2017年02月09日

戦争とは何であったのか? (レールモントフの詩より考察ー続編)


戦争とは何であったのか?

(レールモントフの詩より考察ー続編)

情熱とは観念の最初に発達したものにほかならない
それは心の青春のものだ、だから生涯それに興奮を感じようなどと思うものは愚者である多くの静かなる河は轟々たる滝ではじまるが海に注ぐまでとびはね、あわだちつづける河は一つもない、しかもこの平静さはしばしば隠れているが偉大な力のしるしなので、感情も思想も豊かに深くなれば過激な衝動は許されない
(レールモントフー「現代の英雄」)

この小説はレールモントフに興味をもったのでアマゾンで即座に古本で注文した。こういうふうに興味をあるものすぐ手に入り読めるのが便利なのである。
まず今までだったらこういう本は簡単に手に入られないからである。

こういうふうに二七歳で死んだのに透徹した心をもっていたということはやはり天才なのだろう。啄木とにている。啄木も二七歳で死んだからである。
ただこの人は病気ではない急激に決闘で殺されたのである。
だから病的な思想家でも詩人でもなかったのである。


当座の成り行きで速やかに過ぎ
彼はついに甘美な時にめぐりあわず
遠征軍のみじめな天幕の中で
病に倒れ、己が身とともに
天翔る まだ熟さぬ
漠然たる霊感や 裏切られた期待や
勇ましい無念の思いを墓へ運び去った

若いときはありあまる情熱とか欲望がわきあがる、そして行動に闇雲にかりたてられる
要するにその行動に深い思想はない、ただ行動したいというだけである。
その行動に意味が深い意味など問わないのである
それが自分たちの世代だったら全学連とかゲバ学生の革命ごっこであり自分はカルト教団での行動だったとなる、それは何の思想もないただ行動したいというだけだったのである理想に向かって猪突猛進する、その理想は何かもない、ただ理想という幻想に向かって行動していただけなのである。

戦争というときはまた違っていた、それは国家から強いられたものであり若者は何かやはり深い思想をもって行動したわけではない、それは国家自体も今ではその戦争の理由を言うがそれも一理あっても植民地解放のための戦争ということを目的にしたかどうかわからない、結果的にそうなったということはいえる。
ただ白人優越主義が強固にあり人種差別があったから日本人のみが欧米に対抗してシンガポールを陥落させてアメリカ人まで捕虜にしていたのは快挙だったとなる
そんなことありえないことだったからである。すべて欧米の植民地化して白人優位としてアジアは支配されていたからである。

「我々にとって異人種(非白人種)が真の敵ではない。真の敵はアメリカ連邦政府であり、ワンワールド主義者だ。ここがKKKと違うところだ。私の運動の目指すものは『アメリカの分離』であり、異なった人種がそれぞれ侵しあわないように棲み分けることだ。」
「ナチスがドイツの政権を握ったのは、彼らが一部の過激な政治集団だったからではない。ドイツでは、昔からドイツ民族(アーリア人)を最高のものとする『ドイツ主義』という考え方が支配的だった。一方、ナチスの思想もミュンヘンの財閥を中心とするドイツ保守勢力の考え方である『ドイツ主義』とその根本を共有していた。ナチスは決してドイツの一部の過激集団ではなかったのである。彼らはドイツそのものだったのである。

アーリア人が優秀で世界を支配すべきだという優生思想がもともとありその系譜に根強い白人至上主義がある。そのために日本人の学者とか日本人女性も殺されている。
トランプ大統領のような人がでてくるのもやはりそうした白人至上主義がアメリカにあるからだ。
だから白人至上主義からすると日本人に白人が捕虜になることは耐えられないことだったのである。だから戦場の橋のモデルの
泰緬鉄道でもイギリス人が優秀で橋を造れるのはイギリス人のみであり人種差別が以前として捕虜になってもあった
こうして根強い白人至上主義は外国に深くかかわればそれをありありと感じるから世界を回っていた理系の学者だった武田邦彦氏がそれを強く説いていることは理屈ではなしに感情的なものにもなるのだ。なんで白人がそんなに優秀で他の人種は劣等なのかとなると誰も納得できないからである。
日本には原爆を落としてもいいがドイツは同じ白人だから落とさなかったというのもそうである。その白人至上主義に唯一抵抗したのが日本でありそのための戦争だったというのも一理あるのである。
ただ日本人がそういう思想をもって戦ったかというとそれはわからない、ただ強いられたのであり若者が多くそれで特攻隊とかでも二〇歳で死ぬことはとても思想的に納得いかないものとして短歌などに残された。

いづれにしろ若いときは行動が先である、ありあまる情熱があるのだが成熟しない、レールモントフは天才だからそういうものを感じとっていた。
当座のなりゆきでとかで強いられて戦場に赤紙一枚で送られた、その時この戦争は何かと問うことすらできなかった。そんな時間もなかったのである。

彼はついに甘美な時にめぐりあわず
遠征軍のみじめな天幕の中で
病に倒れ、己が身とともに
天翔る まだ熟さぬ

甘美な時とは平和の時に培われる、それも普通は天才でないと長い時間がかかる
自分はようやくこれだけ生きて死に近くなり悟るように人間は成熟するのに時間がかかるのである。
自分は三〇年くらい甘美な時を過ごしたのである。これも平和な時代だからといって普通はありえないことである。今だったらみんな俺たちは奴隷なんだよとか社蓄なんだよとか働かせられるだけだとかなっているかららだ。
自ら働いてその労働に意味を見いだして働いている人はわずかなのである。
資本主義社会では結局金がどうのこうのといっても金があるものが自由でも何でも得る
金があれば別に働かなくてもいいし自分のしたいことをしていいとなるからだ。
金の奴隷になる必要がないからだ。

ただそのことが自分のカルマとなり十年間の介護とか自分の病気とか社会性のないことで辛酸をなめたのである。もし社会で苦労していればこうはならなかったのである。
でもそうなると甘美な時はなく強いられた労働に費やされていたことは確かである。
それはそれで全部が悪いとはならない、結局人間は生きる時間が短いからどんな人生でも満足な人生などないのである。たちまち時間は何するにしてもしないにしても消失して煙のように消えてゆくだけだとなる

レールモントフも決闘で死ぬなど馬鹿けだことだともなる、戦争で死ぬもやりきれないとなる、そうでなくても事故で死ぬ人もいるしこの世は危険に満ちているからである。
戦争は最大の災いである。そんなものを作り出してそれで死ぬというのは耐えられないとなる、戦争がなくても人生そのものが戦争だともなる、その上に最大の災いの戦争があったらそんな人生に耐えられないとなる、平和な時代でも人生そのものが戦争なのである。ただレールモントフでも短命で終わった人は人生を凝縮して生きたともなる
二〇代で六〇代を生きたともなる、それは啄木でも同じである。
でも二〇代では深い思想はもつことはできない、芸術も完成はしない、それでもふりかえると甘美なときとはあまりにも自分でも長いと思ったが短かったとなる
甘美な時間は誰でも実際は青春があるのだからもつがそれもあまりにも短い夢のような時間だったとなる、それもただ煙と消えてゆくだけだったとなるのが人生である。