2016年10月10日

舛添、石原、トランプの失墜 (60以降は人生のツケがカルマを支払わされる)


舛添、石原、トランプの失墜

(60以降は人生のツケがカルマを支払わされる)

最近の一連の事件は何なのか?
舛添知事の失脚はあれだけ金にせこい,公金を使うということはそもそも金に困ってい
その理由が隠し子なのか、離婚した女性に金を払わねばならなかったことにあった。

舛添氏は現在の妻のほかに愛人が2名おり、愛人Aに1人の子供、愛人Bに2人の子供がいるというのだ。愛人がいること自体が物議をかもしそうだが、問題のメインはそこではなく「愛人に「妻とは離婚する」「もうほかの人と結婚しない」と言って騙して交際した」

結婚3回、離婚2回、子供2人に愛人の子3人、現在「隠し子、養育費裁判」係争中』
「週刊ポスト」2014年1月24日号

なぜあれほど金にこだわっていたのか?せこいといわれほどに公金を使っていたのか?
本当は知事の給料だけでも十分だし嫁の家が金持ちだとすると困らないはずである。
ただ離婚して養育費とか払うのでそれで金に追われていた。
これは借金している人でも同じである。
借金している人は金を返すことしか頭になくなりよからぬことでもすることになる
こういうことを知られていたのになぜ知事にしたのか?
この背景も謎である。なにか裏にいろいろあったのだろう。
こういうツケやカルマをもっている人は知事にふさわくなかった。それはみんなわかっていたのに知事に押されたのである。
その責任はそうして知事に押した自民党や公明党の責任もあった。
なぜなら今の舛添の嫁は創価の幹部だと噂されたからである。
何か裏にあり押されて知事にされたのである。反対する人もいたが押し切ったのである。つまりこういう過去ももつカルマをもつ人は知事になるべきではなかったし推薦するべきでもなかった。推薦した方にも責任があったともなる
なぜならそういう過去をみんな知っていたからである。

石原知事の場合はなぜあんなに横暴な人が12年間も知事でいられたのか?
ほとんど仕事はしていなかったとか今では言われる
ではなぜそういうことが許されていたのか?
東京銀行の失敗でもその額は何百億円でありその失敗の穴埋めのためになんらか豊洲のことでも不正があり金がゼネコンなどから回っていたという。
第一そのことでも責任が問われないということも不思議だとなる
石原知事をつけあがらせたのはマスコミである。
マスコミは石原を恐れていたというのもわからない、東電のような大きな会社でもないし宣伝費がとめられるでもないし何か組織があるわけでもないし権力のバックもない
石原軍団というのはあったがそれもそんなに権力をもっていたのかとなる
マスコミは舛添をもちあげていたし石原でもそうである。
マスコミにとってその人がどういう人か問わないというのは本当だろう
モラルでも問わない、何か大衆受けする派手な人が面白い人物がいいのである。
だから芸能人がその主役となるのである。
何か本当に真面目に追求している人間は必要ないのである。
そうなるとマスコミが持ち上げる人間は信用できないとなる。
マスコミ自体が今では信用できないものとなっている

次にトランプでも女性蔑視のことで録音されていてそれが暴かれて窮地にたたされた。
これも過去のことであるがツケが回ってきたとなる
トランプはもともといかかわしかったがなぜまた支持されたのかというのうも謎だった
女性蔑視になると女性票を失うから痛いのである。
舛添前知事も女性にだらしないということはわかっていた。
でもなぜ支持されたのかとなるというのは共通した面がある。大衆受けする派手な性格だということなど何か共通性がある。
人間は何か私的な面でも必ず公的なものに反映する
もし私的に女性にだらしないとか何かモラルに反する生活をしていればやはり公的でもそれが反映される、私的なものと公的なものは区別できない
私生活などどうでもいい、公務ができれば政治家はいいんだとはならない
現実に何らか私的なモラルに反することをしているから公的な面でもつまづき失墜しているからである。

これは政治家のことだが別にそうした人でなくても個々人でも60代になると必ずこれまでのツケが支払わされる、これはどんな人でもそうである。
第一何か罪がない人などいない、何らかの罪を犯している
だから推理小説では過去の罪が暴かれることがテーマになっているのだ。
人間が過去に犯した不品行は必ずツケとして罰が与えられる、そのまま隠匿されることがない、もしこの世で暴かれなくてもその罪は来世で暴かれるのである。
自分のこの十年間の介護や病気のことでもそうだった
いろいろツケがカルマを否応でも支払わされるのである。そのための苦しみだったのである。
それはいい面でも悪い面でも必ず人生のツケはカルマは支払わされる

若いときは奔放なエネルギーにまかせるがあとで後悔する、それがあとで苦しめられることも考慮しないのである。
つまりか若気の至りというけどそれは忘れられるものでもないのである。
必ずそのツケは60以降に回ってくる。
健康にしてもそうである。それまでの生活が影響して病気がでてくる。
ただ60以降はなんらかの病気になるがそれまでの生活が体にでてくるのである。
それは心にも関係してくる、心と体も一体というとき人間は日々の生活で作られるのであり生まれつき体力があったとしても不摂生な生活をすると早死にしたり病気になる
スポーツ選手が意外と早く死ぬのは不摂生のためである。

この三人に共通しているのはモラル的に問題があった。それはわかっていたことだが推薦された。そしてその私的生活が破綻の原因だったのである。
石原もスパルタ教育だなんだと言っても自分の子供には甘かった。
でも回りでマスコミでも何でも押していたのだからつけあがっていた。
批判する人がいてもそれは目立たなかったのである。それは原発でも同じである。
原発は危険だというとを本でだしてもほとんど注目されなかったのである。
だからどうしてある人物は大きくされ原発などでも反対意見は大きな声とならないしとりあげられなかったのである。
大きな声を形成させるのは何かとなる、それはマスコミとかその他いろいろな要素がありそうなる、舛添でも石原でも大きくされたのはマスコミの影響である。
大きな声になるのは大きな権力に操作されてそうなる、アメリカが最大の権力としたらアメリカの権力の操作で大きな声が形成される、それで原発も反対できないとなる
民主主義だといっても大きな声になるのは大きな権力に操作されるとしたらどうにもならない、そこに民主主義の限界がある

posted by 老鶯 at 13:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層