2019年07月28日

野馬追い(雲雀か原へ―写真)


 野馬追い(雲雀か原へ―写真)



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首のところにも飾りがある
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この菊の紋の旗は小高である
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こんな旗印があるのか?
勝手に旗印は作れないのだからこういうものもあったのか?
それにしても変だと見る

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これは大きな角である


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この二つの丸の旗は深野(ふこうの)で見た

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軍配の旗がある、これは金沢で見た
でも下高平として出ていた



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雲雀が原に入る

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未来の騎馬武者

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集まりて馬もいななきいきりたつ人馬一体に打ち進むかな

雲雀が原到着の声高らかに打ちつづきける旗の波かな

相馬武士旗に誇りや気合入れ雲雀が原に集結するかな

真日さして旗あざやかに入りまじり雲雀が原に参りけるかな


今日は暑かった、前の原高があったところに馬が集まり雲雀が原まで行列になる
そして行列の一番最高潮になるのが雲雀が原に入る時である
この時騎馬武者が興奮して気合を入れて口上する
これは見ていても興奮する場所である

今回注目した旗は金沢で見た軍配の旗だった、それから小高から出た菊の紋の旗だった
三種類の菊の紋の旗があった、私の持っている旗帳では色がついていないのでわからなかった、青と黄色と赤があった、赤があるのははじめて見た
これは南北朝のとき天皇が二人になり争った、それで鹿島区の真野に落ち延びた侍の子孫なのである
ただなぜ小高かからこの旗が出ているのか?
それはその後その子孫が移動してそうなった
そういうことは江戸時代300百年もあるのだからあった

村ごとに騎馬武者が出たとしても中ノ郷(原町)は太田神社になっていた
でも石神から出たとか大甕の騎馬隊とか説明があった
私が今回見た金沢の軍配の旗印は下高平として説明されていた
金沢にはそもそもなかったものなのだろう

雲雀が原での旗取りは見なかった、暑いから嫌なのである
ただ今回は外から太鼓を演じる人を呼んだ、そうなると雲雀が原に太鼓の音がひびきわたる、野馬追いと一体となってひびきわたる
だから神旗争奪戦を見た方が良かったとも思った
やはり野馬追いだけではいつも同じであり盛り上がらないから今回は太鼓演奏のプロを呼んだのは良かったとなる
ただ演奏を聞いていないので残念だったなる

ともかくインタ−ネット時代になるとみんな記者になる
それで常に何かを見て写真をとり報告する、その時どういうふうに報告するのかが問題になる
どうしてもいい写真をとるとか何か話題になるものを探すとかなる
一目にひくものを探すのである
今回は太鼓演奏が人目をひいたかもしれない、それを見なかったので報告できなかった
記者になることはただ受動的に見ているのとは違う、積極的にかかわることなのである
そこで一億総記者になったのである

posted by 老鶯 at 17:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 野馬追い関係