2019年06月15日

相馬市日下石や柏アや磯部の歴史 (津波の被害があり海となった地域)


相馬市日下石や柏アや磯部の歴史

(津波の被害があり海となった地域)

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ここは津波で海となった

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かつて常緑樹の原生地で、柏が群生していたことから「柏崎」と呼ばれた

【カシワとは】

ブナ科の落葉高木で日本全国に分布する。食べ物を包むのに使われるほど大きな葉が南国風の印象を持つが、比較的寒冷な地に多く、かつては北海道の十勝平野に大木が群生していた。

柏崎の地名由来は柏の木が生えていた地となる、これは南国性とかではなく冬にも強い木である、この木の特徴は柏餅というように葉っぱに特徴があり名付けられた
堅い葉はきうことで葉っぱが利用されていたのである
新潟県の柏アは大きい市であり有名である
するとこの名がついたのはそこは中心地域だったからなのか?
要するに木の名前がつく地名も多い、それはたいがい田んぼでも原始の状態に植生に由来している名付けられている

堅い木というとき槐(えんじゅ)がある、これは北海道で見た

木材で灰皿!?と、思うかもしれませんが、槐という木はとっても成長が遅くて年輪が細かくとっても硬い木なので、直接火をつけても燃えにくい木なのです。

柏崎の前は湿地帯だった、それで津波の時、柏アの高台に住んでいた人たちは被害がなかった
その下は海となったことには本当に驚嘆した
それでその一帯は日下石(ニッケシ)村でありそのニッケシという地名が二ということで西なのかと推察した
海から見たとき本当に一帯が海となったからだ、そして太陽がその岸辺に輝き落ちていったのである、海から見れば確かに西なのである
でも普通は太陽が上がる所は東になるのである

それも不思議なのだがこの辺は綿津見神社が異常に多いのである
それは山側にもあるし飯館村にもある、そして山津見(山祇)神社が対となってある
松川浦にも山津見という地名と和田が残っているがこれは綿津見神社のことであり和田都美となる、これは安曇系統の海人族が移住してきたためなのである
だからそうした海人族がきて日下石(ニッケシ)と名付けたのかとなる
アイヌ語説だと二は木であり木が茂っている場所になる  

和田都美神社とはもちろん古事記に出てくる天孫ニニギノミコトの息子、山幸彦が兄の海幸彦の釣り針を探しに出掛けた「綿津見神の宮」を祀った神社ということになる。大綿津見神はイザナギノミコトとイザナミノミコトが国産みの後で神々を産み始めた最初の頃に生まれた神様であり、後になって山幸彦に霊力のある2つの玉を与えて助け、そのことによって山幸彦の孫であるカムヤマトイワレビコが初代天皇である神武天皇になるという大切な働きをしたことになる。つまり、綿津見神は山幸彦に力を与え、天皇家誕生に力を与えた海の神様ということになる。この綿津見神の働きの場面で古事記上巻である「神代の巻」は終了となり、このあと古事記は歴代天皇について書かれた中巻へと移っていくことになる。

つまり日本の古事記、神話と関係して古い神なのである

ともかく柏アは高台でありそこは古くから人が住んでいたとなる

「芦」「葦」「菅」「蒲」「荻」「蓮」「鴨」「鶴」「亀」など水辺に見られる動植物が付く地名も、要注意なのだ。台東区の「吉原」は、かつて「葦原」だったとされており、ヨシ(アシ)が生い茂る低湿地であることを示す。

これらにはすべて田をつけることができる、他に蟹田とか蛇田とかもある
湿地帯だったのでありそこが田になったからである 

柏ア村の地名をみると西原西台とかあり北向とかありまた表とある
中台が村の中心地になる、表とあるのは海側に面しているからである、浜通りでは表は海であり裏は山側になるのが特徴である
海から太陽が昇るから表になるのである

そして津波でわかったことは地ノ内に古墳があったことである、ここまでは津波が来なかった、でもその前まで津波が来たということは古墳があったときその前は海だったとなる、海だったということはそこで魚と貝とかでもとれていて食料にしていたとなる
奈良時代でも鹿島区の烏崎に船着という地名がありあれほど奥まで津浪が来たからこの辺もぎりぎりで古墳の前まで海だったとなる
ただあの古墳はめずらいしと思った、たいがい高台とかにあるのが古墳だからである
ただ明らかに生活がそこであったという証拠だから貴重である

そしてこの辺の一番の謎は磯部である、磯部村がいつできてなぜあそこに人が集中して住んだのかとなる
磯部村でも慶長津波の前から人が集中して住んでいたのである、なぜなら佐藤氏の館がありそれが高潮があり鬼越館に移ったからである、鬼とは北向きのことである
だから慶長津波の前に館を移したのか謎だとなる、その後に慶長三陸津波が襲ったからである
柏崎村にしても北側は新田村でありここに元禄の碑があったから古いのである
そこまで津波が来ていた、元禄頃にに開拓された村だったのである 
磯部村には二千人住んでいて250人が死んで被害が大きかった
二千人も住んでいたのは意外だったというか家が多いことはわかっていた
ただなんであそこに家が集中したのか?それは漁業とか水運とか関係してそうなった
船溜に松川浦がありそれで船を操作する人たちが住んでいたからだとなる

いづれにしろあの辺は良く通る場所なのだが浜街道を通り相馬市に行く、すると何かその辺全体を見なかったのである
道路中心に行くとメインの道路ばかりゆくから全体がわからなくなる
すぐ近くなのにわからないのはそのためであった、つまり灯台下暗しだったとなるのだ
つまり脇道を行きその辺の全体を見る必要があるのだ、それが失敗だった   



柏ア村(野馬追に出る旗印の武士と郷士の姓)


 江井

 荒

 桑折

 桃井

 佐藤 
 
 南相馬市の原町区に下江井という地名がある、するとここから移ってきたのか? 
荒という姓は相馬藩に多い、これはツノガノアラシトからきていて韓国系統を受け継いでいるとなる
桑折は鹿島区の真野の日吉神社に南北朝の戦いのとき霊山から落ち延びてきた氏族であるそれで日吉神社があるのかもしれない、山王神社も日吉神社なのである
佐藤氏は磯部を支配して館があった、これはもともと在地の勢力である  

日吉神社の碑には寛政の碑があった、江戸時代末期の碑が一番多い、元禄となると本当にこの辺ではめずらしいのである
だから柏崎の北側の下の新田にある元禄の碑はめずらしいとなる、なぜなら新しく開拓したにしてはすでに古いとなっているからである
磯部でも古磯部となるとこちらの方が古いのかとなる、新町があり古町があり古町が古いからである
最初に磯部に住んだ地域は高台ともなる、海に接して住むことがどれだけ危険なものか津波でわかったからである
郷土史でも歴史は新旧をまず知るべきなのである、だから碑に記されている年号が大事になる
ただ日吉神社の碑は幕末であり古くはなかった

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古き木の切られて残る根っこかな日吉神社や梅雨に入るかも

posted by 老鶯 at 18:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 江戸時代

13万プラス2万くらいが一人の老後で暮らせる (それがもらえないのが現実ー百年安心などありえなかった)


13万プラス2万くらいが一人の老後で暮らせる

(それがもらえないのが現実ー百年安心などありえなかった)


老後の金の計算はむずかしい、第一人生百年といってもいつ死ぬかわからない、それでいくら金をためても貯金があってもたりなくなることもある
だからつぐつぐ年金は老後にとって大事だなともらってみてわかった
年金の強みはし死ぬまでもらえることである、百年生きてももらえるのである
だから払う方にすると額が大きくなる
そういうふうに払う方が損する仕組みなのが年金なことがわかったしだからこそ政府でそれをつづけられなくなったことがわかる
若い人が今の65歳以上の人に払うのでありそれが若い人は将来もらえなくなるから損だとなる、世代間の差が大きいからそうなる
団塊世代は逃げ切りの世代というのもそうである
そして何よりも日本の経済が衰退してゆくし少子高齢化で働き手も減ってゆくから余計に年金を維持することや医療でも維持することがむずかしくなる

ただ老後の生活費がいくらかかるか、最低限になると使ってわかたっことは13万プラス2万くらいである、すると生活保護でもらえる13万がその金になっていた
でも実際は国民年金でもそれだけはもらえないから問題なのである
だから生活保護の方がいいとなる、でも生活保護は簡単にもらえない
例えば国民年金、4,5万しかもらてっていない人も結構多いのである
そういう人は生活保護をもらえないのである
ただ医療費が無料となることがありそういうこともある
何か生活保護を簡単にもらえると思っているが地方ではもらえないし福祉では地方で差がある、老後は医療費がかかる人が多いからそこは無料になるだけで楽になる

何か2000万はたりなくなるから貯金しておけというがそれは厚生年金と国民年金では差が大すぎるのである、厚生年金で夫婦で25万くらいもらっていれば十分のような気がする、一人暮らしで13万だからである、ただ実際はその他の物はレジャーの費用とか家の修繕とか交際費とかはかからないとして13万だともなる
だから確実に貯金は必要なのである
でも2000万の貯金は若い世代では今は苦しいとなる
なぜなら団塊の世代とかその後でも退職金が貯金すると倍になっていたのである
だからこれは大きかった、今は地銀に貯金すると投資信託などをすすめられて必ず損してかえって利子をとられる、なぜなら地銀などはもう金を貸してもうける先がなくなっているからだ、投資信託は銀行にとって確実に手数料がはいる利子が得られるもので損することは絶対にない商品なのである、それは証券会社とか銀行のために作られた商品である
正直よほどの知識がなければもうからない商品である
だから2000万得るために投資しろというのは本当に政府は何を考えているのか無責任だとなる

厚生年金をもらっている人は贅沢しなければ一応生活は成り立つが国民年金の人は絶対に生活すらできない状態に追い込まれる、そういう人を知っているである
老人はみんな金をもっているというすうに見るが現実は老人にも格差がありみんながそうではない、ギリギリの人も多いのである
そして金だけでは介護でもなんでもどうにもならないことがある
もし家族に人手あればなんとかしのげるがない人は悲惨なものとなる
いくら金があっても手厚い介護は望めないからである
だからすべて老後は金でなんとかなるとはならない、老後自体の生活でも文化的な面でもそうである、金があっても豊かな老後になるとは限らないからである

ただ正直未来はわからない、計算できないのである
例えばこれから10年生きるのか20年生きるのかもわからない
10年だったら半分ですむが20年だったらその倍の費用がかかる
そして私も金の計算をしょっちゅうしているが計算しきれない
それはこれからどのくらい生きるかわからないからである
そして不思議なのは一ケ月いくらかかるとか計算する
それで節約して一か月15万とするのだがこれを5日10日とか延長するとその分が節約できる、

150000÷30日=5000円

一日の費用が5000円かかる、でも15万円内で5日延ばすと一か月で2万5千円の節約となりそれが一年になると12か月かける25000円となり30万となる
                                                      
5×5000×12=300000円

これが10日延ばすと

5000×10×12=600000となる

一か月の費用を5日分を延ばすだけで一年に二か月分の節約になる
10日分だとその倍になる
一年分で計算するとこれだけ節約することが不思議だったし本当にこうなるのかと今でも理解できないところがある

つまり金の量ではない、日にちで計算しているからわかりにくくなるのである
それが納得いかない、間違っているのかと思うのはやはりそもそも日にちで金の計算しているから納得できなくなる
それだけ未来を計算することが何かわかりくいものとなっていたのである
でも一日の費用が5000円として計算に間違いがあると思えないのである

人間はつくづく金でも近い将来でもなおさら長い未来となると計算できないようにできている
なぜなら必ず不測の自体が起きるからである、計算し得ないことが長い人生で起きる
この辺で起きた津波とか原発事故がそうだった、完全にこれで計算が狂ってしまったからである、そういうことが起きるからこれから若い人が30年後にどうなるかなど計算できないのである、実際60になっても70になっても将来は計算できない

人生はそもそも計算できない、何が将来起きるかわからないからである
一寸先は闇だというのもそうであり世界情勢だって計算できない、必ず不測の自体が起きる、いくら貯金していてもそれも価値がなくなることもある
常にあらゆる価値が変動しているからである
正直未来に備えることもできないのが人間なのである
一億円貯金しても安心はないのである
人間は生きている限り安心が得られない存在なのである
だからあらゆることに備えることは老後でも無理だとなる
だから貯金しても年金を収めても無駄だというのではない、それですべて安心とはならないということである
百年安心などありえないことだったのである

ただ逆に何か長い時間の中で逆転が起きてくるのも人間社会である
10年前ですら中国があんなふうに発展するとは思わなったろう
それがみるみる日本を技術的にもぬいて先進国化していたのである
そういう逆転現象が人生でも個々人でも日本でも起きてくるかもしれないからだ
高いものが低くされ低いものが高くされるのがこの世である
それを操っているのは人間ではない、神だとなってしまうからである
いくら金があっても老後は病気になったら終わりである
寝たきり何なったら何もできない、ただ天井を見ているだけになる
金があっても何もできないとなるからだ
そういうリスクも老後は増えるからだ

それで認知症になったら最悪である、銀行から金を下ろせないとか看護婦だったのに病院に行ってもそこが病院だとわからないとか本当に最悪だった
金は何の役にたたなくなったのである、金をもっていても銀行から金を下ろせないのだから金は何の役にもたたなかったからだ
こんなことまで老後に起きるから金があるだけでも安心などないのである
ある人5歳で子供と離れて暮らしていたが金持ちの後妻に入っていい暮らしをしていた
でも認知症になり世話する人がいずその娘に頼った
でもその娘は異常人格者でありその人を母親だとは思っていない
ただ金をもっているから施設に入れているだけである
それも悲惨だとつくづく思った、認知症になったらこうして最悪になるから怖いのであるそれもこれかち800百万人もなる恐怖である、その時金があってもどうにもならないのである

人間にはそういう極端な逆転現象も起きてくる、だから大きくは国家でもその未来は神がにぎっているともなる、神のみが未来を知っているともなる
人間は十年先でも何が起こるからわからないからである、ましてや20年とか30年とかいろいろいうけどそれだってわからないのである、あくまでも予測だからである
ましてや100年後の未来などどうなっているから誰もわからないのである
そこに人間の限界がある

posted by 老鶯 at 10:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 福祉医療−老人問題