2020年04月17日

阿部首相に危機の時のリーダーシップはなかった (今危機に求められるのは強力なリーダーシップ)


阿部首相に危機の時のリーダーシップはなかった

(今危機に求められるのは強力なリーダーシップ)

 自立心のない安全保障観は、アメリカと組んでさえいれば大丈夫という誤った信念を生む。つまり北朝鮮のミサイル対応や尖閣沖の中国船に強く出られるのも、「いざとなったらアメリカがやってくれる」と思うからで、その状態を保つこと、アメリカの要請に応えられる状態を保つことが日本における危機管理の柱になってしまったのである。


 コロナで露呈「危機に強い安倍晋三」神話はなぜ崩壊したのか
4/17(金) 11:16配信プレジデントオンライン

日本はアメリカに負けてから政府も国民も自立心がなくなっていた
アメリカ頼りでありアメリカがなんとかしてくれるというマインドになっていた
日本は独立国ではなくアメリカの従属国でありアメリカの一つの州だという人もいた
結局そのくらい日本は自立心がなくなり独立国でもなくなっていたのである
ソ連との冷戦の時とか高度成長時代はそれでけ良かったのである
それまで大きな危機が来なかったからである

それが津浪とか原発事故とかコロナウィルスで大きな危機が来たとき対処できなくなっていた                                            

日本は原発事故の時、最初に連絡したのがアメリカだった!

スピーディで計測したのを最初に連絡したのはアメリカだった、日本政府ではなかった
こんなことありえるだろうか?

アメリカさん、助けてください!

これしかなかったのである、日本自体で成す術もなかったのである

日本は戦争に負けてからそういう体質になった、危機に対処できないものとなっていた
ただそれが表面化しなかったのは大きな危機が来なかったからである
つまり幸運だったのである

阿部首相にもそうした危機が来なかった

つまり阿部首相の政権が長く続いたのは実力ではない、幸運だったのである
でもそうして幸運が長くつづかない、こうして危機が来て実力が試されることになった
その時阿部首相は対応できなくなっていたのだ

阿部首相が優秀だから長く政権がつづいたというのではない、それも幸運で錯覚していたのである
阿部首相は保守の強権派でもない、たまたまその血筋なのか何なのか実力なくても天皇のような地位に上げられたのかもしれない、それが危機に瀕して対処できなくなった
危機の時本当の人間の実力がわかる、そこで日ごろ隠された能力を発揮する人もでてくるまた全く無能をさらけ出す人もでてくる
おそらく阿部首相は危機に直面ししていないから右の硬派のように見られていたか実際は人格からして優しく見える、また苦労人でもない、血筋で上がってきたから危機に対処できないともなった

ただそれは阿部首相だけではない、日本人そのものが独立心を戦争に負けてから失ったのである
だから国自体が独立心がないのだから個々人も独立心がないと言われたのである
何か独立心を主張すると戦争のことがあり否定されてきた
ナショナリズムとかも否定されてきた、でも国の独立が今や危機的状態になったら必要とされる
現実にアメリカは後退して今度は中国が日本に侵略するような状態になっている
でもアメリカにもう頼れなくなるのである
そしたら否応なく日本は独立心がないと対抗できなくなる
それが右寄りであり戦争になるとか言っても現実問題としてアメリカに頼れなくなるのだからどうするのかとなる

いづれにしろ戦後70年となり時代が変わる波乱の時代になった
この時代の変化に対処することを日本全体が迫られている
まず阿部首相はとてもリーダーシップを発揮できる人ではなかったことは国民は知った
実力がなかったのだか幸運の結果そのことが隠されていたのである
ただそうなると強面のリーダーが軍人のような人がでてきてまた戦前に逆戻りするともなる

つまり日本は依然として戦後なのであり戦争を清算してもいないし総括もしていないし
ただ戦争をのことをあいまいにしてきたのである
だから危機になると戦争のことを見直して日本はアメリカ頼りから脱する
でもそれは大きな決断でありその舵取りするリーダーは強力でないとできない
そうなると戦前のようにファシズムのようなものとして国民の自由を拘束するようになる
でもそもそも危機になったら何か今回のように右往左往しているとますます傷口を広げてどうにもならなくなる
強いリーダーを望んでいることは確かである

日本という国は戦後独立心が消失したこと戦争のトラウマから70年過ぎても逃れられないのである
コロナウィルスでもそうだが日本は国際情勢でも大きな危機にたたされているという
中国とロシアが日本の海で活動を活発化しているというからだ
それはアメリカがコロナウィルスで混乱して衰退してゆく、太平洋から艦隊でも引いてゆく、そこにつけいっているという
日本は戦後70年で危機に直面している
でも日本国民でも独立心はないし政府でも阿部首相にもリーダーシップがないことは判明したのである

こういうとき新たなリーダーになるものが出て来ることが望まれているのだろう
それがまだ形とならない、でも本当に危機になったら中国でも攻めてきたら誰かが強力なリーダーシップをとって国民を導かないと日本は滅びるとなる
中国の属国になるとかロシアに占領されるとかなる
ただ日本は70年間平和でありこうした危機を経験していない、だからどうして独立心をもって国民自体が対処していいのかわからないのである

こういうときは40代とかでも首相になれるかもしれない、どうしても60代以上になるとできない、ただアメリカでは70代でも大統領候補になっているしトランプ大統領は70代だから時代も変わっている
だから現代だと60代以上でも政治でも戦力となる時代である
66歳の大工さん見たら全く体力が衰えていないことに驚いた
50代にしか見えないし体力仕事も高い所での作業をできている、だから今は年齢だけではその人を見れない時代となっているともなる
なかなか歳だけでは判断できない時代になっている
でもITとかなるとどうしても苦手でありテレワークについていけないというのもわかる
ITはいろいろなものがありyoutubeの動画とかなるとめんどうになる
それで老人は不利になっているのである


posted by 老鶯 at 19:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

コロナウィルスで起きた社会の変化 (それがすべて悪いともならない―神の働きでもあるのか?)


コロナウィルスで起きた社会の変化

(それがすべて悪いともならない―神の働きでもあるのか?)

大気が浄化された

交通事故が減った

交通機関の利用が激減

(飛行機、船、電車、バス、車など)

歓楽街の灯が消えた

テレビの芸人の自粛

俳優や芸能人の収入減

密集化する祭りとかイベントの禁止

エネルギーの消費が減った

人が密集する場が激減

宗教の集団で祈ることの禁止

集団化する組織団体の働き方の見直し

直接人と人が接しない社会  


コロナウィルスで起きた社会の変化は何を語っているのか?
それが必ずしも全部悪いとはならない、もちろん世界の景気が経済が悪くなり恐慌とかなることは世界動乱になりいいものではない
ただ大気が浄化されたというのは人間の活動が止まった結果として二酸化炭素が減ってそうなったのである
これは悪いことではない、また交通事故が減ったのは車社会であり車がもともと多すぎたからである
そして交通機関の打撃も大きかった、鉄道でも乗りにくい、密閉空間だからである
そして駅は人が集まる所だからである

でも何か現代は移動過剰社会になっていた、インパウンドでも膨大な人間が移動する社会である、仕事でも過剰に移動する社会である
それが高速道路とか新幹線とか飛行機とかで加速された 
それが別に悪いということではない、でも過剰移動社会になったときグロ−バル経済になった時問題が起きた
移動が容易な社会だからグロ−バル経済が可能になったからだ
そこで自ら住む場所が軽視されるとか問題が起きた  

金があればどこにずも住めるということは金が第一となる社会でありそれは移動社会を加速させる
だから原発事故で多額の補償金をもらった人はもっと便利な仙台市に移り住んで人が結構いた、つまりどうしても大都市が便利だからそこに移り住みたいとなった
東北には仙台市に住みたいという人がもともと多かったからである
つまりなぜ故郷でも確かに放射線が怖いというのはわかる
でも一挙に若い人たちが脱出して帰らなくなったのか?
それは現代の金が唯一の価値となりどこにでも簡単に移動して住めるという社会のせいもあった
まず江戸時代のようだったら移動することすら簡単にできない、まして移住することはできない、この辺に越中とかから移住して住んだ人は命の危険があって移住してきたからである、それは世界の難民とにている
移住することは国内でも簡単にできなかったのである

とにかくコロナウィルスは人を移動さこせないように強制した、また人が密集しないように人と人が直接接しないように濃厚接触しないように強制した
現代はあまりにも人が密集しすぎたことがある
東京のように満員電車で詰め込まれるて出勤しているのは異様な光景だった
でもそれが日常化していた、今なら適度にすいているからそれが正常だとなる
テレワークになると会社に一週間に一回とか行く、すると自宅とかで過ごしてその住んでいる場所を快適にするようになる
それから東京一極集中しすぎたのである
東京圏に集中しすぎたことが自然の理にかなわないものとなっていた
そのことが日本全体でも世界で歪めるものとなっていた
原発でもそもそも東京の膨大なエネルギーを供給するために福島に作られたのである
福島県は東京から遠くもなく近くもないという場所にあった
それが不幸を生んだのである

このコロナウィルスの不思議は宗教でも集団で祈ることを禁止した
イスラム教などは常に大集団で祈る、メッカでは人が押しかけて将棋倒しで死んだりするそれが宗教なのだろうか?
宗教はそもそもそんなに集団化するものだろうか、そのことはずっと自分の課題として問うてきた
神が現れるのは絶対に東京のような人が密集する騒々しい場所には現れない
なぜなら何もない砂漠にまず神は住んだからである
そこには人はいないし雑多な建物もないのである
そこで一人の人間が予言者から神から啓示を受けたのである
集団はそこにいないのである、釈迦だって洞窟で一人悟りを開いたのである
イスラム教でもマホメットが洞窟で一人啓示を受けたのである
まず集団で神からの啓示を受けることは絶対にないのである

現代の宗教は全部集団化組織化したのもでありそれは政治化経済化したものである
だから本来の宗教は皆無なのである
つまり集団化した示威行為をして政治勢力として働きかけて利益を得ることも目的としているだけである、それは現代の宗教というのはほとんどみんなそうである
利権化権益化した宗教である
だからこそ集団化して密集化して数で示威行動をしているのである
それがコロナウィルスで禁止されたのはなぜなのかとなる
私は何か禅宗に惹かれるのはそれが集団化しないためである
日蓮宗とか真宗の念仏とかがただ題目を唱えて集団化して祈る、それはイスラム教とにている集団化することは権力化することなのである

サムエル記下」の24章で、イスラエルの王になったダビデが人口調査をした話です。

主の怒りが再びイスラエルに対して燃え上がった。主は「イスラエルとユダの人口を数えよ」とダビデを誘われた。

民を数えたことはダビデの心に呵責となった。ダビデは主に言った。「私は重い罪を犯しました。主よ、どうか僕(しもべ)の悪をお見逃しください。大変愚かなことをしました。」

 現代の「人口調査」の意味ではなく、勢力を広げ権威や権力を持つ体勢の拡大を望み数えてしまうこと、それを戒めているのだろうと心に残ったのでした 

こういうことをカルト宗教団体がしている、毎日会員の数を数えている、数が増えればそれだけ勢力が増したとなるからだ
それが神から見ればどうなるのかをここで諭していた
神の見方と人間の見方は違うのである、だから神の見方は今の人間社会を見てどうみるのかとなる、宗教でもどこも数を誇る数で計算される
数を競い合うだけでありその中身は関係ないとなる、それが神にとってどうみられているのか?
神は砂漠に住んでいたように騒々しい場所は嫌う、そんなに数ばかり数えている集団を嫌うのである、それは神の意にそうことにはならないのである

自分自身は東京とかに学生時代いてもなじめなかった
もともと性格的に騒々しい所や人と交わることが苦手であり遂に家庭に恵まれていて60歳まで引きこもりだったのである
何か自然の中で黙想していたのである、自然と一体化するために沈黙の行をつづけていたのである
だから現代社会とは何か合わない性格だった、それでアウトサイダー化したとなる
それで秘境を求めていたのは自分だった、人のいない自然の秘境を求めていたのである
だから現代文明社会とは逆のことを志向していたのである
石と樹とか山とか自然と一体化することアイディンティティ化することを求めてきたのである
だからコロナウィルスで生じたことが不思議なのである
これは自分にとって必ずしも悪いことではないとも見たからだ
ただこれで困窮する人が増えることは必ず影響する、治安が悪くなるのである
すると平穏に暮らせないともなる

でもコロナウィルスとは何なのか?

これは神が現代文明社会を戒めるために送り出したのか?

何かそうも感じるのは現代文明社会は神から見たとき何か異常であり神にとっても好ましいものではないと見ていた
神の前には静粛たれというのがどこの宗教でも同じである、神道でも同じである
ただ日蓮宗とか真宗の念仏は騒々しいのである、イスラム教も集団化してアラーとか念仏を唱えるのとにている、何か騒々しいので嫌いなのである

また本来歓楽街とか芸能人かがもうけて話題になっていることがいいものなのか
それは社会を歪めるている、そんな窮屈なことを言うなとかそれも経済活動であり社会にとって必要である、そんな硬いこと言っていたら生きることもできないとかもわかる
でも問題はあらゆものが限度を越えて過剰になっていたのではないか
あらゆるものがオーバーになりそれが地球的規模になりグロ−バル経済になり大気まで汚染していたのである
物には限度がありそれを鎮静化したのがコロナウィルスの働きがありこれは神から送りだされたのかとまで思った
もちろんこう言えば不謹慎だとかなる、職を失ったりして自殺する人までいる
そういう窮地にあることをお前は無関心なのかとしかられる

でも何かコロナウィルスでもそれは自然の作用なのだろうか?

津浪でも悲惨だったがこれも自然の作用である

自然に逆らった結果として被害があったともなる、なぜなら海岸沿いに住むことは危険なのにあえて住んだとかある、自然の作用として起きるものは人間の力ではどうにもならない、自然に逆らわない生き方が必要だとなる
ウィルスでも結局人間が生態系を無視して汚した、または動物を家畜化することは文明化でありそれで動物からウィルスが必然的に伝播したともなる
動物の家畜化自体が不自然だったともなるからだ
ただ人間には文明化することは不自然なことなのである
だからそこから災いが生れて来る、技(わざ)わいなのである
そういうことは神話でも語られているしそういきう業をもったのが人間だったとなる
だからウィルスでも自然から生まれたものだからそれは自然の作用であり全部悪く働くものとは限らないともなる
コロナウィルスの結果を見れば確かにそういう面があるのかと見たのである




posted by 老鶯 at 09:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層