2020年01月22日

団塊の世代の話に共感する (食べ物もないのになぜ子だくさんだったのかの不思議)


団塊の世代の話に共感する 

(食べ物もないのになぜ子だくさんだったのかの不思議)


加治将一氏のyoutubeの話に共感する、やっぱり同世代は経験したことが共通しているから共感する、女性でもそうだった、同じことを経験しているから話が通じるのである
下の世代になると話が通じなくなるのだ
それで50以上の人が話を聞いているのはそのためである、若い人は1割くらいしか聞いていないのである
でも実際は今若い人は若い人の話を聞いて共感している
でも話に共感しても何か人生を生きるための教訓は得られない
第一同レベル人からは何か学ぶものが習うものがないからである

少子化が日本が狭いしいいいじゃないかというとき私もそう思っていた
日本は人口が増えすぎたのである、江戸時代だったら3000万くらいしかいなかったのである
明治になって倍増してきたのは異常だった、大正時代でも東京は百万くらいだったのである、それで東京を称賛する詩人がいたというときそれは今のような大都会とも違っていたからである

団塊の世代で一番不思議なのは子供の時生活だったのである
戦後焼野原になったら何もない、食べ物がないのである
燃料は材木屋の木材の切れ端のバターであった、飲み水は井戸だった、まるでそれは原始的な江戸時代の継続だったのである
私は何か子供の時一番働かされていたのである
風呂焚きから水汲みから店をはじめたときは卵買いとかに行かされたししょっちゅう配達させられたり丁稚のうよに働かされたのである
その頃農家でもみんな子供良く働かせられていたのである
今でも後進国になると子供は労働力として生んでいた
だから男の子が生まれると喜んでいたのである
働き手になるからである、そして子供は親のために働くこと尽くすことが強いられていたのである

そしてなぜあんなに食べるものがないのに子供がわんさと生まれて育てられていたのか?これが本当に今と比較すると考えられないことなのである
私の父親は牛乳をもらうために並んでいた、その頃牛乳もなかったのである
あらゆるものがない、食べ物自体がないのである
今ならいくら貧乏でも食べ物が牛乳などあまっているしいくらでも子供に飲ませられるだろう、それなにのなぜあんなに子供が育てられたのか?
そして今は食べ物はあふれているしいくら貧乏でも牛乳くらい飲ませられる
第一貧乏人の子だくさんは世界で共通している

それでなぜ少子化になっているのか?
それが理解できないというのはわかる、それが団塊の世代からするとそうなる
もちろん生活のレベルが高くなっているから比べることはできないということがある
でも不思議なのは貧乏でも子だくさんでありそれは時代でも世界でも変わらないのである貧乏な国はかえって子供が増えすぎて困っているのである


とにかく団塊の世代の子供の時の生活経験は貴重だった、その時本当に家にはなにもない自分の家には本一冊もなかった、鉄腕アトムとか漫画を読んでいただけである
その後も何か本自体にふれる機会がなかった
田舎では20年前なのかその辺でもまだアマゾンなどないから古本でも何でも本自体手に入らないのである
田舎の書店などしょぼい、今の世界とは比べようがない
それで「冠婚葬祭」の本が百万部売れていた

要するにまともに本は売っていなかったのである、硬い専門書はないし読む本が非常に限られていたのである
だからこれがベストセラーだとしておいたのは本自体がないからだったのである
それでやっと仙台まで行って専門書とか硬い本を買っていたのである
そういう点で今は恵まれている、こんなに本がありいつでもいくらでも必要なら買えるからである、古本がいくらでもあり安く買えるからである
今は東京に憧れるものが本当はなっている
返って田舎に憧れ田舎で空家とか借りて広い庭がありゆうゆうと暮らしたいというのが若い人たちが憧れている、それが時代の差である

そして大きく変わったのは家事だった、洗濯を洗濯板でごしごし洗っていたらもう時間がかかりすぎる、だから私の母は店もしていたから休む暇もなく働いていた
御飯をゆっくり食べる暇もなかったのである、それは異常な生活だった
何の楽しみも余裕もない生活だったのである
それで戦前になると家事の労働が負担であり東京の中産階級でも女中を二人雇っていたということがあった
私の母は女中として東京で働いたからである

本当に時代が変わるとこんなに変わるのかと驚く、それより戦前から戦後を生きた人たちはもっとその時代の変化を受けていた
だから団塊の世代になるとなぜ少子化なのか理解できないとなる
子供を生んで餓死させるようなことはありえないと思うからである
食べ物すらない時代でも子だくさんで育てていたからである

とにかくその時代からこれまでの時代から比べると人間はみんな贅沢になりすぎたのである、まるで王侯貴族のような生活にみんななった
食べ物ではそうである、最底辺でもサシミを食べない人はいないのである
知っている人でも自分よりも一番新鮮なサシミを売る魚屋で食べているのである
でも私の父親は最後にサシミ食えるようになったが食えたくないと言って死んだのであるそれは病気になったためである、結局一生貧乏で死んだのである
バナナも仙台から買って食べさせた、その頃バナナすら売っていなかったのである
こういう時代があったことそして今を考えることが何か理解するのには大事である
それが歴史を知ることだとなる

そして外国生活した人は言うことが違ってくる
それは日本に住んでいいただけでは外国のことがわからないのだ
いくらニュースに接してもわからないのである
旅行しても深いところがわからないのである、だから外国生活をした人は人によって違うにしろ日本が良く見えるからある人は常に日本をこきおろすのである
ただ人によっては日本の良さを言う人もいる、だから日本がすべて外国と比べて悪いとはならないがどうしても日本だけしか知らない人は偏るのである
自分自体が外国で暮らしたことがないから日本の見方が偏るのである
何か理解するにも経験である、本からだけでは外国のことなど基本的に理解できないからだ

ともかくインタ−ネットでも40代以下が主流でありまたyoutubeになると高校生以下小学生が視聴者であり何百万も見ているのである
団塊の世代とか60以上でも本当に少ない、一パーセントくらいしかいないかもしれない
youtubeになると動画だから特にそうである、編集することがめんどうになるからだ
私もワードプレスを試みたがめんどうだとかなる、SSLにするのもめんどうだとかなる、技術的な面でついていけなくなっているからである
でも若い人同士つるんでいては何か人生のためになるものが聞けないことがある

一番人生で世代間で身に染みて差がつくのがいかに人生が短いかということである

時間が一番消失しやすい

時間は金のよう意識できない

馬鹿話とかテレビとかその他常に貴重な時間は奪われている

そしてその時間がとりもどせない

何か若いと生きる時間が無限になるように思えるのである
老人からみると最後は一瞬だったともなる
そして一番大事なのものは時間だったということにみんな気づく
なぜならいくら金あっても時間はもどってこない、時間は買うことができない
だから金がなくても時間を有効に使った人は老人になってから価値あること発表できる
どんな人も時間を無駄にしているからである
あとであんなことして時間の無駄だったと謂うになるからだ
自分もそうであり誰でもそうなのである、でも時遅しでありその時間がとりもどせない
それがみんな年取って一番感じていることなのである
                                              
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加治将一チャンネル

posted by 老鶯 at 17:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 明治維新-明治以降

体罰の是非 (団塊の世代は父親に普通に殴られていた)


体罰の是非

(団塊の世代は父親に普通に殴られていた)


その女性は田舎でぱめずらしくいろいろと語る、自分の思っていることを語る
高校も出ていない、団塊の世代になると中卒とか集団就職の時代だったからである
三分の一は中卒だったのである
だから今の子供には体罰も必要だとしきりに主張している
でも体罰とかを団塊の世代では受けている、それより家庭でも親父は怖い者であり
絶対服従だったからしょっちゅう殴られていたと同世代の人がyoutubeで語っていた
しつけは体罰が当然とされていた時代だったのである
体罰で教育するしつける従わせる時代だったのである
家庭でそうであり当然学校でもそうである

でも10歳くらい年上の人が近くにいた先生に殴られたとか恨みを語っていた
何かこうしたことは恨みとして残っているのだ
私自身も中学でそういうことがあり先生に対する恨みが残ったのである
それはどういうことかというと先生が男女の生徒の前で殴ったり見せしめとして立たしたり体罰が日常的に行われていたからそうなった
それで今のように親が文句を言う抗議することもなかった
なぜなら親がそもそも家庭で体罰をしていたのだから当然文句を言うはずがないのである
体罰とは女性でも見せしめとして人間をおとしめるものでありそれで何かを更生したりできない、上のものに対しての絶対服従を体罰によって教えられるのである
教育自体がもともとそういうものであり強制的にしなければならないとかあった
学校では古い時代からそういうものであったともなる
学校の校は縛るという意味だからである、縛り教えるのが学校だともなる

とにかく人間が人生を語る時、自分を語る時経験から語っているのだ
人間は経験からしか覚えない、本当に痛い目にあわないかぎりその痛さがわからないのである、それでなぜこの同世代の女性が体罰をするべきだとしきりに言ったのか?
それは女性だったからである

女性には体罰はなかった!

女性は男子生徒が先生に殴られていたり立たされていたりしているのを笑っていたのである、つまり男子生徒の痛みを女性だから理解できなかったのである
ここにも男女が理解し得ないものとしてもともとあったことがわかる
女性だと男性から優しく扱われるからそうなるし男子生徒が殴られていても痛みを感じないのである
ところが男子生徒は老人になっても近くの殴られた先生を恨んでいた
自分自身もそうである、そうして笑いものにされたことを忘れないのである
その先生とあったが挨拶もしなかった、でも女子の生徒にはそういう痛みがないから
男性のことを理解できないのである
それはまた逆に女性の出産などにしても女性が侮辱されることに対して男性は無理解なのである、その痛みを経験しないからそうなっているのである

人間がなぜ互いに理解しえないのか?
それは人間の判断は別に本を読んで判断するとかではない
それぞれの経験から判断している、経験の積み重ねで判断しているのである
今になると戦争のことは経験しないかぎり理解できなくなった
人が平気で殺したり殺される世界をとても経験しない限りわからないのである
すると戦争を甘くみてまた同じように戦争をしたいとかまでなる
それは経験がないからそうなるのである

学校の体罰は見せしめであり人間を侮辱することでありおとしめることなのである
それをみんなの前ですることが後々まで影響しているのである
ただ自分自身は甘やかして育てられたから厳しい体罰でも必要だったのである
それは自分の特殊な生い立ちからそうなった
だから大学で体育会に入り殴られても良かったのである
それは先生が女生徒がいる前でなぐられるのとは違っていた
そこで鍛えられたということはあったからだ
殴ったのは先生ではない、先輩だったからである
それはまた事情が違ったものとなっていた

人間の問題は相手を理解できないということである、それが地域とか国とかまた育った環境とか男女でも理解し得ないのは経験することが違っているからである
男性は出産を経験しないからここで根本的に女性を理解できないのである
人間は理屈を言っても理解されない、経験しないことを理解されない
様々な痛みを経験しないと相手を理解できないのである

男女共学は必ずしもいいものではなかった、なぜなら男女は体と心も別々のものだからである
女性は女性らしい教育をして男性は男性らしい教育をする
そして日本だと家庭では父親が威張っていた、そして何か子供が言うと殴ちれたというときその延長として学校でも先生が殴っていた
それが許されたの家庭でそうしているのだから親が学校でも体罰することを容認していたのである
アメリカでは父親がそんなことをしない、殴ったりしない、子供の話を良く聞くというときもそうである
欧米の家庭の方にこそホームがあり日本がにはなかったとなる
そういう家庭ではそもそも個性とか創造性が伸ばせないのである

私の家庭は特殊でしたいことをしなさいとなっていた
だからそのまま大学でも遊んで社会に出ても働かないで遂に旅ばかりして60まで遊んでいただけだともなる
ニートだったのである、でも勉強はしていたのである
それでその成果を今出しているのである



posted by 老鶯 at 10:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育心理学など