思議である。
あの辺は放射線量が高いから一部壊したり住んでいない 
住んでいなくても以前として家があるから住んでいるように錯覚する
一二軒は実際に住んでいた
だから全然人が住んでいないというわけではない
でも90バーセントは住んでいない
車がひっきりなしに行き交っているからちょっと外の人は気づかないかもしれない
まるっきり人が住んでいない避難区域とは違うからである。
人がかつて住んでいた、そしてまだ空家があり住むかもしれない、何かそこは自然の道ではない、人間的な道なのである。

大古林道は電動自転車のマウテンバイクで上った。荒れているから上りつらい、杉の木も倒れていたり例の大きな岩のある所までは行くの難儀である
ただあの岩は貫祿がある、写真に撮った三つの石は迫力がある
それから大きな岩一つにその脇に七つくらいの小さな石が並んでいた
それは写真にとっていなかったので失敗した、名付けると子だくさん岩なのである。
なかなかあそこには行けない、残念なのは花は何も咲いていなかった
春だとキクザキイチゲとか少し過ぎると延齢草が咲く、あういう場所に咲くのはなんとも神秘的である

ユッサの湯に回り休憩した、あそこは休憩場所にいい、老鶯が鳴いているというのもなにかにあっている、それでゆっくり湯にひたればいいのだがあそこの湯には入ったことがない、700円は高い、福祉の湯は300円だからである。
食事がとれるのがあそこはいい、あと畳の部屋があり寝ころべるのがいい
庭には石が変わらずある、つくづく自分は変わるのが嫌になった、人でも自然でも変わらないものがあるのがいい、年取ると変わることが精神的ショックにさえなる
だから避難した老人は辛いことは確かなのである。 
石は変わらない象徴なのである。

今回は日影の道を行ったのでそれほど疲れない、まともに日ざしを日中に受けると危険である。タオルを頭にかぶり帽子をかぶり日ざしを防いだ、砂漠の住民の恰好になるのもわかった。今年は陽差し恐怖症になっているからだ。 
タグ:苔の岩

2016年05月17日

東京都知事ー舛添要一のネット情報 妻は創価の幹部で知事も創価の応援でなった?)

     
東京都知事ー舛添要一のネット情報


(妻は創価の幹部で知事も創価の応援でなった?)


厚労相就任の日も真夜中に洗濯…妻が語る「舛添要一という男」(2007年9月9日06時02分 スポーツ報知)より抜粋

◆舛添雅美(ますぞえ・まさみ)

1964年1月6日、神奈川県湯河原町生まれ。43歳。聖心女子大学文学部卒業。
89年に美術館学芸員として働きながら、東大助教授だった舛添氏の私設秘書を務めた。その縁で96年に結婚。 

私が自民党は公明党を切れと度々書いているのは、創価学会に裏支えされる公明党が、国家の中枢にいるべき政党とは思えないからである。そして、国政とともに、創価学会の息がかかる都知事が誕生すれば、国と首都に学会の手が及ぶことになる。舛添が都知事になってはいけない理由もそこにある。


創価のシンボルそっくり
都知事の奥さんは創価の幹部
競技場を建てるのは大成建設(創価企業)
新エンブレム 創価学会のシンボルマークにそっくり
2016-04-26T12:12:18+09:00Posted by 龍二 1


自民党が除名した舛添を担ぐなんてどうかしてます。案の定、こんな守銭奴を都知事にしてしまった!

一方、本来、反自民反公明の共産や民進が舛添批判をしないのは「舛添が韓国擁護派」だからでしょう。まさに、共産と民進は売国奴ですよね。舛添がいくら批判されても平気なのは「韓国カード」をしっかり握っているから。 そういう点だけは舛添の「ずる賢さ」が活かされています

法令に違反してまでして宗教法人としての認可を与えた張本人である東京都の知事と役人が
その後も創価学会の宗教法人格を取り消さずに知らん顔して与え続けているようです。
知事と役人が創価学会と癒着または信者本人であることがミエミエです。




舛添東京都知事に興味をもったのはもともと東京都知事になりえたのは創価の応援があったためだと分析がある。
自民党から離脱したのになぜ自民が応援したのか?それは同じ政権党だからそうなった。公明の要望でそうなった。政治的取引だったとなる
公明創価色が強い人物だった。婦人部からは女性歴で問題があり反対があったが押し切った。
舛添知事は公明創価の傀儡だったのか?それはネットの情報を探れば確かにそうみたいだ創価は東京は本丸であり大阪もそうであり重視している。
日本を支配するためにそうなるから東京都知事が誰になるかは重大である。
   

宗教法人団体の認可を与えるのは東京都なのだから東京都知事を創価の傀儡にすれば万全だとなる、そして東京都を創価支配下に置き権力を操作できる
だから創価は選挙に血眼になる、創価は自分も学生時代運動していたけど「権力奪取」を目的とした団体であり利権を得るためのものでありそれ意外なにもないのである。
仏教がどうのこうのとかそんなものは何も関係ない、仏教はだ御利益を得るものでありその指導はただ何か困ったことがあれば題目をあげろそれしかない、そこに何かしら人生論を説くなど何もないのである。
そんなめんどうなことにはかかわらない、福運があることだとか何か御利益にあづかることしかない、そのためには団体一丸となって東京都だから日本だろうが私物化するのである。それを象徴していたのが舛添東京都知事だったともなる 

舛添東京都知事の妻が創価の幹部らしいというときそれは裏づけがあるのでまちがいない公明党の選挙応援をしていたからである。
それは外部のものとしてではなく内部のものとしての応援だったのである。
舛添知事はそれだけ創価と深いつながりがある人だったのである。
だから今になると舛添を応援したバックの創価などが批判されている
ところが東京都議会とか議員とかが批判しないのか?
それは東京都の土地の一部を韓国に与えたように韓国とのつながりが深いからである。
すると野党は舛添知事を批判しない、背後にあるものが大きいので批判しない
舛添知事が強きなのはそのためなのである。

創価も日本の癌なのだけどこれにかかわらない人はいないだろう、例え会員でなくても近所に必ずいるのだからかかわらざるをえない、そして底辺層は創価か共産党と必ず関係している。ほとんど生活保護になっているからそうなる
そういう利権を与えて票とりしているからである。
市営住宅ではどっちかに必ず入っているのである。それは都会だとそうだと思っているが田舎でも同じなのである。議員には必ず一人か二人いるのだからそれだけの票をもっているということであり会員がいるのである。

創価の人はともかくまともでない、常識もない人間が多いのである。そのことでも嫌われている。最近草むしりしてもらった人は創価であり猫十匹飼っていてそのために去勢手術したとかで20万の借金があという、これも生活保護なのになぜそんなことをしているのかとなる、知らないでかかわったがあとはかかわらない。
ただ自分も一人暮らしで猫を飼っているから猫は子供を生むと本当にやっかいだということがわかったからそんなふうになってしまうのかとなる
どんな宗教に入っているとか信仰しているかを見る前にその人がどんな人か見るべきだろう。

イスラム教であれキリスト教であれ人は判断できない、そこには常識もないとんでもない人間が無数にいるからである。
あの人はキリスト教を信仰しているのだから心も清い立派な人だろうとかならない
エホバとかもそうである。それはカルトでありただ会員を増やすことを目的としている
いちいち人を選んでいたら会員は増えないからである。
カルト宗教団体の目的は権力を得ることなのである。だから政治化している
会員数を増やして政治に影響して権力を左右することなのである。
おそらくエホバなどでもは背後に大きな権力、アメリカなどの意向が働いて活動しているのだろう。

創価などはどんな人間でもいい、屑人間だろうが非常識だろうが一票にさえなればいいのである、その人がどんな悪辣であってもそうである。
だからそこにどういう人間たちが集まっているから想像すべきである。
宗教的回心などいゼロである。ただ幹部すら仏罰を恐れているのである。
それは得をご利益をひたすらもとているのだがそれが得られなくなる恐怖なのである。
それが地獄なのである。地獄に落ちる、罰あたるとすぐに言うけどそういう本人が宗教的呪縛されているのである。
あんたたちが一番罰当たり地獄に落ちるんじゃないかと思うし実際そうだと思う

悪人が宗教にかかわるとますます悪人になるというのは聖なる宗教を自分の欲のために利用するようになるからである。
この世では要するに宗教すらサタンのものになる、サタンは宗教を使いこの世を支配するのである。カルト宗教団体がまさにそうなのである。
それでヨーロッパではカトリックの批判から政教分離が生れたのである。 
自分は時事問題の深層から政教分離のことは追及してきた。
日本では天皇教があり戦争で多大の犠牲かあったということもあり戦後雨後の竹の子のように宗教団体が増えたのである。
その弊害の最たるものが創価だったのである。  

ではなぜ創価という政教分離に反する危険な団体が弱体化しているにしろ存在し続けるのか?
それはやはり底辺層を吸収してゆく、カルト化しているからそこで誤った宗教で奴隷にする、こういうことは結局おそらく人類からなくならないというほど絶望的のようにも思えるほど根深いなのである

「あなたがたは再び恐れをいだかせる奴隷の霊を受けたのではなく、子たる身分を授ける霊を受けたのである。その霊によって、私たちは『アバ、父よ』と呼ぶのである」 (ローマ八の15)

奇妙だけど教会でも牧師がいるとすると奴隷の霊に支配される、牧師が霊をさずけるのではなく神しかいないからである。だから内村鑑三は無教会を唱えたのである
人間は根本的にここを解決しないとカルト宗教団体はなくせないのである。
幹部たちが実際は奴隷の霊を受けて奴隷なのである。だから罰あたるとか地獄に落ちるとか恐れている、実際にそうなることはまちがいない  「地獄だ、罰だと軽々しく言うな、お前らにその言葉がかえってゆきその通りになる」
宗教をそれほどまてに堕落させ世俗の道具にしたのは余りにも重い罪だからそれはもう逃れることはできない、カルト宗教団体の会員はそれだけ重いカルマをもって来世に行くことになるのである。それを自覚できないのはまさに致命的であり来世で後悔してもも遅いのである。
数が多いからすべてが許されるのか?この世でも通ってしまうのか?まさにナチスがまた現代に再現される、中国やカンボジアのように粛清され大量殺人が生れる

ただ庶民というのが馬鹿なのかというとそうでもない、そんなカルト宗教団体にだまされない人もいる、そういう人は社会の常識をもっているただろう。
なぜ創価がオウムのようにならなかったか?それは創価は庶民が底辺が多いからである。
そういう人たちは得か損に敏感であり損なことはしないのである。                
池田大作が庶民の王だというとき庶民的感覚を重視しているからそうなる
サリンをばらまくということにやはり疑問をもつということあったのだと思う。
ともかくなんであんなのが宗教なのか、その会員を身近でみているからそうなる、創価などでも非常識な人が実に多いからまわりから顰蹙をかっている
庶民でもそういう常識をもっている人は入らないのである。
一方で知識人でも頭がいいとしてもオウムのようにカルトに入り人生を無駄にする人がいる、そうならないのはそれはかえって庶民の常識をもっているからである

だからつくづく常識が大事だとなる、そもそも宗教が権力をもった時点で過ちになったことは歴史が証明している
権力をもつが故に宗教戦争になる、その創始者が乞食のうよな生活をしていたことを見ればわかる、今ならそんなことをまねることすらない、ただ権力をもち威張り贅沢をしたいしか宗教でもないし宗教がそういうことを欲望をかなえる道具に成り下がってしまった。その誤ったカルト宗教が社会にものすごい大きな災いをもたらすのである。
批判すると罰あたる地獄に落ちろとか百万人の人間でも叫ぶことはハイルヒットラーとして敵対者を大量殺戮したと同じなのである。 

いづれにしろ情報は権力があるものが操作する。権力があれば白を黒と言うことができるその権力とは何かというとき、実際に権力をもっているもの行使できるものである。
例えば必ず背後にいて権力を行使する、今度のオリンピック招致問題でフランスがワイロを贈ったことに「電通」が関与したと指摘されたのもそうである。
電通は表に出てこない、でもテレビ局を支配しているのは電通だと承知されている
それが外国によって暴かれたとなる、創価もバックで情報を操作する権力をもっている。だからバックにあって表面に出てこない、またアメリカでもバックにあるし中国でもそうである。
巨大な権力によって情報でも操作され真実は見えなくなる、つまり権力そのものが情報を操作できるのである。それが真実とかどうかは関係ない、権力者の都合のいいように操作できる、原発事故でも東電と政府の権力が絶大だから「安全神話」が作られたのである。
権力が神話を作り出していたのであり真実ではないのである

でもいくら権力で情報を操作しても原発では津波や地震の自然災害でその嘘が暴かれた。今回もやはり巨悪でも暴かれるのかとなる、舛添知事の場合は小悪だとしている
オリンピックが巨悪なのだろう。そこにも創価がかかわっていたのである。
オリンピックも巨大な利権だからそうなる、利権となると食いついてゆく
大成建設が競技場を建てるというときそうである。大成建設は創価の正本堂を建てた。その時大成建設の社員が創価の会員になっていた。
その大成建設の社員宅で座談会が行われた。大成建設と創価はもともと結びつきが深い、それで創価大学の就職先として一定の枠がもうけられている。

そもそも創価はそうして権力を操作したいから権力に執拗に執着して権力を我が物にしようとする団体だからそうなる
権力そのものを追及しているのであり真実、善、義など関係ないからである。
東京都民も公明の議員に都政が牛耳られ利権を行使されることに不満な人が多い、そういう人たちの不満がいつか爆発する
その時創価でもどうにもならない、創価で運動しているのは実際は十分の一にも満たない、あとはほとんど幽霊会員であり一票とるためとしてある。創価をやめた人はすでに何百万人なのである。もう衰退する団体であり最後のご利益を得るために運動しているのだろう。
そして組織が崩壊する日も近いからである。
仏教はご利益のためでにある、あとは何もない、巨大なご利益権力圧力団体にすぎないのである。そこには一かけらの仏教の真理とかも関係しない、ただご利益追及のために仏教があるだけである。

posted by 老鶯 at 14:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2016年05月16日

パソコンの具象画から具象画への変化 パソコンで作り出された自然の景色の不思議



パソコンの具象画から具象画への変化
  


パソコンで作り出された自然の景色の不思議 
    


 花画像ーここに具象画の山と花の絵がある


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春の山(mountains of spring)


 

これは有料のサイトである。このプロが作る素材は商売になる、それは現代のまさしくアートなのである。
アート(art)は技術の意味である。アートを作り出す技術が生れたのである。
これは雑誌とかではないインターネット空間でのみありえる世界である。
インターネットのみの空間でネットで広がるアートの世界が生れた

パソコンで作り出された具象画は絵の具で作り出されるのとは違っている
今までにありえない電子色の表現なのである。
だからそれは電子空間のインターネットで見れるものである。
そして電子の光の絵画はパソコンのソフトで変化しやすく別なものに変容するのである。こういうことは今まではありえないアートだったのである。


今回はパソコンの絵画をそれは実物を写生したものではない、空想の絵である。
それを変化させたら全く意外なものになった
具象画から具象画と変化した不思議がある。
これは元の絵がわからなくなるものだった

絵の才能がなくても絵を創作している気分になるのも不思議である
著作権違反なのかというとなるかもしれない
ただ全く元の絵ともにつかないものになっているからこれはオリジナルですよといえば
通ってしまうだろう。今回のそうである。
抽象画だと余計に元の絵はわからなくなるから著作権を主張しにくくなることは確かである

一応変化させた絵のサイトをリンクした。ここは有料だからまずいということはあるが一つの参考として出した

2016年05月15日

メデア(テレビなど)よって一方的に操作される時代 (テレビは感情的に私的制裁するリンチするメデア)

      
メデア(テレビなど)よって一方的に操作される時代
       

(テレビは感情的に私的制裁するリンチするメデア)


●ラジオの時代へ

 メデアが媒介するというだけならいい、ただメデアの種類が増えた現代ではメデアによって左右される、メデアというとき過去のメデアは何なのか?
例えば広大なローマ帝国に情報を伝えるメデアは何なのか?
となると電話もないテレビもないインターネットもない、便利なものはなにもない
そうなれば人間が走るなり馬を走らせるなりしてその内容を伝えるかほないのである。
そのためにローマの道が整備されたのである。「すべての道はローマに通ず」となり広大な帝国を支配したのである。   

忠臣蔵で内匠頭切腹を知らせる早かごはたった5日で赤穂に到着したそうです。約650`の道のりをたった5日で踏破したとは想像に絶します。

どれだけ早く伝えるかが大問題だった。馬も使ったらしい、とすると納得はいく、駕籠だけでは無理である

江戸時代はメデアというものがない、伝える方法がない、何か学ぶにも人伝えになる
直接人を通して訪ねて学ぶとなる、人と人の直接のコミニケーションに頼らざるを得ないだから遠方とのコミニケーションをとるのは相当にむずかしく誤解も生れる
だからローマ帝国のような広い地域を治めるのは容易ではない、遠くで反乱が起きたらどう中央で対処するのか、そのためにすべての道がローマに通じるの格言ができた。
それは今なら電話線とかである。無線通信にも発展しているから現代は距離が情報を通じさせなくなるということはない

現代のようにメデアがないときどうして情報を伝えるのか?まず大勢の人に何かを伝えるというとき大勢の人を集めなければならない、でもその数は限られている
ローマの政治では何かを自分の主張を伝えるのには直接演説している
そういうシーンを映画でみている。演説がうまくないと支持が得られないというのは今でも政治家ならそうだろう、また見栄えも関係してくれる、今ならテレビ写りがいい人が選ばれる、それはテレビとにているがこれまではみんな実物を見ているのである。
江戸時代までは新聞もないから政治は人と人が直接あって物事を決めていた。
例えば相馬藩内の街道を伊達家の侍が参勤交代などで通るとしたら藩主の許可を得なければならない、それは直接あって成されていたのである。
人と人の信頼の上に成り立つ社会だったのである。


現代のメデアの問題はメデアを通して起きることが多いからメデアのことマスコミでも何でも問題にされるのである。メデアの影響が大きいからそうなったのである。
ヒットラーがナチスがラジオから生れたというのもそうである。ゲッベルスが宣伝を担当してラジオを利用して民衆を操作した、ナチスを作り出したのはラジオの力メデアの力が大きかったからだともなる

ヒトラーの独裁は、歴史上の全ての独裁と一つの根本的な点で異なる。あの独裁は、国を統治するためのあらゆる手段を完璧に使用した最初の独裁だ。ラジオと拡声器のような技術的な装置を通して8000万の人々が独立した考えを奪われた。それだけ多くの人々を一人の男の意志に服従させることは、こうした装置によって可能になった


ラジオと拡声器のような技術的な装置を通して8000万の人々が独立した考えを奪われた。
これだけの力をラジオがもっていたのだからテレビがもつ力はそれ以上であり計りしれないものとなっていたのだ。第一ラジオは音しか聞こえないメデアである
ラジオは音に敏感になるメデアなのである。顔とか表情は見えないからである。
それで宝島の放送で杖つく海賊の音が迫ってくるのに恐怖を子供のとき感じたのである。音は意外と一人暮らしなどしているとカランとした家にいると恐怖である。
風の音でも誰かがいるようで不気味になるのである。


●テレビの時代      
  

感情的(即座に反応)

□大衆的、一方的洗脳メデア

□メデアによるリンチ(私刑)を煽動する

現代はテレビの時代であった。インターネットが出る前の50年間くらいがそうだった
テレビはラジオより影響力があった。ラジオ放送で有名な人がNHKでテレビになったとき活躍できなくなった。
テレビは人間をそのまま写すから見栄えが良くない人はテレビ向きでとないのである。
だからこそタレントが一番向いている、テレビに出る人は俳優なのであり役者である。
演技するものだからである。

テレビの特徴はいろいろあるが感情的メデアなのである。活字とかラジオとか文字と音だけのメデアだったら感情的にはならない、本や新聞を読んでもすぐに感情的にはならない、冷静にみる。

「なんだあいつの顔が気にくわねえ、もっと顔のいいやつを出せ、、、、」

顔とか表情がまず注目される、だからアナウサーは美人でないと勤まらないのである。
知性よりその顔をみるからそうなる。

そしてテレビは一方的洗脳メデアである。テレビは何か疑問に思ってもそれを追及できないようになっている、そんなことあるのと思っても追及できない、一方的にテレビ局に洗脳されるだけなのである。
テレビの放送は中立ではない、一見NHKは中立のように思える作り方をしている。
でも巧妙にかたよっているのでる、気づかない人も多い。

何回もとりあげるが相馬市で飯館村の人がトマト農家に勤めたいと言ったら断られたことを放送していた。一瞬自分もそのトマト農家がひどいなと思って怒りを覚えた

「なんだ、その農家は冷たいな・・・・飯館村の人はかわいそうなんだから雇ってやれよ」

とかその放送を見ればみんなそうなる

別に自分は飯館村の人がどうだこうだというのではない、その断られた理由は飯館村の人は補償金をもらっているが津波の被害者はもらっていないからだと理由ははっきりしていたのである。
雇う人はそういうふうに考慮するのは悪いことではないのである。
現実に原発避難者の補償金は多額であり回りではうらやましがってもめている
相馬市では第一原発の補償金などもらっていないからである

●テレビはリンチメデアである 

メデアは一方的に告発してリンチする

すでにテレビの画面に写されただけで犯罪者と確定しなくても犯罪者になってしまう。
テレビ自体がすでに大衆的リンチメデアなのである。そんな権限はないのだけだそうなってしまう。事件でもいろいろ複雑であり突然起きたことに普通は理解できない。 

それで小保方氏の万能細胞についての問題でも過度にテレビでリンチをしてNHKでは理研の一人を自殺に追いやったと武田邦彦氏は言っている
自分は科学に弱いからそのことはわからない、でもテレビが感情的になり大衆的一方的洗脳メデアであるからこそそうなる

「なんだ、嘘ついたのか、ふてい女だ、乳がでかいな、・・・・」

小保方氏はこうしてテレビにさらされリンチされたのである。もちろんそれなりの罪を犯したことはある。でも何か過剰にテレビはさらして大衆にリンチさせる
それは東京都知事の舛添氏でもそうだろう。これは当然だとも思うが過剰にリンチになるということが問題なのである。
そこには当然であっても何か大衆の心理というのがからんでいる   
舛添とかショーンケーンとかはテレビを利用して有名になり今度はそのテレビに復讐されているのである。有名にしてくれたのもテレビであり逆に極端におとしめるのもテレビなのである。そういうふうに有名になったのが悪いともなる
単に「有名な人」がテレビから出る人には多いからである。有名になったというだけで議員にもなれる、でも実力がないのだからボロがでる 、それは自業自得だともなる

今の世の中でも不満が大きい、その不満が鬱積している、その不満の捌け口を求めている貧乏にも苦しんでいる、すると上にたつ金持ちに対しての不満をはらしたいがなかなかできない
タックスヘイブンなどとなるとどうしていいかわからない、それこそ巨悪なのだが巨悪に対抗するのは簡単にはできない
それで不満の捌け口がそうした一個人や弱い所に向けられ集中して鬱憤を晴らすもちろんそうあるべきなことは否定できない、でもそれが過剰になると危険になる
ナチスが起きたとき失業者があふれドイツは貧乏で苦しんでいたからその不満の捌け口を戦争に求めたのである。  

どこでも中国でも北朝鮮でも不満層相当いる、その人たちのガス抜きとして日本がある。反日ということではともかく内部の分裂ではなく国が一致できなるからそうなる
そういう心理が大衆にありテレビはその不満の捌け口としてリンチ的に晒すのである。 
こういうことがあるから司法が生れ裁判が生れた経過がある
でも人間の心情にはリンチして制裁したという願望がある
自分とかかわらなければ他人をおとしめリンチすることは快感となるからだ。
そこに公正に見る力がなくてもいいのである。むずかいしことを言ったらわからないからである。
テレビの問題はすでにリンチの裁判所のようになっていることなのである。
一旦そこに顔を出されたらすでに社会的制裁になってしまうのである。
複雑な背景など関係なくそうなってしまうのである。
大衆的悪感情を刺激するのがテレビの私的リンチなのである。
そこにテレビというメデアの危険性がある






タグ:テレビ批判

2016年05月14日

五年過ぎて蛙の合唱に復興を感じた (田も増えて蛙も増えたが・・・・)


  
  五年過ぎて蛙の合唱に復興を感じた
    
  
  (田も増えて蛙も増えたが・・・・)

     
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ここは増えている、増えていない荒地も目だつ所もある

一かたまり紫菖蒲ここに咲く五年すぎて田んぼの増えぬ

夜に鳴く蛙の声の盛んなり田んぼの増えてひびきけるかな

夜に鳴く蛙の声の盛んなり社の木立にひびきけるかな

夜に鳴く蛙の声の盛んなり田んぼに写る夏の月かな
  
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原発事故から五年過ぎて田んぼが増えた、去年も増えたが今年は相当に増えた、それでも半分くらみたいだ、2015年ではそうだった、去年はまだまだ少ない感じがした。
今年は見ただけで3倍も4倍も増えた感じがする。


Aの内藤一組合長(67)は「このまま農業をやらなければ農家は生産意欲を失い、南相馬の農地は荒れてしまう」と作付け拡大方針の支持を訴えたが、農家代表らは「まだコメを作れる状況ではない」と反発。賠償の継続を求める意見が多数を占めた。   

確かに田んぼが元のように全部回復していない、以前として荒地になっているのも目だつただ自分が一番感じたのは夜コンビニに行ったら蛙の合唱を五年ぶりにきいた。
その声は辺りにひびきわたっていた。去年まで自分の近くでこんなに蛙が鳴いているのを聞かなかった。何匹か鳴いているなという感じだったのである。
やはり田んぼが増えると水が流れるから蛙が増える、それも田んぼが多くななればそれだけ蛙も増える、蛙の繁殖力はオタマジャクシが増えてたちたち増える、でも田んぼがなければ増えないのである。

ともかくその蛙の鳴き声に感じたのはこれが復興なのかと直感的に思った。
復興というとき田んぼのことを書いてきたがこの辺で田んぼがないということが信じられない光景だった、ここだけではないだろう、田んぼがなくなったらそれは田舎なのかとなる、田んぼがあって田舎だと暮らしていたのである。
田んぼは水が命である。水が山からめぐりめぐって米を実らす、その水と切り離せないのが蛙だったのである。その蛙の合唱を五年間も聞いていなかったのである。
その蛙の鳴く声が「復興だ、復興だ」と聞こえたともなる        

復興とは何かというときやはり田舎だと田んぼがないと復興にならない、一方で田んぼがなくなり湿地帯とか草原化した風景についても写真とかで紹介した。
それも自然の変化であり不思議だった。草原には雲雀が鳴くのがにあっていた。
それはモンゴルの風景だった。でも日本の田舎は田んぼがなくてはありえないのである。それは日本人の心の風景にもなっていたことを書いてきた。
それもそのはずである、一千年とかこの辺でも稲作はつづいている
そうなると単なる人工のものではない、自然でありそれは信仰にまでなっていた

だから田んぼの中に社がありそこにも蛙の鳴く声がひびいて社も活きることに気づいた。こうした田んぼの風景と一体となっているのが田んぼだったのである。
蛙は田んぼにとっても欠かせない一つの自然を形成していたのである。
こういう感覚は都会人にはわからない、そこに住んでいてわかるのである。
もちろん実際に田んぼで水を張り田植えして稲刈りをする農民はまた違った感覚をもつ
それもなかなか地元に住んでいてわからないことがある
農家の人にとって飼料米にしかならないというとき残念だろう。

でも半分くらいしか回復しないというが自分の感覚では蛙の声を聞いた限りではそう思えなかった。蛙の力強い声がひびいたからである。これが復興なのかとその時即座に思ったのである。田舎の自然と営みの回復が田んぼが増えたことにあったのだ
だから小高でも避難区域でも田植えしている農民の顔は輝いていたのである。
その時人間も復興していたのである。それは漁師にも通じている
復興とは何かというとき考えてきたけどやはり田んぼがあって復興なんだと蛙の合唱で即座に感じた
他にも菖蒲が咲いているというときそれは水辺にあうから田んぼにあうからこれも日本の夏の風景となっていたのである。

田んぼの風景がなくなったときこれは何なのだととまどいつづけてきたのである。
もしモンゴルのようにな草原ならそれでいい、でも日本ではそんなふうにはなりえない、田んぼはい千年もつづいた営みでありそれは心の風景でもあり文化でもありそれがなくなればここが日本なのかとなってしまうのである。
それだけ田んぼの風景は日本の心にもなっていたのである。
ただパンを食べて米を食べなくなったのも事実である。減反でもそうである。
米は重要な食べ物ではなくなっいる、でも不思議なのは自分の矛盾は気づいたのは
パンを食べていても田んぼの風景がなくなってほしくないということである。田んぼの風景があるためにやはり日本人は米を食べなくならないとかなる
農民が飼料米として米作りするとなるとこれもやる気がなくなるだろう。 
風景論とか文化論からだけでは農業は守れないことも確かである、現実は風景を残してほしいとしても経済の法則で崩壊してゆく、そのために原発が誘致された事実もある

ただ復興というとき何が復興なのかわからないとも書いてきた。その一つの解答が蛙の合唱を身近に聞いたことが復興だと感じた
五年間も身近で聞いていなかったからである。その蛙の声が人間ではない蛙が復興の声だったという不思議である。蛙はそれだけ人間だけではない田んぼと一体化したものだったのである。
posted by 老鶯 at 10:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2016年05月13日

人間は失ってみて真の価値を知る (人間は今あるありふれたものの価値を認めない)


人間は失ってみて真の価値を知る  


(人間は今あるありふれたものの価値を認めない)
      

健康を失って健康の大事さを知る
青春を失って青春の大事さを知る
時間を失って時間の大事さを知る
親を失って親の価値を知る
人の価値は死んではじめて現れる
故郷を失ってはじめて故郷の価値を知る
人は今あるものに価値を認めない
ただ今あるものに不満のみを言う
そこに価値あるものでも認めない
ありふれたものに価値を認めない 
故に感謝もしない
その価値に気づいたとそのものはすでにない
二度と帰ってこない 
汝をはぐくみしものに感謝せよ
もはや帰らざるもの
その価値のいかに尊きものなりしかを
人がこの世ある時間は短い
人は束の間出会い別れて永遠に会わない
この世に生きる真の価値は何なのか
その価値を追及すべし
巨万の富を積めど真の価値を見失えば
あなたの人生に実りはなきしを
それは雲散霧消してしまうだろう
真に価値あるものは不滅なり
それは心に永遠に残るだろう
それは天にたずえもちゆくもの 
人は失ってみてはじめて真の価値を知る
それまでは真の価値を知ることができない 
それ故感謝もしないのである
そこに人間の不幸がある



人間の弱点というか不備というかいろいろあるけど人間は真の価値がわからない
今ある当たり前のものの価値がわからない、価値を認識できないのである。
親がいるとすると親がいるとき親の価値がわからない 
それは当たり前にいるものであり尽くしてくれるものだと思っている
親が死んでみて親の価値がわかる、失ってみて本当の価値がわかる 
その価値を知らないから感謝もしないのである。
人間が感謝をしないのはそのもっているものの価値を知らないからである。
価値を認識できないのである


時間というものもそうである、若いときは時間などいくらでもある、ありあまって困っている、暇をどうつぶすか困るとなっている
でもそういうふうに思うのは意外と短いのである。
だから青春というのはあっというまにすぎる、その輝かしい貴重な時間はあっという間にすぎる、たちまち白髪となり体も老いてくるのである 
女性にしても輝かしいときは一時なんだと思う。醜悪な老婆になるのも早い
この世が無常だというとき常に変化してやまないからそうなる
同じ状態を保つことができないのである。

だから不変的な価値を追及しろとなる、不変的なものは普遍的なものにも通じている
それはユニバーサルなものの価値であり世界共通の価値である
人間は何が本当に価値あるものか知ることは容易ではない
失ってみてはじめて知るようにそういうふうに神が定めているとまでなっているからかもしれない
神は何が価値あるものかを教えてくれない
ただその価値を教えるのは失った時なのである。その時失ったものは二度と帰ってこないのである。ただ心の中にその価値あるものは残されるのである。

そして人間が一番後悔するのがそうして失われたものなのである。
青春でも時間でも何でも失われたものが多くありもはや二度ととりもどすことができない様々な経験すらできない、馬鹿げたこともできなくなる
それは青春の特権だとかもなるがこれもあとで必ず悔恨に悩まされる
若気のいたりですまされないのである。 

いづれにしろ最後は老人になれば何でも失ってゆくのが人生である。
何かいろいろ得ようとして働いたとしても失うだけなのである
同世代の人も死んでゆく、あの人も死んだな、あっけなく死んだなとかなり新聞の死亡欄を見るようになる、必ず60代で死ぬ人がいることに驚くのである。
60代でも十人には一人は死ぬとなると当然だとなる
ただ失ったからといって必ずしもそれが完全な空虚になるとは限らない
8年前なのか妻を失った人はその妻のことを相当に愛していたのだろう。
一人暮らしになっても毎日あたたかいご飯を仏壇にあげているという。
何かと供養しているのである。これも問題があるがともかく妻を死んだ後も思いつづけいるのである。
死んでその人の大事さを知ることがある、いつも食事は与えられるものだと思っていたという、「飯」とか言っていれば良かったという、死んでから全部自分でするほかなくなったという。

そのことは全く自分と同じだったのである。自分は親が死んで最悪の状態になったからである。特殊な事情の家庭だったこともあるが自分は楽だったなと思い楽させてくれたのは親がいたからだとつくづく思った。
そこには問題があるにしろやはり死んでみてはじめてその大事さを価値を知ったのであるだから生きているとき当たり前だと思ったことを今は感謝している
死んでもその価値は消えないし強くなることさえあると思う
でも親の価値は死んでみないとわからないのである、それだけではない失ってみないと価値がわからないことが人間には多すぎるのである。
もし親が生きている時その価値がわかっていれば対処の仕方が全く違ったものになるからである。

それはあらゆるものにおいてそうなのである。今あるものの価値が人間にはわからないのである。 
例えば大きく見れば日本という国が先祖が代々作り上げてきた国を意識する人はほとんどないだろう。国とは何かとなると意識しにくいからである。
でもシリアとか見ればわかる、国がなくなることはどうなることなのか?
流浪の民となり国を逃れて死を決して脱出してゆく、そんなことがありうるのかというが世界史ではそういうことがあった、日本にはそんなことがないとは言えない
その時日本ははじめて国のあることを意識して感謝するとなる
国を失ってみてはじめて国のありがたさをしるとなる

この辺で故郷すら失ったというときまさに故郷は何なのかとかその価値が問われたのもそのためである。
故郷が失うなどありえないのである。イメージすらできなかったろう。
それは当然あるものだったからである。この時故郷の価値をはじめて意識したのもそうである。
人間がなぜ人生を後悔するのか?それはあまりにもありふれたものの価値を認めないということである。
人間は何か価値というときありふれたものではなく特別なありえないものを価値としているのである。
そんなもの当たり前にあるものであり何の価値があるのかとなる
そういうことは自然とかにもあるし人間関係であるだろう。
いつも食事が出されて当たり前だと子供を思うのである。
今になれば一切何か料理を作ってくれる人はいないし何にもしてくれる人はいなくなったとなるのである。
だからは余計に失ったもの親であれ妻であれその他感謝しないものに感謝するようになるのである。だからそういう価値は不滅なのである。

一方でこの世にあるもの家でもそれは不滅ではない、消えゆく無常のものである。
津波であれだけの家が流されたこともそうである。家があるとしてもそれは形あるものは消える、でも家の中で通じあった愛とかは消えないのである。
「天に宝を積め」というとき地上にあるものはみな一時で消える、しかし天に積む宝は消えない、それは真に価値あるものである。
人はみな地上に宝を積んでいるしそのために努力している
でも財産を天をにもってゆくわけにはいかない、天に積む宝こそ真に価値あるものであり不滅のものである、だから地上の世間との価値観が大きく違ってくる

タグ:価値とは

2016年05月12日

老化のリスク (熱中症になった怖さー死ぬので油断できない)

    

老化のリスク
  

(熱中症になった怖さー死ぬので油断できない)


死者の約8割が70歳以上で、高齢ほど重症化しやすい傾向も表れていた。

熱中症は場合によっては死に至る怖い病気のひとつです


今年は自転車で遠くに行ったとき確かに体調を壊していた。熱中症気味の症状になっていた。それは運動した結果としてなっていた。それでも体が弱ったのかなととは思っていた今回は別に遠くに行ったわけでもない、庭の手入れのための仕事をしてもらい自分もしたそのとき曇っていたしそれでそんなに熱中症になるのかという疑問だった
それはかなりの重症だったのである。体が熱く熱病のようになり吐き気があり体全体も痛んだのである
熱中症で意識朦朧となり救急車で運ばれるのを見たがそれも他人事だった
クーラーない人がいてなってるとか聞いていたからクーラーあれば大丈夫なのかと見てた今回は別に真夏に起きたことではない、家にいて庭の手入れをして起きたのである。
遠くへ出て自転車で運動したわけでもなかった。
ただ何かの調子で熱中症になりその恐怖を覚えた
熱中症が馬鹿にできないのは実際に死んでいる人が多くその大半は子供と老人なのである

老人は何かと病気のリスクが高まるのである。熱中症の恐怖は本当に突然死ぬことがありうることなのだ。
それが最大の恐怖なのである。いろいろな病気でガンであれ脳卒中であれ病気で普通死ぬのだけどまず熱中症で死ぬということは考えなかった。
でもこれも経験して現実にありうることだと思った。
自分が今回熱中症になった原因は老化があると思う。老人はなんでも病気になりやすいが熱中症にもなりやすい、老人は体温の調節がうまくいかなくなる
だから急激に温度が上がったりすると余計にそうなる
自分はもともと暑さにも寒さに敏感で感じやすい、そういう体質もあるが老人は何かと病気のリスクが高まってる、それが老化の怖さなのである。

ともかく人間の特徴は自分の身にふりかからなければ何でも他人事なのである。
一旦自分の身にふりかかると他人事でなくなる、自分のこととして見るようになる
確かにニュースで一時熱中症で死んだ人のことを報道されていた。
別にその人たちは激しい運動していたわけではない、家にいてもなっていたほとんど老人だった。クーラーがなくて死んだという人も結構いた。
死に方としてはいい悪いもないが寝たきりになり介護を十年とかなると本人もめんどうをみる人いやになるだろう。
特に一人で身寄りがないとかなると介護する人もなにもないのだからかえって熱中症でも急速に死ぬからほとんど迷惑をかけないということもあるのかと思った。
人間どんな死に方をするかはわからない、また選ぶこともできない、その人の寿命は神が決めているのではないかとすら思うからである。
だから死なない人は死ない、死ぬ人はその人の寿命で死んだとなる


それにしても人間は自分の身にふりかからないかぎり他人事である。
それで熊本地震で熊本県が批判されている。東北のガレキを受け入れないとか地震がない熊本県が企業にはいいとか宣伝していたからである。
それが地震で被害にあい自分たちの身にふりかかったときはじめて東日本大震災のことを真剣に考えるようになる、そして同じような苦しい体験するようになったからである。

介護の問題でも介護をしていない人は介護している人も気持がわからない
一人暮らしの人は二人いるからいいじゃないかと言っていた
こっちは一人だよというのも理解がないのである。
そういうことはいくらでもある、自分の身にふりかからない限り他人事である。
自分が借金したわけではないが借金した人に借金をせまられてその怖さを知った。
借金をしている人はもう頭の中自分の借金のことしかない、相手が病気であろうがなんであろうが関係ない、金さえとればいいとなり殺人にすらいたるだろう。
そういう状態に追い込まれたのが自分だった、だから借金というのは怖いのである犯罪があれは借金をしているかどうか調べるのもそのためである。

老後が平穏だということはないのかもしれない、老人には様々なリスクがあるためである特に病気のリスクが一番怖い、これは金があるにしろないにしろみんながもつリスクである。病気になりみるみるうちパタパタとはかなく死んだ身内を見ている
七転八倒して苦しんで死んだ。
老人はまた困難に対処する能力が健康面なので劣ってくる、そして現代では老老介護とかなり負担が増える
何か昔のようなのんびりとした隠居生活のイメージがなくなっている
老人は今様々な負担が強いられているのである。


最も適応する力が衰えた時期に,最も厳しい適応を要求されている

老年という未体験の状況下で自分の過去を引きづりながら,
あらたな自己を形成していく作業 

これは原発避難区域で起きている、最も厳しい適応が要求されている
荒地となったところでどう今度は老人が適応してゆくのかとなるからだ。

老人の最大の問題は金もあるが健康なのである。病気になればすべてが崩れてしまう
その病気もいろいろあるから今回のように熱中症でも死ぬことがあるんだと自覚したのである。


タグ:熱中症
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2016年05月11日

人間はどうして記憶するのか? つながりの中で記憶する


 人間はどうして記憶するのか?


つながりの中で記憶する

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旅していて記憶に残すということが大事である。では人間はどうして記憶するのか?
記憶のメカニズムのようなものがあるのかとなる
旅というのは一地点に行くのが旅ではない、そこまで行く過程が旅だということもある。たいがい今は旅がつまらないというとき有名な一地点の観光名所に行くからである。
東京から新幹線で平泉に行く、そこにはもう過程がぬけている。
有名な一地点に行くことでありそれで目的が達せられたとなる
すると過程が欠けているから旅というものがただ一地点を目指すものとなり旅の中味は浅薄なものになる
というより現代では旅人もいないし旅自体がなくなったと思う。
単なる便利乗り物での移動であり一地点に行って目的が達成されたとなる

人間が記憶するというとき一連のつながりのなかで記憶しているのである。
例えは北海道の遠軽という所から坂を上るとオボーツクに出る、そこで何か開かれた感じになる、坂や峠を上ったとき別世界に来たように思える。
だからそこでその一連の過程の中で記憶される゛地形でも記憶される
ABCというつながりの中で記憶される、単体だけで記憶するのはむずかしい
英語でも一つの単語だけから覚えようとすると記憶されない、やはた文脈の中で単語も記憶されてゆく 
Aという単語を覚えるのではなくABCDEFと連関して覚える、要するにこの世の中は単体で存在するものはない、それで心の青雲では水は他の惑星には存在しないという
水という単体では何も存在し得ない、水素と酸素があれば水が存在するわけではないというのもそうてのかもしれない。水が存在するには水を産む環境が必要だったとなる


鉄道とかなると駅名を記憶したりするが一連のつながりのあるものとして記憶されない
地形も記憶されない、前後が逆になったりもする
ただ鉄道でもトンネルをぬけたとき新しい世界に入ってゆく感じになる
「トンネルをぬけると雪国だった」というのもそうである。
最上町の温泉からトンネルぬけると新庄にでる、それは広い地帯であり記憶される
これも一連のつながりのなかで記憶されているのである。
伊勢から奈良に旅したときはその長い行程の中で記憶されたのである。
一地点ではないつながりのなかで記憶される、そもそもこの地球はつながりをもって存在している、つながりと相互浸透の中で存在している


人間は何か記憶するとき必ず何かと関連させて記憶している
あらゆる物質も単体では存在しないというときそうである
つまりAを思いだせばBがでてくる、Cもでてくる、人でも何でも単体で記憶されることはなく関連の中で記憶される
いづれにしろ人間は最後は記憶されたことが人生となる
何が最も印象に残り記憶されたのか?それが人生だったとなる
でも記憶がだんだん薄れてゆく、曖昧模糊になってゆく

現代は旅でも記憶に残らないことが多いのである。
一地点を目指す旅であり過程を飛び越えているからである。
そこでは地形も記憶しにくい、坂であれ峠であれそういう地形も省かれるからである
そこで旅でも印象に残らないものとなってしまう。
おそらく車よりバイクの方が地形は記憶するだろう。バイクは風も感じるからである
ただ若い人がバイクで旅しているのを見たとき楽だなと見る
自転車に比べると本当に楽だとみてしまうのである。  


結局現代生活は便利になったのけど経験することが浅薄にもなっている
旅というのもそうである。そこには人との出会いもないしただ過ぎてゆつだけである。
「旅は道連れ」というのもなくなった、バイクであれ車であれ早いから一時出会っても
あとはすぐ別れてゆくだけだとなる
そこに何か濃密な時間がもてないのである。今会ったまたすぐに別れてゆく、それは歩く旅とはあまりに違ってしまったからである。

2016年05月09日

夏の草原(田んぼが増えて草原もある世界)


夏の草原(田んぼが増えて草原もある世界)  


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パノラマ写真ークリック拡大

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右田の一本松



雉歩み朝の草原夏雲雀
夕暮れや草原広し夏雲
青嵐牛越城の五年かな
一本の大木根付く青嵐

一本松ここに残るや雲雀鳴く声のひびきて夏の陽没りぬ
草原の広々として雲雀鳴く風の涼しき夏の夕暮
声高に夕べ蛙の鳴き騒ぐ田んぼの増えて元に戻らむ  

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この辺は田んぼが増えたから元にもどりつつある、一方で津波の跡はまだ広々と草原になっている。
この草原の世界のことを書いてきたけどこれが気持いいのである。
田んぼとは違った自然なのである。草原にあっていたのが雲雀だった、草雲雀とかあるから本当はこういう草原地帯に雲雀はあっていたのである。
田んぼだったらどうしても水になるから巣も作りにくいのである。
田んぼにあっているのは鷺である。田んぼの水の中の水生動物を蛙などを餌としているからである。

日本でもそもそも草原の世界を見ないから草原のことがわからないのである。
北海道にはあるが他では見ない景色なのである。
草原に風がふきわたり雲雀がなく景色は気持ちがいい、モンゴル辺りだとこういう景色が普通なのである。すると何か人間の感覚が変わってくる
気持まで広々としたものと自ずとなってくるのである。

日本人の文化は田んぼから稲作から作られてきた、それはもう単に米を作るというのではない、心まで作ってきたのである。だからこの辺で田んぼが放射能で汚染されたとき田んぼがなくなる世界、草原化した世界というのがなんなのだろうとなった
それは津波の跡もそうなってしまったかち二重に草原の景色になってしまったのである。
日本では放っておくと草原にはならない、雨が多いからやがて釧路湿原のような湿地帯になる。
ただここでは草原化している、水たまりを埋めたりしているから草原になっているのである。

今年はともかく風が吹く、毎日のように風が吹いている、青嵐というとそんなに吹かないだろう
今年は毎日風が吹き荒れている、こういうのも珍しい、それは桜が咲いた時からである。原町の牛越城は5年ほどで終わった、でもその五年も風雲だった、何か争いがあった
内部での抗争があった。風雲の城でもあったのだろう。戦国期の城だったからである。
だから青嵐ににつかわしいともなる  

右田の一本松は枯れそうに見える、枯れなければ奇跡の一本松になるのだろう。
あそも松原として意識していたのであり一本一本の松として意識したものはなかった
今はあの一本松だけが注目されているのである。

タグ:夏雲雀

2016年05月08日

夏の水面(surface of water in summer)



夏の水面(surface of water in summer)



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砂漠の流れ


 

paintshopの波は抽象画になりやすい、写真でも波で変化させると抽象画らしくなる
夏だから水面が光でまぶしく輝く、そんな感じである。
要するに自然にあるものから抽象画もイメージしているのである。

水に関してもそういう変化が見られるがそれを表現するとなるとむずかしい
抽象画ではそれが表現しやすいのである。
タグ:夏の水面

犯罪はパターン化できる (犯罪にあった人は犯罪に興味をもつ-格差社会は犯罪が増える)


犯罪はパターン化できる


(犯罪にあった人は犯罪に興味をもつ-格差社会は犯罪が増える)


今まで推理小説など興味をもたなかった。でも自分も犯罪にあってから興味をもつようになった
人間はともかく自分が当事者にならないかぎり他人事なのである。
それはこの辺で津波で近くでも人が相当死んだりして大被害だったのに自分は何も被害がないから被害にあった家族のことでもあまり考えない
これも普通のときでもそうである。誰か苦しんでいても相手の苦しみのことがわからないのである。
障害者を子供にもったものは盛んに訴えるが誰もわかってくれないとか言う、そんなものたいしたことじゃないとか見られる、あんたが生んだのだからあんたの責任だとか言われる、貧乏でも自己責任だとか言われる
今は格差社会だけど貧乏が見えない社会でもある、昔は何か貧乏はあからさまに見えていたのであ。乞食などが現実に物乞いしていたからこの人は貧乏だとはっきりわかる
今はそんな人がいない、外見は普通の人と同じだからである。
そうなると貧乏が見えないから貧乏がわからないともなるのである。
何が貧乏なのとなってしまう。
でも現代には現代なりの貧乏がある、そこから問題が事件も起きるのである。


本当に犯罪に明らかにパターンがある

「道具的」行動は,犯人が被害者からなんらかの利益(金銭や性的興奮など)を得ようとしておこなう行動です。

「表出的」行動は,他人との感情的な衝突によって引き起こされることの多い,被害者を傷つけることを1番の目標としておこなわれる行動です。

一番わかりやすいのは自分の欲望を満たすことが動機となっているものである。
そもそも人間の争いは基本的には欲望がおさえられないためにえ起きてくる
それが金であり本能的な性であれ一番わかりやすいし一番犯罪の動機になっている


だからどういう状態でシチエ-ションで犯罪が起きるか典型的な例が昨日見たテレビの推理ドラマだった。
まず資産家がいてそこにかかわる人たちがその資産家の財産をねらう。
家政婦とかヘルパー他にも宝石を売りつける人とかかかわってくる
なぜここでそうした家政婦とかヘルパーとか家に入ってくるものが犯罪者として疑われるのかというとその家の内部を家族のように知っているからである。
だから一倍危険なものはその内部を知るものだということである。
良く時代劇では内部か手引きする人を女中とかで入らせて強盗団が入ってゆく
それはパターン化した犯罪の手口である。国レベルになるとスパイで国の内部から攪乱してくる、だから内部に入るものは一番危険だとなる

そしてそういう資産家に近づくものはなにかいろいろな問題をかかえている人が多いのである。富めるものと貧しいものの差があからさまに現れやすいのである。
一般社会では見えないことがこういう場ではあからさまに見える
コンビニで働いていたとかその人がどういう人かなどわからない
でも資産家とか家に入ってくる人はその人がどういう人かあからさまになる
その働く人の家の事情とかがあからさまになる
今回のドラマでもそうだった、家政婦になった女性は借金をかかえていたとかなる
どこからきたのか素性もしれないとかなる、家に入る人で素性がしれないとなるとそれも危険度が相当に高くなる、そういう人が信用できなるかとなる
ただ家政婦とか何かそうした人は借金であれ事情をかかえているのである。

するとどうしても雇う方でもその人のことを考えざるを得なくなる、なにかコンビニであれパートであれその人の事情など考慮しないだろう。
でも資産家とか家に入ってくる場合はそうした個々の事情が直接かかわってくる
その人は別によそ者というものではなくてもやはりここの土地の人ではなかった。
それを安易に信用したのが失敗だった、本当は家に入れることは一番危険だから信用が最大の問題になる、何ももって信用するかとなるとむずかしい。
昔は女中とかお手伝いさんとかは普通にいたから何かしらの信用システムがあった。
前の働き先でどういう人か聞いていたとかが信用する要因になっていたとかあった。
ともかく家の中に入れる人は一番危険であり犯罪も起きやすいのである。
だからそれはパターン化した犯罪でありドラマになる

そもそも家の中に入ることは家族の一員のようになる、それで俳優の家で雇われたお手伝いさんがその夫婦の子供を殺したとかあった。これは何なのだとと思ったらお手伝いさんは子供のように家族の一員になっていたからである。
動機は子供が生れてからかまってくれなくなったという、まさに家族の一員になっていたからこそそうなったのである。それほど親密な関係になるのである。
まず人間が信用しあうことほどむずかしいことはない、それがゆきづりの問題をかかえた女性となるとそんな人を家に引き入れたらどうなるのかとなる
でも家政婦とかにはそういうふうに問題をかかえた人が多く入りこんでくるのである。
するとそこで貧富の差が明らかになり犯罪が誘発されやすいとなる

だからこういう犯罪を防ぐにはどうしたらいいのかとなる、雇う方も相当に気をつけねばならない、雇うにしてもその人を親身になって考えざるを得ないのである。
何か時給いくらとかでそれで終わりとならない、何かいろいろとその人のことについて家族のように心配するようになる、借金があったとしたら資産家だったらその借金を整理してやるとかさえしないとうまくいかない
借金を整理してやれば重荷がおりるからその家のものを盗むとかなくなるだろう。
資産家だったらその借金の額も小さいとしたらできるからで
恩義も感じるかもしれない、つまりそうした関係を作らない限りそういう女性を雇うことは危険にさらされつづけるのである。
そうはいってもそういう関係を作るのは時間がかかりすぎるのである
それで私はこの家で十年勤めさせてもらっていますとかなると信用できるとなる
その歳月が信用できるということを証明しているのである。
でもそれは資産家であってできることである、今はヘルパーとか介護関係でもちょっとしたことで家の中に入ってくる人が増えた、そこでまた問題が起きてくるのである。 

これは社会全体とも関係している、格差社会というとき富裕層も危険になる。高度成長時代なら中産階級が勃興してその上の金持ちをうらやむというのはあまりなかった。
格差社会になるとなぜ自分たちは貧乏なのだと、その原因を富裕層に向けられるから危険になる。自分たちは富裕層のために奴隷のように使われるだけなのだとなる
もちろん富裕層というとき資産家となると小金持ちとは違う。
まず小金持ちでは家政婦を雇うことはできないからである。
ヘルパーとか一時間とかちょっと手伝うだけであり家政婦とは違うのである。
格差社会というのは富裕層も危険にさらされる社会でありいつ襲われるかもしれないという推理ドラマのパターンになる、そしてたいがいそうして家に入ってくる人は家政婦とかが危険なのは追い詰められているからである。実際に家政婦として入った家々に火をつけて火事にしていた女性もいたからである
それは別に追い詰められている人は他にもいる、借金で追い詰められているとかそういう人は別に普通にいるからそういう人とかかわると危険になる
自分もそのために恐ろしい目にあったからである。
人間はどんな人でも追い詰められたら何するかわからない、その人が善人悪人の問題ではない、今日食べるものがないとしたらそのたに殺すことだってありえるしあった。
人間は追いつめられるとそうなるのである。  


人間の関係は金だけが動機になるときうまくいかない、こいつは資産家だから金を奪ってやれ、それだけの関係になると必ずそうなってしまう、その家で働く動機がそれしかないからである。普通の社会ではそういうことは金で割り切ってしている
でも一旦家の中に入ってくるとはそういうことは金だけでは通用しない
そうなれば資産家から金を奪えばいい、そこに働く動機はそれしかないのだからそうなってしまう。そういうことを自分は経験したからわかる。


高島忠夫長男殺害事件 

高島夫妻はこの女中をよくかわいがり、また女中も高島夫妻によく尽くしていたが、高島夫妻に長男が生まれた後は「長男へ愛情が移ってしまい、自分は疎遠に扱われるようになった」と感じていた。「この赤ん坊さえいなければ高島夫妻の愛情は私に戻るのではないか」と考え、気がついたら長男を湯船に沈めていたという。長男は激しく咳き込んだが、女中Aは、なおも長男を湯中に抑えつけた。そして「このままでは犯行がバレる」と思い風呂から出た後に物取りの犯行に見せかけるため、室内を物色されているように装ったという

こういうことが起きるのが家の中に入ってくる人なのである
要するに何かこういう家の中に入る人は家族関係の中に入ってくると同じなのである。
だから家族のような問題が起きやすいのである。

タグ:家政婦
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2016年05月07日

福島県市町村財政指数を読む


福島県市町村財政指数を読む


(やっはり原発あった所は高かった)


福島市0.74
会津若松市0.65
郡山市0.72
いわき市0.66
白河市0.52
須賀川市0.55
喜多方市0.36
相馬市0.50
二本松市0.42
田村市0.31
南相馬市0.67
伊達市0.40

桑折町0.50
国見町0.35
川俣町0.36
飯野町0.32
大玉村0.35
本宮町0.76
白沢村0.37
鏡石町0.54
天栄村0.30
下郷町0.45
檜枝岐村0.45
只見町0.32
南会津町0.23
北塩原村0.29
西会津町0.22
磐梯町0.39
猪苗代町0.45
会津坂下町0.36
湯川村0.23
柳津町0.23
三島町0.16 危険
金山町0.24
昭和村0.11 危険
会津美里町0.24
西郷村0.83
泉崎村0.61
中島村0.32
矢吹町0.49
棚倉町0.53
矢祭町0.28
塙町        0.27
鮫川村0.18 危険
石川町0.43
玉川村0.38
平田村0.27
浅川町0.36
古殿町0.24
三春町0.44
小野町0.36


広野町1.33
楢葉町1.19
富岡町0.94
川内村0.28
大熊町1.64
双葉町0.80
浪江町0.44
葛尾村0.14
新地町1.13?
飯舘村0.22


福島県は市でみると喜多方市が0・36で低い
二本松市も0・42では低い
市は0・5以上は普通にある

喜多方市は会津の城下町の北にあるということで喜多方(北方)になった
会津の城下町だと武士が多いから自由な商業ができなかったが喜多方ではできた、
それで発展した、それで蔵の街になった

田村氏は三春だからもともと市ではなかった、合併してできた市だからである。
伊達氏も合併してできた市0・4は妥当だろう

相馬市が0・5で南相馬市が0・67は妥当だろう
相馬市はぎりぎりで0・5だった、南相馬市はもともと相馬市より発展していた
なんらか原発の影響もあったかもしれない

それより明確なのは今回原発事故にあった避難地域である。
ここにはっきりと現れている、
川内村は例外として葛尾村もそうだがその他は高い
広野町の1・33とかは本当に高い、大熊町は1・64だからな
意外と浪江町は0・44では低かったな
浪江町の三分の一は原発に関係していたと思うがな・・・
新地町が意外と高いのはなぜか?
火力発電所とかあるからか?工業団地もあるからだろう
ここは一つの疑問だ、1・3は高すぎるからだ
飯館村は0・22なのはわかる、農業だけでは今は財政は苦しい

それにしても檜枝岐村は0・45は高いだろう
ここは尾瀬の観光地になっているからだろう
ここは江戸時代とか米など食べていない、蕎麦が主食の所だった
隔絶した村だったんだから
古殿も0・24とは低いな、ここも磐城からの街道あるけどずいぶん高い所で離れている
隔絶した村だった、延々とその坂を自転車で下りてきたのを覚えている

昭和村は0・11で最低だな、ここも自転車で通ったが食堂一軒とかあるくらいだったな
会津の奥の奥となる、ここはもう村を維持できるかできないかの瀬戸際なのだろう
0・11は厳しい、飯館村より低いからな、まず会津など市が遠いから不便だよ
鮫川村などもなじみがないな
なんか阿武隈高原を旅して山の中に万屋が残っていてご飯と味噌汁をご馳走になったのはここだったか?
そんな山の中だからそうなことをしてくれたのか?そんなことをしてくれるところはの今ないだろう
コンビニなんかもないだろう、コンビニないところはかなり過疎地だなん今では

三島町が0・16は低いな、ここに原発事故で郡山から避難した人が世話になったと
故郷納税で応援しているとか、ここは相当に苦しいし限界集落になりつつある
西会津町が0・22なのはわかる、会津の市の中心部から相当に遠い奥だよ
温泉はあるみたいだけど西ということで何か辺鄙に感じる
西は陽の没る場所だから淋しい感じな所が多くなる
西行はその西方浄土の西を目指した
つまり辺鄙な所を目指して旅したともなる 旅は繁華な所はつまらないことがあるんだよ

ともかく原発ある所は高い、女川町で2・1とか驚くよ
北海道でも泊村は0・8とか北海道では高いとなる
過疎地でも原発が建てば財政は一挙に改善され高くなる
その魅力が大きかった、これには住民も反対できないからな
南相馬市だって原発で働いていた人が多かったからな

posted by 老鶯 at 08:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連