2020年05月31日

農業を知らなければ自然も田舎もわからない (今は田舎に住んでも農業を知らない人の方が多い)


農業を知らなければ自然も田舎もわからない

(今は田舎に住んでも農業を知らない人の方が多い)

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「鍬ハ国々にて三里を隔ずして違ふものなり」と述べ、各地の特色ある鍬を図示しているが、この中に「若州小浜辺之鍬」「越前敦賀ニ用ル中鍬」が含まれている。鍬は刃と柄の角度が大きく、頭上から打ち下ろして土中深く耕す「打ち鍬」、刃と柄の角度が小さく、土中深く打ち込むのではなく、土を浚え移動させるのに便利な「引き鍬」、その中間で、粘質土に適した「打引き鍬」の三つに分類される


乾田では土が硬くなっているので、まず深さ20cmくらいまでの土を細かく砕く「荒起こし」を行います。その後、深く耕すためには人力による鍬では対応できないため、牛や馬の力を用いる馬耕とセットで奨励されました。
「乾田馬耕」により、収量は倍近くになり、稲刈りの後に麦などを栽培する裏作が可能となりました。

明治後期に入ると馬耕用の犂が使われます。堆肥を田んぼ一面にまいてから、牛や馬に犂を引かせて土を起こします。


年内に全県の112万ムーの土地を「大きく生まれ変わらせる」計画であるという。そして、土地は深く耕すことにより、水と肥料の呼応化を充分に発揮させることができ、収穫量を数十%から100%、数百%も増加させることができると述べた。

これに対して毛沢東は、5月27日八期二中全会で以下のように述べて、全国に長葛県の経験を広めるように呼びかけた。

「一尺五寸の深耕は大きな発明である。長葛の経験は全ての各県に問題を投げかけている。もし長葛県が今年一年で全県の耕地112万ムーで深耕をおこなったとすると、別の県でできないということがあろうか?一年で無理なら二年、二年で無理なら三年、三年で無理なら四年、四年で無理でも五年ならできるだろう!」

《若干重大决策与事件的回~・t,薄一波著,中共党史出版社,2008-1 


今の機械では土は深く掘れない
牛馬で鋤で掘りおこしたとき深く掘れた
何か機械の方が深く掘れると思った、だから意外だった、土を耕す掘るということは土作りに不可欠である、土を掘ってまぜるとかで土作りになる
農業の基本は土作りである、それは花でもそうなのである、土が良くなかったら花すら咲かないのである
深耕という言葉が何かひびくものがある、文化がcultureでありcultivateが基である
つまり文化というのは農業から土を耕すことから生まれたのである
俳句の季語でも農業から生まれているからである
だから本当は農業を知らないと俳句すら理解できないとなる
つまりこうして文化の基は農業にあった、ところが肝心の農業を知ることは容易ではない田舎に住んでも今は農業している人は一割にもみたない
農業がいかに苦労が多く様々な技術も必要であり道具も必要であり知識の範囲も広いのである
だから農業の世界は奥深いし簡単に知ることはできないのである

ただ自然を知りたいなら農業を実地ですれば体で自然を知ることになる
私の場合はただそうして外から見ているだけであり実地に体で知りえないのである
ただ実地でわずかの畑で野菜作りしている女性から聞いた話で興味をもったのである
ただそこではほとんど何もとれなかった
そこで道具代から肥料代から苗代から薬から金ばかりかかっただけである
正直十倍の金はかかり収穫はほとんどなかった
ただ農業の苦労話を聞いただけである、ただそれでも農業とはどういうものか実地に知るということがあった、その知るために金を払ったともなる

私のように自然を実際の農業をするのではなく何か芸術的に精神的なものとして見る
それでは本当の自然がどういうものか体得することはできない
農業を実地にして実りを得ている人は実地に自然を体得している
ただ農業していたら何か文章書いたり知的なことはできなくなる
それだけ手間であり体力も使うからである、とても家事から何から一人ではできない
要するに人間はあらゆることに通じることができない

でも田舎に住んでいて農業を知らないということは肝心なことが欠けているのだ
それで浪江町の東電に電気関係で働いていた人が回りは草ぼうぼうでも何の関心もない
それで東電で働いて金を残したとか全く田舎に住んでいて農業に関心もない
それで周りが草ぼうぼうでもなんとも感じていない、東電の社員であり農業とは関係なく住んでいたからこの人は全くの都会人になっていたのである
だから田舎に住んでも今や仕事は農業ではないとしたら農業のことはわからない
戦前では8割が農民だったとかあり戦後も引揚者が農業するために開墾に入った
そういう場所がすぐ近くに残っていた、現実にそういう人を子供の時知っていた
つまり戦後焼野原になったとき仕事は農業するほかなかったのである
その後十年くらいして電器製品が売れて高度成長時代になったのである

例えば田んぼがあるとして田んぼに水を張ることで稲作が飛躍的に発展した
つまり田んぼに水を張るということが様々な効用があり稲をとるのに進化した形態だった水の効用でそうなった、その前は乾田であり陸田とか陸稲だったりしたからだ
つまり農業というのは道具でもそうだが絶えず進歩してきたのである
だから本当は人間は自然をしるためには農業を知ることが不可欠である
でも田舎に住んでいても田畑に囲まれていても実際に農業を知っている人は少ないのである、そもそも農業を仕事にしなくなったからである

毛沢東が農業を指導していたからこそ農民の心を知ったとなる
つまり農業の実地の指導者でなければまた国家の指導者でもありえなかったのである
そこに毛沢東の偉大さがあったがそれは農業をしていないと理解できなとなっていた
それは中国は農業国家だからそうなっていたのである
でもその後工業国家になったときやはり農業が軽んじられるようになった
それは世界的に共通している

とにかく深耕というとき何かこの言葉に魅かれる、深く耕すとはあるゆることに言える
あらゆるものは深く耕してその知識でも技術でも深めてゆく進歩させてゆくものだからである

富める者は、必ずといってもよいほど、その前から徳を積んだものである、もし麦を蒔かなかったら、来年は麦がまったく実らない。麦の実りは冬から力を入れてきたからである稲を仕つければ秋には実る。米の実りは、春から丹精して(心を込めて励んで)きたからである

こういう思考は農業を実地にしていなければ生まれないのである

音もなく香もなく常に天地(あめつち)は書かざる経(きょう)を繰り返しつつ(二宮尊徳)

二宮尊徳には芸術的に見ていない、自然には音もあり香もある、天地の経を読むということは天地を知ること土を知ること自然を知ることが農業だったからである
人間とは絶えざる努力なのである、今あるものは田んぼすら水を張るということが先人の工夫として生まれたのである、だからそうした歴史を知ることがあらゆることで人間を知ることなのである

おそらく江戸時代から明治維新でも工業化しても戦後十年でも依然として農業が基本でありそこから文化が生まれていたのである、工業でも道具を作ることで農業と結びついていたのである
だから現代が農業から心でも離れたという時、小高の人は親が農業していたが金にならないので農業だけはするなと殴られたという、つまりそのことはいかに農業というのが農家自身で苦労が多いだけとなって捨てたのである
でもその時何が起きたのか?原発に農業を捨てた子供は働くようになった
そのことで空気も水も土を汚染されて故郷に住めなくなったのである
自然を守るとういが実は実際に自然で生活している人がいて守られるということがある
狩猟でも動物をとるのは殺生だとするがそこで動物とも自然とも深く交わる術を学ぶのは農業と同じなのである、そういう生活から人間は都市人間は離れすぎてしまった
自然という時何か自分自身がそうなのだけど表面の美だけを見たりしている   

実際は自然の中で食料でもいろいろ自然を活用したとき自然を知るのである
自然を守るとういうが森林でも外材に頼り肝心の自国の木材を利用しないとき枝打ちとかしなくなり森林は荒れてしまったのである
だから自然を守れとか景観を守れというが自然と深く交わるには自然の中で生活して自然を利用して活用する時自然を知るとなる
そういうことが第一田舎に住んでいる人さえなくなっていたのである
それは自分のように表面的にだけ自然を風流として見ているものも同じである
何かそういうことから自然を知るといってもそれは観念的になる
ただ正直農業をするということは体力的にきついから知的な仕事をするとなると両方を兼ねることはむずかしくなるのである

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2020年05月30日

夏菊 菖蒲(菖蒲と蔵ある家)


夏菊 菖蒲(菖蒲と蔵ある家)
   
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下太田

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高速に遠くより来ぬ青葉かな

黄菖蒲やなお陽の明るし野良仕事                              


夏菊に矢車草の交じり咲きスーパーヒタチのここを行くかな

蛙鳴く植田の縁に萱草の咲きて白鷺の餌あさるかな

影なせる奥の家かな蔵ありて菖蒲の咲けり石の重しも

夏の日のなお輝くや一面に菊の白くも風にそよげり


鉄道でもスーパーヒタチが通るのと通らない差が大きいと思った
その車両に魅せられたとなる
普通の車両はかっこういいとならない、その差が大きい
夏の日に田園を走るのが気持ちいいし絵になっている
鉄道は何か自然と融合するからいいのである
ただ鉄道の問題はせっかくスーパーヒタチが通るようになったのに客がほとんど乗っていないのである、これはまだ当分つづく
まだ一回も乗っていないから乗ってみたいが出にくいのである

蛙が鳴き植田があり萱草が咲き鷺が餌をあさる、この光景は見慣れたものだけどこの辺ではずっとそういう光景が一時消えたのである
それから田が元にもどり蛙が鳴き鷺が来るようになった
田んぼは生態系に融合したものとして自然の一部となっているからそれがなくなると蛙でも鷺でもいなくなるのである
それで蛙が鳴き、鷺が戻って来た時復興したと思った
田舎だとこうして生態系とともに生きている
都会だったら街の復興というとき建物とか道路とかインフラの復興になる

でも浪江の人は回りが草ぼうぼうになっているのにそのことで何も感じていなかった
仕事は東電でしていたから田畑に関心がなくなっていたのである
つまり田舎でもそういう都会人になっている人が結構いる
第一田畑で仕事している人は一割くらいであり他の人は別な仕事をしているからである
だから自分もそうだったが意外と農業のことがわからないのである
自ら米作りしたり野菜作りしている人は少ないからである

ただ生態系とともに生きているということは田舎では普通は感じる
コロナウィルスでも生態系のことを言われた、何か不自然に人間が生態系に入り動物からウィルスを感染する、だから原発でも生態系を破壊されたからコロナウィルスでも共通していたのかとなる
地球規模で生態系の自然の破壊がもう限界に達していた、だからコロナウィルスが自然の逆襲として広がった、また自らの生態系を守るためにウィルスが出てきたのかともなる

柚木(ゆぬき)の家は隠れようにあり何か蔵がありその前に大きな岩がありどっしりとしている、この家を見たとき何かここで営まれた生活の重みを感じる
家構いからしてそうなのである、兜屋根でありたいがい養蚕した場所がある
だからどれだけ養蚕が盛んだったかわかる
今になると地元に根付いた生業というのが大きなものとなっていない
当時は外から何か物が入ることなくやはり自給自足的な生活を継続していたのである
ただ養蚕は絹織物は輸出するためのものだったのである

とにかく大都会には生活の重みを感じられない、家自体がなにか狭苦しくおしこまれたようになるからだ、この家はどっしりとしている、岩もいい岩である
ただ家を勝手に写真撮ったりすると見ている人がいる
実は庭に隠れて人がいたのである
それに気づかなかったのである、それでとがめられたことがある
田舎では人がいないようでいる、そして見ているのである
誰もいないと見てもいるし見ているとなる、やはりこういう場所に来ると目立つのであるあの辺は木陰が多いから自転車で行くと気持ちいい場所である

見えない貧困の問題―分断される社会 (ローマの奴隷の方が恵まれていた?)


見えない貧困の問題―分断される社会

(ローマの奴隷の方が恵まれていた?)

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絶望令和の貧困を語ります。(中村敦彦)

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クリック拡大、デュラント(世界の歴史)



あらゆることを考える時必ず歴史をふりかえり考えると見えてくるものがある
映画とかで見るとローマの奴隷など過酷だとみる
剣闘士にされて戦わせられたりただ残酷にしか見えない
でも現実はどうだったのか時代が過ぎるとわからなくなる
まず奴隷制度ができたのは人間の進歩だったとされる
なぜなら戦争に負ければ皆殺しにされた、でも奴隷として生かされたことは進歩だったとなる

だからこのデュラントの指摘も歴史の見方としてあるのかなと読んだ
なぜこのように主人と奴隷が同じ人間として遇されたのか?
そしてむしろ奴隷というより家族の一員のようになったのである
これに興味をもったのは人間の歴史では必ず富裕な者がいて貧しい者がいる
また地位の高いものがいて低いものがいる
強い者がいて弱い者がいる、今でも上級国民と下級国民がいる
それで上級国民のことを下級国民はうらやましがり責める
ただ社会が変化するとそうした差も変わるのでわかりにくくなる

現代では奴隷などいない、みんな自由であり差別はないとなりいい社会だとなる
ところがこのデュラントの奴隷について語ることにも共感するのである
それは人間というものがどういうものか?
いくらそこに金持ちとか身分の差があっても同じ屋根の下でまた家族のように生活していれば自ずと情愛が生まれる
それは別にローマだけではない、現代で不思議なのは江戸時代であれその前でもやはり身分差があって侍の家に仕える人たちがいた
また身分の高い者に仕える臣下がいた、でもそういう人たちでも一緒に生活することで
忠義の心が育まれていた、殿様の子供の乳母(めのと)となり家臣が育てることで家族のようになり忠義の心を育てることに役立った
そこには身分差があっても対立するだけではなかった
ここが現代で理解できなくなったのは現代というのはまずそうした協働性とか共同体が喪失したためだろう
それは封建制時代までであり日本でも明治維新からは資本主義になりそうした人間が情愛で結ばれるということが消失していった

ただ人間関係の歴史を外国でもヨ−ロッパでも貴族と召使階級があり召使が認められた仕事だった、それでチップ制が生れた、なぜチップを払わなければならないのか日本人に理解できないからである
ヨ−ロッパには明確な階級制がありそれが今日でもつづいているともなる
なぜこのことに興味をもつようになったのか?
それが自分の家に他人を入れて多少働いてもらうようになった経験からである
日本でも戦前は女中がいた、家事手伝いである
中産階級でも女中を二人も必要としていたと女中が女性の仕事であった
私の母は東京で女中の仕事をしていた
女中は女性の勤めさきとしてあった、そして今女中という言葉も死語となり差別語となった

今はお手伝いさんとかはいる、でもそもそも家の中で働くということはなくなった
その原因が家事が機械化したことである、それで私は全部家事も一人でしてこうして毎日プログに文を書いている
それを全部一人でできるのはパソコンとか通信の発達とか家事の機械化でできている
だから別に女中をお手伝いさんを雇う必要もないのである
ただ一人だから話し相手として来る女性がいる
それでその人が貧乏なので金だけ要求されるともなる
もし戦前のようだったらまず家事に追われて何もできない、勉強も文章書くことすらできない、家事に追われていた、第一米を炊くだけで洗濯するだけでどれだけの労力が必要だったかを知ればわかる
人間が電気を使いそういう労働から解放されたのである

ただではなぜ人間は必ずしもローマ時代の奴隷とかまた身分差があっても仕える人と比べて何か不幸なのか、かえって恵まれていないのか?
それは貧困とかが貧しい人が見えなくなったのである
それよりシステムで見えなくさせられたのである
だからこの貧困をテーマにして取材している作者でもそのことを言っている
つまり上層の人と下層の人は交わらなくなった
実は上層の人と下層の人はどうしてしも家事労働が重荷となっていたから下層の人を雇うことがあったが今は機械がするからなくなった
そこでかえって人間と人間のつながりが消失したのである
そこにかえって分断が生まれたのである

人間というのはいくら金持ちでも上層でも一緒に生活していれば必ず情愛が生まれる
その情愛があって忠義が生れたり奴隷でも家族のように扱われたとういことがある
現代はかえってな上層と下層は分離してそこに対立しかないともなる
そして貧困が見えない、貧しい人がいても見えない社会になった
生活保護者は生活保護者として区別されて分離されて隔離されて暮らしている
これは意外と危険なことになる、社会が分断されるとそこにかえって対立が露わになり
貧しい人たちが上層を襲う暴動が生れるとされるのもそうである
そして現代の価値観は金さえあればいいしかなくなった
だからたとえお手伝いさんとか雇ったとしても非常に危険なのである
戦前でも女中がいたし封建時代の江戸時代でも上の者と仕える者でも情愛で結ばれていたとかあり忠義の心があった、しかし今はない
それで金さえあればそんな上も下もない時代である
するとそうして家族の中に入ってくるとどうなるのか?
主人がいないとき金を盗むことしか頭になくなって屋探して盗むことしかないとなる
だから現代ではいかに家に入れることが危険なのかわかる
ただ裕福な家でももともとそうしてお手伝いさんを雇っていた金持ちの家はそうして家で働くことで信頼されていたからできる
それが普通の家ではできないのである

とにかく現代というのはまず情に欠けた社会である、そして貧乏が見えないという時、
機械が労働者となり奴隷というときシステム化された奴隷ともなる
いろいろな下働きでも時給いくらとかなるのは下働きでありでもシステム化してそういう人たちは奴隷ではない、でもその人たち現代の奴隷なのかもしれない
良く俺は社畜なんだよなとか言うのそうである
現代にも奴隷制があるがかえって過酷だともなる
なぜなら機械化ロボットのように扱われているからだ
むしろ戦前であれ江戸時代であれローマ時代であれ人間には情があるから情として通じるものがあり奴隷にも情愛が生れていたから奴隷が一概に不幸だったともならない
それはあくまでも比較でそうなる、ただ歴史の現実は今と比べてもわからない
むしろ現代の方が情が消失して過酷だともなっている

上層の人たちが下層の人たちと交わらない社会は社会が分断されることであり危険になる互いに人間として理解できなくなりそうしているうち対立が深まり不満が大きくなり暴動にもなる
そして現代は金が唯一の価値とするとき下層が成り上がるには株とかまたFXとかの博打のようなものにで一攫千金を試みほかないのである
でも株でも元金がないと資本主義ではもうけられない
意外と自分で株を投資信託でもしてわかったことは大きな金があれば増えやすいということである、失敗があるにしても大きな元手があると増える金も大きくなる
金が金を増やすのが資本主義のルールなのである
だから金持ちはより金持ちになり貧乏人はいつまでも貧乏から這い上がれないのである
それがいづれ限界にきて暴動が起きると予測できるので実は上層にとっても金持ちにとってもいいことではないのである
治安も悪くなり南米のように金持ちは子供が誘拐されて身代金を要求されるとか安心して暮らせなくなるのである

このyoutubeで貧困のことが実際の取材をして語っているからリアルである
何か不思議なのはyoutubeで語るのと本で読むのとは違っている
何かわかりやすくなる、だから本だけから人は理解できないと思った
その人の経験したことを語るには何かささいなことでもつまらないと見えることでもyoutubeでは語られるから身近になる
この人は本を相当だしている、でも読んだこともない、でもこうしてyoutubeで語ると身近になるのである
だからこれから本の作者もyoutubeで語る時代だとなる
ただそこで金をもらえるのかとなると相当数登録者を得ないと無理である
でも本だとなかなか読むことが抵抗があってもyoutubeだと気軽に見れるのである
ただ何か深く考察するには本を読むのがいい、私の場合は深く考察するから文章の方がいいししゃべるのが苦手なのでこうして毎日ブログで書いているのである

posted by 老鶯 at 11:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2020年05月29日

原発事故での漁業権の問題と寺の給付金要求の共通性 (権利を与える目的が見失われていた)


原発事故での漁業権の問題と寺の給付金要求の共通性

(権利を与える目的が見失われていた)


原発事故のことを追及してきた、その原因は何なのか?それを現場なのだから追求し続ける立場にあった
そしたらコロナウィルス騒ぎになった、これも何なのだろうと原発事故の経験と比較して考察して来た、そこに共通の原因があった
するとなぜ社会自体が歪んでくるのか?そこに共通の原因がありそれを知るべきだとなる
再三漁業権を東電に売ったということで漁業組合を批判して来た
これはどういう経過で起きたのだろうか?

まず東電で原発を作る⇒漁業権をもつ漁業組合と交渉する

「ここに我が東電では原発を建てます、海は汚すことはありません
でももしもの場合として補償します、その金は払いますのでご了承願います」
「補償してもらえるならいいでしょう、漁業権を売ります、でも補償は十分にお願いしますよ」
「わかりました、補償は十分にさせていただきます」

なんかこんな交渉があった、でもここでおかしなのは漁業権の権利が与えられた目的はなんだったのか?

それは漁業資源の保護であり東電に漁業権を売って補償金をもらうために与えられたのではない、確かに漁業をするために海産物を汚されては困る
でも汚されるても補償金を払うから容認されたのである
だから漁業権を与えられた趣旨と違ったものとして利益を得るために漁業権を売ったのである

権利を与えるのはもともと権利はライトであり正しいから与えられる
また最初は権利は権理と訳されていた、何か権利を与えるには理に適うことで必要だからである
ところが権利は利権にもなる、最初から利権になれば金になればいいということがどこでも起きている、権利を与える目的がありその目的より金になればいいとなってしまう
そこであらゆるものが歪められるのである
それは漁業権だけではない、あらゆるものがまず金になればいいとしかなくなっている
それが社会全体を歪めているのである

今回のコロナウィルスでもそうである、給付金を寺にもしてくれと政府に要求する

ところがそもそも寺は何のためにあるのか?

僧侶はなんのためにあるのか、何の目的をもって社会に存在しているのか?
それが見失われている、それで観光客から金をとるときその金に税金を京都府でかけようとしたら仏教組合で反対して税金をかけさせなかったのである

観光はそもそも宗教活動なのか?

お布施とかありそれは何のために金を払うのかとともなる
つまり金を払う方でももらう方でもその金についての明確な理由があいまいなのである
そもそも寺が何のためにあるのかということもあいまいだから観光税をかけるというとき宗教行為だから税金をかけるなとしている
では宗教行為とは何かとなるとこれもあいまいなのである
別に外国人が寺に来るのは仏様を信仰するとか何の関係もないからである
主に寺の美術品とか庭を美の鑑賞とかになる
でせもともと寺は観光のためにあるのではなかった、その目的からは観光ははずれていたのである、そこで莫大な収入ともなるから京都府では税金をとりたいというのは自然なの事である

こういうことは常に社会にある、会社を経営するときでも何もを目的としているのか?
まずもうければいい、金になればいいとなる、利益にならなければどうにもならない
だからあくどいことでも客をだましてでも利益をあげることが優先される
銀行でも投資信託とかむずかしいものをすすめて手数料をとる
その目的は何か不明でもまず利益をあげればいいとかなる、客でも金になればいいとしかならない、第一投資するにもなんのために投資するかというより金になればいいとしかならないからである
だから投資する方でも目的がただ金になればいいとなりわからないのである

宗教というのがある、でも宗教活動とは何なのか?

これも不明でありあいまいなのである、神を仏を信じることだとなっても創価などは選挙を第一として政治の権力を得るための活動になる
だから選挙が最大の仏法の戦いだとして仏に祈り一軒一軒回って必死に一票を獲得に回るだからその目的が宗教活動ではない、政治活動になっている
教理にしても王仏冥合の思想が日蓮宗にあり王は政治であり仏と一体化する社会を作るということでもそうなる
でもそれは現代の法では政教分離で禁止されている、それは神道が国家神道となり戦争で三〇〇百万人死んだという反省で生まれた法律でもある
現実に創価の創始者の牧口常三郎は戦時中弾圧して獄死したとかあるからだ
これでもまた政教分離を主張することになるが政教一致祭政一致の集団となっているのも矛盾なのである

こういうことはこの世の中に常にある、宗教でも権利を主張する、でも宗教が権利を主張するとしてもともと宗教の勤めはなになのかとなる
宗教活動に税金をかけないのは宗教行為だからとしている
また国が援助しないのは国家権力が宗教に関与しないからだとしている
だから常に権利と利権{利益}と目的が相反するものとなり矛盾してきて社会をゆがめる
権利を与えることには責任がともなう、それで資本主義社会だと金がよりあるものが実は責任が重くなるということがある
金をもらうことは得ることはその金に責任がともなっている
それでヤクザが金をもらったから殺すんだとというときそのもらった金に責任をともなっていたからそうしたとなる
つまり何であれ金をもらうこと得ることでも責任が課せられているともなる

民主主義はただ個々人でも団体でも常に権利を要求してそれが利権になっていた
そこに責任があることを自覚しない、権利が与えられることは責任がともなっていた
漁業権は資源の保護であり東電に売って金を得ることに与えられていなかった
だから事故になってその責任が問われる、なんだあいつら東電から事故前も豊富な補償金をもらい事故後ももらっている
それは回りの者が事故後に気づいたことであり別に事故にならなければ責められることも気づくこともなかったのである
実際はそれは権利を与えられたとしても責任が重いものだったのである
だから何でも金になるからいいというのは相当に問題なのだけど現実は金になればそれでいいいとしかないのである

税金にしてもそれがどう使われているかも不明なのが多い、コロナウィルスの給付金でもそれが利権化して目的とは違って使われる、そのことは原発事故でも起きたからである
ただ金になればいいとしかなくなる
原発事故でも地元住民でも金になればいい、あとは関係ないとなっていた
ただ事故後にいろいろ考察すると原発を作るのはその土地に住めなくなるほどの被害を出すのだから相当に互いに検討して納得してから作るべきだったと今では思う
責任は必ず誰かがとらされる、地元で住めなくなったということで地元住民は責任をとらされたからである
でももし地元に住めなくなるということがイメージされてそれを納得の上に原発を建てさせたかとなると疑問になる
そういう例が近くになかったので真剣に地元の人たちも考えなかったのである
それよりまず金だ、金になればいいとしかなかったのである

ただ一般に人は今や金のことしか考えない、あとは考えることもめんどうになる
その人の前に金をが積まれればそれがなんであれ従うのが資本主義社会だともなる
でもそうして金と利益だけに目を奪われると矛盾してくるしまた原発事故のように地元に住むことさえできなくなる
そういう教訓を事故から得たということもある
ただ一般的に大衆となると金を積めばそれでたいがいは通る、それで本来の目的となるものが見失われる、それはどこでも常に起きている問題なのである

人間社会はともかく何か考えるより金だとなるのがわかりやすい、また何か理屈など考えずに宗教だったら題目を唱えるとか楽だからそれがポピュリズムとかファシズムになりやすい、何のために働いているのか行動しているのかも考えない
まず金になればいいとなり若者は上の人に年配者に権力者に使われるとなる
だからどうしても本当は若者は必ず何か不正を社会に感じる
それを感じないとしたらその若者も人間としておかしいとなる
つまりおかしいな、こんなことしていることは人間として許せないとか何か義憤を感じるそれを感じないとしたらもうすでに社会の悪にどっぷりとひたってしまったのかもしれない、そうなるともう改革はありえないのである

結局人間の社会は常に腐敗でありそれの絶えざる改革を迫られる、それは限りがないのである、その原因は人間社会をそもそも治めることができない、それで改革は永遠につづき人類が滅亡するまでつづくほかない、そして最後は滅びなのである
真の理想の国は天にしかなく神がその作られた国を与えることによって成る
人間に理想の国は作ることは不可能であり必ず何か不測の事故が起きたり混乱したりして右往左往したりとバブルの塔のようになる
それが人間の宿命であり人間が人間によって理想の社会を作ることは不可能だとなる




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寺でも政府に給付金を要求で怒られる (政教分離は重要でも検討されない)


寺でも政府に給付金を要求で怒られる

(政教分離は重要でも検討されない)

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週刊新潮6月号


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この記事でわかったことはコロナウィルスで観光業の影響が大きかった
するて京都などをみれば観光収入が減ったかというか入らなくなった
その打撃が大きいと思った
何か京都とかなると寺は美術館なのか博物館なのかわからなくなっている
そして宗教法人になっているとその観光収入が莫大でも税金を納めなくてもいいとなる
坊主丸儲けともなる、そういうことが昔からあったからそんな言葉が生まれた

それは宗教の場ではなくなっている、高い戒名料とったり何か本来の役割がなくなっている、江戸時代までは武士の菩提寺となりそこで死者を供養することであった
また戸籍係のような武士の政治の事務方のようなものにもなっていた
それで手厚く保護されていたのである
それで変なのは明治維新になったとき廃仏毀釈運動が起きて仏像など壊されたのは神社側が天皇が強力な力をもったことで国家神道となったことで力を得て積年の恨みを果たしたとなる、それはただこれも利益を得られない、利権の問題としてそうなったのである

もともと宗教と利権は深く結びついていたのである
宗教とはもう俗化したのであり利権の場と化していたのである
だから神社にしても完全に戦争の時国家権力として機能するようになった
地方の小さな神社でも必ず戦争に出征するとき神社にお参りして戦地に出されたからである、だから必ず神社に武運長久とか狛犬の台座とかに字が刻まれている
もともとそうした小さな神社は豊作を祈るとかであり国家神道化したものとは違っていたのである

ここで仏教団体にも金銭的に支援してくれ補助金を出してくれと頼んでしかられた
税金も免除されているのに金をくれというのは図々しいとなり担当した政府の人が怒ったというのもわかる                          

そもそも寺とか宗教はなんのためにあるのか?

観光のためになるのか?美術館なのか?博物館なのかわからなくなっていた
京都とかなればインパウンドで観光客が増大した、それがコロナウィルスでぱったりと来なくなった、確かにそうなると収入が激減したとなる
でもこれまでどれだけもうけていたのかともなる、それは京都だとそうなる
それで京都では白足袋族の人といって寺には逆らえないという事情があったという
なぜならそれだけ観光でも寺中心でありそれで京都でも恩恵がある
それはあくまでも観光としてであり何か本来の宗教とは関係なくなっている
観光自体にも問題があった、観光とは何か、その前に人々の日常生活がありそこを乱さないようにすることも必要だったのである
京都などは外国人観光者の街となってしまったからである

ただ寺というのは建物とか庭でも維持するだけでそれなりに金がかかる
だから観光収入に頼る、でもそれは本来の宗教の役割ではないが観光には不可欠だとなる第一宗教の始祖とかみればわかる、あばら家に住み乞食と変わりないような生活していたからである、キリストにいたっては住む家すらなかったのである
釈迦でもそうである、そしたらそうした教祖にならうのが宗教者になるがそうはならないかえって派手な衣装を来て土地の権力者となったり観光収入で豪華に寺を装い遊んでいるともされる

そして仏教界でも利権を守るためには一致している、反目しても政府から金をもらいために創価にも相談するかともなる、でももらう資格かないのであきらめた
宗教団体からも税金をとるべきだというとき宗教界では利権を守るために一致していた

とにかくこういう政府からの給付金とか出るとなるとみんな目の色を変える
それは原発事故の補償金でそうなったことを延々とプログで書いてきた
原発避難区域ではあらゆるものが補償されたからである
仏壇でもあらゆる物権もそうであり何か私道のようなものでも補償してくれとなった
それで自分の家の前の海にも権利があるとして補償を要求した
そもそも何か漁業権というのでも強力な権利となり東電から事故前も事故後も手厚い補償があった
なんでもこうして利権化して団体化してゆくのが現代である
宗教団体も利権団体なのである、創価はあからさまにそうであるが他の宗教団体でも政治力がそれなりにあり権利を要求する、だからこそ本来の宗教とは違うのだから税金を納めるべきだともなる
でも自民党は公明党に反対できないのである

これはそもそもヨ−ロッパのキリスト教でもそうだった、カトリックが権力をもち堕落した
その権力は強大なものでありローマ帝国と一体化して権力基盤を広げたのである
だからヨ−ロッパとかでもあれだけ大聖堂とかあるのだから宗教が盛んなのかと見るとそうでもなく無神論者が増えているのである
日本でも外国から来た人が寺が多いから仏教信者が多いのかとみるがそうではないのとにている面があるようだ

いづれにしろこのコロナウィルスの影響はこうして宗教界まで及んでいた
韓国で広がったのはカルト教団が密集して起きた、何かそうして集団化して祈ることが本来の宗教からはずれている、キリストは密室で一人祈りなさいと言っているからだ
だから集団化組織化した宗教は権力化した政治化した宗教なのである
それで仏教というとき私は禅宗にひかれるのである、日蓮宗とか念仏宗は集団化して一心に題目を唱える、それで騒々しいからである
ただそういうのは大衆に受ける、集団となり一体化をかもしだすからだ
それが結局ファシズムにも通じているのである
何か宗教というのは人を心から奴隷化するのにはいいのである
それはイスラム教でもそうである、なぜイスラムの世界では科学とかでも一時は先進国だったのに停滞したのか?
それは宗教と関係している、民主主義も受け入れないのは宗教のためである
政教分離ができないのもそうである

だから意外と政治と宗教の政教分離がヨ−ロッパで法制化したがイスラムではできなかった、それがヨ−ロッパに後れをとったとのかともなる
それは中国でもそうである、中国では宗教ではないにしろマルキシズムが共産主義が宗教のようになっている、そして一党独裁であり批判を許さない
それで周りの国でも中国に同調しにくいのである
政治体制が恐怖政治であり批判を許さない体制でありそれで受け入れられない
そこで香港の自由はなくなり次に台湾は占領されて沖縄が占領されて中国に支配されてゆく、だから中国と欧米が対立するとそうした宗教化したイデオロギーの対決ともなる
それはソビエト連邦の冷戦でもそうだったからである

本当は政教分離はこうして大きな課題である、でもそのことはあまり議論もされないのである、信長は徹底して政教分離を宗教より政治の優位を寺を破壊し僧侶を殺戮することで実行したから新しい時代を作ったとされる
だから政教分離はそれだけ人間社会にとって大きな問題である
なぜなら明治維新で今度は神道が国家神道化して太平洋戦争に日本が突入したからである国家神道というときそれは政教一致になったからである
それで戦後は反省して政教分離が法律になったのだが創価とかあるように他でもそれが守られていないのである、それは結局ファシズムになる危険があるからだ
また中国が受け入れられないという時、経済の恩恵はあっても政治体制が一党独裁のイデオロギー政党であり共産化をおしつけるともなるからだ

宗教がかかわると厄介なのはなにかというと批判すると罰当たる地獄に落ちるとか集団で恫喝する
そうなると批判一切許されなくなる、それが危険なのである、宗教ファシズムになりやすいのである
ただ共産主義とは何なのか?それはソビエト連邦が崩壊して過去の亡霊ではないのか?
でも巨大化した中国でまだそれが残っている、それでも資本主義社会の中にもある矛盾である
だから中国はこうしたことで内部矛盾をきたし自壊するとも言われる
だから政教分離とは大きな問題なのだけどあまり検討されていないのである



1985年、当時の今川京都市長は古都税を創設しました。目的は寺社などの古都遺産を守るためです。京都市内の寺社へ支払う拝観料に対して課税する


古都の掟は彼らが決める。京都の影の実力者「白足袋族」は何者か

こういうことがあった、拝観料に都では税金をかけられなかったのである
だから税金を都にも国にも払っていないのだから今度コロナウィルスで観光客が来ないからと給付金を政府で出してくれというのはあまりにも虫がよすぎるとなる
白足袋族というのも京都の強力な利権団体だったのである
だからあらゆるものが利権団体化すると社会を歪めるのである

本来の仕事はなになのか?本来すべきものが何なのか見えなくなる
ただ利権だけを金だけを追及するようになるからだ
それは原発事故でも起きた、漁業権でも本来は資源を守るものだったけど手厚い補償金を東電からもらう団体と化していたのである
それだけではない、そういう本来の仕事を目的があるとしても利権団体化して歪められるのである

お寺が持続化給付金と引き換えに失うもの

ここでは税金をまねがれていたが政府からの給付金をもらうことは今度は宗教法人でも団体でも税金をかけられてもしかたがないとなる
なぜなら拝観料でも税金をとるなと京都府に抗議してそれが認められたからだ
だからこそ今回給付金を払えないとなったのである
それで給付金を払いというのは法律的にも理屈に合わない身勝手なのである



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2020年05月28日

コロナ危機は「自然界の逆襲」人類がグローバル依存から脱却すべき理由 (原発事故も生態系を破壊して住めなくさせたのは自然の逆襲だった)


コロナ危機は「自然界の逆襲」人類がグローバル依存から脱却すべき理由

(原発事故も生態系を破壊して住めなくさせたのは自然の逆襲だった)

流行の背景にあるのは、人間による野生動物の世界の撹乱です。アフリカ、中南米、中国の奥地など未開の地において、土地開発や農耕地の拡大による自然破壊、動物の乱獲、密猟、売買などが繰り返されることによって、自然界に埋もれていたウイルスと人間が接触するチャンスが必然的に増えてしまいました。

江戸時代もまた、地域ごとに最も適応度の高い社会を作り、経済を分散させることによって全体の適応度を上げていました。ところが、いま世界中で進行しているのは、地方分散型社会とは真逆の、画一化としてのグローバル化社会です。

コロナ危機は「自然界の逆襲」人類がグローバル依存から脱却すべき理由

コロナウィルスで変わる世界 (生態系を無視して人は生きていけない)


人間の生活は生態系を基にして成り立っている、その生態系というとき人間はもともと一地域で自給自足でまかなっていた
村が単位の経済だったのである、江戸時代がまさにそうだし実際は明治になってもその延長だった、だから子供の時本当に自給自足の江戸時代の生活だったのである
水道も電気もない生活である、水は井戸でありまた燃料は炭であり薪でありトイレは外のトイレであり農家の人がくみ取りして肥料にしていた
そしてその土地土地にとれるものでおよそまかなっていた
交通が発達していないから運ぶにしても馬車とかなると運べないからである

この運ぶというき鉄道ができたとき確かに運ぶことが飛躍的に発達した
福島県ではもともと小名浜から船で運んでいたのが常磐炭田ができて蒸気機関車で東京まで運ぶようになった、その他網の目のように森林鉄道がはりめぐらされて木材とか石材とかを東京に運んだのである
つまり運ぶという時主に東京にこの辺では運んだのである
そして何か外から運ばれるものがまれだった、地方では地方でとれるもので地産地消していたのである

運ぶといっても海でとれた魚を運ぶだけで苦労である、短い距離でも運ぶのは労力なのである、自動車などないからである
だから魚を売るということから行商が始まったということがある
松川浦の魚を売る人がいたからである
運ぶという時どうしても海を交通路にして運ぶということが楽である、もちろん海は危険だったか陸を運ぶとなると自動車も鉄道もないと海を運んだ方が楽である
だから北前船が日本海を通じて運んだのである
明治になり鉄道ができて運ぶのは不便となり廃れたのである
運ぶということは簡単にできない、江戸時代なら余計にできないから自給自足になったのである、それで隣の村とさえ交渉がない、隣から麦踏みの若者が大蛇だったとかの伝説が残る、つまり隣の村でもそれは得たいの知れない人になっていたのである

そういう社会だったら人は交わらないからウィルスは広がらないとなる
それでもウィルスは広がり大きな被害があった、その時医学も発達しないから被害が大きくなった
とにかく人間の生活がある一定の地域に限定されて住んで他と交わらないというのが長い間歴史的にそうなっていた
日本人は外国のように陸続きでないから海に閉ざされていたから外国とも交わらない
特殊な環境にあった、大陸の歴史は民族の激烈な抗争でありその侵入を防ぐことができないのである、だからこそ万里の長城が作られたのである
今回のコロナウィルスでも大陸ではヨ−ロッパでも陸続きでありロシアにもたちまち拡散したとか陸続きになると侵入を抑えられないのだ
だからグロ−バル化は今回はコロナウィルスをたちまち拡散させたのである

人間は生きることに最も大事なのは本当は生態系である
その生態系でもその土地土地が一つのミクロコスモスの生態系として完結している
その生態系の基本となるのは空気と水と土と森林とかである
そこが基本としてありそれが損なわれると生きることもできなくなる
現実に原発事故では空気も水も土も森林も放射性物質に汚染されて住めなくなったのである、それだけ甚大な被害が生まれたのである
原発がミクロコスモスを破壊したのである

ではコロナウィルスとは何なのか?これも生態系を動物とか生きている場所に人間が無防備に入りこんだからだときされている、その動物からウィルスが人間にうつされたからである、つまり生態系の破壊なのである動物は地域地域の中の生態系で生きる
技術もないから自然状態では生態系を変えることはできないからその狭い生態系に適応して生きている、それでそのウィルスがでてもその外に広がらないようになっていた
コレラでもインドの風土病でありそれが人に感染してもその地域から広がらないものだったが人が移動することによって広がった

人間は生態系を破壊するというとき原発でもその一地域の生態系を破壊すると空気でも水でも土でも汚染されて住めなくなる、今でも放射性物質の廃棄場にその汚染物質が積まれている
コロナウィルスと原発事故を比べて考察してきたが何か共通性があった
自然破壊は生態系の破壊でありコロナウィルスでもそうした人間の暴力的な自然の侵入と関係していたからである
そこで自然から逆襲されたということにもなる
ミクロコスモスというときそこで生物が生きる基盤であり人間でもそうだったのである
空気と水と土がないと人間は生きていけないからである

ところが東京のような大都会になると生態系を感じない、生態系から遊離して一千万人もの人間が生きるようになった、ただ原発で感じたのは空気が汚染されたことである
でも水でも水源が放射性物質で汚染されることがありその水が危険になる場合があった
そして食料でも外国から入るからいいとかなりその土地の日本の風土の生態系を意識しなく何ていたのである
でも今回のように外国から食料を運べないとなると日本の地方に食料を依存するほかないのである

つまり運ぶ技術がこれだけ発達しても食料でも外国から入らなくなる
そうすると近くから日本国内から運ぶことになる、でもまたコロナウィルスではそうして運ぶことも危険になった、そうなると日本国内からも食料も運べないともなる
それだけ遠くと結びく経済はいいようでもその弱点と危険性を自覚したのである
だから人間は生態系とか国々の風土を無視してはありえない存在である
その土地土地に生態系に動植物のように適応するのがまさに自然だとなる
それを無視した結果としてのグロ−バル化とか広域化経済には無理があった

何かスーパーで大きなタマネギ十個くらいが150円とかで売られていた
それは何か安物でまずいものだから売られていると思い買わなかった
別にそうでもなかった、佐賀県でとれたものが大量にとれて廃棄するようになったからそんなに易く出回ったとなる、東北で九州のタマネギが入ってくる
それは今は当たり前にしても何か不自然なものを感じた
何か過剰にある地域で一種類の野菜が大量に作られているからそうなる
それは全国に売るためであり運ぶ交通が発達したからそうなったのである
だから日本でも世界でも運ぶ交通の発達がそういうふうにある場所で一種類の野菜でも大量に作るとなる                                                     

それでコーヒーばかり作っていたらコーヒーが安くなったりして食べることもできなくなったとか後進国であった、そこではいろいろな野菜を食料を作っていた
でもコーヒーだけを作っていたら安くなったり売れなくなったら他の食料がなくなって飢え死にするともなる、それは江戸時代の東北で起きた
米ばかり作っていた所で起きた、米は江戸に送る商品作物となっていて米を作りすぎていたのである、だから米が冷害とかでとれなくなったら他のものが食料がなく飢え死にしたとかなる、これもグロ−バル経済とかで広域経済で起きる

つまりタマネギが大量に作られて捨てるくらいになる、キャベツとかでもキャベツ農家がキャベツがとれすぎて安くなるからと捨てたことがあったからだ
何かこういうことは不自然なのである、その不自然なことは自然から復讐されるともなるもちろん一地域ですべてをまかなうことはできない、それがグロ−バル経済でも広域社会でも度を越したものとなっていた
そうなると金の力が大きくなる、遠くからそうしたこ食料でも買うということは金が必要になるからだ

そうして金だけが頼りになったのは土地をもてなかったユダヤ人でありそれで金融が発達したとなる、それが今のグロ−バル金融社会を作ったものともされる
そうなると金が万能になる、それで原発事故以後補償金をもらうことがこの辺では目的化してその補償金を基にして他に移り住むちようになり故郷は放置されて復興できなくなったのである
金さえあれば別に便利な場所に住んだ方がいいからである
そういうふうに移動社会になるとそうなる、一億円もらえば前ら故郷を出て都会に出たいという人が多いからだ、それで仙台市に移り住んだ人がこの辺でも多いのである

何か原発事故でもコロナウィルスでも人間の生活が自然に則らない、不自然なものになって自然から復讐されたのではないか?
人間にはそもそもそういう宿命があった、人間は自然を破壊するように宿命づけられていたからである、グロ−バル化とはグロ−バルに地球環境を破壊することに通じていたからである、だから逆に自然からコロナウィルスでも復讐されたとなる 



佐賀のタマネギ農家に打撃 外食自粛、給食中止で価格大幅下落 出荷量全国2位 

これもコロナウィルスでタマネギが売れなくなり余ってこうなった

東北地方の気候は米の栽培には向いていなかったため、米以外の作物もつくられていましたが、江戸期に米の増産を強いられて水田の割合をふやした結果、天候不順がすぐに飢饉をまねく体質となっていました。 

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2020年05月27日

なぜ人間は道を誤るのか? (先が読めないーそして二0代で方向が決まる


なぜ人間は道を誤るのか?

(先が読めないーそして二0代で方向が決まる

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同じ時間でもその重要な度合いが違っている
そんなはずがないとしても後でわかる
それで新卒一括採用が人生を決めるとされるのである

人間は道を誤る、その原因は何なのか?
オウムとかカルト宗教団体に入りそこで優秀な理系の人がテロ集団化して殺人集団になり殺人を宗教で正当化してそれで人生を棒にふる
そこか宗教を求める場ではない、なぜそんなことになったのか?
今でもカルト宗教団体は創価のように社会に宗教を看板にして大集団化して組織化している

それは何なのだろうとなる、それもカルトなのだけど別に社会では容認されている
別にオウムのようにテロ集団ではない、選挙で政権を奪うとかそうでなくても権力側につき利権を得たいとなる
それも巨大な御利益を得るための集団であり組織である
それは政教分離に違反していてもとがめられることもないのである

道を誤るという時、国家自体が道を誤る、それが戦争で3百万人死んだ
それは国家が道を誤ったからである、また原発事故でも国家が道を誤ったからである
これも故郷に住めなくなったとか甚大な被害を与えたのである
国家すら道を誤る、国家が道を誤ればその被害は3百万人死ぬとかになる
また原発事故で故郷に住めなくもなる
つまり個々人だけではない、国家自体が常に道を誤るものなのである
だから本当は政府とか国家の指導者を監視しなければならないのである
それは原発事故で証明された、安全神話を権力で国家が作って道を誤ったからである

個々人でも何かしら道を誤る、国家規模でも道を誤る、それはなぜなのかとなる
面白いのはFラン大学に入ったことで人生は失敗だったとすでに28才くらいで大後悔したとyoutubeで反面教師になっているのを見て共感した
自分もFランとさぼど変わりないからである

何か結局人間が20代で方向が決まる

これが意外というかそう自覚できる人はまれである、人生は若い時はとてつもなく長いものに感じる、でも老人になると40くらいになると白髪でてきたりしてあっというまに老人になっているのだ
老人になると人生はあっという間だとなってしまう
それでみんな後悔するようになる、すで28才でこの人は人生が終わったようになって後悔しているのだ
その歳で人生を悟ったともなるのだ

なぜ20代が大事なのかと言うとそこで人生の方向が決まってしまうからである
カルト教団に入ったものはそこから脱出しなければ一生そのままになってしまう

そしてなぜ新卒で人生が決まるとされるのか?

それは大学を出て新卒で大企業とかに入ればそれで一生が安泰となる
また公務員とかになるにもそこで人生の行路が決まるからだ
そこからはずれたものは一生底辺になってしまうのである
それを私も経験した、就職もしないで一時は底辺労働者となってうろついていた
そしたらそのまま老人になるまで無職であり社会からはずれたものになってしまった
つまり20代でまともな進路からはずれたものは一生まともになれないのである
社会からも認められないのである
Fラン大学などはまともな就職先もなくブラック会社で底辺で働き給料も少ないから結婚もできなとしている
一生底辺の人生を送る他ないとなる
私も大学出てもアルバイトであり肉体労働とか流れ作業とかしか仕事の経験がないのである、だからそういう底辺に共感するのである

正社員の経験がないと、中途採用にも応募できない。年齢的にもどんどん厳しくなり、30を過ぎると応募できる会社自体がなくなる。周りの視線も厳しくなっていきました。『落ちこぼれ』『負け組』などと、自業自得と言わんばかりのレッテルを貼られ、自己嫌悪に陥りました。

30才すぎるとこうなってしまうのである

ただまた何かこれは変なのだけど自分は宗教を求めていたのである
自分のテーマはなぜ人間は死ぬのだろうということだった
それを解決したくて宗教を求めていたのである
だからカルト宗教団体に入ったのである
そして私はキリスト教について教会に一回も行っていないし聖書などもほとんど読んでいないのである
ではなぜキリスト教徒になったのだろうとなる
それは本当に自分自身も不思議だとなるのだ

ただ言えることは「求めよ、さらば与えられむ」である
なんであれもしそこでカルト宗教団体であれ求めるものが正しければ道を誤らないだろう私が求めているのはなぜ人間が死ぬのだろうということであったとしたらなぜ毎日選挙のために運動するのか疑問になるからだ
他でもそういうことは必ずある、だから何を求めるかが大事である
そこさえはっきりしていれば道を誤ることは無いのである

だから自分の場合は別に20代で道をはずれて底辺になってしまってもかまわなかったとなる、ただ人間が社会からはずれることアウトサイダーになることは実際は過酷なことなのである、ニートとか働かなくて楽じゃないかとなるがそうではない
世間の目が厳しいしまともに扱ってもらえないこともある
それから必ずそうして社会からはずれると社会のことがわからなくなる
社会のことがわかるにはやはり社会生活をしなければわからないのである
それで芸能人であれ芸術家であれ社会からはずれたものは確かに常識もしらない異常化する、それは自分自身が何か変な方向に行ってしまったからである
必ず小人閑居して不善を成すからである
実際のアウトサイダーになった人は天才芸術家とかでありその人たち優れた作品を残した人たちである、でも社会からはずれた人だったのである
その数は百万人に1人くらいであった、でも狂気となったのも多い
それだけ社会からはずれるということは精神異常と隣り合わせにもなる

ただ人間が異常化するというときそうして公務員とか正規のルートを進んだ者でも異常化していた、まるで常識もないにも驚いた
それは東大出ても今回のマージャンしていた検事でもそうである
あれだけ地位があってもその地位の自覚もない異常だったのである
なんらか人間は異常化する、例えば学者がいるとする、これもまた象牙の塔とかにこもり社会を研究していても現実の社会を知らない人がいる
科学者でもある一部分を研究しているだけでありそこに詳しくても全部に詳しい人は今はいないのである、そうして人間は極小化された部分に通じても全体を知らないとなり何かそこで専門馬鹿とか異常化しやすいのである  
そしてナチスとかもそうであり国家自体が狂気のファシズムともなり道を誤る
国家レベルでも道を誤り悲惨な結果になったのである 
個人も狂うが集団も狂う、でも集団が狂う時正常だとされるのである
なぜならその集団に歩調を合わせない者は今度は異常とされて刑務所にも入れられたからである、これだけ複雑な社会になるともう社会全体のことなどわかりえようがない
だからこそカルト宗教にもなりナチスでもファシズムでも生れて当然だとなる

現実の社会はその現実で働いて見ないとわからない、本ばかり読んでいてもわからないからだ、経験が物言うのである
何か理解するには仕事でも職業でもちょっとでもいいから経験すると本当に理解できるのである、そして会社の人でも上の人が現場で働く人のことを知らない
現場の人が知っていたのである、原発でも配管のことなど老朽化していて危ないとか知っていたのは現場の人だったのである
幹部と現場の乖離がありまた東京の中央の幹部と福島の現場との乖離があった
そこで意思疎通ができなくなっていたのである
流れ作業ばかりしていたら自分はこんなロボットのようなことはしたくない、ではどうすればいいのか?必死で勉強すればよかったとなるのである
そういうふうに人間は経験からしか理解できないのである
だからFラン大学とは痛切に勉強しないことを後悔するようになる

ともかく20代でそうして正規の社会からはずれた結果として変な方向に行くようになったのは20代で人生の行路が決まっていたからである
例えば赤軍とかの人は日本航空機をハイジャックして北朝鮮に行った
そこで遂に一生を過ごすようになった、子供すらそこで育てていたのである
でも日本に帰りたいとなったのである
何か北朝鮮のスパイのような仕事をさせられていたのである
そこでもその時人生の方向が決まってしまったからである
だから20代で人生の行路が方向が決まる、そのことが自覚できない
別に人生は長いのだから道を誤ったらまた引き返せばいいとかなる
でも実際は引き返せない、方向がきまり誤った道でもそのまま行くほかなくなりたちまち老人になっていたのである

人間が道を誤るのはなぜなのか、それはそもそも目的とか動機が悪いからだともなる
事業に失敗した人は別に理系で優秀だったし一級の免許をもっていた
でも事業をはじめたのは自分は優秀でありその優秀さを示すために見せてやるためだったとなる、そんなことで事業をはじめたのかとなるとそれが失敗したとしても当然だとなるそれに同情もできないとなる
そんなことで事業などしたら他者の迷惑だとなる

人間の不可解なのはなぜそんな行動をするのか?

その動機は何なのか?

推理小説では動機をまず探る、なぜ殺したのか?その動機は何だったのかとなる
つまり事業でもそういう行動をしたのはなんのためだったのかとなる
もちろん金儲けしたいということはあってもその他の動機があってする
俺は億万長者になって優秀なところを見せたいから事業をする
そういう動機だとするとその時周りの人はなんとみるだろうか?
そこからして出発点からして間違っている

だから戦争でもそんな一大事を国家の運命を決めるの動機は何だったろうとなる
なぜなら3百万人も死んだら結果論してなぜそこまでしなければならなかったと問うようになっているからだ、でもなぜ戦争になったのかその戦争の原因は動機は何なのか70年過ぎてもわからないのである
ただ戦争終った後にいろいろ理由をつけているだけなのである

いづれろにしろ20代で人生が決まるとか言われるのはその方向が決まってしまうからである、そして誤っても引き返せないから怖いのである
それで「若い時神を覚えよ」となる、なぜなら神を知るのは20代とかまででありそれ以上になると知る機会がなくなるとしたらいかにその時を逃したらもう神を知るチャンスがないとしたらそうなる

つまりチャンスは二度と来ない、神を知るチャンスはその時を逃すと二度と来ない

これを知れば恐怖である
でも20代では様々な欲でも噴出する、性の欲望でも極大化してとめられない
他にも欲望があふれるように出て来る時でもある
結局そうした欲望に目がくらみ神を求めよと言ってもできない
そのうちあっというまに老人になっているのである
だからみんな人生は後悔なりとなっている
だから勉強することでもなぜしなかったとのかとあらゆることで後悔するのである
なぜ旅しなかったのかとか外国に行かなかったのかとその後悔することは老人になるといろいろある、でもみんなそうして後悔して死んでゆくだけなのである

求めよ、さらば与えられむ

そこに神を求めよとでありその外のものを求めすぎるのである、そこから人間は道を誤るのである 

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2020年05月26日

暮らしがあるのとないことの差の大きさ (原発避難区域と磐城太田駅で感じたこと)


暮らしがあるのとないことの差の大きさ

(原発避難区域と磐城太田駅で感じたこと) 

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菜の花畑があり隣は麦畑であり田植えで水張る田もあり鯉のぼりもなびいている
ここに暮らしがある、ただスーパーヒタチにはコロナウィルスで人がほとんど乗っていない
ただ写真をとる場所としては良かった


磐城太田駅でスーパーヒタチの写真をとった、そこは今の季節だと田んぼに水が張れている、菜の花畑がありそこでしきりに雲雀が揚がりさえづる
隣は麦畑であり麦の穂が風にそよぐ、それが気持ちがいい
五月だから駅前の家に鯉のぼりがなびいている
ということはそこに子供いるということになる
田んぼで農作業する人もいる、ただ磐城太田駅は無人駅であり人が乗るのが見えなかったあそこでどれくらい人が乗っているのか?
日立木でも一人二人くらいしか乗り降りしない
だから駅自体が成り立つのかという問題がある
またコロナウィルスでスーパーヒタチに一人しか乗ったのを見なかった
ただスーパーヒタチが走っている光景が絵になる
しかしただ写真をとるだけに走っているというわけではない
とにかくこの光景は暮らしがあって風景も自然も活きている

これと比べたとき原発避難区域は暮らしが失われている
田んぼは草ぼうぼうで荒地であり人が戻ったとしても子供はいない、だから鯉のぼりもないとなる、小高はある程度帰ってたとしても浪江町とか飯館村は子供が住んでいない
飯館村だと立派な学校を建てても村の外から通っている
町長自体も村に住んでいないのである
新しくこじんまりした家を建てていたので人が帰って住んでいるのかなと見た
でも住んでいないのである、補償金をもらったから援助があるから建てたらしい
それは別荘だというときときたま帰っては畑などで野菜を作っているらしい
だからそこには暮らしがないのである

そこで生業を返せと裁判に訴えて認められたした
つまり生業が暮らしが奪われたのである
その生業とは何なのか?それはそこにもとからあった暮らしなのである
田んぼがあり畑がありそこで仕事していることなのである
それはこうした風景を作っていたのである
それがなくなると草ぼうぼうになり子供もいないから鯉のぼりも見ないとかなる

例えば菜の花があるとする一面の菜の花畑があった時、その菜の花畑は菜種油の材料として菜の花があり暮らしがあって活きていたのである

菜の花や油乏しき小家がち 蕪村

菜の花は菜種油をとるものとして植えられていたのでありただ鑑賞するためではなかった油ともしきとうとき菜種油でもとるに手間だからそうなった、油は貴重だった、何でも貴重な時代だった、小家がちというとき小さな家が農家でも多かったということである、小家という表現が多いからである
菜の花はまさに生業としてありそれが風景を作っていた
それはただ菜の花が鑑賞用に見ているのとは違っていたのである
ただ小高でも菜の花を植えて菜種油作りしていても現代ではいくらでも油は作れるからそういう風景にならないのである
油を作るのに効率的ではないからである

いづれにしろ原発事故の避難区域になった所とのそうでない場所の差が大きいことを子の光景を見て感じた
第一磐城太田というけど隣はすぐ小高なのである、それで小高から原町に来る山側に田んぼだった所がソーラーパネルがしきつめられていた
海岸ではあまり感じなかったが狭い田んぼはソーラーパネルになった所が多い
もう誰もそうした田んぼでも跡継ぎもなくやる人がいなくなっていた
それで手間ばかりかかるからやめる、ソーラーパネルなら土地を貸すだけで収入になるからである、ただその時田舎の風景はなくなる
つまり生業がなくなったからである

ただ生業を返せというとき別にソーラーパネルになる前から農業は金にならないとして
その生業自体を放棄してやめたい人が多かったのである
だから耕作を放棄した耕作放棄地が日本全国てぬ膨大になったのである
でもそれなりにまだ磐城太田駅付近で農業が続けられているから耕作放棄地だらけにはなっていない
それで田に水を張り田植えがありと暮らしが続けられて田舎の風景が保たれているのである
それは原発避難区域と比べると一目瞭然なのである
風景は自然の風景と違って人間によって人間の暮らしによって何代にもわたり作られた風景がある、それで南相馬市の鹿島区の松原もそうして作られた風景である
米を潮の害から防ぐために作られた松原だった、それは江戸時代からあったらしく松が太かったのである、それが根こそぎ津波で消失したときはショックだった
今やその風景は全くなくなったからだ
白砂松原という風系は暮らしがあって作られた風景だったのである

posted by 老鶯 at 11:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2020年05月25日

牡丹の写真

 牡丹の写真

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朝の陽の光吸い込む牡丹かな


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これは大きくすると見栄えする、やはり牡丹は大きな花だからである

この写真は成功していた、私の庭の牡丹も毎年五六輪咲いていたが今年は一輪も咲かない
でも20年以上咲いていたのだから驚きである
やはり遂に土地の栄養分がなくなったのかもしれない
でも花を植えても三四年とかで消えたりするのが多い
ただ地下深く根を張る花は長く咲いている
やはり土地に栄養分がなくなると咲かなくなるようだ



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武田邦彦氏とし加治将一氏のyoutube発言の比較 (反するものがあるが共通するものもある)


武田邦彦氏とし加治将一氏のyoutube発言の比較

(反するものがあるが共通するものもある)

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武田邦彦 テレビじゃ言えないホントの話! 



武田邦彦氏と加治将一氏の日本論を比較すると私の場合どちらにも共感する
確かに武田邦彦氏は日本礼賛であり鍛冶将一氏は縦社会の日本階級社会の元凶は天皇を頂点とした既得権階級の利益のためにあるとしている
一方で武田邦彦氏は天皇は偉いというのではなく天皇を頂点にして後は平民はみんな平等にしたシステムだとしている
つまり日本はまれにみる平等社会だとしている

ヨ−ロッパ―とか大陸は王様がいて貴族がいて90パーセントは征服した異民族でありそれは奴隷だった、それでslaveがスラブになりそれが奴隷民族をさしていたとなる
つまり戦争で民族同士が戦いそれで優劣を決めて負けたのもが奴隷にされる
その過酷な世界が大陸一般に通じる社会だったのである
だから新種差別なども黒人奴隷なども未だに形が変わってもアメリカに継続されている
コロナウィルスでも白人とかより倍も感染して死んでいるからだ
アメリカは超富裕層と貧困層に二分化されている

要するに日本は世界でぱ特殊なのでありそうした奴隷が階級社会があるのが普通の社会なのである、人間は歴史的に優秀な貴族と奴隷になる人間とに分化していた
その優秀さを決めるのが戦争だったのである
だから大陸の歴史は戦争の歴史だったとなる
日本も戦国時代があったし戦争があったにしても大陸と比べると熾烈な民族絶滅させるような過酷な戦争はない、適当なところでおさめる、殿様が腹を切れば戦いは終わりその殿様に仕える家臣は助けられるというのが多い        

それでまた戦争しても敵味方塚など戦った敵味方でも供養している
それは東北に攻めてきた九州と薩摩長州の兵でもそうである、それは碑として残されているのである、なぜ敵を供養するのかということが中国から来た人には理解されない
なぜなら中国では敵の墓を暴いてもばっしているからである
つまり中国も大陸でありその歴史はヨ−ロッパとにている、絶えざる異民族との抗争が歴史である、日本には異民族はない、みんな日本人なのである
日本人の根底には同じ日本じゃないかということがある
それで勝海舟と西郷隆盛は江戸を戦場にしないことで合意した
それは同じ日本人として同じ武士として通じるものがあったからとしている

加治将一氏はアメリカ暮らしが長い、それもビジネスしていたのだからアメリカ人にもなっていた、もちろん武田邦彦氏も科学者としてじかに外国人と欧米でも一流の人とじかに接している、そこが日本だけにしか住んでいないものとの差が大きい
でも言うことは根底から違っていても共通したものがあるのが不思議である
加治将一氏はしきりにフラットな愛のある関係を説く、武田邦彦氏は日本人は平等だとしきりに言う、天皇がいたとしても天皇以外はみんな平等なのが日本人だとしている
そういう歴史を作ってきたのが日本人だとしている
これは一見違ったようにみえても両者とも共通したものがある
つまりアメリカが外国がフラットな社会ではなく日本こそがフラットな社会としている
両者の意見が違っているようでも加治氏が日本が縦社会の階級社会、既得権社会だとしているが日本はもともと平等社会だとしている

もともとアメリカは王様がいないところから始まった、リンカーン大統領は丸太小屋に住んだヨ−ロッパからきた開拓者であるからだ
だから当然平等社会になっていた、それでホイットマンの詩が生まれた
そこであらゆる人を詩にしている、アメリカに住む人はみな平等であり同胞だとしている確かにその時代はそういう社会がアメリカだった、今は途方もない格差社会になっている数ハパーセントの人が富を独占しているからである
だからアメリカこそ縦社会であり階級社会であり貧富の格差になっているフラットな社会でないのである、そこをなぜ加治将一氏は指摘しないのか批判しないのかわからない
それでアンテークコインに投資している、それもわからないがアンテークコインは富裕層の資産保全のために構築された場である
なぜロスチャイルドがそのアンテークコインで財産を築いてそれで世界を支配する富を手に入れたと陰謀論になるからだ

確かにホイットマンの詩はhuman flat relationになる、それに共感する
でも日本人こそが実は武田邦彦氏の言うようにhuman flat relationの社会だったとなる
同じように外国生活していても見方が違ってくる
内村鑑三はアメリカに留学してアメリカが拝金主義なことや様々な悪い点を見た
そして日本のいい点を見直した、だから外国の宣教師でもキリスト教でもそれは本来のキリスト教でぱないとして批判したのである

ただ奇妙なのは両方が対立しているうよで共通しているものがある
天皇を頂点とした縦社会既得権社会だということにも私は共感する
また天皇を頂点して天皇だけは別格として後は日本人は平等だったということにも共感する
ただ加治氏がアメリカを批判しないのは理解できない
つまり今をみればアメリカがむしろ最大のフラットな社会ではない、極端な格差社会でありそれを見習うことはできない、大国はどうしても中国でもそうなように一将なって万骨枯るになりやすいのである
あれだけ巨大な国を治めるとなればどうしても強権になり一党独裁になるからだ
それでコロナウィルスにしてももうそんな大きな国を統制できなくなるのである
それでかえって小国がコロナウィルスを封じ込めることができたのはそこで政治でも治めやすいからである、ガバナンスが行き届くからである
それでまた今回のコロナウィルス騒ぎでかえって地方自治体が大阪モデルなど適格な判断ができて指導できたとされる、これも異論があるが地方自治体の方が手の届く支援も支持もできたとなる
大陸だと歴史的にどうしても巨大化して大帝国化した、そこで大量の奴隷が生れ王を頂点とした階級制が生まれた
日本にはそういうことがなかったのは日本は島国でありそれも割と大きい島国であり特殊な環境にあったからである

とにかくyoutubeの発言は他にもいろいろある、そこでかえってマスコミには出ない人が自説を展開するのはいいことである
マスコミだとマスコミの意図にかなう人しか発言できないからである
だから武田邦彦氏などはテレビに出ていないのである
拒否されてしまうのである、医師会などあからさまに批判すればそうなる
なぜなら医師会とかなるとお医者様の団体となれば怖くて批判できない
庶民だと病気になったら診てもらえないのではないかという恐怖になる
それは原発ともにていた、電事連が800億円も宣伝費をマスコミに出していたからである、それに逆らったらマスコミ自体が成立たないなにっていたからである
医師会の言うことを自民党も無視できない、選挙の時は医者が頼りになる、たいがい地方の有力者だからである

ただここで両者ともなぜ熱があったとか体に異変があって医者に行っても診てもらえなかったとかそれで死んだとかありそれは医師会のためにそうなったともしている
病気になったら病院に行く医者にみてもらうのが当然だからである
そのために保険料を払っているからである
そこでもやはり共通して怒っている、これも医療のことでもわからないから国民は気づかないし専門家の言い訳があるからわからない
それも原発で核のことがわからないと同じだったのである
専門家の言うならば従うほかないとなる、知らない奴は口だすなとなる
それで原発事故では地元に故郷に住めなくなったのである

だから両者の意見は違っているのだがまた共通しているのがあるのも不思議である
ともかくyoutubeは個人が主体だからその個人の思想なり生活なりを診るのが違っているメデアである
マスコミはマスコミが主催してマスコミの意向を通すものでありそのために人選があるそれに反するものは拒否される
それはNHKでも同じなのである、そこで意見が言えるのはNHKの意向にそったものである
それで武田邦彦氏は温暖化はないというときもうNHKは温暖化をしつこく言ってキャンペーンまでしているからNHKからにらまれてテレビには出れなくなったのである
だから福島県のマスコミもそうである
原発を批判することなどなかった、なぜならやはり莫大な広告費の分け前を得ていたからである、この報道でも相当に日本は歪められたのであるフェクニュースでも惑わされた
だからこれからは常にマスコミは糾弾される対象なのである
それは日本の方向を歪めてしまい国民を誤った方向に導くからである
マスコミ自体が批判される時代になった、それはマスコミにはマスコミの意向がありその意向にそった編集をしている

そしてマスコミ自体がフェイクニュースを平気で流している
六本木なのか原宿なのか自粛が解除されて人でにぎわっている光景を写ししていたがその映像が古いものだったのである、他でも鉄道ファンが集まったとかも自粛より前の古い映像だったのである、こうして映像にもだまされるのである
それも気づきにくいのである、だからマスコミは今や常に批判的にみてネットからその真実を暴かれるようになった
六局独占の時代は終わったのである、新聞でももうもたない、旧メデアは報道するのに金がかかりすぎるのである
プログなどになると報道するのは無料なのである

ただやはりもう一つわかりやすい構成にしたくてワードプレスとかしようとしたがこれもなかなかできなくなった、つまり技術的にめんとうになった
それは歳とって技術についていけなくなったのである
ホームページでも作り直すのもなかなかできない、意外とこのインタ−ネットの作業が時間がかかるのである
ただテキストは親指シフトでなれているから早く打てるのでできている
でもプログを同じもの二つ作ったのが失敗だった
それが手間になっている、それを変えることもできなくなったのである
フェスブックも設置してみたが使い方がわからないから一度も発言も返事もしていない放置したままである
まずプログに文章や写真をアップすることが第一でありその外のことをする時間がないのである
なぜなら家事も全部一人でしているから時間がないからである

2020年05月24日

資本主義の起源−日本人の勤勉さはなぜ (草刈のように農業は勤勉さが要求される‐怠けることが悪になる)


資本主義の起源−日本人の勤勉さはなぜ

(草刈のように農業は勤勉さが要求される‐怠けることが悪になる)


田舎はいわば運命共同体
手入れが悪くて害虫を発生させた場合
当人だけではなく周りの田畑までまで影響が及ぶ
最善を尽くして被害が出たならばそれはたまたまその家が出ただけであって自分から出たかもしれないので地域全体でバックアップするし助け合う
ただ最善を尽くさずむしろ怠惰によって周りに被害をもたらしたものは許されない

この意見は面白い、どこに書かれたかわからなくなった

農業は毎日草刈が仕事である、草は刈っても刈っても生えて来る

怠けていると雑草が生えて来る、それで困るのは自分の畑を持っている人だけではない
隣でなまけて草を刈らないと困る、だから隣の人が怠けることが許されないのである
この辺では畑をやめてそこが荒地になると草が生え放題でありそれで困る
日本はヨ−ロッパとか違って乾燥していない、絶えず雑草が生えてくる
湿潤だから雑草が生えてくる、そういう風土である

農業は怠けられないのである、まず脱穀機ができたのは戦後まもなくであり精米するにも手間がかっていた、米を作ることは田植えからはじまり草取りがありまた手間がかかっていた、つまり米を作ることでも怠けられないのである
だからみんな勤勉でないと農業は成り立たない、それで一人でも怠けることは責められることになる

一方で狩猟とか牧畜は根本的に違ったものである、そこにあまり勤勉さを必要としていない、牧畜でも羊を放牧して自由にさせる、羊飼いは何かじっと見守っている
何か手を加えなくても羊は勝手に草を食べる、ただ草のある所に移動する時羊飼いは働くとなる、つまり移動することが働くことになる
それで馬を使用したりする、馬が不可欠になる

何か稲作とか畑で仕事するのとは農業は根本的に違っている、そこから形成される人間の感覚でも人間自体も違ったものとなる
狩猟とかなるとこれも何か勤勉に働くことではない、獲物を一発でとらえる
そこに必要なのはその獲物を捕らえる道具である
弓矢であり槍であり鉄砲とかでもある、そこで自ずと道具が発達したとなる
それが戦争の道具ともなった、何か稲作とかだとその道具が戦争になりにくい
そういう差が文化の差となり文明の差となった

それをなぜ知るべきかとなるとそもそも人間社会を導いたのは狩猟民族であり牧畜民族であり遊牧民だとなるからだ
ただエジプト文明は麦を栽培して農業文明だった、なぜならビールまで作っていたからである、ピラミッドを作ったのも農業の定着文明だからである
それはマヤやインカの文明にも通じている
とうもろこしを主食とすることは農業文明だったとなるからだ

なぜ日本人は一様に行動したり規律的になり村八分にしたりするのか?

それは稲作とか集団的に組織的一様化する労働からそうなった
そこで誰か一人が勝手な行動はできないし怠けることは許されないのである
それが草取りに現れていたのである
つまり一区画の田でも畑でも勝手にするわけにはいかない、それが草取りに現れていた

ここで詳しくは探求できないがこのことを思ったのはそもそも資本主義の精神というのがなになのかである
それう知るためにこうしたその基本となるものが資本主義の精神を形成した原動力は何かということである
それは勤勉な農業とも違う、何かそれは狩猟や牧畜、遊牧民から生まれた精神でないかと思った
ただその両方もある、何かを食料でも貯えるということは農業にあるからだ
資本主義にも資本を貯えるこということがあるからだ

ただ一発大きな獲物を捕らえるということは農業にはない、それで大航海とかを農民だったらしない、それはまるで違ったものだからである
航海はやはり海で魚をとっていた漁民から発展したのかとなる
どうしても船を操作することにたけねばならないからである
だから漁民が商人ともなる、遠くへ海をわたり品物を運ぶことになるからだ
つまり狩猟でも遊牧民でも移動することで共通している
農業文明は土地に定着して移動しないのである

つまり狩猟とか遊牧民だと狩猟は獲物を得るために弓矢とか道具が発達する
遊牧民は移動する、それで馬を使うようになる
どれだけ効果的に移動できるかが問題になる
それは何か資本主義に通じている、資本主義はグローバル化したがそれはその根底に移動するということがあった、移動して富を得ることがあったからだ
狩猟民でも獲物を求めて移動するからだ、
人間は人種より白人だとかアジア人だとかで区別するのではなくその生活形態で分けるべきである、アーリア人が残酷で世界を支配したというよりそもそも狩猟民であり遊牧民であるということが根底にありそうさせたとなる

ただ二つの生活形態で簡単に分けられないという面はある
なぜなら狩猟民とか遊牧民は大きな文明を作れなかった、大きな文明は四大文明でも農業文明であり定着文明だったからである
モンゴルとかは遊牧民の大帝国を一時作ったとしてもそれはただ拡散しただけであり何か文明を作ったとはならない、ローマは文明を作った、ローマ人は農民だったのである
質実な素朴な農民がローマを作ったのである
これも農業文明だったのである

ただ資本主義の謎はあらゆるものを資本とする、資本蓄積してそれで投資して富を増やしてゆく、物でも土地でも資源でも債権化して商品化して投資の対象にする
だから大航海時代に船の株主となりもし船が無事に荷物を積んで帰ってきたら株主は大きな利益を得た、しかし船が沈没したらゼロになったのである
そういう冒険的なギャンブル的なものがあるのが資本主義である
常に市場では株は上がり下がりしているからである、そこに必ずリスクがあるからだ

いづれにしろ何かコロナウィルスでこの移動が制限された
それはグローバル化が止められたとなる
グローバル化が限界にきてもうこれ以上拡散できない、縮小を余儀なくされたのである
それは自然環境にしてもグロ−バルの負荷が大きくなった
経済成長を追及してゆくと自然環境が破壊されて原発事故のように住めなくなるからだ
そのためにコロナウィルスが神がばらまいたのかとまでなる

資本主義が限界に来たという時、銀行がもう投資先がない、貸す会社もないということに現れている、銀行は金を貸して利子でもうける、でも何か設備投資して新しく商売する新しいものを作るということでも限界に来た
AIとかがもてはやされるのはそれは頭脳のことであり何か今までのものとは違っている
だから不思議なのはすでに2000年前に仏教であれキリスト教であれその後のイスラム教であれ宗教が興隆したのは何か文明がすでに発達した結果として内面化の精神文明が生まれたとなる第一僧侶とか牧師とかでも生産にたずさわらない、ただ瞑想しているということは生産に寄与しない人間だとなる
そんなことは日本だったら絶えず草取りしているのとはまるで違ったものだからである
瞑想して働かないということはその瞑想している人に食料を与える人がなければできないのである

いづれにしろ資本主義であれグロ−バル経済でありそれはコロナウィルスを契機として見直される、限りなく経済成長することは世界の自然環境を破壊することである
そもそもコロナウィルスはその土地の風土の自然環境を壊した結果としてそこからウィルスが生まれたということになるとまさに自然破壊がコロナウィルスでも産んだとなるからだ、自然からの警告だったともなるからだ

これから資本主義でももう投資先がない、それで銀行の役目もなくなる
そして宗教てあれ哲学であれ何か内面志向、物質ではない人間の精神を重視する文明に変わる、それはローマ帝国の後の中世時代とかにもなる、日本なら江戸時代の国風文化への回帰なのである、ただそれは同じものにならない、21世紀にふさわしい精神の内面化であり文化の創造となる
パソコンとかAIとかは何か物を作るというのではない、人間の脳とか心とか精神に働きかけるものをもっているからだ
通信というのもそうである、物の移動ではない、何か情報の移動であり物ではない
物の移動はもう限界にきていたのである

だからコロナウィルスで移動できなくなったことがそのことを象徴していた
移動から定着化とか縮小化とかステーホームとかは新しい生活様式だというときそうである、それは個々人が宗教のように内面化することにもなるからだ
コロナウィルスは三密を嫌う、集団的な行動を嫌うというのも不思議である
テレワークは何か個々人化するコミ二ケーションにもなる
なんらかコロナウィルスは世界を社会を変える作用したのも時代を変える作用をしたのもやはり人間社会は人間だけでは変えられないものがあり自然の作用で神が働きかけてそうなったきかと見たのである

posted by 老鶯 at 22:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

磐城大田駅で撮ったスーパーヒタチ(菜の花に映える)


磐城太田駅で撮ったスーパーヒタチ(菜の花に映える)

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菜の花の隣は麦畑になっている、麦を栽培するようなった
ここはもともと田んぼだった

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磐城太田駅は無人駅である、そこに菜の花が咲いていたので待って写真をとった
鯉のぼりも見えたから絵になっている
撮り鉄も面白い、その撮影ポイントを探すことからはじまる
乗り鉄から撮り鉄に変わった、とういのはここ十年以上旅していないからである
私は車窓から常に風景をながめていた
それは贅沢な時間だった、でも鉄道趣味でもいろいろある
模型を楽しむのもあるしメカもある、自分はメカには弱い
ただ鉄道は風景にとけこむから絵になり写真になるから好きなのである

菜の花や電車を待ちて写真とる

ただ写真を撮るのに待っている、乗るためではないのも変である
そしてコロナウィルス騒ぎで電車に人が乗っていなのである
これも奇妙だった
ただ自粛が解除されたのでこれから乗るようになるのか?
それでも東京まで行くのはまだ危険である
原町の食堂では幸楽苑とか狭い場所で密集してラーメンを食べていた
あれもあんなに密集してコロナウィルスにうつらないのか?
何かそうした不安もなくなっているようである


2020年05月23日

NHKの「福島の経済と暮らし」で放送 (相馬の水産業のコロナウィルスの影響ーその人は近くの人だった)


NHKの「福島の経済と暮らし」で放送

(相馬の水産業のコロナウィルスの影響ーその人は近くの人だった)

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震災から回復していた、でもコロナウィルスでまた減ったのはショック

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こういう食堂は濃厚接触になるから営業できなくなった


この放送ですぐ近くの人が映っていたので驚いた
松川浦の魚の仲卸業であり主に飲食店とか旅館とかに魚を卸す仕事をしていた
それはわかっていたがテレビに映ったので注目した

コロナウィルスで魚が売れないという時、東京の新宿の食堂で福島産の魚を食べるのを写していた、東京で自粛があり食堂などが閉鎖されたので売れなくなった
何か飲食業に卸している人がいる、それは農業でもそうなのである
それでコロナウィルスの影響があった
飲食業とかホテルとか観光業が一番影響があった

ただ原発事故で海が汚染されたけど漁業関係者は生活に困ることはない、特に船主は困らない、原発事故前も以後も補償金をもらっているからだ
これは前から書いてきた、その補償は手厚いのである
だからこれもおかしいと追求して来た

そしてやはり漁業関係者が津波で家なくして近くに家を建てた、だからこの辺では漁業関係で仕事している人がそれなりにいる、前は小高の人が松川浦の魚を売りにきていたのである
今回の魚の仲卸の人は漁業組合とは関係ない、補償がない
魚をとったものを売る商売だからである、だから三分の一とかなると苦しいとなる
回復しないというのもその商売をつづけられるのか?
その人は一つの会社として経営していた
事務の女性もいたからそれなりの収入がないとつづけられないともなる

ただ魚の需要はある、でも観光とか飲食業とか旅館でもホテルでもそれが回復しないからそう言ったのか?
売り上げが三分の一に減ったら苦しいだろう

何か田舎で何の仕事しているかわからないようになっている
この辺は原発事故以後に大熊とか双葉とか浪江とかから移住してきた人が多いから余計にそうなった、だから新しい街が三つくらいできた感じにもなる
今でもまだ建売の家が建っている

ともかくコロナウィルスの影響が身近にあった一例である
前はすぐ近くの人が東京のライブハウスに行って感染したというときも驚いた

新宿の食堂では淡路産の何かと陸奥産と磐城産とかメニューが全国的豊富である
何かそれを見てうらやましくなった、かえって地方はメニューが限られている
どうしても外食するからうらやまく見たのである
東京だとさらに食べ物だと金があれば外国のものでもなんでもあらゆる料理を楽しむことはできる
そこが都会の利点だとはなる、自分の住んでいる地区は弁当さえ売っていないからだ

とにかく食事にはこまる、いろいろなものを使うからめんどうすぎるのである
それでステーホームで三食用意するのが大変だと学校が休校になり母親が嘆くのもわかる
給食の方がいいとなるのだ

posted by 老鶯 at 19:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

南相馬市の介護殺人事件 (2025年問題が始まっている、認知症介護の困難)


南相馬市の介護殺人事件

(2025年問題が始まっている、認知症介護の困難)

南相馬市原町区のパート従業員、愛原正人容疑者46歳。
愛原容疑者は先月2日、自宅で、母親の隆子さん(当時70歳)の顔に布団をかぶせるなどして、死亡させた疑いが持たれている。

46歳では若いのに70歳の母親の介護で殺人事件になった
70代が介護される時代になった、それで2025年問題が言われる

2025年の日本は、団塊の世代が75歳を超えて後期高齢者となり、国民の3人に1人が65歳以上、5人に1人が75歳以上という、人類が経験したことのない『超・超高齢社会』を迎える。
現時点でも、軽度のものを含めれば、少なくとも820万人が認知症を患っているという厚労省のデータがあります
2025年には今の1・5倍、1200万人以上が認知症になっていてもおかしくありません」(国際医療福祉大学教授の高橋泰氏)

全国民の10人に1人がボケている。そんな国が成り立つのか、

この母親は認知症であり夜騒いでいたから布団をかぶせて黙らせていた、それで死ぬことになったとかニュースで聴いた
介護殺人はこれからもっと増えて来る、認知症の介護が一番つらい
そしてここでは男一人で介護していたようだ
それで手に負えなくなった、私も認知症の介護で四苦八苦したことをプログで書いてきたこの病気は何か理解できなかったから不安だった
狂気になったのかとも思った、それで怖かった

そして認知症は誰も相談できる人がいない

認知症について相談する人がいないのである、医者も相談してもわからないからだ
治療方法もない、するとどうするのか?
それは介護して自らその方法を見出すほかないのである
原町で民間の認知症相談をしている所がありそこに行ったが何の役にもたたないし助けられない、看板だけである
そこは女性だけであり男性の相談者は行っても相手にされない
つまり男性は介護で一番苦しい状況に追い詰められるのだ

認知症の介護に方法がていというとき認知症の症状で似たものがあってもそれが肉体の病気ではなく精神にかかわる面が多いから余計にめんどうなものとなっている
症状として直前のことが忘れる、その時ただ忘れたというのではなく盗んだと騒ぐ
その犯人になるのが一番身近にいる家族なのである
それは一種の狂気の症状なのである、この時その興奮を鎮めることが必要になる
盗まれたというときすごく興奮する、だからサイフでもなくなったものがありますよと落ち着かせるのである、それでいつも身近でその様子を見ていなければならないから何を置いたかなど知っておく必要がある、それで離れられなくなるのである

そして認知症の介護では広い家だったら狭い部屋で暮らさせる、狭い部屋だと看ている人もサイフがどこにあるとか通帳がどこにあるとかいろいろなものがどこにあるか管理しやすいからである
それで二階に着るものを置いていた、ところがそれを忘れたのである
その時なくなったと泣いていたのである、つまり一階と二階では離れているからそうなったのである
狭い部屋で生活していればそういうことはない、一階と二階と行き来することは管理しにくくなるのである
それは今自分は狭い部屋で仕事している、書き物をしている、狭い部屋にそのためのものを置いて整理するようになった、その方が管理しやすいことがわかった
ただ本が多すぎて狭い部屋に置けないのが問題なのである
常に身近に置いて見ていると管理しやすいのである
だから狭い部屋で認知症の人を介護して管理するのがいいのである

いづれにしろ認知症の介護は至難である、その方法は家族によっても個々人によって対処方法が違ってくるからだ、家族もいろいろであり他からわからないことがありそれで適切なアドバイスもできないのである
そして田舎でも近隣の付き合いが薄れている、するとかえって田舎では苦しんでいる人がいるとそれを話題として楽しみにもなるのである
だから自分の場合は何ら助けもなかった、相談する人もいない、まず認知症は相談できない、それが家族とか何か病気だけではない複雑に関連しているからである

ただ自分は特別良くされていたし世話になったとかあり必死に介護した
そのうち認知症について理解するようになった
認知症の不思議は確かに直前のことを忘れるとか狂気の面があるのだが何か人間としてわかったことがある、つまりこれまで経験したことを覚えていて何か人間として通じるものがある
最初は何なったのかわからなかった、だから怖かった
最も親しい人がそうなることは恐怖である
でも介護しているうちに何か今までのことがわかっていて心が通じあうことができるものがあった
それでだんだん安心するようになったのである
ただ正直何か騒ぐことがあった
だからこの人も騒ぐことがありそれを抑えるために布団をかぶせて抑えようとしたから死んだのかとなる
ただ詳しい事情はわからない、自分の場合は死ぬときに感謝してくれるように頭を下げたそのあとすぐ死んだのである、だから介護してくれたことに感謝してくれたのだと見て救われた、つまり認知症の謎は人間としてわかるものがある
だから全くの痴呆とも精神の狂気とも違う

そして認知症は時々正気になる!

これも恐怖である、何もわからないのではない、正気にかえることがある
それで死ぬとき孫に何百万やれと遺言を残して死んだ
これも驚きだった、第一金のことがわからなくなっていたからだ
でも実際は金のことでもわかっていた、その時正気になっていたのだ
孫のことに心をかけていてそう言ったのである

だから本当に認知症は不可解な病気なのである、わかることは正気の面があり人間としてわかることがありそうなるとどうなるのか?
もし冷たく扱うとそれがわかる、それで恨んで死んでゆく人もいる
その時後味悪いものとして死んでも残りつづけるのである
それが介護の大きな問題なのである、私の場合は介護できたのは特別に良くされたからである、それで苦しかったのだけど必死になって介護したのである
それは当然だったのである、だから家族というのはみんな違っているから介護になるとそうした事情がでてくる
それで兄弟でも一番世話になった良くされた人が介護しろというのもわかる
そうでないと介護もできないとなる

いづれにしろ2025年問題は深刻になる、介護された女性は70代だった
団塊の世代は75になると介護される人が増えて来るし10人に1人が認知症になるというのも恐怖である、私自身もそうであり体が弱っている
それが怖いのである、認知症は本当に一番怖い病気だと知ったからである
ただこれは何か人間として正気の面がありそれがわからないから厄介なのである
これは個々に事情が違うしなかなかアドバイスしてもできない面がある
ただ認知症特有の共通の症状かありそれはアドバイスできる
でも現実に相談できる人はいない、また身近にも助ける人がいないのである

そして介護殺人が増えて来る!

これは間違えないのである、介護される人が増えればそれに比例して増えてくるのである介護で国が崩壊するとまで言われる、それだけ深刻な問題になるのが2025年問題なのである、経済的にも日本が貧困化して団塊の世代が氷河期世代を子供の場合が多い
だから子供も貧困化しているから経済的にも介護できないとなる
国民保険4,5万でどうにもならない、その息子もまた独身なのが多いのである
だから子供がいても介護で窮する人が多いのである
この場合は母親を男性1人で介護していたので同じような状況だったなのかとなる

2020年05月22日

桐の花、、白藤の花、菖蒲(俳句短歌と写真を抽象画に)


桐の花、、白藤の花、菖蒲(俳句短歌と写真を抽象画に)

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ここは田んぼだった

そこに桐の花が咲くが田んぼがないから活きていない



石すえて白藤垂れぬ暮るる庭

この道を通りて猫や藤垂れぬ

藤垂れて猫じっとしてここにいる

雨しとと塵もつかずに桐の花


長々と白藤垂れてこの家に大きなる石すえて暮れにき

我が庭の木の実啄むヒヨドリの今日も来たりてつつがなきかも

ひそけくも桐の花散るこの道を今日も行きつつ災いなかれ

桐の花散りて静けき裏の道今日も行くかなひそかなるべし

なかなかに電車来たらじ黒揚羽線路をよぎり舞いさリ消えぬ

梅雨のようになった、桐の花がいつも行く道に咲いている
桐の花は会津の花である、桐のタンスとか有名だからである
桐の花でも田んぼに写すと映える、ところがこの辺で田んぼが荒地になっているのがまだ多い、ある程度は回復しても放置されて草ぼうぼうになっている
そこに桐の花が咲いていても何か活きていないのである
桐の花と田んぼが一体のものとしてあった
つまり景観とかは暮らしの中で作られてきたのである
だから原発事故以後そういう暮らしが失われて景観も失われたのである
自然は原始のままならいいが人が住んだとき人の暮らしと一体となり景観も作られてきたのである
それがこの草ぼうぼうの中に一本立っている桐の花が活きていないことに現れていた

写真の白藤の家は石を飾っている家として有名である
あそこは土手の道でいつも通っている
あの石は大きいし見ごたえがある、そこに白藤は垂れて咲いている
その土手の道に藤の花がたれる、そしていつもそこに猫がいる
猫と藤は似合っている、

写真をとりそれを絵にする、また抽象画にする、パソコンのソフトを使いこなせばそれができる、ただソフトを使いこなすことが容易ではないのだ
ただパソコンは人間の能力を頭脳を補うものとしてある
だから今までの機械とは違っている
AIが第二の脳となっていることが違っている
翻訳でも本当に人間より優れていることに驚く
現代はコロナウィルスでテレワークになったように家で個々人で仕事する時代になる、教育でも学校だけで習うものではなくなる
その時才能がかえって伸ばせて天才が相当数生まれるようなるかもしれない

そもそも才能はその人の資質もあるが環境の方が大事だからである
いくら才能あってもその才能を伸ばす環境がないと埋もれるのである
これから個々人が才能を伸ばす活かす社会になるのかもしれない
在宅が主になるということは集団ではなく個々人となり個々人の才能を育てるということに変わるのかもしれない
まず学校のような一様化した集団教育では才能は開発されないのである
自分は学校を卒業してから才能を開発してきた
それで何か絵の才能が全くなくても写真をとり抽象画にしたり加工して絵にしている
そのことが自分でも不思議なのである
だから人間の才能はこうして機械によっても開発されるものだと思った

ヒヨドリが毎日木の実を食べにくる、何であんな小さな実を食べて生きられるのか不思議である、飛ぶことには相当エネルギーが必要に思えるからだ
何か他にも食べているのか?
鳥は虫を食べている、虫はタンパク質があるからエネルギーになる
でも八つ手の木の実は小さいしそれがエネルギーとなるとは思えないのである
ともかく今は下の庭の見える部屋にいる
だから庭を見るからそこに自然があると安らぐとなる
自分の家は広いから知的作業をするには最適な環境である
大学生の時から書斎が自分にはあった、そういうふうに自分は恵まれていたのである

まず在宅で仕事するとなると広い家が必要である、そこで子供とか妻とかいれば仕事に集中できないからだ、それで問題が起きている
となると在宅のテレワークとなると大きな家が必要になる
ただ通勤とか車とかはあまり必要なくなる
その分大きな余裕がある家が必要になる、ただそうなると家は高いから問題である
何か邪魔されないように仕事をノートパソコンもって公園で仕事していたというがそれでは仕事に集中できないから問題である
そういうふうにコロナウィルス以後の仕事は変わりそれに備えることが必要になる
それは必ずしも悪いことばかりではないと思った
新しい時代の働き方でありまた学び方にもなるからだ

コロナウィルスで変わる世界 (生態系を無視して人は生きていけない)


コロナウィルスで変わる世界

(生態系を無視して人は生きていけない)



風土病に対する一般的な認識と同様です

すなわち、感染症の発生地域の人間・動物・植物には、何らかの耐性があるのに対して、遠く離れた地域の生物には免疫がないとするものです。

かつてのペストのように、元々はアジアの病気であったものがヨーロッパやアメリカに広ると、被害がより大きくなる傾向があります。

グロ−バル科学技術文明の批判 (生態系を破壊してコロナウィルスでも世界的災禍となる)


文明は滅び生態系は残る (原子力文明は生態系を破壊し滅びる)


人間は生物の一種である、その制約を受ける、その地域に風土に適合して生きざるをえない、その土地に合った食料がありその地域にあった暮らしをする
それが文化なのである
コロナウィルスでもウィルスは風土病だというときその土地に発生した病気でありそれはその土地だけに広まり世界に広まることはなかった
コレラでも江戸時代なら長崎から広まったのはそこが外国の玄関口となっていたからである
港からウィルスが入り安いから水際作戦が大事になる

人間は大航海時代からヨ−ロッパ中心の世界になった、ヨ−ロッパの侵略を受けてきた
アメリカにヨ−ロッパから人が入ったときその原住民のインデアンとか南米のインカとかメキシコのアステカとか古代文明人にウィルスがもたらされて大量に原住民が死んだ
それが呆気なく征服された原因だと見直されている
それだけウィルスの影響が大きかったのである、それは今回のコロナウィルスで証明された、社会を自体を世界を変えるような働きを目の当たりにしたからだ

大航海時代からヨ−ロッパ人が世界を席巻して侵略して征服した
それはいい面と悪い面をもたらした、悪い面は世界が交わることはかえって対立を産み出して戦争になった、第一次第二次世界大戦となり大量の人が死んだ
日本でも3百万人が死んだ、世界が交わることがいいように見えてそれが戦争になったのである、その惨禍はあまりにも悲惨だった
その負の面の大きさは何だったのだろうと世界史をふりかえる

例えばなぜ江戸時代三百年は日本が鎖国していても中国とも朝鮮とも平和な関係を結んでいた、それが欧米の侵略で対立関係になり戦争にもなった
それはヨ−ロッパの侵略が原因していたのである
ヨ−ロッパの侵略に対抗するためにアジアを守るための戦争ともなったのである

国と国が交わる時、その土地土地の生態系から国は長い年月をかけて作られている
だからヨ−ロッパ人だと肉食するために特別の酵素がでる、日本人は穀物を主に食べるから腸が長くなるとか体質的にも違ったものとして作られてきた
おそらく風土病というときまさにその風土から生まれた病気だとなる
だから世界が交わらなければその一地域の風土病として終わっていた
つまり世界に広まることはなかったのである

現代のようにグロ−バル化したとき世界中に瞬間的にも同時にウィルスも広まった
つまり悪いものも同時間で広まる、それを避けることができない
そして多国籍企業とかが世界を席巻する、それは国よりも大きな力をもち世界まで支配するようになる
そこでオラウータンの住んでいた広い森が破壊されてオランウータンが住めなくなったりする、そのことはそこに住んでいる人に影響する、森を破壊することはその土地の生態系を破壊することだからである
一地域は生態系に依存して住んできたからである

生態系とは空気とか水とか土と森林とか生物の基本的ベースとなる環境である
その環境が破壊されたら人は住めなくなる
それで原発事故が起きた周辺では空気も水も土も森林も海も放射性物質で汚染されて住めなくなったのである
東電とか原発はそうした一地域の生態系を根こそぎ破壊したのである
それだけ技術力が巨大化して簡単に一地域の生態系を破壊できる力を企業とか多国籍企業とかがもつようになったのである
東電は一地域の生態系を破壊した、それは世界でもそういうことが起きている、大企業がアフリカであれどこであれ未開の地に富を求めて進出する、するとそこに住んでいた原住民の生活が破壊されるのである、生態系を破壊するから住めなくもなる

江戸時代は生態系に依存して国内でも村ごとに自給自足の生活であり貿易があったとしても小規模であり基本的に村ごとの自給自足だったのである
隣の村人とすら交わらない、隣村すら異国でありそこの人は異人になっていたのである
確かに世界的交わることのいい面はある、でもそれが極限に達して限界になっていた
中国人が大量にインパウンドで日本に来る、それはまるで侵略だったのである
現実に北海道は中国領になるのかとまで見えたり京都は京都でもなくなる
外国人が押し寄せて悲鳴をあげていたのである

もちろん外国の文化とかにふれることは悪いことではない、そこで異文化と他国との理解が深まる、ただそれも限度だったのである、なぜならそのために自国の文化すら生態系でも環境も破壊されることになる、中国人があれだけの数がいると日本近海の魚でもとりにくる、魚がとりつくされるという恐怖にもなる
いなごの大群がおしよせて食い荒らすような恐怖になる
でも江戸時代三百年はそういう恐怖はなかったのである
中国側にすれば日本が戦争しかけてきたとか殺戮されたとか責める
それはもともとヨ−ロッパの侵略に対抗するためにそうなった一面があった
その元凶ヨ−ロッパのアジア侵略にあった、それに唯一対抗したのが日本だったのであるだから中国と日本の対立というより世界史的視野で見なければならない
現実に今度は米中対立となり戦争にもなるとなっているからである

だから何かこのコロナウィルスの不思議はそうした大航海時代からのヨ−ロッパの侵略やアメリカの世界支配を見直すものとなった
つまり世界が交わるグロ−バル経済とかの負の面が増大していたのである
もう限界に達していたのである、それはそれぞれの土地で長い時間でその風土に生態系に育んだ生活文化でも破壊するからである
その技術とかの巨大さが簡単に一地域の生態系でも破壊する
すると技術をなんでもいいものとして受け入れることも危険になる
何らか技術の制約とかまた巨大化する多国籍企業とか大企業とかを制約することが必要になる

つまりこれからは制約の時代になる

地理的に風土的に制約されない世界がグロ−バル社会だった、でもコロナウィルスであらゆる面で制約される社会になる、それがすべて悪い方に向くとはならない
人間とは何か制約されて生きる、その制約された中で文化を育む、アイディンティティを作ってゆく、それが人間本来の姿だとなる、なにか現代文明の制約なき社会はかえってアブノーマルであり異常だったのである
だからニューノーマルな新しい生活様式というときやはり基本は生態系を基本にしたものに帰らねばならない、復帰する復古するという傾向になる
国風文化の時代になる、日本の歴史は奈良時代は中国の文化をとりいれた、その時漢字を取り入れた、唐風文化の時代でありその後に平安時代になり宮廷の女御がかなを発明して国風文化になった、次に鎌倉時代になり武士の時代になった        

その時貴族の仏教から武士の仏教となり庶民の仏教となった、その後信長がでて安土桃山時代となりキリスト教も一時的に入り外来文化と日本文化の融合が起きた
戦国時代が終わると鎖国の江戸時代となりまた国風文化の時代になった
そして明治維新になり西欧化した、次にアメリカに負けてアメリカ化して次はまた江戸時代への復古が起こり国風文化の時代になる
そういうサイクルが日本の歴史にはあった
その時ちょうどコロナウィルスが世界に蔓延したというのも不思議である
コロナウィルスでこれだけの変化をもたらしていることが驚きである
人間だけの力では世界は変えられないことを見せつけられたのである




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2020年05月21日

黒川検事長は朝日新聞社員と産経新聞記者と賭けマージャンをしていた


黒川検事長は朝日新聞社員と産経新聞記者と賭けマージャンをしていた 


黒川検事長は今月1日と13日に緊急事態宣言が続く中、朝日新聞社員と産経新聞記者と賭けマージャンをしていたと『週刊文春デジタル』で報じられていた。

黒川弘務が懲戒免職まっしぐら!3密賭けマージャンで完全詰み状態

これも原発事故で起きたこととにてたいる、丁度福島原発が爆発したときマスコミの幹部が中国に招待されていたのである
それも右左関係ない、産経新聞でも朝日新聞でも招待されていたのである
こういう人たちがどうして原発の原子力村の「安全神話」に疑問すらさしはさまないことがわかる、つまりなぜなら「安全神話」に加担したのがマスコミだったからである
マスコミは権力と癒着しやすいのである
マスコミは報道は権力におもねるとしたら公正な報道ができない

なぜマスコミが堕落するのか?

それは権力とかかわりその権力にとりこまれるからである、そもそも権力とかかわるとき警察でも検察でも情報を得ること自体が権力におもねないと得られない
そして記者クラブとかがかえって権力のおかかえとなり権力者によって操作されるだけだとなる、そうしていれば楽だし利益の分配が受けられるからである

それからなぜマスコミが堕落するのかというとそもそもマスコミでも報道することに莫大な金がかかっていた、新聞をみればわかる、いちいち新聞を配るだけでその費用を大きすぎる、するとその金を工面するのにどうするのかとなりとても自力でまかなうことができない、それで宣伝費でまかなうとなる、その宣伝費でも会社から払ってもらうのだから
どうしても宣伝費を払う会社に忖度してその会社の悪があっても目をつぶるとなる

それげ福島民報などは創価の聖教新聞を刷っている、そうしたらそうした団体の悪口を言えないのである、そういうことは東電でもそうである、電事連から800億円の宣伝費が出ていた

原発再稼働政策を推し進める安倍政権と歩調を合わせるように、電力業界は広告費を増やし、再びマスコミを“カネ”で漬け込んで“原発タブー”を作り出しているのだ。

この電事連には右も左でも共産党でも組合員が入っているから強力である
第一電力無しで今の社会は成り立たない、電力で働く人も多いしまた電力を使う社会なのだからそうなる
だからこそ莫大な宣伝費がマスコミに支払われる、それで批判を封じることができる
つまり金でマスコミでも報道でも買われるとなる
福島県にも政経福島とか財界福島とか雑誌があっても一か月一回くらいだしてそれが賄えるのか?出版になると金がかかるからだ
だからなんらか会社とか他にも援助がないと出せないように思う
そこで何か必ずそうして金を出してくれる会社でも忖度するようになる
政経東北には渡部恒三がかかわっていたようだ
福島原発の推進のボスだった人である、だからそういう方面からも何か援助があったのかとなる

そしてマスコミの特徴としてマスコミ自体が一つの利益を共有する組織ともなっている
なぜなら他社を批判しないルールみたいなものがある
むしろ他社と競って真実を明らかにするようになった方がいいのである
でも互いに批判しないからみんな一様であり真実が見えないのである
かえって赤旗であり創価の聖教新聞であれそれが偏っていてもそういう党派のものとして見るからいいとなる
福島民報はあと半分は県で出資しているとなると官報と同じたとなる
そうなると真実を知らせることはありえないのである
でもマスコミの問題はテレビ局でもはNHKでも中立で公正を装っているから問題なのである、他社の記事でも互いに批判しないからかえって真実が見えなくなっている

それでなぜ福島原発が爆発したとき全マスコミの幹部が中国に東電に接待されていたのか?それは東電の宣伝費が大きいからである
それはほとんどのマスコミが報道がそうだったのである
創価関係の潮とか第三文明とかは全マスコミの二番目くらいに宣伝していて宣伝費をもらっていたのである
第一そこで雑誌を出す最初の仕事は宣伝費をもらうために会社に行くことである
そうなると東電が最も宣伝費を払うのだからお得様になり原発の原子力村の「安全神話」を支える強力なシンパとなる
それは朝日新聞でもそうでありみんなそうだったのである
福島県の報道関係でも全部そうである、だから「安全神話」を支えるものとしてあり
真実は県民に知らされなかった 

ともかく権力と癒着することは避けられない、何か情報を聞き出すにしても権力者が情報をもっているのだから記者はマスコミでも独自に調査できないのである
また権力と権力が癒着しやすい、検察と政治家が時の政権と癒着しやすいのである
今回はそれが露骨に現れた事件だった
マスコミでも報道が大事になるのは民主主義では何か知らされなければわからないとなるからだ、とすると知らされないのだから判断しようもない

それで福島原発でもそうだった、科学者の一団が十数メートルの津波が来る!

このことを自分は知らなかった、そもそも原発に関心がなかった
30キロ離れているし関係ないと思っていたのである
でもこのことを強く大々的に報道していたら違っていた
そんな津波来たらどうなるんだと注意するようになるし調べる人もでてくる

今になってそのことを知っていて科学者が警告していたのに東電は安全を計ることを怠ったから責任があるとされたのである、津波だけの原因ではない
十数メートルの津波が来るとして備えをしなかったとして裁判でも認められたのである
別にこのことは隠蔽する必要もなかった、かえってもし大々的に報道されて警告されていたら津波に警戒して助かった人もいた
すると東電に感謝されていたともなる

とにかく権力と報道でも癒着しやすい、第一権力がないものが取材すらできない
一ブロガーなど相手にされないだろう
ただインタ−ネットで一億総記者にもなった、今度はyoutubeで個々人がテレビ局にもなった、すると六局で独占したテレビ局でもマスコミでも対等化され水平化される
飛びぬけて力を持っていたマスコミの力がそがれるともなる
でも取材力となるとインタ−ネットでは力が劣る
だから何らか権力を監視するものが必要である
それで三権分立となった、権力を分散して監視する、行政を監視するのが検察だとなる

その検察を監視するのは何なのか? 

検察を監視するのはマスコミとか国民世論しかないというのが問題なのである
なぜなら東電にはこうした権力者が天下り先としてあった
検察でも警察でも自衛隊でも海上保安庁とかの官僚の天下り先となっていたのである
こうなっていたとても監視することはできない
だから権力の暴走をとめることができなくなる、そうしてその結果として国民が関係ないようで必ず誰かが責任をとらされる、戦争では暴走して300百万人が死んだように原発事故では故郷に住めなくなったように必ず誰かが責任をとらされるのである
でも東電の幹部は一人も責任をとっていない、政府でもそうである
だからこういいう構造自体がシステムを直さない限り同じことが起きる
それでまた電事連とかで宣伝費を増やして原発を推進しようとしている
まあれだけの事故が起きてもたりずにそうしているのである

おそらくそういうシステムとかを批判しても個々人のモラルの低下があり正せない
記者魂とかあったというときそうなのだろう、何か日本人自体魂(たましい)が喪失したそれは戦争に負けて大和魂も喪失した
何かうしろに魂がつくときそこに命を駆けるうなものが生まれる
職業倫理が日本では・・・魂だとなる、ただ利だけを追及するのではない
魂(たましい)を追及するのだとなるからだ
日本人は戦争に負けてその魂がぬかれたのかもしれない、ただ利益を求めるだけとなったそれは上らか下まで全部そうなのである、金になればいいしかない、その他のことは考慮しなくなったのである
金のために魂を売る、それが普通の状態でありそれに疑問すら感じないのである
そうしていると原発事故になって故郷にすら住めなくなったのである
だから上から下まで腐って日本自体が滅びに向かっているともなる

報道を考える時をどうしたら公正になれるのか?

金がかかりすぎる報道だとできない、インタ−ネットとかだと無料でもできる
ただ取材とかなるとむずかしくなる、だから何らか組織が必要になる
それも大きくなると金がかかりまかなえないのである
奇妙なのは公正になるには権勢家でもかかわらないことだとなる
どうしてもそこで忖度するらようになるからだ
それで引きこもりの隠者が向いているとかなるのも奇妙である
そういう人は人とかかわらないしかえって公正に見られるとなる
なぜなら人間は誰でも交際すると情実が生じやすい、そこで忖度するようになる
この問題でも権力者と記者の間で親しくなりすぎるとどうしても情実が生れて
秘密の情報でももれやいからである 

ただ引きこもりとか隠者になっていては社会をのこともわからなくなる
それも問題なのである、そのことは自分自身だった、ただ人間関係からはどうしても情実が生まれやすい
そこで必ず忖度するようになり不公正になる、だから検察とかは特定の人と記者でもあまり親しくなると今回の様な問題が起きるから戒めねばならないとなる

タダで情報を得るということは、事実上、タダ働きしている人がいるということだ。そんなビジネスモデルではジャーナリズムは維持できない。

このようにジャーナリズムを担う人が必要である、それが誰になるのか?
権力を監視するためには結局権力が必要になる、その権力をマスコミに与えられていたがそれで不公平になった、マスコミがかえって第3の権力となり社会を歪めた
その本来の使命を果たさなくなった、それは朝日新聞が戦争をあおったりマスコミが歪めることが多かった、今は新聞よりテレビ局が社会を歪める
それでyoutubeが生まれたがこれが権力を監視したりできるのか?
それだけの力を持つことができるのか?それにも無理がある
第一では権力者の取材ができるかとなるとできないからだ
常に陰謀論ばかり語られる、直接取材できないから陰で推測だけだともなってしまう
結局権力を監視するには権力が必要でありまた権力を与えると堕落するとなる
それで権力は絶対的に腐敗するとなるジレンマになる
そこに人間の限界があるともなる、人間を裁くとき人間に限界があるからだ
だから公正な裁きはシオンにより成されるとなる

民をさばく主権者はあくまでも神です。その「さばき」は「義と公正をもって」なされます

この世ではいくら三権分立で公正を実行しようとしてもできない、システムをいくら作ってもできない、そこに抜け穴があり不公平がある
それを実行できるのは神しかないとなる
人が人を裁けない、裁くなというときそれだけ裁くことは人智を越えているためである
人の心をみる神だけが裁けるとなるからだ
だから法の番人でも最高権力者の検事でも裁かれる方にもなる
裁く者が裁かれる者になるのである





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2020年05月20日

大坂吉村知事のコロナウィルス対策の評価 (若いから機敏に対応できた?ー緊急事態の対応は至難である)


大坂吉村知事のコロナウィルス対策の評価

(若いから機敏に対応できた?ー緊急事態の対応は至難である)


大坂知事がコロナウィルス対策で評価されている、早めに手を打ち先を見たという

それができたのはななぜなのか?

40才という若さなのか?弁護士出だとすると文系である、政治家だと阿部首相とか文系である、とするとウィルスのことをとっさにわかるだろうか?
それは知事だけの力ではない、回りのスタッフに専門家がいて適切なアドバイスがしてくれたからだとかとも言う、それもありだとしている

適切にアドバイスしてくれる人は大事!

これは言える、自分も家族が認知症になったとき何が何だかわからなかった、でもそういう緊急の時は身近に相談する人はいない
その時インタ−ネットでとっさに検索して読んだことが役に立った
何かお茶とか飲ませて落ち着かせろということと目を見て話せということが書いてあった
それでそれを即座に実行したのである
別に詳しく見たわけでない、時間がなかった、でもそのページを読んだことで即座に実行したら効果があった
つまり認知症について医者する知らない、かえって経験した人が知っている
でもそういう人が近くにいないのである、近くでアドバイスを受けられる所はなかったのである
そういうとき親身になって相談にのってくれる人はいないのであく

また大阪庶民は大阪人は義理人情に篤いとか大阪人はもともと東京のように地方かからの集まりではなくもともと住んだ人が多く団結心があるともいう
大坂は東京とにたようなものと思っていたが違うのかとなる
大阪人に何か好感をもてる、それで外国人でも受け入れる素地があり大阪が好きになることがわかる 

第一大阪弁からして親しみ安いのである
かえって情に篤いというとき東北人は情に篤いということもない、田舎が情に篤いなど今はないのである
むしろ何か隣人でも誰か不幸になることとそれを楽しむという傾向が強いのである
そういうことがかえって露骨に現れるのが田舎なのである
まず正直東北人はとっつきにくいし何か自分自身東北に住んで東北人は好きでない
地元に住んでいても人との対応が本当に悪いのである
原町の自転車屋では来るなと言われた、それは原町に住んでいないからである
他の人もそういわれたとある、そういうふうに客商売でも縄張りとかを守る
つまり東北人は商売人に向いていない、それで事業を起こした人も失敗した
事業を起こす経営者としても向いていない、youtubeの経営者向きのコンサルタントは
商売人の嫁をもらいというときそうである
事業には商売の要素が大きいからそうなる
その人は事業を起こす経営者になる前は一級の免許をもった技術者であり優秀だったのである、でも経営者になるとそこは違った世界になっていた
客を相手に商売するということがある、それで失敗した

つくづく東北人は商売に向いていない律儀な職人とか技術とか向いている
自分もそうである、何か学問とか芸術でも内面的なものに向いている
性格もあるが東北人気質となると政治家とか経営者とか何か商売のようなものに関係するのは向いていない、大阪人はもともと商売の土地でありそのあいさつが「もうかりまっか」となることでもわかる、それは東は江戸は政治であり西の大阪は商都として秀吉の時代から発展したからである
それから近江商人とかがいる、そこの出身の人と旅でであった、その人は外国で中国でもねぎるのがうまいのである、それを自分もまねてしたがかえって失敗したのである
その人だからできたことなのである、だからその資質はその土地の風土と歴史から生まれ育ったとなる、東北にはそういう歴史がないのである
ただ伊達政宗だけは例外なのである、なぜあのような人間が出たのが不思議である
ただ仙台が唯一江戸時代でも商人の町だったということが影響しているのかもしれない
それで方言で語尾にだっちゃ、だっちゃという、その響きが東北弁だとこの辺でもんだんだとなるが全然違った押しの強いものに感じる
んだんだというのは何か口籠もるような感覚になるからだ
それは山形弁とかでもそうであり東北弁に共通している、でも仙台弁だけは例外なのである

今回のコロナウィルスで大坂知事が評判が良かったのは何か若いということも関係していたのか?
こういう緊急の時、本当に機敏に対応できない、それは津浪とか原発事故で経験している何か大きな事は急激にやってくる、それに対応できないのである
それで南相馬市長でも知事でも緊急事態の対応が迫られたのである
国でもそうだが成すすべもなく対応できなかった
そもそも放射線のことなど事前に良く知らなかったからである
避難訓練もしていないしそういう放射線被害のことは歴史でも経験していないのである
それより肝心の支持すべき東電の幹部でも政府でも支持できなかったのである
だから浪江町では町長の独断で最も放射線量が高い津島に避難した
放射性物質がどう流れかもわからないからそうなった
そして東電が最初に事故のことを放射線量を計るスピーディがあったがそれを報告したのはアメリカだったのである

つまり日本は原発事故で何もできない、お手上げだった!

だから緊急事態が人間社会には必ず来る、それにどう対応していいのかわからない
それでただ右往左往するだけだとなる、そして被害を拡大するだけだともなる
だからコロナウィルスも緊急事態だけど対応が遅れた、中国人を入国禁止にすぐしなかったなど批判される
大坂吉村知事はすぐに対応したから評価される、そして株が上がったとなる
政治家とは緊急事態の対応力で評価されるのかもしれない、平時はその人の能力がわからない、でも緊急事態になるとその能力が発揮される
それが信長でもそうだし明治維新でもそうである
明治維新では若い人が活躍したのはそうした危機に若い人でないと対応できないからである、まず命をかける戦争もするとなると若い力がないとできないからだ
それで今回若い知事だから対応できたのかとなる

何かこういう時代が大きく変わる時若い人が活躍するようになるかもしれない
テレワークだって50代くらいの管理職は適応できずに無用化するとかなる
IT社会に適応できなくなる、つまり常に若い人はその時代の最先端を生きるから適応できるし新しい時代を作ることができる、時代に機敏に反応できるのである
ただ本当に津波でも原発事故でも突然襲われるものには対応するのがむずかしい
だからこそ判断が遅れて死ぬ人も多数いたのである
何か津波ではかえって老人がかえって多く死んだ、この辺では津波は来ないということが確信にもなっていた、だから老人は逃げずに死んだとなる、高齢者の割合が多かったからである

ただ今回はやはり運が関係していたのかもしれない、別に大阪だけではない、東京でも日本全国でなぜか日本は感染者が少ない、本当は検査しないとしても死者数が極端に少ないのである、それはなぜなのか?それは日本の特殊な事情でそうなっている
だから大坂知事だけが評価されるのではない、日本の特殊性があったからである
それが何なのかは不明である、ただ第二波の感染が来るから油断できない
だからコロナウィルスとの戦いが終わったわけではないしその後遺症も大きなものになったのである

posted by 老鶯 at 10:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年05月19日

避けられないリスク(石油、J-reitの暴落)


避けられないリスク(石油、J-reitの暴落)

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株式投資というときリスクが避けられない、そもそも投資するというときリスクが必ずともなう、そのリスクの分散ということで株主制度が生まれた、みんなで株をもち何かあった場合みんなで負担を負うというのが会社である
それで船会社に投資たとき航海で船が沈没したら利益はゼロになるがもし沈没もしないで航海が成功したらその利益が大きくなる、それでオランダはもうけて一時富裕国になったそれが投資なのである

私自身は株とか投資について経験もないし知識もない、ただ地銀の人がプロだというのでまかせてやらせた、ただ地銀は投資には株とか投資信託には素人と同じだったのである
だから証券会社のようになってしまったことが合わないのである
それで福島銀行は自力で経営できなくなりSBI証券と合併してその配下に入った、島根銀行などもそうである

ただ本当に株とか投資信託でもリートでも国債すら安全ではない
なぜならカナダ国債は石油が下がり急落したからである、カナダは石油産出国であり石油に頼っていたからである
でもその時は60ドルくらいだった、今驚くのは石油が20ドルくらいになった時がある
今でも25ドルとかである、これだけ下がることに驚く
するとそのリスクは大きい、投資しても半分以上損失をだす
つまりこんなに急激に下がるということは予測できなかった
石油の値段は高止まりしていたからである
何か石油は売れるし安全資産のように思っていたのである
これはコロナウィルスショックでそうなった

J-reitも半額ほどに暴落したのにも驚いた、それを一月で売ったから助かった
別に下落するのを見込んで売ったのではない、何かリーマンショックの時買った株が元にもどしたとき地銀の営業の人が勝手に売ってJ-reitに回したことで信用できなくなったから売った
もし売らなかったら半分になっていた恐怖だった

このように投資には相当なリスクがある、それで日本の国債が安全だと思い買おうとしたが今度は日本経済が危機になったとき預金封鎖のようになるとき最初に国債が没収されてゼロになるという、預金は90パーセントが没収されるとかいう
すると国債が一番危険なのかとなる
何故ならカナダの国債が石油の価格の急落で急激に下落したからだ
国債も格付けがあり急に下がるリスクがありその価値がなくなる
国債とはその国の価値であるからだ
カナダとかは石油の資源をもっているのでそれが価値を決めていた

では日本の価値とは何なのか?

経済的な面からだけみれば資源もない、何か価値なのか、電機製品も今や中国でも韓国でも同じものを作れる、それも安いとなれば日本の価値はどこにあるのか?
自動車産業だけは技術力があり一応持ちこたえて輸出しているからそれが主な価値なのかとなる
世界から見たとき日本の価値は何なのか、技術力なのか?それは今は中国になっている
新幹線などは技術力があり世界に売れるとかまだある
それで日本がの経済力は低下してインバウンドの観光に頼ったのである
それもコロナウィルスで頼れなくなった、電車はがら空きであり空港も飛行機が飛ばないただ貨物輸送は続けられている、鉄道の場合は貨物輸送が極端に少なくなったから人が乗らなかったら商売にならないのである
そうしてアメリカの航空会社に投資していた有名な投資家が何兆円とかの大損を出した
航空は花形産業だったのである、それが一転してしまった驚きである

とにかくこの世に生きる限りリスクはさけられない、そのリスクがどこにあるのかわからないのである、それは津波と原発事故で経験した
町や村が一挙にゴーストタウンになることが信じられなかった
もちろん津波でも村自体が消失したことは信じられないことだった
そういうリスクがこの世にはある、つまりこの世を生きることはリスクを避けられないことなのだ
だから完全に安全な投資はありえないのである

だから

投資も運だ!

こうにもなる、本当はそうでないにしても運が作用しているともなる
誰も先を見ることができないからである
この先を見ることができれば投資でも成功するからだ
それは突然のこうしたリスクを事前にすることができないからである
ただ長い目で見ればリスクはあっても経済は一般的には回復する
リーマンショックでも戦争でも終われば鰻上りに経済は回復して日本は高度成長時代になったからだ
それでリーマンショックの時半分になった株でも元にもどりそれをもっていたら私は相当な利益になった、でも売られたので損にはならないがもうけを得られなかった
それも結局は自己責任だった、地銀は地銀のもうけを優先するからである
ただ自分で決めるべきものであり自分が責任をとらされる
それで地銀の営業の人を信用しないでJ=REITを一月に売ったことが損をまねがれたのである
ただトータルとしては損はしていなかった

要するにこのリスクだけは予測できないものとして起こる、だからこそリスクなのであるつまり船に投資する、その船が沈没することもある、でも無事にかえれば大儲けになる
それはギャンブルにもなる、その賭けに勝てば大儲けになるが負ければ大損失になる
だからこれも運まかせだとかなる
それはどんなプロでも予測できないことによっていたのである
それで財産がfortuneでありそれは運だったともなる

何か自分は大きな金をもったことがない、自由に旅していたとしてもホテル代に苦労していた、旅しても最低限しか使わなかったからだ
贅沢な旅などしたことがないのである、だから大きな金が入ったとしてもそれを使えないということがある、貧乏性が習慣になっていたからである

でも結局人間は親が生涯金をためていたけどその親は金を使わず認知症になった
そして銀行から金をおろせなくなった、これほど驚いたことはなかった
そうしたらその金が自分のものだとしても自分の金を銀行から下せないとしたら自分の金ではなくなったのである
これもショックである、認知症も病気もこういう大きなリスクなのである

とにかく人間にはつくづくリスクがつきものなのである、リスクないことはそもそも人生にありないのである、だから経済でも常にリスクがある
何かヒットして何がヒットしないかわからない
たまたまマスクの在庫があった人は百倍とかで売れたとかもある
でも市場に出回ればたちまち低価格になってしまったのである

いづれにしろ高度成長時代は金を銀行にあづけていれば利子がついた、7パーセントとかついた時もあった、今はもう利子はつかない、かえって利子をとられるともなる
でも地方の人に田舎の人に投資をすすめてもそれが成功する人は少ないだろう
まず投資をわかるのは複雑でわかりにくいし理解しにくいからだ
ただ今や預金封鎖だとかなんとか銀行自体がつぶれるとかなるとどうすればいいのかとなる
その方法をいろいろ調べてもわからないのである
紙幣は紙きれになるということが迫っているともいう、こういう状態なのだからそうかとなりでは他に安全資産がなにかあるのかというと見当たらないのである
ただ投資は長期的にみれば必ず下がっても上がる、今がどんなに悪くても必ず良くなる
そういう波があることは確かなのである、でも老人は先がないから投資に向いていないのである、この木を植えていつ育つのか、花が咲くのかと考える
早く咲く花を見たいとなる、それが育つ時間を待っていられないのである
それで老人は投資に向いていないのである

投資という時、将来へ投資するとしても

バフェット氏の投資会社、赤字5兆円超 航空株全て売却

このようにプロ中のプロで将来が未来は予測できないのである
第一航空会社は現代のグロ−バル社会の花形産業だったからである
それが一転して急降下してしまったのである
コロナウィルスを予測できなかったからこうなったのである
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日本人は日本語と切り離せずある (日本語の特殊性は何なのか)

  
  日本人は日本語と切り離せずある 
  
  (日本語の特殊性は何なのか)
  
  日本人性の失われた場に日本語が生息できるわけがない
  どこの国の言葉であろうと言葉は環境の産物なのだ
  特に日本語が産みだした環境はその独自の精神生活にあった
  国語を守るのはその日本の生活環境を守ることと同義なのだ
            
  金銭や物質をふくめた富には長いこと無縁であり、争いごとから遠く離れ、豊かな自然は数学、理工脳よりも工夫、洗練といった芸術的な質の価値観を育んできた
  
  失われた日本語,失われた日本(林秀彦)

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日本人が日本のことがわからない、日本を知るには外国と対比することで見えて来る
対象的にすると見えるものがある
例えばここに紫色と黄色がある、これは黄色の菖蒲と紫の菖蒲を単純化した抽象画になるつまり色が現すものがある、赤だったら太陽とかイメージするし青だと海とかをイメージする、黄色とかなると何か明るい感じものをイメージする
すると紫と黄色は何を意味するのかとなる
黄色は明るく目立つ、でもその色を目立たせるのは紫なのである
紫は何か謙虚な感覚になり黄色は派手な感じになるからだ
こういうふうに対比することで見えて来るものがこの世界には多い

日本語でも日本語が何かわからない、でも外国語と対比してみると日本語の特性がわかるそれで本居宣長が唐言葉と大和言葉に分けて日本独自の言葉の由来から日本文化を解き明かした
日本語は特殊な言葉であり英語とかと比べると論理的ではないとしている
情的美的言葉であり世界の言葉からすると特殊だとしている
日本語自体が詩的な言葉としている

良くわからないけれどなぜ中国人はIT社会になりアメリカを追い越すような国になったのか?
それは漢字だけだと論理的でありそれが意外とプログラムするのに適していたのかとなる漢字は象形文字でありそう見えないが中国語の語順とかが英語とにている
だからIT社会になることができたのかともなる

日本語の特殊性はかなが作られていたことである
このかなが平安時代に宮廷に仕える女御たちによって発明されたことである
それで最初は漢詩を作ることができる、漢字だけを使うことが優れているとなっていた
大和言葉より漢語が優れているとされたのである
それは日本語より英語が優れているとなるのとにている
だから一時明治維新でもフランス語を国語としろとか英語を使用こせて国際化社会に適応すべきだということが今でもある
でも日本語は特殊であり日本語を使わないと日本人でなくなる
外国語は別にそうはならないと林秀彦は言っている
この人も外国暮らしが長いから外国のことを深く知っているしそれで対比して日本が見えたとなる
そして日本の悪い所もありありと見えたので日本人をこきおろしたのである
一方で日本のいい面も日本語などを通じて称賛している

何か外国暮らし人でも日本の見方が違ってくる
内村鑑三はアメリカに留学したがアメリカは金銭崇拝の国であり嫌悪した
日本は金だけの国ではないとしてその良さを主張した
だから彼はまたアメリカでも宣教師を嫌って武士道に根ざしたキリスト教を説いたのである
アメリカという国はプラグマテズムの実用主義の国であり何か神秘的なことは嫌う、実業家の国である、だからアメリカからは宗教でも哲学でも思想でも絵画でも音楽でも芸術も生れない、一流なものは生まれない、巨大な富を産みだしても精神的に人類に寄与する面が少ないとしている

プラグマティズム(英: pragmatism)とは、ドイツ語の「pragmatisch」という言葉に由来する、実用主義、道具主義、実際主義とも訳される考え方

言葉にしても英語とかはそういう実用主義の言葉、ビジネスの言葉であり詩的なものとはなりにくいとし林秀彦は言っている
それも英語を日常的に外国で使い暮らしていたから日本語が何か見えてきたとなる

日本語は語源とかたどると本当に謎でありどうしてそういう言葉が生まれたのか不思議だとなる

美しい(うつくしい)というときうつは何なのか?

うつむく・・という動詞から来ている、美しいとはうつむくと関係あるのかとなる
日本画とかの美人画ではうつむいているの多いからうつむいている姿が美しいととらえたのか、何か日本語は動詞から形容詞になっているのが多い
動作がありそれが形容化する、しなるという言葉がありしなやかなとかなる
日本舞踏でもそういう感じになる、日本人は動作に重きを置く、その動作はしなやかなということに象徴される、外国のダンスは激しい運動だとするときその対象で相当に違ったものである、しなやかなというとき柳のような感覚になる
とにかく言葉を探求するとそこに日本人が形成した文化を知ることができる
何気なく使っている言葉でもそれがどうして生まれたのかを読み解くと日本人の文化の根源をしることができる、それで本居宣長は唐言葉と大和言葉に分けて日本の文化を探求したのである    

 日本人性の失われた場に日本語が生息できるわけがない
  どこの国の言葉であろうと言葉は環境の産物なのだ
  特に日本語が産みだした環境はその独自の精神生活にあった
  国語を守るのはその日本の生活環境を守ることと同義なのだ  
  
 この言葉を象徴していたのが万葉集の次の歌だったのである

 豊国の企救の浜辺の砂地の真直にしあらば何か嘆かむ 

この場所が今は工業地帯であり全く当時の面影がない、ということは日本人の心も失われたとなる、その地に立ってもこんな境地にならないからである
日本の自然景観は破壊されつづけてきた、それとともに日本人の心も失われてきたともなる 


2020年05月18日

原発事故で問われたもの-取り残された老人が語るもの (補償金だけでは償われない生の意味が失われた)


原発事故で問われたもの-取り残された老人が語るもの

(補償金だけでは償われない生の意味が失われた)

原発事故ではいろいろなテーマが広範囲に生まれた、それを追及して来た
コロナウィルスでもそうである、何か大きな事件が起きると様々な面から追及される
テーマが生れる
第一一つの町や村が消失すること、ゴーストタウンのようになることは歴史上でもなかなかありえないだろう
戦争中であれほどの被害、300百万人死んで市町村が消滅するようなことがなかった
これも不思議なことである
かえって人口が焼け野原からうなぎ上りに増えて高度成長時代になった
戦争の引揚者がわずかの土地を求めて開墾に入った
飯館村の木戸木のような四方山に閉ざされたところでどうして生活していたのかとなる

その時車もないし七曲りの峠道があり村の中心部の草野に出るのも容易ではない
大倉に出たとしてもそこも街から遠く離れているのだ
ただ林業が盛んでありそれで生活していた面はあった
それで大倉であったばあちゃんが私は相馬の女学校出たんだよと自慢していた
つまりその当時林業が盛んであり山持ちに裕福な人がいたのである
その木材は原町機関区から東京に運ばれたのである
日本全国で森林鉄道が網の目のように張り巡らされていた
だから山には山の暮らしが成り立っていたともなる
そういう時代からここでも東京となのつながりが深かったのである
でもその時東京までは蒸気機関車で8時間くらいかかっていただろう
だから今の距離感覚とは相当に違っている

原発事故が起きて町や村が消滅するような事態は大事件である、なぜなら戦争でもそういうことなかった、爆撃を受けても消滅しなかった
つまり市町村でも原発避難区域でも江戸時代からその前から人は住み続けていたのであるそれが途絶えることは信じられないことだとなる              

それがどうしてそうなったのか?その意味することは何なのか?

もちろん放射線被害のためだとなればそうである、ただ私が追求してきたようにそれだけではない、社会と時代の変化でそうなった
高度成長時代を経て社会が大きく変貌してししまったのである
社会の変化をみるとき江戸時代と比べるよりわかりやすくなる
原発避難民が資本家になったと考察したが江戸時代だったらそんなことありえないからだ

●藩より外に自由に移動できない

●金が万能ではないー貨幣経済ではない

この2つの制約が大きかった、何か藩内であっても藩の外に自由に出れないのである
ただ天明の飢饉のときはやむなく藩の外に流出した、それで荒地が増えて越中などの移民を呼び込んだのである、農業社会だったから土地を与えるとなるとそれでも来た
でも藩の外にでることは命がけだったのである
第一飢饉で人が流出したような所に住む人はいない、でも当時は農業社会だから土地が一番価値がありそうなった

明治以降は鉄道が発達して関所もなくなったから自由にヒトでもモノでも出入りできるようになった、そこから金が大きな力を持つ貨幣経済となり資本主義が普及したとなる
その時村の共同地である入会の山なども各自に私有権が与えられて無数に分割されたのである、それで共同地を所有するということがなくなり各自が私有する山となった
今でも山は所有している人がいるが山が荒れて管理する人がいない
それは共同して所有しているわけでもないからである、その所有者すらわからなくなってその所有者の許可がないと自由にできないということで困るとなる
江戸時代は社会主義的共有の共同体だった、村ごとに自給自足の社会が基本だった

そういう社会から私有を私権を拡大する社会と明治の時から変貌したのである
でも一応村としての共同体は継続されていた、それは農業社会が基本にあったからである養蚕が盛んでもそれは農業なのである、だから今でもいたるところに兜屋根の養蚕をした家が残っている、どれだけ養蚕が盛んであったか今でもわかる
私の母親は原町紡績で糸取りしていた、農家では養蚕をしてその材料の糸を提供していたのである
その時代はやはりまだ村の共同体が維持されていたのである

それから農業社会から工業社会に変貌したのが高度成長時代でありその時からグロ−バル経済へ社会がまた大きく変化したのである
なぜなら電機製品を外国に売ることで日本が豊かになったからである
つまり農業中心だったらグロ−バル経済にならない、工業社会になったときグロ−バル経済になる、交通が発達してまたITとか発達ててもなる、つまり世界の流通が盛んになるにはそうしたインフラが発達しないとできない、グロ−バル社会はそうしてインフラが整備された結果として生まれた
日本の国内の広域社会でもそうである

グロ−バル資本主義社会というときそれは何なのか?

それが原発事故の避難者が多額の補償金で資本家になった、事業家のようにもなったというときそうである、1億円とか入れば銀行にもなる、それで投資家にもなる
山元町の津波の被害にあった土地を安く買って農業をはじめる
仙台市でアパート経営をはじめるとかで成功したとかなる
つまり原発事故になりその補償金であっというまに外に流出したのである
それができたのはグロ−バルなまた国内でも広域社会でありどこに住んでもいい、金さえあればどこに住んでもいい、むしろ金があればどこに住んでもいい暮らしができる
そうなれば別に荒廃した市町村を立て直そうとかもしない
なぜなら多額の金をもらって便利な所で生活すればいいとなるからである
それで飯館村では福島市に家を建てたり仙台市に住んだりしたとなる
東京に出て東京で生活するようになった人もいる

そこで失われたもの、取り残されたものは何なのか?

それで象徴されていてのは老人が取り残されたのである
最近あった人でもそうである、津波で被害にあった家を直した、でも息子夫婦は仙台市に移り住みその妻も仙台市に行って一人残されたのが老人の親なのである
ただその人は60代で元気だから仕事もしているからまた違っている

でもこのことは何を意味しているのか?

それは老人とは何なのか?そのことを知らないとわからない
老人とは自分の親でもそうだが自分のこれまでしたことを自慢する
それで認知症になっても常に自慢していた、この家は俺が建てたんだよと常に言って自慢していた、俺はこうこうしたんだよと認知症になっても過去のことを覚えているからしつこく100回でも言うのである
それはなせかというとそれが親の人生でありその苦労を語ることで自分の存在感を示すからである
そういうことは自分でもわかるから親を大事にするとなる
それは実は親をその土地の先祖になるとするときもそうである、別に血縁でなくても
そうしてその土地を切り開いて苦労して作ってきたのが先祖だからである
それは越中のような移民は特に苦労して相馬藩の土地に根付いた歴史があるからそうなるまた苦労して浪江町の津島で開墾したとかもそうである、だから団結しているというのもそうである

でもその土地から離れたら便利な都市に福島市でも仙台市でも移り住んだらそうした親の歴史でも先祖の歴史でも失われてしまうのではないか?
ただ補償金をもらった、金はもらった、でもそこで問われるのが意味なのである
老人はこの土地に生きて何かを残したということで存在感をもつ
ただ近くに住んでる人も若い時苦労して家を建てた、そして立派な庭を作った
ただ今そこに住んでいるのは一人なのである、ただ娘は相馬市に住んでいるから近いとはなる、でも親が苦労して建てた家には住んでいないのである
だからその家のことを自慢しても一緒に住んでいないから感じることがなくなる
私の場合は親が建てた家にずっと60年も住んでいてそのことを語るから感じるものがある
この柱は橲原(じさばら)の木を切って作ったとか常に言っていたからである
ということはその土地とも深く関係してこの家があったとなる
ここに親とかその土地と深く結びつくものがあり生きる意味があるともなる
それは先祖とも結びつくものがあるとなる

ただグロ−バル広域社会というのはただ金さえあればいい、金が万能の社会である
資本主義でも資本というとき金のことなのである

でも金があっても生きる意味が失われた

これは言えるのかもしれない、そこまで深く考えることはない、単純に金があればいいとなっている社会である
だから毎月電気代もガス代でも水道でも止められる貧窮者はそんなことより金だとなっている、一般的にはそうである
ただそこにも失われたものがあった
それが象徴しているのは故郷に取り残された老親である,跡を継ぐものもいないのである
自分が苦労して築いてきたことも原発事故でも無益化されたともなる
そして市町村でも死者とともに生き続けるということがある
生者と死者は切り離されていない、一体化しているのが村であり町でもそうだった
ただ何か失うものがあり得るものがあるのが人間である
だから今失ったものを一番感じているのは故郷に取り残された老親だともなる
もしかしたらその祖父母でも先祖でも悲しんでいるともなる
ただそういうことは経済的利益にならない、だからどうしても今を生きる人は経済的利益を追求する、今食べるものが欲しい、金が欲しいとなる方が切実だからである
ただそこにまた失われるものが生まれる
それを痛感するのは個々人でもある、常に人生は老人になって後悔するからである
あくことなく金を求めたとしても何かむなしいものとなる
そこに意味がないとそうなる「パンののみに生きるにあらず」を感じるのである


この人は何か浪江町に住んで生きていればこうはならなかったかもしれない
復興団地に閉ざされて孤独したというのも共同体から土地から切り離されてこうなったのかもしれない、確かに金には困っていなかったとしてもこういうことはありえる
孤独死ということはそういうことになるのかもしれない、ただ別に孤独死は増えている
だからそれが特別なものともならない
ただ人間はパンのみで生きる存在ではない、そういうことは原発事故でも問われたしあらゆる所で問われるのである 

とにかく人間は得るものがあれば失うものがある

常にこうなっていることは確かである

復興住宅で60歳代男性が孤独死…コロナで見守り訪問中止、棟の管理人決められず
5/17(日) 8:52配信


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2020年05月17日

補償金で資本家となった原発避難者 (故郷の復興はない、取り残された老人)


補償金で資本家となった原発避難者

(故郷の復興はない、取り残された老人)

近くの復興住宅には主に浪江の人が住んでいる、他に大熊とか双葉の人も住んでいるという、昼曽根とかの人が一人で住んでいるけど夜は電気をつけず水で節約しているという
でもそこでいつも会う人は5000万近く補償金をもらっている
その相違は何なのか?それは良くわからない
土地をもったり補償する財産があると高くなる、それはまた個々に違ってくるから外からわかりにくい
わかっていることは

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こうなっている、とにかく30キロ以内の補償は手厚かったのである
でも別に30キロが特別放射線が高いわけではない、便宜上補償のために国で区切った
そこに不公平が生まれた、特に30キロ内と外でその補償金の差が大きくなり泣いて訴えていた女性がいた、隣とも仲が悪くなったとも言っていた

南相馬市というと小高町と原町市と鹿島町が合併してできた
小高町と原町市は30キロ内で本当に補償が手厚かったのである
それは金だけではない、医療費は10年間無料
高速も無料だったのである
同じ南相馬市でも30キロはずれた鹿島区

半年で医療費は打ち切り、高速も有料

この差も同じ市なのに大きかった、せめて医療費とか高速は同じ市なのだから同じように補償するのが筋だった、市長が変わって高速は無料化した
でも補償は10年で打ち切りであり財政援助も打ち切られるとなると苦しくなる
南相馬市は政府の言うままになんら対策をしていない
それは結局民主主義は数だからである、原町と小高の人口で8割くらいになると多数決なり少数派は無視されるとなる
でもこの補償金で南相馬市の一体感は喪失した

でもこの補償金は飯館村でも浪江町でも小高でも復興には使われなかった
個々人に家族に補償されたのでありそれは自由に使っていい金だったからである

福島県最大手の東邦銀行の個人預金残高は震災前の2010年度時点で2兆2698億円
2011年度末で3兆748億円、2012年は預金残高は4兆335億円となり前年度比でおよそ9587億円の増加  

一兆円の預金が増えたことに驚く、それたけの補償金で銀行に金が増えた

それで仙台市に行ってアパート経営で成功した人がいるという、まさか知っている人ではないと思うが不動産関係の仕事をして息子夫婦は仙台市に行ってしまいおばあちゃんも仙台市に行ってしまい夫の老人が一人残されている
何かそういう人が多いのである
小高の人が津波の被害にあった山元町の土地を買って農業をはじめたという
山元町の土地が津波の被害で安くなったから買いたたくということもあったのかもしれない、山元町の津波の被害が大きいものだったからだ
それもなにかあこぎだともなる、なぜなら小高でも津波の被害があるしその被害を知っているからである、原発避難者は特別待遇だったのである

復興住宅の浪江町の灯とも5000万近くもらったと言っていた、同じ浪江町の人が土地を買って家を建てたという、それは売るための貸すための家であるとかいっていた
すると自分の家は建ててその外に新しく家を建てたのかもしれない
とにかく原町と鹿島には新しい家が次々に建った、鹿島だと新しい街が二くらいできたくらい建った、そこはみんな外から来た人たちである
復興住宅には大熊と双葉町の人も入っているという,大東建託でも15棟くらい建ったのには驚いた、それだけ外からの流入者が多かった、それらは原発避難者なのである

つまりそれだけの金が人間はいるとどうなるのか?

資本家になる、銀行にもなる

仙台市でアパート経験できたのは資本家になったからである、資本家とは金をためているだけではない、その金を利用して何か新たに金を産みだす仕事をする人である
銀行は資金を調達するのはそういうふうに金をもうけてくれる人がいて利子を払うことができた、ところが銀行は今金を貸す会社がない、それで地銀で半分つぶれるとか言われるのである
江戸時代なら金貸しにもなる、銀行は金貸しでもあるから江戸時代の継続がある
ただ補償金を遊興費に使ってなくなる人もいる

どちらかというとそうした金が本当にバブルであり消失安いとなる
そして結局それも親のカルマであり因果応報となる
なぜなら80才くらいの人が親が農業していたが農業だけはするなと殴られたというからだその頃農業はそういう状態だった、そして双葉大熊地域は出稼ぎ地帯だったのである
その出稼ぎをしないで地元で暮らせるように原発を積極的に誘致したのである
それが裏目に出たのである

親が農業をするな⇒子供を殴る⇒その子供が原発で働く⇒原発事故⇒その子供が故郷から流出⇒子供は帰らず⇒老親が残される

これも因果でありカルマなのかもしれない
人間は親の影響が本当に大きいのである、何かその家が栄えるのは先祖とか親が関係している、とても一代では裕福になれない、二代三代とつづくことで富が貯えられて栄えてくる、でも親が悪いと栄えることはないのである
私は親が苦労したことを知っている、だから今の自分があることを常に自覚して親に感謝している
でもそういうことがないと親は捨てられたりその苦労も報われないとなる
親が苦しんで育ててくれたということを知れば子供もまたそれに報いようとする
子は親の背を見て育つというのはそのことである
それで意外と金持ちの親は必ずしも大事にされない、たいがい高価な老人ホームに入れられてめんどうみないのである

ともかくどうしてもこの補償金は震災バブルの金でありそれはたちまち消失してしまうのではないか?金の恐怖は紙切れになるということである
現実に戦後そうなったのである、母は前の夫が事故で死んだ、その時一生楽に暮らせる補償金をもらった、でも戦争が終わり預金封鎖になり本当に金は紙切れになった
残ったのはわずかの土地でも買った分だけだった
だから金に価値があるわけではないのだ
それでそうして補償金で一時的に金があってもそれは持続しない、あぶく銭となってた消える

いづれにしろ親に感謝しない、先祖に感謝しないとかなるとその家でも土地でも栄えるように思えないのである、果たして他の土地に行って一時的には栄えても継続して栄えるとも思えないのである
だから農業するにも三野混沌とか猪狩満直とか赤貧のなかで農業をして死んだ
でもその人たちは何か未来に残した、その苦闘自体が未来に残す遺産だったともなる
確かに富を残さないにしてもそういう心を残したともなる
ここではそうして補償金をもらっても心は荒廃している、故郷も荒廃してしまった
金だけですべてが活かせたり復興できたすりするわけでもない
人間は何か大事なのは心なのである

それで十津川部落では国らか金を援助されたがそれは部落の者全員でありがたくもらい無駄にしない、全員で心が一致して北海道に移住して新しい町を築いたのである
この辺では逆に補償金で争い分断してばらばらになり故郷に残されたのは老親だけだったのである、それもカルマだったのかとなる

「震災バブルの怪物たち」を読んで 補償金で原発避難区域はモラルが崩壊した

津波原発避難民の復興とは何なのか? (十津川村の北海道移住と比べる(2)




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2020年05月16日

マスコミとテレビの報道支配の終わり (ネットで多様化、相対化、常に批判の対象に)


マスコミとテレビの報道支配の終わり

(ネットで多様化、相対化、常に批判の対象に)

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「利益や保身のために自分たちの主張を通す。特定集団を守り、そこに対抗する人々を攻める」

テレビに「結論ありき」が跋扈する悲しい事情 なぜ都合の良いコメントだけを切り取るのか

msn ニュースpowered by Microsoft News(2020−5−15)


原発事故で避難した人が飯舘村の人が相馬市のトマト農家に雇われたことを断られた、相馬市の津波の被害者を優先的に雇ったからだ
そのことを飯館村の人に言わせた、するとその時見ている人は相馬市の農家はこんなに苦しんでいる時冷たいなと見た
自分自身もそう見たのである、でも実際はそれが冷たいことでもなんでもなかった
相馬市の津波の被害者には補償金が出ていないからだ

まずこの辺では補償金の額が多い、小高より浪江が多いとうらやましがったり浪江よりおそらく飯館村も多い、億の金が標準的にもらった人がいるだろう
最近近くの復興住宅に入った浪江の人は5000万近くもらったと言っていた
この額は土地をもっているとか家とか財産をもっていると多くなる
それが少ないか多いかは判断はできない、被害者に見れば当然であり少ないとしている人も相当いるからだ
ただ補償金をもらえない人ともらえた人の差がまた大きかったのである 

NHKの社員が取材に来ていたので直接聞いた
そしたらこのMSNの記事と同じことを言っていたのである
下の者にわかりません、上の命令通りに動くだけです

何か編集会議が行われそこで指針を上の人たちよって決める、この場合は原発避難者側につくということで編集して放送することにしたという
つまり上の人たちで決めた方針に従って決める
だからその方針に沿ったように編集するのである
だから専門家を呼ぶ場合でもその方針に沿ったヒトを学者でも呼びコメンとさせる
それで専門家が自分の趣旨とは反するとして文句言ったのである
つまり専門家の発言をそのまま採用されるわけではないのである
またテレビでは時間がないためにもそうなるとしていた
短い時間で放送しなければならないから長い発言はさせないのである

つまりテレビというメデアにはそれなりの特性がある、それはテレビ局が一方的に上の人たちによって方針が決められそれにそって取材して編集して放送されるのである
それで武田邦彦氏は常にテレビをNHKをも批判しているのはそのためである
武田邦彦氏は科学者であり専門家である
すると強固が科学者としての自負があり軸をもっているのだ
それをyoutubeだと一貫して話しているしそれもテレビ局のように切り取ったような発言ではなくその人自身の科学者として専門家としてしている
だから科学に弱くても素人でもなんとなく理解するようになった
何かそこにはぶれない軸があり一貫したものがあるからである
人間はそもそも科学でなくても右でも左でも一生をぶれないことなのである
その人なんであれ信用できるとなる
でもテレビ局はテレビ局の意向がありそれにそって科学者でも専門家でも呼びテレビ局の意向にそったものとして編集される

結局テレビとかマスコミとは中立でもなんでもない、テレビ局のマスコミの方針があり科学的なものとしてそれが真実でもそういうことを追及していない
何か国民受けすることを放送する、原発事故だったら避難した人が眼に見えて苦しんでいるということがありそれで原発避難者側についたのである
でも仮設住宅には原発避難者と津波被害者が住んでいたのである
その差が大きかったから一緒に住んでも話もしなかったというのは理解できる
一方は億の金をもらい、津波の被害者はもらっていないからその差が大きかったのである
ただNHKで報道するとそれが科学的に正しいとしても歪められる、武田邦彦氏は温暖化はないとしている、その科学的な真実を追及することは素人にはむずかしい
でもNHKがそういうことでそれが真実となり国民の世論になることが怖いのである
NHKはそれだけの放送する力をもっているからだ
ただNHKでもその後は津波被害者のことを考慮するようになった
いわき市の住宅でも原発避難者と津波の被害者がいた、その時も原発避難者側について
仲間に入れてくれないとか津浪の被害者を批判するようにしむけていた

なぜなら

津波の被害者にはしゃべらせなかったからだ!

つまりNHKでは双方の意見を言わせない、原発避難者しか言わせなかったのである
だから一見公平に見えてもそうではない、NHKの方針が咲にりその方針に沿ったように編集されているのである
するとなぜ津波の被害者は原発避難者を受け入れないのかとなり国民は津波の被害者を良くも思わないようになる
ただこういうことに気づいたのは自分自身が地元に住んでいたからすぐにそのことに気づいた、外部になるとこういうことが気づきにくくなるのだ
その土地の事情などわからないから結局短絡的に短い報道でテレビ局の方針に報道にのせられることが多いのである、外国とかなると余計にそうである
そこに報道の問題が常に生じることになる

原発事故では補償金でもめた、飯館村でもそのために二分化した、それはNHKで放送していたがそこは公平だったように見える、双方の言い分を言わせていたからである
とにかくテレビとかマスコミの報道はネットで相対化される時代になった 
youtubeは何かわかりやすいのと学習できることにある
一貫してその人の立場でその人の主張が言えるのである
そして対話的なことも違っている
だからネットのニュースでもこうして自分は対話してのせている
新聞記事でもテレビ報道でもなかなか自分の批判をのせることはないからだ
第一例えは新聞社でもその新聞社を批判したりマスコミを批判したりしたら誰もその意見を言わせたりしないからだ
だからこれまでは報道の自由はない、マスコミとテレビ局の方針に沿ったものが報道され編集されて国民に伝えられていたのである
特にテレビは一方的洗脳メデアだったのである

とにかくメデアが報道が問題になるようになったのはナチスはラジオから生まれたというときそうである、ラジオは国民を洗脳するものとして力をもった
ラジオがそんなに力があるのかとなるとそれでもあった
今はテレビであり映像の時代だから映像が力をもつようになった
それでイラク戦争の時、油まみれの海鳥がテレビで放送されたとき世界の人が

イラクはひどい国だ!

こう瞬間的に思った、ところがその海鳥一羽が油まみれになっていたのはその部分を見ていたそうなった、回りはそうなっていなかったのである
それはアメリカによって作られた映像だったのである、その影響は世界を動かしたからいかに映像の力が大きいかである
テレビの映像の問題は一部分をきりとったものであり全体は見えないのである
コロナウィルスでもスーパーにトイレットペーパーがなくなっている棚を見せる
すると

全国的にもトイレットペーパーがなくなる!

こういう恐怖心をうえつける、それて買いだめとかなりパニックにされるのである
別に他のスーパーの棚にはあったりするが全国でトイレットペーパーがなくなるという恐怖心になる、つまりそれだけの力がテレビ局にマスコミにあったことが問題だったのである
だからインタ−ネットでマスコミやテレビ局の報道が相対化させることがいいことであるそれで最近テレビをあまり見なくなったのである、新聞を見ていないのである
どうしてもそんなにいろいろ見れないし読めないからである
ただヤホーのニュースの編集とかmsnのニュースの解説とかは良くできている
今話題の旬なものをあらゆる週刊誌とかからも抜粋しているからいい記事が多いのであるだから習慣的に読むようになったのである

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静岡経済新聞



2020年05月15日

南相馬市でも飲食店と葬儀屋のコロナウィルス対策 (観光業に鉄道も航空会社も打撃)


南相馬市でも飲食店と葬儀屋のコロナウィルス対策

(観光業に鉄道も航空会社も打撃)


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ホッキ御飯弁当はいいかもしれない、これはどこでも出していない


フローラで弁当配達する、二食で送料を無料にする、マルマツでも弁当を出している
カレー丼が400円で安いしうまかった
店で食べると1000円くらいかかる、それでも安いので600円とかになる
相馬市のまるまつでは魚のフライがうまいが原町では出していないのが残念
何か揚げ方違うと味も相当違う、相馬市のイオンの広い店の天丼がうまい
これも天ぷらの揚げ方が違っていてうまいのである
その揚げ方にプロの技が入っている、それは他でできないのである
料理もやはりプロとなると家庭料理では出せない味を出せるかが勝負になる
家庭での天ぷらは味がうまく出せないからである

今回のコロナウィルスで困ったのは飲食店である
日本の飲食店は狭い所が多い、そうするとどうしても客同士でも接し合うことが多くなるでもガストとかまるまつはそれなりに広いし仕切られているのもある
高見ホテルは一番広いからあそこはコロナウィルスでも入り安い
悠々と座れるからだ
でも外食は必ず飽きる、だから野菜をとるとしたら自分で買って食べるほかない
ただ何か料理は本当にめんどうである、いろいろな素材が使うのがめんどうなのである
第一買い物の段階から種類がありすぎてむずかしいのである
それでいつも冷蔵庫になにが入っているのか忘れるのである
だから本当はこれも専門家になる、専業主婦にでもならないかぎりできない
そこに時間をとられるすぎる、家事全般でもそうである
だから自分は暇なく何かをしているようになった、前は介護でそうだったが介護が終わっても家事全般の仕事はつづいている
でもなんとかプログを毎日書いている、これも手間でありだからコメンとがあっても対応できないのである
一日分を書くだけで後は余裕がないのである

ともかくこの辺でコロナウィルスの影響が出たのはまず飲食店であり次に葬儀会社なのがわかった
人が密集できないからそうなった、それで弁当の配達をするようになった
何か催し物の弁当も高いから出している、でも人は密集できないということは人か集まる行事ができないのである
そしてそれが長くつづくとなると影響が大きい、観光業で苦しい
それで星野リゾートとの会社では観光の見直してをしている
地元の人たちを呼び込む作戦にも変えている、外国人が来なくなるからそうである
観光の痛手も大きい、スーパーヒタチが東京まで3月から行くようになったが時期が悪かった
乗っていたのは一人しか見なかった、仙台から一人しか乗っていないのである  

それより飛行機は空港はがら空きである、外国には行けない、国内でも行かない
飛行機内は密閉された空間だし接触もするから鉄道よりウィルスには弱い
ただ常磐線だと仙台空港まで名取から直結した路線ができている
仙台からも直行できる、良く駅で伊丹空港から來る大阪の人とあったからである
つまり大阪までは新幹線では行かない、仙台空港から飛行機を利用するのである
だから空港と鉄道は密接に関係している、交通のネットワークなのである
それで成田空港は不便だった、どうしても鉄道で成田まで行くと一時間くらいかかるから東京で一泊することになる、それが問題だったのである
羽田ならその日に行ってまにあうこともあったとなるからだ
ただ朝が出発になるとやはり時間的には苦しいとなる
そうなったのは官僚の天下り先として成田が選ばれたという論評があった
すると成田騒動とはなんだったのだろうとなる
原発でもそうだが必ずこうして天下り先とか利権がかかわってくる
そのためにこの場合はかえって国民にとって不便なものとしたとなる

コロナウィルスの影響はこの交通にも大打撃だった、自粛が解除されても県をまたいで
移動するなというのもそうである
いくら解除されても怖いのは東京から人が移動してくることである
これが避けられない、茨城県でも解除されると福島県も入り安くなる
だから何か関所が必要だったとなり見直されたのも不思議だとなる
関所のようにすぐに境界を閉鎖できる国とか地域は伝染を防ぐことができたとなる
それは遠く離れた島国のニュージランドとか台湾とかアイスランドが成功したことでもわかる
そこは地理的に隔離されていたし台湾にしても中国と国交がないとかあって独自に対策をとることができたからである
江戸時代の末期のコレラ流行では会津若松中心に増えたが桧枝岐は感染者ゼロだった
そこは交通もないまさに秘境であったからである、人も物の交流もほとんどなかったからである

新しい生活様式を作り慣れろというけど簡単ではない、ただ何か東京圏中心の経済から
地方へ分散して生活する新しい生活様式となると悪いことばかりではない
テレワークなどが普及して地方の経済が活性化するチャンスだともしている
第一これは今までも東京は密集して限界だったのである
そして首都遷都もできなかった、この際思い切ってそういうことが実行できる
だから地方がチャンスだというのも悪いことばかりではないともなる

posted by 老鶯 at 16:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年05月14日

夏の日の川の土手の道(藤の花が咲く―写真)


夏の日の川の土手の道(藤の花が咲く―写真)

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なべの形したのがなべかんむり山である

これが鹿島町を象徴する山である

でもこの辺では高い山が見えないからものたりない、でも蔵王が見える場所があり紹介した


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写真⇒ソフトで絵画風に
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深野や紫と白の菖蒲かな 

深野(ふこうの)の田の面に写す桐の花


すくすくと真すぐに木の伸びにつつ五月の風にさやぎゆれにき

夏の日に河岸に鳴く鶯や三人ほどの休み語らふ

藤の花さわに垂れにき午後の陽の光り川面に輝きまぶし

紫と黄色の菖蒲映えにつつ夏の日明るく行き来するかな


今日は暑いけど昨日ほどではなかった、昨日はぐったりした
今日は真野川の土手の道を歩いた、そこで復興住宅の浪江の人が休んでいた
それで話したら同じ自転車に乗った同級生の人に出会った
何か半年ぶりくらいであった、どうしたのかと思ったが元気だった

あそこの土手の道はいい道である、人間はつくづく自分の住んでいる場所の良さを気付かないのである
あまりにも当たり前になって気づかないのである
なぜあそこがいいのかというと河岸に木が生い茂り今回は藤の花が垂れ咲いていた
川面に午後の光りが銀色にまぶしく反射していた
それは一幅の絵だったのである、絵にできないから写真にした
あそこの木を切れという人いた、洪水で水が流れにくくなり土手からあふれることを怖がったためである
実際に去年は水が相当に出てそれで川自体変わってしまった
川岸の花壇もみんな流されたてしまったのが残念だった
でも他では河岸の木を切ってもあそこは一部切ってもきらなかった
だから何かそこに夏になり藤の花が咲き鳥がとまったりして気持いいのである

今はカメラが欠かせない、映像の時代である、それで原町の植松団地で撮った写真を多少変えた、藤の花の写真を写真に藤の花が映っていなかったのでアレンジしたのである
何か写真は作れる、絵のようにもパソコンでできる
ただソフトが使いこなせないのである、機能が多くなりすぎたのである
私は絵の才能は全くないけどカメラとパソコンのソフトで絵が楽しめるのである

とにかく夏の日がまぶしく本当に夏だった、何か外で自然の中で話すると話がはずむのである、屋内より周りの自然が心に影響するからである
ただ明日から曇りがつづく、それが残念である
遠くに行けなくなる、暑いと日射病になりやすくなったのでひかえるようになった
五月にしては暑い、何か気候がおかしくなった
いつも五月には自転車で遠くへ行っていた、どうもここ十年くらいが天気が変動した
温暖化したともなるが暑いのである
一〇年前なのか二〇年前の中、五月はさわやかな季節だった 

それで気持いいから自転車でどこまでも行っていたのである
その時は家族もいたから恵まれていたし何か平和だったのである
そういう日は過ぎて動乱の時代になった、そして歳も取り体力が低下した
でもヤマハのYPG=XCは本当に乗り安いから乗っていて気持ちいいのである
それでなんとか今も遠くに出かけることができる
つまり技術の恩恵を受けるのは時代である、時代が進まないと技術は進歩しないのであるだから時代によって技術が進歩してその恩恵にあづかる
でも逆行に原発は技術のために悲惨な結果にもなったのである

深野(ふこうの)というとき地名がいいのである、それで菖蒲もにあうとなる
人間は名前に左右される、深野は何か地名ににあった場所なのである


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Rosebay street(夾竹桃の通り)

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2020年05月13日

済州島を中継地として日本に来た渡来人集団 (相馬地域に多い綿津見神社の由来)


済州島を中継地として日本に来た渡来人集団

(相馬地域に多い綿津見神社の由来)

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例えば長江の河口を出発点とすれば舳を東に向けて一心に漕ぎ続ければやがて黒潮に乗り海流が北向きに運んでくれるから九州の西岸あるいは長崎県五島列島の辺りに到達する
五島列島辺りから舳を西に向けて漕ぎつづければ黒潮を乗り切った後に済州島または
朝鮮半島西南岸辺辺りに着くから、そこから先は黄海を横断して中国沿岸に到達する

第二回の渡航集団は済州島の中継基地を経由して大村湾から有明海に入りそ北部沿岸、
現在の佐賀市の近辺に上陸してその地を最初の生活拠点とした

徐福の集団は居住地として選んだ済州島ならびに日本列島の各地方で土木技術、水田灌漑技術、養蚕技術、製紙技術、医薬など知識をもちこみ先住民の心をつかんだ

兄(先の渡来民)弟(後の渡来民)である山幸(農耕民を基盤とする亡命民)の物語として長く語り継がれるようになった

古代水辺民の物語(太陽の生まれる楽土を求めて)−倉富春成

済州島は中継地点となったということはこういう歴史を知らなくてもその場に私が立った時、直感したのである、まず地理はその場に立たない限りわからない
頭でわかっても体でわかることが必要なのである
だから必ずしも地図を見てもわからないのである
済州島のカンナさんを仰いだときそれは2000メートルとなれば高いのである
そこに上らないにしてもそこに上った中国大陸と韓半島と日本を望む場に立つのである
だからそこが中継点になっていたことで済州島が重要な役割を果たしていたのである

黒潮というとき与那国島辺りからその流れが生じている、その黒潮の流れに乗って日本列島に到達するようになっている、与那国島まで行ったからそこは台湾に近いのである
むしろ日本より本州より台湾が身近になる、そこは国境の島であり自衛隊が駐屯するようになった要の島だともなる

日本に到達した人たちは中国本土からもあり韓半島からもあり南太平洋のパラオとかもありそういう移民たちが海を渡ってきて日本と縁を結んだのである
だから江西(えにし)は縁(えにし)であり日下石(にっけし)は西の意味である
また日下石の日をあてたのは太陽の下になる、太陽の沈む場所だからである
海から見る時、日下石は太陽の沈む場所だった
それが津波で証明されたのである、その日下石近くまで津波が押しよせて海になったからである
それで確かに海とかした湾となった岸が日下石であることが実感としてわかったからである

徐福伝説でもそうだが日本には海から渡ってきた人たちが作った歴史がある
日本の建国神話も古事記でも海洋民の神話であり海を渡り日本に移住した人たちが作ったのである
なぜやたらに相馬地域に綿津見神社が多いのか、それと並行して山津見神社が多い
飯館村にも綿津見神社神社と山津見神社があり対をなしている

海彦は兄(先の渡来民)弟(後の渡来民)である山幸(農耕民を基盤とする亡命民)の物語として長く語り継がれるようになった

海彦と山彦の物語はそれを示している、海彦が咲きであり山彦は後であるというとき綿津見神社が先でありそれが相馬地域に多いのである
松川浦でも山津見という地名が和田とあるのは綿津見(わたつみ)から来ている
そこが二つ対になり地名化している、そこが上陸地点だったからである
ただ安曇氏(あづみ)という一族が長野県に入って跡を残している
そこで舟の祭りを伝えている、山の中でそういう祭りがあるのは海洋民が移動して伝えたからである

移動してものとして伽耶(かや)国からツノガノアラシトのがいる、それは伽耶国の王子でありその跡も福島県の浜通りに点々と残されている
それは線として海岸沿いに残している、津神社はツノ神社でありツノガノアラシト系である
その一団は砂鉄を用いて鉄を作る技術者集団だった 
松川浦の津神社はつのみつ神社でありツノ神社である
この二つの集団があるとしてツノガノアラシト系は線として跡を残している

一方綿津見神社とか山津見神社を残した渡来人は線としての跡ではなく面としての跡を残している
つまりその渡来人はこの土地に広く土着したのである、だから面として広く神社を残している、例えば飯館村に山津見神社があるがその近くに佐須があるとしてこの佐須(さす)は焼畑のことでありその技術は渡来人がもたらしたものである
渡来人は種々の技術をもたらしたからである
ただ先住民として縄文人がいてその人たちと合体したのである
だからそれは大和王権ができる前に蝦夷として大きな勢力として日本列島にあった
その蝦夷とは出雲族のことだったのである  

天照大御神が八百万の神々に今度はどの神を派遣すべきかと問うと、思金神と八百万の神々は「伊都尾羽張神(いつのおはばり、天尾羽張神)か、その子の建御雷之男神(たけみかづちのお)を遣わすべき」と答えた。天尾羽張神は「建御雷神を遣わすべき」と答えたので、建御雷神に天鳥船神(あめのとりふね)を副えて葦原中国に遣わした。

建御雷神と天鳥船神は、出雲国の伊那佐之小浜(いなさのおはま)[注釈 4]に降り至って、十掬剣(とつかのつるぎ)を抜いて逆さまに立て、その切先にあぐらをかいて座り、大国主神に「この国は我が御子が治めるべきであると天照大御神は仰せられた。それをどう思うか」と訊ねた。大国主神は、自分の前に息子の八重事代主神(やえことしろぬし)に訊ねるよう言った。事代主神はその時、鳥や魚を獲りに出かけていたため、天鳥船神が事代主神を連れて帰り、国譲りを迫った。これに対して事代主神が「恐れ多いことです。言葉通りこの国を差し上げましょう」と答えると、船をひっくり返し、逆手を打って船の上に青柴垣(あおふしがき)を作って、その中に隠れた。

建御名方神の服従

諏訪湖     

建御雷神が「事代主神は承知したが、他に意見を言う子はいるか」と大国主神に訊ねると、大国主神はもう一人の息子の建御名方神(たけみなかた)にも訊くよう言った。その時、建御名方神が千引石(ちびきのいわ)[注釈 5]を手の先で持ち上げながらやって来て、「ここでひそひそ話すのは誰だ。それならば力競べをしようではないか」と建御雷神の手を掴んだ。建御雷神は手をつららに変えて、さらに剣に変化させた。逆に建御雷神が建御名方神の手を掴むと、若い葦を摘むように握りつぶして放り投げたので、建御名方神は逃げ出した。建御雷神は建御名方神を追いかけ、科野国の州羽の海まで追い詰めて殺そうとした

この建御雷神が南相馬市の鹿島区の鹿島神社に由来している
つまり蝦夷とは出雲族のことでありまたは渡来人集団と一体化した人たちのことである
だから技術をもっていたから大和王権にとって手ごわい相手となった

そして神社をみる場合は古いのか新しいのかがわからない、郷土史の基本が村の新旧を見ることだという時、新旧が問題になる
だから一体津神社と綿津見神社がどっちが古いのかとなる
どっちも渡来系の神社にしてもどっちが新しいのか古いのかわからない
ただ綿津見神社系統がこの地に土着したことは間違えないのである
ツノガノアラシトの津神社系統は一時的に鉄の生産にたずさわりさらに石巻の北上川をさかのぼり登米に移動したのである

そこで真野氏がかかわっていたのだがこの真野氏はどこから来たのか?
これも渡来系であるのか?吉備に真野という地名がありそれが伽耶系と連なる一族だったともなる
それで真野の草原(かやはら)の万葉集の歌を残したともなる
草原のカヤは萱ではなく伽耶国に由来するとも私は推察した
古代史はこのように中国とか韓半島とか南太平洋諸島ともつながり範囲が広いのである

いづれにしろ歴史は地理であり地歴なのである、だから地理がわからないと基本的なものがわからないのだ
この逆さ地図で日本の立ち位置を説明した、これを見れば感覚的に相当に違ったものになる、視点が逆転して見える
すると出雲のある島根県から日本海を伝わり今の長野県に至り諏訪神社がありそれは大国主神はもう一人の息子の建御名方神(たけみなかた)を祭っているのだ
それから常磐線に末続がありそれは島根県の出雲由来なのである
末は須恵であり須恵器を作る渡来人集団が移住した跡だともなる

そして不思議なのはなぜ草原(かやはら)とあり原町の萱浜がある、この萱がもともとはカイだとしている、そのカイとはアイヌのことだともなる
北海道の北海(ほっかい)とあるがもともとカイ族のことでありアイヌのごとだったとしている、そのカイが甲斐になりその伝説がここに伝わっている
それもやはり地理的なものとして解明すると何か関係が見えて来る
つまり太平洋側からではなく中国から韓半島から日本を見るとそのつながりが可視化されるのである


米中対立の時代で日本が危機になる (アジアの地図の見方ー地図で錯覚される世界)

海に囲まれた日本の地理が日本を作った (日本とアジアの地政学―太平洋戦争の意味)



2020年05月12日

米中対立の時代で日本が危機になる (アジアの地図の見方ー地図で錯覚される世界)


米中対立の時代で日本が危機になる

(アジアの地図の見方ー地図で錯覚される世界)

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この地図のように逆さまに見ると何か具体的に見えて来る
中国からの視点で見るのと日本から見る視点は違ってくる
この地図から見る錯覚が大きな誤解を生んでいる
人間はその住んでいる場所が基点となり日本がでも見ているからその視点となる場所で
見え方が違ってくる
韓国で東海というとき日本で陽の沈む方向だが韓国から見ると太陽の昇る方向になる
この相違は本当に全く違って感覚になる
日本から見たら日本海は太陽の沈む方向だからである
旅行するとこの方向がわからなくなるのだ
海洋民にとって西が太陽の沈む方向である、でもなぜ海岸地帯が陽の沈む場所になっていたのか?
それを相馬市の日立木の日下石で津波が襲って海になったとき感じた
太陽が海から上り海岸地帯に輝き沈んだからである
海からみるとそこは西になる、それで江西という地名がある
江西は縁(えにし)である、そこが海洋民が上陸した地点だとなるからだ
縁を結んだ場所となるからだ

縁(えにし)とは海洋民族が縁を結んだ海岸のこと? 

韓国側からみると出雲のある場所が意外と近いし結ばれている、そこで

昔、ヤツカミズオミツノノミコトが、出雲の国を見て、
「八雲立つ出雲の国は、細長い布のように小さく、
まだこれからの国だ。
どこからか国を引いてきてぬいつけなくては」 と思い立ちました。

海の向こうを見渡して、新羅という国を見てみると、国のあまりがあります。

そこで、大きなすきを手にとって、
大きな魚の身をさくように新羅の土地をぐさりと切りはなしました。

そこに、三つよりになった強い綱をかけ、
霜枯れたかづらを「くるや、くるや」とたぐり寄せるように、
また、河船を「もそろ、もそろ」と引くように、
「国来、国来」 と、言いながら、引き寄せました。

こういう神話があるのもさの逆さま地図から見れば納得する、つまり日本からばかりの地図を見ているとそれが頭脳に固定されてしまい本当の地勢が見えなくなるのだ

そして出雲地域から信州の長野県の諏訪湖がありそこを通って関東に出て陸奥に渡来人が渡ってきたことも納得する
つまりなぜ末続が島根県由来なのか出雲由来なのか地図から見るとわかる
出雲何か東北からすると遠いしつながりがないようでそうでもないことがわかる

だから歴史でもまず地理を知ることが大事なのである、なぜ会津が最初に国として「
会津の国をさ遠み・・・」となったのか?
その神話も古いし大塚山古墳に三角神獣鏡が東北で唯一埋蔵されていたのか?
それは日本海が古代でも最初に開けて航路が開発されていた
それは秋田とか青森まで進出していたことは阿部氏でわかる

この逆さま地図をみると現代でも台湾が重要な国なことがわかる

台湾になぜ中国はこだわるのか?

地図をみれば一目瞭然である、台湾を支配下に置けフィリンピンも支配しやすくなる
南沙諸島に中国が空軍の基地を作ればベトナムでも東南アジアを支配できる
そして意外なのか済州島なのである
それが日本と結びついている、済州島の漢拏山(ハルラサン、かんなさん)山を仰いだとき、この山を中心にして中国、韓国、日本が視野に入り結ばれていると感じた
それは地理はその場に立たない限りわからない、その場に立った時、直感的にわかるのだ何か済州島が地理的に要の島であり榛名山に上ればそこで韓国と中国と日本を展望できるそれは直感的にわかる、ただ地図を見ただけではわからないのである
だからいかに地理を知ることが大事か何でもそうなる、国際情勢を知るのもそうである
台湾が要の島でありこれをゆずれないとアメリカでも重視するのはそれが要の島だからである、そこが中国側になるとそこから沖縄でもフィリピンでも支配されるからである
与那国島も台湾に近い、国境の島なのである  

すでに、中国の海空軍は対馬海峡を渡り、日本海に進出する訓練を繰り返している。今後は、済州島を含む朝鮮半島から容易に日本海に進出することが可能となろう。

 これにより中国は日本海側から日本の太平洋側の東京や政経中枢を攻撃できるようになる。新潟に大規模な中国領事館を作りたい気持ちがよく分かる。

済州島が意外と要の島となっているのだ、済州島から韓国で政争があったとき大阪に逃れた人たちが多いのもわかる 
   
 済州島民の蜂起に対して、韓国本土から鎮圧軍として陸軍が派遣されるにあたり、政府の方針に反抗した部隊による反乱が生じ(麗水・順天事件)、韓国本土でも戦闘が行われた。この混乱により済州島の住民を中心に、戦闘から逃れて日本へ渡る者が多数生じ、これが在日朝鮮・韓国人の先祖の多くを占めるともされる[                                                                                     
済州島では事件前(1948年)に28万人[12]いた島民は、1957年には3万人弱にまで激減したとされる

   済州島四・三事件
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そして

なぜ日本軍はハワイに真珠湾攻撃したのだろうか?

これもやはり地理が関係している、ハワイを攻略すればアメリカに近づくし太平洋を制覇できる、ハワイは拠点になるからだ
ただその時は航空機は発達していない、日本では戦艦大和のように巨艦主義でありそれでアメリカが航空機では先をゆき、日本の零戦を破り空中戦で敗れて敗戦になったのであるただ日本はその時ハワイを攻略すればアメリカを抑えることができると思った
それは台湾ともにている、一見無謀にも見えたが地理的にそういう計画が生まれたともなる
なぜなら太平洋は広いし飛行機の時代の前ならそういう発想が生まれるからである
船で日本まで一か月もかかるとする時代だからそういうふうに地理でも見ていたともなる
つまり世界を知ること、日本でも知ることは地理が基礎なのである
それで自分の場合、日本は隈なく旅した、外国も二十か国は旅した
ただ外国の場合は広すぎてまだまた行けない場所が残った、アフリカとか南米とかは行っていないからだ
ただナイル川をくだってアフリカ人にスーダンのヌビア人とあったのは貴重だった

いづれにしろ米中対立が深刻化してくる、その時日本はどうするのか?
どっちつかずにはありえいのである、その時熾烈な日本での分断が生じるかもしれない
明治維新の時

 碑によれば、しげは越後国三条の生れで、白河の旅籠坂田屋に抱えられていた。閏四月上旬に奥羽鎮撫総督参謀の世良修蔵(長州藩出身)が小峰城に入った際に世良と馴染みになったという。
 しかし世良は、白河は危険と察して白河を逃れた。その脱出を助けたと疑われたしげは、世良を敵視していた会津藩士に殺害されたという。享年二十二歳。法名を梅質貞顔信女と伝える。

こうして別にそうした争いを知らない者でも庶民でもは巻き込まれて殺されたりする
そういうことが米中対立で起きるかもしれない、日本が分断されたら起きる
なぜなら日本が敗戦でアメリカとロシアに二分割支配される計画があったからである
ただ不可解なの親中派に自民党でも二階堂派とかいるし公明党は創価はもともと親中派でありそれが二階堂派と結びついたのかとなる
十万給付も公明党と協同したことでもわかる、創価には外務省に力をもっている
それで池田大作の外遊を外務省が援助したことがある
佐藤優とかが外務省でありそのために創価と深い関係にある
だから自民党でも実際はアメリカと中国派に分かれているのだ
それが米中対立激化した時、自民党も分裂して二分化する,そうならざるをえないのである
共産党も中国派だとすると奇妙なことは創価と自民党の中国派と共産党は連合するともなる、つまり中国派とアメリカ派に二分されるのである

コロナウィルス騒ぎで中国が軍事的に進出しているということでアメリカが怒っている
だからコロナウィルスが一段落したときアメリカが攻勢にでるという
米中冷戦はすでに始まっている、そして本格的な覇権争いがその後に開始される
その時日本はどっちつかずにはいられないのである
中立はあたえないのである、だから東日本震災以後、国際的にも日本は岐路に立たされる外憂内患になる、経済的にも苦しくなり日本は危機になる
だから戦争になったときのように危機の時代になる
それで様々な災難がふりかかっているのだ、日本は明治維新とか太平洋戦争のような苦難の時代に突入したともなる
それで何か団塊の世代は恵まれていた、平和な時代がつづいたからだ
経済的にも高度成長時代があり恵まれていたのである
でもこれからの時代は厳しい時代になる、何か9条が守ってくれるとかはならない
日本が自ら血を流して平和を守らねばならない時代にもなる
それが本格的な米中対立で起きて来る

posted by 老鶯 at 20:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層