2020年02月13日

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日本の船旅(俳句20句)


日本の船旅(俳句20句)


(九州)

長崎に大船去りぬ春の暮

たたずみぬ出島やあわれ春の雨

開聞岳春夕焼けの染めにけり

(瀬戸内海)

船の行く沖の小島や春の暮

港古る瀬戸内あわれ春の暮

春の瀬戸汽笛ひびきぬ海峡に

明石の戸船の行き来やつつじ咲く

春夕日明石城染め船の行く

また一つ渡れる島や日永かな

大阪へ春の陽昇る四国沖


春富士や魚跳ねたり駿河湾

鎌倉へ伊豆七島や秋の海


船一艘みちのくに見ゆ冬の海   

北の果野辺地に咲きぬエドヒガン

野辺地駅積もれる雪に常夜塔

苫小牧白波よせて夏に来ぬ

函館にロシア人の墓や冬の暮

浪しぶき夏の日めぐる北海道

船に寄る函館の夏外人墓地  


船の旅も日本だったらほとんど乗った、ただ日本海は回りは乗っていない
とにかく最初は電車の旅であり全国の路線をほとんど乗った
船もほとんどのった、電車でも船でも旅情がある
それから自転車の旅になった、乗り物が違うと見える風景も違うのである
自分がしていないのは自動車の旅である、これは運転できないからできない
それでいいなと見ていたのがキャンピングカーなのである
あれは一か所に落ち着いて見るのにいいと思った
カメラをもって写真撮るのにはいい、写真はやはり定点観測が必要になるからだ

冬はこうして回想するのに向いている、ほとんど遠くに出なかった
仙台にも行かない、じっとして家にいるだけである
そして記憶をたどる旅をしている、日本は海に囲まれているから船旅がある
中国だと大河と運河の旅になる

船の旅となると時間がないとできない、東京から沖縄まで一週間かかったことがある
それは客船ではなく貨物だったのである
それだけ暇でない旅はできない、何か旅となると金がないとできないと思っているが
むしろ時間が必要なのである、こんな自由な旅をしていたらもはや社会からはずれた人になってしまうからである

現代では旅というとき旅人はいない、ホテルでグルメだとか何か旅とは違うのである
また交通の便が良すぎて旅が消失したのである
それでも電車の旅と船旅と自転車の旅は旅になる
正直自転車の旅は辛かった、山登りをしたがこれも体力がないのでやめた
山登りより自転車は楽である
というのは北海道を旅した時、二日休んでやっとまた進んで行った
要するに自転車は休めるからいいのである、疲れたら休む、そしてまた進む
それでなんとか行けたのである








2020年02月11日

日露戦争の勝利の原因 (日露戦争の勝利が太平洋戦争に続いていた)


日露戦争の勝利の原因

(日露戦争の勝利が太平洋戦争に続いていた)

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戦争の勝敗の原因はそれが終わってみないとわからない
日露戦争でもそうである、終わってみるといろいろ見えて来る
人生でもそうである、人生を経験して終わりになる老人になると人生とはこうだったのかとか見えて来る
だから終わりにならないと人生もわからないのである
老人になるとそうして経験したことをそういうことだったのかと意味を見出すのである
だからみんなあんなことして時間の無駄だった、馬鹿のことして時間を浪費したと悔やむのである
つまり何かをする経験する時間も体力もなくなっているからだ

戦争というのもそれも終わってから百年過ぎても色椅子再検討して真実が見えて来る
テレビで放送した日露戦争の勝利の原因は何だったのか?

ロシアは203高地をコンクリートで要塞化していた、それは一つの城だった
堀までめぐらしていたから城だった、その城を攻撃したが容易に落ちなかった
トンネルを掘ってその城のコンクリートの城壁まで攻めて落そうとしたができなかった
それだ多大な死者を犠牲者を出したので有名でありそれで乃木大将は明治天皇が死んで殉死したのである

この戦争をみたとき何か古典的な戦国時代のようにも見えた
城があり城を落とすための攻防戦となれば戦国時代である
ただ海軍はアフリカ回りで日本に来ることを迎え撃つから海軍の戦いである
東郷平八郎が対馬海峡を通ると待った、一日待ったときやっとバルチック艦隊が来て丁字戦法で勝った

これは明らかに地の利が影響して勝った、ロシアは地理的にモスクワとから離れすぎていたのである、それでアフリカ回りで来るにも船底に貝とか何か海の生き物がくっついて
進行が遅くなったとか言う、また船だけでなく人間も疲弊していたとなる

日露戦争では日本は何が何でも勝つという士気が高かった、ロシアはそれほどの士気がなかったとなり勝った
明治という時代はこうして日本が世界の列強の仲間入りする時代だった
イギリスと同盟を結んだというのもそうである
ロシアに多いユダヤ人をユダヤ人のロスチャイルドが応援したというのもそうである

ともかく何か日露戦争はまだ古典的な戦争だったのである
乃木大将も古典的な将軍であり英雄とかされたのもそうである
その後の太平洋戦争とはかなり違っていた
ただ満州の権益でロシアと争いその延長に太平洋戦争に結びつくものがあった
日本は日露戦争からすでに満州に固執していたのである
つまり日露戦争の継続としても太平洋戦争があった
その後はアメリカとロシアと日本の三つ巴の戦争にもなったからである

そしてなぜ日露戦争に勝ったかというとき古典的な戦いであり陸軍が地上戦で戦い海軍が海上で戦う、ここには空軍はなかったのである
だから第二次世界大戦は空軍の戦いであり空軍の強いものが勝つようになっていた
技術的にそうなっていて陸軍でも海軍でもない、勝敗を決めたのは空軍の強弱だった
それで日本がアメリカに負けたのである
信長が武田の騎馬軍を鉄砲隊で破ったのとにている
太平洋戦争では陸軍と海軍ではない空軍が優るものが勝ったのである
それで戦艦大和かでも一回も攻撃もせず海の藻屑と沈んだことでもわかる
空軍が勝敗を決めるのでありそうした海軍の巨大軍艦は役たたなくなっていたのである

戦争の歴史をみるとこれも法則みたいなものがある、なぜ太平洋戦争で日本が負けたのかというとき空軍で負けたとなるからだ
それだけでないにしろ一つの大きな敗因だったことは間違えない
もう一つの原因として人の和もあった
日本軍は下士官が優秀だったが上官とうまくいってなかった
アメリカ軍はかえって上官と下士官はうまくいっていたという
つまり日本は人の和がある、団結力があるというが実際は違っていたのである
鎌倉武士が強かったのは主従関係の強固さにあったというときもそうである
日本軍に上官と下士官にそうした強いつながりを和をもてなかったのである

ともかく歴史は連続している、日露戦争が次の太平洋戦争に結びついていたのである
満州の権益を守るためにゆずらない、そのことがアメリカとの戦争とも結びついた
その時ロシアでもない、それより強大なアメリカが敵がいることに気づかなかったとかともなる、そこに大きな無知があったともなる
その無知がアメリカとの戦争に向かわせたともなる
何か世界に向かって戦線を広げすぎたのである、なぜ西安(しーあん)までも日本軍が攻め入ったのかとかビルマまでも戦線を広げたのかともなる
そんな広大な世界を支配しようとしたのか?成り行きでそうなったのかただ戦略もなく
制限なく拡大化したのかとなる

ただ江戸幕府の300年の鎖国から一挙に世界史の舞台に踊り出した、だから明治は世界に覇を唱える視野がありかえって今よりグロ−バル化していたともなる
日本帝国の国威高揚があった時代だとなる
ただ日露戦争を内村鑑三が批判していたように太平洋戦争に通じるものがその時すでにあって継続されたのである
領土拡張主義がありそれが中国の果てまでも日本軍が進軍したのである

今や戦争は空軍の時代でもない、ミサイルと核兵器の時代である
こうして技術が進歩すると戦争の形態も変わる
ミサイルは核弾頭は北朝鮮からアメリカまで飛んでゆく
そうなると空軍の戦いではない、海軍の戦いでもない、核弾頭が飛んでくるのだから防備しようがないとなる
戦争したらもう核戦争になり相打ちになり人類自体が滅びるともなっているのだ


金州城下作   乃木 希典

山川草木轉荒涼
十里風腥新戰場
征馬不前人不語
金州城外立斜陽


金州城下の作

山川草木(さんせんそうもく)轉(うたた)荒涼、
十里 風腥(なまぐさ)し 新戰場。
征馬(せいば)前(すす)まず 人語らず、
金州城外 斜陽に立つ。

血なまぐさい戦場を漢詩にしている、まだ漢詩にするものとして人間を戦場を見ていたとなる
何か戦争でも古典的だったのである、そして乃木大将は古典的英雄であり武士の鏡とかまでなるから武士の時代を継続していたともなる
明治はまだ侍の精神を受け継いでいたのである
第一明治天皇が死んで殉死したのもそうである、それは古典的武士のすることである

どうしても戦後になると天皇を敬うという篤い心が生まれないのである
だからこうしうて忠義に死んだ古典的な武士が存在したということは明治という時代が作った人間でもあったとなる
その後はそうした古典的武士とかそうした人は出ないからである
第一世界第二次大戦は死者の数が何千万であり何かもう人間的なものを越えた異様なものとなっていたのである
それは詩にするような世界ではなかった、それほど凄惨を極めたものであり人類滅亡の戦争のようにもなっていたのである

いづれにしろもう古典的戦争の時代はない、今度はロボットとかAIの戦争でありそこに人間的なものは消失した戦争となる
背後でコンピュターを操作して人間的なものはなくなる、ロボットの戦争である
だからもう人間的なものはなく無人の荒野でのロボットの戦争になってしまう

日露戦争というとき日露戦争で死んだ人の墓を時々みかける、明らかに戦死した人が地方でも必ずいたのである、太平洋戦争のは目立つが日露戦争で死んだ人の墓もある
そこにあまり注目していないのである

posted by 老鶯 at 21:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 明治維新-明治以降

海上保安庁で津波の遺体捜索 (南相馬市鹿島区右田沖に報道陣来る)


海上保安庁で津波の遺体捜索

(南相馬市鹿島区右田沖に報道陣来る)

宮城海上保安部 MIYAGI COAST GUARD OFFICE 
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小舟は二艘でていた

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報道陣に説明

右田で人が集まっていたので何だろうと行ったら海上保安庁で遺体の捜索を潜水してするという、それで報道陣がつめかけていた
高知さんさんテレビとか遠くからも来ていた
あとは南相馬市の復興企画課の人と警察の人も来ていた

まず犠牲になった人に献花して捜索が始まった
二艘の小舟から潜水が始まった
結果的は何も発見されなかった
他では二体発見されたという
津浪から9年もたてばもう海の中だと見つからないだろう
何か儀式のようにしてやっているのかとも見る
ただ右田でおじいさんを亡くした人が来ていて取材されていた
その人は偶然に津波の時出かけていていないので助かった
おじいさんは残っていて死んだのである

右田の海岸沿いより離れた地域で死んだ人が多いのはなぜったのか?
おそらく海から離れていたので津波は来ないと思っていて逃げなかったのか?
つまり海外地帯から離れていると津波を経験していないから危機感を感じなかったのかもしれない。
ただ右田の人で海老村に逃げて九死に一生を得た人がいた
海老は高いしその崖の上が避難所に指定されていんたからである
そこで30人くらい死んだのである、それが大失敗だったのである
海老だったらどこにでも近くに歩いて逃げれば助かった
それも10メートルで歩いて逃げれば助かったからだ
津浪は鹿島小学校の前まできてその近くでも床上浸水でひどめいにあった人を知ってる
それだけ津波は離れていても浅くても被害が大きくなるのである

海上保安庁の人が水深のことを言っていた、9メートルを潜水するという
それで津波と水深のことを聞いたら水深が深いところと浅いところがある
浅い所は色が違って波がたつ、水深が深い所から浅い所に変わると津波も大きくなるとか言っていた
海老は陸から見ると右田などよりずっと高いからそこが避難所指定されたのである
でも海から見ると水深の関係で津波がおしよせたのである
第一水深を陸から見ている人はいないからである

とにかく津波から9年も過ぎるとどうしても遺体を遺骨でも見つけることは不可能に近い
何か儀式のようにしているともなる
ただまだまだ津波というのはそのメカニズムでも何でもわかっていないのである

報道陣が来ていたが報道するとき本当に津波とかでもその土地の地理とかがわからない
すると何か必ず報道は誤解して伝えられる
何か起きるとはtake placeなのである、場所と密接に関係している
その場所については地元でいなとわからない
テレビの小さい画面でぱ伝えることができないのである
それでテレビの報道は真実でないというとき根本的にその場所のことを伝えられないからである、一部を切り取った映像であり全体を把握することは不可能だからである

いづれにしろまだまだ津波についても原発事故についても解明されないことが多い
9年過ぎるし3月11日がまためぐってくるので遺体捜索が行われたとなる 

冬の海轟く波に鴎飛ぶ海上保安庁の船の進みぬ

津浪より9年過ぎて冬の海くぐりて探す遺体なるかも

みちのくの冬の海かなその底にくぐりて見なむ亡き人の影



今日は午後二時からまた同じ場所で潜水捜索があります!



津波の伝わる速さと高さ

ここの説明がわかりやすい、深い所か浅い所へ津波が高く大きくなってゆく
海老浜の被害が大きかったのは突き出た岬のようになっていたからなのか?
この説明ではそういうことも考えられる
とにかく津波は海岸地帯からできるだけ離れることであり高い所に逃げることである
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北海老南海老で69名死んだとして避難所に指定された場所で30人も死んだ、約半数が死んだのである
右田の人もそこに逃げて森の中に入って助かったのである
そこは高いと思い避難したのである





posted by 老鶯 at 12:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係

2020年02月10日

城の俳句十句(城が意味するものー時代を知らないと見えない)


城の俳句十句(城が意味するものー時代を知らないと見えない)


白壁に栄し城や春日影

天主閣人ににぎわう花の城

(二本松)

落椿井戸の深くも霞城
                    
(白石城)

山吹や流れ清らか武家屋敷

(青葉城)

石垣の反りに清流燕来る        
          
(相馬藩中村城)

落葉踏み六万石や城の跡

侍の忠義の城や冬の松

松の映え侍参ず冬の城     

侍や忠義に死にぬ冬の城

(盛岡城)

池氷り松数本の城の跡

晩秋や古木に映えぬ熊本城

(弘前城)

門古りて古木の梅や堀凍る


城を見る時、その時代背景を知らない限り城を見ることができない
つまりただの建物にすぎないとなるからだ
建築でもその時代精神が凝縮されたものとしてあり人間精神が表象されたものとして意味がある
それはエジプトのピラミッドでもそうでありそれは王の墓ではないというときただ民衆が圧制のために奴隷とされて作られた物とは違っていた
これもその時代を知らないからそうなるのである
時代とは全体のことであり時代が過ぎると一つの物から一つの建物でも残した遺物から見る、時代全体を見ることができなくなる
そこに誤解が生まれる
またその時代に生きるものはその時代がいかなるものかわからないことがある

それで城とは何なのかという時、城を中心に社会が形成されていた
武士を中心にして当時の社会があった、確かに町人がいて職人がいて住む場所が分かれていた、でも武士がモラルを示す模範を示すものとしてあった
それで丁稚奉公とかも武士のモラルに習って主従関係を築いていた
それが今になると近代化すると何か丁稚はただ働きさせられていたとかなる
でも当時の社会はそういう社会でありその社会がわからなくなったからそういうのである
江戸時代でも武士道があれば町人道があり職人道があり農民道があった
農民道となると百姓道となると二宮尊徳が唱えた道なのである
現代の索漠とした状態はなぜ起きているのか?
いかなる道もない、あるのは金銭道しかないのである
人は人ではない、人としても見られない、金で使われる道具と化している
時給いくらというのがまさにそうである、人間が金によって切り売りされる
人間を人間として見ないのである
だから今こそ人間は奴隷労働されていたと後の時代の人は見るかもしれないのだ

とにかく武士道には主従関係があり鎌倉の東国武士が強かったのは主従関係だとしているそれは金銭抜きの生死をともにする強固な主従関係があったから強かったとしている
ゲルマン民族にもそうした強固な人的結合がありそれで退廃したローマに対抗できたとしている

いづれにしろ江戸時代が明治になってその社会のことがわからなくなった
でも150年過ぎて城は残っているから城をみる
でもその背景となる社会がわからないから実は城もその社会背景から社会の一部としてあったのだからその全体から見ることができないのである
ただ城は当時も一番目立っているから社会の中枢機関としてモラルを象徴するものとしてあった
キリスト教会の大聖堂があったと同じである

自然でも歴史的遺物でもそれを美的な観点から見るだけではない、それを人間の徳とかモラルの反映として見る、侍だったら城が教会のようなものであり一つの焦点としてあったそれは単なる建物ではない、だからこそ会津の白虎隊が城が燃えたと見て自刀したのである、それほど城が精神的物質的でも象徴的存在だったからそうなった
物質的なものより精神的象徴だったのである
今の時代にそうした精神的象徴となる建築物がない、会社のビルはただ金儲けのビジネスだけの建物だともなる、そこに精神的象徴するものはない
それがどこにも本当にない、世界でもニューヨークの株式市場が世界の中心だとして
何かそこに精神的象徴ではない、ただ金が右から左に流れる博打場なのかともなるからだカジノのようにもなっているからだ

城と松がにあうというとき松は忠義を示しているとかなる、自然でも岩とか石は誠実とか正直とかを示している、江戸時代の三百年間はそうして精神的象徴として城と松があり
忠義として立ち続けていたのである
ただ美的には大阪城とか姫路城とか西は栄えたから春にはそれを特別感じるのは歴史があるためである、東北では感じにくいからである
それだけの栄がなかったからである
大阪城に夕日が映えて散る桜の光景は忘れられない、それだけ歴史を反映しているから
自然が歴史によって色づけられているから違って見えたのである
それは京都の桜でも千年の都に咲く桜だから違って見えたのである

今はこうして旅したことをふりかえり思い出して深化して俳句でも短歌でも詩でも作る
それが冬にふさわしいのである
ただ京都となると冬には行っていない、春と夏と秋には行っている
城でもまだ見てない城がある、それだけ日本には城が多いのである

冬の城

白壁に忠節の松
武士は襟を正して登城す
主君にまみえて忠義の心
侍は下々も正して
町は一つに成りぬれ
冬の月皓皓と照らして
静まり治まる城下町かな

冬の城というのが何かいい、冬は精神がひきしまるからである
冬は春夏秋冬で違ってい見えるのである
ただなぜか江戸城というときそれが何も感じないのはなぜなのか?
東京に行っても江戸時代を感じないのである
それだけあまりにも百万都市の江戸が変わりすぎてしまったからである
この辺でも津波で松原が根こそぎ流されて失った時、その跡はソーラーパネルになりとても松原のことを思い出せないとにている
江戸城があったということは何かイメーでできないのである

科学技術にたよる権力の文明の崩壊 (中国の習近平体制も同じように崩壊してゆく)


科学技術にたよる権力の文明の崩壊

(中国の習近平体制も同じように崩壊してゆく)


チェルノブエリ原発事故→ソビエト連邦崩壊

福島原発事故→日本の安全神話崩壊

中国のコロナウィルス→中国習近平体制崩壊

これらに共通性があるとしたらやはり科学技術と関連していた
コロナウィルスでもこれも秘密裡に開発された生物兵器だともしている
それが放射能のようにもれて大惨事となった
現代が科学技術の時代だというとき密接政治でも経済でも科学技術と結びつく
そこで科学技術の問題から政治に影響して崩壊する
科学技術と一体化して権力が維持されているからそうなる

それを象徴していたのがオウムだった
オウムは仏教の信仰団体であってもカルトでありサリンとか生物兵器を作っていた
つまり科学技術と結びついて権力をもちオウム王国を作ろうとしていた
つまり現代は科学技術無しでは権力を維持できないのである
そのオウムを拡大化したのが国家になっている
現実にサリンという科学兵器を生物兵器でも開発していたからである
それを国家規模でしていたのが今の世界である
コロナウィルスが中国の武漢の生物研究所からもれたというのもそうである
そこから習きんぺい一党独裁が崩壊するという時も科学技術と結びついているから
それがつまづくと政権自体が崩壊する

そもそも科学技術がテクノクラート支配が社会にあった
鉄が発明されると鉄を得るものが武器を作りまた鉄器でも作り農業生産が飛躍的に増大する、すると国家も巨大化してゆく
夜郎自大というとき夜朗国は青銅器であり漢は鉄器の刀でありそれで技術の差で滅ぼされた
そういう技術の差で世界の国々の興亡がある、そういうことは人間の歴史が始まって以来あったことである 
他方、鎌倉時代なのか鍬でも堅い木が必要であり樫(かし)の木を柄にしてそれで生産力をあげて地主から解放されたということもある、それで樫という姓が生まれたというのは興味深い

科学技術の崩壊が国の崩壊になる、科学技術が権力を維持するには不可欠である
太陽の運行を知ることなどが歴が支配するために不可欠だというのもそのためである
元号が天皇によって定められるのはまさにそうである
天候を知ることは農業で不可欠でありそれを知ることが国を治めることだとなる
それが崩壊するとマヤ文明のようにやはり文明自体が崩壊する
何か迷信化して人類の滅びる日まで割り出していたのである
それはまさにカルト宗教のようになっていたのである
そうしてマヤ文明はジャングルに捨てられたのである

原発事故でも安全神話を作り権力が維持された
それが津波と地震で崩壊した、その後遺症は甚大だった
未だに回復できない、まるでバベルの塔の崩壊のようにそこに住んでいる人たちはばらばらになって住めなくなった
補償金でもめたし互いに意思疎通もできなくなった
言葉が通じなくなったということにも似ている
つまり科学技術はバベルの塔でもあった
人間は神に成ろうとするのが科学技術でありそれが崩壊したのである

中国はコロナウィルスで自ら製造したのか、生物兵器なのかそれで習近平体制は崩壊してゆく
何かそういう法則が歴史にある、科学技術は万能ではないからいつかそうなる
つまり文明自体が必ずいつか崩壊する
AIに頼ってもそれもまた何かで崩壊する、機能しなくなりコンピューター文明自体が崩壊してゆく
人間は科学技術もカルマでありそのカルマを背負っていてそれで文明は崩壊する
のような過酷な罰を受ける定めにある
カルマは個々人も受けるが国全体とか文明とか世界でも受けるのである
どうしてもそこに人間の力の限界があり必然的にそうなる
もし神のように万能だったらそうはならないからだ 
つまり歴史にも何らか法則性がある、法則性とはカルマのことなのである
それは繰り返して起きてくるからである、自然災害でも法則性がありそれがカルマなのである
だからこの法則性をカルマを知ることが歴史でも必要なのである

とにかく福島の原発事故の時、あれはオウムだと騒いだ
つまりオウムを大規模化したのが国家であり国家自体がオウムだったのである
それは中国でも同じでありアメリカでも現代の国家は同じである
だからつくづくオウムというのは理解できない、奇怪なものとしていたがそれを大規模化したのが現代の国家だったのである
だから別にそうみれば奇怪なもの、理解できないものではなかったとなる
そういう極端な団体が生まれたのは現代文明から生まれた必然だったともなる
なぜなら現代の国家自体がオウムになっていたからである

















posted by 老鶯 at 11:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年02月09日

格差社会の原因の歴史的考察 (大陸国家と島国日本の根本的相違)


格差社会の原因の歴史的考察

(大陸国家と島国日本の根本的相違)

日本の社会に階級制がないいうとき平等だというときその原因は日本はもともと島国であり小国だった、資源もないし突出した富を産みだせない
殿様と外国の王様は違う、殿様でもそれほどの贅沢をしない
食事の内容でも殿様が鯛を食べたとしても庶民とさほど変わりない食事だった

リヨンにブションが生まれたのは18世紀頃と言われていますが、貧富の差が激しかった当時、上等の肉は富裕層の食べ物で、庶民の口に入るのは正肉以外の安価な臓物である事が多かったそうで、それらの食材を女性の料理人たちが美味しく調理し、労働者の集まる庶民的な食堂で彼らに食べさせていた事からこのような料理が生まれたという訳です

食べる者からしてこのように差があった、明確に階級で差があった、それがヨ−ロッパだったのである
韓国にも宮廷料理があり中国にもある、日本には殿様料理など残っていないのである
日本でぱみんな貧乏だったから生活自体に差が生れなかった
また戦争するにしても外国のように異民族と戦争するのではないから民族絶滅するようなジェノサイドも起こらない、敵味方塚を作るように歯止があった
天主閣は殿様がそこで戦争に負ければ討ち死にする場でありそれで戦争は終る
殿様が死ねば戦争は終わる、家来は殺されないとなる

なぜ格差社会になるのか?
それは大陸国家だと桁外れの富がもたらされる、資源であり何であれ富が集中するのである、それはヨ−ロッパでもそうであり中東でもそうであり中国でもそうである
巨大帝国が生まれ富が集中する、ペルシャ帝国であれローマ帝国であれオスマン帝国であれ中国の始皇帝であれモンゴル帝国であれ巨大な富が集中する
そして何かそうした帝国は贅沢になり弱体化してゆく
それが世界史の法則のようになっている
第一奴隷が大陸国家では必ず生まれる、そのこと自体すでに極端な階級制が生まれる所以である

日本の特殊性は狭い島国で等しく貧乏であり大きな富が支配者に集中できなかった
ただなぜ巨大な古墳ができたかわからない、でもそれは支配者が王が贅沢するものではない、それは何のために作られたのかわからない、王の墓なのかどうかもわからないからだ灌漑用のために作られたとかいろいろ説があるからだ

一方始皇帝であれ歴代の中国の王となる桁外れの富が集まりむさぶることになる
地下まで宮殿を作りそこで贅沢して生きようとする貪欲さがある
その贅沢も桁外れなのである、始皇帝陵は大きな山であゃそれは明らかに始皇帝が埋められている山なのである
外国の歴史で共通しているのは階級制とか格差社会はこうして富の集中から起きたのである、またそれだけの富が集中できる結果なのである
また資源でも何でも富が生まれるから必然的に格差社会になったのである

ヨ−ロッパは実際は富がない、資源もない、でもイギリスで産業革命が起きた時、
イギリスが七つの海を支配してアジアから富を収奪して富が集中した
そして大英博物館には世界の遺産が収集されたのである
これは近代でも富が集まる産出する国は格差社会になる
それはアメリカだとロスチャイルドとかでも石油を発掘して巨万の富を築いた
中東でもサウジアラビアなど王族が石油の富を独占していることでもわかる
そこに桁外れの富が生まれ極端な格差社会になる
日本が平等社会になっていたのはそうして巨大な富を生み出せないからである

大陸国家がスタンダードでありルールだというとき世界史は大陸国家の歴史だからである日本は一小国の島国の特殊な歴史なのである
だからこそ日本の生み出したものが世界のルールになりにくいのである
そういうユニバーサルなものスタンダードを作ってきたのは大陸国家だったのである
それは宗教でもそうである、宗教は異民族が交わる時、そこで差別すると普遍的なものとならず広がらないからだ
だからヒンズー教はカースト制があって仏教の平等思想は普及しなかった
キリスト教はユダヤ教の選民思想に固執すると世界宗教にはならなかった

中国でも中国は一つの世界だとするときそこに普遍的原理が生まれる
様々な教訓を残し思想を残すのである、政治思想を残すのである  
日本にはそうした独自の世界的な普遍的な思想が生れなかったのである
神道をみればわかる、一体神社は何を意味しているのか、良くわからないのが多い
ただ先祖を祭ったものだとはなる、また地域の地域の神だともなる
だから明治維新で国家神道になったのはもともとそういう政治思想はないから歪なものでありそれが日本を歪めてしまったのである
そこに日本が近代化する欧米化する時歪なものとなったのである

日本からはもともと資本主義でもマルクス主義でも共産主義でもそうした思想自体が生れようがない、第一マルクス主義だと階級制の打破を唱えていても階級制がヨ−ロッパのようにないのだからその根幹で理解できないのである
資本主義の思想でももともと日本ではそれを理解するための素地となるものがなかった
それも大陸国家の思想である、だから日本の会社が従業員主体の会社であり欧米の会社は株主中心の会社になる
日本の会社は日本的な独自の会社組織になりる、高度成長時代は家族の様な会社だとなり福祉とか家族のめんどうまで見るとされ終身雇用になっていたのである

だからどうしても世界的標準としての大陸国家の興亡と日本の歴史を分けて考える必要がある、日本文化というとき外国文化との根本的相違を知るべきだとなる
日本の文化が世界的普遍性をもたないというとき日本人自身が日本を知らないからだとなる

それでyoutubeで必ず外国に住んだ経験のある人は日本を対象的に見れるから何かを言える、日本だけに住んでいる人はどうしても外国と比較して見れないから深いところでわからないのである、自分自身がそうである
確かに外国旅行して見聞を広めたことは大きかった、でも外国に住んだ人住まない人の差も大きいのである、外国に住んだ人は外国を肌で知っているからである
その相違を肌で知る、ただニュースとかテレビを見るとか本を読んでもわからない
直接そこに住んで肌で知るから理解が深まるのである
それは日常ののささいなことでも違うから理解が深まるのである
            
それは歴史を勉強するときは現代を過去との対象でみるのも同じなのである
今だけ見ていたらわからない、今を見るには過去と対象して見なければならない
今を知るには江戸時代を知るべきでありそこで対象的に見ると理解が深まるのである
日本は明治維新以来江戸時代のことがわからなくなった
明治が偉大なのは江戸時代と新しい西欧文明にふれたことによっていたのである
つまり江戸時代の継続としても明治があったから偉大な時代となったのである
その後は江戸時代は忘れ去られて欧米化一辺倒になったからである
武士道からキリスト教を説いた内村鑑三でもそうである、明治には武士道がまだ活きていたのである、その後武士道は何か不明になったのである
神道が国家神道になったのも歪なものでありそれが国自体を歪めてしまったのである

日本は明治維新から150年とかすぎて新たな社会の思想の構築も望まれている
日本は十分な西欧化とも行われなかった、逆に国家神道とかになり悲惨な戦争で3百万人も犠牲を払った
日本の歴史は最初の異文化の対応は中国の唐から受けた、それが漢字を受け入れて
自家薬籠中の物のものにした、それが奈良時代でありその後は国風文化の平安時代となった、仏教もとりいれた、その仏教も鎌倉時代になり日本が独自の宗教が日蓮宗とか真宗とかで生まれた
ということは仏教でも日本の仏教となるには三百年くらいかかったともなる
それだけの時間を要したともなる、異文化を異文明を消化するにはそれだけの時間がかかるともなる

おそらく日本はこれから世界的普遍的なものを作り出す使命がある
一時は明治維新で西欧文明受け入れてアジアに先進国となった
何か明治時代は一番時代的に高揚していた、これだけグロ−バル化しても明治の方がアジア全体を視野に入れて具体的に行動していたのである
その時アジアの指導者は中国ではない日本だったからである
時代の雰囲気になると高度成長時代がありバブル崩壊がありと何かある
明治時代になると日本が世界史の中に現れて一番高揚した時代だったのである
その後大正デカダンスとかなり荒廃した時代雰囲気になったことでもわかる
今の時代が大正時代に似通っているというときそうなる

ともかく日本は何か大きな変革が迫られていることは確かである
それが何になるのかはわからないにしてもそうしなければ日本はますます衰退して
世界から取り残される衰退国家になるだけだとなる
おそらく技術的なものより思想的哲学的文化的な面での新しい開発興隆、交流の時代となる
それを如実に示したのが原発事故だったのである
そこが科学技術の限界を見たからである

それはまた日本の風土に合わないものであり日本の風土から生まれるものを尊重するようになる
それはグロ−バル化にコロナウィルスとかでも歯止めがかけられ
ナショナルなものに回帰する、グロ−バル化は限定される時代になったのである
グロ−バル化では世界大戦が二回も何千万人も死にいいものではなかった
経済的に資本主義が歪められた結果極端な世界的格差が生まれたのである
つまり思想的にも限界が世界的に生まれたから新しい経済思想でも哲学でも望まれる時代になった
その一翼をになうものとして日本が期待される時代だとなっている



2020年02月08日

冬の日に金沢の一番星の喫茶店による (松が目印となる場所である)


冬の日に金沢の一番星の喫茶店による

(松が目印となる場所である)

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中から松が見える、外から見るのと中から見るのは違っている

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この木に百舌鳥が止まっていた




冬の松一番星に休むかな

葉牡丹に蔵や農家の喫茶店

蔵に松隠れて休み冬深む 


冬の海望む丘の上農家あり前は畑に金沢に住む

百舌鳥一羽冬樹にとまり隙のなく寒さの凍みぬ飛び去りにけり  


農家民宿の「一番星」によった、何かそこに新しく喫茶店のような休憩所ができた
それは二年前からだった、あれは何なのだろうといつもあそこの道を通って見ていた
民宿とはわかっていてもあそこに食事とかできるとは見えなかった
近くでもなかなかわからないことがあり何かそこにあるということを知るまで時間がかかる

私は喫茶店とかが好きだった、それはいつもそこで休み思索する、何か俳句とか短歌とか詩でも創作する、そういう場として喫茶店が好きだった
ただ喫茶店は場所がいいとその価値が倍増する、都会のごみごみした所は嫌なのである
原町では景色のいい場所に喫茶店がないのである
海の見える場所にあってもいいと思うがない、これまで四つはいい場所にあり紹介した
ただ海老の納屋を改造した喫茶店は予約制とかで入りにくい
だからそこは二回くらい試しに行って後は行っていない、ただちょっと隠れた所にありそれがいいのである、それで名前としてはハイドがいいなと思った

ここの喫茶店はながめとしては良くない、火力発電所の煙突が見えたりする
ただ今日はじめて入って中から見たら松がにあう所だった
松が目印となる喫茶店だった、そして古い蔵がありこの二つが農家らしいものを作り出している
蔵には写真家が写真を飾っていてギャラリーのようになっていた
ここは松と蔵が似合う場所である
それでネーミングとして松倉がいいなと思った
それで松倉と検索するとそういう地名がでてくる


栗駒松倉 [宮城県栗原市]

松倉 [秋田県大仙市]

沢松倉 [福島県二本松市]

松倉 [福島県西白河郡矢吹町]

松倉 [福島県双葉郡双葉町]

松倉 [富山県中新川郡立山町]

松倉台 [岐阜県美濃市

川島松倉町 [岐阜県各務原市]  

福島県に三つある、何か松と倉は一つとなり合うのである

ともかく南相馬市の喫茶店めぐりとしてこれまで四つは紹介した
それにもう一つ加わった、ここは六号線に近くより安い
アルパカなども飼っていて子供が喜ぶ

自転車でぶらぶらして立ち寄れる場所というと今の所は日立木のドマーニと海老村のニコニコ堂なのだが気軽に寄れるのは二カ所くらいしかない
一番星のメニューはレストランではないから軽食であり腹一杯にはならない
ソバ餅というのがメニューにあったがめずらしいから今度食べてみよう
あそこは原町に行くときいつも通れる場所である
ただ食堂ではないから腹を満たすとなると物足りなくなる 

今日は午後からは冷たい北風が吹いた、今になり冬らしくなってきた

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冬柳ー田母神の社(百歳死んだ母が夢に現れ死者は家に生き続ける)


冬柳ー田母神の社(百歳死んだ母が夢に現れ死者は家に生き続ける)

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百歳を生きにし母や冬柳

日も暮れぬ水無川に冬柳 

近くあれ古社の一つや冬柳

路地の奥知られざる家冬柳
なお生きる99歳知るや冬柳
70年嫁ぎて長き冬柳
ここに生き長きものかも冬柳 

蝋梅の実をついばむヒヨドリや田舎に養ふ糧のありしも

田母神の社残りて北風の松に吹きにつ鳶の飛ぶかな 

今日誰か善徳橋を渡るかな冬の柳のここに暮れにき

亡き母の姿の見ゆる冬深む60余年を我が家にあれば    


冬柳と枯柳も違う、枯芒と冬芒の相違とにている
水無川の善徳橋のわたる手前にある柳は大きいから見ものである
この冬柳は何か幽霊のように見える
私の母は百歳生きた、その年になると幽鬼のようになって生きているともなる
だからこの冬柳でも幽霊のように見える
それで昨夜母が家にいる夢を見たのだ
やはりいつものように家にいたのである
何か死者というのは本当に不思議である、死んだら本当に何にもなくなるのか?
私の母は私の家に嫁いで70年近くいたのである
その歳月の長さの故になかなか死んでも消えないものとしてある
本当に依然として変わりなくいるような気がするときがある
それで時々夢を見たりする、するとやはりいるのだと思うのである
死者がいる場所は女性の場合は家だと思う
なぜなら嫁は女と家だから密接に結びついているのである

心が通じ合う。魂が結ばれる。
出典万葉集 三二七六
「たまあはば君来(き)ますやと我(わ)が嘆く八尺(やさか)の嘆き」
[訳] 心が通じ合えばあなたはいらっしゃるだろうかと私がつく長いため息を。

その「こい=乞い=恋」が時代を下って、万葉集の時代には、「一緒に生活できない人や亡くなった人に強くひかれて、切なく思うこと、また、そのこころ」を意味するようになりました。

恋は乞うでありもともと死者を思うこと乞うことだったのである
だからそれが切実となる、なぜなら死者とはもう二度と会うことができないからである
万葉集の中に恋の歌が多いのは死者を思うということがあり切実だったとなる
魂合うというのも不思議である
何か魂が合うということそれは確かにあると思う
生者と死者の魂が合う、それは説明できない不思議な現象だとなる
夢を見ることがそれに通じている
昨夜母の夢を見たのは魂合うだったのかもしれない、肉体は消失しても魂はなお生きているとなる

ダイユーエイトの田母神の由来は


「田母神」の名前は福島県に縁のある名前です。福島県郡山市田村町にある山村地帯に田母神地区があり、同地は坂上田村麻呂の母の出身地といわれています。また、福島県内には同じ地名が他にいくつかあります。意味は、「田を守護する神」から来た地名で、田村麻呂の子孫が散らばってその神を祭ったことに由来するといわれています

三春と相馬藩は関係していた姻戚関係にもあった、だからこれは三春から移って来た人が祭ったのかもしれない、田村という姓が鹿島区にありそれは古いものかもしれない。
田母という地名が三春にある

ヒヨドリが庭に来て何を啄んでいるのかと思ったから?梅の実だった
何か実があり冬でも鳥は生きている、主に虫を食べていることは確かである
冬は実がなくなるからだ、でも自然だと烏でも雀でもななんでもその土地のものを食べている、何かしら食べるものがあるから生きている
それも不思議なのである、人間は地元のものだけではない、グロ−バルに世界から食料を入らなければもう生きていけないからだ
だから人間は何か常に自然に反する生き方をしている
科学技術でも原発事故があったりウィルスでも生物兵器がもれたのだとか反自然的なことをして大災害をもたらすのである
それは自然からの一つの警告でありそして実際に自然から罰せられるのである


2020年02月07日

迷惑老人が増える (死んでくれ死んで良かったねとか言われるのは悲惨)


迷惑老人が増える

(死んでくれ死んで良かったねとか言われるのは悲惨)


同署によると、男性は6日午後2時50分ごろ、同県秦野市内の中古品店での支払い時に「レジ袋が有料」と言われ激高し、店員の胸ぐらをつかむなどした。通報を受けた同署員が署に連れて行き保護。署内で引き続き暴れたため、署員5人が頭や両足、両腕をつかむなどして別室に移したところ容体が急変し、搬送先の病院で午後6時10分ごろに死亡した

レジ袋5円に文句言っている、最底辺の老人だったのか?
この人に同情している人はまれである、警察良くやったとか迷惑老人を始末してありがとうとか若い人に言われる

ここには実際警察の問題もあった、無理やり五人がかりでおさえつけて殺したとかも言う警察の強権がここにある、それも経験しているから怖い、問答無用で警察はそういうことをする
自分も駅で人前で職務質問されて公共の場から追放されるところだった
そこでの問題は駅は公共の場でありそこで職務質問されたらみんな見ているから怪しいとなるからだ
それ以来警察を嫌っている、ただ何かそういうことを経験すると不信になる
その時はこちらに落ち度がなかったからである
別に駅は鉄道を利用しなくても人と話したり集まる場合があるからだ

だからこれは警察のやりすぎだったのだろう
それも確かに責められるべきである、というのは他の人も必ずこういう目にあうからである、それが怖いのである

ただこの老人はそうされてもしかたがないものがあった
そういうクレーム老人を知っている、いつも5円十円でも値段を気にしている
それでここに二つのスーパーがあっても一つは嫌がって絶対にいかないのである
何か気分を害することを言われたからだろう
そういう人は不満がたまっているからクレームをつけて店員でも弱い者にうっぷんを晴らす、クレームでもそうである

ところだその人の住む市営住宅ではその人自身隣の老人に苦しめられている
何か異常な行動が多く騒いでいる、それで眠れないという
第一その老人も何か問題があり迷惑行為をしている
市営住宅にはそういう人が多い、経済的にもいろいろ不満をもっている
隣にいるとそれをさけることができないから困る

いづれにしろこうした迷惑老人が膨大に増えてくるのも高齢化社会である
第一認知症になると大迷惑老人にみんななるからである
自分も家族が認知症になって経験しているからわかる
ただ自分の場合は特別世話になったから懸命になり介護したのである
でも社会的に認知症になると家族だけではない回りに社会自体に迷惑をかけるようになるそれが問題なのである

認知症は社会で役割がなくなったときなりやすいということも書いた
家族で女性でも何もすることがなく家事もしない、ただボケーとしていると本当にボケるつまり今の老人の問題は役割喪失であり社会的に無用化されることである
それが大量に生まれる、それがこうした迷惑老人になる
それがもう日常的光景となる
ここでレジ袋の5円とかにこだわっているのは金がないとまたそういう人が増える
そういうぎりぎりで生活している人は常に不満がたまっている
そこでクレーム老人になり迷惑老人になる

だから若い人に早く死んでくれ、警察がかたづけてくれて良くやったとか言われる
このことをみると本当に高齢化社会はいいことだけではない

こんな老人は警察にでも殺されて良かったのだ!

こんなことを言われることは本当に長生きするべきではなかったとなる
一面これは怖いことではないか?
老人でこのことを深刻に自覚している人はそんなにいないかもしれない
かといってこれから高齢化がすすむと8百万人が認知症になるとか言われる
それをイメージしたら空恐ろしいともなる
つまりこうした迷惑老人が巷にあふれ回りが巻き込まれるのである

ここで警察が5人かかりでおさえつけたのはやりすぎだった
それも問題だったがそのことで何か警察のしたことをとがめる人が少ない
これからは老人はこういうふうにされるのかもしれない

迷惑老人は始末しろ

病院や施設で老人は虐待される

これが高齢化社会の現実でもある、老人でも何か社会に貢献しろと言ってもそれが今の社会では老人を受け入れない、ボランティアでも簡単にはできないめんどうなのである
正式にその仕事を認め社会で受け入れないとできない
でも老人は邪魔だとされる、それで家族でも居場所がないとかなる
老人でも最後まで人間は社会に生きる
その社会に仕事も与えられない、居場所がないということは深刻なのである

そして家族でも社会でも無用化された老人はどうなるのか?
社会全体から早く死んでくれとなる
そういう目で見られる時怖いと思う
例え迷惑をかけなくてもそういう目で見られる
そういう目で回りに見られるとき恐怖なのである
それがいつか現実問題として虐待とかこうしたことで警察に殺されるような状態になっても誰も同情しない、始末して良かったとされる

いづれにしろ何らか社会で役割をもたないとこうなることを老人は深刻に受け止めるべきである
そして本当に迷惑老人は始末され病院や介護施設でも虐待されて殺されるとまでなる
そういう事件も起きた

ただ老人になってからこれも時遅しなのである
なぜなら人間は若い時から生きる積み重ねがその人を作る
だからもう老人を変えることはできないからである
何か趣味でもこれまでの継続としてできる、老人になってはじめてやることは実りとなりにくいからだ

ただこれだけの高齢化となると

89才でライダーになった

そんな人も出てきている、その人は40頃からなのかもっと遅くなのか60頃なのか
ライダーになって89歳でライダーになり旅していたのである
だからこういう異色の老人も出てくるのが高齢化社会である
74歳のライダーにも実際あっているし70歳でもロードに乗っていた老人にもあった
だから元気な人は今までしたことを続けることに固執するのである

そういう人はそれでいい、迷惑をかけないかぎり遊んでいてもいいとなる
そういう時代でもあるからだ
でも何か社会に貢献しないと白い眼で見られるということが怖いのである
それで徒然草で吉田兼行は言っている

命長ければ辱多し。長くとも、四十に足らぬ程にて死なむことめやすかるべけれ。

今はまさに「命長ければ辱多し」であるが40才では早すぎる
それは今でぱ非業の死である、寿命が短い時こういうことを言うのは解せない
ただ人に惜しまれて死ぬ人はいいということは確かである
早く死んでくれないからなと言われるときすでにその人は社会的死を宣告されている恐怖を知るべきである
あの人なんであんなに生きてているの、それも金でも社会の負担で生きているとか言われる、そう見られること自体生きていることが肩身の狭く生きること自体苦しいともなる
ただ老人側でそういう自覚をしない、それで迷惑老人になる
でもこういう老人は今や増えるばかりでありどうにもならないとみる
それが高齢化社会であるというのもさけられないのである  

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地方交付税も問題だが公共事業費が少ない
高度成長時代は多かったが今は社会保障費が増大したのである


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予算の中で特別会計が主だがここで医療や介護や福祉の費用がこれだけ多いのである
実際知っている人は糖尿病になり病院通いなり70になる女性も腰が痛い、歯が悪い...
病院通いなのである、そして何か保険がきかない、福祉の金も出ない
薬でも風邪薬は医者では出さないとか政府でも医療関係でひきしめている
それもつくづくわかる、老人病人社会になんているからだ
これらに金をあてたらもう政府でやっていけないのである
そしてますます負担になる人が増えるだけなのである
だんだん自分自身でもそうなってゆくのが怖い
将来日本はどうなってゆくのか不安になる

それは経済的面でこれだけ老人が増えて介護とか病人社会になれば当然である
その負担が下の世代にこれからかかってくる
すでにその人は40過ぎて80くらいの施設に入った親の負担が強いられている
また母親もいてその人もどん底である
親のために介護のために仕事をやめるとか50代でも問題になっている
どう考えてもいい面はない
ただ一割くらいはいい面はある、要するにおそらく昔のように一割くらいしか長生きしない、70以上など生きていないとなれば良かったとなる
9割は不用な老人になっている、数の問題なのである



報道されないアメリカのインフレインザの脅威 (一万人がすでに死亡?)


報道されないアメリカのインフレインザの脅威

(一万人がすでに死亡?)


アメリカの疾病管理予防センター(CDC)が1月25日付けのインフルエンザ感染の推計値を発表。
2019-2020年シーズンの累計でのインフルエンザ感染者数は1900万人以上、入院患者数は180,000人、死者数は10,000人に達しています。 

2019年10月1日から2020年1月18日までの今シーズンの米国のインフルエンザを巡る状況

インフルエンザを発症した人] 2100万人

[インフルエンザで受診した人] 1000万人

[インフルエンザで入院した人] 25万人

[インフルエンザで死亡した人] 2万人


アメリカのインフルエンザ報道を見た後だと、
少なく感じてしまいますね。

死者が1万人を超えるって、
アメリカからの訪日客の方が脅威ではないのでしょうか?

アメリカで猛威を奮っている季節性インフルエンザB型が猛威を奮っている。

病疫対策センターの発表で既に2600万人が感染。
内31万人が入院。
死亡が2万5000人が死亡。
全50州のうち流行指定は41州。

現時点で過去10年で例を見ない脅威的な感染力でパンデミックを起こしている。

新型コロナウイルスよりも桁が違う感染者と死者数はもっと日本で報じても良さそうですが・・・。

このアメリカで流行しているインフルエンザも新型肺炎と同じように潜伏期間があるので自覚症状がなければ余裕で空港の検査にひっかかることもなく日本に来国してきます。


コロナウィルスで中国が世界から責められているけどなぜアメリカのインフレインザの恐怖が報道されないのか?
これは疑問になるのも当然だがその理由がわからない、インタ−ネットでもある所は削除されたとかもあった                      

何かこの真相をアメリカは隠しているのか?

中国も習近平が最初に医師が警告しても表ざたにしないようにしてかえって蔓延した
必ず権力者は不都合なことを隠蔽するのである
それは福島の原発事故でもそうだった、あまりアメリカのことを批判しなかった
古い型の原子炉をアメリカから買った、それが事故の原因とかになったともある
でもアメリカには何の責任もないとされた
何か技術関係でも国と国の関係になると信頼関係がないと危険である

アメリカにすると日本で事故が起きてもいいや、古い原子炉を売ってもうけろ

日本ではアメリカの植民地のようになっていて逆らえない、原子力を導入したいから何も言えないとなる
それがすべてではないにしろ事故につながった一因でもあった

今回のアメリカのインフレインインザの流行は一万人もの死者とか言われるのは何なのだろう

そしてマスコミでは一切報道しない!

このことがみんな疑問になりインタ−ネットに書いてあるがその理由が全くわからないのである
これもなんなのだろうとなる
中国の危険は言うがアメリカの危険は言わない、アメリカ人の日本への渡航禁止になっても不思議ではない、これほど死んでいたらこっちが恐怖となるからだ
でも政府でもマスコミでも一切報道しないのはなぜなのだろうとなる

そこに常に日本では西側よりアメリカよりになりアメリカの不利な情報は流されない
それがこうしたことでも起きているのか?
マスコミでもテレビでもアメリカのインフレインザを取材したり報道したりしないのである

つまりマスコミにテレビに報道管制がしかれているのだろうか?

そもそもなぜアメリカでこんなにインフレインザが流行するのか?
それは今年だけでない、数年前からである
中国の医療体制の問題を指摘するがアメリカの医療体制はとうなっているのか?
アメリカの医療は高いと言うがインフレインザとかでは安くワクチンが受けられるとかある

ではなぜこんなにインフレインザが流行しているのだろうか?

それもなぜこんなに死んでいるのだろうか?

そして日本は一切政府もマスコミも報道しないのはなぜなのだろうか?

ここに中国のことはコロナウィルスのことは過剰に報道するが一切アメリカについては報道しない
すると日本ではその危機感がない、アメリカ人も普通に入ってくる
そしたら菌をばらまくことがある
その注意もしないのはなぜなのだろうとなる

日本はアメリカから情報統制されているからそうなっているのか?

でも日本の危機になるとしたら日本国民にもっと知らせる義務がすでに政府にある
でも日本はアメリカに何も言えないとなるのだろうか?

そこに独立国ではないから日本が危機でも知らせることもできないのか?

中国でもアメリカでも大国に忖度して日本人の命がそこなわれることにもなる
そこに小国の悲哀があるとなるのか?
日本が習近平を招待するというのはアメリカを牽制するためだとも言われる
アメリカに一方的に押し付けられることに対して中国によって牽制する
それが大国の狭間にある国の外交だともなる

ただアメリカのインフレインザの情報がインタ−ネットですら少ない
だから知り得ようがない、その知らないことで国民が被害を受けることにもなる
原発事故は全く危険を知らされないことで大惨事になったからである
情報はだから権力者が操作できる、そこで常に危険でも隠蔽されてそれがいつか
原発事故のように明るみに出される
ただその時はすでに時遅しとなっているのだ
警告する人があっても無視されるからである

コロナウィルスでも危険だと早めに手を打てと警告した中国の医師が感染して死んだからだ
何か原発でもそういう人がいたけど無視されていた、マスコミでは地方の新聞社でも雑誌でも報道関係でも
報道しなかったからである

二三年前にもアメリカでインフレインザで大量に人が死んでいる、でもそのことをインタ−ネットで書いた人がいても削除された
その削除したのはグーグルなのだろうか?
グーグルはアメリカの政府と結びついている、それは中国でも言われた
中国のファーウェイがアメリカの標的になった、情報を独占するということでそうなった
情報で世界を支配するとことで技術の流出を止めることに躍起になった
つまり情報でも中国とアメリカの大国が争っていたのである
ただアメリカ側にある欧米側にある日本は中国のネガティブな情報が入りやすいが欧米のネガティブな情報は入りにくいとなる
だからアメリカが世界の権力者になっているときアメリカ側に利する情報しか知り得ないともなる
だから情報に公正さはないとなる、権力をもつものが情報も支配するからだとなる



posted by 老鶯 at 10:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年02月06日

復興できない飯館村の問題 (外部からの支援と村民の復興の相違)


復興できない飯館村の問題

(外部からの支援と村民の復興の相違)


「真の復興」とは、被災者がその災禍から立ち上がり、東日本大震災前の当たり前の日
常に少しでも近づけることだと感じる。少なくとも、経済を復興させることや、ハコモノを次々と建てることではない。自治体をどのように再建するか、「地域」をどのように存続させるかということばかりが重視され、被災した人の暮らしや想いはこのままでは、多くの人が置き去りにされる。また故郷を消失し、思いを断ちきることになる。これのどこが「復興」というのだろうか。

生業の喪失

現在、福島市の避難住宅で暮らしている。
「賠償金もらえて最初の 2、3 か月はよかったよ。だけど、もう生きている気がしねぇ。ただ生かされている感じだ。餌与えられて生きる牛や豚と一緒だ」。
危機に立つ住民主体の村づくり

飯舘村は、「結」を大切にする地域だった。いや、助け合わなければ暮らしが成り立たなかった歴史があり、それは震災前も同じで行政区ごとの共同作業によって、美しい村が維持されてきた。
「自然と、隣近所や親類が「結」で助け合った。田植え、稲刈りをはじめ、山でカヤ(ススキ)刈りをしての屋根ふき作業も。そうしなければ、お互いに生きていけなかった。

危機に立つ住民主体の村づくり

飯舘村における「復興」計画と「村民の復興」の乖離 

復興が何かわからなくなってしまった、別に経済的に前より豊かになった人がいる
小高でも仙台に移り住み不動産とかアパート業で豊かになった人がいる
それは補償金をもらったからそれを資本金にして成功したのである
そしたらその人は前より豊かになったのだから復興したとなる
その人は個人的には家族単位では復興したのである

でも小高が復興したのかとなるとならない、帰ったのは老人がほとんどであり学校すら小高に住んでいないから原町とかから通っている
これは飯館村でもそうである、あれだけ立派な学校を作ってもそこに子供は住んでいない近くの避難した町から通っているのである
そこでそうした立派な箱ものばかり作っても肝心の人が住まないし村が復興したとはならない                    

そもそも前にも書いたけど現代はグローバル社会であり広域社会である
具体的にどうなったかというと家を作るにしても地元の人が作るのではない
大手のハウス会社が二週間くらいで組み立て作る、プラモデルのように部品を組み立てて作る
昔だったら家を建てることは一大事業である、自分の家は三か月以上かかった
それも材料は柱は橲原の木を利用していてそのことを自慢していた
今は材料も外材であり土地の人ととのつながりがないのである
だから何か原町でも鹿島でも相馬市でも新地でも他でも外から入ってきた人たちが本当に多いのである
一番顕著なのはいわき市である、二万人とか入ってきて補償金で家を建てたから地元の人たちにうらやましがられたのである

なぜそういうことができるのかというと広域社会グロ−バル社会だからである
そもそも外材は外国から入ってくるからである
そういうふうに外国であれ国内であれ一地域で経済では成り立たない社会である
そこで何が大事になるのか?
金が一番大事になる、金さえあれば何でも手に入るとなるからだ
すると絆のことを盛んに言っていたけど地元の人の絆は希薄化していたのである
それで簡単に町でも村でもばらばらになってしまったのかとも見た
簡単にゴーストタウンになってしまったのかとみる
避難区域に指定されたことはわかるし放射能のこともわかる
でも何か瞬時にして町でも村でも人がいなくなり結局回復しなくなった

だからなぜこうなったのだろうと私は思った
そんな簡単に町でも村でも故郷でも捨てられてしまうのかということである
絆などなかったのかとなる、人もばらばらになり長年代々住んだ土地も捨てられたとなるからだ
もちろんその土地に故郷に執着して帰りたいというのは老人なことは理解できる
でも老人ばかり帰っても復興しないのである
そして生業を返せというときその生業とは何なのか?
生業とは生とはなりわいのことである、なりとは成ることなのである
その土地に住んで自ずと成るもので生きるということである
それを象徴していたのが飯館村の山菜料理であり山から山菜を無料でとって生活することである
生業(なりわい)とはその土地に根付いてその土地に成るもので暮らすことなのである
それがなくなったとき福島市とかに住んでも山菜とりできないとか何もすることがないと嘆くことになった
そこで山菜を無料でとって暮らす生活が見直されたのである

つまり人間は何か当たり前の価値がわからないのである
それ失った時初めてわかる、親がいて何でもしてくれているのか当たり前だが死んでしまったら全部自分でしなければならず親のありがたみがわかる
また妻に何でもしてもらっていた夫も妻が死んで何でも自分でやらなければならないから妻のありがたみがわかる
人間は本当に当たり前の価値がわからないのである、まずそんな当たり前のことを価値と認めないのである
そこに人間の盲点がある

とにかく飯館村は今回の原発事故で被害が露骨に現れた、未だにそうである
その風景は一変した、もはや田畑はなく放射性物質の置き場になっているだけである
あとはソーラーパネルになり景観も前のとは違っている
新しい中高一貫の校歌を作った人がいるが確かに凍てる大地に根付く木とかの歌詞は評価できるにしてもここにも矛盾が現れているのだ

そもそもその曲を作った人も校歌を作詞した人も地元に住んでいない、東京から来た人であり外部の人である
いろいろ今回は外部の人が入ってきてかかわることになった
でもそこにもともと住んだ人がそうして歌詞でも作ると土着的になる
東京から来た人は観光客なのである、そこで保養して後は帰るだけである
そこの凍てた大地に育つのはそこに住む若い世代なのである
外部から入ってきてそこに住まない人は観光客なのである
凍みた大地で生きることはない、飯館では凍み大根が有名だけど外部から來る人と内部にその土地に根付いて暮らす人とは根本的に違っている

そこにリアリティがないのである、東京からただイメージして作っているのである
ここで苦労することもないからリアリティに欠けているのである
何か文学でもリアリティが実際に体験したことでないと訴えない
小説だってやはり現実に体験したことでないと訴えない
それを自分も指摘されたからわかる
森でも外から見ているのと中から見るのは違う、森に入ると枝とかがありツルが生えてからまったり蛇だでてきたりといろいろ難儀することがある、外から見ていればそういうことはないのである

自分もただ外部から来たものになっていた
ただ近いから東京から來る人は違う、例えば放射性物質のフレコンバッグが水があふれて破れてもれたことがあっ
すると放射性物質は南相馬市に流れて来る、真野ダムに集積した放射性物質は土地はつながっているのだから流れてくるのである
だから飯館村の問題は南相馬市の問題になる、土地はつながっているから切り離せないのである
だから佐須で泥が20マイクロシーベルとあったのには驚いた
その放射性物質の泥も真野ダムに流れてたまっている

ここで問題にしているのはそこにもともと住んでいる人たちが村をどうしたいのかとなるとき何か箱ものとかその人たちの意に沿わないものとなっていることを書いている
そもそもそこに住む人たち、代々住んでいる人が主役になるべきだとしている
それが外部から入ってきた人たちが主役になっている
それで山木屋では東京の方から大学の人がきたけど一年でやめたとか嘆いているのもそうである
一時的には来てもそこに土着して住むとういことがないからである
一時的な実験場のように利用したとなる

飯館村では一部落全員を帰還の条件としたというときそれだけつながりが深いからそうなった、他の津波の被害地でもそういう部落があり全員一致して高台に住宅を作った
元の町が村が回復する復興するということはそうなる
(結(ゆい)のような組織があり村人がが助け合って生きてきたというのもそうである
それがばらばらになった、飯館村なら補償金などでも同じにすれば良かったのである
被害はさほど変わらないし第一一つの村としてある、土地もつながっているからである
南相馬市でも小高区とかを避難区域として分離してしまったことである
そこで小高と原町と鹿島に補償金で分断されたのである
補償金で統一することがむずかしくなったのである
それも政府の企みがあってそうなったのかとかんぐる
なぜなら政府の責任を市町村が一体になって追求するより分断して仲間同士で争わせた方がいいとなるからだ

ともかく市長も町長も村長もまとめ役とはなれなかった、市町村をまとめることができなかったのである、それだけの指導力をもつこともできなかったとなる
それでそれぞれの私益だけを追及する結果になったのである
だから放射線量で補償金で細分化されて分断された、それは政府の思う壺になったともなる
だだみんな補償金を多くもらいたいということしかなくなったのである
もう故郷に帰ることではない、補償金でそれぞれ勝手にどこでも暮らせとなったのであるただ飯館村だと人のつながり土地とのつながりがあり一致して部落で全員帰還を目指したのである


飯舘村の「帰還農家」で咲かせた未来への希望

荒れ野の古里によみがえる高原の花々

posted by 老鶯 at 19:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 飯館村


abstract underworld (地下の世界)

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Buddha meditating in a cave  

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Underground Giant Face

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undergrand temple-enlarge

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 underpass in the forest

foresttunnel1122.jpg

Forest underpass


なぜ抽象画が大量に作れるのか
それは他人の写真であれ絵であれ創作したものを変形しているだけだからである
私自身がイメージして想像しているのではないからである
AIのように機械的に作っているからいくらでもできるとなる
ただ原画とあまりににていると著作権違反になる
でも二次的創作となっている

Why you can make a lot of abstract paintings
Because it's just transforming what you create, whether it's a picture or a picture of another person
Because I'm not imagining myself
It can be done as much as it is made mechanically like AI
However, if it is too much with the original picture, it will be a copyright violation
But it's a secondary creation

2020年02月05日

余裕がない人は失敗する (追い詰められている人はすでに負けている)


余裕がない人は失敗する

(追い詰められている人はすでに負けている)

富を得ようと急いでいる者は潔白を保てない‐箴言


日本の戦争のことをふりかえるとなぜアメリカのような巨大な国と戦ったのか?
夜郎自大ということもあった、夜朗国は漢に対して漢の国の大きなことを知らない
それで見くびっていた、甘くみていた、小さく見ていた
結果として負けた、青銅器が武器であり相手は鉄器の刀だったとかある
そういうことは日本にもあった
その当時情報が限られている、庶民はアメリカのことを知らないからだ
そこで夜朗自大になっていた

そしてアメリカによる日本は経済封鎖で制裁で石油が入らないということがあった
ここでも経済的に追い詰められていた
戦争にはあらゆるものに戦車でも戦艦でも飛行機でも石油を必要としていたからである
それが動かせなければ勝てない
それを象徴していたのは最後に特攻隊がゼロ戦で戦った時、片道の石油しか燃料がなかった、ということはもう帰れないのである、そのまま燃料がきれたら死ぬほかないのであるその時石油がなかったからそうなった、だから石油がどれほど大事なものか貴重なものかわかる
今でも石油が生命線になっていることで同じなのである
だから中東に自衛隊の戦艦を派遣したともなる
石油が入らなくなったら日本経済は成り立たなくなるからである

石油がなく追い詰められた

余裕がなくなった

そして真珠湾攻撃になった

戦争の見方でもいろいろあるにしてもそういうふうにアメリカによって追い詰められた
その時点で負けていた、経済戦争で負けていたとなる

人間が余裕がないと商売すらなんでもうまくいかないかもしれない
銀行でも窮地にたたされている、すると余裕がないから詐欺まがいの投資信託でも売りつける
営業の人は分散投資だと言ってカナダの国債とアメリカのリートとに投資した
前らか株はもっていた、それはリーマンショックの時株が今のように上がっていた
ただその時の状況があったにしろその株を日本のリートの投資信託に回した

それはなぜか

その営業の人がノルマを課せられていてなんとか投資信託を売りたかった
それで今度Jーreitを買った
その時株が上がっていたのだから私はなぜそうするかとも見ていた
ただ自分は時間がないので営業の人にまかしたのである

つまり地銀は今窮地にたたされて追い詰められている
するとまず銀行の利益が優先されて顧客は二の次三の次になる
銀行が今やつぶれるとかの話ししかきかないからである

こうして追い詰められたものは危険である

とにかく追い詰められた人と出会うと危険である、今日食べるものがないとかの人がうろついていて出会ったらわずかの金でも殺されるということがある
そこまでするのは追い詰められているからである

借金している人も怖い、やはり追い詰められているから余裕がないから相手のこと客のことを考えるより自分のことしか借金のことしか考えられないからだ
そういう人は助けることができない
私が介護とか病気にのとき来た人はそうだった
借金で苦しんでいる相手のことを見るより借金をなんとか返したいとなり自分の苦境などみない、金をとりたいというだけなのである
そういう人が来たのは最悪だったのである

だから余裕がないと本当は事業でも成功しないのではないか?
まず余裕資金がないととても長期間でビジネスだって見れない
また人生でも早く成功しようとしているばかりだと何かを成すことがむずかしくなる
そこで問題なのは今利益を出すことが優先されるからだ
学校でも試験が絶えずありその試験でいい点を今とることがまるで人生を左右するのだと思ってしまう、そこでじっくり自ら勉強するというのではない
点数をとることだけに精力をそそぐことになる

ただ人間の弱点は長期的に見れないことである
何か始めたら今すぐ成功しなければならない、利益をあげねばならないとなっているからだ
ビジネスだったら利益が今上がらなければやめるほかないとなる

ではそういうことで短期的には利益があがりいいようにみえる
でも銀行でそんな詐欺まがいの投資信託を客に売りつけるだけで成り立つのかとなる
いくら窮地にたたされてもそれで地銀などが地域の人に信頼を得られるのか?
もう信頼できないとなり客も離れてゆくともなる

富を得ようと急いでいる者は潔白を保てない‐箴言

一番手っ取り早く金が入るのはギャンブルである、でも何か潔白を保てないとなる
手っ取り早く富を手に入れるには盗むとか奪うことである、そこで不正でもいいとなる
国単位でも中国がアメリカからIT関係の技術を盗むのは不法だとするのもそうである
そういう技術開発には時間と労力がかかっているからそういうようになる
他人の労力と知恵とかを奪って豊かになったとなるからだ

人間はとにかく金でもそうだが時間でもそうである
常に余裕がない、時間にも追われている、旅だったらただ早く早く目的に行くことだとなる、その過程を楽しむ見るということがなくなる
新幹線で平泉まで二時間ちょとだとなるともう旅ではない、移動しているだけである
その過程がないからみちのくの旅もただ移動しただけだとなる
とても歩いて旅した芭蕉のようにいい俳句もできないしその土地についての理解も深まらないのである
だから不便でもどれだけ時間をかけたかでその時間に比例して旅の経験が深化されるのである

ともかく人間は余裕ないと失敗しやすい

これは法則のようなものかもしれない、余裕がないということですでに追い詰められているから無謀なことをしたり何か無理をしたり客のことよりも会社とか自分の利益を優先する、すると一見一時的には利益をあげても信頼を失うとかあとになると失敗だったともなる
つまり余裕がなくてすることはすでに失敗だったとなる
余裕がない時はそうした行動はするなとまでなるのである
要するに潔白を保てないということである

ただすべてがあてはまるともならない、なぜなら信長は窮地に追い詰められていた
でも一か八かの賭けで少人数でも大軍に勝ったということもある
「九死に一生を得る」ということもある
でも余裕がないと失敗することが多い、秀吉の水責めなども秀吉軍に余裕があったからできた、徐々に追い詰めて降参させることができた
すでに城を包囲して水責めになったとき秀吉軍は勝っていたのである
攻める方にそれだけの余裕がありゆとりがあったからである 
そうすれば見方も死ぬ人も出なかったのである

なんであれ時間的余裕がない判断で失敗する
でも一方即断せねばならなと時もある、だからその兼ね合いがむずかしい
コロナウィルスの対処でも早い時期から即断する必要があったからだ
そこに待っている余裕がなかったのである
だから一律には語れない、時と場合によるからである

行動のチャンスが人生には一回しかないとかでもそうである
行動するチャンスは本当に人生では一回二回しかないともなるとするとその行動するチャンスを逃したら永遠にそのチャンスはめぐってこないのである
そういうふうにどうしていいのか悩む、でもそこで決然として行動して物事が開けて解決することもある
そういうことは若い時に起きるがその後はやはり余裕をもってしないと長期的には失敗するとなる

今成功する今金になればいいとなるがそれで長期的には失敗する
今は損でも余裕をもってできるならするとすると成功するともなる
その兼ね合いむずかしいとなる
                                   
富はそもそも一代で築くのはむずかしい、何か急速に金持ちになった人はまた急速に金を失いやすいこともある、遺産をもらうとかするとそうなりやすいのである
例えば富は金があるだけではないからだ、富になるのは土地があっただけでもならない
農業をみればわかる、土地があってもそこに費やす労働力が大きいのである
そしてその家が豊かになるというとき作物を育てるノウハウが富になる
それで農家では果物でもなんでもそのノウハウが子供に伝授されるから豊かになる
つまりそうした売れる作物を作れるノウハウがなければ豊かになれないのである
そういう家はそうして富を生み出すものをもっているから余裕があるともなる
一から富を作り出すことはむずかしい、そこに余裕ある家とない家が生まれる
そうして富がある家は何か始めるにも余裕もって始められるから継続して栄えるということがある 

ただどうして豊かになるのか、金持ちなるのか?
これは常に語られていてそれを商売にする、何々するともうかりますよというのがインタ−ネットでも無数にでている
それはみんな金持ちになりたい、何か簡単にすぐに金持ちになりたいからでありおいしい話にとびつく、そしてかえって損しているのである
富は得は徳でありそんなに簡単に楽に富が手に入るのか?
何か不正して富が手に入るのか?それが疑問なのである

富はだから一代で築けない、その家の何かが積み重ねがあってその跡を継ぎ金持ちになるとか豊かになる、だから何でも時間がかかるのである
株でもうけようとしてもそれを実際にして株の売り買いを経験して失敗でもしてみなければもうけられない、すると時間がかかる
そしてパソコンの画面を一日中株の取引きのために見ていればスキルが身につく
するとそれでもうけたとしても他のスキルは身につかなくなる
何か勉強したいことがあっても他のことができなくなるのである
そして人生が終わって富を得ても人生で何を得たのだろうとなる

結局人生とは

□×時間=実り

これだった、何に時間をかけるかでそれが後年実りとなる、旅でもそうである
旅に時間をかければ旅したことが後年実を結ぶのである
楽器を買うのに金はかかる、しかしそれよりその楽器を学ぶ時間が大事なのである
私は旅したけど確かにホテルに泊まるのに金はかかったがいつも最低の値段の宿を探していた、それで苦労した,食事も最低である、外国に行ってもそうだった
ただ腹をみたせばいいとしかなかった
その後は自転車旅行でありテントで寝たから宿代は無料だったのである
それより時間があったからから自由な旅ができた、もう会社員とかでもなるとできないからだ、とても一か月とか自由に旅行などできないからだ
そういう人は正規のルートからはずれてしまうからである

とにかく何か金持ちになるとか豊かになるというときいろいろある、ただ老人になると記憶に生きるようになるから何を体験したのか経験したのかが大事になる
金持ちでもワインにこって蘊蓄もあったが無駄だったとか言う人がいるからだ
自分もそう思う、そこに時間をと金を費やしても無駄だったということがある
そういうことが人生には本当に多い、とにかく時間を無駄にしたことがみんな後悔している
これだけは共通しているのである、そしてその時間はもうとりもどせないから深刻なのである、百億円あっても青春時代はとりもどせない、女性でも美貌はとりもどせない
これはビジネスでもあらゆることに共通しているのである

食物はお金で買えるが      食欲は買えない
薬はお金で買えるが       健康は買えない
寝台はお金で買えるが      安眠は買えない
化粧品はお金で買えるが     美しさは買えない
別荘はお金で買えるが      心地よさは買えない
快楽はお金で買えるが      喜びは買えない
友達はお金で得られても     友情は得られない
使用人はお金で得られても    忠実さは得られない
静かな日々はお金で得られても  平安は得られない

安眠はやはり大きな部屋とかで眠り安いからこれはあてはまらないかもしれない

使用人は雇えるが忠実さを買えない

これは経験したからそうである、雇われる人は金しか関係しない、だから盗まれるからとして裸にして働かせた金持ちがいるほどである、家で働く人は一番危険なのである

知識だって買えない、なぜなら本をいくら金があって買えても理解することがむずかしいからである
今は私はいくらでも本をアマゾンで買える、でも理解するとなるとわずかの本になる
知識自体が金では得られない、外国に対しての知識でも外国旅行するとか体験がないと身につかないからだ、これも時間がかかるのである

家族の愛とか忠実さを金で買うことはできない、社長がいたとして社長が社員に忠実さを求めても得ることは本当にむずかしい
結局人間は「金の切れ目が縁の切れ目」で終っている
金が必要でも金ですべては買えないのである

2020年02月04日

年金がもらえなくなるとみんな老後破産 (老後の年金の価値は大きい)


多様な個人が主役になる社会 

(マスコミの時代は終わった-youtubeの感想)

Diversified world Multipolarization 

   
manyside1.jpg
youtube

多様化となると個性になる、多極化となるとマスコミからyoutubeのような変化である
多元化とはmany rooted landになる
多極化はやはりシステムの変化である、六局だけのテレビ放送は終わった
今やその数が次々に増大しているからだ

最近youtubeを見て発見がある、加治将一チャンネルと今日見たつねあきチャンネルでもそうだった
年配だから人生を語り金融を語り資本主義を語る、それだけ経験があるから厚味と深さがある、やはり40代ではまだ人生を語れないからである
今価値があるのはそれぞれの人生を語ることである
それも多様化であり多極である

こんな人生送っていたのかと驚きがある、加治将一氏などは自分には理解できない
破天荒な人生だったとなる、現代の大金持ちの生活を体験しているからだ
アメリカでも実業していたから驚く、そういうことが自分にはイメージできないからである
若い人には個性がない、それは経験がないからである
人生を経験した人しか語れないからである
それは失敗したことでもそうである、ワインを飲んだ蘊蓄があったがそれも無駄だったというのもそうである、別荘をもってももしあましただけだったとかもそうである
そういうことは自分のような貧乏しか知らない人にはわからないのである

deep max 妙法の中国に関する情報は内容が濃密である、これは中国に専門化しているからマスコミより詳しい
中国の知らない面を知る、語り方もうまい、このチャンネルは明らかに今のマスコミの情報を越えている
中国で干ばつがありそのためにそこから細菌が生まれて流行するとかそしてそこで大型の動物が生き残れない
ネズミが繁殖して移動するからそこから細菌が人にも伝染してゆくという
そもそも大型動物は生存競争で不利なのである、だから恐竜が滅びたが小型の哺乳類は生き残ったのである
つまり中国の様な巨大な国家でもそれが恐竜のように滅びてしまうような弱点があるかもしれない
だから何でも巨大なものがいいとは限らないのである

武田邦彦氏チャンネルとなるととにかく科学に強い、そこから世界をみる
その支点が専門の科学にあり技術者でもあるから世界でも仕事していたからその見方が深いのである、マスコミだとコメンテ―ターとして呼ばれても話すことが短すぎるから
深く知ることができないのである
その主役はコメンテーターではない、司会者なのである
司会者が芸能人になっていることでもわかる
注目するのは司会者でありコメンテ―ターは脇役にすぎないのである

イケハヤ大学だとその住んでいる場所に興味をもった
四国の山の中であり平家落人伝説のある祖谷(いや)に近い
そこにも行ったことがあるから相当山の中だとイメージする
その他世界旅行した生々しい話についても興味をもった

とにかくて多様な人物が語る時代になった、マスコミではそうしして自らを語る場ではないテレビ局でも支持されたものをその人のほんの一部しか語れないのである
youtubeだと誰々のチャンネルであり一人の個人のチャンネルであり自分のことを制限なく語れるのである、だからその人の全体に注目する
例えば本一冊だして読んだとしてもその人の全体はわからないのである
何か推理小説一冊読んだなとかで終わるからである
だからメデアが変わるとその表現されるものがまるで変わるということがわかった
今その変わり目でありまだその全貌はわからないのである

多様化多極であり多元化である、多元化とはそれは様々な土地であり土地が場が個性を作り出している
そこに住んでいる場所の価値が再確認される時代である
それが相馬市が城下町でありそこに隣の庭を活かした煉瓦作りの喫茶店ができた
私が紹介した喫茶店は場所を活かしたことにより価値が生まれた
料理ならたいして変わりないのだがその土地の場のもっている雰囲気の価値が違う
山木屋のガーデンは海が一望にできる、隠れ家の鹿島の海老の喫茶店もそうである
ただ不思議なのは原町にはそういう喫茶店が見出されない
でも北泉とか雫〈しどけ)辺りに海が一望できるから喫茶店があればいいとなる

しかしこんなふうに膨大に多様多極多元化するとそれを追うだけで時間がとられるし理解することも大変だなと思った
でも明らかに老人の価値は人生を語ることである、これは若い人にはできない
そこに教訓を見出すことができる、例え失敗談でもそうである
そういうことが無駄だったのかと知るべきである
つまり共通しているのはいかに時間を浪費したかということなのである
金を浪費したということもあるが時間を浪費したことが一番の後悔だったことが共通しているのである

つくづく現代は百家争鳴の時代になった、これから何か紹介したように団塊の世代が人生を語る時代になった、何か遅い感じがするが人生百年時代は人生を語るのが遅くなる
60からでも70からが人生を語ることになる、それが成熟社会なのである
そういう場が与えられた時代だともなる
ただ60代以上とかなるとyoutubeに出ているのはまれである
電子空間は紙の空間のように制限されない、いくらでも語っても書いてもいいのである
それで延々と個人を語ることになる
ただこれだけ多くなると前もそうだったが読まれたり見られることが簡単ではないそれでただ放置されているだけのチャンネルもでてくる
それはインタ−ネットでは極端なのである

でも何かyoutubeという媒体(メデア)は不思議だと思う、要するにテレビに50年以上なじんでいたからそうなっているのだ
それが習慣となって何かyoutubeというのが何なのだろうと戸惑うのである
これもこれから習慣化すれば別にそれが当たり前となるのである
マスコミの時代は終わったことを告げているのである

ここで時代の変化を表にしている、今までの世界とは違っている
大事なことは今までは高度成長時代でも同じものの大量生産であった、それで日本が外国に輸出することで豊かになった
それが今は通じない、そうした製品ではなく物ではなく情報が価値をもつ時代になった

例えばニュースを語るにしても住む場所も年齢もその人の個性も違うからいろいろな解釈の仕方がある、自分だと郷土史とか調べているからその住んでいる土地と関連して説明したりする、マスコミだとみんな同じになり安いのである
そこで主役になっているのは司会者でありあとのコメンテーターは局から選ばれたものしか出さない、話すことも局の指示通りすにする、そして主役は必ず司会者になっている
そういうシステム自体が古くなったともなる
個々人がyoutubeで語るのが新鮮なのはそのためだろう
個人のテレビ局というのはありえなかったからである

そしてこうなると個々人でもいかに表現するかが勝負だとなる
表現力を磨かなければ見てくれない

つまりマスコミのように同じことを話していては誰も見ない

その人なりの解説がないと見ない、だからニュースでもその説明の仕方が個々人によってその立場によって経験によって違ってくる
そうなると必ず自分なりにそれらの情報を集めて編集することが必要になる
それが手間になる、テレビだとただ一方的でありその報道したことについて個々人は全く受け身になっていた
インタ−ネットではyoutubeでも能動的にその意をくみとろうとする
それが今までのマスコミの情報と違っている 
ニュースとかはマスコミが独占していたけどその解説となると本当は個々人によって違ってくるものだったのである

だから子供からの教育でも変えねばならない、いかに表現するか、表現力を磨くことである、今までの様な暗記ばかりしていては表現力は身につかない
そこで教育もフリースクールのように学校に行かなくてもいいように政府が応援していとかなるも時代の変化である



2020年02月03日

多様な個人が主役になる社会 (マスコミの時代は終わった-youtubeの感想)


多様な個人が主役になる社会 

(マスコミの時代は終わった-youtubeの感想)

Diversified world Multipolarization 

   

多様化となると個性になる、多極化となるとマスコミからyoutubeのような変化である
多元化とはmany rooted landになる
多極化はやはりシステムの変化である、六局だけのテレビ放送は終わった
今やその数が次々に増大しているからだ

最近youtubeを見て発見がある、加治将一チャンネルと今日見たつねあきチャンネルでもそうだった
年配だから人生を語り金融を語り資本主義を語る、それだけ経験があるから厚味と深さがある、やはり40代ではまだ人生を語れないからである
今価値があるのはそれぞれの人生を語ることである
それも多様化であり多極である

こんな人生送っていたのかと驚きがある、加治将一氏などは自分には理解できない
破天荒な人生だったとなる、現代の大金持ちの生活を体験しているからだ
アメリカでも実業していたから驚く、そういうことが自分にはイメージできないからである
若い人には個性がない、それは経験がないからである
人生を経験した人しか語れないからである
それは失敗したことでもそうである、ワインを飲んだ蘊蓄があったがそれも無駄だったというのもそうである、別荘をもってももしあましただけだったとかもそうである
そういうことは自分のような貧乏しか知らない人にはわからないのである

deep max 妙法の中国に関する情報は内容が濃密である、これは中国に専門化しているからマスコミより詳しい
中国の知らない面を知る、語り方もうまい、このチャンネルは明らかに今のマスコミの情報を越えている
中国で干ばつがありそのためにそこから細菌が生まれて流行するとかそしてそこで大型の動物が生き残れない
ネズミが繁殖して移動するからそこから細菌が人にも伝染してゆくという
そもそも大型動物は生存競争で不利なのである、だから恐竜が滅びたが小型の哺乳類は生き残ったのである
つまり中国の様な巨大な国家でもそれが恐竜のように滅びてしまうような弱点があるかもしれない
だから何でも巨大なものがいいとは限らないのである

武田邦彦氏チャンネルとなるととにかく科学に強い、そこから世界をみる
その支点が専門の科学にあり技術者でもあるから世界でも仕事していたからその見方が深いのである、マスコミだとコメンテ―ターとして呼ばれても話すことが短すぎるから
深く知ることができないのである
その主役はコメンテーターではない、司会者なのである
司会者が芸能人になっていることでもわかる
注目するのは司会者でありコメンテ―ターは脇役にすぎないのである

イケハヤ大学だとその住んでいる場所に興味をもった
四国の山の中であり平家落人伝説のある祖谷(いや)に近い
そこにも行ったことがあるから相当山の中だとイメージする
その他世界旅行した生々しい話についても興味をもった

とにかくて多様な人物が語る時代になった、マスコミではそうしして自らを語る場ではないテレビ局でも支持されたものをその人のほんの一部しか語れないのである
youtubeだと誰々のチャンネルであり一人の個人のチャンネルであり自分のことを制限なく語れるのである、だからその人の全体に注目する
例えば本一冊だして読んだとしてもその人の全体はわからないのである
何か推理小説一冊読んだなとかで終わるからである
だからメデアが変わるとその表現されるものがまるで変わるということがわかった
今その変わり目でありまだその全貌はわからないのである

多様化多極であり多元化である、多元化とはそれは様々な土地であり土地が場が個性を作り出している
そこに住んでいる場所の価値が再確認される時代である
それが相馬市が城下町でありそこに隣の庭を活かした煉瓦作りの喫茶店ができた
私が紹介した喫茶店は場所を活かしたことにより価値が生まれた
料理ならたいして変わりないのだがその土地の場のもっている雰囲気の価値が違う
山木屋のガーデンは海が一望にできる、隠れ家の鹿島の海老の喫茶店もそうである
ただ不思議なのは原町にはそういう喫茶店が見出されない
でも北泉とか雫〈しどけ)辺りに海が一望できるから喫茶店があればいいとなる

しかしこんなふうに膨大に多様多極多元化するとそれを追うだけで時間がとられるし理解することも大変だなと思った
でも明らかに老人の価値は人生を語ることである、これは若い人にはできない
そこに教訓を見出すことができる、例え失敗談でもそうである
そういうことが無駄だったのかと知るべきである
つまり共通しているのはいかに時間を浪費したかということなのである
金を浪費したということもあるが時間を浪費したことが一番の後悔だったことが共通しているのである

つくづく現代は百家争鳴の時代になった、これから何か紹介したように団塊の世代が人生を語る時代になった、何か遅い感じがするが人生百年時代は人生を語るのが遅くなる
60からでも70からが人生を語ることになる、それが成熟社会なのである
そういう場が与えられた時代だともなる
ただ60代以上とかなるとyoutubeに出ているのはまれである
電子空間は紙の空間のように制限されない、いくらでも語っても書いてもいいのである
それで延々と個人を語ることになる
ただこれだけ多くなると前もそうだったが読まれたり見られることが簡単ではないそれでただ放置されているだけのチャンネルもでてくる
それはインタ−ネットでは極端なのである

でも何かyoutubeという媒体(メデア)は不思議だと思う、要するにテレビに50年以上なじんでいたからそうなっているのだ
それが習慣となって何かyoutubeというのが何なのだろうと戸惑うのである
これもこれから習慣化すれば別にそれが当たり前となるのである
マスコミの時代は終わったことを告げているのである

ここで時代の変化を表にしている、今までの世界とは違っている
大事なことは今までは高度成長時代でも同じものの大量生産であった、それで日本が外国に輸出することで豊かになった
それが今は通じない、そうした製品ではなく物ではなく情報が価値をもつ時代になった

例えばニュースを語るにしても住む場所も年齢もその人の個性も違うからいろいろな解釈の仕方がある、自分だと郷土史とか調べているからその住んでいる土地と関連して説明したりする、マスコミだとみんな同じになり安いのである
そこで主役になっているのは司会者でありあとのコメンテーターは局から選ばれたものしか出さない、話すことも局の指示通りすにする、そして主役は必ず司会者になっている
そういうシステム自体が古くなったともなる
個々人がyoutubeで語るのが新鮮なのはそのためだろう
個人のテレビ局というのはありえなかったからである

そしてこうなると個々人でもいかに表現するかが勝負だとなる
表現力を磨かなければ見てくれない

つまりマスコミのように同じことを話していては誰も見ない

その人なりの解説がないと見ない、だからニュースでもその説明の仕方が個々人によってその立場によって経験によって違ってくる
そうなると必ず自分なりにそれらの情報を集めて編集することが必要になる
それが手間になる、テレビだとただ一方的でありその報道したことについて個々人は全く受け身になっていた
インタ−ネットではyoutubeでも能動的にその意をくみとろうとする
それが今までのマスコミの情報と違っている 
ニュースとかはマスコミが独占していたけどその解説となると本当は個々人によって違ってくるものだったのである

だから子供からの教育でも変えねばならない、いかに表現するか、表現力を磨くことである、今までの様な暗記ばかりしていては表現力は身につかない
そこで教育もフリースクールのように学校に行かなくてもいいように政府が応援していとかなるも時代の変化である



中国の最優先課題は常に政治 (いかに国内を一つに治めるかが課題)


中国の最優先課題は常に政治

(いかに国内を一つに治めるかが課題)


昔、中国人に詳しい人の著作を読んだ時
「中国人は中国人同士の争いだけが眼中にある。外国人と争ってるように見えても、それは中国人同士の争いを有利にするための前段階に過ぎない。中国人の本当の闘いは中国人同士の争いにこそある」って記述があった。

日本の古代の朝貢貿易の使者や留学生が厚遇して貰えたのもこれがあったかららしい。恭順の意思を見せ貢ぎ物を持って来た事が中華の支配者には国内外に自分の威光を宣伝する効果が高かったから、使者としての体裁を整えて来る日本の使節は大切にして貰えたと

いまだに感覚的に全て理解した気がしないけど、中国人同士の争いが本番って事なのかなとなると、中国人を攻撃するウイルスを中国人支配層が作ってても不思議じゃないのかね…否応なしに巻き込まれる世界は迷惑な話だ


5ちゃんねる見ていなけどこれは面白い
中国の習近平が天皇に会うというときこれなのだ
「俺は天皇とあった、天皇が俺に頭を下げた」とかなって中国国内で宣伝できる
日本もまた中国にこうしてたてると中国でも厚遇されるとなる
ただそこに危険性もある、中国の柵方体制とかに組み入れられるとかその工作として
北海道を一路一帯政策に組み入れるとかカジノで政治家を買収するとかを言う人がいる

ともかくこのコロナウィルスは政治に影響する度合いが大きい
それで陰謀論になる、なぜ陰謀論になるかいうと情報が開示されないしわからないからそうなる、でも状況証拠がありそこから陰謀論になってゆく

要するに正体がわからないものはいろいろな憶測となりそれが怪異なものを生んでゆく
明治時代とかの錦絵に外国人が富士山爆発を起こすとか描かれている
その時外国のことを知らないからそうしたことまで噂になり恐れられる

とにかく中国があれだけ大きいのだからもともと三国志になる
一つの国として統一すること自体が政治なのである
だから中国は政治の国なのである、すべてが政治になる
老子などの思想も一見政治でないようでも政治色の強い思想である
2000年前でも人口が多いとしてその頃一億くらいでもそうだった
それで「小国寡民」の思想が生まれた、他でも成さずして成るとか過剰な政治の支配があるからこそそうした無用の思想が生まれた

中国だと中国自体が世界でありその中で争いに勝つことが政治であり外国の事より優先されるというのがわかる
ただハーバード大学の生物のウィルス研究者が逮捕された
武漢の細菌研究所に勤めていた、高額の金をもらっていて二重スパイだっとして逮捕された
だから何かこのコロナウィルスの背景が複雑になりまるでスパイ映画のようになっている
武漢の生物兵器細菌研究所からもれた

故意に誰かがもらした

習近平に反対する人なのか

アメリカが習近平体制を終わりにするためなのか

生物兵器研究所が怪しいという時根も葉もないものではない 
火のないところに煙はたたないからだ

いづれにしろ中国とは邪馬台国の時代から日本では関係している
でも中国の歴史を知ることに疎遠になった、欧米化でそうなった
今になってまた中国が経済力で世界一にもなろうとしているから見直すようになったのである

中国の課題は必ず政治でありそれは2000年前から変わっていないのである
あれだけ大きい国を統一することが課題でありまた膨大な人民を飢えないように食べさせることなのである、それをしないと政権はもたないのである

ただあれだけの歴史があるのだから中国に学ぶことが多いし日本で利用する諺が中国由来なのが多いし漢字を使っているのは日本だけであり文化的には深いつながりがある
中国自体が世界であり物産でもないものがない
中国ですべて事たりるのである
そこで世界に通じる思想が生まれる

「他山の石」「夜郎自大」とか「一将成って万骨枯る」とか歴史から教訓が生まれた他山の石とは遠くの知らない石でも参考にしろ関心をもてということである
夜郎自大とは夜朗国が強大な漢の国を知らずに自分の国は大きいとして戦って敗れた
これも中国がいかにそもそも大きく世界だったかを知る
それはアメリカの大きさを知らずアメリカと戦ったこととにているのである

「一将生成って万骨枯る」でもそうである、習近平が一将であり独裁者になる
その下で取り締まりが厳しくなり従わない者は牢獄に入れられる
それは始皇帝の時代から変わらないのである、そういう国だということである
中国ではとても民主主義など不可能である、三つに国を分けたりしたら可能かもしれない
でも一つにするとなると独裁しかないのである

どこの国にも強みと弱点がある、それは人間でもそうである、人間に弱点がない人はいない、中国の弱点は強みである人民が多いことであり国土が広すぎることなのである
恐竜のようになっているのが中国である
その馬鹿でかさのために人民を支配できない、国を治めることができないことが歴史だった
だからその弱点としてコロナウィルス騒ぎとなった、前にもサーズとかあった
あまりにも国が大きいから制御できないのである
日本はそした馬鹿でかい国ではなく人口も多いが中国家として治めやすいのである
統一されやすいのである、そこが日本の強みだとなる

いづれにしろ日本に来た中国人にインタビューしても口をつぐんでコロナウィルスについては語らない
それは上らか命令されているからである、言論の自由がない国なのである
日本に来ても自由に発現できないのである、だからそれが怖いとして香港に二年住んだ人が日本に帰った
もちろん日本にも言論の自由があるとは言えない、でも中国とは違う、中国の言論統制は厳しい
すぐに警察がきて牢獄にぶちこまれる、そして獄死させられているというからだ
そういうことがコロナウィルスでは裏目にでたのである
そういうことから今の政権が崩壊してゆくという人もいる、それだけの衝撃がコロナウィルスにあった証拠である





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2020年02月02日

コロナウィルスと原発事故の共通性 (原子力村の情報統制による事故とにていた)


コロナウィルスと原発事故の共通性

(原子力村の情報統制による事故とにていた)

正しい情報から疎外された国民は、そもそも判断材料がないのですから、情報に基づいて自らの頭で的確に判断することはでず、国民は、情報を独占する国家の判断に従うしかなくなるからです。つまり、情報の独占は、国家が国民から思考、言論、行動等のあらゆる自由、あるいは、能動的な自発性を知らず知らずのうちに奪う手段でもあるのです。

新型コロナウイルスの災禍が示す‘知らされない怖さ’


中国の問題点をコロナウィルスで指摘している
このことは原発事故で起きた
原子力村によって情報は常に隠されていた、住民には何も知らされない
ただ「安全だ、安全だ」としか言わされない
それに逆らうことはできない、なぜなら政府と政治家と東電と学者でもマスコミでも
強力な原子力村を形成していたからである
電事連とかの組合すら東電と一体化した団体だった
原発に関しては創価の発行する第3文明とか他の雑誌でも東電の原子力推進の宣伝をしていたのである

なぜそうなのか?

その広告料が大きいからである、広告料をとるためにマスコミとかある
それが先にあり報道は二の次なのである
それは本当に右寄りの雑誌でも全部そうだったのである
原発推進派で固められているからそうなるし広告料が入るからそうなる
それは朝日新聞でもそうだったのである
なぜなら原発が爆発した時、中国に東電からマスコミ関係者が招かれていた
その中に朝日新聞の人もいたからである

これほどの強固な原子力村が形成されたらもう住民でも国民でも判断することは不可能である

だからこそ「安全神話」が形成されたのである

日本には言論の自由があるなどと言っているが実際は原発に関してはなかった
それで原発が爆発した時、浪江の住民はどこに逃げていいかもわからなかった
それで一番放射線量が高い山の方の津島に逃げたのである
でも浪江でも東電の人が住んでいて街の方に海の方に逃げた方がいいとして
引き返した人たちがいたのである
それが正解だったのである、なぜなら海の方が放射線量が低いからである
原発の煙突が見える請戸でも0.5マイクロシーベルトとかかなり低くかったのである
だからこれは意外だったのである

とにかく中国は共産党独裁であり習近平独裁である
言論の自由はもともとない、逆らう者は牢屋にぶちこまれ獄死させられるという
それで香港では恐れている、命がけの戦いをしているのだと香港に二年間住んでいた人がyoutubeで訴えている

今回のコロナウィルスではそうした共産党一党独裁の情報統制が裏目に出たのである
だからそれは原発事故ともにていたのである
中国は共産党独裁であり利権でも共産党幹部が得るシステムである
共産党幹部が経営する会社には金がつぎこまれる、自由競争のシステムが機能していない会社が利益を出さなくても共産党幹部が経営するから金がつぎこまれるというのもそうである

そして武漢市の市長でも中央の命令に従わねばならないから勝手に避難命令を出すことができなかった
常に中央の幹部からの習近平の命令がすべてでありその独裁体制を築いてきた
そこに自由な発言は許されないのである
情報も開示されない、何か不明でも生物兵器を研究していてそこからウィルスがもれたというときもそうである
それは放射線がもれていたと同じなのである
それは秘密裡に行われていたからである

共産党一党独裁とは国民でも住民でも判断材料をも情報も提供されないからこうして一旦原発事故になりウィルスがもれて蔓延しても処置する方法がなくなる
そして原発事故でも未だに放射性物質のトリチウムとかを海に流すとか空中に流すとかでもめている
だからこういうことは中国だけの問題ではないのだ
日本は言論の自由があるとしているが実際は中国の共産党一党独裁と同じだったのであるマスコミは完全に原子力村の一員に全員なっていたからである
それは地元の新聞とかテレビでも同じだったのである
地元だからもっとその危険性に敏感になり注意を喚起する勤めがあった
そんなことは関係ない、ただ広告料をもらえばいいとしかなかったのである
原発はそれだけ巨大な利権だったからである
事故後でも除染に何兆円とか補償に何兆円とか驚く金が動いたからである
それで潤った人もまた多いのである

何かコロナウィルスで中国国民が右往左往しているのが現場事故で住民とかが右往左往しているのとにている、それは情報の混乱である
政府が情報を統制していたが自分たちの命が危ないとして武漢から500百万人避難したというのもそうである、その真偽はわからないにしても政府の統制がきかなくなったのである
それは最初から政府が危険だとして情報を開示したり命令をしなかったからである
疎で自治体の武漢市長が攻められたりして責任逃れしているのである
なぜなら自治体の市長でも政府の命令は絶対であり逆らえないからそうなったのである
ただそのことで辞めさせられた
責任が政府にあっても自治体にあるとか責任転嫁がされたのである

こうした問題は歴史的にもカルマとして同じことがくりかえされる
それと同時に他山の石というように必ず他国でも同じようなことが起きる
だから外国で起きることに無関心でいると自国にも同じことが起きるのである
チェルノブエリの原発事故でもそうである
日本は技術が優秀だから事故にならないと言っていた、でもその管理は本当にずさんだったのである、原子力の技術でも最初はアメリカのお古の原子炉ではじめた
管理する技術もなかったのである
これも慎重さを欠いていたのはとにかく原発がアメリカ主導で作られて国家的なものとして導入された
そして読売新聞社の正力松太郎とか死んだ中曽根首相の肝いりで導入された
国策として導入されたのである
だから地震の巣である津浪もある日本に50も作られたのである

それも強力な原子力村が形成されたためである、そして「安全神話」はもろくも崩壊したのである
住民は故郷に住めなくなったのである
コロナウィルスでも習近平一党独裁が終わるとか言われるようにそれだけの衝撃的事件になった
つまり共産党一党独裁から必然的に起きた事件である


posted by 老鶯 at 22:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

福島県会津へのコレラの流行 (伝染病は交通と密接に結びついていた)


福島県会津へのコレラの流行

(伝染病は交通と密接に結びついていた)

「日本の歴史災害ー菊池万雄]を読んで

江 戸 時代におけるコレラ病の流行
-寺院過去帳による実証 菊池万雄

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日本海から会津若松に伝染して一方白河街道からも伝染した
それが田島方面に南山通りに伝染した
白河街道と阿賀野川の方からの伝染が多いからそうなった
それより南山通りからは伝染していないとなれば
ここの道は行き来があまりなかったとなる

corelasuji77.jpg

山形、秋田、青森が多かったのは日本海航路があり北前船が通い交通が頻繁だった
宮城県15年に2361と増えたのはやはりか石巻とか港があったからだとなる
福島県とか岩手県が少ない、太平洋側は北前船のように交通が盛んでなかった
北前船は大阪とかから來るから遠くの影響を受けやすかったのである


この本を読んで伝染病がコレラの流行が密接交通と関係していた
交通が頻繁にある所は伝染病がコレラの被害が拡大したのである
それを福島県に会津に例をとった部分で解説する

なぜここに興味をもったかというと全国を隈なく旅しているからそれで交通に地理に興味をもつようになった
会津に何度も行っているがここほど地理が特に方角がわからない場所はない
海側だと海から太陽が昇るから東であり山側は西であり北とか意識する
つまり方角の目星がつくが会津とか山の中の盆地になると方角がわからなくなる
それで飯館村に行った時、方角がわからなくなり迷った
東に行こうとして西に行ったのである
その時太陽が西に沈むことでわかった
このように盆地になると方角がわからなくなるのだ

特に会津は広いし本当に方角がわからない、地理がわからないのだ
基本的には阿賀野川がありこの川を通じて日本海に新潟に通じている
ここに川運があり人との物流があり人との交流があった
そしてコレラでもこの阿賀野川を通じて会津にも入ってきたのである
日本海側には北前船が通い大阪とかから人も物も入ってくるからコレラも伝播して死んだ人が多い、その数千数人とかなっているのも驚く
それだけ当時は伝染病というのを防ぎようがなかったのである

その当時の交通は日本海を通じして北前船でありあと陸路は街道である
だから新潟県とか秋田県とか青森県にコレラで死んだ人が多い
福島県は内陸部だから死者はおさえられた
それでこれだけ死者があったということは当時の医療が遅れていたからである
伝染病というと黄熱病で猪苗代に生まれた野口英世が死んだというのも因縁である

とにかく本当に当時の交通とコレラの伝染が密接に結びついていたことはいかに交通が伝染病に影響していたかという事実である
だから今回のコロナウィル騒ぎで中国の辺鄙な村では村に入る道まで閉鎖した
日本がでも塞(さい)の神とか村の入口に大きな藁人形とかを置いてよそ者の侵入を恐れた、それは伝染病を疱瘡とかでも恐れたからである
だから同じようなことが人間社会にはカルマとして起きる
玉野村は伊達藩と相馬藩の境でありそこに若木神社があるのは疱瘡の神を祭っている
境とはそうして伝染病を入らないように閉ざした場所でもあった
それで桧枝岐は隔絶した場所だからコレラの死者が出ていない、それは隠れ里であり人とか物流がなかったからである
それで悪いものも入ってこない逆説があった

現代はグロ−バル化になり交通がこれだけ発達したらもう世界的にたちまち拡大する
それも防ぎようがないのである、それだけの人であれ物であれ流通しているからである
日本のコレラも江戸時代の末期から文久から明治時代にコレラが大流行した
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最初に中国の廈門(アモイ市)から長崎に入ってきた、そこから港から全国に伝染した

アモイは福建省南部に位置する。台湾海峡を隔て台湾と向かい合う港町で第二のヴェネチアと「東方見聞録」に記されている。アモイの歴史は約1000年とそれほど古くなく、もともとはビン越族と呼ばれる先住民族が暮らしていたが、のちに漢民族の移住が進んだ。古くからの港町で、特に北東部に位置する泉州の港は、宋、元の時代に「海のシルクロード」の出発点として栄えた。

アモイは福建省南部に位置する。台湾海峡を隔て台湾と向かい合う港町で第二のヴェネチアと「東方見聞録」に記されている。アモイの歴史は約1000年とそれほど古くなく、もともとはビン越族と呼ばれる先住民族が暮らしていたが、のちに漢民族の移住が進んだ。古くからの港町で、特に北東部に位置する泉州の港は、宋、元の時代に「海のシルクロード」の出発点として栄えた。

ここは華僑の出身地でもあり故郷である、ここはそれだけ外国人も入ってきていたから
伝染病でもコレラでも入り安いとなっていた

福島県でコレラが伝染したとき南山道ではなく別な方向からコレラが伝染して会津の中心地若松で増えてそれが南山道から逆流した
この意味が理解できなかったが白河街道方面とか阿賀野川からも入ってきてそれで会津に集積してコレラが田島方面へ伝染した
これも何か当時の交通がどうなっていたか、物流が人の流れがどうなっていたのかを証明している

安政 におけ る当地方 の コレラ病流行 の実態を
第5図 の如 く,コ レラ病死亡者埋葬寺院 の分布
の面 か ら考察す ると,石 巻 ・塩釜 を中心 に半径
50km内 に流行 した もの とみ られ,そ の状 態は
近 きよ り遠 きにお よぶ同心円状をな して ノーマ
ルで あるが,仙 台藩支藩の一関や,三 陸沿岸 の
気仙沼 で,わ ずか なが らも流行 の傾向があ らわ
れ るなど,幹 線交通路 としての北上川水運 と,
沿岸航路 の重要 さを物語 っている面 もある

石巻から北上川をさかのぼり一関にも患者が増えたというのもそうである
この道は古代では鉄の道だった、それで産鉄集団だった真野氏一族が北上川を通じて登米に上ってその跡を記したのである
つまり歴史をみるとき交通の面から見ることが不可欠なのである
地理があらゆる学問の基礎ともなっているからだ
それで私は全国を旅行したからそこがどういう場所かイメージできる
そして地理に興味をもったのである
地理が基礎だという時、地理は地形とかは二千年単位でも基本的に変わらない
どんなに時間をさかのぼっても地理は変わらないからである
イスラエルでもエジプトでも何千年前と同じ場所にあった、例え国がなくなってもその
土地はなくならないからである、だからこそ二千年過ぎてイスラエルという国が復興したともなる

歴史がなぜあらゆることで事件でも問題になるのか?
それは人間は必ず同じことの繰り返しなのである、カルマの繰り返しなのである
津浪だって相馬藩政記に二行だけ生波(いくなみ)で津波で700人溺死と記されていた
でもこの辺ではここは津波の来ない場所だと思い込んでいた
ても確実に災害をカルマであり繰り返し起こってくるのだ
ただ400年前になると誰も生々しく語るものがいないから忘れてしまうのである

コレラだってこんなに明治になっても死者があったのかと驚く、それも忘れているからである、人間ほど忘れやすいものはない、人間個人でも次々に事件でも問題が起きて前騒いでいたことを忘れるのである
ニュースだって次々に新しいことを追いかけて昨日あったことさえ忘れてゆくのである
ここがやはり人間の弱点でありそれで何回も津波でも警戒しなくなっていたのである

posted by 老鶯 at 15:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

極限の貧乏の衝撃 (バックパッカーが見た世界の現実の紹介)


極限の貧乏の衝撃

(バックパッカーが見た世界の現実の紹介)

貧しい国と物乞いの現実に「貧しさ」と歪みを考えた:二宮祥平放浪時代

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これは江戸時代の長屋と同じだった
七輪で煮ていた

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私は五歳以下の時、何か病気になった
医者に行ったのだが注射が失敗した
その後でも傷が残り腿のところが大きな傷跡として成長した時残ったのである
おそらくその頃の医療技術は低かったかもしれない
でも一応医者がいたということである



貧乏もこの話聞くと悲惨である、もう極限の人間を見て来た
それはなかなかテレビとかでは伝えられないものである
子供を産んだら乞食にするために身体の一部を切り落とすとかある
それはインドにもあるとか聞いた
スラム街を見たらそういうこともありうるのかともなる

そして途上国はそんな食うや食わずでも子供がわんさと生まれているのかということである、そんな極限の状態で子供を産むのかとなる
でも日本の戦後の動画がでていた
それは昭和21年でありその一年後に自分が生まれた
その時政府から500円を配給されたのである
預金は封鎖されておろせなくなった、それでとてもじゃないがもう栄養失調になる
働く力もでないとビデオで写していた

私の母親は前の夫が事故で死んで一生食べていける保険金をもらった
でもこのようにその時預金封鎖になり金を消えた
でも故郷の実家に買った土地だけは財産として残ったのである

とにかく日本は本当の貧乏というものがわからなくなった
今も確かに貧乏化しているからそれを嘆いているしまた日本は貧乏になると騒いでいる
でも日本人は本当の極限の貧乏がどういうものかわからなくなっている

なぜ子供の体の一部を切りおしてまで乞食にするのか?

生活保護がない、国の福祉がない

そのために同情させるためにそこまで親がするとなる、親も子供にそんなことができるのか?
でも極限状態ではそうなる、娘で売ることもあると同じである
日本でも戦前はそうした貧乏があった、ただ戦後10年は江戸時代のようなつづきの生活だった
燃料は炭でありトイレは外のトイレであり風呂にたくものがなくバターとか不用の切れ端を使っていた、水道もなく家には何もない、裸電球一つだった
今の電気製品は何もなかった
そしてその映像で鍋も買えないとしていた、鍋すら買えない貧乏だったのである

不思議なのはなぜそうした貧乏なのに子だくさんで子供があふれていたのか?
それは途上国のスラムのような場所とにている
子供はそんな極貧の中でも生まれて多いのである
それで子供が親を裁判で訴える映画が紹介されていた
親を生んだことが悪いとして子供が訴えたのである
これも極貧になるとそこまでになる

つまり日本では確かに今貧乏化している、でも本当の貧乏がわからなくなったのである
私の父親は病気になり仙台からバナナを買って食べさせた
バナナ自体がなかったからだ、そして最後はサシミを食えるようになったけど
食えたくないと言って死んだ
なぜなら病気で食えなくなったからである
それは戦後10年くらいはそうだった、ただそれから急速に日本は高度成長したのでそういう貧乏が忘れられた
ただそういうとき子供だったが貧乏の苦しさを感じなかった
家にはなにもないとなっていたけど自分は特別愛されたからそこで苦しい思いでは何もないのである

人間は今だけを見ていると今はわからないのである
なんでもあるのが当然だとなってしまうからだ、それで貧乏でもこうした極限の貧乏のことは理解できなくなったのである
別にそうしろというのではなくやはり時代でもまた世界でもいろいろな国があり比較する時みえてくるのもがある

この人の言っていることはやはり生々しい経験をしているからこそそれが訴えるものがある
それもyoutubeとかの発言で今までにないものが発言されるようになったとみる
私はyoutubeのことはまだまだわからない、こした新しいものはメデアでも理解するまで時間がかかるのである
そうすると老人は最新のことが理解できないとなる
私はなんとか50代でバックパッカーになって世界旅行したからなんとか理解するようになった、でも世界旅行でもどこまで深く世界を見るかは違ってくる
私はまたそこまで深く見ていない
だから香港に2年住んでいいたということで中国をリアルに感じたもの発言している
香港は必死であり中国に逮捕されると獄死させられる
中国にその逮捕特権が奪われることで命がけで抵抗しているということもリアルにわかった

やはり何か訴えることはマスコミだと何かもう一つ深いところで訴えるものがない
抑えた表現になるからだ、すると真実が見えないのである
確かにyoutubeは新しい情報世界を作り出した
顔が見えるし何かその人となりがわかる、テキストだとその人となりがわかりにくい
そして部分を文章の一部を引用しているだけだった
プログは何か一部分をきりとったようなる
その人となりがかわりにくいのである
ただ毎日読んでいるようなプログはその人となりがわかるが私の場合はそれは一つしかない、それも貧困をテーマにして
ダークネス(鈴木傾城)というサイトである

とにかく今貧困が話題になるが本当の貧困が日本人はわからなくなったのである
それは高度成長で豊かな時代を経験してそれから経済は停滞してきた
でも本当の貧乏がどういうものかわからない、一応なんとか極貧にならない生活を維持しているからである

それからその人は物乞いする人には乞食には金を与えない

それはなぜか?

必ず他の人も金が欲しいと群がり争いになるからだという

それで気づいた、アフガニスタンで中村哲氏が殺された理由がこの地元の人たちの水をめぐる利権争いが原因だとしているからだ
つまり乞食でも金をほしさのために地元の人たちで争い、そしてその金をくれる本人まで殺したとなるからだ
そこに極限の貧困の中で暮らす深い闇があった
それはなかなか日本ではもう経験できない、ただ人間は本当の現実を真実を知るべきなのだがマスコミから放送されないのである
何でも常に隠される、すると現実が真実でもリアルにわからないのである

posted by 老鶯 at 00:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2020年02月01日

イケハヤのyoutubeの田舎暮らしの案内 (田舎の事情の説明と原発事故周辺の田舎)


イケハヤのyoutubeの田舎暮らしの案内

(田舎の事情の説明と原発事故周辺の田舎) 

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イケハヤのyoutubeで田舎に住んでいる、田舎の移住をすすめている
田舎と言っても意外と場所によって相当に違う
地方都市が奨めるとして一番になっているのはわかる
そこはもう今は東京と変わりないのである
たいだいそろっているからだ、ただ医療関係はまだそろっていないことは確かである
それで知っている人は糖尿病になり白内障の手術とかで入院した
また通ったりする人がいる
やはり高度の医療となると仙台市とか福島市にしかないのである
まず仙台だったら優秀な医者にかかれるからだ

田舎という時なぜこうして彼は住めたのか?
それはyoutubeで一億とか何か飛びぬけて収入があったからである
それには驚く、つまりインタ−ネット関係の仕事が増えたしどこでもIT関係だと場所を選ばないからである、でも相当に金をかけている
土地でも家でも安いにしても何か金かけて城作りのようなことをしている
地方豪族になるというのはその金でインフラを作り自治区を作るとか言っているからだ
限界集落とかなるともう人が住めない、それて耕作放棄地がありそれは無料で使えるともなる
ただ土地を手に入れることがめんどうだとしているのはわかる
でも別にただ同然で農地は借りられるのが原題である
それは全国的に耕作放棄地が膨大になっているからだ

その自治区ということで何かこの辺の原発事故で避難者が故郷から若い人がいなくなったそしてそこには空家だからけであり田畑は荒地となり草ぼうぼうの無人の土地となった
南相馬市だったら小高から浪江とか方面はそうである
特に浪江になるとほとんど一割も帰っている人がいない、街もゴーストタウン化した
小高でも帰っているのは老人がほとんどである
子供をもっている世代は帰らず原町辺りに住んで通うとなる
飯館村でも若い世代は帰らず通っている、立派な校舎を建てても帰らないのである
それは放射線を恐れているからである

そしてこうして人が住まず田畑でも荒地になるとそれで何か農業の会社を作って農業を始めるにはいいとなり実際に若い人が始めてる
でもその若い人は仕事を原町でしている、原町は5万くらいの人口があり都市だからである、工場も会社もある、最近目立つのは最先端のロボット工場が津波の被害にあった萱浜にできた、そこは現代の最先端の技術を開発する場なのである
だから原町区になると仕事はある
フジクラのゴム会社も最近新しい工場に建てなおしたし二年後にアイリスがこのロボット工場と連携した工場を作る

アイリスオーヤマ(仙台市)は需給データを基に自動で生産ラインを組み替えられる工場を福島県に新設する。在庫データから自動で発注量を割り出し、需給に応じて1日単位で様々な商品を柔軟に生産できる。あらゆるモノがネットにつながるIoTやロボットを活用し、生産効率を高めて早期に売上高1兆円の達成を目指す。

福島県南相馬市にある復興工業団地に建設する

他に相馬市でも工場があり松川浦の港があり物流もあるし大規模なガスラインが作られたそれは新地にも雇用を生み出すとなる
それはも大規模なものだからである
だからここは田舎でも都会化したとつくづく思う
海側はソーラーパネル工場になり風力発電場にもなっている
ここは田舎は田舎でも何か本物の田舎という感じでくなくなったのである
第一田舎という時原発ができたとき田舎という感覚は消失していたのかもしれない
自分自身は田舎だと思っていても変わっていた

田舎という時実際はいろいろであり私の住んでいる一万の町でも町の中心部とそれから一キロもみたない500メートルくらい離れても違ってくる
そこは回りが田んぼがありそこの市営住宅に住んでいる人を知っている
その人は絶えずネズミが入ってきて困っている、カヤネズミという小さいネズミである
またそこに社があり部落があって祭り参加させられたり寄付がとられるのである
その女性は最底辺であり金がないのである
田舎では市営住宅に住んでいる人は最底辺なのである

田舎だと人との付き合いとか人がかかわるから嫌だとなるが町の中心部だとそういうことはない、私はほとんど組に入っても付き合いがない、何か会合もない
一人暮らしは組長にならなくてもいい、没交渉でも住めるのである
そもそも田舎でも隣が何している人なのか、どこで働いているのかわかないということがある、それだけ田舎といっても多様化しているからそんなに濃厚な人付き合いがないのである、ただもともと農家の部落だとそういうことがあった

とにかくこの辺では隣の原町とか相馬市になると都会なのである
専門のパン屋もあるし一応何でもそろっているのである
そしてここでも車さえあれば十分くらいで行けるから何か不便にはならない
ただ町の中心部から離れるとどうしても車が必要になる
買物だけで大変になるからだ、スーパーも二軒あるから別に買い物でも困らないのであるあとは時々原町に行けばいいとなるからだ

田舎にもいろいろある、まず限界集落のような所には住めない、田舎に住んでいても住めない、車もないから住めない、つまり一万の町でも町の中心部とそこから500メートル離れた地域では違っているのである
だから住む場所さえ選べば人との付き合いにそんなに縛られないのである
現実に都会から来た人が街のど真ん中に住んでいた
その人は薪を積んで薪ストーブをして住んでいる
だから町の中心部でもそういうことはできるし別に回りがそんなに干渉しないのである
ただ中心部から離れると干渉されることがある
それで知人は親戚が周りにいて誰が家に来たとか監視されているとか嘆いているのである

都会から来た人の発想は面白いと思った、世代的にも相当に差があるから考え方も時代も変わったからである、田舎に対する考え方とか見方とかも変わった
それより田舎自体が人が住まなくなるとか危機的状態になったことも影響している
子供と一緒にすむと大歓迎だというのもそうである、第一子供がいなくなっているからだ
原発事故周辺でも避難地区域になった浪江とか小高とか飯館村とか人がいなくなったからである、ただそこに荒地が広がっているだけだとなる
だかちこそ外から来た人が自由にその荒地を利用できるという未来が生まれたという発想は面白いと思った
この辺でもそういうことで若い人が入ってきたからである、つまり歓迎されるということである

子供の教育が心配しているがこれも変わった、不登校でも政府でその対応をしている
自由に教育をできるように応援しているのである
それがそうした田舎でもそういう自由な教育をしているというから変わった
それはインタ−ネットの普及で変わったということもある
インタ−ネットはyoutubeが生まれてさらに情報化がすすんだ
youtubeで語る時何かテレビとは違っている、そこに実際住んだ本人が感想を語るからである、取材しているのではないそこに住んでいる人が語るからである
その場所と密接にかかわり土着して語っているからである

私は全国を旅しているからそこがどういう場所なのか見当がつく、高知県の大豊町の近くなのかと地図をみると平家落人村として有名な大歩危小歩危があった
あそこに行ったから相当山奥だということがイメージできるのである
そんなところで住めるのはyoutubeで一億とか収入があり会社まで設立しているからできた、それで子供いるから歓迎されたのである
だから田舎で誰でも歓迎するということはない、そこで自力で生活できる人ならいい
また地域にもよる、そこは外人が多いというとき他と違っている
外人を受けいれているのはそれだけ開放的な場所だとなるからだ

ただ今は田舎でも都会化している、本当にインタ−ネットとかでアマゾンを利用してから本でも自由に買える、これは自分にとって大きな変化だった
古本ならいくらでもあり安く買えるしすぐに小さな自分用の図書館でも作れるのである
まず私は本を買うことで苦労したからである、田舎にもともと本がなかったのである
専門書などはないのである、それで「冠婚葬祭」とかのくだらない本が百万部も売れた
それは田舎の本屋にの目立つ所に置けば売れたのである
なぜなら田舎の本屋には本がないから置けば売れたとなるからだ
仙台にすら本は本当になかった、だから本を買う読むとういことでは相当なハンディが田舎ではあった
それはアマゾンを利用するようになって一番感じたことである

これからは仕事さえあれば都会と田舎は変わりがなくなった
アマゾンで何でも買えるというのもそうである、山の中まで配達してくれるからだ
だからインタ−ネットのスキルがありコンテンツが作れるとすると田舎でも生活できるとなる
子供の教育でも困らないとか情報も田舎と都会の差があいとなるとかえって田舎がいいとなる

これが現代の社会である、それをすすめたのがインタ−ネットである
そこにyoutube長者が生まれた
これまでの長者は炭焼き長者とか山持ち長者とか地元の資源とかを活かしたものである
現代の長者はIT長者とかなったのである
でもそのスキルがない人はやはり豊かにはなれない、それは世界でも同じだからである
でもyoutube自体は今や誰でもできる、でもその内容がコンテンツが作れるのかとなる
まずインタ−ネットではせいぜい一パーセントくらいしか自活できないだろう
そして長続きしない、数が増えているから飽きやすいのである
そこで収入と結びつけることは一パーセントくらいだとなる

なぜ田舎がいいとなるかというとこれからの時代は都会中心ではなく、田舎志向が強くなるからだ、都会が若い世代でも嫌だという人が増えて来たし田舎でも仕事があれば住んでいいという人が増えたのである       

ローカル→広域社会→グロ−バル

田舎では感性とかは磨かれる、また瞑想するには田舎がいい、とても都会だと瞑想とかはしにくい、一見何もない方が瞑想に内面化に向いているのである
だから宗教でも哲学でも学問でも芸術でも田舎の方が向いているのである
そしてパソコン一台あれば何でもできるとなる時代である
ただyoutubeで一億とか稼ぐのは至難である
てもそうして稼げるとなるとかえって田舎の方に住んだ方がいいのである

ただ誰でもいいというわけではない、やはり人によりけりだとういことがある 
田舎の事情もそこに住む人も一様ではないからそこに適合できる人とできない人がでてくる、ただどこでも外からの人を求めている
ここでも原発事故以後荒地が増えて求めている
だから若い人が歓迎されやすいのである
でも老人は歓迎されるとは言えない、それはかえって荷物になるからである
若い人はここで何か新しいことをしようともなるが老人にはできない
何か世話してくれ介護してくれとなると負担になるからだ
いくら金をもっていてもそうなる、だからこの辺では介護士がいないから青森に送られているのである

何か30代であれば田舎に自治区を作るという発想は面白い
田舎にかえって都会の人が希望を見出すというのも逆説である
特に原発避難区域ではそういう人が望まれている
ただここの問題は放射能問題なのである、田舎の良さがこれによって害されてしまったことが致命的になったのである
それでも耕作放棄地でも土地を利用する人がいれば歓迎されるからチャンスだともなる
また仕事は別に原町区とかは都会だからあるとなるからだ







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