これほど河川氾濫で被害がおきたのか?
(現代文明人は広い視野で見れない―千曲川の氾濫の原因)
真野川でもその流域は広い
特に河口になると広くなる
今回ソーラーパネルが水浸しになったところは川だったとなる
長野盆地を南北に流れるこの川の流域には扇状地が多く、それらは古代・中世から開発されていて、流水量の多い河川の扇状地ほど水田率が高く、生産力も高いそうです
盛んにテレビで川は今川が流れている所が川ではないと言っていた
川は土手にさえぎられたその中川が川ではない
川は土手からさらに広い場所が川だったところなのである
だから驚いたのは新幹線の車両基地が千曲川から二キロも離れていたのに水につかった
そんなに広く水につかったのかという驚きである
だからJRで二キロも川から離れているから安全だと思っていた
車両を避難させなかったのである
川はもう見えない、遠いから考慮すらしなかったともなる
そこに人間の視野の狭さが常に生まれる
それは前に書いたけど何でも空間軸と時間軸で物事は起きる
人間のその空間軸でも狭い所しか見えないのである、見ていないのである
第一川自体が長い、すると川の全容を知る人はいないとなる
地図でたどれば長いとなるが高低とかはわからない
今回は平野部の平地で堤防が決壊したのである
川という時、今川が流れている所が川ではない、その幅が広いのである
その広い領域が川なのである、だから流域というときもその範囲は広いのである
要するに人間の弱点は特に現代でもトータルに広範囲に見ないのである
それはなんでもそうである、広い視野で見ないし見れないのである
ある一部分だけを見ている、長い川全体をその流域まで広くみる人はいないのである
それは何でもそうである、ある一部分だけを見て全体が見えないのである
その部分的思考から大きな間違いを犯しているのである
そして全体を人間は見ることはできない、地球全体など見れる人がいないのである
でも地球全体が相互に関係しているのである
それで郷土史というとき実は広い範囲を総合的に見る学問である
一見郷土というと狭い範囲に見える、しかしその郷土でも相馬藩でも広い地域なのであるなぜならそこを地質学から地理から様々な分野から見るととても知り得ないものになるからだ
おそらく日本人の弱点は日本の地理から風土からも来ているのかもしれない
山が多いから遠くを見る視野がさえぎられる、山の向こう側はみえなくなってしまう
すると川があって山々がありそこに相当な雨がふった
でも山の向こう側になると見えないから意識しにくくなるのである
この辺だと阿武隈高原があり中通りがあるから浜通りだとその阿武隈高原にさえぎられて中通りとか意識しにくいのである
空間的に認識しにくいのである、むしろ仙台方面は平地だから意識しやすいとなる
日本人が俯瞰的に全体を見れないのは常に山にさえぎられているからである
そして山々に急激に今回のように雨がふりそそぎ川が急に増水してそれが早いから対応できないのである
そして千曲川とは千も曲がる川となっている
そこで川幅が急に狭くなる部分がありそこも水があふれたのである
川は川幅が広く真っすぐだと流れやすいから洪水になりにくいのである
私の近くの真野川は河川改修して川幅を広くしてまっすぐにしたから洪水になっていない30年以上なっていない、でも今回はかなり危険水域まで水が増えたのである
それで夜に避難した人がいた
最近ハザードマップは良くできている、川岸の低い土地は洪水になりやすいとして指定されていた、つまり低い場所に水が流れてたまる
私の家も二度水害で苦しんだのは街で一番低い場所に家があったからである
今回烏崎のソーラーパネルが水浸しになったのもそこが鹿島区では一番低い場所だったのである
だから大内村の人たちが開拓して袋村を作ったが廃村になった
そこにソーラーパネルが作られて水浸しになったのである
だからそこがもともとどういう土地なのか知るべきなのである
ただソーラーパネルとなるとなかなか日本では土地がないから
そうして悪い土地に作るとなる、津波被害放置された土地であり広いからソーラーパネルにした事情がある
でもそこは危険な場所でもあったとなる
とにかく日本では自然災害が起きるたびに必ずどこかに穴がありそれを災害の後に言うことになる、それだけ日本の自然は複雑でありそれに備えることが容易でない土地柄なのである
だから空間軸でも時間軸でも全体的にも把握できないのが日本なのである
そして最近は千年に一度の自然災害が起きているというときもそうである
自然災害が起きやすくなっている、でもそれに備えるのがむずかしい
ただ最ハザードマップは良くできている、低い土地がありそこは洪水の起きやすい場所なのである、丸森町でもそうだった
そういう低い場所に安易に家を立てすぎたのが日本だったのである
自分の家が街で一番低い場所にあるのはもともとの農家でもない、土地もない、商売のために土地を買ったがそれが悪い土地でも買わざるを得なかったからである
だから土地のあ悪い場所に住んでいる人はもともとから長く代々住んでいる人ではないとなる
それはどこでもそうである、戦後戦争の引揚者が開墾した土地もそうである
相馬藩では天明の飢饉の時、越中などの人が入ってきた土地もいい土地ではなかったのである
もともと住んでいる人の土地はいい土地である、前田とかつく地名はいい土地である
そこが村の中心になりやすいいい場所なのである
いづれにしろまず自分の住んでいる場所を知らないとこうしていつも災害にあって難儀する、死んだりもするから怖い、そういう危機感を日本では他の国より持たないと命の危険になる、でも戦後とかみだりに無防備に土地が使われた
家が建ちすぎたのである、それで仙台の若林区で津浪の被害が大きかったが
そこに津波が来ると学者が言った時、不動産会社が土地の値段が下がるとそんなことを言うなと言っていたのである
日本ではそれだけ土地がない、安全な土地に欠けていることは確かである
犀川と千曲川流域の多様な暮らしと文化
市川 健夫. 信州学ライブラリー@ 犀川と千曲川流域の多様な暮らしと文化 Kindle 版.
新幹線の車両基地まで2キロありその前に家が密集して千曲川は全く見えない
するとそこまで千曲川があふれて水が来るとはおもいもよらなかったとなる
でも川というものがとをいものか、歴史を調べればそうではなかった
もともと千曲川は「氾濫原」があるように度々氾濫する川でありその範囲も広くなっていたのである
だから今密集して住んでいる所には人は住んでいなかったのである
千曲川は千曲市に入ると緩流となり、 長野盆地 に入っ た 千曲川は大きく蛇行し両岸に幅の広い自然堤防を つくるようになる。
この自然堤防と山麓線、 もしくは扇状地・崖錐との間に後背低湿地( 氾濫原)が存在し、 肥沃な水田地帯になって いる。
千曲市を流れる千曲川の河川敷は五〇〇メートル内外であるが、 犀川が合流してからは 河川敷が拡大 し、小布 施 橋( 九 六 〇 メートル)あたりでは 一 キロメートルにも達する。 信濃川の河口付近でもかつて一キロメートルほどあった 河川敷は、大河津分水 ができてから 縮小 し、 現在 万代橋の長さは三〇九メートルなっている。
この自然堤防と山地と扇状地との間に、 屋代田圃と呼ばれる氾濫原がある。 東西三キロメートル、 南北二キロメートルの沖積地には、 最近西部に住宅地ができたが、 これまで低湿地のため集落はまったくなかった。
千曲川は広い扇状地帯である、河川敷ももともと広かった
屋代田圃と呼ばれる氾濫原がある。 東西三キロメートル、 南北二キロメートルの沖積地には、 最近西部に住宅地ができたが、 これまで低湿地のため集落はまったくなかった
このように三キロとか二キロとかあった、それで長野市の穂保の堤防が決壊して水があふれて新幹線の車両基地まで水が流れて水につかった
そこまでは2キロあった、だからそこからは川が見えない、その車両を避難させなかったのはまさかそこまで水が来ると思っていなかった
思いもよらなかったのである
新幹線車両基地から前が家が密集していて千曲川はまず見えないのである
こういうふうに視界がさえぎられると危険を感じくなるのである
津浪でも家が密集していると海が見えない、もし海を見ていると津波がおしよせてくるのが見える場合があり見えたら逃げるということもある
現実に津波が来たのを見て逃げて助かった人がいたのである、もともと家がないところに家が密集しているということで川が遠く感じたのである
そこに氾濫原というように度々千曲川は氾濫していたのである、川は今流れているのが川ではない、広い領域が川なのである
それが家がたてこんだりして錯覚するようになる、そこはもともと川だと思えくなるのである
津浪でも前に家が密集していると海が見えなくなる、すると海が遠いのかともなるのだ
ただ海を家の前で見ていても逃げない人もいたからそれはわからない
人間は文明が発達して人工化したとき自然を狭く見ている、川でもそうである、川はもともと扇状地だったから広いのである
だから最近他でも洪水の被害があったけど必ずしも温暖化とか台風が大きくなったからではない
人間は住むべきではない土地に密集して住むようになった !
これが被害を拡大している原因である、他にもあるにしてもこれが大きな原因ともなっていることは確かである
地理はわかりにくい、特に山はわかりにくい、すると川から見るとわかりやすくなる、特に長い川だと千曲川でも江戸時代とか菜の花畑が広がり菜種油とかを千曲川で江戸まで運んだとかあり交通路になっていた、それは最上川では特にそうなっていた
川から地理を見ると地理もわかりやすくなる
川を一つのものとしてたどるとわかりやすくなる、山は無数にあるからわかりにくいのである