2018年09月30日

仮設暮らしは昔の長屋のようにいいものとしても体験した (かわいそうだけではなかった)


仮設暮らしは昔の長屋のようにいいものとしても体験した

(かわいそうだけではなかった)

 不衛生な環境でしたから、 子供がよく死にました。 統計はありませんが、 長屋では4、 5歳くらいの子供がよく死んだと聞きます。 長屋には年寄りも含めていろんな年代の人が住んでいました。 昼間に両親が働きに出ている間、 子供たちは長屋の老人たちとも自分の家族のように接して遊んでいたのです。 ですから子供が死ぬと、 長屋全体の悲しみとなりました。
死んだ子供のために大家さんが地蔵をつくってくれることも多かったようです。 

原発事故では誤解がある、津波と原発事故の避難者が混同されたのである
津波被害者は家族も失い、家も失い、住んでいる村とかさえ失った
その衝撃はあまりにも大きかったのである
そして仮設に住んでいたのは原発事故避難者と津波被害者が交わて住んだのである
原発避難者には手厚い補償金が支払われた
それで仮設で暮らす人を補償金がもらえない人はうらふましく思っていたのである
津波被害者は最も反発していたのである
その待遇の差があまりにも大きかったからである

だから何か外部から見たとき誤解がある、両方が一つのものとして見られた
それは原発避難者が圧倒的に多いということでもそうなった
そして原発避難者と津波被害者は違うのだが同じように見られた
ただ小高でも津波被害者はいたのである
両方の被害にあった人もいた

ここで誤解が生じたのは原発避難者が常にかわいそうだとされたことである
NHKでもマスコミでも原発避難者を応援する立場にたった
だから相馬市のトマト農家が飯館村の人を雇わないということをテレビで訴えさせたのである、全国で見た人は相馬市のトマト農家は冷たいというように見るようになった
これも原発避難者と津波被害者がいることによる誤解を生んだ
飯館村は原発とは関係なかったのだから特別同情があってもしかるべきであった
ただ相馬市には津波被害者が相当にいて苦しんでいたのである
補償金は相馬市では全くもらっていなかったからである
それで働かないで遊んでいる仮設の原発避難者を見て怒っていた人も多かったのである
この辺は複雑になって外からわかりにくくなっていた

でも仮設暮らしというのがそんなにひどいものだったのか?
部屋は確かに狭いし長屋のようになって隣が気になって嫌だということがあった
でも人間の生活は悪いことがあっても同時にいいこともある
仮設で暮らしていた山の奥に住んでいた年配の女性は毎日会えるから楽しいと言っていた仮設に暮らしている人がみんな暗い顔していたのか?
明るい顔をしていた人も多いのである

それはなぜか?

原発避難者の場合かなりの額を補償金をもらった、一か月百万とかもらった人もいる
そこが津波の被害者との大きな差だった
一財産築いたという人もいる、あらゆることで補償金がもらえたからである
そして毎日のようにボランティアがきて炊き出しをしたり娯楽を提供したり何かとしてくれた、これも仮設暮らしをいいものにしたのである
その時仮設を提供した地域では補償金がもらかないから不満になっていたのである
特に津波被害者は同じ仮設に住んでもその差が大きいから怒りにもなっていたのである

私が仮設に住んでいる人と親しくしたわけではないが、暗い感じはない、何か明るい楽しい感じにも見えた、これは住んでいる人でもいろいろあるから誤解がまた生まれる
それは外部の援助とか応援が常にありボランティアが来ていたということも影響しているそこで皮肉なことに仮設暮らしの人は毎日パチンコとかギャンブルになっていてそのことでまた怒っていた
ただこれは行政の問題もあった、本当は地元の人が除染でも復興する仕事を与えてさせるべきだった、毎日ギャンブルをしている人をみたら回りでは不満になるからだ
行政というのも全く良いものとして働かなかったのである
第一働くと給料をもらうと補償金がもらえないというなれば誰も働かないからである

ともかく仮設がすべて悪いとはなっていてかった,外国の難民生活とはまるで違っていたからである
「私たちは消費して金を使って地元の人を助けているよね」と知り合いの女性が言ったときそうである、それは現代社会を反映したものだった
消費者は王様だとなっているから金を持っていればそうなる
だから地元で働く人がいても金をもっていればギャンブルして遊んでいてもいいとなる
でも周りからみればこれはなんなのだとなった
仮設暮らしは経験していないが何かそこにはいいものがあったことは確かである
それはみなんかわいそうな被害者として外部からも扱われたし補償金も多額だったからである
田舎では本当に明日食べるものがないとかガス電気がとめられたとか困窮している人がいた、その人は常に原発避難者をうらやましがって批判していたのである

江戸時代のことを興味がある、それで長屋の暮らしとはどういうものだったのか?
引用したサイトでそのことを書いている
長屋では子供が多く死んだ、それは農村でも子供で死ぬのが多かった
そのために地蔵を作ったとなる、長屋でも京都辺りでも地蔵盆とかあるのはそのためだった、長屋は一つの家のようになり精神的連帯が生まれたから悲しみも共有していたのである、つまり長屋というのでも人間生活には悪い面があってもいい面も必ずある
時代でもそうである、江戸時代が貧乏だからすべて悪いとはならないし現代が豊かだからすべていいものとはななっていないことでもわかる

かえって現代はそうして長屋のような共同がなくなり精神的にも連帯がなくなったからである
長屋には何かそうした精神的連帯が生まれたのである
それで三陸辺りで津波の被害者が老人が仮設に住んで喜んでいたのである
それはそこに長屋の共同生活が生まれて一人暮らしでも気遣ってくれたからである
今老人は孤立化しやすいのである、社会でもそういう社会である
長屋では老人が住んでいるとしてそこに住んでいる子供は家族の一員のようになり老人も孤立しない、それよりその時代は老人といってもまた80歳とかの人はいないから別であるにしてもそこは一種の大家族のようになっていたから子供が死ぬと長屋のものみんなで悲しんでいたのである

だから誤解しているのは仮設の人がみんなかわいそうであり同情すべきだと強制のようにされた、NHKでもマスコミでもそのことでは一致していた
だから仮設を建てて受け入れた地元では批判することはできなくなった
南相馬市では小高と鹿島は反目するようになった
小高の人にすれば全国の人は遠くからかけつけて応援しているのになんなのだ
金の不満ばかり言っているとなり仲たがいするようになり分断されたのである
金になると人間はうるさい、それで飯館村でも補償金のことでもめて二つに分断したのである

外部の人でもボランティアでもかかわるとき地元の事情に通じるのはむずかしい
紛争地域でもそうである、そこに介入するとかえって悪く影響することもある
ボランティアはもともと行政がするものでありそれを無料で仕事させることを批判している人もいる
人間の世界の複雑さは善意をもっていてもその善意が思ったように通らないことである
その善意もは悪く作用することすら普通にある
善意でしたとしても迷惑な場合がある、障害者でも本当は自立したい、だから駅で盲人を手をとって電車に案内したとき嫌がっていた
その人は自分で電車にのれるからだ、ただドアをあけるくらいはしてもよかったが手を取って誘導するのは嫌がっていたのである、自分でできることは自分でしたいのである

ともかく仮設暮らしというのは外部から理解しにくい、でもそれが全部悪いことではなかった、いい面がかなりあった、それは今の社会が失ったものが再現したともなる
長屋暮らしは共同であり精神的連帯が生まれた
ただそれは仮設に暮らしている人たちの連帯であり仮設を提供した人たち地元の人はそういうことはなかった、そこには反目があった
ただ老人問題を考える時長屋暮らしというのが意外といいものだったということである
女性にとってもそうであり一人暮らしの老人にとってもそうである
毎日顔を見合わせて気遣ってくれるということがあったからだ

今の社会は本当に無縁社会とか孤立しやすいのである、そういうシステムの中で生活しているからである
一番の問題は何か物質的経済的にも精神的にも共同するものがない
そこに介在するのは金だけになってしまった、金さえあればいいとなる社会である
そこに人間と人間の関係も金だけの関係となってしまった
それが貧乏であっても江戸時代の長屋には共同生活がありそこで悲しみも共有されたとなる

ただ江戸時代でもこれも必ず誤解してみている、時代があまりにも違うから今からみるから誤解になる、そこで暮らしたら地獄だったともなるからだ
ただ仮設暮らしは悪いことばかりではなかった、いい面も多かったのである
それは特殊な状態が生まれてそうなったとなる
だから何かそこで原発避難者に対して過剰な同情が生まれたのも問題だったのである
でもマスコミでもNHKでも応援したから何も言えなくなったのである
今でもそういうことで反発しているからだ
そして南相馬市などで内部では分断されてしまったのである
それは飯館村でも他でもそうである、行政でも何かかかわり指導して働く必要があったが何もなかったことも問題だったのである

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日本の地方の自治体の依存体質(原発事故の原因) (日本では自治体は市民共同体という意識が育っていない)

日本の地方の自治体の依存体質(原発事故の原因)

(日本では自治体は市民共同体という意識が育っていない)


ほとんどの先進諸国には、交付金制度に類似した財源調整制度があります。皮肉なことに、アメリカにはありません。そこでデトロイト市の破産が起こるわけです。

ただしアメリカの自治体は、警察、消防、都市計画などが主な仕事で、日本のように市民生活全体をカバーしているわけではありません。だから破産しても、パトカーが減ったり、街灯が点灯しない程度で済むわけです。

地方に原発を作ってしまえば、その地方は原発の補助金べったりになりますから、補助金を切られるとボス猿以下、生活が困窮してしまうので、何が何でも「お上」の言う事を聞かないといけない。例えその近隣地域の市民、市長が原発が危ないから止めてくれと言っても、

「いやいや、我々は補助金がないと生きていけないから、原発が危険だろうが何だろうが原発を維持します」


社会というのはどこの国でも歴史的に形成されている
だから社会をみるとき同じ民主主義国だから同じだとはならない
アメリカでも歴史的に形成された過程を見ないとわからない
ヨ−ロッパでは都市が形成された歴史には都市が一つの国家となっていた経過がある
だから城壁をめぐらして他の都市から攻められるの防いでいた
そこに市民共同体というのが生まれた歴史的経過がある

日本にはそもそもそうした歴史はない、パスポートにcitizenという欄がありそこに所属する市を書かされる
これはやはり日本の感覚ではわからない、ヨ−ロッパの歴史から生まれたことなのである
つまり社会で歴史的に形成されているからそうなる
日本なら行政単位が村であり村が自治体の機能としてあった
治めるのは侍だけど村にはそれなりに自治体としての機能があった、ただそれは市民共同体とかとは違って小規模であり大きな政治機能は藩がになっていた
その藩とはお上のことでありそれに従うということで成り立っていた、そこでお上に従属するという態度が自ずと生まれた

アメリカや外国では政府のことを信用していないという
だから個人情報でもうるさい、政府に知られたくないとなる
日本はお上を信じて従う性質がある
そもそもアメリカでは西部劇でもそうだがインディアンが住んでいて無法地帯に牧場とか作る
でも守る者はいないから銃をもって自ら守る他ない
だからこそ銃社会になっている、そういう歴史があるからそうなったのである、日本では戦国時代が終わると刀狩りが行われて
治安が保たれたのである

アメリカの自治体は民間でするものが多いというときそもそもお上に頼ってやっけいけない歴史的なものとしてあるからだ
治安でも自分のことは自分で守らねば生きていけなかったからである、だからアメリカは個々人が自立していなければ生きていけない厳しい社会だったとなる

明治以降外国の制度とか思想を受け入れたとしても日本の歴史がありそれを変えることはむずかしかった
歴史的に形成されたものとしてあるものを簡単には変えられないからである、だから未だに日本社会はそういう体質なのである
日本は市民という感覚ももてない、自立して市民として社会を積極的に作ってゆくという感覚がともしい
そういう歴史的経過を経ていないからである
お上の力が強すぎるのもそうである
そうして原発でも安全神話が今のお上によって形成された
政府と官僚と大企業とマスコミとかが一体となり原発神話が形成されたのである
そして住民は補助金頼りになったのである

ただ不思議なのはでは過去の日本の村では自立心がなかったのか?
それがあったともなる、なぜなら村単位で自給自足の生活をしていたから東京からとか中央政府から地方交付税とかもらっていない、それぞれが地域で貧しくても自給自足の生活していたから
経済的にも自立していたから中央にも政府にも頼っていないから精神的にも自立していたというのも意外だとなる

富めりとも翁の身には知らざらん木の間のけむり絶えずのぼりて
(大和田建樹)

この短歌は富む人があっても翁の自分には関係ないことだ
自分はただ年老いても炭焼きして生活している、都会の人には頼らないという意味である
こういう自負があったことも不思議である
人間は貧しくても自立心というのをもてることがある
貧乏だと依存するとばかりみるがそうでもない
かえって豊かな生活をするために依存して自立心がなくなる
それが原発事故で判明した
豊かな生活をするために依存体質が自治体でも生まれていた
地方が補助金頼りだという時それはどこでも地方交付税の割合が大きくそれがないと運営できないからである
そこで自立心が失われお上の言いなりになるだけだとなる
経済的自立というのが大事だとなる
ただそうなると貧しくなるから誰も同意しないのである

現代はあまりにも贅沢な暮らしになれてしまったからである
その贅沢の味を覚えると減らすことができないのである
一旦うまいものの味を覚えるとまた食べたくなる
これは猫でも同じだった、魚を与えるとまたせびるからである
その味を覚えているからである
ただ自立というとき貧しくても自立することはできるということは知るべきである
かえって豊かになると贅沢すると自立心がなくなる
これを国家にすればもう石油がなければどうにもならない、死ぬほかない、戦争する他ないとしきりにいうときもそうである
でもぎりぎりになったら炭でも生活できるしそうしてきたのである、電気はここ50年くらいしか十分に使っていないのだ
戦後10年は裸電球一つしか家になく電気製品もゼロだったからである、戦前も同じような生活だったからである

今回の原発事故では地方自治体も問われた
富岡町長の5億円入っている金庫が津波で流されて探してくれと頼まれたとかも噂でもそうである
原発にはそれだけの金が流れる、その後の除染作業とかでもそうである、何兆円のも金が湯水のように使われたからだ
地方公務員も批判の対象となる
地方公務員は優遇されすぎているのは本当だからである

普段まともに仕事もせず、市内のサービス残業やブラック企業は何ら知らぬ存ぜぬで通しているにも関わらず、税金だけは必死で集めようとする

こうなるのはわかる、自分たちの生活を優先するからそうなる
これは具体的でわかりやすい、江戸時代だった年貢を納めさせなければ侍の生活が成り立たないからそうなる
そういう体質は公務員に受け継がれているのである
公務員は何かと得するようにできているからである
国家レベルでも財政難を言って消費税を税金をあげようとするのもそうである
官僚とかは国民から税金をとり生活している、だから税金をとることには熱心になるからだ
だから今のような貧乏化する社会では公務員への反感が強くなるのである、官僚となると東電に天下りしたのが多いからである

自治体とは自ら治めるということてのだが実際はそうなっていない,中央に依存したり大企業に東電に依存したりと自主的な自立したものではなくなった
飯館村などはまでいな生活とかで炭焼きで自立していた村と多少はにていたが原発事故で破壊されて補償金をどれだけもらうかだけが関心の的ととなってしまった
飯館村は別に原発とはほとんど関係していなかったからだ
ただ原発は金になるから東電に働きに行っていた人はいたのである、そさだけ原発は事故前でも経済的影響が大きかったのである




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2018年09月29日

故郷やの俳句鑑賞 (故郷は原風景としてあり津波で右田の松原は消失した)

     
    故郷やの俳句鑑賞
    
    (故郷は原風景としてあり津波で右田の松原は消失した) 
    
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故郷や晩菊そえし古き松

故郷や松に実りに漁の船

故郷や木の根元に虫の声



旧里や臍の緒に泣く年の暮    松尾芭蕉

(ふるさとや へそのおになく としのくれ)

故郷やどちらをみても山笑ふ:正岡子規。

古郷やよるも障るも茨の花  一茶

故郷や酒はあしくも蕎麦の花 蕪村



これは芭蕉が、ふるさと・伊賀上野に戻った時の句。
紀行文「笈の小文」に登場する。
年の瀬の帰省である。
ふるさとに残って家を継いでいる長兄から、母が大事にしまっておいた、芭蕉の「臍の緒」を見せられた。
  
故郷とは何か?それが津波や原発事故で避難したりして問われた
故郷を離れ他郷に住むことを余儀なくされた
故郷自体が無人化して消失する危機にもなったし今でも帰らない故郷となっている人が多い、故郷とは何かということで哲学的にとかいろいろ探求してきて書いた

芭蕉の句は母を思う親を思う場が故郷だという句である
子供の時故郷で両親の元で育つ場が故郷なのである
一方で一茶は継母に育てられたり村人うとまれたりいじめられたりといいものはなかったそれも故郷なのである

正岡子規となると故郷はいいものだった、肯定になる
蕪村は食べ物で故郷を思う、蕎麦の花というとき蕪村は農村出身であり農家の出らしいからそこで蕎麦というのが原風景にのようになっていたことがわかる
故郷の酒はまずくても蕎麦はうまいということかもしれない

私が故郷という時も故郷はそれぞれの原風景なのである
両親の愛のもとで育てられたものとしてあるのも故郷である
ただ一茶のようにそうして継母に育てられたら両親の愛がないから故郷を嫌悪するようになった、そういう人は確かにいる
故郷は全部肯定できるいいものとしてはない、なぜならそこに人間の醜さが露骨に現れやすいからである、田舎の人が素朴な時代はとっく終わっているからだ
やはり欲が深く金を追求しているのは全世界でもう同じなのである

今はホームページの方の俳句日記を整理した
2001年頃から書いていた、もう20年前となるから時間が過ぎるのが早い
そんなに過ぎてしまんたのかとなる
その時は津波もないし原発事故もなかったからもともとあった風景は400年とか変わらなかったのである、右田の松原は江戸時代からあったらしい
だから松が太くいい松だった、松川浦の松と細いから年数がたっていない
いつも右田の松原に行っていた、それは故郷の原風景となっていた

秋には実りがあり黄金色に染まり松原がある
写真には松原と晩菊が映っている、その菊は野路菊とかあつぼったいものであり普通の山城菊とかとは違う種類である
この松がなくなったことは信じられない、松原がなくなったことは信じられない
それは故郷の原風景が全く消失したことだからである
海老村も右田村も烏崎村も津波で消失した、何もない、右田では当時を偲ぶものはなにもない,高い土盛りした防波堤と風力発電の風車が回ってソーラーパネルの風景となってしまった、何か工業地帯のようになってしまった
火力発電所ができたときも原風景は壊された
でも右田の松原がまだ残っていたから松は活きていたのである
それが根こそぎ津波で流されて残っていて一本松も枯れてなくなった
本当に右田の松原を知らない人が生まれて7年とかなる
もうそれを知ることはできない、つまり津波以後の世代は全くここにあった松原をイメージすることもできなくなったのである

ともかく故郷は原風景だというとき風景と生業が一体となったものが故郷である
その原風景が消失したのである、この変化はあまりにも大きいのでとまどう
ありえないことでありどう心の中で消化していいのかわからないのである

  俳句日記(2001−2005)

雇うことは雇われるよりずっとむずかしい (雇われる人は雇う人の気持ちがわからない)


雇うことは雇われるよりずっとむずかしい

(雇われる人は雇う人の気持ちがわからない)


人を雇うことは、雇われる人と労働契約を締結することを意味します。
また、雇われる人からみると雇主と労働契約を締結することを意味します。
求人に応募して、採用が決まり、働くようになったならば、それは雇主と働く人の間で労働契約が締結されたことを意味します。
働く人から見るとあまり意識しないかもしれません。
しかし、雇う立場の方は、契約を意識しませんでしたでは全く通用しません。
人を雇う以上は、労働契約を締結するという意識をしっかり持たなければなりません。
契約関係にあるということはお互いに義務を負い、権利をもつことを意味します。

もしもクビだと言われても、応じる必要はありません。

労働法も解雇を簡単には認めていません。職を失うことが死活問題になることを法律も考慮しているのです。

ちなみに労働契約を使用者から解約するのが解雇、働き手から解約するのが辞職、話し合って解約するのが合意解約です。

最初に明確に労働契約していないと賃金もまともに払われなくても法的に訴えることができないのである
その人は食堂で働いたが賃金が支給されないが訴えることもできなかった、なぜなら労働契約を結んでいなかったからである
法律的に文書で契約していなと訴えることもできない、それは他のことでもそうである
法律的に訴えるにはそうした証拠が必ず必要になるからである
だから現代では必ず法律的に有効なものとして文書が領収書などが大事になるのである
人間は口約束だとごまかしたりできるからである



雇う人は、雇われる人のことを考えるべきだし、
雇われる人も、雇ってくれている人のことを考えるべき。

雇う、雇われるの関係性に
上下関係だとか主従関係ていうもが
まったく存在しないとは言わないけれど、
結局のところ、「人」と「人」だから
土台の部分は対等だよね、って思う。

でも、人を雇うって、想像以上に気力も体力もお金も必要なのは事実。


雇われている人にも、雇われている人なりの思いがあるのと同じで、
雇う側の人にも、その人なりの思いがある。

「雇われる人」にはこれが永遠に分からないのである。
 だから「雇う人」が語る言葉を全く理解しないことがある。

─それだけではない。
 永遠に愚痴を言い、座っているだけで、何もしない無為の時を過ごすのだ。

繰り返し言う。
人間には「雇う人」と「雇われる人」の二種類しかいない。

どちらを選ぶのかは個人の自由だ。
「雇う人」は時間を思いのままに出来るが、同時に大きな責任を負う。



人を雇うことがこれほど大変なことを意識しなかった
もともと自分には人を雇う資格もないし経験もないし世事に疎いからできないものだった、ただ家の事情があって人を一時間でも雇うようになったのである
最初に雇ったのは自分ではない、母が雇ったのである
シルバーセンターの関係で手伝ってもらったのでそのまま雇った
しかしシルバーセンターは信用されるようでできない
人物の調査をしていない、ただその時はシルバーセンターは介入していないから責任は自分の家にあった

どんなことでもささいなことでも雇うことは大変なことである
雇う方が雇われるより大変なことだと知った

雇う人を信用できるのか?

これ自体がまず最大の困難である、どうしてその人を信用できるのか?
最初はするシルバーセンターとかで信用した
今は個人ではなくそうした組織が信用機関になっているからだ
その後は個人と個人の関係になっていたのである
シルバーセンターとは関係なくなっていたし別にシルバーセンターを通していないから責任はシルバーセンターにはない
現実にそう契約に書いてあるからだ、勝手にシルバーセンター通さないで雇うなと書いてあるからだ
そこが錯覚しやすいことだった
そして田舎のことだから信用することがあった
小さな領域に住んでいるからである
そこで盗まれて大損失になった

ここで私が意識したことは人を雇うことは本当に雇う側にとっては重大なことである
それは家なら家のことをまかすとまでなるからだ
だから家の中に入れる仕事は本当に信用が一番大事である
ヨ−ロッパなどでは信用をどうして得ているかとなると召使というのは前に雇われた家のことを知りそのことで正直に勤めていれば信用ができていた、それは今の履歴書みたいなものかもしれない
そういうことは雇う方で情報が入っていたからできた
要するにその人となりがわかって雇っていたとなる

雇うとはまずその人を信用しないかぎり本当はできない

そして雇う方では「頼みますよ」という切実な思いがあって頼んでいる、でも雇われる人はそのことを意識しない
いくら金がもらえるのか?それしか頭にないのである
そして二番目の人はただ金だけをもらうために来ているだけになった
なぜなら三日に一回皿を洗うにしても二三枚であり後はなにもしない
何をしにくるのか?金の請求である
契約でいくら払うといって雇ったがその倍以上請求する
払わなくても良かったがいろいろ事情があって雇う側の裁量で払ってきた
その時はまだ金の余裕があったからである
別に雇われる人がどうであれ雇う側でよしとすれば働かなくても払う人はいる、それは自由なのである

ここでの雇う雇われる関係は会社とは違う、個人と個人の関係になる
そうすると一番大事なのはどうして信用するかなのである
これが最高にむずかしい、実は雇うということはその人を信用したということなのである
そのことで決められた金を払うとなる
まず履歴書でも見て面接してその人を見て雇うか決める
雇った時点で給料を支払う時すでにその人を信用したのである
この信用するということがいかに重要か?
雇われる人は感じないのである
ただ時給いくらで働かせるだけでありできれば働きたくないとなっているからだ
でも雇う方は実は切実なのである

特に個人対個人になるとそうである、雇う方では困っている
それで他人に頼むとなるまず信用できるのか、家に入れて大丈夫なのか?そのことが最大の問題になるからだ
でも家に入れた時点で雇った時点で実はその人は信用されたのである
でも雇われた人はそうして信用されたことを意識していない
会社でコンビニとかで雇われる場合でもそうだろう
ただ時給をもらうために雇われたとしか意識しないだろう
ただ他人の家に入ることはまた違っている
そこで一番大事なのは信用なのである

雇う方では「頼みますよ」という切実な思いがある
雇われる人はただ時給として金をもらえばいいとしか考えないのである、これだけの金をもらったからこれだけのことをする
それ以上のことはしないとなる
でもその人は例えば三万で頼んだとすると確実に前借りするしなにかにやと要求する、それも電気がとめられたとか水道とめめらたかとか借金とりがきたとか次から次と切迫したことを言う
それで結局必ず倍以上の金額を要求する
それも事情があったから払っていた

「この金額で頼みますよ」と頼んでもそれでは絶対に終わらない
三万で頼んだら三万以上を要求されることがわかると頼めなくなったのである。
三万は六万になるとなれば頼めないのである
金を払う方になるとそうなる、雇う側になるとそうなる
雇う側でも金が無限にあるわけではないからだ、でも雇う人は何かそういうことを感がない,とにかく多くの金をもらいたいとなるのだ,でも金には常に責任がついてまわっている
金をもらえばそれは責任になる

自分の場合は個人と個人の関係の雇用だから会社ではないからかなり違っているが基本は同じなのかもしれない
まず雇う側としては信用しないと雇えないのである
そして雇うということは信用されたことだが雇われた人はそういう自覚はない、ただ時給をもらえばいい、できるだけ働かなくてももらえばいいしかないのである
そこであまり雇われる人は責任を自覚しないのである
頼まれるということはその人を信頼することだったのである

それでなぜ自分は病院に一か月入院したとき親戚の人に知らせないで頼まなかったのか?
それはその人が事業の失敗をして多額の借金をしているからである
もし頼んだら事業家だからその金が大きくなるからだ
すでに金を貸してもいるからだ、そこで頼まなかったということは信用しなかったことである
でも結果的にそのことで大金を失った
だから自分には頼むという人がなかったとなる、信用して頼む人がいなかったのである

人間は頼むとか頼まれるとかを簡単に考えている
ところが頼むという時切実なことがあり何とか助けてくれとかで頼むことがある
でも頼まれる人はそのことを重大なものと考えないのである
雇用関係が今は対等だということにもなっている
それより雇う側の人が責任があり責任が課せられている
そのことを意識しないのが雇われる側である
こういうことは大きな組織でも国とかの単位になるとそうである
指導する立場になるともきすごい責任が課せられることになる
その決断が判断が誤れば戦争のように3百万人とか死ぬことになるからだ、その決断する立場になったら空恐ろしいことだとなる
もうすでにそれは一人ではできない、だから戦争では国民全員が責任あるとして誰も責任は問われない、原発事故でもみんな責任があるとして誰も責任を問わないのである
国民に責任があるとしたら誰も責任は問われないのである
でも必ず誰かが責任をとらされる、3百万人が死んだということで国民が責任をとらされたのである

人を雇うって、想像以上に気力も体力もお金も必要なのは事実。

これは本当にそうである、もう自分はそうした力もない、もともとなかった、ただ事情と成り行きでそうなっただけである
本当に今は雇うと雇われ関係は対等でありむしろ雇う側の責任の方が大きいから雇うことは普通の人はできない
これは指導する人と指導される人の関係にも似ているかもしれない
指導する方が責任が重大であり疲れる
ただ支持される人は責任もなく楽だとなる
でも何かをまかせられる、たのまれることは雇われる方でも実は「あなたに頼みますよ」ということで信用して頼む切実なものがある、でも頼まれる人はそれを感じないのである

だから人間は雇う人雇われる人がいるというとき雇われるだけではなく雇う人の身にもなってみるべきだとなる
そうすれば両方の気持ちがわかるから責任も感じるとなるからだ
結局こういうことも経験しないとわからないのである
雇う人になることは普通は少ない、みんな雇われる人になっているとすると雇うことがどういうことかわからないのである
雇うことも雇われることも実は個人と個人の信頼関係だということだということは基本にある
それがないかぎり両者が基本的にうまくいかない
ただ会社とかなると組織になるとまた違っているが基本に個人と個人の信頼関係として雇用関係はあるとなる
会社だと個人とか雇う人が誰なのか?それが見えないから現代の雇用関係は集団的相互信頼関係に変わったともなるが基本にはやはり信頼関係は個人と個人にある


文章を引用しているがurlだけではない、文章そのままを検索に入れるとたいがいでてくる
だから著作権違反はすぐに指摘できる
引用でも別に相手が指摘しないとか引用側の文が主になっていれば違反にはならないのである
ただインタ−ネットではどこに引用されているかもわかりにくいからかなり違反があるとはなる



posted by 老鶯 at 11:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

東と西の方角感覚 (大阪人と関東(東京人)の対立)


東と西の方角感覚

(大阪人と関東(東京人)の対立)

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SAPIO−9−10月号

秋の陽は湖西に没りて淋しかな東(あづま)の方に陽は昇るかも

東の野に炎の立つ見えて
     かへり見すれば月かたぶきぬ  柿本人麿

旅をして一番不思議なのは方角がわからなくなることである
それは会津のことでも書いた、東西南北がありそれが山が多くて方角がわからなくなる、ただ西会津となると何か辺鄙な感覚になるし実際にそうである
ただ方角という時東と西が基本にある
それはなぜなのか?
世界的にみても陽が昇る方角と沈む方角が基本になるからだ

オリエント【Orient】

 ラテン語オリエンスoriens(〈日出ずるところ〉〈東方〉の意)に由来し,同じくラテン語オクキデンスoccidens(〈日没するところ〉〈西方〉の意)から来るオクシデントOccidentに対する語。本来,ローマ帝国内外の東部を指したが,帝国の東西分裂以降,西ヨーロッパが独自の歴史的世界を形成していくに従って,自らとは異質なビザンティンおよびイスラム世界,さらにはインド,中国,日本などもを意味するようになる

世界史的にはオリエントが古い、ヨ−ロッパは西であり西欧文明であり新しいとなる、イスラムの方が文明的に先進国だった
ともかく方向感覚として陽が昇る方向と陽が沈む方向を意識する
エジプトのピラミッドがあるカイロでもナイル河の向こう岸に太陽が輝き沈むときその方角はエジプト人にとって死者の国になる
黄泉の国になる、それは太陽が沈むということでそういう感覚になるのは世界で共通しているのである
西というと西方浄土であり西行とかもいて仏教でもその思想があり共通している

ただ人間が方角を意識するときグローバルに意識することはむずかしい、だから東とか西とか意識するにしてもローマ帝国内で意識したとか柿本人麿の歌は山の原での歌だとすると狭い範囲なのである、人間は地理的に世界を意識することは容易ではない
ただ日本でも
「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す」という日本史の資料などにおいて出てくる聖徳太子の言葉がある
まず日本でも中国でも方角を意識していた
それは陽が昇る方角と陽が沈む方角なのである
韓国では日本海は東海(トンヘ)なのである
だから韓国から日本海を望んだ時不思議な感覚になる
日本海は陽が沈む所として意識しているが韓国から見ると陽が昇る国なのである
そういう感覚は旅すると常にある
アメリカでもカリフォルニアは西部であり西海岸であり陽が沈む海になる
これも方角として日本から来てみると不思議な感覚になるのだ

私の短歌を例にすると湖西という地域があり琵琶湖の西なのである、湖西線が通っていて何か淋しい地域に感じた
西には何か淋しい感覚になるのは陽が沈む方角にあるからだ
でも湖西から見て東の方は関ケ原になる
その感覚がなじめなかった、日本でも東と西に分かれる
地理的にもそうであり歴史的にもそうなのである
当然大阪とか京都とか奈良は古いから西が中心だという意識を今でも持つのは理解できる、関東とか東京は江戸時代までしかさかのぼれない、鎌倉があるとしても狭い地域であり西の京都の方がその時も中心であり天皇がいて室町時代になったことでもわかる
天皇がいるところが日本では中心であり京都が千年天皇がいたから中心だった

東京が中心になったのは江戸時代であり明治以降である
だから東京には愛郷心がないというのもわかる
地方からの寄せ集めでできた都市だからである
東北でも良く墓を見てきて紹介したが相馬藩では元禄となると相当に古いしめったにない、一番古くて慶長時代の墓が相馬藩の殿様の兄弟の墓があった
まず室町時代とかにはとてもさかのぼれないのである
奈良や京都や大阪になると江戸時代前まで普通にさかのぼれる
そこに歴史の厚みが不足しているとなる

ただ東と西の栄枯盛衰はある、それは世界規模でもある
西欧文明が世界を支配したという時そうである
でももともとはオリエントが起源だというときオリエントが東が古い文明の源である
インドでも中国でもイスラムでもヨ−ロッパより西欧より古い文明なのである、日本文明も謎にしても古いのである
東と西の栄枯盛衰は柿本人麿のひんがしから陽が昇り西に月が傾くということで象徴的に歌われている
でもこれは世界的に言えるのである、東西文明は栄枯盛衰を繰り返してきたからである、それは千年とか二千年とかの時間でみるときそうなる

ともかく大阪人が関東に東京に対抗意識があり大阪京都が中心だという意識は歴史的に形成された
だから大阪人はどこでも大阪弁を使って話してくる
その大阪弁が親しみ安いのである、だから私は大阪人には好感を持っている、京都弁になると何かよそよそしい、公家言葉になる
一見やさしいようで冷たいとなる、それが言葉にあらわれている
公家の文化がありそこから言葉が出てくるからだ

東北弁はズーズー弁であり何か言葉としては洗練されていないのである、でも縄文時代以来の言葉であってそこに正直さみたいなのものがある、それは洗練されていないが原始的な言葉だともなる
言葉は古語にその民族の精華となるものがあり古語を知るべきだとされる、ヨ−ロッパではラテン語を知らないと本質的に文化人にはなれないというのもわかる
ラテン語はヨ−ロッパの共通語となっていたからである
ヨ−ロッパでは言葉で明確に歴史的に合体したことがわかる
日本語は漢字を利用しても古い日本語との共通性はない孤立語なのであり謎なのである

そして関ケ原を越えて名古屋になるが名古屋は東と西の交わる場所であり歴史的にも信長が天下を統一した地の利があった
武田氏には地の利がなかったのである、中心の京都に進出しやすい場所にあったからだ

名古屋人の気風について

「名古屋の男女の風俗はもっぱら大阪になまぶなり、えひしりあけ(男の髪型)、おぼこづと(女子の髪型)などがあり人気の闊達は江戸にならうなり、吝嗇は京にまなぶなり、ゆえに江戸の戯作狂文は名古屋まで良く通じるなり」
名古屋の女子顔色美なるも、腰大いに太し、一人として細腰なるはなし」

滝沢馬琴の見た名古屋人である、京都大阪と近いし江戸とも通じている地理にあるからこうなった
そして腰が太しというとき農民的な体形気質もあったのかともなる、名古屋は京都とか大阪の影響を受けるがまだ未開的なものも残していたのかともなる
名古屋弁とかでもそれは大阪弁とか京都弁とかの影響を受けている場所である
名古屋の人にあったが東北人からみると闊達な人が多いともなる
つまり名古屋には大阪の商人的気質とか京都の公家的気質とか関東の武の気質とかが混交した場にもなる
それはヨ−ロッパでもそうでありそうした地域には天才が生まれやすいという分析がある
東西の文化の交わる場所とかはそうなりやすいのである、そういう刺激を受けるからである

いづれにしろこうして人間は地理によって文化でも文明でも作られるのである、だから地理を知らずして世界でも日本でもさらに地域でもわからないのである
私の場合は日本は隈なく旅行したからだいたいその土地が地理がわかるから話を合わせられる
ネパールでも一回行ったからここに住んでいる人がいて4000メートルの所に住んでいたというときでもイメージできる
ただあそこでは卵すらなくインドから買っているとかまず何を食べているのか?そんなところで住めるのかという地域である
そんなところにも人が住んでいるから驚くのである
だから奥さんを呼んで日本人になり暮らしたいという気持ちがわかるとなる







2018年09月28日

ネパールの人が自動車の免許を取得 (おくさんを日本に呼ぶという−日本人になりたいという)


ネパールの人が自動車の免許を取得

(おくさんを日本に呼ぶという−日本人になりたいという)

前に駅で会った駅の向かい側のホンダで働くネパール人は今日仙台の方から駅に来て自動車免許をとったと教えてくれた
ではどうししてとれたのか?
まず先進国ならもともと免許をもっいていたら実技試験免除とか試験も免除とかあるみたいだ
でもその人はネパールでありヒマラヤの標高4000メートルに住んでいる人である
そういう人がどうして免許をとるのか?
日本語で日本の試験を受かる他ないだろう
そうすると相当に難関になる
でも合格して免許をとったのである

その人は真面目でありホンダで車の修理とかして仕事しているから仕事もすでにできる、日本語もできる、だから日本人になりたいというのもわかる
永住権はとれるだろう、ただ日本国籍となるとめんどうらしい
ともかく奥さんがいて奥さんを呼ぶと言っていた
まずネパールだとあまりにも生活の差がありすぎる
ネパールはベトナムよりひどい第一4000メートルの高所でどんな生活ができるのか?まともに食べるものもないと思う

その人は日本国籍でも申請すればとれる人である
真面目だし日本語能力も高いし仕事もしている、それも車の修理関係でしている、すると会社で援助してくれる
保証関係でも援助してくれるかもしれない
ただ日本国籍となると何かめんどうになる
でもその人はすでに日本に住んで長い、10年くらい住んでいるのかもしれない、だから国籍でもとれるような人なのである
そういう人なら日本人になってもらいたたいとなるだろう
やはり人によりけりなのである
移民を全部否定はできない状態だけど無制限に入れることはできない、それだと後になって困るからである
でもその人は奥さんを呼んで日本に定住することは間違えない
永住することはもう決定しているのである
ネパールに帰らないし帰りたくないというのがわかるからだ
あまりにも生活条件が厳しすぎるのである

今駅では自転車置き場を作っている
前より半分くらいになる、他にも自転車置き場はあった
駅から離れているがあった
駅前は便利でもやはり車が優先されるから前の自転車置き場は駐車場にしたのである
そこが金を払う地元の人のための駐車場である
たいがい家が空き地になると用途としては駐車場になる
車がそれだけ必要な社会だからそうなっている



JR線路の除草剤で沿線農作物に被害 早場米の出荷自粛も 福岡・みやま市 今夏の猛暑で揮発、飛散か

駅ではこの前ホームを原町の駅長が草取りしていた
駅長もそんなことするのかと見ていた
一人で草取りしていた、前は除草剤を線路にまく人がいた
なぜそうしているのか、見通しが悪くなるから線路でも草取りしている、ともかく日本は雑草がどこでも生えるのである
だからどこでも草取りが仕事になる
ここの線路では専用の除草剤をまく車両を利用していたのである
だから本格的でありそれが畑に飛散したのである
これも鉄道を見ていたからわかったのである

鉄道でもいろいろなことがある、それは鉄道に駅でもかかわることがある、今日も何か走行に邪魔するものがあり一五六分遅れたのである、何かと遅れることはある
これから風が吹くようになるとまた遅れる
これは冬だがこれだけは困るのである、もう定期的に遅れるからである


タグ:ネパール人

彼岸に虫の音に秋の野 (7年は過ぎた海老の浜など)

彼岸に虫の音に秋の野

(7年は過ぎた海老の浜など)

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海老村のあった所に松が生えて育つ

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昨夜の分

雨しとと死者を思いぬ白木槿

故郷の木の根元にそ虫の声


今日の分

大海に秋の陽昇り鵜の飛びぬ

陽の昇り残月あわれ秋野かな

雨しとと死者を思いぬ白木槿

故郷の木の根元にそ虫の声


雲隠る月に亡き人思ふかなまた光りいで死すともあらじ

この里にともにしあれとあわれかなひびきあいにし虫の声かも

虫の音を今日もここにし聞き入りて近くに住める人思ふかな

耳澄まし虫の音聞きぬ我一人眠りにつきぬ町にしあるかな

耳澄まし今夜も聞きぬ虫の声草深し里ともしびあわれ
(昨夜の分)


今日の朝

津波より7年半過ぎ生い立ちぬ松も育ちて秋の陽さしぬ

津波にも御刀神社残りけり杉木立にそ秋の陽さしぬ

玄関に大岩構え妻亡くす人の住みける秋となるかな

昨夜も虫の声を聞いていた、夜でも歩いている、運動のためである
彼岸だとやはり墓参りであり死者には白木槿がにあっている
お盆ではない彼岸でもそうである

この町は一万くらいだけど河原は草深い、灯でも何かまだ里の感じがある、ただ震災以後は新築の家が何百件も建ったから都会化したのである、ただ灯あわれというときやはり田舎だとなる
これが隣の原町だとまた違っている、原町はやはり都会になるからだ

順序が逆になったが昨夜から今日の朝にかけての感想である
プログは日付順であり本当はその日その日に読むのがふさわしいとなる、俳句短歌とかはプログに向いていたのである
季語があり日本の季節は刻々変わっているからである
俳句はもともとそうした天候の報告として生まれたともなる
日本人の挨拶は天候になっているからだ

今日の朝は晴れたので海の方に行った、海老村は津波で消失した
そこは枯野になってしまった
そして残月が見え海からは陽が昇ってきた
そこには新しく松が根付いて育っていた、津波から7年半過ぎたのである、もうこれだけ育った、枯れた松もあるが新しく生い立つ松もあった、これは津波で塩水をかぶった松とは違うから枯れない
塩分があっても育つ松である
他に松の苗を植えたがそれは苗である、その苗が育つのは30年とか先になるから見れない
ただ自然に育った松がある程度大きくなったのは見れるもしれない
そのうち寿命になる方が早いとなる

いづれにしろ海老村の跡は秋野になった
そこに残月が出て海からは太陽が昇る
右田浜は風力発電の風車である、こんなに変わることが未だに信じられないのである
右田の御刀(みと)神社は残った、あそこまで津波が来たしあそこの家はかなり津波の泥をかぶった、それで京都辺りから大阪からボランティアが来て泥をかきだす作業をしてくれた
その車のナンバーからわかったのである
まず津波の傷痕はまだ消えていないのである
それだけの災害だった、おそらく十年過ぎてもそうである
原発事故も重なってこの辺では傷跡は消えないのである

北海道の方で地震で被害があったがスーパーとかツルハで募金しているが千円札が結構入っていたのには驚いた
この辺ではやはり助けてもらったしそれなりに金が入っている人があるからお返しとして金を入れているのかもしれない
ボランティアも相当に来たからである

知っている人の家は留守である、白内障の手術で二か月仙台に入院している、今日見たら玄関に大きな岩があった
何か岩のような感じのがっちりした人である
でも妻亡くして淋しいと一人で住んでいるのである
そういう人もまた多くなっている

今日は晴れたが昨日は寒かった
本当に秋らしくなった、今日は晴れたからでかけたいとなる
でも遠くには行かない、仙台にすら今年は一回しか行っていない
何か出かけたくないというのもこれだけ旅したの不思議である
ただ思い出す旅はしている、思い出す旅も実際は旅の継続だったのである、とにかく人間は忘れやすい、だから旅を記憶することが意外と大事である、そのことを書いてきた







2018年09月27日

現代の旅では風景も記憶に残らない (浮世絵から見た江戸時代の風景を俳句にする)


現代の旅では風景も記憶に残らない

(浮世絵から見た江戸時代の風景を俳句にする)

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松の間に残雪の富士野の広し

程ヶ谷から戸塚にかけての松並木はその美しさで有名だったそうです

時間は謎である、時間はないという人もいる、空間はあっても時間はないという、空間があって時間がある、なぜなら空間は宇宙は消滅するということが言う人がいるからだ
だから時間はもともと人間が作り出したものである
時間を感じるのは朝になったり夜になったり太陽の変化で時間を感じる、何か時間を量でも計ることができる
砂時計なら時間を砂の量で計ったりする
水時計なら水の量で計る、時間は空間があって時間がありうる
距離があるとしたその距離を行くのに時間がかかるとなる
だからまず空間がなければ時間はありえないのである

人間の一生でもそれは時間が限られているというとき時間は無限大にはない、生きられる時間は決まっている
ただ空間は地質時代でも原始時代でも同じ空間を生きているのである、その空間は消えたりしていないからである
でも人間が生きる時間の感覚は違っている
時間が早く過ぎたり遅く過ぎたりする
江戸時代は時間が遅く過ぎていたと感じる
その時間の感覚も今のように一分刻みではない
時の鐘があってもそれはおおざっぱであり時間の感覚は今とは相当に違う、一日の感覚も一生の感覚も違う
短命であったからその体験したものが今の人より希薄だったとかならない、時間の密度が違っていたのである
長く生きてもそれではその人はどれだけの体験をしたのか?
それをどうして計るのか?それは一概にできない
いくら長い時間を生きても長生きでもそこで何を体験したのか?
そしてその体験をどう消化したのかとかで違ってくる

旅したことでこれまでプログで書いてきた
今交通手段が発達して新幹線で日本縦断だって一日でできるとする、ではそこで旅をした体験として何が残るのか?
ほとんど何も残らない、景色もまた人との出会いもほとんどない
それは早すぎるためである
もし歩いた旅なら旅も道連れとなりその人でも景色でも記憶される、現代の旅は記憶されないことが多い
車が次々に流れてゆく、でもその車の人と対話はない、誰が乗っているかもわからない、ただ機械が猛スピードで過ぎ去ったという記憶しかない、何も脳裏に記憶されないのである
それは自ら旅する時でもそうである、早く過ぎ去るために記憶に残らないのである

街道の松一本一本や秋陽没る

この時自転車から歩いたから一本一本の松を見て歩いたから記憶する、でももし自転車ですら通り過ぎると記憶に残るのは一本一本の松ではない、自転車でも電車でも見る風景が変わって見えるのである、何かだからこの浮世絵の街道の風景でもそうである
橋の欄干にもたれて川を見ている人がいる
川を帆かけ船が上ってくる、その橋を荷物を背負って行く人もあり侍もわたる、その橋は人を記憶している
何か現代では欄干があるとしても大きな橋であり絶えず車が行き来するからそういう風景をすら失っている
江戸時代なら戦前でも車社会ではないから歩く人と風景は一体となっていたのである
車は何か風景を引き裂くようにして暴走するのである
車と風景は一体となりにくい、電車はその点撮り鉄がいるように風景と一体化することがある、だから鉄道は人間的だから好きだとなる

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欄干にもたれる人や春の暮

こういう橋だともたれたくなる、そういう感覚にさせられる、今はゆっくり橋にとどまり欄干にもたれるという余裕すらもてない、橋はただ車を優先にして通り過ぎる渡るだけのものだとなるからだ

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江の島遊行寺橋

欄干に雪の積もりて下駄に行く

人去りて橋に行き積み夜となる

人去りて雪に消えにし下駄の跡


歌川広重 名所江戸百景


京橋竹河岸

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満月や棹さし行きぬ舟一つ

満月や竹運ぶ舟と知られけり

竹運び今夜は休まむ江戸の月

橋高く満月見ゆや京橋に

それぞれに行く人あれや秋の橋



京橋というとき竹河岸であり竹の集積場になっていた
職人の町でもあった、日本橋の前に京橋があった


竹の多くは、千葉県から高瀬舟に載せて京橋川に入って来たものや、群馬県から筏に組んで送ったものであったという。青竹が連ねられている竹河岸の様子は、歌川広重の「名所江戸百景」にも描かれており、

林と見えたのは竹だった、竹を高くしているのは見た眼とは違って絵にしているからである、竹を強調しているのである
これは提灯をともしているから夕方の風景だろう
ただ満月となると月明りでも明るいとはなる

江戸時代の橋は人間と風景が一体となったものである
橋の役割は今とは違い大きい、江戸だからこそこれだけの大きな高い橋があったが地方では橋は貧弱だったろう
欄干さえないのも多いのである

この風景を見る時でもそこに記憶されたものがある
当時の風景が人間と一体となり浮世絵に記録された、記憶されたのである、写真がない時代だから浮世絵から当時を見るとなる
川を舟がゆっくりと棹さし行く、その時何を積んでいるのかわかる、竹なことは月明りではっきりする
どこから来たのかはわからないが千葉県の下総とか群馬県上州とから竹を積んで江戸に来たとなる
この風景は当時の生活を偲ぶものとなる
江戸は川を利用して物資が運ばれていたのである。

今は日本橋も京橋ももう当時を偲ぶものはないし東京では江戸時代を偲ぶものはほとんど消えた
だから東京はつまらないのである、何か過去を歴史を感じるものがない、特に江戸時代はほとんどないからわからないのである
だからもう江戸時代はイメージの世界であり浮世絵とかからイメージしなければなにもないとなる
ただイメージするとリアルな感覚が消失するから見当違いのことが起きてくるのである

ここで言いたいのは時間の密度は空間と一体となり記憶されていたということである
橋は今ではただ遠すぎる渡るという機能だけである
そこに人間的なものが省かれる、ただ車が通りすぎるわたるといってもその時間が歩くのとは違うから一瞬にして過ぎ去るというだけなのである
風景とも記憶されるのはそこでの時間感覚とか空間感覚があり
それは江戸時代とは今では違うのである

雪のふるなかを笠さして橋を着物姿の女性が下駄をはいて静々とわたる
欄干に雪が積もり女性は去ってゆく、その後にも雪はしんしんと降っている、そこに橋と人間と風景が一体となって記憶されるのである
そういう空間とか密度ある時間が消失した
人間の体験は希薄化しているのである、だから旅してもただそれは空間の移動でありそこで濃密な記憶に残る体験がしにくいのである、それで旅してもどこに行ったのかさえわからないことにもなる、団体旅行だと女性ならおしゃべりで終わりその風景の記憶が残らないのである








人間の労働には動機が必要 (金だけが動機になる労働は人間を退廃させた ―資本主義のモラルの崩壊)


 人間の労働には動機が必要

(金だけが動機になる労働は人間を退廃させた
―資本主義のモラルの崩壊)

人間には心がある、人間は心でももって動く、ロボットには心がない、だから例えば荷物でも一定区間を運ぶにしてもこれだけの労働するのだからいくらくれとか金が少ないとかなぜ荷物を運ばなければならないのかとか考える
例えば無料で何か荷物で運ぶことは誰もしない
でも美人の女性だったらそういうことをする男性が出てくる
それも一つの動機があり心が動いてそうする
人間は何かするにも無料ではしない、するにしても動機がある
そこに人間のやっかいさがあり人間を雇うことは働かせることはそれだけむずかしいのである
なぜロボットとかAIにしようとするのか?
それは人間自体がコストだからである
そのコストとなる人間を極力省くために経営者は熱心になることがわかる

人間はそもそも働きたくないのである、何か積極的な動機がなければ働きたくない、怠けるのである
そして問題は金だけでたいがい働かせるがそれだけでは人間を働かせるには無理なのである
お手伝いさんを雇ってわかったことはまず自分のために働く動機がない、金しかないのである
この人のために何かしてあげたいという気持ちが全くないのである
だから一人は泥棒で家探ししたとかある
次でも自分のために何かしてやりたいという動機が全くない
お茶一杯でもあげてやりたいという気持ちがない

だから何も言いつけないと本当に何もしないのである
普通だったら家が汚れていたら主婦だった家の者だったら掃除するからである
そういう気持ちがないから何も言いつけないと何もしない
ただ金が欲しい
というだけでその人はただ金を要求するだけになった、それは事情があったので払っていた
ただ三日一回皿洗うといっても二三枚だからそんなこと自分ですることにした、後は金の要求だけなのである

家族が母親はずっ−と食事の用意をしてくれた、それは家族だったからである、それが当たり前だと思っていた
でも今になると本当に自分のために一杯のお茶を出してくれる人がいないなのである
すべては金である、本当に荷物一つもってもらうのに一万とか十万でも払うようにもなる、なぜなら自分のために何もしたくないからである、そうなると全部金だけになるのである
労働でも無償の行為がある、家族労働は本来無償の行為である
子供を育てるのが将来自分が世話してもらいたい自分のために働かせたいという気持ちはない無償の労働である
ただそうして世話してくれるからこそ後で介護をしてくれるともなる、それは結果論でありそういう動機で子供を育てるわけではない
ただ昔は子供が労働力となるとして農民は育てていたということはある、それは時代でそうなった

いづれにしろ自分の言いたいことは人間は心をもっている
だから何かしら心が動かないと動機がないと働かない、荷物一つすら運ばないのである
不思議なのは好きなことであれば苦労でも人間はする
その人はもともと農家の出だから農業が好きなのである
いろいろ文句は言ってもそうなのである
だから苦労でもしている、文句を言ってもしている
ただそのために金を自分は払っている、だからキュウリ一本一万以上したものなのである
その女性にとにかく農業をする動機があるのだ

それは芸術家ともにている、芸術家が金で動いているのではない
何か内発的な動機であり画家だったら傑作を描きたいという動機が強いのである、金のためより前にそうしした動機が強く働いている
だから別に金にならなくてもゴッホのように異常なほど熱心になる
絵が一枚も売れなくても金にならなくてもそうなっているのである
インタ−ネットとかプログでも何か発言したいと知らせたいとかがありそれで無料でも書いたり写真を出したり動画を出したりする人はいる、それで注目をあびたいということでもしている

金だけではないのである、だから人間はすべてが金だけが動機で働くと限らないのである
もし金があるならば自分のしたいことをする、したくないことはもう金をもらってもしないだろう
その人はまず家事などしたくない、皿洗いでも二三枚でもしたくないのである、でも農業は苦労でもしたいのである
ただボランティアでは別に金にならなくてもすることはある
それは金に余裕があり人のために働くことが生きがいにもなるからである、ただその前提として金に余裕がなければ人はボランティアはしない、だから人間の働く動機はいろいろあるから必ずしも金だけではないのである。

金だけが働く動機になると問題が起きる
介護などは何か動機がないとしにくい、なぜこの赤の他人のために嫌な労働をさせられるのか?
給料が高いなら我慢するが安いのにこの人のために働かせられるのか?そういうことで熱心にはなれない
でも家族のためだったらいろいろ世話してくれたとかなり動機があるから違ってくるのである
自分の場合は特別に世話になったということがありできたのである
苦しかったけどもともと家事などしたことがないのにルーズでもするほかなかったとはなるしそういう動機があったからできたのである、人間苦しいことでも動機があればできる
それが戦争とかなると本当に動機が重要になる
なぜ若くて死ななければならないのか?
そのことに納得するには本当にむずかしい
だからいくら戦争を美化してもあのとき特攻隊でも煩悶して死んでいったのである、国のためだ天皇のためだといっても納得できなかったのである

だから人間はやはり金だけでは動かない、何するにしても動機が大事になる
そうでないと困難になったらすぐやめるとなるからだ
犠牲にされるとなると余計にそうである
介護などでも家でするとなると犠牲になるからだ
だから兄弟でも誰かに押し付けられるのである
まず一杯のお茶でもわかして動機がない人は出さない
後は金でやらせるのだがそこには心がこもらないのである
つまり心がこもって動機があってする労働と金だけの労働の差も大きいのである
だからただ機械的にする労働はロボットとかAI化されるのは必然なのである

人間は荷物一つ運ぶのも動機が必要でありしないからである
労働には動機が必要なのである
だからこそ資本主義がもともとウェバーの言うように修道院で生まれたという時、他社を助けるという宗教的動機からはじまったというときそうである
そうして労働することが神の御意にかなうということではじまったのである
それが今はただ金のためだけの労働となったから腐敗したとなる
ただ宗教的動機で働くことは普通はむずかしい、そんな高邁な動機を人間は普通もてない、だからただ金のためにだけ働いているのである、でも労働には必ず人助けということがある


医者とか介護関係とかには具体的でわかりやすくそうなっている
だからその動機がここで金だけになると問題になる
あとは災害の時などは金だけではない、利害に関係なく人を助けるために人は働いたのである、この辺でも原発事故で物資が入らなくなった、でもその時物を運んでくれなければ死にもつながっていたのである、だからこういうときは利害ぬきでの労働が必要とされたのである。
医者がただ金のためにだけ働くとなると地方では金にならないからと東京でみんな働くようになる
地方だと医者の労働がきついし金にもならないとかなって東京に集まる
医者の働く動機が人助けということが基本にあるとしてそれがなくなればただ医者も金だけで動くとなると社会自体が退廃してくる、地方にはいい医者がいなくなってしまうのである
この問題も働く動機が問題になる、地域医療を志す人がいないなくる、ただ医者は金になることだけが働く動機になればそうなるのである

ともかく自分が家族に恵まれたことを書いてきた
でもそのあまりにも恵まれた結果として今や一人も自分のためにお茶一杯も出してくれる人がいなくなった
これもやはりカルマだったとなる、ただ今は与えるだけだとなる
猫に餌やるのもそうだし何か与えることをしなければならなくったのである、だから人間はいつしか知らない間にカルマを積んでいる
それを必ず払わされる、それがカルマなのである
だから老人になるとそのことが具体的に現れる
いくら子供があったとしても親もいろろいだから親であっても名前ばかりの親もいるし毒親もいるから最後にその結果がカルマとなって現れるのである
おそらく人間は最後はカルマを必ず支払わされる
もしこの世で支払わないとしたら来世でも支払わされる
地獄とは何か?それは地獄とはカルマを支払わされる場所なのである

シーシュポスは神々を二度までも欺いた罰を受けることになった。彼はタルタロスで巨大な岩を山頂まで上げるよう命じられた
シーシュポスがあと少しで山頂に届くというところまで岩を押し上げると、岩はその重みで底まで転がり落ちてしまい、この苦行が永遠に繰り返される

これは何を意味しているのか?
有益な労働をしなかった罰なのである、だから無益な労働を地獄で延々とさせられる羽目に陥ったのである
だからニートとかかなり危険なものである
働かなくていいとしてもカルマを積んでいるから延々と今度は無益な労働をさせられるともなる
地獄とはこの世であれ積んだカルマを支払わされる場なのである
老人はそういうカルマを具体的にすでに感じさせるし負わされるのである

いづれにしろ人間の労働が資本主義が修道院からはじまったというときそれが金だけの消費だけの労働となったとき退廃した
資本主義は社会主義と同じく理想があったがそれも退廃した
中国だって共産主義は幹部でも毛沢東でも人民服だった
みんな平等の精神がありそうなっていたが今や幹部は大金持ちで別荘だってもているだろう、何かこうして堕落したから資本主義も社会主義も失敗したから崩壊するということがある
人間は働くにしても動機が大事になるからそうなったとも言えるのである

そもそも何する労働にしてもこの人から金をとればいいとなったとしたら現実になっている、社会が成り立つのかとなるからだ
医者が患者から金とればいい、いらない薬でも飲まして金をとればいいとかなったり銀行員は客に投資信託をうりつけて手数料だけをとればいい後は関係ないとかお手伝いさんは働くにしても金だけしか動機がないとしたら盗めばいいとなり現実になる
介護でもこんな爺婆は何で生きているのだ、早く死んだ方がいいとなる、金持ちでもなぜこんな奴らに俺は使われているんだ、金のためだとなりその接し方でも愛など持ち得ようがなき
家族とは違うからである、こういう何かもともと家族がしていたような労働は極端になりやすいのである
だから現代は労働倫理が退廃してしまったのである

posted by 老鶯 at 10:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2018年09月26日

abstract mountains


abstract mountains

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Oiran

A kanzashi is a type of hairpin that has been loved by Japanese women for hundreds of years. They are most often used when wearing a kimono, and they draw out a woman's natural beauty.
This delicate kanzashi draws out the beauty of the four seasons, and s a work of art by a skilled craftsman.

姉と母の死してなお生きる(短歌十首) (家族は死んでも愛で継続される)


 姉と母の死してなお生きる(短歌十首)

(家族は死んでも愛で継続される)
  

 姉と母我に添いつつなほありぬ死すともここに離れざるかも

 姉と母生まれ時ゆ我が家にありてすごしぬ我は離れじ

 姉と母最後は悲し我が泣きつ苦しみ耐えて我が家を継ぎぬ

 姉と母死すともなほもこの家に生きむとするや思い出深しも

 その生の終わりてみれば何思ふただなつかしく面影浮かぶ

 六〇年定めに結ばる我が家族死して絆の強められしも

我が家族みな死ににけるも月日たちなお我家には愛を感じぬ

姉と母今もなお我が家にありて争わずここに安かれ 

父もなお我が家にありて見ゆるかな我一人しも家を守らむ

今年また彼岸の入りと我が墓に花挿す人ありうれしきものかな

悲しきは我が兄なれど子はあれど思う人なく墓参りかな

家族は継続である、だから死んでも継続している、愛は継続しているて消えないのである
父が死んで半世紀以上になるけど忘れていたけど父の存在は家にあり続けた
今は家族で残っているのは自分一人だけになった
でも特殊な事情で自分は家で一番良くされたのである
だからこんな生活がてつづけられらてきたとなる
父親は苦労したから上の学校にあげろといって子供のうち死んだ
なにかそこには自分に託す思いがあった
つまり自分は特別愛されたのでありこの家では良くされたから介護でも必死にしたのである

ただ暗黒面として兄は不幸だった、集団就職で結婚したが離婚して交通事故で死んだ
それも不思議なのは今になると娘がいたとして両親にはひどいめにあったとしかないから恨んでいるから墓参りすらしない
何も関心もないのである、恨んでいるだけだとなる
そこで墓を作って墓参りしているのは自分だけだとなった
その自分の墓に花を一杯挿す人がいた
兄の墓に挿していた、これはありがたいなと思った
それは知られない行為だから尊いと思った

いづれにしろ家族は死んだとして継続がある
死んでも愛を自分の場合感じるのである
それだけ特別良くされたためでもある
だから愛というのは消えないものでもある
死んだらなにもなくなり消えて残らないように見えても
愛というのは継続しているし一種の見えないテレパシーとして感じるものがある
実際父はもう先祖のような存在にしてもやはり自分への愛があったし何か期待があった
何か自分はこの家で特別良くされて期待されていたし担うものがあったとなる

特殊な家族だったが今でも家にいると家族の愛を感じる不思議さがある、だから家というのはただの建物ではない、何かそうして
愛を感じたり受け継ぐものがある
だから故郷でも家でも簡単に捨てた原発避難者のことが理解できないともなる
事情があるにしろ家というのはただの建物ではない
建物ならまた別に他に建てればいいとなるが家にはそれだけではないものがある、建物に付随した付加価値がありそれ故に家には価値がある、ただ他の人にはそれがないから家はただの建物だとなってしまう

とにかく人間は死んで終わりではないことは確かである
歴史でも必ず継続されるものがある
それは家という建物とか物質だけではない、何か精神的なものも継続される、愛は継続して活きているともなる
死んでも愛があれば結ばれているともなる
自分の場合特別家族を思うのはやはり独身だったとか関係している、60年とか長い間一緒に生活していたからである
そういう特殊な事情で家族の思いが深くなっていたのである
歳月の長さというのも関係している
家族が死んで一人はもう8年とか過ぎたが早い
もう一人は三年であり父は半世紀もすぎてしまったのである
でも依然として家族としてある、家族の結びつきはそれだけ強いとなる、ただすべてがそうではない、自分の場合は特殊な事情でそうなったなったのである。

家族でも血縁だけではない、一つの共同体である、そして共同体というとき必ず犠牲が強いられる
私の家族でも犠牲があった、母は家で苦労したし姉も家のために苦労したから今度は自分が苦労する番になっただけである
つまり家族でも共同体でも必ず犠牲が強いられる、それが共同体である
国家でも犠牲が強いられる、国を守るために犠牲になる、300百万人が死んだというときも犠牲だったのである
だから移民として働く人はただかねもうけにくるのでありでは戦争とか放射能汚染でもいち早く逃げたことでもわかる
そういう人はただいいときだけきて後は来ない、そういう人は共同体の一員ではないのである
ただ日本人だってそういう人はいる、金持ちはそういう算段をしているということもある
だから中国の金持ちは外国に逃げる用意をしているというとき何か共同体の一員ではないともなる
ともかく家族にはそうして犠牲が強いられるのである
その番が介護とかで回ってきたとなる、それはやむをえないことだったのである
なぜならそれだけ良くされてきたのだからまた犠牲になるのも順番だったとなるからだ



2018年09月25日

本当はブラックな江戸時代 (戦後十年までは江戸時代の継続だった)


本当はブラックな江戸時代

(戦後十年までは江戸時代の継続だった)

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●美化される過去と歴史

江戸時代に興味がある、でも江戸時代を知ることは今になるとむずかしい、具体的にわかりにくい、でも人間の歴史は連続性がある、江戸時代から明治になっても全部が変わったわけではない
人間の生活は継続だから変わらないものがある
農民が明治になって楽になったわけではなかった、かえって地租とか貨幣で一定化されて苦しんだとか入会権が奪われて苦しんだとかそこで騒動があり反乱があった
そして歴史を見るとき過去は常に美化されるのである
その時代のことは過去のことでありそこで苦しんで生きていた多数の人たちのことを思わないのである
京都の金閣寺にしてもその時農民は飢えに苦しんでいたが今は金閣寺だけを見て感嘆しているのである
だから歴史は過去は常に美化される、別に人間には悪い面といい面が必ずある

この本でブラックなことばかりを書いているが確実にいい面もあった
何故なら人間社会にはそうして悪い人も必ずいつの時代でもいたからである、ではみんなが悪い人かとなるとそうではない
ただ江戸時代はいい人ばかりでヨ−ロッパの人が来たときいい顔していた幸福そうな顔をしていたというときそれも一面的な見方でありブラックな面はあった
それが人間社会である限りどうにもならない、これだけ豊かな社会でも常にブラックな面があり現実その時代に生きている人はそのブラックな面の方が優先される、テレビでも毎日事件のことが報道されるからである
だから江戸時代でもそうだったのだがもうそのことは遠い過去のことだからいい面だけを見るとなるから過去は人間でも死んだ時点であいまいなものとなりそれぞれの人のイメージの世界になる
肉親の家族の死とかなると現実を知っているからそうはならないが他人だとわからないしまた過去の遠い歴史でもわからないから
非現実的なイメージ、空想の世界になることが多いのである
つまり過去はその人がイメージする世界になりやすいのである

それでドラマが現実ではなくてもそれが現実だと思っている人が多くなるのだ、ただそこにも現実が反映しているが非現実的なことも多いのである
毎日時代劇を見ているから一体それのどこが真実なのか知りたくてこの本を買った、とにかく何か関心があるとき古本でも本が買えるので本は前より読んでいる
何かプログに書くにしても参考になるものが必要だからである
この本を私が良く理解できたのはそういう経験とかじかに親から聞いているとかがあって理解した

●自分の父親は酒屋で丁稚奉公だった
(休日は年に2日しかなかった!)

丁稚奉公が過酷だったという時休みもない絶対服従だったというときもそうである、それが今のブラック会社よりひどいというときもそうだった
それは私の父親が酒屋で丁稚奉公していたからである
葛尾村(かつろう)から双葉の新山に出て丁稚奉公して暖簾分けして今の土地に住んだからである
ただ直接話を聞いていないからどういう暮らしをしたのかはわからない、でも不思議なのはどこで字を覚えたのか知らないが良く炭で筆で字を書いていたのである
最後に将棋盤に私の名前を書いた、字を書けるから酒屋で通帳をもって集金していたのである、その通帳が今も残っているからだ
ともかく貧乏であり最後サシミを食えるようになった食いたくないといって死んだのである
酒の肴は味噌を焼いたものだった、何度も言っているが今の団塊の世代は戦後10年は貧乏を経験している
それは江戸時代の続きだったのである

なぜなら燃料は炭だったし街中では囲炉裏があり水道もなかった
電気は裸電球一つでありトイレは外のトイレであり農家ではその糞尿を汲み取りにきて肥料にしていた
風呂は鉄砲風呂とかでその風呂は父親が作ったものだった
燃料は新聞紙にバタをくべるものでそれは子供の時自分の仕事だったのである
それは江戸時代とほとんど変わりなかったのである
ところが風呂というとき江戸時代は下級武士の家でも風呂がなかった、だから銭湯に行ったがそんなにめんどうだから行っていないから不潔だったとかある
一応粗末なものでも戦後でも風呂があったということは恵まれたともなるのである
だから戦前でもそういう生活であり江戸時代の続きだったのである、蒸気機関車が走っていたことなどは違っていたけどほとんど
戦後10年は江戸時代の継続だったのである

●江戸時代でも識字率が高いの嘘

江戸時代の暗黒面になると時代劇では常に遊女がでてくる、遊女にされるのが日常的だからそうなっていた、何か家族が貧乏だから簡単に娘を売りに出してしのいでいるのである
それは時代劇で良く見るからそこは真実だったのである
若い女性がそうして使い捨てにされたというのもわかる

今若い人がブラック会社で使われて問題になり訴えているが江戸時代はもっと過酷だったのである。
丁稚奉公でも休みがとれない、店のいいなりになるほかなかったとかある
一旦悪い噂がたつと他の店でも雇ってくれないとか店の力が強かったからである、それを後押ししたのが役人だとなっていたからである

遊女でも親が困って遊女にするのは普通のことであり世間から批判されない、かえって親孝行者とされていたのである
当時の道徳は親孝行だからである、今のように福祉などないからである、訴えようがないのである
今は貧乏人は生活保護とかを権利と思っているから役所に訴える
それはめぐんでくださいというのではない、権利だと思っているから訴える、権利を実行しているだけだという考えでしている

でも江戸時代は貧乏でも訴えることはできない、だから物乞いになる、生活保護時代が戦後十年とかなかった
だから自分の家の隣では餓死した人がいたのである
家族がいたがその家族が非情だから死んだという事情はあるが生活保護とか何か今なら保護されて救済されていたからである
今でもおにぎり食いたいと餓死した人がいるから豊かな時代でもそういうことはありうる
すると今が過去になり歴史になるときそういう一つの例で貧乏だったのかとも判断される過ちがあるのだ

ただ江戸時代が全般的に貧乏であり家には風呂がないし水道も電気もない、毎日の食事はあまりにも質素だった、魚がついたらいい方であり味噌汁と豆腐と納豆くらいが毎日の食事だった
私の母も大正生まれで原町紡績で糸取りを十年していたがそこのおかずは味噌汁と大根だけだったのである
それで良くわからないのだが昼休みを休みたくて遊びたくて早くいして早死にしたという女性のことを言っていた
そんなことで死んだのかということで理解できなかった
それは丁稚奉公でも年に休みが二三日というときその時代も昼休みもゆっくりとれないからそうなっていたのだとなる
戦前でも労働は過酷だったのである

母の一生も過酷だった、父親の事業が失敗してから過酷になった
糸取り十年してあとは東京に行き女中で働いた
そして子供の時は継母に育てられたからひどいめにあった
弁当を作ってもらったが残したら
俺の作ったものは食えないのかと怒られその弁当を投げられて泣いたという
その継母は最後に施設で目が見えなくなり母に頼ってきて「悪かったな」と言って大学病院で解剖されて骨は私の家に来た
この継母は字が読めなくて良く人に頼んでいたのである
その時なぜか明治生まれでも字を書けない人が読めない人がいたのである

だから自分の父親は字を書けたから丁稚奉公して集金の仕事ができたのである
江戸時代でも小藩では文盲が多かったとか寺子屋でも裕福な家の子供が通っていたのである
おそらく自分の父親は酒屋の丁稚奉公して字を覚えたのかもしれない
教育担当の番頭が入店した丁稚の11歳12歳の丁稚に手習いさせたとか書いてある
ただ大店だとなるとそれもよくわからないがそうだろうとなる
他にも大正生まれだと学校にも通えず小説とかで字を覚えたとかいひ人もいた
明治以降でもなかなか字を全部書けたとか読めたとかでもなかったのである、江戸時代だったら余計に読み書きがみんなできたわけではないのである

●侍は模範的な存在ではなかった

侍というのも相当に美化されている、武士道とかで美化されている、でも侍の実態も違っていた
侍でも若殿様はこれが成人したら馬鹿になると見られていた

大名なる者はとるたらない存在だった、彼らには近代型の立憲君主制の権力もなく、教育の仕方が誤っていたために知能の水準ははるかに下回っていた
その理由は日本が諸外国から孤立したためだったためだった
(一外交官の見た明治維新)

将軍の子供は「大奥」で大名の子供は「奥」でそれで奥女中に囲まれ育てられ長じて側近から
「それはなりませぬ」
などど制止される生活だった、世の中のことは何も知らない
ただ家臣からすれば操るための存在に過ぎなかった
(江戸時代はブラックだった−長井義男)

「それはなりませぬ」というとき会津ではこのことを良くもちだす
首相候補になる政治家がこの言葉を持ち出して辞退した
会津の侍に伝わっていたのが
「ならぬものはならぬ」という言葉だったのである
それはなんでもしてはならないと制止された殿さまへの言葉だったのである
だから会津というのは明治以降悲劇の場としてドラマとして観光として売り出されたのである
その真実はまたわからないまま美化されたのである
事実ヤーヤー一揆が農民から起きたことでもわかる
会津の侍の悲劇など農民にとっては好機となっていただけなのである
なぜあれほど美化されているのか?
もちろん薩摩長州がいいわけではない、薩摩長州は権力をにぎったとき別に農民は生活が楽になったわけでもないからだ
でも会津も異常に美化されることは問題なのである

つまり明治維新が起きたのは必然だったともなる、もう江戸幕藩体制は制度疲労起こし内部的にも崩壊しつつあった
300年の太平の世を経て内部腐敗して崩壊しつつあった
そこに外国からの攻撃にあったからひとたまりもなく崩壊したとなる
その時立ち向かったのは殿さまとか既得権者ではない
貧しい下級武士だったということでもわかる
もともと殿様とかは飾りにすぎないし上層部も堕落していたのである、文武両道などもなかったというのわかる
ただその侍の中でも優秀な人は優秀だったのである
だから全部が全部そうではない、それで侍全部がだめだったとはならないのである

とにかく過去は歴史は美化されやすいのである
江戸時代はイメージの世界でしか今は知り得ようがないからだ
そこで苦労した人のことは見ずにすむからである
もしそこに住んでいたら苦労する人が現実にいるらかのんびり見ていられないのである
でも過去とか歴史は人間の遺産でありそれを様々な視点で見れる
そこに苦労した人ばかりを見るのではない、繁栄したものとしても見ることができる
もし苦労ばかりを見ていたらまさに歴史には暗黒しかないとなるからだ江戸時代の景観は自然が豊かだからすばらしいとかなるときもそうである、そこに暮らす人の苦労を見ないでいるからそうなるのである、別にそれがすべて悪いとはならない、どこの国に行っても悪い面があるがいい面だけを見て帰れというときもそうである
貧民街のような所ばかりみていたら嫌になるからである
だからこの本でも暗黒ばかりを指摘するのは問題なのである
江戸時代にはいい面をあったし全体的にはいいものがあった
ただ部分をとればやはりそこには暗黒があるのは今でも同じなのである

そしてなぜ過去とか歴史でも昔が良かったとなるのか?
それは今の時代は常に暗黒がありそれを感じぜずに生きていけないからである、毎日のように事件がありそれがテレビで報道される、すると過去になった時この時代は暗黒しかなかったとなるのである
つまり何か現代の生活で嫌になると昔は江戸時代はのんびりして良かったなとかなる、昔が良く見えるのである
それは江戸時代はただイメージの世界となっているからそれぞれに解釈できるからである
今は金だけの世界であり人情もないとかなるのもそうである
では江戸時代が人情豊かな世界だったとかなるそうでもないがそう見させるのである

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2018年09月24日

資本主義は格差をもともと産む制度 (特別優秀なものを求めるからAIも産まれた ーしかし人間は万能になりえない)


資本主義は格差をもともと産む制度

(特別優秀なものを求めるからAIも産まれた
ーしかし人間は万能になりえない)

●スポーツ選手や芸能人の世界から見る

資本主義とは何か?それはいろいろな側面があるにしろもともと格差をうむ制度なのである
社会主義は平等を目指すが資本主義の理念は違っている、格差を必然的に産みだす制度なのである。
資本主義の欠点としてバブルになるとか恐慌になるとか失業を産むとかマイナスの点は指摘されてきたし現実に起ってきたのである
資本主義とはどういうものかというとプロスポーツ選手とかで芸能人をみるとわかりやすい、野球には何百人も一軍にも入れないやめる人が多い、そして一軍でも収入の多い優秀な人は本当にまれである、でもその一パーセントが興行収入を独りじめするように高額な収入となる
確かに大谷翔平とか注目される、その一人の活躍で野球の人気があがる、みんなアメリカの野球でも見るようになるからだ
つまり一人の天才的な選手が出ることで人気になるからそうなる
ある意味でスポーツでもとびぬけた選手を期待している
その他はどうでもいいとはならないにしても重要視されないのである、芸能人だって吉本興業に6000人いるとか言われ年収が10万だとかなりアルバイトして生計をたてているとかなる
芸能人でもそうして成功する人はまれなのである
タケシくらいになるとプール付きの大豪邸に住んでいる
ただスポーツ選手でも芸能人でも成功る割合は一パーセントくらいであり後は日の眼を見ないのである

●飛びぬけて優秀な人をスーパーマンを求める資本主義

これはスポーツ選手とか芸能人だけに限らないのである
資本主義のルールはこれとにているのである
とびぬけて優秀な人は収入もけたはずれになる
でも平凡な大多数は収入は低くなる、それも格差が拡大してもう底辺層は生きてもいけないという状態になる
つまり資本主義とはそういう極端な格差を産む社会でありそれだからこそ資本主義が普及したともなる
例えばビルゲイツとかジョブスとかパソコンを発明した人は何兆もの収入になる、でもその発明にはそれだけの価値があったからだとなる、毎日同じことを流れ作業のようなことをしている人には価値をおかないのが資本主義なのである

事業するにしても20人に一人くらいしか成功していない
後は事業の失敗者が山ほどいるのである
そういう人が借金とかで苦しんで来て自分を責めてきたことを書いてきた
事業で成功することは極まれであり後は失敗が多いのである
ただ表に出てくるのは成功した人が多い
その成功した人は資本主義社会で富裕層となり大金持ちとなるのが資本主義なのである、株でもうけたとかでもそうである
そとれだって相当な知識と経験がないと株ではもうからない仕組みになっている

それはどこの分野でも職業でもそうである
医者でも優秀な人を手術でもうまい人を求めている
その人のためには多額の金が支払われる、そういう人は社会にとっても価値あるものだからそうなる
病院にとってだけではない、誰でも手術のうまい医者にしてもらいたいのである、でもその医者にかかるとなるなかなかできない
病院でも好待遇で雇わなければならない
それで地方ではできないから東京に集まるというのもわかる

地銀にしても証券にかかわると投資になると今までのやり方ではできない、銀行には投資について投資信託でも全く素人だったのである
でももし一人でも優秀な人がいればいろいろとアドバイスできるからその人に頼み決めてもらえばいいとなる
だからそういう人が簡単に得られないからAIに代わってしてもらうのがいいとなるのだ
人間はいろんな分野でいくら優秀な人を求めても得られないからである。
英語の先生でもネティブのようにしゃべれる先生はいない、とすると翻訳をAIでしてもらうとなる
それは今や相当に優れたものであり詩まで訳していたことに関心する、それだけ進歩しているのである

●人間の願望がAIを産みだす

AIとは何か?それは人間はいろんな分野でスポーツ選手でもス−パーマンも求めているからである。
それだけどこの分野でも優秀な人は限られているし得られないからである
医者であれ技術分野であれその差が大きいからである
芸術だって優れていて後世に残るとなると一パーセントになる
俳句などがそうである、素人のデレタントが膨大にいる
一万人とか軽くいる、でもその中で後世に残るのは江戸時代なら
芭蕉とか蕪村とか一茶とかしか残らないのである
芸術の分野でも優れた人はわずかしか生まれないのである
芸術という時ただ収入が特別多くなるとは必ずしもならない
でもそこでも特別優秀な人を求めても得られないのである
そもそもべートベンのような大作曲が日本に生まれてくれと言っても生まれようがないことでもわかるのだ
そんな人が出てきようがないからだ

資本主義はもともと格差をうむ社会である、それはスポーツ選手や芸能人を例にするとわかりやすいものとなる
資本主義は平凡な人を求めていないのである
特別優れたスーパーマンを求めている
科学技術の分野でもそうである、スタップ細胞が発見されたというとき大騒ぎしたことでもわかる
遂に人間は死ななくなるのかとまで騒いだからである
それは嘘だったがそういうものを期待しているからそうなる

今なぜAIがこれほど騒がれるのか?
それは資本主義では平凡な人はいらない、特別な優秀な人を求めている、それを機械として得られて使用できるならこれほどいいことはないとなるからだ
AIに高額な金を払う必要もないからである。
科学というのも人間の願望から生まれているのである
今や一番の願望は特別頭脳でも優れた人である
でもそういう人は得られないからAIに期待しているのである

●平凡な人は資本主義では無用な者と化す

資本主義は極端な格差を産むということはそういう制度思想の上に成り立っているともなるからだ
まず平凡なその他大勢には価値をおかないのである
そんなこと誰でもできるではないか、コンビニの店員など誰でもできるとなりそうした職業は時給になるのである
後はベーシックインカムが言われるのはそういう大多数の平凡な人は最低限で生活保護のようにすればいいということになる
資本主義では資本家はそういう誰でもできる仕事は機械化するAI化もする、そしてコストを省くようになるからだ

ただAIでもそれはどこまで優秀な人の代わりとなるかは未知数である、創作となるとどこの分野でも簡単にはできないだろう
AIだって創造とすなるとむずかしくなる
何かAIに過剰に期待するのは人間は死ななくなる、スタップ細胞騒ぎとにているのである
奇跡を期待する宗教ともなっているのが現代の科学技術だからである、だから過剰に科学に期待するのである
そこにまた落とし穴がある、矛盾が生まれてくる

人間は結局大多数は平凡でありいくら努力しても天才にはなれない、でも一人の天才の効果はスポーツのように大きい
だからその人が独り占めするような収入を得ることになってもその人を批判できない、それを容認するのが資本主義だとなるからだ
社会主義にはただみんな平等であり才能だって伸ばさないからだ
要するに前提として収入でも待遇でも平等だということから始まってるから資本主義の思想とはルールとは違っているからそうなる

なぜ欧米中心の世界になったのかというとやはりヨ−ロッパには天才がいろいろな分野で多い、それで世界をリードしたということがある、それはなぜなのか?
それはルネサンスにみるように天才を育む土壌があったからだとなる、それが力となって世界をリードしたとなる
中国とかアジアにはそうして世界をリードするような発明などない
日本でも物まねがうまいだけだったとか中国もコピー文化だとかなっているからである
だからアメリカでは著作権とかをうるさく言うようになったのである、ただ自ら発明したものではない作り出したものではないまねして盗んだだけだとしているのである
それで豊かになることは許されないと反発するようになったのである。

資本主義から格差は必ず生まれる、中国だって共産主義の平等を目指してもはあれだけの格差社会になった
その格差でも中国の場合は賄賂社会であり官僚が利権を得ることでそうなった、ただ資本主義でも株式市場でももうけるものはそれとにている、ただ株式市場に通じるにはやはり官僚のように濡れ手で粟のようには金を得られない
そこにはリスクがあり知識や経験がないともうけられないのである
それも一種の特別な才能だともなる
でもそこには何か不正があり一般人は入っていけないのである
不正なギャンブルのようになっているから金融資本主義は批判されるのである

ただ優秀な人が生まれればそれで大衆も大多数の平凡な人も恩恵を受ける、それ医療でも優秀な医者がいたり研究者がいたりすると病気も治るとかなる、パソコンが発明されればそれがどれだけ人類に貢献したかわかる

資本主義はそうして発明と開発とかイノベーションを促進させるからそうなる、そこに格差が生まれてもそれだけ社会に貢献する度合いが大きいから資本主義の方がいいと世界的になっているのである
ただ格差がこれだけ拡大するともう社会自体が分裂して内乱状態になりかねないともなる
要するに株式市場とか金融資本主義はそうして特別優秀な人を作り出しているというわけでもない、それを促進させるにしても世界市場で株が操作されてそこに金が集中することで格差が生まれる
そのことを世界では批判しているのである

●人間はAIでも万能にはなれない

いづれにしろ人間はどんなに能力を尽くして努力しても理想社会など生まれない、作れない、それはなぜか?
人間は万能になりえないからである
神のみが万能でありオールマイティである
だからこそ神なのである、もし人間が全能になったら神を崇めたりしない、人間を崇めることになる、だからもし科学者でもそうしたことを望まれているがなれないのである
なにかしら今回の原発事故のように破綻する
それは人間が万能でありえないからである
だからこそ「安全神話」は崩壊したのである

もし人間が万能になったらどうなるのか?
傲慢になり神を崇めたりしなくなる、神と人間とは同等だとなってしまうからである
そして個々人でも能力は分散しているから万能にはなりえない
あらゆることに通じる人などない、だから謙虚にならざるをえない、そして人間は個々人でも病いあり老いがあり誰でも弱者と化すのである
国でも盛衰があるのは一国がアメリカのように強力になりすぎると傲慢になる、だから必ず世界史を見れば栄枯盛衰がある

AIもまるで万能のように見るが期待するがそうはならない
どんな文明も遂には崩壊する、破綻する、滅亡する、実際に文明は砂に埋もれ森に埋もれ海に沈んだのである
理想の世界は神にのみしか作れらない、それは神によってあたえられるのものなのである

人間はいかに努力しても無益だともなる、なににしろ原発事故のように破綻するのである、それは確実なのである
科学技術がいくら発達しても同じである
むしろこの世は滅びると予言している、欲の社会は滅びると予言している、原発も欲と関係していたのである
原発がそうである、科学というより政治的なものや欲が原発を作らせたからである
地元の人でもそうである、原発で金になるしかなかったのである
その危険性を言う人はいなかったのである
それを言えば地元でも排除されるし住むことさえできなくなっていた

それはなぜか?欲望を抑えろということは誰も同意しないからである
もっとうまいものを食べたい、もっといい家に住みたい、もっといい車が欲しい・・・それは限りないのである
そのためなら不道徳なことでも何でもするとなっていたのである
いかに人間の欲が深いか、それは性にしたってそうである
老人になると無欲になるというのではない、かえって性でも他のことでも欲が異常化してくる、人間の欲は老人になっても死ぬまで消えなということである
だから人間の欲のために滅びると聖書では言っている

そもそも宗教は欲を抑えることではじまったことは共通している
それだけ人間の欲が限りないしそれを抑えないと禍が生じるからそうなった、原発事故でも人間の欲から生まれたのである
資本主義だって欲望を肯定してさらに欲望を刺激していらないものまで宣伝で売らせる、消費は作られるのである
だからそういうことでももう限界にきている
そこで資本主義でも破綻が生じる、人間の欲がこれ以上無制限に拡大したらどうなるのか?
食料でも不足するし環境汚染も増大するしと限界になっているからだ、だからなんらかの歯止めが必要になり天変地異でも起きてくる
そうしないともう地球はもたない、維持できないとまでなっているからである


posted by 老鶯 at 16:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2018年09月23日

月明りの里(月影の道を歩く)


月明りの里(月影の道を歩く)

晩年や月満ち明るし心澄む
月ひそか我が部屋のぞき消えにけり
誰知るや人は知らじも月は知る
紗(うすぎぬ)の雲のかかりて秋の星

月影の明るし里や虫の音の澄みてひびきつ夜のふけゆきぬ
いつしかに忘らる人や常なき世彼岸の入りと夜虫の鳴く

月読みの光に来ませ あしひきの山きへなりて遠からなくに(湯原王・万葉集673

夕闇はみちたづたづし 月待ちて行ませ吾が背子その間にも見む
(大宅女・万葉集712) 

月影に明るい道だった、でも自転車のライトをつけると月明りは消えた、電動自転車でそのライトが明るいからだ
だから自然というのは人工的なもの電気の光でも自然状態を消すのである、月光で町全体で明るいから見通しが良かった
つまり月明りでも十分に歩ける、電気がない時、月明りの中を歩くのは幻想的である、この辺はまだいいが都会だとあまりにも電気で明るすぎるのである
自然が消失すると詩も消失するのである
だから夕闇は道たづたづしというのはどういうことなのか?
夕闇の方が暗く月が照らしたとき明るいとなる
これも自然の中で生活していればわかるが今はわからない
夕闇の方が普通はまだ明るいと見ているからだ
いづれにしろ月の光のなかでも十分に通うことはできたのである
それは記憶に残る思い出となる
あまりに今のように電気の光に満ちていると何かそれによってかえって心の印象が散らされるともなるからだ
電気を否定はできないが月明りというのも消失すると何か失うことなのである


吉野に遊ぶ(32) 藤原不比等

    夏身 夏色古り
    秋津 秋気新たなり
    昔 汾后に同じく
    今 吉賓を見る
    霊仙 鶴に駕して去り
    星客 査に乗りて逡る
    清性 流水をくみ
    素心 静仁を開く

  夏身(※)の地は夏景色も深まり
  秋津の辺りは秋の気配が立っている
  昔、堯皇帝が汾の地に籠もられたように
  今、そのような地によき人を迎えている
  鶴に乗ってこの地から去った人や
  筏に乗って星に行った人も帰ってくるだろう
  清を好む性格は清らかな水を汲み
  まじり気のない心性は山の情趣に浸っている
     
※現在の菜摘の地
 ・『懐風藻』講談社学術文庫
  現代語訳は、同書にある江口孝夫のもの

菜摘は山蔭にあり清流が流れる場所にある、そこに行ったことがあった
菜摘は夏身としているからこの字とは関係ないのか?
もともとは夏身だったとなる

 山高み白木綿花に落ちたぎつ夏身の川門見れど飽かぬかも

  式部大倭(しきぶのやまと)が菜摘(なつみ)の川の流れを詠んだ歌です。

この漢詩のような気分になった、むしろ晩年になると心が澄むということがある、若い時はやはり欲がむきだしになるからなかなかこうした心境にはなれない、いろいろなものに惑わされすぎるのである、自然に没入できないのである
おそらく今日は満月になるだろう、わずかに時計を見たら月の満ち欠けを示すものだが完全な満月ではない、明日は完全な満月になる
でも今日は雲がでてきた
そっと月が我が部屋をのぞきそっと消えてゆく、月は自分を知っているともなる
でも今日は暑かった、気候の変動が何かずっと大きい、だから秋なのかともなっていた、夕べは秋らしい、それは月見にふさわしいものだった






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激務で疲弊した地方医師が、続々と都会の病院へ? 急成長する「医師エージェント」ビジネスの舞台裏


激務で疲弊した地方医師が、続々と都会の病院へ?
急成長する「医師エージェント」ビジネスの舞台裏



医局制度の崩壊で
大都市を目指す医師が増加

医師は大学を卒業後、研修医として「医局」に入った。「医局」は、教授を頂点とし、診療から研究、教育を担う機関。さらに医局は人事も握り、所属する医師を系列の病院に派遣。教授の意に沿わない医師が不当な待遇を受けたり、過酷な勤務を強要されたりするなど、弊害が指摘されてきた
いま、大都市の医療機関は、利用者からの厳しい評価にさらされている。医師の対応に少しでも不満を持たれると、すぐに悪い評判がネット上で広がる。逆に「いい医者」が来れば患者が増えると、ある病院の事務長は言う。
「いままでだったら、医者は来てあたりまえじゃないけど、でんと構えていた部分もあったけど、いまは、患者様に来ていただく、優しい先生のほうがいいですから。患者さんからしてみれば、結局、病院っていうのもサービス業なんで、各病院気にしていると思います」

仕方なく、総合病院の整形外科を受診すると、専攻医の医師が診てくださいました。
「専攻医」とは後期研修医のことだそうですが、診察は非常に丁寧でレントゲンに異常はなく「使い痛みでしょう」と診断して下さり、「一ヶ月もすれば治るでしょう」ときちんと予後も言って下さいました。
実際にそのとうりの予後になりました。
医学部を卒業して30年も経ってる医師よりも、勤務医の専攻医の方があらゆる面で上なのです、普通に考えるとこれは逆なのです。
改めて開業医のレベルの低さを実感したと同時に、開業医受診の危険性も実感しました。

ここのサイトは介護のことに詳しい、在宅介護すべきだという論には賛成する
それもむずかしいが本来はそうあるべきだというのは理解できる


その人はまず仙台の医者に行った、腰が悪いから整形外科なのか?
その医者は原町の病院で医者をしていたことがあり知っていたので仙台で診てもらった
次にその医者の紹介で東京の設備のいい病院の医者に診てもらった
大学関係で仙台の医者と東京の医者は知り合いであり連絡をとりあう仲だった
そしてわざわざその仙台の医者も東京にきてくれたという
でもその交通費はどうしたのだろうか?
その女性はさくらバスで東京まで行って安い宿泊所に医療関係なのか二日泊まることができて全身を検査した
その医者は親切だったという、あれでははやると言っていた

これでわからないことは仙台ならそれなりにいい医者がいると思う
現実に糖尿病で白内障になった人は仙台の医者で手術した、もう二か月もいる
白内障だから手術かむずかしいからだ
でも仙台から東京まで行って医者に診てもらうというのは普通はあまりないだろう
そして金もかかりすぎる、その人はいつも食べることがやっとしか金がないからだ
でもなぜ仙台の医者が親切にいろいろめんどうみてくれるのだろうか?
それはその女性がとにかくコミ二ケーションに優れているのである
何も取柄がないようでそれだけは感心する、ただ悪い方になるとクレマーになる
底辺層だから下の者にはうるさくなる、鬱憤をはらす対象になるからだ

いづれにしろ開業医は相当に医療の技術が劣っていることは間違いない
医療には医者の腕には相当な差がある、それは必ずしも出身大学では決まらない
職業には常に適性がありそれで決まる、手術がうまいというとき生まれつき器用な人がいてそうなる、一流大学でもそういう器用さがない人はうまくなれないのである
そうして医療技術の差が怖いのは命にかかわるからである
だから江戸時代でも目が悪い人が栄養の関係で多かった
それで優秀な医者を求めて遠くまで行って診てもらっていたのである

とにかく医者の技量の差は大きい、例えば認知症に家族がなったとき頭の写真をとったが三万かかった、その機械ではまず脳の写真はとれないのである
脳の写真をとれる診れる機械は福島県では郡山市とか二か所しかないのである
ではなぜ脳の写真をとれないのにとったのか?
それは金をとるためでしかなかったのである
それで保険料も入るから楽に10万以上は収入となるからである
今病院でも設備とか機械に金がかかるから薬でもいらない薬を飲まされたりしてかえって病気を悪くしたりすることがある
開業医は専門医からすると相当に劣っていることは確かである
でも田舎だとまずそんな設備の整った優れた医者のいる病院ではみてもらえないのである、まず医者自体が選ぶことができないのである
田舎で損なのは十分な医療が受けられないことなのである。

都会ではなんでも競争が激しい、だから新しいもの店でもそれがいいものなら客が入り一躍有名になり金持ちにもなれる、でもその盛衰が激しいのである
だめならもうすぐにつぶれるとなる、だから都会からいいものが生まれる
医者だって山ほどいるのだから選ばれる
それで今なら優しい医者がいいとなれば医者だって威張っていられない、優しい医者が病院でも選ぶともなる
それは田舎と違って医者でも選ぶことができるからである
自分と合わないとなれば別な医者をいくらでも選べるからである

仙台の医者でも熱心である、ドイツにも研修に行っている
前はドイツ語で診断書を書いていたが今は英語になっている
つまり医療の中心は技術はアメリカが上になったからである
開業医ではドイツまで行ったりしないだろう
そこに病院との専門医者との差が大きいのである
そもそもどうしても仙台の病院から東京の病院まで行かねばならないのかわからないからだ
仙台と東京でも医者に関してはそれだけの差があるということになる

地方だと前はもっといろいろなことで損していた、自分の場合は本を買うことができず知識の分野では相当なハンディキャップだったとことを知った
今はアマゾンでボタン一つで古本でもなんでも買えるから知識の分野では差別がなくなったのである
この前ロングパンツを買ったが千円でいいものだった、それはこの辺で売っていないものだった、だから得だったと思う、でも合わないものがあったりしたから着るものは問題がある
でも明らかに田舎では依然として売っていないものがある
衣服関係は種類が多いからそうなる

とにかく東京に医者が集まるというのは待遇でもそうだし医者にとっては地方はいいものではないことはわかる
技術をみがけないし先進医療もできないとなるからだ
でも南相馬市立病院の脳外科の脳出血関係の専門病棟ができたのは手術のうまい優れた医者がいて副医院長になっていて若い医者が習いに集まるからである
だから地方の病院でもそういうことがある
ただ断然東京に優れた医者が集まるし若い医者も集まる
それはまた医局制度が悪いものとされたがそれが廃止されて地方に優秀な医者は来ない、東京に集まるというのが問題なのである。



2018年09月22日

東海道春の俳句二十句 (歴史は地歴だから地理の理解が不可欠)


東海道春の俳句二十句

(歴史は地歴だから地理の理解が不可欠)

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飛脚行く海風涼し裸かな

飛脚が裸なのは走りやすくするためだった,当時の旅はなるべく荷物を減らすことだった
走っていれば汗かくから裸の方が良かったのである


海望み小田原城や花盛り
春潮のひびき高鳴り小田原城
春の海伊豆半島に富士の峰
駿河湾魚打ちあぐ春の海
陽の昇り海に桜や東海道
東海道通りますぐに燕来る
春風や東海道を飛脚行く
飛脚行く海風涼し裸かな
松古りぬ東海道や春の富士
上方と江戸の行き来や花の春
大井川春の日渡り広しかな
東海道天下の攻防燕飛ぶ
商人の往来盛む燕飛ぶ
長篠を出でて豊橋春の海
豊橋に交わる線や春の月
安宿も東海道や春の月
春の月東海道の旅籠かな
欄干に旅人もたれ日永かな
春の日に舟上り城や橋渡る
残る雪関ケ原出て近江かな
関ケ原越えて近江や春の山
車窓より蓮華畑や近江富士
京に着く春満月やおいでやす
花散るや夕陽に映えし大阪城



歴史は地理がわからないと基本的に理解できない、その地理がわかることは本当にむずかしい、地理は何か錯覚したものとして見ている、地図を見ても実際の実感としての地理はわからない
では地図は無駄かというとそうでもない、地図と実地に歩いた経験があると地図も活きてくる、東海道を知るにはまず地理的にしる
でもここは戦国時代の大きな舞台となったから歴史の知ることも基本的に欠かせない

私が錯覚していたのは信長の尾張と家康の岡崎城が随分近いことだった、隣の感覚である、ということは信長と家康の連合は地理的なものとして納得がいく
家康は後に浜松城へと進出して関東へ進出する
信長の後継者は秀吉となり小田原へ進出する、小田原は要としてある地で進出することができなかった
それから武田軍の勢力が脅威となっていた
それは飯田線で長篠駅がありそこも境界であり地理的に家康の岡崎城や尾張に迫る地点だったのである
飯田線は長い、今はなんとか一両の電車が走っていたり直通ではなく乗り換えたりと不便な所であり廃線路線にもなる
でも豊橋に出るとまるで違ってくる
そこで東海道線と交わるからだ

それは山国から海の国へと出ることなのである
武田は山国であり海に出たいという願望があった
ただそこは信長や家康が支配する領域であり出れなかった
でも騎馬軍団で突破しようとしたが無惨に敗北した
歴史は確実に地理的な要因があり展開している
それは人事だけではどうにもならない、地理の制約を必ず受ける
それは世界史でも同じである
ゲルマンはドイツはライン河で区切られて別な世界だったのと同じである、ローマはライン河に遮られて進出できなかった
そこには強力な民族であるゲルマンが存在したからである

ロシアが海に憧れる、海へ出る拠点を求める、だからウクライナでも黒海がありシリアも地中海の要として勢力下に置こうとする
ウラジオストックは遠すぎるから海へ出る拠点を求めるのである
なぜ信長が天下をとったかというと地理的なものが影響している
とてもいくら優秀でも一人の天才だけで偉業は成し遂げられないのだ
名古屋を見ればわかる、いかに地の利があるかわかる、近江に出れば京都は近い、だから関が原を越えて近江に出て安土桃山城を築いたのである、関ケ原は地理的に東西を分ける場所だった
電車で行くと春でも依然として雪が残っている
でも関ケ原を越えて近江に出ると琵琶湖があり春の山が穏やかに見えたのである
そして近江富士が電車の車窓から見えた、レンゲ畑があり印象的なのである
近江となればすぐに京都なのである、京に上るには支配するにはいい場所なのである

武田軍は山国から出たが病に倒れて上京は果たせなかった
それは騎馬軍団ではあったが山国ということで海に出れなかったからである
信長は鉄の船まで作っている、名古屋湾であれ海に通じていたのである。
東北でも会津は山に閉ざされていて雪に埋もれる、でも伊達政宗が東北を支配したのはやはり海に望み開明的だったともなる
第一メキシコからヨ−ロッパまで船でわたるという壮挙を成し遂げたことでもわかる、それはやはり海に通じていたからである

東海道は日本の幹線でありそこに江戸時代も大阪から京都から江戸との行き来があり大動脈だった、それは今も変わらない
そこに日本の栄えがあった
東海道には長いまっすぐな道路があった
あれもなかなか見れない、それだけ東海道は海側であり平地がありそういう平なまっすぐな道が伸びていたとなる

いづれにしろ歴史は地理を知らずして知りえない
歴史でも文学でも地理と深く関係している
東海道と奥の細道を対比してみるとわかる、みちのくと東海道はまるで違ったものなのである、歴史的にそうである
東海道は上方から大阪から京都から常に往来があり栄えた地域である、日本で一番往来があった道なのである
そこに富士山が見えることでまた日本の中心という感覚に戦国時代以降はなったのである

ただ名古屋に近く吉田城があったがそれは川岸にあり橋がかかっていた、それは浮世絵でも描かれている
でも私が行ったときは春でも城内には枝垂桜が咲き淋しい感じだった、それはなぜなのか?
時代とともに東海道の賑わいは失われた、江戸時代なら旅人が端をたり行き来していた,でも今になると何か車社会になり車が通るが人がにぎわうという感じではない
つまりその時代の感覚は時代が変わるとわからなくなる
一見今では淋しいなとさびれているなと感じても当時は人でにぎわっていたのである、活気ある場所だったのである
鉄道の駅が車社会になる前はにぎわっていた
駅前通りがあり駅が街の中心だったのである
車社会になれば高速のSAとかがにぎわう場所になったのと同じなのである
だから飯田線から豊橋に出て吉田城まで市電で行って吉田城についたとき何かそこは取り残されたような淋しさを感じだのである
ただ今でも別に東海道は繁華な道であるがやはり歩く旅ではないし
車が中心になると吉田城でも江戸時代の東海道の城としてはその当時に見えた風景とは違ってくる

ただ小田原城は花盛りであり大手門が立派でありそして天守があり海を望む、それは当時と変わらないのである
城の魅力はやはり今でもある

大手門威を正して入るかな
天守も臨み春の箱根の山高し
その影おおい海も望みぬ
昔小田原城の栄えかな

城は建築としてやはり侍の精神を現している
建築は精神の象徴なのである、大手門から威を正して入ると天守閣が聳えて主君にまみえるのである
小田原城はいい場所にある、あそこも地理的に要だから秀吉が攻めあぐんだとなる、小田原を突破すれば関東に入るからだ
その時伊達政宗が遅れて参戦したので秀吉にとがめられたが機転をきかして一命をとどめたのである
東海道でも新幹線で行ってはわからない、地理がわからない、だから電車で行くのがいいとなる、歩くのが一番いいがそれも遠くなるとできない、東海道は混んでいるから自転車でも楽ではないからだ
車でこみすぎるところは情緒もなくなるから嫌なのである

俳句にしろ短歌にしろ詩でも文学でも歴史の理解が欠かせない、奥の細道でも平泉の栄華の跡をたずねて芭蕉が名句を残した
自然でも歴史と一体となっているとき自然もさらに映えるとなる
ただ東京はあれだけ栄えているとしても自然か映えない、というよりも自然はないのである
江戸だったら富士山がまだきれいに見えたのである
高層ビルなどがないから見えたのである、それは浮世絵にも残っている

わが庵(いお)は松原つづき海ちかく富士の高嶺を軒端にぞ見る
(太田道灌)

こういう光景になっていた、江戸はいかにも日本の中心としてあった、日本の中心は奈良であり京都であり大阪であったが近江から名古屋から関東へ江戸へ移ったのである
ただ江戸から奥の細道であり発展していないのである
ただいわき市までは複線であた常磐線でも東京と通じているという感じになる、でもいわき市からは単線になり原発事故で途中の双葉大熊はまだ開通していないから閉ざされた感じになる
いわき市から相馬との区間は新幹線もないから遅れた地域に感じるのはやはり地理的なものや歴史的なものでそうなっている






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2018年09月21日

責任が厳しく問われた原発事故 (責任の重さを自覚しないで行動する危険−戦争も同じだった)


責任が厳しく問われた原発事故

(責任の重さを自覚しないで行動する危険−戦争も同じだった)


戦争始めるときなぜ戦争したのか?
そもそもその原因が未だにはっきりしない
戦争するくらいだから明確な理由があってもいいし説明できるはずである
結局右の見方としては経済封鎖とかで追い詰められたからだとなる
もう戦争するしか道がなかったとそれはアメリカが日本を追い込んだからだ
それが戦争のり理由だったとなるのか?

ではまず戦争を始めるとき誰も3百万人も死ぬとは予想していない
むしろ戦争がはじまったとき日本は勝つと信じていたのである
実際に初戦はシンガポールを落としたり勝っていたしまた日本は必ずしも戦力でも劣っていなかったとされる
その後アメリカが参戦して敗北した
戦争でも予想しないことが起きて敗北した
その時でも3百万人も死ぬということは誰も予想していないのである

最初からそうした犠牲があり覚悟あって戦争したならいいが日本は神国で勝つと国民もおもいこんでいた、思い込まされていたからそんなこと思っていなかったのである
だから戦争をはじめるときもしこれだけの犠牲があるとしたら覚悟したら戦争がはじめられたのか?

「あなたがたの息子は戦争で死にます、犠牲は大きくなります」
「息子が死ぬのが戦争か嫌だな、戦争はどんなことしてもやめるべきだ」

「俺たちが戦争にかりだされて死ぬのか、嫌だ嫌だ、もっと生きたい、20代で死にたくない、恋人もいるし結婚もしたい、子供だっている、死ぬのはいやだいやだ
戦争なってしたくない、国のためとはいい死にたくない死にたくない・・・」

これはあくまでも結果論になるのが戦争を始めるとき3百万人が死ぬということを予想して覚悟して始めてはいない、みんな戦争は勝つとしてはじめたのである
それでいくら特攻隊とか短歌を残しているけどそれを称賛する人がいるけどそこにはなんで死ななければならないのかその苦悶がにじみでている
いくら国のためだ天皇のためだといってもそこに死にたくない、20代では死にたくないという苦悶がにじみでているのだ

結果論から責任を問うことになったが必ず行動の結果として人間は責任を課せられる
責任から逃れられないのである、もしその責任を覚悟して事をはじめるならいい
でも予想外のことが起こり悲惨な結果になった、そして3百万人が死んだ予想外の結果に責任を問われる、それは重い責任をとらされることを覚悟していないからである

原発事故でも同じだったのである

「事故は絶対に起こらない」
「本当ですか」
「百パーセント保証する」
「では事故が起きたらどうするのですか?」
「確率として百万分の一しか事故は起きない」
「それを保証できるのか、もし事故が起きたら責任はどうするのですか
あなたは腹を切れますか」
「起きないから考える必要はない」

数学者が百万分の一の確率でしか事故は起きないと計算していた、でもそうした発言は事故前には多かったのである、それは戦争は絶対に負けない,日本は神国だから絶対に負けないというのと同じだったのである、負けたら事故が起きたらどうなるかなど考えないのである
結果論にはなるが戦争に負けた時どうなるのか?
また原発事故が起きたらどうなるのか?
そのことを考えて行動はしていない、原発の場合は「安全神話」が作られていたから事故が起きたことを想定しないから何の準備もなかった
放射能を測定するスピーディとか機械があってどこに放射性物質が流れるのか知ることができたがそれさえ自治体に知らされなかった
そして浪江では津島とか一番放射能が高い所に山の方に逃げたのである
そしてアメリカにまず連絡して日本人には連絡されなかったのである
つまり事故は絶対に起きないとしてはじめたのだから事故が起きたらどうなるのかは考えていなかったのである

そして事故が起きたことで今度は誰も責任をとらないのである
責任を誰もとらないとしても確実に責任をとらされるのが人間社会である
戦争では三百万人死に原発事故では故郷に住めなくなった
原発事故では一人も死ななかったからたいしたことなかったとか言う人もいる
でも故郷に住めないということは最大の被害だったのである
それは歴史の消失でもありそこに生きるもののアイディンティティでの剥奪でもあったからだ、それは精神的に相当な深刻な被害だったのである

ただ地元でもこうなる結果を予想していないからこそ地元の人も責任も問われた
例えば漁業組合で盛んに汚染水が海に流れて魚がとれないということを主張して補償金をもらうし事故前ももらっていた
ではもし原発を作る前にもし事故が起きたことを想定していたらどうなるのか?

「事故が起きたら魚は放射性物質に汚染されてとれなくなりますよ」
「そんなことはならないと事故は起きない」
「もし起きたら魚はとれなくなります、それでもいいのですか?」

そのことを真剣に考えた漁業組合の人はいない、むしろ補償金だけに目をくらんでいたし地元では金のことしか考えていなかった、個々人でも金をもらえればいいとしか考えないのである
リスクのことを考えないのである。株でもは投資では必ずリスクがある
もうこのリスクだけは逃れられない,国際情勢とかも関係しているから自分も株を知らないで投資して失敗した、でも銀行でも一応リスクのことは言っていたからまた違っていた戦争と原発では本当は始める前から相当なリスクを考えて覚悟してするべきものだった
それは株とも違う命にかかわる危険なことははじめる前から予想できたからである
戦争は人を殺すことだからそもそも危険である
原発は専門家なら放射能がいかに危険なものか知っていた、その覚悟があって原発でも作るならいいがなかった

でも失敗すれば大きな責任が課せられてその責任から逃れられない、確実に誰かが責任をとらされるのである
事業するのはいいとしてもその結果の責任が問われる、借金にりく首が回らなくなり自殺する人も普通にいる、そして親戚でもなんでも周りに多大な迷惑をかけるのである
そうしたら俺は優秀だから事業して優秀なことを示してやるとかで事業を始められたら周りの人は迷惑になるのだ、その人の一存で事業は始められる、でも事業は一人ではできない、周りの賛同が必要になる,でもそんなことを考えないで事業をはじめて失敗したら借金になり周りに迷惑をかけるのである

結果論にしろ誰も重い責任を自覚して事業を戦争でも原発ではじめていない
だから戦争と原発では実際は責任をとった人がいないのである
むしろ戦争はアメリカにしかけられたものであり大義がある戦争だったという論理になりそうなれば責任をとることはないのである
ただ戦争は賛美されるだけである、そうなれば3百万人は英霊となりほめたたえられるだけだとなる、要するに戦争は成功したのであり責任は誰にもないとなるのである
だから戦争という時そこに日本の大義があるとしたらその大義を貫くことが求められる
でも実際は戦後はただただアメリカに服従するだけで戦前にあったもの戦争中にあったものを全否定して70年が過ぎたのである

日本人は責任をとらない、ということは何かするにも始めるにも責任をとらないからはじめられるとなる、責任を厳しく問われる、失敗したら切腹させられるとなったら簡単に事は始められない、でも責任はとらないとなれば安易にはじめる
その結果が重大なものとして被害があってもそうなるのである
責任は確実ぱ誰かがとらされるのである、だから戦争では三百万人が死に原発事故では故郷に住めなくなったのである
プルトニウムは二万年消えないとかなったのである
とりかえしのつかないことになったのである。

だから今なら原発は事故になったらこういうことが起きる、責任をとらされると福島の原原発でわかったのだからこれから原発を作ることは運営することはそれだけのリスクがあるから今回の福島のように手厚い補償はしないと言う人がいるのも一理ある
事故が起きたらどうなるのか福島が示したからである
だからその覚悟をしてやれとなるからだ、事故が起きても今度は補償金は出ませんよ
その覚悟で原発を作ってくださいとなるからだ
故郷に住めなくなることも証明したからである
それでも覚悟してやるとしても原発は事故が起きたら広範囲だから地元だけではないからまた地元のエゴだけで推進してもらうのもこまる
戦争だってそうである,あらゆる人を巻き込むからである

事業するということもそうでありその事業が俺は優秀だから優秀さを示してやるとかで事業を起こされてはみんな迷惑になるのである
でも事業者は失敗すると自殺したりするから責任をとらされるのである
原発事故では一人も責任を感じていないとってもいないのである
科学者から政治家から官僚からマスコミでも誰も責任をとっていない、普通たいしたことがないようでも会社の不祥事とかで自殺したりしているがしていない
そもそもが責任を感じてすらいないからそうなる
ただ利益をえることしか考えていなかったのである
別にリスクがあっても事業することは全部悪いことではない、でもそのリスクの責任はとらされるのだからそれを覚悟してやるならいいがそうではなかったのである
結果としてもうとりかえしのつかないことになり責任を地元ではとらされたとなるのだ

posted by 老鶯 at 08:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2018年09月20日

明治政府によって奪われた入会権 (明治維新で農民の生活は楽にならなかった)


明治政府によって奪われた入会権

(明治維新で農民の生活は楽にならなかった)

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土地の所有者がわからないまま放置されている「所有者不明土地」を、公園やイベントなど公共性の高い事業であれば所有者が見つからなくてもNPOなどが、10年間利用できるようにする新たな法律が、6日の参議院本会議で成立しました。 
「所有者不明土地」は、人口減少や高齢化に伴い年々増加していて、その広がりは、民間の研究会の推計で、すでに全国で九州の面積を超えているとされています。 

今の法律では、こうした土地であっても自治体などが買収するには、所有者全員の了解が必要なため、公共事業がストップしたり、荒れた土地が増えるなどの問題が各地で起きています。 

6日参議院本会議で成立した新たな法律は、所有者不明土地を条件付きで所有者が見つからなくても利用できるようにすることが目的です。 

土地とか山林とかの問題でも江戸時代から明治に変わる時、大きく変化した
日本の歴史は江戸時代から明治に変わる時を見ないと根本的に理解できないのだ
江戸時代にあったものが何であったのか?
それは土地とか山林だけではない、武士道があったとしてもそれが何であったのかも明治になった時わからなくなったのである。
武士道とかでも西欧から入った文明は異質なものであり実際は不明になったのである
武士道とかは受け継がれなかったのである。

ところが明治維新の時天皇が異常なほどに持ち上げられた国造りをした
そもそも明治維新は思想的には天皇復古だからそうなった
それで廃仏毀釈とかがあり仏教は弾圧されて神社陣営が優遇された
江戸時代までは寺が幕府の御用寺であり役所ともなり優遇されたことの反発だったとされる、そして神道とかは国家神道となりもともと地域の社は国家神道とは関係しなかったが統合されて国家神道化された、それは太平洋戦争までつづき今度は朝鮮まで神社を作り崇拝させた,つまり日本は極端に変化する
今まであったもの全く否定して新たな世界に適合する、その変わり身が早いのである
太平洋戦争でも鬼畜米英から敗北した結果まるで変ってしまった
これまであったもの否定する、戦争がいいものではないにしろ何かしらそこには日本国民の総意としてあったものでありそれを全否定して今度は民主主義だと戦前にあったものを全否定して戦後がはじまり70年過ぎたのである。
それはGHQとかアメリカの属国になったからそうだというのもわかるが戦前に命をかけてまで3百万人も死んだのにそれを全否定して戦後がはじまったのも解せないのである

江戸時代から明治の変化は大きかった、それは日本を成り立たせていたものが根本的に変わったからである、根こそぎ変えられたからである
それは上が変わっただけではない、幕藩体制で侍がなくなったというだけではない
基本的な社会構造が変えられたのである

江戸時代の村が解体された

これこそ最大の変化だったかもしれない、江戸時代は村を単位にして成り立っていたからである、村単位の幕藩体制が崩壊した、その幕藩体制とは徳川幕府が支配しても地域の藩が中心として支配した体制である
地域地域の藩が政府であり江戸幕府は徳川家がその藩に関与することは基本的にはできない体制である、だから江戸に地方の藩屋敷があったとしてもそこは不可侵の領域であり時代劇でも役人は踏み込めない、逮捕はできないのである
それだけ地域の藩の力が強かったのである。
それが明治になるとそうした藩がなくなくり廃藩置県になり行政も根本的に変わった
天皇を中心とした強力な中央集権制になったのである
その時東京では言葉まで標準語化された、江戸時代までは江戸っ子とかの言葉があってもそれは江戸の方言であり地方の藩から来た人は方言を使っていたからだ
つまり明治維新は極端な中央集権と富国強兵を基本とした国家となったのである

それで江戸時代の村が解体されたということも根本的に社会が変わってしまったことになったのである。
村とか言うとただ侍にお殿様に収奪されるだけのものであり搾取されていただけだという見方がある
でもそうした江戸時代にあったもの社会はその社会なりに別に侍だけが得するシステムではない、村が自立して生活できるシステムがあり機能していたのである
その具体的例として入会権がありそれが明治政府によって奪われたことだったのである
入会権というのは非常に重要な権利であり村を成り立たせる基本にあった
なぜなら農業社会だった江戸時代は入会権というのがないと生活できない
藩でもその重要性を自覚していたから入会権を収奪するようなことはしなかったのである

大名地震が「農民の身代は秣(まぐさ)より上がると昔よりの伝えなり」
つまり農民の生計は牛馬の肥料となる採草地などの草木から成り立つとの昔からの伝えがありそれたそ領主のために年貢として納められることあを知っていたので入会権の確保と保護に対策を講じていた
農業に正義あり−石堂徹生 

特に江戸時代では、下肥(人糞尿)、植物油粕や魚肥を使用していた。
江戸時代の肥料学には、次の事が記載されている
※田畑を肥やすものとして、緑肥、草肥(堆肥)、灰肥(草木灰)、泥肥(池の底に溜まった土)の4種類がある。
※草肥をよく腐らせて細かく切り返し、人糞尿をかけて、天日干しさせた物を元肥として使用す

明治末期になると肥料は化学肥料が使われるようになり膨大な採草労働、入会地からの多量の雑草落ち葉などを集める必要がなくなった、そこで金肥の供給が増え、農地が多く経済的に余裕のある地主層が先に「金肥」を使うようになった
その結果として不要林野の約7百万町の払い下げは地主に周知稀有下
 農業に正義あり−石堂徹生
 
農業の歴史と焼き畑からはじまるように肥料の歴史でもある、灰を肥料として焼き畑がはじまったからである
つまり歴史という時まず政治を考える、そこに英雄とか支配階級の貴族の研究がある、でも文明というとき基本的に農業から成り立ってきたから農業を知らないと下部構造を知らないと理解できないのである。
江戸時代でも農民が八割の時代であり農業中心の社会である、それはヨ−ロッパでも同じである、アメリカももともとは大農業国家であり中国だってそうである、インカでもマヤ文明でも農業国家である、たいがい農業国家として文明があった
20世紀のような高度な産業国家はなかったからである  
明治で肥料が金肥(化学肥料)になったときそれを買うには金がいるから資本がいるから地主に支配されるようになったことでもわかる、まず知っている人でも肥料をわざわざ角田まで行って鶏糞を買う、それは肥料としていいからである
その負担は自分がしたのである、そしてもらったのはキュウリ数本だったとなる、だから一本一万のキュウリだったのである

入会権というとき海の方の右田で橲原(じさばら)とかに入会権をもっていた、それは馬車で運び山の草木を肥料としていたからである
農業は肥料がないと成り立たないからそうなっていた、米は田んぼは水が循環して比較的肥料がなくても成り立っていた
循環する水は泥水であり山から養分が流れてくるからである、エジプト文明がナイルの賜物というとき定期的ナイルが氾濫して
泥水がおおいそれには養分があり肥料となっていたのである 

明治維新というのをふりかえるときその革命は下級武士でありそれには直接農民はかかわっていなかった
だから会津もヤーヤー一揆が明治になると起きた、農民にとって侍は税をとるものとしてありその税をとるものが変わるだけであり別に会津でも侍が薩摩長州と戦い死んでも関係なかったのである
会津というのは侍中心に美化されたものなのである、ドラマばかり見ていると歴史の真実が見えなくなるのである。
NHKのドラマでも意図があって作られているから美化されたものであり歴史の真実はまた違ったものなのである。
明治維新後でも農民は入会権を奪われて明治政府に反乱を起こしていたのである。
明治になると一見農民は領主に税を納めなくて楽になったとはならなかった
かえって地租がかけられて一定化されて貨幣化されて苦しんだとなる、入会権も奪われて苦しくなったのである

そこには天皇の財源として御料林とされたこともあった
明治政府は財源がなかった、それをどこに求めたのか?
農民の基本となる山林とかを入会権を奪い財源とした、それで富国強兵の軍隊を作ったのである
財源がなないからそうなった、官僚の退職金がないからはそのたしにもされた
その構図は官僚が得する構図は今も天下りとかでつづいているのである
国単位では官僚だが市町村単位では公務員となったのである、公務員は何かと得する仕組みがある
そして公務員が常に批判されるときそれは特権となるから侍と同じだ、公務員は身分であり侍と同じだと批判する人が多いのである
地方で安定しているのは公務員だからである。

明治維新というとドラマだと称賛されることばかりを見るがその暗黒面もあった、そこは指摘されないのである
農民が江戸時代よりも国家によって収奪されたということもあったのだ
農民の暮らしは楽にならなかったのである
明治になった時私的所有権が認められたことで大きな権利が国民に付与されて進歩したとされる
でもまず政府が入会権を奪い国有林としてそれを今度は地主や商人に払い下げて財源とした
まず所有したのは国家であり政府だったのである、後は地主だったとなる
山林が私的に分割されて所有されたのは戦後なのだろう、それまではそんなに分割されていない
結果として今度は逆にしまりにも山林でも土地でも細分化して公共的なものとして使用できなくなった

入会権は所有権ではなく利用権だということでもわかる
江戸時代では所有するという観念がないのである。明治以降に所有という観念が強く現れた
それは資本主義では私的所有権を一番重んじるからそうなる
あらゆるものが土地でも売買される債券となる、そのためには私的所有権を確立して土地でも売買できるものとしなければならないからである、ただ結果として過剰に私的所有を言うようになり公共的に利用することもできなくなったのである
だから耕作放棄地が増えたというときその土地でも所有者がいて所有権があるから勝手にできないとなる
それで膨大な耕作放棄地でも利用できないのである  

この辺では原発事故の補償金をもらうために自分の家の前の海まで所有権があるとか主張したのもそのためである
もう細分化された土地の所有者の許可をとるだけで手間であり土地はかえって協同利用できずに放置される
そもそも入会権は所有権ではない、利用権だというとき所有の観念はなかった
利用権の方が大事なのである、利用されなかったら土地でも何の価値もないからである
何かいつか土地を売るとしてもっているだけでいつまでも耕作放棄地として荒地となっている

それは個々に強力な私的所有権が与えられているからそうなっている
土地をもっていればいつかは何でも売れるかもしれない、そこが放射性廃棄物の処理場になるとかでもありうる
そのために利用しないでも荒地としても所有者があり自由には公共的に使用できなくなっているのである。
村があるときは協同で荒地を開墾したりしていた、それは村にとって荒地があることは望ましくないからである。
今だって畑があるとして回りが荒地だと草ぼうぼうになり草取りをしなければならないとか迷惑になるからだ

でも私的所有が強力に認められているから誰も勝手にできなくなったのである。
だからそもそせ土地の私的所有というのは問題がある、権利を与えるのはいいが権利を与えることは責任をともなう
荒地のままにして所有だけしていることが許されるのか?
所有しているなら権利が与えられたならその責任もあることを自覚すべきである
権利には責任が伴っていたのである、それが漁業権ということで海は組合のものだとして東電に売り渡して事故前も多額の補償金
をもらっていた,つまり権利が与えられたのは漁業資源の保護であり東電に売り渡すためのと権利ではなかったのである
権利が与えられるのならまた重い責任が課せられていた
でも金になればいいやとなり東電に売り渡して多額の補償金をもらっていたのである
その時はただ金になればいいと軽く思っていたのである。でも今になると重い責任が自覚させられたのである
ただ現実に船主などはいち早く立派な家を建てたからその責任を果たしていない

ともかく私的所有権が与えられるのはいいとしてまた何でも必ず所有することは責任が課せられているのである
山林を所有しているとしてもそれを活かせないとしたら山は荒れる、すると所有するだけで金がかかるとなる
木材が売れないとしたら今はそうなる、だから山を持っていても所有しても何もならないともなったのである
とせかく原発事故ではいろいろな責任をが問われた
でも政府でも東電でも地元でも責任をとる人はいなっかった
それは太平洋戦争でも同じである、責任は誰もとらない、ただそうしても必ず人間は責任はとらされる、3百万人が死んだというのがその責任である
その責任はあまりにも重かったのである。
原発事故では故郷に住めなくなった、その責任もあまりにも重かったのである。
政府でも東電でも自殺したものはいない、他では会社の不祥事ではちっょとしたとでも自殺しているのが多い、責任を自覚して自殺している

台湾外交部(外務省)は14日、台北駐大阪経済文化弁事処(領事館に相当)の蘇啓誠代表(61)が同日早朝、大阪市内の官舎で自殺したことを明らかにした。台風21号で封鎖された関西空港に取り残された台湾人への対応をめぐり、インターネットなどで在日出先機関を批判する声が出ており、台湾メディアは蘇氏がこれを苦に自殺したと報じているhttps://www.jiji.com/jc/article?k=2018091400757&g=oeq

こんなことで自殺するのか?そういうことは他にもある
しかし原発事故とかの大事故でも責任を感じた人は一人もいないという不思議がある
誰も責任を感じていないのである、だから日本人は無責任国家だというのもわかる
そして無責任だということはもともと責任を自覚しないから原発でも作られるし戦争でもその責任を自覚していないから実行できたともなる
人間はもしそれだけの重い責任を課せられたら誰もいくら金になるとか地位が与えられてもしたくないとなる、だから侍に庶民がなりたくないというとき切腹させられるとかその責任をとりたくなかったらからである
また契約書にこまごまと規定されるのはすべて責任を逃れるためである

ともかく事を始めるなら責任を自覚してはじめるならいい、でもそれができないものは軽く考えて行動すべきではないとなる
事業で何かいいかげんなことで俺の優秀さをみせてやるとかで事業をはじめて失敗して借金して周りに大迷惑をかける、それは家族だけではないのである
だからそんな考えて事業をすべきではなかったとなる
それは大きなこと国家的事業でもそうだったのである
失敗したら誰が責任をとるのか?誰かが必ず責任をとらされる、それだけは確実である
戦争では三百万人が死に原発事故では故郷に住めなくなったという責任をとらされたからである、だから無責任国民とか国家は責任を感じないから安易に事業をはじめる
それが日本人であるとしたらまた同じことが起きるとなるから怖いのである

posted by 老鶯 at 12:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 明治維新-明治以降

2018年09月19日

銀行とは何なのか? (江戸時代から明治へ移行するときすべてが変わった)


銀行とは何なのか?

(江戸時代から明治へ移行するときすべてが変わった)

現代の社会をみるとき江戸時代から明治に変わったときどうなったかを見ないと根本的にあらゆることがわからない
ここの変化が新しい日本を作ったからである
銀行を例にとれば銀行とは何なのだろう?
それはまず銀行はなかった、江戸時代はそれとにたものとして頼母子講とか金貸しとか両替商があった

北イタリアの都市国家は独自貨幣を発行するようになり、都市間の貨幣の交換を行う両替商が生まれた。彼らは都市の広場にバンコ(banco)と呼ばれる台を設置してその上で貨幣の量目を計ったり、交換業務を行った    

三組両替および番組両替には酒屋および質屋などを兼業するものも多かった。

三井は呉服店であり銀行を兼ねた、

三井炭鉱を中心とする石炭事業はやがて三井鉱山会社、三井銀行、旧三井物産となった

銀行は何なのか?それを知るためには江戸時代から知らなければ理解できない
銀行とにたものとして両替屋とか質屋とか頼母子講とかがある
銀行とにたことを酒屋がしていたりしたのは酒屋が当時は主な産業であり金になる会社だったからだとなる 養蚕業でもうけた人も銀行をはじめていたのである。
銀行とは最初そうした事業を起こした会社の中にあったのである

銀行とはもともとこうした多機能なものであった、三井がなぜ銀行業にもなったかというと呉服屋でもうけた、資金が資本が生まれたから銀行業もするようになった
石炭事業でも成功して銀行業もするようになったのである
金融業は銀行はもともとは事業が先にありそこで蓄えた資金が資本となり事業を拡大したのである
ただ頼母子講とか金貸しとか質屋とかにはそうして事業して金を貯えるということはなく銀行の役割とは違うものである
でも銀行だって金の出し入れとかしていた両替もしていた
ただ金を資本としてまた事業を展開するということはなかった
つまり資本主義とはまず資本蓄積があり事業がありそれでもうけてまた新たな事業をはじめる、その役割を担ったのが独立して銀行となったのである

だからもし銀行の役割が何なのかとなると両替屋的機能とか金貸しの機能とかあった
でも近代的資本主義の銀行の役割は事業をして金を貸して投資して利益を出すことにあった
つまり銀行が生まれたのがそもそも事業家からであったことがそれを示している

銀行はその後事業家からではない、一般庶民から金を集めるようになった
それに利子をつけるようになったのである
そして銀行は事業家,会社に金を貸して金をもうけたら利益を出したら利子をとり還元して預金者に利子を払っていたのである
だから高度成長時代は会社がうなぎ上りに成長したから銀行の預金には7パーセントとかの利子がついていた、だから貯金するとそれが十年二十年とかさらにすぎると確実に倍になっていたのである
その時また事業を起こす人が多かったがその事業もまた成功しやすかったのが高度成長時代だったのである

銀行がなぜ今もう必要がないとか利子もつけないしただ金を集めてどうするんだとなっている、ただの貸金庫なのかとかその必要性が問われて銀行員は無駄だとされる
投資信託を売りつけて確実に手数料をとるあこぎな商売となる
それは銀行とはなになのか?銀行の役割が何なのか?それが今問われている
ふりかえると事業家が銀行家にもなったことでわかるように事業するための金を貯える
それが資本となりファンドとなり新たな事業を展開することにあった
地銀だと地元に密着して事業をする人に会社に資金を提供することにあった
それが高度成長時代はできていたのである

銀行はもう前のように会社のことを知り地元のことをしり投資することができない
目利きする人がいない、それで投資信託とかを売るようになる
銀行というのがその役割が喪失したというとき何か事業を起こす人は今はインタ−ネットとかでもクラウドファンディングとかで資金を集めている
それは銀行がしていたことなのである
銀行とはそもそも三井でもそうだが事業家からはじまっていた
他の機能があるにしろ近代的銀行の始まりは資本主義社会では資本を蓄えて金を蓄えてそれによって新たな事業を展開することだったのである
それができなくなったらただ金を集めてどうするのだ、利子もつけない、貸金庫なのか?その役割が失う、そして銀行員はいらない、リストラされるようになる

例えば地銀は津波と原発の復興事業にどうかかわるのか?
地方の産業の衰退にどうかかわるのか、その資金をどう活かすのか?
それが見えないのである、資金がある人は金がある人は金持ちは銀行家にもなる
何かそういう責任が課せられる、金をもってもそれを有効に活かせないとしたら金持ちとしての資格がないと批判されるのである
それと何か銀行も似ているのである
今地域にはいろいろな問題がある、でも地銀がそういう地域の問題にどういうふうにかかわっているのか見えない、だから大手の銀行が農業が成長産業だとして銀行員も派遣されて農作業しているのである
農業も事業だからその事業を開拓しているのである
金を集めて金をどう生かすのか、それが活きた金となるのか死んだ金となるのか?
それは個人的にもそうだが銀行にも問われているのである。

posted by 老鶯 at 17:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

東京まで行って医者に診てもらう人


東京まで行って医者に診てもらう人

腰が悪いと前々から医者に行っていた、仙台の医者にも行った、そこは前に小野田病院にいた医者であった、その医者が今度は東京の医者に診てもらいという
その医者は同じ大学で弟子にあたるとかで連絡をとったという
その病院にはこの辺にはない機械があるから良くみてもらいという
それで連絡して薬をだすようにするという

それにしても東京に行くというのは大変である
良く福島医大に通っていた人はいた
それで一番近道を知っていて通っていた
今は高速ができたから早くなる
とにかく病気というのはいろいろあり難病があると仙台でも直せないのか?
わからない病気があるのかとなる
一人は白内障手術したけどもう二か月入院している
それは糖尿病であり手術のうまい医者にみてもらっているからである

その女性の息子は実は今東京の八王子で働いている、でも息子には合わない
援助もしてもらえない、そして常に自分が金を出すことになる
でもそんな人を雇うとどうなるのか?仕事してもらっているのではない
ただ援助しているだけだとなる、へたすると介護までさせられるようになるかもしれないただ仙台の医者は金がないと言ったら一万貸してくれるとまで言っているという
そこまで金の心配までしてくれのかとなる
ただその女性の性格がそうしてめんどうみてもらうようなコミ二ケーションができることには感心している、だからこそそこまでしてくれともなる
自分等は医者でもそんなコミ二ケーションができないからである
そういうコミ二ケーションできる人は助けてもらえることがあるからだ

東京まで行くとなると常磐高速でさくらバスが出ていて5時間くらいで行ける
その人はバスは気にならないらしい、自分も乗りたいと思ったが何か疲れるので東京にも行きたくなくなったのである。
とにかく現代とはもう広域社会である、ええ、金もないのに東京まで行って医者に診てもらうのかとなる
知っている人は東京の親戚を頼り人間ドックに入った
東京だと違うとなるからだ、人間は病気になれば藁をつかむ思いでなんでも頼る
だから東京までも行くとなる
福島医大に仙台の医者から行くなと言われたという、実験材料にされるから行くなと言われたという、それで東京まで行く
ただこれも一面贅沢だなとは思う

ともかく病気の人が高齢化社会では増える、それで医療費とか福祉の負担も増えるのである、何らかの病気になる人が増えてくるからだ
それで昨日のNHKで縁切り自殺のことを放送してい
その人は67歳ですい臓がんになり東京で自殺したのである
それは東京だと行方不明者となり無縁仏として始末されるから迷惑にならないからだという、その人は迷惑になることを相当に気にしていたである
治療費も一か月5万かかるとかで気にしていた
何かそういう考えるのもわかる、ただその人は身寄りがないというのではない
一応内縁の妻とかいたのである、もう一人の人はちゃんと夫もいたのに
突然行方不明となり自殺して消えたのである

人間は最後は介護とかなったら長い、普通に5年くらいはかかる
そしたら身よりがないとなったら誰が世話するのか?
他人は金にしか興味がないからだ
それなら一層死にたいとなる、猫は死ぬ時期になると行方くらますという
人間だってそうなりたい、自殺はすすめられないがあまりにも今は死ぬことが簡単ではない、助けられるのはいいが介護になったら世話する人がいないのだからかえって苦しむだけだからである
おそらく今までは介護といっても一年くらいだったろう
でも戦前でも脳梗塞だと5年生きたとか知っている
その時おむつもなく藁でしていたという、そんなでも5年生きていたとなる

人間は最後はたいがい悲惨である、金があっても直らない病気がある
もし病気が直るなら誰でも金があればいくらでも出すとなってしまう
その人はそもそも東京まで直るのかどうかわからない
ただ医者がそれほど親身になってくれるということで行くという
でも自分にも常に負担になるから困るとなる

2018年09月18日

月曇る(秋の夜の相馬市)


月曇る(秋の夜の相馬市)


 mooncloud111.jpg
この写真は相馬市のだてやのものではない



家の跡松一本残り落ちし柿

街道の松一本一本秋没陽 

月曇る相馬の城下路地の道

月曇る着物店かな城下町

月曇る着物の柄や衣替え

月曇るスナック一つ路地裏に


残る蝉奥に聞こえて家のあり夕暮れあわれ柚木村かな

ここにある三本の松我知りぬ秋の夜静か月曇るかな   


家の跡が空き地になりそこに一本の松がある、それは家がなくなってもずっとある
何年もある、近くなのだけど誰か住んでいたのだけどそれがわからないのだ
これも不思議である、近くに柿が落ちていた

今日はロードで夕方に相馬市に行った、途中坂になり歩いた、浜街道の日立木の松並木のところである
歩くと確かに景色は違って見えるのだ、つまり一本一本の松を見て歩くのである
自転車でも一本一本の松は見ない、車だと過ぎ去るだけである
街中を歩くときも一軒一軒の店を必ず見るのである、車だと通りすぎるだけなのである

夜の街と昼の街は見え方が違う、夜にしか見えないものがあるのだ
かえって夜だと店でも電気で明るくなり目立つのである
それで相馬市の夜の街を歩いたのである。
そこに着物店があり「だてや」とあった、いかにもこの辺らしいとなる
だてやは伊達氏であり伊達政宗である、仙台屋というのもあるがだてやというのはわからなかった
つまり昼間ではこの着物店はわからなかった、見えなかったともなる
今回デジカメをもっていかなかったので写真はインタ−ネットから拝借した 

衣替えというとき今は夏から秋である、衣替えとかなると女子高校生などは衣替えがある
しかし着物は日常的に着ていない、ハレの日のものとなってしまった
でも江戸時代から明治でも着物は日常的に着ていた
すると衣替えというのはそういう時代のものであり季語になった
現代は着物が日常的なものでないから衣替えという言葉も死語になってしまうこともある

当初は、貴族社会だけの習慣で、年に2回、夏装束と冬装束に替えるだけでしたが、江戸時代の武家社会では年に4回になり、期間も着るものもそれぞれ定められていました。

・4月1日から5月4日までが袷(あわせ)という裏地付きの着物
・5月5日から8月末までは帷子(かたびら)という裏地なしの単衣仕立ての着物を着用
・9月1日から9月8日までの1週間程、また袷を着用
・9月9日から3月末までは綿入れ(表布と裏布の間に綿を入れた着物)を着用

このように細かく定められていたそうです。   

今日は月が曇って光っていた、それがなんとも相馬市の城下町にあっていたのだ
相馬市の不思議は何度もプログで書いているがしんみりしていることである
それはやはり城下町としての歴史がありそれが残ってる
原町市には相馬市に感じる情緒を感じない、だから何でもないようだが店でも城下町にふさわしいなと見る
陶器店でもそこで飾っているものが見るのが楽しいとなる
店とは見せるだったのである、店で見る楽しみがあった

そして相馬市は城下町であり雰囲気的に古風な店があっている、陶器店とか着物店とかお茶屋とかである
原町にもあるのだけど何か相馬市の城下町とは違う、着物店が呉服店があるのだけど相馬市の着物店は街全体の中に調和してあるとなる、ただそれは外部の人には気づきにくい、相馬市は雰囲気が違うのである
それでなんとも月が雲の中に光っているのがにあっていたのである
陰々とした感じなのである

帰りは五本松の脇道を通る、その五本松も日本は枯れてなくなり三本しかなくなった
でも秋の夜にその松は夜でもあることを知っている、闇の中でも知っているから見えるのである。
認知症になると常にもともと知っている人と場所ならなんとかわかるが地理的感覚がわからなくなる
それで知っている人がそばにいないと不安になる、でも闇の中でもこの松のように知っていれば見えるのである
ここに松があることを何度も見ているから知っているから見えるのである

2018年09月17日

愛国心とは何なのか? (利他の精神なくしてありえない)


愛国心とは何なのか?


(利他の精神なくしてありえない)


●経営者と愛国心


利己、己を利するために、利益を追求することから離れて、利他、他人をよくしてあげようという優しい思いやりをベースに経営していきますと、会社は本当に繁栄しますよくなります。


会社経営でもこういうことを必ず言っている、つまり自己の利益だけを求めていたら会社は成り立たない、繁栄しない

でも反面ブラック会社というのがある、それはまず雇う人を社員をただのロボットのように見ている、だから非正規社員として雇う、時間給で人を雇う

それはセブンエレブンとかコンビニとかで雇われる人がそうである

会社ではもうそこに人件費を払いたくないから自動化して無人化したいのである

JRでも無人駅を増やしているのもそのためである

人のコストが一番高いからそうなるのである


そしてセブンエレブンなどではチェーン化して出店するオーナーは会社から搾取されるとある、そこでは会社の利益になることだけを追求してオーナーとかやそこに雇う人はロボットの方がいいと考えているのである

そういうところに愛社精神もロイヤルティも育たないだろう

それが高度成長時代の会社とは違ったものになっている

高度成長時代は企業戦士となり愛社精神が強かったのは会社が終身雇用であり家族のことまでめんどうみる共同体のようになっていたからである

時間給などではない、全人生を考慮して雇っていたのである

ただそれが可能だったのは高度成長という経済が成長して給料が毎年上がっている時だったのである。


経営者になるときただ利益をあげることを至上命令とする、利益があがらなければ社長はやめさせられる、そこに利他の精神などがあるのか?

事業に失敗した人はなぜだったのか?

その人は利他の精神が全くなかったのである。なぜ事業を起こしたのか?、自分が優秀だということを見せたいために事業を起こした

技術的には資格をもっていて優秀だったからである

でも利他の精神など全くなかったのである

ただ金持ちを相手にして金をもうけたいというだけだったのである

だから自分が苦しい時その人は一つの荷物をもつ気がなかった

つまり社長でも何かそうして人に尽くす気持ちがないとできないのではないか?

社長とはただ威張って社員をこきつかい利益をあげるだけを目的として

自分が偉いということを見せるだけなのか?

そんな人が社長だったらどうなるのか?

そこに利他の精神が愛など全くないのである

要するに社員は奴隷であり客は金を得るための道具だとなる


「あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、皆の僕になりなさい。」


上に立つものはこうならないと指導できないだろう、ただ威張っていたいという人が経営者になれるのかとなる

モラル的にそうでなければ上に立てるのか?ただ人に仕えさせて威張っていたいとなる人が社長になれるのか?

そんな人に人はついてゆくだろうか?


●格差社会は愛国心を喪失させる


愛社精神と愛国精神でも通じるものがある、国家でも富裕層と貧困層とかに二分すると格差社会になると愛国心は喪失する

みんな自分だけの利を求めるとき国は二分化して分裂する

特に官僚とか政治家とか上に立つものが自分たちだけの利益を求めて社員でも国民でも奴隷のようにみるとき国家でも会社でも忠誠心がなくなり衰退してゆく

ローマ帝国が崩壊したのは貴族が贅沢して奴隷を使っていたからだとなる

そこになぜキリスト教が普及したのか?

それは極端な格差社会だから平等の愛を説くキリスト教が普及したのである

格差社会は国を分裂させる、いづれ国民の不満が爆発してフランス革命のようになる

貴族もギロチンにかけられる、そういう恐ろしい反乱が国民から起きてくる

それは中国などの歴史でもそうだった、極端な格差社会になると金持ちが盗賊に襲われて殺される、そして盗賊が皇帝になったのである


このようなことを自分も経験したので書いてきた

極端な格差社会になるとモラルはなくなる、金持ちはみんな不正でもって金持ちになるとみられる、だから奪ってもいいのだとなる、そこには何の罪の意識もなくなるのである

第一上に立つものが雇う人でも時間給でロボットのように扱う

そこに愛社精神とかは生まれない、奴隷なのである。良く俺たちは社畜なんだよなという時そうである、雇われる社員は奴隷だと思っているからだ


国家にしても国民を政治家とか官僚とかが奴隷のように思い扱えば国家への忠誠心とか愛国心は喪失する、中国では民という漢字は目をつぶすというとき怖いものがある

あれだけ人口が多い大国になると人民とかでも支配者は奴隷とみているのである

そこで皇帝が神のようになり国民から税金をとり酒地肉林とかあくなき欲望に走るのが中国の歴史だった、中国の欲望の強さは地下まで死んでまで自らの権力を誇示して生きようとしていたのである。始皇帝の兵馬俑とかがそうである

それが中国の歴史だったのである、だから中国には愛国心が育ちにくいのである

愛国心といっても国を利用して利己的に私的に欲望を満たすことである

その時国民が犠牲になっても大量に死んでもいいのである

それは共産党国家になっても同じだった、何兆もの富を蓄えた共産党幹部がいたからである、それは昔の王侯と皇帝と変わりないのである。

そういう国家が果たして力をもちえるのか?いくら数が多くても愛国心があるようで実際はもちえないのが中国だとなる


アメリカはどうかとなるとアメリカはホイットマンの詩のように平民の国なのである

そこに王様はいないのである、みんな平民なのである

ただ黒人奴隷はいた、そこに人種差別がある、でも平民の国であるから愛国心もあるとなっていた、そこでも対立争いはあったにしてもやはり愛国心があった

でも今はアメリカでも格差社会になる時愛国心は失われる

アメリカの国家は多国籍企業の言いなりに動く、国家は大企業の使用人のようになる

そして株でも金融でも一部の富裕層に富が集まる、その格差が大きすぎるから国としての統一感がなくなる、何パーセントの富裕層が富を独占する、そういう国になると愛国心は喪失するのである

つまり愛国心とは何かとなるといろいろあるにしても利他の精神が基本になるからだ

それが失われたとき愛国心は失われる、だからアメリカでも中国でも愛国心をもつことはむずかしい、国が巨大すぎるからである。

アメリカで富裕層が愛国心を説くのは矛盾している

なぜならアメリカの貧困層が増大していてわずかの富裕層に富が集中している

まず貧困層に富を分け与えるのが先だからである


●宗教が愛国心の基


日本という国は島国であり一つにまとまりやすい国であった

天皇というのは中国の皇帝とは違う、日本の精神的シンボルのようなものであり地下まで帝国を維持しているような強欲なものはない

そんな権力をもちえなかった、天皇とは逆に飾りだともなっていたのである、実質の権力は侍がもっていて天皇はもっていなかったからだ

ともかく愛国心というとき別に宗教に関係なく宗教者は熱烈な愛国者である

日蓮がそうであり内村鑑三でもそうだし手島郁郎もそうである

キリスト者にもいろいろあっても別に日本文化を否定しない

それは宗教はもともと利他の精神から起きて来たからである

仏教でもそうだし宗教は利他の精神を説くから愛国心も利他の精神から成り立つから共通しているのである

国を愛すとなるとそれは大きなものだから利他の精神なくしてありえないからである


現代は愛国心が失ったという時、上も下も利他の精神がなくなったからである、ただ利己的な利益を求めるだけであり金を求めるだけであり

会社でもそうだし組織団体でもカルト宗教団体でもそうである

自分たちの所属する組織団体の利益をもとめひいては自分の利益になる金になることを求めることになったとき愛国心も喪失したのである

だから戦争はいいものではないにしても国のために死んだ若い人たちには愛国心があった、強制された面もあるが愛国心はあったからできたことである,今はそもそも国は常に否定されている

ただ利己的な利益を求める金だけを求めるだけになっているからだ  


旧約聖書:箴言:15章:17節


野菜を食べて互に愛するのは、肥えた牛を食べて互に憎むのにまさる


現実はたらふく肉を食べたい、どんなことをしても食べたい、相手を殺しても食べたいとなっている

つまり肥えた牛がいれば奪い合い争いとなり殺し合いになる

この辺でも補償金でもめたのもそうである、原発は金の産むものでありそれで誘致されたのである

危険性などほとんど問題にしていなかった、ただただたらふく肉食べたい、金が欲しいとなっているだけである

そして今度は補償金で争い憎みあっていたのである

野菜を食べて互いに愛し合うことはかえってむずかしいのである

そもそも歴史でも人間の争いはたらふく肉を食べたいということで起きているからである。

互いに肥えた牛を奪い合うことになって争うからである

肥えた牛とは今では石油とかいろいろある、原発でもそうである、それは金になるからである

だから利他の精神を説いても実際はむずかしい、どうしても事故の利益が優先されるからである。

そして富裕層が自分の富を手放したくない、そこで金でいろいろ工作してくる、政治家に働きかける

政治家も肥えた牛を食べたいから富裕層につくとなる、だからこれを実行することは簡単ではないのである。

原発でも地元でもあまりにも欲が前面に出てそういう人がいたからこそ原発は歓迎された

そして事故になりとりかえしのつかないことになったのである。


●日本精神の新たな復活

   

日本精神に再び立つべし



いさおしく御国のために果てにしを今誰か思ふらむ


大和の国にその英霊の浮かぶも悲し認められざるかな


何故に我が死すをかえりみて嘆くらむ              


今民をかえりみる者なし


ただ我が利のみ追いて金のみが力なり


我が社のみの利を求めて民を思わじ


あらゆるものの上から下も求むるは利のみなりき  


心はたやすく金で買われ心は踏みにじられる


すめらぎの誠の道を再び正しうるわしき国を作らむ


日本は再び立たむ正しきを貫く独立の国として


その誇りをとりもどせ、金に計れぬ誇りをとりもどせ


何を恐れむ神の御意の国に宿らば恐ることなし


さらば霊峰富士のさらに映えて国は栄えむ


国を守るは武器にあらじ日本精神なり


誠の道を貫く古来よりの日本精神なり


核兵器にても国は守れざるなり


日本精神と民の力こそ国を守るなり


その民を虐げる者は国を食いものにする者なり


国の富を貪る者よ、民を貪る者よ、呪わるべし


故にこれらを撃つべし一掃すべし


日本の民の力の再びよみがえり立つべし


再び維新の時なり、改める時なり


心ある者は立て、そして戦い、武器を持つにあらじ


大いなる変革の時は再び来たれり  



日本精神とは何なのか?これも今は明確ではない、日本精神は侍精神だという人もいた、何か日本の歴史の中で伝統的に血肉となったものである、それが失われたのは日本が戦争に負けてアメリカ一辺倒になった、そうさせられたということである

金の価値観しかなくなったためである、何か獣のように欲をむきだしにして貪り食らうというだけである

弱者も貪り食らう対象となる、貧困ビジネスもある、弱者とみればつけ入る、もう日本人の良さは消失しているのである

そして核武装が言われるが武器で国が守れるのか?

もう核戦争になると人類滅亡になる、つまり核武装してもそれは自国でも他国でも滅亡なのである

だから今やそんなことしても無益だとなる


ともかく戦後70年で大変革の時が来ている、それはあらゆる方面に及んでいる

結局戦後70年とは明治維新があり70年過ぎて太平洋戦争があり焼野原になり復興してまた70年過ぎた

大きな変革の時になったのである、それは世界的にもそうである

明治維新と戦後の焼け野原を思えばまだその変化は小さいとなる


確かに東日本大震災でもその被害は大きかった、でも戦後の焼け野原を広島の原爆から立ち直ったのを見ればまだましだとも思う

その時は食べるものすらなかったからである。

かえって戦争では既得権者が一掃されて復興したとも言われる、既得権者が居座っていると改革はできないからである。

それが一掃されたので新しい日本になった、ただそれはアメリカ主導でなったのである

だから今度の改革は日本主導でしなけければならない、それは戦争の時のように独立するとなると厳しいものになる

中国が大国化してアメリカがいてロシアがいるからである、その挟間で日本は苦しむからである

ただそういう時期にきているからもう改革は避けられないしもしそれがでなければ日本は衰退して中国であれロシアであれ今度はアメリカが衰退しても属国化することは変わりないのである。


弱者化すると個人的にもそうだが周りの国が攻めてくる、弱者は奴隷化されやすいのである

あからさまに自分が弱者化したとき借金した人が奴隷にしようとしていた

でもその人もまた借金で奴隷になっているのは因果応報である

奴隷として人間を使おうとするものはやがて奴隷として使われるのもカルマなのである

歴史でも弱者と強者は逆転するからである、それも人間の法則なのである


江戸時代でも隣の藩は敵であり助けたりしないのである

弱体化すると好機になり攻めてきて支配されるのである

日本も弱体化するとロシアが攻めてくるし中国も攻めてくる

その前に日本には耕作放棄地とか使用されない土地があり誰が持ち主かもわからない土地が膨大にある、そういうところは中国に買い占められたりしている

空白地というのはそうなりやすいのである

その土地を使用ししても文句を言う人もいなくなるからだ

そのうちに外国人が住んでそこは日本でなくなるということにもなる

だから日本は少子高齢化でそういう危険性も高くなっている

日本の国力が衰退すれば自ずとそうなってしまうのである




タグ:愛国心とは

2018年09月16日

岩沼で脱線事故


岩沼で脱線事故

acidentrail1.jpg



一時間くらい遅れた、脱線事故はめずらしい、それでも一時間くらいしか遅れなかったのは早い事故処理だった
信号の故障?は何度かあったが脱線事故は今までなかった
まず脱線事故は日本の鉄道ではめったに起きない

なぜ起きたのか?

石を誰か置いたのではないかと言う人がいた、そういうことでしかなかなか脱線事故は起きないとは言える
ただ遅れがそれほどなかったから良かったとなる

それから梨の忘れ物があった、これは置いておくと悪くなる
一応原町駅に連絡した
忘れ物は駅にはある、これも連絡は必要である
タグ:脱線事故

2018年09月15日

温暖化は嘘なのになぜこれほど報道されるのか? (温暖化はかえって地球にとっては生命にとってはいいものである)


温暖化は嘘なのになぜこれほど報道されるのか?  

(温暖化はかえって地球にとっては生命にとってはいいものである)


日本人は「事実を知りたい」のではなく、「空気にそった希望していることを繰り返したい」と言うことなので、NHKは大潮の時を狙ってツバルに撮影隊を送り、地盤沈下を起こしている2、3の民家の映像を流して、あたかもそれがツバル全体のように見せた。完全なヤラセ報道だ。

人類の歴史をひもとくと、温暖化は善、寒冷化は悪である。中国の王朝の崩壊は、寒冷化と軌をーにしている。寒冷化すると飢越になり、農民は食べられなくなり、王朝に対して反乱を起こす。ロ−マ帝国の崩壊もそうである。中央アジアが特に寒冷化に敏感である。地球が寒冷化すると、まず中央アジアで食えなくなり、遊牧民が移動を始める。フン族が西進してゲノレマンを追いはらい、ゲノレマンはローマに入り込んで、ローマは滅んだ。
蒙古帝国の興隆も寒冷化が原因である。
21世紀の我々にとって真の脅威は温暖化ではなく人口増加である
そのための食料不足である


温暖化というとき温暖化は善、寒冷化は悪であるというのは科学にうとくてもわかる、南国は果物が豊富で人類もアフリカから生まれて別れたというのも納得がいく、なぜならアフリカはあらゆる生物の生息する所であり今でもそうである
そういう場所から人類が最初に生まれて地球に散らばったというのは納得がいく
四大文明でも中国を除いては暑い国に起きた、暑い所は植物でも豊かに繁茂するから動物の食料が豊富だから住みやすいのである
東南アジアとか暑い国ではなまけものだというとき日中暑くて働くことができない、日影で休んでいる他ないのである
ところが寒い国ではドイツとかイギリスなどでは寒いから勤勉に働くということがある
勤勉の思想もプロテスタンが生まれた土壌になる
イギリスの産業革命でもそうである、資本の効率化とかをできるかぎり追及をする、機械がそこで不可欠になり機械の発明が行われる一方でカトリックはイタリアとかスペインとか地中海沿岸に広がる、そこは比較的暑い地帯なのである
南と北ではそもそも気候が違うから違った文化や文明が生まれるとなる

だから温暖化というのは別に地史的にみても温暖化しているとき生命は植物でも豊かに繁茂して餌が豊富だから動物も生きやすい熱帯化しているとき恐竜など大型動物も生息できた、あれだけの巨大な動物を養うのには植物でも豊富でないとできないからだ
この辺ではフタバスズキ竜とか海竜の化石が発見された、そんな巨大な海竜がいること自体温暖でなければ生きられないだろう
そういう巨大生物が生きていたときはこの辺の山の奥でサンゴ礁の化石が発見されたりしている
つまり沖縄とか同じように熱帯の環境だったのである 

ジュラ紀という地質時代(今から2億1000万年年〜1億4000万年前)はとても暖かい時代で、シダやソテツなどの植物がたくさんあってそれらを食べる恐竜がたくさんいました。つぎの白亜紀にも植物食の恐竜はたくさんいます。植物食の恐竜がたくさん増えたことから、それを食べる巨大な肉食恐竜も飢えることがなくなったので、増えていったと思われます

寒冷化することは植物の生長にとっても良くない、最悪なのは氷河期でありその時地球の生命すら絶えるという危機になっていた
でも温暖化で地球の生物が滅亡するようなことはない,かえって日本だって今まで寒い地域で南国のようになり南国の果物でも栽培できるとなり食料も豊富になる,寒冷化の方が飢饉になりそれで民族移動が起きたというのがわかる
モンゴルは中国から入るとかなりの高地であり冬は酷寒である

1 年で最も寒い日は 1月18日で、平均最低気温は -28°C、最高気温は -17°C です。

それでモンゴルに羊を飼うことを習いに一年とか住んだ人は冬は一回りやせるという、それほど厳しいのである
そういう厳しい所だから住みやすい所を求めて食料豊かな所を求めて民族移動する、それが征服戦争にもなっていたのである。
どちらかというと寒い国から温かい国への民族移動が多いだろう
日本はどちらかというと寒い地域もあるが比較的温暖であり照葉樹林体もある、だからこそシベリアとかから日本へ移動してきた
南相馬市の鹿島区の海老では丸葉車輪梅の南限の地として有名だった
これは奄美大島が原産でありここに種が流れ着いて自生した、つまりこの辺はまだ暖かい地域だから南国産の花でも根付いて咲いたとなる、それで万葉集の真野の草原(かやはら)の歌はここをさしているというときそれは気候からみても納得がいくとなる
人間社会は気候とか風土の影響が大きいからそれで歴史も文化も作られるからである

地球温暖化は地球的規模でみれば悪くないのである、ただ今年のように暑いと死ぬ人もでてくる、だから個人的には暑い所には自分は住みたくない、何か頭脳でも麻痺してしまうからである、かといって寒い北海道も嫌なのである
体力的にどうしても弱いと気候的には自分が住んでいる場所はいいとなる
地球温暖化をなぜこれほど騒ぐのか、その意図は何なのか?それはヨーロッパ主導の見方だと言う人もいる
これ以上二酸化炭素の排出とかが増えるとヨ−ロッパの気候も脅かされて住みにくくなるからだという
ヨ−ロッパはやはりそれだけ気候的にも恵まれているからだとなる
ただなぜこんなにNHKまで巻き込んで大々的に宣伝するのかとなるとその理由が良くわからないのである
利権がかかわっているからだというのがその見方である

環境問題でも何か騒ぐとそこで研究者に御用学者に金が入ってくる、研究費が入ってくるから危険性を主張する
何も怖いことはありませんよとなると研究も必要ないとなるからだ
そういうことがいたるところにある、それを武田邦彦氏はyoutubeで絶えず指摘している
何か絶えず不安あおるのが商売になりやすいのである
この世が終わるというカルト宗教団体が過去にも出ていた
そして恐怖のあまり財産を全部なげだして死んだ人、自殺した人まで結構いる
そういう商売になるのが不安をあおる商売なのである
週刊誌でも過激な見出しになるのは不安をあおって本を読ませるためだとなる
それはyoutubeでも同じである、地震がいつ来るとかこの世がいつ終わりになるとかなるとたいして内容がなくても人間心理的に不安を覚え読むようになるのである
そしてyoutubeでも視聴率を稼ぎアフェリエトで宣伝費を稼ぐとなる
だから本当は利益がかかわると公正の報道も判断もできないとなる  

人間は科学的判断をすることは普通は苦手である、原子力だってもう科学的に素人はわからない、では科学者が専門家はどう判断するのか?御用学者になって政治家の言うままになるとか官僚の言うままになる
それで安全神話をも作られた、政治家、官僚、御用学者、マスコミが一体になって安全神話が作られた
そうなればもうどうにもならないくなっていた、それを正す者はいなくなった排除されたからである
そして報道機関とは何か?
報道機関は既得権益をもつ連合体なのである、だから報道機関同士で批判したりしないのである
暗黙の了解があり既得権化している、そして報道機関は俺たちが報道の権利を行使するのであり俺たちの許可なしでは何も報道されない、事実すら報道されないとなっている
それは新聞とかテレビだと誰もそれだけの装置を持つことができないメデアになっていたからそうなっていたのである
そこには莫大な金がかかっているからである

ただ既得権というとき報道機関だけではない、様々な組織団体にありそれが圧力となって報道も歪められる、電事連とかでもそれは労働組合でも原発推進になる既得権の団体である、だから原発には反対しない、自分たちの給料がどこから出ているからわかっているからである、そして電事連からマスコミに膨大な宣伝費が流れていて一体化して安全神話が作られたのである
現代の科学はサイエンスではないという、それは利益と利権と密接に結びついたものであり科学的なものもそのために利用される
そこで御用学者も研究の予算をとるために実際は危険でないのに危険をあおるのである
こうして科学も本来のサイエンスではなく利益追求のみが優先されるとき歪められて安全神話が作られ大事故になりとりかえしのつかないことになった  

この辺では漁業権を東電に売り渡して事故前も事故後も多額の補償金をもらっていたことを指摘して批判してきた
これもまた利権と結びつきそうなった、こういうことはあらゆる所にあり無駄に金が使われているのだ
社会の既得権化したものを壊すことは容易ではない、それは明治維新とか戦争か巨体な天変地異でも起きない限りできない
安全神話を崩壊させたのは未曾有の津波だったからである
そして中国でも約人民解放軍が支配してから70年すぎ日本でも戦争から70年すぎて既得権化したものの崩壊が起きる
銀行もそうだった、社会全般に既得権をもつものの崩壊が起きる、70年ごとに大きな変革が起きる
それで今日本で地震が頻発しているのである

いづれにしろNHKでもなぜ温暖化の危険をこれほど言うのか?
その意図は何なのかとなる、やらせ報道までして温暖化を言うのはなぜなのか?
北極の氷がとけていなのに溶けていると報道する
そこまでしている理由は何なのかとなる
それは科学的ではない、何かの大きな意図が働いてそんな悪質なやらせ報道までしている
そして水につかっていたのはツバルの島のほんの一部だったのである
映像で判断する危険は全体の一部をきりとり放送することにある
一部だけが極端に強調されてそれを真実だと見させるのである
でも映像の影響力が大きい、人間は一部の切り取った映像で即座に判断するからだ
それでイラクの湾岸戦争では油にまみれた鳥をみせつけてイラクのためにそうなったということが全世界に伝わり
イラクが悪しとなったのである、それも報道による操作だったのである。



初秋(常磐高速のセディティ鹿島に行く)


初秋(常磐高速のセディティ鹿島に行く)

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鹿狼山(がろうさん)が見える



故郷や先祖の墓地に実りかな

開業し三年ほどや秋の蝉

高速に鹿狼山見え初秋かな

東風(こち)なおも吹いて飛び交う秋燕

酔芙蓉ほの赤く咲き町眠る

虫の音や社一つの何語る

月細く虫の音聞きぬ草深し


常磐高速のセディティとの開業は平成27年(2015)でありそれは東日本大震災の後だった、だから約3年ほどすぎたとなる
あそこの特徴は高速を車で来る人がとまるだけで街の方にはほとんど来ない
あそこで休養してすぐに去ってゆく
だからあそこは街とは離れて孤立した場所にも見えるのである
それが駅とは違う、鉄道の駅はもともと駅ができて街並みができるというほど影響していたのである   

原町は旧街道が中心の通りで宿場町だったのである
それが鉄道ができたとき駅前通りができたのである
街が鉄道によって変わったのである、それだけの影響があった
相馬市は駅前通りにはならず城下町のままだったのである
駅前通りは明治になって鉄道ができたとき生まれたのである
では高速となるとそういうことは全くない

ただ町の中心部から離れたところにあり町自体とは関係しないのである
だから高速は市町村を活性化するというのとも違う
道の駅でも相馬市だったら街の中心部から離れた田んぼの中にある
原町は街の中にあるから活性化することはある
高速道路は道の駅なのだが何か違っていた
つまり車社会が街の商店街をシャッター通りにしたということがある
それは前のように街の通りとは関係しないからである
だから車と鉄道はそもそも街に影響するにしても違ったものになったのである

高速のセデッティから鹿狼山が近くに見えた、この辺では高い山がない
鹿狼山(がろうさん)は400メートルくらいでこの辺では一番高いのである
高速からの眺めはまた違っている、ただ一回も高速を通る経験をしていない
東京までバスで行こうとしたが行かない、何か介護になってから気力がなくなったのである、旅するにも気力が必要だなと今は思った

まだ風は東風である、でも確かに秋なのである、今日は午前中は雨で寒かった
午後は晴れたのである、日ざしは強い、あれだけ暑かったのは日ざしが強いことがわかる日ざしが強いということは太陽の影響で暑かったのだろうか?
氷河期となるなら太陽が影響しているから温暖化とは太陽の影響なのだろうか?

酔芙蓉が街中に咲いている、そして小さな町は静かな眠りにつく、田舎の夜は静かなのがいいのである、何かうるさい所は住みたくない、老人になると余計にそうである
何か疲れやすくなっているからだ
ともかく故郷とは何かということを私は震災後追求してきた
それはやはり先祖というのも関係している、親に育まれたところだとなる
その親が先祖がいて実りがあった
ただその先祖が悪いことでまた原発事故で住めなくなったこともある
だから避難区域になったところではもう住めなくなった
そしてたら先祖もそこにはないとなる、避難区域では今住んでいいる人たちだけではない先祖も住んでいたのである、その先祖の住む場所も奪われたとなる

それは限界集落で廃墟になった村でもそうである
誰もお参りもしない社がある、それも何か淋しいなとなる
そこは山の中にあり家は朽ちてゆく、そういう廃墟趣味の人がyoutubeで放送している
何かそこには幽霊が住んでいるような雰囲気になるのである

金をめぐる結末 (認知症になり金のことがわからなくなった)


金をめぐる結末

(認知症になり金のことがわからなくなった)

家族二人はある時金で激しく争ったし金をためていた
一人は思った以上ためていた、それで驚いたということもある
今は誰でもそうだが金を第一の価値としていたことには変わりない
では結果的に最後はどうなったのか?

二人とも認知症になった
そして金のことがわからなくなった
銀行から金をおろせなくなった
通帳とハンコをもってゆけばおろせたのだがそれがわからなくなった
できなくて銀行員に笑われたのである
そのことも驚きだった

人間いくら金をためていても認知症になったから自分の金さえ銀行から下せないし
金のことがわからなくなる
金をためこんでいても金のことがわからなくなる
これは何なのだろうとなる
ただ最後まで金にはこだわっていた、金が大事なことは知っていたようだ
でも自分がためた金をどうすることもできなくなっていたのだ
金のことが証書にしても通帳にしてもその意味していることがわからなくなったからである
だからこれも信じられないことだったのである
そんなことがありえるのかという驚きだった

次にもう一人も認知症になった
こつこつと一円も無駄にせず金をためていた
大正生まれであり働くことしか関心がない、何か趣味などはない
だから家事を94歳までしていたのである
遂に寝たきりになりボケた、認知症になった

そして大金を盗まれたことを言った
その金額は実際相当な額だったのである
でもそれを言ったら笑っていたのである。
これも信じられないことである
一円にこだわり何も使わない人がそんな大金を盗まれて笑っていたのである
認知症になり金にこだわらなくなったのである

そもそも金、金、金・・とこだわってきたのにこんなことになることは何なのだろうか?これも不可解なことである
ただ金のことがわからなくなったということでもなかった
どういうわけか死ぬ一二か月前に孫にいくらやれと自分に支持したからである
それが遺言になって私はそれを実行した
その時正気にもどってそう言ったのである

人間はどれだけ金にこだわり生きているか?
金が今や生活のすべてだともなる、でもその最後に金のことがわからなくなる?
これも信じられないことである

死ぬときはもう金のことばどうでもいいとなるのか?
認知症にして金のことは忘れさせるのか?
大金を盗まれても笑っているのがそうである
あんなに一円にもこだわっていてこつこつためた金を盗まれても笑っていたのである
もし正気だったらどうなったのか?
両方とも恐ろしいことになったかもしれない

一人異常に気が強いから何か事件にもなったかもしれない
でも最後の金の結末は金のことを知るにもわからない、そしてどうでも良くなり笑っていたという不思議である
人間は最後死ぬときになると金のことなどどうでもよくなることなのか?
ただ遺産を狙う人はそうではない、その人は金のことに無頓着わからなくなっても
遺産をもっているとなるとそのために認知症になっても人はその人にまとわりついて金をとろうとするのである

そうなった人を知っている、その人の悲劇は娘でも実際には育てた言えないからである
母親という感情がない娘である、なぜならその娘は育ての親が病気になったとき
何もしない、ただ幸いにその育ての親は病気ですぐ死んだ
だから介護もなにもなかった、娘は何もしない、そして「ひどい娘だわ」と言って死んだのである
その娘は今実の母親を施設にあづけているけど何の愛情もない
ただ金があるので金が目当てなだけなのである
金があるからかかわっているだけなのである

ともかく人間は今は金をめぐって泣き笑いがあり金にまつわり事件がある
でも最後に金の結末はどうなったのか?
二人とも認知症になり金のことがわからなくなったというのも皮肉だ
それも神の計らいなのか?神からの罰なのか?
人間死ぬときになったらもう金のことは関係ないとなるのか?
いい方に見れば死ぬときは金から解放されるとなるのか?
ただ地獄の沙汰も金次第となり金から離れられないのが人間である
ようやく屍となり金から離れるとなる
金の心配はなくなるとなる 

結局人間は悲劇であり喜劇であるのもまた結末なのである 
人間にとって何が大事なのか?
それはみんな金だと思っている
だから金にこだわりつづけて生きる
でも最後に死ぬときに金は何の用もたさなくなった
なぜなら金のことがわからなくなったからである
それは認知症になってわからなくなったからである
本当はそこで金にだけ価値とすることがすべて崩れたともなる
家族なら金で結ばれているのではない、愛情で結ばれているのが家族だからである

でも人間は金にこだわる、金が親子でも家族でもかかわる
その金によって愛情で結ばれている家族が分断されるのである
金によって人間は争い分断される、それはこの辺の原発事故の補償金で分断されたことでもわかる、結局金は欲でありその欲によって争うことになる
でも認知症になると金のことがわからないのだからどうにもならない
銀行から金をためこんでいてもおろせない、これほどショックなことはない
つまり全く金にこだわっていても無力化したのである
人間死ぬときとかになると無力化されるのかもしれない
もう老化したり認知症になることは死ぬということは無力化することである
ある意味で白痴になることでもある、最後人間はどんな人でも無力化される
それが人間の最後であったともなる


2018年09月14日

ニチニチソウ(俳句は写生であり説明しない)


ニチニチソウ(俳句は写生であり説明しない)


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この回りも荒地

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隣は荒地

三色のニチニチソウやレストラン

カタバミにニチニチソウに蜆蝶

赤黄白バラ一列に映えて咲く

同じ道通りて聞こゆ秋の蝉


高見食堂で食事した、ニチニチソウが三色咲いていた
これはいいなと見た、街中はあまり花は見ないからだ
あそこは結構いいものを出す、広いからゆったりする
レストランとはレストであり休む場所だから狭いと嫌になるからだ
食事はくつろいでしたいからである
そこの花壇にはカタバミの花も咲いていた、良くみないと見えないものだった

原町の郊外に畑が薔薇を一面に植えた所があった、これはいいなと写真にとった
ところがこの辺では必ず荒地になっている所がある
その隣は荒地なのである、たたはもともと何か野菜を植えていたけど震災以後荒地化してバラを植えるようになったのかもしれない、薔薇は売ることもできるからだ

この辺の問題は荒地になっていることなのだ、近くでも半分くらい荒地になっているから草がぼうぼうと回りから生えてきて困っているのである
でもそれが荒地のままなのは畑で野菜作るにしろ花を作るにしろ手間だから金にもならないからやらないのである
塩崎の津波をかぶった所は広いが部落の人が草を刈っていた、定期的に刈っている
それは金をもらっているからしているという、そうなのかと納得した
他では金をもらえないから草も刈らずに荒地化しているのである

これはここだけではない、全国的に耕作放棄地が問題になっているのだ
近くの知っている人の畑の隣は家族の人に車に乗せされて這って畑仕事していたが
遂にやめた結果草ぼうぼうになったのである

ともかくこの辺の問題は畑では荒地化しているのをどうするのか?
それが大きな問題である、それは他でもそうである
少子高齢化とかもあり跡継ぎがいない、金にならないし手間だからやらない
すると荒地として放置されたままになってしまうのである

ニチニチソウには季語はない、ここでも俳句が写生であることを示している
何も作り出したものがない、ただありのままを俳句にしただけである
カタバミが咲いている、ニチニチソウ咲いている、そこに蜆蝶が飛んでいたと見たままだからである
ところがみんな何かとそこに理屈みたいなものをそえる、それで俳句をだめにしている
説明をしているから良くないのだ、つまり写生ではカタバミとニチニチソウと蜆蝶とあればそのものが説明している、説明させるのである
だからそれがなにかにと修飾しないことなのである
だから写生俳句はつまらないようで奥深いものとなるのである

2018年09月13日

北海道地震でも災害に文明社会の弱さを露呈 (電気も水道もとまればパニックに)


北海道地震でも災害に文明社会の弱さを露呈

(電気も水道もとまればパニックに)

北海道地震では電気がとまったことの影響が大きかった
東日本大震災でも牡鹿半島とかの集落では津波の被害があり裏山の清水を利用して
木をとり米を炊いて部落で協力してしのいでいた

それができたのはまだ清水が裏山に流れていたとか燃やす木があったとかしたからであるもし東京のような所で電気が止まり水道が止まったらどうなるのか?
幸い東日本大震災ではこの辺も津波の被害があったが電気も水道も私の住んでいる地区は止まらなかった
それでご飯を炊いてオカズは味噌汁とかノリがあり一週間ほどすごして二週間目に米がなくなり町で古米を支給して助かった
二週間たち隣の市に自転車で買い出しに行った
その時ガソリン不足で車が並んでいてガソリンが手に入らなかった
そうなると自転車の方が有利だとなっていたのである

現代社会は便利すぎて災害に弱い、不思議なのは災害に強いということはどういうことなのか?それを江戸時代にふりかえると江戸で火事が多いから何ももたない、家も長屋でありただ家事になったら逃げる、長屋は焼けてもいい、延焼しないように火消しは壊すだけである、まず命が大事ということでそういう生活を日ごろからしていたのである
物をもたない、家もないから身一つで火事になったらいち早く逃げる算段をしていた
そうなると津波が来ても身一つとにかくいち早く逃げる、とりあえず何ももたず命を先にして逃げる、すると助かる度合いが大きくなる

つまり不思議なのは災害に強いということは何もなければ身一つ逃げるなら命は助かる
別に命があればまた長屋は建てられるし道具もわずかだからそろえれば同じ生活を開始できるとなる
電気も水道も使うわけでもい、井戸水を使えばいいとなる
だから災害に強いということはその災害に備えるということでも考え方が江戸では違っていたのである。
とにかくできるだけ早く身一つで逃げる算段をしていた
それは津波の時だとそういう日ごろの生活が生きてくる
家とか物に執着すると命が助からないのである

電気とか水道とかガスとか交通でも電車から車からと今は便利である
でも災害になると違ってくる、車は道路に対する占有率が高くなるから渋滞になりそれで逃げ遅れて津波で死んだ人が多い、むしろ歩いたり走ったりして逃げた方が良かったとなっていたのである。特に都会では渋滞になりそれが命とりになったのである
江戸の火事でもそうだが津波に対してもまず身一つでもできるだけ早く逃げることが命を守ることだったのである

現代文明生活は便利である、その便利さがかえって災害に弱くしているのである
つまり電気がなくなったら何もできない、米すらたくこともできない、水道が止められたら水も飲めないとかなる、その時井戸があれば水が利用できるともなる
裏山に木があれば燃料として利用できるとかなる
それは戦前までとか江戸時代になるとそうして自給自足生活だった
だから電気もないし水道もない、でも日ごろからそういう生活しているのだから困ることもないとなる
車だってないのだから身近にあるもので生活しているから困らないとなる

現代文明社会は災害とか一旦原発でも事故になったら壊滅的な被害になる
電気はあまりにも便利なものであり電気なしではありえない社会になっているからだ
原発もまた石油もいらない、石炭もいらない、安上りにできるとかで始められた
しかし一旦事故になったら住めなくなる壊滅的被害になる
そういう怖さが現代文明社会にはある、それは皮肉なのはあまりにも便利な社会だからその便利さが奪われたときもうお手上げになり打つ手がなくなるのである

それで東京とか大都会では電気も水もとめられたらもう何もできない
いかに東京を脱出するかが問題になる、でもその時道路も破損したりして車で避難できなくなる、渋滞にもなる、それでその時自転車が有効だと言われたのである。
自転車でとにかく都会を脱出することが生き伸びることに通じる
東京のような大都会は地震でも災害に弱い、八方塞がりになる
逃げ場がなくなるのである、だから被害が大きくなる

東京のような所だとあれだけ家が密集しているのだからその家がビルが凶器となってくる高層ビルが倒壊したりしたら被害が大きくなる、それは神戸地震を見ればかわる
5000人も心死んだけどそんなに死ぬこともなかったかもしれない
都会だと被害が大きくなるのだ

いづれにしろ日本は自然災害の国だということを東日本大震災より自覚させられた
でもその対策はかえって文明化して脆弱になっている
電気が水道がとまればもう打つ手がなくなる、井戸水もないし備蓄しているとしてもそれだもたりないとかなる、燃料がなくて米もたけなくなる
現代文明生活は意外とあまりにも便利な生活ゆえに災害に弱いのである
電気に頼り水道に頼り車に頼りとなるが車だってガソリンがなくなったり使いものにならなくなったり渋滞で障害物となり津波では多数死んだからである。

だから鴨長明の方丈記に記されたように簡素な生活ならかえって地震にも強いとなる

大きな家を所有するためにあくせく働いたり心を悩ませたりするのは無意味ではないか。最小限の物と住まいで、好きなことに静かに打ち込める環境があればそれでいいじゃないか。そう言って、自らが実践している

これは江戸の長屋と同じである、つまり日本はつくづく地震洪水から災害の国でありそれでそうした生活方法の方がいいともなっていたのである
だから井戸とかも利用していた方が良かったなとも思う
井戸は東京ですらいたるところにあったからである。
つまりあまりにも便利な生活になれて今まであった生活をすべて捨てたことにも問題があった、便利すぎることは危険にもなっていたのだ
原発などもその最たるものである、そんな危険なものを地震国日本に50基も作ったということは災いの種を作ったとなる

だから今の便利すぎる現代文明社会は日本だと地震とか津波で崩壊してしまう
東南海地震がきて津波が来るとそれが現実化してしまう恐怖になる
ただではもう江戸時代にも戦前にも戻ることはできない,するとどうなるのか?
もう死んでも仕方がないという諦観の悟りに生きるほかないともなる
なぜ日本では無常観が生まれかというと本当に自然災害で津波で一瞬にしてなにもかもなくなりという恐るべきことを経験してきたからだと思った
日本と国がどういう国か東日本大震災で自覚させられたのである。


電動自転車だと充電が必要である
でもノーパンクタイヤの災害用自転車だと脱出用にはいい
3万くらいで買えるとしたら用意していた方がいいかもしれない



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岡和田から横浜に移り住んだ老人 (都会で増える “呼び寄せ高齢者)


岡和田から横浜に移り住んだ老人 

(都会で増える “呼び寄せ高齢者)

そもそも兄弟の数が減っているので、地方にすら子どもが残っていないから、都市に出ている子どもが世話をしなきゃいけなくなるという。
また一方で、遠距離介護とは違って、Uターンをして介護をするということも、これまであったと思うんですけれども、特にここ10年ぐらい、地方の経済が非常に疲弊していまして、Uターンをして介護をしようにも仕事が見つからない。


その人は電車で来たのではない、車で駅に来たのである、駅には車の人も来るのである
男が二人に老女が一人だった
その老女は私は岡和田に住んでいたんですよと言った
横浜の息子の所に移住したのである
誰もめんどうみるものがなく故郷に住んでいられないで娘や息子の住んでいる場所に引き取られる老人も増えている
逆に老親が故郷に住んでいて横浜から娘が移り住んだ人もいた
それは特別な事情があったからである

なぜこういうことが起きるのか?
知っている人で二人とも娘がいるのだが東京に住んでいる
すると老夫婦でも取り残されたり一方が死んだりすると一人になる
するとめんどうみる人がいなくなる
すると娘とか息子の住んでいる所にひきとられるのである

そうなる人も多いのである、それは結婚は広域的になっているからだ
それで息子であれ娘であれ遠くに住む、ばらばらになっているのが多いのである
昔は実家が長男が継ぐとか実家を守る人がいたが今はいない
それで跡継ぎがいなくて墓じまいしたとかなる
墓も実家があって守られるがそれがなくなると墓も守る人がいなくなるのである
この前は駅前の老女も日立市の甥子の所にひきとられた
そこは空き家になった、そういう人も増えているのだ

広域社会というのはグロ−バル社会でもそうだが物資の流通は盛んになる
でも人間の交流は離れた時点で疎遠になるのである
それは家族でも血縁でも同じなのである
では地元で故郷で誰か周りでめんどうみるかとなると田舎でもいないのである
隣近所で助け合うなど今はない、田舎でも金の世の中になればそうなる

何かこの辺で原発事故以後家族がばらばらになったというとき飯館村の人が嫁の実家の京都に移り住んだとか普通にある、結婚も広域的だからそうなる
そして住み慣れたところを離れてゆくのはつらいともなる
そして農村社会であり田舎なら人のつながりがあると思うがなくなっているのだ
盛んに絆が言われたがむしろ外部との絆は生まれたのである
内部の絆はこの辺は補償金問題とかで分断された
それは広域社会になると外部とのつながりは交通の発達で生まれた
でも内部でのつながりは希薄化したのである

ただ遠くの親戚より近くの他人という諺は今でも生きている
何か困ったことがあったら遠くになると簡単に来ることはできない
結局老親でも近くに息子娘の住んでいる場所に引き取る他ないとなるのである
遠くにいてはめんどうみれないからである
つまり広域社会であれグロ−バル社会であれ矛盾を生んでいる
田舎に住んでいた人が東京とかで暮らすのは年取ってからは嫌だしそれで精神を病むということもあるだろう
これも現代社会の矛盾なのである