2020年04月13日

新地の海の公園から山元町まで自転車で行く (桜咲く六号線を行く)

  
  新地の海の公園から山元町まで自転車で行く
  
  (桜咲く六号線を行く)

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八幡神社の池の錦鯉
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新地の新しい公園
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  山元町へ入る-ここにまだ津波の被害があった小学校が残ってる

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山元町(6号線)

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春の雷仕事張り切る大工かな 

(八幡神社)

錦鯉異なる色や花盛り

朝日さし桜を写して錦鯉

農家あれ桜菜の花紫木蓮

遠くへと海の展けて朝雲雀

六号線桜咲きつづき山元町
                                          

新地町装い新た公園に朝鳴く雲雀海にひびきぬ

太白山海より望み目印や春の日遠く見えにけるかな

山元町六号線をすすみきて夕暮れあわれ桜の色濃し

山元町夕べ桜の咲きにつつ海を望みて金華山見ゆ


津浪で海の村は消失した、その後に広々とした海の公園が生まれた
松が植えられていた、あそこには風力発電の風車がなく広々としていた
だから前より気持ちいい場所になった
蔵王から太白山が見え牡鹿半島と金華山が見える
ここではまだ大きくは見えないが山元町から大きく迫って見えた
新地町は津波の前より駅で都会並みの駅であり良くなった
津浪は悲惨だったけど復興したと感じる
あの新しい公園は広々として見晴らしが良く気持ちいい場所になったからだ

仙台市や名取市の沖合いからも太白山を確認することができ、江戸時代には千石船がこの山を航海における目印の一つとして見ていたと伝わる。また、閖上周辺の漁業では太白山を基準の一つとして漁場の確認を行っていたという

新地から山元町に入ると蔵王と太白山が見える、この景観が電車からだと見えない
だから電車では百回以上行き来してもその景色がわからなかったのである
だからつくづく電車でも旅したことにならないのである
その地勢とか地理でもわからなかったのである
近くですらわからなかった、交通の便が良くなりすぎて近くがかえってわからなくなっていたのである
太白山は300メートルくらいでも海から見えるから目印になった
ここから見ても平坦な地にぼつんと小高い山となって三角形で見えたのである
だから海からも見える山だったのである 

地理からみれば南相馬市とか相馬市とか新地から山元町から亘理町から仙台から石巻と海岸沿いは一体感を感じる、津波の被害にあった所が一体として感じる
でも阿武隈山脈(高原)にさえぎられるから福島県の福島市とか中通りは一体化を感じないのである

なぜ伊達政宗がヨ−ロッパまで太平洋を渡り船で使節を送り出したのか?
そんな発想自体東北から生まれたのが不思議である
ただ地理から見ると宮城県は海と密接に結びついて港があるから入江もあるから海に展ける地の利があった、だからこそそれだけの発想が生まれた

正宗雄想
春望千里
太平洋哉
欧州渡船

こういう展望がひらける、新地から山元町は伊達藩の領域であったといとき、やはり金華山とか牡鹿半島が近づいて大きく見えるのである
蔵王を大きく見えるから山形県ともそこで一体化するということがある

とにかくこうして地理を知るには電車でも車でもわからない、そこが現代の盲点なのである、自転車で徐々に山が迫り大きく見えたり海が陸地から展望する
地理を知るには車でもわからない、早すぎることもある
徐々に見える時、心にまさに迫って印象深くなる、記憶されるのである
ただヤマハのYPJ-XCは何度も言うけど走り安いから行けるのである
体力なくても行ける、ただ疲れるようになり腰が痛くなる、だから遠くまで行くとなると限界になったのである



山元町を走るスーパーヒタチ (春の夕暮れ金華山と牡鹿半島が見える)

                        
山元町を走るスーパーヒタチ

(春の夕暮れ金華山と牡鹿半島が見える)

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この場所は撮影ポイントである、金華山と牡鹿半島が山元町に来ると大きく見えた
新地からも見えたがここでより迫って見えた
これは午後4時半頃であり下りが先で上りが10分後くらいに来る
だから撮影する時間としてもいい、ただ夕暮れになっていたのではっきりしない
でも金華山がかなり大きく見えている
良く見ないとわからないかもしれない
このスーパーヒタチにはこの辺の復興を感じた

ただコロナウィルスを人が運んでくるということでこれまた時期が悪いとなった
電車は密閉された空間で喚起が悪いからだ
だからどうして満員電車とかでも東京ではうつると思う
それをとめることができないことはやはり感染者が増えてゆくように思う
とにかくこのスーパーヒタチが走ったことは見ていても気持ちがいい
普通電車だと絵にならないがスーパーヒタチは絵になる
これにまだ乗っていない、何か家の工事とかコロナウィルスとかで忙しくなったのであるここまでは新地から自転車で行った

原発の安全神話とコロナウィルス (日本人の同調圧力によって隠蔽される)


原発の安全神話とコロナウィルス

(日本人の同調圧力によって隠蔽される)

日本人には日本人の特質がある、それで原発でも強固な「安全神話」が作られた
政府、東電、科学者、学者、マスコミが一体となり安全神話が作られた
それに逆らうことはできなかった、地元民には金が与えられて金で操作された

今回のコロナウィルス騒動でも同じようなことが起きている

日本では極端に死者数が少ない、100人とかである

するとどうしして日本ではそんなに死者数が感染者が少ないのかとなる
でも感染者は確実に増えている、だから検査しないというわけではない
ただ死者数は少なすぎるのである、そこで隠蔽しているのではないかとなる

その隠蔽の工作が日本では巧妙に行われていると加治将一氏のyoutubeで指摘している
死者数は葬儀社関係でも隠されているという、コロナウィルスで死んだ人も他の死因にされているという、その辺のからくりが謎である

でも原発事故がなぜ起きたのかを追及する時、やはり危険を隠蔽されたことから起きた
原発はブラックボックスであり素人は普通の人は立ち入れなかったからである
そしてマスコミは危険を知らせることがなかった
なぜなら東電ではその内部で十数メートルの津波が来ると試算していた
それでその対策をとるべきだったと事故の後に裁判にもなったからである
東電ではコストがかかるから津波対策をしなかったのである
そういうことをマスコミでも大々的に報道していない
この辺では津波が来ないとして危機感がなかった

でも400年前に700人溺死と相馬藩政記に記録されていた、でもそれは二行だけであり誰も知らなかったのである
要するにその時相馬藩を治めていた政治家はその被害の状況を記録にのせたとしてもほとんど無視していたのである
700人も死ぬことは今なら大災害でありその詳細な報告が記録されてもいいからである
でも二行しか記録されなかったのである
でも家督相続とか戦争のことを詳細に記録されている
また国玉神社が祀られているがこれは国の魂として相馬氏の殿様の子息が子供の時死んだから祀ったのである
でも700人が津波で溺死したということで一つの碑も立っていないのも不思議なのである
今なら津浪の被害者の名前を記した碑がいたる所にあるからだ
だから昔から為政者は為政者の特権が最優先されたという意見には賛成する

それで日本がコロナウィルスで感染者でも死者数でも少ないのはなぜなのか?

それがまさに謎なのだけどやはり隠蔽されているのかとなる
いくらコロナウィルスに感染するからと自粛とか非常事態宣言しても欧米のように完全な封鎖ではない、普通に依然として行き来できる、街に人がいなくなったとしても依然として開いている店はあるし飲食店でも何か歓楽街の店でも開いている所があるという
つまり自粛には強制力がないからそうなっている
東京からも地方に出れないということではない、交通機関は閉鎖されていないからだ
そしたらコロナウィルスをもった人が広がるのを止めることはできない

ともかく隠蔽するということが今問題なのはそれが今度は世界的なものとして責められるからだ
それは中国でも言えた、中国の統計は何でも信用できないとされているからだ

そして日本の統計をも信用できない!

それが問われている、そう言われるのはこのコロナウィルスが世界的な問題だからである世界的にその数とか原因を追究しなければならない問題だからである
その点で中国も隠蔽するから不明になり世界的不安になる
また中国から拡散されるのかとなるからだ
それは日本でも同じなのである

なぜ日本はこんなに数は少ないのだ

その原因は何なのだ

それは中国と同じで隠蔽しているからだ

こうなれば日本は世界的に信用できない国だとなり中国と同じだとなる
別に数が少ないのは日本独自の原因がありそれが証明されれば世界的に日本を参考できるでも隠蔽していたらそれも参考にならないのである

いづれにしろ原発事故でもそうだったように隠蔽されるとその災いが巨大化してとりかえしつかないことになる
原発事故では放射性物質に汚染されて故郷に住めなくなったからである
二万年プルトニウムが消えないとかなったからだ
それでコロナウィルスでも隠蔽されるとあとでその隠蔽が明るみに出されても時遅しとなる、日本からコロナウィルスが広がるとか日本は信用できない国だとされる
コロナウィルスは世界的な問題だから余計にそうなる
おそらく政府は原発事故と同じように危険だというとき日本人がパニックになるから隠蔽し続けた、結果的に取り返しつかない大惨事となった
コロナウィルスもまた隠蔽した結果、実際は死者数は万人とかいて感染者の数も報告されているより多くて手遅れだったともなる
つまり対策が手ぬるいから手遅れとなっていたともなる

なぜ情報が隠蔽されると問題なのか、それは事実と向き合うことができない、事実と向き合い対策がとれないからである、それは原発事故でもそうである
隠蔽が先にあり事実は隠される、その危険に対して真剣に対策できないのである
だからそういう事実はないとされればそうならざるをえない
そして過去の事実も相馬藩のようにわずか二行だけ記されていて誰も知らなかったとなる
つまり津波の被害の事実はなかった

そうされるのである、それは後世の者にとっても非常に危険なことになる
もし津波の被害のことをもっと記されていたらみんな危機感をもつからである
だからここでは津波は来ないとされていたのである
それで逃げないで死んだ人もいたのである
だから事実を隠蔽することは後世のためにもならないのである

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加治将一

posted by 老鶯 at 09:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層