2019年05月12日

abstract japanese bulding(日本の旅館)


日本の旅館〈abstract japanese building9)

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近辺の夏の短歌(原町区馬場村の墓)


近辺の夏の短歌(原町区馬場村の墓)


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(鹿島区)

ふるさとの小径にあわれすみれかな

ふるさとの小径のあわれ我が行きて夏の夕ぐれ細き月いず

故郷の道隈なくも我か行くもなお知らぬ道夏の夕ぐれ

雲雀鳴く夕べに波のひびきけり夏の日輝き山脈に没りぬ

 (馬場区)

釣り人や藤の花垂れ奥の沼

夏の花まばゆく映えて石神村の広くもあるかな

水張る田山影写し奥の家藤の花房長く垂れにき

二本の木の下にあわれ文久の墓夏の日ここに夫婦(めおと)眠りぬ

夫婦なれここに生き死ぬあわれかな二本の木のここに離れじ

ここに生く形見と墓や忘るるな我尋ねて夏の日暮れぬ

(飯館村)

飯館に住む人あわれ何頼る花は咲くとも糧のありなむ



石神は広い、小学校が二つもあるし広い、

明治22年(1889年)4月1日 - 町村制施行にともない、石神村・牛越村・大谷村・大木戸村・大原村・押釜村・信田沢村・高倉村・長野村・北長野村・馬場村・深野村・北新田村の計13か村が合併して行方郡石神村が発足

こうなったから広くなったのである、でも昔の村を郷土史だと見なければならない

今日は石神村の昔の馬場村に行った、山側であり荒れた土地が多かった
やはり放射線汚染されている度合いが強いからだとなる
この辺では山側は荒地が多くなっている、そこで生業がないとき荒れたものとなる
自然があっても生業がないとそこは荒れた感じになる
人間の手の入った所は必ずそうなるのである

飯館村で出会った六〇代の女性がいる、すると山菜を私は食べているよという
それも糧である、花が咲いても糧がなければ生きていけない
そこが田舎キの問題だとなる、美しい自然があっても糧がなければ生きていけないのである、飯館村だって米でもとれればそれが糧となっていたし山菜でもそうである
それが放射性物質で汚染されて食べれなくなったからそうなったのである

奥の方に溜池があった、そこは自然の沼のように見えた、釣りしている人が五六人いた
そこではブラックバスは放されていない、鮒を釣っていた
私は釣りする人には興味がある、なぜなら釣りする人は自然の中に溶け込むからである
だからパ‐クゴルフとかパチンコとかで時間を潰すよりはいい

馬場村の丘の高台に日本の木があった、それもかなり古い木である
その下に墓が五つくらいあった、そこに信士信女とあり夫婦の墓がある
ここは文久となると幕末だが農民の墓があった、ただ農民が墓をもてたのは幕末頃であるその頃豊かになった人が墓を作ったのである、その頃墓を作るだけでも手間だから金がかかったから作れなかった
そして墓で注意すべきなのが一家の墓はないのである
個人墓か夫婦墓なのである、一家の墓は明治以降国の政策でおしつけられたものだったのである、だから実際は不自然なものなのである
新しいものであり日本の古い伝統から生まれたものではないのである

夫婦墓は明治になってからもありそれは江戸時代の継続としてかえってあった
家族の結びつきもあるが夫婦の結びつきが強いからそうなったともなる
そこに古い二本の木があったということがいかにも夫婦(めおと)の木と見た
こうして自然と一体化してあるとき何か昔を偲ぶことができる
その土地に何かを残して伝えているとなる、伝説とかの類もそうして生まれた

ここで大事なのは人間はそうしてその土地に墓があるときその継続として次代の生があるつまり苦労してその土地を拓き暮らした人がいてその次の世代もまたそこに生きる
そういう自覚が必要になる、墓でも残ればそれを自覚する
墓はだから次代に受け継がれるなにかだともなる
農家の場合は土地と一体化しているから土地に記憶が刻まれているとなる
それで津浪や原発事故などでその土地自体が荒廃して住めなくなったことは次代に受け継がれるものがなくなったことなのである
津波の恐怖は村自体根こそぎなくなったから伝えるものもそこになくなる
それで津波は語り継がれなかったとか言う人もいる

農家でも跡を継がれないということはその土地に生きた人たちのことを忘れるということである、それで大原でも知っている農家の人の家が空家になっている
その人は死んでしまい墓に眠っている
息子はいても跡を継がない、すると何か伝えたいものがあっても伝えられないのである
いづれにしろ墓を見る時江戸時代は貴重なものとして見る、明治以降はなぜか貴重なものとして見ないのである、歴史だと古ければ古いほど価値があるとなるからである
元号でも古ければ価値があるからだ、相馬市の新田になぜ元禄の碑があったのかと思う
そこは新しく田として開拓した所である、それがすでに元禄なのである

いづれにしろまた新しい自転車で毎日のようにサイクリングになった
ほとんどの道を行っているがまだ行っていない道があった
馬場村には初めて行ったのである、それだけ相馬藩内でも広いのである
今度のヤマハの電動自転車は悪路にも強いし楽に走れるからいい
それで行動範囲が広がったのである
退職したトラック運転手の人も自転車で近くを回っている、自転車は健康的いいのであるまず会社を退職したら仕事することはむずかしい
ボランティアでも無料でもむずかしいことは駅でしてわかった
つまり老人は退職したら何もするなとういことなのである
これもおかしいと思うけどそうなのである
だからパークゴルフとかパチンコとか釣りとか遊んでいるほかない、そうならボランティアのようにめんどうなことはないのである
そもそもそのように社会がしているのである
ただ消費者になれ生産者にはなるなともなっているからだ


昨日はそれほど暑くなかったから良かった、でも暑くなると熱中症が怖い
ただ今の時期は一番いい時期だからでかける、後は梅雨になりまた七月から八月は暑くて出かけられない、自転車はもろに光を受けるから夏が本番になると出かけれなくなるから今の内出かけた方がいいとなる


2019年05月11日

人間はなぜ関心をもたないのか? (原発でも自分に危害がない限り関心をもたなかった―報道は関心もたせること)


人間はなぜ関心をもたないのか?

(原発でも自分に危害がない限り関心をもたなかった―報道は関心もたせること)

人間はなんでも自分自身に家族でもまたその住んでいる場所でも何か危害あり不便を直接感じないと関心を持たない
なぜ今駅のことで書いたが鉄道を人々があまり利用しないからである
だから駅が自動化されようが何になっていても関心がないのである
そこでボランティアしても必要がないとなる
JRでそんな余計なことをするな、地元の人も必要がないとなり誰も注目もしないのである
でも車社会になると常に車のことに人々関心をもっている、どういう新しい車が出たとか高速道路の方が鉄道より関心がある、だからもっと道路を便利にしろとなる
常磐高速の4車線化を要求している
でも鉄道になると一時間おきでは不便だから30分おきにしろといってもそもそも乗る人も少ないし不便を感じないから要求もないのである
ただ遠くから来る人は一時間おきだと不便となるがそれで遠くから来ている人は日常的に利用していないからそれは要求とはなりにくいのである

近くのゴミ捨て場として網をかけている所でも烏につつかれて困った
ゴミが散らかったりするがそれで市に問いあわせたらゴミ箱は場所が確保すれば市で設置するという、でもその場所が確保できない
近くに最近そういう場所を発見した、でも近くの人に言っても関心がないのである
別に今の場所でいいと思っているからみんなの切実な関心がない
もし何かもっと切実なものとしてあればみんな関心をもつ

人間は切実なものとならない限り関心をもたない

人間はなんでもそれが自分の身に降りかかり切実なものとならない限り関心をもたない
鉄道でもなにかぎりぎりで廃線になるとかなり存続しろとか関心をもつのである
でもその前はみんな車を利用しているし鉄道は利用しないのである
廃線となることで街が衰退するとか関心をもつ

それは人間自身が常にそうなっているのである、例えば体でも健康な時は体に関心をもたない、でも一旦病気になるとその病気に異常なほど関心をもち調べる
なぜなら生死にかかわるからである
でも考えてみれば体に関心をもたないときそれが平和な時だったのである
また犯罪とかに自分自身が会えば治安に異常に関心をもち警察に頼むとかなり警察に関心をもつのである、もし病気にもならない、犯罪もなければ医者も警官もいらない
実はその時こそ人間社会に平和があるとなる

でも関心をもたないことで非常に危険なことも起きてくる
それが原発事故だったのである
原発は本当に危険極まりないものだったのである
でも不思議に地元でも原発に関心をもっていなかった
私自身は30キロ離れていて遠いから関係ないと思っていた
その関心のなさがすでに小高地区に原発が建てる工事を東北電力で開始するところだった小高になるともう20キロ内にも近くになるし原町は10キロとかなるから危険極まりないが小高に原発を作ることで原町があれほど人口が多いし反対する人がいてもいいのにそうしたものも聞こえなかった
もちろんこれにはマスコミが危険だと報道しないことも原因だった
マスコミは原発のことで危険だとなど報道していない、原発推進であり広告費をもらっていたからである、それは大手のマスコミでもそうである

そうして原発事故には地元でもただ金をもらえるから景気が良くなるからいいとしかなかったのである
福島市とか二本松とか白河まで放射性物質が流れて影響されるとは思えなかったのであるそれもつくづくカルマだと思った
福島市には県庁があるからだ、だからその時福島市の人たちも原発は遠いから関係ないし誰も関心をもたなかったのである

こうして関心をもたないことは重大な事故や被害をもたらす
津浪にしても2011の震災の7年前とかにスマトラで津波があり大被害があった
でもその時日本とは関係ないと見ていた
なぜなら日本では津波を経験している歴史があるから津波対策しているからスマトラとは違うと国民も見ていたのである
その後にこれだけの大地震と津波に襲われたのである

人間の弱点は自分に直接危害が起きなければ関心がないのである
何か自分自身にとって不便なことや危害があったりしないと関心がない
そんなこと自分には関係ないとなっているのである
それはあらゆることでそうである
鉄道を利用しないものは鉄道に関心がないのである
私自身は鉄道に関心をもったのは鉄道で長い間旅していたからである
遊びでも鉄道を利用していたからである
これが車で旅していたら鉄道には関心がないのである

ただこの関心がないということが上からの為政者とか支配者には好都合なのである
そこで重大なことは見逃される、すると原発でも容易に作られる
実際は原発建てる土地を買収して県の許可がおりるだけで原発は建てられたのである
ここでは誰も反対していないのである、ここで関心があったのは金とか景気が良くなるとかしかなかったのである
だから小高に原発を建てる工事がはじまるのにそれすら10キロくらいしか離れていな原町ですら知っている人がいなかったのである
つまり原発に関心がほとんどなかったということなのだ
それがこれだけの事故になり関心をもつようになったのだが時遅しとなったのである

人間の弱点は自分の身に及ばない限り関心をもてない

そのことが重大なことにいつのまにか発展している
例えば体でも実際は病気になる芽がある、でもそれに気づかない、そしていつのまにかもう手遅れだとかるなる、早期にその芽をつんでいれば病気でも直ったとかもっと延命できたとかなっている
でも人間は病気になってはじめてその病気に異常に関心を持つ
原発など核のことなど普通はめんどうだから調べもしないのである
それでも一旦こんな事故になると科学のことはわからないにしろ関心をもつのである
つまり病気と同じく生死にかかわるからである
残念ながらその時関心をもってもすでに時遅しとなっていたのである
それは人間社会には常にそういうことが起きているのだ

ナチが共産主義者を襲つたとき、自分はやや不安になつた。けれども結局自分は共産主義者でなかつたので何もしなかつた。
 それからナチは社会主義者を攻撃した。自分の不安はやや増大した。けれども自分は依然として社会主義者ではなかつた。そこでやはり何もしなかつた。
それから学校が、新聞が、ユダヤ人が、というふうに次々と攻撃の手が加わり、そのたびに自分の不安は増したが、なおも何事も行わなかつた。
さてそれからナチは教会を攻撃した。そうして自分はまさに教会の人間であつた。そこで自分は何事かをした。しかしそのときにはすでに手遅れであつた。  

こういうことはローマ時代からあった、「パンとサーカス」なのである、パンとか金であり馬鹿な大衆にはパンを与えればいい、サーカスはマスコミとかのテレビで芸能人の馬鹿騒ぎを見せていればいい、あいつらは原発のことなど何もわからない
あいつらが欲しいの金だから金をばらまけばいい、テレビとかの害悪は何か政治的問題でも重大なことがあっても真剣に検討されないのである、それは大衆が国民が無関心だからである、いくら大衆が馬鹿でもこのように故郷にも住めなくなったら関心をもつからである、でもその時はすでに時遅しとなっていたのである
それは歴史では常にあったことである

結局自分の身に危害が及ばない人間は無関心なのである、体でも病気にならない限り無関心である、それはいいことなのだが人間は誰しも病気になるから病気に本当は無関心でいられない、認知症などについて無関心だった
でも家族の一人が認知症になったとき無関心ではいられない、関心をもちなんとか対処しようとする、それは強いられてそうなったのである
結局いくらグローバルな情報社会になっても何かあってもあらゆることに興味を関心をもてない
ただ本当に重大な原発のようなものにはもっと関心をもつべきだった
それをマスコミでも地元の新聞でもしていない、報道は関心をまずもたせることなのである
ニュースでもそうである、重大なニュースでも報道されないことがあるからだ
それでインタ−ネットでyoutubeなどで個々人が報道されることはいいことである
非正規の派遣労働者の苦境を語る人には共感したりしたからである
そういうことはマスコミではとりあげてもそうした苦しんでいる本人に語らせないからである

posted by 老鶯 at 09:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2019年05月10日

藤の花、菖蒲の季節(相馬市には藤の花が合っている)


藤の花、菖蒲の季節(相馬市には藤の花が合っている)

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玉子屋


藤の花垂れにし下に休む人その後我も休むかな

八重桜に菜の花映え街中や玉子屋にそ働く人あり

玉子屋に働く女やあわれかな墓に入りしも花をささげぬ

紫と白の藤咲く相馬市に奥ゆかしくも住み人のあれ

路地を入り白菖蒲咲くを我見つけ知られざりしもあわれ深まる

人生の移り変わりの激しかな津波に病杖つく人かな  

若葉に風のそよぎて鳥飛ぶや藤の陰にし人は休みぬ


藤が咲き菖蒲の季節になった、相馬市は城下町であれ入母屋作りで公共の建物は統一している
それが原町とは違う、原町の駅前の丸屋には十階の建物がホテルが建つとうから驚く
とにかくこの辺は震災以後ホテルが建てられつづけている
こんなにホテルがあっていいのかとなる、まだ原発の廃炉作業がつづくから需要があるともなる

その村とか街にあった花がある、相馬市は藤の花である、城跡の中村神社に藤の木があるからだ
そして白い藤も咲いている、城下町としてしんみりとして合っているのである
ただあそこで城下町を意識するかというと外から来ても意識されないだろう
細い路地があるからそれで城下町を意識することはあるが他に何か意識しにくいのである

原町はひまわりの花があっている、明治以降常磐線の機関区としてそこから街が発展したからである
つまり鉄道の駅中心に街が整備されたからである
それまでは浜街道沿いの宿場町だったとなるからだ
そこは相馬市との大きな相違である、だから今になっても駅前に十階ものホテルが建つことでもそうなのである

でも相馬市にはそういうビルが建つと景観がそこなわれる、何か低い家並みがあるのが素朴な感じがするからだ
それで原町と相馬市では違っているのである
それぞれの街で町でも村でもなんらか特徴がある、でも有名でない所はわかりにくいとなる

鹿島には玉子屋は有名であり街中に工場がある、そこに八重桜と菜の花が咲いていたのも合っていた
そこで働いていた女性も死んで今は墓の中である、その墓がすぐ近くにある
そこは自分の家の墓でもある
そこに津波の被害者が主に右田の人たちが復興住宅地の団地にいる
その公園でいつも休んでいる、そこには藤棚があり藤が咲いている

それにしても復興団地があそこにできると思わなかった、前は幼稚園があったがそれもなくなった
こんなに変わるとは思いもよらなかった
人生は本当に有為転変である、烏崎村の人と土手の道で語ったけどその人も津波の被害にあった人だった
そして脳卒中になり杖ついている
病気になっている人も多いのである、それは自分自身もそうだった、家族はみんな死んだとかなりただ茫然としているだけだった
人生とはこんなに変わるものかとただその無常に驚くだけである
もともとそういうことが人生だったともなる、なぜなら70年前は戦争であり三百万人死んでいるからである
長い人生のなかではそうして変化することを知った

路地は入ったら白菖蒲が咲いていた、あそこに咲いているのは気づかない
街中の畑にも菖蒲が咲いていたこともあったが今は荒地になっているのも淋しい
畑でもそうだが荒地になっていると良くないのだ
そこで花でも植えているだけでほっとする、そこに美が作り出されるからだ
ただそうするのにも手間がかかり金がかかるからできないのである
何かそういうことをNPOでしてもらいたいともなる
駅の見守りなど本当に必要なのかどうか疑問だからである、いれば安心感があるにしろ駅の業務をしないというのも変ったからである

今日は暑い、暑いともう自転車で出かけられなくなる、自転車は日ざしをまともに受けるから困るのである
それで去年は熱中症になったから怖くなったのである



なぜ会社から退職すると居場所もなくなり孤立化するのか? (生産共同体(会社)から排除されたため)


 なぜ会社から退職すると居場所もなくなり孤立化するのか?

 (生産共同体(会社)から排除されたため)

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 経済という時、基本として生産と消費がなんでもある、生産する者とまたはサービスを提供するものと消費するものサービスを受ける者がいる
それは資本主義社会では明確に分かれているのである
なぜなら時代をさかのぼればのぼるほど生産と消費は分化していないからである
例えば農業している人は米でも野菜でも生産する、そして村は生産共同体だったと同時に消費する共同体でもあった
つまり自然があり米でも野菜でも生産して消費する、その時消費するというとき自然から神からいただくということで感謝する、それがその土地土地の祭りとなっていた
神社とかにはもともとそういう機能があったとなる
神社はその土地土地に根ざしたものが多いからである
そうして一つのミクロコスモスに生きていたのである

そういう社会では生産と消費は分化しない、今でも小さな畑で野菜を作っている人は生産と消費が分かれていない、しかしそのためには金がかかる、肥料やら種やら道具やら労働力やらと生産するには金もかかるし苦労が多い、だから私がそれを援助してももらったのはキュウリ二三本でありそれも一万もしたともなる
これをスーパーで買えばそんな馬鹿高いものにはならない、だからそんなことをしても無駄だとなり損するだけだとなる

ただその人にとってそれが生きがいになっている、他にも仕事があるとしても家事などしたくない、皿など洗いたくない、その人は庭で花を育てるとかそういうことに熱心なのである、そういうことが苦労があっても好きなのである
皿洗いと掃除とか家事はしたくないのである
だから今は一切していない、なぜそうした農業が生きがいになるのか?
ただの労苦ではないのか?

それは生産と消費が一体化してからである

そして生産共同体というとき生産は共同でする、その人も畑で野菜作るにもいろいろ他でも畑で野菜を作っている人がいるから聞いている
また畑をうなってもらったりしている、その時は金を払っているのである
つまり一旦生産するとなるとサービスを提供する側になると共同体が必要なのである
協調しないとできない、それでどうしても農協などがかかわるようになる
でもそんな小規模なものは金にもならない、農協を通じて売る場所がある
するとそこで農協に金を払うからもうけもなにもなくなってしまうのである
いづれにしろその畑で野菜を作ることは共同があり生産と消費が一体化している
そして現代社会は生産とサービスを提供するものと消費が分離しているのである

消費者が王様だというときもそうである
ではなぜそうなるのか?生産する者からサービスする者から一旦離れてしまうことは社会にとって消費者になる
でも消費共同体などないのである、消費は個々人でしている、だから会社を退職した人は生産共同体(会社)から離れるから社会で孤立する
会社をやめて地域で活動しろといってもそこには生産共同体としてのコミニュティがないのである

生産共同体は会社は共同して働く場だったのである、だから会社で働く人たちは共同体の一員となる、そして仲間意識をもつ、でも一旦そこから離れると仲間ではなくなる
でも農業とかしていた村ではそういうことはないのである
村の共同体の一員として死ぬまであり死んでからも先祖として生きつづけていたのであるそれが村の祭りだったのである

人間は自然から確かになんでも消費する存在である、食べ物でも自然から本質的には得ている、でもまた生産するものでもある、生産することによって自然への神への感謝が生まれ消費するというものではなく賜(たまわ)るのである
資本主義グローバル化社会になるとそういう自然の中での生産と消費の一体化は喪失して分離されるのである、その時自然とか神に感謝する祭りはなくなる
そこに媒介するのは金だけだとなる
だから会社という生産共同体から離れたらその人は消費するだけの人間となる
そうなると消費するためには金がないと存在感がなくなる
消費すれば金を払えば消費者は王様だとなり歓迎されるのである

そしてなぜ会社を退職すると社会で居場所がなくなるのか?孤立するのか?
それは生産共同体から分離されてしまうからである
地域でもし昔の村のように農業でもしていればそういうことはありえないのである
労働の疎外というときマルクスが指摘したことは今も活きている
でもその労働の疎外がどこから起きているのか?
それは生産と消費の分離から起きていたのである

とにかくなぜ一旦会社から分離させられると居場所がなくなり孤立しやすいのである
そしてもう何か社会のために労働したとしてもできない
ボランティアとか意外とめんどうでできないのである
なぜなら会社とは生産共同体として組織化して素人は立ち入れない場所だからである
なにより生産共同体になると個人ではできない、組織化して仲間でするから一旦そういう共同体から離れると消費者になるほかないからである

現代は何か本当に労働自体が疎外されている
その悲惨な例が非正規とか派遣で働いている40くらいの人たちである
夢も希望もない、家族がいない人は何の働く動機もない
ただ金だけであり日々ただ生きがいもなく時間を浪費しているだけだとなる
つまり派遣という労働は毎日ただ仕事の現場に派遣される
会社で働いているのとは違う、会社員とも違う、仕事があれば派遣されるのである
そこでは日給であり正規の会社員として定年まで働くというものではない
だから保証もないし福祉もないとなる

そして何よりそこで働いたからと言って誰かに感謝されることもないのである
家族がいたら家族に感謝される生きがいがあるかもしれないが結婚していない独身者はそういうことがない、ただ一日分の金をもらいあとは食べて寝るだけだとなる
労働する生きがいがないのである
例えば働く語源が端(はた)を楽にするというときそれは家族労働のような狭い範囲から生まれた、家族が働いて苦労しているから楽にさせたいとなるのが語源なのである
そういうとき働くということはやりがいがあるとなる
今の労働はそういうことは全くない、それもグローバル化すれば地球の裏側で働いている人のことなどまるでわからない、つまり働いている人とは関係をもていなのである
ただモノが無数に入ってくるが人とは関係しない、そこに金が媒介となるだけである
そこに結局労働の疎外が起きているのである
ただマルクスの論理はそれで共産主義になったらそうした労働の疎外がなくなるということはないかった、共産主義だってグローバルであり働くという語源のようなものはなくなっている

つまり生産共同体として生産と消費が一体化することが本来の人間の在り方でありそこに自然との融和があり人間の協調があり祭りがあった
だから人間の労働のモラルもなにもなくなったのである
働くことに生きがいが見いだせないのだ、ただ金が欲しいというだけである
それで小さな畑で野菜を作る人は生産と消費が一体化しているからそこに生きがいを見出しているのである
ただそこの矛盾は金がかえってかかるということである
その金を与える者がいなければそもそもできないのである

いづれにしろ生産と消費が分離しているのはあらゆるものがそうだと思う
例えば情報というとき今までは情報を提供する者と消費する者に分離していたのである
情報を提供する者はマスコミだった、新聞とかテレビとか主だった、雑誌でもそうであるそれで情報を提供するものが国民の世論を操作して作っていたとなっていたのである
マスコミが報道するとき必ずマスコミの意にかなったものしかとりあげないからである
ニュースにしても重大なニュースでも報道されないからだ
また個々人では報道できないからである
それがインタ−ネットでyoutubeとかなると一個人がテレビのように報道できる
それは金がかからないからできるようになったのである

それでyoutubeのLove & Freedom底辺労働者)は一つの例としてこんな人がいたのかとなりその人の立場を派遣労働の悲惨な姿を生々しく知ったのである
それは家族もいないから孤立していて労働自体にも共同性もなくただ毎日金をもらい食べて寝るだけの生活なのである
そこで生産共同体という会社にも属していないからない、派遣共同体とかにはないから孤立しているのである
何より家族がいないということが孤立感を深めているのである
それは今になると自分もそうだから同情する、共感するとなる

自分自身も若い時は底辺労働者だった、でもそれは自分にとって必要なものだったのである、何か自分は恵まれていて傲慢な所があったから底辺労働してそういう傲慢さが打ち砕かれたのである、その後も自分は労働は一切していない
旅ばかりしていた、消費しかしていないのである
鉄道の旅をしている時でもそうである、それは消費でありサービスを受ける側しか経験していない、でも資本主義社会では消費者は王様なのである
金さえ払えば鉄道会社でサービスしてくれるのである
それが一旦サービスを提供する側にまわるとボランティアでもいかにむずかしいか無人駅の問題で延々と書いてきたのである
それは自分だけではない退職したら会社という生産共同体から離れたらもう一消費者でしかありえないのである、そこに仲間もいなくなり孤立化して居場所もなくなるのである 、ただ金をもっていれば消費者は王様であり待遇してくれるとはなっているのだ
しかし消費共同体というのはないのである、だからやはり孤立しているともなる
生産共同体なら会社のように共同があるが消費するだけだったらないからである
だから会社から退職した人は一消費者となり居場所がなくなり孤立するのである


posted by 老鶯 at 09:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2019年05月09日

現代文明は結合とか調和とか秩序とかが失われたのか? 有機的全体的歴史的持続的結合から無機的刹那的部分的接触の現代文明社会

現代文明は結合とか調和とか秩序とかが失われたのか?

有機的全体的歴史的持続的結合から無機的刹那的部分的接触の現代文明社会 

Organic overall historical persistent bond → Inorganic momentary partial contact

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人間社会からなぜ今現代文明は結合とか調和とか秩序とかが失われたのか?

有機的でないというとき無機的な社会となる、人間の温かい血が通わない冷たい関係である、それは人間の関係は金だけの関係だとか一時的な関係であり金の切れ目が縁の切れ目とかは別に昔からあったから格言として残っている

ただ生命というのは本質的には有機的全体的歴史的持続的結合の上に成り立っている

また二つに分けるとすると空間軸と時間軸の結合がある
人間はそもそも空間がなければ生きられない、また時間があって人間は生きている
時間という時、それは極めて人間的なものである
時間を作り出したのは人間であり人間にしか時間がないし歴史があるのは人間だけである動物には歴史がないのである、一代ですべての生は消滅する
ただ種の保存があるだけなのである

空間的結合というとき今はグローバルになり世界的結合になる
交通の発達でそれができるようになった
ただここで問題なのは空間という時、世界的に交通が発達して容易に行き来することができるとしても文化的結合とかアイディンティティの結合は不可能なのである
そこには時間が歴史が欠けているからである
時間軸とはその地域地域の空間から時間の積み重ねで作られてきたものだからである
それは地域の風土とかに深く依存して作られてきたからである

たとえば最近しきりに縄文時代のことを言う、縄文時代とは何なのだ
縄文時代が一万年というがそれが今の時代と何の関係があるのか?
それは時間軸の志向なのである、なぜ日本では天皇を近代国家になっても崇めるのか?
それも歴史的時間軸の志向でそうなっている
天皇は日本の国家が成立してからつづいているから継続されている歴史的な象徴だともなるからだ

つまりその土地の風土とか地理とか空間と時間が一体となって作られたのが一つの国を形成する、アイディンティティを形成する、そこには時間的要素が欠かせないのである
だからその時間は長いのである、父母がいて祖父母がいてさらにその前の先祖がいて成り立つのが歴史である

それが村の歴史とかで語られる、先祖は死んだら山に葬られて田植えの時期になると山から先祖が平地におりてくる、先祖は稲作文化と深く結びついてそうなった
それは地域の風土と結びついて長い時間のなかで形成された
空間と時間が一体化したのである

故郷という時それは何なのか?
それは空間的に故郷という場所があって成り立つ、一方故郷は古い郷でもありまた故ある郷ともなる、それは時間の中で作られた故は理由でありアイディンティティの場所なのである、空間だけでは必ずしも故郷とはなりえないないのである
故郷は先祖が関係しているのである、時間の中で生きた人間の物質的精神的営みが関係している

故郷は一時的なものではない、長く継続するものである、山とか石とか木とかの存在と似ている、木は大地に深く根を張りその樹齢が5百年とか千年のもあるからである
そういう長い時間の中で継続して作られたものだからである
故郷というとき狭い一地域だがそれぞれの国も同じである
日本という風土があり土地があり日本の歴史が形成されたからである
だから郷土史というとき狭い一地域でもそこはミクロコスモスの世界なのである
一つの調和したコスモスとしてあった世界なのである
自給自足できた世界だった、村は日本では一つのミクロコスモスとなっていたのである
コスモスというとき地球規模になれば不可能である 

そこには分裂分断にならざるをえない、生態系にしても狭い地域で成り立つ
そこに空気と水と土とか山とか森がないと成り立たない
その基本が喪失すれば原発事故で空気も水も土も森も汚染されて住めなくなったからである、そして長い時間軸で形成された故郷は捨てられて町も廃墟と化して荒地となったからである、そして先祖も捨てられたとなる、それは老人だけが避難区域に残されてその子供たちは流出したということでもわかる
親でも先祖でも時間軸で形成されたものが破壊されたからである

それはここだけではない、そもそもすでに有機的全体的歴史的持続的結合が失われた世界に住んでいるそ→その反対は無機的刹那的部分的接触なのである
そこではまた専門化社会でありそれも部分部分の専門家がいて専門家以外は立ち入れない社会になっている 
だから常に現代人間は無機的な情がないと感じる社会に生きている
そこで金だけが人間を結びつけるマルクス流に言えば人間疎外が起きているのである

なんかあらゆる人と人間として話すことも接触することもできないのである
それぞれが部分的専門的なものとしての存在であり人間は無機的存在となる
どこであれ役所であれ会社であれ大きくなれば様々な分野に専門化して分かれて部分化して全体を見る人なと一人いないしわからないとなる
それで私は専門ではありません、別な課に行ってください、そして別な課に行ってもまた別な課に行ってくださいとなり遂に行く聞く課もなくなる
つまり人間は有機的に結合しないのである

無機的刹那的部分的接触でありそこに結合とかはないのである、ただ一時的に会い別れるだけだとなる、それは無常としてあったがそれでも空間と時間が一体化した有機的ミクロコスモスは存在したのである
そしてこれが喪失するどうなるのか?
ばらばらに村でも町でも市でもなり原発事故の避難区域のようになるのである
それはここだけではない、他でも起きるのである
現実にそういう社会に住んでいるからである
有機的持続的結合ではない無機的刹那的部分的接触の中で生きているからである

だから東京のような大都会になると何か大きな災害が起きると巨大な崩壊が起きてくる
地震であれ事故であれ水でも供給できなくなる
水などいくらでもあるじゃないかとなるが都会には水も供給できなくる
それで東北の被災地では一時的に水も燃料もなくなり裏山から水を運び裏山の木を切り燃料にして生き延びたのである
それが大都会ではできないから巨大な都市自体の崩壊が起きてくる
もう道路も破壊されるから脱出すらできなくなる

大都市には有機的生命的に結合するミクロコスモスがない、食料だって外部からもたらされてかったらもう生きてゆけないからである
そこで成す術もなく死ぬ他なくなるのである
つまり大都会は災害には弱いのである
田舎だったら水を山からとるとかありえた、でも原発事故ではそれすらできなくなっていたから都会とは限らず現代社会は生態系に依拠したミクロコスモスが喪失しているから危険なのである

だから原発事故は空気でも土でも水でも森の木々でも放射性物質で汚染されたから使用できなくなった、つまりそれは生態系に依拠するミクロコスモスが破壊されたからそうなったのである
だからもう故郷であれ何であれそういう場所を捨てて脱出するほかなくなった
その時故郷は空間と時間軸で作られたものが捨てられたとなる
確かに今は移動が簡単だから他に移ってまた家を建てて住んだ人が多い
でも空間は移動できても時間軸で作られてきたものは再構築不可能となった
それは一から始めなければならなくなったからである
また他の時間軸の中で再出発しなけれはならなくなったからである
精神的アイディンティティを失い再構築を強いられたともなる

ただ時間軸で形成されたものは何か目に見えないからそれが喪失したことが何であったか自覚できないともなる、それは精神的要素が多いからである
だから生業(なりわい)を返せと裁判を起こした時、その生業とはまさにその土地と風土のなかにあって長年の時間軸で作られたものを失ったということである
それは500年であれ1000年であれその土地に根付いて成長した木が他の土地に移せないとにているのである
ただダムになったところで桜の古樹を他に移した例はある、でも木とかでもその土地と一体化して長年あったものを移すことは不可能だとなるのである

言葉でもこれも長い時間で作られた歴史的なものである
そこには縄文時代からつづいているとしたら本当に長いのである
だからその言葉は民族のアイディンティティとなる
言葉はただ名前だけではない、基本的に民族の文化なのである
言葉には民族の精神が宿っているとなる

それで恵みというときめぐるなのである、水を考えるとめぐるであり水はめぐって大地を潤し実りを与えるのである
こういう言葉やはり原始的生態系と一体となって暮らしていた縄文人から生まれた言葉だったともなる
また賜る(たまわる)というときタは多いという意味である
すると多くたまわるとなる、ター回るなのである、獲物でも分け合うとういことである
そういう生活を縄文時代はしていたからこういう言葉が生まれたとなる
それは狩猟でも採集でも自然から賜ったものを回すという思想なのである、そういう循環型の生活をしていたからこういう言葉が自ずと生まれたともなる
たかるというときタは多いでありタ、狩るなのである
多くの物を狩るなのである、この狩るが稲作が入ってきたとき刈るになった、つもりもともと縄文時代の言葉だったともなる
多珂神社が多いがこのタカも集る(たかる)からきているのかもしれない、なぜなら大勢で獣にたかり狩りをるからである
言葉の解釈はいろいろあるしても日本語の基本は一語でありそして動詞が基本になる、めぐるは芽ぐわしとかにばなっているが
めぐるという動詞が基本なのである

言葉とは縄文時代までさかのぼるものなのである
それでグロ−バル化して英語にしたらいいというとき日本民族の歴史も文化も失い根無し草になってしまうのである
そこに歴史と文化の重みがある
それを失うことはもうアイディンティティも失い生きる意味さえ失ってしまうのである 




なぜ駅の高校生の見守り役が駅の業務をしないと契約したのか? (専門以外の人が立ち入ることを嫌っていたから?)


 なぜ駅の高校生の見守り役が駅の業務をしないと契約したのか?

 (専門以外の人が立ち入ることを嫌っていたから?)

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こういう契約がどうして結ばれたのか?
それが理解できなかった  
これを契約条項に持ち出したのは誰なのか?どういうわけでそうなったのか?
これはJRの方で駅の業務はしないようにと市側ので認めたNPOに提示して決めたのではないか?その経過がわからないにしてもNPOが提示したのではないだろう
JRでそう提示してNPOは受け入れたのではないか?

なぜそう思ったかというとJRとかでも外部の人が勝手に立ち入ることを嫌うのである
駅の業務に立ち入れさせたくないのである
でもわからないのは他ではかえって駅の業務を委託している
それも危険なことも委託している
それはコスト削減のためにそうしている
こういうふうに正式にJRと民間が契約してならいいとなるのか?
それはJRでそういうふうに認めているからである
それで安全管理ができなくなるから労働組合では反対している

だから危険でもない「駅の業務をしない」という契約をしたのだろうか?
委託すると金がかかるからなのだろうか?
この辺のことがわかりにくいのである
まず駅で乗客の案内をしても危険なことはないからである

おそらく自分の場合は許可もされていないで勝手にしていたからJRで嫌い立ち入らないようにとしたとなる
何かそのことがわからないのである
役所仕事としてここでもある、私の部署ではないので他の人に聞いてくださいとかなる
それが現代社会である
つまり〈私たちは高校生の見守り役以外はしません、そうJRと契約していますから」とかなる
それで駅前の自転車屋でもいつも見ているから木が枯れたから水をやるとかしてもいい
それが人間の務めだと言っていた
今の社会は部分化専門化してその部分しかしない、そして無数の部分の仕事に分化しているのである、それで全体を知る人は誰もいないのである
まず全体を知り得ようがないのである

こういうことは別にここだけではない、役所でもそうだがどこでもそうなのである
無数に分化された社会であり専門化された社会だからである
原発でもそこは専門家しか立ち入ることはできない、そして誰も全体を知るものはなかった、吉田所長すら肝心の復水器について知らなかった
なぜなら私は資材部門だったからと言っていたからである
また社長でも会社全体を知る人はいないのである、何か一つの専門に詳しくてもあらゆることに詳しい人はいないしなりえようがないからだ

例えば原発では千人の電気仕事をする関係者がいた、配管の仕事をする人もいた
だからその人たちは実はこれは危ないとか現場で仕事して知っていたのである
では所長であれ幹部であれ上の人はそうした細部のことを知っているかというと知らないのである、いくら技術者として優秀でももう全部を知る人などいないのである
そんなことができるのは神だともなってしまうのが今の社会なのである

だから駅で勝手にボランティアしてなぜ仙台行きと原町行きのホームがほからないのが不思議だった、そんなことが当たり前であり誰でも知っていると思ったからである
ところが遠くから来る人はそれがわからないのである
それでその表示をするようにしたかしたのである
つまり上の人はすべてを知っているわけではないのである
だから原発では電気関係者が千人も働いていたということはそれだけ複雑なものが原発
だった、そしてその電気関係者はどこが危険が知っていたが上の人はそれを認めなかった上の人には何も言えない、もし逆らうというと会社自体がつぶされる
東電の命令は絶対だと言っていたからである

いづれにしろ現代文明社会はこうして原発事故でもそうだが破綻してゆるのではないか?ナチスがなぜ起きたのか?それはこうして専門家して無数に部分化した社会をまとめるために起きたとしている人もいる
つまり一つになるにはハイルヒットラーが一番わかり安いからである
カルト教団でもそうである、そこではめんどうな教義はどうでもいい、大衆がてっとりばやくわかることがいい、それで題目を唱えていればすべて解決するというのが一番いいとなるのだ、教える人も楽なのである、それで一日中題目を唱えている人がいたのである
そんなことしたって解決するわけがないのにもそれがわかりやすいからそうなるのであるナムナムとひたすら唱えることがわかりやすいからである

そしてなぜボランティアが難しいのか?
ボランティアがなぜ嫌われるのか?
それは専門化部分化した社会では私が駅にたまたま無人駅化したから勝手に駅員のようなことをして嫌われたと同じなのである
そうした専門化した部分化した仕事では第三者は素人は入りこめないのである

「お前はなんの権限があってしているのだ」
「そこは俺たちの会社の組織の許可がなければ入れない」

これはどこでもそうなっているのである、特に原発とかなると国がかかわっているから余計にそうなっているのだ、第三者は入り込めないのである
すると内部は秘密のベールに覆われているし知り得ようがない
そこから今回のような大事故になったのである
それがこれからも今の文明社会で起きてくる、全体を知る人などいない
部分部分で仕事していて他のことはわからないし立ち入ることもできないからである

ボランティアは何かそうしした専門家ではない、だから専門的に仕事している人がそうした何も知らない素人を入れるのは嫌うのである
それは一万くらいの町でもこの町がどういうふうになっているのか?
それもグローバル化とも関係してわからないのである
だから昨日は会社で働いていた人の話を聞いてそんな人がいたのかと知ったのである
その人はすでに40年前とかに海外旅行にヨ−ロッパまで行っていたことに驚いた
円がどるで240円の時だったからである
こうしてつくづく身近でもどういう人がいるかわからないのである

昨日また会った人はネパールの若い女性である、前も黒い顔の女性が二人いたからスリランカかと思った、それもネパールの女性だった、この辺では福装の裁縫会社で働いている女性が多いからである
グロ−バル化することでもさらに複雑になっているのが今の社会なのである
つまり一万の町ですらいかに複雑になってどう動いているのかなどわからてい
実際に隣の人が何をしていのかも未だにわからないことがあるのだ
田舎だからそんなことがないと思うがある、そういう社会なのである
だからボランティアというのは何か得たいの知れないものと現代では成り安いのである
なぜならみんな専門部門で仕事していて何かフリーのボランティアは何する人だとなってしうまからである

奇妙なのはだから全体を生きようとするものはアウトサイダーになるほかないとかなる
つまり無職になる他ないとなる、無職は専門家にならない、素人だけであらゆることにかかわるからだともなりそれも逆説だとはなる
ただはっきり言えることはこうして素人の外部のものを立ち入れさせないと会社でもどこでも内部だけでしかわからなくなりそこで原発事故のような破局的なことが起きてくる
原発が素人などわかないから知らせることも見せることも許可されない
でも原発でも科学者でなくてもわかることはありえたのである
原発は別に核分裂して熱をたして蒸気で電気を起こしているからである
それは蒸気機関車でもそうでありその基本的原理はわかることなのである
核のことはわからないにしてもそういう原理はわかるのである

ともかく無人駅でボランティアして社会が見えることがあったのは不思議だった
第一ここでこんなにいろいろな問題があると思わなかったからである
それじ社会勉強にはなったとなる
郷土史研究というときそれは総合的なものであり町でも歴史から地理からあらゆることを全体的に見る作業だからである、その一つに駅があったということなのである




2019年05月08日

烏崎村の津波被害にあった人と話する (父親は漁師だったが50歳で海で死に会社で働いた)


烏崎村の津波被害にあった人と話する

(父親は漁師だったが50歳で海で死に会社で働いた)
                                                                                

1971年3月に1号機の原発営業運転を開始

昭和52(1977)原町市議会で「火力立地推進に関する決議案」可決
昭和52年鹿島町議会で「火力建設の協力に関する決議案」可決
昭和58年漁業補償協定および付帯覚書を締結
平成5年建設工事開始
平成8年(1996)発電機を送電系統に連系(初並列)
平成9年通商産業省の使用前検査に合格(営業運転開始)

1971年に副失敗第一の原発ができて開始している
1996年にに25年後に原町の火力発電所が運転開始している

それは20年後だったのか?

となると原発はそんなにこの辺では早くから建てられたいたとなるのは注意すべきである

その人は川の土手の道に杖を持って立っていた、そこで立ち止まり話した
その話が長かった、3時間以上も話した
その人は烏崎の人であり津波の被害にもあい復興住宅に家族と住んでいる
一軒屋にしても部屋が二つとか狭いと言っていた

その人は脳卒中になった、64歳だと言っていた、だからまだ若い
しゃべることはしゃべれるし脳はやられていない、ただ足にきして歩くのが不自由になったのだ、そういう人と前もあった、それは同級の人だった
一人は結構重かったのだがダメージは軽くてすんだ
足も悪くないし一時痩せ細っても頭脳も明快である
ただ病気になったから激しい運動はできない、でも自転車で運動するようになった
それで高いヤマハの最新式の電動自転車を買ったのである
もう一人は足にきた、びっこひいている、でも車で買い物に来ている
脳卒中も多いなと思った

その人は何かよっぱらったようにしゃべるが普通にしゃべることができる
一時は呂律がまわらなくなってひどかったらしい、リハビリして回復した
ただ何かときどきしゃべるのが変だから酔っぱらっているのかとも見える
なにか良くしゃべる人であった

その人は烏崎村の漁師の父親のもとに生まれた、その父親が50歳の時海で死んだというから早く父親が死んだとはなる
それでいわきの水産学校に入った、その時漁師になろうとしたのだろう
でも父の仕事は受け継がなかった、すでにその頃から漁師は魚でもとれなくなっていたのか?
                                                                                
漁獲量はピークだった1982年の1282万トンから、2012年には484万トンにまで落ち込みました。前年の東日本大震災の影響もあるとはいえ、約3分の1にまでなってしまった

漁業も農業と同じくこういう状態だったのである

でも不思議なのは妻とヨ−ロッパ旅行していたのである
その時円はドル換算で240円だったという、その頃ヨ−ロッパ旅行した人は田舎ではほとんどいない、ハワイとかの旅行が人気になった時ではないか?
ヨ−ロッパに円が240円のとき行けた人は相当な金持ちである
第一外国はそのときまだまだ遠い所だったのである
だからこんな田舎からなぜヨ−ロッパに行ったということが不思議だった
私も本当は外国に行きたかったがその時は飛行機代が50万円とか高い時があった感じになる、そうなると普通の人は行けないはずである 

ジャンボ機の登場で高額な旅行代金が大幅に引き下げられ、特別なものだった海外旅行の門戸が少しずつ広げられていった。海外旅行者数はジャンボ機の就航を挟み、1969年〜1973年の4年間で4倍以上となる223万人に拡大ーー。まさに海外旅行の第1次ブームと言っても過言ではないが、そのブームの海外旅行客を魅了したものの1つが、ジャンボ機そのもの。そのスケールの大きさは旅客を圧倒し、機内で写真を撮り歩き、収拾がつかなくなることも珍しくなかったという

ジャンボ就航前年の1969年。最低40人単位でパッケージされた旅行が対象で、その価格は個人普通運賃の60%という大幅な割引が設定された。これにより、60万円台だったヨーロッパ商品が30万円台に、30万円台だったハワイ商品は最大7割近い値下げも行なわれたという。

この時から海外旅行は安くできるようになっていたのだ
私が失敗したのはその頃から海外旅行に行くべきだったとはなる、50歳では遅すぎたのである、もし海外旅行を早くしていれば人生が変わるということもあった
だからこんな田舎にすでにヨ−ロッパに旅行した人がいたのである

ともかくトランジスターとか言うとすでに日本の過去となり歴史となった

池田勇人は、「就任以来、高度成長、貿易振興を促している私は、自ら各国の首脳にトランジスター・ラジオを手土産に持って行って売り込んだのだから、偉大なるセールスマン、トランジスター首相」
                      
池田勇人首相はあのだみ声で所得倍増を言った人だった、その時日本は高度成長時代に入っていた、ソニーのトランジスターラジオが売れるようになっていたのだ
何かそれも歴史となりつつあり日本の繁栄期の象徴的なことにもなってしまった
高度成長時代は日本の電機製品は世界一となり売れたからである

この辺で最先端の電話の開発をしていたということもあったのか?

 電話交換手がスイッチボードのプラグにジャックをさしこむかわりに、特定の入力条件が満たされたときにリレーが回路を閉じるという方式を利用したのだ。リレーを使う ...

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こんなことを電話局ではしていて相手の電話とつないでいたとなる
だからこれが不便なので新しいものにするために開発していたが失敗したと言っていた
その時すでにソーラーパネルも開発していたがこれも失敗していたという
ただそうした先進的な取り組みをしている会社となると一流だったとなる

その人の言ったことで不思議なのはもともと今の火力発電所がある所には原発が建てられる予定があったか烏崎村の人が反対してできなかったという
そんてことがあったのか、私は覚えている、火力発電所を東北電力で建てる時会社で案内したのである、それは火力発電所であり原発ではない、ただそういう計画があったのか?その辺が良くわからないのである

火力発電所が建つ前の状態を私は知っている、そこは海であり原町まで砂浜がつづいていたのである、景色的に原始のままだったともなる
右田の松原もあり景観のいいところだったのである
だから火力発電所ができたということは大きなこの辺の変化だったのである
何かそれで烏崎の人に補償金が入り景気良くなって呉服屋が旅行に招待したとか知っている、家族の人が呉服を買っていたからである
ということはその時火力発電所が建った時、景気が良くなっていたとなる
ともかく原町の火力発電所ができてから40年がすぎている 

1971年3月に1号機の営業運転を開始

その約20年後に原町の火力発電所ができたとするとありえる、つまり双葉で火力発電所ができたからこっちにも作ろうということはありうるからだ
ただ意外と早く原発はすでに稼働してしいたのである

宮城県での建設候補地が町域に含まれる女川町および牡鹿町(現・石巻市の一部)の両議会も9月に誘致を決議し、石巻地区市町村長(1市9町)も誘致を請願して、浪江と女川で誘致合戦に陥ったが、1968年(昭和43年)1月5日に東北電力は女川町小屋取地域に建設することを決定した(浪江には浪江・小高原子力発電所が建設準備中だった)

浪江と小高の中間地帯の崖の上に原発は建設される予定だったより工事は始まろうとしていたのである、それが震災と津波で廃止になったのである
つまり津波と原発事故がなかったら小高に東北電力の原発は作られていた
それで小高の大工さんが景気良くなると言っていたのである
そこに建っていると相馬市まで30キロ圏内になり事故があったら住めなくなっていたかもしれない、ここは人口が多いからその被害も甚大になった
そして小高に東北電力の原発が建つことも知らない人が多かった

私自身も知らなかったのである、なぜなら原町はその時市であるから6万くらいの人口があったから左寄りの人たちがいて反対運動してきいるはずだがしない
そして小高でも共産系の人たちが多い町なのにしていないというのも解せないのである
だから知らない人が多かった、原発は何か知らないうちに建てられていたのである
それは原発の土地を買い県の許可がおりりれば作れるというものでみんなで協議するとかなかったのである、だからここには民主主義は全く機能していなかったのである

烏崎で中学の同級生も死んだ、地区の世話役で老人に避難勧告をしていて老人は頑固で逃げないので避難が遅くなって死んだとか言っていた
そういうことは他でも聞く、時間がないのに老人とかを回って逃げ遅れて死んだ人がかなりいたのである
また前が防波堤で遮られて海が見えないからわからなかったということも言っていた
そういえば確かに防波堤の上を自転車で行ったことがある
津波の場合、津波が来たのを見て早く逃げて助かった人の話を聞いている
八沢浦でも海に近いのに津波が来たのを見て裏山に逃げて助かった人がいた
それだけの余裕があったとはなる

海岸に接していても白い波が盛り上がるのを見たらすぐ逃げれば助かった
烏崎でもすぐ裏山があり高い所があったからである
それは歩いても近いのである、何か避難することでも失敗して相当数が死んだのである
大内では津波が来るのを見てトラックで逃げて助かった人もいる
つまり津波は意外は津波が押し寄せるのを見ていると怖いから逃げることがあるが見ないと逃げないこともあった、それが盲点でもあった
人間はやはりじかに見ないと危機を感じなかったということである

その人は今、二間の復興住宅に二人くらいで住んでいる
でも息子はいわき市と仙台にいるというから近いからいいと思った
それなら何かあったら来てもらえるからである
金はないと言っていた、それは船主でなくなっていたからである、漁業組合にも入っていない、仕事は電機関係とかの会社だったからである
そこで働いたことの苦労も語った

ともかく60代になるとなんらか病気になっている人が本当に多い、実はその人の同級生も64であり病気になっていた
自分自身も60代で病気になり入院して手術もしたのである、そのことはプログに書いてきた、まず60代以降は健康が大事である
一旦軽いにしても脳卒中になり障害がでると身体障害者になる
だからその人は歩くことはしても自転車にも乗れないのである
そして時々めまいするとかいうからやはり一時は呂律もまわらなくなったのである
でもリハビリして回復したのである
そして病気になってから誰も来ないとか言っていた、健康ではないからパークゴルフもできないと言っていた、確かに人間が何か病気になったり障害が出ると人は来なくなる
そういう人と付き合うことはさけられる、車も運転できないから一緒に行けないからである、なんかそれも淋しいと思った
車椅子の人を良くみかけるがその人も脳卒中になってそうなったのかもしれない
高齢化社会でこうした人たちも増えてゆくのである

いづれにしろこうして老いて昔を語るようになる、その人はまだ呂律がまわらないようになったりししても語れるからいい、もっとひどくなるとしゃべれなくなるからである
それもショックだとなる、こうして会話ができれば何かを伝えることはできるのである
これも一つの郷土史として記録されるとはなるからだ







        
  


posted by 老鶯 at 21:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 明治維新-明治以降

「安全の要」である駅業務の外注化は鉄道の安全を崩壊させる  2015年4月より「業務委託駅における業務の委託範囲拡大」が実施された。


「安全の要」である駅業務の外注化は鉄道の安全を崩壊させる

  2015年4月より「業務委託駅における業務の委託範囲拡大」が実施された。

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  人身事故などが発生し輸送障害が起こった場合、今までは最終的な安全確認は管理駅社員(JR社員)が行っているものを、業務委託駅社員が行うことができるというものだまた、列車非常停止警報装置の復帰扱い業務についても、業務委託駅社員が自らの判断で復帰扱いを行い、管理駅に事後報告する。
  
  つまり、駅における安全の確保に関してJRが全く責任を取らなくなるということだ。
  この攻撃に真正面から立ち向かい、職場から、「鉄道業務の外注化反対!」「乗務員勤務制度改悪反対!」「分社化・転籍反対!」の怒りの声を組織しよう。
  
  
これも何なのだろうか? 

業務委託駅社員にまかせる→コスト削減→安全が損なわれる

駅の機械化自動化→コスト削減→サービス低下

何か大きな都会の駅でも機械化自動化している、委託業務というのは駅の業務を委託することである、無人駅では管理することをまかせる
それは一日一回見回りしているだけである、でも一応管理を委託している

その駅の委託業務の範囲を広げる→安全が損なわれる

それで組合が反対している
でもなぜ鹿島駅では無人化したか駅の見守り役は置いたの高校生の見守りということで駅の業務はしないという約束でしたのである 

列車非常停止警報装置の復帰扱い業務についても、業務委託駅社員が自らの判断で復帰扱いを行い、管理駅に事後報告する。

これはとかなり専門的になるから危険なことは確かである
でもなぜそんなことまでまかすのか?
私はそんなことをまかせられない、駅でボランティアで時間とかその他案内しただけで嫌がられ拒否されたからである
別に無料でしているからコストとは関係ないのである
だからJRではただ素人の人がJRの職員でないものが入ってきて何かされるのを嫌がってそうしているのかと思った

でもここではJRではコスト削減のために危険な専門的な仕事まで委託業務する

これも何かなのかわからなくなった
結局JRでは経営が苦しいから委託業務する、JRの正社員でするとコストがかかるからだとなる、JRではなるべく正社員を減らして委託業務してコスト削減するとなるのか?

何かそういうことは日本全体に起きている、正社員になれない非正規社員が膨大なのである、一千万とか二千万とか非正規の時給労働者となっているのは本当に異常だと思う
それからグローバル化して外国人労働者が大量に入ってくるとますます底辺労働者は賃金が低くおさえられるのである
それで絶望を語っている底辺労働者がyoutubeにいた

でもここで起きていることはなになのか?

JRではコスト削減しろ

●危険なことでも委託業務させてコストをおさえろ

●機械化自動化AI化してコストをおさえろ

何かこういうことなのだろう
ではなぜ駅の見守り役には委託業務させないのか?
これもコスト削減であり委託業務させない、させるとコストがかかるからなのか?

でもわからないのは危険な仕事まで委託業務させているのである
この辺の理由がわかりにくい

ただ確かなことはJRではコスト削減のために委託業務と自動化機械化AI化している
委託業務でもコストがかかる場合はしない、それが鹿島駅の無人駅の高校生の見守り役だったのだろうか?
私が勝手に駅員のようなことをしたことを拒否したのはなぜなのか?
別に危険なことではない、それよりもこれは危険である

列車非常停止警報装置の復帰扱い業務

そういうことまで委託業務している、確かに危険なのにさせているのは何なのだろうとなる

そしてJRでは責任はない、委託業務者にあるとしている!

自動化機械化AI化すれば責任はJRにはない!

それは乗客にある、自己責任だとなるのか?

実際に駅員がいないのだから人間がいないのだから責任はないとなるのか?
機械とかAIはロボットは責任をとれないからである

これも何か変なことであり何か問題が起きる、その時どう対処されるのか?
法律的にどうなるのか?それは自動車の自動化とか他にもAI化で無人化される店とかいろいろな分野で起きてくる問題である
責任をとるものは誰なのか?機械やAIやロボットには責任はとれないからだ
結局責任は人間がとるほかないからである

いづれにしろ無人駅問題からこれだけいろいろなことがあり波及するとは思わなかった
とすると様々な現場で報告することはささいな場所でもありうる
ただ今までのマスコミでは報道されないだけだったのである
この報道にしてもマスコミでは取り上げないからだ
ただ無人駅を面白がってとりあげる放送はある、秘境駅とかである
でも現実の鉄道に関するこのような問題はとりあげないし追及していないのである
だから現場からインタ−ネットではいろいろなことを追求するようになる

それで「底辺労働者」についての深刻の訴えに同情したともなる

Love & Freedom「底辺労働者」が現実を生々しく体験から報告している(youtube)

こういうことはマスコミでとりあげない、報告されない、だから報道も変わったことを意識したのである

コスト削減はJRだけでない、底辺労働者が増えたのは会社のコスト削減のためである
東電でもコスト削減した結果として原発事故が起きた
社長でもコストカッターとして知られていたのである
結果として安全が無視され大事故になった
何か社会でも共通した問題がある、それで一番わかりやすいのコストカット、削減のために会社が賃金とか安全にかかる費用を削減する、それはグローバル競争にさらされているからそうなる
また日本が経済が停滞して貧困化しいるからだともなる、会社に余裕がないからそうなる
また鉄道は利用しなくなったからそれで収入が減ったからだともなる
そこに現代の様々な問題が鉄道をとってもあり無人駅から見えたとなる










ヨ−ロッパの鉄道は自己責任社会に基づいている (日本でも無人駅は自己責任である、責任をとる駅員がいないから?)


ヨ−ロッパの鉄道は自己責任社会に基づいている

(日本でも無人駅は自己責任である、責任をとる駅員がいないから?)

駅の近くに大きなホテルがあり、そこで日帰り湯に入るためにこの駅で下車しました。駅舎もなくホームに直接出入りすることが出来ます。ホームには、待合所があるだけの本当に質素な駅です。

駅などで発券する長方形の切符の場合は、列車に乗る前に改札印を入れる「コンポスタージュ(Compostage)」が必要なことが多いです。「必要ない」と書かれている切符もありますが、すべては仏語で書かれているため、とりあえず乗車前に刻印しておきましょう。  
切符を買う時間がないからと、飛び乗りで乗車すると、車掌から切符を買う際に通常の数倍の車内乗車料金を請求されます。

私がなぜ無人駅で駅員のようなことをしていたのか?
それは自分自身が鉄道旅行が好きで日本全国を鉄道で回ったからである
ヨ−ロッパで鉄道に乗ったし中国でも乗った、アメリカでも乗ったからである
つまりそれだけ鉄道には世話になったとなるからだ

確かにヨ−ロッパでは刻印しないで乗ると馬鹿高い罰金がとられるとかあった
私はしなかった時外国旅行者ということで許されたのである
本当は許されない、ヨ−ロッパの鉄道は日本とはシステムでもかなり違っている
それも20年前だから今は違っているようだ

つまりホームまで自由に出入りできるとか自由があったのはやはり自己責任社会だっからなのかとなる、刻印しないと罰金がとられるというのもそうである
ただ日本でも今では駅員がいていない所は自己責任なのである
駅員が教えてくれないからである、そこに問題が生まれることは延々書いてきた

ただ無人駅では自由にホームに出入りできるのが多い、第一駅員がいないのだからそうなる、監視カメラがあってもわからないし注意されないからである
日立木駅をみればわかる、誰も見ていないから待合室の壁が壊されたのである
あそこでは自由に出入りしても誰も見ていないしわからないのである

いづれにしろ日本の駅がうるさいくらい危険ですからとか電車がいちいち来ることでアナウンスする、そういうことがヨ−ロッパの鉄道では一切ない
そこは文化の相違なのだろう、ヨ−ロッパは自己責任社会だから危険は自分でさけてください、それで事故が起きても鉄道会社では一切責任はとりませんとなる

でも不思議なのは自動化機械化するとすでに自己責任なのである
JRでは自動化して乗客が困らないように便宜を図っています、それで何かあったら自己責任ですとなる、駅員がいると責任が駅員からJRになるからだ
だから駅の見守り役でも駅員がいる切符売り場だったところにいるから駅員だと乗客は思ってしまうから駅の業務はしないという訳にいかなくなるのである

いづれにしろもう鹿島駅は無人駅ではないと思う
朝と2時半ころは高校生の見守り役として駅員がいるとなる
昼間は確かにいないがそれだけの時間が駅員がいるとなるからだ
とすると駅員と思い駅の業務をするようになる、あそこにいるとわからないと必ず聞かれるからである、それで私たちは駅の業務はしないですとは言えない状態になっているからだ

ただ駅の業務をしないとういのはJRで責任をとりたくないからなのだろう
でも自分自身は駅の業務をしていたのである
JRの許可もなくしていたのである、それは乗客に聞かれたからそうなった
でも別に自分はJRから頼まれたわけでもないし委託された駅員でもないのである
だから本当は駅の業務はしてならないものだったのかとなる
ただ駅の外での案内などは自由である、そこは駅の管轄にないからである

とにかくここたけではない、会社員でないのものが勝手に会社の仕事などできないだろう、かかわることもできないだろう、仲間で組織で仕事しているからである
そういうふうにして外部の者は会社とかの内部には入れない
原発でも確かに仕事で入る人がいても厳重に管理されている、許可がなければ何もできないからである、そういうことはわかる
ただ私がしたことは別に危険なことでもない、あそこで駅の業務といってもそんなに危険なことはないのである 
のでも何かJRからするとしてもらいたくないということがあった

それは組織で仲間で仕事しているので関係ない第三者に入ってもらいたくないのということはあった
ただ駅はJRだけでなく地元の市民でも遠くの人でもみんなかかわっている
それは実際は人間は会社にしてもなんでも公共のためにある
公共善のためにあるとかなる、だから会社でも悪いことをしたりするから原発でも外部の第三者の監視が必要だったのである
それが原発になると絶対にできない、それが大事故につながったのである

つまり社会でも公共善とかのためにみんながかかわる、知るということも大事である
そこで知らされないと何もわからないからである、そして国民のためにもならないからである、そこに報道の役割があったのかとなる
無人駅の問題を追求したが無人駅はそういうことだったのかと考える人も関心を持つ人もでてくる、ただ鉄道はマニアのようにな人が関心をもっているが今は乗る人が少ないから関心がないことが問題なのである



2019年05月07日

なぜ日本の駅はホームに勝手に入れないのか? (自己責任社会ではないから?すでに駅の見守り役は駅の業務をしている)


なぜ日本の駅はホームに勝手に入れないのか?

(自己責任社会ではないから?すでに駅の見守り役は駅の業務をしている)

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ヨ−ロッパの鉄道だと自由にホームにできたり自転車をそのまま電車の後部にのせたりできる、そういうふうに作られている
それがうらやましいと見た
日本ではそのホームに勝手に入れないのか?
私はただ無人駅になっていたから入ったのである
でもやはり無人駅だから勝手にホームに入って送別する人がいた
それは駅員がいないからそうなっていたのである
それも便利だと思った

でも今は高校生の見守役がいるようになったから駅員と見るからできなくなったかもしれない、自分の場合はもともと嫌がられていたからそうなった
そもそもヨ−ロッパの駅ではあんなに駅のホームに自由に出入りできるのか?
そうなると危険にもなる、事故にもなる
日本ではうるさいくらい電車がきましたから気をつけてください案内する
ヨ−ロッパの鉄道ではしないのである
それも不思議だと思う

日本はなにかやとうるさい、干渉する、それは後で事故が起きたりすると責任が問われるからなのかもしれない、それで駅の業務をしないとJRと契約したのはそのためなのだろうでも駅は無人化してヨ−ロッパの駅と同じになっていたのである
誰も見ていないから自由に出入りする人がいて当然だからである
ただ監視カメラは見ていたからそれで見守り役が入るなと注意した
でもその高校生の見守り役は契約では駅の業務をしないとなっていたのである
ただ最近は案内したし駅のホームに入って盲人を導いた時まねてしたのである
だからこれはどうなったのか?
駅の業務もするよようになったのか?
すでにしている、ホームに入るなというときJRの命令で駅員のようになり言ったからである、つまり見守り役でも駅長の命令がありそれに従ったのだから駅の業務をしていることにもなる

いづれにしろ今は確実に駅の業務をしているのである、だから契約とは違っている
すると駅の業務をするから責任も生じてくるのか?
もう無人駅ではない、駅員がいてホームに入るなとか命令できるからである
駅員の役割をしているのだから契約は無効になる
つまり駅の見守り役は駅の業務をする、だから乗客にいろいろ聞かれたら案内する義務も生じるし責任も生じるとなるのか?
これは法律問題である、法律も責任問題がありそれを追求しているのかもしれない
何でも法律では条項では責任をとりませんとういことがうるさいくらい書いてあるし
そして保険とかでは小さな文字で書いてあってわからない
後でそれを証拠しにて責任をとりませんとなっているのである
責任を恐れるから最初の契約は駅の業務をしないとししていたのである
ただ駅の業務をすでにしているとなるとどうなるのか?
駅員として義務を果たせとなるのか?その結果には責任をとれともなるのか?

こんなことくどくど追求するのも何なのだが何かこれが法律なのかとなる

駅の業務はしません、駅のことに関しては責任はとりません

駅の業務は実際している その責任はどうなるのか?

JRとの契約を駅の業務をしたことで破ったのか?その破った方に責任があるとなる
JRは何かあっても関係ないとなるのか?

いづれにしろJRは駅の見守役はどうしても駅の業務にかかわらざるをえないからそうさせるべきである、ただそうなると駅の業務をするということでJRはその負担をしなければならなくなるかもしれない、現実にも駅の業務をしているからである
だから乗客に何か聞かれたら答えていたしすでにしているのである

そこで何が問題が起きたら事故でも起きたらどうなるのか?

だからそもそも駅の業務をしないとしたのが辻褄が合わないものだった
だってあそこにいれば駅の業務をぜざるをえないからである
ただ奇妙なのは自分が勝手にボランティアで駅の案内とか業務を駅の駅舎内でしていたことはするなと命令されたとはなる

いづれにしろ駅の業務はしますと書いていた方がいい
その方がすっきりする、それで別に事故が起きることもないと思うからである
現実にもう駅の業務をしているからである
それはJRでもそうさせるよになったのだから駅員としても扱うべきだともなる
そうしたくないとしてもそうしているからである
私はボランティアでそうしていたが断ることはできたし禁止できた
でもあそこの駅の見守役は市とも提携してしているからあそこにいることを拒否できないのである、拒否できないというより駅の業務をしないということでJRで契約したからである
ただ駅の業務をしているのだから契約違反だと今度はなる
それなら駅の見守り役にそのことを注意すべきだとなる
駅のホームに入るなと駅長が直接言うべきだとなる

ともかくなんか法律だとめんどうになる、それはなぜそうなるのか?
責任問題になったときやっかいだから事前に法律で決める
それで条文を作りそれを証拠として責任をとらないようにするとなる

駅の業務はしない→すでに駅の業務はしている →法律違反

駅の業務はする→JRにも責任がある→駅員と同じになるから・・・・・

まあややこしくなるが法律も詭弁だとなるがそういうことにはなる

駅の見守り役は鹿島の人がするべき? (なぜ相馬市とか原町の人がしているのか?)


駅の見守り役は鹿島の人がするべき?

(なぜ相馬市とか原町の人がしているのか?)


これも疑問なのである、相馬市の人もnpoに参加してしている
でも鹿島駅なら鹿島の人が見守りするのにふさわしくないか?
だってここにいつも住んでいみているからである
原町だったら原町の地域がありそこでボランティアする
現実に原町には制服を着た駅の案内役がいたけどその人は原町の人だったからである
もしそこに相馬市の人とか鹿島の人がいたら違和感が生まれる
そこまでこだわらなくてもいいにしろ本来は地域の人の見守りだったらそうなる
時々鹿島の駐在所のパトカーが駅を見守りしている
それは高校生の犯罪が起きたことがあったからだ
警官でも管轄地域がありそこで安全パトロールししているからである
そしてなぜ南相馬市ならいいが相馬市の人がきて南相馬市の役所で税金を払ってみてもらっているのか?
何かそれも疑問になる

こんなことくだくだ言うのもいやだがこれも市政とかと関係あるのかもしれない
だって高校生の見守りでもそれは地域と関係しているからである
だから鹿島の地域は鹿島の人が見守りするのが理にあっている
もちろん反論はあるしそれぞれの理屈は言えるからなんともいえない
でも市政の問題としてあるのはやはり市民の税金を使っているからだともなる
無料のボランティアだったら何も言わないだろう
ボランティアでも結局何か無責任なのである
別にしてもいいとかしなくてもいいとかなっているからだ
一旦金をもらうとなると人間社会は責任が生じるとなる
だから市役所の人でも大きくは政府でももともと国民の税金で運営しているのだからその責任があるから無駄に使うなと監視が厳しくなる
そういう責任も背負わされるとなる

でも駅の問題で複雑なのはそこには市民が関係していることである
JRだけでは運営できない、だからトイレは南相馬市で作り障害者施設の人が毎日ぴかぴかに磨いているのである
商工会ではJRから頼まれて一週間に一回くらいゴミ箱などの掃除をしている
それもJRでは金を払ってしているのである
全部こうして頼んだ所は金を払っているのである
ただその責任はゴミを片付けて掃除するというだけである
後は駅の業務とは関係ないのである

いづれにしろ駅のボランティアというと盲人とか障害者の補助とかが多い
それはやはり駅では困るからである、だからそこにボランティアの需要がある
無人駅で何か案内するとかは募集ししていないようだ
ただ無人駅でも一日一回回ってもらう管理する人は頼んでいる
そうなるとそういう人はいつも一日見ている駅前の自転車屋がふさわしいとなるのだ

考えてみると南相馬市では高校生の見守り役をとして金を払うようになったのか?
それは許可したのか?これも良くわからないのである
どういうプロセスでそうなったのかわからない
相馬市の人が人が入っているというのも何か南相馬市内ならそういうことはしないのではないか?
地域のボランティアだから地域の人がするのが合っているからだ
ボランティアでなくてもその地域に住んでいる人が見守り役には一番ふさわしいからだ

こんなことでも何か市政と関係していて具体的に政治と関係しているともなる
それは予算とか税金の使い道に一番関心があるからだとなる
予算を配分することに自治体でも一番関心がありまた国から配布される地方交付税に関心があるとなる、その予算を握るのが財務省だとかなるから国の力をそこで感じやすいとなるのである
ただ国というとあまりにも巨大すぎて理解できないのである
6万とかの自治体だと理解しやすいのである
だから政治の基本はそうした狭い範囲での民主主義が成長することだともなる
その手段としてインタ−ネットの活用がある
なぜなら誰もこんなこと取り上げないし関心もないからである
それでこれを読んだ人が関心をもつかもしれないからだ

ここにこういう問題が市の中でありますよと訴えることができる
ただ正直南相馬市内でも関心がないことは確かである
なぜなら車社会だからそもそも鉄道に関心がないからである
そこが最大の問題なのである、鉄道を利用する人が常磐高速の十分の一もないだろう
その差が大きすぎるから何かあってもほとんど関心がないのである
ただ三陸鉄道とかでは廃線になると町が廃れるとして運動になった
それは只見線でもそうである、存続するかしないかとかなって始めて全体の関心になる
普通は関心がないから問題にもならない気づかないのである

ただ小さな自治体でもいろいろな問題がある、それが報道されない
まず無人駅のことでこれだけ報道したということも意外だったのである
こんなところにこんな問題があり報道することがあったとは思わなかったからである
でもこれもやはり南相馬市の問題であり市政の問題だったのである

つまりインタ−ネット時代はこうしてその場その場で問題提起してそこにこういう問題があるということを知らせることができる
それで問題を共有するものとなる、ボランティア問題でも自分と全く同じ経験をした人がいたからである、なるほど同じだなと読んだからである
そういう問題の共感はインタ−ネットでしやすいということがある
ただそれにしても読まれるのが少数だからあまり影響はない
でもこういうことがやはりインタ−ネット時代の報道だったのかともなる
こんなことでこれだけ書いていることも不思議だったからである
報道そのものがインタ−ネットだと変わる
ただまだそれに気づいていない、でもテレビでは報道されないことが膨大にある
それが一応書いて知らせることができる、それはやはり何か時代の変化であり進歩なのかもしれない、マスコミからミニコミになるのか、そういう時代になったのである

善意でもボランティアはかえってむずかしかった (自分が感じたことと同じことがネットでも書いてあった)


善意でもボランティアはかえってむずかしかった

(自分が感じたことと同じことがネットでも書いてあった)

ボランティアで一所懸命 時間を費やしてやってきたことが、感謝どころか誤解を生み、なんだか人間関係に疲れました。 家族のことだけやってればよかった。すいません 愚痴です。 いやな思いをされた方はスルーしてください。

電車で座席を譲ろうとして「相手から年寄り扱いしないでくれ!」と怒られたりするなど、これまでの人生で経験したことがなかったのでしょうか。 
逆に、相手は良かれと思ってしたことがこちらにとって大迷惑、善意だとわかっているだけに余計困ったこととかありませんでしたか。 

私はボランティアはあくまでも自己満足の世界だと割り切って考えています。

幼稚園や小学校の役員を今まで引き受けたこと数回です。 
これも無報酬で、まるで通勤しているが如く園や学校に通っていたので 
立派にボランティアだと思いますが、感謝されるどころか 
文句の言われどおしだったことも、あります。 
先生に嫌がらせされたことも。 

一生懸命、やっているのに、 
空回りして、認めてもらえず、かえって悪意に受け取る人もいますしね・・・ 
空しさを覚えるときがありますよね。 


ボランティアはかえってむずかしい、例えそれは善意であれ無料であれむずかしい
そのことを体験から書いてきた、これと同じことを経験してここに書いてきた
そもそもなぜこうなるのか?
例えば私は苦しいです、助けてくださいと頼まれれば助けることがある
それで頼んだ人が何かと文句言うことはない、でも頼まないのにかかわればそんなことしてもらわなくてもいいのにうるさいとなるだけである

電車で座席を譲ろうとして「相手から年寄り扱いしないでくれ!」と怒られたりする

自分も案内してこういことがかなりあった、うざいとされるのである、スマホを見ているから必要ないともされる
つくづくここに書いてあるようなことがボランティアの人は経験しているのだ
善意があったとしてもそれを相手が認めるとは限らないのである
かえってうるさいとなったりうざいとなることがある

そして会社とかJRでもかかわっているとそれはさらにむずかしくなる
そこは会社の運営方針がありJRで認めない者は何もしてはいけない場だったのである
無人駅だから最初は困っている人がいたので自分は案内していた
それはそういうふうに自然になったとなる
困っているから教えたとなっただけである、それはそこが無人駅という特殊な場でそうなったのである
そこは本当は人が必要なのだけどコストがかかるからJRでは人を置かない
無人化する駅が増えてゆく

でも不思議なのは駅の見守り役は何なのだろうか?

ボランティアなのだろうか?

南相馬市とJRが契約してそこに高校生の見守り役限定として常駐させるようになった
それで自治体から金が払われている
金をもらっているとするとそれはボランティアなのだろうか?
市民の税金が払われている、それもわかりにくいのである
でもあそこにいる限り見守り役でも鉄道の案内役をさせられる、現実に駅の業務はしないとしても自分が教えたりまた案内もするようになったからである

つまり市民の税金をもらっているということですでに何らかの責任が生じているのか?

確かにしているとなる、ただその責任は高校生の見守り役というだけであり駅の業務はしないという限定責任なのである
でもあそこにいると必ず鉄道のことで聞かれるのである、駅員に見えるからである
服装でもそうである、駅員に見えるからだ、第一あそこは駅員がいる場所だからである

駅員に見えるから駅の案内してもらいたい、鉄道の案内をしてもらいたいとなる
現実に乗客は聞いているのである、それをしないというとき何なのだろうとなる
その駅員がいる場所にいるべきではないとなる
誤解されるからである
別に高校生の見守役だったらそこにいる必要もないのである
奥にも広い部屋があるからそこから見守っていればいいとなる、何の問題もないのである駅員のいる切符売り場にいるから鉄道のことで聞かれるのを避けることができないのである
そこにいなければ聞かれないのである                          

つまり駅員のようにしている、その場にいることが問題なのである

それは自分が駅員でもないのに駅員のようにふるまったことで注意されたと同じなのである
駅の案内もしないならそんな場所にいると誤解される、なぜ案内しないのだともなる
だからあそこの切符売り場にはいるべきではないとなる
自分もボランティに誤解されたようにである

お前らは駅とか鉄道にかかわらないならそんな誤解される場所にいるな!

こうなるのである、ホームに入るなというのもわかる
でもお前らもそんな誤解されるような場所にいるな、駅の業務にかかわらないとしたら
奥から高校生を見守っていればいいとなる
乗客とはかかわらない場所にいて見守りしていればいいのである

なぜお前らは金を自治体からもらっているのだ

高校生の見守りのためです

そうならそうでいい、切符売り場に駅員のようにしているな!

こうもなってしまうのである、なんかこんなに複雑になるとは思わなかったけど
これも社会勉強だったとはなる   
駅とはそれだけ公共的場だからである、JRだけのものでもない自治体もかかわり外部のものも関わる場だからである
それで駅構内はJRが管轄するから一切かかわるなというのも問題になる
何か悪いことをするなら別なのだけどみんながかかわる場所だからである

見守り役は市民全部ですること!

高校生の見守り役とういけどそこにいる周りの人も見守っているのではないか?
駅前の自転車屋は本当に一日中見守っているから一番詳しいのである
私は数十分くらいしかいない、毎日たちよるにしてもそうである、だから見守り役にはならない
そしたら自転車屋が見守り役に一番ふさわしいとなる
自治体からも金をもらってもいいともなる、現実にあそこの自転車屋が町の人が集まる場にもなっているからだ
その対応もいいのである、それでその人も見守り役に不満を言っていたことがわかるのである
JRの人は何も言ってこないとか、市の方でも何も言ってこないとか言ったいたからである
それは自分自身のことでもあてはまることだったのである
見守りとは本当は市民全部ですることである、誰か怪しいのか地元の人が見ていることである
それはあそこの駅の見守り役だけでたりることもないのである、安心感はあるにしても回り全部で見ていることが安心感につながるのである

いづれにしろボランティアは本当に自分だけではない、もう不可能なくらいむずかしい
だからこんなことでこだわってやるのが馬鹿らしいとなる
そんなこと誰も望んでいなとかなりかえって叱られたりうるさがられたりいろいろ拒否されたらやれないとなる
かえって何もしない方が楽である、第一できないのである

ただ駅の見守り役は限定にしろみんなの税金でしているのだから何らかの責任が生まれるもし誰かが子供が昼間でもいないときホームに入ってきて事故が起きたらどうするのか?

それは誰の責任になるのか?

無人駅の責任は誰にあるのか?監視カメラで見ていても注意できないからである
昼間は無人駅だけど常駐している人がいるのだからその見守り役でも責任が問われるかもしれないのだ、だから何か無人駅というのは不思議である
それはAI化とかでコンビニでも無人化するとかコストを減らすために無人化が増えてくるときこういうことと同じ問題が生まれることは確かである
そのことをまさに無人駅で体験して伝えたとなる
だから何らか自分の経験したことは将来のAI化とかの問題の参考になる
自分自身も何か社会勉強になったのである
社会というのは仕事をしてみないとわからないところなのである
それをしていなかったから自分には欠けるものがあった
社会とはこのように複雑なのである、責任とかも問われるし簡単にボランティアでもできない、おそらくそこには責任問題が生じるからだとなる
責任をとりたくないから駅の業務はしないとか契約している

でも何かあった場合、誰が責任とるのだろうか?
                                                      
無人駅だから責任はJRでもとる必要がない、責任は全部乗客にあるとなるのだろうか?
これも何かわからないことでありボランティアでも保険に入るとかしているのもそのためである
それだけめんどうになるとボランティアは簡単にできないとなる
だから自分の場合はただ駅で人と会ったり何か聞かれたらするとかそういう無難にしていることが得策だとなる
ただうるさがられて文句言われて警察にも通報されるとかそれしかなかったからである
こんなことまでしてやれる人はいないとなる
ただ無難に駅で人とあったり話したり聞かれたら案内するとか程度にする
駅構内では何もできない、監視カメラでも駅長とか見ているからである
それは警察と同じなのである、そういう場所だったのである

立派にボランティアだと思いますが、感謝されるどころか 
文句の言われどおしだったことも、あります。 
先生に嫌がらせされたことも。 

これと同じだった、案内してもうるさがれなぜお前はここにいるのだとかなり駅長はは嫌がらせをする
文句の言われどうおしだったこともそうである
感謝は案内した時あったから違っていたがそれは遠くから来た人たちでありその人たちはまた来ないから地元の人は何も認めていないのである

つまりお前はそんなことする必要がないとうい事なのである

誰も望んでいないことをしても嫌がられるだけで感謝はしない、遠くの人は感謝したとしても後は来ないからである
ただあそこの駅は親切だったとかになることはありうるがそれもわからない、みんな忘れるだろう
一時のことだからである
それで何ら認められることもなく嫌がられるだけだったとなれば誰もやらないとなる
だから頼まれないのにやることが問題なのである
道がわからないのですが教えてくださいと言えば教えるがこちらから教えるとなるとスマホでいいやとかなるから嫌がられるからしない方がいいとなるのだ


駅の構内での案内は終わりです (駅の構内では何であれ認められない者は勝手にできない)


駅の構内での案内は終わりです

(駅の構内では何であれ認められない者は勝手にできない)

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駅のホームに入ったら監視カメラがあって入ってならないと駅長に言われたと
駅の見守り役に言われた
確かに前にも入るなと言われたことがある
でもその時は無人駅だからそうなっていたのである
また盲人の人を案内したりゴミを拾ったりもした

でも見守り役が今度はいるし見ているのだから自分はやめた
うるさくてだめなのである、目障りにされているからだ
見守り役は市からも認められ金も払われているからやれる
何か余計なことはするなということである

ただ駅は広場のような所ともなっているからそこで人に会うことはある
でも一切駅の案内とかはしない、うるさくてだめなのである
何か困っているような人がいても相手もうるさがる場合がありむずかしい
そしてなんら認められないし駅長自体からもやるなとされている
そしたら何もできないとなる

それで駅のことはこれで終わりにします
自分はあとは時々駅の中で人に会いには行くが案内とかなにもしないです
監視カメラでも見ていて何もするなと言われるたからである
自分はずっと駅のことを無人駅だから見ていた
でも案内役とか見守り役が常駐するから役目は終わったとなる
見守り役はJRにも認められているしその人が責任があり自分にはもう責任はない
かえっていろいろなにかやと言われてだめなのである
警官が来て怪しいと職務質問されたりしたしもうかかわることはできない

ただ別に乗客として駅で話したりはする、でも駅の案内とかはできない
何しているのかと注意されたりうるさいからである
そして何ら認められることもないしかえってうるさがられるだけだからである
だから正式に認められた見守り役がすればいいし後は私はなにもしない
まずできないのである
ただ駅は出会いの場所であり何か外部の人と話したりはする
でもあとは駅なのかでは案内とかはしない
ただ外に出た所で案内することはあるかもしれない
なぜなら駅の中はJRの指揮のもとにあり認められない人はできないからだ

とにかくボランティアは自治体であれ何であれ認められないとできないし
保証もなにもない、かえって事故になったりしたら責任を問われたりする
つまり個人的にボランティアはできない、何か募集してそれで認められればできるのである
勝手にすることはできない、なぜなら駅内はJRの管轄にあり勝手に何か案内でもできない
ただ駅の中ではなく外ならできる、そこはJRの管轄ではないから何も言えないとなるからだ
まず駅構内ではたとえ良いことでもできない、勝手にはできない
無人駅だったから自分はしていたけどこれからは見守り役がいるのだからできない
でも見守り役は昼間はいないのである、そこに問題があるけど案内はできない
監視カメラで見ているからである

ではここの部の駅の案内は終わりです

ただ駅についてとか鉄道交通に関しては書くことはあります

日本の経済は産業構造を変えな限り回復しない (アベノミックスでも政治では変えられない)


日本の経済は産業構造を変えな限り回復しない

(アベノミックスでも政治では変えられない)

社会が変わる時何が起きるのか? 

人口が増加する 

産業構造(技術革新)が変わる

失業問題が起きる  

社会が大きく変わる時歴史的に何が起きたのか?
縄文時代から弥生時代になったとき何が起きたのか

人口が爆発的に増加した

稲作に寄って養う人口が爆発的に増加した、縄文時代では養う人口が限られていた
狩猟採集ではそもそもその資源は限られている、食料にする動物でも植物でも爆発的に増えないからである

社会が変わる時は産業構造が変わる、狩猟採集から稲作に産業構造が変わる
稲作と鉄の生産はセットになっていた
稲荷(いなり)とは鋳成りのことであり鉄と関係した信仰である
鉄が重要なのは鉄の道具が農耕と一体となり発展させたからである
つまり道具とは技術革新だったのである
技術革新とともに社会が変わる

そういうこと歴史であったことであり継続されていることである
縄文時代が一万年というときその間にさほど変化がない社会だったのである
次に稲作時代が2000年とかつづいた
それが明治維新で工業化の時代になって大変革になった
その時も人口が江戸時代だったら3000万くらいなのに明治から大正になり6000千万になったのである、だから明治の変革は政治的なものばかりではなく産業構造の大変化だったのである
それで6000千万となっても東京は百万くらいだった、その後に十倍になったのである人口が社会構造産業技術革新で増大する

そして社会が変るとき失業問題が起きる、なぜなら産業構造が変わるから失業問題が起きる、それは例えば戦国時代になると侍は戦場で戦い人を殺すことが仕事になる
でも戦争が終わる人殺しを商売とする侍は必要なくなる
それで大量の旗本が無用化したり浪人の大量発生になる
それが社会不安をもたらすのである
旗本の不満は命をかけて戦場で戦ったのに事務方のようなものが出世しているとなり不満だった、それで旗本はもともと力があるものがなったからその力をもてあまして狼藉を働くことを時代劇でみる、戦場では活躍できたが平和になったらできないからである
失業しなくても飼い殺しのような状態になったのである

なぜこうしうて歴史をふりかえり考察するかというと現代でも同じようなことが起きているからだ
なぜ日本は今世界から遅れをとったのか?なぜ貧困化して後進国に成り下がろうとしているのか?
そしてやはり同じように失業問題が生じている、人手不足じゃないかといわれるが大企業で電機産業で富士通であれNECであれパナソニックでも苦しいとなっている
日本が高度成長したのは電機産業に社会構造を変えたからだったからである

戦前はとにかく養蚕が主要産業だった、今でも兜作りの養蚕をした家がどこでも見られるのである、どこもかしこも養蚕なのである、そこで絹織物をアメリカに売っていた
紡績産業が主要産業だったのである、それは明治以降にそうなった
紡績産業が工業化の始まりだったのである
それで私の母親も原町の紡績工場で原紡で十年間働いたのである
そこに原町駅からの引き込み線まであった、それだけ盛んだったのである

その後産業構造は石炭産業が花形のときもあったが石油がでてきて衰退した
常磐炭鉱もなくなりそれハアイアンに仕事を変えたのである
それが一応成功したのである
つまり今何が起きているのか?
そうした産業構造の変革の時代でありそれに適応できないと国自体が衰退してゆく
日本が高度成長の原動力になった電機産業衰退したから日本が貧乏化している
そしてIT産業に日本は乗り遅れて中国がアメリカと競うトップに踊り出たとなる

社会構造が変わると必ず失業問題が起きる、アメリカ国内でもラストベルト(錆びついた地帯)とか生まれたのは自動車産業の衰退で失業者が増えたためである
それは今度は日本で起こっている

電子産業生産金額を重ねてみると、まず目立つのは2000年以後の急速な減少である。2013年の生産金額は11兆円と、ピークの26兆円の半分以下となる。GDPは「ほとんど伸びない」程度なのに、電子産業生産は「10年で半減」だ

このために大企業の電機関係で電子産業で衰退が著しくリストラされるようになった
失業問題が起きてくる、今人手不足となっいてるのは底辺層の仕事であり日本を支えた先進技術関係ではないのである
そういう先進技術関係は衰退しているのである、すると戦国時代のように侍であった身分であったものが失業して浪人化する、浪人は金持ちの商人に雇われて用心棒になったり時代劇ではなる
それと同じことが大企業をリストラされた人たちはブラックな会社に落ちてゆく
それは浪人とにているのである

そして地銀とかは半分になるとか銀行でもすでにIT 化でつぶれるとなり銀行員の失業問題がクローズアップされる、つまり必ず失業問題が社会が変わる時起きてきてそれが社会の不安定要因となる、失業者があふれるときドイツではナチスの戦争になったからである戦争によって失業者を吸収したともなるからだ
日本でも戦争が終わり引揚者が過酷な開墾に従事させられた、兵隊を失業したからである兵隊よりはいいとしても悪い土地を開墾して生活するのは容易ではないから半分はやめたのである

社会が変わるというとき変えるというときそれは政治だけでは変えられないのである
アベノミックスとかの金融政策でも変えられない、それは歴史を見ればわかる
根本的に社会構造産業を変えない限り変わらないのである
日本は明治維新以降その産業構造を変えることに成功してきたのである
でも今度はその産業構造を変えることができなかった
それで窮地に追い込まれている、ではどうしたらいいのか?
それは新しい時代の産業に変えなければ政治でいくらアベノミクスとかしても効果はないのである、ただますます格差が広がり株でもうけた人だけが恩恵をこうむったとかなっている 

リストラの意味はReーstructuringなのである、産業の再構築なのである
そこに痛みが生じるが明治以降でも侍が失業したが北海道に移民して農業で再構築したとかなる、ただこうして再構築できないときどうなるのか?
それはドイツで大量の失業者が生まれて行き場を失い戦争として兵隊となったということも起きてくる、つまり戦国時代で侍が失業したとき浪人が大量に発生してそれが社会の不安化になったのとにているのだ
失業というとき大企業の正社員であったものがそれは侍とかが庶民の仕事ができない
ブラック会社に落ちるのは嫌だとなるのとにている

いづれにしろ政治で官僚でも何か政策をアベノミックスとかしても産業構造自体を変えなければ社会は変わらない、日本人の不満も解消しないのである
それはアメリカにも言えたのである、ラストベルトを解決するのにはやはりアメリカの産業構造を変えなければ解決しない、でもアメリカ全体ではIT産業に変えたからアメリカ衰退論はないという人もいる、ただ中国にIT関係でそのシェアを奪われるとアメリカは衰退するとして危機感をもったのである


posted by 老鶯 at 09:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2019年05月06日

上級国民ー飯塚幸三は原子力村の人だった? (上級国民への不満が貧困化する日本で鬱積している)


 上級国民ー飯塚幸三は原子力村の人だった?

 (上級国民への不満が貧困化する日本で鬱積している)

 原子力委員会専門部会の構成員の変更について核融合会議の構成員のうち等々力達を飯塚幸三に変更することについて、資料に基づき説明がなされ了承された。

もし元々通産省にいたなら設置基準が妥当と認めるという事を通産省に対して出すのが元々通産省内部の人間という事ですね。後で入省したとしても行ったり来たりの関係が独立性と無縁の原子力村、原子力マフィアの一味という事です。汚い。 

交通事故で母子が死んだ、その事故を起こしたのが飯塚幸三でありこの人は高級官僚だった、このことで興味をもった

なぜこんなところに原子力村とか出て来たのか?

これも何か因果関係があるのか?
なぜなら原発事故では高級官僚でも科学者でも経営者でも誰も罰せられていないことが疑問だったからである、検察がなぜ罰しないのか?
そのことがこれとも通じていたのである

上級国民は警察は罰しない!

なぜなら警察官僚が東電に天下りしているのが多いからである
官僚という時検察もそうなのである
だからあれだけの被害を出した原発事故でも検察は罰しないのである
普通だったら自殺者を出したりするがそれもなかった
社長でも官僚の関係者でもなんでも罰せられなかったのである

それで警察は上級国民には甘くしているとなって不満が沸き起こった

その原因として非正規とか年収300百万円以下の人が増えていることも関係している
日本人が一千万単位で底辺化しているのである

私が底辺かに興味をもつようになったのは底辺と付き合うようになってからである
その人は毎月のように電気止められたガスとめられた水道とめられたとなきついてくるからである、貧困化はこういうところで最悪なものとして現れる
後は家賃が払えないとかで住む所すら奪われるのが最悪である
その人は老人だけど老人でも貧困化している、年金がそもそも少なすぎるから基本的に生活できないのである
そういう人が老人でもますます増えているのである

それから若い人でも非正規とか年収300百万円以下とかが増えている
特に氷河期世代がそういう人達が多い、それで上級国民への怨嗟が大きなものとなって社会の底辺層が攻撃してくる、それはもしかしたら危険な状態にもなっている

底辺層がyoutubeでその不満を延々と言っている、今だとインタ−ネットで訴えることができるからそういう人がいたのかと気づくし共感する人も増えるからである
マスコミでは取り上げないとか叩かないとか不満も大きくなっているからだ

確かにその経歴をみると下級国民からすれば垂涎の的になる、そこには原子力村があり東電からも金が流れていたのかとみる、それがここではこれだけ被害があったのだから注目したのである

田舎ではそうした特別な上級国民とか金持ちは住みずらい、目立つからそうなる
日本が江戸時代でも平等社会だったのは狭い所に住んでいるからそうした目立つものへの怨嗟が大きくなるからだ
ただ普通は上級国民だとしても東京に住んでいたらわからない
こんな大きな事件を起こしたことで表に出てきたのである
それも原発と関係して因果関係があり悪が露呈したのか?カルマが現れたのかとも見た

つまり原子力村に関与した者への罰だったのか?

こういうことはあるかもしれない、あまりにも検察でも何もしないからである
官僚という時、検察とか警察も官僚なのである、こういう人達は連帯している
公務員でも同じなので知る、特権階級を形成しふすいのである

それで自分自身の家族も公務員だったから得していたのである
それでやっかみをもっていた人がいるかもしれない
田舎では大きな会社がないから公務員が特権階級になる、上級国民になるからである
ただこの人のような国レベルの特権階級とは桁違いである
年金だって減らされて民間並みになり平均化していたからである 
まず田舎だと狭い所に住んでいるからとてもそういう人は住みにくくなり住めないとまでなる、何かとうるさすどぎるからである

とにかく日本が貧困化している、その影響がだんだん深刻化してくる
その不満が上級国民へ向けられる、自分自身が別に上級国民ではない、自由に旅行したとしてもまず満足にホテルさえとまらない自転車旅行だったからである
食事は常に最低のものしか食べていないからだ、それでも自由を満喫はしていたとなる
何か金を自由に使える身分のように見られるがそんなことがなかった
外国旅行したとしてもバックパッカーだったからである
ただ自分の場合自由な時間を与えられていただけだったとなる

いづれにしろ貧困化する日本の問題はますます深刻化して暴動すら起きるかもしれない
それだけ貧困化している、日本はすでに後進国になりつつあるとも言われる
中産階級は消失している、子供でも貧困化して満足に食べられないとかなっている
そういうとき上級国民とかは怨嗟の的となり恨みとなってもゆく
そこに危険なものが生まれてくる、検察とか警察とかの不満も大きくなる
警察とか下層のものには高圧的に接する、人間と見ないとかにもなる
それは日常的な光景である、でも上級国民に忖度するとかなり下層化した下級国民の不満が大きくなるのである
そういうことで自分自身も被害にあっているからである
治安が悪くなり犯罪が増える、それで中国では歴史でも金持ちへの不満が増大して盗賊でも一時皇帝にもなったからである、だから共産党の幹部でも民衆の不満が特権階級に向けられることに戦々恐々しているのである

それにしても底辺層の生活が金銭的にもそうだが精神的にも貧しすぎるのである
確かに金がないから何もできないというのもわかるがFXとかスロットとかで一攫千金を夢みているとかしかないのがわびしいのである
インタ−ネットで無料でも勉強できる時代でもありなにか知的好奇心とかあって他にエネルギーを費やすべきことがある、時間を使うことがあってもいい
別に金がなくてもできるのである、そこに自己責任があるかもしれない
すべて環境とか生い立ちの結果にするのは問題がある
ただ海外旅行している人を羨ましく見ているのは悲しい
なぜなら東南アジアなど前は円高でも貧乏人でもできていたしうらやむことではなかったからである、そううところまでうらやんでいるのは相当に底辺が増えているということである

ただ若い時は私自身が底辺を経験している、流れ作業とかしていて仕事するのが嫌になったからその気持ちがわかる、そのままつづいていたら絶望することもわかる
その点自分は恵まれていたとなる、ただ自分は金をそんなに使えなかった
だから貧乏旅行しかしていない、でも旅行は貧乏でもできる、むしろふりかえれば時間が大事なのである、自転車旅行でも体力がないとできなくなる、つまりその時々にすべきことがありそれを逃すと後でできなくなる、だから人生にとって若い時すべきことをしないとかなると大損失だったとなるのである、それは金だけの問題ではない、体力とか気力とかがなくなってできなくなるからである



posted by 老鶯 at 08:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2019年05月05日

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カルマを積んでいるから必ず苦しみとなって現れる (国でも会社でも団体でもカルマの清算が強いられる)


 カルマを積んでいるから必ず苦しみとなって現れる

 (国でも会社でも団体でもカルマの清算が強いられる)

良いことをすると良いプラスポイントがたまっていって、いつかポイントが自分に還元されます。

しかしプラスポイントと同様に、悪いことを行うと悪いポイントが貯まっていきます。そして悪いマイナスポイントも悪い出来事として自分に還元されてしまうのです。

自分にカルマのポイントが還元されることを「カルマの精算」と呼びます。


カルマの謎はいいことと悪いことがポイントとなることは確かである
ところが人間社会全体を見ればつくづく個々人だけでない、家族であれ会社であれそもそも国自体がカルマを積んでいる
それがある時何かの大きな事件となって苦しみとなって現れる
つまり時代を変えるような大きな歴史的事件が起きる
それが戦争とか自然災害とか巨大な事故とかである
また金融とかなると資本市主義が崩壊するような深刻な状態に陥ってゆく
金融恐慌などが起きてくる

その周期は60年間70年なのである
個々人でもそうであり国とか世界全体のレベルでもそうなのである
日本だと70年前は戦争でありその70年前は明治維新なのである
その変革は日本全体をまきこむ変革の時代であった
それはカルマの清算も意味していたのである

なぜそういうことが起きてくるのか?
知らずにカルマが積まれてどうにもなくなってくるからである
自分自身の体験したことでもそうである
介護から病気から今度は他者から責められるだけだった
塗炭の苦しみを受けたのである
誰も助ける者もいなかったのである
これも自分自身のカルマだった、別に悪いことしないからとか関係なく人はカルマを生きている限り積んでいるのだ

カルマといってもそれは多様なのである、結婚することもカルマであり結婚しないこともカルマであり子供をもつこともカルマだし持たないのもカルマである
仕事するのもカルマだししないのもカルマである
おそらく何もしなくても人間はカルマを積んでいる
その清算がやがて60以降に確実にカルマとなって苦しみとなって現れて清算を強いられる

それは個々人だけではない、国全体とか世界全体とか会社でもあらゆる団体でも起きてくる、宗教団体などでも起きてくる、宗教などでもそこでは本当に善いことを心の清い人たちの集まりでもなんでもないからだ
むしろ宗教を利用してこの世の欲を追求しているのがほとんどだからである
そこでカルマがそういう団体に現れてくる
そこで派閥争いとか権力闘争が内部でも起こり殺し合いさえ普通に起きる
組織化すること自体人間の業なのである、そこでは熾烈な地位争いとか起きてくる
それでオウムでは有名大学出ていないから幹部になれないとサリンを率先してまいた人がいたのである
そういうことはどこの組織団体でも起きてくる、それがカルマ(業)なのである

原発事故を見ればわかる、そこには東電だけではない、国家自体が国家を担う政治家でも官僚でもマスコミでも今の社会の枢要にある人たちが「安全神話」結託して作ったのである、国家自体がカルマを積みそして破局的な事故を起こしたのである
その時津波とか地震とかも何かカルマを清算するために起きたともなる
何かそこには人間の業(カルマ)が蓄積されて遂に爆発したとなる
戦争などでもそうしてカルマが人類全体に積もり何千万という人間が死ぬ
そして人類滅亡のハルマゲドンが起きるというときもそうである
人類とは人間とはそもそも生きること自体カルマを積む存在だったのである
だからいつか人類滅亡のカルマが破局的なものとして現実化する

例えば世界全体で資本主義がここ二百年くらいつづいたとしてもそれも富が数パーセントの人に握られる、そんな社会が持続すると思うだろうか?
なにかしらでそんな悪魔的なことをしていたら破局が訪れ日がくる、それが世界恐慌なのかもしれない、資本主義の崩壊なのである
その枢要な要の銀行もつぶれる、銀行というのは悪魔的な所があったからだ
それが確かにいい方面に機能していたときは良かった
銀行は兵器産業を推進する会社とか環境破壊の会社とかいろいろな悪い会社に投資している、また最近では地銀レベルでも投資信託とかでかえって投資する先がなくなり利子をとる方になっているのだ、だからもう銀行は半分が潰れるという時、そういうカルマを積んできたからまず資本主義は銀行から破綻してつぶれてゆく
資本主義が長くつづいてカルマを積みそのためにもうどうにもならなくなりつぶれる破産するのである

個々人でもそうだけど何か巨大なカルマが積もり積もった時、もうどうにもならなくなり天変地異とか起きたり巨大事故が原発事故が起きたり戦争が起きる
それはカルマの清算なのである、そのために人類の三分の一は死ぬと聖書でも予言しているのはそのためである
カルマの清算は個々人でもそうだが人類全体でもその規模が巨大になるのである
人類が滅亡することだってありうるのである
人類とは人間とは罪を背負ってカルマを背負って生きていたが遂にもうそのカルマを清算することを強いられる、神の許容限度を越えたとなりそれで世界が滅亡するような破局的現象が起きてくる  

そこには人間の念というのも関係している、思想も関係している、悪念が視界をさえぎるほどに人間からあくことなく放出されてくるすると神はそういう悪念に耐えられなくなりそれを一掃するために天変地異とかが地球規模で宇宙規模でも起きてくる
だから大都会は危険である、そこには悪念が欲念が集積した場所だからである
そこには人間の生き地獄が現れやすいのである、何かそこに美的なものがないことでもわかる
美的なものが生まれないことでもわかる、天才でもヨ−ロッパでも地方都市には生まれてもメガポリスなどからは生まれないのである現代は世界的にもメガポリスの時代でありそこに富が集中している、それが危険なのである

そういう場には文化は生まれない、ただ巨大な欲望の経済都市となっているだけなのである、巨大な胃袋になっているだけなのである
とにかくこの辺に起きたことは必ず全体に波及する、ここだけの問題ではない、津波とか地震は天変地異は起きる、また原発事故もどこかで日本だけではない起きる、そうういカルマが必ず蓄積されていて起きる
中国だってとても何兆もの金を人民から奪っている政権が維持できるのか?
これもカルマが積もり積もって革命が起きてそこで文化革命の時のように膨大な犠牲者が生まれる
だから何かが起きないこと自体ただ猶予期間にすぎないのである
最後に死が来るように避けられないのである、だからこそ易姓革命が起きるのである

戦争から70年過ぎて日本でも今がその大きな変革の時なのである、その変化に大きな痛みが生まれる
会社でも銀行でももう安泰なものはない、国家を担う人たちでも安泰はない
国自体が崩壊するような危機に瀕するからだ
つまり資本主義は終わる、その時新しい生みの苦しみが起きる、それは新しいものが生まれ作るための苦しみなのである

「人間は幼いときから悪をおこなう」(創世記8章21節)

ノアの時代、地上に創造した人間たちが堕落していったのを見た神は、すべてを滅ぼすことを決心した

その時すでに悪がカルマが積もり積もっていたのである、そうならざるをえないのが人間だったのである
それは一人の例外もないのである、そして再びノワの洪水並みの天変地異が起きる
人類がそういう時期にきている、グローバル化とは人類の平和を促進することでもない
悪でも世界規模で実現してくることでもある、多国籍企業などでも世界を舞台にして環境破壊するし世界の貧乏な国を搾取しているのである、つまりグロ−バル化とは世界規模で何か大きな破局が起きることでもあるのだ
そもそも第一次第二次世界大戦もそういうグロ−バル化のために起きた、その前はそんなことがない、日本だったら鎖国で300年戦争していないからである、グロ−バル化とは何かいいように見えても世界的破局をもたらすものともなるのだ
貿易戦争がそうである、貿易の面で国と国が助け合うとういう面があっても熾烈な経済戦争になりまた戦争になる
だから現代では何でも世界規模で大きな事件となり破局が人類的にもなり遂に人類滅亡の危機になる
それは別にSFの小説ではない、現実なのである

自分自身にも起きたことは何か自分のカルマでありまた人間がもうモラルもなにもない、金しかない、人とは金でしかない、情もなにもなくなっている、金のためには人を殺してもいいとまで普通にみんなそういう心情になっていることが怖いのである
そういう地獄人間が今やこの世を形成しているのである、そんな社会が平和でありうるのか?
だからこそ自分自身にもそういう人達が弱った時襲いかかってきたしそれはまた自分が積んだカルマの結果だったともなる
カルマとは別に自分が悪いことをしなくてもいろいろなことで積んでいるのである
知らないでも積んでいて苦しみとなって現れたとき自覚するのである
私は何も悪いことをしていないと私の家族が言って死んだ、それは何かみんな私は悪いことはしていないと死ぬとき言う人が多いのである、そのこと自体最後に死ぬとき罪の呵責に悩まされているからそうなったのだと思う

そうして認知症などという訳のわからない病気になるのも人間のカルマの結果だったともみる
認知症になるといくら優秀な人だとしてもあらゆるものが崩壊する、もう人間でくなったのかという恐怖を味わったからである
そういう大きなカルマが最後にくること自体、人間のカルマがいかに大きいものか最後に苦しみとなって現れるかを如実に示しているのだ、もうカルマから逃れようがないのだ、人間は幼い時からカルマを積んでいかるらである
生れたのもなにかしらカルマがあって生まれたとなる、カルマを清算するために生まれたともなる
なぜなら人間が苦しみなく終わることがないからである、どんな裕福でも病気になったり死ぬから同じだとなるからだ
そういうことでは平等だからである、つまりカルマから逃れられないの宿命なのである
科学技術すらカルマと関係ないようでも人間のカルマなのである

技(わざ)は災いに通じているからだ、科学技術が破局的なものをもたらすことは原発事故で証明されたからである、核戦争が人類を滅ぼすこともありうるからだ
最後に人間は業を尽くしてハルマゲドンの最終戦争で滅びる
つまり人間の業(カルマ)はそのくらいのことがない限り消滅することがないのである

大難を得て罪障消滅するー日蓮

これも個々人にあてはまるし人類全体にもあてはまる

2019年05月04日

新緑と山桜と枝垂桜(写真12枚) (大倉から飯館へ―人が住んでいて安堵した)


新緑と山桜と枝垂桜(写真12枚)

(大倉から飯館へ―人が住んでいて安堵した)

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藤の花と山吹
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山桜と山吹

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ルリタテハが神秘的だった

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猿がいた

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草野の方へ
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人が住んで菜の花畑にした
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ここはなんだったのか謎

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安政の碑があった
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木戸木の奥の人が住んでいた跡
小屋のようなものがあった、こんな所に人が住んでいたことの不思議

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新緑の常磐高速早しかな

雲流れ光のさして山桜

山桜高みに映えてなお散らじ

八重桜老人出会うサイクル車

猿登る山桜かな山に住む

飯館の家々離れ夕桜

落椿赤さ広がり夕暮れぬ


山吹に藤の花映ゆ清らかに流れひびきて山分け入りぬ
                          
新緑の山を一気に満たすかななお残り咲く山桜映ゆ

山桜と山吹映えて新緑の道のつづきて坂越え行きぬ

山の影そびらに映えて夕暮れや山桜見ゆ山の深きを   

菜の花に古き碑ありて山桜映えてそ山の暮らしありしも

なお知らじ道をし行けば家ありて山桜映ゆ森の深しも

家あるとしるべや森の深きかな夕べ映えにし山桜かな

飯館のともしびあわれ家々に枝垂桜や夕暮るるかも

          (木戸木)
          
木戸木なるその奥にそ棲む人の跡たどりてあわれ散る椿かな 

木戸木なるその奥に住む跡ありや枝垂桜に散る椿かな

幽遠に人住む跡や山の奥枝垂桜に夕暮れあわれ

赤々と椿の散りて木戸木かな誰か棲む跡夕ぐれぬかも

半鐘の一つありにし暮らしあり木戸木の村や春の夕ぐれ

橋一つ共栄橋とここにしも開墾に入る暮らしありしも




飯館村の春

影なす森の道ここにつづき
森深くしるべの如く住む家ありぬ
山桜そちこちに咲き
広らかな土地に幸いや
墓地ありて眠る人 
道の辺の石は黙して古りぬ
すみれの飾らずあまた咲き
夕べともしびあわれ
枝垂桜の色深め
家々は離れ眠りにつきぬ
ここに生きる幸いを知るべし
村は悲しも分かたれぬ
土は活きず森も活かされず
牛の声は消えぬ
この村に原発事故の罪深きを示す
いつの日にこの村の元に戻らむ
ただ時のみそそれをかなえるや
その日は長くも森は残りぬ   



飯館村で今回感じたことはそれなり草野周辺は人が帰って家に住んでいる、住んでいない家があるにしても前よりは様子が変わったと見た、だから一軒一軒に枝垂桜が咲きともしびが見えたとき何か安堵した
飯館村の特徴はとにかく広いのである、道が幾重にも分かれて森の道がつづく、それで方向がわからなくなり迷うのである
飯館村にはどれだけ行っているかわからないのにそうなのである、それだけ広いということである
だから長泥(ながとろ)とかに行ったのは一回でありそれも記憶から消えているのである

その広いことにより家があることがまるで道標(みちしるべ)のようになる、それが飯館村の魅力だとなる
ここは自転車で行くの向いている、私は前は気ままに自転車で阿武隈高地を行っていた
ただここ十年は介護とか病気で行けなかったのである

今回は大倉村で山桜にルリタテハが舞っていたのは神秘的だった、新緑と山桜と山吹と藤の花も咲き始めた
この頃が一番いい季節である、これが梅雨になったり7月になると暑くなると去年は日射病になったから行けなくなる
新しいヤマハの電動自転車は楽だから行ける、前のだと相当に疲れて行けなかったのである
だから70歳でロードに乗っていた人には驚いたのである

ともかく飯館村は森が広いし土地も広いことが魅力でありそういう中にまるで家が道標(みちしるべ)のようにある
それだけ広いからそうなる、モンゴルとかの草原でテントがあったとき道しるべとなっているのとにているのである
ただもしそこに人が住んでいないら空家ならそうはならないのである
人が住んでいるから道標になる、ただ草野周辺は結構人が住んでいた、でも広いからあとは人がどさだけ住んでいるのか?
とにかくやはり人が住まないとあんなに広いのだから荒涼となってしまうのである

帰りは木戸木によったけどそこが一番不思議だった、あんな奥に家があり人が住んでいたことが不思議である
あそこは必ず通っていたけどあんなところに人が住んでいると思わなかった
今あそこに住んでいるのは一軒だけである、車があったからわかった
あそこは戦後入植した村である、共栄橋とかあるし不便な所だからである
それでも十数軒ったのは意外だった、あんなところに暮らしていけたのかとなる

飯館村のように広いと墓地でもそこに眠っている人は気持ちいいだろうなと思ってしまう
自分の家の墓は街内にありごちゃごちゃして墓の中を歩くこともできないのである
都会の墓よりはいいとしても狭すぎるのである
死んだらわからないにしても飯館村のような広い所だと墓地でも死者も悠々と眠れるとなる
東京辺りでは墓まで団地のような所の狭い空間に区切られて閉じ込められているのである
死んでからも窮屈なのである

原発事故では飯館村のような自然に恵まれた村が一番被害が大きかった、それが原発事故の罪深さを示したのである
東京などは別になくなってもいいとも感じる、あんなモンスターのような都会のどこがいいのかとなる
そういう文明が誇れるのかとなる、でも現実そこに密集して人が住んでいる、そこは密集地獄なのである
確かに一方では飯館村に住んで満足していたかというとしていない、だからこそ多額の補償金をもらったとき福島市とかに移り住んだ人が多いのである
歯医者すらないしスーパーだって小規模であったからだ、車がなかったら買い物すらできないし医者にかかれないのである
そういう不便さがあるけど広々とした自然の中につつまれて生きている、ただそういう暮らしにみんな満足していたとは限らない
そして外部から来る人はそうした生活の不便さや貧しさなど感じないからいいと思うのである

いづれにしろ人は前よりかなり帰って住んでいる、でも草野周辺しか見ていない、広いから後は住んでいるのかどうかわからない
でも人が住んで灯がともり枝垂桜が一軒一軒に咲いていて安堵した
その灯がなんともいえぬ人のぬくもりを感じたのである
それはやはり飯館村は広いから一軒一軒の家が離れてあるからそうなる





posted by 老鶯 at 11:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 飯館村

2019年05月03日

5月に大倉から飯館村まで出会った人 (それなりに前より帰っている家は眼についた)


5月に大倉から飯館村まで出会った人

(それなりに前より帰っている家は眼についた)

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真野ダムは青い線まで水があった

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5月25日サイクリング大会

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猿がいた、クリック拡大

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相馬農業高校の分校
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震災以後時計は止まったまま
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ここで60代の女性と話した



最初出会ったのが大倉の真野ダムで原町の人でありロードにのっていた
若い人かと思ったら60代と70の人だったのである
60でもそうだが70でロードに乗るのはきついと思った
前から乗っていたにしろ70はきつい、あそこは坂がきついからである
自分はいつでも歩いて上っていたのである
あの年でも坂を上りきることが快感であり電動自転車は使わないという
高齢化でみんな年齢では計れない、体力の差があるし健康の差も大きくなる
病気になった人は弱った、脳梗塞を経験した人は同じ年でも弱ったからである

真野ダムの水位はあんなに低くなると不安になる、なんでも崖のところに水がないと水圧がなくなり崩れという、そういうこともあるのかと思った
大倉にも何軒か帰っているにしろ一軒の店はなくなり自動販売機もなくなったから困ることはある、飲み物を用意していないと困る
サイクリングが5月25日にある、あの辺はサイクリングに向いている

そこから木戸木に行って新しい道を行った、猿が山桜の木に登っていたり渓流にも猿がいた、人間がいなくなると猿とかイノシシは住みやすくなる、警戒しなくなるのだ

までい館が休んだ、あそこには地元で作ったものを置いていないので魅力がない
それもどうしようもない、放射能でとれない、キノコを置いてあっても売れるのか?

次にそのまでい館の前の新しい住宅地におばあちゃんがいたので話した
までい館の前に相馬農業高校の分校があり震災前まで生徒がいたのである
その学校の時計が4時12分で止まっている
それは3月11日に地震があった日の時間でありそれ以来止まったままなのである

「あそこの学校は震災前は生徒がいたんですね」
「あそこはずっと前はみんな集まってにぎやかなときがありましたよ」
「なんか淋しいですね」
「どこからきたの」
「鹿島です、飯館にはしょっちゅう来てました、でもあそこの学校の奥の方に行ったら知らない所だった、いや、本当に飯館は広い、知らない道がありどこに行くのかほからなくなる」

それから放射能のことを話した

「長泥(ながとろ)ではまだ除染しているようですね、私の知っている人の息子も除染の仕事したといいますから」
「だいたい終わったのよ、長泥からは東電の原発の煙突が見えるんですよ」
「ええ、本当ですか?相当遠いはずだけど・・・・」

長泥からとても原発の煙突が見えると思えなかった、長泥という場所に一回くらい行った記憶があるけどそれも相当に遠い場所だったと記憶している

「ところでここに住んでいるのは若い人住んでいますか」
「一軒くらいは住んでいるけど老人が多いよ」
「やっぱり、前の新しく建てた住宅でも老人が多いと言っていましたから」
「放射能でどうにもならないよ、若い人は帰らないよ」
「なんかこの土地は前の農家の土地でその人が土地が売れて金が入り喜んでいました」
「そうですか、私は土地も家もない住宅に住んでいたから」

その女性は確かに飯館に住んでいても家も土地もなかったのである
その前の家は塩の道の通にあり蔵があり古い家だったのである
その家は新しい家を建てたから確かに金が入ったことは言える
一般的に飯館村は補償金は相当にもらった
だから新築の家が多いのである
そしてそれなりに人が帰っている、でも飯館村は広いから草野からはずれた遠くは人は住んでいなのかもしれない、ただ広いからわからないのである

そしてまた帰りに大倉に寄ると東京の練馬から来た人が公園でキャンプのために
テントを張っていた、そして煮炊きもしていた
なんか前にもボランティアで大倉に来ていた、だから知っていたのである
そこはキャンプはしていけなかったが特別許可をもらったらしい
なんでも練馬区から来たと言っていた
環境緑化新聞の記者だとも言った
インタ−ネットで調べたらあった

環境緑化新聞

夫婦ともう一人男性がいた、もう一人の男性は造園関係だと言っていた
東京というとき練馬区ってどこなの?となる
                                           
“都心3区”と呼ばれるのは千代田区、中央区、港区の3つ。
皇居に隣接しているため、昔から商業はもちろん、政治や企業の本社機能などの中心として栄えてきました。

現在も東京駅を中心とした大手町・丸の内などのビジネスエリア、銀座・表参道などの商業エリアとして日本の経済活動の中心となっています。

東京の中でも地価がもっとも高いエリアでもあり、居住者は少なく夜間人口は昼間人口に比べてグッと下がります。

やはり江戸城を中心に見るといいのかもしれない、ただ練馬大根とあると江戸時代だったら農村部だった
今は全然違っている、ただ江戸城からもともと離れた地域だとみるが東京は地理はわからない
わかるのは皇居のある中心部だけである

今回キャンプしている人は遊んでいる人である、前にボランティに来たとしても今は何もすることがない
八戸とか災害地に行っているというが何かする訳ではない室根山に行ったとかも行っていた
車で東北を旅行しているのである、ただキャンピングカーではない、そういう人も今高齢化社会で仕事していな人が多いからいる
めずらしいことではない、ボランティアでも今は何もしない、ただ旅行しているというだけである  

ともかく飯館村ではそれなりに草野辺りから周辺と帰って住んでいる人が前よりかなり多くなっている、ただ老人が多いのだろう
老人は離れられないここに住む他ないと言っていたからである、それは小高でも避難区域ではそうなっているのである
別にそこであった60代の女性でも山菜を食べているという、前もそういう人がいたのである
飯館村では山菜を食べるのが普通だったからである、それができないとなると飯館で暮らすメリットがないのである
ただあれだけの広い地域をどう活かすのか、確かに牛を飼いはじめた人がいたとしても極わずかである
牛を飼うのに良かったのはとにかく土地が広いからである、牧場にできるからである

でも今になるとこれだけ広い地域をどう活かすのだろうとなる、農業は放射能汚染でしにくいからだ
それぞれの地域によって復興は違ってくる、飯館村はとにかく広いのである
その広さをどう活かすのかとなる、小高だったらマルシェのようにな街中心の復興がありえる
飯館村の復興となるとその広さの故にどう活かしていいのかとまどうのである
今回も迷うから遅くなるから早く帰って来た、そこは行ったことがない所だった
道が幾重にも分かれていて入ってゆくと方向がわからなくなった
前にもそうだった、東京から来た人はGPSを備えているというのもわかる
方向がわからなくなる、磁石をつけているがそれでも東と西が何か絶えず変わり方向がわからなくなるのである
次は時間をかけてまた飯館村を探索してみよう

飯館村ではまだ山桜が咲いていた、そのことは今日の一句一首でつづきとして書く

posted by 老鶯 at 21:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 飯館村

2019年05月02日

中国人の女性二人を駅の見守り役が案内する


中国人の女性二人を駅の見守り役が案内する

中国人の女性が二人来た、その人は鉄道のことが全くわからない
最近来た人なのだろう、中国人は入れ替わり来ているからだ
そこで高校生の見守り役の人が今回は説明した
スマホで中国語を訳す機能がついている
それはポケトークだった、それで説明した
ただなかなかそれでも通じにくい、ポケトークは自分でも買ったが試していない

その機会がないから使えない、語学は実際に外国人と通じることをしゃべられないと上達しないのである
田舎ではそういう機会がない、でも外国人は増えている
この前土手を歩いていたら黒い女性が二人いた
インド人かと思ったがおそらくスリランカ人である
日本に来るのは東南アジア系とスリランカ人が多い、前は男性のスリランカ人がいたからだ

その女性は駅の見守り役がちょうど仕事が終わり原町に行くから車で一緒に行くかといいそれで車に乗って原町に行った
その前に原町行の電車が来たのだがわからずに乗れなかった

今回は高校生の見守り役が駅の業務をしないとしていたが今回はしていた
スマホで翻訳機能あるものまで使っていた
だから態度が変わったのかと思う

自分も教えたがまずあそこにいれば制服でも来ていれば駅員と思い聞くのである
自分は制服も着ていないからこちらから声をかけないと聞かれることはないからである
そこにボランティアでも問題がある
ただ自分は本当に気ままに10分と20分とか気ままにたちよるだけである
それでも何か用があるのも不思議である

いづれにしろ駅でも日本はグローバル化しているから案内が必要である
多少でも英語がしゃべると便利なのである、中国語は発音では全く分からないからだ
それで漢字を書いてやりとりしていたのである
英語と言っても中学英語でもわかれば通じやすいのである
単語を並べただけでも通じる場合があるからだ

とにかく外国人労働者はこれから増えてくる、来年からは法律が改定されて施行されるから余計に増える、田舎でも外国人労働者は前から増えていたのである
この辺は原発とかの関係でそういう所で働く人もいるから増えているとは言える
ただ外国人労働者が増えると40歳の底辺労働者がyoutubeで訴えていたように
賃金があがらなくなり苦しい立場に追い込まれる
仕事も外国人に奪われるとなる、でも外国人でも若い労働者がいいから日本では受け入れるとなる、それも日本人を優先にしないで外国人を優先にするのはおかしいというのは本当である
ただそれがグローバル化なのである、モノでもヒトでも自由に出入りするのがグロ−バル化なのである、そこに矛盾が生まれる
日本のもともとあった森林資源とか日本人そのものが排除されるのはおかしいというのは本当である

youtubeで40才くらいの底辺労働者の切実な訴え (底辺労働者ーLove & Freedom )


youtubeで40才くらいの底辺労働者の切実な訴え

(底辺労働者ーLove & Freedom )

このyoutubeは何か今までにないものであり直接に訴えるものがあった
例えば外国人労働者問題で是非を盛んに言うがそれは政府関係者とか学者とか会社経営者とか上に立つ人が意見を言っている
でも底辺労働者の生の声をテレビでも出演させて話を聞かないのである
それが今までのメデアでありマスコミだった
この人は底辺労働者だからこそそれを訴えるから今までのものとは違っていた
そういうことはインタ−ネットであったがyoutubeになると何か感情的なものが伝わってくるから切実なものが感じ取ったのである

外国人労働者というときこの人が言っているのは30から40とかその上でも賃金が上がらなくなる、来年の4月から法律が変わり外国人が大量に入りやすくなり底辺労働者として受け入れる、その人たちにとって賃金が安いとしても為替の差でかまわないという
そして仕送りするのである
また若い人だから会社でも企業でも受け入れやすい、若い人は使い安いからだ
コンビニでも言葉ができないにしても飲み込みが早いから適応できるという
肉体労働の現場でも筋肉が違っている、ギャングなどしていたとかそういうツワモノが入ってくるから40とか以上のおっさんは建設現場では使いたくないとしている
そのことで会社で若い外国人労働者が一杯入ってきて若返ったと喜んでいる人がいたのもそういうことなのだろう
つまり若いということはそれだけ価値があるということである

その人はもうコンビニとかは外国人労働者で固められていて日本人は入っていけないという、その人たちだけの仲間でやっているから日本人は入れないという
それだけすでに外国人がコンビニでも入ってきて独占しているともなる
また雇う方でも外国人の方がいいとなっている
それはグロ−バル化の結果でもある、為替の差でどうしても日本はまだ高いから安い賃金でもかまわない、そして若いから使い安いとなっているからである
それで政府でも外国人を研修させて金を使うとか積極的になる
そうして取り残されてゆくのが日本人の40を中心にした氷河期世代だという
その世代が一番苦しいとしている,その世代は不運な世代だったとなる
ただその数が多いからやがて60過ぎたりすると生活保護になるからそれが社会の負担となる、それは自己責任だけではすまされない
社会全体の負担になるからである、ただ会社のいいようにされてきた
でもそれが社会全体で見たとき良かったのか?それが問われている

40になると結婚でもなんでもどうにもならないとかも言っているが同時にまだなんとかなるとも言っている、ただ人間は30くらいまで人生の方向が決まってしまう
一旦そうしたレールから若い内でもはずれるとはずれたまま人生の最終章まではずれたままになってしまうのだ
それは自分自身がそうだった、若い時就職もしないで結婚もしないで底辺労働者だった
そしたらこの年まで社会からはずれたアウトサイダーとして生きていたとなる
そうできたのは自分の場合はそういう家庭環境がありできたのである
今の人は別にアウトサイダーでもない、フリターがいいとかされたが実はそういう労働を上からおしつけられていたとなる、非正規だと首をきりやすいから会社にとっては便利だったのである
現代が会社社会だという時、会社の意向の方が優先されるから会社に就職もしない人は社会からはずれたものとなる

この社会からはずれるということは実際は怖いことだったのである
それができたのは団塊の世代だったら極一部である、全体からしたら10万人に1人とか百万人とか一人とかの極少数でありそんな人がいたのかとなる
それが今の40くらいになるとフリターとか非正規が膨大に増えたのである
その人たちは働かないわけではないが正規のレールからはずれたようになってしまったのである
そして行く着く先が孤独死だとかなり俺たちは捨てられるとしている
その人は友達もいないし身寄りもないとかでそうなっている
それは自分自身が経験したことである、介護とかなり病気になっても誰も頼るものがないそれよりその弱さにつけんこんで脅迫して金だけを得ようとする
相手も金に追い詰められているからそうなったのである
その過酷さがどういうものか思いしることになる
それも自分の場合はカルマだったということは言えるしそのカルマとは自己責任のことだったのである

その人はただ働かされるだけで希望もなにもないと言っている
それで希望は株とかFXでありそれで金になるのが希望だとしている
後は絶望しかないと言っている、でも何かしたかったのか?
その人はただ金が入ればいいだけだったのか?
私の場合はいろいろすることがあった、旅でもそれは学習であり芸術方面でも追及して来たし学問でも追及してきた
それもその人に言わせれば金がないのだから何もできないとしている
何も積み重ねるものスキルも身につかない仕事で絶望している
だからなんとかスキルを身につけろと今になり後悔しているが遅いともしている
つまり人間は30くらいで方向が決まってしまう
人生百年でも若い時で人生の行く方向は基本的に決まってしまうことが怖いのである
そして青春はたちまちすきで40くらいになるともうとりもどせない
方向は遂に孤独死とか決まってしまうのである

いづれにしろ

俺はなんのために生きているんだ

その問いは40くらいでかなり重いものとなる、実はそれは20代でそう真剣に問うべきものだったからだ、若き時に神を知れとういのがそうである
時間はたちまちすぎる、光陰矢の如しである
ただ人生百年時代はその成果は70からでも普通にありうる時代である
だからその成果を出すことに急ぐ必要はなくなった
何か自分でも成果を出しているのは60からだったなと見るからである
そういうことでも時代が変わっている、政治家でも70と80近いとか92で首相になっているとかそういう時代なのである
それだけ長い時間の中で成果を出す時代になったのである
だから40でもまだまだというのはわかるが限界の年齢でもある
なぜならその人が言うように資格をもっていてもキャリアがないと採用されない、実践で役に立たないとなっているからだ、資格だけではだめなのである
人間は何でも経験がものいうからそうなってしまうのである
40となるとなんらかキャリアがないものは採用されないとなるのだ
底辺労働も経験だかキャリアにならないのである

ただ人生をふりかえれば順調に正規の会社員のレールにのったとしてもそれで万全なことなどない、現実に今45くらいの人がリストラされているからだ
そしてたらその人たちはとをなるのか?その人たちももう正社員として採用されるのは極一部だとなるからだ
つまりこの世に万全に備えることができない、何が未来に起きるかわからないからであるそれでベーシックインカムになりみんなアーティストになれというのも本当に今までありえないことだったのである、そういう時代が来るかもしれないからだ

結局どういうことなのか?

人生は予測できない意外な結果で終わる

これなのである、何でこうなったのだとこの人だけではない、正規のレールを真面目に歩いてきた人たちでもそうなのである、だから底辺労働者だけがそうなっているとは限らないのである
そして今や日本人全体が底辺化している、それはだからこの人だけの問題ではなくなっているのだ、底辺化してどう日本人が生きるのかという課題がつきつけられているからだ
posted by 老鶯 at 08:42| Comment(3) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2019年05月01日

天皇を受け継ぐことの重み (高齢化で代替わりが遅くなるが経験しないとわからない)


天皇を受け継ぐことの重み

(高齢化で代替わりが遅くなるが経験しないとわからない)

何か最近政治家でも高齢化している、マレーシアの前に首相をした人でマハテールもまた首相になったが92歳なのに驚く、トランプ大統領でも70歳であり今度民主党から立候補した大統領候補も80近いとかサンダースでも74だとか政治家がこんな年齢で勤まるのかという疑問である
ただ高齢化社会は世界的なものでありこうなっても不思議ではない
これも今までの固定観念がありそう思うだけだとなる
百歳人生だったら70頃から本格的にその本領を発揮するということがある
やはりそれだけ経験とか知識を積んでいれば若い人よりは有利だとなるからだ
ただ政治という時何かハードに感じるからこんな年でやれるのとなる
学者とか芸術家とかは別に家にこもってでもやれるが政治はそうはいかないから体力がなかったらできないとみるのである

天皇を受け継ぐにしても皇太子だって60近くになっている、それは昔だったら老人なのである、こうして高齢化社会になると遺産とかでも受け継ぐのが親が死ぬのが遅いから60くらいになるのが普通になる
それも社会を停滞させるということがある、なぜなら人間はどんなに優秀な人でも実際にやってみないとわからない、経験しないと理解できないからだ
それがもう60くらいになって天皇でも跡を継ぐというとき天皇になることがどういうことかすぐには理解できないのである
いくらそういう皇族の中で育っても実際に天皇になることがどういうことなのか実感できない、それは天皇になったとき徐々に実感してゆくのである
天皇になることはこういうことだったのかと実感してゆく

それは家の跡を継ぐことでも同じである、家の跡を継ぐことはこういうことなのかと実際に継いでみてわかる、でも60近くになって家の跡を継いでも遅いとなる
家を継いで新しいことを始めるのにも60とかなると苦しいとなる
実際に跡を継ぐ人も老人になっているからだ
ましてや天皇を継ぐということはその重みは計り知れないとなる

こんなことを言うのは自分自身がそうだったからである
家を継ぐとういことが自分にはわからなかった、でも親が介護になり家族がみんな死んだとき否応なく家を継ぐことになったのである、私は家に付随したようなものだったが今は後を継いで家の主となっている、それも一人だかそうなっている、それで家を維持することが今度は重いものとして自分にのしかかったともなる
何か家が残っていることで後を継ぐということを意識する
でも家が残っていないとそういう意識もあまりもてないかもしれない
それだけ家のもっている重みがあったともなる
家の中に死んでも先祖が生きているということを実感するからだ

おそらく新天皇でもそういうことを徐々に実感する、皇太子と天皇では全く違ったものでありその重みも全く違ったものになる、でもそれを意識するのはすぐにはできないからだ時間が何でもかかるからである、天皇になることはこういうものだったのかと意識してゆく、つまりその人がどうであれそういう立場になり権力を持つとかならないと実感できないのである
王様になるにしてもその地位に実際についてみないと皇太子ではわからないのである
それはここの家でもそうだし会社とか団体と政党とか何でもそうである
社長になってみないと社長がどういうものかすぐにはわからないのである
それで若い人でも重責にある地位につけば能力を発揮することがある
それは経験してみないとわからないからである
人間の能力が発揮できるのは必ずしも能力があるかないかもあるがそういう立場に実際になってみて力を発揮することがある
でもそういう立場を与えられなかったら何も発揮できないのである

それで今度は天皇は夫婦で留学経験があるから外交面で力を発揮するかもしれないとか言われる、天皇となると世界的にも影響があるそこでやはり英語でも自由にしゃべれれば会話がはずむとかなり外交力を発揮するとなる
いづれにしろ天皇を受け継ぐということは国家を受け継ぐとかにもなりその重荷は計り知れないものとなる
それで平成天皇は戦没慰霊者を全国を回ってしてきた、それは日本国家の天皇家の負の遺産でありそれも大きいからそうなったのである
個々の家にも必ずカルマがあり負の遺産がある、プラスの遺産もあるが負の遺産もある
そういうものを担うのが後を継ぐことだと意識するようになる

江戸時代のようなあまり変化しない時代だと後を継ぐということは特別能力がなくてもできた、徳川幕府の将軍が別に能力があるから継がれたのではない、長子相続が継続されたのは平和な時代がつづいていたから継続されたのである
グロ−バル化とか激動の時代になったら跡を継ぐとしても守れないとういことがある
戦国時代では能力のない跡継ぎは駆逐されるからだ
いづれにしろ天皇のようにな国家の跡を継ぐようなものになるとその重責をひしひしと感じる時がこれから生じてくる
でも実際に経験して次代の天皇として成長するともなるがもう天皇制は限界でありそれは大統領制にして国家の重責を担わせる時代へ移行するようになることも考えられる
ただここで国家とは何かとかが問題になる、それもまた二千年の歴史を知らないと答えは出せないのである

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 家を継ぐ我なりしかも牡丹の五六輪庭に重く咲き継ぐ

 天皇となればまさに牡丹である、栄光を受け継ぐとなる、ただ家でもいろいろある、家も何も残さない人だっている 
 子供が親にひどいめにあって死んだが墓参りもしない人もいる、家もいろいろでありカルマがあるからだ
 ただ家は具体的形になっているから受け継ぐというときわかりやすいのである 
 どういう訳か狭い庭に牡丹だけが毎年咲いている、五六輪は咲くのである
 新しく倉庫のような所を壊して作った庭には花が咲きにくいのである
 だからなぜ牡丹だけがこうして咲いているのか不思議だとなる
 私の家は古い家ではない、でも跡継ぐということはこういうことがあるなと思った
 ただたいして金持ちでないにしろ家とそれなりの財産とかがないと跡を継ぐにしても淋しいとはなる
 受け継ぐというとき具体的な目に見えるものだけでもない精神的なものを受け継ぐことがある
 それも遺産なのである、日本精神を受け継ぐとかなればそうである
 そういうものが天皇に凝集しているということが日本の特殊性にはなる


あとがき

七宝焼の皿は売り物である、10万している

 これは令和にふさわしいかもしれない、日の出工芸社となっている
 令和にからんで売れるものがあるし宣伝している
  








posted by 老鶯 at 18:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層