2019年11月12日

天皇制の是非ー国も分断されると元にもどらなくなる (戦争負けて日本もドイツのように二つに分断される計画があった)


天皇制の是非ー国も分断されると元にもどらなくなる

(戦争負けて日本もドイツのように二つに分断される計画があった)

ドイツが戦後東西に分断された、それはソビエト連邦とアメリカによって分断された
それかベルリンの壁がとりはらわれて統一しても西と東はやはり依然として差別があり
統一されていないという、そして東の不満分子が移民の待遇より悪いとして政治的に働きかける、西ドイツのエスタブリッシュメントは依然として西側にあり変わらないからである
この東西の分裂、国が分裂することがいかに深刻なものになるかを証明している
それで日本もソビエト連邦とアメリカによって分断統治される計画があった
東は北海道をまずとりソビエト連邦が統治する計画である
西はアメリカが統治してドイツのように分断統治する計画があった

そうなるとドイツのような悲劇になった、ベトナムでもそうだし国が分断されることのく影響は甚大である、それは韓国と北朝鮮でも見ればわかる
一旦分断されとなかなか統一することが困難になる
ドイツのように統一してもその国民の間に亀裂が入ったままであり修復できないようになる

それで日本でも南北朝の争いで天皇が二人になったときその国を分断したことがいかに
国を乱れさせたか、それは本当に地方でもどんな田舎でも南北朝で争っていた歴史の傷跡が残されている、それだけ国が分裂することは影響が大きいのである
明治維新の時もその危機があった、国が二分して争う、そしてそこに外国勢力が入ってくるとさらにその分断は深まり収拾がつかなくなる
会津でもプロイセンと今のドイツ同盟して薩摩長州と戦おうとしていたことでもわかる
そこに外国勢力が入ると分断はさらに深刻化して修復できなくなる

日本には政治的に武力で制圧し統一するというより禅譲ということをする
それは国譲りの神話でもそうである、出雲国は強大だったが大和に国譲りした
それは日本では武力で統一するよりそうして平和的に治めるというのが文化だったのである、それで敵味方塚がある、明治維新の戦いで薩摩長州軍と戦っても福岡県の人の墓があったりする、東北では負けて悲惨でも敵方の侍を葬って墓まで作っているのである
そういう文化は大陸にはない、敵は墓からも暴き出して罰しているのが中国である
そこに融和するということはないのである
徹底して敵を打ちのめして二度と反抗できないようにするのが大陸国家である
それだけ異民族同士が争う時容赦のない争いになる
日本はもともと和をもっけ尊しとすべきというようにそういう徹底した争いはしない国なのである

天皇を考える時にどうしても日本をまとめて統治しえるものは誰なのか?
それは天皇がその役を担ってきた
江戸時代は鎖国300年で対外的に交渉しない時代だから天皇の力も弱いものだった
でもいざ外国が日本に襲ってくると天皇が持ちげられて国のシンボルとなる
民主主義だったら選挙に選ばれたものが大統領が国の王になる
でもあくまでも国民に選ばれたものであり天皇とか違う
なぜなら選挙に敗ればただの人になってしまうからである
天皇は絶対にただの人にはならない存在だったのである

民主主義にすればアメリカでもヨ−ロッパでも天皇のような存在はない、国王がいても国権を施行したりできない存在になった
日本でも同じなのだが何か日本の天皇はまた別である
以前として国権にかかわっているという学者もいるしそう思っている人もいる
ただの飾りとも違う、だから何か危急の時があると明治や戦争のときのように担ぎだされる
天皇に国権を行使する権限はないとして法律で定めていてもそこが明確ではない
戦前は明確に統帥権があったから問題だったのである

ただ天皇がこれからこれだけグロ−バル化した世界で通用するのか?
ヨ−ロッパのような飾りとしての王室ならいいが以前として国権にかかわるものとてしありつづけるのか?
それを国民が支持するのか?また国民が支持するから天皇はあるべきなのか?
なぜなら天皇は民主主義で多数決で決められるものではないからである
大統領は選挙で国民が決めることができるが天皇はできないのである

要するに人間社会には権力と権威がありそれは別物である
天皇は権威であり権力ではない、その権威の由来は何なのか?
それは長い日本の歴史の中で作られて来たものであり簡単には説明できない
ただ宗教となると天皇は現人神(あらひとかみ)となり神格化された経緯がある
天皇が神だとすることは天皇の絶対化なのである、誰も神には逆らうことはできない
だから天皇の命令は絶対でありそれに逆らうものは死刑にもなる、不敬罪として罰せられるのである
また天皇即位に対して大赦があるのも法を越えたものとして絶対的なものとして天皇がある
それは祭政一致でありまた政教分離ではないから問題だともなる
ただ天皇は権威であっ権力ではない、では権力をもっているもの権力を行使できるものは何なのか
軍隊に警察に命令して現実に動かせるものは何なのか?
三権の長も天皇の下にその許可を得てその地位につく、戦前は統帥権があり軍隊に命令することができた

日蓮の王仏冥合論では王とは権力を命令することができる実験をもつものであり裁判もできる
それでオスマン帝国の王は部下を死刑にもできたのである、それは王の一存でできたのである
だから創価は権力をにぎるとどうなるのか?
政教一致となり政治権力を行使できる、それに宗教が一体化するから誰も逆らえなくなる
つまり宗教は絶対なのだから権力をもつ王と宗教が一体化したら絶大なものとなる
もう反対はできない、宗教的権威は絶対なのだからそれに逆らうことはできなくなる
でも政治にもいろいろありそれにいちいち宗教で解決はできない
その矛盾がイスラム教で証明されている

神に逆らうのか
アラーに逆らうのか
仏に逆らうのか

宗教となると反対できなくなる、それで宗教団体の人たちが一団となって罰当たるとか攻撃してくる
それは何か共産主義と同じである、そこでは批判は許されないからである
全体主義であり自由な議論も討論も許されないのである、イデオロギーが絶対にもなるからである
政教分離できないから政治と宗教が一体化しているからそれでヨ−ロッパのように近代化ができなかったのである
つまり民主主義でも法治国家でも資本主義でもそうした体制は政教一致に反するシステムなのである
経済活動でも経営が失敗すれば宗教的にみると罰当たったとかなり成功すれば仏の功徳であり神や仏のおかげだとなる
だから戦争でも天皇が現人神(あらひとかみ)となれば別に戦争は戦争する前から勝つものとして行われたことになる
日本は負けないと決まったものとして戦争を行うから日本民族が絶滅するまで一億玉砕まで戦わなければならなくなる

つまり宗教であり信仰なのだから殉教と同じだとなる
今靖国に祀られている英霊は日本の国に殉じた殉教者だとなる
それはイスラム教の国とにているとなる
戦争では人を殺すことが肯定される、それも国によって推進される、戦争でぱ人を多く殺した人が英雄になるからである
だからそれ自体が矛盾なのである、「人を殺すな」というのが宗教では鉄則なのである
でもイスラム教でもキリスト教でも仏教ですら国と国が戦争になると人を殺すことが積極的に容認される矛盾がある

ではなぜ政教分離に創価だけではなく他の宗教団体でも反対するのか?
それは税金をかけられることで利害が一致しているから反対しているのである、それは神道派でも神社でも仏教でも寺でもそうであるそこで利害が共通しているから争っていてもここでは利害が一致するから税金をかけられないように共同しているのである
つまり人間は利害をはなれて利権を離れて存在し得ないのである
例えば今香港で自由の権利が奪われるとして中国政府に反対して若者が死んでもいる
でも中国と仲良くして金もうけている人たちも多い、すると何を求めてあれだけ過激な行動をしているのか?
それは民主主義の下で育った若者が自由を守りたくて命がけで戦っているとなるのか?
もし利権とか利害を考えればそんな馬鹿なことはしない、中国側に着いた方が無難だとなるからだ
そこでも国は分断されている

常に国家でも自治体でも家族でもなにかあると分断の危機に直面する、そこで苦慮する
小津安二郎の映画『小早川家の秋』で、中村鴈治郎の演じた道楽者のお父さんの葬儀の席で、娘が「たよりないお父ちゃんやと思っていたけれど、小早川の家が何とかもったのも、お父ちゃんのお蔭やったんや」と呟く印象的な場面があります。

天皇制はあったほうがいいのでしょうか?──内田樹

これも一つの面白い見方だとなる、つまり家族でも何の力もないような人でも

たよりないお父ちゃんやと思っていたけれど、小早川の家が何とかもったのも、お父ちゃんのお蔭やったんや

天皇もそういう役割があった、天皇は家族でも国家でもその要となり中をとりもつものとしてあった
ただ国家となると一体国家とは何か国家とはどうあるべきなのか?
それを考えるようになると非常にむずかしいものとなる
ただ人間は必ずなんらか国家に属しないではありえない、無国籍がいいとかいう人がいても外国に出るとなるとそんな人はいないのである、そして誰も無国籍となると守ってくれない、殺されても無国籍だから放置される
外国に出れば国に責任が生まれているからだ、国家に属していない人は誰も守る人がいなくなる
国家とは大きな共同体であり運命共同体であり生死をかけたものとして守らないと生存できなくさえなる
それでまた在日韓国人とか移民でもそういう人たちはただ経済的利益を得るために来ているのであり戦争とかなれば命がかかわると故国に帰るし在日だと日本に内部にいて敵対行為をして日本を不利にするとなるからそれを盛んに言う人がいる

ただ民主主義国家では国民が天皇がいらないとなれば廃止されるのか?
そねれを選挙で決められるのか?
その議論も深刻なものとなり国を二分するから危険なものとなってゆく、ただ天皇はいらないという国民がやはり多数になっていけば自ずと廃止されるようになる、それは天皇が決めるのではなく国民が決めるとなる
ただその国民の危険性はポピュリズムとなり大衆化したナチスのようなファシズムになる、カルト教団がそうである
カルト教団は政教一致だからである、宗教的狂信主義者となってゆく、そういう危険性が創価などにあった
オウムは極端でもやはり同じだった、宗教と一体化して権力を操作しようとしていたからである
だから政教一致は危険なのである、天皇もそういうものとてし権力側に利用された歴史があるからそこが問題なのである
でも大統領制になってもやはり日本でも分断される、その分断されることがやはり国家にとって最大の問題なのである





posted by 老鶯 at 17:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2019年11月11日

外国人と協力して働かざるを得なくなって苦悩する新大久保 (日本は子供も減る一方で働き手がいなくなる)


外国人と協力して働かざるを得なくなって苦悩する新大久保

(日本は子供も減る一方で働き手がいなくなる)

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東京・新大久保。国内最大規模のコリアンタウンにアジア各国からの移民が急増。住民の40%は外国人だ。2年前、日本、韓国、ネパール、ベトナム出身者が集まり「4か国会議」が発足。言葉も生活習慣も考え方も異なる“隣人”たちは、さまざまな葛藤を乗り越え、共生の糸口を見つけ出すことができるのか。

Love & Freedom 暗い日本の現状
https://www.youtube.com/watch?v=YaKnPrxtlys

これからの日本はどうなるの?
https://www.youtube.com/watch?v=7dIbGzkFONU

ここのyoutubeで常に日本の暗い現状を語っていた、田舎だと東京の事情がわかりにくい
私自身ももう十年以上東京に行っていないから余計にわからなくなった
ただNHKの新大久保で多国籍会議というのを見てそうなのかこの人が言っていることが現実化しているとわかった

そこで一番苦労しているのが外国人と一緒にやっていこうとする50くらいの女性だったのである、その人は仲をとりもつために一人苦労している

そこでは日本人が少数派になっている!

その日本人も60以上で店で働いている

なかなかこうなると60以上では若い外国人に溶け込めないとなる
それよりなぜ60以上でも働かざるを得ない状況がある、自営業だから働くことができるにしてもまず若い人が都会でも減っている
若い働き手が減っている、東京でも高齢化になっているのだ
それで非正規で転々と渡り歩いて仕事していた人がどこでも底辺では建築とか土木とかの現場では外国人が多数をしめて日本人がいない、そこで日本人がコミ二ケーションできない、言葉がわからないのでできない、日本人はのけものにされている
そこでマネジメントするのが仕事になるが言葉が通じないので苦労する
新大久保では50くらいの女性がまさに外国人と日本人をまとめるために苦労しているのを見てもうそこではそれが現実化していたのである

高度成長時代というのは何だったのか?
ふりかえると江戸時代だと元禄時代とにていたのだろう、新田開発が全国的に行われたのである、それで葛尾村のような辺鄙な所にも元禄の碑があった
それは新田開発した検地した記念碑があった
石高も全国的に急成長していたのである、それは高度成長時代とにていたのである
子供とか若い世代が東京にもおしよせ地方でもあふれていたのである
地方の人口もその時多かった、そんなところになぜ大勢の人が住んでいられたの?
なぜなら今からするとそんな人口を村とかで養われていたのとなるからである
戦後は引揚者が開墾に入って住んだ、それで人口が増えたのである
でもそこでは貧しかったのである

団地でも高度成長時代は若い所帯でありにぎわっていた、創価が団地の宗教だったというとき団地に住むということは一つの目標としてあった
そこで地方から出た人たちがコミニュティを作ったのである
その団地に住む人たちが老いていく時代になった、団地に老人がまた取り残されたとなる地方でも子供がわんさと集まり近くの神社で子供の遊ぶ声が木霊していたのである
それが今は一人も遊んでいない、組では一人も子供がいないとかなる
子供は学校くらいでしかみかけないのである

つまり人口で見ると少子高齢化はアンバランスになっている
人口でもトータルでみるとき一本の柱のように見ると本当は土台となる下の若い世代が分厚くなっていれば国として未来があるとなる
老人が少なく若い人が多いということは国の未来にとってはいいとなる
それが老人ばかりふえて子供は減る一方なのである
そして氷河期世代とかロスジェネ世代が柱を支える中心的存在となるべきなのが細い柱となり空白化したことが全体からみると日本の国力の衰退になっのである

日本はこうして世代でも国土全体でもバランスがとれないとトータルには不調和になり
国自体の力を失う、東京一極集中というのもアンバランスになり国力を失う
なぜならヨ−ロッパとかで一千万の都市はない、都市でも人口は分散しているからであるパリだって200百万くらいの人口であり東京は異常に人口が集中している
それで少子高齢化で地方に若い世代が減ったのである

いづれにしろ日本は買い物すらしない、高価な買い物をしているのは外国人旅行者だという、日本人は高価なものは買わないので馬鹿にされている相手にされていないという
旅行に行っても北海道旅行でも外国人ばかりで日本人が少ない
日本人は旅行する余裕もないのかとなる
高度成長時代はスキーとか外で遊ぶことが多かったが今はない
ゴルフをする人も減ったとかともなる

ただ旅行というとき日本のホテルとかは高すぎる、貧乏旅行者だった自分はそれで苦労したのである、日本のホテルは今でも外国と比べても高すぎるのである
ヨ−ロッパの方が安く旅行できるようになっている
宿が安いのがあるからだ、ユースホステルでも老人が利用していたからである
温泉宿は高いから泊まらない、一度だけ自転車で行って辺鄙な宿に泊まったことがある
それは一二回だけだった、日本の旅館は高すぎる
金持ちは3万とかのを用意しているが安くても一万とか高すぎるのである
それに交通費も高いのである、だから日本人が旅行していないというとき当然だと思う
家族で旅行したら10万とか軽くかかってしまうからだ
それで引きこもりになっているというのも当然だとなる
私のようにテントで泊まるような旅を普通はできないからである
旅行は別に金なくてもできる、むしろ金がない方が本当の旅になりやすいのである
歩く旅とか自転車旅行とかがそうである、テントで泊まれば金はかからないのである
ただ時間が必要なだけなのである

いづれにしろ日本の未来が暗いという時また保守的になっているというときそれはトータルで見たときアンバランスになっているからだろう
人口が東京とか都会に集中すぎるとかある
世代でもアンバランスになり国力を弱めているのである
ただこうして全体を構築するとか見るのは本当は国の役割だけどそれができなかった
自由主義資本主義社会では会社の力は増大しても国の力は弱まるからである

日本という国がこれからどうなるのか?
外国人を入れない方がいいという右の意見もある、でも現実として日本人が若い世代から減る一方なのである、生れる子供も減り日本人がいないななるとまでなる
地方でも必ずベトナム人とネパール人がいる、原発の関係でこの辺は目立つのかもしれない、でも裁縫関係で女性は働いていたしスーパーでも外国人の女性が働いていた
結局人手不足で日本が働かないからそうなっている
それは東京だけの現象ではない、日本全体でそうなっている
それで外国人が多数となって日本人が少数派となり新大久保で外国人と一緒に協力してやろうとする女性がマネジメントするのに苦労している
それが日本の将来だというのも実感できた

つまり日本人に子供も減って若い世代が減るということは外国人なしで国すら成り立たなくなる、その外国人すら日本が貧困化すると来なくなる
今はベトナムとかネパールとか来ている
ここはまだ遅れているから来ている、為替差益で来ている
でもベトナムだって他のタイとか東南アジアの国のように豊かになれば来なくなる
ネパールはあれだけ過酷な山だらけの国土だから何か豊かになれないように見える
それで4000メートルの高地に住んでいる人が地元のホンダで働いている
その人は奥さんを日本に呼ぶと言っている
つまり日本でそうして外国人が暮らして永住する、その人たち子供を産む
そうして日本人に同化させるというほか国を維持できなくなるかもしれない
それは外国人が嫌だとか移民はべきではないというのはわかる
でも現実問題としてそれができなくなる、第一出生率が減る一方で日本人がいなくなるというのも怖いのである

ただ日本はこれから経済的には衰退しても文化的には成熟してくる、必ず経済が成長した後に哲学とか思想とか芸術とか文化面で興隆しているからである
自分自身にしても何かふりかえるといい時代に生まれたとなる
ほんのわずかの差で戦争中に生まれて戦場の露と消えていたかもしれないからだ
だからどういうう時代に生きるかも大事である
氷河期世代とかロスジェネ世代はそういう割を食った世代なのである
それは戦争に生まれあわせた世代と通じている
これはどうにもならないのである、ただ正直そうした高度成長時代もとっくに終わり

これからの時代は日本は相当に苦難の時代になる
だからこれからの人は苦しいとなる
銀行にしたってか安定したエリートと思っていたがもう銀行はいらないとかなっている
それはあらゆるもので安定した職業がなくなることである
公務員ですら非正規で成り立っているとか月給が安いのである
公務員すら安定の時代は終わったとなる
だから日本は何らか大きな変革が明治維新とか戦後のような大きな変革をしないかぎり
もう衰退国家となり後進国になる、すでになっているというのも現実なのである

posted by 老鶯 at 10:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2019年11月10日

天皇は維持できるのか? (日本は明治や太平洋戦争のような岐路にたたされる)


天皇は維持できるのか?

(日本は明治や太平洋戦争のような岐路にたたされる)

国民国家というものは、「歴史の法則」などによって、必然的に生まれてきたものではないんですね。
 北アメリカと西ヨーロッパに続けざまに起こった二つの革命によって、偶然に生まれた政治形態です。それが、世界中に広まったのは、国民国家の方が戦争に強い、という理由があって、国民国家にならなければ、生き残れなかっただけのことです。
 http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=27808
 
 江戸時代には誰も日本国民と意識しない、領民でありその藩の藩主に殿様が君主だった
不思議なのは地方では天皇をどう意識していたのか?
天皇がどういう存在だったのか?ほとんど意識していなかったのではないか?
ただ無数の社が神社があるからそこでは祈り祭りが行われていた
でもそこから天皇を意識することはなかったろう

天皇を意識するようになったのは明治以降なのである
地方の神社でも国家神道化して天皇を意識させられたのである
江戸時代は寺の方が幕府の御用商人とか御用学者とか優遇されていた
寺は人別長とかあり戸籍係であり役所と同じだったのである
公務員的性格があった
その寺が明治維新で廃仏毀釈となり神社が優遇されるようになった
つまり神社側が江戸時代は不遇だからうらみをもっていてそうなったとかある
つまり宗教というのも利害で動いているのである
カルト宗教団体でもほとんど御利益宗教である
何か利益があるからとそうして団体に入り利益や利権を得ようとする
それは仏教側でも神社側でも同じだったのであ

明治以降は天皇が異常なほどに権威となり権力ももつようになったからである
天皇の神道が国家神道になったのである
これは民主主義とか人権主義とか近代国家となるものとは違ったものとして日本国家が成立したのである
それはヨ−ロッパなどの外国と対抗するために日本独自のものがあり天皇がそこで国をまとめてヨ−ロッパの列強に対抗しようとしたのである
つまり明治維新から太平洋戦争は日本の歴史として連続したものだった
だから太平洋戦争は明治維新を知らないとわからない、太平洋戦争の原因は明治維新にあったからである
欧米列強の植民地化の抵抗として明治維新もあったからである

だから国民国家というのは日本でも天皇を君主としても同じだった
なぜなら国民国家にならなければ対外的に対抗できないからである
日本には侍がいたのだから別に幕府だけでも外国と欧米列強と対抗できたのではないか?それだけではできないから国民国家になることが強いられたのである
それで西南戦争で侍の存在を継続を主張して戦ったのが明治政府が編成した国民軍だったのである
その時薩摩長州と戦って負けて辛酸をなめた会津の侍も国民軍として参加していたのである、そしてその国民軍として編成された侍でない人たちが侍集団に勝ったのが西南戦争だったのである 

侍だけではとてももう対外的にも対抗できないし日本国内でも平民が集結した国民軍が侍集団に勝った、その時日本は軍隊でも国民国家になったのであ
国家とか国民とかはそうして対外的に一致団結して戦うために生まれたのである
それはヨ−ロッパとかでも同じだったのである
東南アジアがヨ−ロッパの列強によって植民地化されたのは日本のように一致団結して国民国家として対抗できなかったからである
それは中国でも同じである、中国は共産党が指導して国民国家にして中華人民共和国が生まれたのである

明治以降の天皇は対外的にヨ−ロッパ列強と対抗するために日本独自のものとして復活したのである
天皇は日本国民を統合する力として強力に働きそれは太平洋戦争まで継続してアメリカに負けてその日本国民の天皇の霊力というか神聖性は崩壊したのである
現人神(あらひとかみ)信仰は戦争に負けて神通力を失ったのである
そして政治は政教分離になったが依然として日本では天皇は残ったのである

戦後は天皇の神聖性は失われた、天皇と平民とは同等だという感覚にもなっている
平成天皇が膝間ついて国民をねぎらっている姿がそうである
もう誰かが特別神聖で偉いとか世界的にもなくなったのである
どこでも王室でも皇室でも特別な存在と見ていない、国の飾りのようなものになっている今回天皇になった令和の天皇でもそうである
どうしてあの人が天皇なの?そう感じる、何か特別なものをそこに尊敬すべき敬うべきものを本当に感じているのだろうか?
ただ天皇家に生まれただけでどこが偉いのだろうかとなる?

明治維新からは権力で天皇の権威は押し付けられていたのである
日本の歴史が中心となる皇国史観になるのも世界でぱ特殊なのである
だからグロ−バル化したとは何か違和感を感じるのである
その統治形態は日本独自のものだから維持すべきだということもわかる
その危険性はやはり宗教がかかわっているからかもしれない、宗教という権威がかかわると政教一致となりそれが危険になる

創価だと教義自体が王仏冥合であり仏教と政治が一体化する、完全に政教一致であり
それで何かというと政治でも経済でも罰あたるとか地獄に落ちるとか言うのである
それは脅しにもなる、それが権力をもつとどうなるのか?
それが戦前のように天皇を現人神(あらひとかみ)御真影として拝礼してそれに逆らうものは特高がきて刑務所に送られるのである
宗教と権力が一体化するとそうなるから政教分離が生まれたのである

でも日本では国家を統合するものとして天皇が存在し続けた
そこには意味があった、対外的にヨ−ロッパ列強と戦うためには国が一つとならねばできない、内戦していたらそこにかならずつけ入れられて国力がそがれて植民地化される
分断されて支配されることになる、そのことが最大の恐怖なのである

つまり例えばアメリカ軍が撤退すると強大な中国が侵入してくる
ロシアも侵入してくる、そして日本が分断されることが一番怖いのである
その分断されたのが韓国でありシリアとかの惨状なのである
そうして弱体化した国は世界の草刈場になり国自体がシリアのようにめちゃくちゃになりそうなると国民自体がもう悲惨なことになる
そういう恐怖がまた実際に迫っている
それがこれからの最大の恐怖である、それを若い世代は真剣に考えねばならない
日本はだから統合して外国に対抗できる力を持つべきだとなる
そうしないと日本が韓国化してシリア化することが恐怖なのである

天皇は日本の歴史ではそういう政治的中心として役割があった
だから天皇が二人になった南北朝では本当に地方の田舎のすみずみまでその傷痕を残して語られている、それだけ内戦化することは国自体を疲弊させるのである
そもそも私の住んでいる地区ももともと南朝であり国府だった霊山城が燃えて落ち延びて来た子孫が住んで作られた町だったのである
だから天皇が日本にいなくなったらそうした内戦状態になり終始がつかなくなり国自体が滅びて外国の支配下に入る
ただその外国と対抗することで極端化したのが天皇制があったためだと反面なっていたのである

要するに天皇という問題だけではない、日本がこれからアメリカ軍が撤退して日本だけで独立維持して中国とかロシアとに対抗できるのか?
そのことがこれからの最大の問題になる、それは明治の時から富国強兵になったのはヨ−ロッパ列強と対抗するためだったからである
もし国内で分断したら日本は植民地化されて外国に支配されていたのである
そういう歴史がカルマとして再び日本はそういう立場にたたされる
日本の国は中国やアメリカのような大国でもない、また韓国とか他の東南アジアのように小国でもないのである、そこに日本が中国に対抗できる、ロシアにも対抗できる
戦争の時はアメリカにも対抗できるとなったのである
それは身の程知らずになった原因でもある

でもどうしたらアメリカ軍が撤退したらどうするのか?
それは今や遠いことではない、何年後かもしれないのである
そういう変化の時代に来ている、ただ日本国の実情はそういう対外的な厳しさに対抗できない、何か国全体が衰退しているというか経済力だけではない、軍事力だけではない
何かモラル的にもその強固さを失っている
明治維新の成功は何だったのか?
それも世界の不思議だとなる、それはその中核に日本の侍がいたからだともなる
明治維新を成したのは庶民ではない、侍だったからである
侍というのが志士となりまた明治政府でも敗れた側も侍でありその人たちが新しい日本国家を作ったのである
ただ国民国家となったとき日本はすでに侍はいなくなっていた
明治だと内村鑑三とか侍出身であり武士道とキリスト教の一致があった
何かそうして日本的なものとしてキリスト教も受け入れられてきたのである

いづれにしろ天皇制は維持できるのか?
それはむずかしくなっている、でもそれでは大統領制で日本は治められるのか?
それもかなり混乱してくる、
結局キケルゴールの言うように近代とはあらゆるものが水平化するから同列化するから
これまでの王様でも天皇でもそうしたものによる統治はむずかしくなる
要するになぜあの人が天皇で偉いのとなる
あの人はただの人間にすぎないとなるからである、つまり人間の平等化の力は凄まじいものがあるからだ、そしてそれが悪い方になるとポピュリズムとなりファシズムともなったのが近代国家だったのである
そういう矛盾が現れてナチスでも現れたのが20世紀だったのである
国民国家がかえって熾烈な戦争となり何千万とか死んだのである   
国民国家もまた悪い面としても働いたのである

ただアメリカ軍が撤退するというのは極めて厳しい現実であり日本はそれにをと対処するかは強いられる、決断を迫られる、そういう大きな変化の時代に直面している
それと天皇が維持できるのかできないのかもリンクしているのである
これからの日本は相当厳しい選択とかが迫られる、大きな時代の変革か迫られる
そのために津波とか洪水とか天変地異が起きているのである




posted by 老鶯 at 21:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

相馬市へ秋から冬の俳句短歌 (相馬市の城下町には柳が似合う)


相馬市へ秋から冬の俳句短歌

(相馬市の城下町には柳が似合う)

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( 山上)

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秋日さし山上に一服碑も古りぬ

山岸の社の石段秋の蝶

社一つ古き碑並び秋薊

柿なりて山岸に見ゆ塩手山

社一つ山岸に古り柿なりぬ

山里に変わらぬものや松に柿

とおすみのここに死になむ社かな

山上に紙漉き沢や冬に入る  

(黒木)

北風や館跡ここと地に記す                         

柿なりて新地の道や昼の月

風荒し初野に朝散る木の葉かな

(相馬城下町)

秋薊相馬六万石の城の址

相馬市の鉄路の脇に秋柳

田町にそ夕月光り冬柳 

田町にそ長々しだれ冬柳 

(初野ー山上) 

風荒く初野の奥や家のありまれに来たりて木の葉吹き散る

山上の稲は刈られぬ我が休み塩手山見ゆ親しき山かな
   
山上の巌を打ちて出水の流れひびきぬて橋は壊れぬ

今里の社に草むし埋もる碑や秋の日さして我がたずねけり

朝日さし街道の松の影さしてあざみ点々城跡に来ぬ

銀杏の木古りて根付きぬ冬の日や杉の木もここに齢を重ぬ

北風のうなり吹きつけ黒木城その跡ここに恨み残しぬ

出水の後に満月こうこうと知らず輝くうらめしきかな  

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諏訪神社

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グーグルマップのストリートビュ-でこの柳が見えた

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山上では山岸という所に日吉神社があった、日吉神社は相馬藩に多い
それは南北朝にさかのぼり霊山城が燃え落ちたとき落ち延びた落武者の末裔がもたらした神である
その基は南相馬市の鹿島区の日吉神社にある
山上には紙漉き沢があるからここでは紙漉きが行われていた
紙漉きは水がきれいな所で行われていた
それも冬なのである、だから仕事としては厳しかったのである
石神地域でも紙漉きが行われていた、それは越中などからの移民が伝えた紙漉きだった
なぜなら越前には越前和紙という有名な和紙の産地があるからだ

初野というとき相馬の城跡の後ろの山から広い地域になる、さらに山の方に広がっている地域である
初野とは初めて開けた土地という意味である
だから後から開墾されて人が住んだとなる
ここで地名が合っている、地名と地勢とかが合っているとそこがなじみやすいのである
初野から山を越えて丸森まで行く道があるけどそこは七曲の坂が続く道なのである
とにかく初野という地名が自ら行って回ったことでその地理を会得したとなる
まずこの地理を知ることは近くでもむずかしいのである

相馬市の諏訪神社の銀杏の木と杉の木は貫禄がある、樹齢も百年以上とかなっているだろう
この神社は松川浦から500年前頃遷宮したとありそれだけ古いとなる

 (黒木城跡)

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 この地域は伊達領と近い。当然のことながら、戦国最盛期になると、相馬氏と伊達氏との勢力争いが激化することとなる。お互いに周辺の小勢力を併合していけば、最後は激突せざるをえない。伊達氏領に近い位置にある黒木城は、対伊達の要塞として順次整備されていったことだろう。現在見られる、堅固な二重堀といった構造は、そうした時代を背景に組み上げられていったものだと思う。 

黒木城は伊達との境目辺りにある、新地との境目辺りである
新地は相馬なのか伊達なのかまぎらわしいのである、実際は伊達氏の領域だったのである黒木氏はそういう狭間にあった城だった
この城はなかなか良く作られた城であるとここで説明している 

(相馬城下町)

いつも不思議に思うのは相馬市である、それは原町と比べるとわかる
相馬市は小さいにしろ城下町だったからそうした雰囲気があるのかしんみりとする街なのである
原町の歴史は浜街道の宿場町であったのは鉄道の駅から相当離れている
でも原町機関区になり明治以降発展した街である
だから街の作りがそもそも違うのである
相馬市は城下町のままであり城跡を中心に作られたままである
駅前通りがあっても駅前通りが新しく作られたのとは違っている

それでなぜか、柳が合っている街に感じる、長々と柳がしだれている、それで洪水にはなったが鉄道の脇に柳があった
そこを鉄道を通っているのをきづきにくい場所だった
でもこの鉄道と柳がまたあうのである、鉄道には何か不思議に街と一体化するものがある
風景と一体化するのが鉄道なのである、車にはそういうことがないから嫌いなのである
鉄道の歴史そのものが古くそれも影響している、だから柳が相馬市の城下町にあい鉄道にも調和してある
相馬市は城下町らしく何か近代的ではない、古びたものを感じる
おそらく高いビルなどがないものも影響している、公共の建物を入母屋式の古いものにしているのも城下町の風情を造りだしている
だから何か柳が合う街なのである、田町の柳は大きいから見ものである
ただ新しい街並みは何かそぐわないともなる、古くて何か道も車の通らないような昔風だと情緒的には良かった
新しくしたのはいいが昔の田町を偲ぶとはならない、ただあの大きな柳だけは昔風なのである
つまり相馬市は柳がにあう街であり藤の花が似合う街だとなる 

ともかく洪水とか台風も二回来て俳句とか短歌をプログに書けなかった、こういうときみんな困っているから俳句短歌などは出しにくい、それで津波の時はしかられたということがある
ただ一つは記録として残すということがある、それは後世のためにその時どういう状況だったかを記録するのである
それが郷土史となる、今回は津浪とは違っていてそれで台風の被害でプログに出していないのをアップした
丸森に行った時は北風が吹いて楽ではなかった、でもヤマハの電動自転車は馬力があり走り安いから風の中でも行けたとなる
この自転車は機動力がある、道が悪い所でも行けるので何か取材するのにはいいと思った










2019年11月09日

テレビの一場面の映像のインパクトが強烈なのが問題 (全体から見ることはテレビにはない)


テレビの一場面の映像のインパクトが強烈なのが問題

(全体から見ることはテレビにはない)

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丸森町で一部分にこの映像のように被害が大きい場所があった

でもここはどこなのか?

その一部から全体を判断はできない

丸森町の街内がこんなふうになったとは思えないのである
要するにテレビだと一部分でも全体がそういう被害だと見てしまう
それが大きな問題なのである
イラクの油まみれの海鳥一羽が全体が汚染されたように世界の人が受け取ったのである
その一羽は一羽だけが故意に油がぬられ写されていたからだ
つまりテレビで注意すべきは一画面から全体を判断すべきではない
でもその一場面が強烈な印象を与えることが問題なのである
それがテレビの特徴だったのである

テレビを見る時はこのことに注意すべきである
常に一部分しか写していないしそこの全体を知ることはその場を踏まない限り不可能なのである
でもその一場面の映像が異常なほど印象ずけられる
一軒の被害を見てこれはひどいな、その町全部がこんな状態だと見てしまう
丸森町の被害は一か月すぎたにしろ平常に見えたからである
ある一部分の被害が大きかったが街内はそれほどでもなかった
でも丸森町の全体が一軒の被害を見ただけで判断されるのである
そこにテレビの特徴がある

人間でも何人かいても必ず一人だけがクローズアップされる
だからこそアナウンサーがいつもその顔が一番露出するから中心になっている
でも本当はアナウンサーは脇役のはずなのである
でも主役になっている、一番顔が映るから有名になっているのはアナウンサーなのである
こうなるとテレビを見ることは必ずそうしてある一部分が特別印象ずけられるメデアだとなる
それは人間でもあらゆる映像でもそうである、回りの全体の状況がわからない
ただ一場面だけが特別故意に強調されてクローズアップされてそれで判断が誤るのである
そしてテレピでは平凡なありふれた映像を嫌う、それは視聴者にインパクトを与えない
なんだ当たり前じゃないかとなり見ないとなる
一目をひくには普通にないことが注目するからである

私は阿武隈川の川岸の鴨を写したようにそういう平和な風景は写しても人目をひかないのである
だから何かテレビというメデアはリアルなものではなく、一見現場を写しているようで
常に一部分しか写せない、それも強烈にインパクトあるものしか写せない
視聴者が見る時間を限られているから平凡な風景は写さないのである

確かに一部分が被害がありそれは嘘ではない、でも全体からみたらそうではなかった
その一部分でも全体を判断することで誤解が生まれるのである

例えば本だと長いから一部分だけを読んで判断できない、全文を読んで判断する
本全体が切り離せないものともなっている
文脈があり全体がつながっている、でもテレビはそういうことはない

一部分でもその映像が全体だと思いこまされる!

それは意図してそうなるのでもない、テレビといいう小さな箱の中の映像がそうさせるのである、それがテレビの特徴なのである
だからそういう特徴を見ていないと判断を誤る
それは何かあらゆることでテレビの特徴はそうなっている
そこで全体を知ることは不可能なのである  

そして「ウソ」で植えつけられたイメージは、その後も残り続ける。
 つまり、「ウソ」を捏造する側にとっては、あとでバレても一向にかまわない。ウソがバレても、効果は半永久的に保たれるからだそれこそが重要なのだ。フセインは永遠に狂気の独裁者として歴史に名を連ねる。そして、アメリカの行為も半永久的に正当化される   

 メディアのウソを見抜け(1)

ともかく物事はいろんな角度から見る必要がある、また様々な問題でもいろんな角度から見ないと真実はわからない
ところが次々に無限に起きて来る事件を追うことは不可能である
ただ一つだったらそれを深めて真実を追求できる、でも無数の事件の真相を知ることが不可能である
そこで誤った判断になる、嘘を嘘だと見抜けないし恐ろしいのは嘘でもフィクニュースでも頭に一旦すりこまれるとそれが消えないというのも心理的にそうなるから本当に危険である

映像を疑い

それは真実ではない

こうまでなってしまう、なぜなら映像は全体からきりとったほんの一部分だからである、それから判断することは間違うということである
でも次か次に起きる事件でもニュースの真意を知りえようがないからただクローズアップされた一部分の写真や動画で判断してしまうのである

一場面の映像によって印象付けられる操作される

これが情報社会の危険である、そのために戦争にもなるし非常に危険なことにもなるから怖いのである
インタ−ネットだとこうして多角的に検討できるのがメリットである
でも時間がない人が多いのだからそんなに多角的に見れないからテレビの一場面の映像で頭にすりこまれて判断する
それを回避することはむずかしくなる
丸森町のことでも私は実際に行って見て報告した、それは間違えない、町全体はそれほどの被害ではなかった
一部分私が見ていない場所で被害があったことは確かである、でもそれは全体ではないのである

【武田邦彦】『テレビと新聞から真実を知る方法』報道の嘘を大暴露!!

偉い人が嘘をつくというとき武田氏はその偉い人であり偉い人と直接知っている
普通庶民はそういう人と直接知り得ないのである
直接話を聞くことも問うこともできない
テレビとかメデアを通してしか知り得ないのである

元禄時代の新田開発された場所は水害を受けやすい (全国的元禄時代は新田開発で豊かになった―相馬藩でも同じ)


元禄時代の新田開発された場所は水害を受けやすい

(全国的元禄時代は新田開発で豊かになった―相馬藩でも同じ)

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元禄時代が石高のピークだった、その後は下降するだけだったのである

「松尾芭蕉」「近松門左衛門」「井原西鶴」といった文人、あるいは「俵屋宗達」「尾形光琳」「尾形乾山」といった美術家など、江戸時代の日本文化の水準を作った人々が活躍した「元禄」(1688-1707)という時代を考えてみましょう。

いま宅地になっていても、30年、50年前は河原の田んぼで、300年前には水のど真ん中だったエリアが、我が国には莫大な面積、存在しているまぎれもない事実を直視する必要があるでしょう

江戸時代はグラフで示されたように元禄から宝永の時、最盛期だった。相馬藩でもそうだった。新田の開発でうるおっていたのである。元禄は江戸でも一番華やかな時代であり今のバブルの消費時代だったという。それは都会ではそうなったが田舎てはそうではなかった。宝永時代も新田の開拓が進んで豊かになった時代である。だから鹿島町の御子神社の隣の墓地にあれだけ大きい宝永時代の碑があったのだろうか?あれだけ大きい碑はなかないからである。元禄時代はまた芭蕉が活躍した時代で文化が花開いた時代だったのであるそれで葛尾(かつろう)村の落合に元禄の碑があった。明暦とも書いてあり明暦は検地がはじまった年である。でもあんな山の中にあるのか不思議だった。あのうよな山の中も元禄時代は開拓が進み山の中でも繁栄するものがあったのかもしれない。
古い碑を研究すれば見えてくるものがある。新地にある文禄の碑はやはり朝鮮への伊達政宗の出兵が関係していた。文禄とだけ記してあるのはないからである。


いつも碑をみて時代を見る、相馬藩内ではまず元禄とある碑はめずらしいのだ
それで不思議なのは相馬市の新田に元禄の碑があった
なぜそこにあるのか?そこは松川浦に近く津波の被害があった
そこにあった碑も水にかぶったのである
新田とあるごとく相馬藩で開拓した土地だった
それからなぜ葛尾村の落合とか平地ではない、山の中に谷間に元禄の碑があったのか?
おそらくそこも元禄時代に田んぼにした土地だった
明暦ともあり検地の記念碑だった
つまり元禄時代は地方でも新田開発が盛んに行われた時だったのである
だからそれは中央とか一部ではない、全国的に新田開発が行われた時期だったのである
だから元禄時代は江戸時代で特別な時代だった
相馬藩でも急激に石高が増加しているのである

その時いたるところまだ湿地帯とか沼とかが多い、それが地名として残っている
そういう場所に現代まで家が密集して建てられるようになったのである
それが日本の国土の特徴なのである
だから元禄時代が地方では関係ないように見えてもそうではなかった
新田がそれだけ増えたことで豊かになっていたのである

そしてそういう場所は水害にあいやすいのである
相馬市の北飯淵が堤防が決壊して被害が大きかったのもそうである
淵となっているからそういう場所であった、日本はいくらでもそうしたもともとは水がある場所が無数にある、そういう場所は水害になりやすいのである

相馬市の新田の寺田に元禄の碑

「相馬中村石屋根ばかり、瓦(変わら)ないのでドント人が好く・・」こんな戯れ歌が残っていること相馬藩の城があった中村は何か本当に田舎の城であり貧しい城下町だったのである。

飯豊耕土にや 箒はいらぬ
新田、おみかの裾で掃く

相馬の殿様が釣り来て見染めた新田のおみかを側女にしたという浮いた話なども元禄時代で相馬藩が豊かになったからかもしれない、石屋根ばかりの家から瓦の家も増えてきた時代かもしれない、元禄時代はまれにみる好景気の時代だったのである
それは全国的にそうだった、それは新田開発の結果だったのである
それは高度成長時代とにている、ただ高度成長時代はまだ文化が華開いていないがこれからその成果が出るということもある、その財が相当に蓄えられたからである
ただ硬度成長時代が終わり後は知っていのように日本経済は低迷して貧困化している
だから衰退国家になりそうした景気のいいことはないとなったのである

いづれにしろ津波でもそうだったが海だったところが本当に海になった
例えば南相馬市の塩アに船着という地名がある
そこまで海であって本当に船が来ていたからその地名が化石のように残っていた
また八沢浦は明治に開拓されてできた土地だった、そこも元の入江にもどったときほど
驚いたことはない、そういうことが日本全国で今回の台風でも起きていたのである
千曲川でもそうだった、新幹線の車両が濡れた地点はもともと湿地帯であり川岸はもともと河川敷のような所だったからである
そういう場所は日本に多い、だから水害が多いのである

インタ−ネットではこうして記事でも連結して読む
すると高いが深まるのである、だから今までは記事がでたとしても何も書けないがその批評が無数に生まれるとなる
知識が膨大に広がり深まるのである

posted by 老鶯 at 11:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 江戸時代

2019年11月08日

テレビは映像で錯覚させる (丸森の被害は少なかったー阿武隈川は決壊しなかった)


テレビは映像で錯覚させる

(丸森の被害は少なかったー阿武隈川は決壊しなかった)
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この映像を見たとき被害が大きいなと見た

確かにここが堤防が決壊した場所だからこれは本当だった

でもそれほどの高さに水は来ていない

この映像からそう見えるの  である

阿武隈川の橋を渡った向かい側の舘矢間とかは被害が少なかった

ただ映像でその辺も被害があるように見えたのである

阿武隈川は決壊しなければそこもそんなに被害にはならなかった


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この支流が決壊したのでこのへん一帯か一番被害が大きかった

でも阿武隈川の堤防は決壊していない

支流の水があふれて被害になった


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阿武隈川の河川敷は広い

こうしてここから広くなっているからここをあふれることがなかった

堤防が決壊しなかったから被害が少なかった


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この高さは怖い、その水の量を見たら恐怖だったろう


金山地区の被害
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雉尾川の金山地区のここが一番長く堤防が壊れていた

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ここは老人ホーム



テレビで見たとき全体が広範囲に水浸しになっていた
でも今日行って実際に見たら第一川に近い斎離屋敷の通りは浸水してもわずかだった
だから観光案内所は開いていて普通に観光できる
何かテレピで見て被害が大きく見えたからただ見に行くことに気がひけた
でもそういうことはなかった平常に近い
ただそれは一か月くらいすぎたから片付けもほぼ終わったからかもしれない
ボランティアの人はまだ来ていた
トラックが多く通るから気をつけろというがそれも少なかった
この辺ではトラックが増えて危険だったがそういうこともなかった
おそらく意外と早く片付いてのである

今回の被害は丸森の支流は結構大きいからそれがいくつか氾濫して水をかぶった
でもそれもそれほどのものとは見えなかった
まず床上浸水した家屋は少ないように見えた、死んだ人は土砂崩れである
それはなぜかというと阿武隈川は決壊しなかったからである
でもその水の量は多いから水が堤防に押し寄せたから怖かったことは確かである
上流の川幅が狭い所ではかなりあふれた被害があったようだ

それでも川幅が広くなるところで堤防が決壊していないのでその水は町の方にあふれなかったのである
私は堤防が決壊してあふれたのだと見た、テレビではそういうふうに見えたのである
つくづくテレビは錯覚させる
丸森町の役所が水浸しになったのは阿武隈川は決壊してなったのではない
支流の堤防が決壊して水があふれて水浸しになったのである
それは支流が合流する地点で堤防が決壊したからである
丸森町の支流は大きいからそれがあふれた結果あのように水浸しになったのである

ともかくテレビは現実ではないというとき本当にそうだと思った
これは大災害だなと見た、だからただ写真をとるだけに行くのが気がひけたのである
前は津波のことでしかられたことがあったから気がひけた
でも丸森町の被害は津波からすれば千分の一万分の一とかになる
津浪の被害には比べようがない、家も壊れていないし床上浸水でもそれほど多くはないみたいだ
ただ片づけはほぼ終了しているから一か月過ぎているからわからない
ただ一か月くらいでほぼ片付け終わり終息しているということでもその被害はさほどではなかったと思う

ただこうして大したことかないとなるとボランティアも集まらないと寄付金も集まらないとかなるかもしれない、私も寄付しようとしたがたいしたことないなと思ってそれほどそういう気分になれなくなった
何か打ちのめされたようになっているのかと思ったからである
まず津波と原発の被害と比べると比べることもできない
その差が大きかった
とにかくテレビは錯覚させる、また何か被害があるとそこの場の事情がわからなくなる
それでテレビとか報道に頼らざるを得ない
でもそこに報道の危険があった、非常に誤解しやすいのである

小さいことが大きく見えたり本当は重大な大きいことが無視されたり小さく報道されたりする、それはテレビ局で報道側がそうさせるのである
するとそうして見せられたもので判断するから錯覚して誤解するのである
でも現実のそうした場に実際に踏み入れることはできないからテレビ局の報道が力をもつのである

だから何か災害でも事件があったらその場に行くことが大事になる
何かが起きることは場所と密接に結びついている
だからtake place(起きる)とは場所が問題になるのである
でもその場所をテレビだけからは知ることができないから誤解が必ず生まれる
世界で起きる外国で起きる事件はさらに理解できない
そこに誤解が生まれる、これは大問題なのである
そうしてテレビに写されたもので判断するほかないからである
それでイラクの海鳥が油まみれになった映像で世界中がイラクに対して怒ったということでアメリカが有利になった
でもそれは海鳥一羽だけでありそれは油をぬられていたのである
でもその一羽の海鳥をテレビに写されただけで世界中がその映像でイラクに怒ったのである

ともかく丸森は近いからまだ現実を確かめることができた
遠くなるともう確かめることもできない、だからテレビとかの映像で写真で判断する他ないのである
だからテレビでも写真でも本物とは違う、それはあくまでも一部分だからである
でも必ずそれで錯覚して誤解して見るのである
でもその現場に行くことができないのだから確かめようがないからどうにもならないのである

今回の私の失敗はてっきり阿武隈川の堤防が決壊したと思ったこと

このことがすでにテレビの映像を見たとき思いこんでいたのである
阿武隈川の他では堤防が決壊した所があったから丸森も堤防が決壊したのだと思い込んでいたのである
そういうふうに思い込みと何かあり誤解生まれる
だから真実を知るということは容易ではないのである

水ひきて阿武隈川のその岸辺鴨の憩いて我が見て帰る

それほどの被害でなくて何かほっとしたとなる

posted by 老鶯 at 21:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2019年11月07日

白鳥来て冬に入る(台風で風車がとまった風景)


白鳥来て冬に入る(台風で風車がとまった風景)

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蔵王が見える



スーパーに人集まるやカンナかな

晩菊に日さしてここに古木かな

冬薊ここに残りて風吹かる

久しくも風車とまりて刈田かな

夕べ鳴き白鳥来るや光る月


夕べ見ゆ蔵王やともにみちのくに暮らしつつも冬に入るかな

台風の後に荒れたる河原かな風に木の葉の吹きちらされぬ


風力発電の風車が台風以来止まっている、電源装置が水にひたり作動しなくなったためである、これも想定外の結果だった
もっと高い場所に設置しないからそうなった
それは原発の電源が地下に設置して水にぬれて使い物にならなくなったとにている

こうして必ず想定外のことが起きて失敗する
風力発電でもソーラーパネルでもこうして電源が使いなくなると電気も止まる
つまり緊急時には使いないのである
もともとその元となる電力会社の電気が使いないとソーラーパネルでも風力発電も使えないのである、だからこれも本当はあてにできないことがある

なんか今は刈り入れも終わり刈田になって風車が止まっているのも奇妙だけど合っていたただ風景が変わりすぎたのである、風車もこの辺では景色となった

スーパーの近くにいつもカンナが咲いているからあそこはいつも人が一番集まるから似合っている、これは夏の花である

晩菊と古木はあっている、ただ晩秋なのだけどそういう感じがしない、何か季節感が狂ってきたのである                        

右田浜の高くなった堤防から蔵王が見える
津浪の以後に松原とかなくなり新しい堤防は相当に高いから見える
今までは松原があり高い堤防もなかったから見えなかったのである

蔵王は山形県と福島県と宮城県で見える、だからこの三県で何か共有する心が生まれる
ただ福島県でも相馬地域と海岸線伝いに見える
蔵王が見える範囲が一つの共有するものが生まれる
この辺では高い山が見えないからものたりないのである

とにかく今日白鳥が来たということはようやく冬に入ったとなる
朝は相当に寒かった、今年ももう終わりに近づく、今年も災害の年だった

首里城炎上消失 (変転極まりないこの世―末世の詩)


首里城炎上消失

(変転極まりないこの世―末世の詩)

一瞬にして首里城は炎上して消失した
その宝物もなすすべくもなく消える
そのようなことがかつてある
城が燃える、そして主君は切腹して果てる
大阪城が燃える、無念に淀君は死ぬ
紅蓮の炎の中に死ぬ
津浪にのまれて一瞬にして街が村が消失する
その恐怖も生々しい
それは未だに悪夢である
ある時赤紙が来て戦地に若き女性が送られる
それは地獄に送られたのだ
従軍看護婦として地獄を生きる
戦後紙幣は紙切れになった
事故で死んだ夫の残した金が紙切れになった
でもわずかに買った土地が財産になった
このように急激に運命が襲ってくる
変転極まりない人生を経験する
津浪や台風が容赦なく襲い飲み込む
常に突然に襲い無と化してしまう
この世の財宝はかくして火に燃えて消失し
水にのまれて消える
アトランティス文明も大海に沈む
この世に永遠の都はない
つかのまの繁栄であり火に燃えて消え水にのまれる
それがこの世の変わらぬ習い
あなたの命は明日はないかもしれぬ
すでに青春は遠の昔となり白髪の老人となる
残る命を数えているだけになる
そのように激しい変遷にさらされている無情の世
台風で古木も倒れその後に荒れた河原の土手の道
風が吹き荒れ木の葉が吹き散る
もうまもなく冬だ
脳梗塞で一命をとりとめた同級生が脇にいる 
津浪で家も村もなくなった人がいる
私の家族もみんな死んだ
ただ悄然として一人故郷に残る
旅に病んで夢は枯野をかけめぐる
そのように人に安住はない
死がすぐにあなたをこの世から引き離す
あなた自身が火葬にされて骨となり灰となる
常に世は無常の世界
人もまた無情である、昨日の友は今日の敵
信頼に値する友はない
野獣のように金のために襲ってくる
他者は金を得るためのものでしかない
財産があれば肉親でも財産を狙う
金のために原発でもいい
そして故郷に住めなくなった
ただそこは荒地となり草ぼうぼう
人は復興もなにもない、老人だけが残されて悄然としている
親を残して子の世代は去った
戦争の業火、300百万人が死ぬ
原爆の生き地獄、その苛烈な現実にうちのめされる
この世は火宅の世、変わらぬ地獄なのだ
この世のどこにも安住の地はない
安住の地は天にしかない
この世は滅びの世であり永遠はない
束の間の夢であり悪夢でありすべて無常のなかにある
首里城を作る職人の労苦も一瞬にして消える
未だ津波の恐怖が覚めやらないのに次々に変化する世
墓場の中にしか安住はないのか?
人の縁も簡単に切れる
人は頼りにならない、ただ己のことしかない
結局ただ風に散る木の葉のように人は翻弄されるだけ
後は死があるのみ

なぜこんなに津波から原発事故以後災難の時代になったのだろうか?
それは歴史をふりえれば世の中は常にそういう無常の世だたのである
常に時代は変化している、そうして翻弄されてきたのが人間だったのである
それは家族でもそうである、それぞれが運命に翻弄されていた
姉は赤紙がきてすぐに従軍看護婦としてシンガポールに送られて4年地獄を経験した
つまりそれは突然なのである

そういうことが自然災害でもあり津浪でも原発事故でも起きた
母は東京に女中に出て夫が工場で事故死した
そこで運命が180度変わってしまったのである
人間は運命を決めるのではない、運命は自然であれ大きな制御できないものによって決められ翻弄されているだけなのである
津浪でも台風の洪水でもそうだった、いくら堤防を作っても自然の力を制御できないのである

首里城が炎上して一日で消えるというのもそうである
そういうことは別に戦国時代でなくても戦争で焼野原になったときそうなのである
この世にあるもので永遠のものはない、だから人間は火と水で滅びるというときまさにそうだった
津浪ほどそれを知らしめたものはない、それは人知を越えた余りにも空恐ろしいものだったからである
この世にはそうした予想もつかない恐ろしいことが起きることを知った
黙示録の世界が来る、まず津波とか原発事故ではそういうことを感じた
原発事故でも原爆と同じように住めなくなるのだからもう住んでいられなくなるのだから同じなのである、それは自然ではない人間によって作り出されたもので滅びるとういことである
その前で人は悄然として茫然としているだけだとなる
そしてこの辺では復興などない、ただ補償金を求めて騒ぐだけであり後は何もない
若い世代は脱出していない老人だけが取り残されたのである

何か世の終わりであり末世であり災難が連続して起きる
今度は経済が壊滅的な状態になるかも知れない、紙幣が終戦と同時に紙切れなったようにそうなるかもしれない、アメリカは裕福に見えてもその日の食べ物も得られない人は相当数いるという、そして大金持ちは助けないという
そういう社会が安定するわけがない、何か不満が爆発して社会が乱れる
自然災害だけではない、そうした社会の乱れ人間のモラルの崩壊が起きてきて
そこに大きな自然災害が連続して襲ってくくる
そういう末世なのである、だから東京オリンピックなどもうできない
停止すべきである、そんなものに浮かれているときではない
東京が壊滅するような災害が起きるかもしれないからだ
そういう危機に備えるべきだとなる、台風の被害に予算を回すべきだとなる


posted by 老鶯 at 14:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

An unknown mysterious space8(abstract painting)

An unknown mysterious space8(abstract  painting)

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未だ人の踏み入れない土地がある
そこは神秘的であり太陽の光がさして
まばゆい黄金に輝いている
そこにまだ神が住んでいるかもしれない
人の踏み入ることない聖なる地
世のことはここに聞こえない
山々が連なり閉ざされている   

There is still land that people can not step on
It ’s mysterious and the sunlight
Shining golden
God may still live there
A sacred place where people cannot step into
I can't hear the world here
The mountains are closed

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a train go in the desert

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Japanese castle




なぜこれほど抽象画ができるのか?
それはオリジナルな映像がインタ−ネットとかでも雑誌でもいくらでもでているからである
それをソフトで操作すると機械的に生産される
アレンジするとできる、ではこれが著作権違反なのか?
それはオリジナルなものとまるで違ったものになっているからわからないのである
ただ良くみればオリジナルな絵と比べればこれは違反だとする人もいるかもしれない
二次的製作にしろやはり新しい創作の分野となったと思う
それは映像の時代だからこういう芸術も生れたとなる

Why can we make such an abstract picture?
That's because the original video appears on the Internet, magazines, etc.
When it is operated with software, it is mechanically produced
Can it be arranged? Is this a copyright violation?
I do n’t know because it ’s different from the original.
If you look closely, some people may think this is a violation compared to the original picture.
I think that it was a new field of creation even if it was a secondary production.
Because it is the age of images, this kind of art was born

2019年11月06日

ネットの人物の動向 (個人を語るメデア、マス(大衆)を相手にするマスメデア)

ネットの人物の動向

(個人を語るメデア、マス(大衆)を相手にするマスメデア)

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ここは毎日読んでいた、他で毎日読むプログとかない、検索で当たったものは読む
それはただ辞書を引くように読んで利用しているだけだとなる
何かインタ−ネットのメデアは個人に徹したメデアである
マスコミはテレビでも新聞でも大衆を相手にしている、マスメデアである
そこで脚光を一番浴びているのはアナウンサーなのである
だからその出演者より常にアナウンサーに注目されているのである
まずどれだけ視聴率をあげるかを最重要課題としているから大衆にマスに語りかける手法をとる、そうなるとテレビでわかるように芸能人を採用して面白おかしくする番組作りになる、つまりマスコミは大衆と同レベルになるのである
もし放送する相手は知的レベルが高かったらそうはならないからである
その内容ではなく視聴率でその価値は決められる、宣伝するにも視聴率で決まるからである

ところがインタ−ネットは個人を基本にしたメデアなのである
個人はテレビ局をもったともなる、youtubeだとそうである
個人になると常に個人を主体にして訴える、だから何度も個人の体験であれ関心のあることを延々と語ることになる
テレビではそういうメデアではない、アナウンサーが主役のメデアなのである
だからアナウンサーの動向が気になる、目立つのである
出演者は脇役になっているのである

インタ−ネットだと放送するのは個人であり徹底して個人が主役になる
だから個人の経験とか関心を語り発言しつづけるのである
本でも何回も同じことか書きにくいけどネットだと延々と語り続けられるのである
その底辺に流れているテーマを語りつづけられる
それで私の姉はシンガポールに4年間従軍看護婦として苦しんだのでそのことを認知症になっても千回も語りつづけて死ぬ直前までも語っていたのである
それだけその印象が強烈だから忘れることができなかったのである
人間もある年になるとそうして自分自身の体験を語るのである
この人の経験は海外で底辺の女性と売春婦とかを渡り歩いていたとか特殊である
でも何かそうした底辺層への同情がある、これも自分には理解できないのである
でも一貫した主張があり読んでいたのである

それが手術することで中止になった、右よりで硬派なのに病気になったのかとなる
年齢はわからないにしろ50くらいなのか何か病気になる人が多い
都築詠一氏も69歳で病気になり死んだのはショックだった
それなりの年であるからありえることだったがそんな病気だと思わなかったのである
60以上になるとみんななんらか病気になる人が多い、自分もそうだった

●武田邦彦のyoutube

この人は一番有名だろう、この人の経験は自分のうよな三流大学の文系出て底辺でアルバイトしていた者とは全然違う
日本の一流の会社で働き日本の指導層のことを知っているからだ
直接接していいるから知っている、それでそういうことは底辺層には知りにくいから参考になる
何か今回の洪水で国土交通省の人と直接話した時、そんな上の人と接することができないと思っていたからいい経験をした
ちょっと話しただけだけどそれでも話できただけで身近になった
増子議員でも直接接したことで身近になったということがある
それで選挙の時、どぶ板選挙といって地元をまわり地元の人と直接あって票を得るという意味がわかる、それで南相馬市長選挙のとき前桜井市長は一軒一軒回って歩いたというのもそうであった、直接会うということはそれだけ票に結びつくということである
それは同等のものとして会えるということにも通じていたのである
武田邦彦氏は話するのがうまい、話術にたけていると見ていた

ただ理系で歴史に興味をもっている人は少ないだろう、でもあれだけ造詣が深いということはめずらしいと思った、その知見が広いのはグローバルに科学者として活躍したことにもよっていた、何か日本でも語る時外国のことを知らないと語れないのである
それで直接外国人と仕事で接しているから言うこと違っているのである
アメリカのことでも批判している、正義をふりかざしても実際その裏ではあくどいというのがアングロサクソン系の人たちだというのもわかる
そのことはアメリカに留学した内村鑑三もアメリカは拝金主義でありそれに習ってはいけないとして日本の良さを主張していたのとにている
外国と対比して日本の良さを見直すことも必要なのである

●キミアキ先生の起業酔話

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ここで面白いと思ったのはこの人は長崎の佐世保出身であり棚田のある所で育った
そこの棚田は上るだけで大変だと苦労だというときそうなのかと思った
棚田は美しいというけど実際はそこを上り下りしして作業するのが苦労なのである
そういうふうに経験しない人は見ないのである
その他この人は駅でバイトして酔っ払いの吐いたものとか便までかたづけることをしていた、そういうことが嫌で何とかビジネスで成功しようと努めたとなる
その背景にそういうことがあったのかとなる
それも個人の経験でありそういう経験したことが訴えるのである
机上の空論では訴えないからである

自分自身も冷凍室で働いた時がありあれは本当に危険な仕事である
必ず体を壊すことは間違えない、若い時はこうして底辺で働いていたからそのことがわかる、そしてなぜこうして底辺で働かねばならなかったのか?
それは大学出ても三流文系であり資格もなにもなかったからである
その時勉強することの大事さを知ったが遅かったとなる
そして対には30年間引きこもりとなり隠者として生活したのが自分だった
そうできたのは親に恵まれたからである、でも社会性が欠如して介護となり七転八倒して苦しんだのである

今ニートとか子供部屋おじさんとかいる、そういう人と接しやすいのが自分である
でもそれがいかに過酷なことになるのか?その未来が見えていないのである
人間はつくづく未来を知ることができない、だからのんびりしているのである
津浪でもあんな恐ろしいものが来るとしたら絶対に海岸には住んでいないからである
その未来が人間には見えないのである

インタ−ネットはマスコミとかマスメデアとは全然違ったメデアである
どうしてもその個人を基にして語る、個人の経験を基にして語る
だから若い人はまだ経験がたりないから語るものも浅薄になる
だからむしろ老人に向いている面もあるのだ、ただ操作がめんどうだということで利用していないだけなので名知る
いづれにしろ人間は必ず最後にはその人生は一冊の小説になっている
それぞれが一つのストリーを必ずもつようになり語ることになる
それがありありと見えるようになるからである
その時々の行動が何であったのか見えやすくなる、それぞれの人生が完結して見えやすくなる

ただyoutubeで20歳くらいの人が月30万稼いだとか紹介されているが問題でもある
若い時簡単に収入を得たりするとなんだこんな簡単に金がとれるのとか成功するのかとなり傲慢になる、若い時成功することは危険なのである
若い時はむしろその傲慢さが打ち砕かれることがいいのである
だから別に底辺でもそこで謙虚になるからいいとなる
ただ正直底辺のまま終わることは辛い、それが氷河期世代とかロスジェネ世代の問題なのである

ともかくメデアによって例えば本で書くことと、電子本で書くことは書き方が違ってくるということがある、youtubeとテキストだけのプログではまた違ってくる
それはメデアが違ってくるからである、メデアとは媒介するだけのものだけどその媒介するものが違ってくると表現も違ったものになるのである
それはそれを表現する方でも受け取る方でも違ってくる
何かワープロが生まれたときから表現方法が違ってきた
ワープロだとキーボードを打ちながら思考している、万年筆とか筆記具で原稿とかに書くのとは違ってきていた
それで私の場合はオワシスのワープロで親指シフトを使ったからスムーズに文章を書けるようになった、これがないとなかなかワープロにもパソコンになじめなかったのである
どうしてもテキストとか文章がやはり中心になるからキーボードでスムーズにそれが打てないとなじめないのである
そこが入口となってつまづくのである

とにかくネットだといくらでも書き続けられる、いくらでも無制限に表現できる
それが今までは違ったメデアである、だから膨大な記録がネットに貯えられるのである
図書館の不便なのはそれを調べるだけで手間なのである
南相馬市にもいい図書館はあっても介護になり家事が忙しく一二回しか行っていない
そこでは手間だからできないのである
ネットで検索して必要なものを古本だと安いからその都度買って参考にしている
そういう点でも便利なのである、こんなに本があったということに驚くのである
これまでは仙台まで行かないと専門的な本はない、仙台でも限られていたから知的探求には田舎は相当不利だったのである、これだけ本が簡単に手に入ることは田舎でも遅れることはない時代である、それは相当に恵まれたことなのである


2019年11月05日

テレビも新聞も消えてゆく? (狭い地域と個々人のメデアがインタ−ネット)


テレビも新聞も消えてゆく?

(狭い地域と個々人のメデアがインタ−ネット)

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テレビと比べるメデアはなかった、独占だった

テレビを通じて世界を知るほかなかった

確かに本とか別に世界を知るものとなっていた、でもニュースとかなるとその時々起こっていることを放送するのはテレビが独占していた
ニュースは毎日見るからその解説なども診るし映像はインパクトがあるから見る
ただ映像はそれだけインパクトがあるからそれによって洗脳されてしまうのである
テレビで放送しているのは真実ではないというときそうである
一部分をきりとった映像なのである

イラク戦争で油まみれの海鳥を写していたけどそこには広い空間があったがそれは写されなかった、そこは別に油に汚染されたわけではなかった
その一羽の海鳥をクローズアップして映し出した結果世界に放送された結果が効果抜群でありそれでイラクはひどい国だと世界に放送された印象付けられたのである
なにかテレビは瞬間的に強力に印象づけられそれが頭に残るのである

それで宣伝でも番組の途中に入れると効果的になる、その映像が頭脳に残る

サブリミナル効果

とかになる
それだけ映像のメッセージは強力なのである
そのあまりにも強力なるが故に洗脳されてしまうのである

活字だとそういうことはない、活字を読むということは活字から映像をイメージする行為になる、すると相当な想像力がないと活字は読めないのである
それで活字で対話する時でもそうなる、もし映像だったら女性の顔が出てきたらその顔からまず判断するからだ、活字だったらそういうことはないのである
だから映像のインパクトは強烈なのである
それでイスラム社会ではテレビを拒否したというときそれは映像が偶像化されるからである
目に見えるものの印象は強烈であり頭にすりこまれる、するとそれが偶像化するのである神は目に見えないものであり偶像を拒否することが信仰の鉄則になっていたからである

テレビは事実ではないというとき事実であっても事実の一断片を映像で見ているのであるそれはどこが重要だとかどこを強調するかはテレビ局で決めている
それで議員の討論会でも一人だけを長く写すなという取り決めがあるのもわかる
つまりテレビ局によって編集されるからそれで誤ったものとなる
必ずテレビ局の意向が番組には入っているからだ
そうしたらそれを見ている人はテレビ局の意向によって左右されることになるからだ
それが意外と巧妙に作られているから見ている人にはわからないのである

それでこの辺で原発避難者が相馬市のトマト農家に飯館村の人を雇ってくれと言ったら断られたということを放送した
それを一瞬見た人はなぜ苦しんでいる人を断るのだとみる
でもそのトマト農家では津波の被害者の方を優先して雇ったのである
なぜならその人たちは補償金をもらっていないからである
別に飯館村の人を原発避難者を差別したわけでもなんでもないのである
公平に判断していたのである
でもNHKのその番組を見ていた人はなんで飯館村の人を困っている人を雇わないのだと見る        

その時メデアはたいがい原発避難者側について放送していたのである
でも仮設に入った人たちは原発避難者と津波被害者が隣り合わせていた人がいて互いに口もきかなかったと言っていた、一方は多額の補償金をもらっていたからである
でもそういうことを言わせなくしたのはNHKとかメデアである

それだけテレビの影響が大きいからそうなった
原発避難者は津波被害者とは別である、そこでは家族は死んでいないし家も壊れていないただ放射能被害ということでありそれはそれなりの被害でも津波の被害者の方が深刻だったのである
こうして原発避難者様となり非難することはできなくなった
現実はその補償金の暗黒があった、多額の金が入りギャンブルとなりパチンコ屋通いでありフィリンピンの女性に貢ぎ仙台にバーを開かせて金がなくなったという人も現実にいたのである

そんな人のことをマスメデアではとりあげないのである
それは地元だからそういうことが耳に入ったしそれは親しい人から聞いたから間違いないのである、そういう情報は地元でしか聞けないことがある
何でもメデアはとりあげない、自分たちの意向に沿ったものを取り上げるだけなのである
インタ−ネットで情報社会が変化したという時、インタ−ネットだとプログでもyoutubeでも何でも個々人がベースとしてその人の住んでいる狭い地域がベースになる
そういう狭い地域だと毎日暮らしているのだからマスメデアで報道しない細部を報道するようになる、それを自分は毎日している
今回の台風の洪水でもそうである、今回の洪水の問題は小河川があふれて被害が大きかったことだったのである 

それを報告したがこんな小さな川で被害にあったということが意外だったのである
それは日ごろ見ていてもとても洪水になるような川ではなかった
するとこういう小さな川も危険だったと再認識したのである
つまりマスコミは大きな川でありそうした小河川のことは報道しないのである
でもそれぞれ人はそうした狭い地域に住んでいる
そこに一番関心がある、そこが生活のベースになっていてアイディンティティの場所にもなる、だから心とはこころはここの場所のことだったのである

大衆的アイディンティティは集団や個人の経験から発展したというよりも、世論を誘導する者によって与えられ、できあいのアイディンティティを人々に与え、商業広告を代表とするマスメデアを通じて広められる
それは最も表層的な場所のアイディンティティであり感情移入的内側性の余地を全く残さず場所との一体化の基礎を破壊することによって実存的内面性をむしばむ
マスメデアはその受けてが直接に経験できない場所に単純化され選択されたアイディンティティを都合よく与えて偽りの場所の偽りの世界を作り上げようとする
(場所の現象学ーエドワード・レルフ)

最も表層的な場所のアイディンティティであり感情移入的内側性の余地を全く残さず場所との一体化の基礎を破壊することによって実存的内面性をむしばむ

地元だとどうしてもその場所への感情移入があるがマスメデアにはない、そこに住んでいないからである、そこに住んでいないということで原発事故でも東京の幹部が離れていてその場所について愛着もなにもないからそんな危険なものでも建てたのである

現代は世界のことを日々報道される、映像もきりなく隙なく写されて映像の洪水をあびている、しかしそれで世界の理解が深まったとかというとそうでもないのである
映像といってもあくまでも一部分をきりとったものだからである
その全体を体験することができないからである
ただ映像の時代だということは否定できない、それで自分自身が不思議に思うのはいくらでもある映像写真を加工して抽象画にしていることである
これもこれだけの映像が良質な映像が写真が出ているからそれをソフトで加工するような芸術が生まれたとなる、だから映像の力は言葉より強いメッセージになることは否定できない、それでそこに危険が生れる

いづれにしろマスメデアはテレビでも新聞でも消失の危機になる
地域のテレビ局でも新聞でもやはりマスコミなのである
福島県でも市町村があるとしてそれぞれその土地でも歴史でも別なものだからである
それを報道することは不可能だからである
おそらく私は歴史的には相馬藩内に住んでいても相馬市に住んでいると原町区に住んでいるとは違ったものになる
やはりそれぞれの村でも町でも市でもそこに住んでいる人がその場を知っていてそこがアイディンティティの場所になる
福島県全体がなりえないのである、国(くに)、里、村とかあるとき国だと会津とかは万葉集の時代から国(クニ)会津の国をさ遠み・・・として意識されていた
そして日本の不思議は里なのである、故郷というとき古里であり里なのである
故郷とは狭いアイディンティティの場所なのである

いづれにしろそもそも人間が理解しえないのは多様な場所に住んでいるからである
その場所はテレビに一場面写されても理解することはできないからである
だから世界中のことを映像で報道されても理解しえないのである

これからyoutubeとかとテレビ局が平行化する、それもテレビ局にとってはショックである、youtubeと同列に見られるからである
youtubeだと数人しか見ていないものもある
テレビ局だったち一千万とかの単位になる、youtubeと同列かするということはそういう恐怖になる、何千人単位とか万単位の放送になる恐怖である
とにかくテレビ局は芸能人の馬鹿番組でも多数に観られることで政治でも左右してきたのである、その構図が壊れる、テレビはただ写す箱になる
そこではかつてのようにテレビだけにかじりつく社会ではなくなっている
何か知りたいというときスマホでありパソコンでありインタ−ネットだとなる

ただテレビ局の優位はNHKなどだと優れた番組がコンテンツが作れる能力がある
そのコンテンツを売ることだとなる、貯えたコンテンツでも映像でも莫大だからである
それを売ることでしばらくせ成り立つとなる
これからコンテンツの勝負である、誰でも放送てきるとなればそうなる
今まではテレビ局でないと莫大な費用がかかるから放送できなかったからである






2019年11月04日

なぜ氷河期,ロスジェネ世代が生まれたのか? (国家百年の計がもてない、ただ時々刹那に生きているのが現代)


なぜ氷河期,ロスジェネ世代が生まれたのか?

(国家百年の計がもてない、ただ時々刹那に生きているのが現代)

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なぜ氷河期世代とかロスジェネ世代とか不遇な世代が生まれたのか?
これはなぜ大企業でもその世代を採用しなかったのか?
それは不景気とかコストの関係もあった、個々の企業にしてみればその時その時の経済の状態で判断する
それが自由主義社会であり資本主義社会だから自由競争社会だから企業でもっと採用しろとは言えなかった

ただそこに資本主義社会自由主義社会の欠点があったともなる
つまりその時々の情勢によってしか動かない、景気が良ければ採用するし景気が悪ければ採用しない、というよりは採用できないとなる
それは企業側の一方的判断なのである
企業というのはいくらでもある、個々の企業の判断なのである
利益が出なければ人も採用しないし給料を安くするほかないのである

資本主義の弱点は国家百年の計とかをもてないのである
企業の寿命はせいぜい20年とか30年だとかなる、技術革新が速いと十年ももたないとなればとても長期的計画をもてない、だから人を採用したくないときはしないのである
その時々に対応しているだけなのである

でも今なぜ人手不足なのか?それは一時期に人を採用しなかった、人を育てることもできなかった、結果として氷河期世代とかロスジェネ世代が生まれた
その人数も多かったから問題になった
そして今頃になって氷河期世代とかロスジェネ世代を国で応援するといってももう手遅れでありこの世代が放置されて割を食ったとなる
これだけ人手不足の時代でも正規として採用できないとなる
それは時代と言えば時代だから仕方がないとされる

つまり少子高齢化とか氷河期世代とかロスジェネ世代の問題は資本主義の欠点として現れたのかもしれない、それより現代の問題は何でも長期的展望をもって計画できないし全体を国でもみることができない
資本主義とか自由主義はその時々の熾烈な競争でありグロ−バルに争いそれに負けれは会社自体が存続できなくなるからそうなる
グロ−バル経済になると国内だけを見ているわけにはいかない
それで国家というものが弱体化して多国籍企業が国を越えたものとして力をもつことになる

でもグロ−バル経済とか資本主義とか自由主義の欠点は社会を長期的視野で展望で見れないことである
第一次産業主体になると自然を相手だから長期的にみる
第一森林でも木が育つには50年かかるとなるとすでにそのことで長期的に見ない限り維持できない、それは一代でも維持できない、だから農家では三代つづかないと仲間に入れてもらえないとういうときそうなる
その土地に根づくには農業だったら三代くらいかかるということである

もし氷河期世代とかロスジェネ世代でも国家がこれではまずいと考えて手を打てば違っていたかもしれない、
でも今国家にはそうした力をもっていない、自由主義社会だとそうなる、では共産主義国家だったら強制的にそうした不遇の世代を救うことができたのかとなるとそうもならない共産主義国家は資本主義のように古い体質の企業が残りそれが足かせとなったまま変えられないという弱点がありこれも逆にかえって全体が窮乏するとなる
現実そうなって崩壊したのである

ただ長期的展望の上に政治も経済も計画できないというときそこに問題が起きる
人間はそもそも空間軸と時間軸で何でもあるとして時間軸で長期的に観ることができないし全体として空間を俯瞰的に見ることができないのである
それで津波に関してはこの辺で400年前に700人溺死とあった記録も忘れていた
まず400年という間隔で見ることはできなくなっている
会社でもせいぜい十年くらいの先しか今ならさらに一年先すら見ないとなる
政治でも一寸先は闇だとなるのもそうである

そして現代の欲望資本主義は何か非常に短絡的になっている
目先の金だけを追っている、すぐに大金を得たいという心境にみんななっている
まずこつこつ働くということが馬鹿らしいという心境にみんななっている
だからそうして一攫千金を狙うようになる、株とかでもそうだし極端になると盗めばいいとなる、そういう心境にみんななっているのだ
長期的展望の中で生きることがないのである
刹那的快楽主義にも陥っている、それが道徳的には退廃することになる
目先の利益であり金が得られるとういことしか頭にないのである
その金になることに飛びつき消費して終わりだとなる
刹那的快楽主義となり堅実な生活が失われている

国家の政策にしても長期的、百年安心年金とか言うのもその時々の付け焼刃的なものであり適当に言っているだけなのである
国家の仕事としては防災とかなるどうしても国家百年の計なのである
本当に今は国家百年の計とかがない、国家はめまぐるしく変わる社会に適応できない
ただ国家のすべきは防災のように国家百年の計を成しうることにある
国家は千数百年とか日本だとつづいている、するとそれだけの長さがあり国が作られているのだからそういう長期的な展望をもつべきなのが国家だとなる
だから私企業の視点と国家の視点は分けるべきだとなる

国家のすべきことは何か?
それは防災だと国民の安全を計ることでありわかりやすい、これはどうしても長期的視野を展望をもって国家百年の計がないとできないからだ
氷河期世代でもロスジェネ世代の不遇もそれが少子化にもなっていた
その世代がベビーブームを生むというのも期待外れだった
その世代は一人が生活するのに精一杯で結婚できなかったからである
それも国の方で長期的に見ていればこれは将来大きな問題になると見ていればこうはならなかった、でも資本主義自由競争社会ではどうにもならない問題だったとなる
個々の企業は競争であり無駄なコストはかけたくないからである
無駄なコストをかけて長期的に政策を実行できるのは国家しかないのである

とにかく人間は人生百年時代というけどこれも長期になると見れない
そもそも人間は未来を自分の未来を見れない
まず若い時は年取ることをイメージできないのである
それでたいがい若い人は60くらい生きればいいやとかしか考えないのである
それくらいしか生きないと考えている
また老人になることがどういうことなのかイメージできないのである
それは老人になることはあまりにも遠い先だと見ているからである
まるず老人にならないようにも見ているのである
ところが青春はあっというまに過ぎ去る、そして老人になっている
玉手箱を開くと白髪の老人になっているのだ
40ですでにおっさんだとかなっている
その速さに驚くのである

人間の弱点は時間軸になると長期的に見れない、長期的展望をもって生きられない
ただその時々に懸命に対応して生きているだけだとなる
そしてみんな意外な結果として人生をふりかえり後悔して終わっているのである
個々人ならいいが全体社会になると国家百年の計をもたないと国家そのものが崩壊してゆくともなる、少子高齢化というのがそうである
国家自体がもう維持できなくなるとも言われるからだ
ただ国家が関与しにくいから手をこまねいてそうなってしまうのである
氷河期世代のでもロスジェネ問題でもそうだったのである

ただ教育とかに国家百年の計というとき何か自由が束縛される、そもそも学校が果たして国家百年の計でそのままでいいのか?
そういう疑問がある、今の学校はもう行き詰まっている、IT化がすべてではないにしろもう学校という旧弊なままの組織化は
国家百年の計にふさわしくないともなる
そこでモラルとかなんとういうと国家の強制だと見られるのもそうである
教育というときこれは教育するから伸びるのではない、かえって教育過剰になっているから才能が伸ばせないのである
自分のように会社に行かず30年間自由なことを追及できればその人の才能は伸ばせるのである
モラルでも教育しようとするとカルト教団のように強制された集団化されてかえって自由な精神は失われて奴隷化されるのである
つまり上の人の支配者のいいなりにするのが教育だともなるからこれも注意が必要なのである
posted by 老鶯 at 15:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

馬を飼う、鮭上る、千鳥(水無川の朝)


馬を飼う、鮭上る、千鳥(水無川の朝)

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本流がまだ濁っているから水無川の方に鮭が上ってきた

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これは千鳥である

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こんな木がどこから流れてきたのだろう、これを流す力には驚く




馬を飼う昔郷士や柿なりぬ

我が里を耕す女(ひと)や朝の菊

出水に変わる流れを鮭上る

清流に卵を産みて鮭の死す

出水や流木一本跡残す


秋の朝千鳥来たりてすみやかにとびさり消えぬ跡もなしかも


野馬追いがあるからこの辺では馬を飼っている家がそちこちにある、それがこの辺の特徴でもある、郷士というとき農業して侍だった家である
野馬追にはそういう人たちが出る、もともと農家だった家から出る
相馬市内とか原町市内とか街内からはほとんど出ないのである
城勤めではなく郷士に受け継がれてきたのが野馬追いなのである

なぜ鮭が水無川に上ってきたのか?
それはまだ台風でふった雨が流れて濁っていたからである
卵を産むとき鮭は清い川で水を求めてそこで子を産む
それで水無川は清い川だから上ってきたのである

それにしてもあのような大木がどうして流れて来たのか?
とてもあの川からこんなものが流れて来るとは思いもよらなかった
自然の力には驚く、そこは水無川でありいつも水がほとんど流れていないからである

出水(いでみず)は秋の季語であり台風のために出る水である
でも温暖化で10月末頃これほどの台風が来る
それで季節的になにかおかしいとなる
そして今年は虫の声が聞こえないのである
これも異変である、川原の草むらには虫が鳴いていた
でも川原の草叢が台風の出水で流出した、それで虫の声が聞こえないから
季節感がなくなるのが淋しいとなる

我が里に・・・というときこの里(さと)というのは日本独特の言葉だと思う
村(むら)は群れるからきているからだ
それは比との集団である、でも里の不思議はそういう村とも違うのである
国は英語でもcountryでありこの意味は田舎という意味もある
村はvilligeであり一応対応する言葉がある、でも里にはないのである、里山というのもそうである、だから里とは日本独特の生活空間の意味になる
自然と融合した空間なのである、ふるさととは里のことなのである

そこに田畑があり耕す人がいて菊が映える、そこに暮らしがあり花でも映えるのである
だから暮らしがなかったら里とはならない
それが原発事故で一時失われたし今でも避難区域では里が回復していないのである
田畑は草ぼうぼうになっているからだ、ただこの辺では荒地が多い
それは日本全体でもそうである、つまり日本の故郷(ふるさと)が里が消失しているのである、日本の原郷のようなものが失われてしまっているのである

カメラに映っていたのはチドリである、チドリの好む場所は草地ではない
砂地とか砂利とか石だらけの所である、すると今回の台風の出水で流れが変わって砂地と砂利と石ごろごろの河原になったからこういう場所を好み来たともなる
チドリはなかなか見れない鳥である、というのは海でも砂浜自体消えているからである
でもこれは河原にも来るとあるがなかなかみれない、ただ時々田んぼとかに飛んできているかもしれない、でも鳥はとらえにくい、すぐ飛び去ってしまうからである

小型チドリ類が繁殖できる場所は、ただの空き地だったり河原の中州だったり砂浜だったり、人間にとっては何の利用価値もない空き地で、他の動植物もあまり多くはない環境です。川が氾濫を繰りかえす中で中州や広い河原ができ、そして河口部には砂州ができます。そういう場所に、まず最初に移り住んでくるのがチドリの仲間たちです。
https://www.bioweather.net/column/ikimono/manyo/m0609_2.htm

こういう習性がある、写真にとらえられたことはラッキーだったとなる

2019年11月03日

南相馬市でサイクリング大会 (常磐高速のSAでは国土交通省の人と会い話する)


南相馬市でサイクリング大会

(常磐高速のSAでは国土交通省の人と会い話する)

●スポットを巡り、得点を競うサイクリングイベント!
 〜ツール・ド・ニッポン2019〜ライドハンターズ in 南相馬

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鹿島駅により去って行く

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SAにより去る別なグループ

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国土交通省の車

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ここを地図で印をつけていた


 
今日鹿島区で三人が駅がどこだと聞かれた
それで案内した、何か南相馬市でサイクリング大会があった
それはインタ−ネットに出ていた
背番号していたからである

駅がスポットになっていた、聞いたら原町区の人で三人がロードに乗っていた
一人は若い女性であり一人はニュージランドの青年だった
一人は白髪の老人だった、何か前にも原町に住んでいる人でロードにのっていたのには驚いた、63歳とかであり大倉で坂があるから良くロードで乗れると思った

常磐高速のSAでも背番号したサイクリングする人が三人見かけた、やはりSAがスポットとなっていたから寄った
とにかく原町ではロードに乗っている人が多い、老人も乗っている

そこで国土交通省の人にであった、78人集まっていた
地図を広げていた、北の入りという川に印をつけていた
ここは地元でもわからない、そもそも小さな川の名前とか知らないのである
栃窪をいくら通っていてもそこに川があったのか認識していないのも不思議である
そういえば川があったなとみる

いづれにしろ地理は地元に住んでいてもわからないことがある
だから今日来ていたのと岐阜県とか三重県とか遠いしわからていと思う
すると道案内とか地元の地理に詳しい人が必要だともなる
国土交通省の職員だからプロだから地図を見ればわかるとしても地理だけは簡単にわからない、地理はそこに住んでいると体で覚えるものだからである

今回小河川が氾濫したのは一度に大量の雨が集中したからだと言う
こんなに小河川が氾濫するのは意外だったからである

それから水無川原に人がいた、何か珍しい石がないか探す人がいた
それから鮭が上ってきていた、普通ここには鮭は上らない、水無川であり流れない時があるからだ、高い堰がありここは上れないからである
何か真野川の下流で鮭をとる簗が流されて上ってきているとか言っていた
もっと橋の上にも鮭は上りそこで死ぬのをいつも見ている

そして環境省の人が数人やはり真野川の水質調査をしている、その人たちはここに住んで定期的に調査している、真野川は水が大量に出たので放射性物質が泥として流れてきたのを調べているのかもしれない

とにかく国土交通省というのは興味がある、なぜなら私は旅してきたから地理とか地形に興味があるからだ、日本の国土に興味がある、ただ理系ではないからとてもそうしした場にかかわることはできない、でも地元の利がありやはり専門でなくても遠くからくればわからないから地理は教えることがあるとなる
地理だけは本当に地元ですらわからないものでありまして遠くから来たら余計にわからないのである

それでその水無川の橋で出会ったのは同級生のT君だった
同じ自転車に乗っている、私の勧めた自転車がしきりにいいというとき自分自身もこの
ヤマのYPJ-XCには感心している、だから遠出をしたくなる
これはただスタンドがないので不便だというのは同感だった
これはマウテンバイクになっているから若者向きだと最初思っていた
でも実際はこれは軽く走れるから老人向きだったのである
T君は一回手術している自転車でも遠くには行けない、でもこれは乗り安いというとき運動にはいいのである

なんか体が弱ってくるのが嫌だというのもわかる、その先どれくらい自転車でも運動できるのかとなる、ただ現代は元気な老人は元気なのである
まず老人は同じ年でも病気になったらその差が大きくなる
老後というとき金も大事だけど健康に活動できるかできないかでその差が大きいのである


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水無川

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この上は上れない


2019年11月02日

相馬市の音楽祭は災害で中止 (とちおとめが南相馬市の道の駅で演奏)


相馬市の音楽祭は災害で中止

(とちおとめが南相馬市道の駅で演奏)

秋風にバイオリンの音のもの悲しとちおとめ歌う声の流れぬ
秋風にもの悲しかなクラシックその余韻の心に残りぬ

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バンド名「とちおとめ」
栃木県を中心に北関東一円で活動。
震災以降は原発被災地の浪江町、南相馬の仮設住宅を
まわりながらミニコンサートで活動中。
最近ではデイケアサービス、道の駅、公園イベント等で演奏。
フォークソングや昭和の歌、演歌を原点とする男女のデュオ
https://www.youtube.com/watch?v=RD6GJE0mzUM

写真とれなかったけどとちおとめはyoutubeで聞ける、youtube見ていた人は知っているとなる
インタ−ネットのサイトでぱ男性だけど女性と男性で歌っていた
前でCDを売っていた、演歌系統である。



秋風が吹いている、今日も何かまだ秋の日ざしではなかった
音楽でも野外だと自然の中にひびくことになる、室内だと秋風は吹いてこないからだ
だから野外の演奏は何か楽しいとなる、また生演奏は違っている
それで音楽は生演奏を聴けというのもわかる、そこに本当の音楽の醍醐味がある
ただ地方だと生演奏は聞きにくいのが問題である
今日はバイオリンの音色が何か物悲しくひびき良かった

やはり何でも自然の中で音楽を調和するとなる、それは小鳥でも自然の中で歌っているからである
私は音楽はなかなか鑑賞できないが音楽から森とか山とか川とかなにかせせらぎの音とかそうした自然をイメージする
そうなるとまさに自然の中で野外で演奏すると音楽でも一段と心にひびくものとなる
宮沢賢治の童話に自然と調和した音楽をテーマにしたものがあった
そういうものは都会で生まれにくいのである
とちおとめの音楽は何か物悲しいひびきがあった、秋にふさわしい歌だったともなる

ともかく相馬市で音楽祭が中止になったというとき災害で自粛することになる
こんなとき音楽祭かボランティアしてくれとなる、ボランティアが不足しているからだ
でもこの辺はもうこんなに連続して災害が起きると疲れたとなってしまう
他の人でも東日本大震災でボランティアをしてまたかとなり嫌になり来ないとなる
丸森に行くにしてももうそれを見ただけで疲れる
ただどうしてこんな被害になったのかを知ることは後のために必要だし報告することに意味はある
でもそこではくつろぐということはできない、ただ寄付くらいはできるが後は何もできないからだ

そして東日本大震災では未だに原発避難区域になったところは被害者でありお前たちはただ面白半分に来たのかとなる
でもその内部の人間がどうなっているかというとフィリンピンの女性に貢ぎ補償金を使ってなくなったとか毎日パチンコでありギャンブルしていたのである
だからこれも暗黒なのである
そういう人間がどこがかわいそうなのか?未だにそういう心情なのである
今度は相馬市でもいいから丸森でも小高の人でもボランティアに行けばいいと思う
いつまでも助けられるべきだとはならない、もちろん自治体では前から倉敷の吉備だとか他にも応援に行っていたから今回真っ先に吉備の人が相馬市に応援に来たのである

俳句や短歌や詩を作っていたが何か発表するのがためらわれた
相馬市はまあまあだけど丸森は被害が大きく暗澹としてしまう、ただ相馬市でも全体が被害があり北飯淵では床上なのだからそれなりに被害があった
ただ家自体が壊れた家は一軒もないから丸森と比べるとそれほどでもないと感じる

とにかくなぜこれほど災害がつづくのかそのためにうちのめされるとなる
どうしても暗くなってしまう、リスボンの地震では地震そのものの影響もあるがそれが精神的に打撃になり冒険する気風もなくなりポルトガルが衰退したのである
それだけ自然災害は人々の心まで変えてしまったのである
災害でも私の家が洪水で家が流されるようになってから30年ほど過ぎて第二の水害になった、それも床上浸水である、でもそれから30年以上災害はなかったのである
つまり30年くらい間隔があけばこんな気持ちにはならないだろう
こうして連続して大きな災害になると打ちのめされてしまうとなる
そしてリスボン地震のように人々の心を変えてしまうことの影響が大きいのである

天変地異がなぜつづけて起きるのか? (悪を暴き出す面はあった、地球を浄化するためなのか?)


天変地異がなぜつづけて起きるのか?

(悪を暴き出す面はあった、地球を浄化するためなのか?)


日本の「異常な長雨」は人類存亡に関わる「氷河期の予兆」か
http://www.iza.ne.jp/kiji/life/news/171108/lif17110811140005-n3.html

 人心は荒廃し、天変地異激しく、政状は混乱の極に達している世相に対して、提言した。
 世皆、正に背き、人悉く悪に帰す。故に善神は国を捨てて相去り 聖人は所を辞して還らず。是を以って魔来り、鬼来って災起り難来る( 立正安国論)


 
温暖化にしろ寒冷化にしろ地球自体が気候変動期に入っていることは間違えない
科学の時代だから科学的にこうしたことを説明できるとなるが科学者自体が明確に説明できないことに人間の限界がある
温暖化を言う科学者もいれば氷河期に入る前の予兆だという科学者もいる
科学者も万能ではないから気候がどうなるか解明できないのである

でもこれほど天変地異が起きるのはなぜなのか?

そこに宗教だと人心の荒廃のためだとなる、今回の津波でも原発事故でも追及して来たけど津波が人間の悪を明らかにした、洗い出したということがある
「安全神話」を作ったのは今の支配層だったからである
政治家、官僚、科学者、マスコミ、・・・・全部がそうだった、地元の人たちも金を得るとして積極的に誘致したのだからやはり共犯者だった
しかしそういうものは見えなかったのである
つまり人悉く悪に帰す状態になっていたのである

例えば船主とかが多額の補償金をもらっていたことも地元でも知らなかったのである
そういうことも暴き出されたのである
悪というものは見えない隠されているだから闇の支配者がいて世界を支配しているというのもわかるのである
金融なども複雑なグロ−バル経済になって見えない、悪は見えないのである
だからこそその見えないことをいいことに数パーセントの人達に世界の富が収奪されているとか言われるのもそのためである

科学というのも公正なものではない、御用学者がいて都合のいいように原発を擁護していたからである、もし科学者は科学に忠実であればいいがそうはならない
科学者でも科学は普通はわからないから原子力のことなどわからないからいくらでも庶民をだますことができるからである、その危険を隠すことができるからである

人間にも天使にも偽善を見破ることはできない、
つまりこの偽善こそ神のみを除く誰にも見えず、神の黙認によって天と地を横行闊歩する唯一の悪だからだーミルトン(失楽園)

この世の偽善はわからない、見えない、それは金融関係で株とかで他の証券とかでもそうなる、それは複雑すぎて見えなくなっているのだ
そこに巨大な悪が隠されている、銀行自体がそういう悪の手先だと言う人もいる
資本主義社会では銀行が金をにぎり支配するからそうなる
もちろん社会主義では独裁政権となり中国のように金を握るのである
中国のような共産主義はかえって悪が露骨に見える、だから庶民も反発していづれ革命が起きて支配層は殺されるとまでなる
資本主義はそうして富を不正に独占する者が見えないのである

だから天変地異とは何か人間の悪を暴き出すものがあった、それは原発事故のことで延々と書いてきた、今度はまた飯館村が原発で無惨な姿になり次にそのとなりの丸森町が洪水で大被害になった、それはなぜなのだろうとなる
別にこの辺は原発とも関係していなかったからである

確かなことは天変地異は人間の力を越えたものとして現れる、いくらこれだけ科学技術が進んでもそれに抗しきれないのである、そこに政治の不備があったり備えきれないからまた犠牲者が出る、それが最近は連続して起きているから何なのだろうとなる
もうこの辺では嫌になる勘弁してくれとまでなる
災害に疲れたのである、丸森はいいところだなと春に行ってそのことを書いた
それがあんな大被害になったことにショックだった

もうボランティアも集まらないというとき東日本大震災を経験してその時ボランティアは来たが、またなのとなれば疲れてしまう
自分自身でも何かもいいがけんにしてくれ、疲れたとなる
こうして災害が起きる平和の営みができなくなる
こんなとき俳句とか短歌を作っていられるのか?
ボランティアになり泥をかぎだせとかなるからだ、それは津波の時もそうだった、ただその時は自分自身が自分の病気と介護で苦しんでいたから自分の苦しみげ精一杯でありそうした余裕がなかったのである

いづれにしろ天変地異は人間の見えない悪を暴き出すことは確かである
それは小川に砂が見えなかったがその小川から砂がでてきて田んぼを砂地にしたこととにている、日ごろ見えないものが天変地異で現れてくるのである
防災の不備も現れるし政治の不満も起きて来る

なぜオリンピックなど金を使っているのだ

もっと防災の方に力を入れろとかなる、マラソンを北海道にするとかどうかなどもうオリンピックは返上しろとなる
こういうときはどうしてもスポーツでも芸能でも芸術関係に力を入れるより今苦しい人たちを助けるべきだとなるからだ
それは必ずしもいいことではない面はある
なぜならこんなとき俳句とか短歌とかのんびり作っていられなとかなるのは異常なのである、それは正常な人間の営みができなくなっていることなのである
飢饉と同じでありもう文化的な生活ができない、ただ食べるために生きて入るだけだとなってしまうのである

ともかく正直これだけ連続して大被害になると疲れる、だから丸森でも行って楽しもうとか自然を鑑賞しようとか思っていたができない、その被害が大きすぎた、津波とにていたからだ、これも連続して起きたからこそそうなった
第一あれだけの津波や原発事故の被害がありまたそれと劣らぬ大被害があることは何なのだろうとなる、それもすぐ近くで連続して起きているのである
だからこの辺は呪われている地なのかとまで思うようになる

世が乱れたとき天変地異が起きる、江戸時代が比較的平穏だったのは戦争とかもない
かえって開国して明治以降に日露戦争があり太平洋戦争があり莫大な死者を出した
つまりグロ−バル化は経済的にいいようでその反面世界戦争にも向かう危険なものなのである、かえって軋轢が強くなり国同士が争うようになる
それが世界的になり世界戦争となる

いづれにしろこの辺は災害で疲弊した、東日本震災から津波と原発事故から8年以上すぎてやや平穏をとりもどどしてきたなと思っていたらまた大きな災害となったからだ
ただ相馬市でもそれほどではないように見える、丸森の被害が大きかったのである
それは飯館村の隣でありそれが何故なのだろうとなる
そこは私が詩にもしたように秘境の場だったからである
それが無惨なものになったことがショックになったのである

平らけき道失へる世の中を揺り改めむ天地(あめつち)の業(わざ)  望東尼

まさに揺り改めむというとき天変地異はそういう働きをする、とすると大きく改める時代を変える時だとなる
とても人間だけの力でぱ変えられない、原発だって津波がなかったらそのままでありそして壊滅的になって日本が亡んでいたかもしれない、その警告として原発事故があった、神からの戒めとしてあったともみれる
東京だってもう遷都などできないとなっているが大きな天変地異とか地震とか来れば決断できる
そうしなければもう生きていけないとまでなるからだ
人間そこまで追い詰められなければ思い切ったことはできないからである






posted by 老鶯 at 10:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2019年11月01日

砂とつく地名の考察 (相馬市の北飯淵はもともと宇多川の淵だったから被害が大きかった)


砂とつく地名の考察

(相馬市の北飯淵はもともと宇多川の淵だったから被害が大きかった)


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小山田の上ー小川が氾濫して砂畑になっていた



谷川氏に具体的に危険な地名と、その理由を明かしてもらおう。
「例えば、江東区には北砂、南砂という町がありますが、白砂青松(海岸の美しい景観の形容)というくらいで、地名に『砂』とつくのは海辺に近い軟弱な低地であることを示します。

 また、江東区の『大島』や『越中島』などの“島地名”も低い地域を指します。

 岩石から削られた砂は、純粋に鉱物から構成されています。そこにバクテリア、地衣類、コケ類などが定住します。次に死んだ生物の分解によって、有機物と腐植物がたまってきます。その後、水や空気などの働きによって、鉱物質と有機物の複雑な混合物ができます。これが土壌、つまり土なのです
 https://kids.gakken.co.jp/kagaku/kagaku110/science0298/
 
地球はもともと岩石から作られていた、その岩石は噴火などによって地中から溶岩となって噴出されてきた、その岩が砕けて砂になりその砂にいろいろな有機物が交じり土となった

今回の洪水では小河川がほとんど氾濫した、普通はそうした小河川には砂が見えないのである、だからその小河川があふれて砂がでてきた
どうしてここに砂があったのかとなる、砂はどこにでもある
土と見えても砂がある、なぜなら岩石が砕かれて砂になり次に生物の基になるものが交じり有機物となり土となったからである、土の基は砂であり岩だったのである

地名になるとまず砂とつく地名はいたるところにある、砂田とかなればもともと砂があった所である、河岸地帯だったらそこに必ず砂地になっている
地球には膨大な砂がある、砂畑もあり砂がいかに多いかはもともと土の基は砂であり砂がどこでもでてくる、海岸地帯だけではないのである

相馬市と小高に砂子田はゆなこだと呼んでいる

ゆな →いのー。砂。砂利。岩手県下閉伊那。[考]南島八重山で、砂をイノー、石垣島で州をユーニという。千葉県武郡で、浜の砂をイナゴ、島根県松江で、砂浜をイナハマという。それらとの関係。熊本で火山灰をヨナというのとも関係あるか。 →よな。
http://manyu.cocolog-nifty.com/yunnu/2016/03/post-0235.html

ゆなーよなーよねーえなーは何か一つのものから派生した同類の言葉である

与那国島とか恵那とか米子(よなご)とか共通の地名としてある、これも何か不思議である、砂(すな)の別名なのだろうか?古い日本語では砂をゆなとかよねとかよなとか呼んでいたのか?それだけ第一砂はどこにでもあり当然それにまつわる地名は多いとなるからである、与那国(よなくに)島が砂の島だというのはわかる
でも恵那(えな)となると山国なのである、でも山国にも砂はある、川があれば砂があるしどこにでも砂はあるから砂に由来して地名もあるとなる

そして今回の相馬市の宇多川の堤防決壊で一番被害が大きかったのは北飯淵である
そこはもともと淵とあり宇多川の淵である、そこは宇多川でも細い流れから急に広々とした河川敷になっている
あの辺一帯はもともと広い川の扇状地のようになっていた
川の一部だったのである、そういう地帯が日本には多い
だから地名が原初の状態から名付けられていて飯淵となるともともと川の淵であり危険だったとなる、そういう地名は日本はいくらでもある

地理を見る時土地の高低がわかりにくい、地図を見ても土地の高低はわからない
鹿島区だと海老は高いから津浪には安全だと思っていたが被害が大きく村は消失した
右田はさらに低い場所であり烏崎から大内と小島田は低い土地である
それでソーラーパネルのあり烏崎から大内の所は水がたまり使えくなった
そんなに水が流れてたまったのかというのが不思議だったけどそこは低い土地だから水がたまったのである、広い沼のようにもなったからだ

烏崎から大内から小島田から塩崎はもともと海であり低い土地だった、それは津波で証明された、塩崎の船着はもともと本当に入江となって船着場だったからである
小島田はそうした入江に島となっていたような土地だったのである

とにかく日本は土地がないから平坦な土地が少ないから海の方へと土地を埋め立てて田んぼにしたりして住むようになった、だから危険地帯が多い
江戸とは江の入口という意味だという、もともと入江だった所に住むようになった
当然そこは入江だったのだから低い土地であり土浦とか浦和でももともと浦だった
そういう場所は津波とか洪水になると危険な場所だったのである
日本には他にも山崩れとか危険な地帯が多すぎるから常に自然災害になり苦しんできた国だったのである
posted by 老鶯 at 09:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層