2020年04月09日

原発避難区域に取り残される老人 (9年ぶりに仕事してもらった小高の大工さん)


原発避難区域に取り残される老人

(9年ぶりに仕事してもらった小高の大工さん)

なぜ9年ぶりに庭作りとか家の修理をしてくれた大工さんが来た
どうして来たのかわからない、なぜなら9年間も来ていないからだ
その時小高区と鹿島区は補償金でもめていてそれが原因だったかもしれない
その人は庭作りのプロであり大工であり壁塗りまでできる
そんなにいろいろなことが一人でできる人はいないと感心していた

ただなぜまた来たのかわからないけど庭の木の剪定とか家の修理をまたしてもらった
何か仕事がないかと来たので頼んだ、今は家を修理できる大工さんはなかなかいない
ハウス会社で何か家を組み立てるだけであり大工の技をもった人はいなくなっている
だから家を修理する時は困るとなる、その人は腕がいい大工でもある
何か体も有段者のようにがっしりしている
ただその人の年齢を知って驚いた

66才です

そうだったのか、10歳くらいは離れていると思ったがそれほど自分の歳と離れていないことに驚いた、老人だったのである、9年前以上に仕事をしてもらったときは50代であり
50歳くらいだと思っていたから意外だった
それで何か仕事するのも辛いともみた
でも後5年は仕事をするつもりですと言った
一応年金とか何か原町区で宿舎の管理をしていて合計すると15万くらいもらっているのかと見た、だから普通にもらっているから金には困らないとも見た
ただそもそも前は金を使う生活していたからたりないとなる

その人は立派な家を建てていたが津波で半分が浸水した、それを直して住んでいるというそれで不思議だったのが私は一人で住んでいるんですという
前は息子が結婚して子供いる、一緒に住んでいたから大家族だったのである
それも津波や原発事故で残されたのがその人一人だった
奥さんもいたが今はいない

息子家族は仙台に行き一緒に妻も行った

仙台市に息子と嫁と子供と妻まで仙台に行って暮らしているという
こういう人を浪江の人でも聞いた、原町の復興団地にやはり一人残されて暮らしている
その人の息子と嫁と子供は東京に行った、その人の妻も東京に行ってしまったのである
だからその老人一人が残された
その息子も嫁も東京に生活を移したので帰ってこないのである
小高であれ浪江であれこういう人が多いのかもしれない

男性の老人だけが取り残されている

そして小高でも浪江でも飯館でも避難は解除されても帰ってこない

何か淋しくはないかと聞くと淋しいという、私も家族を失ってその淋しさを知っているから同情した
いづれにしろ原発避難区域になった所では老人だけが取り残されているのが多いとみる
それは前からそうだったがその後あまり事情がわからなくなっていた
ただその人は金銭的には金に困るという人ではない
でも小高区とかでも一時は補償金をもらったがその後使ってしまい困っている人がいる
金に困っているからまた仕事をするために自分の家に来たのかもしれない
私としてはその人に作ってもらった庭だからまたみてもらったとなる

ただ今回はどういうわけか地元の近くの庭作りをする若い人とと一緒だった
その若い人に指示して仕事をした、塗装などもした
その若い人でも十年くらい庭作りしている人でもその他の仕事を覚えたいために一緒に仕事をしたらしい、何しろいろいろその人はできるからである
ただその若い庭作りの人が言うには今仕事がなくて困っているという
庭作りでも仕事がないのかと思った
私の家のユニットバスを百万で作ってくれた人は仙台市の人たちだった
その人たちも震災ですでに仕事がなくなっていて高速道路がてきてこっちの方まで仕事を探しにきていたのだ
前ら仙台と交流があったがますます交流が増えてきたのである
だからコロナウィルスでは仙台市が増えるとここも影響するから危険だと見ていた

建築とか土木関係とか庭作りでも仕事がないと困る、仕事を探すことが仕事だとも若い庭作りの人が言っていた、何か自営業としてガーデンニングをしているから仕事をもらわないと苦しいと言っていた
こういうことで結構忙しかった、明日で一応終わるがまた庭とか見にくる、仕事をしてやるとか言っていた
でも体はもともとがっしりした人でも66才となるときついと思う
なぜなら高い所で危険な仕事をするからである
家の屋根の上に足場を組んで壁をぬったりするから危険である

だからそんな仕事はもうつづかなくなるともみた
それで近く電気工事をする人は今でも設計だけを頼まれるてしているというのもわかる
体力を使わないからできるのである
体力仕事はもう60以上になると辛くなるとみる
私のような頭の使う仕事なら老人でもできる、かえって評論とかに向いてくるのである
それで金にはならないが毎日プログに文章を書きづつけている、創作もつづけているのである

仙台市には小高の人がアパート経営して成功したとかも本に出ていた、仙台市に移り住んだ人が震災以後多くなった
それは原発事故で避難した人だけではない、宮城県の津波の被害者も仙台市に移っているのだ
その息子は不動産関係の仕事をしていた、成功した人も不動産関係の仕事をしていたのかもしれない
何かもともとこの辺では仙台市に住みたいという人が多かったのである
そこは都会だからである、ただ生活費が高くなる、山元町でも不動産屋をやっている人が亘理の阿武隈川の向こう側は
土地の値段が倍になるというのもわかる、そこは仙台圏になるし仙台の影響力は実は自分の住んでいる場所まで及んでいる
東京は遠いようでも福島県になると東電の福島原発ができたように経済でも影響がある
ここは仙台市と東京の影響が結構ある場所なのである




ここでも仙台市で成功した小高の人のことが書かれている
仕事をしてくれた大工さんは別に遊んでいた人とは違う、ただ何か一時的に金に狂わされたという人が多かったのである
でも今ではそういう金でも使ってなくなり金に困っている人が増えているともなる
それで小高の老人が年金を10万くれと東電に交渉したのである
それだけ高齢化社会だからそうなったのである
とにかく老人だけが原発避難区域に取り残された
だから復興ができるのかとなる、そして南相馬市の場合は原町に小高の人でも浪江の人でも相当数住んでいる、それもまた老人が多いのである
若い人は東京とはか仙台市に流出したのである


posted by 老鶯 at 22:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

abstract painting(Unexplored land)

abstract painting(Unexplored land)


premitivesea111.jpg
Unexplored land

riverbigshima1.jpg

big river

wavinghouse1.jpg
a way in the sea

mountainblue11.jpg

タグ:Unexplored land