2017年10月31日

今日の鹿島駅-短歌三首(山口から来た老人)


今日の鹿島駅-短歌三首(山口から来た老人)


山口より来る老人我が駅に立ち寄り去りぬ秋のくれかな

木枯らしの駅に吹きにき季(とき)めぐる人も変わりぬ行き交ふ人かな

病より立ち直りしもその人の老いしやあわれ同じ街に住む


今日駅に来たの山口県から来た老人だった,何かぶらりと寄る人が結構いるのだ
今は老人が暇で金があるから自由な旅行をしている
退職して旅行する人はかなりいる,自由な時間が退職すると得られるからである。
それで驚いたのは鹿児島から歩いて青森まで行くとうい人だった
その人も退職したからこそそんなことをはじめたのである。
これからは退職してからの人生が長くなる
するとその時間をどう生きるのか問題になるのである。
自分は旅はあきるほどしたかから何かそんなに旅はしたくなくなった
それより介護十年間して家族もみなん死んで気がぬけたようになってしまった

どういうわけかこの前も山口から来た人がいた,その人は鉄道マニアで写真をとっていった,鉄道マニアは何気ないものを駅舎でも必ず写真にとる
結構この鉄道マニアもたちよるのである。
別に今回その山口から来た人から何か聞けるこはなかった
この辺のことをこちらで説明して終わりだった
親地駅が津浪で高きところに作られて金華山き牡鹿半島が見えるから行くといいと言ったら新地駅に向かった

でもこうして遠い所からふらっとたちよる旅人がいる,ここでの印象は何なのか?
その人は右田の一本松を見てきたという,これは宣伝なのか?テレビでも写したからか
見に来る人が多い,テレビに写るとそれだけ宣伝効果が大きいのである。
ただあの一本松も枯れてしまうと何か見るものもなくなる

最近は良く自転車で運動している同級生とあう,今日もあったので話した
なんか老けた感じに見える,脳梗塞で入院したとはかなりの衝撃だったのだろう。
この年だと急激に老ける人は老ける,自分だって病気で一カ月入院したり介護で苦しみ老けた,でも自分は歩くこととかスイスイ歩けるし姿勢からはまだ老けては見えない

老けたというとき前かがみになったり歩く姿がよぼよぼになったら本当に老けた老人とみられる,何かしゃんしゃんと歩いていると老人に見えないのである
ただ病気になったら60以降は急に老いることは確かである。
だから60以降は健康でるかないのか差が本当に大きいのである。
どんなに金持ちでも老いるとよぼよぼになったら人間としての価値が急激に低下してしまうからだ,だから本当に60以降は健康が大事になるのである。

ともかく駅は外部の人を迎える場所なのである。自分は旅ばかりしていたから迎えられることだけだった,今は迎える人となっているのも不思議である。
鉄道の旅が長いから何か駅員のまねをして盲人の安全確認して車掌に手をふったりするとき駅員になった感じになる
鉄道が好きな人は鉄道で旅するだけでない一日でも駅員になると鉄道が別な角度から見えるようになるのである。
人間はそもそもいろいろな仕事ができない,だからいろいろな仕事のことがわからないのである。鉄道員に一日でもなれるたとは鉄道好きなものにとって得難い経験となるのである。ただ現実の場ではむずかしいが自分が無人駅で駅員のまねをして案内したりしたことは本当にいい経験だったのである。

常磐線俳句十句 (新地-相馬-鹿島-原町-小高-浪江-いわき)


常磐線俳句十句

(新地-相馬-鹿島-原町-小高-浪江-いわき)
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原町                                               相馬市

(新地駅)

暑き日や新地に海見え道しるべ

新地町海風そよぎ沙羅の花

金華山駅より見えてて夏の海

駅に見ゆ雪の蔵王や境かな

(相馬市)

城下町夕暮れあわれ藤の花

(鹿島)

田舎町草むら深く月見草

田舎駅待つ時あれや合歓の花

(原町)

ひまわりや原町機関区電車来る

(小高)

街道の道の辺の碑や草萌ゆる

(浪江)

大堀の左馬茶碗と柿なりぬ

(末続駅)

畑に人末続駅や菖蒲かな

(いわき)

なでしこやいわきの海の朝明けぬ



静心相馬の城下長々と藤の花垂れ暮れてゆくかな




何かその村であれ町であれ市であれその雰囲気にふさわしいものがある,花でもそうである。
相馬市というと中村神社の藤の花が印象的になる,相馬市の不思議は何かしんみりとする街なのである。そのことは何回も書いた,城下町の雰囲気が一応あるとなる

原町(原ノ町駅)はもともといわき市は平機関区があり原ノ町機関区があり大きな駅だったのである。だからこそ原ノ町は近代化して発展した,無線塔も建ったり相馬市の城下町より発展したのである。駅前通りがにぎわったのもそのためである。
相馬市は街が駅前通りではなくもともと城下町のままだったのである。
だから今でも細い路次が碁盤の目のようになって残っている

城下町だったところは近代化したとき発展しにくくかった,それは外国でも歴史区がありそこはもともと古い場所である。その周りが近代化したビルの立ち並ぶ都市として発展した,会津でも会津の北にある喜多(北)方が商業が発展してあれだけの蔵が建ったのである会津の城のあるところは侍の街だから商業に向いていなかったのである。

駅には市町村でも何か他と違った特徴がある,それはやはりその土地土地によって違ったものが歴史的に作られているからである。
特に地形が変わるとそうなりやすい,これは歴史がわからなくても峠を越えたり海が見えたりするとその土地の変化が肌で感じる

関が原では必ず春でも雪が残っている,その関が原を出ると近江となり何か景色がなごむとういかおだやかに感じて春の山々が見えた
仙台と山形の境の面白山トンネルをぬけると春でも山には雪が残っているから山国を感じる,そういう地形的境が節目となる
新地は宮城県の伊達藩に属していたが外から来た人は常磐線に乗った来た人はそんなに変化を感じない,でも地形的には一番海に近い,だから駅が津浪で流されて新しく高くなったので牡鹿半島とか金華山が駅から見えるのである。
新地の特徴は海が近く山が迫っていることである。

陸前浜街道があるが小高辺りで碑がありその時は草もえる時期だった,相馬から小高まで来るとそれなりに遠いなとなる,浪江は相馬焼を庶民化した大堀があったが原発事故で消失した,でも水戸黄門で左馬茶碗のことをドラマ化したのは面白かった
庶民化した茶碗であり走り駒というのを描いてはならないものだったのである。
相馬藩御用の窯が相馬市の城下にあり田代家が受け継いでいたからである。

こうして何か市町村には駅々でも特徴がある,ただ外から来るとこういうのはわかりにくいのである。
いわきは古殿から峠を下り海に出てテントを張りとまった,その朝になでしこが咲いていたのである。だからなでしこが何かいわきにふさわしいとなった
その場にふさわしい花がある,それは人によっても感じ方が違ってくる
また旅の仕方でもそうである。古殿から御斎所街道を下って遠野を通りいわきの海に出たからこそ一段と海を感じる,山から海へと何か解放感を味わうのである。

何か自分は今は介護十年して旅はしていない,でもこれだけ旅すると旅しなくても旅しているのである。これも不思議だとなる,旅は意外と後から思い出す旅が大事になる
いかに記憶をたどってゆくかが大事になる
人間は最後は旅でもそうだが記憶だけになる,記憶をたどるのが老人だとなってしまうのである。だからこそ原発事故で避難した人は故郷を失った人達はその記憶の場を失ったから悲劇だったのである。
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2017年10月30日

風で常磐線運休二本 (駅ではお土産を買いたい人が多い)


風で常磐線運休二本

(駅ではお土産を買いたい人が多い)

今日は風で常磐線が運休していた,仙台行きに乗る人はちょうど乗ることができた
次の仙台行きが運休になった
インターホンで連絡してみればいいと言って原町駅に問い合わせたら仙台行きは出る
その後は運休になった

その人はお土産買いたいといってテレビ画面の宣伝の映像を見ていた,そしたらネットで買うからいいと言っていた,パソコンの話をしていたから詳しいらし
原町駅でもチーズのみそ漬けは人気である。
あそこの売店にはお土産を売ってるからいい,ここでも売ればいいのにと言っていた
前もお土産を買いたいという人がいた,わざわざ六号線の香の蔵まで行った人もいる

何か駅ではお土産を買いたいということがある,だからお土産の需要はある
ここにお土産が売っている,菅野漬け物店はこの辺では有名である。
近くで世話になった人がここでずっと働いていたのである。
あの女性が働いていたなと時々駅から思ったりするのもここは狭い町だからそうなる

みそ漬け処 香の蔵

駅はまた自転車置き場を広げる,八重桜の木を切ったところを自転車置き場とする
その他また工事する場がある,この前はスイカの自動改札の機械を点検する人があった
無人駅でも人が来て保線とか電気系統の点検とか駅の建物とかその前の広場とかを見ている

鹿島駅前はJRの土地である。だから駐車場にはなっていない,一時的にとめるのはいいのだが駐車場ではないのだ,それで車をとめるところがないかと前の自転車屋の人に聞く人があった,キクチスーパーにとめるのがいいと教えたという
駐車場がないことが駅では困るのである。
地元の人は指定した駐車場を借りている,そこは停車できないからである。

いづれにしろこれから風が吹くと必ず遅れる,それが問題になるのだ
今日は木枯らしであり時雨たりした,風は冷たく冬になったのである。
もう冬なのか,秋がなくて冬が来たともなる,何か変則的になり変わってしまった
秋はもっと長く感じていたからである。
だから秋の季語には秋深いとか秋に関しては季語が多いのである。

木下夕爾の広島原爆忌の詩を読む (原発事故で避難区域となった街とにている)



木下夕爾の広島原爆忌の詩を読む

(原発事故で避難区域となった街とにている)

火の記憶

 広島原爆忌にあたり−
 
   木下 夕爾(きのした ゆうじ)

とある梢の
終わりの蝉がどんなに小さく鳴いても
すぐそれがわきかえるような激しさに変わる
鳴きやめたものがいっせいに目をさますのだ

町の曲がり角で
田舎道の踏切で
私は立ちとまって自分の影を踏む

太陽がどんなに去っても
あの日石畳に刻みつけられた影が
消えてしまっても

私はなお 強く 濃く 熱く
今あるものの影を踏みしめる

詩は比喩だからいろんな解釈ができる、広島原爆のことから詩にしている
この人の詩の不思議は何かこの辺の状況を詩にした感じになる
詩とか芸術は鑑賞する人によってその意味が深められる
これは原爆と関係している、その原爆とこの辺の原発事故は同じではないが放射能被爆ということではにている

この辺の一番の変化は町が故郷が住めなくなりゴーストタウン化したことである。
そのことが一番の変化でありそれがイメージもできないことだった
ただ広島だって原爆が落とされたとき廃墟と化したしその光景は地獄だった
人が二十万とか死んでいるから悲惨だった
ここではそういうことはないのだが町に人が住まなくなったことでこの詩のことがこの辺とマッチしているのだ

とある梢の
終わりの蝉がどんなに小さく鳴いても
すぐそれがわきかえるような激しさに変わる
鳴きやめたものがいっせいに目をさますのだ
秋も終わり蝉が鳴く声が聞こえなくなる、
でもまた一斉に蝉の声がひびいてくる

つまりこれは人が消えた町でもわずかに残っている蝉でもそれがまた一斉に蝉が鳴きだす
それは人がまた帰ってくるということなのだ
元の町にもどるということなのだ

あの日石畳に刻みつけられた影が
消えてしまっても

これも廃墟と化した町を歩いてみると同じように感じる
そこには人が住んでいて人の影が刻みつけられていたのである。
それはなかなか消えないということである。
そこになお生きてその影をふみしめ、そこに継続して生きるということである。
何かこの詩の不思議は復興する元の町が回復する詩となっているのである。
他にもこの人の詩はそういう不思議さがある

長い不在

かつては熱い心の人々が住んでいた
風は窓ガラスを光らせて吹いていた
窓わくはいつでも平和な景をとらえることができた
雲は輪舞のように手をつないで青空を流れていた
ああなんという長い不在
長い長い人間不在
一九六五年夏
私はねじれた記憶の階段を降りてゆく
うしなわれたものを求めて
心の鍵束を打ち鳴らし
『定本 木下夕爾詩集』(牧羊社)

この詩は全く廃墟と化した原発事故避難区域の街のことである。

ああなんという長い不在
長い長い人間不在

まさにこういう状態がつづいている、避難してから7年近くにもなるからだ

私はねじれた記憶の階段を降りてゆく
うしなわれたものを求めて
心の鍵束を打ち鳴らし

原発事故の避難区域になった街ではそこには記憶がこうして残っている
今でもその町に行けばこうして記憶をたどるのである。
うしなわれたものを求めて・・・記憶をたどるのである。
原発事故で失われたのは生きた記憶だったと書いてきた、記憶がいかに老人にとっては大事か、記憶そのものが人生になっているか書いた,町に人が住まなくなることは記憶が消えることなのである。
生きた記憶が消えことなのである。町にはいろいろなものが記憶されているのである。
道の辺の古い碑でもそうだし墓でもそうである。
それは過去の記憶であり過去がその土地に生き続けることなのである。
町に人が住まなくなることはその記憶を失うことなのである。
だから死者も実はその町に記憶とともに生きているが誰も住まなくなったらその死者の記憶も消えるのである。継続した生が消失するのである。
posted by 老鶯 at 10:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2017年10月29日

強すぎる司法権 (検察官僚が実質の支配者)


強すぎる司法権

(検察官僚が実質の支配者)


今回の小池百合子の排除の言葉でもそれを良しとする人達と悪いという人達がいる
良しとする人達は右寄りの人に多く悪いという人達は左の人達に多かった
そしてマスコミは悪いとして小池百合子を攻撃したのである。
希望の党を民進党が乗っ取り小池百合子にあやかりあわや政権交代をも目指したのであるだからマスコミにとって民進党の候補者の排除は許されなかったのである。
ただマスコミはみんな中立として見ていたのである。
自分もそうだったしみんなもそうである。でもネットでそうした右寄りの意見が多く出ているので考えるようになったのである。
マスコミは左によって占拠されていてかたよって報道していたのである。
だからあれほどの小池百合子の攻撃になったのである。

だから考えさせるというときかえって反対のことを言うとき考えさせる,考えるきっかけになる,同じようなことを同調することを聞いていたら考えることはないのである。
だから議論することデベートすることは考えることになるから有効なのである。

いづれにしろ民主主義社会では自ら考えることが不可欠な社会である。
でもそれが教育でも社会でも成されていない,考える訓練が成されていない
するとただ同調することだけになりファシズムへと容易に転換してしまうのである
ファシズムは人間を考えなくさせるものだからである。
カルト宗教団体ではそうなっている,そしてマスコミも考えさせないメデアなのである。
なぜならマスコミはただ事実を報道するのではない,何を報道するかも選んでいるし自分たちの主張を通すために報道している,そして巧妙に報道を操作している
記者クラブでも一部の左寄りの人達だけをクローズアップして写していたという
記者クラブ自体が官報であり利権団体化しているにすぎないというときそれは政府の権力側の都合のいいものとして使われているだけだとなる
こうしてテレビを見ている人にはわからないように操作しているのである。
だから知らない間にテレビを見ていると洗脳される,テレビは考えさせないメデアなのである。
ただ自分は今回の選挙では比例は希望の党に入れた,なぜか?

別に排除することはいいことだとネットで右寄りの人達が言っていたからである。
排除を嫌ったのはマスコミであり別にそれなりに筋を通したものだったのである
だから小池百合子は謝る必要がないというのもうなづけたのである。
自分は右でも左でもなく,民主主義社会には政権交代があるべきでありそれは保守の二大政党のようなものの方がいいと思ったからである。
民主主義社会には政権交代があって成り立つのでありなければ一党独裁であり全体主義社会ファシズム社会となるからだ

ネットではいろいろな情報がでてくる,それを読んでいた方が真実に近づける

官僚独裁国家・大日本官僚帝国の官僚の恐怖政治を支える2本の柱が、 
「警察と検察と裁判所が役人の同士として完全にグルになった司法暴力」、 
「記者クラブという報道情報独占利権と平均年収1500万円の特権階級を保証された 
日本の御用マスコミの第4の腐敗権力」だ。 

日本国民が官僚を潰そうと選挙でどんな反官僚の政治家を当選させようと、 
事実上、「司法暴力」と「第4の腐敗権力」を支配する官僚権力が、 
「国会議員の立法権」も「総理大臣の行政権」も脅しをかけて従える事ができる。 

「国民の意思」である選挙も、 
「司法暴力の国策捜査」と「御用マスコミの偏向報道」で 
官僚に都合の悪い政党や候補者を悪徳政党や汚職政治家に仕立て上げて落選させれば、 
幾らでも官僚権力が操ることができる。 

この国の実態は「民主主義国家・日本」ではなく、 
「官僚の恐怖政治が支配する警察国家・大日本官僚帝国」なんだよ。

なぜこれほど司法権が強いのか?それは警察という暴力装置と密接に結びついているからである。議員とか行政でもそうした暴力装置とは結びついていないからかえって司法の力が強いとなり自治体が警察に脅されたことでもわかる
権力の実体は警察権力に露骨に現れているのである。誰でも警察とはかかわりたくないというときもそうだし議員でも行政でも警察を恐れているからだ
それは警察は逮捕することもできるし実行する権力をもっているからである。

現代社会は権力を持っているのが露骨に見えにくいのである。
それで本当は議員などは何の権力ももっていない,もっていたのは東電の幹部のような目立たない人だったというのもそうである。検察官僚も天下りしていたからである。
警察でも必ずしも現場の警官が権力をもっているとは限らない,検察官僚が司法を司る人が実際の権力をにぎっている,警官ばかりに注目するが実際の陰の権力者は検察官僚だとなる,そうなると社会を支配する側に立ちたいなら法律を勉強して検察官になれともなる警官はただ上の検察官に従うだけだとなるからだ。



社会の仕組みがどうなっているのかわからない (民主主義社会に生活ししていてもわからない)


社会の仕組みがどうなっているのかわからない

(民主主義社会に生活ししていてもわからない)


人間はつくづく社会に生きることが何なのか,どういう社会に生きているのかわからない基本的にそういうことがわからないとしたら生きることがむずかしくなる
学校ではなぜあれほど勉強しろとか受験競争とかなったのか?
それは今の社会を生きるために楽して生きるためにそうなった
親が底辺だったのは学歴がないからだとか地位が得られないのは月給が安いのもそのためだとかなる,それで大学でもいい大学に入れば大企業に入れて楽して金になるとなる

勉強の動機は明治から福沢諭吉の立身出世主義になったのである。学問とは立身出世のためであり学問して得した楽な生活を送りたいということでそうなった
何か真理の追究とかもともとあった学問は功利主義の学問になった
利を得るためのものであり利にならない学問はいらないとなったのである。
それで文系はいらないともなってきたのである。

警察のことを取り上げたが警察というのがどういう仕組みになっているのか?
一番トップにいる人は検察でありその人たちは法律家であり司法試験に受かった人なのである。司法試験を受かるということ自体がすでに警察のトップになれるということであるそれは腕力とか体力でとない法律に通暁した人がトップになり警察を支配するのである。侍の時代だったら腕力であり武力がものいう時代だった,力持ちが村でも能力あるものとして認められていた,なぜなら機械がない時代は力仕事をするのに米俵でもかつげる力持ちでないとできないからである。

警察でも現場の警察官は体育系の体力がある腕力が強い人がなる,それは現場では腕力が必要になる,犯罪者を体力で力で捕らえることが必要になるからだ
体力で威圧する必要がある,でも現実に警察を支配しているのはそうした腕力あるとかの人ではない,法律に通じた人なのである。その資格を持った人なのである。
すると社会を知っていれば上に立ちたければ法律を勉強しろとなるのだ
密接に警察と結びついていて警察官僚になるには法律の資格が司法試験を受かっていなければなれないからである。そこで東大閥とかが形成される

上に立つというとき今は腕力でない,頭脳であり知力であり腕力は低いものにみられる
それで子供の時から勉強しろ勉強しろとなるのだ
例えば建築現場で働くものは肉体労働だから辛いことがある,体力がないとできないことがある,でも設計とかしていればそれは肉体労働ではないから楽だし給料を高いとなるのが現代だからである。
そして機械によって肉体労働は価値なくなる傾向にあるのも現代である。
すると機械を作る人間の方が価値あるとなる

また逆に体力がないものは勉強した方がいいとなる,体力があるものは建築現場でもどこでも一応働けるから食べていけるが体力のないものはできないとなるからそういうことを自分自身のことがわかっていれば自ずと勉強するようになっていた
自分も体力がないからそうして勉強すれば良かったとなるが自分のことがわからないと
社会に出て苦労することになるのである。

こういう社会の仕組みを知っていれば自ずと勉強した方が得だとなる,警察でも上にたつの上で命令するのは司法試験を受かった人達であり体力があっても上には立てないからだそんな理屈ばかりを言う人を無視しろというのもある,でもその人は現実社会をわかっていないのである。その人が警察官だったとしたらそうした上の人に命令されて動く人だからである。

民主主義社会に生きていて民主主義のことがわからないのである。
三権分立があり司法,議会,行政に分かれている,司法は法律で決める場所であり議会は法律を決める所であり行政はその法律を執行する場だとなる
そしたら法律がいかに重要な役割を果たしているかとなる,法を決めて法で動いている社会だともなる,その法を無視して民主主義社会は成り立たないのである。
法律が絶対ではない,ただ一応法律に基づいて社会を運営するとなるのが民主主義社会なのである。

特に文系の場合はどういう職業と結びつくのかわかりにくい,ただ法律関係だと警察という官僚組織にトップに立つというたとがイメージできているしわかりやすいとなる
でも経済学部とかいろいろあるけど文系はどういう職業につくために勉強しているのか社会と直接結びつかないのである。だから遊んでいるだけの無駄だとなる
ただ人間は無駄にも効用がありそれですべていらないとはならない

そもそも学問自体何なのかとというときそれは広範囲な人生全般にかかわるものである。大学とかないと時代は境界とか僧院とかが学ぶ場だった,そこでは社会で得するために学ぶとかではない求道心があって学んでいた,修行する場だったのである。
そこは実学の場所ではなかった,そういうものがなくなったとき大学が就職のためにとかなったのである。

いづれにしろこの社会がどういうものなのか?その仕組みもわからない,民主主義社会といっても言葉だけであり現実に社会の仕組みもわからない
だから警察官でも法律を知らないし法律を無視するような発言になる
でも現実は警察は法律を無視してありえないのである。第一警察機構を支配しているのは司法試験を受かった検察官だからである。法律を知っている人が警察官を動かしているのである。

「法秩序を守るための仕事をしている人」は、「法の番人」に入ると思います。
役所用語で「法執行機関」というと、だいたい捜査や調査をしている機関のことで、警察海上保安官や国税査察、税関、証券取引等監視委員会、公正取引委員会も入ります

法の番人が警察であり警官であるときその人が法を無視していたら法治国家も民主主義も成り立たないのである。

2017年10月28日

法律は理由である、いかなることにも理由がある (理由を拒否するものは民主主義を否定している)


法律は理由である、いかなることにも理由がある

(理由を拒否するものは民主主義を否定している)

警察官から職務質問を受けることが
そんなに不愉快ですか?
私も今までに数回、警察官から職務質問を
受けたことはありますが、普通に応じたら
すぐ終わりました。何の不都合もありませんでしたけど。
正当な理由(犯罪に関わっていると疑われる相当な理由)がなければ、そもそも職務質問に応じる義務はない?
小賢しい法律知識を盾に不必要に警察官を
挑発する必要がどこにあるのですか?


この人がいかなる人かわからない、警察官かもしれない、全くこの人は理由そのものもを拒否している
つまり法律も否定している!この人は民主主義社会を否定する人なのである。
小賢しい法律知識を盾に不要に警察官を挑発するのか?
この発言にも強権的な警察の体質が露呈しているのである。

物を売り買いするのでも理由がある、物がリーゾナブルだというときreasonがあるからそれを買う方でも認める人間生活はあらゆるところで理由づけがなされているのである。
この前家の樋を直してもらおうと思って頼んだら高くなるというときそこは危険な場所だから高くなる
そういうことで理由が常にある,鳶職は危険だから給料が高いとなる

人間にはあらゆることに理由がつきまとっているのだ。別に難しいことでなくてもそうである。
金をくれと親に頼むとき何に使うのだなる,その理由も聞かれる
ただ金が欲しいから金をくれということで納得する者は親でもいないのである。
人間社会は一見理由など考えない,そんなめんどうなことを考えたくないとして生活している
だから法律などめんどうなものは関係ないとも思うし必要もないとも思い生活している

ところが法律と関係しなくても人間は理由から逃れることができないようになっている
例えば力があるものは力で押し通すことができるし暴力で通すことができる
なんで俺を殴るんだよとか言ってもお前が気にくわないから殴るんだとなっても力ある者はそれで通る
これが戦争になる時でも通用する,アメリカだったら理由なくても圧倒的な軍事力で戦争して国を破壊できる
それでは世界の人が納得しないので化学兵器をもっているとか難癖つけてイラクを攻撃したのである。

権力をもっていてもそれだけでは攻撃できない,理由が必要になるからである。
警察の危険は権力をもっているから押し通すことができることである。
職務質問でもあやしいと通報されたら駆けつけるという,それは決まりだからという
それを県の公安委員の人も相談したら言っていたのである。
その人はいろいろ親切に説明してくれた、でもあやしいというだけで職務質問する権限がどうしてあるのかが今も疑問なのである。

要するに自分もその理由に納得できないのである。そこに理由がないのである。
あやしいというだけでどうして誰でもその場もわきまえないで職務質問できるのか?
例えば劇場のようなところでみんなが集まるところであやしい人がいると警察に連絡したらその劇場に職務質問にくるのかとなる
その時と場をわきまえないことができなるのか?
それは極端にしろそういうこともあやしいと通報があればかけつけなければならないとはいうのはおかしいのである。
あやしいとあればそのあやしいという理由は聞かないというのも納得いかないのである。
つまりあやしいという理由が欠如しているのである。
だからここでも理由がともかく必要がとなる

与那国島では土地の人に木陰に休んているからあやしいとして警察に連絡されて職務質問された
その理由が木陰に休んでいるからだとなる、それには納得いかないにしろ理由は理由だったのである。
今回は一切その理由がない、ただあやしいというだけでかけつけてきたのである。
この辺では別に職務質問を受けやすい,避難区域になった所で自分は何回も職務質問を受けている
こういう事情だからしょうがないとなる,それも理由なのである。
でも今回はそうした理由がなかったとなる,ただ外部の人が入ってきているのであやしいと地元の人が通報したのか?それも理由にはなるがそれは言わないのである。

そもそも理由に関係なく怪しい通穂あればどこでも関係なく駆けつけると言っていたからである。
警察官らしい人がそんなに職務質問にこだわるのはおかしい、そんなの普通のことであり理屈を言う必要はないとコメントがあった、つまり警察官は職務質問に関しては強制的にどんな人でも場合でも理由もなくできることになっているしそれをやめないのである。
警察の方にしたらそんなことで理由を聞いていると犯罪者を捕まえられないということはある
だから数うちゃ当たるということで強制的に職務質問しているのである。
それが権力でできるのである
別にこのことは警察だけのことではない、人間のすることには必ず理由がありその理由が正当なら納得して認めるというのが法の起源なのだろう。目には目を歯には歯をというときそうである。目がつぶされたら目をつぶすとなる、復讐を正当化する法律だったのである。

ともかく法律とかは特にその理由の正当性がないと認められないのである。
学問自体もみなそうして理系でも理由を求めている、なぜそうなるのかという理由を求めているのである
これは一つの例にすぎない、人間社会のあらゆるところで理由が大事になる
株だってただ奨めて買わない、もうかる理由を言わなければならない
ところが銀行でも投資信託な説明されてもその理由を理解できないということがある
するとその理由知らない頼んだ人が悪いとなるのである。
自己責任になり銀行では責任をとらない、でも株とか投資信託の仕組みをしることはむずかしくて不可能だったのである。とするとそんな理解できないものに手を出すのが悪いとなり自己責任になるのである。

人間社会は特に民主主義社会はこの理由の追求である。一党独裁とか中国のような社会ではいちいち理由を言う必要がない、権力者が理由にこだわらず権力でもって通すことができる社会なのである。
法治国家というとき法で治めるのだから理由が大事になる、理由なしで権力があるからと通る世界になったら法治国家にはなりえないのである。
警察はこの法と深く関係している場である。暴力で治めるのではない、法で治めるとしたらそうなる
だから法を無視する警察を許していればもう法治国家ではないのである。
ただ法律というのはむずかしい、でも日ごろ日常生活で常に理由が追求される、だからそこで考える習慣をもつことが民主主義社会を生きることになる
理屈を嫌がる人がいるけどではささいなことでも子供に金をくれるとかでも理由なしでくれる親はいない
他にも何かしら理由がないと認めないのである。人間の行為には必ず理由がつきまとっている
それを否定できない、それが法治国家となっている故なのである。

駐在所勤務の警察官は地元に密着 (自分に職務質問した警官は駐在所勤務ではなかった)


駐在所勤務の警察官は地元に密着

(自分に職務質問した警官は駐在所勤務ではなかった)


最近駐在所勤務の警官を良くみかける,自転車で横断歩道を横切ったとき注意された,それは自分が悪かったからしかたがない,また職務質問かと思って嫌だった
その警官は最近地元を回っているからみかける
仮設の食堂で自転車をとめていたら倒れた,それを教えてくれた,なんかまた嫌な感じがしたがそうではなかった,それでありがとうと礼を言った

駐在所勤務のお巡りさんは地元をいつも回る警官である。この前駅で職務質問した警官は駐在所勤務のお巡りさんではなかった,原町の警察署にあやしいと連絡されてかけつけた警官である。
それがなぜプロ野球の試合があり駅が混んだとき来たのか謎である。
外部の人が通報したということもありうる
そういう場で職務質問されることは周りの人が何なのだとあやしいと見られるのである。つまり名誉棄損になるとき公の場でみんな見ているとなるのである。
もしみんなが見ていない場だったら名誉棄損にはならないのである。

みんなが見ている場で職務質問することはそういうことがありうる
でもあやしいと通報されれば警官が関係なくかけつけて職務質問する
持ち物の検査とかいろいろ強制的にするのである。
それは害悪の告知としても問題になる,通報した人も罪を問われる問題にもなる
なぜなら害悪の告知というとき害悪をしないのに通報したからである。
通報した人が名誉毀損として訴えられるのである。人権侵害なのである。
これを警察では軽く見すぎているのである。そういう事情など全く考慮しないのである。あやしいと通報があればかけつけてどんな場でも職務質問するのである。

ただ駐在所勤務の警察官はの場合は違っている,「何をしているんですか」とか聞いてコミニケーションをとるのは別にその土地の人のことを知るためでありいいのである。
職務質問とは違うのである。職務質問はすでにその人が何かしらあやしいということでしている,犯罪者ではないにしろそういう疑いの眼でみる
それは公の人が集まる場でしたことは明かに人権侵害だったのである。
それ以後自分は駅に自由に出入りすることができなくなったからである。

この辺は外部から警官が入ってきている,駅前でも今日は長野県の警官がパトロールしていた,遠い所からも来ている,それでそういう人が職務質問したのかもしれない。
ただ駐在所勤務のお巡りさんは地元の人にも尽くしたとして表彰されたのは地元の人とコミニケーションをとっているからである。
地元の人と親しくなっていればそういうことはないのである。

これは一見たいした問題ではないように第三者からは見える,でも自分にとってはショックだったとなる
結局なんでもケースバイケースでありあやしいと通報されたから問答無用で職務質問するそれも人が集まる公の場でしたことが問題なのである。
それも警察では全然反省しない,権力があるから何でも通ってしまう
そこに権力の怖さがある,抵抗もできないからである。
一人の個人のことなど力がないのだから考慮しないのである。

そしてみんな自分がこんなことをいっても誰もとりあわないのである。
警察とかかわることをみんな誰でも嫌がっているからである。
スネに傷をもたない人はいないし警察とかかわらないという人が多いからである。
駐在員はいつも地元をまわりみかける人なのである。コミニケーションもとれる人なのである。
でもそうでない警官もパトロールしている,この辺では外部から応援でまだ来ているのである。そういう警官は駐在所勤務のお巡りさんとは違うのである。
だから通報あれば職務質問する,その人の立場など考慮しないのである。
そしてその被害は大きいこともある,でも権力によって通すことができるから警官を信用しなくなった人も多いのである。
ただ地元に密着する駐在所勤務のお巡りさんは地元の人にしたわれたりしているから違っている
それは地元の人とコミニケーションもとれているからそうなる
そこに長くいればコミニケーションがとれるから問題は起きないともなる

2017年10月27日

こころ(心)はここの意味だった (原発事故で失われた心となる場)


こころ(心)はここの意味だった

(原発事故で失われた心となる場)

こころは
ここ
ここに生きる
ここに根付き
ここに生き抜く
ここに受け継がれる
代々の命
ここを離れて
こころはない
こころは失われる

こころとはどこにあるのか?まさにここあるとなる
こことはその人が住んでいる場所のことなのである。
そこに心は育ちはぐくまれる
言葉には何か意味がある、それが意外と見逃されている

人間のアイディンティティはどこで作られるのか?
それはそれぞれに住んでいる場所しかありえないのである。

人間の思考とか生物でもその土地土地に生きることが宿命づけられているからである。
だからその生きる場所を失うことは致命的だとなる
原発事故で避難区域になったところはそうしたこころになる場所を失ったのである。

ただではそこで心となるものを育てていたか、価値を知っていたかとなると知らない
正業(なりわい)を失ったというけどその生業にどれだけの価値を認めていたかとなると
ほとんどない、別にそれは意識されないものだからである。
たからそもそもその価値がどうだこうだと考えないし意識もしない
ただ避難してその心となる場を失ったとき意識したのである。

それで不思議なのはそうして心がある場所が失われたからこそその心があった場所強く求めるということも起きてくる
奇妙だけど自分の心はどこにあるのだろうともなる、それがほかの場所でありうるのか?
それが若い人なら他でその心を育てる場所をもつことができるけど老人になるともうできない
だから老人は心のある場所に帰りたいとなるのである。
その心はもう金では買えないものだった、取り戻せないものだった、第一その心がどういうものか気づいていなかった

人間はなんでも失ったとき意識させられるのである。
失ったときその存在を強く意識する、空気のようにあるものは意識しないのである。
故郷に住んでいるものは別に故郷など意識しないのである。
それは当たり前にあるものだからである。故郷がなくなるなどイメージすらできなかったからだ
心とはまたここで代々受け継がれる命のことでもあった、なぜなら故郷には先祖代々の死者もいるからだ
故郷がなくなればそういう死者の霊も代々継がれてきた命も失われる

つまり町であれ村であれその全体が消失するということなどイメージできなかったから対処できなくなっている
津波だったら被害が大きいにしろん一部でとどまって全体は維持できたのである。
原発事故は全体を喪失したから回復することがむずかしくなったのである。
どうしてどこから手をつけていいかもわからないような状態になったのである。
ともかく心がはぐくまれる場所はそれぞれが生きているここでありほかにはありえないのである。
だからこそここを失ったことがもう心もない状態になったのである。
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小耳にはさんだこと (避難区域での農業のこと)


小耳にはさんだこと

(避難区域での農業のこと)


昨日原町のレストランでで聞いた,詳しい内容はわからない,何か原発の避難区域で農業している人の話である,一千万で農機具を借りてしているがその一千万が収入となるという,そこにはからくりがあってそうなる,詳しいことはわからない

それで霞が関ではうまく仕事をつくるんだよな
そういったので良く「心の青雲」でそのことを言っていたのでそうかなと思った

原発はもの凄いた利権を生むものなのである。第一こんなに補償できること自体驚きだった,東電がこれだけ大きな会社ということともわからなかった
それは船主とかでは原発前も多額の補償金をもらって原発御殿が建てたとか周りで話題になっていた,ただそれは港近くに住んでいる人達がわかっていたのであり離れていればわからなかったのである。

だから農業関係でもそうした利権化して復興という名のもとに国から金がでる
もともと農業には補助金が出ていたりしていた,その詳しい内容はわからない。
でも何かこの辺はそうした補助金頼りになっていることは確かだろう
浪江の室原の人はヘリポートできる,そこが自分の土地に入れば土地代が入るとか言っていた,なんかみんなそうして帰って復興する気がなくなっているのだ
だから補償金をどれだたけもらうかということが最大の関心事となる

そういうことで復興というのはむずかしくなっている
何かこういうとき苦しいのだけど人間的ドラマが生まれるとういこともある
みんなで団結してがんばって苦難を乗り越えようとかなる
それは奈良の十津川部落で水害で集団して北海道に移住したとき起きた

ここでは何かそうしたことがない,ただ補償金をどさだけもらうかが問題になった
それは30キロ圏外になった自分の住んでいるところでもそうである。
そのしこりは今でもあり南相馬市の一体感は失われたのである。

結局避難区域では双葉大熊などでも帰ることをあきらめた人が多いだろう
するともっている土地を生かし土地代をもらうのがいいとなる
放射性物質の廃棄場になってもその土地代で暮らせればいいとかなる

だから何か避難区域になった所は復興がむずかしい
大切なものうを失った,精神的損害が大きかった
でもそれが何なのか?そのことを自分は追及した

それは金で代えられないものだった,日常の生業であり普通にあった日々の暮らしであるでもそういうものの価値は普通は意識しないのである。
人生でも老人になると思い出がいかに大事になるか?でも思い出などいくら金を積んでももう作れないのである。青春など帰ってこないのである。
それと同じように避難区域になった所で暮らした思い出はとりもどすことができなくなったのである。それは補償しようがないのである。

原町のイオン近くにまた三階建ての復興団地が7棟くらいできていた,原町は広いからすでに4カ所くらいできている,それも一大団地なのである。
そこには入っている人は半分くらいである。だからまたこんなに復興団地を建てる必要があるのかともみる,そして主に浪江の人達だと思うがその人たちは浪江に帰るのか?
もう帰らないという人が多いような気がする
だからその後の暮らしはどうなるのだろうともみる,いつまでも補償金をもらえないからである。

ともかく原町は広いから都会である。原町だとなんとか自転車で行ける,でもこの頃相馬市までは自転車で長い間か行っていない,倍の距離があるし疲れるようになった
原町には用事があるし自転車で行けるうちはいいが行けなくなったら不便になる
そういう不安が自分にはある
posted by 老鶯 at 09:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2017年10月26日

秋薔薇-鮭上る(鵜の大群来る-原町へ行く)


秋薔薇-鮭上る(鵜の大群来る-原町へ行く)

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この樹は変わらずにある
他では樹が切られた家も多いからだ
ここでも近くの家の杉は切られたのである。
何かこの辺ではこうして変わらないものが貴重だともなる

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これはイオン近くの牛越の農家である



イワヒバに木の葉一枚秋薔薇

優雅かな紫式部に秋薔薇

散りゆかむなお光あれ秋薔薇

鮭上り鵜の大群や朝の川

蔵ありて農家二軒や柿たわわ


我が家の朝の静けし秋の蜂一羽飛びきて花にささやく

我が庭に静かに開く一輪の秋の薔薇隠れて咲くやあわれ深まる

我ありて一室静か夕べにそ月ののぞくも移りけるかな

俳句は写生である。イワヒバに木の葉一枚がついていることで秋を見る
写真からだけでは秋薔薇とわからない,紫式部も見えるからこの写真の中に語るものがすでに写っているのだ。だから写真と俳句は相性がいいのである。

朝に鮭が上流まで上ってきた,台風で水が出て上ってきたのである。浅瀬がありそこに卵を生んで親は死ぬ,その卵などを死体などをねらっているのが鷺であり鵜の大群だった
鮭は大きいからごちそうになる,鵜は鯉だって丸飲みする
これだけの鵜が来ることは鮭がそれだけ上ってくるということである。

今日は原町の歯医者に行きイオンの方によったら牛越であり農家が二軒あった
その辺は変わった,仮設がまだあり復興団地が7棟くらい建った
原町は大きいからその数も多いのである。
もともと牛越にあったのは写真でとった農家である。
でもこれもわからなくなる,原町では農家があっても市街化してわからなくなる
ただ農家があると蔵があり庭があるから落ち着くのである。
タグ: 秋薔薇

白鷺の詩(2) (自然から離れた文明の醜悪 )


白鷺の詩(2)

(自然から離れた文明の醜悪)


天から優雅に舞いおり
地に汚れることなく
白い衣を着せられて
何ものもまとわない
ただ純白の白い衣の映える
光の中に、緑の森に,大空に
何かたりぬとそから聞こゆることなし
その水辺に,野に、大空に・・・・
ただ日々神にありて神に養われる
そにに付け加えるもの一つとてなし
神の造られしそのままに変わるらじ
人よ、そは何故に醜しや
美服を飾りしもそは醜し
汝より純粋な美は生まれじ
汝は営々と働き努力せしも
しかるに地は汚れゆくや
神の成す業は永遠に美し
天より白い衣着せられて
その身は軽やかに地におりて
また天に舞いたつや
地を汚すことなく神の園生にあり
その身は軽く浮上して飛翔する
そに誠の太陽は輝き映える
そは一枚の白い衣を残して
天使のようにかなたに去りぬ
人よ,何を遺さむ
財を遺せば争いの種
一編の詩を遺して去るべしかな

都会と田舎の問題は一つの歴史的にも人間のテーマである。文明とは田舎のことではなく都会のこと都のことだからである。
ただ逆に文明という大きなものではなく文化は田舎から生まれた、civilizationとcultureは別物だからである

栄華をきわめた時のソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった」と語られています

キリストがこう言ったとき一輪の花とは自然にあるものの全体である。だから一輪の花とは限らないのである。自然全体のことでありここで詩にした白鷺のことでもそうである。

常に疑問なのはなぜ東京のような所に人は住んでいられるのか?
それが田舎に住んでいるものには解せないとなる、満員電車に家畜のようにつめこまれてビルの谷間で混雑する人でひしめく都会に住めるのかとなる、しかし現実には東京に日本でも人口の一割は住んでいるし大阪でもあれだけの人間がひしめき住んでいるのである。
確かに都会には都会の良さがある、しかしその良さは自然からかけ離れた世界であり美はない
東京のようなところが文明の成果なのかとなる、文明というときエジプト文明とかローマ文明とかキリスト教文明とか仏教文明とかマヤ文明とかあるけどそれは明らかにやはり自然と融合した文明である,自然と調和した文明である。
エジプトのピラミッドでも砂漠という自然と調和して生まれた、そして動物を神としたアニミズム文明だったということは今の文明とは違う,動物が現代文明では排除してきたからである。
文明は自然の生態系と分離しているのが現代文明の特徴である。それを可能にしたのは石油とか原子力によるエネルギーの創造だったのである。そこから電気も造れたからである。
一面現代の文明は電気文明なのである。だからこそ電気がない社会は考えられないのである。そのために原発事故も起きたのである。

人間は営々と社会を良くするために働き努力してきたのである。その成果がなぜ東京のような大都会でありそれが労働の成果なのかとなるときまさに

栄華をきわめた時のソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった

それは花というのではなく自然が映えない、自然はすでにもうそこにはないてのである。
でも文明の恩恵は田舎でも受けている、都会と同じような暮らしをしているしむしろ飯館村などは一軒が森につつまれていて暮らしていた、それは田舎から比べると贅沢である。でもそのほかは病院がないとか不便だったのである。
だから本当に住みやすいとなると中都市である、そこでは田舎的なものと都会的なものが融合するからである。
ヨーロッパでは中都市が多くそこから文化が栄えたのである。

美というとき何が美なのか?それが人間には見えていないのである。女性の美にしても性欲的美でありそれは美ではない,人間の美は虚飾の美なのである。それに比べて自然の美は神そのものが造った純粋な美なのである。
だから鷺など当たり前にいるものであり注意しないものもいる、田舎に住んでいて田舎の人自体が別にそうした美を見ているわけではない、そこに価値を認めていないのである。
要するに田舎の人でも都会的なものに憧れているともなる、なぜなら田舎の価値を知って住んでいる人とは限らないからである。
だからこ原発事故発は金になるとして受け入れたのである。

そうなると都会と田舎でも変わりないとなる、その価値観は変わりないとなれば都会に住もおうが田舎に住んでも同じだともなる
ただなぜ人間は美に関して鈍感になってしまったのかということである。まず景観などに注意する人は少ない
だからこそ東京のような都会に住んでいても平気なのである。そこで文明の贅沢を享受すればいいとなるからだ

過去の文明は仏教文明でも美を創造している、今の仏教文明はカルトであり宗教とは何の関係もないから美など創造しようがない、
物質的なものだけを追求しているから別にほかの人何の変りもないのである。むしろ宗教によって欲が刺激され深くなっているか異常なのである。それは都会から生まれた宗教だからそうなっている
宗教は砂漠から森の洞窟から山岳か生まれているからである。そういう宗教は健全だったのである。

人間は物質文明の奴隷になると公害が随所に発生する,足ることを忘れ欲望のままに動いていますと大気は汚染され太陽は見えなくなります
汚れた空気が私たちの肉体をおびやかすようになる
人の心もこれと同じです,生まれたときの美しい神の心のままに生きていれば問題ないのですが五官,煩悩にふりまわされ欲望のスモッグを心に作り出してしまう
(悪霊-高橋信次)

原発事故は必ずしも科学だけの問題ではない,人間の心からも生まれた問題なのである。農家の人が親から農業など金にならないからやるなと殴れたというのは極端にしろそういうことが田舎であった,その人は原発で働き工事現場を渡り歩いたのである。

いづれにしろ鷺が津浪や原発事故六年すぎてもどったのはには感激した,それはやはり田んぼが回復したからである。そこに餌があるからもどってきた,人間が避難区域になったところにもどらないのは餌がなくなったからだともなる
なぜなら田んぼがなければ畑がなければ食料もないしそこで暮らせないとなるからだ
そこでの暮らしは廃炉作業とかの街になる,それは故郷とか田舎とは言えないものとなるつまり田園あってこそ田舎だからである。
風力発電とか太陽光発電とかドローンとか何かそうた工業だけの世界になると都会と何ら変わりなくなるからだ。

田舎でも田舎の価値を求めて生きていたとは限らない,都会的価値を求めて生きていたともなる,田舎の良さを何か気づかないで生きていたともなる,だからこそ容易に自然でも破壊されたのである。ただ原発を廃止できないのはそれが労働組合でも一体となりものすごい利権となっていたからである。
官僚でも検察でも天下り先としての利権がありそこが利権の温床になっていたのである
だからこそ原発にかかわっんた官僚でも東電でも誰一人として罰せられないのである。
そもそも罰する人間が利益にあづかっているからできないのである。

posted by 老鶯 at 10:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本(世界)文化文明論

2017年10月25日

認知症の人の対処方法 (プライドを維持させる)


認知症の人の対処方法

(プライドを維持させる)

認知症の人を介護して何か謎が残った,一体何が病気なのかわからなかった
ふりかえると

認知症の人は痴呆になったわけではない

痴呆になったとしたら人間として扱いないという恐怖になる
それがなぜ恐怖になるかというと家族だからであり家族として尽くしてきたし長く一緒にいたからであり愛し合う関係でもあったからだ
それが人間ではなくなるということは恐怖である。
そういうことを一時思ったから恐怖だった,気がふれたのかともなる
そうなると人間として接することができなくなる
親であり兄弟とかそうなったら恐怖でありショックである。

ただふりかえると認知症の症状は人によって違うから一概には言えない
自分の経験では認知症の人は何もかも人間としてわからなくなるとは限らない

認知症の人は最期まで強いプライドをもっている

認知症の人の最大の特徴というべきものがプライドを強くもっている
それは死ぬまで消えない,自分が何をしてきたか,その家族でどういう役割を果たしたかそういう自負をもっている,だから忘れるという症状があるとしてもそれを馬鹿にすると怒るし暴力にもな
今までのように親として普通の人として扱ってもらいたいとなる
軽い精神障害の人も普通の人と同じように扱ってもらいたいと言っている
ただ生まれつき精神障害の人と認知症の人はどこが違うのか?

認知症になっても自分がしたことにプライドをもっているから軽蔑したりすると怒り暴力になる,つまり忘れるとういことでその人格が異常として否定されると怒るのである。
それで扱いがむずかしくなるのである。
だから演技しておだてるといい気分になり症状が良くなることはある
ただ演技してもその人に対して家族でどう思うかが問題になる
例え認知症になってもその人を功労者として扱えば満足するのである。
自分の家ではそういうことがあったので今まで同じように家で持ち上げていたのである。そのために犠牲があったのだがそれも二年間くらいで終わったから助かったとなる
長くなるとそういうこともつづかなくったろう。

ともかく認知症になったとき家族でもその人のプライドを維持させることができるのかがかなり重要な問題にな,施設ではなかなかそれができないから症状が悪くなるかもしれない。その人のことと家族でもないからそんな扱いはできないとなる
自分の家で家族が犠牲になったがしかたのないことだった
それはやはり家にも自分にも尽くしてくれた人だったからである。

ただみんながそうなるかとなるとならない,別に認知症にならなくてもひどい親がいてそのために苦しんだ子供は親のことなど恨んだりさえしているからだ
毒親は子供はめんどうみない,死んでからも墓参りもしないとまでなる
だから認知症になったりしたら無惨なものになる
それも結局カルマだともなる
やっぱり日頃の行いが人間は大事になる,そして人間は突然良くなったりしない
日頃の積み重ねで人間は作られてゆくからである。
だから原発事故で避難した人達でも日頃ちゃんと仕事していた人は避難先でも仕事しているということがある,大工などはそうである。
人間はそもそも老人になって何かすぐに新しいことはできない,日頃していたことならできるのである。
認知症の人でも今までしてきたことはできるのである。

そして認知症の不可解なことは

正気にもどる時がある

これは不思議である。一人は最期に自分のことをわかってくれてうなづいて死んだ,その時言葉がなかったが何か察して死んだのである。
もう一人は最期に

孫に金をやれと大きな声を張り上げて言った

それは死んだときから一カ月前のことだった。その時まで金に無頓着になっていた,金のことがわからないと思っていたのだ
正常なときは金にこまかくこだわっていた人だったからである。
大金を盗まれても笑っていたから驚いたのである。
まず一円にもこだわり働きためるだけの人生だったからだ
それが金額まで指定して金を払いと大きな声を張り上げたのでびっくりしたのである。
だからとにかくその約束は守ることにした
最期に遺言のように言い残した言葉は重いし怖いと思った

認知症は不可解であるが完全に痴呆になった,人間でなくなった,何もわからないとはならない,それで扱いが余計にむずかしくなる
だからよほどの動機がないと介護しにくいとなる,それが施設では介護する動機がないからさらに]むずかしくなることもある,ただ施設で症状が良くなった人もあるからいちがいには言えない

結局これも日頃の生き方が最期も認知症になっても影響するのである。
だから日頃から家族でも尽くしていないと子供でも認知症になったら余計に見放されてしまうのである。
ただ正直認知症の介護はそうはいってもこんなふうには普通はできないだろう。
あまりにも負担が大きすぎるのである。自分も最後は鬱病になったし限界だったからだてある。ただ意外と早く死んだので救われたのである。
やはり人間は死ぬときに死なないと自分自身も家族にも社会にもただ迷惑かけてやっかいな奴が死んでくれて助かったとなってしまうだろ。
そうしてまで生きることは子供にも恨まれるとまでなるのが認知症だとな

2025年段階で認知症患者だけでなんと800万人を超えると推計され、都市が徘徊する人であふれるという“認知症パンデミック”が起きるという懸念も示されています。

この数字は恐怖である,イギリスでは認知症の患者が減った,

「心臓病の治療、心血管リスクの予防、減塩」です。心臓病の治療が認知症の予防に繋がるという標語をつくり、禁煙キャンペーンを展開し、業界団体にも協力を仰いで10%の減塩を実現したのです。

これもわからないにしろまず90すぎたら半分は認知症になる,90以上生きる人が多くなれば当然その半分は認知症になるのである。それはどうにもならないのである。

古殿からいわきの浜へ(俳句連作) (御斎所街道を行く)


 古殿からいわきの浜へ(俳句連作)


御斎所街道を行く

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(夏)      

小名浜に鰹一本朝の市

熱帯魚黒潮にのり波立に

朝つばめテントをたたみ旅たちぬ

テント張り明日も旅路や夏の星

六号線ハマヒルガオや朝走る

潮風や夏の旅路の六号線

風となり夏のライダ−すれ違う

(秋)

市の立つ古殿遠く秋の暮

鶏頭や一路下りぬいわきへと

街道の一路遠きも秋の朝  

秋の峯古殿去りていわきへと 

秋日さし馬頭観世音山の道

落鮎のここに死ねるや水清し

旅人の遠野を去るや刈田かな

街離れ遠野の里や稲架の立つ

なでしこやいわきの海の朝明けぬ

旅たつや波の音ひびく秋の朝



御斎所街道


いわきまでは夏にもで行った、小さな熱帯魚が波立海岸の岩礁に来ていた、それを見に千葉県から来ていた人がいた
熱帯魚が来るということはいわきは暖かい海であり黒潮の海だとなる

今回は秋に古殿からいわきの浜に御斎所街道を下ったときを俳句にした
記憶が何か消えてゆく、でもあの御斎所街道は急な坂であり下ってくるだけだから気持ちよかった
かなりの距離があったと思う、ここはいわきからは塩とか魚を馬で運び古殿からは木材とか炭とかを運んだ道である。

日本ではこうして海と山はつながっているのだ,いわきの浜から古殿を通り白河まで通じていた
塩が運ばれたとなる、それは相馬市の松川浦からはるばる飯館村まで運ばれた塩の道と同じである。
二本松までも運ばれたかから同じである

何回も言っているが旅は記憶に残らない旅をしないと後で思い出せなくなる
ここは地形的に記憶に残っている、坂が急だったことと坂をおりたところで川がありその水が澄んでいて落鮎が食べられる場があったその水は澄んでいて鮎が死んでいたのである。

そこから遠野にでた、農村風景でありそのとき稲架を立てていた、今は稲架をたてているのが見えない、機械ですぐに刈り取ってしまうからだろう。遠野の地名はどこから来たのか、いわきの市街から遠いからと今ならイメージする、でもそんなに遠くから遠野など地名をつけない,原町の大原に遠田とあるときそれは大原の前田から中心地からそれほど離れていないからである。
遠野とはそうした村の中心地から離れたところであり意外と近い場所になる
ただ今の感覚だといわきの市街から遠いので遠野とかイメージするのである。それだけ人間の距離感覚は広くなってしてまっいたのである。遠野市とかもあるがこれも別に遠くにある野ではない、村近くある野のことだろう。

いづれにしろ古殿の山からいわきの海へ行く途中に川があり遠野を通り海に出たことは記憶している
阿武隈高原になるとまだこうして海と結びつくのである。
そしていわきの浜でテントをはり寝た
朝明けたら撫子が咲いていていわきらしいともなった

ともかく旅はもしここを車で行ったら記憶されないだろう、急な坂を一心に秋の朝を自転車で下ることを体で覚えている
そして海に出た時の解放感も覚えている、それが旅なのである。
自分の体で地形を感じて覚えるのである。
人間は今車などで体験が浅薄なものになっている、だから一見広域的に動いても記憶されないのである。

現代では旅人はいなくなった、ホテルで豪華な食事するのは旅ではない、旅はかえって泊まるだけの粗末なものでいいのである。
長く旅するとなるとそうした宿が必要だからである。今は旅はただ移動するだけであり旅人もいないのである。
時々国道を歩いている人がみかけるけどそれも車の洪水の中を歩いているから旅人のように見えないのである。
とても江戸時代のような絵になる旅人にはならないのが現代なのである。

便利になるのはいいとしても必ず人間は何かを失う宿命にある、旅というのもなくなっいたのがそうである。
石川の竹貫とかの山の中の万屋(よやずや)で味噌汁とかご飯をごちそうになった、あんなことは今時ありえないのである。
江戸時代だったらそういうことがあっただろう、なぜなら山の中だと今のように何もはないから農家で何か食べさせてくれとかなる
そういうことができた時代だったかもしれない。
今はとにかく人間味がない社会なのである。

自転車だとあの時走っていたなとか体で感じて思い出すことがある。それが後で心を豊かなものにしているのである。
車だったらそういうことがない、ある地点にいった記憶だけになる、ある地点からある地点の間がぬけてしまうのである。
地理を知るには体で知らないと実感できない、グーグルの地図をみても坂のことはわからないのである。
坂とう峠をしるにはやはり体で経験しないと実感できない、車でも実感できないのである。
タグ:いわき 古殿

2017年10月24日

進む情報化社会の現実 (買い物から学習でも芸術でも情報化社会になっている)


進む情報化社会の現実

(買い物から学習でも芸術でも情報化社会になっている)

●家事は買い物が一番大事

もはや情報化社会は現実である。未来のことではない今進行している現実なのである。
それはインターネットも関係しているがあらゆるものが情報化してゆく
自分は介護をはじめてから十年間家事をしているがその最大の問題が買い物だったのである。
何を買っていいのかわからない,商品の数が多いからである。

何かを料理することではない,料理するもの買うのが仕事になる,それがわからないのである。最近けんちん汁が好きなので食べたいと思っていた,そしたらスーパーに売っていたのである。これがうまかったからうれしかった
それは意外とわかりにくい場所にあった,でも発見したのである。

それから昆布醤油がいいと言われ買った,味噌は地元で作ったものを売っている,近くに味噌屋があってもダシつきでないから買っていない,なにしろ時間を節約したいのである家事に追われたら何もできなくなるからだ
するといかに買い物上手になるである。
失敗したのはレンジで3万円の買ったがそれは一万のと何ら変わりないものだった
それは量販店で買って失敗したのである。
でもアマゾンのレビューを見て買うと意外と失敗が少ないのである。
電器店の人にすすめられるのはその店で売りたいものをすすめるから問題なのである。

●今までの十倍くらいの情報を摂取する時代

最近はDマガジンを読むようにした,これは便利だった,週刊誌でも雑誌が一月400円で読めるのは安い,一冊一冊買っていたら金がかかるからでいないがこれはできるのだ
そして自分の読みたいものを読めばいいとなる
だから効率的なのである。そしてパソコンだと本をめくって読むのとは違う,さーと眼を通すという読み方である。すると読むスピードが早くなる
つまりパソコンで本を読むのと普通に本を読むのとは同じ活字も読むのでも違うのである週刊誌とか雑誌はそうした早く読む必要がある,日々変わるものを話題にしているからである。

ともかく情報化社会は進んでいる,インターネットで国際化するというとき機械翻訳が前より相当精密になり使えるようになっている,これは明らかに機械翻訳から英語を学ぶ時代にもなっている,翻訳家も使っているからだ,かなり正確であり間違っていないから外国人にも通じるだろう。
これもやはり情報化社会の進展に役立つ,言語の壁がなくなってくる

そして自分のしている抽象画というのも我ながら不思議だと思う
インターネット上にある写真や絵をパソコンのソフトで変化させて作っている
ただ化学実験のように変化させるだけだから量産できるのである。
それは絵の才能があってしているのではない,自分は絵は何一つ描けないからである
ある程度絵の鑑賞はできても描く能力はゼロだからである。
だからこうして抽象画を作っているもパソコンがありインターネット社会になったときできたことなのである。
一定数のアメリカ人が見ていることはそれなりに注目されているのかともなる
インターネット上には膨大な写真があり絵画もあり抽象画もある
するとそれを変化させる芸術となると無限になるのである。

●情報のデジタル化でもアナログ的な旧来のものも必要

ではすべてが今までもデジタル化の情報がすべてになるかというとそうでもない
電子本は自分にあっていなかった,読みづらかった
今は古本の安いの一カ月に十冊は買っている,それも全部読むのではない眼を通すという読み方なのである。ここが重要でありそれを引用するのである。
本だったら最初から最期までさーと目を通して要点がわかる
電子本ではそれができなかったのである。

電子本はまた記憶に残りにくいのである。インターネットでもキーワードで調べるのはいいのだがどこにそれが書かれていたかわからなくなることが多い
すると記憶することでは本の方がいいと思った
ただ今までのような一冊を詳しく読むことはもうできない,年になり時間もないから読めない

でも記憶という観点からすると本の方がいいと気づいたのである。
記憶というときどうして人間が記憶するのかこれは本当に不思議である。
その場と関係しているというのも不思議である。
自分の家は部屋が多い,するとその部屋を変えて本を読むと記憶される
寝室で読んだものはそこでの記憶が残り廊下で読んだものはそこでの記憶が場と共に残っているのだ。
そこに記憶されるにはどうするのかというヒントがある

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二階に広い廊下がある
そこに分厚いワーズワースの評論の本
ページをゆくりなくめくる
その一ページに冬の日がさす
そのページに書かれた詩が記憶に残る

ワーズワースの部厚い本のページを廊下でめぐる,そこには冬の日がさしている,するとそのページに書かれていたものを記憶するのである。
本は読んでも忘れるものがまた多いけどこうして不思議に場所と季節とか光とか関係して覚えているのである。記憶はこうしてその場とか季節とも関係しているのである。
これがインターネットとか電子空間ではできないことだった
本が物になんているからできたのである。

記憶するということでは本が優れている,インターネットではビッグデーターとして使うの優れいてる,つまり本は必要ないというが必要なのである。
ただ書店はどうしてもなくなる,とてもアマゾンのような本をそろえることができないからである。

いづれにしろ読むものも今までの十倍とかなりまた自分で書くものも膨大なものになる
今までなら本には出すことはできない,インターネットならいくらでも出せるのである。そしてプログでも他者が読むということもあるが自分で書いたものを記録してあとでふりかえりまたつづきを書くということができる
そういうことがインターネットではプログなどしやすいのである。
だから自分の図書館を形成できるのである。

今なぜ本が問われるのか(2) (インタ-ネットにはない本の特徴)
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小池百合子の失敗 (臨機応変に対処できない)


小池百合子の失敗

(臨機応変に対処できない)

人間が生きることがむずかしいのは常に変化するからである。
小池百合子の失敗は都議選で大勝利したことである。
そのとき慢心した,自分の力を過信してしまったのである。
その人の政治の能力があり支持したのではせなかった
都議会議員に不満があったから支持したのである。

今度は国政選挙になり野党連合という新しい事態が生まれたときそれに対処できなかった
それは都議選とはまるで違った状況になっていたのである。
でも小池百合子は都議選と同じように自分の人気で風が吹くと思っていたのである。
そこちる慢心と誤算えあり対応できなくなった

この世とは絶えず変化している、その変化に対応できないのである。
信長が勝利したのは臨機応変だったからである。桶狭間の急襲で勝利したのもそうであり長篠の戦いで武田軍を鉄砲隊で勝ったのもそうである。
秀吉は明智光秀の謀反を知り四国から兵を引き上げて明智を撃った、その速さは奇跡的だったのである
つまり臨機応変に対処できたから勝利したとなる
つまりそのときどういう状況かのみこむだけでも大変である。
でもとっさに行動したからこそ天下をとったとなる
その変わり身の早さは信長と共通していたのである。

当時土佐藩士の間では長刀をさすことが流行していた。あるとき龍馬の旧友が龍馬と再会したとき、龍馬は短めの刀を差していた。そのことを指摘したところ「実戦では短い刀のほうが取り回しがよい」と言われ、納得した旧友は短い刀を差すようにした。
 次に再会したとき、旧友が勇んで刀を見せたところ龍馬は懐から拳銃を出し「銃の前には刀なんて役にたたない」と言われた。納得した旧友はさっそく拳銃を買い求めた。
 三度再会したとき、旧友が購入した拳銃を見せたところ龍馬は万国公法(国際法)の洋書を取り出し「これからは世界を知らなければならない」といわれた。
 
これは史実ではないにしても幕末にはそういう急激な時代の変化があったからこんな話が残されたのである。
何か時代の変化は急激に起きる,それに臨機応変に対処できないのが人間なのである。
今回の選挙でもそうである。急激な解散に野党は対処できなかった
でも小池百合子が臨機応変にく対処していたら首相にもなれたチャンスでもあった
そしてチャンスは何度も来ない、小池劇場は終わってしまったとなる

臨機応変ということは本当にむずかしい、だからこそ急襲が効果があるのである。
阿部首相の戦略が功を奏したというのは結果的にはなった
まず個人的に急激に起こることは対処しにくいのである。
民進党の希望の党への合流にしても簡単にできない、何になんだとすぐには理解できないのである。
だからそれに無理があった、でもチャンスでもあった
そのチャンスを小池百合子は逃したのである。

臨機応変とともに人間社会はケースバイケースなのである。同じケースがないということである。
怪しいと通報があり職務質問するのすべてしいいのかとなるといくら決まりになっていてもしてはならないケースがある、それで被害を受ける人もでてくる
でも警察の場合は権力があるからできる、そして市民はそのために被害者になり警察不信になる人もいる
そういうことはあらゆることで起きている、医者にしても本当は人間の体もみんな違っていてケースバイケースに対応が迫られる、認知症の人などは特にそうである。みんな症状が違うし家庭環境も違うからである。
そのために失敗するのが人間なのである。

政治のむずかしさは国際情勢が日々変わるから対応できなくなる
中国が遅れているとみていたらすでに日本より技術的に前に進んでいたとなる
すると前のような対応では失敗するのである。
ともかく今回の小池百合子劇場でもこういうことが起きた、都議選のときとは状況が違っていたことで対処誤ったのである。成功体験でかえって次に失敗するものそうである。
同じ状況ではないから同じように成功するだろうとはならなかったのである。
臨機応変,ケースバイケースに対応できない、それで失敗するのである。

洛陽城東桃李花  洛陽城東 桃李の花
  
飛来飛去落誰家  飛び来たり飛び去って誰が家に落つる
  洛陽女児好顔色  洛陽の女児 顔色好し
  行逢落花長歎息  行くゆく落花に逢うて長歎息す
  今年花落顔色改  今年花落ちて顔色改まり
  明年花開復誰在  明年花開くも復た誰か在る
  已見松柏摧為薪  已に見る 松柏の摧けて薪となるを
  更聞桑田変成海  更に聞く 桑田(そうでん)の変じて海と成るを
  古人無復洛城東  古人無復洛城の東に無く
  今人還対落花風  今人還た対す 落花の風
  年々歳々花相似  年々歳々、花相い似たり
  歳々年々人不同  歳々年々人同じからず
  寄言全盛紅顔子  言を寄す 全盛の紅顔の子
  応憐半死白頭翁  応に憐れむべし 半死の白頭翁
  
  
  桑田(そうでん)の変じて海と成るを
  
この辺が津波で本当に桑田が海になったのである。このように人間社会は変化が激しいのである。
だからこそ臨機応変に対処すること変化に対応することがむずかしいのである。
人は同じではない,常に変わっている、親戚もいつまでも親戚でとはない、結婚したりして音信も途絶える
近隣の人でも変わりやすいのである。いつのまにかに知らない人になっている
現代は特に人間関係は変わりやすいのである。
この辺は特に原発事故で故郷まで失ったからその代わりようは信じられないとなる
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2017年10月23日

抽象画ができる過程 (The process of creating an abstract pictures)


抽象画ができる過程
(The process of creating an abstract pictures)

それは決まったソフトの使用で作られる
(It is made with the use of fixed software)


MMMFORESTTT123.JPG
Forest of the morning light

flowforesttt11.jpg



moonshdowww111222.jpg
Moonlight Forest


Autumn forest

autumfff11.jpg

autummmmforest.jpg

autummmmforest222.jpg

waterfalllllllllll1.JPG

waterfallll123.jpg
Phantom waterfall

streamffff123.jpg


抽象画できるのはソフトの一部の使用で決まる
例えば

森を作る過程

A(オリジナル作品)→B(ソフト)→C

川作る過程

D→F(ソフト)→J

山を作る過程

H→H(ソフト)→I

この過程の操作は決まっている,ソフトでもある一つのソフトが有効になる
あとは使いないものが多いのである。

だから抽象画を作ることは創作とも違う,化学変化とにているのだ
だからこそ大量に生産できる,何かイメージが湧いてきて創作しているのではないからだそれでこんなことが芸術なのかという疑問がある

ただ材料はインターネット上で写真でも何でも豊富だから変化するものも無限だとなっている


The process of creating an abstract pictures

It is made with the use of fixed software


It is determined by the use of a part of software that can abstract
For example

The process of making forest

A (original work) → B (a part of software) → C

River making process

D → F (a part of software) → J

Process of making mountains

H → H (a part of software) → I

The operation of this process is fixed, one soft software is effective
Many things are not used afterwards.

So making an abstract picture is different from creation, and it is based on chemical change
That's why we can produce in large quantities, because some sort of image has not gotten up and created, so there is a doubt whether this is art or not

However, since materials are abundant in photographs on the Internet, things that change are becoming infinite

急な解散で混乱して野党が負ける (急(せ)いては事をし損じる)


急な解散で混乱して野党が負ける

(急(せ)いては事をし損じる)


今回の選挙ではいろいろな見方がある。やはり希望の党が今回は中心になり小池百合子がクローズアップされた,台風の眼となった
それで小池百合子のことがいろいろと一番言われたのである。
その人格とか人となりも言われた,それが何か違っていた

小池百合子が東京都議選で大勝したことで奢りになったとか慢心したとか言うのは本当だろう。それが私が政治家として有能であり選ばれたと勘違いしたのである。
東京都議選では東京都議会の腐敗を一掃するということで選ばれたのであり小池百合子が優秀だからでもなかった,それを自分が政治家として優秀だから勘違いしたのである。
そして何か自分への人気投票のように錯覚したのかもしれない,私の人気は抜群なのね,これなら衆議院選挙でもやっていけると勘違いしたのである。
そこで自分には何の力もバックも組織もないのに東京都議選と同じ結果がでると思ったのである。

それで「排除」の論理も生まれた,私には力がある,私の力だけでもできると慢心した,政策を中心にして排除したのは理解できる,ただ私が中心なのよ,私の力で勝てると慢心したのである。
それから何か必ず諺というのが活きてくる「急(せ)いては事をし損じる」であった
あまりにも急な解散は急襲だったのである。それで野党陣営はまとめられなかった
それも小池百合子は最初は自分の人気で勝てると思ったのである。
小池百合子中心にすすみまるで小池百合子の人気投票のように自分自身が思ったのかもしれない,テレビのアナウンサー出身ということで芸能人だからそういう感覚があったのかもしれない,小池百合子にはそうした指導力はなかったのである。

選挙というとき何か一人物のことがまるで信長と秀吉とか家康とかのように影響することはないと思っていた
今回は小池百合子の動向で決まったということもある,それほど一人物が注目されたのである。だから小池百合子は都議選で大勝して慢心していた
私への人気投票のように選挙結果を見ていたのである。
人間は何でも奢るとかおかしくなってくる,それは国全体とか会社でも個々人でもそうである。

民主主義は一人の人間を偉大な物として祭りあげたりしない,一人一人の投票の結果として選ばれるのだから主権が国民にあって選ばれた人にはない制度なのである。
だから中国のように習金平のように自分の功績を延々と言って自分が王様のようになる共産主義とは違うのである。共産主義下でもまず政治は自分の力で何でもできるものではない,そういう奢りが必ず権力者にはもたらされるのである。

いづれにしろ「急(せ)いては事をし損じる」というとき最初から大勝して首相をねらうということではなく小さくても希望の党の基盤を作ってから首相になることをねらうべきだったというのもわかる
人間はまた何でも人はあせるのである,文学者でも何でも早く賞をもらって有名になりたいとか常にある,人間は待てないのである。

ただ小池百合子の場合年でありもう待てないとういことが急いだことにもなる
そして人生の中でチャンスは一回逃したらあとは来ない
それで小池百合子は東京との知事をやめて阿倍の対抗馬として希望の党の先頭に立ち国民に首相の選択させるべきだったというのもかる
おそらくもう首相になるチャンスは来ないと思って決断するべきだったともなる
人間はワンチャンスで未来が決まる,そのワンチャンスを逃すと二度とチャンスは来ないのである。もう小池百合子にはそれだけの時間が残されていなかったのである。

人間はここが勝負時だというとき賭けなければあとはチャンスがない,小池百合子にはそのチャンスがめぐり与えられたが逃したともなる
だから何か今回は小池百合子の人間的ドラマだったのかともなる
そしてそのドラマも終わったのかともなる
posted by 老鶯 at 09:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2017年10月22日

雨の中で投票してきた (田舎では車がないと投票もできない)


雨の中で投票してきた

(田舎では車がないと投票もできない)

街内であり投票所が近くにあるから行ってきた,田舎ではこの雨では街から離れたら車がないと投票もできない
街内でないと一人暮らしは不便であり車がないと現代の生活は不便になる
田舎では一人一台車をもっているのだ

別に自分は投票もしたない,棄権したいのである。特別入れたい人も党もないからであるでも棄権したことがないのは何か具体的に選挙のとき政治を考えるからである。
やはり一票をどこに入れるかは大勢には何の関係ないにしても政治を直接に具体的に考えるものとしてあるからだ

だからどうせ一票など何の影響もないともなるが選挙は具体的に政治を考える場として投票しているのである。
この辺ではどうしても原発は反対になる,それは理屈でもなんでもない,もうこれだけの被害にあったらこりごりだとなってしまったからである。
だから自民党には与党には入れにくいのである。

選挙も蓋をあけてみなんと結果はわからない,今回の天候の影響がどうでるか?
悪天候のありには前より投票率がいいみたいだ
やはり関心があったのか?投票率がいいことは浮動票が反自公の票になるのか?
希望の党はずいぶんたたかれたけどそれはマスコミの恣意的操作だという人もいるからわからない

自分は公明党には納得がいかない,創価をやめた人は普通は票は入れないたろう。
やめたら地獄に落ちるとなっているからだ,でも創価でも今回は票が割れるかもしれないそうなれば宗教で決めないから政教分離だとなる
ただ創価も高齢化している,勢いがなくなっている
それはすでにずいぶん前から頭打ちになっていたのである。
選挙と信仰を結びつけるのは限界になるだろう

ただ野党には政権担当能力がないのである。なぜなら政権担当を経験していないからである。だから民主党は失敗したのである。
政権担当にもノウハウがあり積み重ねがある,するとそういう経験がないのだから失敗に終わった,つまり自民党しか政権担当能力が日本にはないのである。
アメリカだったら民主党と共和党が交代してもどっちも政権担当能力がある
日本で野党にはないのである。
だから一党独裁のような政治が延々とつづいてそれに代わるものがないのである。

確かにアメリカでもこのように支持基盤があり二大政党が成り立っているというとき日本にはないから自民一強政治がつづいている
イギリスでも資産家とう富裕層と労働者層が分かれているから二大政党制が成り立つ
それはもともと貴族階級と庶民階級は言葉も違うほど分かれていたという歴史が反映されているのである。
アメリカの民主党でも共和党でも南北戦争がありその継続としてもある
日本にはそうした地域の対立とか階級の対立がないのである。
労働者でも組合となるとかえって資本家寄りだとかなる,組合にも入っていない人が多いからである。

もしこの悪天候で投票率があがったら現政権にやはり不満な人が多いことがわかる
どうしても一票を投じてその不満を現したいということで投票率があがる,浮動票が入るからそうなる
だから前の選挙より投票率があがったら確実にそうである
こんな悪天候でもこれだけの投票率だとなるとその評価は違う,今回は悪天候を考慮した評価が必要になる。
天候は政治にも歴史にも影響するのは現代でも同じだった
それも天の采配とかなる,この天候だけは人間の力ではどうにもならないからである。
posted by 老鶯 at 13:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

世の中なんでもケースバイケース (介護もあらゆる問題がそうである)


世の中なんでもケースバイケース

(介護もあらゆる問題がそうである)


人間社会の問題は数学のようになっていない,数式で解くようになっていない,統計学があり平均的なものとして社会を見る,それも一つの手法である。
それでは万事をみることはできない,例外的なものは必ずあり無視することになるが
その例外のなかに重要なものがふくまれているかもしれない。

なぜ長生きするととしない人がいるのか?
この原因を探ってゆくと個々別々であり何が原因なのかわからなくなるだろう
肉を食べている人が多いというのは良く聞く統計的なものとしてあるからそうなのかともなる,でも必ず肉を食べない人も野菜中心の人でも長生きしているかもしれない。
そして人間の健康とか体はみんな同じではない,顔違うようにみんな違っているのだ
だからその人に合わない食べ物がある

自分はラーメンはほとんど食べない,それがスーパーで食べたらインスタントのレンジであたためるだけのラーメンを食べたらはいた,実際にそのラーメンはまずかったのであるそれはもしかしたら自分の体に合わないで吐いたのかもしれない,自分は吐いた経験が何十年とないからである。
人間は好き嫌いだけでなく食べられないものがある
自分の母親はサンマが嫌いであり食べない,でもイクラが好きであった
自分はイクラが食べられない,気持ち悪くなるのだ
最近スーパーの弁当をみると必ずイクラがのっているので困っている
人間には明らかに好き嫌いではなく生来体に合わないものを受け付けないことがあるのだ
人間の問題の複雑さはこのように健康で体でも個々に違ったものなのである。
その個々にあったように社会はしてくれない,みんな一様に平均的なものとして対処する教育でもそうだし個々人は相当に違ったものなのに平均的教育しかしない
それでその人の個性は埋もれてしまう
第一人間は自分の才能すらわからない,何に才能があるのかもわからないのである。
老人になってから自分の才能を発見することだってある
最近自分がインターネットではじめた抽象画がそうである。
絵を全く描けないのに絵を描いているという不思議があったからだ

社会のむずかしさは個々別々な問題として現れる,警察の職務質問のことで抗議したが
警察では「あやしい」と通報されれば何であれ理由も聞かずにかけつけて職務質問するという,それは個々別々の対応はしないのである。
ところがそれに自分が怒ったのはその時ちょうど駅に人が集まっている時であり職務質問されたら周りの人がどう思うかである。
なんだこいつあやしいいかがわしい人なのかと見られてしまうのである。
警察ではそのことを言ってもとりあわなかった
これも個々別々の問題として人間があるからそうなる
そして自分は駅に前のように自由に出入りすらできなくなったのである。
またあやしいと通報されたら来ると言ったからである。

あらゆる問題がケースバイケースなのである。介護にしても個々の事情が違っている
例えば延命治療などしない方かいいということもあるしないこともある
医者でその判断がむずかしいから延命治療している
それは個々の事情が家庭でも違ってくるからそうなっている
介護でもだから80才なったら安楽死させろとはならないのである。
別にピンピンしている人もいるし社会に貢献している人もいるからである。
逆に安楽死してもいい人はいるのも事実である。本人もそう了解している人もいる

現代社会は個々に対応する力が弱まっている,江戸時代の方が寺子屋で自由があり個々に対応していた教え方をしていた,学校になるとみんな一律なものとして平均を追及するようになる,平均点が大事になる,学校の目安も平均点なのである。
人間を統計として数字として見るのが現代なのである。
選挙でも数は力となる,それで権力を得るのだからただ数を集めることに奔走する
宗教でも数である,数が集まれば社会の影響力がまして権力を得るからである。

江戸時代あたりだと狭い範囲で生きていたから個々別々の対応ができたかもしれない,なぜならその人のことを知っていたからである。
て長屋でもみんな長く住んでいた人が多いのである。移動しないからその人のことを熟知するから個々別々に対応できたともなる
現代はケースバイケースに対応することが本当にむずかしい社会である。
ところが何でもそうしないとうまくいかない場合がある

家族でもみんな事情が違っている,これが家族なのかという家族もある,それは絶対に他から理解できないものなのである。
まず自分の家族を理解できる人はいないと思う,そういう家族もある
だから人間の不幸がみんな違っているというとき家族がみんな同じような家族ではないからそうなるのである。
その個々の違った家族の事情から問題が起きてくるから一様に対処できないのである。

認知症などもみんな同じ症状ではない,生い立ちとか性格とか環境とかでみんな違っているのである,だから同じように対処できないのである。
同じ薬をのませてもいいというわけではない,その家の事情を知ることが必要になる
しかしそれを知ることが容易ではないから問題が起きるのである。
かかりつけの医者だとそういう事情がわかることがあり対処しやすいということはある
大きな病院だとその人のこをここに理解することがむずかしくなる
つまり現代は大きな病院でみるようになっているから個々にケースバイケースとして対応できないのである。

2017年10月21日

斉藤茂吉の馬の短歌を読む (野馬追いに思う忘れられた馬のこと)


斉藤茂吉の馬の短歌を読む

(野馬追いに思う忘れられた馬のこと)

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馬屋のべにをだまきの花ともしらにをりをり馬が尾をふりにけり

にんげんは牛馬となり岩負ひて牛頭馬頭(ごづめづ)どもの追い行くところ

馬車とどろ角(くだ)吹き塩はらのもみづる山に分け入りにけり

ほしくさの馬車なみ行きしかば馬はかくろふ乾くくさのかげ

しんしんと行きふるなかにたたずめる馬の眼(まなこ)はまたたきにけり

馬子ねむり馬はたたずむ六月の上富坂のをつかれてくだる

三宅坂をわれはくだりぬいななかぬ裸馬一つ淋しくくだる

馬一つ走りひびきて来るまの墓石店まえに泥はねかえる

あたらしき馬糞ありて朝けより日のくるるまで踏むものなし



おさなごの馬の貌(かお)なづなごむかな相馬の里の秋の日暮れぬ

野馬追いに馬いななきてよみがえる馬ありしとき糞もするかな

その旗のほこらしきかな同類の旗印の馬駆けてくるかな


人間は時代がすぎるとその時代のことがわからなくなる,相馬野馬追いというとき旗祭りとも言うがまた馬の祭りなのである。
ところが馬というものがわからなくなっている,でも戦前から戦後何年かは馬車屋とか馬を運搬のために使っていた,子供のとき馬車の後ろに乗って遊んでいたからである。
馬車はまもなくして消えた,でも馬との生活は人間には長い,それが馬はもはや生活の中にはない,だから野馬追いのときあれだけの馬が集まることで馬があった時代を思い出すのである。馬はあとは競馬馬の馬になってしまったからだ

斎藤茂吉の馬の短歌は集めたがこうして馬は活きていた,東京でも馬がいた,上富坂とか三宅坂がそうである。馬は運搬のために欠かせなかったのである。
野馬追いのとき馬糞が道に残る,これも馬とともに暮らしていたときは普通の光景であるそれで嫌がる人もいる,現代は馬のことがわからないから嫌悪感を感じる
でも牛舎では今でも汚いからにたところがある。

馬屋というものがあり曲がり屋として有名である。馬と一つ屋根の下で暮らしていたのである。曲屋は今でも会津辺りにまだ残っている,そこで生活している人もいる
牛はまだ肉にするにしろ牛乳にするにしろ生活の中で活きている,でも馬は野馬追いとかギャンブルのなかでしか活きていない,だから馬のことがわからなくなったのである。

この辺では馬を野馬追いのために飼っている,それで親しむことがある
子供が馬となじむこともある,だから他とはここは違っている
そうして馬でも牛でもいると情がはぐくまれる,相手が生き物だからそうなる
機械だと車などになると愛車となるが生き物のようにはならない,毎日のように交通事故がありぴりぴりしてぎすぎすしたものになる
そして切れる人間が生まれる,車は何か突然突っ走ってきて走りさるから切れるのであるそこに人間的情をはぐくむものがない

そうなると人間はどうなるのか?人間に情が失われて人間が残酷になってゆく,非情化してゆくのである。子供のときから動物と接していると情がはぐくまれることは確かである今はペットがその代わりをしているのである。

斎藤茂吉の歌は戦前のものが主でありそこに当時の生活が歌われている,それはあくまでも当時の生活の中で歌われたから今はそういう歌は作れないのである。
今の馬が野馬追いのときとか競馬でしか活きていないからそうなる

馬はそもそもモンゴルの草原のような場所にあっている,どこまでも疾走していける平原にあっている,だから馬の原産地は草原とか平原なのである。
とにかくこの辺は馬と縁ある場所である。馬を考える場所でもある
そこに野馬追いの祭りの意義がある

馬も津浪で流されたりして被害にあった,右田の牧場のあったところも流された
そこで見たのがおさなごと少女か馬の顔をなでていたの光景だった
他でも馬を津浪で流された家があった,この辺ならではの被害だったのである。
他に牛も流されたりしたのである。牛馬の被害もあったのである。
だから慶長津浪では馬も死んだと記してあるのである。

南部藩・津軽藩の海岸でも「人馬死んだもの3000余」という記録が残されている(『駿府記』

人馬というとき人間と馬が一体だったからこそ記されたのである。
posted by 老鶯 at 17:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 野馬追い関係

ベーシックインカムに自分は賛成 (嫌々ながら仕事している人が多すぎる)


ベーシックインカムに自分は賛成

(嫌々ながら仕事している人が多すぎる)



ネットがざわついた「ベーシックインカム」に希望はあるのか?


希望の党がベーシックインカムを一応実施するのは別にして取り上げただけでもやはり先進的なことかもしれない,そんなもの空理空論であり馬鹿げているというので取り上げることもしなかったからである。
それは全くの理想論でありとるにたらない空想にすぎないとなっていたからである。

でも現代のゆきづまり社会の変化に対応できるものとして今とりあげられている
現実にスイスとか小国では実施されているのである。
これも賛否両論がある
例えば武田邦彦氏などは反対している,それは彼がエリートであり底辺層のことを知らないからである。底辺で働いたこともないからである。

自分は若い時は流れ作業とか底辺の仕事しかしていない,大学のアルバイトでも底辺の仕事,肉体労働しかしていない,武田氏くらいの東大卒のレベルだと家庭教師でかせげる
要するにこの世にそうしたエリートは少ない,みんな俺たちは社蓄なんだ奴隷なんだとなっているのが普通である。働くことでもそう感じているのである。
働くこと自体に生きがいを感じていないのである。

自分はそうした底辺労働,流れ作業などばかりしていて完全に労働意欲を失った
それはロボットと同じ仕事だからである。三流大学でも出ているのにそんな仕事しかしたことがない,だから社会からドロップアウトすることになった
その後はこれも実に不思議なのだけど仕事していない,それも老人になるまで仕事はしていない,稼いでもいない,旅ばかりしていたともなる
そういうことが許される環境にあったからそうなっていたのである。

それも自分には自分にあった仕事が与えられない得られないということにあった
そういう人の方が世の中の大半なのである。
だから奴隷なんだ,社蓄なんだと言うことになる

だからAIとかロボット化は人間にとって悪いものではない,誰も流れ作業などしたくないのである。一つのネジをボタンをひたすら組たてる仕事に生きがいを見いだせないのである。家だったら大工でも一人で家を請け負い作った人がいる
そうできる人はやはり大工として生きがいを感じるのである。
農業も金になちらないとかいうけど生きがいを感じる仕事なのである。

だから知っている人は趣味なのだが小さい畑で仕事していることに生きがいを感じているしそれがその人の価値になっている,何もしなければその人の価値がなくなるからだ
ただ金にならないというだけでその人に不本意な仕事をすると奴隷だ,社蓄だとなる
今そんなことができるのは家事自体仕事がなくなっている
機械化しているしもう買ってなんでもできる,この前けんちん汁の材料が売っていた,汁もついていた,肉を入れて簡単にできた,それがうまかったのである。
これには野菜が入っているから自分は好きだったが食べることができなかったができたのでうれしかった,家事は一人暮らしでも困らないのである。
だからその人はただ話し相手とかにきて畑のことを話すのが仕事だともなる
家事の仕事は皿に二三枚洗うだけだから必要ないからである。

これはAI化すればますますそうっなってくる,人間から仕事がなくなってくるのだ
すると人間が何をするのかということになる,知的な分野でもそうなる
ビッグデーターは素人でも学者になりうる,古代史関係で自分はそれを利用した
ビッグデーターになると膨大な地方史や古代の情報をキーワードから調べると見えてくるものがあったので書いた
ビッグデーターから自ずと見えてくるものがある
そういう利用の仕方は図書館でも何でもできなかった
今は本も古本だと安いからボタン一つ押して本を集めビッグデーターとのように活用しているのである。

そういうふうにAI化で社会も変わってくるのである,それに適応するには時間がかかるがベーシックインカムを将来の政策として検討したことには意味がある
そしてオリンピックなどは今の時代にもう何のためにしているかもわからないものとなった,今までは何か世界的に意味があるものとして行われていたが今はその必要性がなくなってきたのである。
だから時代と共に人間の社会は変わりそれに適応してゆく政策も必要になる

ベーシックインカムはいろいろ問題があるしそんなこと実現しえようがないというのもわかる,誰も働かなくなる怠け者になり遊ぶだけの人間になる
それもありうる,でも働く人は働く,なぜなら退職した人がいかに働きたいか?
それでボランティアを探してしていることでもわかる
ボランティアは金をもらうためではない,生きがいのためにしているからである。
まさにその時こそ人間は働いているのだ。自由意志でボランティアで働いているのであるそれはベーシックインカムを実現していると同じなのである。
退職して金に余裕があるから時間にも余裕があるからできるからである。

だから豊かになればベーシックインカムが架空のことではない,現実味を帯びてくるのである。全く荒唐無稽なことでもない,現実に退職した老人がそれを実行しているではないかともなるからだ。
自分のしていることもそうである。プログで書いていることはボランティアであり何の収入も得られないけど生きがいを感じるかからしているとなる
芸術的創造とか人間は創造的行為となると無料でも金をはらってでもしたいのである。
つまりそれが極めて人間的なことなのである。
画家でもなんでも芸術を追及するとき絵が売れないとか金にならないとかなる人が多いからである。そんなことを関係なく創造を追及できるのがベーシックインカムとなるからだこの理想もまた現実でくじけたりすることはある,でも現実的にそういう条件が調ってきたとき実行してもいいとなる。そういう環境がAI化などで調いつつあるからこそ今や空理空論でもなくなりつつあることは知るべきだろう。

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駅から社会の動向を見る (原の町駅は大きいから違う)


駅から社会の動向を見る

(原の町駅は大きいから違う)


昨日は原の町の歯医者に行った,30分くらい駅にいた,そしたらお土産を探しいる人が売店にいた,鹿島駅でもお土産を探している人がいてわざわざ香の蔵まで買いに行った人がいる,ここでも香の蔵のお土産を買った人がいる
何か必ずお土産は必要になり駅では買いやすいのである。
お土産が売れるのは中味もあるが場所なのである。駅がお土産を買うのに一番適しているからだ

次に不動産を探しいる人がいた,いくつもの不動産会社をあたっていて土地が買いないんだよと言っていた,その不動産会社の電話番号に通じないから売店のおばさんにたずねていたのだ
駅はこのように何か聞かれる場所なのである。道案内とかも必要なる
それは自分が鹿島駅で経験したことである。
つまり駅は人が集まるというとき情報のセンターになりやすいのである。
インホメーションが必要になる場なのである。
ただ駅は鉄道だったら案内所があるがそこは鉄道の案内しかしていないのである。
そこに問題がある

何かそうしてコオディネイトするものが必要になる,AとBとC・・・などをしりつなぐ人である。情報関係などマスコミはそうした仕事でもある
いろんなことを報道するからそれを説明するにはいろんな分野の人が必要になるからである。司会者もそういう役目だけどなんでも詳しい人はいないからコオディネイトするのもむずかしいのである。

駅前では立憲民主党が演説していた,あと原発に反対の市民グループが運動していた
定期的に集まり運動しているという。
それから不思議だったのは駅で桜井市長とすれちがったことである。
最初わからなかったが確かにそうだった
原町にいればそういうことはある

鹿島駅だと社会の動きがあるとしてもそれは狭い範囲である。
原町だと社会の動きは大きくなる,だから原町のことはわかりにくくなる
どういう会社があるのかもわからないのである。

社会の動きは肌で感じることも大事である。それで直接演説を聞きにくるという人もテレビで写されていた,今回の選挙でも結局福島一区での候補者を見たこともないし演説も聞けなかったのである。雨のせいもあったかもしれない,昨日はどしゃぶりの雨だったから今年の選挙運動はしにくくかった

ともかく駅から社会を見ることがある,歴史的に見ると原の町は昔のいわきの平機関区と原の町機関区があり原の町機関区だから前は一杯車両が並んでいたのである
その時は蒸気機関車の時代でもあった,その時高校だったから自分は通っていた
それから自分の大正生まれの母親は原町紡績で働いていた,その原町紡績に引き込み線があった,直接鉄道で運んでいたのである。
そして自分の異父の兄は集団就職だったから原ノ町駅から行ったとなる
でも40才で交通事故で死んで実家の墓に埋まっている

原ノ町は自動ドワにもなっていない,大きな梁が天井にあり古い建物のままである。改築していないのである。
ただ原ノ町駅と鹿島駅ではずいぶん違うなと思った
原ノ町駅だと人事的なものだけになってしまう
鹿島駅だと自然が反映する
駅前には切られたけど八重桜が咲くの特徴だった,今でも一本は残っている
今は秋薔薇が咲いている,ホームの近くに合歓の花が咲いたり今は柿がなっている
虫の声も聞こえたりする

それで俳句を作ったりする

駅に会う地元の人や柿なりぬ

これが原ノ町駅だと自然が反映しなくなる,都会の駅になる,その相違は大きい
そこに風流がなくなってしまうのである。
ただ社会の動向を見るにはいい,鹿島駅では限られているからだ
それで渡り廊下で桜井市長とすれちがったのもそうである。
小高の方から来たらしい,どんな活動しているのか?
何かそうした活動を肌で感じられば社会の動きがわかるとなる
人間は今は何か情報社会でも肌で感じることが少なくなっているからだ

南相馬市と合併して歯医者に行ったら後期高齢者ではないがカードが配られていた,今までは3割負担だったが2割負担になるカードが市役所から配られていた
それがないとうけつけできないと言われたが市役所がすぐ近くなのでそこで事務手続してくれとなった,でもハンコとかないのでできなかったが市役所の人が連絡して了解してもらった,これは南相馬市に合併したからできたことだったのである。
事務手続きは南相馬市内ならどこでしても同じでありできるからである。
そういう点は便利になっていたのである。
合併していい面と悪い面が生まれたことは確かである。

明日は選挙だけど何か今度の選挙は何が争点なのかわかりにくい,野党が一本化しなかったのもわかりにくい,この辺は原発では反対である。でもその他はみんなまちまちである駅前で原発反対していた市民運動の人は鹿島が補償金のことで分断されたことを言っていた,それは深刻なものであり南相馬市の一体化が失われたのである。

タグ:原ノ町駅

2017年10月20日

歯でまともに食べられない影響は大きい


歯でまともに食べられない影響は大きい

つくづく歯は大事である。ご飯がまともに食べられない,触るといたい,右はかむことができないようになっていた,でも左でかんでいたから不自由は感じなかった
食べるのに一苦労なのである。
まともに食べられない影響は大きい,まずご飯をまともに食べられないことは精神力も低下する
人間は食べることが生きることの基本だからである。

ただ自分の母親は60代で自分の歯がなくなって入れ歯になっていた,でも百才まで生きたから不思議である。歯が悪い人が長生きしないとか趣味がない人が認知症になるとかもすべての人にあてはまらない,自分の母親は何の趣味もない,ただは働くことだけだったからである。そうして90数才るで働いていて認知症にならずにすんだ
でも94才ころから寝たきりになり認知症になった
これはやむをえないことだろう。

人間は食べる楽しみがなくなったら終わりなのかもしれない,胃ろうなどで生かされていても何の楽しみもなくなる,食べるということは人間の場合,動物と違って腹を満たすだけのものではない,何か食べることは人間の場合,さまざまな役割があり腹を満たすということだけではないのである。

だから人間が食べることができなくなる,味覚もなくなるとかなると悲劇である。
人間として生きる力もなくなってくる
それは食べることがただ腹を満たすだけではない,何か精神的活力をもたらすものとしてもある。
お茶は食事して飲んでいたがそこから茶の湯が生まれたように人間は必ずしも腹をみたすだけのものとして食事があるのではない,人間は何でも動物とは違いがつがつ食べるだけではない,精神的なものを付加され追及されてゆく

ともかく歯はすぐに直せない,保険の関係で医者は何回も通わせるという
アメリカの歯医者は長い時間治療して一気に直してしまうという
この相違も大きい,医者が今でもめんどうなのは何回も通うようになるからである。
今回も一週間に一回行って一カ月くらいかかるという
そうなると今でも食べるとあたり痛みを感じるから食べづらいのである。
一カ月こうして不自由な生活を強いられるのである。

まあ,こうした歯医者であれ医者は重要なものになる,だから飯館村のような医者も歯医者もない村に住みたくないということがある
別に川俣でも通えるからいいが車がないと不便だとなる
原町だと駅から歩いて行ける範囲にだいたいある,だから不便を感じない
ある程度選ぶこともできる,今回は早く治療してもらいたくてそこにした
一カ月待って初診をうけつけるその後も一カ月くらい置きに予約制となっていたら長すぎる
それだけこむということはやはり他と違ったものがあるのだろう。そこに患者が集中しているからである。

今日は原町駅ではお土産を駅の売店で見ている人があった,その人はこの土地の出身者だった,やはりお土産が必要になる,駅では買いやすいのである。
それから駅前で「原発反対」の抗議をしている人達がいた,どこかの党派とかと思ったがそうではない,みんなで集まり定期的にしているという。
そして駅で桜井市長にあった,最初わからなかった,でも確かに桜井市長だったのであるなんかそれも不思議だった,なかなか市長には会わないだろう。
別にすれちがっただけだったけど原町だとこういうことがある

今日は雨でびしょぬれになった,でも原町でも歩くと違って見える
路地裏の方でもここにこんな店があるとか認識するのである。
歩いて見るものは何か違ったもの死とて見えるのである。
今は歩かないから余計にそうなる,だから本当は街は歩くべきなのである。
すると街に発見するものが生まれまた町の魅力が作られるともなる
原町は大きいけどまだ歩ける範囲内にある
ただ歩けるように街が作られていないのである。
そうなったのは街を人が歩かなくなったからなのである。
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今度はかぶせた歯がぬけた (今日の内に歯医者に行く)


今度はかぶせた歯がぬけた

(今日の内に歯医者に行く)

人間はつくづくこの辺の原発事故でもそうだが日常の何気ないことが貴重なことを知ったそういうものは意識できない,無意識的になっていた,空気のようになっていた
それは家族でもそうである,親でも妻ても何でもしてくれるときそれが当たり前と化してありがいともなんとも思わなくなっている
それが一旦死んだりしていなくなるとその存在の大きさと貴重さを自覚する
親に死なれる妻に死なれると家事でも自分でやらざるをえなくなり大変なことになる

今度は歯が奥の方にかぶせたのがぬけた,不思議なのはこの歯もかぶせたものだと思っていなかった,長い間意識していなかったのである。
この歯は自分の歯だとてっきり思っていた,何の不都合もなくなっていたからである。
だから意識しない,前も前の三本の歯が欠けて入れ歯にしていたのも忘れていた
それは自転車で転倒して前の歯が三本折れたのだ
この時は打ちどころが悪いと死んでいた
危険な事故だった,それはすぐ近くのいつも通っている道で起きたのである。
自転車も結構危ないのである。

ともかく人間は体でもどこかが悪くないかぎり意識しない,意識するときは病気なのである。歯が痛いとなればやはり歯が悪いと意識するし体のどこが悪ければ意識する
でも健康であれば意識しないのだ
体の一部が悪くなればそこを常に意識していなければならなくる
歯などは何も意識しないときが一番いいわけである。

人間はこうして日常生活でもそれを意識しない,価値あるとか意味あるとかそんなことを考えないのである。ただ当たり前として日々暮らしているのである。
でもこの辺のように家にも住めなくなり故郷にも住めなくなるとき意識せざるをえない
今まであった平凡な日常の価値や意味を意識する
まず故郷自体に住めなくなるなどありえないことだったからである。
故郷がなくなるなどありえないことだったからである。
でもそれが現実この辺では起きたのである。

例えば医者でも歯医者でも病気にならなければ歯が悪くならなければ別に必要ないとなるでも一旦こうして歯が悪くなると歯医者のことをあれこれと意識する
初診でもみてもらうのに予約して一カ月もかかるのとか驚く,もうこの歯医者にはどんなに優秀でもかかれないのである。
それで今日の内に初診でもみてもらう医者に行くことにした
インプラントできるとなるとそれなりの設備があると思い行くことにした
この辺では歯医者も多いが選べるとまでならない,いい歯医者はすでに予約で一杯とか行けないのである
その医者がうまい下手は関係なくなる,なるべく早めにしてもらいたいのである。
ごっそり奥の歯がなくなったから苦しいからである。
今日は雨ふっているけど予約がとれたので行くことにした




タグ:歯医者
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2017年10月19日

原発事故で失ったもの (日常の生業と暮らし-自作の詩より考える)


原発事故で失ったもの

(日常の生業と暮らし-自作の詩より考える)


 被害者は、原発事故までに形成してきた人間関係を失い、それまで自己の人格を育んできた自然環境・文化環境を失いました。「ふるさと」を失うことは回復不能な損害です。


普通人間は日々暮らしていることに特別なものを感じない,それは当たり前にあることだから感じない,家があり街があり営みがある,毎日どこでもそうして暮らしている
それは特別なことではない,ただ平凡な日常風景である。



常なる道

人は生く
その場その場に
石のごとく
住みて変わらじ
秋薔薇
今日もこの家に咲き
同じ道行き
日は暮れぬ
営みのかくもあれかし
ありふれて目立たず
騒ぎもなしも
実りは刈りとられぬ
その生活すら
奪われることあり
ふるさとを失い
慣れにし家に住めず
ふるさとは荒野と化しぬ
その道を行く人もなく
花は散りにき


石のごとくにというとき石は定着を現している,一軒一軒家があるということは定着を示している,田舎だと持ち家に住んでいる人が多い,田舎は都会のように借りて住むことが少ない,だからその家を維持するのに金がかかる
それである程度の資産がないと田舎ではかえって住みにくい,家があり庭があることでその石は定着をしめしているのである。

原発事故で避難区域になったところはそういうありふれた日々の暮らしが生業が奪われたのである。空家と化した家の庭に石があっても肝心の人が住んでいないのである
庭に石を見ればその石から人を思うのである。
やはり家があればそれなりに長く住んでいると感じるからである。

浪江町に言った時,誰も住んでない家の間の道を行く,崩れたままの家もあった
小学校の校庭にあった時計は地震の時に止まったままだった
その時から6年も過ぎてしまったのである。

ある町の住宅に子供用の二段ベッドが窓から見える,しかしそこには子供いないのである学校には校庭には子供の声がした,ひびいていた,子供が路次で遊んでいた
人影はない,廃墟の街と化してしまった

今なら実りの季節であり街からちょっと離れれば稲穂があり稲が刈られたりしている
そんなこと当たり前であり誰も今までは注意しない,特別なこととは見ないのである。
そもそも何でもそうである。普通の暮らしは特別なことではない,平凡であり家事でもそうである。ただそういう暮らしが消えたときどうなったのか?

そこはゴーストタウンとなり廃墟の街と化したのである。
そうなるとその何気ないありふれかた平凡な生活は何なのだったとかふりかえる
何でもないことが実は貴重なこと価値ある意味あることに見えてくる

まず街に人が住まなくなるということそれをイメージした人はいないだろ
廃墟趣味とか確かにあった,でもこれだけの人口の街が廃墟のようになることは考えられなかったのである。

確かに庭には石があるし変わっていない,でもその石も実は人間化した石となっていた
だから人間がいなくなったとき余計に淋しいものとなったのである。
自然の石だったらまた違っていた,一旦人間が住むと石まで人間化していたのである。

一旦家に住むとやはりそこに定着する,長く住むことになる,老後もそこに住む
それが住めなくなるということはどういう心境になるのか?
そこで失われものは何なのか?
それは何の意識もしない何気ない暮らしであり生業である。

農家の人は畑仕事とか家のこととか庭の手入れとか普通にしている,それは日々していることである。
街でも商いをしていたり建築関係なら家を建てたりいろいろしている
そういう生活はどこでも日々しているありやれたことであり特別なことではない
でもその暮らしすら奪われた時,人間はどうなるのか?

そうした日々の暮らしの価値は意味は意識されなかった
それを失ってみて意識させられたのである。
何気なく日々してしいることの価値と意味を失ってみて自覚したのである。

もちろんそこに住まなくても他でも暮らしはあるがやはりそこに長く住んでいたから違っていた,そういう生活が根こそぎ奪われたとき人間はどう思うのか?
それは補償金で補えるものではないだろう。
そこで暮らし記憶がありそれを他でやり直すことはなかなか年取ればできない
若い人ならそこで新たな記憶を作ることもできるが老人はできないから
その記憶を刻んだ場所に帰りたいとなるのである。

老人は最期は記憶だけになる,生きた記憶が生きた証となっている
それで過去のことを認知症になると千回も話すのである。
若い人にとって聞く人にとってはうんざりするがそれが生きた証だから話すのである。
その記憶したことが生きた証になっているからである。

いづれにしろこんな経験はなかなかできないだろう。もちろん自分は避難してはいないからわからないことはある,でも身近だから察することができるのである。
それだから補償金どうのこうのは別にして何を失ったのか?
そのことが察することがある程度はできるのである。

原発事故の裁判で「生業を返せ」と訴えていたのが印象に残った,生業(なりわい)を失った時どうなったのか?
毎日パチンコだとかギャンブルに興じるだけだった
それは回りの人にとっても迷惑だったのである。
そんなことに価値や意味はない,でも生業(なりわい)には価値と意味があった
それが原発事故で意識させられたのである。

ただこれは金では補償はできないものである。補償金ではいろいろもめたしそれはまた別問題である。
ここではどういうことが失われたのかそれを再考したのである。
posted by 老鶯 at 20:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

秋薔薇(ありふれた日常にも意味と価値がある)


秋薔薇(ありふれた日常にも意味と価値がある)


石ありて今日もこの家に秋薔薇

秋薔薇ここに散りしを我は知る

駅に待つ年配の女(ひと)秋薔薇

秋薔薇時の移ろふ雨しとと

柿なりて地元の人や駅に待つ


人は生き人は死ににき今ここに誰を待つなれ冷たき雨ふる

駅に前一度会いにし年配の女(ひと)と語りぬ秋となるかな

しとしとと石をぬらせる雨にあれ茶の花庭に散りて静けし



常なる道

人は生く
その場その場に
石のごとく
住みて変わらじ
秋薔薇
今日もこの家に咲き
同じ道行き
日は暮れぬ
営みのかくもあれかし
ありふれて目立たず
騒ぎもなしも
実りは刈りとられぬ
その生活すら
奪われることあり
ふるさとを失い
慣れにし家に住めず
ふるさとは荒野と化しぬ
その道を行く人もなく
花は散りにき

stoneroadrr1.jpg



秋薔薇というとき自分のテーマでもある,俳句はあまりにも短いから読む人が相当にイメージできないと鑑賞もできない芸術である。
写生俳句にしてもただつまらないともなるからだ,だから俳句から詩にした方がわかりやすいとなる,今回は詩にした

駅で年配の女性が電車を待っている,何か落ち着いている,子供も大きくなり外国で働いている,このくらいの女性だと落ち着いているなと見る,隣に20代の若い女性がいるが何か待つにしても落ち着いた感じがない
秋薔薇というときこうした年配の女性にあっている

毎日同じ道を行く,変わり映えしない道である。自分は旅ばかりしたが介護とかでここ十年はほぼ同じ道を行ったり来たりしているだけである。
でも人間はこうしたいつも同じような生活していることに価値があり意味がある
それに気づかされたのが原発事故で避難して人が住まなくなった町とか村なのである。
そこでこうした日常が奪われたからである。
それで「生業を返せ」と政府や東電に裁判をした人達がいた

人間は当たり前にあることの意味や価値を感じないのである。
そういう価値とか意味に気づきにくいのである。
こんなして毎日同じ道を行くことでもそこに意味と価値が実際に見いだされるのである。だんだんと年取ると余計にそうなるのである。
遠くに行くのが億劫になるからである。

2017年10月18日

九州の熊襲は鹿文(かや-伽耶族) (景行天皇(ヤマトタケル)の時代の勢力)


九州の熊襲は鹿文(かや-伽耶族)

景行天皇(ヤマトタケル)の時代の勢力


景行天皇は 熊襲八十梟帥くまそのやそたける、厚鹿文・迮鹿文を討伐する為、その娘の市乾鹿文・市鹿文を欺いて召した。
時に市乾鹿文が天皇に言うには「熊襲が服従しないことを憂えてはなりません。私に良い謀りごとがあるので、一人二人の兵を私にお付け下さい」と。
そして家に帰ると、沢山の酒を準備して父に飲ませた。すると酔って寝た。
市乾鹿文は密かに父の弓弦を断った。そして従ってきた一人の兵が熊襲梟帥を殺した。

厚鹿文

ヤマトヲシロワケ(12代景行天皇) が討ったクマソの頭のひとり。 
セカヤの兄。フカヤとヘカヤの父。 
娘フカヤの寝返りによって討たれる。

  

┌アツカヤ──┬フカヤ
│      │
│      └ヘカヤ
│        ┃
└セカヤ───トリイシカヤ

「鹿屋」はクマソ国の中の「投馬国」に属しており、「神武紀」に記されているように鹿屋を含む大隅半島は「神武東征」の出発地でもあった。


 鹿屋は半島南部の「伽耶」すなわち「弁韓狗邪国」「狗邪韓国」と直結する名称である。後者は3世紀には存在した国々であるが、3世紀の半ば(247,8年ごろ)に起きた大規模な「反魏闘争」により、敗れた弁韓・辰韓のそのような航海民が多数流れ込んだゆえ、「かや」という地名が生まれた可能性がある。

 しかし先に大隅半島側に「かや」なる名称があったとも考えられる。

 今のところ、どちらが先かの結論は出し得ないでいるが、「鹿児屋(かこや)」すなわち「鹿児(鹿児)の屋(や)=航海民の住みか」と言われていたのが、「児(こ)」の脱落で「鹿屋(かや)」になったのかもしれないとも思っている。

日本書紀の景行天皇に記された名前

厚鹿文、迮鹿文取石鹿文、弟鹿文、厚鹿文、迮鹿文、熊津彦

市乾鹿文、市鹿文   字也鹿文、市乾鹿文、市鹿文、難升米、掖邪狗

陸奥風土記に出てきた「神石萱」に関して、興味のある指摘をしてみたいと思います。即ち、景行12年紀に熊襲のある一族の名前として、「厚鹿文」、「末鹿文」、それに「市乾鹿文」と「市鹿文」の姉妹が出てきます。同27年紀には「取石鹿文」が出てきます。「鹿文」は「カヤ」と読みます。

景行天皇紀に現れる賊の名前を検討した一文がありますので、ご参照ください。景行紀の蝦夷
これらの名前の後半「鹿文」と、陸奥の「神石萱」の最後の「萱」、特に「市鹿文」と「石萱」の酷似は、九州の熊襲と陸奥の土蜘蛛の間で名付けの慣習に何らかの共通性があったことを推定させます。とりもなおさず、言語の共通性、と言いたいのです。

この名も同じく中国王朝一字名と考えるべきであろう。名は「取」、「字」が「石鹿文」である。いずれも始祖「忌」の栄光ある「字・鹿文」を受け継いでいる。

松野連姫氏系図

この地に八人の土知朱(つちぐも)が居た。一を黒鷲、二を神衣媛、三を草野灰、四を保保吉灰、五を阿邪尓那媛、六を栲猪、七を神石萱(かむいしかや)、八を狭磯名という。それぞれに一族があり、八ヶ所の岩屋に住んでいた。この八ヶ所は皆、要害の地であった。だから皇命に従わなかった。国造(くにのみやつこ、律令施行以前の時代、朝廷から一国の長官に任ぜられた現地の豪族)の磐城彦(イワキヒコ)が敗走した後は、人々を奪い去る事が止まなかった。景行天皇は日本武尊に命じて土知朱を征伐させた。土知朱は力を合わせて防戦した。また津軽の蝦夷と共謀し、多くの鹿や猪を狩る強弓を石の城柵に連ねて張り、


カヤノヒメ(カヤヌヒメとも)は、日本神話に登場する草の神である。 『古事記』では鹿屋野比売神、『日本書紀』では草祖草野姫(くさのおやかやのひめ。草祖は草の祖神の意味)と表記し、『古事記』では別名が野椎神(のづちのかみ)であると記している。

南相馬市鹿島区の真野明神は祭神は草野姫命(カヤノヒメ)ですがこの姫神は比売許曾神社(ヒコソ)の祭神と同一神 コソが朝鮮語の社である


草枕旅を苦しみ恋ひ居れば可也の山辺にさ雄鹿鳴くも

陸奥(みちのく)の真野(まの)の草原(かやはら)遠けども面影(おもかげ)にして見ゆといふものを (笠女郎)

日本の人種的国の成り立ちは原住民に蝦夷がいた,それはエミシであり蝦夷はあとに名付けられたものでありエミシという族がいた,それは縄文人の末裔ともなる
そのエミシと蝦夷(エゾーエソ)は違うものである。
だから蝦夷というとき今のアイヌとは全く別なのである。
つまり蝦夷の中にアイヌがいたかもしれないという説でありそれは証明されないのである蝦夷語があるとしてアイヌ語がそれなのかはわからないのである。

真野の草原(かやはら)の万葉集の歌は一体何を意味しているのか?
草原がただの萱の原なのか?それとも何か別なものに由来しているのか?
カヤを伽耶国に由来しているというときその背景をこうしてインターネットで調べると
それなりに信憑性が生まれてくる,情報が集積されて統計的にも信憑性が出てくるのである。
カヤは伽耶であり鹿文(かや)とあてられた,景行天皇(ヤマトタケル)の時代に神話となり日本が一つの国として意識される征服が行われた,その時必ず九州の熊襲でもその中味は中心的氏族は鹿文(かや)なのである。
そき鹿文(かや)は何者かというとき,韓国からわたったてき人達だとなる
それは大和の国造り神話ができるときすでに鹿文(かや)が日本列島の原住民化していたのである。混血していたのである。

なぜそうなったのかというとき伽耶から渡ってきた人達は鉄を作るとか農業でも焼き畑をするとか先進的技術をもっていたから有力な指導的立場になった
それは弥生式文化が根付いたのも稲作文化をもたらした人達でありそれで優位に立った
日本海から入ってきたツノガノアラシトの伝説もそうである。

だから蝦夷というときエミシとか日本古来の縄文人の末裔もいるけどそこに韓国から来た渡来人と混血したのである。それがあとで蝦夷となったのである。

「鹿文」と、陸奥の「神石萱」の最後の「萱」、特に「市鹿文」と「石萱」の酷似は、九州の熊襲と陸奥の土蜘蛛の間で名付けの慣習に何らかの共通性があった

それより混血した結果としてそうなった,鹿文(カヤ)いうとき女性のことでありそれはその当時女酋長がいたということであり最初の邪馬台国が卑弥呼で女王だったとういことと通じている,それは巫女とかシャーマンであり女性だったのである。
今でも女性の占い師とかいる,神がかりするのが女性だったとなる
鹿島区寺内にある「真野明神」に祭られているカヤノヒメとは女性の酋長に由来するのか?ここに検索した鹿文(かや)と関連してある


いづれにしろ真野の草原(かやはら)は謎でありかわらない,でもこうして情報を集積すると見えてくるものがある。
インターネットの検索で見えてくるものがある,それが歴史にも情報社会が影響しているとなるのだ

日立の風力発電会社の事務所にドイツ人三人が来る (駅からすぐ近くにその事務所がある)


日立の風力発電会社の事務所にドイツ人三人が来る

(駅からすぐ近くにその事務所がある)


まず一人はいわきからレンタカーを借りて駅に来た,その人は日本語をしゃべったしナビでも日本語のナビを車の中で聞いていた,日本に慣れた人なのだろう。

その後に土浦ナンバーの車がやってきた,ここで待ち合わせるするという人だった
その人たちはドイツ語で話しした,ドイツ人だった

なぜ三人も来たのかと思ったら車がすぐ近くの路次を曲がり入った,それで気づいた
「風力発電の事務所」が作られていたのだ
それで風力発電関係の技術者だということがわかった

ドイツの電力需要に占める風力発電の設備容量は2010年末時点で9.3%、2011年末時点で10.6%であった[2][3]。
国内に21,607機の風力発電機が設置されており、ドイツはさらに多くの発電機の設置を計画している[4][5]。2011年時点で、ドイツ連邦政府は特に洋上風力発電の利用に焦点を当てた再生可能エネルギーの商業化(英語版)を増大させる新しい計画に取り組んでいる

2011年の東日本大震災による福島第一原子力発電所事故の後、ドイツ政府は特に洋上風力発電に焦点を当てた再生可能エネルギーの商業化加速を見込む新しい計画に取り組んでいる[17]。計画では、大型の風力発電機が陸上よりもより恒常的に強い風が吹き、巨大な発電機でも住民を気にしないで済む海岸線から遠く離れた場所に建てられる。
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日立ソリーシュンというの名の事務所があるから茨城県にあり駅で待ち合わせした人は土浦ナンバーなことも辻褄が合う

ドイツでは風力発電が進んでいる,太陽光発電も進んでいる,なぜなら原発を廃止したからである。それで風力発電でも技術的に進んでいたのである。

風力発電と太陽光発電を一体化した技術の開発も進んでいる

何かこの辺はそういう点では国際化している,ドイツ人が三人も来るなど普通はないからだ,前は東北電力にドイツ人が一人来た,一人は日本人の通訳だった

駅は何かこうしていろいろな人が出会う場所なのである。
この辺は外部からの人が入るようになって国際化したということもある
全国からも人がまだ来ているから前とは違った駅となっていたのである。

駅近くの事務所

株式会社 日立パワーソリューションズ 電源インフラ事業統括本部 新エネルギー本部
風力システム部  茨城県日立市幸町三丁目2番2号

2017年10月17日

あなたの実体験から得た「宇宙論」聞かせてください (私の介護についての返答した人に問う-稲妻捕り様へ)


あなたの実体験から得た「宇宙論」聞かせてください

(私の介護についての返答した人に問う)

稲妻捕り様へ

介護では「早く死んでくれないかな」と誰でも思う
(それは非情ではない,それだけ辛いからである)



経験論から一歩も出ていませんね。これじゃ「早く死んでくれないかな」と思うはずです
寝たきりでただ食って寝て、そんな形で生きていたって何のねうちもないし可哀そうなだけ。

それだけの生ではないのかと、みつめつつやがて自分もおいつめられていく。

こういう自分が求めていたのは、決して介護論でも心理学でも福祉設備の充実だけではないのです。

なぜ生きているのか、それをつきつめればなぜ宇宙に生命があるのかという問いを問うところへゆくのです。

その問いの前で、介護していた自分はまさに宇宙論に直面していたのです。



この人にも言い分があるからその背景がどういうことで言っているのかわからない

経験論から一歩も出ていませんね

人間は実体験がなければその語ることが浅薄になる,人間の真実は実体験からはじまるのだ,介護だって何でもそうである,実体験なしで何も語られないのである。

私が岩手県の介護している60代の男性と90代の母親を介護して60代の息子が病気になり共倒れになったことを書いたのは自分もにた状況に陥ったからである。

あなたは何かそうした経験があるのですか?

あなかたにどんな深刻な経験をして「宇宙論」まで説くことができるのですか?

おそらく都築詠一氏の「弁証論」とか何かのことで言っているのだと予想します

私も彼には感銘して詩も書きました,ただそれは彼の実体験が訴えるものがあったからです,弁証論についてはわからないし「宇宙論」についてもわからない
ただ自分が感銘したのは彼の実体験なのです

空手に精進する姿だったのです,日々裸足で歩く,重い荷物をもって歩く訓練をしていた
そのことが訴えるものがあり詩にしたのです


寝たきりでただ食って寝て、そんな形で生きていたって何のねうちもないし可哀そうなだけ。
それだけの生ではないのかと、みつめつつやがて自分もおいつめられていく。

これは介護もしたことがない人が無関心に無責任に言っているのです
他人の苦しみなど関係ないからそう言えるのです
そんなのは税金の無駄使いだとなるが家族にとってはそれぞれ事情がありそうはならないのです

家族にもそれぞれの歴史があるのです,家族はみんな同じではないですよ
とても他者からは理解できない家族というのものがあるのです
歴史があるというとき家族はやはり長い時間で形成されてきたものだからです
家族の不幸はみんな違っているというときそれは家族がみんな違っていて歴史をもっているからです

つまりあなたはそれぞれの家族の事情を見ないで一般論で見ているだけなのです
介護したこともないだろうし老人はみんな邪魔だ,早く死んだ方がいいとかいつも言っている若者と同じである

でも家族にもそれぞれ事情がありみんながそうはならないのです
国には国の事情が歴史があるように家族にもそれぞれの事情がある
それは他者からわかりえようがないものがあるのです
家族というとき何か単純に考えるけど両親がいて子供いるとも限らないのです
家族の形態はいろいろであり複雑なのです

ではあなたは経験からどんな深遠な宇宙論を展開できるのですか?

それに答える義務があるでしょう

そのご高説をうかがいたいです

でも心の青雲の都築詠一氏とか弁証論とか受け売りではだめですよ
それはそれとして価値があります,でも自分の言葉で語ることが大事なのです
都築詠一氏は一貫して自分の言葉で語っていたしそれはそれで学ぶところがあったのです
あなたはあなたの言葉で語るべきなのです

あなたの体験からどういう深遠な「宇宙論」が生まれたのか?

それを是非知りたいですね

タグ:介護論