2020年04月29日

なぜコロナウィルスでも判断を誤るのか? (一つのことに頭が占領されるて他のことが考えられない)


なぜコロナウィルスでも判断を誤るのか?

(一つのことに頭が占領されるて他のことが考えられない)

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今回のコロナウィルスでなぜ阿部首相とか日本の政府関係者が判断を誤ったのか?

●緊急事態に対応できない

●コロナウィルスが未知だったから

●頭が一つのことオリッピックのことに占領されていた

こういうことになる、人間は緊急事態とか未知なものに弱いのである
ここですでに判断を誤る、つまりまず緊急事態に冷静でありえない、また未知なものを恐れる、未知なる故にどう対処していいかわからない

そういうことを自分自身が経験して来た
家族が認知症になったときそれが何なのかわからないから怖かった
一瞬狂気になったのかとなり怖かった
それは全く認知症というのが何かわからなかったからである
少しでも認知症について知っていれば対処の仕方があった
でもわからないからただ戸惑うばかりだったとなる

でも相手の目をみて冷静にさせろとかインタ−ネットで書いてあってそれをすぐに実行した、水やお茶を飲ませて落ち着かせろとか書いてあったからである
その後認知症がどういう病気なのかかなり理解するようになり恐れなくなった
これは必ずしも狂気というのではなく正気の面がかなりある病気だと思うようになった
意思疎通はできる、これまでの長い時間を共にしたことで理解し合っている
そういうことがわかり安心したとはなった
つまり最初突然未知のものとして襲われる、次にだんだん理解して既知のものとなるとき恐れることも狼狽することもなくなる

コロナウィルスも同じなのである、他のこれまでの伝染病でもそうである
最初は何かわからないから怖がるのである
でもそれが科学的にわかってくると病気について理解すると恐れなくなる
そしてワクチンとかができるともう何も恐れる必要がなくなる
人間の歴史とは伝染病でもそうだが常に未知との戦いであった
何か未知なものがありそれに対処できない、でもだんだんその正体が判明すると既知となり恐れる必要がなくなる
コロナウィルスが今恐怖なのは未知だからである
いろいろ専門家が言うにしても本当の正体がわからないしワクチンもできないからである
またなぜ人間は判断が誤るのか?

それはコロナウィルスというとき突然襲いかかってくる、その時阿部首相の頭にあったのはオリンピックのことである、これに頭が占領されていたのである
だからオリッピックの成功のみが優先的になり頭がそのことに占領されていた
するとコロナウィルスがでてきても即座に対応できない
なぜならオリッピックが頭を占領しているからコロナウィルスのことは後回しになる
その時時遅しともなっていたのである
中国人とか外国人の入国を早く止める決断をしなければならなかったができなかった
それは中国人の習近平の日本訪問とかもしり中国に忖度したからである
つまり人間は簡単に頭を切り替えられないのである

人間が判断を誤るという時必ず頭が一つのことに目前のことに占領されて別なことに対応できなくなる、それが人間の弱点である
ある人は事業で失敗したから頭が借金のことしかない
するとそこに苦しみ困っている人がいてもその人の頭は借金を返すことしかない
するといくら苦しみ困っている人がいても無関心になる
実はその苦しみ困っている人は金をもっていたからもし世話したらそれなりのお礼が金銭的にもあったとなる
でも今金が欲しい、借金を返さねばならないとしてその人のしていたことはバチンコ屋の掃除の仕事をすることだった
苦しんでいる困っている人のことなどに頭が回らなかったのである
その苦しんでいる困っている人とは自分のことだったのである
つまり頭が借金を返すことに占領されて他人の苦しみも何も関心がないのである
でもふりかえれば実はパチンコ屋で働いてもそれほど金にはならなかったのである
むしろ金をもっている人を助ける工夫をした方があとで金になったともなる
ただ頭が今借金を返さねばならないと一杯になっいいるからそんな先のことは判断できない、要するに人間は今のことにとらわれる、でも先のことも考慮しなければならないのだができないのである、すべてが今に集中されるからである

コロナウィルスは危機であるパチンコ屋のことを述べたがなぜ原発事故で避難した人たちがパチンコ屋に入りびたりになっていたのか?
何もすることがなくそうなった、でも他の人たちはボランティアでも働いていたのであるでも避難した人たちは何もせずギャンブルに興じていんたのである
これも何か判断を誤ったとなる、何かすべきことがっあってもしなかった
それが最初はしょうがいなにしても5年とかつづいたのである
しかしそのことで責められることはなかった、なぜなら被害者だということで責められなかった、NHKでもマスコミでもかわいそうな被害者として常に応援してきたからである
マスコミは現代では判断を誤らせる

マスコミの力が大きすぎるからである、NHKが言っていることがまるで法律のようにもなっているからだ

ただ正直人間は必ずこうして頭が一つのことに占領されたら他のことに頭が回らなくなるそれはみんな経験していることだからなかなか責められない
そういうことは個々人でもり会社とか組織とか団体とか大きくは国家とかでも常にある
だから国家的にも必ず判断が誤るのである
日本の戦争でも真珠湾を攻撃したら奇襲したらアメリカも日本を恐れて攻めてこないとかとなり判断した
でも戦争は実際は長くつづき圧倒的に力の差があったアメリカに反撃されたのである

ただどうしてそういう判断になったのか? 

結局経済封鎖とかで追い詰められたからイチカバチカの賭けに出たのかもしれない
だから経済封鎖とかで追い詰められると判断をやはり誤る
人間は追い詰められるとみんな判断を誤る、もう冷静に考えることもできなくなっているからだ、だから借金した人は判断を誤り安いとなる

いづれにしろ人間は必ず個々人でも集団でも判断を迫れる
その判断が誤るのは最初にあげた三つのことで誤り安いのである

オリンピックだ、習近平の日本訪問だ

それが頭を占領しているとき突然コロナウィルスが襲いかかってくる
そのために水際作戦も遅れた、今解明されつつあるのが実は中国からではない
ヨ−ロッパ型に変異したコロナウィルスが日本に蔓延しているという
だからこれもいかにグロ−バル化してこうなっているかわかる
普通は武漢型のコロナウィルスだと思うが実はヨ−ロッパで変異したものが日本で流行しているウィルスだというのである
その時ヨ−ロッパからも日本人が帰ってきていてそれが広がったとなる
このようにグロ−バル社会になると複雑に世界が関係してくる

それは国際関係でもなんでもそうである、交通が発達すると昔のように時間差もなくなる世界同時にウィルスでも伝染するしとめられないのである
また情報でもフィクニュースでも世界中にたちまち拡散するのである
それでマクルハーンが世界は村となったというとき情報ではそうなる
世界は村でありその情報は村人に伝わるようにたちまち伝染するともなる
それでアメリカとイラクの戦争で油まみれの海鳥がテレビに写されたときイラクはひどい国だとして世界中の人にすりこまれたのである
テレビではそういう効果がある、映像の力で世界が支配されるともなる
そこに時間差がないから情報の力が極大化したのである


posted by 老鶯 at 17:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

東京との関係は戦前から深かった (福島原発もその延長上に作られた―地理が歴史を作る)


東京との関係は戦前から深かった

(福島原発もその延長上に作られた―地理が歴史を作る) 

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浪江葛尾村森林鉄道

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歴史をみるときいろいろな視点がある、人間の活動は多様だからである
グローバルな視点でみれば世界史を見なければわからない、これも容易ではない
でも現代をみるとき欠かせない、自分の国を見るには他国と比較しないとわからないからだ
では世界史をどう理解するかとなると難題になる
ただ項目的に一つの視点から見ることがわかりやすい

●交通の発達、移動の視点

交通の発達という時、常にそれが世界を変えたということである
それは交通するのが徒歩から牛から馬から馬車から鉄道から車から飛行機へと変わったことでわかりやすい、つまり徒歩社会から馬社会から鉄道社会から車社会へと変化したということになる、つまり交通の手段が発達が社会を変えたということである

江戸時代は確かに馬が利用されていても実質は徒歩社会である
歩いて異動しているのが主だった、だから今でも理解できないのはどうして歩いて荷物を運んでいたのかとなる、天秤棒で担いで歩いていたとなるが長距離でそんなことができるのか?
何か近くの人が川俣まで鰻売りに天秤棒担いで行ったという
川俣は絹織物で有名で金持ちがいたとなる
でも今でも八木沢峠をみればわかる、あの峠を天秤棒担いで越えられるのかとなる
そこからして移動すること自体がいかに難儀なものか知る
だから今になるとイメージするのがむずかしくなっているのだ

ただ近くの人が鹿島の横手辺りから相馬市まで梨売りにリヤカーで行ったというのを聞いた、それだって15キロくらいあるとして大変な労働となっていた
馬車があったからそれも利用していたことは確かである
それにしても馬車だって相当に時間を労力がかかるのである
つまり明治時代でも移動して運ぶことはいかに容易なことではなかったかを示している

移動できないことから何か起きていたか?飯館村とか何か不便な地域だとどうなったのか医者に行くにも距離があり行けない、そこで何か危急の病気にかかれば救急車も呼べないだから死ぬほかなかったということである
何か北海道の雄冬という地域で赤ん坊が病気になり医者に行こうとしておんぶして運んでいる途中に死んだとかあった
それはその時用意に移動できないからである

移動するということから社会をみれば社会が歴史が見える
福島県でも意外と東京との関係が深いのである、それは戦前からそうである
それは鉄道が深く関係していたのである
常磐炭田の石炭は最初船で東京に運ばれていた、その港が小名浜だった
次に鉄道ができて平駅が機関区となり石炭が東京に運ばれた
それから木材とか石材も運ばれた、鉄道は人間を客を運ぶために使われたのではない
最初は物資を運ぶためである、それで森林鉄道が日本に隈なく発達した

驚くのは浪江の高瀬川とかの岩盤を掘って線路が作られていた、葛尾村まで森林鉄道ができていた、森林鉄道は日本を毛細血管のように網の目のように作られてたいのであるそれは木材を運ぶためだったのである
だから山村というとき今は活気がないが昔はあった
昔は山持ちが金持ちになっていた、木材資源をもつことは金持ちになることだった
それで大倉のばあさんが私は相馬の女学校に行っていた、それは鹿島の親戚の家から鉄道で相馬市へ前の中村市へ通っていた
相馬女学校というという本当に極わずかの金持ちの家しか入れなかったのである
それで私の姉は頭が良かったので女学校に入れないことを悔しがっていたのである
つまり相馬女学校に入れたというだけで女性では別格になっていたのである

ただ不思議なのは戦前でも東京との行き来が結構あった、私の姉は看護婦の免許をとるために新宿辺りに一時行っていた、つまり東京まで行かないと免許がとれないとなっていた看護婦になるにもその当時は近くでなれないともなっていた
それから私の母の実家の姉は家が破産して東京に横浜に出て行った
それから私の母も東京に出て女中になり東京の人と結婚したのである
それから近くの人に聞いた話では私は東条英機を見たことがある、車に乗ったのを見たという人がいた、その人も東京の工場で働いていた
つまり戦前というと東京まででも蒸気機関車であり東京まで8時間とかかかった時代がある、そうなると東京に行くということは一大事になる
遠い世界に行くことになっていた、でも東京とのかかわりその当時でも深かったのである家族でも明治生まれの父だけが葛尾村から双葉町の新山で酒屋の丁稚になり東京とは関係していないだけである

その後も戦後も東京との関係が深い、なぜなら全国的にも出稼ぎ時代があり東京に出稼ぎに出る人が多かったからだ、また中卒の集団就職時代であり東京に労働力が吸収されたのである
だから私の家族では父親しか東京と関係していないだけだった
私自身も東京の大学に行ったのだから東京と関係していた、兄は集団就職で東京ではないが静岡の方に行ったからだ
出稼ぎというとき双葉とか大熊は原町市とか相馬市から離れている
そこで働く場所がなく出稼ぎ地帯だった、それで地元で働きたいとして東電の原発を積極的に誘致したのである、それか事故で裏目になった
原町機関区はそもそも東京に物資を運ぶためのものであった、木材とか石材を運ぶものとして作られた、平駅は石炭であるが全国的には木材を運ぶものだった
北海道の鉄道は小樽があるとしてそれも石炭を運ぶものでありほとんど石炭を運ぶものとして北海道の鉄道が作られたのである
日本の燃料はその時石炭が主だったからである、第一鉄道自体が蒸気機関車だからその燃料は石炭だったからである

要するになぜこの歴史をふりかえるかというと原発がどうして双葉とか大熊地域に作れたのか?
それは東京と福島県が特に浜通りでもその関係が実は戦前からも鉄道で物資を運ぶことで関係が深かったのである
またいろいろな面で東京がやはり中心で福島県はそれほど遠いともならないから意外と密接な関係があった                              

だから歴史をふりかえるとなぜ原発ができたのか?

それが東京都と遠からず近からずという地理にあったのである
人間はいかに地理に左右されるかである,地の利に左右されるのである
それは宿命までになる、だから歴史は地歴になる、地理と歴史になるのである
身近な所から歴史を見てもそうなるのである
だから家族の歴史は一番身近でありそれが歴史のベースになる
何か家族が死んでからいろいろかえってふりかえる、その残した物を深く考えるようになった
だから今の時代をなかなか家族でも生きているときは家族のことでも理解しにくい
死んでからいろいろふりかえりその残した物の意味を深く理解するのである

コロナウィルスにしても東京のライブハウスに行った人が感染したのである
それもすぐ近くの人だった、その人はただ遊びに行ったのだから昔とは違う
昔は切実な生活に強いられて行ったのであり遊びで行くなどないからである
第一鉄道で観光できた人はわずかである、家族から聞いた話で鉄道を利用したとしても
運賃が高いから意外と利用していない、それは贅沢だったのである
それで姉が親戚の葛尾村まで行ったことを何回もしたのである
何か途中に森林鉄道があったことを行っていたことでもわかる
いたるところに森林鉄道があったのである

いづれにしろ自分自身が人生を旅にを費やされたという時、交通に興味をもつ、地理に興味をもつ、その地理が実は学問の基礎になり地理がわからないとあらゆるものが理解できないのである
原発がなぜ誘致されたかとなるとやはり地理が関係していた
東京から遠からず近からずという距離にあったことなのである
それだけ東京の影響は関係ないようで戦前から関係が深かったのである
それは自分の家族からの歴史でもわかる、それは自分だけではない他の家族でも同じようなことがある


原発事故の原因も東京と地方の問題 (戦後の東京一極集中などの国土のアンバランスによる)


浜通りは東京の影響が大きかった (戦後の歴史をふりかえる原町-津島から葛尾村まで)
posted by 老鶯 at 10:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連