2016年08月31日

夏の暮(栃窪から飯館村へ) 飯館村の塩の道の旧家の人に話しを聞く


夏の暮(栃窪から飯館村へ)

飯館村の塩の道の旧家の人に話しを聞く

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飯館村へ

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あいの沢

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秋薊

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なんか淋しそう

草野の塩の道


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養蚕した兜作りの家

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斉藤家の蔵

ここは昔旅館だったという、9代つづく古い家

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飛んでいた蝶

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屋敷林木陰の長く田舎道

栃窪に実りもどりぬ古碑一つ

上流の木陰の深く黒揚羽

秋出水激流轟き動かぬ岩

朝の蝉ひびくや清水流れ落つ

飯館に入るやあまたソバナかな

秋めきぬ雲や峠を越えるかな

一歩一歩峠越えるや山の蟻

峠越え遠山望む夏の暮

紋様のめずらし蝶二つ夏の暮

夕暮れや石の五つや秋薊

飯館に木の実あまたや夕暮れぬ


一本の松の変わらずここに立ち道の徴(しるし)や夏の日にゆく

飯館の塩の道来て九代をつづくと蔵あり夏のくれかな

一本の樹のここにし年輪を刻むや長く夏のくれかな

塩の道穂芒あわれ我が帰る斉藤家の蔵我があとにして


今日は涼しいので一年ぶりとかで飯館村に自転車で行ってきた。これまでは日差しが強く行けなかった、今日は日差しがさほど強くないから楽だった
YAMAHA ヤマハ ロードバイク YPJ-Rは坂が急だと役にたたない、馬力が出ない、だから歩く他なかった。なだらかな坂ならいいが急な坂、長い坂はほとんど役にたたない、すぐに電池が切れる、だから坂がつづく長距離では役にたたない
帰りは電池は切れても下り坂だから良かった。

栃窪では実りがもどっていた。栃窪は古い碑の村である。奥州栃窪村と金比羅に碑を奉納したらしい。金比羅参りしてその碑が多いのである。
ここの碑は古峰の碑だろう。とにかく実りが回復したときこの古い碑も生きるし村も生きてくるなと見た。村は全体としてあり田んぼがあって実りがると全体が生きていることを感じる、workingしていると感じる、全体としてトータルなものとして村が生き返る回復したと感じる

飯館村に入るところでソバナの花があまた咲いていた。何かこんな素朴な花が飯館村にはあっていた。秋めいていて涼しいのが良かった。電池がきれるしさほど働かないので歩くほかなかった。まさに山の蟻である。前は坂は自転車を押して歩いていた。
この自転車はまず坂には弱い、坂を上る馬力がないのである。
あそこの峠道は長いから苦しくなる。

飯館村の状況がどうなっているのかたまたま家の前にいた人に聞いた。
そしたらそこは塩の道でありその家は九代つづいている古い家だったのである。
飯館村で草野は古く今でもこの近くで四騎くらい出ているという。
江戸時代からの歴史がある村なのである。
塩の道は作見の井戸の所を通る道でもあった。草野の自動車道路はあとからできた道なのである。それは六号線ともにている。
意外とこの道の新旧とか村の新旧もわかりにくいのである。飯館村でも開墾に戦後入った人たちも多いからわかりにくくなるのである。ただ草野は古いしその家は古い、その辺りの家も古いことがわかった。
そこで今の状況などの話を聞いたがそれはあとにしよう。
その塩の道をたどり帰ってきたが暗くなってしまった。

金は万能ではないし何でも解決できない (原発マネーはブラックなものになった)


金は万能ではないし何でも解決できない


(原発マネーはブラックなものになった)


金が万能の時代になっているけど金で万事解決できない、それが原発事故の補償金でもめて分断されたことでもわかる。
みんな補償金をできるだけ多くもらいたい、それで解決する、国や東電でも補償金で事故の責任を果たすとして多額の補償金を出した
でもその補償金にも限度がありみんなが納得するようにはならない
その一部のものだけが多額の補償金を受け取ったのはいいがその金のために回りからねたまれるとか文句を言われることになった。
例えば船主だった人は事故前も事故後も漁業権を売り渡しているから補償金をもらって
原発御殿といわれる家を建てていて回りから良く思われていなかった。
そもそもなぜそうなったのか?
その金の出所が問題になっていたのだ。

金があるからといって金持ちがみんな悪いとはならない、金を生み出すものはそれなりに才覚があるからだとなる、ビルゲイツとか何か発明して社会に貢献するものはとてつもない富を手に入れた。でもその人を誰もそんなに悪いとはしない、あまりに巨額な金だから寄付しろとは言うがビルゲイツが別に不正でもうけたわけではないからそんな金持ちでも別に回りでは批判しないし許されている
金持ちがみんな批判されるとは限らない、江戸時代でも庄屋が金持ちでもそれは役所みたいなものでありそれなりの格式が必要だから家も立派でも文句は言わないのである。
金持ちでも社会に公認されたとういうか認められる存在の人に対しては文句は言わないのである。

要するにどこでも金がどうして生れたのか?金の出所が問題になる
金は普通だったら時給いくらだとかなかなか稼げない、いくら働いても簡単に稼げない
それで資本主義社会では企業家にならない限り経営者にならない限り金持ちにはなれないとなる、ところが起業して成功しているのは20人一人くらいしかいない、成功率が極端に低いのである。だからどうしてみんな成功することがこれほど低い率なのに起業するのかそれも不思議だった、そして一旦失敗すると多額の借金を背負い地獄になる
もしそれだけ失敗する人が多いとしたら簡単には起業などしないはずなのだけどしているそれは資本主義では金持ちになる方法は起業して成功するしかないからだともなる
そうしなければ時給いくらとか月給いくらとかで決められとても金持ちになれないからだ
金の出所というときその金がブラックなところから出る金だとやはり問題になる
それが近くで障害者を雇い仕事している所がある、その賃金は極端に安い
正常な人も働いているが障害者として働いていて援助があるとか得している
一番得しているのはその経営者なのである。それで障害者をもっている家族は汚いというそうして金持ちになっていたらそれが回りからどうみられるのか?
それは老人ホームとかでもなぜ介護士が給料が安いのかというとそうした経営者に回ってゆくからである。建築土木関係の労働者でも下の現場で働く人には金が回らない、途中でピンハネされる、除染関係で一人十万出るといっても一万しか現場で働く人には出なかったとかなる、途中で金はぬかれて他の人に回っているからである。

経営者になるためにというyoutubeを見ていたらどうしたら金持ちになれるかと説いている、金の入る立場になることだというとき社長とかに経営者になればそういう金の入る立場になるから自ずと金は定期的に入ってくる
障害者を極端に安い賃金で働かせていれば国の支援もあり定期的に金の入る立場になっているから労せずして金は入るとなる、それはブラックな金だとなるがそういう立場になっているから金持ちになれるとなる
そういうことは株主とかにも言える,優良会社の株主になっていれば労せずして定期的に配当金が得られるともなる、ただ株の場合はリスクがあるから安定しているとは言えないでも社会はそういう立場にいれば金が入るともなる
官僚とか公務員なんかも社長とも経営者とも違うが何かと便宜が計られて得する立場にあるから金が入ってくる、天下り先も用意されて何もしなくても大金が入るとなる
要するにそういう金の入る立場にいるということが大事だとその人は説くのである。

そういう立場を得られない人はそんな役割を引き受け一生底辺で終わる、金持ちというとき遺産があるなしも大きく左右する、資産は第一一代ではもちえない、親から引き継がないと一代では無理なのである。
だから親に恵まれないと財産家にはなれない、なぜあの人はたいして努力もしないのに親からの遺産を受け継いで金持ちなのだとかうらやまれる、でもそれを否定することはできない、それが人間の営みだからである。農民でも最初は草分けというところに入りそこから出発する、相馬藩では移民がそうだった。第一草分けというように最初にその土地で豊かになった人は草分けであり草を分けるようにして豊かになった、開墾して豊かになった最初から外から来た人が豊かになることはすぐにはできないのである。
そのあとに移民は努力して豊かになって定着したのである。

なぜ原発マネーが巨額でもそれが回りから容認されなかったのか?
これも事故を起こさない限り別に回りでとやかく言われることはなかった。
第一漁業者がそんな金もらっていたことも地元知らない人が多かったのである。
事故が起きてこれだけの大被害を受けたことで問題になったのである。
事後で大迷惑になったのになぜ政府や東電から漁業者は金をもらっていたのかとなった
回りの人は港に住んでいても全部はもらっていないからである。
その漁業権を売り渡したことで原発も建てられたからである。
それはブラックなマネーになったのである。

ブラックというとき巨大企業や組織はなんらかブラックなものになっている、カルト宗教団体でも創価でも莫大な金が集まる、そんな金を集めてどうするんだとなるがそれで権力をもち得るから集めている、巨大企業でも多国籍企業でも外国で低賃金で働かせてもうけるとかブラックな所がある。兵器産業なども戦争でもうけるのだからブラックになる
何か金儲けというときブラックな所があるから嫌うという面はある
そもそも銀行などでも真面目な硬い職業のように見えても実際は消費者金融に融資してもうけたりしている、直接に消費者金融を経営しなくても金をだしてもうけている、銀行業より消費者金融の方がもうかっているというのもそのためである。
社会そのものがそうしてブラックなものでありただ巨大なものになるとそれは見えなくなるし暴かれることができない、つまりこの世自体がブラックだからどうにもならないとまでなる。

いづれにしろこの辺で原発マネーが補償金が得られてもそれがかえって地区が分断されていがみあうようなったりしているのはなぜなのか?
つまりその金の出所がブラックになったためではないか?
この辺では原発事故のために大被害を受けた、それは誰のためかとか責任論になったとき地元の人にも責任があっとなりそれなのに避難区域など一部のものに多額の補償金を得、他の人は全くもらっていないからである。
もちろん被害を受けた避難区域などは故郷にすら住めなくなったのだから当然だというのはわかる。でも回りの人から見るとまたそうは見えないのである。
飯館村などは別に避難区域になっても原発とは関係ない村だった
それでも補償金をもらったというとき回りからは良く思われない
毎日補償金もらってパチンコ屋通いだとか批判されるのである。
すべてが金で解決されることではなかった。ではどうすればいいのかいい知恵があるのかとなる

自分の所に来た親戚は介護していたが「おばちゃんは金があるんだから金でめんどうみてもらへ」と血相変えて去って行った
これが現代を象徴していたのである。みんな何でも金で解決しろ金でめんどうみてもらへとなる、極端だがそれが現代社会の現実だとなる。
もう一人の親戚は自分が苦しんでいるとき借金しているからただただ金をとることしか考えていない、何の同情もないのである。弱い立場にあったから何も言うこともできない
それをいいことに借金をせまってきたのである。
確かに金が万能化した世界であるけどすべてが金が解決はしない、金を否定できないけど金で人間の問題はすべて解決できない、その一つの事例がこの辺なのである。
遺産相続のように金でもって人々は分断されいがみあうようになったからである。
もしこんなに補償金が出なかったら回りの人も同情して助けたりしたかもしれない
浪江の工場経営者でも「金もないし困っているから仕事まわしてくれないか」「いいよ、同じ仲間だしこういうときこそ助け合うべきだ」とかなっていたかもしれない
でも億とか金を補償金でもらったら
「お前は金でめんどうみてもらへ、うらやましいよな」となるだけだったのである。
金がかえって徒(あだ)になったのである。そうはいっても金の力は大きいからどうにもならなかったとは言える。でも金は万能ではないし金だけでは人間の問題は解決しないのである。かといって金を否定することもできないのである。



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2016年08月30日

補償金、義援金で南相馬市の一体感は喪失 (原町の人が義援金も鹿島区に払うなと言うことの傲慢)


補償金、義援金で南相馬市の一体感は喪失


(原町の人が義援金も鹿島区に払うなと言うことの傲慢)



原発により住居を失ったり生活の基本を失ったという賠償事項に関わるものは
義援の対象ではありません、あくまでも人災です
東電の関係者すべてが私財を賭しても賠償すべきものです。
ですから、配分された原発被害者への金額は震災被災者のもので
義援金の横領です東京電力はそのすべての金額を即刻賠償すべきだと思いますね。


原発避難民ばかり待遇が良い思いをさせるつもりだ!
3.11から3年経過しても消費税8%に、見とうしの経たない東日本大震災の被災者に目を向け再出発の大型支援を望む!


原発避難民の南矢野目の仮設住みの浪江町民はパチンコ代欲しさに賠償金増額要求してんだが奴等って馬鹿だな!他の地域が増額要求してねぇ〜の に浪江町だけ増額要求通る訳ねぇ〜だろうって馬鹿丸出しだわ 笑笑笑

別に我慢しろと言ってる訳では無いですが、あそこが支給されたから自分達にも支給しろ!そうゆう思想が蔓延する事が恐いです。
経済的に自立出来なければ自立した復興なんて出来る訳がないと思います!



なんかこの辺は被害者でもいろいろいて混乱した。

津波の被害者

津波の被害者+原発被害者

原発被害者

こんなふうに入りまじっている。その補償金を配分するにしても複雑になったのである。30キロ圏と区切るという政府や東電のやり方で決めたのも混乱する原因だった。
南相馬市ならやはり南相馬市民が一致協力する関係を作ることを優先することも必要だった。それがほとんどできない結果互いにいがみあうようになった。

そして鹿島区は30キロ圏外だから補償金も義援金もやるな!

こういうことを原町区の人たちがネットで言っていたのも腹ただしい
30キロ圏外から鹿島区ははずれているのだからやる必要ない
それで最初仮払い補償金として市の財政から百億円払うというとき鹿島には払うなと言う人がいたのである。それから義援金も払うなという人がいた。

鹿島区は30キロ圏外だから排除しろ

こうなったら鹿島区は南相馬市民なのかとなる、現実になぜ小高の人たちの仮設を鹿島区に建てるんだとかさえなる、土地は無料で貸しているという。
今でもそのことで小高と鹿島はうまくいっていないのである。
ある人は塩崎の女性で隣が補償金をもらい自分はもらっていないと泣いて訴えていた。
だからそもそも30キロということで区切ったことも問題なのである。
それは政府と東電のしたことだけど放射線量だったらたいして変わらないからである。
放射線量だったら別に相馬市でも福島市でも郡山市でも変わらないのである。

30キロ圏内ばかり特権になりそれで東電の補償を手厚くされた。

鹿島区には一切やるな、その分は30キロ圏内のものがもらう

こうなったら南相馬市の一体感は全くなくなるしそうなった
そしていがみあいとなりたがいに協力できないことが実際は深刻だったのである
浪江の工場を経営している人が原町の元の仲間に仕事を斡旋してくれと言ったらお前らはたんまり補償金もらっているのだからは斡旋してくれなかったという。
これも結局あまりにも手厚い補償金をもらったからである。工場を経営していたら何億ともらっているからもらわない人はうらやましいとなる

なんかこの辺は補償金や義援金の配分でも混乱したのである。
自分自身も金をもらえればいいとしか考えなかった。
でも一番苦しんでいるのは津波の被害者である。その津波の被害者には原発の補償金は出ないのである。でも30キロ圏内だと原発の補償金が出るからこれも混乱する原因だった。
義援金は原発被害者ではなく津波の被害者に出すべき

義援金を出した人たちがそういうときそうだったのかもしれない、誰に優先して金を出すべきなのかもまちがっていたかもしれない、ただ混乱していたから冷静に考えられないということがあった。
結局金になると人間は遺産相続のようになりうるさくなる

鹿島区の人見れば原町区の人に対して相当に不満になる。鹿島区は補償金も義援金もやるな、30キロ圏内ではない、その払わない分を原町区のものが全部もらい配分する
こういうのが同じ南相馬市民なのか?すでに原発の補償金は原町区は鹿島区のさんばいはもらっているのである。
何かもっと言い方があってもいいではないか?こうなったらもう南相馬市の一体感はない、協調関係もなくなる、そこで互いが険悪な関係になる、そのことの影響が大きいのである、なぜなら外部ならいいがいつも同じ場所に住んでいるから余計に影響が大きくなるのである。小さな村とか田舎だと犯罪を犯したり、人間関係が悪くなると暮らしにくくなるのである。いくら犯罪を犯したものでも苦しめられたものでもいつも同じ場所にいて顔合わすからである。たがいに同じ場所に住んでいてもあいさつもしないとなると暮らしにくい、だから日本では極力そうしたいざこざが起きないようにまとめていたのである。

いづれにしろ補償金であれ義援金であれ配分があやまった。むしろ小高は避難区域になったから二倍とかでもいいかもしれないがあとは原町も鹿島も同じにした方が良かったかもしれない、義援金は津波の被害者にやるとかすれば良かった。そうしたら公平になっただろう。つまり金でもめることがなかったかもしれない。
そして南相馬市だったら福祉関係は平等にすべきだった。避難区域になった小高ばかりが何でも手厚くされすぎたのである。

ただ鹿島区の人にしても反省はあるべきだった。でも原町区も鹿島区からすると強欲だったなともなる。鹿島区には払う必要ない、その分は自分たちが全部もらうというのも同じ南相馬市民なのかとなる、そんなことで一致協力して復興できるのかとなるともうできない。小高は小高でかってにやれとか原町には協力しないとかまでなる
ともかく前に書いたように必ずしも金で何でも解決するわけではなかった。
かえって金によって人々の心は分断されて復興をむずかしくしたということがあった。
そのことをふりかえりこれからの復興を考えねばならない、市長でもそういう点で指導力を発揮せねばならない、ただ市長は鹿島区に仮払い補償金として百億円を市の財政から出したことは評価できるのである。それは問題があるにしろ南相馬市の一体感を保つために必要だったのである。

この補償金は別に南相馬市だけの問題ではない、福島県全体の問題だったのである。
なぜなら避難した人たちは全国にも散らばり福島県なら仮設に住んでいるからである。
すると回りの人たちにも影響する、仮設の人たちは補償金をもらい贅沢だとか毎日パチンコ屋通いだとか不満が大きいのである。相馬市などは補償金は一人5万くらいしかもらえないから不満が大きいのである。
だからトマト農家に飯館村の人が雇ってもらえなかったというときまたは浪江の工場経営者が同じ仲間に仕事を斡旋してもらえなかったということももらった補償金が大きいからである。そのことでかえって協力できなくなった。
もしそんなに補償金をもらっていないなら協力していたのである。
なにしろ避難区域で工場経営となると軽く億の補償金がもらえたと思うからそうなったのである。

このことではいわきでは地元の人と険悪になり争いまでになった。
次々に双葉であれ大熊であれ避難区域の人たちが家を建てたからである。
この辺でも新しい家が何百軒と建っている、それには外部の避難区域の人たちも建てた
そこには津波の被害者もいるが原発避難者もいる。
地元の人にすればいわきなどでは病院がこむとか福祉関係とかで避難者が優先になり支障をきたしたから不満が大きかった。第一二万人が移住したらパニックにもなる

ここでも同じ問題が起きていたのである。小高区の人たちが避難して何でも優先になったからである。
ただ小高の人はそれに甘えたし当然の権利と化して謙虚さが失われた。
鹿島の人たちは人口が増えて買い物も増えたからみんな喜んでいるんですよと知っている小高の女性が言っていた。
そんな意識しかない人も小高の人にはいたのである。その時自分は苦しんでいたが何の関心もなく、自分たちこそがかわいそうであり援助されるべきだとしていたのである。
また鹿島区であれ原町区であれふりかえればともに反省すべきことがあった。
ともかく補償金や義援金の配分が誤ったことがこういう結果をもたらしたのである。
その責任は誰にあるのか?市政にあるのか、市長にあるのか?
それとも市民にあるのか?、結局民主主義だからみんなにあるともなる
そんな簡単に民主主義では上の者の一言で決められないからである。゛
いづれにしろ何かこの辺では原発事故とかで民主主義が問われたことも確かなのである。





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2016年08月28日

白木槿(いい思い出を残すように勤めよー人生は短い)


白木槿(いい思い出を残すように勤めよー人生は短い)



しとしとと小雨の降りて白木槿庭に咲きつつ事もなしかも

介護せし部屋に我あり母なおあれや白木槿咲く

思い出のこもれる家や我が一人継ぎてありしも秋雨のふる


ここ十年は本当に苦しかった。でも今は楽であり余裕がある,母を介護した部屋にいて書いている。しとしとと秋の雨が降っている
白い木槿がぬれている、ただそれだけのことだが何か患いがないということに幸せを感じる
そして家族が二人死んだが思い出となるだけである。

でも自分は一番良くしてもらったから介護して良かった、二人とも喜んでくれたし自分でも恩返しできて良かったと今では思っている、つまり苦しかったけど今になるといい思い出になったなと思う。
苦しいこともやがては思い出となり笑い話にすらなるのが人間である。
ただ人間はつくづく良い思い出を作るように生きねばならない
それは子供時代でも少年じだいでも青年時代でもそうである。
結局自分は学校ではいい思い出が作れなかった、集団生活になじめなかった、我がままに育ったこともある。

少年であり青年であれいい思い出をもった人は幸せである。でもこの時代は欲望がふくれあがる時代だからなかなかいい思い出はもていなのが多い
必ず若気の過ちがあり後悔しているのだ。それがあとになると大失敗だったと気づくのである
なんらか罪を犯さない人はいないのである。だから青春時代というのはふりかえると大事だった、あとはなにか変化のない延長だった、自分の場合は家庭環境で隠者になっていたニートみたいなものだろう。ただその頃はニートはいないからアウトサイダーとなる
これも実際はふりかえると危険だったし社会性が欠如するとか問題があった。
そのために介護十年して苦しんだのである。
ニートとか無職とかが今やどこにでもいて普通になったけどこういう人は何かおかしくなり自分のように最後の方になると塗炭の苦しみにあうことは間違いないのだ。

そもそもではいい思い出とはなになのか?例えは何か悪いことしたり良心にはじるようなことをしたらそれがいい思い出になるだろうか?
それはその時はいいにしてもあとで苦い思い出となってしまうだろう。
すると成功して大金持ちになっても人生をふりかえりいい思い出をもつのかとなる
現実はそんなことよりみんな金持ちになりたいのである。
それは良心にはじることをしてもそうなのである。だから人間は悪魔に変身するのが多いのである
自分のところに来た親戚がそうだった。事業に失敗して借金して自分を苦しめたのである悪魔に変身したのである。
もしその人が来て本当に苦しいとき助けていたらいい思い出になっていたのである。
それが正反対となり自分は恨みまたは怒りともなっている
ただ不愉快だけでありその人を思い出すと今でも怒りすらこみあげてくるのである。
また近くの人に犯罪にあったということでもそうである。
その人とも近くで会うから腹ただしくなるのである。

結局人間はいい思い出というのはまれなのかもしれない、不愉快な嫌な思い出の方が多いのが人生である。それだけこの世は愛情ある人は少ないと非情の世だからともなる
一人だけいい人だったなという女性がいた、その人は死んだが墓参りを自分はしている
そういう人はまれだということである。
何か昔もそうだから金の切れ目が縁の切れ目となりやすい、金を得ればあなたは関係ないというのが日常である。
自分は家族は複雑だったけどそれなりにいい思い出となっている
自分にとっては悪いことがあってもいい方が多かったのである。

今は秋雨になって涼しい、今日は一日かたづけしていた。いくらかたづけしてもかたづけきれない、料理から掃除から着るものから本の整理からパソコンの中の整理もなかなかできない、整理が一仕事なのである。余裕がでてきたからなんとかこれから順次整理してゆく゛もう余計なものを捨てるほかない、そしてなるべく身軽にする
家すら何か重荷になってしまう。小さい家ならいいが大きい家は重荷になってしまう。
死ぬときは何にもいらないのである。むしろ金はあってもいい、かさばらないからである遺産として残すのにも家や土地よりはいい、何かあること自体負担になるのである。

タグ:良い思い出

水のイメージ(ベニスは水の都) Image of the water(in Venice the capital of the water)


水のイメージ(ベニスは水の都)

Image of the water(in Venice the capital of the water) 

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Crest of Venice



ベニスはイメージするものか多い、あういう街はあそこにしかない、不思議な魅力があるだから芸術家になると一番惹かれる街になる
まさに水の都であり水に浮かんでいる都である。

何か今回の抽象画もそれをイメージする、それがたけではないが水の抽象画を川の抽象画をテーマにしてきたのでベニスは親近感が

I do not image Venice, and many encountering saying towns are the capitals which it is right the capital of the water, and float in the water where it is in the mysterious attractive town which therefore is attracted most by an artist when it is which there is only there.

Because some this abstract picture featured the theme of the abstract picture of the river in an abstract picture of the water reflecting the image of it, in Venice, there is a sense of closenes

過度な原発避難者への援助がかえって不和をもたらし復興させなくした (内村鑑三の指摘の再考)


過度な原発避難者への援助がかえって不和をもたらし復興させなくした


(内村鑑三の指摘の再考)

原発事故で荒廃した地域と同じことが江戸時代に起きていた
(内村鑑三ー代表的日本人ー二宮尊徳の教えと一致)

(すなわち)かつて耕作された土地が放棄されることほど、我々を落胆させるものはないのである。
 もし原始林のたくましい成長力がなければ、放棄された耕地が荒れ果てていくのを防ぐことはお先真っ暗な絶望となるであろう。
と言うのも誰も踏み込んだことのない土地の開墾を進んでやろうとする者が十人いたとして、見捨てられた土地の復興に身を奉げようとする者はただの一人もいないからである。

十九世紀の初め、日本農業は非常に嘆かわしい状態にあった。
 二百年もの長い間続いた平和は、あらゆる階級の人々の間に贅沢と浪費とをもたらした。
 多くの地方でその土地からの収入が三分の二に落ち込んでしまった。
 アザミや茨がかつて生産力のあった田畑に入り込んで来た。そして耕作のためにわずかに残った土地は、その田畑に課せられたすべての税金を賄わなければならなかったのである。

 村また村は徹底的に荒れ廃れてしまった。
 正直に働くことはいよいよ重荷になり、人々は不正直な生き方をするようになった。
 すなわち、彼らはこれまではやさしい大地から気前のいい贈り物を見つけようとして来たのに、それをやめてしまった。そして互いにいかさまをしたり、騙し合うことによって、その哀れな生活を支えるのに必要なわずかなものを得ようと探し求めたのである。
 彼らの禍の原因のすべては、道徳的なものであった。そして「自然」は、その卑しい子供たちに報いることを拒み、あらゆる悲惨な出来事をその土地に降りかからせたのである。

 しかし今では荒れ果てた「自然」が彼らの田畑に侵入し、<狸と狐とはその棲み処を人々と共にする>までになって、人口は以前の三分の一を数えるに過ぎず、貧困に陥った農民から取り立てることができるのは高々二千俵にすぎなかった。

 そして貧困と共に道徳的退廃が進んだ。かつて繁栄した村々は今では博打たちの巣窟となった。

「金銭を与えるとか、あるいは税金を免除するとかは、彼らの困窮を助ける方法ではない 実際のところ、彼らの救済の秘訣のひとつはまったく金銭的な援助を取りやめることにある。
 そのような援助はただ貪欲と怠惰を生じさせ、人々の間に不和を引き起こす源である。



前に書いたけどこの辺の情況がこれにぴったりなのである。
小高の人が仮設でも避難者はすることがなくパチンコ屋通いでありギャンブルであり東京とかに遊びに行っていた人もいる
その時何回も書いているように自分は苦しんでいたのである。
そんなこと誰もかまわない、親戚の人は借金でパチンコ屋に勤めていた
これも腹ただしいかったが弱みがあり何も言うことができなかった
何かそうした矛盾が自分の所に現れたのである

第一かわいそうだ、かわいそうだとボランティアがきて援助していたが肝心の地元の人は遊んでいたのである。だからボランティアに来た人も怒り地元の人と喧嘩になったというのもわかる、そして少しでも批判すると怒っていたのである。
俺たちは住む故郷も失ったのだ当然だという意識になった
常に援助されるべきでありギャンブルしようが何しようがいいのだ
そうしたのは原発事故を起こした人たちに東電や政府に責任があるのだとなっていたからである。そのことについて外部でもなかなかいいずらくなったのである。

「金銭を与えるとか、あるいは税金を免除するとかは、彼らの困窮を助ける方法ではない 実際のところ、彼らの救済の秘訣のひとつはまったく金銭的な援助を取りやめることにある。

 そのような援助はただ貪欲と怠惰を生じさせ、人々の間に不和を引き起こす源である。
これは厳しい言葉だけど事情が違うにしろこの辺の状態にあてはまる
ただ補償金やたかり屋になったのである。もっと金をくれしかないのである。
それをとがれば俺たちをこんなふうにしたのは俺たちではない、政府であり東電だ俺たちは被害者であり援助されて当然だとなる 

誰も踏み込んだことのない土地の開墾を進んでやろうとする者が十人いたとして、見捨てられた土地の復興に身を奉げようとする者はただの一人もいないからである。


これも歴史をたどると常に日本でも開墾、開拓の歴史である。浪江の津島でもあそこも開墾する一団が入ってきてその人たちの結束は今でも強いという。
赤生木(あこうぎ)などでも開墾に入った人たちがいて乳牛を飼うのに北海道まで行き苦労した。それでもなんとかしようと努力したのである。また努力せざるを得なかったのである。そういうふうにその時代は強いられていた。
北海道の開拓に入った侍でも苦労を強いられた、機械もないのに原野を開くのは並大抵ではない、それで失敗した人も多い、力尽きた人も多いのである。それは過酷だったのである。

そして貧困と共に道徳的退廃が進んだ。かつて繁栄した村々は今では博打たちの巣窟となった。

本当に避難区域に入るとやる気なくなるというのはわかる。だからこそもう若い人は帰らないのである、ただ人間は時代の影響から逃れられない、今の時代と昔を比較しても時代が違うから同じには考えられないのである。
当時はみんな貧乏でありそういう生活を強いられていたからである。
今はみんな豊かな生活をしている、貧乏と言われる人でも食べているものは贅沢なのである。
すると今の生活水準を落としたくないというのがわかる、そのためには金がいるとなりもっと補償金をくれを金をくれとなる、そして当時と違うのはその時は戦後まもなく焼け野原になっても若い人が多かったのである。
団塊の世代でもともかく子供が多かったから活気があったのである。

今は少子高齢化でありそれも致命的になっている、現実に避難区域に帰るのは老人が多いすると老人だけで何ができるのかとなる、最後はうば捨て山になってしまうだろう。
若い人でも現代ならそんなところで生きるより他で便利な豊かな生活をしたいとなるからだ。当時にしてみればなぜそんな過酷な開墾開拓をしなければならなかったのか?
それは農業中心の社会でありそこで生きる他なかったからである。
みんな貧乏であり今のようにどこに行っても貧乏な生活を強いられていたのである。
その差も大きいのである
人間は普通は”水は低きに流れ、人は易きに流れる”になる、あえて苦労しようとはしない,ただ強いられて苦労する、時代に強いられて苦労するのである。人間は本質的には楽を求め快楽を求めている、あえて苦労を求める人はまれである。
そして現代は楽と快楽を執拗に求めそれが得られた時代だから苦労しろと強制してもできない
誰も介護などしたくない、ただ強いられてする他なく自分にしてもしたのである。その中で苦しいけど意義を見いだしたということはあった。
苦労してそれがすべてただ苦労に終わるとはならない、その苦労の中に何らかの意義を見いだすことがある
仕事にしても嫌だなと思っていてもしているうちに生きがいを見いだすこともある。
なかなかそういうことはしてみないとわからないのである。 

つくづく人間は昔には時代をさかのぼり生きることはできない、大家族制にもどればいいとか言うけどそれもできない、するとしても形が変わったものになるのである。
だからこの辺の情況はかえって昔より復興することが困難だともなる
故郷は捨てられてしまう、他で補償金をもらって新しく始めた方がいいとなってしまう。現実にそうなっている、帰りたいのは老人だけだとなる。
その老人にしたって若い人が帰ってくるというが逆に若い人の所に最後は行くようになるそれはここだけではない、田舎でも都会に子供がいればそうなっているのである
それで家の跡を継ぐ人がいないとか墓を守る人がいないとか問題になっている。
少子高齢化という問題が深刻なのである。

でもこの辺で避難者に金銭を与えることではないとなればもしそんなことをしたら大騒ぎになり暴動にもなるだろう。
ただ補償金を与えすぎたことにより堕落したということは言えるのである。
避難した人たちは俺たちは金があるんだとかえって威張っていた人もいる、全部ではないにそういう人もいたのである。するとここだけではない、地元の人たちからするとあの人たちは何なのだとなる
避難した地域でも困っている人はいる、あの人たちは補償金もらって毎日遊んでいる、俺たちは働いているのになぜ働かないのだとなる、それは相馬市の人もしきりに言っていたしあまり表面化しないがそういう鬱憤が内にこもっているのである。
なぜならマスコミでは常にかわいそうな人たちとして取り上げてそうした地元の複雑な事情に考慮しないからである。
だから避難者も何かそういうことを言われると傷口に塩ぬって楽しいかとか怒り批判するそういう被害者の特権者になってしまい地元の人とうまくいかなくなっているのである。事情はわかるにしてもやはり補償金を特別もらったのは避難区域だけでありあとはほとんどもらっていないからである。そのことを考慮しないとここだけではない回りとうまくいかないのである。

結局帰るのが老人だけとなると国民年金しかもらっていないからもっと補償金をくれ、生涯補償してくれと訴えるようになる、老人だったらもう余計に何もする気がなくなるからである。お前ら自分たちでなんとかしろと言っても自立精神が失われている
誰かがなんとかしろとなっていることが問題なのである。またそれが当然だという被害者意識にこりかたまっているから何か復興がむずかしいのである。
本当に様々なことで復興がむずかし、放射能問題もやっかいである。
若い人にしても放射能汚染で子供に影響あるからといえば帰らない口実になる
それにとやかく親は言えないのである。何かこうしてますます荒廃してゆき復興がむずかしいとなる。

そのような援助はただ貪欲と怠惰を生じさせ、人々の間に不和を引き起こす源である。

まさにこれがこの辺の状態なのである。過度な援助によって不和が生まれ一致協力できなくなった。たがいに金のことで不和になったのである。
でもそもそも援助しなかったらどうなったのか?今の時代だと政府であれ東電であれ恨み手がつけられなくなった、だからこれもできないことではあった。
でも何か援助が必要でも援助の仕方が間違っていたことは言えるのである。

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2016年08月27日

鹿島区の大東建託のアバートには「いわき」ナンバーが多い 浪江や双葉や大熊などの人が移り住んでいる


鹿島区の大東建託のアバートには「いわき」ナンバーが多い


浪江や双葉や大熊などの人が移り住んでいる


大東建託のアパートが南相馬市の鹿島区で10棟以上建った、こんなに入る人がいるのだろうか?入っている人たちはどういう人なのだろうか?
それが不思議だったが今日車のナンバーを見たら半分は「いわき」のナンバーだった
いわきということは浪江から双葉から大熊とかは「いわき」ナンバーなのである。
するとなるほど浪江や双葉や大熊とか原発事故の避難区域から移住してきた人たちだということになる
そういう人たちが入っているから見込めるから10棟以上も建ったとなる、すでに十分に入っている。
東京から来た人がアパートを探しているかどこも一杯なんですよと聞いていた。
大東建託のアバートの車は横浜とか千葉とか遠い地域のもある
何かそういう会社関連の人が入っている

ともかく復興住宅を建てているがそれは地元の大工も参加しているが全国からきている
東京の人は小池のホテルに泊まって仕事している。
サッシは群馬県で作っているという、そこには群馬県の車のナンバーがあった。
佐賀県とかからも来ているのでそんな遠くから来ているのが不思議である。
なぜならそこは除染関係ではないからだ。
除染関係では沖縄の人がいたが沖縄からも多いですよと言っていたから別である。
この辺は今全国から仕事で来ている人が多いのである。

鹿島区の三里地域は高級住宅街になっている、その敷地が軽く百坪以上であり広い、農家の感覚である。全部ではないにしろ土地だけで今は相当な値段である。
家も大きいから相当な値段だろうなと見ている、とにかく何百軒という新しい家が建ったその家はみんな違っているから興味深く毎日見ているからどんな人が住んでいるのか気になるのである。
船主が建てた家が多いというとき何軒か同じタイプでありそれは間違いなくそうだろう。そして・・・丸とかいてあるものを軽トラに荷物を積んでいるのを見た
それは間違いなく船主の家の者である。
漁業関係者が津波で流された人が多いし漁業関係者がいて船主も多いから確かにそうだなとみる、磯部から来た人もいるということは他からの船主が集まっている
その人たちは原発前も後も補償金で金の心配はないからである。
それで回りの人たちは不満を言っているのもわかる、それは原発事故前から特別羽振りがいいから原発御殿とか言われてうらやましがっていたのである。
何かそれには反発を感じるのである

この辺ではそうした補償金でもめた。南相馬市では小高が避難区域になったけど鹿島区は補償金が30キロ圏外で少なかった。それで小高の人に反発してうまくいかなかった
なぜか小高の人は原発避難者でも常にボランティアなどがきてかわいそうだと応援されてきたのである。
ところが自分のことを書いてきたけど誰も自分が病気だ介護だというとき応援してくれる人もいなかった。かえって苦しめられたことを書いてきた。
小高の人たちはそんなに苦しいというものでもなかってのである。
自分の方が苦しかったから助けてもらえたい方だった、現実に別に仮設に入っても狭いのは嫌だが何かそれほど困るというものでもないし補償金もらって金がたまって喜んでいた人たちがいたのである。
だから自分は一身上のことで小高の人だけではない鹿島区にいた人にも大金を失う犯罪にあったとか原町区の親戚には借金の要求で病気のとき苦しめられたとか恨みに思うようになったのである。それは自分の一身上の特殊事情にしろかわいそうなのは自分の方だったと今では思っている、しかし誰も同情しないし責められるだけだったのである。
そういうことがあって何か小高の人たちにも回りの人たちにもいい感情をもてなくなったのである。

たいがい苦しめられた人は誰も助けてくれないとかなると今度苦しい状態にある人を見るとざまあみろとなるのが普通である。
市営住宅の狭い所に住んでいた人は狭い所に住んでみればわかるんだよと突き放すように言う。その人は小高の人とつきあってなんか金があるんだよと威張っていて嫌になりつきあわなくなった。ただその人の特殊な立場も影響している
別に小高の人にいろいろいるからである。そういう人と自分は話して別に悪い感情はもたなかった。その人は特別貧乏だから小高の人に不満だったのである。
ただはっきりいって小高の人たちも何か自重するものがあっても良かったと今では思う。原発事故の避難者はそんなに苦しいかとなると津波の被害者とか比べるとまた違っている家族が死んだり家が流されたりするのとは違っている
それより補償金をたんまりもらった人もいる、もう一億円くらいもらった人も中にはいるかもしれない、そうなるとまたもらわない人は不満になるのである。

小高の人たちはもうかわいそうだ、かわいそうだと言われ援助されるのが当然だという意識になった。だから自分が小高の人たちを責めたとき傷口に塩をぬって楽しいかという人もいた、何か少しでも小高の人を批判すると俺たちは被害者なのだ、故郷にも住めなくなったのだということで主張する、被害者の特権意識をもつようになった。
でも現実に自分の一身上でも苦しんでいる人はどこでもいるのである。
そういう人たちは普通はそんなに同情されない放置されるだけだとなる
だからなにかそこにしっくりいかないものを感じたのである。
こういう内部事情は外からわかりにくいのである。

ただ鹿島区は別に人口も減らないし外から移り住む人たちで増えたし新しいスーパーができたり医者も増えたりと悪いことはあまりなかった、だからとやかく言うということないとなるがふりかえるとやはり小高の人たちとは反発してしこりが残った
そういうことで南相馬市民として一体感をもてくなしたというのも現実だったのである。

タグ:大東建託
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2016年08月26日

民主主義には言論や報道の自由が不可欠 (でも権力との癒着で成されていない)


民主主義には言論や報道の自由が不可欠


(でも権力との癒着で成されていない)


民主主義の基本として言論の自由とか報道の自由とかがある。でも実際はあるようでない第一報道するのにしても今までならマスコミに頼らざるをえない、そのマスコミでも自由な報道があるかといったらない、それができないのはマスコミは企業のスボンサーとか組織の金で運営しているからできない、組織というときカルト宗教団体が必ずかかわっている、週刊誌でもそうである。そこに宣伝されていれば宣伝費をもらっているからである。創価などは福島民報などでも聖教新聞をすっている、毎日新聞でもそうである。
そうなると巨大な組織に従うし逆らえない、だからマスコミに何か真実を暴くことなど期待できないのである。
そしてどうししても視聴率第一になるから視聴率で企業も金を出すから大衆路線になり芸能人路線になる。大衆向きの低俗化路線になる。
何か硬いものは人物でも拒否される、もちろん文化の育成などもない、大衆向きになれば視聴率第一になればどうしてもパンとサーカスになる。

言論の自由とか報道の自由というとき日本であるようでない、報道というときどうしても官僚であれ警察であれ情報を仕入れるにはそういう権力の組織とかかわる

本来、官公庁など公の機関が発表する内容を特定の会社だけが聞く権利はないにもかかわらず、会見にフリーの記者が入ることを拒否され、排除されてしまうのだ

記者クラブが仲良しクラブになり権力と癒着して権力の悪を暴くことはしなくなる。
ただ権力側の情報を権力側にとって都合のいい情報だけを報道するようになる
御用報道、御用学者とかになってゆく

情報が権力によって操作されるというときそれは社会に必ずあった。権力には権力で対抗する意外ない、権力をもっていれば情報も手に入れられる
地元で川で放射能や水質検査をしているが何をしているのか、どういうことなのかとか地元に住んでいて聞いてみてもあなたは誰ですかとなり答えないのである。ここの住民で心配だから聞いているのですと言っても聞かないのである。
このフリーの記者でも記者クラブに入っていないと追い出されたのである。
言論の自由などと言っても一個人は権力がないから相手にされないのである。

宮崎 新聞社は販売と広告で成り立っている。道新広告局に関するスキャンダルは、広告という命綱に手をかけられたようなものだ。道新の広告収入のうち、約1割の数十億円は怪しげな金だとも聞いている。年単位で契約している広告代理店からの金の流れが不透明だという話もある。

大谷 新聞社の販売局と広告局は伏魔殿だ。押し紙などで販売経費は不透明だし、広告においてもキックバックなどがある。ちゃんと身ぎれいにしておかないと、権力追及は難しい。警察は家宅捜索ができる。家宅捜索の令状なんて、今の裁判所は簡単に出す。日本シリーズの入場券をとるよりも簡単だ。

マスコミは権力を正すものではない、権力と癒着して甘い汁を吸う側になるのがマスコミである。ただそれはマスコミだけではない、みんなそうである。
権力はあまりにも大きな魅力でありそれゆえに人は権力を欲して権力側にとりこまれる
普通は人間は権力あるものに従う、つまり権力によって情報も操作されている
権力側につけばいろいろ利益を得るし便宜を計ってもらえる、だから官僚が警察でも天下り先に東電になっていた。
政治家でも官僚でも検察でも権力をもっている、権力をもっているから東電でも待遇する政治家に官僚に便宜を図ってもらえるから天下り先として待遇する
東京都知事の選挙で敗れた増田は東電の幹部だったのである。
東電があれほど大きな会社だと思わなかったし知らなかった。
これほどの賠償ができるということにも驚いた。国が半分しているにしろ東電が国なみの大きな会社だったのである。そこから莫大な金が生れるし引き出されるとなる
だから原発でもマスコミは追求しない、事故が起きたとき朝日新聞社の幹部までが中国に招待されていたのである。マスコミと阿部首相でも絶えず会食している、その報告がインターネットにのっている
阿部首相のことをあまりマスコミで批判しないのはそのためなのである。

民主主義は言論の自由とか報道の自由がないと成り立たない、情報開示するというのもそうである。そうでないと東京都のように一人の闇のドンが牛耳るとなる
東京都の税金はここでオリンピックであれ勝手に使われる、その悪を暴くのがマスコミだったが週刊誌が意外のマスコミは新聞でもテレビでも暴かなかったのである。
権力と権力は癒着して結びつきそこで互いに甘い汁を吸い税金を納める東京都民は怒り小池氏が当選したのである。
時代劇だと悪徳商人と役人が癒着して結びつく構図はわかりやすいがとにかく現代社会は複雑でありそうした悪はわかりにくいのである。

第一人間は一番利権とか利益には弱い、どんな人でも金には弱いのである。だから権力と癒着しないで独立して放送することは最高にむずかしい、テレビとか新聞とか雑誌とか本でも金がかかるから独立してやることはむずかしい。
インターネットはそれができるとしてもでは何か真実を追求できるかとなるとできない
それは放射能が気になるから県とか環境省の人に聞いてもあなたは誰ですかとなり教えないのである。それを聞き出す方法もないのである。

権力と権力は癒着して結びつくのは利益を得やすいからである。だから真実を追求するにはそうした権力にとりこまれないようにしなければならない、でも実際情報得るにしても権力がないと得られないから情報を得られないからできないとなる
こうして権力の分散のために三権分立ができたり独占禁止法ができたりした。
それは権力が一極集中すると独裁になってしまうからである。
巨大な権力は危険なものである。東電であれあれだけ巨大な会社だからこそ情報を操作できたのである。政府も一体となり癒着したからできた。
でもそれは民主主義には反したものでありその結果として原発事故の惨事が起きた。
情報が権力によって隠蔽され操作されるときそれはそのままではすまず戦争や大事故になってゆくことが怖いのである。

権力は悪魔的なところがあり人は悪魔に仕える、弁護士がいろいろなもめ事にかかわるがどうしても金になる方を選ぶ、金持ちが側に権力ある側につくと得するからそうなる
弁護士が何かブラックだというときそうした遺産相続とか大きな金にかかわるからであるそこで金のために悪魔に魂を売り渡す、自分も身内の交通事故で死んだとき賠償金でもめた。そして弁護士はほとんど何もしないのに百万を得たのである。
実際に働いたのは保険会社の人だったのである。何かわからなくて弁護士を頼んだのだが裁判にもなににもらない、何もしないのに百万を得た、そんなことが仲裁では起きてくるだから労せずして何かそうしたもめごとの時は金が入ってきたりする、それは弁護士でなくてもそういうことがある。なにか金ある家でもめたりすると誰かに漁夫の利のように金が入ったりするのである、それは自分が病気になり介護になり家がもめててんてこまいしたときそうだった。その混乱した中で大金はとられたりなくなった。
暴力団がそうしたもめ事にかかわり示談金とかで金を得るのとにている、会社でも何かもめごとがあったり弱みをもつとつけいられて金をとられるのである。

おそらく議員でも何か税金で莫大な金を使うからそこから巨利を得ることになる、権力をもっていると何かとうまみがあるとなる、だからこそ官僚は犯罪者であるとか言う人もいる。政治家とか官僚とか弁護士でも利権に利益にかかわるからそうなりやすい。
人間は金のためには血眼になるし犯罪も起きる、権力の魔力から逃れられないのである。だからカルト宗教団体でも創価でも共産主義でも中国のように幹部になれば巨利を得る、そういう立場になりたいと運動しているだけなのである。
そこに宗教とイデオロギーでカムフラージしているだけだとなる
本性は権力を得て上にたち支配したいということでは共通しているのである。
誰も権力の魔力から脱することはできない、要するに人の上に立ちたいものは仕える者になりなさいというけどキリストが言ったとしても現実の世の中は今もみんな人の上に立って支配して甘い汁を吸いたいとなっているからこの世に天国など実現しない
それはいくら宗教を装ってもイデオロギーで装ってもそうした人間の本性は変えられないのである。

いづれにしろ民主主義は一つの理想としてある。理想の追求である。その一つに報道は重要である。知らされなければ何もわからないからである
原発でも何か小さな事故があっても常に隠蔽されてきた、権力をもっているから隠蔽できる、政府と一体になり東電はそれができた、それが大事故につながったのである。
何かプログというものを10年くらいしてみるとこれも報道なのだと自分で思った。
マスコミは視聴者がけたはずれに多い、インターネットは非常に少ないにしてもやはり報道機関なのである。
だから報道するというとき知らせるというときそこに命までかかることにもなる
なぜなら不正を知り知らせることは権力者にとって都合が悪ければその人は殺されたりするかもしれない、権力をもつものは組織ならそれができる、実際権力は恐ろしいものである。時代劇でも役人が悪にかかわり口封じるするがそこに権力をもつものの恐ろしさがある。それは今でも同じなのである。検察でも警察でもそういうことはしているからである権力をもっていれば暴かれないからである。
だから社会というのはそうした悪の誘惑が多いのは権力をもつ立場にある人だとなる

そして人間社会がブラックだというとき権力の魔力にひかれているのが多数だからである
不思議なのは底辺で生きているものはそうした権力と無縁である。日々汗して働きかつかつの暮らしで生きている、不満も常にあるけど権力をもっているもののような悪に染まることはない、だから天国では卑い者は高くされるというのはそのためである。
高い地位に就いていたものは権力をもっている者は何かしら悪にかかわりやすい
でもいつもそうした権力のないものは給料が安いとかなんとか不満なのである。
誰でももっと金を得たいとなっている、カルト宗教団体もそのために毎日祈っているのである。そのためにあれだけの数がいるのである。
本当に宗教をシャカのように実践を強いられたりしたら数人しかとても耐えられないからである。本当の宗教を実践できる人間は数人しかいないとなるのだ。

ともかく報道の自由は実際はない、権力と癒着した報道であり大本営発表しかマスコミにはない、あとはパンとサーカスであり大衆操作のために芸能人が利用されるだけだとなるただそういうことしているとそのことで大きな災いが起きてくる。
戦争に導かれても報道されないとか原発でも中で何が起きているか危険があっても報道されないとかいろいろなことで必ず大衆にもその災いを受けるのである。


タグ:報道の自由

2016年08月25日

水の驚異(wonder of water)-a poem


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水の驚異(wonder of water)-a poem


水はどこにでもある
水に特別注意しない
しかし水のすべてを知ることはできない
水は千変万化である
水は岩のように山のように
一定していない、変化の象徴
ある時は確かに水は鏡のように
流れもせずにとどまる
静穏にしてものの影を写す
でも水はとどまらない
常に流動的である
流れだして激しく岩を打ち轟く
滝ともなり落ち山々に轟きわたる
それは恐ろしいほどの力である
さらに恐ろしいのは海の水である
この果てしない海の水は
人間の表現の力を越えている
海の力は驚異である
津波の力にはただ畏怖するのみ
街をのみこむその凶暴さ
その力にはただ敬服するのみ
それは宇宙の知らざる力
海を表現しきることはできない
海は吠え猛り狂う
その恐ろしさに人はおびえるだけ
海こそ野生の最大の力である
水の恐ろしさは世を滅ぼすこともできること
ノアの洪水がそうであり津波もそれとにていた
人間の力はまだそれと比べると小さい
人間は平地を制服しても海は制服できない
海をコントロールはとてもできない
津波のように荒々しい力に打ち砕かれる
その深い海溝はまだ知られていない
海はまだ神秘に閉ざされている
太古のシーラカンスが生きていたように
水は決して留まらない
流動してやまず脈打っている
故に水をとらえることはできない
水を作り出したのは神である
水に神を見て山に神を見て地球に神を見る
創造主の恐るべき畏怖すべきものを見る
ただその力に敬服するのみてある



There is the water anywhere
I am not careful about water in particular
However, the water which cannot know all of water is ever-changing
The water is no motion like a rock like a mountain
Symbol of the change that does not maintain the same
The water is surely  like a mirror once
I make it calm and represent the shadow of the things
But the water does not remain
Always changeable
The water of this endless sea where it is water of the seas
that is more terrible where it which it is with the waterfall
which I begin to flow and hit the rock intensely,
and roars, and I roar, and lasts for the omission mountains is power as it is terrible
I surpass power of the human expression
The power of the sea is wonder
It is the brutality to merely fear it for the power of the tsunami, and to swallow a town
I merely admire the power
The power that the space does not know it
The sea which cannot finish expressing the sea barks and rages
The person is only frightened by the terror, and the sea is the wild biggest power
A flood of extinction  Noah is so in the life, and, as for the terror of the water,
the sea where the deep trench which is smashed by power violent at all
like the tsunami which it is not possible for as for the control in the uniform sea
which it is not possible for in the sea even if a uniform does level ground
as for the human being who is still smaller than it as for the human power
that was is not still known to for it as for the tsunami either does not still remain at all
in a mystery for the water as snowbound ancient coelacanth lived
I beat without  stopping
It is God to have created the water which cannot catch late  water
Watch the terrible thing which should fear of the Creator
who  watch God on the mountain, and watches God on the earth;
only for the power of admiring it is watch

水に興味をもったのは抽象画で流れの連作を作った時である。実際の水を見てもこんなふうには見ていなかった。抽象画を作ってみてこんなに流れの変化がありうることに驚いた実際の自らこんなにイメージできないが抽象画からかえってイメージしたというのも不思議である。

これがやはり芸術の効用である。芸術家が自然を表現するときみんな個性で違ったように表現する、自然の見方はパターン化しないし一様ではない、そこに芸術の意味がある。
こんなふうにも見えるんだと芸術家から教えられるのである。
最近は写真がそれを教えてくれる、今や写真なしで芸術家は語れないだろう。
自分は絵を全く描けないが抽象画で具象画にないものを表現した。
ただこれはどこまで芸術のオリジナルがあるかわからないが自分自身が不思議なの経験だったのである。

自分が水の恐ろしさを知ったのは津波である。これほど恐ろしいものはなかった。
それは水の恐ろしさだった、海の恐ろしさだった。
未だに海は神秘であり恐ろしい力を秘めている、この世界の驚異は宇宙であれ地球であれ巨大な計り知れないエネルギーを噴出させていることなのである。
それを人間が実感しえない、あまりにも巨大であり強烈であり深いから実感できない
特に海は本当に恐ろしいものだということを津波で知ったしこれまでもそうだった。

It is time when it made the repeated cultivation of the flow with an abstract picture that I was interested in water. I did not look to see real water in this way either. I cannot image oneself of a fact surprised at making an abstract picture, and the change of the flow being possible so much so much, but what I rather imaged from an abstract picture is mysterious.

After all this is an effect of the art; is art The viewpoint of nature to express when a person of art expresses nature as having been different with all personality does not patternize it, and is not same; there of the art have a meaning.
It is told that I see it in this way by an artist.
The artist may not talk without now and the photograph which a photograph can teach it recently.
Oneself could not draw a picture at all, but expressed the thing which a representational painting did not have in an abstract picture.
This did not know where was an original of the art to, but oneself was only mysterious experience.

It is a tsunami that oneself knew the terror of the water. There was not such the terrible thing.
It was terror of the seas which was terror of the water.
It is to let the immeasurable energy that the wonder of this world hiding the power that it is a mystery, and is terrible in is space, and the sea is still the earth, and is huge begin to blow.
I knew that it was really terrible by a tsunami, and the sea where the rest that a human being could not realize could not realize it because it was huge and was strong and was deep in particular was so until now.

タグ:水の驚異

二十年以上知らずに利用しなっかた原町のモスバーガー (知らないことが致命的になり死にもつながるから怖い ー原発事故もそうだった)


二十年以上知らずに利用しなっかた原町のモスバーガー


(知らないことが致命的になり死にもつながるから怖い

ー原発事故もそうだった)

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天井が高いのも気持ちがいい

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内部はこんな感じで喫茶店風でありくつろぎやすい

これは原町の内装ではないがにている



原町の六号線沿いの店に行っていつも困っていたのが喫茶店がないことだった。
それは実はあったのだ。ドライブスルーのモスバガーだった
そこはいつも通っていたが車の人がドライブスルーで使うものだとばかり思っていた。
別に車でなくても中で食事できるようになっていて中は喫茶店だった。
バニラシェクが250円だから安く利用できる
ここをなぜ中で食事できて休めないと見ていたかという中が見えなかったからである。
ただちょっと注意していれば見えたのである。
そこは車しか通れないと思ってたのが大失敗だった
これは20年前からもそれ以上前からもあったのである。
設立開設は1989年6月だった、20年以上そこにあるのに利用しなかっのである。 
これが相馬市にあるならわかったかもしれない、マクドナルドはある。
そこは何か喫茶店風になっていない、ただハンバーガーを食べるだけなのである。

原町のモスバーガーは中が喫茶店風になっていてしゃれた空間となっている
その雰囲気が違っていたのである。家とか店は内装が意外と大事である。
その内装が雰囲気を作り出している。家は外見だけを見てもわからない、内部空間がどうなっているかは入ってみないとわからないし住んでみないとわからない。
だから古い家のことを紹介する番組があってもその空間がどういうものかわからないのである。内装によって雰囲気ががらりと変わる、気持ちまで変わる
だから店の客の入りまで左右するのが内装である。
店の内部がどういう空間なのか?ただ食事するだけの空間や作りや椅子の配置になっている所が多い、喫茶店風になると内装や空間や椅子やテーブルの配置が意外と大事である。ただ現代は喫茶店はめっきり減った。個人的に経営することもむずかしい。
チェーン店が主になった、ただマグドナルドでもチェーン店はただ食べるだけでくつろぐ空間になっていない、だからここは意外だった。ここを見逃していたことは大損だった
自分はハンパーグが嫌いであり海外旅行ではこればかり食べて嫌になった。
レストランが利用しにくいからである。だからマクドナルドにはほとんど入っていないからここにも入らなかったがここは喫茶店として利用できたのである。

地元に住んでいてもここがわからなかったのは致命的だった。
原町にはしょっちゅう行っているから余計に大失敗だった
人間が生活するにはまず本当は近くのことを十分に知らないとそのことでも致命的になる世界とか全国のニュースに注目しているがまず身近な所を知らないとそれが日々生活する所なので致命的になる
近くでも知らないことがどれほどあるのか歴史を研究してもすぐ近くの神社に天明の碑があったことも最近まで知らなかった。天明というと飢饉があったときだから何らかこの辺も影響を受けていた。
まず現代なら知っているが過去になると身近なところでも知らないことが多すぎるのである。百年住んでも知らないことが結構あるとなるのだ。

知らないということが致命的になるというときあらゆることがそうなのである。
買い物でも今は料理することは買い物をすることである。買ってほとんどまかなうからである。でもこの買い物もめんどうなのである。種類が多いからである。
だから家事をするとき料理することではない、何を買うかということが最初の大きな問題なのである。料理は簡単でいいが何を買うかの方が問題になっているのだ。
まず家事をするようになってからいろいろ知らないことがあり苦労した。
今でも苦労している。家事の範囲は広いのである。料理とかもあるが掃除もあり洗濯もあり整理整頓もあり家事に通じることが年期がいるのである。
だから老人が一人住んでゴミ屋敷になるのがわかる、家事の様々な負担でかたづけられくなってそうなってしまう。整理整頓することが相当頭も使うし簡単にできないのである。
何か買い物でも自転車でもそうである。種類が多いから何がいいのかわからないのである自転車は実際乗ってみないとわからないのである。それでロードを試しに乗ってみたいと8キロのを買ったがそれがタイヤでも細すぎて不安定で使いなかった。
段差などあったら危険で乗れなかったのである。これも実物を見ないことや自転車屋で説明してくれなかったからである。
一方原町の自転車屋は自分は実際に自転車に乗ってみていいものを勧めている、これは間違いなくいいか買いなさいといわれ買った、それは電動自転車だからロードとは違うから買いやすいとはなっていた。
ロードというものが自分にはわからなかったのである。自分は自転車に乗ってもロードがわからないということは致命的でもあった。自転車の醍醐味はロードにあったからである今は買い物が本当にむずかしいのである。


知らないというとき病気でもそうである。病気はめんどうである。まず素人判断するとなると危険である、自分はそれで死ぬところだった。なかなか介護とかで病院に行けずインターネットで調べていて安易に考えていた、でもぎりぎりになり医者に行ったときは即入院になった。そうしないと死ぬところだったのである。
だから病気は自分で判断するのは危険である。まず医者に行きそれから自分で調べるのが順序なのである。病院や医者も今はいろいろ批判されるからすべて頼っていいとはならないからである。でも自己判断するとまた危険なのである。
自分でインターネットとか調べて漢方薬とか民間治療で死に至ったひともいる、自分で調べていて迷路に陥っていたというのだ。そういうことが病気にはある。
病気は知らないとか判断を誤ると死ぬから怖いのである。

知らないというとき怖いのは津波でもそうだった。この辺では津波は来ないということが信念にまでなっていて逃げなかった。
でも八沢浦が海だった時、柚木(ゆぬき)にてんとう念仏という伝説が残っていた。
念仏を唱えて津波が引くのを祈ったところだという、その高台に逃げて助かったという伝説である。それは仙台平野で念仏橋とか念仏田とかありそれは津波と関係していた。
だからここでも念仏を津波のときに唱えたというのはつながりがある。
それは明らかに貞観津波ではなく慶長津波の時代の伝説である。
そうした歴史的なことも知らないとそれが命にかかわるということになった
何でも知らないことは命にかかわる,津波でこれだけの人間が死んだのは津波を知らないからだった。津波が来ないと老人は逃げないで死んだのである。

別にモスバーガーが喫茶店風になっていて知らないということでそれほど損失はない
でも自分にとってはかなりの損失だった。
人間は知らないことでそれが死につながっていることが多いのである。
知らないことでいろいろ苦しむことも多い
地元で暮らしていてもそうした歴史的なことでなくても知らないことがありそれで損したりまた困ることが多いのである。
自分の場合は車がないということでそうなった面がある。今は車を利用しないということは車社会の時、車について知らないことは困ることになる
身内が交通事故で死んだとき自賠責とか任意とか保険のことを知らないので苦労した。
車に乗らないから車のことを知らないですまされないのである。
でもこれはどうにもならなかった。一人だけ自動車のことを知っている人がいて聞いて知ったのである。

最近良く親が死んで葬式も出せずにほうっていたとかの事件が多い、それは50代でも親の葬式を出せないとそうなった、でもその子は無職だったりしていると実際は市町村に相談すれば処理してくれる、金も出してくれる、ただその交渉ができないのである。
最低辺で生きている人はまず市町村の役所に文句を言い、公務員を使っているのである。そしてなんとかして助けてくれと他人でもたのみこむのである。
それも執拗に頼むからついついその願いを聞いてしまう。
そのくらいの交渉力のねばりがあったら金がなくてもなんとかできるのである。
そしてそもそも葬式が出せないというとき死体でも処理できること知らないのである。
確かにめんどうではあるが葬儀会社に頼めば30万以下でみんなやってくれるのである。
自分は30万以下でしたしあと一人手伝ってもらったからその人にお礼した。
自分は一人だから本当に介護やら葬儀やら家事では苦労した。自分の病気のことでも苦労した。何か一人ではできないことが多い、だから日頃から親しい人がいて聞いたりまず知ることが大事なのである。
そういうふうに今は社会性が欠けた人が自分もそうだが増えてくる
芸術家なども浮世離れしているとひどいめにあうことは確かである。
それが60代以降とかなると自分もプログで書いてきたが悲惨な結果になる
社会常識として知らないことが致命的になるのである。

ただ人間はあらゆることはしりえない、ほんの一部しか社会でも自然でもしりえようがないのである。今は世界に起きていることを知れと言ってもこれも複雑であり理解することがむずかしい、それより身近なことを知らないことが致命的になるのである。
原発事故だって放射能だってそうである。そんなものわかりえよがないと言ってもそれが知らないことが致命的になった。これだけの大被害になったからである。
新潟の巻町では原発を建てさせなかった、それは放射能のことがわからないにしても学者呼んだりして町民が勉強して町民の合意で原発を建てさせなかったのである。
だから放射能がむずかしいからといって知らないですまされないことだった。
つまり知りえよがないとしても知らないと致命的になり死につながるから知らないですまされないのである。
戦争でもアメリカのことを知っている人は日本人ではまれだった、だから日本国を過大にして見ていたのである。それも敵を知り、己を知れば、百戦危うからず。
敵を知らない限り戦いようがないのである。敵というときこの世には様々なものがある
ウィルスも病気の敵であり相手を敵を知らないからこそ戦いようがないのである。

ソクラテスが汝自身を知れとか人間は知っているようで知らないというときまさにそうである。別にむずかしいことでなくても知らないからこそ災いに巻き込まれ死ぬことにもなるから怖いのである。人間は無知が死につながっているから怖いのである。
知らないではすまされないから知ることに勤めなければならないとなる
知らないことが死に直結しているから怖いのである。
知るというとき体でも自分のことが知らない、この夏暑くて食欲がなく胃も悪くなったからたいしたものを食べていないからかなり体重が五、六キロ減ったと思ったら五、六キロ増えていたのである。これは体重を計らないのが失敗だった、何かただ感じで体重が減ったとしていた。でも実際に体重計で計ったら増えていた
だからなんとなくとか感じで判断するのも危険である。
体重を計ることは科学的に知ることでもあった。放射能でもやはり放射線量を計って判断している、だから数値に従うとういことは科学的なのである。
ただその数値が即影響しないから軽く見るとなる。体重の場合は具体性があるからこれ以上太ってはまずいという危機意識を自分はもったのである。
知らないからどうにもならないではなくやはり危機意識をもつことが人間は大事なのである。そうしないと即に死につながるから怖い、それが津波でも原発事故でも起きたし過去でも歴史的にもそうして知らないことで大被害になっているのである。
ここは原発から30キロ離れていて自分は原発に無関心だったのである。その無関心、知らないことが今回のような大事故になり大被害になった、津波でもそうだったのである。
つまり人間はしらないことから大事故や大惨事や災いにまきこまれるのである。









posted by 老鶯 at 00:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2016年08月24日

地方の神社に必ずある忠魂碑の疑問 (靖国神社と深くかかわっているー国家とは何なのか?)


地方の神社に必ずある忠魂碑の疑問


(靖国神社と深くかかわっているー国家とは何なのか?)


国民は、国家が国民として認めた者をいう。国民であるかないかは、国家権力が決めた法定義によって定まる。
国民は、国家権力によって国家権力が必要と認めた権利と義務を与えられる。
たとえ、国内居住する者でも国家権力によって国民として認知されていない者は、国民として扱われない。異邦人である。当然、国民としての権利も義務も保障されていない。


江戸時代は諸侯の領地ごとに、独自の法律・通貨(と言い切っていいかは疑問だが)・軍隊を所有していました。
外国人は諸侯を「KING」と呼んでいました。これは、諸侯がその地域で王権を確立していると、判断されていたからです。
同じく「EMPEROR」と呼ばれた将軍は、大名領には警察権を及ばすことはなく、各地の自主性は最大限尊重されたのです。

国家とか国民というのは明治以降近代化して生れた概念である。だから国家国民というけどそれは新しい概念だから理解しにくいものである。
封建時代は君主制であり君主に忠誠を誓う体制でありそれぞれの藩が国家と言えた。
それぞれの藩が税金でも法律でも自ら施行して独立していたからである。
その時は侍が支配層でありその下に農民がいて商人がいて職人がいて庶民がいた。
実質藩を維持していたのは侍であり侍は君主に忠誠を誓っていたのである。

それが明治時代になったとき国家とか国民という概念が生れた。どうして国民が日本国民として意識するようになったのか?
それは西南戦争の時だった。西郷隆盛が侍階級を維持しようとして政府軍と戦った
旧勢力を侍を維持しようとしたから廃藩置県に反対だったのである。
その時会津では薩摩長州軍に敗れて悲惨な結果となった。ところがその敗れた会津の兵士が西南戦争で政府軍に入り活躍したのである。相手はもともと侍だから戦争には強い
国民軍は素人だからかなわないところがあった。その中にかつて会津藩に属した侍がいて参戦したから強い味方となった。その時会津藩士でもなく政府軍国民軍になっていたのである。国民軍も素人の集団だったがだんだん国民軍としてこの時意識するようになったのである。そして侍にはかなわないと思っていたが国民軍でも戦えるという自信をこの戦いでもつようになったのである。この時日本国民として意識するようになったのである。
明治になってもその戸籍には士族と平民は分けられていたけど実質は国民となり国民兵となって日本国を守るものとなっていった。
それは明治維新の長州とかでも奇兵隊で侍でないものが農民でも商人でも兵隊として参加していたことから始まっていた。
戦国時代でも強固な主従関係が生れたのも戦争があったからである。
そこでは生死をともにするのだから身分の差があっても命懸けなのだから主従が一体となった。

日本国民として意識するようになったのも戦争でありその他ではなかなか日本国民として意識しにくいだろう。運命共同体だというときはやはり戦争の時一番意識する
それは日本だけではない他国でもそうである。平和なときでも中国でも韓国でも日本を責めるのはそれで国民としての意識が共同性が一体感が助長されからである。
それはヨーロッパでも封建時代があり騎士がいて城が多いから日本とにている
君主との主従関係が基本にありそれがその土地土地の領地を守り一つの国として維持していたのである。
それは国といっても現代の国民国家とは全く違ったものであり明治以降のヨーロッパでも近代化したあとの国家はルソーの契約国家のように違ったものなのである。
侍が主従の関係が基本にあるというとき日本でも天皇が君主であり主従関係を結び国民は天皇の臣民であり赤子であるとされた。それは侍の江戸時代の価値観を受け継いでいたのである。だから兵隊は太平洋戦争でも侍という感覚ももっていた。

ともかく国家が契約関係だとか国民という観念とういうか概念はなかなかなじめないからもともとあったものをあてはめるし引き継がれるのが人間社会なのである。
日本国民という意識は太平洋戦争で絶頂になり敗戦でその国民意識は否定されて日本国民という意識はなく日本人はアメリカに国防をゆだね経済人になった。
ただひたすら利益をもとめるだけのエコノミックアニマルと世界に高度成長時代に言われた。天皇を無理やり近代国家にもってきたのもそうである。
天皇との主従関係として国家を維持しようとしたのである。
だか明治以降の日本の歴史は何であったのかとなる。それは太平洋戦争が何であったのかとともなり継続された歴史をふりかえることが要求されている

それで靖国神社に祭られている戦死者はをと処遇していいかわからないのである。
日本国民として扱えば日本国家として祭る、一方で靖国神社は私的な宗教団体だというというのも矛盾がある。戦死者は英霊として祭るというときそれは天皇との臣従関係として天皇に忠誠を誓うものとして祀られる、なぜなら明治維新を成した人たちが祀られたのが靖国神社である。西郷隆盛とかの反乱した藩士とか会津藩士とか祀られていないのである。
でもそういう時代が終わり国民の時代になったときでは戦争で死んだ人たちは国家に忠誠を誓い死んだのである。それはまた天皇との臣従関係で忠誠を誓い死んだのだから英霊とされる、それで戦没者の家族は天皇に靖国神社を参拝してもらいたいとなっている
なぜなら臣下が天皇のために国家のために死んだのだから参拝するのが当然だとなる
でも近代国家とか国民になるとそういう宗教的なものはもちこまない、アメリカだったらアメリカのために死んだ人はアーリントン墓地とか国で葬っているが別に日本の英霊とか神として祀ることはないのである。
日本だから明治以降近代的に国民国家になったのだが国家とか国民というものを前近代の封建制からの習慣をひきづっているのである。
だから戦死者をどう対処していいかわからない、英霊とかなるのもそれは天皇と関係してそうなっている。それは国と宗教が一体化しているからである。

「国内には10万世帯を超える軍人遺家族が出現した。日露開戦による国家意識の高まりと遺族の急増によって、戦争中から戦後にかけて、全国各地で戦没者のための記念施設の建設がにわかにさかんとなった。戦没者を郷土の誇りとする宣伝が行きわたり、靖国神社への合祀に呼応して、民間の有志によって招魂社がつくられ、神社、寺院の境内や公園、学校等に招魂碑、忠魂碑、弔魂碑、忠死者碑等の記念碑がぞくぞくと建てられていった。」
−「慰霊と招魂」村上重良 岩波新書−

忠魂碑というのはまさに忠義だとか臣従関係のものである。それは天皇に臣従するということである。天皇が君主だからそうなる。今になるとなぜ神社にこれほど忠魂碑があるのか?それに違和感を感じる、第一その忠魂碑に戦争中のように意義を認める人がいるのか?何かただ過去のものが以前としてあるということでそれに特別な感情を抱いている人がいるだろうか?何か否定的な感情を抱いている人も多いだろう。
そう教育されたからでもあるがこの碑が大事な碑なのだとか教えられてもいないのである第一君が代すら歌わない時代であり教師が左翼系が多いからまたそうなる
自分が碑として注目するのは江戸時代の庶民のものである。日本人は太平洋戦争に負けてその戦争を否定的にとらえている、あの戦争を肯定的になる人は少ないだろう。
だからなぜそもそも一地方の神社にどこでも忠魂碑があるのか?
地方の神社は国家と関係ないということでも議論になった。地方の神社を国家と関係させるようになったのは太平洋戦争からである。これもやはり今になると神社とは何なのかわからないものになっているからだ。
ともかくあまりにも犠牲者が多すぎたからなぜこんなに死なねばならなかったのかということである。そもそもそんなに死ぬ戦争が正しかったのかとなるからだ。
そもそも未だに太平洋戦争が何のために行われたのか日本人自身が総括していない、そこに靖国神社が問題になる。
どういう経過で戦争に突入したのかもわかりにくいのである。

神道と国家神道は違うという、地域の神社が国家と結びつくことはなかった、東照権現は家康を神として祭っているから国家と結びついているものだろう。
他の地域の神社は豊作を祈るとか病気が直るとか国家とは結びついていない
忠魂碑は靖国神社の分化したものともいえる、天皇の臣下として死んだものを記念しているからである。ではその忠魂碑に地元の人でも祭りしたりしない、何か忘れられているのである。でもどういうわけか忠魂碑はどこの神社でもある。それは戦前に建てられたものが継続してあるということである。それは未だに戦争で死んだ人の墓に軍隊の位が刻まれている、それは当時は名誉の戦死だからそうなっている、それを統括したのが靖国神社なのである。戦争で死んだ人は慰霊すべきなことは確かである。

要するに太平洋戦争が何であったのか?それを日本人は歴史的に総括していないから起きている、全面的にあの戦争を意義あるものとして肯定している人たちも右翼には多い
その右傾化が政治家でも増えている、欧米の植民地化に対する抵抗戦争だったとか白人優位を人種差別に抵抗する戦争だったというのもそうである。それも一理ある,日本だけが植民地化されないという特殊性があったからである。アジアでは他は植民地化されたのに日本だけは明治維新でも植民地化されなかったことが特筆すべきだからである。
でもそれはアジア侵略を正当化できものなのかどうかは疑問である。
靖国神社問題はこうして太平洋戦争が何であったのか歴史的に日本人が総括していないから起きている、もし意義あるものなら靖国神社が重要なものとなってゆく、それと並んで地方の神社にある忠魂碑も重要なものとなってゆく

明治維新以降の国家とか国民に天皇をもってきて臣従関係にしたこと自体無理があった。近代国家は江戸時代とは違ったものになったからである。
そういう矛盾を太平洋戦争まで日本はひきづっていたのである。
国民とか国家とはヨーロッパでも近代化して生れたものでありそれまでは日本の封建時代であり国家とか国民という意識はないのである。
だからどうして国家が生れ国民が生れたのか問題になるのである。
なぜ天皇が靖国神社にお参りしないのか?それは近代の明治維新の国家は天皇の臣民としても実際は違ったものになっている。無理やり天皇の臣民にしたからである。
臣下が天皇のために死んだなら当然お参りするのは義務である。それができないということ自体が国家とか国民が天皇の臣下としてありえないものとなっていたから起きているのである。

いづれにしろ国家とか国民はここ二百年くらいに生れた概念である。むしろフランス革命の「自由,平等、博愛」の思想は宗教の束縛や国家を国民を越えるものとして生れた。
それはいかなる国家に属していても人間としての平等の権利をもつとしたからである。
人間を宗教でも人種でも差別しないという人類的理想主義なのである。
ただそれが結果的に実行されたグローバル化で移民問題が発生しテロとなり軋轢が生れ国家主義が民族主義に逆戻りしているのが現在である。
人間は国家共同体が一番強固でありこれからぬけられないのである。
ただ人類的理想を追求すれば共通なものがあり憲法のようにすることもできる
それが国連の役割だけど国連も国家の前には無力なのである。

例えば国連で世界の紛争など解決できない、世界は中国だったら中華帝国を目指している、今はアメリカ帝国に属しているが日本もその中華帝国に属するものとして扱われる、
そもそも統一した世界帝国は人類にできていないからである。
国家国民さえグローバル化してやがて消滅してゆくかもしれない、世界国家ができればそうなる。日本の戦争は日本の天皇国家としての延長としてアジアへの進出だった。
国家というものをぬけだしていないからこそ失敗したともいえる。

それには確かに意義があった、でも日本国家というものからぬけだせないからこそ失敗したのである。ただ国家国民というものからぬけだしている国はない、ただそれもこれだけグローバル化していれば国家国民というものから人類は抜け出す方向へ合意してゆくかもしれない、実際はそうしなければ人類は戦争をやめることができないのである。
国家でも共通の利益を計れば共同できる、経済的には商業ではそういうことをしてきている。ただEUでもそういう理想があってしてもなぜうまくいかないのか?
そこに国家とか国民とか民族とか人間が形成してきた歴史的なものも関係してできない
ただ中国でもアメリカでも多様な人種とか民族が共生するとなる理念国家になる。
中国でもマルキシズムとか共産主義になり理念国家として世界的運動として一時あったが国家という枠からはぬけだせないのである。世界はむしろナショナリズムに回帰しているのである。
タグ:国家論
posted by 老鶯 at 10:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 明治維新-明治以降

2016年08月23日

抽象画(無限の流れの変容)

抽象画(無限の流れの変容)

  • Abstract picture (transformation of an infinite flow)

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power of sea

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タグ:無限の流れ

朝の蝉(家事は自分でできるが女性は必要)


朝の蝉(家事は自分でできるが女性は必要)

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この農家の前は稲穂が実り前にもどった
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元は養蚕の家でありそのまま住んで直した

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この猫は大人しい性格である。なんか自分とにている
石に座るのもマッチしている



朝の蝉近くの女の今日も来る

養蚕の兜作りや木槿かな



実りそむ稲穂に芙蓉農家一軒元にもどりぬ

黒揚羽一羽とまりぬそのあとに木陰の石に猫の休みぬ

出水の流れの早し燕飛び雨に打たれて我も行くかな

台風の雨に打たれて風たたく我が家を一人継ぎて守りぬ


今は家事は一人でもできる、機械がやるし料理でも買いばでとる、野菜をとることには注意している、たいした料理もしていない、別にそれでも栄養はたりている
その証拠がこの暑いのに食欲なく胃が悪くしていたのに太っていたことである。
自分は相当にやせたと思っていたからである。
何か今は栄養をジュース類でもなんでもどこかでとっているのである。
家事は昔のように女中など雇う必要がない、みんな機械がしてくれるからである。
だから一人暮らしでも困らないのである。それで結婚しなくてもいいという若者も多くなる原因の一つである。

結婚するとなにかとめんどうになるし負担が増えるからである。まず結婚したら芸術活動とか知的作業と学問とかなんかそういうものを追求するのはむずかしくなる
それだけそこに時間がかかるからである。家族に妻に子供に気を使っていたら時間がとられできない、結局何度も言うが人生は時間の配分で決まる
何に時間を使ったが人生なのである。最後になればそれが馬鹿でもわかる
なんで馬鹿なことに時間を費やしたのかとなる、それを痛切に感じるのは老人になり時間がなくなるとわかるのだ。
若いときは時間がいくらでもあると思っていたのである。時間をつぶすのに苦労していたのである。その時間がたちまち過ぎてしまう。そして時間はもうないのである。
今や砂時計の砂がおちて残りわずかだということを日々意識する、砂が落ちてなくなったとき死なのである。

お前は旅ばかりして遊んでいただけではないかと外から見る人がいるだろう。
でもふりかえると自分は旅することは仕事だった。旅は自然でも歴史的なものでも見ることに集中しないとあとは何も残らない、つまり相当な集中力が必要なのである。
自転車旅行になるとこれも体力がいるし苦労だった
旅するだけでも人生はたちまち過ぎる、この旅だって会社勤めならできない
それで退職してからその鬱憤を晴らすために鹿児島から青森まで歩いて旅したとか
自転車で50日間も旅したとかそれもテントがないからホテル泊まりでそうした退職者もいる。旅する時間がないから自由になりそういう人が60代以降に増えてくるのである。

人間の時間は限られている、恋愛するにも結婚するにも家族をもつだけでそれだけで時間がとられてしまう。そうなると他の活動は本当に制限されてしまうのである。
何か芸術であれ学問であれ何であれ趣味さえ追求できないのである。
だから芸術家の80パーセントが独身だったというのがわかる、家族をもったら集中できないからである。

ともかく家事に費やされる時間ははぶかれた、でも家事をする女性の仕事がなくなったかというとなくならない、女性は必要なのである。

「愛妻を亡くした71歳は語っています。さらに「女の声を聞きたい、女と話したい。男友達はしょせん『友情』どまり。女の細やかな『情愛』に触れたかなあ。自分の気持ちをオナゴと分かち合いたい。…」

一人になればこういうことなのである。それを痛切に感じるのである。
夫婦で妻が死んだ結果、80くらいの夫が取り残されてその不満から祭りがうるさいと火炎瓶を投げて怪我させた、そういうことに男はなる。

だから自分も家事をしてもらうというより毎日女性が来るだけで慰めになるから金を払うとなる、家事は自分でできるからである。
ただ一人はいろいろと困ることがある。だからその苦労を書いてきた。
家を維持することが容易ではないのである。台風の雨に打たれ風に吹かれ家を維持する
この家も50年近くになるから歴史を刻んだ、介護の十年もこの家とともにあった。
病院や施設も利用したがやはり家が中心だったのである。
このように家はそれぞれの歴史を刻んでいるのである。
そこに家の重みがある、そもそも家であれ家族であれ地域であれ社会であれ一代では築けない、代々苦労して築かれたものなのである。そういうのが故郷でありそれが失われることは原発避難区域でも一から始めることになるから辛いとなる。
結局老人になれば過去を語り自分はここでこう生きてきた苦労したということを次の代に語りそれが受け継がれることがいいのである。
それがたたれると存在意義すらなくなる、東京辺りに避難した小高の人が施設で死んで小高に帰れずに死んだとかあり孫が墓参りしていた。
これは悲しいことだったとなる、補償金もらってもその穴埋めはできないことは確かである。



タグ:一人暮らし

2016年08月22日

推理ドラマで写された昔の仙石線の陸前大塚駅 (春の日の思い出の短歌十首)


推理ドラマで写された昔の仙石線の陸前大塚駅


(春の日の思い出の短歌十首)


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堤防で島が見えにくくなった

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この辺の家は津波で流されないだろう

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消えた東名駅



奥松島湾の水面の穏やかに春の光にきらめきにけり

島一つ車窓に見えて奥松島春の日静か乗り合わす人

奥松島植田に湾や島一つなごみけるかな電車の行きぬ

我が一人陸前大塚おりたちて島一つ見え桐の花咲く

島一つ車窓に見えて落ち着きぬ奥松島や通う人かな

東名駅今はなしかも春の日に望みし海と遠き山かな

春の日の野蒜駅や松原をぬけ海広し鴎飛ぶかな

野蒜浜波音ひびく砂浜を歩めば貝あり心地良しかな

鳴瀬川電車わたりぬ春の日に海にそそぐや鴎飛び来る

奥松島海沿い走りひびく音心になおもひびきけるかな


仙石線の旅情は奥松島にある。湾になっていて島々が穏やかにある。
特に真ん中にある一つの比較的大きな島がポイントになる。
それが陸前大塚を通るとき車窓から見える
海沿いの低い所を行くから海が余計にまじかに見える
なかなか鉄道でも海をまじうかに見る所は少ない、ここの海は穏やかであり
湖のようにも見えるから春の光がまばゆく水面にはねかえる
そしてここから仙台に通う人が多い線である。

今日見た推理ドラマではここが舞台になっていたので興味深かった
最近昔の推理ドラマを見ていると昔の光景がでてくるのでなつかしい
すでに30年前とかの映像なのである。
その時の俳優は若いし死んだ人もいるから不思議だとなる
この年になると何か回顧すること記憶をたどることが仕事になる

それにしてもあまりにも変わってしまった。陸前大塚駅が残っているが次の東名駅はなくなり高い山陰になってしまった。あの辺の家はねこそぎ津波にやられた。
だからあんな高台に駅を作りその前にまた新しい街を作る
でも山陰で海が見えないから嫌だなと思った。

野蒜駅も駅をおりるとすぐに松原がありそこをぬけると広々と海が広がり砂浜がある。
あそこもいい場所だった。松原は根こそぎ流され今は山のような堤防を作り昔の面影はなにもない、駅も高台であり全く前の光景とは違う。あの辺は仙台の憩いの場所だった。
野蒜から鳴瀬川にでると川が海にそそぐ、瀬が鳴るというのは川の名としてあっている。外から見れば松島だけが注目しているが奥松島の方が何か情緒がある
松島は観光だが奥松島になると日々の生活の場としてもあり違ってる
仙台に仕事で通う人が多いからそうなる

自分は最初は鉄道の旅でありだから何か鉄道に愛着がある。鉄道マニアになると電車の音にも魅力を感じる、何か電車の音を聞くと記憶がよみがえりその場所を走っている気分になるのだ。車だと音にまで愛着を覚えるとはならない。
人間は生きるということはこうして最後は記憶となる、そこでそこを走っていた電車の音までなつかしいとなる、そこを通り生きた記憶がよみがえるからである。
だから昔のテレビドラマは特に推理ドラマは映像的に貴重になっているのだ。

奥松島から鳴瀬川、浜市、牛綱村(春から夏の短歌十首)






2016年08月21日

葛尾村から三春から田村市(都路村)へー秋の短歌 (地理は地図を見てもわからない)


葛尾村から三春から田村市(都路村)へー秋の短歌


(地理は地図を見てもわからない)

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葛尾村あわれ遠くも古き碑の並びて語る秋の夕暮

三春へと葛尾村より我が行くやその道遠く秋の日暮れぬ

この辺りいづれや遠く山の道月見草咲き夕暮れ迫る

三春への道のり遠し道の辺の花もあわれや旅人去りぬ

葛尾村我が父の暮らしはいかに丁稚奉公に新山に出る

葛尾村三春浪江も遠しかな生活もあわれ秋の日暮れぬ

高瀬川上りて遠く落合や秋深まりぬ葛尾村かな

双葉より都路遠し坂のぼり我が着きにしも何かありなむ

五万石三春の城跡我が立てば四方の山々かなた相馬かな

葛尾村古き屋ありぬ養蚕に暮らしをたつや代々の墓

行司滝相馬と三春の境かなその謂れ知り秋深まりぬ

山中に様々な碑の古りにけり昔の暮らし秋の日暮れぬ

隣村都路村やその名にそ華やぐも古道とあり秋深まりぬ

船引と昔の町の名の消えぬ田村市となる知らざりしかな

船引に一夜泊まれる電車行く音のひびきし秋の夕暮

飯館村芒なびきて誰か住むその土地広く知られざるかな




地図見ると実際の感覚とは違う、葛尾村は何か広い感じがしたのである。でも実際はかなり狭い領域だった。飯館村はもともと広い感じだった。
川俣村も意外と狭い、でも人口が多いのは絹織物の里として栄えたからである。
福島市から電車まで通っていた。
双葉とか大熊も土地としては狭い、でも町として維持できたのは原発があったからである浪江町は土地が山奥の津島まで伸びているから変則的なのである。
津島は開墾に入った地域であり戦後のことである、だからあそこで中国人の嫁が都会に出たいと鉈で夫を襲ったということがあった。今は避難してどうなったのか不思議だとなる海側は何か狭い感じである。南相馬市は広いのは原町市がもともと入っていたからであるここに雲雀が原がありもともと広い土地だったのである。
田村市は船引町まで合併していたのである。船引は鉄道も通っていて大きな街がある。
だからそこも合併したので4万くらいになっている
都路村には双葉から自転車で行ったが坂がありようやく越えてつく
ただ都路村は葛尾村の隣である。境を成しているのは高瀬川なのである。
行司滝というのはその境の謂れが伝えている
ただここには行ったことがない、かなり川でも奥になるのだろう。

葛尾村というとき広いと思っていた。父親の出身地は葛尾村の小出屋であり
あそこも相当不便な所であり場所としては広い場所がないので窮屈なのである。
その実家のような家は今はない、そこにも一つの物語となってしまった。
あそこはでも三春までバスが通っていたから浪江の街中に行くより三春の方が近かった
江戸時代でも三春が近かったので葛尾大尽と呼ばれた製鉄で財を成した人が三春藩の殿様を呼んだとか言うのはそのためだろう。
要するに葛尾村が狭いというとき平地も少ない、平地があれば田にしていたが他は山の暮らしであり馬を飼っていたり炭焼きしたり木材とかを売り生活していた。
相馬野馬追いでの騎馬武者の草鞋を作っていたというのもそのためである。

この草鞋作りは金を稼ぐには良かった、栃窪村の上萱(うえがや)でも草鞋作りしていたのである。靴がない時代は草鞋だから草鞋は一日くらいでも履き替えるから売れるとなる、その草鞋は必要なくても義理で生活の足しにと買っていた人もいる
福島市の草鞋祭りもそういうものに由来している。
上萱も意外と古い、明治時代から家があったとか古いのである。茅葺きの家が何軒が残っていたとき何回も行っている、つまり大原村から八木沢へは辺鄙な不便な場所だけど開墾して入植した人がいた。バラ坂とは何なのだろうと思ったらそこが原発事故で家が避難して茨の原になっていた。バラ坂とは茨(いばら)のことだったのである。
それからたいがい古い農家は戦前まで養蚕しているからそれは兜作りであり二階が独特の形をしている、通気孔をもうけていたりとわかる。山の中でも養蚕していればそれなりに暮らしが成り立ったということはある。

ともかくこの辺が原発事故の被害にあり避難区域になった。
この辺は何回も自転車で行った所だがそれでも地理はわかりにくい
実際の感覚とは相当に違うのである。だから地図見ただけでは地理はわからない
遠さの感覚とか地形とか広さの感覚でも実感しにくいのである。
相馬藩は大熊とか葛尾村までありつくづく狭いようで六万石でも広いのである。
だからわからない領域がまだある、行司滝などまだ行っていないのである。

行 司 ヶ 滝

このプログの説明だと都路村の古道村まで相馬藩であり境争いがあった。三春藩の侍が切腹までしていたのである。境になっている所は必ず何か争いがありそうした歴史が残されている、ここのプログは面白いようだ。

ともかく人間の暮らしというときこうした山の村でもそこに暮らしている重みが違う。
こういうところにも人が代々暮らしているということが感慨深いのである。
確かに不便なのだけど都会だったら一軒一軒の暮らしの重みがないのである。
つまり今になると良くこんな山の中で暮らして来たなと思うのである。
だから東京などの家とかと比べると一軒の家の重みは百倍もあるだろう
それで浪江の赤生木にはもう人が住まないと一軒一軒の家を記録に残そうとしているのである。ただあそこは開墾に入った人が多いようである。

自分にとってこういう村が失われることが今になると大損失である。そんな限界集落のようなものは金がかかるからいらないと都会の人が言う時、それはあまりにも偏った見方なのである。人間の暮らしが本来どういうものなのか都会の人は経済的なもの、効率として見ないからである。ただそれも一理ある、なぜならもともとそういう村は自給自足であり都会の人に頼っていなかったからである。そこに誇りがあった。
今は原発でわかるように便利な生活のためにインフラでも何でも税金でまかなっているからそうなる。
結局もし田舎だけで都会の人に頼らずに暮らしていたらもっと生活の重みがあったともなる、もちろんそうなると貧乏で嫌だとなっていて街に出てきた人もいるし自分の父親のように酒屋に丁稚奉公に出された人もいるからそこで暮らすことは厳しいのである。
ただ貧しい,厳しい生活ということがその生活にさらに重みを加えていたともなる
田舎でも街中より離れた農家などには生活の重みを感じるけど街中だと感じない
家が密集していると一軒一軒の家の重みかなくなる、まして都会となると余計にそうなる農家だとそこが旧家だったりする城のようにさえ見えるからである。

いづれにしろ地理の感覚は地図を見てもわからない、実地に歩いてみないとわからないのである。だから葛尾村が狭い領域だということが意外だったのである。葛尾村には古い碑がある。落合には明歴と元禄の碑があったことを紹介したが明暦となると相馬藩内では本当に少ないのである。
また秋になったら涼しいからロードで行ってみたい、ロードだと倍速になるからだ。
葛尾村も避難解除にはなっているがあそこは辺鄙だからもどるとなると他より苦しいとなる。
この辺が都会の人には感じないがそういう代々の生活が奪われたとかその被害は深刻だったのである。そういうふうには都会の人は見ない、この際限界集落は消えた方がいいとかみる、それは経済的効率だけから見るからである。

生活の重みとか人間の暮らしが本来どういうものかとか見ればその見方は違ってくるのである。ただそういうことはそこに住んでいる人も感じないということもある
かえって補償金もらって都会で便利な生活したいとなる、そういうふうに田舎でも暮らしていたら当然この際補償金で都会で暮らそうと若い人は特になってしまったのである。
要するにその人の生きる価値観の問題がある、でもそんなことより普通は便利な生活がしたいとなるのである。自分でもどうしても小さい町でも街中でしか暮らせないのが現実なのである。車がないから近くにスーパーがないと暮らせないからである。
自分はまだ一万くらいの町でも我慢できる、それでも贅沢は今でもできるのである。
通販とかインターネットが発達したから補えるということである。
それもまた矛盾であり便利だからこそ田舎に暮らせるともなる
とにかく原発事故ではいろいろなことが問われたのである。むずかしく言えば実存的問題というか哲学的問題としても問われたのである。

高瀬川から葛尾村まで春の短歌二十首

葛尾(かつろう)村から三春へ(秋の暮)
(残された一つの物語)








タグ:葛尾村

過酷な人生は何のために 苦しめば相手の苦しみに同情する


過酷な人生は何のために


苦しめば相手の苦しみに同情する


人は誰しも母から生まれとき母の苦しみを通じて生れる
苦しみを通してすでにこの世に生れている
その後も親の生活の苦しみがあり子は育つ
戦争で苦しみ生き残りそして自分が育てられた
若いときすでに母は糸取りで十年働き苦労してた。
戦前はみんな貧乏であり苦しみ生きていた。
食べるものも粗末であった。沢庵と味噌汁が主でありあとは梅干しである。
そんなもので労働に耐えていた。
人の一生は結局苦しみなのだ。それから逃れることはできない

人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし 家康

子供の頃から苦労していたからこうなった。人間に苦労は尽きることはないのだ
なぜなら人間は苦の存在だというとき病気にならない人がいないからである。
死もまねがれないから死なない限り苦から逃れることができない
苦というとき貧乏も苦だが病気は誰にでもなる、金持ちでも病人になったらただ苦があるだけなのである。
億万長者でも寝たきりになったりしたらその金も何の力もない、ただ歩けたらどれだけ幸せだろうとなるだけである。

ただ人間は人の苦はわからないのである。貧乏を経験していない人は貧乏がどういうものかわからない、実際今の時代の貧乏は戦後まもなくとか戦前の貧乏から比べると貧乏とも言えない、時々貧乏を話題にするけどそれはみんな貧乏を知らないから珍しいものとして貧乏を話題にする、だから何か極端であり実際で学生の貧乏を話題にしたのがやらせだったのであ。実際はぜいたくしていたのである。
現代の貧乏は何かそういうことが多いからそのままに話題にしても特にマスコミで話題にしても信じられないとなる
今では生活保護者でも食べ物だけはぜいたくしている、自分よりぜいたくしている、サシミを生きのいい店で買っている、スーパーでは買わないのである。
自分の父親は明治生れで貧乏のままに終わった、最後の方で豊かになったが病気になりサシミを食えるようになったが食いたくないと言って死んだ
病気になったらどんなうまいものでも食欲がないのだから食べたくないとなる

自分は介護のとき病気でありその病気のとき借金だとなんだと犯罪にあったり苦しめられたの辛かった。でも病気でもやはり責められたり苦しめられたりすることがある

「病」としては、大別して「瘡(かさ=梅毒)」と「労咳(肺結核)」でしたが、働きが良かった(客を大勢取った)遊女は、その妓楼の別宅で養生させてもらえましたが、大部分の遊女は、微熱があろうと、喀血をしながらも、多くの客を取らされました。
そして、いよいよ「ダメだな」となると、妓楼内の日当たりも良くない、薄暗い納戸のようなところへ閉じ込められ、食事もほとんど与えられずに遊女の「死」を待つだけでした。
遊女が死ぬと、腰巻一枚の丸裸にして、菰(こも)に包んで銭200文を付けて「投げ込み寺」へ。
寺では、「総墓」と呼ばれる大きな穴に投げ込み、簡単なお経を読んで供養を済ませました。
従って、小石川養生所などはもとより、医者にかかることさえできませんでした。

遊女も借金のカタにとられてこんなに悲惨に死んだのかとなる、借金というのは江戸時代でも過酷であり江戸時代の暗黒面をここにみる。
今だったら自分でも病気ということが免罪符になる、生活保護も軽いものでも精神が病んだとでも受けられるし、身体の障害者でも特別かえって保護されて同情される
それが特権までなっている。それが現代の恵まれている点である。
自分も常に介護とか病気で思ったことが自分は病気なのになぜこんなに責められるのかということだった
それでこれは自分より悲惨だったなと同情した。結局苦しむことはそうした過去の人でも苦しんだ人に同情することになる、苦しむことで他者にを同情するということはある。

ある女性と話したら貧乏な人がいるんですよと話したらそんな話したくない、そんな人はいないよと言っていた、その人は貧乏な人と接しないから自分が貧乏を経験しないからそう言っているのだ。自分も前はそうだった。自分が苦しんだ結果そういう人の苦しみがわかり同情するようになった。
人間の苦しみはその人が苦しんでみないかぎりわからないのである。
なぜそういう遊女に同情がなかったのか?
当時はやはりみんなが貧乏であり同情しても借金も払えないからそうなった。
まだ逆にそういう過酷な非情な目にあいつづけると人間は非情になる
全く同情しない人間にもなる、心が歪んでしまうい冷酷になる
だから人間あまりにも過酷なことには苦しみには耐えられないのである。


ともかく喀血しながら客をとるというのは悲惨である。それも同情されないのである。
自分もこれよりは楽だったとなるが同情されないということでは同じだった。
だからどうしても比べるのもどうかと思うが津波ではない原発避難者は確かに部屋は狭いけど楽だなと見えるのである。
江戸時代と現代は比べようがないにしろこんな悲惨なことが借金のためにあった
だいたい今の借金している人は何か病気のためとかは少ないだろう
見栄をはる、贅沢をする、ギャンブルするそれがやめられなくて借金する人も多い
そして自分が苦しいとき借金で責めてくる、そんな人が何なのだとなる
原発避難者もギャンブルとパチンコ屋通いになったのそうである。
現代の苦しみは個々に事情があってもそれほどの苦しみとは言えない場合が多いのである
江戸時代は病気になってもまともに医者にかかれる人は少ない、そして医療も発達していないからまともな医療は受けられないから病気になったら死んでゆくのが多いとなる
一方逆に現代は医療過剰で胃ろうまでして胃に穴あけてまで栄養をやり活かしている
このことも実際は地獄的な苦痛なのである。苦しみを与えるために生かしているということにもなっている、これもまた成す術もなく苦しんで死んだ者が多い江戸時代と比べると奇妙だとなる。同じように苦しみを与えていることは間違いないからである。
現代の医療が作り出した苦しみなのである。

いづれにしろ他人の苦しみがわるというとき自分も苦しんでみないとわからない、貧乏な人の苦労をわかるのには自らも貧乏にならないとわからない
現代では本当の貧乏がないから装う貧乏になっているのである。
現代人はそれだけ贅沢なことが当たり前でありそれになれているからちょっとした不便でも貧乏でも耐えられないとなる、貧乏といっても昔からすると相当に贅沢しているからである。

自分はなぜ病気なのに責められたのか、その弱さにつけこまれたのか、そのことが憤りになっている、でも江戸時代の遊女はどんな気持ちで死んでいったのだろうか?
病気でも同情されない、ただ借金を払うために物ののように使われて死んでゆく
江戸時代は義理人情の世界というけどここに一番の暗黒があった。
ここには人情がなかったのかとなる、ただそれぞれの事情がありその当時だと白いご飯が食べられるといい着物が着られるとか当時の価値観ではあった。何かしらそうした地獄でもその当時にしたら人間的なものがあり救いはあったとなる
今は贅沢するために借金してそれで同情しろというのは無理である。ただ現代ではそういう人が多いのである。
これとにたことは現代でも貧乏な国で起きている
目をおおうようなことをdarkness duaのプログで話題にしている、だから昔あったことは今もやはりあることはある。ただその事情は違っている

「なぜこんなに苦しんで死ぬだけなのか」

その不条理に泣いて死んでいった。その人生の過酷さは何であったのかとなる。そこになんらかの慰めがあったのかとなる、その恨みは相当に深いと思うからだ。




タグ:過酷な人生

2016年08月20日

秀岳館にも一人も熊本県出身はいなかった (高校野球の意義はスポーツは何のために?)


秀岳館にも一人も熊本県出身はいなかった


(高校野球の意義はスポーツは何のために?)


今の高校野球は地元代表ではない、秀岳館は熊本代表ではない、大阪から根こそぎひきぬいてチームを作った。地元とは全然関係ないチームなのである。

センバツ「秀岳館だけには優勝させるな」という雰囲気あった

東北の私立でも八戸光星とか青森山田とかは東北出身は一人もいないのである。
福島県の聖光学院は地元が二人くらいいるから違っているといってもそれが福島県の代表なのかとなる。
高校野球は地元の人が応援する、地元意識が強いことで成り立っていた。それで盛り上がっていた。
つまり福島県のチームが勝てば原発事故や震災の復興になるとか熊本だったら地震の被害からの復興になるとかなる

でも秀岳館は実際は地元出身ではない、第二の大阪代表だと言われる
地元の代表だったら地元の励ましになるが地元出身の生徒がいないということが変わってしまったのである。
福島県だったら聖光学院を応援するがでもあまり強く応援する気持ちにもなれない
なにかしらけた感じになるのである。
そもそも高校野球自体がこういうふうに地元出身の生徒が出て応援するとういものでもなくなっている、だから全国高校野球というのがどういう趣旨で行われているのか?
その趣旨に反したものである。野球好きな生徒がどこの県でも私立高校に入りそこで甲子園に出るために練習する、その地元とは別に関係ないのである。

今日秀岳館に勝った北海高校は二人くらい大阪出身だがほとんど北海道出身だった。
秀岳館はピッチャーが5人くらいいるのも強みである。北海高校はエース一人でがんばり勝った、秀岳館には勝ってもらいたくないという高校野球にかかわる人が言うのもわかる前に磐城高校が甲子園で決勝まで進出したときはほとんど磐城出身の高校生だった、もともとみんなそうだったが高校野球は甲子園に出たいという特別優れた生徒が全国から集まりチームを編成するのである。
別にスポーツはスボーツが好きな人がどこの県であれ世界であれば国であれ競うとなれば国にこだわることはない、現実に国がないからたまたたま近くにあった国とかから国籍をもらいオリンピックにでたとか国意識が希薄になっているのである。
スボーツはもともと身体能力だけを競うものでありあまり国籍とか県とか関係ないのである。

そして日本が400メートルリレーで銀メダルとったというとき100メートルの決勝に出た人がいないのに勝った、他は9秒台で決勝に出た人が多い、それでも日本が勝ったというとき世界で話題になった、それがなぜなのか?
それはバトンタッチのうまさである。そこを日本チームは相当に訓練していた。
そのバトンタッチが何か日本人的器用さが発揮されたのかもしれない
そのバトンタッチで差がついて勝敗にも影響するということが面白かった。
ただ速さだけではないバトンタッチが勝敗を分けるというときただ身体能力で競争していれば負けるがバトンタッチの技で勝つというのが面白かったのである。
ただ身体能力だけで勝負がつくとなると決まった人しか勝てないのである。
そこには一つの要素でしか勝てない、身体能力の強い人しか勝てないから勝つ人がたいがい黒人になっているのである。それはDNAでもともと優れているからいつも黒人が勝つとなる、それは国と関係なく陸上は黒人が強いのである。

何かすべて身体能力が強いものが勝つとなると面白くない、そうなら最初から競争しても勝敗がわかっているのだから無駄だとなる
柔道にしても小さい者が大きい者を投げたりすることができるものとして人気があった。また日本の武道は精神的要素が多い、精神の修行という要素が多い、だから日本ではスボーツでも道を究めるとなる、柔道、剣道とか道なのである。
ギリシャではじまったオリンピックの競技には何かそうしたものは精神的なものは欠けている、ただボリス同士が戦争ばかりしていたから休戦の意味でオリンピックが始まったというのに意義があった。それで平和の祭典になったのである。

柔道などにはそうした精神的なものがあり文化がある、ただ身体能力を競うものではないものがある。でも一般的にスポーツには文化的なものを感じない、スポーツという言葉が気晴らしだということでもそうである、ただスボーツで優れているということは身体能力で優れいてることは人間的に優れているということはある
特に昔だったらそういう身体能力で人間の優劣は決まる、機械がない時代だからそうなった。
ただ人間の身体能力の不思議は栄養豊かだからといって必ずしも備わるとは限らない
なぜ江戸時代の人とが粗食でも重労働にできたのか身体能力が高かったのか不思議である走るにしても人力車を引っ張るとか飛脚でもマラソンランナーのように走る能力がありそれは相当な重労働であり粗食でやれたのかとなる、でも実際は粗食である。
おにぎりとか沢庵とか味噌汁くらいがおかずで働いていたことの不思議である。

身体能力を考えると栄養をとらないから弱いともならない、今でもネパールなどでは素足で荷を背負い山を下り下りしている、その人たちは粗食なのである。あの高い山では栄養はとれないからである。
粗食というときローマ人も実際は普通の兵士は粗食だった、貴族化したとき贅沢になった日本兵は粗食であったがやはりそれでも戦争をする体力があった。
現代は栄養過多でありそれで身体能力が高まったというとそうはなっていない、とても昔のように歩いて旅するなどできない、今も車に乗っているとかデスクワークだから昔の人より体力がないのである。
つまり贅沢になれると人間は虚弱化して国自体も衰退してゆくという逆説がある。ローマがゲルマン人に滅ぼされたのもそのためである。
原発避難民なども贅沢であり文明人自体が贅沢になれているからあえてもう困難なこと、不便なことは嫌だとなり震災の災害地は復興できないともなっているのである。

なんか自分は今年の暑さでバテた、それで食欲もなく食べていないから相当にやせたと思ったら逆に太っていたのである。それがなぜかわからないがアイスを食べると太るとかジュースで太るとかなるとそういうものに相当な栄養があり太った
夏やせが普通なのだが夏に太る人が多いというときアイスでもジュース類でも相当に栄養があるためである。
そして糖尿病になる人が現代人に多いのは栄養の取りすぎの結果なのである。
なにか暑いと喉か乾き甘いものをとりすぎるのである。甘いものをとりすぎるとかえって疲れるというのもわかる、かえって水の方がいいとなる
自分はやせ型だから太るわけないのである。それが太ったということは甘いものをとりすぎたということなのか?それだけ今はいろいろなものを食べすぎるということなのだ
そしてかえって栄養をとりすぎて虚弱になっているというのも逆説である。
文明人はみんな共通して虚弱になっている、栄養とりすぎて虚弱になっているというのも逆説である。粗食で生活していたときがかえって身体能力があったというのも逆説なのである。

なぜ現代がスボーツの時代になっているかというとともかく文明人の生活が運動しないためである。だから運動することを求めてしないとできないからである。
別にスボーツジムに行かなくても日頃の生活が身体能力が必要ならそんなことをする必要ないのである。米俵でもかつぎあけるとか荷を運ぶにも日頃肉体労働していればそんなことをする必要はないからである。
オリンピックに出る人は超人的能力の持ち主であり普通の人とは関係ない世界である。
それは遊びと気晴らしの世界なのである。そんなものに金をかけるのは企業の宣伝とか国威高揚とかがありそれが世界で生活している人々とは直接的に何の関係もないのである。そういう気晴らしのスボーツに何兆円もかけること自体時代錯誤になっている
高校野球も勝つことだけが問題になり高校生野球のプロ集団同士の戦いとなり地元とか県の代表でもなくなっているのである。
だから福島県でも心から応援するという気になれない、ただ試合には勝たねばならないから勝つということに重点を置けば結果的には地元だけでは勝てないから全国から優秀な選手を抜擢して強いチームを作る他ない、でもそれは高校野球の趣旨には反しているから
秀岳館は負けてほしいとなったのである。



タグ:高校野球
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2016年08月19日

認知症は記憶できない病気 (料理することが認知症の予防になる)


認知症は記憶できない病気


(料理することが認知症の予防になる)

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文字がどこにあるか一旦見せて隠すと認知症の人は記憶できないからわからない
普通の人でも一文字ならわかるがこれが二文字ABとかなるとわかりにくくなる
そしてABCはなるともう普通の人でも覚えることができない




認知症も本当に何なのかわからない謎である。一番驚いたのは銀行から金をおせなくなったことである。これほど衝撃的なことはなかった。
いつも頭がいいと自慢していたしそういう面はあった。
それが金が下ろせないとなれば完全に無力化したことになる
なぜなら金がどうのうこうのというが金はやはり力をもっている
金があれば人も動かせるのである。人は金に従うのである。すべてではないにしろ金をもっていれば老人になっても無力化はしない、その金をもっていても自由にできない
これほどショックなことがあるだろうか?
一億円もっていも銀行から金を下ろせない、みんな金にこだわり金、金、金で生きているのに金があっても自分で使えないということが一番のショックである。
それが認知症になると起こるのである。

だからこのことから見れば何なのだ、全く馬鹿になってしまったのかというふうに見るし外からも見られる
そして不思議なのはその金を下ろせないということで自分の頭をたたいてく悔しがっていたのである。とをしてもわかろうとしてもわからないからそうなって不満になり自分の頭をたたいていた。
これを考えると自分が銀行から金を下ろせないことを意識している
金を下ろせればいいと思っているができないので不満なのである。
それが怒りにもなる。ではこうなると認知症の人は全面的に馬鹿になったのだろうか?
そうとうもいえないのが不思議なのである。

図のように認知症は記憶できない病気である。
実験として図の中にAを見せる、次に隠してどこにあったか指摘させる、たいがい一つの文字ならわかるだろう。でも認知症の人はなかなかこういうことが相当に苦手になる
まず文字が二つAとBになったらほとんどどこにあったか記憶できない、直前の記憶ができないことが認知症の特徴なのである。
普通の正常の人でもまずもじがABCとなると図の中に配置したらわからなくなる
このことから料理することは認知症の予防になる
なぜなら料理することは十種類くらいのものを使うからそれを覚えていないとできない
特に冷蔵庫の中にどこに何があるかを知っていないとできない
料理は明らかに頭脳を働かせて整理する訓練に向いているのだ
種類が多いから冷蔵庫でも中にどこに入っているか自分は忘れるのである。
もし料理することだけを専門にしていればそういうことはない、いろいろやることがあるから必ず自分は忘れるのである。
人間は一つのことにAという文字には注意して覚えるがそれがABとなると覚えにくくなる
二つ三つとなると覚えにくくなるのである。

認知症が記憶できない病気というとき良く財布とか大事なものを隠すが隠したところが記憶から消えるのでパニックになる、それで泣いて訴えたり探せと狂気のようになるのである、何かその時感情が高ぶり狂気的になるのが認知症の特徴である。
だから側にいる人は常にその隠した場所を知っていてないというときここにあるよと安心させるのがいい、だから狭い部屋で管理しやすいのがいいのである。
なぜなら二階に自分の着るものを置いたりする余計に自分でかたつげていてもないとなりパニックになり狂気的になるからである。盗まれたとか異常に感情的になり激怒したりするからである。良く入れ歯をなくすので苦労したのである。
認知症はまた整理できない病気である。同じ種類のものとか同系統のものとかを区別して整理できないのである。

認知症の人がなぜ暴力的になるのか?それは今までできたことができなくなる不満が大きいためである。それから今までつきあっていた人ともつきあうことが断られたりいろいろな不満が大きくなる、するとその不満が一番身近な家族にぶつけられるのである。
施設だと介護士とかの暴力になる、そういう簡単なことができなくなっても以前としてプライドをもっている、自分はこの家で何々してきたとかやはり自慢している、自分は頭が良かったとかも言いプライドはなくならないのである。
確かに簡単なことができないわからないにしても人間としてその人は馬鹿になり人間でなくなったのかと思ったこともあった。
それが最初の驚愕だった。でも人間としてわかっていることもある、人生経験から何か諭すようなことも言うのである。

ともかく認知症の人を扱うのが大変なのは家族だったら自分の家族だったらこの家を作った人だとなると馬鹿として扱えない、自分はいろいろやってきたというときプライドをもつとき否定できない、施設だったらそういうことはないからそんなプライドをいちいち取り上げないだろう。頭から馬鹿にしたりするだろう、する不満になりそれが怒りとなり暴力ともなる、ここが一番やっかいなのである。
功罪はあるにしても功績があるからそのプライドを否定することはできないのである。

いづれにしろ認知症の予防というとき記憶できない病気だというとき料理などしていないと認知症になりやすいだろう。一人は全く料理もなにもしなくなっていた。
一人は93さいころまで料理していたのである。趣味もなにもないが料理していたので認知症にならなっかったのかもしれない、ただ95歳頃から寝たきりになり認知症になっていたこのころになるとみんな認知症になるからこれはとやかく言えないのである。

認知症の症状には脳のメカニズムが関係しているのだろう、直前のものが記憶できないということは海馬が障害を起こしている、でも昔のことは鮮明に覚えているので千回も話しつづけて聞いているのが嫌になる。
過去に生きているというとき自分は過去に何々をしたとそのしたことを認めてもらえたいのである。戦争で苦労したらその戦争で苦労したことを認めてもらいたいのである。
そこにプライドがあるからである。だからその人が迷惑ばかりかけていたりしたら認知症になったら介護するのもいやになるだろう。何もしてくれない何も残さなかったとか世話しなかったとかなればそうなる。
迷惑をかけつづけて最後にまた大迷惑をかけただけだとなってしまう。
自分の場合は特別良くしてもらったから介護したし今になると恩返しできて良かったなと思う、そうでないと何も恩返しができなくて後悔したからである。

介護というとき個々の家族の事情が深くかかわっている、兄弟でも良くされたものが介護しろとなるのはそのためである。ただ介護は家族だけでは負担になる。
自分も十年間して疲れたのである。何か相当に介護は精神的にも肉体的にも消耗するのである。ただ自分はやりたいことをやらせてもらったから不満はないのである。
親子関係でも家族でもいろいろだから介護の事情は違ってくるからいちがいに言えないのである。
ただつくづく人間は日頃の行いが大事だなと本当に思う
自分の所に来た親戚の人は事業に失敗していたのだから何も助けることはできない、多少はしてもただ頭が借金のことで一杯なのだから何もできないというより脅迫されたから怖い、これも日頃の行いが悪かったから肝心な時に何もできない、かえって苦しめる結果になったのである。

原発事故でも仮設で何もすることがなくギャンブル、パチンコばかりしている人もいたし何か会津で家具の修理の仕事とか他にも農業しているとか日頃していることをしていた人もいる。大工なども仕事としてどこでもできる
何かこうした緊急事態のときでも日頃していたことが役にたち復興になる
何かあったからといって人は何か特別なことができるわけでもない
日頃していたことしかできないと思う、そのことが役にたつのである。
だから日頃の生活が大事なのだけどそれがあまりもに平凡だから大事だとも思わない
人間の一生でも何か特別なことは人生に一回とか二回くらいしかない、あとは平凡なのである。青春時代は特別なことが起こるがあとは何か人間は平凡なのである。
家庭生活でもそうだし何か特別なことはないのである。

ともかく認知症の対処も家族で違ってくるが認知症特有の症状は共通しているところがある。直前のものが記憶できない病気ということで共通している
その他はいろいろあっても全部が異常をきたしているものでもないようにも見える
これも個々に違っているからわからない、でも馬鹿になっか、痴呆になった、もう人間として扱えないとまではならないと思う。
ただ症状があまりに悪化するとそうなるかもしれない、なんか最後に正常にもどるということを書いたけど時々認知症の人が正常にもどる正気にもどるというのもこれは経験しているから本当である。これも不思議なことだったなとつくづく思うのである。

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2016年08月18日

ログハウス風の仮設住宅で小高の人と話する



ログハウス風の仮設住宅で小高の人と話する

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広いように見えたけど中は狭かった


あそこではゴミをペットボトルとかガラスとアルミニウムの缶とかこまかく分別していたゴミ収集する場所も広い、この辺では道にごみ袋とともに置いておくから汚れる

「このログハウス風の仮設が壊されるのがもったいない、なんか利用できないのかな」
「中は狭いよ、一人用だと4畳半だしな、二人でも四畳半が二部屋だから」
「なんか広いように見えるけどそうでもないんだ、ずいぶんここにいるのも長いよな
あきたんじゃない」
「自分の家は二十畳あるよ」
「ええ、そんなに広いの、昔風の家だと自分の家もそうだけど座敷がある、襖で仕切っていてそこで法事なんかしていたから広い座敷が必要だった、今じゃ冠婚葬祭は会社に頼むからそんな広い座敷はいらない、なんか広すぎですきま風入ってきて困るんだよ」
そんな広い家にいたら仮設は狭いよな、狭いと圧迫されるんだよな」
「二年が五年になったよ」
「小高か、どの辺かな」
「金谷だよ、家に帰ると猿が50匹くらいいて我が物顔だよ、なんかこっちが怖いんだよ」「猿でもイノシシでもなんか人間が避難した所では人間を恐れなくなっている」
「あの辺は放射線量高いよな、だから帰る人も少ないだろう」
「まあ、二割くらいだよ」
「小屋木の人は家を新しく建てると言っていたがそれでもあそこも街から4キロ離れていて二割くらいしか帰らないと言っていた、やはり帰る人は二割くらいだろうな」

やっぱり広い家に住んでいた人は仮設に住んだら天井も低いし相当に狭く感じるだろう
この辺で右田の人だったか津波で家が流されて復興団地に住んだ人は狭くて嫌だと言っていたこともわかる
自分も狭い家というのは嫌である。6畳の天井が低い部屋にクーラーがあり寝ていたが何かやはり圧迫される、ゆうゆうとしない、眠る時も圧迫されるから窮屈である。
最初からそういうふうに見ていたけど女の人に聞いてみるとみんな長屋のようになり親しくなり良かったということも聞いて狭いから嫌だともなっていなのかと思った。
あういうふうに長屋風だと人間関係も親しくなることは確かである。

あのログハウス風の仮設住宅は外見がいいから何か壊すのがもったいない、住宅として使えると思うからだ。ただ土地を提供している人が売りたいとなるから壊すほかない
ただ小高でも二割が帰ったとしてその他の人はどうなるのか、小高には帰らず他に住むことになる
その二割も老人が多い、そしたら部落とか維持できるのかとなる、草とりだけでも共同でしいるし老人だけでは部落を維持できないということもある。
草取りというのが農家にとって田舎では重労働なのである。
絶えず草をむしっていないと畑も維持できない、その労力が大変なものになっているのだ
ログハウス風の仮設は他と違っていいなといつも見ていた。外見がいいからそうなる
中味は住んでみないとわからない、ただ四畳半となるとやはり生活するには狭い
6畳と4畳半でも違う、そういうところで5年間いたというのも窮屈な面はあった。
ただ市営住宅の狭い部屋に住んでいる人は狭い所に住んでみればわかるよと同情しない、また小高の人に補償金とかでももめたのでその女性はかかわっていない
自分は別に金のことでそれほど小高の人に対して不満というものでもない、でも相当に鹿島の人は不満なのである。そこで軋轢が生れた
そういうしこりが残ったことは確かなのである。

でも小高の人でも補償金はもらえなくなるとこれからの生活の不安がでてくる
小高で仕事ができるのかといろいろ不安が生れる
だからまだまだ避難解除しになってもスーパーもないのだから買い物もできないし帰らないと決めた人もいるし前途多難である。
それでもなんか他から何かしてくれるという感覚ができあがっているから自分たちでなんとかしようという気持ちがないと小高に住む人も少ないのではないか?
小高の中でもばらばらになり意志統一が家族でもないしばらばらになっている
そこが大きな問題なのである。いくら金があっても何かみんなで意志統一してここでやっていくんだという気持ちがないと復興はできないのではないか?
そういう気持ちがないといくら外から援助しても復興できない、そこが一番欠けているから問題なのである。

ともかくあのログハウス風の仮設を壊すのがもったいない、自分も欲しいくらいである。何か利用することがあってもいいのではないか?
そこにまだ住みたいという人もいるだろう。なかなか新しく家を建てることもできない人もいる、ログハウスになると夏は涼しくとか冬はあたたかいとかあるかもしれない、でもクーラーしているというからあそこは川の側でも今年は暑い、あのログハウスの仮設は頑丈に見えるから5年過ぎてもまだ使えるということがある。
他は相当に傷んでいるから壊す他ないがあれはもったないなといつも見ていたのである。まだあそこには二割くらいは住んでいるみたいだ。他は相当に空いてしまっている
住居だけは実際は外見だけではわからない、住んでみないとわからないのである。
住居はその建物だけでもいいかどうかわからない、回りの環境も影響してくる
あそこは川の側で場所もいいのである。スーバーも近いし便利なのである。
あれもあと半年くらいで壊されるのかとなるとなんかもったいないのである。



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2016年08月17日

借金している人の心が悪魔に変身する怖さ


借金している人の心が悪魔に変身する怖さ

借金している人の怖さ


前のつづきだけど今日深層ニュースで芸能人のカンニング竹山という人が借金の体験を言っていた。
そのことで一番生々しく感じたのが借金していると強盗とかしているニュースあるけどあれもありかなあってもいいなとかなっている怖さである。
昼も夜も心が晴れない、借金の重さで心が晴れない、四六時中借金のことしか頭になく
夢の中まで借金のことを考えている
借金を返すまで青空を見ても心が晴れなかったが返してはじめて晴々とした青空を感じたという。

借金をしている人の心理がどうなっているのかわかる。
借金したことによりその心が悪魔に変身しているのだ。
これは自分が体験したから本当に怖い
その時自分は自分の病気から介護で苦しんでいたからである
そしてお前は身寄りがないからどうだこうだと責めてきたのである。
世話してやるからどうだとかなんとかそれも借金を返すために自分から借金するためだった。

相手は借金のために強盗とかのニュースを見てそれもありかなと思ったということが怖いのである。たいがい借金している人が犯罪の動機なのが多いのである。
借金に追い詰められて殺人までになる、それはドラマだけではない、現実の社会で常に起きていることだから怖い、自分が借金しなくても親戚であれ友達であれそういう人が来たら怖いとなるからだ。
自分が特に病気であり介護としなければならず助けがないときだったから怖かった。
借金をするために脅迫されていたのである。

つまり借金の怖さはその心が悪魔に変身する、相手のことなど同情するもなにもない
こいつが死ねばこいつには身寄りがないから金が入るなとかまで思っていたのである。
まさにこの人の心は借金に追い詰められて実際は犯罪者になっていたのである。
だから人間はつくづく恐ろしいと思った。
今でもその恐怖は消えないのである。その額が十万とかならいい、底辺層はそういう借金で苦しんでいるのである。
それが事業失敗したとなると百万など軽く要求するし10億あってもたりないだろう
なぜならそんな人に金貸していたらいくらでも要求されるからである。
お前をめんどうみてやるから金を貸せとか上から目線で恐喝していた
その人は別に若いときは悪い人ではない、頭がいい、いい人だと知っている人は言っていた。でも人間は変わるのだ。同級生でもまるで人間が変わってしまったという顔まで変わってしまということを言う人がいる

この世を生きるということは人間が悪魔にもなるということである。
そういうふうに金とがで追い詰められる、借金で追い詰められると悪魔に変身するのだ。
その時に火事場泥棒のようになり大金を失ったのもそうである。こんな人間が近くにいるのかというのも恐怖になった。
ただそういうことも今ふりかえると親が残したカルマだったということであきらめた。
金をめぐる問題も親が遺産の場合は深くかかわっているのである。
そのカルマを受けたのがいい面でも悪い面でも自分だったのである。
借金することの怖さはこのように人間の心が悪魔に変身するという怖さである。
心が借金のために晴れることがない、四六時中寝ても借金のことを考える
そして強盗した人のニュースを見てそれもありかなという怖さである。
人間がすでに心に思うことが実行に移される、誰かを殺したいと思えばそれが心で思った時、すでに実行しているのである。
だから宗教ではそうしたこと思っただけで罪になるのである。


津波でも原発事故でもその前に起きた自分の一身上のことでも信じられないことの連続だったのである。だからこれは一体何なのだろうと今でも思う
そんな人が自分の所に来たという因縁は何なのだろうとなる
それは親から受け継いだカルマだったのである。
親から必ずカルマを受け継ぐ、いい面と悪い面で受け継ぐのである。
ともかくこれだけの恐怖を与えたのだからその人も恐怖が与えられる
それもカルマなのである。恐怖を与えたものは恐怖が与えられるのである。
相手はどれだけ自分が恐怖したか借金しているから全く感じない
ただひたすら借金をして借金を返したいということしかない
だから自分が死ねば金が入るかもしれないとまで思うようになった
つまりそのときすでに殺意があり殺人者になっていたから怖いのである。
ただ相手は何にも感じていない、借金のことしか頭にないからである。
もう何も見えないのである。相手が人間であることも見えない
相手が金にしか見えなくなっている怖さなのである。

タグ:借金

グローバル巨大化資本主義の限界 (次に来るものは小規模なもの地方文化の興隆)


グローバル巨大化資本主義の限界


(次に来るものは小規模なもの地方文化の興隆)


●資本主義はリスクがあってもうける


資本主義というのは何なのか?いろいな解釈があっても資本というとき資本がものいうものだということがわかりやすい、資本がなければ何もできないのが資本主義だとなる。
元手がないと何もできない、何をするにも最初元手が資本が必要になるからである。
その資本を金を提供するのか銀行である。銀行が金で世界を支配しているというときまさに銀行が資本主義の要にあるからそういわれる
自分の家でも戦後まもなく駄菓子屋を始めたときその始める金がなかったのである。
たいした設備が必要でないにしろその当時5万くらい必要だった、今なら50万くらいなのか?ともかくその金、資本がないので始めるのに苦労した。
銀行ではその時貸さない、あの時代ならみんな何をやっても成功した時代だから貸せばいいのに貸さなかった。資本がないので何か事業でも始められない人が多いのである。

資本主義はもともと始まりにはいろいろな説があるが大航海時代から始まった。
船でアメリカやアジアに進出した、そこで貿易で莫大な富を得たのである。
植民地化して富をアジアであれアメリカであれ南米であれ収奪したのである。
イギリスも海賊が貿易をしてもうけたとかスペインは本当に強盗団であり南米をインカやマヤでも制服して富を得たのである。
ただそこには大きなリスクがあった、大きな賭け、ギャンブルであり船で航海するにしても沈没したりするからそこに資本を金を出してもゼロになる危険があった。
資本主義はは今でもリスクをとらないと大儲けはできない、株でももうけるのはもリスクがある。事業するのにも20人一人しか成功していない、失敗したらどうなるのか?
借金で首が回らなくなったりどん底に陥ってしまう。
成功すれば破格の待遇がある、社長は月給高すぎるというときリスクをとっているからである
そういう人を親戚で三人も知っているから一家離散とか悲惨なの結果になっている
社会主義だと国営になるから国でリスクをとるとなる、でも中国の国営企業が損をしていてもつぶせないとか効率的ではないのである。

人間はリスクがつきものなのである。どんな人生だってリスクを経験している
自分のような平凡な人間でもたいしたことがない人生にしてもリスクがあった。
何回か死に目にあっている、何もしなくても人間は交通事故であれ津波とかの自然災害で死ぬとかリスクをかかえている、つまりリスクのない人生はないのである。
そしてそこには何らかの運が作用している、とてもその人にいくら力量があっても運がないとどうにもならないことがある。
だから大きなことには神すら関与していて成るとも思えるのである。
fortuneとは運であり財産なのである。

●資本主義はイノベーションがないと衰退する

資本主義がリスクをとることで発展するように、イノベーションがないと発展できない、消費が増えないというとき少子高齢化問題もあるが、イノベーションも関係している
イノベーションが起きると消費が喚起されて増える、電動自転車を三台も買っているのはそれだけ今までにない自転車だからである。
車でも自動運転ができるなら高くても買って乗ってみたいとなる
老人でもそういうものは買う、自動運転なら別に老人だから危ないということがないからである。

イノベーションはパソコンがそうだった、バソコンが社会をいかに変えたかこれからも変えるかは目に見えてわかる。
自分が経験したのは抽象画の分野である。ずいぶん多量の抽象画を出したがインターネット上に原画ありしやすいからである。そして変化というのは無限になる、いくらでも作れるということである。
まさにartは技術だというとき絵画の分野では技術が相当に影響している
レオナルドダビンチの遠近法とかで大きな改革があり印象派で改革がありと絵画もイノベーションがあり新しい芸術が開かれてきた。
ピカソになると抽象画になるが現代は抽象画の時代である。抽象画は具象画のように実際に目に見えるものにとらわれず自在にソフトで変化させるから自由度が高いから大量に生産できる。それは別に絵の才能がなくてもできる、自分は具象画だったら何も描けないけど抽象画ならパソコンのソフトで自在に変化して自分が作ったような気分になるのであるこれもイノベーションの結果であり新しい芸術の分野を開いたのである。

日本の問題はイノベーション力が世界的に劣っていることである。今までは故障しないとかテレビでも何でも高品質の製品を作って世界に売れていたがイノベーションは日本から起こるのが少ない、それで経済的にも世界から遅れをとって衰退してきている
発明とか発見はどうしても欧米が勝っているのである。

●グローバル資本主義も限界

大航海時代から産業革命からグローバル化は世界をおおった。しかしそれも限界に達してきている、株価の低迷は世界的である。まず大航海時代とか産業革命のような大規模な革命は起きない、これからは大きな変化は起きてこない、中国でもすでに発展するエネルギーは限界になっている。
そして資本主義は冒険とか植民地とかで富を収奪したがそれもできない、今は金融資本主義であれ株価は操作されてただマネーゲームでもうける人は莫大な富を得ている。
それは本来の資本主義、市場の原理が働かなくなっている
ただ金が株が世界のわずかの人によって操作され金が流れている
そして格差がどこでも拡大して不満が大きくなっている、それで社会がどこでも不安定になっているのだ。
金融資本主義とかの問題は規模が大きすぎてどう操作されているのかとても普通の人にはわかりにくいのである。株でもうけるのは一般人はできない、巨額なマネー操作するものだけに世界の数パーセントの人に金が流れてゆく仕組みが問題になる
そういうシステムはいづれは破綻してゆく、暴動すら起きてくるだろう。

世界的にナショナリズムが勃興するのもそういう時代の流れである、人、物が自由に行き来する時代はヨーロッパのテロなどで行き詰まっている
イギリスのEU離脱でもそうである。もはやイスラム教の人がロンドンの市長になるようにどこの国なのかわからなくなっているからこそ離脱問題が起きた
移民の受け入れを拒否するようになっているのだ。

現代の問題はグローバル化して企業でも世界的になり巨大なるが故に世界が支配される
そこに大きな闇が生れる、巨大な利益を得る、権力をもちすぎるがゆえにそこに闇が生れる、カルト宗教団体でも創価であれ他の団体でも巨大なるがゆえに闇も大きいのである。それが小さなサークルだったら闇にはならない、闇があったとしても見える規模だからその闇を指摘できて払うこともできる、もう巨大化したものは闇も見えないし払うこともできないのである。原発事故でも安全神話は作られたように規模が大きいから権力が巨大だからできたのである。規模が大きいこと自体が問題なのである。
これまでは同じ規格の大量生産で物を供給していれば良かった、これも巨大化した企業にとっては好都合だった。
でも3Dプリンターとかで個々にも対応する物を提供する時代になるとか巨大化がかえって小回りがきかないものとっなって滅びてゆくともなる、恐竜のようになる。
小規模でも物作りできる、そこにはアイディア勝負となるのであり同じ規格の大量生産の時代は終わる。

●江戸時代や中世への回帰へ

ルネサンスが起きたのは小規模な都市国家である。フィレンツとかも小さいのである。
それでもあれだけの芸術文化が華開いたのか?
文化が華開いたの小さな地方都市である。そういう小さい規模の地方都市が文化が耕すには向いていたのである。
相互の連関性とかそこに一つの世界観を作り安かったとなる

自分も相馬藩内でそういう一つの世界観を構築する作業を詩などからしてきたのである。規模が大きくなると東京のようになったらとてももう巨大なるがゆえに非人間的になり
像からイメージするもなにもない、人間は自然の中で像を形成するようにそれができない高層ビルを毎日見ていて像が形成できるか?人間は自然からその像が形成されるのである自然の陰影が人間の心に反映してその像が形成される
山があり森があり大地があり川があり海がありその像に顔に影響しているのである。

人間は家族関係でも昔の大家族にもどればいいというができない、人間は昔にはもどれないというのは本当である。
大家族はその時代的要請でありえた、自給自足の江戸時代の暮らしにももどれない、蝋燭で暮らそうとしてもできない、つまり何でも昔にはもどれない
形を変えて復古というのも起きてくる、小規模なものにもどるというとき江戸時代の地域地域で独自に暮らしていた時代への回帰でも同じとはならないのである。

いづれにしろグローバル化や大規模化の社会は合わなくなる、マスコミでもマスコミニーケーションでありマスを大勢を対象としたメデアである。
それがインターネットになり個々に対応したメデアとなりその過渡期にある。
マスメデアは巨大であり大衆を操作するためにあった。巨大カルト宗教教団でもそうである。マスメデアとか巨大なるものと一体となりさらに巨大化して闇をもつ、その巨大化したもの自体非人間的なものなのである。それは現代社会の危険な牽引力となる。
ナチスとかのファシズムにもなり再び混乱に陥れる
そうした巨大カルト宗教団体は創価でも他でも一つの世界観をもち得ないのである。
ただ人を増やして巨大化して大衆を操作して権力をもち支配することのみを目指しているからである。

不思議なのは国家国家と国家至上主義になっているのも疑問である。そもそも国家というのは日本だったら明治に生れたものでありその概念は新しいのである。
国民というのも江戸時代には存在していない、天皇も国民というものをどう扱っていいかわからないというとき靖国神社は庶民まで祭っているからである。
国家とか国民の前に江戸時代なら一つの地域的世界観の中に生きていた。
葉山信仰などがそうである。それは稲作と深く結びついた世界観である。死生観でもあり死んだら死者は山に眠り春になると山を神が下りてくるという信仰になった。
国家の前に一つの共同の世界観があり共同体があった。
それは中世ならキリスト教世界観でありエジプトも一つの文明の世界観に生きていたのである。イスラムでもそうである。国家というのは新しい概念なのである。
だから国家主義になることは実は歴史的に由来するものがないからそれが何なのか規定することがむずかしい、それで靖国問題がどう対処していいかわからないのである。
国家のために死んだ国家が祭らねばならないとしてその国家が天皇の国家なのかとなるとそれも否定されるとわからないという、国家には何か世界観とは関係ない、何か古いように見えて新しいから対処できないとなっている。

ともかくすでに巨大なものは悪でありスモールイズビュアティとなる。グローバル資本主義ももう誰もそれがどう動いているのか知るものなどいないのである。
だから株価暴落とかなんかの調子で極端な方向に向かい崩壊してゆくのが恐怖なのであるそれはあまりにも巨大なるがゆえにそうした恐怖を常に感じるのである。
例えば高層ビルをいつも見ていたら3・11のアメリカのビル崩壊のような不安を感じないだろうか?何か一挙に崩れてゆく不安が地震でもあるし不安定なのが現代社会なのであるそれは規模が何でも大きすぎるからである。誰もその全容など知るものはいないのである
原発でも小さければ不安を感じない、巨大なるがゆえに常に不安がつきまとっているのである。
原発などでもその内部を知るものは吉田所長すら肝心なことを知らなかったのである。
そういうふうに東電の所長すら原発のことなど全部しりえようがないんのである。
そのことから何が起きてくるか、事故が起きたらもう制御できない。その巨大な複雑なるがゆえに一挙に事故になり成す術もなくなっていたのである。
現代社会には文明にはそうしたある時制御できなくなり崩壊してゆく恐怖がつきまとっているのである。株価暴落でもそうである。巨大なるゆえにその崩壊もカタストロイフィになる。つまりバベルの塔のように崩壊する恐怖がつきまとっているのである。


カタストロフィ
かたすとろふぃ
catastrophe

「倒す」を意味するギリシア語のkatastrophに由来し、普通「悲劇的結末」とか「破局」と訳される。演劇用語としては、劇構成上の最終部分を示し、クライマックスで最高潮に達した主人公の運命がやがて逆転、下降線をたどり、残っていた運命挽回(ばんかい)の可能性も消えて破滅が決定的になることをいう。しかし、なにも悲劇にだけ適用されるものではなく、単に劇を結末づける部分をさすとも考えられ、「大団円」「大詰」と訳されることもある。[高師昭南]

posted by 老鶯 at 17:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会問題の部

抽象画(海中の岩ーrocks in the sea)


抽象画(海中の岩ーrocks in the sea)

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seaside towns

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合流する川

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rocks in the sea


抽象画というとき何かに見える、具象画として見る、これは海岸の街だといえばそうである。鎌倉などもイメージするし湘南とかもそうである。
あの辺は海と街が一体化しているからである。

今回気に入ったのは海中の岩である、石と岩をテーマにしているから自分らしいとなる
海中にも岩があるということを自ら抽象画を変化させて作り認識したのである。


If it is said that this to watch as a representational painting looking like something at time called the こ abstract picture is a town of the shores, it is so. I image Kamakura and am so with Shonan.
That neighborhood is because the sea and a town are unified.

I changed a oneself abstract picture and made that there was a rock in the sea where it was when it seemed to be oneself because what I liked this time featured the theme of a stone and the rock which were an underwater rock and recognized it. 

If it is said that this to watch as the representational painting which I will input the sentence that I want to translate, and is seen in something at time called the abstract picture is a town of the shores, 
 I image Kamakura and am so with Shonan.
That neighborhood is because the sea and a town are unified.

I changed a oneself abstract picture and made that there was a rock in the sea where it was when it seemed to be oneself because what I liked this time featured the theme of a stone and the rock which were an underwater rock and recognized it

2016年08月16日

お盆終わる


 お盆終わる


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涼しさや月の写れる沼一つ

芙蓉咲くその花見てそ帰るかな


一時はにぎわいにけりお盆かな蝉鳴く声の墓地にひびきぬ

我が墓に花挿す人のありしかな誰とも知らずうれしく思ふ

我が家に帰りて待てる人もなし壺にさす菊映えて待つかな


近くの墓地でもお盆以外は閑散としている、そして生きた花はさされていない、ということは墓参りはたまにしかしないのである。
自分は毎日墓の前を通るから淋しいと思い生きた花をさしている
ただ花は枯れやすいので造花をさしているのが多い
その造花も何か嫌なのである。花はやはり生きた花がいいのである。
その生きた花が死者と通じるということがある。
いつもさしている造花は墓参りしない死んだ花である。

つまり墓も近くで身近でないと活きたものとならないのである。
一年に一回くらい墓参りに遠くにゆくとなると何か墓も死者も遠い感じになる
だから墓守となると墓地の近くに住んでいないとできない
近くだと死者もともに生者とと生きているという感じになる
特に街中にある墓地はそうなるのである。
自分の場合は毎日自分の墓の前を通っているからである。
誰か自分の墓に花を挿してくれた、多分姉が保健婦の時世話した人だろう
あの人だけはいい人だった、一番世話した人は最悪だった
借金だけを病気の時要求してきたからである。
死後までそうして花を挿したり墓参りしてくれる人はよほど誠実な人である
人間はたいだい薄情であり死んだら縁も切れるのが多いからである。

ともかく自分が生きている限りは家でも墓でも以前として死者も生きている
でも自分が死んだらそれもなくなる、この辺でまた空家が一つ増えた
なんか跡継ぐ人がいないのである。全国で800万軒の空家があるという驚きである。
それだけ今の時代は少子高齢化であり跡継ぎがないから何でも家でも墓でもあとをどうするかとなる

墓参りというときお盆というとき遠くから来る人が多い
この辺では仙台が多い、仙台に移り住んだ人が多いということである
墓はだから維持するのがむずかしくなる、それだけ今は広域に人が散らばり住むようになったからである。
でも死者が江戸時代あたりでは山に眠り春には田植えの時には山に下りてくるという葉山信仰とかは死者が死んでも故郷というかその地域に以前として生きているという感覚になるからいい、死者はその土地に長く生きていれば以前としてそこに留まり生きている感じになるからだ。都会だったらそういう感覚はない、ビルの一角にアパートのような狭い所に閉じ込められている、そういう区画した墓がありそれも嫌だとなる
死者が生き続けるというとき故郷が土地がないとき生きてこない、死者を思うときその生きた土地から思うからである。
だから故郷を喪失することは実際は何か人間の根源的なものをアイディンティなるものを失ったとなるから深刻なのである。
ただ若い人はあまりそう考えないかもしれない、便利であればいいというだけで移住した老人は簡単に移住できないのはそうした深く故郷とアイディンティを持つようになったからである。
故郷は別に生れた所ではない、長く住んでいれば自ずとそうなってゆくのである。

あそこの沼も沼らしくなくなったのが残念、近くに家が建ち変化してしまった。
この辺は自然まで変わっている、沼でも自然のままにあれば情緒があるがなくなった
自分の町は都会化したがこれはもともと田舎過ぎたからこの変化は良かった
でも自然があれば安らぎがある
芙蓉が咲く時期である。この花はおおらかであり好きである。
自分は神経質すぎるからである。自分は太った女性が精神的にはあっている
なんかなごむからである。
人間つくづく借金しているような家には行きたくない、こっちまで重苦しくなるのであるそれでずっと自分は苦しめられてきたのである。
あの家の人のこと思うだけで苦しくなるし憤りさえ今でも覚える
結局人間は平和が何かわからないのである。
借金している家には平和はない、病気している家にも平和はない
そういうものがないとき平和なのである。芙蓉のように咲いているのが平和なのである。この辺では当たり前のことが自分の一身上でも失われたし全体でも失われたのである。



タグ:お盆

2016年08月15日

abstract pictures(海の生物ーmarine organism)


abstract pictures(海の生物ーmarine organism)

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海中の生物(ウニやヒトデ)

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洞窟(cave) 

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川の流れー川の水も複雑に流れる complexed flow

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ギリシャの壺(a vessel of Greece) 


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抽象画を作る時は自分の場合は創作しようとしているのではない、それだけの才能もない、暇なときしているのである。
だから創作するというものではない、インターネットにある原画を変化させているだけである。

ただ今回の場合は著作権違反になっているかもしれない、何か抽象画に変化しやすいものとしにくいものがある。変化しやすいものはいくつにも変化できる
変化できないものはいくらしてもできないのである。


これは外国のものだけどもしこれを見たら指摘されたら著作違反となるかもしれない、ただ自分は楽しみとしているのであり商業として金をとっているわけではないから許されるかもしれない、第一インターネット上にある抽象画を利用してもわからないだろう
一度も指摘されたことがないからである。

要するに抽象画の楽しみ方としてソフトで変化して楽しむというだけである。
自分の変化させるなら創作しているが他人のものとなるとあまりにも類似していると著作権違反となる。

ただ不思議なのは抽象画として変化させやすいのさせにくいのがある。
これも変化させてみないとわからないのである。たまたまソフトで変化させて面白いなとなり出しているのである。


Creature ー marine organism) of the abstract pictures( sea

When make an abstract picture, there is not the talent only for it which is not going to create in the case of oneself; is free; untie it.
Therefore I only change the original picture in the Internet that is not a thing to create it.

There is only the thing which is hard to be easy to change into some abstract picture which may become the copyright violation in the case of this time. Even if the number of things which are easy to change is how many, and the thing which cannot change which can change is how much, it is not possible.


This is because it has not had writing violation and the once that it will not know even if oneself only uses the abstract picture which there is on pleasure and the first Internet that may be permitted because I do it and do not take the money as commerce that it may be pointed out when it has it pointed out though this is a foreign thing if it watches this either.

In brief, it is only said that I change by software as a way of enjoying abstract pictures and enjoy it.
Of oneself if change it, create it, but it is with copyright violation when too resemble it when become the thing of another person.

Mysterious one only has the one which is hard to let you expand which it is easy to change as an abstract picture.
I do not understand that I do not change this either. I change it by software by chance and begin to become when interesting.


佐藤優なる似非知識人がなぜ持ち上げられるのか? (暗黒時代に突入する日本)


佐藤優なる似非知識人がなぜ持ち上げられるのか?


(暗黒時代に突入する日本)


この人のことは全然知らない、本も読んでいない、ただ良く出てくるからなんだろうとは思っていた。
この人は似非知識人で信じられないのは創価と池田大作を礼賛していることである。
これはなんなのだと信じられないとなる、東電側にもついていている
創価というときこの団体がどれほど危険な団体か自分は自ら活動して知っている
仏教ファシズム団体である。仏教など何の関係もない、ただ会員を増やして権力奪取を目指す団体である。平和だとかいろいろご託は並べるがそれは平和装う狼なのである。
いかに創価が権力を得ようと日夜画策して活動しているか自分は活動していたからわかる選挙が最大の仏教の戦いであり池田大作は先頭にたって選挙のときは指導していたのである。そして先生のためにと婦人部はフレンド票をとるために必死になっている
それが高じて選挙違反者を出したというのもわかる。もうなにながなんでも一票をとることが最優先される、そのためにすべてのエネルギーは注がれているのが創価である
それはなんのためなのか?権力を得るためである。
そこで活動する人にはそういう野心家がいる、創価に入り権力ある地位につきたいという人が入ってくる
あと無知な大衆を操作して会員を獲得して権力を得るために民音と芸能人を支配しているこの人は創価系の芸能人なのである。

マスコミにもちあげられる知識人は危険

なぜこの人がこんなにマスコミとかで持ち上げられるのか?それはマスコミ自体が時の権力側についているからである。都議会選挙でも内田とか黒幕がいるのを暴くことができない、報道しなかった、都議会の闇を暴くことをマスコミはしなかったのである。
マスコミは無知な大衆を操作するためにある。宗教もカルトとなるとそうである。
宗教はファシズムになりやすいのである。創価の会員にもいろいろいるけどどうしても弱者とかが多いからそういう人たちを一票として確保する
宗教で自縛させる、それが効果的であり以前としてそれなりの会員維持に成功している
では宗教を利用して権力奪取をするというけどその幹部自体も池田大作自体も宗教に自縛されているのである。異常に罰とか恐れている、息子の一人が早死にしたとき罰あたったとして表に出すことを拒否したり何か病気になっても知らせないとかある
現実に創価に入っても何か解決しているのだろうか?

近くでは息子が若くて病気になり死んだし次に母親も死んで家はなくなった
創価では仏教では現象を一番重んじるけどそんな不幸なことなど会員数が数百万もいたらいくらでも見ているはずである。自分の家でも認知症になったとか必ずどの家でも不幸はまねがれないのである。第一不幸のない家などない、必ず病気になるし何らかの不幸はあるもしなければみんな入っているだろう。
創価でもエホバでもカルト宗教など人を選ばないのであるどんな人でもいいのである。そこには全くモラルなどない悪質な人間がごろごろしているでもその人がどうなのか性格がどうとかは絶対に問わない、どんないいかげんな人間でも会員になればいいのである。実際回りで創価の人間がどういう人間か見ていてみんな知っているのだからこれはなんなのだろうと理屈と関係なくおかしいなと知る
田舎だとそういうことは目に見えるからあまり増えないということはあったかもしれないそれでも田舎でも増えたというのはそれだけそううい闇の世界に吸収されるのものがあった。まず公明党の張り紙してあるところは何か問題をかかえているのである。

人間の社会はつくづく変わらない、なぜこんな人間が有名になりマスコミに持ち上げられている、クリスチャンなどいくらでいるからそれでクリスチャンとはならない。
教会に行っている人がみんなクリスチャンとは限らないし仏教でも会員になっているから信者でもないのである。ただ会員というだけなのである。最近はエホバが勢力を延ばしている。必ず生活保護者が標的にされて入っている、創価、共産、エホバは生活保護者の数が多い、そこに入る人の意識は高等な宗教は必要がない、要するに政治的便宜を計ってくれるとか何か利益を与えればいいのである。だからもし十万であれ借金があれば肩代わりしてやればすぐにそっちのほうにつく、つまり金で下層階級は支配できる
また公明党の議員が投票させるためにビール券を配っていたとかそんな程度で会員を増やし一票を得るために日々活動しているのである。

いずれにしても、このままゆけば日本はかつて歩んだまたあの”いつか来た道…”を間違いなく《反復》することは疑いようもないではありませんか。そして、知識人、擬似知識人、似非知識人、あるいは、純粋な悪の先導者であるピエロ、道化、マジシャン…等に先導されつつ、かつて想像もしなかった地獄へと転落してゆくのではないでしょうか。


日本でもほかでも同じなのだが人間は以前としてサタンの支配下から逃れていない
同じように似非知識人であれ似非予言者が跋扈して大衆をまどわし地獄に連れ込まれる
これはサタンの手先なのである。マスコミもそうい手先をもちあげる。
マスコミがサタンの手先なのである。だからマスコミは時の権力側にしかつかないのである。
この人は東電をも批判すべきでないと言っている。これも信じられないことである。
こういう人が有名になりもちあげられること自体がいかに今の言論界でももう信じられない堕落しているかわかる。
本当にいつか来た道をまた日本は行くことになる。戦争にもなるし原発事故もまた起きるこれはもう確実である。防ぎようがないのである。
自民党というのも信用できない、創価公明党を一時批判していたが味方になればとりこむ、ただ権力を得るためにそうしているだけであり一貫性がないのである。人間は権力を得るためには悪魔とも結託する、金のために魂も売る、これも人間が変わらないことだった
つまり常に権力を得る維持することが最優先になっているのである。
だからいづれは自公政権は崩壊する、その兆候は東京都知事選挙で現れたのである。
民主主義といっても言論の自由は必ずしもない、組織がなければ出版もできない
要するに人間はひどい目にあわないと現実が何か認識できないのである。
カルマもそうである、何か苦しい目にあうとなぜだろうとカルマを意識する、そうでなければ意識しないのと同じである。
こういう似非知識人や似非予言者にだまされて地獄に連れていかれてひどいめにあったときはじめてカルマを理解するのである。

この世とは変わらない暗黒の世界だったのである。その証明がこういう似非知識人や予言者が大手をふってまかりとることにある。
要するにこういうことが延々と有史以来くりかえされてきたのが人間社会だったのである結局この世には絶望しかない、闇の主がサタンが支配しているのは変わりなかった。
人間の悪など一掃できない、次々に新たな悪が生れる、形を変えて人を変えて送り出されてくる、おそらく創価がなくなっても次にまた新たなカルト団体が生れるし生れている
だから大洪水がきてノアの方舟で生き残る、救うのが神だとなる。
津波はまさにそうしたノアの洪水と思えるほどの巨大災害だったのである。
そして政府と東電が一体となって悪が暴かれたのである。とても人間ではもうそんな巨悪を暴くことはできない、そして必ず歴史的審判が下される

歴史的に長い時間の中で見たときなぜこんな似非知識人が世を席巻したのかと不思議に思うのである。その時はもうその人の名前は何もでてこない、忘れられるだけである。
悪名を轟かせてもその名は消える、この世で大きな名を力をもつものがサタンの手下だということである。誰も歴史的審判からまねがれることはできない
かつて権力をもっていたものも悪も白日の下にさらされる、特に時の権力者は容赦なく断罪されるのである。だから歴史が裁くのであり時間が裁くのであり長い目で見ないと人間社会も見えないのである。百年後くらいから現代を見る必要がある。
今こんなにも有名になり力があり権力かあっても見る影もなくなることがある。
それは個人的にもそうである。家族で死ぬときまで優秀だと言って死んだが実際は認知症になり馬鹿になっていたのである。
いづれにしろ現代の知的水準はこれだけ情報が氾濫していても低下している
カルト宗教がこれほど増えているのもそうであり似非知識人が主役になっていることでもそうである。次の時代は相当に危険であり戦争の時代に突入して地獄になるかもしれないなぜなら歯止めとなるものがもうない、マスコミも戦争中と同じであり権力側につく大本営発表しているだけだからだ。

日本は今外交的にも経済でも岐路にたたされている、中国に責められアメリカは退いてゆく、そしてまた戦争中のように日本は孤立してゆく、そして追い詰められて戦争になってゆく危険が増大しているのである。右翼関係の議員が増えているとか右傾化している
創価やカルト宗教団体は右でありそれが一体となり戦争に向かってゆく
その危険性が現実的に増大しているのである。その象徴が似非知識人がもてはやされていることである。その似非知識人も実は背後のブラックなカルト団体とかに操作されているのである。マスコミはまさに背後に電通とかいて操作されている
電通は何かわからないにしろそれが今度在日勢力の支配下にあるとか外国人勢力に日本はのっとられると右翼が言うのもわかる。
日本は闇の勢力にのっとられる、創価もそうでありまた左翼も在日も日本を中国に売り渡すとか盛んに言われる、真に日本を思っている愛国者は誰なのか?
創価は日本をのっとることを目的にしているし左翼も中国側に日本をさしだすものだと言う。すると真に日本を思う愛国者は誰なのかとなる
ともかく今は日本は非常に危険な岐路にたたされている、これから右だカルトだ左だとか内戦状態になるかもしれない。格差社会も内戦になる。もちろん原発事故で故郷を失ったことも深刻である、それもこれから日本全体に起こる地獄への始まりである。
そういうものとして津波が原発事故が起きたのである。
その反面として詩にしたようにここから故郷の再生がはじまるということもある
つまり原発事故にあったこの辺が福島県が日本の未来の鍵を握っているともなるのだ。
そううい使命がここに託されたともなるのである。

擬似知識人、似非知識人、あるいは、純粋な悪の先導者であるピエロ、道化、マジシャン…等に先導されつつ、かつて想像もしなかった地獄へと転落してゆく

まさにこれが佐藤優がもてはやされることでも具体的にわかる。何かマジシャンのような風貌をしていないか?ピエロとか道化とかがテレビの画面を占拠して大衆は操作される
そしてそれが地獄の道を通じているのである。白痴化された大衆は操作しやすいからである。そしてその大衆自体が地獄へひきずりこまれるのである。
あとどのくらいでそうした地獄が生れるか?その前に自分はこの世を去ってゆきたいとなる、戦後70年は実際はつくづく恵まれた時代であった。しかしそれもいつまでもつづかない。次の時代は暗黒時代になる、ともかくうたかたに消えてゆくような人間が大手をふってこの世を席巻していることそういう人間をもちあげること自体日本国滅亡の亡国の徴(しるし)なのである。

タグ:佐藤優
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2016年08月14日

武田邦彦氏のオリンピック(スボーツ)に対する発言は納得できない スポーツ競技とはなにか


武田邦彦氏のオリンピック(スボーツ)に対する発言は納得できない


スポーツ競技とはなにか


武田邦彦氏がスポーツは意味がないけど意味があるとか言っているけどこれは納得できない、遊びであるから金をかけるのは経済効果を言うのは無意味なのもとしてやるのだからかえって逆効果だというのは同感である。
たかがスボーツというときそこに莫大な金がかかっていることが問題なのである。
たかがスポーツなら草野球のようなものでもいいわけである。
何兆円も金がかかるオリンピックがたかがスボーツですまされないのである。
なんらか意味があるものとして追求されねばならない

それだけの金がかけるなら東北復興に金を使えばほかにもいくらでも使う所があるからだ
他のことは科学者としてその言い分はわかるがこれは根本的に理にあわない
理系というとき文系がおとしめられるが何かあらゆることに通じるわけではない
意味のないものに莫大な金を費やすからこそ問題がある
金を使わないなら草野球みたいなものなら別に問題なのである。
高校野球だってセミプロであり地元とは関係ない選手が集まりしているから地域の代表でもないのである。金もかかっているのでありたがらこそ勝つことが第一になるのである。純粋のたかがスボーツならいいがそうでないから問題なのである。

ともかくインターネットではなかなか議論が直接的にされない
自分もそうだがプログは一方的発言になってしまう。
こうして発言しても相手が読むとも限らない
パソコン通信の時代は逆にあまりにも相手をおとしめるための直接相手を攻撃するためのものだった。
プログになるとなんかそうした攻撃もない、だから一方的な発言となりそれで議論が深められることはない、プログはそうなりやすいのである。
自分だってずっーと膨大なものを一方的に発言しているだけだからである。
「心に青雲」なども内容が濃いのだけど同じである。一方的発言を延々としているとなるそうなるとなかなか議論を深めることができないのである。
その人の発言はその人の発言として終わりになる。

ただこうした内容の濃い人のプログを批判するとなると相当な人でないとできない
科学に弱い自分はまず科学について批判できない
ただ文系になると心の青雲の「国家論」とかなにかそこから議論を深めるものがあるかもしれない、それだって相当な知識が必要であり簡単にできない
第一マルクスとかでもそれを批判するとなればそれを深く理解しなければできない
そうなると批判自体が不可能だとなるのである。

ただ今回武田邦彦氏の言っていることは浅薄だからできたことである。
ほかはなかなかできない、専門的になると余計にできない
現代は専門家の時代であり素人は批判などできない
人間と意味がないことに国家予算なみのものを使うことはまちがっている
なぜなら人間はなんであれ意味を追求しているのである。

スポーツは気晴らしの意味があるときそれも意味だがそうならそんなに国家として金を使うべきではない
ローマの「パンとサーカス」になってしまう。現実になっている。
日本雑技団とか言う人もいて面白い、まさにサーカスなのである。体操などがそうであるそういうものにオリンピックとなると国の誇りだとなるのも納得しえないのである。
それは日本だけでない中国雑技団にもなる。そんな程度のものとしたらなぜ莫大な金をかけるのか?プラジルでは貧困にあえでいる人があふれている
その人たちにとってオリンピックなど何の関係もないのである。
現実にメダルもとれないのだから面白くないとなってしまう。

ただもし意味があるとしたら逆に株価が上がるとしたら経済効果として意味があるとなる武田邦彦氏は経済的効果をスポーツには必要ではないというがむしろ必要だからこそ意味があるとなる、なぜならそうしたらそんなに金をかける意味があるのかとなるからだ。
なぜそんなに金を使うのかということが問題になっているからである。




posted by 老鶯 at 13:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

オリンピックをする意味がなくなっている (力石のような村社会での意味すらない)


オリンピックをする意味がなくなっている


(力石のような村社会での意味すらない)


“郡上八幡城の力石伝説”
4 / 52015/11/17に投稿しました
かつてこの城の改修時に、通称赤髭作兵衛という力自慢の農民が城下の河原から三百キロを超える重さの石を担ぎ上げたという伝説があり、八幡城庭園内でその石(岩という大きさですが)を見ることができます

高千穂神社の祭神である、 三毛入野命(みけぬのみこと)は弟の神武天皇とともに大和に向われますが、伝説では再び高千穂へお帰りになり、高千穂郷一帯で悪行をはたらいていた鬼八を退治し、この一帯を治めたといわれておりす。
鬼八の大石は、この時、鬼八が三毛入野命に投げ、力自慢をしたという石といわれております。


真光寺にあった力石(郷石)も、賭博の一つとして使われ、村人は、事がある度に寺に集まり、金銭や田畑地を賭けて力比べに興じていました。村人は、そのためにすべてのものを失い、大貧乏になってしまう人が多数を占めました。この当時、村で賭博をやらない家は、2軒しかなかったといわれます。

「力石」とは、一定重量の大小の円形または楕円形の石で、村の鎮守、神社境内、会所や村堺(今日の行政単位の村ではない)にあって、若者達が力試しに用いたと記録されています。

「力石(ちからいし)」とは、力試しに用いられる大きな石のことを言います。
力石の全国的な調査を行った高島愼助氏(四日市大学教授)は、「労働を人力に頼らざるを得なかった時代に労働者の間に発生し、力くらべや体力を養うのを目的にした石を指す。したがって力石による「力持ち」は、一人前の男としての通過儀礼、鍛練および娯楽としての要素が濃厚であった」と定義付けています

 力石は日本各地の神社や寺院の境内などにあり、力比(ちからくら)べや力試(ちからだめ)しに用いる石のことです。5斗石、8斗石などと重量が定められています。差し上げれば千人力になるとか近親の病気が治(なお)ると言われています。また、肩上げ、両差し、片手差しなどといって力を競います。

 住古女あり年20ばかり、木履を納め米一石を頭上に捧げこの坂を上りし故一石坂(いちごくさか)と名づく(南相馬市鹿島町誌)


力石とか比べ石とかは全国各地にあり多い、それは当時は人力に頼ることが多かったからである。持ち上げるのにも運ぶのにも人力頼りになると力がないものは仕事もできない
それで村では特定の石をもちあげれば一人前とされたというのもわかる。
つまり力があることが一人前の男として村に認められたのである。

現代だと力があることは必ずしも自慢にならない、機械が代わりにするからである。
でも以前として体力があることは何するにも必要だから価値がある
でも昔のように力より知能の方が重んじられるようになった。
するとそうした力石とかはただ祭りとして遊び化してスポーツ化する
もともと社会的に有用なことだったがそれがなくなると遊び化してゲーム化するのである
オリンピック自体がもともと戦争のために実際に行われたものである。
槍投げであれ円盤投げであれそれは武器として使われていた人を殺すためのものだった。それがスポーツ化して遊び化したのである。
社会的に意味がったものでも実用とてあったものでも遊び化する、その時実用性がなくなるから祭りともなる、相馬野馬追いなどももともと戦争のために行われていたが祭りとなったのと同じである。

オリンピックというときこれも何なのかというとそうしたもともとあった実用性から離れたものとして追求されている。今どき槍投げと円盤投げとか何の実用性もないのである。そして昔の力石というときそれは現実に仕事するにも力が必要だからこそ社会で意味あるものとして行われていたのである。
そもそもオリンピックになると世界的身体能力の超人を目指している
そういう世界は実用性からは全く離れた世界である。それは超人であり普通の社会の実用性からは離れた世界である。まず百メートルを極限の速さで走る必要性が普通はないからである。そんなことを追求しても意味あるのかとなる

では今のオリンピックはなんのためにしているのか?
それは企業とか国威高揚とかのためであり小さな村社会で行われていたものとは違う。
村社会で行われていたものでもそこには意味があったのである。
超人的スポーツ選手は企業の宣伝として使われている、商業主義のオリンピックなのである。
日本のメダルが多くなると日本の株価があがるというのもそうである。
それは企業にとって宣伝になり売り上げもはあがるとまでなるからである。
そしてテレビで視聴率をあげれば余計に宣伝効果が大きくなる
それでテレビを支配する電通が防いでも莫大な金を東京オリンピックの誘致のために金を使ったのであてる。
それは商業主義オリンピックだからそうなったのである。
オリンピックの選手にしても企業から宣伝費として金をもらうからそうしたプロなのである。だからメダルをとることが最優先される

オリンピックは最初は参加することに意義があるなど意味があった。何か世界平和のためとかもあったし国威高揚とかもあり東京オリンピックの時は意味があった。
今はそういう意味がない、第一すでに50パーセントがオリンピックに興味がないのであるオリンピックを開く民意がない、それでも行われるのは商業主義オリンピックであり企業が金を出すからだともなるしゼネコンが仕事になるからだともなるし電通によりテレビで視聴率を稼ぎ企業の宣伝になるからだともなる
だから意味を追求すれば村社会の力石、比べ石とかより意味としてはないのである。
世界平和というのも関係ないしオリンピック開いたからと世界平和が促進されることもないのである。
ただ身体能力の超人的追求になっている。それは普通の社会で生活する人から見たら関係ないことなのである。体力が必要でもそんなにしてまで体力を追求する必要もないからである。

人間はなにか常にあらゆることに意味を追求しているのである。人間は「考える葦」だというときがそうである。人間は哲学的存在なのである。ただ野獣的に超人的体力を追求するときすでにその時人間でなくなり野獣になっているのである。
今になればそうしたスーバーマン的な体力は機械に置き換えられているからである。
その機械化によっても力あるだけでは人間の価値はなくなったのである。
一体0.1秒とかの差を争うことにどれだけの意味があるのか?世界新記録にどれだけの意味があるのか、そんなものはいづれどんな種目でも限界が見えてくる
そんなことに意味はない、人間は超人にはなれない、スーパーマンになれないからであるだからオリンピックは世界的に日本でも興味を失っているだろう。
何かそういうものにあきたという人が多くなっている
それは社会的にも意味を見いだせなくなったともなる
それをあおっているのはマスコミとか企業でありそれを見る人たちは飽きたとなる
要するにオリンピックでなくても別なエンターテーナメントが娯楽でもいいわけである。何かオリンピックに前のような特別な意味が見いだせなくなっているのである。
だから東京オリンピックは無駄であり日本人の民意とはなっていない
でも別な力で公共事業のためとか企業の宣伝とか電通の利権とか利権としてオリンピックがある。それは村社会にあった力石とかのような意味もないのである。
あれだけ世界的巨大でも意味がなくなっていることがオリンピックの問題なのである。

posted by 老鶯 at 11:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2016年08月13日

「心の青雲」が文字化けして読めなくなっている謎 (サイバー攻撃か、その怖さ)



「心の青雲」が文字化けして読めなくなっている謎


(サイバー攻撃か、その怖さ)

文字化けは著者の問題であり回復した

でもなんかサイバー攻撃があったら怖い


今日心に青雲を見たら訳のわからない文字になっていて読めない、全部そうなっている
サイバー攻撃されたのだろうか?

インターネットで怖いのは記録が一瞬にしてすべて消えることである。
そういうことがさくらのプログでもあった、ただバックアップしてあったので修復できたインターネットはパソコンでも技術的には安定してきている
だからめったにそういうことはなくなっている

でも一般人とインターネットを管理する会社とかがありまた技術的にハッカーなどでもいて何か相手のパソコンを操作できる、するとプログなどでも簡単に操作して全部読めないようにされてしまう危険がある。消される危険もあるしそれがインターネットの場合、
簡単にできてしまうことの恐怖なのである。
だから記録しておく必要がある。
一時win8とかにするときウィルスが入り記録をだめにした。これも怖いことなのである。
「心に青雲」は毎日読んでいた。ユダヤ人を絶えず批判している、ただそうはいってもアメリカ側につくもので中国を常に批判していた。
となると攻撃されたとしたらアメリカ側とは限らない、どちらかというと中国側かもしれない、中国は何か盛んにサイバー攻撃している国だからである。
そして一個人とか何かサイバー空間では技術的に無力である。
国家が関与したらサイバー攻撃は怖いものとなる

なぜ「心の青雲」がねらわれたのか?あのプログが読者も多かったのかばしれない
反対することがあっても筋が通っているから一貫したものがあるから感心して読んでいた別に敵対するものでもそうして一貫したものがあるとき共感する
ただ別にインターネットではアメリカであれユダヤ人であれ中国であれ批判しているの多い
ではなぜ「心の青雲」がねらわれたのだろうか?それは今は謎である。
どうしてそうなったのかわからないからだ。
言論がすべて自由化というと民主主義社会でもそうはなっていない
何か強力な権力がバックにあり操作される、それに反対するものは世の中に出れない仕組みになっている
第一原発の安全神話が作られたのは強力な政府と東電の権力によって作られていたのである。それに反対するものは許されなかった
マスコミもすべて同調して宣伝費をもらっていたからである。
マスコミは真実を伝えない、権力に操作される側なのである。
出版でさえ操作されているし権力のないものは簡単にはできない
自分ですら図書館に本を置くことを拒否されたりしている
何か一見民主主義が自由な言論があるようでないのである。
たいがい出版でもバックに組織に属していないとできないのである。
個人は排斥されているのである。


インターネットのホームページでもプログなどでもサイバー攻撃することは技術力のあるものにとっては簡単かもしれない、それが大きな組織がかかわっていれば余計にそうである。
プログなどは一見何でも自由に見えても攻撃されさば脆弱である。
さくらのプログなどはただ最初安いからと始めた、最初にホームページとかレンタルサーバーとして利用したついでにした。
でもこれはマイナーな会社でありプログなどだとアクセスを稼ぐのには向いていなかったそれが最初わからないのでそうなった。使いにくいこともある。
ただなんかレンタルサーバーでもプログでもアドレスを変えるのがめんどうでやめた。

いづれにしろインターネットの怖さは記録が一瞬にして消えることとサイバー攻撃に個人になると防ぎようがないのである。
だから入り口でレンタルサーバーでもいいからセキュリティをしっかりしてもらわないと使えないとまでなる
そんなこと個人ではできないからである。

いづれにしろ「心に青雲」はどうなったのか?回復できるのか?それも技術的には個人的には無理になるから困るのである。
組織力があるなら技術者を雇うことができるが個人的にはできないからである。
インターネットでももしアメリカのCIAとか中国などが国家的にかかわったら操作されてどうにもならない、ここでも権力をもつものによって操作されるとなる
中国は国家戦略としてアメリカに対抗するためにサイバー攻撃をしているのである。
だから何でも個人では国家の権力に対抗することは無理だとなる
自分のプログでもホームページでも危険はある、たださくらのプログのセキュリティはどうなっているのか?
ともかくインターネットでも影響力が大きくなる場合がありそうなると権力側に攻撃される、そういうことでインターネット空間にも必ずしも自由な言論があるとはならない
情報は権力によって操作されているのである。
原発などもそうでありそのために大事故になったのである。その前に危険情報が知らされない仕組みになっていたからである。
東京都議会でも闇の権力者がいて予算が操作されていた。金がそうした闇の権力者に回っていたのである。それを暴くことが容易ではないというときそれは社会自体がそうなっている
巨大な権力によって情報は操作されて人々は肝心なことは知らされない、その結果として甚大な災いをこうむるのである。


タグ:心に青雲

2016年08月12日

故郷再生の力(詩) (神に祈ることが解決の道)


故郷再生の力(詩)


(神に祈ることが解決の道)


私は無情と非情に泣いた
しかし私を励ますものがある
それは神の声なのだろうか
それは天地の声なのだろうか
先祖の声なのだろうか
最近死んだ親の声なのだろうか
故郷は荒れ果ててた
我が家も荒れて崩壊寸前に
それでも荒廃した故郷に
なお命の芽吹きがあるように
再生するものがある
自然は死んでいない
これは神が与えた試練なのだ
放射能に負けない自然なのかもしれない
我々を励ます目に見えぬ力がある
今大きく未来に向かって
荒廃した地から立ち上がり再生するものがある
その力を感じて再生に立ち上がる
ここに広大な世界から力が働く
新たな未来への力がここから湧いてくる
再び自然は回復して光り輝くだろう
新たなビジョンが神は示し現す
祈りを献げよ、一なる神に
そして天地に日本の神々に先祖に親に
わたしを励ますものがある
新たな再生の輝きが蘇る
悲しむ者は幸いなり
神はその涙をぬぐいたまい
誠の力を与えたもう
それは絶えることない神の力、天地の力
宇宙にも及ぶ全能の神の力
それを約束する虹を見た
力はここに湧きあがりここに結集する
破壊され分断された心は一つになる
さらに輝かしい世界がここに再生される
創造主なる神はそれを望むからである


ここで起きたことは未だに理解できない、自分の場合は津波や原発事故前から起きていた家族が認知症になりそれが何かわからないから恐怖した。
体力もある優秀だと言っていた人が一転して何になったのか?銀行の金さえ下ろせなくなったことや人間崩壊現象に接して驚愕した。それは老いの恐怖でもあった。
これは老いとともに起きてくる人間崩壊の現象でもあったからだ。
でもその病気とも懸命に戦った。人生とは何かとの戦いである。
人類そのものがそうだろう。病気との戦いは延々とつづき今日にいたっているし様々なものが戦いなのである。自然災害も日本では多いから災害との戦いであり洪水が起きないように堤防が整備された。この辺では自分の家は土地が低いので二回も水害にあった。
堤防が作られて水害はなくなった。津波にしても三陸では一部だったが堤防が防いだのである。

今回の津波はそうした自然災害でありそれが桁外れであり予想ができないものだった。
自然の力に畏怖したのである。なぜこれほどの災害になったのか?
こんなことがありうるのかということで未だに理解できないということがある。
家族を失った人も天を呪うとまでなった。それほどあまりにも大きな災害でありノアの洪水なのかとさえ思った。
何か人間的な力を越えたものに直面したのである。
人間の力ではとても解決しえない問題である。
原発事故でも放射能問題でもこれも人間では解決できないのではないか?
なぜなら人間は核のことを知っているようで知らないのである。
科学者が何でも知っているようで知らないのである。
だから放射能にしてもどれだけ人間に影響するかわからないのである。
要するに核の処理にしてもお手上げ状態にもなった。
そして本当に人間に核がどれだけ影響するのか?、人体にどれだけ影響するのかもわからない。そういうふうに多々わからないことになり解決方法がないのである。

原発事故の最大の問題は生活の基本となる土や水や森や空気まで汚染されたことである
ここが回復されないから住むことさえできなくなった。
そして故郷に住めなくなったということがまた今まで経験していないことだった。
戦争でも一時的に焼け野原になったりしたが原爆が落とされたヒロシマ、ナガサキでも人は住み続けている。ただここは広範囲に汚染されたので住めなくなった。
そして人々は家族でも分離し祖父母とか子とか孫はばらばらに住むようなった。
それだけでない地域も補償金問題とかいろいろあり分断された。
そして故郷自体が全体が喪失するということも想像もできないことだった。
未だにこれも何なのか理解できないのである。
第一故郷がなくなることなど想像しないしそれが何なのかもわからない
でも現実にそうなってみれば故郷はなんなのだとか考えるのである。
故郷とか全体のことである。一部の商店とか工場とかで形成されるものではない、農地があり実りがあり森があり山があり海がありと全体のことである。
石を詩にしたがそれも全体に機能するものとしてあった。

それは故郷でも歴史があり身近なものでは親が死んで眠る場所であり墓があり代々つづく営みがあった。そういうものも断絶されたのである。すでに墓を移住した場所に移している人もいるからである。地域の人が移住すれば社なども誰も参らず無用化してゆく
あらゆるものが廃墟化してゆく、だから日の住まない農家が遺跡のように見えたのであるこの辺で起きたことは喪失、分離、分断である。それは自然でもそうであり人間でもそうである。地域というのは都会とは違う。一つの自然をふくんだ全体なのである。
都会はトヨタのように車を作るだけの都会もあるが田舎は自然をふくめて全体として機能していたのである。その全体がバラバラになった現象が今回の津波や原発事故の結果である。だからこれの回復は全が回復することなのである。一つの家でも工場でもなくなるだけで全体はなくならない、まだ全体維持できるが故郷全体が維持できなくなったことが大問題だったのである。
人間はそもそも全体を意識できないのである。現代では余計にそうである。無数の部品化して存在しているからである。仕事でもなんでも一部品をネジを作っているとか一部品しかみえないし部品化しているから全体というのは意識できない
でも故郷全体が喪失したとき全体を意識したのである。
故郷を再生するというときそれは一部分ではない、全体のことでだからである。

そうなると果たして人間だけの力で可能なのかとなる、もう人間の手に負えないということがある。いったい放射能汚染された土や水や森は百年たたないと放射性物質の放射線量が減らないとかなるからである。こうなると時間が解決するとなれば人間の力では不可能だともなる
でも一方で自然でも人間社会でも一旦そうして破壊されるときもとに戻す再生の力が働く人間の体でも病気になればそれは戦うものがあり回復する。
戦後の焼け野原から日本が立ち直ったものやはり回復する力が働いたからだろう。
それは人間だけではない自然の再生力もある。
自然の力もまた計り知れないものなのである。自然についてでも実際は科学者が何でも知っているようで知らないのである。
つまり知らないということはこれからの予想がつかないことである。
何か思わぬことが起きる、意外と放射能も影響なかったなとかなるかもしれない、それはわからないからである。

そこで大事なのはわからないからこそ神に祈るとなる、もし何でもわかっていれば対処できる、対処できないことがこいうふうに大きな問題になると特にそうである。
神に祈って何が解決するのか?そういう時代が今の科学万能時代である。
でもその科学万能時代だからこそ原発事故が起きたのである。
そして人間は自ら作り出したものによって甚大な被害を受けた、そしてその解決方法もないのである。
だから神に祈るということが切実なものになる
人間で解決できなかったらそうならざるをえない、では神がいるのかとなるとどう解決してくれるのかとなるとこれもいちがいには言えない
要するにそうなると神の力を信じる他ないとなる、なぜなら人間の政治力でも経済力でも科学力でも解決しないからである。それは人間の力を越えたものとして起きたからであ。ある意味で奇跡を期待するともなる。
ただ祈るだけではだめである。人間は戦うことなのである。病気でも戦いでありあらゆることが戦いなくして解決しない、奇跡はそうして戦うなかに起きてくる。
病気にしてもそうして細菌との戦いで勝ち直すことができたからである。

自分も家族が病気になってから戦ってきた。その後何の助けもなくかえって非情な目にあいつづけた。それは津波で家族を失った人たちもそうである。
その人たちは外からの同情はあった。
ここがつまり「悲しむもの」となったのである。「悲しむ者が幸いなり」というキリストの言葉は何なのか?それは理解できなかった。
つまり悲しむものはその涙をぬぐいたもうというときそこに神の力が働くからである。
また働くように祈るということである。祈ることは力となる
人間におきることは別にここだけに起きたことではない、どこでも起きている
分離であり分断であり断絶であり争いである。それは家族に起きているし国と国の間でも起きているし日常的である。ではなぜそうなるのか?
それは分離分断してさらに強固に結びつくためにそうなるともなる
南相馬市などでも補償金問題で分離分断したけどそれもやはり強固に結びつくためにそうなったともなる

いづれにしろこれは大きな試練なのである。国家的試練として戦争があり地域的でも東北全体の試練でもあり日本の試練ともなる、そういう試練でありこれを乗り越えようとする戦うことを自覚すべきなのである。そういう試練に立ち向かう意志を共有するべきなのである。ただ一方でそんなことなど自覚しない、補償金で遊んでいればいいとかなるのも多い、それは反省すべきだし外からも叱責するべきなのである。
またもう故郷を捨てた若い人々も多い、それは戦いを拒否して楽な道を選んだ人ともなるでは本当にそれがいい道だったのかとなるとまた未来はわからないということである。
その人たちは戦線離脱者なのか?それもやむをえないことなのかなかなか判断できない。
ともかく修復する回復する力が自然にも働く、放射能でもどう影響するかわからない。
人間でも社会でもそうである。

posted by 老鶯 at 16:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2016年08月10日

5000キロ自転車で走ってきた老人 (元気な老人に元気ない若者?)


5000キロ自転車で走ってきた老人


(元気な老人に元気ない若者?)

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5000キロ駆けぬけて来ぬ夏の暮

5000キロ駆けて我が町夏燕

街道や木槿の咲きて夕暮れぬ

街道の道の細しや木槿かな

六万石城跡あわれ木槿かな

六号線鳴きあう蝉のひびくかな

ミンミンの高くひびきて六号線

五本松夕蝉鳴いて帰るかな



今日六号線であった人には驚いた。自転車で5000キロ走ったという、日数は50日間であり一日百キロ走っているという、普通のマウテンバイクでありテントなどは積んでいない
京都から走ってきた、イワキの方に行けるかと聞いてきた。
今日は原町に泊まる、年は60代だろう、退職した人だろう。
そんなに休みはとれないからだ。前も鹿児島から歩いて青森までゆく人にも驚いた。
その人も退職した人だった、何か退職するとこうして今までできないこに挑戦する人がいる、60代でも元気な人は元気である。そういう人が結構多いのである。
自転車、バイク、車の旅があるが自転車は一番きつい。
バイクなどは若者に多いけど楽だなと自分も自転車旅行したとき見ていた。
若者だったらもっときつい旅したらいいのにと思う


今の世の中高齢化社会というけど元気な老人も多い、特に60代には多い、団塊の世代が入っている、60代は相当にアクティブである。スポーツが好きである。
でもこのレベルになると自分も経験しているからすごいと思う
何か一カ月走ってくらくらしてやめた。この人はホテルに泊まるだけでも相当な日数であり金もかかる。老人は金がかかるというよりもう体力があることの方が大事になる。
自分も百万かかってももう一度ヒマラヤに上りたいとなる
なぜならそれが最後だともなるからしたいことをして死にたいとなるからだ。
この気持ちが若い人にはわからないのである。したいことをしないで死ぬことは最悪である。だからこそ退職してから自由になりこういうことに体力がある人は挑戦する

なんか今はこういう老人を見ると若者より老人が元気だなとつくづく思う。
全国で旅行しているのは退職した老人が多いのである。
そして若者と比べるとこうして自由に旅している老人などが最後に人生を謳歌していて
若者はただ働かせられているだけだとか老人のために税金をとられているだけだとか嘆くこういう老人を見てうらやましく思っているのである。
老人は若者であり若者は年寄りだということさえ見受けられる社会なのである。
若者だったらもっと無謀なことをしてもいいが何かそれもない、犯罪であったがそれも介護施設とか知的障害者にその無謀さは向かった、介護とかで働かせられている若者の不満も大きいし何かそれが老人に向けられてくる
だから若者と老人を比べると今の若者は損だとなる。

ひさしぶりに相馬市に行った。このころ異常暑かったがだんだん気温が下がり自転車で走り安くなるかもしれない,自分も今度買った電動自転車のロードで走ってみたいと思った本当に行くとしたらこれが最後かもしれない、この自転車が軽く走り安いし意外と荷物は乗せられないが長距離向きだと思ったからである。
だからスイスイ遠くまで走ったら気持ちいいだろうなと思った。
お盆にもなりなんか秋めいてきている、でもまだまだ今年は暑さがつづくみたいだ。
街道の道はソバナとか木槿がにあう、五本松は二本枯れていたのが残念

タグ:自転車旅行