2016年10月16日

月影の魅力(相馬市の城跡周辺の不思議)


月影の魅力(相馬市の城跡周辺の不思議)

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我が街の細道行きて秋の薔薇一輪あわれ菓子屋のありぬ

満月や平野に実り喜びを分かちあわなむ故郷に住む



秋の城跡

長々と秋の柳のしだれにつ
城跡に秋の日ざしかな
その残れる石垣に偲ぶ昔や
相馬六万石の何か淋しき
その街の細道行きてあわれかな
何か営みのあるべし
街を出て微かに鳴きぬ虫の声
その音に我は耳を傾けしも
芒はなびき所々稲は刈られぬ
五本松に月影の道我は帰りぬ
昔あれ月影に浮かびし城や
そも幻となれやただ石垣のみあり


(城にさす月影あわれ夢の跡)


山本八重(新島八重)が会津鶴ヶ城の開城前夜に詠んだとされる短歌がある。


明日の夜は何国(いづく)の誰かながむらんなれにし御城(みしろ)に残す月影

この歌が月影に浮かんでいる城をイメージしたのか?
会津の城は新しく建てられたからかえって無常観がなくなったのである。
城で昔のままに残っているのは5つつくらいしかないようだ。
新しく建てると何かそれが現実味がなくなる、中が博物館になっていたりしてこれは博物館なのかと思ってしまう。

かえって城もない石垣だけが残っているとそこに無常観を感じる
相馬藩はそうである。天守閣もあったが雷落ちてなくなったとか、何かどういう城があったかもイメージできない、六万石だから大きな城ではないが城があった

何度も書いているけど相馬市の不思議は特に城の周辺の不思議は何なのか?
何かそこが淋しいものとなっている。特に静かになっている
しんみりとしてくる、それが原町では感じない、全く原町では昔を感じないのである。
ただ相馬市でもかえって六号線とか松川浦に行く方になると昔を感じない
新しい街という感じになる。田町辺りまでが城下町の範囲だから昔があったのはその辺までである。

相馬藩だと城跡があってもそこにどういう城があったのかイメージできない、ただ石垣だけが無常に残っているというだけである。
城の魅力は新しく建てられた所にあるとは限らない、石垣だけが残っていてもそこに無常観を感じるとき歴史も感じる
城は常に中心的存在として象徴としてあった。それが明治の時侍はいなくなり城は無用化したからである。この変化も大きかったのである。

昨夜は満月が美しく輝いていた。この辺では浜の方でも今年は実りがあった。
ただ米は飼料米になる、いろいろ風評被害があり売れないからである
でも今年はこの辺は実りの面積はかなり増えた、それで全体的に復興したのかともみる

ともかく月影というとき何か神秘的なのである。月影を感じるには暗ければ暗いほどいいのである。
それで小高辺りは相当に暗いから月影の中に街が浮かぶともなる
何か不思議に感じるだろう。影絵のように街が浮かぶともなる
そんな詩的な幻想どころではないというのもわかるがそういう廃墟とかこの辺をただ面白いから見に来る人も結構いるのである。
現実に廃墟の魅力はそこに人が住んでいたから何か自然そのものとは違うものを感じる

しかしもともと戦前でも大正時代でもランプだった。相当に今より暗かった。
すると月影がさして家の灯であれ街の灯であれともしいものとなる
ただ月影にたよりに歩くことはできる、電気の光りではなく月影の光りで歩いていた。

湯原王(ゆはらのおほきみ)の歌一首

月読(つくよみ)の光に来(き)ませあしひきの山経隔(きへな)りて遠(とほ)からなくに

万葉時代にこういう経験していた。それはさらに暗い時代である。これほど電気の光があり明るいところで暮らしたのはまだ百年くらいなのである。
それまで月の光が頼りだったともなる、都会ではまず月影を頼り歩むなどありえなくなった。すると自然の神秘を感じないで生活している、人工的な電気の光の中で暮らしているのである。これも考えると異常なことなのかもしれないのである。

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