2017年01月27日

冬深む短歌十首(故郷の駅に昔を回想する)


冬深む短歌十首(故郷の駅に昔を回想する)


この町の漬け物会社に働ける女の死にしも駅にし思いぬ

正直に生きて我が町眠る人目たたず生きてあわれなるかも

残りける去年の落葉やあわれかな故郷に住み死ぬ人思ふ

名もしれず働き死にぬその人を誰か思ふや冬深まりぬ

故郷の墓に眠れる人知れや我が参りつつ冬深まりぬ

我が町の駅におりたち淋しかも迎える人もなくなりにけり

この駅の八重桜の樹切られけりその根残りて冬の日暮れぬ

冬の夜に何を思ふや近くあれこの町に暮らす一人なるかな

家無きに墓のみ残る母方の実家を思ふ何か淋しき

人は会い別れて淋し駅にあり枯れし芒や電車すぎゆく


つづきとして川崎から来た女性が香の蔵で土産を買うとタクシーを呼んだ。
その時思いだしたのが菅野漬け物店で働いていた女性である。
それはかなり長く働いていたと思う、それが何か奇妙だけど思い出したのである。
その女性は農家でありもともと農業していた。それで便所から肥料としてくみ取りをしていた。それは農家ではしていたことだが何かそういうことはなかなかしたくないだろう。水洗式になったのはそのあとである、水道も子供の時はなかった。
水洗式になるのは結構遅かったと思う。

そういう時代があったのもこれだけ便利なれば忘れるし経験していないから実感がないとなる
ただ何かそういうなんでもない普通の人を思い出しているのも不思議である。
そういう人もこの町に生きて働いていたのだと思い出す
それで香の蔵でそうして働いていた女性がいて漬け物を買ってゆくんだと思った。
その女性はまず嘘をついたことがない、真面目そのものの正直な人だったのである。
今はあういう女性はいない、やはり大正生まれだったかもしれない

何か目立たない、ありふれたことでもその町を市を支えているということはあった。
それは電車が通じなくなり通じたときわかったようにわからないのである。
ただ自分はみそ漬けは食べない、塩分が多いから食べたくないのである。
でも料理には欠かせないものである。外食だとそうしたものがバランス良く出しているのでそういうものが必要だとわかった。

いづれにしろ何気ないことでも感じる、感傷的になる、それは年のせいだともなる
こういう歌は啄木調なのである。死ぬ前に何気ないことに愛着して歌にしたからである。自分もそういうふうに死が近いからこうして何気ないものにも愛着を感じるようになる。若いときはこんなふうに感じないからである。
当たり前のことに何も感じないのである。

墓でも死んだ人でもやはり町の中に眠っていてなお家族とともにあり町にあるのかもしれない、生きた人があるとするから墓参りするからあるのかもしれない
母方の実家の墓は墓しかない、家はなくなったから墓しか残っていないのである。
それも淋しいとなる、やはりなおすこに住みつづける人がいて墓も生きるとなるからだ。ただ現代は墓だけが残されていて遠くからお参りする人も多い
この辺は仙台から来る人が多い、いづれはその墓も消えてしまうだろう。

ともかく死者も以前として町の市の構成員としてありつづけるのかもしれない、だから死んだ人を回顧するのである。
つまり香の蔵というときここに書いたようにそのみそ漬けでも一つの物語として味わえば違ったものとなる
ただお土産を買うのではない、物があり語りがあるときその物も味わい深いものとなる
ただこれは今の世の中では無理である。外国から来た物でも遠くから来たものはそうした物語を読み取ることは不可能だからである。
物とこうした物語は分離している、そのことが豊かなのだけど人間の経済になっていないのである。






タグ:故郷の駅

今日の鹿島駅


今日の鹿島駅


今日は川崎から来た人が「香の蔵」に行きたい、タクシー呼びたいと言って聞いてきた、おややげを買いたいと言っていた。
あそこはお土産にはいいものを売っている、地元の菅野漬け物店で実際に漬け物を作っているからである。そこに長年勤めていた女性を知っている
その人には世話になったけど死んだ、菅野漬け物店はこの辺では有名である。

ここで気づくことはお土産でも買いたいとなっても駅では買えないことなのである。
六号線まで出ていかないと買えない、車で来たならいいが電車で来るとそうはいかないのである。だからタクシーを呼んで買いに行った。

もう一人は新地の人であり最終の電車の時間をいつかと聞いてきた。
それで一〇時何分だとか教えた、無人駅でありなかなかわかりにくいところがまだある。なぜ新地の人がというと新地までも仙台まで電車が開通したからである。

すぐ駅前の「車輪梅」とかで飲み会があるらしい、それで最終の電車を知りたかった
そこから駅はすぐ近くであり帰るには便利である。高架橋をわたる必要もない
新地との交流も電車の開通で再開されたともなる

鹿島駅は無人駅になったけどやはりまだその利用方法が知らない人が多い
それで自分はときたま気晴らしに行って教えたり案内している
地元の人でもまだ利用になれていないのである。
だから案内人が必要なのだと思った。

たいがい乗車証明書をここで押してとってから乗りあとでそれを見せて金を払うですよと教えている、そのことがまだ知らないのである。
そしてそんなことを教えてもたいがいありがとうと言っている
こんなことでもありがとうというのかと思ってそのことを前にも書いた
言わなかったのは本当に少ない、若い人が一人言わなかったのはだから目立ったのである
自分もありがとうとあまり言わない、自分は社会と隔離したような生活を三〇年くらいしていたから何か社会常識がなかったのである。
ただここ十年介護とか自分の病気で苦しみ社会とかかわり社会常識が備わったともなる
たいだい普通はありがとうとささいなことでもいうのが普通なのかとなる
すみませんとはいつも自分は言っていたがありがとうとはあまり言わない、そこが社会常識がないということだったのである。
感謝の経済学などとだから自分には言えないところがあったのである。
それは経験してきたから書いたのである。

ともかく人にありがとうと言われことは悪い気持ちはしない、こんなささいなことでありがとうと言われのかということも再認識した。
二年間くらい食事を出してくれた仮設の食堂だったらていねいに今日はありがとう、ごくろうさんでしたと礼をするのは当然だが駅でちょっと案内してありがとうというのは意外だったともなる

どうもたとえ社会的に認められた生活をしてきた人でもその人は資格があり機械とかに詳しく仕事ができてもなんかそうした社会常識がない人だったようにも思う。
そういう人がよく会社を経営できたのかと思う、経営と機械いじりとか理系の研究だけの生活とかは違うからである。あの人も社会常識がなかったのかとも思う

要するに社会的に仕事をしないことは何か欠けてくることはまちがいない、自分はそういう点で欠けていたのである。
考えてみると普通の生活では人間は常にありがとうという立場にある。
医者とか看護師をのぞいてありがとうと言う立場にある。ありがとうと言われる立場の人は少ないと思う、もしそういうふうにありがとうとばかり言われる立場にいると人にそんなささいなことでありがとうとは言わないだろう。
自分の接した人は普通に生活している人だからなのかもしれないとなる

駅では人の流れがありそれで人がどう動いているのかを実際に見ているのも面白いとなる暇になったから気晴らしに駅に毎日行ってそうしているのである。
でもそこには無人駅になってなんらかの用が生れていたことを知ったのである。
あそこには無人では困ることもある、人が必要なのだと思った。

タグ:鹿島駅

ミネルバ大学 インターネットでグローバルに創造的に学ぶ


ミネルバ大学

インターネットでグローバルに創造的に学ぶ

今日アクセス解析でコロンビア大学から来ていた。抽象画ではない、テキストの部、郷土史関係を読んでいるみたいだ、でも日本語だから英語に翻訳しているのか?機械翻訳して読んでいるのか?

抽象画が定期的に見ている、アメリカ人がいる。一定数いるしときたまいろんな国からくるのは抽象画を見るためだろう。なぜなら抽象画は言葉の壁がないからである。

今日は後は広島大学からもきていた、前のホームページでは中華大学からも来ていた。
ハーバード大学から研究者が来たようにこの辺は原発事故や津波で世界の関心が集まったこともある。

前のホームページも20年前とかからはじめたが未だに読まれている、そこは更新していない、プログにリンクをはったのでそこから来ていることがわかる

時間ができたのでなんとか整理分類することなのだがこれが手間なのである。

ミネルバ大学のモットーは

Thinking Critically(クリティカル思考力)
Thinking Creatively(クリエティブ思考力)
Communicating Effectively(プレゼンテーション能力)
Interact Effectively(対人コミュニケーション能力)

とかある。NHKの放送ではハーバード大学よりここを選んだというのはそれだけインターネットの影響力が現れてきたことである。
先生が一人で教室で生徒に一方的に授業する形式は古くなったのかもしれない
自分は学校が嫌いだったし学校にいるとき学問にも興味をもったことがない、ただ試験の点数だけを気にしていた、気にさせられていたのである。
学校は自ら考えることをさせない場所なのである。
何でも自分で考えるということが自立する道である。
学校は自ら考えること、創造することが否定されている場所なのである。
ただ教育というときあまりにも今は多様だからとても理想的な教育はありえない
それでもインターネットができたことは知識でも拡大した、自ら学べる独学の場を提供したのである。

このミネルバ大学に入るには英語力ないと入れない、グローバルになるにはどうしても英語力が必要だとなる。機械翻訳も進歩したから多少補えるとしても選考に英語力をみられるから簡単には入れないとなる
テクニカルなものがインターネットとかで飛躍的に発展した。
それでもまたインターネットが学びの場としてあってもこれを有効に利用することはかなりむずかしい。グローバルだとしても英語力がまたは言葉の壁がある。

ただ思うに人間の能力は簡単には決められない、生まれつきでもない、それを証明したのが自分でも意外だと思っている抽象画をソフトで変化させて作ることだったのである。
なぜなら自分は全く絵の才能がないのに抽象画を描いているという不思議なのである。
これはまさにインターネットがあったからこそでありただそれは創造というよりテクニカルなものから生れたものである。
芸術というとき普通はテクニカルなものがあるとしても何らか創造力がある絵のの才能があるとなってはじまっている
でもインターネットの抽象画は全くテクニカルなものとしての芸術だったのである。
もちろんそんなもの芸術でもないといえばそれまでだが絵画的なものを楽しんでいるということは確かなのである。

創造的能力というときそれは学校教育の一方的おしつけからは生れない、常に自ら考える、創造的になるという雰囲気とか作業をしてゆくことから生れる
educationがeducate(引き出す)となっているようにである。
能力は引き出さない限り生れないのである。天才は別として普通の人はそうである。
だから能力を引き出すものとしてインターネットがありソフトがあったとなる
抽象画が想像力よりテクニカルなものソフトを使いこなすことが創造することになる
そのソフトを使いこなすことがかえってむずかしいのである。
ペイントショップなどは本当にどこかの機関で習わないと会得できない、ソフトを使いこなせないのである。それはソフト全般に言えるし機械でも使いこなせないということが問題になる。

人間は生まれつきの能力ですべてが決まらない、環境因子も大きく働く
自分は俳句でも短歌でも最初はただ五七五とか言葉を並べているにすぎなかった。
だから自分は能力がないと見られていたのである。それも当然だったとなる
若いときはどんな優秀な師がいたとしてもその人が将来どうなるかは見抜けないのである
それは自分ながら不思議なのは最近啄木調の短歌を膨大に作っている、次々に苦労しなくても作れるのである。啄木は天才だから作れた、でもこの年になって自分は同じように作れているから才能の開花は老人になってからもありうるのである。
長寿の時代になるとかえって老人になって様々な才能が開花することもありうる
高齢化社会は負の部分もあるがプラスの面もある。
それは人間の才能を伸ばす時間が増えたということなのだ。

ともかく人間は学ぶのに時間がかかりすぎるのである。学ぶことはきりなくあるからだ。そのうち時間切れになり何もできなくなるのである。
自分の場合は能力というより環境因子が大きく働いた。
会社にも勤めないし三〇年間自由に過ごしたからである。
その間に旅したとしてもそれは勉強でもあり自分の能力を伸ばすことができたともなる

技術というのは人間を変える、社会を変える、ARTとはそもそも技術の意味だからである
一方で原発事故のように社会に甚大な影響も与える
技術にも負の部分とプラスの部分がある、教育に関してはプラスの部分が大きい
ただインターネットで人間のコミニケーションができるかとなると疑問になる
直接会って話すこととは違うだろう。それでも人間は会える人は少ない
自分など孤立しているから学問的なこととか芸術的なことなど話す人など近くに一人もいない、インターネット上で毎日読んでいるプロクとかはあり直接あわなくてもそれで得るものはある。
それでもインターネットを利用すること自体、テクニカルにはできてもその内容を理解するとなるとむずかしいとなる。
ただテクニカルな面はこれからもどんどん発達してゆき追いつけなくなる
若い人はテクニカルな面は進んでも内容を理解する能力となると簡単には身につかないのである。

ミネルバ大学のようなものはすでにインターネットができたときイメージされていた。
別にミネルバ大学でなくてもインターネットを利用すれば居ながらにして学べるということがあったからである。
これからの時代はやはり創造力があるかないかでその価値が決まる傾向が強くなる、単純なものはAI化されロボットが肩代わりする、すると残されたのは人間の創造力なのであるそこに価値が生れる、でも学校教育ではそういう創造的教育が成されていなかったのである。
でもこれからはそうした教育で創造的人間が生れ安くなるのかもしれない
それも不明だが優秀な人がミネルバ大学を選ぶということはやはりそういう傾向になっている。

逃れられないカルマの怖さ (事業失敗のカルマを受けた自分)


逃れられないカルマの怖さ

(事業失敗のカルマを受けた自分)


カルマというときそもそもアダムの原罪というカルマがありプロメテウスがゼウスから火を盗んで過酷な刑罰を受けたなど人類的なものとしてあった。
だから今でもそういうカルマは継続していて解消しないのである。

●個々人のカルマ
●家族のカルマ
●地域のカルマ
●国のカルマ
●人類のカルマ

普通カルマというとき個々人もあるが家族のカルマ、家のカルマを一番意識しやすいかもしれない、家にはどんな家でもプラスの面とマイナスの面がある。
そういうカルマを業をもったものがカルマである。
人間個人にしてもみんなカルマを業をもっている、それから逃れられないのである。
つまり人間は罪を犯すものとしてあり罪を犯さず生きることはできない
なぜなら殺傷を禁止するといっても動物を食べることはやはり業となっている
動物を犠牲にして人間は生きているのである。そういうところから仏教は生れてきた。

カルマというときそれぞれの家がもっているカルマがあることはまちがいない、それで昔は結婚というとき家といえの結婚だったのである。
家柄がいいとかその家がどんな家かで親が結婚を決めていたのである。
それが意外とかえって離婚が少ないし互いに幸福だったということもある。
ただ女性だけでは生活できないとか今とは違っているから一概には言えない
問題は昔から伝統的なものには何かしら意味があり価値があり継続されてきたのであるそこには必ずいい面があり何かを守るものとしてあった。

家同士の結婚が古いとかなるときでは恋愛結婚になったときみんなうまくいっているかとなると離婚が増えた、三分の一は離婚しているのである。
恋愛結婚がいいようでもこれもうまくいっていないことでわかる。
家のカルマの怖さはなかなかわかりにくい、でも結婚の怖さは必ずその家のカルマを受けざるを得ないことなのである。それは親戚にも及ぶから怖いのである。家風というものもあり悪い家風もありそれに染まるのである。
そして長男と長女はその家のカルマを一身に受け継ぐ、そのカルマから逃れられないから怖いのである。

自分の家もいい面と悪い面のカルマを受け継いでいた。
それは事業失敗のカルマである。父親でも親戚といってもそれほどでもない、兄弟関係というものでもない、でもやはりそのカルマの影響があった。
二つの家が事業に失敗したということはあまりないだろう。今でもそこは更地になっている。事業で失敗して家は売られたのである。
もう一軒これまで書いてきたが自分に最も影響した。そのカルマを身をもって受けた。
自分が苦しいときその人も事業に失敗して借金をかかえていた。
そういう人が来たことで最悪のときに自分が苦しいときに関係した、それで自分はそのために恐怖を味わった。

自分もそういうカルマを受けざるを得ない家系としてあったのかとなる
母方でも父親が機織りの事業を失敗して一家離散になった。
ただ事業失敗というときそれは20人に一人しか成功していないというとき珍しくはない
だからなんらかそういうことで回りにも影響してくる
連帯保証人で苦しみ自殺した人とかめずらしくないとかある。
だからこの事業失敗はめずらいことではないのかもしれない、それにしても自分の家の関係は事業失敗が多い、自分の父親自体が酒屋に勤めてその酒屋が倒産してもめたのであるこれほど事業失敗が家の関係にあることは自分もそのカルマを受けざる得なかったのかとなる

いづれにしろカルマは逃れられない、そのカルマを誰かに肩代わりもできない、長男、長女が一番受ける、もし肩代わりして誰かにそのカルマ肩代わりさせようとするとかえってカルマが重くなる。カルマは他人に責任転嫁できないのである。
借金とそれはにていたのである。借金もカルマを作ったことなのである。
その借金の肩代わりをしようとすることはできない、自分でその家族で負うほか払う他ないとなる
自分はこの十年で家族のカルマを負い清算したように思う、ただまだカルマが残っていることはある。
結婚の怖さは必ず結婚相手のカルマを背負うことになることにある。
それは60以降とかにそういうカルマが現れて苦しむことがあるのだ。
60以降は個人的にも家族的にもカルマの清算を強いられるからである。

カルマは地域的なものでも起きてくる、現実にこの辺では津波や原発事故でカルマを作ったからである。もともと津波でもこの辺では400年前に起きていたのである。
そのカルマが今になって現れたのである。だから地域的カルマとして津波のことをもっと知るべきだったのである。
地域的カルマというときとこに地の利がありいい面と悪い面に働く、雪国が嫌だなと思うときでもキャベツが雪の下であまくなるということがありいい面としても働いていたのである。青森では寒くてもリンゴがうまいとかいい面として働くから地域にもカルマがある
ともかくカルマの怖さは人類的なものとしてあり人間は生れたときみんなカルマを背負うことになる。そしてまた人間は新たなカルマを作るのである。

この辺では原発事故でプルトニウムが二万年も消えないというカルマを背負った。
カルマの恐ろしさがここにあった。子孫はそのカルマを背負わされたのである。
それは地域的だけではなく日本自体のカルマともなっていたのである。
20兆円も廃炉作業に税金がかかるということでもわかる。
そのカルマは簡単には消えないから怖いのである。
タグ:カルマ