2020年02月18日

ゆうちょ銀行も危険なアメリカのCLOに投資 (ゴールドマンサックスは手数料をとる仲介業者)


ゆうちょ銀行も危険なアメリカのCLOに投資

(ゴールドマンサックスは手数料をとる仲介業者) 

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ゆうちょ銀行破綻の危機が来るか?日本が売られている可能性がある!?

youtubeの説明はわかりやすい、金融の専門家が話している
地方のゆうちょでも地銀とか相当にレベルが低い
そもそも地方では田舎では貯金していれば今までは利子ついていたのだから
預けておくだけで利子がつくから安心だったのである
いろいろ悩むこともなかったのである
だからそういう日本が成長する時代はゆうちょでも銀行でもみんな信頼していたし
そういう職業は地方でぱ公務員と同じでありエリートになっていたのである

自分自身も株のことなど投資のことなど皆目わからないのである
それを知るために経験と時間が必要である
それができないから地銀の営業マンに一切委託したのである
いちいち株でも一人でやるとなるとパソコンで取引していたら後は何もできなくなる
でもいろいろ勉強すると

ゆうちょでも地銀でも投資のことは理解していない素人だった!

日本が成長するときはそもそもゆうちょでももともと国営であり地銀でも投資する地域の会社を育てることをしていなかった、ただ担保だけを見ていたのである
だから担保がない人には貸さなかったのである
つまり楽な仕事だったのである

このyoutubeの説明でわかったことは

ゴールドマンサックスは仲介業者であり手数料をとるだけ!

こういうふうに説明している、これは地銀と同じだと思った
適当に投資信託を選らびそれを顧客に売りつければ手数料が入る
投資信託は銀行が絶対に損しない仕組みである
リスクは負わないのである、地銀自体が証券会社の商品を仲介して売りつけて手数料をもらえばいいとしかないのであ
その手数料が高すぎるのである、だからこそ地銀にとってゆうちょでも都合のいい商売だとなる

ただそれでもゆうちょでも地銀でもプロだと思っていた、ここが根本的に間違っていたのだゆうちょでも地銀でも素人であり自分とかわりなかったのである

それで今度は逆にゴールドマンサックスが売りつける怪しいものにCLOに巨額の金を投資している、それはアメリカの中小企業とかに貸し付ける金である
でもその中小企業が借金になり返せないとリーマンショックのようにバブルになり
リーマンショックの再現になる
それが近いとも言っている

ではなぜアメリカの株が上昇して下がらないのか?

日本の株もまだ下がらないのか?

下がっていいはずだというときそれは日本だったら阿部首相が政府が工作して下げないようにしている、アベノミックスで政権がもっているからである
それはアメリカでも同じだという、政府が介入して破綻を延期しているだけだという

とにかくゴールドマンサックスのような仲介業として手数料をとっているのが地銀だった
営業マンはリーマンショックの時もっていた株を投資信託に回して損しないにしろその株をもっていればかなりのもうけになったのにできなかった
その時自分自身で判断すれば自分の責任であり責任は言わないのである
でも地銀は手数料はもらうが一切責任はとらないのである
分散投資のことをしきり言っていたがそれすら自分のノルマを果たすために守らなかったからだ
結局地銀でもゆうちょでも金があってももう利子をつけて顧客に払うことができなくなったのである

だからこそ何かいかがわしいゴールドマンサックスのもってくる投資信託を買わされている、そしてゴールドサックスマは手数料をとるだけだから地銀と同じである
そして前の小泉首相が郵政民営化をあれほど政策としてかがげていたのは何だったのか?それは民営化してその金をゴールドマンサックスなどを通じてアメリカの中小企業に貸す金だったとなる
民営化すればそれがしやすくなるからだ、政府の責任にならないからである

グロ−バル経済というのは複雑である、その複雑さ故にだまされる
地銀とかゆうちょは地域に根ざすものでありそうしたグロ−バル経済の投資にかかわっていなかったのである、だから素人なのである
それで一番危ないのが農林中金の金がその怪しいCLOに投資して奪われるとういことが言われる
もう地方の人たちが苦労して働いた金がこうして奪われ無に帰するというのも無念だとなる

ただ今問題なのは資本主義がゆきづまっているというとき投資先がなくなったからであるアメリカでも金があっても投資して利益を得られる先がない
金の行き場がなくなっているのだ、金余りでありそれがバブルになる
古銭とかに古いコインに投資するとかもそうである
そんな一つの貨幣に一千万とかなるのも驚きである
それもバブルなのかと思う、金の値段が上がるのもわかる
カネ余りであり投資先がないからである
チューリップバブルも金余りになりバブルになりなったと同じである

いづれにしろグロ−バル経済の仕組みは複雑で素人にはわからない、でもなんか放射線とか核よりは勉強すれば情報が入ればそれなりにわかるのかとなる
youtubeの説明はわかりやすいから壺を理解できる
ただそれも深く知ることは至難である
今はこうして金がある人は金のことを心配する
預金封鎖があるとかなんとかそんな話しかないからである
預金も消えてゆくという不安があるからだ
紙幣とは紙にすぎない、だから古いコインはコインでも紙よりいいのかとなってしまうのである

私の母は前の夫は事故で死んで補償金をもらって一生楽に暮らせると言われていた
でも戦争になり預金封鎖になり本当に紙くずになった
でも実家の近くに買った土地だけは残りそれが金になったのである
だからこういうことがあるから一時は土地バブルになったしまた今は金が上がっているのだ

結局どんなことしたって完全な安全を計ることはできないのだ
突然コロナウィルス騒ぎになったり不測の事態が必ず起きる
それはそれぞれの個々人でも起きる、病気になったり何か不測のことが起きる
それは一生の中で必ず起きる、自分自身も60以降介護とか自分の病気とかで塗炭の苦しみになったからである

そしてまた母のことだが母は冒険などしない大人しい女性だった
家からほとんど出ない人だったのである

ところが

炬燵に入っていたとき突然近くの川が氾濫して床上浸水になった
私の家は街中で一番低い場所にあったからだ
そして母はあわてて米をもちだそうとしていた
その時水が家の中に入ってきて米をもちだそうとしてその炬燵の穴に入って骨折する大けがをしたのである                  

つまり家の中にいても安全はなかった!

こうしてリスクのない人生はない、安全を計っても必ずこうして不測のことが起きて大けがしたりするのである
だから火宅の世だとか言われるのである

ともかくグロ−バル経済にはからくりがある、株価はアメリカでも日本でも操作しているアベノミックスがそうでありアメリカでもゴールドサックスマンと政府が操作しているから株が下がらないがそれも限界が来てまたリーマンショックのようなことが起きるとしている
もう資本主義が投資先もなくなり成長が望めない、それで限界が来たとなる
だからゼロサム社会とか中世にもどるとか言われる

私が追求するのは内面的心であり真善美である、日本だったら国風文化の再興である
これ以上グロ−バル経済の発展はない、かえってマイナスになることが害になることが大きくなったのである
必要なものではない、不用なものも買わされる、不用だけではない害になる食料でもアメリカから買わされることになったり武器を買わされたりと日本は負担が増える
それもアメリカ様に逆らえないとなりそうなる
だから経済に公平などないのである
アメリカとか中国が冷戦状態、貿易戦争になるように覇権争いになり経済も政治に支配される、経済自体にもグロ−バル経済で国際金融資本が支配するとなり日本がの金が奪われる

そういうことにyoutubeを見て気づかされた、ただその奥ふかい所を理解することは至難である
それで陰謀論に必ずなる、結局その闇の正体が解明できないからである
そもそもこの闇の主とはロスチャイルドとかロックフェラーだとユダヤ人とかいろいろ言うけどそれは聖書で言う闇の主、サタンだともなってしまう
結局その主は具体的ものとして見えないからである
ただ中国でも共産主義でも極端な格差がありその格差がどうして生まれるのか?
それが現代経済の最大の問題なのである
それでアメリカで一万人もインフレインザで死んでいる
それは保険に入っていない貧困層が膨大にいて医者にも行けないからだとしている
つまり格差社会は階級社会になる時その上層部にもウィルスの蔓延が及ぶから無関心ではいられないのである、また犯罪を増えるから見過ごしてはいられない
それで南米の大金持ちは誘拐があるから警備員を私兵を雇っている

習近平でも独裁でしめつけ言論を封殺したのはいいがそれがかえって裏目にでた
ウィルスを蔓延させた、最初に警告した医師は言論封殺されて自らもコロナウィルスにかかり死んだ、つまり習近平体制がゆらいでいるのは言論の自由がないからだとなる
そのこと自体が共産党一党独裁が崩れていく原因ともなる
だから民主主義の第一のルールが言論の自由を守ることであり情報公開だとなる
それが原発事故でも証明されたのである
posted by 老鶯 at 21:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

野馬追の野馬の起源 (「馬」が動かした日本史ー蒲池明弘を読む)

野馬追の野馬の起源 

(「馬」が動かした日本史ー蒲池明弘を読む)

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平成29年 相馬野馬追ー野馬懸(かけ)ビューローfacebookアルバム

●馬と日本の歴史

この本は馬から日本史を見ることで興味深かった、というのは相馬藩は野馬追いの祭りで有名だからである
その野馬とういうのは何なのかここで説明している
そして日本の歴史をみるとき縄文時代があるとしてその後がどうなっているのかとか
歴史の継続性が明確ではない、縄文時代が一万年つづいたとして日本の歴史はその縄文時代の末裔としてあるとしても明確さに欠ける
連続性がどうなっていんるのか不明である、日本語にしてもそうだろう
それが未だにどこに由来しているのかわからないから様々な説が生まれる
これはイスラエルの言葉と関係しているとかシュメール語だとインドのドラビダ族は共通しているとかポリネシア語だとか説がいろいろあっても解明できない
そもそも縄文語があったとして今の日本語の起源なのかというとそれも不明なのである

はっきりしていることは縄文時代には魏志倭人伝に書かれたように日本には馬とか羊とかいないと書かれている、つまり野生の馬もいなかったのである
馬は外国から入ってきたものであった
魏志倭人伝に鉄の矢じりと骨の矢じりがあったのは日本では鉄が不足しているからだとしている、日本は技術的に大陸からすると遅れていた

馬は牧の中で放し飼いにされ、水飲み場のほかには餌を与えられずほとんど野生の馬だったことから(野馬)と呼ばれてました

千葉県の幕府直轄の牧の痕跡(野馬土手)が数多く発見された
その説明がこの文である 

そして今でも残されている野馬がある、御崎馬とか寒立馬とかが今も生きていてそれは野生の馬なのである、代われた馬ではないのである
馬は軍事目的に使われることが多かった、日本の草原の国であり野生の馬が生きられるとしている
ただ日本は湿地帯であり森の国だから馬が野生で生きられる土地は少ないようにも見えるでも山の台地とかは適していたのかとなる
花巻とかあれば鼻とは突き出した台地でありそういう地形があり馬が生育するのに向いた土地だったとなる、長野県に牧が多かったのはそのためである
モンゴルの様などこまでも平原がつづくとはならない、第一野馬というとき野は斜面のことだからである
日本は植物が豊富な土地であり野生の馬の餌になる草があったという
それで野馬が生きられる条件があった、また火山からできる黒ボク地が草原を作り馬が生きるのにふさわしい場所としている

常陸国風土記に霞ケ浦の行方郡について山には猿、猪がいて野に馬がいること
天武天皇の時、地元の人が野馬を捕獲して朝廷に献上したと記されている
それは行方(なめかた)の馬であると記されている

行方郡とは相馬地域の古代のことである、その行方郡の人たちがこの地域に移住して来たからその名がついたのである、相馬氏がこの地域を支配したから相馬郡となり相馬藩となり相馬市となったのである
もともとは千葉氏が基となっていた、千葉氏から相馬氏が出てこの地を支配した

●野馬追いの野馬の意味

野馬追いの野馬という言葉が何を意味しているのか?
野にいる馬を追うということである、そのこと自体不思議なのは日本の野に原野に野生の馬がいたということである
モンゴルの様な平原ならわかるが日本にも野生の馬がいた、その野生の馬はかえって気が荒く戦(いくさ)で使うのには適していたのである                  

武士用の馬の牧場で野馬飼いのような粗放な飼育が採用されたのだろうか
家康の遺訓にあるように長期間の戦陣の中でも気力、体力の衰えないタフなう馬が求められた

幕府牧場といっても見回りしたり牧野手入れしたりするのは近隣の住民だったから
将軍様の馬ということで過保護に傾き良い餌を与えたり病気になれば自分の家に連れて帰り回復するまでめんどうみることもあったようだ
将軍吉宗はそれを良くないと言っている

元より野馬にひとしくあつかうべし

厳しい自然環境にさらし自然淘汰にゆだね、強い個体を残すこと、野馬飼いの目的の一端がわかる
                    
日本の馬は小型の馬が多かった、モンゴル馬とにていた、モンゴル馬は自分も乗ったが小型であり地に足がつくくらいだった、だからこそ乗れたとなる
自分が馬にのったのははじめてでも乗れたのである
馬が大きいと足がつかないから危険になる
自転車でも足がつかないと緊急の時止められないから危険になる
ただこの小型の馬も江戸時代から何か大型になっているように見える
おそらく江戸時代になると農耕馬などがふえてきたからかもしれない
戦闘に使う馬は小型でも強いとなる、また遠征に耐えられるのは耐久力がある小型馬でありロバともにている
もともとは小型の馬だったのである

●南相馬市の雲雀が原近くの羽山古墳の馬の絵

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甲冑と兜を身にまとった武人である
鉄を生産する技術があり兜も身につける
野馬追いの武者と変わりないのである

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双葉の清戸迫横穴古墳
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この装飾古墳は今の神旗争奪戦が行われる雲雀が原の近くなのである
もともとは江戸時代は野馬土手で囲まれていた一帯である
ここで江戸時代から野馬追い、野馬を捕える場所としてあった
その広さは桜井古墳まで広がっていたのである
そしてこの古墳とも馬が関係していたと説明されるときぴったりだとなる
野馬牧場があり桜井古墳まで広がっていたからである
関東には大きな古墳が密集していてそれは馬と関係していた

蝦夷とは何ものかという時、馬をあやつり弓矢を射ることにたけていて勇猛だったというときそうである、この馬は縄文時代にはないのである
この馬は渡来人がもたらしたのである、その馬を操作する術とか鐙とかももたらした
鉄の生産とか鉄の武器ももたらした、その渡来人が実は蝦夷だったのである
ツノガノアラシトが伽耶王国の王子でありその伝説が伝わっていてそれに由来する地名もある
そしてそれは相当に古く縄文人とか原住民と連合を組んでいた、それが蝦夷だったから強敵になったのである、馬を操り弓矢の術にすぐれ鉄の武器をもっていたとなれば手ごわいものとなったのである
それができたのは渡来人が早い時期に東北の地域に土着していたからである
そして古墳に鉄製品とか大陸風の鉄の馬具が収められているののもそのためである
馬とともに先進の文化や技術が入ってきていたのである

だから何か横穴古墳とかいうとそんな先進文化と関係ないように見ていた
縄文人が原始的生活していたように見ていた
でもよく見ればそこに馬が描かれて兜をつけて刀をつけた武人が描かれていた
それは騎馬民族の末裔でもあったのだ、縄文人とはまるで違った人たちだったのである
馬を使いこなす騎馬民族の末裔だったとなる
縄文人は馬は使っていない、するとそういう馬を使いこなす人たちが入ってくればそういう人たちはその土地を支配する、第一相馬氏が千葉氏の分流であり馬を使うに巧みな武士団であったからだ
それがた野馬追いの祭りとして相馬藩で受け継がれたのである
だから羽山横穴古墳とか野馬追いが行われる雲雀が原は野馬土手があり広く野馬がいたとなる、その野馬を捕えていたのである、それは小高神社の野馬掛け祭りでその様子が再現されるのである

とにかく歴史を勉強するとき必ず時代の前後とかわからなくなる
横穴古墳の装飾古墳が原始時代の遅れたものとして見ていたりする
でもそれは先進文化を象徴したものだった、なぜなら馬が中心に描かれその馬をあやつる武人の絵だからである、その武人は鉄の兜をつけ刀をさしている
それは戦国時代の武将と同じだったのである
そういう先進的なものとして見ていない、そこにも常に時代の錯覚がある

広き野に野馬を追う
兜をつけ刀をさした
渡来人の武人?
渦巻きの太陽は輝き
その姿は誇らしく
広々として原に野馬を追う
草原を賭ける野馬よ
その躍動する馬に魅了される

横穴古墳はこれは明らかに古墳時代の後期であり新しいのである
では桜井古墳とは何なのか、誰が作ったのか、誰を祭っているのか?
二人の棺があり埋められていたすとるとこの辺に二つの勢力があった
一一人は縄文人以来の原住民の主であり一人は渡来人を治めた人だったのかとなる

ともかくこの本は興味深い、馬という視点から歴史を見るということでわかりやすいということはある
相馬野馬追いがあるから馬に興味がででくる、今は競馬している人が馬に興味をもつ
馬自体は日常生活では見れなくなったからである
でも馬が絵がれた装飾古墳は生き生きとしている
そこには広い野が広がっていた、ごちゃごちゃした街はなかったのである
原町はそうした広い場所があった、鹿島とかなると寺内小池の高台がそういう場所だっただから古墳の町としてある、でも原町の雲雀が原は古代から戦国時代へ相馬氏の支配する場所として継続していたのである
双葉の清戸迫横穴の装飾古墳もそうである、そこにも広い野が広がり馬を操る野馬を追う武人がいたのである

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茨城県の行方市(なめかた)の古墳にある馬の冠

ここでは確かに野馬がいて放牧されていてそれは野馬であり野生であり
それを捕えて軍馬にしていたのである
馬の配置でも野馬のように自由であり放牧されていたまたは野生の馬の姿を
冠にしたと思える







posted by 老鶯 at 10:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 野馬追い関係