2019年01月31日

雪深し(俳句十句) (会津と東北などの雪に関するエッセイ)


雪深し(俳句十句)

(会津と東北などの雪に関するエッセイ)

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会津なる大木一本雪深し

雪深く踏みて知るべし会津かな

雪深く代々の家重しかな

手仕事の技を伝えて雪深し

雪深く竹細工して長野かな

蔵の梁太しく籠る外は雪

雪深く黒ずむ柱年を経ぬ

雪深く巌の堅く譲らざる

雪深く黙しがちなる人の顔

雪ふるやマントの人や北の駅

雪深し訛りの強く北の国

雪深し烏の黒のなお黒し

(津軽焼)

土の色黒の素朴や雪深し

弘前や煉瓦の銀行朝の雪

区界に電車とまるや雪厚し

区界(くざかい)の雪の厚さやなお消えじ


立春もら近いけど東北は会津とか日本海側とか岩手でも青森でも山形でも雪である
福島県では会津が雪国だけど中通りでもそれほど雪はふらない、浜通りは二三回ふるだけである
それでどうしても雪国のことが実感として理解できないのである
ただ前にも書いたけど雪と言っても「心から信濃の雪に降られけり」という一茶は信濃の長野県の雪であり会津の雪もあり山形県の雪もあり岩手県の雪もあり青森県の雪もある
これらはみんな違っているのである、同じ雪でも土地によって違って感じるのである
弘前では朝の雪がきれいだった、それは雪に浄められるという感じの雪だった
そこに明治以来の古い煉瓦の銀行があるのもあっていた

そして雪というときテレビで長野県の戸隠(とがくし)のことを映していたがそこで竹細工をしていた、何かそれが雪国にあっている感じになる
なぜなら外は雪に閉ざされているとなると外で働くことができないからである
すると家に籠って仕事をするとなるとそうした手仕事になる
それは会津でも同じである、それで絵蝋燭と漆塗りの木工細工とかが発達した
雪国だとそういう家で籠って仕事することに向いているからである
こういうことは雪を知らないと実感できないのである

雪国から形成される性格もある、何か人間も開放的なくこもりがちになり口が重くなる
東北弁とか東北人の性格は雪国で寒いということで作られてきた
関西とかの言葉とあまりにも違いすぎるからだ、抑揚が違う、ズーズー弁である
それはやはり気候の影響が大きいのである
でも東北がどこでも雪がふるというものでもないし寒いとも限らない
宮城県とかは海に面している地帯は別に寒くないのである
それで方言で語尾がだっちゃだっちゃというのである
これはんだんだという口ごもるような言葉とは違う感じになる
何か相手に押し付けるような感じになる
宮城県は東北ではないというときそうなる、伊達政宗のような人は東北人ではないとなってしまうのである、

会津で良くいうならぬものはならぬということでもそうである
これはやはり雪国で頑固になり譲らない性格が形成されたのである
何か風土に影響される、だから津軽焼は土の色と黒になっている
この黒が何か冬に合う、家でも中に黒の煉瓦のようなものをあしらって落ち着く空間を作り出している映像を見た
黒がかもしだすものは何か重厚で落ち着くとなるからそういう作りにした

私は「家」といふものが子供の時から怖しかつた。それは雪国の旧家といふものが特別陰鬱な建築で、どの部屋も薄暗く、部屋と部屋の区劃が不明確で、迷園の如く陰気でだだつ広く、冷めたさと空虚と未来への絶望と呪咀の如きものが漂つてゐるやうに感じられる。住む人間は代々の家の虫で、その家で冠婚葬祭を完了し、死んでなほ霊気と化してその家に在るかのやうに形式づけられて、その家づきの虫の形に次第に育つて行くのであつた。 
「石の思ひ」坂口安吾

雪国の家となるとやはりこんな感じになるのだろう

岩手県の区界(くざかい)は標高が高く雪が厚く積もっていた、それは春になってもなかなか消えないのである、その区界とはまさに字のごとく境なのである

浜通りだともう梅が咲いた、意外に早いなとも見た、でもまだまだ東北の半分以上は冬である、浜通りでも二月に雪がふりやすい、東京が降るとここも雪がふりやすいのである
とにかく雪の感覚がここではわかりにくい、いつでも曇って雪がふりつもるというのも嫌になるだろう、そういう所に住んでいれば自ずと性格も陰気になって不思議ではないのである、浜通りの人間は比較的明るく開放的なのは海に面して気候がいいからである
雪はほとんど降らないからである





老子の思想と江戸時代の意味 (大陸国家は戦争の歴史でグロ−バル化も平和をもたらさなかった)


老子の思想と江戸時代の意味

(大陸国家は戦争の歴史でグロ−バル化も平和をもたらさなかった)

そこには世界政府がない、すべての国の国民に責任をもち、グローバリゼーションのプロセスを監督してくれる存在がない
「そこには世界政府のない世界統括」とでも言うべきシステムである
少数の機関ー世界銀行、IMF,WTO,-と少数の人間ー特定の商業的、金融的利害と密接に結び付いた金融や通商貿易の担当者、−が全体を支配してその決定に影響される多くの人々ほとんど発言権のないまま取り残される
(世界を不幸にしたグローバリズムの正体ージョセフ・E・スティグリック)

グローバリズムを考える時やはり歴史的に考察する必要がある
この世に起きていることは継続でありあることが過去の歴史と無関連に起きない
それは人間の業(カルマ)として人間個々人の人生もありまたその同じ人間が繰り返すのが歴史だとなるからだ
「歴史は繰り返す」とはカルマを繰り返すということなのである

大陸国家というのはヨ−ロッパからユーラシアから中東から中国とそれは絶え間ない戦争の歴史だったとなる、それはアーリア人が好戦的でありそれが世界戦争をもたらしたというのも大陸国家は陸続きだかたら衝突が起きれば戦争になる
移民でも別に戦争しないにしても飢饉とかなると隣の国が陸続きなのだからなだれこんでくる、それがモンゴルでありそれを防ぐために万万里の長城が作られた
今でもアメリカのトランプがメキシコの国境に壁を作ろうとしているのもそのためである
グロ−バル化経済とはそこには経済の原理しか働かない、金の原理しか働かない
人間の生活は経済だけではない、様々な要素があって成り立っている

だからこの辺で起きたこともそうである、電発事故の避難民のことを追求してきたが人間の生活は金があればいいというだけでは成り立たない
そうなるとどうなるのか?もう金があれば一億円もらったら別に原発事故で放射能に汚染された故郷でも住む必要がなくなる、それで若い人たち世代は流出して老人だけが取り残されたのである
そこに先祖がいて歴史があったがそれも簡単に断たれることになる
そういう金にならない経済的効果がないものでも価値がある、それがその国でも地方でも文化であり文化は無視されるのである
ただ経済的効果価値あるもの、金になるものだけが価値あるものとなりその他一切無視される、それがグロ−バル経済なのである
それは世界をかえって荒廃させたのである
世界の市場化自体がそうした歴史と文化的価値を無視した異常なことだったのである

人間社会ではそんなことが成り立たないのである、そしてただ多国籍企業とか株式とかで一部のものに富が集中する、数パーセントが世界の富を収奪するようになる
世界規模になればそこに集まる富も莫大なものになるのだ
それは歴史的には帝国が皇帝に王様に富が集まったとにている
戦争で他国を略奪してその富を帝国の貴族階級に集める、ローマ帝国であれフランス帝国であれそうである、版図を拡大すれば他国の富を入ってくるからだ
そういう世界の歴史の継続としてグロ−バル化経済がある

ただ帝国とかはそこにないが実際はアメリカ帝国支配になっている
ドルがアフリカでも世界の果てまで通じていることでわかる
石油の決済もドルでありそれでカザフスタンとかでは困り中国のブロックチェーンを利用してドルを使わないで決済する方法を産みだした
だからドルが世界で通用することはアメリカの世界を支配することになる
一方でアメリカでもグロ−バル経済で国内経済がだめになりアメリカ第ファーストの政策に切り替わった、これもまた矛盾しているのである
なぜならアメリカが世界を支配できたのはグロ−バル経済の結果だからである
それでもそういうことになるのはグロ−バル経済が世界的矛盾を産んでいるからである

それで歴史をふりかえると江戸時代が老子の思想を具現化したものだったということに気づいた

老子が言う小国寡民の国。そこでは兵器などあっても使われることは無く、死を賭して遠方へ向かわせる事も無い。船や車も用いられず、甲冑を着て戦う事もないと、戦乱の無い世界を描く。民衆の生活についても、文字を用いず縄の結び目を通信に使う程度で充分足り、料理も衣服も住居も自給自足で賄い、それを楽しむ社会であるという。隣の国との関係は、せいぜい鶏や犬の鳴き声がかすかに聞こえる程度の距離ながら、一生の中で往来する機会なども無いという。

こういう思想が生まれたのは2000年前だから驚く、その時の中国の人口は一億とかなるとそんなに人口が多くない世界なのである
中国は三国志から絶え間ない戦争の歴史だっからそのアンチテーゼとしてこうした思想が生まれたのがわかる

どうしたら戦争のない平和がありうるのか?

それが切実な問題だからこういう思想が生まれた
つまりこれはグローバル化経済社会のアンチテーゼなのである
その小国寡民などこの文のようなことが実際に実現していたのが日本なのである
江戸時代の鎖国の時代がそうだったのである
国としては大きいがなぜ300年間も戦争がなかったのか?
このこと自体世界史ではありえないことだったのである
それは江戸時代自体がまた日本の国のなかでも村々が自給自足でありあまり遠くとはかかわらない社会だったからである
そして国自体も島国で世界とはかかわらなかった
ただ貿易は長崎の出島だけからしていたのである、それで他国とも友好関係にあり戦争もなっかたのである
朝鮮通信使とかも江戸時代に来て歓迎されていたし今のように戦争の結果として日本がは憎むこともなかった、だから江戸時代を韓国では評価している
明治以降は侵略されたとして評価していないのである

なぜ明治以降凄惨な世界大戦が起きて膨大な人間が死んだのか?

この原因は何なのか?やはり老子の言うように世界がグロ−バル化して自由に交わる世界になった結果である、それは一見いいようでもその国と国の軋轢が増して悲惨な戦争となる、その戦争の原因は貿易戦争でもある
貿易というのはすべていいようにみえて必ず国と国の軋轢を増してそれが戦争につながる日本がとアメリカでも日本の車がアメリカ人に壊されたり日本でも牛肉を食べる習慣がないのにもっと牛肉を食べろとかなる
それは文化の破壊に通じる、肉食は日本ではあまりしていなかったからである
日本は魏志倭人伝から牛とか馬とか羊がいない世界であり肉食をしない、漁労民族だったからであ
それが文化であり料理でもそうだからである

これからの世界で参考になるのはグロ−バル化世界ではない、日本の江戸時代のような鎖国したような世界が理想となる、そこには300年間戦争がなかったからである
戦争ほど悲惨なものはないからである
だから人間のプライオリティはまず戦争をしない、戦争をなくすことなのである
その次に様々な問題の解決がある

グローバル経済の世界自由貿易はいいようでもそこに国々との軋轢をもたらす、そして欲望が世界大に拡大してとめられなくなる
その欲望が国同士の戦争にもなる、第一こんなに食べ物でも世界の食べ物を得ようとする必要があるのか?
それは老子の言うようにいろいろな味を追求しても結局水が一番いいとか無味を味わうとかなるのである

いづれにしろグロ−バル化経済がもたらし負の面があまりにも大きくなりすぎたのであるそこには統治するものもない、アナキーな経済原理だけが働いているのである
そしてそこでもたらす荒廃は金さえあればいいとなりもともとあった歴史的文化的価値も無視される、それは金にならない経済的効果がなくても価値があるものだが無きものにされる
そしてこの辺ではただ補償金だけをもらうことだけが価値になりその他の価値は無とされて若い世代は流出して残されたのは老人だけになったのである
これはグロ−バル広域経済がもたらした結果だったのである
歴史的にグロ−バル経済社会の負の面を世界的に否が応でも認識されたのが20世紀だったのである
その反省に基づいた新たな経済の在り方を模索する時代である
その見本になるのは江戸時代なのである、そして老荘思想だともなるのである

2019年01月30日

グローバルな大陸的思考がない日本 (奇貨置くべし―人材のグローバル化は必要)


グローバルな大陸的思考がない日本

(奇貨置くべし―人材のグローバル化は必要)


日本人の性向とか国柄とかどこから生まれてくるのだろうか?
他の国でもその国に生まれ育つとその国なりの性向が生まれる
これも人間は環境の産物だからそうなる、風土から文明文化が作られる
では日本人の性向の基本的なものベースとなるものは何なのか?
それは狭い村という範囲で作られてきた
狭い村では争いを極力避けないと生きていけない
村からまた他の村とかに移ることができないのが日本がだからである
江戸時代はもう村から出れない、移動の移住の自由がないからだ
そうなると狭い範囲で生きるためにはどうするのか?
なるべく争わないことである、みんなと同じようになり目立たないことである
そこで一番重い罰は村八分だからである
ここから日本人の性向が作られてきた、同調圧力が強い性向が生まれた

日本人は大陸国家の人間とは文化とか文明でも相当に違っている
日本人は山が多いから山にさえぎられて国土が狭いから平地が少ないからその狭さでいろいろと制限されるのである
まず中国でもモンゴルでもロシアでも東ヨ−ロッパでもフランスでもドイツでも砂漠の中東でも広大な土地が広がっている
だから常に移動することが羊飼ってもそうなる、そういう生活感覚が日本にはない

日本がは島国でありさらに狭い地域の村で同じ人間と生活していた
大陸だと国境があっても大陸はつながっていて越えられるから絶えず異民族が嫌でも侵入してくる、国境を作るには万里の長城のようなものを作らない限り異民族の侵入を抑えることはできない
そこから日本と大陸国家の差が大きいものとなる
そもそも大陸国家はグローバルに展開しやすいのである
モンゴルでもいつも移動しているのが生活なのだからそれがそのまま大群となって移動すれば他国への侵略にもなるからである

そこで大帝国が生まれやすい、しかし一方でまた侵略される方にもなりやすい
そしてそこに民族の興亡と国家の興亡がくりかえされる
つまり常に歴史的にもグローバルに展開しやすいから今だけではないグロ−バル社会になる
そして戦争に勝てば他国を侵略して富を得る、その富を集めることができる
それで大陸にはペルシャ帝国であれエジプト帝国であれオスマン帝国であれナポレオンのオスマン帝国であり版図を拡大して莫大な富を集める、それが大陸国家の歴史だった
グローブとは地球のことでありその地球は大陸でつながっている地球のことだった

そして他国と戦争して勝てば領土を拡大すると莫大な富が入ってくる、また負けた国の人は奴隷となる、スラブ民族のスラブとはスレーブから来ている、つまり奴隷なのである
戦争にされれば奴隷にされるのである、そういう過酷な世界が大陸国家の宿命だとなる
ただ奴隷にされるとかになっても逆にそうして帝国が形成されてもまたその帝国も興亡があり興隆してもまた衰退もする、そういう繰り返しの歴史がある、日本では島国でありそういう富が蓄積されなかったのである

世界規模になれば富がある時はスペインにある時は七つの海を支配したイギリスにとか集中する、現代でもグローバル社会という時激しい技術競争がありその技術競争に勝てばその国は世界の富を集めることができる
今では通信の世界で覇権を争っている、アメリカと中国になっているようにである

いづれにしろ中国を理解することはこのように大陸国家としてあったことである
そして中国人の思考とかもそうした歴史と文化から風土から作られてきたのである

趙の人質となっていて、みすぼらしい身なりをした秦の公子・異人(後に子楚と改称する。秦の荘襄王のこと)をたまたま目にして、「これ奇貨なり。居くべし (これは、掘り出し物だ。手元におくべきだ。)

この時期には孟嘗君や信陵君などが食客を集めて天下の名声を得ていたが、呂不韋はこれに対抗して3,000人の食客を集め、呂不韋家の召使は1万を超えたと言う。この客の中に李斯がおり、その才能を見込んで王に推挙した。更に客の知識を集めて『呂氏春秋』と言う書物を作った。

人材を広く求める、変わった奴でもまた外国人でも取り入れる、それによって国が豊かになるという考え方である
つまり中国自体がグロ−バルなのである、それをアメリカがしてきた
IT関係の人材を世界から集めたからである、ただその人材とはどうしても今の単純労働者とは違う、技術者であり知識人であった
それは日本でも韓半島から来たのは鉄の生産とか陶器の生産技術を持つ人たちであり何ももたない人は来ていないのである、そういう人は別に日本でも必要なかったからである
おそらく中国人の性向としてあれだけ人口が多いと人間がなんとかして目立たないと注目されないとだめだということになる
なせならありふれた人間の数が膨大だからである
そんな人間は見たくないとなり石でも岩でも奇岩が求められ庭に置く、ありふれたものでは目立たないからである
それは人間にも言えたのが中国だとなる

いづれにしろ大陸的思考は奇貨置くべしというのにも如実に現れている
日本がだとそういう変わった人は受け入れないからである、みんなどんぐりのせいくらべになる、変わった人間は拒否されるのが狭い村で生きることはできないからだ
とにかく大陸だと外国人であれ常に移動してくるから拒否できないのである
もし拒否したら侵略してくる、そもそもアメリカでもトランプ大統領が移民を壁を作って入れないようにしも必死で入ってくる人たちがいる
そうなるともう戦争にもなる、移民を殺すほかなくなってくるのだ

これから日本はグローバル社会で生きるとなるとき日本に移民を受け入れるにしても単純労働者ではない、介護関係とかでもない、優秀なグロ−バル競争に勝つ技術者とか頭脳を入れなければ競争に勝てないのである
グロ−バル経済を否定してきたがそれは物の自由な出入りとかではなく人材のグローバル化ならいいとなる
そうしないと日本は後進国になる、現実に例えば車の生産にたずわる人が日本では8パーセントもその下請けなどをふくめてあるということは農業にたずさわる人たちと同数だとなる、それは多すぎるというのもわかる製造業にたずさわる人が多すぎる、それでit時代に日本がは遅れをとったのである
車自体が時代が変化してそんなに大量生産てし売れるとはならない、何かそこに技術革新がありそれがit技術と一体化するからであるでも肝心のit分野で遅れをとっているから日本はグロ−バル競争についていけず経済も衰退したとなるからだ


2019年01月29日

始皇帝陵(漢詩もどき一将功成万骨枯) (世界の歴史は極端な格差社会の継続だった)

  
始皇帝陵(漢詩もどき一将功成万骨枯) 

(世界の歴史は極端な格差社会の継続だった)

始皇帝陵

春雨濡始皇帝陵
興国中華祖威容
万騎兵馬俑面々
大軍地下深埋没
平原平沙興亡国
一将功成万骨枯     

格差社会をいろいろ現代で言われるけどもともと人間の歴史をみれば極端な格差社会である
王が栄華を極め人民はそのコマとなり広大な大地に平原に砂漠に埋もれる
その図式が世界史ではいたるところにある、ヨ−ロッパでもベルサイユ宮殿とかでもそうである
中国は極端にその人民と王の格差が激しいのである
王にすべての富が集中する構造になる、その富で広大な土地だから限りなくななる
今の中国をみればわかる、同じ構造だからやはり極端な格差社会になる

共産党幹部は王朝であり幹部が何兆円もの財産を所有して貧富の差が極端なのである
だから平等を目指す共産主義がまた極端な貧富の差を産みだしたというのも皮肉である
つまり中国社会の構造は始皇帝の時代から変わっていないのである
それは歴史的にも莫大な富が王に集まりそこに大宮殿が生まれ遂に始皇帝の場合は大規模な地下宮殿になる
その地下宮殿に行ったことがある、それは作られたものだった
でも死んで地下まで現世の栄華を作り出し残すという執念は中国人らしいとなる

日本がは国土が狭いしまず巨大な富を産みだせないし平等な国になっていた、第一侍がいたとして支配したとしても庶民の暮らしとさほど食べ物でも変わらないからだ、中国とかヨ−ロッパでも宮廷料理があるが日本には侍料理などないのである
殿様料理があったとしても鯛を食べるくらいが贅沢だとなる
侍でも質素なのはそれだけの富を作り出せないからである
日本がの古墳でも大きいのがある、仁徳天皇陵は世界的に見ても巨大である、始皇帝陵は一つの人工の山を成しているので高さの点では大きい、でも日本の天皇はそんな贅沢をしていない、豪華さがないのである
大陸国家のように国土が狭いからそれだけのい富を作り出せなかったのである


高き屋に登りて見れば煙立つ民のかまどはにぎはひにけり

『新古今集』

この歌は古代の聖帝として有名な仁徳天皇を偲んで詠われた
歌です。

仁徳天皇は八幡さまのご祭神として知られる応神天皇の第四皇子です。
仁徳天皇のことで最もよく知られている逸話は、民のために
3年間租税を留められたことです。
そのため、宮殿の雨漏りはひどく、天皇は、屋根の破れ目から星の光がさし
入るような中、休まれていたといわれています。

三年を経過して民の生活力はすっかり回復しかまどの煙が立ち上る
ほどになり、天皇も「百姓富めるは則ち朕が富めるなり」と仰せられて
喜ばれたのです    


この歌は後世のものであり史実ではないのもわかる、第一仁徳天皇陵は巨大だからである
もしかしたらそういう脚色して天皇をほめることにしたのかもしれない
あまりに格差があると質素を装うことがある、あれだけの天皇陵を作った人がそういう気持ちになるのか?
確かに何か疑問が生まれる
ただ天皇はもともと質素なのである、大陸の王とはまるで違ったものであり権力はなくただ担がれるものでしかなかった
日本でで巨大な権力者となると秀吉くらいだったろう

ともかく中国とは何かとなるとその広大な国土と国民の人間の多さがその国柄を作ったし人も作ったのである
「一将功成万骨枯」である、それはアメリカとか今のグロ−バル社会でもそうである
数パーセントの人世界の富の半分とか集中して保有している、アメリカも極端な格差社会なのである
グロ−バル資本主義自体がそうした格差を作る、今は世界の富が資本家というか多国籍企業に集中してその幹部や社長が莫大な富を得ているから世界史いうのも変わらないのかとなる
2000年前でもそうだし今もまた形を変えているが極端な世界的な格差社会なのである

中国には十数年前に三回くらい行っている、それで何か中国というのも理解した、あの時は鉄道は通っていても出稼ぎ者が車両に家畜のように詰め込まれていた、出稼ぎ者の大移動があった、流民というのを実感した
膨大な人間が集まり流民となり都市に移動していたのである、その貨車に人民という家畜が詰め込まれていたとなる
中国では人間が多すぎるから人権とかは成り立たない、人民は奴隷でありその莫大な人間を支配するには圧制になる
それが共産党に代わっても同じだったのである
大陸国家にはそうした共通性がある、莫大な富が王とか少数の人に支配階級に集まる、そういう仕組みがある

グローバル資本主義もそうだったのである、後進国がそうした支配階級の奴隷と化している
それが世界的規模になっているから何か公正な原理で働いているようで実際は同じ構図なのである
何か国が大きくなり規模が巨大化するとそうした格差社会になる
日産のゴーンでもそうだろう、富が社長に集中する、その金の額に驚くことになる

日本では村という小さな単位が共同体でありそこでは格差が生まれにくい、みんな平等を追求する、極端な富者はありえないのであるそれは規模があまりにも小さいからである、そういう国の差がやはり国土から生まれているとなる
ロシアでもプーチン皇帝となるように国土が広大になるとそうして圧制があり一党独裁となり王が君臨することになる
中国の謎は村というものがないというのである、日本がで村というものは中国にないというときこれも理解しにくいのである
中国の共同体の単位は相当に一国のように大きなものだということである
要するに日本人が大陸国家を理解できないのはその国土のスケールの相違が大きいからである
平原があり砂漠があり湖にしても琵琶湖の三倍とかもっとありなんでもスケールが大きいからイメージできなくなるのである

私の場合中国で犯罪にあわなかったのはバックパッカーだったが汚い恰好していたから中国人に見えた
中国人と日本人でも見分けがつかないところがあったからである、これがヨ−ロッパだと見分けがつく、ただ日本人は中国人になる
つまり私は中国人民の群れのなかに埋没したから目立たなかったから犯罪にあわなかったとなる
あのころ中国人は相当に貧乏だったからである、それが十数年で新幹線から月まで行くとかスマホとかit先進国になっているのが信じられないとなる、こんなに変わるものかと驚くことばかりである
この辺の津波でも原発事故でもそうだったが十年一昔になり十年なると世界でも様変わりするものだと驚く
特にグロ−バル化でその変化が世界的になり激しいのである、だから中国は経済的に崩壊しているとかyoutubeで盛んに言うが
アメリカでも衰退してアメリカは日本を見捨てるというのも現実である、アメリカも常に変わっているからである
最も勢いのある時代をアメリカはもう過ぎているからである、だからなぜ中国は崩壊するとか言うのが理解できないのである







2019年01月28日

宮城県山元町の海岸線の津波による変化 (小湾がいくつかできていた)


宮城県山元町の海岸線の津波による変化

(小湾がいくつかできていた)


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NHKの津波のアイカーブで見たら山元町の海岸線がえぐられて小さな湾にっていた
松原があったがここも全部消失した
そしてこのように小さな湾になった、地形を変えてしまった驚きである

相馬地域でも磯部でも今の六号線からは離れていても広い湾になったことには驚いた
山元町の被害も大きかった、ここでは仙台へ通勤する人が多かった
新しい住宅地が駅前とかにあった、それも全部流された
そして海岸線の変化が激しかったのである

今はこういう地形はなく埋め立てられて防波堤ができているだろう
でも原初の地形にもどったのかとも見る
湾になっていて砂浜があればそこから小舟でも出しやすいとなる
そこで何か魚とか貝とかをとって縄文人が暮らしていたのかとなる

現実に伝説は当時の生活を物語っている

鹿狼山に手長明神(てながみょうじん)と いう手がとても長い神様が住んでいて、貝が大好物だったとか。長い手をぐいっと新地の海に伸ばして貝を拾っては食べていたそう。その貝殻をポイポイと捨ててできあがったのが新地貝塚だったという伝説です。

縄文時代は深く陸地に海が入り込んでいた、だからこういう地形もありえた
ただ鹿島地区ではもっと縄文海進で奥に海がはいりこんでいた
でも何かこの地形は原初にもどった地形なのとかとみる
そこに砂浜があり丸木舟を浮かべれば内湾で魚もとれたとなるからだ

ともかく津波による地形の変化は驚きだった、それは自然の驚異だった
海岸線にいくつもの沼ができたのもそうである
だからこそとにかく沼とつく地名が日本には多い、沼だらけなのである

この地形の変化でも小湾ができてそこに砂浜ができて周りに木が生えたりして自然状態にもどったら景観としてはいいなとイメージした
どうしてもこの辺は湾がないから入江がないから殺風景になっていたからである
湾が入江ができれば小舟でもそこに浮かべやすいとかなる
湾ができるとそこは人間的営みに適したものになる
新地の伝説があるようにこうした湾があってそこで貝をとって縄文人は暮らしていたのである、何しろ奥まで海が入り込んでいたからそこは内湾になり魚でもとれたとなる

例えば南相馬市の鹿島区の江垂(えたり)でも六号線を津波が越えたようにもっと奥の方まで海が縄文時代から入り込んでいた
それが失われたとき忘れられていたのである
現実に魚の骨が桜田山の下から発見されているからだ
魚を食べていたし鹿も食べていた、海の幸があった、だから食生活も貧しいとは言えなかったともなる

ともかくこれだけの変化には驚嘆した、自然は海岸線は変化しやすいのである
それは海の浸食を受けるからそうなる、もともと八沢浦は本当に津波で奥まで柚木の方まで海になったが江戸時代は入江であり船も入っていたのである
それが明治以降開拓されて田んぼになったのである
あんなに奥まで海になったということの驚いたがもともとそこは海だったのである
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高齢化社会の仕事(南相馬市に家政婦紹介所開設) (家政婦を雇うのは一番むずかしい)


高齢化社会の仕事(南相馬市に火星紹介所開設)

(家政婦を雇うのは一番むずかしい)

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広告にでていたがこのクリ―ムスタッフとはなになのか?
仕事の内容は家政婦の仕事である、ただ定期的に頼むのではなく家の中の仕事を請け負う仕事である、ここに話し相手ともあるらか老人の一人暮らしア相手ともなる
対象はやはり家事などに困っている一人暮らしの老人であり
それを家政婦として常時雇うのではなく安い値段で請け負うとなる
まず家政婦を雇うとなると今では社長級とか特別な人しか雇えない
戦前の女中を雇うような訳にはいかない、時代がまるで違っているからだ
その時は中流家庭でも家事のために二人も女中を雇っていたのである
電化されていないからそれだけの人手が必要だったのである

とにかくこういう時代は女中でも雇うことが容易になる、そういう社会でありそこで働くことが普通だからである、するとそういう社会では女中でも信用して雇うことができるのである
ただ女中とか召使とかは何かそういう貴族社会のようであれば雇いやすい
江戸時代なら侍ならそうしやすい、それはそういう社会であり別に侍ならそういう人を雇うことが普通であり雇われる人も別に差別されたとか何か不満も言わないからである
そこで雇う者と雇われる者のモラルがあるから問題が起きないのである
ヨ−ロッパの貴族階級でも問題があるにしろそういう社会であり伝統があり慣習がありそれに従うのである
だからチップ制度はそうした階級社会があり貴族がいて成り立った風習なのである
日本がではそういう社会ではないからチップの制度はないのである

いづれにしろ家政婦とかの問題は家の中に入ってくる家の中がわかってしまうから一番危険なのである
信用が一番大事なのである、気軽に頼めるものでもないのである
だからヨ−ロッパではどうして信用したとなるかというとその人が働く前の家でどうだったか調べる、履歴を調べるともなる
そこで信用して雇うとなる、それは簡単に雇えるものではないのである
だかさ家に入れる人は一番危険であり信用が問題になる
自分自身はそういう経験がないから失敗した、盗難問題は常にどこでも起きているからだ
要するに家政婦など雇うには雇う側でも相当な経験が必要となる、だから代々金持ちの人は雇いやすい、そういう家であり雇う側も知っているからである
経験しているからである、でも今はそういう社会ではない、だから家に入れる人は危険になる
そしてそういう社会ではない伝統もないとなると使用人に使われるともなる
現実に自分がそうだった、その人とは相性がいいにしても話し相手にはいいとしても
決まった金以上を要求されるし様々なことで相談にのり金銭面から何から福祉係のようになってしまった、その人は福島市とか仙台市とか裁判所に行ったり後は腰が悪いとか病院通いなのでありとても家政婦の仕事するできない、簡単なこともできないのである
だから自分は使用人に使われているともなる
それでこのチラシを見て頼めば料理もしてくれるのかと関心をもったのである

とにかく高齢者向きの仕事は増えてくる、特に一人暮らしも増えてくるからその方面での仕事も増えてくる
「遺品整理士」なども一人暮らしの老人向きの仕事なのである
それだけ需要があれど供給するものもでてくるとなる

そして三春であった事件だがこれも高齢化と関係している
その詳しい内容はわからない、でも3万ばかり欲しいのに強盗に入ったのは尋常ではない強盗に入った人も追い詰められていたのである
その家は裕福な家にみえないからである
その犯人も61才であり同じ三春に住む人だった
だから今や近隣でも同じ町に住んでも危険な時代になっている
なぜなら60以上で65歳以上で年金をもともにもらっている人は少ないからだ
国民年金で4万とか5万とかしかもらえない人もいるのである
国民年金では生活できないのである

そして生活保護になるにしても簡単にもらえない、ただ医療費が無料にされたりしいるが南相馬市ではあとはもらえないとかなっている人を知っている
そしたらその人はどうして生活するのか?その人も追い詰められているから犯罪予備軍だとなる
実際に全国的に本当に老人で金があるのは一割くらいでありあとぎりぎりなのが20パーセントから30パーセントくらいいるかもしれない、そういう人は追い詰められているのである、だからこんな犯罪が起きてくるのはそうした背景があるからだと思った
3万ばかりで強盗に入るとなると相当に追い詰められているからである

これから老人の犯罪が増える、追い詰められている人が増えているからだ
そういう人はなりふりかまわない、わずかの金でも強盗でも殺人までするようになる
それは追い詰められているからである
みんな追い詰められると会社でも今や銀行でもそうなっている
投資信託とかうりつけて手数料でかせぐ、銀行も追い詰められるようになったからきれいごとを言っていられくなくなったからである
だからこれからの社会は危険度が高くなる、信用もできない社会になっている
格差社会になると影響を受けるのは貧乏な人だけではない、金持ちでもまたそんなに金持ちでない小金持ちでもその下が増えてくると襲われるのである
そういう危険な時代になっている
それも同じ村とか町の人なら安心だというが今はそうういことはない
金だけが唯一頼りになる世界では近隣でもそうであり追い詰められ人が近くにいれば襲われるのである、そういう経験を自分はしてきたからである

とにかく高齢化社会は高齢者特有の問題が起きるしそれに見合ったもの、需要があれば供給もありそういう仕事も増えてくる
でもここのクリームスタッフの対応は若い人であり何もわからない感じである
仕事をはじめたばかりで経験もないのだろう
こういう仕事は人の管理が一番むずかしいのかもしれない
そもそもそうしてその会社でもどういう動機でしているのか?
ただ金のためにしているのか?結局はそうなるけど何か仕事はそれだけではできない
この人は困っているから助けることが使命だとかはならない
まず金をもらうことが動機であり後はないだろう、でも福祉的な仕事になると何かそうした営利目的だけでも合わないのである
ただ今の世の中がすべて金出動くという時、こういう仕事でも金になるとなれば生まれるそれが悪いことではない、困っている人が自分だけでなく一人暮らしが増えるからであるそして気軽に近隣でも助けたりしないし無関心社会だからである
そういう中で一人暮らしの人は孤立しやすいとなるからだ
それはいくら金をもっていても一人暮らししてみると弱者だと思った
親身になって支えるものがない、ただ金だけを要求されることになるからだ



posted by 老鶯 at 13:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 福祉医療−老人問題

2019年01月27日

風力発電もソーラーパネルも自然破壊になる (南相馬市の海岸の植樹も無駄だった?)


風力発電もソーラーパネルも自然破壊になる

(南相馬市の海岸の植樹も無駄だった?)

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【武田邦彦】日立撤退、風力発電事業から。
しかしこうなることは最初から分かっていた

津波や原発事故以後この辺の風景は一変した、ただここだけではない風力発電でもソーラーパネルでも景観が変わってしまった
私は何か異常に景観にこだわる、だから八沢浦が元の美しい入江にもどったというときもそうだった、そこが田んぼでもその田んぼより入江になっていたら美しいと常に思っていたのである、イメージしていたのである
それが本当に入江になったときほど驚いたことがない
波が入江になったところ打ち寄せてきらきら太陽に光っていたのである
この辺には入江がないから景観的にはいいものではなかったからだ
その時津波で家がその入江となったところに浮いていたのである
またそこでは人も死んでいたのである
正直それより入江になったことに驚嘆したのであく
それでここで人か死んでいるのにお前は何を喜んでいるのかとコメントがあったのもわかる
何か自分は常に景観を気にしていたのである、景観が壊されるのは嫌だったのである

だからソーラーパネルとかでも風力発電の風車でも嫌なところがある
そして津波で右田の松原もなくなったし家もなくなった
そこにソーラーパネルと風力発電の景観になった
そこに松と木の苗を植えて元の松原とか森の再生を図ったがそれは将来的に無駄ではなかったか?
なぜなら風力発電があると木が正常に成長するのか?
そのことを科学的に調査して判断している科学者がいたのか?
武田邦彦氏は風車は植物の生長に影響するとしている

葉っぱから水が蒸発しなくなるとか下の土がじめじめするとかあるとしている
ここは詳しくわからないがそもそも水力発電でも結局自然を破壊することになった
アスワンダムでも水が流れずに下流から水があがってきて塩害になったとか必ず自然を破壊するからそういう人工物が自然にどういうふうに影響するかを慎重に調査して判断すべきだとしている
太陽光を利用するソーラーパネルでもそれはまず景観に影響しているし人家のすぐ前に作ったら素人でもわかる、光が反射して暑くなったとかなっている
風力発電では鳥がまきこまれたとか自然に確実に影響して破壊する
まずはっきりわかるのはと景観を破壊することである
山の森のなかに突出して風車がある風景は自然の風景ではないし
なにかしら必ず影響するのである

水力発電もそうだったのである、その反省もなかった
ではなぜまた原発と同じようなことをしているのか?
それは政府の政策であり補助金が得られるから業者も積極的に事業したいとなる
政府では自然環境に考慮することなどないという
そもそも現代文明人は景観に無頓着なのである
だからこそ東京のような自然がない人工都市の中で生きていられるのである
そこに森も山も大地もない、人工的空間だからである
そういう所に生きられる人間は何か美的感覚でもなんでも麻痺しているのである
それは別に田舎に普通にいるが田舎の場合は人が景観に無頓着でもどうしても自然の中で生活していたからそのことで自然が守られていた
農業でも漁業でも林業でも自然の中で生きていたから自ずと自然環境も守られていたのである
でも自然と遊離して工業化したとき自然と人間はすでに遊離するようになったのである

そして武田邦彦氏が指摘しているように日本の国土は狭い、森が70パーセントとか森が多く平地が少ないのが致命的なのである
そこで土地が利用できないから山とか森にも風力発電の風車を建てる
それが景観とマッチしないのである
そもそも前から私が指摘していたように技術すら風土とマッチして開発されてきた
砂漠とか平地が多い中東に風車が発明されたとか日本では山が多いからトンネルの技術が発達したとかある
つまり技術でも国々の風土にマッチしたものが生まれる、開発されるのである

だから良くその国の風土にマッチしたものを作らないと自然は破壊される
ではそれが何になるのか?それは私にはわからないにしろ水力発電でもダムでも風力発電でもソーラーパネルでも自然エネルギーとか言っているけど自然を破壊するものなのである

そして景観が破壊されると心にも影響する、風車とかソーラーパネルは人工物であり自然にマッチしない、それは森にも山の斜面とかにもいろんな場所に作られて景観を破壊しているのである
景観だけではない、実際に自然を破壊している
いづれにしろ植樹祭とか天皇が来てこの辺で海岸でしたけどそれも無駄だったとのかとも思う
なぜなら風力発電でありその前にはソーラーパネル工場のようになっているからだ
そしたらどうしてそこで木が正常に成長するのか?
したとしても景観として森にはならない、松原のような景観は永遠に再現できなくなったとなるのだ

だからなぜそういうことを科学者は考えないのか?市の方でも考えないのか?
それも疑問なのである
そこに自然の森にはもうなりえない、見たらわかる
後はソーラーパネルであり前は風車である
そこに自然の木や森が成長するだろうか?
ただその前に風車の々寿命が20年とかだとすると風車自体が使いないものになっているかもしれない、木が成長るには30年でも最低かかるとなるとそうである
何かこれも除染と同じように莫大な費用をかけたけど無駄になるのかと思う
それでも補助金が政府から出るから事業をしたいとなるのもかえって国民にとってもいいものではなかったのである
なぜこういうことをもっと議論して決めないのか?
これも政府の意図がありそれにのった利権構造がありやめられない
それは原発とにていたとなる

結局このしわ寄せは将来ここに生きる人たちに影響する、自然環境をそのまま受け継げないことである
工場地帯のような場所に生きることである
だから右田の松原で暑い時海からの天然の風で涼んでいたときは恵まれていたなとつくづく思う
それは何か牧歌的だった、今はその木陰になるところもないからだ
それは永遠に失われたとなる、なぜならあれだけのソーラーパネルがあるとやはり光の影響で暑くなる
風力発電の風車も影響するから森の再生にはならないからだ
だからここに生きる子供たちはそうした自然環境を受け継いで生きられないから不幸だともなる
それは今の大人たちがそうしたともなる

ただ田舎でも自然景観とかには無頓着なのである、農業とか林業でも漁業でもそれは自然と密接に結びついていたから
自ずと意識しないでも自然環境が景観が維持されていた、破壊されなかったのである
だからヘシオドスのように人間の生活を隠せとなる、人間の生活が自然の中に隠れるようにあるときそこに自然が一番映えていたからである、何度も言うようには飯館村がそういう村だったのである
posted by 老鶯 at 21:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

秋の日本海に沿って自転車の旅をたどる(俳句と短歌) (記憶をたどる旅の不思議)


秋の日本海に沿って自転車の旅をたどる(俳句と短歌)

(記憶をたどる旅の不思議)
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市振に来たるやあわれ秋鴎

出雲崎沖に佐渡島遠きかな旅人よりて秋の日暮れぬ
良寛の行きし杣道我が歩み五合庵なれ生きにしものかも
良寛の五合庵より野積かな秋の夕日の海に映え没る
良寛の五合庵より一本の松によりさり月のあわれも
寺泊出雲崎すぎ日ば暮れむ月のあわれも松によりさる
秋雨のしととふりにき旅人や瞽女(ごぜ)の碑ありてあわれ深まる
直江津に一夜の宿や旅人のはや去りにけり秋のふけゆく
市振に着きしや遠く我が来る秋の陽没りぬ日本海かな
市振の漁港小さくあわれかな烏とまりて秋の日暮れぬ
いづこなれ山間の刈田にテント張り泊まりて去りぬ何を記さむ
雨しとと関所のありて夕べ越ゆ江戸の道のりここより思ふ
この世に生きるは謎や一夜の宿出会いし遊女も記憶なるかな

黒に映ゆ松本城や藤の花
黒に映ゆ松本城や雪の嶺

旅の記憶も30年くらいすぎるとあやふやになる、なぜ日本海を自転車で旅したとてしどうして日本海まで行って帰ってきたのかわからなくなった
第一そこまで自転車で行くとしたら相当に遠い
覚えているのは良寛の五合庵により野積(のづみ)の民宿に泊まり寺泊に来て出雲崎に来て日本海にそい行った
その時秋であり満月がでていた、それは確かに前に記録して短歌にしていたがどこに記録したか不明になった、おそらくワープロに記録していたのだろう
それでワープロから呼び出されなくなり古いワープロを東京まで行って買うほかないとなった
人間はともかく忘れやすいのである、まず旅しても十年などすぐすぎる
すると記憶はあいまいになる


出雲崎側に「お春瞽女之碑」がある
車で走ると気づかず通り過ぎてしまう

昭和22年の冬
出雲崎の門付けの帰り
盲目のお春さんは吹雪に埋もれ帰らぬ人となった


瞽女宿では、そろそろ瞽女の来る頃、布団を干したりして準備をします。暖かい布団や風呂、心づくしの食事、気兼ねなく過ごせる部屋などが用意されます。もちろん、皆無料です。瞽女宿の人だけでなく、村の人も手伝いにきます。村中で瞽女を暖かく迎えてくれるんです。

杉本家の初代親方マセは江戸時代の生まれで幼い時に天然痘にかかって片目が潰れ、顔中にあばたが残り、「お前はその顔ではいいとこへ嫁に行かれん。いっそ瞽女になるか」と父親に諭されて丸山という親方の弟子になりました。




瞽女(ごぜ)というのも目が見えない女性である、とにかく江戸時代は眼病を患う人が多くそういう人がなった仕事である、それは栄養不足でそうなっていたのである
座頭などもそうである、0・8パーセントが眼病を患っていたとかなる
そもそも病気は江戸時代には直せないのである
天然痘もそうである、そうした伝染病も多いから病気を直せずに死ぬ人が多かったのである
でもそういう人に江戸時代の人は情がありなさけをかけていたのである
瞽女(ごぜ)宿まで用意して歓待していたのである
それは芸を楽しむということがあったにしろやはり福祉的なものもあったとなる
ただ座頭などは金貸しで特権が幕府から与えられて大金持ちになっていた人もいた
これも現代でも福祉の名で施設とかもうけている人もいるから同じだと思った
人間のやることは時代が変わっても似ているのである
とにかく瞽女(ごぜ)の碑を見たのは記憶している

それから直江津に一夜泊まったことも記憶している
そしてわからないのは糸魚川まで行って親不知に行って市振に行ったことは記憶しているただ糸魚川を越えて市振に着いたということは地図をみてふりかえりそうだったのかとなる、市振は越後と越中の境であった、そこで関所があった
市振とは振り出すという意味であり境を越えて振り出す振り出しの地としてつけられた
江戸時代は境を越えることは外国に行くとにていたのである

それで芭蕉の句の「一家に遊女もねたり萩と月」は市振で詠まれたのである

今日は親しらず・子しらず・犬もどり・駒返し*など云北国一の難所を越て、つかれ侍れば、枕引よせて寐たるに、一間隔て面の方に、若き女の声二人計ときこゆ*。年老たるおのこの声も交て物語するをきけば、越後の国新潟と云所の遊女成し*。伊勢参宮するとて、此関までおのこの送りて、あすは古郷にかへす文したゝめて、はかなき言伝などしやる也。白浪のよする汀に身をはふらかし、あまのこの世をあさましう下りて*、定めなき契、日々の業因、いかにつたなしと、物云をきくきく寐入て、あした旅立に、我々にむかひて、「行衛しらぬ旅路のうさ、あまり覚束なう悲しく侍れば、見えがくれにも御跡をしたひ侍ん。衣の上の御情に大慈のめぐみをたれて結縁せさせ給へ*」と、泪を落す

これは遊女だが瞽女ともにているのである
そこに漁港があり船が泊まっていることは覚えていたがそこに松があったことは記憶していない、松は何か人間に見えるのである、松によるというとき人間に寄るという感じになるのだ、だから日本人にとっては松は一番親しいものなのである、松は友にも見えるのである

旅路行く北陸道の松あわれ名残り惜しむや秋の陽没りぬ

こんなふうになる、日本海側の松はまた何か独特の風情があった

自転車の旅だと宿に泊まりにくい、そこでテントは不可欠だった、何か山の方に分け入って刈田の畔のような所でテントを張り寝たことを覚えている
そこがどこかは不明になった、何かを記すにももう記憶をたどるしかない、それもとぎれとぎれになって不明になった

そして市振から富山の方に行ったのか?山の方に向かいそこに関所があった
加賀藩などがその関所を越えたとかある、あそこから江戸へは遠いと思った
ただその関所のことが不明になった、でも記録したものが見つかればまたこの文は編集しなおす

そしてなぜか松本城のことを今日テレビで見て思い出した
松本城からアルプスの雪の嶺が朝に映えていた
あそこには春に行った、秋にも行った、それで思い出して俳句を作った

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黒に映ゆ松本城や藤の花

黒に映ゆ松本城や雪の嶺

あの黒色が独特なのである、山国の城として黒があっているとなる

会津の城ももともと蒲生氏郷が作った七層の黒川城があった、この城は圧巻だった
まさに松本城ににたものだったのである
今の会津城にはあまり魅力を感じない、中は博物館のようにもなっている
それは新しく再建されたから歴史を感じないのである
新しく再建されるとそれは博物館のように見えるからだ
ただ松本城は当時の面影を残している、立地もいいのである

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七層の会津の黒川城

いづれにしろ思い出す旅というのも不思議である、それがインタ−ネットだとしやすいのである、情報がありそれをたどって記憶の旅ができるからだ
ただこれも実地にその場に行っていないかぎり活きたものとならない
そして地図を見ると何か記憶と一致しない、だから地理をわかるのは容易ではないのだ
冬は冬ごもりであり思い出す旅には向いている
じっとしていてストーブにあたたまり思い出す旅をするのである
だから私自身はもう旅に出たくないのである、これだけ旅をすればそうなる
もう飽きるほど旅したからである














2019年01月26日

隠された石の像 Statue of a hidden stone sleeping in a jungle

隠された石の像

Statue of a hidden stone sleeping in a jungle    

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a secret place of jungle

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写真は無数にある、インタ−ネットにも雑誌にもある
そのデーターが膨大である
ただそれを変化させているだけのが私の抽象画なのである
それでも何に変化するのか全くわからない
こんなものができたのかと驚く

それは自分自身の創作とも違っているからである
ただ変化した結果として生まれたものであり自分がイメージして作ったものではないからだ
でもこんなふうにして変化させてなにかしら創作になっているのも不思議である
自分自身が不思議に思っていることなのである       

私はもともと石とか岩に興味がある、だからこの写真を変化させたものを見てここに顔のようなものがあり隠された岩がありその配置が気にいったのである
つまり沈黙の石であり岩なのである
石や岩に興味をもつのは常に沈黙しているからである
私自身も禅僧のように沈黙の行をしているともなるからだ


There are countless photos, there are also in the Internet and magazines
The data is enormous
Just changing it is my abstract painting
Still I do not quite know what it will change to
I am surprised that I could do something like this
It is because it is also different from his own creation
It is because it was born as a result of change and it is not what I made by imagining it
But it is strange that it has become some creation as a result of changing it like this
It is what myself wonders

Originally I was interested in stones and rocks, so when I saw what changed this picture, there was something like a face here and there was a hidden rock and I liked the arrangement
In other words, it is a silent stone and a rock
Because it is always silent that interests in stone and rock
Because I myself are doing a silent line training a Zen priest
タグ:CAVE stone statue

南相馬市鹿島区海老で交通事故発生 (福島市から駅にレッカー車来る)


南相馬市鹿島区海老で交通事故発生

(福島市から駅にレッカー車来る)

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福島市から駅に来たレッカー車


駅に待っている人がいたから鉄道利用すひる人かと思ったら海老の雪道で事故を起こした人だった、スタッドレスタイヤをしていても事故にあいかなり危険な目にあった
その人は怪我はしていなかった

レッカー車が福島市から来た、そんなに遠くからなぜきたのか?
福島市の人だったのか聞いていない
ただ駅は街の中心のようになっているから車の人も来るのである
ここで待ったり情報をしいれたいということもある
ここでは道の駅がないかち駅に来るのである
自分も自転車旅行では駅によることがあったからだ

雪で一分くらい電車は遅れたが後は遅れなかったから雪の影響はなかった
風の影響の方がここでは大きい
なんでも車に乗っているばあちゃんんが車は重いと安全だとか言っていた
でも税金が高くかかると言っていた
重いと風に強いし安定はするがスピードか出にくくなる
電車も軽くなっているからスピードが出るが風に弱くなり安定しないから原理は同じだと思った

今度買ったヤマハの電動自転車は本当に優れている
雪道も馬力があるから普通に走れた、それからタイヤが特別制でありマウンテンバイク用高だから頑丈であり雪道でも滑らなかった
これもやはり電車でも車でも自転車でも重いもの大きいものは安定しているのである
その原理は同じだった

とにかく交通事故は毎日のように起きている
雪道には車は弱い、そうなると車は利用しにくくなる
だから会津とか雪国は大変だと思う
ここは雪が降ったとしても一年に二三度なのである
雪かきもする必要はないのである
その点は住みやすいとなっている

味覚は人間の防衛本能 (老人でも食物の味をかみしめて食べるようになった)


味覚は人間の防衛本能

(老人でも食物の味をかみしめて食べるようになった)



若い時は腹減れば腹を満たせばいいという感じだった、私の場合は食とか料理にこだわったことがない、旅行で料理が楽しみにはならない
旅行だと旅行したいというだけであり食べることではなかった
外国でもだからまともなものも食べていない、ただ外国に来て行けて良かったなとしかない、でも実際はその土地の食を味わうことも旅である
今になるとそう思う、ただそうなると金がかかりすぎるからできなかったのである

食べたいものを食べる、うまいと思うものを食べる

おいしいというものが安全でありおいしいというものが体にいい

味覚を感じやすくするには食事するにも静かな環境とかが必要

これが武田邦彦氏の推奨することである

味覚とは人間に備わった防衛本能だとしている、それもそうかもしれない、現代は調味料とか過剰に使っているし本来の食物の味が失われている
まず動物は人間のように加工したものより生のものを好むのはそこに本来の味があり栄養があるからだとなる
現代文明の逆説として老子の無味を味わうというときもそうである
水こそが一番人間にとっていいものだということである
それはジュース類の多さをみればわかる、あれにはほとんど自然の栄養物は入っていないだから運動した後ジュース類を飲むと疲れるというのはそのためである
糖分をとりすぎると砂糖などをとりすぎると疲れるのである
現代人に糖尿病が多いのは栄養をとりすぎるからである
動物はいつも空腹状態にあるというときそれが自然の状態だとなるからだ

そうはいっても人間はそもそも味覚でもそれがおいしいというとき快感を覚えるからである、そして意外なのは老人になっても快感、快楽を追求することは変わりない
性で食でも同じなのである、老人になると異常性欲者にもなる
淡泊になるということはないのである、だから私もなぜ食にこだわるようになったのか?食物の味をかみしめるようにして味わっているのか?
それは意外と老人になるとき逆になんでもデーブなものを追求する
それは食事にも現れる、知識でもそうだがデーブなものを求める
でも自分自身は料理はほとんどしない買ったものでまにあわせている
それはそんなに色椅子なことに時間をさけないからである

そして食事する時食事に集中することが必要だというのもそうかもしれない
がやがや騒いで食べるのがいいように思うしレストランではみんなそうしているしそうした方か楽しいとかうまいとかなる
一人で食べていると孤食になり食事もまづくなるとかいう
でもそうでもない、一人で誰もいないところでしんみりとして食べていると食物の味を深く味わうということがあるなと一人暮らしになって気付いた

だいたい日本人は忙しい早食いである、じっくり食物の味を味わないで食べる
ヨ−ロッパなどではレストランとなると特別の場所であり正装しないと入れない
そこは静かな場所なのである、がやがや日本のように騒々しくないのである
でも自分の場合はそういうレストランに一度も入ったことがない、そういう身分でもなかった
でもヨ−ロッパでは街でも静けさを大事にしているからレストランでもそうなる
そこにはやはり日本にはない貴族の文化が伝統が活きていてそうなっているのかとなる

老人に対する誤解は何かなんでも淡泊になると言うがそうでもない
確かにあまり油ぎったもの厚い肉などを食べたくないことはあるかもしれない
でも何でも淡泊になるわけではない、だからなぜ自分自身が今になって味にこだわるようになったのか?
それは食事でもそうだが何でも芸術でもじっくり味わいたいということになるからだ
デーブなものを求めるのである、ただそれは別に贅沢とするということではない
普通の食事でも何か味わいかみしめて食べるというふうになった
それは老人になるとおそらく何でも生きることが残り少ないということが影響している
遂に食べることもこれで終わりかとか病気になり最後に好物のものを食べて死にたいとか言って本当にそうして死んだ人もいるからだ
そういう心境は若い時にはない、結局老人の心境は老人になってみないとわからないのである


posted by 老鶯 at 09:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 福祉医療−老人問題

2019年01月25日

プログの読み方 グ―グルのアプリでドライブのドキュメントに全コピーして記録して読む


プログの読み方

グ―グルのアプリでドライブのドキュメントに全コピーして記録して読む

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一年分のプログが一か月ごとに記録して読める
記録するのは簡単である


プログとかインタ−ネットのサイトは読みにくい、検索もしにくい
全体像がわからない、本だと全体像がわかりり読む
ぱらぱらと全部をめくってみて全体像をつかみ部分を深く読むことができる
プログは毎日の日記だから短く断片的になり全体像がつかみにくい
それで何か記憶されないことがある
それは断片的に読んでいるからそうなっている
本だったら一冊の本として頭の中に入っている、全体像とてし記憶しているのである

だからインタ−ネットの中の文は記憶しにくいのである
それがどこに書いてあって誰が書いたとかいうのもあやふやになる
膨大な情報の断片化する、私のプログの情報量は膨大である
すると自分自身すら何を書いたのか忘れている
それで時々自分の書いたものを読んでこんなことを書いていたのかと感心しているのも不思議である
人間とはとにかく忘れやすいのである、それが人間の弱点なのである

グーグルのドライブだとクラウド上に記録される、するとusbなどのように持ち運びする必要がない、もう物ではないからだ、usbでも小さいからなくしやすいのである
でもクラウド上に記録させればかえって消えないということがある
それは物ではないからだ

ただインタ−ネットとか通信になると記録が消える恐怖が常にある
それぞれがもっているパソコンも突然クラッシュして記録が消えることが恐怖なのであるそれで都築詠一氏の貴重なプログのログが一部は残っていても消えたことが残念だった
あの人は記録を残そうとしていなかったのも不思議である

ではプログの読み方をどうするかというとこのグーグルのアプリのドライブのドキュメントで記録するのは便利である
ここに全体をコピーして貼り付けるのである
それはそれほど手間にならない、ただプログの文なり写真を選択してコピーしてドライブのドキュメントにはりつけるだけなのである

すると日時ごとに列挙されて目次化されるのでわかりやすいのである

これの利点は例えプログが消えたとしても読む人の所には残るのである
するとプログが消えたとしても消されたとしてもそれを読んだ人がグーグルのドライブから再現できるのである、その人が読んだものは本のように残っているのである
おそらく都築詠一氏も誰かがこのように読んで記録していれば全記録が残っていたのである
それは簡単に再現できるからである

つまりこういう読み方をすると本のように読めるということである
本のように記録は読んだ人の手元に残り再現できるのである
だからこのグーグルドライブは便利である
一連のものとして目次からもたどれるからである、この目次機能が優れているのである   




無人駅から乗った人の案内しない駅の見守り役 (無人駅から乗る人の注意)


無人駅から乗った人の案内しない駅の見守り役

(無人駅から乗る人の注意)

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逢隈から鹿島駅までは760円である
この運賃表を見て金を用意する
または車内で車掌から切符を買っておく

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ここに切符か運賃をちょうどに入れる
あとで駅員が回収する

相馬救援隊の見守り役は駅の運行とかの案内しないと張り紙があるが
これもおかしいなと思った
実際に今日無人駅の逢隈駅から乗って鹿島駅まで来た人がいた
それで切符がないとかどこで支払うのか見守り役に聞いた
でもわからないから教えてやった
見守り役はこうした鉄道の運行にかかわらないいっても必ず聞かれる

つまりあそこにいれば駅員と思う

だから駅員の役割をせざるをえないのである
ただ無人駅から無人駅に来るののはめんどうである
入口に切符だけではない金も入れられるのである

でもその人は千円をもっていたが運賃表を見ると760円だった
千円はもっていたが丁度ぴったりに金を入れなければならない
それができなかった
それで私がたまたま小銭があったので760円を入口の切符入れに入れるようにした
前は小銭がなく前の自転車屋で交換したのである
ここが一番面倒なのである

ただ変なのは前の切符売り場に人がいれば駅員だと見る
だから当然それでわからないと聞くことになるのである
でも運行にはかかわらない、高校生の見守りだけだというのも困るのである

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切符の販売や清算、列車の運行等に関する駅業務のご案内はいたしかねます

ここには明確にそう記されている、でもどうしてもあそこにいると駅員に見えるのである
だから必ず運行について切符についても聞かれる
私はそれで教えてやったがあそこの人は見守り役だけしかしない、それが何かおかしいのである
覚えることは簡単だからである、おそらくJRでそういうことを頼むとなると金の支払いとか責任問題を気にしているのかばしれない
何か案内の人が間違うともしJRで頼むとJRに苦情が来るからである
それでわざわざこの張り紙をしていたとなる
とにかく責任が問われることを嫌があるのである

だから私が自作の時刻表を勝手に置いた時もJRで置いたものとするとJRの責任になるから置くなとなったのである
こういうことで現代というのは窮屈な社会だと思う
それはなんでも何かあると責任問題が生じるからである
要するに私たちのすることは高校生の通学などの見守り役でありあとはかかわらないし責任をもたいなと張り紙で書いたのはそういうことである

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真野川の鉄橋工事ーこれは工事としては大きい、ユニオンがしている



白菊(神の示したかったのはイデアである)


白菊(神の示したかったのはイデアである)

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冬の雲パークゴルフや高齢化

風唸り故郷に老ゆ冬芒

大輪の白菊映えて汚点なく朽ちしも天に昇りけるかな


なぜこの世界が作られたのか?
これはただ偶然にできたのか?
そういうことはありえないのである、神の明確な意志があって作られた
ではその神の意志とは何なのか?
それは簡単に解き明かせない、謎がある

この世には美があるとする、また様々な創造物がある、その意味するものは何なのか?
その一つにイデア論がある、神の意志は創造はイデアにあり
それこそが目的だとしている例えば様々な花があるとする、それは神のイデアである
それは形となり物質となって現れる、でも神が示したかったのはイデアである
そのイデアが不滅だとする時、花ならいろいろあって菊なら菊のイデアを示したかった
それは枯れて朽ちても実は永遠に存在している
菊が仏壇とかに霊前にあった花になったのは人間が作り出した文化である
それは神のイデアを人間側がとりいれて活用したのである

いづれにしろこの世を地球でも宇宙でも万物でも創造したのは偶然ではない
神の意図があり作り出されたものである
これほどの多様な世界を作り出した神というのに驚嘆して賛美するのが人間である
花にしても動物だったら食べることしか興味がない
人間だけがはなを美しい見る能力がある、つまり神の創造したイデアを見る能力がある
神はそのイデアを示すために人間を必要としたから神に似せて人間を作ったのである

ショーペンハウエルのように一方で生殖とかの意志の世界がある、
それと相反して認識の世界がある、その認識の世界こそ神の望むことだったともなる
でもそこに矛盾がある、生きんとする意志の世界と認識は対立する
子供は全身が認識に奪われているから幸福だとしている
大人になると意志が前面に出てくる、生殖に奪われて認識の世界はなくなる
(意志と表象の世界)の矛盾が生まれるのである

神が創造した菊という花のイデアは不滅である、それは枯れて朽ちたとしても不滅である
なぜならまたそれは再現されるからである、ただ具体的に形となるには種とか肥料とかそれを育てるものが必要になる
ただ神の意図していることはあくまでもイデアでありそれを示したいことである
だからたとえ菊が花は朽ちてもそのイデアは消えることなく再現される
創造すると宇宙の中にそのイデアだけが再現されうる
その時土は必要なくなる、そこに様々な花のイデアが現れるのである
あくまでも土が必要となったのは手段であり本当の神の意志はイデアを示すことだったからである

ともかく本当に高齢化社会である、南相馬市のパークゴルフ場は広い、だからあそこは気持ちがいいから自転車でいつもよる、私は喫茶店があるとしてレストランでも食堂でもあるとして見晴らしのいい景色のいいところがいい、やはり人間はただ食べるだけの存在ではないからだ、それで相馬市の道の駅は街中にない、田園地帯にあるから見晴らしがいいからいいのである、ただそこで出している食事は落ちる
でも見晴らしがいいとかでレストランとかでも価値が生まれているのである
価値とは一つではない、複合的なものとしてある

芒というとき意外とこれは強く根を張るのである、まさに今は冬芒であり地方では老人が多い、
この辺は原発事故後老人が増えている
だから冬の雲がパークゴルフ場に垂れて動かないのも何か高齢化社会である
ただパークゴルフはかなりの運動になる、あそこは広いから回ると運動にはなっているからいいのである
とにかく会うのは老人が多いのである、そして病気の人も多いのである
その人はもう腰が悪いとか目が悪いとか病院通いであり他の人もそうである
金もないのに東京の病院に行ったり病院通いが仕事なのである
そんな人ばかり増えているとするととても国の財政はもたなくなる
それを自分に要求されても困るとなる、これも大問題なのである
貧困老人の問題は病気になる人が多いことなのである


2019年01月24日

相馬救援隊の鹿島駅の見守り開始


相馬救援隊の鹿島駅の見守り開始

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朝は早い、6時ころから三時間くらい見守りする
あとは午後三時から七時である
これは長い時間である、新地駅では午後四時で閉じる

ここでは切符とかは売らない、JRで頼むと金を払うようになるからだ
ここの救援隊は南相馬市で払ってnpoに頼んでいる
仕事は駅の案内というより高校生の安全を図る見守りなのである

でも必ず人がいれば運行となにか必ず聞かれる
今日も風で遅れたからそういうことでも聞かれる
ただ人がいると聞けばいいのだから安心感がある

私のたちよる昼間はいないから依然として案内はある

タグ:相馬救援隊

原発避難者を江戸時代と比較してみる (藩の外に出れなかった農民の絆)


原発避難者を江戸時代と比較してみる

(藩の外に出れなかった農民の絆)


時代劇で殿様が病気のために病気にさせられて家老が実権を握り藩を私物化する
過酷な年貢を課して農民からちしぼりとる
それに耐えかねて村の衆のためにと村の一人が直訴して死ぬ
その時庄屋とか名主も農民側に立ち戦う人となり死んだ人もいる
つまりそういう義民が

磔茂左衛門
(はりつけもざえもん)
(?―1682/86?)

義民の祭祀・顕彰―寛延三義民を事例に(福島県伊達の義民)
file:///C:/Users/yuichi/Downloads/1881-0187-2017-13-57.pdf

義民は非業の死を遂げたのでカミとして祭られる、地蔵としても祭られた
明治以降は自由民権運動が起こり義民が注目された

時代劇だと「村の衆のために」と犠牲になった、それを村民が死んだ後祭りカミとされるようになった
ではなぜこういうことがありえたのか?
それは当時の社会的状況が反映していたのである、何か事件でもその時代の社会的状況が影響している、芸術でも時代を見ないとわからないというときもそうである

江戸時代は移動の自由がない、藩から外に出れない、出ると殺されるということにもなるそれで相馬藩が飢饉のとき越中からの移民は藩を脱出するのに命がけだった
そねの物語が今にも伝えられている
つまりどんなに苦しくても不条理なことがあっても藩から村から出れない社会だったのである
そうなると年貢で苦しめられてもその村から出れないからそういう義民が生まれた

現代と比べるとこの辺の原発事故でなぜ村でも町でも避難区域にされてあっというまにゴーストタウンになったのか?
もちろん放射能の影響でそうなったといえばそれまでである
それ以上に現代は広域社会でありグロ−バル社会であり自由に行き来できる社会である
だから避難した先が淡路島だとか四国だとか日本全国に散らばったのである
嫁がそういう遠くの出身であることが当たり前になっている社会だったからである
江戸時代なら婚姻は近くの人である、戦前くらいでも近くの人が多い
広域社会というのは金さえあればどこに住んでいいという社会なのである

だから原発事故で避難したときその人たちが一番先に考えたのは村や町や市のことではない、まず自分のことであり自分の家族のことであった
だから多額の補償金をもらったときいち早く外に土地を買い家を建てた人が多い
その人は賢いとされた、なぜなら土地が後で高くなったからである
だからこんなに即断して故郷でも捨てるという判断ができたのはやはり時代なのである
土地に執着しない、みんな農民の時代とは違う、土地に縛られていないのである
だから逆に村であれ町であれ人の絆は希薄化ししていたのである 
つまりマイホームマイカーの時代である、マイカーとはどこにでも自由に移動する道具でありマイホームは自分の家族のことでありその家族とともにどこにでも移動するということで全国に散らばったのである
ただ家族と言ってもまた核家族化しているから親は老人は故郷に残されたのである
家族でも大家族ではないから家族の絆も夫婦とか子までの家族なのである

その矛盾として外部の人、遠くの人が助けるという矛盾が起きたのである
南相馬市でも補償金で分断された、内部は補償金でもめて絆はなかった
第一6年とか過ぎて東京からわざわざ仮設に住んでいた小高の人の引っ越しを手伝いに来ているというのも矛盾だったのである
何も近くの人に頼めばできたし補償金もらっているのだからそれで近くの人がやってくれる、頼むこともできた、引っ越しするだけでも必ずそのための金が政府から東電から出ていたのである、あらゆるもののに補償金がつけられていた、仏壇から何から何まで補償金をもらっていたからである 

ともかく震災以後、絆、絆とか盛んに言われたが内部の絆はなくなっいた
補償金でいがみ合いにもなったのが現実だった
ただではそれで原発避難民を特別なものとして非難することはできない
そういう時代に社会状況の中にみんな住んでいるからここだけに起きることではない
他でも一端こういうことが起きれば同じことが起きる
広域社会では金さえあればどこに住んでもいい、故郷であれその土地から逃れられない江戸時代とは違うのである
でも江戸時代だと義民が生まれたが今回の原発事故の避難民からそういう人は生まれないそれも時代であり非難することはできない、人間はみんな時代の子だからである
ただそのために村であれ町でも市でも絆はない社会である
だから逆に人の絆とか土地の絆とかもないから意外と村でも町でも市でも簡単にばらばらになり崩壊する社会に住んでいるのだとも自覚したのである
それがいい悪いとかではなくそういう社会に住んでいるということなのである



posted by 老鶯 at 10:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2019年01月23日

元トラック運転手が言う (車を運転する人は運転できない自転車の人を見下している)


元トラック運転手が言う

(車を運転する人は運転できない自転車の人を見下している)

その人は大型トラックの運転手だった、そういう人と良く会う
考えてみるとそういう人は仕事で東京を行ったり来たりしている
仕事の場が地元というわけではない、だから意外と地元で仕事したという感じがないのかもしれない、広域社会になるとそうなる人が多いのである
地元だけで生活している人は意外と今は少ないのである
第一農業とかに従事している人は一割にも満たないからである

その人は車を持っている人は車のない自転車を利用している人を見下しているという
運転もできない、免許もとれない劣った人だとしている
確かに身分証明書だって免許証が一番認められている
だいたい車が運転できないと仕事にもつけない、役所でも免許がないと就職できなとかなっている、そういう時代である

そして奇妙なことはなぜその人とは話すようになったのか?
それはその人が車に乗れなくなって自転車に乗るようになったからである
その人は足を悪くしてアクセルを踏み間違えるとか車を運転できなくなったからである
それで自転車に乗っているから自転車の話になって話せるとなったのである
それは前からであった、自転車に乗っている人とは話しが合うのである
自転車を通じて話せるとなるからだ、車だとそうはいかないのである
だから良く自転車に乗っている人とは私は話すのである

最近同級生が脳梗塞になりそれで自転車で散歩するので土手で出会い話すようになった
その人は車は運転できる、川子のパークゴルフ場に今日いたので話した
あそこまでは車で行ったのだろう、道具もあるからそうだろう
私の新しい自転車のことで話したのである
私は良くゴルフするわけではないがあそこは見晴らしがいいので自転車でたちよるのである、自転車で一周するのである

ともかく車に乗っている人が車に乗れない人を見下しているというのはわかる
何か欠陥があって車に乗れないのだろうとなるからだ
でもそれではスマホとかパソンコでインタ−ネットができない人を見下すということもある
60以上になるとインタ−ネットできない知らない人も多いからである
そうするとそういう人は若い人に見下されるともなる
でも車だけは老人でも多数が乗っているから違うものとなる
第一車が運転できないと結婚できないとか男としての立場がないともなる
女性すらみんな運転できるからである、女性に運転してもらとなると男の価値でも下がるとなる、男性が運転して女性をエスコートする、守るということで男としてのプライドが保てるとなるからだ

人間は歴史的に見てもそういうことは常にあったのである
何か道具とかをもつものと技術をもつものと持たないもので差別されるとか常にあった
それは国でもそうだろう、なぜ中国はあんなに技術的にも最低の国だったのにアメリカで通信分野で同等になり追い越すとまでなると中国人は優れている凄いなと見るからだ
技術の優劣によって人間の優劣も国の優劣も決まるとなるからだ

ただ老人になり車も乗れなくなったりするとどうなるのか?
その人はもう人間失格だとすら価値ないものだとすらなる
もし車が乗ることに価値あるとしたらそれがなくなればそうなりやすい
現実にそうなっている人が足を悪くして車に乗れなく自転車に乗るようになった人なのである
自分自身にしてもパソコンができるからプログなどで毎日発信できる
パソコンができないと何もできないとまでなる
第一いちいち雑誌のように出すとなると大変な作業になるからだ
もうそれは一個人で不可能なのである
インタ−ネットだったら気軽に無料でできるからしているのである

でも奇妙なのは別に例えば絵画でも文章でも詩でも作品でもインタ−ネットでなくてもパソコンを通じなくても発表できる、文章だったら本にしてでもできる
本当は絵画でも文でも作品でもその内容が問題なのである
内容によって優劣が決まるのでありパソコンでも道具にすぎないのである
ところが人間は道具によって優劣が決まってしまう
それは戦争でもそうである、核兵器をもつ国が強いとか優秀だとかなる

ただ車を持っている人が運転できる人が運転できない自転車に乗る人を一段低い劣ったものとして見ているというのも変だと思う
人間の優劣がそれで決められるのか?人間の優劣は道具をもつものとの差だったのか?
それは時代でも石器時代から鉄の時代になったとき歴史が大きく変わったように人間の歴史そのものがそうだったともなる
鉄の時代になったとき石器しか使えない人は原始人であり野蛮人にもなったからである
でも何が野蛮なのか文明人なのかもわからない

なぜならその道具をもって機械でもって大量殺戮してきた文明人が優秀なのかとなるからだ、それこそ野蛮人だったともなるからだ
だから道具とか機械とか知能でもAIとか進歩するけどそれを利用している人が優秀なのかとなるとわからない
つまり殺人兵器にも使えるし実際に使っている、人間はいくら技術が進歩してもかえって大量殺戮時代になったのが現代だったのである

道具とか機械でも一歩使用を誤ると取り返しのつかないことになる
この辺の原発事故がそうだった、自然環境が汚染されてとりかえしのつかない状態になった、一歩誤れば技術の進歩でも大きな災いをもたらすのである
今日も現実に交通事故の負傷者がドクターヘリで運ばれた
交通事故は毎日のように起きている、そしてドクターヘリなら車より超高速の時速200キロで福島医大まで運ばれたからこれも技術の進歩が成した
でも交通事故は本当に毎日のように起きている
車があるために事故は絶対に減らせないのである
ただ将来自動運転になれば減らせるのか?そうなったと違った局面を迎えるのか?

ともかく高齢化社会だなとつくづくち感じる、そういう人たちが増える時やはり交通の問題が起きてくる、車だけには頼れない、車が乗れなくなると弱者化されるからだ
すると鉄道とか自転車が見直されるのである
そもそもE-BIKEはヨ−ロッパで老人が体力がなくなっても自転車で楽しめる利用できるものとして作られたことでもわかる
ヨ−ロッパとかアメリカでは速度制限がないから30キロ以上で走ってもいいしバイクとして使っていたからである
つまり高齢化社会というのはそういう側面もあり社会自体を変えるものにもなる
それは必ずしも悪いものとはならない、今まで見逃されていたものが再び別な形で復活するかもしれない、それが鉄道でも自転車でも見直す契機になり車だけではないものの利用によって何か人間的なものを取り戻すということもありうると思ったのである

南相馬市鹿島区さくらホールにドクターヘリ来る(3時頃) (交通事故負傷者をのせて福島医大に15分)


南相馬市鹿島区さくらホールにドクターヘリ来る(3時頃)

(交通事故負傷者をのせて福島医大に15分)
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ドクターヘリが桜田山の上を旋廻

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交通事故負傷者をのせる
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浮上
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福島医大へ

キクチスーパーにいたら突然救急車がサイレンを鳴らして来た
それが桜田山の方に上った
するとヘリコプターが飛んできた
それはドクターヘリだった、それで桜田山に上りさくらホールに行くとドクターヘリが着陸していた

そこで運ばれたのは交通事故の負傷者だった
近くによると危険だと離れた
福島医大まで15分で行くというから早い
ドクターヘリは南相馬市だと最近できた脳卒中センターのビルの上にでも着陸できる
やはり速さが勝負になるとヘリコプターは威力を発揮すると見た
ヘリコプターの威力は速さにあった
福島医大まで緊急でもにあうからだ
中には緊急時の備えがあり患者をみれる、酸素も吸入できるとかなっている

ドクターヘリは実際は時々来ている、そのことを報告している人もいる
ただ今回自分が見たのは初めてだったのである
ヘリコプターの音がするときドクターヘリだということがある
ヘリコプターはあまり見ないものだから恰好いいと思った
ドクターヘリは緊急の時は頼もしいとなる

posted by 老鶯 at 16:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

投資は何の価値があり意味があるのかわからない (金は使ったとき価値がわかる)


投資は何の価値があり意味があるのかわからない

(金は使ったとき価値がわかる)


投資に何の価値があり意味があるのかわからなかった
カナダの国債を買ってなんの意味があるのか?
株を買って何の意味があるのか価値があるのかわからない
現代の資本主義は投資に何か価値とか意味を見いだせない

ただ利益があがることに価値がある

それ意外のことはわからない、そして現代の資本主義では金を使う時その価値が一般人でもわかる  

具体的には

●仙台の「優 創建」でユニットバスを100万で作ってもらった

●小高の大工さんに庭を作ってもらった

●ヤマハのjpy-xrを買ってその乗り心地に感動した  



仙台の優 創建に作ってもらったユニットバスは本当に得だった
まず古いタイル張りの風呂を壊すことから大変な作業だったしその後でも仕事を見ていたら大変だった、浴槽でも高いと見えたし全体で百万では本当に安い
なぜならガス会社では200百万かかるといっていたし地元だと300万以上かかっていた、なぜならその人は何もわからない、あっせんした大工さんは修理を頼んでも直っていなかったからである

次に小高の大工さんは優秀であり庭作りもできたしいろいろその他仕事ができた
だからこれも得したとなる、その後小高と補償金などでももめて頼まなくなった
でもその小高の大工さんは仕事ができる人だったのである

それから感動したのはヤマハのjpy-xrだった、これは今までのアシスト自転車とは違うものだった、走りが違う、バイクのように自動的に走るような快感があった
エンジン部分が進歩したのである、こんなに違うものかと驚き感動した
今までの倍速で軽く走れるからである

このように現代の資本主義はまず投資してもそれが利益があがれば得したとなるだけであり金を使ってみない限り金の価値も意味もわからないのだ
だから銀行があるとして地銀などでどういうふうに金を使っているのか?
どこに投資して地元の会社を育たているのか?
金を集めてその金をどう使っているのか?
地元に何かその金で貢献しているのか?それを見ると金をあづけてその金を運用して地元の経済でも活性化して貢献していると実感する

それは例えれば大金持ちがいたとしてその大金持ちが何に金を使うかをみる
ただ100億とか200億の収入のあった芸能人やプロのスポーツで金儲ける人などがいてもそれは豪邸を建てたとか何か自己満足で浪費して終わってそれで破産しているというのもその人が金を社会のために使いなかったからである
もしその金を有効に使う能力があったなら社会に貢献もできてそんな破産するような状態にならなかったからである

つまり金をどういうふうに使うかでその人がみれる、会社でも見れるとなる
いくら金をもうけてもその使い方が悪ければ知らなけれればそういう人に金をもたせても社会のためにならないとなる
それは銀行に言えるのである、銀行を大金持ちに例えればわかりやすくなるからである
そこには巨万の金が貯えられている、その金は庶民から集めたものなのである
ではその金を何に使うのだろうか?
今は利子などゼロである、貯金した人には利子として還元されないなのである
その金は貯金した人のものである、もし利益をあげないとしてたら預けた人は何のためにあづけているのだろう?
銀行は利益をあげられないのだからただ銀行は貸金庫なのか?
現実に貸金庫をしているからそれだけの用なのかとなる
銀行に金をあづけても利子はつかない、そして投資信託などをすすめられて損するだけだとなる、そうなると銀行は必要ないとまでなる

現代の資本主義はグロ−バルだからまず投資したとしてその金がどう動きどういう価値があり意味があるのかもわからないのだ
もし例え損したとしてもその投資することでそれが価値があり意味があるなら必ずしも損したとはならないからだ、それがグロ−バル経済では全くわからないのである
わからないからこそそこに不正があってもわからない
極一部の数パーセントの人たちに世界の富が金が吸い上げられている
ただ投資しても庶民には金は回ってこないのである
要するにグロ−バル経済では巨大なギャンブル場と同じようになっている
とても庶民がそこでもうけることはむずかしいから一般の人は手を引いているのである

投資信託などは毎月分配型とあってもそうはならない、それはだます手法だったのである何か月ごとに月給のように入ってくると錯覚させるからである
つまり投資というのは株でもそうだが極一部の人しか理解できないものなのである
グロ−バル経済になれば特にそうなる
ただ現代資本主義の価値を理解できるのは金を使う時なのである
株でも投資でも利益あげればその金を使うことでその価値と意味がわかる
その投資がどうしてもうけて価値が意味があるかはわからないのである
銀行ではだからいかがわしいものにも世界で投資している、武器とか何か環境破壊する会社にも投資している、だからやめさせるべきだということもわかる
投資には必ずも価値と意味があるものとは限らないのである
それでも金を使う時は具体的にその価値と意味を見出すのが現代の資本主義なのである

最初はウエバーのように資本主義がキャスト教から修道院から発したときは働くことが神に奉仕することでありまた社会に奉仕するということではじまった
そうして蓄えられた資本を消費する使うということに価値と意味を見出していなかったのである、それが逆になったのである
金を使うことでしかその価値と意味を実感できないのである
だからグロ−バル経済には何か見えないが大きな不正の温床になり世界の数パーセントの人が富をもつ異常なものとなったのである
それはグロ−バル経済は見えない理解できないものだからである
世界を市場化して公正のように見えてもそうではない

だから地銀などというと地元に密着して地元に金を流して投資して地元に貢献するものとして金を使う、投資するという使命で成り立っていると見ていた
地元の企業を育てて地元に貢献するのが地銀の使命であり貯金でも利子がつかなくてもそういう貢献をすれば納得することがある
そういうものが見えないし地銀でも利益をあげられないから投資信託などを売りつけ手数料商売をするようになったのである
すると地銀は社会にとって地元にとっても不要のものだとなる
だから金をあづけても地元のために使うわけでもないとなるからだ
つまり金があっても有効に使えるのか、それは個人でも会社でも銀行でも同じだったのである

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素人は一般人は投資ではカモだったのである
もうからない仕組みになっていてギャンブルと同じ
胴元がもうかるだけだった


posted by 老鶯 at 10:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2019年01月22日

投資の失敗の原因 (地銀でも利益を上げられず余裕がなく追いつめられていたから)

投資の失敗の原因

(地銀でも利益を上げられず余裕がなく追いつめられていたから)

なぜ投資が失敗したのか?
これも結果論だがふりかえればまず自分自身が投資の経験もないし知識もなかった
それでなぜ投資したのか?銀行の投資信託の誘いにのったのか?
それは利子がゼロとか銀行を地銀を信用していたことであった

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この人も親しまれていた人だったが地銀もこれとにていたのである

最近テレビで見たのが干し柿の会社に投資した人がいたがその会社は倒産した
この何か干し柿とにていたのが地銀だったのである
何か地元に根付いて一軒一軒回って営業して対面的に信用を築いてきたのが銀行であり特に地銀だったのである
干し柿というとき何か素朴な地域的なものを感じるからである
そういう会社はごまかさないだろうと思うからである
地銀もそれとにていたのである
だから一千万でも投資信託に投資させられたばあちゃんが損しても地銀の人を信用していたのである

ただ時代は常に変わってゆく、その変わり目にきたとき失敗した
地銀は第一苦しい、銀行自体が投資先がないとかAIとかで変革を迫られて大手の銀行は大量にリストラされる時代になっていた
銀行はもともと利子がゼロにゼロ金利になっていた
銀行はもう金を貸してその金でもうけて利益を出してくれ会社がない
だから高度成長時代のように利子がつかなくなった

そして銀行自体が余裕がないし追い詰められていた
なんとか他益を出させねばならないと投資信託をはじめたのである
それは金融庁で最近許可したからである
投資信託は銀行にとってた最高にいい商品なのである
まず契約して売れば絶対に銀行は損しない、株の値上がり値下がりともなんの関係もない確実に手数料が入る銀行にとっては最高にいい商品なのである
でも客にとってはいいものではない、手数料が高いし損することも普通にある
そして投資信託を理解できない複雑な仕組みになっている
月ごとにもうけが分配されるというのも嘘である、実際は元金からひかれていたりする
それも詐欺的なのである

別に株でも投資信託でも銀行で扱ったりそれが悪いこととはならない、なぜなら資本主義社会ではそうなっているからである、もし悪いとすれば資本主義が悪いとなってしまうからである、投資して利益を出すことが資本主義だからである
ただそのやり方が悪かったのである、詐欺的だったのである

「私は金融のプロですからまかせてください、私は東京の株式市場で働いたことがあります」
「銀行は金融のプロだからまかせていいのか、私は忙しいしいちいち株のことを見ていられない、だからまかせるほかない」

それで失敗したのがカナダ国債を買ったのは石油がカナダでとれていたからである
そういうことも知らなかった、最初は分配金が定期的に月ごとに確かに入っていた
でも急激に石油の値段が下がりこれはかなりの損失になった
次にUSーREITはトランプになり円安になり売って得したみたいだ

一番の失敗はリーマンショック以来もっていた株を丁度元にもどって上がっている時
J=REITにその金を回したことである、それから回転売買もしていた
銀行では一か所に置くよりそれを別に買ったり売ったりすると銀行の収入になるからだ
そして営業の人はノルマを課せられているから回転売買とか何か自分が成績を上げることしか考えていない
銀行自体が今や追い詰められている、余裕もないから詐欺的商品でもすすめる
収入先がなくなっているからだ
だからこうして追い詰められているとか余裕のない人間とか会社でもかかわると危険になる

結局これまで書いてきたように自分自身が介護や病気になったとき来た人たちは泥棒とか事業に失敗して借金に追われている人とかそういう余裕もない人だった
地銀もそうなっていたのである
それが自分自身をさらに不幸にしたのである

でもふりかえるとなぜ地銀がそうなったのか?
それは余裕がない、収入源がない、それで投資信託でもうけを出そうとする
でも地銀などには証券の知識は素人並みなのである
ただ株でも証券でも分散投資していればそれなりにリスクは逃れられるのである

国債
リート

とかに分散していれば安全度は高まるのである

それを銀行員が自ら破って自分のノルマの成績をあげるために株があがっているのに今度はJ-REITに回した、それも損していた
ふりかえれば株が元にもどったときそのままにしていればかなり上がった
そして上がった時売っていてJ-REITに回せばそれほどの損失にはならなかった
J-REITも損しているがそれほどでもなかったからだ
そうしたら地銀でも営業の人でも責めることはなかった
ただこれも結果論なのである、自分の自己責任もある

結局自分のところに来た人が悪かったからこうなったのかともなる
いい人が来ればいい結果にもなる、悪い人がくれば悪い結果になる
ただ銀行の場合は人といっても背後に会社の責任もある
だから銀行だからと信用できないとなっていた時代の変化を知らなかったからだともなる何か老人になると時代の変化についていけなくなる、それでだまされたり損することが多くなる

結局投資などしないでもっていた株をそのままにしていれば結構もうけになっていたのである、それも結果論だった
余裕がないとか追い詰められている人は会社でも危険である
手段を選ばなくなくなる、今日食べるものがないという人に出会ったら数万の金欲しさに殺されることもある、そういうふうに追い詰められた人間と出会うことは危険になるのだそれが地銀がそうなっていたことに気づかなかったのである

posted by 老鶯 at 19:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2019年01月21日

2019新年の漢詩もどき (今年の祈りの詩ー霊前菊花)


 2019新年の漢詩もどき

 (今年の祈りの詩ー霊前菊花)
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霊前菊花

白菊黄菊
清雅典雅
正月千両
霊前奉献
積善家生
長子継富
身心正者
弥栄和楽
満月皓皓
災厄無祈

これは別に漢詩ではない、日本的漢詩になる、漢字文化だから漢字の言葉の意味するものを日本人は会得している
でも難しくて作れないのでただ漢字を並べるのである
でも何か意味は通じているかもしれない、その意味を汲み取ってもらうほかない
漢詩ではないからだ

まだ正月だということでこの漢詩もどきを今年の祈り願いとして書いた
家族というのは死んでもやはり家に継続しているのである
積善の家というとき自分の家がすべてそうとはならないがそういう面はあったが負の面もあった、家はすべていいものとしてはありえないのである
影の部分を必ずもっているのである

つくづく家族がみんな死んでから家と死んだ家族を意識するようになった
ただ家を継ぐの遅かったのである、なぜなら自分すら死が近い年だからである
現代は百歳人生になるとすると親が90とか生きるのが普通となると家を継ぐのが本当に遅くなる、そのマイナスは新陳代謝できないことである
次の代の人がしたいことができないことになる
それは少子高齢化でどこでも起きているのである

ともかく今年はこの漢詩もどきのようにあってほしいとなる
災難がつづきすぎたからである
それは自分の場合は人間関係でもそうでありいろいろそのことで書いてきたけど辛いことばかりだったからである

今日はは満月だった、何か幸先がいいかもしれない、厄落としというのは必要なのだろう
これからは平和がつづいて欲しいというのが切実な願いなのである

2019年01月20日

冬の詩と漢詩の鑑賞 (現代文明は自然と調和しないから醜い)


冬の詩と漢詩の鑑賞

(現代文明は自然と調和しないから醜い)

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冬の林の小鳥

かそけくも疎林の中を
枝移り軽やかに飛ぶ
美しき羽根を見せつつ
その声の冬の林にひびき
汚点も残さず消える
無駄なきシンプルな自然の姿
優雅に現れて林に消える
後に残された寂寥とした枯木林
そはまたゆくりなく現れて消える
後腐れなく冬の簡素な林の中に

simple gentle elegance

そは一物も身につけず自然に融和する  

疎林幽鳥 
簡素無心
森閑美声
玄冬深々

古松(こしょう)般若(はんにゃを)談じ、幽鳥真如を弄ろうす。

古松 … 生えてから長い年月を経た松。
般若 … 真理を見抜く智慧。悟りの智慧。
古松談般若 … 大正蔵所収『人天眼目』では「古松搖般若」に作る。
幽鳥 … 山奥の深い所にすむ鳥。
真如 … 絶対不変の真理。仏性

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  chenesetea11.jpg

 冬樹一本

一本の木が立っている
何も身につけず
寒風にさらされて
その姿にうたれる
人間はいろいろ飾りすぎた
余計なものを作りすぎた
何も身につけず
一本芯の通った姿
その率直なるもの
その強さその堅さ
緊縮されたもの
無駄なく引き締まった姿
一本筋を通して天に伸びる
大地に強く根を張り
天に真っすぐに伸びる
そこに不純なものはない
自然に不純なものはない


the simplist tree 

straight up in the clear sky

the keen one 

the consistent stand point

the beauty with no waste

strength and strict    

the extreme purified form

the strongly rooted earth  



この漢詩と私の詩は共通している、 「門開孤樹直」とは冬樹一本に通じる、ただ漢詩ではその樹の内面性を追求していない
漢詩にたらないものが自然の事物の内面性の追求である、それはヨ−ロッパの詩ではリルケなど事物の内面性を追求した
ただ詩には世界でも共通したものがあるから理解できる、言葉の相違があってもやはり詩でも科学でも共通したものとして人間に理解できる

現代はグロ−バル化しているから芸術でも学問でも科学でも技術でもグロ−バル化する、それは別に悪いことではない
芸術などは学問でもグロ−バル化しても世界に被害を与えないのである
被害を与えるのは経済のグロ−バル化なのである、世界で極端な貧富の差があり為替の差がありそれが歪みをもたらしているのだ

自然をどうとらえるのか?前回にも書いた庭の石でもそうである、ここには無駄がない、その無駄のなさが心打つのである
その反面として人間はあまりにも飾りすぎ無駄が多すぎるのである、その証拠が膨大なゴミを出すことなのである
ゴミの山になる、自然には無駄なものが一切ないのである
自然に完全に融合して無駄がないのである

冬日さし組まれる石に無駄のなし

simple building stones no waste
with wintry sunny light

この石の庭作りは禅に通じている、石と砂しかない庭はシンプルであり清浄の極みになっている、そして禅僧の務めはただ日々庭を清めることなのである、つまり無駄なことをしないことが禅宗の極意なのである
そして仏像などの偶像を拝まない、装飾を華美にしない、単純にして明快にする
それはイスラム教の一神教ににているのだ、キリスト教装飾性があるからだ、黄金にでも飾られるからである
そこに仏教にもいろいろあるが禅宗にひかれるのである、雲水とかでもそうである

つまり文明はあまりにも装飾が過多になり無駄が多すぎるのである、膨大な無駄なものに浪費されているのである
だから労働すら膨大な過剰になり無駄が多いのである、労働過剰になりかえって自然は破壊されたのである
それは老子が2000年前に警告していたことでありもう頂点に達して限界になっている
ものがありすぎるともう人間はそれを物でも道具でも情報でも何でも処理できなくなる
それで断捨離が流行になるのもわかる、私自身も毎日買い物に追われる、何でこんなに買うものがあるのかと思う
毎日が買う生活なのである、料理もほとんど買うものでまかなっている
するとやはり金はかかる、でも手間が省かれれるから他のことをなんとかしている、プログでも書いているのである
家事は全部自分一人でしているからである

人間は今生活そのものを見直す時代になった、高度成長時代からバブル崩壊と物質の追求だった、これからは精神の追及なのである
原発事故もそうした現代のあくなく欲、物質追求の警告となったのである
これまで何度も書いてきたようにこの辺の人を見ても金、金、金しかない、金にとりつかれている
借金して家を建てる人も普通に多い、そして高価なマイカーに乗りたいとなる、さらに事業した人は自分を成功者と認めさせるために事業に失敗しても借金して自分は成功しているみせて借金を要求してくるのも怖い、それだけ欲望がむきだしになり制御がなくなっているのである、そういうふうに限りなく欲望追及てしてゆくと他人から奪ってでも欲望をみたそうとするし殺ししてまでも欲望をみたそうとする、そういう被害にあったからもう現代文明の人間は野獣と化しているのだ

日本人は礼節あって どうだこうだ礼賛してももうそれはない、ただ金を求めて他者を蹴落としてでもとにかく自分の欲望をみたすことしかない、ブラックになるともう他者はその欲望を満たす道具でしかない、人間とは見ていないのである
それは大会社でも銀行でもそうなっているのだ、医者でも患者はいらない薬でも飲ませるとかどこでもそうなのである
金のためにはそうして過剰になり無駄が多すぎるのである
そういうお前も金は欲しいだろうと言われればそうである、でも金を何に使うか問題なのである
私の場合今は自分だけに使っていない、金を与えている、別にそれほど金がなくても与えているのである

とにかくマイホーム、マイカーしかない、マイビレッジ、マイタウン、マイシティはない
ただ自分のマイホームとマイカーしかないのである
だから原発避難区域でマイカーで故郷を出てマイホームをいち早く外に補償金で建てたのである
つまりマイカーは外に出る道具でありマイホームは仮の住まいにすぎないものともなっていたのである、だからマイビレッジでありマイタウンであれマイシティなどの復興とか関係なくなっていた、なぜなら実際に復興に尽力したのは外部の人たちだったからである
これも現代文明の矛盾がここには極端に露骨に現れたのである
このことを批判したらきりがなくなる

だからとにかく現代の文明を見直す作業しなければもうもたない限界にきているのだ
それはあらゆるところでそうなっている、パンが贅沢だなどとは言わない
ただ欲望が限度を越えて増大してゆく、それはもう限界なのである
そして文明人は醜いのは装飾過剰となり無駄なものが多すぎるからなのだ
自然のものは鳥でもなんでもシンプルであり無駄なものがないからなのである
そこに美があり自然と融合したとき調和したときこそこの世に美はある
都会には自然がないから醜いものがそこにむきだしになっているのだ
それでヘシオドスの人間の暮らしを隠すことが自然と調和することだったのである






冬日没る(石の構図ーstone composition)


冬日没る(石の構図ーstone composition)

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景に石重なりて冬日没る

冬日没る重なる石の重さかな

石を組む庭に冬芽を我が見つく

故郷の名もなき墓や冬の暮

誰が眠る枯野に墓地やまた来たる

また一つ江戸時代の碑冬の暮

冬深む我が家にすみぬ蜘蛛一匹

ストーブに猫と我かな籠りけり

金沢や松の古きや冬桜

compositionの意味

 The combining of distinct parts or elements to form a whole.
The manner in which such parts are combined or related.
 General makeup: the changing composition of the electorate.
The result or product of composing; a mixture or compound.
 Arrangement of artistic parts so as to form a unified whole.

この写真は庭作りしている会社かもしれない、ここは人家ではないからだ
そしてこの庭の石組には決まりがある
石木配置の仕方があるがそれに習っている
だからこの石の組み方は日本の伝統を現している
平らな石が心を落ち着かせる、平坦でありそれが安定させる
二つの石は重なり一体化している
これは無造作に置いたのではなく計算して置いた石なのである
これは相馬市の山上の方にあった

今日は風がないので原町の方を回ってきた
そこで冬桜が深野に咲いていたようだ、冬桜はそんに見ない、それは桃色の花だった
でもこれは冬桜ではなかったようだ
冬桜10月桜ともいうから一月には咲かない、金沢の兼六園の冬桜は見た
有名である、金沢は情緒ある場所である
だから冬でも兼六園などはひっそりとしていい、ただ今は外人が多いからまず泊まること自体難儀するだろう、それで日本人がゆっくり観光しにくくなったのである
仙台からバスで行ったことがある、電車で行くと遠回りになるし金がかかるからだ
なんか旅行は飽きるほどしたけど意外と今になると行けないものだと思った
旅するにもエネルギーが必要だったのである
それが介護とか家族がみんな死んでなくなったともなる
こうして旅を思い出してまた俳句で短歌でも詩にでもしたりしているのが仕事である

必ず墓地にはよる、それくらしか見るものがないからだ
ただ石ころが置いてあるような墓もある
全部に名がない、そういうものも多い
それを犬猫の墓なのかとも見た
でも人の墓だろう、しかし名もないと犬猫にもなってしまう
まず人間は死んだら忘れられるのが早いのである
名もなく埋もれる墓は無数にある

ストーブで猫とあたたまっている、広い家に猫と自分だけである
小さな蜘蛛をみかけた、何か足なのか手なのかにょろにょろ動かす蜘蛛である
これはきれいな蜘蛛の巣は作らない、虫のように見える
でもなんかこの蜘蛛が自分の家に生きていることも不思議である
生き物はなんでも不思議なのである




2019年01月19日

abstract painting (go to the north in winter)


abstract painting (go to the north in winter)

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グロ−バルリストとナショナリストの戦い (思想価値観世界観の転換の時代))


 グロ−バルリストとナショナリストの戦い

 (思想価値観世界観の転換の時代)

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国際主義(グローバリスト)とは、「共産主義」「社会主義」「左翼リベラル思想」「ネオコン(新保守主義)」「新自由主義(ネオリベ)」・・・、様々な形があります。
これらの共通項は、国家の価値や民族の価値、それらのナショナリズムを否定して世界を統一すること(ワンワールド)、つまり世界政府を樹立することです。

民営化が容易になり市場経済化が進むと、外資(アメリカ資本)が民営化された現地企業を買収することが容易になり、グローバル化が達成されたことになるのです。
これが、民主化→民営化→グローバル化という三段階のレジーム・チェンジ方式なのです。


人間とは今生きている時代がどういう時代なのかわからない、その時代に生きている者が一番わかっているようでわからない
それがグロ−バル社会になると世界を知らねばならないから余計にわからなくなる
第一社会というものは大きなものだから人間はその大きな社会に時代の雰囲気にのまれる例えば日本の戦争であれナチスであれその時代に生まれたらやはりその時代にそまる
戦争は否定されないしむしろ称賛されて高揚されていたとなる
一時代が終わると冷めた見方になる、その時代では熱中していたのである

だから今の時代をみるとき歴史的見方が必要になる、過去の時代の対比で現代をみる
江戸時代に生きていればそれはできない、外国も知らないから江戸時代で生きている人は対比できるものがないから今生きている時代を知らないとなる
現代になって戦争のことをとやかく言うがそれは戦争が終って70年過ぎたから覚めてふりかえり見ているのである

現代とはグロ−バル社会である、でもそれがどういう社会なのか見えている人はいない
なぜなら日本でも世界中でもグロ−バル化しているからである
それは全部が赤色にそまっている時一点だけ白色になっていると同じになる
それは赤色に染められるのである
だからグロ−バル社会に生きていればその色一色に染められるのである
それは共産主義でもグロ−バルというときもそうである
その価値観に染められそれ以外は排除されるのである
中国などではもう強制的にそうなっているからその価値観から思想強制されているのである

ただ世界はグロ−バル化が資本主義でもゆきづまっているしその弊害が大きくなったのである、そこで移民問題やらなにやらいろいろいと問題が噴出している
資本主義にしても金融資本主義とかに変貌している、そして富が世界の富が数パーセントの人たちに吸い上げられている格差社会になった
それは世界でもそうであり資本主義の本場のアメリカでもそうである
それでナショナリストのトランプ大統領が生まれたのである
それはウオール街のグローバリストに対抗するものとなったからである
ただグロ−バリストというときなかなかこれがわかりにくいのである
それはグロ−バル化の中で一色に染められているからそれ以外の見方ができなくなっているのである
現実に金の力が世界を支配してそれが実行力をもっていることでそうなる
だから世界の果てまで血眼になって金を求めている
ドルでもアフリカの果てまでドルをくれと子供まで要求している、ドルは世界の通貨でありアメリカが世界を支配しているとなるからだ

まずだから大事なことはグロ−バル化とは何なのか?これを理解することなのである
それがむずかしいのである、客観的に見ることがむずかしいのである
ただそういう時代の変化が起きている、ナショナリストのトランプ大統領が生まれのはそのためである、貧富の格差がアメリカで起きているのもそうである
アメリカの富は数パーセントが50パーセントを握っている異常事態なのである
そういう社会がもう成り立つのかということである
もう崩壊前夜であり革命前夜なのである

ただこのグロ−バル化が何なのか?それを理解しないかぎりこれに対抗できない
それは例えば時代時代の色に染められるからである、戦争の時は戦争一色に染められる
あらゆるものが戦争一色になっているときそれを客観的冷静に見るのは不可能だとなるからだ
それは今でも自由社会でも例えばカルト教団に入っていればそうなる
その団体での見方が思想洗脳されて一色になる、ただ言論の自由があれば批判する人もいるから客観的に見ることができるのである、でも洗脳された集団は強固でありそれを否定するのである、そして創価などでも数が多いとなるとそれに誰も逆らうことができなくなる、つまり数が増えると創価一色になりえることもありえたのである
他にもカルト教団がありその色に一色にそまる

でもグロ−バル化とかグロ−バリストとかなるとそれはもう社会全体世界全体がその中で生きているのだからそれがわからないということである
だからまずグロ−バル化とは何なのか?グローバリストとは何なのか理解することが先決だとなる
ただこれは本当にむずかしい作業なのである、それは金が世界を支配していて実行力をもっているから簡単に否定できないのである
みんな世界中の人が思っていることは金が欲しい、金があればすべて解決すると思っていることでもわかる、そして金の中でもドルが欲しいということでもわかる
金があればすべてがこの世の物が得られとまでなる強力なものになっているからである
それは世界中どこでもそうである、アフリカの果てまでそうである
それから逃れることができないことでもわかる
すべては金なりの世界になっているのである、それから脱する道があるのか?
それがいかに容易でないかわかる、つまりなにやかにやと理想論を言っても金が実質的に絶大な権力となり実行力があり支配するからである
世界中の人が金の前にひざまづくのである、マモンの神にひざまづくからである
第一金がなければ今日食べるものが得られないという人が世界中で田舎でもいるからである、そしたらそんな人はグロ−バル化がどうだこうだとか言っていられないのである
今日の食べる金が欲しいというだけになっているからである

ともかくこのグロ−バル化とかの問題は簡単に解明できない、変革するのも容易ではないただそれも転換期に来ているから自壊するとか何か大きな変化がきている
世界でも来ている、それがナショナリストの運動が盛んになってきていることでもわかるアメリカ自体がトランプ大統領になっことでそれを証明しているのである

基本的なグローバリストとナショナリストの対抗軸を列挙した

グローバリスト     ナショナリスト

中央集権ー地方分権

外需中心ー内需中心

グロ−バル金融資本主義ー内需地域資本主義

大企業型多国籍企業型経済成長主義ー国土生態系によるコスモスの形成

マスコミ(マスメデア)−インタ−ネット(分散型メデア)

物質追求ー精神性の追求(国風文化など文化の追求)

こういう対比が主にありそれを追求してゆく、そして新しい思想的世界観価値観を現実の社会にでも実践してゆく、でもまずグロ−バル社会とは何か理解しないとできないことなのである

この本は参考になるから読んで参考にすべき

ポスト大企業の世界(貨幣中心の市場経済から人間中心の社会へ)−デビット・コーテン


2019年01月18日

新聞に出ていた鹿島駅に置く見守りの人について (電車の運行などにはかかわらないのはなぜなのか?)


新聞に出ていた鹿島駅に置く見守りの人について 

(電車の運行などにはかかわらないのはなぜなのか?)

市が同社から同駅舎の一部を借り、同市のNPO法人相馬救援隊が駅に駐在して利用者の見守りや観光案内などを行う。同社によると、地域活性化事業で自治体と協定を結ぶのは同支社管内初めてで、県内でも珍しいという。

1/1(火) 11:16配信 (福島民友)

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ここでは切符を売らない、なぜか?
切符を売るとなるとJRで委託することになり金銭の負担が生じる
でも自治体がかかわると自治体でnpoに払うことになる
どういう協定なのかは詳細はわからない

ともかく定期的に見守り役がいれば助かる、そのことは書いてきた
いろいろ聞かれるからである、その時直接その見守り役に聞けばいいからである
私はイレギュラーに30分くらいしかいなかった
でも結構その時案内があったから案内はある

タクシーの電話番号は駅舎を出た所にあるが気が付かないのである
それをスマホで探すのだがすぐに見つからない時がある
そういうことでも駅に人がいれば聞けるからいいのである

駅はやはり街の案内所である、鹿島には道の駅がないから車の人もここに来るからだ
ここが街の中心としてわかりやすいし車も一時的でもとめられるからである
商工会も近くにあり観光案内しているがわかりにくいし車もとめにくいのである
だから外から来た人にとっては目立つわかりやすい場所がいいのである 

とにかくこの駅の窓口の張り紙には

切符の販売や清算、列車の運行などに関する駅業務の案内はいたしかねます

これは何を意味しているのか?
JRでは切符の販売はしないというのは何かめんどうになるからだ
機械を設置したり費用もかかるからだろう
また委託するとJRで金を払うことにもなるからだろう
列車の運行などの案内をしないというのも解せない
なぜなら駅員が窓口にいるからだ
そしたら必ず聞かれるからである、でも何かJRでは責任を気にしている
だから駅を勝手にはできない、無人駅でもできない
私が自分で作った時刻表でも置くなとなんでも勝手にできない
それは駅の方に苦情が来るからである

この張り紙だけを見ると高校生とかの見守りが中心になるのか?
それは小高駅では高校があり高校生の出入りが多いということでここの駅員が小高に移った
ここもそういうことなのか?何か女性だと心配することがあるからだともなる
それで自分が警察に通報されたのもそのためなのかとなる
今はそういうことに過剰に敏感になっているからだ

今日孫と一緒に来たばあちゃんが椅子に座ると寒いと言っていた
座布団でも置けばと言ったが私は置けない、JRの許可がないと置けないと言った
ただ小高には他でも座布団を置いている、それはJRの許可をとっている
その許可をとることがめんどうなのである
だから商工会とか団体に入らないと何でもしにくいのである
まず個人は何もできない、今の社会はそうなっているのだ
それが善意でもできない、個人のボランティアは認められないのである

私は別にただ駅に案内するとかあるがそこに買い物ついでに様子を見ているだけである
でも今度の見守りの人は長くいる
でもなんらか電車の運行のことは聞かれるのである
つまり会社でも何でも今は責任を気にしている
それが過剰になるともう何もできなくなる
子供に声かけることすらできないような状態になっているのだ
そういう窮屈な社会になってしまったのである
それはテレビで全国放送すると過敏に反応するからである
事件とかは常に起きているが全国だらそうなるが全部はそうならないのである

今日も風で遅れたからそこで心配になる、そのことで水戸の案内所に連絡したりした
20分くらいの遅れだったようだから良かった
運休になることもある、これから風が吹くからだ
それが駅のこれからの一番の問題なのである

今日は相馬救援隊の人が一人来ていた、見守りの人を置く場所を直していた
それは記事にもでていた
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ふるさと納税で寄付金をもらっていたが平成30年で中止している
でも相馬救援隊の活動はしている







タグ:相馬救援隊

2019年01月17日

粘土社会から積み木社会になり崩壊した原発事故の避難区域 (家の重みとか土地とか先祖が一体化したものが喪失した現代社会)


粘土社会から積み木社会になり崩壊した原発事故の避難区域

(家の重みとか土地とか先祖が一体化したものが喪失した現代社会)

前に考察したけどなぜ原発事故でこんなに簡単に町とか村とかが解体したのか?
確かに強制的に国によって避難させられたり強制されたことがあった
そににしてもこんなに町でも村でも自治体でももろいものだったかということである
放射線問題があるにしろそれだけがすべてだったのかという疑問である
それは何か現代社会の特有の問題として生まれた問題ではなかったのか?

グローバル社会とか広域社会とかがそうである、そういう社会の構造の中で必然的に起きたのではないか?
現実に復興で働いたのはほとんど外部の人である、内部の人はただ助けられる存在であり自助努力もしない、一部はしてるにしろ外部まかせである
自分たちで復興する意志もなにもない、ただ補償金をできるだけ多くもらうことしかなくなったのである
その権利がありそれが当然でありそれに何を文句を言うのだとなる

でも何か現代社会というマクロ的な視野で見ると現代の社会は交通が発達して外部と世界的に経済でも関係する社会である
そのことが逆に中心的役割を果たす地元の絆を紐帯を喪失させたともなる
ここだけではない、現代の社会は過去の村のような粘土社会とは違う
いくら田舎でも地元に住んでいてもそれは一時的に住んでいるという状態になっていたのかもしれない、昔の村だったらそんな簡単に何かあれ村から離れられないからである
だからこそ繋がりが絆が強いものとなっていた
つまり粘土のように人と人がくっついて離れられないような社会だった

現代は何か市町村でも積み木社会のようになっていないか?
ただ一時的に積み木をして作った市町村のようになっているのではないか?
それは積水ハウスとか大東建託でもそうだがそうした大会社が積み木で家を作るように
ただ組み立ててたちまちアパートをこの辺では15、6棟を建てたからである
何かそれは積み木のように建てたとなる
積み木だからこそ壊すのも解体するのも簡単なのである

絆、絆と震災以後盛んに言われたがその絆は外部との絆であり内部の絆はかえって希薄化していたのである
積み木社会だから粘土のような粘着性のある市町村ではないからこそこんなに簡単に村や町でも崩壊してゴーストタウンになったりした
まず村とか町でも維持してゆこうとする絆がない、人と人の絆がないし土地との絆もない社会である
粘土社会とというとき木とか石に象徴される土着的とか土に根ざす社会ではなくなっていた
木は土深く根をはり栄養分をとる、でも花は深く根を張らないから栄養分がとれず枯れてしまうことが多い
木はその土地に深く根を張り動かない、そこに充実感があり生きる意義がある

そもそも現代社会はその土地に土着して深く根を張る生活をしていない
積み木のように壊れやすい社会だからこそ原発避難区域は簡単にゴーストタウンになったのかとなる、それは双葉とか大熊とか原発があった所ではない
その周辺である、浪江とか小高とか富岡とか30キロ圏内である
そこは避難区域にされたから放射線量でそうなった、国でそうしたのだとなるのもそうである

でもそれだけなのか?現代の社会は実際は一つの小さな土地にしばりつけるものではないそれはグロ−バルにモノでもヒトでも流通する時代だとなる
そこで起きたことは何なのか?
何かあったらそこにとどまり抵抗するとか一致して協力するとかではない
まずマイホームでありマイカーであり町や村のことは関係ないともなる
それでみんな強制されたにしてもその後もだらだらと6年も仮設に住んだり他に家を建てたのである

だから私はどうしてもこんな簡単に村でも町でも崩壊するのかということが納得いかないのである
現代社会はもう一時的な仮の宿なのかもしれない、ホテル家族などとも言われたことがあった、一時的に積み木のように組み立てられては街ごと簡単に積み木は崩されて破壊されるのである 

天皇の御製歌(おほみうた)一首

あをによし奈良の山なる黒木もち造れる室(やど)は座(ま)せども飽かぬかも

太上天皇(おほきすめらみこと)の御製歌(おほみうた)一首

はだすすき尾花逆葺(さかふ)き黒木もち造れる室(やど)は万代(よろづよ)までに  

家でもこういう重みがなくなっている、外部から来た積水ハウスでも大きな会社が積み木のように組み立てて家を建てる、そこに永続性とか持続性がないのである
田舎だとこの辺だとそうした永続性とか持続性のある家はあった
この家のもつ感覚が西洋と東洋では違っている、西洋といっても遊牧民になると砂漠とか草原の民となると常に移動するのだから家に重きを置かない、その土地にも執着しない
だから現代人は車で絶えず移動する遊牧民になっていて心情的にも変化したとなる
とにかく通販で絶えず物を運ぶ時代である、グローバルにも世界は交通が発達してモノでもヒトでも入ってくる流通する時代である
ただそこに何かが欠けてくる、もうその土地とか家とか人と人の絆とかアイディンティティとかでもその土地にない社会である
金があればどこにでも住んでいいという社会になる時人々は故郷でも長く住んだ所でも移り住む、それはアメリカではそういう傾向が強いというときやはり遊牧民的体質があるからだともなる

これは理屈ではない、最近60年一緒に生活した家族がみんな死んで家に一人残されていつも思うことである
農耕民にとって家というのは単なる家ではない、家には死者の霊だ訪れ宿るということがある、だからお盆というのはそういう何か根源的なものとして理屈ではないものとして伝えられてきて今日日本人に残っているのである
お盆には死者が家に迎えるというとき何か今の現代風の家ではなく古い長持ちする奈良の山なる黒木もちとかなるのである
こういう感覚は日本人特有というか農耕民特有のものである

家というのに思い入れが深いのである、でもその家すら簡単に捨てて町や村も捨てられたということが理解できないのである
家だけではない先祖の霊が山に眠り春には先祖が田植えのときに降りて来るという信仰でも死んだ人はともにまだその土地にいて生活を見ているとなる
その心情は理解できるのである
つまり家とか土地と先祖とが一体化しているのが農耕民であり日本人だとなるからだ
それは理屈ではない、死者は見えないにしても何かその霊魂というかそういうものが土地とか家に宿っているということを感じるからである
家であれその家の周りでも死んだ人の霊魂がいる、見ているようにすら感じるからである

中国の少数民族の瑶族は、家というのものを特に大切にする
出産はもちろん、死ぬ際も家の中であることを望む
それは家以外の場所で死ぬと、家族はその死体を家まで運ぶことができないという慣習があるためだ
それゆえ彼らは遠くで長い間働いたりすることを拒む
重い病気になったりしたら家へ帰りたがる
魂は必ず家へ戻れるようにとの想いは今でも根強く残っているという
「森林理想郷を求めてー平野秀樹」

これは理屈ではない、そういう心情は誰にでもある、特に日本人は家に対する思いが強いのである、昔なら農業が8割とかしていたとなると家と土地と人は一体だったのである
そして魂も一体化ししていたのである
こういう感覚は遊牧民にはない、ヨ−ロッパでもいろいろありかえって石の家があり何かそこには永続性がありその家はこうした農耕民の家とにたものがある

例えばマイホームとかマイカーのことで指摘したがマイホームというのはそういう家ではない、それは会社人間化工業化してできた単位であり本来の家でとなくなっていたのである、その証拠にマイホームとは東京とか都会に来た人たちが家を持ちたいとしてその言葉が流行になったからである
本来の家はそういうものではないからだ、マイホームというとき一代限りのものであり代々つづく農家のようなものではないからだ
一時的なものとしての住まいであり代々続くものではないのである
永続性とか接続性はないのである
それは近代化によって工業化社会で会社員にみんなが成ったとき生まれた言葉なのである
いづれにしろ病院でも老人ホームでも人はそこで安住しない、そこで死にたいとも思わないのはみんなそうだろう、家に帰りたいとかいうとき家に対する思い入れが理屈ではなくみんなもっているからそうなるのである
まず無機質な病院は死にたくない、老人ホームもまた家ではない
家とはただの建物ではなく精神的拠り所になっている所なのである


そんなに家にこだわるのは古いとかもなる、でもなぜこんなに簡単に家を捨て他所に移り故郷でもその土地でも簡単に捨てるというとき何かそれはただ原発事故だからしかたがないというだけでかたづけられるのか?
そこが常に疑問だったのである、現代の社会は積み木のようにもろい、簡単に何かあれば崩れる、ばらばらになるのではないか?
そういう社会にみんな住んでいるということを知らねばならない
なぜならそうなると市町村でも自治体でも何か大きな事故であり災害であれあると自治体自体がもろくも積み木のように崩壊する
それがグローバル社会であり広域社会でもある、それがいいとか悪いとかではない
そういう社会を作ったてきたのが現代だったということである


人間の存在を問うときその存在意義でも問うときそれでいいのか?
そういう根源的な問いをこの辺ではつきつけられたともなる
何か現代社会は実は積み木社会であり簡単に積み木は崩されて破壊されてしまうというのを知らしめたのではないか?
それはマクロ的に国家などでもそうなのかもしれない、愛国心とかもかえって常に戦後は悪いものとして否定されてきたからである
そしてただ経済一辺倒になり金になりさえすればいいという価値観しかなくなっていたからである、そういう社会は先祖でも家でも土地でもつながりがなく絆もなく壊れやすいということである、物質性があっても精神性がない社会だともなる
日本人の心情として東洋の心情として物はただの物ではない、物が憑くとか物心とかあり物は単なるものではない、物は魂と一体化したものとしてあった

西洋では物はobjectであり客観的魂のない対象物である
人間の心とは切り離されている、東洋では物と心は一体なのである
だから家とはただの建物ではないのである、心が先祖の霊でも宿っているとか感じているのである   
これは信仰とういのではなく日本人の共通した心情なのである、農耕民が長い生活のなかで共通の感情として持ったものなのである、だから遊牧民とかの心情とはかなた違っているからこの両者の文化の相違は大きい、それで理解しあえないということがある
どっちがいいとか悪いとかではない、そういう生活形態がありそれが理解しにくいのである


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ボランティアの矛盾 (遠くの人が助けて近くの人が助けない)


ボランティアの矛盾

(遠くの人が助けて近くの人が助けない)


東京の方から去年だったか、まだ仮設に住んでいた小高の人の引っ越しを手伝いに来たボランティアがいた
そんな遠くから良く来てくれるものだと感心していた
でもよくよく考えると交通費はどうしたのだろうとか、そんな遠くから自費でわざわざきてもらうほどなのか?それが今になり疑問になった
津波でも最初は京都とか大阪から来て泥をとりだしていた
その時は労働力が必要だったし地元ではできなかったからだ
その時は有効に働いていたのである

でも5年6年すぎるとどうなるのだろうか?
第一小高の人たちは津波の被害者と違ってそれほどの被害ではない、家を失ったり家族を失ったりしていないのである
それで補償金を多くもらったりして喜んでいた人もいるしまた仮設暮らしを楽しんでいた人もいるのである
でも毎日のように仮設に入った人はやることがなくパチンコだとギャンブルで遊び暮らしていたのである、補償金も入ってそうなったのである
だから外から来て働く人が怒っていたのである
そういう人たちを見たらやる気がなくなるからだ

そもそもなぜ5年とか6年過ぎてもボランティアが来ていて引っ越しの手伝いをしていたのだろうか?何も近くの人で小高の人たちが協力すればできることだった
そうして引っ越し費用も必ず援助されるのが原発避難者だったのである
そうすればその金で引っ越しを手伝う人もいただろう
金に困っている人は周りでいるからである
その事情はわからないにしてもこういうことは他にもあった

でも現代社会の矛盾は遠くが近くなり近くが遠くなっているという現実がある
そういう社会の反映でもある、例えば避難した先が妻の実家に行くとなると本当に全国に散らばったのである、この前会った人は淡路島に行ったとか四国に行ったとかなる
それだけ広域社会になっているからそうなったのである
その広域社会だからこそ遠くからボランティアでも援助に来る人たちが多かったのである
でも肝心な地元の人たちは協力しないというのも変だったなとつくづく思う
第一普通の生活で何か困っていても苦しんでいても協力などしないのである
むしろ苦しんでいるのを楽しんでいることさえあるのが普通である
近くの人は助けないのである、介護でもそうだし自分自身も苦しんでいたけど同情すらされないしただただ責められるだけだったのである
それも自分自身のカルマだったにしろ矛盾していたのである

仮設に移り住んだ小高の人たちは困っているからと常に外部から同情されていた
それで奇妙なのは自分が苦しんでいる時自分の家に来た人も事業に失敗して苦しんでいるから助けるところではなかった、それで借金もしているから金に困って自分が弱い立場になったことをいいことに脅迫までしてきたのである
その時その人の家ではパチンコ屋で働いていたのである
そのパチンコ屋には小高の人などが毎日つめかけていた
そして自分自身は何ら助けられることがなかったということで憤りにもなったのである
これも本当に矛盾だったのである

普通はまず困ったら家族が助け合う、次に近くで助け合うのが順序である
まず今は遠くの人が助け近くの人は助けない、これも矛盾していた
そして地元では補償金で助け合うところではない、心は一つになれない、分断されたのである、これも現代の矛盾なのか、まず内部で団結しなければ復興などありえないとなる
外部頼りならもう外部の人に一切まかせて地元の人たちは外に出た方がいいとなる
現実は若い世代は外に出て帰ってこないからそうなったのである

遠くから来るボランティアも必ずしも有効なものとなったとは言えない、その善意はありがたいにしろ何かボランティアが有効に働くのは自分の経験でもむずかしいのである
全然認められないこともあるしやはり社会で認められないということである
いろいろあったけどまず苦しい時は家族だったら家族でまず助け合う、次に近くの人が助け合う、次に外部の人に助けてもらうのが順序である
それがまず外部の人、遠い人が助けることになった
復興の仕事はほとんど外部の人たちがしていたのである一部は地元の人たちがしたとしてもほとんどは会部の人たちだった
家を建てるにしても何をするにしても外部の人が建てたり工事した
それは地元ではできないからそうなったのだからそれを批判することはできない
でも何か外部まかせとなったことがある

何も6年とか7年も過ぎたら自分たちできることはすべきだったとなる
そして結果的にどうなったかというと地元では協力しない、外部とは協力するがその外部の人も来なくなる、残されたのは地元の人たちでありその地元の人たちが補償金などで分断されて協力ひない、心ひとつになれないのである
それを言えば小高の人たちにすれば何で地元の人が協力しないのだと怒りになっている
俺たちは苦しいのに助けないのか、冷たい奴らだとなり怒りになっているだけなのである
こういう内部事情があり外から来るボランティアが悪いとはならない、でもそれが有効に働くかどうかは別問題になる、それは自分自身もそうだったからである
駅でボランティアしても何も認められない、それはそれとしてかまわない、道案内とかしてありがとうと言われるから気分いいからかまわない
ただボランティアがすべてうまく有効に機能しないことは言えるのである
それよりまず地元でやれるかとはやる、地元でまず協力しあうべきだったができなかったのである、それが一番の問題だったのである                                                  

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2019年01月16日

世の中は三日見ぬ間の桜かなー三日見ぬ間の枯木かな (老人は時代の変化についていけない)


世の中は三日見ぬ間の桜かなー三日見ぬ間の枯木かな 

(老人は時代の変化についていけない)


人間の一生でも世の中でもこんなに変わるとは想像もできなかった
この辺では特にそうだった
ここ十年で体験したことは変化が激しすぎたのである
第一津波では村がいくつも消失したからである
村ごと消えるなど想像もできなかった
その津波で家族も死んだ人も多数いるし原発事故では故郷に住めなくなった
それもありえないことだった
人生は無常だということを一身上でも家族が認知症になりみんな死んでそうだった
ただ茫然として一人取り残されたとなる

ただ人生とはそういうものだったのである、だから日本でも70年間平和だったということはまれだったし自分自身でも何事もなく暮らしていけたことの方が幸運だったとなる
でも一回は水害などがあったがそれほどの被害ではなかった
床上浸水だったがそれほどの被害ではなく乗り越えられた
それ意外に何か不幸なことはなかったのである

それが一度にここ十年介護やら自分の病気やら回りは津波や原発の被害にあった
それは想像を絶したものだったのである
世の中もそうだが個人的にも家族でも変化が激しいのである
人生とは常に変化なのである、成長してゆくこと自体が変化なのである
大きな変化は30頃まで起きる、そこが青春なのだけどこれもあっというまに過ぎる
青春の若さとか女性なら美とかあっというまに色あせてすぐに老人になる
そして見る影もなくなる、つまり枯木になるのである

世の中は三日見ぬ間の桜かなというときそれは盛りの時期である、また個人的にも世の中でも国でもそうである
中国を見ればわかる、十年二十年をふりかえってみればわかる
どれだけ遅れていたか?物価は日本の十分の一とかであり技術は最低であった
それが今見れば驚くばかりである、給料だって日本とたいして変わらなくなっているし新幹線が走っているしスマホとかの技術では中国が優れている
論文の数では中国が日本を百倍単位で引き離している、それだけ技術が進歩しているのである
でも中国という時、何か依然として右の人は日本がより科学技術でも遅れた国だと見ている、それはあまりにも変わるとそれに追いついていけないのである
三日見ぬ間の桜かな、その三日が十年であり二十年であり同じである
もはや中国は満開に花が咲いているともなった

しかし一方で衰退するのも早いのだ、女性でも若いと思ったらたちまち老人になり若い時の面影もなくなる、三日見ぬ間の枯木になっているのだ
だから国単位でも栄えていたと思ったら枯木になっていたというのはいくらでもある
そのスピードが早いのである、アメリカと中国は今や同等でありアメリカがいつまでも栄える強国ではなくなっている
でも今までのようにアメリカの位置は強国として世界をリードするものとして見ている
でも現実はそうでなくなっている、自分の国が優先だとなっている
それはアメリカがもう衰退しているからである

人間はその変化を見抜けないのである、銀行が地銀が真面目な仕事であり地方ではエリートだと思っていた、でもその地位ももう保てない
それで追い詰められているから収益をあげられないから投資信託をうりつける
これは銀行で売った時点で絶対に損しない商品なのである
手数料が確実に入るから毎月配分とか言って売りつける
だから地銀とかは対面的に営業の人が来てその人を信じるということがある
それでおばあちゃんが投資信託で一千万損しても銀行員を信じていたというのもそのためである
それは老人は急激な変化に対応できないからである
それは自分自身もそうだったのである、銀行というとき信じていたのである
でも世の中の時代の変化が激しいからそれに追いつけず失敗する

つまり三日見ぬ間の桜なのだがまた三日見ぬ間の枯木にもなっている
そういうふうに人間の変化が激しいのである、人間関係でもそうである
常に変化している、60年一緒に生活していても死んでしまうともう帰ってはこない
ただそこで茫然としているだけである
そしてただ過去をふりかえるだけだとなる、最後には同じことを認知症になって千回も話する、それは別に認知症にならなくても老人になると過去のことを嫌になるほど繰り返し語るからである、なぜならそうして語ることが生きたことだからである

ダーウィンは、「この世に生き残る生き物は、最も力の強いものか。そうではない。最も頭のいいものか。そうでもない。それは、変化に対応できる生き物だ」という考えを示したと言われています

変化に対応できるものというとき時代を見ればわかる、明治時代には本当に激変した社会に変化したものが生き残った
その変化に対応できたのは若者だったのである、とても老人では適応できない
それはいつの時代でもそうである、子供でも若者でも一番その時代の社会に適応する能力がある
でもすでにすぐに40とか50になると適応力がなくなるのである

おそらくなぜ日本が衰退するのかという時、時代の変化に適応する若者がいない、若者が活躍しない、それは老人が多い、高齢化社会になると新陳代謝がなくなる社会になるからだ
明治だったら若者が創始者になって創業者になってやるほかない、だから明治に会社でも大学でなんでも創始者になったのである
そしてなぜ戦後にこれだけ日本が発展できたのか?
それは戦争に負けた結果、既得権者が一掃されて新陳代謝が行われた、強いられた結果なのである
その変化も激しかったのである
高齢化社会はその新陳代謝がうまくいかない、老人がいつまでも権力を握っている社会である
相続でも60とか70になってやっと親の財産でも相続するとかなっている
そうなると下の世代は権力をもたないから自由にできない、自分のやりたいこともできないのである
新陳代謝ができない社会が少子高齢化社会なのである

それで女川辺りでは津波の被害地域でも老人は口出すなと言って若い世代に街作りをまかしたのである
急激に変化する時老人は対応できない、若い世代は40くらいまではまだ適応できる
でもそれ以上になるとむずかしくなる、私が失敗したの50から海外旅行したので遅かったのである
若い世代なら今の時代に適応して新しい未来を目指し作ることができる
時代に適応できるからである、だからこの辺ではそうした若い世代が明治時代のように活躍できる場でもある
何もないところから一から始めねばならないということになったからである

いづれにしろ戦後70年過ぎてまた明治から戦争まで70年であり戦後の高度成長を経て70年でありそこでまた大きな変革の時代に変化の時代になる、それで色々な分野で変革が迫られているのである
ただその激変に老人はついていけないのである
                                            
世の中は三日見ぬ間の桜かなー三日見ぬ間の枯木かな

世の中も人生もこれだった、いつの世もそうだった、常に変化であり無常の世界だったのである


鹿島駅に市でNPOの見守りの人を置く


鹿島駅に市でNPOの見守りの人を置く

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ここに人を置くとすれば駅員のようになる
切符も売っているのかとと思う
どういうことになるのか?




昨年12月10日に相馬(福島県相馬市)−浜吉田(宮城県亘理町)間で運転を再開し、JRが1カ月間の利用実績を調査。新地(福島県新地町)−岩沼間では震災前の86%に当たる1日平均約8400人、原ノ町−新地間では82%の約3100人が利用した。平日の利用者数の落ち込みが大きく、JRは、通勤客が大幅に減ったと分析している

通勤客は山下駅、山元町が津波の被害で人口減になった、あの辺まで仙台の通勤圏だったのである
通勤となると高校生の通学のように毎日乗るから定数になるから乗客が常時見込めるからいいとなる
双葉とか大熊、富岡とかまだ不通になっているのも痛い
この辺は原発があり乗降客が多かったからだ
ここがいわき市までつながればまた乗降客は回復する

鹿島駅には常時見守りの人を置くようになる、コーヒーは出さない
市の方で援助する、npoの人が来る
私は30分くらいしかいないから役にたたない
でも常時いれば直接わからないとき聞けるからいい
自分の仕事はなくなるということはある

ただ自分は駅が広場の役割がありそこで何か話したり案内したりする
今日は小高のばあちゃんが鹿島がなつかしいと言って待っていた
息子なのか淡路島の方に行ったという、それで原町の復興住宅に住んでいる
この人も車をもっているが何か車検とかで電車で来た
誰もいない駅より何かちょっとでも話したりするとなごむということはある
ただ嫌がる人もいるからみんなと話はできない。
ばあちゃんとかは話しやすいのである

その駅の見守りの人でも市の方で金を出す、npoだからそうなる、でもいくらくらいもらえるのか?たいした仕事ではないにしろ半日でもいれば仕事である
それで金をもらうからである

自分の役目は終わったともなるがこれからも駅に30分くらいは買い物帰りにたちよる
そこで待っている人と話したりする、また駅は広場でありそこで土地の人ともあって話したりする場である

でも駅に常時人がいるということは切符でも売れるはずだがしない
そういうふうにJRではしない、市の方で見守りの人を置くとなるとそうなのだろう
切符くらいついでに売るようにしたらいいと思うが何かめんどうなのだろう
そうなるともしかしたらJRで金銭の負担があるから頼まないとなっているのかもしれない今日は市役所の人とJRの人が来ていて相談していた
でも金銭の負担は市の方でするのだろう