2019年05月18日

藻屑蟹 (徳間文庫)赤松利市(kindle版) を読んで (南相馬市などの除染で金が乱れ飛んで荒廃した話)


 藻屑蟹 (徳間文庫)赤松利市(kindle版) を読んで

(南相馬市などの除染で金が乱れ飛んで荒廃した話)


 
  過剰とも思える賠償金の狙いが、原発避難民と一般市民との分断を意図した施策だと考えればどう でしょ う」 「俺たちは、 それに乗せられた、という ことなのか」
   原発避難民に心底から同情を寄せる市民が、どれだけいるでしょうか?」

   ゼロかもしれないと思ったが、口にはできなかっ た。 「おそらく ほとんどいないでしょうね」   
  「莫大な補償金を得ることで、 原発避難民は孤立してしまっ た」

原発避難民の帰還事業が始まった、帰還した避難民への補償金は原則打ち切られます
高額の補償金で持ち上げられるだけ持ち上げておいて、帰還できなるからといきなり梯子をはずした
避難民は当然不平不満を口にします
その声が一般市民に届かない構造が出来上がってしまているのです
本来は避難民は脱原発を身をもって声高に主張できる立場にあったのです
しかし彼らが主張しているのは補償金の継続です
そんな彼らを脱原発派の人間が仲間として認めるのはむずかしい

このことは私も前に書いた、この小説はめずらしく原発避難民のことを非難している
小説だからできたが今でもなかなかできない、原発避難民からの抗議が出てくるからだ
でもこの小説で指摘した

「過剰とも思える賠償金の狙いが、原発避難民と一般市民との分断を意図した施策だと考えればどう でしょ う」 

こんなことを政府とか東電で意図して過剰な補償金を出したのだろうか?
確かに原発避難民は過剰な補償金をもらったし今でも足りない足りないとして裁判にでも訴えている、それはもういくらもらってもたりないとなる
そういうことを延々と要求すると補償金をもらわない人たちはあいつら金の亡者だとか見るようになる、原発を誘致したときも金が欲しいからであり原発事故以後も金をむしりとるだけむしりとる奴らだとかなってしまった

そのことで別に原発と関係ない人たちもいいものとは見ていなかったのである
ネットでは(原発乞食)とか非難されていた、ただマスコミとかではNHKでも常に原発避難民側にたって放送していた、補償金のことは言わなかった
そのことでさらに原発避難民は冗長したともなる
またボランティアでも絶えず仮設にきて応援していたから原発避難民はかわいそうな人たちとして見られていた

ところがその仮設に住む周りの人は補償金を全然もらっていないのが多かったのである
南相馬市だと原町区は30キロ圏内でそれなりにもらっていたが鹿島区は一人70万しかもらっていない、それでももらっているからいいとなる
相馬市になると何にももらっていないのである
別に放射線量は同じなのである
でも相馬市にも相当な原発避難民が仮設に住んでいたのである

そういうことで鹿島区の人たちは不満であったが表立ってはそのことは放送されなかった私がそのことを書いたら「お前は傷口に塩ぬって楽しいか」とか言われた
それだけもう原発避難者の被害者意識はこりかたまっている、それに一言でも批判すればお前らは情もなにもない人間なのかとなっていたのである
それを助長したのは政府とか東電とかマスコミだったのかともなる
それからボランティアすらそうだったともなる、別にボランティアに悪気がないにしろ善意でも原発避難者様にしてしまったのかともなる

でもこうさせたのは政府とか東電とかマスコミとかであり何か別な施策があったのかともなる
でも原発避難民にすれば被害があったのだから金をもらうのは当然だとなり周りの人たちの配慮が全く欠けていたのである
それは俺たち被害者だから当然でありなぜそんなに文句言うのだとなっていたからである
そこで政府や東電の意図したように深刻な分断状態が生まれた

反原発を言える立場でもいくらその人たちが反原発を訴えても聞かれない

あいつら金だけがほしい原発乞食なんだよ

そういうふうに見られる構造ができているから通じなくなったのである
あいつらが欲しいのは金だけだと見られようになったのである
そのことを私は前に書いていた、もしそんなに補償金をもらわなかったら強力な生き証人であり反原発を主張できたのである

そして鹿島区では底辺の人が家族が三人いたから不満が本当に大きいのである
もし小高区のように補償金をもらったら相当に喜んでいた
一人に十万が払われるしその他ももらえるからそんな金をその人は手に入れたことがないからである、そういう底辺層は小高の人に不満を強く言っていたのである
他でも相馬市とかでもそうである、放射線量は変わらないのに補償金はゼロだからであるそれは政府とか東電の分断政策だったのかともなる
それが首尾よく成功して地元では反原発にならず政府とか東電に一致して反原発と反政府とかの勢力にならなかったとなる

だから外から来た人は会社経営していた人は失敗したにしろ個々人に補償金を払うよりその金で市町村の復興に使うべきだといっていたのもわかる
個々人に補償金を払った結果どうなったのか?
その多額な補償金でいち早く他の街に移り家を建てたりしたからである
まずそんなに補償金がもらえなかったらそう簡単に移住はできなかったのである
だから小高などは失敗だった、そもそも30キロ圏内だからは移住させる必要がなかったのである、それは賛否があるにしろそれほど放射線量が高くなかったからである
これも30キロ内で区切られてそうさせられたのである

国を治める時、分断して治めろというときそういうことがここにもあったのか?
何かそれがここでは成功したとなるのか?
本当に怒りをぶつけるものが仲間内であり肝心の政府や東電にはむけられなかった
例え向けられて裁判になったとしても国民からあいつらはただ金が欲しいだけだよと見られるだけだったからである
第一そもそも南相馬市内で小高とか原町とか一致しない
原町の人が鹿島に来て一致して補償金をもらうために戦おうと集まったが原町は三倍ももらっているのだから協力などできなかったのである
もしその時原町と鹿島が同額の補償金をもらうために戦うならできた
それがないからできなかったのである

つまり南相馬市は30キロで区切られて政府とか東電の思惑通りになったとも見れる
何かそこで自治体としての対策があっても良かったが何にもなかった
そしてみんな補償金をもらうために血眼になっていただけだとなる
この小説ではこの辺が多額の補償金で狂わされたらことを書いているのもわかる
それは石巻でもそれと似た状態が起きていたことも書いている
仙台の国分町などが舞台にてるのもわかる
津波の復興事業で作業員が流れてきて金を手にしたから散財したともなるからだ
その中に刑務所に入っていた人もいたとかもわかる
暴力団も入ってきたからである
そして除染では建設業で莫大な金を手にしたとも聞く、それが報道もされたのである
ついまりこの辺では非日常の世界が生まれ田舎ではもらえない金か乱れ飛んでその金で狂ったともなる

でもその熱気がさめたとき金もなくなったとき後はどうなったのか?
復興はすすまず流出した若い世代は帰らずゴーストタウンになったままだともなる
でも何か補償金問題でのしこりがあり一致して残った人でも協力できないとかある
とにかくこの小説はこの辺の現実を書いている
きれいごとではない現実を書いている    

震災後の一年で石巻の人口は一万人以上減少している
故郷を見限った人の気持ちもわかるよな、弔慰金で大金もらって仙台さ住んでいる人もいるけど石巻に残って故郷の復興のために汗流している人間としては地元を見限って安穏と暮らしている人間に一言謝ってほしいよね」

石巻の人に聞いたけど何か保険とか一億円入ったとかでやはりあそこでも大きな金が入った人たちはいたのである
でもその金をもらって仙台に出て行った、だから仙台の人口は増えたのである
とにかく南相馬市辺りでも仙台から親戚でも来る人が多いのである
それだけ仙台と関係深いのである、今の時代はどうしてもこうして移住しやすいから大きな金が入れば出で行ってしまう
故郷に愛着をもたないことはグロ−バル経済のことで書いてきた
広域社会からグロ−バル経済になると故郷に対する意識は希薄になる
小さな畑で作物がとれなくても野菜でも米でもいくらでも買えるじゃないかとなる
金があれば不便な所に住む必要はない、他に移り住めばいいじゃないかという気持ちになっているからだ
そのこと自体が故郷の価値が低下してまたそこに住む人の価値も低下する
仲間意識もコミニュティ意識も田舎だって希薄化しているのである
だからこそ簡単に街自体が分解してゴーストタウンになったとか私は指摘したのである

何かこのことは私も指摘してきた、津波原発とか自分自身の一身上の介護とか病気のこと自体が小説だった、こんなことがあるのかという信じられないことの連続だったからである、小説を書く能力があれば賞ももらえたのかとなる
それだけの体験をしたからである
小説は一般向きの娯楽にもなる、ただ詩となると理解できるのはわずかである
でも小説にはそれほど価値はない場合がある、通俗小説が多いからである
とにかく私が書いたプログは長編の小説にもなるドキュメントだったのである


posted by 老鶯 at 16:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

田舎と都会の暮らしの相違 (いい面と悪い面がなんでもある)


田舎と都会の暮らしの相違

(いい面と悪い面がなんでもある)


田舎と都会を比べる時いろいろある、田舎でも10万の都市というけど
それが田舎なのか?
10万の都市といっても合併した都市は全然違っている
例えば南相馬市は鹿島と原町と小高が合併してできたから6万以上になっている
原発事故で小高が避難区域になったから一割くらいは人口が減った

ただ10万の都市とかで百万都市とかに住んでいる人は誤解する
合併しているから土地が広いのである
原町はすでに5万とかあったこの辺では都会なのである
だから前から小高とか鹿島は一万くらいの町だから差が大きかったのである

私が今でも一番感じているのは食事がめんどうであり外食したいのだがそれが鹿島とか小高くらいになると極端に少なくなる、弁当屋すらなくなった
原町だととにかく食事するには便利なのである
さまざまなものが提供されている、レストランとか食堂とか弁当屋でも比べると10倍以上の差がある
そしてキクチスーパーが鹿島にもあるが原町に比べると何倍もの差がある
それで鹿島にはキクチスーパーで売れないものと古くなったものとかが置かれているというのも本当なのだろう
品物の種類でもなんでも違うからである
ただ最近シシドスーパーができたので競争が生まれたからそれだけでも良くなったとはなる

だから南相馬市というとみんな市で同じでも住む場所によって全然違っているのである
いわき市などでも30万あるとすると大きな都市と思うがその範囲が広いから住む場所によって相当な差がある、仙台とかのように密集して人が住む都会ではないのである
合併してからそういう都市が増えたからここに誤解が生まれる
だから田舎の都市は原町のような都市部に住む者と周辺部はかなりちがったものとなる
周辺部は買い物でも車がないとできないとなっている

田舎と都会の差はいろいろある、教育でも仕事でもあらゆる面にある
それはいい面と悪い面がありいちがいに語れないしそれを語っているものがインタ−ネットだったらいくらでも今はあるから実情がわかる
田舎の不利な点も相当にあるしいい面もある
だから田舎に向いている人間と向いていない人間があるともなる
また生まれた家によっても左右される
田舎は何か資産がないと生きずらいのである
つまり親がある程度裕福で資産がないと生きずらい
田舎では若い人でも収入が年収でも200万とか低くても親の援助があり家ももっているし車でも家に普通二台はもっている、一人一台もっているのも普通なのである
ただ生れた家で資産がないと何か目立って田舎の底辺になる
そういう人を知っているがたいがい市営住宅に住んでいる
家賃は4000円の人もいたしそれでも三つも部屋があった
それくらでいないと田舎では現金を稼ぐのむずかしいから住めないとなるからだ

ただ田舎と都会の一番の違いはなにか?

多様な選択があるのが都会である
田舎は教育でも仕事でもなんでも選択できない
たいがいコースでも決められている、それは東京のように多様な仕事がそもそもないからである、そうなると多様な職業の人と接することもできない、非常に限られた人としか接することができないから視野が狭くなる
学校でも私立がないから選択できないしあらゆるものでそもそも選択することができないそもそも選択するものがないからである
それで知的には遅れるとか何か才能を活かした職業に従事できないとかある

ただ田舎と都会の底辺を比べると田舎はそれほど苦しいとも見えない、そういうことを語っている人がいる、都会の底辺はyoutubeのLove & Freedom(底辺労働者)のように苦しいのである、追い詰められている
それは親の資産を受け継がないからそうなる
家でも狭いアパートであり東京辺りだと何するにも金になるが底辺だと金がないから何もできないとかなる、だから東京辺りだと底辺は金持ちの奴隷なのかというふうに見える
いろいろサービスが多様にあったとしてもそのサービスをさせられ方とする方に分かれているからだ
それで安く奴隷を使うには金持ちは外国人がいいともなる、つまり都会ではグロ−バリゼーションでも極端なものとして働く、東京辺りだと金持ちも多いが底辺も多いのである
その底辺も田舎の底辺とはかなり違っている
田舎の底辺は家の資産を受け継ぐとか親の援助があり家もあるし車ももっているしと東京辺りの底辺とは違っている
だから底辺を比べれば東京とかは極端化してみじめなのである

ただ田舎だと親からの資産と援助がないと苦しくなる、つまり田舎だと農家でも代々で住んで財を築いてきた家がある、その上に次代のものがある
たいがい家はもっているからである、土地ももっているからそこに資金をかける必要がないのである
そして田舎で住みやすい人はそうして代々住んでいて資産があり社会的地位がある家である、医者とか公務員とか土建業でも社会的地位があり資産があるとなる
農家でも篤農家はそうである、ただ零細な農家はもうやっていけない、果樹と花の栽培とか商品作物になるものを作らないとやっていけない

都会と田舎の相違はいろいろある、そこにいい面と悪い面がある、それを語ったらきりがないとなる
例えば芸術とかになると都会がなんでもあるからいいように見えてもとても自然の中での感受性を磨くことは不可能である
なぜなら毎日見ているのが高層ビルだらけだったり人ばかり見ていることになるからだ
一方で丸森の絶景ポイントから見た蔵王とか海岸線の景色には感動した
それも今までこの年になるまで知らなかったのである
何か田舎に住んでも田舎のことを知らないことがかなりあるのだ
車がないということも影響していたがあんないい場所があるとは知らなかったのである
そういう場所に日常的に行けるとなれば田舎は都会とは比べようがないほどいいとなる
それは価値観の相違があっても高層ビルと人ごみの中にいてそれが幸福なのかとなるからだ

東京辺りだったら散歩する場所もない、サイクリングするにも車の洪水と人ごみを通るから田舎のようにはいかないのである
トラック運転手で足を悪くした人がサインクリングしている、結構遠くに行っている
それが楽しそうなのである、別に安い自転車でもできる
東京では底辺労働者が休みにすることがないというだ田舎だったら自然は親しむことがいくらでもある、別に遠くに行く必要もないのである
だから丸森にあんな景観がいい場所があったとういのもそうである
そういう絶景ポイントはそこに住んでないとわからないことがあるのだ
それもそこで何度も見れるということが違っている

田舎とか都会で情報とか教育格差があるとして情報格差はインタ−ネットで解消したともいえる
まず田舎では本を手に入れることが容易ではなかった、専門的な本はそもそも売っていないからだ
仙台ですら本の量が少ない、それを知ったのはインタ−ネットの通販でこんなに本があったのかという驚きだった
本が手に入らなければそもそも知識を得ること自体不可能だったからその差は大きかった
それが解消したとき何か田舎でも研究者になれるのかとも思った
例えば学者の論文まで読めたことが大きい、それも無料である、自分の古代関係の万葉集の真野の草原について相当に深くわかってきたからだ
これはそもそも学者の論文も読めない本も読めないとなればわかりようがないからだ
こういう点で都会と田舎の格差は解消したことは大きいとはなる


posted by 老鶯 at 10:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題