2018年11月30日

「愛と欲望のハレムオスマン帝国外伝」は世界史の大河ドラマ (なぜイスラムが衰退したのか、その原因の追究)

  
  「愛と欲望のハレムオスマン帝国外伝」は世界史の大河ドラマ
  
  (なぜイスラムが衰退したのか、その原因の追究) 

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歴史は地歴であり地の利である、これは神が定めたものであり運命である
その地理から離れて歴史もありえない、でも地理を知ることは容易ではない
一番いいのはやはり自ら踏査(とうさ)することである
つまりいくら本を読んでも地図を見ても世界はわからないのである
百聞一見にしかずとなってしまうのが世界なのである
世界となると知りえる範囲はどうしても限られるそこで何か的を得ないものになる

「愛と欲望のハレムオスマン帝国外伝」というシリーズのドラマを見ている
これは世界を舞台にした歴史ドラマなので興味をもった
なかなか世界史となると理解しにくいがNHKのような大河ドラマにすると興味がもてる
何かハレムは江戸時代の大奥とにている、そこでの女の戦いは時代劇とにている
あのようなハレムがあること時代イスラムが西洋にヨ−ロッパに遅れをとった原因だと見た、つまりキリスト教の西洋文明とは違った統治でありそれで改革できなかった
その足枷になったのがイスラム教だったのである
イスラムの衰退の原因は何だったのか?
その主要な原因が政教分離できなかったことなのである
政治と経済と宗教が不可分に一体化していたからこそできなかったのである

イスラムがヨ−ロッパより先進国だった、知識でも科学でも技術力でもイスラムが上だった、例えば十字軍はイスラムの富を略奪する強盗団ににていたというときそうである
イスラムの方に富があったからそうなった
面白いのはコーヒーがエチオピアで生まれそれがイスラムにもたらされてヨ−ロッパに入った、その時砂糖も中東経由イスラム商人によってもたらされたのである
アジアの物産はイスラム商人経由でヨ−ロッパにもたらされたのである

その貿易のルートが大航海時代になりヨ−ロッパが地中海がイスラムの海となった時
バスコダガマが喜望峰回りでアフリカからアジアへ航路を開いた
それが一大快挙でありアジアの貿易路ができてアジアの富が植民地を通じてもたらされた紅茶でもそうである、その習慣が生まれたのはアジアから紅茶がもたらされたからである今でもスリランカなどでは紅茶の産地で有名である
そして砂糖もアジアから直接ヨ−ロッパからもたらされるようになった結果イスラム中東経由の貿易は縮小したのである
それは陸の道としてのシルクロードが海の道に代わって廃れたとにている
どこが富む国に地域になるかはそうして交通の発達と交通の要所になることで決まる

小さな地域でも意外と戦争が終わった時はやる店はやはり狭い地域でも場所がいいところだったのである、何か私の家は小さな店をはじめた、家が角であり場所がいいということではやったのだとも言っていた、それで角屋とかの屋号がある
商売は場所がいいと人の集まりやすい場所だと繁盛する
それは前は駅が街の中心でありそこに人が集まっていたから駅前通りが生まれた
車社会になると六号線沿いや道の駅に店ができるようになった
常磐高速ができたらSAに人が集中するようになった
このように交通によって繁栄する場が変わるのである

なぜヨ−ロッパが栄えたのか?そしてイスラムが衰退したのか?
それはなぜイスラムは自爆テロとかイスラム国とか何かそれはやけくそになっている
何かヨ−ロッパよりオスマン帝国が優れていたのに今は衰退している
その不満があのような異常なやけくその自爆テロとかの反抗になっているのである
軍事力だけでは世界史では国は優位にたてない、総合的なものとして国家の形成があり
軍事力はその一部なのである
イスラムはなぜ衰退してヨ−ロッパが興隆したのかというのは世界史の大きな課題になる

●宗教の問題
●政治形態の問題
●交通路の問題

他にもあるにしろ主要なものとしてあった、では逆にヨ−ロッパはなぜ繁栄したのか?

●宗教
●政治形態(ガバナンス)→政教分離
●交通路の開拓(大航海時代)
●科学技術の進歩 
●産業革命

このうよに総合的なものとして文明があり盛衰がある、ヨ−ロッパはこれらが一体として世界をリードするものとなった、イスラム圏はオスマン帝国のようにヨ−ロッパを劣ったものとして見ていたのである
その頃ルターの宗教改革もヨ−ロッパにあり宗教的政治的改革があった
イスラム世界にはそうした改革は成されなかった、イスラム教の縛りの中でできなかった宗教が大きく影響をしていたからそこで改革ができなかったからだともなる

このことを日本に当てはめるとなぜ明治維新が成功したのか?
これも世界史の謎になる、江戸時代から西欧文明の挑戦を受けて応戦して改革できたのか江戸時代というとき相当に世界から遅れた世界だとみているからである
日本が中国などより先んじて西欧化したというのも世界史の不思議なのである

面白いのは日産のゴーン逮捕で騒いでいるけどベトナムのフランスの恨みだということをyoutubeで言っている人がいた、そういうことがあったのかともなる
ベトナムはフランスの植民地になった、でも日本軍に追い出されてベトナムは独立したとなる、その恨みがあるというとき歴史の継続を感じたのである
イギリスが日本軍によってシンガポールやマレイ半島から追い出された
それで捕虜されたりして今でも恨みになっている、オランダでもそうである
これも一つの歴史の転換でありその時世界史的に日本が世界の全面に出て来たためだとなる

ともかく世界史の興亡はくりかえされている、ではなぜある国が興隆してある国が衰退してゆくのかそこに共通の原因があるのか?
それは日本が高度成長を経験して衰退してゆくのか?またこれから興隆してゆくのかの問題にもなるからだ
ただこれには一つの解答はない、ただなぜヨ−ロッパが興隆したのか?
それが政教分離とかにあった、なぜ日本が戦争に負けたのか?
日本を神国とした政教一致政策にもあったとなる
もちろんナチスが生まれたのはなぜかとなるとこれは共通した現代文明から生まれたものだから宗教とはまた別問題である

とにかく文明という時、civilizationなのである、このcivilは市民なのである
市民の文明というのが文明の起源だとなる
でも市民とは何かとなるとそれはヨ−ロッパで生まれた概念であり歴史的に生まれたのである、市民は国民とも違う、国民の概念は近代に生まれた概念でありヨ−ロッパでも存在しなかった、ただ市民というのは歴史的にヨ−ロッパから生まれのである

(軍人・官吏に対して)一般市民の; (聖職者に対して)俗(人)の. 
civil life 民間人[一般市民]の生活
(軍用でなく)民間用の,民間人の. 

市民とは権力に対抗するものとして生まれた、聖職者に対抗するというときカトリックなどは宗教による政治支配体制だからである
だから創価や神道でも宗教が政教一致になるのはイスラムでもそうだったようにその国全体に影響して様々な自由な活動を制限して国自体を衰退させるのである、そういう団体に所属する会員は市民ではないのである 
創価などは何かあると必ず罰があたるとか集団的に権力で恐れさすことでもわかる、それはカトリックがしていたことなのである
他でも宗教が政治にかかわり実際に権力をもてば市民の自由な活動でも委縮させて経済自体も衰退させるのである
イスラム世界には市民というのは形成されないしその概念もない、それが停滞した原因だともなる 

だからもしヨ−ロッパでもルターの宗教革命が起こらなかったら停滞していたともなる
プロテスタントが起こりその精神から資本主義が生まれとなる説はそうである
そして世界をリードしたのはプロテスタントでありそれはアメリカに受け継がれたからである
アメリカの開拓は聖書の精神からはじまりプロテスタントが開いたからである
一方でカトリックが普及した地域はフィリンピンとな南米とか停滞しているのである
それは気候と関係しているともなるがやはり宗教の影響がある

いづれにしろ世界史でもアプローチする方法はいろいろある、コーヒーの歴史からでも興味をもつ、世界史でも興味をもつ方法は無数の入口がある、ただ一つの入口ではないのである、私の場合はトルコに行ったことがありイスタンブールに一週間くらい滞在していたそれで興味をもった、地理でもドナウ川は見ていないがトルコから黒海をさかのぼり東ヨーロッパのキリスト教国に船団を組んで攻め上る、そのために細身の船を開発したりとかしている
ここでも川が重要な役割を果たしていたのである、とにかくトルコは今もシリアとかでもめていて要衝の地である
ヨ−ロッパと関係して中東と関係してロシアと関係してアジアとも関係する
なぜならそもそもトルコの民族は突厥だからアジアは出身だからである、それは今も変わらなかったのである
トルコで最近起きた事件でもそうである、サウジアラビアの記者が殺害されたとかシリアの争乱とかでもトルコが要の国になったことはそういう地理的背景があり変わらないからである


2018年11月29日

老人は買いものでも選び買えない (買っても使いこなせないものが多くて失敗)


老人は買いものでも選び買えない

(買っても使いこなせないものが多くて失敗)

何か買い物がうまくいかなくなった、買ってもうまく使えないということもある
要するにわかったことは人間はいろいろなものがあっても使いこなせない
特に老人になるとそうなる、ビデオカメラ前にしていたからまたやろうとして買った
今は小型のカメラについているし大きなものは買わなくなっていたのである
技術が進歩しておいつけくなっなった
それで買い物に失敗することが多くなる

ただ通信販売で2000円のロングパンツはいいものだった、自分は何か着こなしが下手でありルーズでずぼらなのでなかなか着こなしができない
でもこのスポーツタイプのズボンはぴったりだった
体にあったものでありルーズでも着こなしできるのである
レビューを見ていいとあっても必ずしも合わないのもが結構あり失敗する

買い物はいかにして使いこなせるかということが問題なのである
料理するにしても材料を買っても使えないのである
買うことはできる、でも買うものを選びそれを使いこなすことができないのである
これはいくら金があってもどうにもならないことである
高いものを買ったとして使いこなせないとしたらそうなる

私が30万くらいで買ったヤマハの電動のロードがそうだった、YPJである
確かに最初は早くていいなと思ったが乗っているうち何か不安定なのである
それで転んで大けがする危険を経験した
ロードは安定しないのである、だから体にあっていないし老人には自分にはあっていないものだったのである、これはだから損だった、大きな買い物の失敗だった
このように高価なものでも自分に合わないものだと何の価値もなくなる
使いこなせないとしたらいくら高価なものでも価値がないのである

それで最近出てきたe-bikeはマウンテンバイク型であり最新式の電動自転車でありこれは安定しているからぶれないから合っていると見た
今までにないタイプのもので馬力がある、そもそもe-bikeは老人が力がなくても使えるものとして普及した、つまり老人に合ったものとして開発されたからそうなる
電動自転車でもロードは一見老人向きのようでもそうではなかったのである

老人は買い物がとにかくなんでもむずかしくなる、特に技術が進歩しているから買うこと自体何を買っていいかわからなくなる、買っても使いこなせなくなる
テレビすらパソコン化して操作するのがめんどうになる
リモコンのボタンを押すというだけではない機能が増えたからである

時計を買うのは実際は失敗したのではない、バンドが切れたのである
それも意外と早く一年二年で切れたのである、それは一万近くしていたから損だった
それで今度はバンドを金属製ので2000円で買った
でもこれも何かはずしたり元に直すのがうまくいかなかった
物は悪くないのだがめんとうなのでまた千円で別なものを買った
バンドは金属製ではないが千円だからいいとした
それから方位をさす腕時計型のものを買った

温度計もあるといいと思ったがいろいろついているとなかなかその機能を活かせない
方位計はいちいち手でとってみるとめんどうになる
腕時計でいつも見れるようになっているとわかりやすいのである
自転車でも方向を腕時計で見るとわかりやすいからである
瞬時に変化を見れるからである、意外と方向はわかりにくいのである
近くでも方向がわからなくなることがあるからだ
腕時計を左に右に方位計をしていれば自転車にのりながら方角がわかる、変化がわかる

何かいろいろ買っても使いこなせない、印刷機でも使いこなせないとかありかえってコンビニで十円で印刷した方が得だと思った
本当に使いこなせないということが今や問題である、それは老人になると特にそうなのである
だから下手に新しいものを買いないと思った、簡単なものならいいがあまりに多機能なのは使えこなせないのである
老人が金をもっていても使わないという時使いこなせないものが多いかということもある使いこなすということは老人にとって大きな問題なことがわかった

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これは方向を常時見れるから便利、1000円だから安い、他のはいろいろ機能がついていても使いにくいもののようだ
方向だけ見るにはこれが良かった、温度も知りたいとかあったがそうなると使いにくくなる
腕時計型になると単純ではなくなるからだ
これをアマゾンで選ぶのに苦労した、選び買うことが一苦労なのである
買う種類とか選ぶ物が今は多いからなんでもそうなるのである

2018年11月28日

アイディンティティ論 (クニは国家のことではないー(自然とのアイディンティティから言語化することから始まる)


アイディンティティ論

(クニは国家のことではないー(自然とのアイディンティティから言語化することから始まる)

アイディンティティを考える時まず国家とクニは違う、国家は権力体制でありクニは自然の中で自ずから成ったものでありそれはだから地理的制限があり無闇に拡大しない
ある地域からクニがはじまりそのクニの中で生活して先祖がありアイディンティティ化してゆく、だから先祖が犬だとか猿だとかなるのもアイディンティティになる
猿族犬族とかトーテム信仰がありそれで結束する

会津嶺《あいづね》の 国をさ遠《どお》み 逢はなはば 偲《しの》ひにせもと 紐結ばさね
     〜作者未詳(東歌) 『万葉集』 巻14-3426 相聞歌

この歌は会津は一つのクニであったが大和王権という国家ができたときクニから大きな国家権力がかかわったということである、その大和王権という国家は会津のようなクニとはまだアイディンティティ化されていないのである
だから強引な権力によって兵士にされたという気持ちがここにはある

アイディンティティ化するというとき意外と言葉が大きく関係している、そもそもエデンの園でのアダムの仕事は名付けることだったということでもわかる
様々な植物でも名前をつけることが仕事になる、それは詩人的仕事なのである
つまり名前をつけることはそれでもって言葉を通じて自然をアイディンティティ化していることになるからだ
名前が意外と大事であり名は体を現すとか名前を言うことはその名前を唱えて呪い殺されることもあるから名前は簡単に教えないということが古代にあった
そして名をなのることは一つのそのクニを支配することにも通じていた

泊瀬朝倉宮御宇天皇代 [大泊瀬稚武天皇]
天皇御製歌

籠もよ み籠持ち 堀串もよ み堀串持ち この岡に 菜摘ます子家聞かな 告らさね そらみつ 大和の国は おしなべて 我れこそ居れしきなべて 我れこそ座せ 我れこそば 告らめ 家をも名をも

菜摘ます子家聞かな 告らさね・・・家を知り名前を知りたいとなる、まず家を知りたいというのは家が先にあったしそれは明治以降までつづいていたからである
ただ相手の名前を聞いているのとも違うが名前を簡単には言わなかった
雄略天皇は堂々と王たるもので名前を言えたとなる
名を汚すことはキリスト教でも御名を汚すことは許されない
つまり名前は常に汚される、人間は常に世の中にある限り汚され存在なのである
それは神が出現してもそうだった、神とは信じないからである

先に名を名乗る=言霊を奪われる=相手に服従する
という意味が込められている。 
自分の名を知られた途端に相手の支配下におかれる。

婚約の儀式にも受け継がれ、男性が女性の名前を尋ね、 
女性は「人生を捧げてもいい」と思った男性にだけ名を告げる。 

こういう人事的なことの前にそもそも人間はこの大自然に対してどうしてアイディンティティ化したのか?
言葉が神聖化されたり宣(のる)いいう時、祝詞(のりと)というとき何かが言葉を通じてのりうつる、言霊と化すという言葉に対する信仰のようなものが生まれる
では自然の万物が人間にのりうつる時それを現すのは言葉なのである
人間に言葉がなければ大自然の中の混沌の中に置かれる、それは安定しないのである
この大自然とアイディンティティ化するには言葉が必要だったのである
実際はすべて言葉では現せない、言葉の限界がある
それはアメリカのようなグランドキャニオンを見たような時である
そこは地球だと思えなかったからである、その時人間は言葉を失うとなる
言葉で表現しえないとなるからだ
それはホイットマンの詩に現れている、あまりにも広大な故に言葉で表現しきれないのである、
もうそうなると神のような力が必要にもなる

日本だとまだ国土が小さいからそこで言葉でアイディンティティ化しやすかったとはなる
だからアイディンティティというときまず国とか国家とかとのアイディンティティ化ではない、
自然とのアイディンティティ化が先にある
そもそも日本語がどうして生まれたのか?これも未だに不明である
どういう背景で生まれたのか?その起源を外国にたどってもにたようなものがあるとかで終わっている、
その系統が不明である、つまり日本語は孤立語なのである
それでも日本語もやはり日本の風土と関係して生まれている
外国語で表現できないものが日本語にあるときそれは日本の風土が背景に関係しているからだともなる、なにかしとやかにはしとしとと梅雨に雨がふる感じでありつつむとかは森につつまれとかありつつましいとかの言葉として派生する
英語のクリアーというのは良く使われるがそれは乾燥地帯の風土から生まれた言葉であるからっと晴れている晴れる日がつづくからである、だからクリアーとかファインとかフェアーとかの言葉は本当は日本語には訳せないしまた英語も日本語に訳せないのである
その意味が本質的に理解できないからである
そのために詩は翻訳できないとなるのだ

ギリシア人達は自らを「ヘレネス」と呼び,ギリシア語を話さない他民族を「バルバロイ」(Barbaroi:意味不明の言語を話す者)と呼びました。「ヘレネス」とは,ギリシア神話に登場するデウカリオンの子の“ヘレンの子孫”という意味で,ギリシア人は神の血統を受け継ぐ勇敢な民族としてアイデンティティーを形成していきました

いづれにしろこのように言葉が共通していることがその民族のアイディンティティになる言葉が通じないことが一番意思疎通を阻むからである
またアイディンティティは地理的一体感とかからも生まれている
これも重要なアイディンティティでの要素である
それで歴史的地理的アイディンティティがクニの基本としてある
それで廃藩置県はどうしても無理に人工的に作られた所があり地理的一体感とか感じない福島県でもなぜ福島なのかもわからない、そして福島県は広いから一体感がもてない
ハマ、ナカ、アイズと別れていて気候も違っている
冬になれば会津は雪がふりつづけるが浜通りは海に面して雪はめったに降らないのであるだからむしろ相馬地方は浜通りであり海に面した太平洋岸と地理的一体感をもつ
それが証明されたのが津波だったのである
三陸だけに津波が過去にあったのではなく太平洋岸は歴史的に津波がありその歴史を共有する地帯だったと知ったのである

いづれにしろアイディンティティ論というのは人間の存在を問う基本にある
だからアイディンティティには様々なものがあり一つにはならない
ここでは基本的に言葉があり地理がアイディンティティのファンダメンタルなものだとなる 

fundamentalとはfindmentalである、それが過去形になりfind→found→fundamentalになった

つまり発見されたmental(精神的なもの)なのである、実は過去形ではなく常にアイディンティティは現在形のfindである
常に見出されるものである、私自身が郷土と一体化するアイディンティティ化することをしてきた
それを詩にしたり芸術化にするのもそうである、ただ芸術だけではない、そもそも自然からはじまるのがクニだからそこでは農業でも現実の生活と自然とアイディンティティ化しているのである
それで畑で野菜を作る女性は良く冬には土が眠り栄養豊かになるというときそうである、冬(ふゆ)は増えるでありふゆになったからである、それは農耕社会とアイディンティティ化して生まれた言葉なのである
春は張るであり万物が張る状態になるからそうなる、田んぼに水を張るということでも田植えがはじまることでも春なのである 
言葉のはじまりには農業的なものがまたは狩猟とか牧畜的なものがある、それは言葉でも生活から離れてありえないからである


冬の菊と老木と樅の木


冬の菊と老木と樅の木

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百歳に母は死ににき冬の菊

老木のここに朽ちなむ冬の菊

樅の木に孟宗竹や冬に入る


一本の樅の木ここに立ちにけり知らざりしかも冬に入るかな 

ふるさとの道に一枚散る木の葉しばしたたずみしみじみと見ゆ

よみとれぬ墓の文字かな誰が眠る短き日のはやも暮れなむ


母は冬の菊だった、目立たない女性だった、それでも最後までりんとしたところがあったただ処世術がない女性だった、何か世の中のことをわからない人がいるのだ
それは自分もそうだった、世の中にうとい人がいるのである

この老木は何か天然記念物のよにうも見える、この木は生きているのか?
まさに百歳の人間と同じである、これから百歳の人も増えてくる
今回発見した樅の木はいい木だった、樅の木は結構ある
でも意外と発見しにくい、ここにこんな木があったのかというのも発見しにくい
でもそういんう木があって故郷を支えていたとかなる

冬の菊でもここに朽ちるというときついの住処としてここで死ぬということにもなる
人間も生物だから最後はそういう気持ちになる
だから避難区域に帰ったのは老人なのである、つまりそういう気持ちになるのが生物として自然だからである


2018年11月27日

駅のインターホンは水戸にしか通じない (原町駅に通じなくなっていいのか?)


駅のインターホンは水戸にしか通じない

(原町駅に通じなくなっていいのか?)

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これは前から張ってったが気づかなかった
ただ時間がででいない、三回は原町に行くとして早朝があり実際は二回しかない
あとは一日二回くらいのバスが出ている、その時間をのせる必要もある
これから風で遅れたときなど知る必要があるからだ
タクシーだと高くなるからだ

これが私の作った鹿島駅の案内である―バスの利用を示していた
でも駅内にはっていたが駅長に置くなと言われてとられたのである

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この時刻表は小高浪江行きでも出ているので便利である
ただどこで出しているのかわからなかった



インターホンに出たのは原町駅の人ではなかった
水戸管理局の人だった、水戸管理局の人は来るけど原町が直接管理しているから
水戸ではいろいろなことで連絡取れるのか疑問になった

そもそも原町駅が隣の駅なのだから連絡するのには便利である
それをわざわざ水戸にしたのか?管理局になっていてもなぜなのか?
新地まで水戸管理局になっている、後は仙台である
仙台は近いから水戸にていること自体不便である

人手をはぶくために水戸管理局に通じるようにしたのか?
理由はわからないが原町駅でないとなかなか案内しにくいだろう
原町からバスが出ているしこの辺では交通の要だからである

ともかく何か自分が駅長とか駅の関係者に嫌われている
何か余計なことをしているとみられる
でもなぜそうなったのか?
それが無人駅になったからである、無人だから勝手に人が入ってきてもしょうがないのである、別に悪いことするのでもない協力している
それなのに一顧だにない、むしろここで何しているのだ、余計なことをするなと敬遠されているのである

ただ去年から飯館へ福島市に行くバスは出ていた、ここに張り紙してあった
でも自分は気づかなかった、なぜ張ってったのを気づいたかというとプログに書いてあるから日付を見てわかった、人間は記録していると後でそのことを思い出すのである

その前に私は飯館から福島に行くバスの案内とか原町のバスの案内を作って駅内に張っていた、それを断れたのである、その理由はルールがあり勝手に駅内を許可なしでは使ってならないということでそうなった
これもおかしいのだが責任とれないからだとか言っていた
何か外部の者を排斥する傾向がある、でも駅はJRだけのものではない
市町村でも外部から乗る人もありみんなのものなのである
だから便利にしようとしているのにいちゃもんつけてボランティアはうざいとか嫌がらせのようなことをするのはおかしいのである

ただ今度は原町駅を管理するのは水戸管理局でありそこに連絡するとなるとどうなるのか原町駅の人の文句を言うとどうなるのか?
水戸管理局は命令する立場にあるからどうなるのか?
ただ原町駅で直接管理しているのだから水戸では何かわからなくなることがある
それが納得いかないのである

2018年11月26日

隠されたトラウマ〜精神障害兵士8000人の記録〜 (死ぬ直前まで消えなかった戦争のトラウマー従軍看護婦だった姉も同じ)


隠されたトラウマ〜精神障害兵士8000人の記録〜

(死ぬ直前まで消えなかった戦争のトラウマー従軍看護婦だった姉も同じ)


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小林カツ(85歳死亡)

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このうち何人かは若くして死んでいる
会津の人とか従軍看護婦との交流があった
この時福島県の従軍看護婦が集められた
福島県の赤十字の支部である
ここでは十人がいた
昭和17年だった

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この会報が長く続けられていた、ここがジョホールバルの病院である
やしの木があるから南国である
ここに戦友の従軍看護婦がいて島根の女性からもらったバッグを認知症になってからも肌身離さず大事にしていた
これも認知症ではある、やはり人間は最後は記憶が大事になる
認知症でもそうした大事な記憶は忘れないのである
特に青春時代に異常な苦労をしたからこれは終生死ぬ直前まで忘れなかったのである
島根の戦友はまだ生きているかもしれない、93歳とかになるだろう
姉は85歳まで生きた



NHKのこの放送は生々しかった、なぜなら私の姉はシンガポールで向かい側のマレー半島のジョホールバルで四年間従軍看護婦として働いた
そこはイギリスの赤十字病院だった、青春時代の四年間は長い
そこでいろいろな体験をしたが過酷だった、姉自体は丈夫な気丈な人でも腸チフスになったとか苦しんだ、一番苦しんだのは戦争終わってからだった
ジャングルに逃げて食料もなくなったときだった
ジャングルは何か食べ物があったのだろう、ただそこで病気になりやすかった
マラリヤになりそれが基で精神病になったとか梅毒精神病になったとかある
隣の人が実は姉と戦地であったというのも奇遇だった
その人は戦後精神病になった、それは梅毒精神病であったのだろう
なぜなら奇声を出して徘徊したり異常を来していたからである、それは子供の頃でも覚えている
マラリヤから精神病になったというからそういう人はかなりの数にのぼっていたのである
すべてが記録されるわけではないからだ
それから何か精神病の人がいたがそれも戦地から帰ってなったとか聞いた
必ずしも病院に入った人だけではない、家族のもとに帰って人もいたのだ

この戦争のために精神病になったとか自殺したとかは相当数にのぼっている
なぜなら病棟でも姉は窓から飛び降りる人とか苦しみのために自殺しようとした人がいたとういことを聞いたからである
戦争は人間を極限状態においこむ、そこで何があったのか?
それはなかなかしりえようがない、ただ一時的に普通であってもその後も戦争の悪夢に悩まされていた、それで時々戦争の後遺症がトラウマとなって突然怒り出すると異常性が残っているとかあった、戦争のトラウマは実際は50年過ぎても死ぬまで消えなかったのである
姉は認知症になったけど最後はその戦争のことを千回語り死んだ
死ぬ直前まで戦争のこと語りうなされていたとなる
だからこのNHKの放送でもそれはそうだったなと納得した
それだけ過酷であり脳に戦争の悲惨さ残酷さが刻まれて心を病んでおかしくなっていたのである、ただ姉には別に陽気な人で日常的にはなにもない普通の人だったのである
何か異常性はなかったのである、何かそうして日常生活で異常性が残った人は少ないと思う、ただ時々でも常に戦争のトラウマが出る
それは死ぬ直前までそうなのだからいかに戦争が過酷で悲惨だったかわかる

ただNHKの放送ではシンガポールとかマレー半島には精神障害を出たという印がなかった
そこは意外と楽勝だった、シンガポールやマレー半島は簡単に日本軍の攻撃で陥落したからである、他は中国でも地元民でも攻撃されて四苦八苦して犠牲があった
それで姉の場合はまだましな地域にいたとなる
そして従軍看護婦だから人を直接は殺してはいない、看護だから人を殺すトラウマはなかった
でもいくら苦しいことでも50年過ぎるとかすれば死ぬ頃は忘れるのである
それが忘れられないということは青春時代だったこと多感な時期だったことなどが重なったからである

戦争は勝にしろ負けるにしろあまりにも異常な状態でありその非人間的な行為は死ぬまでトラウマとして残る
日本の戦争は無理な強行だった、もう兵士になるものもいなくて40歳以上でも徴集されていたしその記録が相馬市から招集された記録が短歌として残したのをプログに書いた
そして戦争に精神薄弱者まで徴兵していたのである
それだけ兵士になる人がいなかったのである、例えば建築現場には精神薄弱者がまぎれこんでくる、高度成長時代人手不足でそうなっていた
今の時代も人手不足になるともう誰でもいいからかき集められれる
いかに日本の戦争が追い詰められていたかこれでもわかる
ただシンガポールとかマレー半島でイギリスに勝ったとういことは評価されている
歴史的快挙だったとされているからそれがどういう意味をもっているからまた別である
アメリカがベトナムでもイラクでもやはり同じように精神障害になりトラウマになった
戦争はどっちが勝つも負けるも過酷であり残酷であり正常感覚を奪う
まず人を殺したたらやはり何かそれがトラウマとなる 

姉の場合は比較的にまだ戦地としては楽勝でありそれで中国とか他よりは条件が良かったとしても死ぬ直前まで戦争のことが忘れられず認知症になっても千回話つづけて最後の一か月前も意識不明になる直前まで話していたのが戦争のことだったのである
だから今回のNHKの放送は納得するものがあった
そういう話をやはり子供に伝えられている、まだ戦争の現実はその子供辺りまでは伝えられる、でも孫とかその後になるとなかなか伝えられなくなる
だから資料として残すとか何か記録を残して語りつづけることが必要になる
ただ長生き時代で百歳の人まで出ていたからその人が語ることはまだ生々しいとなる



posted by 老鶯 at 11:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 明治維新-明治以降

2018年11月25日

抽象画を作る種は尽きない (インタ−ネットの写真や絵から変化させるから)

抽象画を作る種は尽きない

(インタ−ネットの写真や絵から変化させるから)

The source of making abstract paintings does not run out

(We will change it from pictures and pictures on the Internet)

mornigforestggg11.jpg

the sun goes up in the forest

blackforest234.jpg

dark forest

mmmmcloud11122.jpg

earthlavagreen122.jpg
eruptive crater

absankaku111.jpg
glancing light


抽象画を作るのは才能ではない、私自身には絵の才能は全くない
ただその種になる変化する材料がインタ−ネット上に無限にあるから作り続けられる
それは才能ではない、インスピレーションでもない
ただ機械的にソフトで変化させるだけだからである
ただ変化させてそれが森の変化だとか川の変化だと山の変化になる
抽象画の特徴は何か具象画だとどうしても絵の才能がないと作れない
抽象画は絵の才能がなくても作れる、それは材料はインタ−ネットに無限にあるからそうなる
だからこういう芸術は今までになかったのである


It is not a talent to make an abstract picture, I myself have no talent for drawing
Just because it is infinitely on the Internet changing material to become that kind can continue to make
It's not a talent, it's not an inspiration
It's just to mechanically change it with software -
Just change it and it is a change in the forest or change in the river turns into a mountain change
Abstract painting can not be made without painting talent by any means if it is a concrete picture
Abstract painting can be made without the talent of painting, it is because it is infinite in the Internet
That's why such arts have never existed before.




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2018年11月24日

ゴーンも東電の清水社長コストカッター (総合的に判断できる社長など今はいないーグロ−バル化の否定へ)


ゴーンも東電の清水社長コストカッター

(総合的に判断できる社長など今はいないーグロ−バル化の否定へ)


連続して浮上してきた数々の事件・事故・トラブルの背後にある原因のほとんどが、こうしたコストダウン・コストカットに集約される。加えて「嘘をつく」「誤魔化す」「隠す」「手を抜く」「騙す」「脅す」「法律違反をする」など、倫理観すらコストダウンに飲み込まれている。

ニュースサイトで読む: https://biz-journal.jp/2016/02/post_13625_2.html
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どうして危険だと分かっていた1号機の廃炉をしなかったか。上の記述で明らか。10円を惜しんで、1億円を失ったのです。

社内の土木調査グループから、国の研究機関である地震調査研究推進本部の長期評価を用いて試算したところ、福島第一原発が15.7mの津波に襲われる可能性があるという報告がなされた。

しかし、吉田氏を含む東京電力の経営陣は、そうした津波の発生確率は1万年から10万年に1回程度で、防潮堤建設にも数百億円の費用がかかることを主な理由に、対策を打たなかった。

またGEは竜巻の経験はあるが、津波のことはまったく念頭になく、電源盤や非常用ディーゼル発電機などを、補修がやりやすいよう、建屋の地下にまとめて設置しており、これが3・11の大惨事を招いた。

東電から、福島第一原発を8.6〜8.9mの津波が襲う可能性があるという試算結果を説明され、その場合、ポンプの電動機が水没して冷却機能が失われることを認識していたが、「聞き置いた」だけだった。


日産の会長、カルロス、ゴーンの逮捕で気になったのがコストカッターだということであった、二万人の社員を首にした
それを恨みに思っている日産社員が語っている
そしてゴーン自身が会社の金を私的に流用して50億円を裏金として利用していた
社員を非情にコストカットのために首にして自分自身は裏金で日本に税金も払わず
私用に使っていた、ベルサイユ宮殿でまた結婚式までしていた
これでは腸(はらわた)がにえくりかえるともなる

経営はわからないにしても東電の事故でも清水社長はコストカッターでのし上がったと常に言われてきたのである
東電自体でもコストカットの圧力があり会社全体で取り組んでいた、社員も整理していたそもそも経営では常にコストカットが要求される、営業ではノルマを果たすことが要求される、それが強硬なものとなり社員に圧力がかかりプレッシャーとなり何が何でもノルマを果たすために客をだますということにもなる
私企業ならもうけを出すことが最優先なのだからそれはどこの会社でもある

ただ東電に関してはそのコストカットが重大事故の原因になったから問われた

原発事故の原因はいろいろあるが

●アメリカの押しつけ

●日本の技術の未熟性

●日本の風土の無視

●無理なコストカットの強制

●コストカットで安全の無視

これが主要なものとしてあった、原発はもともと原子力潜水艦から生まれ技術であり原子力技術者は陸で行うことは危険だから反対していた
つまり科学者でも技術者でも原発には反対する人がいたのである
ただそこにアメリカの圧力とか日本の政治の圧力があり無理やり作られたのである
最初に湯川秀樹はアメリカの原発を導入しようとしたときまだ時期が早いからやるべきではないと言っていたのである

結果としてアメリカからの強力なおしつけで古い型のマーク1の原子炉を売りつけられたのである、それは危険だからやめるべきだという意見もあったが無視された
アメリカでは外国だから事故のことを真剣に考慮しないからだった

もう一つはアメリカでは竜巻があるからそれにならって地下に電源を置いた
そのことが最大の過ちとなったのである
日本にはそんな巨大な竜巻は来ない、でも地震と津波が来るのである
それでもともと津波とか警戒して高台に作る予定していてそうなるはずだった
そうすれば津波の被害はなかったのである

コストカットするために高台に作ろうとてして土盛りもしたがわざわざ低くしてそれで地下に電源を置いた結果津波で破壊された
コストカットと日本の地震とか津波を予測されていたのにしなかった
何かここに経営の失敗の共通性がある
経営はわからないにしろ総合的なものから判断する必要がある
それを統括する人は社長になるとただコストだけを見ていたら失敗する
ゴーン社長もコストだけを見ていてそれをカットしたことには成功した
でもそのために二万人が犠牲になっていたのである
そうして犠牲にさせていて自分自身は巨額の会社の金を私用に使っていたのである
コストカットは誰でもできることだという意見もある

つまり経営は総合的判断だからコストカットということだけに目がむくと他がないがしろにされる、その総合的に判断することが社長の役目なのである
その総合的になるということが現代の複雑な社会では至難なのである
なぜなら吉田社長でもそうだけど私は資材部門の専門であり復水器については知らないと言っていたのである、復水器は原発の安全に欠かせない重要な装置だったが知らなかったのである
技術でもあらゆる技術を知り得る人はいない、そんな人がいたら神のような人だとなってしまうだろう
それで大病院で癌の見落としがあったことが問題になっている

主治医は、報告書が届く前に画像だけを見て診断し、患者に説明することも少なくありません。その際、主治医は自分の専門分野、例えば肺なら肺、腎臓なら腎臓の臓器だけに注目し、周辺に映っているほかの臓器に注意を払わない傾向があるといいます。ほかの臓器に異変があるかもしれない、そうした可能性を考えることなく判断を下す

「相次ぐ『がん見落とし』 背景に何が」(時論公論)
                                               
これも同じように体全体を診れる医者がいないのである、いくら技術が発達しても優秀な医者でも体の一部分しかしらない
全体の体を診れないのである、だからそこに落とし穴があるのは原発でも同じだった
原発全体を見渡せる知りえる人はいないのである、するとどうなるのか?
もう事故になったら何もできない、壊滅的なカタストロフィー大崩壊が起きて成す術もなくなるのである
それが現代文明の宿命でありそれで文明が崩壊するというのも納得する
誰ももう全体を知ることはできない、それはAIになってもそうである、そして操作不可能になり大事故になっても成す術がなくなり文明が崩壊する、それが現実にここで起きたことなのである
原子力文明の崩壊だったのである  

ゴーン社長でもコストカットということだけに目を向ける、そこでは成功している、しかし二万人の首切りとか犠牲があった
それはコストカットには必ず無理があるから犠牲が生まれる
それにしてもブラジルからレバノンからフランスから日本と渡り歩く人にも驚く、その育った家庭もグローバルだったのである
でもこのグローバルなものが実は今や危険だということを知る
原発事故でわかったようにそれぞれの国には歴史があり風土があり地歴があって成り立っている

日本には日本の文化があり会社文化もある、社員を大事にするという文化がある、社長が飛ぶ抜けて給料を独り占めするようなことは日本ではない、欧米では普通にある、それは階級社会があったからである、そこに奴隷も存在したからである
それでフランスの人の発言で富裕層は仲間でありこうした悪も暴かれないが日本では暴かれたとして喜んでいる
欧米では支配階級と被支配階級が明確に二分されているのである、それは歴史的にもそうである
日本は平等社会なのである、侍がいたとしてもヨ−ロッパの貴族とは違っている、質素なのである
極端な格差がないのが日本社会でありそれが歴史であり文化なのである

だから会社でも日本では日本文化に基づいた会社形成をするべきだという人がいるのもわかる
社員の幸福のために会社があるのであり株主のためではないという思想である
いづれにしろグローバル経済はいたるところでほころび限界に来ているのである
それは国々の地歴を風土文化を無視しているからである
そこが最大の問題でありそこからさまざまな軋轢が生まれるのである
グロ−バル化というのは今や限界に来ていてもう全否定とはいかなくても否定する方向に世界で向かっているのである



posted by 老鶯 at 20:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

大根干し、冬籠り(小山田村の冬景色)


大根干し、冬籠り(小山田村の冬景色)

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大根干し蔵ある家や冬ごもり

小山田の墓地をたずねて冬紅葉

貧しきや土地に働く冬あざみ

溜池に落葉沈むや一部落

鴨数羽しばし安らぎ去りにけり

残菊や人影見えず細き径(みち)

日短き墓地をたずねて名も知れず

小山田の細道今日も我は行く残れる菊にワレモコウかな

この写真は絵になっていた、今なかなか農家でも農家らしくなくなっている、田舎でも田舎らしくなくなっている、この風景はいかにも日本の農村の風景である
それで矛盾しているのがこの道をまっすぐゆきと常磐高速の鹿島のSAになる
そこで昼食をとったが混んでいる、あれほど混む所はこの辺ではない
働いている人も今日は十人以上いた、ひっきりなしに人がきて並んでいる
数えてみれば何人来ているのか?百人とかは軽く越えているだろう
500人とかわからないが相当な数である
これだけ駅と高速道路の相違があることに愕然とするのである
客にしても百倍どころではない千倍の差があることになるからだ 

だから何かこうして鄙びた感じの小山田村を紹介するとき奇妙になるのだ
常磐高速道路にこうした鄙びた村を通りそうした場所に行くからだ
常磐高速から町の方へ来る人は少ない、あそこだけが鹿島では人が集まる場なのである

今では田舎的風景がどこにでもあるという訳ではない、この大根干している風景はいかにも田舎的である、そして冬籠りの季節になる
今になると冬籠りというのもなくなる、冬は土も眠り栄養を貯える時期である
そのことは畑で野菜を作る人がしきりに言っていた
冬には土が眠り栄養が蓄えられるという、冬は増える(ふゆ)なのである
そういう感覚は農業していた人から伝えられたのである
春は張るであり張り田というのもそうである、夏はなじむとかであり秋は商(あきなう)となると商業の感覚が入ってくる、収穫したもの売るということで秋となっるからだ
いづれにしろ季語はこうして実際の農民の生活感覚から生まれたのである
ただ風流とか詩人とかが作り出したのではないのである
つまり実際の生活感覚から離れて芸術もないのである

冬籠りまたよりそはん此の柱芭蕉 

子を負うて大根干し居る女かな 正岡子規

これなどはいい句である、またよりそはむというとき何か変わらぬものがありそうなる
今だと変わりやすいからそういう感覚もなくなる、この柱とは人間と見ればそこに頼りになる親しい同じ人間がいるともなる、そういう人がいつもいるわけではなく現代は人でも変わりすぎるのである

冬田の畔の道を自転車で行く人は知っている人に見えた
最近なにか遠いけど仕事が見つかったとか言っていたからだ
その家に行ったのかもしれない、何か田舎だとあの人はどこの人どこに行くのかとか見ているのである、わかるのである
それで嫌だとなる、写真とっていたら写真とっていたなとか言われたからである

あそこの溜池ははじめて見た、溜池は多い、広い溜池もある、それは人口の沼のようになっている、その回りは林でありなごむ場所だった
鴨も数羽いたがすぐに去って見えなくなった

今年の紅葉は遅いし何か季節的に合わない、一応冬になったたら冬紅葉となるが何かそういう感じではない
まだ秋の感じでもある、なんか季節的に合わない、ただ冬らしくはなってきている
大根干すと冬ごもりで二つの季語になるのはまずい、季語は俳句では一つだからである
都会だと季節感がない、冬ごもりというものもない、一年中活動している、活動も必要だが過剰なのである
冬はやはり休む時であり栄養を貯える時なのである、そういう季節感もない所では住みたくないとなる
暑い寒いの感覚はあってもまわりで季節を感じないからである

日は短くなった、人間は本当にはかない、死んでみればすぐに忘れられる、そして墓に埋められるが
その人をどれだけの人が記憶しているだろうか?
ほとんど忘れられてゆく、そして名前を読みとろうとしてもできないとかなる
あの墓地は慶応とかあったから江戸時代からあった、たいがい田舎の墓地は江戸時代からあった所にありその継続として墓地がある、古い墓があるのは原町であり新地にも古い碑があるのは伊達藩内は相馬藩内より古い碑が多い
それだけ相馬藩より歴史があり古いとなるからだ

2018年11月23日

死者はどこにいるのか? (母は厨に立ち続けていたー詩)


死者はどこにいるのか?

(母は厨に立ち続けていたー詩)

母は厨にいつも立っていた
60年の歳月がそこにあった
目立たずそこにあり料理を出してくれた
母は細身であり霜焼けに苦しんで
台所仕事をしていた
その時温水器がなかったからだ
私はただその時当たり前のことして
母に感謝もしなかった
その労もいとわなかった
母は家で酷使された
私はずっと楽をしてきた
母はこの家で耐えていた
悲しみ涙も流した
そうして母は百歳で死んだ
母はどこにいるのか?
母はなお厨にいる
もの言わず影のように
厨に依然としている
そうして今も家を支えている
他人は私のために何もしてくれない
要求するのは金だけである
何の関心もない
そして私は厨に一人立って食事の用意をする
そのことにより母がここに立っていた
その苦労を知りその意味と価値を知る
外には北風がうなりはじめた
寒い季節がやってくる
人は死してその意味を知る
その存在価値を知る
死してその存在価値が現れる        
そのように無視され目立たぬものが
大きな価値を帯びて現れる
不壊なるもののごとく現れる
死者はなお生きてこの世にある者を支える

死者はどこにいるのか?それも謎である、墓にはいない、死者はどこにいるかとなるとやはりその人が長くいた働いた場所だろう
なぜならそこに60年もいたとしら長いからである
私の場合は結婚していないから何か親を思うようになった
結婚していれば妻を亡くせばこのように思うだろう
それで悲しんでいる淋しいという人がいる

でも生きている時は母のことは意識しなかった、目立たない存在だった
性格でも内向きであり派手でないから目立たない存在だったのである
それが死んでから意識するようになったのも不思議である
それはなぜなのか?

それは介護はじめてから自分自身が厨に立つようになってからなのだ
自分自身が今度は食事を出したり自分の食事を用意しなければならない
そのことによってここに母がいて食事を60年間だしてくれたのだなと自覚したのであるだから母が死んでも母はここにいるのだなと自覚した

死者がどこにいるのか?それはその人が一番長くいたところではないか?
一番長く働いた所ではないか、なぜならとにかくそこにいた働いた時間が貴重だったとなるからである、人生の時間は限られている、いくら長生きしてもそうである
すると何に時間を費やしたかが人生になる
才能あるなしにしろ何に人生の時間を費やしたかが人生になってしまうのである  
それでぽっぽやという鉄道員、駅員が最後に死んで電車が棺となりあの世に送られる
鉄道と電車と人間が一体化していたのである
男の場合は仕事が命となるのである

母の場合はこの厨にその人生を費やしたのである
母はその時何かそれが報われないものとしてしていたかもしれない
それは女性の場合はみんな言える、家事に生きがいを見出せないとかなっている
それで戦後は外で働くことで生きがいを見出そうとするようになったのである
でもそもそも女性の生きがいとは男と違って本質的には子育てとか家を守るとか
家と切り離せずあったのである
つまり女性は家の中で存在感があり意味と価値をもつものだったのである
ただそれが女性自体でも価値がないものとしていた
では外で働いて価値あるものとなったかというとそうもならなかった

母刀自(あもとじ)も 玉にもがもや 戴きて みづらの中に 合へ巻かまくも
  〜津守宿祢小黒栖 『万葉集』 巻20-4377 防人歌

これは若い防人にしてもこれだけ体と一体化しているのが母だったのである
こういうことは父親にはない、父親はまた別な意味と価値がある

 真木柱(まけはしら)ほめて造れる殿のごと

  いませ母刀自(ははとじ)面(おめ)変りせず」

    巻20−4342 坂田部 首麻呂(おびとまろ) 駿河国防人   
 
   
真木柱というとき実は私の家では姉がいつも橲原の木材を使って建てたということを自慢していたのである、そして面変わりせずというのは死者のことにもなる
死んでも変わらず厨に母がいるとか感じる
つまり家というのは女性が主役であり女性の存在感を示す場所なのである
男性の存在感を示す場所は家ではなく外にある、仕事場にある
なにかそこを戦後はき違えたのである、女性はいくら外で働いても存在感をもちえなかった、なぜなら女性の役割は家にあったからである
だから嫁は女と家なのである

そもそも外で仕事をしてもそこをやめたとしたらそこに仕事していたということを記憶する人がいるだろうか?
別にレジで働いていても人が変わるだけでありその人がいたということで記憶している人がいるだろうか?
それはロボットのように見えるからである
だから女性で外で仕事して存在感をもつのは看護師とかはあってもまれである
ただいくばくかの賃金をもらうだけであり何かそこに存在感と意味と価値がもてないのである

とにかく人間は死んでからでないとわからないことがある
他人は全く皿洗ってもらうにもただ金ばかり要求されるだけである
金くれ金くれしかないのである、ただその女性でも息子のことは40とかすぎてもあれやこれやと気遣っているのである
だから家族と他人の相違はあまりにも大きいとなる
それは介護になりそういう非情を今でも続けて経験しているのである
他人がこれほど非情で冷酷なものか知らなかったのである
それは家族がいればそうなるのである、でも人間はそんな家族中心で他人は虫けらと同じだ、金しか関係ないとなるとそこは地獄だとも思った
家族がないものは地獄だとなる、身寄りのないものは地獄を生きることになる
それでいいのかとなるがそれが現実として経験したということである


2018年11月22日

山眠る(俳句は説明がないと鑑賞できない)


山眠る(俳句は説明がないと鑑賞できない)


晩菊や落ち着き死ぬ場のほしも

数日や部屋に散る入る木の葉かな

無人駅二三枚落つ木の葉かな

平和なれみちのく遠く山眠る

みちのくの山々眠る争わず

石一つここに動かず冬の星


俳句は何か短すぎるから鑑賞しにくい、写生だと本当は説明はしない
詩は説明しにくいのである、説明すると散文になる
でもこの俳句が何を意味しているのか?
その背景を読み込まないと鑑賞できない、でもそれがむずかしい場合がある
それで私の場合は説明している

短いからその後の説明が生まれる、木の葉が二三枚家の中に入っていた
風で入ってきたのだろう、それか数日ずっと家の中にあった
その時向かいの家で死んだ女性のことを思った
その女性のことは知っていたからである
でも一週間前顔出していたら死んだのである
何か知っている人に会いに歩いて行った
だから直ってまた会いに行ったのかと思った

死ぬ人は最後に別れを告げるために知っている人に親しい人に会いに来るというのは本当である
兄も交通事故になる前に私の家に来て笑って去って行った
その後は死んだのである

ともかく人間ははかない、この木の葉のように数日部屋に入っていまのとにている
はかなく散ってしばらく自分の家の中にあった、その木の葉を私は見ていたとなる
無人駅のことはシリーズとしてずっと書いている
二三枚木の葉がホームに散ったりしている
何か無人駅だから数人とか待っていて話したりする
それはこのように人はまれだからである
だからこそ話したりできるのである、数が多かったらとてもできないのである
そこに人が少ないから人間的な場が生まれていたのである
ただ商売にはならないとなる

みちのく的なものは何かとなるとそれは東京とか西のように混雑していないことである
みちのくと的なものとはそこは癒しと休息の場としていいのである
ただ正直この辺は津波や原発事故でそういうこともなくなった
それでいろいろありすぎて疲れたとなり山眠る、静かに冬は眠りたいとなる
津波原発事故でみちのくも平和がなくなったのである

人間はとにかく一つの問題が解決してもまた問題が生まれる、延々と問題が生まれる
もう解決は永遠にないのだ、なぜなら一つの問題が解決したらまた新たに問題が生まれるからである、そして絶望的になるのである
だから山眠る、もうそういうことに関係しないで冬は眠りたいとなるのである
そういう場としてこれまではみちのくはふさわしい場所だったのである

老人になると石のように動きたくなくなる、この俳句は前も作っていた
認知症の問題など今の世の中は変わりすぎることで対応できない
認知症だと何か物を置いても変わらない場所にあるといいのである
いつも同じ場所にありその物を動かさないことがいいのである
なぜならそれを動かすと忘れるからである、それで今ここにあったのがないということでパニックになるのである、いつも同じ場所に同じものがあると安心するのである
だから狭い部屋でそうしておけば財布をなくしてもすぐにその場所が特定できるからいいのである
それで認知症というのは現代では治療しにくい、あらゆるものが変わりすぎるのである
また機械の操作も多い、なぜならテレビをつけるリモコンすら操作できなかったからである  

認知症になったら今の世の中は本当に困る、江戸時代のように単純な社会だったら良かったのである、その時代には時代の悪さもあるが良さもあったからである
江戸時代なら物もあまり持っていない、いつも見知っている人と暮らしているとか
それで症状も安定するのである
認知症にとって現代の環境は最悪なのである
例えば今みんなスマホを操作している、でもは認知症になったらテレビのリモコンも操作できなくなるからどうにもならなくなる
今はいいにしても認知症の人がこれだけ増えるのだからそういうとき困るのである

江戸時代のように情でもって人と人が対面的に情的に通じ合っている社会なら認知症の人にとっても楽なのである
それは認知症だけではない、現代が生む様々な問題も江戸時代のような環境の喪失がそうさせているのである
介護とかは機械で代替できない、それは対面的情的に接しないとできないからである
だからこれから情的なものが大きな役割を果たす時代になるかもしれない
なぜならそれは機械ではAIでも代替できないからである



踏切にも監視カメラ


踏切にも監視カメラ

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踏切監視カメラの元々の設置理由は「踏切事故が発生した際の証拠」「遮断機を折って強行突破する車への牽制」ですので、「列車の本数が少なくて、歩行者しか通れない」ような踏切なら、設置していない可能性はあります

監視カメラを踏切につけていた、どこにでも監視カメラがあるがわからない
駅にも無人駅だと必ずついているしどこでもついている
4っつ監視カメラがついている
駅は外部からの出入り口になる、国境とか関所とかとにているのだ

何か振り込め詐欺の犯人が監視カメラに映っていたとかともいう
逮捕されたかどうかは定かではない、犯罪者をチェックする役目もある
それは関所とにているのである、現代は関所の役割になるところがない
あまりにも自由になりすぎたのである
車だと高速などでは料金の払う場でチェックするにしても車はチェックしにくい
だから車だと遠くに簡単に逃れられてしまうのである

ともかく駅とか鉄道はいつも下請けの専用の会社の人たちが仕事している
ほとんど毎日のように来ているのである
それが仕事なのだからそうなる、点検保守管理をしている


でも踏切を通る人も映るしそれで監視していると不安になる人もいるのもわかる
前は踏切番人がいた時代もあった
踏切はやはり危険だからそうなっていた
まず今はどこかで監視カメラに映るらうにできていることは確かである
踏切の監視カメラはどこでも普通に設置されていて今までここに設置されないのはかえって変だったとなる
結構ここの踏切は人はあまり通らないが車が通るからである
小学生とかは別な道がありここを通らないから安全ではある

南米などカトリック地帯がなぜ停滞しているのか? (ホンジュラスの移民騒動の深層)


南米などカトリック地帯がなぜ停滞しているのか?

(ホンジュラスの移民騒動の深層)


ホンジュラスとかでもそこはマヤ文明が起きたところであり古い場所である
ただなぜメキシコでもインカ帝国があったところでも南米は停滞しているのか?
その原因の主要なものに宗教があるということも考えられる
南米はスペインに侵略して植民地化された、簡単にマヤもインカも崩壊した
黄金をすべてやるからと王は懇願したが無惨に殺戮された
その殺戮したスペインは強盗団だったとされる
その黄金を略奪してスペインが一時的には栄えたのである
でもそれは長続きしなかった

何か宗教と文明発展の因果関係があるのか?

プロテスタント国がカトリック国やギリシャ正教国の債務問題に奮闘しているのを見るとある国民の働き方、貯金の仕方、消費の仕方などは彼らの属する宗派の影響を受けるという説が、改めて説得力を持ってくる。
カトリック教会は「勤労と蓄財は罪」だと説明しましたが、こうした教えを公然と否定したのが、ドイツのルターとスイスのカルヴァンです。いわゆる宗教改革ですね。彼らの教えを信じる新しいキリスト教徒を総称してプロテスタント(新教徒)といいます。

ギリシャに加えて、ポルトガル、イタリア、アイルランド、スペインも巨額の財政赤字を抱えていることが明らかになっています。
これら5カ国の頭文字をとってPIIGS(ピッグズ)と呼びます。
「イタリアは昔、ローマ帝国があんなにすごかったのに、今はなんでダメなの?」

中南米に乗り込んでいったのは、スペイン人とポルトガル人。つまりカトリック教徒だったのです。


カトリックが蓄財を禁止して教会に寄付することが救いになるとか免罪符とか配布して教会が金儲け組織になった、それが社会全体に影響してカトリックの国が軒並みヨ−ロッパでも中南米でも停滞している
宗教がそれほど影響を及ぼすのかとなるとまた疑問があるが文明を宗教で分けるのが普通である、イスラム教の文明、キリスト教の文明、仏教の文明・・・とか大別される
ただキリスト教は三つに分かれている
カトリックとプロテスタントロシア正教でありギリシャ政教から発展したのがロシア正教である
この中でもプロテスタントが普及した所が世界の主導役になり発展している
アジアでもフィリンピンはカトリックであり工業化できない発展できない

ただこのカトリックに共通しているのが比較的暑い南国地帯なのである
南国地帯にはもともと勤勉の思想がおこりにくい、なぜなら暑くて働けないのである
でもバナナがいつも目の前にぶらさがっているとか食べることはできるから暑いからあえて働かないということがある、そのためにカトリックの宗教思想がマッチして受け入れられたともなる、人間は気候の影響を受けるのである
なぜならプロテスタンとはドイツとかイギリスとか寒い国から起こったからである
ただアイルランドが停滞しているという時ここもカトリックなのである
ということは宗教が影響したという説の後押しになる
ただ不可解なのは日本だという時その説明はめんどうになる
中国だって今は発展しているから宗教の影響がどうなっているのかすべてこれで説明はできない、ただイスラム圏が停滞しているのもやはり宗教が原因しているともとれる

ともかくホンジュラスがあのように停滞して貧困からぬけだせない、そして治安が悪化して住んでいられないとなるのは悲惨である
やはり貧困化が極端になると治安が悪くなり国が崩壊する
そしてグローバル化時代は世界的になり移民が発生する、大陸では陸続きだから大量の移民が発生する、それは歴史でもゲルマン人とか民族移動があったからだ
それが歴史を変えたこともあるからだ、あの人たちは命がけで国境を越えようとしているそれで砂漠地帯で食料も水もなく死んでいる人もいる

要するにグロ−バル化するとそうして格差も極端になり豊かな国に人が移動する
日本では海に囲まれているから何か大陸で動乱があっても大挙民族が移動することができない、でも朝鮮では古代から常に動乱があり日本国が成立していないときは移民があったでもその移民は先進技術を製鉄技術をもった人の移動だったのである
今の移民は何ももたない移民でありただ単純労働する移民なのである
日本でも技術をもっている高度な移民は受け入れるとなるが単純労働になると問題が生じる、日本は高度な技術をもった少数の人しか受け入れていない歴史がある
つまり日本でもそうした大量の移民を下働きさせるとか経験していないのである
そこに混乱が生じているのである

第一アメリカでは英語をしゃべれない人が半分とかいるのも異常である
ヒスパニックがそれだけ多いからそこで意思疎通することがむずかしくなる
言葉が通じないとなればもうそこにアメリカ文化があるのか?
日本で考えてみても他の国でも一応一つの国で言葉は共通なのである
それがないとしたらそもそも国としてのアイディンティティでを保てるのかとなる
だからアメリカが分断されるとか言われるのもわかる

何をアイディンティティとして国をまとめるのか?
それがもう混雑してわからなくなるからである
それで格差が極端化して資本主義とか民主主義すら機能しなくなり崩壊しつつある
民主主義自体が世界で問われている、日本でも多数決なると不平等になりシルバー民主主義などが批判される、南相馬市だと原町区がもともと人口が多いのだから合併したら他の地区がないきがしろにされ人口が多い場が中心になる
民主主義も危機にさらされているのである
アメリカ自体が国をどう維持していいのか岐路にたたされているのである
それで移民を拒否するのは白人からするとこの国は誰のものだとかなってしまう
それは日本だって移民でも外国人労働者でも大量に受け入れるとそうなるから拒否する人たちがいるのもわかるのである

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2018年11月21日

冬の蝶(家の価値は思い出が残っていること―母の介護の思い出)


冬の蝶(家の価値は思い出が残っていること―母の介護の思い出)


厨なる曇り硝子に冬の蝶


晩菊のとりどり咲きて一所あたたかき冬の日のさし安らぐ

60年母の厨(くりや)にありにしを我も立ちつつ冬に入るかな

冬の月部屋をのぞきぬこの部屋に母を介護しぬ思い出なるかな   


家族がみんな死んでから何か不思議である、何か姉が認知症になってから不思議なことがつづく、家族がみんな死んでから不思議がつづく
人間はやはり他人が経験するのと自分自身が経験することは違うのである
家族だったみんな違っているからである

母はおとなしい女性であり裏方だった、母の一生は不幸だった、実家でも父親が事業に失敗して母親が病気になり継母が家に入ってきて苦労した
継母にいじめられたのである、子供の時でも不幸だったのである
結局やはり両親でもこのように子供を幸福にするとはならないのである
つまり両親に家族に恵まれないと本当に損だと思った

その後も東京で結婚したが夫が事故で死んだ、そして後妻に来たのが自分の家だがここでも幸福とはならなかった
女中のように使われただけだとなっていた、それを見ているからわかる
ただ母のことをあまり思ったことはない
死んでから不思議だけど母のことを思うようになった
人間は死んでからこうして思うことがある

今は厨に台所にいつも自分が立っている、すると何か母はそうして60年とかこの家にいて厨にいた、食事を出していたのである
そのことが何か自分が介護して食事を出したりまた死んでからも家事を料理をしている
厨に死んでからもずっと立っている
それで母を思うようになった、母は目立たない女性だったけど60年の歳月は長い
そうして日々食事を出していてくれたのである
生きている時は何も感謝の気持ちもなかったのである
自分自身が厨に立ち家事をして料理するようになって感じたのである

女性の仕事は家事でも目立たない、だから父親のように評価されない
でも縁の下の力持ちとして女性はある
ただ苦労が多かったからそうなるとどうしても歪んだ性格になる
母はそういう面があった、一切何か楽しむことがない、ただ働くことであり庭を作った時そんなものいらないとか強情に言っていたのである
そして庭に豆をまいたりしていた、食料にするためである
何かそうして苦労しすぎていこじになっていたのである
人間はあまりに苦労が多いと心も歪んでくる
でもそれほど母は歪んだものとはならなかった
忍耐強い女性だった、でも母は社会性がないから一人ではとても家を維持できなかった
自分の家の場合は特殊だが姉と母がいて家が保てたのである

だから特殊な家族だったとなる
ともかく家というのはやはりこうして死んでも死んだ人が存在しつづけることがある
なぜなら60年とか家に長くいたからである
家と人間が一体化しているのである、それで嫁とは女であり家であり一体化したものなのである、女性の場合は家事だけをする女性も前は多かったから余計にそうなっていた
それで死んでも家にありつづける、他ではその人が死んだらありつづける場は少ないだろう
男だったら会社にいるのが長いとしても死んでもそこにありつづけるということはないだろう、どこでも退職したりしたら時間がたつとともに忘れられる
でも長く働いた場なのだから退職したりして一切会社との関係が切れるのは淋しいとなる退職しても一緒に働いた人がそこにいたということを記憶されればなお会社で生きているともなるがそういうのはまれだろう

厨は曇り硝子であり外が見えない、でも朝に蝶が飛ぶのを見た
まさに母は冬の蝶だった、夏の蝶ではない、ひっそりと生きてひっそりと死んだ
ただ眠るように死にたいとはいつも言っていた
その願いだけはかなえらたようだ、ただ病院に入院して一か月で死んだ
死ぬ瞬間はわからなかった、病院に来たとき死んでいたのである

でも母は病院で死ぬ前の一週間前くらいまでポータブルトイレを利用していた
オムツをすることもなく死んだのである、オムツをしたのは病院での一か月だけだったのである、だから介護するにも死ぬにも楽だったとなる
苦労の人生だったが最後は楽だったなと思う
まず介護するにしてもオムツとかなると過酷になる
そうなると自分はルーズでありさらに苦しい状態に追い込まれた

それでも今になるとそうして介護して良かったとか思い出になるのも不思議である
早く死んでくれとも思っていたが人間は死ぬとみんな後悔している
もっと良くしてやれば後悔する
それは死んだらもう二度と会えないからである
ただ死者は思い出のなかで生きているだけになる
その思い出も介護で冷たくされたとかなるとなかなか思い出すのも後悔するから嫌になるそこに介護のむずかしい問題がある、介護と死は連続しているからである

いづれにしろ人は死ぬとその一生をたどることになる
家族だったら身近だからその一生をたどる、すると死んだ人がよみがえってくるのだ
死者はどこにあるのかととういと実際は墓とかにはいない、人間は死ぬと灰となりなにもなくなる
でもこうして残された人が思い出したり語ったりすると生きてくる
こうして死んだ人の一生をたどったり家でここにいたなとか思う時なお死者は生きているのである

母はなほ面影として我が家にたたずむものや北風唸る

面影として残るとしてもその場がないと面影として浮かばないのである
それが女性の場合は母の場合は家にあったとなる
恋とは乞う(こう)から来ているという、つまり恋とは必ずしも男女間の恋愛ではない
死者をこうことが一番深刻なのである
なぜなら人は死んだら永遠に会えないからである
そしたらもう一度会いたいと思うようになる、それが恋(こいーこう)だったのである
このことが一番切実だからそうなったのである




晩菊ー北風唸る家(詩)


晩菊ー北風唸る家(詩)

  
  晩菊や色とりどりには映えにけり
  
  晩菊や落ち着きて死ぬ場の欲しも
  
  我が家に一人残りて日向ぼこ
  
  
  北風のうなり誰住むや家の跡に松一本のここに動かず
  
北風唸る家  

木の葉が一二枚
ぽったりと家の中に
また貧しき人が来る
再び北風が今日吹き
我が家にうなる
この家にも悲しみと苦しみが
憎しみといがみあいと争いも
そして笑いと楽しさが
一家団欒があった
しかしそれも昔となりぬ
今は誰もいない一人
この家は父と母と姉が残したもの
私には幸いを与えしもの
家族はみんな死んだ
私が一人この家に残る
二階の広い廊下で一人日向ぼっこ
私には幸いが与えられた
北風が唸っても
この家はなお残り住む
私は一人この家に安らぎ守る
家にはなお家族がいるかもしれぬ
私を見守りつつまた思い出の場所として
・・・・・・・・・・
  

人間は最後は思い出だけになってしまう、死んで何が残るかとなると思い出なのである
でも思い出といっても何か形になっていないと思い出せないとなる
だから老人は思い出に生きるというとき、その思い出の場所が家であったり故郷だったりする
だから原発事故で避難しても老人は故郷に帰り家に帰りたいとなる
また老人ホームに入った人でも家に帰りたいというとき実は家族があった所に帰りたいとなる、でもその家族が実はなくなっているのである

なんか家というのはただの建物ではない、そこは思い出がつまった場所なのである
それでなかなかそこにある喪のでも思い出があるから捨てられないということがある
終活とか言われるけど全部の物を捨てることはしにくい、何か思い出がしみついているものがあるからだ
ものはものがつくとかものは単なるものではない、物心とかあり物と心は日本では一体化している、分離しないのである

家は物ではあるが何か物だけではない、そこに人間が60年とか住んでいれば人間が住んだ生活した思い出がつまった場所なのである
そこに家の不思議がある

ただ家族でも家でも必ずしもそこがいいとは限らないのである
親にひどいめにあった人は墓参りする気すらない、いい思い出がない人もいるからだ
私の場合は過分に親から幸いを与えられたのである
だから死んでからも親が姉が私に与えて残してくれた家になお住むことでまた幸いを感じているのだ
今まではそういうことを思わなったが死ぬと人間は本当に見方が変わる
死んでその人の価値とかを見直す、残されたものでもそうである
だからこうして家族がみんな死んでも残された家にいることが幸せだとなる

ではもしこの家を賃貸して住んだとしてもこういうことは感じない
ただ家賃を払う家である、ただ家が広くて便利でいいなとかはなる
でもそこに自分のように思い出をかみしめるとかにはならない
ただ広い家でいいなとは感じる
だから家というのは家族にしかわからないものがある

それで不思議なのは近くにある誰が住んだ家なのかわからなくなった所である
そこには松一本が残っていて北風が唸る、冬の日がさして残っている
それはがなんとも不思議なのである
家がなくなってもなお松が残っている、その松はその家の標しのように残っている
そこに家族も家もなくなったがそこに家があったということ家族がいたということを受け継いでいるか感じになる
それは自然の中の木ではない、松ではないからである
何か松は人間に見えるのである、あまり高くもない人間より高いにしても人間のように見えるからである、だから松は人間のように短歌にも残されているのである

晩菊というとき何か今や落ち着いて死ぬ場があればとなる、最近そういうついの住処をどうするのかとかそうした老人を問題にした番組が多い
人生百年をどう生きるかとかどこで死ぬかなどが問題になる
それだけ老人が多いから老人について話題になる
やはり落ち着いて死ぬ場所となると故郷であったり家族であったりする
そういう場が奪われた原発避難区域は悲惨だったとなる
金もらったとしてもそうである、そういう精神的損害は償いようがないからだ
でも限りなく賠償を要求することは許されないのである
だから原発事故で失ったものは大きいのだけどそれを外部の人とかあまり感じないのである、賠償金もらったからいいじゃないかともなる

北風が唸ったときどうしても姉が認知症が発症したことを思い出す
その時から自分のこの家での苦しみがはじまったからである
その時はまさに厳しい北風が我が家に唸り吹いたのである
それからプログで書いたきたように地獄を経験したのである

でもそれが終わるとこの家で一人残り思い出の場としてありつづける
それは結局自分は過分に家族に良くされたからである
そうでなければそんなに家族でも親でも思わないからである

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2018年11月20日

人間は必ず経験を経て教訓を残す (泥棒が残した教訓‐欲をおさえろ)


人間は必ず経験を経て教訓を残す

(泥棒が残した教訓‐欲をおさえろ)

人間は長い間に経験を積み重ねてきた、その経験から諺や教訓が生まれた
三国志などでも戦争の中で教訓が生まれた
それは生きるか死ぬかの経験の中で生まれた教訓なのである
最近そうした諺で教訓でも重い意味があると思った
それはなぜか?それは実人生とか経験の中で生まれていたからである
頭の中でイメージして作ったものではない、事実の経験から生まれたから重みがあるし継続されてそれせ今の社会でも活きているのである
それは地域や時代を越えて普遍的真理ともなる

人間とは科学技術がどれほど進歩しても変わらないのである
様々な欲が根本的に変わらないとしたらやはり科学技術がいくら進歩しても悪がなくならないのである
その人間の業は人間の欲が滅びるまで継続されるのである
若い世代でもやはり同じように犯罪が生まれる、若気の至りでも犯罪になる
そういうことは変わらないのである
それは江戸時代にもあったし現代でも違っているようでも同じなのである
つまり人間の欲が消えないからそうなっているのである

だから私自身が経験したことも不思議だった
泥棒が残す教訓ともあるものだと思った

「その人はある家に入った、そこには…円の金があった、しかしその金はその人にとって目にしたこともいような大きな金だった、その人は貧乏暮らしをつづけていたからであるそれでその金の半分を盗んだ、それでも大きな金だった」

こういう話になるけどなぜこれが教訓になったのか?

半分だけ盗んだということでその人は奇妙だけど救われたとなる
なぜなら全部盗んだとすると裁判沙汰になったりしたかもしれないからだ
盗まれた人は大きな金でもあきらめたからである
それは半分だけ盗まれたとういことで一応まだ余裕があるから訴えることもなかったのである

その盗まれた人にはあきらめたということで恨まないということで互いに何か極端になれば殺し合うとかまでにはならなかった、しかしそうでなければ極端になればそうなったしそういう事件も多いことでわかる
友達に何万とか貸して返さないからと恨みになり事件が起きたりしているからである

ここで何が教訓なのか?

欲をおさえろ!欲を減らせ!

それが災いとかから逃れ徳を積むことになる
人間は欲をおさえられない、欲は限りなく増大してとめられないのである
そこに必ず災いが起きてくるということである
だからどの宗教でも欲をおさえろと説いている、宗教はそういうものである
でもカルト宗教となると欲を限りなく増大させる
煩悩即菩提とかなんとか勝手に解釈して強い煩悩があった方がいいとも説いている
そうしなければ欲をおさえろというとき誰も従わないからである

すべての災いと事件と問題の大半は欲をおさえられないことから起きている
もしこのように欲をおさえれば事件は起きない
それは盗まれた人と盗んだ人双方に言えたなとふりかえる
双方ともに泥棒は大きな金でも半分に盗むのをおさえた
盗まれた方は大きな金でもあきらめた、そこに共に欲をおさえたということである
何か奇妙だけどふりかえるとそうなったのである

原発事故でもそうである、補償金でもめで分断された、それはどっちもどっちだったかもしれない、この経験と同じかもしれない
第一そもそも原発事故も人間の欲と関係してたのである
原発は金になるから誘致した、金になればなんでもいいということで誘致したのである
そこに災いを生まれたのである
金になるなら危険など構わないのである、その欲は限りなく増大してゆく
漁業組合で船主などでは補償金で原発御殿が建つとかなっていた
人間の欲の故に原発が作られたともなるのだ

でも人間の欲をおさえるのが一番むずかしい、それをやめろとか言うとその土地にすら生きていけなくなる、なぜならみんな豊かな贅沢な生活をしたいからである
だから原発には反対できなかったのである

でもなぜ人間は宗教が生まれたのかとなるやはり仏教でもキリスト教でもなんでも欲をおさえるということを説いたのである
資本主義のはじまりも宗教的なものキリスト教の修道院からはじまったというときもそうである
それは欲をおさえて働き神に奉仕する、そこで資本が富が蓄積されて配分されるということだったのである
今の強欲資本主義とはまるで違ったものだったのである
今のグローバル資本主義とか株の世界とは違ったものである、もうここにはモラルは消失しているからである
だから自分自身が株で欲を増大させて失敗したから株も投資も人間の欲がからんでいるから怖いものとなる
別に働いて利益を得ることは悪いことではない、でも何か株とか投資は常に一攫千金とか目指すギャンブルの要素があった
それがモラルにかなった経済活動とは思えないものだった、だから何か資本主義自体がもう維持できない状態になっている
格差が極端になっているから限界になっているのだ

欲がなぜ怖いのか?

それは必ず災いをもたらすからである、人間から災いが消えないのはなぜか?
それは欲があるからだとなる
国の争いでも石油で戦争になったりする、石油というのは絶対に必要だとなりそれのために戦争になる、では石油なしで人間は生きていけないのか?
実際はここ百年ばかりが石油を使用している
それまでは人類は石油を利用していないのである
すると石油なしで生活しえないということはないのである

人間が欲をおさえることが本当に災いを避けさせるとか平和をもたらすということを真剣に思わないのである
例えばもし日本の戦争が石油が入らなくなり戦争になった良くいう
でも別に石油がなくても炭でも薪でも暖房できるのである
ある程度の電気は石油なしでも供給できるのである
そんなことで戦争して人間の命が300百万人も死ぬよりはいいとなる

人間はそもそも欲を真剣におさえることをしないできない

結果的に欲はかぎりなく増大してゆく、借金してまで家がほしい車が欲しい、欲しい、欲しいとなり制限できなくなる
何かを欲を制限することが災いから逃れ平和をもたらすということを考えない
それは真剣に欲がもたらす災いを考慮していないからそうなっているのだ
私自身が経験したことでも双方で殺人事件にまで発展することはありえた
普通にそういう事件は起きているからだ
でも双方に欲をおさえたから何の事件にもならなかったし災いから逃れたのである

そんな殺人事件にならなかったのは奇妙なことだが互いに欲をおさえたことによっていたのである
そういうことは国同士の貿易でも起きてくる、貿易戦争になるのも戦争の原因である
どちらも利益のためにゆずれなくなり戦争になる
それは国同士でも欲をおさえられないからである
自国の欲をおさえられないからそうなる
だから欲をおさえるということが互いに必要なのだけどできなくなり戦争になる

日本でも貧乏になったとか、格差社会になるのはなぜか?
それは金持ちがいても自分たちだけが贅沢したい欲を満たしたいということでそうなる
別に配分すればそうはならないのである、それは金持ちはさらに金を欲しい減らしたくないとなる、それは人間の心理である、増やしたとしても減らしたくないのである
それは自分でも同じだった、自分だって欲をおさえられないのである

平和というのはこうして欲をおさえないかぎり生まれない
剣をもつものは剣で滅びるという時もそうである
人間は何かを断つ捨てるということを真剣に実行しないかぎり互いの平和はない
なぜこの世から災いが争乱が絶えないのか?
それは欲が消えないからである、それで遂に欲でこの世が滅びるというのも理解できる
要するにこの世が滅びないためには欲をおさえろとなるのだ
でもどうしてもおさえられないから滅びるのがこの世なのである

人間の一生は本当にはかない、青春などあっというまにすぎさる
そしてみんな老人になり見る影もなくなる、ただ無常を感じるだけである
もう家族もみんな死んだとか津波原発事故でこの辺は無情だった
私自身も本当にこの世の無常を知った、人間はこの世に束の間生きるだけである
そして消えてゆくだけだとなる
何を成そうが何を得ようが人間の一生ははかない、だから人間の欲もやがては消えてゆく認知症になった母が一円にこだわって使わない母が大金を盗まれて笑っていたのも不思議である、つまりに欲がなくなってそうなったのである
金のことがわからなくなってそうなったのである
その姿を見て不思議だった、最後に欲もなにもなくなったとなる
要するに人間の欲が消えたとき平和が訪れたとなるのか
もしでも正気だったら狂気のようになり騒ぎ殺し合いまでにもなりうるからだ

別に石油がなくても原発がなくても車がなくても生きられる、現実に人類の歴史でここ百年くらいが異常にそうしたものに頼ることになった
それまではそれがなくても生活できていたからである
石油がなくなっても車がなくなっても電気でも今まではなかったのだからそれで世の中は滅びるということはない、むしろ欲で滅びるのが人間なのである
だから欲をおさえるということがいかに大事な教訓であるかそれは宗教が生まれたのである、それは結局実行されていない、科学技術が現代の宗教というときそれは欲と深く関係しているのである、人間の様々な欲が科学技術で実現するとみんな本当に思っているからである、だから科学技術は危険にもなり災いにもなる

なぜなら人間の限りない欲望を実現するものとなるからだ
それで原発でも危険でも作られたからである、結果的に事故となり故郷にすら住めなくなったからだ、科学技術は災いを生むのである
それは科学的精神とかとサイエンスとかと違って人間の欲を実現するものとして魔術的なものとして追求されているからである
何か科学技術は全面的いいものとして肯定されるが果たしてそうなのか?
原発事故の結果をみればわかる、もう故郷にすら住めなくなったからである

駅のことを説明しいたらコーヒひもらった (ボランティアをする思想について)


駅のことを説明しいたらコーヒひもらった

(ボランティアをする思想について)

何か一人の女性に駅のことを説明していた
たいだいいつも駅の機能のことをいろいろ説明している
駅はこういうものでありこうあったほうがいいとか書いてきたことを説明した
その人は長く待っていたのである
だから今まで書いてきたようなことを説明した
そしたら自動販売機でコーヒーを買ってくれてもらった
自分が何かしているということを認めたからそうしたのだろう
その人とははじめてあった人であり地元の人である
でも地元の人でも自分がしていることに認める人はいない
かえってあいつは何しているのだと怪しまれ警察に通報された
ボランティアにもいろいろ問題がある
責任もありそれで訴えられた人もいるしいろいろある
それが善意であっても無償であっても責任が問われたりいろいろある

それでここでの考察に興味をもった

金子郁容の『ボランティア もうひとつの情報社会』(岩波新書、1992 年)では


ステップ1「まず、自分から動く」――勇気をもって
ステップ2「評価を相手に委ねる」――ゆったりと
ステップ3「相手が動いたら、タイミングよく対応する」
        
何のルールも後ろ盾もないところで、ひとりの個人として行動するからである。そこには、自由もあるが、リスクもある。そのようなリスクを犯して、互いに出会うところに、人間としての対等の関係があり、人間としての尊厳があり、相互承認が成立する。最初に引用した文「ボランティアは「助ける」ことと「助けられる」ことが融合し、誰が与え誰が受け取っているのか区別することが重要ではないと思えるような、不思議な魅力にあふれた関係発見のプロセスである」

ボランティアは何か法的にも保護されていない、でも責任が課せられることがある
災害で事故にもなる、するとボランティア保険に入らないとできないとか意外とボランティアはめんどうなものなのである
だから私の場合はそんな責任あることはしない、駅でゴミ拾うとかちょっとした案内するとかだけである、だからそこには責任は生じない
一つの公共の場所として自分自身が利用者となってそのついでにそんなことをしているだけであり何か特別しているという意識はないのである

何か乗客とかに教える場合でも強制はしない、案内を強制はしない、いやがるなら何もしない、話もしない、だからこの三原則は興味深いとなる
ボランティアは災害などの支援などになると体力的にもきつすぎるから報酬を与えるペきでありとてもこのようなのんびりしたものではやれないのである

だから責任のないものであり評価もされない、今回のようにコーヒーをもらうということが一つの他者からの評価だったとなる

「相手が動いたら、タイミングよく対応する」

これは自分自身がしていた、あの人困っているのかな道を聞きたいのかなと見えたとき
何か困っていますか、知りたいことがありますかと軽く言う
でも別にスマホとか自分で探す人には言わない、そのタイミングが大事になる
ただ別に私が案内しなくてもどうにかなるから必要ないともいえる
嫌がられる場合もあるからだ、その辺のタイミングがむずかしいのである

ともかくボランティアは災害とかの支援となると労働がきつい、責任もあり、事故になったりすると困る、だからそういうものは組織化して対応するべきである
それは有償にもするべきである、責任が生じるからである

ともかくここではいかにボランティアが弱い立場であり何の保証もない、そして責任も課せられたらとてもできない、だから自分のような軽い責任もないボランティアならいいとなる
しかしそうなると誰も認めないということもある、それもしかたないとしてやるとなる
ただ邪魔になる場合だってありそれで鉄道関係者とか駅長でも嫌っている
でも駅はJRのものだけではない、利用する人でも自治体でもかかわるものである
だからNPOでコーヒーを出す人をおくとか市役所の人が来て工事をはじめるのである
だからNPOとかでするのはボランティアとは違うのである
それは市の方で援助して金も払うとかありNPOがかかわればボランティアではない
有償の普通の仕事ともなっている

だからボランティアは何か?

それを定義することはできない、個人と団体でやるのはまた違っているからだ
ここでは個人のボランティアのことを書いているのかもしれない
それも何の後ろ盾もないボランティアである
それを何か思想的に裏付けしようとしているのもあったということである
ただそこまで軽いボランティを考えるのかとなると普通はない
私もただそんな意識とか思想もない、偶然無人駅になって聞かれることがあったりしてしているだけである、別にそこでボランティアしなくても駅は機能しているからである
だから誰も認めなかったが一人昨日は何か認めることがありコーヒーをもらったということになる


2018年11月19日

人間の本性は悪でありその恐ろしさを体験で知る (人間は悪(エゴ)であるがただその機会がないと現れないだけ)


人間の本性は悪でありその恐ろしさを体験で知る

(人間は悪(エゴ)であるがただその機会がないと現れないだけ)


自分自身の過酷な経験から人間の本性を知った、それは恐怖の経験だった
自分を助けると思っていた人が実を自分を食い物にしようとしていた
弱者になった時、自分の思い通りにして金を得ようとしていた
その人は事業に失敗したとかありどのくらいかわからないが借金していた
だから自分が苦しい時確かに多少は助けたにしろ借金を背負っているから
それを返すことで頭がん一杯でそれしかなくなっていた
妻はそのためにパチンコ屋で奴隷のように働かせられていたのである
その妻が来てもなにもする気はないしできない
ただその家の者は全体が借金を要求するように負担となって自分の所に来たのである
私の家ではその家族のことを昔であれ助けたことがあってその人は恩返しだとして来ていた、でも自分自身が借金していることでそれどころではなかったのである
まず自分に余裕がない人は人を助けることなどできないのである

そしてこの経験から人間の本性は悪でありエゴであり他者はただ金とだけ関係しているとものと思った、金がとれないならその人は何の価値もない、近づくこともない
金があるとなり金がとれるとなり接してくるのでありそれ以外何の関心もないのである
極端になれば人間は金の切れ目が縁の切れ目でありそれはどこでも普通に起きている
他人にどんな関心があるのか?利益的関係しかないとなる
そうしてもともと薄い関係だったからみんな去った
そういう人とは二度と会わないのである
この世の他人の縁とかはそんなものかとなりただ無常になるだけだった
それより人間の本性はエゴであり悪であるということを経験で知った

例えば性善説とか唱えているのはまず社会経験がたりないのではないか?
自分もそうだった、でも社会経験している人はそんな説を唱えるはずがないのである
人間の歴史をみてもそうである、弱肉強食の世界が歴史でもあった
戦争の歴史が世界史でもあった
人間も動物の一種でありどうしても他者の命を食べなければ生きていけないということからエゴだとして仏教が生まれた、だからインドでは動物を大事にする、同じ命をるものとして大事にする
ただ動物は弱肉強食でもそれは他の生物を食べなければ生きていけないからそうなっている、人間の場合は別に食べるものがあっても罪を犯すしいろいろなエゴの目的で犯罪を犯すのである

事業に失敗したからといって別に明日から食べられないということはない
ただ自分が成功者として見せたいということなどがあり借金したりそれでその借金を他者に負わせたり虚栄心とかからも人間はエゴになり悪人になる
別にその人でもうまくいっていたときは普通の人でありいい人であり善人だったのである今でも善人として見られているしわからない人は事業で成功した優秀な人として見られているのである
それはたいがい他者は外見しか見ないしわからないからである

人間は悪でありエゴだというとき人間は機会で縁によって悪がエゴが喚起され悪魔になる      

なにもなければこうはならない、ただ事業に失敗するとか例えば目の前に一億円の金があるときそこに何人かいたら奪い合いになり殺し合うとういこともある
そこに美人がいて取り合いになり殺しあいにもなる、そこに人間の欲がエゴがむきだしになる、だからもしそういうことがなければそこにいた人たちは何も争わない
善人なのである、この辺でも原発事故の補償金でももめたがこれも同じなのである
それも額がそれなりに大きいから不満がありそれで協力できなくなったのである
何かの機会で縁で人間の本性のエゴが欲が刺激されてそれが悪となり悪魔に変質するのが人間なのである

だから別に悪を犯さない人で自分は悪人だと言っている宗教家がいる、それは歴史的に知られた人である、親鸞でもそうである、パウロでもそうである
親鸞になると極端になり悪人が往生するというときそれはなぜなのか?
その人は人間のエゴと悪を自覚したから救われるのである
俺はなんて悪人だったのだとなんらかの切っ掛けで機会があり縁があって自覚したのである、女性をものにしたいとなり殺人までするようになるのもそうである
実際にそのことを実行して悪人だったということを自覚して仏門に入ったという武士もいた、親鸞が悪人が成仏するというときそれは自分が悪だエゴだということを自覚した人なのである、「俺はなんて悪人だったのだ」と自覚した人なのである
普通はどんな悪を犯しても人は簡単には自分が悪人だと自覚しないのである
大悪人でも善人だとしか自覚していないのである
だからこそ千人殺してみろと親鸞は言ったのである、それなら自分は悪人だと自覚せざるをえなくなるからである、人間はみんな善人と思っている
でもその本質がエゴであり悪であるからそれがなんらかの機会で現れるのである

そのエゴと欲とか悪は誰にでもあるとなるからそういった
なぜならそもそも人間は動物でも他の生物でも食べなければ生きていけないからである
そこにすでにエゴがあり欲がありそれを否定できないからである
それで仏教ではベジタリアンになり動物は魚すら食べないとなったのである
なぜ自分の家ががたがたになり崩壊するようになったとき
その時同情は一切ない、かえって襲う好機が訪れたとなったのである
家族の一人が認知症になったりしたらもうその家はがたがたになる
そして認知症になったら近所でもどこでも同情などしない、財産を奪うのに最高の好機だとなる、なぜなら銀行から金すらおろせないからである
NHKとかで認知症の人を優しく見守る地域とか言うがそんなものありえないのである
この世の非情さを知っていればそんなことはありえないし実現不可能である
そんな社会があるとしたらそこは天国になっているはずである

このうよに確かに他者が悪人として見るのは容易であるが自分も同じなのだと悪人だとみるのはむずかしい、人間は普通はみんな善人だと思っているからである
何もなければそうである、だから親鸞が自ら悪人だというときそこに真実を見ていたのである、人間の本性は悪でありエゴであり欲だということである
ただこれが何かの機会がないと現れないのである
だから金でもなんでも追い詰められた人間はなんでもする、人を殺すことでもわずかの金でもする、それはもともとそういう時は動物が飢えている状態と同じだからである
そういう状態になったら誰でも犯罪者になり悪人になるのである
ただそういうふうに追い詰められないからこそ善人でいるだけなのである
追い詰められた人間が本当の人間の正体なのである
だからこの世に生きることは人間の中で生きること自体が怖いことだと思った
経験から人間の見方が変わってしまったのである

人間はみんな悪人でありエゴであり欲でありそれは自分も生物であるかぎりそうなのである、人間は悪人なのである、自分だって追い詰められれば悪人になる
ただそういうふうに追い詰められていないから善人のふりをしていられるというだけなのである
この辺で補償金でもめたというときエゴがむきだしになった、それで協力できなくなったでもいち早く故郷を見捨てた人たちもエゴがむきだしになっていたのである
まず補償金をもらったから故郷のことなどより自分のことしか考えなかったからである
みんなでどうしようとかも考えない、自分さえ良ければいいしかなかったのである
だからある機会で人間の悪のエゴの欲の本性が現れるのである
放射能問題があるにしてもただそれは理由になるにしてもそれだけではなかったのである補償金をもらって自分たちだけが家族が良ければそれでいいとなったのである   

宗教は共通している、仏教でもキリスト教でもモラルにかかわれば共通している
だから個人的にも漱石は則天去私でありわたくしを去ることでありエゴと欲の否定でありショーペンハウエルは生きんとする意志の否定になる、それは共通して人間にあるエゴの否定なのである
ショーペンハウエルのまさに生きんとする意志とは人間が本能的に食欲であり性欲であり種族維持自体がエゴになる
そういう欲は否定できない、だから人間が生まれたのは何かしら罪があってこの世に生を受けたとしている
カルマが業があって生まれたとなる、なぜならこの世に生を受けたことはエゴなくして生きられないから生きること自体罪となるからである、どうしたらちエゴとか欲とかから脱出できるのか?それは不可能だとなる
だからこそ人間はこの世に生きることはみんな悪人として生きるとなるのである 

この世がなぜおかしいのかというときこうしてみんな悪人なのに善人社会だと思っている
そういうふうに善人なのはただ機会が与えられないからである
動乱の世界、戦国時代のようになればもうそこはエゴがむきだしの殺し合いになり自らの欲をエゴを達成することになるだけである
だから沖縄で一番怖かったのは隣の人だった、女性を襲ってきたというのである
外から来る人だけではないそうした混乱の時襲ってくるのは隣の人だということである
何か沖縄ではみんな被害者だと騒ぐけど内部でもそういうことが起きていたのである
その詳しい事情はわからないにしろそういうことがこうして自分が経験したことでもそういうことがあった思った

人間の本性がエゴであり悪であり欲だというとき当然そうなっても不思議ではないのである
だから人間は野獣と変わりない恐ろしいものだとなる、ただ他者のみならず自分自身でもその野獣の一人になるとういことである
何か追い詰められたそうなってしまうのである、つまり食うか食われるになってしまうのである
それがこの世の現実である、その現実はいくら科学が進歩しても変わらないのである
だからこそこの世はいくら良くなるとかいうけど絶望的になるのである
それで死がすべて悪いものとは思えない、この世を去ることはこうした食うか食われるかの世界から逃れることだからである
死によって人間のエゴや欲は消滅するからである、それはエゴや欲からの解放ともなるからだ 
そして人間は死ぬまでこうして欲やエゴから解放されない、業がカルマが消滅しないのである




抽象画から具象画へ 具象画から抽象画へ


抽象画から具象画へ 具象画から抽象画へ

From abstract paintings to concrete paintings
From concrete paintings to abstract drawings

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海と森と大地の町
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FUKUSHIMA SHINCHI TOWN-JOBAN-LINE

抽象画化から具象画にすることも常に行われている
この陶器は抽象画である
でも青は海であり黒は森とイメージ化できる
茶色は土の色である

そういう風景を現実近くで見ている、この抽象画から現実の光景イメージ化しているのである、抽象画から具象画へ具象画から抽象画へとイメージ化している
そうゆう相互作用がある


It is always done from abstract drawing to concrete drawing
This pottery is an abstract picture
But blue is the sea and black can be imaged as a forest
Brown is the color of the earth

I am imagining from such abstract paintings to concrete paintings from concrete paintings to abstract paintings that are seeing such landscapes close to reality, which is a real scene image from this abstract picture
There is such interaction

2018年11月18日

セシウムは水に溶ける溶けないの問題 (飲料水は安全なのか?)


セシウムは水に溶ける溶けないの問題

(飲料水は安全なのか?)

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水にも熱にも酸にも溶けないガラス化した不溶性セシウムは(食べた場合には排泄されるが)肺胞に入った場合には半永久的に出て行かず、極めて有害なベータ線を出し続けるのである。

チェルノブイリ地域のPripyat川と福島地域の口太川における放射性セシウムの水溶解性を比較した。その結果、チェルノブイリ地域では放射性セシウムの溶存成分の割合が70%程度であるのに対して、福島地域では30%程度であり、前者で水溶解性が高いことが分かった。またその原因として、チェルノブイリ地域では、懸濁粒子中の粘土鉱物への放射性セシウムの吸着が、天然有機物(腐植物質)により阻害されるためであることが、X線吸収法(XAFS法)などの分析から分かった


イギリスのタイムズ紙は6月13日 『福島第一原発を廃炉するまでに必要な200年間の時間の待機』(Japan faces 200-year wait for Fukushima clean-up)と題して、小野明福島第一原子力発電所長が『福島第一原発を廃炉するには200年以上の時間が必要』と正直に語ったと報じる。


福島、水源に浸した布から

高濃度セシウムを検出!

汚染地域は未だ住んでいい

レベルではない!

飲み水にセシウムが

混入するのは必至

内部被曝は蓄積され…

白血病など…10年、20年後…!

食品汚染も日本中に…


ストロンチウム、

トリチウムは水に溶け

プルトニウムなども測定困難!

居住制限区域の飯舘(いいたて)村西部から南相馬(みなみそうま)市を経由して、太平洋に注ぐ新田川(にいだがわ)。

市民の水源として使われるこの川は、前々回のレポート『イチエフをドローンで空撮! 原発事故から5年を経た事故処理の現状は?』で伝えた除染廃棄物を処理する蕨平(わらびだいら)焼却場のすぐ近くを流れている。

福島県や国の発表では、新田川の川底にたまる泥からは、1600Bq(ベクレル)/sほどの放射能が計測されているが、水からは1Bq/sも出ていない。

しかし、昨年9月、市民団体が南相馬市原町区・中川原橋付近でこの川に麻布(リネン)を8日間浸した。回収した布の放射能を測定したところ、3430Bq/sという高濃度のセシウムが検出された。

リネンを長時間浸しておくと、流量×断面積×時間分の放射性物質が吸着します。水中の粘土鉱物、菌類、落ち葉などの浮遊物、プランクトンにセシウムが付着しているのです」

つまりそれは、水単体の検査では放射性物質が不検出でも、その水を飲み続ければ、少しずつ体内にセシウムが蓄積することを意味する。取り込んだ放射性物質は体内から排出されるが、毎日取り込むと排出量を上回ってしまうからだ。

新田川の水は一度地下に染み込み、今回の計測ポイントから1qほどしか離れていない大谷(おおがい)浄水場で井戸からくみ上げられた後、上水として処理され飲料水となる。現時点では市の検査で飲み水から放射性物質は検出されていないが、当然、不安を漏らす市民もいる。



ここでは相当危険なことを言っている、それも新田川とか小高の川で飲料水として利用しているから恐怖になる
セシウムは水に溶けないから有機物に付着するから水自体は計測しているから安全だとしている
ただ水に溶ける溶けないで混乱した、布を浸してセシウムが付着したのは水に溶けているというよりその中に浮遊していたセシウムとなる
チェエルノブエリでは付着する有機物がないので水に溶けた量が多くなった
70パーセントが水に溶けて流れたとなる
だからセシウムが水に溶けないとか溶けるというのが良くわからなくなり混乱した
トリチウムとストロンチウムは水に溶けるから計測できなくなるとこのサイトには書いてある

ヨウ化セシウムは水100gに対して、40g以上という非常に高い溶解性を持っているようです。
イオン性の化合物ですので、塩が水に溶けるのと同様に溶けます。

溶けるとは、混ざるということです。科学反応でもしない限り溶け合わさることはありません


福島第一原発の事故からまもなく7年となるなか、「セシウムボール」と呼ばれる水に溶けにくい極めて小さい放射性の粒子が注目されています。去年、東京大学の研究チームが福島県北部の川で、このセシウムボールを確認していたことがわかりました。 

「事故で起こっていることを考えるにしても、溶けないことを想定するか、水に溶けるかを想定するのかで全然変わってくる」(セシウムボールを発見した 気象研究所・足立光司主任研究官) 


セシウムが水に溶ける溶けないでもわからなくなる、問題はどっちにしろ放射性物質に汚染された飲料水を飲みつづけるとどうなるのか?
水を飲めば溶けても溶けなくても口から体に入り内部被爆するのか?
チェルノブエリは30パーセントとしか有機物に付着しないから水を飲むと危険なことはわかる、日本は70パーセントは泥でありなんであれ物質に付着したから水自体にセシウムが混じっていることは少ない

表現としては水に放射性物質が溶ける溶けないではなく混じっているとなる
なぜなら水に混じっているとすれば当然その水を飲んで体内に入れるからである
ただ水に溶けたものだと排出しやすいとはなる
水に溶けないとかなると体内に残留するものがあったとなる、それは肺胞に残り放射線を出し続けるから危険だとなる

水にも熱にも酸にも溶けないガラス化した不溶性セシウムは(食べた場合には排泄されるが)肺胞に入った場合には半永久的に出て行かず、極めて有害なベータ線を出し続けるのである。

こういうセシウムは危険だとなる、ただ空気にもセシウムなど放射性物質は混じっている
すると肺胞に入り内部被爆して10年とか20年後に癌になるという

この放射線の被害のやっかいなのは長期で見ないと結果を見ないと症状がでないとわからないのである
それでタバコとかその他の体に悪いものがあり放射線より危険だとしている
福島県の行政の人はなるべく安全だと説明している、それが命令された仕事だからなのだろう

飲み水は毎日飲むからそれで安全が一番気になっていた、ペットボトルを飲んでいたが金がかかるのでツルハの無料の蒸留水を飲んでいる、ただこれもこの辺の近くの川の水だとするとどうなるのか?どこの水かわからないのである
でも無料だからみんな飲んでいるのである

結局本当はこれもカルマが関係している、カルマというのはそれが苦しみとなって現れない限り感じないのである
それも本当に三十年前とか四十年前とかさらに前世までさかのぼりカルマが影響しているとなると怖い
それが確実に症状として苦しみとして現れることは間違いない
だから六十以降は病気になる人が多いし種々のことでそのカルマの清算が強いられるのである
それが自分にもありカルマの清算のために苦しんだことを書いてきた
それは過酷なものだったのである、だからこの原発事故のカルマは十年後二十年後三十年後に現れる,病気となり苦しみとなり現れるただその時老人は死んでいる、苦しむのは子孫になるのである
一代でも二代でも終わらないカルマを残したことは確かなのである

posted by 老鶯 at 22:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

常磐高速ど鹿島のSAで県職員がアンケートで復興の進展を説明 (放射線のことは説明されてもわからないのが問題)


常磐高速ど鹿島のSAで県職員がアンケートで復興の進展を説明

(放射線のことは説明されてもわからないのが問題)


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放射線の説明を聞いた場所

あとは土木関係は堤防の工事ほぼ完成したと言っていた          


地元には、飲み水に利用しているダムなどの除染を求める声などもあるが、水道設備で放射性物質の影響を取り除くことができるとした。環境省の井上信治副大臣は「実際の生活にどういう影響があるかという住民の心配の観点に立ってまとめた。丁寧に説明をしていきたい」と話した。(奥村輝)
ーーー朝日新聞(26.8.23)  

真野川ではいつも水質検査している、それで良くその検査する人とあう
真野川は上流にダムがありそこから水道の水をとっているというとき不安になるので飲み水には使ってはいない、最近は蒸留した無料の水を飲んでいる
ただこの水もどこからとったのかわからないのである
ペットボトルだと金がかかるからそうしたのである

私は科学は苦手でありほとんどわからない、そのために今回は何か肝心なことで説明できなかった、今日もそうだった
その人は県の放射性物質の汚染に関する係りの人だった
それなりに詳しいと思った
何が私がずれているのかわからないのかとなると今日話してもそうである
セシウムは水に溶けない、泥などに付着するということは聞いていた
つまり水自体にはセシウムはないという、それも何かわからなかった


水にはセシウムは交わらないということが良くわからなかった
だから水道水でも水を検査しているから安全だとなる
セシウムは水に溶けない、トリチウムは海に流すことになっているが水に溶けるという
でも泥は川に流れてくる、放射線量の高い飯館の周りの森から流れてくる
それが真野ダムに堆積するのである、現実に佐須でホットスポットがあり泥が20マイクロシーベルトあったのには驚いた
だからそうした泥が真野ダムに流れて堆積しているから不安になり聞いたのである
検査の結果では虫の調査では真野川のダムの上流の方が放射線量が高くなっていた
真野ダムの下流は低い結果になっていた
その理由は何なのか、真野ダムでせきとめられて泥が流れ出さないためなのか?
真野ダムからは水を放水しても泥が流れるがそんなに流れないということなのか?
真野ダムの上流は周りの森から泥が流れて高くなったのかとなる

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同県浪江、双葉両町の計6地区で、表土のはぎ取りや高圧水洗浄、除草など標準的な方法で実施した。その結果、除染前に1時間あたり平均7.65019.12マイクロシーベルトだった生活圏(宅地、農地、道路)の空間線量は除染後、同3.3507.09マイクロシーベルトと約6割下がった。木造住宅に住み1日8時間屋外で過ごすと仮定すると、多くの地区が除染後も年間20ミリシーベルトを上回ることになる。一方、森林の線量低減率は約2割にとどまった。

森林の線量を減らすのには限界がある、なぜなら森自体が汚染されているから落葉も汚染されるているからそれが腐葉土になったとき木の根から吸い上げられるからだ
それで根が浅い植物は山菜は汚染度強かったと報告にある
それは表土が汚染度が高い下になるとそうでもないとなると同じである
それで表土をはがしたのである、でも残念なのは表土に栄養分があったから田んぼでも米を作れなくなったのである、野菜でも作れなくなった、花には影響がないので何か飯館村に沖永良部島とかから花栽培の人が時期を見て仕事に来ていることを放送していた
森自体を除染することはほとんど不可能なのである、そこから汚染された泥が流れて真野ダムに堆積される、すると放射線量は減らないとなるのである
ただ水にセシウムが交わらないということで水は飲めるとなる
それでも不安になることは確かである

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 環境省は「さらに線量を低減しようとすれば土地の従来の機能を損ねかねない。区域の将来像を検討する中で追加除染の必要性を判断したい」と話している。【阿部周一】
ーーー毎日新聞(26.6.10)

 放射性物質に汚染された稲わらや下水汚泥などは、八〇〇〇ベクレルを超えると指定廃棄物として国が処理する対象となる。ツバメは泥やわらを使って巣を作るため、巣近くの土壌汚染を反映したとみられる。 

この燕の巣を調査していた人が相馬市の道の駅で出会った
その人はサースカロナイナの学生だったのである、なぜ調査しているかわからなかったがこういうことだったのである

環境省は10日、原発事故の帰還困難区域で行った除染効果を検証するモデル事業の結果を発表した。宅地などの空間放射線量はそれぞれ80〜50%程度下がったが、元々高濃度に汚染されているため平均で毎時2・5〜8・8マイクロシーベルトの放射線量が残り、除染の限界を示す結果となった。

 モデル事業は、福島県双葉町と浪江町の帰還困難区内6地区で昨年10月〜今年1月に実施
 ーーー朝日新聞(26.6.11) 

 除染には限界がある、この辺は森が多いということが問題なのである
森は基本的に除染できない、その森林面積が広いのである
それでいい場所でもあった、飯館村など70パーセントが森なのである
それで除染には限界があり双葉とか大熊地域は住むのは無理だと素人でも思う

それは私自身が浪江で0.5だったのに双葉に入ると7マイクロシ−ベルトに跳ね上がったからだ
そのことで説明する係りの人に聞いた、もっと雨がふればよかったとそれはどうしてなのか?その時確かに雨がふったり雪がふったりしてブルームとなって雲の塊りのようになって放射性物質が東風に流された
その時もっと雨が降ったり雪がふれば放射性物質は地上にふって福島市の方に流れる量は減ったという、それもそうだったのか?
あこうぎから津島はそのために異常に放射線量が高かったのである
そこに避難したのが浪江の人たちだったのである

だから本当にずさんだったと思う、何の備えも対策もしない
ただ安全だ安全だと安全神話を築いているだけだった、危険の対策はそう言っていればしなくてすむからである、また危険だというと騒ぐからしないとなる
それで爆発して避難する時東電の社員がいて山の方に避難するより海側に避難した方がいいと言って海側に避難した人たちがいたのである
それが正解だったのである、東電の社員は専門家だから知っていたのである
放射線量を計るスピーディでわかっていたのにそのスピーディを最初に伝えたのはアメリカだったのである、アメリカの支持待ちだったのである
これが政府と東電で原発を運営していたのだから全く危険に備えていなかったのである
備える必要はない「安全神話」を作り危険だということは周りの人は口に出すこともできないようにしていたのである
情報も出さない、原発は秘密のベールにおおわれていた
そこに立ち入ることはできない、マスコミも安全神話を作っていた一員だった
莫大な宣伝費がマスコミに出されていたからである

だから原発事故以後は科学者の言うことでも県の行政でも信じられないとなった
原発の不利な情報は出されないからである、常に権力で隠蔽されてきたからである
民主主義の基本が情報公開にあるときそれが成されていないことが最大の問題だったのである、原発は厚いベールに覆われてその内部のことはうかがいしれないものだったのである、だから事故以後は科学者の言うことも信じられなくなった
行政だって国の力が県に及ぶから信じられないとなる
真実は闇に隠される、ただ今日のようにともかく県でも説明することはいいことである

その放射線係りの人は詳しいから専門家なのかと思ったらそうではない、放射線係りなったのは前からではない、こういう事態になって係になった
理系ですかと聞いたらそうでもないという、でも詳しいから関心した
例えば遺伝子というのは空気をすうために一部は壊されるという
でも修復機能があるので回復する、だから放射線で破壊されるのは3000回破壊されてそれに加えて二回くらい増えるだけだとか言っていた
それもそうなのかと思った、その人は理系でもないのに詳しいと思って感心した

普通の生活での呼吸で活性酸素が生じ、遺伝子が壊れるのは、1日100万件、癌の発生は1日5000件レベルです。
遺伝子修復酵素で修復し、修復を見逃して癌が発生したら、キラー細胞などの免疫が掃除して発病に至らないのです。

さて放射線の影響は、その強さにもよりますが、100ミリシーベルト/時程度での影響はこれの何分の1程度で、発病しない程度でしかありません。
福島での発病は考えられません。下に、嘘を言っている煽り屋がおります。

チェルノブイリ原発事故死 100万人====

「この本は公開された医学的データに基づき、事件の起きた1986年から2004年までに、98万5千人が亡くなったとしています。
死者数はさらに増え続けています」、「チェルノブイリ原発事故の死者は100万人ということで」、「癌や心臓病、脳障害、甲状腺ガンなど死因はさまざまでした。

何より多くの子どもが死にました。



こうした両極端になると素人にはわからなくなる、放射線の問題はだからやっかいであり嫌になりあきらめるとまでなる
何か症状が出て明確な結果が出てはじめてわかるものだからである
放射線の問題は危機感がない、何か今は眼に見えて症状が現れないからである
そして20年後でもガンになる人が増えたとしたらその時恐怖を感じるのである
その時は遅かったとなるから怖いのである

ともかく放射線の問題は本当は科学者でも正確にはわからない
またチェエルノブエリでも隠されているからわからない、それを暴いた人もどこまで真実なのかわからない
だから何を信じていいかもわからないのである
今回の事故はそうして科学者を信じられなくなった、科学者は公正に科学を追求している人たちではない、御用学者のように政府の権力者の言いなりになり科学的公正さより権力側の言いなりにり発言していたからである

科学者は信用できない!政府も信用できない 行政も信用できない、マスコミも信用できない

そしたら何を信用すればいいのかとなってしまったのである
放射線量のことでも除染のことでもいろいろ言うことはある
でも根本的に信頼を失ったことが致命的なのである
何か不利な情報でも公開したり事故に備えた訓練をしたりとそれをするべきだった
そうすると原発が危険となり騒ぐから作れなるからという理由で「安全神話」を形成したこと自体が過ちだったのである

いくら科学のことがわからないにしても人間はどこでも人間との信頼関係が一番大事だとなる、そうしないとまかせられないからである
留守を頼むとするその人も信用しなければささいなことでもまかせることができないのである
それが原発ではできていないから信頼関係を作れないものなら作るべきではなかったのである
交通事故とか電車でも事故はある、それは許容されているのは信頼関係が全面的に崩壊するような事故にはならない、許容範囲になるから車社会でも鉄道でも維持されているのである
原発はそういうものとは違っていたのである

だからいくら放射線は怖くないとかなにがいろいろ科学者が言っても信用できなくなったのである、それは科学の問題ではない人間の信頼関係が築けなかったことにあった
科学は完全ではないし科学者も全能ではない、だからこそ謙虚になり事故だって起こりますよとか安全対策をするべきだったのである
それがただ安全神話を作り後は一切口を封じさせていたのである
だから科学の公正さなども偽れるし科学者でも行政でもマスコミでも信じられなくなったのである
今だってどこまで正直に報告しているのかわからないのである
そういう不信感があり科学でどうのこうのといっても信じられなとなってしまった
科学には科学者には公正さを追及するものがあるとしても権力によって歪められることもあるから信用できないとなってしまったのである     

ともかくはあらゆる分野での問題が生まれた、科学でも政治でも行政でも報道でも伝説なども取り上げられた、宗教すら関係していたそれで私自身が全能の神に祈りをささげたことでもわかる
解決しようがないからそうなったのである
郷土史とは実は地質学なども関係しているから総合的な学問なのである、主に理系だから科学の知識がないと発言ができないものだった
ただ何か文系でもこうして調べてゆくと科学的精神が身につくのかともなる
それはあくまでも文系的なものでもやはり科学的精神が身につくともなる
県の説明の担当の人は文系でも説明していたからである



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反転する人生、運命の謎 (プラスに働くものが一転してマイナスになる)


反転する人生、運命の謎

(プラスに働くものが一転してマイナスになる)

なぜこの辺で原発事故でこんなふうに大被害になったのか?、津波でもそうである
原発はこれまでいいものとしてあった、そこで働いた人がこの辺では多いのである
原発は金になるものでありいいものだったのである
原発は地域に恩恵を与えていたのである
それが一転してマイナスなものとして働く
まず白が真っ黒になったという状態になった
科学技術の信頼は全く失われた、これも科学技術社会なのだから衝撃だった
誰も普通の人は放射線被害がこれほどのものとは思っていなかったのである

ただこういうふうにプラスに働いていたものがマイナスに働くということは歴史でも人生でもある、戦後の歴史でも団塊の世代は数が多いということはプラスに働いていたのである、その数が多いということで労働力になり高度経済成長時代を築いたのである
だから不思議なのは食料もなにもない、戦後の焼け野原からそういうことができたというのも幸運だったとなる
戦争は悲惨だったがその後は経済成長したから戦争の影響を受けたにしろそれが全部マイナスに働かなかったのである

でも今はどうなったか?その団塊の世代など人口が多い世代が今度はマイナスに働く
高齢化社会になりその数も膨大であり認知症が800万人時代とか信じられない時代になりお荷物となりその負担に耐え切れないともう施設に入れないとかなっている
介護難民がすでに出ているのである、特に認知症は嫌われるから追い出されている
それだけの世話する人が確保できない、金も確保できないのである
このプレッシャーはあまりにも大きいものとなって国すら潰れるとまでなる

それは自分自身が一人は認知症でありもう一人も介護した
四苦八苦して介護した、その時誰も助けるものがいない、かえって弱者化して責められてきた、同情もない、そのことを延々と書いてきた
ただこれも自分のカルマだったのである
結局楽した結果としてこれだけ過酷なものとなったということがある
つまり楽することもカルマを積んでいたのである
人間はただ何もしないで生きていてせ何かしらカルマを積んでいるのだ

それ以後人生が一転する、何かの切っ掛けで人生はベ―トベンの運命のように人生は一転する、優秀であった人も事業をはじめて失敗して借金に苦しむ
健康であった人が脳梗塞とかで半身不随になり車椅子生活になる
運命があるとき反転する、白から黒になる、それは大きくは社会でもそうだし個々人でもそうなのである
その変化があまりにも大きいともうそれに対処できなくなる
それがこの辺の状態なのである

だから個々人でも社会でもこのようにプラスに働いていたものが一転してマイナスに働くのか?それはまさに人間の運命だとなる
ただでは今度はプラスからマイナスになったが今度はマイナスからプラスになるということもある
この辺は新地である、駅は大都会並みであり駅前には温泉がでたとか大きな施設ができて人が集まるようになる、このように津波で甚大な被害を受けてもマイナスになってもプラスにまたなる所もある
戦争は悲惨でマイナスだったがその後はプラスに日本は転じたのである

だから人間は社会でもそうした繰り返しだった気かとなる
プラスに働くものがありマイナスに働くものがある
そもそも国自体がプラスに働くものがありマイナスに働くものである
日本は国土が狭いが山が多く水資源には恵まれているとか海に囲まれて海産物には恵まれてきたとかある、狭いから狭い国土で米でも収穫高をあげてうまい米を作ってきたとかある、砂漠になにもないと思ったら石油がでて豊かになっているとかなにかしらマイナスと思える所にもプラスになるものがある
神は砂漠にも恵みを与えていたのである

例えば人間でもいろいろな人がいて性格も性質も体質も違う、体力があるものいて外交的なものがいて内向的な人もいる
外交的な人からみると内向的な人は嫌れる、陰気だとなり社会でも嫌われる
でもそれは生まれつきのものであり外交的にはできない
体力でも生まれつきがあり強いものは強い
でも人間の性格でも弱点と思えるものがかえって長所ともなる
マイナスと思えるものがプラスになりプラスに思えるものがマイナスにもなる
体力的にも強くバリバリ社会で活躍する人も意外と年取ってから弱く早く死んだりする

人間には陰陽の性格があり最近読んだ本で陰の体質の人は人生の後半戦に強いと書いてあった
そうれもそうなのか、何か自分ももしかしたらそうなのか?
後半戦に力を発揮する、何か今自分は一番力を発揮しているように思う
理解力が深まったからである、今までは本を読んでもただ読んでいるというだけだった
今は自分なりに解釈して評論もできる、だからこれも不思議なのである
高齢化社会になると人生百年となると後半戦に強い人が生き残る活躍するともなる
そうなると陰の体質の人が有利だともなる
長期戦でありマラソンに適していて後半戦に力を発揮できるとなればそうである
それは体力でもそうなのだ、後半戦には陽の人はもたないとなる
ただこれも本当は人はいろいろだからわからない、もう同世代でも二割とか死んでいるとなるからだ


だからマイナスになるということは今度は逆にプラスになってゆくということにもなる
それはまた困難がともなうがマイナスばかりには人間個々人でもならない
社会でもマイナスから今度はプラスに転じてゆく
そういうことも歴史でも社会でも人間個々人にでも起きてくる
それでマイナスからプラスになるということもあるからそうなるように努力する
ただ今はこの辺では先が見えない、二重三重苦になっている

今言えることは日本全体でもマイナスの局面に転じている、マイナスに転じるということはそれはあらゆるものがそうである
民主主義でも制度疲労しているし資本主義でもそうである
世界的にも何かマイナスの局面になっている、それで大きな変革の時代になる
その時痛みがある、犠牲もある、それは戦争と同じなのである
世界でも国でもそうしたし大きな変わり目に来ている
つつりそれはマイナスの局面になる、でもそこからまたプラスの局面へと転化する
その時痛みと犠牲が生まれる、明治維新でもそうである
戦争の時もそうである、それを乗り越えたとき再びプラスの局面に転じてゆく
それが人生でもあり歴史でもり、運命だったとなる    

占いでも凶運は強運に転じる、凶運というのはそれを生じさせるものを積んできたからだというのも納得がいく、それが自分のことでもあった
私自身がこの凶運から学んだことが多い、人生の試練だった
人間は何か困難があると学ぶことが多いと思った、楽に過ごしていたら学ばないのである楽に過ごしていることも後でそれがカルマとなり過酷な凶運になり苦しむ
人生が一生楽に終わることがないからだ、それはどんなに恵まれていてもそうである
この辺は全体的にも凶運になったでもまたそれが強運に転じることもありうる
ただそれはこれだけの被害となると今まで経験したことのない放射線被害だからなんともいえない、ただ凶運が強運となる可能性はあるということである

それでも高齢化社会の問題は病気になったり認知症になったり後は死があるだけであり
マイナスになるだけだというとことで問題なのである
それは社会全体でもそうである、死んではじめてプラスになるという問題である
つまり高齢化社会は団塊の世代でもまたその後の世代でも死んだときプラスに転じる
それは50年とか先になるのだ、それまでマイナスとして働くものだから苦しいとなるのだ、ただ個々人でも社会でもそういうプラス→マイナス→プラスというサイクルがあることは確かなのである

2018年11月17日

人間は身近な所を見逃している (原町のHARD OFF-ハードオフは去年から始まていた)


人間は身近な所を見逃している

(原町のHARD OFF-ハードオフは去年から始まていた)

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青は海をイメージする、黒は何か?茶色は土をイメージする
これはやはり黒がミソである、黒の配色がいいとなる

黒は林のイメージである、森のイメージである
するとこれは新地のイメージなのだ!
海と林と土の色である
それは詩にもしたからである
やはり何か抽象画でも具象画をイメージする時活きてくるのである



これも大失敗だった、震災以後閉鎖されたとずっと思っていた
そこに人の出入りしたのを見たことがないし閉鎖している思っていた
今日は外から明るく人の出入りがあり入った
確かに内部は今日はきれいにしていた
でも今までも開いていたのである

なぜ人間は身近な所すら認識しないのか?
灯台下暗しということを何度も自覚させられた
原町のモスバーガーも10年以上とかそこにあったのに気づいたのは最近だったのであるそれは車をもっていないからわからなかった
車のみの人が利用する場だと思っていた
車をもっていてい人は車社会になった時知らないことが起きる

それは社会からはずれている自分特有の問題だということもあった
でも人の出入りがひんぱんにないとするとそこははやらない店と見られやすい
認識しにくいとなる、だから店にはレストランでも人がいないとかなるとそこは休んでいるのかとも見られることもある
だから繁盛している所は人の出入りが多いのである
人の出入りが多いことでそこは人気がある店だとか判断されやすいのである

そこを知らないで失敗したことは今家を整理して売るものがあったからだ
それは利息三文でも整理したいものだったからである
それで捨ててしまったものがある
たいしたものじゃないが誰かに使ってもらったら良かったと思う
あそこの店は買い取りとかが便利にできていたからだ
小さい店だと売るのがめんどうになるから行かなかった

何か狭い地域でもわからないことは損したり困ることになる
実際今は隣り合っていても何をしているのかわからないということがある
何の職業なのかもしわからない、そういう社会というのも問題である
だから買い物でも通販ばかりしているのも問題だともなる

人間は身近な所でも本当に気づかないことが多い
近くの神社に天明の碑があったことでもそうである、となるとここも相当に古い場所なのかとも認識する
不思議なのはすぐ自分の家の近くに松一本が残された家の跡がある
庭の跡も残されている、それは震災以後その家の人がいなくなった
でもすぐ近くに誰が住んでいたかわからないのである
皆目見当もつかないのである、ただ松一本が残っているからここに家があり人が住んでいたと自覚する、でも全く誰が住んでいたのかわからない
その回りは空き地になっているような所だから都会のような混んだ場所とは違うのだから誰が住んでいたかわかるはずなのである

いづれにしろ現代は近くでも何かわからなくなっている
それだけ人と人がつながる社会ではないからだろう、通販などは全く地域と関係ない商行為だからである
ネットなどでも全国と世界に通じているとしても人と人がつながるというものでもない
有益な情報が得られても人と人がつながるわけではない
それですぐ身近な人のことがわからない、認識されないということが起きてくる

ともかく300円くらいでこの陶器を買った
陶器には興味がありこの青が何とも言えないので買った
何か自分は青が好きらしい、青色に興味があるということはそうした性格だともなる
赤とか好きでないからである、それだけ陰陽があるとき陰の性格なのである
この性格は母もそうだから遺伝したとなる

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ここに誰が住んでいたかわからない謎
posted by 老鶯 at 19:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

地方議員がいらないというのはなぜか? (私は今回は棄権でありそれは民意が反映されないからだ)


地方議員がいらないというのはなぜか?

(私は今回は棄権でありそれは民意が反映されないからだ)


我が家の近所に住む町内会長さんは、無償で公園の掃除をしたり、祭りを仕切って慕われているが、地方議員より、よほど地元に貢献している。

日本は民主主義の本場のアメリカから比べても本当に議員の数が多すぎる
ここの主張では議員を減らして行政にたずわる人に金を回した方がいいとしている
議員は無駄飯くらいとしている
それだけ何をしている人たちなのかわからないのである
それで選挙の時いい大学出ているとかで評価したりする
でも政治はその人なりもあるが何をしたのか、どういう働きをしたのかが問われる
しかしそれがわからないのである

選挙の時だけ騒ぐけど日ごろ議員の時何をしているのかわからない
ただ金をもらっている人だともなる
だからここでは町内会長が公園の掃除を無償でしている
その人の方が役に立っているとなる
要するに議員は高給取りでも何をしているのかわからないのである
議員は暇でしょうがない職業だともここで書いてある
ただ議員となれば議員という地位と金が入るとなるだけでだとなる

ともかくアメリカからすると倍以上というより何倍も議員が多いのである
それでかえって効率的でなくなる、行政を担うのでもない、だから直接行政で働く人を増やした方がいいとなる

この辺では様々な問題が山積みだけどその解決に議員がどれだけ努力しているのか何か方策を考えているのか?それもわからない
これだけの問題をかかえても議員が何をしているのか良くわからないのである
鹿島区で高速無料となったのは市長の権限なのだろう
市長は何かをすることができるが議員がどうかかわるのか見えない
だから議員代議制は特に地方の場合形骸化しているのである

それでいろいろな方策を提案するようになる
何か議員に一票投じることが虚しいのである、それは何の効果もないからである 
 
 平成22年(2010) 

震災前は72パーセントの投票率

 平成26年(2014)

 59パーセントである
 
震災前が高かったが震災以後の2014年は低い、これは小高が避難区域になり投票者が散らばったからかもしれない
今回はどれくらいになるのか?
70パーセントにもどるのか?

ただ正直選挙に関心がもてない、地域に住んでいればいろいろと関心をもつ、私自身が鉄道と駅に関心をもったので報告した
それは身近な存在だからそうなった
つまり議員でも何をしているのかプログなどでも報告する義務があるとなる
そういうことをしている人はいても少ないし内容がともしいのである

現実にどういう主張してどういう成果をあげたかなどわからない、ただ選挙の時お願いしますお願いしまだけなので嫌になる
つまり町内会長さんが無償で公園の掃除をしている人の方が市のために役に立っているともなるのだ
議員は前はそれも昔になるが土地の有力者などが無償で行っていた名誉職だった
だから無償のボランティアとして始まっていたのである
今は高給とはいかなくても市の財政から金を払っているのだからそれなりの仕事をしてもらいたいとなるがしていない、またわからない、だからボランティアで公園の掃除している人の方が役に立っているのである

いづれにしろ今回は私は棄権である、誰に入れていいかわからない、そして民主主義で棄権が多くなるとそれは民主主義自体を否定することになるから民主主義の危機なのである、もう50パーセントくらいの投票率では成り立たないともなる
民意は反映されないシステムになるからである
だから個々の事案について投票するシステムを作れとかいろいろ言う人が出るのもそのためである

つまりもう選挙では何も反映されないとなるからそうなる、そしてシルバー民主主義のように選挙する前から決まっている
数が多い方に有利になっているから若い人は選挙に行かない、この辺だと合併して原町中心になったからそこは6万とかの人口の内
4万いるから原町区中心に何でも決まってしまうのである
だから補償金でも鹿島区の三倍原町区はもらっている、鹿島区が不満でもどうにもならないのである
原町区の方が人口が多いし票が多いのだから文句言っても多数決で決まるからどうにもならないのである
それはシルバー民主主義と同じなのである、そしてどうせ自分たちの意向は反映さないとなり棄権になり投票率が下がり民主主義の危機になっている、だからなんらかの制度を改革が必要なのである


posted by 老鶯 at 10:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2018年11月16日

全能なる神に祈る (原発事故は科学者に頼っても解決できないから)


全能なる神に祈る

(原発事故は科学者に頼っても解決できないから)


この大災難は何故なるか
そをたずねるも知りえじ
確かなることは神は人に苦難を与える
自然災害のみならず様々なの苦難あり
しかし原発事故はいかなるのものか
それは人間の奢りから生まれた
科学は万能にあらじ
しかし万能なるを望み過剰な期待を抱く
科学が科学者が神のごとくになる
何々が成功したというとき
それはまた一つ人間の万能に近づく標し
そこに災いが生まれる
人は科学にすがる
科学者にすがる
しかし科学者は万能にあらじ
その科学がなべての恵みを与えるや
その科学に頼りすがるも
科学は科学者は万能にあらじ
もろくも打ち砕かれぬ
そして故郷は荒廃しぬ
人は科学に頼り限りなく欲は増大する
実りは神から自然から与えられしもの
人の手により科学によりもたらされしものにあらじ
そこに災いの元のあらじや
人は科学は全能にあらじ
すべては科学の力によってもたらされる
しかしもろくも人の技は砕かれぬ
その災いは大地を森を海を汚し住めなくさせる
そこに科学に科学者を万能として頼る呪いがあった
我らが頼るべきは何か?
全能なる唯一の神なり
その神のみぞ解決しえる
全能なる神よ
希望と力を与えたまい
希望と平和をあたいたまい
天なる力の働きたまい
我らの心を強くしたまい
悲しむ者は幸いなり
神はその涙をぬぐいたもう
祈りは力なり
神に通じる力なり
人の世に災いは尽きじ
災いから逃れさせたまい
それを科学や金でも解決しえない
希望と力を与いたまい
苦難に立ち向かう力を与いたまい
全能の神の力の働きたまい
我らの切なる祈りを聞き入りたまい
その時再び故郷は国もよみがえる
そして長い平和の日を共に享受する
その時そこに真の実りが生まれる
その実りは安易に奪われない
またこのように砕かれることはない
苦難を経し故の実りなれば
家族も故郷も国も苦難により
より強く結ばれることを知るべし

ここて起きたことは何なのか?そして自分自身に起きたことは何なのか?
その非情なることは何なのか延々とと自らにも問うてきた
その解答はないが本当にこのうよな過酷なことがなぜ起きたのかとなる
その原因も追究してきたが一つの明快な答えはない

ただそこで問われたものに科学への科学者とかへの疑問である
現代とは科学の時代である、科学が万能とみているし期待している
何かを発見したとかIPS細胞がガン細胞を攻撃できたとか常にそういうことが伝えられると遂に癌は直せると思うのである
そこに過剰な期待がありいづれは直るとみんな思っている
つまり科学の力で解決できると思っているのだ
だから科学者が神になっているのが現代なのである

でもそもそも原子力というのが技術的に完成されたものでもないし科学者にもわからないものだったのである
事故になったらその処理方法がないことは知られていたのである
メルトダウンしたらもうお手上げなことを知っていた
でも安全神話でそうならないとしていたのである
もし科学が万能なら技術が完成するまで使用してはならないものだったのである
医療だっていろいろ実験してみてこれで安全だとしてips細胞でも治療するようになる
原子力はそういう安全性の技術は確立していないのである

そしてそんなに原発が安全ならその後の処理を放射性物質を一掃する技術を科学者が発明してもらいたいとなる
それこそ切実な願いなのである
科学者よ、なんとかしてくれ、放射性物質を処理して安全にしてくれというのが切実な願いなのである
それができるのかとなるとできないのである

そして原発事故の後の処理にしてもそれがすべて金で賠償金でできるとかなるとできない
なぜならかえって多額の賠償金をもらったためにいち早く故郷を脱出して家を建てて帰らないとなったからである
そして補償金の差でもめて分断されたのである

だからどうしたらこの大問題の解決があるのか、解決する希望があるのか?
それは肝心の科学者にできないのである、なぜなら科学者は万能ではないからだ、また金ですべて解決できるのか?
不思議なのは一人一億円与えるから避難区域に住んでくれと言っても住まないだろう、ゴーストタウンには住みたくないとなるからだ
だから金だけでも解決できない、一億円もらったらみんな便利な所に出て行って帰らないとなったからである
それも放射能で住めないとなれば当然だともなる
誰もそれを強くをとかめることができない、そうして避難区域は老人だけとか限界集落とにたような状態になりゴーストタウンになる

ではどうしたら解決できるのか?
それは全能の神への祈りしかないともなる
科学者も処理できない、全能ではないからだ
全能なる神ならできる、そんなものいるのかと疑問にもなるのはわかる
全能なる神は現実にいるしなんらかこの世界に働きかける
つまり祈りは何かをしてくれるというだけではない
祈る心が大事なのである、そこに祈りの効果が現れてくる
祈りつつなんとか打開策を見つけて働くことである

そうして祈りつつ働くときなんらかの希望が見えてくるし祈ることは力にもなる
なぜなら神は存在するからである、全能の神は存在するからである
だからこそ祈らねばならないのである
科学者になんとかしてくれといってもどうにもならない
全能ではないからである、確かにいろいろ試してはみる
それも努力である、でもそこには限界がある
科学はまるで万能のようであり科学者はその限界を示さないのである、また科学が万能のように過剰に期待しているのである
原発に関しては科学者に頼っても解決できないのである

このことは原発だけではない、この世のことは人間で解決できると思っているができない
何か一つの問題を解決したらまた問題が生まれる、科学でもそうである、AIがもてはやされてもそれがすべていい方向に働くと限らない、そういうことは歴史をふりかえればわかる
科学は技術がすべて人間の問題を解決したわけでばてはない、武器の発達によって殺戮は過酷さをましついには核兵器になって人類滅亡の危機にあることでもわかる、科学技術ですべては解決できないのである
ただ科学技術は良いものとして無制限に追求されるのである
それがいかなる災いをもたらすのか今回の原発事故のようになりとりかえしのつかないものになるとしても追求される
それはまさに人間の業でありその業(カルマ)ゆえに人類も滅びるとなるのである




posted by 老鶯 at 20:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

鹿島の仮設商店街は終わり (はる食堂は小高に移り整体師は原町の駅前に移る)


鹿島の仮設商店街は終わり

(はる食堂は小高に移り整体師は原町の駅前に移る)


鹿島の仮設商店街のはる食堂は小高に移って再開
なぜなのか?小高で商売になるのか?
双葉食堂は小高でも満員だった、外で並んでいた
その時は工事関係者とか除染関係者が多かった
だから鹿島の仮設のように繁盛していた
双葉食堂のラーメンとかはそもそも評判がいいし味が良かった

でも小高で商売になるのか?
何か商売となるから再開するのか?
それとも何か援助があったのか?
整体師は復興のためらしいとか言った
とすると市の方から復興のために頼まれたのか?
その辺の事情がわからない
人が帰ってもらいためだとかも整体師は言っていた

はる食堂にはずいぶん通った
あそこのカレーがうまかったし餃子定食なども食べていた
ごはんものを出している
ラーメンも味がいいし盛り付けが豊富である
だから双葉食堂と比べて悪いとは言えない

考えられることは鹿島に新しく東京で修行した人がラーメン店をはじめたからかもはしれない、そこは繁盛しているからである
他に新しい食堂もできた、コバケンなどがそうである
小高には食堂もないからまた工事関係者も来るからかもしれない、なぜなら浪江はまだ工事が多いからである
何かその辺の事情はわからない
ともかく鹿島の仮食堂は終わりである、後は仮設はみんな壊される

小高の人に駅で聞いたのだけどその人は仮設では隣の音が気になるとかそれより自分自身が掃除の時など音たてるのが嫌だった、気を遣うから嫌だったと言っていた
その人は相当神経質な女性だったのだろう
一方でいつも会えて楽しいという女性もいたのである
その女性は社交的な人だったのかもしれない、音を気にする女性はそういう仲間に交わらなかったらしい、人もいろいろだからそうなる
なんでもいい面と悪い面が生まれる
仮設がすべてのひとにとって悪いとはなっていない、でも隣につつぬけになると嫌だとなる、長屋でもいい面と悪い面があったのである

posted by 老鶯 at 15:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

新地の右近清水の溜池は広い (鴨の詩)


新地の右近清水の溜池は広い

(鴨の詩)


広き溜池に渡りの鴨や
色鮮やかにつつがなく
荒き波もたたず
ここに交わり安らぐ
そは争うことなく
ここに集い憩いぬ
人は常に争いやまず
故に人はみな疲れぬ
今安らぐ鴨を見て
我も安らぎにけり


鴨は冬の季語である、渡り鳥でありきれいな鴨もまじる、鴨の種類は多い
冬に鴨が渡ってくるから冬の季語になる
ここの溜池は広々としている、溜池でも気持ちいいとなる
溜池でも広い沼のような溜池もある、日本では溜池は多い

ともかく人間には争いが絶えない、どんなにしても争いが絶えない、終わることがない
家族だって争いがあり平和がない、男女間でも争いがあり平和がない
三分の一が離婚することでもわかる
この辺は原発事の補償金でもめた平和がなくなった
それで復興しにくいということもある

まず田舎の人間が素朴などということはない、畑している女性が前の畑の人を嫌がっていた、でも最近病気が悪くなり畑をできなくなったので喜んでいる
また住宅の隣にも嫌な人がいると常に言う
田舎の人間が素朴だとかは今はない、飯館村などはいい村だったけど原発事故以後はやはりいろいろなことでもめる、一番もめいてるのは補償金のことでありそれで村が二分した

要するに飯館村でも隠されるようにしてあったときが良かったのである
その時は自分は何もかかわっていないから良かったのである
新地に行ったとき良かったのもその土地の人とかかわらないからである
近くだから関係あるにしてもその土地に住んでいるわけではないからである

だから私自身が田舎を嫌って旅ばかりしていたというのもそういうことがあった
田舎からの脱出願望は誰でももっているのである
その人間関係が嫌になるのである
ただ遠くから外から来た人なら自然があっていいなとなるのである

ただ何か新地までは故郷の延長のようになる
山元町となると遠いと感じる、そこは宮城県と感じる
新地は特殊な事情で相馬郡になった、もともとは伊達藩だったのである

私の家の父親の前の妻は新地出身の人だった、その人とは会ったことがない
戸籍を見てわかった、戸籍から親類の系統をたどることができる
その新地の女性は自分の家の墓に埋まっている
それでお参りしているのも不思議だとなる
新地とかでも婚姻関係を結ぶ人が多いということである
しかし今はとんでもない遠くの人と結婚する
だから原発事故で避難した人たちは全国に散らばったのである
結婚した妻でも遠い地域に住んでいるからである

自然には平和を感じるが人間社会にはない、自然を見てなごむというときそこに人間社会にはないもの、争いがないから何でもない風景でも平和を感じるのである

2018年11月15日

冬の日の新地の詩 (芸術は平和でないとありえない−新地に平和がもどった)



新地の右近清水の溜池は広い

(鴨の詩)


広き溜池に渡りの鴨や
色鮮やかにつつがなく
荒き波もたたず
ここに交わり安らぐ
そは争うことなく
ここに集い憩いぬ
人は常に争いやまず
故に人はみな疲れぬ
今安らぐ鴨を見て
我も安らぎにけり


鴨は冬の季語である、渡り鳥でありきれいな鴨もまじる、鴨の種類は多い
冬に鴨が渡ってくるから冬の季語になる
ここの溜池は広々としている、溜池でも気持ちいいとなる
溜池でも広い沼のような溜池もある、日本では溜池は多い

ともかく人間には争いが絶えない、どんなにしても争いが絶えない、終わることがない
家族だって争いがあり平和がない、男女間でも争いがあり平和がない
三分の一が離婚することでもわかる
この辺は原発事の補償金でもめた平和がなくなった
それで復興しにくいということもある

まず田舎の人間が素朴などということはない、畑している女性が前の畑の人を嫌がっていた、でも最近病気が悪くなり畑をできなくなったので喜んでいる
また住宅の隣にも嫌な人がいると常に言う
田舎の人間が素朴だとかは今はない、飯館村などはいい村だったけど原発事故以後はやはりいろいろなことでもめる、一番もめいてるのは補償金のことでありそれで村が二分した

要するに飯館村でも隠されるようにしてあったときが良かったのである
その時は自分は何もかかわっていないから良かったのである
新地に行ったとき良かったのもその土地の人とかかわらないからである
近くだから関係あるにしてもその土地に住んでいるわけではないからである

だから私自身が田舎を嫌って旅ばかりしていたというのもそういうことがあった
田舎からの脱出願望は誰でももっているのである
その人間関係が嫌になるのである
ただ遠くから外から来た人なら自然があっていいなとなるのである

ただ何か新地までは故郷の延長のようになる
山元町となると遠いと感じる、そこは宮城県と感じる
新地は特殊な事情で相馬郡になった、もともとは伊達藩だったのである

私の家の父親の前の妻は新地出身の人だった、その人とは会ったことがない
戸籍を見てわかった、戸籍から親類の系統をたどることができる
その新地の女性は自分の家の墓に埋まっている
それでお参りしているのも不思議だとなる
新地とかでも婚姻関係を結ぶ人が多いということである
しかし今はとんでもない遠くの人と結婚する
だから原発事故で避難した人たちは全国に散らばったのである
結婚した妻でも遠い地域に住んでいるからである

自然には平和を感じるが人間社会にはない、自然を見てなごむというときそこに人間社会にはないもの、争いがないから何でもない風景でも平和を感じるのである

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冬の日の新地(俳句10句と写真)


冬の日の新地(俳句10句と写真)

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宝暦は古い−新地には文禄の碑もあったから伊達藩に属していて古い碑がある

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右近清水の広い溜池



冬の日や社を守る古木かな

農家古り古木にさしぬ冬日かな

駅も古り相馬にとまる冬柳

海の青映えて冬田やゆ新地かな

落葉踏み古き碑たずね沼に鴨

枯菊や喫茶店一つ昼の月

枯菊に二両の電車昼の月

蔵一つ扇の紋や木守柿

冬の蝶二羽や新地の小径かな

冬の日や人影まれに新地駅


新地の地形の特徴は海が迫って見えることである、それで手長明神の伝説が生まれた
手の長い巨人が海から貝をとって食べていた
それは貝塚が高台に発見されたことによっている
つまり海から高台になっていて海が迫って見えるのである
だから新地の地形はより海を感じるのである
平地だと海が遠くに感じるし平地からは見えないのである
それで冬田から青い冬の海が見えたのはいかにも新地らしいとなる

それから新地には林が多くその間を自転車で行くのに向いている
ただ新地までは遠いので今度は折り畳み自転車で回ることにした鹿狼山(がろう)山までは坂があるので行けない、でもタクシーで2000円とか言っていた
だから行はタクシーで帰りは自転車で坂を下ればいいとなる
鹿狼山に上れば丸森の方も行きやすくなるなと思った

駅前にアジュールという喫茶店一つあった、そこから眺めた景色も不思議だった
葱畑(ねぎ)畑があり二両の電車が行く、そこで気づかなかったのが昼の月が出ていたのである、そして向こうに墓地が見えた
新地で漁村は全部消失した、そしてあそこの高台の墓地だけが残った
この辺では海老村とかそうであり高台の墓地だけが残ったのである
こ不思議な風景である、そもそもこんなに風景まで変わることが夢のようだとなる
こんな風景を見ていることが信じられないとなる

ただその喫茶店の人は年配の人だった、若い人がしている感じだったが違っていた
それでその墓地のことを言ったら笑っていた
この昼の月をぼんやり見ていてそして墓地のことを言ったら笑っていたことで
津波も昔となりつつあるのかと思った
平和が再びやってきたのかと思った
数年前でも墓地を見て笑っていられないだろう

今でも原発避難区域は小高から浪江と悲惨である、こんなふうにはありえない
俺たちは苦しんでいるんだ、被害者なんだと、お前ら人が苦しんでいるのに物見遊山に来たのかとか何も言われなくてもとがめられる
実際に自分もプログに書いてお前は人の苦しみを見て楽しいかとか言われたからである
そういうつもりでなくてもそこには観光気分では行けないのである
今でもそうなのである、どうししても心苦しくなる

でも新地は津波の被害が確かに大きかったが原発事故の被害はなかった
その差が大きかったのである、新地駅は前より良くなった、それも小さいのに贅沢だなとつ,くづく思った駅前も開発されるから駅前に人が集まる、温泉も出たということも幸運だったのか?何か原発避難区域との差がありすぎた
鹿島でも前より人が増えたし施設とか食堂とかも増えたし新しいホテルまでできた
だから前より良くなった面があるのだ

ただこう感じたのは実は自分自身の心境もある、家族がみんな死んだのだが介護で約十年苦しみ続けた、それから解放されたということもある
もともと私は30年くらい平穏にのんびりくらしていたのである
まさに昼の月だったのである、そういう恵まれた環境にあった
それは一転して家族の介護とか津波や原発事故になったのである
自分自身も病気になり介護しなければならなかった、それでどうしても余裕がなくなったのである

そのことから解放されて前のようにのんびりと昼の月を見るような心境になったともいえる
その喫茶店に一時間くらいじっとしていて何か十年前の気分になった
そして一時間がいた結果、あそこに墓地があるなとか昼の月が出ているときづいたのである、やはり何かその土地のことはやはり過ぎ去るだけではわからない
一か所に定点観測するとその土地のことが記憶される
遠くになると早く早く過ぎ去るから記憶に残らないし見るべきものを見ないのである
新地は散歩するのに自転車で回るのにいい場所である、地形そうさせているのである

今回は俳句にしたがこれを連続すると詩になっていた
俳句とか短歌から詩にすることができる、次はそれを出して見よう

タグ:新地 冬の日

2018年11月14日

新地駅は仙台行き相馬行きで間違う (1番線で両方行くが4回は2番線で行く)


新地駅は仙台行き相馬行きで間違う

(1番線で両方行くが4回は2番線で行く)



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これがまぎらわしい

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この時間以外の電車が1番線から発車

この時間のみが2番線から発車

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今日は折り畳み自転車BD1で新地に行ってきた

新地駅は本当に立派になった、地下道までありエレベーターが通じている
大都会並みである
そして駅中心の街作りをしている、今建築中である
そこに温泉ができたりみんな憩える場を作る
すると鉄道を利用して他からも来る
鹿島の温泉好きな人は鉄道で行きたいと行っていたからだ

山下駅でも駅前にスーパーができたから駅前中心ににぎわうようになり鉄道でも利用される、つまり鉄道だけではもうにぎわいはもどらない
駅前に駐車場を広くとりそこにいろいろな人が集まる施設を作る
ただ温泉は売りになるがそれがどれくらいの温泉なのか?
そうなると交通の便がいいから人が集まるとなる

街作りを考える場合、一か所にいろいろなものが集積すると効果が大きくなる
例えば外から来る人は不案内でありいろいろなことがわからないのである
点々と離れていると買い物でも食事するにしてもわからないのである
地元の人は知っているから行くけど外から初めてくる人はわからないのである

そして新地駅の最大の問題が仙台行きと原町行きの番線が間違えることである
私自身が間違って2番線に行って帰ろうとした
それで一時間遅れた
なぜなら新地駅では駅員がいても4時で終わりだからである

どうしても一番線と仙台行きだと思っていた
鹿島駅でも良く仙台行きが何番線か聞かれる
それは表示してあるのだが聞かれる
でもその表示に初めての人は気づかないのである
つまり問題は戸外部から初めての人はいくら自動化してもわからないことがあるとなる

実際に一人は間違って2番線に行っていた、それは表示してあることがわからなかったのである、1番線が仙台行きであった、指定された時間が2番線である
それは4回ある、でもあとはみんな1番線なのである
これは本当に間違いやすい、だからいくら表示していてもそれに気づかないのである

乗車証明書もあったがそれも気づかない、目立っているのだが気づかない
バスで団体の人達がバスで20人くらい降りて来た
その時スイカなどない人は乗車証明書が必要になる
でもわからないのである、それは鹿島駅でも経験していた
それでここでも教えて案内してやった

駅は確かに自動化できる、でも新地駅ではじめてくる人はわからない、いくら自動化してもわからない、表示の張り紙があってもわからないのだ
おそらく時間がないからそれを知り理解することができないのかもしれない
私は一時間遅れていたから理解した
それも待っていた新地の人に聞いてわかったのである

だから自動化機械化ロボット化はできる、でも人間がいないとどうしてもわからないことがある、ただロボットでもうそのことは必ず聞かれるのだから答えることはできる
機械化ロボット化できるのだがそれが完全に成されていないということがある
アナウンスで仙台行きと原町行きの番線が間違うから注意のアナウンスを定期的にしていれば間違わないとなる

でも人間がいないとどうしても何かたりないものがでてくる
だから本当にすべて自動化AI化できるのか疑問になる
ただわからないが間違って2番線に行った人は引き返した
それはスマホを見ていたのである、だからスマホを見て気づいたのかともなる

折り畳み自転車は重かった、だからエレベーターがあると助かる
老人が多くなるとどうしても荷物をもって階段を上り下りするのが苦労なのである
相馬市にはエレベーターはなかった、それもおかしいと思う
思うにそれだけ金をかけられないということなのだろう
エレベータ−は相当に贅沢てあり金がかかるからだ
新地駅は特別津波の後に良くされたのである