2018年05月31日

海底トンネル地底トンネル (Submarine tunnel underground tunnel)


海底トンネル地底トンネル

(Submarine tunnel underground tunnel)

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permanently frozen ground        enlarge


電車が海底を行く,それを絵画的に表現する,前に自分は鉄道模型で遊んでいた
その時電車にライトが光ったとき一番感動した
暗闇で走らせたとき一番感動した
それが影が映ったときが一番魅了されたのである。
それで海底トンネルのようなものを作って走らせたのである。

私は鉄道が好きだったから日本の鉄道はすべて乗った
ヨーロッパも乗ったしアメリカのアムトラックも乗った
遂に想像で海底トンネルを森の中を地底とンネル行くようになったともなる

たまたまインターネットの膨大な写真や絵を変形して創造したらそこに海底トンネルとか地底トンネルができたのである。
絵は全く描けないが絵のようにできたことで作り続けることになったのである。

Submarine tunnel underground tunnel


The train goes the ocean floor, expressing it pictorially, before I was playing with a railroad model
It was the most impressed when the light shone on the train then.
It was the most impressed when I ran in the dark
It was most fascinating when it was shadowed.
So I made something like a submarine tunnel and ran.

Because I liked railroads, I got all the railroads in Japan
I also rode in Europe and also got Amtrak in America
I finally came to go to the bottom with the underwater tunnel in the forest with my imagination

By deforming and creating a huge number of pictures and pictures of the Internet by chance, there were undersea tunnels and underground tunnels there.
Although I can not draw a picture at all, I decided to keep making it because I could do it like a picture.

2018年05月30日

家(いえ)とハウスは違う (イエは強固な共同体の一つ)


家(いえ)とハウスは違う

(イエは強固な共同体の一つ)

日本人が家というとき何か英語で言うハウスとは全然違っている
英語だとホームである,ホームタウンが故郷である。
ホームというとき何か還るべき場所としてある
ハウスとホームはまるで違っている
ハウスは寝起きする箱としてしか見ていない
だからアメタリか移動社会だというとき一時的に家というハウスがありその土地から離れて移動する遊牧民的生活になる
そもそも移民の国だから土地に対して愛着がないのである。

日本人が家(イエ)というときはイエは単なる寝起きする場所ではない
家にはまた歴史が深くかかわっている,祖父母までが深く家にかかわっている
家には先祖が住むという時そうである。
古い家だったら特にそうなる
イエはだから単なる建物ではないハウスではない
精神的紐帯なのである。
だから原発避難者でも家に固執するのは老人なのである。
その家は家族がともに過ごした記憶となる場だからである。

家は一つの共同体であるから何か夫婦だけではそうならない,夫婦が子供をもつとき家になるのかもしれない,そこで家族が形成されるからである。
そこで一つの共同体となる
家は明らかに最も基底をなす人間の共同体なのである。
確かに血縁を基にしても養子なども入るから共同体なのである。
だからこそその家の延長が平氏でも源氏でも外国でもハウスブルク家とか国家にまでなったのである。

家が共同体となるとき運命共同体にもなる,最も基本的な共同体なのである。
それは時代が変わっても変わらないものがある
家が今やホテルだとかなっても最後のよりどころとして家がある
他にそんな共同体があるのかとなるからだ

ただ確かに家というとき家をそうして基本にすれば家の外に対しては排他的になる
そういことはあるが実は家自体が血縁というのではなく共同するもの共同体としての核を形成してきたことは人間として変わらなかったのである。
家という人間の基礎を作る共同体すらなくなるとどうなるのか?
もう安心する場がなくなる,すべて回りが敵となる
家族がなくなったら身寄りがなくなったらそうなるのである。
それは野獣の群れに放り出されると同じになる

ただ一方で家は宗教でも家が否定されてきたのか?
それは宗教ではキリスト教でも仏教でもそうである。
血縁で結ばれる家を否定してきたのである。
それは家が血縁という狭い範囲での共同体でありより大きな共同体を形成できないからである。
日本では村が強固の共同体であり日本人の姓が必ずどこかの村が起源になっていることでもわかる
血縁より地縁になったのが人間の歴史でもある
血縁より地縁が大きな共同体となりうるしそうしないと社会は維持できないからである。

人間は動物と違うのはそうして共同体を社会を作ることである。
それは血縁だけではない地縁であれ国家であり共同体を作ることにある
その共同体は家より家族より強固なものとなるから戦争で日本人が3百万人も死んだともなる,犠牲になったともなる
家というときも最初の共同体でも何かそこに複雑だが犠牲が強いられことがある
共同体とは人は別個にあっても犠牲がないと維持できないことがある
城を作るのに人柱を要求されたのもそれは共同体を保つためだったからである。
城も家という強固な共同体だったからである。
だから会津では城が燃えたとき白虎隊の悲劇が生まれた
城は単なる建物ではない,生活でもあらゆるものが一体化した象徴としてあった家なのである。

現代にはもうそうした強固な家(いえ)なくなった,ただ会社がその代わりのようにはなった,なぜなら会社で働くことが長いからそうなる,時間を会社に費やすとすればそれが人生だったともなるからである。
ともかく人間は共同体を必要とする,それが経済人間化したとき村がなくなったりして
その紐帯は壊れた,その時どうなったのか?
原発事故で町や村が簡単に捨てられて廃墟化したりする
そこにはもう村や町を維持しようとする紐帯も共同体も実は形だけになっていたともなる
なぜなら犠牲になっても共同体を維持しようとするのが人間だからである。
戦争のときを見ればわかる,その是非はともかく300百万人が死んだ犠牲になったとなるからだ,そんなこと今の時代にできるか?
ただすべてが利を求める時代である。利がまず優先される社会である。
利にならないことはしない,それはカルト宗教でも利の宗教だからである。

そういう社会は意外ともろい,分離解体しやすい,みんな利だけを求めるのだから便利さだけを求める社会だからそれだけを求める社会だとしたら何か困難があって犠牲になることがあったりしたすぐに原発避難民のように離散してゆく
もちろん放射能被害とかありまたそれだけはないにしてもそうなりやすい社会ではないか家族は家(イエ)は必ずしも利だけではないものによって結ばれている
家族愛もありその他に代々受け継がれた歴史もある
だから家の歴史がありそれによっても結ばれているのが家族なのである。
だから核家族となると結びつきが弱いのである。
それは資本主義社会の工業社会の生産的単位として戦後に作られたものであり農村社会だった地方ではそうはなっていなかったからである。
やはり長男があって家が維持されてきたからである。

グローバル経済ではそうした共同体とか共同性を作らないのである。
物だけのやりとり便利さだけの追及となり豊かになっても世界が共同するということ犠牲になってまで共同するということはない,むしろ利がなくなると利で対立することになるそれが貿易戦争になる,それはただ利を求めることだけだからそうなる
人間は国家というとき大きな共同体を作ったが世界となるとできなかった
そこで戦争になって犠牲を強いられたのである。

例えば日本では明治維新の時家中心にして日本国家共同体を形成しようとした
親が天皇であり子が国民としたのである。
明治以降に家族墓ができたのであり江戸時代には個人墓だったことでもわかる
これは意外なのだけど侍の墓でも個人墓なのである。一家の墓ではないのだ
庶民でも幕末には豊かになった農民が個人墓を作っていたのである。
それまではホトケッポとか共同墓地に埋葬して家族墓も個人墓もないのである。

そして大東亜戦争でも

神武天皇の「八紘一宇」の御勅令の真の意味は、天地四方八方の果てにいたるまで、この地球上に生存する全ての民族が、あたかも一軒の家に住むように仲良く暮らすこと、つまり世界平和の理想を掲げたものなのです

ここでも家が共同体の基本としてある,世界が家のように家族のようになるという思想なのである。
おそらく日本は江戸時代でも武家の支配だが御家中と所属する藩を呼んでいた
野馬追いの旗にも御家中とあり日本の共同体は村の地縁があり家(イエ)が基本にありそれが拡大解釈されたのである。
ただその思想には限界があった,そういう思想ではとても世界を統一する思想とはなりえないからである。

宗教はキリスト教でもイスラム教でもそうした家とか血縁を超えた思想があるから共同体が生まれた,ユダヤ教は以前として血縁主義民族主義だから世界的に普及しなかったのである。
ユダヤ人でなければ救われないとなれば排他的になるからである。
つまり家からまた民族が生まれた,血縁として血統として民族が生まれた
すると民族同士が争うことになる,民族は他の民族に対して排他的になるからだ
だから世界が一つの家になることは不可能だとなるのである。

いづれにしろ現代ではすべて経済人であり経済の価値の中でしか生きていない
だからそこで便利な豊かな生活を遅れないとなるとそれ以外の価値を認めないとすると
簡単に町でも村でも見捨てて外に出る,また外に出て暮らしやすいからである。
原発事故が起こらなくても一億円もらったらこんな田舎出て行きたいという若者は普通にいたからである。
つまり故郷に田舎に求める価値は経済的なものだげであるという人が多い社会だったのである。
だから現実に一億円補償金もらったらさっさと親でも捨てて外に出て家を建てて帰らないとなったのである。
経済的価値しか認めないからこそそうなったのである。

家族共同体ならなんらか犠牲が強いられることはある,でもそれもしたくない,便利な豊かな生活をできればいい,そういう価値観しかないから簡単に町でも村でも崩壊したとなる,それは原発事故だけの原因ではない,そういう社会になっていたから原発事故を契機にして現実化したとも自分は見たのである。
自分はすべてが原発事故のせいでそうなったというのに疑問をもっていたからである。
あらゆることが原発事故のせいだとできるのかという疑問である。
そうでない原因もすでに社会自体にあったのではないかという疑問なのである。

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野馬追いで天皇旗印があり御家とあるのも日本は家としての共同体の歴史だったともなる


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南相馬市の鹿島区の不満 (高速と医療費は無料にすべきだった)


南相馬市の鹿島区の不満

(高速と医療費は無料にすべきだった)

なぜ鹿島区が同じ南相馬市なのに差別されたのか?
それは30キロ圏内と外で区別されて補償金ももらったが少なかった
30キロ内だけは手厚く補償されたのである。
それは政府でそうしたのだからしかたがないということはあった

でもなぜ医療費とか高速とかが無料にしなかったのか?
その面だけでも南相馬市として平等にすれば良かったのである。
医療費でも一年以内とか早い時期に鹿島区は打ち切られた
ところが原町区では高速でも医療費でも無料化していたのである。

それで最近市長が変わり秋から高速が鹿島区でも無料になるという
それも遅かったなとなる
この資金も実は市の財政から出るから市の支出になるので問題なのである。
なぜなら一時鹿島にも補償しようとしたときネットで鹿島には市の財政から金を出すなと言っていた人がいるからだ
その時一時的に市の予算から100億円を仮払い金として出すことに桜井市長が決めたからである。
それは市の財政から出るから反対していたからである。
今回だって市の予算から高速無料の金が出れば不満な人が出てくる

なにかこうして合併したのはいいものの小高,原町,鹿島でうまくいかなくなったのである。
鹿島では小高への反発は大きい,小高でも鹿島への反発は大きいのである。
つまりどこに金を出すか,福祉関係でもその他でもそうである。
そこでもめたのである。一番得したのは原町に予算が集中するから得だったとなる
今度は小高にしても病院でも金を使っていいのかともなる
その負担がまた大きくなるからである。
帰っている人は30パーセントくらいだから維持することインフラでもなんでも予算が使われるからである。
前のようであればいいが限界集落のようになっているからだ
そこに金をつぎこむと南相馬市全体の予算がへり影響するからである。
これは全国的にみても限界集落などに金使うなとジジババしかいない津浪の被害地に金をつぎこんでも無駄だ官僚が本音を言ったことと同じである。


30キロで国が区切ったのはそんなに補償できないからそうした
別に放射線量の問題ではない,30キロの内と外で別に変わりないからである。
政府の都合でそうなっただけなのである。
それでその境目に住んでいる人は女性が泣いて訴えていた
子供も喧嘩しているとかなっていた

これも今頃そうしたのはおかしいのである。
最初から医療費と高速無料とかは平等にすべきだったのである。
補償金にしてもやはり区別してその差が大きかったのである。
原町区は30キロ内だから手厚くされたのである。
それより相馬市の人も絶えず不満を言っていた
相馬市では一人6万とかもらって終わったからである。

いづれにしろこの辺は合併したのはいいにしても小高と原町はいいとしても鹿島は除外されて不満になり協力できないような状態にしたのである。
その責任は誰あるのか?市政にあるのか?
鹿島の議員にしても仮設に入った小高の人を応援していたのである。
これもやはり南相馬市の議員だったら小高の人も同じ一票だからそうなったのである
それが合併したことで変わったことなのである。
タグ:原発補償金
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2018年05月29日

野馬追いの旗とスコットランドのキルト


野馬追いの旗とスコットランドのキルト


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決して「タータン・チェック」と言ってはいけません。。タータンは布地の柄というよりも、 氏族ごとに定められた家紋に相当する模様の総称なのです。


日本の歴史とヨーロッパの歴史は違っているようで似ている,それが城が多いことである日本でも城が多いから共通性がある。
それは封建制ということで共通している
土地が一番の財産であり土地に依存した社会である。
それは農業や牧畜などが基礎としてある農業社会だったのである。

だから野馬追いと同じような騎馬隊が独自の旗をもって行進する祭りがある。
それは地域地域の旗なのである。
イギリスのスコットランドのキルトは有名である。
それぞれの土地にキルトの紋様が伝えられている
スコットランドはイングランドに抵抗したが部族の集合体だから部族ごとのキルトが伝えられている

では野馬追いの旗と共通性があるのかというとき野馬追いの旗はそうした部族ごとの旗ではないし必ずしも地域の旗ではない
相馬氏がこの地に来て支配するようになったから相馬氏一族の旗である
でもなぜこんなに種類が多いのか?
それは部族ごととか地域ごとの村ごとの旗ではない,家の旗を基本としているからである家というとき無数に家があるし家紋もある,だから種類が多いとなる
それは鎌倉時代からはじまりその元をたどるとさらに平安時代とかにまでさかのぼる
それだけ古いのである。それでその旗の由来がわかりにくいのである。

文化というとき地域性の探求になる,文明となると地域性を無視して画一化することになる,地域性というとき相馬藩とか福島県とか単位的にみる
でも相馬藩内でも地域性がある,地域性とは地形とか風土が違うということなのである。それが文化の基である,だから標準語が文明語だが方言は文化語なのである。
数式化するのが統計化したりするのが文明となるが文化はそうして一様化されない
そこに文化の魅力がある
工業製品というとき文明化であり同じ規格のものが大量生産される
文化は地域の特質を活かした物産でありそこから生まれた独自のものがあるから文化なのである。

野馬追いの旗は一見そうした地域性が関係しているように見えるがそうではない
氏族系統とか家の系統としての旗印である。
・・・村の旗ではない,部族の旗でもない,相馬氏のそれぞれの家がこの土地に分布したものである。だから土地に由来した旗とはなっていないのである。
もし土地に由来した旗となっていればA村のB村のC村の代表となるからわかりやすいのである。
野馬追いの旗行列でもそういうふうには見れないのである。
それで旗の由来をたどることがむずかしいのである。
南北朝の戦いで霊山城から逃れた人達がいてその人たちの旗はわかりやすい
それが只野氏の杉の紋様の旗だった,それは郡山の多田野村から出ていたのである。
他にもその系統はたどれる,それは一団のものとしてたどれる
山王という旗印もそうである。山王信仰が霊山から逃れた人達によってもたらされたからである。

いづれにしろ文化は地域性の探求である。地形風土の探求である。
福島県内でも多様であり相馬藩内でも多様なのである。
だから文化は土地を離れてありえないのだ,それで東京とかにはもう文化はないのである文化はまたこれからも生まれないのである。
そこに方言がないということでもわかる,方言はその土地から生まれたものだからであるただ方言も伝播しているから文化の伝播はある

つまり文明化すると多様な土地に根づいた文化は喪失する,標準語化するのである。
そうなると同じ規格の大量生産の品物と同じになるのである。
文化の多様性が喪失する,限界集落とか言われるけどそういうものもなくなる
その時土地の多様性がなくなり地域の文化も喪失するのである。
ワインでも歴史が古いから土地ごとの名前をつけられていたワインがある
そのワインはその土地と密接結びついて生まれていたのである。
そういうものは各地にある,日本では酒がそうである。
多様な酒があり味が違うから酒とか食品でも文化的食品とただ画一的に同じ味として作られたものがある

これからは大量規格生産ではない,地域に土地土地に根ざしたものが価値を帯びる
それはGDPとかで計れない価値なのである。
グローバル経済というとき画一化でありその土地土地に根付いたものではない
世界は土地土地の地形とか風土とかによって文化が生まれはぐくまれる
それを無視した物差しで価値を計る時代は終わったのである。
これからは地域地域に根ざした文化的価値の追及の時代になる
その土地土地に生きる価値を新たに発見する,それは物質的にもそうである。
精神的にもそうである。
日本ではものというときただものではない,ものは心としてとらえていたから西洋的価値観と違っていたのである。ものと心は一体だったのである。
土地と人間は一体としてとらえられるのである。

それで今度読んで「グローバルリズムの終焉-経済学的文明から地理学的文明へ-  」は自分の思想と一致していた
その著者は住むとういことを第一にして社会をみる,移動輸送の文明社会ではなくその土地に住むことこそ第一としてみる
人間は移動社会になりすぎた,結果として原発事故でかくも簡単に土地から離れて人は移住したのかとも自分は問うてきたのである。
その土地に住むことの価値の追及なのである。それは多様であり統計化数値化できないのである。

野馬追いの旗は地域の旗とは違うがやはり多様性を示しているから文化なのである。
また地域に土着することによって村を代表するものともなった
やはりどこどこの村から出陣したとして見るからである。
ただキルトのようにその村独自のものとして旗があればより土地に根付いた文化の祭りとはなっていた
どうしても相馬藩だと相馬氏一族の祭りだとなってしまうこともある
各地にある祭りはもともと地域性があり神楽とかあるがそれも村ごとに違っていたのである。独自のものとして工夫して発展させていたのである。
どこの村の神楽の舞いだとかあった,今は村ごとに何か特徴あるものが喪失したのであるただ地形とか風土とかは時代が変わっても変わらないからそこから新たな文化がまた生まれるのである。

インターネットは多様性であるのもやはりマスコミという中央主権的情報社会からの変化である。
多様な地域性が報道されるとういことが今までと違っている
福島民報でもそれはマスコミであり大きいのである。
だから相馬藩内のことは詳しくは報道されないしそもそも福島県だけでも広いから報道しきれないのである。
だからインターネットが生まれということは地域性も生まれる時代とマッチしたものともなる
ただそこでマスコミのように視聴率を稼ぐことはできない,その性質を異にしているからである。
一地域の地域に興味があるとしても他の人はないともなるからだ
だから二つの情報があるとして中央主権的報道も必要でありまた地域地域の報道と探求も必要なのである。



posted by 老鶯 at 17:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 野馬追い関係

真野川で鮎の稚魚を放流(2018-5-28) (放射能の心配はあるが・・・)


真野川で鮎の稚魚を放流(2018-5-28)

(放射能の心配はあるが・・・)


「アユ釣り完全復活へ稚魚放流」 (NHK福島 2015/6/2)


アユは華奢で骨が細く柔らかく、丸ごと食べるのが普通ですが、骨にストロンチウム90が
蓄積されている可能性もあり危険です。

広大な太平洋で獲れたベニザケでさえ、無視できない量のストロンチウムが蓄積、検出されているのです。

ある福島県庁職員がこういったとも伝えられています。
「阿武隈川の底は原子炉なみで、とても公表できません」 
(原発問題 2013/2/17)


昨日南相馬市鹿島区の真野川で郡山から来た人が鮎を放流していた,稚魚といっても大きかった,若鮎という感じである。
真野川ではしょっちゅう水質検査していた,でもその数字は教えない
何か放射線量とか原発事故前から公表されないのである
したとしてもマスコミが福島民報などでも大きく報道しない,それは福島民報が県の出資が50パーセントだから原発の不利な情報は報道しないのである。
それがいろいろ問題を引き起こしたのである。

危険が知らされない→危険が現実になる

津浪でも東電は10メートルの津浪が来ると試算していた,それを知っている人がとれだけいたのか?
危険が報道されないしわからなかったのである。
それで報道の役割を果たしていなかったと気づいたのである。
報道するにもまず権力がないとできないのである。
マスコミは巨大な権力である,だからこそ権力をもっているからこそ東電からでも莫大な宣伝費が流れていたのである。
世の中は銀行でもそうだがそれも権力を持っている,ただ金を右から左に流すだけの仕事ではないか,そんなことで利益を得るなら楽だとはいう見方もある
そういう権力がある所には金が自ずと回ってくるのがこの世である。

鮎は子供のとき父親がとってきて食べていた,その時鮎は大きかったのである。
父親は鰻釣りと鮎釣りとかしていた,それがいいオカズとなっていたのである。
その頃貧乏だからそうなっていた,その後鮎は何か小さくなった
鮎釣りをしていてもその鮎は食べてもうまくない,実がほとんどない感じである
久慈川の鮎を買ってきて食べたがこれもうまいものではなかった
冷凍したものだったのだろう
鮎でうまかったのは新潟県の小出の魚野川の塩焼きだった
その川の前に食堂がありとれたばかりの鮎を出していたのだ
別にそれは高いものではない,魚野川に鮎がいくらでも泳いでいるからだ

真野川とか原発事故周辺の川の放射能汚染はどうなっているのか実際わからない
ただ阿武隈川河口で泥としてたまっていた放射線量が相当に高かった
泥についてセシウムなどが流れたからそうなった
今は溜池の除染をしている,これもやっかいでありどこまで効果があるのかわからない
回りから泥はいくらでも流れてくるから焼け石に水だとなってしまうからだ

時間がたてば放射線量が減ってくるのか?それもわからない
部屋のなかは0・2で今も減っていない,だから放射線量というのは減らないともなる
鮎はこれまでも食べれるようなものではなかった
今釣りは食べるというより釣りそのものを楽しむようになっている
釣ってもまた放している,海の方ではまだ釣った魚は食べていた
右田の松原のあるところではいつも釣りする人がいた
でもやはり釣りをしている人はいる,川ではいなくなった

放射線の問題はなかなか真実が素人にはわからないことである。
わからないから危険を言う人は極端になるし安全だよという人も何か目安かあっていっているわけではない,そして放射線の問題はそうして隠されやすいのである。
どこまで危険なのか見極められないから困るのである。
そして過剰に反応する人はするししない人はしないのである。
別に老人だとそんなもの関係ないと飯館村では山菜まで食べていたのである。
老人の場合は奉仕斜線はほとんど関係ないのである。

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2018年05月28日

欲を減らせ,欲をおさえよ! (災いは人間の欲から起きる)


欲を減らせ,欲をおさえよ!

(災いは人間の欲から起きる)



欲を減らせ,欲をおさえよ!

(災いは人間の欲から起きる)

 「野菜を食べて愛し合うのは、肥えた牛を食べて憎み合うのにまさる。」箴言15章17節

これは自分の経験から感じた,人間は欲によって誤る,欲が危険なのである。
それが宗教の基である,だから欲望があるのがいいとか欲望があるから資本主義が発達したとかいう人がいる
それは危険な思想である。つまり常に資本主義では欲望を喚起する,宣伝で喚起する,刺激する,そして企業は売り込むためにそうしている
だから本当は必要ないものまで買っているのである。
欲望を刺激して拡大して経済成長させるというのは資本主義社会では悪いことではない
むしろ奨励されているのである。経済成長第一主義だからそうなる
景気が悪くなることが一番悪いことだからそうなる

ただ本当に欲というのは限りないのである。100もらっても次は200欲しい,そして一旦100を確保したらその100を減らしたくないのである。
それは別に強欲だからでもない人間の心理なのである。
だから金持ちは財産を減らしたくないのである。

人間の欲はきりがなくなる,あれも欲しいこれも欲しいとなるし制限がないのである。
そういうことから何が起きてくるのか?災いが起きてくる
原発なども実は人間の欲と深く結びついていた
莫大な利権でありそのために地元でも金にまどわされて原発を積極的に受け入れたのである。まずは金だとして受け入れたのである。
実際に大熊町だったか先に原発を受け入れて金回りが良くなったから今度は隣町の双葉町とかが原発をこっちももってこいとかなっていたのである。

原発利権は想像を絶する莫大な利権をもたらすのである。
事故後でも何兆円とかの補償金を支払われることに驚いたからである。
そんなに金を出せるのかと自分は知らないから驚いたのである。
それだけの利権が原発にはあった,その利権の故にあらゆるものが結託して
原発にかかわっていたのである。
マスコミにも800億円が宣伝費として支払われていたとかなっていた
中国にマスコミの幹部が招待ささていたとき事故が起きた
そこには朝日新聞社の人もいたのである。

ただ人間の欲をすべて否定はできない,山尾三省のようにパンが贅沢などという人とはもう誰もつきあえないのである。
そうではなくて欲はきりないからあるところで減らせということなのである。
全部を減らすのではないあるところで限界をもうけて減らせとなる
100で満足すべきことをさらに200欲しいとなることが危険なのである。
欲をへらせないとどうなるのか?

ある人は事業して失敗したけどその人は自分は成功しているとまだ外部に示している
借金もしているが成功したとしている,だからわからない人もいるだろう
そして怖いのは「俺は成功者だ」そう見せるために借金したり今度は親戚に借金を求めてくる,それはもう手段を選ばないのである。
見栄があり成功者だということ優秀だということを示したいからそうなっている
そういう人は相手を犠牲にしてもまでその体面を保とうとする
そういう人は前と同じような贅沢をしたい,だから生活の質は落さないのである。
減らす生活をしないのである。その穴埋めが借金でありそれを求めらる方にしたら
勝手だとなってもその人は欲を減らせないからそうなっているのである。

欲を減らせないことは犯罪にもなる,貧乏で犯罪するのではない,贅沢したいために犯罪にもなる,今日本人一旦高度成長で贅沢の味を覚えてしまった
だから生活の質を落せない,うまいものを食べたいし何でも贅沢したい
それで金がたりないとなると借金してまで贅沢をするとなる
もう犯罪をしても贅沢をしたい減らせないのである。
それが怖いのはもうそこから犯罪に結びつく,極端になると人から奪っても贅沢でもしたいとなる

現実にそういう目に自分はあった,でも自分にしてもそういうことにこだわるのも怖いと思った、確かに犯罪にあっても金で恨んでもそれがまた復讐となればまた犯罪になる
そこであきらめればそうはならない,つまりそれも欲と関係していたのである。
いくら金あってもたりないと思う金持ちもいる
するとわずかの金だってこだわる人はいるかもしれないからだ
そういうふうに人間の欲がきりない,欲はそもそも抑えられないものであるからだ
だから人間の欲を全部なくすなどできない,ただなんとか減らすことをする
それをしないと危険なことになり犯罪になり身を滅ぼすことになる
今日本人は貧乏になるというとき今までの考え方どこまでも欲を追及して拡大して経済を成長させるという思想は危険である。
もう成長はできない,成長させようとすれば無理が生まれる

欲を減らせ,欲をおさえろ

これからの指針は今までとは違ったものとなる,生活は減らす生活,質素な生活を目指してなるべく浪費しないことである。
そんなことしたら景気が悪くなるというがそういう時代ではなくなったのだ
その象徴が原発事故でもあった,それは基本的に人間の欲から起きた事故だったのである何か犯罪でも基本的には人間の欲から起きているのだ
ただ皮肉なのは金があればかえって余裕があり質素な生活を説くということはあるのも現代である。
汲々して生活している人に質素を説いても無駄だとなるからだ
ただ金持ちでも減らすという生活を質素な生活をすることが求められる
ある意味で江戸時代にもどるともなる,江戸時代は侍でも今の人より質素な生活をしていたからである。物でも何一つ無駄をしていない,リサイクルの生活だったからである。

なぜこう思ったがというと人間は欲から殺したり殺されたりするということを実感したからである。
それで恐怖を感じた,自分が欲のために人を殺す,そしてまた殺されるとういことを実感したからである。それよりは欲を減らして平和に暮らせる方がいいと思ったからである。人間は欲をなくすことはできない,欲を減らすことができるだけなのである。
100あるのにそれを全部いらないとはできない,20くらい減ってもいいかとはなる
それも100ない人もし50しかなかったら10減らすとなると苦しいとなる
だから減らすというとき人によって違ったものになる
奇妙なのはもっている人は減らすことができるがもっていないもの減らすこともできないとなる

ただ欲といってもいろいろある,欲はきりないのである。
だからどこかで減らす抑えることをしないと社会はもうもたない,資本主義はグローバルに欲を追及して拡大しすぎたのである。
欲というとき中国人の帝王がその見本である。地下にまで現世の欲を追及した,死んでまで欲を追及したのが中国人である,地下宮殿まで作って死後もそこで生きようとしたからである。中国人の欲望は大きいのである。日本人は淡白だとなるが中国人の欲は強大なのである。
中国人はあくまでも現世にこだわる,現世で欲を追及して達成しようとしている
巨大な富を得て巨大な富が消尽されるのである。
そうしても結局は人間は永遠には生きられない,その地下宮殿にはミイラ化した王が眠るだけだとなっていたのである。
その地下宮殿を作るにも民の犠牲があったのである。

結局人間はいくらこういっても欲が減らせない抑えられないからこそ聖書では欲で滅びるとなったのである。社会的にみれば利権であり利権社会はなくならないし中国だと賄賂社会になる,個人的にも様々な欲があり減らせない抑えられない
利権社会になっているとしてもそういう社会にしているのは個人的な欲望があるから利権社会になる,それがこの世の変わらない有り様なのである。
確かに社会が悪いというのもわかる,その前に個人の欲が悪いから社会が悪いとなる
宗教の場合はまず個人の欲が悪いとしている,だからこそ社会が悪いとなり世の中は変わらないとなっているのだ。
それは科学技術が発達しようが原発事故のようにそれが人間の欲と深く結びつくから危険なことになるのである。
現代の科学技術はサイエンスではない,サイエンスは何か哲学的な意味があった
今は技術でテクノロジーが全面に出ている,そしてそれは常に欲と深く結びついているのである。だから危険になるのである

肥えた牛というのはこうした便利な科学技術も現代的に解釈すれば入ってくる
また肉食の否定なのかともなる,肥えた牛は何か人間の欲望にとって争いの種となるものなのだ,一方で野菜を食べるということは貧しいが共に平和に過ごせるともなる
宗教はもともと聖賢の教えでも欲をおさえろ減らせと警告してきたのである。
それは確かに今の資本主義の論理とは合わないのである。

それは別にしても個人的にも本当に野菜で満足しないで肥えた牛を食べようとするときそこに争いが生まれる,だからこの言葉が生まれたのでありそれは現代は複雑な社会であり科学技術社会でも同じなのである。
つまり原発より肥えた牛より野菜で満足した方がいいとしたのである。
現実に原発事故になったとき避難した人達は家族がばらばらになった
それで蝋燭でもいいから家族一緒に暮らしたいと極端なことになったのである。
それはやはりそれだけひどいことになったから極端になったのである。
自分でも何か殺す殺されるとかいうことに直面したからそうなった
そういうことがないかぎり人間はまた悟らないのである。
人間は宗教とか哲学から知識だけでは学べない,現実問題の中で知識でも身につくのである。
でも現実で過ちを犯して悟ってからは遅いとなっているのである。

タグ:欲の危険

2018年05月27日

夏菊、老鶯(初夏の俳句10句ー故郷の思い出の俳句)


夏菊、老鶯(初夏の俳句10句ー故郷の思い出の俳句)

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原町の道の駅の公園

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夏菊にホースに水やしぶきはぬ

夏菊や風にゆれにつ走るかな

夏菊やスーパーヒタチ走り去る

夏菊に風のそよぎて流る川

夏菊や幼児の声のひびきけり

老鶯や松原の影釣りの人

老鶯や木蔭に休み声を聞く

老鶯や住み着く人のなじむかな

無口なる畑に人や菖蒲咲く

素足にてクローバー踏む少女かな

花時計道の駅かな原町に

公園の大木の日影また休む

大岩に山芍薬や広き庭


籬より庭の見えるや青き花中に赤き花目立つ夏かな

急がずに風車の回る夏の日や津浪の後の景色変わりぬ

津浪後二本の木のなおここに離れじと立ちて夏の日暮れぬ





原町の道の駅の公園は子供も遊ぶし親も一緒に来るから活きている
でも公園は子供が二三人いるとか少ないし活気がない
公園は何か規制が多くて誰も利用しないとかの意見もある
あそこの公園は利用されているから活きている
道の駅でもあり外部の人もよるしいい場所なのである。
人間はやはりその場が活きるというとき人がいなと死んでいるとなる
道の駅とかは活気がある
素足で少女がクローバーの上を踏んでいるのも見ていて気持ちがいい

右田の松原はなくなったがその時のことを思い出す,松原の影に自分は休み釣りの人が必ずいたのである。今でも釣りしているがあの松原がなくなったから残念だとなる
ただもう思い出の中にしかそれがなくなった
それも不思議だとなる,変わって風車が回っているがあれは風で回るから自然の作用だから悪い感じはしない,ソーラーパネルは景観を乱す
風車も実際はあそこに森を作っても合わない,風車が大きいからである。
とにかくこれだけ風景が変わることが信じられないとなる
スーパーヒタチが走っていたときもあった,もう走らないというのも残念である。

河岸の復興住宅に住む人もなじんでゆくのか?老鶯が鳴いている
河岸の道はいい道である。桜が咲き葉桜になり今は日影となり涼しい、老鶯が鳴いている山シャクヤクが咲いていた庭があった,あそこの家の庭の岩は見物である。
自分は庭を見て回っている,青い花が咲いている庭を籬からとった
それに加工して絵のようにする,今は絵の才能無くても絵のようにできる
まず写真の時代は写真と絵を出さないと芸術にならないのである。
その面ではパソンコとかインターネットで即座に出せるから便利である。
日々の変化を写真に出せることがプログの強みなのである。











西殿(にしどん)から方言を考える (訛りは国の手形だから地域性が残る)


西殿(にしどん)から方言を考える

(訛りは国の手形だから地域性が残る)

福島の郡山から相馬にかけての言葉と鹿児島弁のイントネーションが酷似しています。
子供が言い訳しているような、最後に語尾が上がる話し方です。

蘇我殿(そがどん)の田植え(千葉県)

出典:デジタル大辞泉(小学館)

[接尾]《「どの(殿)」の音変化》人名、または人を表す名詞に付いて、軽い敬愛の気持ちを表す。商家などで、同輩または目上の人が奉公人を呼ぶときなどに用いる。「お梅どん」「長どん(=長吉のこと)」
[補説]九州南部では一般の敬称としても用いる。

せごどん
(西郷さん)
むこどん
(お婿さん)
おやっどん
(お父さん)
※ 軽い敬意を表す接尾語。

殿をどんというのは広く使われている,どんというとき大阪では親しみをこめてどんと普通に相手を呼んでいる,どんはいろいろな使い方がある
ドンは・・・界のどんと言うと一番力をもっている人でありボスである。
殿はそういう人だったから庶民にその意味が受け継がれた

不思議なのはなぜ鹿児島のイントネーションが郡山から相馬にかけてイントネーションが酷似しているのか?これも不思議である。
何かそういう移動があったのか?明治維新ごには確かに薩摩長州が攻めてきたからあったのか?でも方言でも移動するにしても定着するには時間がかかる
簡単に九州の方言が定着することは考えにくい
ただ侍とか配階級の言葉が庶民に受け継がれることはある
だから支配階級の言葉が方言化することがある
そもそも日本語では京都が中心だから京都の言葉が全国に伝播した
それが沖縄と青森に残っている方言の基は京都弁だったともなる

訛りは国の手形というときこれは偽れないのだ,どうしても訛りがでてくる
それでこの辺では全国から労働者が来たから駅で話して面白かった
訛りがありこの人はどこの人だろうと考える
訛りはみんな違っているからだ,標準語を話しても訛りは消えないのである。
奇妙なのは東京に長くいると訛りが東京語になる,標準語とは東京語になっていたからである。
だからその人がここで生まれた人でもあまりにも長く東京にいたら訛りが東京弁になっていたのである。

方言は何かあたたかみ親しみを感じる,標準語は何か冷たいのである。
でも方言は消えつつある,全国が平均化する標準化する時代だからそうなった
常磐高速のセディティというのが連れて行ってという意味だがそれを使う人は今はほとんどいないと思う,前に使ったことがあるという年配の人はいる
今は使っていないからあそこの命名は現代に会っているとは思えない
外から来た人もわからないからである
それで自分はセディティを英語だと思ったのである。
何か英語にすることが何でも多くなったからである。
それだけ方言は地元ですら使っていないのである。

面白かったのは丸森の人がんだちゃという言葉を使ったことである。
んだは相馬弁でありだっちゃは宮城弁であり仙台弁である
その差は大きいのである。
それが結合したのがんだちゃなのである。
実際にその人は相馬総合病院に入院していたが丸森の人だった
金山城の近くに住んでいる人だった
その金山城は一時相馬氏が城主にもなっていて伊達氏もなっていた城だったのである。
だから丸森に二つの方言が合体しても不思議ではなかったのである。
ここに方言の面白さがあるなと思った

ただなぜ九州弁が東北に伝わったのか?それは相馬氏は千葉県の出身だとすると蘇我殿をそがどんと昔話で語られているように千葉県では殿をどんと言っていたからそれが伝わったのであり九州の薩摩から直接伝わったわけではない,殿をどんというのは広く伝わっていたのである。
だから相馬氏が下高平に館を屋敷を構えたとき西殿となりニシドンと呼ばれたのは不思議ではないのだ,回りの人たちがみんなそう言うからもともと在地の人もまねたとなる
方言から郷土史を探る人は全国にいくらでもいる
ただこの方言は直接聞かないとわからない,文字ではなく音で聞かないとわからないからなかなか詳しくはなれないのである。
しょちゅう全国を転勤するような人は音で方言に接するから詳しくなることはある
旅だと地元の人とあまりしゃべらないからわからないのである。
柳田国男のような人はそうして口碑を重んじたから地元の人から何かを聞き出して直接歴史を感じたのである。
何か地元の人から直接聞くことはなかなかむずかしいのである。
でも一言でも地元の人から聞かないと歴史がわからないのである。
相馬市の山上の金谷原に古い碑が集められていたがそこが寺の跡だったと聞いてわかったその一言でも地元については地元の人が詳しいから聞かないとわからないのである。

自分が下高平に興味をもったのはあそこは買い物で絶えず通っているからそうなった
やはり郷土史でもそれだけ頻繁に日常的に行く所は興味をもつとなる
要するに人間はそうして何度も直接行ってふれてたずねてその土地のことでも知るようになる
つまり何でも知るということはそれだけ時間がかかるのである。
ただ下高平辺りは原町区でも歴史がある場だと実感した
桜井古墳もありあの辺が原町区の中心地帯として発展した場だったのである。

タグ:方言 訛り
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2018年05月26日

下高平の西殿はニシドンと言われていた (津浪に残された泉地区の田の神様を尋ねる)


下高平の西殿はニシドンと言われていた

(津浪に残された泉地区の田の神様を尋ねる)


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二十三夜塔は嘉永のものである

あとのものは年号がわからなかった

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南相馬市原町区高平の五輪の塔の謎 (南北朝に由来して西殿は相馬氏の館があった所)

 1848年嘉永1年
   
  1853年嘉永6年

  1868年明治1年

今日下高平から泉の方に行ったら日本の木が見えた,その下に碑があるのが見えた
それでそこに確かめに行ったらそこは社の跡であり碑がいくつもあった
津浪で流されたがこの碑と二本の木が残ったのである。
そこで近くで草刈りしている人に聞いた

「ここには神社があったんですか」
「田の神様です」
「神社というものではなく小さな社(やしろ)でしょうか)
「この地区には泉には七つあってみんな田の神様を祭っているよ」

この田の神様というのがどういうものか良くわからなかったが稲作の神であることは確かである。

「二本の木が残りましたね」
「他にも木があったけど枯れたんだよ」
「そうですか,五葉松は枯れなくて良かった」
「あれもわからないよ」
「枯れるということかな,松は強く根を張らないから津浪にも弱いし塩水をかぶると塩分にも弱い」
「そういうことかもな」
「鹿島の右田の松原の一本松も枯れて切られましたから」

五葉松はまだ枯れてはいない,だからまだ残るのか?あそこまで津浪が来ていたのである
ここは地形的にも津浪の被害があった,床上まで来たという
それより新田川の岸辺に家が結構あってそれが流されたのである。
それで自分のプログを見た人がその写真を見て自分の家だと言っていたことに驚いた
そこの家はすぐ近くだったのである。

「ここの家は古いですか」
「四代目です」
「そう古くはないのかな」
「私の家は加賀から来たんです」
「そうでしたか,真宗系統,南無阿弥陀仏系統はこの辺では多いです
萱浜には特に多いみたいです」

相馬藩の歴史となるとまず天明の飢饉のときその前の時代からも宝暦からも飢饉があり苦しんだ、その時加賀であれ越中であり富山県とか新潟県から福井県などから移民がきて
飢饉の跡に入り開墾して相馬藩は飢饉から立ち直った
相馬藩の歴史はこの真宗系統の移民によって成り立っている
そういう歴史がある藩だということである。
だから相馬藩の歴史をたどると三分の一はそうした移民で構成されているともなるのである。

「下高平の方に西殿(にしどの)とあるんですが」
「いやあれはニシドンとこの辺で言っていますよ」
「ニシドンですか」
「そう伝えられてきたんですよ」
「なるほどそう伝えられていたんですか,西郷どんとかもいいますから」
「ところであなたはどこの人」
「鹿島です」
「西さんが良く来てましたよ」
「歴史の先生でしたが死にました」

あの人も西だったけどこれとは関係ない,でもなんだか符号しているから奇妙だった
最近死んだのである。ただあの人の郷土史とかの研究で何か残したのか?
あの人は地元で生まれたのではなく他から来た人らしい
高校の時習ったことがあったがその時は自分は歴史に興味をもたなかった
それより自分は勉強とか学校が嫌でたまらなかった
まず勉強は興味をもたないかぎりだめであり無理やりしたら余計に嫌いになるのである。

それはともかく九州の方言で殿をドンと言っている,ではなぜここで西殿をニシドンと言っていたのか?
それはなんらかで九州方面の人がここに相馬氏の一族に入っていたのか?
相馬氏といっても実際は多方面な人がまじっていたのである。
だから方言も伝播する,どういうわけかこの辺に九州地方の名が地名化しているのがある小池に薩摩内とかもある,他にある
方言でも伝播している,深野はフコウノと呼ぶが同じ地名として大阪にありフコウノとはそうした方言が伝播したともとれる,これは大阪方面の方言なのである。

ともかく高平から泉には歴史の跡が地名として記されているし泉はもともと古代から役所があったのだから古い
そして今も西殿がニシドンと呼ばれていることは歴史が継続して生きていることを感じたただ書類から西殿とあればニシドノと読む
でも地元の人がニシドンと言っていたというとき明らかに西の方の殿ということである。それは親しみをこめたものなのか?
泉地区はまた下高平の西殿地区とはまだ勢力として違った地域にあったからだ
ただ泉に住んでいた人もニシドンと呼んでいたのである。
そこはなんらかの中心としてあった屋敷があったのである。

柳田国男が文書だけではない聞き取りから民俗学を起こした,口碑を大事にして聞き取りから歴史を探った,口碑にこそ生きた歴史があるとしてそうしたのである。
文書からだけではわからないものが生きた歴史なのである。
歴史は普通死んだものとして見ることがある,でも地元の人にはニシドンと西殿をまだ言っているときそれが地元でまだ生きていたのかと実感したからである。

津浪後二本の木のなおここに離れじと立ちて夏の日暮れぬ


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黙示録 666の恐怖 (6月が不安になる-末世に異常なことが次々に起きる)


黙示録 666の恐怖

(6月が不安になる-末世に異常なことが次々に起きる)

『また、小さい者にも、大きい者にも、富んでいる者にも、貧しい者にも、自由人にも、奴隷にも、すべての人々にその右の手かその額かに、刻印を受けさせた。また、その刻印、すなわち、あの獣の名、またはその名の数字を持っている者以外は、だれも、買うことも、売ることもできないようにした。ここに知恵がある。思慮ある者はその獣の数字を数えなさい。その数字は人間をさしているからである。その数字は六百六十六である。』(黙示録13:16-18)

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なぜ6月が不気味なのか?それは自分とも深く関係していた,自分が生まれと関係していた6月24日が世界の終わりの日とされている,これも怖いと思った
自分は実際こうしたことを信じない質である
聖書は信じても滅亡の日はわからないからである。
ただ今回恐怖なのは6月が何か自分の出生とも関係していて怖いとなる
ただこれはいつでも定番のようにネットでは出てくるから普通は何も感じない
でも自分の一身上のものと一致したから不安になる

世界が終わらないにしても何か大きなことが6月に起きるのか?

●天変地異

●戦争(外敵の侵入)

●経済破綻(株の暴落)

●大事故,大惨事,凶悪事件

戦争と戦争のうわさとを聞くであろう。

注意していなさい、あわててはいけない。

それは起らねばならないが、まだ終りではない。

民は民に、国は国に敵対して立ち上がるであろう。

またあちこちに、ききんが起り、また地震があるであろう
何かそういうものが起きるのか?
この辺は津浪や原発事故になったとき本当に世界の終わりが来たのかと思った
それほどの衝撃だった,原発事故も怖かったが津浪の方が怖かった
実際に自分の家は無事だったけど家族とか家が瞬時にして消えたとなるとこの恐怖は最大のものだったろう
だから津浪の方が原発事故より怖かった,原発事故では原爆のように20万人とか死んだわけでもない,放射線被害が実際は恐ろしいにしてもかえって避難した人は多額の補償金をもらって喜んでいた人達が結構いたのである。

津浪の被害者は補償金をもらえなかったら悲惨だった
ともかく津浪の被害は家も家族も根こそぎ一瞬にしてなくなるからその衝撃が大きかった津浪の被害を経験した人は本当にこの世の終わりだと実感したことは確かである。
原発事故は確かに爆発したのだがその時自分は何かわからなくて外を出歩いていたのである。
ただその時20マイクロとか放射線量が高くなっていたのである。
でもこの辺はそれは二三回で終わったのである。
飯館村とか福島市の方が長く放射線量が高かったのである。
だから放射線量からすると福島市の被害も大きかった,でも補償金はほぼゼロなのである
聖書は予言の書といわれる,道徳の書ではないことが他のものとその趣意を異にしているのだ,世の終わりを常に記しているからだ
だから世の終わりが来ることは間違いないのである。
ただそれがいつ来るのか?それは神のみぞ知るである
だからとても6月に世の終わりが来るというのは信じがたいとなる
ただ何か大きなことが起きるのではないかという不安はある
最近地震が多いというのも不安になる

天変地異というとき大きな地震が来る,戦争というとき北朝鮮とアメリカの交渉が決裂したから起きるのか?
経済破綻は常に言われている,株が暴落する
そして大事故となるとやはり原発事故がまた地震かなにかで起きるのかとなる

6月は不安だから外にあまり遠くに行かない方がいいかもしれない,梅雨の時期だから旅行には出れない,自分はここ十年旅行にはほとんど行っていない
ただネットでこうして不安をかりたてるのはそれで視聴率をとるためだとなる
週刊誌でも常にそうして不安をかきたてると売れるからである
人の不安につけいる商売なのである。
カルト宗教でもそういうことがある
だからこれも問題なのである。自分の場合はあまりにも自分の出生との一致があって恐怖になった
これもただの偶然の一致だともなる

そもそも666が危険だとなると6月6日が危険だとなるのか?
どうしてこの数字が出てきたのか?
6はムであり無になるの日なのかとかこじつけもできる

ただなぜ津浪や原発事故が起きて一身上でも異常なことが起きつづけたのか?
なぜ狂ったような人々が自分の介護や病気の時侵入してきたのか?
それも今ふりかえると不可解であり何かこれから起きる前兆だったのかとなる
人間は弱者化するとかえって凶暴な人が襲ってくる
国が弱体化すると外敵が侵入してくる襲ってくるからである。
食い物にされるのである,それは国と国の関係でもそうだった
獣として刻印された人達が襲ってきたのかともなる
その人たちはまさに獣そのものだったのである。
金しか求めるものがない,金に狂った人達である。
それは何もその人たちだけではない,みんな世界中が金に狂った時代だからである。

現代は末世にきているかことは確かである。
末世には信じられないことが起きてくる
もう世の終わりではないかということが起きてくることは否定できないのである。



posted by 老鶯 at 09:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2018年05月25日

不幸はは誰のせいなのか? (みんなアベのせいにする,不満の捌け口を求める)

不幸はは誰のせいなのか?

(みんなアベのせいにする,不満の捌け口を求める)


その人は確かにいろいろと不幸である。まず容姿が悪すぎる,それが不孝にした原因である,女性は結婚する相手によって幸不幸が左右されやすいからだ

では容姿が悪く生まれたのは誰のせいなのか?

アベが悪いのか,政治のせいなのか?また障害者をかかえているからそれも不孝である。
その女性は絶えず今の政府を批判するとき饒舌になる,怒りが政府に向かうのである。
まず共産党とか創価とかエホバでもカルト宗教団体に所属している人は不満をもっているその捌け口としてそういう会員になる
別に宗教を求めているわけでもないのである。
不満の捌け口がないのである。

ただそういう人は自助努力をあまりしないで絶えず政府の批判をする,アベが悪いとなるでもその不孝の原因を探ると容姿が悪いとか障害者をもったとかそれは政治と関係がないのだが政治と結びつけているのである。
それで絶えず政府に要求するのである。その女性は市役所に絶えず注文しているからである。クレーマーでもある,それは常に不満をかかえているからである。

野党ではそうした不満層をとりこむために常にアベが悪いとなりアベが退陣することをもくろむ,それはマスコミと一体となってする
不満層はそうしたあるものが権力をもつものが地位あるものが特権階級が常に得していると見ている,それは陰謀論でもそうである。
人間社会には常にそういうことだがあった,貧富の差があった
でもすべてがでは社会は特権階級が悪いのかとなるとわからないのである。

社会には常に優秀な人とそうでない人がいるからだ
そうした能力を否定して平等にしたら悪平等になる,それで共産主義は失敗したとなる
浪江の篤農家の人は優秀だから娘三人を大学に出すことができた
そしてその人に習っていた人達がいたのである。
つまり優秀な人に習って自分も豊かになろうとしたのである。
だからすべてを政府のせいにするのは間違っているのである。
人間は何かしら自助努力しないかぎり豊かになれないし幸福にもなれないのだ

もちろんこの世には不公平がありそれは正すべきなのである。

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東洋経済5月26日号


このように何か特権階級がいてそれで無駄に金が使われて豊かになっている人達が常にいる,そのために医療費が増大してその金は国民の税金から払われる  原発でもマスコミに莫大な宣伝費が電事連からはらわれていたのである。800億円とかがはらわれていたのである。
税金の無駄使いでありサラリーマンなどは一番税金をとられるから不公平だとなる
天下りとかもあり特権階級はいつの世でもいる
貧乏人としてあえでいる人はそういう人には不満になるのは悪いことではない

ただすべてがアベが悪いとなるのか?
自助努力をしないでアベが悪いアベが悪いと盛んに言う,でもその人にも何か自助努力すべきことはある,ただ年取ってどこが悪いとかその医療費も国民に負担させる
それはアベが悪いというけど国民に負担させているのである。
税金でまかなっているからそうなる
とにかく創価とか共産や野党でもカルト宗教団体にはそうした不満層をとりこむ
エホバの証人などでもそうである。金もないのに猫十匹飼って金がないというのもおかしいのである。
カルト教団とかには何かそうした不満な人達の捌け口としてある
不満を訴える場所がないからそうなっているのだ

ただなぜその女性が障害者をかかえたり容姿が悪いとか金がないとか常に不満を言う
それがすべてアベが悪いとなる,障害者をもったのは政府の責任でもない
貧乏なのもみんな政府の責任でもない,なぜなら福祉で援助を受けているからである。
特権階級で利権を得ている人は悪い人だしそういう人達は常にいる
それは是正すべきである。
でもすべてが安倍が悪いとなり自分は何も悪いことはないと思っているのだ
ただそうして過酷な宿命の下に生まれた人は常にいた
江戸時代でもいたしいつの時代でもいた,でもそれが全部時の政府が悪かったのか?
一部のものが富を独り占めしていたのかとなるとそうでもないのである。
平等を目指した共産主義が失敗したのは自助努力するのを否定してただ平等を目指したからである。その平等こそ悪平等になっていたのである。
もちろんこの世の中はどんなに努力したって不満がなくならない
それがこの世である。

そこで悲しむ者は幸いなりとキリストが言った
この意味は何なのか?不幸な人が幸いなのか?これは簡単に理解できないのである。
まず特権階級はいいようにみえてもそういう人は天国には行けないことは確かである。
なぜなら悲しむ人ではないからである。
そういう人がクリスチャンになっているのも普通であるがそれは天国には入れないとなる別に今は誰でもクリスチャンになれるからである。教会に入ればそうなるからである。

ただみんな不幸な人貧乏な人は悪いのは自分ではない,アベが悪いとなっているのだ
そして不満の捌け口を創価とかに入り野党を応援するようになる
でもそもそも不孝の原因になっているのはアベがすべてではないのである。
容姿が悪いとか障害者の問題はいくら金があっても解決しないのである。
それはだから何度も言うようにカルマだとなる
その人のもったカルマだとなる
自分でも介護で苦しんだのはそうだった,自分の場合は余りにも楽した結果としてカルマを知らずに積んでいて苦しみとなって現れたのである。
楽していることもカルマになっていたのである。
自分の場合は親にそれだけ楽させてもらいやりたいことをやらせてもらったから苦しくてもそのカルマを自分で納得していたのである。
他の人はなかなか納得できないからその不満を政府にアベが悪いとなっているのである。



2018年05月24日

一度の失敗が致命的にもなる (回復することができないことも-人間は信頼が大事)


一度の失敗が致命的にもなる

(回復することができないことも-人間は信頼が大事)


一度失敗したら取り戻すのに二・三年かかります。

事務的なことでもこう言われる,失敗はなんでも尾をひく
失敗にもいろいろある,軽い失敗も大きな失敗もある
まず原発事故のような大事故があるともうその信頼は回復することは不可能である。
科学者が政治家が何を言っても信じられない,マスコミもそうだった
その人たちは「安全神話」を作ったからである。

だから原発にたずさわった科学者でも事故現場に行ってガレキを拾ってこいとネットで言われた
武田邦彦氏などは科学者であり原発の仕事にも従事していた
だから責任があった,その信頼は失墜したのである。

では原発をそれでも海外に輸出するとかするのもわからない,日本で失敗したのを外国に輸出するのかとなる
その信頼を回復することはもう不可能に近い
確かに一回くらい事故はあるだろうとなるが原発ではそれが許されなかったのである。
その被害はあまりにも大きすぎたからである。
だからどうしても日本で原発はできないということを証明した事故だった

一回の失敗でそれは決められないということはある
でも一回の失敗が致命的になることもありうる
原発の場合がそうだった,そもそも事故があってはならないから「安全神話」が作られたのだ,それが一回の事故でもろくも崩れさった
その信頼は回復できない

日本も戦争で負けて3百万人が死にうちのめされた,もう天皇が神だとか神国などと誰も信じない,天皇への現人神(あらひとかみ)信仰は完全に崩れ去った
天皇自体は自分は神ではないと宣言して国民の信頼を得るために歩いて回ったからであるこれだけの大敗北と失敗があれば誰ももう日本は日本が神国だとか強いだとか信じない
原発でもそうである。日本が技術が優秀だという奢りは打ち砕かれたのである。

人間は失敗すると何か信頼を失うとそこから立ち直ることが容易でなくなる
まず事業などは普通は一回失敗したら終わりである。
立ち直る人もいるがほとんどはできない
そして失意のなかに終わり死ぬともなる
それだけ一回の失敗の重みは大きいのである。
それを自覚されない,一回くらいどうってことないとも思う
でも人間にはチャンスは人生の中で何度もないのである。
何かチャンスは与えられても何回もはないのである。
ビジネスでもそうだし他の人でもそうである。
人生は長いから何度も挑戦できるとはならない
たいがい一回で終わりやすいのである。
だから逆に一回のチュンスで成功するということもあるのだ

銀行員でもそうだった,まかせられたがその能力がなかった
分散投資するのがいいというがその銀行員自体が銀行側のノルマ達成のために自分がもっていたリーマンショック前の株を売って投資信託に回して損させた
もしそれを分散投資しているのがいいからと投資信託に回さなかったらかなりの利益が出たのである。
つまり客をもうけさせて営業の銀行員も銀行ももうかる方法はあった
それは株を売らないことだったのである。投資信託に回すことではなかった
もしここでそうしていれば損した分の穴埋めもできたしもうけたとうことでまた投資に回した,投資信託に回した,そうすれば客でも銀行側にとっても利益をあげていたのである。
こうして投資で一回失敗するとあとはまかせる気分になれない
自分はまかせたがその金を有効に使い利益を出せなかったということで営業担当にも銀行側にも不信感をもつようになったからである。

もちろん知らないでまかせた自分にも責任があったが自分は素人だし知らないからまかせたのである。だから自分だせけに責任があるとはならないのだ
実際にまかせてくださいと胸を張ってすすめたからである。
その営業担当の人がもっとうまく説明していれば自分でも決めることができたし
その営業担当は客に説明してそうさせるべきだったのである。
分散投資といっていのにもっていた株を投資信託に回したからである。
そのことで信用できなくなった
もう二度と頼むことはできなくなったのである。

原発でもどうしても科学者でも政府でもマスコミでも信用できなくなる
マスコミでも広告費をもらって安全神話を作った方だからである。
そういう人達を信用できるのか?
戦争のとき朝日新聞が一番戦争をあおったとしきり言うときもそうである。
そういうことがあると信頼できなくる
信頼できないということがやはり致命的なのである。
アメフトでも一回の反則ですべてだめにしたとまでなる

人間は万能の神ではない,だから絶対ということはありえないけど「安全神話」が作られた,絶対に安全だと言っていたのである。
銀行員にしても私にまかせてくださいといっていた
その投資の仕方も素人とほとんど変わりなかったのである。
ただ分散投資の考え方は間違っていなかったがそれを破ったのである。
だからもう信頼してまかせることはできない

原発でもビジネスでも一回の失敗が致命傷になる,それを回復することは至難になる
だから人生に何度もチャンスがあると考えてはならない
チャンスは一度限りでありこれを逃したらあとがないとまで考える必要がある
一度成功した人は逆にまた成功しやすいのである。
ただこの世で失敗したとしても人間として失格することはない
事業に失敗しても別に人間として失格したわけではない
ただ社会が認めないというだけである
ただそういう人は世間体を一番重んじるから耐えられないのである。
どこまでも見栄を張ろうとしている
借金してまでも見栄を張ろうとしている,失敗しても認めない
そういう人は人を殺しても成功者になろうとするから怖いとなる
その人にとっては世間に認められることがすべてだからそうなる
つまり事業の失敗=人間失格とはならない
人間の存在価値は事業がすべてではないからである。


いづれにしろ人間は信頼が第一だというときどこでもそうだろう
家政婦とか家に入ってくる人は一番信頼が大事である。
だから本当はよほど信頼がないとまかせられない
現実に家捜ししていたり家政婦はその家の人となり悪いとなると相当な災いとなるからだそして信頼そのものが簡単には築けないのである。
それで十年とかある家に勤めている人は信頼できるとなる
また他でもその人は信頼できるとなる

会社でも最近信頼を失うことがいろいろある,信頼を失うとその信頼を回復するにはもう並大抵のことではできない,れだたけ人間というのは人間会計でも信頼が大事なのである人間社会はそもそも信頼関係があって成り立っている
それがなくなるともう商売でも人を雇うこともなにもできなくなる
「あなたは信頼できる人です」となったときその人にはやはりいろいろ重要なこともはまかせられて金持ちになる下地ができたともなる
信頼がなかったらまず重要な仕事でも何でもまかせられないからである。
だから本当は信頼を失うことは怖いことなのである。





タグ:信頼が大事
posted by 老鶯 at 14:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

the sea and seabells (抽象画を70人くらいのアメリカ人が見ている)


the sea and seabells

(抽象画を70人くらいのアメリカ人が見ている)

Counting the ip certainly there are around 80 foreign nationals accessed by Americans

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tunnel under teh sea

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ipを数えたら確かに80人くらいの外国籍の人がアメリカ人がアクセスしている
一部は自分の日本語の文を読んでいる
でもほとんどは抽象画を見ているのだろう
絵画の写真の有利な点は見ればわかるからグローバル化しやすい
言葉はわかりにくいからできないのである。

つまり世界中の膨大な写真がビッグデーターとしてインターネットで見れるから
その変化も無限になる
私は全く絵の才能はないけどそれでも写真は誰でもとれる時代であり膨大なものが見れる時代である,だからそれらを利用して加工してまたあらたなものを作る
そういうことがパソコンでしやすいのである。


Counting the ip certainly there are around 80 foreign nationals accessed by Americans
Some are reading their own Japanese sentences
But most of them are watching abstract paintings
It is easy to globalize because you can see the advantageous points of the picture of the painting
Because words are difficult to understand, they can not.

This means that enormous photographs from around the world can be seen on the Internet as big data
The change also becomes infinite
Although I have no talent for drawing at all, yet it is an era where anyone can take pictures and it is an era when enormous things are seen, so we will use them to process new things again
That is easy to do with a personal computer.

タグ:浜昼顔 seabell

2018年05月23日

鹿島駅前に駐車場があった (近くのことが意外とわからない)


鹿島駅前に駐車場があった

(近くのことが意外とわからない)

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鹿島駅のすぐ近くに駐車場があった,駐車場のことを良く聞かれていたがあそこにとめる人がいたので今日見てみた
そしたら看板があった
ここは正式の駐車場ではないが長くとめておくことができる
駅前は一時的にしかできない

駅の案内をつづけているけどわからないことがまだある
灯台下暗しだなとつくづく思う
自分の弱点は車に乗らないから車のことがわからないのである。
それで原町の車でのりつけてハンバーグなどを買うモスバーガーのことを20年間くらい知らなかったことである。
いつも休む所を探していたがすぐ近くにあっても知らなかったのである。
まず車に乗らない人は現代社会で取り残されるというのは確かである。
それはインターネットとかスマホを使わないと同じなのである。
ただ別に仕事をしていないからやってこられとつくづく思う

駅でもこれだけ案内することがあった,改良することもあった
案内するには最低限知っていないと案内できないのである。
一年以上案内していてもそうだった
人間は情報というけどこうして身近なことがわからないのである。
それは郷土史研究してもそうである
すぐ近くのことがわからないのである。
すぐ近くの神社に「天明の碑」があったのもそうである。

世界の情報を知ってもすぐ近くのことを知らないというのが現代なのである。
世界を旅行して世界のことをやたら詳しい人がいるが日本のことを知らない人も多い時代なのである。
ただ近くでも知るということは限りなくある,細部にこだわればそうなる
近くの人でもこの人どこで働いているのかわからないのである。
その人だって20年とかいてもわからないのである。
だから今の社会は意外と近くが疎遠になっているのである。
物を買うにしても通販になったりしているから余計に近くが疎遠になりわからないということもある

ただ案内することはいろいす聞かれる,それでその聞かれたことで関心をもつ
地元の人なら原町行きのホームと仙台行きのホームを間違えることはないが外から来た人はわからないのである。
それを良く聞かれたので原町の駅に表示するようにしたらしてくれたのである。
何かこれは駅だけのことではない,意外と近くのことを知らない
その知らないことで日々生活することに支障をきたすことがある
原町になると広いから余計わかりにくくなる
原町の細部を知ることは広いからできない,そして利用しないと具体的にわからない
鉄道を利用しない人は切符の買い方すらわからないし乗り方もわからないとしきりに言うからである。
人間はある土地に長く住んでいても肝心なことすらわからないことがあるのだ

城の俳句二十句(九州中国関西東海道)


城の俳句二十句(九州中国関西東海道)


(九州)

晩秋や古木に日さし熊本城

晩秋に古木数本熊本城

湾の望み春の松原唐津城

春光や海の近きに福岡城

(山陰)

芒枯れ萩の城跡大ならじ

茶をたてぬ柳あわれや松江城

(山陽)

隠れ咲く椿や山城岩国城

花見客天守に上る福山城

春爛漫天守望むや白鷺城

春夕日船の往来明石城

(四国)

(洲本城)

花に月淡路の城の一夜かな

春の暮伊達氏の治む宇和島城

花めぐり城下に三日松山城

春の川遍路と歩み大洲城

(滋賀県)

秋の暮関が原近く彦根城


(和歌山県)

朝日さし白壁映えて菊花かな

秋日和和歌山城をたずねけり

秋の朝石段上る和歌山城

(大阪)

千本の桜咲き散る大坂城

燃え落ちる春の夕日や大坂城


(長野県)

晩秋や黒々として松本城

(東海道)

優艷に枝垂桜や吉田城

金の鯱夏の日射しや名古屋城

一夜城鋭く光る月をみる

海望み小田原城や花盛り

門多し江戸城跡や秋の暮


正岡子規の「春や昔十五万石の城下町」は有名である。でもこれは明治になって城を偲んだものとして作られている,なぜなら昔すでになっているからだ
城というのは意外と城があるとき城を俳句でも短歌でも漢詩にしても触れられない
ただこれも調べればあるのかもしれない,それを調べるにも大変だが俳句に関しても城の俳句でも城についての俳句は極まれなのである。

絶頂の城たのもしき若葉かな(蕪村)

これくらいしか目立ったものとしてわからない,ただほかにあるにしても目立ったものがない,ただこれは一つの研究テーマなのである。
城をいろいろふりかえるようになったのは明治以降なのである。
城があるときは城のことはあまり語られなかった?
ただ不思議なのは城は一番目立つものだから城に関するものを残してもいいように今では思う

國破れて 山河在り 城春にして 草木深し 杜甫

城は中国などでは庶民と一体化してあった,日本ではこれだけ城があるのになぜ城について俳句にも短歌にもなっていないのか?何かそこが謎なのである。
城の謎は江戸城というとき確かにその跡は残っているが日本の中心の城が何か何もない,石垣だけだというのも淋しい,江戸城は日本の政治を担った中心だったのかと疑問になるだろう,外国の人が来てもそうである。
外国では城というとき城壁からしてローマ帝国時代のものでも残っているからだ
石造りだから残ったともなる,日本の城は戦後新しく再建されたものがほとんどなのである。実際江戸時代から残っている城は松江城くらいでありあと三つくらいしかないという明治になったとき城は廃墟化したのである。

春高楼の 花の宴(えん) 巡る盃(さかづき) 影さして千代の松が枝(え) 分け出でし昔の光 今いずこ(土井晩翆)

城が廃墟化したからこの詩と歌が作られた,でも城があるときは城について何か目立って俳句でも短歌でも漢詩にもしていないとみる,ただこれは研究テーマだから他にあるのかもしれない。

江戸時代とか明治時代でも過去の俳句や短歌は当時の生活を知るものとして自分は見ている,貴重な当時の生活の資料なのである。

池田より炭くれし春の寒さかな 蕪村

ここでも池田とあるときその炭を作る場所を意識していたのである。それが江戸時代である,なぜなら狭い範囲で生活しているから生活で使用しているものはみなその産地が明確だからである。地球の裏側から来るのとは違うからである。
そして池田よりというとき池田に住んで炭を作っている人を意識しているのである。
その暮らしもイメージしているのである。

ここで俳句にした城には自分は実際に全部行っている,ふりかえると良く旅して回ったなとなる、ただその記憶があいまいとなっている
城の印象はいろいろある,萩の城はもっと大きいのかと思った、

関ヶ原で西軍総大将に担ぎ上げられ敗北、周防・長門の2国に減封される。その後、居城としてここ萩の地に新たに萩城を築城した

ここで苦しい生活を強いられてあとで徳川幕府に恨みをもつ明治維新で長州がその先導役となったとも言われる,ここを訪れたときの第一印象が芒の中に石垣だけがあるという何か無常を感じた,明治維新の中心となったと藩だと思っているから城も立派だと思うが
意外と小さいとか萩自体が田舎町だという印象になる
常に時代は錯覚しているのである。特に現代はドラマ化しているから時代をリアルに見ない,歴史の現実をドラマから小説家ら見ると歴史を見間違うのである。
それで司馬遼太郎が竜馬を小説化して英雄にしたてたと今では見直されている

やはり歴史はとにかくいろぽすわからなくても現場を踏むことである。
そこで感じるものがまず大事だとなる,秀吉の一夜城まで自分は自転車で寄ったことがあった,その距離は結構あってここがそうなのかと実感する
その時三日月が出て光ったとなる

城でいい城だと思ったのは和歌山城である。その時は秋であり朝に長い石段を上った
それが記憶として残っている,白壁が美しい城だなと感じた,その下で菊花展を開かれていたので菊がにあう城だと印象に残り思い出すのである。
人間は城があるとして昔をたどるとしても今はむずかしい
例えば吉田城は東海道にあるがここには市電で行った,そこは何か淋しい城であり城内に枝垂桜が咲いていた、でもここは東海道であり浮世絵にもあるように橋が有名であり
大名行列も通り庶民をその橋をわたるにぎやかな所だったのである。
市電で行ったときその当時のにぎわう姿を全く感じなかった
それはやはり東海道を旅していれば歩いてでもしていれば感じるものがある
東海道は混んでいるからもうその往時を偲ぶことはできないのである。

城は明治以降廃墟化して無常を示していた,城が江戸時代の象徴としてあったからだ
ただそれも明治になったとき逆に城を回顧するようになり桜を植えたりして公園化したのである,江戸時代が300年あり明治からすでに150年の歳月が過ぎたのである。
ただ観光するというとき城があり城を中心に今でも見ている
城がないとそさには歴史がないと感じる,ただ城は石垣だけが残っているのも多い
木造建築だから残しにくい,だからたいがい城は新しく再建されたものである。
でもその再建された城を見るとき博物館のように見えてしまうのである。
石垣だけになっているとただ無常を感じるのである。
だから石垣だけ残ってるとかえって歴史を人間の無常を感じるともなる
会津の城でも新しく再建されたが何かかえってそれが作り物のように見えてしまう
石垣だけだったら薩摩長州に滅ぼされた無常を感じるともなる
つまり現代は余りにもドラマの影響が大きすぎるのである。
ドラマとして歴史を見ているから本当の歴史のリアルなものとして見ることができなくなっているのだ。

城について語ることは尽きない,この俳句でも前に同じものを出している
ただ俳句は一句だけでは鑑賞できない,連作になると一つの文学として鑑賞できるようになる
観光にしても城めぐりをして全国の城を制覇するということが現代ではできる
自分は鉄道なら私鉄をのぞいてほとんど全線を乗った
城にしてもふりかえればもう90パーセントは回ったとなる
ただ旅でも歴史を深く感じることはつくづくむずかしいなと思った

彦根城が琵琶湖に近いということがわからなかった,なかなかこうして旅というのは見ないで終わるものが多い,後でそうだったのかと見る,それがインターネットで旅をふりかえるのには便利になった
彦根城は関が原の合戦で井伊家の赤備えで有名になり井伊家が築いた城である
ここの升形の旗印は野馬追いの旗にもある,ただそのルーツは定かではない
はっきりしているのは石田三成の旗印がかつて江戸時代にあった
それは万万とかでありわかりやすい,石田三成は鹿島の田中城に来ていた
相馬藩で親交があり三成の一字をもらって名前にしている藩主もいた
それで徳川家康からは相馬藩は敵対視されたが取りつぶしにはならなかった歴史がある。

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タグ:城の俳句

2018年05月22日

駅前の家一軒が壊される (老人が一人住んでいた)


駅前の家一軒が壊される

(老人が一人住んでいた)

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四角に囲んだ家が壊される

この小さな家に時々介護のため福祉の車が来てばあちちゃんが出てきていた
今日あった人は鹿島の小島田に5歳まで住んでいた人でありこのばあちゃんの甥子にあたる
一人なので引き取るほかない言っていた
その人は水戸に住んでいる,だから鹿島には良く来ているから鹿島のことを知っている
駅前に農業のスーパーあっこことを知っている人は相当に年をすでにとっている
40年前くらいにあったがその後自動車時代になり消えたのである。
水戸まで常磐高速で二時間で来れるからまた便利になった

あそこは小さな家だけど駅前通りを広くするために小さくなったらしい
土地は地主がいて借りていた,街ではそういうのが多い
だから家の中をかたづけていたが壊すだけである
小さいから壊すのが楽だと思った

駅前はさびれている,理容店も廃屋になっていて汚れているから何か印象が悪くなる
そして無人駅になっているとさらにここはさびれた街だという印象を外から来た人はもつようになる
駅で意外と良くあうのは鹿島町にもともと住んでいた人である。
この前は白河だと白石に嫁いだ人とあっている
でも街には昔の面影がなくなっている

鉄道を利用する人が多いときはもしこうして空き地ができれば何か商売をはじめる人が出てきた
人の流れがあったからだ、今は常磐高速のSAのセディティと比べるとあまりにも違いすぎるのである。
だからとても商売になりにくい,だからさびれる

水戸だと近いから鉄道で仕事している人はこの辺は水戸管理局内なので良く来ている
駅は外部の人との接点でもある
駅で会うのは意外と内部の人,前から住んでいた人ではない,震災以後移り住んだ人と良く会うのである。最近では浪江の人である
その人は浪江に通っている,土地と家があるから見に行っているのである。
ただ鉄道だと浪江は不便になるから困る
その人は車をもっていないからである。

いづれにしろ全国的にもそうだがこうして老人が住んでいてもやがて住めなくなる
後継ぎがいないのである。
だから空家が800万軒とかさらに増えてくる,それが縮小社会日本なのである。
隣の自転車屋でも娘はいても跡継ぎはいないからそこでやめると一軒も自転車屋が鹿島にはなくなる
東京に息子娘がいて跡継ぎがいないという人が多いのである。
ここのばあちゃんは甥子でもめんどうみてくれるからいいなと感心してうらやましかったともなる
甥子姪子になると離れていると疎遠になる
水戸はまた東京と違って行き来できる範囲にあったから良かったのである。

タグ:駅前の家

マスコミ報道の問題 (危険は報道されやすく安全はされにくい)


マスコミ報道の問題

(危険は報道されやすく安全はされにくい)

全国メディアは大きな出来事しかフォローできていない。また、傾向として「安全」は全国ニュースになりにくく、「危険」(あるいはその可能性)はなりやすいということもある

避難指示解除後の自治体の現状と課題

マスコミでも報道はいうときあまりにもありふれたものは話題にも注目もされない
それでマスコミでは週刊誌などでも話題性のあるものを報道する
その時「危険だ」とあれば人は注目する,それは自分の安全にかかわからである。

・・・・・・・が危険だ!

株が暴落する

戦争が始まる

世界が破滅する


何か滅多に起こりえないことでも人間は危険となると自分の身にかかわるから身構える
その人間の心理を利用して週刊誌でもマスコミでも視聴率をとるためにそうする
「安全」だとか毎日の当たり前の生活には誰も注目しない
当たり前ということは面白くないということだからニュースにはならない
でも人間の日々の生活は特別面白いことでもないのである。
でもその日常の中に実は深い意味があるがそれは注目されないことである。

雨しとと菖蒲のぬれてこの道や今日も通いて買い物に行く

この短歌でも別になんのことはない,自分は毎日買い物がずっと仕事だった
主婦だと買い物をしているがそれと同じである。
それは日常的なことであるがその時紫の菖蒲が映える

ただ逆に肝心の危険があるのに権力で「安全神話」が作られることもある
原発事故ではそうだった,安全,安全とばかり権力で情報は操作されていたのである。
ただ一般的には「危険」は過剰に報道されるが安全なことは何も報道されないのである。

今やニュースと映像の時代である。膨大なニュースと映像に追われている
世界的ニュースとなりさらにインターネットでニュースも膨大に増大したのである。
そしてニュースとか事件の問題は限りなくあることなのだ
次から次と起こるからそれを消化する時間がないのである。
一つの事件には深い意味があるが消化する時間がない
自分に起きたことを延々と書いたがそれは自分にとって重大なのことでも他人にとってはそうはならない,自分のことだからその意味を延々と追及して書いたのである。
その自分の経験の事件の意味を知ることはまた自分が経験したことでも時間がかかるのである。

津浪とか原発事故はあまりにも大きな出来事でありこの意味をわかるのは百年とかかかるかもしれない,現実に廃炉には30年かかるとかプルトニウムは二万年消えないとかなるとそうである。それだけの消えない傷痕を残したからである。

フェクニュースのことが盛んに言われたがまさに現代の真実は何かわからないのである。仮想と現実が一緒になっいてる
現実が仮想なのか?仮想が現実なのか?その境界があいまいなのである。
そして現代の文明社会は巨大な幻想を真実と思いこみやすいのである。

なぜ投資がだまされやすいのか?

それはグローバル経済でありとても一個人が現実として知り得る世界ではないからであるそこでは株はもうかりますよ,投資信託は安全で定期的に配当金が入ってきますよとか
今はオリンピックで景気よくなるからその関係の投資信託がいいですよとかロボットとかAI関係がは伸びますよとか証券会社と銀行がすすめる
それも真実なのか見極めることは素人にはできない
株式の世界はその範囲が広すぎるからその全体像を知り得ないのである。
それで不思議のなのは投資信託でも種類が多いから確実にもうかっているものがあるが
それは普通知られないないというのである。
それを知っているのは株式の知識に通じた人しかわからないというのである。
今や本当の真実を知ることはこうしてかえってマスコミとかで宣伝されないものなのである。

「幻影の時代」では有名人の時代だというとき有名人はマスコミによって商業主義によって作り出されている,有名であるということで人は注目される,それで金になる
様々な賞などもそうして有名人を作り出して商売にするためなのである。

登山家の栗城史多さんが21日、エベレスト下山中に死亡した。35歳。


全く登る力なんてないのに 
登山家を装って応援を煽動 
引っ込みつかずに死の道へ 

これは自殺だよ 
セルフプロデュースや営業は上手だった。 

登山家の真似なんてしなければ成功してたかも

広告代理店の営業マンになるために生まれたような男だったな 
その業界のプロに叩かれたりしてるのに出来ない事を自分なら出来るって言って企業を動かしスポンサー付ける説得力


この人も知らなかったがマスコミによって宣伝のために作られた疑似英雄だった,そしてマスコミによって無理させられて死んだとなるのも悲劇だったとなる
本当の英雄ではなくマスコミを利用して今度はマスコミに利用されて死んだとなる
べつにそこまでやらなくてもいいわけだがひっこみがつかなくなったと批判されている
こういうことがマスコミでは多いのである。商業主義社会では多いのである。
有名人が作られてそれを商品化するのである。

現代とは何か人間もそうだが,幻影を現実と真実と思う世界である。テレビでも映画でもそうである。幻影とイメージの世界と現実の世界が混同しているのだ
そして壮大な幻影に人はまどわされる,それがナチスとなりその巨怪なものによって地獄が生まれたから冗談にもならない怖いものが文明にはある
その死は意味ある死とはなっていないからである。
大東亜共栄圏などというのもまた巨大な幻影をイリージュンを産み出していた
それはローマ帝国などとは違ったものだろう,なぜならローマ帝国は三世紀とか長い間つづいているからである。
創価とか他のカルト教団でもそうした巨大なイリュージョンを作り出して熱狂するファシズムになる,それはどうしても全国レベルになると数が物言う世界になっているからだ
マスコミでも視聴率がすべてであり大衆社会は数がすべてだからである。
すべてが統計的数字としてしか意味がないのである。

何百万の会員がいる,700百万もいるのかとかそれが社会に対して圧力をかける
その中味などどうでもいいしその会員などどんな人間でもいいのである。
一票の頭数をそろえることしか眼中にないのがそうした団体なのである。
宗教的改心とかなんかそんうものは一切関係ないのである。
そんなことを要求したらとてもそんな数は集まらないからである。

そうして現代の社会でも一過性で終わるのが多いのである。
それはニュースでも事件でもすべて一過性だからである。
そうした巨大な団体でも一過性であり持続しないからだ
ところが個々人でもそうだが当事者となったとき一過性ではかたづけられない
津浪でも原発事故でもその影響は次の代にもその次の代にも影響してゆく
放射能の被害はそれだけ長くつづくから恐怖なのである。
だから原発事故周辺の風評被害もなかなか消えないのである。

時間の連続性,物事の継続性,地域性

こうした見方ができないのが現代の報道の問題なのである。それによって人間の思考はばらばらになり人間自体の統一性とか総合性とかも失われ断片的にニュースでも消えてゆくだけであり人間そのものもそうである。
ただ数としてあり消えてゆくだけだともなるが現代なのである。


現代の妖怪(メデアが育む妖怪)

ここで書いたように原始的部族のような社会があればとてもテレビとかを理解できないことを示している
現代はだから幻影と幻想の中に生きている特殊な社会だとなるのだ


参考にした本

幻影の時代(マスコミが製造する事実)-DJ-ブーアースティン

マスコミ報道の問題 (危険は報道されやすく安全はされにくい)


マスコミ報道の問題

(危険は報道されやすく安全はされにくい)

全国メディアは大きな出来事しかフォローできていない。また、傾向として「安全」は全国ニュースになりにくく、「危険」(あるいはその可能性)はなりやすいということもある

避難指示解除後の自治体の現状と課題

マスコミでも報道はいうときあまりにもありふれたものは話題にも注目もされない
それでマスコミでは週刊誌などでも話題性のあるものを報道する
その時「危険だ」とあれば人は注目する,それは自分の安全にかかわからである。

・・・・・・・が危険だ!

株が暴落する

戦争が始まる

世界が破滅する


何か滅多に起こりえないことでも人間は危険となると自分の身にかかわるから身構える
その人間の心理を利用して週刊誌でもマスコミでも視聴率をとるためにそうする
「安全」だとか毎日の当たり前の生活には誰も注目しない
当たり前ということは面白くないということだからニュースにはならない
でも人間の日々の生活は特別面白いことでもないのである。
でもその日常の中に実は深い意味があるがそれは注目されないことである。

雨しとと菖蒲のぬれてこの道や今日も通いて買い物に行く

この短歌でも別になんのことはない,自分は毎日買い物がずっと仕事だった
主婦だと買い物をしているがそれと同じである。
それは日常的なことであるがその時紫の菖蒲が映える

ただ逆に肝心の危険があるのに権力で「安全神話」が作られることもある
原発事故ではそうだった,安全,安全とばかり権力で情報は操作されていたのである。
ただ一般的には「危険」は過剰に報道されるが安全なことは何も報道されないのである。

今やニュースと映像の時代である。膨大なニュースと映像に追われている
世界的ニュースとなりさらにインターネットでニュースも膨大に増大したのである。
そしてニュースとか事件の問題は限りなくあることなのだ
次から次と起こるからそれを消化する時間がないのである。
一つの事件には深い意味があるが消化する時間がない
自分に起きたことを延々と書いたがそれは自分にとって重大なのことでも他人にとってはそうはならない,自分のことだからその意味を延々と追及して書いたのである。
その自分の経験の事件の意味を知ることはまた自分が経験したことでも時間がかかるのである。

津浪とか原発事故はあまりにも大きな出来事でありこの意味をわかるのは百年とかかかるかもしれない,現実に廃炉には30年かかるとかプルトニウムは二万年消えないとかなるとそうである。それだけの消えない傷痕を残したからである。

フェクニュースのことが盛んに言われたがまさに現代の真実は何かわからないのである。仮想と現実が一緒になっいてる
現実が仮想なのか?仮想が現実なのか?その境界があいまいなのである。
そして現代の文明社会は巨大な幻想を真実と思いこみやすいのである。

なぜ投資がだまされやすいのか?

それはグローバル経済でありとても一個人が現実として知り得る世界ではないからであるそこでは株はもうかりますよ,投資信託は安全で定期的に配当金が入ってきますよとか
今はオリンピックで景気よくなるからその関係の投資信託がいいですよとかロボットとかAI関係がは伸びますよとか証券会社と銀行がすすめる
それも真実なのか見極めることは素人にはできない
株式の世界はその範囲が広すぎるからその全体像を知り得ないのである。
それで不思議のなのは投資信託でも種類が多いから確実にもうかっているものがあるが
それは普通知られないないというのである。
それを知っているのは株式の知識に通じた人しかわからないというのである。
今や本当の真実を知ることはこうしてかえってマスコミとかで宣伝されないものなのである。

「幻影の時代」では有名人の時代だというとき有名人はマスコミによって商業主義によって作り出されている,有名であるということで人は注目される,それで金になる
様々な賞などもそうして有名人を作り出して商売にするためなのである。

登山家の栗城史多さんが21日、エベレスト下山中に死亡した。35歳。


全く登る力なんてないのに 
登山家を装って応援を煽動 
引っ込みつかずに死の道へ 

これは自殺だよ 
セルフプロデュースや営業は上手だった。 

登山家の真似なんてしなければ成功してたかも

広告代理店の営業マンになるために生まれたような男だったな 
その業界のプロに叩かれたりしてるのに出来ない事を自分なら出来るって言って企業を動かしスポンサー付ける説得力


この人も知らなかったがマスコミによって宣伝のために作られた疑似英雄だった,そしてマスコミによって無理させられて死んだとなるのも悲劇だったとなる
本当の英雄ではなくマスコミを利用して今度はマスコミに利用されて死んだとなる
べつにそこまでやらなくてもいいわけだがひっこみがつかなくなったと批判されている
こういうことがマスコミでは多いのである。商業主義社会では多いのである。
有名人が作られてそれを商品化するのである。

現代とは何か人間もそうだが,幻影を現実と真実と思う世界である。テレビでも映画でもそうである。幻影とイメージの世界と現実の世界が混同しているのだ
そして壮大な幻影に人はまどわされる,それがナチスとなりその巨怪なものによって地獄が生まれたから冗談にもならない怖いものが文明にはある
その死は意味ある死とはなっていないからである。
大東亜共栄圏などというのもまた巨大な幻影をイリージュンを産み出していた
それはローマ帝国などとは違ったものだろう,なぜならローマ帝国は三世紀とか長い間つづいているからである。
創価とか他のカルト教団でもそうした巨大なイリュージョンを作り出して熱狂するファシズムになる,それはどうしても全国レベルになると数が物言う世界になっているからだ
マスコミでも視聴率がすべてであり大衆社会は数がすべてだからである。
すべてが統計的数字としてしか意味がないのである。

何百万の会員がいる,700百万もいるのかとかそれが社会に対して圧力をかける
その中味などどうでもいいしその会員などどんな人間でもいいのである。
一票の頭数をそろえることしか眼中にないのがそうした団体なのである。
宗教的改心とかなんかそんうものは一切関係ないのである。
そんなことを要求したらとてもそんな数は集まらないからである。

そうして現代の社会でも一過性で終わるのが多いのである。
それはニュースでも事件でもすべて一過性だからである。
そうした巨大な団体でも一過性であり持続しないからだ
ところが個々人でもそうだが当事者となったとき一過性ではかたづけられない
津浪でも原発事故でもその影響は次の代にもその次の代にも影響してゆく
放射能の被害はそれだけ長くつづくから恐怖なのである。
だから原発事故周辺の風評被害もなかなか消えないのである。


現代の妖怪(メデアが育む妖怪)

ここで書いたように原始的部族のような社会があればとてもテレビとかを理解できないことを示している
現代はだから幻影と幻想の中に生きている特殊な社会だとなるのだ


参考にした本

幻影の時代(マスコミが製造する事実)-DJ-ブーアースティン

2018年05月20日

南相馬市に双葉准看護師学校できる (人手不足が深刻でそうなった-他の新施設)


南相馬市に双葉准看護師学校できる

(人手不足が深刻でそうなった-他の新施設)

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この風車はドイツから船で運ばれた

鹿島駅ではドイツ人とあったからそういうことだった

newclea11.JPG

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消防隊殉職者の碑

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防災用の備蓄倉庫
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こじんまりして小さいと見た
中でみんなで食事していた


双葉郡内8町村で運営する公立双葉准看護学院が10日、東京電力福島第1原発事故による休校から6年ぶりに南相馬市原町区の仮設校舎で再開し、26人の学生を迎えた


これだけ医療レベルが高くなっているのに、
一番患者さんに身近な存在が准看護師でいいのでしょうか。

医師に言われたことだけをするのなら、
“医師助手”を養成すればいいではないですか!
私は ずっとそう感じています。

看護師は医師の助手ではなく、医療チームの一員です

正看護師と准看護師の給与の違い

30代とか40代が多い,資格がとりやすいからである。
人手不足を補充するにも好都合なのである。



rさもこの辺では人手不足のためである。,看護師はひっぱりだこであり原発事故で流出した
それで病院では下働きのような人を働かせている
准看護師は看護師の助士であるが人手不足で必要としている
看護師の仕事を減らす必要があるからだ

NHKの縮小ニッポンで舗装していたようにもう日本は働く人が減少している
シルバーセンターではもう生きがい探しどころではない
若い人に求人しても人が来ないからシルバーセンターに来ている
そうして若い人と同様な過酷な労働を強いられて死んでいる人もいる

ただ老自転車はできる限り働きたくない,働かない人が膨大にいる
その人たちはどうしているのか?
毎日パチンコでありあとはパークゴルフである。
そこは老人でにぎわっている,あのように過酷な労働をしているのはまだ一割にも満たないだろう
人間はもう働きたくないのだ
家に来た人も前は介護施設に働いていたが嫌だとやめた
その人は盗んだ方いいとなり実際に盗んだ
もう一人の67歳くらいの人も小さな畑は一生懸命しているが後は何もしたくない
病院通いと金をせびりにくるだけである。
40代の息子は東京に出稼ぎに行って帰ってこない

日本に外国人を呼ぶにも今や日本はそれほど魅力的ではないから来なくなる
ベトナム人も台湾に行っている,言葉をしゃべなくても介護労働している
もう人がいないのだからそういう余裕がないのである。
だから日本のしている日本語を学んでから介護などといっていたら誰も来ない
外国人すらもう日本には来ないのである。

相馬の里という介護施設ができた,介護でなくても元気な老人が住めるものでもあるらしい,そういうものも増えてくる
建物を見たら中で老人がみんなで食事していた
個室はあるにしてもあれだと共同生活だからうまくやれるのかと思う
でも一人暮らしだと家を管理するのがめんどうになる
近くであういうもの直接見たのは参考になった

とにかく原町にもいろいろ新しいものができた
原町は広いからわかりにくい,原子力センターもできた
それはこの地域らしいものである。


posted by 老鶯 at 23:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

南相馬市原町の5月の風景(俳句と写真十枚)


南相馬市原町の5月の風景(俳句と写真十枚)

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萱浜(カイハマ)の方へ

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枯れた林の木がまだ津浪の被害を残していた

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萱浜には特に移民の墓が多い
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公園の大木の影涼しかな

道の駅の公園の木

イオンの側の川の公園

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雉子が鳴いていた

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ほとんど全部クリック拡大しないと鮮明に見えないです



6号線夏野を通り海近し

夏野朝風車の回り沖に船

原町の郊外に赤しケシの花

萱浜に移民の墓や夏あざみ

黄菖蒲や朝の清流に写すかな

清流の岸に黄菖蒲雉子な鳴く

黄菖蒲に朝の流れやツバメ飛ぶ

小学校の運動会や桜草

原町の十字路に咲く薔薇の花

夏の山借景にして広き庭







今日は暑くない,さわやかな5月がもどった,一時急に暑くなり熱中症になったから外に出るのが怖かった,日差しもそれほどでもなくさわやかだった
それで原町まで萱浜の方を回った,夏の花がいたるところに咲いていた
朝から回り気持ち良かった

原町は鹿島などと比べると都会なのだが郊外が広いのである。
それが原町の特徴である。便利な街があり田園地帯も広い
どっちかというと原町が住みやすいだろう
だからもう浪江とか小高とか避難してきた人は帰らないというのもわかる
相当数補償金で家を建てたからである。
だからいくら帰れといってもすぐ近くがこんなに便利で被害もないのだから
こっちに移るとなる,こういうことも復興できないようにしている

昔だったら回りがどこも貧乏なのだから貧乏でがまんするが回りが便利で豊かな暮らしをしていたらそれができないのである。
だから浪江町長が二本松に家を建て飯館村の村長が福島市にマンションを買って暮らしているのである。
その孫は外から通っているのである。そのことが現代を象徴していたのである。
誰も廃墟化して荒廃した街には住みたくなくなったのである。
それがなにかにといっても現実だとなる

原町はイオンの近くの川がいい,あそこにはいつも夏菊が一面に咲く,夏菊が原町の花だと思う,相馬市は神社のある所に咲く藤の花である,飯館村は蛍袋とツリガネニンジンとかがあっていた
鹿島は菖蒲になるのか,何かその市町村にあった花がある
何か不思議なのは原町と相馬市は感覚的に相当違うのである。
原町は明治以降いち早く近代化して平と原町が機関区になり発展した
その歴史の差もある,それが影響して花も映えるとなる
外から来て相馬市と原町の差はわからないだろう

それはどこでもそうである。長くそこに住んでいないと土地のことがわからないのである
ともかく5月は一番さわやかな季節だった,だから最近異常に暑くなるのは気候的に変だった,それで調子を崩した,今日は本当に気持ちいい日だった
これだったら遠くに行けるなと思った,日差しの度合いが違うのである。
日差しが強いと後で熱中症になるようになった
だからそうなると恐怖で自転車でも出れなくなるから辛いとなる

2018年05月19日

森と海に船が行く一枚の写真の謎 (2008年,津浪の前に南相馬私立病院で撮った)


森と海に船が行く一枚の写真の謎

(2008年,津浪の前に南相馬私立病院で撮った)

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この鉄塔は津浪で倒れ壊されたのか?
この辺で鉄塔が倒れ壊されたのを見たからである。
するとこの近くなのか?高台の島商会の手前辺りになるのか?
ただ島商会の駐車場まで津浪が来ていたのである。
あれだけ高いのに来ていたのである。
ただこんなに森になっているのはあの辺しかない


2008年に姉が南相馬私立病院に入院していた、その時撮った写真である。
最上階からか食堂がありそこから撮ったのか?
この写真の謎はかなり海の方にカメラをズームしてとっている
でも不思議なのはあのように森があり海が近く見える
こんなに森があったのか?

その手前に家がある,この森は津浪で消えたのか?
すると家も流されたのか?
ただ海に近い森ではなく離れた所の森なのだろうか?
これを確かめるには南相馬市立病院に行ってみる必要がある

グーグルアースでもこれらしい場所がわからない
鉄塔があるがあれば津浪で壊されたのかもしれない
北原の方なのか?
なぞは住宅地がある,その家は今もあるのか?
この森が津浪で流されたということはないだろう

この辺では一番高い建物が南相馬私立病院である
だから見晴らしがいいから海が見えて船が見えた
原町は海は街からは見えない,鹿島は鹿島駅の高架橋から見える

これは島商会がある高台の森なのだろうか?
森があるとしたらあそこであり高台だからである。
他に森があるところはなかった
ただ津浪の前だからわからないが海に接近して森がある所となるとあそこしかない
ただなぜ前に住宅があるのか?
それが謎なのである。


posted by 老鶯 at 22:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係

老人は熱中症に注意 (体力あるうちに登山でも旅でもしないとできなくなる)


老人は熱中症に注意

(体力あるうちに登山でも旅でもしないとできなくなる)

歳をとるにつれて体温調節への反応も遅くなります。暑いのに汗が出るのが遅れるため、体に熱がこもりがちです。汗腺の機能も低下傾向にあり、男性では七〇歳、女性では八〇歳を過ぎるとその傾向がはっきりしてきます。

去年もそうだが熱中症になった,一回小高の方に春に自転車で行ったときなった
これはかなり外で日にあったったからなった,春でも日ざしが強かった

それから熱中症気味になって一番ひどかったのは体がふるえたりした時だった
こんなことにはならなかった,暑さに弱くなった
特に紫外線は体に悪い,今回は浪江で三三度あったから異常に暑かった日ざしが強い
でも家の回りは歩いたが五時ころまで外に出なかった

でも熱中症のようになった,頭がもうろうとして眠気があり寝ていた
食欲もなく自分の場合は胃が悪くなる
もともと胃が弱いからである。夏はずっと食欲がない日が去年もつづいた

とにかく室内にいても熱中症になる,それは老化のせいなのである。
確かに汗をかかないのである。汗びっしょりになれば体の調節ができる
それで暑い国の人は汗を手足に出して調節しているから暑さに強いというのもうなづける暑さに強いからだが作られているのである。
日本は寒暖の差があるからそうはできない

人間は老化してゆく,これはさけられない,ただ暑い時期だけでありあとは平常である。だからなんか暑いとき北海道で過ごしたいとなる
でもまた最近北海道が暑いから困るともなる
ただオホーツク海に面したところだとそうはならないだろう
六月でストーブをたいているとかあったからだ

何か街中は暑くなる,家が隣り合って暑くなる、二階だと特に暑い,隣のトタン屋根が暑くなり二度以上暑くなっているのである。
だから夏は過ごしにくいから嫌になった,北海道は夏は前は気持ちいい所だった
一カ月くらい避暑に行きたいとも思うようになった

今になるともう暑いところには旅できないと思った,だからもっと暑いところに旅すれば良かったとなる,タイには行ってもマレーシアとかインドネシアとかフィリンピンには行かなかったからだ,台湾にも行っていない
結局人間はこうしてどんなに暇があり旅しても遂に旅に行けなくなる日が来る
老人でもまたいろいろあって丈夫な人は丈夫である。
三陸からここまで歩いて旅した六七歳の老人もいたからである。
だから個人差があるから一概には言えない

でもやはり暑いところだとか登山だとかは体力のあるうちに行くべきである。
ヒマラヤも一回しか行っていないのが失敗だった,それは海外旅行をしたのが五〇歳からだったから遅すぎたのである。
これも大失敗だったとなる,人間は若い内時間などいくらでもある
体力もあると思っているがたちまちなくなる
そしてやりたいこともやれずに終わっているのである。

だからやりたいことはきついことは若い内に体力あるうちにやるべきである
その機会を逃したら二度とできないからである。















タグ:熱中症

2018年05月18日

飯館を掘る(天明の飢饉と福島原発(佐藤昌明著を読んで)



飯館を掘る(天明の飢饉と福島原発(佐藤昌明著を読んで)

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宝暦の飢饉の時飯館村の被害が大きかった、明和-安永とつづき天明が最大の被害にあった

相馬藩の飢饉の歴史(宝暦から始まっていた)

相馬市(日立木の薬師堂の宝暦の碑−甲子塔の謎)


1751年宝歴1年
1763年宝歴13年
1764年明和1年
1772年安永1年
1781年天明1年
1788年天明8年戊申

人口が三分の一に減ったのが天明飢饉だった,だから鹿島の秋葉神社に「天明」の碑があるのかもしれない,ここは町内でもやはり農家が多いし農作物の被害が大きかった
神社の隣も農家だし街のはずれだから農家の集落だったともなる

飯館村は標高が高いから夏は涼しくていいが冷害に合いやすい場所だったのである。
それで米を作るより牛を飼うようにしたというのもわかる
なぜ越中とか越後とかから飢饉で空家となった荒廃した相馬藩にそれも江戸時代は自由に移動できないから命懸けで移民してきたのか?
それは江戸時代と今はあまりにも社会が違っている
米所である新潟県は人口が東京より多かった,江戸は百万都市としてあったが新潟県は
166万人いたのである。

@新潟県 165万人
A兵庫県 151万人
B愛知県 143万人
C東京府 135万人

江戸から明治の人口がこうなっていたのである。つまり稲作中心の社会だとこうなっていたのである。
だから越中でもなぜ飢饉で荒廃した相馬藩に移住してきたのか?
それは稲作とは土地中心の社会である。土地がなければ何もできないのである。
そういう社会のベースになっているものを理解しないと時代を理解しないとわからなくなるのだ
それは芸術でもそうだった,時代を反映するからその社会をわからないと芸術もわからないという人がいたからである。
人間は時代の子であり時代を越えて生きられないのである。
その時代も次々に変わってゆくからその時代時代の社会がどうなっていたのかわからなくなるのである。
自分にしても子供時代は炭がエネルギー源であり井戸水を使っていたということ時代をもう感覚的にわからなくなる,そういうことを経験していてもわからなくなる

こういう土地中心の農業中心の社会では土地が一番大事である。土地の価値が高いのである。それで村人が逃散した荒廃した土地に移住しようとしたのはその空いた土地が得られるとういことで命懸けで移住したとなる
またそこで謎なのが今だったら東京とか都会に行った方が食料があると思うだろう
江戸に行った方が食料があるからそっちに移住した方がいいと思う
今なら食がないと東京に行くからである。
これも時代の差である,農業中心の社会では土地があれば生きられるという感覚だったのである。
なぜ満州に日本人は進出したのか?明治大正昭和の人口の増え方は江戸時代の倍になり三倍になりと増え続けたのである。
それで江戸時代からつづいた開墾,開拓はゆきづまっていたのである。

すると農業中心の社会では土地を求めて満州に進出した,広大な土地があるということで移住しようとしたのである。そしてやはりそこでも米を日本人は作ろうとしていたのである。
この満州への移民が戦争のきっかけにもなっていたのである。
それはゲルマン人の移動とか移民は世界史も変えてしまう大きな要因となっているからである。モンゴルでも食料を求めて食料の豊かな中国に侵入するから万里長城を作ったのである。
つまり土地が与えられればとにかく食えるという時代だったのである。
自給自足が基本の社会だからである。
それにしても飯館村の被害が今回の原発事故の被害と似ている面があることも不思議である。

農民が土地を求めた満州に戦争の原因が・・・
http://www.musubu.jp/jijimondai38.html#man

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原発事故の被害状況 天明の飢饉の被害状況


飢饉の被害にあった地域と原発事故の被害とが相似形になっている重なっているのであるこれも何なのだろうとなる,何か人間の歴史にはカルマがある
歴史は繰り返すというときそれも人間個人でもそうだが社会全体でもその土地にカルマがあり繰り返すということもあるのか?
津浪もそうだったのである。400年前の被害を忘れていたがその土地のカルマが40年後に現れたのである。
個々人でも自分のカルマのことを書いたけど必ずカルマは苦しみとなって現れるのである家々にも必ずカルマを背負っていてそれがある時必ず苦しみとなって現れる
これはもう逃れようがないのである。

この時の飢饉で一番困ったのは人口が三分の一まで相馬藩で減ったことなのである。
それを穴埋めすることが最大の問題だったのである。
それで山形県から女買い入れまでしていたのである。

相馬藩は赤子養育仕法で間引き禁止,子供を大事に育てようとした,あるいは五人組制度を強化したのは領民互いに助け合うように説いたものだった,囲米は各村に郷倉をつくって食料を備蓄,飢饉に備えた
相馬藩の復興策は人々の暮らしの視点を大事にした
ハード事業よりソフト事業を優先した

ここで著者が指摘することは原発事故の復興をどうするかの示唆を与えている
例えば飯館村には立派な老人施設とか道の駅も本当に立派である。
学校でも新しく建てた学校は立派である
でもそこに通うのは村外からであり住んでいる人はいないとかなる
村長でも福島市にマンションを買ったとか住んでいない
浪江町でも町長は二本松に家を建てたとか肝心の地元には住んでいない
そんなこと江戸時代ならありえないしイメージもできないのである。
つまり殿様が地元に住まないで外に出ようなどできないからである。

現代ではこうしたハード面では充実している
でもソフト面ではそうではない,五人組など古いというが近隣で助け合うということは苦しいときだからこそそうなる
逆に原発事故では再三しつこく追及してきたがそういうソフト面は何もないとうより
補償金だけをもらいたいとなったのである。
金ですべて解決する,人の絆だとか助け合いなどより金だとなったのである。
だから家族すら老人は残ってもその息子娘所帯は外に出て家を建て別な生活をはじめたのである。
まず江戸時代とかとはあまりにも違った社会なのである。
土地にしがみついて自給自足で生きる社会とはまるで違った社会である。
金さえあればどこでも豊かな生活ができる
江戸時代は金ではない,土地が一番価値あるものだったのである。
その相違があまりにも大きいから復興の比較はできても今の復興にはつながらない

いづれにしろ時代は違っているけど何か似ているのも不思議である。
この時子育てが重んじられたのは子供もいなくなったら藩も維持できないからである。
それで子安神社が建てられたというのもわかる
原発事故でもまさに子安神社が必要になる
放射線の被害から神様守ってくださいとなるからだ

相馬藩は飢饉かから立ち直ったのは人々の助け合いとか越中や越後や加賀からの移民があってできた
それは何か現代でも移民というとき外国の移民を受けいるれか受け入れないかでもめているが共通している,人がいなくなった土地で誰が村を維持していくのかとなるからだ
若い人は流出していて一体誰か復興の主体となるのか?
補償金もらったらみんな村を出てゆき村に残ったものは老人だけだとなる

だから江戸時代が貧乏だからすべて悪いとはらない,豊かになってもかえってその豊かさが復興させなくさせているともなる
金をもらったらもう金のことしかない,補償金で暮らせればいいとしかなくなったのである。
かえって貧しくても村は維持できたが豊かになりすぎて維持できないということもあった金をもらえば貧しい村不便な村に住む必要はない
一億円もらったら村には住まないとなったのである。
実際は一億円の価値の方が現代では高くなっていたという証明なのである。

それだけ金の社会になり五人組など古い封建的束縛社会のものだとなっていたが
もう村人の絆もなにもない,金さえあればいいという社会で分解したとなる
それはここだけではない,南相馬市でもそうであり小高と鹿島は分断されたのである。
飯館村でも金をもらって外に出た方がいいという村人と残るべきだという村人に分断されているのである。
そうなったのはすべて高額な補償金のためだったのである。
これはもしかしたら現代の社会と意外とその絆が弱いからもろい,何かあったときこうして簡単に崩壊してゆくのではないか?
確かに広域的グローバル社会でありそれは世界的である。
でも意外とその核となるコミニュティは喪失して何かあったら簡単に分解分離して崩壊するということがこの辺を見れば
具体的なものとして提示されたともなる

現実に原発事故後七年すぎても避難した人は以前として働いていないのである。
パチンコ屋に若い人も多いと聞いたときその人たちは原発避難者なのか?
そういう人達は今も働かないで遊んで暮らしているのかとも思った
老人は多いのがわかるが昼間からパチンコしているのが若い人も多いとなるとそうかもしれない。
そういう人はもう働く気もなくなる,俺たちは被害者だと訴えつづける,韓国や沖縄の人達と同じになる,そういっていれば通る社会でもあるだ
そしてそれは一代でも終わらない,被害者だということは次の代にも受け継がれるして韓国と沖縄と同じになる
そして何かうまくいかなければ原発のせいだ、政府のせいだ,東電のせいだとしていれば言い訳になるから扱いにくいのである。
だからそういう人達とはなるべくつきあいたくない,距離を置くとなってしまう

とにかくかえって江戸時代のような貧乏な社会で飢饉かから立ち直ったが今回の原発事故では豊かな社会なる故に復興できないというのもなぜだろうともなる
そうういことを考えさせられる本だった
金やハードや事業がすべてでないということを言っていたのは共感できる
人々の心のつながりが絆がしきりに言われたがその絆が断ち切られたのである。
絆は外部のものとはあったがそれも一時的なものである。
肝心の復興の主体になる内部のものが分断されて離散してばらばらになったのである。
その原因も時代にあったといえばそうなる,だからこそ時代を越えて人間はありえないともなるのである。
posted by 老鶯 at 16:50| Comment(2) | TrackBack(0) | 飯館村

震災後常磐線乗客数が相馬駅原町駅で半分に減る (鹿島駅は378人から318人へ)


震災後常磐線乗客数が相馬駅原町駅で半分に減る

(鹿島駅は378人から318人へ)
     
        相馬駅                    鹿島駅               原町駅

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相馬駅より原町駅が減り方が激しい
やはり原発事故で小高とか浪江からの人の流れが鉄道利用が減ったためだろう
ただ2016年になると多少回復しているから2018年ではもっと回復しているだろう


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山下駅                    新地駅

山下駅の減り方は激しかった,新地駅はそれほどでもない
駅自体が津浪で流されたし山下は仙台の通勤圏だった
その人たちが利用しなくなったのだろう
震災前は山下駅は851人で多かったからである。
ただ2016年では増えているから今後も増えるのだろう

新地駅と山下駅が逆になっていましたので訂正しました(6時31分)



なぜ原町駅と相馬駅で半分にも減ったのか?原町駅はもっと減っている
この理由は何なのだろう。
これは小高とか浪江とか双葉とか大熊とかから仙台方面を利用する人がいなくなったためだろう,それしか考えられない

それが裏付けているのが鹿島駅である。
それほど減っていない,鹿島では相馬とか原町方面へ行く人が多いからである。
ところが今回原発事故で避難区域になったところは原町とか相馬でも来る人が多かった
それが全く途絶えてしまった結果こんなに減ったのである。

一時震災で工事関係者が流入して三倍に増えたと聞いたから増えたかと思っていた
実際は減っていたのである。
常磐線はいわきまで通じない限りこの乗降客の数は増えない
いわきまで通じるのは後2年かかるのである。
これでも大きな痛手だったことがわかる
ただいわきまでは二両の電車とかなり余りのる人は前から少なかった
でもやはりいわきまで通じないことの影響が大きかったのである。

これでわかることは鉄道は途中で途切れると乗降客もへる
常磐線は廃線になるような線ではないがやはりいわきまで通じてこそ乗降客も増える
だから鉄道でも復興していないのである。
ただ只見線とか三陸鉄道と違って意外と早く復旧できたのは新幹線でJRがもうけて400億円出して復興したためである。
只見線とか他の線はも復旧できない,それだけの金を出して継続することができない
それだけ乗降客が減っても廃線ぎりぎりで運営していたからである。

JR東日本は27日、一部区間が不通となっている只見線の復旧費用について、工法などの見直しにより81億円に圧縮できるとする新試算を公表した。直近の試算よりも27億円少ない。復旧費の3分の1をJR側が負担する新提案も明らかにした

これだけの金がかかるから復旧できない,まず二三時間置きとかになると電車はほとんど利用できなくなる,常磐線はまだ一時間置きであり仙台に通じているからこの辺はいいのである。まず簡単に廃止路線にはならないだろう。
名取までの空港への足とも最近はなっているからだ
仙台への通勤列車ともなっているからだ

2018年05月17日

投資信託は証券会社と銀行のために作られた (その仕組みは営業担当も知らなかった)


投資信託は証券会社と銀行のために作られた

(その仕組みは営業担当も知らなかった)

投資信託の仕組みは複雑でわからない,営業担当の人すらわからないで売っていたのである。
もちろん銀行の営業担当などは素人と変わりなかったのである。
ただ自分は知らないからプロでありまかせてくださいというからまかしたのである。
第一株でも投資信託でも素人はいちいちその動向をみて売り買いできない
その時間がないから頼んでいるのである。
病気でも医者にみてもらうのはプロであるから頼むのである。
人間はなんでも知り得ないからそうするほかないのである。
だからお前は投資のことを知らないでまかせたから悪いともならないのである。

毎月分配型配当金の罠

投資信託が何か詐欺的なのは毎月配当金が入るかから利子のように考える
ところが毎月配当金が入っていると喜んでいたら元金から引かれていたのである。
その額も大きいから投資信託は危険な商品でもあった
もちろん株はそういうものだが投資信託はなぜか損しないとか配当金が毎月入ってくるとか何か詐欺的なのである。
それは証券会社や銀行側に勧める方に有利にできたもうけられる商品として作られた
なぜなら確実にまず証券会社で売ったら手数料が入り客が投資信託を売るとまた解約金とかとられる,その間にも手数料がとられている
そのことを営業担当の人すら知らなかったのである。
最後になって銀行側で全部計算してきた
でも4年間して実際は損していないがとしてももうかってもいない
本当は株をもっていればもうかっていたのである。

投資信託が証券会社や銀行になぜすすめられるのか?

まずこのことから知るべきである。それは証券会社と銀行にとって確実に手数料としてもうけられるものだからである。
3パーセントの利益がまず入ってくる,その額は大きくなるとかなりの収入になる
その間にも手数料がとられるし解約するときも手数料がとられるのである。
手数料だらけだというのも本当である。
ではなぜそんな商品が作られたのか?
それは証券会社と銀行が結託してもうけるためにだとなる
もちろん投資信託でもうけている人もいる,でもその数は一割くちいだともされている
だから投資信託も株と同じリスクをともなっているのである。
だから知らない人はやるべきではないとなる

確かに銀行側でももっと説明することも必要である。それで納得して買うことも必要である。でも素人はわからないからプロにまかせるのである。
そうなら銀行側でも

私たちはプロではありません,ただ売買の手続きをするだけです

こういえばだましたことにはならない,プロだからまかせてくださいというのに投資信託の仕組みも何もわからないのである。
だから計算もできないから得した損したかも営業担当の人はわからなかったのである。
つまりこうして素人同然の銀行にまかせたことが失敗だったとなる
そして責任は証券会社でも銀行でも一切とらない,ただ手数料だけはもらいますよという楽な商売なのである。
投資についてプロではない詳しくもない,ただ適当に客の金を回しているだけだったのである。

別に素人でも投資してもいい,それが日経平均をみる株なのである。
だからリーマンショックの前にもっていた株が半分の価格になっていたけど元にもどりそれをずっともっていたら相当な利益になった
その株を売って投資信託に回した結果その利益も得られなくなったのである。

ともかく銀行は今大きな変わり目に来ている,それであこぎなものにも手を出すようになった,前の銀行のイメージとは違う,質の悪い金貸し業にもどったとも言われる
銀行は就職するにももっともめんどうなのはそれだたけ信用を基としているからである。他人の金を扱うから信用が第一だから銀行員というと硬い職業だと今までは思っていたのである。
証券会社員だと前もなにかうさん臭いとかあまり信用されなかったのである。
それが銀行も証券会社化している,つまり投資ファンドとかのようになりつつある
だから銀行に対するイメージを変えねばならない
こういうふうに何でも社会は変わるからそれについていけなくなる
それで老人はそうした株とか投資とかには手を出すなともなる
若いときなら経験してとしてやるのはいいが経験ないものはやるなとなる
社会が変わるとき何かモラルも崩壊してゆく,そういう変わり目の時代だから何が起きるかわからない,あらゆるものが変わりそれについていけないとなる

カナダ国債 USリート Jリート

このように分散投資することは間違っていない,一つが損しても四つの内一つはもうかったりするからである。
自分の場合はUSリートと株はもうかっていたから実際株を投資信託にJリートに回さなければ相当にもうかっていたのである。

投資信託はしてもいいし株もしていい,それは自由である。
でも責任は誰もとってくれない,自分で決めれる人はやってもいいのである。
自分で決められずに証券会社や銀行にまかせきりにする人はやるべきではない
責任は全部客にとらされるからである。
だからこそ客が選び客が売買の決定することができなるやってもいいとなる
その責任は一切客にある

証券会社とか銀行はただ売買の手続きをして手数料をもらうのでありプロとしてまかせられたからとして一切責任はとらない
実際にそうしたまかせられるプロは別にいるし金持ちを相手にしている
でも損したら首になるしそのリスクをとらねばならない
もうけたら確実に何パーセントでも収入になる
損したらそのまかせられたプロも大きな損失をこうむるのである。
そう割り切ってやれるならいいがそうは全くなっていないがのが投資信託なのである。 

posted by 老鶯 at 18:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

Wind and wave and flow


Wind and wave and flow


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日大アメフット部 悪質タックル問題 監督続投なら選手ボイコットも (会社でも同じことが常に起きている)


日大アメフット部 悪質タックル問題 監督続投なら選手ボイコットも

(会社でも同じことが常に起きている)


この事件は社会人でも組織に属している人でも関係した事件である
監督の命令でしたとなれば監督の組織全体の責任である。
ただなぜその命令に従ったのかとなれば

「“反則をやるなら出してやる”と監督から言われた」

何かそこで目立ったことをして監督に認められたいということも選手にあった
このことは軍隊の組織とか会社の組織とかでも常にある

上司から認められたいから反則してもノルマを課せられているからとりにゆく
それは銀行でもあった,証券会社でもあるだろう
今はここは投資信託などを売るためにノルマを課せられている
そのノルマが厳しいからどんなことでもするとなり反則してとってくるともなる
カルト宗教団体ならなぜあんなに会員をとるために必死になっているのか?
これも上からのノルマなのである。会員がどんな人でも人格などどうでもいいのである。数を集めることが至上命令である。
それは上からの命令であり組織に入ればそのことが納得いかないおかしいと思ってもノルマを一票とるために一軒一軒回って歩くのである。

銀行でも今追い詰められている,投資先がないとなり証券会社化している
これも日大でもスポーツでも勝つということが至上命令になり勝つためになんでもしてもいい,反則でもして敵をつぶしてこいと監督が命令したとなる
勝つことが優先すればそうなる,勝つことによって監督の力量が決められるからだ
日大の監督はそうして大学でも認められたからである。
勝たなければ認められないのが現実なのである。

銀行でも支店長であれそこで投資信託でも売らなければ今や収入にならない,それで若い銀行員に投資信託を売らせるのである。
投資信託はまずその仕組みがわかりようがないし手数料が確実に入り銀行にはリスクがないから売り込むのである。売るにも売ってからも解約するときも手数料がとられる
だから投資信託は証券会社や銀行がもうけるために作り出したのだという人もいるのである。

なぜ投資信託をすすめるのか?

手数料が確実にとれる

これてしかないのである。だから別にリーマンショックの前にもっていた株が上がってきたのだからすぐに売る必要はないし分散投資という考え方は間違っていなかった
だからそれを投資信託に回す必要はなかったのである。
でも投資信託は銀行側にとってはもうかるから投資信託に回したのである。

ただこれは銀行員の営業がそうしたのであるが営業の人でもノルマを課せられているからなんとか投資信託を売ろうとしたのである。
それが銀行の方針になっているから銀行側が監督するものが全く関係ないとはならない
日大のアメフトでもやはり反則を犯たのもこの事情とにているところがある
監督に反則してもタックルして敵をつぶせというときそうである。
そうすれば出場させてやると言われた,それは銀行で営業している人やその他の会社でもそういうことはある
営業は上の命令でしているからである。組織に属していればその命令に従わねばならないからである。だからこそこれは日大のアメフト部の組織自体に問題があり責任があり大学まで責任が問われるようになった
そういうことは会社でも常に起きている

ただ会社と違っているのは部員が監督の命令をボイコットしてやめるという宣言をしたことである。それは別にやめたからすぐに職を失ったりしないからである。
職を失うとなると簡単にはそういうことはできない,社員はやめてもいいが会社はブラック会社でも普通に残るからである。

これはだから監督が悪いのかその命令に従った部員が悪いのか?
別に部員でもそれがあからさまなルール違反であり危険な行為だからあえてそれをしていいのかと自問するからだ
でも監督の命令で反則でもいいからそれをすれば出場させてやるとなれば選手はしたともなる
スポーツではルールが絶対なのだがどうしても勝ちたいとなり反則を犯すしエキサイトしても犯すのである。

いづれにしろこの事件は別に大学のスポーツの問題でもない社会全般の問題に適応される例えば監督が軍人だとして人を殺してこいというときそれをするのか?
戦争になるとそれが普通に実行される,でもそんなことはできないとなれば戦争を拒否するほかないがそれをすると国家から犯罪者ともされるのである。
簡単にボイコットはできないから戦争で3百万人も死んだとなる

ただ上からの命令と良心にはじないということでジレンマに陥れることは常に江戸時代の侍の時代劇でもテーマになっている,主命だとなり絶対化するがそれに反抗する部下は殺されるのである。だからこれは人間社会の普遍的なテーマなのである。



部員も部員で違反するような奴らだし早く潰した方が日大の為

部員もクズ 
おまえらは加害者側 
被害者ヅラするな

部員もクズ 
おまえらは加害者側 
被害者ヅラするな

コーチ陣を永久追放しろよ 
何学生に罪着せてんだ

今回の話は二流大学のマイナースポーツでの内輪揉めだけど 
反則は反則の域を越えて若者をカタワにしかねないもの 
それを自分の部下をおいつめて実行させる組織犯罪 
日大のナンバー2である老害が若者二人の将来を潰そうとした事件って考えると 
なんか行く末みてみたくない?

部員に責任がないかといえばある,ルール違反だということがあからさまであり知っているから悪質なのである。
監督の命令がすべてだというのはやはり体育会自体の問題である。
そういう体質だからそうなったとなる,軍隊と同じだからである。
反則しても殺せとなるのが戦争になるからだ
戦争にはルールがないからである。
スポーツも戦争になればそうもなりうる,有力な敵をつぶせとなっていたのである。

posted by 老鶯 at 09:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2018年05月16日

人間は必ず歴史でも何かで判断が迫られる (判断にいたる理由を問い-原発も同じだった)


人間は必ず歴史でも何かで判断が迫られる

(判断にいたる理由を問い-原発も同じだった)

科学者が判断するのか
政治家が判断するのか
住民が判断するのか

原発を作る判断をしたのはなぜなのか?その理由は何なのか?
それは読売新聞の社長の   の私的利益追及もあったのと政治の問題として日本がアメリカに支配されたからいわば一時植民地のようになったのだから原発が日本では導入するのがまだ技術的には早かったが作られた
その理由は政治的経済的理由なのである。経済的理由になると一番多い,常に判断は経済理由が多いからである。
原発でも盛り土して高くしたのも削ったのは地下に電源を置いたのはコスト削減のためだった,それが命取りになった

原発はアメリカとの関係で政治家が判断したものでもあった,科学者は湯川秀樹博士などは日本ではまだ原発を作るのは早いと反対していた
それだけまだ日本は原発について技術的に導入できるものではなかった
それでアメリカのお古のマーク1型の原子炉を買わされたのである。
後進国がソビエトのお古の武器で戦争させられているのとにている

では住民はどうかというと住民も原発に賛成した,それは経済的理由で判断した
双葉や大熊地域はその頃出稼ぎ地帯であり貧乏地帯だった
それで積極的に原発を誘致したのである。
だから原発をただおしつけられたというのではない,それだけの利益が得られるから賛成したのである。
漁業者は補償金を事故前も事故後ももらっていた,それで漁業権を東電に売り渡した
それは経済的理由でそうなった
原発はそれだけ経済的効果が大きいからそうなった

人間は常に判断を強いられる存在である。日常的に何かを買うにしても判断を迫られる
買うべきか買わないべきかと判断が迫られる,判断をしないと「あるべきかあらざるべきか」となり躊躇しているうちに判断する機会を逃してしまう
ではどうして人間は判断するのだろうか?
それは必ず理由がある,その動機がある
歴史的にも大きな判断成される,それにも理由があって判断している

太平洋戦争に日本が突入した理由はなになのだろうか?


政治家の判断
軍人の判断
天皇の判断
経済的判断
マスコミの判断
住民の判断
科学技術的的判断

この時は軍人の判断が優先された,それに天皇の判断もあったから今とは違っている
科学技術的判断とは軍事力になっていた,どれだけの軍事力をもっていたかで戦争の判断になる
また良く言われるのはアメリカに石油がとめられて経済制裁されて戦争に追い込まれたという理由である。それは経済的理由で判断したとなる
では住民はどうか,戦争をはじめるとは関係ないとなるのか?
住民をも熱狂していたというから住民も戦争に賛成していたのである。
そして盛んに朝日新聞は戦争をあおったということもあり戦争の理由になる
そして日本の場合は天皇も関係して宗教も関係して日本は神国だから負けることがないという神がかりにもなった,そのことも戦争をおしすすめたのである。
これだけ十代なのことを判断するにはそれを押し進める理由があったと今では解析する

歴史は何かが起きる,何かが判断されてその結果として歴史が動く
でもただ闇雲に判断されるのか?。そこには必ず理由がある,犯罪でもなぜ起きたのか?
その理由がありその動機をまずみる,それが歴史に学ぶことであり個々の人生に学ぶことである。

失敗したらなぜ失敗したのか?

その理由を問う,そこから人間は学んでゆく,二度と失敗しないのにはどうしたらいいのかとなる
事業に失敗した人は多い,ではなぜ失敗したのか?
その理由は何なのか?それを学び事業起すことが必要になる
人間は判断して失敗することが無数にある
卑近なことでも失敗する,買い物でもそうでありまた結婚とかでもそうである。
結婚の理由としてただ好きになったとかもあるが金持ちだからとか地位があるとかだとかいろいろある,戦国時代ならみんな政略結婚である。
そういう条件をつけて結婚しても離婚が多い,その判断をどうするのかとなる

人間は至るところで判断を迫られている,何かを判断せざるを得ないのである。
あるべきかあらざるべきかとなる,原発もそうだったのである。
ただ原発に関しては深く考えられて作られたのではない,危険があることを深く考えていない,経済的理由と政治的理由とが科学的理由より優先されたのである。
そういうことは常にある,人間は現実に力をもつものが金だからである。
いくら金を否定しても現実に金で動く人がほとんどだからである。
逆に金で動かない人は金に余裕がある人なのである。
そうすると意外と成功するかもしれない
投資でも余裕資金でしいれば意外と失敗しないかもしれない
自分が投資に失敗したのは銀行側が銀行の利益を優先していたからである。
株が上がっていたのに投資信託に回したのは銀行側が手数料でもうかるからであった
もし銀行側に余裕があるなら投資信託をすすめなかったともなるからだ
それは原発をすすめた理由と同じなのである。
原発は金の成る木だったからその経済的効果が大きいから目がくらんだのである。



タグ:判断の理由
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2018年05月15日

原発事故後の避難区域の判断を誰がするのだろうか? (科学者,政治家,住民なのか?)


原発事故後の避難区域の判断を誰がするのだろうか?

(科学者,政治家,住民なのか?)

科学者が判断するのか?
政治家が判断するのか?
住民が判断するのか?

原発事故の解決の複雑さはどこから生じているのか,科学者が科学的合理的判断でできればそれにこしたことがない,数学の数式のようにできればいい
それができなくなった,武田邦彦氏が事故前は一ミリシーベルを厳守を言っていた科学者が事故後は100ミリシーベルトまでいいとか言うようになった
全く科学者が白だったのが赤というようにもなった
それは戦争が終わるとアメリカ一辺倒になったのとにている
第一科学というのは人間社会と違って変わらない真理を追及している
それもころっと変わることがおかしいというのは確かである。

そもそも原発は科学者の意図だけで作られたのではない,政治的意図が強く働いて作られていたのである。
政治的意図が働けば科学者の科学に基づいた判断も無視される
日本には地震があるから原発は向いていないとしても作られたのはなぜか?
それは政治的意図が働いていたのである。
アメリカの要請もあり日本でも核武装のために原発が必要だということもある
プルトニウムを生産しておく必要がある
日本ではすぐに原発があれば核武装できるからである。
それは政治的意図でそうなっている
だから原発は簡単に危険だとしても廃止できないのである。

科学的問題
政治的問題
経済的問題
社会的問題

原発というのは事故でも複雑である。四つくらいに分類できるがさらに複雑である。
経済的問題は常に人間には日常的につきまとっている
原発もその時社長だった人がコスト削減を押し進めて功績があり社長になった
一時土台を高くして削って地下に電源を置いたのはコスト削減のためだったのである。
それが致命傷になり津浪が来て事故になった
経済的問題は常に人間社会では最優先される,世の中金だとなるのが現実である。

原発の複雑さはこれらのことが複合的に関係しているからである。
科学だけでは判断できない,処理できない,政治だけでは処理できない,判断できない
経済的問題としてだけで判断できない,社会的問題としても判断できない
社会的問題というとき自分が追及したのは文系だからそこを重視したとなる
つまり故郷という場に住んできて歴史的アイディンティティを築いてきた
老人は特にその場で生きることが人生だったとなるから離れがたい,それで放射線が危険
でももどりたいとなる一方で若い人は放射線が危険だから帰らないとなる
チェリノブエリの事故の20年後の調査報告を読んだら恐くなる
それは科学的問題なのである。
自分が主張したのはそうあってもでは故郷を閉鎖してチェリノブエリのように人を住めないようにしていいのか?

その問題は政府では東電でも補償金を払いきれないし移住させることもできなということで避難区域を解除して住まわせようとしている
でも現実は若い人は流出してもどってこないのである。
そのことを批判してもどうにもならない既成事実になっているからである。
科学として見ればチェルノブエリを参考にしたら帰れないとなる
年間一ミリシーベルでは帰れないからだ
そして報告では放射線が低くても時間がたつと蓄積され病気とか奇形とか遺伝子に影響されるという報告がある
そういう報告に知るとまた恐怖になるのである。

つまりこの原発事故の問題の複雑さはどう対処していいのか判断つかないのはこの四つの問題が複雑にからんでいるからである。
例えば浪江町から避難した人が復興住宅に住んでいる
そういう人は帰らないという,でも時々は浪江に帰り見に行っている
では帰らないとして避難先で今度は毎日昼間から酒を飲みアル中になっている人もいる
避難先でそういうことをつづけていたら回りから非難される
でも実際は老人が多いから何もしない,ただ補償金がたりないというだけである。
補償金をもらって暮らすということしかもうないのである。
だから復興とは何なのかそれも外から見てわからないのである。

この四つの問題がありどういう判断をするのか?

科学的判断で決着するのか

その場合はチェルノブエリのように閉鎖区域を作りそこには人を住まわせない

政治的判断で決着する

それは避難区域を解除して人をなるべくもどし住まわせる,それを政府ではすすめている
ここには経済的判断もある,そんなに補償金を払い続けることができないからだ

住民によって判断させる

これは帰る人,どっちつかずの人,帰らない人に分かれる
でも住民にしてもどうしていいのか?
科学的判断なら帰れないのである。
でも老人なら最後は故郷で死にたいとなるのが生物としては自然なのである。
何か家というのは単なる箱ではなく思い出が詰まった精神的なものなのである。
だから老人は帰ったのである。
チェリノブエリでも老人は避難区域でも帰って農業していた
でも病気になって取り残された老人が苦しんでいたからここでもそうなる
でも若い人は帰らないのである。世代が分断されたのである。

何かこうして中途半端な状態のままになっている,だからチェリノブエリのように避難区域には住まわせないとしたらすっきりしたともなる
ただ30キロ圏内だと無理である。この辺では南相馬市なら人口の一番多い原町区が入るからである。その移住は日本では不可能だからである。
矛盾しているのは浪江町長でも飯館村の村長でも二本松とか福島市に新しい家を建てている,マンションを買っているとなるとこれまて矛盾しているのである
復興を指導する人がすでに住まないでできるのか?
何かこれも四つの問題で複雑化しているからである。

科学者が判断するのか
政治家が判断するのか
住民が判断するのか

それがわからないのである。科学者は事故後は科学的判断をひるがえしたからである。一ミリシーベルトから100ミリシーベルトまで変わったのである。
政治家が判断するのか?
それも政治家は経済的コストを優先して補償金をこれ以上払いたくないから避難区域を科学的判断を無視して解除したとなる

では住民が判断するのか?

若い人は帰らないと判断した,住民が判断してそうなったのである
要するに科学者が判断するのでもない,政治家が判断するものでもない
誰が判断するのか?
それは住民しかない,いろいろ自分も外部から言ったけどそれは判断の材料にすぎないのである。
だから避難区域の人から批判される,それはそこに住む人が苦しんでいるとしても関係ないから面白がっている,傷に塩ぬって楽しいかとしかならないのである。
ただ現実に避難者が住んでいるからその人たちが昼間から酒飲んだりしたりギャンブルしているパチンコ屋に通っていたら非難されるのも当然なのである。
そのことすら避難者は批判すると怒る
そして俺たちは被害者でありかわいそうな人達でありいつまでも永遠に補償されるべきだとなっているのだ
それを批判する奴は非情な許せない奴だとなる,それをマスコミは応援するから認めるからそうなる

ともかくこの問題の解決がむずかしいのはこうして科学的問題だけではないものとして政治的問題から経済的問題から社会的問題から故郷を失うことはどういうことなのかとそうしたものが複合的になって現れたから複雑であり解決策が打ち出せないのである。
要するに科学的問題でも低放射線量でも時間で蓄積され危険だというチェリノブエリの調査報告がある
その科学的判断を重視すれば住むことはできないと住民は判断する
一方で老人などは別に先が短いからそういう判断は無視して住むことを決断する
若い人は科学的判断を重視して帰らないのである。
政府では補償金をはらいたくないとなり避難した区域を解除して住まわせようとする
自分は外部からコミニュティとか歴史とか重んじると帰って復興して欲しいともなるし
経済的問題でもやはり復興してもらわないと財政的にも困るとなる

こうした思惑が複雑に入り組んで混乱しているのがこの辺なのである。
科学者がこうしろ,政治家がこうしろ,では住民はどうすればいいのか?
結局住民が最終的に判断するのか?
若い人は現実にしている,帰らないと判断した
ただ老人は残った,それは自分が前々から主張していた,コミニュティの維持とか歴史の維持とかその場で築いてきたものを重視する立場からである。

いづれにしろ科学的判断も政治的判断も住民の判断もどれも正しいとはならないだろう
ただそれを選択するのは住民しかない,現実に帰らない人は帰らないのである。
そこですでに住民が判断したのだからそれをくつかえすことはできない
あとは帰るのか帰らないのかわからない人だがそういう人は帰らないだろう
なぜならおそらく10年すぎても20年すぎてもそういう人はそう言っているからである。
そのうちもう年とるから帰れなくなるからだ
するとこの先帰るのは老人であり老人だけで復興できなるのかとなる
外部の人が応援するにしてもそもそも老人しかいないとなると復興できるのかとなる
やはり何か強い住民の意志がないと復興とか無理なのだろう

自然災害で北海道に移住した十津川部落の人達は一致団結して移住したからできた
ここにはそういうことはない,住民自体がばらばらになっているから復興は無理なのかともみる,それはそれとしてではこれからどうするのか?
それは別に内部だけの避難した人達避難区域の問題だけではない
現実に避難した人達がここに住んでいるし南相馬市では小高区は以前として南相馬市であり財政負担があるからだ
一体病院を再開したとしてその負担はどうするのか?
いろいろな負担があるから一層原町とか鹿島とかに住まわせた方がいいという政治的判断もありうるのだ,経済的問題としてそうなるのである。
いつまでも補償金の援助はない,後三年で援助がうちきられるときそういう経済的問題も深刻なものとなるからだ
もう住民は分断され復興の意志もないというときもう見切りをつけるという判断もありうるとなる,そういうところにいつまでもかかわっていることは経済的にもできないし政治的にもできないとなるからだ
そういう判断を強いられる時が否応なく来る,それは後三年が目安となる


posted by 老鶯 at 19:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

葉桜、新緑(写真(映像)の時代)


葉桜、新緑(写真(映像)の時代)

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葉桜や常なる道をまた歩む

新緑の葉群の密にその中に山鳩休み風のそよぎぬ

公園の木蔭に休み新緑に風のそよぎて山鳩を見ゆ


桜の花が咲いているときは華やかなときである。その花も散ってしまいば人との夢のようになり元の葉桜にもぎとったともなる
その葉桜の影なす道を歩むのは地元に住んでいる人である
葉桜を見に来る人はいないからだ
その季節の変化があり遠くに行かなくても何か堅実な生活がつづくともなる
旅をしている時は空間の旅であり時間軸ではない,次々に変わる地点の変化なのである。だから意外と旅だけでは深い精神性は得られないともなる
花の咲くときは一時であり今はなにもない,夢のようであったとなる
でも葉桜の季節は長いのである。それが日常なのである。

今日公園に休んでいたらこの写真がとれた,これもいい写真だった,いい場面がシーンがあったからとれた
この山鳩は長くとまっていた,あそこなら邪魔にはならないしいい場所である
つくづく今は写真の時代である。写真抜きでは報道でもなんでも語れないのである。
それからアニメがこれほどもてはやされるのもそうである。
映像の時代なのである。それはテレビからはじまったがデジカメになりスマホになりインターネットにすぐにその写真が出せる,すると膨大な写真がインターネットに出る
それで写俳という分野も生まれたのである。
俳句でも短歌でも写真があればより訴えるものが生まれるからだ
ただ写真だけでは内面とか精神を深めるものとはならない
そこにどうしても言葉が必要になる

葉桜の俳句でも何の変哲もないがやはり精神的なものとして読む,葉桜という季語自体が華やかに桜が咲く季(とき)があっというまに終わり葉桜になったということで季語となるではこれだけ写真の時代なのだから写真から俳句でも短歌でも
詩でも作れるのではないか?
そう思う写真を見ただけではできない,それはなぜなのか?
やはりその場の雰囲気を写真だけでは表現できないのである。

この写真をとったのは公園であり藤の花の木蔭に自分は休んでいた,そこからこの写真をとった,その場面は立体的であり空間がある,そして風は写真では表現できないのである写真は停止しているからである。ビデオだと確かに風を表現できてもこれも全部は無理である。
ビデオを見てもそれで詩とか俳句短歌でも作れないのである。
やはりその場の雰囲気は写真では表現できないし伝えられないのである。
ただ自分がしている抽象画もインターネット上に無数の写真と映像があるからできたものなのである。これもパソコンやインターネットなどの映像時代になったときできた芸術だともなる

映像の時代というときこれからは教育の分野ですすんでくる,今までは教科書ばかりで習っていたがその習う範囲が広くなる
これからの人達は今までの人より何か創造性を発揮するかもしれない
アニメの南北朝の解説を見てわかりやすかった,あういうのはNHKの教育番組で作っていた,今はこうして民間でも放送する
つまり学ぶ手段が飛躍的に増えたのである。するとこういう時代は暗記一辺倒ではない創造的教育になり天才も生まれやすいとなるかもしれない

言葉というのはやはり映像からするととりつきにくいからだ,ただ映像ですべてが現されるかというとそうはいかない,かえって映像がありすぎて人間の想像力が衰退することもありうる,つまり人間が旅するに歩かなくなったら五感が衰退したのと同じである。
ただ写真にしても近間でも絵になるものがあると思った
ただ今までもあったのだが発見されなかったのである。

タグ:新緑 葉桜 山鳩