2018年07月24日

異常な暑さは地球温暖化なのか? (武田邦彦氏の意見も納得する)


異常な暑さは地球温暖化なのか?

(武田邦彦氏の意見も納得する)

この辺は35度とかになっていない,6、7年前になったような気がする
毎年はつづいていないのである。
ただ子供の時からこんな暑さを経験していない
40代の人も経験していないという,ここ十年が異常なのである
でも毎年ではないのである。
テレビではヒートアイランドで二度地球温暖化で一度上がっているという
日本はアスハルトの道路がしきつめられている、ここでも暑かったとき
アスハルトの舗装道路から家の中に熱気が入ってきた
アスハルトの熱気が影響している、都会だとそれが倍加される

ただ福島県の浜通りはもともと海からの風が吹いてくるから涼しいのである
福島市から来た人が駅にきて風が涼しいという、駅には海からの風が吹いてくる
でも暑い時はそれでも駅も暑かった
やはり舗装道路が相当に影響している、ヒートアイランド現象が田舎でも舗装道路にはある、ただ福島市は盆地であり蒸し風呂のようになるのは前からである

今夜の深層ニュースでは地球温暖化のことを言っていた、その対策が必要なことを言っていた、でも武田邦彦氏は地球温暖化はないという
世界の都市でもすべてが暑い訳ではないからだ
自分は科学が苦手だし科学的には何も言えない
ただなぜこの地球温暖化で疑問をもったのかというとマスコミでも一方的である
みんな地球温暖化を言う、民報でも言うしNHKは指導的立場で言っているからまず地球温暖化に反対する人は呼ばないのである。
するとみんな地球温暖化のせいだと科学も知らない人は思ってしまうのである。
それを作り出しているのは政府とマスコミと御用学者だともなってしまう

それは原発と同じ仕組みなのである、「安全神話」を作られたのは政府と御用学者とマスコミだったからである。
それに異論を唱える人は異端者になったのである。
原発を東京に作るべきだという主張は今になると正論だった
その時原発に反対する者はテレビにもマスコミにも出れない、本は出していたがそれは片隅に追いやられて異端の本として置かれていた
そしてそれがSFの世界のように架空のものとして見られていたのである

日本人はまず議論を嫌う、デベートなどもしないし苦手である
同調圧力が強い、しきりに武田氏もみんなが同調することをマスコミも放送する
みんなが地球温暖化を言えばそれに同調する
そしてそれが世論ともなりそれに疑問をもったり反対できないようにする
それは原発と同じでありそれが大事故につながっていたのである。

日本ではみんなで赤信号わたれば怖くないのである。
でも民主主義は少数派でも反対意見でもともかく議論してその意見を聞くという過程をへることが民主主義のルールなのである。
でもそれは守られない、みんな同じことで言いそれが世論となりそれに逆らうことはできなくなる
だから地球温暖化ではありませんよということを言わせないことが問題なのである

私は科学的なことはわからない、だから地球温暖化もあるかもしれない、でもその反対意見も必ずありそれも聞くべきなのが民主主義だとなる
それがマスコミでは全くないということが問題なのである。
それは「安全神話」を作り上げた時と同じでありそれが変わっていない

一人の科学者が地球温暖化はないというときそれにも耳を傾けるべきなのである。
私は科学のことはわからないにしても科学でも必ず見方が違うことがある
それは科学でも一つの答えにならないからそうなる
地球のことを科学者がすべて知っているわけではないからそうなる
すべては解明されていないからそうなるのである。

日本人は反対意見を聞かない、同調するものだけが集まりそれで世論を形成する
正反合とかでアウフヘーベンするとかの論理がない
正があるとしても反がある、この反が否定される、そして表には出てこない
この世のことは科学的なことでも正があり反がある
それを止揚するのが弁証論だとなる、それは民主主義の基本としてもある

だから科学者でも双方の意見を見解を言わせて視聴者に判断させる
その材料を提供するのでありマスコミがまず地球温暖化ありでそれに同調するものだけを呼ぶのは不公平であり民主主義のルールに反するのである。
ただ自分でもそうだがマスコミに反論する人はインタ−ネットにいくらでもいる
ただ目立たないだけでありインタ−ネットでは言論の自由がありマスコミも批判の対象になるのである。
マスコミが主導することが正しいということはない、あくまでもその材料を提供するにとどまるべきなのである。
マスコミも今や絶えず批判の的になる時代でありもはや世論を作る時代は終わったのである。

おそらくあと数十年後とか百年後かもしれないが日本列島が44度とかになるとかはあくまでも予想なのである。その根拠もないのである。
むしろ寒くなるということもあるしこの暑さがつづく保証もないしまたこの暑さは地球温暖化のためという科学的根拠も解明されていないのである。
つまり科学的に証明できないことなのである。
だから科学的に解明されもので不安をあおることはするべきではない
そういう点で武田氏の論点とか警鐘はマスコミを鵜呑みにしないということで役に立つ
それはやはり科学者だということが科学者の良心がありまた文系の知識もあるからそういうことができるとなる
現代ではまず科学的知識がない者は論議もできないようなものとなっているからだ
だから私はただ科学的なことではなく、民主主義は正反合の弁証法的なものとして機能する、それがないとただ一方的になり判断を誤り原発事故の「安全神話」がまた形成されて大事故になったり誤った認識でそれが社会に大きな影響を及ぼすから危険なのである。

posted by 老鶯 at 23:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

高齢化社会で目が悪い人が増える (老眼鏡や補聴器は高齢化で確実に売れる商品)


高齢化社会で目が悪い人が増える

(老眼鏡や補聴器は高齢化で確実に売れる商品)


家に来る人は目が悪い、まだ70前でもそである、前に知った人は緑内障だった
今度来た生協の人も60以上であり注文することで聞いたが目が悪く教えることがすぐにできなかった、明るい所でないと見えないと言った
80の人は白内障の手術をする
生協の人は相馬市から来ていて営業に来た人も老人だった
ここでも老人社会になったということがわかる
60代で目が悪い人が多いとなと思った

自分は近視で眼鏡をかけているけど毎日パソコンしているけど目が悪くなっていないのは不思議である、パソコンは目に相当に悪いからである
スマホなども字が小さいから目に相当悪い、若い人でも悪い、何かスマホは視野狭窄になるような気がする、パソコンは画面が広いから字見るのでも違っている

今日注文したのはサングラスで透明のものである、それが2000円で頼まれたのである女性用と男性用を頼まれたのである。
畑で仕事するから日ざしを受けるから必要なのである
今年は暑いからこうした暑さ対策のものが売れるだろう
自分は6リットル入るタンクをアマゾンで注文した,冷凍機能もあるらしい
氷をいれておくとか麦茶を作るにはいいらしい
何しろ水道の水は使えないのでペットボトルを使うからめんどうになる

この辺は35度とかにはなっていないからなんとかしのげる
暑いとか寒いとかこれは住む場所に影響する
浜通りは暑からず寒からずでいいのである。気候だけは推奨できる場所である
一山越えたら福島市になると蒸し風呂である、そんな所に住みたくないのである
体力的に弱い人は気候を選ぶことが大事である
老人になって移住するにも夏の暑さとか冬の寒さを考慮しない失敗するだろう

このように高齢化社会は目が悪くなる人が増える、するとそこで消費が生まれる
眼科医とかが繁盛するようになる
眼鏡類でも老眼関係が売れるとかなる
まず老人は消費力がなくなる、自分も登山しようかとかザックを買ったが行けないので損した、自転車で遠くに行くために電動自転車の長距離用を買いたいと思ったが体力的にも家の関係でも留守にできないとかで行けない
つまり今までしていたことができなくなる
そしてつくづく今のはやりのものでも買うことがむずかしいなと思った
それが何なのかわからなくなり使いこなせないのである
パソコンしていてもスマホはまた別で使いこなせない
それで老人は不利になるのである
今回の西日本の洪水でも死んだ人は7割以上は60歳以上とかだった
津波で死んだ人たちも老人が多かった、何か機敏に老人は反応できないからである

視力が弱まることで周囲の状況が見えづらくなり、適切な判断ができなくなることです。また、反射神経も衰えるので、素早い反応ができずに慌てたことが原因で、ブレーキとアクセルを踏み間違うというケースも増えてしまうのです

高齢化社会で売れるものは何なのか?
老眼の眼鏡とかは売れる、,確実に目が悪くなる人が増えるからである
前にも5万で家族に買ったがそれは使いないで終わった
それは耳が悪くなるからと補聴器を買ったがこれもうまく合わないのである
これは高いから気をつけるべきである、高いのでも10万とかするものでも合わないものが多いからである
ただこういうものは高齢化で需要がありどうしても金がかかるとしても買わざるを得ないから売れるのである   

生協は冷凍のオカズだから何かオカズを用意できないときレンジでちんだから便利であるまずオカズを用意するのがめんどうなのである
ただたいがいスーパーに売られているものでだぶる、値段も安くない
でも冷凍食品は料理するのに簡単だからそこに利便性がある
電気も生協で売るようになった、いろいろな電源を利用するから安くなるという
ただ一年で2000円安いだけでは変えるのもめんどうだとなる
その後のサービスも心配であるが修理とかはみんな東北電力でするというからどうなっているのかわからない、生協は配達にくるからそれも相馬市の人だから何か頼めるということがあるかもしれない、やはり家に来る人は意外と一人暮らしでは頼もしく感じる
そこが家に来る人が銀行でも回って歩くと違ったものになり信頼したりする
でもそれを銀行では利用して投資信託をうりつけたのである。
だから必ずしも家に直接来る人が信頼はできない
ただ生協などは注文したものを配達するだけでありいつでもやめることができる

銀行なども信頼関係が大事である、でも投資信託などを売りつけるということで信頼できなくなった、そうなると直接来てもこの人は信用できないとか銀行でも信頼できなくなるのである。
もしかしたら生協は配達する者営業する者も老人だから老人関係に特化するものを売れば売れるかもしれないとなる、老人にサービスするものが売れる時代だともなる
老人が貧乏だとしても需要があるから売れるとなる
どうししても必要なものは買うことがあるからだ

posted by 老鶯 at 13:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 福祉医療−老人問題