2020年09月30日

コスモス、秋の雲(真野川の土手の道の写真) (真野川の鮎は放流されたものだった)

                                  
コスモス、秋の雲(真野川の土手の道の写真)

(真野川の鮎は放流されたものだった)

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落合橋

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小池から小山田へ抜ける道

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小山田へぬける道
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ここは二カ所から水が湧いて流れている不思議



落合橋昔を語り秋の雲

落合橋老人と語り秋の雲

我が感ず一粒二粒秋時雨

里の道親しく通う秋あざみ

秋薊この地に生きて老いる女(ヒト)

秋燕もはや去りなむ里暮れぬ

隠されし小径や暮れ虫の声

この道や立ち枯れ木に秋の雲


夏菊にコスモス咲き満ち日は暮れむ土手の道にし語る人かな

溜池に静かに映る秋の雲一人のみ行く細道暮れぬ 

何か落合橋というのが名前が良かったとなる、場所もいい、でも今日会った人は真野川の漁業組合に入っていた、それで鮎は放流したことがわかった
それは県から頼まれて金がでて放流した、その人も真野川の漁業組合に入っていたがみんな年とって死んだとかやめたといっていた
組合員だと5000円とかとられると言っていた、でも鮎を放流すると百万くらい県からもらえるとかその金も組合員で分けるとか言っていた
何かこうして川でも組合を作ると利権になる、百万は使わないからである
むしろ使わないようにすると言っていた
その人の言っていることは間違えない、前の人は新しく移り住んだ人であり前の人も知らないで言っていた、だから何か情報というのは何人かに聞かないとわからない
一か月前頃に鮎が群れて上ることはありえないからだ
それは県から頼まれて放流した鮎だった

その人は80以上になっている、それで川でナマズをとって売っていたとか言うのも今になるとそんなことしていたのかと不思議になる
まずナマズはいない、川にはカジカも見ない、震災前は一応鮎釣りをする人がいた
小さい鮎でただ釣りをして楽しむというだけである、それは釣っても放したりしていた
でもナマズを売っていたというのは前に鰻を天秤でかついで川俣まで売りに行ったということを90才の人から聞いた、川俣まで歩いて天秤棒かついで行けるのか?
あの八木沢峠を越えられたのかという不思議である、ただ鰻は金になったことは確かである
その頃川俣は絹織物で有名だから金持ちがいて高く買ったとなる
江戸時代は天秤棒を担いで物を運んでいた、それも歩いてだから大変な苦労になる
そういうこがイメージできなくなっている
ただ子供の頃、鮎は大きかったし鰻もとれた、ナマズもいたのである
今になる信じられないとなる、日本の川から何か魚が消えている

ただニュースで海の魚は放射性物質のセシウムを排出する、でも川魚はそれができない
それでセシウムなど蓄積されると研究発表があった
それもなるほどと思った、川魚は食べるなと警告したのはそのためだった
ただ上流には山女がいた、それはまだ見られるだろう

この辺で近くでも神秘的な場所がある、それは小池から小山田にぬける細い道である
そこは細い道であり神秘的である、そこで放射性物質の除染をしていたが終わっていた
来年の三月までかかるということが書いてあったがそれはこの溜池ではなく南相馬市の全体の溜池の除染が来年の三月までかかるということだった

この道で不思議だったのは道に水が流れている、でもこの水は雨が降ったからではない
二カ所で水が下から湧いていたのである
湧き水が流れていたのである、するとこの下に地下水の水脈があるとなる
でもこんなところに湧き水が生じたというのも不思議である
自然の不思議がある

何か急に秋めいて寒い感じになった、それで昨日だったか秋時雨があった
早いとなるが確かに一粒二粒手の方に感じたのである
それは自転車に乗っているから感じた、車だとこうした自然を感じない、風も雨も感じないのである

とにかく真野川の土手の道は散歩にいいし自転車で行くのにもいい、そこで写真をとった写真はいろんな角度から数をとることである、その中にいいものがとれているとなる
彼岸花も咲いていた、やはり広角でとれるといい、全体の景色がとれるからだ
急に秋になり冬にでもなる感じになった、季節感がおかしくなった、それはすでに十年くらいつづいている


なぜヨ−ロッパで感染者数が増え死者数が多いのか? (ヨ−ロッパでもドイツとか東欧は少ない謎)


なぜヨ−ロッパで感染者数が増え死者数が多いのか?

(ヨ−ロッパでもドイツとか東欧は少ない謎)

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【武田邦彦 9/29速報】マジかこれ!全てが覆るデータが届いた!やはり私たちはTVに騙されていたのか・・


フランス、スペイン、イタリアは家族の距離が物理的にも近い。

若者と高齢者が一緒に暮らす生活スタイルも、被害が広がるきっかけになりました。アジア諸国の場合とは異なり、感染した高齢者を受け入れる病床も十分確保できていませんでした」

ドイツは、心理的には距離は近い。
ただ、老人は施設に入る方が比較的多い。

家族の若い方が旅行先でコロナをもらってきて、家族内で感染が多い。

なぜヨ−ロッパに感染者が多いのか?
それもイタリアからはじまりフランス、スペイン、イギリスと広まった
ベルギーが特別多い、理由はこれらの国と一帯でありEUになり国境もなくなったからだとなる

ただ武田邦彦氏が紹介したヨ−ロッパの感染死者数はヨ−ロッパ全体が多いというのではない、ドイツは少ないし東欧は少ない、その原因は何なのだろうとなる
不思議なのはイタリアがローマ帝国の発祥地でありローマ帝国が形成された主要な地域に感染者が多く死者数も多い
イギリスでも多いがここもローマ帝国領内に入っていた
ただその人種はドイツ系のゲルマン人である、だからラテン系とは違っている

ここで地域性と人種と歴史からみてみると地域性と歴史ではローマ帝国に早くから支配地域になったところに蔓延した、ドイツのライン河は境界となりローマの支配下に入らなかった
これも何か関係しているのか?というのは東欧が少ないということが謎になるからだ
これは地域性があり交通の関係もあるのかわからない、ともかく交通は現代はどこでもある、ただ日本では空港で水際作戦で外国から入るのを止めることができるのと違って
大陸ではとめにくい、EU内はパスポートなしで行き来できる

興味深いのはブラジルとか南米に広がったのは南欧系統でありヨ−ロッパで死者数が増えたのと共通している、人種的に関係があるのかでもポルトガル系はブラジルでありポルトガル語である、だから必ずしも一致しない
遺伝子からだとアジア型からヨ−ロッパ型へ変異して広がったとされている
つまりアジア型は比較的穏便でありそれほどの被害にならなかった
ヨ−ロッパは変異したものが広がり猛威をふるったとなる

ラテン系の南欧はまたローマ帝国内は何か伝染しやすい因子をもっていたのか?

これは謎である、交通がこれだけ発達していたらEU内は行き来が自由なのだから伝染しやすい、ドイツは人種的な影響なのか、医療体制とか家族が必ずしも大家族でなくてラテン系のように集まらないからなのか、老人は施設に入るのが多いというのも影響しているのか不明である   

ポルトガルの知識人たちは、政府の迅速な決断と行動による早期ロックダウンにより、被害が最小限に抑えられたと考えている。また、ポルトガルの最有力紙の1つ、パブリコのディレクターであるマニュエル・カバロ氏は「その種の『共同体精神』的な反応を得るには、各政党、政府、大統領間の意見の一致が非常に重要である」

ポルトガルは独自の対応ができた、ガバナンスが機能した、それは小さなクニだから共同体精神があったからだという指摘もうなづける
日本なども共同体精神がありそれが悪い方面に働くと同調圧力となり警戒が高い清潔民族であり似ているともなる
だからウィルスは交通と深く関係しているのである
小さい国だったら一体化して国の方針に従い国境でも閉鎖することもできたからである

つまり国境とか関所とかはウィルスに対して有効なものだったのである
また犯罪者でも入ってくるから国境とか関所は必要になる、それを廃止したEUではウィルスが広がり安かったともなる
だから国境というのは見直すべきだともなる、つまりグロ−バル化と国境なき世界を作ることだがそこにも問題があった

なぜならウィルスは風土病であり他の国からその病気をもたらして恐ろしい結果にもなるからだ、人間はいくら自由だ交通発達してどこにでも行けるとなったがそこにも危険があった、だからグロ−バル経済は見直すべきだと前々から私は主張していた
世界がこれほど一体化することは自然から見ると生態系から見ると危険なものとなっていたのである、それぞれの風土に生態系に基本的に依存して生活している
それが破壊されると生活できなくなる、原発事故でわかったように生態系が空気でも土でも水でも放射性物質に汚染されたら住民は住めなくなったからである

問題はなぜイタリアが発祥地になりスペインへさらにフランスからベルギーへイギリスへと拡散したのかそれが謎である
ドイツから東欧は死者数が少ないのである
それが交通の原因なのか、人の行き来の多寡が原因なのか、良くわからない
生活形態も家族形態も医療体制も原因していた、イタリアでは医療体制が不備だった
ドイツは充実していたということはある

いづれにしろ武田邦彦氏が指摘したことはテレビでマスコミで盛んにヨ−ロッパの感染者数と死者数を誇張して伝えた、なぜならヨ−ロッパでもこのように広いからだ
ヨ−ロッパ全体からすると感染者数と死者数が多い国だけを取り上げたからだ
ただ常にマスコミとテレビは目立つものだけをとりあげる
ある一部分を極端なものをクローズアップして関心をひく、その周りの状況は放送しないそれが常に盲点となっているのである
テレビという小さい画面がすべてのように放送する、それ自体に問題がある
イラク戦争での油まみれの海鳥の映像が全世界に放送されてそれが世界中の人に印象付けられた、そこでイラクは悪いという怒りの感情が植え付けられた
それがアメリカの宣伝にのせられたとなっていたのである
つまりテレビではマスコミでは一部分が常に誇張されて放送される
それが誤解する元なのである

ともかく今回のコロナウィルスを解明するのはもっと後にならないとわからない
ただヨ−ロッパですべてが感染者が増えて死者数が増えたのではない
ヨ−ロッパの一部分だともなるのである
だからこそなぜその一部分に広がったのか問題視する、そういう視点が必要なのである



posted by 老鶯 at 10:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年09月29日

ピーターの法則の実例ー経営の失敗 (人間はあることに優秀でもすべてに優秀になれない)


ピーターの法則の実例ー経営の失敗

(人間はあることに優秀でもすべてに優秀になれない)


工場勤務の優秀な職工が昇進して管理職になると、これまで得た技術が新しい仕事に役立たず無能になる。このようにして「仕事は、まだ適当な地位にまで達していない人材によってなされる」こととなる。

実社会での組織では技術を持った人々は、その技術ゆえに無能な管理職よりもずっと価値があるとも言えるので、ほとんどの組織では、管理職のための賃金や役職を優れた技術者に与えるような、事務系と平行した昇進の道を技術者に対して用意している
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なぜこういうことが起きるのだろうか?

人間の能力が万能ではなく極めて限られているからである、人間の能力というとあまりにも多様なのである、たいして付き合う人もない私でもそういうのを知った
その女性はとにかくしゃべるのがうまいのである、それは女性ならそうだがただ他の女性よりなにかとしゃべるのがうまい、それには感心する
別に老人であり学歴は中卒である、だから学問した知識などないのである
でもいろいろ経験しているからしゃべるのがうまいのである
ただそこには大きな欠点がある、何かしゃべるのだが実行力がないとかなる
でも男性の気づかないことをしゃべる、それが参考になるのである
それで最近孤独な老人の話し相手が商売にもなる
その話相手に向いている、また同年代ということでも話しが合うとなる
若い女性だと話しがかみ合わないことがあるからだ
若い女性の方がいいということがあっても話し相手には向いていないのである

とにかく人間の能力は限られている、全能なものは神しかいない、その限られた能力の集積が人間社会だともなる、個々には優秀な人はいくらでもいる
それはあくまで個別的に優秀なのである、ある分野で優秀なのである
ある人はある分野で一級の免許をとっているから優秀だとされている
技術的に優秀だと他者からも見られていて会社にいたときは月給も高かったのである
それで自分は優秀だとして事業を起こした
でも失敗して借金になった汲汲するようになった
技術者として優秀なのだから会社も経営しても成功する、優秀だとなると思っていたのである

つまりある分野で優秀な人はそう思い込みやすいのである
そして経営者になったのがその経営と技術とはまた違ったものなのである
機械を操作するのと人間に対するのとは違ったものになる
何か経営とはそうした技術だけでぱ対処できない、全人間的なものが要求されている
もちろん技術的に詳しいのは有利になる、ただそれだけではない、理系が何か経営ではうまくいかないというとき経営とは文系とも深く関係しているからである
理系だと物質とか機械と技術と人に対する対処方法とかモラルまで関係してくる
そうすると機械いじりだけが好きで人とは付き合わない、オタクになっていることもできない、それで武田邦彦氏は理系の技術者だから大学生を指導しているから機械マニアの人には英語は必要ないとしている、なぜなら英語の勉強をするより機械についてマニアのようなオタクの人が日本の製造業を支えているとしているからだ
だから人との交際とか英語などに労力を費やすべきではないとしている

これにも一理あると思った、第一武田邦彦氏自体が理系だけではない文系の知識に詳しいそれでyoutubeでも毎日見ている、もし機械のこと科学のことだけなら見ないのである
そういうふうにトータルな知識とかまた人格をもっている人は現代ではまれである
なぜなら現代文明は無数にパーツ化した社会に生きているからだ
もうどんな人も優秀な人でも部品化しているのである
もう複雑すぎて誰もこの社会の全体を知る人などいないのである
それで例えば原発を見ればわかる、これも恐ろしく複雑なものであり社長するその全体を知ることできない、吉田所長が肝心の復水器のことを知らなかったということでもわかるそんな人が所長になれるのかとなるが社長でも全部知る人などないのである

東電の当時の社長は資材係でありコストカッターとしてのしあがったとしている
そのコストカッターの社長のために安全がないがしろにされたのである
高い場所に原発を作る予定だったのに高くした土地をわざわざ削ったのである
原発がいかに総合的なものとして作るものだったか今になってわかった
日本だったら地震があり津浪もあり自然災害が多いからその対処も必要だった
本当にそれは総合的に見て建てねばならないものだった
でも総合的に見れる人などいない、ある部分だけを見ているしまた見れないのである
それを成しえるとなると全能の神のようなものになる
そこに個々に優秀な理系の技術者がいたけどそれを総合的な視点で使用するのが社長だったともなる、でもそんな人がありえなかったということである
そこからして破綻する運命にあったともなる

だからピーターの無能化する法則というのがあてはまる、ある地位でも職業でも担当でも優秀だとしてもそこで優秀だからして別な高い地位について優秀になるとは限らない
かえって無能化する、それは理系の技術者として優秀でも経営者として優秀とはならない理系と文系の相違は理系は物質とか機械とか道具とかそういうものに関心があり追及する文系は社会とか人とか人間の心とかに関心がある
それでその人は何か理系の技術者としては優秀でも人間のことを知らなかったのかとなるその人は自分は理系の技術者として優秀だった、これは間違えない、でもそれが自慢になり奢りになっていたのである
何か経営方針もなにもない、自分は優秀だから経営者になっても成功する、自分の優秀なことを見せてやる、何かそれが経営する動機になっていたのである
その人はだから他人のために尽くすとういう心などない、他人のために一つの荷物も持ちたくないという人だったのである
それは自分が苦しんでいる時それを見てわかった、人の苦しみなど関係ない、自分が優秀だとして自慢して他人に対して優越感をもつというだけなのである

経営とは何かということは自分は経験もないだから言わない、でも人間として何か傲慢になり問題があった、ただ別に理系の技術者として会社に雇われていれば問題なかったのである、ただこういうことはこの世には多い、だから特殊なことではないからピーターの法則が成り立つのである
人間の能力は限られている、全能ではありえない、そこから問題が起きる
あることに優秀でもあることになると無能になる、だからいくらある部分で優秀でも職種とか仕事の内容が変わると途端に無能化するのである
学者がいくら経済学者でも株のことを知っているからと株でもうけるわけでもない実業家として成功するわけでもい、かえって成功しない、実業家と理論家は違っているからだ
自分自身のことを言えば理論家であり実業家にはなれない性格である
家にとじこもって理論的研究をしているのが向いているのである

とにかく人間の能力の問題はあることに優秀でも他のことには優秀になれない、それであることに優秀でもそこで奢りになると必ず奢れるもの久しからずになる
人間の失敗は必ず奢りからきている、これも本当に歴史の法則であり人間の法則である
奢りが滅びに通じている、夜郎自大国のように漢帝国を甘く見て戦争に敗れた
日本でもアメリカを知らない井戸の中の蛙で戦争に負けて三百万人も死んだとなる
そういう例が歴史にはいくらでもあるから法則になる

これもまた私の親戚であり祖父にあたる人も警察署長だった、でも機織り会社をはじめて失敗して家族離散になる悲惨な結果になった、そのために私の母は苦しめられたのであるそして父親は威張っているばかりだったと言っていた
つまりこの祖父でも警察署長となるとそこまで地位をのぼりつめた、何か優秀な面はあったとなる、でも機織りなどは畑違いのことであり経営などできないのである
警察所長だからできる、そういう奢りが結果として悲惨なものにしたのである
その被害は子供たちに及んだ一家離散になったのである

こういうことは人間社会に常に起きている、ある分野で優秀でも他の分野では優秀でありえない、でもある分野で優秀だと他のことでも優秀だという思い込みになる
それで人間は無能化される、そもそも人間は結局いくら優秀でも無能化される
家族のことだが最後の言葉が「俺は優秀だった」と言って姉は死んだ
そう言ったのは認知症になり馬鹿になったということでそれが悔しくて言ったとなる
つまり人間は無能化する、無能にされる
原発でもそうである、そこに様々な人が社会の選ばれた優秀人たちが理系の技術でも科学者でもいた、でも結局は原発事故で崩壊ししてまったのである
それはまるでバブルの塔だったのである、人間の全員の意志で能力で天まで届く塔を建てようとしたががらがらと崩れてしまった
神が砕いたのである、そしてそこにいる科学者でも技術者でも政治家でも官僚でも無能化されたのである
その原因は人間には総合的に優れたものになれない、能力は無数に分化しているからである、それを統一することもできない、そこから破綻してゆくのが運命だとなっていたのである

posted by 老鶯 at 20:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

親に尽くさせられた時代と子供の犠牲になる親 (時代が変わると道徳さえ変わる)

親に尽くさせられた時代と子供の犠牲になる親

(時代が変わると道徳さえ変わる)

70歳過ぎてからの貧乏は怖い…老後の恐怖のどん底実例集!

こういう人もいる、30歳から親の病気のために仕送りしていた、それが全部で3000万円になったという、これも大変な負担だった
そして70過ぎて貧困化したのは親にもらえる遺産が兄弟にとられたためだった
それだけ親に尽くしたのに兄弟は遺産を要求してきた
金になると兄弟もなにもない、所帯が違ってくると嫁は金を要求してくる
つまり兄弟は他人のはじまりであると良く言ったものである
だから兄弟があって助かることもあるが遺産相続で骨肉の争いになり絶縁したとか良く語られる、金で人間は豹変するというのがわかる
それは原発事故で多額の補償金がもらえるということでこの辺は分断されたとのとにている、一体感はなくなったのである

もともと戦前とかは親のために働く尽くすというのは普通だったのである
それは後進国では貧乏だから親に送金するために日本でも出稼ぎにきて仕送りしているとかなる
貧しい国では子供は親のために働かされるのである
私自身が奇妙なのだけど子供の時一番働いたのである
店で働かされていた、配達もさせらたし卵買いとかもさせられた
風呂焚きとかもさせられた、つまり自分の父親は子供の時から酒屋に丁稚奉公させられていた、それと同じようなことが家族でさせられていたとなる
それは別に苦しいというのではない、他人の家ではないからだ
丁稚奉公は他人の家だから子供にしては辛いとなる

それでおしんのNHK朝ドラが人気になったのである
貧乏な時は親のために働く尽くすが普通だったのである
それで農家では男の子がいいとされていた、なぜなら農家だと働き手になるからである
つまり労働力として子供があったとなる
その時教育するという感覚はなかった、ただ読み書きそろばんくらいできればいいとかであった、母は尋常小学校であり読み書きはできたからである
明治生まれの女性で読み書きできない人がいた
そういう時代であった
母の実家は幼少の時は金持ちの家であり楽だった、でも父親が機織りの会社を始めて倒産して苦しい生活になった
母は原町紡績で糸取りとして10年間働いた、その給料は親に与えていたのである
何か自分の給料で今の人のように贅沢するようなことがなかった
だから母は花とかは贅沢であり興味がない、それで庭に豆などを植えていたのである
要するに働きづめで一生を終えたのである

それで今の70才くらいの人でも親が病気になり仕送りしていたという人もいた
こうして親に尽くして子供が犠牲になるのは辛いものだったとなる
普通は親は子供のために犠牲になる、でも戦前は子供は親のために働くというのが普通だったのである、それが戦後に変わってしまったのである
何か江戸時代からその後も親孝行が徳目としてあった、ただこの親孝行も孝行したいときは親はなしになっていたのである
今は親は必ず孝行が介護が強いられる、親はたいがい60才でも生きている時代だからである
自分は親に仕送り何かしてあげたことがない、ただ60才になって介護になったからそれは当然であり懸命にしたのである

でも30歳からとかまた50歳でもあり孫が介護されて祖父を殺したとかもあった
それは今の時代にはコクである、介護になったらもう何もしたいことはできない
自由が奪われるからである、だから私自身自由に旅をしていたが介護になってから一切していない、もう十年以上旅をしていないからだ
つききりになり世話するようになるからである

何かでもこういうことは増えて来る、近くの知り合いは50歳ちかくなのか、青森を介護施設に送りたりないものがあり仕送りしている
必ずいろいろ備品などで要求がある、それも余裕がないのだから苦しいとなる
親のために苦労するというのは何か苦しい、今は親は子供のために犠牲になるというのが普通になったからである、半分が大学に行く時代だからでもある
介護とは何か自分自身の人生を失うことにも通じている   

それで私は親戚の人が病気になり輸血をたのまれたとき断った
その時登山して異常に疲れていて弱っていたからである、でも30歳なのだから輸血してもらいたいというのはわかる、だからそういうことがありその親戚との縁は切れた
でも何か人間は若い時は自分のしたいことをする、若い人が介護によって親によって犠牲にされるのは本末転倒である、そこで親を恨むともあとでなる
私の場合はそういうことはなかった、それはすでに十分に自分のためにしてくれたからである、だから当然のこととして苦しかったけど介護したのである

だから親孝行というモラルは時代によって生まれたものでありそれは子供を親の犠牲になるのだからいいものではなかった、ただ貧乏だからうそなっていたのである
貧乏で子供が売られるということも普通にあったからである
それは貧乏でそうさせられた時代だったのである
それを今の時代に適用はできないのである
親は子供のために犠牲になる、また子供の世代は親の世代の犠牲になるのは理不尽なのである

それで高齢化社会は若い世代の負担に老人がなり税金でもとられるとかなり不自然なのである、そういう時代を人間は経験していないのである
親のために犠牲になるというのもそれは時代だったのである
こうして時代が変わると必ず価値観が変わる、そういうことで戦前生まれの親は子供の時親の犠牲になったのがら子供でも親のために尽くすべきだと経験から思う
でもその時価値観が変わってしまったから通用しないのである、それで損したとも思うのである

何か時代も変わると価値観が変わる、道徳さえも変わる、親孝行というのは誰も認める勤めのようになっていた、ただそうなったのは時代背景があってそうなったいたのである
人間は時代が違うと本当にその差にとまどうのである
戦争が終わり日本人の道徳も価値観も一変した、国のために死んでいった若者がいた
それはその時代はみんな当たり前のことだった
そうして小野田少尉のような人が戦争が終わって何十年も過ぎてジャングルから出てきて日本に帰りとまどいなじめなかったというのもわかる
まるっきり道徳も価値観も変わってしまったからである

実際は子供が親の犠牲になることは理不尽であり道徳として間違っていたが貧乏なのでしかたなくそうなっていたのである
本来の人間のありかたは親は子供のために犠牲になるのが正常な道徳になる
人間は常に次の時代のために生きるから未来に生きるからそうなる
子供は未来そのものだから大事にされる、それは生物として当然である
老人を大切にしろというのもわかるがそのために若い人の人生が犠牲になるということは生物として自然ではないのである

親のために子供が犠牲になる、それを普通とした当たり前とした道徳としたのは貧乏だったからなのである、子供が働かなければ家の生活も成り立たないからそうなっていたのである
子供はもっと別なことをすべきであったともなる、ただ子供でも働く経験は悪いことでもない、でも本来は子供はそうあるべきではないのである 

自分はしたいことをさせけくれたから親を恨んだりはしないし今でも親に感謝しているし死んでも愛している、それは親がそうさせてくれたからなのである
ただそれは私の家族が特殊なものになっていて親一人ということでもなかったからであるもしそうでないともう学校を出たら働き詰めになっていた
20代は浮浪者でありその後も旅ばかりしていたできたというのが特別だったのである
団塊の世代ではそういう人はまれな人でありアウトサイダーになっていた

いづれにしろ明治維新にしろ戦後の焼野原にしろ価値観ががらりと変わる、道徳が変わらないものではない、親孝行ということも変わる
それで世代間で理解しえなくなるのである、古い親の価値観を押し付けることはできないのである、俺はこういう仕打ちを親に受けたとかそれで親となり同じことを子供にすることは反発されるのである
人間がみんな働くものだというのもわかる、でもベーシックインカムにして各自人間はしたいことをすべきだ、みんいなアーティストになるべきだというのも本当に企業戦士として働いた人なら容認できないだろう
でも自分自身はそうして旅ばかりとかしていたのだからそういう人間として生きていたとなる
今働かない人が若い世代でもニートとか膨大にいる、それは何なのだろうとなる
労働するのが当たり前だというときそれは過去の価値観なのである
時代が変わりそういうことを以前としてあってもそれも否定されてもそれありだとなる時代である

2020年09月28日

秋の夜、虫の音(亡き家族を偲ぶ短歌20首) (愛は消えず死者も生き続ける)


秋の夜、虫の音(亡き家族を偲ぶ短歌20首)

(愛は消えず死者も生き続ける)


(母を偲ぶ)

夜の更けて厨(くりや)に一人かたずけや幽かに虫の鳴く声聞きぬ

我が母の厨に長く働きぬその日を思い虫の音を聴く

窓の外に月は傾きうつりゆく虫の鳴く声幽かに聴きぬ

我が家に嫁ぎてあわれ母なりき虫の音幽か厨に聞きぬ

我が母の悲しもあわれ今にして偲ぶや窓に月の見ゆかな   

我が母のしもやけ哀れ厨にそ苦しくもあれ長くありしも  

(姉をしのぶ)

姉と母もの言わざるもなほ我を見守りあらむしのびけるかな

姉と母消ゆるにあらじ悲しかな我を見守りここにしあらむ

我が姉の誇りにせしや柱かな死して我がよりしのびけるかな 

争そうも憎しみは消え三人が深く結ばれ離れざるかも

ほがらかに笑う姉なりこの家に力を与えて我は育ちぬ

(父を偲ぶ)

我が父のこの土地買いぬ苦労かなあしき土地しも尊きものかも

我が父の酒屋の丁稚に勤めけりその苦労に建てし家を思いぬ

遠つ祖(おや)苦労のありて今の富ありしを知れやおろそかにすな

(兄をいたむ)

我が兄の悲しかりけりその痛み思ふがゆえに墓の建てしも

(家族みな逝く)

我が家族みな逝きにけり我一人供養し守る秋の夜ふけぬ

我が家族死してもなほも何をかを語れるものや秋の夜ふけぬ

もの言わぬ死者にありしも残される者の語りて生きるものかも

雨しとと彼岸のあとに我が一人花をさしつつ墓に偲びぬ

人死して偲ぶやあわれうつる時面影浮かび秋の夜ふけぬ

我が家族悲しむものは我が一人世は冷たくも偲び悲しも

冷たき世家族のなきを悲しかな我には深き愛の思い出

人の世の別れし悲し逢わざりき愛に結ばる人は離れじ

悲しみて熱き涙を流せしを愛はたやすく消ゆるにあらじ

人死してもの言わざりしもなほ愛の通いて深く結ばるものかも

この家に我ははぐくまれその日々やかえらざりしも愛は通いぬ



人間は死んでみてまたわかることがある、姉が死んで10年も過ぎたのも早い
次に母が死んで3年以上過ぎた、たちまち時は過ぎる
でも不思議なのはこうしてやはり死んだ人でも思うことである
死者は死んで確かに形姿は消える、でも何かがやはり残っていると感じる
それは何なのか、そうでなければ人は何も思わないだろう
それはやはり家族は愛で結ばれているからその愛が残っているとなる
愛は依然としてそこに残り通じているとなる
ただそれは見えないのである、でも見えなくても何かが通じている
それが愛である、愛は人を結びつける、だから死んでも消えないのである

私の家の場合は特殊であり60年間一緒にいた、それも普通の家族ではなかった
憎しみ合う家族でもあった、でもそうであっても60年も一緒にいれば憎しみも愛に変わっていたのである
私は特に良くされた、こうして家族への思いが深いのはそのためである
そうでなければこうはならない、結婚したりしたらまた別になっていた
60年間私の世話をしてくれたのである、だから楽だったのである
そういう特殊な家族故に忘れられないとなる

ただ不思議なのは母のことはあまり思っていなかった
第一母はこの家に嫁ぎたくなかったのである、でも前の夫が事故で死んで仕方なく嫁いできた、子供の時は継母に育てられ不幸だった
そのあとも不幸があった、だから嫁いできても必ずしもここがいいとは思っていなかったのである、それは仕方なく嫁いできたからである
そしてずっと90過ぎても厨(くりや)に台所仕事していたのである

それで奇妙なのは今度は一人になり自分自身が食事の用意のために厨に立って料理をする家事をする、その時母のことを偲んだのである
つくづくこれもカルマだった、そこで母の気持ちを理解する
店をしているとき常に食事中でもお客さんが来て立っていた
それが嫌だった、でも今になる自分が必ず食事中に何かたりなくて台所にゆく
だから必ず食事中でも立たざるを得なくなった、だから人間は特に親のカルマを受け継ぐ親と同じ苦労を強いられるのである、そうして親の苦労を知るのである

とにかく何か家族にはそれぞれ違った物語があり複雑である
だから他人の家族は理解するのがむずかしいのである
自分の家族を理解することはできないだろう
母親が二人いたともなるからだ、家族とは何か必ずしも夫婦がいて成り立つとも限らないまた家族でも親子で愛し合うともならない、兄弟でもそうである
遺産争いで絶縁したなど良くある話である
それが人間の残酷さである、たいだいは「金の切れ目が縁の切れ目」である
そうしてみんな去った、金になるかならないいかしか見ないからだ
そうなると人間は本当にはかない、死んだら何の関係もないとなる 
ただこんなに人間関係が冷たくはかないということは実感しなかった
だからこそ余計に愛ある家族を思うようになったとなる

ともかく愛で住ばれたものは簡単には消えない、ただ家族の愛でもやがては消える
消えない愛は神への愛なのである、それは永遠なのである
ただこの世では家族の愛が一番の愛なのである

とにかく人間は親を偲ぶというとき代々つながりを自覚する、今あるものは先祖によって作られたものでありそれを自覚して感謝する、だから原発事故とかで故郷が消失したときそこに失われたものはこうした親とか先祖とのつながりになる
それは普通は自覚しないからだ、人間は何か失ってみて深く自覚する、生前はあまり感じないのである
死んでみると惜しいとか深く思うようになる、何が価値あるものか生きている時わからない

生きている時ただ金だけだとなる、死んでもそうなる人もいる
遺産だけが目当てだともなる、それは人により家族により違っている、それだけ人間関係は家族でもそれぞれであり複雑だからそうなっているのだ、ただ死んでから死者を偲ぶということは深い愛があってできることだとなる
なぜなら生きている時なにか装うことができる、金のためでも親に孝行したりする
でも死んでから何も感じない人もいる、金にならないからとなり関係もなくなり関心がなくなるからだ
一般的にはそうなるのが多い、でも私の場合は特殊な家族で家族への思いが深くなったのである


2020年09月27日

コロナウィルスによるマインドの変化も時代の変化 (グロ−バル化や資本主義は終わる?)


コロナウィルスによるマインドの変化も時代の変化

(グロ−バル化や資本主義は終わる?)


コロナウィルスによる変化もなぜこれほど世界を変えるほどのものとなったのか不思議である
でも日本でも高度成長時代がありマインドとしては拡張拡散増産増大である
グロ−バルは世界的拡張でありやはり増産増大であり中国が加わりグロ−バル経済は膨張したのである
でも中国でも成長が一段落した、もう今度は下降をたどる
グロ−バル経済はスピードが早い、中国でも十数年で成長して日本をぬいた
それで日本は凋落した、そのスピードが早いのである
江戸時代だったら国内経済であり農業社会であり変わるスピードも遅いのである
だから急激に変わらないから安定していたとなる

それがグロ−バル化すると凄まじく変わる、劇的に変わる、中国がその象徴である
今は新幹線が走りIT社会となりアジアの先進国となっている
しかしコロナウィルスでもそうだがその前にも成長は止まり停滞時期に入っていた
そのサイクルが早いのである、20年くらいでそうなったからだ
地球規模でみるとグロ−バル化とか大企業の多国籍企業は短時間で地球の資源でもとりつくすとかなる、環境破壊もスピードが早く森が喪失して動物が生息できなくなる
大企業の破壊力が今までの社会とは格段に違っているからだ
機械が発達しているからたちまち森でも切り取られてしまうのである
ところがその木を回復させて成長するには50年とかかかる
この辺で津波で海岸の松林が失われた、それで松を植えても50年とか成長するに時間がかかる、つまり自然の時間は遅い、早めることができないのである
それで二十日大根があり四十日大根がある、それを早めることがいくら科学が発達してもできないのである

おそらく文明は本来の時間を感覚を狂わせてしまった、距離を短縮したことも時間感覚を狂わせた、なぜなら外国まで行くのにどれだけ時間がかかったか、船で行っていたら時間がかかる,ヨ−ロッパまで一か月とかなったら時間間隔まるで違ったものになる
飛行機で8時間とかとは大違いだからである
それでコロナウィルスのように同時間に世界に蔓延したのもそのためである
何かそういうグロ−バル化は時間が早すぎるので影響が大きくなる
例えば外国の文化でも取り入るのに時間がかかる、仏教が日本に入ってきてもそれを日本の仏教とするのには鎌倉時代までかかった、500年くらいかかっている
つまり物は入ってきても精神的な文化となると簡単に同化できないのである

それで民主主義でも日本では理解していない、アメリカから入った民主主義とは何なのか理解していない、だから三権分立でも報道の自由でも日本では確立していない
日本が報道の自由では世界で20位とかなっているからだ
報道の自由がないところに民主主義もない、つまり何でも外国の文化を取り入れても成熟するには時間がかかる、だから原発事故などがありそれで私の住んでいる地域はいろいろなことで問題になった、そのことを指摘してきた
つまり民主主義が機能していないから大事故にもなっていたのである
原子力村とか形成されていて安全神話が権力によって作られたことでもそうである
民主主義は権力を監視するものが必要でもなかった、マスコミは地元でも何の働きもしなかった、ただ東電から政府について宣伝費をもらい利益にあづかることしかなかったのである、だから反省が必要であり民主主義を機能させることが必要だったとなる
ただこうしていろいろあり時間をかけて民主主義でも成熟させるとなる

コロナウィルスの不思議はこうした急速なグロ−バル化とかそれによる弊害が世界的に顕著になった、それに歯止めをかけるものともなった不思議がある
だからこれは神の采配だったのかともみる、コロナウィルス自体は謎である
専門家でもまだ不明である、ただその結果として世界に示したことはグロ−バル化に歯止をかけたことでありまた人間社会を変化させたことである
つまり資本主義でも強烈な物欲が世界を席巻したのである
それに歯止めをかけたとなる

グロ−バル化というときそれは大航海時代からはじまっていた、信長の時代からはじまっていた、500年くらいが大航海時代でありヨ−ロッパの世界進出時代だったのである
アメリカという巨大国家もその一環として成立したのである
ヨ−ロッパ文明支配の時代だったのである
ただその時、日本は鎖国していたというのが特殊だったのである
300年間外国と没交渉だったというのが世界ではありえないことだった、それができたのは海に囲まれていたからだとなる、そしてまだ空輸とか空の交通はなかった
だから鎖国でもありえたし閉ざされ世界でもありえたのである
今はこれだけ交通が発達すれば閉ざすことはできないのである

いづれにしろコロナウィルスの変化はマインドを変化させたことも大きい
何か内向きにさせた、外へ外へ遠くへ遠くへというマインドが内向きにさせた
それは物欲の時代から精神的内面性を追及するマインドの時代になる
それは宗教にもなる、ただカルト宗教団体の宗教は一切そういうものはない
むしろ物欲が過激化した御利益利権集団である
物欲を追及する集団でありもともとそんな内面性など微塵も関係ないのである
つまり資本主義体制の中でより過激化した物欲利権を求める集団だとなる

とにかくコロナウィルスでは交通をとめた、国内でも国外でもとめたことの驚きである
JRまでも止めた、そして過度な人間の交流もとめた、観光と飲食業に大きな打撃を与えたインパウンドもとめた、一時的なのか世界が日本の鎖国のような状態になったのである
だからこれは何なのだろうととなる
そしてこのマインドの変化は変わらないという、継続されるという
つまり世界的にグロ−バル化とかはとめられてマインドが変わる
それは世界的にそうなる、大航海時代から世界はヨ−ロッパ化してそれは現代の過度なグロ−バル化となってアジアの中心地の中国にきて一応停止したともなる

何かそうなるとマインドは内向きになり人間の内面を追及するようになる
それは宗教であり哲学でもある、そういう時代に入ったのかもしれない
自分はもともとそういう内面性を故郷の自然とアイディンティティ化することを詩などを通じてしてきたのである
引きこもりになり内面世界を追及して来たとなる
確かに一方で旅ばかりしていたが内面の追求が主にしていたとなる
だから木とか石とかと一体化する詩を書いてきたのである
団塊の世代は企業戦士となりみんな会社人間になっていた、でも今になるとそうした物欲社会が終焉したともなる

戦後の焼野原では何もなくなった、食べるものもなくなったのだからどうしても物欲社会になり経済成長志向になりそれが運良く日本ではできたのである
でもバブルになり停滞して下降になりコロナウィルスでさらに成長は望めないとなった
これも問題だか何かマインドが変わったらそうした高度成長時代を望まないとういこともある、それでミニマリストとか低欲望社会になる
青年でもそうなるのは時代のマインドの変化なのである
それがいい悪いとかではない、時代のマインドだとなる
それより日本が貧困化してゆくときそうならざるをえないということもある、毎月電気水道ガスを請求されて払えない人がいる
それも5パーセントもいるとしたら多い、期限を延ばしてくれないのは払わずにいなくなった人がいるからだという
取り立てる人も嫌で仕事を辞めたという人もいる、つまり現代の貧困は必ず電気ガス水道が止められることに顕著に現れるのである、そうなると生活すらできなくなるからだ

明治時代には日本は必死になってヨ−ロッパの文明を取り入れ追いつこうとしていた
その気迫は今とは違っていた、留学して英語できないと自殺した人までいる
それだけ必死だったのである、日本は今やそうした気迫も意気も青年にもない
かえってアジアの後進国とされた、ベトナムであれ東南アジアの青年にある、中国もヨ−ロッパに蹂躙されたことで悔しいとしてあれまで成長して欧米に対抗できる力をもったのである、そして意外なのはフィリンピンが成長するとされて投資すべきだとしているのも意外である、なぜなのかというと若い人口が多いからそうなっている
やはり若い人口が多いと経済でも成長へ向かうのである
老人大国化した日本にはもうそれがないのである

とにかく時代のマインドがありそれも大きな変化である、それに逆らうこともできなくなる
今まで感覚とは違ったものとして生きる、物欲だけの追求の時代は終焉する
資本主義でももう銀行でも投資先がない、成長する起業る会社もないから貸す先がないからもう成り立たなくなる、そのこと自体資本主義が先細りになり別な体制をシステムを求めるようになる
では社会主義とかに変わるのかとなるとそれもない、社会主義共産主義は殺戮虐殺主義であり反対する者を許さないのである、それは実際は露骨な権力争いにすぎないのである
政治の本質は権力争そいだからである,権謀術数の三国志でありマキャベリズムなのである、だから菅首相がマキャベリズムだとしている、なぜならその君主論が愛読書だとしているからだ、つまり権力を得るためにそうした本を読んでいたとなる
それが首相となってかなえたともなるからだ



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警察が民事に介入することは法律違反? (匿名の通報でもただちに強制的に職務質問されるのは法律違犯?)


警察が民事に介入することは法律違反?

(匿名の通報でもただちに強制的に職務質問されるのは法律違犯?)

個人の財産権の行使や私法上の契約、親権の行使等は、個人間の私的関係の性質を有するにとどまるところ、その権利の行使、債務不履行等に対する救済は、専ら司法権の範囲であり、警察権の関与すべき事項ではないとする原則である。

紛争が生じ、市民の通報または警察官自身による現場の目撃をもって、警察権は発動される。しかし、暴力など明確に刑事事案に発展する要件が存在しない場合は、事情聴取などによって情報収集や口頭注意に留まることになる。紛争関係者が自己の都合に有利となるように警察官に強制力を執行するように要求された場合、刑事事案に発展する要件の不存在を理由とする代わりに、民事不介入の原則をもって示すことがあるとされる 

個人間の私的関係の性質を有するにとどまるところ、その権利の行使、債務不履行等に対する救済は、専ら司法権の範囲であり、警察権の関与すべき事項ではないとする原則である。

ここで司法権と検察権とに分けていることである、司法権とはなにか?
警察権はただちに職務質問のように強制できる、逮捕もできる
司法権は違う、裁判でも必ず両方の言い分を聞くからである
警察権は一方の言い分だけを聞いて権力を行使するのである
だからただ怪しいというだけですぐに駆けつけねばならない
でもなぜ怪しいのかと通報した人に聞くこともないのである

これもむずかしいのだけど具体的に知っている人でアパートの隣の人に悩まされている
その老女はなんらか不満があり異常なのである
人の迷惑も考えない、常識もない、何か嫌がらせの様なことを日々している
何か聞いただけでも異常である、普通の人ではない
でもその女性が警察に連絡してその隣人に悩まされている迷惑されている人を逆に訴えて通報してきたのである

それで即座に警察が来た!

つまりこれは通報されるべき人が逆になっていたのである
本当はその通報した人が問題であり警察に通報される人だったのである
ただ毎日迷惑になっている女性は市役所とかに連絡して解決してくれとなっているができない

ここでおかしいのは通報した人が通報される変な迷惑な張本人だった!

だから私自身も無人駅でたまたまいろいろ聞かれて案内していた
そしたらそれを見ていた人が怪しいと通報してきたのである

その通報した人が怪しい人だったこともありうる!

でも通報されたら警察は必ず来なければならないと言っていた
それは問答無用なのである
だから誰でも通報したら来なければならないというのは納得できない
ただ何か緊急の場合があり助けてくれとなれば別だとなる
だからただ怪しいというだけではかえって通報した人に問題がある場合がある
それで職務質問というのは強制的でありそれがすべて認められるのか?
とにかく誰でもいいから匿名でも通報したら警官が駆けつけねばならない
そういう法律があるとしたらそれが社会に通用するものかとなる

迷惑隣人の場合は公衆の面前で職質問したほけではない、自分の場合は公衆の面前でされた、だから名誉棄損で警察を訴えることもできた
何の根拠もない、匿名の人が通報してそうされたからだ

なぜそういうことが起きたのか?

それはともかくいろいろなもめごとがこの世にはありその事情がわからないことである
だからそうしてもめごとに介入すると事情がわからないから一方的になったりする
そして警察の問題は権力をもっているから強制されるし相手を犯罪者にもできる
そういう権力をもっていることが問題なのである
だから権力を持つものは実際は常に監視するシステムが必要でもそれが機能していない
それで東電などでも原子力村が作られて誰もその中に立ち入ることができなくなっていたそれが大事故になった理由だったのである
逆に東電では法律違反だったとして警察が介入してもいいとかの問題でもあった
でも検察自体が原子力村の一員だった、有力な天下り先となっていたからである
だから検察とか警察は公正なものではない、やはり時の権力者側につくのである
それはマスコミでも同じである、時の権力者側についた方が得だからである
また御用学者が経済学者でも金持ち側に富裕層とか時の権力者側につくのは金になるからだとしている、貧乏人についても金にならないからだ

ただ本当に警察とか弁護士でもこれは人間の様々なもめごとに介入するからそこでその問題がこじれるとかかえって不公正になる
弁護士もまた警察と似ている、私の家でもめごとがあり交通事故の仲裁を頼んだ
そうしたら最初から相談料として百万もとられたのである
これも違法だった、ただ私の家ではわからないので親戚の人を通じて頼んだのである
その頼んだ人が何も知らないでそう言われて金をとられたのである
そのとられる理由が全くわからない、相談に行っただけで百万最初からとられたのである裁判にもなにもならいでとられたからこれは違法でありだましだったとなる
なぜそうなるのか?弁護士とはこうしてもめごとに遺産相続とかにかかわりそこで利益を得たりしているからである

まず家庭の事情など複雑でわからないことがある、そこに全然事情も知らない人が介入するとかえって混乱する、だから家庭のことに警察が入りこみたくないというのがわかる
そして田舎になるとまた事情がわからない、それは家庭ともにている
だから田舎ではなるべくもめごとには介入しないとか推理小説では事件があっても介入しない、殺人までうやむやにしたかとある
田舎では有力者がいてそういう人に従うとかになる

いづれにしろ警察は因果な仕事なのである、ドラマで妹の結婚相手の男性を疑った
妹は信頼していたがどうしても疑っていた、その疑心暗鬼が結婚相手の男性を苦しめた
でも信じてくれといって一回だけ信じてくれと言われ信じて事件は解決した
つまり警察の仕事は疑うことであり人を信じないことだからそうなったのである
だから警察の仕事は疑うことであり相手を罪に定めることだからある宗教団体では入会できないともなっている、宗教だとそういうことはしていけないとしているからである
ただその宗教団体もカルトだからまともではないのである

とにかく警察とか法律でも万能ではない、だから法律をひけらして対抗するものも完全ではない、法律をたてにして悪事を働くごまかすものもいるからだ
第一弁護士自体がそういう人が結構いるのである、だから警察のしている事も実は市民の監視が必要なのである、なぜなら警察がすべて公平などありえないからである
ただ権力をもっていることで強制できるから従うだけなのである
だから常に権力は監視すべきなのだがそれがあらゆる面でできていないから原発事故にもなり国民自体が大被害を受けることがある 

人間の問題は権力をもつことにあった、人間が権力によって操作される
その権力に対抗することができない、それが様々な問題をひきおこしてくる
それは大きな事件でも必ず権力が関係して起きて来る、戦争でも権力と権力の衝突だからである、その権力を抑制する子とかできないから起きて来る
民主主義でも同じである、数が権力でありそれが公正でなくても数が多ければ正義となり権力をもつことができる、別に法律に違反しても数が多ければ正義になってしまうのである、そして人はその数に従う、そしてファシズムとなりナチスともなってゆく
それは宗教にもある、宗教も数を集めて団体化すればそれが政治勢力となり権力をもつ
そして数によって支配するとなる、宗教が内心のこと個々人の心のことを問題にしているが数を集めればそれで政治勢力となり権力をもつことで支配できる、権力をもつことになる

警察の問題は権力を行使できることにある、だから本当はその権力をやたら行使することは危険なのである、民事介入が警察に禁じられるとういうとき何か民事になると家庭のことになると事情がわからない、本当に複雑になるからだ
そんなところに権力でもって介入すればかえってややこしくなり解決するどころではない問題を複雑にするだけだとなる、それで仲介する人が警察でも恨まれるとなる
人間に何か裁く力がないのである、それで裁くなという言った
裁けるのが神しかないからそうなる、でも現実社会では裁きがありその裁きが公平にならないのは当然なのである、だからみんな不満になるのである

posted by 老鶯 at 10:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年09月26日

天才はどうして作られるのか? (ヨ−ロッパにはなぜ天才が多いのか)


天才はどうして作られるのか?

(ヨ−ロッパにはなぜ天才が多いのか)

そもそも天才とは何なのか?常人にはない異常なほどのエネルギーをもった人だとなる
そういう人はどこの国でもまれにいる、そういう人は何か生まれつきであり努力しなくてもたちまち理解できる、小説でも子供の時理解したとかなる
そういう人は実際は模範になれない、なぜならみんな普通の人だからである
そういう突出した人を模範にできないのである
それでキリストは大工として働き人間としての常識を身につけていたし天才ではない
普通の人間の思考をしていたのである
だから天才はクリスチャンにはなれない、それでニーチェのように自分が神だとなり偶像化するのである

ただ天才に魅せられ天才に学ぶことはある、そして人間社会を変えたのは歴史で功績を残したのは天才である、文学だと啄木はすでに中学生くらいから自然にも通じていた
何か青年になって芸者を相手にしているとかあっても自然と通じていたことである
普通自然と通じることは簡単にできない、それができていたのが不思議なのである

不来方のお城の草に寝転びて空に吸はれし十五の心

このように自由な心をもち自然と一体化する、そういうことはなかなかできないから不思議なのである、そのあともやはり自然を謳っている
第一そんなに若くしてそういうふうに自然と通じた歌を作れることが理解できない
なぜなら自分等は自然と通じるには老人になるまでかかっているからだ
それで啄木の著書の「雲は天才である」というのがわかる
夏の雲が様々に形を変えて大空に雲の峰となる、それをイメージして雲は天才であるとなった、その表現も的を得ているのである

ただ天才という時、ヨ−ロッパに天才が多い、そこには科学でも芸術でもあらゆる分野の天才が輩出した、世界で学んでいるのはヨ−ロッパの天才なのである
それはギリシャから始まっていた、そこには様々な天才が数学でもそうだし科学の基となるものも生れた、ピタゴラスとかアルキメデスとか多様な天才が生まれたとなる
それを基にして西欧文明が築かれたともなる

ただ西欧文明の前にイスラム文明があり学術的にも優れていた、ヨ−ロッパは中世がありその時はイスラムより遅れていたのである
第一ギリシャの文献とかはイスラム圏の人によって発見されてヨ−ロッパに伝えられたことでもわかる
その後イスラムの学問を代数学などをとりいれてヨ−ロッパは発展した
そして謎なのはヨ−ロッパにどうしてあれだけの天才が輩出したのかということである
それは一つの理由ではない、天才と言ってもその背景があり一人が忽然として生まれたりしないからである、その背景に歴史や文化で形成されたバックボーンがあって生まれる
それがヨ−ロッパにあったとなる

その理由の主なものはヨ−ロッパは帝政国家ではない、巨大な国家ではない、エジプトとかペルシャとかは中国とかは巨大な大陸国家であり強権的な国家となりやすい
イスラムでも一つの強権国家にスルタンの支配になる帝国になる
でもヨ−ロッパは確かにローマ帝国があったとしてもその後中世になり都市国家となり都市が中心の国となった、地域的でありそこに都市ごとに違った文化を育むことにもなる
そこに巨大な国であるペルシャとか中国のような圧制にはならなかった
ルネサンスでもフィレンツェとかの小都市の5万くらいの都市から生まれたことでもわかる、そんな都市からあのようなルネサンスが生まれたのかとなるからだ
そこで綺羅星のごとくミケランジェロやレオナルド・ダビンチとかラフェロとか生まれたそれが生まれのは小都市国家なのである

もう一つの原因はヨ−ロッパが貴族社会だったことである、その貴族が富を浪費するというのではない、学問とか芸術でもパトロンとなり育んだ
キリスト教会でも対立があっても芸術を育んだ、つまりヨ−ロッパの特性は地域社会の充実と貴族社会にあったともなる
貴族社会は特権階級で否定されるとなるがでもヨ−ロッパでは貴族社会なくして学問でも芸術でも科学でも育まれなかったのである
もちろんベルサイユ宮殿のように貴族の浪費とかはあった、でもその富で育まれたものがあった
だからどうして天才が生まれるのかという謎はそういう社会があり天才を育む社会があったことだともなる
貴族だとそもそも先生は個人的に雇われて教えたとなる、学校だと大量の規格品を一様なものを作るには適しているが個性を育むことはできない

だから日本でも天才は生まれない、最初高度成長時代があり電器製品が世界に売れた
それで日本は優秀だと見ていた、でもそれは日本人が発明したものではない、ヨ−ロッパ文明のコピーだったのである
要するに規格化された大量生産して外国に売ってもうけたというだけだったのである
それがわかったのは同じことを韓国でも中国でも欧米からまねてした結果今は経済成長して日本をぬいているからである
でも中国でもIT技術はアメリカの天才のベルゲイツとかジョブスとかがコンピュターを発明して生まれた、中国が発明したものではないのである
ただまねることは悪いことではない、最初はまねることからはじまるからである
日本では奈良時代に中国の漢字を取り入れた、次に平安時代になりかなを発明した
その基は漢字にあったともなる、だから最初はみんなまねでありその後に独創的なものが生まれる

いづれにしろ日本の高度成長は日本が発明した独創的なもから起こったのではない
日本の得意技は改善と改良である、他国の発明したものをまねて改善して改良することに優れていた、でも発明はできなかったのである
だから今になると韓国、中国でも電気製品が作れる、それもコピーだからできる
韓国でも中国でも独自に発明したものがないのである
だからコピーしただけでは国の繁栄も発展もないのである

ではどうしたら天才が作れるのか?

その謎の解明はヨ−ロッパになぜあれほど天才が生まれたのかということである
一つは多様な地域性であり一つは貴族社会があったということである
そこにヒントがある、多様な地域性というときその土地土地は必ず違って個性があるからだ、地形とか歴史が違っているからそうなる
もう一つは貴族社会があったということである、それは特権階級として否定されるがいい面としては例えば家が基本としてそこが学びの場となっていたら有利なのである
家庭教師がついていた方が有利なのである
なぜならその人にあった教育でもできるとなるからだ、なぜ医者の家では子供も医者になるのか?それは環境の影響が大きい、見よう見まねがあり門前の小僧習わぬ経を読むとかもあるからだ
江戸時代ならたいがい親の職業をついていたことでもわかる
第一家に一冊の本もないような所では何か知性が育まれるとは思えないからだ
団塊の世代の子供時代は子供部屋もないし家には一冊の本もなかった
本は鉄腕アトムとか鉄人28号とかを漫画を借りて読んでいたのである
そういうことではいくら知的好奇心があっても育まれないからだ
そういう点貴族社会では家が教育の場になり家庭教師がいて個性が育まれたとなる

もちろん天才は生まれつきがあるとしても環境に左右される
だからそういう環境が備えれば生まれやすいとなる、私の場合そういう環境に恵まれていたとなる、ただ残念だったのは田舎には本がなかったことである
今のようにアマゾンであらゆる本を買えていたらもう独学でも知識は習得できていた
専門書など田舎の本屋には置いていなかったからである
それで仙台市に通うほかなかった、その仙台の書店でも今わかったことは本当に少なかったことなのである、本の量は膨大だったのでありそれを読んでいれば専門家になれたということがあった

ともかく天才が生まれるというとき天才は生まれつきである
ただそうでなくても天才を育むものがあり環境に左右されるのが人間である
例えば今なら留学は普通にできる、金がなくても労働しながらでもできる
すると外国を肌で感じることができる、すると日本を相対的に見れる
だからたいがい日本を語れるのはそうした外国生活をした人なのである
それはささいなことでも外国生活で経験したことと日本で経験したことの相違があり
そこから考える思考脳をもつことができるからである
そこに留学とか外国での体験がないものの差が生まれるのである
ヨ−ロッパの特徴はまたヨ−ロッパ内での交流があり地域性があり多様な世界があり刺激されるものがあり天才が多く輩出したとなる

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成功する人々の法則ほマルコム- グラッドウェル

これによるとビルゲイツが1955生まれ,スティーブジョブス1955年生まれ・・・
ほかのコンピュター関係で成功した人は1954とかその幅が一二年なのである
つまりこの時代に生まれた人がコンピュター成功している
その幅一二年しかないのである、この時代からはずれると成功しなかったのである
だから人間はいかに時代の影響を受けるかを示している
日本でも戦争で才能があった人は20代でも死んでいるからそれか後の損失となったのである
だから現代はニートとか引きこもりとかいくらでもいる、そんなことして無職でいられるのは親に余裕があるからである
そういうふうに余裕があれば才能も育てられるのである
ただニートとか引きこもりは実際は何も才能もないのにただ無職となっている人かもしれない、ただヨ−ロッパの貴族のようになっていれば才能は育てやすい環境にあった
まず毎日非正規でも肉体労働でもこきつかわれていたら才能があっても伸ばせないからである  
そして人間の才能は多様でありそれも埋もれるのが数限りなくある
時代の影響もあるし環境もあるし才能が伸ばせないのが普通なのである

日本の問題は今や規格品の大量生産では豊かになれなくなったことである
人間でも規格品はいらないとなる、でも現実には日本は規格品を同じようなものでも作るのに適した国だった
同調圧力が強いから個性が強いとはじかれる、才能を育てにくい環境である
でもそのことか日本自体の衰退に通じている
だから今までの大量規格製品を作るのとは違ったものとして教育もある
そういうことでテレワークとかyoutubeとかは新しい才能を育てるツールになる
学校では規格品を作るのには適していても個性とか才能を育てるのには向いていないからである
そしてAI時代になると人工頭脳時代になると何かもっと人間の能力が試される
驚くのは翻訳のソフトは優れている、これほどに翻訳できる先生がいるのかとなる
それだけ機械の方がAIの方が優れているとなると人間はさらなる人間の身にできる創造性が要求されるのである
詩となるとAIで翻訳できないようにである、それは高度な人間にしかできないものだからそうなる、そういうことは他の分野でもそうなるのである

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posted by 老鶯 at 11:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育心理学など

2020年09月25日

孤立化する中国? (日本の太平洋戦争へ突入したのと似ているのか?)


孤立化する中国?

(日本の太平洋戦争へ突入したのと似ているのか?)


中国が拡大化して周辺国と摩擦を起こしている、インドとは実際に戦闘して兵士が死んでいる、ロシアともバイカル湖の水資源を奪われるとか中国が嫌われている
ただ国境を接する国は仲が悪くなる、利害が対立する場にもなるからである
何か満州里に行った時ロシア人が買い物して中国人ともめていた
中国に買い物に来るという時、中国は豊かだからである、物も豊富にあるからだ
十数年前でもそこでトヨタの車を持っていた人がいた、すでに金持ちにっていた人がいたのである
ロシア側は極東とかなると貧しい地域である、それでハバロスク中心にデモが起きている経済的不満が大きい所ではデモが起きる
極東はハバロスクとなるとモスクワから離れすぎている、第一中国とかロシアが広すぎてそれが一つの国として見るのが日本人には感覚的にむずかしくなる

ただ流氷がアムール川の河口で作られてオホーツクに流れて来るとかある
つまり海があるとしてもアムール川とも通じているとなる、アムール川は長大な川だからである、オホーツク文化もあったから大陸と通じるものがある
ハバロスク辺りの人種はモンゴル系統とかロシア人系統とも違う、アジアと白人の混血とかともなる
モスクワはあまに遠いから統治することも困難になる、それで不満があってデモになっている
中国とロシアの仲が険悪になっているとすると中国は周辺国から孤立しているのかとなるインドとも争い、アメリカとはぬきさしならない対立となり米中戦争もありうるとなる
ただヨ−ロッパも中国と一線を画して離れる
そうなると中国は孤立化する、中国の膨張は世界的に危険だとなり包囲網が生まれる

何かそれは日本がアメリカと戦争になったと時代と状態と似ているともなる
日本も国連から脱退してアジアで孤立の道を行くことになったからだ
日本に味方する国がなく一国で膨張したともなるからだ
欧米と対立してロシアとも条約があっても破られた、その包囲網によって惨憺たるものとなり三百万人が犠牲になった
だから国際政治では孤立化することが危険なのである
中国がいくら巨大化してもやはり国際関係で孤立すると日本のように包囲網ができて孤立して自滅するともなる
ただ中国とロシアが連合したりしたらそうはならないともなる

いづれにしろこれからの国際関係がどうなって戦争が勃発するのか?
それが予断を許さない、ただ未来はどう展開するかわからない
米中戦争になったら日本はまきこまれてシリアのように強国によって分断されて悲惨なことになるかもしれない、アメリカが撤退したら日本は一国で国を守れないからだ
だから日本は中国包囲網に参加するのか得策だとなる
ただロシアとは連合しにくい、インドとかは連合できる
欧米側につけば背後から援助はされる、日本でも孤立したら中国に進攻されて今度は中国の属国になる

この国際関係の政治も難題である、日本人はアメリカに守られてきたからアメリカ頼りになっていたからである、そのために戦後は経済に力をそそぐことができて高度成長が生まれた、国際関係で漁夫の利も得ていたのである
朝鮮戦争では戦争に参加しないで特需となった、ベトナム戦争でも参加しないで特需とはいかないでもアメリカに物資を供給して経済的には得したとなる
今の国際関係は米ソの冷戦でもない、巨大化する膨張する中国が大問題なのである
それにどう対抗してゆくのか?それが問われる
ただアメリカも衰退している、かつての経済力もない、内部では超格差社会である
そういう国は国力も維持できない、戦争するにしても国のためというより超金持ちのために命をかけて戦うのかとなるからだ
それでローマ帝国は中産階級が没落した結果没落したとされるのもわかる

国を守るのは国力を作るのは一部の富裕層でもない、中産階級が国の母胎となる
一部富裕層がいたとしても中産階級が没落するとき国力は弱体化する
日本もまた格差社会になり中産階級が没落すると同じようになる
そういう兆候が見られる、それより中国でも共産党一党独裁で富を独占すると命をかけた戦争ができるとは思えない、つまり格差社会はそれだけ国力を低下させる原因なのである国の一体感をなくすのである
だから中国でもアメリカでも日本でも格差社会となるとき日本のために戦うということができるのか?

とにかく国際情勢でも変化の時である、それが深刻になれば戦争になり日本が確実にまきこまれて悲惨なものになる、大国の狭間でシリアのようになったりした悲惨である
なぜなら太平洋戦争の時、ソ連とアメリカによって二つに分断される、支配されることになっていたからだ、ドイツのように分断されて支配されることが予定されていたからである、それだけはさけねばならないとなる
ただ日本はそういうとき一億総火の玉とかなる国である
ただそうした気迫が今はない、それは平和の時代が長かったからである   

平和になれているしアメリカの属国ともなり平和に甘んじる時間が長すぎたからである
戦後70年そうだった、平和の時代を享受したのである
それがここにきていろいろなことで崩れてきた、明治維新とか戦後の焼野原とか何かそういう大変化が起きる、ただそれでも未来はどういうふうに展開するかよめないのである
ただ正直そういう危険な時代に生きたくはないとなる
もう老人は最後の年月はそんな戦争につきこまれたくない、最後に平和を培う仕事をして終わりたいとなる
でもこれから生きる人は若い世代は厳しい時代を生きることになる
そうした大変化の時代に耐えられるのかとなる

そうはいってもなぜアメリカ大統領が70代でありその対立候補も80近いのには驚く
そんな年で厳しい政治の矢面にたてるのかとなる、日本の菅首相も69才とかである
だから高齢化で年齢の感覚が違ってきたのである
70代でも髪が黒くてとてもその人は同じ年に見えない、普通だったらおじいさんなのである、でもとてもおじいさんには見えない、個人差があるにしてももう70代でも十分に若いというのに驚く、そういう時代になったということもある
人生百年時代となれば別に70代でも一線で働けるとはなる
政治の世界でも経験がものいうということがあるからだ
ただ学問とか芸術の分野だと年とっても成就したものとなり年は別に影響しないことがある、ただ政治の場になるとこれは体力もないと勤まらない、阿部首相も体がついていけずやめたういことでもわかる

まず未来はいろいろ言ってもよめない、コロナウィルスのように意外なものが現れて世界が変わる、そして誰一人としてコロナウィルスを予測した人はいなかったからだ
すると全く予想しないものとして国際関係でも経済でも政治でも何でも変わる
予測できないからこそ未来に対処できないのである
津浪でも原発事故でもそうだった、津波は実際は予測できた、でも過去に起きた津波を忘れて対策もしていなかった、結果として大被害となったのである
ただ世界情勢とかさまざまなものがからんでくると未来は予測できない
意外なものとして未来はありそれで人間の限界があるとなる
つまり未来は神のみぞ知るになっているからである


posted by 老鶯 at 19:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

人生も歴史も無念を語る (すべての人が無念で終わるー死があるから)


人生も歴史も無念を語る

(すべての人が無念で終わるー死があるから)

歴史とは何なのだろうと思う、人間の罪の歴史だという人もいる、戦争の歴史だからそうともなる、ただわかりやすいのは歴史は無念の歴史であり無念の集積の歴史である
その無念が怨念ともなる、権力闘争に敗れたり戦争で殺された人が無数にいるからだ
それで日本がの神社は怨念を恐れて祟りを恐れて祀ったというのもわかる
それだけ非業の死とか無念に死んだ人が多いのである
日本だって太平洋戦争で三百万人死んだとかある、それら無念の死であるから靖国神社がある、やすらかに眠ってくださいとなり神社があるからだ
無念を怨念を鎮める神社だともなるからだ

無念という時第一すべての人間は無念に終る、無念というときいろいろある、貧乏で苦しんで無念に死ぬというのが継続してある
また病気とか不慮の事故とかで死ぬのは今でもある、身内でも40才で交通事故で死んだそして病気で死ぬ人も無念になる、特に若い人が死ぬのは無念である
戦前までは肺結核で若くして死んだからそういう人たちは無念を残して死んだのである
母の実家には25歳で肺結核で死んだ人がいた、何かそれでキリスト教に入ったのかもしれない、啄木も肺結核で無念の死となった
いづれにしろ無念の死は数限りなくある

いづれにしろ人間はみんな無念で死ぬ、それはどんな人でもそうである、例えば大金持ちでも地位を得た人であれ美人であれ無念に死ぬ
それはなぜなのか?結局人間はすべて死ぬということにある
人間は誰一人として死からまねがれない、つまり死にたくないのである
すると死ぬことは無念だとなる、死に関しては平等である、どんな金持ちでも地位があっても死からまねがれないからだ、また誰でも男女でも老いる
すると美人でもしわくちゃのばあちゃんになる、それを見た時まるで別人になってしまう
とにかくみんな無念だとして死んでゆく、姉は死んだ「俺は優秀だった」と言って死んだ優秀だったことはわかるが認知症になってそのために馬鹿になったということでそれが悔しくて最後にそう言ったのかもしれない、ただ個々の人生をみればみんな無念に死ぬ
病気になるも無念であり人間には何かそうして無念にさせるものがいくらでもある
かなえられなものがいくらでもあり死んでゆく
私はこうしたかったああしたかったとか後悔して死んでゆく
まず老人になって後悔しない者はいないのである
どんな人生を送っても後悔しない人はいない、何か足りないものがある

後悔しない人生を送れといってもではみんなそうできるのか?
自分を社畜だとか奴隷だとか言っていやいや会社勤めしている人は老人になり後悔する
もっとやりたいことをやっているべきだったとかなる
別に自由に自分のように生きても後悔がある、社会性を身につけるために働くべきだったとなるしまた留学すべきだとかもっと海外旅行すべきだったとかある
特にヒマラヤは一回で終わったからもっと行くべきだった
なぜなら十回も行った人がいたからである
そんなに行けたのかというのが意外だったからである、それはトレッキングコースを行っていたのだから必ずしも登頂するとかではない、ヒマラヤは見るだけでいいともなる

人間の歴史自体数限りない無念の死で埋まっている、非業の死もいくらでもある
第一戦争では日本人だけではない、何千万人とか死んだとかなる
他にも権力闘争は必ずありカンボジアとかでも骸骨が積まれた記念館がある
それも非業の死だった、歴史はそうした人間の過ちの無念の記録だともなる
自然災害の死もある、津波で死んだ人たちも非業の死だとなるし原発事故の被災者も故郷に住めなくなったのだから故郷を離れて死ぬから無念だとなる

無念だというとき一番多いのは貧乏のために願いがかなえられないことが一番多いかもしれない、そもそも学校にすら行けない国もある、ネパールなどはボールペンとかすらないつまり文房具すら用意できないのだからどうして教育ができるのかとなる
世界ではまだそうした貧困な国がある
そういう場所では学校に行くことすらかなえられない、また裕福な国では学校嫌いになり行きたくないともなる、自分自身がそうだった、それは貧困な国になれば贅沢だとはなる私の父親はさしみが食いるようになったが病気で食いたくないとして死んだ
何か食べ物に関してもまともに食べらない無念があった
食べ物の恨みは怖いということにもなる

ただこうした様々な人間の無念も豊かになったり科学技術が発展して解消することがある肺結核は伝染病とわかりかからなくなったから肺結核で無念で死ぬ人はいない
他のウィルスでもワクチンができてかからなくなったから病気で無念で死ぬことはかなり減ったのである、教育でもゆきわたるようになったからそれで無念だということもない
様々なものが改善されて無念で終わることがなくなってはきた
でも人間はどんなことをしても無念で終わる
何か無念を残さないで死ぬ人はいないのである
何か無念だとして死んでゆく、動物さえ犬さえ最後は吠え続けて死んだ、それは最後の断末魔で死にたくない死にたくないと叫んで死んだように思う
つまり人間は死ぬから無念なのである

すると死ぬかぎり無念は解消しないのである、その死から解放するのが信仰になる
死ななくならない限りそれがありえないからだ、死ぬということはみんな無念だとなるからだ、死なない命を与えられない限り無念はなくならないのだ
永遠の命が与えられない限り人間の無念はなくならないのだ
確かにキリストは十字架で無念に死んだけど蘇ったのだからそれで無念は解消されたからだ
人間の無念は結局死ぬことにある、だからどんな人も無念に死ぬのである
いろいろ無念があっても死の問題を解消しないかぎり人間から無念はなくならいのである要するに神の国に行く他、無念を解消する方法はないのである
この世に生きることは結局誰でも死ぬから無念に終わるのである
この世でどんなに恵まれても死ぬときは無念になる
ありあまるほどの富を貯えても病気になって寝た切りになったらその富は何の役にもたたなくなる、ただ天井を見ているだけになる、これも無念だとなるからだ

ただこうした人間の無念が歴史だという時、その無念を知るべきだとなる
そして今の恵まれたことに感謝すべきだとはなる
先人の努力の積み重ねで様々な無念も解消してきたからである
歴史にはいろいろな見方がある、歴史の見方として後世に何をもたらしたかを見ることも大事になる、科学技術でも伝染病を治したということは病気で死ぬ無念をなくしたとなるからわかりやすい、また貧困をなくしたということもわかりやすい
これらが一番わかりやすい、他にも無念をなくしたことがある

自分に関しては家族に恵まれて自由に生きることができたから社畜なんだとかならなかった、ただそれでも後悔は残る、別に社畜だからとそれか全部マイナスにはならないからだ、まず引きこもりとかニートとか何か欠けるようになる
また結婚しないとか子供もたないとかも何か人間的に欠けた人となる
ただ正直あらゆることをすることは人間はできない、芸術家の8割が独身だったということがそれを証明している、何か家族をもったらそれに費やすエネルギーが膨大になり何か考えることもできなくなる、今家事を全部していただけで自分は感じたからである
家事は相当な労力であり疲れることを介護でも一人になっても知ったからである

2020年09月24日

函館の思い出ー矢車の花、フランス菊―啄木の歌にロシア人の墓


函館の思い出ー矢車の花、フランス菊―啄木の歌にロシア人の墓

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矢車の花は函館に合う花である、それは啄木が歌にしたからそうなった
でも何か函館はハイカラな街であり街全体がヨ−ロッパ風にもなっているエキゾシズムがある
やはりあの坂がいいのだろう、坂を上ったり下りたりして港がある、船がある
その風景は独特である、だから函館に魅せられて何回か行った

北海道には十回くらい行っている
北海道が外国人に人気があるのもわかる、やはり外国人でも魅力を感じる場所なのであるただ北海道のような風景は外国に多い、でも外国人は北海道に魅せられるから来ていたのである  


立待岬に浜百合咲き轟ける波の音かな啄木の墓 

外人墓地大きな岩にロシア人ここに埋もると鉄の十字架


函館の街の西の端にある「外国人墓地」は、日米和親条約が締結され(1854年)、半年後の開港が決まっていた函館の港を視察に訪れたペリー艦隊の一行の中の水兵2名が死亡し、彼らの埋葬場所として提供したことに端を発する。この一帯が正式に外国人墓地に定められたのは、米、英、デンマーク、ロシア、ポルトガルの在函五カ国領事が開拓長官に外国人墓地の永久保全を求める願書を提出し、それが認められた明治3(1870)年のことだ。

 1913年11月14日付『函新』は、函館税関では、漁期になると数千人のロシア人が往来するため、商船学校嘱託の露語教師浪江良平を講師に招き、税関職員に対して翌年3月までの4か月間、毎日午前11時から1時間、露語講習会を開くことになった、と報じている。

あの岩の墓はロシア人のものだった、千人も来たというのも驚きである
つまり函館が栄えていたとき相当の外国人が実際にここに来ていたのである
外国人を入れる窓口となっていた、それは横浜と同じだったのである

旅の問題はその時そこの歴史とかがわからないことである、後で調べたりするがなかなかわからない、30年前以上になると記憶も定かでなくなる
でもインタ−ネットができて記憶をたどりやくなった
この歴史を知ると知らないでは相当に印象が違ってくる
なぜデンマークとかポルトガルの人までここに来ていたのか?これもやはりそれだけ函館がその当時国際的な港だったことを証明している

これは前にも書いたがここで付け足してまた書き直す必要がある
旅は旅する前と旅している時、旅をふりかえることがある
ただこの旅をふりかえることがむずかしい、忘れるからである
30年過ぎて思い出すとなるとむずかしくなるからだ

ただ立待岬に啄木の墓があり崖に浪の音がとどろく、それがふさわしい場所だったとなるなぜなら啄木の一生は苛烈であり27歳で死んだからである
それで立待岬に波が打ち付けてその墓にも轟いているとなる
啄木も明治という時代が生んだ天才だった、明治は日本がにとって特別な時代だったのである、その後は何か大正でも昭和でも戦前は日本は領土でも拡張するのだが時代としては暗く感じる、それは戦争で負けたからそうなったのである
明治時代は日露戦争にも勝っていたから高揚した時代、日本の夜明けの時代だったのである、ただ日露戦争で奢りとなって太平洋戦争では負けたともなる

結局人間は時代の子である、これをまねがれえようがない、時代時代を生きるのが人間である、ここで運不運も生れる、戦後だと団塊の世代は高度成長時代を生き氷河期世代は非正規となり恵まれない時代を生きざるをえなかったとかある
これからも時代に運不運がありそれは逃れようがないのである
戦争では才能ある有為な生年もえなく戦場の露と消えたからである

とにかく函館には矢車の花があっている、また北海道にいろいろな花が咲いている
高山植物も平地に咲いている、ハクサンチドリが宗谷岬にも咲いていたからである
高山地帯に咲く花が平地に咲いているのが特徴である
北海道は電車でも行ったし自転車でも行ったから思い出の地だとなる

posted by 老鶯 at 21:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 北海道(俳句-短歌-詩)

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abstract flower-vegetable flower  

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vegetable flower  




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花だけでは栄養にならない、野菜が人間には必要
花だけを見ては生活できない
そこで野菜の花もある
花に野菜の栄養分がある


Vegetables are necessary for humans, not just flowers
You can't live by looking at flowers alone
There are also vegetable flowers
Flowers have vegetable nutrients

2020年09月23日

読書の方法はまず記憶させること (場所を変えて何度も読むーページを飛ばして読んでもいい)


 読書の方法はまず記憶させること

 (場所を変えて何度も読むーページを飛ばして読んでもいい)



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寝る時に本を置いて何回も目を通す、部分的にでもぱらぱらとめくり読む
すると頭に記憶されやすい



どうしたら読書で本を読んでそれが効果的になるるのか?
本は私立図書館ができるくらい集めた、特にアマゾンで古本の安いのを集めた
でも何か積読になり読んだで印をつけていても読んだことを忘れている
ここを読んだのかという記憶もないのである
だから本を読むより本を集める蒐集家になっていた
そうなると本を読んでいるのではない、まるで古本屋のようになっている
書店とか古本屋では売る人は内容まで良く知らないからである

でも読書してその本の内容を理解すること自体が相当に努力が必要になる
またその方法もある、それは寝る時、二階の寝室で必ず本を読み目を通す
それも同じ本なのである、そこでその本を何回も寝るときに目を通して読んでいたらそれが頭に記憶されることがわかった
ただ全部を読むというのではない、その一部分でも読む、眼を通す、何かそうしているとその本の内容のことが頭に記憶されてくる

それは食べ物でも何かゆっくりと食べてその味を覚える、味わうというのに似ている
うまいものだったら何度も食べたい、そしてその味を深く味わうとなる
本はやはり作者の苦労した知識がつめこまれている、それは一生をかけた知識がまとめられている、すると読む方でもすぐには理解できない、ただ何回もそうして読んで目を通していると頭に記憶されて理解するようになり今度はその本についての感想を書き自らの文脈にとりいれるのである

だから知的仕事というのは大きな家が必要なのである、狭いワンルームも必要でもまた気分転換になる部屋だ必要になる、何か知的仕事をするとき家族でも邪魔になることがある第一家族がいると子供でも妻でも集中することができなくなるからだ
部屋の中でわたわたしたり妻でも気をつかうとしたら知的な仕事はしにくい
集中しにくいからである
私は結婚もしないし家族はいても別に干渉されることもなく自分の部屋があり引きこもって知的な仕事をしていたとなる
瞑想もしていた、この瞑想だって家族がいるとしにくくなるだろう
それで何か後世に作品として残したりした人は芸術家などでも独身が8割だったということが納得がいく、それだけ作品作りに集中しないとできないためである
ただそういうことがわかっていて助ける人が妻でもいれば別である
でも子育てとかありそうなると家で知的仕事に集中できないということがある

ともかく知的仕事には私立図書館になるくらいの本を装備してゆく必要がある
たとえ読まなくても必要なのである、必ず文書を書くとき引用したり必要になるからだ
そして何か自分の探求しているものを新たに発見する
白鳥省吾の詩は津浪とか原発事故とか大災難を経験したので自分にとってもこの辺の人にとってもぴったりの詩だったのである
でもそれは忘れていたし覚えていなかった
ただ寝室でそれを手にぱらぱらきランダムに読んでいて発見したのである
このように本は何かその人なりのものを追及している時、ぴったりなものが発見することがある
だから私は詩集でもある程度集めていたのである、それが役にたったとなる

本を読むことは本を読んだままにしては活きてこない、自分なりの説を展開する時の補強となるとき活きてくる、それぞれが探求して追及しているものがありその過程で補強するものとして活きるのである
ただ正直本は読むのではない、他者の説とか文脈の中に圧倒されて自分の説とか見解でも消失してしまう危険がある、やはり強力自説を展開する人ならそうはならないのである
でも何か本は内容があるとのみこまれてしまうのである
そしてただその本の著作者のコピーのようになる
そうなると読書が有効なのかどうかわからない、ただコピーしているだけになるからだ

それでインタ−ネットだと本の感想をでも気軽に書けるから書いてみる
すると何かただ一方的に読まされるだけではない、そこで自説を展開して協同作業のようになる、別にインタ−ネットでは気軽に他人の意見でも参考にできるから協同作業がしやすいのである
ともかく知識が膨大であり理解するのはわずかである、本は今いくらでも買える
別に書店がなくても買える、図書館に行かなくて本は買って読める
でも本を読むだけで終わったら読んだことにならない、その本を読んで自説を展開することが本を読むことなのである
なぜならどんな天才でも偉人でもキリストでもシャカでも先人が師がいて教えを説いたからである、キリストは聖書を読んでいたときそこに予言者がいてそれを学んだ
シャカもヒンズー教がありそこから学んだ、常に先人があって学んでいるのである
どこのく世界でも先人はいる、仕事するにしても必ず先人がいてそれで教えられて学んでいるのである、だから職人でも師弟関係ができるのである

いづれにしろ一冊の本を理解することは相当な努力が必要になる、そのコツは定期的に寝る時でもいいから何度も目を通す、それも全部ではない、一部でも理解する部分を目を通して頭に記憶させることが大事なのである
それで家が大きくて部屋がいくつかあるのがいいとなる
知的な仕事は才能があるにしても環境が大事だとなる
高校まで自分の家には一冊の本もなかった、子供の時は漫画だけを借りて読んでいた
子供部屋おじさんが話題になるがそもそも団塊の世代で子供部屋をもっていた人はまれだろう、ほとんどいなかったろう、そうなると自分の好きなことを探求できないともなっていた

私の場合は大学を出てから家で引きこもったとしてもそこで知的探求する場が与えられていた、それは大学の時大きな新しい家を建てたからそうなった
だからそこで知的探求する場が与えられていた、ただ本は田舎で買えなかったことは相当なハンディだった、仙台市に行かないと専門の本はなかったからだ
今ならアマゾンでも何でもいくらでも買える、この差は大きかった
本が読めないとしたら知的探求は不可能だからである
才能は確かに生まれつきがあるとしても何らか本を読むにしてもこのように努力しないと理解もできないのである 

そういう繰り返しが反復して理解するようになる
特に記憶することが先にあり記憶として定着させるために寝る時に本に何度も目を通すのである、するとそれが頭に記憶として定着する
この記憶するということが大事なのである、なぜならすぐに人間は忘れるからである
でも毎日そうして本を何度も全部ではなくても読んで目を通していると記憶される
すると記憶したことによって自説を展開する時、その記憶したものか活きてくるのであるつまり頭の中で構築されやすくなるのである
この方法は試ししてみるといい、ただ広い家がないとしにくいことはある
でも寝室で何冊か本を置いてランダムでもいいから読み記憶させることはいい方法なことを発見した

戦後の焼け野原ー広島、長崎原爆ー原発事故復興 (東京の焼野原を経験した白鳥省吾の詩から)


戦後の焼け野原ー広島、長崎原爆ー原発事故復興 

(東京の焼野原を経験した白鳥省吾の詩から)

歴史では大きな惨禍があった、やはり最大の惨禍は戦争だった
戦争でぱ300万人が死んだからだ、そして最大の悲劇は広島、長崎の原爆だった
これは人類的悲劇としての惨禍だった、その罪は人類的罪であり消えることがない

ただ今回の福島原発事故もチェルノブエリの惨禍に継ぐものであり人類的惨禍として記録される場所になった
でも広島と長崎の原爆との相違がある、不思議なのは広島では原爆で十万人死んだとされる、一瞬にして灰塵に帰した様はこの世とは思えない悪夢だった
だから福島原発事故とは比べることもできない悲惨なものとしてあった
福島原発事故では関連死とかあってもそれほどでもなかった、津波の方が死者が多かったから死者からみればそんなに被害に見えない
だから外からは誰も死んでいないとかされて深刻に見えないのである
たた被害の状況が違っていたのである

何か広島原爆でも長崎原爆でも瞬間的放射線の被害だった、そこにはもう草木も生えないとされて絶望した、でも意外と復興が早かったのである
それはどうしてだったのか?それは原爆でも瞬間的なものであり放射線の被害もそれほど強いものではなかったからだったともされる
ただ瞬間的に壊滅的被害でありその悲惨な状態は地獄そのものだった
だから被害が少ないとかではない、被害の状態が違っていたのである

それはどちらも都会の被害だった、都市が一瞬にして壊滅した、でもなぜ思った以上早く回復して復興したのか?戦後の焼野原でもそうである


被爆時に約35万人だった広島市の人口は一時14万人を割り込んだが、8カ月後の46年4月に17万1000人まで回復した。原爆で半壊・半焼以上の家屋は9割に達し、住宅建設は重要課題だった。  

当時から広島県の基幹産業は製造業でした。 しかし、原爆により大きな被害を受けたのは爆心地に近い住宅地に混在していた中小・零細工場でした。
それらの中小・零細工場は事業継続・事業再開ができず、中小・零細工場の数は激減しています。

例えば、爆心地から約5.5km離れた三菱重工業の工場は、被爆の翌日から生産が再開されたとのことです。

このように、あれだけの被害を受けながらも、市内周辺部の主要工場は早い段階で生産再開ができたことが、広島の経済再建が早く進んだ一つの要因だったようです。

広島県は労働者の内、工場での職工の比率が全国平均よりも高い域でした。

実は原爆により14万人の方が亡くなったものの、工場労 働者は大幅に減少することがなかったようです。

外部からも労働者の流入があったようです。 (これが工場労働者数が減らなかった原因かもしれません。)

鉄道も復旧が進めれ、原爆投下3日後には被害の少なかった地域の電車の運行が再開されています。お金の無かった人には運賃を取らず運行したという話もあったそうです。
昭和25年6月には朝鮮戦争が勃発したことで、自動車や缶詰の生産が増え、特需がありました。

また、昭和27年4月に新造船が解禁になり、広島県内に集積していた造船業が活性化しました


鉄道も復旧が進めれ、原爆投下3日後には被害の少なかった地域の電車の運行が再開されています

これも驚きである、なぜならここでは常磐線が開通するのに10年近くかかったからである、それが三日で回復したとなるからだ、その相違も大きい
そして労働者が流入してきた、それは工場がそれほど被害がなく働く場所があったからである

これと比べると福島原発では都会ではなく工業地帯ではなく田舎で起きたことで違っていた、まわりは田畑であり農業地帯である、すると放射性物質に汚染されたときそうした田畑とか山林とか海の漁業資源が汚染されたことが違っていた
だから飯館村では田畑は草ぼうぼうの荒地になって荒廃したが工場がありそこで勤めは継続されて住んでいる人がいたのである
田畑だけだったと勤め先もなくなるから住めないとなっていた
何かこの辺が大きな相違だった、かえって放射線の被害はチェルノブェリでもわかるように住んでいた場所に住めなくなることがあった

でも原爆の場合は一時的に10万人死んでも回復が早かったのはかえって都会でありその生活は工業で成り立っていたから仕事も継続されたし他から工場があるから労働者が入ってきたのである
ここでは農村地帯でありまず土と水が汚染されたら第一次産業の農業と林業とか漁業はできなくなった、この相違が大きいのである
第一次産業は生態系に依存していたからである
ただ農業とか漁業とか林業は衰退産業になっていてそれで跡継ぎがいないともう金にならないからやめたいしかなかった
だから漁業関係者になると東電に漁業権を売ったり何か金になれば農家でも土地を売りたいとかしかなかったのである
こうした相違がその後の復興に大きく影響した

でも電車が三日後に回復したということが信じられないとなる
その復興のスピードは早かったのである、また朝鮮特需があることで工場が活気をとりもどして戦後に働く場を回復して労働者を吸収した
一方で工業地帯でないところは引揚者は開墾に入った、この方が過酷だった
なぜなら半分は撤退したからである

いづれにしろ原爆の被害とか焼野原になった戦後の復興がなぜできたのか?
それはこうして状況が違っていてそうなった
かえって今回の福島原発事故の回復ができないのはそき当時の時代環境が違っていてそうなった、放射性物質の汚染というとき一番農業とか林業とか漁業に影響したのである
そして水とか土を汚染されたら住めなくなったのである
では広島とかではなぜそうならなかったのか?
それは意外と一瞬に恐ろしい壊滅状態になっても放射性物質の被害はそれほどでなかったのである、それは土が汚染されたら農業ができないとなっていたが工業地帯であり仕事は継続して復興したとなるからだ
だからもしかしたら原発は都会の近くに作っていたらそれほど被害がなかったかもしれない、それで東京に原発を作れというのは正論だったのである
田畑もないし農業とか漁業とか林業はほとんどないからである
ただ江戸時代だったら回りから食糧でも供給されていたから生活できなくなっていた
でも工業時代になると外から食料が入ってくるから別に仕事はあり生活できたともなる

とにかくなぜ戦後の焼野原から日本が復興したのか、それは様々な条件があり幸運があり時代の影響によってそうなった、朝鮮特需というのも日本の工業を回復させたことで大きかった、戦後は日本は幸運だったのである
ただその幸運も長続きはしない、まず幸運は長続きしない、必ず不運がやってくる
今はコロナウィルスであれ経済の衰退であり不運が重なっているのだ
だから戦後の焼野原のような状態にもなる、大失業時代にもなる
そこからの回復はどうなるかというと見えてこない
戦後の焼野原でも原爆でも広島ではすぐ電車も走り工場は稼働して労働者が集まり先が明るいものとして見えていたのである
10万人も悲惨に死んでもう回復できない、草木も生えないと見ていても実際はすぐに回復していたことがあった、それがふりかえると理解できなくなっている

なぜ戦後の焼野原になり大量の引揚者が帰ってきた職もなく開墾に入った
そんなときどうして子供が大量に生まれ団塊の世代が形成されたのかとなる
今ならまず食べるものがないということはない、その時は食べるものがなかったのであるその時貧乏でも子供の数が多いし何か活気があったということも不思議である
子供が多いということは貧乏でも活気が生まれるということがあった
今のように老人ばかり多いとどうしても活気がないのである、未来もないとまでなる
なぜなら老人は過去に生きるものであり子供と若者は未来に生きるから根本的に生きる態度が違ってくるからである

原発事故の復興を考えてきた、その参考になるのが次の詩である

日本の中心として都市の壮観を示した東京も
思わざる震災に焼けただれ
今は茫々たる焼野原

ああしかし
崩れたるニコライの
その台座に据えられる者は
形なき呪いの神でなくして
灰塵の中から新しく生まれるくる力の
祝祭の神であらねばならなぬ
(灰塵の中からー白鳥省吾)

駿河台に立つニコライ堂は当時の東京の名所であり象徴的建築だったからこういう詩が生まれた
これはこの辺の復興とも関係している、もうその焼野原にうちのめされて絶望する
また呪いともなる、それは津波の被害でも同じである、ただただ呪いとなっている
東電を呪い、国を呪い、また自然でも呪うとなったのがこの辺である
てもそのようにただ嘆くだけでも呪うだけでも復興はありえないのである
かえってその灰塵の中から原爆の被害地ですら希望が生れていた

だからその希望を作れるのかとなる、それが建物だけは立派になり復興した
大熊町とかでも立派な役所ができた、双葉では立派な駅ができた
飯館村では50億円かけて立派な校舎を5人の生徒のために建てた
それが復興となるのか?
回りは人は住んでいないし廃墟の街、ゴーストタウンになっている、草ぼうぼうの荒地と化している

要するに建物だけは作れても仏作って魂入らずとなっている、人が住んでいないのだからただ建物だけか立派でも復興はしていなのである
そしてただ呪いだけがある、不満だけがあり延々と被害者であり補償をしてくれ金をくれしかなくなった、それを否定はできない
でもこの詩のように何かそういう状態でも呪いだけではなく何か新しい希望が生まれないと作れないと復興はないということである
ただその時代がありかえってこの辺は復興がむずかしくなっている
意外と戦後の焼野原でもふりかえると広島ですら三日後に電車が走り工場は回復してかえって労働者が流入して活気が生まれていたのである

ここではみんな故郷から離れてゆく残されたのは老人だけなのである
人が復興をになうとしたとき肝心の人がいない、ただ建物だけが立派に復興しても肝心の人が町にも村にもない、子供もいない、そこに復興があるのかとなる
そしてここは永遠に呪いの場として記録されるだけともなるのか?
それは大きな問題である、でも現実は復興はここにないことは確かである
それは時代の影響もありこの土地だけの問題ではない、コロナウィルスでもそうなように日本自体が大きな変革が求められている
それで戦後の焼野原から回復したのはなぜなのかということが参考になる
経営者はゼロベースが始めろというとき戦後の焼野原から復興したようにそうしろとなるつまり古いものを一掃して新しいものに作りかえる、社会自体を変えなければ復興はないとしている、だから戦後の焼野原から復興した日本をふりかえりそういう時代を参考ちするとなる                              

ただ新しい時代がどうして作られるのか?

これはその時々の条件が違うし簡単にはいかない、過去を参考にするにしてもまた違った状況になるからむずかしいのである
posted by 老鶯 at 10:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2020年09月22日

マスコミの印象操作にのせられる (連休の人出は京都くらいで他は増えていない)


マスコミの印象操作にのせられる

(連休の人出は京都くらいで他は増えていない)


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一月万冊

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宮崎と鳥取と京都と愛媛と神奈川で増えている
あとは10%-20%と減っている
つまり元にもどっていない、東京はもっと減っている
東京は警戒しているかことがわかる
なぜなら40%とか減っているからである
だからみんな警戒しないのかと見たがまだ警戒していたのである



ここのyoutubeで今回の連休の人出が増加して満員になっていると映像で見せた

するとテレビを見ている人はどう思うのか?

あんなに人が一気に出てきてコロナウィルスが増えなのか?それを自分自身も一番思ったただコロナウィルスがこれほど騒がれているのだからそんなに増えるのかという疑問だった、まだ用心してもいいとも見た
ある程度は観光と飲食で窮地にたたされているのだからしょうがないとも見ていた

でも一月万冊で詳しく分析していた、統計的に分析していた、その情報は官報で報告されていた、つまり前と比較して東京内でもまた地方でも20パーセントは減っている
元にはもどっていない、ただ京都だけは例外であり元のにぎわいになっていた
だからテレビを見る限りずいぶん増えた、何か感染者が増えないのかとと見る
つまりテレビの映像操作でそうなる、一部分をとりあげてそこだけをクローズアップするだからあたかも人が増えたと直感的にそう思う
その詳しい内容はテレビを見る人は検討しないからである

それで一月万冊というのも何かわからなかったがそれなり適格に現状を分析して指摘している、意外と最初youtubeはふざけているのかとも見た、でも真実をついているなと見方が変わった、マスコミはなぜ人が増えたとういことを示したいのか?
それは視聴率をとるためである、ただ人があまりでないとなると何も訴えるものがなく見ないからだという
確かに人があれだけ出ているのかとなればとにかくそのことを見てみんな自粛に疲れて
外に出るようになったのだと見る、でも東京内でも渋谷の交差点でも実際は増えていない20パーセント減っていて元に戻っていないのである
それは政府から統計で正確な数字がでているから間違えない、だからマスコミではある部分を誇張して報道する、それは放送局の意図があってそうしている
人は出ていますが前と比べるとまだ元にはもどっていません、20パーセントは減っていますとは報道はしないのである
そうなるとなんだ増えていないのかとなり注意して見ないともなる

とにかくテレビの問題は第一印象に訴えるメデアである、第一人でも顔が映る、するとまずその人が言うことより顔から第一印象から判断する
この人はこんな顔しているのかとなり顔を見るのである
でもプログだと顔が見えない文章だけだとなり文章から判断するのである
その相違も大きい、どうしても映像のインパクトが大きいからそれで判断する
イラク戦争でも油まみれの海鳥一羽を映しただけで強烈な印象操作があり世界中がイラクが悪い、フセインが悪いとなったからマスコミの影響は恐ろしいものである
それは油にまみれた海鳥は作られた映像だったのである
その周りは別に油に汚染されたわけでもなかったのである

テレビはマスコミは何か正確に事実を報道しない、事実より何か目をひくものを報道するインパクトのある映像を出して視聴率をとろうとする
ただそれはyoutubeでも行われている、何か人を恐れさせるとかのタイトルを常に出す、するとやはり人は怖くなり見るということがある
それが人間の心理である、安全ですよ何も心配ありませんよとなれば誰も見ないのであるだから視聴者にも問題がある
何か強烈な刺激を得るために見るということがあるからだ
そしていつもテレビを見ているわけではない、ほんの瞬間的に見て終わりだともなる
またその詳しい内容を検討する時間もないからしない
だからある程度暇がないとそういう検討ができないのである
だから瞬間的な映像の印象操作にひっかかりやすいのである

マスコミは事実だけを報道しない、マスコミの意図があって報道を編集しているのである日本中が観光客であふれ元にもどった、GO TO キャンペーンは大成功だったと政府に忖度した報道だともなる
でも実際は京都だけが成功したとなっていたのである
ただテレビの印象操作はわかりにくい、何が意図なのかわかりにくいのである
何度も取り上げるがNHKで原発事故の避難者が飯館村の人が相馬市に避難してトマト農家に雇われなかったと飯館村の人が語った時、瞬間的になぜそのトマト農家は雇わないのだ困っているのに雇わないのだと冷たい農家だと見ている人は怒るようになる
の理由は相馬市では津波で大きな被害を受けた、そのために津波の被害者を優先的に雇ったのである、それは人間として当然のことだったのである
別に冷たい農家でもない、でも視聴者は印象操作されてそう見ないのである
別に飯館村の人をどうこういうのではない、地元で公平に判断すればそうなる
その事情がわからないとテレビ局の意図通りに見ることになる
もともとNHKでは原発避難者側にたった報道をすると意図して決めていた
だから下の人は上の人が決めることですからと言っていた

とにかく今マスコミがインタ−ネットでyoutubeなども出てきて常に批判の対象にされるようになった、マスコミの報道が社会を歪めるからそれを是正しようとインタ−ネットで発言する、youtubeで気づいたことは簡単にテレビ局になれのだということである
プログなどはそうだがテレビ局に簡単になれるとは思わなかった
何か説明するのでもマスコミのテレビ局とたいして変わらない、政府の統計の数字を出して比較しているからわかりやすい、別にマスコミのテレビ局だけができると思っていたが一般の素人でもテレビ局になれるのたと見た
ただどうしても取材力がたりないのである、取材することは相当にむずかしい

マスコミ批判が噴出しているのは肝心なことを知らされないでそれが国民の命取りになる命まで失うということがあるからだ
それは福島原発事故でも肝心なことが報道されなかったからだ

東電の科学者が10数メートルの津波が来るから防波堤を作れ!

このように警告していたがそれも知っている人は地元ではほとんどいなかった
もしそれを大々的に報告していたからみんな津波が来るのかと警戒してそれが頭に入っていればすぐ避難した、でも相馬地域では津波は来ないと確信して逃げないで死んだ人がいたのである
それは肝心なことが報道されなかったからである、まず原発に関しては政府の隠蔽があり重大なことが知らされない、中に立ち入ることもできない
ただ全国でもそうだがマスコミは東電からまた電事連でも莫大な宣伝費が出されているから危険を報道しなかった、つまり本当は県民を国民を守るべきマスコミが宣伝費をもらうからと権力をもつものに忖度して報道しないのである
別に防波堤など作れたのである、今になって実際に作ったからである

それから漁業組合とか船主とか漁業権を東電に売り渡したことを何度も私は指摘してきたこれも一切報道されていない、これはやはり肝心なことだったから私は指摘した
なぜならもし漁業組合でも海が汚染されて魚がとれなくなると反対したら原発は建てられなかったからである、でも事故前も補償金をもらい原発御殿を建てていたかと後でわかった、ここも肝心なことでも報道しない、ただ事故前だったら報道はできない
漁業組合から抗議が来るからだ、それは他でも様々な利権団体がありそこから抗議が来るから報道できない、それで利権団体民主主義と私は批判した

ただ報道にしてもそこに住んでいる住民の民度が高くならない限り報道の質を高めることはできない、住民の命がかかわることがあり報道の役割りを住民も参加しないとできないただインタ−ネットとかでは別に金がかからない、手間はかかっても無料だから誰でもできる、ただ取材は簡単にできない、原発を取材させろといっても一個人はできない
権力がないとできない、それで政府では常に隠ぺいしている
書類でもすべて黒塗りにして隠蔽したからである
つまり必ず隠蔽があるのはやましいことがありそれを隠すためなのである
それは重大な事実も報道されないということになり住民でも国民でも被害を受けることになる、命を失うとか故郷に住めないとかなる
ただそれは住民でも国民でも民意が高くならないとそうなる
ただ利益になればいいとかなればとりかえしのつかない今回のようなことになる

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2020年09月21日

敬老の日ー長生きではその意味が問われる (ただ長生きしても価値も意味もない―新しい老人観が必要)


敬老の日ー長生きではその意味が問われる

(ただ長生きしても価値も意味もない―新しい老人観が必要)

高齢化社会になると百歳以上も増えてくる、これまでは百歳生きたとなると凄いなとそれだけで価値が認められていた
でもこの数が多くなるとまた見方が変わってくる、百歳など普通でありいくらでもいるとなれば価値がなくなる
だから今やそういう段階に来ている
パークゴルフをしている人が多い、この辺でも広いパークゴルフ場が作られた
そこは広いから見晴しもいいからそこに老人が集まる、社交場にもなる
それをとやかくは言わないしそういう場があってもいいとなる

ただなぜ高齢化社会になって老人どうのこうのといろいろ言われるのはそれが今までの老人と違ったものになっているからである
今までの老人は人生50年とか70年でもそれで老人がとやかく言われない
その生きた人生を語れば死んでいたからである
だから長い老人の生を問われない、60まで70まで生きた人生を問われるだけである
ただ百歳となると今での人生とは違う、100歳まで生きる価値と意味を見出す、また社会に提供しなければならなくなる
ただ健康に長生きすれば価値と意味が生まれるとはならない時代になった

でも一般的にそういう価値と意味を作れるのか?

これが問題になるが会社を退職したら何をしてそれができるのか?
趣味とかもありそれで意味と価値を見出すこともありうる
ただみんな趣味に向いているわけではない、それで私の家族の一人が公務員を退職してから何もしなくなった、何か仲間で貼り絵などしていたがそれは向いていなかった
看護婦だったから人の世話に向いていた、でも一切何かそういうことをしなくなった
家事すらしてくれる人がいたのでしない
毎日何かテレビを見ているとかであり何か合ったこともしていない
ただ毎日怠けていたとなる、怠け人間になったとなる
ただ一緒にいてそのことに私は気づいていなかった

それに気づいたのは認知症になったときなのである
それでなぜそんなふうになったのか?病気でもあるがその原因が55歳くらいで役所を退職してから何もすることもなくなっていた、家事もしない、何か頭を働かせることもしない体も働かせない、怠け者になったのである
でも85才まで生きた、でも55才で退職したら30年もそうして何かやりがいもなくただ怠けていたとなる
せめて家事でもしていれば良かったがする人があったのでしなかったのである
そのうちボケて来たのかとふりかえり思うようになった
それは病気にしろボケた原因が認知症になった原因がそのように生きがいもない、家で何もすることがない、家事もしないということにあったのかもしれない
家事はしてみれば結構頭使うからである、その他趣味もなかったから余計に頭を使はないそうして認知症になったのかとふりかえり見る

認知症の原因はわからないにしてもそういうふうに退職して何もしない、趣味もない、家事もしない、ただテレビを見ているとかなると認知症になりやすいかもしれない
それが30年もつづけば相当に影響する、つまり退職してからの生活に問題があったとなるまず会社を退職するとその人の役割りは消失する、地域とかで何かボランティアなどするにもできない、地域社会自体がもうないからである
すると家族しかなく、妻の後をついてゆくだけとかになる
それで妻からもうざいとなり嫌われる
ただそれが70くらいまでならなにやかにやあってもそんなに問題にならない
百才まで生きるとなるとそうはならないのである
私はこう生きたとか語っているうちに死んでしまうからである

でも百歳になると新たなその年月の価値と意味を発見して作り出さなければならなくなるそれがパークゴルフとかで作りだせるのか?仲間とそこで楽しみまた動くことで健康にはいい、でも外部から社会全体からみる、若い世代から見てもパークゴルフに費やされる人生をどうみるだろうか?
一日遊んでいていい身分だとかともみる、でもその老人たちを養う金を年金を払っているのは若い世代だとなりそういうことをしている老人を価値ある、意味ある人と認められるのか?
これが70歳くらいで死んだら何も言わない、何かそうして見ている時間がないうちに死んでしまうからである
百歳まで生きるとしたらそうは見ないのである
そこで何のために生きているのか、ただ人の迷惑のために生きている人もででくる
切れる老人とかいろいろな問題老人が社会を歪める
ただ自分にしても百歳まで生きることがイメージできないのである
あと10年くらいは生きるだろうとはなっているが百歳となると長すぎるのである

だから高齢化社会というのは今まで経験していないことであり模範になるものもない
またその価値と意味も作りだされていない、だから金銭面だけではない、何か精神的にもそこまで生きる価値と意味を作りださなけれ社会ではただ下の世代にとって重荷とされるだけになる
私の場合は認知症になっても介護したのは特別世話になったからである
60まで食事でも用意してくれたし好きなことをさせてくれた
だから介護になったとき自分はそれが苦しくても当然だと思うようになっていてできた
完全ではないにしろ懸命に介護したのである
それで最後にわかってくれて本当に今になると良かったと思う
それだけ世話になった恩返しを少しでもできたとふりかえるからである
正直これからは親孝行したいとき親はなしにはならない
親の介護は必ずありその恩でも返さなければならない、報いなければならない
それがまた高齢化社会でもある、諺は時代を越えて通用するものだがこれは通用しない
親孝行したいとき親はなしでなく親の世話を強いられるとなる

敬老の日というときそれは今までのとは違うものになっている
敬老というときただ長く生きたものを敬うべきだとしていた
でも今までは長く生きても短い、70くらいだとまだまだ元気な人が多い
全然老人に見えない人もいる、髪も黒くふさふさしているのに驚く
個人差があるにしてもなんかあの人が老人なのかと見えないのである
私と同じ年なのにそうなのである

要するに老人観が変わってしまったのである、今までの老人観は通用しない
これだけは確かである、それでいろいろと誤解があり若い人も老人をどう見るか戸惑うとなる、それは老人がまた多すぎるからこんなに老人ばかり必要ない、税金とられるのも嫌だというのもわかる
第一そんな老人ばかりで社会が成り立つのかともある
ということは今や老人は今までのように社会から隠居するかにはなれない
社会の一員として価値と意味をもたないとただ無駄なものとして早く死んでくれと言われるだけになる
百歳まで生きてどうなるのだとか見られる、何のために生きているのだとか言われる
だからパークゴルフしてそれが社会にとって何んの意味があるんだともなる
ただ老人はそんなことで何も思っていない、当然の権利だと思っている
若い世代は老人に尽くせとしか思わないともなる

ともかくこれだけ老人が多いということは老人は長い生きしたからといって百才まで生きても敬われたりしない、今までの敬老は通用しないのである
だから敬老の日も何か時代に合わなくなっている、それはただ長生きしたから敬うという前時代の観念なのである
ただ正直高齢化時代、人生百年時代の社会がどうあるべきかを社会自体で示されていないしまた老人でも作りだしていない、それは人生百年とかの時代を経験もしいないからである、だから新しい老人像とか老人観とかを作りださねばならない時代になったのである
金銭的問題も深刻だが精神的な問題としても問われているのである

何か自分にとっては長生きすることはいいことである、今までしてきた探求追求してきたことを作品化したりもっと学問的にも芸術的にも深められるからである
まず「少年老い易く学なりがたし」とかあり

芸術は長く人生は短し

ヒポクラテスが医術について言った言葉。医術を修めるには長い年月を要するが、人生は短いから勉学に励むべきである、がもとの意〕 

何かを究める時、時間がかかるのである、その時間がたりないからこういう言葉が生まれた、人間は本当に何するにしても時間が短すぎるのである
60くらいあっという間にすぎる、遊んでいても何もしなくても過ぎる
自分の場合はただ旅していただけで過ぎてしまったのである遊戯三昧で過ぎてしまったからだ、ただそれも無駄ではなかった、それで旅を思い出して今作品化しているのである

これから会社を退職してからでも百才まで生きるとしたら人生が二つあることになる
ということは儲けものだともなるがまた重荷にもなる
ただ確かなことはいろいろと理解することが多くなることは確かである
人間はつくづくいろいろなことを知らない、経験するにしてもわずかなことしかしていない知識も膨大でありわずかなことしか知りえない、だから常に学ぶ必要がある
知識を広めるまた深めることが必要になる、すると時間がかかるから百才まで生きることはそれができるからいいとなる
でも百才の人生を有意義に他者かも若い人からも認められて生きれる人はそんなにいるのかとなる、何もすることがなくボケる、認知症になるという人も増えて来る

平成29年度高齢者白書によると、2012年は認知症患者数が約460万人、高齢者人口の15%という割合だったものが2025年には5人に1人、20%が認知症になるという推計もあります。

これも恐ろしいことである、こんな社会がどうなるのか?まさに悪夢である
認知症の人を介護することは経験したからもう地獄になるからだ
私は二年半で終わったから助かったけどそれが長引いたら地獄になる
隣の原町で認知症の母親を殺した50代の男性がいた、こういうことは頻繁に起きて来るから高齢化社会の暗黒があり悪夢になる
なんらかこの認知症を治す方法があるのか?これはコロナウィルスより怖いともなる
これはなんとか治まるとして認知症は治まらないからだ
90以上になったら半分は認知症になる、その症状はさまざまでもやっかいな病気だからそれが介護負担となり家族まで崩壊するから怖いのである
自分自身がその家族崩壊を経験したからである  

こうなると敬老どころではなくなる、老人は殺せ始末しろとかまでなる
何でもいい面と悪い面がでてくる、ただ百歳人生というのはイメージできないのである
そういう社会は何か今までの老人観とか通念では理解できないものである
だから新しい老人観を高齢化社会の見本を作りださねばならないとなる
ただそういうふうに社会でも老人でも自覚していない、パークゴルフでもしていればいいとかくらいである、でも会社退職してからでは何かそうした人生百年には備えられない
精神的にもやはり若い時から備えねばならないともなる
会社員としての人生があったとしてももう一つ60から40年の人生があるとしてそれに備えねばならないともなる
ただ人間が老人になるとわかる、それはいくら長生きでも死ぬということである
死を常に感じる、すると今生きているということが本当に貴重だとなる
なぜなら明日はもうここにいない、また明日はもう人とも永遠に別れて二度と合わないという意識になるからだ、常に死を意識するから若い時とは全然違った感覚になるのである


原発事故の責任者は誰だったのか? (様々な団体組織の利権を求めると全体を歪める―漁業権の問題)


原発事故の責任者は誰だったのか?

(様々な団体組織の利権を求めると全体を歪める―漁業権の問題)

人間はどうしても日々利益を求めて生活している、その利益の集合体が団体組織になる
集団組織になった時、それが全体から見ると全体を歪めるものとなる
権利と利権は違っている、権利とは権理だったのだから何かしら理由があって権利を得ていたのである

それで原発事故で漁業権のことを追及してきた
これは何かわかりやすいかったからである
でも事故前は近くの人は知っていても他の人は知らなかった
つまり漁業権は別に自治体でもそこに住んでいる人でも関係なかった
だから他の人が何も言えない権利だったのである
だから勝手に暴力団が魚をとったりしたら漁業組合では犯罪として警察に訴えることができた

でも何か事故後はなぜ漁業権を東電に売り渡すことができたの?
それが疑問になった、なぜならなぜ漁業権を持ちえたのか?
その理由は資源の保護とかのためであり東電に売り渡す権利ではなかったからだ
ただ魚をとる権利は漁業組合にだけあるとなっていたのである
それは何かそういうことはある、何か邪魔になることがあり一般の人は港などでは釣りをするなとなる
そういうことは理解できる

でもなぜ漁業権を東電に売り渡して手厚い補償を事故前も事故後も受けていたのか?
事故後なら事故を起こして海を汚したなら補償を受ける権利がある
でも事故前も手厚い補償を受けていて周りの人は原発御殿だとしてうらやましがっていたのである
だからトリチウムを流すなとか東電に要求すること自体が今になるとそんなことができるのか?
なぜなら事故前でも手厚い補償を受けていたのだから金をもらっていたのだからその責任がある
だから利権というときみんな金をもらえることはいいことだとして利権団体化する
団体となり交渉して利権を得ればいいとしかなくなる

だから今になると魚を放射性物質で海が汚されて魚がとれないなどと騒いでいるが
もうそういう権利を東電に売り渡したのだからそんな権利があるのかとなる
ただまた東電とそうして組合が交渉すれば補償金をもらえるからだとなってしまう
現実に船主などは津波であれ被害にあってもいち早く立派な家を建てた

魚がとれなくても補償金で暮らせる

こうなっていたからである、今でも別に魚がとれなくても生活には困らないのである
ただ漁師が原発事故で自分はなんのためにここにいるのだろうと問う人がいた
もともと魚をとることで価値があり認められていたのだからそうなった
東電から補償金だけで生活できるとなると東電の社員だとなってしまっていたのである

だからこれはどうしてこうなったのか?
つまり権利が利権となっていたかとにあった、組合を作りそこで団体組織化して利権化してとにかく東電であれ自分たちの利益を計るために交渉する
俺たちの海であり俺たちが権利があるとなっていたのである
他の者は何の権利もないとなっていた、そこに権理ではない、権利がなにかしらrightがあり正しさがあり権利となっていた
魚の資源を守るとかあって権利を得ていたのである

そもそも海は誰の者なのか?

これ自体が問われた、海は漁業組合のものではなかった、それはみんななのものだった
ただそれを具体的な権利となれば自治体のものだったとなる
自治体に許可されて漁師が魚をとる権利を与えられていたとなる
もし漁業権を誰の者かとなると自治体のものとなるから漁業権を売るときは市議会とか町議会でも村議会でも検討して決めなければならないはずだった
でも漁業組合が漁業権を得た結果として漁業組合の責任が問われたのである

だからかえって漁業組合でも自治体で検討して決めれば漁業組合だけの責任ではない
自治体全員の責任だとなっていた、ただ漁業組合とか船主だけに手厚い補償はない
でも漁業権でも東電に売ったとしてもそれは自治体全員の責任だとなる
それで責められることなくなっていたのである
だから権利を要求するのはまさに権利だとしてもその理由を守ることが必須だとなる
漁業権は資源保護のために与えられていて東電に売り渡して利益をえるためには与えられていない、そこが間違ったのだと思う
今になって重い責任が問われていたことに気づいたともなる
それは回りの人もそうだったのである、東電の原発自体が余りにも簡単に自治体の許可もなく建てられたのである、地権者と県の許可とかでも建てられたことがどうしてなのかとなる、そのことについて議論さえされていなかったのである
ただ地元では景気が良くなるととか金になるとかしかなかったのである

でもこのことを批判してわかったことは他の組織団体もみんなこうして権理ではない、リーズンがない、ただ利権を求める団体になっている
そもそも官僚とか政治家とか国の機関自体が利権団体になる
官僚自体が利権の総元締めであり権力をもっているから利権団体になる
警察でもここは暴力装置だから誰も逆らえない利権団体とも化する
一種の暴力団にも変貌する、パチンコ業界に警察の官僚が天下りしたら東電には検察官系とか自衛隊の海上保安庁とかでも天下りしていたのである

要するに社会をみればわかる、あらゆるものが利権団体になる
宗教団体も利権団体にすぎない、だから創価でも神道団体でも仏教団体も利権団体であり宗教を名目にした利権団体にすぎない、宗教自体が利権を求めない
それはその創始者を見ればわかる、なぜ家もなく乞食に似たものでありそこに何か権力があったのかとなる
それでヨ−ロッパではカトリックが利権団体化したから政教分離になった、権力と分離させることになったのである
とにかく社会で利益を得ようとすると利権団体化する、一人では誰も相手にしない
それが10人でも集まれば利権団体となり利益を得ることができる
それでNPOでも10人集めないと認可されないのである
それも実際は利権団体である、なぜなら団体として認められれば国家からも自治体からも金が出るからである、一人には何もでない、だからこそ民主主義など一人は何の力にもならない、利権団体民主主義になっているだけである
それで必ずそうした利権団体に忖度するのである
一票しかないとしたら政治家は相手にしないのである  

マスコミでもテレビ局でも六局だけが許可されて独占していた
新聞でもマスコミでも利権団体でありその独占的利権を守る
そのために政府でも批判しないとなる、なぜなら新聞社に政府が忖度して10割の消費税を8割にしたとかあるからだ、つまり報道するのも利権団体がする
NHKは最も巨大な利権団体である、それで芸能人でもNHKには逆らえない、ギャラがもらえなくなるとかになりNHKが報道する権利を独り占めして多額の報酬を得ていたとなる
それに反発してもそこが巨大なるが故に批判はできなかった
でもインタ−ネットとかyoutubeで盛んに批判されるようになった
それはインタ−ネットとかyoutubeはテレビ局のような巨大な装置など必要ないからである、別に一人でも簡単にできるからそうなったのである
メデアが権力だというときまさにそうだった、メデアはただ媒介する機械ではない
メデアをもつということは権力を持つことだったのである

ただその利権団体民主主義が社会全体を歪めることが問題なのである
そうして権利を得たとしても漁業組合のように今になって責任を問われる
もし自治体で協議してその権利があったとしたら責任は自治体全員になるから責任は問われなかったのである
だから金は責任なのである、ただ金をもらえばいいとなっている
でも金をもらうとそれが責任になる
その責任を自覚しない、金さえもらえればいいとしかない、だからこそ原発は積極的に誘致されたのである、誰もこの辺では反対しなかったからである

とにかく社会にはあらゆるものが利権団体化するともうそれに逆らうことは不可能になる例えば事故前に漁業組合とか船主にお前たちはなんでそんなに金をもらっているのだ
なぜなのだと問う人があったら怖いことになった
漁師など荒っぽい人がいるから暴力沙汰にもなる、だから何か羨ましがっていても何も言えなかったのである
それは他の団体組織でもそうである、利権化した団体に何か言うことはできない
それで放送でも差別言葉だとかが問題になる
盲人団体がありめくらというなとかつんぼというなとか団体から言われるから言えない

でも利権団体民主主義を是正することは不可能に近い
誰が何百万人も信者がいる組織団体に逆らえるのか、十人でも団体組織化するとそれに逆らうことはむずかしくなる
ただNPOなどは小さければそれほどのものにはならない、でも実際の社会の組織団体は規模が大きいからもう逆らえないのである
ただそこで問題になるのは権理であり理なのである、リーズンなのでなしる
法律はめんどうだけどこの理をリーズンを追及しているのである
そこに公正さを求めているから民主主義には法というものが密接に結びついているとなるただそれがわかりにくいから法律のことなど普通は考えないのである

でも原発事故以後には否応なくそうしたことをみんな一般の庶民でも考えざるををえなくなったのである
だから漁師でもなぜ魚もとらないで私はここにいるのだろうと問うときまさに私は何をすべき者だったのかを自問するようになった、哲学するようにもなったとなる
いづれにしろ社会はこの利権団体によって歪められる、コロナウィルスでも医師会という利権団体が検査しなかった、検査させなかったとかも言われる
医師会とか薬剤関係でも強力な利権団体であり逆らうことはできない
でもなぜそういう権利が与えられているのかと問う人はいないしただ利益になればいいとかしかならない、すると原発事故のようなことが起こる
誰も逆らうことができない、そのままにしているとそうしした組織団体が権力を己が物にしてしまいみんなの害になってくる

それは宗教団体でも同じである、そういう団体組織に対抗できないことが問題なのである
政治家が力をもっているようでも現実の行政を予算でも握って動かしているのは官僚だとしている、ある官僚は政治家より力が強い、人事権ももっている
それで政治家の言い分とかは通じないとしている
官僚自体最も強力な利権団体であり省庁でもそれぞれに利権化して争っているというのもそうである
利権団体組織しろ理にかなった権理を求めているならいい、実際はただ利権を利益を求めるだけだから問題なのである
盲人の権利を求めるのはいい、でも社会に生きるにしても一般人のあって生活している
すると全部盲人のためとか障害者のために社会があるのではない
だから自ずと制限が課せられてもしょうがないとなる、でも団体組織化すると何でも訴えることでき社会に要求できるとなる

ただそうした利権団体でも何か抑える方法がないのである、そしてそうした利権団体組織は責任もとらない、マスコミでもフェクニュースを流したからと責任もとらない
組織団体はまた責任をとらない仕組みだともなる
なぜならそれだけの人数がいたとしたら誰の責任になるのか?
赤信号をみんなで渡ればこわくないとかなるのが現実である
つまり法律を破っても別に数が多ければそれが正義だともなるからだ
実際このことが一番怖いことになっていたのだ
なぜなら赤信号とは法律のことであり渡るなということでありそれをみんなの力で違反してもいいとなるからだ、みんなの力こそが第一であり法律は関係ないともなるからだ
数の力こそ正義だとすべてなってしまうのである、現実はそうなっているのだ
民主主義はただ数の多寡でで決められればそうなっいるし現実はなっいるのだ
その理を問われることがないからだ

民主主義がすべて数で決まる時そうなってしまう、そうしてナチスが生まれ社会はどん底におちいる、でも結局戦争で三百万人死んだとか原発事故で故郷に住めなくなったとか必ず責任はとらされるのだ
だからこそいくら巨大な団体組織に逆らえないとしてそのままにしていると国民自体が全員戦争のように責任をとらされる
そういう自覚が国民一人一人にできていないのである
ただ利権を得ればいいとか金になればいいとかしか考えないで行動していると必ず責任はとらされる、それが原発事故で判明したことだったのである

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2020年09月20日

虫の音(夜に相馬市まで行く)


虫の音(夜に相馬市まで行く)

山鳩の二羽来たりぬ実りかな

秋夕焼け六万石の城下町

秋柳田町通りの飲み屋かな

秋の灯や職人の家や城下町

虫の音の松にひびきて夜のふけぬ   


夜の道長きや虫の音聴ききにつつ我が帰り来ぬ相馬藩かな


今日は何か月かぶりで5時ころ相馬市に行った、何か暑いとかまた曇っているとか雨とかで行けなかった、やっと涼しくなったので夜に行った
月もでていないから情緒はなかった
でも夕方に秋夕焼けになり夜になり虫が鳴いている
街道の松並木の松は見えないが虫はその松に鳴いている
松は見えず沈黙しているが虫の音を聴いているのである

相馬市だと原町の倍の距離があるから長い、夜の道を虫の音を聴きつつ帰って来た
これが車だと虫の音も聞こえない、全く無視される
ただゴーンと飛ばして去ってゆくだけである
つまり車は自然にやさしくないしまた自然に溶け込まないのである
人間は自然と一体化するとき人間もまた自然の中で映える
たいがい鳥でも何でも自然の中に溶け込み映えているからだ
人間だけ自然と調和しないのである
相馬藩というとき一つの歴史的地理的国だとなる、その中を行き虫の音を聴くとなる
一匹一匹の虫の音を聴く、それはまた人間でもある
狭い範囲だったら虫の音も聞けるとなるからだ

山鳩が二羽くる、そこに今実りの穂がたれる、その時平和がある
鳩は平和の象徴だからである、だから原発の避難区域では田んぼが荒地になって実りがない、それが荒寥としたものを感じる

いづれにしろ相馬市は六万石の城下町である、だから何か目立ったものもない、城さえないが違っている
原町とは感覚的に全く違っているのである、ただそういうことは外から感じないと思う
どこが違うのかとなるからだ、何かそういうことがある
そこに住んでいないとそうしした相違がわからない  
田町通りの柳は大きいからいい、すると何か老人が飲み屋に集まり話しているとかイメージする、でもあそこは新しくなったから路地裏の飲み屋ととは違う雰囲気である
ただ秋柳というとそういうイメージになる

何気ないところにいいものを発見する、見慣れた風景が実は他にないものを感じる
それで真野川の落合橋のことを写真にしたりしてそこで語る人がいたことを昨日はプログに書いた
でもここに住んでいてあそこに何か特別なものがある、何か詩的なものでも美的なものでも感じるものがあるとは見ないだろう 

ただどこにでもある橋としか見ないだろう
とういのは自分自身が最近までこの橋に注目していなかったからだ
すでに老人になりその橋はいつも見ていて通っていたのにそうなのである
ただあそこで鮎が上ってきて見るようになったりしてあの橋は何かいい橋だなと見るようになったのである
だから人げは近くでも何か感じない、ありふれたものでありそんなものが特別だと見ないのである 
それで常に遠くに憧れて遠くに行く、でも近くは見逃しているのである
それは自分自身もそうだったからである

2020年09月19日

真野川の落合橋であった釣り好きで料理人だった人 (釣りする人が本当に多い)


真野川の落合橋であった釣り好きで料理人だった人

(釣りする人が本当に多い)

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真野川-落合橋

真野川の落合橋で何をしているのか川をみている人がいた、鮎の群れを見ていた
その人は相馬市から来た人であり新しい住宅に住んでいる
この辺では前は磯部の人とか知っていた、津波の被害者であり家なくなったのでこっちに建てた、とにかくだから知らない人が増えたのである

その人は近くの前ら住んでいる人を釣り仲間である、その人もかと知って驚いた
本当に釣りする人は多い、そんなにいるのかというくらいである
この前はシシドスーパーの復興団地に住んでいる人も何もすることがないので釣りをしている、遠くまで車で行っている、それで大きな平目カレーをもらったことがあった
これは大きいものだった、こんな大きなものが釣れるのか、これを引き上げるのは大変だと見た

私自身は釣りをしない、でも釣りをしている人は何か自然の中にひたっている感じになり時々サイクリングして話かける、釣りのことで話すると自然のことを知ることになる
私の父親は年取ってから仕事もせずに魚釣りしていた、鮎もとっていたし鰻もとっていたその頃の鮎は大きくうまかった、オカズになっていたのだ
戦後の何もない時代だからオカズになっていたのだ
鰻はミミズを棒に入れて田んぼの畦でとっていた、でもあまりついていって釣りに子供のころ興味がなかった、でも今ふりかえるとそうして鰻を釣るということは不思議である
今は鰻はとれないし鮎も見ないのである

ただ今回落合橋の下の流れに鮎の群れが大量に見えたし跳ねるから気持ちがいい
鮎がいると石の苔を食うから石がきれいになると言っていた
この鮎はここに産卵に来たとか言っていた、ここの流れはきれいである
去年の台風で流れが変わりそれで水がきれいになったともみる、鯉もここにいた
ただ新田川で鮎の稚魚を放したとかも言っていた、そうした鮎が今年はこんなに上ってきたのか?その理由がわからない、その人は川を観察して鮎は何匹かみかけていたという
ただこんなに多くの鮎が今年だけでありそれは一か月前くらいからなのだ
だからなぜこんなに鮎が上ってきたのか理由がわからない
放射性物質の汚染で川の魚は食べるなと言われていたしそれから専門の人が常時ここの水質とか生物とかを検査していた、だか最近は見ないのはどうなったのか?
10年もすぎればやはりもうそんなに気にしなくてもいいのかもしれない
ただ川の放射性物質の汚染がどうなったのかわからない

本当に釣りは奥深い、それは自然が奥深いからである、海とかを知るには魚釣りがいい
何でも魚を釣れないことも釣りだとしているのもわかる
何か釣りすることは自然に溶け込むことだからである
だから海で釣りする人と時々話したりする
一瞬魚が海ではねたのを見た時感動した、トビウオがはねたのは与那国島に行った時見たあの跳ね方は醍醐味がある、まさに飛ぶ魚である、でもここの海で魚をはねたのを見たのははじめてである、めったに魚がはねるのは見れない

人間は意外と田舎に住んでいても自然のことがわからない、第一田畑でも実際にそこにかかわらないとわからない、私が畑で野菜作りする女性を援助したのはもともと農業を知りたいということがあった、それで実際に聞いてそういうものかと知った
私が自然とかかわるというとき実際の農業とか漁業とか林業を労働でかかわっていない
それをしないのは疲れるからである、まず頭脳労働になると家事でもそうだけど他のことができなくなる、それで疲れて考えることすらできなくなるからだ
人間は何でもできるわけではない、こうして文章を書くだけ疲れると他のことができなくなる

ともかくいろいろな人の話を直接聞くことは知識を広げることである
ただみんながそういうふうに話をできない、小高の人のことを書いたがあの人は話しがうまかったのである、今日あった人も話ができる人である
とにかく魚屋でありプロの料理人だから魚の料理の仕方も知っている
その他の釣りしている人とは違う、料理人から直接話を聞いたことははじめてである
料理は自分てしてみると何か用意するだけで疲れる、それだけ何か様々なものを使うから化学の実験みたいになり何か疲れるのである、そのあとかだつげでも手間なのである

釣り道具屋がかならずありそれが商売になるのはそれだけ釣りを趣味にする人が本当に多い、海がある場所では特にそうなる
なんでも沖に船をだして釣りするのはいやだとその人は言った
なぜかというとここで釣れと決められるからだという、自由がなくなるからだという
つまり釣りする場所も自分で発見してゆくことがありそれが面白いとなる
そこで穴場を発見するということもある

いづれにしろ釣りは自然が相手だからただ釣りするだけではない、釣りしない時間でも釣りなのである、何も釣れなくても釣り自体が自然に溶け込むことなのである
私が釣りをしないのはそれが手間だし時間がかかるからである
私は自転車で移動するのが好きだからじっとしていられないのである
人間は何でもできない、写真でも最近いい写真を撮ろうとしてレンズも買った
でもこれもまたレンズが高いとかこったらきりがなくなると思った
人間そんなにいろいろなことはできない、ただ釣りは自然を知るにはいいのである
畑はめんどうてありかなりの労働になる、釣りは自然を楽しむという感覚になる
それほどの労働とは見えないからである

釣りをして哲学者になった人もいるということはそれだけ釣りは自然とコミットするものだからそうなった、結局暇な老人が増えた時、釣りする人はもともと多かったからさらに多くなったとみる、あの人もしているのかあの人も釣りしているのかと驚きである
パチンコしているよりはいいとなる
私自身は釣りはしないが釣りのことを魚のことをもっと知りたいとなると釣りのことを知ることはそうしした知識を深めることになる

鮎のことで忘れられないのは新潟県の小出で魚野川が前を流れていて大きな鮎が群れて泳いでいた、そこの食堂に入ったら大きな鮎の塩焼きを食べた、それも高くはなかった
その味がよかった、あとは鮎は子供の時に父親がとってきたのを食べたのを覚えている
でもその後は鮎は食べたこともない、それで久慈川に行った人に鮎を買ってきてもらったがうまくなかった、どうも養殖の鮎だったらしい
今はこの養殖の鮎が意外と多いのである、養殖だと大きくなるからだろう
でも鮎は養殖だと味がない、何か熊野で上流で鮎をやいたのを売っていた
それを食べたが本来の鮎の味はなかった、それも養殖だったからだ
なぜなら観光客だと相当な数を出すからそんなに天然の鮎だったら数がとれないから養殖なのである

次々に鮎の跳ねたり落合橋話のはずむ釣りのことかな

落合橋は落ち合うというようにあそこで話するのに向いている、前あそこで話したことがあった、その下の橋になると大きくなり水がきれいに流れていないのである
あそこは話しするのに向いていいなのである
あと土手の道の木陰の道も散歩する人がいて話しするのに向いている
自然の中で話しすると何か話しがはずむのである
その人はプロの料理人だからその方面の話を聞けば料理についても理解が深まる
あの人も結局暇な老人である、こうして暇な老人が増えたのである
そういう人が何しているかというと釣りしている人が本当に多いのである
また勤め人でも釣りを趣味にする人は本当に多いのである



時代が変わる時大失業になる (明治ー戦後ーそしてコロナウィルス)


時代が変わる時大失業になる

(明治ー戦後ーそしてコロナウィルス)   

時代が変わる時、大失業時代になる、明治には侍がなくなり失業した
するとその人たちを受け入れる職業が必要になる
侍は知識人でもあるから学校の教師になったとかある
また侍は武道にたけているから警官になる者も多かった
一番多かったのは北海道開拓に入ったことである
なぜなら伊達藩では亘理の侍は今の北海道の伊達町に集団で移住したからである
その時代に北海道はフロンティアになっていたのである
この変化も大きく北海道は日本のフロンティアとその後もなっていたがそれも過酷であり失敗した人も多いのである

ただなぜそうなったのか?その時代はもともと農業中心の社会であり農業が主産業だからそうなった、だから農業の問題は土地があることであり土地がないとできないので広大な土地を必要としたから北海道に移住したのである
それは満州でも同じだった、戦前も農業中心の社会だから土地を求めて移住した
満州は寒い土地でもそこで米作りまでしたのである
今はどこまでもトウモロコシ畑であり米作りには適していない土地である

そして戦前の主産業は絹織物であり養蚕でありそれも農業だったのである
だから桑畑はどこにでもあった、私の家の裏も桑畑だった
それで今の伊達市辺りで蒸気機関車ができると煙で桑がだめになるからと中止する運動も起きている
とにかく今でもいたるところに兜屋根の養蚕した家が残っている
どれだけ養蚕をしていたかである、それはなぜかというとアメリカに絹織物を輸出していたからである、私の母親は原町紡績で十年糸取りして働いていたという時もそうである
それは工業でもあったからそうなった、そこで生産されたものは横浜まで運ばれてアメリカに輸出されたのである、そして驚くべきは原町紡績の工場まで引き込み線が引かれていたのである、それは運ぶのは鉄道になっていたからである
車がない時代は輸送は鉄道がになっていた、それで原町は機関区になっていたのである

戦後になり焼け野原になりこの時も6,249,908人も引揚者が本土に帰ってきた
その人たちに職業はない、その人たちを受け入れたのは開拓だったのである
だから本当に戦後の引揚者が開いた部落がどこにでもある
この辺でも例えば浪江町の津島とかでもそうである、飯館村でも木戸木という不便な所でもそうである、それは戦後の引揚者が作った部落である
それでかえって山村でも人口が増えていたのである
ただこれも過酷であり半分は撤退した、これは大きな戦後の歴史だった

つまり時代が変わる時大失業時代が来る、産業の大きな変化がくる
それが明治に起こり戦後に起きた、戦後は電器産業に変わりそこで失業者を吸収した
そして高度成長時代になった、そしてまた70年とすぎてコロナウィルスとかで大失業時代になる、では今度はその失業者をどこで受け入れるのか?
耕作放棄地とか膨大である、でも農業時代ならその荒地でもまた回復しようとするが工業時代になるとそれもない、すると何が失業者を受け入れるのか?
それが深刻な問題になる、なぜならドイツでナチスが起きたのは大量の失業者が生まれたからである、職がないということは食べることもできないとなる
そこで兵士にして職をもたせて戦争するとまでなった、失業の怖さは戦争までなるということである

日本では電器産業でも衰退したという時どこで失業者を受け入れるのか?

それが大問題になる、銀行でも金融関係でも失業者が生まれる、それはIT化とか機械化でも生まれて来る、人がいらないという時代になり失業者が生まれる
おそらくもう新たな産業が生まれることはむずかしくなっているかもしれない
そうなると人口を削減するともなる、人口もやはり時代によって調整される
日本でも人口が減るということはそれだけの人口を養うものがないからともなる
もし新しい産業が生まれるとしたら戦後のように電器産業とかで吸収されるがそれも見つからないとすると人口を減らすほかないとなる
日本は人口の適正規模をすでに越えていて人口調整が必要になり人口が減っているともなる
ただ人口の不思議はなぜ戦後に食べ物すらないのに団塊の世代とかが子供を産んだのかとなる、もう今より最悪の条件である、食べるものもないのに良く子供を産んだとなるからである、今なら食べ物がないというまではならないだろう
だから人口というのは何か調整機能があり増えたり減らされたりする
それは地球規模で見ても今や人口は地球で養えない状態になっている
だから人口を減らすことがコロナウィルスで働いているのかともみる
となるとそれは自然の作用とかともみる、地球がもう限界にきて人間を減らしているともなる

いづれにしろ大失業時代になると相当な危険な状態になる、治安も悪化する
マルクスが生きた時代も失業者が多かった、それで資本主義の問題は失業が生まれることだとしてその理論を構築した、つまり失業がそれだけ危険なのは職を失ったら食べることすらできなくなるからだ、それで戦争でもしてくれとなる
兵士になれば食べられるとかなるからだ、戦争の原因はそうしたし経済的危機に起きる
日本でも戦争の原因はアメリカによに経済封鎖にもあったというのもそうである
経済的に追い詰められて戦争に追い込まれたともなる

ともかく大きな時代の変化の時である、その時起きるのが大量失業である
それに対応できないと戦争にもなる、その前に治安悪化する
その兆候は現れている、もう老人でも年金がもらえないとか非正規の数も一千万単位とで膨大でありその人たちが困窮すると日本は危険な状態になる、そうなりつつもありコロナウィルスで拍車をかけた
観光業とか飲食業が大打撃になった、観光は地方の産業にもなっていたからである
だから大量の失業者を吸収するものが何なのか?それを模索することになる
ただもうそれもないとしたら人口削減しかない、それで調整するために人口が減っているのかとなる
団塊の世代とか死ぬと人口は相当に減る、そして日本の人口適正規模は8000万くらいだろうとしている、大正時代には6000万くらいであり東京の人口は百万とかであり新潟より人口が少なかった、地方の人口が多かったのである
東京から人口が地方へ移動するというのも時代になる
ただ時代の変わり目には何が起きるかわからない、そこに混乱と犠牲が生まれる
その産みの苦しみを経て新しい時代が来るとなる、その変わり目が今なのである


posted by 老鶯 at 09:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年09月18日

松と倉のカフェー金沢の一番星の秋



松と倉のカフェー金沢の一番星の秋




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奥に蔵が見える

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揚羽が飛んでいる

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揚羽来て我が休めるや松と倉

松に倉季節変わりてうろこ雲


秋の蝉ここに鳴きにき我が命残れる時を惜しみて聞きぬ  


何か観光課の人が一番星の庭を撮影していた、観光課だから宣伝するためなのだろう
あそこは野馬追いにも出ているとすると古い農家である
だからあれだけの広い庭がある

あそこは入り口に松がありそれがいいのである
そして蔵がある、それで松倉となる、そういう苗字もある
一番星というのは似合わない、ここの特徴を現していないからである
命名にもセンスが必要だとなる
何かこれからの時代、センスが必要になる、観光だってそうである
何かを発見するセンスが必要である、花屋のことでもセンスが必要だと書いた

これからの時代は何か芸術的センスとかが必要になる、つまり確かに食べる料理も大事であり基本である、でも何かハードの時代からソフトの時代に移行している
建物でも頑丈に作るハードの技術が基礎になる
でも豊かな時代になると装飾にこるとか家具を選ぶとかなる

だから喫茶店とかでも景色のいい場所にあるといいのだ
ここは景色がいいというわけではないが広い庭と松があるから目印となる
ただ原町には海が見える場所に喫茶店があればいいなと思っていたが何か津波の危険があり建てられないとか言っていた
でも海が見える場所にあってもいいとなる

前はカレーでも1000円近くしていたが500円では安い、丼物も500円である
あういう所は普通は高くなる、場所代で高くなる
安くしたのはなぜか?やはり人が入らないからかもしれない
テイクアウトもしている、ただ三種類くらいしかない
あそこは近いから気軽によれる、息抜きにはいいとなる
相馬市はずっと行っていない、暑くて行けない、今日もむし暑かった
まだ残暑である
でも空にはうろこ雲が出たから秋でもある

写真でわかったことはとにかくいろんな角度から多角的にとってみることである
松と蔵が偶然に一緒に映っていた、まさに松倉だとなる



      


南相馬市の感染者が比較的多いのはなぜだろう (ウィルスは交通と人口に密接に関係)

   南相馬市の感染者が比較的多いのはなぜだろう 
  
  (ウィルスは交通と人口に密接に関係)

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南相馬市はいわき市より多い

 県は17日、新型コロナウイルスに感染して県内の感染症指定医療機関に入院していた70代男性2人が死亡したと発表した




南相馬市 60代 男性

南相馬市 50代 女性

浪江町 50代 男性

浪江町  60代 女性

南相馬市 30代 男性

南相馬市 60代 女性
   
南相馬市 10代 女性

南相馬市 40代 女性

南相馬市 30代 男性
  
浪江町 40代 男性

相馬市 60代 男性

南相馬市 20代 男性

南相馬市 60代 男性

南相馬市 80代 女性

南相馬市 60代 女性

相双   50代 男性

南相馬市 30代 女性

南相馬市 70代 女性

南相馬市 50代   男性 

浪江町とあるのはやはり移り住んだ人だろう
 

      
なぜ南相馬市とかで人口に比例して感染者が多いのか?
郡山市とか福島市は人口が多いのだからそれに比例して多くなる
南相馬市は人口が少ないのに多いとなるから注目する
相馬市は5名で少ない、相双とは相馬と双葉地域でありでも双葉地域には浪江町でも双葉町でも大熊町でも富岡町でも人がまだわずかしか住んでいない、一割も住んでいない
だからそこでの感染者数とは復興住宅に移り住んでいるから他の市町村に移って感染したとも考えられる、その場所に住んでいないからである
すると南相馬市でももともとそこに住んでいる人ではなく原発事故で避難した人が移って南相馬市でも増えたとなる

それを証明したのが南相馬市の自分の住んでいるすぐ近くで感染者がでた
それは東京のライブハウスに行った人からうつった
その家族の家は窓が壊されたとかして住めなくなり他に移ったという
何か他にも家があったらしいとか裕福な家だったからうつったと言っていた
南相馬市で多いのこうして外から移り住んで人が多いためだとなる

何かウィルスの感染は人口密度とか交流密度とかと比例している
郡山市は人口が多いし東京との交流も多い、交通の要である、そこから会津若松へと鉄道がでている、だから会津でも最近増えてきた
郡山市が一番多くまた福島市が多いのはわかる、でも南相馬市がそれについで多いのはなぜだろうとなる
その原因は原発事故で避難した人たち復興住宅に住んだ人たちが多いからなのだろうか
でも考えてみると南相馬市に移り住んだ人たちでも浪江町の人だった浪江町となり南相馬市民にはならないのである、ただ移り住んで南相馬市民となった人もいるだろう
その辺がこの辺ではわかりにくい、ただ南相馬市が多いのはそういう事情があるかもしれない、ただ浪江町とか富岡町とか感染した人の出身地を出している
でもその人たちも移り住んだ場所で感染したともとれる

いづれにしろ南相馬市は意外と多いとみたのでなぜだろうと疑問をもった
一部は東京から来た人たちによってうつされたとも報告されている
南相馬市ではまだ外部から工事関係者が来ているからだ、ただそれもかなり減っているからどういう経路で感染したかわかりにくい
年齢で50代以上が多い、東京では40代以下が多い、若い人は外に出る範囲が広い
それで新宿の歓楽街で広がったのである
地方では若い人より50代以上が多いだろう
それは年齢的に50代以上が多いからだから人口比率なのかもしれない。
男性と女性の比率でもたいして変わりない、ただ50代以上が多いことは確かである

いづれにしろウィルスの感染者は数学的にみれる、人口比率とか交流度合いとか交通の関係で見れる、江戸時代に会津若松からコレラが広がったことでもわかる
それは新潟からでも北前船が来て阿賀野川で交通があり白河からも街道があり会津が交通の要であり人口も多かったからである
その時郡山市は人口が少なかったのである、大正時代に人口が増えた   


会津の人口 

1899年 明治32年 30,488 

郡山市の人口推移

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郡山市はもともと藩がない、三春藩があり白河藩があり二本松藩があり城があるが郡山にはない、新興の都市だった、戦後になって急速に人口が増えた都市である
それは地の利にもよっていたのである
東京にも近いことからも発展した、新幹線で一時間くらいで行くとしたらここから仙台市に行くより近いとなるからだ
ただ普通列車で行くと郡山市から磐越西線で途中スイッチバックの中山駅があった
だからそこで会津まで遠いという感覚が生れていたのである
何かそれが思い出となる、でもそのスイッチバッグもなくなったのである

いづれにしろウィルスはもともと人口密度と交通とか密接に関係していた
江戸時代にコレラが会津若松が多くなり広がったのはそのためである
会津若松の城下町が交通の要となっていたからである
それが郡山市が次に交通の要となり人口が増えたから感染者が多くなったのである
だからウィルスの感染は予測できる、仙台市から最初秋田の方に移動した人がうつしたということでもわかる、仙台市は増えると思っていたがやはり増えた
それは人口密度とか交通の関係から予測できたのである

ウィルスの感染を防ぐには人の交流をとめるほかないのである
それが現代ではとめられない、江戸時代でもやはり止められなかった
江戸時代なら人の交流度合いは今と比べれば格段に低いのに止められなかった
関所もあったしそれでも止められなかった
となると現代はもう人との交流は止められない、不可能だともなる
だからこそGO TO キャンペーンになったのである
観光業でも生活できないとなれば死ぬとまでなる深刻になる
現代は意外と交通がこれだけ盛んになればもう止めることはできない
交通が発達して人が行き来する交流することはいいことだと思っていた
でもそのこともコロナウィルスで見直されたのである
それは時代の変化もうながすものだったということになる 

福島県コロナの感染者が会津にでない不思議 (スペイン風邪を分析して地理を見る)

    

posted by 老鶯 at 10:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年09月17日

無駄が多すぎる社会−税金の無駄使い) (でも無駄は税金となって国民の負担になる-無駄な行政)


無駄が多すぎる社会−税金の無駄使い)

(でも無駄は税金となって国民の負担になる-無駄な行政)

何かこの世の中無駄が多い、金が有効に使われない、医療費がこれほど莫大なものになって国がつぶれるとまで言われるのもそうである
福祉関係でも無駄が多い、そして肝心なことに使われない
何か行政でもそうである、加治将一氏のyoutubeでハンコなどいらないとしているがその担当大臣のIT大臣がハンコ議連の主導者であり利権を推進する者となっているというのも矛盾である
除染にしても何兆円もかけて効果あるのか?郡山市では300億円無駄にしたとかある 

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何か今や高価もないことに予算が無駄に使われる、五輪などまだしようとしている
そんなもの国民は望んでいない、望んているのはマスコミとゼネコンなの利権にかかわる人たちだけである、電通などもそうである
万博などでもそうである、高度成長時代になるとき日本が戦争から復興したということで意味があった、日本はこのように復興しましたと世界に示すイベントで意味があった
今なんのためにそんなことする必要があるのか?
ただ観光で外国人を呼ぶためだともなっていた、それもコロナウィルスで停止されたのはこれは神の意志、天の意志だともなる

何か天意とか神意があり災いが起きて来るともなる、原発だってこのまま安全神話で日本に増えたらいつか事故になりもう日本に住めなくなっていたかもしれないからだ
日本は大陸と違って狭い国だからである
だから日本経済というのは高度成長時代が終わり不景気になったけどそもそもあらゆるものが過剰になったためだともなる、それが膨大な無駄になる
それは豊かになると中国でも膨大な食べ物を捨てているから中国政府ですら無駄するなとなった、中国だった昔は餓えて土を食ったとか小説にあった、餓えたら人間の肉も食う
そういう過酷な環境なのが中国だった、それで食べ残して食糧を捨てるというのはありえないことだったのである

こうして無駄が増えたのはやはり豊かになったからである、豊かにならなければ無駄をしようがないのである、江戸時代の生活を見たら紙一枚でも蝋燭の残り粕でも糞尿でも何でも一切無駄はせずに利用した、そうしなければ生きていけなかったからである
もったいないとなり捨てることはありえないのである
ただ逆に日本が貧困になるともう10円20円を節約している人もいる
昔に戻った生活にもなる、やっと食べて命をつないでいる人もいる
一方でまだまだいくら貧乏でも無駄がある社会になった

医療費の無駄というとき高価な機械を買うとその元をとるために実際は何の効果もない
見てもわからないのに認知症になったからと脳を写真をとる
でも脳の精密な写真を取れるのは福島県に二台くらいしかない、そもそも見ることもできない機械でみる、3万だとしても保険がきくから十倍にもなる
それが保険料の負担となり医療の負担にもなる
何か福祉関係だと医者ではどうけ国で出すのだからと人間ドッグに入れとかなる

でも無料ではなかったのである、そんなのを見ても何も役にたたないという医者もいる
ただ高価な機械だからそれを使わないと金にならないと困るからそうなる
福祉関係では生活保護とかの関係では強制的に病院でそうさせられるということもある
また普通の人でもいらない薬を飲まされることもありかえってそれで体の調子が悪くなったという人もいる、高血圧の薬などがそうらしい
薬関係でも会社でなんとか売らなければ利益にならない、するといらない薬でも売るとなる、それは医者や病院を通じて売るからそこにリベードが入るとなる
30万とか50万かかるとしたらその分を別なものに回す、貧しい人はまともな栄養をとれないことに問題がありそのためにその金を使った方がいいとなる

なんか現代は無駄が多いのである、その無駄も金は税金として国民が負担させられているのである、だからもっとこの無駄に国民が監視して減らすようにしなければならない
でもハンコ一つとっても無駄を減らせないのである、そこに利権があり議員でもそうしした利権団体の応援がないと票を得られないので忖度するとなる
でも国民はそうして税負担となり自分自身にその無駄が決して無となるのではない、有となり税となり支払わされるのである
無駄はただの無駄ではない、その無駄のために税金で負担させられているのである
その自覚をすべきであり税負担を減らすためには予算とかの無駄を減らすべきなのである

いづれにしろ日本は貧困化するとき無駄はもうできない、医療費ももう無駄はできない
それはコロナウィルスで4兆円が病院で収入が減ったというときその分は実際は無駄だったことが判明したからである、別に病院に行かなくても良かったのに行っていたともなる結局補償しすぎるとそれが無駄になる
南相馬市では小高と原町では十年間も医療費が無料だった、鹿島区は半年打ち切られた
それで軽いものでも病院に行く人が多かったという、病院が老人のサロンのようになっていたということは言われてきた
そういうことで膨大な医療費がかかり国がつぶれるとまでなっていたのである
ただ正直人間は病気に一番弱い、ひどい便秘になり困り2500円もする薬を買った
まさに自分自身が病気になるとそうなるからなかなか病気に関ししては言えないとはなるどうしても効くいい薬が欲しいとなるからだ

ともかくこれからは行政でも医療でもあらゆる部門で無駄は日本がではできなくなる
貧困化してそんな金がないからである、金の無駄はできないのである
おそらくコロナウィルスとかで余計に無駄はできない社会になる
まず観光とかができなくなり交通関係は大損失になった
これから人はあまり移動しない時代になる、あまりにも移動が激しい時代だった
それももう限界だったのである、だからリニアなどももう時代に合わないから停止すべきなのである
なぜそんなに早く行かなければならないのかわからない、それは社会で必要もなくなった時ただ膨大な無駄なものとして捨てられるかもしれない
戦艦大和も飛行機の時代になりその巨体を一発も大砲を打つこともなく海の藻屑となったようにもなる

もう早く早くとか遠くへ遠くへの時代は終わった、コロナウィルスでそれが現実化した
そんなことにエネルギーを費やす時代は終わった
若い人たちでミニマリストとかなるのもわかる、若い人は時代の最先端をゆく、時代に敏感だからである
何か金も実際は相当に余っている、その余った金が行き場がなくなり株式市場に流れている、銀行では投資先がなく金がだぶついている
金余りなのである、それで景気など良くなっていないのに金が増えている、その金も実は実態のないものである、景気が良くなって金が増えたのではない
むしろ日銀でも金をばらまいていて金の量が増えているのでありそれで株が下がらないだけなのである
金は紙幣はしょせん紙切れでありだから今金の値段が上がっていることが理解できるのである、金の行き先が株式と金と現物に向かう、投資先がないので資本主義も終わりだとしている

いづれにしろこれからは禅宗のような禅僧のような生活になるかもしれない、デスタンスをとれとか近づいて話すなとかそれは座禅を組んで瞑想している禅僧と似ているからだ
宗教でもカルト教団のように集団化して示威行動して世間を威圧する
それは利権を要求する団体にすぎない、それで韓国で集会を開いたキリスト教のカルト団体がコロナウィルスを広めてその指導者が謝るはめなになったことでもわかる
キリストは二三人集まるところに私がいると言った
そうなると十人でも多い、それが百人になり千人になり対には十万人にも集まるとなる
そこに神も仏もいない、ただ利権団体と化して示威行動して圧力かける団体にすぎない
そこに一切の宗教的なものはないのである
だって釈迦だって洞窟で悟りを開いたからである

ともかく時代が変わる時、価値観も変わる、無駄はできないというのもそうである
何か増やすより減らす思想になる、それが老子の思想でもある
だから中国には老荘思想があり禅宗も中国で生まれて日本に入ってきた
それは東洋思想の流れをくむものであった
無用の用とかいう思想はヨ−ロッパからは生まれえないものだった
仏教の空の思想もそうである、とにかく文明になると無駄なものが増えると言っていたのも老子である
無駄なものは無駄で終らない、無駄なことに労働力でも費やされるのである
だから労働がすべていいものではない、莫大な無駄なことがありその無駄のために貴重な時間と労力が費やされているからである


加治将一
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名前だけで何の働きをするのかわからない大臣を批判する

時事問題の解説としては優れている、こいうふうに解説できない
だからマスコミを見ているより思考脳が鍛えられる
要するにマスコミがオピニオンリーダーとかなり愚かな無思考人間を洗脳して操作していたのである
それがなかなか気づかなかったがカウンターメデアがyoutubeになりそうかと気づいた人がかなりいる
youtubeはやはりテレビだからわかりやすいことが武器になる
ただもっと深いことを理解するには本を読むとか文章になる
でも要点がわかるからいいとなる

とにかくオピニオンリーダーは必要である、それがマスコミになっていたことがメデアの大きな問題だったのである
だから個々人でメデアをもつ意義が大きいと思った
なぜならこうしたプログでも自分の意見が言える場となっているからである
すると何か発言することで発言力というかプロのジャーナリトとして活動しているという意識をもつようにもなる
だからこんな大きなメデアでもそれなりの発言の場が与えられることは民主主義の発展には力となるものだと思った
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abstract way(venice waterway)

abstract way(venice waterway)



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Venice waterway

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north way

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2020年09月16日

貨幣の謎を解明するには狭い社会で考える (グロ−バル化経済の通貨は巨大な詐欺の経済)


貨幣の謎を解明するには狭い社会で考える

(グロ−バル化経済の通貨は巨大な詐欺の経済)

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貨幣が何なのか?これか本当にいろいろ考えてみてもわからない
今の社会がどういう仕組みなのかもわからない、それがわからないのはあまにも巨大なグロ−バルな世界経済だから知りえようがないのである
もうとても人間的なスケールからはるかに越えたものとしてある
株でも為替でもそれを知りうるものはない、だからプロの機関投資家ももうけていなというのでわかった、誰も知りえないものであり株式市場とは博打場なのである

カナダ国債が石油とれるからいいと買った

アメリカのリートがいいと買った

為替変動があるら今度は日本のJ-reitを買った

その時リーマンショックで上がった株を勝手に売った

それで地銀の営業マンを信じられなくなりJ-reitを一月に売った

そしたらコロナウィルスで半分くらいまでJ-reitが下がった

次にコロナウィルウィルスで一旦落ちた時、買うことを奨めてきた

本当にコロナウィルスで株が上がった


これだけの変化があり結局何がなんだかわからないとなってしまう
別に損しなかったけどもうついていけないとなる
株は機関投資家のプロでも儲けられないとしたら普通の人はもうけられいとみるのが普通である、つまりプロすらわからないのが株の世界なのである
まさに博打であり何か世界情勢とかなんとかいろいろ考えても勉強しても無駄だとなる
そんなことよりただイチカバチカ賭ける、何も考えることなく運まかせでもいいとなる
また銀行がすすめるものなどもその営業の人をあてにしても無駄である
それよりAIの方がもうける確率が高くなる
とても株では世界情勢とかいろいろ分析してもわからないからだ
要するに運だとなってしまうのである
これはなぜそうなるのかとういうと人間が未来を予測できないということからきている
その一番いい例がコロナウィルスだった、2020年は大きな変化が起きるとはみんな言っていた、でもコロナウィルスで世界がパニックになるとか予想した人は一人もいないのである
有名な大投資家も航空会社に莫大な金を投資して大損したのもそのためである

ともかく資本主義であれ共産主義であれ民主主義も崩壊したというのは本当である
何かそこには理想がありそれを目指して世界が動かされた
資本主義とはもともと修道院からはじまったキリスト教から起きたとウェバーは説いた
他人を助けるための経済である、東洋だと経世済民になる
共産主義でも世界を席巻したのはそこに理想があり平等社会が実現するということがあった、それらはことごとく失敗した
共産主義はどれだけの人間を虐殺したか?これも空恐ろしいとなる
権力争いとなり反対派を暴力で殺す、結局暴力主義だったのである
ヤクザの抗争とたいして変わらなかったのである、ただ理論だけは理想があってもマルキシズムでもそれはあくまでも理想であり結果は惨憺たるものだったのである
どっちにしろ格差社会となり富は極一部の人が一人占めする、資本主義でも他人の労働を食い物にするものとなった、それはキリスト教の精神と全く反する世界となってしまったのである

結局この世に理想社会は絶対に生まれない、その理由は人間の欲が消えないからである
共産主義にも資本主義に理想がありはじまったが結果的には強欲主義となり格差社会となった、一部のものが莫大な富を得て階級社会にもなった
自由主義とか民主主義がいいようでもそれももう機能していない
選挙にしても暴力で決めるよりはいいにしてももう一票投じたところで何も変わらないとなる、百万票の一しかの影響力がない、数によって決まるからシルバー民主主義とかカルト宗教団体民主主義とかなりみんな無力感をもち投票率は50パーセントとかいうときすでに民主主義も成り立たなくなっているのだ

第一民主主義が成り立つのはギリシャのポリスのような一万くらいの直接投票の場で成り立つものだったのである、それが百万とかの単位となるともう成り立たないのである
社会というのは狭い範囲で生活して見るとわかりやすいのである
だから貨幣のことを考える時狭い範囲で考える
地域通貨のようなものを考える
すると例えばベーシックインカムとかMMT理論とか狭い地域で考えるとわかりやすくなる

貨幣でも紙幣でも特に紙幣なら紙なのだからいくらでも作れる
地域に銀行があり日銀のようなものがあって紙幣を刷って分配したら裕福になるのかとなる
決してならないことは確かである、なぜならそれは狭い地域でしか通用しないからである何か買いたいものがあっても狭い地域でしか買えない、すると狭い地域では足りないものがあり外から買うにはその地域通貨を紙幣を広い世界で通用する紙幣と交換する必要がある、するとそのレートがいくらになるのか問題になる
それはその地域での価値なのである、その地域で何か売れるものがあればそのレートは高くなる、つまりその地域通貨は紙幣は高くなるのである
でもその地域で何か価値あるものが作れない、資源でもないとしたら技術もないとしたら高くならないのである

これはグロ−バル化経済でそうなっている、石油がとれるとか車が作れるとか技術があるとかでその国の価値がありその国の貨幣や紙幣が高くなるのである
資源もない、技術もない、あるのは労働力だけだとなるとその労働力を外国人労働者のように他国に売る他ないのである
そしてベーシックインカムとMMT理論だと金は紙幣はいくらでも作れるから配分すればいいとなる、でもそんなことが可能なのか?
それは狭い地域で考えるとわかる、紙幣ならいくらでも作れる
でも現物を何かを食料品でなんでも生産して作り売るとなると簡単にはできないのであるだから一地域にいくら紙幣を作りばらまいてもそれで豊かになれないのである
狭い地域げベーシックインカムも行ったらもう生活は成り立たなくなる
紙幣などいくらでも作れる、それで働かなくても紙幣で物でもなんでも買えばいいとなるからだ、もしその紙幣がその地域だけてはない、外部でも利用できるなら別である
そもそもが外部には通用しない紙幣だから価値がないのである
そし狭い地域だったらみんなが気づく

紙幣なんか紙にすぎない、こんなもの持っていても何のたしにもならない
蔵に米でも積んでいた方がいいとなる、物を貯えていた方がいいとなる
紙幣など銀行にあづけても価値がない

そういうふうになってしまう、狭い地域だと経済でも何でも見えるものとなりわかりやすくなるのである、経済の規模が国家規模なり世界規模になると見えなくなりわからなくなる、それで国家自体が政治家とか官僚が詐欺集団だということが言われるようになる
それがわからないのはあまりにも経済でも巨大化して見えないからである
その仕組みでも庶民になるともう理解することは不可能である
それは知識あるものでもそうである、だから機関投資家とかプロでも株ではもうけられないのである

そういう社会自体に問題がありだからグロ−バル経済というのは市場でも株式でも世界的カジノのようなものになっているのである
不正が見えない、そこで大儲けしているのが巨額の金を動かししている一部の人たちだとなるのである、そこで極端な格差社会になっているのはギャンブルで馬鹿勝ちしている人がいるということである
それが狭い地域なら見えるからそんなことは続けられなくなる
つまりこの博打はペテンだとなり誰も参加しなくなる、もうグロ−バル経済はそうなってゆくと思う、今一人勝ちしているドルだって信用しなくなる
なぜ一人勝ちしているのだとなり中国でも他でも反発するからである

これからの経済はブロック経済になる、そしてあらゆるも物の交換より狭い地域での人間を重んじる、人間関係を重んじる経済になる
それは江戸時代の封建制社会にあった、なぜ主従関係があり君主のために命までささでたのかということである、そこには長い年月で育成された人間関係があったからである
それは確かに俸禄もあったにしろ人間関係が優先された社会だったのである
人間関係の絆が強固に作られていた社会だったのである
なにか東北の震災以後に絆が言われたが実際の社会に絆がなくなったからこそ言われたのである
絆というとき物を得るための絆ではなく精神的絆なことでありそれが消失したから盛んに言われたのである

いづれにしろ資本主義であれ共産主義であれ民主主義であれ崩壊している
もうそこには人間のモラルもない、ただ強欲主義があるだけである
共産主義はただ権力を得るための闘争でありそれが暴力主義なのである
第一毛沢東は銃口から革命が生まれるというときもそである
暴力なくして革命はありえなかった、それで中国は欧米に暴力で軍事力で屈服されたからそれを根にもっていた、それで軍事力で負けない国を作ろとした
だから核兵器でももつしアメリカに軍事力でも対抗することを進めて来たとしている

ともかく資本主義とか民主主義とか共産主義の理想主義は崩壊しているのである
その次に来るのものは何かとなると地域的文化的ヒューマン社会だとなる
それは狭い地域で社会で成り立つ、それを基本とした社会である
そこに人間性の回復もありうるとなる
そもそもルネサンスもヨ−ロッパの都市共同体から生まれたものであり例え富がフィレンツに集中したとしてもそれが浪費されなかったのは狭い都市内での富の流通だったからだともなる

アメリカに富が集中してもそれが巨大なる故に実を結ばない、極一部の金持ちによって富が浪費されるだけとなってしまう、地域だったら等分に配分されることがありうるからだまず田舎でも突出した金持ちは住めない、そんなことしていたら住めなくなるからだ
必ず周りにもその富を配分しないと住めないからである
それはグロ−バル経済と違って近くで見えるからである
グロ−バル経済になればそんな人がどんな暮らしをしているかわからないからである
そこでそんな人が存在していてもわからないから見えないからありえる
それで太宰治の生家は田舎であり大地主でありどうっなったかというと煉瓦の高い塀を作って小作から襲われる
ことを恐れて作ったのである、相当に恐怖していたことがわかる

これからの時代はそうして共産主義とか資本主義とかグロ−バル的なものではない
狭い範囲でも足りる世界、ミニマム社会とか節制社会とかなり物欲を求める社会ではない心を大事にする、心とはココのことなのである、その住んでいる場所から発想するアイディンティティを求める社会である
もろちん昔の村ではない、やはり広域的なものになるがその範囲は狭くなる
大きくなってもせいぜい道州制のようなものになる
そうなると社会を見えるものになりその問題でもわかりやすくなり不正はできない
だれか世界市場でギャンブルで馬鹿勝ちするようなことはなくなるのである
そて封建社会のように人間関係こそ人間の絆こそ物より金より大事にされる社会である
Human scale economyとかなる 、economyの起源が家政だったとから原点に戻るともなる  

無縁化社会の生まれた原因の歴史的考察 (金の切れ目が縁の切れ目)





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虫の声、夏菊、コスモス、実り(ようやく秋となる)


虫の声、夏菊、コスモス、実り(ようやく秋となる)

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陽の昇り朝や実りに露光る
                                             
障害者ここに住むかな虫の鳴く

秋の蝉近くの墓地にひびくかな  

墓地ありて先祖見守る実りかな
 

行き来する落合橋や夏菊にコスモス咲きて季節移りぬ                                                  

のうぜんのあまた咲きしも遂に散り一輪残り秋となりしも

近くにそ鳴きにし虫の数匹やその声の今日も我にひびきぬ   

夜通しに虫一匹の鳴くその声を我は聞きつつ眠りけるかな

夜の更けて一匹鳴きぬ虫の声心にひびき残りけるかな   


虫の声が真夜中まで夜通し一匹鳴くのを聞いていた、何かそれは一人の人間の嘆きとか苦しみとか訴えを聞いているともなる
つまり多数ではない、一人の人間としてその虫の声を聴く、それが人間的だとなる
そもそも人間は多数になるともうその声はただ騒音になってゆく
威圧的なものとなり虫の声というものではない、だからカルト教団などは一人一人の声を聴くなどない、ただ一票になる数を集めることだけである
ただ一匹とか数匹とかだとなんとか虫の声でも聴けるとなる
集団になるともう聞けない、疲れるとなる

障害者が住んでいる住宅がある、ここに障害者が住んでいるということを知る
それだけでも何かいいのかもしれない、みんな実際はそういう人を知らない、無関心だともなるからだ
今年の夏は蝉しぐれとかひぐらしとか鳴くのを聞いていない、何か夏から秋なのか
そういう季節の変化がわからなくなっている
ただ今鳴く蝉は秋となる

落合橋という名前がいい、どこにでもあるものだがここで落ち合うというのがいい
だから地名は心にも影響するのである、何か詩的なものがないようで見慣れた風景は絵にならないようでも
実際はそうではない、ただ身近だありふれて美が発見されないのである
盛岡だと橋の街であり有名だけど名所でなくても見るべき感じるものがある、ただ発見されていないだけなのである

実りの季節であり稲田の中に墓地がある、すると先祖が見ているという感覚にもなる
だも街中の墓地にはそういうことはない、でもすぐ近くだから墓地の前を通る
そこに自分の家の墓がある、墓も身近なのである
それでときどき花をさしていないと淋しいなとな花をさしたりする
でももし墓地すら墓すら遠くにあるとそうは感じないのである
だから何でも遠く離れててしまうと死者すら遠いものとなり忘れられるのである
関心をもつのは今そこにあるものなのである

墓参りの効用はとにかくそこで死んだ人を思い出す、死んだ人が存在したことを確認するということである、それだけでも効用がある、そうしないと人間は次々に目前のことに追われて死んだ人を忘れるからである
人間ほど忘れやすいものはいない、だから人間は過去に起きたことでも記録していなと忘れる、その時何があったのかも忘れる、ましてや次代の人は過去に何が起きたのかわからなくなる、それでこの辺で400年前に津波があり溺死した人が700人と記録されていた
それで津波があったということを知ったのである   

今日はむし暑いからまだ夏でもある、ただ秋でもある、そういう季節の変わり目だけど
最近はその境目がはっきりしないのである




無縁化社会の生まれた原因の歴史的考察 (金の切れ目が縁の切れ目)


無縁化社会の生まれた原因の歴史的考察

(金の切れ目が縁の切れ目)

昔から「金の切れ目が縁の切れ目」ということがあったのだから今でも継続されているとなる、でも何かそれは現代では極端化した
具体的な例だと親戚でももともと遠く離れていたから関係が薄い
そもそも地元から遠く離れて住むようになったとき縁が薄かったし遠ざかったのである
人間はやはり地縁、血縁とかがあり日本では狭い村とかの範囲で共同で生活していたからこそ必ず姓の由来が土地の名前から発している地縁となっている
だから姓をたどるとどこどこの村とかの地名にたどりつく

その人との関係は兄でも静岡とかに行ったとき兄との関係は薄れてしまった
それだけ遠いとまず何しているかもわからなくなっていたのである
その子供にしても子供の時一回だけ接しただけだった
だから縁が薄い、というよりは住んでいた土地から離れた時、縁が薄いものとなっていたのである
まず遠く離れていると何をしているかもわからなくなる
近くだと行き来があり何かあっても事情がわかるがもう遠くなると日ごろの付き合いがないからわからなくなる

ただそうなったのは自分の家の問題もあったたから相手だけを責めるという訳にはいかない
もともと金の関係しかなくなっていたのである
だから自分にしても金をくれるものとしてか意識されていなかった
それはわかるにしても親まで金で縁が切れた
墓参りするからと相手が金がないので金をくれたが墓参りは口実であり金が欲しかっただけである、そもそも親にひどいめにあったから親を恨んでいるとかそうなっていたので
親を供養するという気持ちがなかったのだと思う
親でも日本人は特に親でも死んだ人を供養する心が篤い、でも時代が代わり親との関係ですらそうして希薄化した

だから現代は簡単に縁でも切れる、人と人の関係は金しかなくなる、常に人は金になるかしか見ていない、自分が介護とか自分の病気のときその時助けるという気持ちもない
ただ金が欲しいというだけなのである、だから盗まれもした
また困っているのを見て脅迫までしてくる、それは相手も金で困っていたからである
現代はあらゆる面で人間の関係も金銭のやりとりであり金ですべてが計られる社会であるそれで「金の切れ目が縁の切れ目」になりやすい、それも呆気なく親の縁さえきれる、ましてや他人になるとそうである

何かそれでマルクスが商品と人間の関係を説いた、人間が商品化される社会である
人間疎外である、人間は一つの物でありまた金として計られる
それがグロ−バル化社会となれば余計にそうなる、世界中の物が入ってくる
でもそこで別に人間と人間の関係が生まれるわけではない、ただ物を通して金を通して人間がいるというだけになる
第一外国となれば遠いのだから普通は関係しない、ただ物を通して金を通して関係しているだけなのである
だから本来は助け合うなどないのである、それで国同士が争い戦争にもなる
貿易戦争にもなる、それは物を通してか金を通してしか関係していないからである
互いに利益があるときは協力してもそれがなくなれば「金の切れ目が縁の切れ目」になる
でも何かこういうことは人間としてあるべき姿なのかとも思う

なぜなら江戸時代などみれば人間と人間の関係は物とか金だけでは計れないものがあったなぜそもそも強固な主従関係が結ばれたのか?
第一今なら主人のために死ぬなどありえないのである、ただ金による雇用関係になった
つまり雇う者と雇われる者は一時的な金銭関係として結ばれているだけである
それも時給いくらかとかで計られているだけである
雇う方もすぐにやめさせることもできるし雇われる方も給料が多い方があればすぐにやめるとかの関係になる
そこの人間関係は金であり人間関係でも一時的なものになる
ただ会社になると長いから何らか人間関係が生まれる、でもその関係も会社を退職すると切れる、継続しない、でも不思議なのは農村社会では先祖が山にいて春になると田植えの時期に山からおりてくるとかの信仰がある
ということは死んでも先祖はその土地に生きつづけているということなのである
現代では工業社会とか商業社会になるとそういうことない、長く継続される関係がないのである、すべては物を通した金で計られる一時的な関係なのである

結局無縁社会とか孤独死とかが現代を象徴している、現代社会は無縁化しやすいのである東京のような大都会だったら土地との縁はない、漂流者のようになる
ただ金があって人がある、人は物ののように処理されるとなる
ただ不思議なのは無縁化というときいかにそれが過去を見ればありえないことだったかを知る、なぜなら誰か外から来た人が村とか商売するとき無縁の場をもうけてそこで市を開くとなっていたからである、わざわざ無縁の場をもうける、そこが神社だったとのである神社というとき縁を結ぶ場だからそれも変だとなる
でも簡単に村によそ者が入り商売はできなかったのである
おそらくそういうよそ者は村の人間関係を壊すということがありそうなった

今はあらゆるものが自由でありむしろそういう社会は田舎でもない、何をしているのか仕事でもわからない、家を建てるにしても大きなハウス会社が遠くから来てプラモデルのように一週間くらいで組み立てるだけだとなる
その土地とは関係ない人が自由に出入りできるのである
そうなると土地との関係も希薄になる、固定しない流動化する社会になる
それはまた遊牧民的社会にもなる、常に人は移動する、定着しないからその土地で濃密な人間関係を結ぶ必要はないのである
それで欧米人は狩猟遊牧民だから自分を主張して喧嘩もじさない、議論でもする
そこでうまくゆかなけれは別な土地に移ればいいとなるからだというのもわかる
日本が和を尊ぶというときまず狭い範囲の村で生活するとなると争うことはできない
何かちょっとした争いでもいつも一緒にいるのだからきまづくなるからである
嫌な人がいても離れられないというデメリットもある
嫌な人が合わない人がいるからと離れるわけにいかないからだ

ただ何でもいい面と悪い面が生じる、現代はもう人間関係は索漠としている、物と金でしか計れず人間関係はすぐに「金の切れ目が縁の切れ目」となることが日常的になる
それは田舎でも同じである、第一田舎でも農業とかに従事しているのは一割くらいだとなる社会だからである、あとは会社員だからである、その会社ですら一時的な関係だとなる会社は変わり安い、時代の変化を受けやすい、グロ−バル競争社会になると余計にそうなる
ところが農業中心の社会はその土地に根ざすから変わらない、だから江戸時代では農民だけでは職人でも十代くらいつづいているのである
職業自体が変わりないというときそうなりやすい、親の跡を継ぐ人が多かったからだ
そして誤解しているのは長屋でも実際はその住民は変わらなかったという
何かふいと見知らぬ人が浪人のような人が来て住むような時代劇があるがそういうことはなかったのである
今のアパートとかとは違っていたのである、こうして常に過去は歴史は誤解されるのである

江戸時代の封建制とかヨ−ロッパの中世とかでも主従関係があり人間関係は継続的であり貴族でも何代でもつづいていた、農民社会では三代つづかないと土地の人に認められないというときそういう社会だったのである
つまり人間関係は三代くらいつづかないと作れないということである
長さが関係していたのである、物とか金のやりとりはその場その場で終わるが人間関係はそうはならない、家族自体が子供の時から長い関係でありそこで人間関係結ばれる
血縁でも子供の時離れたとか一緒に暮らさないと兄弟ですら兄弟とは思えない他人になってしまうのである
例えば家にで雇う手伝いさんとかでも信用するために十年とか必要だとされる
特に家に入って働くからそうなる、今はまず十年も長く働くことは普通はない、十年も働けばその家の一員のようにすらなるだろう、だから今の雇用関係とは違っていた、つまり人間の信頼関係を結ぶには長い時間がかかるということである
それが現代でぱできないから家に入って働く人は一番危険だとなっているのである

封建制が成立したのはそういう濃密な主従関係とかが成立したのはその土地に根付き長い一代だけではない、人間関係の故である
だから現代社会を見直すとき常に歴史をふりかえり過去との比較が必要になる
つまり現代社会を理解するには江戸時代を知る必要がある
するとなぜ現代の無縁化社会と江戸時代を比較してその相違が見えて来る
もちろん江戸時代はすべていいとかではない、何が失ったのかということが見えて来る
失われたものが実は過去にあった、過去の社会にありそれが現代で失ったと見えてくるのである

ともかく今の社会は何か人間の関係が希薄である、そこで何が起きて来るのか?
簡単に市町村でもばらばらになる、一応家族の絆があっても市町村自体のつながりは希薄である
そして金さえあればどこに住んでもいいし受け入れられるし別にそうなら原発事故の復興などめんどうだと他に移った人たちがいる、それで仙台で補償金をもらった金を資本金にして成功した人もいる
つまり土地に縛られた社会とは違うからそうなる、もちろん放射線が怖いということで批判はできない
でも土地の縁でも人間の縁でも切れやすいのである
そういうものより金が優先される社会である、そういうことが無縁化社会となり孤独死となりまた継続性のない一時的な人間関係になる、だから江戸時代の封建制社会が果たしてただ遅れていた社会なのかどうかもわからない
それは物とか金とかではない、人間関係を重視した社会だともなるからだ
その人人間関係の方が人間にとっては大事なものだともなる
だから何でも進歩したとか社会はならない、ただ社会は変わっただけであり進歩したとはならない
ある面でぱ人間全般から見れば後退したともなる、無縁化社会とか孤独死とか人間は物のように捨てられるとなるからだ


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2020年09月15日

日本の宿命、地理的に大陸を理解できない (中国に覇権が移行してゆくのか?-中国の戦略)


日本の宿命、地理的に大陸を理解できない

(中国に覇権が移行してゆくのか?-中国の戦略) 

中国は日本を併合するー平松茂雄を読む

日本は地理的にまず世界を理解できない、現代のように世界が身近になっても庶民でも海外旅行しても江戸時代の鎖国のようではない時代に生きていてもそうである
日々世界のニュースに接しても理解できない
その原因が地理にある、どうしても日本の様な島国では大陸のような広大な世界を理解できない、実感できない、それはアメリカでもそうである
たいがいそこには砂漠がある、日本には砂漠がない、また大河もない、すると大河の岸に生まれた文明を理解できない、何か大きなものを理解できない
それは政治とかあらゆることで大陸の国々を理解できないとなる

中国の指導部は何を考えているのだろうというときも理解できない
それで「中国は日本を併合するー平松茂雄」を読んだらなるほどなと思った
中国は日本を併合するという目的をすでにもっていて行動している
中華帝国の再興を目指して計画して実行している
一つ一つのことを見てもそれは中華帝国再興として手を打っている
全体的戦略の一環としてそうしている、国家の計画と意志があってしている
つまり世界支配の目的があり個々のことに対処している
それが大国であり巨大な土地と人民を支配してきた国だとなる

日本だと何か太平洋戦争で大東亜共栄圏とかめざした、でも国家的にそれだけ広い土地を戦略的に計画的に支配するという意志があったかとなるとただ膨張して無計画に拡大しただけだとなる

中国のような広大な土地をどうして支配できるのか?

そういう視野がもてたのか?とてもできなかったろう、ただ無闇に戦線を拡大したとなるそして巨大な中国にのまれてしまったともなる
その失敗は中国とか大陸とかはやはり歴史的にそうした巨大な土地とか人民を支配して来た経験がある、第一万里長城を作るような国を理解できないのである
中国をなにやかにやといっても基本的に日本の島国にいたら地理的に理解不可能である
毛沢東は「中国の人口の半分が死んでも、半分は生き残って、また元にもどってゆく」
こんなことを考えているとなると日本人にはありえないことである
第一14億人がいる人口とその巨大な土地を理解できない、つまり一億人死んでもたいしたことがないと考える、ということは日本人の一億が絶滅させてもたいしたことがない!
こんなふうにみるとしたら空恐ろしいとなる

そして中国人は欧米に植民地化されたことを怨念としている、日本に対してもそういうものがある、一時中国は貶められた、そのことを忘れないというとき大国を維持した矜持が強い、だから中華帝国再興なのである、中国のそうした歴史とか矜持をあまり日本でも考えない、でも現実に中国はそういう意志のもとに戦略のもとに中華帝国の再興を世界的に実現しようとして個々の問題に対処している
そうなるととても日本だけとかで対処できる問題ではない、そして現代は容易に人が移動できるからそうして戦争の前に中国人が大量に日本に移り住んで実質的に日本でも支配できるとなる、そういう計画もある
一帯一路というのもそういう一環としてあり中国の支配を世界的に実現させる戦略なのである

だから日本を属国にさせるというのはもう身近に迫っているのだ
日本は地理的にその脅威から逃れられないのである、アメリカは遠いからまた戦争に負けても人が一部入ってきても住むということがなかった
今や中国人は大量に入ってきて一部団地でも占領しているとかなる
北海道の土地でも買っているし経済的に日本が弱体化しているからそこにつけいってくるつまり中国は計画して戦略的に日本を支配を実質的に始めているということである

それに対抗できるのはアメリカだけだとなる、でもアメリカにしても弱体化している
だから中国と対抗できるのかとなると疑問になる
もちろん中国に弱点がありいろいろな見方がある、内部崩壊を言う人もいる
それもありうる、ただ中華帝国再興の意志があり計画があり戦略があり国家的意志がありそのために団結して全力をあげて戦うということがある
そういうとき民主主義とかは弱いと思った
話し合いだ議論だとか反対意見を聞くだとかしていてもまとまらない、それが民主主義である、でも共産党一党独裁だったら国家の意志とか中華帝国再興とかを反対勢力のことなど無視してできる、その強大な強権でできる
第一あれだけの巨大な国をそうした強権なしでまとめ支配することは不可能だからである
いづれにしろ日本が戦争でも失敗したのは地理的に大陸を理解できないことだった
それだけの広い土地と人民を支配できる戦略もなかった、歴史的に日本はそうした大帝国を作る経験などしていないからである
日本の戦争はせいぜい大陸から内輪もめであり小競り合いでしかないからである
その島国が小国がなぜ大陸支配の戦争ができたのかとなる
それは欧米の進出で中国が弱体化した結果である、草刈り場のようになったためである
でもそれも一時的なものであり再び中国は再興して元の大国の繁栄をとりもどす
もちろん中国にも弱点がありそのことを言う人はいる
中国は巨大なるがゆえに常に三国志のように分裂するとか言われる
それもありうるし巨大だからといって必ずしも有利にはならない、強いともならない

ただ中国が共産革命を成しどけたときから軍事力に重きを置く、軍事国家だとしている
軍事を最優先として軍備拡張をしてきた、それがアメリカに欧米に対抗できるものとして計画して実行してきた、核戦争を辞さない国だというとき恐怖になる
その大国意識が怖いとなる、そうなるとアメリカでも中国は恐れていない
日本に原爆落とされた、それすら恐れないとなる、そうなるとどうなるのか?
中国とアメリカの戦争で核戦争になりとも倒れになる、人類滅亡になる危機である
日本は地理的にその中間にあり必ず核ミサイルが飛んでくる、そうなると大三次世界大戦でありそれは人類滅亡に通じているのだ
そういう危機感がまだもてない、ただ中国にはそういう国家意志があり着々とそれを実現するために政治でも経済でもそのためにある
中国はアメリカを恐れていない、このことは注意すべきである
ソビエト連邦の米ソ冷戦があったが中国はもっと手ごわい、経済の規模が大きいからである、その経済力で世界をのみこむ、ロシアの経済力は小さいかったから世界に影響することがなかった、それでソビエト連邦は崩壊したからだ

中国は三回旅行したけど20年もならないのにこんなになるとは思いもよらなかった
20年前は貧困国であり技術も劣っていた、それが急速に日本の高度成長のようになった
それはグロ−バル化したとき急速に国でも発展する、そのスピードが早いのである
新幹線まで走っているのは驚きである、車両に家畜のように詰め込まれて都会に出稼ぎに出ていた、その差が余りにも大きい、それで今でも中国は日本より遅れているとか見ている人もいる、つまり現代の変化のスピードが早いから理解できなくなるのである
ジャパンアズナンバーワンとか言われたのは20年―30年くらいだった
そして日本は三等国になったとかなる、こうしてまた衰退するものも早いのがグロ−バル化社会なのである、

歴史をふりかえると明治が日本では一番高揚した時代だった、なぜならその時日本だけが欧米の植民地にならなかった唯一の国だったからである 
他は中国でもアジアはみんな欧米の植民地化されたからである
だからなぜ江戸時代から駕籠に乗っていたような時代から一挙に明治維新が成り欧米とも対抗できたのかとなるのが不思議だとなる、その原動力が何だったのか?
それはやはり江戸時代三百年がありその歴史がありそれが必ずしも遅れたというものでもなかったからだとなる、もしそれが遅れたものだったら南米のアステカとかインカとかのように簡単に滅ぼされていたからである
中国すら対抗できないものとなっていたのに日本だけがそうはならなかった説明がつかないのである

ただもう覇権国というのはアメリカから中国に移っていいるようにも見える
アメリカはコロナウィルスでもそうだが経済的にも弱体化している、国も分裂している
格差も極端であり国としてまとまりがなくなっている、もう日本のように衰退国になっているように見える、黒人暴動もあったかいろいろ内部崩壊もある
するとどうしてしもアメリカに頼るだけでいいのかとなる
アメリカが頼れる国なのかとなる、その屋台骨がゆらいでいるのである
ヨ−ロッパでも衰退している、それは前から言われてきた、ただ中国を過度に大きく見るのも問題だとはなる、ただ日本は地理的に歴史的にも中国とか大陸国家を見誤る、理解てきない、つまり人間は地理的宿命から逃れられないのである
それでつくづく野郎自大国が漢に滅ぼされた、漢などたいした国ではないとして青銅の刀で対抗して敗れた、漢の刀は鉄器だったからである
日本とは結局この野郎自大国だったのかもしれない、中国でもアメリカでも大陸国家の巨大きさを地理的に理解できないことが政治的にも失敗するということになる

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2020年09月14日

医療の無駄は大きい (4兆円コロナウィルスで病院の収入減るー2025年問題の深刻)


医療の無駄は大きい

(4兆円コロナウィルスで病院の収入減るー2025年問題の深刻)


福祉でも必要でも無駄が多い、とにかく検査するために東京の方に医者に行けとかまた
人間ドッグに入るとか何かと医者通いである
それも無料ではない、負担がある、でもその負担ができない、そしたら普通はそんなに医者に行けなくなる、現実にそうして金がなくて医者に行けないと薬も飲めないとかある

なぜこうなるのか?福祉だと医者がそれほど必要なくてもすすめるからかもしれない
とういうのは医者でも相手が生活保護だったり何か貧乏でも国から補助されたりしていて金がもらえとふんでいるからである、そして別に一般の人でも医者にかかると必要のない医療とかを受けさせられる

現実に近くの病院で認知症をみるCTとかを受けた、でもそれは何の役にも立たないものだった、それは病院でもわかっていた!
それで3万もとられた、3万は安いようで一割負担の後期高齢者だから実際は30万にもなっている!
その人は5万だとしている、でもその負担は大きいのである
結局福島県でCTを撮れる機械があるのは二台だけである
あとはそういう高度の機械ではないのである、それは前からわかっていて金のためにそれをすすめただけだとなる
普通だったら専門家はそのことを知っているから奨めないのである
でも金のためにすすめる、その機械自体が高価だから利用しないと病院経営もしていけないとかなる

つまり何か他でも医療は相当な無駄がある、それが保険で安くなるから気軽にかかるとなる、それが今度は国民健康保険とかのみんなの負担になるのである
なぜ医療費がこんなに莫大なものとなってもう限界だとなるのか?
それはこのように医療は無駄なものが多いのである、延命治療とか終末期医療になるとここでも相当な金がかかる、だからそうした手厚い医療はいいようでも最後は苦しめるだけだとして治療をしない方がいいともなる
ただこの判断は実際はむずかしいから議論になる

でもこれから2025年問題がありそこで団塊の世代とかが病気とか介護になる人が増大するそこで日本の手厚い保険制度がありそれはいいものでも負担しきれないとなり国がつぶれるとまでなる深刻な問題になる
とにかく介護で苦しむ人が増えて来る、この辺では原発事故で介護士がいないとか青森県に送られて介護してもらっている
でもその息子も実は生活が苦しい、でも何か小遣いとか足りない金を送っている
だから親を活かすために苦労しているとなる
これは金銭面だけではない、介護は必ず人手が必要でありそれをすべて金でまかなうことはできない、この辺で認知症の親を息子が殺したという事件でもそうである
こういう事件は日常的に起きて来る社会にもなる

そしてなぜ医療費の無駄が多いのか?
それはコロナウィルスで証明された、不必要でも医療というのは日本では保険制度があり病院にかかれる、アメリカだと金がないと保険に入っていないとかかれない
だからアメリカでは医者にかかれず死ぬ人がでてくる
日本では逆に不必要でも病院に行きみてもらいるからそこで負担が大きくなる
今日本が経済的に落ち込んで苦しくなっているときその負担に耐えられなくなる

コロナウィルスでわかったことは大病院でも軒並み病院にかかる人が減って収入が激減した、それで結果的に4兆円くらい保険の支出も減ったのである
つまり4兆円分は別に病院に行かなくてもなんとか患者が耐えられるものだった
またそうでなくても医者にかかれないから危険だからひかえてそうなったのである
医療にはそれだけ無駄が多かったしそれは言われてきたがそれがなかなか節約できないのは命にかかわることでありあなたはもう治療しても直らない死んでくださいと言えないからである、ただ介護する方になるともう死んでくれとなる

それは自分自身が思ったことでもあった、それは誰でもそうなるのである
一時は二人を同時に介護する恐怖があった、それも意外と一人は認知症でも二年半で死んだしもう一人は5年くらい介護しても一週間前までポータルブルトイレに行っていたので
なんとか介護できた、それがオムツとかなると相当な負担で耐えきれないとなっていた
私自身が何かずぼらでありそういうことに向いていなかったからである
その時自分自身も病気になり二回も入院していたのである
自分自身が病気でも介護する人がいないからそうなった
その時助ける人が自分自身しかいなかった、それでさんざんな目にあった
そのことをプログに延々と書いてきたのである
介護は金だけではできない、人手が必要になる、それも愛情をもてる人でないと本当はできない、でもそうでなくても介護自体が負担なのである
だから早く死んでくれないかなと誰でも思うのである

でも死んでみるともっと親切にしていたらと後悔する人も多いのである
そうして悩むのが介護だとなる、自分の場合は介護して良かったと思っている
最後は認知症になっても私の介護したことを認めてくれてわかってくれて死んだからである、認知症の怖いのは馬鹿になったのとも違う、人間としてわかることがある
この人は冷たくしたとかわかる、すると恨んで死ぬということがあるのだ
そのことが死んだ後に怖いとなる、私がずぼらでも介護できたのは60まで身の回りの世話をしてずっと良くされたからである
それは普通ではありえないことだった、それだけ世話になれば自ずと介護する動機があるだからできたのである、他の人はそうした動機がない、金だけでは介護とかはできない
その金すらたいしてもらえないとなると余計できないとなる

いづれにしろ高齢化社会の問題は病気であり介護であり金もかかる
その金でももう食べることもできないような人がいる、日本全体でも5パーセントが電気水道ガスがとめられる、家賃でも払えない人がいる
5パーセントというと少ないようでも多い、100人で5人であり一千万人で50万いるとなるとそれなりの数になるのだ
その人たち月末に電気、ガス、水道代が払えないのである
それでそれを取り立てる仕事の人が嫌でやめたともいうのもわかる
相手は払えない人たちだからである、そうして最後は住む所もなくなりホームレスとかなる、コロナウィルスではそういう人もでてきた

日本が今や三等国だというときもう福祉とかに金が回らない、医療にも回せない、生活保護でも最低の生活費がもらえない、医療費もただではない、必ず負担がある
そうなると人間は餓死するか、病院にもかかれず早めに死ぬことにもなる
現実そうなっているのだ、もう無駄ができないのが日本なのである
だから高齢化社会は実際は金がないとかだけではない、弱い者は生き残れない
淘汰されていくほかない、手厚い福祉とか医療とかはもう受けられない覚悟が必要になるのかもしれない、それだけ国にも余裕がくなるなからだ

ましてや氷河期などが非正規とかが60以上とか70以上になったらもう悲惨である
生活保護も受けられない、国民保険は雀の涙とかなり死ぬほかなくなる
とても手厚い医療は受けるのは無理になる、だから病気になったら医療も受けられず介護もなく死んでゆくことになる、その未来はもう見えているのである
元気な人は生きてもいいが弱ったら老人は捨てられる、だから健康には気を付けろとなるか貧乏なると栄養すらつけられないのである、だから高齢化社会は闇黒ともなる
それも2025年とするとあと5年だからすぐなのである

2020年09月13日

江戸時代の時間感覚 (50年で良田とする政策ー津波、原発事故の復興も50年かかる?)


江戸時代の時間感覚

(50年で良田とする政策ー津波、原発事故の復興も50年かかる?)

地頭と肝入とが協議して以下のように合意した。つまり彼らは,耕地が「良田」になるまでに50年はかかると見込み,年貢はこの期間「本銘」( ほん めい
本免:本来 ほん めんの年貢)の1/2〜1/3とすると決めたのである 

本来の年貢率を50%(五公五民)とすれば,この年貢率は250〜1 . 67%であり,しかもそれを50年維持するというのである。 


50年かかるとしたら木の育つのと同じ年月である
江戸時代の時間感覚は今と違っている、でも今でも木が育つには50年かかるから自然の時間感覚は長い、今の時代の感覚はとにかく早い、短期的にしか動かない
今直前のこと今利益になるかどうかがすべてである、それで長期的視野を持てないのである、今すぐ成果を上げろであり2年先3年先も考えない
だから国家百年の計などありえないのである
上に立つ人も政治家でも今得すれば今地位があり得することだとしかないのである

ただこの50年という歳月には驚く、例えばこの辺の農業の復興は放射性物質の汚染で復興するのにどれくらいの時間がかるのか?
それはもう不可能であり耕作放棄地になった、そうなったのは時代もある
江戸時代はみんな農民であり農業で生活する他なかったからなんとか土地を利用して食糧をえなければ餓死してしまうからである
だから戦後でも引揚者が一千万単位でいたとかなるとその人たちはどんな不便な不毛の地にも入って農業するほかなかった、それは過酷なので半分はやめたとなる

ただ時間の感覚が短いと長期的視野で物事がすすめられない、今すぐ成果を上げろとなると落ち着いて事業でも取り組めないのである
会社では金融系だとただ社員にノルマを課してとにかく成果を上げろとなる社員は客をだましてでも投資信託とかを売りつけることになる
それでノルマを果たして認められるからである
でも会社の将来を見て苦境を乗り越えるということ何か時代にあった事業に転換するとか長い目で仕事ができないのである

何かあらゆることで簡単に短い時間で成果が出にくい、株式投資でも10年くらい長期的視野でみないともうからない、なぜなら株は必ず10年単位になれば下がったり上がったりするからである、それでリーマンショックのとき半分に下がった株が元にもどしそれからまた上がった、もしそれを銀行の営業マンが売らなかったら相当にもうかったとなる
どうも長期的視野で事業でも仕事をするということが現代は合わない
それだけ変化が激しい時代だから合わない、また農業とかなると自然のリズムに合わせるから林業でも50年過ぎないと木が育たないとするとそのリズムに合わせるほかないから長期的視野に生きることに自ずとなる

それにしても50年で良田になるというのは長すぎる
おそらくこの辺でも農業とか林業とか漁業でも50年過ぎないと復興するとかなったらそんなこと誰もしない、だから若い人は流出した、農業とかの時代ではないからである
漁業、農業、林業などは衰退産業であり誰も跡を継ぎたくないとなっていたからである
それより原発が収入になるとなっていたので地元は積極的に誘致したのである
工業時代と農業時代の相違があってそうなった

おそらく国家百の計とか言う時代は農業とか林業とかの時代だった、それが江戸時代であり明治以降でも戦前でもそうだったのである
そこではもう目前の利益しか考えられない、今金になるかどうかである
それで何でも急ぐ、そこにも落とし穴があった
目前の儲けを優先するから安全がないがしろにされた

急いで富は得られない

これも真理である、結局原発事故でもそうだった、目先の利益を優先して安全を計らないで大失敗になり大損失になったからである、それで今になって事故のあった原発に津波を防ぐ防波堤を東電で作ったのである
なんだ、簡単に作れたとか見る、そんなものすら科学者が警告していたのに作らなかった
コスト削減のために作らなかった、それが大損失を招いたのである
それはとにかくまず利益優先でありそれしか事業者にも頭がない、長期的視野がもてないのである
原発は一企業の事業というより国家的事業なのだからそんなに利益優先ではできない代物だったのである

そして人間の弱点は自然の時間とかと違って長い時間の歴史を考慮するのが苦手なのである、なぜならもう一年前でも何をしたか忘れている
次々に新しいことが起こり過去は忘れてゆくのが人間なのである
だから自分で描いたプログでもこんなことを書いていたのかと忘れているのである
だからただ何でもいいからメモしろとか記録しろというのは本当である
とにかく人間は忘れやすい、また一人の人間が死ぬと急速にその人間自体を親でも何か不確かなものとなり忘れてゆく、ましてや他人の死など次々に死ぬから遂にはそんな人いたのかどうかともなる、もう膨大な人が次々に死んでゆく、そしてその人がもう本当に存在したのかどうかわからなくなる

すると墓でもあればこの人が存在していたのだ思い出す効能はある
墓がなかったら文書の記録とか言い伝えだけになり実在感がさらに消失してゆくのである
いづれにしろ放射性物質に汚染された復興は本当に長くなる、30年過ぎてやっとセシウムの放射線量が半減するとかなる、もう溜池の除染など徒労だと思う
回りの森から放射性物質がまた流れてきてたまるからである
そこに莫大な金を兆円の金をかけることが無駄だともなる
それよりプルトニウムの毒が消えるのに二万年というのには驚くし何なのだろう理解できない、それほど放射線の被害は恐ろしいものだったともなる

時間の感覚として江戸時代のようであったら50年というのはありえる
でも今なら技術が発達しているから来年でも元にもどないとやっていけないとなる
それよりほかに移って別な仕事を探した方がいいとなり若い世代は移住して残されたのは老人だけなのである
ただ良田にするまで年貢をも低くされたし一応米もとれるとか飢え死にはしないとかありそうして50年かけて良田にするともなった

それも50年間もの先を見込んで年貢を低くしたというのは驚きである
ただ正直今ではこの時間の感覚は理解できないし誰もそんな時間をで物事を考えることもできないのである 、為政者でもそんな時間感覚がない、第一首相でも一年毎に前は変わったりしていたからである、そうなる年期一年とか二年でありその時間で物事を決める
そして自分の利益にすることをすればいいとかなってしまうのである
ただ自分たちの派閥の利権とかで動くとかなる
ただ当時は農業主体の生活だからそういう発想もできたとなる
封建制であり領主が変わらないとか時代の変化のスピードが遅いからそういうことができた
それだけ長い時間で考えることができたし自然とはそういうものであり急激に変えられないという感覚がありそうなっていたのである

ただ一個人の人生でも百歳までの人生を考えられない、だからたいがい若い人は60くらいで死ぬから老後を心配しない
でも百歳人生となるともうどうしていいかわからないだろう、金銭的にもそうだし会社員だった人は退職して何をするのかともなる、それだけの長い人生があるということはライフワークをもって何かを追及するにはいい時代である
たいがい少年老い易く学成りがたしとなっていたからである
でもなかなか老いないとなると老いたとしても先が長いとするとそれだけ余裕をもって生きることができるとはなる



あとがき

国会国立デジタル図書館でこうした論文が読める、最近はアクセスしなかったが何かと電子空間では検索できる、ただ検索の方法がわかりにくい
それでも図書館は意外と調べものに不便なのである
キーワードで調べることもできない、また本を一冊一冊調べてコピーするのが手間なのである
だから図書館にはもうここ十年一回くらいしか行っていない
何か調べたり書き物するには自分の家が図書館になっていないとできない
それが古本が安いとか自分なりの図書館が作れる  

すると学者の論文も読めるから引用して自分なりのものを探求して書けるのである
ただ検索が意外と不便であり方法がわからずにうまくいいものに当たらないということが問題である
インタ−ネットは商業用にもなって商売の宣伝が増えたのでそれでいいものに当たるのがむずかしくなった
ただ国会国立図書館なら学術用の図書館だからいいものに当たるとなるが全部は読めないのである   

それで自分でも蔵書を検索できればいいと思った
すると検索してそれを編集すると自分なりのものが発表できる
それもまためんどうだとはなる、何かインタ−ネットは便利なのだけど手間なのである
これが省けないのである、それで何とか自分のプログでもワードプレスで見やすくしようとかフェフブックとかしようとしたができない
ホームページを創り直そうとしてもそれもできない、手間でできないのである


posted by 老鶯 at 14:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連