2020年10月31日

佐藤優氏は創価のプロパガンダ (この人を優遇するマスコミも同類になる)


佐藤優氏は創価のプロパガンダ

(この人を優遇するマスコミも同類になる)


なぜ佐藤優氏は創価学会の選挙活動にしか役立たない本を書いたか --- 島田 裕巳


「AERA」の部数が回復した背景に「学会パワー」か?


第一庶務室長だった長谷川氏は、「池田先生を尊崇( そんすう)する人は創価学会に残れるが、御本尊を信仰する人は創価学会に残れないよ」などと指導するのです。
 つまり、大御本尊(即日蓮大聖人)より池田大作が上であるかのような指導をするわけです。さらにこれは、公明党議員
 

●池田大作がミイラ化され神格化される? 

そもそも創価とは何か?それが問題になるのは信者が多いこととその信者が政治活動する一票とることが至上命令になる、なぜなら選挙に勝つことが仏法の戦いとしているし
池田大作先生のために選挙に勝つことが至上命令なのである
だから座談会に集まり池田先生のために一票をとり権力争奪を祈るのである
完全に政教一致なのである

ではなぜ政教分離をしない宗教団体が放置されているのか?
それは自民党に味方すれば許すとなっているからである
つまり自民党に逆らわない限り許されるのである
その責任は実際は自民党にもるとなる、創価の票で自民党が維持されているからである
もし創価の票が左に流れると自民党は政権を維持できなくなるというアキレス腱がある
つまり持ちつ持たれつの関係になっている

そこには宗教と政治が完全に一致している、池田大作が死んだらミイラ化するという計画もあるという、これほどまでに神格化して偶像化されるのはなぜなのか?
でもよくよく考えるとソビエト連邦でも書記が神格化された、それは葬式でそうなった
まるで神のようにして葬られたからである
だから創価でも共産主義とは違っていても反対でも全体主義になるとそうなりやすいということである
これも偶像崇拝の一種なのだと思う、池田大作の神格化もそうである
それが誰がしているのか?それは会員に強制もされる、そういう団体に入っていればそうならざるをえない、みんながそうしているから従わざるを得ないのである

そういうことは別にナチスでもそうだしソビエト連邦でもそうだし日本の神国戦争でもそれと似たことが起きたのである
だからそういうことは人間社会で起きるのはめずらしくないともなる
何か社会を治める支配するには宗教も道具となる、本来の宗教はそういうものでないにしろカトリックの歴史でもわかるように政治支配の道具となる
マキャベリは権力をとるためには手段を選ぶな、宗教でも占いでも何でも利用しろと説いた、池田大作も権謀術数の三国志を教科書として教えていた
いかに権力をとれるかが目的としてそういう本を教科書としていたのである
そして菅首相も愛読書がマキャベリだというのもわかる
政治権力の生々しい場にずっといればそうなる、そこで二世議員とかが既得権をもっていてなかなか思った地位につけずとかさげすまされたとか恨みになる
そういうことは常に会社でも権力闘争が起きている、それは人間の業だとなる

●創価がなぜこれだけ社会勢力となって影響するようになったのか?

それは戦後戦争に負けて精神的支柱が喪失した、天皇を神と崇めても私は神ではないと宣言してから支柱を失い、焼野原になった後に創価が生まれた
そしてその時代に集団就職とか東京に人が集中した、地方から人が膨大に集まった
その人たちは団地に住んだ、だから団地の宗教と呼ばれた
団地で会合がありそこで仲間の絆を作ったのである
一旦そうして絆が作られるとそれが何であれ人はそのコミ二ュティから離れられなくなる
それで政治的に九条でも自民党となって改憲するとかなり反対したら創価の人たちから追放されたと嘆く会員がいることがわかる
それはキリスト教会でもどこの宗教団体でも同じなのである、そこに仲間意識が生まれるとなかなか離れられなくなる
例えば内部で池田大作批判している人がいる、その人でも創価という組織自体は維持しようとしているのである、そこに内部と外部とは根本的に違ったものとなる

創価は何なのだろうという時、それは宗教を利用して政治化して権力争奪を目指す団体である、だから天皇の宮内省まで信者が入っていて工作していた
それから佐藤優が外務省の出であるとき外務省と創価は深い関係にある
なぜなら池田大作が外遊するとき外務省が援助していたということで問題になったからである、つまり創価は権力をとるためにあるゆる工作をしている団体である
なぜなら目的が権力をとることだからそうなる、それは中国とか韓国とか日本の政治に影響するために工作員が入れるとにている、そうして内部から日本を乗っ取る計画をしている  

マスコミは完全に掌握されている、福島民報は聖教新聞を刷っている、だから池田大作礼賛の記事をのせる、マスコミが信用できないのはこうして常に巨大な権力団体から金をもらっている、宣伝費で成り立っているからである
電事連からは800億円も宣伝費がでていた、その宣伝費で原発に反対させないようにしたのである
潮とかは二番目くらいに原発を推進させる記事をのせていたことで問題になった
つまり佐藤優だけではない、創価のプロパガンダになっているのがマスコミであり様々な団体でもそうして批判させないようにしている

例えば大成建設と創価は密接な関係がある、富士山の正本堂を建てたのは大成建設であるそこに深いつながりが生まれた、それで創価では一定数の創価大学卒業者を入れるとかある、座談会が団地で行われそこは大成建設の社員だったのである
そして国土交通省の大臣が公明党になっていることはそれは強力な権力を握っているともなる、創価に従わない会社には仕事を与えないとかにもなる
完全な政教一致であり創価に従わないのものは罰当たるともしている
宗教は何かあると罰当たるとか地獄に落ちるとかなる、そういう宗教が権力をもったときどうなるのか?
従わない者には罰を与えることもできるのである、だから警察関係者に創価が多いというのもわかる、自衛隊にもいた、どこにでもいるがその人たちは権力をとるためにそういう地位を利用するのである、工作員にもなるのだ

●創価と共産党は同類?

その原因は社会にある、戦後拠り所を失った人たちが入った、それは宗教を求めたのではない、ただ御利益と仲間を求めたものとしてはじまった
だから宗教の基本である、良心とか心の問題は一切関係しない、人格などもどうでもいい悪辣な人間でも普通にいる、また創価を利用して商売しようとか政治家になろうとする野心家とか雑多な人間がいるしどんな人間でも受け入れる、ただそれは一票として受け入れるだけである、あとは一切関係しないのである
何かあったら信心がたりないで終わりであり一票になればいいだけである

ただ現実問題として名古屋の住宅地帯で見たのだがそこは創価と共産党の宣伝ビラが貼ってあって二つに分かれている、底辺層が必ずどちらかを頼りにする、すると支持層が重なりどちらかに入っていないとそこに住めないとまでなる
どっちかに所属していないとそういう場では住めないとまでなるのである
どちらもそういう頼ることのできない底辺層を支持層としているから創価と共産党は犬猿の仲になったのである

ではなぜ創価が放置されているのか?それは自民党と一体となり支えているからである 自民の議員が創価の票が入らないと当選できないとかなってそうなる
でもここが自民党のアキレス腱になる
なぜなら創価はの票はすでに百万票単位で減っているこれからも減りつづける
やがて自民党も頼りにできないとして捨てることもありうる
それだけの票を維持できないからである
もう創価の会員は増えない、座談会に集まるのは老人だけであり老人クラブになっているというのもわかる、創価はもう崩壊しつつあるのだ
ただ崩壊するとき混乱する、そこで財産が問題になり財産を得るために内部抗争が起きるともなる、もともとが権力を得るために集まったのだから内部でもそういうことが起きて当然なのである

ともかく宗教が集団化したとき別なものに変質した、寺は城と同じでありそこに逃げこめば罰せられないとかともなっていた、寺は僧兵によって武装されていて一つの城であり
武士も立ち入ることができなかった、だから信長がそこはつぶしたのである
それは敵対する武装集団と見ていたからそうなった
そしてその僧兵とかが武士になったというのもわかる、僧侶となると弱い人間をイメージするが全くそういうことはないものがあった
僧兵が武士になるのも当然だとなる
そういうことは今だけではない、常に歴史であった、一向宗などでもそうである
蓮如とか大阪に信徒の城がありそれは武装集団だから攻撃されたのである
島原の乱でもそこに浪人などが集まりキリスト教信徒だけではない、そうした浪人が集まり徳川幕府に抵抗していたのである
徳川幕府を倒して権力を争奪しようとしていたのである  

●池田大作は内村鑑三とか比べようない俗悪な独裁者

とにかく佐藤優が内村鑑三とかキリスト教を語る時もそれもでたらめである
内村鑑三と池田大作は全く異質の存在であり比べようがないのである
内村鑑三は単独者でありわずかなな会員の教会ですら批判して所属しなかった
教会とは牧師に支配される、牧師がいらないというのがプロテスタントなのである
カトリックでは牧師が堕落したからである
宗教が団体組織化したらそれは巨大な権力となる、それがやっかいなのは必ず神仏が味方するとか逆らうものは罰があたるとかなるから政教一致になるから問題なのである
ただ一人の預言者ならそういうことはありうる
でも団体で祈りそういうことを言う時は権力でそうさせるのである 

だから宗教というより宗教を利用した権力団体であり武装した団体と見ていた方がいい
暴力でしないにしてもあらゆる団体組織に入り込んでそこで影響力をもち権力を掌握してゆく、それが日々の信心の活動なのである
創価の方がオウムなどより社会の底辺に浸透して権力中枢にも入り込み操作するから怖いのである、それは意図的にそうしている、でも会員はそういうことを知らないということもある、でも毎日二十四時間、三百六十五日選挙活動していたらわかっていもいいはずである、本当に選挙の二年前らか選挙の準備している、日常活動が選挙活動なのである
座談会も票を集めるためのものであり選挙に勝つことが至上命令なのである

こうして創価のプロパガンダになるのは多い、知らずになっていたりする
マスコミとかは完全にプロパガンダである、だからある時は原発のプロパガンダとなったり新聞なら消費税を8パーセントにおさえられたとか政府のいいなりのである
そういうものを信じられるだろうか?
福島民報であれ信じられないとなる、つまりこうして権力によって政府であれ創価であれ他の巨大会社であれ社会は操作されているのである

ただそういうことを何かインタ−ネットとかyoutubeで指摘されるようになった
ただまだまだ大衆はそういうことにうとい、だから結局ナチスが選挙から生まれたように同じ過ちが繰り返されるともなる、
つまり批判できないでいるとそれが巨大化してもう何も言えなくなる
反対すれば共産主義の国ののように刑務所に入れられるし粛清されるとなる
だから宗教全体主義でも共産主義でも似ていると思った
ソビエト連邦の書記が神格化されてように池田大作がミイラ化されて神格化されそれで信者を支配しようとする手法が似ているからだ
共産主義はそういうことを否定していても何か同じになるのは全体主義国家はそうなりやすいいうことである

●原発事故も権力化してタブー化して大事故になったから同じ 

それは原発事故でも同じだったのである、「安全神話」は政府であれ官僚であり検察であれマスコミであれ一体となり強力に作られていたからだ
それを批判することはできなかった、地元では金をになるからと容認されていた
地元の問題は原発に反対したら故郷に住めなくなったのである
村八分にあい住めなくなった、逆に原発事故で地元の人は故郷に住めなくなったのである
つまり権力の巨大化は危険なのである、権力によって「安全神話」が作られタブー化されると何も言えなくなる、それが巨大な事故とつながっていたのである
創価でもナチスのようになり誰も逆らえなくなることはありうる
ただこれから会員は増えない、もう減るだけでありそうなると影響力はなくなる
そして自民党に捨てられる、そしていづれ消失してゆく
そういうことがすでに始まっている、票がとれなくなったら終わりだからである
宗教は別に票がとれなくても会員が増えなくても一人でもありうる 

つまり人間の問題としてどうして権力を制御するとか抑えるとかが問題になり三権分立ができた、それでも権力を操作することがうまくできていない
民主主義も今でぱこれだけ数が多くなるとポピュリズムとかファシズムとなりやすい
大衆はテレビで洗脳して従わせる、ただマスコミが衰えるとインタ−ネットになるとてかなかおさえきれないのである
それでアメリカの大統領選挙でも選挙で決められない、つまり選挙は無効だとしている
実際日本だって50パーセントしかの投票率がないのだから無効だともなる
つまりもう民主主義の基本の投票が成り立たなくなっているのだ
そして最後はアメリカでも武装じて銃をもって戦うとしている
つまり最後に決着するのは暴力だとなって時代の逆行になる
南北戦争になもなってしまうとなる  

とにかく佐藤優を賞賛したりして週刊紙とかにのったりマスコミでとりあげるのは背後に巨大な権力団体の創価がいてそれで読者が増えるとかで受け入れる
それでアエラが称賛記事を書いて読者が増えたとなる、なぜならそれだけの信者がいて本を買えばそうなる、今本が売れないとなれば余計にそうなる
新聞でも本でも何か金がかかりすぎるのである
印刷するにも配るにも金がかかりすぎるからその金をがないからそうした権力団体に頼るほかないのである、インタ−ネットは金がかからない、プログなど無料である
でも何か私でも発言してきてこんなものでも写真はのせられるしマスコミと同じようなことができるのだと驚く
ただ読まれることが至難である、そこがマスコミとの大きな差である
ただ最近はテレビはほとんど見ない、新聞でもたまに日経を見るくらいである
書店には行かない、読むべき本は自分の関心にもとづいて通販で買うとなる
書店には本が少なすぎる、百万分の一しか置いていないとかなるからだ
だから書店は魅力ない場所になったのである、図書館でもそうである
自分が関心になるものはインタ−ネットで得られるからだ 
それで民主主義が増進させるのかとなるがインタ−ネットにも問題があるからいちがいには言えない、ただ強力な武器とはなっている




創価学会尾は「総体革命」と銘打って学会員の優秀な子弟を官界、法曹界、経済界、マスコミ界、教育界などの各分野に送り込み、枢要な部署を学会員で占めることを画策し、その一環として外交官の輩出にも注力してきたようなのだ。


インド大使を務める学会員キャリア外交官第1号榎泰邦氏を中心に「大鳳会(おおとりかい)」が結成され、会のメンバーはキャリアから在外公館の現地採用組まで含めると300〜400人に達するとの声もある。平成17年現在で創価大学の卒業生が41名、外務省内の中級職、語学研修員など、あらゆるスタッフも含めれば、同省内の創価学会信者はゆうに400人超と指摘されているそうだ。

佐藤 優は外務省出身でそこで創価会員に洗脳されてプロパガンダになった





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秋の日、柿(寝そべる牛)


 秋の日、柿(寝そべる牛)  

  cowroots11.jpg                      


秋日さし牛の寝そべり木の根っこ

秋日さし牛の寝そべり山を見る

牛数頭寝そべり陽さし柿なりぬ

墓地ありて昼の静かに残る虫


牛と木の根っこの写真がとれた、ただ夜の状態のままにしていたので失敗した
カメラはいろいろとめんどうである、自動にしていればきれいにとれた
ただこれは写真になる絵になる景色だった
これも一回見逃すとあとはとれなくなる、つまりここに牛がいつもいるとは限らないからだ

木の根っこは自分の家の庭にも置いた、飾りとして置いた、木の根っこと牛はあっている木の根っこは何か残ろうとしているものである
根っことして残るものを象徴している
それは何か死者をイメージしたり歴史でも古いものを残ろうとする

木の根っこは大地に深く根を張っていた、だから根っこだけでも残ろうとする
残る意志を感じる、それは老人にも見える
ともか臥牛山とかあるのもわかる、牛と山は相性がいい、どっしりとして動かないからだ
ここは原町の郊外であり原町は広い、野馬追の馬もこの辺では飼われている
牛も飼われている、ただ原発事故以後は減った、やはり放射性物質の汚染が影響したからだ

今日は秋晴れであり気持ち良かった、丸森に行こうとしたが遠い、原町くらいだと疲れないのである、飯館村まで行ったら疲れて一週間くらい疲れがとれなかったからだ
それだけ体力が弱ったのである

まだ残る虫は鳴いていた、もうすぐ冬である、今日はあたたかい、明日もあたたかいから出かけるにはいい時期である

十年一昔 (津波も原発事故も忘れられる?)


十年一昔

(津波も原発事故も忘れられる?)


何か私のプログのアクセスが半分くらいに減った、訪問者はさほど変わらないが記事が読まれなくなった
一か月に十万ページビューくらいあった、二つ分がありダブルからわからないが津波と原発記事が読まれたことが間違えない
それらが減ったということは想像できる
俳句とか短歌とか思想哲学とか文学とか宗教とるとそもそも読む人が限られているからだ
たニュースとかなると読むし読まれないと意味がない、それで常にニュースは読まれる
また大衆向けのものはyoutubeでも見られるとなる、それはテレビと同じになっているだ
ただそれも一時的であり飽きられる、継続的な価値あるものはその人が死んでからも読まれる
つりその時々のアクセス数とかとは関係ないとなる
作品にしても後世に残るようなものはかえって今の時代には読まれないことがあるからだ
その価値を判定することができないことがあるからだ
でも非常に難解なせのでも評価されるようなっているものがある
だか数だけを求めるとそれもはかなく消えてしまう

とかく内部ですら何か関心がなくなってきている、津波のことを今も放送している
それを語っていたとしても何か見ない、もう飽きたとかもなる
それだけ十年過ぎると関心がなくなる
第一津波の時に生まれた人は十歳になっているしまた津波以後に生活を変えた移住した人もそうなる
だから津波でも原発事故でも他所に移住した人は子供でも故郷の意識がなくなる
移り住んだ場所が第二の故郷だとなってしまう

十年一昔というのは本当にそうだと思う、あれだけのことでもそうなってしまう
内部ですらそうだとしたら外部ではさらにそうであり関心がなくなっている
新しいことが起きてコロナウィルスとか起きて忘れられてゆく
関心が常に変わっているからだ
ただ原発事故はまだ廃炉事業とか具体的に被害がつづいているので関心がある
でも津波に関しては何か忘れてゆく、関心がなくなってきている

ともかく人間ほど忘れやすいものはない、死んだ時点から人は休息に肉体も消失するからその存在もあいまいとなり忘れられる
そんな人いたのかとなるのが普通である、その人が存在したかどうかすらわからなくなる死者は死者から何か働きかけることがない、生者が働きかけない限り死者は存在しないともなるからだ、死者は何か自ら主張することがないからだ

いづれにしろ人間でも70過ぎるともうすでに半分はあの世に移っている
この世にいたとしてもこの世はただ消え去る場所になる
そして次々に身近な人でも死んでゆく、無常を感じることが多くなる
つくづくさよならだけが人生だというのを実感する
この世で逢うということは別れることであり二度と逢わないことである
そして自分の場合は性格もあるが何かもう一度会いたいという人もいない
ただ家族は長く一緒に暮らしていたから会いたいとなるが他は逢いたいという人がいないのである
だいだい人間は金の切れ目が縁の切れ目である、今は特にその傾向が強い
人間のつながりとか共同体とかが喪失しているからそうなる

ただ津波で家族を失った人はまだ忘れられないということがある
それでも十年過ぎるとだんだんあきらめがついて何か遠い存在となってしまう
つまりどうしても歳月がそうさせてしまうのである
家族が死んでもそうである、むしろ今いる人が現実であり関心の対象になり死者のことは忘れやすいのである
だから無数の人間は死んで忘れられるだけだとなる

第一過去に無数の人間が死んでも百年も過ぎて覚えられる人がどれくらいいるのか?
それはわずかであり歴史的人物くらいである、一般の庶民は名も残さず消えてゆくだけである
もうそんな人が生きていたのかどうかもわからなくなる
十年一昔は本当に感じた、人間のことは十年が区切りで昔になってしまうということである、昔が何々があったとか語ることになってしまうのである
ただ原発事故は今も被害が継続していしトリチウムの海への放出とか問題になり関心がつづいている、でも津波のことは忘れられる
ただ個々には忘れられても歴史的災害としては記録されて語られるとはなる

posted by 老鶯 at 08:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波水害関係

2020年10月30日

文明と文字(文字のある所に文明がある)

文明と文字(文字のある所に文明がある)

文明という時いろいろな見方がある、何が文明なのか?civilizationのcivilは市民のことである、すると市民がいて文明があるとなる
その市民とは何かとなると城壁内に囲まれた戦士の団体だったともなる
そこにヨ−ロッパの歴史がありそれが文明だとなる

でも文明の見方として文字が大きな役割を果たしていた、文字のないところに文明はないともなる、ただマヤ文明でもインカ文明でもアステカ文明でも文字がない
マヤ文明には文字があったとしてもそれは文字とも言えないだろう
文字として通用していない、エジプトのヒエログリフは神聖文字でありそれは明らかに文字であり体系化されていて解読された、だから一つの文明を形成していた

最も古い文字は粘土に刻まれた楔形文字である、メソポタミア周辺に生まれた一番古い文字である、その文字には法律のことを目には目をとか復讐を認める法文が刻まれていた
ともかく文字があるところに文明があり、文字がないと文明がないとも区別できる
日本文明は言葉はあった、言葉は別に原始的な部落でもある

でも文字はないのである、言葉は縄文時代にもあった、でも文字はなかったから縄文時代は日本文明とは言えないともなる、ただ文字があったのだということを言う人はいる
でもそれは外国からも考察して認められているのかというとない
奈良時代に中国から漢字を取り入れた時、日本に文字が生まれた
すると奈良時代に日本は文明化したとなる、文明とは文のことであり文字のことでもあったからだ
中国文明が黄河文明とかあるのはそこから漢字が生まれたからだともなる  

漢字は抽象的表現とか造語にもたけている、新しい概念でも漢字で造語できる
絶えず漢字は変化している、でもかなは変化しない文字なのである
それで日本がヨ−ロッパから入ってきた思想とか概念を漢字にした
その数も多いのである、その日本で漢字化されたものが中国に取り入れられているのである、
漢字は何かエジプトのヒエログリフのようにも見えるが柔軟性があり造語にたけている
象形文字で共通だからである、それでヨ−ロッパの文明を漢字にして取り入れたのである
例えば文字というとき今のアルファベットの基はフェニキア人が使っていた文字にある
それは交易のために生まれた、つまり海の商人から生まれた、商業には文字が必要である何かを売った買ったとか領収書のようなものが必ず必要である
すると文字が必要でありそれでアルファベットの基になるものが作られた
文字とか数字は商業に不可欠なのである

聖書でも最初に言葉があった、ロゴスがあったというとき人間は言葉を通じて世界を表現する、また文字によって後世に歴史を伝える
文字がなかった時代は語り伝えるほかないのである、それはどうしても何代にわたると忘れやすいし変化が大きくなる
すると文字にしていれば千年でも変わらずそのままだとなり伝えられることになる
もしエジプト文明でもヒエログリフがなかったら皆目わからないことが謎として残っていた
文字は何か神秘的なものでありそれは神によって与えられたともなる

相馬藩政期で生波で溺死、700人と記録されていた、それもたった二行だった
でもこれがどれほど貴重な記録だったか津波が来てわかったのである
この辺では津波は来ないということを信じていた、でも400年前の記録に生波(いくなみ)で400人溺死したと記録されていた、生波(いくなみ)は慶長津波の時であり津波という言葉はなかった、慶長津波の後に仙台に来て津波を知った三河藩の人たちが津浪という言葉を発明したのである

言葉というときなぜヨ−ロッパとかアメリカとか他でもアルファベットが基本なのか?
ヨ−ロッパではいろいろな国があっても文字はアルファベットなのである
なぜそうしてコンピュターのプログラミングの言葉は文字は英語でありアルファベットである、つまりこのアルファベットであることがインタ−ネットを生んだのかともなる
英語ではない漢字だったらインタ−ネットのITの社会は生まれなかったともなる
漢字でプログラミングできないからである
アルファベットにはそういう融通性があったともなる
漢字はヒエログリフとにていてそれでIT化になじまず遅れたのかとなる

それだけ文字というのは人間社会に影響していたのである、だから文明は文であり中国では文の国であり漢字の国である、文字で記されていることに重きを置く、歴史に重き置く社会である,正史に記されることが重要になる
日本でも奈良時代になると木簡に漢字で記されることが多くなりそれから歴史が解明される、文字がないと語り伝えるだけでありそこにも重要なものがあってもどこまで信頼していいかわからないが文字として残っていれば信頼できるとなる

また文字に残すことは証拠にもなる、証明にもなる、証文があるとそれが信用される
それを悪用するものがいても他に信用を得るのはむずかしい、だから口約束が破られ安い文書として残さないと遺産とか遺言書でも保証できないとなる
だから文字の効能はそれだけ大きいのである
そして文字を読めたのは書けた人はエリートとなり支配者ともなる
それでエジプトでは書記が高い地位についたのである
文字を書けて読める人はエリートとなり官僚となり支配者になれたのである
知識人ともなり支配する立場に立てたともなる

明治になっても文字を読めない人がいた、それで人に頼むからあわれだった
手紙でもハガキでも書けないからだ、それは江戸時代でも代筆とかする人がいた
明治でもみんな読み書きできたわけではないのである
つまり読み書きできることが文明度を計ることができるともなる
アメリカでは新聞を読めない人が多いかとか言う、日本だとみんな新聞を読んでいるとして驚いたというのもそれだけ日本は読み書きができていたからヨ−ロッパ文明に追いついたともなる

ともかく文字を読むこと文を書くことは人間にとってかなり高度な知的なことなのであるだから本を読むことは苦労である、文を書くことも苦労である
普通は庶民は本を読まないということもわかる、それだけ苦労だからである
テレビを見ているのが楽だからそれで一億総白痴化されるのである
映像の時代にしろどうしても映像だけでは現せないものがある
映像の時代はかえってフェクニュースを作るものとなる
作られた映像でも映像の方が信じやすいのである、そこに映像の問題がある
つまり現代は映像に左右されやすい、映像の影響が大きすぎるのである
絶えず映像の洪水にさらされていて文字の役割りが縮小する
そこに実際はなんらか問題が生まれている、映像だとあまり考えるということがない
イスラム教でテレビとか否定したのは映像に左右される偶像崇拝になりやすいからそうなった、それだけ映像のインパクトは強すぎるからである

いづれにしろインタ−ネット上で文字だけでやりとりする、会話するというのはありえないことだった、会話とはまさに向き合って話すことである
それをインタ−ネット上で文字で文章で話す対話することはありえないことだった
でもそれも普通になったのが現代である
ただこの文だけで会話する対話するのは今までありえないことだから問題が生じる
自分はそれが苦手でありなじめいなので今のところは対話していない
答えてもいない、それは何か相手のことがまずどういう人かわからない
会話する対話する前提として相手がどういう人なのかある程度知らないと対話できないと思う、また何を対話するのかも問題になる
だから相手が大人と思ったら中学生だったとか男だと思ったら女だったとか普通にある
これが実際に逢って話していたらありえなことである
そこにインタ−ネット上で犯罪だとか問題が起きたのである
ただふざけたような人が多すぎるからだ、からかい楽しんでいるとかそんな人が多い
だからインタ−ネット上で真面目なことを追及するのはむずかしいともなる
                                                                    
ただ別に文章は必ずしも面と向き合うということではない、文書を遠くまで運び届ける
それには何か商業なら証書ともなるようなものにもなる
だから面と向き合わなくても文書を通じて人間同士がコミケーションする対話するということある、電話とか通信がない世界ではそうして遠くへ送られた手紙とかハガキでも貴重になる
でも何かもう一つ会話とか対話するというときインタ−ネット上ですることがなじめいない、それで自分の場合は一方的に書いているだけだとなる

通帳に給付金の十万が記されていなかった (数字社会とコンピュター社会からブロックチェーンが生まれた?)


通帳に給付金の十万が記されていなかった

(数字社会とコンピュター社会からブロックチェーンが生まれた?)
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通帳は記載されないで別紙に郵送されていた


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通帳を見たら10万円の給付金が記帳されていなかった
市役所に確かめたら記録に残り支給されている
それはどうしてかとなると「合算」とあり通帳にすべての支出は記されていなかった
一瞬記帳されていないのであせった

つまり今や金は数字でありコンピュター化されて記録されている
ところがそうなると簡単に数字だからごまかすことも可能なのである
おそらく銀行員とかはそういうことを熟知しているから数字をごまかすことができる

それをさせないようにするにはゆうちょとか地銀とかいろいろ金融機関があっても
一つの銀行などを信用しない、数字として記録するとき別な銀行でも機関でも記録させておく
するとABCDEとありA(10万)B(10万)C(10万)D(10万)E(10万)・・・
記録されて信用となる、それがブロックチェーンなのか?

何もわからないにしてもどうしたらコンピュター時代の信用を作るかとなりブロックチェーンが生まれた、それはもう金が数字でしかないからである
そしたら数字を改ざんされたら信用はない
今の銀行などの信用はそこに勤める人の人間の信用で成り立っている
ところがその人間だけを信用するということは危険になる
その人間がごまかせばごまかせるからだ
でも実は人間は信用できないものである、必ずそこに犯罪が生まれる
それで銀行であれ会社であれ内部の人のごまかし犯罪が絶えることがないのである

ただ今回と記帳されていない、金が入っていない、それであせったのである
つまり通帳に入金したとなれば安心である、何か金でも受け取ったとか支払ったという証拠が必要になる、それで常にその証拠として領収書をとる
でもコンピュター時代になるとコンピュターに記録されているのでありではその保証はどうなくのかとなる
その数字はかえって簡単にごまかすことができる、第一百万と一千万を私は間違っていた一けた違って計算していた、そういうことは普通にある
数字はそうして覚えにくいし計算間違いが生じる

私の失敗は自転車の鍵を買ってもダイヤルを数字を合わせるのだがその数字を忘れる
それで十個以上数字を忘れて使えなくした
数字は覚えにくいのである、でも今は数字が重要になる、絶えず数字を使う社会だからである
そのダイヤルを合わせるのは暗証番号は年号を覚える受験のやり方が良かった
数字では覚えにくい、だから語呂合わせで覚える
でもそれは他人のものではない自分で作りだしたものでないと覚えにくい
18が人はとなるのはわかる、その後がめんどうである

いづれにしろ現代社会は数字社会なのである、絶えず数が問題になる、数に左右されるのである、放射線量なども常に数字で計り判断する
それも数字の世界であり数字によって補償額も決まったり危険度が決まる
コロナウィルスでもやはり数字なのである、それで専門家が40万人死ぬとか言ったので糾弾されたのである、つまりこうして数字に踊らされて数字に一喜一哀しているのが現代なのである、選挙でもこれも全く数字の世界である
人間はただ数字として一票としてありどれだけ数を集めるかが問題になる
ただ一人一人は誰が特別なものにはならない、みんな一票で平等であり人間は数でしかないのである

だからまとまった数を集めれば数は権力となるだけである
その内容など政治家にとってどうでもいいとなる、数は権力なのである、カルト教団でもそうである、どれだけの頭数を集めるだけかが問題であり宗教的良心とか改悛とか本来の宗教とは一切関係ないのである
そんなこと言っていたらそんな数が集まらないからである、なんでも心のことは関係ないどんな人格でもいい、どんな性格でもいい、欲深い根性悪いとか一切関係ない
そんなこといちいち言っていたら数が集まらないからである 

株の世界も日々数字の世界である、すべてのものが債権化されて数字化されているからだそれで常にその数字を読みこむことが大事になる
ここも数字に左右されているのである、だからこれだけ数字化されると数学ができないと現代社会に適合できないとなる、それで文系でも数学が受験科目になるというのもわかる経済学部でもまずこれだ社会が数字化していると数学が必要になる
ただ自分自身は数学が苦手だから銀行なども向いていなかったとなる   

ともかく何かA−Bだけの関係だと保証しにくい、そこに第三者機関が入り保証する
遺言でも公的機関として遺言をあづかる第三者機関として公証人役場とかがある
保証するにはそうして第三者機関がどこでも必要になる
会社の不正でも政治の不正でもそうである、裁判所とか司法はそういう機関である
それが多数で保証するのがブロックチェーンの仕組みなのかともみる
ただ私の意見はブロックチェーンを知らないのだからそれについて言えない
でも何かその基本的な思想というかその根底に保証するということでみんなで保証するという仕組みなのかとなる




普通の銀行の台帳は、銀行と預金者しか使えません。

ブロックチェーンの台帳は、誰でも使うことができます。

インターネットに繋がっていれば世界中どこからでも使えます。

簡単なアカウント発行さえすれば、誰でも使えるようになります。

身分証明なんて入りません。

いつでも始められます。


ブロックチェーンの台帳は、常にみんなにみはられています。

まず、台帳へ書き込む前に、みんなで取引が正規のものかチェックします。

チェックの結果正規のものだけが台帳に書き込まれます。

正規であるとチェックできた参加者に対し、御礼の報酬が支払われます。

一度書き込まれたものは、後で書き換えられていないかもチェックされ続けます。

こうやって、最初から最後まで正しい取引の記録だけ残るようになっています。

ブロックチェーンの仕組み 初心者のためのわかりやすい解説



何か私の感じたことを書いているからブロックチェーンを知る手がかりになる
つまりいかに保証するかが問題になり不正を防ぐことが問題になる
そのために生まれたものだとなることは確かである



posted by 老鶯 at 15:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2020年10月29日

白鳥来る


白鳥来る(十三夜の月) 

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白鳥の隊列乱れじ月光る                    

白鳥の一隊二隊三隊飛ぶ

隊列に追いつき飛ばむ二羽急ぐ

普通電車芒に暮れる川渡る

十三夜の月やみちのくへ電車かな

みちのくに落ちのぶ武者や十三夜

十三夜の月やみちのくの都跡

十三夜の月に添えたる星一つ


先頭を導き飛べる白鳥や一番星の光りけるかな


白鳥はすでに二三日前に来ている、今日も多くの白鳥を電車の写真をとっているとき見た今回は隊列を組み三組くらいが飛んだのを見た、これは多いと見た
夕暮れに白鳥は移動して飛ぶ、これを写真にとったがうまくとれていない
動くものを撮るのはむずかしい、すぐ視界から消えてしまくうからである
電車は構えていたから撮れたが鳥となるとできないのでいつも撮り逃がしてしまうのである

明らかに先頭の白鳥が導いている、その先頭を中心にして隊列を組んで飛んでいる
その時月のわきに一番星が輝きだした
今日の付きは十三夜の月でる、十五夜のあとに十三夜になる、これはなじみがないけどやはり季節の変化である
満月が欠けてゆくからそういう趣なる

十三夜は大体満月の8割ほどの丸さの月を愛でるイベントです。

しかし、「十三夜に曇りなし」とも呼ばれ、空気が澄み、天気も崩れにくい季節なので、とてもきれいな月を観賞できます。

今日は寒くないけど確実に冬が来ている、白鳥を被写体としてはいい
何か写真を撮ることは一つの仕事にもなる、ただ今のカメラとかでは限界がある
写真はやはりカメラとレンズとかに左右される
それと構図をとったりしないといいものがとれない

とにかく冬になる、白鳥が冬を告げたとなる

月と電車の写真


月と電車の写真

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今日の月は満月ではない、でもほぼ満月である
それでスーパーヒタチを撮ろうとして構えていた、近くだから撮り安い
つまり写真はまず場所を選び構図をとっていないとうまくとれない

今回は月を撮ろうとした、月と電車を撮ろうとした
でも月が小さくしか映らない、この月を大きくとるには相当な技量とカメラがいいものでないと撮れない、今のカメラでは無理である

写真は結構な手間である、場所選びとかそこで必ず電車だと待っていることが必要になるそこで時間がかかる、そして場所の選定はなかなか近くでないとできない
旅した時などはむずかしくなる
ここまで写真にこればプロにもなる、それは自分には遠い先である

カメラ自体でもそうだしレンズでもそうである、これらをそろえてもまたこうして手はずをしないといい写真はとれない、何気なく見ているいい写真はそうして撮っている
ただその苦労がわからないのである

ここで映らなかたのが芒だった、芒が写れば秋とわかる、月だけだと写真から季節がわからないのである
暗くなったからそこで撮るのはむずかい

普通電車芒に暮れる川渡る

この写真をとっているとき白鳥が隊列を組んで飛んできた
白鳥は二三日前に来ていた
そこで写真をとったがはっきりしない、でも先頭になる白鳥がいてそれで三角形の隊列を組んで飛んでいることが見えた

何か写真はその場にいるとこうしてねらったものではなく他のものも映ってくる
発見がある、だからカメラを趣味にする人は本当に多いのである

2020年10月28日

民主主義の衰退と限界 (多数決は正しいものでもなく操作されている)


 民主主義の衰退と限界

 (多数決は正しいものでもなく操作されている)

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世界的にも民主主義勢力が衰退して独裁や全体主義が増えている、現実にロシアとか中国という大国が民主主義ではなく独裁国家である
民主主義の本場のアメリカでも大統領選でも公平なものとはならない、だから選挙が終わっても決着がつかないから最高裁判所で決めると下院議員で決めるとかなる
つまり投票という民主主義の基本が実行されないそれが民意を反映されるわけでもない、ただ結局アメリカ大統領選で公平なのは共和党と民主党が必ず4年間の任期でもまた8年間の任期で継続されて担当する
何かその方が公平である、もう選挙などしなくても定期的に政権交代するルールがかえって公平だとなる、すると選挙などする必要もない、ただの無駄なショーだともなる
アメリカの大統領選ではとにかく二大政党制であり必ず政権交代がありそれで権力の独占とか腐敗を防ぐとして機能している
日本では自民党一党独裁のようになっているから比較すると日本には民主主義がないともなる

いづれにしろ民主主義は限界に来ている、何か本来の民主主義が機能しなくなっている
アメリカでも黒人暴動とかあり内乱状態にもなるのかともみる
まず数パーセントの特権階級がアメリカ全体の富を持っていること自体すでに経済の面で民主主義の公平さが喪失している、民主主義とはそんな極わずかの人たちが特権階級となり社会を経済を牛耳る制度ではないからである
そこからして何かアメリカでも民主主義とか選挙でも投票でも信頼していないし例え選挙で選ばれてもごまかしだとかなりその結果に従わないとなる
つまり多数決という原理が崩壊しつつある

そもそも民主主義はギリシャの一万くらいのボリスで始まった、だから全くその規模が違うのである、そこでは一票の重みが全然違うのである、それは市町村の選挙のようなものであり人口が少なければ少ないほど一票の重みが出て来る
そしてボリスくらいの規模だとまずベースとなる共同体の意識が違う、もう一人一人がボリスを支えているという責任感とか意識があり自ずと政治にも関心が向く、それは日々の生活で自ずとそうなっていて無関心でいられないからである
無関心でいると自分たちの生命すら脅かされるともなるからだ

そのことは原発事故でこの辺では当事者となり意識された、その地域に住むことすらできなくなった、空気と水と土と森でも木材でも汚染されたら住めないのである
だから自治体では原発に関して全員がとにかく賛成があるにしろ反対があるしろ議論すべきであったがそれもなかった
第一南相馬市だと小高に東北電力の原発が建ち震災の年に工事が開始されるところだったのである、でもそれを知らない人がまた多かったのである、何か南相馬市でも例えば議会ですら議論すらされないともみた、もちろん私自身が関心がないということもありそうなった

でも小高というと20キロとかなりそれが爆発したら自分の住む場所に住めなくなったのである
だからなぜこれほど無関心だったのかともなる
それは報道もされないしその重大性を知らされていないということもあった
それは地元の報道関係の問題でもあり原発はとにかく権力によって隠蔽されて知らされなかったからである、ただ強力な安全神話のみが吹聴されていたのである
つまり原発はタブー化されていた、危険だというと権力の圧力がかかり何も言えなくなっていたのである
このタブー化は民主主義では危険である、でも天皇タブーとかカルト教団(創価)とか宗教タブーがあり批判できない、取り上げること自体できないのである

それはなぜかというとその団体組織に強力なタブーを作るものがあるからだ
批判を許さない圧力がかかりマスコミでもそのタブーには触れない、原発はそのタブーの一つだったのである、確かに批判した人もいたし本もでていた
でもそれは隅の方に追いやられ何かまともに取り上げられなかったのである
それだけ安全神話は権力によって強力に作られていたのである
また地元住民は金が与えられてそれで黙らされた、もしこの辺で原発に反対したりした逆にその時住むことらできなくなっていたのである
だから全員一致というのはそもそも間違っていたものだったのである
必ず賛成するものと反対するものがいるのが正常なのである

なんでもあることを決める時、必ず賛成か反対かある、全員一致で決めるのはすでに正しい判断ではないとなる、現実反対を批判を許さない政治は社会は一党独裁となり言論の自由はない、反対すれば中国の共産党のように取り締まられて刑務所に送られているからだそして何千万の人間が共産党では粛清されて殺されたことは歴史の闇黒として記されている
それは共産党だけではない、ナチスのファシズムもそうだった、ナチスは最初は暴力で政権をとったのではない、選挙で投票で政権をとったのである
つまり多数派工作で政権をとったのである、だから民主主義で選ぶとか投票で選ぶというのは別に最善の策ではない、ただ暴力で決めるよりはましだとして採用されただけなのである

ただ今その弊害は大きくなった、ポピュリズムとか大衆迎合とかとにかく多数を獲得するために煽る、その内容などどうでもいいとなる、数だけが問題だとなる
だから一票など何の意味もないと知るから投票率が50パーセントくらいしかなくなったのである、つまり投票という民主主義の権利が効能を感じなくなっているのである
実質に決めるのは様々な利権団体の票であり創価でも他の宗教団体でもまとまった票として提供する、すると宗教的行為には税金をとらないとか利権になる
また新聞業界でもマスコミでも利権団体であり新聞協会は8パーセントの消費税にとどめたから政府の批判はするなとされる、だからもうマスコミは本来の役目を果たしていないただ政府の巨大権力の圧力に対抗できない、言うがままであり批判はしないとなる

民主主義が衰退したのは民主主義自体が機能していない、その一番の原因は規模が大きくなれば投票する数だけが問題であり数が権力となりそれが歪めているのである
そして全員一致となることは確実に誤った判断に結びついている
数は正義でもなんでもないからである、そこに限界が生まれたのである
ただ民主主義に代わる政治制度があるのか、政権交代がでる制度があるのかとなるとないただアメリカですら投票で決められない、最後は最高裁判所の判事とか下院で決めるとかいっているのはそのためである
選挙では決められない、その前に組織集団の票が実質決めているのである
そこは確実に票田として数をおさえられるからである、その組織団体に票を集めをしてそこに政府では利権を与える、だから投票する無力感があり50パーセントくらいしか投票しないのである、つまりもう民主主義は機能していないのである

民主主義は規模が大きくなったら機能しにくくなる、民主主義がかえって10万以下とかさらに小規模の自治体で機能する、そこで自然とか生態系とかも関係して一つのミクロコスモスとしてあるからだ、自治体はその名の通り自ら生態系をベースにして治めることだからである、だから市町村になると石ころ一つでも何か自治体に関係しているとまで意識されるのである
それは身近なものとして日々生活していて具体的に意識される、感じるからそうなる
それが国政とかなると意識されにくいのである
国政になると一票などどうでもいい、ただすでに組織団体票で決められているとなり投票率が上がらないのである、つまり民主主義の基本の投票ということ自体が機能しなくなっているから当選しても無効だとも言う人もいる、それもそうだと思う

でもそうしてそうしたことを否定すると今度はポピュリズムとなり大衆迎合となりファシズムとなったことは歴史で経験している
ともかく市町村でも自治体でも身近なものが自分の血肉のように感じることが基本にある一本の木でも何かそれがアイディンティティとなり自分の血肉のように感じる
でも東京とか大都会になるとそうした感覚は喪失して無数の数の中に人間はただ記号となり数字となり統計の対象になるだけなのである

posted by 老鶯 at 20:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

鹿島区唐神(からかみ)溜池の除染 (飯館村の除染は不可能に思う)


鹿島区唐神(からかみ)溜池の除染

(飯館村の除染は不可能に思う)

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3月まで除染するというときそれは鹿島区一帯らしい、だから小山田の小さな溜池はすぐに終わった
でもこの唐神溜池は本当に広い、一番大きな溜池である
これを除染するのかと見たらそんなことできるのかと思った
現実はほんの一部除染して終わる
まずこれだけ広いと除染は無理である
回りが一応それなりに森になっている、だから森から泥と一緒に汚染された放射性物質が流れてくる
でもここは飯館村のような広大な森ではないからそれほど影響がないとも見る
そもそも鹿島区は山の方は高くても街の方とか海の方は低いから安心だったのである

ただこの放射性物質の厄介なのは泥についていて泥とともに流れる
だから真野川でも真野ダムに回りから放射性物質の泥が流れてたまる
だから真野ダムには相当に放射性物質がたまった泥がある
ただ放射線は水でさりぎられているし泥に付着しているからその水は安全だとしている
真野ダムの水は飲料水として飲んでいる、でもそこにも不安がある
ただ放射線量とかは計っていると思う

飯館村が放射性物質に汚染されたことはそれは南相馬市でも相馬市でも影響したのである真野ダムとかの水を相馬市でも飲料水として利用しているからだ
たからその被害は広範囲なものになっていた、それで飯館村だけの問題ではない
放射性物質の汚染された土をいれたフレコンバックが破れて中の放射性物質が流れだしことがあった
すると飯館村の真ん中の草野を新田川が流れている、それが原町市に流れて来るから飯館村だけの問題ではないのである
考えてみると南相馬市で飯館村も合併するということがあった
それは地理的に理に適ったものだったと今では思う
なぜなら南相馬市と地理的一体不可分な地域だったからである
ただ補償とかの面では飯館村に手厚かった、それだけの被害があったから当然だとはなるでも放射線の被害は広範囲だったのである
だから飯館村だけの問題ではない、分離できなものだったのである

だから最初川の魚を食べるという警告をしたのは川には大量の放射性物質が泥とともに流れてきたのである、だから魚も危険になった
阿武隈川の河口でもその放射性物質の泥が流れてたまり高くなっていたのである
実際に飯館村の佐須で泥の放射線量を計ったら20マイクロシーベルトあった
これには驚いた、ホットスポットだったというわけでもないかもしれない
飯館村は全体的にそのように高いレベルで汚染されていたのである
そして回りが70パーセントが森でありその森から泥に付着した放射性物質がながれだして来る、それは消えることなく流れてくる、でもそれだけの森を除染することは不可能なのである、だから飯館村の溜池とかの除染は不可能だともなる

いづれにしろ放射性物質をとりのぞくことは本当に不可能に近いともなる
それほどやっかいなものだった、30年過ぎるとセシウムは半減するとなるがその先も長い、プルトニウムは二万年消えないというから空恐ろしいものだったのである
つまり生態系を汚染して生物が生きられなくなるということが最大の罪だった
空気と水と土とか森でも汚染されればもう人は住めないのである
そして武田邦彦氏が言うには心筋梗塞が増えているという、それで移住させるべきだとしている、科学者としてまだそれだけの危険性があり払拭されていない
ただ鹿島区に関しては放射線の被害は許容範囲だったとはなる
だからそれほど責めるということはないともなる

川はこのように危険なものだった、ただ海にトリチウムを流すとなるとそれがどれだけの危険なのか良くわからない、海は広いからである、また最近の研究で海の魚はセシウムとかを外に出す機能があるという、だから海に関してはそれほどでもないのかともみるがわからない、まず川はそれだけ危険だった
海は広いから希釈するということ薄められるということがあり川とは比較にならなかったのである




なかでも注目すべきは、ヨウ素129で、これは半減期1570万年という非常に寿命の長い放射性物質です。時間がたてば無くなるというものではない。これが海洋に投棄されれば、沿岸に生息するワカメは放射性ワカメになってしまいます。

 また、放射性ストロンチウムはカルシウム成分に混入するものですから、あらゆる魚種に影響を及ぼします。ストロンチウムの影響は今後300年続きます。

「トリチウム水」では事態を見誤る。専制政治と言葉の置き換えという日本原子力行政の宿痾<史的ルッキズム研究10>

これだけ放射性物質の毒は空恐ろしい者である、その毒はこのように消えないのである
トリチウムだけを流すというのは嘘なのである
トリチウムは安全だというけどその他の放射性物質が同時に海に流される
これだけ危険なも原発を作った罪は余りにも大きいとなる
そして誰も政府でも東電でも責任をとらない体制を権力で作っていたのである
これも許せないことだったのである


posted by 老鶯 at 10:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2020年10月27日

柿なりぬ、古き碑、残る虫、秋の暮(日立木まで自転車でまわる)

柿なりぬ、古き碑、残る虫、秋の暮(日立木まで自転車でまわる)

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秋薔薇一輪鮮やか庭に映ゆ

ふるさとや古き碑集め柿なりぬ

柿なりて我を見つむや牛の顔

退職し車の旅や秋の暮

夕暮れて曇りし月や三本松

残る虫鳴く声幽か細き道

残る虫すがりて鳴くや老いあわれ
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秋薔薇

秋薔薇というとき何かものさびしい感じにもなるが今の40代くらいは若い、20代だとも見た、子供はもう大学生である、だいたい今の40代は30代である、若く見えるのである
ただ秋薔薇というと中年くらいをイメージする
この秋薔薇は何か華やかに見える

田舎でぱ古い碑を集めている場がある、まさにここがその一つだった、そして端の方に柿が実っている、何かつくづく自分はこの古い碑を見て来たからまさに自分自身を象徴していた、それに柿があっていたのである

牛がじっと自分を見つめている、柿がなっている、何か田舎の風景である
そこに梨もなるが今年は梨は高すぎて食べれなかったのが残念である

相馬市の道の駅で車で旅している人がいた、その中は狭いのである、寝る場所もないくらいである、だから窮屈で疲れると見た、ただ車の旅はホテルとか旅館に泊まらないから安上りである、食費だけで旅できる、なんでも五カ月も旅しているとか行っていた
そういう人が今は増えている、なにしろ老人社会であり暇な老人が多いからである
その人たちはこううして安上りな旅をしているのである
退職して鹿児島から青森まで歩いて旅してきた人には驚いた
その人も自由に旅したいとなり退職して旅に出たのである
それだけ自由と旅に憧れていたとなる 

相馬の道の駅からの街道の五本松は三本松になった、そこに曇っていたが月がでた
三本松でもあの松はいい松である

残る虫が幽かにまだ鳴いている、それに耳をすます、でも残る虫というときこれも老人をイメージする、その女性は金もない、病気もあるとかなりすがってくる
これも困るのだけどぎりぎりでもう食事もまともにとらないで寝て過ごしている人がいるという、金をかけないために医者に行かないとぎりぎりになっている
国民年金4、5万の人もいる、そうしたらもうそういう生活になる

老後は年金がいかに大事か思い知らされる、定期的にやはり死ぬまで金が入ることは安心なのである、貯金は減るだけど定期的に死ぬまで収入があるということは安心である
するとそこに余裕が生まれるのである
老後は金銭的にも体でも健康で余裕がなかったら地獄になる
また一人暮らしでも病気になったりしたら悲惨である、誰も助ける者がいないからだ

今日は日立木まで行って帰ってきた、知っている人も自転車で回っていた
その人も退職して自転車に乗るようになったのである
ともかくどれだけ退職したりした人が暇になり車で旅したりしているか、それはいたる所にいるらしい、それも長いと言っていた、まるで車でジプシーのように旅しているのである、本当にそうした生活が日常にもなっているみたいである
車だとそれができるのである、食費だけでまにあうからである
私も車があればそういう旅をしたかったができない、まあ、自分は十分に旅したからもうそれほど旅したいとも思わない,してない人はそうなることもわかる

北陸エリアにある140駅の約8割が無人となる (無人駅化すると自治体とか住民の支援が必要になる)


北陸エリアにある140駅の約8割が無人となる

(無人駅化すると自治体とか住民の支援が必要になる)

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日本経済新聞-10月27日

今後JR西日本の在来線縮小がすすめば地域の交通維持のために自治体の存在感を高まる可能性がある


すでに鹿島駅ではこうなっている、高校生の見守り役は南相馬市の方でNPOに金をだしてそうしている
でも不思議なのはそれは高校生の見守り役に仕事がを限らせている
何か案内すらするなと駅の業務にかかわるなとしている
そういう契約の下でやらせているのである
その理由は良くわからないが無人駅でもかかわらせたくないのである
だから監視カメラで監視している

それで前の自転車屋に高校生の見守り役に対して何も言うなと言われたという
これもやはり何か駅にかかわらせたくないのである
そのために自分も無人駅になったので良く最初はわからないことがあり地元の人に聞かれたのでたまたま案内したりした、今でも遠くから来た人はわからないことがあり聞かれるのである

それは自分自身が久ノ浜駅に行ったときそこも無人駅でいわき方面と仙台行き方面がわからなくなる、そのことを鹿島駅で良くきかれたのである
また原町駅が終点になっているとき、番線が変わるのである
だからそんなことでもはじめての人はわからなくなると思った
それで駅の跨線橋に行き先の案内板を設置するように言ったらしてくれたのである
でも久ノ浜駅ではそれを言う人がいないから設置しないのである

ともかくJRでは駅でもかかわらせたくない、だから今鹿島駅で高校生の見守り役がいるがその人たちは案内するなとか契約してさせている
でももう無人駅にするのはJRだけではコスト面でできないからそうなっている
すると自治体で駅にかかわらざるをえなくなる
現実にすでに高校生の見守り役でも市の方で金を出しているのである
自治体がすでにかかわって駅を維持しているのである

ただ別に駅のことでも無料のボランティアでもやりたい人がいるかもしれない
でもJRでは無人駅でも他者にかかわらせたくないのである
そういってももう自治体でかかぉらざるをえないのである
だから高校生の見守り役のNPOには市の方で金を出しているのである

北陸の方になるとこの辺よりさらに収益が悪いし乗る人も少ないから8割が無人駅になる
収益は新幹線の方で稼ぐとなる、そしてそういう線は廃止にもなってゆく
それが時代の流れだともなる
ただコンビニでも無人化するというけどそれでやっていけるのか?
何かロボットが客の接待をするというとき味気ないものになる
必ず人間的なものが必要になるからだ、索漠として社会にもなる

何か駅は人を待ったり別れたりと車と違ったものがあり人間的な場面を演出してきたのである、だから駅は様々な人間が交差する不思議なの空間になっていたのである
それは自分自身が求められしないのに駅員のボランティアをしてわかったのである
ただ全く認められず地元からも排斥されて遂には怪しい奴だとして警察に通報されてみんなの前で職務質問されて追放されたともなる
勝手になにもするな、必要ないとされて終わったのである
ただ自分としてはいい経験だったなとつくづく思っているのである
なかなか職業を経験することはむずかしいからである、一日駅員など放送することがあるが一日で駅のことはわからない、結局それでも二年間くらいしていたようだからそれなりに駅というこういうものか駅員というこういうものかとわかったことは貴重だったとはなる

いづれにしろもうJRだけで鉄道でも駅でも維持できない、でも無人駅でも極力その住民でもたとえ無料のボランィアでもJRではかかわらけせたくないことは確かである
わざわざ駅前の自転車屋にもそう言っているからである
でもその駅前自転車屋に昼間が高校生の見守り役がいないから聞きに来る人がいるという
つまり何かわからなことがありそうなっているのである
だからJRというのは自分たちで鉄道でも駅も維持できないから回りの住民でも自治体でもかかわる
そうしなければ維持できない、そこを認識していないともなる
何らか協力しなければ維持できない、でもそうしてJR意外の人がかかわるの嫌っているのある
だから無人駅にすることですべて解決するとはならないのである

2020年10月26日

自治体で広範囲にかかわるべきだった原発 (漁業権は国と県が許可するー市は関係できない)


 自治体で広範囲にかかわるべきだった原発
  
 (漁業権は国と県が許可するー市は関係できない)

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漁業権は 知事の権限になっている、広い範囲だと大臣の権限の許可であり国が関係している、だから原発は県の行政とかが深く関係していた
でも肝心の原発周辺の自治体には権限はなかった、何ら権限を行使するものがなかったともなる

漁業権を与えた者が県知事だとすると東電に漁業権を売りわたしたとか許可したものせ最終的に県知事になり県になるのかともなる

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県知事の許可で漁業権が与えられている
でももし漁業権が資源の保護に限るなら東電の原発を許可できない
でも実際は県知事の許可で原発は建てられたとなる
ただ漁業権には国も大きく関与している、だから最終的に国の権限で建てられたとなるのか?
でも自治体が関与しないということが納得できないである
なぜなら一番かかわるのは自治体の住民だからである、被害を受けるのは住民だからでる

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漁業権というとき何かこれもわかりにくい、南相馬市にはそもそも農政課があってそこに漁業でも関係している、水産課はない、第一烏崎港があるだけであり小さいから課を置くほどではないとなる、相馬市の松川浦とかだと大きいから相馬市には水産課があるととなる
ても漁業権を与えているのは県であり国である
県より国が最終的には漁業権を与えている、ただ狭い範囲だ県知事の許可制になっている
ただなぜ漁業権が問題になったかとういと原発を建てる時漁業組合の許可ないと作れなかった
漁業権をもっているのは漁業組合だからである
でも漁業県を与えているのは県知事の許可であり最終的に国だとなっている

そして南相馬市だけではない、相馬市でも相馬双葉浪江、いわき市の漁業組合は一つとなってトリチウムの海の放流をすることに一致して反対している
でもそこに相馬市でも南相馬市でも浪江町でも双葉町でもいわき市でも関係していない
関係できないからしていないのか?
それもあるのかもしれない、つまり漁業というのは一つの自治体があっても切り離されたものとしてある、だからすべて漁業組合は取り仕切り他は市政でも関係していない
できないのかとなる

トリチウムの海への放流でも漁業組合が反対しているのであり自治体が協同して反対することに加わっていないのである、ただ県知事は何かトリチウムのことで意見を言っているただ県の上に国があって国の命令には逆らえない、だからトリチウム問題でも国の命令で海に流すとなる
確かに漁業組合は反対している、でも漁業組合はこれまでの経過かすると自分たちの仲間の権利を主張して反対している
海は俺たちのものでありだから勝手にしていいとまでなっていた
だから原発事故前も多額の補償金をもらっていて原発御殿を建てて周りからうらやましがられていた
不思議なのは海に関しては相馬市でも南相馬市でも浜通りの自治体でも関与することができなかったとのかとなる

でも一番被害を受けたのは原発周辺の自治体なのである
だから海は漁業組合のものだということで勝手にさせていいものとはならなかったのである
海は俺たちの物だ、だから東電に売ってもも原発を建てても許可するとかならない
それにはその海に面して市民も住民も関係すべきものだった
でも肝心のそこに住んでいる住民とか市政では関係していない
また関係できなかったのである、なぜなら海は俺たちのものだと漁業組合でそうしていたからである
だから魚でも漁業組合の許可ないととれないのである
それはあくまでも漁業資源の保護がありそれで主張できる

でも東電に漁業権があるからそれを売って許可して補償金をもらう

つまり海は俺たちものであり別に回りの市民であれ住民であれ許可されなくてもいいとなる、そして交渉しているはトリチウムの放流でも漁業組合であり市政とか住民とかは関係していないのである
ただ今回は農業関係者と協同してトリチウムの放流に反対している
ということは何らか広範囲な問題としてトリチウムの放流に反対したとなる

地元の住民にとってトリチウムに汚染された魚は食べたくないということがある
実はトリチウムだけではない、他の放射性物質も流されるとかも言われる
その危険性ははっきりしない、つまりそこに肝心の住民は関係しないし市政でも町政でも関係しないのである
トリチウムの放流でも市民が住民が反対であるとして抗議していない
漁業組合が中心として反対している

でも漁業組合は信用できない!

それは原発事故前から多額の補償金をもらっていた、そして漁業権を盾にしてそうしていたからである
そうしたらトリチウムを流すなというときまた補償金をさらに加えてもらうためのなかとかんがくようにもなる
なぜなら事故前にもそうしていたからである、要するに補償金をもらうために漁業権があるともなっていたからである

もし市政でも市民でも町民村民でも全部の問題として海が汚染されることに関係しているのだとなればそうはならないのである
自治体で浜通りが連合して最初から海は漁業組合のものではないとしてあればそこで協議して賛成するにしろしないにしろ交渉していればその責任は別に漁業組合にだけあるとはならないのである

でも実際は海は漁業組合のものだ!

ならば原発事故の責任でも漁業組合になるともなってしまうのである
もし海が自治体のものだとかなっていれば自治体で協議して東電に許可したのは自治体全員の責任になるのである
何か権利という時、この土地は俺の物だ、この山は俺の物だというとき、その権利は責任がつきまとっている、そうならその土地を何でも勝手にしていいとかならない
それで明治以降こうして私有権を認めた結果として無数に山が分割されてその土地を全体的に利用できないとか荒れても放置されているだけだとなる
誰の土地だかもわからなくなっても誰かが権利があるとし勝手にできなくなったのであるだから入会権として村で協同保有していた方が山は森でも維持されていたとなる
第一山とか土地でも海でもつながっているから私有するということになじまないのであるそこに明治以降の私有権の問題があった

いづれにしろ原発事故の被害を受けた住民が原発でも漁業権でも海でもかかわれなかった自治体でも海に面していてもかかわらなかった
そして県と国が漁業権を許可していたのである
そもそも原発自体がその一区画の土地をもっているものとあとは漁業権の許可と県知事の許可で事実上建てられたともなる
肝心のそこに住む住民のことは省かれていたともなる

それで小高に原発が作られ震災の年に原発事故があった年に工事が開始されていたのである、ところが小高に原発が建つということを自分自身も知らなかった
ただ小高の大工さんが景気なると喜んでいたからそうなのかと思っていたが何か南相馬市では議論にすらなっていない、議会でもそうだし反対する人もいないのである
それは双葉とかの原発を建つときもそうだったのである
その周りの住民は議論すらしない、ただ一方的に国によって県によって建てられたとなる
それは「安全神話」が国と県とによって強力に作られてそうなっていたのである
その利権にあづかろうとして漁業組合は許可して事故前でも多額の補償金をもらっていたのである
そして魚が汚染されて売れないとかトリチウムを放流するなとか言うけどそれで補償金もらっているのだから別に生活には困らないとなっていたのである

だから海は誰の者なのか?

それは明らかに漁業組合のものであり他の人たちはそこの回りの住民でもかかわれないものとなっていたのである、自治体でもかかわれないものとなっていたのである
もし事故が起きなければこんなことを問題にしていない、私自身そんなこと知らなかったからである、むしろ何か事故前で漁業は苦しいとして訴える漁業をしている人がいた
それは苦しいなとして同情していたのである、でも事故前から補償金をもらっていたとしたらそういうことはなかったともなる
ただその辺の事情は深くわからない、でも事故後は何か変だなと気づいたのである

人間は私有権を強く認められるようになった、それで自分の家の前の海にも権利があるとして補償金をもらうために東電と交渉するとかある
それだけではないあるゆることで私有権を主張することになったのである
それで海でも山でも何か公共的な事業でもしずらなくなる、私有権があり許可差ないと何もできないともなるからだ 

ただ原発となると国の権限がかかわり県がかかわり肝心のそこに住んでいる住民はかかわれないとなっていたのである
漁業組合は利権として金になるとしてかかわってもそこに住んでいる住民は海と関係ないものとしてかかわれなかったのである
でも原発事故の責任問題となると俺たちのもので他はかかわるなと言っていた漁業組合が責任があるとなる
なぜなら他の者はそこに住んでいる住民でもかかわれないのだからそうなる
では漁業組合が全部責任をとれとまでなるのである
そこに住んでいる住民はそもそも何も言えないからだとなる

ともかく何でも私有権をこれは俺の物だという時、何か必ず責任が課せられているともなる、その責任を負えるのかともなる、自分の利益になるからといって主張してもそこに責任が課せられている、だから金には実際は何らか責任がある
もらうにしても与えるにしても責任が生まれるのである
漁業権を国が与えるとしても東電に売り渡すものとして漁業権を与えているわけではないあくまでも漁業資源の保護として与えている

すると国で東電に漁業権を売りわたす許可するというときそれが許されるのか?

ところが国ではそれを許した?

それはなぜなのかというとき原発を建てるのは国だからである
国が原発を建てることを許可して県知事はそれに従っただけなのである
その周りの自治体にはなんら権限がないともなっていたのである
だからトリチウム問題でも周りの自治体はかかわらず漁業組合の問題だけになって交渉しているのである

つまり国家権力が一番強力でありだからこそ原発は国家権力によって建てられたとなり
「安全神話」も作られたてその強力な圧力で住民は何も言えない
あとは漁業組合でも飴を与えて補償金で黙らせるとなり地元の住民も金になればいいとなっていたのである
そして一番被害を受けたのは地元の住民であった、結果的に漁業組合でも被害を受けた
その補償はあったにしても地元で魚がとれないというとき生業が奪われたともなるからだまた新鮮な魚でも貝でも食べられなくなったということでそこに住む住民も被害だったのである
ただ漁業組合のことはクローズアップされてもそこに住む大多数の住民のことは関係ないとされていたのである

自治体とはその地域全体のことである、そのベースは生態系にある
つまり海でもそうだが水でも土でも森林でも空気でもそれが汚染されれば住めなくなるということである、だから海だけを切り離すことはできない、自然とは全体のことだからである
地元の自治体が海でもかかわらず県と国しかかかわれないというのは理不尽なのである
それで被害がなかったら別にそれで良かったとなる、これだけの被害があったからこそ
どうして地元の自治体でかかわれない、漁業組合が分離して勝手にしたというのが問題だったのである、ただ南相馬市に限れば烏崎漁港しかないのだから相馬市のように松川浦漁港とは違うとはなる、でも原発の問題は広域的なものだからそれですまされなかったのである


あとがき

もしかしたらこれはそこに住む住民は消費者であり消費者の権利として主張できるのかしれない
放射性物質に汚染されたものを食べたくない、食べれないとなるからだ
ただ現実に魚介類を獲るのは漁業者である、消費者ではない、でも消費者にも権利がある
それで世界的に農薬を使うことを拒否するようになった
その制限が厳しくなり有機栽培のものでないと輸出できないとかなっている
日本では農薬の制限がゆるい、だから生産者だけではない、提供するものでもそれを買うものでも買う方に消費者に従わなければならないともなる、つまり消費者にも権利があり無視でないとなる




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月、残る虫、秋の海(今日の日の出)


月、残る虫、秋の海(今日の日の出)

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残る虫鳴く声聞きぬ山の方

隠されし里の細道月の出る

月影に幽かに鳴きぬ残る虫

秋の海熟す果実や日の出かな


東雲(しののめ)に飛び立つ鳥の一羽かな秋の海原雲染め明けぬ

昨日の夕べは月が出た、山の方に月がでる、これまでは海の方から上って月が出ていた
月は場所も変わる、浜通りは海と山がありそれが中通りとか会津とかとは違っている
山国だったら山から太陽が昇り山に沈む、それがこの辺にはないのである

春の日や暮れても見ゆる東山 一茶

東山というとき太陽の昇る方向である、ようよう明けそめたる・・京都で明けるのは東山からる、西山とか北山となるだけで感覚的相当違っている、東西南北がありその方角地名が一番多いしそれでイメージする
南会津とか西会津とかでかなりイメージが違う、西会津となると新潟の方でありかなり会津でも奥地の感覚になる、ただ会津は方角地名があっても広くてイメージできないのである

方角で印象的なのは琵琶湖の湖西でありそこから東の方が関ケ原から名古屋となり実際はそこが境目として東(あづま)の領域になっているのだ
当然東だから太陽が昇る方向なのである、東西というとき西は太陽の沈む方向なのであるそれは世界的にも東西があり東が太陽の昇る方向でありオリエントになりアジアになる
ヨ−ロッパは西であり西欧文明となる

「日出処(ひいずるところ)の天子、書を日没処(ひぼっするところ)の天子に致す」。7世紀、倭国(わこく、日本)の国書を携え、中国大陸に向かった遣隋使。

これは有名だけどいろいろあっても方角をただ言ったことてのかもしれない、つまり方角がそれだけ地理として重要だからである
旅行していいのはこの方角がわからなくなる、山から陽が昇るのは浜通りでは見られないから新鮮になる、また日本海だ海に陽が沈むからそれも感覚的に正反対になる
旅ではだから方角がわからなくなる、でも陽が昇る方向が東であり陽が沈む方向が西なのである                                     
それで飯館村に行った時、道に迷った、陽が沈む山の方に行っていた
自分の感覚では東の方向だと思っていた、それは感覚的に東の方に行って帰る方向だと見ていたのである、でも陽が沈む方向は西なのだから方向が全く反対方向になっていたのだこのように方向がわからなくなる、それは近くでもそうなのである
山を越えると海が見えなくなるとわからなくなるのである

夕べの月は山の方に出て光った、そして近くに舗装もされていない、小山の間の細道がある、そこは神秘的な道である、まず車は一日通らない、狭い道である
今やなかなか舗装されていない道はまれである、そこは車が通れるような道ではない
そういう場所が田舎にはある、でも意外とそこに住んでいる人も知らないのである
自分自身がこの年になって知ったからである

今日はカメラがあったと思ったらなかったがま探してあったので撮った
果実が熟したように赤い日の出だったとなるが写実ではない、やはり写生が短歌でも基本なのである

2020年10月25日

シリア難民の悲劇はなぜ起きたのか? (国家が喪失すると家族も守れないー原発避難民との比較)


シリア難民の悲劇はなぜ起きたのか?

(国家が喪失すると家族も守れないー原発避難民との比較)


ドキュメント「シリア難民からのSOS」の衝撃(1)「難民の子が誘拐されて臓器を摘出されて死んでいた」

内戦により多くの難民を生むこととなり、2017年には国内避難民だけでも660万人にものぼる
国外に逃亡した人々も多く、最も多く難民を受け入れているトルコでは約370万人、ウガンダで120万人やパキスタンで約140万人とされている
最も多いトルコからはヨーロッパへ逃れる人もいるが、2015年時点で約80万人の人がギリシャへ渡り、その後もヨーロッパへと避難生活場所を求める人も増加

●国家を喪失したシリア難民

「世界は私たちを忘れた追いつめられるシリア難民」

NHKのこの放送は衝撃的だった、こんなに悲惨なのかと訴えるものがあった
シリアというとき関心をもったのはトルコのイスタンブールに行ったとき私自身は行かなかったがシリアに行った人がシリアの人は素朴だからいいと何度も言っていたことが印象に残った、何か外と交わらない社会主義国であり独裁国家でも人々は素朴な状態で生活していたのかとなる、それはアジアだとラオスがそういう状態で人気があった
そこもまだ外国から人が入らない地帯で素朴だったとなるからだ

そのことを考えるとなぜあんな悲惨な状態になったのか?
それが疑問になる、そのことを思えば別に自由を求めた革命が結局現在の悲惨な結果をもたらしたともなる
その原因はいくら自由を求めても外国がかかわると国は分断されて破壊崩壊されるとなる国の規模がまた小さいとそうなりやすい、大国がかかわり国が分断されてしまう
そういうことは北朝鮮とか韓国で国が分断されたしベトナムでも南と北に分断された
第二次世界大戦ではドイツが東西に分断された
そして日本もソビエト連邦とアメリカによって二つに分断される計画があったのだ
ただそれはアメリカによって支配されてまねがれていたのである
だから日本も国が分断される危機があったのである

シリアがなぜあのようになったのか?それは日本とかかわりないことでもなかった
何かいろいろ考えさせられる問題である              

そこで顕著に現れたのは家族を守ろうとしても守れない

NHKの放送では家族をなんとか守ろうとして必死になっている、食べ物を得るために子供が働き売春もしたり臓器まで売っているという極限の苦しみになっている
そうしてなんとか家族を守ろうとして必死になっている
日々の食べ物を得るために必死になっている、でもレバノンとか難民は差別されている
そしてイスラム教徒なのに青年の心はすさんで酒を毎日飲んでいる
何か物乞いして得たものだとしている
そして家族に妹に暴力をふるっている、売春して金を稼げとか脅迫して暴力になっているこれほど悲惨な光景にはショックだった
もう耐えられないと祖父は焼身自殺したというのもショックである
それほど追い詰められているということである、子供が臓器をとられてゴミ捨て場に捨てられていたというのもそんなことあるのかとショックだった
そしてコロナウィルス騒ぎでさらに病院にも入れないとか今度はレバノン
大爆発騒ぎで窮地にたたされる、これこそ地獄だと見た

●家族は家族だけでは守れない

なぜそんな悲惨な状態になったのか、その原因は何なのか?

それはいろいろあるにしても国家が崩壊した国家を失ったということにある
人間は家族が一つの単位として協力して生きようとする、シリア難民も必死に家族を守ろうとしてそうなっいるが限界がある

国家が崩壊する⇒家族が崩壊する

家族がどれだけ協力して生きようとしても国家が崩壊する時もう家族を守れないのである他国に難民になるとき他国でも受け入れるのがむずかしく差別される
その数も多いから難民化した人たちを受け入れるにも限度がある、人道的になんとかしろといってもその国自体が混乱してしまう、それで難民排斥が起こる
つまり国家が喪失ることがどういうことかそれが問われたのである
難民化して行き場がなくなり海をわたりヨ−ロッパに行こうとして2000人くらい死んだとかある、でも今やヨ−ロッパでもその難民を受け入れがたくなっている
国内が混乱して受け入れられないのである
そこにコロナウィルスが世界的に流行してさらに悪い状態になたっのである

家族を守るというときそのことを第一にしても実際は家族だけで家族を守れるのか?

それはシリアという異常事態でなくてもすでに介護とかでも家族を守れなくなる
自分自身が介護で一人必死になり苦しんだ、誰も助けがない、他者に助けを求めても助けてくれないとかなる、それでどうにもならなくなりこの近くでも認知症になった親を殺したとかあり介護殺人は普通にある
そして最近家族遺棄社会という本が出たように家族が家族を捨てる、介護でも家族を捨てる現象がでている、その負担を家族だけでは負いきれなくなっているからだ
ただ別に介護だけではない、家族に親が捨てられている人を知っている
それは金銭的にも介護でも家族がめんどうみきれないからである、でもそのめんどう家族がみないとすると他者が社会でめんどうみることになる
日本だって家族の崩壊現象が起きているのである
特殊な家族でなくても家族崩壊現象がこれからも高齢化社会で起きてくるのである

確かにシリア難民と比べることは無理であるが原発避難民とかの問題でも家族崩壊が起きた、また町や村が崩壊して廃墟と化した、ただここでは別に家族が崩壊したというとき
若い世代と老人世代に分断されたということがある、老人世代は取り残されて故郷に住んでいるとなる
別にシリア難民のように悲惨なことはない、かえって仙台市とかで補償金を資本にして不動産とかアパート経営で成功した人もいる、原発避難民はいわき市に大挙おしよせて補償金で新築々の家を建てた、その数も二万人とか多いがその人たちはまるで特権階級のようになっていた、それで地元の人たちともめたりしたから事情は相当に違っている
シリア難民と比べればあまににも違っている
でも故郷を国家だとするとき国家を失ったともなる、アイディンティティの場所を失ったということで共通している、ただ物質的には恵まれているが精神的は同じような状態にあるのかとなる

ただ人間は国家を失うとどうなるのか?

それを真剣に考える必要がある、ユダヤ人は国家を失い世界を彷徨う民族となり差別された、国家がなくなるということはこういうふうに悲惨なのである
だから国家があって家族があるともなる、日本は日本がなくなるということを考えない
でもそれが本当にそうなのか?
今や中国が大国化して現実に尖閣諸島とかに進出して侵略する勢いである
そして日本が経済的にも衰退して弱体化すると中国がロシアが侵略してくる
アメリカは衰退してもう頼ることができない、引き上げるからである
するともう日本一国では日本を守り切れないのである、すると日本も大国の草刈り場となりシリアのように分断されるということもありうるのである

戦前なら中国は弱小国化して脅威でもなかった、日本が戦ったのは欧米である、ロシアとの戦争もあったが日本はロシアとも対等に戦った、つまり明治維新では実は外国勢力が入ってきてやはりシリアのように国が分断される危機でもあった
でも日本はそういうことがない植民地化されない唯一の強国だったのである
ただその時中国は弱小国化されていたから日本がアジアを先導する国となっていたのである

国家とは何かというときそれも何かわからない、でもシリア難民を見れば国家が喪失するときどれだけ悲惨なものになるか具体的な例としてわかる
家族を守ろうとしても守れないのである、国家という基盤の上に家族がある
まさ国の家があって個々の家がありうるとなる、家族が大事なこと家族を守ることはわかる、でも現実家族だけでは別にシリアでなくても守れないのである
そこに家族の問題がある

●シリア難民と原発避難民

それは何か原発事故で故郷を失ったとかでも共通したものがある、故郷というか市町村とか自治体があって個々の家族が守られるとかある
だから自治体全体で原発に反対しないと家族も守れないと考える必要があった
ただ原発が自治体を破壊するとは見ていなかった、むしろ利益をもたらすものとして見て歓迎されていたのである
例えば再三批判しているけど漁業権を東電とか政府に売り渡して多額の補償金を事故前も船主などは得ていた、でも今になるとその海は自治体全体のものであり漁業者だけのものではなかったのである
もし自治体のものとして漁業権があったら簡単に原発は作られなかったのである
そして原発を作った責任は自治体全員にあり別に船主とかないし漁業組合にもない
そうなると批判されたりしなかったのである、その責任は自治体にあったとなるからだ

だから国家もそうだが自治体でも運命共同体なのである、家族を守ることが先決になっているにしろ家族だけで自治体でも守れないのである、原発避難区域になったところでは自治体が崩壊した、家族も分断されて残されたのは老人だったともなる
自治体と国家となると規模が違うにしろ何か共通なものがある
自治体というとき生態系とか関係していた、つまり原発事故では放射性物質に空気とか水とか土とか森とかその生活の基盤となるのものが汚染されて住めなくなったからである
それで依然として最近心筋梗塞とかこの辺で増えているから移住させるべきだとか武田邦彦氏がなどが警告している、それだけの被害が十年過ぎてもこの辺にある
放射性物質はセシウムが30年で半減するとかなり簡単に消えないからである

だから何か人間は家族のことを第一として常に考える、でも家族より自治体とか国家のことを真剣に考えない、それは平和な時とかはそれでいい、私自身が国家とか自治体のことなど考えていなかったからだ、平和なの時はそれでいいのである
でも原発事故とか何か国家の危機とか自治体の危機となるとそれですまされなくなっていたのである

この辺では原発など別に金になるからいいじゃないかしかなかった、そういうふうに軽く見ていたら自治体が崩壊して住めなくなったのである
原発について真剣に考えることなどなかったのである、またそう仕向けられていたともなる
シリアの悲惨な結果でも何か最初は独裁に反対する自由シリア連合の武装化からあんな悲惨な結果となったのである
そんなことが国まで喪失する結果となることとは思っていなかったのである
ともかく国家を失うことは家族も維持できないということになったのである

posted by 老鶯 at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年10月24日

真野川の土手の岸の木が切られた (合歓の花の木と藤の木も切られたのが残念)


真野川の土手の岸の木が切られた

(合歓の花の木と藤の木も切られたのが残念)

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これは作った写真である
実際はこういう藤の花ではなかった
ただこれらは全部切られてなくなた

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霧の中に合歓の花が咲いていた




昨日真野川の土手の木々が根こそぎ切られていた、そこは浪江の復興住宅の人も水をさえぎるから危険だと言って切ってもらいたいと要望していた
それで切ったのかもしれない、それは前々から水の流れを悪くするから切る予定があった
でもそこには合歓の木と藤の木があった、だからその花を見ていいなと見ていたのであるまた橋の所には前から合歓の木があり花が咲いていて気持ちよかった
それまで切ってしまったのが残念である

何か藤の木と合歓の木は残すべきだったとみる、ただ他の木は何か花も咲かない木だから切ってもいいとなっていた、下の方はそうである

でも何かこうして自然というのは無造作に破壊される、私はいつも自然を見ている
鹿島から深野にでる高平の所にも高い木がありそれが春になると芽生えて風にそよぐとき気持が良かった、その樹々は高いからである、でもそこも切られていたのである
そこは気を切って何にするのかわからない、それも残念だとみる

ただそれを残念に見ているのは自分だけだともなる
他の人は自然とか花でも無関心なのである、何か用があるときとか金になるものとなると注意して守る、でもそうした実用がないと関心がなくなるのだ
ただ邪魔だという感覚になるのである

それでも森などは木材と利用している時の方が間伐などして森は守られていた
つまり実用として森があるときかえって森が守られていた
ただ森が鑑賞するものとして美的にあるものだとかなるとかえって森の木でも利用されず荒れるということがあった

ただ人間というのは実用にならないと金にならないと関心がなくなる
なぜあそこの木が切られたのが残念だったかというといつも買い物に行く道であり日常的な道だからである、だからそこに花が咲いているとなごむとなる
つまり日常的な場所に自然があるとなると違うのである
それは人間の生活と一体化するからである
ただそういう配慮はない、当然洪水があるから流れを良くするのが先決だからである

でも何か日本人は意外と自然に無頓着であり自然保護というときそういう観念はない
日本がではむしろ雑草が常にはこびって苦しめられている
だからどうしても農薬を使う、使わざるを得ない、それでヨ−ロッパ中心に農薬に厳しくなって日本の果物とかでも輸出が制限されるようになった
農薬なしの有機栽培の食料でないとだめだとなるようになった

とにかく日本の食料には薬を使いすぎるのである、食べ物でもいろいろな薬が入りすぎている、それにも日本は無頓着なのである
日本では雑草でもすぐに繁茂するから自然はやっかいなものだともみている
そもそもそういう自然だと自然保護という感覚は起こりにくい
日本人は自然に恵まれていて自然に無関心だともなっている

だから金にならないものは実用とならないものは無視される、花などはそうである
でも花でも金になり売れるとなると別なのである
おそらくあそこの土手の道を歩いてそこに合歓の花が咲き藤の花が咲いていいなと見ていたのは自分だけかもしれないからだ

ただ言えることは身近にある自然は貴重である、それはいつも日常的に接して見るものだからである、まず都会だと日常的に接する自然が少ない、都会から離れないと自然に接することができない、その差が大きいのである

posted by 老鶯 at 17:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年10月23日

ナショナリズムとグローバリズムとは何なのか? (郷(くに)を基とした文化の形成が人間の基本―飯館村を破壊した原発事故)


ナショナリズムとグローバリズムとは何なのか?

(郷(くに)を基とした文化の形成が人間の基本―飯館村を破壊した原発事故)

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「ナショナリズム対グローバリズム(前半)」三橋貴明

これは確かにわかりやすい、何か自分の追求し来たことが右側のナショナリズムである
飯館村のことで郷(くに)のことを山尾三省の詩から追求した
つまり歴史的ときとういとき身近なものではそれぞれの家族があり親がいて祖父母がいて継続されたものとしてみる、そこが歴史の基本である
それで私の親が双葉の新山で丁稚奉公したということを書いてその土地と共感したのである
それは歴史的であり継続的なことなのである、その歴史というのも日本だと天皇があり二千年前からつづいていたとなりそこまでさかのぼる

つまりグロ−バリゼーションとはこの逆なのである、国々の歴史とか風土とか文化を無視する、グロ−バルに経済的単位としてしか見ないのである
そして歴史とか文化は金にならないというのもわかる
自分の追求したものは金にならないのである、金に換えられないものなのである
原発事故ではまさにそうして金に換えられないものを失ったのである
その土地の郷(くに)で生きてきた先祖代々の生活がありその郷での暮らしがあり文化があったが失われたのである
ただグロ−バリゼーションというときここで多額な補償金としてその損失を補償したのである、でも失ったものはもともと金に換えられないものであり金では取り戻せないものだったのである
だから意外とそこに住んでいる人もそのことを気付かないということがある
別にそれだけの補償金もらったきだから良かったのではないかとか他からも内部でもそう思う人もいる
つまり価値をなんでも金に換算すればそうなるのである

でも金に換算されないものがこの世界にはある!

それが原発事故で問われたのである、郷(くに)とは経済的一単位ではない、総合的なその土地と時間的継続と風土でもって結びついた有機体でありそれを分解したりできないものである、その一部のものを取り上げてそれを金銭に換算できるようなものではないのである

人間は経済的単位ではない!

でもグロ−バリゼーションは国でも地域でも一つの経済的単位利益とみる
国(くに)を形成しているバックグランドを見ないのである
その時金に換えられないものが奪われていることに気づく、それが原発事故で明らかになったのである
確かに補償金を得て他に都市にでもでて立派な家を建てることができた、だから良かったじゃないかとなる
でも何か他にそうして移り住んで精神的空虚感を覚える
野菜でも山菜でもその土地にあり自ら生産して食べる時、その土地に生きる充実感があるそれで飯館村特産のかぼちゃを生産して喜んでいる女性がいた
それはその土地の実りだからである、だから買ってばかり生活していると不安になるというのもわかる、金で買えてもいつか金はなくなるからである
でも野菜でも米でも継続的にその土地でとれれば安心だとなるのである

つまり東京とかはすべて経済的単位の人工的空間と化している
そこに文化がない、その土地を耕す、cultivateするcultureがないのである
あるのは人工化された経済化された精神のない世界である
だから墓でも団地の様な狭い空間に閉ざされて作られる
田舎だと墓地はたいがい自然の中にあり今なら秋の日がさして土地の人々が眠っている

グロ−バリゼーションとナショナリズムの対立は都会と田舎の地方の対立でもある
東京とかとなるとグロ−バリゼーションになる、つまり食料でも日本の地方より外国から輸入すればいい、日本の地方は効率的ではないとして切り離すべきだともなる
でも日本の国土と不可分に東京でもつながっている、だから原発事故は東京まで影響したのである
いづれにしろ大都会民と地方民田舎人とは分離する、心も通じなくなる
そしてやがて地下に大都会ができて地下人間と地上人間は心も通じなくなったりする
だから国内でも別にそうした分離が起きていたのである
なぜなら一千万もの大都会があるということ自体が国土を分断してしまったのである

だからコロナウィルスとかで東京が密集しているから危険だとかなり交通でも遮断されるとかなり人の交流でも物の輸送でも止められたのはそれは世界的変化としてナショナリズム的志向になる、グロ−バリゼーションでもある程度は許容されるし貿易も必要である
でもそれが過度になり世界的な歪みをもたらしたのである
それを是正するものとしてコロナウィルスが生まれたのかともみる
一つの時代の変化が起きたともみる

ヤマトタケルノミコトのお歌として伝えられる歌に

いのちの全けむ人はたたみこも平群(へぐり)の山のくまかしが葉を うずにさせ その子 

いのちの全けむ人はとはまさに郷(くに)に全体として不可分に結びついた郷(くに)に生きる人のことである、そしてくまかしの葉ををずにさせ・・・とはその森の豊かさを身に帯びる、または森の霊力を帯びるともなる
だからこういう感覚は自然人として生きた古代人とか原始人的な感覚なのである
人間と自然が一体化していたのである
これからの時代は経済的単位としての人間ではない、郷人(くにびと)として生きることにアイディンティティを見出して安定してし継続する生きる力を取り戻すことである
リストアーすることである、そういうときいかに原発事故がそういう郷(くに)を破壊したことは大罪だったのである、放射性物質で森の木々まで汚染されたし森全体も汚染された、それは30年でセシウムは半減するとしても消えないからだ
その罪は余りにも重すぎたのである






posted by 老鶯 at 20:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 飯館村

山尾三省が追及した郷(くに)とは 山尾三省が追及した郷(くに)とは (原発事後で奪われた郷(くに)と生業-飯館村から考える)


山尾三省が追及した郷(くに)とは

(原発事後で奪われた郷(くに)と生業-飯館村から考える)



びろう葉帽子の下で

郷(くに)ということばと
郷人(くにびと)ということばを つぶやく
奄美の郷(くに)
奄美の郷人(くにびと)
沖縄の郷(くに)
アイヌの郷人ということばを
心をこめて つぶやく
原子力発電所のない、郷(くに)
核兵器のない郷
その郷人のなりわい
・・・・・・・・

びろう葉帽子の下で
国ではなく
郷(くに)を思う
畑の草を刈りながら
畑の土を掘りながら
日本の郷とつぶやいてみる
わたくしの郷とつぶやいてみる
そうつぶやくと

(山尾三省)



山尾三省の不思議は必ず原子力発電とかチェルノブエリのことに反対している
そのアンチテーゼというか、それに反発するものとしてこうして郷(くに)のことを詩にしている
そもそもこの人は東京生まれだけど田舎の生活に憧れていた、その憧れも普通ではない
何か渇望するように憧れていた、それは東京砂漠というようにそこに自分が生きるアイディンティティを見いだせなかったからである
それで極貧でも囲炉裏で炭を使い生活していた
そういう人はまれだが若い人ででてきている、でも依然として変わり者である
飯館村にもいたようである

現実はそういう田舎に住んでいてもみんなそんな暮らしをしたくないとなっている
しかたないから暮らしているとなる、でも東京とかではそういう田舎の暮らしを渇望している人がまれにだがいる
つまり東京には郷(くに)がないからだ
ただこの国(くに)というときどれくらいの範囲なのかわかりにくい、日本に小国(おぐに)という地名が多い、そこは何か山の中の平な土地であり小盆地なのである
そこは山に閉ざされてある、そういう地形が日本には多いから小国が多いのである
そこは一つの国として意識されたともなる

でも実際くにというとき

 会津嶺の 国をさ遠み 逢はなはば 偲ひにせもと 紐結ばさね

この国は相当に広いのである、ただ万葉時代にすでにこれだけ広い土地が国として意識されていたのである、それだけ会津が古い土地だということがこの歌で示している
国を意識する時そこは土地だけではない、そこに愛する妻がいるとか親がいるとか友がいるとかでも郷(くに)となる、そういう人と離れたくないということがある
また故郷というとき実は故あるというとき親とか祖父母とか先祖と深く関係した場所なのである
私の父親は双葉の新山の酒屋で丁稚奉公していた、それで何かそこに行ってみたら廃墟の街になっていた、その酒屋のあった近くの道を歩いた時不思議だった
父もここを歩いていたのかと感慨深かかった、何か出会い橋とかあり父と会うようにも思えたのである、ここで父が働いていたんだなと思った
何かそういうふうに人との死んだ人でもつながりを感じる場所が故郷なのである

山尾三省は東京で暮らしていたからそういうものがないからあれだけ渇望して極貧でもその郷の人として屋久島で62才くらいで死んだのである、妻も死んだ、それはその生活が楽ではなかったからだとなる、第一今ではそこまで田舎を求める人はいない
ただかえって東京とかに住んでいればその渇望が強くなってそうなったのである

人間はやはり生物であり生物本能がある、人間は植物でもある、だから一つの土地に木が根付きそこに定着する、そして木のように深くその土地に根を張りその土地と一体化するそれが生命として自然なのである、そのために根を張る土地をもたねばならない
それが山尾三省が言った郷(くに)なのである
ただこのクニというとき何か山間の小国という場所がふさわしいのである
海側だとそういうものを感じないのである、海は遠くを意識する、だから海と山とで意識するものが相当に違ってくる、山は墓所になった、死者を葬ったということは山はまさに死者が眠る場所にふさわしいからである
そして山には先祖がいて春になると田植えの時期になると里に降りて来るという信仰にもなったのが日本である
つまりクニというとき先祖も関係しているのである、だから日本国となると歴史的に天皇が二千年なのか代々国を受け継いできたとなる
先祖のさらに大先祖となりそれが国の歴史となる
何か自分の家族は全部死んだけどやはり死者は私の心の中にその土地に生き続けているという感覚になるのである

飯館村は何か地形からしてクニにふさわしい場所である、それは私は自転車で行っていたから高いし遠いのである、今回行ったら体中がいたくなった、だんだん年になり行くのが苦しくなった、でもそうして苦労してあの坂を上り行くことが記憶に刻まれる
この地形というのは地図を見ても車で行ってもわからない、坂は峠は歩いてでも自転車でも上ってみると体感できるのである
だから不思議なのは車がない時代の生活なのである、どうしてその坂を歩いて上って生活していたのかとなる、そうなると峠を越えた向こうは相当に遠くなる
近くても別世界になるのである、でも不思議なのは今ならグロ−バル化経済であり世界から食料でもなんでも入ってくる、昔だったら外国から入ってくるものがない
食糧など全く入ってこない、戦後でもバナナは仙台にしかなかった、それで私の父親が病気になったとき仙台からバナナを買ってきたのである
今からすると本当に食料は貧弱だったことは確かである
飯館村で魚を食べるにしても海側でないから簡単には食べられない、江戸時代だったら塩の道があった、それも助け小屋とかありそこで泊まるとかして塩を運んだ、その時魚も運んだかもしれない、そしてその塩の道は沢伝いの細い道であり馬で運んだのだが下を見ると落ちそうであり怖い場所である、それだけ馬で運ぶにしても難儀したのである

いづれにしろ原発事故の無惨さは飯館村に一番現れた、そこはもともと原発と関係していなかったからである、恩恵もなかったからである、ただそこでも原発で働いていた人がいたのである、なぜなら原発だと普通の給料の三倍くらいもらうからそうなっていたのである、飯館村は福島県でも最低の収入しかなかったからだ
だから全く関係しないということはなかった、原発の恩恵はそれだけ大きいものだったのである、ただ皮肉なことに原発事故以後飯館村では補償が手厚かったから億の金をもらった人が普通にいるだろう、そしてその金をもらって外に出て行ってしまったとなる
そして新しいこじんまりとした家がどこにでも建っている、それが別荘だというのも不思議である、人は住んでいないのである、別荘として利用している
それから50億円をかけて学校やその他の施設を作り建物は立派だけで生徒は五人とかなっているし村には住んでいないのである
そこでもう村が成り立つのかという疑問である

ともかくその村で失ったものは何なのか?それは山尾三省があれほど渇望した郷(くに)を失ったということである、そこで常に原発のことを核兵器のことを批判していたのである、ただ現実問題として別に飯館村とか田舎に住んでいる人は人で山尾三省のように田舎をいいものとして生活していない、だからこそ豊かな暮らしをしたいとして原発を積極的に誘致したのである
またこの辺では山尾三省のように原発に反対したら住めなくなっていたのである
もうみんな原発で金になるとなると目の色を変えていたからである
だから反対運動は起こらなかったのである
つまり田舎でも山尾三省は変人だったのである、何か貧乏生活してテレビにでも出て見世物にして金をもらうのかというふうにも見られる  

それが現代の生活からみればそうなっていたのである
バンが贅沢だとなればそうなる、ただ別に自分の子供時代は炭で生活していた
今からすると山尾三省の生活をみんなしていたし飯館村とかは森が多いから炭にする材料が多いから炭を売って金持ちになった人もいたし大倉では材木を売って金持ちになり相馬の女学校に行った人もいたのである、そこからは通いないから親戚の家から通っていたという、相馬の女学校というときここに行っているというだけで相当な金持ちだったのである、私の母親は尋常高等小学校くらいだからである
その時代では学校は知識をえる唯一の場所だから貴重だったのである
なぜなら子供の時、家には一冊の本も置いていなかったからである
そうなる学校以外で知識を吸収する場所がなかったからだ 

いづれにしろクニをうしなうことはその存在基盤、生き死にの場を失うことである
それは普通なら意識されない、むしろそんな場所に生きることの不満が多かったのであるでも前からそういうクニを渇望して求めてそこで死んだという人がいたということであるもしこれだけの意識をもっていたら原発など誘致しなかったのである
ただ飯館村は遠いから関係ないと思っていたのである
自分の住んでいる所でも30キロ離れていたから遠いと思っていたのである
それが福島県全体に関係するとはみんな思っていなかったのである
だから真剣に対処しなかった、また政府でも東電でも安全神話を作りその危険性を隠していたのである

だからその生き死にの場所であるクニを放射性物質で汚染したということ住めなくさせたことの罪は大きい、ただ東京ではそういうことを意識しないのである
そもそも東京にはクニがないからである、それで経営者が言っていた
一か所に家をもって定住することは金ももうける機会を失うからしてはいけない
チャンスの場所は変わるから一か所に家をもち定住することは良くないという
それが東京人の感覚だとなる、そこでは経済が最優先でありクニとかは関係ない場所なのである、経済のことしか頭にないからである

それで飯館村とかのことなど田舎は経済的に無駄だとかなるのである
その感覚の差が大きすぎるのである、要するに大都会人と田舎人は人間そのものが違ったものだともなる、同じ人間ではないともなる、東京人は異星人だともなる
彼らの頭には経済のことしかない、それがすべてであり山尾三省が追求したことなどただ変人の戯言となってしまうのである
そうは言ってもまた田舎でも実際は大都会人と同じ意識にもなる
みんないい家が欲しい車が欲しい、うまいものが食べたい、その欲は都会人と同じで限りないのである、田舎でも山尾三省は変人なになっているのである
だからこそ原発が積極的に誘致された経緯があったのであ

この辺の問題は今や何か原発に反対するにしてもそれが常に補償金がからんでくる
補償金をもっとよこせとなるだけである、もともとでは山尾三省のような生活を望んでいなかった、だからこの際補償金をもらうだけもらって他に住めばいいともなる
それが正当化される、だから山尾三省がその時代に原発に反対してそういう生活を渇望して実際に実践していたということは評価できるのである
ここでは原発事故後意識したとしてもその前は意識していない、もっと贅沢な暮らしをしたいとして原発を積極的に誘致したからである、それが違っていたのである
ただ飯館村自体はほとんど原発とは関係していなかったのである



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残る虫(飯館村考- 場所の魅力)


残る虫(飯館村考-   場所の魅力)

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 残る虫の声

 幽かに残る虫が鳴きあっている
 山の静けさにその声がひびく
 その声に山は聞き入る
 小さきもの、幽かなもの
 そこでここで大きな声となる
 木の葉一枚が散り落ちぬ
 山の大いなる静けさがつつむ
 虫の声はそこにひびきつづける
 山は黙してその声聞いている
 山に陽は没り一村は暮れぬ


 飯館村というとき山と森の村である、飯館村はもともと相馬藩になる前から岩松氏が鎌倉時代に支配していたときから一体化していた
その後に相馬氏が支配したのである、だからそういう古い時代から地理的一体感があったなぜなら新田川の源流が草野を流れている
大倉は真野川の上流であり真野ダムがある、だから地理的につながっているのだ
それで飯館村が南相馬市が実は地理的に一体なのである
それで放射性物質のフレコンバックが破れて流れ出したというときそれは飯館村だけの問題ではなかった、南相馬市にもその放射性物質は川を通じても流れてくるのである
だから飯館村は飯館村で合併しなかったが地理的に一体化した地域だったのである
地理と歴史が一体化した地域である

相馬藩というとき新地が伊達藩内として境界というときあそこから牡鹿半島と金華山が明確に見える、すると宮城県を意識するのである
確かに原町片倉のフラワーランドから金華山と牡鹿半島が見えたが小さいのである
新地からはかなり大きく見えるから意識するのである

地形的な魅力としては飯館村と丸森にある、丸森は阿武隈川も流れているし蔵王も大きく見えるから魅力がある、川と森の国でもある
ただ平地が少ない、飯館村は森の国でも平地が結構ある、広い地域なのである
私はこのその土地の魅力という時、その地形の魅力、その土地の個性を形成するのはその土地の独特の雰囲気なのである
これは人間が作ったものではない、地形が作ったものである

だから相馬藩領域は一つの地理的一体感がある、ただ海側に住んでいると山というのを意識しにくい、でも山も身近なのである
そして田舎というとき人間が少ないということで存在感が大きくなる
特に飯館村とかなると広い地域に人が少ないから存在感が大きくなる
もちろん経済的には前から貧しかったからそこに住んでいる人はいいとはならなかった
飯館村は福島県でも最低クラスの収入しかなかった
ただ私はそういうことを見なかった、時々自転車で大倉から木戸木から草野に出るのがいつものコースとして行っていた
そして木戸木に出る峠で休んでいた、そこで秋の蝉の声を聴いていた
今回は残る虫の声を聴いていた

何か残る虫の音が合っていた、今まさに飯館村に残っている人は二割くらいなのか少ないそれも老人が多いという時、まさに残る虫になる
でもそうした虫の声でも山の静けさに森の静けさに大きな声となっているのだ
それが山の静けさに大きくひびいて余韻が残る
つまりその残る虫の存在感が大きいのである
こういうことは都会にはありえないのだ、どうしても場所の魅力がもてない
場所の魅力は自然が神が作りだしたともなるからだ
人工的空間では作れないからである
だから何度行ってもその場所の魅力を感じる、ただ場所の魅力はまだ発見されていない
すぐ近くにそういう魅力がある場所があったからだ

相馬藩地域だと海があり山があり実際は変化に富んでいる、ただ高い山がないことは欠けているのだ、それが残念なのである、遠くに蔵王が見える、でもその大きさを感じにくい街中に岩手山のような山がそびえているとその山を身近に見るから一体化するのである、アイディンティティ化されるのである

原発事故でもこの場所の魅力が失われたわけではない、ただそこに人が住まないとか暮らしがないとそこは何なのだろうとなる
虫の声でもそれは人間をイメージして聞いている、残る虫はまさに飯館村に残っている人だともなるからだ、だから暮らしがないと自然も活きてこないのである
ほんの一部は実りがあった、でも荒れ果てたままであった
すると何か荒涼としたものになる、飯館村の復興はどうあるべきなのか?
それはやはりその場所の魅力を活かすことだとなる

森に囲まれているからそこで精神が醸成される、森の中に分け入るとまるで神殿の柱のように樅の木があった、それはドイツの黒い森と同じである
それは丸森でも同じだった、森の国なのである
そこにふさわしいのは森に醸成される精神形成だともなる、別にその森は失われてはいない、ただ放射性物質に汚染はされているが森は存在しつづけている
放射性物質に関係ないものとして花の栽培などはつづけられる
他に何かあるのかというときそこは瞑想の森であり例えば昔なら宗教の修行の場所にもなる、そういう場所なのである

ただそこに働く場所がないと人は住めない、だから菊池製作所がありそこで人は働き住んでいる、工場だと放射性物質に汚染されなかったからである
そこに矛盾がある
飯館村には外から入ってきた人が多いみたいだ、郵便配達していた人は外から来た人である、普通郵便局に勤める人は地元の人になっている、でも外から入ってきている人が多いのである、それだけ人が流出したから外からの人を受け入れているとなる
もう外からの人が村を支えているともなっているのかもしれない
郵便配達している人が外からの人だというのもそうなのである

ともかく新しい家が建てられてそこに人は住んでいない、別荘だというのも不思議であるそんな村が成り立つのかともなる、5人の生徒のために50億円かけて校舎やその他の施設を作ったというときもそうである
そして村は補償金をもらい分断して人が消えたとなる、残っているのはわずかの人であり残る虫が鳴いているとなる
ただその場所の魅力は失われていないのである、それが救いなのである 

ヤマトタケルノミコトのお歌として伝えられる歌に

いのちの全けむ人はたたみこも平群の山のくまかしが葉を うずにさせ その子

いのちの全けむ人は・・・これは命はその場所とともにある、場所と一体化してある
現代文明人の命は無数に部品化されて全きことはない、そこにいかに経済的に繁栄しても命がないのである、全けむ人とはその場所と命が一体化した人のことである
そこに生きる意味がある、現代はその場所が失われたのである
また原発事故によってそういう命の場所を喪失させたともなる

posted by 老鶯 at 08:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 飯館村

2020年10月21日

残る虫、秋の暮(飯館村に行くー木戸木は戦後開墾された場所)


残る虫、秋の暮(飯館村に行くー木戸木は戦後開墾された場所)

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飯館村というと山菜で有名であり山菜料理が定番だった
その山菜がとれないことは一番悔しいとなる


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木戸木にそ半鐘残り秋の暮

十軒ほどここに暮らしや秋の暮

残る虫かすか鳴きあう山の中 

三四匹残れる虫の声を聴く

我が一人夜更けけ聴き残る虫

闇深く残る虫の音の余韻かな

闇深く残る虫の音の余韻かな

樹々の間に山の静かに秋日没る

街離れ大原あわれ山に月

明らかに輝き映えぬ山に月



大倉を郵便局員配達す坂を上るや秋のくれかな 

一枚の木の葉の散りぬ残る虫鳴く声ひびき山の暮れにき

人行かぬ山の道かな竜胆の四五輪咲きて木戸木の暮れぬ

人住まぬ家にしあらむ飯館にいつ帰らむや残る虫鳴く

この石の何を語らむキノコ石名付けてあわれ秋のくれかな

耳すまし残る虫の音我が聴きて帰り来ぬかな   


飯館へいつものコースで自転車で行った、夏は暑くて行けなかった、だから久しぶりだった、でも体がかなりいたんだ、なかなか行けなくなる
大倉で何か郵便局員が配達していた、その人は最近来た人らしい
なぜなら今新しく作られた郵便局の支店の前に店があったことを知らなかったからだ
店はやめても自動販売機があったようだがそれもなくなり遂にそこが郵便局の支局になった、何か不思議なのは郵便局はどんな辺鄙な所にもある

コンビニによりある、与那国島についたときも最初に見かけたのは郵便局だったのであるまたどんな辺鄙な所にも郵便局から委託された家がありそれが高収入となっていた
でもゆうちょと変わりもうそうした贅沢は維持できなくなってもいる
ゆうちょで不正があったりするのもそのためである、日本経済が落ち込んで銀行とかゆうちょは危機になっているからだ
でも大倉とかの辺鄙な所に郵便局があるというのは何か頼りになるのか?
郵便というものがそもそも減っている、インタ−ネットになりもう通信はハガキとか手紙とかが廃れる、それも時代である、でも一軒一軒郵便局員が回るということで安否を確認するとかしているのもわかる、辺鄙な山の中だとそういう役目もでてくる

大倉から飯館の草野に出るのは苦労である、ここで疲れる
大倉から木戸木に出る、ここに十軒くらいの部落があった、ここにあまり注目しなかったそれより新しくできた道路があったところに神秘的な流れがありそこは森に覆われていたそこに踏み入る人はほとんどなかった、まさに秘境だった
しかしその秘境は失われた、それは原発事故前からあった、七曲の坂が不便なのでそこを道にしたのである、ただ自分としては残念だった

木戸木は戦後開墾に入った人たちが住んだ、それは共栄橋とかあるのでもわかる
それにしても平地が少なく確かに田畑があっても土地が狭すぎるのである
そういう場所でどうして生活していたのか?それは戦後引揚者が開墾に入った場所はそういう場所であり半分が撤退したのもわかる、とても生活できないということである
おそらく林業とかで成り立っていたのだろう
半鐘が残っているがあれも必要だったのだろうかともみる、十軒くらいしかないのに火事を知らせるのか?でも半鐘はいたるところにあった
自分の家の近くの神社にもあった、その半鐘に上ったことがあるからだ
だから狭い範囲でも火事に注意したとはなる 

木戸木の山の道を分け入ると竜胆が四五輪咲いていた、なかなか自生する竜胆は見かけない、飯館村だと見かけるとなる
それから飯館の方に向かった、何か七曲の坂でも去年の台風で通行止めになったのが多い今も工事がつづいている、あの被害は実際は本当に大きなものだった
道でもずたずたにされたのである

私はいつも峠の道で秋なら秋の蝉の声を聴いていた、そして飯館村も秋だなと感じていた昨日は虫の声を聴いた、それももう残る虫となっていた、山の静けさにただその残る虫の音がひびいていた
何か残る虫というのが飯館村にふさわしかった、そこに残り住んでいる人をイメージするからである

飯館村では一部稲が実っていた、それはほんの一部である、でも大きな倉庫を建てていたそれは米を貯蔵するものだという、飯館村でそんなに米が作れるのか?
それが疑問だったが米を作れるようにしていることは確かである
でも飯館村の問題は森に囲まれているから周囲から流れる水でも泥でも放射性物質をふくんでいる、その放射性物質は減らないのである
それが一番のやっかいな問題なのである、花の栽培とかは影響しない
ともかく飯館村の特徴は森に覆われた村である、70パーセントが森だからである
ただその森は活かすという時、詩的にみれば森の癒しとか荘厳な森の国をイメージする
ドイツの黒い樅の木の森とかである
それで飯館村とか丸森は森の国として貴重である、浜通りは海があり山は低いが森があり二つの世界があることで魅力あるとなる

いづれにしろ木戸木でもそうだが一つの部落が失われるとか村自体が失われるとかは何なのだろうとなる、それは双葉町でもそこは廃墟の町であり何なのだろうとなる
そこでは私の父親が酒屋の丁稚として働いていたので特に感じたのである
戦後開墾に入った人たちが築いた村が結構多い、山村に多い
それも一つの歴史だったのである、そうした歴史が失われるということは何なのかとなる人間は親がいて祖父母がいて家族も作られる、歴史はその延長としてさらに長いものとして作られて来た、だからそういう歴史が失われることは何なのだろうとなる
何か人間の存在の重い意味が失われることではないか?
それは日ごろ自覚できない、こんな不便な所に生活したくないとかばかりになる
でもそこに住み生活を築いた親がいて祖父母がいて先祖がいたとなる
その歴史が省みられなくなるとき、先祖もそこで一度死に二度死ぬことになる
誰もいない村を幽霊として行き場もなくさまようとなる

橲原(じさばら)は通行止めであり大原の方から回って帰ってきた
大原には月がでていた、山に月が出るというのも海側では見ない、最近はずっと海から月がでていた、あれ山から月が出るのかと不思議だった
それは明るく輝いていた、大原というと原町の街から相当遠いのである
海で感じるのと山で感じるのは相当違うのである、この辺は両方があるから変化がある
ただ自転車では疲れるようになった、体中痛いのである
でもなんとか行けたので良かった









posted by 老鶯 at 14:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 飯館村

2020年10月19日

計画、計算できない人生 (何が起こるか予測できないー信仰ならただ求めることが一番大事)


計画、計算できない人生

(何が起こるか予測できないー信仰ならただ求めることが一番大事)

人間はいくら計算しても計算通りにならない、一流大学を出て大企業に入り終身雇用で安泰だとか目指してもそれも今や崩れた
終身雇用などありえなかった、それは一時の高度成長時代があってありえたがそれも30年前にバブル崩壊で終わった
日本はそれから経済は低迷したままのなのである

人生を経験して老人になった人に聞いてみるといい、計画通りに計算通りにいった人はいないだろう、何か必ず不測のことが起きて意外だったとなる
こんなしことになるとは思わなかったとなる
つまり人生そのものが有為転変なのである、無常だというときもそうである
常なるものはこの世にない、人間自体常に変わっている、同じ状態を維持できない
男性でも女性でも常に体でも変わってゆく、40才になると男でも白髪がでてくる
それで40才で先が見えた俺の人生も終わりだとみる
それが早いのである
氷河期世代は40ともなるとあせり苦しむのである、40になるともう社会的に終わりだと見るし社会も見るとなるからだ

自分の人生は特殊だから参考にはならない、ただ20代で自分の人生はほぼ確定した
あとは余禄のようになってしまった
私はまず家から田舎からの脱出願望が強かった、大学にも入れるような学力もなくても運よく三流大学に入った、ただ大学で勉強するというより家から田舎から脱出することで大学に入るとなっていたのである
でもそれが功を奏した、私はわがままであり家から家族から故郷から離れる必要があったのだ

だから引きこもりというとき家から離れない、親から離れないということが問題なのである、経済的に独立しなくてもそうである
人間は一度家とか故郷ととかから離れる必要がある、それが精神的に成長させるのであるだから現代的にしろ引きこもりとかニートとかは家から離れない、家族からその土地から離れないということが精神的に自立しないことに通じている

とにかく20代は自分にとって一番苦しかった、別にカルト教団に入ったのは私には求道心があった、でもそこは宗教とは無関係なところだった
だからやめた、でも奇妙なのは自分自身は求めていたのは何なのか?
それはなぜ人間は死ぬのかということで宗教を求めていたのである
一切の世俗的野望などなかったのである

何であれ何を求めるかが人生では大事である

つまり求めなさいさらば与えられるだろうとなる、求めない限り与えられないのである
誰も水を求めている時、水を与えられる、でも何も求めないものは与えられない
だから宗教とか信仰を強制するのは間違えでる、求めないものに水を飲みたくないものに水を与えても無駄だかである
でも求める者は砂漠のような所で水がない所で乾き求めるものは水が与えられる
まずその求めることこそが信仰なのである
ただもしその求めるものがこの世の欲だとしたら求めること自体が間違っている
だからカルト教団ではその求めるものが現世利益しかない、神社に求めるものは自分の個人的欲望を満たすことを祈る、それでいくばくかの賽銭をなげる
第一そんなことで神様がその願いを聞くことがあるのかとなる

要するに求めないものに何を言っても無駄である、求めるものは求めるものを得る
誰に教えられなくてもそうである、だから聖書も読んでいない、教会に一回も行かない自分でもキリスト信者になったというのもそうである
とにかく自分の場合は何か20代で波乱でありそうなったのである
それこは本を読んだとかではない、求めていてそれが人との出会いとか実人生の中でそうなったのである
ふりかえるとだから不思議なのである、師がいたとしてもそれも偶像化した、その偶像を否定した時神を知ったともなる

どうして神が人間に現れたのか?

それは神とは何かというとき妬む神として現れたのである

これも不思議なのだけど聖書を読めばかわる、それは偶像崇拝との戦いだったからである人間は必ず偶像を拝む、それも人間が一番偶像になりやすいのである
だから真実唯一の神が人間を見て何を拝んでいるんだ、そんな偶像は神ではないとして
妬み現れたのである
それが宗教のはじまりだったのである、それはユダヤ人に聖書に記された歴史だったとなる

そもそもなぜモーゼがエジプトを脱出せねばならなかったのか?

それはエジプトが偶像崇拝の国だったからである、あらゆるものが人間でも神像化していた、それで神はモーゼに命じて脱出させたのである
だから宗教の最大の問題は偶像崇拝だったのである、それはイスラム教でも同じだった
一神教なのである
神は見えない神であり見える神は偶像になるのである

いづれにしろどんな人生であれ計画しても計算してもその通りにならない、みんな思わぬ結果として意外に終わる
歴史を見ればわかる、なぜ戦争であれそれは全く思わぬこととして起こり世界で何千万も日本でも三百万人も死んだ、それもその当時の人は予期せぬこととして起こった
赤紙一枚きて戦場に連れ去られてしまったのである
そういう急激な運命の変化に見舞われたのである
有能な才能ある人も若くしてあえなく戦場の露と消えたのである
残酷な運命の下に生まれてそうなったのである

人間の計画は計算は無駄になる、こつこつと金をためてもそれもあえなく消えたとかにもなる、何もしないのに遺産が転がり込んだとかにもなる
何か計画して計算してもその通りにならない、無駄なのである
コロナウィルスでも誰も予測した人などいないからである
だから人生には歴史には予測し得ないことが起きるのである
それが何なのかどうなるのかわからないのである
津浪や原発事故でもそうである、故郷に住めなくなると誰が思ったか?
いくら危険でもそんなこと起こりえないと思っていたのである
だから長い人生の間では必ず予測し得ないことが起きる
だから計画して計算しても無駄だともなる
それだからといって無駄に金を使いということではない、金自体もいくら計画して計算してもその通りにならない

現実に私の家族は金をため込んでいたが認知症になり銀行から金を下せなくなった
この時ほど驚いたこともない、つまりこれまで金を唯一の頼りとしてため込んでいたものを自分自身で下せなくなったのである、これほどのショックはない
金をに頼っていてもこんなふうにもなってしまうのである
いくら金に頼んでもそれもこんなことになったら何にもならない
自分の金を自分で使えなくなったからである

ともかく予期せぬことが起きて来る、でもそれに備えることはできない、別に金をためてもいいけどそれも認知症になったりしたら何の役にもたたないともなる
何か一生安泰したものもない、会社だって今のように変わると安心ではない
でも婚活では女性はひたすら安定、安心、安全を求めているという
そんなことありえないというのが現実である
みんな有為転変なのである、だから若き時神を知れというのはこうした有為転変の人生に備えるためだったともなる、永遠の命があることを知れば安心だとなるからだ
別に死んでも人間は死なないとなれば畏れることはないとなるからだ
だから若い時に神を知れというのが大事になる
若い時が過ぎるとその機会を失うからである

ただ人間は30過ぎるともう終わったとかにもなる、なぜなら40でおっさんだとかなり白髪も生えてくる、それで氷河期世代の人があせるのもわかる
それだけ時間が過ぎるのが早いからである、夢のようにたちまち人生は過ぎて浦島太郎になっているのである
それは引きこもりでもニートでも30辺りになると一生そうなって終わる
自分自身がそうだった、竜宮城とかにいると外から言われたいたのも納得する
家族に養われて恵まれ過ぎていたらたちまち時間は過ぎて老人になっていたのである

そういう人は自分でもそうだったが親が何でもしてくれるから結婚もしたくない、なぜなら女性と付き合うにしてもいろいろ要求が多すぎるからだ、何してくれ何くれとしかないそして文句や愚痴が多い、でも親は何も言わず世話してくれたからその方がいいとなったのである、そこに大きな落とし穴があったとしても人間は楽だったら楽なままにしていたい、苦しむのは嫌なのである、苦しむのは仕方なくそうすするのでありあえて苦しむことを選ぶことはないのである

ただ結果として親の介護で四苦八苦してもう誰も助けてくれない、むしろ責められるだけだったとなる、苦しい時責められるのはさらに重圧となり苦しいのである
慰めの言葉も一つもなかった、一人苦しみ耐えているほかなかったのである



フラワーアレンジメント写真一枚


フラワーアレンジメント写真一枚  

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フラワーアレンジメントには壺がかなり関係している
あと背景とかも関係してくる
写真撮影の場所作りが必要になる
だから写真撮影は結構な手間なのである
だからこそ商売ともなっているのである
高級な写真は売れるからだ

このカーネーションとスーパーで買った安いものである
ただめずらしい花だから買った、同じようなものだと飽きるのである
ただこれだけで絵になる花だった

ただ失敗したのはカメラのレンズを一つなくした
何かこのレンズも二つもって使うだけでも手間なのである
だからなくしたともなる、前には落としたこともある

今回の写真でも壺が良く映っていない、この壺はただの青ではない、何かいい感じの壺だった、海の色なのだから他のとは違っていたので買ったのである

ここでは照明も関係している、蛍光灯で暗い感じになっている、写真では光りがかなり影響する


2020年10月18日

コロナウィルスは欧米系(インド)に増えた原因 (東南アジア、中国、日本は少ないー東西文明の転換期に起きた)


コロナウィルスは欧米系(インド)に増えた原因

(東南アジア、中国、日本は少ないー東西文明の転換期に起きた) 

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人口100万人当たりのCOVID-19による死者数(5月17日の段階)はスペイン(591人)、イタリア(528人)、イギリス(511人)、フランス(431人)、アメリカ(275人)など欧米諸国で多いのに対し、台湾(0.3人)、タイ(0.8人)、韓国(5人)、日本(6人)などの東アジア地域では極端に少ない。

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コロナウィルスに東アジアがすでに抗体をもっていた (日本人のルーツとも関係していたコロナウィルス?)


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人種は大きくこの三つである、イスラム系はアーリアン人(白人)系がまじっている
ペルシャ人は古い民族である、アラブ人は新しい人種である
エジプト人は謎でありアフリカ人の黒人の血とヨ−ロッパ人の混血だとしている
 アジアでも縄文人は謎である、それは古い民族だからである



コロナウィルスを人種的にDNAから分析した結果としてなぜ欧米に多いのか?
それをネアンダール人からホモサピエンスとかまでさかのぼり分析する
欧米というとき白人が主でありそれはネアンデルタール人の子孫でありまたアーリア人の子孫だともなる

秋からにインドまでその血が確実に入っている、インド人は端正なヨ−ロッパ人的顔だちをしているからだ、濠が深いのである、インド、ヨ−ロッパ語族でもある
だからバングラデッシでも増えている

でも東南アジア系とか中国とか日本ではなぜこれほど少ないのかという疑問になる
その原因はやはり人種的DNAと関係しているのかとなる、何かそれが説得力がある
中国人と漢人とか比べた時実は縄文人が古いという説まである
人種的にはやはりアフリカ系の黒人とヨ−ロッパ系の白人とアジア人に分類されるのかもしれない、またこれは東西文明の交流と衰退とも関係している

今そういう時代の分かれ目になり東のアジアが興隆する先ぶれとしてコロナウィルスがあったのかとなる、中国がこれほど世界で大きくなることが考えれなかった
でも今や中国がアメリカと覇権を争うようになっている
それはとりもなおさず欧米が衰退する端境期に来ている現象なのかとなる
確かなことは大航海時代は西から東への拡大進出が起きてアジアでも南北アメリカでも
ヨ−ロッパ人が征服してきた時代だった

つまり文明とか世界史とかでもカルマとして起きて来る、カルマというときヨ−ロッパやアメリカの時代を終わりを告げているのかもしれない
西欧文明が世界化された時代が大航海時代からつづいたからだ
その時アフリカで黒人が奴隷にされた、アジアでは日本をのぞいてヨ−ロッパの植民地化された時代である
そしてアメリカによって日本に原爆が落とされた悲劇となった

つまりヨ−ロッパ人の文明が世界を席巻して服属した時代だとなる
文明論的に見ればそのヨ−ロッパ文明に対抗したのが唯一日本だったとなる
中国はヨ−ロッパ側についたのでありアジアでは特殊だったとなる
ただ歴史にカルマがあるというときヨ−ロッパやアメリカが衰退してゆくというときそれも世界史のカルマなのだともみる
アジアは欧米に痛めつけられたからである
ウィルスにしてもヨ−ロッパ人によって白人によってもたらされてアメリカのインディアンとか南米のメキシコのアステカ文明やインカ文明が滅ぼされたとしている
それだけこのウィルスは怖いものだったのである

すると今ヨ−ロッパがコロナウィルスで深刻なのは逆にそうしてカルマがめぐり復讐されているのかともみる
それはネアンダー人がウィルスで絶滅したという説にも通じる
すでに西の文明は衰退期になりコロナウィルスが欧米を襲う、そしてその衰退に拍車をかけるともみる、つまりヨ−ロッパの時代は終わりアメリカの時代も終わる
ただそこにコロナウィルスがウィルスが現れて加速させただけだともなる 

では次の世界を導く国はどこなのか?

それは中国になっている、中国を中心としたアジアだとなる、ここはコロナウィルスに強かったからである、逆にコロナウィルスには欧米系は白人は弱かったとなる
中国は問題でありその興隆はどうなるのかわからない、ただアジア人がコロナウィルスに強かったということは確かである
となるとコロナウィルスによって明暗が分かれる、インドを境としてアジアはコロナウィルスに強いから経済的にも衰退はまねがれて欧米をしのいでゆくともなる
つまりウィルスによってインディアンとか南米とかが弱体化して支配された
逆に今度はコロナウィルスによって欧米人が疲弊して衰退してゆくカルマなのかとなる

そもそもなぜ第二次世界大戦が起きたのか?

それは大航海時代からヨ−ロッパが世界を植民地化してヨ−ロッパでも覇権争いになり熾烈な戦争になった、そもそもヨ−ロッパ人が世界に侵略して植民地化したことが世界動乱の基になっていたのである
江戸時代までは別に中国とも韓国とも争っていない、友好的だったからである
ヨ−ロッパがアジアに入ってきたときアジアも動乱の時代になったからである
日本が悪の根源のように欧米では見るけどそれが一方的勝者の偏った見方なのである
今度は中国が覇権国になるとして敵対しているように欧米の覇権の継続としてそうなっている
でもその時代は終わりに近づいている、欧米の時代は終わりに近づいている

では次の時代は中国なのか?中華文明も復興なのか?
それは肯定できないにしろ文明の興隆が5百年単位で起こり東から西へ西から東の流れがあるという時、今がその始まりなのである
中国の興隆がまずそれを物語っている、ただ今の中国がアジアの盟主となるかどうかはわからない、むしろその周りを融合できない、インドでも東南アジアででも日本でも統合できない、中国には従わないということである

確かなことはコロナウィルスの結果として欧米が衰退してゆく、それに代わってさほどコロナウィルスの被害を受けなかった東南アジアから中国、韓国、日本が興隆する国になるのかとなる
文明論となるとどうしても短い期間では計れない、50年とかが単位になる、百年でもそうであり東西文明は500年単位で興隆衰退したという時でもその時間が長いのである
ただ交通の発達でそれが早められたのである
20年くらいで日本でも高度成長があり中国でもあったからだ
だから船で航海していたような時代とは違って時間は短縮される

いづれにしろこのコロナウィルスは一つの時代を画すものともなることの驚きである
ふりかえりコロナウィルスを契機にして世界がまるで変ってしまたっともなる
そんな影響力をもつことに驚くのである



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秋の朝の絹雲(巻雲)の写真一枚


秋の朝の絹雲(巻雲)の写真一枚

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陽のさして絹雲美し秋の朝


「絹雲」を「巻雲」に

気象庁4月1日から 40年以来23年ぶり変更

気象庁雨は九日、四月一日から、上層雲の中の「絹雲」の「絹」の字を「巻」の字に変更することを決めた。近く告示する。

絹雲が巻雲となった、何か絹雲の方が詩的であった、でも科学的になると詩的なだけでは誤解が生じたりする、それは地名でも起きていたのである
地名はそもそも地形とかに由来する無味乾燥なものであり詩的にすることは合わないのであ、だからやたら合併して美里などと町名とかにしたのは合わないのである
そこには歴史も感じられない、ただ美しい里ではその土地の特徴を何も現していないからだ

雲は日々変わっている、今日の絹雲は特に美しかったので写真をにとった
これは広角レンズがないととれない、雲や空は広角レンズないととれない

この雲が出ると天気が悪くなる、すでに午後から悪くなり曇って来た、明日は雨なのかともなる、これは間違えないのである

2020年10月17日

感染症と文明 (大都市には近づくな、東京には近づくな、離れろ)


感染症と文明

(大都市には近づくな、東京には近づくな、離れろ)


狩猟採集民は感染症の危険を十分にわかっていたから、大きな定住地には近寄らなかった都市文明を拒否したのは「未開」だからではなく、それが伝染病との接触を避ける最良の方法だったからだ。

今回のコロナウィルスでわかったことは東京のように密集している大都会は感染症に弱い人と人の接触をさけらさぱないからだ、感染症から見た世界史というのもありうることを知った、インディアンや南米のアステカとかインカ文明が滅ぼされたのも感染症が原因だったとされる、そんな簡単に滅ぼされと思えないからである
感染症はそれだけの影響力があったということである

ところが古代都市となると実際今の一千万都市とかと比べるば十万以下だと小さいなのである、それでも狩猟民とかが感染症を恐れて近づかなかったというのも謎である
おそらく都市文明があったとしてもその規模が小さいのだから回りにそれほど影響しない広い自然空間がありそんな都市とかかわらずに生きていけたとなる

まず人々が分散して生活していれば感染症は広がらない、地域の風土病としてとどまっていた、それが密集して生活する都市ができたとき広がりやすくなった
それは止めようがない、ヨ−ロッパのペストでもそうである
都市から蔓延して拡散してゆく、人々の行き来も中世でも活発化してということもある
やはり最大の問題は都市化であり密集化なのだろう
都市の規模が小さくても蔓延したということである

するとその規模が一千万倍とになっている現代都市は感染症を防ぎようがなくなる
どんなに医学が発達しても限界がある、人との交流が止められないからである
それ自体が文明の死に通じているからである
つまり感染症とともに都市も滅び国まで滅んでしまうともなる
そして古代のように狩猟民が生きていた広い自由な空間はもうないから逃れようがないとなる

大都市は自然災害でも感染症にも弱い、それは過剰に異常に人が密集しているからであるそれは直感的にもわかる、建物でも密集しているから地震になったら逃れる場所もない
自由な空間もないのである、そこで建物に押しつぶされる、何かそういうことは普通にイメージできる   
江戸でも大火事になったのは木造の家が密集していたからである、もう火事になったら消すこともできない、延焼を防ぐために家を壊すほかなかったのである
ではなぜ人間は世界的にこんなに異常な大都市が生まれたのだろうか?
わざわざそんな危険な場所を選んで住むようになったのだろうか?
それが定着農耕文明から起きてきた、これは人間家畜化する国家システムだと説明している、文明は人間を家畜化するシステムだったとなる、社畜とも今は言うからそうだともなる

ともかく大都会はまたソドム、ゴムラでもある、背徳の街である
大都会の歓楽街からコロナウィルスも広まった、福島県でも郡山市の歓楽街から広まったとも報道があった、すると感染症はなんらか道徳的なこととも関係しているのかとなる
都会とはそもそも道徳が退廃する場所である、農民とかのことを悪くみるがそういうことはないだろう、牧畜民でも遊牧民でも素朴であり道徳に頽廃することはないが都市民は必ず頽廃的になる、ローマでも末期は贅沢にふけり退廃したからどこも同じである

結局「大都市に近づくな」人と接触するな、デスタンスをとれ

コロナウィルス以後の教訓である、大都市はそれだけ危険である
だからこそ東京は一番危険である、でも東京なしでは生活が成り立たない
観光でもなんでもそうである、ただ東京からでも大都市から災いがもたらされる
原発だって東京電力が作ったからだ、大都市の住民が作ったからだ
そして福島の住民は故郷に住めなくなったのである

つまり大都会そのものが災いの都市なのである、ソドムでありゴムラなのである
だから逃れよとなる、そういう危機感をもつべきだが東京一極集中は簡単に解決しない
それが東京だけではない、地方も蝕んでゆくのである
その一つの例が原発事故だったのである、大いなる災いがもたらされたのである
大都会から災いの種が生れて来る、それは人が密集しているためなのである
都会から発生したカルト教団などでもそうである、そういうのも地方へ拡散して災いとなる、災いの種は大都会から生まれてくるのである    
だからそれも近づくなとなる

要するに原発事故でもそうだがコロナウィルスでも文明的災禍であり世界中がグロ−バル化して交わり密集しているから起きる
ただ原発事故は自然の生態系を壊したことが最大の罪だった、空気や水や土や森を汚染されたら人は住めなくなる、現実に住めなくなったのである
大都会だと東京のようになるとそういう生態系と切り離されているから感じないのである水や土や森とかとも切り離された人工空間で生活している
そのことにくいて危機感を感じないのである
でも水源のダムの水とかも放射性物質に汚染されたことがあり飲めなくなることもありえたのである

ともかく大都市化というのは日本がだけではない、世界の問題である、その警告としてコロナウィルスが生まれたのかとなる
最初にニューヨ−クが大被害になったのもそうである
日本がでは東京である、そこから止めようがなく拡散されるのである
古代なら近づかないということができた、でも今は交通がこれだけ発達して交流しているから不可能なのである、だから地方でも東京と運命をともにするとまでなっている
例えば江戸時代の村なら村ごとに自給自足で生きていた、だから一つの村が成り立たなくても別に関係なく存在できたのである
でも地方でも今は密接に東京と結びついてるから近づくなといっても向こうから近づいている、それを止めることはできないのである、その経済規模でも大きすぎるからである
結局現代の文明は大都市文明であり地方でもそれと運命をともにするともなる


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2020年10月16日

陸前浜街道(原町宿)の秋の俳句


陸前浜街道(原町宿)の秋の俳句

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原町の道の駅
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公園

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原町宿の街道


秋に来る庭に鶯籠るかな  

小蝶遊ぶ紫式部に猫のいる

(原町の道の駅)

秋日さす芝生に石の三つかな

公園のベンチ一つや秋の暮

(原町宿)

街道の松に朝顔原町宿

原町宿二本の松や秋の暮


秋日さす街道行くや次の宿

街道の実りに松や宿場かな

街道に夕暮れせまる虫の声

街道に馬頭観世音秋の暮  


今日は家にいたら庭に鶯がきた、これもめずらしい、冬鶯という季語がある、笹鳴きする鶯である、これはちょっと難しい季語である
ただ春だと鳴くことで鶯を知る、その姿より鳴き声で春を感じる
秋とか冬は鳴かない、するとその姿を見て鶯としる
「冬鶯むかし王維が垣根かな 蕪村」この句は王様の権力の残した物は大きな城とかであるが詩人の残したものはわずかな垣根だたという意味かもしれない、それを蕪村が偲んだとなる
蕪村の俳句は鑑賞がむずかしい面がある

紫式部の俳句は全く写生だった、そこに何一つ付け加えるものがない、見たものそのものである、ここに何か付け加える余計なものとなり悪い俳句となってしまう
小蝶がいる、紫式部に猫がいるというだけで一つの絵になっているのだ

原町の道の駅の前は芝生にして休む場所も作ったから前より良くなった
あそこに良くよる、隣の公園の木はいい木である、そこに一つのベンチがある
そこに座り小高の人だったか話ししたことがある
何かベンチ一つでも老人とかなると愛着がでてくるのである
ここで良く座ったなとなりそのベンチがただの物ではない、人間的なものになっている
だからベンチの絵を良くみかけるのもそのためである

このベンチ誰かかが座り我が座る木のかたわらや秋深むかも

こんなふうになる、人間はここにいたんだなとなるだけで意味を帯びて来る
それはもういついなくなってもいいようになるからである
つまりいつまでもこの世にこの場にいられるわけではないからだ
本当にこの心境は老人にならないとわからない、いつまでも生きているように思えるが
実際はつかの間にこの世にいるだけだったとなるのだ

原町宿は大きな宿場町だった、それは絵に残されている、こんな大きな宿場町だったのかと驚く、だからこそ原町市に発展したともなる      
ただ今その名残を知ることはむずかしい、ただ松がありそれがふさわしい、でもそれは江戸時代からあったものではない、それでも街道にはふさわしい、朝顔が咲いていたのでまた松と合っていた 

浜街道でも原町宿があり次に浪江の高野宿があった、それから双葉町の長塚宿があり新山宿があった、小高には宿はなかった
何か旅する時はどこでも街道を行くと違ったものになる
でも他になると街道自体が車洪水でわからなくなる、浜街道は地元だからたどることができる、残念のは依然として自転車では双葉町から交通止めになっていけない、もう十年にもなるのに解除されていないのである

まず旅したか感じになるには車ではだめである、早すぎるからだ、本当は歩けば昔の街道を旅した疑似体験をできる、自転車でも通り過ぎることがある、でも歩く旅を私はしたことがないのである
でも夕暮れがせまり虫の声を聴くと心細くなってきた、早く宿に泊まりたいとなる
そういう感覚が旅なのである、「くたびれて宿借るころや藤の花 芭蕉」である
疲れたなもう宿に着くころだな、虫の鳴く声が夕暮れに聞こえる、早く宿で休みたいとなる、まずこうした感覚は現代ではなくなっているのだ、車で通りすぎたり飛ばしてゆくだけだからである

いづれにしろ秋の浜街道は行くのはいい、やはり歴史のある道は違うのである
だからこそ歴史の道である、六号線と全然違ったものなのである
でもその道が依然として原発事故以後途切れてしまっているのが残念なのである

足の方がなんとか直ったから今回も遠出した、秋はやはり運動するにはいい、夏から秋でも残暑とかなると今は陽ざしが強い、それで紫外線が危険なのである
今なら運動するにはいい、あまり疲れないからである
ただ歩いて足を悪くした原因はよくわからない、自転車で行ってたらならなかったと思う私は歩くことはほとんどししていないかったからだ、それで答えたのである








時代の雰囲気の変化ー中世時代(引きこもり)となるのか? (明治から戦争の終わりから高度成長時代へ


時代の雰囲気の変化ー中世時代(引きこもり)となるのか?

(明治から戦争の終わりから高度成長時代へ)

時代をふりかえると明治時代は開国であり国威高揚の時代だった
それは戦争終るまでそうだった、日本がアジアの盟主となる時代だったのだからかえってグロ−バル化した今より外へ向かって目が向いていた
だから鎖国から一気にそういうふうに開国してアジアの盟主としての気概をもった
それは中国であれアジアが主にヨ−ロッパの植民地になっていたからである
日本がだが唯一ヨ−ロッパの植民地にならなかったからである
そして太平洋戦争でもヨ−ロッパ列強には勝ちヨ−ロッパはアジアから駆逐されたのである
そういう時代雰囲気の中にあった、だから日本の存在感はアジアでも世界でも大きくなっていたのだ、第一アメリカ自体も日本を恐れたということで必死になり原爆まで落としてその覇権国になることを阻止したことでもわかる

何か時代の雰囲気というのはわかりにくい、それで10年間くらいの年齢差があると世代ギャップが生まれる、それで年号が世代を分ける、明治時代となると日本が世界にその力を示した輝かしい時代に見える、なぜなら明治に大学でもそうだがあらゆる分野の創始者になった人が多いからだ、それだけ新しい日本の基を作った時代だとなる

それだけの人物がなぜ生れえたのか?

それも明治維新の一つの謎である、それは明治維新が実は庶民が成したものではなく侍が成したものであったからだ、それも下級武士中心に成したものだったからだ
つまり江戸時代三百年の蓄積がありそれが人物を作っていた、そうでなければ対処できなかったろう、植民地化されるのは必然だったからである
軍事力とか技術力の差が大きかった、それなのに植民地化されなかったのである

侍というのはおそらく今の教育とは全然違ったものとして教育された、教育というより日々の生活と共同体の中で身についたものであり知識だけではない全人教育がなされていたのである、そうでなければあれだけの人物が明治に生まれるはずがないとなる
だから明治時代の雰囲気は庶民は別にしてエリートは大きな志をもって生きていた
それは欧米列強に伍するために必死になっていたのである
勉強するにもそういう大きな目的がありそのために国家のために尽くすという志があり今のようにただ自己中心の利のためのものではなかった
大学は真のエリートだったけどその志は高く今の大学とはまるで違っていた
それが旧制高校の校歌に残っている
今はただ自己の利を追及することしかない、公とか国家となどないのである

ただ日本の歴史をふりかえると奈良時代は中国の唐に遣唐使を派遣して文化を取り入れる国際化時代でありその後平安時代になり漢字だけではないかなを発明して国風文化になった、漢字が入った時は漢語が優先され知識人は漢詩を作ることが優先された
でもかなを発明したのは女性だったのである
その後は鎌倉時代となるがこれも五山文化のように禅宗とかを中国から入れた、国際的なところがあった
それから安土桃山時代となり信長がキリスト教を入れた、鉄砲なども日本に普及したことなど新しい時代が生まれた、その後はまた江戸時代になり国風文化時代になったのである

日本歴史には何かこういうサイクルがある、外国との交流があり文化を取り入れ変化する革新する時代となりその後に平安時代や江戸時代のように内にこもり国風文化の時代になる
それは世界史でもそうなのかもしれない、ローマ帝国は外へ外へと拡大する時代でありそのために「すべての道はローマに通ず」となった時代である
水道も整備されたりインフラが整備されてローマ帝国は拡大した
しかしその後は中世時代になり内にこもる閉鎖的時代となった、それも長かった
でもやがて大航海時代なとりヨ−ロッパは拡大して世界の国々を植民地化して発展してヨ−ロッパ中心の世界が作られてそれはアメリカに受け継がれたのである

そして今はどういう時代になるのか?それは世界的視野と日本国内の視野でみる必要がある
日本が高度成長時代はジャパンアズナンバーワンと言われ目覚ましい発展を遂げたのである、戦後の焼野原からそこまで急速になったことに世界が驚嘆した、それは中国ともにている、その存在感は大きなものとなっていた、それでアメリカが脅威を感じて叩くことになったのである
それからバブルとなり失われた30年となってしまった、何か全体に低迷したままなのである

それはまた明治維新から70年で戦争に負けてそれから高度成長があり70年過ぎた
その時代の変化が起きている、要するに時代の変化や雰囲気が変わる、何かコロナウィルスでもグロ−バル化が止められたことには驚いた、グロ−バル化はもう限界に来ていたのである、だからコロナウィルスが一つの時代を変えたともなる
つまりこれからの時代は奈良時代から平安時代への移行であり安土桃山時代から江戸時代の移行への時代とにている
何か内にこもる時代になる、それはヨ−ロッパだと中世時代にもなる
そのことは良く言われた、時代雰囲気としてそうなってゆく
経済発展が一段落して限界にきて精神的なものに向かうサイクルである

これからの時代は内面的なものもとか観想的世界とか哲学とか宗教の時代になる
宗教というときカルト団体だがこれは宗教とは全く違う現世利益追求だから哲学とか内面とかはまるで逆行の世界である、ただひたすら御利益を求める物質を求めるだけである
だから高度成長時代に会員が異常に増大したのは経済的利益を与えることができたからである、それが時代にあっていたのである
だから本来の宗教とかとは全然違ったのものである

つまり現代はヨ−ロッパだとローマ帝国から中世時代への移行であり日本だと奈良時代から国際化時代から平安時代の国風文化時代への移行であり安土桃山時代から江時代の移行なのである
だからかえって江戸時代に学ぶという日本回帰が起きて来る
日本はひたすら欧米化して日本の原点になるものを見失ったからである
日本がの良さを見失ったからである、明治維新でも侍がいて成功したのでありその侍は江戸時代に作られたものだったからだ

国風文化の時代というとき
「朝がほや一輪深き淵のいろ 蕪村」一輪深き朝顔の色を見る、深くその色を見る
色は多様である、色は文化でもある、様々な色を探求する時代になる
様々な色の味わいがある、それが文化なのである
内面的な時代になる、観想的な時代になる
ひきこもりがこれほど多いということは時代なのかもしれない、なぜなら団塊の世代は
すべて企業戦士となっていた、日本兵士が国家のために死んだ、企業戦士は会社のために死ぬほど忠誠して働いたとなるから似ている
でも今や日本経済が衰退するとそういう時代雰囲気ではない、会社への忠誠心も衰える
その抵抗として引きこもりが生まれたのかもしれない
実は自分自身は特殊として団塊の世代では企業戦士にならず引きこもりになっていたのである、それも30年間となれば長いとなる
その間に自然との一体感を詩で追求してきたのである
だから大半の同世代とは違った道を歩んだとなり特殊だったとなる

でもコロナウィルスとかにより何か不思議なのは時代に適応したものとなる
私はワープロ時代からたまたますでに通信の世界に入り込んでいた
別に理系でもないし何かわからないままにそんな世界に入り込んでいた
それができたのは引きこもりだったからである、外界と接することがなかった
通信の世界が外界へ通じる道だったからである
それは異常なことだったが何か今になると時代に適したものになっいる
変なのは世界が引きこもりの時代、リセッションの時代になってしまったことである
時代の雰囲気としてそうなったということである



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2020年10月15日

藍深き朝顔一輪 (俳句は限界ー短歌は表現の幅がまだある)


 藍深き朝顔一輪 (俳句は限界ー短歌は表現の幅がまだある)
                        
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今日は曇って来た

                      
石三つ秋の陽さして道の駅


藍深き朝顔一輪心しむこの道の辺に行く人もなく

藍深き朝顔一輪この道に見る人もなく我が見て帰る

藍深き朝顔一輪ここに咲き虫の音幽か我が聴き帰る
                       
花知るやこの道来たる我をしもまた来たらむと咲きて待つかな




朝顔の一輪深き淵の色 蕪村

これが有名な句なのだけどこれだけでは物足りない、そもそも俳句は短すぎるから何か一つのジャンルとして成り立たなくてっている
それで短歌の方に可能性がある、それだけ依然として表現の幅があるからだ
とても俳句では表現できなくなっている

露もありつ かへすがへすも 思しりて ひとりぞみ(見)つる あさがほのはな
     (西行(1118-1190)『山家集』)   
     
この短歌と比べてみればわかる、何か自分の短歌と共通したものがある 

かへすがへすも 思しりて ひとりぞみ(見)つる あさがほのはな  

つまりつくづくあさがおの花を一人みたということである
ただこの朝顔が藍色のものかどうかわからない、でもこの短歌の方が短歌だけで一つの完結した世界を表現している、俳句はそれがうまくいかない、だから限界なのかともみる
写生俳句は確かに一つの規範を示したものであり今でも通用している
でも短すぎるということで限界になった

すると日本文学では詩の分野では短歌は残るが俳句はは消滅してゆくかもしれない
ただそうはいっても誰か天才的な人が新しい俳句を作れば別である
正直子規は確かに写生俳句という革新をしたが明治時代にしろその後に芭蕉、蕪村、一茶とかの俳句の三傑を生んでいないのである
俳句も大衆化して月並みになったということである  

ともかくいつも行く近くの道である、そこにも季節の変化がある
これが車だと何か道の辺の花にも感じないなのである
やはり車は非人間的になる、道の辺の花に目をとめるということがないからだ
見慣れて何もないようでも朝顔の一輪深き淵の色のように深い色を見る、それが心に残るそもそも色は不思議である、色は神秘的なのである
青があったとしてもそのバリエーションはいろいろあるからだ、同じ青はない

この朝顔というとき自分の母親の色だった、地味だし寡黙だからこの青にあっていた
私の母親はもし短歌を書く訓練をする余裕があったら短歌を作っていたかもしれない
ただ貧乏で働き詰めでそれができなかったのである
何かこうした文化的なものは余裕がないとできない
私は別に才能はないけど自然を見てきたから自ずと身についたものがあったとはなる
自然を知るには時間がかかるのである
他の物にいろいろいまどわされるとまた自然の奥深さを知ることはむずかしい
何か修行や訓練が必要になる、その点問題はあったが引きこもりは観想的生活には向いていた、自分自身はもともとそういう性格であり向いていたのである

今回は原町の道の駅で二週間ぶりに行った、足が悪くなり動けなくなったのは辛かった
完全ではないにしろ直った、やはり一人だと病気になったりしたら補佐するものがいないから辛いとなる



abstract mountain


abstract mountain

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an unknown mountain in the distance


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forest kingdom

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summer river