2017年04月05日

とある田舎駅の人間模様 (春の日に盲人を導くー短編小説)


とある田舎駅の人間模様

(春の日に盲人を導くー短編小説)


つくづく駅にはいろんな人が来るものだと思った。今日来たのは盲人だった、その人はヘルパーなのか若い男が助けて駅まで来た
それで聞いてみた

「どこへ行くんですか」
「浜吉田です」
「あそこも津波の被害がありましたので驚きです」
「駅も津波をかぶりましたよ」
「そうですか、早く復旧はしたようですが」
「2年目でした」
「浜吉田はやはり浜が近かったんですね」

そこで目について失礼とは思ったが聞いて見た、何か駅というところは見知らぬ人でも話やすいことに気づいたのだ

「目が見えないのは一番辛いでしょう」
「30才になって見えなくなったんです」
「そうですか、30才までは見えていたんですね、じゃ社会のことがわかってから見えなくなった」
「ぼんやりとは見えることは見えるんですけど」
「全然見えないのとは違う」
「目が見えないと音には敏感になりますよ」
「そうでしょうね、でも目が見えないのは一番辛いと感じる」
「まあ、外にも辛いことはあるでしょう」
「電車にのるのは怖いでしょう」
「まあ、なれていますから」

まず盲人などと話したことがない、ただどこでもがある視覚障害者誘導用ブロックはあるのでここを盲人が歩くということは知っている、でもそんなに盲人が歩いているのを見たことがない

2種類あって誘導用のものが線状ブロック、一時停止、注意を促すものが点状ブロックです

そういえば確かにそうなっている、ここまで普通の人は注意していない、良く見るとその誘導用ブロックはホームのトイレまで導いている、つまりいたるところにあるのだ
普通だと電車に乗るのは危険だし怖いと感じる、ヘルパーが必要にも見える
それで自分が電車が来て誘導したのだがその時杖でたたいて乗るのだが結構危険だった
ただ車掌が見ていたから安全ということはあったのかもしれない
なぜか自分に車掌が挨拶して去って電車は去って行った。
駅員なら車掌も安全確認とかするのかもしれない、なぜ無人駅のボランティアの自分にしたのか、それは盲人を導いていたのでそうしたのかもしれない。

ともかく意外と田舎駅でもいろいろな人が乗り降りするものだと思った。
一番多いのは仙台へ行く人と来る人である。

「この駅には花がさしてあっていいじゃない」
「あれは自分がさしたんですよ、金盞花とか万寿菊という花でしょう」
「気がきいてるんじゃない」
「この花は長く咲いているんで好きなんですよ」
「花があるのはいいことよ」
「無人駅なんたけどやはり人がいないと困ることあるんですね、それで近いもので駅を見に来ているんですよ」
「常磐線も仙台まで開通して良かった、電車のありがたみがわかったね」
「そうですね、バスは不便だったから」

駅では良くホームで見送りするけどここは無人駅なので出入り自由になっている、それで見送りすることが自由にできるのもいい、駅で見送りすることが人間的な光景なのである今日は春の陽気であたたかった、それでまた一句作る

春日さし盲人導く田舎駅

万寿菊駅に明るくまたおいで

自分でもこの駅で毎日人と会って話しているのも奇妙である。なぜそうなったかというと家族がみんな死んでから家にいるのが淋しくなったからである。
だから今までは家族がいるときは介護していても淋しいことがなかったのである。
家族がいなくなると家ががらんとして淋しくなるのである。
妻をなくした一人暮らしの人がそのことをしきりに言うのもわかった。
そして一人暮らしの人が人ごみのなかにデハートなのかスーパーなのか行って淋しさをまぎらわしているという気持がわかった

駅前にはいつもタクシー会社の人がいる

「タクシーも歩合制ですか」
「まあ、おいしい商売ではないよ」
「歩合制でもある額を越えないともらえないよ」
「近くだと600円くらいだからな、数をこなすのも大変だ」
「基本給はもらいるけどいい商売ではないよ」

このおいしいというとき暴力団風の人が国から受注する仕事はおいしいと言ったのでタクシーの運転手がおいしくないというときそういうことがある。
おいしいというとき株とかなにか労せずにもうけることである。
でも何か一般的には仕事は地道であり目だたないし大きな収入にはならない
でも駅で見ていたら9人乗りのタクシーがありそれで小中学生を送迎している
すると一見タクシーは人を運ぶだけのものであり何の役にたっているのかと思うが実は
そのことは教育という仕事にもなっていたのである。
教育は先生だけが知識を教えるものばかりと思っているが違っていた
つまり裏方としてタクシーの運転手でも給食を作る人でも協力しているのである。
要するに仕事とはみんな部分をになっているからそれでタクシー運転手ならただ一区間を運ぶだけの仕事だとなり仕事の生きがいが感じられないともなる
何かこれだけ複雑な社会では人間の仕事はどうつながりあるのか見えないのである。

だから駅に来てみてそれが見えたということがあった、いろんな人が出入りしているのが駅なのである。いろんな人と接するのが駅なのである。
遠くの人とも接するからそれは外部とのつながりのある場でもある。現実に外国人も来ていたからである。
もともと鉄道の旅が長いから鉄道好きである。でも駅で別に話したりしなかった。駅はただ一時よる過ぎ去る場所にすぎないのである。
でも駅にはいろいろな人が出入りするものだと思った。高校生などは毎日通学しているし通勤している人もいる、でもこうして盲人なども来るということが違っていたのである。

避難解除した飯館村の春をめぐり短歌十首と俳句


避難解除した飯館村の春をめぐり短歌十首と俳句

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真野川の上流
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根元石
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根付き石-ここには人は住まなくなった

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滑の残雪
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クリック拡大ー残雪の吾妻嶺
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森につつまれ一軒一軒ある家
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クリック拡大
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前田の古い碑ー江戸時代のもの 

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前田の墓地にあった老木、

俺はここに残って死にたいんだ

そんな執念のような木に見えた


 


大倉や春の日さして根元石
飯館にまた人住まむ春の雲
春北風(はるきた)や峠を肥えて伊達に行く
前田には古き碑並び残る雪
春日さし老木の墓地に残るかな
飯館に春田のなしも悲しかな
春日さし石あたたむる動かざり


川上の春の流れの清しかも瑞枝の影のやわらきかな
清流の磐打ちひびき流るかな残れる雪のここに清しき
天上に浮かびしごとく残雪の吾妻峰仰ぐ神々しかも
山津見の社や遠く奥深し残れる雪に住む人ありぬ
知られざる道に誘われ春の日や遠くに行かむ山を望みて
八石山石切り場かな飯館に営みありて春の日さしぬ
前田より開けし土地や古き碑のここに並びて梅におい散る
広々とと飯館めぐり春の日や深く息して帰りけるかな
飯館の広々として春の鳥さえづりつつもわたり飛ぶかな
根付く石ここ離れじも淋しか春は来れど人住まぬ家
飯館に春の灯ともれ人影にほのぼのとして村も活きなむ

飯館の佐須から霊山に行きまたもどり山津見神社から八つ石をめぐり前田に出て臼石から草野を回り大倉から真野川に出て帰ってきた
つくづく山津見から前田の方には行ったことがない、飯館村は本当に広いからまだ行っていない道がある。
前に阿武隈高原の魅力が道にあると書いた、道が縦横にありどこまでもある。
その道を春の日がさしてきままに誘われ自転車で行くとき気持いいのである。
ただ介護十年で自由が奪われたので行けなかった、三食用意するとなるといつも追われていてゆっくりできないからである。
いつ帰ってもいいなと思うと楽であり追われることもなくなったのである。

飯館村は奥深いからところどころまた雪が残っていた、やはり寒い所なのだと思った。
あたたかくなったから雪は残っていないと思ったからである。
ただ最近まで寒い日があったから雪が残っていても不思議ではない
佐須から峠を越えて伊達市に入り霊山から望む吾妻峰は雪が厚く最高の景色であった
山は見る場所によって相当に印象がちがう、季節によってもそうである。
福島市から吾妻嶺を見てもそんなに美しく見えないのである。それも富士山でも同じである。場所や季節によって山の見え方は相当に違うのである。

今回は大倉の奥に木の根元にあったから根元石とか草野から大倉に出る所の石は根付き石とかなづけた。ぽかぽかと春の日がさしていた、そして石はそうして春の日がさして気持ちよく動きたくないとなる、老人になると特に動きたくなくなるのだ
「ここがいいな、ぽかほか春の日にあたたまって」とかなる
老人になるとそうして慣れ親しんだ所がいいのであり移動するのが不幸になる
だから大内村とかで70ハーセントも帰るとか飯館村でも30パーセント帰るというとき老人が多いからだろう。老人は慣れ親しんだ所に帰りたいのである
原発事故の酷さはそういう場を奪ったことにもあった。老人に過酷だったのである。

ともかく飯館村は何軒か避難解除になって住む人がいた、でももう住まない人もいて空家になっている、根付き石の所にある家も壊されていた、人が住まないということはどういうことになるのか、そして普通だったら春田になっている、春田というときこれから田に水が流れて田植えがはじまるという時期の田であり単なる荒地ではない
今はその春田がなく荒地になっている、そういう暮らしが消えるときそこは何なのだろうとなる、飯館村は広いから牧場とかあり土地が広いからそこをどう利用するのかとなる
ソーラーパネルとかになりやすいのである。

次回も飯館村に行って感じたことを書く
posted by 老鶯 at 10:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 飯館村