2020年01月01日

2020-謹賀新年(Japanese New Year)


2020-謹賀新年(Japanese New Year)

新年おめでとうございます

我が国を支える柱直ぐにして新たな年を迎え立つべし 

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Nanten, pine, plum, and leaf peony are the lucky
charms of Japanese New Year
Used as a New Year's decoration

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Japanese inn



日本の正月は文化である、韓国とかにはないし中国にもない文化である
それがなくなっているのは感じないのは餅にしてもいつでも食べているし
正月で特別なことがないからである
晴れの日というのがなくなったからである

こういう文化が失われることの深刻さは日本の心が失われることである
文化とか伝統とかは心と一体化しているからである
だから正月は農業とともにあって日本の文化になっていた
そこに代々受け継がれた心があった
それが失われることは日本人の心が失われたことにもなるのだ

確かにいつでも餅が食べられるし何でもいつも食べられるにしろ物質的には満たされても心が満たされないのが現代なのである
歳神の説明のようにそれが何を意味していたのか?
そこには何かやはり深い意味があった
でもその意味は受け継がれなくなったのである

家に歳神を呼ぶことは大事なことである、家に他人を入れることは実際に相当に怖いことだ経験で知ったからである
だから営業の人でも家に入ってくるとするとそこに危険が生れる
災いが生まれる、だから家政婦とかなんでも家の中に入る人は簡単に入れてはいけないのである
そういう経験があって歳神を入れるとかの信仰になったのかもしれない
いい人でも福をさづける人が入ってくれということである
福は内であり鬼は外でもそうである

自分の家に入って来た人たちは悪鬼だったともなっていた
そのショックから今もぬけられない、でもそれも自分の家のカルマだったのである
自分自身のカルマだったのである、それは自分が楽しすぎことから来ていたのである

ともかく家とかかわる人は注意しなければならない、福をもたらすものもあるが災いをもたらす人も多いからである
ただそれもカルマであり逃れられないのである

原町の道の駅でお盆の飾りははなまるガーデンの人が作った、社長が作ったという
うまくできているが他にインタ−ネットで見たらこういう形になっている
だからオリジナルとまではなっていない、正月の決まった形として作られている
でも葉牡丹が質実な感じになり苔がむして梅がこれから開く
その調和が日本的でいいと見た
日本的ミニチュアの小世界を具現化している

今年はどういう年になるのか?

今年はを良く言う人はいない、波乱の年になるとみんな言っている
ただそれを妄りに恐れても良くない、そうあっても常に新たな進化のためにそうなる
そういう変革がないと新しい世は生まれないからである

自分自身は調子がいい、創作は佳境に入っている、だから作品をまとめることが仕事である、これも手間なのだけどそれに励むのが今年もつづく

皆様の幸いとさらなる前進をお祈りします