2016年07月01日

放射能汚染で死んだ人は福島医大で実験用に使われた


放射能汚染で死んだ人は福島医大で実験用に使われた


話の面白い小高の人はいろんな建築現場に行っていた。
それで何か道を舗装するときそこが粘土で水があがってきて困った
その人は経験から砂をまくといいことを知っていた。
そのことを酒の席で上司から呼ばれて提案したという
酒の席だから一労務者がそんなことを言った、普通は相手にされないだろう
しかし上の人はそのことを知らなかったという
その通りにしたら水があがらずうまくいったという。
でも何の報償もなかったと言っている
他にも工事現場で経験から提案してそれが成功したが何の報酬もなかったと言っている
たいだいそういうことは上の人が知っていてやるものだと思っていた。

あの人はフクシマの原発でも仕事していたからしきりにそのことを話す
何かいろいろ経験したことを上の人に言う、普通はあまり上の人とはつきあわないだろう良く言うのが仲間が原発の仕事でみんな死んだという,それが良く理解できない

福島医大では原発で放射能汚染で死んだ人がアルコール漬けにされて水槽に保管されていたという
何か放射能について研究するためにそうされたのだろう
医大とか患者でも実験の場なのである。
本人も文句言わないというとき金はもらいるしあとのことは墓までめんどうみてくれるからだという
確かに最近死んだら献体する人が普通の人でも増えてきたのは何か役に立ってほしいからだという、老人などなんの役にもたたないと常に言われているからである。
そしてあとのめんどうを死後までみてくれるのでいいと献体が増えているから献体に対しての考え方も変わった
仲間がみんな死んだというとき何か原発に関して秘密にされることが多いのである。

危険な所で働くのは何より金であり放射能のことは考えないというのもわかる
この辺でも原発の危険性より金だとなっていたからである。
だから原発は様々な利権の場所だった
政治家から検察からマスコミから地元でも危険をかえりみず金のために働いたのである。

最近原発のことが選挙の争点でもなくなった。この辺ではこの問題は延々とひきずる、30年後でもそうだろう。放射能は簡単には減らない、そしてどういう被害が出てくるのか癌になるのかなどわからない
室内では自分の部屋も減らない、0、2のままなのである。外は除染して減った所が増えた室内は変わりないのである。この辺で除染したのは樋だけである。0・23以下だったからである。
もう今でも他では忘れられる、だからこそ原発が再稼働されている
結局原発では人は死んでいない、もしシバタバタ死ぬようだったら恐怖であり即時に原発は停止されたのである。
その被害がわからないしこれからもわからない、体内被爆というのも怖いとしてもその症状がどのように現れるのかわからない、10年後でも20年後でも老人だったら癌になるのだから放射能が原因とされるとはならない。

一部燕とか木とか植物にも影響したみたいだが人間にはどれだけ影響するのかわからない動物か奇形などと生まれてもいない、そういう風に具体的なものが現れれば恐怖になるそれがないから恐怖を感じないのである。
その恐怖を感じないことも怖いのである。なんだ原発事故などたいしたことないじゃないか、誰も死しないじゅないか、それでまた再稼働するようになったのである。
公害では何か奇形化したとか具体的な被害が見えたが原発事故は見えないから恐怖にならない、20年後、30年後に影響があるといってもそれもわからない、そんな先を人間は考えられないからである。

いづれにしろこの辺は放射能の実験場にされたのである。どう影響するかわからないがそれでたいした影響がないとなると原発は促進されるだろう。
その期間が長いのである。

タグ:放射線死亡
posted by 老鶯 at 10:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連