2016年10月07日

南相馬市鹿島区寺内に見いだした共同墓地(仏方ーホトケッポ) (除染のために杉の木が切られて現れた)


南相馬市鹿島区寺内に見いだした共同墓地(仏方ーホトケッポ)


(除染のために杉の木が切られて現れた)

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仏方という字が残っている

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字が薄れてわかりにくくなっていた
仏と読み取れたから想像できた

市の博物館に行ったらここの場所を知っていた
ここは相当に広い森であり埋葬地だったのである
    

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男性の戒名の脇に二人の女性の名

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天保の墓が二つ
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ここのホトケッポは広い、森となっていた



近くにそ埋もれし墓や木の切られ今日見いだされて秋の日さしぬ

寺内に天保の墓二つ埋もれありしも今日見いだして秋の日暮れぬ

新しき家あまた建ちそのかたへ忘れられし碑や秋の日さしぬ

墓一つただ石くれや何語るここに埋もれる里の人かな

我が里に知られず埋もる墓なれや今日見いだして秋となれるも


南相馬市の鹿島区の寺内の杉の木が除染のために切られた、そこに文化財の案内が記してあった。ただその案内の板の字が薄れてわからなくなっていた。
でも仏方と読めてそこは江戸時代からの村の墓地だったのである。
ただ墓地の前は村ではホトケッポという場所に死体を葬っていたのである。
そこには墓はなかったのである。
天保と記した墓が二つあったからその頃から墓を建てた人がいた。それがそれなりに裕福な人である。僧侶かもしれない、不思議なのは信女と一つの墓に二つ記して真ん中に男性の戒名がある。
とすると一人の男性を囲んで二人の女性がいたことになる
これはどういう事情を語っているのだろうか?

何か自分の身の上とにているからこの墓が気にかかった。
自分も60まで二人の女性とともに家族として暮らしていたからである。
「信女」とあるの何かいいのである。戒名は今は必要ない、ただ信女とあるとき信頼できる女性でありその女性と一緒に墓に眠っているというのがいいのである。
今では夫婦で嫁いだ先の墓に一緒に入りたくないという嫁が三分の一くらいいるというのも驚きである。それほど姑嫁問題は深刻なのである。
江戸時代には家族墓はなかった、個人墓かか夫婦墓であり別姓の墓でもある
明治以降・・・家という一家の墓になった。
家族墓というのは明治からはじまったのであり新しい風習なのである。
江戸時代には墓はなかった、村の共同墓地である仏方(ほとけっぽ)に埋めたのである。
だからあそこには死体が埋まっているということを意識せねばならないのである。
ただ全くあそこは杉の林になっていて隠れたいたから気づかなかった。
まず外から見ても墓だったということはわからない、杉の林におおわれていたからである。

意外と人間は一番近くのことを知らないのでる、灯台下暮らしである
今日はその過去を発見したのである。
墓に興味あるのはそこに人間が本当に埋まっているということで単なる書類で過去を確認するのとは違っている、何かなおそこに生きた人がいるという感じになる
だから墓というのはいらないという人もあるが墓が残っていれば過去をそこからイメージするのでてある。
ほとんど人間は死んだらそれは不確かなものとなり本当に存在したのかどうかもわからなくなる、それは死ぬとすぐにそうなる人もいる、全く忘れられてしまうのである。
それは実は60くらいになるともう生きながら忘れられる人も多い
社会から引退して何か仕事もしていないとたちまち忘れられる、人間はともかく忘れられることが早いのである。
自分もまもなくそうなるということをイメージする

人間は何か語り伝えるということも三代目から四代目くらいになるとあやふやとなり伝えられない、特に現代は何かそうして親から子へ孫へと過去を伝えることは希薄になっている、それは大家族でもないし家族が分離しているして村だって昔の村とはあまりにも違う村でもいろんな人が混在しているし職業も違う、すると村といっても形だけなのである。祭りだってもう跡を継ぐ人がいないのである。
つまり村の伝承もなくなってしまっている、長老とかもいないだろう。
その土地土地に歴史があってもそれを語り伝える人がいなくなっているのである。

三里という新しい家々が建って街にもなったすぐ脇でありこれも対称的だった。
新しい街が生れそのかたわらに古い墓が発見される
これが世の中である。古いものもまた大事であり何かを語ってゆくのである
だから古いものも無下に捨てるというわけにもいかない、あそこも更地になるかもしれない、すると過去は完全に消えてしまうのである。
それにしてもあんなところに村の共同墓地があるとは思わなかった。
それは杉の林で隠されていたからわからなかったのである。


新地町仏方


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新地町に仏方(ほとけっほ)という地名があるけど
全国的にはないからこれは相馬地方独特のものだろう

海に流れたプルトニウム、ストロンチウムの危険 (安全神話で原発の危険性は無視される)


海に流れたプルトニウム、ストロンチウムの危険


(安全神話で原発の危険性は無視される)

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プルトニウムは飯館村までしか飛んでいない
やはり重いからだった




プルトニウムとストロンチウムはより危険な放射性物質だという、それは重いので遠くに飛ばないという、一時八木沢峠の下でストロチウムが発見された。
常に放射性物質ではセシウムのことである。プルトニウムとストロンチウムは計られていない、計りにくいからである。
でもこの放射性物質は相当に危険なのである。
ではそれがどこにたまっているかというと原発がある双葉とか大熊である。
遠くに飛ばないとしたら近くに事故が起きた場所に堆積しているのである。
それがその土地に堆積したままならいいが汚染水となり大量に流れたのである。
その汚染水が魚に影響したのである。
プルトニウムは骨に付着しやすいというとき骨ごと食べる小魚は危険だという、小女子(こうなご)などは危険なのかとなる
はっきりしていることはプルトニウムとストロンチウムは大量に原発のある双葉や大熊に堆積している、原発のある所に堆積している、それは重いから遠くに風でも飛んだのが少ないからである。

まず放射能というのは実感できない、数字でしか実感できない、それがわかるのは浪江までは0・5マイクロシーベルとだったが双葉とか大熊の避難区域に入ると7マイクロシーベルとになっ、それはバスから計ってそうだったのである。
これは高いなと実感できる、そして浪江の街内は0・5とかそれほどでもない、請戸は原発の煙突が見える地域でもやはり0・5とか低いのである。
放射性物質は風の影響が大きかったのである。だから30キロ圏内とかで区切るのは間違っていた。飯館村や福島市も二本松市も郡山市も影響したのは風のためだった。

だから浪江では津島の方に避難したのは大失敗だった。その時浪江町独自で判断する他なかったからである。実際はスピーディで風の流れる方向に放射性物質が流れることはわかっていた。でもそれも公表されず避難指示もされなかった。
ただ避難した人の中に東電の人がいて放射性物質の流れる方向を知っていたのである。
それで浪江町の一部の人はその人に従い街の方向に引き返したのである。
東電では放射能のことを知っていた。流れる方向も知っていてた、しかしそれを知らせもしないし放置していたのである。
いくらなんでも放射能を扱う東電が知らないとういことはなかったのである。
例えばもし事故が起きるということを前提にしていたら事故があり爆発したとき放射性物質がどういうふうに影響するのか?風に流れるのか?そういうことは科学者だからシュミレーションできたはずである。
それも公開して回りの市町村に知らせることができた、そういう教育もするべきだった。

それができなかったのは原発の安全神話が作られて事故が起きないという前提にして作られていたからである。事故が起きるというと強権が発動されて沈黙させられる、そういう権力が政府と東電が一体となり作り上げていたのである。
だから秘密主義であり内部で何が起きているから外部のものはたちいることができなかった。確かに質問をしたりして危険性を指摘したがプルサーマル問題でも前の佐藤栄佐久知事は失脚させられた。その後に原発を誘致した渡辺恒三国会議員の甥の佐藤 雄平が知事になったのである。
プルサーマルに文句を言ったらそれで失脚させられた。もちろんそれなりの何かいいがかりはあったのか、罪はあったのかよくわからないにしろ安全神話に対して疑問を抱くことは許されていなかったのである。
それだけ原発に対しては大きな権力が働いていたのである。
国政でもそうだが福島県の県政でも大きな問題があったのである。

東京都の都政でも公開がなく税金が都議会議員や役人によって私物化されていた。
つまりブラックボックス化していたのである。秘密裏に行われるときそこで不正も隠される。それは原発でも同じだったのである。それは国政レベルでそうされていたのである。裏にはアメリカもかかわっていたから調査も何もできなくなっていたのである。
そして核武装のために原発は必要だからそのことでも原発はやめることができない、安全神話が作られたのである。

マスコミでも結局権力におもねるだけである。時流にのるだけである。福島県の民報だろうが民友だろうが雑誌もあるがそういうものは全く原発のことなど批判などしない、全くあてにならないメデアなのである。
それはマスコミというのは権力におもねる機関になっていた。
それは石原慎太郎問題でもそうであり今になってマスコミが騒いでいるけどそれまではマスコミは石原慎太郎さえ怖くて何も言えなかったのである。
それが悪を助長されることになっていって今の状態がある
権力を持つものは絶えず巨悪に陥る、だから監視しなければならないのだがそれが民主主義なのだがそれが機能していない、石原慎太郎のような個人さえ恐れていたのだからましてや巨大な権力なになったらとても批判などできないのである。
ただ巨大な権力に追従するだけで自分たちの身の安全を守るだけなのである。
いづれにしろマスコミは信用できない機関なのである。
ただ時流にのり時の権力におもねることしかできないのである。
大会社とか政府とかの出先機関と思っていた方がいいのである。
そうしてもはや権力の暴走が起きてくる、カルト宗教団体でもそうである。
権力に歯止めをかけるものがいなければ当然そうなるのである。

ともかくプルトニウムとかストロンチウムは非常に危険だというときそれも良く知らされていない、なかなか知り得ようもない、ただ明らかなことは原発のある所に大量に堆積して汚染水として海に流れている、それでどうしても魚が危険だとなる
小女子(こうなご)など骨にプルトニウムが付着するというときそれを食べたら危険になる
セシウムは常に計測されているがプルトニウムとストロンチウムは計測されにくいので見逃されている場合がある。今はすでに地元産のものが売られているし自分も食べた
でもこれも何か不安にはなる。地元産の梨でもリンゴでも食べている
ただ一番気になったのはこのプルトニウムとかストロンチウムだから魚は危険なのとかなった。遠くに飛ばないということは原発のある所から離れていればそうなのかもしれないでも明らかに原発のある所には堆積しているから警告している学者がいるのである。

セシウムとストロンチウムはほとんど同じ量が出ますが陸地はかなりセシウムで汚染されていますから海洋もストロンチウムで汚染されている可能性があります
(武田邦彦)

セシウムと同じ量がでているのか?そしたら大量にでている。それが海に流れたのか、じゃ危険だとなる

福島第一原発の取水口と海底土からストロンチウム事故前の7000倍

明らかにこれだけの量が出ていることは魚にも影響している、ただどういうふうに影響するかは結果を見ないとわからないのである。
それが放射能のやっかいなところであり結果的にガンになってもそれが本当に放射能の影響なのかどうかもわからないとなりうやむやにされるから責任も問いないとなる
放射能の分布からみるとプルトニウムは風にのり飯館村までは運ばれたが他に運ばれていないのは重いことを証明している、ストロチウムは分散して散らばった。

posted by 老鶯 at 10:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連