2020年09月28日

秋の夜、虫の音(亡き家族を偲ぶ短歌20首) (愛は消えず死者も生き続ける)


秋の夜、虫の音(亡き家族を偲ぶ短歌20首)

(愛は消えず死者も生き続ける)


(母を偲ぶ)

夜の更けて厨(くりや)に一人かたずけや幽かに虫の鳴く声聞きぬ

我が母の厨に長く働きぬその日を思い虫の音を聴く

窓の外に月は傾きうつりゆく虫の鳴く声幽かに聴きぬ

我が家に嫁ぎてあわれ母なりき虫の音幽か厨に聞きぬ

我が母の悲しもあわれ今にして偲ぶや窓に月の見ゆかな   

我が母のしもやけ哀れ厨にそ苦しくもあれ長くありしも  

(姉をしのぶ)

姉と母もの言わざるもなほ我を見守りあらむしのびけるかな

姉と母消ゆるにあらじ悲しかな我を見守りここにしあらむ

我が姉の誇りにせしや柱かな死して我がよりしのびけるかな 

争そうも憎しみは消え三人が深く結ばれ離れざるかも

ほがらかに笑う姉なりこの家に力を与えて我は育ちぬ

(父を偲ぶ)

我が父のこの土地買いぬ苦労かなあしき土地しも尊きものかも

我が父の酒屋の丁稚に勤めけりその苦労に建てし家を思いぬ

遠つ祖(おや)苦労のありて今の富ありしを知れやおろそかにすな

(兄をいたむ)

我が兄の悲しかりけりその痛み思ふがゆえに墓の建てしも

(家族みな逝く)

我が家族みな逝きにけり我一人供養し守る秋の夜ふけぬ

我が家族死してもなほも何をかを語れるものや秋の夜ふけぬ

もの言わぬ死者にありしも残される者の語りて生きるものかも

雨しとと彼岸のあとに我が一人花をさしつつ墓に偲びぬ

人死して偲ぶやあわれうつる時面影浮かび秋の夜ふけぬ

我が家族悲しむものは我が一人世は冷たくも偲び悲しも

冷たき世家族のなきを悲しかな我には深き愛の思い出

人の世の別れし悲し逢わざりき愛に結ばる人は離れじ

悲しみて熱き涙を流せしを愛はたやすく消ゆるにあらじ

人死してもの言わざりしもなほ愛の通いて深く結ばるものかも

この家に我ははぐくまれその日々やかえらざりしも愛は通いぬ



人間は死んでみてまたわかることがある、姉が死んで10年も過ぎたのも早い
次に母が死んで3年以上過ぎた、たちまち時は過ぎる
でも不思議なのはこうしてやはり死んだ人でも思うことである
死者は死んで確かに形姿は消える、でも何かがやはり残っていると感じる
それは何なのか、そうでなければ人は何も思わないだろう
それはやはり家族は愛で結ばれているからその愛が残っているとなる
愛は依然としてそこに残り通じているとなる
ただそれは見えないのである、でも見えなくても何かが通じている
それが愛である、愛は人を結びつける、だから死んでも消えないのである

私の家の場合は特殊であり60年間一緒にいた、それも普通の家族ではなかった
憎しみ合う家族でもあった、でもそうであっても60年も一緒にいれば憎しみも愛に変わっていたのである
私は特に良くされた、こうして家族への思いが深いのはそのためである
そうでなければこうはならない、結婚したりしたらまた別になっていた
60年間私の世話をしてくれたのである、だから楽だったのである
そういう特殊な家族故に忘れられないとなる

ただ不思議なのは母のことはあまり思っていなかった
第一母はこの家に嫁ぎたくなかったのである、でも前の夫が事故で死んで仕方なく嫁いできた、子供の時は継母に育てられ不幸だった
そのあとも不幸があった、だから嫁いできても必ずしもここがいいとは思っていなかったのである、それは仕方なく嫁いできたからである
そしてずっと90過ぎても厨(くりや)に台所仕事していたのである

それで奇妙なのは今度は一人になり自分自身が食事の用意のために厨に立って料理をする家事をする、その時母のことを偲んだのである
つくづくこれもカルマだった、そこで母の気持ちを理解する
店をしているとき常に食事中でもお客さんが来て立っていた
それが嫌だった、でも今になる自分が必ず食事中に何かたりなくて台所にゆく
だから必ず食事中でも立たざるを得なくなった、だから人間は特に親のカルマを受け継ぐ親と同じ苦労を強いられるのである、そうして親の苦労を知るのである

とにかく何か家族にはそれぞれ違った物語があり複雑である
だから他人の家族は理解するのがむずかしいのである
自分の家族を理解することはできないだろう
母親が二人いたともなるからだ、家族とは何か必ずしも夫婦がいて成り立つとも限らないまた家族でも親子で愛し合うともならない、兄弟でもそうである
遺産争いで絶縁したなど良くある話である
それが人間の残酷さである、たいだいは「金の切れ目が縁の切れ目」である
そうしてみんな去った、金になるかならないいかしか見ないからだ
そうなると人間は本当にはかない、死んだら何の関係もないとなる 
ただこんなに人間関係が冷たくはかないということは実感しなかった
だからこそ余計に愛ある家族を思うようになったとなる

ともかく愛で住ばれたものは簡単には消えない、ただ家族の愛でもやがては消える
消えない愛は神への愛なのである、それは永遠なのである
ただこの世では家族の愛が一番の愛なのである

とにかく人間は親を偲ぶというとき代々つながりを自覚する、今あるものは先祖によって作られたものでありそれを自覚して感謝する、だから原発事故とかで故郷が消失したときそこに失われたものはこうした親とか先祖とのつながりになる
それは普通は自覚しないからだ、人間は何か失ってみて深く自覚する、生前はあまり感じないのである
死んでみると惜しいとか深く思うようになる、何が価値あるものか生きている時わからない

生きている時ただ金だけだとなる、死んでもそうなる人もいる
遺産だけが目当てだともなる、それは人により家族により違っている、それだけ人間関係は家族でもそれぞれであり複雑だからそうなっているのだ、ただ死んでから死者を偲ぶということは深い愛があってできることだとなる
なぜなら生きている時なにか装うことができる、金のためでも親に孝行したりする
でも死んでから何も感じない人もいる、金にならないからとなり関係もなくなり関心がなくなるからだ
一般的にはそうなるのが多い、でも私の場合は特殊な家族で家族への思いが深くなったのである