2020年08月31日

雲の峰、夏の海(一羽の鴎の詩-落合橋、金沢の砂浜)


雲の峰、夏の海(一羽の鴎の詩-落合橋、金沢の砂浜)

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真野川の落合橋

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原町金沢の砂浜

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雷鳴りて鮎の跳ねる流れかな

あめんぼう流れつつ輪を描くかな 

夕陽さし落合橋に雲の峰

(電線にとまる鳥)

里の秋烏鶺鴒雀かな


一羽の鴎

砂浜に鴎一羽
遠くより飛び来て
遠くへ去りぬ
砂浜の足跡は
よす波に消されぬ
あとには夏の海が広がり
波は崖に打ち寄せひびく
鴎は空に大海に
かなた飛び去り消えぬ 
鴎は今いづこにありや
ただ波のひびきと
青い空にその一点
白い鴎は消え去りてなし
鴎は天地を宿として
はるかな旅をつづけている  


真野川に鮎が跳ねて上る、その時雷が鳴る、雲の峰が落合橋にいくつか見えた
いかにも夏らしい、昨日はまた暑かった  
鮎が跳ねて上ってゆくのは気持ちがいい、あめんぼうが流れにいくつもの輪を描いてい

でも曇っていたので自転車で金沢の浜に行った
人は結構日曜日なのでいた、それでもっと海に近い場所があり行ったら砂浜が広がり崖になっていた
ここは元の自然のようになっていた、砂浜があったからだ、一応金沢には砂浜がある
右田浜にはなくなっている、松原もなくなったから淋しい
金沢でも前は松原があったのだ
その時まだあの火力発電所はできていなかった、それで烏浜から原町に出る所に自然の砂浜があった、そこを歩いていた
それが全く変わってしまった、自然もこのように大きく変化する

一羽の鴎が飛んできた、砂浜にとまり歩いた、またすぐに遠くへ飛び去った
そして広い海と波のひびきがあるだけだった
何か鴎とかは気持ちがいい、大きな海と一体化したのが鴎である
常に大きな海がある、その海を自由に飛んでいる感じになる

その点人間は自然と一体にならない、何か隣に異常な老女かいて悩まされている
普通ではない、何か不満があり騒いでいるという
今そうした異様な老人が増えている、キレる老人でもそうである
退職すると老人の役割りもなくなる、また子育ても終わると女性の役割りもなくなる
それで何もしないでただ不満をぶつけるだけになる
その老女は本当に異常である、隣だから逃げるわけにもいかない
近所つきあいもしないで何かわけのわからことを口走り変な恰好して迷惑な飾り物をしたりしている、そんな人が警察を呼んだりして苦しめているというのも変である
そんな人のために警察が来ているのも変である
第一何も迷惑かけなくても通報されれば警察は来るというときそうである
結局警察はそうした事情を呑み込めない、土地の事情も知らないからそうなる
それで自分自身も駅でボランティアして怪しいとして通報されたからだ

田舎だとまずその土地の事情を知ることが必要になる
そうしてあまり近所付き合いとか他でも介入することは問題になる
都会のようにはいかないと思う、それで土地の有力者は田舎では有利になる
警察でも一目置くからである、またそうしないと警察でも仕事がうまくできないということはある
ただこの迷惑老人は田舎だからではない、どこでも高齢化で起きているのだ
ますますそうした人が増えてくるのだ

とにかくこうした人間と鴎を比べるとあまりにも差がありすぎる
そんな人間は消えてほしいとなる、でもそういう人間はいくらでもいるのだ
だからなぜ人間はこんなに醜いのだろうとなる
それは常々思っていることだった、動物より人間は醜悪になるのはなぜだろうとなる
蛇のように隠れていればいいが人間は隠れることはない、醜悪でも隠れないのから困るのである

結局なぜ私は旅ばかりしていたのか?それはこうした田舎の人間の醜悪さを嫌悪していたからである、旅をしていれば鴎のようになり接することがないからである
田舎にいるにしても一時的なことでありあとは去るだけだから良かったのである
ただ今は旅はできない、何か疲れてしまったからである
でもつくづく近くでも知らない所が未だにあることの不思議である
あそこの砂浜は注意して見ていなかったからである
今は何かこうした砂浜がない、鹿島にも松川浦にもない、ここはまた砂浜がある
ただ東北電力があるので自然の景観とはならない、でも砂浜が広がっていたので気持ちいいと見たのである

今日は涼しいから助かった、暑くてぐったりして昼間でも寝ていた
これからは自転車で遠くに行けるかもしれない、やはり運動できないことは体に悪いからだ

2020年08月30日

未来を見通せないで株でも失敗 (パソコンも最初はオタクのオモチャだった-日本は先を見誤り衰退)


未来を見通せないで株でも失敗

(パソコンも最初はオタクのオモチャだった-日本は先を見誤り衰退)

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1995年秋にWindows 95が発売された、ところがこの前にパソコン通信が行われていた
前哨戦としてあった、その時私はたまたま富士通のワープロで通信機がついたのを買ったそれは偶然だったのである
でもその時パソコンをしていたのはマニアであり理系のオタクが多かった
だからかえって選ばれた優秀な人たちがしていたのである
そこで前哨戦として開発に協力していた、なぜならその時パソコンは高価であり一台40万くらいしていたからである
私は理系でもないけどそんなことをしていたのはたまたまだった
そして引きこもりで一日部屋にいて暇があるからできたのである
それでワープロで富士通の親指シフトを覚えて親しむようになった

そもそもパソコンを発明したのはビルゲイツとかジョブズとかでありその人は理系のマニアのような人でありそれがこれだけの世界に拡散して不可欠のものとなった
ただその時こんな通信が主流となる世界になるとは予想できた人はいないのである
日本はなぜITで遅れてしまったのか?
科学者が言うには先を見通せなかったとしている
その時アメリカで二人の天才が先を見通していたから今日がある
技術でも先を見通せないと遅れて後進国になってしまう

でもこの先を見通すことが本当にむずかしいのである
例えば時代が変わると産業も変わる、戦前は絹織物が輸出品でありいたるところに養蚕が行われていた、それで今でも養蚕をした家は一目でわかる、兜屋根の家だからである
2階で養蚕をしていたからである
絹織物が主要産業であり私の母は原町紡績で10年間糸取りをして働いていた
それでその原町紡績の工場の敷地内まで引き込み線がしかれていて横浜の方まで運ばれていたのだ、その時原町は平と並んで機関区になっていてこうして絹織物とかまた木材とか石でも資源が運ばれていた、平機関区からは常磐炭田があり石炭が運ばれていた
石炭がエネルギーをまかなっていたからである

戦後は産業が全く変わってしまった、電器製品となりそれが日本で輸出できて高度成長時代を築いた、でもこれもまた産業がITに変わった時日本は遅れることになった
つまりこの先の産業が何になるのか見誤ったとしている
最初はおもちゃのようなものでオタクがしていたようなものが全世界に普及するとは思っていなかったのである
だから先を見誤ることは致命的になるのだ
投資でも先を見込んで投資する、でも必ずリスクがある

それを私は別に投資とか株などする気もなかった、何にも知らなかった
たまたま親が死んで遺産が入ったことで貯金に利子がつかないとかで始めただけである
私は何にも勉強もしないし知らないで銀行の営業マンが投資のプロだと思ってまかせたのである
でもその人は別にプロでもなんでもなかった、素人並みだったのである
第一地銀は株とかにはそもそも経験もしていないし知識の積み重ねとかもないのである
だから支店長が株のことはわからないと言っていたのである
銀行は今まで金を集めればいいだけの仕事だったのである
それが株に手を出して投資信託とかで手数料をとる商売になったのである

株でわかったことは先を見通すことがどれだけ大事なことかであった
なぜならなぜカナダの国債を買ったら急激に石油の値段が下がった
それは今もつづいている石油とかは高いものだっから石油のとれるカナダの国債は安全だと思っていたのである
それがあんなに下がるとは思いもよらなかった、そこでかなり損した
ただアメリカに投資したリートはトランプ大統領になり円安になりもうかってとんとんになった
このうよに急激なにかある株は急落するリスクが怖いのである
ただリーマンショックの時買った株が上がったときそれを今度は銀行の営業マンは勝手にJ-reitに回した、それは自分のノルマがあり売買する度に手数料が大きいからである
その時自分は株が上がっているのに売るのはどうかとも思った
ただ自分で判断せずに営業マンにまかせたのである
結局素人の場合、こうして営業マンによりけりとなってしまう
その人は親身になりまかせる人だったらこうはならない
でもそういう人は滅多にいない、ほとんどいない、銀行のもうけを自分のノルマとか優先するからである
あくまで投資は自分で判断するものであり他人まかせではできない、第一銀行などでは
リスクをとらなから真剣にもならない、ただ適当に売って手数料とればとしかないからである

それでも今度はコロナウィルスでJ-reitが急落した、半分に下がったのもショックだったところが私は一月に売ったのである、それはなぜかというとコロナウィルスで判断したのではない、地銀の営業マンが信じられなくなったのである
それは株が上がっている時勝手に売ったからである
そのことで信用できなくなったので売ったのである
そしたら二月から急激にコロナウィルスで下がったのである
株も下がったのである、その時地銀の営業マンはチャートを見せて今買いだとして株を買うことをすすめてきた、でも営業マンを信じられなくなったからのらなかったし第一コロナウィルスで混乱して景気が悪くなっている時さらに下がるとも見たからである
そんな話しかなかったからである

でもその時買っていたら相当にもうかったのである
このように株式の世界は変化が激しすぎるのである、もうついていけないともなった
そして素人の場合は営業の人によりけりでありいい人にあたればもうかる
でもそういう人はめったにいないし営業の人自身も株の世界はわからない
リスクがわからない、誰もコロナウィルスのことを予測した人など一人いなかったからである、ただこのリスクは営業マンがすべての責任を負うことではない
なぜなら株とういものを理解している人が判断すべきでありその責任は客にあるからだ
だからちゃんと説明することが必要なのである
勝手に株が上がっているのになぜ売ったのかということが納得できなかったからである
それで信頼できなくなったのである、でもそのことがかえってJ=reitを売り損をまねがれたとなるのも皮肉である

株で確かなことは下がった時が買い!

これだけは確かである、なぜならリーマンショックでもあれだけ下がったのに上がったからである、10年単位くらいで上がり下がりがある、だから下がった時は買いなのである
これは法則に近いのである、でも老人になると先がないから投資には向いていないとなる庭に木を売るにしても成長するのに6年だとか8年だとかなると待てないからである
それより成長した木を植えるようになるからだ
先を見越すと言いう時どうしても時間をみなければならない、最低でも10年は必要になるとなると老人には先がないから投資は向いていない
ただ先を見通すことが成功することなことは確かである
それが日本ではできなかったから衰退して没落するとまでなったのである
それで盛んに今政治家は未来を語る、未来のビジョンを示すべきだという
それがないから日本はますます衰退すると科学技術者は言っている
技術に関しても未来を示されないから日本はITで遅れて衰退したとしているからだ

ただ未来を見通すことがむずかしいのは株だったらコロナウィルスを予想した人は一人もいなかった、ビルゲイツなどはウィルスに研究費を出していたからある程度見通していたとなる、未来を見通すという時、例えば米中戦争になるといってもそういう兆候があっても本当に戦争になるか判断できない、未来はどう展開するかわからないのである
つまり必ず未来は思わぬ展開になる
これだけは間違えない、何か私自身のことでもそうだった
引きこもってワープロで通信していたり旅ばかりしていて遊戯三昧の人生だった
でも今になると本当にベーシックインカムでみんなアーティストになれということが信じられないとなる、なぜなら団塊の世代は猛烈な企業戦士として会社のために働いたからである、すると私などはその正反対でありそんな人はその時まれだった
でも今になるとなぜ引きこもりとニートが百万単位でいるのかとなる
それは仕事になじめない人がひきこもる、私の場合は底辺になり流れ作業などばかりさせられから仕事嫌悪症になり旅ばかりするようになった、それも家族に恵まれたからできたのである
でもそうしたことでも今になって役立っている、ところが会社一筋の人は退職すると何が残ったのかとなる?
何か語ることがあり社会に示すものがあるのかとなるとないともなる
それで退職すると妻についてゆくだけで何もやることがないとかなっている
だから人間とはつくづく近い将来でもさらに遠い未来となると見通すことはできない

未来には何が起きるかわからない!

これは銀行が硬い職業で地域ではエリートだったのがもう必要なくなるとかもなるのもそうである、このように社会は変化なのである
自然も変化である、近くの川も去年の洪水で大幅に流れが変わった、砂地が増えた

世の中は何か常なる飛鳥川昨日の淵ぞ今日は瀬になる

世の中に本当に常なるものはない、自然も常ではない、それは津波の被害をみればわかる村自体がいくつも消滅したからである、これほどの変化はなかったからだ

posted by 老鶯 at 08:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2020年08月29日

自然災害など人間社会に起きることの不思議 (神からの罰として起きることもあるのか?)


自然災害など人間社会に起きることの不思議

(神からの罰として起きることもあるのか?)
      

死⇒原罪⇒罰

認知症(難病)⇒罰

津浪⇒原発事故⇒罰

コロナウィルス⇒罰

オリンピックの中止⇒罰

人間に起きることは不可解なことがある、なぜこうしていろいろことが起きたのか自分自身の一身上でも不思議なのである
家族が認知症になったことでもそうである、なぜこんな病気に見舞われたのか?
こんな悲惨な病気に見舞われたのか? 
何かALSとかは業病であり神の罰だとか言って顰蹙を買った
カルト教団だと常にそういうことを言うがその教団でもそういう人はいくらでもいる
不運に死ぬ人などどうしても普通の人より多いからそういう場に入り不幸から逃れようとするが実際はさらに不幸になっている人も確率的には多いのである
認知症になって自分は悪いことはしていないと言っていた
でも身内だから言いにくいが傲慢なところがあったことは確かである
その傲慢さが銀行からも金を下せないという悲劇になった
金をいくらためてもそうなったら金の価値は無になってしまった驚きである

でも大概の人は老人ではそういうことを言う、むしろ悪いことをしてきたからそう言っているのだ、まず悪いことをしない人などいないからである
ただ病気がみんななるしその因果関係はわからない
別に信仰深い人でも病気になっているし死んでいるからである
会社だって団体でも悪いことしている、カルト教団自体が宗教を装い悪いことをしているこの世自体がブラックなのである
それで人々の心がみな悪いとしてノワの洪水が起きた
それは神が起こした大自然災害だったのである 
ただ人間はこの世に生まれて災いからまねがれることはできない
ヨブの苦難は神が苦難を与えたのであり信仰の試練として与えた
そして苦難を乗り越えて神に祝福されたのである

個人的にも神に守られるということはある、自分にしても何回か死んでいたようなことがあった、それが死ななかったのは神が助けたのかとなる
お前はまだ死んでいけないとして助けたのかもしれない、ただ死ぬ危険は交通事故にあった、三回くらい自転車で転んで強く打ったからそれで死ぬことがありえた
三本の前の歯が折れた、他でも頭を打って死んでもいいときがあった
でもこの交通事故で死ぬ確率は多いのである、この世では今まではイスラエル民族を神が守った、でも新約時代になると個々人を守るのが神になった

では一身上でもまた社会でもこんなに災いが連続して起きるのか?
津浪などはあまりにも恐ろしいものでありこんな災いは想像もつかないものだった
ただ津波でも三陸では明治に起きていて一万人死んでいるとかある
だから別に今だけに起きたことではない、でも余りにも大きな被害だから神からの罰なのかとまでなる
それが確かに原発事故を起こしたことでそうだったとも解釈した
核そのものが原子核を破壊して熱をだす危険な操作だったから科学者がこんなことするべきではないと言っていたからである
また遺伝子操作などもそうした危険があり何が起きて来るかわからないのである
すると予想もつかない災いがまた起きてくるかもしれない
オリンピックの中止もコロナウィルスで起きた、これも広告屋の電通とかの利権のためにあるとか言われた
オリッピックは平和の祭典ではなくなっていた、商業主義でありもうけのためにするのである
だから中止されてもいいものだったともみた、それよりまだ復興していない東北に力を注ぐべきだと思っていたからだ

人間はそもそも神のタブーを禁止したことをして災いをもたらした
それはアダムが智慧の実を食べた結果として神から罰せられた、原罪を負った
つまり何々をしてはいけないということを神が禁じたことをした結果として災いが生まれたのである
それはプロメテウスがゼウスから火を盗んで過酷な刑に処せられたとかも同じである
タブーを破った結果として過酷な刑に処せられた
それは原発事故でもそうだった、プルトニウムの毒が二万年消えないとかそのために除染しても除染してもできない、森から放射性物質は出てくるからである
それはまるでシーシュポスの神話と同じだと述べた
岩が転がり落ちてきてそれを持ち上げてもまた坂から落ちてきて延々と岩を持ち上げる罰を与えられたのである、それは何の意味もない苦行を課せられただけである
それはやはり過酷な罰だったとなる、カルマだったともなる

この世の謎というとき人間社会に起きることは何かすべて合理的に判断できない
確かにこの世に起きることには原因と結果があり、何か原因があって結果がある
事故だって何か必ず原因があり原因が追究される、そして機械が壊れてもその原因がわかれば安心する、でも原因がわからないと何なのだろうとなる
コロナウィルスなどは正体不明だから不安になっている
どうしてそれが生れてどういうものなのかわからないから不安になる
何でも原因がわかれば病気でも直せるとなり安心する
そのために人間は原因を追究している、それで人間はいつかは死ななくなるとかまで言うことになる、科学が万能になると思っているからだ

例えばレバノンに逃れたゴーンのレバノンであんな大事故が起きて悲惨なの状態になったのはなぜなのか?その原因は何なのかとなる
ゴーンに罰が当たったとかともみる、悪人に逃れる場所がないともなる
その因果関係があるとするとそうなるのか?
神が罰したとかなる、何か宗教の場合はカルト教団でも常に罰があったと批判する人を言うのである、だから政治でも批判できなくなる、レバノンでは宗教政党がいくつかモザイクのように支配していて政教分離していなから政治でも批判できないとしている
アメリカの黒人暴動でもそうである、そもそも奴隷として連れてきたことに原因があるからだ、それがアメリカのカルマとなっているのである

コロナウィルスウィルスでもウィルスとは何なのだろうとなるとこれもやはり神の自然界のタブーを破った結果として自然の復讐だともされる
人間が入ってはいけない、または触れてはいけない生物がすむ領域に侵入した結果として起きたとなる、そして風土病でありその土地土地に限定されたものだったがグロ−バル化でたちまち広がる、だからグロ−バル化とか交通の発達にも負の面があったともなる
つまり何でも原因があり結果があるともなる、それは科学的思考でもある
ただ科学と宗教がありそれは確かに一つの根で共通している
もともとは宗教であっても呪術であってもやがて効果のある薬を植物から見出して飲ませる、すると効き目があるとして薬が発展する、ただ祈ったり護符とか与えても病気は治らないからである
ただの紙切れでも与えるということは今でもどんな宗派でも行われている
でもそんなもので病気は治らないから今は宗教者は信頼されていないのである
それで宗教は衰退して科学技術の自体になり科学者が神官に聖職者になったのである

要するにこの世に起きることに神の関与があるのか?

なぜこのように様々な災いが生れて来るのかという原因がわからないからそうなる
もし科学でも何でも説明できればそうかとなるができないからこそ自然にも人間界にも神の関与があるのかとなる
旧約聖書では明らかに神の関与があり神が自然でも変えて選民であるイスラエルの民を導きだした、救い出したのである
そういう物語が基本的なものとして形成されている、それが奇跡なのである
モーゼでも脱出がテーマであり海を割り道を作ったというという奇跡でもそうである
そんなことありえないというがその奇跡を否定したら信仰自体成り立たなくなる
聖書とは神が人間でも自然でも関与したことを記したからである
ただ新約聖書からはそうした奇跡の物語はあまり記されなくなって科学の時代になったのである、なぜなら結核を治したのは科学者であり医者だったからである
それで科学者が神官になり聖職者になったのである

でもコロナウィルスでも以前として未知のものが生まれるとそれは何なのか解明できないから不安になる、そうなると科学で解決できないととなると祈るということにもなる
それしか方法がないからだ
でもなぜこれほどいろいろなことが一身上でも社会でも起きて来るのか?
末世になるとそうした災いが生まれるというのもわかる
一身上で駅でボランティアしていたがそれで何ら認められることなくかえって駅長にも
地域の人にも認めらなかった、そして怪しい人として警察に通報されたりした
要するに勝手駅に何かするなとされたて終わったのである
そしたらコロナウィルスで鉄道が利用されないという信じられないことが起きた
これも何なのだろうとなる
人と接することができないということも何なのだろうとなる
これも罰だったのかと勝手に私怨として見ることにもなる
宗教というのは何かそういうふうに相手が批判したりすると必ず罰当たるとかいうのが普通でありそれが個人でもそうなり危険なのである
原因と結果を宗教的解釈する、すると科学的思考とは違ったものになる
例え自分に非があっても罰当たったとか喜ぶのである、宗教はこうして悪人に悪用されてきたのも歴史である

ただ神が人間界に関与するというときなぜ第二次世界大戦のような悲惨なことを見逃しているのか?

原子爆弾を落とすようなことを見逃しているのか?

それが不可解なのである、例えば日本が神の国だとしたら奇跡で原子爆弾を落とす飛行機を何らかの力で墜落させてもいいとなるからだ、それもなかった
ただベトナム戦争ではなぜ圧倒的な力があったアメリカが勝てなかったのか?
そこには神の力か働いたのかとなる
聖書では力の強いものが必ずしも勝つ歴史ではない、弱い者でも神が関与すれば味方になって勝った歴史なのである、それを記したのが旧約聖書である
ともかくこの世に起きることはすべて原因結果があるとしても合理的にも説明できない
すると神が関与したのかとなる、ただ神が関与したとなるときこの世を変えることではない、神はこの世から選ばれた人を救い出す脱出させることを奇跡を通じてすることであるだからそもそもこの世を変えることは不可能である 

むしろこの世は欲でもって滅びるとされているからだ
この世が改革されて天国になることはない、滅びがあるだけだとなる
ただ改善の努力はつづける、でもそこに必ず不可抗力なものがある
それはなぜなのか?それは人間の根本的な罪が払拭できないからである
共産主義でも資本主義でも極端な格差社会になるのもそうである
人間の欲が限りなく肥大化してそんなことになる、ほんのわずかな人たちが巨額の富を得てどっちにしろ貧困者が増大していることでもわかる
平等を目指した共産党の幹部が何兆円もの金を得ている
これほど矛盾したこともないのである
つまりどんな主義であれ社会を変えることが不可能なのは人間の欲が消えないからである科学技術でも人間の欲のためにありそれで原発は金の成る木となりあらゆる人が政治家でも官僚でもマスコミでも御用学者でもその欲のために群がった
そこで危険は無視されたのである、それは地元の人たちも同じだった
原発事故の原因もいろいろあってもその中で人間の欲がありそのために事故が起きたともなるからだ


天変地異がなぜつづけて起きるのか?
(悪を暴き出す面はあった、地球を浄化するためなのか?)

2020年08月28日

無責任民主主義 (一票には百万分の一の責任しかない―誰も責任はない)


無責任民主主義

(一票には百万分の一の責任しかない―誰も責任はない)

民主主義がなぜ機能しなくなっているのか?
選挙だって投票しても何もかわらないとかなる
それは結局一票の価値とか責任は百万分の一に過ぎないからだ
要するに百万分の一の責任しかないのである
それでも一人が十票分を投票できるとなれば10人分でありそれなりに力をもち責任を持つようになる
だから選挙の時は一票など当てにしていない、団体票を組織票を当てにしている
カルト教団であろうが何であろうがまとまった票を得ることが政治活動なのである
投票する方でも何か一票だからと何の影響もないとなり責任も生じない
要するに投票しても投票しなくても同じだとなっているのだ
だから有名な影響力ある武田邦彦氏などでも棄権している
その人が言論で影響力があるからそっちの方に熱が入る、言論の方が責任があるし影響力があるからそうなる

民主主義の発祥の地のギリシャにしても一万くらいのボリスであり一人一人が見えるような社会で起きた、それが巨大化すると民主主義が機能しなくなる
ただ民主主義は必ずしも選挙だけではない,社会システムとしての制度である
でもその最大の中核となる選挙がもう一票が百万分の一とかなると責任もなにもない
また選ばれる人も一人など相手にしない、マスを相手にする
それは様々な利権団体なのである、それで二階堂氏が観光業者の団体と関係していて
go to キャンペーンを政策にして実行した
そしてその団体から献金を受けるとしている

こういうふうに民主主義は利権団体と必ず結びつきまとまった票を得て当選する
民主主義というとき民が主だとしているけど実際はこうした利権団体が主となっている
そして利権団体化するとただ利権だけを得ようとする
それが民主主義では権利民主主義なのである
権利はもともと権理と明治に訳していた、それがただ権利となった
そこには正義もなにもないのである、利権を得ればいいしかなくなったのである

再三取り上げているけど船主とか漁業団体が漁業権を東電に売り多額の補償金を原発事故前も補償されて原発御殿とか建てていたということが事故後にわかった
だからここだけではない、民主主義とは利権団体の民利主義とかなる
つまりプライベートの意味が奪うという意味でありまさに自分たちの利権のために公の財産を私的に奪う権利なのである
それで公共的なものがそうして利権団体に奪われるものになったのである

例えば入会権でもそうである、それは村の共有地でありそこで山菜でも木を燃料とするにも家の材料にするにも共有であり誰かの土地ということはなかったのである
一個人の土地ではない、今でも観光客が勝手に山菜をとるなというとき資源保護とか村の財産を守るためにそうしている
それは漁業権でも本来はそういうものだったのである
それが明治以降に資本主義となり民主主義となったとき個々人の所有に分割された
そのために今になると無数にそうして個人の土地があり山全体を利用しようとしても
できない、もう誰の土地なのかわからないものにもなっている
つまりここでも公共の共有の土地がプライベートされ奪われてそうなったのである
こうしてかえって山は昔のように入会権があり共有であったのが私的所有にプライベートされて何もできなくなったという事情がある

民主主義が機能しないないというとき自治体でも機能してない
この辺で原発が作られるとしてもそのことについて市町村で議論されない
それがわかったのは小高町にすでに東北電力の原発が作ることが予定されていて事故が起きた年に工事が始まろうとしていたのである
でも小高に原発が作られることすら私自身も知らなかったのである
つまり広く知らされることも議論することもなかったのである
事故を起こした原発でも土地所有者と県の許可くらいで決められたのである
そこには何の議論もない、一方的にただ地元の人たちに「安全神話」を吹き込み一切の批判を許さなかったのである
ここにも民主主義など全然なかった

福島県の報道機関はマスコミとなるが何も機能していない、第一福島民報は出資比率で県が半分であるとしたら県の言うままになり国のいいなりになるだけである
これは日本全体でも報道はマスコミは民主主義が機能していない
何かマスコミはまた巨大な装置をもつ六局が独占していた報道の利権団体だったのであるNHK自体がそうだった、報道するということで巨大な権力、第三の権力となっていたのである、それで宣伝費とかで収入が入る、すると金をくれるところに忖度するとなる
それがわかったのはインタ−ネットとか特にyoutubeの影響が大きかった
なぜならこんな簡単に名もない個人がテレビ局のように放送できるのかと不思議だった
でもマスコミとたいして変わらないしかえって説明など新鮮だったとなる
そういうことはある程度の知識があれば誰でも一個人でもできるということだったのである

今までのテレビ局はマスコミが権力をもったのは莫大な資本がないとできない、それで権力をもったのである
民主主義が機能するにはやはり報道が大事になる、知らされなければそもそも何もわからないし判断しようがないからだ
だから知らないままに20キロ圏内に東北電力の原発ができるようになっていた
そしたら事故になったら住めなくなったのである
これも怖いことだった、でもなんら知らされないし議論もないままに建設が始まるところだった、小高の人でも誰も反対しない、ただ金になるからいいとしかないのである

重要なことが知らされない、議論もない

これでは民主主義も何もない、全体主義の独裁と同じだったのである
日本の報道の自由率はとても先進国とは思えない低さなのである

国際NGO「国境なき記者団」(本部・パリ)は21日、2020年の「報道の自由度ランキング」を発表した。調査対象の180カ国・地域のうち、日本は66位(前年67位)だった。

これが民主主義の自由の国かとなる、もう江戸時代との見ざる、聞かざる、言わざると同じではないか?
こうしたことから社会は歪められて悲惨な結果となった、戦後アメリカの民主主義を取れ入れてもそれは利権団体主義であり本来の民主主義ではなかった
ただ民主主義という言葉だけであり実質はともなっていなかったのである

要するに利権団体主義となるとき利権だけに金だけに目がゆく、その正当性とかrightに目がむかないのである、それが漁業権とか他の権利でもそうである
漁業資源の保護が本来の役割りとして権利が与えられている、入会権とかでもそうだった権利は権理だったのである、法律でもreasonを重んじる
ただこの理屈となるとめんどうになる、でも万人にでも納得する正当性があって成り立つ団体だからといってすべて通るとなるのも民主主義ではない
でも現実はそんな正当性は関係なく利権団体主義となり数が多いものが権力をもつ
そして一票を投じたとしても百万分の一の責任しかないから無責任になる

また選ばれた議員にしても別に責任を自覚しない、議員自体が利権を得ることを目的として政治家になる、そして何かあれば選んだ選挙民が悪いとまでなる
民主主義では選んだ人にも責任がるとなる
そうしして誰も責任をとらない無責任社会となった
それより侍だったら一心に責任を感じていたから切腹までしたのである
それで庶民は侍になりたくないというのもわかる
そんな責任をとてもとれないからである、原発事故では実際誰も責任をとっていない
官僚でも政治家でも東電の幹部でもマスコミでも御用学者でも何か月給を減らされたとかもないのである  

こうした無責任社会の弊害は大きい、大衆というものも全く責任とは関係ない匿名集団である、それで数学的にも集合にはならないという、駅とかに集まる不特定の集団は集合にならない、それは一時的に集まり離散しているからである
そういう大衆がやがてナチスのファシズムとなったのが現代である
ナチスはヒットラーはそうした無責任な大衆から生まれたとされているからだ
要するに大衆には責任がない、ただ騒ぐだけだとなる

ただデモになり死ぬこともあるからその時はやはり命がけだと責任をとっているとなる
すると投票よりそうしたデモが民主主義なのかとなる
でもそれは暴力になるから民主主義ではないとなる、それでもそうしなければもう社会は変えられないともなれば暴力にもなる
つまり投票では社会は変えられないとなるからだ
民主主義はすでに機能しなくなっている、アメリカでは数パーセントの人が半分の富を収奪しているとかありそれも変えられないとすれば民主主義は機能しない、デモで暴力で変えるほかないとなる、その時民主主義はもう成立しなくなっているのだ
だからそうしてデモが巨大化すると国自体がその暴力によって変えるとなり選挙は無駄だとなり否定されるようになる、民主主義はもう成り立たないのである

ただいくら無責任民主主義でも人間社会は必ず責任を誰かがとらされるようにできている
この辺では原発事故で故郷に住めなくなった、これが最大の被害だった
戦争でもやはり三百万人死んだとか必ず甚大な責任をとらされた
無責任民主主義でも責任から人間は逃れられないようにできている
だから最初から責任をとれるような社会にした方が間違いがないともなる
みんな無責任であっても結局誰かが大きな責任をとらされるからである
それで一人に十票の投票権を与えればそれだけ責任は自覚される
しかし結局平等主義になりそれがまた不平等になるのである
でも民主主義が機能しなくなっている、それを解決するにはどうするのか?
それが問われているのである

利権団体民主主義が社会を歪める
(GO TO キャンペーンもそうだった)

責任をとらされる人が一番真剣になる (責任をとらない人は信用できない)

夏の真野川の俳句(鮎がもどり流れが変わる)


夏の真野川の俳句(鮎がもどり流れが変わる)


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ここから水無川の水が湧いてい流れる
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水は川を流れていない



夏の朝川きらめきて流れけり

草深し川面きらめき鷺一羽

カワセミの隠れて消えぬ草深し

清流を朝百匹や上る鮎

鮎百匹川にもどるや泳ぐかな

鮎跳ねて川生き返る流れかな

行き交いぬ落合橋に雲の峰 

涼しさや流れの変わる岸に立つ

涼しさや水無川に水の湧く
                                              
のうぜんの夜咲き星の輝きぬ


沖縄や真澄の空にディゴ咲き海青々と赤さのにじむ


7月までは夏と思えなかった、それから暑くなった、朝から暑いけど夏らしい光景になった、鮎が真野川に大群となって上ってきた、それで毎日真野川に行っている
真野川は去年の台風で流れが変わった、砂利と砂場が増えたのである

世の中は何か常なる飛鳥川昨日の淵ぞ今日は瀬になる

この飛鳥川は小川なのである、ただ真野川でもこんなに変わってしまっこというのは同じである

それで川の中に入りやすくなった、そこで見ていたら鳥がきていた、海の鳥であり千鳥かもしれない、そのさえづりが川にひびいた
それからカワセミも見た、この鳥は結構ここでなくても見かける
でも一瞬にして消える、岸の草深い場所に消えてでてこなかった
これを写真にとるのはむずかしい、つまり鳥が常に来る場所でねらっていないととれないからだ

真野川で思ったことは鮎でも大群が上る、鮎が跳ねて川を上る
その時川が活きていると見た、つまり川に魚がいて川も活きる
魚でも何か川に見かけないのである
新田川でも魚を見たことがないのである

川に魚がいて川も活きる

町や村でも人がいて活きる

自然もそうだが町や村に人が住んでいなければ活きない、それは同じだったのである
川に魚がいないとなればただ水が流れているだけだとなるからだ
それは落合橋に雲の峰が見えて人が行き来している、中学校があるから生徒も通っているそれで橋も活きている、あそこの橋は川が下に見えやすい、ところが下の大きな橋は川がにごっている、ここの川は浅く清い流れになっているからここの橋から鮎を見れるのである

それから水無し川はからからだけど堰の下にの隅から水が湧いて流れていた
水無川は流れていなくても下を流れてここから出て来ていたのである
それはなんとも涼しいものだった
近くでも意外と知らないことが多いのである、ここははじめて発見したからである
それで写真とる絵になる場所があると思った
今遠くには行けない、日射病になったことで怖くなったからである
でも近くならいい、近くにも自然があり見るべきものがある
そういう点写真の趣味はいいのである、釣りの趣味もいいがこれはじっとしているので合っていない

とにかく暑い、これは沖縄だと思った、熱帯であり熱帯夜である
それで沖縄にいる熱帯地域にいる感覚になった、夜でも暑い、するとのうぜんがまだ咲いている、星が月が輝いている、熱帯地域にいる感覚になる
星でも熱帯の星である、この辺では熱帯の感覚はない、沖縄を知るにはやはり熱帯の感覚である、だから沖縄は日本では東南アジアであり熱帯であり本州とは別な世界であり魅力あるとなる、北海道もまた別な国の感覚になる
それで日本は熱帯から寒帯まである自然の多様性に富んでいる
大陸などからすると相当に自然自体も独自なのである
ヨ−ロッパだったら熱帯となるとアフリカに行くほかない、エジプトとかもそうである
外国に行くほかないからである

熱帯というとき沖縄だと赤い花が多い、それが似合っている,ブーゲンビリアとかディゴの花とかである、その赤さが空の青と海の青に映えているのだ
ただ沖縄には二回くらいしか行っていないのである
ディゴの赤は赤でも明るい赤ではない、沈んだような赤である
これはインド産だったのである、それでなるほどと思った
インドらしい花である、ブーゲンビリアは明るい花であるがこれは赤でも違った赤である法体地域には熱帯らしい花が咲くしまた花は熱帯原産が多い
この花一つとってもつくづく地域性がありそれが文化を育んでいたのである

この赤い花とヒンズー教とかも一致するし蓮の花がお釈迦さまの花だというときもそうである、そして北海道は高山に咲く花が平地に咲く、寒帯地域だからである
文化はその風土と密接に関係している
それでベ―トベンの音楽を理解するにはドイツの大地を踏まねばならないと言うのもわかるのである、文化とはcultureはcultivateでありその土地土地の自然を耕すことで生まれたものだからである
日本でも俳句とか短歌を理解するには日本に一年最低住んでいないと四季の変化がわからないし肝心の季語がわからないとしたら理解しようがないからだ 

今日もとにかく朝から暑い、それでまた河原に行って写真をとりたい
落合橋の雲の峰は映っていなかった、こういうことがある
だから写真を撮ることはシャッターチャンスが大事になる
写俳はまさに写真と俳句を組み合わせた写生だからである
写生というとき写真と絵は違う、現実の写実が写真なのであり絵はイメージされたものだからである、だから写真を絵にしたがこれは写生ではないのである
なぜなら雲の峰は夕暮れに遠くに見えたからである
雲の峰は夕暮れに今たつ、今日も朝から晴れているから写真とるにはいい
でも遠くには行けない、近くでも夏は変化するから絵になる

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2020年08月27日

真野川に鮎の大群が上ってきた (震災以後見たことがなく2018年に鮎を放流した)


真野川に鮎の大群が上ってきた

(震災以後見たことがなく2018年に鮎を放流した)

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落合橋から見える


2万年前です。 これは、最近のDNA分析から明らかになりました。 同様にDNAの分析から日本と朝鮮半島そして中国大陸のアユが、同じ種であることも分かってきました。
 実は、2万年前の氷河期、日本列島と朝鮮半島が陸続きでした。 どうやら、その陸続きであった氷河期に日本列島で生まれたアユが、朝鮮半島に 渡り、さらに中国大陸に棲息地域を広めていったようです。

 サケと違うのは母川回帰をしません。 その時に一番条件の良い川を選らで遡上を始めるそうです


 (秋)
川の中流と下流の境目あたりで、アユの一生は始まります。
川底の砂利の隙間にある、小さな卵から生まれた幼魚は、
川の流れに乗って、海に下ります。

秋)
昼間の時間が短くなり、水温が低下してくると、
鮎は再び川を下り、下流付近までやって来て、卵を産みつけます。
産卵を終えると、わずか一年の短い一生を終えます。

産卵に全エネルギーを使った鮎は「年魚」の名の通り、一年で生涯を閉じます。


アジアの東部、すなわち太平洋岸の特産魚で、日本を中心に 朝鮮半島の南部、中国沿岸に分布しているが、石の少ない大陸の川には生息しない。
日本では、関東以西の本州、四国、九州に多く、東北、北海道には少ない。琉球列島では 沖縄本島まで分布している。


一生を一年で終わるから、そういわれる。まれには一年で終わらず、次の年まで生きのびるものがおり、いわゆる越年鮎と呼ばれるものである。鮎は短期間のうちに大人になる。その成長は著しいものである。短期間のうちに大人になるには、豊富な餌が必要である

3月末頃から川をのぼりはじめた鮎は、餌が豊富にあるところを求めてどんどん上流へのぼって行く。良い水アカの付くところは、水がきれいに澄み渡り、水温も比較的高く、水が勢いよく流れている、石がゴロゴロしたところである。

産卵が行われた後に、力を使い果たした鮎は、雌も雄も死んでしまう。鮎の死骸は川に流され、河口のヨドミに沈む。川の岸辺に寄せられた死骸は、トビ、カラス、サギ等の餌食になる。

 シラス(イワシ)漁は沿岸部を目の細かい網を2隻の船で曳いて行われている。そのときシラスアユがイワシと一緒に獲られてしまうというのである。

 稚アユの群れの中には見当はずれの方向に行ってしまうものもあるようで、山口県長門市沖の青海島の北側日本海に面した所に夏のころアユの群れを見ることがあるというし、伊豆の大島あたりでも春頃にアユの群れをみかけるそうだ。

 稚アユは、10億分の一というごく微量でも合成洗剤の臭いを嫌がって避ける
 鮎は流量の多い川を選ぶ

 


真野川になぜ昨日から鮎の大群が遡上するのを見た、でもそれは二三日前でありその前には見ていないのだ
なぜこれだけの鮎が震災から津波から9年過ぎて上ってきたのだろうか。
見たのは真野川の中流地域の落合橋のところだった

●2018年に放流した鮎が産んだ子がもどってきた

●何かの原因で真野川にもどってきた

鮎の寿命が一年だとすると2年が過ぎているとしたらどうなるのか、そういう例はまれにあるからそれもありうる
なぜなら鮎の不思議は鮭とにていて生まれた川にもどるというからだ
でも生れた川からかなり離れて遠い川に稚魚が上っていたのも見られた
だから必ずしもそうではないが一般的には生まれた川に上る

確かに鮎を見ると鮭の小型化したような姿になっている、そもそも川魚でも海に生息していたものが川に上り進化したとかなる、岩魚とかもそうである
だからこそ稚魚は海に出てプランクトンを食べる、ただ海から川へ上ると藻などを食べる両方に生息できる、鮎を調べて一番不思議だと思ったのは鮎は日本列島の固有種のようになっている
それはなぜなのか?朝鮮半島とか中国に川があっても鮎に適していない
朝鮮半島も大陸であり河も大きいからである

氷河期に日本列島で生まれたアユが、朝鮮半島に 渡り、さらに中国大陸に棲息地域を広めていったようです

つまり鮎は日本が原産だった!

これは発見だった、日本は川魚が食料にかなりなってきた、鮎は子供のとき父親がとってきてオカズになった、その時鮎は大きいものだったのである
その後小ぶりになり震災前は釣りしたとしても食料にはなりにくいものになっていた
ただ釣りを楽しむというだけである

日本列島の不思議は大陸との生態系の相違がありそれが独自の文化を育んた
それで縄文人が朝鮮半島にも渡っていたということもありその朝鮮半島人のDNAに縄文人の系統があるというときもそうである
縄文人はそもそも一万年の歴史があるとしたらそうなる
日本語の謎が解明されないのはやはり縄文人が一万年日本列島に生活していたことにあるのかもしれない、大陸の言葉と共通性がないからだ
未だに結局日本語の謎は解明されず孤立語になっている、ユダヤ民族のヘブライ語とも共通性があるとまでなってその元が不明なのである

ともかく現代は科学であらゆることが解明されたとして見ている
でもこの鮎でも鰻でも魚でもその生態は解明されていない、それは依然として神秘的なものである、謎である
人間は自然をすべて解明したわけではない、生物学的にも生態系となると解明されていない、コロナウィルスでも未知でありウィルス自体が生態系から生まれたのでありその生態系とは何か解明されていない、生物は依然として神秘の領域にある
だからこそ生態系を何か知らないのにその生態系を放射性物質で汚したことが大罪だったとのである
なぜなら人間は生態系に依存して生きる魚とも同類の生物だからである
生態系を汚したら空気も水も土も汚染されたら生きていけないのである
それでプルトニウムの毒が二万年も消えないとか空恐ろしい罰が与えられたのである

稚アユ遡上の要因や条件については、”甲状腺ホルモンの影響”とか”水流や流れの音の刺激”とかいろいろ調査、研究されているが、今までのところ遡上行動がなぜ起こるのかそのメカニズムは解明されていない。

”甲状腺ホルモンの影響とは何なのだろうか?原発事故では甲状腺ホルモンではないが
甲状腺が放射性物質に汚染されると癌になると恐れられた、実際にチェルノブエリではそうだった、子供が癌になり手術されたからである
真野川でも環境省で定期的に水質でも水生生物でも調査している
その報告もされているが調べていない、なかなか専門的になると理解できなくなる
ただ私は専門家ではなく、何でも素人として魚でも興味があるからしているだけである
学問でもトータルなものとして見る時面白いものとなる、興味が尽きないとなる
なぜなら神秘的なものとなり謎になるからだ、ただ科学的知識がない文系なので文系的思考になるのである

たた日本の文化というか歴史でも日本列島の成り立ちがまだ解明されていないだろう
それは大陸とは違っている、朝鮮半島は大陸の一部なのである
だから比較的大きな地震がないのである、地盤が安定しているのである
日本列島は地震とか津浪があり大陸とは相当に違った独自に形成された島国なのである
その地理的独自性から日本の地理でも歴史でも生態系でも関係してくるから総合的に見る必要がある、要するに何でも一専門分野に学問を限ると危険になる

原発でもそうだった、原発事故になり生態系が汚染されたら人間は住めなくなる
その基本が無視されたことが重大な結果をもたらしたのである
コロナウィルスでも経済を無視してありえないのに専門家40万人死ぬとか恐怖を与えたそれは総合的に判断しないからである、ただ今や総合的に判断するにしても誰もできないそんな能力がないからである、私自身も科学がからないとしたら何にも言うなとまでなるただ鮎一つを取り上げて調べてもそれが生態系全体のこととかかわり日本列島の成りたちとかかわり縄文人でもかかわるとかなる
つまり何か石ころ一つでも必ず全体と関係してある、それが石一つだけに注意しても調べてもわからないのである

ともかく鮎があれだけ遡上したことは川が震災から9年半過ぎて蘇ったのかとも見た
ただこの原因はわからない、今年に放流した鮎ではない、だからどうしてこれだけの鮎が上ってきたのか?それが知りたいとなったのである
何か近くの人がこの鮎に餌をやっていると言っていた、その人も放流した鮎ではないと言っていたからそうなのだろう
またなぜ水無川の上流にも鮎が前にいたかというとあそこは遡上できない堰がある
だから運んだと言っている、橲原の川にも鮎がいたからである
とにかく9年以上鮎を見ないのに見たということは川が回復したとかとも見た
それは田んぼが回復して蛙の鳴き声は合唱を聞いた時もそうである
そして蛙が増えくるとそさを餌とする鷺がもどってきたのである

それで生態系が回復したと見たのである、田んぼは生態系に組み入れられたものであり
水がそこに循環して稲が育つ、だから田んぼをただ稲をとるものだけとは見ていけないのである、田んぼは自然の生態系の中に組み入れられた自然とも見るべきなのである
だから田んぼがない田舎は田舎だったのかと見たのである
つまり蛙が生きている、鷺が生きる、川に鮎が生きる、それが生態系が復興することなのである
それは宮沢賢治の詩のように生命が人間と一体化するものとして存在することになる
その詩には童話でも縄文的なあらゆる生命との一体感を謳っている
そういう世界を創作できたということはやはり時代でもある
ただその時は貧乏でありその世界をいいものとして見ていた農民などいない
そんな世界に生きたくないとなる、それは江戸時代がいいとしてもそこで暮らしたら地獄だったとなるのと同じなのである

真野川で鮎の稚魚を放流(2018-5-28)
(放射能の心配はあるが・・・)

二年以上過ぎているからこの時放流した鮎の子なのだろうか?
ただ一年で死ぬとなるとそうともならない謎である 

写真はとったが鮎は映っていなかった、ただ落合橋から確実に見える






posted by 老鶯 at 18:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

Rail way in city

Rail way in city

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2020年08月26日

北海道の寿都町の核廃棄物問題 (3000人の町は限界集落化して維持できない)


北海道の寿都町の核廃棄物問題

(3000人の町は限界集落化して維持できない)

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寿都町に確かに行ったことがある、それが奇妙なのだけど記録もないので確かめようがなくなった、岩内町まで自転車で下り岩内から寿都町まで海岸線を行った
弁慶岩とかあるから義経が逃れてやがてロシアの方にわたりジンギスカンになったとかの伝説がある

寿都町の特徴が風がいつも吹いているから本当に風の町である
それは岩内から寿都まで狭い海岸の道を行ったからそれだけは覚えている
日本海側だから日本海に面した本州と気候が似ている
寿都町の歴史が意外と古い、北前船が通っていた江戸時代からあるった
北海道では古いとなる

75 歳以上の割合が最も多くなっています。漁業形態別では、定置底建網漁業では、
40 歳未満が多くなっていますが、浅海漁業では 7 割以上が 60 歳以上となっており、高齢化が
目立ちます。今後の産業の維持のためには、漁業の若返りと人手の確保が必要です

テレビでは大きな牡蠣の食べ放題とか宣伝していた、昔のニシン御殿を改造して食事する場にしていた、ここで何か売り物になるのはこのニシン御殿と海産物とかである
漁港がありそれが町の中心なのかもしれない、それにしても3000人は少なすぎる
限界集落である、その町が維持できるかとなり放射性廃棄物の処理場が国に指定されてもめているとなる

北海道チャンネルでは反対の立場で応援している、それで牡蠣がうまいと地元で宣伝していた人を取り上げたのである
ここになぜ関心をもったかというと私はここに確かに行ったからである
ただ記録がないから頭に記憶されたことで思い出す、とにかく風が強い場所でありそれでマスコットキャラクター「風太」とかを宣伝している
風力発電もできた、ここは一日風が吹く場所なのである

磯菊や留寿都の風に吹かるかな

海岸にびっしりと延々と磯菊が咲いていたのを思い出している
磯菊がふさわしい場所だった、もの錆びた地域である、家も少ない
泊発電所は岩内町の近くにあり札幌もここでは近い方である

北海道ちゃんねるでは寿都町は公共の建物がそれなりに整えられているから町長の手腕をほめていた、建物は立派なのである
ただこれは飯館村でもそうだが50億円の学校を5人の生徒のために建てたと批判された原発の復興がいくら箱物を立派にしてもそれぶ復興にはならないことも言えた
別に施設が粗末でもそこに人がいれば市町村でも活きてくる
つまり肝心の人がいなくなっているのだ
何か小高でもマルシェとか施設は立派に作ったのである、でも若い世代は帰ってこないのである  

飯館村ではこじんまりした新しい家を建てていた、でもそこには人は住んでいなかったのである、それで別荘だと言われている
要するに建物だけが立派でも復興にはならない、またそれで活気がもどる訳でもないのである、問題は人がいて建物も活きてくるのであり建物を活かすのは人なのである
原発事故の大被害にあったこの辺では肝心な人がいなくなったことが最大の問題だったのである、そのいなくなった地域に立派な建物を建ててもそれで町でも村でも昔の賑わいをとりもどすかとなるとならない
だから不思議なのは戦後焼野原になったとき引揚者が地方に帰ってきた
そこで働く場所がなく不便な地域に開拓に入った
例えば飯館村でもそうである、全国的にそうだった、飯館村の人口を見れば驚く
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戦後に増えた、一万一千の時もあった、これはどこでも全国同じである
ということはその時どこでも辺鄙な村でも活気があった、貧乏でも活気があった
団塊の世代は子供で若い人であふれていて活気があった
どこでも子供群れて遊んでいた、それは寿都とかでもそうなのである
人口も6000とかあり更にさかのぼると人口は多かったのである
これは全国的傾向である、ただ北海道の場合は極端なのかもしれない
なぜなら北海道の人口の四割が札幌に集中している
都会に集中してしまうのである、北海道は極端だとなる
なぜ貧乏なのに飯館村で生活できたのかとなると不思議になる
6000人の倍も住んでい時があった、それがどうしてこうなったのか、全国的でもそうであり
時代をふりかえると別に貧乏でも人は生きていけたとなる
今の二倍もの人口をどうして飯館村のような所で養えたのかとなるからだ
ただ山菜だけを食べていたという訳でもないからである

とにかく日本人の問題は少子高齢化だということを指摘する人がいるのもわかる
老人ばかり増えてはどんなことしても昔の様な賑わいをとりもどすことはできない
老人は今毎日病院通いしている人が多いのである
ただこういう場所だから核の廃棄物処理場にするのにはいいと国に見られたのである
それで北海道知事も何も言わないというのはおかしいと指摘する
それはここでも双葉とか大熊地域はもともと森であった場所で仕事がないとして出稼ぎに行かないで暮らしたいとなり東電の原子力発電を誘致したのである
ただこの時はほとんど議論もしない、国と県が結びつき町民でも反対することはなかった漁業者は漁業権を東電に売って事故前も補償金をもらって悠々生活していたのである
事故後も漁業者は補償金が手厚いから暮らしに困ることはない、事故前も御殿を建てて事故後をやはり同じだったのである

そこで寿都町はこの辺と事情が似ていると関心をもった、ただ寿都はこの辺より条件が相当に悪い、もう3000人で町が維持できるのか?
それも老人が多い、そんな町が維持できるのか?建物だけを立派にしても肝心の住む人がいない、若い人は流出した、それは原発事故を起こしたこの辺とにているのである
その条件もこの辺より悪い、この辺だとまだ近くに都市があり働く場所がまだある
そこにはない、ただ泊原発とかで働く場所がありそういう所で現金を収入を得ているのかとなる

ただ放射性廃棄物処理場とかは武田邦彦氏などは安全だとしている
だから原子力発電とは違ったものにもなる、それでもそこは不明であり不安になりふさわしくないとなる、それが漁業者から言われて反対される
でもここでは全くそういう反対の声を聞いたことがないのである
何の疑問もなくただ補償金がもらえるということで漁業権を売ったのである
今その漁業者が反対するのは福島原発の事故があってそうなったとも言えるのかもしれない、一旦事故になるともうその町でも村でもゴーストタウンになることを示したからである

原発には問題がありすぎたのである、核廃棄物の処理でもそうである、とにかくやっかいなものだったのである、でもなぜこれがすすめられたかというと先進国では核の技術をもつことがせまられた、それで福島原発事故後でもベトナムとかイギリスとかに原発を作る予定があったが頓挫した、原発は割の合わないものとなったのである
ただもしこうして原発をやめるとその技術も後退する、つまりもう技術的に後継者もいなくなり維持できなくなる
でもそれが原発の運命だったともなる、あまりにもリスクがあったのが原発だったのである
そして原発をもたらした福島県の政治家の渡部恒三が死んだ、これも原発事故があり最後は有終の美を飾ることができなかった、ただ福島県を汚した政治家とされるだけだったのである、原発はあまりにも巨額の金が動きそれに翻弄されたのである
事故後でもなんで除染に何兆円とかかけるのかとなる、それも徒労のように見える
小さな庭の池の除染に半年以上かける、これも理解しかねるのである
それほど一旦事故になると大被害となりとりかえしのつかない修復できないものとなるのが原発だったのである

それで日本を元の活気ある社会にもどすには人口を増やさない限り無理だというのもわかる
国全体を見れば老化して瀕死の状態になってゆく、それは少子高齢化が最大の問題なのだとしている
それでフィリンピンは安定して人口が増え若い人が増える、減らないとして投資をすすめている記事が他の人も書いていたのである
それはなぜ戦後に食べ物もない、最低限の経済でも活気があったというとき若い世代が多いから貧乏でも国に未来があるとみなされていたともなる
団塊の世代がその象徴だったのである、それも今度は老いてゆきお荷物となり負担となるそうした逆の現象となり国が衰退してゆく
それは危機となっている、この辺で避難区域なった場所が一時ゴーストタウンになったように市町村が消滅してゆく、維持できなくなっゆく危機なのである
流出した若い人は帰ってこない、そして町や村でも維持できなくなっている
そうしたことが原発事故で起きたが他でも寿都でも起きている
それは全国的な問題なのである、危機となっている問題なのである   

衰退する日本を一気に逆転させ国力、影響力を活気を倍増する方法がある

posted by 老鶯 at 22:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

蝶の写真一枚

蝶の写真一枚

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夏の蝶花園に入り蜜を吸う

写真は何か偶然である、だから何枚も量をとることがうまくなるコツだというのもわかる
適当にとっていて数が多ければいいものに当たるともなる
これも偶然だったのである、動いているものは連写になる
偶然に背景がぼけていたのもいい

写真も相当に訓練である、カメラの良し悪しもあるが数多くとることである
それなら誰でもできるとなる、いろいろ考えないで量をとることだとなるからだ
これは実際に見てとったり良かったのである、わからないところも映っていたのである
何か写真の眼が人間よりすぐれた所があるので発見があるのだ

結局私が継続している抽象画もそうである、コンピュターで生まれた新しい芸術なのである
AI時代になるとますます人間の能力がコンピュターによって開発される
すると能力がなくてもそれなりのものはできるとなる

この蝶はあまり見映えがしない、揚羽だったち夏らしかったとなる
とにかく今日も暑かった、川に行ったがそれは明日のせる


2020年08月25日

コロナウィルスにかかった近くの人は他に移り住んだ (いじめ、村八分、同調圧力の日本人の問題)


コロナウィルスにかかった近くの人は他に移り住んだ

(いじめ、村八分、同調圧力の日本人の問題)

すぐ近くで東京のライブハウスに行った人がコロナウィルスにかかった
それは福島県では一番早かったのである
このことは他でもありそれで批判された

それでガラスを割られたと聞いた時本当なのかと疑った
そこまでするのか?それより今日聞いた話ではその人は今ここに住んでいないという
その人は元からいた人ではない他から移ってきた人だと思った
この辺は本当に新しい街が三つくらいできたほど新しい家が建ったからだ
今でもやはり新しい家が建っているのである
それは津波の被害者もいるが原発事故で避難民になった人が移り住んだのだと見る
なぜならある場所では高級住宅街のようになっているからだ

でもそういう人が他にまた移り住めるだろうか?
また元々住んでいた人が簡単に他に移り住めるだろうか?
その辺がかりにくい、これは二人の人が言っているし間違えない
今回のコロナウィルスは何か異常に警戒して日本人の悪い面がでた
コロナウィルスに国民が一切に同調して防ぐのはいいのだけど
その反面自粛が過剰になり一人でも出たら許さないという異常自粛になった
つまりコロなりこうした日本人特有の同調圧力が怖いとなった

学校でもコロナウィルスにかかっているからと親が医療関係者の子どもかいじめなになった、前は福島原発事故で東京とかに避難した人たちが放射能はうつるといじめられたのと似ている
日本人は何か同調圧力が強い、それがいい面に働くと感染も防げるとなる
みんな一斉に警戒してマスクも全員するからである
するとマスクしないと責められる、別に政府が命令しなくても相互監視になる
田舎だと日常が相互監視になっているからだ

とにかく村八分というのが日本人の特性である、どこでもその話を聞くからである
陰湿ないじめが起きる、そして自殺したりする
よそ者を受け入れないとか普通にある、それが村という小さい範囲で生きてきた日本人の特性だとなる
コロナウィルスでも放射能でも何かあるとこうなりやすい
学校のいじめでは実際にバイキンバイキンとしていじめられたからである

ともかくコロナウィルスに警戒過ぎるという意見も今はテレビ以外でかなりでている
何か過剰警戒になりすぎて自粛になりすぎている
ただの風邪だインフレインザでは騒がないのになぜこんなに死者も少ないのに騒ぐのかとなる
それで経済とか精神まで委縮してしまった
そうしたし抑圧された委縮したマインドは変わらない、変えられないというとき
人間はつくづく心理的な影響が大きい
何かマインドが氷河期のように冷え込んでしまったのである
それはあくまでも過剰な警戒の心理的なものでそうなったのである
景気は気持ちだというとき確かにそうである
気持が委縮してしまったことが一番の問題だったのである
コロナウィルスにはつくづくそういうものだということを今回意識したのである
そして一旦こうして委縮した冷えたマインドはなかなか回復しないのである

それでコロナウィルス前とコロナウィルスの後ではニューノーマルな生活をしろとなる
時代が変わるという時、こうして心理的なものからマインドから変わるのかとも見た
そういうマインドが変わり社会も変わる
これは個人的なものでも同じである、人間はこうした心理的なものに左右されやすいのである
つまり気分に左右されやすい、その気分で高揚したり落ち込んだりする
何か現実に実際に起きたことより起きないことでもその前に心がマインドが冷え込んていて景気も悪くなる、景気とはまさに気だからである

ただおそらく株が下がらないのは不思議だけど日銀が金融を操作しているのであり
とても国民の経済が向上しているとはとても思えないからだ
おそらく国民の心が気分がマインドが落ち込まないように日銀が操作している
それは世界経済でもアメリカの株が上がっているのも同じである
株がおちこむとまたパニックになり本当に冷え込んで景気が落ち込み恐慌までなるからだアメリカではすでに各地で暴動が起きている、不穏な情勢にある
それが大きな暴動に発展して内乱状態にもなる

いづれにしろ人間の気持が個々人でも人間の集団でも左右するのが大きい
コロナウィルスは人間の気分をマインドを変えたことが問題だったのである
だから経済でも活気をとりもどすは相当時間がかかる
一旦冷えた心はマインドは簡単に変わらないということである
伝染病は現実としてもそうだが人間の心を過剰な自粛とか他人へのバッシングになる
もう一人でも地方ででたら許せないとなる
それが田舎の地方の異常性だとなる、ただそれだけ警戒するのだから安心だということもある、そうした二面性があり複雑だとなる

この辺の原発事故の放射能問題にしてもそうである
これをどれほど警戒していいのかわからない、過剰になるともう住めないとなる
そうでなくても若い世代は避難して他に家を建てたりし帰らなくなった
この放射線もどれくらい恐れていいのかわからない
ただ地元では補償金ではもめてもコロナウィルスではそうはなっていない
ただ感染した人がバッシングされて住めなくなったということは驚きである
ということは相当なプレッシャーがかかったということなのである   

コロナウィルスは世界共通に症状も現れないとかあり過度に警戒することもこうして心に影響するから問題なのである
なにもないとすることも問題だが地方での過剰な自粛がエスカレートして何か抗議文を張り付けたり過剰自粛になるのは問題である
それで警察もとりしまるとしている、それは犯罪なのである
とにかくコロナウィルスはまだ先が見ない、冬に向かって第二波、第三波が来るのかわからない、人間はやはり未知なものに対してこうして過度に警戒して心も委縮するものだと思った、そして一旦委縮してしまった心はなかなか回復できなくなるというのが問題なのである、死者とか少なくてももう元の社会に戻らないという時、コロナウィルスいかに実被害より心理的な面で被害がすでに大きかったとなる    


2013年7月21日の夜、山口県周南市の山間部にある集落で、2軒の家が燃え、3名が亡くなった。翌日昼、別の2軒の家からそれぞれ遺体が発見される。5名の遺体には、外傷があった。人口わずか12人の限界集落で突如発生したこの連続殺人放火事件で逮捕されたのは、殺害された村人たちと同じ集落に住む保見光成(69)。今年7月、彼の死刑判決が確定した。
(つけびで有名になった)

津山事件(つやまじけん)または津山三十人殺し

今でも田舎で起きる凶悪殺人事件はやはり田舎の闇である、村八分やいじめ体質があり起きる事件である、日本人にはこうした狭い村で生活して来たことで闇の部分として日本人の体質となっている、時々こうして爆発を今でもしているのである

posted by 老鶯 at 19:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年08月24日

自然に宿る御霊(魂)の謎  (万葉集に歌われる死者と交流する日本人の霊(魂) 


 自然に宿る御霊(魂)の謎

 (万葉集に歌われる死者と交流する日本人の霊(魂) 
  


 吾が主のみたま賜ひて春さらば奈良の都に召上げ給はね  山上憶良  (万5、八八二)

 天地の 神相うづなひ すめろぎの 御霊助けて 遠き代に なかりしことを 朕が御世に 現はしてあれば 

 「すめろぎの 御霊助けて」は、歴代の天皇の霊力が聖武天皇を助けて、黄金を産出させたという意味で、憶良の歌の「みたま賜ひて」と同じ観念である。

 稲の魂を「倉稲魂(うかのみたま)」といい、それを神格化したのが「倉稲魂命」(「神代紀」上、第五段一書の六)であり、剣も「布都御魂」(『古事記』神武東征条)と呼ばれ、社に祭られて「石上坐布都御魂神社」(『延喜式』


 
 古代日本人は、あらゆるものに神が宿ると考えていたと思われる。自然宗教に分類されるアニミズムは、物体に生気と動きを与えるのは精霊だと考え、死とは霊魂が永遠に身体を離れ、宿るべき身体を失った状態である。 死によって、魂の抜けた身体は、魔ものが入るとして、危険視されていた。危険を回避し、魂をあの世 に送ることができるのは儀礼であり、とりわけ、あの世からこの世へと再びよみがえるという生の再生のためにも、死者儀礼は重要な意味をもっていた。

 日本語の言葉には日本人の心が精神が宿っている、その日本人の言葉が活きていたのが奈良時代であり万葉集となり結実した
人間であれば言葉は重要である、言葉なくして人間でありえない、だからどこの民族でも言葉はあった、ただ文字は文明の基となったように高度なものである
だから日本には文字がなく漢字を取り入れたのである
その時一段上の文明が中国にあったからだ、その文字さえ何か最初発明した時は神秘的なものでありそれでヒエログリフのように神聖文字となった
それはアジアでもインドで経文となったように同じである
高度な文字の体系ができた地域が最先端の文明が起きた場所であったことでもそれを証明している

日本人とは何かというときやはり日本語から知らねばならない、それで本居宣長が大和言葉と唐言葉を分離して日本人の心を魂を知らしめたのである
日本語の中に古語の中に日本人が尊んだものがあり言葉に化石のように残されているのである
現代はもう言葉は数字なのか化学式なのか神秘的なものではなくなった
でも依然として人間が言葉をもつことは動物とも植物とも違っているのだ
それで言霊信仰になる、何かしら口から発した言葉が自分にも他人も影響するからだ
憎む言葉を発せればやはりその言葉を実際恐ろしいものとなる
人は実際に人を殺す前に言葉で殺している、心の中で殺している、その心が言葉となって現れるから怖いのである
人間のみが心と言葉が一体化しているからである

万葉集は日本語の原初の呪術的なものが残されている
だから日本人の心を知るには万葉集を知らなければわからないのである
いわば日本人の聖典のようになっているのが万葉集なのである
でも万葉集は解き明かされていない、それはなぜかというと古代の原始的心性というべきものが理解できなくなっているからだ
そんなもの科学の時代に迷信的だとかなるが何か第一人間の心は依然として不可思議であり解明されない、心だけはどんなに科学が発達しても解明されないと思う
どんな機械でも人間の心を見ることはできないのである

日本語だと霊、玉というのが心になる、日本人は心を玉と言っていた
魂(たましい)でもそうである

たまきはる、たまかぎる 玉櫛笥 玉衣(たまきぬ)、玉垂の、玉梓(たまづさ)のたまぼこの

玉として美的に詩的に表現されている、

魂(たま)合はば相(あひ)寝むものを小山田(をやまだ)の鹿猪田(ししだ)禁(も)るごと母し守(も)らすも    作者不詳 万葉集巻十二

「空蝉のからは木ごとにとどむれど魂のゆくへを見ぬぞかなしき」〈古今・物名〉

直接は合わなかったけど魂(たま)は合ったとなる、魂は心は通じたとなる

吾が主のみたま賜ひて・・・普通だったら物を賜る(たまわる)であるがみたまを賜るというのが現代では理解しかねるのである
日本人の心が何か?何を重要視したかをこうした日本語から知るべきである
賜るというのが今なら物を賜ることなのである、それが魂を賜るということがまるで違った世界に住んでいたのである
人間は今や物の中に生きている、毎日が物に追われている、そこで心はかえって失われてしまったのである
物がない万葉時代にはかえって魂は生きていたのである

というのは神道には経典がないからこそ日本語とか万葉集から日本人の心を魂に通じるべきだとなる
魂が合うというとき合わなくても魂は通じる、心は通じるということである
そしてやはり現代でもこういうことは不思議に起きて来る
会いたいと心で想う人にまた出会い合うとなる

そしてまた人間は死んで骨となり灰となり全くその姿が消失する、でも本当にすべてが消失したのではない、依然として何かがある、魂(たま)が消えずにこの世にあり生者とともにある、また死んだ人を迎えるその魂を迎える送り火とかがお盆にある
死んだ人の魂は家にお盆に来る、そういうことは理屈ではない、まさに魂で感じるものなのである
何かもう60年も一緒に暮らした人は死んでいない、でも本当にいないのだろうかとなると何か家にいて近くにいるという感じがするときがある
それは家族だけではない、別に親しくもなかったけど隣の女性が突然死んだ時は驚いた
だから何か死んだばかりだと依然としてそこにいてこっちを見ているような感覚になるのだ 

ましてや60年も一緒に生活していたら死んで簡単にすべてが消えるとはならないだろうだから人間の一番の不思議は死ぬことである、肉体も消えてなにもなくなることである
その変化はあまりにも大きいからとまどうのである
そして死者はどこに行ったのかと常に思うようになるのである
それで折口信夫は恋とは乞うことであり死者を乞うことだということは家族が全部死んでそのことがそうなのかと思うようになった
なぜそうなるのかというと死者とは二度と会えないからである
そうなるともう一度でもいいから会わせてくれと乞うことになるからだ
万葉集はなにかすべて恋愛の歌のように読むと浅薄なものになる
もし死者を乞う歌だとなれば深刻になるのである                                      

「空蝉のからは木ごとにとどむれど魂のゆくへを見ぬぞかなしき」〈古今・物名〉

この歌でも蝉の殻が残されて人は死んでしまった、何もない、その魂はどこに行ったのだろうとなる、死んだ人はそもそもどこに行ってしまったのだろうか?
全く何もなくなってしまったのだろうか?
人間はそういうふうに思えないのである、まだ何かがある、それは見えないが何かがあるそれが魂をもった人間だとなる、動物とは違うからである

日本の信仰では、霊魂が人間の体に入る前に、中宿ナカヤドとして色々な物質に寓ると考へられてゐます。其代表的なものは石で、その中で、皆の人が承認するのは、神の姿に似てゐるとか、特殊な美しさ・色彩・形状を具へてゐるとか言ふ特徴のある物です
(折口信夫)

死んだ人の魂は消えるのではない、依然として未練がありこの世をさまよっている
それで祟りの霊ともなるから魂を鎮めるとして祈ったりした
死者に祟れることを日本人は相当に恐れたのである
それから魂が何か自然のものに宿るとした、玉とはその人間の魂が宿ったものとして表現されたのである

ともかく現代とはもう物質文明であり機械文明であり大衆文明でありそこに人間の魂は消失したようになっている、蝉の殻のようになっている
そしてその彷徨う魂の宿る自然も大都会にはないのである
墓にしても団地のように狭い空間に魂は押し込まれているのである
人は死んで骨となり灰となり海にまいたりも今はしている
ただそういうことをしても魂は別なのである、なぜなら魂とは目に見えないものだからである、それで魂合うというときそれは離れていても合うということになる

現代文明とは人間の本来の魂を否定した消失した文明である、だから古代人は現代文明人からしたら遅れたものであり野蛮人なのだとみる
ところが魂から精神から心からみればなにかかえって現代文明人の方が野蛮なのである
たましいが失っている、無数の物質に囲まれていて肝心の魂が失われている
物(もの)というとき物と心は一つのものだった、物に魂が宿るのである
それが西洋的思想と東洋的思想の相違である
西洋的思想では人間の心と精神は分離してみる、日本語では物は心でもある
物には心があり心が宿り魂が宿る
物と心は一体なのである、現代文明は物と心が分離しているからそこで物が豊かでも心は貧しい、病的なものになっているのだ 

つまり現代文明は魂から心から見れば病んでいるし一つの病的なものとなっているのだ
それかカルト教団だとかナチスを産んだのである
現代文明は心の面から魂の面からみれば異常であり狂気的なのである
それゆえに万葉集とか古代の人にかえって学ぶとなるのである
人間の関係でもそれは商品交換のためにあるのではない、物の交換のためにあるのではない、心を通じ合う、魂合うということが人間の人間たるゆえんなのである
グロ−バル経済とかなるともう商品のみがあり物だけがあり心は決して通じ合うことはない、そこに異常性が生まれる、なぜ戦争になるのか?
物と心が実際は分離しているからである
世界自由市場などは株式の世界で作られたものである、数パーセントの人に世界の富が吸い上げられている博打場だというときそうである
物と心は分離している、そこに紙幣とか貨幣が媒介して人間の魂も心も魂合うものとはならないんのである、魂離れになってしまうのである

うつそみの人なるわれや明日よりは二上山をいろせとわが見む

万葉巻二に、大津皇子の亡骸を、葛城の二上山に移葬し奉った時、大伯皇女の御歌二首と詞書きのある第一首目の歌(165)である。 

山を人間としてみている、これは西洋ではなかなかないだろう、ただ自然でも擬人化することはある
確かなことは自然に人間の魂が宿るこということなのである
山は大きいからなかなかそうなりにくい、でも二上山は比較的低いやまだから人間化されたとなる

 我が母の亡き魂宿らむ石なれや影なし涼し今日もありなむ

 我が家に嫁ぎてあわれ百歳を生きて死ににき霊宿る石

 我が母の目ただずありぬ歳月や亡き魂石に宿り鎮まる  

 我が家の庭に静まるその石に母の魂宿り虫の声聞く

死者の魂は石に宿る、私は石をテーマにしてきたから石が心となる、魂となり宿るとなる人間が生きて死ぬ、でも人間の肉体は消えても何か依然として残っている
それで人間が生きた所には伝説となり石でも人間を語るのである
それがまさに人間らしいのである、それで例えば原発事故の避難区域になった町や村ではもぬけの殻のようになった、蝉の殻だけが残っているという感じになった
古い空家などがそうである、そこには人は住んでいても老人だけである
すると死んだ町、村になる、ここで考えるべきは実は死者の魂が生きている
それがそこに人が住まなくなると幽鬼となり彷徨うなるから不気味なのもとなる
そこに生活して生者がいるとき死者の魂もともにいる感じになるからだ

そして死者の魂は石とかに宿り依然としているとなる
伝説の石となり村で語られて生き続けるのである、奈良では万葉集の歌われた場所が残っていて偲ぶことができるのである
それは1300年前のことなのである
でも依然としてそうした大昔でもその場所から偲ぶことができるのである
死者は語られることによって生き続けているのである
これは日本人的死生観であり神道なのかとなる、また日本人の文化なのだともなる
ただこれはキリスト教であれ仏教であれイスラム教であれユニバーサルなものになりにくいのである
第一砂漠のような所に住んでいるとき、魂でも石すらなく宿るものがないのである
だから
だから魂は天に昇るとなってしまうのである、ただ本当の神は砂漠に住んでいたのであるそこは汚れない場所だったからである、水で禊したとしても水も汚れるからである
砂だと水のように濁ることもないからだとなる
そこを絶対的空間として神が存在したとなる、そこではとても山を人間などと見えないからである、だから日本の自然は親和的であったというのが違っていたのである





posted by 老鶯 at 22:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 万葉集

夏の日の電車の写真二枚 (スーパーヒタチと雲)


夏の日の電車の写真二枚  (スーパーヒタチと雲) 

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スーパーヒタチは早いから余計とりにくかった
そして太陽が逆光になってうまくいかなかった
でも二カ所に狙い定めたから一枚はうまくとれた
まず電車とか動くものは構図を決めて待ってとらないとうまくいかない
最初から場所の設定をしてどうとるか決める

でも背景の空は変わる、夏は雲が変わり安い
また太陽も刻々変化して光りも変わる
それで撮るのが難しい
ただ今回は街の中だからとりやすかった
5時にスーパーヒタチが来ることがわかった
だからこの時間も正確に見ていないとうまくとれないのである

雲の峰(電車の写真はとりにくい)

  
雲の峰(電車の写真はとりにくい)


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スーパーヒタチが去った5分後くらいにいつのまにかこんな大きな雲の峰が出ていた
意外と早く雲が大きくなる、だから夏の雲は変化するから飽きない

鉄道がここを通っているがこの場面でスーパーヒタチを撮れば絵になっていた
電車が動いているし背景も刻々変わっているから写真をとるのがむずかしい


刻々と形を変える雲の峰

場所変わり消えてはたちぬ雲の峰 

ぐんぐんと大きくなりぬ雲の峰  

雲の峰たちまち大きく聳え立つ

向こうにたちこちらに立ちぬ雲の峰

雲の峰燕飛び交い電車行く

草原に風のわたりて雲の峰 

鷺の二羽向かい合いつつ川に暮る
      

にいにいの鳴きてみんみん鳴きひびく近くに昔遊びけるかな    


雲の峰が見える場所がある、それは年によって違う、今年は夕暮れになると山の方に見える
雲の峰は震災の前の年のとき大きく見えた、その時も異常に暑かったのだ
それでいろんな形に雲が変容するのを見た
その翌年の3月に津波が来て右田の松原は根こそぎ消失してしまったのである
何か異常に暑くなることは大地にも影響して海にも地下にも影響して地盤がゆることがあるかもしれない、それで大地震の前に暑くなることはありえる
天候の影響は地球全体を変えるからである

昨日は雲の峰の写真をとるために待っていた、でもスーパーヒタチが去った後に5分くらいあとに大きな雲の峰がいつのまにか出ていた
もしそれをとれた絵になっていた
写真はやはりシャッターチャンスを逃すとあとはとれない、いくらいいカメラでもとれない、そして動いているものをとるのはむずかしいのである
特に電車とかはむずかしい、相当に構えてねらってとらないととれない
それでけ写真をとるということは労働にもなる、疲れるのである

ただ写真撮ることの効用は写真を撮ることにもあるがその場にいて自然の雰囲気を味わうことにもあることを知った、一時間くらいいると辺りの雰囲気にとけこむからだ
だから実際は写真一枚を見ただけではその場にいる経験とはならないのである
その写真をとった人はそういう場にいたことを記憶して写真からその場の雰囲気を思い出すから価値がある、その場にいない人はなかなかいい写真でも切り取った一部しか見ないからものたりないものとなっている 

とにかく映像の時代だから写俳とかうまれた、正岡子規の写生俳句とカメラは合うからである、見たままを俳句にするということはまさに写真なのである
そこに技巧をこらさないことだからである、余計なイメージをしないことだからである

今年は遅れて夏が来た感じである、でも30度くらいだったら夏らしいとなる
でも自転車で遠くに行くことはむずかしい、日射病になるからだ
それにしても自然は刻々変化している、だから近くでも良く観察していると飽きないのである

雲の峰いくつ崩れて月の山 芭蕉

これは雲の峰の名句である、雲の峰は崩れやすいのである、でも崩れてはまたたちまち大きく雲の峰がそびえ立っている
だから一か所にいて観察していると変化するから飽きないのである


 ここで雲の峰と電車を映している










2020年08月23日

鉄の産地だった猪苗代湖の湖南地域 (葦から鉄が作れたー会津に荒巾木神社がある-梓 今来の謎)

      
日本海から会津の古代の歴史(1)

(地理が歴史の基礎ー逆さ地図で見る)

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人間はその住んでいる場所が中心になり支点になる、場所が変わると見方も変わってしまう、そこに地理を見ると誤解が生れる
まず日本だけではない、アジアでも世界となれば地理を理解することは神にしかできない地理は例えば実際その地を踏んだとしてもまたわからないのである
地理は俯瞰しないとまたわからない、それで山形県の小国町に行ったのだがその隣が喜多方がとはわからなかった、それは地図で俯瞰して見た時わかった
こんなに近いのだとわかった、でも小国に一時滞在してもその周りの地理のことはわからないのである、日本は特に山が多くて隣でも山に閉ざされているから山が壁となって地理がわからなくなるのだ

会津を見る時でもやはり地理が大事になる、それが歴史と一体化してし地歴となる
では会津をどういうふうにして見るのか?
それはここに示したようにアジアから逆さ地図でみる、すると会津はアジア大陸から
日本海側から会津が通じている、福島県でも会津は新潟県とか越の国と通じている 

「崇神天皇は諸国平定のため4人の皇族将軍をそれぞれ北陸・東海・西道(山陽)・丹波(山陰)の4方面へ派遣した。このうち、北陸道へは大彦命、東海道へは武渟川別命(大彦命の子)が派遣され、それぞれ日本海と太平洋沿いを北進しながら諸国の豪族を征服していった。やがて2人はそれぞれ東と西に折れ、再び出会うことができた。この出会った地を「相津」(あいづ)と名付けた」

大毘古命は先の命のまにまに、高志国にまかり行きき。ここに東の方より遣はさえし建沼河別、その父大毘古命と共に相津に往き遭ひき。かれ、そこを相津と謂ふ。
                                
ここで大毘古命(おおひこ)とは出雲の有力者である、それは蝦夷征服にも大きくかかわった人物であり天皇にも連なる族長である
出雲から高志(越国)へと大和朝廷の支配領域に組み込まれてきた、会津の名の起こりがそこから来ている、また会津とは水が会う場所だという意味もある
いくつもの川があり水に恵まれた山国である
それでもう一つ大事なことは交通から見ることである
人間の社会と交通は密接な関係がある、人が行き来することで交通があって統一国家も生れて来る、もし人間が全く交通ができないとしたら何か文明でも生まれなかったろう
なぜなら川があるとするとそれが道になりやすい、それで四大文明が必ず川の側に生まれている、つまり川の港に生まれている
エジプト文明でもピラミッドはナイル河の岸辺から港があり通じていたのである
そうなれば物資もナイル河通じて運ばれることになる
メソポタミア文明もユーフラテス川の交通があり生まれたとなる
外国の川は日本とは違い、運河のようになっている、交通には適していたのである
 ローマ帝国が成立したのも「すべての道はローマに通じる」となり道を作ったことにあった
日本でも外国の玄関口になった横浜が東京より人口が明治の時多かった
つまり横浜から文明開化が始まったのである
横浜から全国の養蚕で作った絹織物が輸出されたからである

だから地理を見る時まず場所を変える支点を変えるとまるで違ったものになる
それで逆さ地図を見ると日本がどう見えるかである
まず日本海があり日本海側にそって交通が最初にあったことが見える
大平洋は見えないのである、日本海でも韓国からみれば東海なのである
日本海は日本側から見ると夕陽が沈む地域だが韓国から見れば朝日が昇る地域なのであるこの相違は大きいから地理から誤解が必ず生まれる
人間は結局自分の住んでいる場所を中心にして見ているのである
それは狭い範囲でもそうなのである
海に面した地域から相馬藩でもありでも飯館村は山に囲まれているからその場所の差は相当に大きなものとなるのだ
見えたが違っているのである
まず山に囲まれた盆地と海に面した地域ではまるで違った世界観になる
日本は海に囲まれているのだがまた山に囲まれた盆地が多い
大和は奈良だけどそこも盆地である、会津も盆地である

そして交通から見る時、韓半島から見ればアジア大陸からみれば交通としてまず日本海側が見える、現実に日本海をわたれば日本に到達するから渡来人が来れたのである
また最初は伽耶(かや)の国から福岡に渡来人が渡って来た、日本からも渡って行った
それでかや山というのが万葉集に歌われた、かやの人たちが渡ってきて住んだからであるまた綿津見神社の綿は渡るから来ている、つまり海を渡ってきた人たちのことなのである次に渡来人が来たのは国引き神話のある出雲だった、その出雲から日本海側を通って越の国へと行き阿賀野川を通じて会津に入る
つまり日本海側と交通で結びついていたのが会津なのである
阿賀野川というと日本では道になりにくいとかある、外国の川のように運河のようになっていないからである
でも古代をイメージしたとき道などないのである、鬱蒼とした森が覆っていて道がない
するとやはり川をたどって行った方が楽なのである
川はやはり道になりやすいのである、小舟でも川を行った方が鬱蒼した森を行くより楽だとなるからだ
それで日本海が比較的冬を除いておだやかだから道となり古代でも阿部氏が船で到達したのがアギタであり秋田となった

出雲から高志(高志)へと出雲勢力が広がった、そして出雲がもともと日本の最初の国でありそれが蝦夷となった、蝦夷は出雲だというのもそのためである
今でも島根県と東北弁がズーズー弁だというとき共通しているとなるからだ
ただ大和勢力が出雲に進出して国譲りがあり出雲の人たちは出雲から逃れて信州に長野県に逃れた、それで諏訪神社の祭神はタケミナカタなのである
そしてこの諏訪神社がどこにでも多いのである
それで鹿島神社はこの出雲に攻めてきて国譲りした建御雷(たけみかづち)の神である
それで島根県に鹿島とあるとき鹿島神社はこの建御雷(たけみかづち)の神なのである
だから全国に鹿島神社が多いのである

建御名方神は、大国主命と高志(越)の奴奈川姫の間の子とされ、書紀、風土記には出てこない神である。出雲の国譲りの際に、天孫側の武神、武御雷(たけみかづち)神と戦って敗れ、諏訪に逃げ込んだ、と古事記にのみ記述されている。諏訪の側の伝承によると、建御名方神は侵入者であり、先住者の洩矢(守矢)神との領有争いに勝ち諏訪を支配したとされる


とにかく地理を見る時この交通を同時に見る必要がある

例えば棚倉町の

とあるときなぜここがヤマトタケルと蝦夷軍の戦争の場所となったのか?
それも交通と関係していた、

久慈川は幸(さけ)くあり待て潮船(しほぶね)に真楫繁貫(まかぢしじぬ)き吾(わ)は帰り来(こ)む」[丸子部佐壮(まるこべのすけを)

この久慈川から潮船で海に出たとなる、日本海でもそうでありそれは江戸時代の北前船となり継続していた、ただここでどういう航路をたどったのか不明である
このように川は交通の道としてあることを古代なら見るべきである

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「穴に住み人をおびやかす土賊の佐伯を滅ぼすために、イバラを穴に仕掛け、追い込んでイバラに身をかけさせた」とある。

ここで佐伯(さえき)とあるが 

佐伯部は日本武尊が東征で捕虜にした蝦夷を伊勢神宮に献上したが無礼を働いたりするので播磨・讃岐・伊予・安芸・阿波の5ヶ国に送られたのがその祖とされています。

佐伯部は平安時代以来、「叫ぶ」に由来するとされてきたみたいでが、『常陸国風土記』に、土着民である「山の佐伯、野の佐伯」が王権に反抗したことが記されているので、「障(さへ)ぎる者(き)」で、朝廷の命に反抗する者の意味の説もあるみたいです。
又、外敵からの攻撃を「遮(さへ)ぎる者」という意味で「さへき」と呼ばれるようになったとの説があるみたいです。

こういう伝説でもいかにも当時の自然状態を示している、茨(いばら)に覆われていて道をさえぎるような状態が多かった、まず道があるいうことはめったにないのである
ところどころ日常の短い道はあっても遠くから長く通うじている道はない
常に遮られる状態だったのである
それて飯館村に行く八木沢峠に薔薇坂とかあるがこの薔薇は茨のことである
これは棘があるからまた遮るにはいいのである
一時薔薇坂に牛を飼う家があったがそこが原発事故で捨てられて原野化した
そこに茨が生えるようになった、茨があることはこれも通りにくい、茨にひっかかり通りにくくなる、そういう原初的な風景があり当時を物語るのである

会津の謎は大塚山古墳に東北で唯一の三角縁神獣鏡が発見された、それは吉備のものと同はんなのである、ここに吉備が関係していたという時吉備は大きな国であり大和朝廷が生まれる前は日本を分割して支配するほどの力をもっていたのである
だからこそ鬼退治伝説が生まれた、大和朝廷によって手ごわい相手だったから鬼とされて征伐されたのである、蝦夷でもアテルイとか大和朝廷に逆らうものは鬼とされたのである会津はすでに吉備国とかと関係して交流があり日本海から阿賀野川を通じてそうした物品ももたらされた、吉備国の支配の標として鏡が授与されたともなる 
吉備が力をもったのは伽耶(かや)から来た渡来人が集中して住んだ場所だった
そこで技術を取り入れたりして大きな国となった
それは瀬戸内海が交通路となりそれで港となり強力な国となった
その後も村上一族とか水軍が生れて力をもったから歴史は継続している

いづれにしろ歴史を見る場合、地理が先にあり地歴となる
会津は福島県では最初に国として認識された場所である、会津は山国として大きいのである、だからまずこの地理を知ることが容易ではないのだ
それで必ず会津に行くと方角がわからなくなるのである

会津嶺の 国をさ遠み 逢わなはば 偲びにせもと 紐結ばさね

会津はすでに奈良時代以前から国として存在していた唯一の場所なのである
ということはそれだけ古いのであり国がすでに成り立っていたのである
浜通りのみちのくの真野の草原(かやはら)は奈良から蝦夷の境界として認識されていた700年頃まではそうである、でもそこに会津のような独自な国は存在しなかったのである
また高志の国も出雲に治水のために移り住んだというとき地名としても出雲に高志というのが三つくらいあり高志も独自の国を作ったいた証拠である
継体天皇も越から生まれていることでも大きな国であり古い国であることがわかる
そして会津には気多神社とか高志国の神社があるから古代は日本海を通じて交流があったまたなぜ山形県に高志神社が多いのか?
それは大和朝廷が古紙を服属させてそれから山形県に移った
その時山形県の方に高志の人たちが移住したのかもしれない、神社はその土地の人が移住してもたらされることが多いからである

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確かなことは福島県でも会津を浜通りからまたは中通りからでも見る見方が違ってくる、磐梯山は浜通りからは全く見えない、吾妻山も全く見えない
阿武隈山脈、高原に遮られて見えないのである
この影響は物心に相当に影響する、だから福島市でも阿武隈高原遮られてた見えないから一体感が生れにくいのである
むしろ宮城県の仙台の方に地理的には一体感を感じる、交通でも電車が通っているから余計にそうなるのである


紀行・聖地巡歴・古道・古社を歩く

ここは実際にその地を踏んで神社から古代史を見ているから参考になる
一つの本のようになっているから読みごたえがある

鉄の産地だった猪苗代湖南地域 
(葦から鉄が作れたー会津にアラハバキ神社がある-梓 今来の謎)































2020年08月22日

日本海から会津の古代の歴史(1) (地理が歴史の基礎ー逆さ地図で見る)

      
日本海から会津の古代の歴史(1)

(地理が歴史の基礎ー逆さ地図で見る)

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人間はその住んでいる場所が中心になり支点になる、場所が変わると見方も変わってしまう、そこに地理を見ると誤解が生れる
まず日本だけではない、アジアでも世界となれば地理を理解することは神にしかできない地理は例えば実際その地を踏んだとしてもまたわからないのである
地理は俯瞰しないとまたわからない、それで山形県の小国町に行ったのだがその隣が喜多方がとはわからなかった、それは地図で俯瞰して見た時わかった
こんなに近いのだとわかった、でも小国に一時滞在してもその周りの地理のことはわからないのである、日本は特に山が多くて隣でも山に閉ざされているから山が壁となって地理がわからなくなるのだ

会津を見る時でもやはり地理が大事になる、それが歴史と一体化してし地歴となる
では会津をどういうふうにして見るのか?
それはここに示したようにアジアから逆さ地図でみる、すると会津はアジア大陸から
日本海側から会津が通じている、福島県でも会津は新潟県とか越の国と通じている 

「崇神天皇は諸国平定のため4人の皇族将軍をそれぞれ北陸・東海・西道(山陽)・丹波(山陰)の4方面へ派遣した。このうち、北陸道へは大彦命、東海道へは武渟川別命(大彦命の子)が派遣され、それぞれ日本海と太平洋沿いを北進しながら諸国の豪族を征服していった。やがて2人はそれぞれ東と西に折れ、再び出会うことができた。この出会った地を「相津」(あいづ)と名付けた」

大毘古命は先の命のまにまに、高志国にまかり行きき。ここに東の方より遣はさえし建沼河別、その父大毘古命と共に相津に往き遭ひき。かれ、そこを相津と謂ふ。
                                
ここで大毘古命(おおひこ)とは出雲の有力者である、それは蝦夷征服にも大きくかかわった人物であり天皇にも連なる族長である
出雲から高志(越国)へと大和朝廷の支配領域に組み込まれてきた、会津の名の起こりがそこから来ている、また会津とは水が会う場所だという意味もある
いくつもの川があり水に恵まれた山国である
それでもう一つ大事なことは交通から見ることである
人間の社会と交通は密接な関係がある、人が行き来することで交通があって統一国家も生れて来る、もし人間が全く交通ができないとしたら何か文明でも生まれなかったろう
なぜなら川があるとするとそれが道になりやすい、それで四大文明が必ず川の側に生まれている、つまり川の港に生まれている
エジプト文明でもピラミッドはナイル河の岸辺から港があり通じていたのである
そうなれば物資もナイル河通じて運ばれることになる
メソポタミア文明もユーフラテス川の交通があり生まれたとなる
外国の川は日本とは違い、運河のようになっている、交通には適していたのである
 ローマ帝国が成立したのも「すべての道はローマに通じる」となり道を作ったことにあった
日本でも外国の玄関口になった横浜が東京より人口が明治の時多かった
つまり横浜から文明開化が始まったのである
横浜から全国の養蚕で作った絹織物が輸出されたからである

だから地理を見る時まず場所を変える支点を変えるとまるで違ったものになる
それで逆さ地図を見ると日本がどう見えるかである
まず日本海があり日本海側にそって交通が最初にあったことが見える
大平洋は見えないのである、日本海でも韓国からみれば東海なのである
日本海は日本側から見ると夕陽が沈む地域だが韓国から見れば朝日が昇る地域なのであるこの相違は大きいから地理から誤解が必ず生まれる
人間は結局自分の住んでいる場所を中心にして見ているのである
それは狭い範囲でもそうなのである
海に面した地域から相馬藩でもありでも飯館村は山に囲まれているからその場所の差は相当に大きなものとなるのだ
見えたが違っているのである
まず山に囲まれた盆地と海に面した地域ではまるで違った世界観になる
日本は海に囲まれているのだがまた山に囲まれた盆地が多い
大和は奈良だけどそこも盆地である、会津も盆地である

そして交通から見る時、韓半島から見ればアジア大陸からみれば交通としてまず日本海側が見える、現実に日本海をわたれば日本に到達するから渡来人が来れたのである
また最初は伽耶(かや)の国から福岡に渡来人が渡って来た、日本からも渡って行った
それでかや山というのが万葉集に歌われた、かやの人たちが渡ってきて住んだからであるまた綿津見神社の綿は渡るから来ている、つまり海を渡ってきた人たちのことなのである次に渡来人が来たのは国引き神話のある出雲だった、その出雲から日本海側を通って越の国へと行き阿賀野川を通じて会津に入る
つまり日本海側と交通で結びついていたのが会津なのである
阿賀野川というと日本では道になりにくいとかある、外国の川のように運河のようになっていないからである
でも古代をイメージしたとき道などないのである、鬱蒼とした森が覆っていて道がない
するとやはり川をたどって行った方が楽なのである
川はやはり道になりやすいのである、小舟でも川を行った方が鬱蒼した森を行くより楽だとなるからだ
それで日本海が比較的冬を除いておだやかだから道となり古代でも阿部氏が船で到達したのがアギタであり秋田となった

出雲から高志(高志)へと出雲勢力が広がった、そして出雲がもともと日本の最初の国でありそれが蝦夷となった、蝦夷は出雲だというのもそのためである
今でも島根県と東北弁がズーズー弁だというとき共通しているとなるからだ
ただ大和勢力が出雲に進出して国譲りがあり出雲の人たちは出雲から逃れて信州に長野県に逃れた、それで諏訪神社の祭神はタケミナカタなのである
そしてこの諏訪神社がどこにでも多いのである
それで鹿島神社はこの出雲に攻めてきて国譲りした建御雷(たけみかづち)の神である
それで島根県に鹿島とあるとき鹿島神社はこの建御雷(たけみかづち)の神なのである
だから全国に鹿島神社が多いのである

建御名方神は、大国主命と高志(越)の奴奈川姫の間の子とされ、書紀、風土記には出てこない神である。出雲の国譲りの際に、天孫側の武神、武御雷(たけみかづち)神と戦って敗れ、諏訪に逃げ込んだ、と古事記にのみ記述されている。諏訪の側の伝承によると、建御名方神は侵入者であり、先住者の洩矢(守矢)神との領有争いに勝ち諏訪を支配したとされる


とにかく地理を見る時この交通を同時に見る必要がある

例えば棚倉町の

とあるときなぜここがヤマトタケルと蝦夷軍の戦争の場所となったのか?
それも交通と関係していた、

久慈川は幸(さけ)くあり待て潮船(しほぶね)に真楫繁貫(まかぢしじぬ)き吾(わ)は帰り来(こ)む」[丸子部佐壮(まるこべのすけを)

この久慈川から潮船で海に出たとなる、日本海でもそうでありそれは江戸時代の北前船となり継続していた、ただここでどういう航路をたどったのか不明である
このように川は交通の道としてあることを古代なら見るべきである

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「穴に住み人をおびやかす土賊の佐伯を滅ぼすために、イバラを穴に仕掛け、追い込んでイバラに身をかけさせた」とある。

ここで佐伯(さえき)とあるが 

佐伯部は日本武尊が東征で捕虜にした蝦夷を伊勢神宮に献上したが無礼を働いたりするので播磨・讃岐・伊予・安芸・阿波の5ヶ国に送られたのがその祖とされています。

佐伯部は平安時代以来、「叫ぶ」に由来するとされてきたみたいでが、『常陸国風土記』に、土着民である「山の佐伯、野の佐伯」が王権に反抗したことが記されているので、「障(さへ)ぎる者(き)」で、朝廷の命に反抗する者の意味の説もあるみたいです。
又、外敵からの攻撃を「遮(さへ)ぎる者」という意味で「さへき」と呼ばれるようになったとの説があるみたいです。

こういう伝説でもいかにも当時の自然状態を示している、茨(いばら)に覆われていて道をさえぎるような状態が多かった、まず道があるいうことはめったにないのである
ところどころ日常の短い道はあっても遠くから長く通うじている道はない
常に遮られる状態だったのである
それて飯館村に行く八木沢峠に薔薇坂とかあるがこの薔薇は茨のことである
これは棘があるからまた遮るにはいいのである
一時薔薇坂に牛を飼う家があったがそこが原発事故で捨てられて原野化した
そこに茨が生えるようになった、茨があることはこれも通りにくい、茨にひっかかり通りにくくなる、そういう原初的な風景があり当時を物語るのである

会津の謎は大塚山古墳に東北で唯一の三角縁神獣鏡が発見された、それは吉備のものと同はんなのである、ここに吉備が関係していたという時吉備は大きな国であり大和朝廷が生まれる前は日本を分割して支配するほどの力をもっていたのである
だからこそ鬼退治伝説が生まれた、大和朝廷によって手ごわい相手だったから鬼とされて征伐されたのである、蝦夷でもアテルイとか大和朝廷に逆らうものは鬼とされたのである会津はすでに吉備国とかと関係して交流があり日本海から阿賀野川を通じてそうした物品ももたらされた、吉備国の支配の標として鏡が授与されたともなる 
吉備が力をもったのは伽耶(かや)から来た渡来人が集中して住んだ場所だった
そこで技術を取り入れたりして大きな国となった
それは瀬戸内海が交通路となりそれで港となり強力な国となった
その後も村上一族とか水軍が生れて力をもったから歴史は継続している

いづれにしろ歴史を見る場合、地理が先にあり地歴となる
会津は福島県では最初に国として認識された場所である、会津は山国として大きいのである、だからまずこの地理を知ることが容易ではないのだ
それで必ず会津に行くと方角がわからなくなるのである

会津嶺の 国をさ遠み 逢わなはば 偲びにせもと 紐結ばさね

会津はすでに奈良時代以前から国として存在していた唯一の場所なのである
ということはそれだけ古いのであり国がすでに成り立っていたのである
浜通りのみちのくの真野の草原(かやはら)は奈良から蝦夷の境界として認識されていた700年頃まではそうである、でもそこに会津のような独自な国は存在しなかったのである
また高志の国も出雲に治水のために移り住んだというとき地名としても出雲に高志というのが三つくらいあり高志も独自の国を作ったいた証拠である
継体天皇も越から生まれていることでも大きな国であり古い国であることがわかる
そして会津には気多神社とか高志国の神社があるから古代は日本海を通じて交流があったまたなぜ山形県に高志神社が多いのか?
それは大和朝廷が古紙を服属させてそれから山形県に移った
その時山形県の方に高志の人たちが移住したのかもしれない、神社はその土地の人が移住してもたらされることが多いからである

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確かなことは福島県でも会津を浜通りからまたは中通りからでも見る見方が違ってくる、磐梯山は浜通りからは全く見えない、吾妻山も全く見えない
阿武隈山脈、高原に遮られて見えないのである
この影響は物心に相当に影響する、だから福島市でも阿武隈高原遮られてた見えないから一体感が生れにくいのである
むしろ宮城県の仙台の方に地理的には一体感を感じる、交通でも電車が通っているから余計にそうなるのである


紀行・聖地巡歴・古道・古社を歩く

ここは実際にその地を踏んで神社から古代史を見ているから参考になる
一つの本のようになっているから読みごたえがある































2020年08月21日

雲の峰の写真(自分で撮った一枚の写真はいろいろ記憶されている)


雲の峰の写真(自分で撮った一枚の写真はいろいろ記憶されている

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はや目覚め仕事をするや蝉の声

のうぜんに揚羽の二羽や舞いて去る

のびやかに草原広し夏の蝶  

夏の雲峠に湧きて越ゆるかな

雲の峰峠を越える若さかな

新築の家また建ちて雲の峰

遠くまで電車の音や夏野かな

遠くへと線路の伸びて雲の峰

夏の雲カメラかまえて電車待つ

ひぐらしや近くを一回り帰るかな
                                                    
夏の雲六号線の夕べかな


夏蝋梅葉陰の広く影をなしトオスミとまり消えにけるかな


今日も暑かった、朝四時頃起きてその時未明なのに蝉が鳴いていた
それから昼間ぐったりして寝た、夕暮れにまた自転車で近くをまわった
写真をとろうとしたが電車を撮るのはむずかしい、ここは一時間置きにしか来ないからである
スーパーヒタチは三回くらいくる
写真は待ってとるのだがその時天候が変わる
雲の峰が夕べ出ていたがその時電車は通らず雲の峰がくずれてゆく
だから写真はテクニックと機械の良しあしもあるがタイミングなのである
いい場面に出会いばいい写真になる
人生もタイミングだった、自然は刻々変わっているからその一瞬をとらえるのがむずかしいのである

雲の峰の写真でも一つの山のように高くなれば雲の峰らしくなる
線路の脇の雲の峰はそうなっていたがまもなく崩れた
雲の峰はくずれやすいのである、「雲の峰いくつ崩れて・・」となってしまう
夏の雲の写真でネットでみたら峠に湧いてるのがあった
夏の雲が湧いているとき峠を越えたら気持いいとなる
ただ暑くても行けない、三回くらい熱射病になって痙攣まで起こして死ぬ恐怖を味わった何か熱中症でも熱射病でも突然倒れるらしい、近くに人がいないと危険だとしていた

若い人ならロードで峠を越える、女性でもそれが醍醐味だと言っていたからだ
ただそういう若い日もたちまち過ぎるのだ
今や近間を回っているだけである
とにかくカメラをとることは場所の設定があり構図をとるとか一瞬のチャンスをとらえるとかむずかしいのである
それで車がないとできないというのもわかる、なぜなら選んだ場所で構えていなければならないからである

カメラのいい点はそこでどういう状態で撮ったか覚えている、記憶していることである
それでいくら他人のいい写真を見ても感動しないことがある
それはその場に立って撮った記憶が他人にはない
その一枚の写真だけではない、どういう時と場所で撮ったかを全身で覚えているから
自分自身がとった写真と他人がとった写真にはかなり相違がある
一枚の写真から自分自身がとった場合それ以上のものが記憶しているからである

2020年08月20日

みちのく真野の草原は気候の境界 (シャリンバイは南限であり今日の暑さも境界になっている)


みちのく真野の草原は気候の境界

(シャリンバイは南限であり今日の暑さも境界になっている)

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暑いけど真野の草原の万葉集の歌は境界だった
暑さ寒さの限界地点なのである
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大和王権に服属した地域である、ちょうど真野の草原辺りがそうだった
つまりここが大和王権の支配の境界だったのである
気候でもそうであり歴史的にも大和にその境界として知られたのである
そこに真野の草原の意味がある
この歌はそういう歴史的背景がありただの恋の歌ではないのである
真野の草原の草原(かやはら)まで大和王権の支配地域となりましたという宣言の歌でもあった
そういう境界の場所として奈良の都では認識していたのである


万葉集のみちのくの真野の草原(かやはら)のことを追及して来た
何か前も寒さでもここを境界にして寒さがやわらぐ
今回でも猛暑だけどここを境にしてほぼ温度が低くなっている
ただ中通りはそもそも盆地になっているから暑いのである

それで阿武隈高原を越えて浜通りに帰る時、海から涼しい風が吹いてきたとき
本当に気持ちよくなりほっとした
自転車だと風を感じるのである
浜通りは海から風がふくから涼しいし冬は温かいのである
それが取り柄なのである、福島市とかは夏は暑いし冬は冷えるのである
だから気候からすると中通りと会津には住みたくないのである

それで海老浜が車輪梅の南限の地として有名だった
このマルハシャリンバイは奄美大島が原産地でありここが南限の地として咲くのである
つまり気候と深く関係して植物でも花でも咲くのである
北海道になると高山植物が平地で咲くというときやはり気候の関係でそうなる
植物は気候に敏感なのである 

そしてもう一つ気候の境界線が東北では平泉辺りになる、そこまでは東北でも芭蕉が旅したみちのくの領域になる、さらに北上すると青森とかなり別な世界になるかもしれない
やはとり平泉も一つの気候の境界でありそこに東北の都となったとなる
気候の影響は大きい、照葉樹林文化のことでも追及したがその温帯系文化が中国とか東南アジアとかにつづいていてそれで安曇系統の綿津見神社が南相馬市近辺に多いのである
スダシイ神社が原町区の高地区の多珂神社の隣にあるのもそのためである

ともかく気候の影響は大きい、植物の分布でも気候によって分布する
人間も時代をさかのぼればのぼるほど気候の影響を受ける
ただ南相馬市でも熱帯化した時期がありそれでサンゴの化石が真野川の上流などで発見されたのである,フタバスズキリュウなどは熱帯化した海で生きることができたが寒流では生きられなかったろう

ともかく世界をみるとき気候から見ることは欠かせないのである
気候の変動があり世界が変わるということがある
ただこの暑さは異常である、ヒートアイランドとかクーラーとかの熱とか人工的に暑くなっている、玄関の前がアスファルトであり熱気がこもって外に出れなかった
何か現代は都会のように人工化して暑くなるのである
おそらく風車とかソーラーパネルでも熱くすることがあるだろう
だから家の前にソーラーパネルがあると反射熱とかで暑くなるから嫌である
人工化したものは必ず自然に影響する、つまり風車もソーラーパネルも自然エネルギーではないのである、だから明らかに植物に影響する、葉から水分を蒸発したりすることが過度になったりして影響する

つまりコロナウィルスでも何か人間側に自然に対して人工的に人為的に作用してウィルスが人間にうつってくる、この世に起きることは自然災害でもそれは自然が悪意があってしているのではない、自然には自然の法則がありその法則をさまたげることをすると不自然となり自然災害が起きて来る
ダムでも水が流れているのが自然であり水の流れを止めるのは不自然だから洪水になったりする、つまり人間の技術はなんらか自然にとっては不自然になり問題が起きる

歴史でも天候は常に関係して来た、古代とかなると自然は原始のままの所がまだ多かったすると天候でも自然をより反映したものとなっていた
ただ天気図を見ると確かにこの辺が気候の境界線だということが変わっていないのである暑さでも寒さでも天気図を見ると境界線になっている
だから万葉集の真野の草原は明らかに南の境界線だったのである
そのために奈良の都にでも知られていたとなる


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islamic world

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united venice -KINGDOM OF VENICE-KINGDOM OF THE SEA

2020年08月19日

社会が変わると価値観が変わる (ニートとか引きこもりとか増え遊戯三昧も追求されるネットの時代)


社会が変わると価値観が変わる

(ニートとか引きこもりとか増え遊戯三昧も追求されるネットの時代)

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安倍首相と日本人がかかっている呪い。嫌な仕事、結果が出ない仕事を辞めたくても辞めれない・・・呪いはどこから来るの?作家今一生さんと一月万冊清水有


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スーヅの時代は終わった(加治将一)


何かインタ−ネットで特にyoutubeの発言を見ていると不思議になる
今日の月一万冊での対話でもそうである
特に遊戯三昧という禅宗の言葉が面白い、何か遊びでもそれを追及して行けば悟りの境地にもなるとかなる
遊戯とか遊ぶことなど無駄であり社会人から拒否される
また禅宗は座禅するということはデスタンスをとることである、そして大声でしゃべらないことである、そうして沈黙していることが修行なのである
そうしないと棒で叩かれる、だから私はキリスト教とか聖書の神に基づいているとしても禅宗が好きなのである、向いている
それは30年間引きこもっていたから寺に入らないにしろ禅宗の修行僧のようになっていたのである
例えば遊戯三昧というとき自転車とかで旅したとするとそれは雲水となる
自由な旅を追及したとなるからだ
でもそういうことができたのは家族に恵まれたからである
あなたのしたいことをしなさいとなっていたのである
普通働かなかったら働け働けとなって親に殺されたりもしているからだ
私にはそういうことは全くなかった、だから特別な家庭環境でそうなったのである

そして今になるともう死んでもいいとう歳になってまたコロナウィルスで今までの社会常識が変わる、他でもAIの社会になるとコンピュターが仕事するからすることがないからみんなけアーティストになれとかいうのも奇妙なことだと思う
その人は歌が好きで歌手になりたいとしている、でもすでに60代なのである
加治将一氏でもスーツの時代が終わったというときまたスーツを着ているのは詐欺者に多いというときも今までの価値観とは違う、会社員がほとんどだとするときスーツなしではありえないからだ
私はスーツなど着たこともないのである
そしてスーツを着ている人は何か逆に胡散臭いということが確かにある
パリッとして正装しているからスーツを着た人は信用できるとなる
そういう人は社会人として常識あり信頼されている
その恰好を見て人は判断するからだと言われてきたのである
つまり人は何であれ見た目だとか言われているのが普通だったのである
だからこういうことを盛んにyoutubeとかネットで言われるのは何か不思議なのである
別にアウトサイダーならいい、それがまるで時代の先端を行くのがアウトサイダーだとなっている
アウトサイダーとなれば社会で天才と言われる極わずかの10人足らずとかの人間のことを言っていたのである
例えばニーチェとかゴッホとか宗教ではキケルゴールとかの単独者のことである
それは極めて少数者でありそれは歴史にも残る人として評価されている
上野霄里氏などもそうだった、それは一時師として私は仰いでいたからである

とにかくアウトサイダーとして生きることは実際は至難なことでありむしろ天才とか優れた人のことを言っていたのである
それがなぜか普通の人がそうしたアウトサイダーとかになる
まず無職だということがその条件だからである、ところが現代はニートでも引きこもりでも百万単位でどこにでもいる、田舎でもいる
良く同類なのか、そういう人と田舎でも逢う、風体からしてその人は仕事はしていない
何か髭をはやしてふてぶてしい、だからそういう人は何なのだろうとなる
またコトオジという子供部屋おじさんというのとも会う、その人は毎日ぶらぶらしているだけである、だからそういう人となぜか私は逢うのである
でもそういう人は何なのだろうとなる
でも今でもそういう人を世間はどうみているだろうか?
毎日苦労して働いているのになぜぶらぶらして働かないのだと大きな不満をもっている
そういう人は死んだ方がいいともしている
また現実にホームレスに暴力をふるった人がいてそれは会社員の人が苦しんで働いているのに何もしないでいるホームレスに不満になり暴力をふるったとしている

ただまずスーツを着ている人間を詐欺師だというのも驚きである
でも本当はスーツを着ていれば信頼されるというよりそれによってだますということがあった
なぜなら銀行でも保険の勧誘でもまた営業になればみんなスーツを着ている
それはユニホームのようなものである、それで信頼されるものとなっていた
でも実際はそういうユニホームにだまされるとういこともある
だから警官の恰好をして人をだました詐欺者がいたというのもそうである
もしよれよれの服など着ていたらなんだこいつはとなり相手にしないからだ
でも団塊の世代となるとみんな会社員でありスーツを着ないでは仕事ができないのであるただこうしてスーツを着ている人が詐欺者だということも一面あった 

カルト教団とかでは勧誘するときそうしてみなんスーツを着てまるで会社員のような恰好してくる,創価ではそういうふうにスーツを着てまるで大企業の社員のようにして勧誘していた、創価ではとにかくナチスのような雰囲気の世界でありみんな統一された服装にもなる、そこに一切の自由はない、中国の共産党とも同じである
その人たちも人民会堂ではスーツを着ている、ただ多様な世界だから民族衣装の人もいることは違っている
スーツを着ている人は詐欺者というのは本当に意外でありその人でも不動産とかの商売をしていたのだからスーツを着ていたのではないか?
この人については何か理解できないものがある
ただ比較的欧米とかでの生活経験ある人は自由な考えとか態度の人が多い
それで外国で生活経験を積んだ方がいいというのはわかる
たいがい日本を客観的に見れるのはそういう人達だからである

インタ−ネットの発言はもともとマスコミのように制限されていなかった
自由な発言の場として発展した、でもこんなことをみんな言っていいのだろうかとなる
それが今の社会にアフターコロナに必要なのだとか言うのもそれはもう昔のアウトサイダーとかではない、社会自体そういう価値観を受け入れるようになったからだともなる
そもそも百万もニーととか引きこもりがいること自体異常である
でも数が多ければ正常になる、ナチスでもそうなったからである
その時はみんなそれが正常だったのである、だから創価などもそれと似ている
みんな創価の会員になったらナチスと似たものとなるからだある
そうなるのじゃないかと一時は会員が増えたので危険があった
回りをみてもみんな創価の会員だとなっていたらそうなるのである

いづれにしやスーツでも制服とかを着るのはその時その個人の個性とか自由は奪われているのかもしれない、警察でも自衛隊でも何かユニホームを着ることは全体主義に通じている、実際にファシズムの全体主義になれば警察とか軍隊が戦争の時のように強権をもって統制してくるからだ、それは歴史で実験済みである
ただ世界的にもスーツを着ているのがスタンダードになっているからスーツを否定することは何なのだろうとなる
日本の伝統を重んじるなら和服を着ろというもの理屈である、なぜなら民族衣装こそその国の伝統文化だからだとなる
スーツは民族衣装ではないからである

ともかく今インタ−ネットでそんなことを盛んに言うのはこれまでの価値観が変わりそうなった、今までのように経済成長も望めないし一生大企業でも勤めていれば役職につき給料もあがり社会的地位を得て社会に認められるとういものでもなくなったからだという
それでダークネスで「どこの馬の骨かわからなくなる」これも大企業でも富士通でも45歳でリストラになるとかなればそうである
お父さんは一流企業で働いてる自慢もできなくなる
それは実際に厳しい社会でもある、一生安泰な世界はなくなる
職人なら腕一本という時代になるのとにている、大きな後ろ盾の会社とかはあてにならなくなるからだ
俺には一人で稼げる腕があるとなればそうなる

でも確かに遊戯三昧という禅宗の考え方は面白い、遊戯でも究めればなにものかになる
それは自分自身が流れ作業との底辺の仕事を嫌い旅ばかりしていたからわかる
旅でも追及して行けばそれは旅人として名を遺す人ともなるからだ
社会からはずれても西行や芭蕉や山頭火とかなり一つの世界を究めたとなるからだ
だから一つの世界を究めるということは人生では大事である
ただそれはスーツを着ているようなユニホームも制服を着ているような人には無理に思える、その人たちが個性を出すことは禁止されるからだ
同じ歩調で統一される、それはカルト教団でも同じである
そこには全く自由はなくなるのである、集団で必ず行動してナチス的になるからだ
共産党も中国のように同じなのである、一人一人が細胞というときもそうである
政治とかはみなそうなりやすいのである、また宗教も集団化すれば一人一人は細胞にすぎないのである、一票という頭数だけになる
中味は個性とかなんとかは一切無視されて数として数えられるだけだとなる

とにかく人生は70年も生きると価値観がまるで変ることがある
それは戦争に負けた日本で起きた、国家が最大の価値であったのがそれが全く失われたからである、その代りに企業戦士となり会社にすべてを捧げるともなった
会社に帰属していることがスーツをきて一斉に出勤することは何か軍隊の変形したものなのかもれない、今になるとそれは何なのだとなるのも不思議だとなる
スーツの時代は終わったというのは会社員の時代が終わったとういことなのか?
それも簡単には受け入れられないだろう、でも今時代が大きく変わってゆくことは確かなのである
だから私こそ遊戯三昧に生きてきた、ただそこで小人だからこそ閑居して不善を成すとなったのである
以外と今でもニートとか引きこもりとかは様々な見方があるにしろいいものと見られないそんな人間がなぜいるのだろうとまだなっている、みんな働いているのに働かない人間は許されないとなるからだ、ただ原発事故とかなり異常事態になりみんなが復興のために働くことが求められたときはやはり働かない人間は責められても仕方がないとなる
現実は外から来た人たちが仕事でもボランティアでも働いていたのである
肝心の地元の人たちは働かないからこそそう言われたのである

ともかく人生大事なことはぶれないことである、右でも左でもいい、それを貫けばその人は何者かになる、だから遊戯三昧でもいいのである
でもそれが社会からはずれたものだから貫くこと自体相当に優れた人でないとできない
私はたまたま家庭環境に恵まれたからなれただけなのである
おそらくニートとか引きこもりとかも食べさせる家族がいて成り立っている
そういう豊かな時代だからこそ生れ人たちなのである
時代でも70年も過ぎると明治維新があり70年過ぎて戦争があり戦争にまけて価値観ががらりと変わった、そしてまた70年過ぎて価値観が変わる
そういう大きな時代の変わり目となり技術でもインタ−ネットとかスマホとかが成熟してきたことでも変わったのである
だから人生はこうして変わるからこれからは遊戯三昧でもそれを追及していけば何者かになるという時代になる
その表現の場としてインタ−ネットがプログでもyoutubeでも生まれたとなる
そして規制のマスコミは古くなり衰退メデアとなる
そういう先を見越すことがこれからは大事である、だから銀行でも半分がなくなるとかなるのも時代である、公務員がいいとした時代も終わりつつある
東大の優秀な人は官僚を目指さないとかあり意外と公務員は人気がなくなっているのだ
これも時代の変化なのである






福島県コロナの感染者が会津にでない不思議 (スペイン風邪を分析して地理を見る)


福島県コロナの感染者が会津にでない不思議

(スペイン風邪を分析して地理を見る)

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●会津に感染者が出ない謎

福島県のコロナウィルスで不思議なのは会津にまだ感染者が出ないのである
これは岩手県のようにここだけなぜ感染者が出ないのか?
最初は南相馬市から東京のライブハウスに行った人から感染者が出た
その人はすぐ近くだったから驚いた
でも会津では未だに感染者が出ていない
郡山市などが多いのは交通の要所だからわかる、中通りが出やすいのもわかる
新幹線が走り東京との交通が頻繁だからである

でも会津でも東京から会津鉄道がありそれなりに観光でも来ている
会津は観光収入が多い、会津の江戸時代のコレラの流行で考察したが会津若松市中心に拡散した、それで田島の方には逆に栃木県の方からではなく会津若松市から城のある所から伝染していたのである
また白河街道が江戸時代は主要な道路で新潟から阿賀野川も道路の役割りを果たしていたからそこを通じて人の流れがあり感染が広がった
新潟には北前船が入ってきて遠くからも感染した人が入ってきて伝染した
長崎からコレラは入ってきて感染者が増えたからである

でも不思議なのはなぜ会津で感染者が出ないのか、これが不思議なのである
人の行き来はやはり相当数ある、でも福島県で唯一感染者が出ていない
これには何か理由があるのだろうか?
県でも実際は満遍なく感染者が出ているのではなく出ていない地域がある
ただ東京から拡散してその周辺から感染者が徐々に増えた
茨城県が最初少なかったがやはり増えた、予想したのは東北では仙台市が多くなると診たかその通りになった、あれだけ東京から人が流入するのだから感染は増えるとと思った
ともか感染者はコレラでもそうだが交通と深く関係しているのである

江戸時代でコレラがあれほど会津の城ある所から感染者が増えたのはその当時福島県は会津中心の社会だったかもしれない、今見ている感覚と違っていたのかもしれない
福島県は福島市に県庁が置かれたがここに何か藩があったとか城があったとかないのである、郡山市にもない、三春藩があり郡山市は明治以降に発展したのである
中通りだと二本松が10万石で中心だったとなる
会津は30万石くらいだとすると中心が会津にあった
でもコロナウィルスでは一つのエアポケットのようになっている
この原因は何なのだろうと不思議なのである
今ならどうししても会津でも人の交流があり交通でも発達しているし感染するはずだからである

ただ全国の感染者を見るとやはり東京を中心にして大都市を中心にして感染している
東北では仙台中心であるが青森とか秋田とか岩手県は少ないのである
それは全国を見ても四国などでも感染者が少ない、大阪中心に感染者が増えたのはそこが人口密集地帯であり交通の要だから当然だとなる
ただ金沢など日本海側は比較的多いのもやはり交通の関係かもしれない
大坂京都ととの交通が古代からある場所だったからである
大伴家持が赴任した場所でもあったから古代から奈良と京都と交流があったからである
そして滋賀県が最初大阪に京都に近い割には少ないと見ていたがいづれ増えるだろうと見ていたらやはり増えたのである
何かこれは地理を見ていると予測できるのである
私は地理に興味がありそうなると見ていたのである 

●スペイン風の全国への感染  

最モ早ク發生ヲ見タルハ神奈川、靜岡、福井、富山、茨城、福島ノ諸縣ニシテ、之ト相前後シテ埼玉、山梨、奈良、島根、ヤ島、等ノ諸縣ヲ襲ヒ、九州ニ於テハ九月下旬ヨリ十月上旬ニ渉リ熊本、大分、長崎、宮崎、福岡、佐賀ノ各地ヲ襲ヒ、十月中旬ニハ山口、廣島、岡山、京都、和歌山、愛知ヲ侵シ、同時ニ東京、千葉、栃木、群馬等の關東方面ニ蔓延シ、爾餘ノ諸縣モ殆ント一旬ノ差ヲ見スシテ悉ク本病ノ侵襲ヲ蒙レリ、

神奈川、三重、岐阜、佐賀、熊本、愛媛等ニ流行再燃ノ報アリ、次テ十一月ニ至リ東京、京都、大阪ヲ始メトシ茨城、福島、群馬、長野、新潟、富山、石川、鳥取、静岡、愛知、奈良、和歌山、廣島、山口、香川、福岡、大分、鹿兒島、青森、北海道等に相前後シテ散發性流行ヲ見、爾餘ノ諸縣モ漸次流行ヲ來スニ至レリ」

1920-22年には33-35歳の年齢域でピークを示している.男子では1917-19年と1920-22年との両期間で年齢ピークの位置が異なっているのに対し,女子ではいずれの期間においても24-26歳の年齢域でピークを示している.また,女子のピークが男子に比して高いことも特筆に値する

日本におけるスペインかぜの精密分析(インフルエンザ スペイン風邪 スパニッシュ・インフルエンザ 流行性感冒 分析 日本):(東京都健康安全研究センター)

神奈川、靜岡、福井、富山、茨城、福島ノ諸縣というときここに東京が入っていない
神奈川というとき横浜市が神奈川である、その時東京より横浜の人口が多かったかもしれない、確かなことは東京から拡散していない、後から東京に拡散したのである

そしてここでも不思議なのは宮城県が出ていない、感染者が少ないのである
今なら仙台市が感染者が増えて東北に広がる、それは最初から見えていたのである


横浜市 1920(大正9年) 42万  

東京  1920      36万  


(A) 仙台市
■(B) 仙台圏 

1920年(大正9年)118,984 320,770   

福島市

大正09年35762   

郡山市

大正09年26218  

会津若松市

大正09年45492 


これでみるとスペイン風邪が流行した時に横浜市が東京より人口が大きいのである
つまり横浜市から文明開化が起こり人口が増えて次に東京が人口が増えたのである
おそらく神奈川から増えたというとき横浜市が中心に増えたとなる

福島県では会津若松市が一番人口が多かった、つまりその時でも会津若松市が福島県の中心的存在ともなっていた
仙台市はすでに11万だから多い仙台圏となると32万だから多い

●東北の感染拡大地図

仙台市にも広がったが仙台市が特別多いとはなっていない
新潟県が多いからその方面から伝染したのかもしれない
それは江戸時代のつづきだったともなる
最初に仙台市が増えるようなことはない
鉄道とか交通が発達していないからである

次の感染地図を見ればわかる

spanishvirus1.jpg

spanish222.jpg

新潟県が多いのは江戸時代の延長にもなっている
1920になるとやはり宮城県は福島県より増えている
ただ福島県の方が先に伝染している
宮城県は後だということは当時の交通が影響している



仙台市にも広がったが今だと仙台市から東北へ拡散するが当時は福島県から拡散した
当時の交通は確かに鉄道は通っていたとしても主に貨物輸送であり人がそんなに乗らなかったのである、今のように観光旅行などしていないからである
文人などが一部していただけで庶民はしていないのである
ただ大正時代生れでもその後成年になって東京に行く人が増えたのである

いづれにしろウィルスは交通と深く関係していた、それは確実にそうである
だから最初は東京に近い茨城県が少ないと見たが増えた
大坂京都に近い滋賀県が少なかったがやはり増えたのである
つまり人口が多い密集地帯から拡散するのである
でも仙台市がそうならなかったのは交通が活発でなく人の行き来が今と違っていたからだと推測する、江戸時代だと北前船とかで新潟県から会津の方へ人の流入があり感染が広がったからだ、ただスペイン風邪でも新潟県が多いのである   

福島県会津へのコレラの流行 (伝染病は交通と密接に結びついていた)


yokohamarail11.jpg


汽笛一声(いっせい)新橋を
はや我(わが)汽車は離れたり
愛宕(あたご)の山に入りのこる
月を旅路の友として
(新橋)


鶴見神奈川あとにして
ゆけば横浜ステーション
湊を見れば百舟(ももふね)の
煙は空をこがすまで


愛宕(あたご)の山に入りのこる
月を旅路の友として

こんな感覚は今はない、ビルに埋まっているからである
ここで横浜ステーションとしていることが文明開化の地だからそうなった

posted by 老鶯 at 14:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年08月18日

溜池除染に効果があるのか? (飯館村は利権の場になり除染でも業者が暗躍-かつての面影は消失)


溜池除染に効果があるのか?

(飯館村は利権の場になり除染でも業者が暗躍-かつての面影は消失)

iidatebiomasu1.jpg
政経東北8月号

ため池の底の除染をするのであれば、水を抜き、表面0-2cmの剥ぎ取りで、90%以上の除去が可能と思われますが、水抜きの際に水とともに表面の汚染土が流れ出る可能性も高く、また山の汚染落ち葉や土壌の流入により、再汚染が起こると考えられます。
山の除染も含めて、広く考えて対処する必要があると思います。

そもそも溜池はこのように森が放射性物質が流れて来る、除染したとしてもやはり森から流れて来る、するとその汚染源の森全体を除染しなければならなくなる
すると切りなく除染をつづけなければならなくなる
それはまるでシーシュポスの岩の神話のように岩を持ち上げてはまた転がされてまた持ち上げるそれが終らない罰とされたと同じである
放射性物質はいくら取り去るにもそうして無限の罰であり徒労のようになる
第一プルトニウムは二万年とか半減するのにかかると言われるからだ
これだけの罰をこの辺では受けたのである
何かギリシャ神話の再現された場所になった、それは飯館村に一番現れたのである
飯館村はもともと原発の恩恵は受けていなかったが被害が一番大きかったからである

そしてそこが利権の場になったことである
補償金も多額でありまたそこに事故処理するために除染でも他にもバイオマス発電とかでもそうである、そこに郡山の会社がかかわりその人が市議会議員であった
バイオマスでも飯館村の木材を燃やすと放射性物質が煙となって拡散される
事故当時に木の皮の放射線量を計ったら3マイクロシーベルトあったから高いのである
それが南相馬市にも影響してくる、第一放射性物質が例えば新田川の上流は飯館村の中から流れて来る、
すると前に放射性物質のフレコンバッグが破れて流れ出たときそれは新田川でも真野川ても泥に交じり流れてくるのである
だから飯館村は南相馬市と一体化して結びついているのである
それで勝手に飯館村で起きることが南相馬市でも被害となる
また田村市にもバイオマス発電所が作られたのでそれて三春とか福島県内でも全国で団体が反対している
どうしても煙となり空気中に拡散して遠くまでも放射性物質が運ばれるからである

飯館村にはかつての平和な日々は消失した、その平和は実はその暮らしが隠されていたことにあったのだ、その時平和があったのである
おそらく生活的には飯館村は苦しい、でも別に私が行ったからとそういう声を聴いたわけでもない、ただ隠されていてただ花だけが映え森につつまれていたのである
私は別に飯館村の人と付き合いもないし知らなかったからである
ただそういう時が飯館村は隠されて平和な村としてあった
もちろんその時不満があるのはどこでも同じである
でもその声を聴くこともなく小鳥のなく声を聴いて帰ってきたのが自分だったのである

今や本当に飯館村はもうこうして補償金で二分されたり事故処理の利権の場となった
とにかく原発の利権は他と違って膨大だからその利権にあずかろうとする人たちが生れる欲がでてくる、欲が刺激されるのである
それで土木建築関係の会社が暴利を得たとかある
それは犯罪であり警察に逮捕されたとかもある
そうして常にそういうふうに補償金でも金をもらうことしか頭になくなる
復興とは補償金をもらうことであり何か汗して復興事業することでもないのである
そうしして補償金で荒廃したのがこの辺だったのである
特に飯館村は10年過ぎようとしてもそういうことが継続されている
それは被害が一番大きかったからである
菅野村長は年でもあり引退した、病気でもあり相当に疲れたとういこともある
浪江町長も死んでしまった、結局原発事故に翻弄されて終わったともなる

ともかく原発事故は汚染水の処理でも溜池の除染でもその処理作用がとてつもない負担なのである、南相馬市の鹿島区の四方が10メートルなのか狭い溜池を除染するのに3月までかかる、半年以上もかかるとういことが信じられないとなる
それだけの手間暇がまた金もかかるのが除染の仕事でありそれもどれだけ効果あるのかもわからないのである
それはただ無駄金を使っているのかとまでなる
それが仕事となり請け負った会社の利権がまた大きいので政経東北で批判しているとなる                
原発事故というのはこれだけもう除染でもお手あげになるくらいの負担なのである
除染しても除染しても放射性物質は消えない、それは岩を持ち上げても持ち上げてもまた岩が落ちてくる、そうした作業が延々とつづく罰を与えられたのだ
それくらい原発というのは神に反逆したものとして罰を与えられたのである
だからこの辺は本当にギリシャ神話の再現の場であり後世にそれも何千年後にも語られる場所になった、その見本として人類史に刻まれたのである

飯館村とか浪江町とかはほとんど復興していない、帰ったのは一割とかにみたない、
飯館村はそれより多いとしてもほとんど老人である
ただ奇妙なのは老人には放射性物質はほとんど影響しない、それでキノコを食べているという老人がいた、どうせまもなく死ぬとなれば放射線量のことなど気にしないからであるただ致命的なのは子供に放射線は影響が強くでるとか遺伝子に影響するとかが深刻だったのである、なぜならそうなると世代が継続できない、そこで村自体がもう継続できなくなる、町でもできなくなるからだ
コロナウィルスだったら老人が死んで若い世代に影響がないとするとそれで市町村でも継続できないということはない、だからそれほど騒ぐものなのかとなる
今少子化で子供自体が減っている時コロナウィルスでも子供に影響したらもう国すら持続できないとなり深刻なものになっていた

いづれにしろ飯館村は一番残念だった、もう前のような平和な村はない、かつての面影は消失した
こうして何か利権の場になり欲で動く人たちが遠くからも集まり内部では補償金でもめて二分するとかずたずたなのである
人間の欲が露骨に現れてその風景もフレコンバッグとか田畑も荒廃して草ぼうぼうであり神社でも捨てられて幽霊が徘徊している感じになる
猿の群れが人をおそれず歩き回りイノシシがそこらじゅう掘り起こしている
無惨な風景となってしまった、そして奇妙なのは別荘のような新しいこじんまりした家が建てられた、でもそこには人は住んでいないのである
後は古い家は幽霊屋敷のように残されたとなる
飯館村の復興は相当先になる、もう百年後とか二百年後でもみなければならない
その時飯館村に人が住んでいるかどうかわからない、ただ別な形で逆に復興しているということもありうる、それはもう老人にはわかならい、死んでしまうからである

rockrock123.jpg

シーシュポスの岩




posted by 老鶯 at 23:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 飯館村

契約と免責事故を知れ! (原発の安全神話は人間が作り崩壊した)


契約と免責事故を知れ!

(原発の安全神話は人間が作り崩壊した)


その中に必ずといっていいほど記載されているのが「○○について、当社は一切の責任を負いません。」というフレーズです。こういった、当事者の一方又は両方が責任を負わないことを明言した部分を「免責事項」といいます

たとえばウェブサービスを利用する際にも、実は契約が交わされています。それが利用規約を提示することにより契約の「申込み」を行い、それに同意することによって「承諾」したという形を使った「約款による契約」です



この事件によってデータが消失し、多大な損害を被ったユーザーも多数いたのですが、結局裁判でファーストサーバが多額の賠償を命じられたという話は全く聞きません。
むしろファーストサーバの免責規定が有効に機能したので賠償額は非常に低額に抑えられたようでして、現にファーストサーバは今も倒産することなくサービス提供を継続しています。

第35条(免責)
(略)
6 当社は、本サービスに関連して生じた契約者及び第三者の結果的損害、付随的損害、逸失利益等の間接損害について、それらの予見または予見可能性の有無にかかわらず一切の責任を負いません。

地震・噴火・津波などの天変地異が原因の場合は、多くの保険契約で損害が免責事項とされ、保険金は支払われません。


契約の基本はこの免責にあるのかもしれない、なぜなら責任を問われることが一番問題だからである

例えば契約を正式に手続きを踏まないと給料ももらえない、不払いになっても損になるだけである
知っている人は食堂に雇われても給料が払われなかった、そこは暴力団が関係していたとなる、でも個人だからそうともならない、ただそういう人が経営していたとなる
それを何度も文句を言っても支払われなかった
そこで正式の契約をしていないからである、契約書もないのである
となると雇い主は勝手に給料も支払わなくてもいいとなる
それで六カ月働いたのに給料をもらえなかった、六カ月も要求しなかったのも働いた人の手落ちだった、一か月働いて給料もらえなかったら普通はやめているからだ

ファーストサーバがデーターを消失しても責任を問われなかったのは免責事項のためだった、最初からデーターが消失しても責任をとらないとしていたからだ
インタ−ネットではそういうことが結構ある、データーを消失しやすいからである
でも最近はインタ−ネットでも簡単にデーターが消失しない
さくらレンタルサーバーでは一回だけデーターが消失したが回復したのである
十年間としていてもデーターが消失する危機はこの一回だけだった
だから何か安心できるのである、そして北海道にデーターを保存する建物を作った
それは大坂だと地震とか危険があるからだ
それだけ備えしているとなるとさらに安全だとなる
今になるとデーターの保存は守られている、なぜならデーターの消失はこれは致命的になるからだ
もしデーターがいつか消えるのではないかとなると一番不安になる
だから普通はデーターを自分で保存している、それも相当に手間なのである

いづれにしろ契約の基本はこの免責事項にある
なぜなら会社にとっても何かあった場合そこが一番問われるからである
そこで人が死んだりするからである
だから素人でも法律がわからなくても免責事項だけは見ていた方がいいとなる
何かあった場合、どこまで責任をとるのかを見ていた方がいいとなる

それで銀行でも投資信託とか金融商品を売りつけるとき説明しないというだけで説明責任を問われて裁判になったのである
まず銀行のこの投資信託とか金融商品を売りつけるのは本当にいい商売なのである
絶対に銀行は損しないからである

銀行は損しない、手数料は確実に入る、客が損しても銀行は絶対に損しない!

要するに売るにしても客に対して何の責任もないのである
ただ何かどうしても営業の人が売ることでかかわるからその人間に対して責任を問うようになる、私がかかわったのもそうだった

リーマンショックでその時8年前半分になった株を投資信託のJ-reitに回した
その時私はどうかと思った、でも何の説明もなくその株を回した
それから株はどんどん上がったのである、だから売らずに待っていれば相当にもうかったのである
それ以来その営業の人でも銀行でも信じられなくなった
要するに投資信託とか株を買ってもその責任は一切銀行はとらないのである
全責任はなんであれ客がとるのである
言い訳はいくらでもいえるのが株式の世界だからである
要するに適当に売ってあとでいろいろ言い訳など言えるからである

その営業の人は実際は株式とか投資信託とかでも手続きはできてもほとんど知識として知らなかったのである
銀行では支店長も株のことは知らない、そもそもそういう仕事をしていないし証券会社ではないのだから蓄積がないからである
そしたら株のことを投資信託でも知らない商品を扱うこと自体それは許されるのかともなる
それで奇妙なことにその営業の人が信じられなくなりJ-REITを一月に売ったのである
そしたらコロナウィルスですぐに半分に下落したのである
これにも驚いた、とにかく株式の世界はリスクがあると思った
石油がいいとしてカナダの国債を買った時も急激に石油が下落したのである
これも信じられないくらい下落したのである、だから本当にリスクのある世界である
そのリスクは別に銀行の責任ではない、それで損しても客の責任なのである
だから銀行は何の責任もとらない、説明しなくてもその説明責任もとらない
要するに手数料だけは入ってくる商売なのである
ただそういうものだとして客の全責任で買うほかないものだということである

原子力賠償法でも国でも東電も免責事項があり責任はとらないと明記してある
故に責任はとらず誰も逮捕されていないのである
でも不思議なのは普通は会社があるとして銀行でも客との契約がある

原子力賠償法とは誰との契約なのか?

それは国民との契約なのである、ただわからないのは原発を建てた地元住民との契約があったのか?県との契約があったのか?
地元住民と契約をかわしたのか?、自治体と契約を交わしたのか?
ただなぜ「安全神話」を作りそれを住民に押し付けた、安全神話には何の責任もない
絶対に安全ですよと言ってもその責任はどうなるのか?

要するにこの世のことは人間にはすべて責任がもてない

何が起きるか予測できないからだ

「安全神話」は神が作ったものではない、人間が作ったものだから崩壊したのである
人間が作るものは絶対ではありえないのである
機械を作ってもなんでも壊れることがある、何かの不慮の事故があり絶対にとは保証できないから免責事項が必ずある
実際に国と東電は免責事項があり責任をとらないとしているからだ
だからこそ真剣にならず適当になっていたのである

つまり日本の戦争でも宗教がかかわると天皇が現人神(あらひとかみ)として日本は神の国だから絶対に勝つとなっていた、でも負けたのである
そしたら天皇は神ではない、責任をとれとなるところだった
それで私は神ではないとして人間宣言したのである
何かこれとも似ているのである
常に免責事項があるのは人間のすることは絶対ではない過ちが必ずあるからそうなっているのだ、どうしても不可抗力のことがでてくるからそうなるのである
だから神に対して誓うなというときそれが実行できない、人間に対して誓ってもそれができない、人間は絶えず嘘をつくからである
まさに「安全神話」がそうだったのである、その神話とは人間が作ったものである
また戦争でも天皇が神だから勝つというときそれは人間が作ったものだから負けたのである、つまり人間のすることは不完全さをまねがれないのである
神のみが本当に契約を果たすことができる、だから契約というのが聖書の基本にある
つまり契約とか誓いを果たしうるのは全能の神しかいないということである
人間のすることはみんな信じられない、不完全なのである
コロナウィルスについてもそうである、専門家がいろいろ言ってもわからない
だから何を信じていいのかわからないのである

とにかく原子力賠償法というのもいいかげんだったのである、なぜなら免責のために作られていたからである
そしてその契約とは誰のための契約だったのか?、国民なのか、地元住民なのか、自治体なのか、県なのかそれも良くわからない、第一地元住民にしても自治体にしても県にしてもそこち住民がいる、その住民にその契約を作る時合意しなければならない
でもそうした説明すらしていないのである、専門家は説明しても原子力のことなどわからない、無駄だとなっているからだ
それで一方的に「安全神話」作り危険なことを知らせない、教えないようにしていたのである、もちろん事故を想定もしないから避難指示もしなかった
そのために浪江町では山奥の一番危険な放射線が高い津島に町長の命令で避難したのである、それは全く事故を想定していなかったからである    

地震・噴火・津波などの天変地異が原因の場合は、多くの保険契約で損害が免責事項とされ、保険金は支払われません。

確かにこういうことが免責事故として普通ある、でも原発に適応しにくい
もしものことがありそれが致命的にある、実際に事故になった時、吉田所長は東日本が住めなくなると言っていたからだ、それほどの被害があるものを作ること自体危険であり誰も責任などとれないのである
そうしたら原発を作らない選択こそ安全を計る唯一の道だとなる
そうすれば国でも責任をとる必要がないからである

ただそうして危険なものをそこまでして作らねばならなかったのか?

それは核武装のためであるとなると日本国防衛のために必要なのだとなると別問題になるのである、それは別な論議になる、日本は核武装が必要なのかどうかというと議論であり原子力発電が必要なのかどうかとは違った議論になるからだ
ただ人間の成すことに絶対ということはありえない、それを「安全神話」を作り絶対に安全だとして何の対策もしない、それこそ責められるべきだった  

科学技術は絶対に安全はありえない!

それは人間の作ったものだからである、専門家も神ではないからである
だからこそ人間のすることは不完全だから免責事項が不可欠なのである
あたかも科学技術で人間が神のようになったことが傲慢だった
それが打ち砕かれたのである、それはこれからも起きる
人間は不完全であり未来に何が起きるか予測つかない、コロナウィルスでもそうだった
そして人間は必ず免責事項があっても責任をとらされる
確実に罰せられるのである、それも過酷な罰となったことがギリシャ神話にある
火を盗んだプロメテウスの過酷な罰である

人間の成すことには必ずカルマがあり責任があり罰が与えられるのである
つまり必ず責任を免責しても実際は責任をとらされる
戦争では3百万人が死んでその責任をとらされた、原発事故では空気も土も水も汚染されて故郷に住めなくなるという罰が与えられた
でも国の政治家とか東電が一番責任があるのに罰が与えられていないのである
免責事項があり罰が与えられていないのである
でも歴史の中で時間の中でその人たちも評価され罰せられる
正力松太郎とか田中首相とか中曽根前首相とか地元の原発を誘致した議員とかが罰せられる、すでに地元の議員でも評価がガタ落ちになったからである
犯罪者のように見られるようになったからである








posted by 老鶯 at 10:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2020年08月17日

原子力賠償法では国も東電も免責されている (原発は金のために利用されまた核武装するためのものでもあった)


原子力賠償法では国も東電も免責されている

(原発は金のために利用されまた核武装するためのものでもあった)

無責任な形で運営されていた。これが一番の原因であると私は思っています。もっと具体的に言うと、どんな事故があっても、誰も責任を取る必要がないという法律があった。一応の歯止め(原賠法の“穴”)があったのですが、この歯止めは気が付かないような形でできていた。それをいいことにして、原発を運営する責任者の気が緩んだ。どんなにいいかげんな経営をやっていても、責任はかかってこない。その上に報酬はとり放題。
(原賠法と電気事業法)そのものの欠陥と原発を運営する人達の堕落による人災、つまり、社会制度の欠陥と東京電力の経営者と役人のモラル・ハザードにもとづく人災だというのが、今のところの私の結論です。

国策である原子力政策、原発政策について、日本のリーダーを自任してきた国策大学のエリート達は、誰一人として日本の国家、日本国民の立場に立って考えた者はいないということです。すべて自分達の利益、自分達の生活のため、自分達を守るために国民を騙したり、国の金を不正に使ってきた、つまり、日本の国と国民とを食いものにしてきたということです


このサイトでは原子力損害賠償法では東電は責任がなく国すら責任とらないとしている
法律となるとわかりにくくなるがここのサイトでわかりやすく説明している
会計士であり金の出入りから見ているからわかりやすいのである
国が責任をとらないというときそれは刑罰に処せられないということだろう
その賠償額は何兆円になっているからだ

とにかくもともと原発は金の鳴る木でありそれに政治家をはじめとして官僚でも企業でも群がったのである
それは読売新聞社の日本テレビの創始者の正力松太郎がテレビ局を作るための資金源として活用されたのである
その正力松太郎から中曽根前首相と利権として原発が受け継がれたのである

そして原発は電力供給より核兵器を作るものとしてアメリカによって押し付けられたのが始まりなのである、
核武装するために原発が作られたともなる

そして原子力損害賠償法では東電も国も責任をとらないと明記されている

そんなことがありうるのかとなると一応国会で審議されて反対されたがその法案が通ったのである、それは自民党が多数だから法案を通すことができたとなる
つまり法律とはこうして時の権力者によって強者によって作られる
そこに何か正当性もないのである、歴史でも戦争に勝ったものが正義となるのと同じである、アメリカに別に正義があって戦争したわけではない、強者が弱者を支配するということで戦争があっただけなのである
日本の戦国時代だって別にそこに正義を主張などししていない、強い者が勝ち支配者になるというだけである

だからなぜ東電でも国でも誰も原発事故で罰せられないのか?

それは原子力賠償法で時の自民党政権がそういう法律を作っていたからだとなる
それを作れたのは自民党が政権をとっていて多数だからその法律が通ったとなる

すると法律とは何であれ悪法でも多数決だから時の政権が決めたことが通るとなるのか 

原発で事故が起きても国は責任をとりません、東電もとりません

そう国会で審議して決められたからです、それはまさに民主主義にのっとって法律でも決められたから正当なのです

そのためにこのサイトでは別に責任をとらされないとして緊張感もなくもともと無責任体制で作られたとしている

もし事故になったら全財産没収とか処刑する、死刑にするとかなったら真剣になる

これは別に責任をとらされることもない、適当にやるかとなっていたとしている

本当に東電では誰一人として幹部でも責任をとらされていない、国でもそうである
そのことが納得できないものとして10年過ぎるのに理解できないのである
それはこういう法律の下に原発が作られたからだとなる
だから法律もいい加減なものである、何を根拠にそんなことが決められたのか?
自民党の中曽根前首相とか他の利権のために決められたにすぎないともなる

そもそもなぜ日本に50基もの原発が作られたのだろうか?

それはアメリカにおしつけられて核武装するためだとしている
冷戦時代もありソ連に対抗するためにそうなったのか?

今になると事故の原因は明らかになる

●高く土盛したのにわざわざ低くしてその上に原発を作った

●地下に電源を作った

●十数メートルの津浪が来ると科学者が警告した、でも対策しなかった

この三つが事故の主な原因だった、それはコストをかけないためにそうしたのである
それでその時の出世してなったのはコストカッターと呼ばれた社長だったのである
原発はまず危険なのだから要塞のようにしないと危険なのである

そもそもなぜ地下に電源を作ったのか、それはアメリカをまねたからである
アメリカでは地震がない東側に原発を主に作った、それで一番恐れていたのが竜巻だったからである、ここに風土の相違がありそれを考慮しなかったのである
こういうことは別に専門家の科学技術者だけではない素人でもわかるものだったのであるまず日本は地震が多いのだから地震対策が第一になる
普通だったら日本に原発は作れないものだったのである
ただ御用学者は地震にしても壊れないように事故にならないとしつこく言っていたのである

そして致命的だったのは津波を全く考慮していなかった 

これが致命的だったのである、なぜならこの主な事故の原因は津波が原因になっていたからである
津浪を全く考慮しない、イメージしないで作ったから大事故になった
でも大地震が来たら必ず津波も来る、だから科学者は10数メートルの津波が来ると警告していたのである

それで東北電力では三陸とかで津波を経験しているから5メートル高くして作った
結果的にぎりぎりで津波からまねがれたのである、これも恐怖だった
でも内部報告では地震の時にすでに破壊されたとしている
つまり地震だけでも爆発が起きたともしている
内部で工事していた電気工事者は1000人もいて配管などが痛んでいたと言っていた
そして事故になったときその電気工事者をみんな帰したとしている
その人たちは事故処理にあたらなかったのである 



1)異常に巨大な天災地変
 (2)社会的動乱
 「異常に巨大な天災地変」とは、一般的には日本の歴史上余り例の見られない大地震、大噴火、大風水災等が考えられる。例えば、関東大震災を相当程度(約3倍以上)上回るものをいうと解している。
 原子力損害賠償制度に関する国際条約としては、OECDのパリ条約とIAEAのウィーン条約があるが、前者では「異常に巨大な天災地変(agravenaturaldisasterofanexceptionalcharacter)」が免責となっているのに対して、昨年9月に採択(未発効)されたウィーン条約改正議定書においては、第W条パラ3において従来免責とされていた「異常に巨大な天災地変」が免責となっていない    

 ドイツ(パリ・ブラッセル条約締約国)
 免責事由はない。不可抗力免責を一切認めない。これは原子力損害のような大規模被害の際には、企業の利益よりも被害者救済が優先すべきという理由による。
 パリ条約締結に際しても、従来からの立場を変えず、原賠法で同条約の規定を排除した。 
(4)スイス
 ドイツと同じく、戦乱、異常自然災害とも免責とならない。
(5)米国
 連邦法である原子力法(プライス・アンダーソン条項)では戦乱のみ免責である。異常自然災害について規定はない。責任保険でも戦乱は免責だが、自然災害は異常なものであっても事業者が有責となればてん補される。

(6)カナダ
 免責は戦乱のみで、異常自然災害は免責とならない。

国際的なスタンダードは巨大天災、災害でも免責しないである
ただこれらの国には津波などは想定していない、でもやはり自然災害はありうる   


いづれにしろ日本では原発を金儲けのために利用され安全はないがしろにされたのであるその金が国家予算並みの莫大なものになっていたからである
そして安全を計らないのはコストのためであり金をかけたくなかったからである
まず津波だけではない、地震国であっても地震にも備えられていなかったのである
だから地震ですでに破壊されたものがあり津波が来なくても同じような結果になっていたという内部告発者の報告がある


ともかく「安全神話」を政府から官僚から東電から御用学者からマスコミからと強力に形成していたわりには肝心の対策は何もしていなかった
第一科学技術の時代に神話ということ自体納得できないものだったのである
つまり科学技術者はそんなイメージ的な神話を作り出すとういことがおかしなことだったのである
なぜなら科学技術者なら万全の対策をしていますとしてその対策を示して安全を言えるからである

地震にはこういう対策をしています、津波にはこういう対策をしています
だから安全ですというのが科学技術者なのである、神話ということ時代何か目くらましするものだったのである、それは文系の人の言うことなのである
とにかく原子力賠償法は国でも東電も免責のために作られたものである
そして原発を作る人たちが自分たちの私欲のために利用したことが過ちだったのである
そこにはアメリカがからんでいた、何か太平洋戦争もアメリカとの関係が悪化して戦争になった、そして原爆が落とされた、次にまた原発がアメリカによっておしつけられたということもあった,アメリカとの因縁で起きているということもある
アメリカの植民地のようにもなったのが日本だからである 

そうは言っても原発を拒否することもできたのである、それはやはり国民が決めることだったのだが国民でも自民党を選んだとすると自民党の政策に従うほかないともなる
だからこういうように国家的なものになると民主主義でも機能しなくなる
上から一方的に国民の知らないままに重要な法案が決められてゆく
それでこれだけの被害があったのに「免責」という法律があり責任はとらなくてもいいとなっている、これが被害者だけではない、国民として許されるだろうか?
国民にしても事故処理に20兆円とかの莫大な費用をつぎこむ、それは国民の税金なのである、だから原発に関してはもっと国民自体が関心をもつべきだったとなる

原発のやっかいなのは核装備として作られたことである、そうなると防衛上必要となり
右と左で対決する、政治的問題になる、ただ電気を供給するというだけではないものとなり簡単にやめることができない、実際に右では核武装のために原発をもつべきだとしているからだ、だから国民の総意で国民投票とかで決める問題だともなる
選挙になれば必ず自民党が勝つからである、すると原子力賠償法のようなものを勝手に作り責任はとらなくていいとかなる、自民党の都合のいいように作られるだけだとなるからだ
とにかく国家の命運がかかっているようなものが原発でもあったのだ、実際に事故が起きたとき吉田所長が東日本に人が住めなくなると言っていたからである、それだけの危機を専門家だから感じていたのである
その割にはあまりにも安全対策をしない、ただ「安全神話」を形成してそこに莫大な金をつぎこんでいたのである
そしてあらかじめ事故があっても責任はとりませんと免責を原子力賠償法で作っていたのである
これほど国民をないがしろにしたこともない、そして金を得る私的な利権のためにもはじめから原発は利用されていたのである


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2020年08月16日

武田邦彦氏の評価 (専門以外を語る科学者だから評価できる‐原発も専門家以外かかわれなかった)


武田邦彦氏の評価

(専門以外を語る科学者だから評価できる‐原発も専門家以外かかわれなかった)

疑似科学者批判)

新型コロナ対策からの現実逃避こそが最大の経済損失 


このサイトとかで武田邦彦氏は専門以外のことを盛んに語る、それは信用できないと科学者が詳しく論文のようなものを書き批判している
そこで盛んに「専門以外」のことを軽々しく語るな書いてある
実際はその内容は良く読まないし私自身理解しない、その人が正しいのかもしれない
ただなぜ専門以外のこと病気であれ環境問題であれ経済のことであれ語るなというのは
そのこと自体がまさに専門家以外何も言うなたちいるなとなる

それが原発事故を引き起こした原因でもあった
核のことを知らない者は何も教える必要はない、そもそも何も理解できないからだ
そして原発内は危険だからすぐ近くに住んで不安でも住民は入ることすら許されなかったのである、放射性物質が発せられる放射線のことも何も説明もしない
ただ「安全神話」政治家と官僚と専門の御用学者とマスコミによって強固に作られていたのである

それでそこで原発の中で請負事業していた人も「原発は安全だ」と言っていた
それは言わせられていたのである、だから何か原発は危険だというときまずそうした原発にかかわる人たちからにらまれて住めなくもなっていた、村八分にされていたのである
なにしろ原発は金の成る木でありその金故になにも見えなくなっていたからである
ただ自分自身は30キロ圏内でもないし関心がなかったのである
でも小高で東北電力の原発がすでに事故のあった年に工事がはじまる予定だったから
怖いことだった
そこでやはり小高に住んでいる知っている大工さんは景気良くなると歓迎していたのである、でも小高になると20キロくらいの距離となり事故になったらここも住めなくなったのである

何か逆に南相馬市でも原町区と鹿島区は大熊とか双葉などから人が流入して新しい街が三つできたくらいであり今も建売住宅が建ちつづけている
だから小高を除いて南相馬市は事故があったとしてもそれほどの被害ではなかったともなる
むしろ人口が増えたとかある、ただ小高だけは住民は5割くらいなのか帰っているが老人だけなのである、その住民でも原町とかにも住んでいる、小高に住んでいないのである

そもそもなぜ原発事故が起きたのか?

その原因を地元だから延々と追求して来た、でも私は文系であり科学に弱い、だからなかなか追求できないものだった、本当に科学の基本的なことすら知らないからである
つまり科学に通暁していないととても原発は批判できないのである
でも問題なのは専門家以外の人は何も言うな語るなということが事故の原因にもなっていたのである、だからそのことを追及したのである
なぜなら核のことはわからないにしてもすぐ隣に原発があるのだからわからないなりに説明も必要だったのである、でも専門家以外はわからないのだから教える必要もない

また事故は絶対に起こらないのだから何も言うな、事故が起こったらなど考える必要もない、
それ故に事故になったことなど何も対策する必要がない

これほどに東電とか政府とか「安全神話」作った原子力村の人たちは傲慢になっていたのである

つまり専門家以外は何も言うな、理解もできないのだから何も言うな
何も教えることもない、事故は絶対に起こらない、だから事故の対策などする必要がないお前ら何も言うな、
俺たち専門家のいいなりになっていればいいのだ

これしかなかったのである、例えば別に武田邦彦氏は原発にかかわる科学者だった
だから問題がある、専門は材料工学となっている、でも専門家時代といっても原発にしても吉田所長は肝心の復水器のことを知らなかった、それは専門外だからだとなっていたのである
原発のトップがそのことを知らないということは事故になったら何もできないということである、第一原発のことを全部知る人などいない、その一部しか知らないのである
複雑になるとみんなそうなる
医者でも体を部分品としてみて専門家がいる、心臓の専門家、脳の専門家、肺の専門家、血液の専門家、耳鼻科の専門家・・・・でも体は相互に連関している
必ず一部が病気になれ悪くなるとどうしても他の臓器も悪くなり多臓器不全で死ぬのが多いのである

ともかく科学技術の時代は専門家が力をもちすぎたのである、専門家と言っても一つの部分の専門家でありあらゆることに通じている人はいない、福島原発の吉田所長からしてそうだったし社長となっていてもその人がすべてに通じることはもはやできないのである
例えばある土地のことは長年そこに住んでいる人こそその土地のことを気候でもなんでも知っているということがある
それて私は原発が爆発した時、その頃丁度海から東風が吹くからその風に乗って放射性物質が飯館村の方に流れたと理解した
その頃東風を吹くのこの土地に住んで知っていたからである
だからその土地のことを知るのはその土地に長年住んだ人だとなる
いくら専門家でもあらゆることに通じることができないのである

現代が科技術の時代でも様々な専門家がいてある一部分に詳しくても全体に通じる人がいないのである、それだけの能力ある人はもうありえない時代なのである
それですでにギリシャ神話でも迷路から抜け出そうとしてイ―カロスが高く飛んだが墜落したのである、何かそれが現代の科学技術の事故でもそうなることを示したのが原発事故だったのである

専門家以外はかかわるな、何も言う、言う通りにしろ!

こういうのは傲慢なのである、もし全能の神ならそう言える、それで「安全神話」作り事故になったのである

そこま言うなら事故になったのだからその責任とれ!

ずいぶん金も原発から得た人もいるからそれも返せ!

でも誰もそうして責任すらとらないのである、だから人間は全能ではないのだから

事故になるかもしれない、万が一でもあるかもしれない、その対策をしろ!

それすら全くしない、なぜなら「安全神話」を作り専門家集団が批判する人たちを排除できたからである
マスコミでも福島県の新聞でもテレビでも宣伝費で原発から利益を得るだけしかなかったのである、だから福島県のマスコミではどこも原発を批判した記事を書いていなのである事故の後に書くようになったのである
つまりあらゆる人が金のなる木の原発にたかるだけだったのである
それが津波が来て事故になり一挙に崩壊した
あらゆる権威がそこで崩壊したのである
政治家も官僚も検察でも天下りしていたしマスコミも莫大な宣伝費をもらっていたし地元でも金のことしか考えなかったのである
ただすぐ隣に原発がある、そうなるとどうしても不安になる
だから放射線とかわからなくても教えてくださいとなるがそれも全くできないのである
そこはアンタッチャブルの空間であり入ることすらできないのである

そして事故が起きたとき、一番心配していたのは原子炉のことだった
そこで住民のことがぬけおちていた、住民を避難させることもしない
勝手に住民は逃げるほかなかった、それで浪江の人たちは町長の支持で一番危険な山側の津島に避難したのである
でも一部は東電の社員に導かれて海の方が街の方が安全だとしてそっちに避難したの正解だったのである、海側は風の関係で放射線量が低くかったからである
安全神話が作られて事故のことは何も考えない、だから事故があったとき東電の幹部でも政府でもあたふたして何も指示できなかった
東電では原子炉のことを心配していたがそこに住んでいる住民のことが眼中になかったのである、それで保安院は不安院と言われたのである

ともかく現代は専門家の時代というときコロナウィルスでもそうである
専門家が40万人死ぬとか警告してひんしゅくをかった、つまり専門家は今回のコロナウィルスは未知でありどうなるかわからない、それで専門家の方針も定まらないのである
ただ放射線とか原子力については科学者でも専門家でも知っていたが事故にならないとして安全神話を作りその対策を怠ったのである
だからコロナウィルスと違っていたのに知っていて対策をしなかったとなる
だから法律では罪が重くなる、殺人でも故意の殺人と殺す意図がなくても殺人となる場合がある、事故のように起きる殺人もある
原発事故の場合は故意の殺人に似ていたのである、放射線の危険を知っていたけど対策をしなかったからである
高い所に原発を建てたのにわざわざそれを削って低くした、10数メートルの津波が来ると科学者が警告したのに対策もしなかった、他にも電源を地下に置いたりと対策をしなかった保安院は何もそこで支持もしなかったのである

ともかくこれだけの被害がでたのだからその責任はだれにあり何が原因だったのが厳しく追及していないとまた同じことが起きる、戦争のことでもそうである
その原因を深く厳しく追及していないとまた同じ戦争が起きる
そこで現代の大きな問題が専門家支配の社会だということである

専門以外の人はかかわるな!

それも武田邦彦氏は確かに医学とか経済学とか他は専門ではない、でも科学全般に一応通じている、それで科学音痴でもその解説がわかりやすいから納得する
そして文系分野にも歴史でも通じているしモラルも言うからそこで象牙の塔にこもる科学者とか学者とは違っている
つまり社会性があって常識がありそううして専門の分野以外を語るからこそ共感しているのである、専門用語ばかり使っていたらもう原子力の専門家のように素人はかかわるなひっこんでいろしかならないからである
経済のことでも言っていることはそれなりにまともだと思う
むしろ専門用語でむずかしく言う人こそ実は御用学者であり権力側に金持ち側について利益を得るとなる、弁護士でも貧乏人についても金にならないから弁護しないともなるからだ                    

要するに現代文明社会は専門家がいたとしてもその人でも一部分であり全体に通じるものはないなのである

40万人死ぬとウィルスの専門家が言えば社会は混乱する、恐怖でパニックになる

専門家の時代だからそうなる、おそらく普通だったらこんな恐怖を与えていいのかと
考えるかもしれない、でもそれを考慮しない専門家だからそうなった
科学が社会にどう影響するから考慮しないのである
もちろんそれを言うなら核を研究して原子爆弾を作りだしたアイシュタインなどはそれを反省している、現代は科学技術の影響力が大きくなりすぎたのである
そういうことによって社会を恐怖に陥れることにもなった

逆に原発でも全く危険がないと「安全神話」を作ったのも専門家集団である
それでインフレインザと比べて日本では患者数も重症者や死者が少ないのにこれほど騒いで経済でも混乱させているのかとなる
原発には電気を作るとか将来の核兵器を作るために備えるためだとかの明確な目的があるでもコロナウィルスには被害が少ないのに騒いでいるのだろうとなる
マスコミは視聴率を稼ぐ目的で恐怖をあおるのはわかる
でも他は良くわからない、専門家でもコロナウィルスについては見解が一致していない
未知だから対策しようがないということもある
でもそれからすると原発は明らかに危険を専門家はわかっていたしただ対策をとらないから責任が重かったとなる
コロナウィルスは未知なのだから誰も専門家でも責任がとりようがないということがある素人にも何なのか説明できないからである
原発は明らかにわかっていても専門家以外は説明してもわかないから専門以外の人は従えばいいとしかなかったからである 

いづれにしろ武田邦彦氏が専門以外のことを軽々しく語るな!

これこそ一番専門家の傲慢さがででいる、それを批判するのはいいとしても私には詳しい内容がわからないにしてもそのことは傲慢だと思う
そのことから「安全神話」が作られて故郷にも住めなくなったからである
それは専門家集団の責任でもありその責任をとればいい、でも放射線の被害はすでにチェルノブエリでも証明されていた、だからコロナウィルスのように未知ではなかったからである
武田邦彦氏が言っていることはすべて正しいとはならないことは言える
でも専門以外のことを言うな語るなというのはまさに専門家社会の傲慢が如実に現れている、ただ私は正直科学的な反論となるとわかりにくい、だからといって素人でも何も言うな、知っても理解できない、従えばいいというのは納得しないのである
もしそれを専門家の人が言うなら、事故になったりしたら腹を切れ!と約束するならいいそれは覚悟あって言っていると見るからである
でも実際は誰も責任をとらない、検察官僚でも天下りして東電から利益を得ていただけでありなにも責任をとっていないのである

こうなるとこの世の中は政治家でも官僚でも科学者でも政治家でもマスコミでも信じられない!

結論はこうなってしまうのである、専門家でも絶対ではないからである
では何を信じればいいのか?それは自分で考え判断するほかない
また全能の神により頼むほかないともなる
それで聖書ではこの世からの脱出をテーマにしていたのである
この世とは誰も支配者でも科学者でも大衆でも信じられないということである  


注意

私は武田邦彦氏を批判しているサイトを良く読んでいないしわからない面がある
科学にうといのでわからない
それにも一理あることは言える
でも私がいいたいたことは専門家以外の人は何も言うなとか知りえないとかのことであるそれは原発事故の当時者にもなったから批判しているのである
そうしたらただ専門家以外の人は無力でありただ従っていればいいとなる
でも原発事故のようにそうしていたら故郷にも住めなくなった
でもその責任は誰がとるのかとなるからだ
そこが一番の問題でありそれで追求しているのである



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2020年08月15日

虹の写真をとれなかった(写真の効用)


虹の写真をとれなかった(写真の効用)

ここに雲と虹の写真が今日見たのと似ている
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ここに鉄道がありここを電車が通ればシャッターチャンスだった
でも一時間置きだから通らなかった
でもすぐ電車が来た、でもそのとき雲は暗くなってこんなに赤くなっていない
ただこの赤さはパソコンのソフトで調整したのである
実際に見た感じはこんなふうだったからだ

新築の家十軒ほど夏の雲

自転車に一雨ぬれて虹を見る

三方に夏の雲湧く盛夏かな

消え残る虹を惜しむや時はすぐ

夕陽さし赤々と映えぬ夏の雲 


虹が一雨ふって東の空にかかった、自転車で買い物に行ったら虹がでた
一部晴れていたのでぬれても行った
そしたら虹が出たのだがカメラをもっていなかった、何か肝心な時カメラがないのであるいい写真をとるとき

●カメラの良しあし

●シャッターチャンス

●構図を作る

とかあるがこれらの条件があってもシャッターチャンスがありこれは意外と大事である
カメラがいいものでなくても今回のようにシャッターチャンスを逃すと二度ととれない写真というのがある、それが結構多いのである
特に動いているものをとるのが至難なのである
絶えず動くものとは変化しているからうまくとれないのである
動いているものは自分で構図を作ってとらないとまたいいものがとれない
動いているからこそ定点でとることが大事になる

それで一日定点観測してカメラを構えて置く人がいる
富士山で半年もそうしていい写真を撮るためにいる人がいたとかそれほど富士山でも刻々変化するからそうなるのである
つまり自然は常に刻々変化している、そこでシャッターチャンスが大事になる
その一刻を逃すと二度とその場面をとれないからである
それは前にも経験していた、だからカメラは常時持っていることが必要になる
今はスマホとかもっているから便利である

写真をとるということは記録としても効用がある、なぜなら自分自身とった写真はさらに自分にとって価値がある、どういう場所でどういう季節に時期に撮ったかを記憶しているからである、すると自分が撮った写真から辺りのことを思い出すのである
それで外国旅行は写真で撮ったことが貴重になる
でも私が海外旅行したときはデジタルカメラの時代ではなかったから写真でもとる量が少なすぎたのである、でも写真を見て思い出すのである
今になるともう海外旅行ができないなと思った時貴重になる

いづれにしろシャッターチャンスもそうだがチャンスは人生に本当に一回二回くらいしかないものがある、例えはなぜ人はその女性と結婚したのか?
あの人がなぜあんな不細工な人と結婚したのかとみる
するとそれはその出会いの時がありそのチャンスをものにしたからだとなる
双方がまさにそのチャンスがあってそうなった
別に相性がいいとかなんとか様々な条件よりその時に出会った、チャンスをとらえたからだとなる
そして時間が過ぎるのが早いから二度とそのチャンスがなく消えてしまいまたたくまに老いてしまうのである
だから人生ではチャンスがタイミングが一番大事なのである
なぜならそのチャンスとかタイミングは二度と帰ってこないからである
チャンスとタイミングとは虹のようにたちまち消えてしまうのである

ただ虹でもこの辺は海に面していて必ず山に夕日が沈むとき海の方に虹が出る
それは住んでいればわかる、だから夕立がきて雨がふれば虹がかかりやすいのである
するとそこを狙って虹もとれるとなる、でもそれが結構手間だとはなる

自然を感じるというときやはりもし車だったら雨にぬれない、それはいいものとみる
でも自然を感じないのである、車の問題は風も感じないし雨ももちろん感じない
それは快適なのだけど自然を感じないのである
春雨や濡れて帰ろう・・・とかならないのである
つまり風流がなくなるのである、風流とは風の流れでありその流れを感じさせないのが車なのである
だから私は車が好きではない、車は絵にも詩にもなりにくい、でも電車とかなぜか風景ととけこみ絵になりやすいのである、それで撮り鉄がいる
でも電車は動いているから定点で撮る必要がありこれは結構手間である
旅したとしてもどこを選べばいいのかとか場所の設定とかがなかなかできないし時間がかかる、住んでいる場所ならわかるが旅しているとそれがわからないからだ

ともかく写真は文でもメモするより記憶を呼びだすから貴重である
そしてインタ−ネット時代になるとリアルタイムで放送できる
ただ今回のように場所が違うと虹は見れないから全国的には共有できない
でも月とかは世界で共有できる、同じ月を世界で見れるのである
それでリアルタイムで放送する、それは生放送になる
そうなると手間であり旅しながらまた放送するとなると苦しいとなる
前に文章だけでそうしたことがあった
でもかなり手間になる、でも写真を出すのはそれほどめんをとではないともなる
ただこれは一回もしていない、それだけする気力もなくなった
ほとんど家にいるようになったのが自分だからである












太平洋戦争の原因の追究―文明論として (長い目で歴史的視野で見るべき)


太平洋戦争の原因の追究―文明論として

(長い目で歴史的視野で見るべき)


人間に起きることは必ず今起きていることでも過去と関係している
過去が原因になって今起きることである
だかちら今起きていることを今に原因を求めてもわからないのである
病気でもすでにその前の生活に原因があるとされる
不摂生な生活をしていると必ず60以降に病気が現れる
人間は必ず60以降になるとどこか病気になりやすいのである
人間の生活も積み重ねなのである
体でも心でもそうである、いいにしろ悪いにしろその積み重ねが老人になって現れる
人間は天才でないかぎり日々の積み重ねが人間を作る
知識でも日々探求して積み重ねればそれなりのものになる
それは必ずしも生まれつきでもないのである
そして人間は時間だけは平等に与えられている
金がなくても時間だけは平等なのである
だから金持ちでもその時間を活かさなかったらやはり後年何も残らないとなるのだ
金持ちでなくても時間を活かせば何者にかなるのである
その時間がたちまち過ぎる、時間が飛んでゆくのである

このように人間に起きることは継続したものとして見なければならない
だから何か戦争でも突然起きたように見る
それで歴史的に見るとは長い時間で見るということである
それも世界的視野でみる、空間的に時間的に見る

するとなぜ太平洋戦争が起きたのか?      

それはまずインドをイギリスが植民地化した、七つの海を支配するイギリスの侵略がアジアにあった、だから今でも英語を話すのがアジアに多い
そこはイギリスの植民地だったからである、ネパールでもガイドが英語を話ししていた
インドでももちろん英語を話ししている、ただ今はみんな英語が公用語ではない、ただなぜ英語がこれだけ話されているのかはイギリスが世界を支配した時期があったからだ
英語が何か世界の合意で世界に通用した訳ではない
現実に日本語がパラオとか台湾とか朝鮮でも話しできたのは日本がそのとき支配して教育したからなのである、今でも日本語の教育を受けた人たちは日本語を片言でも覚えていて話ししたりする
だから英語が共通語になったのはイギリスが植民地化した国がそうなったのである
もし世界の共通語を作ろうとしたらエスペラントになるのである
それは国の力関係とは関係ない平等なものとして作る人工語になるからだ
英語だとどうしてもイギリスとアメリカが有利になる
その国の人たちは労せずして英語がネティブなのだから有利になる
ところが日本人だと英語を覚えることだけでその労力が大きすぎるのである
その時間を別な勉強にふりさけば有利になる

結局世界史的視野と時間軸で戦争をみれば確かに最初にイギリス帝国が七つの海を支配してアジアを植民地化した、その最初がインドであり次に東南アジアであり次に中国だったのである
アジアに対して欧米が侵略したのが世界史からみればそうだった
だから日本が最初敵と定めたのはイギリスだったのである、それで私の姉がシンガポールの向かい側のジョホールバルの赤十字病院に従軍看護婦して辛酸なめたはのはそのためである、その時シンガポールは昭南島と呼ばれていたのである
イギリスに向かって最初その拠点ともなった地点を攻撃して勝利した
それは大きなことだった、なぜならそれまではヨ−ロッパにアジアはどこも植民地化されていたからである,ベトナムはフランスでありカトリック教会があるのはそのためである

そこで唯一植民地化されていなかったのは日本だった!

日本だけがヨ−ロッパの挑戦を受けて唯一植民地にされなかった国なのである
だからこれは特筆すべきことである、それで明治維新を欧米でも評価している
明治維新はだから奇跡的なことでもあった
圧倒的な力の差があった日本がなぜ植民地化されなかったのか?
ヨ−ロッパ列強によって大航海時代から世界は北アメリカや南米のメキシコでもペルーでもスペイン,ポルトガルによってあっけなく滅ぼされた

だから世界史的視野でみるとヨ−ロッパ文明に対して

日本だけが植民地にならず日本文明は対抗できた!

これは特筆すべきである、そこでなぜ日本だけがそれができたのかと問題になる
それも歴史的時間軸で考察すると江戸時代300年の歴史がその土台にあったとなる
つまり明治維新というのが成功したのは江戸時代がありそこから考察しないとわからないのである
歴史は連続している、人間個人でも必ず老人になればわかるが何でも積み重ねでありその結果として人間でも知識でも技術でもなんでも作られる
また悪いことでも何か必ず因果がある、そして遂に人間の運命も不可解だから前世の因果が今に現れたというカルマ論まで成り立つのでるあ
必ずカルマは苦しみとなって現れるからである
そして個々人でも個々の家族でも必ずなんらかの業(カルマ)を背負っているのである
それが60以降に現れやすいのである
自分自身が四苦八苦したからそれがわかったのである

このように時間の断片とか空間の断片とかで歴史を見ないことである
だから歴史は地歴になったのである、地理は空間であり歴は時間なのである
そして不思議なのは明治時代に日本は一番精神的には高揚した時代だったのである
それはインドが植民地化されて中国も植民地化された
あのような大国が植民地化されたのである
その他のアジアの小国は当然植民地化されて抵抗できなかったのである

主義の政治家は宇宙自然の理に基づいて国是を定む、彼は地理によって天の摂理を察し
歴史によりて国民の天職を考え、時と所を処するに彼の良心と信仰を以てす
彼は国運を恒星の示導に繋ぎ、成否を上帝の聖意にまかす、彼は詩人の大いなるものなり理想を衆生の口に謳う、彼は画伯の秀なる者なり、雄志を地球上に描く、彼は正義のために人類全体の幸福を欲して人類のために国家を愛して故に彼は争闘をつつしむも衝突を恐れず公儀を正すに敵の強弱を考えず・・・・
(内村鑑三ー時勢の観察)

なぜ明治にかえって世界的でありこうした世界的視野で日本が指導的先導的役割りを意識しえたのか?
それは結局その時アジアはヨ−ロッパ列強に植民地化されていたからである
インドでも中国でもそうだったからである、その時唯一植民地化されなかった独立した日本が結果的にそうなっていたのである
そういう時代がこうして内村鑑三でも他でも世界的視野でアジアの先導者として意識されていたのである、それが日露戦争でロシアと引き分けたとか勝利したとかなり余計に日本は大国の道をつきすすんで太平洋戦争に突入したのである
そういう歴史の継続した流れの中に太平洋戦争を位置づける

ただ現代はかえって日本はアメリカに負けてそうしたアジアの先導者だとか世界を視野にした思想は生まれない、要するにアメリカに負けた結果、アジアがイギリスなどの植民地化したように植民地に似た状態にされたのである
その相違は余りにも大きいものだったのである、それでアメリカに負けた結果として
こうしたアジアの先導的役割は消失してかえって一小国の島国となってしまったのであるだから何かこうした雄想は生まれないし時代に合わない、そこに意外と明治がかえって世界的視野があり現代にはないというこれだけグロ−バル化しても起きている
ただ内村鑑三は日露戦争に反対したから太平洋戦争にも反対した
となると非国民となり罰せられていたとなる   

人類のために国家を愛して故に彼は争闘をつつしむも衝突を恐れず公儀を正すに敵の強弱を考えず・・・・

争闘をつつしむとあるからそういうことになる、でもやたらと国家とか人類とかなると今では似合わない、その時代は戦争負けるまで国家なくして個人も家族もなかったからである、すべてが国家のためにあった時代だったからである
それがアメリカに負けてから日本から逆に国家が消失したのである
高度成長時代でも国家はない、あったのは企業戦士となった会社になったのである
それで一時ジャパンアズナンバーワンになったのである
それは経済大国としてであり明治はアジアの精神的指導者としてあった

でも戦後は日本はアジアの犯罪人のようにされて常に中国から韓国北朝鮮から謝罪しろとなるだけである、それはアメリカに仕組まれたものだともなる
なぜなら人道を言うならアメリカの原爆こそが何であれ決して許されないものだからである、アメリカのしてきたことはベトナム戦争でもイラク戦争でも人道的には許されない
そういう国が人権を言うことができるのかとなる
このカルマは消えることがない、それでアメリカは核兵器で自国を守ろうとしている
そうして北朝鮮でも中国でも核攻撃を一番恐れているのはやはり原爆を落としたカルマなのである、原爆を落としたアメリカは終生核に怯えなければならない
そして日本の原子力発電でもアメリカの要請があって作られたとなると何かここにも因縁を感じる

いづれにしろ世界史からみればカルマ論になれば別にアメリカが正義でもなかったのである、第一アジアをヨ−ロッパ列強が植民地にするのが正義でもなんでもないからである
それでコロンブスまでは侵略者だったと差別だったとしてその像が倒されていることでもわかる、歴史は常に見直されるからである
アメリカこそが人道に反する国だったのである、それなのに日本の戦争は人道に反しているとか責めて正義はアメリカにあったというのはただ力関係でそうなったのである
力があるものが正義だとなっているのがまた歴史だからである
ただカルマ論としての世界史となると米中戦争になり中国が日本のように戦争に負けて属国になるようなことがあれば日本の苦しみを理解することになる
本当は日本と大東亜戦争と言われるようにアジアの大義のために欧米と戦うべきだったからである

なぜ日本だけが中国と韓国北朝鮮から責められるのか?

中国に原爆が落とされればそれが変わるということである
欧米こそ責められるべきであり日本がではないのである
ただ中国と日本が同盟するかとなるとできない、結局また日本は中国の属国となりさらに悪い状態になる、奴隷化にもされる
右なら中国よりアメリカの方がいいとしているからだ
日本が大東亜連合を謳ったが今度は中華帝国の再興の中で日本はその朝貢国に戻るともなるからだ

ただ今世界史的にみれば西欧文明とアジア文明と日本文明を止揚するアウフヘーベンする第3の文明が勃興する、それは実は明治にそういう役割を日本がになっていたのである
だから日本はその時、何かアジアを導く、人類とかを視野に入れた世界的なものになっていたのである、別にグロ−バル化していなくてもそうなっていたのである
ただそれは指導的役割をになった人たちである、庶民はそういうことはなかったにしろ日露戦争ではそういう気分があり日本は大国となったということでその奢りがまた大東亜戦争に向かわせたのである
ただ確かなことは日本はかえってグロ−バル化しても何か明治のような気運というか壮大な雄志とかを失ったのである、小市民的安寧しかないとなる

それはアメリカに負けた結果としてそうなったのである
帝国主義ナショナリズムは否定される時代になったのである
ただ本当は精神的には芸術の分野とかでは本当は今こそ西欧文明と東洋文明が合一したアウフヘーベンした世界が生れる時代だとなる
それはインタ−ネットとかでもそうである、知識の世界が膨大に広がったからである
庶民でも外国旅行に行ける時代になり実際に見聞できるからである
それで私は50以降バックパッカーになって世界を見てきたことでもわかる
それで多少国際性が身についたのである
ただ外国で生活した経験があるものとは相当に差がある、つまり仕事で外国で生活した人は肌で世界を知っているからだ 

主義の政治家は宇宙自然の理に基づいて国是を定む、彼は地理によって天の摂理を察し
歴史によりて国民の天職を考え、・・・

つまり地理と歴史を空間と時間の中で国の方針を定める、それはやはり変わっていないのである、日本は太平洋の島国でありまた中国とアメリカの狭間にありそこに日本の運命と方向が決められていたのである 
ただ戦後は日本の世界史的役割は喪失した、何か日本を常に矮小化して卑小化されるのである、戦争に負けるまでは日本は常に国威高揚の国だったのである
戦争に負けてからは日本は国を語らない、国は常に外国からでもバッシングの対象になってしまったのである、それでも高度成長時代の時は経済で世界に存在感を示せたがそれもなくなったときますます日本は全体に気分的に矮小化して卑小化される国になったのである
明治人がもっていた世界的役割の認識とか意気込みとかが喪失したのである
日本は米中時代になるとどっちに属するとかかであり日本がが独立するとか指導的立場に立つとかはない、ただどちらに属するかと従うかしかないのである
それが全体的日本の雰囲気であり何か逆に日本は戦後はアメリカの植民地国になったのである、そしたら日本の自主性などないのである
それに代わって中国がアジアの盟主として帰り咲いた、日本は世界でもアジアの一小国であり世界的役割も小さいし世界での存在感がないのである

ただ文化面では世界はグロ−バル化したとき融合してゆく、東洋文明であり西洋文明でも融合して止揚されてゆく、だから西と東の文明が500年周期で交代するというのもそのためである、つまり西と東の文明が交代して成熟するには500年の歳月が必要だったとなる、その時間軸ではその端緒についたともなる
だから100年後とか見れば日本が再び勃興して東西の架け橋となり日本の彼は地理によって天の摂理を察し歴史によりて国民の天職を考え・・・というようにその役割を果たす時代が来るかもしれない、アメリカでも中国でも国内問題をかかえているしそれがアキレス腱となり両国とも衰退してゆくともみるからである
ただ日本というのは高度成長時代からバブルにもなり失われた30年とかあり精神的にも委縮している、それがあらゆる方面に影響する
だからコロナウィルスもあり日本自体が大改革しないとますます没落してゆくともなる
ただ今がその大変革大改革の時代になっているともなる
何かあらゆるものが制度疲労とか起こししていて改革が必要になっている
それで津浪原発事故とか自然災害から巨大事故とかが起きてコロナウィルスに翻弄されるとかある、それは大きな時代の変わり目だから起きているのである





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2020年08月14日

墓の歴史の再考 (人間は親でも忘れる、墓も継続できない、無縁化する)


墓の歴史の再考

(人間は親でも忘れる、墓も継続できない、無縁化する)

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お墓のゆくえ】 誰とどこに入りたい? 4000人が一緒のお墓に眠る村、抵抗のある人も
8/13(木) 16:00配信

SBC信越放送

みんなで一緒のお墓の理由


「ひとつのお墓に入るのは抵抗があります。ここは嫁いできた村なので私は別のお墓に入りたいと思います。私はこの村に溶け込めずに生きてきました。

他の土地から嫁いできた女性だとそうなることがある
でも別に本当に村で暮らしてもそういうことがあるだろう
ある女性は土地の生まれで生涯貧困であり土地の人に親切にされたわけでもない
むしろ苦しい目に嫌な目にあった人でもある
村人が必ずしも助け合うなどないのである、特に今はない
この村で共同墓地になったのは墓となる平坦な土地が山間でなかったという経済的事情があった、そもそも墓を持てる人は侍とかでありそれも個人名で記されている
家族墓というのは明治以降天皇制国家となったとき作られたものなのである
強制されたものなのである   

だから江戸時代までは家族墓はない、一家の墓はない!

ただ夫婦の墓などはあった、それは明治になっても継続された、夫婦墓は良く見かけるからである
何か私は必ずその土地に行って墓を見ていたのである
つまり墓から郷土史というのが見えてくるからである
そして墓と文書の記録とは違う、墓には人間の実物が埋まっているという感覚になるからだ、結局人間死んで残るのは普通は墓だけだとなる
最後に墓が生きていた標となる
本当に人間は家族でも肉親でも60年一緒に住んでいても死ぬとたちまち不確かな存在になる、私は特別親でも良くされたから家族に深い愛情と思いをもっている
それでも10年とかすぎるとどうしても記憶も薄れて忘れてゆくのである
それで親でも残した財産の方が大事だとかなるのもそのためである

人間の結びつきでもこの世でははかない、親戚関係でも兄弟でもないしもともと薄かったからみんな切れた、これも全くはかない関係だったのである
この世の人間関係も無常であり無情なのである
永続するものがないということである
でも人間はたちまち死んで消えるが不思議には土地は消えないのである
土地には場所には永続性があるのだ、一万年前でも一億年前でも土地は場所は消えない
同じ場所が永続している、すると人間一代などあっというまに終わる
でも土地だけは消えない、それで歴史を偲ぶ時、その土地に外国でも立つことができる
でもそこに生きた人はもう誰もいないのである
めまぐるしく人間は変わってしまうからである、次々に生まれては死んで人は変わってゆく、でも土地には永続性がある

日本がでは姓という時、血縁から起きていない、村の地名が姓となっていた
つまりその村の地名が姓となり一族となる、小林村とあれば小林姓になっていた
只野姓は郡山の多田野村から起きている、日本では姓をたどると村の地名にゆきつく
どこどこの村の出身というのが日本人のアイディンティティだったのである
そして墓も作れない時代は村の共同墓地に一緒に葬られたのである
それがこの辺ではホトケっボとか言われた、または地図では仏方として記されている

とにかく墓でも嫁いできた女性の三分の一が夫の系統の墓に入りたくないというのは驚くそれはなぜか?やはり村になじめなかった女性のように嫌なことが多かったからそうなるだから現世の続きとして墓にも一緒に入りたくないとなったのである
正直人間社会で何か助け合うとか愛し合うとかそんな甘いものはない
村だってそういうことがある、この世に理想的な世界などそもそもないからである
理想的な世界は天国にしかないのである
それはこの世だったら常に心でイメージされるしかないし現実にはない
この世では常にどこであれ醜いものと接するからである
それで私は人間嫌いであり自然と接してアイディンティティ化して人間とは極力接しない生活をしてきた、60まで引きこもりだったのである

ただ共同墓地を作りそこで墓友とかになるとかあるがそれも不自然だろう
もともと昔の村だったらいろいろあってもそこで共に生きたという歳月がありそれで一体化する、墓友となると不自然になるのである
墓とは何かそれも個人墓でないとしたら共同性としてあったとなるからだ
でも江戸時代にはかえって個人墓であり侍でも一族の墓がないのである
かえって明治以降家族墓一家の墓が生れたのは実は天皇制国家として家族が組み入れられたからである、むしろ村の共同体中心の社会だったら家族墓は不自然になる
そこに何か墓に対して相当な誤解が生まれているのである

いづれにしろ墓参りというときそこに死んだ人がなおいるという場所なのである
だから私の兄は交通事故で死んだ、だから六万で碑を家族墓の脇に作った
でも骨もなにもないのである、でも墓を作ったことでそこにいるとして墓参りしているのである
娘はいたとしてもひどい目にあったとして何の思いもない、墓参りしてくれとして10万くれたが来なかった、ただ十万欲しかっただけなのである
こうして親の関係でも金で簡単にきれる
「金の切れ目が縁の切れ目」であり無常である、死んだ人間はもう金をくれないからである、すると関係ないとなってしまうのである
この世はこういう場所であり家族でも親でも忘れられる、それで墓参りというときお盆でも義務としても墓参りすることに意義があるとなっているのである
そうしないと他に死んだ人でも忘れられる、記憶から消えてゆく
戦死した人でも関心が薄れてゆく、語る人もいなくなる、そして恐ろしいものはそんなことがなっかたとまでなる

人間は本当に忘れやすいのである、第一人間は死ぬと確実に加速して忘却されてゆく
これをまねがれないのである、だから死ぬとこういう人が生きていたのは事実なのかとなる、百年前にでもこの人が事実として生きていたということが驚きにもなるのである
たいがい名もない人は忘れられるからである、また墓が残るとしても今は跡継ぎがいないとか無縁化する、墓を集めた無縁仏もある、つまり墓は破壊して捨てにくいからそうなっている、要するに人間は最後は人間は無縁化する、そんなに長く家はつづかないからである、だから墓は立派なものにする必要はなかった
卒塔婆の様な碑だったら簡単にとりさることができる、その方が良かったとなる
むしろ共同墓地だと昔の村の墓地のように誰かが縁ある人が墓参りするとなるからいいとなる、だから永代供養などできない、その寺自体が消失してゆくからである
つまり人間は無常からまねがれえないのである

墓の種類  

先祖代々でつないでいく「継承墓」
一人で眠る「個人墓」
夫婦二人だけで眠る「夫婦墓」
二つの家系が一緒に眠る「両家墓」
管理の手間が省けて他の人と眠る「共同墓」
樹木やお花の下で眠る「樹木葬」
手元で供養をする「手元供養」
お骨をパウダー状にして海に撒く「海洋散骨」


墓でもこのように多様なのである

お墓の歴史!縄文時代から現代まで15000年を振り返る

ここで注意しなければならないのは家族墓や一家の墓は明治以降に天皇制ができて普及したものであり歴史が浅いとういことである
だから家族墓が核家族とか時代の変化で継続できなくなった
寺もその役割がなくなってゆき維持できなくなる
結局いろいろ墓にこだわってもこの世にあるものはみんな無常化をまねがれないのである

2020年08月13日

米中戦争の危機 (覇権国になるために軍事力と金融で支配する)


米中戦争の危機

(覇権国になるために軍事力と金融で支配する)


歴史検証が弾き出した「米中戦争勃発確率75%」


「トゥキディデスの罠」として世界の覇権国争いがありそれはギリシャのスパルタとアテネで始まっていた、スパルタが覇権国だったがアテネが力をつけて驚異となり迫ってきて戦争にになった  

海上交易をおさえる経済大国としてアテナイが台頭し、陸上における軍事的覇権を事実上握るスパルタの間で対立が生じ、長年にわたる戦争(ペロポネソス戦争)が勃発した。転じて、急速に台頭する大国が既成の支配的な大国とライバル関係に発展する際に、それぞれの立場を巡って摩擦が起こり、当初はお互いに望まない直接的な抗争に及ぶ様子を表現する。現在では、国際社会のトップにいる国はその地位を守るために現状維持を望み、台頭する国はトップにいる国につぶされることを懸念し、既存の国際ルールを自分に都合が良いように変えようとするパワー・ゲームの中で、軍事的な争いに発展しがちな現象を指す[3]。 
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確かにこういうことが世界史で展開された、世界史は覇権国になるために戦争があった

ポルトガルとスペイン
スペインとイギリス
オランダとイギリス
アメリカと日本
アメリカーソ連
アメリカと中国

これらの戦争は海を巡って行われている、そこで軍事力として強固な船団が必要になる
ただアメリカとソ連の場合はソ連は海軍が弱い、港がない、それで日本との戦争でバルチック艦隊はアフリカ回りで対馬海峡にきて東郷平八郎に待ち伏せされて敗れた
ソ連はまたロシアでも港がないということが海を支配できないことで覇権国になりえなかった
確かに米中の対立も東シナ海に勝手に中国が飛行場とか軍事施設を作る、要塞化して海を支配する、すると米中とかまわりのベトナムとかフィリンピンでも支配できるとなる
なぜアメリカとの戦争が太平洋戦争だったかわかる
海を支配することが世界の覇権国になることだからである
イギリスが七つの海を支配したから覇権国になったのである

そして覇権国になるもう一つの有力なものが金融であり世界で通用する紙幣をもつことである、つまりアメリカが覇権国になったのは軍事力とドルが世界の貨幣となったことでもわかる、この二つを握れば世界の覇権国になる
それで香港が金融市場となりドルが支配する、またドルでしか中東の石油が買えないということも大きな利権となる
アフリカの果てまでドルは通用する、アフリカの部族でもドルは通用する
エジプトでロバに乗った少年がワンドーラ―くれというときもそうである
エジプトは一時はイギリスが支配してボンドが通貨だった  
このように必ず軍事力と金融が通貨でもって世界の覇権国になれるのである
だから中国で独自の共通通貨を作るとかなったときアメリカは警戒するし止めるとなる
中国はこの両方の面で覇権国のアメリカを脅かしているのである

オスマントルコのドラマでスレーマンが王となっていたがそれに従う有力な軍人がエジプトに赴任して独自の貨幣を作りそこにその人の顔を彫って通用させた
それにスレーマンが起こり軍をさしむけて殺したとなるのもそのためである
それはローマ帝国でも地方の軍人が独自の貨幣を発行したりしたときも同じようなことが起きていた
貨幣は支配の標しでありそこに王や軍人の顔が彫られるということはその人が支配しているということなのである
ただ日本の貨幣にはそうした支配する人の顔が彫られていない、だから日本の貨幣はヨ−ロッパとかとは違ったものとして作られていた
ただ明治になると維新の功労者とかが伊藤博文とかが紙幣に刷られた

いづれにしろ覇権国争いがアメリカと中国で起きていて戦争になると警告する
それはやはり世界史でそういうことが過去にも起きている
だからまた繰り返すカルマだとなる、「歴史は繰り返す」となるからだ
ただ中国は海に接している海岸線でも長いけど海洋覇権国にはてったことがなかったのである、あくまでも陸の帝国だった、それが今海洋覇権国となり東シナ海に基地を作りそれでアメリカでも日本でも回りとも対立することになる

だから歴史はくりかえす、カルマはくりかえすとなる、日本は米中の狭間で苦しむことになる
ただアメリカでも中国でもその国内を見れば大災害で苦しんでいる、アメリカはコロナウィルスで苦しんでいる、そういう国が戦争できるのかとなる
内部で国内で苦しんでいる人たちが戦争する気になるだろうか?
そしてアメリカでも中国でも数パーセントの人がアメリカの50パーセントの富をもっているとか中国でも共産党の幹部が富を独占しているとかある
そういう極端な格差社会の国民が死ぬことになる戦争を支持するのだろうか?
戦争に命をかけて命をささげるだろうか?
そして共産党の幹部でも巨額の金をもっているから守りにはいる、戦争したらそうした財産も失うとなるからしたくないとなる
戦争は上の人たちだけでできるものだろうか?
国内で苦しんでいるのにさらに戦争で外部に向かって戦争できるのだろうかというのが疑問なのである
ただ失業したりすると兵士になればそこで食べることはできるとなると志願するともなるそれは別にアメリカのためでもない、金のためにそうするとなる

とにかくなぜ日本がアメリカに原爆まで落とされて三〇〇百万人も死なねばならなかったのか?
これは世界史としてみれば日本がアジアの覇権国ともなり満州の利権をめどぐってアメリカと対立してやはり覇権をめぐる戦争になった
だから世界史の戦争が覇権国になるための争いだというとき米中が戦争になるという分析は納得する、つまり何でもカルマであり繰り返すからである
それは人間の業(カルマ)だとなる、必ず国内でも関ケ原で日本が二分して戦ったように天下分け目の戦いは二つの勢力に分かれる
それは世界でも同じなのである、二つの勢力が必ず利権であれ衝突して争うことになる
それは資源をめぐってもそうである、その覇権争いで勝てば世界を支配できるとなる
するとその国には莫大な富が入ってくる
それが今のアメリカなのである、でも覇権国が変わると世界の富でも奪われて二等国三等国になる 

アメリカでは何百億するクルーザーがコロナウィルスでも売れているという
その人たちは株長者らしい、国民が苦しんでいる時に株でもうけて巨利を得たりしているのも解せないのである、そういう国が果たして国として維持できるのか?
むしろ資本主義が崩壊するという時そうして極端な格差を世界的にもたらした
そういうシステム自体が崩壊してゆく、アメリカでも中国でも貧乏な人が多い、そういう国内事情が両方ともかかえていて戦争ができなるのかとなる
米中戦争になったら両方とも疲弊して経済も衰退する、その時かえって日本が有利になるでもまた日本がその戦争に必然的に巻き込まれて大被害になることもある
日本は板挟みにあい日本国も二分される争いにもなる
ただ戦争になればどっくつかずではいられない、決断が迫られる
津浪原発事故⇒コロナウィルス⇒戦争だともなる
そういう大きな時代の変わり目なのが今なのである 


「富裕層は、所有する富を利用し、貧困層に比べて疫病の流行を跳ね除ける力があります」

別荘もありクルーザーもありとアメリカの富裕層は桁違いでありそういう富裕層に対して不満がつのることは確かなのである、そういう不満な下層の人たちが戦争をする気持ちになるだろうか?むしろそうした富裕層を襲うということにもなる
戦争で死ぬ理由を見出せるのかとなる
ただどうして戦争が起きるのかとなるとこうして世界史では新たな覇権国が台頭するとき戦争になりやいというのは歴史の事実なのである

「海を制するものは世界を制する」と一九世紀後半に説いたのは、当時まだ海軍大国になりきれていなかったアメリカのアルフレッド・セイヤー・マハンであるが、20世紀なかばの世界大戦を経て文字通り「海を制して世界を制した」アメリカの海の覇権状態が、とりわけ中国の南シナ海や東シナ海における活発な活動によって、崩れつつあるように思える

日本がも太平洋戦争でアメリカに敗れ覇権国にはなれなかった、ただその時代から海から空への航空の時代になっていたのである

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abstract japanese houses

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post abstracts on Thursday

木曜日に投稿します

abstract japanese houses


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This is a warehouse in Japan, and if you make a gallery there, the picture will be more lively
The architecture and the painting are integrated, the painting was originally displayed in the church and integrated with the architecture
There was art as a unit of architecture, music, and painting, not just a painting alone.

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Japanese Aquarium-enlarge

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 a way in winter

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laboratory



私の抽象画は本当に絵の才能が全くないのでそれでソフトを利用して創作しているだけである
でも何かこれも創作なのである
いろいろ絵の素材があり組み合わせたり張り付けたりして作っている
それで才能がなくても絵を楽しめる
つまりAI時代とはそういうことができるとなる
コンピュターは人間の能力を拡張するのである
それがインタ−ネットで常に写真でも絵になる素材がふんだんにあるからやりやすいのである


My abstract paintings have absolutely no talent for painting, so I only use software to create them.
But something is also a creation
There are various drawing materials and they are made by combining and pasting
That’s why you can enjoy painting even if you have no talent
In other words, that will be possible in the AI era.
Computers expand human capabilities
It is easy to do because it is the Internet and there are plenty of materials that are always pictures and pictures.

夏の星、流星


夏の星、流星  


夏の星百個ほど我にきらめきぬ 

夏の夜や流星三個我が見たり

若き日や旅路の遠く夏の星

夜汽車行く音のひびきて夏の星


一瞬の光芒に消ゆ流星や夏の夜になお星は満ちにき

ペルセウス流星群とか見た、三個だけだったが見た、この流星はかなり明るく輝く
一瞬目の前に流れてきたときは驚いた
間違いなく三個は見た

この流星は3時前頃からたくさん見れるらしい、でもそれまで起きているのがめんどうである、今回もなんとか三個は見た、結構大きなものだった
この流星群は大きく見えるらしい、この辺では薄い雲がかかった

電車の音がかなり離れていたけど結構大きくひびく、電車の音は意外と遠くまで大きく響くものである
それで旅の日を思い出した、電車では相当に旅している、全国の路線の80パーセントくらいは乗っている、主なものでも私鉄をのぞいて乗っている
だから私は鉄道に興味がある、それで無人駅でたまたま駅員のようなボランティアした
経験は貴重だった、でもコロナウィルスとかになりできなくなったし駅長とか利用する人は遠くから来る人は案内した時ありがとうと言われたが地元では認められなかった

津波の後は海側は真っ暗になっている、人家がないからだ
ただ風力発電が電気の光りを放っている、ただ星は良く見えるのである 

12時過ぎて三日月が光っていたが黒い雲に隠れた、また流星を見ようとしたがあきらめた
流星はなかなか見にくい、ずっと空を見ているので疲れる、それでもいつもわずかの流星しか見ないのである