2019年06月30日

先人の知的遺産を活かす (古典になるものは熟読すべし)


先人の知的遺産を活かす

(古典になるものは熟読すべし)

この世に膨大な知的遺産がある、それをどう活かすのか?
第一林秀彦について知らなかった、林秀彦とプログで発言して死んだ都筑詠一の発言は似ていた、ということは林秀彦から学んでいたとなる
つまりなんらか知的なものでも必ず先人がいて学んでいる
その人の独創的なものとなると意外と少ないということもある
だから類似なものが生まれる、でもそうした先人の膨大なもの活かすことはむずかしい
つまり引用が数行で従になることがむずかしいのである
自分自身が主にならなければ引用できないからだ
ただ引用しているだけではその人のものがないということになるからだ

ただつくづく内容あるものは理解するのに時間がかかると思った
この年になってやっと理解したとか自分自身のものとして理解したとかなる
なんか私は何でも本を読んでも理解するのが遅すぎたのである
でも人間は死ぬ間際になると誰でも必ず見えてくるものがある
もう死ぬのかとなる時、見えてくるもの、今まで漠然として見ていたものが明らかに見えるようになる、そういうふうに末期の目で自然でも社会でも人間でも見ていれば良かったとなる
何か俗謡なものでも諺でもそれがなぜ深い意味をもっているのか?
それは人間が長い間に生きてきた結果として生まれた言葉だからである
それは個人の一生でも長く生きて人生をふりかえると理解できるのである

さよならだけが人生だ

これも本当に人生の終わりに感じる、一体この世で出会うということは何なのか?
みんな家族でも死んだとか、あれほど争っていたものも死んでいなくなったとかなる
みんな結局この世で出会っても分かれるだけだとなるのは別に悟ったわけでもない、ただ現実として示されてわかるのである
人生は本当にliveとはlieve(去る)なのである、去って行く場所でありいつまでもいられる場所ではない、そうなるとき何か気楽になる
ただ一時的にいる場所にすぎないからである

この世で永遠に生きろとなったら地獄だからである、地獄に永遠に生きるとなったらこれほどの罰はない、もしこの世がまともならいい、犯罪は毎日あるし回りの人間だって油断できないとかまたいつ何か災いが自然でもなんでもあるとするとこの世に生きつづけるほど恐怖なことはないからだ
そういう恐怖を自ら受けて書いてきた、弱肉強食の世界なのがこの世だからである
食うか食われるかの世界に生きることは地獄だからである

とにかく先人の残した物を自分の物としてどう活かすのかそれが知的な分野では大事になる、ただまねるだけではない、自らの物として自分の文脈をもち活かすのである
だかから評論は結構むずかしい、その作品でも人物でも知りぬいていないとできないからである
そして今の人は相手にしない方がいい、過去の古典となっているのも熟読していた方がいい、それは汲めど尽くせぬ泉なのである
ニーチェのツアストラなどがそうである、超人は否定しても何か自分の追求した自然との一体感があるからだ、彼も世間を避けて自然の中に身をおいて社会を人間を見たからだ
つまり社会に適合できずにそうなったからである

文明否定になったアウトサイダーなのである、それは60まで引きこもっていた自分と同じだったとなる、ただ彼は天才であり自分は普通の人間だったという違いがあった
でも共通したものがあった
彼の思想は社会を文明を拒否した自然の中で形成されて自然をアイディンティティとしたことで共通していたのである
ただ彼には社会性がなく逸脱してしまった人間である、何か社会の中で働いたこともないし社会で苦労したとか家族で苦労したとかもないように見えるからだ
ただ実際にニーチェを理解することは至難である、そこに凡人の及ばぬものがあるとなるからだ    

「森と岩とは、君と一緒に高い品位を保って沈黙することを心得ている
君は君の愛する木と、あの大枝を広げる木と一体となれ」

孤独がなくなる所、そこに市場がはじまる、そこに大俳優たちの喧騒と毒ある蠅どものうなりがはじまる」

まさに木とか岩とか石と一体化する、アイディンティティしてきたのが自分である
そして「大俳優たちの喧騒と毒ある蠅どものうなりがはじまる」これが林秀彦のいうテレビの害毒なのである
そして大衆はこの害毒にそまり大俳優とは歴史ではヒットラーとかになる
でもそれは空恐ろしいものだったのである、今でもカルト教団が社会を席巻しているのを見ればわかる、その教祖が大俳優なのである
社会が大衆がその大俳優にひきずられてゆく、それが現代の文明なのである
何か政治家はそうした大俳優である、虚構でもいいから大げさに演じるものなのである
それを象徴しているのがトランプ大統領である、本当に俳優なのである

ともかくニーチェとか世界でも数えるほどのアウトサイダーになると昇華することがむずかしくなる、でもそれには文明を糾弾してやまない劇薬がある
ただそれに触れる時凡人は吹き飛ばされる恐怖がある
大芸術家が狂気になるのが多い、ヘルダーリンでもそうだった、いくら文明を批判しても社会性を無くすと危険だったということもふりかえるからである
それを自分自身が家族の介護とか自分自身の病気で嫌というほど味わったからである

立っているいる、立っている、社の大杉
稲妻ひらめく嵐の中でも 大雨しのつく真闇の夜でも
たゆまず、挫けず千年 万年

立っている 立っている 朝日の御旗は
大砲小銃はためく中でも 地の波さかまく屍の中でも
ひるまず 騒がず 光にあふれて
立ってろ 立ってろ 日本子供よ
貧しく生きる父母亡くとも ひもじく悲しい涙のときにも
弱る菜、負けるな 希望を抱いて 西条八十


社会性というとき私自身が一本の木というのを詩にしたけどここにあげた詩は何か違っている、子供に与えた詩でもあるからまた違っている
ここには社会性がある、社会に生きるための教訓としてある
自分自身の一本の木は社会から孤立している木なのである
ただどうしても戦争と大杉が結びつかないのである 
福島県の岩代に杉沢の大杉というのがある、これは社の大杉なのである、それは別に今では戦争と結びつかない、戦争中は何でも戦争と結びついていたのである、だから社会性というとき戦争が社会と密接に結びついていた、何かそこに違和感があるが林秀彦は戦争を否定していない、讃歌している、そういう時代の人だったとなる
今ならとてもその杉を見て戦争とは結びつかいない、平和な暮らしの中で社の中にある大杉は村の要として村に定着して生きる望みともなり戦争とは結びつかないのである

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杉沢の大杉

そこが現代的である、社会の中で昇華されないものとしての一本の木となる
ニーチェの場合もそうなる、社会から離脱した自然の中の園を創造して作り出したのである、だからそこに真面目に働く人などいない働くことは否定されているからである
そこで普通の人はついていけないともなる
真面目な木というとき社会的には真面目に働くということにも通じているからである
社会との一体感もそこに追求している詩として私は書いたからである
ただ自分自身も20代で底辺労働者だったけどその後は働かず旅ばかりしていた
だから社会性が欠如して小人閑居して不善を成すとなった
どうしても普通の人がひきこもりとかなるとそうなるのである
非常に危険なことになる、それだけの力量がないからである
あなたは何をしてもいいです、自由に生きてくださいと言うとき、実際はとまどうのうが普通の人間だからである、社会というのはやはり人間を磨く場所でもあるからだ
それでささいなことだけど駅でボランティアの案内をしたことでも社会性が多少身についたとなるのである

2019年06月29日

一本の木の詩(世界的に普遍的なものとして人間の心がある)


一本の木の詩(世界的に普遍的なものとして人間の心がある)

裸の木
真摯な木
真面目な木
実直な木 
素直な木
真直な木
直截なる木
真(まこと)の木
真率なる木
一本気の木
木と木は向き合う
真摯に嘘偽りのなし
真面目なるものは
真面目なるものを要求し
真摯なるものは真摯なるものを求める
何ものを身にまとわない
木は飾るものがない
寒さがじかにしみ入り
風が吹きつける
自然なる神殿の中にあり
汝は堅く口をつつしめ
自然は神の敬虔なる下僕である 
そこは神の住まいなればなり
かくしてその姿勢で木は倒れる
木は倒れて大地に還る
木は静かに強く生を全うした
神の意にそい全うした
故に後悔はなし
まことは天地に通じて不壊なり
再び天の国に神の意によって立つ
その神殿は朽ちざるべし 

(一本のみはしらここにすぐに立ちまことの陽にそ映えるべしかな) 

私が追求してきたアイディンティティとは何か?
それは私は右でも左でもない、自然との一体感、自然とアイディンティティ化することを試みてきた、自然という時、またそれは地球のことである
確かに国はあってもまず自然が地球が宇宙があって神が作って国も存在したのである
ユニーバスというときユニとは一つのことであり一つの宇宙一つの地球のことである
だからどこの国でも自然がある、木もあり石もあり山もあり海もあり自然がある
その自然の様相は違っているがその国々に自然がある

例えばここに私が作った一本の木という詩はこれは日本に生きているからできたというものでもない、木はどこにでもあり木とアイディンティティ化して文化が生まれる
木はエジプト文明にもあり神殿に荘厳な柱がありそれは木を模したものである
ギリシャのパルテノンでもそうである、それは木なのである
大聖堂でも内部の柱は木をイメージしている、一番荘厳なのがゲルマン系のゴシック聖堂でありそれはドイツの樅の木の森をイメージしてできたとされる
でも別に樅の木はどこにでもある、南国にはないにしてもある
それを丸森で見て感動したのである
石でも岩でもどこにでもある、日本は木の文化だとするときむしろ外国ではインかとかマヤ文明でも石の祭壇を作っているから石の文明となる
石という素材から成る文明だとなる、エジプトのピラミッドにそれが象徴されているのである、石は堅牢だから3000年でも残りつづけているのである

ここで私が言いたいのは自然はどこの国でもあり自然を通じてユニバーサルなものの普遍性を作り得るかなのである
もし詩でも外国に理解されないと芸術でも理解されなければ普遍性はない
でも芸術には普遍性があり絵画などはいいものは外国でも見分けられる
詩とかなると言葉の障壁でむずかしくなっている
でも普遍性があるらなんとか訳すことができる、詩は翻訳できないというのもあるがでも全く通じないということでもない、ただ俳句でも短歌でも翻訳は基本的にできないものである

one Bare tree
one Sincere tree
one Serious tree
one Straight tree
one Honest tree
one Straight tree

何か英語では通じないし訳せない、例えば真摯なというとき日本語では強いひびきがあるでも英語にしたらSeriousとかにしても何かもう一つ違っている
そういうことはいくらでもあるからなかなか言葉は翻訳できないことで言葉が壁となり普遍性をもちにくいのである 
紀元節の国のみはしらというときやはり柱は木なのである
自然の中に真(まこと)と美がある、それは日本人が神道として大和言葉で伝えた

豊国の企救(きく)の浜辺の真砂土(まなごつち)真直にしあらば何か嘆かむ

これが日本人の心なのである、真直なるという言葉に集約した日本人の心がある
その真直なる心を日本社会は喪失した、ただ金を求めるだけであり自然の美にすら感嘆しない、それは世界全体に言える、だからなぜ古代でも中世でも神殿であれ大聖堂であれ作れたのか?それは何か真善美というものを建築によって具体化できたということがあるそれは精神的なるものの産物であり現代の建築と比べるとまるで違っている
現代の建築はただビジネスのための機能的な建築だからである
ともかく大陸の文明では建築に感嘆することが多い、日本との根本的相違がそこにある
日本にも城があるのだがそれにしても城は小さいものが多い、大きなものは少ないのである、そこに経済力の差があったともなる

日本文明は大きな文明の一つとされたとしてもそこに世界への普遍性としての文明といえるのか疑問である
これだけグロ−バル化するとどうしてもユニバーサルなものをあらゆる分野で求められるからである、世界に通用しないものは普遍性がないものは認められないとなるからである

いづれにしろ一本の木で現したものは人間そのものもそういうものを求めて生きるべきなのである
つまり真面目さとか何か単純だけどそうした人間の心としてるるべきものが喪失しているのである、身近なもので樹とか岩とか良くみていると一体化するとそうなるのである 
それは普遍的なものであり日本だけのものではない、だから世界で通じるとなるのだが言葉の障壁でむずかしいとなる
ただ世界の人も求めるべきものであり宗教でもキリストの言う清い心というのはそういうものであり世界のどこの国でも共通のものがある

ただ清いというだけでは人間の心は現せない、真面目だとか真摯だと素直だと真直だとかなるのである  
こういう単純なことが社会で実践されない、第一嘘をつかないということをまず実行できない、あらゆる所で嘘がある
その最たるものがマスコミでありテレビであるというとき茶の間にその嘘を垂れ流すものを神坐のように置いていること自体が異常だったのである
テレビはむしろみんなで茶の間で見るべきものではなかったのである、茶の間に置けば家族自体が猥雑になり卑俗になり敬虔さが失われる、それを林秀彦は指摘した、何かテレビというものをあまりにも安易に受け入れてしまったのである
それがどれほど影響したか計り知れないとなる、そこまで考えた人はあまりいなかった
イスラム教ではテレビまで写真まで偶像として拒否したことにも一理あったと今では思う
それが茶の間にあることで汚染されたのである、テレビはそれだけ下卑たものなのだけど何かテレビに出るだけで名声と力をもつようになってしまった、そこでまず日本人の心は失われ社会全体に波及して現在がある


林秀彦のおテレビ様を読む


林秀彦のおテレビ様を読む


マスコミとかテレビ局のことを今盛んに批判する、その影響力が大きすぎたから批判するようになったのである
マスコミはやらせであり嘘つきでありただエキストラを使ってインタービューをしてテレビ局のシナリオ通りに発言させるだけだとyoutubeで指摘していた
テレビ局はみんなやらせだ、信用していないから見ないとしている

そもそも報道とは何を追求しているのだろうか?                        

あなたは報道局にマスコミにテレビ局に入り何を目的として働くのですか?

それは働いてみないとわかりません、でも何かこうしたいとか抱負があるでしょう

私は真実を追求したいです、国民に真実を知らせて国民を間違った方向に行かないようにしたい

そうです、真実を知らせて真実を追求する、それが報道の目的です

こういう会話があったとしてもではその真実が報道されるかというと現実はやらせでありマスコミは真実を報道しない、何かテレビ局の意向がありそれで報道はまげられる
インタービューでも役のない芸能人を使ったりエキストラに金をやってしゃべらせたりしている、テレビにはマスコミでも真実は追求していないのである
一番追求しているのは視聴率である、それで起業から宣伝費をもらうからである

マスコミ批判は今はインタ−ネットで常にありもうテレビは見ないという若い世代も増えている、NHKでもやらせ番組を作っている、NHKもやり玉に常にあげられている
もうテレビ自体を酷評した劇作家がいた

金儲けする最善の道はその取引相手が馬鹿であることだ、そんなこと誰だってわかる
あらゆる(勧誘はだましのテクニックだ)

テレビは企業の宣伝媒体でありテレビを支配しているのは金をだしている企業だとなる
その目的ははっきりしているそのテレビを支配する金をだす企業の利潤追求のためにテレビがありマスコミがある(おテレビ様と日本人ー林秀彦)

林秀彦は10年前に死んでいた、都築詠一氏もネットだけで発言して死んだ
何か共通点のある辛辣な批評家だった、林秀彦の本は最近読み始めたので遅かったとはなる、でも本を残しているから検討できる
やはり外国暮らしが長い人は日本のことが良く見える

そもそも報道の問題は金がかかりすぎてその金を得るために大企業と結びつく
病院でも高価な設備をそろえると馬鹿高い金がかかる
それを回収するために脳の写真でも一日10人診ないと回収できないとか言っている
それはマスコミでも同じである、設備と人件費にかかるからそうなる
そういうふうに無理すると不正もするようになる、必要のない薬も宣伝して売るとかなるつまり何かこの世の中は莫大な無駄なものに金を使っているのだ、浪費されているのだ
それがまわりまわって国民の税金となって徴収されているのである

林秀彦は日本自体嫌悪するようになり外国に暮らすことになった
日本を賛美する右がいるけど日本をこれほど辛辣にこきおろした人もいないと思った
それが説得力がある、それよりもうテレビとかスマホでもそういう機械が人間の間に入るとそれによって人間はゆがめられ心が通じなくなるとしている

機械が介在すると人間は非人間化する、車に乗ると人が変わる
まったく自分の意識と無関係に人格が機械化する
機械が人間の一部に決してならず、人間が機械の一部になる
テレビと対面している人間、インタ−ネットと対面している人間は顔が変化する
高貴さが失われ下卑る、アホ面になる
それまでその人が蓄積した人間性が一挙に消え去る
テレビに出る側、製作に関与する側にも同じ現象が起きている、スタッフも全員ロボット化している、無意識に

こういうことは別に古代からあった、ソクラテスは文にすることを嫌い語ることしかしなかった、文にすると言いたいことがまげられるとしてただ直接語ることしかしなかったのである
文にすること自体すでに人間にとって別な次元の体験になるからである
肉声でしか話さないともなる、もしスピーカーでもそれが媒介とするときメデアとするときまともに言いたいことが伝わらないともなる
本当の声が声でなくなるということはありうるからだ
面と向かって話すときは言葉だけではな表情とか感情がかならず加わるからである
そういうものが省かれてしまうからである
別にそういうことが機械文明なのだから人間は機械に酷使されて疲弊していると批判する人はいくらでもいる、人間は最後はロボットに使われる奴隷にさえなる
林秀彦がテレビをこれほど痛烈に批判したのは自分自身が劇作家でありテレビ側の人だったからである、そこに深くかかわり嫌悪するようになったのである

正直日本人だげてはない、文明人はもうまともなものがいない、そういうメデアでも機械でも人間の本来持っている人間性をゆがめる、まるでテレビが身近にあり何でも教える師範のようになっていること自体異常だとなる
テレビがお茶の間の中心になったこと自体が異常なことだったともなる
なぜならテレビは俗悪でありまた見る人もそもそも俗悪であり一切そこに人間を高貴にするものがないとしている、テレビとはそういうものだとしている
大衆が生んだ俗悪なものの象徴だったとしている
パンとサーカスでありニュースでも他人の苦しみも見学するショーとなる
現実に野獣と人間を戦わせるのを見ていて楽しんでいたからテレビでも常に形は変わってもそういうことをしている、戦争でもショーとなる、見ているだけなら面白いとなるだけだからである、イラク戦争でも日本で関係なければそうなる

つまり真実を追求するということが報道の使命というときそんなものは一切ない
大企業の宣伝媒体でありそこに人格を向上させるとか真実を知る知識を得るとかは一切ないとしている、テレビを見ているだけで馬鹿になるとしている
本当に一番認知症になりやすいのは嫁にばあちゃんはなにもしなくてもいいですよ、テレビを見ていてくださいと言われた人なのである
つまり人間を痴呆にするのがテレビなのだということになる
ただここまでテレビをこきおろせることには感心した、やはりテレビ側の人だっから余計に嫌悪するようになったのである

つまりこういうふうに嫌悪すること汚いものを嫌悪することができるのは正常な冴えた認識をもっている人なのである
カルト教団に入ってそこがまともだとして活動している人はありえない、創価のように毎日幽霊会員を一票入れてくれと回ることをしていてもそこに疑問を感じない
何かそういう人は麻痺している、それはテレビでも同じなのである                  
テレビを支配しているのは創価の民音であり芸能人は創価関係者が多いという時まさにテレビもそうういものだとなる、芸能人と暴力団は昔から必ずかかわっているからこれも人間の業(カルマ)として変わらないとなる
人間のしていることは今だけではない、ただ手を変え品を変えて継続されているのである

それだけではない、この世の中に憤りを感じない人間はもう悪に染まっても何も感じないのだ、この世がいいところだととかなっていたらその人はこの世にどっぷりとつかっている人である、そして悪もこの世の汚さも感じなくなっているのだ
この世に何か怒りを感じるのが普通である、この世に不正に怒りを感じなくなったらどうなるのか?この世に何か悪いことがありますか?
こうなったらもうこの人はこの世の悪にどっぷりとつかっているのである
テレビにはそうしてこの世の悪になんにも感じないのであるただ大衆の俗悪さをいいことにそれに便乗して金儲けするだけだとなる、そこで一番問題になるのは視聴率だとなっているのである

いづれにしろ正直もう人間に接してもまともな人間はいない、みんな俗悪なテレビ人間の類しかいない、そもそもこの文明から何かまともなものが発信されることも追求されることもないのである
それを人間社会に人間に求めることはもう不可能なのである
ではどこにも求めるのか?

何か自分自身奇妙だけど社会から引きこもり60歳まで過ごした
引きこもって禅僧のように自然そのものと山と木とか石と向かい合い真実を求めて来た
人間には求めない、山や木や石や岩と向かい合えばそこに神の真実が見える
神の真実と向き合うことになる、そこから人間に満ちている嘘偽りは全くないのである
人間は嘘偽りしかないからである、第一職業自体みんなそうなのである
弁護士が正義を追求すると思えば法律を盾にして金を追求している
銀行でも老人から投資信託とかすすめて手数料商売になる、損しても銀行は絶対に損しない、客が損するだけの商品なのである
地銀など投資信託のことなど全然知らないのにすすめていたからである

いづれにしろこの世の中マスコミであれどこにも真実はない、職業では宅建というか住宅関係くらいがまともだとなる、そこでは嘘はつけないからである 
住宅が壊れたりしたら責任が問われるからである、ごまかしにくいからである
後はなにかしら嘘つくことが多いのである
だからこの世にまともな人間はいない、するとどこに真実を追求できるのか?
それはこの社会から離れて禅僧のように引きこもり自然の真(まこと)に接することである、そこに嘘偽りのない神が創造したままの世界が今もあるからだ
つまり極力テレビは見ない、雑音に接しないで沈黙の行をすることだともなる
そうなると社会では異常化するから禅寺にこもりそれを認めてもらうほかないともなる
なぜなら社会ではそうしたことをしにくい、どうしても社会に合わせなければ生活できないからである

テレビの「ヤラセ」の実態を暴いた証拠画像がこちら!
                                                              

2019年06月28日

情報社会とは何なのか? (モノより情報自体に価値がある社会)


情報社会とは何なのか?

(モノより情報自体に価値がある社会)


情報社会というときこれも何なのかわからなかった、情報社会はインタ−ネットが社会で一般化したときからはじまっていた
そしてスマホになりそれは世界で一般化した、ベトナム人でもネパール人でもスマホをもっているからである、スマホを通じて世界が情報化したともなる
つまりインタ−ネットとスマホで世界の情報化のインフラができあがったとなる

でも情報化というときそれは社会にとって世界にとって何を意味しているのか?
それが良くわからないのである、これがわかるのは情報を発信しなかぎりわからない
受け身で情報を受け取るだけだとわからない
情報化社会とは情報を誰でも個人でも発信できることにあったからだ
それが一番の変化だった

なぜならインタ−ネットがない社会の世界の情報はすべてマスコミに握られていた
一個人などかかわることができない、マスコミで発言できなかったら情報を伝えようもないからだ
それでどれだけマスコミの力が大きく第3の権力になったのである
テレビに何を発言するかではない、テレビに出れば顔が売れる、それだけで議員でもなんでも力をもつことができた、何百万人の人にテレビに出れば知られるからである

でもテレビで発言できたものはテレビ局から選ばれたものでありテレビ局の指示通りに発言する人である、テレビ局の意に沿わない人はテレビには出れないのである
そして何も発言できないしテレビ局の言う通りになる
だから原発の危険性とか原発を反対する放送はほとんど見かけなかった
それは福島県のマスコミでもテレビでも雑誌でも新聞でもそうである
なぜならテレビ局は新聞社が経営しているから同じになるのである
それで原発事故が起きたとき朝日新聞社の幹部まで東電に中国に招待されていた
その歓待されていたとき事故が起きたことでも象徴している
電事連からは800億という宣伝費が東電に流れていた驚きである
電事連というときそこは労働組合も入っていたのだから野党も関係していたのである

ではなぜマスコミがこれほどまでに力をもっていたかというとテレビ放送できる権限は六局しかない、するとそこに情報のすべてが集中することになる
そしてその影響は何百万人が必ず見ているのだから大きいのである
世界でもイラク戦争の時がそうだった、海鳥がイラクによる戦争で油まみれになったという映像が世界に衝撃をもたらした、それはやらせだったのである
それだけ映像の力は大きかったのである

いづれにしろ情報社会とは何なのか?
情報がマスコミだけのものではない、庶民へ一般人のものになったのが情報化社会である情報は今までマスコミを通じてしか伝達されなかったからである
それで私が無人駅で案内してそのことで具体的に鉄道のことに興味をもってプログで放送した、無人駅から鉄道全般の問題に波及して社会を知ることになったのである
それはただ無人駅になったので昼間買い物帰りにちょっとよって様子を見ていたことか偶然にそうなったのである
誰もいないから偶然に案内してそうなったのである

第一そんなところに伝えるものがこれだけあったということは意外だったのである
ということは本当はどこでもささいな仕事の場でも伝えることがあると思った
それができるのがインタ−ネットだとなる
そういう個々の目立たない仕事の場では伝えることがないと思ったからである
放送という時、目立ったもの事件が主になるからだ
ありふれたことは放送されないから知ることができなかったのである

情報社会とは何か?それは農業だったら確かに作物に関心がありそのことに一番関心がある、しかし農業自体にどうしてその作物ができるのかということに興味をもち知りたいということもある
私自身がそうだった、田舎にいるからみんな農業を知るとは限らない
ただ田畑に囲まれているのだから何もしなくても都会とは違う
でも実際に農業にたずさわる人は田舎でも少ないのである
だから農業のことを実体験として知っている人は少ないのである

それで小さな畑で野菜を作る人と知り合い実体験としての農業の話を聞いて興味をもった冬にかえって野菜は育つというのも意外だがそういうことは知識で知っていた
冬(ふゆ)は増えるから来た言葉であり農業の実体験から生まれていたのである
その人はしきりに冬は作物が育ちやすいと言っていたからである、これも意外なことなのである
そういう情報をじかに聞くことでその人に作物は何ももらえなくても資金の援助をした
結局作物は何ももらっていない、ただ話を聞いただけだとなる
でもふりかえるとそこでの実体験の情報をじかに聞くといことで情報に価値を見出して金を払っていたとなる

こういうことができた金額は実際大きいものだった、その人はいつも金に困っている人だったからである      
このように今の社会は作物自体に価値があることは言うまでもない、でもそれにまつわる情報にも価値が出る社会である、それはある程度余裕ができたからとはなる
そうでなければそんな情報だけに金を払うなどありえないからである
つまり情報社会とはモノだけではない、そのモノにまつわるものに価値が生まれる社会である
実際その人は別に家に来ても何もしない、畑の話をするだけである
二三枚皿を洗ったが今はしない、家事は全部自分がしているからである
つまりその情報に金を払っている、他でもモノだけではない、情報に金を払うべき時代なのである
情報は無料だとはならないのである

例えば喫茶店でもレストランでも見晴らしのいい所にあると安らぎ覚える
それは食べるだけの価値ではないのである
ただたいがい街の中にあり見晴らしとか景色を楽しみコーヒーを飲んだり食事する所はまれなのである
そういう付加価値を今は求めている、外食産業が落ち目になっているのは必ず同じもので飽きるからである、でも景色とか飽きないのである
季節感があり飽きないのである、だから景観の価値は消失することがないのである
食事は必ず飽きる、だから価値が永続できないのである

それで相馬市の日立木の柏崎のカフェドマニは景色もいいし薔薇の庭があったからそこで価値を生み出している、海老のニコニコ堂も納屋を改造して作り隠れた所にあり庭もあるから価値を作り出している、庭を散策するということで価値を生み出している
つまり食事だけではもう価値を生みだせない時代になったのである
こういうふうに時代によって価値が変わってしまうのである
ただ食事だけを出してもうける時代は終わっているから外食産業は別な付加価値のあるものを提供しなければ衰退すると説く人がいたのもわかる

観光というとき情報社会と密接に関係している、もちろんその土地のうまいものを食べたいという欲求は変わらない、それと同時にその土地のことを歴史文化でも知りたいとういことがある、その歴史と文化を知って食事を味わうと楽しさが増すのである
それを外国旅行ではバックパッカーで金がないからできなかったのが残念だったとはなる日本ですら郷土料理自体食べられない、どこでも同じである
郷土量料理を食べるとしたら相当に高くつくからである
ただ料理も文化なのだからただ食べるだけが人間ではないからその料理の成り立つ由来を知ることでその土地の歴史や文化を知ることになる
それで面白かったのがリヨンのブションという料理の由来である

メニューは豚、牛、羊の頭や足、胃袋、心臓など、内臓系料理が多いのが特徴。 貧富の差が激しかった当時、メール・リヨネーズたちが安価な臓物を美味しく調理し、労働者に提供していた事からこのような料理が生まれました。

こういう由来を聞くとヨ−ロッパの階級社会を実感する、料理は韓国でも中国でも宮廷料理があり一般の庶民に普及した
日本で殿様料理がない、それは侍も庶民も同じようなものを食べていたともなる
ただ城下鰈というのがあり侍しか食べられないものがあったから日本でも侍料理があったとはなる
まず外国ではそうして何か歴史と文化を知るのは容易ではない、だから自分は旅ししてもほとんどそういうことは知ることはできなかったのである

経済学者は絵画の販売量を経済学の科学的な研究では考慮の外に置くことにしているのである、その絵画のもっている本来の(essential)その作品そのものの価値をなんらかの質として認識していない、経済学者は量を計算して質を知ることがてきない
富のなんたるかを知り得ないのである(ラスキン)

文化経済学とかでも言うようにまさに情報の価値とはこういうことでもある
ただ絵画とか音楽でも鑑賞すること自体がむずかしい、詩ももっとも鑑賞しにくいから
その価値が認められないのである、すると量として計れば価値がないものとなってしまうのである
ただ成熟する社会では経済だけの価値だけですべてを計ることができない
金だけですべてを計ることはできない、人々は文化的な価値を求めてゆくのである
それが情報化社会でもある


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カフェドマニ(相馬市日立木柏崎)

crests of venice(ベニスの紋章) abstract paintaing in venice


crests of venice(ベニスの紋章)

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ヨ−ロッパは芸術的に刺激される場所である、ベニスのような都市は他ではありえない
それが国家でありイスラム圏にトルコまで力をもっていた
ヨ−ロッパには都市国家がありそれが歴史的魅力を作っている

Europe is an artistically inspiring place, a city like Venice can not be the other
It was a nation, and it had power to Turkey in the Islamic area
Europe has a city state that makes it a historical attraction




2019年06月27日

無人駅化の問題の情報を集める (鉄道に関する法律があり駅には個人でもかかわれる?)


無人駅化の問題の情報を集める 

(鉄道に関する法律があり駅には個人でもかかわれる?)  

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ここの番組が無人駅化の問題を動画で要約している、これを見れば具体的に問題がわかる


始発から午前6時半まで駅員が対応せず、インターホンで対応する駅が広がっています。もしも転落や落下物などがあった場合、発見した乗客がインターホンで近くの駅に連絡をとり、駅員がいない場合は、そこから人が駆け付けるということになります。
埼玉県は、このインターホン対応駅名を把握していませんでした。私たちは独自に調査をし、JR武蔵野線、JR宇都宮線、高崎線の大宮以北、川越線など、相当数にインターホン対応の駅が広がっていることを確認しました。早朝無人化と言えるインターホン対応は中止し、駅員を配置すべきです。また、JRは更にインターホン対応駅を広げていく計画ですが、待ったをかけるべきです

JRは更にインターホン対応駅を広げていく計画ですが、待ったをかけるべきです。企画財政部長の見解を求めます。交通政策基本法は「交通に関する施策の推進は、国、地方公共団体、交通関連事業者、交通施設の管理を行う者、住民その他の関係者が連携し、及び協働しつつ、行われなければならない」としております。法に基づき、鉄道を利用する住民が県やJRと協議のできる場を設置すべきです。企画財政部長の答弁を求めます。


 JR九州が3月のダイヤ改定に合わせて実施予定だった大分市内8駅の無人化について、日豊線の牧駅を除く7駅で先送りされることが15日、分かった。障害者や高齢者を中心に利用者からの反対意見が強く、このまま導入しても理解が得られないと判断したとみられる。    

 駅無人化は法に逆行


 首都圏の駅にもじわりと広がりを見せている。今年3月からは東船橋駅のほか、同じく総武線の下総中山駅や幕張本郷駅にも、早朝時間帯の完全無人化が導入された。無人化の決定に一律の基準はないようだが、これら3駅の1日の平均乗車人員は、下総中山と東船橋で各2万人程度、幕張本郷で約3万人(いずれも2017年度)の規模になる。

改札の部分的な無人化については、2013年度から23区内の駅にも導入されてきた。これらの駅では「駅遠隔操作システム」を活用。近隣の駅から券売機類を監視・操作し、客対応はインターホンを通じて行う仕組みだ。


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 2018年時点で約5万4000人と5年前と比べて4000人減少した
 そして大量退職を迎える55歳以上が4分の一をしめる 

 自動改札機というのは意外と高価で複雑で大掛かりなメカなので、どこにでもポンポン設置するというわけにはいかない。切符が詰まる等のトラブルが起きたときにどうするか、という問題もある。


1日の乗客が100人程度の駅にすら駅員を置けと?
たった100人のためですら1ヶ月15万円以上もの人件費を掛けろと?
この設定なら乗客一人あたり1500円以上の収入がないと見合わないね。 

これだけの情報があった

交通に関する施策の推進は、国、地方公共団体、交通関連事業者、交通施設の管理を行う者、住民その他の関係者が連携し
及び協働しつつ、行われなければならない

住民その他の関係者が連携し・・・ということはその自治体の住民がかかわることができる
何かJRが決めるものではなかった、住民であれば誰でもかかわれるのか?  
個人はだめなのか?そこには規定していない、こういう法律があるということも意外である

JRでは退職者が増えるとかしても補充しない、5万人から4万人になってもそれで間に合わせる、そのために自動化をすすめている
それは鉄道を利用する人が減っているからだ、地方の田舎の無人駅はそうであるからやむをえないのかとなる
でも都会の駅でも無人駅化しているのはなぜだろうとなる
それはJR全体で人を減らすことにして自動化を進めているからである、人手がたりなくなるしコストでもそうである
田舎だけの問題としてとらえていないのである

ただ無人化してインターホンで連絡しても隣の駅の人がかけつけてくることは鹿島駅ではない、水戸駅で一括管理するようになったからである、ただ水戸駅から連絡があれば原町駅でかけつけることはありうる
盲人の人が一人通勤していて原町駅の駅員が危険だからと呼び出されたことがあるからだ
今は駅の高校生の見守り役が案内していると思う、私がその人に盲人が来たとき教えたからである

ただインタホーンではわかりにくいことがあった、第一初めての人はどこにあるのかわからない
また会話するにもわかりにくいことがある、それで私が仲介して話して支持したのである
無人駅の問題は初めて利用する人がいるとき慣れていないから問題になる

無人駅を見ていて感じたことは何でも機械化自動化AI化とかの時代になるけどそれですべていいのか?

その問題を提起している、でもコストを抑えねばならない、働き手も少なくなるときどうして維持するのか?
それはJRだけの問題ではない利用者の問題でもある
JRでそれだけのサービスを要求するならもっと鉄道を利用してくれとか電車賃をあげるとかするとなる
特に国鉄から民営化したとサービスはコストでするとなったからである
誰がそのコストを負担するのかが問題になるからだ
ただ機械化自動化でもコストがかかっている、券売機を改札を自動化してスイカで無人でできるにしても故障したりすると業者にたのむ、定期的に点検しているしそこで金がかかる、つまり自動化機械化でも必ず保守点検に金がかかるのである
だからそうしたコストはいくら人を減らしてもかかるとなる

とにかく高齢化社会になると自動化しているとめんどうになりわからない、インタ−ネットを設置していてもわかりにくいとかなる
それはテレビで報道していた、それを駅で案内して自分も感じたからである
老人は人の案内がないとわからないのである、機械とかに弱いからである
つまり自動化機械化社会は高齢化社会に向かないのである、高齢者は障害者ともにている、障害者は人がいなくなると困るというときそうである、でも障害者のために社会があるのではない、そのコストを払う方になると大変になる
障害者とか福祉には限度がある、それだけの余裕がもう日本にはないのだから要求もできないとなる

法に基づき、鉄道を利用する住民が県やJRと協議のできる場を設置すべきです

こういっても個人では通用しない、無視される、商工会とかの団体で交渉しないと通用しないのである
せいぜい邪魔になるとかで排除されるだけになる
ただ南相馬市とJRで交渉して駅に高校生の見守り役を置いたのである
ただそれも駅の業務はしないという契約で置いた、それも理解できなかったがやはりコスト削減のためだったのだろう
商工会にゴミの処理を頼んでいる、そのためには金を払っているからである
また委託すればその分金を払うようになるから頼まないとなる
駅の高校生の見守り役は南相馬市の方でNPOに払っているからだ、JRはそのNPOには金は払っていないからである
  


駅に七夕の飾り(南相馬市(原町)ICにバスセンター)


駅に七夕の飾り(南相馬市(原町)ICにバスセンター)

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駅に幼稚園なのか保育所なのか七夕の飾り
アイスクリーム屋になりたいといのが短冊に三つあった
アイスクリームが食べておいしいから印象に残りそうなった
消防士になりたいとかもあった

ただ駅に電車を見に来る人がいた、孫を連れて来る人がいた
ただホームに入ると人がいなくても監視カメラが見ていて注意される
それがうるさいのだ、今は誰も見ていてないようで見ている
まず駅はつくづくうるさい場所なのである
だから今はかかわらない、昼間に高校生の見守り役がいないとき客と話ししたりするだけである

東北アクセスのバスセンターが常磐高速の入り口にできていた
そこにはコンビニがあり喫茶室がある
そこが休憩所になっている、それでコンビニでコーヒーを買ってそこでお菓子でも買って食べて休めるからいいと思った
でもあそこからバスに乗る人がいるのか?街からずっと離れているからである
原町の百円ショップでもコーヒーが飲めて百円の菓子を買って食べることができるのが便利である
喫茶店だとそうしして気軽には入れないからである

バスも双葉大熊間がバスで行くほかないからいわき市までバスで行くと便利である
またさくらバスは東京まで行く、予約制である
5000円とかで安いが時間的に疲れる、大きなバスではないからだ

なんか私は介護とかで疲れて遠くに行く気力がなくなった
だから介護になってからほとんど遠くに行っていない
仙台までも今年になって一回行ったのかそれもわからない
たいがい一か月に一回は行っていたけど行かないのである

老人になると遠くに行くのが億劫になる、人ごみとか乗り物でも疲れるのである
だから60まで海外でも行っていたのが良かった
もしそうしなかったら介護になって海外に行くことができなかったから大損失であり
知識でも発言することでも幼稚なものになって笑われていた
そして意外と人生は短い、またたくまに過ぎる
二度と旅もできなくなる、退職してから自由に旅しようとしてもそこに思いがけないことが起きてできなくなるときがある
人間には意外とそんなにチャンスが与えられていないし時間も限られているのだ

一千万人が消費者金融を利用(見えない現代の貧困)


一千万人が消費者金融を利用(見えない現代の貧困)   




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これも衝撃である、一千万人が消費者金融を利用している?
貯金ない人がこんなにいる
でもなかなか日本人が貧乏だとは見えない?

要するには今の貧乏と昔の貧乏は違っている
昔の貧乏は貧乏に見えるしみんな貧乏だった
今の貧乏はレベルが高い暮らしを維持するための貧乏になった

クーラーを設置するからなんやかにやと金がたりないとなる
全部福祉でもしてくれないからだ
最近暑くてクーラーがないと死ぬこともあるから必要になる
でも昔はクーラーなどなかった
トイレも外のトイレで農家の人が汲み取りにきて無料でもっていってくれた
水道はなく水は近くの井戸あるところからもらっていた
家には飯台一つしかなく裸電球一つだったとかなる
自転車は一台でそれを修理して新しいものを買うことはなかった
こういうことをあげればきりがなくなる
乞食もいたから貧乏が見えていたのである、今でも後進国ではそういう生活をしている

現代の貧乏はまず電気代水道代携帯代、スマホ大、車代、クーラー代とかそういう基本料金にかかる、そこからして貧乏になると家計に負担になってくる
教育費でもかかる、つまりそもそもレベルの高い生活をしているから貧乏になると一段と苦しくなる
そして回りでもみんなそういう生活しているからまわりに合わせる必要がある
でも現実貧乏になればクーラーがある生活すら携帯をもつことすらできないのである

すると結局どうなるのか?

消費者金融から借りることになる、そしてその利子が馬鹿高いからさらに追い詰められるとなる
確かに福祉から借りられるにしても手続きがめんどうだからあまり利用しないとなる

何かおかしいのは事業を失敗して経済的に苦しいのにそれを隠している
車もいい車に乗って夫婦で一台づつ車を持っている
その人は別に事業に失敗したとは見られていない
平均より上の暮らしをつづけていたのである
それで自分が病気とか介護になった時借金を要求しやすいからしてきた

その人が本当に昔のように貧乏で食うものがないというものではない
だから今日食べるものがないから助けてくれとは言わないしそんな貧乏とは違うのである依然としてハイレベルの生活をするために借金を要求してくるのである
それも事業に失敗したからその額は大きくなる
でもその人が外から見たら成功した人として見られているのである

そんな人とつきあったらどうなるのか?
多額の借金を成功した人としての生活を維持させるために要求されるのである
その人は別に最低限の生活には困らないのである
ただ事業に成功した人としての外分を保つために金が必要だとうして借金している
また借金でもギャンブルして借金している人も多いと思ったがここの報告では意外と少ない
となると現実に日本は本当は貧困化している
でも依然としてこれまでのレベルの文化的生活するためにそうなっているのである

自分自身の生活費でも他者に援助しなければ13万あれば間に合う
そして計算して不思議たったのは一か月の生活費を例えば月20万として

それを5日のばすと5×12=60日になる

一日の生活費は200000÷30=6666

二か月延ばすと60日になる

6666×60=199980

一年で約20万節約となる、この額が大きいのである

20万を10日のばすとその倍になるから40万一年で節約になる

この計算が何かピントこないのである
でも間違っていると思えないのである
時間の長さで金が節約されているとなるしまた時間の関係で利子でもそれが積もり積もれば高くなるということがある
ただ人間は一年間隔で金の計算でもなんでもしていないのである
人間は長い時間で計算することができない

それで人間は時間を一番無駄にしている!

つまり人間の時間は限られている、何をするにもそうである、何かスキルを身につけるにも必ず時間がかかる、そして時間は平等に与えられている
天才でも金持ちでも時間は平等である
ただ時間を活かせないのである
天才でも膨大な知識がありすべてに精通することなどできないのである
だから凡人でも知識でも何でも積み重ねれば最後にその道の達人になったり専門家になれるのである

金の問題でも長い時間で計ることができない、ただ金というのは人生でも何か計算が必ずはずれる、常に人生でもリスクがあり計算が狂うのである
ただ時間で積み重ねることで最後に実りがあることは確かである
ギャンブルのように大金が入ることはまれである
特に何か知識とか趣味とか心を豊かにするものは日ごろの積み重ねで実りとなる
ただ語学でも何か学び方が悪いとモノにならない
時間を有効に使う方法がありただ時間だけかけても上達しないのである

いづれにしろこれだけ貯金がないとか消費者金融に金を借りている日本は本当に貧困化している、その無理がいつか表面に出てくる、その時どうなるのか?
氷河期世代とかが非正規の人たちが大量に生活保護になるとか団塊の世代が75歳になり病気や介護になるとか負担が増えてどうなるのか?
現実にその人は氷河期世代で非正規であり青森の施設に親を入れているが何かと必要なものがあり金を請求されて困っているというのもそうである
親は貧乏であり福祉となると頼る者もいないから苦しいとなる
それがさらに全国的に極端化するのが氷河期とか非正規が60歳になる頃である
年金ももらえない人があふれる、今でも国民年金だと4,5万しかもらえない人が結構いるのである
今になり年金が大事だったとつくづく思う、なぜなら年金は死ぬまでもらえることが強みなのである、それで死ぬまで保証されるからである

posted by 老鶯 at 10:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2019年06月26日

日本が孤立する理由は地理だった (中国は近くアメリカは遠すぎた―中国の脅威が増してくる)


日本が孤立する理由は地理だった

(中国は近くアメリカは遠すぎた―中国の脅威が増してくる)

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国際関係でも地理的要因が大きい、アジアは日本にとって近い存在である
韓国は古代から一番近い存在であり交流があった
日本の天皇が伽耶からでたというのもそうである 

対馬から韓国・釜山直轄市までの距離は49.5km

最狭部はケント州フォーランド―パ=ド=カレー県カレーで、34km。

この大陸との差が日本を作ったのである、近いのでもない遠いのでもない、第一対馬から50キロとしても津島からさらに福岡は島伝いで147キロある
合計200キロもある
だからとても近いとは言えないのである
イギリスとヨ−ロッパ大陸は本当に近い、陸続きとはならなくてもそれに近いから大陸の一部だともなるしそういう歴史が形成されたことが地理からわかる
歴史と政治でも地政学がベースとなる

なぜ日本は中国に進出してアメリカと戦争となったのか?

これも地理的要因が大きい、地理だけではないにしろ基本的には地理が要因となった
なぜなら中国大陸は韓半島経由で近いがアメリカは大平洋を挟んで離れすぎているからだするとアメリカのことを実感として日本では知り得ないのである
だから韓国から中国に進出して満州で戦争が起きるとアメリカのことは考慮しないで戦線を拡大していった、それも西安(シーアン)まで日本兵が行っていたことに驚いた
なぜそうなったのか?そんなに戦線を拡大したのか?
それはその時代中国が欧米の植民地化して弱体化していたから日本をつけ入る余地があった

それよりアメリカが遠すぎたからアメリカのことを考慮しなかったのである
最初の敵はイギリスとオランダとかヨ−ロッパが植民地化した所だったのである
その時最初に攻撃したのがシンガポールでありマレーシアでありその最先端のジョホールバルに姉が従軍看護婦として地獄の苦しみを受けた
その戦争でイギリス軍はアジアから追放されたのである
フランスはベトナムでありここでも日本軍がベトナムの独立軍と戦ったとかある
日本はヨ−ロッパとの戦いでは勝っていたし勝った
でもアメリカが参戦することで負けたのである

つまりなぜかというとアメリカが遠いからアメリカの驚異を感じられないことがあった
韓国中国は常に日本にとって身近な存在である
でもアメリカは歴史的に明治維新の時にペリーが来たというくらいだったのである
強大なアメリカを見ていなかったし見れなかったともなる
それはあまりにも離れていたからである
この地理的要因が日本の運命を決めていたのである
陸続きだと常に驚異を感じる、それは理屈無しでそうである
真珠湾攻撃でもアメリカ本土とは遠いからという計算が働いたかもしれない
その頃交通は主にに船だったからである、一か月もアメリカまでかかったとしたらアメリカは軍事的にも遠い存在だったのである
その時中国は弱体化しているから進出を容易とみたのである
最大の敵はイギリスを主体としたアジアの国を植民地化した国だったのである

結局この地理がその国の運命を決める、これから逃れられない、地理は変えることができていカルマとなっている、だから同じことが起きる
今や中国が強大になり日本がのっとられるというときもそうである
中国は近いからそうなる、その脅威から逃れることはできないのである
だから沖縄でのアメリカ軍の基地騒動でも結局左翼が反対してもではそのあとアメリカ軍が撤退するとどうなるのか?
沖縄は中国に支配される、それを沖縄県民も望んでいるから当然そうなる
それがどういうことになるのかは沖縄県民も考慮していないのである
中国に属したいとなればそうなる
沖縄では絶えず日本軍に対する恨みを言っているからである
では中国に沖縄が支配されたときやがて日本は中国に支配されることが現実化する

つまりその時アメリカは中国と戦わない、日本を捨てるというときアメリカは別に日本は遠いし中国も遠いからかかわらなくても何の不利益もないからである
そうしてまた日本は第二次世界大戦の時のように孤立するのである
中国ともロシアとも対立するようになり孤立無援になるのである
そういう地理的カルマを背負っているからだとなる
日本はもう日本だけで防衛しなければならないというときまさにそうである
日本は離れ島のように孤立して援助がないのである
アメリカに頼っても遠すぎるからあてにならない
もし陸続きだったら近かったら即アメリカの脅威になるから事態は変わっていたのである
中国人が凶暴化している動画をを見た

謎の中国人市場


そこでも韓国人と同じことを言っている、戦争で日本人に殺された中国人のことを思い、謝罪しろとか堂々と言っているのには驚いた
それは不正に道路で商売していて周りの人に毒ついていたのである
この光景を見たとき怖いと思った
中国人は日本人に根強い恨みをもっていていつかそれを晴らすとしている
それで強国化したとき日本は危険な状態になる
これはベトナムとかネパールとかの外国人労働者問題とは別である
日本侵略の先兵として日本へ送り込まれている
また中国の人口増加対策として人減らし政策として送られている
中国の人口が最盛期でも4億くらいしかなかったのは驚きである

今中国の人口圧力が増大して日本が移民先として狙われている
日本のいろいろなものが買われるという恐怖を言うのもわかる
だから中国人の労働者は規制すべきだとなる、その背後に中国国家があるから危険になるいづれにしろ中国の強大化はアジア全体世界全体の問題になっている
それはアメリカと中国だけの問題ではないのである
最も身近なのが日本なのである、それは地理でそうなっているのである

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これをキンドルで読んだ、400円で安かった
キンドルPCだと画面が大きいので読みやすい
でも持ち歩きのキンドルは画面が小さいので読みにくい
スマホでも読みにくい、そこが一番の問題なのである
パソコンは操作しやすいから老人にも適しているのである

posted by 老鶯 at 14:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

グローバル化の波が押し寄せている「日本社会の現状」と「英語の必要性」について


グローバル化の波が押し寄せている「日本社会の現状」と「英語の必要性」について


Love & Freedomからの疑問

外国人スタッフが言う
日本人は何もどうせ何も買わない、たいしたものは買わない、接客する必要がない
ツアー客の外国人が次から次と買うのを見る

外国人が底辺労働者を見ている、腰が曲がっている老人でも働いている
日本の現状を外国人は知っている

外国人労働者が地方でも増えてくる

多文化共生が好きである、刺激的である

日本人が日本語がなくなり日本の歴史も文化も消失してゆく

英語が共通語にてってゆく、日本語を学んでも意味がない
日本語を学んでも役にたたない

日本が委縮していることを知っている、日本語を勉強しても他の国で働けない

外国人は日本にずっといるわけではない、今円が強いからいるだけ・・

外国人が集まって蚊帳の外に出されるないように英語を勉強する

日本政府は団塊ジュニアを救わない、日本は老人が増えるだけ



ここで疑問なのはそんなに英語をベトナム人とか中国人とか話しているのか?
ネバール人のガイドは英語を使っている、でもネパール人全部が英語を話せけるわけではない
ただ東南アジアはイギリスの植民地になったので英語を話す人が多い
だからネパールでガイドが英語を話せるから商売になる
英語が話せるということは英語を使う国が多いのだから役立つ
日本語覚えてもそこでは役にたたないのである
ただ翻訳アプリなどではめんどうくさくて通じにくいと言っている
確かにスマホの翻訳アプリを駅の高校生の見守り役が中国人に説明していた
でもなかなかめんどうになることは確かである

自分の失敗はもっと早く外国に行って実際に英語で話ししてみるべきだった
英語の勉強の仕方も悪かった、今ならインタ−ネットとかあるから勉強しやすい
それで外国旅行したときは英語をしゃべったこともないのに結構しゃべった
それで英語が通じたということは役に立ったという経験をしたのである
でなければほとんど英語を使わないから英語を勉強する気がなくなる
今は海外旅行にも国内旅行もここ十年は介護でしていない
そうなると駅でフランス人が来たのだが英語で案内しようとしたが英語が出てこないのである

ただ正直この人がなぜこれほど英語にこだわるのかということがわからない
みんなそんなに英語を使っているのか?
第一底辺労働者自体が肉体労働派が多いだろう
ただフィリンピンから来た肉体労働者は大学卒だったとかあり仕事がないので出稼ぎに来ている人はいるが一般的に知的な仕事をしている人たちではないだろう
だからそんなに英語が必要なのかともなる
かたことの日本語でもしゃべって建築現場などでは通じているというからだ

多文化共生というとき自分自身も何か外国に興味があり文化的交流ならしたいとなる
でも底辺労働者はそういう人達ではない、日本で日本円が欲しいというだけである
日本の文化とか歴史に別に興味あるからきているのではない
フランス人の小学校の教師は日本の歴史と文化に興味があってきていた
多から野馬追いとか平泉まで行こうとしていたのである
ただそこでわずかな時間でありコミ二ケーションはできなかった

とにかく多文化共生というとき外国に観光旅行する人にはありえる、観光ならありえる
自分自身も特にヨ−ロッパに興味をもっていた、そこの歴史に興味をもっていた
それで帰ってからも勉強して詩にしたりしている
でも日本に来る底辺労働者の目的は円が欲しいというだけであり文化的なことに興味がないのである、またそんなことても得にならないから英語を使った方が世界で通用するとなるから英語を使う

ここでの問題はそういう人たちは日本人になる気はない、一時的に滞在して円をかせぎたいというだけである、そういう人達である
ただ近くのホンダで働くネパールの人は長く日本にいるから妻を日本に呼び永住権があるから日本人になるのかとなる

●つまり日本人になるというときやはり英語より日本語を覚える、それは強制される

●一方で円を欲しくて帰る人は日本語などむずかしいから覚える必要がないとなる

永住して日本人になる人と一時的に滞在する人と分けることが必要なのかとなる

一時的に滞在する人は日本の円が強いから働く、でも日本が衰退することを知っているから永住する気はないとしている

でも日本人なら衰退してもここで生きてゆくほかないのである
ただ日本人もそうなると外国に出稼ぎに行き日本に来た外国人と同じ待遇になるのであるそれもカルマだとなる、つまりいつまでもどこの国でも優位に立つことはできないのである
アメリカだって今やもう中国と対等であり中国に負ける
そして日本からも撤退するとしている、そういう力関係も変わるからである
中国があれほど強気になれるのはやはりアメリカがどういう状態にあるか知っているからだろう
結局国々でもせめぎ合い興亡があり変わるのである
いつまでも栄える国もないのである、だからアメリカが衰退する、日本も一時興隆して衰退するというのも宿命だともなる
ただ日本が良かったのは高度成長時代の二十年くらいだったとなる
それも短い時間でありはかなかったともなる



外国人労働者の増加で職場・生活はどう変わる?】第19回:国際競争力をつけるには、
日本語を話せるグローバル人材より英語を話せる日本人を育てるべき

英語についてはいろいろ意見があるけど日本人が英語が苦手なのはもともと英語を使う相手がいないからである、しゃべる機会がほとんどないからである
英語をしゃべる機会がふえればまた必要性があれば庶民でも覚える
それで印象的だったのは長野県の宿のおばさんが外国人とだきあってまた来てくれと言っていたことである
それは嫌なことでも日本が貧乏になるとそうなるのである
奴隷化にもされるのがグロ−バル化なのである
食べるために英語だって覚えるし嫌なことでも外国人にこびることでもする
でも普通は英語は使わないから使わないと忘れてしまうのである

学問的にとか文化的にとか芸術的にとか英語とか語学を追求しているのはまた別だからである
グロ−バル化とは一部のそうした知的エリートとかのものではなん庶民まで及んでくるのがグロ−バル化なのである

posted by 老鶯 at 09:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2019年06月25日

中国人がベトナム人の人材派遣を請け負う (日本の底辺と外国人労働者が競う時代に・・)


中国人がベトナム人の人材派遣を請け負う

(日本の底辺と外国人労働者が競う時代に・・)

ベトナムでは外資系企業が人材派遣会社を経営することはできないが、中国の送り出し機関の関係者が裏で関わる形で日本への送り出しビジネスが始まったという。

中国の送り出し機関が持ち込んだのは、日本の受け入れ機関とのネットワークや単純な人材派遣のノウハウだけではない。

「中国で行われていた日本の受け入れ機関へのキックバックや過剰な接待がベトナムにも引き継がれています。技能実習生の増加とともにベトナムの送り出し機関が乱立して競争も激しくなり、営業攻勢が強くなっています」(同前)

駅で見たのはベトナム人を引率する中国人だった、なぜ中国人なのか?
その解答がここにあった、中国人が斡旋していたのである
中国人が仲介業になっていたのである

カンボジアでも中国人が百万人いるというときもうそこはカンボジアなのか?
いかに中国人がいたるところに増殖するかわかる
カンボジアはもう中国人がビジネスでも支配する国になっている
やがて国自体を中国人が牛耳るようになる
そうなっている国もある、それだけ中国の影響が拡大して増大したのである

確かにこれまでは欧米中心のグロ−バル化だった、今でもそういうことは継続されているしかしそうしたことも米中の貿易戦争となり中国の存在がこれから増してくる
ヨ−ロッパでもイタリアが中国の一帯一路の中に組み入れられるとかになる
それだけどこにも中国人が世界中を跋扈する、もともと中国人は数が多いのだからそういうことがあった、でも今はそうした底辺労働者ではない、ベトナム人を日本で労働者として斡旋しているのは中国人だというときもそうである

それで底辺労働者のLove & Freedomのyoutubeでも深夜の労働現場はもう外国人だらけであり日本人が入り込めない、コミ二ケーションがとれないと訴えている
日本語が通じない世界になっている、そこで日本人は排除される
だから英語を使ってコミ二ケーションをとるほかないとしている
それはさしせまったことであり英語を実用化することなのである
その英語もあくまでも高度なものでなくて簡単な支持を英語でできるレベルだという

これは実体験の報告でありリアルである、youtubeにはそうした実体験から語るから
リアルなものとなりマスコミの報道とは違っている
第一マスコミの人は学者でもそういう実体験から語っているのではない、論議もしないからである、上からの目線で語り論議するだけだからである
だから切実な訴えとはならないのである
また一つ明らかにyoutubeで報道の変化が起きている
ただこれもなかなか最初は理解しにくいものだった
ただ今やマスコミとyoutubeが対比して見られるということで大きな変化になった
youtubeはテキストよりわかりやすいから見る人も多いのである

結局マスコミは媒介するもメデアである、でも発言する人自体がメデアをもったのがインタ−ネットであゃyoutubeとかである、媒介するものはいらなくなったのである
そこに生々しい真実が暴露されることがある、直接医者が裏側を語る人もいる
それはマスコミで語られないものである
それで実態が赤裸々に明るみ出さされる、つまりどこで仕事していてもそこで仕事している人が一番詳しいのである、だからその現場をそのまま伝えれば驚きとなる

この辺では最初は福装(裁縫)に中国人が来ていて今も継続して来ている
そして今はベトナム人とネパール人が来ている
とにかくベトナム人とネパール人は増えた、ここはまだ貧しいからである
ネパールは最底辺国である、山ばかりなのだからそこで何を食べているのかわからなかった、ベトナムだったら二毛作で米をとれているから食料に困るとは見えない
平地も多い、ネパールは平地がない、山ばかりだとしたらどうしても耕地でも奴の斜面とかになる、だから山ばかりで土地を活かせないのである
ただそうはいってもペルーのインカでも山ばかりでも高地でも高度な文明を作った
ただネパールの不思議は熱帯のジャングルがあり象がいてサイがいてトラまでいる
ワニもいた、これもここがいかに原始的な状態がまだあるかということである
だから裸足て山岳地帯を歩く人がいたのである

いづれにしろそうして外国人が来るときその国自体に興味をもつ、その国の自然とか文化でも興味をもつ、だから外国人そのものがヒトが入って生活するとなるとモノが入るだけのグロ−バリゼーションとは違ったものになるのである
人と人の交流になりそこに軋轢も生れるし相互理解も生れる
ただ底辺労働者が入る単純労働者はそうした文化的交流とは別なのかもしれない
中国だったら奈良時代に唐まで行ったのはあくまでも文化交流である
そこで学んで漢字を取り入れたことが最大の交流だったのである
だから今の外国人労働者が入ってくるのとは違っていたのである
ヒトが他国に大量に入れる時は奴隷である、戦争に負けたら奴隷にされる
それでスラブとは奴隷の意味である、その後も黒人が奴隷とされた
まずそうした人たちに同等の権利を与えることはなかったのである

だからこれだけの人間が自由に国に関係なく移民化する時代はなかった
日本でも歴史でも経験していないのである
だから外国人労働者を奴隷として扱うこともできない、欧米のような奴隷化する歴史もないからである
日本人は召使でも平等に扱う家族のように扱うとかなり使うことができないとなっているからだ、そういう文化がないからである
つまり外国人をどうあつかうか?その経験も歴史的にもないからとまどうのである
それはモノが入ってくるのとは全く違ったものになるからである
それでつくづくネパールで外国人をカースト化するのもわかる
日本人もカースト化されているのだ

日本だと中国が外国人ではアジア人では一番上のカーストになっている、欧米人はもともと一番上のクラスだった、アジア人では韓国在日ー中国人ー台湾人ーベトナム人ーネパール人とかなる、人種が混交するとそういうふうになりやすいのである
ただ日本が貧困化するとそのカーストの順位が下がりやがて外国人の奴隷にもなる
なぜなら日本人はもう外国に出稼ぎに行く時が来ると言っている人がいるからだ
そういうことが外国人労働者の底辺に起きている報告がLove & Freedomのyoutubeで成されている、日本語が通じないという、日本人は外国人グループから排除される
つまり外国人労働者の下位に置かれるとまでなりつつある、そうした競争が強いられるのがグロ−バル化した世界だとなるのである

種子島の鉄砲伝来でも中国人がポルトガル人の通訳に

100人ほどの南蛮(ポルトガル)商人の乗った一隻の船が強風により漂着した。代官より報せを受けた島主の種子島時堯(ときたか)はこれを赤尾木湊に曳航させ船主と会ったところ、乗組員の中にいた商人が見慣れぬ鉄の棒(鉄炮)を持っているのを見つけた。
 言葉は通じなかったが、これが欲しくなった時堯は乗組員の中に五峰という中国人がいたことから彼を通訳として筆談で話を進め、高価にもかかわらず二挺の鉄砲を購入したという。ともあれ、こうして二挺の鉄砲が種子島時堯の手に入り、彼はこれを「稀世の珍宝」として家宝にしたという。これが鉄炮伝来の瞬間であった。

ここでも日本人は中国人と筆談していた、漢字を使えるからそうなったのである
今でも中国に行くと筆談である、皆目発音はわからなかったからだ



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中間層の没落は国家を維持できなくなさせる (国家へ忠誠心がなくなり国も守れくなる)


中間層の没落は国家を維持できなくなさせる

(国家へ忠誠心がなくなり国も守れくなる)


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日本の中間層の没落の方が深刻!

日本は高齢化の度合いがアメリカより大きいのでより深刻
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アメリカでも高齢者の貧困があり65歳以上でも働いている人が増加している
アメリカと日本はにている




1997年をピークに、年収で55万6千円も減少した。給与所得者数を所得階層別にみると、増加しているのは年収2000万円以上のごく一部の高額所得者と、年収500万円以下の層であり、年収500万円〜1000万円の層は減少している。


働きながら生活保護水準以下の収入しかないワーキングプア世帯は、就業者世帯の4・2%から9・7%と2倍にもなった。「貯蓄ゼロ世帯」(2人以上世帯)は30・9%、1997年から2015年の間に3倍に急増した。


アメリカ人の中間層、850万人が退職年齢時に貧困レベルへ?

世界の歴史を振り返った時、空前の繁栄を享受した帝国がほどなく崩壊した背景には、必ずといっていいほど共通した出来事があった。中間層の没落である。古代ギリシャの民主政、ローマ帝国、唐王朝等々、いずれも中間層を没落させたことが衰退、そして滅亡の引き金になった



中間層の没落が国家自体を衰退させる、それがアメリカでも日本でも起きている
中国では経済が上り調子で日本の高度成長時代と同じになった
でも格差が拡大化して同じ問題が起きてくる
分厚い中間層が形成されるとき国は安泰である
それを成したのが高度成長時代の日本だった 
その中間層が没落した時アメリカではトランプ大統領が生まれたのである
日本はなんでもアメリカに追随する、アメリカに起きることは遅れて日本に起きる

中間層の没落はギリシャのポリスでそうだったようにポリスへの忠誠心をなくして貧富の差が増大して傭兵を雇ったりして弱体化する、国家でもそうである

ブドウやオリーブを栽培する農民は、内陸部との貿易で莫大な利益を得られるようになりました。内陸部からギリシャへ穀物や金銭が大量に流入し、それに比例するようにギリシャの各々の都市国家(ポリス)の人口は増えていき、その後の繁栄の基礎を築いていったというわけです



ギリシャは貿易国家であり日本とにていた、高度成長時代は電機製品を輸出することで分厚い中間層が形成されたからである、その中間層がバブルの崩壊で没落して下降する経済になり現在がある
格差社会は国家への忠誠心を喪失させる、それはアメリカでも日本でも同じである
日本は明治維新で侍をなくした、国民国家とした、それで西南戦争は国民国家とするための戦いであり侍階級は廃止された、それは中間層が増大して国民意識が芽生え国家への忠誠心が醸成された

でも戦前の国家意識は国家への忠誠心は経済的要因より対外的な要因から起きた
欧米列強に植民地にされるのを拒否するために起きたのであり経済的要因だけでは語られないだろう、すべてを経済的原因では語られない、なぜなら植民地にされたくないという動機は日本のプライドであり心の問題だからである
アジアの他の国はすべて植民地にされたからである
だから歴史でもすべて経済的なものに原因を求めることはできないのである
個人でもプライドがあり国家にもある、プライドをかけて人間は戦うという歴史観も納得する、そうなると経済的には損失になる、それでもプライドをかけて戦うのが人間だとなる、だからすべて経済的側面からだけで歴史を観ることはできないのである

ただ中間層の没落とか弱体化はポリスでも弱体化したしまた国家でも弱体化する要因になったことは間違いない、一パーセントの富裕層がいてもいくらその人たちが金をもっていても国は守れない、なぜなら南米をみると一パーセントの富裕層がいてもその他は経済が崩壊してホンジュラスとかでは国を捨ててアメリカに移民するために流出しているからである、一パーセントの富裕層がいても国は守れない崩壊するのである

だから現代はグロ−バル化経済になったときその構造は共通して起きる
極端な格差社会になり国家自体が維持できなくなる、国民は国家に忠誠心をもたない
むしろ多国籍企業とかになると国家自体が邪魔になる、もうけるためには国家の障壁をとりはらうことがいいのである、それはただ経済的動機だけで動くことになる社会だからである
国家とは民族のアイディンティティを無視して経済合理性だけを利益だけを追求すればいいとなる、人間はただ経済的ユニットになる、そこに文化とか何か精神的アイディンティティは喪失させる、でも人間はそういうことで生きる価値があるのかともなる
人間はすべて経済的なものだけで生きているわけではないからだ
その矛盾がグロ−バル経済で大きくなっているのだ

いづれにしろ間違いなく中間層が没落するとポリスでもそうだったように国家でも一体感がなくなる
中間層が分厚く存在している時はポリスでも国家でも忠誠心がますが極端な格差社会は国家自体への忠誠心が喪失して他国が攻めてきても誰も国を守ろうともしないだろう
それは何か南米とかの大金持ちが私兵を雇って城塞化しているとにている
そういう私兵は金でやとわれているだけであり傭兵と同じであり金だけの動機しかないからとても守りきれないとなる
最後は主人を裏切って金を奪いばいいとしかなくなる
つまり忠誠心は得られないのである、それは個々人でも金持ちの家で働く召使とかでも起きてくる、どうして忠誠心を得られのか?
現代だったらもう金の関係でしかないというとき、かつては侍でもその家臣でも忠誠心をもっていた、それはそういう社会があったからそうなりえたとなる
何か精神的紐帯があったからありえたとなる

ともかく中間層の没落は国家自体の危機なのである、でもそういうふうにアメリカでも日本でも危機を上層部は感じていないのである
やがて中間層が没落して下層と上層に二分されるとき国家の一体感は喪失してどうなるのか?
そういうときフランス革命とか中国でも革命が起きる、反乱が起きる
そうして少数者の上層階級は襲われて危険な状態になる
そういう革命は歴史でロシアでも起きたしどこでも起きているからである
分厚い中間層が存在すればいくら下層がいても少ないから抑えられるのである
でも下層が増大して格差社会になり階級社会になると国家でも社会でも不安定になり
反乱や革命が起きて国の一体感はなくなり他国から攻められても国を守る意志もなくなるつまり中間層が没落することは国防にとっても危機なのである
ただグロ−バル経済では世界的に起きていることである

世界的な格差社会階級社会が形成されている、グロ−バル経済の中で国家の中でも格差が生じている、グロ−バル経済になるとある所に金融関係でも操作して莫大な富が集中するためである、でもその富が中間層に回らない時、国家自体が弱体化して富裕層も上層部もその富も守れなくなる、なぜなら国家と民族は最後の紐帯であり精神的アイディンティティを持つものだからそれを否定できないからだ
そういうせめぎ合いが世界で起きる
アメリカでもアメリカファーストというときそれは数パーセントの金持ちのためなのか?それを否定して没落する中間層にトランプが訴えたのである
それは国家というのは一パーセントのものが50パーセントの富を得ているとなるともう国家は存在しない、国家とはやはり多数のものでありそんな極一部のもののものではないからである、そんな国家は成り立たないのである
だからこそ中間層の没落はアメリカでも日本でも中国でも危機なのである
それを無視していると国家自体が崩壊してゆくのである


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2019年06月24日

カンボジアの今はどうなっているのか? (カンボジアに魅力を感じるのはなぜなのか?)


カンボジアの今はどうなっているのか?

(カンボジアに魅力を感じるのはなぜなのか?)

タクシーの車両は3か月前に15,000ドル(約165万円)の借金をして購入したばかりだった。そのほかに生活資金として1,000ドル(約11万円)の借金がある。いまも月に500ドル(55,000円)の返済をしなくてはならないが、仕事は、妻が調味料や食品を細々と販売するだけ。主をなくし、とても返済する余裕はないだろう。

日本人に殺されたカンボジア人の経済状況は厳しかった
借金してタクシーの車両を買っていた、これは高い!
バイクで案内されたときは中国人がバイクを貸していた、バイクは現地で日本人が安く買っている、あれから10数年過ぎる変わっている、日本人より金持ちも生れている

日本人はなぜカンボジアでたいして金のならないタクシー運転手を殺害したのか?
それは情報不足で日本人のタクシーのように思ったのか?
それだって殺してまで金がそこにあるわけではないのだから不可解だとなる
でもタクシー始めるのに車だとこれだけの最初に金がいるということは簡単には始められない、需要はあるから返せるともなるがまだカンボジアでは相当な額である
ただカンボジアでは車でもバイクでももてばそれで商売になる
ただ十数年前と事情が違ってきている、中国人が100万人入っているとかいうのも驚く中国人は自国が発展してきた時の状態であり通販とか何か中国で商売したことを始めれば成功すると言っている
それにしても中国人が多いことに驚く、そんなに多かったら中国人の国の一部とも化してしまうし東南アジアは中国の発展ですでにそうなっている

カンボジア関係のyoutubeで情報が見れる、なぜカンボジアのような所に魅力を感じるのか?未だにまだ発展途上の魅力である、物価も安い、そこで日本人がまだ金にものいわせることができからなのか?
もうタイとかマレーシアとか東南アジアでも日本より裕福な人も普通にいるだろう
それでタイ人でもマレーシア人でも大阪に日本人の買春に来ているという逆な現象が起きている、これもカルマである
日本がが貧乏になれば今インパウンドで日本人がもてなしで必死になるようにそうなる
売るものがなくなればそうなるのである

とにかく十数年前行ったときとまだ同じ状態もあるが中国人がみるみる発展してカンボジアにも百万人いるということは驚きである
日本人も何かそこで起業しようとする人がいるが成功するのは4パーセントくらいだという、日本人がプノンペンだったとかたむろしていた
何かそこで起業しよとしていたのかもしれない、中高年でありそういう人は日本でも起業しても成功しないと報告している
日本でまともに仕事できなければ外国でもできないのである

もはや完全に「中国の植民地」だ。だから、「今度アンコールワットに行ってみたい」という人には、私は「本気ですか?」と必ず聞く。そして、「中国と中国人が好きなら別ですが、そうでないと全然楽しめませんよ」と忠告する

アンコールワットに行くなら覚悟したほうがいい。完全に「中国人の観光地」となり全然楽しめない。

これがカンボジアの今であり十数年前でもバイクをカンボジア人に貸して商売していたのは中国人だった
もう中国マネーが入り支配される、日本人はそこで起業してもうける状況にはない
インフラの整備も今は中国人が中心だからである、中国無しではもうカンボジアは成り立たなくなっているのだ

いづれにしろカンボジアの魅力は原始的なこと生活がありまた何か人間の悪の面でもむきだしになった混交した世界がある、欧米と日本でも中国でも発展するとみなにたようなものになる、都会だと今は世界でもどこもたいして変わりないのである
それでかえってそういう混交した猥雑とか何かそういうものがある所にかえって魅かれることがある
それで世界中から人が集まるともなる、そこになにか異次元の人間の世界を見るとなるからだ、文明化された都会だと整いすぎてつまらないともなる
ただそこに生きる人は苦しい、でも観光客として傍観者として来れば面白いともなるのである
そしてそういうところだと何か昔に帰ったようなタイムトラベルに乗って昔に来たようになる
インドでは炭を使っていたし白黒のテレビでゲームしていたり牛が路地を歩いたりとかしていた、そこはペレナスでありガンジス河の岸で死体も焼かれている
牛の糞が干されて燃料にされているとかなる
インドもこうして混沌とした生活がありそれは文明国では経験しえないものだからそういうものを求めて旅する人はいる

団塊の世代となると何度も言っているけど戦後十年はそういう後進国の生活があった
燃料は炭だったし水は近くの井戸からもらっていたとか水道もなかった
便所は外にあり近くの農家の人が糞尿を肥料にしていた
そういうものが畑に使っていたりしたけど今は化学肥料になったのである
だからそうした昔の生活を知るには後進国に行ってみると見れるのである
ただタイとかはもうたいして先進国と変わりないとなるし中国でも都会は日本より裕福な人たちになった
それも本当に十数年でそうなったのだから変わり方が世界でも激しいのである

人間はその時代時代に雰囲気がある、それが一時代が過ぎると変わるからいくら何か語られても本を読んでも映像を見てもその時代の雰囲気いうのが実感しえないのである
子供時代のこともあまりに遠くなりその時代の雰囲気が子供として経験していたからわからなくなる
まずその時代時代の雰囲気はその時代に生きてみなければわからない
戦争など特にそうである、戦争だけはもういくら語り聞かされてもとてもイメージできない
でも小学生でも中学生だった人でもその時代の雰囲気を実感している
それでその時に日本の美があったとかその時代にこそ本当の日本があったと回想する作家がいた、その時国民は異様に高揚していたのである
それは戦争というものがただ戦後は否定されてきたからである
戦争を反戦平和からしか見ないからそうなる、そういう面があってもその当時の雰囲気はとても体験できないのである 

私の姉は従軍看護婦でシンガポールで対岸のマレーシアのジョーホールバルで4年間いて地獄の苦しみ受けて帰ってきた
そして死ぬ直前まで戦争のことを語って死んだ、認知症になっても戦争のことは忘れなかった、忘れられなかったのである、それで千回も聞かされてうんざりしたとはなっていたそういうことはとても戦争は否定されるべきだとしても何か日本人がその時一体となり高揚したものがあったことは確かなのである
戦争は讃歌すべきではないがその時代の雰囲気は戦争というもので日本人が一体となり高揚していたということもあった、でもその時代の雰囲気はもう実感しえない

だから歴史をふりかえるときどうしてもその時代の雰囲気が実感しえないことが致命的なのである
海外旅行でもカンボジアとかなると現地に行って肌で感じないと実感しえない
それもかなり長く滞在しないとわからない、実際は住んでみないとわからないとなる
なんとか海外旅行を50歳でしたから良かった、今になるともうできない
体力的にできなくなった、だから海外旅行はとにかくどこでもいいから早い内にした方がいいしできれば留学をした方がいいとなる

何か鋭い批評ができるのは日本を相対化できる海外で生活した人が多いからである
日本を知るには外国に住んで客観的に相対的に見ないとわからないからである
また歴史を勉強するのも今の時代と昔を比較することによって見えてくるものがあるからだ、ただ歴史の問題はその時代の雰囲気がもう50年過ぎても実感しえないものとなる
そういうふうに時代の雰囲気が変わるからである
高度成長時代だと何か異常な熱気が日本にありジャパンアズナンバーワンとして注目されたようにこの時も日本全体に高揚感あった
私は会社員でないから実感しえなかったが会社でも今と相当に違っていた
そこでも高揚感があったからその時代もバブルで崩壊して今は衰退感しかなくなっているのである
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カンボジアで日本人2人をタクシー強盗殺人の疑いで逮捕


カンボジアで日本人2人をタクシー強盗殺人の疑いで逮捕

カンボジアのビル崩壊、死者18人に 中国人所有者ら4人拘束


朝日新聞によると、世界遺産アンコールワットで知られるカンボジア中部のシェムリアプで2019年3月17日、タクシー運転手を殺害した疑いで、カンボジア警察は日本人の男2人を逮捕しました。

逮捕されたのは、福島県出身の中茎竜二(なかくきりゅうじ)容疑者(23)と、千葉県出身の元自衛官・石田礼門(いしだれいもん)容疑者(23)。2人は3月17日に、シェムリアプで乗車したタクシーの運転手を殺害し、車外へ捨て、逃走しているところを捕まったとのこと。2人は現金目当てだったと供述しているそうです。

その後のフジテレビの報道によると、2人は日本円で約400万円の借金があり、奪った車で移動しながら強盗を繰り返そうと思ったと供述しているとのこと。

これも何なのだろうか?
アンコールワットには私も滞在していた、そこには日本人がたむろしている
中高年の人もいた、何をしているのかわからない、長くいる
ヨ−ロッパから売春しに来る人もいた
なんか女性が5ドルで買えるとか貧乏な国だった
最底辺の国はカンボジアとネパールである
カンボジアは内戦で200百万人死んだとか疲弊した国だがここもアンコールワットがあり観光に力を入れている、貧乏な国では観光でかせぎ売春で稼ぐ
日本が戦争に負けたときのように傷病兵がいて物乞いしていたし他でもベトナムのハノイでも一軒一軒まわって物乞いしていた、それはベトコンだった人だろう

そしてバイクを交通手段でありバイクはホンダでもそのバイクを貸しているのは中国人の経営者である、バイクを十台でもあればそれを貸して商売になる
東南アジアでは中国人がそうして入ってきて金儲けしている
アンコールワットには中国人の兵隊が描かれている、つまりその時アンコールワットが栄えて中国人も来て兵隊になっていた時代があったとなる
そういうふうにカンボジアが栄えていたときがありあのアンコールワットが残った
何かそれでビジネスとかに関係ない自分ですら資本があればバイクを買って貸せば商売になると思った、でも地の利で中国人が商売しているのである
それも十数年前だから今は中国人が相当に進出して中国人に支配される

カンボジアのビル崩壊、死者18人に 中国人所有者ら4人拘束

これもずさんな工事だったのだろう、中国人が所有しているのもバイクを貸して商売していたのが中国人だからわかる

そもそもなぜ日本人がカンボジアのような貧乏国に言って強盗しなければならなかったのか?それもイメージすらできない
日本人が襲われるならわかるけど日本人がタクシーを襲ってそれも残酷に殺してどれだけの金が入るというのだ
400万の借金あるとしてそんな金をカンボジアで手に入るのか?
麻薬の密売ならわかるが何か理由がわからない、でもなぜこんな凶悪な犯罪をしたのか?終身刑にもなるという、これも若気の至りなのか?
何か若い時こうして無謀なことをして過ちを犯しやすいからだ
そういう経験をみんなしているからだ、それにしてもあまりにも凶暴である
ただ借金に追い詰められた人は怖い、自分もそういう経験しているからわかる
もう見境いなくなるからだ、人殺しでもなんでもするとなる
でもカンボジアでしてどうなるのか?そんな金を持っている人がいない
当面の金がなくなってそうしたのか?              

それにしても最底辺の貧乏国でそんなことするのか?

それだけ日本が貧乏になっているのか?そうかもしれない、一人は福島県出身の元自衛官である、何か自衛隊でそういう訓練を受けていたのか?
やはり日本は今や貧困国家になっている、もう日本人の若い人は逆に外国に出稼ぎに行く時代になるというからそういうことでこういう事件が起きたのか?
日本がの貧困化が深刻化しつつありそれが若者に波及しているのか?
十数年でこんなに変わるとは驚きである

自分自身も経験したことは金がないということで地方で苦しんでいる人がいて自分も相当な被害にあった、だから日本国内でも貧困化すると治安が悪くなる
追い詰められた人間が増えると犯罪は確実に増える
だから金をもっている人でもそれがわずかでも狙われるということがこれから起きてくる格差社会とは金持ちにとっても安閑としてはいられない危険に満ちた社会になるのである貧困が他人事にならない、南米ではいつ子供が誘拐されるかわからないとか安心して暮らせなくなっているからだ

ともかく新たな犯罪が起きてくる、犯罪はなくなることはない、そこに絶望しかないとなる、カルマは消えることなくつづく、暗黒の世界はなくなることはない
日本が貧困化するとき若い世代に負担がかかってくる、だから今の時代は若い人にとって負担が大きくなるから生きにくいとはなる、でも氷河期世代よりはいいのかともなる
世代間によって差が生まれる
そして世代間で理解しあえなくなる、それは人間社会で常にあった
とにかく今はグロ−バル化して交通が発達しているから急速に変化するのである
中国があんなふうになるとは思いもよらなかったからである
新幹線が走る、ITではアメリカをぬくとか十数年前に考えられないことだった
第一鉄道でも車両に人間が家畜のように都会に仕事を求めてくる人を詰め込んでいたからである世界の変化が激しいのである、
それは交通が発達しているからそうなる
それがグロ−バル化を推し進めるのである
そして日本が時代に取り残されているということになった
日本がは後進国になり貧困化してそんな事件が起きたのかとなるとそこまで日本も落ちたのかと信じられないともなる

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2019年06月23日

馬の俳句の紹介(野馬追いがあり馬と親しむ地域)


馬の俳句の紹介(野馬追いがあり馬と親しむ地域)

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ここでかたつむりをテーマにして下の方で馬をテーマにしている
テレビの俳句の番組だったのか?

ここで騎乗して・・・・とあり梅雨晴れとかあり馬をなでるとかあり何か野馬追いで馬とかかわるから紹介した

人間は見ているだけではわからない、騎乗してというふうに馬に乗ったとき見える景色が違ってくる

また馬上とかの漢詩もある

桃花馬上(無題) 夏目漱石

桃花馬上少年時 桃花馬上 少年の時、
笑拠銀鞍払柳枝 笑うて銀鞍(ぎんあん)に拠って 柳枝を払う。
緑水至今迢遞去 緑水今に至って 迢逓(註1)として去り、
月明来照鬢如糸 月明(げつめい)来(きた)り照らす 鬢(びん)糸の如きを

(註1)迢遞(ちょうてい) はるかに遠い。

桃の花の咲く頃馬上に居た少年の日の私、
銀の鞍を置いて柳を払い、得意になっていたものだ。
時は水の流れとともに移り、はるかに遠くへだたった、
今は月の明かりが白いものがまじった鬢を照らしている。

野馬追にもこういう風景がある、馬上に凛々しい姿があったが老いる
白いものが交じった鬢を月の明かりが照らすというふうになる
何か人間は老いるのが早い、白髪になるのが本当に40とかでもなる人が結構いる
第一40でおっさんだとかもう先がないというのも早いとなる
それだけ人間は老いるのが早い、時間が過ぎるのが早いのである
それは若い時はわからない、その若さはたちまちすぎて老人になっているのである

老いてなお殿を守らむしりへにも行列つづく武者なりしかな

野馬追いでも結構年取った人が参加している、野馬追いだってどうしても若い人は少なくなり年の人が多くなる傾向があるだろう
ただ旗取などは若い人でないと無理だろう、
野馬追いは戦国時代の侍の時代の再現である、だから侍の時代で中心になるのは殿様である、それで未だに相馬藩で殿様が活きているとなる
そういうことはもう日本にないのだがここで殿様として迎えているのである

野馬追いがあるというとき相馬では馬がテーマになっているのだ
だから今馬が活きているのは競馬なのである
実際に馬が活きているのは競馬しかないからである
それで競馬ファンが賞をとった馬を見に来ていたのである

ただこの辺では馬を飼っている人がいて馬と親しむことがある
でも馬というのは本当は乗ってみないと騎乗してみないとわからない
だからここのプログで騎乗して見える景色や感じを出していたのである
自転車でも自転車に乗って見える感じるものが違うからである

確かに馬に乗った時侍になる、偉くなった感じになるのがわかる
馬に乗る高さが関係している、人は下になるからどうしても見下す感じになる
そして行列の前を横切るなと前は二階から見るなとかなっていた
つまり侍になった気分になりそれで金がかかるけど出たいともなる
そういう気分は今は味わえないからである
侍とは馬に乗った人なのである、なぜなら徒歩(かち)とかになると徒歩(かち)町とか足軽町とかなり馬に乗る人と区別されていたからである

いづれにしろこの辺では今頃になると馬を見かけるのである、ほら貝の音も聞こえたりするのである

posted by 老鶯 at 22:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 野馬追い関係

「クルマを捨ててこそ地方は甦る」藤井聡を読む


「クルマを捨ててこそ地方は甦る」藤井聡を読む

この本は私が日ごろ指摘したことだった、そのことをプログに書いてきた
クルマを持っている人は地域に愛着をもたない度合いが大きくなる

鳥や虫の鳴き声を聞くこと
道端に咲く花にふれること
地域の人々とあいさつすること
地域の人々と会話すること

こういう機会がクルマではなくなる、クルマと自然でも人でも交流を遮断するからである一つの閉鎖された空間なのである
それで何度も自転車のことでそのことを言ってきた
最近買った電動自転車で行くのは舗装されていない道である
それも隠された細い丘の間の道だったりする
それで俳句や短歌を作ったりする

ふるさとの小径やあわれスミレかな

ふるさとは小径なのである、そういう道がある所か故郷である
またマウテンバイクだと悪路でも行ける

悪路行くマウテンバイクや夏あざみ

これも自転車で行くから自然と一体化するのである、クルマだったらそういう自然にふれることができないのである
だからクルマはキレル乗り物なのである
自然との親和性もないし人間との親和性もない、キレル乗り物なのである
突然猛スピードで走ってきて去ってゆくキレルの売り物である
自転車は目障りとなり歩行者も目障りであり無視される
「危ない、馬鹿野郎」と言って猛スピード走りさるキレル乗り物である
それが人格まで変えてしまったからあまりにも影響が大きくなりすぎたのである
そして自転車とか歩行者は隅に追いやられて邪魔者にされるようになったのである

地域愛着の薄い人は地域を良くしていこうとする「まちづくり」に無関心となり地域全体に役立つ取り組みが全然すすめられなくなる
「シラケ」気分が蔓延して地域ぐるみの掃除とかまちおこしとか祭りや運動会などの自治体活動必然的に停滞してゆく

クルマ社会は一番身近なものに関心がなくなるのである
駅で案内のボランティアしてそのことがわかった、駅には関心がほとんどない、乗り方もわからなくなっている、でも駅は人々が集う会話したりする広場の役割があった
年齢に関係なくそういう機能があった、それがクルマとは違っていたのである

地域の人は今地域に関心がなくなるというときどうなるのか?
それを原発避難者を例にしてその極端な現象を説明した
もちろん放射能汚染とか政府から強制されたこともある
でもなぜ突然ゴーストタウンになって故郷が捨てられたのだろうかということが疑問だった、人間は代々住んだ場所を簡単に捨てられるものだろうか?
そこに何かしらの葛藤があり何か議論があってもいいはずだった
強制されたことはあるにしてもそんな簡単に街全部が故郷全部から一瞬にして人がいなくなったことの驚きである

それはクルマ社会と多分に関係していた、マイカーマイホームの社会である
ここにマイタウンとかマイシティという視点がないのである
マイカー=マイホームではその他ないのである
するとどうなるのか、マイタウンがないのだからそのままマイカーで外に出ても何の違和感もないとなる、日ごろからそういう生活をしていたからそうなる
もともと田舎でも故郷に長年住んだ所に愛着がなくなっていたのである
そして若い世代はかえって田舎に住むことを不便だとか嫌がっていたからこれ幸いと脱出したとなる、補償金を多額にもらったことでチャンスだともなったのかとなる

ただ田舎に住んでいる人はみんな「脱出願望」をもっている、田舎の人間関係は拘束された窮屈なものだからである、だからどこでも知っている人に出会うから男の場合スーパーに買い物もしないし人に会うことを避けるようになる
そういう脱出願望が田舎では強いのである、自分自身もこういうことを言っても田舎が嫌だから脱出願望があったから旅ばかりしていたとなるその脱出願望をかなえるのに最も適していたものがクルマなのである
一瞬にしてあっというまに外に出れる、それも遠くに出れる乗り物だからであ
だから必ずしもクルマのせいにすべてすることはできないところはある

ただクルマというのは社会自体を人間自体を人格まで変えたから深刻なのである

クルマ社会の中で(家族をふくめたあらゆる)コミニュティを共同体が希薄化して
家族同士、住民同士の「助け合い」様々なレベルのコミニュティが担っていた
老人ケアや保育サービスなどを行政が肩代わりせざるをえない
行政サービスが肥大化せざるをえない

私が前にも指摘したように高齢化で免許を返納が増えると老人が今度は取り残される
それもクルマ社会のカルマだと思った、現代はまさにクルマ社会を生きてきたからであるそれが老人になって裏目になりマイナスとなる、何か人間は必ずいい面と悪い面を技術的なものでももたらすのである、それは原発事故でもそうだった
便利でいいなと思っていてもそれがマイナスに働くようになる
技術は災い(技わい)になる、そういうカルマをもっているのである

そしてクルマ社会は将来にも禍根を残す、子供たちが健全に育たないのである

クルマばかり使って移動している子供はうつ性、不安性、攻撃性が強くなっている

そして恐怖はクルマが健康にも相当影響していた
クルマを利用するのと徒歩自転車の人では病気になる割合が違っていたのである
つまり徒歩とか自転車だと健康度合いが高かったのである
とにかくクルマというのはあらゆる面に影響したのでありそれが技術の怖さだったのである、技術はそれだけ社会を一変させてしまったのである

だから技術は文化を簡単に破壊する怖さをもっていたのである
それが原発事故でもわかった、自然が汚染されてもう人が住めなくなって町自体が住めないようになったからである
だから人間はなんでも便利だから社会に取り入れることは危険だったのである
技術の影響力を考えなかったのである
社会にとってクルマがどう影響するかなど全く考えなかったのである
そういうことは科学技術には常にあるけどなんでも開発される
遂にはロボットにITに人間が支配されてしまうとかもある
科学技術はいいものであり無制限になるときどうなるのか?
それが恐怖なのである、それによって人類も滅びるとういこともある

いづれにしろこの本は自分自身を言いたいことを明確にした本である
ただここでテーマにしているのはこの著者は京都でありまた富山市でも大きな都市でありこの辺の五、六万の都市とは違う、規模が違うからみんなあてはまらない
むしろ五、六万の都市では路面電車とかは作れないから事情が違う
むしろこういう小規模都市はクルマ社会から脱出できないともなる
それに代わる交通網が整備できないからである
それをどうするかとなるとまた別な課題としてある
この著者はクルマ社会をすべて否定しているのではない、高速道路は必要だとしている
まずクルマをすべて否定することは不可能だからである
ただあまりにもクルマ社会になりすぎたことで提案しているのである

経済的にもそうである、クルマを捨ててこそ地方がよみがえるというもの逆説だからである、経済的効果がかえって車なしで生まれという発想はしないからだ
地方の問題がいろいろ言われる、地方を活性化するにはどうすべきかいろいろ言われる
ただクルマを捨ててこそ地方が活性化するというのは斬新だった
そういう発想を普通はしない、でもそれを可能にしているのはかえって東京とか富山市でもある程度の十万万以上の人口があるところだともなる
富山市でも42万の人口があるからできたことなのである
かえって5万くらいだともうどうにもならない、クルマ依存がかえって強くなっているのだ
そして鉄道に関心がないようにこういうことに賛同するのは一パーセントもいるのかとなる、それだけクルマ社会にどっぷりとつかっているからこれを変えることは容易ではないただ高齢化になって老人が困るという時、かえってそれで多少変える機運が出てくるかもしれない、そういう点で高齢化がすべて悪いものとして働くともならないのである
 
 あとがき

市電とか路面電車がこの本で見直されて実際に実現した、何か市電とか路面電車はクルマとちがって人間的なのである
クルマというのは非人間的なものなのである、だからこそ昔からあったコミニュティでも破壊したのである

市電は過去の記憶を刻む
乗り場は駅でありその名に親しむ
老若男女が日々乗り合わせる
我は旅人なれば気楽なり
市電はゴトゴトコト街中を走る
その線路は刻まれた記憶の道
古い喫茶店が十字街にある
私はかつて函館の住人のようにあった
私は長く気ままにそこに滞在した
青函連絡船もその時あった
函館と本州は船で結ばれていた  
・・・・・・・・・・・・

過去の記憶の街ー函館(詩)

まさにこのようにクルマ社会にはないものが市電には路面電車にありそういうことがクルマ社会が変わる時蘇えるのである
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2019年06月22日

日本語を見直す作業が必要な時代 (言葉はその国や地域の風土歴史があり生まれた)


日本語を見直す作業が必要な時代

(言葉はその国や地域の風土歴史があり生まれた)

日本語は日常的に使っているけどその意味を深くたずねることがない
でも言葉にはその背景にその国の風土と歴史とか密接に結びついて生まれている
言葉が文化の最たるものであり外国語が理解できないのはその国の風土や文化や歴史が理解できないからなのである
何気なく使っている言葉にその国の風土や歴史や文化が内蔵されて伝えられている
ただその意味がわからなくなったのである
それで本居宣長が漢語と大和言葉を分けて日本人の日本人たる所以を解き明かしたのである

もののあわれというときそうである、この言葉に日本の風土や文化や歴史が凝集されていることを示したのである
もののあわれとは何なのか?ものとあるときものとはただの物なのか?
ものとは生命全般でありただの物ではない、モノにもすべて命がありあわれだとなる
それは植物にも動物にも及ぶ仏教的なものもふくまれている
あわれと慈悲の心だからである
日本では敵でも一旦争い終わると死んだ人を敵味方塚として弔うのは死んだ者は敵であれあわれだと思ったからである、こういうことは外国にはない、外国では異民族が熾烈な争いとなり中国では死んだ者の墓を暴いても罰するのである
またみな殺しにもするのである、それだけ過酷なのである
だからアメリカで日本に原爆を落としたのもそういう歴史をひきづっているからだともなる、敵に容赦はしないということである

日本語もその言葉ができた背景をたずねれば切りなくなる、その深い意味も不明になっている、そもそもどうしてそういう言葉が生まれたのかとなる
それは日本の風土と歴史から切り離されず生まれている
それはどこの国の言葉でもそうである、それでどうしても明治になったとき日本語に訳しても訳せない、なぜならその言葉の背景となっている風土とか歴史が違うから訳せないのである、ただ漢字で訳したという時、漢字には何か世界的な普遍性が内臓していたから漢字でヨ−ロッパの言葉を訳したとなる、ひらがなでは無理なものが多かったとなる

言葉というのはどうしても外国語になると本当は訳せない、外国語では訴えることができない、通じ合うことができない、ここに文化がグロ−バル化できないものがある
モノのやりとりは自由にできる、でも言葉はできない、そこにグロ−バル化する大きな壁がある、では世界共通語として英語にしろとなる
すると日本人の心も失われて日本自体が消失してしまう、言葉はまたその国の精神であるからそうなる
言葉にはそれぞれに味わいがある、それは日本人にしか通じないのである

味というときこの味(あじ)はどこからきたのか?それは芦が味になったのである
芦原瑞穂の国が日本がの原風景だったからである
ではなぜ芦(あし)が味になったのか?

これも良くわからないが

福島県会津若松と九州の宮崎椎葉村、この遠く離れた二つの場所から、ある、共通す 
るものが発見されました。

実は、つい最近の昭和年代まで国が直接「味耜高日子根神」を祀る神社が、会津若松 
のすぐ近くにありました。東白川郡棚倉町の「都々古別神社」です。

現在食べている米は、遙か な古代、熱帯ジャポニカと温帯ジャポニカの交配に依って「早生」「中生」「晩生」 という様々な品種が作り上げられ、今に至ったのです。その南の国から来た原種の稲の種を持って、一体誰が、遙か離れた、それぞれの場所へ、米を植えたのでしょう。 
血縁で結ばれた民族が、どんな人を中心に動き、どの様に生きたのでしょう。背後に 
」が見え隠れしていることを否定する事が出来ません。

アジとはアヂスキタカヒコネのアジ(ヂ)なのである
アジは鴨だという韓国語由来にしているがこれは芦(あし)から来ていることは間違いない、なぜでは芦が味となったのか?
それは芦原瑞穂の国として日本がありいたるところ芦だらけだったのである
その芦原を水田にして米をとれるようにしたからである
芦が味となったのは米がとれるようになってその味となった、味がいいとなった
味をしめるとかにもなった
とにかく米には種類が多いから味が違うのである、味というときまず米の味だったことは間違いない、縄文人は米を食べていないから、味のはじまりは米だったともなる
そして味真野とかいうと味鋺(あじま)というのは芦の間のことなのである
それが味真野になった、芦の間から見える野が真野のの意味なのである
それで真野の草原の真野をたどるとそこまでわかる
アヂスキタカヒコネとはスキで芦を切り水田にした神だとなる

言葉にはこれだけの由来があるとなる、別な説があるにしても言葉の背景はこれだけ広く深いものがある、そして米の種となる種類は多いのである
だから土地土地によってとれる米の味が違うとなる
最近で人気の米も味が違うから売れている、また狭い範囲でも味が違うのである
それは野菜でも果物でも同じものでも米でも梨でもリンゴでも味が違うのとにている
だから味をしめるということは何か日本的な言葉だとなる
隣村で作る米でも野菜でも味が違う、それより農家ごとによって作る野菜にも味が違うという人もいた
それはその人なり土地の状態とかいろいろそこの土地とか風土が作用してそうなるのである
味はみんな一様ではない、だからこそ文化なのである、cultureはcultivate(たがやす)なのである
その土地土地に違った味がある、料理でもそうだけど風景でも人でも違ってくるのが文化なのである

ところがグロ−バル化社会になると貨幣であらゆるものが交換されて一様化される
料理でもみんなマグドナルドとかコカ・コーラとかなる
それは多国籍企業化するときその国や土地の文化(料理)でも一様化した方がいいとなってしまう、その土地土地の味などと言っていたら多国籍企業のものは売れくなくなるからである
同じ規格化したものを大量に売る方がもうかるからである
つまりグロ−バリゼーションとはそうした国々とか地域の文化を破壊する方がいいからそうなる、その時その土地土地に伝えられた土地の味は破壊される、消失するのである

いづれにしろグロ−バリゼーションはいろいろな弊害をもたらした
確かにいい面もあったがマイナス面が大きくなったのである
それは物質的豊かになってもその土地土地の文化が失われるときかえって貧しくなる
存在するアイディンティティも奪われてしまうのである
するとその国に土地に生きるに値(あたい)しないとまでなってしまうのである
それは国が維持できなくなる危機的状態になる
だから今本居宣長のように自国の文化を見直す作業が言葉の面でも必要になっているのである、日本はこういう国だったのかと再認識することが必要なのである
そこで日本の国に誇りがもてるとなるからだ
そうでないともう日本が日本でなくなり何が日本かもわからずになり日本は消失してしまうのである
明治維新から150年過ぎて奈良時代の国際化から平安時代の国風文化に移行したように今がそういう時代になりつつある
欧米から習うことまねることから日本の独自の国風文化の時代へ移行する時代になる 


あとがき


この秋三軒の隣家から自分の田んぼとれた米を頂戴した
それぞれ味が違うことに驚いた

土が違うのでしょう
種も少し違うかもしれません
作る人によって味が違ってくる

米は作る個人の味がする
彼らはそれぞれ個性的な工夫によって量を求めず質を求めている
日本がは独特な個人主義である、西洋の個人主義とは違う
(この国の終わりー林英彦)

日本がはその土地土地に多様な文化をはぐくんできた、それが三軒の隣同士でも味が違うとなる、とにかく農業はその土地とか水とかに作用されるからみんな違ったものになる
規格化された工業製品のようにならないのである
文化というのはそういうものである、ワインでも土地の名前がつけられるのも味が土地によって違ってくるからである、光の具合とか土地とか水でも違ってくるからである

神田の水で産湯を使い…」「玉川の水で産湯を使い…」とは江戸っ子が啖呵(たんか)をきるときの決まり文句。 実は「神田の水」というのは、神田上水の水ということ。同じく玉川の水は、玉川上水。現在、JRに水道橋という駅がありますが、この「道」が、まさしく、その上水道です。江戸っ子は、川の水や井戸の水などではなく、水道水を使っていることを自慢しているわけで、そうした近代設備のない田舎者を見くだす文句として、この言葉を使ったのです。


下町一帯の神田上水、多摩川上水、千川上水も、みな土中の伏樋を堀り捨てて鉄管にしてからは神田児(かんだっこ)の産湯の水もなくなったわけで江戸っ子と移住人との限界の崩れてきたのも上水によって暗示されているのはおもしろい、(折口信夫) 

ここでも水をとる場所が違っていて水の味が違っていた
それが鉄管にしてから同じ味になった、つまり味が一様化するのが文明なのであるそれはグロ−バル化文明とにていたのである

井戸の話(沢庵和尚の春雨庵から・・・)

2019年06月21日

外国人労働者と底辺労働者が争うようになる (日本の貧困化で起きていること)


外国人労働者と底辺労働者が争うようになる

(日本の貧困化で起きていること)

若者の失業は世界中で蔓延している。その数には驚くはずだ。世界全体で約7500万人の若者が職を探している。アラブ諸国のなかには、16〜24歳の失業率が90パーセントに達する国もある。アメリカでは23パーセント。スペインとギリシャでは約50パーセント。イギリスでは22パーセント。世界的に見れば、ワーキングプアの4人にひとりが若者であり、質の悪い仕事に就いて、将来の希望が持てない状態から抜け出せない 

若者7500万人が無職にあえぐ世界の暗い未来

一つの有力な見解は、南アの低所得者と外国人低所得者が住宅や雇用機会などを巡って競合した結果、外国人低所得者が南ア人低所得者の不満のはけ口になっている、というものだ。


例えばエジプト辺りだと若者の仕事は観光になる、工業がないから観光業になる
ギリシャでもそうである、つまり観光業が若者の仕事になるような所は経済的に遅れている、豊かな国ではないのだ
日本がでも電機製品を外国に売れていたときは先進国になりジャパンアズナンバーワンとまで言われた、それも日本の技術が優秀だから日本人が特別優秀だからでもなかったのである、なぜなら今では韓国でも中国でも同じものを作っているからである
もし日本でしか作れないものだったら別だったが今や中国でも韓国でも作れし日本の製品より安くていいともなれば日本製品は売れなくなる
それで外国人の観光客を呼び込もうとしているのは日本が貧乏になっているからなのだ
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この引用先が不明に

こたれなどもそうである、高度成長の時は日本人がアジアに言って女性を買っていた
つくづく人間には何でもカルマがある、そうして優越感にひたっていたが今度は逆になったのである、それもカルマだったとなる
日本を卑下する必要はないが日本人が特別優れていると思う時奢りになり危険になる
原発でも日本人の技術が優秀だから事故は起きないとしていたからである
そういう奢りが本当に常に危険なのである、奢りが滅びに通じているのである

南アメリカで起きていることが日本がでもすでに起きつつある 

【外国人労働者問題】日本人の底辺労働者は捨てられる? Love & Freedom


このyoutubeで日本人が外国人に占拠されて入り込めなくなっていると非正規底辺労働者が語るのはリアルである
外国人労働者問題で学者でも政治家でも言うが実体験からは語られないからである
この人は底辺労働者で具体的に恐怖を感じて語っているのである
日本語が通じない、日本人は外国人労働者のグループから排除されると恐怖を語っているからだ、もうし日本語が通じないから英語を覚えろと言っている
英語は世界の共通語だからなんとか通じると言っている

つまり南アフリカのように底辺層同士が日本でも争うようになる
それがグロ−バル経済のまた資本主義の熾烈な競争社会なのである
労働者でも若い人の方が使いやすい40近くになるとおっさんだとかなり選ばれなくなる20代の若い人が覚えやすいし使い安いとか体力もあるとかなる
そして日本人の非正規で35から40過ぎは外国人の若い労働者に負ける
そういう危機感を言っているのは南アフリカと同じなのである
それが自由に労働者でも行き来するヒトでもモノでも自由に出入りするグロ−バル社会なのである

そして世界で若い人の失業者が多いということも外国人労働者がとめられない理由にもなる、ネパールとかで山ばかりで近くに住んでいるホンダに勤めている人でも4000メートル級の所に住んでいるという、そこでどういう暮らしがあるのか?
観光しただけではわからなかった、ただ裸足て歩いている人がいたのには驚いた
原始的生活をまだしていると実感したのである
それからしきりにボールペンをくれという、そういうものがないから用意しておけと書いてあったからそれをくれた、書くものすらない、するとどうして教育するのだろうか?
ただネパールでは英語を話す人がいてガイドしていた
そのネパールから今女性でも三人男性でも一人一万くらいの田舎にいる、一人は妻となる人を呼び永住するらしい、後はベトナム人も多い

そして世界で失業者が多い、若者が多いという時、なぜイスラム国など過激なテロ団体が生まれたのか?
それは宗教とは関係ない、貧乏とか若者の失業者が多いためである
血気盛んな若者がぶらぶらしてはいられない、それなら戦争でもいい、そこで活路を見出そうともなるのである、現実に日本でも就職できなかった大卒の若者がイスラム国に入ろうとしたことで問題になったからである
何か不平不満があるときそれが社会的圧力となりそうしたテロ集団とかが生まれてくる
それは本来の宗教とは関係ないのである、それは日本のカルト宗教団体でもみんな同じなのである、何か不満を抱えている人がそういう団体に入り境遇を変えようとする
だから生活保護の人がカルト団体には多いのである

別に今だけではない常に大陸ではヨ−ロッパでも民族移動があった
移動する圧力がありそれがローマへと向かったのはそこは先進国であり富が集中していたからだとなる、ただ日本は確かに東南アジアとかでもネパールとかベトナムと比べれば豊かでも今や他と比べてはそうでもない、むしろ貧乏国になっている
たからこそ観光に力を入れているのである、観光に力を入れる国は貧乏だからである
その状況をリアルに訴えているのが底辺労働者のyoutubeである
自分も若い時底辺労働者でありそれからも社会からはずれて暮らしていた
ただ家で生活できたから底辺労働者として呻吟することはなかったのである


インターネットの情報は今や膨大である
でもそれらを編集しないと読んだことにもならない、問題意識をもって情報を編集することである
ここでこうして書けたのはインタ−ネットの配信とyoutubeと楽天の雑誌や週刊誌を読んで編集したのである 
だから今の情報社会は膨大な良質な情報がある、でもそれを消化することは時間もかかり疲れるのである、だからこうして自分なり編集して読む必要がある
ただ時間がかかる、それだけ毎日情報に追われている、これも疲れると思った


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Abstract Egyptian Building


Abstract Egyptian Building

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Tracks of vision in the desert

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chinese palace in the underground

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big hotel

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エジプト文明の謎はアミニズムの世界がありまたピラミッドを作る知性と技術があった
そこにはすでに数量で政治を行うという現代の高度な統計を駆使した社会と通じている
それで書記官は崇拝された、今の官僚と同じなのである
官僚は予算を数値化して予算を分配することで力をもっているから同じなのである

そして大陸の文明というとき砂漠でも陸地でも平坦な土地がどこまでもつづくからそこで設計するということ地面を計ることが発達する
それで幾何学も発達する、エジプト文明はそういう点で高度な文明だった
ヒエログリフの文字もあったことでもそうである

エジプト文明には広大な砂漠という平坦な土地に設計してピラミッドを作る
そういう広い陸地を設計して巨大な建物をピラミッドを作るというのは大陸だからできる日本のような山が多い島国ではできないからだ

つまり広大な土地を俯瞰して設計して建物を配置する、ピラミッドを作るということ自体が文明になった、エジプト文明とか西洋文明でも建築物は欠かせない
その国の中心となる建築物がある、それがピラミッドであり教会でありモスクだとなる
建築物にその文明を象徴するものがある、それはマヤ文明とかインカ文明でもそうである中心になるものが石の建築なのである
石は不朽でありそれで今にも残って当時のままに現存することで古代でも現実感を帯びて歴史を偲ぶことができる

日本のように木の文明となるともう木は二三十年でも古くなるといたみ朽ちてゆく
とても石のように残らないのである、だから日本では歴史を偲ぶことがむずかしいのである、常に新しいものとして木で建てられるからである
その差が大きいのである
そして設計するとかは戦争では戦略に通じる、俯瞰的に大局的設計して戦略をたてることができないのである
刀を使う、鉄砲を使うとかはしても大きな戦略をたてることはできない
設計ができないからである、設計することは戦略をたてるとにていたのである

何か抽象画でも設計に通じていた、原画をアレンジして作っていても何か設計して建物を作るようなことをしている
日本には設計する思想がない、なぜならヨ−ロッパの都市は人工的に設計して作られているからである、日本には都市でも設計されて作られていない、何か無秩序に拡大したとなるからだ、それは設計の思想がないからである



The mystery of the Egyptian civilization was the world of the aminism and also the intelligence and technology to make the pyramid
There is already a connection with a society that makes full use of the modern high-level statistics of conducting politics in quantity
So the clerk was worshiped, the same as the current bureaucracy
Bureaucracy is the same because it has the power to quantify the budget and distribute the budget

And when it comes to civilization of the continent, where the flat land in the desert and on the land will last until it is designed there and the development of measuring the ground develops
Then the geometry also develops, the Egyptian civilization was an advanced civilization in that respect
The same is true even with the letters of hieroglyphs

In the Egyptian civilization, make a pyramid by designing on a flat land like a vast desert
Designing such a large land area and making a huge building into a pyramid can not be done in an island country with many mountains like Japan because it is a continent

In other words, the construction of a pyramid that can be designed by designing a large area over the land, creating a pyramid itself has become a civilization, even in Egyptian civilization and Western civilization, buildings are indispensable
There is a building that is the center of the country, it is a pyramid, a church and a mosque
There is something that symbolizes the civilization in the building, and it is the stone architecture that is the center that is the case with the Mayan civilization and the Inca civilization.
Stones are timeless, so they can survive today and still have a sense of reality in ancient times by surviving as they are

When it comes to the civilization of trees like Japan, the trees are already gone as old as twenty-three years
It does not remain very stone-like, so it is difficult to see history in Japan, because it is always built with wood as a new one
The difference is large
And it is not possible to design strategically in a comprehensive global design that leads to strategy in war.
Using a sword or using a gun can't make a big strategy
It is because I can not design, it was said that designing had a strategy

I was familiar with the design of any abstract painting, and I did something like designing a building even if I made an arrangement of the original painting
There is no thought to design in Japan, because the cities in Europe are artificially designed and created, and it has not been designed and made in Japan in Japan, and it has expanded to something disorderly It is because there is no idea of  design

2019年06月20日

土地とつながりなくなったとき人の価値はどうなるのか? (介護とかでただ金だけでできるものなのか?)


土地とつながりなくなったとき人の価値はどうなるのか?

(介護とかでただ金だけでできるものなのか?)

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   地域を守る看護(鹿島厚生病院)


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介護のために東京でも南相馬市でも施設があっても介護士不足とかで青森に送られた
それは一人だけではないのである
何かそうして故郷から離れて家族からも離れて介護される
それはどうしてかとなると地元で介護士などがいないからである
それは東京でも数が多くなるから東京でも地方の介護施設に送り問題となる
これから東京では介護しきれないから地方に送り介護してもらうとなる

でも介護される方でも介護する方でも介護となるとまた別問題である
人間を品物のように移せるものかという問題である
それは極めて現代的な問題であることに気づいた
移動が容易だとしてもそんな簡単に人間か長く住んだ所になじんだ所から移れるものかということである
それは老人になると愛着ある場所とか家族がありそこで最後を生きて死にたいということがあるだろう
そのことが原発避難者に起きた、老人が故郷に帰りたいというのはまさそうだった
それは人間としての生物の本能みたいなものだったからそうなった

そして日本人はもともと村とか狭い範囲で生きてきた長い歴史がある
それが現代になり移動が容易になり激しくなった
そういう移動する社会では価値観も相当に変わる
人間の価値観はその場所に拘束されない、金があればどこにでも住んでいいとなる
だからこそ青森で仕事がないから介護を仕事として引き受けることになる
それは距離というものも関係なくなり金だけでめんどうみてくれとなる

でも介護となるとまたこれは他のものとはただ物をやりとりするのとは物を運ぶのとは違うのである、モノだけだったら地球の裏側から運んできても問題はない
でも人間が移動してきたら必ず様々な問題が生まれる
それが外国人労働者が日本に入ってくることでそうなった
相手は人間でありモノではないからだ
それは日本国内でも言えたことなのである

現代の価値観はその場所とか関係なくなる、移動が容易であり金があればどんなサービスでも受け入れられるともなる
それで東京の人は金をもっているから地方都市に福祉サービスがいい都市に移住する
そこなら手厚い介護が受けられるとか思うからである
でも介護となるとまたモノのやりとりとは違ったものになる
金がやるから地方で手厚く介護してくれとなりでは地元の人がそうして全く知らない人に手厚い介護ができるものだろうか?

もともと東京とかに生活して東京に貢献していたとするならそこで介護されるのがいいとなる、要するに人間の一生はやはりどこかに愛着が生まれてそこで死にたいとなるだろうまた人でもそうだろう、いろいろな人があっても一般的に長く生活を共にした人のもとで死にたいともなる、全然知らない人たちの中で介護されるとうのも何か不自然なのである別にそこに親切な人たちがいれば地元だからとしていい人ばかりではないことは知っている、だからそんなことに今はこだわる必要がないということもある
地元だから故郷だからいいとはならないからである

ただ一般的問題として現代とは広域社会でありグロ−バル化社会である
そういうことで問題が起きる、東京に原発を作れというときなぜ福島とか地方に東電は原発を作ったのか?それも広域化社会になっている問題である
福島の双葉とか大熊は出稼ぎ者が多く地元で仕事があればいいとして原発を誘致したからである、それで確かに地元に金になる働き場が生まれて潤ったとなる
それと何か介護でもにているのだ
青森は仕事がない、それで金になるために遠くてもそうして介護する人を引き受けるとなるからだ

現代はその土地土地で生きる価値を作らない社会である
その土地に長く生きてきたからと言ってその人に価値があるともならない
ただ金をどれだけ多く稼いだかで価値が決まるとなる
だから東京辺りで株でもうけたとかして億の金があるから地方で手厚い介護しろとかなるなにかすべてが金で価値が計られることがおかしいのである
すべての価値が金で決められるのか?
その人の価値がすべて金で決められるのか?

村のような所で生きてきたら何かその村の中でどういう役割を果たした人かなど狭い範囲だとみる、それでその人の価値をみる、それは金だけではない価値観が働く
でも金だけをもってきて手厚い介護しろというとき何かそれをすんなり受け入れられるだろか?
それはグロ−バル化社会でも起きていて世界がただ金だけすべての価値を計る
そういうことはできない、国々にはそれぞれの文化があり文化をすべて金で価値を計ることはできない、金で買うこともできない、その文化とはその国の風土があり長いその土地の歴史があって形成されてきたからである
だから原発避難地区ではそうした歴史を奪われたとなりアイディンティティを失った
それは金で補償できないものだったのである
そういうことは意外と意識しない、精神的なものだからであり金で買ったり売ったりするものではないからである

とにかく現代は広域社会でとかグロ−バル化で矛盾が起きる
それは人間の価値はすべて金で計れないからである
金にならないものはすべて価値ないものとはできないのである
都会だと自然がない、景観がない、索漠としている
でも景観自体に価値あるともみない、森より木材が金になるとして伐採してはげ山にするそれは地方でもグロ−バル化するとき熱帯の森でも失われたからである
そこに生きるものにとっては金が入っても森を失われることが精神的な喪失感を生む
それは原発事故でも起きたのである、自然が放射性物質に汚染されたからである

広域化社会というというとき距離は関係ないとかどこに生活しようが金さえあればすべてまかなえる、介護を受けたければ福祉サービスがいい都市でも地域でも移ればいいとなるしかしそれを受け入れる方ではどうなるのか?
別に金が入ればいいとなるのか?なぜこの人に尽くさねばならないのかという問題も起きる
もし地元だったら地元に生きて働いて貢献した人だとなればそこに介護する人の動機が生まれる、家族が介護すれば一番いいようにである
グロ−バル社会を批判して来たけど何か最後に老人になってそういう社会がいいものだったのか介護とかで問われているともなる
ただ地元にしても何かトラック運転手が多い、それは現代は運ぶ仕事が多いということなのである、それは広域社会だからそうなっているのである
だからみんな地元だけで仕事している人は少ないのである

現代は何かそうして広域社会化でもグロ−バル化社会でも矛盾がでている
それはどうして人間の価値が生まれているのか?
その土地に尽くして生きたならその土地の人に世話になり死ぬというのが自然になる
もちろん尽くすとか貢献するとかではなくても人間の心情としてその土地と一体化するということがある
金さえあればどこに住むのも勝手だとか金があればすべて解決するとかには人間にはならないのである
人間はモノではないからAからBへと簡単に移れない、住めないなのである
Aを中心に価値を作って来た人がBへ移って価値観を作ってゆくことはむずかしい
そうしして移動すれば人も環境も自然も生活も変わるからである 

ただ都会になると東京とかるなとそうした土地とは関係ない、みんなよそ者の集まりだからである、それが田舎に住む者との大きな違いである
都会では点々と都会内でも移住するからである、ただ家を建てるとやはり移住しにくくなる、そこに定着するようになるからである
でも都会の人と田舎の人の感覚はその辺が相当に違っている
何かおかしいなというとき現代はあまりにも金で割り切る、すべてを金で価値を計っているからそうなる、そこに一番の問題がある
人間は金で計れない価値が相当ありそれを無視して生きることはできないのである
もし無視するともう人間として生きていけないとまでなる
それがグロ−バル化社会の深刻な問題なのだけど金一辺倒の価値観しかなくなっている
そこに大きな歪(ひずみ)が生まれているのである

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日本人は特殊な内輪仲間民族 (話せばわかるとだけでは通じない外国)


日本人は特殊な内輪仲間民族

(話せばわかるとだけでは通じない外国)

日本人の特殊性はやはり地理から生まれた、縄文時代から外界と接することなく暮らすことができた、日本に移住した人たちも日本の島国で同化された
それが日本人を作ってきた、人間は地理と風土から基本的に作られる
それを越えることはできないのである
日本の地理が大陸とは離れているから歴史も孤立して形成されたのである
つまり日本人は異民族との熾烈な闘争からまねがれていた唯一の国なのである
だからそこに日本人独特の精神性が形成された

何気なく使っている日本語でもそうなのである
日本人は「話せばわかる」とか普通に使う、でも話せばわかるということは文書にしないことである、文書にしない、明確に文書にして契約しないことなのである
文書にすることは明確に契約することであり話せばわかる、口約束だとそんなこと言っていないとなって証拠にならないが文書にすれば証拠になるのである
この意味はまた別な意味がある、同じ仲間なのだから話せばわかってもらえるとなった、それが通じないで殺された
つまり外国で異民族が交わるというときこういうことが多かった
話したって簡単にわかりあえないのである

そういうことに厳格なのは大陸国家ではヨ−ロッパでもイスラムでも中国でもどうしたら約束が守れるのか?それは話せばかるでは通じないのである
相手は内輪のものでもないし仲間でもない、異体の知れない人たちでありまた遠くから来る人たちだからである

そこで文書の重みが生まれる、書くことの重みが生まれる
また法律でも全然知らない人たちが民族同士が和を保つために不可欠だとなる
話せばわかるとなるのは村内の狭い範囲ならそれでいいが大陸のように広大になると民族も多様でありそういう人たちが混交して和をどうして保っていけるのか?
何か厳しい公平さがなければ過酷な暴力で決着をつけるほかなくなる
ただ強い者だけが勝つ弱肉強食の世界になってしまうし現実に国家間になるとそうなったローマ法が成立したとしてもローマ以外になれば成立しないからだ 

日本では敵があって戦争しても敵味方塚を作り敵も味方も供養しているのは日本人として仲間だからとなっているからである
大陸では中国では墓まで暴いて罰ししているのだから日本は理解しにくいとなるのだ
では敵味方塚は日本では通用しても外国の戦争ではありえなかった、ロシアと戦争してもアメリカと戦争しても日本は三〇〇百万人死んだ、そういう熾烈な戦争になると敵味方塚などはない、原爆にしてもあまりにも残酷だからそんな感覚は吹っ飛んでしまったのである

そういう多民族が混交するときどうしてコミ二ケーションはどうするのだろうか?
話せばわかるとか阿吽の呼吸だとか腹でかるとかにはなりえないのである
つまり言語で明確に説明しなければならない、すると言語に関してその定義というか言葉の意味も共通の認識として追求されて明確にしなければならない
言葉に対しあいまいでいられないのである

話せばわかるというとき文書にしなくてもいい、互いに知っているのだから話せばわかるとなる、でも文書にしないと話したことは一時的で消えてしまうのである
公証人制度とは文書で署名して文書で証拠として保管することである

この公証人制度はドイツやイギリスには存在しませんでした
一般にイタリアの都市からはじまりローマ法の法律が広がっているスペインやフランスなどで定着した

もともとローマ法といんう成文法によっていちおう契約の文書がルールづけられているところで有効に機能したのです
(今ヨ−ロッパが崩壊する)

ローマが文明をヨ−ロッパ文明の基となっているのはそのためである
ドイツやイギリスはその時文明のルールが成立しない野蛮な無法地帯だったともなるのである、そしてローマではラテン語共通の言語となっていたのである

いづれにしろ日本人を知るには日本を知るにはまず地理であり歴史であるが日本は内輪の仲間内のコミ二ケーションでたりていたことが特殊なのである
異民族との熾烈な争いを経験していないから話せばわかるとかになり厳格な文書でのルールを成文化しない、そこに言語の意味を明確にしない歴史と文化かが生まれた
日本は情的文化であり情緒的言語が多いのもそのためである
もののあわれとかに象徴されているのでもわかる
だから本居宣長が漢語と大和言葉を分けたことにより日本の特質を明確にしたことでもわかる
現代はヨ−ロッパ文明だから外国語と特にヨ−ロッパ系統の言語と日本語の相違を明らかにすることが強いられている、それで苦闘したのがヨ−ロッパ文明の言語を翻訳することに苦労しているしその言語が翻訳できなかった
それはその背景にローマから始まる歴史がありそれが重層的になっていて日本人には理解できなかったからである

だから何気なく日本人が日常的に使っている言葉にもその国の歴史や文化がある
「話せばわかる」というがそこに日本人独特のコミ二ケーションの態度がある
文書にしないでもそれで通じるというのは狭い内輪のい村のような社会が世界となっていたからである
日本人の世間とは村なのである、せいぜい四、五〇〇人くらいの単位の村が世間なのである、社会とは全然違ったものである、社会の訳でも(やしろ)に会すであり神社の回りにいる氏子くらいが世間なのである、するとソサィアティとかとは違ったものなのである
つまり日本語では訳せないものだったのである
第一そういうものが社会そのものにないとしたら言語にしようがないからである

正直外国にヨ−ロッパでもアメリカでも暮らしていないものは日本を相対的に見れないのである、だから日本人を何か知っている人は外国で暮らした人なのである
だから留学することはそれだけ価値があったとなる
そういう人も増えているから日本を客観的に相対的に見て批評するから実感があるとなるそれで「日本人はこうして奴隷になった」林英彦などをアマゾンの古本で読んでなるほどと思った、此の人も外国暮らしが長いから日本を相対化して見えたとなる
自分にしても五〇過ぎてから海外旅行したがそれで多少は外国を知り日本を相対化してし見ることができたとはなる、でも外国で暮らしていないからそこにもう一つ日本を客観的に相対的に見れないのである




2019年06月19日

梅雨の晴れ間(水無河原- 屋形の阿弥陀寺の墓



梅雨の晴れ間(水無河原- 屋形の阿弥陀寺の墓)
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六号線車の行き来立葵

墓地に蝶眠るや夏の夕べかな


宝永と草かくす碑のはつに見ゆ梅雨の晴れ間に夏の日さして

地震より崩れし墓のそのままになお語れる津波の被害

竹に風そよぎようやく夏の夕水の流れぬ水無河原  

雲間にそ満月かがやき田舎の夜ふけて静まりまた眠るかな


水無河原が冬からずっと雨が降っていないから流れているのを見なかった
からからに乾燥していたのだ
それがようやく三日前辺りに雨が相当ふって流れた
それで気持ち良かった

六号線を車がひっきりなしに走りそこに立葵が咲いている
車はきらいだが今は車社会に生きているかどうにもならない
人はどんな人でもその時代時代を生きているし生きてきたのである
だから自分等は車社会を生きていないともなる
車がない人はやはり現代の車社会から取り残された者になる
でも何か車は詩とか写真にならないのである
電車は絵になっているのとは違う、ただ自分はクルマのことはわからないのである

墓地に夕べ蝶が飛んできてその草むらに羽を休め眠る
その墓地の墓の一つは2011年の震災のときから崩れたままである
まだあのときのままなのである、10年近くになるのにあれだけの被害だとまだその被害が全部は消えることはないし語りつづけられる
今回の新潟とか村上市の地震で津波来ると警告したとき1メートルでも高台に避難した
東日本震災の映像が焼き付いているからである
テレビの映像の影響はそれだけ大きいのである
言葉ではとてもあの悲惨な状況は伝えられないものだったのである

宝暦と宝永の墓なのだろう、それがすぐ近くの屋形の阿弥陀寺の脇に見つけた
あそこの墓地に行けないと思っていた、寺の墓地は入れないことがあからだ
檀家の人しか入れないことがある
阿弥陀時は岩松氏の墓があるから鎌倉時代からでありこの辺では一番古いとなる
鎌倉時代のものはこの辺ではその墓でも碑でもほとんど残っていない
ただ原町の高平に中世の遺跡群として残っているだけである

私は墓を見るのはそれがただ資料ではなく現実にここに人が生きていたと感じるからである、ただ墓でも倒れていたり誰も供養にも来ない墓が結構ある
これも無常である

この宝永と宝暦はかなり古い、元禄は一番この辺では古かった
宝暦は日立木の薬師堂にあった、宝暦より宝永が古いから阿弥陀寺はもともと鎌倉時代の岩松氏の菩提寺になっているから古いから残っていたとなる

梅雨の晴れ間に夜三日前ほど満月がかがやいていた、梅雨はこれからもつづく
今日は朝晴れたがまた曇り雨になった

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ここは屋形の隣の田んぼの中の墓地

2011年の震災のままに倒れたままで直していない

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平成の大合併で自治体の耐災力が脆弱に


平成の大合併で自治体の耐災力が脆弱に

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自治体のエリアが広がったことで、職員の土地勘がない場所が増えたのです。地形も、地域の実情も、住民の数も年齢層もわからない。地名の読み方さえもわからない。そんなことが、あちらこちらで起きています。

来るべき大規模な自然災害に、行政はどんな対策をしているのか?       

なぜ合併が問題になったのか?
それは地方だと市町村ごとに地形とか歴史でも違っているからである
やはり人間の生活の基はその土地に地形でも一体として作られてきたのである
日本の市町村の問題は日本自体が平坦な土地がないことも原因している
大陸だとどこまでも平坦な土地がつづく
それは区切られていない土地なのである
日本だと自ずと必ず山があり区切られのである
するとその区切られた中で一つの村なり町なり市が生まれるようになる

南相馬市を例にすると小高と原町でも高い山でないにしろ一応小高い丘で区切られているのである
だから必ず隣の市町村に行くには坂を越えてゆくとなる
飯館村とかなるともう峠であり歩いて行ったりしたらもうめったに行ける所ではない
現実に塩の道があっても急峻な山間を行くから一晩栃窪をでて助の小屋(たすけこや)で泊まったとかなる
そこで泊まってようやく飯館に行けるとなっいたのである
そういう土地が日本がには山が多いから多い、交通が閉ざされているのである
そういう中で独自に生活を形成してきたのが日本である
平坦な土地がある大陸ではモンゴルとかでも遊牧民がいて遠くと交流するのが容易なのである

たから合併するのはいいとしてもその地形まで変えて合併できなかったのである
そういう根本的な日本の問題が常に根底にある
第一福島県のことでも何回も言っているが地形的に一つになるのはあまりにも無理があった、ハマ,ナカ、アイヅがあるが地形も気候もまるで違っている
会津となれば冬は雪に閉ざされている、浜通りでは雪はほとんどふらないから仙台の方が身近なのである、天気予報だったら仙台を見ればだいたい同じだからである
そして福島一区でも阿武隈高原がありはばまれて福島市と相馬地方はかけ離れている
今むずかしい病気でも仙台に行ってみてもらっている人が多いのである
今も知っている人は糖尿病で白内障になり仙台に入院している、他にも病気が出たためである
鉄道が通っているから仙台は身近なのである

合併で問題になったことはいろいろある、津波や原発事故でもあった
特に原発事故の補償金では小高と原町と鹿島はもめた、それは深刻だった
政府に30キロで区切られた結果小高と原町と鹿島では補償金で差がついたからである
小高は別格であり原町は鹿島の三倍もらったのである
その差は大きかった、でも30キロで区切られたのだから文句が言えなかった
それでも自治体で何か施策があっても良かったと思うがそれも全くなかった
それで南相馬市はまとまらなくなったのである
外部との絆ができても南相馬市では絆がたたれたのである
それは今でも尾を引いているのである

また指摘のように土地勘がないということも災害のときは問題になる
津波ではつくづく地形に一番影響されていたのである
その地形を見ればなぜそんなところに家が密集していたのかとかなった
またその土地のことを歴史でも調べておく必要があった
今になって高平とか日下石とか相馬市の新田とかの歴史を調べている
近くでも意識して調べないと無関心のままなのである

地形が地理の基本だという時それがそこに住んでないと身につかないのである
これは地図を観ただけでもなかなかわからないのである
坂がどうなっているのかとかわかりにくい、坂を越えたり下ったり実際にしてみないと実感がわかないのである  
南相馬市となると合併して広くなったから全体を知ることがむずかしくなる
それよりいわき市は30万とかもっと大きくなったからもうそれだけ広いと一つの市となっても実情は別々なのである
第一日本は4,500百人くらいの村単位で長く生活してアイディンティティを築いてきたのである、大陸のどこまても平坦な地で国を作ってきたのとはあまりにも違いすぎているのだ

ともかく日本は山で区切られて一体化しにくい、分散して住むしかない、でも交通が不便で行き来しにくい風土だった
だから合併して広くなると行き届いた行政もできないとなる、災害に対しても地理が広くなるときめこまかな対応ができなくなる
それで失敗したの津波の避難場所の指定だった
海老村の海岸沿いの高い所を避難所して安全だと避難した人たちがそこで30人も死んだのである
別にすぐ裏側が山であり避難するのは道路を走ってもできた
すぐ近くでも津波からまねがれる場所だったのである
それは行政のミスだったともなる、津波に対して経験がないのと土地勘がないこともあったかもしれない、いくらでも避難する場所があったからである
だから八沢浦ではすぐ近くに海が見えていて津波が来てから裏山に逃げて助かった人もいたのである  
前に小高い山があって津波の勢いがそがれたことも幸運だった
とにかくこうして地形が津波と深く関係していたのである

まずその土地のことう地形を知ることが行政でも基本にあるともなる
人間は地形だけは変えられないからである、また気候も変えられない、風土は変えられないからである、その風土があって人間の生活も作られているからである
だから合併はそれぞれの地形が違い成り立ちも違うから一体化できないのである
それで南相馬市だと原町が大きな街だったから原町中心になりすぎるのである
施設でもなんでも原町中心になる
でも障害者施設の大きい建物が鹿島に建てられているのは原町からも相馬市からも近いからだという、中間にあるからである、交通の便がいいから建てられたとなる
そういうふうに交通とかも関係してくる

とにかく郷土史というときそれは全体を知る学問なのである
だから津波とか原発とかでも関係していたのである
原発事故の時、爆発したときちょうど東風がこの辺では春になると吹くというのもそうである、そのために放射性物質が飯館村から福島市に流れたのである
風に影響されて不運だったのが飯館村などであった
それも福島市まで影響が大きかったのもカルマなのかともなる
福島市は遠いから関係ないと思っていたろう
私も30キロ離れているから関係ないと思っていたのである
福島市の県庁が原発を許可した、そしてそこに放射性物質が流れたのもカルマだったとなる、福島の行政の中枢まで被害がったからである

posted by 老鶯 at 00:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係

2019年06月18日

相馬市新田寺田に元禄の碑 (松川浦に接した大塚神社の謎)


相馬市新田寺田に元禄の碑 (松川浦に接した大塚神社の謎)

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諏訪神社と地の内古墳

ここまでは津波が来なかった、でもそれなりに近くまで来た


●大塚神社{稲荷神社)の謎

空が光り輝き、轟音と共に萱原に光るものが落ち、当時、郷士であった志賀家など数家の主が、恐る恐る鎧、兜で身を固め何者かと恐れながらも槍を持って近づいてみると金の御幣束であったといいます。それを大塚権現のご神体として祠を建てて祀ったといわれています。
また、境内にあった公会堂は、籠り堂で、藩政時代は備蓄米を納めていた郷倉を移転したもので、破損が激しく建て替え公会堂にしたものですが、今は基礎だけとなりました。

地名の由来となった大塚古墳と大塚稲荷社のあったところなのだけれど 

古墳だらけの谷端川・小石川流域。


清和源氏の始祖・清和天皇が、この地を訪れた時に冠を忘れ、それを守っていた村民が天皇崩御後、冠を祀り社殿を造ったのが大塚小神社の始まりとされる。また建武2年(1335年)にこの地を大洪水が襲い、その際に仏像が出現。恵慶なる僧が勧請し、祀ったのが大塚神社の由来とされる 

高槻市大塚町

大塚の地名伝承は、大塚神社の説明板によると
 「平安時代後期(9世紀中頃)、清和天皇が皇子の陽成天皇に譲位した後、日本諸国をめぐったという、そして当地の「松ケ崎」に立ち寄り、小松原で休憩をとり淀川の風景を楽しんだ。
 そのとき天皇は松の木に冠をかけたまま帰国され、気づいた村人はその王冠を埋めて「王塚」と名付けた。
天皇の没後、社殿を設けて清和天皇の霊を祀った。
これが現在の大塚小神社「大塚殿」にあたる。」とあり


この神社は常磐自動車道・関本PAの南西約1.2km、神社から高速道路が良く見える、水田地帯の中の小高い丘に鎮座しています。今では鬱蒼とした樹木に覆われ、研究者にしかその存在は分からないかと思われますが、この丘は古より大塚と呼ばれた前方後円墳です 



新田村に寺田とあるのはそこに寺があったからである、寺の田があった、その寺の領域内にたくさんの碑と墓が捨てられたようにあるそこはもともと寺の中にあった、だから寺田なのである
他にも寺が廃止されて墓だけ残されているのがやはり相馬市の山上の奥の金谷村もそうである、墓だけが残されているのだ
つまり寺は墓を守る場所だがその寺がなくなってしまったのである
おそらくこれからも寺がなくなり墓だけが残されることが多くなる、ただ寺がなくなったのは最近のことではない
いつかわからないが寺が江戸時代からあり寺田となっていたことは確かである
まず地名となると江戸時代までにしかさかのぼれないだろう、明治から地名化しているのは北海道くらいだろう。
北海道は新しいからである

地名からみると新田と程田と飯豊(いいで)があるが飯豊は飯豊天皇とかいて古代にさかのぼる地名である
程田も古いのかもしれない、もともと程(ほど)という地名がありそこが田になったのかもしれない
程(ほど)はホトであり女性の陰部となっているがそこはそういう地形ではない
要するにほどほどという言葉があるようにほどほどの田とかの意味かもしれない
新田ははっきりしている、元禄時代に新しく開拓して田にされた地域である

松川浦に近く湿地帯であり広い地域である、でも中村に城が移されときか慶長地震津波のすぐあとでありそれから元禄になり開拓された、意外と早いしまず元禄の碑はこの辺にはほとんどない、幕末が多いのである
明暦と元禄の碑があったのは葛尾村の落合だったというのも不思議だった
他に元禄の碑を見ていないからだ、だからあれは貴重だと思う
そして柏崎には日吉神社があっても古いと思えない、柏崎に人が住んだのは元禄以降かもしれない
飯豊とか程田は古く新田でも元禄であり新田ができて人が増えて柏アの方に人が住むようになった

あの辺をみると日下石でも古墳が小さくてもある、平地に古くから人が住んでいた
そこは今回の津波が来た地点に近いかった、そこに神社もあった、そこまでは津波が来なかった
謎なのは大塚神社と稲荷神社である、大塚神社の由来は良くわからない、それがなぜ松川浦の近くにあったのか?
その辺は湿地帯になっていたはずである、だからそれほど古くないのか?
でも樹齢何百年かの太い杉が残っていた、でも江戸時代でも300年と400年になる 
他にも大塚神社は全国にありたいだい大塚町とあり古墳があったところにある
だから古墳に由来していることがわかる、大塚が王塚ということにもなっている
王が埋められているからそう名付けられたともなる   

この神社の謎は慶長津波の時にあったのか?
烏崎の津神社はあそこは移されたのである、前は別な所にあった、その場所は烏崎村の家が立て込んでいた所なのか?
どこにあったのかわからないが後であそこに移された、でもいつの時代に移されたのかはわからない
神社は歴史を語る証拠としてある、その場所と時代がわかればいいのだが時代が神社が意外とわからないのである  

建武2年(1335年)にこの地を大洪水が襲い、その際に仏像が出現。恵慶なる僧が勧請し、祀ったのが大塚神社の由来とされる 

慶長津波地震の後にこういうことがあったのか?大洪水があったというとき仏像が流れてきて霊験があり神社がここでは建てた?
ただ松川浦に近すぎるのである、慶長津波の前荷ぁたとした確実に津波の被害を受けた
それも完全に破壊される強い津波である、そういう記録もなかいからわからないとなる
あそこに古墳はありえない、湿地帯になっていたからである

郷土史では時代を特定することが大事である
それで村の新旧を知ることが大事になり必ず碑を見て年号を見ている、でもなかなかわかりにくいのがある
だからあそこの元禄の碑がはっきりとわかったから印象に残ったのである
時代と場所が神社では歴史でも大事になる、だから直接その場に立ちその土地の人とわずかでも話すと歴史の実感が増
すのである、そこには寺がありましたと聞くだけでヒントになるからである
そして地図を調べてインタ−ネットで調べる、すると郷土史でも何かてがかりがあり知の連携ができてくるのである

これが図書館ではできない、調べるのに時間がかかりすぎるのである
それで今は家事も全部しているので忙しいから図書館には行っていないのである
手元に郷土史の本を用意しておく必要もある、ただ高いから全部は用意できないのである



posted by 老鶯 at 19:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 江戸時代

野馬追い近し(女性の騎手が馬に乗っている写真)


野馬追い近し(女性の騎手が馬に乗っている写真)

夏菊や女性の乗りて馬を引く   

野馬追いの近しと馬に女性かな萱浜広く夏の夕暮

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この馬に乗っている人は女性である、女性でも馬に乗る人はいる
こういう光景を見ているとこの辺は野馬追いがあり馬に親しむ
それが一つのこの辺の景色となってる
今は本当に馬というのは日常では見ないのである
競馬だけが馬を見る機会になる
でも競馬に興味がなければ馬を見ないのである
馬と親しむ機会がないのである
ただ北海道辺りでは競走馬を飼っているから馬と親しむことがある
やはりこの辺で野馬追いがあるので馬と親しむことがある
野馬追いというとき野馬追いの祭りの本番の前から始まっている
ほら貝がひびいたりするからである
野馬追いで雲雀が原での旗取りが終わっても帰り馬とか迎えるからつづいている

ともかく馬と親しむことがないのも何か淋しいのである
車社会を批判してきたが馬がもっと利用されてもいいともなる
何か馬でも動物でも人間と一緒に生活しているときうるおいがあった
それを感じたのは田んぼに蛙が帰ってきて鳴いた時だった
つまり田んぼと蛙は一体としてあったのだ
この辺では原発事故で田んぼまで一時なくなったし今でも回復していない地域がある
だから田んぼが回復して復興になると田舎では思った
いくらロボット工場ができたとしても田舎だ田んぼとか畑がないと復興したとように見えないのである
田畑はその景観が人間と一体となり千年とかつづいているから切り離せないのである
ただ馬が生活に活かされない、でもこの辺ではあちこちに小さい牧場があり馬を飼っているから馬と親しむことがある
ただ北海道のようには広くないからものたりないとはなる
posted by 老鶯 at 13:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 野馬追い関係

こ線橋の工事 (駅の見守り役に駅の業務はしないと契約したのはJRで金をはらいたくないため)


こ線橋の工事

(駅の見守り役に駅の業務はしないと契約したのはJRで金をはらいたくないため)

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これも相当に古い、屋根が錆びついていた



こ線橋の屋根の修理である、写真でし見たら錆びていた
ここに注目している人はいない
ただ写真をとって見たら気づいた
これも相当古くなっていたのである

とにかく鉄道は毎日の用地ユニオンなどが点検している何か仕事しているのである
そういう人に金を払うからJRでは金を使う
それだけ鉄道というのは金がかかる、そのインフラを維持するのに金がかかる
道路よりかかるのかもしれない、電気系統もあるからかかる

それでわかったことは

なぜJRでは駅の見守り役に駅の業務をしないとして南相馬市が委託したNPOと契約したのか?

これがわからないことだったがやはりJRとしては節約して金を払いたくないからだった
業務を委託すれば金を払わざるを得ないからだ
駅前の自転車屋に駅の前で頼むにはいいとしても金を払うのが嫌で頼まないのかともなるただ商工会には掃除を頼んでいるからJRで金を払っているのである
それはやむをえずそうしているとなる

鉄道はとにかく整備するだけで金がかかる、今の利用数では維持できないとなる
昼間などを見れば本当に乗っている人が少ないからである
その割には鉄道を維持するには金がかかりすぎるのである

常磐高速のSAだと掃除する人だけで二人の女性を雇っていることでもわかる
それだけの差がある、駅前のトイレの掃除はあさがおが障害者施設の人が毎日掃除している、それも市の方で払っている、そうしないと駅自体が維持できないのである

前の駐車場は一台だけが遠くの人が泊まる場だが後はそこにとめるのは契約した人だったらしい、遠くから来てとめる人は少ないからかもしれない、でも一台でまにあうのかともなる

いづれにしろ今は昼間は遠くから来た人の案内はたまにすることがあるが地元の案内はしない、地元でわかっているからである
それで駅に来たのではないが駅前に車が来てあそこの豆腐がうまかったからその豆腐屋はどこかと聞いてきた、それは30年前とかの話である
その豆腐屋は知っていたから教えたけどなんでそんなことのために聞いたのか来たのか良くわからなかった、ただ駅前にはこうして鉄道を利用しない人が結構来るのである
やはりこの街の中心と思うから来ている、それで案内が必要になるときがある


2019年06月17日

人間は自ら被害者になり困らない限り関心をもたない (津浪や原発に無関心だったのもそのため)


人間は自ら被害者になり困らない限り関心をもたない

(津浪や原発に無関心だったのもそのため)


人間は無関心なのか、津波で原発でもこの無関心から起きて大被害になったともいえる
それで災害は忘れたころにやってくるとなっていたのである
津波が400年前にあったとしても関心を持ち続けられない
それを伝えられないのである
そして400年前は戦国時代であり為政者の関心が戦争にあったから津波のことは相馬藩では700人溺死としか記されなかったのである
これは政治的問題としてあった、為政者が今のように選挙で選ばれるわけでもないから庶民は二の次になるからだ

ただ本当に津波と原発事故ではその無関心さが致命的結果を生んだのである
スマトラ津波であれだけ被害があったときもそうだった、津波がないところだから警戒を怠ったとか日本人自体が言っていたのである
日本の問題はとにかく島国であり外国に関心がもてないのである
陸続きの国は何かあると必ず陸続きだから影響する
食料がなくなれば襲われるしそういう恐怖から都市でも城壁で囲み万里長城が作られた
都市とは城壁で囲まれた場所をさしていたのである
大陸では常に外部に対して敏感だったのである、それは陸続きで攻められるからである
日本は海で囲まれているからそういうことがないからのんきだとなる
そして鎖国のように国を閉ざすこともできたのである
大陸では国を閉ざすことができない、陸続きで難民が流入してくるのを防げないからである
民族移動があればもうそれを防げない、戦争する他なくなる

日本は孤立した島として世界から離れてあった特殊な国だったのである
中国とかなるとそもそもが多民族国家であり絶えず他民族に侵略される国だった
それで外国に常に関心をもたざるをえない、それは自分たちの身を守るためにそうなったそれで「他山の石」という言葉が生まれる、他山の石でも関心をもてということである
日本は地震国なのに2014年スマトラ地震の津波でも危機感をもっていなかったのである
それは今回の津波の7年前だったのである

なぜ人間は関心をもたないのか?それは自分の身に及び困ったり苦しんだりしない限り無関心なのである、鉄道が無人駅になっても別に困らなければ無関心である
でももし他で鉄道が廃止になっている線がある、だからここもなるようなことがあれば困るとなるが実際はみんな車社会だから鉄道に関心がないのである
それで廃線になるとかなれば騒ぐのである

人間の弱点はとにかく体でも健康である限り病気に関心がない、病気になるとも思わないのである、でも実際は病気は知らずになっている場合がある
ただそれが苦しみとなり症状が現れない限り放置される
そして気づいた時は手遅れになっていることが多いのである
人間は自ら困ったり苦しんだりしないかぎり何でも無関心なのである
つまり病気になれば病気に異常に関心をもつ、なんとか直してもらいたいとなり関心をもたざるをえない、でも健康であれば病気に無関心なのである
そして何か苦しみがないかぎりカルマでも意識しない
何も苦しみがなければカルマがないと思うし第一意識しないのである
苦しみとして現れたときカルマを意識するのである

人間は自分が困ったり苦しまない限り無関心なのである、だから身近に病気の人がいても貧乏な人がいても何か困っている人がいても無関心である
でもそれが一旦自分の身に及ぶとき困ったり苦しむとき関心をもつのである
てもその時はすでに時遅しとなっているのだ
それが津波と原発事故だったのである
関心がないからこそ20キロ内に小高に原発の工事が始まるのにそれすら知らなかったのである、また知らされなかったのである
その知らせる役目がマスコミにあったが福島県の報道機関は知らせないのである

それで東電で13メートル以上の津波が来るという試算をして備える必要があると報告していたが東電はしなかった
そして地元の人たちそんなこと知らなかったのである
13メートルの津波が来るということをみんなに知らせていたら科学者が言っているから信用したからである、そうしたらこんな大被害にはならなかったとなる
この辺では津波の話など海に面していて聞かなかったのである
そうして老人は津波が来ないとして逃げないで死んだ人が多いのである

人間が関心をもつべきことはいくらでもある、芸能人に関心を持っている人もいるし様々なことに関心をもつのである、それは多様であり人によって違ってくる
でも逆に最も大事なことに無関心だったということがある
津波とか原発がそうだった、これは最もこの辺では関心を持つべきものだったのである
ただ大被害になって関心をもつようになったのでありそれまでは無関心だったのである
また無関心にさせられていたともなる  
すぐ近くのゴミを置く場所でも網をかぶせるが烏につつかれて散乱することがある
そのことを言っても困っていると言っても知っている人がいても何とかしようということがない、市役所ではゴミを入れるものは場所を決めれば置いてくれというが本当に困らないからそのままになる、私自身もいくら言ってもみんなで何とかしようとはならない
一人がいくら言ってもみんなでなんとかしようとしないかぎりどうにもならないからやめた、それは無人駅でも同じである、みんなが本当に困りなんとかしようとしないかぎり改善されないのである
そしてそういう無関心さが今回のような津波とか原発事故の大被害につながるから怖いのである

例えば灯台下暗しというのもそうである、本当にいつも住んでいる場所に関心をもたない見過ごしているのである、最近自分自身でもいつも原町に行く高平とか相馬市の道の駅の日立木とかに興味をもった、そこは一番身近でいつも通る場所だからである
でもそこでも良くみていないし無関心だったとなる
関心をもつには意識して関心をもたないと関心をもてないというのも人間なのである
ただ正直あらゆることに関心はもてない、でも無駄なことに関心をもつのも人間である
肝心の一番身近なのことに関心をもたないいことがあった
それが海に面していれば津波に一番関心をもっていもいいし原発に関心をもつのは当たり前でもそうならなかったのである
そして大被害になったとき関心をもつようになったが時すでに遅しとなっていたのである



posted by 老鶯 at 08:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2019年06月16日

相馬市の日立木の柏崎のカフェドマニ (バラに囲まれた古風な館の喫茶店)


  相馬市の日立木の柏崎のカフェドマニ
  
  (バラに囲まれた古風な館の喫茶店)

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柏崎に喫茶店があることも知らなかった、薔薇の園の中にメルヘンチックな喫茶店があって食事を出していたのである
それは若い人向きのものである、あれも意外だった、あそこを通らなかったのが失敗だったのである
2013年に始めたというから津波の後でも早い時期に始めていたのである
道の駅では休んでいたがあそこでは休んでいなかった、私は喫茶店が好きである、あそこは高台にあり見晴らしが良かったのである
鹿島の海老村のニコニコ堂の喫茶店も納屋を改造したのもであり奥まった山陰にありその場所に特徴がある
でも料理は予約が必要であり二三回入って後は行っていない
ここも場所がいいのである、見晴らしがいいのである、それで試しに入って見たのである 
ただムーミンとか何か子供っぽいというか老人になると合わない、あれは若い人向きなのである
それで煉瓦のアーチの門とか作れば古風な感じになる、丘の上の古い館になる
ドマニとはイタリア語で明日となるとまた明日も来てみたいなともなる

何か喫茶店というかこれは場所がいいと価値が高まる

柏崎老鶯鳴くや喫茶店

こんな俳句を作った、そこは薔薇の園である、若い人向きでも老夫婦が経営していたのである
退職した人らしい、だから若い人向きだけど老人が経営して実際に仕事しているのである海老のニコニコ堂喫茶店も場所がいい、隠れたような場所にありわからない
二三回行ったが食事は予約制なのだが入りにくかった、そこも若い人向きである
何か隠れ家という感じなのである、前に庭があるのもいい
私は全国を旅行したときどうしても休む場所が必要になる、そこで考えたり詩作したりししていたからだ、だから喫茶店は好きなのである
ただ都会は景色がいい所の喫茶店には入れない、そこが問題なのである

とにかく人間は近くをかえって意識しないし見過ごしているのである
それは原町の高平の六号線脇の五輪塔のある墓地でもそうだった、あの辺は歴史ある場所だった
西殿とありそれから歴史を探った、あそこは西殿があり東殿があり沢田館があったから官衙とは関係なかった
そこでも最近発見して探求したのである
つまり一番近くにあるものがわからない、見ていないのである

相馬市の道の駅には良く行く、あそこまでは近いが相馬市までになると遠くなるからだ
あそこには五本松があり今は三本松になった、あれは枯れてしまうのだろう、それも残念である
何か松は人間に最も親しい木であり友のように見えるのである
だからいつもあそこを帰って行くとき松があるので家に帰ってきたような感覚になるのである
今は誰も家族が待っていないが松が待っているとまでなる

キーワード検索で五本松と入れると詩にしたものや写真がでてきます



2019年06月15日

相馬市日下石や柏アや磯部の歴史 (津波の被害があり海となった地域)


相馬市日下石や柏アや磯部の歴史

(津波の被害があり海となった地域)

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ここは津波で海となった

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かつて常緑樹の原生地で、柏が群生していたことから「柏崎」と呼ばれた

【カシワとは】

ブナ科の落葉高木で日本全国に分布する。食べ物を包むのに使われるほど大きな葉が南国風の印象を持つが、比較的寒冷な地に多く、かつては北海道の十勝平野に大木が群生していた。

柏崎の地名由来は柏の木が生えていた地となる、これは南国性とかではなく冬にも強い木である、この木の特徴は柏餅というように葉っぱに特徴があり名付けられた
堅い葉はきうことで葉っぱが利用されていたのである
新潟県の柏アは大きい市であり有名である
するとこの名がついたのはそこは中心地域だったからなのか?
要するに木の名前がつく地名も多い、それはたいがい田んぼでも原始の状態に植生に由来している名付けられている

堅い木というとき槐(えんじゅ)がある、これは北海道で見た

木材で灰皿!?と、思うかもしれませんが、槐という木はとっても成長が遅くて年輪が細かくとっても硬い木なので、直接火をつけても燃えにくい木なのです。

柏崎の前は湿地帯だった、それで津波の時、柏アの高台に住んでいた人たちは被害がなかった
その下は海となったことには本当に驚嘆した
それでその一帯は日下石(ニッケシ)村でありそのニッケシという地名が二ということで西なのかと推察した
海から見たとき本当に一帯が海となったからだ、そして太陽がその岸辺に輝き落ちていったのである、海から見れば確かに西なのである
でも普通は太陽が上がる所は東になるのである

それも不思議なのだがこの辺は綿津見神社が異常に多いのである
それは山側にもあるし飯館村にもある、そして山津見(山祇)神社が対となってある
松川浦にも山津見という地名と和田が残っているがこれは綿津見神社のことであり和田都美となる、これは安曇系統の海人族が移住してきたためなのである
だからそうした海人族がきて日下石(ニッケシ)と名付けたのかとなる
アイヌ語説だと二は木であり木が茂っている場所になる  

和田都美神社とはもちろん古事記に出てくる天孫ニニギノミコトの息子、山幸彦が兄の海幸彦の釣り針を探しに出掛けた「綿津見神の宮」を祀った神社ということになる。大綿津見神はイザナギノミコトとイザナミノミコトが国産みの後で神々を産み始めた最初の頃に生まれた神様であり、後になって山幸彦に霊力のある2つの玉を与えて助け、そのことによって山幸彦の孫であるカムヤマトイワレビコが初代天皇である神武天皇になるという大切な働きをしたことになる。つまり、綿津見神は山幸彦に力を与え、天皇家誕生に力を与えた海の神様ということになる。この綿津見神の働きの場面で古事記上巻である「神代の巻」は終了となり、このあと古事記は歴代天皇について書かれた中巻へと移っていくことになる。

つまり日本の古事記、神話と関係して古い神なのである

ともかく柏アは高台でありそこは古くから人が住んでいたとなる

「芦」「葦」「菅」「蒲」「荻」「蓮」「鴨」「鶴」「亀」など水辺に見られる動植物が付く地名も、要注意なのだ。台東区の「吉原」は、かつて「葦原」だったとされており、ヨシ(アシ)が生い茂る低湿地であることを示す。

これらにはすべて田をつけることができる、他に蟹田とか蛇田とかもある
湿地帯だったのでありそこが田になったからである 

柏ア村の地名をみると西原西台とかあり北向とかありまた表とある
中台が村の中心地になる、表とあるのは海側に面しているからである、浜通りでは表は海であり裏は山側になるのが特徴である
海から太陽が昇るから表になるのである

そして津波でわかったことは地ノ内に古墳があったことである、ここまでは津波が来なかった、でもその前まで津波が来たということは古墳があったときその前は海だったとなる、海だったということはそこで魚と貝とかでもとれていて食料にしていたとなる
奈良時代でも鹿島区の烏崎に船着という地名がありあれほど奥まで津浪が来たからこの辺もぎりぎりで古墳の前まで海だったとなる
ただあの古墳はめずらいしと思った、たいがい高台とかにあるのが古墳だからである
ただ明らかに生活がそこであったという証拠だから貴重である

そしてこの辺の一番の謎は磯部である、磯部村がいつできてなぜあそこに人が集中して住んだのかとなる
磯部村でも慶長津波の前から人が集中して住んでいたのである、なぜなら佐藤氏の館がありそれが高潮があり鬼越館に移ったからである、鬼とは北向きのことである
だから慶長津波の前に館を移したのか謎だとなる、その後に慶長三陸津波が襲ったからである
柏崎村にしても北側は新田村でありここに元禄の碑があったから古いのである
そこまで津波が来ていた、元禄頃にに開拓された村だったのである 
磯部村には二千人住んでいて250人が死んで被害が大きかった
二千人も住んでいたのは意外だったというか家が多いことはわかっていた
ただなんであそこに家が集中したのか?それは漁業とか水運とか関係してそうなった
船溜に松川浦がありそれで船を操作する人たちが住んでいたからだとなる

いづれにしろあの辺は良く通る場所なのだが浜街道を通り相馬市に行く、すると何かその辺全体を見なかったのである
道路中心に行くとメインの道路ばかりゆくから全体がわからなくなる
すぐ近くなのにわからないのはそのためであった、つまり灯台下暗しだったとなるのだ
つまり脇道を行きその辺の全体を見る必要があるのだ、それが失敗だった   



柏ア村(野馬追に出る旗印の武士と郷士の姓)


 江井

 荒

 桑折

 桃井

 佐藤 
 
 南相馬市の原町区に下江井という地名がある、するとここから移ってきたのか? 
荒という姓は相馬藩に多い、これはツノガノアラシトからきていて韓国系統を受け継いでいるとなる
桑折は鹿島区の真野の日吉神社に南北朝の戦いのとき霊山から落ち延びてきた氏族であるそれで日吉神社があるのかもしれない、山王神社も日吉神社なのである
佐藤氏は磯部を支配して館があった、これはもともと在地の勢力である  

日吉神社の碑には寛政の碑があった、江戸時代末期の碑が一番多い、元禄となると本当にこの辺ではめずらしいのである
だから柏崎の北側の下の新田にある元禄の碑はめずらしいとなる、なぜなら新しく開拓したにしてはすでに古いとなっているからである
磯部でも古磯部となるとこちらの方が古いのかとなる、新町があり古町があり古町が古いからである
最初に磯部に住んだ地域は高台ともなる、海に接して住むことがどれだけ危険なものか津波でわかったからである
郷土史でも歴史は新旧をまず知るべきなのである、だから碑に記されている年号が大事になる
ただ日吉神社の碑は幕末であり古くはなかった

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古き木の切られて残る根っこかな日吉神社や梅雨に入るかも

posted by 老鶯 at 18:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 江戸時代

13万プラス2万くらいが一人の老後で暮らせる (それがもらえないのが現実ー百年安心などありえなかった)


13万プラス2万くらいが一人の老後で暮らせる

(それがもらえないのが現実ー百年安心などありえなかった)


老後の金の計算はむずかしい、第一人生百年といってもいつ死ぬかわからない、それでいくら金をためても貯金があってもたりなくなることもある
だからつぐつぐ年金は老後にとって大事だなともらってみてわかった
年金の強みはし死ぬまでもらえることである、百年生きてももらえるのである
だから払う方にすると額が大きくなる
そういうふうに払う方が損する仕組みなのが年金なことがわかったしだからこそ政府でそれをつづけられなくなったことがわかる
若い人が今の65歳以上の人に払うのでありそれが若い人は将来もらえなくなるから損だとなる、世代間の差が大きいからそうなる
団塊世代は逃げ切りの世代というのもそうである
そして何よりも日本の経済が衰退してゆくし少子高齢化で働き手も減ってゆくから余計に年金を維持することや医療でも維持することがむずかしくなる

ただ老後の生活費がいくらかかるか、最低限になると使ってわかたっことは13万プラス2万くらいである、すると生活保護でもらえる13万がその金になっていた
でも実際は国民年金でもそれだけはもらえないから問題なのである
だから生活保護の方がいいとなる、でも生活保護は簡単にもらえない
例えば国民年金、4,5万しかもらてっていない人も結構多いのである
そういう人は生活保護をもらえないのである
ただ医療費が無料となることがありそういうこともある
何か生活保護を簡単にもらえると思っているが地方ではもらえないし福祉では地方で差がある、老後は医療費がかかる人が多いからそこは無料になるだけで楽になる

何か2000万はたりなくなるから貯金しておけというがそれは厚生年金と国民年金では差が大すぎるのである、厚生年金で夫婦で25万くらいもらっていれば十分のような気がする、一人暮らしで13万だからである、ただ実際はその他の物はレジャーの費用とか家の修繕とか交際費とかはかからないとして13万だともなる
だから確実に貯金は必要なのである
でも2000万の貯金は若い世代では今は苦しいとなる
なぜなら団塊の世代とかその後でも退職金が貯金すると倍になっていたのである
だからこれは大きかった、今は地銀に貯金すると投資信託などをすすめられて必ず損してかえって利子をとられる、なぜなら地銀などはもう金を貸してもうける先がなくなっているからだ、投資信託は銀行にとって確実に手数料がはいる利子が得られるもので損することは絶対にない商品なのである、それは証券会社とか銀行のために作られた商品である
正直よほどの知識がなければもうからない商品である
だから2000万得るために投資しろというのは本当に政府は何を考えているのか無責任だとなる

厚生年金をもらっている人は贅沢しなければ一応生活は成り立つが国民年金の人は絶対に生活すらできない状態に追い込まれる、そういう人を知っているである
老人はみんな金をもっているというすうに見るが現実は老人にも格差がありみんながそうではない、ギリギリの人も多いのである
そして金だけでは介護でもなんでもどうにもならないことがある
もし家族に人手あればなんとかしのげるがない人は悲惨なものとなる
いくら金があっても手厚い介護は望めないからである
だからすべて老後は金でなんとかなるとはならない、老後自体の生活でも文化的な面でもそうである、金があっても豊かな老後になるとは限らないからである

ただ正直未来はわからない、計算できないのである
例えばこれから10年生きるのか20年生きるのかもわからない
10年だったら半分ですむが20年だったらその倍の費用がかかる
そして私も金の計算をしょっちゅうしているが計算しきれない
それはこれからどのくらい生きるかわからないからである
そして不思議なのは一ケ月いくらかかるとか計算する
それで節約して一か月15万とするのだがこれを5日10日とか延長するとその分が節約できる、

150000÷30日=5000円

一日の費用が5000円かかる、でも15万円内で5日延ばすと一か月で2万5千円の節約となりそれが一年になると12か月かける25000円となり30万となる
                                                      
5×5000×12=300000円

これが10日延ばすと

5000×10×12=600000となる

一か月の費用を5日分を延ばすだけで一年に二か月分の節約になる
10日分だとその倍になる
一年分で計算するとこれだけ節約することが不思議だったし本当にこうなるのかと今でも理解できないところがある

つまり金の量ではない、日にちで計算しているからわかりにくくなるのである
それが納得いかない、間違っているのかと思うのはやはりそもそも日にちで金の計算しているから納得できなくなる
それだけ未来を計算することが何かわかりくいものとなっていたのである
でも一日の費用が5000円として計算に間違いがあると思えないのである

人間はつくづく金でも近い将来でもなおさら長い未来となると計算できないようにできている
なぜなら必ず不測の自体が起きるからである、計算し得ないことが長い人生で起きる
この辺で起きた津波とか原発事故がそうだった、完全にこれで計算が狂ってしまったからである、そういうことが起きるからこれから若い人が30年後にどうなるかなど計算できないのである、実際60になっても70になっても将来は計算できない

人生はそもそも計算できない、何が将来起きるかわからないからである
一寸先は闇だというのもそうであり世界情勢だって計算できない、必ず不測の自体が起きる、いくら貯金していてもそれも価値がなくなることもある
常にあらゆる価値が変動しているからである
正直未来に備えることもできないのが人間なのである
一億円貯金しても安心はないのである
人間は生きている限り安心が得られない存在なのである
だからあらゆることに備えることは老後でも無理だとなる
だから貯金しても年金を収めても無駄だというのではない、それですべて安心とはならないということである
百年安心などありえないことだったのである

ただ逆に何か長い時間の中で逆転が起きてくるのも人間社会である
10年前ですら中国があんなふうに発展するとは思わなったろう
それがみるみる日本を技術的にもぬいて先進国化していたのである
そういう逆転現象が人生でも個々人でも日本でも起きてくるかもしれないからだ
高いものが低くされ低いものが高くされるのがこの世である
それを操っているのは人間ではない、神だとなってしまうからである
いくら金があっても老後は病気になったら終わりである
寝たきり何なったら何もできない、ただ天井を見ているだけになる
金があっても何もできないとなるからだ
そういうリスクも老後は増えるからだ

それで認知症になったら最悪である、銀行から金を下ろせないとか看護婦だったのに病院に行ってもそこが病院だとわからないとか本当に最悪だった
金は何の役にたたなくなったのである、金をもっていても銀行から金を下ろせないのだから金は何の役にもたたなかったからだ
こんなことまで老後に起きるから金があるだけでも安心などないのである
ある人5歳で子供と離れて暮らしていたが金持ちの後妻に入っていい暮らしをしていた
でも認知症になり世話する人がいずその娘に頼った
でもその娘は異常人格者でありその人を母親だとは思っていない
ただ金をもっているから施設に入れているだけである
それも悲惨だとつくづく思った、認知症になったらこうして最悪になるから怖いのであるそれもこれかち800百万人もなる恐怖である、その時金があってもどうにもならないのである

人間にはそういう極端な逆転現象も起きてくる、だから大きくは国家でもその未来は神がにぎっているともなる、神のみが未来を知っているともなる
人間は十年先でも何が起こるからわからないからである、ましてや20年とか30年とかいろいろいうけどそれだってわからないのである、あくまでも予測だからである
ましてや100年後の未来などどうなっているから誰もわからないのである
そこに人間の限界がある

posted by 老鶯 at 10:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 福祉医療−老人問題