2020年05月04日

コロナウィルスの感染者数は大都市圏から拡散 (地理と深い関係がある)


コロナウィルスの感染者数は大都市圏から拡散

(地理と深い関係がある)

virusmap111.jpg


江戸時代の福島県の会津のコレラの伝染径路から考察した
すると会津若松中心に拡散した、そこが交通の要だからそうなった
意外だったのは田島の方へは会津若松の城のある所から拡散した
大内宿があり栃木県の方へ行く街道である、ここは深い山の道でありそれもかなり高い
不便な道である
一方新潟県からは日本海側から阿賀野川とか交通路があり北前船も通っていたから交通が頻繁だった、また白河街道でも会津若松に人と物流があった

そして桧枝岐(ひのえまた)はその時閉ざされた秘境になっていた
米も食べられず蕎麦が主食でありヤモリを焼いて燻製にしたりして貧しい地域だった
最近は尾瀬の観光の入り口として豊かになったのである
そんなところだからコレラは全く伝染しなかった
伝染病は交通が盛んな場所から必ず拡散してゆく
人から人へと伝染するのだから当然だとなる
桧枝岐は全く人の行き来がないのだから伝染しようがないのである

飛脚が運んだはやり風邪

こういうことが言われたのも飛脚は遠くへ移動するからである
人がウィルスを運ぶからである

感染者の数を見ても明確である、大都市圏から拡散してゆく
一時は青森とか秋田に感染者が出たので驚いたが秋田は仙台市から移動した人が感染させたのである、青森でも東京から移動した人が感染させたとかある
新幹線で今は行けるから拡散したのかと見た
でもその後は秋田とか青森は少ない、増えないのである
そして謎は岩手県だけが感染者が出ていないのが不思議である

このコロナウィルスの伝染地域を見ると何か地理で見ると大都市圏から拡散していることは明確である
名古屋からなぜ岐阜県などが多いのか?
それは名古屋から岐阜県の白川郷とかに通じしている、名古屋市から拡散するのである
名古屋市から白川郷まで自転車で行ったことがあるからだ

それからどうして石川県とか富山県とかに多いのか?
これもここは大坂と京都とかと交通があり結ばれている
大坂京都圏内に入るということで増えたのかともみる
つまりウィルスは交通と深く関係しているのである
今回は沖縄と北海道は別である、そこは中国人観光客が多く来た場所だからである

だから最初の内、なぜ茨城県に感染者が出ず増えないのかともみた
その後はやはり東京に近いのだから増えたのである

それは確実に地理から予測できた

どの地域に感染者が増えるかはウィルスは予測できる、安全な地域は大都市圏から離れた地域である

だからこそ

大都市をロックダウンする、都市封鎖する

これが必要であり外国ではそうしたのである
そしてニカラグアとか台湾とかニュージランドでは国自体を閉鎖したから伝染を防げたのである
もう大国はこの感染を防ぐことは不可能であった
ガバナンスもできない、それで関所があった江戸時代なら関所を閉ざして閉鎖して守ることができたとなる
それでも江戸時代でもコレラが蔓延したのである
だから関所となるとそんなもの不便だとなり効用がないとなってなくしたがそれなりの効用があった、ウィルスに関しては効用があったとなる

いづれにしろ社会を見る時必ず地理が関係してくる、地理を知らないと理解できないことが多いのである、外国が理解できないのは基本的に地理が理解できないからである
例えば福島県の地理を理解するだけで大変になる
福島県はハマ、ナカ、アイヅとありそこで風土も違っている、とても風土的地勢からして全く別な地域になっているからだ

例えば棚倉があるがあそこは水戸街道があり水戸と通じている
でもあの地域は古代ではヤマトタケルの伝説があるように蝦夷軍と大和王権軍が戦った場所である、だから古い場所なのである、つまりそこが蝦夷の地域に入る東北に入る入り口だったのである、白河の関所があるがそれより古い東北の入り口だった

ともかくウィルスの伝染は江戸時代のコレラでも交通と深く関係していたのである
だからグロ−バル化すると交通が発達すると瞬時にウィルスが世界中に広がった
つまりグロ−バル化と交通の発達がウィルスには弱かったのである
もう飛行機で同時間に結ばれているのだから発見したときは時遅しになり伝染がグロ−バルに拡散していた
それは情報が瞬時に同時間に世界を駆け巡ると同じである
マクルハーンの言うように世界が村となった、ウィルスでも情報でも瞬時に同時間にグロ−バルに拡散して感染するのである    

もう地理の障壁がインパウンドになっりバウンドがないからである
それがコロナウィルスでinbound⇒boundに逆行したのである
これも何か過度なグロ−バル化が世界で公害とかいろいろ問題が起こしているからその歯止のためなのかとも見る、神の働きなのかとも見てしまうのである
そもそもなぜウィルスが生まれたのか?
それを探ればboundしていた世界を破るinboundになりオーバーになった、限度を越えた
聖なるサンクチャリーでずかずかと入りすぎて本来の生態系を乱したからウィルスがそこから出てきて感染したともされるからだ

要するに人間にタブーというものがなくなったのである
あらゆることでタブーを破ることが文明だった、科学技術でもそうである
原子力で核を故意に破壊したりすることは危険だと科学者さえ言っていた
遺伝子操作も危険だとしてもそれも金儲けのためなら何でもするとかなる
経済が優先される、だからウィルスとは何なのか?
それは津浪と同じように自然作用であり自然を乱したものへの人間の攻撃なのかとまでなる
人間はいくら科学が発達しても未知なものがありそれは解明できない
神の領域というものがある、そこにかまわず侵入してゆく、そこに災いがもたらされるのである
posted by 老鶯 at 10:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層