2019年03月27日

初燕(近辺の春)


初燕(近辺の春)

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巣箱が二つあった



初つばめ原町に見て電車行く

耕しの婦人二人や春の暮 

若草や新しき家の増えにけり

我が町や古墳の上に草萌ゆる

何を置く巣箱二つや春の暮


昨日に原町で見たのは初燕だった、この初燕はどこで見るかが大事である
その場所が印象的なものになる、原町はふさわしかった
原町はこの辺では相馬市は城下町で古いが新興都市でもあるからだ
明治以降に原ノ町駅が機関区となりそれで発展したのである

旅路来て赤絵町かな初燕

赤絵とか柿右衛門の赤絵は有名であり海外に売り出された、それは伊万里から外国に輸出されたか伊万里焼になった、それが海外でもヨ−ロッパでも珍重されたのである
それが古いヨ−ロッパの城に残されたのを最近発見されたというのもそれだけ輸出された品だったのである

その時九州を旅していたが遠かった、九州は東北からだと一番遠く感じる
北海道より遠い、そこに初燕が飛んだのを見たのは新鮮で印象に残っている
ただあまりにも時間がたちすぎたのである
旅は実際60歳までつづいた、そして介護になり十年はしていない
30年間くらい旅に費やしたのである 

私の住んでいる所は本当に家が増えた、それも新しい家が多いし一つの新しい街ができた感じになる、それは津波と原発事故が重なり移ってきて家を建てた人が多いからである
新しい家が本当に多い、古い農家の家はもう少ないのである

女性が年配の婦人が二人耕している、そこは荒地が多いのである、人間はやはり営みがなくなると荒廃してゆく
でも知っている人の畑の前と隣はやめた、一人は這ってきて車にのせられてきて畑で仕事していたが遂に続かなくなりやめた
もう一人は病気になり死んだ、それでまた荒地になってくる、荒地がこうしてどうしても原発事故以後増えるのである
ただ新しい家は増えたのである

南相馬市の鹿島区で見るとなると古墳なのである、小池に多い、それも隠された場所ちるありわかりにくい、これが古墳なのかと見分けがつかないものもある
なぜ小池にこれだけ多いのか?それはやはりここが古代に人が多く住んだ場所だからとなる
ただ古墳となると原町区の桜井古墳は大きいから目立つしそこが中心だったと外から来た人たちも見る、つまり外から来る人たちに目立つものがないと観光として受けないのである
古墳に草萌えるというのも何かここらしいとはなる
古墳は墓であるがその祖先の墓の上に草萌えて春がやってくるというのも人間の営みである、人間は祖先がいてその祖先の上にまた生活を重ねてゆく
死者を養分として代を重ねて栄えてゆくのがどこでも人間の営みだからである
それが人間の歴史でもある、必ず過去が歴史はそうして代々つづいてきたからである

ゆっさの湯の食堂は奥の方に新しく変えた、そこの方が前よりいい感じになった
食事するにもどうしても環境が影響する、その味も価値なのだが価値にはいろいろな価値がある、景色のいい場所で食事するとやはりうまく感じるからだ
狭いごちゃごちゃしたところで食べたくないのである
だからゆっさの湯は場所としてはいいのである、ただ庭が貧弱なのである
あそこは近いから時々行ける距離にある
気分転換にいろいろな場所で食事したりコーヒー飲んだりするのがいい
場所を変えると気分も変わるからである