2016年07月07日

ヨーロッパの旅ー春の俳句二十句



ヨーロッパの旅ー春の俳句二十句

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(イギリス)

(ロンドン)

春寒し駅舎に飲みぬビールかな

春寒しイギリスの栄昔かな

テムズ河海に注ぐや春寒し

春寒しテムズ河の岸のベンチかな

鴨の列石橋わたり柳かな

夕日さし古城の紋章石に古る


(フランス)

絵を売りぬセーヌの岸辺春の暮

石造り宮殿古りぬ春のパリ

春のパリ石にもたれて思案かな

春の星同じホテルに客となる

泊まる宿セーヌの辺り春の星

(ニース)

老人に春の陽ざしやニースかな

春光や城跡に波のひびきよす

春光に新婚旅行やマルセイユ


(イタリア)

春の暮ローマの道をたどるかな

ローマの春廃墟の松やもの寂びぬ

春の日や廃墟の石にもたるかな

ベネチアや春光に舟波止場かな

浴場跡夕日のさして蝶舞いぬ

春光やフィレンツの塔美しき

春雨や南イタリアの古城かな

(ギリシャ)

雪の峰海に望みてギリシャかな

菜の花にドルフィの神殿埋もれけり

ドルフィや竜舌蘭や石古りぬ


(アレキサンドリア)


海の風アレキサンドリアや春鴎

街中に海の風吹き百合の花

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やっぱりヨーロッパは旅するのには一番いい場所だった。あれだけ歴史があることが違っている。ヨーロッパはいろいろあるけど芸術の都なのである。
その代表がパリなのだけどそこが違っている
中国などにはそういうものがあまり感じない、ヨーロッパは国が分かれているけど多様な個性を作り出した、それで芸術が華咲いたのである。
多様性があり国が分かれることで絶え間ない紛争があったのだが反面は多様な個性を作り出したのである。
この時はまだデジカメの時代ではないので写真があまり残っていないのが残念

それにしても時間がすぎるのは早い、自分がヨーロッパに行ったのはすでに十何年前とかなっている
その時は円高で旅行しやすかった。イスラムのテロもない時代だった。
ともかく時代は急速に変わる,中国だって20年前とかになるし急激に変わってしまった。中国の物価はあの時からすれば十倍にもなっているかもしれない、
世の中の変わりようは本当に早い

そして十年間介護に追われてたちまち過ぎた、今は思い出す旅である。
何か老年になると思い出すということが仕事になる
思い出すということはそこに確かにいたということを確認することなのである。
そこにいたということすらわからなくなる
そういう記憶の確認作業なのである。俳句にしてのもそういう記憶が残っているからできる

外国を俳句にするのは一つの文化交流である。最近はインターネットで外国の俳句が結構出ている、ともかく誰でも海外旅行できる時代だからである。
インターネットではなかなか批評しにくい、雑然とありすぎるのである。
やはり選ばれたものを見るのは楽だとなる

旅というのは何か記憶に残っていないと収穫がない
つまり全く記憶に残らないことがありうるからだ
特に外国ではそうである。どこにいたのかもわからなくなる
だから何か記憶にとどめる旅をしないと何も残らない。
辺りの風景を記憶する旅である。
それはいくら写真でもとどめることはできない
その時々の風とか光とか何でも写真にはすべてとどめることはできない
人間は五感で感じているからである。

認知症になると同じことを過去に経験したこと何百回という、それは記憶が生きた証拠になっているからそうなる。
だから一番人生で印象に残ったことを語り続けるのである。
姉の場合は戦争のことでありそれを死ぬ直前まで語って死んだのである。
それほど戦争というのはとても忘れられない記憶だったとなる



ベネチア-ベニス(abstract pictures-veneziaー(Venice)


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