2019年08月11日

自分の預金が下ろせない?じわり広がる“高齢者制限” (高齢者はだまされ差別し無能力者にされる恐怖―地銀もゆうちょも信用できなくなった)


自分の預金が下ろせない?じわり広がる“高齢者制限”

(高齢者はだまされ差別し無能力者にされる恐怖―地銀もゆうちょも信用できなくなった)

 75歳以上の人が300万円以上の引き出しを求めた場合、振り込みや預金小切手(預手=よて)の利用を勧め、それでも客が現金にこだわった場合は警察に通報し、駆けつけた警官が目的を聞く。預手とは金融機関が振り出し、本支店で本人確認のうえ換金する支払い手段だ。

 この防犯策は詐欺被害を水際で防ぐ効果が高いと注目され「預手プラン」という名で全国に広がった。適用条件は地域性から独自に決めており「65歳以上・200万円以上」(福島県)など厳しくしたところもある。

          
金融庁報告書が言いたかった「大認知症時代に備えよ」

日本郵政傘下のかんぽ生命とゆうちょ銀行では、高齢者の理解力の確認を怠っていたり、不利益になる契約を結んだりするなど不適切な販売が明らかになった。高齢層に強い日本郵便で、それを食い物にする手法が横行していたことは大きな衝撃だ。

「利益ありき」という金融機関の姿勢は、報告書も戒めている。現在、定年者の退職金を目当てに、金利を上乗せした定期預金で客を呼び込み、投信などリスク商品を売り込むキャンペーンが横行していることを挙げ「自問が必要」と問題視した

家族が認知症になったとき銀行に金をおろしに行ったができなかった
そして銀行員に笑われたとなり二度と銀行には行かなかった
これにはその本人より自分自身が驚いて言葉もなかった
通帳とハンコをもっていけば下せるからだ、それができない、書類すら書けない
字も読めない、これは一体何になったのだろうと唖然とした
私の場合このことから認知症は何なのかと考えることになった

認知症になったらいくら金をもっていても自分の自由にできない

認知症になったら障害者であり犯罪も犯罪にならない

何かこうなる、だから保佐人が必要でありその人が実は責任者になる
障害者をもっている親がそうなっているからだ、責任を問われるのは補佐する人である
それで認知症の人が踏切で電車をとめて多額の賠償金をJRから家族に要求された
ともかく何か認知症の人は銀行とかは特にわかりにくくなる
それは数字を扱い書類を書いたり抽象的だからわかりにくいのである
そもそも銀行とかの仕事は一番普通の正常な人でもわかりにくいのである
そのわかりにくいことがつけ入られることになるのである
それは原発でも同じだったのである、何か複雑になると法律でも第一理解すること自体できないから結局専門家とかによって無能化されるのである
それが現代社会でありそういうことをイリイチとか指摘していた

専門家によって人間が無能化される

その無能化するシステムが文明社会だともなる、それでイリイチは病院であれ学校であれあらゆる専門化され組織を批判したのである
それは人間を無能化するシステムなのである

認知症は本当に脳の異常で無能になったのだから明らかに病気なのである
無能になってしまった病気である、これもだから恐ろしいと思った
この病気は悪魔が人間を無能化してもてあそんでいるとも見たからである
なぜなら何か記憶できないということで忘れるので泣いてサイフを探していた
それが感情的になると誰かが盗ったとなり狂気の症状が出てくるから怖いのである
なぜこんなことを人間にするのか?そんな仕打ちをするのか?
それも不可解だった、人間は悪魔にもてあそばれて嘲笑われる存在なのか?
何かそういうことを感じた
人一倍頭がいい優秀だと日ごろから言っていた人が無能化されたから余計にそう思った
そしてついには人間の運命は神によって無能化されることではないかとも未来を予測した
人間は最後無能化されて文明も終わる

植物とか動物とかそういうことにはならない、そうした高度の知能をもっていない、また日々今日の食べ物があれば満足している、人間のようにありとあらゆる欲望など追求しないからである、だから別に何かあっても滅びない、ただ恐竜は大きすぎて滅びた
これも未来を暗示しているのかもしれない、恐竜は巨大化して滅びた

人間は高度の知能をもつ故にその知能故に滅びる

それが原発事故でもあったのだ、それは複雑化していてもう誰も制御もできない代物ものだったからである、もう人間が動かしているコントロールしているより機械が自動的に動いているという感覚になっていたのである
それで「安全神話」が作られていたのである、つまりもう人間の手を離れて自動化したもの、機械が神となり動いているともなっていた
そのことはAI化とか人口知能化の未来を暗示している 

いづれにしろ70過ぎてたら百万でも下すのに警官が銀行とか金融機関に来るというのは高齢者差別であり人権侵害である、これは高齢者を無能者と認め法を整備してとりしまるともなる、そこに国家権力が関与してきたのである
そこに詐欺から守るということもあるが弱者いじめだともなる

それより一番の問題は今の金融機関にこそあった
私が書いてきたように地元の地銀が複雑な仕組みの投資信託をすすめる
利子がつかないからはすすめる、その進めている地銀は投資信託のことや株のことなど素人と同じなのである
まず投資信託は証券会社とか銀行とか金融機関のために作りだされた商品である
銀行でもこれは絶対に損しないおいしい商品だからこそすすめる
顧客のこどなと全く考慮していない商品である
だからこそリーマンショックの時に半分に下がって回復して株が上がっていたとき地銀ではその株を売り投資信託に回したのである
私はもともと株でも投資信託でも知らないから相手がプロだからと言っていたからまかせたのである
その人はプロでもなんてない、素人と同じだったのである
ただノルマを課せられているから自分が有利な投資信託を売るだけだったのである

なぜこれが大きな問題なのか?
それは地域での金融機関との信頼関係が喪失してしまったとういことである
地銀でも一軒一軒対面的に信頼を築いてきた、それはゆうちょでも同じである
それが根こそぎ失われたのである
それでおあちゃんが1千万とか投資信託で損しても銀行をの人を信用していた
それほど銀行とかゆうちょは地域で信頼されていたし地方でエリートでもあった
銀行員なら安心できるとなっていたのでありそれだけ信用されていたのである

それが結局時代が関係していた、高度成長時代はみんな銀行でありゆうちょであれ貯金していた金に利子が7パーセントとかついていた時代があった
それで今の高齢者は資産を増やしたのである
何か知らないけど親が保険に入っていた、死んだときその保険金がかなり増えてもらえるたのである、何であれゆうちょであれ銀行であれ金をあづけているだけで相当に増えていた時代があった
だからその時の感覚でゆうちょでも地銀でも信用されるものとして高齢者は見ていたのである、自分自身がそうであった
でも急速に時代が変わってゆく、すると時代に追いつかなくなる
それが高齢者は理解できなくなるから不利なのである

いづれにしろそもそも金融機関は危険である、日本は経済成長はしない、低下するだけである、日本の株式でも投資信託でもなんでももうけることはもうできない
ゆうちょでも銀行でも貯金されても金があってもそれを増やせない、新しい事業に投資できない、もうけることができない時代になった
するとただ金が余るだけであり貯金されても金を増やせない、では銀行に貯金された金を勝手に使うわけにはいかない、するとただ負担になるだけだとなってしまった
それが資本主義社会のゆきずまり現象なのである
金がありその金で資本で新しい利益を生むものに投資するのが資本主義だからである

こういう最も身近な所で最も信用されていたゆうちょとか地銀とかが信頼できない社会は本当に住みにくい、なぜならどうしても高齢者は弱者化するからである
時代が変わるとついていけない、それより認知症になったらもう脳の病気なのだからどうにもならないとなる
そうしたら高齢者とかはもう身近なゆうちょとか地銀には頼れない
食い物にされるだけだからである
ゆうちょとか地銀はもともと地元密着で信頼を培い商売してきた、その信頼も失われたとき地方とか地域で高齢者は食い物にされるだけだとなる
詐欺にかからないように50万以上でも百万以上でも警官立ち合いの元に下ろされるということ自体高齢者を差別して無能化させて管理しようとしているともなる

戦後70年で時代が変化するとき何かこういうことが起きてくる
今までの既得権者がその権力を失う、侍が侍でなくなりとか身分制もなくなる
高度成長時代が終わり日本の経済が停滞して低下するだけだとなるともうそうした特権階級は維持できなくなったのである

 北海道銀行(本店・札幌市中央区)は、士別市の農業法人「合同会社OMEGAファーマーズ」に出資するとともに代表社員を派遣、農業経営の企業化と6次産業化を支援する。 

「OMEGAファーマーズ」は、健康食品ブームになっている植物油の脂肪酸、オメガ3、オメガ9などを製油、 
販売することを目的に、2019年5月31日に設立された合同会社。所在地は士別市の小学校統合で廃校になった 
武徳小学校(武徳町44線東7号)。使われなくなったこの小学校の体育館に搾油機を設置合同会社の構成員8人 
(三好農場、大西農場、オレンジファームなど)の農場で生産する亜麻、えごま、菜種(今年度は250ha作付)を 
持ち寄って搾油、販売する6次産業化に取り組む。出資金は3195万円で、道銀は150万円を7月18日に出資した。 

道銀が踏み込んだ支援をすることにしたのは、農業経営の企業化を促すため。北海道農業は、国内の食糧基地として 
重要な役割を果たしているが担い手不足が深刻化している地域もあり、耕作放棄地の増加も懸念されている。 

地銀は地元に根ざして何か新しく利益を生む事業者に投資するのが役目である
それがなくなったとき農業が地方で注目されるのは当然である
実際この辺では原発事故とか津波で荒地が多いからである
その荒地を活かすことを耕作放棄地を活かすことに投資することは地元のためであり地銀とかがするのに適しているとなる
それで実際に農業を銀行員がしていたのをテレビで見た
自ら肉体労働者とか銀行員も働けとなるのか、そういう厳しい時代になったということでもある







2019年08月10日

(姓から探る郷土史) (東京の女子学生が只野家の蔵を利用する旅を企画する)

(姓から探る郷土史)

(東京の女子学生が只野家の蔵を利用する旅を企画する)

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野馬追いに出るとなるとこの只野氏は古い



駅で駅舎の写真をとっていた、どこから来たのか尋ねた
東京からだという、鹿島駅の駅舎は古い形が残っているので写真をとる人が多い
その女子学生は旅行会社でインターで働いていて蔵を利用したツアーを企画しているという
その蔵の写真をスマホでみせてもらった、二つの蔵がある家だった
二つ蔵がある家は見かける、その家は只野という姓だという
そこで只野氏の由来を説明した
とにかく鹿島区には只野、但野・・・の姓が本当に多いのである
30とかある、つまり只野氏一族の町だともなる
その由来は郡山市の多田野村に発していて南北朝の戦いのとき霊山城が炎上して逃れて来た武士の子孫なのである
それは由来のはっきりしたものでありこの地はその武士の子孫が多いということなのである、苗字に姓にまつわる話はいろいろある

姓というのは小さい村だと必ず一つの姓がその村とか町に多いのである
それで末次駅の村の墓地を見たら8割だ新妻の姓だったのである
そこは新妻一族の住んでいる村だったのである
それから葛尾村でも松本の姓が三分の一というときこれも信州の長野県から逃れて来た武士の末裔が住んだからそうなったのである
だから姓を苗字をみるとそこで歴史がわかる
ただ住む人が多くなると大きな市とかになるといろいろな人が入り乱れて住むようになるから姓が混在してわかりにくくなる
現代はそういうことが多い、本当に遠くに嫁いだり移り住んでいるからそうなる

相馬藩内では三分の一の人口が天明の飢饉で消失した、逃散した
その穴埋めに越中などからの移民が入ってきた、その人たちの姓は越中などに由来する
古賀とあれば越中に古閑村とかあり他にも越中とかから移民してきた人たちの姓は分類できる、とにかく相馬藩内には三分の一も入って来たのだから多いのである

苗字の中には武蔵にしかないというような特別なものがある
少なくともある一定の地方にのみ起源の求められるものがある
児玉や熊谷はたとえ中国九州にあっても、元はこの国から出た家と見てさしつかえがないこれと同時に逸見とか小笠原とか帯金とか言えば少なくとも最初甲州人であり,波多野とか渋谷とか股野とか言えば仮に国境を越えてまっすぐにやってきたものででは無いまでも相模系の癒えであることは想像し得られる(柳田国男全集ー武蔵野の昔)

相馬藩は相馬氏が千葉県などから移住して相馬氏に支配された地域である
ところが相馬という姓を名乗る人はいない、それは殿様だけが名乗れるものだった
そして相馬市に城跡があるが相馬市は前は中村市だった、中村がありそれはもともとの土地の名だったのである
たいがいもともとの氏姓があっても別な土地に移る時その土地の名を名のるようになる
土着するとそうなる、でも相馬氏の前に相馬藩内を支配した鎌倉から来た岩松氏は土地の名を名乗っていない、そして家臣によってその一族は稚児まで虐殺されたので歴史に残っている、それは500年前とかの話なのである
そして岩松という姓は相馬藩内にないということが歴史の事実を未だに語っているのである

いづれにしろ只野という姓が南相馬市の鹿島区に多いのはその歴史がありそれで多い
ただすべてが只野氏の子孫かというとそうではない、明治以降誰でも苗字を名乗ることが許された、すると由緒ある苗字にあやかり各自が名乗ったからまた増えたともなる
なぜか郡山市の多田野村の近くに小林村がある、これも不思議だとなる
小林村とは他に会津の方にもあるからどうしてそうなったかわからない。
私の父は葛尾村から出ているからだ、祖父は柏原村の出である

姓から歴史を郷土史でも探ることはみんなしている
相馬藩内だと例えば馬場という姓があるとするすると原町に馬場村がありそこから鹿島村に移ってきたのかとなる
不思議なのは大谷(おおがい)村があり栃窪村に大谷の姓に連なる人の姓が多いのである大谷氏一族の墓があるのも知っている、どういうわけか栃窪の大谷氏と私の家は親交があった
ただ大谷村というのは大原村の隣であり狭い所なのである、人が移動するとき農村社会だったから農業するために土地を求めることがある
土地がなければ生活できない、田畑がなければできない
それで延々と開墾や開拓が日本ではすすめられてきた、そもそも相馬藩内で三分の一も飢饉で人口が減った時、なぜ越中などから移民がわざわざ来たのか?
それは土地が得られるということだったのである
三分の一の人口に減れば空家とか土地がありそこを埋めるために移住した
それは原発事故でまた人が極端に減ったときそこに新しい人が都会から移住したりしているのとにている、その時はそれだけの人が移住したというのは農民社会で土地を得られるからだったのである

只野氏の由来は明確である、他の姓は明治以降に勝手に作られたという時由緒が明確ではないのである
野馬追いに出る家は武士の家であり古い家である、その姓も古いとなる
ただ渡部とか多い、するとこれは全国的にも多いからそこから歴史を探ることは不可能になる、鈴木などもそうである、これは熊野地方に由来していることはわかる
それで熊野神社が多いこともわかる
でも全国に広がってしまった姓から歴史を探ることはむずかしくなるのである
とにかく誰しも自分の家の姓には興味があるからそこから歴史に郷土史に興味をもつことはある、それが一番身近だからである

やはり郷土史になると柳田国男が先駆者でありそれが常に一片の小説のように語るのでその語り口が独特なのでひかれるのである、つまり何らか文学的才能があり新しい民俗学を起こした人だったのである
必ず一片の物語としてその土地のことを語っているからである
つまり歴史はヒストリーでありストリーだということを知るのである
何か過去のことがわかりにくくなっているが柳田国男の残したものを読むと昔のことが小説を読むようにわかるから貴重なのである

万葉集の死者を偲ぶ歌、死者と会いたいという歌が基にある


万葉集の死者を偲ぶ歌、死者と会いたいという歌が基にある

万葉集がなぜ理解でないのか?それは現代的感覚で読んでいるである
私的恋愛というのは万葉時代にはなかったというときもそうである
なぜこんなに恋愛の歌がありそれを現代的には私的なものとして個人的なものとして理解する、でも万葉時代は原始的部族の延長のようなところがありそうした部族では個を私を主張することはタブーになる
つまり常に共同のものとして自然でも共有関係があり私という感覚は希薄なのである
共同の祭りとしてあらゆるものがあり私的なものは認められないし自覚されないのである
その理由として私(わたくし)するということは共同の利益に反することでありとがめられるものである、また英語でもプライベイトとは奪うということであり共同体からするとそれは悪だったのである

公的・儀礼的であった挽歌が、個人の私的感情を盛り込むことのできる器として整えられていることがわかる。公的な挽歌を利用して、私的な感情は表現の水路を見出したと言ってもいい。個人の意識や意思が寄せ集まって、共同体的意識が生まれてくるというのは誤りである。むしろ共同体的意識のなかで、個人の意識や意思が発見されると言ったほうが正確だろう

ここが一番万葉集で誤解しやすいのである、だから現代の感覚で読んでいるからその当時の社会がどういうものだったか理解できないから間違った解釈になる
例えば我とは割れるから来ている、共同体から割れるが我なのである
万葉集を理解するにはむしろこの共同体から割れたもの、我がない世界を知らないと誤解するのである 

明日よりは 春菜摘まむと 標し野に 昨日も今日も 雪は降りつつ(8・1427)

この歌でも個人的な歌として解釈する、でもそもそも標し野とは共同地として特定されて禁断の地だったともなる、だからすでにそこは共同体のものであり個人の土地ではないのである
すると春菜摘むというのは何か個人が摘むというものではなく共同体の中で春が来たらみんなで春菜を摘むことを暗示している、その時みんな農民の社会に生きていたのだからそうした意識が共有されている
俳句で季語が無数にあるのはそれはもともと農民が季節感覚に敏感だったからである
それが共有されて文学になったのである

君が行く 日長くなりぬ 山尋ね 迎へに行かむ 待ちにか待たむ(2・85

ありつつも 君をば待たむ うちなびく わが黒髪に 霜の置くまでに(2・87)

たとえば「待つ」という表現は、死者の魂との交感の場面で、とりわけ切実な意味をもった。死者の面影が甦り、その魂が自分に寄り添ってくれるのを「待つ」のだ

この歌も不思議というか理解しにくいし深い意味が隠されているのである
山尋ねということ自体、人が死んで山に葬られる、ということは死者を尋ねる、墓参りすることだともなるし山に葬られた死者を尋ねるともなる
君をば待たむ・・・というのは生きている人なのか?
死者を思っているのかとなる、黒髪に霜の置くまでとなればそんなに長く待つとういうことはありえないともなる
それは死んだ人と会うことを待っているのかともなる
何かこうして万葉集は今の感覚からでは想像できないものがある
そこに当時の人間の原始的感情というものがありそれが現代では理解できないのである

「待つ」という表現は、死者の魂との交感の場面で、とりわけ切実な意味をもった。

待つとは恋人を待っているのではない、死者と会うことを待っているとなる
そうすれば君が行く日長くなりぬとは死んだのだから会えないのだから当然そうなる
死者と会うことを待ちにか待たむとなる

あなたは死んでからもう久しいけど葬られた山へ私は迎えに行きます
このように長くもあなたと会うことを待っています 

これは死んだ人と会いたいとなれば切実なものとなる、それは恋の歌とも違うのである
死者と会いたいということなのである、でも会えないから切実なものとなる
恋が乞うであり死者と会うことを乞うから来ている
とにかく万葉集がなぜ理解できないのか?
それは当時の共同体とか原始的感情というべきものをイメージできないからである
現代のようにすべて個人的なものとして私的なものとして理解するからである

つまりもうそうした原始的人間の共同体そのものが現代では消失している
だから共同意識も喪失している、そこで勝手に現代的感覚で理解することになる
だからそもそもこんなに相聞歌が多いのは何なのか?
それはもともと公的なもの共同体の中で読まれたものであり祝詞とかに通じていた
それは天候とかいろいろ関係してみんな農民だった時、その共同の祈りとして歌もあったのでありそんなに私的な恋愛だけではなかったのである
その辺に何か誤解して読んでいる、つまり我(われ)がない時の時代を知るべきなのである、そこにこそ共同の世界があり共有する意識があり重要だとなる
私的なものはその後に生まれたものだからである

母と姉死したるのちも離れざれ我が身にそいてふるさとに住む

こういうふうに死者の魂が身にそうということがある、それが理屈ではなく人間の原始的感情である、それが今でもありうるのである
60年も一緒に暮らしていたからそうなったのである
自分の場合は子供の時から姉と母は一緒にいたからそうなったのである
他では妻とかでも長くいればそうなる、ただ夫と一緒の墓に入りたくないという人や
姑と一緒の墓に入りたくない人が多いのもわかる、むしろ実家の墓に入りたいという時子供の時から暮らした親元の方が親しいとなるからである
それは人によって家族の事情が違うからむずかしいのである



posted by 老鶯 at 11:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 万葉集

2019年08月09日

盆踊りは死者も一緒に踊る祭り (日本の心は村で培われたーでも今は失われた)


盆踊りは死者も一緒に踊る祭り

(日本の心は村で培われたーでも今は失われた)

これが死者を供養する本当の盆踊りだ、一人ひとりの踊り手の後ろには、この人たちを可愛がってくれた両親やお爺さんお婆さん、そしてそれに連なる御先祖様がお盆に帰ってきて、ここでともに踊っているのだなぁ、とそんな事を考えながら、めったに見る事の出来ない盆踊りに、独り乾杯したことが有ります。

あれから三十数年、あの時死者を供養していた踊り手の内何人かは、今はもう供養される側にいるかも知れませんがそんな事は大した事ではありません。

盆踊りでは死者の供養のために死者とともに踊るという
死者も一緒に混じり踊る
これは何なのだろう?

こういうことは何か最近わかるようになった
それは家族もみんな死んだし回りの知っている人も死んだ
それで私は葬式などしなかったがお悔みとかもらったのでお返しした
本当にその人たちは近所の子供の時から知っている身近な人たちだったのである
そういう人たちが相当に死んだ

そういう死んだ人たちはみんな小さなコミニュティでずっと生きていた人たちである
すると死んでもつながりがキレルということはないのである
そういうことが特に村社会では何か理屈ではなくあったことがわかる
村のような狭いコミニュティではみんな一人一人顔見知りであり知っているからである
すると死んでもその子供や孫とかがいて人間関係が継続する
それで寺がその中心になっていたのである
ただこれは仏教とは関係ない、仏教も日本化した祭りに変化しているからだ
第一ホトケという自体、ホトキとかであり本来の仏とは違うからである
先祖を祀るものと通じているからである

とにかく祭りは死者を祀ることからはじまったことは確かである
盆踊りもそうなのである
それは狭いコミニュティで村で始まったものである
日本人の精神形成は村なのである、だから明治時代にヨ-ロッパの文化が入ってきたとき
世間を社会と訳したがソサィティは広いものであり日本の精神形成の原型となった村とは違っているのである、だから現実に日本社会にないものを訳しようがなかったのである
市民などというのもそもそも村人がいても市民など日本にはいないのだから訳しようがないのである

現代の問題はそうして長い歴史で形成された精神の形成が文化が根こそぎ破壊されたことにある、墓の問題でもそうである、アイディンティティ化する拠り所となる場の喪失でありそれとともにみんな故郷喪失者になってしまった
グローバル化広域社会になるとそれは物質的には有益でも精神とか文化面になるとかえって破壊することになった
また工業社会とかもそうであり情報社会でもマスコミとかもテレビが茶の間に置かれるとき何か家族の会話がなくなり絶えずその目は外に向くようになった

つまり外国に向くようになって身近な所がかえって注目されない、知らないなのである
そうして長い歴史の中で培われたコミニュティが破壊されるとどうなるのか?
それが様々な問題を引き起こした、物質的には豊かになったとしてもかえって人々のつながりは喪失したとなる
何か情もなくなった索漠とした世界になったのである
それで知っている人がいつもいう、道に誰か倒れていても助けないとか言う
それもそうだと思う、何かそうして非情化無関心化した社会である

それで親戚とも言えないが「おばちゃんは金があるんだから金でめんどうみてもらへ」と血相変えて去った
それ以来母親の実家には墓参りもする気がなくなった
ただこれが異常かというとそうでもない、みんなそうなったのである

「金でめんどうとみてもらへ」

これが現代社会の普通の人間である、金がないなら死ねということである
道に倒れていても誰も助けない、助けてもらいたかったら金で助けてもらへとなる
それて私が弱者化したとき要求するのは金だけであり実際に奪うものもいた
それだけもう金しかない、あらゆることでそうである
この辺で原発事故でなぜ簡単に町自体が崩壊してゴーストタウンになったのか?
これも放射能のせいとばかりも言えない、つまり補償金をもらったときいち早く土地を買って移り住んだ人が近くにいるからだ
その人はすぐに故郷に見切りをつけた、それで早く土地を買ったから賢いと言われた
なぜならその後土地が値上がりしたからである
つまり故郷でもそういうものでしかない、何かあったらもう金がもの言う
金をもらえばすぐに故郷とかでも捨てる、それが現代人なのである

だからといって江戸時代とか理想でも何でもない
ただ今の社会と比べるとこんな状態ではなかったろう
貧乏なりに何か助け合うということがあった、情がある社会だったと思う
戦前でもそうだったろう、それが戦後高度成長時代から日本はアメリカに習いすべて金になったのである
そうして長い間でつちかわれた日本人がもっていた美徳も失われた
それが墓の問題とか死者をどうするかということにも起きている
生者と死者もそうした濃密なコミニュティが失われたときその関係も断絶して失われたのである

そして親が田舎に残っていても娘息子が東京とか遠くに暮らしている人も多い
すると墓の後継ぎもいないとかの問題が起きている、墓も維持できないとなる
村のような社会だったら継続する社会だから代々家が受け継がれるからそういう問題は起きないのである
大原でも知っている人は親が一人で家と田畑を守っていたがその前に息子は市街に出て働いていて一緒に住んでいなかった、今は死んで空家になっている
そして墓だけが残されたのである、でも近いから墓参りには来るとなる
これが東京とかに住んだとしたら墓すら受け継がれないのである

人間は確かに経済とかせ利益は第一にされるのは仕方がない
ただ何か利益とか金を第一にするとき代々受け継がれた文化が破壊される
それが精神に影響する、それが深刻なのである
仏教というのは日本的文化に変容したものであり本来の仏教ではない
日本的アイディンティティを形成したものとしてあったのだ
そうはいっても時代は常に変わる、それに人々は対応できない
特に文化的なものは精神に影響する、だからこそグロ-バル化とか大きな問題をはらんでいたのである

死者をどう扱うのか?死者をどう祀るのか?死者とどうつながるのか?
それがむずかしいのは経済的問題ではなく精神的問題から文化的な問題だからむずかしいのである、それはもう昔のように回復できないのである
ただ形式的に受け継がれているだけであり実体は形骸化して中味はないとまでなる
それは日本の精神形成がアイディンティティが濃密な狭い村にあったことによる
それがグロ-バル化と広域化社会では活きてこないから形だけのものとなってしまったのである

2019年08月08日

墓をどうするのかなぜ現代人は悩むのか? (死ぬ場を失ったのは生きる場を失っていたから―万葉集の歌から)


墓をどうするのかなぜ現代人は悩むのか?

(死ぬ場を失ったのは生きる場を失っていたから―万葉集の歌から)

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事しあれば小泊瀬山の岩城にも隠らば共にな思いそわが背

万葉集をすべて恋の歌として解釈すると深いものとはならない
恋が乞うであり死んだ人とまた会いたいという説になるとそれはうわついたものにならないのである
これも岩城に隠れるともに思うということ自体今ならありえないことである
だからこの歌も何なのだろうとなる
岩城とは墓のことだからである、何かあったら墓に入るという意識も理解できない
でもこの歌の解釈は岩城にあり墓にある
ただこういうふうに古墳が石室として残っていた所に隠れたとなるのか?

つまり岩という頑丈なものである墓に入る、それは死んでも岩城の中にあるということなのである
墓の中に一緒に入ることが深い意味をもっていた
なぜなら生をともにして遂には墓の中にも入り死後も一緒にいるということである
夫婦だと偕老同穴というがそれは墓まで一緒だということである

ただなぜ夫婦でも妻は夫の墓に入りたくないとなっているのか?

「あさイチ」で既婚女性が「夫(旦那)の先祖のお墓に入りたくない」と回答した理由を見てみると、

・知らない先祖と一緒に入りたくない ・・39.3%
・お墓がゆかりのない土地にある   ・・32.3%
・夫の家族、両親が嫌い       ・・30.7%
・子どもに面倒をかけたくない    ・・20.0%
・自分の両親と入りたい       ・・20.0%
・夫が嫌い             ・・13.9%

知らない先祖というとき一度も会っていない人が先祖にはいる、そういう人と入りたくない、自分とは関係ない人だともなる 

お墓がゆかりのない土地にある  

これは「場の現象学」の本を読んで考察したようにその場とはそこで一生生活した場だから愛着がありアイディンティティ化した場所だからである
ただこういうのは田舎だったら通用するが東京とかなると通用しない
墓地自体を遠くに買って葬る、それで墓参りに残された人が行くのがめんどうだとなる
また宗教団体が土地を買いしめてそこに墓苑化する、その数が多くなり村とかの自然破壊までになっている、宗教団体にとって墓苑とは商売になるからビジネスなのである
でももともと住んでいたと土地の人からすると迷惑なになるのである

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とにかく墓をどうするのかというのは厄介なのである
それでシベリア抑留で死んだ人たちの遺骨をもってきたのだがそれが日本人ではなかったとして問題になっている
要するにそもそも誰の骨なのか70年もすぎたからわからなくなる
私の兄の骨は母の実家に事情あって埋葬したがそこに母方の実家の人たちが五六人埋まっている、その中に兄の骨がまざってわからなくなったのである
骨壺に入れていたのだがそれもなくなり誰の骨かわからなくなった
それでしょうがいないから私は自分の家の墓に小さな墓標を建てたのである
その実家の人として残っている人がいたがその人とは異常人格者だから会いたくないからである、だから母の実家の墓には墓参りしないのである
ただ兄については責任があるし子供いたので自分の家の墓の脇に墓標を建てたのである

いづれにしろ墓というのは何なのか?それ自体が不可解なのである
そもそも明治以降に家の墓が生まれたのでありそれまでは個人の墓か夫婦墓である
明治以降には夫婦墓が多いのである
江戸時代の幕末頃には経済的に豊かになり農民でも個人墓を作りまた夫婦墓を作っている戒名に信士とか信女とか記されているのでわかる
つまり家族墓は江戸時代になかった、それは明治時代になって政府の政策でそうさせられたのである、だからそれが不自然になっているのである
家族は意外とまとまりにくいのである

夫婦は三代の契りとかあり契りが深いものがある、でも家族となると姑が入ってきて姑にいじめられたとか嫁は嫌うからなかなか一つになれないのである
それで墓も同じなら嫌だとなる、それもわかるのである
やはり共に生活して協力して愛し合った人たちが一つの墓に入ることは死んでもそこで結びついている感覚になる
そこで死後まで結びついて離れない一緒だという感覚になる
それが実際は家族にはなかなかないから不自然なのである
第一先祖といっても嫁いだ先の先祖など知らない人だからである

墓というのは実はそうして一代だけのものではない、その子に子孫に受け継がれるものだからまたやっかいなのである
なぜなら跡を継ぐ人自体がいなくなるというのが多くなっているからだ
そうなると村の共同墓地に葬ってもらった方がいいとなる
江戸時代はこの辺では仏方(ほとけっぽ)として共同墓地に葬ったのである
それはその土地にゆかりがあるからそうなったのである
場としてアイディンティティをもっている場所だからそうなったから自然だったとなる

なぜ今墓が問題になるのか?
それはもともと人間が生活していた場が失われたからである
みんなその土地と深くつながる農村社会に生活していない
その土地に根ざして生活していない、グロ-バル広域社会で生活している
すると土地の縁というのも薄くなる、だから今では地域でも田舎でも農村でも強い人間のつながりはなくなっている

人間の生と死を考える時
                      
死ぬ場所をどこにするのか?
                          
これは意外と大きい問題になる、どこで死んでもいいとはならない、それで骨を海にまいてくれとか樹木葬とかがある
樹木葬だと土地と関係しているが別に農民でないのだからその土地と深く結びついて生活していた訳ではないけどそれを願うのはそもそも自分のアイディンティティとする土地をもたなくなったからなのである
そのことが生だけではなく死までそうなって死ぬ場所をどこにしていいのかもわからなくなったのである 

事しあれば小泊瀬山の岩城にも隠らば共にな思いそわが背

事しあらばを・・・死んだなら小泊瀬山の岩城に隠れてその堅い岩で閉じこもりともにありたいというのはまさに死としての理想があるかもしれない。
隠れるとは古代では死を意味しているからである
天皇でもお隠れになったという時、死んだということだからである    

いかでわれこよひの月を身にそへて死出の山路の人を照らさん』(山家集・七七四) 

七月十五夜というのはお盆です。盂蘭盆会のことです。非常に月が明るかった。そのときに船岡山
に行ったのです。船岡山は平安京に隣接した船の形をした丘です。ここは平安時代の初めくらいまで
はハイキングする場所で平安京を一望できる眺めのいい場所です。

お盆には死者というあうとうことでこの歌が作られた、死んだ人が月明りに見えるとなる

人間の死は何なのか?生者と死者は何なのか?それは断続したものではなくつながるものとしてある
死者は生者の中に生きつづける、それが人間の営みであり生の継続であり国単位になると歴史となるのである   

我が死して後もありなむこの地にそ思いは深くとどめおきなむ

何かしら死んでも必ずその生きた地に思いが残る、それが具体的に形になったのが墓なのである
ただ墓はいくら石でも消失しやすい、誰も参るものがなくなったら墓は二度死ぬことになる
なぜか墓地に倒れたままの墓がある
なぜそれを立て直す人がいないのか?それはその人を知る者もいないしかかわるものがなくなったからである
今はそういう墓がいくらでもあるのだ、結局この世あるものは墓でも無常なのである
それがいつまでも維持できないのである
なぜか私は墓に興味があるというとき江戸時代の墓があればそこに人が本当に生きて埋まっていると思うからである
書類だと実感として人が生きていたと感じないのである
それが墓の不思議だとなる





Abstract architectures in summer


Abstract architectures in summer

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Sacred road to the japanese shrine

enlrage!

ソフトの一定の手順でこうした抽象画は製作できる
それがなぜ大量に製作できるのか?
それは膨大な写真がインタ-ネット上にもあるし雑誌にもあるからだ
そのビッグデーターを一定の手順で変化させると抽象画できる
その元ととなるものが無限大だからこれだけ大量の抽象画が製作できるのである


You can create these abstract pictures with a certain software procedure.
Why can it be produced in large quantities?
That's because there are so many photos on the internet and in magazines
Abstract picture can be created by changing the big data in a certain procedure
Because the source is infinite, so many abstract pictures can be produced




Sacred road to the shrine

2019年08月07日

韓国の「ホワイト国」除外…戦後初めて「国家の意志」を示した日本  (日本国民にも覚悟が強いられる国家の意志の表明)


韓国の「ホワイト国」除外…戦後初めて「国家の意志」を示した日本 

(日本国民にも覚悟が強いられる国家の意志の表明)

肉を切らせて骨を断つ」という覚悟を、日本国民なら当然持つべきである。党利党略に走って「制裁反対」を唱える左派野党や国民を惑わす左派メディア、目先の利益で韓国にへつらう財界人は、今や「国賊」以外の何ものでもない

駅で飛行機で仙台空港から神戸に帰る人とちょっと話した
その人はなぜ韓国人をひどく嫌っていたのか?
その人は別に普通の労働者であり知識人ではない、韓国人をひどく嫌っていた
ベトナム人でも中国人でも他は言いか韓国人は嫌だと盛んに言っていた
その人は何も今の日韓の対立から言っているわけではないだろう
何か韓国人と直接に接することが多いからそう言ったのかもしれない
何しろ関西になると韓国人が多いからである
あういうふうに嫌っているのはそういう人をじかに接しているからだとなる
そうした庶民レベルでも韓国人は嫌われている 
これはいろいろ言うが韓国自身が嫌われる理由を作っている
それを否定することはできないのである 

韓国人も今回の政府の強い意志には驚いている、これまでと違っているので予想がはずれた、日本は韓国の要求の言いなりになると見ていた
今までも誤っていたし妥協していた
だから今回の政府の表明は意外だったとなる

そういえば日本は国家の意志を示したということが戦後70年アメリカに支配されたようになかったのである

国家の意志

これを国民自体もはじめて感じたのではないか?
国家の意志というとき日本では古代から朝鮮半島を通じて発していたのである
朝鮮半島を契機として国家の意志が発動されてそれで兵を派遣されていたのである

6世紀から7世紀の朝鮮半島では高句麗・百済・新羅の三国が鼎立していたが、新羅は二国に圧迫される存在であった。

倭国は半島南部に領有する任那を通じて影響力を持っていたことが『日本書紀』の記録から知られている。大陸側でも、広開土王碑400年条の「任那」の記述が初出である。『宋書』では「弁辰」が消えて438年条に「任那」が見られ、451年条には「任那、加羅」と2国が併記され、その後も踏襲されて『南斉書』も併記を踏襲していることから、倭国が任那、加羅と関係が深いことを示している。任那、加羅は、倭国から百済への割譲や新羅の侵略によって蚕食され、562年以前に新羅に滅ぼされた。

475年には百済は高句麗の攻撃を受けて、首都が陥落した。その後、熊津への遷都によって復興し、538年には泗詫へ遷都した。当時の百済は倭国と関係が深く(倭国朝廷から派遣された重臣が駐在していた)、また高句麗との戦いに於いて度々倭国から援軍を送られている

なぜ国家の意志というのに新鮮味というか驚きを感じたのはなぜなのか?
それは日本はアメリカに戦争で負けてから国家の意志が消失した
国家の意志はなくなっていたのである、結局アメリカの意志が国家の意志となっていたのである
そして対外的にも韓国に対しても国家の意志を明確に示したことはないのである
だから韓国はそれに乗じて日本は組やすしとして攻める一方だったのである
それが国家の意志を示したことで韓国は混乱したともなる

日本自体が国家の意志というのを戦後否定してきたからこれは政治的外交的に転換したのか?
国家の意志は戦争に通じるとして示さなかったのである
ただ国家の意志というとき国家が独立していないとできない、それでしきりに日本は国家が独立していないと言われてきた、それは国家の意志がないことだったのである
国家が意志をもつことは自らの軍隊を持ち自ら国家を守ることにも通じている
それは憲法改正へと向う布石とするのか?
それで日本がでも国論が分かれる、韓国でも分かれる、アメリカは突き放す
アメリカ軍は日本から軍隊を引き揚げると言う人がいる
ではその時日本は今度は強大化した中国と向き合うことになる
日本の独立が試される厳しい情勢になる

日本は国家の意志を示した

それは日本は再び独立するのだがそれは韓国を契機にまた国家が全面に出てくる
そういう歴史が日本には古代からあるからだ
それは国民にとって覚悟が要求されるとか厳しいものになる

日本国民も覚悟せよ!

それは戦争した時同じように平和ボケの日本を覚醒させるのか、それとも危険なものに向かうことになるのか?

そもそも国家の意志とは何なのか?
原発は国家の意志で作られたのか?廃止できないのは国家の意志だからなのか?
だから国家の意志はどうして形成されるのだろうか?
それは確かに世論が影響する、その世論とは必ずしも知識人だけではない、駅であった庶民感情も影響する、感情的になっているのが庶民でありそれが世論にもなる
でもその世論は誤っているとは言えない、庶民レベルで韓国人への傍若無人とも言える態度に耐えられないとなっていたからである 

「肉を切らせて骨を断つ」という覚悟を、日本国民なら当然持つべきである。党利党略に走って「制裁反対」を唱える左派野党や国民を惑わす左派メディア(在日韓国人)、目先の利益で韓国にへつらう財界人は、今や「国賊」以外の何ものでもない。

今や「国賊」以外の何ものでもない

これはかなり危険なことなのかもしれない、戦争に負けるまで(国賊)とかが言われたからである、これは右の勢力が左を国賊として糾弾する
国家の意志に反するものは国賊として糾弾する
日本が国家の意志を示すことはどっちつかずではいられない
戦後70年はどっちつかずでも良かった、アメリカの庇護のもとにあり日本は国家の意志を示す必要がなかったからである

いづれにしろ戦後70年で日本自体が国家の意志を示してこれまでの外交方針も変える
清算して変える、在日の勢力も日本を動かしているいるのでその辺にメスを入れるようになるかもしれない、日本はいづれアメリカが撤退したとき国家の意志を示す前に示さざるを得なくなるのだ、そういうことが今回の韓国との対立でありこれは韓国が日本に対抗できるのか、韓国人はその非力を知れと見ているが実際は日本自身の独立であり国家の意志を示すことは危機であり覚悟が必要だとなる
こういうことは戦後70年で経験していない
外交でもアメリカに追従していれば良かったし日本国家の意志を示す必要がなかったのである

でも日本自体がいろんな面で弱体化している、軟弱化している、ニートが百万人いるとかなんとか老人ばかりの国でこの辺では震災でも原発事故でも復興できない
これは韓国だけではない日本自体が厳しく問われる結果となる
日本人自体が相当な覚悟が必要だともなる
戦争ではないにしろ貿易戦争で日本自体も苦しむ、すると戦争のように日本国民として意志を示す、戦地に行くのではなくても痛みをともなう覚悟必要だとなる
日本はこれまでは経済成長一辺倒であり国家をもちだすことは否定されてきたのである
それは戦争の経験でそうなっていたのである
だから今回国家の意志をもちだしてきたことは国民にも厳しく問われることである
戦後70年であらゆるものが変革の時期に来たのである
これだけは確かでありそれが今回の韓国と日本のどちらも下がることができない対立となったのである


posted by 老鶯 at 18:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

6号線を67歳の自転車旅行者行く


6号線を67歳の自転車旅行者行く

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蝉鳴いて一時出会い別れ行く

街空を増えて飛び交う夏つばめ

のうぜんの命燃やして一つ散る

ダイユーに自転車旅行の人がよったので聞いた
その人は頭もはげていて老人だった
67歳だった、でもバッグを両側に下げてテントも積んでいる

その人は北海道を回り八戸に来てそこからこっちに来た
茨城県の出身である
一か月すでに旅行している、でも茨城県ではまもなくつく

暑い日ざしを受けるとときついと見た
それは最近自分が体が弱って熱中症になるのが恐怖になったからだ
67歳で自転車旅行するのはこの暑さの中にするのがきつい
でもこの前は64歳の人が歩いて旅していた
だから結構そのくらいの年できつい旅行する人がいる

自分も北海道を一か月旅行したけど頭くらくらしてきた
何か浮遊している感じにもなった
北海道は自転車旅行には一番向いている、ただ距離があるから疲れる

前は良く6号線を若い人でも自転車で行く人がいた
今もいるが数は少ない、やはり原発事故で途中とぎれて行けないからである
あそこの道はいつ行けるようになるのか?
電車は来年の春に行けるようになることは決まっている
でも六号線を自転車で行けるのはいつになるのか?

会社を退職すると旅したいということがある
それは願望があるが実現しない、すると退職するとできる
そこで体力が問題だがやれる人はやる
それで九州から青森まで歩いて旅した人もいた
私は旅してきたから旅する人に興味がある
ただ八戸にフェリーで寄ったことはない、八戸と仙台は船だとそれほど距離がない

とにかく暑い、一時会って別れた

蝉鳴いて一時出会い別れ行く

何か最近別にここだけではない、人間はこの年になると本当に「さよならだけが人生だ」となる、一時会ったとしてもあとは永遠に会わないとなる
だから老人になると見方が違ってくる

現代はそもそも出会いがない、出会う時間がないのだ、車と電車でも自転車でも人と出会ってゆっくり話することができないのである
それでどういうわけか駅だと待っている時間が長ければ十分でも二十分でも話する
先日は神戸から来た人と話した

仙台空港から帰る、今はみんな仙台空港を利用して関西方面に行く
だから早いのである、7000円だとか言っていた、安い航空券だからか?
新幹線が早くても金はかかるし時間もかかるからここからは仙台空港を利用する
電車も名取から仙台空港行きがあるだ
つまり仙台空港へのアクセスとして電車を利用するということがある
そういうふうにつながると電車に乗る人も増える、今はいわき方面と電車がつながらないから利用者が増えないのである


危険だった熱中症の経験 (熱帯化する日本?)


危険だった熱中症の経験 (熱帯化する日本?)

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二年前だったか、春であってもこの症状がでた
その時4月でも暑かったのである、それで自転車で遠くへ行ってこの症状が出た

吐いた

痙攣した

これは明らかに熱中症としては重い、ぶるぶるふるえたからである
だから本当は救急車を呼ぶ状態だったのである
ただ一人暮らしはこういうときなかなか反応できないから不利である
家族がいないと体を気にしてくれないからである
だから一人暮らしの場合そのまま死にいたることもありえた
熱中症で最近死んでいるのが多いと見ているからである

何か毎日一応外に出る、そのあとぐったりする、それで毎日昼間寝ている
体がだるくなってそうなる、それで暑い所ではシスタとか昼寝の習慣があることもわかるまた暑い所はアジアでも昼間は活動できないので夕方から活動するというのもわかる

この辺は海が近いのでそれほど暑くならない、海から風が吹いてくるからである
でも中通りや会津となると盆地になり暑い、福島市だと35度とか蒸し風呂のようになる冬は会津だと雪になる、ここは気候だけはいい場所なのである 

暑いのは温暖化だけではない、コンクリートが舗装道路が暑い、それが熱となって暑くなる、土だと夏でも冬でも温度を調節機能がある
夏は涼しく冬はあたたかくする、それで農家の土間がそういう役割を果たしていたという何かそういう知恵があり建築もあった
その時クーラーがなくても自然のクーラーがあったとなる
おそらく自然のクーラーはいろいろな所に機能していた
温暖化は何なのか結局過度に人工化した環境で起きているともなる

子供の頃から高度成長時期とかずっとこんなに暑くなかった
その原因は何なのか?地球的規模の天候の変化なのか?
ただ地質学でみれば古生代にこの辺は海でありサンゴの化石があったとかフタバスズキリュウが海を泳いでいた、だから熱帯地域の時があったからそうなることもある
南相馬市海老村のマルハシャリンバイは南限の地として有名だった  

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仙台南西部に分布する東北日本太平洋側標準層序としての中-上部中新統及び鮮新統

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ジュラ系ー下部白亜系相馬中村層群の化石


こういうことでこの辺は熱帯地域でありそれで今でもこの辺は暖かいのである
それで「みちのくの真野の草原」の歌が奈良時代に入江になっていて歴史的境界と同時に地質的にも天候的にも境界線だったとなる
天候と歴史を深く関係している、ただこの温暖化は自然の作用なのか?人工の作用なのか?
別に自然の作用で熱帯化したからその時代にもどるのか?としたら温暖化はとめようがないとなる
氷河期もありそれは人間の力でとめることはできないとなる

いづれにしろ体がぐったりする、それは冷房のせいもある、これでクーラーがなかった熱中症になって死ぬというのもわかる
生活保護者でもこの辺でクーラーを備えてくれるようになったのもわかる
それは全国的に暑いからである、なぜ東北で岩手県とかがここより暑くなったり北海道でも暑くなる、それは内陸だと盆地だとどしても暑くなるからだ思う、気候的には老人は暑いのも寒いのもこたえる、だから老人が住みやすいのは今気候的には浜通りがいいとなるただ残念なのはフタバスズキリュウで双葉(フタバ)が有名になったのはいいが原発事故で有名になったのは最悪だったとなる

posted by 老鶯 at 09:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2019年08月06日

読むべき本ー場所の現象学(エドワード・レルフ) (アイディンティティは場から形成される)


読むべき本ー場所の現象学(エドワード・レルフ)

(アイディンティティは場から形成される)

根をおろすということは、おそらくもっとも重要であるけど最もわずかしか認識されていない人間の魂の要求である
人間は誰もが多様な「根元」を必要としている
人間にはその自らの一部を形成している環境を通してその道徳的知的、精神的生活のほとんどを引き出す必要があるのだ

この本はバイブルのような感覚になる、それは自分自身が、追及してきたことだからである、現代文明の現代人の問題は場の喪失、アイディンティティの喪失にある
それはグロ−バル経済とか広域社会とか交通の凄まじい発達とか通信の発達とか外部との交流が飛躍的に増大した、モバイル社会である
ただ反面そのためにアイディンティティが喪失したのである
地球の裏側から物が入って来たとしてもアイディンティティとは関係ないのである
第一果物でも食料でも入ってきてもその土地のことなどわからないし関係ないからである
こういうことは便利さを求めて交通が発達した結果もたらされたのである
そこで物欲は満たされたとしても精神は空虚化したのが現代なのである
現代はみんな故郷喪失者になったのである
人間は物欲に満たされても何か満たされない空虚感につつまれているのである
現代人には文明人は精神の充足感がないのである
みんな精神的に疲れ鬱病が増える、それは何か本来人間のあるべき場の喪失とかアイディンティティの喪失のためである

人々と場所からの疎外、帰るべき場所の喪失、および世界の非現実感と所属先の喪失感をともなう、
そのような観点からは場所は意義ある存在の中心ではありえない

東京とかの怪物都市となるとそれが現実に思えない、何か幻影のように見える
そこでとても人間精神は涵養できるものではない、巨大な異空間の中で人間は言葉を失いまたアイディンティティを失うのである
現代人はアイディンティティをもつ場を失っている
江戸時代とか農村が社会の中心だった時は自ずとその土地と密接に結びついてアイディンティティが形成されていた
それは代々継続される時間がありそこが一つのミクロコスモスとしてアイディンティティをが形成されていた

だから人が死ぬと山に還りそして春になると田植えの時期に先祖がおりてくるというのはまさに時間的空間的にそこに心もあるとういことなのである
それは一代で終わるものではなく営々とつづく、先祖との関係もその場を通じてありつづけるのである
お盆というとき死んだ人を迎える時それは家だったりその土地だったりする、死んだ人もアイディンティティとして生きた場所にありつづけるという日本的信仰にもなる
それは都会ではありえないのである、だからお盆とはそうしたアイディンティティの場所に還るという祭りだともなる

金門田《かなとだ》を 荒垣ま斎《ゆ》み 日が照《と》れば 
雨を待《ま》とのす 君をと待とも 
  〜作者未詳(東歌) 『万葉集』 巻14-3561 相聞歌

門のそばの田が荒れていれば掻いて清め
日照りが続けば雨を待つ
そんな気持ちで貴男をお待ちしているのです 

門の前の田とかは重要な田だった、農家では今でも前の田とか畑で農作業している
家続きだから庭のような感覚にもなる、家と仕事場が一体化していたのである
前田となるとそこは草分けの農家が最初に開いた所で重要な村の中心となっていた
とにかく遠くに通って働くということはない、だからこそ余計にその土地と一体化するアイディンティティ化しやすいものがあった
そういうふうに自然と一体化した原始的心性から歌われたのが万葉集である
だから現代ではこういう歌は作りえないのである、他の歌でも自然と密着した心性は失われた、確かに現代でも農業している人はいてもそういう心になれないのである


道の辺《へ》の 茨《うまら》の末《うれ》に 延《は》ほ豆の 
からまる君を 別《はか》れか行かむ
   〜丈部鳥《はせつかべのとり》 『万葉集』 巻20-4352

道端のイバラの枝先に絡みつく豆のつるのように
別れを悲しんで すがる妻を残して 自分は旅立たねばならない

 755(天平勝宝7)年、上総国(千葉県)の防人の歌です。「ノイバラ」を詠んだ歌であるとともに、唯一「豆」を詠んだ歌でもあります
 

この豆は野生のものであり必ずしも畑で栽培したものとは違うという見解もある
こういう歌もそうである、別れるという時、野生の茨(うまら)がからまってくる君というとき自然と一体化した人間の心情が現れている、今だとどうしてもこういう発想にならないのである
だから万葉集の世界は自然と身も心も一体化したものとして歌われたから貴重だとなる

現代は本当にそうした場が失われている、そうした身も心も一体となった所から発想しない、それで抽象的なものとなる、抽象的時空がイメージの中で作られてくる
そして膨大な情報社会になったとき余計にそうなったのである
そしてその情報でも抽象的になり場から離れて膨大な情報にふれる
でも実際はそうした情報は一過性の中で消えてゆく、時間の継続で消化されない
原始社会だと何か事件があったらそれをその部族の中で語りつづける、それが歴史となり継続される、今は次から次と事件を消化しないままに次の事件が起こりただどんな凶悪な事件でも忘れられる、次の凶悪な事件が起きて忘れられるのである
それは場の喪失から起きてくる、記憶する継続する場が失われているからである
何か起きることはtake placeであり場所と関係していたからである

大衆的アイディンティティは集団や個人の経験から発展したというよりも、世論を誘導する者によって与えられ、できあいのアイディンティティを人々に与え、商業広告を代表とするマスメデアを通じて広められる
それは最も表層的な場所のアイディンティティであり感情移入的内側性の余地を全く残さず場所との一体化の基礎を破壊することによって実存的内面性をむしばむ
マスメデアはその受けてが直接に経験できない場所に単純化され選択されたアイディンティティを都合よく与えて偽りの場所の偽りの世界を作り上げようとする

現代の情報社会の問題がここにある、特にマスメデアというときテレビの影響がそうしたのである、その影響はあまりにも大きいものだったのである
その情報の致命的なのはその場を知り得ないことから起きている
なぜならテレビに映し出されたものはその場での時間空間を実際は経験できない
一部を恣意的に切り取られたものを提供されているしとても実際の場に立って得るものとは違うからである

だから不思議に思ったのは私がその土地のものとその生きている場所で話すとき話がはずむ
何か言葉でも生き生きしてくる、言葉が活きてくる、それはその場が具体的に反映してくるからそうなる、それは決してテレビとか見ては感じ得ないものなのである
その場がどういう場所かはその場に立たなければわからないのである
そして現代では交通の発達で車社会になったときその土地土地の場を感じないのである
ただ通り過ぎて行くだけになる、歩いてゆくならその場を感じるものがあるが車で突っ走ればなくなるのである、つまり旅をしてもただ移動するだけだとなる、通過するだけだとなってしまうのである、だから旅しても何か表層の旅であり深くその土地とコンタクトできないのである 

まず芭蕉のような旅は現代ではできない、ただ通り過ぎてゆくだけの旅である
かえって便利になりすぎてその土地と交わる経験ができないのである
だから現代の文明は芸術にしても深いものが生まれないし土地とのアイディンティティももてず空虚化しているのである、そこにかえって人間の生が価値あるものとして現れない要するに人間の根とある場をもたないのが現代人である
心とはこころ、ココであり場所のことだったからである、場所から離れて心はありえないのである

そして原発事故の最大の被害は今までそうして住んでいた場が奪われたことである、住めなくなったことである
たしかに補償金はもらったとしても精神的に失われたものは補えないのである
ただそこに住んでいる人も別にこんなことは考えない、そこに生活して自ずから無意識にその場が心となっていた
ただその場が失われたとき何か重要なものが失われたことを自覚したしその価値を知ったのである
そういうことはなかなか自覚しえないものだったのである
そういう精神的なものには値段がつかないし金で売買できるものでもないからである
でもそういう精神的なものこそ生きる拠り所になっていたということを自覚させられのが原発事故だったともなる
ただ実際はそこに生きていた人たちがこんなことを自覚はしていない、便利さを求めて金を求めていただけであり
それが価値あるものとして生きていた訳ではないのである
それで価値とは何かというときそれはすべて金で売買できるものではないのである
それが余りにも金が万能になりすぎたのが現代なのである、そこでアイディンティティが喪失しているのが現代なのである
根無し草になっているのが現代人なのである


2019年08月05日

草深い田舎の夏の花々(白いの家の花々)


草深い田舎の夏の花々(白いの家の花々)   

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老鶯や昼顔咲きて草深し

鬼百合や外人歩む田舎道 

鶏(かけ)鳴きて農家の庭や夏の夕  


草深く月見草咲き黒き蝶二羽の舞いつつ今日も暮れにき

昼顔に藪甘草の草深く咲きて一本木の根ずくかな

十数輪ここに群れ咲く鬼百合に黒揚羽とまる夏の夕ぐれ

百輪のノウゼン散りて千輪のノウゼンなお咲きにけるかな

紫の芙蓉数輪色深めここに咲くかな今日も通りぬ


なんか暑くて昼間ぐったりして一回は寝る、ぼーっとして寝る、だから近くしか行けない疲れて行けない、花が次々に咲いている
白い家は白に花が映える、だから白い家はいい感じである
すでに芙蓉が咲いているから秋は近い、お盆の用意である
この芙蓉は濃い紫色で深みがある 、赤い紫色にも見えた
ここは狭い家でもうまく花を咲かせている、向かい側は畑になっていてダリヤも咲いていた、ここはいい場所である

土手の草が刈られないから伸び放題になっている、そこに昼顔と藪甘草が咲いている
そして木があるのもいいし絵になっている
絵は描けなくても写真を加工すると絵のようになる

農家の庭に鶏(にわとり)が鳴くときほっとする、放し飼いだからである
プレハブがあり道を外国人の労働者が歩いている、これも現代である
鬼百合が咲いているが今や日本人は草食動物だとか言われる
だから外国人でも若い人でいきのいいのがいいともなる
第一建築現場とかなると肉体労働となると荒っぽい人でないとできない
そういう人が外国人にいるというのがわかる
もしかしたら犯罪者なども混じっているのかもしれない

ジャノメ蝶が草むら深く咲いている、そのまわりも晩方になると二羽が待っている
何かそれが月見草にあっている
ただ毎日ぐったりする、だから遠くに行けない、近くをぐるぐる回っているだけである


子供部屋おじさん(変な方向に行きやすい―犯罪化するのも怖い)


子供部屋おじさん(変な方向に行きやすい―犯罪化するのも怖い)

駅と自転車屋でその人と良く会う、その人のことを自転車屋で聞いた
しょっちゅう行っているから仕事も手伝っているようだから自転車のことを学んでいるのかと思った、自転車修理に来た人が番頭さんいないのかと言ったようにいつもいるからである
そしたら自転車屋の人はあの人はだめだ、何もしない、何もできないよと言っていたのは意外だった

何か役所に言って文句言ったとか自分とも関係していたのは駅で良くあっているからインターホンでJRの人と連絡していたという
そしたら駅長がきて何しているのかとなりオタクと言われたことに激怒したという
その人は役所でも文句を言って激怒した
その人がそんな人だと見なかった、何か話しないからおとなしい人だと見ていたからである、私は話していないからである

その人は何もしていない、本当に子供部屋おじさんなのである
他にも仕事しないでニートの人と二人くらいあっている
一人は何か本当に異常的だった、もう常識の世界から離れていた
ただ回りでは異常者と見ているようである、誰もつきあわないのである
何かそういう人はかえって社会から離れていて個性ある人に見える

老人で髪ぼさぼさの人がいる、外見を見ると仙人のように見える
それは原発事故避難してずっといる、スーパーで良く会うのである
でも話してみたら何かつまんない人だった
ただ外見が何か異様だからどんな人だと思ったがくだらない人だった
だから人間はちょっとでも話してみないとわからないと思った
外見が異様でもそれで個性ある人とはならないからである

その人は最初はどういう人かわからなかった、でも良くみると幼い顔しているのである
本当に子供部屋おじさんにふさわしい顔しているのである
ただこの子供部屋おじさんとは40くらいであり豊かな時代に生まれた人である
団塊の世代になると子供部屋をもっていた人はいない、貧乏だから子供部屋を与えられて勉強などさせられないのである
私の家もトタン屋根の雨漏りする家であり家には何もない、飯台一つと裸電球一つだったのである、本も一冊もなかった、知的な環境は何もなかったのである
それはみんな同じだったのである
だから子供部屋がないのだから子供部屋おじさんなどいるわけがないのである
なぜか私の家では店をしていて配達など子供の時一番働いていたのも不思議である
大人になって働くことがなかったから不思議だとなる
農家でも子供はその時労働させられたしそうして労働力として子供をもつということがあった、今でも発展途上国だとそういうことがある

ともかくその子供部屋おじさんは変な方向に行き危険にもなる
上級官僚に殺されたニート、子供部屋おじさんがいた
その人は小学生が運動会で騒ぐので怒っていたという
こういうことはかなり危険な状態なのである、何か変な方向に行く危険がある
それは自分自身がそういうふうにして30年間家にいたからわかるのである
アウトサイダーならニーチェとかヘルダーリンでも狂気にいたるが子供部屋おじさんはそういう天才とは違う、でも社会性が身につかないからまた大人として成長しないから
変な方向にいきやすいのである
だから何か異常に役所に行って文句を言ったり駅で何か駅長とかが来て文句を言っているのもそうである、そこに危険な兆候が出ているのである


ただ何でもいろいろな見方がある、youtubeでは親孝行だからいいとしている
その人は親と会えず分かれて暮らしていたからである
そして親とこれからどれくらい会うだろうと言っていた
これもそうなのかと思った
私は親とはほとんど60年間離れずに暮らしていたから親孝行だとなったとなるのか?
そうは思えないが何か親とそれだけ一緒にいると十分に親といたから悔いはないともなった、親とこうして一緒に暮らせない人はまた違った見方になるのだと思った
何でも人はそれぞれであり見方が違ってくるのである

なぜ上級官僚の親が40くらいの子供部屋おじさんなのかニートなのか殺したのか?
それは小学生が運動会で騒ぐのに激怒していたからである
それは確かに危険な兆候だったかもしれない、それで親が危険を感じたのである
何か社会から離脱して生活しているとずれてくるもてなくなるのである
ただ私があった大学生の子供いる60近くの女性は社会的には何も問題がない
でも異常人格者になっていたからそういう人は結婚して子供もって普通に生活して社会から認められていてもそういう人はいるとなる

ただ例外はあるにしろこういう人は変な方向に行き安いのである
だから役所に行って文句言ったり駅長につっかかって激怒したりするのもそうである
ただ私自身が駅にかかわって文句を言ったことがある
今の高校生の見守り役に前の自転車屋の人も文句を言った
それは異常でも何でもない、見守り役が異常なのである、駅のことは何もしない、高校生の見守り役しかしないというのはありえないからである
だから何か文句を言ったとしても異常とは限らないのである
正当なことで文句を言う人はいくらでもいるしそれを全部否定はできないのである

ただ子供部屋おじさんとかニートとかは何か変な方向に行きやすいのである
小人閑居して不善を成すというときこれも古くからあったことなのである
不善を成すということは犯罪にもなるからだ、人間は暇だとそうなりやすいのである
人間にとって暇は大きな問題なのである、だから暇からスクールになった
スクールは暇から生まれたことが良くそれを示唆しているのである
学問がないと暇を活用できないとなるからだ、ただ学問だけでも象牙の砦に閉じこもりこれも変な人になる、学問と言ってもあくまでも実地の社会を知ることが先にあるからだ
人間はやはり社会で社会的訓練を受けるのがいいとつくづく思う
それがないと何か常識からもはずれた人間になる、そして変な方向に行くこともある
人間とはそもそも何であれ偏り安い、それは何か経験するにしても極わずかしかできないからである

ただ一方で現代社会に適合できない人はいる
それを無理やり適合させる、会社員にさせるとかするのはいいのかとなるとそうはならない、学校でも不登校になる人がいる、でもその人はその人なりの勉強をすれば何か身につくかもしれない、その人は受験とかそうした試験ばかりの勉強が嫌でしないともなる
自分自身がそうだった、学校には適合できなかったからである
そういう人は別に普通にいるのである、学校とか会社でも社畜だとかして適合している人こそ異常だともなるからである
だから今になると団塊の世代がみんな企業戦士となり猛烈社員となったことはおかしいと思う、文系大学だと自由であり講義にもでない、そういう自由な生活をした人が良く会社にみんな就職したと思うからである
もっと会社とか社会からはずれた人がいてもいいと思ったからである
ただその時は経済的にできなかった

なぜこれほどニートとか子供部屋おじさんがいるのか?

それは経済的余裕が親にもあるからなのである
その理由が一番大きいのである、そんなこと貧乏な時代だったら絶対にできない
みんな働かされたのでありそんなことはできない、選択の余地もないからである
だから時代的そういう人達が生まれたのでありそれがただやはり社会性がなく危険なものとなるから騒ぐようになったのである 

こういう人に比べれば非正規でもロスジェネでも派遣でも働いている人は何の問題もないただその人たちにとって給料が安いということだけなのである
そこを解決すればすべて解決するのである、そうすれば結婚もして子供ももつのである
それは金の問題として解決できる
でもニートとか子供部屋おじさんは金では解決できない、そういう生活を変えることであり親が返って金を与えてさらに自立できなくなっているからである

この人たちが十年二十年後にどうなるのか?
それぞれ事情が違ってもそのカルマは恐怖になる
そのことを自分自身が体験してプログに延々と書いていたからである
誰も助けない、責められるだけになる、妻も子供いないのだから過酷になる
それに金もなかったら地獄である、そうして共倒れになり悲惨な人もすでに出ているのである、親が死んでその死体と一か月いたりとか親が子供殺したりする
そういう前兆のような事件が実際はもうすでに起きているのである  
数が多いことが大きな問題であり放っておけないのである

アウトサイダーとかするといるかいないのかわからない人たちであり何か社会の負担になどならないからである
そしてそのまま50でも60にでもすぐなってしまう、そして破綻する人が増えたり問題行動を起こしたり犯罪になったりする、それも何か危険なものとしてなる
京アニはわからないにしろ事件を起こした人はやはり41歳だったのである
この年は本当に厄年であり鬼門の年齢だと思うからである
それは自分自身がそういう経験しているから言っているのである

2019年08月04日

近くの自転車屋で20台が原町火力発電所から注文される (この辺の近況)

近くの自転車屋で20台が原町火力発電所から注文される

(経済効果大きかった原発火力発電)


小型の自転車が東北電力から20台注文されたという
東北電力は大きい、千人くらい働いているとかいわれる
原発はそれ以上だった、その経済的効果は大きすぎたのである
社宅の団地もあり中に入ったことがないが外から見ても大きいビルである
その20台の自転車は小型であり安い感じになる、ただギアはついている
値段ではどのくらいなのか?とにかく20台の注文は大きい

これでわかるようにいかに東北電力とか発電にかかわる会社が大きいかわかる
その経済効果が大きいからこそ原発は誘致されたのである
原発の経済効果は石炭石油の比ではない、だからこそ浪江町が二万人の人口にしても
そこに東電社員とか他の工事関係者でも入ってきている

事故の時千人の電気関係者が働いていた!

これも驚くがそれだけ経済的効果が大きいのである
この辺では二つ発電所がある、原町と相馬市と新地と重なる所にもある
その経済的効果が大きいのである
最近はガス基地として松川浦の港も利用されている
そして将来有望なのはガス発電だとしている
太陽光だとか風力発電は意外と自然破壊するものでありその弊害が出てきているからだ
山に太陽光発電ができて泥が流れ出して川が汚れて岩魚がとれななくなったところもある太陽光発電はこれから景観も破壊しているし自然破壊されてもう作れなくなる
家の発電などは小型化したものは良かったみたいである   

ともかくこの辺では新しい街がいくつかできたように変化が大きかった
今日聞いた話ではシシドススーパーの土地は買ったのではなく借りているのだという
その辺りは田んぼであり前は70坪で700万円と立て札がでていたが私はいつもそこを通っていて知っているが売れなかったのである
それがたちまちその辺は新しい街になってしまった
そしてその土地は田んぼでありある人が60パーセントくらい所有していた
シシドスーパーというと駐車場が広いからそれを貸すとなると金になる
ある一人の地主に相当な金が入るということにもなるっていたのである
その変化にも驚いた、何か子供の時住んで遊んでいた人が帰ってきて変わったのでがっかりしたとか言っていた
川で遊んでいたがそこも草ぼうぼうになっていたからである
砂利があり岸辺で遊ぶ場があったことを覚えているからである

この辺で東北電力の火力発電所があることは経済的には大きい、そこの税収入も大きいからだ、原発はそれ以上に税収入をが大きいものだったのである
そうなるとどうしても原発に頼る街作りになったのである
ただ発電所でも火力発電所とかだと今回の様な原発事故とは違うから安心だとなる
多少空気が汚れてもしかたないとなる
それより経済的効果が大きいから受け入れたのである
ただ景観が破壊されたことは確かである
あそこが砂浜だったときを知っているからである 

ただ烏崎村では東北電力の火力発電所ができたときも多額の補償金をもらったのである
その後も漁業関係者は原発でももらったのである
だから30年前頃にヨ−ロッパ旅行していた人がいたのには驚いた
その頃一ドル240円だったから飛行機代が40万とかしていたの知っているから私は
外国には行けないと思っていたのである

でもそういうときどうして外国に行ったのか?
それはロシアのウラジオストックからシベリア鉄道回りでヨ−ロッパに行ったのである
そういう人と旅で会ったからである
それだけ発電所とか原発は経済効果大きいのである
それは別に烏崎だけではない、周りにも波及する、例えば烏崎村に呉服屋がいて高い呉服が売れたのである、それで呉服屋では旅行に無料で連れて行っていたのである
そういうふうに火力発電所でもましてや原発になると経済効果が大きいのである

とにかくこの辺は原発とか火力発電所とか津波とか原発事故で大変化がありそこで大きな金を動いて成金が生まれたのも確かである
大熊で牛を飼っている人が五億円もらったとか富岡町長の津波で流された金庫に5億円入っていたとかも嘘ではないだろう
それだけ原発となれば金になるものだった、最近では除染で地元の土建会社の幹部に億の金が入りそれを野球に使ったとかなんとかあったからである
それだけの金が動いたということである
自転車20台というのも驚くがたいした金ではない、でもそれだけの注文するのはやはり東北電力の発電者だということなのである
その経済的効果が大きすぎるから原発を地元で積極的に誘致したというのもわかる
その誘惑があまりにも大きいものだったのである 

福島県の除染基準要項によれば戸建て住宅1軒の除染費用の目安は70万円で、「1軒の除染に4日、5〜6人でやったとして一人で一日3万円弱稼いだ計算」(同前)ということになる。現場作業員は地元の三次、四次下請けの業者に雇われていることが多いという。業者が各段階でマージンを取っても十分に利益が出る。

 これら除染事業は大手ゼネコンを中心としたJVが見事な棲み分けで落札している。2013年度発注の事業でいくつか例を挙げると、

●大熊町/清水建設・大林組などのJV、契約額151億2000万円
●南相馬市/大成建設などのJV、241億2900万円 
●富岡町/鹿島建設などのJV、573億3000万円


除染でも莫大な金が流れたしそれがゼネコンに流れて地元には流れていない
そんな金があるなら移住するための金として与えた方がいいという人がいたのもわかる
一軒で一億円はもらえたからである、また他にも補償金として回した方が良かった
そうすれば南相馬市でも補償金で争うこともなかったのである
得したのは地元の下請けの土木会社とかであり上の人に何億もの金が入ったとか野球とかで無駄使いしたとか報道された
何かこうして何兆もの金が動き無駄にしたともなる、復興にその金は使われなかったからである
自転車20台注文されるのとはあまりにもその差が大きいものだったのである
その額自体何兆円になるともう計ることはできない金だったのである


相馬のLNG基地

将来はガス発電が有望らしい、だからガス基地になることは浜通りでは大きな経済的効果がある






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共同することとは何なのか? (原発は地域共同体が強固に共同して作らられたものだった)


共同することとは何なのか?

(原発は地域共同体が強固に共同して作らられたものだった)

共同するということは何なのか?、また共同体とは何なのか?
無縁社会とか孤独死とか孤立が盛んに言われるのもわかる
では共同したいということはわかる、自分自身も共同したい
でも簡単に共同できるだろうか?
つまり家族でも夫婦でも共同したいから作られている
でも離婚が三分の一とか共同は破綻しているのである
だからいかに身近な所ですら共同しにくいかが人間の現実なのである

グローバル社会になってでは世界が共同しているかとなると全くしていない
かえってグロ−バルに経済活動が行われると人間が無機的な経済単位となり孤立化する
地球の裏側から物が入ってきてもその人と共同しているとなるのか?
ただ物を通じてつながっているだけである
それならグロ−バル経済だから世界共同体となっても不思議ではない
現実はそんなことはない、グロ−バル経済は地域経済を破壊して地域の共同体を破壊したということもある

そもそも共同とは何か?それがわからないからこうなる
例えば同じ地域に住んでもちょっとした考え方が違っても共同できない
その人はまず事業を起こしたのはただ自分が優秀だと見せたいからだとかそれで都会の金持ち相手にもうけようとした
それで贅沢したいとかなり事業を起こした
まずそういうことかして賛同できるだろうか?
その人は自分の苦しい時、荷物一つも持ちたくない人だったのである
ただ借金しているから金を要求してきただけである
他の人も自分が苦しいのを幸いに盗むとか責めてきたのである
そもそもそういう人と共同できるのか?近くにいても共同できない、同じ南相馬市民でもできない、だから共同するとは何かとなったらこうして別に近くに住んでいてもできないのである

ある人は毎月水道とめられた、電気とめられた、ガスとめられたとくる
金がないとくる、この人と共同できるのか?
その分を払わなければならないからだ、共同するときこうした極貧の人と金持ちが共同できるのか?金持ちはこういう人とは普通は付き合わないのである
金持ちは金持ち同士としか付き合わない、特に格差社会になり階級社会になるとそうなるつまり金持ちと貧乏人は共同しないで暮らすようになる
でもお手伝いさんなどが金持ちの家に入ってくるとやはりそれは共同することになる
そこで問題が起きることはありうるのだ
全く金持ちでも同じ土地に国に住んでいれば排除できないからである
結果的に襲われることがあるし現実に自分がそういう目にあったからである

例えば共同するというとき原発問題でもそうだった
原発をいらないとする人はゼロだった、そういう地域で原発をいらないということは住めなくなることである
本当にこの辺では原発に反対したら住めなくなっていたのである
なぜなら原発を作り金になることで共同一致していたからである
そしたら共同することは原発を作り豊かな生活を送ることである
それが共同することなのである

そして例えば山尾三省のようにパンがぜいたくだなと極貧の生活をして原発に反対する人などと共同できるのか?
パンでもなんでももっともっとおいしいものが食べたいからこそ共同するのが普通であるだからこそ原発は共同してみんな必要だったのである
漁業関係者になれば漁業権を東電に売って船主など原発御殿を建て津波や事故後でも立派な家を真っ先に建てた、そして補償されているから何ら生活に困らないのである
その人たちも原発を作ることで強力に一致共同していた
組合があり今でも東電と交渉して補償金を要求できるのである
なぜなら海を放射能で汚染したのだから権利があるから補償金を要求できる
ただそれは漁業組合とか特に船主とかが優先になる
これも共同ということで矛盾していたのである

なぜなら共同というとき地域共同体とか言うとき、それは海だけではない、地域全体のことだったからである、それで漁業者は海は消費者のものだったというときそこに住んでいる住民のものだったということもわかる
農業でも農業をしている土地をもっている人だけではない、そこに住んでいる人たちのものだということもできる
だってそこに住んでいれば今回のように放射能に汚染されれば住めなくなるからである
住めなくなることは最悪だからである、何をして暮らそうが住めなくなるのは最悪なのである
だから共同とは何なのか?それがわからないのである

家族自体から身近な所から共同しようとして共同は破壊されるのが常である
絆とか叫んでも実は原発事故周辺では補償金で分断されたのである
伊達市などは関係ないと思ったがそこも放射能で汚染されていた
わずかだが補償金が支給された、農家の人は土地が汚染されて補償金が多く支給されたかもしれない、それで親戚同士で補償金をめぐって争い喧嘩になった伊達市の人が言っていた、そんなところまで金の問題になるとうるさくなり深刻になるのである

絆を盛んに言われたが実際は内部の絆はなかった
グロ−バル広域社会になり外部からボランティアとかが来て絆を言っていたのである
それも現代社会を象徴している、外部の方との絆があり内部ではかえって分断されていたのである
だから共同とか言ってもどれだけそれがむずかしいことかわかる
まず豊かな生活をしたいというのが普通である
そしたら原発が金になるということで共同する、それに反対する者は共同体から排除されて住めなくなっていたことでもわかる
では山尾三省のようにパンが贅沢だなとという人と誰が共同するのか?
だから共同するということが何なのかほとんど不可能になるのである

農村社会が共同していたのは共同で草刈したり共同せざるをえないから協同していたともなる、そういう村社会がってその中で生きざるを得ないから協同していたともなる
今の社会を見れば金さえかあれば別に他人などはどうでもいい、村社会など関係ない
ここで米がとれなくてもどこからでも外国からでも米まで買うことができる
そうなれば大事なのは金であり金さえあればどこでも暮らせるとなる
現実に原発事故以後多額の補償金をもらってみんなすぐに故郷を町を捨てたことでもわかる、そもそもそこに共同体は消失していたからである

グロ−バル広域社会では第一そうした地域共同体が意味がない、協同より金の方が大事なのである、だからこそ金をもらったらみんな町を捨てたのである
そして一挙にゴーストタウンになったのである
そういう絆もなにもない社会がグロ−バル広域社会なのである
そこで頼りになるのは共同体でもなんでもない、金だとなってしまうのである
その矛盾が顕著に現れたのがこの辺だったのである

一見原発は上から外からおしつけられて作られたように見える
地元の人たちもそう思っている、でもよくよく考えてみると実際は地域共同体が強固に共同して作られたものである
例えば小高に東北電力の原発の工事がはじまる、それは原発事故で中止されたが工事がはじまる時だったのである
それで小高の大工さんが景気が良くなると喜んでいたのである
その小高に原発ができたらもう大きな人口がある原町とかはもう住めなくなっていたのである、10キロくらいしか離れていないからである
でも原発を反対を騒ぐ人を知らなかったし第一小高に原発を建つことすら知らない人がいたのである、自分自身も知らなかったのである
そしてマスコミも騒がないので容認していた
マスコミでも共同体に参画するものであり共同体の方向性を示すものであり危険を警告するものだがそんな役目は何もないのである
東電でも巨額の宣伝費を出しているからその恩恵を受ければいいしかないのである
それはみんな同じだとなる

だから何をもって共同するのか?それ自体がわからないのである
そもそもこのように利益があれば共同する、利益に反すれば共同できないとなるからだ
もし原発に反対すれば利益にならないとなり共同体から排除されて住めなくなっていたのである、人間は何であれ利益になること、金になること、豊かになることなら共同する
それ以外は共同しないともなる、とにかく贅沢できればいい、そのためには金が必要だとなりあくことなく金を求めるのである
お前もそうじゃないかとなればある程度はそうである、でも自分自身はそんなに贅沢はしていない、旅したとしても最低限であり温泉宿に泊まったことなどないのである
後は勉強に費やしていたのである、家はもともとあったから家に金を使ったりはしないですんだともなる

ともかく貧乏のために、山尾三省のようにパンが贅沢だなとという人と協同する人はいないことは確かである、そんな暮らしなど誰もしたくないからそこから脱するために働いてきたのが戦後だからである、それで高度成長時代になったからである
だから共同するということは何なのかわからない
修道院とか僧院とかで共同するというときそこなら質素に暮らして神に仕える仏に仕えるものとして貧乏でもいいとして共同がありうる
他ではそんなことありえないのである第一そんなことで共同などできないのである
そうして共同したいなら修道院と僧院に入れとなるからだ

この世とはあくことなき欲望を追求する世界である、むしろ資本主義だったらその欲望が奨励されているのである、もっとうまいものを作れ食べさせろとかあらゆる欲望の追求が奨励される、それで今の若者は欲望がたりないとされて批判されているのである
だから共同するというときそうして限りない欲望のために共同することだとなる
だからこそ原発はそうした欲望をかなえてくれるから地域の人たちが共同で望んだものだったのである、そのために一致共同して作られたものだったのである

生業を返せとか裁判したけど生業とは何なのか?

それは漁業とか農業とか林業とかになるがそれが金にならないからこそ原発が金になることで東電でも政府にでも売り渡したとなっていたのである
その責任は政府とか東電だけにあったとはならないのである
もちろんその責任は大きいにしてもやはり地域にそうして協同して原発を望むものがあったからそうなったのである
ただ別に原発でなくても豊かになる方法があった、もしそれが提示できればこうはならなかった、そのために協同することはありえたのである
原発はそうあってもあまりにも魅力あるものであり金になるものだから違っていたのである

それでも新潟県の巻町と能登半島の一部では原発を建てさせなかったのである
そこでは共同して建てさせなかった例外的なものだった
この辺は全く反対運動すらほとんどなかった、ただ強欲な地帯だったともなるのである
そして原発事故前も得して事故後も補償金で得しているとかさらに補償金を要求しているとか原発乞食だとか揶揄される
そういう一面は否定できないのである、ともかく人間は金となると目の色を変える
それは自分が株なとをしてそうなったのである、もっと金を欲しいとかなりそうなった
だからそれが危険だったなと結局損して気づいたのとにている
だからそれを責めるというとき自分自身もそうなるのから共通していたとなる
でもそれが実際はこれだけ危険なものだったのが原発事故で身をもって知ったのである
posted by 老鶯 at 10:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2019年08月03日

東電が原発を作る前から地域の共同体は崩壊していた (技術者が新参者が上に立ち貨幣により支配されるグロ−バル社会)


東電が原発を作る前から地域の共同体は崩壊していた

(技術者が新参者が上に立ち貨幣により支配されるグロ−バル社会)


東電が原発が地域を破壊したとしている、でもその前から地域の共同体は崩壊しつつあった
農業は金にならない、漁業でも生活にならない、苦労ばかりだとかなってもう農業も漁業をやりたくないとなっていたのである
だから東電に漁業者は漁業権を売り渡して多額の補償金をもらって生活するようになった事故後も津波の後でも立派な家をすぐ建てたのである
それはここだけでない、日本全国が農業社会から工業社会に移る過程にあったからであるそれで原発で働いた人が親に農業だけはやるなと殴られたという、農業をすると息子が言ったからなのかその親は農業でさんざん苦労しているからそう言ったとなる
その人は原発や建築現場を渡り歩いて働くようになった

東電が原発を建てる前から双葉大熊辺りは特に働く場がなく出稼ぎ地帯であり地元で働きたいという要望を強くもっていたのである
それにかなったのが原発だったのである、原発だと三倍の賃金をもらっていたからだ
だからこの辺では原発で働く人が多かったのである
原発成金地帯みたくなっていたのである

東電が無理やり来て地域を破壊したのとも違う、地域にそういう要望があったからであるだから確かに東京に原発を作ることこそ一番ふさわしかった、でもそうなると福島県には金が下りないとなってしまった
それが矛盾なのだけど東電が原発を作り地域をすべて破壊したように見えるけどそれも違う、農業社会から工業社会へ移ることで起きて来た問題である
なぜなら戦前だと80パーセントが農民とかの世界である
戦後はもう今なら一割にみたない、第一団塊の世代だと山の木材を利用して炭で暮らしていた、ということは電気は裸電球一つしかなかったのである
エネルギーは地元の木材であり炭だったのである

そういう場所に高度成長時代となり電気時代ともなったのである、また石油時代ともなったのである、電気を何で作るかというと石油だったとなるからだ
そして原子力で電気を作るとなったのである
そういう時代の変化の中で地域は農村共同体とかは崩壊していった
だからどういうことになったかというと東電という技術集団が入ってきたときその人たちが地域の支配者になったのである
先住民の地域で暮らす漁業関係者でも農民でも炭を作る林業関係でもその時工業化してのみこまれたとなる

何か技術が社会を変えて支配することは世界の歴史でもあった
第一日本の天皇は実は伽耶国から出てきて伽耶は鉄の産地であり鉄を作る技術集団が日本に渡って来た、そして鉄の生産に従事した、それが渡来人である
稲作でも鉄の道具とかあってできるものである、縄文時代のつづきとして石包丁で稲刈りしていたということもあるがそれでは効率が悪いから鉄の鎌とかにして飛躍的に生産力をあげた、稲荷(いなり)様とは狐のことではない、鋳成りであり鋳とは鉄なのである
そして天皇は鉄の王だという時まさに技術者集団のトップの人が王になったとなる

ここでは東電が王の立場になったのである、だからもともと住んでいる人たちが力を持つとは限らない、それは農民社会でもそこに技術が関係していたのである
あとは馬とかも関係していた、相馬氏自体が騎馬軍団であり馬の操作にたけていて相馬地域を支配したとなるからだ
結局先住民とかが力をもつとは限らない、そうした技術集団であれ移動してくるとインディアンのように虐殺されたりするからである

でも原発事故でそういう優位性が崩壊した、東電の権威は失われた
そしてそこに住む人たちも何か今まであった生活を見直すことになった
それで生業を返せと裁判を起こしたのである、それも補償金をもらいたいからだけであるその前に生業自体を捨てていたのである、その象徴は親に農業するなと殴られた人だったのである
それは時代の変化でやむをえないということもあった、でもそれが何か間違っていたと気づいた時は事故後であり遅かったとなる

いづれにしろこういうことだけではない、もう先住者が何か価値あるとか力をもつことができない
この辺では津波や原発事故以後、特に原発事故以後大量に人が移動した
そして新しい一つの街ができた、そこには立派な家が立ち並んだのである
でも今は移動する自由があり金があればどこに住んでもいいのである
だから故郷を離れても別にその土地の人に気遣うことなどない
むしろ金があれは金がある人が威張っているのが現代社会である

それで小高の人が私たち金を使って鹿島の人たちを助けているのよねと言っていたのである
そんな感覚であり何かよその土地に移っても金ある人の方が威張っているのである
別によその土地でも金さえあれば生活できるからである
それは何もここだけではない、グロ−バル社会になると金さえあれば世界のどこでも暮らせるとなる、それで大金持ちは日本を脱出して暮らす算段をしている
それは日本だけではない、中国の共産党幹部は莫大な富があり中国国内で何かあったら外国で暮らせるようにしているからである
日本で土地などを買っているのもそうかもしれない、金さえあれば外国で暮らすことができる、そうなると国家など関係ないともなる
それが実はグロ−バル社会なのである、もともとその土地に住んでいても何の力にもならない、新参者が威張り金で力をふるう社会である
そこに旧来の共同体は破壊されていたのである

第一家を建てるにしても外材であり家自体が地元の大工とかかわったのは極わずかであるみんな大手の住宅会社がかかわり一週間くらいで組み立てて建てたものであり地元とは関係ないからである
そうしたら何か地元の人に世話になるという感覚もないのである
それが広域社会でありグロ−バル化社会である
ただそこで力をふるうのは金であり金のない者はいくら前からその土地に住んでいてもなんの力もないとなる
それで小高の人が鹿島の人を消費して助けているのよねというときまさにそうだったのである、それは原発避難民がいわき市に二万人移動して家を建てたとき数が多いから起きたことである 

なぜもともと住んでいた人たちは新しい家を建てられないのに後から移った人たちが次々に家を建てられるのか?
それも矛盾だった、でも金のある人がグロ−バル化広域化社会では強いのである
何かその土地についてもともと住んでいる人が知っていて教えられることがあってもでは農業するのではないから草分けの家に教えを乞うなどないからである
むしろ金をもっているから移動してきた人たちの方が権利があり力をふるうことができるそれがグロ−バル化社会である
そして田畑を売って金に換えたいということが強い、田畑をもっていても手間がかかり金にならない
それより今は移住する人が多いから土地の値段が上がり売った方が得だとなるのである
それげこの辺は一時移住者が増えて土地の値段が高くなり売れたのである
汗水たらして農業するより売って金を替えた方がいいという社会なのである


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つまり農村共同体のような小さな共同体を破壊するのがグロ−バル経済市場の中に組み入れられるとき貨幣の力が大きなものとして現れる、農村共同体の中で機能していた価値観は破壊されるのである

貨幣というのが今のように万能ではない、むしろ封建時代とかは土地の方が価値があった農業社会だとそうなる、土地の資本が食料を生み出すからである
工業社会になれば土地は価値の基準にならないのである
工業化は技術化社会であり技術が最優先される社会である
世界的に自動車でITでも技術競争にしのぎをけずることでもわかる

現代グローバル化社会の最大の特徴は土地からあらゆるものの債権化と株式化と科学技術化なのである
だから土地を基準とした封建社会とかからのこうした大きな変化の中で共同体は失われる変容する、それがグロ−バル化社会でありグロ−バル市場社会となる
その土地の支配者が王だったり殿様だったりするがグロ−バル資本主義では実質の支配者をすべての財が債権化されたなかで貨幣化された株式化された世界で価値をもつのであるだからその土地に長く住んでいても力をもつことはできないのである

この図のように社会そのものの変化がもともと住んでいる人たちの力を消失させた
債務とか債権化されるとは実体としての財が貨幣化したことなのである
債務とか債権は貨幣のことでもあるからだ、貨幣はそこから生まれというのもそうである貨幣によって財は抽象化してそこに住まなくても所有できるというのがグロ−バル社会でありだからこそ証券市場とはあらゆる財を債権化したのである
そこで唯一最大の力は貨幣となり地域の共同体などは無視される
グロ−バル化した世界で債権化して富が移動しているのである
だから一か所の土地に定住するということは実際は価値あることにはならない
そこに長く住んでいたからと価値ある者に力をあるものとはならないのである
土地をもつより土地を債権化したものを証券でももっていることが力をもつことになる

ただそうなると文化的見地からするとその土地を耕す(cultivate)がcultureになったのだから文化はグロ−バル化によって破壊されるのである
つまり文化は債権化貨幣化しにくいからそうなっているのである
でもグロ−バル化資本主義も投資先がなくなるというときまた銀行が農業に投資するとかなるときそこで変化しているのである
なぜなら農業とはただ食料を生産するだけではない、文化と深く関係しているからであるそこでグロ−バル経済の転換が地域から起きているともなるのである

ともかく前になぜこんなに簡単に原発事故で放射能問題があっても簡単に一挙に街自体が捨てられてゴーストタウンになったのかそのことを考察した
農業社会だったらもう簡単に他に移れないのである
この辺で越中などの農民が飢饉の時三分の一に人口が減った時移住してきたがそれ自体命がけであり草分けという古い農家に草鞋をぬぎここで荒野を開墾して苦労して農業をして住みついた
そういう時代をふりかえると全くそういうことはない
むしろ他から移住してきた人たちがたちまちに立派な家を作り長くこの土地に住んでいても金がないなら何の力をもないのである
何か教えてくれということもないから先住者としての価値はないのである
むしろ金がある新参者が威張る起きているのである
それは別に金があればいくらでも世界から物でも食べ物でも入ってくるからである
そして長くその土地に生きていても価値がない、そのことは老人に価値がないとなる社会である、だから老人は価値ない者として邪魔者扱いされるのである

江戸時代でも戦前でも食料はそんな遠くから入ってこないのである
それはいいとしてそのマイナスが共同体がすでに崩壊していて原発事故があってそれで
もう簡単に分解したともなる、共同体というが現代のグロ−バル経済はこうした一地域のミクロのことなど無視した点を無視したグロ−バル経済なのである
だからこそこうして簡単に町でも崩壊して一時ゴーストタウンになったのかとなる
グロ−バル経済としてつながっているがその住む地域のつながりは希薄化していた
そしてどこにでも金さえあれば住めるとなればかえって移動した方がいいとなり
その故郷の復興など考えなかったのである
だからこういうグロ−バル広域社会のなかでこういうことが起きたことを認識すべきである、そのマイナス点を認識すべきだとなる


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損して得取れ (本当に得したことが得で損したことが損だったのか?)

損して得取れ

(本当に得したことが得で損したことが損だったのか?)

一時的には「損」しても、その損が将来の「得」になるのであれば、当初の損を厭うな、
という意味だと解釈している。目先の損得だけを考えて行動しても、トータルで(長い目で)考えれば損になることがある、ということを示唆しているのだろう。商売でよく言われる言葉だ

人間はとにかく複雑なのである、商売となるとこれも通じることはむずかしい
そもそも自分に商売とかビジネスを語る資格などない、経験もないし、実際失敗もしているから語る資格がない、だいたい芸術とかなる浮世離れしているところがあり語る資格がないとなる
ただここ十年いろいろ経験してそれで語っているのである
まず諺はこれは本当に真理のように普遍的であり人間の経験から生み出された教訓である、では今でもなぜ通用するのか?
それは人間というものがいろいろ変わっても本質的に変わらないものだからである

人間はまず損しようとしない、損するのが嫌なのである、損する人とは付き合いたくないのである、でもなぜ損して得を取れとなっているのか?
そこに経験から生まれた深い意味がある
ある人は事業を始めたが技術系であり商売のことは知らない人だったと思う
その家自体の家風がまたその人を染めたのかもしれない
ともかく一円でも絶対に損しないようにと身構える家だったのである
そして事業をはじめてもまず他人のために一つの物を運ぶこともいとう
ただでは何もしたくない、箱一つさえもたない、一円すら損することはしない
そういう家だったのである、そういう所で事業を始めたらどうなるのか?
何か嫌になるだろう、誰も接したくないともなる

別に損しろというのではない、とにかく相手のためにするというとき一円でも損したくないという身構えているのである
そういうことで商売が成り立つだろうか?
誰も確かに損して商売はしないしできない、でも何か損することがどうしてもある
でもその損することがまた得することに通じることもある
だから一概に損することにこだわると何もできなくなる
その辺の兼ね合いがむずかしいにしろ一円も損はしないぞという構えになると付き合いたくないとなるだろう
ただこの世の中損得に一喜一憂しているのが現実である
それはわずかの金でもそうである、だから誰も損したくない得したいと毎日必死になっている、それから逃れられないことは確かである

でも人間の不可解は「損して得とれ」という諺に現れていたのだ
つまり何が損か得がその時々で計れないことがあるからだ
その時得だと思ったことが損になりその時損だと思ったことが得になったということを経験しているだろう
例えば地銀で苦しいから投資信託を売るのはわかる、それで一時的会社はもうけたとかなる、だから得したとなる
でも銀行は信用を失うとかある、ゆうちょでも保険でそういうことがあった
今までゆうちょとか銀行は信用されていた、それで投資信託をすすめられても銀行がすすめるのだから間違いないと思って大損したばあちゃんがいたのである
銀行とかゆうちょはまず地域で信用を築いてきたのである
でもそれが時代でもうからなくなり変わった時一時的には会社の利益になり得しても
その次から信用がなくなる、銀行とかゆうちょはそんなものだったのか?
もう信用できないな、金をあずけることはできないなとかなることが怖いのである
それで一時的に得してもあとあとは損したとなっていたとなる

ただ損する行為は誰もしたくないのである、自分自身がなぜ働かないのに金を出しているのか?それが嫌になっている、まるっきり損しかないと思うからである
第一商売するにしても損していたら続かない、赤字になり倒産してしまうだろう
だから商売は多少の損を覚悟して資金の余裕をもってするものかもしれない
最初からぎりぎりの資金でしていたら一円でも損しないと身構えるからである
そうなるとかえって客もつかないとかなるからだ

例えば仙台から来たユニットバスを百万で作った会社は優創建は得させた
何か会社自体が損しているのではないか?
第一ガス会社では二百万かかると言っていたし地元の人に頼めば三百万にもなったかもしれない、だから本当に安かったし悪いものでもなかった
だからここだけは得したとなる
あとはみんな損することだけだった、金をむしりとられた奪われたとしかない、現実に盗まれたりもしたからである
その人たちはただ損することより奪うということだったのである
金に苦しんでいるからそうなった、相手が苦しいからこの際脅迫しても奪ってやろうとしかなかったのである
損も得もない、相手から奪おうとするときそれはすでに犯罪者だったのである
実際に罰せられるべきだったのだかそうはなっていない

でもとにかく人間の不思議は不可解は一見確かに得したと思っている、でもあとになると損していたとなる、これは今でもそういうことがある
何が得で損かわからないのである、例えば大きく歴史でも日本の戦争は負けたが三百万人も死んで負けたから国にとっては大損だったのである
でもその後の復興をみればそれが得に変わっていたのである
高度成長ができたのは既得権者を戦争に負けて一掃できたからだという人もいるからだ
国自体でも損したと思うことが得に変わることがある

そして人生そのものもがまた何が損か得かわからないのである
人生をふりかえって誰でも何か得だったのか、損だったのか?
それがわかるだろうか?美人と結婚したから得だったかなっているのか?
金持ちと結婚して得だったのか?それも最後になって見ないとわからない
人生の損得も計れないのである、損だと思ったことが得になり得だと思ったことが損になる、そんなこといくらでもある
得したとやったと思ったことが後で大損だったとかなる
結局人間は小さな損得に一喜一憂しているはかない存在だったともなる
達観すれば所詮この世の損得はどうでもいいことだったともなったりするからである
要するに死んだら損も得もない、一巻の終わりだとなるからだ
いくら富を積んでも来世にはもってゆくことができないことでもわかる
この世で宝を積んでもその宝も腐るし天に持ってゆくこともできないとなっているのだ

要する人間はどんなに得しようとしても結果的に得にならない
損しして得をとれというとき損が得になることがあるから経験でそう言っているのである得ばかり追求しても得になると思ってもならない、かえって損することにもなる
一時相手をだまして得しても結果的には損していたとかなる
つまり長い目で損得をみればそうなる、ただ人間は日々目の前の損得に追われているのである、だから本当に大きな得とか損をわからないのである
人生を総決算すれば本当に何が得だったのか損だったのかわからないとなってしまうのである

あの時損したとことが実は大きな得だったとかなりあの時得したと思ったことが損だったとなることなどいくらでもあるからだ
結局この世の損得は計れないともなる、だから損して得をとれという逆説が成り立つのである、そういう逆説が人生に必ずある、もしかしたら非正規とかロスジェネは割を食った損な世代だったとか言っているのもわかるがまだわからない
最終的にどうなるのかわからない、個々人でもわからない、結局何が損なのか得なのかわからないからである

正直自分の家にきて苦しい時、得しようとした人は絶対に成功はしない、自分自身のカルマであったにしろ相手も成功はしない
銀行ももう地銀とあれば地域に尽くすものだったかこれももう終わりなのだろう
北銀で農業に投資しているとか何か地域に役立つをことをしないと終わりになる

ともかく本当に損して得とれというときそれができない人は成功はしないともなる
一円でも損しないぞとか商売していたら人と接していたらその時点で失敗している
そういう人は事業するべきではなかった、雇われていれば良かったともなる
結局第一損得勘定からはじめる、絶対に一円でも損しないとしてはじめる
それより事業を始める目的は何なのか?それが大事だともなる
ただ得したい金を得ることだということがすでに失敗しているのではないか?
ただ得したいとなれば相手から金でも財でも奪えばいいとしかなくなるからだ
そもそも相手のために何か物一つもつこともしたくない、そういう人が果たして事業などできるだろうか?

社長として偉く見せたいというだけで事業ができるだろうか?
事業のことがわからないにしてもそのこと自体がもう事業する資格がないとなる
最終的にはそういう会社は消えるのではないか?
一時的なものとして泡沫のように消える、ただ事業自体が20人一人とか成功していない6パーセントくらいしか成功していない、だから何か動機があり真面目にやる人でも失敗している、でも最初から絶対に一円でも損しないとか何も動機がない、偉く見せたいためとか、そして他者のために物一つ持ちたくないという人が成功するものだろうか?
その人が技術系でありその技術だけに集中してやれば問題は起きなかった
そこで利を追及していれば何も損しないし問題も起きない、でも事業となると違っていたのである、結局事業起こすこと自体むずかしいからそうなったのである
そういう人は事業を起こすべきではなかった、社会の迷惑になるだけだった
その後借金して周りに迷惑をかけている

人間は日々目先の損得勘定で生活している、でもそれはいいとして大きな事業となるとまた違っている、損得を勘定しないで始めることも必要になる?一円でも損しないということで始めることはできないだろう
長期的視野をもたないとやれないのではないか?そういうことを言っているのもわかるのである、でも現実問題として利益があがらなければつづかない、だからある程度資金的余裕がないと事業ができないともなる
そこで大企業は豊富な資金があるから資本があるから有利だとはなる
一時的に損してもまた資金と資本があるから立ち直れることがあるからだ
個人事業主とかなるとそれがないからである
いづれにしろ(優創建)は安い、で損している感じにもなる、仕事もいい、だから成功するかもしれない、ただそれにしても事業自体がむずかしいからわからないとなる




posted by 老鶯 at 08:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2019年08月02日

引きこもりから介護から孤独死へ (引きこもり(アウトサイダー)は文明から離れて自然と合一して巨大化する)


引きこもりから介護から孤独死へ

(引きこもり(アウトサイダー)は文明から離れて自然と合一して巨大化する


NHKのテレビで放送していたのは介護のために職場をやめて引きこもりになった
50代くらいでなった、これも悲劇である
なぜならそれまでは普通に仲間と働いていた、でも親が介護状態になりその人は一人っ子だからめんどうみるのが当たり前だと親に言われていた
親にかわいがられたからそう言われた
一見引きこもりは親を困らせるが最後に親を介護するということで恩返しになる
親の世話することができる、だから何もできないとはならないともなる

ただ引きこもりしていてそれが長くつづき親にとがめられても引きこもりがつづく
これは前のとは事情が違う、この引きこもりの方が実際は深刻である
普通にに働いていて介護のために引きこもりになるのは同情に値する
でも引きこもりしていて親を介護するとなるとまた違っている

なぜそもそも引きこもりがこんなに多いのだろうか?
それはロストジェネレーションの非正規雇用の特殊な事情があった
その人たちが引きこもりと重なっていたのである
なぜ引きこもりとかニートとかに私が興味があるのか?
それが自分自身が30年間引きこもりだったことなのである
20代何か放浪状態にあった、肉体労働とかしていた、そこで危険な目にあったが生き延びた、でも30以後は職にもつかず引きこもりになったのである
ただ家に閉じこもってはいない、日本全国を旅していた
最初は鉄道の旅であり次に自転車の旅であり50以降は世界を旅するバックパッカーになって終った、60以降が親の介護になり二人いたので七転八倒して一人で介護した
そして最悪だったのは自分自身も病気になったことである
二回病院に入院したし手術もしたのである

その時のことをプログで延々と書いてきた
一切助けはない、ただ責められるだけだった、そして自分の家に来た人がみんな金に困っていたのである、だから大金を盗まれたり借金している人から金を要求されたり弱った時金で攻められてきた、一切自分が苦しいことなど考慮されなかったのである
それは結局自業自得の自分のカルマだったと思いそのことは恨まない
30以降自分は楽しすぎたのである、三食つきであり食事はいつも出されているし自分は何もしなくても良かったのである
私はだから殿様のようになっていたのである
そういう生活が30年つづいたということもふりかえればこんな人生もないと思った
ただ最近引きこもりのことをしきりに言うので何なのだろうと見ているのである

つまり団塊の世代で引きこもりはいないからだ
それは極わずかのアウトサイダーとなるだろう、みんな高度成長時代で猛烈に働いていたからである
なぜ自分がそうなったのかというと複雑だけど自分の家の特殊な事情でそうなったのである
なぜなら自分はそうして引きこもっていても責められるさとがなかったからである
働けとも言われたことがないのである
こういうことはなかなかありえない、引きこもりの人は家の人から常に言われているからである
だから自分のような人は団塊の世代は本当にまれだった、それができたのは自分の場合は特赦な家族の事情でそうなったのである

引きこもりがマイナスの点ばかり指摘されているけどこれにもプラスの面があった
人間の不思議は何でもマイナスとプラスの点が生まれることである
それが何か人間の不思議であり人間は全く違った視点で見れる
宗教自体が全くこの世の否定から始まっていることでもわかる
第一宗教者は何をしているのか?何か生産活動してきたのか?
毎日なぜ籠って座禅を組んでいるのか?
そんなことが許されるのか?これは明らかに引きこもりではないか?
そういう人たちをなぜ貧乏な時代に養っていたのか?
その時汗水垂らして農民は働いていたからである
そうして生産活動しない僧侶の数が相当に多かったのである
それらの人は引きこもりだったのかとなる

そういう人たちは個人でないが集団で寺に引きこもっていたとなるからだ
そういう生産活動をしない人たちが社会で容認されていたのである
引きこもりの人を何とか働かせようと社会に適合させようと腐心している
でもそもそも働きたくない、働くことを拒否している人をそうするのはかなりの困難がある
それより社会から離れて籠り修行する宗教のようなものとしてみる
なぜそういうことを言うかとなると社会から離れて暮らすことは精神の修養になるからだ沈黙の行をつづけることは精神の修養である
社会では会社勤めるにしろ必ず何かしら悪を成すのである
それがわかりやすいのはまずウソをつかずに社会生活を送れないということである
会社員として勤めると嘘をつくことが必ずある
銀行員などは固い職業でそういうことないと思ったが嘘をついていた
客に投資信託などを売りつけていた、それは客はもうからない銀行が手数料とるためだけのものだったのである
そういう嘘をつくことが常に社会ではある
第一嘘をつかないで生活するとなると僧院のような所に社会から離れて暮らすほかないのである、つまりそれが引きこもりなのである僧院とかは集団で引きこもりしてそれが社会から許された場所だったのである
人間はしゃべりすぎるのである、自然は沈黙しているが人間は絶え間なくしゃべるのである、社交とかでもそうなる
巧言令色になるのである

こんなことを考えるのは時代が変わると過去の見方が変わるからそうなる
ただ引きこもる寺とか僧院がなくなったから家で引きこもるようになったとも見る
そして引きこもりにも大きな効用がある
それは社会から離脱したことにより自然と合一するようになる
禅宗だと沈黙の行をつづける、それはいいことばかり言って客をだまして金融商品でも売りつけることなど社会では普通にある
でもそうして引きこもり社会かは離れて修行していれば嘘をつく必要がないのである
そうすると精神の修養になるのである

何かそして私は文明から離れて大自然と合一するように修行していたとなる
それは引きこもっていた結果自ずとそうなったのである
だからニーチェのようになったともなる
社会自体を文明自体を否定してなきものとして大自然の中に精神を合一させたのであるそうしてそこから詩を作っていたとなる

神の技と人の技

(Human beings unite with the universe and become a Giant)

時に人の技を安め
その技をとめよ
大いなる無用の空間にこそ
神の真の用がある
大いなる山は沈黙して
太陽は静かに輝き移る
人の技は限りなく疲れる
決してその技は完成しない
神の技はすでに完璧に完成している
人はただそれを讃える者としてある
その広大な海、山々、宇宙
そこに自ずから神の歌が響き渡る
精妙にして雄大なる楽が鳴り響きわたる
時に人の技を休めて
大いなる神の歌に耳を傾けよ
荘厳なる沈黙にひびく神の歌を聞け
一大ハーモイのシンホ二ィーを聞け
山は今日も深く黙しつづける
その内に向かって強く堅固に不動に
神の技はすでに完成して与えられている
人よ、なぜなお人の技を付け加えて労するや
無用の用のなかで人は大きくなる
汝は神の子にあらじや
汝に糧は与えられしにあらじや
神を賛美する者なれば・・・

宗教とかは何だったのか?それは精神の修養を修行を大事にした
騒々しい社会から離れる時そこには大いなる沈黙の山岳がある
その山岳と精神も一体化するのである、修験道とかがそうである、山伏とか法印とかが一部落に1人とか必ずいたのである、その人たちも別に働かずに暮らしていたとなる
今でも登山は人気である、昔は修業として登山していたのである
そういう人たちは社会から無用の人たちでもあった

真の神の用は社会にあるのではない、文明にあるのではない
大自然に宇宙にこそある、そこにこそ神の技があり人間の技なる文明には栄光はないのである、それを証明したのが原発事故だったのである
だから社会や文明に使われて疲弊する人間は本来の人間ではない
人間はそうあるべきではない、なぜなら人間に神が与えたものは神の技をほめたたえることだからである、文明に栄光ないのである

東京のような都会に埋もれて蟻のように働かさせられて絶え間なく不満を言っているのを見ているとこっちも苦しくなる
そこに人間の本来の生はないのである
人間は壮大な自然と共鳴して生きる時生きていたのである
文明にそういうものはない、だから文明自体が否定されるべきとなる
働けとかいう時、それは文明に使われて生を消耗させることなのである
そういう逆転の発想も思想もあった、それが宗教であり老子とかの思想なのである
だから働けと強要することは人間を生きることを否定させて奴隷にすることなのである

現実に確かに原発を作った科学者がそうだった、その科学者が働いたことによりこれだけの災いがもたらされたからである、働くということがすべていいものとして肯定できないのである
なぜみんながこれだけ毎日あくせく働いているのにその成果はなになのか?
東京の怪物都市となっているだけなのである、そこに自然にある壮大な美はないのであるそれは結局徒労だったともなるのである
だから引きこもりは実は巨大な人間になるものとしてあったともなる
働かないからと社会に文明人に卑屈になっている姿は情けないとなる
社会性は必要でも人間はそんなものではない
人間は大自然と宇宙と合一して巨大なるものとして成長する
それが神の子たる人間の目指すべきものである

いづれにしろいくら働くとしてもしょせん複雑な巨大な文明の歯車にしかなれない
どんな優秀な人でも歯車にしかなれないのである、科学の発明にしももう一人の力ではどうにもならない
それだけ複雑化しているからそうなる、科学でももう限界に来ているのである
東京のような都会を見ればわかる、用で埋め尽くされている
無用の空間、空地もない、そこで人は消耗されるのである
そこでは余裕がない、絶えず利益を追っている、血走っているともなる
金に追われている、利益を求めているのだがそれが社会にとってどれほど有益なのかもわからないのである
それはあくまでも社会の用であり曽木社会とか文明から離れて無用の空間がありそこにこそ真の神の用があるともなるからだ

社会から離れてひきこもるときそこに文明は消えて巨大な自然と宇宙が現れるのである、その中で人間も巨大なるものとして成長するのである
確かにそれが極端にすすむとニーチェのようになる
ニーチェは神ではない、偶像である、でもなぜ現代人は文明人はニーチェに惹かれるのかそれはあまりにも人間が文明の中で矮小化された結果なのである
それに反発する時エネルギーが普通人とは違う天才はアウトサイダーとなったのである
ただ遂に30年引きこもっていれば普通の人も巨大化することはありうるのだ
そういうことを上野霄里氏が言っていた
彼もニーチェのような天才だったからそう言ったのである
それでも普通の人でも30年も引きこもっていると何か異常化もするのだが巨大化する
それは大自然と合一しようとする力が自ずと働いてくるからである
反作用としてそうなってゆくのである、それを自分自身が経験してきたからである
それでこういう詩を書いているのもそうなのである

ともかく引きこもりが40代以上で50万人とかまた二十代からでも40万人とかいる社会とは何なのだろうか?
これはやはり文明の反作用としてそうなっている
またそうして働かなくても生活できるとはいうこともある
そういう人達から何か巨大な人間が生まれるのか?
みんなが社会からただ病人とか落ちこぼれとか役にただずとか言われるだけなのだろうかそれがなんとも数が多いから何なのだろうとなる
そもそもそれだけの人間が働かないで暮らせたというのも現代である
問題があるにしろ一応暮らしていけたのである、親を頼みにしても暮らしていけたのである、それは法印とか山伏とか寺に引きこもる僧とかもそうである
だから時代が変わってそういう人達が引きこもりなのか?
なぜなら引きこもりの人は結婚もしていないということでも共通しているからである

最近AIとかロボットとか盛んに言い働かなくてもいい社会が来るというのもそうであるそれのいい面はそうなれば人間は別に社畜にならなくてもいいし文明の部品とならなくてもいい、無用の空間で遊び自然と合一する生きるとかなる
無理やり強制されて働かなくてもいい時代が来るとなる
実際は人間はそんなに働かなくてもいいのである、その働く思想がどこからきたのか?
それは農業社会から来たのかもしれない、とにかく農業は畑で野菜を作るにしても暇なく草むしりをすることが強いられる、すると休むことができない、勤勉になるのである
一方で牧畜民とか遊牧民は羊飼いでも何か暇な面がある
それで想像にふけっているとかある、そういう違いがある、農業は勤勉さを生むのである

人間はとにかくなぜこれほど働くことが奨励されるのだろうか?
働くことが必要でもそんなに働く必要があるのか?
それが疑問なのである、だから働かない無職は犯罪者と同じになるのである
ただそれがAIとかロボットとか機械化で働かなくてもいい人が膨大に増えたらどうなるのか?一応ベーシックインカムとかで生活費が供給されるようになったらどうなるのか?もう強制的に働くことはしなくてもいいとなる、その時働かなくてもいい価値を無用の価値を追求できるともなるパラドックスがある
結局これも時代の変化で価値観が変わる、がらりと変わるからそうなるのである
そもそも引きこもりとか無職がこんなにいること自体がやはり社会の変化でそうなった
その人たちが批判されても現実にそれだけ存在している
それが可能な社会だからいるとなる
                                    
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機械は壊れた
機械は機能しなくなった
我々は機械の歯車ではない
我々はもう働かない
我々は歯車として働くことに疲れてしまった
我々は機械の歯車であることをやめたのだ 
我々は一人一人個性ある人間なのだ
その個性を示すことが人間が生きることなのだ・・・・・

引きこもりはわからないにしてもアウトサイダーはまさにこれだった、文明の歯車として機能しなくなった人である
でもそれこそ人間的な人として個性ある人となるという逆説がある
ただ正直ニートとか引きこもりは何か人間的に劣っている人たちが多いのが現実である
子供部屋おじさんとかもいる、これもうまい名付け方だなと思う、ことおじとかなる 
何か子供のような顔していて大人になっていないのである
何か第一社会人でないものは結婚しないとかしていないと何か幼稚なのである
人間的に成熟しないのである、それは自分自身がそうだったのである、大人になれないのである
だから実際はやはり社会性が欠けて人格的に大人になっていないのである
人格的に何かが欠落しているのである、そして小人閑居して不善を成すとなる、何か異常な犯罪者にもなりやすいのである
アウトサイダーというときニーチェもそうだがヘルダーリンとかもそうであり芸術家でも狂気化していることでもわかる
本来社会生活で養われるものが養われずにそうなったともみる、もともと天才にはそういうことがあるからだ
だから私が言うアウトサイダーとはまた別物として引きこもりとかニートはある
ただ自分自身がそういう生活をしていて遂に死ぬとまでなったので何なのだろうとなってこの一文を書いてみたのである




2019年08月01日

先住者と後から移り住む人たちの軋轢 (現代は老人が生きずらい社会である―江戸時代が老人が生きやすい時代だった)


先住者と後から移り住む人たちの軋轢

(現代は老人が生きずらい社会である―江戸時代が老人が生きやすい時代だった)


この辺では移り住む人たちが多い、駅でも道を歩いても元から住んでいる人たちではない第一一つの新しい街ができたくらい家が建ったからである
津波で被害を受けた人たちはこの町に元から住んだ人たちである
でも原発事故関係で避難して住んだ人が多いのである
ちょっと話してみると元から住んでいた人ではない、それから外国人もまじっているから外から人たちと混在している、それは全国的傾向であり特にここだけではない
広域社会とグロ−バル社会とはそういうものである

そこで軋轢を生んだのがいわき市である、二万人も移住して新しい家を建てたとういからそこになんらか軋轢が生じてもめた、なんであの人たちは他からきてすぐに新しい家を建てたんだろうとかうらやましがられたのである
もともと住んでいる人はそんな金がない人たちがいてうらやましがられた
そしてかわいそうだとか他から同情されたことも影響したのである
それはこの辺でもあった、ここでは津波の被害者もいて複雑になっていたのである
原発避難者は多額の補償金をもらったが津波の被害者はもらえなかったからだ

とにかく先住者と後から移住してきた人たちとうまくいかないことが普通にある
それを象徴していたのがアメリカだったのである、インディアンが先住者だったけど
その人たちは正直な人たちでありアメリカの土地に最初から根づいた人たちだったが
横暴な白人に踏みにじられて殺戮された
それは人だとアイヌでもそうだったとなる
こういうことは世界史でも民族の興亡が激しいからあった

でも先住者より他から入ってきた人たちが威張るとかなることもある
村で暮らしていた日本人だとよそ者を簡単に受け入れないことがある
おそらくそれは農業社会だったからだろう
なぜなら相馬藩では越中とかの移民を飢饉で受け入れたとしてもその人たちは先住者に草分けという農家に指導を仰いだから先住者が上になっていた
それで苦労して荒地を開墾して住みついたのである

だから農業だと先住者でもその土地についてはわからないからその土地の人に教えられないと住めないから先住者に従うとなる
でも現代の社会は何か広域社会でグロ−バル化社会であり工業社会である
すると金があればどこに住んでいいとなる金がある人がもともと住んでいない土地に来て威張るとか支配者にもなる
この辺でも立派な家を建てた人が多いのだからそうなっている
とにかく外から来た人たちは何をしているのか?
それが良く見えないのである、浪江の復興住宅に住んでいる人は仕事はしていない
ただ他に新しい家を建てた人たちは仕事しているのか?それが見えない
もともと何をしているか仕事しているから見えない時代だったから新しく来た人たちでもわからないということになる

でも何か新しい土地に来ても世話になりますとかはない、金さえあればどこに住んでもいいし金がある者が上なのだとなる
現実に土地の人で金のない人に与えればそうなるのが現代である
そんなことを言う人がいるから田舎は閉鎖的で嫌なのだとなるのも確かである
でも何か先住者というかもともとその土地に住んでいた人たちに教えてもらうことはあるだろう、すると金さえあれば関係ないということにはならない
それは自分自身も旅したとき、そんなふうにして旅していない、その土地の人に世話になるというか教えられるという気持ちがなかった、今はそういうことは確かにない
金さえあれば何も教えられなくてもいいとなる、道を聞くにしてもスマホがあればいいとかなっている、人は関係ないともなっている
でも旅をふりかえるとそれではまずかったともなる、自分の場合社会性が欠如していたからそうなったのである、この社会性が欠如するからニートとかは問題なのである

とにかく外国人をおもてなしとして日本人が迎えるのももそうである、日本人が貧乏になった時そうなったのである
本当は外国人がお世話になりますというのが順序なのである、知らない国に来るのだからそうなる
それが日本人がおもてなしとか金のために頭を下げて迎えるのである
そういうことを日本人か好景気のとき外国でそうされていたのである
今度はその逆となり貧乏になったからおもてなししろとなったのである
だからこれもつくづくカルマだとはなる
つまりグロ−バル競争社会では世界的にそうなるのである
経済力強いものがその土地に長く住んでいようが関係ない、上になり従うとなる、おもてなしされるのである
金だけ世界の共通の価値となればそうなるのである、何か金意外のことは無視される
それは観光だけではないあらゆることでグロ−バル化することで起きている
その国の文化とかも無視されて外国人が入ってくるのである

こういうことは別に田舎とか農業だけのも問題ではない
会社とかでも起きているのである、終身雇用というときそこに長くいた人に給料が多く払われ長くいる人は先住者で価値があるとなっていたのである
だから後から入る人は教えこうという立場にあった
それは職人でも徒弟制度があり厳しい上下関係があったのである
でも終身雇用がなくなると新人でも技術者は特別待遇されて給料も二倍とか三倍で優遇される、すると会社に長くいた人たちは先住者は価値がないとなるので不満になる
新旧の問題でも軋轢が生まれる

駅でも私は案内していたので今見守り役した人に盲人が来たとき導くことなど教えた
だかその人たちは何もそういうことを教えてもらわなくてもいいとしていた
そこで考えたことはどこでも必ず先住者がいてそこで経験を積み重ねた人がいる
すると何かしら教えられることがあるのだがそれを無視している
何か教えられることもないよはなっているのだ
だからとにかく農業社会だったらどうしても土地のことはわからないから先住者に教えられるのでその下で働くこともいとわないのである

今の社会の問題は例えば老人がいたとして誰も尊敬しない、教えられることもない
かえって老人は何もできない、無益な邪魔者で俺たちの金を使って遊び暮らしているだけだと見られている、それは社会が工業社会とか変わってしまったためである
それで法律の専門家が正論おじさんとか馬鹿にされたことでもわかる
情報社会だとインタ−ネットで教えられるとかともなる、老人に何かわからないから聞きに行く人などいないのである
ただその態度が問題なのである、やはり先住者に何かしら教えられることがありそれを拒否することは何か問題である
結局工業化社会というときどうしてもその土地のことは関係ないとなるからそうなった
車を作るのでもその土地のこととは関係ないからそうなった
そうなると先住者の方が肩身の狭い思いをするとかまた先住者は邪魔者だとインディアンのように滅ぼされるともまでなる

現代は本当に老人にとっては生きにくい社会なのである
老人が価値がないとされる時代なのである、それは数が多くなったせいもある
でも老人が長生きしても尊敬もされない、ただ社会の重荷になっている、早く死んで方がいいのだと若い世代に思われること自体、老人は長生きすることは苦痛になるのだ

そして認知症になっても江戸時代辺りだったら意外と生き安かった
いろいろな機械も使うことはない、非常にわかりやすい単純な社会でありいつも同じ人がいてなじみの人がいて変わらない社会である、そこで老人に教えられることもあるからだ老人はそこで尊敬されていた、老人に教えられることが何かしらあったからである
長屋とか人が常に変わって移り住んでいるようにドラマでは見るが長屋に住んでいる人はそこに長く住んでいる顔なじみの人が多かったのである
つまり江戸時代は人があまゃ移動しない時代だったのである
そういう所では認知症の人でも住みやすかったと思う
単純な社会であり人と人が直接情で結びつく社会でもあったからだ

江戸時代の日本人は明治の時外国から来た人たちが称賛しているがそれはそういう社会であったからだ、それは日本人だけではない、例えはラオスに行った人たちも同じようなことを言っていたからである、人間が素朴だと言っていたからである
つまり文明人になるとみんな同じになるのである
とにかく現代は老人には生きにくい社会である、そして老人が多くなりすぎることがさらに生きにくくしているのである
もし江戸時代のようなら老人は尊敬されていたし居心地よかったのである
ただ貧乏ということで生きにくかった、すべていいものとしては何でも働かない
ただ現代社会はかえって外から来た新来者が先住者を踏みにじることが多いのである
だからその土地に長く住んでいてもまた会社で長く勤めていても価値がないとされる
そういう社会は老人にとって本当に生きにくいと思った
老人は別に年とっているとういだけで敬われないし価値もないとされるからだ
そういうことで高齢化社会が実際は地獄化する、それは年金とか金の問題だけではないのである 

佐保過ぎて 奈良の手向けに 置く幣は 妹を目離れず 相見しめとぞ 

この歌のように峠を越えて異郷に行くことはその当時大変なことだった
だから人も変わるし妹の顔を浮かび離れたくないとなっていたのである
峠(とうげ)は手向け(たむけ)から来ていてそこ手向けして神に祈り幣を置くことでもわかる、隣の村でも見知らぬ土地に行くことは大きな変化であり畏れきもなっていたのである
この妹は親でも兄弟でも村の人でもいいのである
こういう心情は人間にはもともとあったし今のように絶えず見知らぬ人と交わっている時代はなかったのである
ただこういうことは老人にとって苦手になる、老人はいつもなじみの人と会いそこで精神の安定化を図る
認知症になると子供でも離れていると名前さえわからなくなるがずっと一緒にいた人は忘れないのである
だから認知症になる人が膨大に増える、その時老人はさらなる地獄を生きることになるのである
長生きは悪いことではないがこうなると本当に長生きは地獄だとなる

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週刊新潮8月8日号

これも他国でもずかずか遠慮なく入ってくることで起きている
グロ−バル化で相手の文化とか事情におかまいなく入ってくる
そういうことを日本人でも他国でしてきたから同じだとはなる
もう金さえ払えば王様だとどこでばそうなってしまっているのだ
何かお世話になりますということはないのである
それは観光だけではない、グロ−バル化するとあらゆることでこうなる
金があれば王様であり待遇される
日本だって金があれば高級旅館でおもてなしされる
金のないやつは来るなとかなる

だから私は旅したとしても高級旅館と温泉旅館には泊まらなかった
というより泊まることができなかったとなる
テント張ってとまった方がいいともなっていたのである
何でも金ある者が優遇される社会はおかしいのである
金をやれは傍若無人にふるまうことも許されるとなる
広域化社会とかグロ−バル化社会の弊害が今になると顕著になったのである
ただこれは外国人だけの問題ではない
日本人自体が外国でそうだったからである
日本国内でもそうである、金さえ払えばいいじゃないか、また受け入れる人は金のない奴は来るなとなる
金を落とす人だけ来ればいいとかなっているのも現代の矛盾なのである
江戸時代だったら殿様意外は貧乏だから同じ待遇だったと思うからである

道の多様性(abstract ways-variety of ways)

道の多様性(abstract ways-variety of ways)


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Road to glory

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green city

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space station

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