2019年10月14日

日本がラグビ−でスコットランドに勝利 (ラグビ-は大帝国の歴史そのものだった-スポーツを文化として見る)


日本がラグビ−でスコットランドに勝利

(ラグビ-は大帝国の歴史そのものだった-スポーツを文化として見る)



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スコットランドの花はあざみ


8世紀、スコットランドはバイキングからの侵略を受けました。
スコットランド軍を攻撃しようと、闇に紛れて上陸した兵士たち。
けれど、足音を消す為に裸足になっていたため、棘のあるアザミを踏んだ兵士が、
あまりの痛さに大声をあげてしまいました。
スコットランド軍は敵に気づき、それをきっかけに大勝利しました。
この伝説にちなんで、アザミは国を救った花として、
スコットランドの国花となり国民に愛されています。

あざみが国を守ったという伝説からそれがスコットランドの国家になった
イングランドはバラの花である、薔薇というヨ−ロッパの聖堂に薔薇窓があり薔薇に対して思い入れが強い、薔薇は匂いがあることでもヨ−ロッパ人には好かれる

「穴に住み人をおびやかす土賊の佐伯を滅ぼすために、イバラを穴に仕掛け、追い込んでイバラに身をかけさせた」
また、「いばら(茨)」は「うばら」「うまら」「むばら」とも読んだようで「うばらき」説もある。

これともにている、それでこの辺で薔薇坂とかありそれは飯館村へ上る八木沢峠の下にある
そこで不思議だったのはそこの農家が牛を飼っていた、でも原発事故で廃屋となった
田んぼだったところに入ると茨でありそれにひっかかって痛かった
それは野薔薇のツルの棘だったのである
茨城とはそういう意味があり名前になった
これはスコットランドを守った薊(あざみ)とは正反対である
ただその経験からそういうことがあったということを実感した
そこにカモシカが出てきたことにも驚いた
そういうふうに人が住まなくなるとイノシシとか猿とかカモシカであれ原初の自然の状態にもどる、だからその光景もこの辺では海の方でも津浪で湿地帯に帰り不思議だった
一時北海道の湿地帯になったのである

今回スコットランドと日本がラグビーで戦い日本が勝った、その戦いはぎりぎりだった
白熱した戦いだった
ラクビーは肉弾戦である、だからフイゼカルで勝ったとか肉体で勝ったとか常に言うのである、本当に強靭な肉体のぶつかりあいなのである

ただスポーツというとき日本でも武道がそうであるように歴史があり文化なのである
私はそういう文化的なものに外国でも興味をもっている
ただロンドンには行ったがスコットランドには行かなかったのが残念だった
そしてラグビーが圧倒的にイギリスが強い、それも必ずスコットランドでもアイルランドでもウェールズでもイングランドでも四つの州から出ている
それでイギリスはunited kingdomなのである
スコットランドとイングランドは熾烈に戦ってきた、だからイングランドと戦うときはラグビーでも熱くなる、それはアイルランドでもイングランドと争ってきたから熱くなる

イギリスという国に興味をもつのは七つの海を支配した歴史があり英語をみんな習っているし英語が一番世界で通用するからである
英語を習えばやはりイギリスに興味をもつからイギリスは過去の栄光を英語に残しているともなる
英詩なんかもわからないなりに詩を作っているから私は読んでいる
                                                               
我は彼らが父祖の国
我が内に力ぞ宿る
我が子らを連れて帰らむ
月日充ちなば

彼らが頭上、新たに買いし
古き立木の枝の間に
我は秘呪を織りなして
彼らが膝に惹きよせむ

(キップリング)

キップリングの詩の訳の解説) 

この詩はなかなか深い詩である、まず祖国イギリスにアイディンティティがありその土地に根ざした詩である
でも父祖の国というときそれがイギリスでありアジアに来て主に東南アジアに侵略してそのうよに思うのはおかしいと思った
なぜなら父祖の国というときビルマ(ミュンマー)であれマレーシアであれネパールでも父祖の国はイギリスではないからだ
ただネパールでも登山してトレッキングしてそのガイドが英語をしゃべっていたのである
だから英語は一番アジアでも通じる、中国人でも英語で話すからである

ラグビー世界戦になるとこうして世界と文化的にもかかわる、ただラグビーはイギリスを中心とした競技である
そこが根本的に違っているのだ、だからこそイギリスから四つもの州から必ず出る
オリンピックだったらそんなことないからである、みんな国の代表だからである
ただオリンピックもギリシャから始まり世界に普及した、するとギリシャが関係してくるのかというと何かそれもあまり感じなくなっている、ただオリンピアという場所がありそこが発祥の地なのである
そこに訪ねたことがある、そこに競技場があったとしてもそれは本当に小さいなのである
野原の競技場なのである、野の花が咲いて小さな競技場があった

だからこそヒヤシンスの神話が生まれたりしたことがその場に立てば理解する、それこそ自然の中の祭典だったとなる
そして肉体を鍛錬した体育館の跡がある、それも石の柱の跡があり大きなものだった
そんな昔に体育館があったということが不思議に思う、石の柱が残っていてそれは大きいからである
ギリシャとなると今のオリンピックとは違っている、何かそれは詩的なものにもなっている
だから神話になり伝説になり残っている、その観客席の石の座席に座った時何ともいえぬ感懐を味わった
石の座席がとにかく本当に古いが良く残っていると思ったからである
二千年前以上の石の座席なのである、そこで二千年前に帰るのである

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オリンピアの狭い競技場

いづれにしろスポーツというときそれがただ肉体をフィジカルだけの戦いならつまらないと思う
そこに歴史と文化があり詩的なもの美的なもの文化があるというときそれは別なのである
でもオリンピックにはもうない、商業主義でありただ一秒でも早く走るとかの作られたショーなのである
だからテレビ局で主催して視聴率をあげるものでありまたは必ず企業の宣伝として選手は使われるのである
要するにスポーツも現代文明を反映したものとしてある、つまり何でも現実社会の反映だからそうなる
マヤ文明でも走る競争が行われていた
それは神に献げるものであり若い人が強い人が勝者となり神に犠牲として献げられたのである
つまり犠牲として生贄として神に献げられたのである
これも神に献じるのは年取ったものではない、若い力にあふれたものが神によみされた献げられるべきものだという思想と信仰があったからである
みんな老人が信仰にふさわしいように思っているが違う、神を知ることは聖書でも青春時代に最も力にあふれたとき知らないと知ることができないのである、だからこれは世界で共通していたとなる

スポーツでも何かこうして歴史と文化を背負っていればそれは単なるフィゼカルだけではない、肉体だけではないものになる
それでこそ人間に値するものだとなる
なぜかスコットランドは寒い国だから東北とにていると思ってそのことを前に書いた
東北も一つの国となるとスコットランドににているからだ、ただそうならなかった、でもイギリスという国がなぜ島国なのに四つに分かれて別々の歴史と文化を持ち続けているのか理解しにくいのである
とにかく日本がスコットランドにラグビーで勝ったことは歴史的なことであり記念すべきことである
ただ半分は外人部隊である、でもそれも日本の未来を暗示しているのかもしれない
多国籍軍になって世界と戦えるということになるからだ、それはアメリカの頭脳は多国籍軍だからITで世界をリードしたからである
優秀な移民だったら歓迎なのである、でも単純労働者になると別だとなる
ラグビーでは優秀な人を選別して日本軍にしたから強くなったからである 

とにかくラグビーだけはかつて七つの海を支配した大英帝国の栄光を物語るものなのである
ラグビーに強い国はかつて大英帝国の領土となったところだからである
だから四つの州がイギリスからでてそれが常に上位に来ていることでわかる、でもその一角をスコットランドを負かした、崩したのが日本だった、でもそれは半分が外国籍のものが入ってできたことだったのである  

七八輪今日もこの道秋薊

これは写生俳句である、七八輪がいつも一体となり道の辺に咲いている、ただそれだけだがそこにスコットランドのように一体感がある、写生俳句には何か物自体を示してそれで何かを語らせるからである 


blued flowers of scotland (abstract painting) 


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2019年10月13日

南相馬市水道断水のパニック (水がどこにもなかった―ボリタンクなどもなくなっていた)


南相馬市断水のパニック

(水がどこにもなかった―ボリタンクなどもなくなっていた)

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真野川の岸辺の土手の桜の木が倒れていた、何かこれも古くなっていたんでいた木だった


相馬地方広域水道企業団によると、台風19号により真野ダムからの導水管の破損・流失と水源地の水没が生じ、鹿島区内全域が断水となっています。
復旧の見込みは未定とのことです。

今後、給水車による給水を予定しているそうですので、詳細が分かり次第お知らせします
台風19号による新田川の氾濫の影響で、原町区の水道の水源地が水没したことから、一部区域で断水が生じています。

水道が断水になるというので水を買いにいったがどこにもなかった
水をためるタンクもなかった
水は今水道の水が出ているからそれをためればいいがそのためるものがない
これは備えていないから弱点だった
給水車とかきて水を配る時それをためるタンクなどがないと困る
それが売れ切れでないからだ

津浪のときは自分の地区には電気もきていたし水道もとまらなかった
でも一週間以上すぎて米がなくなったので古米が配給されたとき助かった
そして二週間目で隣の相馬市で買い物できた
ただそのときガソリンがなくなり車は利用するのは大変だった
自転車では行けたのである、つまりこういうとき自転車とか役立つ
ただ電動自転車だと電気がとまるとこまるし荷台がないのだとも困る

電動自転車も電気に頼っているからそうなる
人力の自転車が緊急時には役にたつのである
なにもなくなっても水道がとめられても裏山の清水があればまた木があってそれを燃料にして米をたいてしのいだ三陸地方の人もいた
道路は完全に寸断されたからだ

今回はこの辺では道路は寸断されていないから物は入ってくる
ただ水はなくなっていた、でも注文はしたという、でもこれもみんな買うからなくなるのである
コンビニは閉店していた、こういうときいくら金があっても役に立たない
水がない、水をくださいと言ってもないからだ
近くの知っている人は井戸水をもらえるとか言っていた
こういうとき井戸水でも役にたつ、だから都会でも今は井戸水を使わないから緊急の時困る、江戸でも井戸水を利用していれば水がなくなることはないからだ

とにかくこういうときパニックになる、買いだめする、それが問題なのである
一斉に買いだめすれば物がなくなる、それでパニックになる
ジュース類が売っていてもそれが水の代わりにはならないのである
だから水が大事だと思った、電気はとまらないから使える
でも水がなかったら米を洗ったり料理するにも困るのである
水は生活の基本なのである、だからこの辺で水と空気が放射性物質で汚染されたとき住めなくなったのである                                           

人間は普通は水のありがたさを感じないのである、それは日本だとふんだんにある、ありすぎて台風とかで洪水になるとか水の貴重さを感じないのである
今回は水道の施設の一部が破壊されたとかありそれで水道が断水になる
ただ今は出でいるからこれをためることができる、でもためるタンクはも売っていない
みんな一斉に買うからなくなってしまったのである
だから緊急用水をためるボリタンクでもなんでも用意しておく必要がある
これも今回の教訓だった 

この断水がどのくらいつづくのか?

それが問題である、それがわからない、原町の方は復旧が早いとある
でも何日かかるのかわからない、これも困ったことである
どれだけ備えていいかわからないからである
ただ道路は遮断されていないから物は入ってくる、でもパンがなくなったりしている
水が入ってきてもすぐに売れ切れる

ただ助かったのはツルハが二つあるが一つは無料で水を提供している
一軒は断水していた、一軒はしていない
それからシシドスーパーでは50円で二リットルくらいの水が買っていたがこれも止まっていなかった、ただ断水したらどうなるのか?それが不安なのである
あまり買いだめしても失敗する
二三日ならいいが一週間とか伸びたら困る、給水車がきてもタンクがなくてためることができないのである

何か災害でぱ必ず思わぬことが起こりパニックになるのである
備えていても備えきれないのである
ただ今回は道路が遮断されていないから車ある人は遠くに行って買い物もできる
それが前とは違っている、でも電車は今日は全休だった
そうなると車がないと遠くには行けなくなる、水とかは重いから遠くに行って買っても買えないのも困る
ガソリンは供給できるから車がある人はそんなに心配ないかもしれない
でもずいぶん買い占めたのである



・トイレの水が流せない
・お風呂に入れない
・顔を洗えない、化粧を落とせない
・歯を磨くことができない
・トイレや片づけ後に手を洗えない
・洗濯ができない
・料理ができない

飲み水は、家族がストックしていたペットボトルの水をもらって大事に大事にちびちびと。

コンビニやスーパーのほとんどは閉まったままだし、開いているお店も、水はもちろん、弁当・パン類、ジュース、お菓子類まで棚はすっからかん。自動販売機もどこも売り切れマークです。

近くの小学校に給水車が来ているよ!と聞いて行ってみても、大行列ができていて途中で給水ストップとなってしまいました。

途方に暮れていたら、知人らより「湧水をくみにいくけれど、いる?」「うちは井戸水の出よるけん、届けるばい」との連絡が。

熊本地震でこうなったのもわかる、これと同じようなことが起きている
水道の断水の影響は大きい、熊本地震よりここはいいとしても早く復旧しないと
苦しくなる、これもまたはじめての経験だった
津浪のときは電気はとまらないし水道もとまらなかったからだ
水道がとまることを経験していなかったからだ


posted by 老鶯 at 17:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

台風19号の南相馬市の真野川の増水写真 (コンクリート用水路の影響もあるのか?意外と水が出て危険だった)


台風19号の南相馬市の真野川の増水写真

(コンクリート用水路の影響もあるのか?意外と水が出て危険だった)

真野川の増水
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夜は危険な水位になっていた
やはりこういうときは夜も警戒する必要があった
二階で寝ていたら下が雨漏りで水浸しになり風がふきこんで物が散乱していた
これも失敗だった、下に寝ていたらかたづけたからである
河川改修前だったら洪水になっていたかもしれない
だから意外と水が急速に増水していたのである


丸森町の阿武隈川は氾濫した

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結構水出ていた、最高位は危険な状態にもなった
朝は退いていたからだ
山の方が相当に降った

ただ最近なぜ増水するのか、洪水になりやすいのか?
これはわからないにしても支流がコンクリートの堀になっているから急速に本流に水が集まるのかもしれない
これは河川を研究している人が言っているかもしれない
コンクリートの堀は急速に水が集まり流れやすいそれが本流に集まる
何かこの辺も洪水になり安くなっているかもしれない
あらゆるところがコンクリートの堀になっている
もし前のように土の小川のようになっていれば田んぼの方に水があふれたりしてして
そこが貯水池になったりする、すると本流にはそんなに水が集まらないとなる
ただこれは素人の見方であるから本当のことはわからない
これを研究している学者はいるだろう 

側溝や排水路は、上流で発生した大雨で一瞬にして牙をむきます。上流の水が水路に集中していっきに流れ下ってきます。それがコンクリートで覆われている人工の水路の怖さです。

これは子供などがこういう急激な増水で流されやすい、死んだりする
良くニュースでも大人でも老人でも流されて死んだりしている

田んぼダム

周辺の土地が森林から宅地に開発されたりして、地面に雨がしみ込みにくくなると、降った雨のほとんどが短時間に川に集中することになり、洪水が起こりやすくなることがわかっています。


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新潟県は湿地帯であり潟にできた県、新潟はその名の通りだった

豪雨水害ー水はこうしてあふれる(NHK)


これは新潟県の土地の高低の図である、新潟県は潟(かた)の県だったのである
低い土地が多いことでわかる、つまり潟を開拓して田んぼにした県だとなる
その土地の由来が今も同じなのである、土地自体は変わらないからである
ただ森に水の貯水機能がありとか田んぼにありとか何かそうした機能が失われると増水しやすくなる
河川改修で洪水が起こりにくくなってもそうしてまた別なことでかえって便利にした結果自然を改造するとまたそれが自然災害になる

真野川は二回目の水害の被害があってから河川改修した、それから30年以上はたっている
それで自分の家は街で一番低い場所にあるから二回も床上浸水にあった
今回は原町の方で新田川があふれて浸水したという
あそこも街と川岸の高低差が大きいのである
川の側でいいように見えても悪い場所だった
川岸は相当に低い場所になっているからだ
だからあそこに家を建てることは危険だった
そうなるとあのような土地は土地の値段が安くなっていもいいとなる

川というのは川幅とか曲がりが関係して洪水になる
川幅が広くまっすぐだと水が流れやすくなるからだ
また曲がると水が勢いよくぶつかり圧力で決壊しやすくなるかもしれない

本流から支流へ逆流して洪水になる

ともかく日本は災害の国である、だから災害がどこで起きるかわからない
それで日頃から災害について備えしたり知らねばならなかったのである
この辺は津浪の被害で思い知らされたのである
でも今回は8000人死ぬとかニュースでインタ−ネットで報道していたようにはならなかった、確かに数十人(30名内)くらいは死者がでるかもしれない
でも8000人はありえなかったのである

そういう報道するのも無責任だった、何か報道するメデアはマスコミでも無責任なのである
なぜならその報道したことについて賠償請求とか責任が追及されないからである
他だと建物たてる人などは実際に賠償請求されるから簡単にそんなこと言えないのである責任がないと真剣にもならないかち適当にフェクニュースでもマスコミは流すし今はインタ−ネットでも個人でも流すのである
第一8000人死ぬとか簡単に言えないのである
被害があるとしてもそういうことはフェクニュースになるのである
ただ現実に思った以上に雨がふったことは確かである

この辺では阿武隈川が丸森町であふれた、原町の新田川でもあふれて浸水したらしい
だから意外に身近なの所で被害があったことは確かである

南相馬市でも死者

福島県南相馬市によると、13日午前0時40分頃、同市小高区の県道交差点で、台風への対応を終えて車で帰宅していた市職員の男性(25)から「車が道路の冠水地帯に水没した。車からは脱出した」と職場に電話があった。しかし、男性は帰宅せず、県警南相馬署や消防などで捜索したところ、同日午前5時35分頃、付近で男性とみられる遺体が見つかった。同署で身元確認を進めている。

posted by 老鶯 at 12:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2019年10月12日

人間は自分の住んでいる場所の危険の自覚がない (文明化してかえって危険に対する直感力が欠如していた)


人間は自分の住んでいる場所の危険の自覚がない

(文明化してかえって危険に対する直感力が欠如していた)

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家がなんでこんなに密集しているのか?
何か不自然だ、こんなに家が密集していいのか?

そういうふうにここを通った時感じた、それは人間の直感力だった
それは人間だったら誰でももっているものだったのだろう
そこの津波の被害が一番大きかった、死んだ人も石巻では一番多かった
ただそこに住んでいる人自体がそうした危険とかの直感力がなくなっていたのだと思う
三陸では津波が明治にあって一万人死んだとかあるが
ここではやはりなかったからである


千葉県がなぜ台風に連続して襲われ被害があるのか?
それは地形をみると太平洋に半島のように突き出していて風が強く当たる感じになる
だから館山に来たとき風が強かった
それは一回だけ行っても記憶に残っている
館山だとさらに半島の突端だからである

そして意外と東京は湾が深く入っていて津波でも弱められるから大きな津浪の被害が過去にもなかったようである
津浪が危険がなのは湾とかがなく直接海に面した所なのである
そこは前にさえぎるものがないから危険だったのである

地の利というのはどこでもある、だから私は旅をして地理に興味をもったのである
災害でも歴史でも地理から離れて人間は考えられないからである
ただ地理とか風土は本当にわかりにくい、地図を見ただけでもわからない
土地の高低とかいろいろ複雑に構成されているからわからないのである

原発でもなぜ福島原発でも最初にすでに地震で配管などが壊れて原子炉も傷ついたとか言われる、つまり地震ですでに破壊されて次に津波で致命的結果となったのである
そういう日本の風土に合わないものをなぜ作ったのか?
それが一番の問題だったのである
ただ東京湾は津波に強いから原発は東京に作るべきだったのは本当である
これだったら東京の人は反対しても国民は納得した
つまり東京に作るくらいだから安全だとなるからだ
安全対策は万全だと見るからだ、福島は離れているから東京の人は事故になっても影響がないとなるからだ

人間は日本の歴史が長いとしても依然としてどこが危険なのかその地元に住んでいる人がわからないのである
南相馬市の鹿島区の海老村の崖の上の高台は直接海に面しているのにそこが避難所に指定されていて30人くらい死んだ
これも全く津波のことがわからないからそうなっていたのである
なぜなら海老だったら別にちょっと50メートルでも歩けば助かる地域だったからであるそれも車の渋滞などもない、村なのだからない、それなのにわざわざ一番危険地帯が避難所とされてそこに逃げて死んだのである
津浪に関してはこの辺では何も知らないからそうなったのである
400年前に津波で被害があってもそんなこと学者すら知らなかったのである
だからこの辺は津波が来ないと確信して老人でも多数死んだのである

今回の台風では高潮のことが言われる、海老村でも八沢浦の方で津波の前に高潮の被害があった、海岸では高潮の被害が常に起きている、それで磯部では400年以上前にその土地の支配者が館を移していたのである
それは慶長津波の前だった、人間はこのように危険な場所には住まないのがいい
でも日本は狭い土地だから危険な場所に海で山でも住んでいる
海側の場合は魚をとるから港が海岸にあった方がいいとなり明治の三陸の津波で一万人死んでも海の近くに住んでいたのである
そういう危険な所に住み続けていてまた津波で大きな被害になったのである

とにかく日本は災害の国である、災害から逃れられないのである
地震、津波、台風、・・・から逃れられない、最近では家は地震で壊れないように作られている、でもかえって今度は台風に弱いとかなっていた
でも河川改修しているから洪水は起こりにくくなっている
私の家は二回水害に見舞われたからである
河川改修してから起きていないのである

日本人が自分の住んでいる場所のことがわからない、地理のことがわからない
一番今になって感じたことは石巻の海岸の所で日和山の下の所に家が密集していたのである
そこが津波で根こそぎ破壊されたことはショックだった
そこを通った時なぜこんなに家が密集しているのかと見た
何か直観的に危険なものを感じた
でも津波のことなどそこでも考えることもイメージすることもなかったのである
その土地からイメージする力が弱まっているのかもしれない
肝心の自分の住んでいる土地のことがわからなくなっているからだ
それはメデアの影響もある、なんでも危険でもメデアが知らされてくれると思うようになったからである
自分の住んでいる場所すら何か無頓着になっている 

その点縄文人の方が自然に対して直観的に敏感であり備えていたかもしれない
つまり科学が発達しなくても自然と密着して暮らしていたから敏感になる
現代文明人はあらゆることを科学とか技術とかメデアの情報に頼る
すると自分自身の住んでいる場所もそういうものに頼る
そして直感力が働かなくなったのである
大阪の方で東日本震災で地震があったとき震度いくらとかメデアでマスコミで報道した
でも実際はそれ以上に大きく感じたからその人間の直感力の方が正しかったのである

直感力が欠けた現代文明人に危険がある

海老村でも崖の上の危険な場所に行ったのは自治体で指定されたからである
それも危険だったのである、むしろ瞬間的に直感力が働けば助かったとなる
海に面している所を危険だという直感力が欠如していたのである
だから第六感とかいうのも大事になる
瞬時に判断しなければならないから直感力に頼ることが安全に通じる
それは動物の本能と同じである、動物は危険を本能的に察して逃げるからである
人間にもそういうものが備わっているのだけどそれがあまりにも科学技術とかが発達して機械に頼り道具に頼りまた今度は政治的には自治体とかに頼りすぎた結果だともなる

自治体の判断に頼り専門家に頼り機械に頼りメデアにマスコミに頼り・・・

結局すべて他人まかせであり自分自身で何でも判断できなくなってしまっている
そこに自分の住んでいる場所でも知らないから判断できないとなった
とにかく日本は自然災害が多い国である、だからその備えをするべきなのだが文明化するとかえってできなくなる、そして停電でわかるように電気に頼っていると電気が止まるとなにもできなくなる、米もたけなくなるのである
それで三陸とかで津波被害にあった所では裏山の清水を飲み米を木を切って燃やしてしのいで助かったのである、交通路が遮断されたからそうして生き残ったとなる
それがもう東京とか大都会ではできないから大惨事になる
文明というのはかえって自然災害に脆弱化していたのである

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2019年10月11日

台風19号の予想は大げさになっている? (過去の自分の経験などの台風被害をふりかえる)


台風19号の予想は大げさになっている?

(過去の自分の経験などの台風被害をふりかえる)

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過去最強クラスの台風19号は、12日、非常に強い勢力を維持したまま、関東や東海に上陸する恐れが高まっている。気象庁は、11日午前、緊急会見し、1200人以上の死者・行方不明者を出した台風に匹敵する被害が出る恐れがあるとして、極めて強い危機感を示した

1958年(狩野川)9月に、狩野川台風(22号)が来襲した。
1959年(宮古島|伊勢湾)9月に、宮古島台風(14号)、伊勢湾台風(15号)が相次いで来襲した。

1986年(昭和61年)8月5日から6日にかけて、台風10号から変わった温帯低気圧が房総半島を通過した。低気圧の動きがゆっくりだったことから、湿った空気が長時間にわたって流れ込み続け、茨城県、栃木県、福島県、宮城県を中心に2日間の降水量が所によって400mmを超える記録的な大雨となり、各地で河川の氾濫が相次いだ。

台風で自分の家はにかい床上まで浸水した、伊勢湾台風の時は家が平屋でトタン屋根であり流されるところだった
角に電柱がありそこに流れた木材がぶつかりとまりかろうじて家が残ったのである
私の家は街中で一番低い場所にあり水がたまる場所だったのである

1986年の台風なのか?その時は裏の堤防が決壊して床上になった
伊勢湾台風の時はもう家が流される寸前だったがその時は床上浸水でも川下の堤防が切れた水があふれたのであり上流から流れることはなかった
伊勢湾台風の時は上流の堤防が切れたので道路を滝のように水が流れてきたからひどかった
ただ同級生が言うには伊勢湾台風ではなくその一年前の狩野川台風だったともいう
何か過去はこうしてそんなに前でなくても順序もわからなくなる

古老として武田邦彦氏が台風のことを語っていた
その当時はとにかく家はヤハであり掘っ建て小屋のようなもので頑丈でなかったことは言える、だから風にも弱かった
私の家はトタン屋根であり常に雨漏りしていた家で雨が降ると洗面器だらけになっていたその経験から二階建ての頑丈な家を建てたのである
そしてその時自転車が水害で壊れてあったのを見たとき泣いた
その時から自分は自転車に思い入れがあり好きだったともなる
ただその時の自転車はいいものではなかった、大人用であり子供用の自転車はなかった

日本は地震とか台風被害があり今回のような津波もある、災害の国なのである
そういうカルマを持っている国なのである
ただ今回の台風情報では武田邦彦氏は大げさだとも言っている
つまり家はそういう時代からすると格段に改良されて頑丈になっているからである

そして河川改修も大規模に全国的にしている、この前広島だったか川が氾濫したのは河川改修をしていなかったからだった
二回川が氾濫しただその後大規模な河川改修をした結果その後大きな水害はなくなったのである、だから台風には備えることができているとはなる

それでなぜこんな大げさな警告を気象庁で出しているのか?
それは気象庁を危険を警告するから大事なものだということを知らせるためだとしているそこに税金を使わせるためだとしている
それも一理あるのか?何かなんでも今は金で動くからである
ただどうなるかはきてみなければわからないがそれなりの備えが家でも今できているから大きな被害になるとは思えないのである
それは実際はわからないにしても何か大げさになっているような気がする

しかし一方で津波に関しては無警戒だったとなる
それは400年に一回とかなるともう忘れているからだ
日本人がなぜ忘れやすいのか?
それは次々に台風でも地震でもくるし季節の変化も激しい
それをいちいち気にしてもいられない、それで忘れてしまうのである
台風一過台風一禍)の青空になる
もう400年前の津波となると記録すらなく全く忘れてしまったのである
そこでこの辺では津波は来ないという確信にまでなっていたのである
それで老人は逃げずに多数死んだのである

ただ台風に関してはしょっちゅう来ているから備えることもできる
過去の台風でもまだ記憶にある、経験した人が多いのである
ただ狩野川台風とか伊勢湾台風は相当前だからわからなくなる
5000人くらい死んだとなるとその規模が違っていた
ただその後はそうした大きな死者の出る台風被害はないのである
そこが台風に備えができたということになる
ただ東京のような所に来たとき予測し得ないことが起きる
台風に弱いところがでてきて被害になるかもしれない、でもいくら風が強くてもトタン屋根の家とかはないのだから掘っ建て子屋のようなものは今はない
すると風で飛ばされる飛ばされることはないだろう
一部はあるにしても全体的にはない、それで千葉では屋根の瓦があれだけ飛ばされたからそういう被害があるのかもしれない。

ただ気象庁の警告は大げさに感じたというのはわかる
ただもしそういうふうに警告しないと被害が大きくなると責められるから大き目に警告しているのかもしれない、それは津波で経験しているからである
最初に3メートルの津波だと言っていたのに次にすぐに10メートルの津波だというときもうその大きな津波が街を襲っていたのである
最初から10メートルと言っていれば驚いた早く逃げた人がいたかもしれないからだ

とにかく千人も死ぬとかの台風は狩野川台風とか伊勢湾台風以来起きていない
そのときは日本が相当に貧乏な時であり家自体が掘っ建て小屋のようなものが多かったからである、そして江戸時代のように火事が多い時は長屋住まいであり物を家にはない
だかち身一つで逃げることが備えだったのである
だからこれもその当時の災害に対する備えだったのである
津波などでももう何ももっていいけない、身一つで逃げるほかなかったのである
そして身一つ逃げて助かったと避難所に来た人がいた
命が助かって良かったとしている、これもショックだが津波も防ぎようがないものだったのである
家に今はいろんなものがあるとそれに執着するから早く逃げられないすると死んでしまうとなる

まず日本は災害の国だったことを本当に津波で自覚させられた
ただ津波は400年に一回に巨大なものが来るとして備えることができなかったのである台風はしょちゅうきているから備えることができるししてきた
その予測でもそれほどはずれないのである
でも狩野川台風並が来て死者が千人以上出るようなことはない
でも警戒することにはこしたことがないとはなる
でもあまりにも警戒過ぎるのも問題という指摘はやはり当たっていると思う 

台風被害があっても狩野川台風並みであり死者が千人出るのかとなると恐怖になるからだそういう報道の仕方に科学者の立場から批判するのはわかる
武田邦彦氏の強みは科学者であることなのだ
テレビ放送局は科学の専門家がいないのである
ただyoutubeとなるとすぐに緊急の時放送てきないことがある
個人的には放送するにも動画だとしにくい、それで早いのはテレビだとなる
でもテキストだったらプログでもこのように放送できるのである
ただこういうときテキストとかはあまり読まない、そこにyoutubeの動画がテレビ放送になっている強みがある、だから視聴率をとるにはyoutubeだとなる

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死者8000人

こんなに危険なのか? これを見たら恐怖になる…結果は・・・・
こういう記事を警報をだしていいのか?

はずれたらどうするのか? やはり大きく見積もった方がいいからなのか?





posted by 老鶯 at 18:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

実りの季節に農業を考える (田畑の復興があって原発事故からの復興があった)


実りの季節に農業を考える

(田畑の復興があって原発事故からの復興があった)

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実りに映えぬ
あざみ
われもこう
草の花
などか心なごみぬ
それぞれの味わい
紋の違う蝶
この道今日も我は行く

実りがないとあるとでは相当違うと思った、それはこの辺では一時稲の実りがなくなっていたからである
草ぼうぼうになっていたからである、今でも避難区域になった小高とか浪江は田んぼは草ぼうぼうである
浪江の人は原発で働いていた、それで補償金をもらったかさ老後の心配もないから良かった良かったと言っているのも理解できなかった
その人はおそらく原発で働いていてそれで暮らしになっていたからそう言ったのだろう
別に米がとれなくても金があれば今買えばいいからである
つまりその人は周りの田畑とかは関係ないとなっていたのである

実際は今は田舎でも農業している人は一割にもみたない、専業農家だとそうなる
あとは補助金農業と言われる兼業農家である、そういう人はもう退職金を出すからやめてもらって大規模農業する人に土地を売ってほしいと国でしてもらいたいと言う人がいる
現実には一千万も収入がある農家が全生産の八割を作って市場に出しているのである
近くの畑を趣味でしている女性もすでに70くらいになると腰が痛いとかで草むしりすらできない、それで草むしりを機械を持っている人に頼むと一万以上かかる
それかうなってもらうのにも金がかかる、そうして何かとれるかとなるとほとんどとれないのである、その他農薬から種から肥料から金がかかるのが農業である
だからそんな零細農業は普通だったしないのである

ただ農業は前にも書いたけど食料を生産するというだけではない、生態系を維持するものとしてもある、それで田んぼが草ぼうぼうになったときそこに蛙がいなくなった
そして鷺もいなくなった、田んぼは水田は蛙とか餌になるものがいて鷺がいる
水田は生態系を維持していたのである
そういう役割もありただ食料を生産するというだけではないのである
都会の人はそれを見ていない、ただ食料として見るだけである
そうなら外国の米でも安いしうまいからいいとなってしまうのである

だから実りがない風景は異様だったのである、荒廃していたのである
そこにはまた暮らしもないのである、今実りの季節であり黄金色に染まっている
そこに秋の花が咲いている、それも実りがあって映える、暮らしがあって映える
田んぼが草ぼうぼうだったら映えないのである
農業は軽視されてきた、金にならないと軽視されてきた、そして誰も後継いでやるものがいなとなった、ただ現実は8割の一千万収入がある農家が8割を生産している
そしてそういう農業は将来性がありかえって投資の対象になっている
そして日本の農業はきめこまさがありその技術が優秀なのである
だから果物でも輸出したりしているし米でもうまいのである

それより農業の特殊性は自然と密接に結びついている職業であった
自然の一部として機能していたのである
だから田んぼがない田舎が田舎になるのかと田んぼが荒地になったとき思ったのである
その変化は信じられないものだったのである
確かに街がゴーストタウンになったのも驚きだったが田畑も荒地化したことにも驚愕した一時北海道のような湿原地帯にもなったからである
海岸地帯は釧路湿原のようにもなったからである

ともかく田舎だと田畑がない世界は考えられない、それで自分の見方としては田畑が回復しないと復興したとはならないともみる
そこに新しいドローンとかロボット工場ができるのはいいとしてそれだけで田舎は復興したとなるのか?それは必要でもそれだけで田舎は復興したとはならないのである
もともと工場地帯だったら復興したとなるが田舎は田畑がまずあって生態系かあって暮らしがあって復興したとなる
だから小高でも浪江でも飯館村でも復興していないのである
そもそも飯館村だと立派な施設を学校を金をかけて作ってもそこに住んでいる人が帰ったにしても1000人とか少ない、また若い世代が帰ってこないから子供は村外から通っている、それも不自然なのである、何か全体が不自然なのである
そこに暮らしがあって田畑があり実りがあって自治体でもありうる
その基本が失われているから実りもないとなる
実りという時稲の実りだけではない、いろいろな実りがある、文化的な実りもある
それなくなるのである、だから荒涼としたものとなっている

原発は確かにそこが金になる働き場所として地元では歓迎された
飯館村の人まで働いていた、そこは三倍くらい給料が高いからである
それで職を探している人が15万ではやっていけないと言っていることでもわかる
その人も原発で一時働いていたから失業すれば原発で働けばいいとなっていた
それだけの効用が原発にあったから地元に恩恵をもたらしていたから反対する者はいなかったのである

ただそこに落とし穴があった、事故になってこんな状態になるとは思いもよらなかったのである
そして農業でも見直すものとなった、漁業でもそうである、もう漁業になると事故前から多額の補償金をもらっていた、漁業権は大きな権利だったからである
そして魚が汚染されてとることもできなくなった
何か田舎に暮らす基本的なベーシックライフというか基本となるものを見失っていたのである
ただ農業している親が子供に農業だけはするなと殴ったというのもそうである
それだけ農業とかは金にならないということで後継ぐ人もいなくなっていたのである
それで大原の古い農家は一人残された父親が死んで跡継ぎの息子は市内で働き空家化したのである
つまり金にならないということでそうなったのである
でもその人は5町とかの田んぼを請け負ったりして農業をつづけていたのである

いづれにしろ人間の暮らしというのは今や金だけしかから考えない
そこにも大きな落とし穴があった、人間が生きるということはどういうことなのか?
そういう基本的なことベーシックライフを考慮しない、ただ金になればいいとしか考えない、でも現実問題として金が優先される
そのことでまた故郷にすら住めないとまでなってしまったのである
そして今農業が見直されているというのも皮肉である
ただこの農業は大規模農業だから今までの農業とは違っている
もう機械化ロボット化IT化された農業になる
でも農業が日本では成長産業だということも電器産業などが衰退すると注目されているのは皮肉だとなる

ともかく実りの季節がもどりいいものだと見た、すでに原発事故から8年以上過ぎた
そしてようやく実りを感じたともなる
ただこの辺の米は飼料米となっているのも淋しいとはなる
何かそれでは作り甲斐がないとも農家ではなるかもしれない、でも補助金とかはもらえるとかなっている、それも問題なのだけどやはり農業の価値は食料だけではないということを考えないのである、特に都会の人はそうなっている
でも田畑がなくなることは日本の自然が失われることであり延々とつづいた文化すら消失するのである、もうすでに一部は消失している
村の御先祖様になると言ったいた人がいたがそれが村という共同体があってこそである
それがなくなったからもう御先祖様にはなれないのである
太原とかでは現実に跡継ぎもいなくなった家が空家になっているからそうである
息子は跡を継がすに市街で暮らしているからである

ただこの御先祖様になるということは実は大きな重みが意味があった
なぜなら考えてみると会社があったとしても退職するともうその縁は切れる
その仲間とも交流がなくなる、それで地域で何か役割を果たすにしてもそういう地域がないのである、それで生きがいも役割もなくなるから問題なのである
でも村とかの共同体があるとそこは死んでからも御先祖様になるという文化がある
そして村には共同墓地がありホトケッポとかありそこに村人は一緒に葬られたのである
そういうふうに代々受け継がれる生活があった、継続された生活があった
だから御先祖様になれたのである
それは宗教というより文化でありそこに重みがあり生の意味があった
会社は社(やしろ)に会すというとあるがそれはもう継続しない、今の時代は技術革新が速いから継続しない、だから会社にアイディンティティを求めることは無理である
それは一時的なものなのである

村の生活のアイディンティティは死んでからも御先祖様として生きつづける長いものなのである、そういう文化が失われたとき生きる意味も失われたことを知るべきなのである
ただ食料だけを生産するものではない村で生きることは人間のアイディンティティを作った場所だったのである
現代はそうしたアイディンティティを作る場所がない、根無し草にみんななってしまったのである、だから生きる意味も持ちにくい、ただ金が神のようになり金に操作されて生きているだけになる、まずグロ−バル経済では文化は育たないし生きる意味なども作りえないのである
だからといって昔の村にはもうもどれない、歴史は逆戻りできないようになっているからだ、ただ復古があったとしても別なものになった復古なのである
でもまた日本の農業が見直されているということはやはり新しい復古なのである



posted by 老鶯 at 11:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2019年10月10日

人間が相手を理解できないのは何故か? (男女差、世代差、職業、地域の差、家族の差、・・・・)


人間が相手を理解できないのは何故か?

(男女差、世代差、職業、地域の差、家族の差、・・・・)


●男女

●世代の差

●文系と理系

●職業の相違 

●宗教の相違

●育った家族環境

●育った地域の差  



●世代の差

人間はなぜ理解しえないのか?理解できない前提となるものが多様なのである
家族でもそうである、親と子も理解することがむずかしい
そこに世代の差がありむずかしくなる、世代が違うことは本当にむずかしくなる
それは明治生まれと大正生まれと戦前生まれと戦後生まれとかそこに大きな断絶がある
それは江戸時代に生まれたものと明治以降生まれた者は違った国に生まれほど変化したから理解するのがむずかしくなる

時代を見ればまず戦争を経験した世代としない世代は大きなギャップがある
戦争とは異常なことだから人を殺し合うということが理解できないのである
だから戦争のことをいくら聞かされても理解できないということがある
人間は経験しないとわからないことが多いからである

それでギブミチョコレートの世代は団塊の世代より5年前だとしても違っていた
団塊の世代は戦後生まれでありその時生まれたばかりだからそういうことをしていなのである、それはまた都会に住んでいる人が経験していたのかもしれない
アメリカの兵隊にチョコレートをねだっていたのである
その時日本には何も食べるものすらなくなっていたからそうなった
そういうふうにして育った人間はどうなるのか?
子供の時から乞食根性で育っていることアメリカ頼りになっている
鬼畜米英の戦争から正反対の社会で生きたことになるのである
戦後の人間はギブミチョコレートになった、ただ物質欲だけの人間である
アメリカに勝つまでは欲しがりませんからも全く正反対の環境で育ったとういことである

それから団塊の世代は高度成長を経験している、それが失われた時代が30年とかつづき経済が停滞してさらに悪化して日本が貧困化して後進国になるほどだというときも何なのだろうとなる
銀行に預ければ利子がつく時代は終わり銀行でもゆうちょでも金をあずけても利子はつかない、むしろ投資信託とかゆうちょでも保険をすすめられて金は奪われる時代である
そして銀行員はいらない、銀行は消えるというのも時代である

平成に生まれて育った人間は高度成長時代がどういうものだったかを理解できない
またその世代を理解できないとなるのだ、いつも不景気であり非正規のワーキングプア大量にいて上級国民と下級国民の格差社会の中で苦しんでいるだけだとなる
高度成長時代は団塊の世代を中心にして中産階級が大量に生まれた時代である
みんな給料でも毎年のように上がり上昇している経済である
所得倍増の時代でありその時の雰囲気は停滞して下降するだけの経済とは違うしその雰囲気も違っていた、ジャパンアズナンバーワンとかなって日本は凄いとなっていたのであるそれも20年くらいで終わってしまったのである

●職業の相違

そして一番理解しえなくなっているのは職業が違うと基本的に相手を理解できないのである、それはもともと大昔からあったことである、それで海彦山彦の物語が日本では生まれたのである、その職業が生業が違うから理解できなくなる
その差も大きいのである、遊牧民と農耕民は全く違った生活をしていたから理解しえないので戦争になったのである

そういうことは民俗学だと山で暮らす人が木地師とかいて木材を加工してお椀とか日用品を作っていたが神秘化されて伝説化されたのはそういう職業が理解できないから神秘化された、他にも農民からして理解できないものがあり神秘化される
産鉄族などでもそうである、鉄を作る職業というのは理解しにくいからである
今でも無数の職業があり今や隣は何する人ぞとなり田舎でも隣が何をして暮らしているのかわかりにくいのである、子供時代は狭い範囲で生活していたからほとんどわかっていた何をして暮らしていたかわかっていたのである
燃料は炭だし木材をとるキコリがいたり漆塗りの職人がいたり籠や笊を作る竹職人がいたりと身近でその仕事が見られてその仕事が子供でも目にしているからわかりやすいのである

現代は本当に職業がわかりにくいのである、それだけ文明が複雑に無数に部分化しているからである、まず株をしたとして今のグローバル株式市場などわかることは不可能である地銀だと何か地元の経済を発展させるために投資しているのかと見ていたがそういうグローバル経済の株とか投資信託に投資する、投資信託といっても外国人がかかわって株をもったりしているから自ずとグロ−バルになっている
そうするとグロ−バルに思考しなければならなくなりもうどうなっているのかわからないのである、だからギャンブルとなっている
そしてそこでもうけているのは金融を操作する極一部の数パーセントの人たちが世界の富を収奪しているともなっている

人間が理解できないというとき理系と文系がそもそも理解し得ない
この差も大きいのである、だから理系は文系を馬鹿にするというのもわかる
文系にすると理系の人間を理解しにくいのである
理系から見れば文系はどうしても馬鹿に見えるのである
私自身が文系だから理系の人の方が優秀だと見る、高等な数学とか化学式のことがわかるとなると理系は優れているとなる、だから文系の大学は廃止すべきだとなるのもわかる
文系の大学はそもそも遊びだったからである
でも高校野球しかでていない人は大学のことがわからないのである
そこにも互いに理解できないものが生まれる

人間はそもそも家族同士でも世代間の差があり男女の差があり互いに理解できないものとなる、それで男女の行き違いから離婚がもはや二人に一人とかなっているともなる
それだけ男女の差が大きいからそうなっているのである
その他に育った環境にしても家族構成がみんな違っている
どういう家族で育ったのかも違っている、兄弟の多い家族で育ったものと一人っ子とかで育ったものはまた違っている
長女とか長男とか妹と弟は不思議に性格がそれなりのものとして作られてゆくことも不思議である、だから男女でもどういう家族環境で育ったかで違ってくる

それから育った地域の差もある、暑い所と寒い所で育った人間は違っている
沖縄に云ったらなたは東北人だねとか何も話ししないのにわかったというのもそうである東北人には東北人独特の体臭のようなものまである、何か打ち解けないとかある
大阪人とか比べると余りにも違っているとなるからだ
そこでも人間は理解できなくなる、みんな住んでいる場所が違っているからである
そもそも海側に住んでいる人と山側に住んでいる人は感覚的に違ったものになる
地理の影響も差異も大きいのである 

●人間は経験しないことは理解できない

ただ人間は経験したことは理解できるのである、ただ一人の個人の経験は限られているから理解する範囲が狭いのである

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2019−10−10 SPA

きちんとした防寒具や手袋が支給されると思うけどそれでも寒い。極寒の環境で8時間以上作業をするのは超辛いです

手がかじかんで指の感覚が無くなります。寒すぎて気持ちが落ち込みます

 だから長期間続ける人が非常に少ないく、みんなすぐにバイトをやめてしまいます。

零下20度で8時間労働はもう生命の危険になる





こういうことは経験している、20代は底辺労働者だったから寝る所もないことがあったから理解できる

建築現場で4階から落ちそうになった、その時が一番危険だったとふりかえる
建築現場はそれだけ危険なのである
だから誰もやりたくない、日本人はやりたくないとさけて外国人にさせているのであるでも俺は高い所が平気だむしろ好きなんだとかいう鳶がいたのには驚いた
そんな人もいるのかとなる、そういう人間も理解できないとなる

一番厳しかったのは冷凍室のバイトである、これは本当に厳しい
零下20度になるとそれをつづけていたら病気になることは確かである
そういう仕事も社会にはあるということである、そういう場で働くのはやはり追い詰められた人たちかもしれない、そんなところで働きたくないからである
私自身は体力もないのにそういう所で働いていたのである
寝る場所もないような時もあったから喫茶店でいつまでもいたというのもそうである
だからこれは自分自身が経験したから理解できるとなっているのだ
まず冷凍室で働くの本当に危険である、体がどうにかなってしまう
おそらくシベリアとか零下の温度で暮らしている人ならかまわないのかともなる

結局自分の場合は20代は相当に苦しかった、それで20代で老化していたのである
でも不思議なのは30過ぎてから家に帰り仕事もしないで楽に過ごした
そのために体力が回復してきたのである
そうして30年とか長く生活していた、無職として家にいただけだった
後は旅行しているだけだった、登山などもしたが体力ないから辛くてやめたのである
一時死ぬほど疲れたからである

ただ言えることは人間若い時はあえて苦しんでおけというのは本当である
まず若い時楽して高い地位についたり大きな金が入ったりしたらうぬぼれるようになり危険である
でもそういう苦しみの生活が延々と40代とかまでつづくとなると耐えられないとなる
今はそれが問題なのである、いつまでたってもそういう底辺労働者として安定しない苦しむ生活になると別だとなる
私の場合は家族環境に特別恵まれていたから良かったのである
そういう底辺労働をやめることができたからである
あとは自由に生きていた、自分のしたいことをしていたのである
だからこういう一生も不思議だったなと今でもつくづく思う 
奇妙なのはそういうことでニートとか引きこもりと自分は共通の体験をしている
社会からはずれた人間として生きてきたからである
これもそういう生活をした人でないとまた理解できないとなる、私はそういうことで社会からはずれて生きることがどういうことか体験してきたからわかるとなるのも奇妙だがそうなる
普通に社会人生活した人はそういうことを理解できないとなるからだ 

●それぞれの性格の相違

私はそもそも学校でもそうだし団体生活になじめない性格だった
でもなんとか集団生活になじもうと大学でも体育系の部に入った、でも一年でやめた
それかからカルト教団に入ったのもそうである、何か集団になじもうとしていたのである
しかし後は集団とか組織は嫌い一人自由に生きてきたのである
ただここにも問題があった、自由に一人生きられるたとしてもそこには大きな問題があった、社会性が身につかなかったとかあり小人閑居して不善を成すとなったのである
だから一人で自由に生きられるとしてもこれも意外といいように見えても簡単にみんなできないと思った
それにも自由に生きる能力が必要になる、だから天才はニーチェのように社会から離脱して異常化したのである、ただ社会から離脱するとニーチェのように凡人でも成り安いのである、何か引きこもりとかでもおそらく自分が特別優秀だとしている人がいるからだ
仕事をしていないと何か不思議なのだけど自然に没入して自然のリズムに合わせていきるようになる、すると会社とか社畜として生きるのとは相当に違ったものとなる
それは異常化するにしてもそこで芸術とか詩とか作るにはいいと思った

私はもともと人と付き合うのが苦手であるから一人家に籠って沈黙していたのである
すると沈黙するということは自然に没入することなのである
山でも大地でも自然は沈黙しているからその自然の大きな沈黙の中に入ることになるからだ、だからニーチェがなぜあのようになったのか理解できるのである
それもやはり人間は経験しないとわからないのである
自分自身がニーチェのように状態にあったから理解できるのである
誰が一番沈黙したのかと言っているからだ
キリスト教徒になったとしても自分は集団が嫌だから教会に一回も行ったことがない
むしろその生活はニーチェのようにな生活だったのである
社会から離脱した生活をしていたのである、それも30年とか長かったのである
だから異常化していたとなる

ともかく人間は互いに家族すら理解できない、それは世代の差とか男女の差とか育った環境の差とかいろいろあるからそうなる、それで離婚が多いのもわかる
現代はもともと複雑多様な環境でみんな違ったものとして育っている
そして遠く離れた人と結婚するのが普通てある
するとますます育った地域が違うから理解しにくくなる
それで江戸時代は近くの人と村内とか結婚しているし職業も似た人と結婚している
職業でも大工の人は大工の家の人と結婚することが多かったからうまくいっていたのかともみる、それでも江戸時代にやはり離婚が今と同じように多かったのはなぜなのか?
それだけ結婚自体がいかにむずかしいか、理解しえないかを物語っているのである    

では人間はみんな理解できないのか?例えば愛というとき母の愛とか恋愛とか同情とかいろいろある
そいういうものは通じる、でも宗教が違うとこの人はイスラム教だ、キリスト教だとかなりそこに差別が生まれる
そして苦しんでいる時でも助けないとなる、キリスト教徒でもキリスト教でないのものは人間でないとまでか南米ではなった
そういう宗教の差別が厳しいかそうなった、それで血で血を争うにようなったからフランス革命が起きた
そこでは宗教を否定して人権でありヒューマニズムで平等を目指したのである
つまり人間はこうして互いにいろいろな差があって理解することがむずかしいから争いが絶えないのである
いづれにしろ人間から争いがなくなることはない、それは家族自体でも争っているからである
自然は調和しているからそこに平和と美がある、それは神の国を現している
でもそこに住んでいる人間には調和がないのである








abstract mountain(抽象画の山)


abstract mountain(抽象画の山)

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The heart of the ancient earth

2019年10月09日

飯館村の詩(隠されし村)


 飯館村の詩(隠されし村)

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隠されし村

草深く花は美しく咲き
花は恥じらいつつましく
花は草深く隠れ咲きぬ
一軒一軒森につつまれし家
庭は広く畑ありて花の映える
揚羽蝶は一日花を求めて舞い飛び
疲れてしばし深き木陰に
大石のありて羽根を休めぬ
そこに清流の音のひびき
一羽の小鳥の鳴きて夕暮れぬ
そこに道あれど行く人なしも
そこにあえて声揚げる者なしも
深き森につつまれてひそかに
小鳥の一羽鳴く声のみなりき
そこにあえて装うものもなしも
森につつまれ草深く花の咲きうなだれ
人の暮らしは長く隠されありぬ
そこの森深く未だ知られざる花
つつみ隠されて神の見るらむ
神は道なき道をそっと歩みて
音もたてずにその姿を奥深く隠しぬ


飯館村の一番の不思議は大倉から坂を越えた所の木戸木から森があり清流があったところである、そこは道ができてなくなった
その前から七曲の道があったが車でも不便であり危険だった
でもあそこに清流が流れていて気持ちいい場所だった
ただあそこに戦後開墾した家が十軒くらいあった、それに気づかなかった
何軒はあったが奥にもっと家があった
そこは土地がないから田でも作っても米はさほどとれない、だから相当貧しかった
この?20パーセントちかく戦後引揚者が開墾して入った所が多いのである
浪江町の津島もそうだった、苦労して開墾して住んだから協力して住んだから愛着があるというのもわかる、津島などはもう住めないし帰れない状態になった
そこで中国人の嫁がナタで夫を襲った
その理由が都会に住みたいということだったのである
確かに相当に辺鄙な場所でありそれもわかるとなる
その後どうなったのかわからない

村という時市町村でもそれぞれ個性がある、原町と相馬市は他から来たらたいして変わらないは見るが違っている、相馬市は城があり一応城下町であったからだ
それで入母屋作りに公共の施設はしているから落ち着いて静かなのである
原町は明治以降機関区になって鉄道中心に発展したから駅前通りがある
相馬市はそういうことがなかったのである
原町は鉄道とともに発展した街だったのである

飯館村の特徴はともかく広いということである、未だに行っていない場所があるし一回くらい長泥とかに行った記憶があるけどそれが遠く感じた、自転車だからかもしれないが何か相当に辺鄙な場所だった
あんなところに人が住んでいるというのも不思議だった
ただそこは今は閉鎖されて住んでいない
そして何度も言っているけど飯館村の特徴は一軒一軒が森につつまれて家がある
その前は庭であっても広いし畑がある、そこに花々が映えていたのである
それが何か他と比べて恵まれていたとみていたのである

村にも個性がある、丸森はまた景観的にいい場所であり奥深い秘境のような所があった
飯館村と丸森町は何か特別なものを感じる
村でもいろいろあり地勢も違っているからなかなかわかりにくいのである
丸森も未だに行ってない場所がある、あそこも森が深いのであく
そこでその森の中に入って出れなくなった恐怖を経験したのである

私は別に飯館村に行ってそこに住んでいる人とかかわらない、ただ花を見て帰って来ただけである、でもその時が実はいい時だったのである
今になるともう放射能汚染で土はむきだしになりフレコンパックとか積み上げられて草ぼうぼうなのである、そして補償金争いで村は二分したとかもめている
それは南相馬市でもそうだった、水俣病でも経験者は補償金でだめになったというときここでもそうだったのである
その額が大きいからそうなったのである、ぎりぎりで暮らしている人が一億円とか入ったりしたらどうなるのか?金銭感覚が麻痺してしまうのである、飯館村は被害が大きいから補償金の額も大きくなったからだ

それで小高の人はフィリンピン人の女性に貢ぎ金を使ってしまってないとか異常化したのである
それで自分が小高の人を批判すると「お前は傷に塩ぬって楽しいか」とか批判する
もう被害者意識でこりかたまっている、でも現実はギャンブルとかパチンコでその被害者は遊んでいたのである、それを批判するなというけど事実は事実なのである
批判するべきはそうした内部の人なのである

要するに神はその暮らしを隠したという時、そこはいい場所だったのである
今は人間の醜さがむきだしになっているからだ
飯館村にしても補償金に場所により差があるのもおかしいのである、それは南相馬市でもそうである
隣が高くもらっているのにもらえないとかもある、そういうことで自治体が分裂したのである
そうしたの政府の策略だという人もいるが現実に分断されて団結できなくなっているからうそなのかとなる    

淋しき山々の中にわれは聞きぬ
われを追い来る低き息づかい
目に見見分けがたき動きの音
踏みゆく草生とほとんど同じくかそけき跫音
(ワーズワース)

これは自然に生きる動物のことである、自然の中に入るにはそいうふうに静に入らねばならないのである
ただ大倉の坂道でバイクが飛ばしていたからそういう場所でもどこでも騒音化して乱される
何か現代は自然が必ず壊される乱される、どこまでも侵入してくる
それは何か自然にふさわしくないのである、自然も大衆化とか何かで乱される
神聖な場所にずかずか誰でも入ってくるのである

それは観光でもそうである、外国人が来て商売になるから京都の情緒まで失われるとなる
自然に入るにはそれにふさわしいものとなるべきものだがそれがないのである 
とにかく木戸木の森につつまれた清流の場所は一番神秘的だったのである
なにかその雰囲気が語れない、そういう場所が丸森とかにもある
橲原(じさばら)の奥にもあり未だ発見されていないのである
それはそこに長く住んでいないと意外とわからないのである
だから日本にはいくらでもそういう場所がある、でも地元の人でないとわからない場所なのである

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 自分が求めたのは秘境だった
(ワーズワ-スと飯館村などのこと(自分の詩)

posted by 老鶯 at 08:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 飯館村

2019年10月08日

飯館村の水利組合の原発マネーの利権化     (原発マネーはブラックであり人も市町村も汚す)


 飯館村の水利組合の原発マネーの利権化
  
 (原発マネーはブラックであり人も市町村も汚す)

東京電力福島第1原発事故で生じた汚染廃棄物を燃やす福島県飯舘村の仮設焼却施設に絡み、環境省が農業用水路の利用料として、地元農家らでつくる水利組合に3年5カ月にわたり計約2億円を支払っていたことが7日、関係者への取材で分かった。会計検査院は、不要な支出だったと指摘する方針
飯館村は原発事故前は貧乏でも何か素朴な村として見ていた
それで花が純粋に映える、何か高原でもあり原始的なものを感じる
不思議に花が草深く咲いていた、高山植物のような感覚にもなっていた
また木戸木の所は道がなく森で覆われていて清流が流れていた
そこは隠された秘密の場所だったのである  

飯館村は何かこの辺の平地の感覚と違ったものになる、それは不思議だった
それはやはりそうした環境があり昔からそういうふうに開発もされないからそうなっていた、工場があるにしても小規模だし何か自然のままにあった村だった
それで山菜をとることが習慣であり料理の定番となっていた

それが原発事故以後変わってしまった
飯館村はほとんど原発とはかかわっていなかった、でもやはり原発で金になるから働いていた人はいたのである
それでも原発とはかかわらない村だった、ただ風の影響などで被害が大きくなった
だから同情されたのである
でも今や飯館村は金まみれである、補償金の問題で村は二分されているし分裂した
それは南相馬市でも同じだった、補償金でもめて分断された
それは伊達市でもあったというから金でもめるのはどこでも同じである

ここで水利組合とかででくるけど漁業組合ともにていると思った
原発事故以後やはり原発利権が大きいからそこから金を得ようとする
それは権利とあるにしても何か金を東電からむしりとろうとするとも見える
農業用水路というけどその水は実は南相馬市にも流れてくるのである
真野ダムにも流れて来る、すると相馬市でも南相馬市でも汚染された水が流れて来るともなる
土地はつながっているから飯館村で何かあれば影響するのである
海でもつながっているから影響する、その場所だけで処理できるならいいができない
だから前に書いたけどい飯館村の問題は南相馬市とか周りの問題でもある
飯館村だけで決めることができないのである
だから飯館村は南相馬市と合併しなかったけどそれで補償金を独自にもらえるから良かったとしているが実際は土地はつながっているのだから南相馬市の問題にもなっているのだだから別に合併しなくても広域的に対処すべきものだった

まず飯館村は原発利権化した村になった、それは原発マネーで騒いでいる高浜町と同じである
それを喜んでいる人もいる、その人の家は新築されたからである
相当な原発マネーが入ってきたからである
でも何か飯館村は事故前の村の魅力が失われた

例えば花が映えるという時、それは実はそこに住んでいる人たちの心がまともであれば映える、自然の美と人々の心がモラルは関係している
例えば悪しき心の人は花を美として見れるのか?
心が穢れた人が花をまともに見れるのか?また映えるのかとなる
そのことを言えばこの世がすべてそうだとはなる
前は飯館村に行っていたときはその村は隠されるようにあったから良かった
それが今は何かいろいろなものがむきだしになっている
除染されて土がむきだしになり田畑は草ぼうぼうになっている
それからソーラーパネルとかでも景観が乱されている

そしてまた人が住んでいないということでも荒廃している
前は飯館村は広いから一軒一軒森につつまれて家があり広い庭があり畑があり花が映えていたのである、何かそれが高原の村だから花だけが美しく映えたとなっていた
それが今は人は住んでいないし荒廃した
そこから伝えられるのは醜い金をめぐる争いであり原発マネーで利権化した村である
それは高浜町とにているのだ、までいな村とかはもうない、原発マネーに踊らされる村である
だからそうなると花も映えないのかとなる
前は別にいろいろな人がいて田舎の人が素朴だとかなくなっている
でも隠されていたということでそういうものが外から来たとき目立たない、ただ私が見たのは花だけだったとなる

そして立派な施設ができても学校がてきてもそこに通う生徒は地元に住んでいないのである、外から通っている、これも何か人間は果たして立派な施設が学校ができてもそこで良き心が養われるのか?
それも疑問になる、貧しくても良き心は養われることはある
かえってもう原発マネーは巨額なのでそれに惑わされて何も見えなくなってしまう
それだけ高浜町でもわかるように金の額が大きいからそうなる
金にみんな狂ってしまうのである
それが原発マネーの怖さだったのである

そして最後は街は廃墟化してずたずたにされて住めなくなったのである
住めなくなることが最悪だったのである
その土地に住まないということはその土地と離れて住むということは何なのか?
もうそこに愛郷心とか生まれないだろう、一つの原発マネーを得る利権の場所である
村長でも町長でも利権の場として見るということがある
それは高浜町で起きたことと同じである
利権をむさぼるということだけになる、そういうところからいくら金が得てもまともな人間が育つのかともなる

ただ今の時代は金でありそれを否定できない、おそらくもし原発マネーでなかったらそうはならなかったのかもしれない、原発マネーは何かブラックなのである
その金を得てもいいとはなっていないのである
それは福島原発でも高浜原発でも同じことが起きていたことでもわかる
金が湯水のように使わればらまかれるのである
そこから自治体が金にまどわされ狂乱状態になる
そして遺産争いのようになり分裂して分断されてその亀裂が修復できなくなっているのだそれは原発の業(カルマ)だったとなる
原発はそういうカルマを背負っている、それで原発を作った自治体では同じようなことが起きているのである

posted by 老鶯 at 13:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 飯館村

人の運命を決めるのはその人自身ではない? (事業失敗のカルマ―家のカルマの謎)


人の運命を決めるのはその人自身ではない?

(事業失敗のカルマ―家のカルマの謎)

カルマというとき謎である、運命も謎である、ただその人の運命は誰が決めるのか?
その人自身が決めるのか?また決められるのか?
個々人でも国家という集団の運命は誰が決めるのか?
織田信長は織田信長一人の力で英雄になったのか?
これも不可解なのである、桶狭間の戦いでも信長が奇跡のように勝ったのはなぜなのだろうとなる
駿河の戦国大名である今川義元に奢りがあったことである
圧倒的に兵力が違っていた、その数で奢りになり警戒を怠った
酒を飲まされて兵が泥酔していたところを襲われた
人間はなんでも奢るさとが危険になる

そこには天候が深く関係していた、関ケ原でも霧になりそれが勝敗に関係していた
モンゴル軍が日本に攻めてきて敗れたのも台風が来て沈んだからである
奇妙なのは台風が来てラグビーでスコットランド戦が中止になり引き分けになるからルールでは日本が決勝戦グループに入れると言っている
これも神風だというとき天候が勝敗に関係していると思った

なぜギリシャの神話の時代では戦争は神々の戦争であり神々がそれぞれの国や人を応援していた、神々が戦っていたのである
それは戦争でも何か神々が関与して勝敗が決まるとか見たからだろう
人智を越えたものが戦争にも天候のようにかかわるからそう見た

戦争でも勝敗は一つの原因ではない、複合的な因子があって勝敗を決める
カルマというのはその個人にあるにしても家のカルマとかその地域のカルマとか国のカルマがありその方がカルマとして強く働くのかもしれない
そのカルマには個人で抗うことができないものだからである

だからこそ家のカルマは怖いのである、結婚することはその家のカルマを受けることになるからだ

なぜその人はその女性と結婚したのか?

その女性の家は親が若い時から身体障害者となるような病気だった
それで妻はその夫を生涯世話する立場になってしまった

それもカルマなのかどうかはわからない、でも過酷な現実は逃れようがない
その夫婦から生まれた娘は結婚した
その結婚した相手は実は収入もいい恵まれた相手だったのである

ではなぜその結婚した相手が事業を始めたのか?

これも謎ではある、なぜなら収入がいいのだからその会社にいた方が良かったのだがあえて事業を始めたからである
それはその人は人のとれない資格をもっていて優秀だとされてほめられうらやましがられていたからである

そういうことで自身があり事業を始めれば成功するとその人は確信していたのかもしれない、ただ技術者であったが経営は全く違った才能を必要とされていたのである
そこでつまづいて事業に失敗して借金となってしまった

ただこの辺の事情は良くからないがここで私が問題にするのは

なぜその人は事業をはじめたのか?

それはその人自身が事業をはじめたのではない、その人はある力によって事業をしろとなりはじめたのではないか?
つまりギリシャの神話で戦争するのは神々が強いた神々が戦争をしていたようにである

それは事業をさせて失敗させるためにその人に事業をさせたともなる

だから戦争でもなぜ日本が戦争を起こしたのか?

それはいろいろ言われるが今になると不可解になる
アメリカによって戦争が強いられたのだという経済封鎖されて石油もなくなり追い詰められて戦争になったという理由もわかる
でも何かもう一つ理解しかねるのである

すると戦争を起こさせたのは日本という国自身ではなく神なのかとまでなる
でも負ける戦争をなぜ強いたのか?
ただその戦争がただ無謀だったとは思えないのである
そして勝敗だけにこだわれば日本が負けたのは日本に味方する神が負けたからだともなる日本の神とされた天皇は私は神ではないとして戦後は象徴天皇となったのである

不可解なのは個々人でもそうだが何か神の関与があり運命を決めているのかとなる
すると運命はあらかじめ決められていて変えられないとなる

だから恵まれた環境にある人がなぜあえて事業をはじめたのか、決めたのか?

それが謎なのだけどその人がただ操られて事業をしたわけではない
自らの意志でそうしたのである
人間にはそもそも自由意志があるから自分で決めることができる
これをしていけないと言っても自由意志があるからできる
それを神の力でも抑えることはできないのである
日本が戦争を起こしたのは日本の国民でも戦争しようとした意志が働いたからだとなる
それは上からの命令だけではない、国民の意志が働いたからだとなる

ただ事業を起こして失敗した人をみると何かもともとその人は失敗することに追いやる運命の力があったのかとなる

「あいつは何か傲慢だ、うぬぼれている、みんなから頭がいいとほめられている
それで事業するように自ずからなる、またそうさせる、そして失敗させてうぬぼれを打ち砕く」

そしてその家のカルマが働いた、事業を失敗するカルマをもともともっていたとなる
ただ事業に神がかかわるとかあるのか?これも謎ではある
ただその家のカルマがあり成功させなかったのかとなる
成功していたら相当にうぬぼれてたものになったからである

人間で怖いのは何かで才能でもなんでもうぬぼれる、奢りになることなのである

日本が戦争で負けたのにも奢りがなかったか?

日本はアメリカの強大さを知らなかった、情報が入らなかった
知っていた軍部の指導者はいた、だから山本五十六だったかアメリカとは戦争したくないと言っていたのである
今でも外国を知らない人がいる、でも現代は情報社会でありグロ−バル社会だからそういう偏狭なものにはならないから日本が起こした戦争のようなことは起きないとも思う

人間の奢りは実際は相当に怖いものである、奢れるもの久しからずとか言われてきたのはそのためである、奢ることは滅びに通じているのである
日本が戦争をしたとき奢りがあったことは間違えない、それは原発事故でもそうだった
日本の技術は優秀だから事故が起きない「安全神話」が作られた
それも日本が神の国だから戦争に負けないという奢りになっていたのである
宗教もカルト的になるとそうなるのである
神の国だ仏の国だとなり常勝なんとかとなり奢るようになる
宗教は今やほとんどカルトである、集団化したのはカルトである
そこにまた異常なうぬぼれ、奢りが生まれてくる
仏が味方しているから勝つとか戦争にも勝つとか選挙に勝つとなってしまうからである
そういう過ちを犯さないために政教分離が法律化したが守られていないのである

とにかくカルマというときその家々のカルマが必ずある
その家の家風とかもある、そこには悪い家風もある、そしてその悪い家風に染まるから結婚は怖いのである
昔は家と家の結婚となっていたのはその人を選ぶより家を選んでいたのである
今は人を選ぶからかえってその家のカルマを受けやすいのである
もちろんいいカルマもあるからすべて悪いとはならない、でもカルマとは悪い方に働くのが多いのである

事業を起こすことを問題にしたのは何か事業というのは戦争ともにているのである
戦争も事業だし国家でも経営することだから国家の指導者は経営者になっているのである経営の失敗が戦争の敗北だったとなるからだ
事業を起こすことは20人に1人しか成功していないとかまれなのである
そこには運があったりもする、いくら優秀でも成功するとは限らないのである
だから運命を支配する者が神でありその作用で人間の運命は決まるともなる
人間の運命を決めるのは人間ではできないというとき神が決めるというとき謙虚になる

原発でも科学技術というのは人間が作り出したものであり神が作ったものではないから万全ではないのである、だから事故が起きてとりかえしのつかないことになったのである
つまり人間の奢りが打ち砕かれたのである
そこに神官のようにあった科学技術者も無能化されたのである
その被害があまりにも大きいのでその人たちは高きものだったか卑いものとされたのである、もはや恨まれる者ともなったのである

何か他人の家のカルマと言っているが私自身の家族にもカルマがあった
姉は優秀な女性だった、体力もあり度胸もあり男まさりでありそれで感心していた
でも最後に認知症になり馬鹿になったときほど驚いたことはない
それも不可解でありなぜなのだろうとなった
人間が無能化される、馬鹿になるという驚きである
銀行から金すら下せなくなったからだ
そして(俺は優秀だ)と最後に言って死んだのである
それはニーチェが私は神だと言って死んだのとにている
ただ認知症は今や老人病でありみんながなる
でも人間が無能化される恐怖が認知症にあるのだ

優秀な人→無能化

こういうことが人間に起きる、原発事故で原発で働いていた人たちは科学者でも選ばれた優秀な人たちだったのである
でも事故になり無能化されたのである
人間は万能ではないからそういうことが起きてくる
つまり原発を操作する核を操作する能力が人間にはないからそうなったのである
そして人間が作りあげた文明自体が崩壊してゆく
この辺で起きたことは文明崩壊現象だったのである
なぜなら放射能汚染で住めなくなるということがそれを証明したのである
これは人類の未来を暗示しているのかもしれない
文明は崩壊して自壊して人が住めなくなる、それも人間の奢りからそうなったのかともみるのである

2019年10月07日

明治になり天皇が前面に出て年号が重みを増した (江戸時代は地方の祭りとか祭日が重要だった)


明治になり天皇が前面に出て年号が重みを増した

(江戸時代は地方の祭りとか祭日が重要だった)


明治というのはかえって天皇復古の時代になった、それはまず徳川幕府に変わる思想として尊王攘夷からはじまったからである
天皇中心の政(まつりごと)の復活を旗印として明治維新があり新時代があったからである
西欧化というときそういうことはありえない、でも日本の特殊な歴史でそうなった
江戸時代は天皇は飾りであり京都にいて貧乏だったのである
歌を作ってそれを売っていたとか貧乏だったのである
つまりそれほど天皇は重んじられてないなかった、でも依然として天皇は活きていた
勅使とか天皇は幕府でも一応重んじていた、だから年号もあった、年号は天皇が決めるものだからである
でも現実生活では江戸時代は地域が中心の社会であり地方では歴では村々の祭たがあり祭日が重要だった

つまり明治になると西欧列強に対して立ち向かうために強力な中央主権国家が必要になった、富国強兵が国民総意になった、その国民をまとめるために天皇が大きな役割を果たしたのである
だから何か革命としても復古であり時代が逆戻りしたともなる
そこに日本の近代化の大きな矛盾があったのである
でもそうだからこそ日本はまとまることができたとなる、日本では天皇が依然として大きな役割を果たす力をもっていたのである
それは南北朝時代に二人の天皇になり別れたとき全国隅々が二つに分裂して熾烈な争いになった、そのことでも天皇が二人になることは日本では深刻な分裂になった
天皇が国をまとめていたからそうなった、そこにまた日本の力となるものがあった
それはまた悪い面として働くものにもなった、戦争ではそういう面があった

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このように天皇中心の歴になったのが明治である、紀元節とか何か古代に返りなじみがないとなる
ただ明治というのは大きな時代を作った、だから明治となると日本の歴史でも特異な位置をしめることになった
でもその後の大正とか昭和となると明治のような評価がない、大正デカダンスとかなり退廃的なものを感じる
ただ大正は15年だとする短い、そこに何かしらの時代を見れるのかとなる

でも私の父親は明治生まれであり母は大正生まれであり姉も大正生まれである
だから大正時代に親しみをもっている
つまり人間は祖父母の時代までは具体的にその時代を知る、でも江戸時代となると年号があり時代があってもわからなくなる
それで郷土史を調べていて墓とか古い碑をみる、そこに年号を見るのだが時代を逆に見たりする、いろいろな年号があってもそれを時系列で見れないのである
そんなことは明治以降だったらありえないのである
大正が明治の先に来たりまた昭和が明治の前に見ることはありえない
でも江戸時代だと時代を時系列で見れなくなっているのだ

とにかく明治は日本の歴史では大きな重要な時代である、それで「降る雪や明治は遠くなりにけり 中村草田男」というのが国民に知られるようになったのはそのためである
明治は日本にとって特別な時代だったのである
その後の大正とか昭和になると何かそういう感覚がなくなる
複雑なのは昭和となると戦争の時代の戦前と戦後に分かれて全然違った時代になったことである

昭和生まれでも戦後生まれと戦前生まれは全然違ったものとなっている
教育からして全然違っていた、それで戦前生まれでも小学生だったと人でも戦前の教育を受けている人は違っている
その世代の差が大きいのである、軍国主義教育でもそれを評価している人もいるからである、戦後は常に戦争は否定されてきた、でもその時代を生きた人は違っていたのである
何かその時代をいいものとして回顧もしているのである
だから戦前と戦後生まれの世代の差は大きいのである
つまり戦前生まれと戦後生まれは人間がそもそも大きく変化したのである

そして団塊の世代は貧乏時代を脱して高度成長時代を経験したのである
何度も言っているように燃料は炭であり何もない所から出発して三種の神器のテレビ、洗濯機、冷蔵庫とかをもつようになったのである
その熱狂は凄まじいものだったのである、テレビにかじりついて毎日見ていた
最初はテレビのある所に人が群れ集まったのである
まさにテレビ時代だったのである、テレビに映るというだけで驚異となっていたのである番組がなんであれそこに映像として映ることで人は魅了されたのである
だからテレビに映るだけで有名人になり選挙に当選した
芸能人がテレビに映って知られているからその人がどうであれ当選できたのである
青島東京都知事になったのもそうである、何の選挙運動しなくても知事になれたのであるそれはテレビで有名になったからである
でも一方で有名なラジオ時代のアナウンサーは姿を消したのである
なぜならテレビ時代は顔とか姿を見るから声だけの人は受けないからである
だからテレビ時代はアナウンサーが脚光をあびたとなる、スターになったとなる

いづれにしろ年号がこれだけグロ−バル化しても日本では採用されているのもそれが通用するのかとなる、また年号自体生き残れるのかともなる
年号というとき昭和からすでに平成になり30年過ぎた、そして令和になった
では昭和はどういう時代だったのか?
それは高度成長時代でありジャパンアズナンバーワンの時代で高揚した時代だったとなる平成はどうかというとその高度成長から失われた30年という経済的には停滞した時代である
そこに氷河期世代とか何か不遇な世代が生まれたのである
その人たちは40歳くらいになり不満を募らせている
人間は世代の差が大きい、5年ちがっても10年ちがってもなかなか理解できなくなる場合がある
高度成長時代を知らない者は絶えず日本が低迷している時代を生きて来たから日本自体がとてもジャパンアズナンバーワンとかの感覚はない
貧困にあえぐだけの国であり日本を脱出したいとまでなっているからだ

とにかく平成から令和というとき令和はさらに日本経済が低迷する
そして少子高齢化で貧困化して最悪の状態になり格差社会となり不満をつのらせたアンダークラスなどが暴動を起こすというときそれもありうると思った
日本の経済見通しで明るい見通しをしているものはほとんどいないからである
アベノミックスなどは官製の政策であり官製のものでしかない
むしろ非常な危険な暴動まで起きる時代に令和はなる
何か令和というのは冷たいという感覚になりまさに冷たい和であり明るいものをイメージしないのである、万葉集から引用したというがそういう春の感覚はまるでないのである
平成というのも実際は平であり伸びないということである
低成ともなっていたのである、そういう失われた30年が平成だったのである
そして令和はもっと悪い冷たい時代なのである、日本がさらに冷えてゆく時代なのである
なぜ自分自身でも60以上になって介護とかその他いろいろ苦しんだのか?
大金は盗まれるとか、介護で助けられると思った人は事業に失敗して借金で追い詰められていてそれで借金を要求されるとか地銀では投資信託で損するとかいいことがなかった
銀行自体もう投資先がないもうける先がないから確実に手数料がとれる投資信託をすすめる、それは客はもうからないものだったのである
ただ金をあづけていれば利子が7パーセントついた高度成長時代とはあまりにも違っていたのである、銀行に金をあづけるともう利子をとられる、投資信託などをすすめられて金を奪われる時代になったのである、その相違も大きい
日本はすでに後進国でありますます貧困化してゆく、そしてその先に見えるのが不満をおさえられなくなり暴動化してゆく、そういう危険な時代が令和だとなる

ただそうはいってもなんらか一筋の光明をみつけてゆくのが人間である
いつの時代も常にすべてがいい時代などなかったからである、戦争時代から比べれば良かったともなるからである、そこで有能な青年が死んでいったからである
だからどういう時代に生まれるでその人の運命も左右されることは確かである
でも時代を親を選ぶことはできない、それが運命なのである
明治維新でもやはり時代を切り開くということがありその時代を作るのはこれからの人だとなる、でもヨ−ロッパが衰退したのはポルトガルで地震があり壊滅的被害がありそれ以後、冒険的精神が失われたという、そういう何か進取の精神とかも時代を作るのに影響している、今の若者にそういう精神がないというときこれもまた日本が衰退してゆくものとなる              

ただ令和というのは内面性を深める哲学とか宗教とか芸術とか何かそうした文化的なもの国風文化が興隆する時代となるかもしれない、成熟した文化の時代になる
経済は衰退しても文化的にはそれだけ蓄積したものがあり華開くとなる
それが自分自身が旅をしつづけてまた蓄積したものが華開いているということがそうである、そして少子高齢化は負の部分が多いのだが長寿というのはそれだけ長く生きるから
文化的なこと知識の分野とか芸術の分野とかでは有利である
ともかく人間は学問するにも芸術を究めるにも時間がかかるからだ
だから自分の場合ようやくこの年になっていいものが詩でも俳句短歌でもできているなと実感する、そして何かいろいろなものを深く鑑賞てきる、批評家に向いてくると思った
ますなかなかそもそも文学でも理解することがむずかしいからである
本を読んでいても理解していなかったからである
そういう面では成熟した文化の時代になるのが令和だとなりこの年号が何かふさわしい感じもするのである   



posted by 老鶯 at 10:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2019年10月06日

どうしたら栄るのだろうか? (歴史をふりかえるー国や市が栄えた理由)


どうしたら栄るのだろうか?

(歴史をふりかえるー国や市が栄えた理由)


人間は栄えることを求めている、具体的になればみんな金が欲しいとなる
豊かな生活をしたいとなる、これを否定はできない
では歴史をふりかえりどうして国が栄えたのだろうか?
その例としてなぜヨ−ロッパが栄えたのか?
世界を指導する国となったのか?

●資源
●貿易
●産業革命
●資本主義
●天才の多様な排出(教育)
●宗教の影響


なぜヨ−ロッパが栄えたのか?そしてなぜイスラムが衰退したのか?
これも大きなテーマとしてある、イスラムがヨ−ロッパより栄えていた、それがオスマントルコだった、ヨ−ロッパはもともと辺境の地域にになっていた
それでヨ−ロッパの女性が5ドルくらいで買われていたとかなる
貧困国は女性が安く売られる、アジアでもカンボジアなどは最貧国であり5ドルだとかなる
つまりヨ−ロッパはこのようにむしろ遅れた国々だったのである
ただローマ帝国が一時栄えた、その後は暗黒の中世時代になった
ではなぜヨ−ロッパが栄えるようになったのか?
これも複合的な原因があり一つではない、例えばその基本になる宗教が栄えをもたらしたともなる
イスラム教とキリスト教国を比べるとイスラム国は衰退した
キリスト教国はヨ−ロッパで栄えたとなる
するとなぜイスラム教では栄えなかったのか?
またなぜキリスト教で栄えたのかという理由が必要になる
だから仏教と儒教も関係していてアジアは宗教のために停滞したとかなる

何らかでキリスト教と資本主義が結びついていたことはウェバーのキリスト教から資本主義が発展したという思想でもありうる
なぜなら資本主義が修道院から生まれたとしているからだ
神に奉仕するために勤勉に働き他者に奉仕するという修道院から生まれたという思想である
ではなぜイスラム教から資本主義が生まれなかったのか?
これも理由があるとするのはその後の歴史でイスラム国が停滞したからである
でもイスラムの方がヨ−ロッパよりも優れていたのである
代数学とかか化学とかいろいろな面で優れていた、ヨ−ロッパは遅れていたのである

ヨ−ロッパ文明が世界を主導したというのが20世紀とかまでであった
それは大航海時代からはじまっていた、この大航海というコロンブスのアメリカ発見とかもヨ−ロッパが世界を主導するものとなった原因である
それは軍事力の征服でもありそれで南米のインカとかが呆気なく滅ぼされた

そして最初はポルトガルがスペインが大航海時代の先駆けとなり栄えたのである
南米から黄金がもたらされ金ぴかの聖堂が作られたのである
ただポルトガルとかスペインは泥棒国家ともされていてたちまち衰退国家となった
栄える国ではなくなったのである

そしてイギリスが七つの海を支配したという時なぜ栄えたのか?
それはポルトガルとかスペインとは違って略奪国家ではなかった
産業革命をしたことが大きかったのである、技術革命があったことが違っていた
それはアメリカがITで栄えたのとにている
技術革新があり栄えた
その前にヨ−ロッパは科学分野でも様々な分野で天才を産みだしてきたのである
だからなぜヨ−ロッパには天才があれほど生まれたのかというのも栄える理由となる
天才というときたいがいヨ−ロッパでありイスラムの国々から名だたる天才の名が出てこない、たいがい学んでいるのは理系文系でもヨ−ロッパなのである
だからこれもなぜなのだろうとなる

そして日本ではなぜ明治以降とか戦争があっても焼野原になっても高度成長時代があったのか?
その理由が何であったのか?
3百万人が死んでその後なぜめざましい経済発展があり栄えたのか?
それはヨ−ロッパのように産業革命があったとわけでもない
ただ電器製品を外国に売ることで豊かになった
それは何か発明したわけではない、イギリスの産業革命のように鉄道の発明とかをしたわげではないのである 

ただイギリスは結構石炭がとれる国でありそれで蒸気機関車が作れた
資源がないと産業革命も起きない、その後石油文明というように石油がとれる中東はイスラムの国々の栄える基となったからだ
ただイスラムの国々でも何か発明したりしていないのである 
何か科学でも学問でも芸術でもイスラムから学ぶということがないのである
ただヨ−ロッパ文明にはイスラム文化が取り入れられているというだけである
そういう国はいづれ石油が枯渇すると栄もなくなることは見えている
資源があるだけでは豊かになれない、その石油でも石油を精製することが自国できない
それは先進国で日本の技術とかでもしているからだ
工業力があって活かせるのである


国が栄えるという時実際はいろいろな要素があるから一概に言えない、それを国内で考察すると長者伝説が必ずある、炭焼長者とかも山ではある
それは木材資源があり炭焼く技術があって長者になった栄えた伝説である
資源が栄えるというとき海だと大漁があり豊かになることがある
日本が栄えたという時江戸時代には新田を開拓して米の石高を増やして栄えたとなる
農業で栄えたとなる、ただ稲作がないときでも栄はあったのである
縄文時代でも縄文土器を作っていたのだからそれが栄の標しだったのである
いつの時代にもその時代時代の栄がありそれが文化財として残っているとなる

日本が栄えるというときなぜ高度成長時代があったのか?
その時は国全体が上昇気分にあった、私の家でも角にありそこで子供向けの店を開いたら繁盛したのである、その頃物がないから物を置くと売れたのである
そして角だったから場所が良かったからはやったのである
なぜかというとその頃車などもっていない、道は舗装されていない、ほこりがたつ道だったのである
でもそんな場所でも小さな店でも繁盛したのである
それは例えば都会だと中小の工場も注文があり繁盛した
それで人手不足になり地方から金の卵として中卒者が集団就職したのである

そういうときは別に特別の才能が必要ない、私の家でも商売に向いている人はいなかった母は内気な人でありとても商売に向いている人ではなかった
でも高度成長時代はそうした個々の能力と関係ない、みんな繁盛したのである
そういう時代は起業すればもうかるとなっていたのである
また貯金すれば利子が7パーセントとという時代であり金は増える一方だったのである
今になると高度成長時代は特別な時代だったのだとふりかえる
その後失われた30年とかなりもう日本は貧乏になり後進国に脱落したとなるからだ
その相違も大きいとふりかえる

でもなぜ高度成長で日本が栄えたのか?それは日本が技術革新したとか技術が優れているわけではなかった、私は理系でないし科学技術のことがわからない
でも今になると韓国でも中国でも日本と同じように家電を作っているしかえってスマホとなる韓国中国が作って日本の作ったものは売れない
ITで日本は遅れをとった、そして原発事故とかあり日本は技術が優れているから事故が起きないというのは嘘だった
しきりに今でも科学者が日本の技術が優れていると自慢しているがそれは右翼の自己自賛に好きなんがたのである
日本が一時的に世界に先んじて電器製品を作ることができた
それは日本人が発明したものではない、日本人は発明が得意ではないからだ
壊れないものとして作る技術はあったとしても発明はなかったのである
エジソンのような人は日本から出てこなかったのである
それはヨ−ロッパから様々な天才が出たのに日本からは出なかったからだ
もちろん江戸時代にもそういう人はいたが実際に実らなかったのである 

ただ日本だけが明治維新で西欧化できたアジアでは唯一の国だったのである
植民地にならない唯一の国だったのである
だからそれは誇ることができるのである、アジアはみんな欧米の植民地化したからである
ともかくなぜ日本が高度成長時代がありその後30年の停滞がありそしてもう没落して衰退国家になる、栄いは失われてゆく
それでなんとかまた栄えるようにと国でもアベノミックスとか金融で成そうとする
でもそれは官製のものであり金融でごまかした景気にすぎないからすぐに限界がくる
現実には給料が上がらないとか少子高齢化で日本がどん底になるとか言われる
もうそういう悲惨な未来しか日本には見えないのである
それで経済の起死回生はありうるのかと模索する

でもそれも見当たらないのである、資源はないし貿易もだめでありその精神も惰弱化している、日本の若者が他国に比べて何か向上心がないという
かえって今はベトナム人とかネパール人などが貧乏だからかつての日本のように向上心かある、だからベトナムなどはいづれに日本に追いつくとなる
そして日本にはもう外国人も来ない国となると言われる、それだけの魅力がない国となるただインパウンドで旅行者は来る、それは日本が旅行できる安い国になったからである
それは東南アジアとかに日本が大挙して旅行したと同じなのである
外国人の方がデパートとかでも歓迎されている
日本人は買い物をしない、外国人が高価なものを買っている
日本人はスーパーの夜の安売りの弁当にむらがっているという
高いものは外国人が買っているうというyoutubeの報告もある
日本はもうすでに後進国であり貧困国になっているのである

それと東日本震災の影響も大きい、ポルトガルでも大地震がありその後海外に出る冒険精神は失われて衰退国家になった、そこで問われているのが冒険精神が進取の精神が喪失したことだとされる
日本の東日本震災の影響も大きい、その衝撃は地元では今でもつづき立ち直れないのである
それに原発事故にもなり立ち直れない、ダブルパンチで立ち直れない
ただ原発でも日本が資源がないから原発国にするということ科学技術の先進国の位置を保つとういことがあった
それは核武装のためでもあり国で支持したのである、それが津波で打ち砕かれたのである
そして原発で栄えることはありえないことを証明したのである
この辺で船主とかは原発御殿が建ったとしても福井県の高浜町でも町の助役が原発マネーで原発御殿をたてていた、そのスケールは違っていた

つまり原発は地方では栄えさせる唯一のものだったからそうなった
その後の処理でも除染でも7兆円とかかかったとかとてつもない金が流れた
そして補償金でもめたりしてかえって地域は分断されてモラルの崩壊になった
その補償金でフィリンピンの女性に貢ぎ仙台に店をもたせて金がなくなったという人も現実にいた
原発マネーは一時的でありそれは栄をもたらさないのである

だからそもそも栄とは何なのか?本当に真に栄えるとは何なのかが問われたのである
科学技術が栄えをもたらすことはあった、でも原発はもたらさなかったのである
何か原発マネーは人間を狂わせてモラルを喪失させるものなのである
モラルを喪失させるというとき現代の強欲資本主義もそうである
金しか価値観がなくなりグロ−バル経済の中で数パーセントの人に金が流れる
ここでもすでに資本主義か崩壊しつつあるのだ
それは資本主義にはモラルがないからである、数パーセントのものに富が収奪されているからである
だから世界中で格差が広がり暴動も起きてくる、日本でも大人しいがこれから貧困がますます激しくなると暴動が起きると予告する人が増えている
自分もそう思う、原発で恩恵を受けてもそれか真の栄にはつながらない
モラルの退廃を生んでいることは福井の高浜町でも同じだった

原発とともに栄えることはありえないのである、豊かになりたいからと原発にすがることは危険だったのである、そして原発では国は栄えないということを国民は知るべきなのである
では何が栄えさせるのか?それが日本の農業だというのも何なのだとはなる
農業では金にならていからと工業化して貿易で電気製品を売り高度成長したからである
でも日本の農業は技術的に優れている、世界でも比べても優れていたのである
だから最近日本でも銀行が農業に投資しているのである
例えば常に国家でも都市でも栄枯盛衰はある
中東のペトラは交易都市として栄えた、でも交易ルートからはずれたりして取り残されて衰退した、貿易で成り立つ国はシルクロードが海の道として栄えても大航海時代で廃れたそういうふうに交易ルートが変わると衰退する

でもペトラは交易都市として栄えたのもそうである
でも都市は廃墟化してもその周りで農業して生き残っていたのである
継続してい生活していた人たちがいたのである、何かオリーブとか果物を栽培していたのである、だから農業は最後に継続するものとしてある
結局人間を最後に支えるのは食料だからそうなる
食料があればまた何か後の栄がありうるとなる

原発事故はその食料となる農業をできなくさせる、汚染させたから深刻だったのである
だから原発では栄がありえないのである

海犬養宿祢岡麻呂(あまのいぬかひのすくねをかまろ)の詔(みことのり)に応(こた)ふる歌一歌一首 

御民(みたみ)われ 生(い)ける験(しるし)あり 天地(あめつち)の 栄ゆる時に あへらく思(おも)へば

ここでは栄とは天地とともに栄える自然とともに栄えるということだった
日本の天地国土とともに栄えることであった
でも原発はその日本の国土を汚した、そこに栄はなかったのである

確かに原発マネーで豊かになっても結局活かされないのはやはり金が入るだけでも栄ないこの辺でも原発マネーでモラルは喪失した
補償金で何をしているかというとギャンブルでありある人はフィリピン女性に貢ぎ仙台に店を出させて金がなくなったというからふざけている
そして何か言うとなぜかわいそうな原発避難民を批判するのだと怒る
いつまでも被害者であり援助すべきだとなる、それもフィリンピン女が金が欲しいからだとなる、これは極端にしてもそういうことがある
だから原発マネーがすべていいように働かないのである
金ですべて解決するというわげでもないのである
そのようにモラルが荒廃したときとても栄えるとは思えないからだ、ローマ帝国でも最後は豊かになってモラルが腐敗して贅沢になれて滅びたからである、金が入り贅沢過ぎることが滅びに通じているのである

だから人間は天地からまたは海からでも離れたとき栄はない、栄をもたらすのは天地であり人間の科学技術ではないともなる
それが原発事故で示されたともなる

とにかく世界史的に見れば中東からヨ−ロッパからその延長のアメリカと栄えて次にその原点のアジアにもどってきた、アジアがもともと産物が豊かだったからである
ヨ−ロッパは産物が豊かな国でないから大航海時代になりアジアの富を収奪して豊かになったとなる
そして21世紀は22世紀はアジアの国になるという時大きなサイクルで見ればそうなるただ一時的に日本のように後退して衰退してゆくとなるともみる 、そういう大きな歴史の流れは変えられないということであ

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中東が世界でぱ最初に栄えた場所だった
それがヨ−ロッパに移りアメリカに移った
アジアはこことは別にインドがあり中国があり栄えていた



身近な経済(地方の生活ーそこにも発見がある)


身近な経済(地方の生活ーそこにも発見がある)

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原町の道の駅で買った白い茄子




経済という時、グロ−バル経済に地方でも巻き込まれている、身近な生活というとき私は一万の町で暮らしている
とにかく買い物が仕事である、毎日二回くらいスーパーに行くことがある
そして買い物は種類が多いからむずかいしわからないのである
何があり何を利用していいかわからない、料理だけはだから今でもまともにできない
そして買い物でも失敗が多いのである

どういうわけかツルハのドラッグストアーで着るものでいいものを売っていた
パンツでも肌触りがなめらかなものであり気持ちいいのである
次に長袖のTシャツとかもなめらかで着やすいのである
それからポケット付きのスポーツタイプの長いパンツも着やすいのである
なぜポケットがないと困るかというとサイフが重いからである
そしてこれにはチャックがあるから落ちないので安全なのである
それが今まで発見できなかった
それで通販で買うことが多かったが手にとったりできないとかで失敗も結構あった
着るものはやはり実際に見て手に取ってみないとわからないことがある
だから通販がすべていいとはならないと思った

ツルハでは品物が少ない、本当に少ない、でも選ばれたものを着るもので置いてあった
そこで今は種類が多いからこうしていいもので安いものを選ばれてあると買いやすいと思った、一万の町では常に品物を見ていられないことが問題だったからである

今日は道の駅販売店で地元の野菜を売っていた、それも白い茄子を売っていたのに驚いた農Tube委員会チャンネルで小規模農業が生き残るにはこうした大量規格品でないものを栽培して売ることだと言っていたのこはこのことだった
現在の農業は実際は8割が一千万以上の収入がある大農家で生産して規格品を大量に出している、中小の農家はもう補助金農業とかなるから退職金を与えてやめさせるのがいいという人がいる、現実にそうした農家は高齢化でやめざるをえなくなっているのだ

それで知っている人の野菜を作る畑の前は病気になり死んだ、その隣も老人が車にのせられて這ってしていたが力尽きて放置された
それで土手の道の前の畑は半分が荒地化している、原発事故以後放置されるようになったのである
第一草刈るだけで頼んだら何万とかうなってもらのうにいくらだとか金食い虫になっているのがその畑である
その金を自分が払っているからそんなことしなくてもいいとなってしまう
小さな畑とか趣味でやるにも金がかえってかかり収穫はほとんどないのである
それでキュウリ一本一万にもなる、もらったのは数本のキュウリだけだったからである

それで奇妙なのはその川岸の土手の道にウサギを見た
そこは街が近い場所だから普通は出ない、ただウサギはちょっと街から離れた所でもみかけた
ではなぜウサギが出て来たのか?
それは川岸の前の畑が半分くらい荒地になってその草ぼうぼうの荒地は隠れやすいからなのかと見た
また川岸は草ぼうぼうになって隠れやすいからそこに身を隠して出てこなかった

うさぎ追いしかの山・・・というとき昔はウサギは結構街の近くに出没していた
でも私は子供の時そういう経験はないのである
田舎の生活ではそうして自然の中で生活することがいいのである
土手の道をでんでん虫がまだのっそりと歩いていた、そこは車が通らない

不思議なのは田舎で生活していても退屈で平凡になるから嫌だとなる
でも発見することがある、そのウサギを写真にとれなかったことが失敗だった
何か見慣れた光景でもこうして変化がある
何かしらの発見がある、ただそれは見る人によるのである

ただこの辺は限界集落とかではない、隣にも4万の市があり南相馬市となると原町はもともと5万くらいの都市だったから違っていた
ただ正直田舎というのは地方には金持ちになるチャンスが非常に少ない
それはなぜか?
田舎には金持ちにする機会がないのだ、地銀の人が来て投資信託などして損したことでもわかる
その営業の人は銀行でも株とか投資信託も知らなかったのである
素人同然だけで手数料が入るから適当に自分の金をつぎこんで手数料とるだけだった
なぜなら株が上がっているのにそれを投資信託に回して損したからである
その営業の人は株とか投資信託に何の知識もない
分散投資が基本としてある時それすら守らなかった、株とかも分散投資にしてもっていれば良かったのである
ただ自分は忙しいからみんなまかせたのである   

もし都会だったら仙台でも住んでいたら選択する所が多くなる、すると相談できる場も増える
田舎では地銀でも町に一つしかないからだ
それから都会だといろいろ選択できる、医者でもそうである、田舎では選択もしようがないからだ
そもそも医者がいればいいとなっているからだ
それでむずかしい病気になると仙台と福島の医大に行くほかないのである
金儲けでもビジネスをするにしても田舎では不利である、まず需要がないからである
現実に田舎の市場でトマトが一個400円したとかなる、それを買う人がいるのか?
都会だったら金持ちがいるから買うからすると田舎でも金持ちになる農家が増えるとなる
それは中国で都会に野菜を売って金持ちになった村があったからである
田舎では需要がなんでも限られているからである

今田舎とか地方の生活は苦しくなっている、常に明日食べる食料が買えないとくる70歳近くの女性がいる、国民年金の額が少なすぎて基本的に生活できないから常に水道をとめられるとか電気を止められるかと騒いでいるのである
その息子もいても余裕がない、その息子は建築関係でも正社員なのである
仕事で怪我して労災をおりるとか社長は社員のめんどうみがいいのである
でも親が青森に介護に送られていて何か介護用品の請求で金を払わされている
それも苦しいと思った、介護というのは長いし金もかかるのである
私の場合は介護に金はかからなかった、でも施設に入れたりしたらかかっていたかもしれない、その点は救われたのである
ただ一人で苦しく大金を盗まれたとかの被害があったからやはり金はかかったのである

家族がみんな死んでわかったことは一人暮らしというのが老人にとってどういうものかわかりつつある
一人というのは良くない、一日しゃべる人がいないということは精神的に良くない
孤独がいいということはある、でも人間は一人だと良くない
その女性とはただたわいもないことを話すだけで何か孤独でなくなる
そのために金を払っているともなってしまう
話がうまい女性だからである
だからわかったことは女性でも男性でもこうして家族がいなくても友達とかいれば孤独にはならない、たわいもないことを話していてもそうである
孤独死とか孤立死とか現代では成り安い、でも何かそうした人が回りにいれば家族がなくても孤独を感じないのである
私はとにかく人付き合いをしなかったし今もしない、それが異常化していたのである
今でも人付き合いその女性としかしていないのである
ただ家族が死んでから介護になってから人とは話すようになった、もともと話せないというわけではない、話すことが面白いという面もあった、ただ基本的に人付き合いが苦手なのである

田舎暮らしを老人は憧れる、実際老人は田舎の方が向いている、
でも辺鄙な田舎で生活すべきではない、近くに都会がある方がいいのである
やはり買い物とか楽だからである
私自身が今や仙台にすら今年一回行ったとかで遠くに行っていない、それはやはり人ごみとか嫌になり騒々しい所に行くことが疲れるからだとなる
それも年になったせいだと思う、前からそういう気質があり都会を嫌うようになったのが自分だたからである、それで旅行は世界まで60までつづけていたからこれも異常だったとなる
そして今ではそうした経験を記憶したものを文や詩とかにして書いているのである

でで虫の歩みの遅くこの道にウサギの出るや草深きかな


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2019年10月05日

駅で島商会(shima)に行く名古屋の自動車販売会社の人と出会う


駅で島商会(shima)に行く名古屋の自動車販売会社の人と出会う

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今日駅で会ったのはシャツにrukunetと印刷してあったので楽天なのかと思った
聞いてみたら名古屋の自動車販売の会社だった
どこに行くのかと思ったら(島商会)だった
島商会は中古の車をロシアとかに売っているこの辺では有名な会社である
松川浦からも車を出しているのか?
ウラジオストックに運びそれからロシアに鉄道で運んでいる
客船は新潟から出ているし自分も行ったことがある

名古屋だとトヨタがあるから車の販売があることはわかる
駅であったのはそうした会社の人も来る
一番来ていたのは津波や原発事故以後は工事関係者だった
今はあまり来ていない

東北電力の原町火力発電所にはドイツ人が来たり風力発電関係でもドイツ人が来ていた
風力発電はドイツが先進国だからである
その他東北サッシと友伸エンジニアリングの社長も来た、その人は神奈川とかに住んでいた、あとはタニコーの人も迎えに来ていた
鹿島区ではこのくらいの会社しかない

ただわかったことは駅に外から来る人で聞いてみると人の流れがわかる
どういう仕事で来たかもわかる、ただみんなに聞けるとは限らない
今回はシャツにrukenetと記してあったので聞いてみたのである

島商会はこの辺では大きい会社である、200名くらい雇っているから大きな会社である外国人も島商会に来たのを知っている、それは黒い肌の人だった
どこの国からわからないが中古車を欲しい人が外国から来る
日本の中古車は人気だからである
あそこも高い場所だったか津波が来て一部車も濡れた、でもそれより高い所に会社があったから助かった
あんなところまで津波が来るということの驚きである
そこは下を見ると平地とか見ると相当に高いからである
だから海岸は高いと思っていても今回の様な津波だったら被害になる
それで怖かったのは東北電力の原発工事が小高と浪江の中間点ではじまるところだったことである
それは今回の事故で中止になったのである
ただあそこの高台までは津波は来なかったみたいだけどどうなっていたか本当に怖かった

ただロシアは意外と北海道から近いとしてもなじみかない、交流がない
旅行もしにくい、ロシアは観光客を歓迎していない
その点韓国になると全然違っている、歴史的にも古代から交流がある
その差が大きいのである、シベリアとなると極寒の地でありそれも影響している
あまりにも寒いから強いウオツカのようなものを飲むほかないともなっていたのかもしれない

島商会は外国に中古車でも販売すると国際的な会社だとなる
それも立ち上げた人は地元のひとである、島という姓の人である
国際的だから前に英語のできる大卒の人が雇われていた
その人はすでに実務をできる英語の能力をもっていた
今は秋田国際大学が人気なのは英語の実務能力が身につくから就職もできるからである

ただこの辺は東北電力の火力発電所とそれから双葉大熊富岡の原発の経済効果が本当に大きかったのである、今でも原町火力発電所は働き場所として大きいのである
原町で働き場所がないと言っていた人はもしかしたら原発があればまたそっちの方に働きに行っていたかもしれない、15万ではやっていけないと言っていたからである
そういう人にとって原発があることは助かるから原発をやめろとか言えなくなるのであるただ原発事故でわかったようにそこに危険があった
住めなくなったということは何であれ最悪である、15万の給料でもなんとか生活していれば住めるとはなる、でもそれに賛成る人はいないのである
ただその人は原町火力で階段を上り下りがきつくなってやめたのだから働く場所はあった年取ってそれができなくなってやめただけなのである

原発マネーの怖さ (高浜原発で起きたこと福島で起きたことは同じだった)


原発マネーの怖さ

(高浜原発で起きたこと福島で起きたことは同じだった)


断りを入れても、バッグの中に物品を無理やり突っ込んでくる。正直、怖かった」(関電関係者)。「歯向かうものに威圧的な態度を見せることもあった」(町議)

「偉大」「怖かった」高浜町元助役の素顔は

父は漁師だった。だが船が小さく、満足な漁獲も得られない。土木作業で日銭を得る毎日だった。

 町は小さな農村や漁村ばかりで、主だった産業はない。企業誘致もままならず、働き口を求めて若者は都市部に流出した。


人口約1万人の高浜町では、100億円ほどの一般会計のうち原子力関連収入が50%を占める


あの人に逆らったらこの地域で生きていけない

原発マネーは巨額なのである、この辺も小さな農村漁村であり零細である
それは双葉町や大熊町辺りはチベットだとかこの辺でも言っていて出稼ぎをしなくてもいい地元で働ける所が欲しいとして原発が建てられた
その時原発を誘致した実力者はやはり森山助役のように町の功労者になっていた
こういう土地で生活するとなるともう原発に反対できない
その原発マネーが巨額であり町の財政の5割が原発マネーだったのである
その波及効果も大きいのである

この辺でも小高の人だったが親に農業はするなと殴られたということを聞いた
それだけ農業だけではやっていけなくなった時代になる
漁業でもそうである、漁業だけでは成り立たない時代になっていたのである
それで今になるとおかしかったのは松川浦の漁師が魚がとれないとか売れないとか生活が苦しいとかプログで報告していたことである
それを見ていて漁業は苦しいのだなと見ていた
現実は補償金をもらっていたからそういうことはなかったのである
ただどのくらいもらっていたかはわからない、船主は高額で原発御殿を建てたとしていてもその他はわからないからだ
でも漁業組合には東電から補償金が入っていたから生活が苦しいとまではなっていなかったと思う

高浜町でも零細な漁業であり出稼ぎに出ていた、地元で仕事をして安定したいということがあった、その要望が大きいから原発を積極的に推進する森山助役の力が大きくなった

あの人に逆らったらこの地域で生きていけない。

原発の経済的効果がこれだけ大きいからそうなる、この辺で南相馬市でも話を聞くと本当に原発で働いた経験のある人が本当に多いのである
それだけ原発は他の仕事より金なにからそうなった、必ず原発で定期的ではないにしろ働いた人が多いのである
その恩恵が大きいから反対できなくなる

国内初の「プルサーマル」(プルトニウムとウランを混合した燃料、MOX燃料を燃やす原子力発電)に固執する“高浜原発の天皇”。ことごとく“天皇”に反発する地元高浜町の町長……。「喉元を犬にくいちぎらせたれや」。“天皇”から、完全犯罪を命じられた警備会社幹部が町長を追尾する

これも怖い話である、プルサーマルではこれだけ連日福島県ではテレビで放送していた
それは関心がなくても毎日のように放送していたから覚えている
ただこの内容が良く自分はわからなかった
そして前の知事の佐藤 栄佐久氏が失脚した、それは渡部恒三議員が福島県のボスであり
その圧力がかかり何か他の弟の会社が摘発されて失脚した
その構図が似ているのである

原発の問題はそれが危険なのものでありだからそれを作るには何か正当なものとして主張できないからそこに闇が生まれる、闇の勢力にも頼るとなる
地元の人に正当に説得できないしそれもめんどうだとなり地元の有力者に頼る
その地元の有力者が森山氏だったとなる

田舎では土建会社が主な働き場でありそれが地方の実力者になる、するとそこで働く人が多いのだから逆らうことができなくなる、だから津波や原発事故で工事が増えて地元の土建関係はかなりもうかって豪邸を建てた社長もいるとなる
津浪の被害でも関係なく船主は立派な家を真っ先に建てたからである
原発マネーは莫大なのである、土建関係というときゼネコンでも除染の費用として7兆円とか使われたのにも驚いた、大手のゼネコンでもそれだけ金が国から入るのである
そして自民党の献金が大手のゼネコンから増えたとなる
つまりこれも原発マネーの還流だったのである

いづれにしろ今回の構図は福島原発と似ていた、それは原発そのものが正当に住民に納得させることができないものだからそうなっていた
それで国とか政治家でも官僚でも御用学者でも自治体でもマスコミでも一体として安全神話を作ったのである
それは絶対に安全だと言えないからこそ安全神話を作り上げて安全を強制されたのであるその根本にやましいものがあったからこそそうなったのである
そして住民に対しても原発マネーの恩恵が大きいのである
高浜町というとき一万とかの人口であり原発が誘致されて2000人とか人口が増えたことでもわかる、その波及効果も町の財政の5割が原発マネーだというときそうなる
もはや町全体が原発に依存するものとなってしまう
そうしたら原発に反対できない、そして森山氏に逆らうことはできなくなる

あの人に逆らったらこの地域で生きていけない。

これが実感である、この辺でもそうである、原発マネーの恩恵が大きい、するとそれに逆らうものはこの辺では生きていけないとなっていたのである
ただ南相馬市とか大きいから事情は違っていた、それなりに工場とか会社はあったからである、すべて原発に頼るということではなかった、でもその波及効果は大きかったのである、浪江で二万人の人口があるというとき原発関係でそれだけの人口を維持できていたというのもそうである、浪江は隣が原発なのだから余計にそうだったのである

でも逆にこの辺では  

あの人に逆らったらこの地域で生きていけない

原発事故で住めなくなった

まさか住めなくなるのがその住民になるとは思いもよらないことだったのである
そんなことを考えることもなかった、でもこれが原発事故が起きたら現実になる
もし地元に住めなくなるとしたらそういう危機感をもったらなんらか原発をなくても生きる方法を見出すだろう、故郷に住めないよりはいいとなるからだ
それで蝋燭でも家族で地元に住めるのがいいと言っていた人がいたのである

ただプルサーマルで暗殺計画までしていたとなると怖い
それは福島県でもそこまでいかなくてもそういう圧力がかかっていたのである

とにかく原発マネーを今度は関西電力の幹部に還流していたというのも何なのだろうと思う、その金を受け取らないと森山氏から脅迫される

なぜ脅迫されたのか?

それはやましいことが関西電力にあったからだ

だからそれは長い間そういうことが行われていたのである
原発というのはそういうものなのである、だから福島原発と同じ構図だったのである
原発マネーの毒が回っていく

そして金をもらうということはそれが具体的なカルマとなる
それでヤクザが金をもらったからと殺人までする、そこまでしなくてもいいとなるがやはり金をもらったということでそうなった
だから金とは怖いものなのである、金をもらえばいい、ただもうければいいとしかない
でも金を受けとったことがカルマとなり追求される
もし受け取らなかったらこんなことにならなかったからである

結局これだけの事故が起きても依然として原発マネーは力があり住民は危機感をもたない現実に地元に住めなくなった人たちを見ているのに危機感がないのである
人間は危機感をもてないのだ、それは津波でもそうだったし危機感が欠如するのである
それが人間の習性なのである、何もなければ何も起きないとなってしまうのが人間なのである
津浪でもこの辺で400年津波が来なかったから津浪はこの辺には来ないといんう確信までになって逃げないで死んだ老人が多いのである

いづれにしろ原発事故はまた必ずいつになるかわからないにしろ起きることは確かであるその時地元に住めなくなるのである、そういう危機感をもたなければならないのである
でも戦争でも70年無ければないと思う、それでも戦争が起きない保証はないのである
人間は個人的にも社会的にも何が起きるかわからないのである
その危機に備えることが必要なのである
でももし原発事故でもこれから30年起きなければ起きないとなってしまうのである
人間はそういう習性がありそれが大きな災いをもたらすのである




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2019年10月04日

山形紀行(地理的境を知ること-俳句十句)


山形紀行(地理的境を知ること-俳句十句)


       (春)
山形やトンネルぬけて残る雪

水清し対面石に残る雪 

     (夏)
     
影深く苔むす磐や蝉の声

  (秋)     
    
山寺に清流ひびく朝の菊

山寺や巌に菊や流れかな

山寺や清流ひびき秋の星 

水清し対面石に朝の菊  


鈍きかな山形城に秋の雲

城一つ境の山越え秋深む

踏み入りぬ落葉の厚く磐司巌

みちのくの記憶の行跡落葉踏む

山小屋の岩風呂浸り窓に月 

  (冬)
  
馬形や新雪清し朝に踏む  


東北の風土でも福島県自体がわかりにくい、ハマ、ナカ、アイヅと三つに分かれている
そこで風土が違う、浜通りは雪はほとんど降らない、会津は冬は雪に埋もれている
中通りは雪はそれなりにふる、でも夏は蒸し風呂のようになり福島市は暑い
そしてその阿武隈高原を自転車で越える時、海から涼しい風が吹いてきた、その時ほっとした、浜通りに向かっていたのである
冬は底冷えするように寒い、それで阿武隈高原が境となり分かれる
飯館村は高原であり夏は涼しい、冬は寒い、そこも伊達藩との境目である
境とはなんらか季候も風土も変わる、会津はもともと別の国だった
一つの風土と歴史をもつ別の一国だった  

この境を注目すべきなのだが現代は交通が発達した結果、境の意識が薄れる
感じなくなる、峠を歩いて上ったから峠を越えたら別な世界に入るという感覚になる
飯館村の八木沢峠は高いからそうである
それは福島市の方からくれば峠から海が見えるから感覚に違ってくる
峠を境にして景色と風土が一変するのである
ただ今は県単位で境を意識することがむずかしい
県は明治以降作られた人工的な区割りである、福島県は広すぎる、会津は別な一国として風土でも歴史でもあるから不自然だったのである

境でわかりやすいのは山形県と宮城県の境である、面白山のトンネルは長くそこをぬけると山寺になり山形なのである、それで春でもいつも雪が残っている
それは関ケ原を越えると近江に入りそこで春になると風土と景色が一変する
そして不思議なのは近江の湖西から東を見るとそこから太陽が昇るのである
関ケ原は東西の境なのである

関ケ原越ゆるやいつも残る雪

湖西より東(あづま)を見れば陽の昇り秋の日あわれ高島にをり

このように国境を意識する、東から西国に入る境目が関ケ原でありここで関ケ原の東西の雌雄を決する場所になったのも地理からわかる
歴史も地理から作られるからそうなる

東北も住んでいてもなかなか風土となると地理がわかりにくいのである
それは県単位ではわかりにくい、ただ宮城県と山形県はわかりやすい方だろう

陸奥みちのくをふたわけざまに聳そびえたまふ蔵王の山の雲の中に立つ(斎藤茂吉)

これは宮城県と山形県を分ける山である、福島県となると広いからそうはならない
あくまでも宮城県と山形県を分ける山だとなる
ただ福島県でも私の住んでいる浜通り、相馬地域から蔵王が見えるのである
だから蔵王の見える範囲がありそれが成り立つともなる
ただ浜通りだと阿武隈高原によって分かれている

山形県というとここも風土として歴史も形成されてきた、山形県は大学時代、アパートの上に住んでいた人が山形県だった、何か訛りが強い、東北弁は共通している訛りがある
でも何か濁音が強く濁っている、それは津軽弁がそうである
東北弁でもみんな違っている、第一仙台弁が語尾にだっちゃだっちゃというのが本当に変わっている、普通はこの辺でもんだんだになるからだ
だから宮城県は東北ではないというのもわかるのである

とにかく面白山が宮城県と仙台の境である、そのトンネルを抜けると雪国だったとなる
山形も雪が深い場所である、日本海側になるからそうなる
山形県でも広いから日本海にも面しているから全体的に知ることはむずかしい
ただ山形県は一つの風土と歴史をとして見やすい、わからないのは秋田県である
ここは何か一つの特徴が感じられないのである
岩手県でも青森県でも一つの風土歴史として感じるものがあるが秋田県には感じないのである

なぜ風土がわかりにくいのか?それは宮城県とか福島県側の浜通りは大平洋に面しているそれは同じ海でも日本海とは相当に感覚的に違うからである
第一毎日海から太陽を昇るのを見ているのと海に沈む太陽を見ているのは正反対だからである
山形県でも山形市に入ると城がある、最上藩の城がある
それはいつも鉄道の脇にあるから意識されやすい、この最上藩で面白いのは京都の秀吉の伏見城に隣り合って最上藩があり伊達藩の屋敷があった
そして最上町が町名として残ったのである、これも山形県と宮城県の伊達藩が隣り合っているからこうなった、だからこの時相馬藩とかないのだから最上藩は古いとなるのだ
ただ秀吉の時代に相馬藩は石田三成が相馬地域に来ている
それで三成の旗印が野馬追に出ているのである
だから秀吉時代から関係はあった、名前も三成の名前をもらっているのである

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相馬藩初代となる利胤は、天正9年に相馬氏十五代相馬義胤の長男として陸奥国行方郡小高城で生まれる。慶長元年(1596年)元服の際に父義胤は石田三成に烏帽子親を頼み、三成の一字を得て三胤と名乗る。
これは義胤が豊臣秀吉の小田原陣に参陣した際に、石田三成の取り成しで本領を安堵され以来三成と昵懇であったためであった。

こういう歴史がある、風土と地理と歴史は一体だから総合的に見る
でも風土とかはわかりにくいのである、東北に住んでいてもそうである
山寺があるとする、でも馬形部落がありそこもいい場所である
新雪を踏んでそこに行ったことを覚えている
その奥を行くと磐次郎磐三郎伝説がある奥深い山に分け入ることになる
そこも上ったことがあった、何かそうして記憶の旅を続けているのが自分である
東北に住んでいれば四季を通じて行けるから風土でもなんとかわかる
遠くなると風土とか地理がわかりにくくなる、一回くらい行ってもからないのである
ただふりかえると私はどれだけ旅したかわからない、旅に明け暮れていたとなる
だから今でも旅している感覚になるのである
ただそこで問題なのは詩とか紀行文を書くにしても記憶をたどるからいかに記憶されているのかが問題になる
今になって山寺の馬形部落の新雪が心に残っていた、それは心を浄める雪だった
浜通りとか宮城県では雪のことがわからない、会津とかだとわかる
その雪が心の中に降っている、その記憶が大事なのである

山形の雪

心の中に雪がある
新しく雪がふる
この世の穢れを浄める
新しく雪がふる
それは原初の清浄の世界に戻る雪
その雪に浄められ浄土を想う
新しく雪がふる
心の中に雪がふる
その時心は浄められる
その雪は神の心である
神がこの穢土を浄める雪
もはやそこに雪しか見ない
一切は雪に隠される浄土となる

こんなふうになる、とにかく山形の風土も魅力がある
山形とか岩手県から詩人がでているが宮城県からは出ない、それは風土と関係している
福島県でも会津は一つの別の国であるが何か詩人が出ていない
まず中通りだと詩人は出ないかもしれない、会津は出てもいい名だたる詩人が出ていないのが不思議である
岩手県からは賢治とか出ているし山形県でもでている、斎藤茂吉は歌人だけで何か山形的なものを風土を具現化した人でもあった、でも宮城県となるとそういうものはないし出ないとなる
つまり人も風土と関係して生まれてくるのである
福島県だと会津であり山形県と岩手県と青森県は一つの風土と歴史を形成している
茨城県とかなると何か山が少ないし平坦であり魅力がないのである

私が探求してきたのは風土と歴史である、場所の魅力である
それにしても何か私は旅をした、その跡をたどり紀行文を書く、旅には事前に用意する旅→実行する旅→回想する旅がある
そして意外と回想する旅が最後に重要になる、なぜなら回想できなかったら旅しても行ったことにもならないからである
現実に団体旅行した人がどこに行ったかも覚えていないということがあったからだ
だからいかに記憶が最後に大事になるかである
記憶というのは別に旅だけではない、人生は最後に記憶になる
記憶したものが人生になる、そして人生が記憶されたものを天にもってゆくともなる
それも怖いものになる
だから青春時代を放蕩していたようなものは老人になって痛切に後悔する
その時はいいとしてももう清純な青春時代は返ってこないからである
その時ただ後悔と罪の意識に苦しめられるだけだとなる
それで金持ちがいいようでも放蕩したりするからこれも危険だと思った
貧乏だったら放蕩などできないからである

人間はなにしかしら必ず心に刻印されて残されるものがある、経験するものが心に残されそれがトラウマともなる、戦争を経験したものはそこで人を殺したりしら絶対に忘れることはできない、それがトラウマとなる
それで昨日風が唸り吹いた、その時思い出した
姉が認知症になり狂いが起きたことを思い出した
それから自分の家はガタガタになった、恐怖の連続だった、それを思い出したのである

我が家に風唸り吹き思い出す姉の病や秋となりしも

その時実際は12月だった、寒くなる時だった、そうなったとき冬であり風が家に唸り吹いたのである、だからそのことがトラウマになっていてその時を思い出したのである
このように人の苦しい経験とかも自然に反映される
本当にその時以来プログに書いたように苦しみの連続になったからである

とにかく山形県は魅力がある、ただ山形県全体となると最上川とかあり日本海がありわかりにくいとなる、ただ東北に住んでいる強みは何度もその場を踏めることなのである

われおもう ふるさとの水
ことごとく汝のふところに湧きけるを
そは生命の泉なりき
そそぎてものを稔らしめき
蔵王よ 蔵王よ
母のごといつくしみの頬を濡らす山

真壁仁

故国山水多清暉
日帰日帰尚未帰
一夜夢乗皓鶴背
遠向明月峰頭飛 

(斎藤野) 
 
         
これなどでも風土の影響のもとに作られた、水清しであり山国だからである
会津でも水清しになるからだ、どうしても水が清いのは山国なのである
それで米もうまいとなる、水と米が深く関係していて酒でもうまいのは山国だとなる   

参照ーやまがた文学風土記ー松坂俊夫













2019年10月03日

underground world (地下の世界)


underground world (地下の世界)

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関電と東電の疑惑と不正の構図は同じだった (原発利権の闇は深すぎる-原発マネーの毒がまわる)


関電と東電の疑惑と不正の構図は同じだった

(原発利権の闇は深すぎる)

 
関西電力幹部に渡った裏金は3億2千万円どころじゃない! 関電の隠蔽工作と高浜原発をめぐるさらなる闇

10年ちょっと前、関西電力が原発反対派の高浜町長の「襲撃」、さらには「暗殺」を下請け業者に命じていたという告発をされたことがあるのだ。この告発が書かれているのは『関西電力「反原発町長」暗殺指令』(斉藤真/宝島社)なる本。証言しているのは、1999年から2007年頃までの間、福井県の高浜原発の警備を請け負い、その暗殺指令を受けたという警備会社の社長と従業員だ。

 当時、関西電力内の高浜原発ではプルサーマル導入を進めていたが、これに高浜町の今井理一町長(当時)が強硬に反対。プルサーマル計画は頓挫し、そのまま数年にわたって導入が見送られ続けた

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原発については追及してきた、今度は関電で全く吹く福島と同じ構図で不正が起きていた暗殺まで計画されていたというから原発は利権にかかわり暴力団化していたのである
その利権が巨額になるから原発にたかることになる

原発がそもそもがやましいものだから不正に通じる

原発はなかなか自治体から受け入れられないものだから余計にそこで闇の勢力がはこびるその闇の勢力とは自治体の町長の助役が暴力団化していたのである
だから今になって前の高浜町長が原発に反対していたので見直されたとなる
その当時町長が原発に反対することは容易なことではない
なぜなら原発の経済的効果は自治体にとってあまりにも大きいものだったからである
それは土木関係とかで田舎は仕事になる、たいがい原発とみんな関係している
必ず南相馬市でも働いた経験のある人が本当に多いのである

地方はそもそも田中角栄時代に公共事業をして地方に金を回していたのである
その延長として原発があった、そこから回る金は事故後も除染に7兆円とか驚くのである今日の深層newsでもそれを放送していた、ただ日テレであり読売新聞だから原発を最初に日本に作った正力松太郎が創業者なのだからここも追求するにしても限度があるだろう、それで電気連合会のことを言ったとき口を閉ざした
つまりこの電気連合会(電事連)はマスコミではタブーになっているし前面に出てこないのである
そこから宣伝費が2000億円とかでていたからである
とにかくゼネコンに巨額の金がまわりその下請けに回る、そして地元の土建業者に回る
その金は検察までもまわる、それで検察では東電の幹部を罰することができない
天下り先として東電があるからだ
そのことを今になってマスコミで問いただしているのは国民の怒りがもう収まらないとなったからである
もう政府を変える革命すら必要にもなる、それだけ国家自体が放射能に汚染されただけではない、どす黒い金によって汚染されていたのである

この記事からすると福島県の前の知事の佐藤 栄佐久氏が失脚したのはそういう大きな力が上から働いたためなのか?
福島県のマスコミでテレビで連日プルサーマルについてしつこく報道されていたからである、知事が強く反対していたから目障りになったためだったのか?
高浜原発でも同じ構図だったからそうだったのかとなる 

とにかく自治体の町長の助役までが暴力団化して殺人まで指示していたということは怖いと思った
でも福島県でも同じなのである、巨額の利権で暴力団化する、利権に食いつき金を得ようとするのは同じだったのである
漁業権のことでも漁業組合が利権化して海を売り渡して東電から補償金をもらっていた
そして原発御殿が建っていた、助役はその御殿よりすごい邸宅だったのである
そして助役自体が関電を脅迫していたというのも驚きである

そもそも土建業者とかは何か怖いというイメージがある、また漁業組合でもそうである
漁師となると荒っぽいと感じるからである
それでまず事故前だったらそういうことを言ったら怖いと思った
本当に小さな地域では住めなくなると言ってきたがそれは高浜でも同じだった
ここは一万くらいの人口しかないのである
そして人口が二割くらい増えたからその経済効果が大きいから反対することはできなくなる、だからどうして前の町長は反対したのか不思議だとなる
富岡町長の5億円入った津浪で流されて探してくれと頼まれたとかあった
自治体にもそうした巨額の金が回っていた
でもなぜ助役はそんな力をもったのか?議会とかもあり承認を得なければならないはずだがそれも暴力団化していて機能しなかったのか?
また議員にも金を回っていたのかともなる

あの人に逆らったらこの地域で生きていけない。

ここでも同じである、土建業会社でも漁業組合でも地域では力をもっている
一種の暴力団化することがある、この人たちににらまれたら地域で住めなくなると書いてきた
とにかく何度も言っているけど原発は国家ぐるみの犯罪と化していたのである
検察もその国家犯罪を裁くことはできない
なぜなら利益を得るからできない、つまり検察にも助役から贈り物が贈られていたとなるからだ、共犯者だったのである
ただそういうことは津波の前に原発事故の前には隠されていたのである
これも税務署の調査でわかったのであり検察は関係していない
検察も国家ぐるみの犯罪に加担していたともなるから裁きようがないとなっていた
本当に東電の幹部が無罪となり堂々としていること自体がもう日本国家に正義も司法もないとなってしまっているからだ

だから検察はあてにならない、世論を喚起して裁かない限りもう日本国家は放射能で汚染されるだけではない、人心も汚染されて国も保てなくなる
新しい日本国家再建をする革命すら必要になっているのかもしれない
ただそれは容易ならざることである
それは地元でもその恩恵が大きかったからである
だからその地域でこうした暴力団化した地域のボスに逆らうことはできないとなっていたのである

何かこれが江戸時代の悪代官とかの時代劇とにている、人間はこれだけ科学技術が発展して情報が自由になっていも実際は変わっていない、同じように人間は欲によって不正が行われている、つまり上級国民は何もしないでも得する仕組みは変わらなかったとなる
そして上級国民は罰することができなというときもそうである

一体誰が罰することができるのか?

国家ぐるみの犯罪はもう罰することができないのである、原発そのものがなにかそうした国家的犯罪を内蔵していた、そういうやましいものだった
それは原子力とか核とかがかかわり核武装するためだとかアメリカの意向だとかかかわりアンタッチャブルになっていたのである
そのアンタッチャブルから事故が起こりまた関電の不正が暴かれたのである
ただこのような国家的犯罪は裁くことはできない、のうのうと東電の幹部は無罪になっているからだ、検察もグルのだからうにもならない、検察はいらないとまでなる
国民は怒るべきなのだがその大きなものに対して対抗できない

「そのまっくらな巨きなものを/おれはどうにも動かせない/ 結局おれではだめなのかなあ」宮沢賢治

この闇を作り出すものは何なのか?賢治の場合は閉鎖的な田舎のことだった
この闇の世界はアメリカとかもからんだ余りにも大きなものだったのである
なぜなら検察はアメリカの言う通りに動くとか言われるからだ
検察自体がそうなると原発に関してはアンタッチャブルになる、また国内にしても電気連合組合は強力でありそこは労働組合も関係しているというとき左翼も関係しているから追求できないとなる
野党も原発に関しては追求できないのが日本なのである
そして東電とか電気連合組合から2000億円もの金がマスコミに宣伝費として出ていたのである
その額も大きいから批判は封じられていたのである

原発は放射能で日本の国土を汚染しただけではない、その心まで汚染したのである、それが深刻だったのである
その闇は深くは金の額でもまだまだ明らかにされていない、それだけ巨額の金が動くのが原発だったのである

ブルータスお前か-関電お前もか

こういうふうに次々に原発に関しては同じことが起きる、権力闘争でも起きる、それが人間の業(カルマ)だからである


posted by 老鶯 at 00:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2019年10月02日

物の消費から語りの文化の時代 (多様化個性化地域化の価値の追求)


物の消費から語りの文化の時代

(多様化個性化地域化の価値の追求)

技術から情報へ、経済から文化へ、ハードからソフトへの比重が移ります
こうして二十一世紀のわが国では経済のあらゆる分野で「意味」や「文化」、つまり「コトバ」や「デキゴト」の「コト」のしめる比重が急増していくことです
(日本はなぜ縮んでゆくのかー吉田隆彦)

明治以降は西欧列強に対抗するために強力な中央主権国家が必要だった
それで標準語が作られた、方言でぱ通じにくいからそうなった
その時、国の訛りとかは消える、でも方言にはあったかさがある
情的なものがある、だからこそ国の訛りなのである

明治以降は中央主権国家手あり富国強兵を国是とした、日本人が一眼となって欧米列強と対峙しなければならなかったからである
それは太平洋戦争までつづいたのである
戦後また日本は今度は規格品の大量生産時代でありそれで高度成長があった
日本は別に技術的に特別優れていたのではない、ただ誰でもできることを先んじて
世界でしただけである
何かアメリカのように発明したわけではないのである
日本には発明することがない国である
ただ大量にいいものを規格品を作るに向いていたのである
そもそも日本というのは人間自体大量規格品であり同一化同質化しやすい国だから
大量にいいものを作るのは向いていたのである

でもそうした大量規格品を売る時代が終わった
そういうものは今でもテレビでもパソコンでも韓国中国で造れるしかえって日本はスマートホンとか通信分野で後進国になっていたのである
日本ITでは後れをとった、そしてこの情報化社会というのは何なのか?
それが今具体的にいろいろ問われる

新規農業者が語る農業の講義が面白い、今でも野菜は大量に規格品を出している
でもニンジンにしても多様なニンジンがある、他でも野菜でも多様な野菜がある
それはスーパーには売っていない
そこが小規模農業の狙いだとしている、それもやはり多様化ということがキーワードになり未来を示しているからだ
実際は農業でも8割は大規模農家で生産しているものが市場に出ているから同じ規格品しか出てこないのである

だからこのyoutubeで何が変わったのか?農業を語るということである
農業が実際にしている人が語ることができる、その語りでもやはり経験していないとできないのである
youtubeになると個々人がいかに語りえるかである
その人の経験が売りになる、それは底辺労働者でも非正規でもその労働現場を語ることでなるほどと思った、そういう情報はマスコミからは今まで出てこなかったのである
マスコミは中央集権的情報装置であり個々人を相手にしていないからだ
そしてマスを大衆を相手にして視聴率を稼ぐことだからである

それは県単位の新聞でも雑誌でもそうである
むしろ市町村単位の情報もありそれが放送されない、一部されても市町村単位放送局はないからだ
ただyoutubeだと個人単位でも放送局になれるということである
だから個々人の語りの時代になったのである
その語る人は特別な人ではない、マスコミによって選ばれた人ではない
マスコミではマスコミに適応する人しか選ばないからだ
それで武田邦彦氏が科学者だから個人放送局として見る人が多い
そこでも自分を語る場となっている

人間は何かしら語ることをもっている、特にある程度の年になると何かしら経験しているから語ることがある
だから平凡な人でも私が話を聞く、するとそういうこともあったのかと新鮮なのである
東北電力の建物はいつも見ている、それは高いのである
それでその中で働いていた人が階段を上り下りして荷物を運ぶのがつらくてやめたと聞いた、その階段が外から見ても高いのだから相当に高いとなるからそうなのかと納得した
たこうして人の話をいろいろ聞くことは知見を広めることになる
特に私は郷土史をプログで発信しているので郷土のことをトータルに知りたいから余計にそうなる

現代は語りがなくなった、人と直接語ることが少ない、スーパーでも語らずに物だけを買う、でもこの辺でも小さな地域の市場がありそこだと必ずその物について語られる
こうして育てたとかこれはこうだからいいものだよとかなる
ただ地域の市場はかえって高くつく、トマト一個でも400円したとかなる
それは特別なトマトだからである、安く大量に販売するものとは違うからである
ただ市場とは物をやりとりするだけではない、人間が交わるところでありそこで情報を交換するとか結婚相手を見つけるとか楽しむ場でもあった
特に遊牧民だと暮らしている範囲が広いから集まることができないから市がたつことは年に何回とかにもなるとしたら貴重な出会いの場だったのである

ねんごろに故郷の女(ひと)と話しけり我が家のありて秋となりしも

この女性とは話するためにだけあるようなものである
話がうまいということもある、ただ老人になるとやはり話すことが一つの仕事になる
昔を語ることが仕事になる、それで戦争のことを姉から認知症になっても千回語りつづけて効いていたが嫌になった
それは語りが同じことのくりかえしだからである
もし同じことでも語るとき何かまた知らないことを語れば違っていたのである
語るにしてもいろいろ語ることがありそれによってまた新たな発見がある

ふるさとを語るというときこれほど私がプログで書いているかというと津波や原発事故でその語ることが膨大に増えたからである
この辺ではみんなその苦労話を語ることになるからだ
それは十年過ぎてもその語ることはまた新たにある、津浪や原発のことはそれだけ広範囲であり重大なものだったから歴史的事件だったからそうなる
それは戦争とにているのである 

いづれにしろ語りの文化というのは稗田阿礼からはじまり長い、庶民の文化は語りの文化である、文字にしたのではなく語ったのである、文字を作ることは相当な高度な文化である、でも語ることはしゃべることは原始時代からしていたのである
それで地名という時、音が基本でありそれに漢字をあてたのである、それで漢字を見ているとどきうしても誤解が生まれているのである
語りという時江戸時代でも語りである、落語でも講談でもその前の盲人の琵琶法師などでもそうである
第一通信が発達しなければ娯楽でも芸能でも直接芸を見せなるから直接語ることとにている
語るということはしゃべることは常に日常でしている、だからそれが芸になる、歌はとはそもそも訴える(うったえる)→歌になったからである 

ヤップ島が石の貨幣として有名であるがそこで石の貨幣が運ぶ途中で海に沈んだ、その石を引き上げる苦労が語られる
するとその石の貨幣は価値が高くなる、つまりそれだけ苦労して引き上げたからだとなる
つまりストリーに価値がある、貨幣というのはただの交換する道具だとなるが実際はストリーがある
でもそのストリーが省かれている、語られることが省かれている
こういうことが何か不思議に思えるけど人生そのものを考えると人生は最後は物語になる、ヒストリーになる、ストリーが歴史なのである
すると語られことによりその物語により人生の価値がある、有意義な人生とは常に語られる人生だからである
だから英雄譚とかそうした人生で常人のできないことは神話とかとなって語り継がれてきたのである
まさに人生というのは語られるべきものがあるときその人生に価値があったとなる
あなたの人生に価値がないというとき語られるべきものがないとなる
いくら大金持ちでもそこに語られるべきものがないと価値がないとなる
死んでから百年後でも語られるものは価値がある、芸術でもそうである
それは延々と語り継がれているからだ


ともかく語ることは文章にするのとは違って全人間的行為なのかもしれない、そして語る時話す時効果的なバックグランドが自然でもあることである、自然を語る時その自然そのものがあれば具体的に言葉も活きてくるからである
本を読むにしても言葉だと文字だとイメージすることが不可欠になるが戸外で話する時はその言葉そのものが具体的にあるから話がはずむのである、どういう場面で話しているか実感するからである
語る時は必ず表情とかもみるし感情もでてくる、だから語ることはメデアを機械を通して語るのとは違う、インタ−ネットとかでもそこで語るということは直接ある場所で語ることとは違ったものになる
だから文字だけでやりとりするというパソコン通信は今までありえないことでなじめなかった
ただ語るとしても対面的になると語る人が限られるから広い知識は得られない、でも人間の基本的コミ二ケーションは語ること話すことなのである

だから本当は旅でちょっとでも土地の人とその場で話すると活きててくる、ただ私自身はしていない、旅は急いでいるから何か土地の人とも話せないのである、そして今はスマホを見ているから余計に土地の人と話しないのである
それは旅でも急いでいるからそうなるのである、土地の人に道を教えてもらうにも手間になるから土地の人も道を正確に教えないのである、適当にしか教えない、だからスマホの方がいいとなっているのだ  
その点柳田国男は土地の人と語ることが上手で口碑を文字で残した物より語られたことを重視して民俗学を起こしたのである 

ただ話すこと語ることは消えやすいのである、その証拠が自分自身書いたものを忘れている、プログでも十年以上していると過去に書いたものを忘れている、そしてこんなことを書いていたのかと自分で書いたものを読んで感心しているのも不思議である
だから話したりすることでもそれを文章にして残さないと消えてしまう、文章にすると長く残るのである
そして人は次から次と死んでゆくとき残るものは何か?その人が書き記したものであり本とかなる
それだけ世の中を生きることは常に忘れられてゆくことである、一つの墓が墓地に倒れていた、名前も記されていても名前だげであるその人について知りうるものはなとはなにもない、その倒れた墓石が何か人間を人生を語っている
その墓石は人間なのである、倒れてしまって死んで帰らぬ人となった人間なのである
最後になんとか名前を残しただけだとなる、ただ石に記せばそれは長く残るのである    

ヤップ島が石の貨幣として有名であるがそこで石の貨幣が運ぶ途中で海に沈んだ、その石を引き上げる苦労が語られる
するとその石の貨幣は価値が高くなる、つまりそれだけ苦労して引き上げたからだとなる
つまりストリーに価値がある、貨幣というのはただの交換する道具だとなるが実際はストリーがある
でもそのストリーが省かれている、語られることが省かれている
こういうことが何か不思議に思えるけど人生そのものを考えると人生は最後は物語になる、ヒストリーになる、ストリーが歴史なのである

すると語られことによりその物語により人生の価値がある、有意義な人生とは常に語られる人生だからである
だから英雄譚とかそうした人生で常人のできないことは神話とかとなって語り継がれてきたのである
まさに人生というのは語られるべきものがあるときその人生に価値があったとなる
あなたの人生に価値がないというとき語られるべきものがないとなる
いくら大金持ちでもそこに語られるべきものがないと価値がないとなる
死んでから百年後でも語られるものは価値がある、芸術でもそうである
それは延々と語り継がれているからだ




故郷の実りの秋


故郷の実りの秋 
                               

柿なりて代々の畑耕しぬ

秋の蝉朝に聞き入りいつもの道  

秋の蝉今日は聞こえぬ同じ場所

朝露の稲穂に光り野良仕事

夕日さしふるさとに老ゆ実りかな

橲原(じさばら)に山重なりて秋日没る

秋日さし橲原暮れぬ山の墓地


街道の松の変わらず道しるべ秋風吹きて坂越え来たりぬ

大海の波にゆれにつ鴎浮きまた飛びたたむ秋になりしも

丘の上に久しく立ちし樅の木の直しも実りに夕日さし暮る

ねんごろに故郷の女(ひと)と話しけり我が家ありて秋となりしも

礎(いしずえ)の祖(おや)あり成りぬふるさとの実りなるべし陽は山に没る


最近土手の道の同じ場所に座る、すると必ず蝉の声が聞こえた
しかし昨日も一昨日も聞こえなかった
つまり秋の蝉の声は聞こえなくなった、これは季節が変わったことである
蝉の声が聞こえないことで何か深い余韻がそこに残る
それはいつも同じ場所にいたからそうなった
ここ十年は介護して旅もしていないから同じ場所回っているからそうなった

ふるさとの実りはいい、この実りがないと秋という感覚がなくなる
橲原(じさばら)に行ったが実りが一区画くらいしかないのが淋しい
草ぼうぼうなのである、何か人間の営みは自然と融合しているとき一番美しいのである
だから形だけでも実りがあり畑でもしている人がいると自然も活きているのである
一区画しかなくては淋しい、山の墓地も何か秋の日がさしていい感じになる
そういう場所に眠りたいとなる

何かその場所場所には個性がありそこに暮らしがあるときいいのである
だから限界集落が消失するというとき淋しくはなる
ただ農業だけではもう暮らしていけない、第一どこでも農業だけで暮らしている人は本当に田舎でも少ない、勤めている人が多いからである
でもなにかしらそこに生業(なりわい)がないと自然も活きてこないのである 
橲原とかは奥座敷という感覚になる、場所としていいのである
山に囲まれた狭い地域だからそういう感覚になる

だから観光とかなるとその場所の特性を活かすことなのである
私は何か場所にこだわる、地形にこだわる
観光なら陸前浜街道とこうした山の地域を活かすことである
一日でも浜街道を車を通らないようにしたら昔が甦る、ただ日立木から相馬市の城跡までである、あそこは昔の街道が残っているからだ

実りという時、それは稲穂だけが実るのではない、それが心に反映される
だから田畑でもそれを食料とだけみるが文化的実りもある
実りは祖(おや)がいて実りがあるとなる

話するのは故郷の老いた女性である、その女性は話だけはうまい、でも腰がいたいとか何もできない、ただ話するだけである
でも年取ると実は話することが仕事にもなる、昔を語ることが仕事となる
昔話とかは老人が孫などに語り聞かせることからはじまったことでもわかる
何かを経験でも伝えるために話する、何か人と話する時、活きてくるものが自分自身思った
ちょっとでも相手と話すことでわかることがある、おそらく今の時代は語りの時代になっているのかもしれない
youtubeなども個々人の経験の語りなのである、それはマスコミとは違ったものである
語りとなると必ずしも大勢に語ることではない、知らせることでもない
対面的になるからだ、そこで多様性が生まれてくる、そういう時代の変化としてインタ−ネットとか生まれたとなる
インタ−ネットでも個々人の語りだからである

ねんごろとは

1 親密になること。

「おまへは貧乏神と―してござるかして」〈浮・禁短気・一〉

2 男女が情を通じること。

「此のお夏は手代と―して」〈浄・歌祭文〉

日本語も不思議である、ねんごろとはねむころから生まれた、寝るとなるから男女が情を交わすことである
日本語の語源を探ると何か日本の文化が見えてくる




わたしは待っている

I am waiting for you

わたしは待っている
あなたの帰るのを待っている
木の根のように
わたしはその土地に根付き
あなたを辛抱強く待っている
帰って来いよ
あなたのふるさとに
あなたを待つ人がいる
死者もあなたを待っている
ふるさとは荒れ果てていいの
あなたのふるさとはどこなの
わたしはふるさとに根付いて
一本の樹のように
あなたを待っている
帰ってこいよ
あなたはここに育った
あなたはここにはぐくまれた
愛する人がここにいた
深い愛がここにはあった
わたしはここに根付いている一本の樹
その根元に藪甘草が五六輪咲く
わたしはここに待っている
あなたが帰ってくる日を
辛抱強く待っている
わたしはここの土地を離れない
わたしはここでこの土地に朽ちてゆく
それでもわたしはあなたを待っている
辛抱強く待っている
わたしはここに生きてきた
ここを離れてわたしの生きる場はない
人はある場所に深く根付く
そこを終の住処と根付く
人も石や樹と同じだから
そこに人は安心立命する
あなたの思い出はここにあり
ここにまた生は受け継がれ
また新たに織りなされてゆく
わたしは待っているいつまでも・・・


これは前に書いた詩だけど読み返していい詩だった、これも忘れていたのである
何か自分の書いたものでも忘れていてもう一度読み返して感心しているのも不思議である
いいものは何度読んでもいいということがある
そういうものが古典として残る
時流的なものは一時的なものとして消える、それが百万人読んでも消える
なぜか芭蕉の俳句などはこれだけ時間がたったのに味わいをましている不思議である
そこに何か深い芸術性がありそれがかえってこれだけ時間を過ぎてもかえってそれが価値をましているのである


2019年10月01日

原発の汚染水問題の判断の難しさ (大阪で海に流すことは痛みを分かち合うことになる)


原発の汚染水問題の判断の難しさ

(大阪で海に流すことは痛みを分かち合うことになる)

汚染水を大阪に流すという提案は悪いものではない、福島だけにすべてを押し付けるのは納得いかないからだ
だからあえて大阪で汚染水を引き受けるということはなかなかできないことである
だからこれは評価できる、でるできないにしろそういう気持ちを大阪でもてってくれたということである
実際は東京湾に流すべきものなのである、東京が一番責任があるからだ

とにかく原発というのは様々な問題がからんで複雑なのである
第一原子力からして核からして素人は立ち入れることができない
それで汚染水を海に流したらどのくらい影響があるのか?
それ自体素人にはもう判断できない
なぜなら科学者でもトリチウムすら非常に危険だという学者もいるしまたそうでもないという人もいる、ただ汚染水の中には他の核種がありプルトニウムなどがあるからそれを排除しないと危険だとしている
それは反対する者でも賛成する者でも一致している

ただ原発となるとこうして汚染水問題でも科学者でも判断が違ってくる
すると素人はますます判断できないものとなる
そして科学者でも実際汚染水を海に流してどれだけの影響があるのか?
それも定かではない、科学者もわからないのである
それは結果をみないとわからない、何十年後かに影響がでるとか遺伝子に影響するとかなるとますます判断しにくくなるのである
そしてすべてが科学では判断できるわけではないのである

経済(利益)判断〉政治判断〉科学技術判断〉司法判断〉生態系生業判断

つまり原発は最初から経済(利益)判断で作られてきたのである
そこに何兆円という国家規模の予算が投入される、だから湯水のように金が出る装置だったのである
その経済的効果が大きいから自治体でも誘致する、福井の高浜原発でも小さな町でも1600人くらい人口が増えたとなる、この辺でもそのことを書いた、浪江町で二万人いたのも原発があったからだとされている
漁業権を東電に売り渡した結果、船主は原発御殿を建ったとか大熊町長は津波で5億円入った金庫が流されたとか噂になった
そういうことは今回福井の原発でも自治体から関西電力の幹部から地元の建築土木会社に金が回っていた、つまりそうして原発マネーというのはあまりにも大きいものだったのである、その金に人々は魅了されて狂わされたのである
事故後でも今度は多額の補償金が支払われてもめたりその金がギャンブルや女性のために使われたりした、そこで復興などない、その金がの額が大きいから復興とかはただ家族のためとか個人のためにしかない
それでその補償金でかえって自治体から若い世代が流出して崩壊するようになった

南相馬市というと原発から離れているからそんなに関係していないとみていたが本当に原発で働いていた経験のある人が本当に多いのである
それだけそこはいい働き場所になっていたのである、給料でも三倍くらいになるとかなるそして今でも東北電力の原町火力発電所はこの辺では大きな経済的効果をもたらしているのである

人間は今は特に経済(利益)がどこでも最優先される、それしかないのである
それで小高の腕のいい大工さんでも小高に東北電力の原発ができるということで景気よくなると喜んでいたのである、それは南相馬市でも経済的効果が大きいから反対できなくなる
原発立地自治体ではみんなそうなっているのである、別に事故が起きなければ金になるからいいとしかないからである
つまり経済的利益判断が最優先なのである、次に政治判断があり科学技術判断があり司法判断とかとかある
最後に生態系判断とかになる、その生態系判断というとき一次産業である
漁業とか農業とか林業とか自然と結びついた産業である
でもそれは一番無視されていた、それは今は金にならないからである
結果的にその生態系に依存する生業が一番被害があり放射能汚染で土も水も空気まで汚染されて住めなくなったのである

また原発で非常にやっかいなのは政治的判断というとき背後にアメリカがありアメリカの指示で原発は決められていた、それは日本がアメリカの属国の立場にあったからである
その圧力がありそれが政治判断となる、それは科学技術判断より優先されていたのである第一アメリカでも古い型の原子炉を日本に売りつけたということは経済利益優先でそうなったからである
今の社会は本当に経済(利益)優先になる、地銀でもゆうちょでもそうだった
もうなりふりかまわず投資信託でも売ればもうけになる、毎月分配型とか仕組みとして作られたのはごまかすためである
月々利子が給料に入ると錯覚させられるものだからである
それは元金から魅かれていたのである、そして確実に手数料だけはとれる絶対に地銀とかでは損しない商品だったのである
こうしてあらゆるものが経済{利益)優先で歪めれているのが現代の資本主義社会だとなる

そもそも安全より経済(利益)判断が優先されて事故になった、コストカッターの東電の社長がそうだった、それはみんな安全よりコストカットが優先される
社会全体でそうなっている、それに歯止をかけるものがいない
司法というけどこれもあてにならないことが判明した
裁判でも東電と政府側につき政治判断になるからである、司法は公正な権力を監視する役目だがそれもできなかった
原発に関してはできなかった、なぜなら検察はアメリカの指示で動くという時そうなる
原発というのは他の産業とは違って国が深く関与しているからそうなる
政治判断が優先されるのものだったのである

ともかく大阪で汚染水を引き受けて海に流すということはやはり責任分担であり痛みを分かちあうということで好感をもった
たしかに科学判断が私にはわからないにしてもそういう責任分担をあえて引き受けたことである
つまり原発は日本国土を汚すものだということを知らしめたということである
それは国家全体の責任だから分担することになる
原発というのは一地域の問題ではないのである、日本国土の問題でありまた世界の環境問題にもなるから一国だけのも問題ではないのである
だからあらゆることに関係してくる、総合的なものとしての判断が必要になる
ただそうなるととても一個人では手に負えないものとなる

でも何を最優先さこせるべきなのか?

やはり科学技術判断なのか?これにしてもどれくらい放射性物質が海に流されて影響するのか?それが素人には判断できないしまた科学者でもその結果がどうるなのかは判断できない、そうなると誰も確かな判断はできないとなる
ただ何が起きるかわからないものだから危険が予想されるから流すなとはなる
でももうタンクが限界だというときどうするのかとなる
だから大阪でも政治家の政治的判断がありそれを優先させるべきだともなる
科学者だけで確実に判断できるものならいいが実際には科学者でもできない
となると最後は政治的判断になるのか?
何かそうして原発の問題はもともと作る前からアメリカとかかわり政治的判断がありそれが優先されてきたのである
その結果が事故につながったともなるのである

posted by 老鶯 at 06:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連