2019年07月16日

魚は人間の手では作れないー 原発で苦しむ漁民」の立場からの本を読んだ感想


「魚は人間の手では作れないー
  
 原発で苦しむ漁民」の立場からの本を読んだ感想

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川辺茂著

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この著者は羽咋であり結局原発が近くに建った
ただ珠洲の方は反対して建てられなかった
北陸沿岸には原発が多い
ともかく反対した人がいたことが貴重だった

1993年7月30日 - (1号機)営業運転開始


この本の著者が優れているのはフクシマ原発事故が起きる前に能登に原発が建つとなり
それを漁業を生業としている立場で反対していたことである

海は誰のものか?

それは消費者のものだ

消費者を第一に考えるべきだ

それで新鮮な産直で売る運動をした

私自身も漁業者を原発事故以後批判してきた、それは船主などが特に漁業権を売り原発御殿が建ったとか回りからうらやましがられていた事実を知ったからである

何か今になると松川浦の人がプログで漁業が苦しいということをしきりに訴えて報告していた、今になるとみんなそのときは漁業は苦しいんだな、魚もいつもとれるとは限らないし売るにも大変だなとか同情していた
おそらく地元ですらそうなの田からそのプログを見た人は余計にそう思ったかもしれないこの著者は魚は鮮度が大事だから産直をするようになったと言っている
漁業者の特権は二三日すぎた魚は食べないとか言っていた
新鮮なものを食べるのが習慣となっている
農家でも自分の家でとれるものは新鮮なものを食べているのである

生ものは新鮮なものがいいのである、キュウリでもスーパーで売っているものは固いのである、それは日にちが過ぎると固くなるという、水分も蒸発してそうなるのかもしれないそれで近くの畑でとれたキュウリは柔らかいからうまかった
ただそのキュウリは一本一万もするものだったのである
なぜなら肥料とか種代とか道具でも援助していたからである
それだけ実際に農業して野菜をとることは今は金がかかるのである
普通ならその人は金に困窮しているのだからしない、ただ援助されたからしているとなる
このことは漁業にもあてはまる、金にならないと嘆いていたからである
ただ漁業については私は詳しくないし知らないから発言して何か間違ったことを言っているかもしれない、漁業者と直接接していないからである

ただこの辺では石鰈というのがとれてそれは大晦日に食べる贅沢なものだった
前は石鰈は普通は食べていない、その魚は新鮮なので身がしまってうまいのである
そしてその魚を烏アとかから売りにきて私の家では食べていたのである
それから今度は小高の女性が松川浦でとれた魚を行商して売っていた
車で回っていたのである、その時も高かったが買っていた
魚に関してはそれが一番の思い出だとなる
その石鰈をみしらず柿を送ってもらった代わりに会津の友人に送ったとき相手の人が喜んでいたこともわかる、会津ではまず新鮮な魚は食べられないからである
石鰈の方が相当に価値があったからだ

とにかくこの辺ではこんなに海が消費者のものだとか考えた人などいない
消費者など存在しか海は俺たちのものだとしかないのである
だからこそ原発事故が起きてから補償金をもらうために家の前の海に権利があるとして東電に主張したりしていた、それは小高では私道がありそれも権利があるとして補償金を主張していた
ありとあるゆることに補償金をもらうために権利を主張していたのである
まずこの辺ではこんなに海のことを考えて原発に反対した人はいない
それでそういうこを主張すれば孤立したとなる、それも福島の原発事故前だから感心したのである
年齢でも大正13年生まれであり1924年生まれであり95歳になっているのだ

漁業は生命に直結する産業であり、工業などより優先する

これからの漁業をは沿岸漁業が中心となる

海は生きものであり、環境さえ大切にすれば無限の生産力がある

海は人類への天与の資産であり、売ったりしてはならない

獲る魚は消費者のものであるとの認識にたたなねばならない

何かこれは私自身が主張してきたことでもあった、これは農業関係者にもあてはまる
そのことを書いてきた、ただ自分は自ら米をとるわけでもない野菜を作るわけでもない魚をとるわけでもないから主張としてリアリティがなくなることがある

ただこの著者を言っているように漁業権を東電に売らなければ原発は建てられなかった

このことは非常に重要であった、それとはまるで正反対に海は自分たちのものだから売ろうと何しようと勝手だとこの辺ではなっていた、それだけの権利が与えられていることはそれだけの責任もあったとなる
権利を主張するのはいい、でもそれとともに責任が課せられていたのである
原発を作るのはいい、でも事故があったら責任がとれるのか、国までつぶれてしまうともなっていたのである
そんな責任のことは思わずにただただ金を欲しいとなっていたのである
だから誰も回りの人などその漁業権を売ることに疑問すらなかったのである
それよりもしこの辺で漁業組合であれ漁業者にであれ漁業権を売るなとか言ったら大反発があり身の危険にもなっていたろう
だからマスコミであれ地元の人であれ漁業権がどうだのとか一言も言っていない
ただ漁業権で補償金をもらい船主が原発御殿を建てたことを周りの人はうらやましく見ていたのである、ただそのことは口には出さない、今になってそういうことを言うようになったのである

親戚の浪江の人でも原発の下請けになっていたから「原発は絶対安全だ」と言っていた
それで原発は少しでも危険だとか言っただけでも村八分になり住むことさえできなくなることもありえた、それほど原発が金になるから利権化していたからそうなったのである
人間社会利権化するともう善悪もなにもない、利権を手放さていからである
だからこの辺では原発が危険だということすら口にも出していない、疑問をさしはさんだ人もいないのである

そして小高に東北電力の原発の工事がすでに始まる寸前だったのである
その小高に東北電力の原発が建つことすら知らない人がいたのである
私の町からもう20キロ内に入るから事故が起きたら住めなくなっていたのである
それほど原発に無警戒だったのがこの辺だった、権力でマスコミとも一体になっているから危険だということを一言でも言えない状態だった
それで小高の大工さんが景気良くなるよと言っていたからである
そして何かこの辺の人は強欲だとも感じる、ここだけではないにしろもう金のことしかない、それは漁業とか農業が工業から比べるともう金にならないとして捨てられていたからである、跡継ぎもいないとかなっていたからである

だからこの著者のようにフクシマの原発事故前にこれだけ原発に自ら漁業する立場で海のことを大事に思っていた人はあまりにも希少だったとなる
それだけ原発は日本では安全だという安全神話にこりかたまっていた、権力でそうさせられていたしみんながそう思っていたから反対する人もいないし口にすら出さない状態だったし危険だと言えば村八分になり住めない状態になっていたことは確かである
だからこの著者のように原発に反対したはゼロだったとなる
むしろ積極的に原発を誘致して原発で金になるとして熱狂していたともなる

だからこの著者がここまで原発に自ら漁業者の立場で反対していたことに感心した
能登というと過疎地域になる、能登線とかも廃止になった
私もそこにも電車で行っていたからである、それだけやはり生活的には厳しい場所になっていたからそこで原発騒ぎが起きてくる
それは福島県の双葉大熊でも相馬市とか前の原町市とかから離れている場所だからそうなったのとにている

この著者はまた養殖漁業に造る漁業にも反対している、それも海を汚すとか自然なものでないから自然に反するものになると反対していた
これも自ら漁業しているからリアルに訴えるものがある
沿岸漁業がいいというときも資源保護のためにそう主張したのである
だからこの辺は何かあまりにも強欲になり原発事故前もそうであり事故後もただただ補償金が欲しいとしてもめて分断されたのである
矛盾しているのは船主などは事故後はさらに補償金が増加した
すべてではないにしろ船主は特権があるからそうなった、だから豪邸を建てたの知っているからである、例えば原発の汚染水で問題になったが漁業組合が交渉すればまた補償金を積み増しされるのである

汚染水を出すな

補償金をもっと出せ

これも矛盾している、もともとこの著者のように海を大事にして消費者を大事にしていうならいい、それも全くない、ただ金取りだけになったのがこの辺の漁業者だともなる
つまり海は俺たち漁業者のものでありそれを東電に売ろうが俺たちのものだから当然だとなる、補償金をもらうのも当然だとなる
そこからしておかしかったのだがではこの辺の人はそういうことにも気づかなかったのである、海に無関心になっていたし農業でもそうである
金にならないから跡継ぎもいないしやめるとなっていたしこれは全国でそうである
耕作放棄地が膨大なのである、農業でも金にならないとしてそうっなっていたのである
そういうことが原発事故にもつながっていた

なぜなら漁業でも農業でも消費者は無関心だったということがある
人間は自らに利害で関係しないと無関心なのである
それで私が無人駅でボランティアしても第一駅は地元の人でも無関心である
乗り方すらわからなくなった人がいる、それだけクルマ社会だからそうなったのである
それで何か注意を喚起しても全く無関心なのである
それで自分は邪魔者扱いされたとだけである
つまり利権になるとか金になるとかならないかぎり人間はたいがい無関心なのである
それでも鉄道が廃止されるとかなるとようやく騒ぐとかなる、その時鉄道のことを考えるようになるからだ、町がますます衰退するとかなるからである
とにかく原発に関心があるというとき金になるからだったのである
その危険性を問うよりまず金になることしか頭になかったのである

だからこんなふうに漁業を考え自ら仕事していた人がいたことは貴重だったとなる
この辺ではそんな人がゼロだったからである、一人くらいてもいいと思うが一人もいなかったともなる
マスコミでも漁業権を東電に売ることはおかしいとかも言わない
何か組合に反対されるから怖くて言えないとなる、そういうことが今の世の中には多い
だからテレビではタブー語が増えて何も言えなくなるのである

この著者はキリスト教徒でありその信仰の面からも発言している
私もそういう面からも発言してきたから共感する
とにかく原発事故以後に東京に原発を作るべきだとか本を出した人が見直された
それも今になると至極当然のことだったかその時はSF小説のように見ていたのである
マスコミでもまともにとりあげてはいないからである
ここでマスコミの責任もある、マスコミはとにかく何か重要な問題でもそれをつっこんで批判したりしない、いろいろな団体とか組合であれ苦情がくるから何も言えなくなるのである、そこで真実は明らかにされず今回のような大事故になったのである
だからマスコミは何のためにあるのか?それも問題になったのである

東電で13メートルの津波が来るとその部門の人が警告していた

でもこれも報道もはされない、したとしても隅の方にあり知っている人もいなかったのである
これを知っていればみんな津波に警戒していたはずだからである
東南海トラフではしょっちゅう警戒することをマスコミでも報道するから警戒しているからである、原発があるところはもっと警戒すべきだったからである
それは東電でも知っていたのである、ただ津波の対策はしなかった
金がかかるからしなかった、そして地元でも眼中に金しかなく危険情報など関係なかったのである、完全に権力によって作られた安全神話をそのままに信じていた

それも問題だったのである、まずこの著者のように考えていた人はいない
一人もいない、ただ金のことしか眼中になかったのがこの辺の人たちだったのである
だから今になって東電を批判したりしても政府を批判しても国民は原発乞食だとしか見ない、どれだけ金が欲しいんだとしか見ないのである
だから他の人と協力して原発反対するにしてもできない
他の人は金目当てではない、原発そのものに反対しても地元の人は金が欲しいから運動すると見られるからである、そうではないとしてもそう見られてしまうのである

結果的にはこの著者の住む近くに滋賀原発が建った、珠洲の方は反対して建てられなかった
でもこうして一人でも反対した人がいたことは貴重である
この人は漁業組合長でもあった、だから責任ある立場だったが原発は作られた
でも反対して作らせなかったのが新潟県の巻町と能登半島の珠洲があった
だからいくら権力があっても住民が反対すれば原発は作れないのである
この二つの例は貴重である、それだけ原発は住民でも反対することがむずかしいものだからである
この辺ではそういう人がいなかったからである


posted by 老鶯 at 15:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

天才は作れるのか?(教育、環境、時代が人間を作る)


天才は作れるのか?(教育、環境、時代が人間を作る)

天才とは何かがまず問題になる、科学者でも芸術家でも歴史に名を遺すような人が天才だとなる
天才とは凡人とは違い天才に生まれついた人で決まっているということになる
その説はショーペンハウエルが言っている
知性は母親から受け継ぐものだという説である
それがなぜ母親なのか?すると母親によって決まるのか?
母親の資質がDNAによってその人の知性も決まるのか?
それも確かにある、男性の場合その人の母親の資質がかなり影響している

ただ天才という時、努力しなくても天才であり何か成しうる人だともなる
そういう人を知っているが本当に普通の人よりエネルギーがありすでに小学校でも見分けられるほど優れている、それは知性だけではない、性格的にも大人びて早熟でありとか
何か普通の人とは根本的に違っている
だからその人は努力することを認めていない
そういう人はゴッホとかゴーギャンとか詩人にもいる
英雄にしても生まれつきそういう資質があって時代に適応したときなる
高杉晋作とかがそうである、もし明治維新という大動乱の時に生れなかったらただの暴れん坊で終わっていたのである

そもそも天才は作れるのかとなると資質論からすれば生まれつきでありできないとなる
私が問題にするのは天才が作れるのかとかのことではない
天才とは定義すれば何かの創造者である、それは科学の分野でも政治の分野でも芸術の分野でもあらゆる分野で新しいものを創造した人である   

すると天才は作れるかどうかという問題よりいかに創造的になりうるのか?

ここに焦点をあてるべきなのである

子供の時は遊びは何か創造的なものとしてある、何かいろいろ工夫したりする
つたなくてもそうである、それが学校とかに行くと暗記中心になる
とにかく暗記することであり計算でも考えるのではなくただ暗記することなのである
九九でも掛け算の意味を追求することはないのである
算数でも図形を使い具体的に割り算とか掛け算でも教えることができる
そして教えることが教育でもそれも創造的なものとして教えることができる
だから先生が創造的でないと学ぶ人はただまねるだけになり自ら考えることができないのである
つまり自ら考えることがあらゆることで教科でも必要なのである
それは社会に出てからでもそうであるあらゆる問題があり自ら考えることが根本にありそうしないとただ他者の言うままになるのである

単純な例として

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I go to を教える時、このように図形化して行く先を入れ替える、するとわかりやすくなる、ABCDの代わりに他の単語を入れればいいからである、これを実際に教育道具を作り矢印が回るようにすればいいとなる
そこで子供ならゲームのように興味を覚えることがある
つまり教えること自体が創造的なことが必要なのである、そのこと自体が学校にないから創造的な人間が生まれないのである
教え方にも無限のバラエティがある、創造的に教えることがある
天才は生まれつきだとしても創造的な自ら考えて工夫することを目指すべきなのだが学校教育に全くないのである
日本人は同質的になりやすいから日本人から独創的な人が生まれにくいのである
カルト教団に入ったりした全く創造性と自主性を奪われる、過去にキリスト教であれ仏教であれ芸術が生まれという時
今とのカルト教団とは別物だったからである

そして環境が人を作るというとき家の中に全く本も置いていないような家だと刺激を受けにくい、私の家には一冊の本も置いてなかった、だから家でなにか学問になるものや芸術になるものに興味を覚えなかった、見ていたのは漫画だったのである
でもそれはそれでその時代があり炭とか囲炉裏がある生活は貴重な経験だったのである
いづれにしろ人間は家庭環境を基本にして人を作る、何々心理学を学んだ人は親からの承認されないものは歪んでしまうというのもわかる、家庭環境が悪いと致命的になる、ヨ−ロッパだと家庭で天才が作り出されてきた
家庭が学びの場としてありそこで貴族の家から天才が育てられたからである

第一留学した者と留学しない者の差は大きい、外国生活したものとしない者の差は歴然としている
私の場合は50歳以降に海外旅行したから遅かったのである
今の時代に海外旅行しない者はもう何も発言もできないのである
たいだい知識人となっている人は海外体験した人である
天才いかんにかかわらず留学できた人としない人ではその人いかにかかわらず大きな差が生じている
それは資質の問題以前のものであり最低条件として留学は必須になるのが時代だからである

そしてまた時代が大きく影響する、戦争の時代だったら天才も戦場であえなく死んで才能が発揮できなかったのである
英雄も英雄に成ろうとしてもなりえない、三島由紀夫は英雄になろうとして自ら演出したが成りえなかった
そこに無理に英雄になろうとしたあがきがあった、つまり英雄は時代が作るのであり時代が悪ければなれないのである
だから三島由紀夫は英雄ではないし評価できないのである
明治維新に英雄がでたのは時代が作ったからである、戦国時代でもそうである
ただ新たな時代を切り開くのが天才であり英雄でもある、それは科学技術的な面でもそうだし様々な分野でそうである
明治をみればわかる、あらゆる分野でみんな創業者になっているからである
今のような成熟した社会にはありえないからである、できあがった社会だからである
何もない社会では一から作り出さなければならないから創造性が要求されて創業者になる

結局天才は何かというとき、絶えず自ら考え工夫して創意がありそこに遊びの精神があり問題意識をもち臨機応変に物事に対処する
ただ言われるままに従うものではないとなる、何か時代が変わる時、そうした天才的なものが要求される
銀行が不用になるというときもそうである、時代が変わる時、ではどうしたら銀行が生き残れるのか?
そこに新しい創意が工夫が必要になる、でもそれは簡単にできないのである
ただ時代が変わる時否応なしに変わることが要求される、それができないと銀行はいらないとなってしまうのである
でも今までは銀行に入れば安泰だ、大企業に入れば終身雇用で安泰だとなっていたのである
それがグロ−バルの競争でそうなくなったとき取り残されてしまう
ただこうした体質は簡単には変えられないのである、欧米の強みは絶えず新しいものを生み出す環境がありそれで天才も生れていたからである、ヨ−ロッパになぜ天才があれほど生まれたのか?それは環境の相違だったのである

天才への階段

これは簡潔に表にしている、これはまさに努力して積み重ねることをすすめているから普通の人が天才となる道程を示している
posted by 老鶯 at 09:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育心理学など

2019年07月15日

ダリヤと揚羽の写真一枚


 ダリヤと揚羽の写真一枚  

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また一羽喜々と舞い入る揚羽かなダリヤ花の赤く映えにき

喜々として舞いて去りにき揚羽かなまた明日も花に遊ばむ


 写真はシャッターチャンスを逃すととれない、動いているのはむずかしい
 撮り方もある、どういう角度からとるかとかむずかしい
 毎日見ている所は撮り方を工夫して何度もとれるからいいものをとれることがある
 またいい場所を発見することでもむずかしい

 今日は偶然揚羽が飛んできたときとれたのである
 ただ小さいカメラでとった写真がとりこめなくなった
 何か機械が調子が悪くなると困る
 パソコンは別に悪くはない、カメラに問題がある

 ともかく梅雨で憂鬱になった、嫌になったともなる、でも今日は近くまで出かけた
 気分転換に出かけたが梅雨で気分が晴れない、重苦しいのである



2019年07月14日

大井川線から井川線の無人駅(秘境駅)のNHKの番組 (閑蔵駅で店を出している井川とついた野菜が地味豊か)

                                                      
大井川線から井川線の無人駅(秘境駅)のNHKの番組

(閑蔵駅で店を出している井川とついた野菜が地味豊か)

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温泉宿と駅を一人でこなしている

末続駅おりてあわれや菖蒲咲きわずかの畑耕す人をり

山間の駅におりたち数軒の家や郭公の鳴く声のみひびく

日立木駅畑耕す女見えて他に人なし春になりしも

春の日や我がおりたちて駅舎にそ待つ人あれや長くもありぬ 

  

井川線はダム建設の資材運搬用に敷設された専用鉄道

1935年(昭和10年)大井川電力の専用鉄道として千頭0大井川発電所(奥泉付近・現在は廃止)間で運行を開始。762mmの軽便鉄道規格。翌1936年(昭和11年)狭軌(1,067mm)に改軌。1954年(昭和29年)中部電力の専用鉄道として大井川ダム0堂平(井川から分岐する貨物線の終点・現在休止中)間運行開始。1959年(昭和34年)中部電力専用鉄道を大井川鉄道が引き継ぎ大井川鐵道井川線として旅客営業を開始。1990年(平成2年)アプトいちしろ0接岨峡温泉が新線に変更、アプトいちしろ0長島ダム間がアプト式で電化。

千頭0井川間25.5km、起終点を含む14駅があります。トンネル61箇所、橋梁55箇所。全線の3分の1がトンネルと橋梁です。

筆者は、2014年9月6日に井川線を訪れましたが、その4日前に閑蔵駅南600mで崩土が発生し接岨峡温泉0井川間が不通になってしまいました。2017年3月にこの区間が復旧して、ようやく2018年4月2日に再訪しています。

NHKの放送で見たこの井川線は面白い、番組としてもうまく作っている
温泉があり宿がありそこが駅になっていて昔の古い駅のままであり切符を売っている
昔はあんなふうだったなと見る

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それから土本駅は土本という姓の家が3軒ほどあって駅の名になった
それは常磐線の末続駅がそうである
そこの墓地をみたら8割は新妻姓だったのである、新妻一族の村だった
でもその数は多い、土本は三軒とかなると少ない

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それから閑蔵駅ではばあちゃんが特産のニンニクの井川大蒜とかを作っていてそれを店で作り売っている
こんな山奥になると米がとれないから稗を作り饅頭にしていた
蒜とはニンニクであり仙石線に野蒜駅があったからここでも食料としていた
何かそれもここでは滋養があり体にいいと見た、山奥では米がとれない飢饉のとき山には食べ物があり助かったということはこうした稗とか食べていたからなのか、それて江戸では江戸煩いといって脚気になり死んだ人がいる
それは稗などを食べないでビタミンB1で死んだのである
だから山にはかえって滋養があるものが食べ物がある、山芋とかそうである、山には山の幸がある 
つまり山には様々な種類のものがとれていたからそういう偏って食でかえって病気にならなかったともなる
ただ今は山の暮らしがわからなくなった、何か過疎地で貧しいということしか頭に浮かばなくなったのである  

それ以外ではここ井川で育て続けられている在来種の野菜が多くあります、井川ニラやおらんどと言うジャガイモ、からし菜、2段葱、小さなニンニク井川大蒜、特にこの大蒜はニンニクらしさがしっかり香り、火を入れると口に美味しさの広がる特長があります、他にも韮は味が濃く生で食べても辛味の強さよりも甘味を多く感じました。
このような在来種多くは代々この土地で育てて来た野菜で、地域の伝統行事や食文化と密接な関係があります。


 五月の節句には、ホモロコシの粉で柏餅を作ります。柏餅といっても、標高の高い井川では、この時期カシワの葉がまだ小さいために、ホオの葉が使われます。
そのほかホモロコシの団子を、季節の野菜とともに味噌仕立ての汁で煮る汁煮団子もよく食べられていました。
   
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    在来作物

 ここに井川産のものがこれだけあることはここが貴重な場所だったことがわかる、閉ざされていてかえって種が保存されたという、雑種にならなかったということなのか?山には山の幸があった 
ただ井川線で肥料も運んでいたというからどうしても肥料は不足になることがわかる


静岡県川根本町の地名

かんぞう

閑蔵

くわのみ

桑之実

こざるごう

小猿郷

やまいぬだん

山犬段

そばつぶやま

蕎麦粒山


この閑蔵(カンゾウ)は萱草なのか?当て字なのか、でもなぜ閑(ひま)な蔵にしたのか、何もない蔵なのか?
今は花を見ているけど昔は食料と薬としてみていた、花ばかり見ていたら生活できないからである
桑の実とかあるのもわかる、これは自生していてうまいのである、山犬とは狼のことである
蕎麦粒山とはまさにここで蕎麦を作っていた

いづれにしろ小海線でも山深く無人駅がありその前に数軒の家がありそこが駅のなかと思った
そういう駅がかえって記憶に残る、人で混雑した駅は忘れやすいのである
私はこうして電車の旅も長いから記憶の旅をつづけている
そことで問題になるのはいかに記憶されているかなのである
記憶していればまた記憶がよみがえり何かしら書いたり詩にできる、でも忘れるとできないのである
金谷から大井川線で千頭まで行ったことがある
そこから井川線があることは知らなかった、それはさらに奥だったのである

今回のNHKの番組は構成が良かった、やはり作り方で番組も相当違ったものになる、鉄道番組は多いが何か見慣れて飽きたともなるからだ
私は全国の鉄道にほとんど乗っている、それでこの番組で日高線のことを写していた、途中海の波で浸食されて鉄路が破壊された
それで復興できなくなっている、もう沿線の自治体で何億もかかるから無理だとしている
あそこはそうなるかもしれない、ただ様似は高山植物の宝庫だから貴重である、そこが終点だった

日高線終点なれやアポイ岳東菊(あづま)みて霧のかかれる

この山は必ず霧がかかる、小高い山でも高山植物の種類が多いから貴重である、ともかく私は本当に日本だったらたいがい行っている実際にその場を踏んでいることが貴重だった、だいたいその場所をイメージできるからである
そして記憶の旅をするときインタ−ネットが役に立つ、その場所が必ず写真入りで出ている
すると思い出すからである、この思い出すことが大事になっている、記憶から呼び出すことが仕事のようになっている
家族の介護でそういうことすらできなかった、なぜなら暇なく追われていたからである
今は介護もしていないのでこうして思い出す作業をして書いているのである

とにかく駅でも鉄道でも思い入れがある、だからこそ私の町の無人駅でボランティアなどを偶然にして駅や鉄道にかかわったことは貴重な体験だった
人間は思いというものが大事である、無人駅ではロボットでは情がない、人間は何事思いというものが生まれる
その思い大切なのである、なぜなら今になるともう人とは二度と会わないとかまた旅に行った場所にも二度行けないとかなった
特に外国に行くのはもうできないと思った、何か疲れてだめなのである、気力もないのである
だからこうして思い出す旅をしてその記憶をよみがえらせて書いているのである


山本太郎が参院選に擁立した創価学会員、公明党と学会を批判 (創価は分裂するのか?)


山本太郎が参院選に擁立した創価学会員、公明党と学会を批判

(創価は分裂するのか?)


「創価学会員の票を切り崩すしかありませんね。学会員の中には、今の公明党や創価学会に不満を持っている方が多くいると思います。そういう方たちを説得したい。学会員には原点に戻って欲しいですね」

 と語る野原氏



山口代表と創価学会員の野原氏が同じ選挙区で戦う

これも前代未聞だとなる、創価はこうして分裂して力を失ってゆく
ではなぜそうなるのか?池田大作会長が病気になって生きているのか死んでいるのかわからない状態で分裂してゆくのか?

政教一致だから政治での対立が宗教での対立にまでなり分裂

創価は完全に政教一致なのである

一票入れたら成仏する

入れない人は福運がなくなる→地獄行き

現実に選挙は信仰を示す最大の戦いである、選挙のためにあるのが創価である
そして選挙の時は拠点に集まり池田大作先生のためにと御本尊にく祈りフレンド票をとりにゆくのである
それは常時そうなのである、すべて選挙のためにある
選挙に勝つことが日々の活動なのである

選挙の勝利は仏法の勝利

だから政治で分裂することはありえないのである、政治の政策でも分かれれば組織全体が分裂する宿命にある
なぜなら政治と宗教が完全に一体化しているからである
政治が俗世のことが聖なる宗教と一致しているからそうなる
分離ししていれば政治で分裂しても関係ないとなる

宗教と政治が一致すると日本の戦争でも祭政一致になればどうなるのか?
それは戦争でも証明された、宗教は神は絶対だから日本に味方するから勝つとなる
その他のいろいろな条件が不利でも神が味方しているから負けることはないとなる
そのことで300百万人が死んだのである
これはまた違ったものとしても基本的に国家も実際は俗世的なものだが国家の神聖化は歴史で起きてきたのである、神聖ローマ帝国などと呼ぶのもそうである
政教一致の歴史が普通だったのである
それがフランス革命でカトリックの呪縛から離脱した、カトリックも強力な政教一致体制たからである、そういう歴史が長いから宗教に対して反発も強いものとなった

政治で対立→宗教で対立→分裂

こうなりやすいのである

ヨ−ロッパでは

宗教で対立→カトリックとプロテスタントに分裂

ヨ−ロッパでもカトリックとプロテスタンとは宗教で対立するから政治的にも対立して
アイルランドはカトリックでありイングランドはプロテスタントで差別されたのでテロになったのである

宗教対立→政治対立

政治対立→宗教対立

こうなる歴史がある

ただもともと創価は政治色が強い、日々の活動が選挙のためだというときそうである
政治権力を得るための闘争なのである、なぜなら御利益を福運を得るというとき政権をとりそこで御利益を配分することができるからである
創価も時代の産物だったのだろう、東京とか大阪で増えたというときそれは都会型宗教だった、戦後戦争に負けた精神の空白状態をうめるとか団地の宗教というように何かそこで新たな共同体を求めたのである

いづれにしろ完全な政教一致となると日本の戦争のように政治でも批判できなくなる
必ずあれだけの集団でそうして政治でも宗教でも批判すれば罰あたると祈りもするからである、宗教はそもそも批判を許さないものだからである
ただ政治になるとどうしても批判がありこうして政策が違うこともある
ただそれが完全な政教一致だから政治で分裂することは宗教でも分裂してゆく
政治で敵になることは宗教でも敵になってしまうのである

この政教分離問題は人間の歴史では実際はエジプトでもイスラムでもどこでも政教一致だった
政教分離の方が歴史としては浅いし新しい思想だったのである
ただ宗教も必ず俗化する、創価は前から数を集める一票を集めることを最大の目的としているから今回のように政治で分裂するとその本体の宗教団体も分裂しやすいのである
こうしたことが分裂のきっかけになり勢力は衰えてゆく
だから今度は自民が公明と一体なのだからその影響が国政にかかわってくるのである
自民が公明と組んだことで今度は自民が大きな影響を受ける
安定した票田を失うからである
自民党は弱体化して政権がゆらぎ国政も変わる、だからもともと宗教団体と一体化するべきではなかった
一時的には楽に票が得られるとしても政教一致の火種をかかえていたのだから慎重であるべきだったのである

posted by 老鶯 at 13:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2019年07月13日

近江粟田郡の鉄生産地と陸奥行方郡真野郷の密接なつながり (直接鉄生産の工人が行き来していた)


近江粟田郡の鉄生産地と陸奥行方郡真野郷の密接なつながり

(直接鉄生産の工人が行き来していた)

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宇多郡行方郡と近江の鉄生産 

●鉄生産の技術習得のために近江の粟田郡まで直接陸奥行方郡などから人が行く

東北系土器の出土地点

滋賀県栗東市は、律令期の近江国栗太郡にあたり、かねてから武井・金沢製鉄遺跡群の技術
体系の故地とされる官営製鉄所=瀬田丘陵生産遺跡群を抱えたところ

高野・ 岩畑遺跡と下鉤東遺跡の位置は、この官営製鉄所の北東5〜7kmの範囲に広がる官衙関連遺  東北系土器の出土地点 − 45 − 跡群内にあり(図 14)、周囲には、8世紀中葉の鉄生産に関与した宇多郡官人の火葬墓に影響 を与えた終末期古墳(菅原 2010 a)が、分布している)。 また雨森智美氏によると、
高野・岩畑遺跡は、古墳時代から継続する伝統的な技術者集団の 居住域であり、中核となる高野神社の摂社(八重釜・敏釜神社)は、鉄生産に伴う神とも関連 付けられ(図 15)、8 世紀前半には瀬田丘陵生産遺跡群に人材を提供したという(雨森 2007)(註 10)。当然、その関係は、7世紀後半に遡る可能性を十分に有している。 こうした複数の状況証拠から、

3点の東北系土器は、宇多・行方郡から近江へ技術習得に派 遣された工人が、現地に残した痕跡とみるのが最も合理的な解釈と考えられる

古墳時代には、地方から畿内への上番という形(帰郷・帰郷指導型)が一般的に存在しそれが技術伝播の契機になった」のに対し、「律令期になると、基本的に伝達者が東国に来て教習活動(「玉突き」型、巡回・指導型)を行った」として、工人の動きが逆向きに変化したことを明快に述べた

周囲には、8世紀中葉の鉄生産に関与した宇多郡官人の火葬墓に影響を与えた終末期古墳(菅原 2010 a)が、分布してい
鹿島町真野寺内 20 号墳(図2−8)出土の金銅製双魚佩(図 17)は、6世紀前半に比定され、同年代の類例の分布が、いずれも近江出自の継体王朝と関係が深い墳に集中している(穴沢味光)

●金銅双魚佩の伝播径路

真野氏は近江国滋賀郡郡真野郷(滋賀郡堅田町真野)に本貫があった
継体政権と近江の豪族との関係については先に述べたが同じ滋賀郡内に和邇氏と密接な関係のある漢人渡来人氏族が集住しており、真野20号ににた正方形プランの横穴式石室が盛行した、真野20号の主体のモデルになった横穴式石室は、案外こんなルートで東北の一角に伝播したのではないだろうか

おそらく六朝の製品の(魚袋)と考えられる双魚佩の一つが武寧王陵の出土鏡と同はんの獣帯鏡に誘着していた、これらの双魚佩も獣帯鏡と同じように、南朝から百済を経て継体朝の日本に伝来し、継体朝の関係の深い豪族に分与されたのではないだろうか

この古墳は6世紀中ごろであると思う


金銅双魚佩出土例


(滋賀県野洲郡三上山古墳出土例)

この金銅双魚佩が付着していた唐草文薄肉刻七獣帯鏡が韓国公州の百済武寧王陵出土の鏡と群馬県観音山古墳出土の鏡と同型である
この獣帯鏡は中国の漢代の鏡を六朝時代に踏み返したもので、百済を経て日本にもたらされたものであると樋口隆康氏せ言う

やはり六朝時代のの踏み返し鋳造と思われる銅梁獣帯鏡の日本が出土の三面の同型品のうち二面は継体天皇陵と考えられ大阪府高槻市郡家の今城塚からあまり遠からぬ茨木阿部野土室石塚と豊中市桜塚古墳群から出土しているのでこの種の鏡は継体王朝と密接な関係が推定される

千葉県長須賀古墳出土例

長須賀古墳の所在する上総望田(陀)郡の国造は馬来田国造であるが記紀によると継体には馬来田皇女があり馬来田国造家の女が乳母になっていたためと思われる

日本後記延暦一六年(797年)陸奥行方郡人に大伴行方蓮の賜姓の記事があることから継体推戴運動の強力な担い手であった、大伴と真野の関係が十分に考えられる

六朝の製品(魚袋)と考えられる双魚佩の一つが武寧王陵の出土鏡と同はんの獣帯鏡に付着していたことはこれらの双魚佩も獣帯鏡と同じように、南朝から百済をへて継体朝の日本に伝来し直接間接に継体朝に関係の深い豪族の間に分与されたとか推定される
  
(金銅双魚佩考―真野古墳出土例にして―穴沢味光)
   
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 古墳時代における琵琶湖およびその周辺地域(細川修平)

粟田郡は古墳が多く琵琶湖の交通の要所になっていた、そこから大阪とか奈良に通じている交通の要所だったのである

●真野の草原(かやはら)の歌は日本の古代の歴史があり生まれた

古墳時代はかえって鉄生産の本拠地との交流があった、近江粟田郡が本拠地でありここの行方郡と宇多郡でも地元の人が直接鉄の技術を習いにおもむいたとなる
ここでは人の行き来が近江粟田郡と直接あった
地元の人もそこで鉄生産の技術を習っていたとなる
それでお土産としてなのか東北形土器が発見されている、つまり近江粟田郡にもたらされたとなる
ただ直接人が行き来したことは陸奥の真野の草原(かやはら)を伝えられたとなる
でも律令時代になると巡回型の技術の伝播になる
中央から直接技術者が巡回して鉄生産を伝えた
この意味するところは何か?中央の指導が強まったということである
中央の大和王権がかかわってきたとなる
それで真野古墳群の前方後円墳に金銅双魚佩が発見されたのである
それはいつの時代なのか?継体天皇の時代だとなる

直接行き来したのは時代が古いということは地元の工人が直接技術を習わないと習得できないということがあったかもしれなんい、今でも技能実習という名目でベトナム人であれ外国人が来ているからである
日本で技能を身に着けて本国に帰り伝える、それでネパールなのかそこには受け入れる工場がないとういことで日本人が工場を建てるようになったとかある
つまりそんな遠くとも技術を通じての交流が生じたとなる
ただ当時は近江と陸奥は相当に離れているのでどのようにして直接そこまで行ったのか?その疑問はあるにしても人が直接行き来していたことは重要である
それで陸奥の真野の草原は知られたということになるからだ
だから草原(かやはら)とは地名なのである、草原は鉄が生産される生産拠点であり萱原が茂っているなどと関係ないのである
鉄がとれる場所として真野の草原が近江に知られて中央の奈良の都に知られたのである

日本後記延暦一六年(797年)陸奥行方郡人に大伴行方蓮の賜姓の記事があることから継体推戴運動の強力な担い手であった、
大伴と真野の関係が十分に考えられる

大伴氏の一族がかかわり和邇氏の中の真野氏がかかわってここに真野という名を遺したのである、それで笠女朗は大伴家持を慕い歌に残したのである

みちのくの真野の草原(かやはら)遠ければ面影にして見ゆとういものを 笠女郎

大伴家持を慕った歌だが草原(かやはら)とはこうした背景がある場所であり何もない
草原(萱原)が茂っている場所ではなかったのである
つまりここに住んでいる人も近江に直接行きこの場所を伝えてそれが奈良の都に知られて笠女郎が大伴家持を慕い歌にしたのである、大伴家持が現実に陸奥に来たとして考証している学者もいる
実際は交流は人が直接行き来していたとなるとリアルになる、直接人の交わりから陸奥の真野の草原が奈良に知られて全国に知られたとなる

次は継体天皇と武寧王陵についてー金銅双魚佩の径路は中国まで通じていた

2019年07月12日

 実力ある人のみ生き残る時代 (銀行員でも弁護士でも医者でも頼める優秀な人がいない・・)


  実力ある人のみ生き残る時代

(銀行員でも弁護士でも医者でも頼める優秀な人がいない・・)

何か頼むにしてもその頼む相手が問題になる、それか人間社会で日常的に起きてくる
大工でも修理を頼んだが直っていなかったが金ばかりとられた
一方で仙台から来たユニットバスを請け負った会社は百万で作ってくれた
それはいいものだったから得だった、ほとんど損した
小高の庭作りしてくれた大工さんは優秀だったから良かった

地銀に投資を頼んだがそれも損しただけだった、第一銀行自体証券会社でないから素人並みである、そんなところに頼んでももうけられはずがなかったのである
ただ適当に客のことなど考えないで投資しただけである
投資したら損しようが地銀では関係ない、地銀には手数料が確実に入るからだ
地銀は一切リスクはとらない、では本当にそうなのかとなるとそうでもない
銀行は信用を失ったしその後に影響してくる
銀行はそんなものだったのかとなり銀行にまかせたら金とられるだけだと警戒するようになる、これが高度成長時代だったら銀行も楽だったのである
銀行に貯金してもらえば利子がつきますよとなりみんなあずけたし銀行は地域では信頼された安定した職場だったのである

でももし銀行員の営業の人でも優秀だったら別である
証券のことを知っていれば儲けさせる確率が大きくなるからだ
でもそういう人は銀行にはいないのである
そうしたらもうけることなどできないのである
つまり証券に株式に通じている人はいないのである
そういう人に頼むことはできない
ただ金持ちはフィナンシャルプランナーとかを個別に雇い投資をまかせる
でもそのフィナンシャルプランナーにリスクがある
損したらもうけがないとかなる、もうけたら一割でも二割でもそのもうけたなから収入となる、だからそれは相当に投資にたけた人でないとできないのである
まず地銀クラスには一人もいない、そういう仕事が地銀の仕事ではないからである

地銀の仕事はyoutubeで今日見たようなことである

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これまで金融庁で中小企業をつぶれないように援助していた、でも限界に来た
そして地銀自体が収益が悪く倒産するということで援助しないとなった
これももう追い詰められているから大目に見ることができなくなったのである

このように中小企業が大倒産の時代になる、その数も多いのに驚く、こんな数の中小企業が倒産してゆくことは確かに地銀にとっても衝撃が大きく地銀自体が倒産してゆく時代だと言っている
それだけ今の地銀は厳しい経営状態にあり先がなくなっているのだ
そういうふうに追い詰められた個人でも団体でも会社でもかかわることは危険になる
もう生き残るために善悪もなにもなくなるからだ
銀行でもゆうちょでもブラック化してゆく、投資信託でも無理やり売りつける
そもそも素人の知識しかないのに売りつける、ゆうちょでも簡保でも不正をしていたというのがそうである
ノルマを果たすために行員に無理やり保険でも老人に売りつけていたのである
老人もゆうちょをもともと信用していたからである

今の経済は社会は身近なところ崩れてゆく、その時モラルもなにもなくなる
事業失敗した人がそうだった、追い詰められているからとても人のことなど考えていられないのだ、そういう人が自分が病気で介護の時来たから最悪だったとなる
銀行もまた同じだった、追い詰められて余裕がないから客のことなど全く考えられなくなっている
オレオレ詐欺のようになってしまう、堅い職業の銀行までがそうなっいることはやはり日本の経済は危機的状況にある、地域の経済でもそうである

交通事故でわからないから弁護士を頼んだ、でも最初に相談料として100万要求された何か事件を解決したわけでもない、裁判になったわけでもない、ただ相談料としてそれだけ要求されたのである
それは仙台の弁護士だったのである、それを頼んだのは親戚だったがこの人も全くあてにならない人だったのである
つまり頼んだ人があてにならない→その人が頼んだ弁護士もあてにならい、金を不法にとったともなる
こうして頼む先があてにならない、信用できないとかなると必ず損するのである

中小企業の大倒産時代にそれを引き受けてうまく倒産するというか事業を維持させることは相当に熟練した弁護士でないとできない、その計画を明確に提言できる人だという
そういう弁護士はまれだという、それだけその事業を倒産させるにもノウハウがあるが
それをできる弁護士は本当にまれだとなる
つまり弁護士の資格をもっていようが医者の資格をもっていようが本当にできる人はまれなのである
第一資格といってもそれは実際の社会で通用するわけではないのである
資格はとれても実際の社会で通用しないことが多いからどういう経験を積んだか履歴を会社でみるというのもわかる

いづれにしろ今や日本経済は厳しい状態に突入している
会社でも優秀でなくても年功序列で終身雇用で一旦会社に入れば安泰の時代は終わった
もう大企業でも不要な存在は容赦なく切り捨てられる、そうしなければ生き残れないのである、ただこういうときは本当に才能があり実力がある人はいい時代になる
高給で大企業でも若い人を待遇する、でも不用な45歳以上はリストラさせられる
会社にも余裕がなくなったのである
ただ銀行員でもフィナンシャルプランナーとかで個人的でもなれる人は生き残れるがそういう人はまれである、それだけのプロとなるとまれだとなるからだ
だから本当に実力社会になったら極少数の人しか生き残れない
特別優秀な人たちと多数の普通の人たちに分かれる、格差社会になる
そういう変わり目に時代は突入しているから厳しい時代になる
会社に入れば安泰だという時代は終わったのである
大卒だからだと学歴もあてにならなくなる、大学で評価されるのは理系の一流とかに準じる大学だけである、その他は文系だと評価されにくい、大学出ても実力社会では通用しない、学歴は通用しなくなる

こういう時代をどう生きるのか?
教育も見直される、暗記とか受験とかそうした勉強しても実力社会になると通用しない
資格をもっていてもそれでその人が優秀だともならない
医者でも弁護士ても選ばれる時代になるとそうなる
要するにでは選ばれる優秀な人になるのにはどうするのかということである
教育でも今までのやりかたでは通用しない、やはり何か創造力を鍛えるとか暗記ばかりではない、独自性を発揮させるものを追求することだとなる
既定路線にのって安泰な時代は終ったからである


posted by 老鶯 at 23:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

遊ぶとは神聖なことであり神の意にかなうこと? (利害得失から離れた世界が聖なるもの)


遊ぶとは神聖なことであり神の意にかなうこと?

(利害得失から離れた世界が聖なるもの)

チンパンジーは干ブドウがほしくて勉強しているのではないことを示している。干ブドウにつられて勉強しているのならば、やさしい問題が続いて出される場合が一番いいわけでキーボードを押しては干ブドウをどんどん手に入れることができるはずである。やはり、問題を解く楽しさが、チンパンジーを勉強に向かわせているということなのだ。』
 【河合雅雄著「子どもと自然」岩波新書より】


類人猿は描くことで「作品をつくる」という結果を求めているのではなく、「絵を描く過程」がおもしろく、遊びの延長で描いているのだと齋藤先生は言う。これは、お絵かき帳などに自由に線や点を描く人間の幼い子どもと同じだ。


何かチンパージ―に学習させるのにバナナとかを与えたらかえって学習しなくなった
チンパージ―学習するのはまたゲームをするのはそれ自体が面白いからである
ところがバナナとか与えるとバナナを得るためとなりそこに気をとられて学習もゲームでも遊びもやる気がなくなったという


人間の学習でも動機づけが大事になる、動物でも遊びがありそれは餌をえるためではないただ純粋に遊ぶことが楽しいとか興味があるからだ
じゃれるのでもそうである、でも動物に曲芸とかしこむ、サーカス団とかでそうする
それは強制されてしているのではない、人間は金のために猿を使う、猿にとっては苦痛なのである
遊びそのものもを楽しみ追求するのが動物でもそうであり人間もそうである

人間の特質としてこの遊びが大きな要素にある、ところが子供の頃から純粋に遊ぶということがなく学習がおしつけられるのである
それは大人の功利的なものがあり押し付けられる
大人が親がいい学校に入りいい会社に入りとか自分の子供を自慢したいとか大人の功利的都合で子供を操作するのである
それは動物に芸を覚えさせて見世物とするのとにているのである

「遊ぶ」という語は、「古事記」に天若日子の葬儀の時
「日八日夜八日をもちて遊びき」とあるように
死者の魂を呼びもどすための歌舞をすることである
( 谷川健一)

あそぶとあそばされるとかは死者と関係していた、人が死ぬと遊ぶ存在になる
あそぶとはこの世から遊離して神ともなる
遊離の遊もそういうことになる
遊ぶとはこの世の利害にとらわれない自由な存在になる
死者はこの世の利害とかしがらみとか様々なものから解き放たれて自由になる
あそばされる存在になる、それが遊ぶの意味だった
神はこの世の利害得失から遊離した純粋に遊ばされる存在なのである

この世は常に人間の利害得失のなかにありそこで悩み苦しむ、その利害得失から解き放されることがないのである、それで遊ぶとういことはそういう利害得失から解き放たれることである、死者はこの世の利害得失とは関係なくなる、あそばされる存在になる
だから死者と遊ぶということは死者とこの世の利害得失かは離れてともに遊ぶことだとなる
ただ遊部が葬送を司る集団だというのもわかりにくい、なぜなら遊ぶというとき陽気なものに感じるからである、葬送となると陰気なものになるから矛盾している
言葉は長い間に意外なものに変化していることを示している

ただ遊ぶというときそこは利害得失がない純粋な遊びの空間となるとき聖なるものとなる人間は宗教的に考察してもエデンの園ではただ遊んでいたのである
そこは聖なる空間であり利害得失がない、純粋に遊ぶ空間なのである
子供が利害得失を考慮しないで遊ぶように純粋に遊ぶ場でありその時そこは聖なる場所になる
この世は遊星だというときもそうである、遊ぶ星なのだが異常な勤労の星になっている
それを神は良しとしない、勤労は常に歴史的に奨励された、それはやはり勤労がなければ生きていけないので強いられていたからである、だからすべて勤労がいいとはならない、別に原始人でも祭りがあれほど多いということでもかえって遊ぶ時間が多かったのである、だから必ずしも働くことを人間は好んでいるとはならない
資本主義は時は金なりというときそうした働くことが神に奉仕することだということでそうなった
でも逆に遊ぶということが神聖なことだったというもある
この勤労が宗教までになったのは西洋的価値観なのである、キリスト教を西洋的な価値観で変えたということもある

野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。働きもせず、紡ぎもしない。

しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。


働きもしない、紡ぎもしないとある、キリストが働くことを奨励することを言ってはいない、むしろ否定しているのである
人が働くことは呪われたことでもあった、人間は労働を罰として与えられたとしているからだ
そうししたら労働がない世界がパラダイスだとなる、あったとしてもそれが遊びとなればパラダイスなのである
でも人間社会にパラダイスには永遠にこない、何か矛盾してきて地獄化してゆくのである

この世はあまりにも利害得失で汚されたのである、インタ−ネットでも前は無料の遊ぶ空間的なものがあったが今は世間と同じである
アフィリエトで宣伝でいくらもうけたとか一億円のブロガーがいるとかyoutubeがいるとか話題になり、利益を追求する場になった
その時インタ−ネットでは何ら世間と変わりない場所になったのである
何か芸術でも学問でも遊ぶということがありそれが利害が関係してくるとそこなわれるのである
遊ぶことと金銭は離れるべきだけど密接に結び付く、すると金をもうけることが第一になり本来の遊びはなくなるのである

それでチンパージ―でも学習でも遊びとして夢中になっていたのがバナナをもらうとその方に気をとられて学習でも遊びとして興味をもっていたが興味を失ったとなる
現代社会はその矛盾が大きくなった、あらゆる場所に利害得失が入ってきている
だからベーシックインカムとかはそうして利害得失の入りこめないものとして純粋に遊びを追及するものとして機能するとすればそれは理想となる
結局自分自身の人生は旅に費やしたというとき一生が遊びだったのである
それが無駄がとなればそうでもない、むしろ高度成長時代に企業戦士と働き詰めの人たちが神から祝福されない人たちだったともなる

老人になって趣味もないとか遊べない人間になっていることでもわかる
老人が用がないというとき遊べないからそうなる
とにかく人間は利害得失の世界から離れられない、金から離れられない、金でしか人間と関係できない、遊ぶことができない存在になった
そもそも資本主義に遊ぶとかのは入りこむ余地はない
それで資本主義自体がもう投資先もなくなり行き詰まっているのである
何か最近おかしいのはベーシックインカムとかAIで人間は仕事がなくなるとかいいみんなアーティストになるとかいうのも不思議である
蟻よりキリギリスになれと奨励しているのである

働きづけの人間が評価されないというのも不思議である
働くということは至上命令でありそれからはずれた人は罪人にもなる
あいつは働いていないとか無職だとなると犯罪人と同じにみられるのである
私は20代をのぞいて働いていない、私の人生は遊びだったとなる
でもそれが無益な人生だったのか?
一方で働き詰めで会社人間として働いた人は今でも社畜だとか言っている
不本意に奴隷にされているということなのである
これからの社会が利害得失から離れた社会になるとは悪いことではない
資本主義がゆきづまったのも悪いことではない、新しい価値観が生まれることは悪いことではない、社会はそれで進歩しているともなる

2019年07月11日

a train go through many abstract paintings


a train go through many abstract paintings

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かんぽ生命の不正契約問題 (被害者が郵便局員の押し売りの実態を語る)


かんぽ生命の不正契約問題 

(被害者が郵便局員の押し売りの実態を語る)

「私の姑も信頼していた郵便局員に騙され、一時は月に30万円以上もの保険料を、かんぽ生命に支払っていたことがありました。きっとほかにも被害者が大勢いるに違いないとは思っていたのですが、これほどの数とは……、ニュースを知って驚いています」と語るのは、東京都在住の40代主婦・A子さん。

その返戻金で、また新しい契約を結ばせることを繰り返していました。姑は保険の内容について十分な説明を受けていませんでしたが、『郵便局のXさんが“いい保険ですよ”と、おっしゃっているから』と信じ切っていました


これも地銀の投資信託とにていた

まず地銀を銀行を信用していた

高齢者がねらわれた

仕組みがわかりにくいから契約した


私の場合もこれとにた経験をした、まず利子がつかないからと投資信託を進められた
その人は証券会社で働いていた経験があるということで現場を知っているのかと思った
勧誘の手口は

銀行ではもう利子がつかない

では銀行は何でもうけるのか→投資信託がいい

なぜなら投資信託は絶対に銀行が損しない商品だからである
そして地銀などは株とか投資信託でも全くの素人と同じだったのである
まず売れば手数料が確実に入る、投資信託で客が損しようが全然関係ない
銀行は絶対に損しない商品でありリスクをとる必要がないのである
だから売ってはまた買わせたりする、転売するとその時点で手数料が入る

そして最初カナダが石油がとれるからとか国債を買った、後はアメリカの投資信託を買った、それから今度は為替差益で失敗したから日本のリートを買った
こうして売ったり買ったりしているとその都度手数料が入る
あとで定期的に手数料が入るのが投資信託なのである

つまり今は銀行にあづけたらこうして利子がとられる!

かんぽの保険でもそうである、なぜ高齢者がねらわれるのか?
それはこれまでの郵便局とか地銀でも信頼関係を結んできたからである
必ず今でもそうだが一軒一軒回って対面的に信頼を築いてきた
そういう時代は必ず利子がついていた時代だったのである

だから高齢者そうした時代の感覚をひきづっている
郵便局と銀行は信頼できるという感覚である
それは高度成長時代に築かれた感覚なのである
その高度成長時代が終わると郵便局でも地銀でも経営が苦しくなった
もうけることができなくなった

そして高齢者にはまだ金をもっている人が多い

金融資産は60代以上の人に集中している

ではこの人たちをターゲットにして金をとろう

こういうふうに時代が変わってしまったのである
銀行とかに金があっても投資先がないのである、もう資本主義自体がそこでゆぎづまっているのである
資本主義というのは常に投資先がありそこで投資してもうけて株主に分配する仕組みである、その構造自体が機能しなくなったのである
ではどうして収益を上げるのかとなるともう詐欺的商法しかないとなる
つまりオレオレ詐欺のような商売になってしまったのである
これはもう資本主義とかの根幹が崩壊してきているのだ

それはグロ−バル資本主義でもそうである、世界でもそういうことが起きている
経済は成長の限界にきたのである、もう投資して利益だすことができないのである
そういう社会になった時人々そういうことが理解されていないのである
私自身もそうである、まだもうけが得られると思っていたのである
確かに一部の優秀な人は専門家は株とか投資信託でももうけている
それはもう例外的な存在であり大方の人は関係ない世界だったのである
それで金融商品をもっている高齢者はカモにされるだけだとなる

ここ十年で自分が経験したこともそうだった、金に窮した人たちが襲って大きな被害を受けたからである

それで

ブルータスお前もか

地銀もお前もか

郵便局もお前もか

郵便局もそこに加えられたのである、誰も信用できない社会となっている、それだけ会社でも安定してもうけることができない社会になっている

社会は世間は時々刻々変わっている、その変わり方のスピードが速いのである
「無常迅速」なのである、すると老人はそうした変化についていけないのである
つまり郵便局とか地銀はこれまで地域で信頼を築いてきていた
だからまず郵便局とか地銀となると地域の人たちは特に年寄りになると親しみがあり信用してきた、そういう身近なところで信頼関係が崩壊してきている
そういう身近なところで大きな変化があるということは社会自体がこれから大きく変わってくる、大企業の終身雇用すらもなくなりこうした地域の一番信頼ところでも信用がなくなり地銀などは消えてゆくとされる

ただ高齢者は時代の恩恵を受けてきた、銀行にあづけて利子が7パーセントある時代があったからだ、それで資産を築いた人が多いのである
だからこそ地銀であれ郵便局であれ信用されてきたのである
それだけ恵まれた時代だった、今の時代の人は恵まれない
低成長と日本の貧困化社会の中で生きるほかなくなっている
そういうなかで淘汰されるものが増えてくる
それで若い世代は厳しい時代になる、その影響を老人も受けるようになったのである


posted by 老鶯 at 09:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2019年07月10日

中国の脅威は世界史の逆行なのか―文明の衝突なのか? 〈古代中華帝国の再興に従えない世界)

中国の脅威は世界史の逆行なのかー文明の衝突なのか?

〈古代中華帝国の再興に従えない世界)


脆弱な内面があると同時に、中国は世界規模の大国になろうとした過去がありません。植民地を持とうとしたこともなければ、他国を支配しようとしたこともない。そしてまた、普遍的な文化を持とうとしたことすらないわけです。普遍的な大国にならずして、世界の超大国になることはできません。

中国に「世界の超大国」になる資質はない
"米中大衝突"が世界に与える悪影響

中国共産党がスローガンに掲げる「中華民族の偉大な復興」である。中国は偉大な過去の栄光を取り戻そうとしている。過去の栄光とは、東アジアに君臨して世界の超大国であった19世紀以前の中国である。中国共産党によれば、19世紀以降、帝国主義者たちは中国に対して侵略戦争を行い、広大な中国の領土を略奪した。習近平・中国国家主席が唱える「中国の夢」とは、偉大な中国を取り戻すことである。

アメリカが、中国と「文明の衝突」か「新冷戦」か「貿易戦争」、あるいは「戦略的競争」を進めている時代において、日本はあらためてアメリカに日米同盟の価値をアピールする機会を得ようとしている。


中国が脅威になる、テレビでも今日中国が太平洋のハワイまで拡大する戦略にあることを知りオーストリアとかが警戒しはじめて具体的に抵抗してきた
それは日本の太平洋戦争とにている
中国とアメリカで太平洋を二分する戦力を具体的にしている
南大平洋諸島に金をつぎこんで勢力下に置くことをしている

中国の台頭は何を意味しているのか?
これを考察する時人類の歴史をふりかえりそれが何を意味しているのかを問うことが必ず必要なのである
つまりこれは世界史の問題だからである
それで参考にしたのが「現代が受けている挑戦ートインビー」という本を参考にする
ここで語られているのは国家主義の歴史である
それは最古の文明の発祥地から楔形文字を発明した中東地域から始まっていた
ただここは複雑でめんどうなのでエジプト文明を見れば具体的にわかる
これも国家主義である、地方の神がありやがて一つの神に統一される
エジプトにも日本のように八百万の神があり地域地域は分裂して統一されていない
それがやがて一つの神にファラオに統一されてゆく
それはエジプト国家の形成になる

そうして一つの文明が大国家が帝国が形成されるときそこには必ず科学技術とかがかかわり神格化される、そこに理系的な技術者がいて神官となる
それはインカとかマヤ文明でも同じだったのである、例えばなぜヨ−ロッパの石の大聖堂を作った石工のギルドがフリーメーソンとかの結社となり世界の指導者がその信者だという時もそうである、そこは秘密結社となっている
それは神官であり力をもったのである、エジプトの神々の像であれピラミッドを作るのには相当な技術力が必要になっていたからである
つまり大国家を形成するには科学技術が不可欠なのである
それは現代でも引き継がれている、この辺で原発を作り従事した人たちはエリートであり神官だったのである、科学技術者は聖職者になったというときもともと治世に科学技術は不可欠だったのである、今でも医者だけは神のように尊敬されているから同じなのである

宗教というとき文明でも巨大な事業を灌漑とか神の像とか巨大建造物を神殿とかを作る技術が生まれたとき権威をもつようになった
そしてそこでは王は神格化される、ファラオとなるのである
それは現代でもその歴史は継続されているのである
エジプト王国がありペルシャ王国がありローマ帝国がありイスラムのオスマン帝国があり中華帝国がありと継続されているのである
アジアだと仏教もそういう働きをしてきた、それは華厳教などの政治思想がありそれが中国でも採用されたからである
日本だと大和王権が日本を統一するために奈良のルシャナ大仏が創建されたのである
その前に巨大な古墳もやはりその地域地域の統一するシンボルだったのである
つまり国家を形成するにはそうした巨大な建造物が不可欠なのである

だから人間はそういう歴史を継続してきて今日に至っている
中国でも同じである、最初は始皇帝が世界国家を形成した、西域で異民族を吸収して世界国家となったのが中国である、その時の大軍団が地下に埋もれていた兵馬俑なのである
それはエジプトともにているのである
地下まで大宮殿を作りその権力は壮大なものだったからである
そして王は神格化される、エジプトでも王が神格化される、偶像化される
国家を支配する者が神となるのである、人間はなんらか人格化したもの、人間を神とするとわかりやすいからである、無機質的なものを神にしにくいのである 

ただローマでは皇帝も神格化されるが統治としてローマ法を法の下の平等を一応追求したのである、それが西欧文明の骨格ともなっているから中国の国家主義とは異なるのである
一見今をみれば過去とは全く違ったものであるように見えて人間は世界史的にも同じことを繰り返している、「歴史は繰り返す」とかカルマだとなる
個々人でもカルマをくりかえし国家的にも世界史的にもそうである
国家主義がナショナリズムがなぜこれほど強力なものとしてありつづけるのか?
例えば共産主義でも結果的にはナショナリズムとなりその幹部はソビエト連邦時代に幹部は神格化されたのである
まるで死んだときファラオのようになって葬られたのである
そして中国でも同じである、共産主義があっても国家主義となりナショナリズムとなり
頂点にたつ共産党の指導者が神格化される、毛沢東はすでになっている

それは日本国内でも起きている、創価は仏教をイデオロギーにしているがナショナリズムにもなる、日蓮を見ればわかる、強烈な国粋主義者、ナショナリストだからである
それで日蓮主義が太平洋戦争の時イデオロギーとして訴えた人がいたのでもわかる
日蓮主義はそうなりやすいのである
そして池田大作が教祖が神格化される、それは政治化したときそうなる
エジプトでもそうだったが政教一致化してくる、ローマ帝国でもキリスト教と政教一致化してカトリックが権力をもったのとにている

共産主義は「万国の労働者よ、団結せよ」というときそれは国家を越えるものとして主張されたイデオロギーである、でも実際はナショナリズムとなり政治化して指導者が神格化して偶像化するのである、政治とは科学技術は人間の力を基にしている
科学技術でありまたは人間の数であり経済力であり物量であり軍事力になる
それらの総力が国家主義となり世界国家を目指すのである
中国でも科学技術力がアメリカをぬくとかなるとそうである、通信技術がそうである
ファウィがそうである、アメリカが世界の支配者になったのはそもそも科学技術力だったからである、世界国家になるには科学技術力が不可欠なのである
エジプトでもピラミッドのような巨大建造物を作り技術がありローマ帝国でも水道や道を作る公共技術を張りめぐらす技術力をもったからである

文明という時西欧文明が世界の普遍性スタンダードとして世界史が展開してきた
でも今度は中国が世界をリードする時どういう普遍性が中国にあるのか?
ただそこには有無を言わせない強大な古代と同じ中華帝国が世界を強圧的に支配する
それは西洋文明への歴史が世界史となっていたのを一挙に時代が古代に逆戻りする現象だともなる
文明とはcivilizationである、civilとは市民のことなのである
その市民というものが日本でもなかったし中国にもない、そしたら文明もない
ただ古代の中華帝国の再興であり世界史は古代に戻るのか?
エジプトのファラオ時代にもどるのか?何かそういうことを感じしてしまうのである
中華帝国の柵方体制になるのかとなる、それは歴史の逆行になる

要するに世界国家といい文明といいただ力だけで科学技術であれ経済力であれ軍事力であれそうした力だけで世界国家になれるのか?
中国に周辺国が反発するのはそのためである、西洋文明というときヨ−ロッパの長い歴史から形成されたものでありその西欧文明の挑戦をアジアで最初に受けたのが日本だったのである、それを受け入れるために苦闘したのが日本だった
結果的には世界大戦となり敗北して終わったのである
その時中国はヨ−ロッパやアメリカの植民地化していたのである
日本だけが西欧文明の挑戦を受けて独立を守ったがアメリカに戦争で敗れたのである

中国は最近急に経済力技術力軍事力が強大化した国である、文明という時それはcivilizationであり、civilとは市民のことなのである、パスポートにシテズンとか所属する市の名を書くことはヨ−ロッパ文明のアイディンティティだからである
ヨ−ロッパでは市長のは権威は日本だったら殿様と同じなのである、市の鍵をもっていて市を治める者の権威は強い
そういう市民社会が形成された歴史がありcivilizationがあった
だから西欧文明が世界化したユニバーサル化したとなる、では中国ではどうなるのか?
言論の自由もない、人権もない、ただ古代の始皇帝のような圧制がある、そういうことで周辺国家が従うのかとなる

そして日本はつくづく東西文明の橋渡し役としてあったというとき何か今そうなっている
米中の仲介役の立場になる、でも日本は確かに西欧文明を受け入れたとしても実際は科学技術とかは受け入れたけど西欧文明の真髄たるものを受け入れていなかったのである、西欧文明がキリスト教文明だというときそうである
科学技術だけが文明ではないのである、それは中国でも同じである、科学技術はいち早く受け入れたけど文明はそれだけではない
共産主義のイデオロギーでありそれはすでに通用しないことが証明されたからである
では資本主義がいいのかとなるとそれも行き詰まっている
だから新しい文明を創造しなければならないとなる、それがどこがするのか?それが実は日本だという人もいる
つまり東西文明の融合の使命を負っているのが日本だ内村鑑三は言っていたのである
でもアジアとは何なのか?アジアの文明とは何なのか?
それも明確化されていないのである

アジアでは自らの欲望から自由になることを望む一方で、西洋では欲望を実現するための自由を手に入れることきを望んだのである(ジャックアタリ)

仏教でもそうだが欲望を内面の修行で抑制して自由になる、西洋では欲望を外に向かって求めてアジアに進出したのである
そこに東西の文明の相違があったともなる、だから宗教というのもはもともとアジアから発した
イスラエルもアジアなのである、ヨ−ロッパは地中海を越えた地域だからである
だから最終的にはアジアに回帰するオリエントに回帰する、それが中国の台頭でまず科学技術経済力で欧米を凌駕してゆく
その後にアジアの真の文明の興隆となるのか?
中国が受け入れたのは共産主義のイデオロギーである、それが失敗したことはソ連で証明された
するとそうして古代国家へもどることは世界史の退歩であり逆行だともなる

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中国の地下宮殿の跡

2019年07月09日

今を反映している一田舎の生活状態 (年金不足、介護、高齢化、外国人労働者 地銀の危機)


今を反映している一田舎の生活状態

(年金不足、介護、高齢化、外国人労働者 地銀の危機)

一人の困窮者がいる、その人の息子は40くらいで建築関係で働いている
独身である、非正規というのではなく会社に勤めているとはなる
その息子の父親は介護状態になり南相馬市では介護士不足で世話できず青森に送られた
その後も安いとしても金がかかり嘆いている
その母親はもともと困窮していた、だから余裕がない
そして腰が悪いとか体も悪く70近くになっている、でもどうして相馬市まで普通の自転車で行けたのか不思議である                   

草取りするとかがむので腰をいためることはある
その女性が畑をもっているがその前の人は腎臓悪くして死んだ
隣の畑は家の人に車で乗せられて這って畑仕事していたができなくなって荒地になった
隣と前は荒地になった、この辺は震災以後原発事故にもな耕作放棄地が増えた
多少は回復しても田畑を維持することをあきらめた人が多い、高齢化もある

何か不思議なのはネパールの女性が三人ほど福装で働いている
その人が良く土手の道を通る、ネパールの男性の人がホンダで修理工として働いていた
それげ日本に長いから奥さんを呼ぶと言っていた、4000メートル級の所に住んでいるから驚く
他にベトナムとかから来ている、仮設の食堂していた人は中国人の女性と結婚して店を切り盛りしていた
この辺は外国人が多いという時、まだ震災以後原発関係の仕事がある
それでベトナム人が知らずに除染関係の仕事をさせられて問題になった
中国人に連れられたきたベトナム人を駅でみかけた
中国人がそうした外国人労働者の手引きをしている

困窮している老いた女性がパンクした、そのパンク代が払えない、それで金をせびりにくる、今はつけで物は買えない、その人は昔のようにその日暮らしである
最底辺なのである、老人で年金をもらえずそういう人が増えている
その自転車屋にしても病気であり60越えていたから年だった
技術的には若い人が今に適応しているからいいという
でもどこでも年寄りが多くなっているのだ、そしてその人も跡継ぎがいない
娘はいても東京とかにいる、そういう人がまた田舎では多い、もう一人の人もそうだった跡継ぎは中小企業でもいなくなり農業でも漁業でもいなくなり続けられないとなっていた相当な中小企業が日本からなくなりGDPを引き下げるという

そうして同級生でも二人が脳卒中になった、一人は足が悪くなった
その人は一人暮らしである、弟が一週間に一回来ている
一人暮らしの人も増えている、自分自身がそうであり不安になる
団塊の世代は75以上になると病気になり介護する人が増大する、しかし世話する人手がたりない、いい施設があっても人手がないから青森に送られる

地銀がきたが地銀がすすめた投資信託はもうけることはできない、かえってリーマンショックのとき半分に減った株を元にもどして上がる時投資信託に銀行員が回して損した
銀行員はもう地域で用なくなってくる
投資先がないからそうして銀行では絶対損しない投資信託をすすめるのである
これは手数料が確実に入るおいしい商売なのである
また転売するとまた手数料が入ったり売ったり買ったりするとそこで額が大きいと手数料が入るのである、銀行はもうかつての銀行ではない、銀行員は大手もやめている
それは資本主義がゆきづまって終わりに来ている象徴でもあるのかとみる
大手のメガバンクの銀行員が仲間からやめる相談を多くの人から受けているという
銀行はもうその用がなくなりつつある
そうなると銀行自体が害になってくる、なんとかもうけを出そうとしてあこぎなこともしてくるから害になるのである
大企業でもリストラされる時代になっているからもう安心して終身雇用などなくなるのである

ともかくこの状態は現代の日本の状態を象徴して自分にも起きていることなのである
日本は閉塞感が強くなり外国に働きに出る人も増えているという
そして経済的には江戸時代にもどってくるのかもしれない
服のお直し屋さんがはやっているという、新しい服を買うのではなく直して使う
その技術も高いので直しても使えるという
それはリサイクルとか江戸時代にもどることである
そういう経済感覚が時代を変えてゆく、ミニマム生活とかもそうである
大量生産大量消費の時代は終わる

この情報をyoutubeで得たということが自体が情報環境でも変わったことなのである
もうテレビでも新聞でも雑誌でも情報の主流となる時代は終わったのである
youtubeでは個々人の経験を語っているからである
こうして自分自身が自分の状況を語っているのもそうである
そこに今の社会が如実に反映されている

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posted by 老鶯 at 08:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2019年07月08日

姓と名の由来(世界と日本の相違)


姓と名の由来(世界と日本の相違)


「姓(名字)」を表す英語はいくつかあります。

last name
surname
family name
maiden name:結婚する前の女性の「旧姓」のこと

私はパトリック・ハーランという名前ですが、ハーランというのは、「川の渡り」。だから、ぼくは「パトリック・オブ・ザ・渡り」なんです。ハーラン(川の渡り)に住んでいるパトリックということです

姓名というとき姓と名は相当に違うものである

姓というとき

血統

地域(村)

欧米では血統を重んじるから姓は地域とは関係ない、ジンギスハーンとなればその子孫ということで姓がつづく、日本でも姓は氏姓(屍ーかばね)でありそれは姓(かばね)は死者のことであり父親から姓を受け継ぐ一族に属するとなる

アラブ人に代表されるイスラム教徒は姓を持たず、「名+父の名+祖父の名…」のように父祖代々の名を繋げて名とします。 

スラブ民族の名前の多くは「名+ミドルネーム+姓」で構成され、ミドルネームは通常、父称です。ロシア語では、名をイーミャ(Имя;Imya)、父称をオーチェストヴァ(Отчество;Otchestvo)、姓をファミーリヤ(Фамилия;Familiya)と呼びます

欧米であれイスラムとなると姓はこのように血統である、父方の姓と母方の姓がまじることもある

姓は血統とするとき原始社会になればトーテムである、犬族とか猿族とかいろいろあり
眷属となる、そのトーテムに属するものとしてアイディンティティがあり属することになる
姓にはそういう帰属関係とか所属関係を示している
例えば現代なら会社名が先に名乗られる、大企業の場合は特にそうである
東芝だとか三菱とか日立とか名乗ればそれで一目を置かれる
つまり姓はもともと官位とも関係していたり特別なものとして上から地位あるものから授けられるものとしてあった、

秀吉の正式名は藤原朝臣(あそん)秀吉です関白になるには藤原氏でなくてはいけません

苗字帯刀でも殿様から姓が農民に与えられて武士の格に引き上げられる
だから姓は名前とは性格が違っている

ただでは中国の姓が先に姓が来るのはなぜなのか?

それは中国では家族がそこから派生した一族が強固の紐帯をもっている、今でも政府を信じないときそうである、一族意識が強いのである、するとその一族を現すものとして姓がありそれで団結する

つまり姓が先に来るとか名前があとにくるとかではなく姓と名は別なのである
姓が後ろにきても姓は姓である、名前とは違った性格のものである
だから名前を先にする、ファーストネームとしてもそれは名前である
後にしても名前である、その後先ではなく姓と名前は区別すべきである
ただ名前はその人個人の個性だとなる、姓はその人個人ではない、血統とか一族とかで繋がるものである
だから欧米だと中東でもイスラム系統だと同じ姓になりやすい、名前は違っても姓は少ない、それは宗教も関係してそうなっている
同じ宗教であり同じ宗派として姓を区別する、それは所属する団体がありそれを示しているのである
それで日本だったら現代なら会社名が姓になっても不思議ではないのである

日本ではなぜこんなに姓が多様で多いのかとなるともともと無数の村が姓の基だったからである、つまりわたしはどこどこの村の出身ですということが姓だったのである
だから日本の姓は必ず地名としてある、…村としてある
でも欧米とか中東ではそうした村から発しているのではない、中国でもそうである
だからそれほど姓は多くない、日本は地縁社会であり血統社会ではないのである
村を共同体としてアイディンティティとしていたのである
そして日本国時代が同一民族として血統を同じくしている
民族同士が熾烈に欧米のように戦った歴史がないのである、日本の姓は無数にあるとしても同じ日本人であり姓は日本なのである
欧米とか中東は多様な民族の熾烈な争いであり血統が違う、だから姓は日本とならないし地域名とはならないのである 

パトリック・ハーランという名前ですが、ハーランというのは、「川の渡り」。だから、ぼくは「パトリック・オブ・ザ・渡り」なんです。ハーラン(川の渡り)に住んでいるパトリックということです。

先に血統の姓がきて土地の名がくる、日本だと先に地名が来て後に姓が来るとなる
ハーラン(川の渡り)が姓となる、渡部とかは渡るから来ているからだ、何か輸送する人たちの姓だった

日本がこうして地縁社会であるとき地縁から脱っすることが困難になる
無数の村があってそれらを統一するには強力な指導者が必要になる
今でも無数の姓があるのはそうして地域の村が依然として日本には残っているともなる
でも村社会が希薄になるとき会社名がアイディンティティになり実質姓ともなる
何か姓を名乗っても聞いても現代ではぴんとこない、別に姓を名乗ってもその姓に所属するとは見えない、過去にあったというだけである
姓は形骸化しているのである、それはそういう社会が喪失したからだとなる
家の重みもなくなって核家族とかなったりすればむしろどこの会社に属しているかの方がアイディンティティとなるからだ 

姓では不思議なのはこの辺では岩松氏が鎌倉から移り相馬藩地域の最初の支配者になったところが鎌倉から従ってきた家臣に子供まで皆殺しにされたのである
そのことは今でも伝えられる、それで相馬藩領内に岩松という姓はないのである
それが歴史を語っているのである、ただ現代では外から入る人が多いから姓から何か歴史をたどることがむずかしいのである
なぜ相馬藩内に荒姓が多いのかそれを尋ねる人がいる
それはツノガノアラシトととうい製鉄関係の技術をもたらし渡来人に由来がある
ツノガノアラシトのアラが荒になったとなる
それは韓国の伽耶国から来た人たちでありその一族の系統だとなる

李氏朝鮮とは李氏一族の朝鮮であり相馬氏一族の相馬市とにているのである

1392年に高麗の武将李成桂太祖(女真族ともいわれる[1])が恭譲王を廃して、自ら高麗王に即位したことで成立した。李成桂は翌1393年中国から権知朝鮮国事(朝鮮王代理、実質的な朝鮮王の意味)に封ぜられた。朝鮮という国号は李成桂が明の皇帝朱元璋から下賜されたものであり、明から正式に朝鮮国王として冊封を受けたのは太宗の治世の1401年であった

李という姓があり一族がありそれに属したものがあり国とまでなっている
だから朝鮮は中国なのかともなってしまうのである

そして日本の天皇には姓がない!

それはなぜなのか?つまり姓とは何か一族に所属することである、李氏朝鮮がまさにそうである
天皇に姓があれば特定の氏族に所属することになる、そうなればある一族が日本の支配者だとなる
でも姓がなければどこの氏にも所属しないから日本の王だとなる
ただ姓がない王様は世界にはないだろう、必ずヨ−ロッパでも誰かが大きな一族が支配者となる
だから姓がないということありえないのだ

いづれにしろ何でも言葉でも常にその背景となるものが実質が失われると言葉も廃れる、戦前の言葉が国体とか天皇でも一体化していた言葉は失われた、通じないのである、それはその実体となるものが失われたからである
でも人間社会でも人間そのものの本質は変わりない、それで(無常)という言葉は今でも活きている、人間が老いて死ぬのも無常であり人間社会がこの辺でも津波だとか原発事故で急激に変化したように(無常)を身に染みて感じたのである
だから無常の世界は変わらないから言葉も活きつづけている
でも死語となる言葉が多いという時社会が変わってそれが通用しなくなってしまうからである

確かに会社名が現代にふさわしいとしても会社自体が盛衰があり現代はそれが激しい
銀行すらなくなるというときもそうである、そうすると会社名にしてもそれは永続しないともなる、それは何か無数の姓がその実体を失ったと同じになる
原発に屋号があり屋号は会社名だった、私の家は元は酒屋であり屋号があった、屋号は山村でもある
私の家は酒屋の暖簾分けした屋号だった、大きな会社から支社とも言える
そして姓より屋号でその家の人が呼ばれるのは生活の実態が屋号の方にあったからである
姓には生活の実態は消失しているのが多かったからである
とにかく権力とか権威とかも常に変わる、徳川といえば日本を支配するものとして300百年あったが今ではない、徳川というと何か珍しいともなるのも不思議である

とにかく名前は個人そのものである、だからファーストネームで話すときは姓のことが眼中にない、その個人を相手にしているとなる
でも姓を語ればそれは長い歴史を背景にしているとなる、それは必ず外国でも日本でも歴史なのである
姓は受け継がれるからである、ただ名前にしても相馬氏だと胤(たね)という字を必ず入れているから受け継がれている 
そして相馬氏というとき相馬氏一族によってし支配された国だとなる
それは明らかに歴史なのである

ただ日本だと最近は外国性とか名前とか混血したりしてでてきた
でもヨ−ロッパとかと違って単一民族であり姓が多いとしてもやはり日本人だとなる
なぜスリランカでフェルルナンドとい人がいるのか、そのフェルナンドはポルトガル人の王様の姓なのである、それは大航海時代にポルトガル人が一部支配してその姓となった
そういうことは外国では多い、人種が入り混じっているからである
だからフェルナンドの姓は多いのである、フェルナンドの王様の臣下ともなる

ポルトガル語よりもイタリア語のほうがスペイン語に近く、スペイン語ネイティブでなくても理解できやすいと思います
関西弁の人と秋田弁の人が会社の会議の話し合いや討論などはできますが、スペイン語とポルトガル語では無理です。
似てるとは言え、やはり違う言語です
メキシカンの友人とポルトガル人の友人がいますが、彼らはお互いが放す時には英語を使っています 


ポルトガル語はスペイン語やイタリア語などと同様、ローマのあったラティウム地方(Latium)で話されていたラテン語に由来する言語です。

ラテン語は、ご存知の通りローマ帝国の領土拡張に伴い、欧州全域に普及しました。現在のポルトガルとスペインがあるイベリア半島にラテン語が到達したのは、紀元前3〜2世紀のことでした

文法的には、ポルトガル語は古ラテン語を基礎としています。この点で、より新しいラテン語を基礎としたイタリアやガリア(現在のフランスとスペインのある地域)とは異なるのです。


ポルトガル語よりもイタリア語のほうがスペイン語に近く....とあるのはそのためである
ポルトガルはそれだけ古い土地だともなる、ラテン語の古語を基にしている、それは不思議に沖縄と青森に日本の古語が残っているのと似ている、辺境に古いものが残る

津軽弁に「てぎ」→「面倒」の意→「大儀」(漢語の転)

   沖縄の方言

ラテン語の古語がポルトガルに残っているということはこれとにている、何かヨ−ロッパの歴史でも日本の歴史と共通性があるとわかりやすくなるのである、ただ今はどこでもブラジルでも英語で話ししている、コミ二ケーションしているというときやはり底辺労働者でも英語を学べというときそういう人たちが英語を話しているからだとなる
ともかく名前一つからも地名一つからも歴史をたどると興味深いとなる
ただ外国で日本の姓を名乗っている人はいない!
それだけ日本は国際的に孤立していたとなる、国際性がそもそもない歴史だったのである









2019年07月07日

日本の高齢化、世界の高齢化で戦争ができない (中国も韓国も高齢化になっている)


日本の高齢化、世界の高齢化で戦争ができない

(中国も韓国も高齢化になっている)

この高齢化は20歳代の隊員が大幅に減ったことが主因である。さりとて、わが国は社会全体で少子化である。若年層は産業界にとっても労働力として貴重であり、自衛隊員だけ若年層を増やすわけにもいかない


平均年齢は31.8歳から35.9歳に上がった。現在士の充足率は73.7%で、頭でっかちの年齢・階級構成になっているのだ。
このままいけば、前線兵士が少ないのに指揮官は多いといういびつな構造がさらに強まりそうだ


高齢化いうとき日本だけではない、中国の高齢化がより深刻になる、数が多いからだ
自衛隊の高齢化もある、若い人が入隊しない、日本も戦争の終わりころは戦地に送る兵隊がいなくなり40才くらいの人まで招集されたのである
それで相馬市の40歳の人が戦地で戦った
そこで子供がかわいそうだとして恵んだとかいうのはその人も子供をもつ親だったからである
一方で18歳くらいの人が志願兵にもなった、そこで人を殺すことを強いられたがそのことは言わなかった

戦争はどうしても過酷すぎるから若い人でしかとても勤まらない、最も体力が充実しているのは20代までである、30過ぎる相当に体力が失われる
戦争をできるのは20代までの人口が多いというときできる
日本ではこうみると戦争などできなくなっている
40でおっさんとか言われ体力がなくなって力仕事がきついという人がいるからだ
それは中国でも同じなのである

指揮官が多くて兵士が少ない

これも歪になる、若い兵士が多い方が戦争にはいいのである、それは日本の会社でも起きている
若い世代の社員が少なく役職をもった人たちが多いのである、その人たちは給料が高いからかえって負担になっている
JRでも50代以上が多いとかそれはどこでもそうなっている
それで若い外国人労働者が会社に入ってきたとき活気でてきたなとなるのはそのためである
これは世界的高齢化であり日本の高齢化が一番早いのである

今の時代はもう戦争はできなくなっているように思う
ただなぜ第二次世界大戦ということが起きたのか?
それは世界的なものとして発生した
その発端はドイツだった、ナチスが興隆してヨ−ロッパが争うようになりイギリスとドイツが争いそこにアメリカが加担してきた
そしてドイツを見て日本が同盟を結んでアメリカと戦った
その時ドイツは大きく見えたのである、アメリカが大きく見えなかったともなる
その時の時代感覚は今からではわからないからである
ドイツをみて同盟してアメリカと戦って失敗したとされる

白人が確かにアフリカ人を奴隷にした、アジアを植民地にした、南アフリカに強盗団のようなスペイン人が侵略してマヤとかインカはあっけなく滅びた
その前にアメリカのインディアンが白人に掃討されて多数が死んだ
つまり白人の世界への膨張がこうした悲劇を生んだ
その欧米の世界進出にアジアで抵抗したのは日本だったとはなる

ではこれから同じようにカルマとして世界大戦が起きるのか?
米中で戦争が起きるのか?
これは冷戦となって引き分けとなる、それがソビエトとアメリカの冷戦で証明された
ただ小国はベトナムのように犠牲になった
イラクでもそうである、その後中国が台頭してきたときまた冷戦になる
でも戦争にはならない、戦争ができない状態に世界はなっている?
ソビエトでも核兵器で対抗した、もし本当に核の戦争になったら共倒れであり人類滅亡にもなる
すると戦争は互いに威嚇しあう動物でも縄張り争いで威嚇しあう、でもそれが死ぬまでの争いには発展しない、できないのである

ともかく第二次世界大戦のような大規模な戦争は起こしにくい、明らかに第三次世界大戦になったら人類滅亡だということはわかっているからである
すると相互に牽制するようになる、直接の衝突はできるだけ避けるようになる
そこでなんとかバランスが保たれる
ただ大国の回りは中国の周辺国のチベットとかウィグル族とかは併合される
だから日本はそうした小国にならない、もちろん大国にはなれないがそれなりの規模の国として侵略されない国にになる必要があるとは言える

奇妙だけど高齢化が国際関係に影響してくる?
そういうことを考えなかった、でも一番これから高齢化になるのは中国なのである
そうなると戦争でもしにくくなる、高齢化が戦争の歯止になるのも奇妙だとなる
それはクルマ社会でも高齢化になると運転できないとかなり別な交通を望む人が増えてきてクルマが減退する社会になる

血の気の多い若い世代が多ければどうしても戦争でもイスラム国に参加するような日本人までいたようになる
高齢化した社会は国は戦争はしにくいのである
アメリカが日本から撤退しても中国が攻めてくるのか?脅威となるのか?
それが疑問になる、韓国でも日本より高齢化している
高齢化社会になると無茶なことはしにくいのである
高齢化が戦争のブレーキになるというのも奇妙だけどそれだけ高齢化というのは世界的な問題になっている
要するに人類はペストとか細菌で大量に死んだ、そこで人口が調節された
戦争でも死んで人口が調節されたということもある
でもそれがなくなるときと人口が増えるとまた様々な問題が生まれる

高齢化社会というとき深夜に外国人労働者が働いている現場で老人が働いているという
長生きするから先が心配で働いているという
そういう姿を若い外国人が見てどう思うのか?かわいそうだとなる
そういう若い人が激減している日本で戦争だって起こせるのか?
戦争になったら若い人が激減して働く人がいなくなるのである
それは原発事故の避難地域に起きている
若い世代が流出して働く人がいない、介護士もいないから青森に送られている
農業するにも復興するにも若い世代が流出したら復興もできないのである

少子高齢化は中国でも韓国でも日本でも深刻になってくるし日本ではすでになっている
老人大国で戦争はできない、世界でも高齢化するとき戦争できるだろうか?
何か戦争の時代は終わったのではないか?小規模の戦争はあっても第二次世界大戦のようなことが起きるだろうか?
むしろ人類は老人ばかりふえてエネルギーがなくな衰退してゆく
その結果として人口もこれからまだ増えるにしても減ってゆく
人口が産業革命で一世紀の間に爆発的に増えたからである
これは異常であり反動がありこれから人口が減らなければ地球が悲鳴をあげる
ただ人口が増えるという時高齢化で老人が増えるのである
高齢化というということはそれだけ様々に世界的にも影響するのである
人類は縄文時代なら30歳が寿命だったとか若くして死んでいた
それが世界的に寿命が延びることは今まで人類が経験していないことなのである

それで建築現場で働いてる40歳代の人が青森の施設に入れた親がいた、施設に入れたから終わりではなくその他にかかる費用があり困っているという
それに母親は70近くであり腰が悪いとかなんとか体がまともではない
それが介護になったらどうなるのか?
金もないし誰が世話するのか?生活保護も受けられない状態にある
高齢化で介護が大きな問題となる、もう老人は捨てられるかもしれない
それだけの人も金もないからである
団塊の世代が75歳以上になったとき危機がくる
もう世話できないと捨てられる、そんなときとても戦争はできない
ただナチスは戦争するために障害者を始末した
もし戦争になったら老人は邪魔だとかなり始末されるかもしれない
だから中国でも韓国でも高齢化であり戦争できるのかとなる

2019年07月06日

半導体で韓国との対立激化の深層 (韓国にリーズンがあるのか?)


半導体で韓国との対立激化の深層

(韓国にリーズンがあるのか?)

韓国となぜ日本をこれほどせめてくるのか?国際法的には戦争のことは解決したとされるそういうこととは関係なく執拗に謝罪を要求して日本から賠償金を得ようとしている
何を目的でそうしているのか?金なのかとなる
日本は攻めやすいから攻めてくる、日本に謝罪させることで頭を下げさせて優越感にひたるためなのか?
戦争という力の争いの前にリーズンの言葉の争いがあると林秀彦を外国経験から言う
日本にはリーズンがない、リーズンを理屈を言う人が嫌われる

智(ち)に働けば角が立つ。情に棹(さお)させば流される。意地を通せば窮屈(きゅうくつ)

これが日本人である、何か対立をさける、狭い村とかの中で何千年とたきいして争いもなく暮らしてきた、世界史では民族と民族が争い根絶やしにされるか、奴隷にされる熾烈な歴史である、そこで言葉も武器でありリーズンにこだわる
物を買うのでもリーゾナブルだとして納得する、ただなぜ安いのか高いのかと問いつめないのである、外国人旅行者は白人は無駄な金を払わない、リーゾナブルでないと払わないのである

そして日本人はなぜなのか、リーズンを追求しない民族だ林秀彦は言う
question→quest→requestになる、questは追求するという意味である
欧米人はquestionからquest(追及する)ということが非常に強い民族である
だからこそ科学が進歩した、そこでは常になぜなのか?という問いがあり科学が進歩するからだ
日本人にはこのなぜなのかという問いがない、考えない民族だとしている
それは原発事故でもこれだけの大被害があったのになぜこんな大事故になったのか?
なぜなのかということを追求しない、私は追求してきた
ただ科学的なことがわからないから追求しにくかった

なぜ戦争になったのか?

なぜ敗北に至ったのか?

誰に責任があるのか?

なぜ原発事故は起きたのか?

誰に責任があるのか?

そういうことが原発でも明確にされていないのである、そして誰も戦争と同じように責任をとらないのである、なぜならなぜそうなったのかそれを追及しないからである
事の成り行きだともなる、自然に起こった、自然の災害だったとかなり誰も責任をとらないのである、それは人間の責任ではなく自然の責任だとしたら人間に責任はないとなるからだ、ただ原発事故は確実に人間の責任があった、でもそれも追求されないのである
結局戦争と同じくみんなに責任がありみんなに責任がないとなってしまっている
それはリーズンを追及しない民族だからと林秀彦は言っている

だから韓国がなぜ日本にそれほど請求するのか、謝罪を要求しつづけるのか
そこにリーゾナブルなものがあるのか?
ただ自分自身もそうしたリーゾナブルを追求できない、勉強していなからだ
でも韓国でも日本でもリーゾナブルを無視するようになり力の衝突になるとき危険になるまだリーズンでの争いなら死者は出ないからである
リーズンで解決しないとなると戦争になる、力のみが正義となってしまうからである

たいがいいくら戦争でも時効になっているともなる、戦争のことを言うときりがなくなるそれは日本自体も戦争の被害者にもなっているからだ、原爆がそうである
戦争はみんな被害者になる、日本が加害者というだけではない朝鮮戦争ではアメリカが加害者だとなる、でも韓国は中国とかアメリカには何も言わない、怖くて言えないのである日本だと弱体化したから言えるのである

韓国との関係で複雑なの在日である、この人たちは日本に属しているのか、日本人なのか韓国人なのか?それが明確でない、ただ日本の支配層に食い込んでいるからやっかいである、NHKでもマスコミでも在日の勢力があり支配されていると言われる
在日とは韓国の代弁者であり韓国なのか?でも韓国に還るのが筋だとしても韓国では在日を受け入れていないのである
だから在日とは何なのか戦後70年で明確化して清算が迫られているともなる

そして日本の危機はやはりまた朝鮮半島から起きてくるともなる
そこはアジアの火薬庫になっているからだ
中国がアメリカと対等となりその力もアメリカを上回るとどうなるのか?
中国は韓国と一体化して日本に迫ってくる
その時どうなるのか?モンゴルが攻めてきたとき同じような状態になる
その時アメリカもう弱体化して撤退している
その時日本はどうするのか?そういう危機が迫っている
日本は地政学的に孤立しやすいからである、海に囲まれて守られていた同時にそれが逆に孤立しやすい文明と文化を作ってきたからである
アメリカは離れすぎているから頼りにならない、また離れすぎていて相互の交流がなく戦争になった

中国と韓国はつかず離れずの距離でありむずかしい関係にあった
とにかくアメリカが日本から撤退する時どうなるのか?
北朝鮮と韓国はその時統一する、なぜなら中国がかかわりそうなる
アメリカが日本から撤退すれば必然的にそうなる
そして日本は孤立して共同する国もないのである
今度は中国の属国ともなる、つまり朝鮮半島の関係は必ず中国が背後にあって中国との関係ともなる
それは古代からそうだったのである、百済の興亡がそうだった
韓国は古代から統一されていない、分離した国だった、それは大陸につづいているからそれで統一が保てないのである、大陸から異民族が押し寄せて蹂躙されるからである

いづれにしろ韓国がやっかいなのは中国であれロシアであれアメリカでもかかわってきた大国の対立の場になっていたことである
朝鮮半島はそうした大国の圧力の中で引き裂かれた国になった
それが日本でも小国化すると大国によって中国とかロシアによって分断されることもありうる、戦争に負けたとき日本国土が分断される危機があったからである

だから国際政治で日本の危機がまた迫っているのかもしれない、日本には戦後平和を享受してそういう危機感は喪失した、日本人の一体感すらなくなった
ただあくことなく利を求める民族になった、猛烈な企業戦士となったのもそのためであるそれが戦争に負けたものとしてアメリカに対抗するものとしてそうなった
日本の国威高揚するものは経済でありそれしかなくなったのである
そうなった民族が戦前のように全国民一体となれるのか?
天皇でも戦後の天皇は平和の象徴でもあった

そして何か話題なる時、平成天皇なら美智子妃との恋愛とか結婚だったのである
テニスの天皇だったのである、天皇から日本の威厳など何も感じなくなったのである
それは戦争に負けた結果としてそうなったのである
でも天皇は日本の国の歴史と威厳をもつものでありそういう私的な身分ではない、公のものである、ただそもそも戦後は日本の公(おおやけ)は喪失した
ただ利を得ることしかない、官僚でも政治団体でも会社でもカルト宗教団体でもすべて利を求めて画策しているだけなのである

はたしてそういう国が独立して日本の威厳を示せるのか?
国民も金と享楽しか求めていない、惰弱の民となったのである
そんな国民がとても戦争に耐えられないだろう、戦う意志もなくなっている
だから「日本は奴隷になった」と林秀彦が痛烈に日本をこきおろしたのである

ただ今回は日本も具体的に抵抗の意志を韓国に示した、これは結構大きな決断だった
実際会社の経営にも影響するし国民にも影響するかもしれない
日本の尊厳を保つために韓国に日本の意志を示したから今までにないとを決断したとなる日本は戦後70年過ぎてようやく独立国家として再び立つときが来たとなる
でもそういう覚悟が惰弱化して日本国民にあるかとなるとない
今回の決断はそういう惰弱な日本から独立国家としての威厳を保つ方向に舵をとったともなる、でも国民にはそういう意志は覚悟はまだないのである 
だから一気に日本が他国に蹂躙されてしまうかもしれない、その発端になるのが朝鮮半島なのである


posted by 老鶯 at 19:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

日本人の精神は日本語に継続されていた (戦前にあった日本の美徳がすべて否定されたことの問題)


日本人の精神は日本語に継続されていた

(戦前にあった日本の美徳がすべて否定されことの問題)

お得意さんというときそれは今でもあるし京都だと一元さんはお断りとかある
お得意さんという言葉がなくなる時そういう社会もなくなっている
私の家では店をしていたからお得意さんとかあって良く子供の時配達させられた
その頃御用聞きとかは江戸時代からあった、親しく長く出入りしている商人とかでも職人でもそうである
そういうことは狭い範囲で生活しているときそうなった
いつもなじみの人である、何かそういうことが基本にあった
それは交通が発達しないから狭い範囲が生活していたからである
向こう三軒両隣とかもそうである、日本では世間というとき何なのか?
それは村とか狭い範囲なのである、それでそういう所で生活する基本は争わないことなのである、争いがあるといつも同じ場所に生活するから困るのである

自分も隣の市の人と争って縁を切った、でも実際はその近くに用があって行っている
すると会ったら嫌だなとなるが一応離れているからまだいいとなる
それが村のような所だったら喧嘩してもいつも会っているのだから困るとなる
日本人の人間関係はこうして狭い場所で作られてきた
それは国自体がそうだった、日本人は異民族に攻められ征服されたことがないのである
海に囲まれているから縄文時代から日本は日本人同士で大きな争いを経験せず何千年も生きてきたとなる
それで勝海舟と西郷隆盛が会見したとき「日本人同士だからわかる」となり江戸は無血開城されたのである、日本人ならわかる、通じるということは日本人は民族の争いがなかったことである、大陸では様々な民族同士の興亡がありそれはヨ−ロッパでも中国でも同じである、そこで負ければ奴隷にされたのである
日本語はそういう場で作られてきたから外国語とは異質だとされる
それで林秀彦の日本語論は外国で長く暮らしていたから説得力がある

とにかく戦前にあった日本の言葉が今になると理解できない、消えている
それは国家と一体となり結びついたものだから理解しにくくなる
戦争中に使われた言葉がそうである、戦争後はそうした戦争自体が否定されたからその言葉も死語となったのである、その言葉には日本人が長年伝えたものがあったということを林秀彦は経験から指摘している
でも彼がその日本語を体験したのは小学生の時でありそれでもそれだけその言葉が精神と一体化していたのである、だから戦前で子供の時育ったとしても戦後に育ったものとは大きな差がある、断絶がある
つまりなぜ戦前の言葉が理解できないのか?
そういう日本社会が喪失して消えたからだとなる

そして天皇自体が日本国を背負っていた時代の喪失であった
天皇は日本の国体を背負う象徴だったのである
戦後はしきりに平和とかばかり強調されて天皇の位置づけが戦前でまるで違ったものになったからである

「教育勅語」

 朕惟(ちんこおも)フニ、我カ皇祖皇宗(こうそこうそう)國ヲ肇(はじ)ムルコト宏遠(こうえん)ニ徳(とく)ヲ樹(た)ツルコト深厚(しんこう)ナリ。 
 我カ臣民、克(よ)ク忠ニ克ク孝ニ、億兆心を一(いち)ニシテ世々(よよ)厥(そ)ノ美ヲ濟(な)セルハ此(こ)レ我カ國體(こくたい)ノ精華(せいか)ニシテ教育の淵源(えんげん)亦(また)實(じつ)ニ此(ここ)ニ存ス。

 Know ye,Our subjects:Our imperial Anecestors have founded Our Empire on a basisbroad and everlasting have deeply and firmly implanted virture

日本の歴史を背負い国体というとき日本の自然と一体化しての美と徳の顕現を示すものとして格調高く宣べられた
こういう言葉が天皇から出たという時、それは日本の歴史を受け継ぐ象徴として天皇があったからだとなる

ただここに英語でもその格調高さは表現されているが天皇というのは戦後否定されてきたのである
国体というときこれも今では死語になっているが日本の自然のことなのである
日本の徳と自然が合致したものとしてこの荘重な言葉が述べられたのである

それで依然として日本の自然は今もある

(そ)ノ美ヲ濟(な)セルハ此(こ)レ我カ國體(こくたい)ノ精華(せいか)ニシテ教育の淵源(えんげん)亦(また)實(じつ)ニ此(ここ)ニ存ス

天皇がなくても日本の自然はありその精華はあり実もある、富士山は今も美麗に聳えて日本の象徴としてある 

これは私が詩にしてきた木とか石とか岩のことでもある、つまり天皇というのは否定されたが日本の自然は残りそこに美と徳がありうる、石とは忍耐とかを示して木でも人間の徳と一致させる、日本語の真直(まなお)だとかなる

 The tree has being everlasting have deeply and firmly implanted virture deeply and firmly implanted virture

ただ天皇は否定されたのが戦後である、そして戦後に日本自体が歴史的に継続された国体の美と徳を失った、当然のその言葉も失ったのである
なぜなら戦後民主主義が導入されたとき一番頻繁に利用されたのが権利である、その権利とはもともと英語ではright(正義)であったが権利とは利を求める権である、権は権力なのである、日本人はrightをもとめているのではない、利をえるための権力を求めているだけなのである、権利は最初は権理と訳されていた、となるとリーズンがあるからこっちの方が訳として良かったのかとも思う

民主主義とはまさに日本国民全員がただひたすら利を求めることに変わったのである、他者を蹴落としても利を求める
それは政治でも社会全体でもそうである、教育でもそうである、戦後の教育は受験戦争であり他者を蹴落としても利をえるためにいい会社に入るとか官僚になって地位を得て楽な暮らしをするとしかないのである
そこに同胞という感覚すらなくなったのである、それはそういう言葉がなくなったことでもわかる
友垣とかあってもそういう言葉がひびかないのは社会自体にそういうものがなくなったからである
つまり民主主義は民利主義として訳した方が現実にあっているのである

だから戦後70年経てそうした日本の歴史とか失われた精神を回復することである、民主主義とかは日本に根付かなかった、そして戦前のことは戦争がありすべて否定的なものとして教育されたし国もなった
でも結果として日本から日本人がもっていた徳も美も喪失したのである
戦前を戦争があったとしても日本の歴史を継続したものがありそこにいいものがあった、それで教育勅語でもアメリカでは評価している、つまり民主主義というときそれはヨ−ロッパとかアメリカの価値観でありそれをすべて日本にあてはめることはできずに荒廃したのである
だから国風文化というとき江戸時代であり明治以降は違うとなるが戦前は国風文化として日本がありそれで日本語を歴史として継承されていたのである、だから戦前を戦争のためにすべて否定することは日本が日本でなくなることでありそれで日本語について日本人自身がたずねてその日本人のアイディンティティを再生するべきだとなる

いづれにしろお得意さんがなるなるということはそういう社会がなくなったということである
コンビニに十年間買いに行ってもお得意さんには決してならないしスーパーでも毎日通ってもお得意さんにはならない
多数の中の一人であり客としても認識されない、それでコンビニで100円のパンを間違ってポケットに入れて犯罪者にされた
そこでは決してお得意さんにはならないからである
コンビニに来るのはクルマで遠い所からよる人が多い、地元とはあまり関係ないからである
交通が発達した結果としてクルマ社会になりコンビニが生まれた、それはそういう社会になったときお得意さんときう言葉も消えたのである、ある言葉が社会で通用しなくなる時その実態となるものが社会から喪失したからである
だから戦争から戦争前にあった日本語が通じくなくなったのである



2019年07月05日

人生で一番後悔すること (タイミングが人生を決めるー時間は飛んでたちまち消える)


人生で一番後悔すること

(タイミングが人生を決めるー時間は飛んでたちまち消える)


人生で一番後悔することは何か?
それは卑近なことでも必ずタイミングを逃していることである
例えば婚活というのでいろいろプログで指導する女性がいる
でも本当に結婚とかどうして決まるのだろうか?
いろいろ双方に要望があるし完全な人などいない
そこで選択することは困難を極める

では何によって決まるのか?

それはタイミングだ

第一まず結婚しようとするとき最も大事なのは双方のタイミングなのである
それで婚期を逃すことが結婚するタイミングを逃すことが最大の問題なのである
それは自分自身のことでもあった

誰かを選ぶより会うタイミングである

何か結婚した夫婦を見ていると不釣り合いなものを見る
なぜこんな男が美人であり頭がいい女性と結婚しているのか?
その逆も普通にある

それはその二人があったタイミングにある

ある女性は近くに住んでいる男性が親が死んだことでかかわり結婚した
その家に一人になったからそこに通っているうちに結婚した
それも好き嫌いとかではなくそういう時に出会ったことで結婚になった
その人がどういう人かはあまり関係なかったかもしれない

第一人間の時間は限られている

その時を逃したら遂に何もできなくなる
老人なってもできると思ってもできない
なぜなら何か自分でも旅行しようとしてバッグを買ったり用意した
それから語学を勉強しようともした、でもできない、時間もないし頭もまわらない
語学を身につける時間が過ぎてしまったということなのだ

それはあらゆることに言える、恋愛であれ結婚であれ勉強であれそして最大に重要な求道すらそうだった
宗教とか信仰は老人になってやればいいとかないのである
若い時に求道しないものはもうできないのである
つくづくTime fly(flies)というけど本当にそうである、時間は飛んで消失してしまうのである

人間に与えられた時間が限られている→成すことも限られている

だから男女の出会いでも一番大事なのはタイミングなのである
相手がどうのこうのという前にそのタイミングが婚期を逃したらもう結婚もできないのである、特に婚期を逃すことを親が恐れるのは女性は劣化するのが早いからである

人間には結婚でもそんなに相手を吟味して選んでいる時間がないのである
その内に婚期を逃す、ただそれで離婚も多いのである
つまりじっくり選ぶ時間が人間に与えられていないからである

そして老人になり・・・しておけば良かったとなってみんな終わっているのである

何かをすべき時間がなくなってしまうのである
例え老人でも今は長生きだとしても第一頭が回らなくなる
それで老人はこれまで積み重ねた経験を活かすのである
遂には認知症になると昔のことを千回を語りつづけることになる
それが生きた証だったからである
もう何かを経験するタイミングは時間は失われたのである

だから本当に時間がタイミングだ人間を決める、人間の時間は限られている
たちまち飛んで消えるのである、そして二度と青春でも時間は戻ってこないのである
これが人間にとって一番厳粛なことだったと思う
人生は二度はないことである、時間などいくらでもある、またやり直せばいいとはならない、もうやり直すことは不可能である、ただ後は死があるだけである
だから人間の一生はほぼ30までで決まる
それで最初に20代でも就職とかでつまづき非正規とニートになると一生そうなってしまう、またカルトなどの宗教団体からぬけないと一生ぬけられないとかなる
30までに人生の方向が決まるのである
そしてやり直す時間はない、戻ってこないのである 


1 あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ。悪しき日がきたり、年が寄って、「わたしにはなんの楽しみもない」と言うようにならない前に、 
2 また日や光や、月や星の暗くならない前に、雨の後にまた雲が帰らないうちに、そのようにせよ。(聖書ーコレへトの言葉)

この「なんの楽しみもない」というときそれは働きづめの人生を言っているのか?
老人になって何もするものがないという、そういう人の人生は何だったのか自問自答している人もいる
会社という場から離れたとき生きがいも喪失する
例えば村とかで村全体で生きていれば死ぬまでその一員でありそこがアイディンティティを築く場だからそこから離脱して死ぬことはないのである
死んでも今度は先祖となり春の田植えの時は山からおりてくるというふうに継続した生がある
そういう連続性が今の社会にはない、そこで老人は用ないものとされている、それは金があっても用ないものとされる

とにかく人間は老人になると馬鹿でも見えてくるものがある、人生とはこんなものだったのかと悟らせられるからである
永遠に時間は帰ってこない、何かを成すべき時間は失われたのである、そして死があるだけだとなる

2019年07月04日

なぜニーチェに魅了されるのか? (社会と別な世界をイメージしてそこに自らの理想の世界を作り上げたから))

なぜニーチェに魅了されるのか?

(社会と別な世界をイメージしてそこに自らの理想の世界を作り上げたから)

なぜニーチェに魅了されるのか?
この理由は深く現代の文明と関係している
現代文明とは混沌(カオス)である、東京でもそれは何なのか?
もう怪物でありその全体を知るものはない、原発でも複雑すぎて所長すら肝心なことを知らなかったし社長だからといって会社のすべてを熟知することは不可能なのである
人間もそこでは無数の部品になる、膨大なパーツの集合体が社会である
そこで仕事するとなるとただほんの一部品となるだけなのである
それでもそのことに意味があり価値があるとしてもどうしても何かの職につくこと自体一つの部品化するのである
人間はしょせんそんなものでしかない、要するに社会は複雑巨大化して一個人など摩天楼を見上げている大衆の一人にすぎないとなる

それで人間を大きくするときどうするのか?
現実社会にはありえない、何かの職につくときどんな職でも一部品と化す社会である
それで自ら巨大化するときどうするのか?
現実社会ではもうありえない、人間は無数の大衆の一人としてまぎれる
それは名もない個性もない群衆なのである
そこに個人が大きくなれるものはなにもない、それより政治なら数であり経済も数である文明社会は数が支配する、宗教でも数である、どれだけの数を集めるかでそれが巨大化して何ものかとして認識される
創価で700百万票とったとかなるとみんな注目して恐れる
それも前に書いたように幽霊会員が何百万人もいるのだ
ただ一応会員になっているが何にも活動もしていない、だから一票を入れないものさえあるからそういう人たちを回って一票いれてくれと頼み回るのが幹部の仕事だとなる
つまりこれと同じようなものである
膨大な大衆、幽霊会員の集合体が現代の文明社会である
民主主義自体が数であり数がすべてなのである
人間が実体のない幽霊と化しているのである

だからニーチェとかアウトサイダーはそういう文明社会から離脱する、それがヘンリーミラーとか上野霄里(しょうりしょうり)とかなる
ニーチェはその最たるものである、そしてなぜニーチェに魅了されるのか?
それは文明社会から離脱して別な一つの世界を作りあげてそこに自らを超人として配置したことにあった
なぜなら現代文明社会ではそうした統一体はありえない、無数の部品の集合体でありその全体をみれる人などいないからである

だから自らを巨大化して主人とするときそうした別な現実には存在しない一つの理想の世界を作りあげてそこで主人になるほかないのである
それはあくまでもイメージされた一つの世界で主人になることである
するとその中で超人であれ巨人としてふるまうことができる
何よりそこで不思議に言葉が活きてくるのである
第一文明社会ではもう商業語とか騒音語なのかロボット語なのか言葉がロゴスが通じなくなっているからだ、言葉が通じないということは事物と物と結びつかないことなのである
そういうことをピカートが「沈黙の世界」で書いた
そうして言葉がもう通じなくなったという時、ナチスが生まれたと分析している
ただヒットラーと叫ぶことでドイツが一体化した、それも仮りの異常な一体化でありファシズムとなったのである

東京辺りでももう実際の事物を言葉で表わせないのである
巨大なビルの谷間で人は存在する事物と遊離して乖離している
そこに本来の人間はありえようがないのである
つまり人間存在の危機なのである
相馬郷土史研究というときそれは一つの統一体として全体を見ようとする試みなのである
有機的につながる一つの統一体として見る、そこに個々も活きてくる
でもここでももう有機的つながりは失われている
それだけ地方でも田舎でも職業でもなんでも複雑化している、グロ−バル化もしている
だから昔の村のような帰属意識がなくなり原発事故が原因にしろ街自体が雲霧消散したともなる

そういうことからイメージの世界で一つの世界を作り上げた、そこにツアストラが王者としてふるまうことができる
言葉もそこならひびく、通じるとなる
現実に自分自身も自然と岩であれ石であれ木であれ山とかでも一体化してアイディンティティ化することを田舎で試みてきたのである
田舎ならまだ都会と違って自然の事物でも言葉と結びつくからである
まだ沈黙の世界があるから言葉も活きてくるとなる

岩の神殿
          
岩と岩
向き合いて
暗黙の裡に
契りを交わす
その信は
長く深く堅く
動かざるかな
夢疑うこと勿れ
木と木よ
岩と岩よ
隙もなく稠密に
堅固に積み重ねられて
神殿は形成されぬ
その神の意になる
荘厳な神殿は不壊なり
神が建てしゆえに・・
不埒なものは入れず
そこに花は咲き
まことの実は稔る

この私の詩のように事物と事物は結びつき言葉もそこで活きてくる、ロゴスとなる
常に自然にあれば岩とか木とかが事物として全面に出てくる
ビルとか車の洪水とかではない、自然の事物が顕現して言葉として表現できるのである
でも都会ではそれができない、事物と言葉は分離して乖離して言葉は死んだとなる
つまりニーチェがなぜ魅了されるのかというとき超人とかいろいろあっても根本的には文明社会は別な世界を作り上げたからである
それはダンテの地獄とか天国でもそうである
そういう文明社会とは別な世界をイメージで作り上げてそこで思想とか詩を展開したのである
何か自分の場合、石とか岩とか木とかが心にイメージされる、そういう自然の神殿の中にありアイディンティティ化しているのである

だからニーチェは超人ということに魅せられるとかそれで犯罪が起きるとか言われた
それはそのニーチェが作り出したのはあくまでも仮想の世界でのことであり現実に適応できるものではないのだ
一方批判したキリスト教はあくまでも社会に現実には反映して適応したものである
弱者の思想だとして批判したとしても2000年の歴史で現実を作ってきたのである
ただ現代文明社会が混沌化して迷路化してどこにアイディンティティを求めていいかもわからない、そこに明確に一つの別な世界を作り上げて超人を説くとそれがひびきやすいのである
その手法で魅了されるとなる、自分自身も実はそういう別な世界をイメージしてそこに安らぐとかなる、現実の文明社会を否定して拒否してそういう自分自身の理想の世界に天国を作る、そもそも天国と言っても現実の自然から人間が作り上げるほかないのである
ただ神との約束が厳粛にありそれは神の国へと導くものである
ただ神の国がいかなるものかはあくまでもイメージしたものであり見ることはできないのである、ただビジョンとして見える時確かにそれは天国でありえるとなる

正直ニーチェとかアウトサイダーを語ること至難になる、私自身はそこに岩とか木でも詩的なものとしてイメージした自然と一体化したアイディンティティ化したものがあるので魅了されるとなる、このニーチェにふれて危険なのは偶像化することである
自らが神としたのだから偶像なのである
偶像は自ら倒れざるを得ないのである、ただそれでも超越的なものを目指して自ら倒れた巨大な偶像だったとなる、現実社会を離脱して仮想の世界を作り上げてそこで偶像化して倒れたのである、それは自ら演出して自ら倒れたとなる

何か現代では現実と想像の世界が区別がつかくなるのである
三島由紀夫でもそれが自らの演出だったが社会の現実となったときそのギャップにとまどったのである
テレビでマスコミでも有名になったからその人はそうしたブラウン管とかの中の架空の存在にも見えたのである、だからテレビとかメデアというのは何か現実が仮想化するし仮想が現実するのである
テレビの有名なアナウンサーの現物を見たときも不思議な感覚になった
まずそもそもテレビに像が映ることも不思議でありそのこと自体現実なのか?
仮想なのか?そういう問いがうまれる、原始的な部落でテレビを見れば本当に不思議なものとなるからだ
そういう矛盾が生まれたのが現代文明のメデア環境である
それでやらせとか常態化してもそれが現実なのか架空の物のなのか見分けることができないのである
だから三島由紀夫の死とは何だったのか何か不可解なもの、ドラマだったのか現実だったのか今でも明確にできないのである

大分前の映画の「ネットワーク」でもそうである
あらゆるものがショーでありニュースもショーである
それは見世物として視聴率を稼ぐものとしてある
だから予言者役にアナウンサーがなった、それでヒットした
でもそれはあくまでもショーである、そして最後はテレビの中で殺された
それもショーであり視聴率を上げるためになんでもする
そして何がなのか現実なのか架空のかわからなくなる
テレビでもやらせがあるのはテレビという媒体がそうさせる
視聴率を稼ぐためにより過激なものをショーとして提供するからだ
テレビを見ている人はより刺激的なショーを期待しているからそうなる
だから本を読むのでも何か目的をもってみる、それがインタ−ネットだとキーワードを入れて目的のものを捜すということ知識の世界が広がる
それはショー見たいからではないからそうなるのである

インタ−ネットの問題はニーチェでも浅薄な批評にあふれる、言いたいことが言えるからそうなる
沈黙して語れとニーチェが言っているがもう成熟しなくてもネットだと語れる
そこでそうした浅薄なものが検索で無数にててくることで時間の無駄になっていることも問題なのである
そこに良質なものがあればそうはならない、何が価値あるのか判別できずインタ−ネットにあふれてしまっている
ただ学術論文などはそれなりのレベルを保つから参考になる
まずニーチェを語れる人自体が本当に極わずかだと思う
それだけ含蓄ある一つの世界を創出したからだともなる


2019年07月03日

夏の日(田舎の魅力は小径にある(詩)


夏の日(田舎の魅力は小径にある(詩)

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伸びて咲く遠くの山や立葵

我が家の庭に四十雀飛び入りてめずらしきかな心はずみぬ

故郷の小径に真昼の日のさして行く人なしも蝶のとまれる

夏日さし道しるべあり道の辻日立木まで三里半かな

歩くなれ道は遠しも昔なり道標ここに夏の日さしぬ 

ふるさとの小径を行けばひそけくも菖蒲の咲きて一日暮れにき

トオスミの息をひそめて羽の透き草むら深く眠りけるかな   

 

故郷の小径

ふるさとの小径を今日も一人も通らなかった
夏の真昼の日がさして斑の蝶が一羽とまっていた
その小径をぬけて田んぼが広がり
蛙が盛んに鳴きひびいた
道の辻に大正時代の道標があった
村と村は昔は遠かった
今は車で遠くへ遠くへと向かう
心も遠くへと常に向かっている
ふるさとの小径は今日も一人も通らなかった
夏の真昼に影なして小鳥が歌っていた
ひそやかに菖蒲が数本咲いていた
田舎の真昼は静まり返っている
ああ 騒ぎなき日のもどりぬ
草むらに気づかれずにトオスミがとまっている
ふるさとの小径は今日も一人も通らなかった
紫の文目がひっそりと咲いている
ここに車の音はひびかない
昔から人のみが通う道
小鳥が森にのどかに歌っている
乱されるものがなくその美声のひびく
里の家の土蔵は古り
夏の柳はしだれる
今日水無河原の水は流れて
竹に風はそよぎゆれて日は暮れぬ


田舎の魅力というときいろいろあるが小径が意外と魅力がある
いつも通る小径がそうである、あそこは隠されていて一日人が通らない、クルマも通らない
その道は自分一人が通っている道にもなる
そういう道が田舎にある、でもわからないのである
原町とか相馬市になるとそういう道はわからなくなる
そういう道はまずクルマを使っていたらわからない

でも昔は人が通った道であり村と村をつないだ道である
そもそも昔は歩くほかないから歩いた道だからである
だから道標があったが日立木に三里半とか書いてある
いろいろな方向が書いてある、やはり距離としての目安が必要だったのかとなる
今は距離など関係ない、車で一飛びとなるからである
こういう小径とかを行くのはマウテンバイクがいい、舗装されていないからである
今度の電動のマウテンバイクは自分にあった自転車だった
ロードは高いのを買ったけど全く使いなくて損した
ロードは若い人向きである、また老人でも乗っているが若い時から乗っていて慣れているからできる
普通はロードは老人に向いていない

とにかくあそこの小径は自然がある、今日はトンボが盛んにむれとんでいた
なぜあそこにそんなにトンボが群れてとんでいたのか?
荒地化したところでそうなったのか?でもその辺は田んぼは回復している
ほんの一部が荒地になっているだけである

なしょうぶ(花菖蒲) 

葉が菖蒲に似ていて花を咲かせるから。

あやめ(菖蒲) 

剣状の細い葉が縦に並んでいる様子が文目(あやめ)模様。花基部の網目模様からの説もあり。

かきつばた(杜若) 

かきつばたの色(青紫)を染み出させ布などに書き付けた、つまり衣の染料に使われたことから「書付花」と呼ばれていたのがなまったもの。

菖蒲は花が大きい葉も大きい、菖蒲(あやめ)花も小さく文目ともあてる、乾燥地に咲く、今日私が見たのは文目である
野生のものだからである、でもあそこの池は枯れたのか?ちいさい溜池だった
すぐ近くに大きな溜池があるからあそはなになのか?

あそこには小さな丘があり眺めがいい場がある、樅の木が立っている、でもそこに上る道は草に埋もれていた
だからあそこの道は誰も通らないのである
そういう道を通り静かな田舎で過ごす、そういうことは震災前からつづいていた
でも介護とか自分の病気とか津波とか原発事故でこの辺は騒々しくなったのである
それで前のような静かな日がもどってきたのかとなり安らいだのである





交通事故発生(近くの十字路)


交通事故発生(近くの十字路)


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近くだったのでびっくりした、そこはいつも自転車で通る場所だった
交差してぶつかったらしい
ここは横から来るのが見えない、それで自転車でも横切るとき車がくる
でも徐行するから自転車だと止められるから事故にはなりにくい
クルマはすぐに止められないからそのままぶつかる事故になりやすい
急ブレーキでもまにあわないのだ

ここの停止線はあっても消えていた、標識ではないが規則的に一時停車する場らしい
何か交通標識とか規則はめんどうで守れないということを言う人がいた
要するにどんな所で事故が起きるかわからないのである
いくら注意しても事故は起きる

今回はスピードを出さない場所だから大きな事故にはならなかった
何か前も十字路で事故を起こしたのを見た
そこは見晴らしいいのだが車は早いから交差するとき事故が起きやすい
右田の方でめったに車が通らない所でも交差するところで死者が出た
交差するところは事故が起きやすいということである
それはスピードが速いと大きな事故になる
でも車は重量があるから衝突すると衝撃が大きいのである

どっちも前が損傷している、でも交差したとしらそうなるのか?

話を聞いたらやはり横から出てくるのが家の陰になり見えない
それでここは気をつけていたという、事故を起こしたのは近くの人だったからである
自転車だったら急停止してまにあうがクルマだと間に合いないことが多いから事故になりやすいのである
交差するところは要注意となるがそれだってどこでもあるから事故はさけられないのだ

posted by 老鶯 at 12:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

気づかない人間の異常性 (原発事故にあった浪江の人の異常性)


気づかない人間の異常性

(原発事故にあった浪江の人の異常性)


震災以後一身上でも異常なことがつづいた、それは信じられないことだった
確かに家族が認知症になったのだからそれは本当に異常な病気だった
でも何か人間は異常性に気づかないのである
人のことなにかや言う前に自分自身の生活もつくづく異常だった
引きこもりだったということで異常だったのである
それを別にとがめられないから遂に人生の終わりまで引きこもりだったともなる
そううい人生を送れたのも異常だったともなる

こうした異常なことは震災以後その前の家族の介護からはじまっていた
自分自身自体が自分の異常性にそれで気づいたとなる
何もなければ自分で異常性を感じないとういことがある
人間の異常性は本当に気づかないのである
自分自身が異常だったが自分自身が気づかない
だから他人の異常をとやかく言えないこともある
人間は何か特殊な環境に住んでいてもそれが常態化する
するとその異常性に気づかないのである

社会自体が異常になることがある、それで実際にナチスが生まれたりカンボジアで200万人が共産主義思想の実践で粛清されて殺された
これも異常なことなのだがその時はそういうふうに見ないのである
日本の戦争だってやはり異常なものだったがその異常性には気づかない
そういう雰囲気に巻き込まれれば社会全体がそうなれば異常なことではなくなる
戦争に反対した人こそ異常になり特高につかまり刑務所に入れられたからである

仮設に避難した人たちが小高の人たちでも多額の補償金をもらい毎日パチンコ通いであったのも異常なことだった
なぜならその時自分自身が病気とか介護とかで苦しんでいたけど一切無視だった
もう仮設にはボランティアが毎日のようにきて応援していたからである
その時仮説の人たちは何をしていたかというとパチンコ通いだったのである
これも異常なことだった
そして借金に苦しむ事業に失敗した親戚の人がパチンコ屋の掃除をしていたのである
これも本当に異常な状態だったのである

そして常に原発避難者はかわいそうだかわいそうだとして特権者になっていたのである
自分は苦しくても金を要求されて責められるだけだったのである
ただそういう異常性にそういう当事者は気づかない、その時は気づかないのである
何が異常かもわからない、俺たちは被害者なのだから当然だと思うし避難する奴は人情もなにもない非情な奴らだとなっていた
それをマスコミも後押しするから何も言えなくなったのである

何が異常なのかは本当に人間は気づかない、別に原発のことでなくてもその人は異常人格者なのだけど社会ではそうみていない、その人は別に特別不幸な環境で育ったわけでもない、でも異常人格者になっていた、育ての母親が病気になっても捨てたのである
そこに事情があったとしてもその人はもう人間とは言えない
私の母親は継母にいじめられたが最後に施設でおかしくなったとき見舞いに行ったからである、そしてその継母も悪かったなと言って死んだのである

とにかく人間の異常性は気づかない、いつも戦争ばかりして人を殺すことばかりしていたらそれが日常になりその異常性にも気づかないとなる
何が異常か正常か平和な時代でも気づかない、カルト教団などでも異常なのだけどそれを異常とはしない、それだけの人数がいれば異常とは見ない
でも数が何百万人となるそれが異常だということは恐怖になる
誰も異常とは言わないからだ、そんなこと言ったらその何百万人が罰当たるとか攻撃してくるからだ

そしてまた一人異常な人を発見した
それは浪江の原発で働いている人だった
最初はわからなかった、異常ということがわからなかったのである
その人は原発に働いていたから詳しかったからそういうことがあったのかと聞いて納得した、原発の内部のことに詳しかったのである
ただなぜ廃墟の街に住んでみんな老人になって年金などもらえないのにそれに相当するものをもらった、良かった良かったいいことだけだとか言っているのはなぜだろうとふりかえる
廃墟の街でそんなことが言えるだろうか?
その周りの田畑は荒地になって荒廃しているのである
第一廃墟の街に住んでどこがいいのか、良かったのかとなる

そんなところで街が維持できるのか?電気でも水道でも整備できなくなる
そのためにも費用がかかるのである
それよりその人は根っからの都会人となっていたのだろう
回りの田畑が荒廃しているのが関係ないとなっていたからである
私の場合はそのことが一番ショックだったからである
いつも見ていた田畑がなくなったことがショックだったのである
確かに田畑で作物を栽培しているわけではなかった
でも田舎の風景は田畑があることで成りたっていたからである

その人は全くそういうことに目を向けていない
回りの自然と田畑に関心がないのである
それでこんな浪江の田舎町に二万人住んだのは原発があるからだったと言っていた
原発で成り立っていたと言っていた
つまり原発とともにありその他のことは関心がなかった都会人になっていたのである
東電に勤める会社員でありその周りのことには関心がなかった
なぜなら田畑があったとしても自ら生産にたずさわらない、その作物でも買うのはスーパーだから田舎でも都会人と同じなのである
そういう人がまた田舎でも多いのである、みんな農民でも漁民でもないからだ

ただそれも異常なことではなかったか?
その田畑に無関心だということが異常だったのである
そして田んぼが草ぼうぼうの荒地になったとき一番荒涼としたものを私は感じた
それで田んぼが回復して鷺がもどり蛙が鳴いた時感動した
蛙の啼き声がひびいたとき復興したのだと思った
それは田舎では蛙でも鷺でも自然とともに生きるというのが田舎だったということを再確認したからである、蛙などどこにもいんるではないか、でも一時蛙も田んぼなくなったときいなくなったのである、蛙の声が聞こえなくなったのである
つまり蛙が鳴いているとか鷺がいるとかは当たり前の風景である
でも田んぼがなくなったときそれらがいなくなったことで田んぼが蛙とか鷺とか他の生命とも一体となっている存在だと気づいたのである

その浪江の人は補償金ももらって老後も補償されたとかいいことばかりだったというのも異常である、廃墟の街に住んでそんなこと言えるのが異常だともなる    
もし食料でも他から入らない時代だったらこうはならなかった
自分たちの食べるものがない、食べるものが汚染されて食べるものがなければ住めないとなるからだ、でも金があれば食料が他から入ってくるから感じないのである
つまり周りの田畑が荒地になっても関係ないとなっている
それは都会人になっている、都会には周りに田畑がないからである
でも食料は外国からでも全国か入ってくるからまわりに田畑がなくても関係ないのであるだから今はみんな都会人になっている

ということは全く周りの自然とか田畑とかはないのだから無関心になる
食料は世界中から入ってくるから日本の農業も関心ないとなる
それは田舎でもそうなのである、農業にたずさわる人は一割もないとか少ないからであるただ大都会で地震とか大災害になったときどうなるのか?
水もないとか食料もないとか燃料もないとかなる
2011の震災では津波の被害にあった所では裏山の清水を飲み木をきって木材を燃料としてしのいだ、それが都会ではできないのである
たしかに外からの援助があるとしてもその間にしのげないともなる

ただこの人も自らの異常性に気づいていないのである
人間はとにかく自らの異常性に気づきにくいのである
何か正常化のためには対比しなければ気づかない
戦争ばかりしていたら戦争のない所で国で暮らして正常を知るのである
クルマ社会でも異常とも見る、それと対比するにはクルマのない社会を知ればわかる
またクルマのなかった時代へもどってみるということでその異常性に気づく
そうでないとクルマ社会になっていればそれは当然だとなってしまうからである
そしてこの世のこともわからない、天国があるとしてその天国と対比してこの世がある
この世がいいものだというときそれはこの世にある悪とか暗黒が見えなくなっている
この世で崇められる人間は実はサタンであるというときそうである
この世で力を得るのは神ではない、サタンだとなるからだ
だからこの世が住み心地いいというときその人はサタンの一族に組み入れられているともなる、普通はこの世では苦しむ場であり悲しむ場になっているからだ

ともかく日本人を的確に見れるのはかえって外国で暮らした人である
その時日本人を外国の対比でみるから見えるのである
日本人の異常性とか特殊性とかいろいろ対比して見えるのである
日本のいい面でも悪い面でも明確に見えるのである
日本人の中に暮らしていたら異常性も見えないのである
それは日本で暮らしていたら正常なことになるからである
また地獄があり天国がある、常に対比してしか見えないのである
善と悪でも善ばかりの世界にいたら善そのものも意識できないのである
異常と正常も同じである、何が異常なのかそれも正常と対比してしか見えないのである

自分のことは他人を通じてしか分からない

まさにこれだったのである

posted by 老鶯 at 09:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2019年07月02日

元銀行員の生き残り戦略としての地方移住のプログで思ったこと (田舎志向と都会志向)


元銀行員の生き残り戦略としての地方移住のプログで思ったこと

(田舎志向と都会志向) 

元銀行員のプログ


●産業革命による世界的異常な人口の増加

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1802年 10億人
1927年 20億人
1961年 30億人
2015年 73億人

人口が日本の戦後から世界で倍増している、グラフをみても人口は世界で増えていない
産業革命があり突然鰻上りに増加した
日本でも江戸時代は3000万とか明治で4000万とか大正で6000千万でありその時東京は百万くらいでありそれで都会まで讃歌されていた時代があった
その時の人口でいうと新潟県の人口の方が東京より多かったのである
まずこの人口からして産業革命のもたらした影響は甚大だった
これだけの人口が増えるということは世界でも地球環境でも計りしれない影響を及ぼしたのである、だから少子高齢化というけど人口が減ることはこうして極端に増えたことの揺り戻しであり異常ではないともみる

要するに世界的にみてもグロ−バル経済となり世界的環境破壊が起きても当然だった
そこに資本主義が絶大な力を世界で振るうようになった
それが世界的環境破壊になった、貴重な熱帯林でも破壊されてオランウータンの住む森が破壊されて住めなくなったとかある
木材資源として森は切られたのである、またそういう技術があり根こそぎ森が破壊されることにもなった
原発でも二酸化炭素を出さないとか言われたが事故でわかったように環境を致命的に破壊して人を住めなくしたのである
ここで多国籍グローバル企業が国より大きな力をもち開発した
その多国籍企業に資本主義によるマネーが流れたのである、そこに銀行も投資した
銀行はグロ−バル経済の中で投資されるのと地銀とかとは別である
メガパンクだと武器製造会社とか悪徳ビジネスといわれたものにも投資して株主となりもうけたとかある

そして今なぜ資本主義が行き詰まっているのか?
それは当然ではなかったか?もうこれだけ人口が増えて環境破壊もされるとき地球が悲鳴を上げているとなる、地球の資源は限界でありこれ以上資本を投下して開発したらもう住めなくなるとまでなる
人口も限界にきている、何か地球全体で成長とか発展は望めなくなっているのだ
だから必然的にダウンサイジング縮小経済に向かわざるを得なくなる
これ以上経済成長することは地球で許容できないところにきているからだ
すると銀行が投資先がなくなるとか用がなくなるということはまさにそれを示している
資本主義と銀行は密接に一体化していたからである
資本を投下する、資金を集めて投資するという資本主義の基本ができない状態になっているからだ、それで銀行はいらないというときそれは資本主義が限界にきているからだ
むしろ江戸時代のような小規模の助け合いのような頼母子講とかの金融が別な形で必要となる時代である、それは中世への逆戻りだということにもなる

●田舎志向が増える時代?

田舎志向が増えるという時、都会より田舎へ心でもシフトしてゆく、モノより精神的豊かさを求めて田舎志向になる時代ともなる
つまり経済成長とか量だけで計る経済から質で計る経済生活を志すとき田舎志向になる
もともと林秀彦が言っているように大陸国家は量の文化であり日本は質の文化だとてしている、大陸国家は中国でもあれだけ人が多ければ数で圧倒する国である
その大陸の広さと量で圧倒する文化になる、それは大陸で共通している
日本のような狭い国では質を追及するとういのもわかる
細部にこだわるというのもそうである、巨大な神殿とか大聖堂は建てられないのである

奇妙なのは都会人に強烈に田舎に憧れて田舎志向になる人がいる、山尾三省などがそうだった、こういう人は田舎に住んでいる人より田舎志向になる
都会が嫌になり田舎を渇望してパンすら贅沢だとしていた、最低の原始的生活をして妻も本人も60数年で死んだ、今なら早いとなる、それだけ過酷だったともなる
こういうふうに強烈に都会に住んでいたものが田舎志向になる
逆に田舎の人間が都会志向になる、東京に憧れる、そして現実は田舎に住んでいる人は都会志向が多いのである、なぜなら田舎の人は東京と同じような生活をしたいとして家と車を競っているからである   

家でも借金しても立派な家を建てる、クルマでもいいものを持ちそれが田舎のステータスになっているのだ
だからこそ原発でも金になるから歓迎されて積極的に誘致されたのである
その時双葉とか大熊辺りは働く場がなくて出稼ぎ地帯だったから地元で働く場が欲しいとなり原発を積極的に誘致したのである
原発は金の成る木だったのである、それは漁業者でも事故前も補償金が入り船主が原発御殿が建ったとかうらやましがられていたのである
事故後もそうである、補償金は継続されるから金に困ることはないのである

つまり田舎だから田舎志向だとはならない、田舎はむしろ都会志向が多いのである
だから農業は金にならないとかやらないで耕作放棄地が増大した、震災以後この辺は荒地がまだ多いのはそのためである、高齢化で田畑でも跡を継ぐ若い世代がいないからであるそれは中小企業でも跡継ぎいなので廃業になるものがふえて日本経済への影響が大きいのである 
田舎志向の人は田舎ではかえって少ないともなる
事業した人も都会の金持ちの人をねらい別荘とかを提供するとか言っていた
事業の趣旨がそもそも都会志向であり田舎の土地を活かして農業するとか何かそれに付随するものをするとかはない、ただ都会に金持ちがいるからそこで金儲けするというのが趣旨なのである、これなども都会志向で事業を起こしたが失敗したのである

つまり田舎にはこうして事業するにも都会志向が優先になることが多いともなる
なぜなら里山資本主義で農業とか言っても林業とか漁業自体が金にならないとそれを受け継ぐ若い世代がいない、だからこそ原発は歓迎されたのである
だから田舎でも都会志向であり田舎志向の人は山尾三省のような変わり者になる
なぜなら田舎で車をもたないものはすでにそう見られているからだ
あいつはクルマももてない劣等者だとされるからである
パンも食べられない田舎に住むことを望む人間はいない
もっといい家もっといい車もっとうまいパンを食べたいもっとうまい・・・を食べたいとなっているからだ

●田舎の人はかえって都会志向である

このプログの主は銀行員だったが相当に田舎志向でありもともと田舎に住むことに適していた人だと思う
田舎に住んで田舎に適していなものも多い、だからみんな田舎に適しているとはならない田舎に住んでも田舎の人でも都会志向の人が多いのである
それがわかるのは別に仕事でも会社員がほとんどであり農業とか漁業とか林業に従事するのは一割とか少ないからである
だからこの人がクルマを持たないとか家は空家を活かすとかしているのもわかる
そこに都会志向がない、田舎志向を生活で実践する
それはそもそも田舎に住んでいるより田舎志向なのである

正直田舎がいいことばかりではない、田舎で人間関係は実際は嫌であり自分自身もだから田舎の人とかかわらず住んでいた、家族がいたから自分は何もすることがしないからそうできていたのである
でも家族がみんな死んだとき自分一人あらゆるものがふりかかってきて嫌な思いをしたからである、田舎の人は人間的にいいとはならない、むしろ都会の人が助け合ったりすることもある、田舎は姑息であり人情がないともなる
それは日本全体が外国暮らしから帰って暮らしたことでそういうことを痛烈に感じた人がいたからからわかる
今や日本人が情があるなどないのである、田舎でもそうである
だから田舎でいいとして暮らせる人はまた人によるとなる

ただ人間には都会志向と田舎志向が混在している
この辺では仙台が都会であり都会を味わうのは仙台だとなる
私が一週間に一回でも仙台に行っていたのは本を買うためだった
本が田舎では売っていないかったのだ、もうベストセラーとかしか置いていない
それもくだらないものだったが冠婚葬祭の手引書が百万部売れたとかあった
つまりくだらない本でも本屋に置かれるものは売れたとなる
それはそもそも本が田舎には置いていなかったからである

専門書など置いていない、この差が今ふりかえると大きかったなと思う
知的な要求は満たされない、非常に狭い範囲でしか物を考えることもできなかったと思うそして今になるとインタ−ネットで大学の学術論文でも読めるとなるとこのい差は大きいまずそういうものにはアクセス不可能だったからである
そこに厳然として田舎と都会の差があった、他にも物を買うことでもあった
今でも自転車は新しいものを知ることがむずかしい、仙台だと実物が置いてあったりするが田舎ではないからだ、東京辺りだと試乗もできるらか違っている
自転車は通販では買えない、修理とかあるからだ

いづれにしろインタ−ネットの普及は田舎でもこうした知的分野では追及できる
発信もほとんど無料でできる、だから田舎で知的に情報分野で遅れるということはなくなったのである、ただ人と直接会うとういことでは田舎では知的な人と会うとういことはまれである、でも本にしてもこんなにあるということに驚いたのである
それで今になって遅いが本を一か月10冊以上買っている
それも古本で安いのがあるから買えるのである、別に安くても内容があるから同じなのである

●田舎志向と都会志向の人の住み分けが必要?

だから田舎に住んでいると人は田舎志向ではない、都会に住んでいる人で強い田舎志向の人がいるし田舎に適している人がいる
だから

田舎に住んで都会志向の人は都会に住むべき

都会に住んで田舎志向の人は田舎に住むべき

こういう住み分けが必要なのかもしれない、なぜならそうしないとこの辺のように限りなく欲望を満たすことを望みそれが原発を積極的に誘致するようになるからだ
そういう人たちはかえって都会に住むべきだとなる、そうしないと田舎が田舎として保てないのである
ただ田舎でも都会志向があってもいい、でも限度がある
田舎に住んでももう欲望はきりなくみたそうとする、それが結果的に原発事故にも通じていたのである
そして別に故郷に愛着あると田舎に愛着をもつとかない、補償金をもらったかえって都会がいいとして若い人は流出したのである

そもそも田舎の若い人は都会志向が強よかったのである
一億円もらったらこんな田舎出て行きたいという人が多かったのである
だからかえって原発事故で補償金もらってチャンスとなって出て行って帰ってこないのである
そういう人は最初から田舎に住むべきではなかったのである
そういう人たちが住んでいるとまた何か原発事故とかこんなしょぼい田舎に住んでなにいいことあるんだとかなんとか不満があり原発を作れとなる、現実に大熊町長は原発再稼働を望んでいるからでる
要するにそういう人達が多いから町長もそうなるのである
田舎に住んでいてもむしろ都会にもともと住むべき人たちが田舎に住んでいることが問題なのである
もし都会でもこのように強い田舎志向がある人達が住んでいれば原発は作れないからだ
そういう人は都会的な文明的なぜいたく志向がないからである
何かそういうことを原発事故で考えさせられたのである



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2019年07月01日

銀行の歴史をふりかえり新しい銀行はどうなるのかを考える


  銀行の歴史をふりかえり新しい銀行はどうなるのかを考える
  
  「生糸から軍艦が生まれる」というほど製糸産業は重要であった。生糸の生産・流通は、養蚕農家からの繭の購入、選繭・煮繭・繰繭・揚返による製糸、生糸の倉庫への保管と横浜・神戸への運搬、海外への輸出というプロセスを辿るが、このそれぞれの過程でファイナンスが必要であった。これに対し、ある地方銀行は、智恵を絞り、繭・生糸・不動産を担保に、当座貸越や手形貸付の形態で製糸会社に資金を供給したそうだ。

徳島は銀行の歴史も藍商人から


頼母子講や無尽などの考察

「無尽」の行為自体に関する法律は現在まで存在しない。
石川県加賀市の特に山中温泉地区、山代温泉地区では預金講(「よきんこ」と呼ばれる)という無尽が今も盛んである。これは蓮如が信者に講を勧めたことの名残りとされるが、現在では浄土真宗の信仰とは無関係である。特にこの地域で無尽が発達した理由には零細な旅館業者や山中塗の問屋、個人事業主である職人が多かったことから、金融機関に頼らずに相互に金を融通しあう組織が必要とされたことが大きいとされる


銀行は預金者からお金を集め
それを人に貸すと言う点では
一見すると
「頼母子講」の仕組みと似ていますが 

お金を集めている団体が 
営利を目的としている点で
大きく異なります  

集団的な知恵と工夫の産物として成立・発展したと考えられる。 これをソーシャル・ビジネスに当てはめると, その成立・発展において重要な要素は, 個性的な起業家だけでなく 地域社会などを基盤とした集団的な知恵や工夫であると思われる。

無尽・頼母子講

銀行の危機というとき銀行がそもそも何か?それがわからないと対処できない
近代的銀行の前にその前進となるものは鎌倉時代からでもあったからだ
金貸しというのは古い時代から存在していたのである
貸すとか借りるということは古い時代からあった、人間のやりとりでもモノとモノを交換することがあった、その交換から貨幣が必然的に生まれてきた
ただ貨幣の発生はそれだけではないからそれは仮設であり貨幣の発生は交換するためではない、貨幣そのものが石の貨幣のように価値がある威信財だったという説もある

なぜ銀行とか金融がわかりにくいのか?
それが経済的行為が抽象化されてきたためである、抽象化というときそもそも文字が抽象化の最たるものでありまた数字でもそうである
楔形文字時代に一つとあるがその一つとは必ず何かの物と対応されていたのである
具体的なものだありそれが一つであり二あれば二つが対応する
それを数として抽象化することには相当な歳月を要している
それだけ抽象化ということは高度な知能の進歩だったのである
それでエジプトの書記が神のような権威と力をもったことも理解できる
小麦でもその数量を把握することで力を持ったとなる
今なら官僚が膨大な生産物を数量化して予算として貨幣で配分するから力をもつ
年金でも税金として莫大な金を集めてその金を官僚がネコババしているとか言われるのもそのこためである、官僚の取り分になってもその数字を操作できるからそうなっている
財務省でもそうである、その莫大な国民の税金がどう使われているのかわかりにくいからである

銀行がなぜ今危機になっているのか?
それを歴史からふりかえると銀行はそもそも明治以降は零細な個人事業者ではない
江戸時代は個々人が零細な事業者である、明治以降は会社組織になったから規模が大きくなった、だから金の額が大きくなる、それで頼母子講のように少額の金を流通するようなものでは金が回らないから銀行が生まれた
四国では藍の産業が交流して全国に売れた、福島県の須賀川まで販路を伸ばした
生糸産業は「生糸から軍艦が生まれる」というのはまさにそうだった
今でも兜作りの養蚕の家が全国いたるところにある
養蚕が国を作っていたのである、原町の原町紡績は有名である
私の母もそこで十年間糸取りとして働いていた、女性の働き場としてもあった

それが鉄道とも関係していたのである、原町紡績に鉄道の引き込み線があり生糸が横浜まで積みだされていたのである、横浜からアメリカに輸出されていたのである

1929年アメリカから広がった世界恐慌により生糸が売れなくなりました。さらに、1940年には生糸の最大の輸出先のアメリカで、生糸に代わってナイロンが使われるようになりました。その後、低価格で大量生産ができるさまざまな化学繊維が開発されるようになりました。

私の母の実家は原町であり原町紡績で十年間働きどうしてか姉は家の事情で横浜に行った姉も紡績工場で働いていたのか?そして父親は機織り工場を失敗して悲惨な結果になったのである
ここで言いたいことはそれだけ養蚕にかかわる人が多かった

早くから蚕糸業が発達していたのは、なんといっても奥州(福島県)の信達地方(福島市、伊達郡)でした。すでに江戸時代初期から桑や蚕の新品種が吟味され、 天和 年間(一六八一〜八四)から 元禄 年間(一六八八〜一七〇四)には、「 赤熟 」や「 市平」といった蚕の新品種が選び出されています。これは明治期に至っても使用されました。上州(群馬県)では、十七世紀にすでに各地で生糸市が開かれていますが、元禄年間以降、近江商人の進出が活発になり、「登せ糸」が送られるようになりました。さらに信州(長野県)では、上田地方がもっとも進んだ地方であり、 寛文年間(一六六一〜七三)には、藩が問屋から 紬(上田紬)を買い上げており、すでにこちで絹織物業がある程度展開されていたことがわかります。

江戸時代から素地があった、信州とか関東とか東北の阿武隈高原地域とかが盛んだった
とにかく兜作りの家が多いのである 
それで養蚕で財を築いた店の中に銀行が置かれていた映像を見たことがある
つまり銀行とは頼母子講のように個々人の零細な人たちのものではなくこうして大きな事業をして成功した人が作るようになった
それは四国の藍でもそうである、鉄道ができたことにより全国展開できるようになったからである、交通の発達によりそうした地域の産物でも全国に売れるようになりそこで財を築くようになったのである、商品化するのは交通が発達しないとできないのである
いくらいいもものを作ってもそれを売るには交通が発達しないとできないからだ

銀行の起源は近代になるとこうして大きな利益をあげた会社組織が銀行を作った
それでさらに別な事業資金として投資された、だから銀行というのはこうして新たな起業があるとき資金が必要でありそのために設立されたのである
今でもクラウドファンディングがそうである
これは個々人が個人の起業に金を出す仕組みであり小規模なものでありそれをインタ−ネットが可能にしたのである、それは江戸時代の頼母子講とか無尽とにている
ただ投資してもその見返りが期待できない場合があるから寄付金ともなる

銀行というときこうしてまた江戸時代のようなものに回帰してゆくことがある
歴史が逆戻りするということがある、でも歴史は繰り返すといっても同じにはならない
インタ−ネットが生まれてそういうことが可能になったからである
それは藍の産業でも生糸でも交通が発達して商品として全国に外国に売れるようになったのとにている

こうして歴史をふりかえると銀行の役割とは何なのか?
藍の産業でも生糸の産業でもそこで資本が蓄積されてその資本を基にまた他の事業を展開するために銀行が生まれたとなる
銀行には両替とか金貸しとかの旧来の機能もあるが本質的には何か新たな事業を起こすときに資金を提供してその見返りとしてその利益の分配を受けるとなる
その資金はもともとは藍の産業でも生糸の産業でもそこでもうけたもので資本蓄積して次の事業に投資したとなる
その時一般人から貯金を集めるということはなかった
それが一般人から貯金として集めるということは実はその金を基にして地元であれ事業者に投資してその見返りとして利益分配を受けて利子として預貯金者に返すという仕組みだったのである

とういことは実は銀行に貯金することは預金者は利子をもらうことしか意識していないか銀行にあずけることは投資することなのである
銀行にあづけて利子をもらうということ自体がそういうことになっているからである
実際に利子もつかないとしたら別に銀行にあづける必要もない、貸金庫が銀行の役割となりそれは銀行でなくてもできる、銀行の仕事はそれより高度なものである
それで銀行自体が事業を起こすとういことも起きてくる
それだけの金があるのだから自ら事業を起こすのは合理的だとなるからだ
でもそれができていないのは事業で成功することが至難だからである

小規模なものになると20人起業して一人しか成功しないとなっているからである
こうして銀行を考えてみると銀行が優秀というより事業を起こして成功する人の方が優秀だしそういう人がいなければ銀行も成り立たないとなる
高度成長時代は別に優秀な人でなくても条件が良くてみんな成功していた
だから銀行も利益の配分を受けて預金しているだけで高い利子がついていたのである
それでそういう経験している人は銀行は信用されていたのである
それで投資信託をすすめられたばあちゃんが2000万損したという時銀行が時代の変化で変わったということを知らなかったのである、それは自分自身もそうだったのである
何か急速に時代が変わるらか追いつけなくなったのである

ここで自分が探求しているのは銀行とはどううい存在だったのか歴史をふりかえって考えたのである
明治時代とかは藍の産業とか生糸で儲けた会社が銀行を設立した
それから銀行は一般の人から金を集めて事業者にその金を貸して事業を推進させる、成功させてその見返りとして利益配分を受ける、その利益を今度は利子として預貯金者に配分していたのである
だから地銀というときその地域地域にあり地域から金を集めて資本金としてそれを事業者に貸して見返りとして利益配分を受けて預貯金者に利子として配分していた
その株主は地域の人たちなのである、それがメガバンクなととの相違である
それは信用組合とかでも地域に根ざした金融機関なのである
株主は地域の人たちだからである

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だからこういうことを言うのもわかる、大企業は別に地元の人が株主ではない、グロ−バル化経済になると世界の人が株主になっていて利益配分される
メガバンクとかも地域の人たちが株主ではない、全国の人であり外国の人も株主になりうる、それで会社自体がグロ−バル化すると外国の株主にのっとられるとかなる
そういうことが地銀とかではあってはならないものとして設立された
つまり地銀の目的とか設立趣旨はそうしたグロ−バルに展開するものとは違っている
でも現実にはグロ−バル化社会になるとその要請が強くなる
それで大東銀行ではブラジルに支店を置くとかしたのはブラジル人が日本から送金するからである、それはブラジル人も福島県で働いているからだとなる
どうしてもグロ−バル化しているからそこに商機が生まれとなる

ともかく銀行でも時代の変化に対応できない、銀行の形態が変わるという時、それにどう対応していいかのか?それが見えない、そこで当座の利益獲得として投資信託とか株を売りつけるようになったのである
それは本来の地域経済から離れたものとなる、ても利益を出せないということでそうなる何か利益をあげるにしても実際は利益を出すということが現代ではむずかしい

自分自身でも小さな畑を荒地にしておくよりいいからと援助したってその人は70近くで体が悪いし畑をうなうにも人を頼んだり種から肥料から必ず作物が盗まれたとかブヨに食われたとか草が生えて根が深いからとりようがないとか延々と文句を聞いているだけでありそれで投資して得たものはキュウリ二三本と数個の野菜だげである
それで実際投資している額が十万とかなったら一本一万以上しているともなるのだ
そんなこと普通は続かない、ただ荒地にしておくよりはいいとしても利益などでない
それよりそこで利益を出すとういことは全くありえない、相当な赤字でありつづけられなくなる

現代は高度成長時代でないから何かそうして投資してもうけるとうことが至難になっているのだ、だからこそもう銀行は用がないとなる、それは会社としてもそんな零細なものではない、それなりに小規模でも中小企業でも社員が5人以上はいるとかのものである
5人いても給料を払うとなるとそれだけの利益を出さなければならないからだ
第一もう資本主義が成り立たないという時代ともなっている
何か投資でも飽和状態になっている、投資先がないとかなっている
こういう時代は今までの何でも発展するとか成長するとか量の拡大路線は無理になる
それで中世に還るとか江戸時代に還るとかなるというときそこでは小規模な個々人の起業だからである

それで個人がインタ−ネットでクラウドファンディングしているのがまさにそうなのである、そんなところに銀行では金を貸さないからである
まず利益配分が得られないからである、でも銀行はそういうことでもう必要ないともなる時代になる、ただ何か新しいビジネスを開拓できるのか?
それはなかなか自分のような素人にはわからないが歴史をふりかえると銀行とは何かが見えてくるのもがやはりあったから歴史の勉強は欠かせないのである




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地方銀行の危機 (週刊ダイヤモンドの記事をまとめる)


地方銀行の危機

(週刊ダイヤモンドの記事をまとめる)

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銀行だと堅い仕事であり地方ではエリートで安定して評価も高かった
それでこの辺で東邦銀行に孫が就職したと自慢する人がいたのもわかる
地方では大企業などないから公務員と農協職員とか銀行とかに就職すればエリートとなっていたのである、ともかく倒産するこどなどないからである
そこで地方で結婚して安定した生活ができる
正直地方で田舎で生活するにはもともと資産がないと生活しにくいのである
東京と違って底辺だと目立つのである、だから肩身が狭い思いをするのである

自分自身も銀行というとき何か堅い職業で安定していると見ていた
実際私は銀行についてわからない、何か職業で一番わかりにくいのが金融関係なのであるそこで株などしていると世界情勢とかが関係してくる
するとそんな話になるとこれは相当な知識が必要になりその他いろいろな専門知識が必要でありわからなくなる
だから株などに手を出すなとなる、そもそもわからないからである

それで私は金融のプロですからまかせてくださいと地銀の営業の人が言うからまかせたのである、第一株をするにしても投資信託でもどんな銘柄がいいかなどわからないからだ
株式をいつも見ているわけにもいかないからである
だからこそプロにまかせるのである
でも地銀は投資信託のことはほとんど素人だったのである
その素人がすすめているのだから儲かるわけがないのである
地銀は証券会社からすすめられるのを適当に選んで売りつけるだけである
あとは野となれ山となれ投資信託だと確実に手数料がはいる、売ったり買ったりするとさらに手数料が入る
どこかの会社に投資して失敗して損することなど絶対にないおいしい商売なのである

それで私が悔しい思いをしたのはリーマンショックのとき半分になった株をもっていた
それをちょうど元の値段に回復したとき投資信託に勝手にまわして損したのである
そのままにしていれば株が上がりかなりの収益を得たのである
それ以来銀行は信用していない、銀行はそもそも窮地に追い込まれていたから何でもいい客のことなどどうでもいいと投資信託を売りつけるようになった
それで2000千万とか銀行を信用して損したばあちゃんがいた
詐欺と変わりなかったのである

追い詰められた人間は会社でも何でもする、悪いこともなにもなくなる

このことを何度も書いてきた、そういう追い詰められた人たちが自分の介護と病気の時に来てひどいめにあったことを書いてきた
その一つにまた加わったのが銀行だったのである
それは意外なことだったのである

何か銀行はこの辺で原発事故などで多額の補償金が入って金が銀行に貯金されたと思ったがそうではなかった、会社でもその補償金は銀行に回らずに使われていたのである
ただ銀行の仕事は何なのか良くからない、地銀とか信用組合になると地元の経済に貢献する、会社を育てるとか地域のために金を集めて経済を活性化するものとみる
それが高度成長時代ならうまくいって貯金していると倍にもなったのである
今は全然違う、利子はつかない、投資信託を売りつけられて損するとしかない
地域にも貢献しないから地銀は不要だとなる
金でももう銀行で出し入れしないとかIT化してゆき苦境になる

つまり銀行の苦境は日本の経済の苦境でありさらに地域経済の苦境なのである
ゾンビ企業が地方に多いというときもそうである
そういう企業とかかわっても銀行はリスクになるだけで利益をあげられないのである
つまり地銀が危機になるということはまた地域の経済も危機となる
それはまた日本全体の経済の危機となってゆき日本が貧困化してゆくことなのである

そして金をもっているのは株でも投資しているのは70代とかなる、老人が金融資産をもっているからそこで狙われてすすめられているのである
そして自分のように損したりする、それも高齢化社会である
つまり銀行はやがてそうした金融資産をもっている老人もいなくなり貯金する人もいなくなるともなる
その金融資産が東京に住んでいる子供に相続されるから地銀などに回らなくなるとか言っている

いづれにしろ銀行とは何なのか?銀行の役目は何なのか?
それは地銀なら地域の経済に貢献することである
その集めた資金は地域のために使うのは基本にある
そうなら銀行に預けてもうけがさほど出ないにしろその金は有効だったとなる
自分自身が相馬郷土史研究とかのプログの趣旨も地域に報道関係で学問であれ芸術であれ貢献するという趣旨があるからである
そこで地銀というのもそこで関連しているとはなる
ただそうはいっても自分の場合はその影響は微々たるものであり認められていない
ただそういう趣旨があってプログで伝い書きつづけているとはなる
だから何か会社でもただ利益を出すということではなくその前に社会に貢献するという趣旨があり成り立つ、それがなくなりただ金を集めてその金を地域に還元しないとなれば何なのだとなってしまうのである

ダイヤモンドに書かれた記事をまとめてみた

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ゾンビ企業が多いということは銀行でそういう会社に資金援助しても還ってこないということである
それだけ地方で起業でももうからない、利益が出せない時代である
そのゾンビ企業を整理しなければならない、そういう厳しい時代になっている


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地銀の「地元」とは株主は必ずしもイコールではなき、そこに地元のために
ということと矛盾が生じる



ここに福島銀行と大東銀行がでている、この二つの銀行は危機であり合併するとか言われるが両方とも収益が全国レベルでもワースト10に入っている、だから合併するメリットがないとしている
福島県で残るのは東邦銀行だけだとしている、そして70代とかの人に投資をすすめるのは金融庁ではいましめている
投資というのは長い期間で見ないと損得がわからないのである
それでリーマンショックのときもっていた株が半分から元にもどりさらに上がった額が大きかった
それが地銀によって損させられたのである、それはとりもなおさず地銀が追い詰められていたからである
こういうふうに追い詰められた個人でも会社でもそうなると恥も外聞もなくなる
なんとか会社を維持するために何でもすることになるから危険なのである

そういうことで自分がどれほど被害にあってきたか書いてきた
自分の家が大金は盗まれるは借金は要求されるわ、弱った時責められつづけたからである
今でも困窮者の一人に要求されている、そういうことは日本の貧困化とか地域の衰退がこれからもっとひどくなる
老人の金融資産も取り崩すので貯金もへって銀行には回らなくなる
そしてこの辺では10年間の震災の国の援助が終わる、その時財政的に相当追い詰められるとしている
だからそうして追い詰められると周りの人にも影響が大きいのである
田舎では地方では東京のようにはならない、金をもっていれば目立つし危険な状態になるから安心して暮らせなくなる
そして地方だけではない日本全体が治安が悪くなる、とにかく追い詰められた人間は本当に怖いからである
そういう人か巷にあふれたら今日食べるものがないとわずかの金でも殺されるという恐怖社会になる
その時裕福な人でも安閑とはしていなられない社会になる、だから富裕層でも格差社会は危険だから真剣に対策しないとその危険が自分のように及んでくることを覚悟しなければならないのである


posted by 老鶯 at 12:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題