2020年02月29日

春寒し(小山田の堤(つつみ)-静謐な堤(詩)


春寒し(小山田の堤(つつみ)-静謐な堤(詩)

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富士の花は良かった、白藤と紫の藤もあるからだ

これを白い藤と別に紫の藤を作るのもいい

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あそこに二つ山が見えるのは大原の山だろう
何かもう一つはっきりしないが大原の山が結構鹿島からも見える

静謐な堤

静謐なる堤
春寒しかな
去年の落葉を踏み
ひそか群れいし鴨
音もなく水脈引き
ここを乱さざれ
聖域のごとくに
幽かに夕べ繊き月  
水面に写して暮れぬ
丘に一本の樅の木
真直に立ちて
ここを己が場として
動かざるかな




春寒し病の老人増えにけり

晩年に春の霰に打たれけり

この道や梅の匂いて今日もよる


大原の双子山見え夕ぐれや春なお寒し小山田の堤

夕暮れや去年(こぞ)の落葉踏みにつつ隠さる堤鴨の群るるも

ひそけくも鴨のむれいし堤かな春の寒しも繊き月いず


常磐高速のSAに小山田まわり行った、何か手芸の催し物をしていた
それからまた小山田の堤を通り帰ってきた、あそこの堤は結構大きい
とにかく田舎には堤がため池が多い
そこは一つの自然の池のようにもなっている
それで飯館村ではそこをキャンプ場にしたけどあの池は浅いからたいした堤ではない
深い堤がこの辺には多いから見劣りする
あそこは自然の散策路にもなっている

あそこから大原の双子山見えた、これは別にそういう名ではないけど丁度二つの山になっているから私が勝手に名付けたのである
何か一時1月でも暖冬だったけど今になって元にもどった
寒いのである、だから春寒しである
二日前だったとか霰も降ったからだ
これは季節が正常にもどったのかとなる
ただ梅は相当に咲いたから早いのだろう

今日は細い月が出た、ひっそりとあの堤に写しているだろう
あそこの道は散策路として整備されているしいい場所である
こういう場所はなかなか外から来た人にはわからないのである
田舎には何でもないようでもそうした隠された場所が必ずある
でも外から来た人には気づかないのである
どうしても目立った所に行く、だから田舎に知るにはある程度長く滞在しないとわからないと思う

季語的には鴨は冬なのである、春の鴨ともあるが今は春という感じがしないのである
寒々としている、今頃このころ風が吹くのだけど今年は吹かない
これから吹くのか天候は歳によって変わる、去年から今年と変則的だったのである


中国は農業大国ではない? (中国の飢饉も日本と同じ原因があり人災だった- )


中国は農業大国ではない?

(中国の飢饉も日本と同じ原因があり人災だった- )


食糧を輸入に頼る中国は「土地が広大なので農業大国になれる」は誤解
(妙佛 DEEP MAX)

 大豆の自給率が94%から13%にまで落ち込むなど、急速な衰退をみせる中国農業。野菜果物に関してはすでに輸入量が輸出量を超えた。世界の穀物生産量の20%以上を占めるとあって、その影響は世界にまで広がる

 工場排水で農地が使えなくなっている、工場で一時的に収入を得るために農業より工業に重点をおいた、その農地を回復するには莫大な金がかかる
       
そもそも中国はあれだけ広いのだから農業中心の国と見ていた

では何で日本に野菜輸出しているのか?

それは毛沢東の時代は飢饉のとき外国に食料を外貨を得るために輸出していた

中国を汚染されても気にしない、農業より工業で外貨を得ることを優先した

それは原発事故でこの辺が放射性物質に汚染されて農業が衰退した 

これは中国だけではない日本のことである
原発事故でこの辺は土地も汚染されたし海をも汚染された
それは回復不可能なほどにもなった
まず生態系全部を除染などできないからだ
今でも溜池を除染している、その溜池でもいくつもあり泥をとったとしても周りから泥が流れてきてまた放射性物質が蓄積する
そして肝心の広いダムは除染していない、広すぎるからできないとなる
だから除染というのは途方もない労力がかかるし金もかかる
だから避難区域になった所では農業は回復しない、除染も焼け石に水だともなる
だからこの辺は中国と同じようになっているから中国だけを批判できないと思った

それから毛沢東が飢饉のときやはり人民のことを無視して食料を野菜でも輸出していたという、それで毛沢東は人民のことなど思っていなかったという
でもそういうことは日本の歴史にも特に東北にあったのだ 

津軽藩は大量のムダ遣いによって商人から多額の借金を抱えてしまいました。津軽藩は農民から徴収した年貢米を換金して借金を返済していました。

 そんな中に起きたのがこの天明の飢饉です。借金に追われた津軽藩は非常時の備蓄米すらもお金に換えていたため、餓えに苦しむ農民達に米を支給することが出来なかったのです。東北は本来、ヒエや麦が適した地域で、米の栽培には適していません。しかし、お米はお金になるという理由で、東北の多くの藩も商品性の高いお米の栽培を奨励していたのです

この天明の飢饉で相馬藩の三分の一が消失してしまった
その跡を埋めたのが越中などからの移民だったのである、だから相馬藩内の墓を見ると真宗が三分の一くらいあるから歴史の重みとして明確にわかる
このことは商品作物はグロ−バル経済でそうなりやすいのである
アフリカなのかコーヒーばかり作り外国に売っているとある時コーヒーが売れなくなったりすると安くなったりするとその土地の人が飢饉にもなる
それで他の食料も作っているべきだとなる
つまり外国のために売る商品作物を作るだけになると食料が確保できなくなる危険がある日本でもコロナウィルスとか何かあると中国から野菜でも入らなくなる
食料が入らなくなる、グロ−バル経済にはそういう危険がある

中国の歴史を知ることは密接に日本を知ることだから本当は中国の歴史をもっと学ぶべきなのだが明治維新後はヨ−ロッパとかアメリカ一辺倒になったので中国のことがわからなくなったのである
中国と交流があったのは唐の時代でありその時遣唐使が日本から送られてその文化を漢字や仏教を取り入れたのである
その後は交流があったとしても日本は日本の独自の歴史を作って来た
でも没交渉ではなかった、鎌倉時代には禅宗などを取り入れた、これは実践を重んじる中国的なものだった、鎌倉の五山文化が作られた
ただ江戸時代になると鎖国になり没交渉になった
そして今中国がグロ−バル経済で世界帝国を目指すようになった
それで周りで警戒するようになったのである
また中国とは何かを見直すようになったのである

ここのyoutubeは相当に人気がある、語りも面白いのである、それは中国に長年住んでいたからあれだけ詳しいとなる
youtubeにはアメリカで事業していた人とか外国生活している人も語っているからテレビと違った情報を提供している、それが新鮮なのである
つまり外国を鏡としてまた日本を見れるときその比較で明確に見えるものが生まれる
また歴史を知るというのはそういう過去の対比で現在を見る
すると今の時代が見えるということで過去を歴史を知るのである
そしてつくづく歴史は人間が生きることは継続でありカルマなのである、繰り返しなのである

洪武帝が土地が旱魃になり両親も死んで子供のときに一人になってしまった
それで僧になり乞食して生き延びてやがて流民化した農民の軍隊に入り皇帝までなったのである
その僧になったというとき何か乞食するには僧になるのがいいのである
僧になる理由は悟りを求めるとか求道だけではない、飢えて食えなくなったとき僧になり食料をもらう、逆に食料をもらうために僧になるのである
僧には日本でも過去にもそういう人がかなりいたことは確かである
そういう人が遍路にいた、何か最初わからなかったがその人に金をやった
その金は大きかったからその人はためらった
そしたらお経をあげるとしてあげたのである
こうなれば単なる乞食ではない、俺は御経をあげてやる、あなたは私を敬いなさいとなる
その人はプライドがありそうしたのである、にわか僧になったのである
こういう人も食うために追い詰められてそうなった、意外とカルト宗教団体の人にも多い
それは常にこうして食うことでも追い詰められて宗教にすがり宗教を利用するからである
上から下からそういう人たちが集まるからである


その人は僧だったの?

その人は仏教のことなど何も勉強していない、ただ遍路をしていて誰かをまねたのだろうその人はホームレスだったのである、四国ではホームレスが僧になりやすいのである
それは遍路で僧になっていれば食料でも恵む人がいる土地柄だからである
こういうことはだから人間の歴史として継続している
食うために僧になる人がかなりいたのである、今のカルト宗教団体などは何かそこで御利益を得るしかない、だから食い詰めて僧になった人とにている

とにかく中国の歴史は過酷なのである、その生活も過酷である
人民の数も多いからそこで競争も熾烈になる、食うか食われるかの世界にもなる
そこに情実が入りにくい、生き延びるために必死になる
中国でも飢饉が常にあったからだ、するとその数が多いから流民化する
その流民が軍隊化して洪武帝が皇帝になったのである
十数年前には蒸気機関車も走っていて鉄道の貨物列車のようなものに地方から都会の工場に出稼者が家畜のようにつめこまれていた
車掌は本当に鞭をもっていて打っていたというから過酷である

欧米と違って中国はやはりなにか中国の延長として日本がありリアルなのである
ヨ−ロッパとか中東でもアメリカでもなかなか理解しにくいが中国の歴史は日本にも通じているから理解しやすいとなる、でも同じ漢字でもその意味することは違ったものになっている、中国と日本の差も実際は大きいのである
中国人もまた日本人のことを理解できないのである

いづれにしろ中国を知ることは日本を知ることでもある、それは外国を知ることはまた日本を知ることなのである、だから中国に対する理解を深める必要がある
中国と韓国はもう一つである、李朝鮮時代は中国の属国としてあったからである
韓国を知るには中国の理解が不可欠である、韓国は中国の歴史の一部になっていることは確かである



posted by 老鶯 at 10:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題