2020年10月14日

菅首相の学歴嫌いはなぜ? (その生い立ちが語るー学歴は人間の劣等感の一つにすぎない)


菅首相の学歴嫌いはなぜ?

(その生い立ちが語るー学歴は人間の劣等感の一つにすぎない)

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人間で何らかコンプレックスを持っていない人はいない、これから逃れようがない
コンプレックスを持たない人は神でしかありえない、神のみが全能だからである
それ以外優秀な人がいてもたとえ天才がいても一部で優秀にとどまる

つまり人間は何かかがみんな欠けている、コンプレックスをもっている!

こういうことから必ず劣等感をもつのである、別に知的なことだけではない、体力だって優れた人がいるし何か自分のように貧弱も者がいて劣等感をもつ
人間はあることに優れていてもあることには優れていない、あらゆることに優れた人はいないのである
私は数学が苦手だから理系の人は理系の人は優れていると思う、文系だと東大卒でもたいして変わりないと見てしまう、一応文系だと理解できるからそうなる
理系になると最低クラスでも理解できないからである

ただこの劣等感が笑ってすまされないのはなぜなのか?
ここに人間の本質的なものを形成するものがあるからだ
そこから妬みとか憎悪が生れてくる、どうしてあいつは優秀で俺は無能だとなり不満となる、そこで劣等感にうちひしがれる
第一自分達の時代は団塊の世代は絶えず競争だった、点数で差別されスポーツだと競争で順位を争う、何するにも競争であり負ければ劣等感を持つようになる
もしこうした競争が学校になければ劣等感はもたないのである
だから最近では運動会でも順位を争う競争はしないとかなる
それも問題だがまず学校で劣等感をつけられるのが問題なのである

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福島高校2020年度合格者

別に法政大学より下もいる、だからそういう人達を下等とみるのも傲慢だとなる
自分もそのレベルである

菅首相が法政大学だとなるとやはり学歴としては別に普通であり阿部首相の成蹊大学よりもいいともなる、だから劣等感をもつ必要もない、ではなぜそんなことが語られるのだろうか?
何か福島高校の人がいた、その人が言うには法政大学出は同級生に相手にされないという差別されるという、なぜなら福島高校となる東北大学の合格率が高い、2020年でも35名いる、その数はいかに多いか、近くの原町高校とか相馬高校でも一人もいないということがある、最近は一人もいないことがつづいている
それでその法政大学の人がそんな下等大学の人間は相手にしないと言われるんだという
それだけ優秀な集団になるとそうなってしまうのだろうか?
でも調べると東北学院とかでもいるからそれなりにさらに下のクラスもいたということである
ただそういうふうに学歴で学校で差別されるていること自体おかしいと思う

もちろん自分自身もそれ以下だともなる、自分の場合は学校になじめないということがあった、それから蓄膿症とか高校の時二回も手術していてそれが脳に影響して頭が回らなくなったとかまた性格的に内気だったとかわがままだったか学校になじめないということの方が大きかった、不登校にもなっていたのである
一面こうした上位の大学に入れるとなるとそれなりの人格とか知性をもっているともなる
要するには学歴だけではない、人間の劣等感が学歴差別をもたらしている

人間の能力は種々多様である、体力も能力である、コミニケーションをできる人は能力である、そういう人は営業で能力を発揮する、学歴がすべてではない
学歴差別とか学歴にこだわるのはみんな劣等感をもっているからである
菅首相でもそうである、その劣等感が意外と怖いものなのである

なぜならヒットラーは画家になりたかった、それなりの才能はあったが実らず政治家になったのである、そして抽象画は絵ではないと禁止したという、芸術家とかも弾圧したのは自分自身が画家になれない恨みからきているともなる
そういうことで菅首相も学歴を嫌い学歴社会を壊すとか言われるのもそうである
それは極端にしろ劣等感をもてばそういうふうにもなる
二世議員とか嫌うのもそういう既得権者を嫌うのとにている

そして怖いのはそういう個人的怨念が蓄積されて実行されることである
そういう人が頂点に立ち権力をもったときその恨みを果たすようになる
池田大作も劣等感の塊りだった、だから大学を出ていないということに劣等感をもって
異常に大学卒業の学歴にこだわっていたのである
それで富士短期大学を出たとかしてそれで大学を出たとしていたのである
別にそんなことにこだわる必要もなかった、そのこと自体宗教とかには無縁の人だったのである、日蓮自体名聞名利を捨てろしているからだ
それからオームの浅原なども目が見えないとか劣等感をもち有名な理系の大学出の人を指導する立場になってその劣等感を克服しようとした
だからこそこの劣等感を人間にとって恐ろしいものなのである

つまりこういう人達が権力をもったときどうなるのか?

社会に向かって牙をむき復讐する、一人の独裁者になったとき権力でそれがでるから怖いのである、ただ政治は権力闘争なのだからそもそもそもそも権謀術数の世界ともなる
それで菅首相の愛読書がマキャベリの君主論だというのもわかる
池田大作の愛読書が三国志であるのとにている、権力者だから権力をいかに操作するかの手引書だからである、宗教はそんな権力とかかわらない、世間からの権力からの離脱が宗教なのである

要するに別に学歴だけではない、この世自体が様々なことで劣等感をもたされる
それから逃れようがないのである
なぜこれほどの熾烈な争いが権力をめぐって殺戮がくりかえされているのか?
それは人間の劣等感に由来している
それは政治家だけではない、事業を起こした人は失敗しても俺は優秀で成功したとして装う、実際は多額の借金で苦しんでいてもそうなのである
最後に私の姉は認知症になり「俺は優秀だった」と言って死んだのも悲惨だった
そこまで優秀なことにこだわっていたのである
それが人間の実体だったのである、認知症になっても人間のプライドは消えないからであるだからその人のしてきたことをほめたりすると喜ぶのである、社長だったと人を社長と呼んでやると喜ぶのである、つまりプライドは消えないからである
そのプライドとは人生を生きたということのプライドなのである、だからその子供は無視できない、なぜならそうして家族を養い家を作ってきたからである

いづれにしろ学歴が問題のすべてではない

問題の根幹は人間の劣等感である!

これを見ない限りわからない、学歴とはその一つとして一般化しているからわかりやすいだけなのである
つまり人間から劣等感を取り除くことは絶望的である、医者は優秀でもまた必ず他の優れた医者に対して劣等感をもつ、それはあらゆる分野でそうである
そういう競争がどこでもあるからだ

そして人間の本質として劣等感を消せないことが社会を歪める、なんとか俺は偉くなりたい優秀な所を見せたいとしてしのぎをけずっている、それが具体的になる権力争いになるのだ
そもそもどうして国同士が争うのか、戦争になるのか、アメリカは絶対に世界で一番ということに固執する、アメリカより上に立とうとすると叩く
それで日本も戦争で叩きのめされた、次に中国が台頭すると許さない、そういう国なのである、習近平よりトランプ大統領が上であり従いとなる
上か下かを明確にしたいのである
キリストのように上に立つ者は下になりなさいとか弟子の足を洗うようなことはないのである上に立つか下にさせるか、勝つか負けるしかないのである

要するに人間社会が絶望的なのはいくら理想社会を説いても共産主義でもかえって熾烈な権力争いとなり格差社会となる、それは人間そのものの本質として劣等感とかが影響してそうなっている、俺が上だ、お前は下だという序列を作るのもそのためである
そういう人間の本質が変わらない限りいくら理想社会を説いても無駄である
そして結局同じ結果になっている
だから学歴社会はその指標となりやすいだけであり本質は人間の劣等感が払しょくできないのことなのである
社会に出れば学歴より仕事ができるかできないかであり人間の価値を決めるのは学歴ではない、第一死んだ時学歴など見ないだろう
どういう功績があったことに学歴など見ない、学歴はその人の功績にならいからである

posted by 老鶯 at 07:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年10月13日

田舎では格差が眼に見えて大きくなる (田舎の有力者は住み安い-田舎は監視社会)


田舎では格差が眼に見えて大きくなる

(田舎の有力者は住み安い-田舎は監視社会)

その人は歯医者だけど今日見たらキャンピング―カーがあった、新しいものである
それはその本人のものかわからなかった、でも何回も見ればそうらしい
新車でそれなりに大きいから一千万近くかもしれない、第一私の町でキャンピングカーを持っている人を見たことがない、たいがい駐車しているのをみればわかるからだ
だから車は目立つからそれであそこではいい車をもっているとかみる
それは車を持っている人ならわかるのである
一時何かこの辺は原発補償金が入りレクサスとか買ったとか常に噂されたのである

その家のことは自分の家で店をしたときから知っている、店で関係していたからである
でも医者の家とかではない、金持ちでもない、でも歯医者になり今は立派な家に住んでいるから成功者だとなる、評判もいいらしいとなる
これは別にもともと何の後ろ盾もなかったが息子が頭が良かったからだとなる
ただその資金についてはわからない、借金だったのかどうかわからない
でもそうであってもすでに返しているのだろう

田舎ではかえって格差が大きく目立って現れる
こうしていい息子をもてばいいが障害者の子ども持っている人もそれなりの人数としてどこでもいるのだ、その差が大きすぎるのである
一方は日雇い労働者となり非正規だとかにもなる、コンビニで働いている中年はそうだろう
都会と違って田舎だと金持ちでも貧乏人でも目立つのである
それは目に見えるからである、都会だとあれだけ密集して住んでいればわからなくなる
その人が贅沢をしていてもどこに住んでいるかもわからないし目に見えないからである

だから田舎の方が格差が現れやすい、第一家を見る、家からその家を判断できる
まず田舎で市営住宅に住んでいる人たちは最低限クラスである
生活保護者も多いだろう、その市営住宅も50年以上過ぎて老朽化しているから最低クラスだとなる、でも家賃など5000円とかもあり三つくらい部屋があるから一人なら都会より恵まれているとなる
田舎は住居費は安いのである、収入が少なければそうでないとやっていけない

ともかく田舎の方がこうして格差が目立って現れやすいから外面を気にする
それで親戚も医者だとかなり自分自身も事業で成功した人として認めてもらいたいと必死になり嘘をついたり隠したりしていた
そういう人は必死なのである、田舎で失敗者となるとみじめである
それも都会だと周りにわからないことがあるが田舎だと隠すことができない、いくら隠していてもわかってしまう、知っている人の工場は倒産して更地になったりする

ただ正直人間の浮き沈みが常にありいつまでも栄えているものもない
時代によって浮き沈みがあるからだ、ただ事業に向く人と向かない人もいる
不思議なのは自分の母方の実家の父親は警察署長だったけど機織り工場の経営で失敗した次に私の父親は双葉の新山で酒造り屋に勤めていたが倒産した
また父方の親戚も工場が倒産して今は更地となった
次にやはり父方になるのか会社を経営して事業に失敗した、そのことで自分もひどいめにあった
だからこれだけ事業に失すずる人がいるということなのか?それは普通のことなのか?
実際に事業で成功している人は20人一人だというのもそういうことなのか?

ただ歯医者とか医者とかは成功しやすい、事業としてはそうである、それもこれまではでありこれからはわからない、歯医者も増えすぎたからである、すると過当競争になるからだ、ただ別に腕がいい医者には人が来ることは確かである
でも田舎はなにかとこうして格差がかえって目立つから下の方になると住みにくい
どんな家に住んでいるからわかるし隠しようがないからである
都会だったらどんな家に住んでいるからわからないとかなる、格差が見えないのである

田舎だとこうして差別化されやすい、田舎で暮らしやすいのは田舎で地位とか財産とか何か既得権をもっているとかなると暮らし安い、そういう場に雇われる人だったりするとさらにその地位はゆるぎないものとなる
つまり殿様のようにもなるのである、そういう人は田舎でぱ威張っていられるから住みやすいのである、田舎でぱ誰でも一目置くからである
警察だってそうした田舎の有力者には手を出せないとか犯罪すら隠すこともできるとかなる、田舎だと警察すら土地の有力者のご機嫌をうかがわないと仕事ともできないとなる

開業医とかも土地の顔役になったりするから住みやすい、第一田舎だと医者を選べない、少ないから選べない、都会だったらいくらでも選べる、ただ歯医者は隣の市でもあり多いから不便とはならない、他の病気はそうはならないのである
耳鼻咽喉科は南相馬市では一軒しかないしむずかしい病気はこの辺では診れないということもあるからだ
そうなるとお医者様に何かたてつくことはできないのである、診てもらえないということが診療拒否されることが現実にあるからだ、都会だったら別な医者がいくらでもあり優秀な医者を選べばいいだけである、田舎ではそうはいかないから不利なのである

また田舎では平等性も求めてくる、だからよそ者で金があるとしたら分けてくれとか図々しく要求される、それはこの土地の仲間になるにはそれが当然だとなるからだ
もともと住んでいる人なら違う、ある人が金をもち豊かに暮らすとなればうらやましいとなるからだ、たた土地の有力者がそういうことはない、それはその土地で認めているからだともなる、公認されているからだともなる、そうなると田舎でぱ住みやすいとなる
別にその人は贅沢してもかまわないとなるからだ
ただ周囲の眼が常にあるのが田舎である、だから田舎は常に監視された社会だとなる

とにかくあいつはいい家に住んでいるなとかいい車に乗っているとか話題になる
それは隠しようがないからだ、その目から逃れることはできないのである
スーパーでさえどなものを買っているのか籠の中までみている
高いものを買っているなと女性はこまかいから見ている、それで相馬市の女性は原発避難者が高いものを買っているとスーパーで見て不満を言っていたのである
だから田舎では見てないようでも見ているのである、監視されているのである
こうなると息詰まるようになり嫌になる、だから必ずしも自分は故郷とか田舎は嫌な面があった、ただまた反面田舎の静寂と自然に没入するに性格的に向いていたので詩を書いていたのである 

どこにでもいい面と悪い面がどこにでもありこれはどうにもならない、田舎の人間が素朴だと人がいいとかは今はないのである、むしろ人間の悪質が眼に見えて露骨に現れやすい場でもあるそれで私が常に言っているのは「神のその暮らしを隠した」ということが実は桃源郷だったのである、そこに人も自然の中に隠されて見えない人の顔も見えない、それが理想的な状態だったのである、人間の顔が現れる時、そこに醜いものが隠しようがなく現れるからである   
もしかしたら人間は蛇なのかもしれない、藪とか草叢に隠れていればいいが姿が現すときもっとも嫌悪するものだからである
そこまで言うのもなんだが自然の中に隠されていればそれが見えないからである 
ただ別に田畑で働く人間はどういう人かわからない、それが醜いとはならない、自然と調和して労働しているから一つの絵なのである

故郷の片隅生きる我なりき虫鳴き幽かここにとどまる



posted by 老鶯 at 18:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2020年10月12日

近くで草刈機が盗まれた (治安は身近でも悪化している)


近くで草刈機が盗まれた

(治安は身近でも悪化している)


「昨日の深夜、近くのコンビニが強盗に襲われたんだ。この前は裏の家に空き巣が入ったばかりだよ。最近、治安が悪化しているんじゃないか」

よくなったと思う         8.1%

どちらかといえばよくなったと思う 27.4%

どちらかといえば悪くなったと思う 48.6%

悪くなったと思う         12.2%

わからない            3.6%

この治安を語る時、自分自身の家が象徴ししていた、それを自分のプログで書いてきた
自分の家で自分自身が病気になり緊急入院になりたまたまいたいたお手伝いさんとかに
家探しされて大金を盗まれた、ただ今になるとこれはその時の事情があり何も言わない
でも田舎でもそういう盗む行為は日常的にある
それは貧乏になるとそうなるのである、だから家の中に入れるとか人を雇うことは本当に大変になる、信用することが簡単にできない時代だかである

私の家自体が犯罪者にねらわれた家だったのである
なぜなら金庫も明けられていた、番号をあわせるのだから簡単に開かないとしても今はプロになれば開けられるのである、でも中味は何も入っていなかった
それは外から来た人である
このように家族が病気に自分自身が病気になり介護になり混乱したら犯罪者が襲いかかってきたともなる、また犯罪者でもなくても借金していると金に追い詰められた人間が襲いかかってきたとなる
そういう人間は追い詰められているから余裕がないから人を助けるどころではなかった
だからさんざんな目にあったのが自分だった
その時からもう日本は田舎でも治安は相当に悪いと自覚していた

だから近くで車庫がこじあけられて仲の草刈機が盗まれたというときそれも荒っぽいなと見た、草刈機は必要なものだから盗まれやすい、畑の小屋などに置くと常に盗まれていたからである
でも家まで侵入して車庫をこじあけて入り草刈儀を盗むのは相当に荒っぽい
田舎でも治安が悪くなっている、ただ犯人が田舎の人かどうかはわからない
とにかくこれだけの人が自由に行き来しているのだからどんな人が入ってくるかわからないからだ、そうなると犯人も特定しにくいのである
盗まれた人はめんどうになるからと警察には言っていない

警察に盗難で届ける人は非常に少ない!

私は大金なので一応届けたが警察はとりあわなかった、でも小さいことにはしつこく職務質問したりするがそういうことで届けても取り上げないのである
だから実際の犯罪は盗難とかなると届けて統計化されているのはどのくらいになるのか?非常に少ない、一二割くらいしか統計に出ないかもしれない、とにかく統計の数字はまたいくらでもごまかせる、コロナウィルスでもそうだし放射線量でもそうだし自殺者とかでもそうだしどれくらいの数になっているのかわかりようがないのである

ではなぜ犯罪が増えるのかというと日本人自体が貧乏になっているからだ
それでベーシックインカムで7万支給することは貧乏な老人でも救うことになるというのもわかる、本当に4万くらいした年金をもらえない人がいるからだ
それだけ老人でも貧乏な老人は貧困化しているのである
これがコロナウィルスで失業者が増えるとさらに治安が悪化する
職がない金が得られないということはそういう人が大量にあふれれば犯罪予備軍になるからだ
もう日本の治安悪化はさけられない、かつての日本ではなくなったのである

そしてこうなると金持ちにも影響する、やはり金持ちは犯罪の標的にされやすいからである、すると外国の金持ちのように鉄条網で囲んだりするようになる
日本の良さはなくなり物騒な社会になる、だから失業問題は大きな問題になる
2021年は大量倒産失業の時代だというときもう悪夢の時代と警告する人が多い
来年はもっと悪くなるだけだとなる、いい兆候は見えないのである

posted by 老鶯 at 22:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

廃墟の街-双葉町の不思議 (父がそこで働いていたので見方が違った)


廃墟の街-双葉町の不思議

(父がそこで働いていたので見方が違った)


我が父のここを通うや何思ふ虫の音かすか人なき街かな

我が父の働く姿ここに見ゆ今は人無く悲しくもあれ

新山橋石造りなれ戦後にそ作られ人々通りけるかな

我が父の辛きことあれこの街に働くあわれ虫の音を聴く

古代よりここに生きにし人のあれその生断ちし原発事故かな 


人間は何か祖父母とか親とかをたどるときはリアルになる、実際に接して一緒に生活もしているからである
父は子供の時死んだからそこでどんなふうにして働いていたのかなかなかイメージできない
でも明治時代まで丁稚奉公があった、松下幸之助がそうだった
江戸時代はさらに丁稚奉公することが子供のを親元から出して大人にすることだった
そして丁稚奉公はそこが子供を教育する場所でもあった
だから葛尾村を出てどうして字を覚えしていたのか不思議だった
学校などあったのかとも思うからである     

昭和以前では、子供たちは10歳前後、尋常小学校や高等小学校の卒業を契機に奉公に出るのが通常で、奉公にあがれば、まず丁稚の修行からで、はじめは主人のお供や子守、掃除などの雑用を受け持ち、少し長じると商用の使い走りなどをしました。

学校教育では教えるということを重んじる一方、徒弟制度による現場の学びがなくなったため、知識と現場技術・知恵が交わらず、シナジーとしての優れた職人、仕事人が生み出しにくくなったことが問題なのかもしれない。その点からもドイツのような徒弟制度と学術教育がセットになるデュアルシステムは合理的であると言える。

丁稚奉公は個々の科目とかの勉強ではない、全人間的なものとして教育する
その生活すべてが教育なのである、それが今の社会とは違っていた
実生活の中で教育れるのだから点数とるだけの教育とは違っいた
もちろんこれも見方を変えれば安く掃除とかでも使われていたとかの見方になる
ただ常に過去の見方は今でも江戸時代は身分制ではなかったとなったように変わるのである、過去を歴史を知ることのむずかしさは現在からしか過去を知りえないからである
そこに必ず誤解が生まれるのである
その当時おそらく寺子屋とかあっても実際に実地に社会を学ぶ場として丁稚奉公があったそれも今見直されるのも教育というのがもう行き詰まっているからだ
近代教育というのがもう頽廃してしまったからである   
そしてAI教育では何か人間的なもの情的なものとか人間の基本となるものが学べないのである

今になると丁稚奉公は資本家による搾取だと見たりするが必ず励めば暖簾分けできて別に独立した家をもって生活できたのである
それで土地を買い自分のその家に住んでいるのである
自分の家の歴史をふりかえるその酒屋は倒産した、その後小さな子供相手の店を出した
くじなどを売っていた、それが繁盛したのはただ時代によったのである
私の父でも母でも商才はなかった、ただ店を出した場所が良かっただけである
角であり場所が良くて集まったのである、その時車などなく近隣で買い物していたからである、だから時代が悪ければいくら才能があっても活きないのである

いづれにしろ双葉町は何を意味しているのか?
廃墟と化した街を歩いて不思議だった、これって何なのだろうと思った
それは他でもこの辺ではそうなった、でも双葉町で感じたものとはまた違っていた
やはりそこに私の父親が働いていることで他とは見方が違うようになっていた
ということはこれも父親と子供というつながりがあり受け継ぐものがありそれが歴史となる

歴史とはこうして綿々と古代からでもつづいているのである、古代の清戸迫横穴(きよとさくおうけつ)は、福島県双葉郡双葉町大字新山にある横穴式装飾古墳。

私の場合は父親までの歴史をたどるがそれ以上に江戸時代でも古代までも歴史がさかのぼれるのである、そういう綿々としてつづいた歴史が原発事故で断たれたということが大きな問題だったのである
人間は一時期を生きるものではなく代々先祖から受け継ぐものがあり生きている
双葉町のように廃墟の街になればそれを失うということである
それが一番の大きな被害だったのかもしれない、それが原発事故による最大の被害だったともある、そもそもそうして一旦断たれた歴史は回復しなくなるからである
するとそこにある神社であれ歴史的な遺産とかも活きることがなくなる
もう誰もお参りもしない、それは限界集落でも起きている、継承する者がいなくなっているからだ

ともかく丁稚奉公にしろ過去を遅れたものと見るだけでは歴史を見誤る
それが明治以降極端だったのである、すると日本の歴史で培われたものの良さが失われてしまったのである




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2020年10月11日

人間立てないほど苦しいことはない (立つことで人間になったから)


人間立てないほど苦しいことはない

(立つことで人間になったから)

今回はなんか一部分ではない、体全体が不調になった、最初右の足が腫れて立つことができてぐなった、その後左足に歩きやすいという靴下を買ってした、それが圧迫したのか腫れて痛くなりふんばることができず立てなくなった

立つときはどうするかというと階段のような一段高い所に座りそれから立つのである
わかったことはしゃがんで立つことは相当な力が必要だと思った
腰が重いのと腰も痛めていたかからである
だから重い腰をしゃがんだ状態から立つことは容易てはない
つまり人間の生活の基本は断つことにあった
立つことができないと何もできなくなる

そもそも人間が人間になったのは動物と違うようになったのは立つことからだというのも納得するそれを理論化したものもある、そもそも四つん這いの方が生きるのには楽である
四つ這いだと脚が悪くても歩けるのである
四つん這いだと逃げ足も速くなる、四つん這いの方が自然界で生きやすいのである
立つとは自然に反したものなのである
だから一旦立てなくなると人間は日常的行動ができなくなる
立つ⇒歩く・・となっているからである、立つことができないことは歩くこともできなくなる、すると自力で何かをすることができなくなる
介護状態になるのである

それで私の母親はベッドで寝た切りになっていても立つことができた、ベッドからりて立つことができた、そこでポータルトイレに行っていたのである
だから入院するまでそうしして手間がかからなかったから助かったのである
それは立つことがぎりぎり死ぬ直前までできていたためである
だからいかに立つことが大事か人間は知るべきである

人間はは立つことによって知性が育まれたとか食物を探すだけではない、頭を上げて天を見て星を見るというのもそうである
つまり地上に這いつくばる動物とは違って天を望むようになったのである
これはよくよく考えてみると人間が四つん這いになっていたら知性すら生まれなかったのである

言葉をもったら人間になったとか道具をもったから人間にてったかとある
その重要な一つが立つことだったのである
だから人間が立てないことは致命的になる、認識力も衰える
だから介護になっても自力で立てることは重要である
そして日本人のしゃがむとか布団を畳にすいて寝ることは良くない
ベッドの方が立ちやすいからだ
だから自分自身もベッドにきりかえるというのがいいと思った

いづれにしろなぜこんなひどい状態になったのか?
その理由が全く分からない、体の調子は最高潮くらいに良かった
これなら旅でもできるな、長い旅でもできると見ていた
体が充実していたのである、それがこんなに急激に不調になり立てなくなった理由がわからない、右足が腫れて立てなくなった、でもそれは一週間で直った、次にどうしてか左足が腫れたのである、それで痛くなり立てなくなったのである
ただ全体に体が痛んだことは確かである、すると全体がおかしくなり立てなくなった

老化は急激に来る!

それは72才が健康寿命でありその年を越えたからのためかとなる
まだまだだは思っていても急激に弱る、前は熱中症で吐いてふるいて死ぬ思いをした
それは自転車で小高まで行った時だった
春の時期でも暑かったからだ、でもそんろふうになるのもやはり老化現象なのかとなる
ただ普通に生活していたら老化を感じなかった、何かかえって体が充実していたのであるだから気力もあった、でもガクンと一気に落ちた
これが老化の怖さである、みんな同世代でもなんらか病気になりそこでガクンとおちこむそれが老人の怖さである、脳卒中で脚悪くなった人が近くにいる
それもひどいとみた、やっぱり足は生命線になる、立つこと歩くことが人間を作って来たからである

2020年10月09日

落合橋は出会い橋 (ふるさと物語-女子中学生と語る)


落合橋は出会い橋

(ふるさと物語-女子中学生と語る)

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橋に逢い橋に別れてまた逢わむ秋の日あわれ落合橋かな

橋下の流れの清し学生の学び励げまむ秋となるかな


双葉に行った時、廃墟の街となっていたが小川が流れてそこに出会い橋と名付けられたのがあった、なるほどなと見た、そこは私の父親が酒屋の丁稚をしていたとき歩いた道かと思ったら何か親しいものを感じた、なぜならすぐ近くに丁稚奉公していた酒屋があったからである

その出会い橋とは誰かがただ名付けたものでありもともとそういう名ではない、橋の名にそんな名をつけないからである、たいがいその土地の地名が名になる
ただ落合橋とは地名に由来していても人が落ち合う場所としていいのである
というのは今の時代、車の時代だと何か人と人が逢わないからだ
橋でもあまりにも多くの車を通るとうるさくなる、すると人が出会って逢って話するというのも落ち着いて出来ないのである
何か人と人が話するのにはそうした落ち着いた場所が必要なのである
土手の方に人が休む座る場所がもうけられている、そこもいい場所である
でも橋だと何かそこで気軽に話せるという場になる

そこでいい点は川の水がきれいに流れれている、下になるときれいでなくなる
それもいいのである、意外と何かこうした人が出会い話せる場が少ない
車社会になるとただ車が行き来するだけになる、それが人間的なものを奪っているのである

今橋の下には放流された鮎が群れをなして泳いでいる、それは自然の鮎ではない、放流されたものである、自然の鮎ならここで卵を産んでそれが海に下りもどってくるとき自然の鮎である、鮎の寿命は一年である
その鮎は清い流れで跳ねる、それが気持ちいいのである

その時中学二年生の女の子にあった、学年が何人いると言ったら27名だと言っていた
私の団塊の世代は人が多く50名もいた、その点は恵まれている
全体で300名いるのは結構人数でもいるとみた
10クラスくらいはある、でも私たちの時は一学年で8クラスとかありそれも50人もいたのである、その数は比べようがない、だからその時は子供がわんさといたのである
遊ぶのでも群れを成して騒いでいたのである
今は本当に子供をみるとめずらしいとなる、今私の組では子供は一人もいないのである
9割が老人である、60歳以上である、そして跡継ぎがいなくなっているのである

その時カワセミが飛んできた
ここには前にもカワセミを見たとその中学生に教えた、それは鮎がいるので来ているのだと思う、

水中の小魚や虫などをエサとしていて、 ザリガニ や カエル なども食べてしまいます。
木の枝などから水中をしっかり観察し、一気に水中に飛び込んでエサを捕まえますが、時には「ホバリング」と言って空中で停止する飛行法を使いながらエサを狙います。

餌になるものは魚だけではない、でも鮎がいるということでここに来ている
枝のようなものがないので鮎をどうしてとらえるのか、ホバリングしてとらえるのか?
それはわからない、ただ鮎を狙っているのだと見る

それからこの辺は原発事故で一時川の魚を食べるなと言われた、それは科学的根拠があったのだ、なぜなら最近海の魚はセシウムは排出する機能があるが川の魚にはない、川の魚は放射性物質を蓄積するとなるから食べるなとなった、特に川の魚とか河口に放射性物質が流れて来て高くなっていたのである
成せなら泥についたセシウムが流れて河口にたまったからである
この辺は原発事故と深くかかわる場所となった
だからこれはもう百年でもつづく、それが大きなテーマとなってしまった土地なのであるでもその中学生は原発事故があった時二歳とかだからわからないのである
結局つくづくもう十年たつということはそれだけの時間が流れたのである
時間が過ぎるのは本当に早い、10年一昔になるからだ

とにかく近くのことを知らないから近くのことに興味をもって知るべきだと言った
水無川があるが水が流れていない時でも下を流れている、だから堰のコンクリートの下の隅から水が湧いて流れている
そういう身近なことが意外とわからない、というのはすぐ近くに学校がある
でもそこに注意している人が意外と少ないのである

ともかく落合橋は人が出会う出会い橋である、この川にはナマズがいたとかそのナマズを売っていたとかも聞いた、今川にはカジカなども見ない、ちいさい水生の生物はいる
でも小魚でも見えない、ましてナマズがいたということは本当に遠い昔だとなる
何か生き物がいないと川も活きない
おそらく鮎が放流されてカワセミも餌になるから来ているのかもしれない、鵜も来ていたつまり生態系はつながっている
鮎がいればそれを餌としてカワセミも来るとなる
原発事故のあとに蛙もいなくなった、蛙の鳴き声も聞こえなくなった
でもその後に田んぼが再開されたら蛙がもどり星がかがやき蛙の鳴く声が夜空にひびいたとき復興を感じたのである
それから蛙がもどると鷺ももどってきたのである、蛙を餌ともするからである
田んぼは生態系の一部として全体につながっている
つまりこのように自然は関連しているのである

原発事故の大罪はこうして生態系を破壊したことなのである
ただ鮎にしてせ小型になっていた、だから食べる鮎というのではなくなっていた
子供の時は大きな鮎がとれて父親がとってきたのでいいオカズになっていたのである
ウナギもとれたのである、田んぼの畦にミミズを棒にさしてそこに鰻がいたということも不思議だった、そういう時代は牧歌的だったともなる
ウナギなど全くいなかくなったからである

コスモスや学生行き来す落合橋

去年の水害の後に土手の花壇は全滅した、でも夏菊とコスモスが一面に咲くようになったそれが落合橋に映える、何か木の橋だともっと情緒がある
盛岡の橋はいくつもあり情緒がある、まるで浮世絵のようにである
昔の橋は何か今とは違って人間的だったのである、それはなんでもそうである
車社会とか機械化、コンピュター化、自動化すると人間的なものが喪失する
人間的なものが排除されるのである、人間は邪魔だいらないともなるのである
機械とロボットとコンピュターがあればいいとなる   

駅員など無駄となってしまう、そんなものに金がかけられないという時代になる
車社会というのが人間的なものを排除することはあった
だから橋の上でこのように出会い話すとか人間的な場を演出できないのである
ただまた女子中学生と話ししたりすると怪しい奴だとかなるのも昨今である
何か人間を窮屈にさせたのが現代なのである  
そもそも自分自身が学校は嫌いである、窮屈すぎたから合わなかったからである
でも何か学ぶことは地域でもいたるところにあったのである
ただ発見していなかっただけである

人間でもその生活でも回りの自然の風景と溶け込んだとき美しいものとなる
自然は鳥でも魚でも生物でもみんな自然にとけこみ調和しているからである
人間だけが調和しないのである、原発はその調和を破壊するのもだったのである
別に火力発電所でもガス発電もここまで破壊されることはなかった
それも空気を汚すとしても許容するほかないとなっていた

原発だけは一旦事故になったらそのベースとなる空気や水や土が汚染されるのだから住めなくなる、何か木も汚染された、私が飯館村で計った時は3マイクロシーベルトあった
何か木の小さな穴とかに放射性物質が入り込み汚染された
それでその木を燃やすとまた放射性物質は拡散される
それで一時浪江の森で火事になったときその放射性物質が拡散されるから騒いだのである

この女子中学生が大人になると10年過ぎたらまた20年過ぎたらふるさとはどうなっているのだろうか?
原発事故の教訓は忘れてはいけない、これがこの土地のカルマとなってしまったからだ
実はそれはここだけではない、日本全国でも同じである
原発がいかに恐ろしいものかを身をもって体験された土地になったからである
それは広島原爆とも似ているのである、それはプルトニウムの毒が二万年消えないように簡単に消えることはないのである

2025年問題の恐怖 (歩いた旅で体ががたがたになった)


2025年問題の恐怖

(歩いた旅で体ががたがたになった)

双葉町と久ノ浜までの旅で歩いた結果、体ががたがたになった、足は腫れ脚がつり筋肉が張り腰はいたい、全身の筋肉をいためた
こんなことは経験していない、自転車でもこんなに全身の筋肉がいたむことはない
今回は全身の筋肉がいたみ立てなくもなった、それで寝ていた
でもなんとか買い物と食事の用意はした
一人はこういうとき苦しくなる、誰も助ける者がいないからだ
これで食事の用意ができなければ衰弱してゆく、そういう恐怖が常にあるとなる

自分の経歴をふりかえると30代は登山でありこれはきついのでやめた、次に40代は自転車旅行であり50代は海外旅行でありそれで人生も終わったとなる
ただ歩いた旅はしていないのである
ただ今回歩いたとしても10数キロくらいかもしれない、久ノ浜で歩いたのが長かったかもしれない、それにしてもこんなに全身が痛むとは思わなかった、でも10キロとなると原町くらいになる、すると長かったのかともなる、距離的にはそんなに長く歩いた感覚はないのである

それでこれは老化現象かとも思った、老化も急激にやってくることがある
そういうことがあり2025年問題を身近に感じた
2025年になると団塊の世代が介護される時代になるということで数が多いので問題にされる、その2025年はすぐなのである
それは社会全体の圧力となる、介護する方もその労力が大変になる
日本が経済的に落ち込み少子高齢化になっているとき対応できなくなる

2025年問題は今から5年後だとしてもすでにはじまっている
まず60代でなんらか病気になっている人が多い、70代になったらさらに多くなる
80代になったらなんらか病気がない人がいないかもしれない
80代の人は糖尿病で苦しんでいる、手術するとかでまた入院するとか言っている
なんらか腰が痛いとかどこかが悪いとか言わない人はいないのである

つまり老後の最大の問題は健康であるかないかである
これがものすごく左右する、どこかが病気になるともう正常の活動はできなくなる
今回の経験で自分自身もわかった、歩くとこうなるのかと恐怖になる 
そうすると簡単に旅もできないとなる
ただ普通の生活をしていればそうはならない、何か無理をするとそうなるのである
今回は全身の痛みでありそれか立てないほどになったから苦しかった
ただ別に食欲とかはあり普通である、ただ体全身が痛くなり筋肉が張り立つのもやっとだったのである

金も必要だが老後の一番の問題は健康でなるかないかである
これが一番左右する、その差が大きいのである
もう寝た切りになったら終わりである、ただ天井を見ているだけだとなる
何十億の金があっても何もできないのである
歩くことさえできないからだ、すると金だけではどうにもならないとなる
そして老人でも健康な老人と病気の老人との差が大きすぎるのである
そこに一番の差がでるのであって金もそうだがその健康の差の方が老人にとっては大きい健康であれば貧乏でもなとかなるが病気になったらどうにもならなくなる

とにかく今回はなぜこうなったのか良くわからない、やはり老化現象なのだろう
こんなに痛むはずがないからである、体が老化して筋肉が痛んだ、そう考えざるをえないのである、歩いたとしてもそんなに長く歩いたという感じもしないからである
ただ日ごろ私は歩いていないことは影響している、ほとんど自転車を利用しているから歩かないからである
自転車で使う筋肉と歩くときの筋肉の使い方が違っているからこうなったのかとなる
ただそうであっても老化現象の一つでありこれだけの筋肉の痛みとなったのである

2020年10月08日

2020年10月07日

ヤクザと原発を読むー鈴木智彦


ヤクザと原発を読むー鈴木智彦

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この本はさほど衝撃的なものではない、別に暴力団関係者が来ていたしめずらしくもないそれで郵便局に入れ墨だらけの若者が来た時は驚いた
また暴力団関係者が「この仕事はおいしい」といったときこの本に書いていあるように暴力団がかかわりやすいものだったのである
第一放射線被害がありそれだと普通の人は来ない、何か事情がある人しかこない
それで事業に失敗した人に二人ほどあった
一人は事業していたので駅前の開発のことを言っていた
それは事業をして経営者だったから提言できたとなる

原発は様々なことで暴力団がかかわりやすかったのである
そこに後ろめたいものがあり隠さねばならないものがあったからそうなった
そこは常に隠ぺいで成り立っていたのである
だからとてもこれは操作できるものではないと実地に働いていた技術者でもそう思っていたのである
それを「安全神話」作り隠したのである
それは政府であれ官僚であれ検察であれ警察であれマスコミでも一体化して安全神話を作っていたのである
つまり原発は金のなる木だからその金に群がったのである

その時の地元の事情として産業となるものがない、農業でも漁業でも林業でも衰退した
それで親に農業はするなと殴られた人がいた、その子供は原発で働くようになった
また双葉とか大熊とかは相馬市とか南相馬市と離れていて産業がなかった
工場もなかったので出稼ぎ地帯であり出稼ぎしないで生活することを望んでいた
そのために原発を誘致したという経過がある
だから東電社員は神様とまでなっていた、金を落としてくれるからそうなった
人間は何であれ金になると目の色を変えるし人間も変わってしまうのである
何か金だけが見えて他は見えなくなるのである
経済的に苦しくなればみんなそうなる
そんな場所で原発に反対すれば村八分にされて住めなくなっていた
それが原発事故以後は本当に住民が住めなくなりゴーストタウンになってしまったのである                                        

双葉町は私の父親が酒屋で丁稚として働いていたので不思議になる
その通帳が残っていた、その通帳をもって酒を売った代金などを記していた
もともと葛尾村の出身であり山で仕事がないから酒屋の丁稚になったのである
そういう人は他にもいる、原発ができてから浪江に移り原発で働いたとかいる
また浪江で下請けをして働いていた人もいる
その時大学生で何かそこで働く場所として紹介された
親戚の人はそこで下請け会社となった、その人は「原発は安全」だと言っていた
それより言わされていたのだろう、まず原発が危険だということを地元ですら言えなかった
双葉町の横断幕を見ればわかる
街が一体となり原発推進であり原発の町となっていたときそれに反対する人はもう町には住めなくなっいたのである
だから東電社員は神様となっていたのである
自治体自体が東電の下請け会社のようになっていたのである
もう東電なしでは原発なしでは成り立たなくなていたのである

今ふりかえると

原発ほど隠すものが多いものはなかった!

常に隠さざるをえない、隠蔽しなければならない、「安全神話」とはただその危険なものを隠すために作られたものだったのである
だから危険を言うことはタブーになっていた
マスコミでも何も危険を言わない、莫大な宣伝費が出ているから言わない
そうして「安全神話」作ったのはそうした危険があっても隠すためだったのである
                                                                  
何かこの本でも感じるのは放射性物質という毒をまきらすの原発であった
それは暴力団と相性が良かったのである
そうしてうしろめたいところがあるところに暴力団も取り入り安いからである

暴力団が原発をしのぎにできるのは、原発村が暴力団をふくむ地域共同体を丸のみにすることによって完成しているからだ
原発は村民同士が助け合い、かばいあい、見て見ぬふりをするという暗黙のルールによって矛盾を解消するシステムの上に成り立っている
不都合な事実を詰め込む社会の暗部が膨れ上がるにつれ6、昔からそこに巣くっていた暴力団は越え太った
原発と暴力団は暗部を共生している

原発というのは素人は立ち入れない、外部からの立ち入りもできない
するとその暗部がますます黒くなってブラックボックス化する
それで武田邦彦氏は権力者は権力を維持するために必ず嘘いうというのもわかる
原発にもかかわったからその嘘を知っていたとなる
とにかく政府とかでも権力も持つものは嘘を言うのである
嘘でごまかすのである、それは人間の歴史で継続されたことだとしている
権力自体そういうものであり権力は絶対的に腐敗する
そういうことで平和的に政権交代ができる権力を後退できるものとして民主主義が生まれた、でもこれも結局自民党のようにほとんど一党独裁のようになっているから腐敗してくる

ただ人間の弱みはいくら金がいらないと言っても現実問題として必要になりおれる
就職先というと田舎では公務員とか銀行とか農業職員と地方新聞社くらいがエリートとしてあった
都会のようにいろいろな就職先がないのである
すると自分に合った能力を活かせる場がないのである
ただ都会と違って地方だとある会社に就職するのとはも違う、その地域に就職するという感覚になる、それは地方が地域密着して生活しているからである

だから一部の会社とかではない、総合的なものとして地域をみるようになる
放射性物質で汚染されたとき一番の被害は生態系を破壊されたことなのである
生態系とは空気とか水とか土とかでありまた森林とかもある海も汚染された
そうなると食料すら得られなくなる、ただ今は外から入ってくるからしのげたのである
でもそうした生活基盤を失ったらもう住むことができなくなった

確かに貧乏ではありたくない、豊かな生活をしたいというのはわかる
自分もそうである、でも基本的に故郷でも住めなくなったら終わりではないか?
そのために電気がなくても家族と一緒にロウソクでも暮らしたいとなったのである
そのように極端になったのは住む場所を失ったからである
ただそこまで言ったのは極端な結果になったからである
別にに子供時代は炭で暮らしていたからできないことはない、でもそれに賛成する人は今はいない

原発の問題は一見技術的科学的問題のように見えるし論議されてきた
しかし何か人間のモラルの荒廃がありそれが事故にも通じていた
それは暴力団がかかわり安いものとなっていたことでもわかる
うしろめたいものがあり暴力団がかかわってきた
そのこと自体モラル的な問題もあった、嘘をつくということもそうである
隠蔽に隠蔽を重ねることもそうである、うしろめたい知られたくないことがあるからそうなる、そういうことが最後に大事故になったのである
もしそういうことが事故前から自覚されていれば事故にはならなかったのである
それができないのが原発だったのである

権力は暴走する。そして潰える!

巨大な権力が歯止めがきかなくなり暴走する、誰もとめられるなくなる
それがナチスとかでも起きて来る、民主主義でも起きて来る、なぜなら数が多いことが民主主義では絶対になってしまう、数さえ集めればいいとなってしまうからである
それは正義でもなんでもない、権利も数が集めれば得られるとなるだけなのである
それでカルト教団は毎日24時間一票をとるために休みなく奔走しているのである
信仰など関係ないのである、数は権力だからそうなる
数を集めなければ何ら力をもていないからである
そうういことが原発事故でも起きたのである
そして人間社会の行き着く先はバベルの塔の崩壊とかカタストロフィになってしまうのである
posted by 老鶯 at 14:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2020年10月06日

虫の音-久ノ浜の俳句

虫の音-久ノ浜の俳句

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おそらくこの松である、なぜこの松がここに残っているのか?
ただ津波の被害は相馬地域とはまた違っていた


無人駅虫の音しげく二人かな

秋の灯や二人待つなり無人駅

久ノ浜秋の夕暮れ松に鳥




この俳句は海が背後にある、ただこの松の不思議は津波にも残っていたのか・
これは前からあった松である、そこは海岸と接している
何かここは津波が多少弱められたのかもしれない、波立薬師でも残っている
そこは引っ込んでいて津波の波が弱くなったとか言っていた
津浪は地形と深く関係している、海底の地形も関係している
なぜなら南相馬市の鹿島区の海老村は高台にあった、でも津波の被害が大きかった
それでその高台は避難場所になっていて30人も死んだのである
津浪は海から離れて逃げることが大事である
海岸でも高くても危険なのである
ただ津波のメカニズムは解明されていない

この俳句は久ノ浜といいう地域性がありできた
結局津波にも流されず残った松に鳥がとまっているとなる
そこに平和が戻ったともなる

結局俳句は写生である、一見つまらないようでも写生にすると真実を感じる

無人駅虫の音しげく二人かな

秋の灯や二人待つなり無人駅

無人駅に二人だけが電車を待っている、ただそこには虫の音だけがしげく鳴いているとなる
二人はその虫の声を聴いている、あとは誰もいない、人がいないというとき自然を感じる
人がいないというとき、自然が活きる、ただ人がいないということはまた経営的には問題である
それなりの人がいないと成り立たないからだ
でも東京のようなぎゅうぎゅうづめの混雑は嫌である
もともと人と接することが嫌で引きこもり化したのが自分だからである
ただ乗り降りもない駅がありそこで虫の声だけが聞こえて来る、それも変である

とにかく久ノ浜はいい場所である、それは海と接して街があるということである
そして砂浜があることがいいのである、この砂浜が今やなくなっているからだ
四倉にも大きな砂浜がある、だから相馬地域は砂浜がないので魅力ないと見た

ただ今回何か足が腫れあがった、歩いていてそうなったのか?
前にもあった、それは座っておしつけた結果であった、今回と歩いてそうなった
結構な距離を歩いたからである、それで押し付けられて腫れたのかもしれない
まず自転車だとこうはならない、歩いたため地こうなった
歩きなれていないからだともなる、足を何かで圧迫したのである
これは直るのに一週間くらいかかる、歩けなくなるので苦しいとなる
体力が落ちたことは確かである



2020年10月05日

秋鴎、虫の音、秋の海(久ノ浜の秋の短歌十首と写真)

                    
秋鴎、虫の音、秋の海(久ノ浜の秋の短歌十首と写真)

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一段と低くくなっているのが前の道である

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遠くに見えるのが原発の煙突

クリック拡大

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つわぶきが自生している、これは秋に花が咲く

この辺は照葉樹林帯でありあたたかいから自生している

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海から昇る月が街なのかにでる、それが赤い月なのである
だからここは海と一体化した街なのである





久ノ浜旅人一人秋かもめ

秋の海連隊飛行鴎かな

無人駅虫の音しげく夜になる 


久ノ浜砂浜歩み流木の形を作り秋の日暮れぬ 

久ノ浜波音ひびき砂浜を我が歩みつつ秋思に暮れぬ

波立の巌に波の飛沫けり沖に船行く秋の海かな 

波立の巌に秋の日さしにつつ波打ちしぶきさらに固しも

久ノ浜巌につわぶき密なりき照葉樹林や秋の日さしぬ

秋の陽は山に没りにしあわれかな砂浜歩む久ノ浜かな

波立に波打ちひびき秋の海鴎三羽連なり飛び去る

久ノ浜老女のあわれ虫鳴きてこの松の育つ歳月思ふ

ひさびさに久ノ浜に来て秋の海波音聴きて我が帰るかな

無人駅一人のみ待つ人のあれ電車を待ちぬ秋の夜かな

海よりし十五夜の月や久ノ浜路地裏の路にい出にけるかな

乗る人もなき駅なりしただ虫の声しばし聞こえて去りにけるかな

十五夜の満月車窓に望みつつ全線開通常磐線かな  
       

久ノ浜は砂浜があり街が隣接している、この砂浜が貴重だと見た
なぜならここからは相馬藩内になっても砂浜がないからだ
一部わずかにあるにしろほとんど砂浜がなくなった、四倉の浜も砂浜が広い
それでその広い砂浜が津波の干渉地帯となり意外と街が被害がなかったのである
だから津波に有効なのは土手であり砂浜であれ緩衝地帯が必要なのである

だからなぜこんなに津波の被害があったのか?

もしかしたら自然の地形が変わり緩衝地帯の砂浜などが消失したかもしれない
直接海に接していたら危険である、自然の状態だったら広い緩衝地帯がありそこには家は建っていないということがあった
仙台の若林とかでもともと海だったところに住宅地にしたから被害が大きくなった
つまり人間は文明が発達すればするほど自然を侵害してしまい、それが災害に弱くなったのかともみる
四倉は別に高い土手はない、でも広い砂浜があり津浪の緩衝地帯になって被害が少なかった

久ノ浜は観光ではいい場所である、砂浜があるからだ、それと波立の巌がありあれがいい
ただ前は岩礁地帯がありそこに海の生物を見ることができた、何か今回は荒く波が打ち寄せて見えない、津波で変わったのかもしれない
この辺は磯とか岩礁地帯がほとんどないのでここが貴重だったのである
そこで熱帯魚などを見たことがあるからだ
海があっても岩礁地帯とか浦とか入江がないと自然景観としては良くない

それで津波で一時八沢浦が本当に入江になったことほど驚いたことはない
もともとそこは海であり入江だったのである、明治になって干拓されて田んぼになったのである、日本でぱ土地がないからどうしても海側でも土地を求めて干拓しているのである
この時十五夜の満月が久ノ浜の街の路地の道に出ていたのもふさわしい、この街は海と一体化しているのである、だから津波の被害にもなった
ただここが砂浜があるのでこの辺の海とは違っている
次はは四倉の方に回ってみたい、浜街道を行くのである





2020年10月04日

秋の暮、秋柳(双葉町が廃墟の街となった不思議ー短歌十首)


秋の暮、秋柳(双葉町が廃墟の街となった不思議ー短歌十首)

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白富士は富沢酒店の酒なのである

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倉だったのを店にした、いつの時代からなのか?

薬剤店にしても字が古いのである、だから古いのかとなる

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初発神社とある、他に妙見神社があるのは相馬らしい

ここに記された奉納者の姓なども歴史を語るとなる

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ゆっくりと電車を待つや秋の蝶

朝顔や数人待ちし駅舎かな

みちのくや車窓に望む秋の山

・・・・・

(双葉町)

石の倉街中人無く秋柳

石の倉街に人なく秋柳

双葉なる古き店かな秋柳 

秋日さし石の倉の店古きかな

人も無く飲み屋もあわれ秋の暮  


久々に電車を待ちて遠く行く秋となりしも旅心湧く

双葉町人の営み絶えにけりかすかに鳴きぬ虫の音聴きぬ

この道を行く人なしやあわれかな石橋わたり秋の日暮れぬ

街中に石の倉あり店屋かな秋の日さして人気なく暮る

辻曲がり妙見の社奉納者の名前刻まれ秋の日暮れぬ

この街に暮らしはつづく今はなし秋の日影に裏の道歩む

草むせし家の跡かな人住まぬ虫の音幽か聴きつ帰りぬ

駅前の通りに銀杏色づくも人は住まじもロケ地に似るかな

その道をなつかしみ行く人影の見えてあわれや秋の日翳る

出会い橋なつかしみ行く人影や柳しだれて秋のくれかな

津浪にも残れる松や根付きけりここを離れじ秋そ深まる


双葉町は私の父親が酒造りの店で働いていた、葛尾村からでて丁稚奉公したのである
そのことを聞かされているからそれで親しいものを感じていた
でもそれほど行ったということではない、何か見るべきものもなかった
ただ姉が銀行があったとしてそことで遊んだとか良く言っていた
銀行があるということはかなりめずらしいことだったのである
それは戦前であり大正時代にもなる

今の富沢酒造店の脇にあった、ただそれは戦前に倒産した、その後暖簾分けここに来た
そして同じ店で酒造りしていた人がいて戦後引揚者として鹿島に来て小池に開墾して入った人を知っている、その生活は極貧だったろう
ただ私の家で店をはじめたから玉子買いに良く行かされたのである
そこには確かに今は開拓の記念碑がある
ただなぜ小池というと街から近いのにそんなところに開墾する場所があったのかとなる
この戦後引揚者は本当に多い、津島とかは集団で入って開墾したから仲間意識が強いというのもわかる、相当な苦労だったからである、飯館村の木戸木もそうである
あんな不便な所でも開墾に入ったのである

いづれにしろそうしたことをじかに知っているので双葉町に親しみを感じていた
ただその割にはそんなに行っていない、それが立ち入りが禁止されたか解除されたので行ってみた、そこは本当に廃墟の街、ゴーストタウンだった
小高とかも一時ゴーストタウンになった、浪江町でもそうである
でも何か双葉町はまた違っていた、それはずっと街の規模が小さいということもある
だから街全体が歩ける範囲にある、そして街中に川が流れて石の橋がありそこが出会い橋とか名付けられたりしたところが新山橋のあるところが印象に残った
そこから富沢酒造り店に通じている
何か相当にさびれた感じになる、それもそのはず十年ももう人が住んでいない街なのである

そこはまた映画のロケ地のような感覚になった、でもそこは作られたものではない現実の街だったのが違う、こういうふうになった街はそんなにないだろう
そもそも古代から人が住んでいたし江戸時代も相馬藩内になっていた
だから野馬追に出る侍もいたとなる
小高に行ったときは人が住んでいる時でありこんなふうに感じなかった
浪江でも住んでいる人がいたのである
ここは人が住んでいないのである、まだ住めないのである、そこが違っていたのかもしれない、だから人が住まなくなった不思議を一層感じたとなる 

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橋にはいろいろある

幽霊橋 思案橋源助橋乞食橋 相引橋、・・・・

江戸の橋は時代劇に映る小さな橋である、無数の小さな橋があった、幽霊が橋に出るという時、何か柳がしだれていて真っ暗になれば幽霊が出る感じになる
その時電気の明かりがないのだから不気味だったとなる
相引橋というとき本当に橋を目印として男女があっていた、思案橋なども橋で良く思案していたとなる,当時の橋は人間的だったのである  
乞食橋はそこに乞食がいたから名付けられたのだろう、乞食は本当に多かったからだ

今は橋は車が渡るものであり人間が渡るというより物を運ぶ橋なのである
要するになんでも機械化すると人間的なものがなくなるのである
ただ物と機械だけの世界になり人間がいなくなる、人間を感じなくなるのである
鉄道の無人駅でもそうである、改札でも機械でしているからである

ただ橋には何か情緒がある、それで近くの落合橋のことを語ったのである
つまり人が落ち合う橋としてあったからだ、ただ下になると橋は大きくなりそこで何か出会うとかならない、橋が大きくなると人間的でなくなるのだ
だからここの出会い橋というのは小さい橋だから人間的なものを感じたのである
別にこういう橋はどこにでもある、ただ人がいなくてったので不思議な感じになったのである   


原発事故は必然的に起こった (無数の配管が痛んで老朽化して地震でも壊れる―素人集団が作っていた)


原発事故は必然的に起こった

(無数の配管が痛んで老朽化して地震でも壊れる―素人集団が作っていた) 

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十一人の死傷者を出した美浜原発3号機事故。直径五十六センチもある主要な配管が破裂するという重大事故です。破裂個所の配管は運転開始から二十八年間一度も検査が行われていませんでした。昨年十一月に協力会社から摩耗の可能性を指摘されていながら、九カ月も放置したまま運転していました。なぜこんなことが起こるのでしょうか

電力会社まかせでは、原発の安全は守れないことを示しています。原発の安全性をチェックするための科学的基準を確立し、それに基づいた第三者機関による厳正な検査を行うことが早急に求められています

福島原発事故でも地震によって配管が破損し重大事故につながったことが立証されている。これまでも頑丈につくられた原子炉本体よりも数百〜数千本といわれる配管の破損が原発の重大事故の原因となっている。しかも長期間運転を停止していた原子炉の再稼働では配管などの劣化が進み危険性が高まることを専門家は指摘している。

素人が造る原発 

筆者「平井憲夫さん」1997年1月逝去。1級プラント配管技能士

これは読みごたえがある

 原発でも、原子炉の中に針金が入っていたり、配管の中に道具や工具を入れたまま配管をつないでしまったり、いわゆる人が間違える事故、ヒューマンエラーがあまりにも多すぎます。それは現場にブロの職人が少なく、いくら設計が立派でも、設計通りには造られていないからです。 

 原発にしろ、建設現場にしろ、作業者から検査官まで総素人によって造られているのが現実ですから、原発や新幹線、高速道路がいつ大事故を起こしても、不思議ではないのです。

 そんないい加減な人の下に原子力検査協会の人がいます。この人がどんな人かというと、この協会は通産省を定年退職した人の天下り先ですから、全然畑違いの人です。この人が原発の工事のあらゆる検査の権限を持っていて、この人の0Kが出ないと仕事が進まないのですが、検査のことはなにも知りません。

 冬に定検工事をすることが多いのですが、定検が終わると、海に放射能を含んだ水が何十トンも流れてしまうのです。はっきり言って、今、日本列島で取れる魚で、安心して食べられる魚はほとんどありません。日本の海が放射能で汚染されてしまっているのです。

 海に放射能で汚れた水をたれ流すのは、定検の時だけではありません。原発はすごい熱を出すので、日本では海水で冷やして、その水を海に捨てていますが、これが放射能を含んだ温排水で、一分間に何十トンにもなります。

 「配管がどうしても合わないから来てくれ」という。行って見ますと、特別に作った配管も既製品の配管もすべて図面どおり、寸法通りになっている。でも、合わない。どうして合わないのか、いろいろ考えましたが、なかなか分からなかった。一晩考えてようやく分かりました。もんじゅは、日立、東芝、三菱、富士電機などの寄せ集めのメーカーで造ったもので、それぞれの会社の設計基準が違っていたのです。



この配管を見ていた電気関係の工事をしていた浪江町がこのことを指摘していた
でも東電に言うこともできないと仕事ができなくなると言っていた
つまり原発はその中で仕事している人ですら何も言えないのである
そしてその管理も危険なものなのにずさんだったのである
だから必ずしも地震とか津浪のせいではない、それを管理していた人たちが知っていたのである、でもは金がかかるとかなんとか安全を計ることはせず、原発は安全だとまるで念仏を唱えるように言っていたのである

それが科学者の態度なのかとなる、だからこそ「安全神話」なのである
科学と宗教があり科学者でも技術者でもその管理があまりにもずさんだったのである
それは手抜き工事でもありそんなに危険なものでも何もしなかったのである
要するに「安全神話」で肝心なことは何もしない、金をかけたくないとしなかったのである、今になって防波堤を作った、それは作れるものだったのである
日本が時の科学技術がこれほどずさんだった、だから日本の技術が進んでいるとか信じられなくなったのである、例え他でも信じられなくなった 

そうしてただ巨大な利権にあるゆる人が群がった、もちろん地元のひとでもそうだが地位ある人がほとんど群がり巨利を得ていたのである
そうしして安全神話が作られて安全は無視されて必然的に起こった事故だっこ
必ずしも津波とか地震のせいではない、それを防ぐことを怠った事故だったのである
最善を尽くしたらなら仕方がないとなる
でもただ「安全神話」を権力で作ったのであり肝心の安全を怠っていたのである
それはコストがかかるとなりそうなっていた
今になるそのつけは何百倍にもなっている、20兆円も廃炉にかかるとか国が傾くほどの金と労力を使うのである

なぜこれほど管理もできない、素人集団がばらばらに集まり作っている原発に「安全神話」が作られたのか?
これほど危険なものが堂々と「安全神話」を吹き込まれて成立していたのか?
それが本当にわからない、こんなことがあうりうるのか、それは事故前からもわかる人はわかっていたのである
そして国の検査官でもそれは分野が違っているとか本当に素人集団なのである
そういう人達がばらばらに集まり無理して作り上げたのが原発だったのである

それなのにのうのうと「安全神話」などを作っていた利権集団が原子力村だった
この責任はあまりにも大きいものだったのである
「安全神話」によってごまかした罪はあまりにも大きい、これは国家的詐欺にも等しい
それは戦争でも3百万人が死んだということがありこれも国家的な大罪でありそういう巨大な悪ともに匹敵するとなる
そもそも元から住んでいた人たちが故郷であれ長年住んでいた場所に住めなくなるほど大きな災害はない、なぜなら日本は戦争で焼野原になっても住んでいたからである
原発事故の最大の悲劇は故郷であれ住めなくなったことである

「自分たちの職場の職員は、被曝するから絶対に現場に出さなかった。折から行政改革で農水省の役人が余っているというので、昨日まで養蚕の指導をしていた人やハマチ養殖の指導をしていた人を、次の日には専門検査官として赴任させた。そういう何にも知らない人が原発の専門検査官として運転許可を出した。美浜原発にいた専門官は三か月前まではお米の検査をしていた人だった」と 

そして国家の管理もあまりにもずさんだったのである、だからこれは国家的犯罪だったのである、となるとこれにかかわった人たちは罰せられるべきだとなる
しかし誰一人として罰せられていない、そもそもわからないのは自治体の役割りである
自治体の住民の生命を守るのが自治体職員の役割りである
でも原発は国家が管理して自治体は手を出せないのである
でも一番被害を受けるのは自治体なのである、ただ自治体でも大熊町長の5億円入った金庫が津波で流されたとか話題になったようにただそういうふうにして利権を得るだけだったのか?
それはそこに住む人たちも利権にあづかり金になるからいいとしていた
それで漁業権のことを再三批判した、海が汚染されて魚がとれなくなったと組合で騒いでもそもそも漁業権を東電に売ったのだからそんなこと主張できるのか?
今度はトリチウムを海に流すということでそれに抗議する、するとまた補償金が上積みされるのか?
事故前も多額の補償金をもらい原発御殿を建てていてうらやましがられていた
ただここで言いたいのはそもそも漁業権の問題である

海は誰の者なのか?

漁業者の組合のものだとなっていた、でも東電に漁業権を売りわたした、漁業権とは資源保護のための権利であり東電に売り渡す権利はないのである
第一事故前でも海はかなり汚染されていたという指摘がある、原発というのはそういうものだったのである

だからここで問題しなければならないのは自治体の役割りである、原発は自治体に住む人の生命の危険にかかわっていたのである
そしたら自治体がなんらかかかわらないのが納得いかないとなった
ただ自治体にはその代償として多額の金が国から出ていた、それにしても今になればその損害は大きすぎたのである
その自治体にしてもその立地した場所の自治体だだけではない、広範囲に福島県全体にかかわることだったのである、それより一時は東北に人が住めなくなると吉田所長が恐れたそれだけ広範囲に被害があるものなのに自治体でも周りの県でも権限がない

権限があるのは国だ!

これはおかしい、なぜならそこに住んでいる人こそ権利があるからだ
なぜならそこに住んでいる人がこれだけの被害を受けたからである、確かに国から金をもらったとしても自治体の住民が一番被害があり責任を否応なく負わされるのである
ただこの自覚が自治体の住民になかった、それは根本的に原発のことはブラックボックスであり知らされなかったからである、知らされたのは「安全神話」だけだったのである
そして県とは何か?それは国の出先機関であり国の方針に従うとなっていた
つまり原発は国策であり国の命令に絶対服従だともなっていた
その国の管理があまりにもすざんだったのである
検査官も分野の違う素人であり何の働きもしなかったのである

ただいろいろ考えるとそもそも原発の責任はだれにあるのか?

これが複雑で多岐にわたるからわからなくなる、それは根本的に国家の責任だった、でも国家の責任とは特定した政治家なのか官僚なのかそれもわからない、結局国家と言っても国家を作るのは議員を選ぶの国民であり国民のせきにんだとなってしうまうのである、戦争でも同じことだったからである
だから原発の問題は一地域の問題ではなく国家が関与する国家的問題であったとなる
でも国家の責任を問いるのかとなくとむずかしくなる、生業を返せ裁判では裁判所がその責任を認めて東電に賠償命令をだした、でも裁判所が司法が国家をさばけるのかとなるとそれもむずかしい
アメリカでは司法の力が強く国家に関与できる、それで最高裁判所の一番上の検事になる人が重要になると報道があった
民主主義の三権分立だとそうなるのが正しいとなる
このように原発の問題は多岐にわたり複雑であり国家そのものを問うことにもなったのである
                       


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2020年10月03日

双葉町の放射線被害 (森が異常に高いーモニタリングポストは信用できない)

双葉町の放射線被害

(森が異常に高いーモニタリングポストは信用できない)

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ふくしまの今 2019


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4キロ離れてこの数字でありえない、0.08なのである

ただ百メートルもない森は10くらいあるのかもしれない

土台をコンクリートの足で固め、その上に鉄板を置き、そこに検出器を載せている。これでは矢ケ崎氏の言うように、地面に落ちた放射性物質から発する放射線が遮蔽され、肝心の検出器まで届かないのである。

国の放射線量デタラメ測定 文科省動かした科学者らの告発

こういうことかもしれない、コンクリートの土台がありそこからは放射線を検知することはできないからだ

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海岸の松は残っていた、多少高台にあり自然の松らしい
でもこれだけ残っていることは不思議である


双葉町で駅の通りなど0・5マイクロシーベルトで低い、でも山田地区から原発方面の森の道を行くと一番高い所で20マイクロシーベルトあるとyoutubeで報告されている
それは東電の人が計ったのではない、一般の人が機械で計っている
それは正確なのである、今や一般の人が放送局のようにして報告しているのが普通であるだからビデオカメラで撮影する人がいた、二人でしていたから放送局の人かと思ったら違っていた
何か双葉町は長く人が入れない地域になっていた、でも今はどこでも入ることができる
ただ入れない場所はアーケードしていて人が守っている
でもたいがいは入れるのである

私が海岸の方に行ったらそういう場所があった、その森の坂の道の向こう側が4キロくらいに爆発した原発がある、だからひっきりなしにトラックが来ていた、4キロとなると一時は死ぬとされた、そのくらいに危険だった

そこで疑問に思ったのが放射線のモニタリングの計測器を見たら0.05マイクロシーベルトと表示してあった、こんなことありえないと見た
それでそこのアーケードで守る人に聞いた
なぜこんなに低いのかと聞いた、その人は結構話できる人だった
何か話できない人がいるし話ししたくない人もいる
なんでもこの辺は津波がきて放射性物質も洗い流したせいだとか言っていた
すると爆発したと同時に津波が来て放射性物質も流れたのか?
これも良く科学的にわからない話である

ただモニタリングポストの値は確実に半分と見ていい、それは飯館村で村民が指摘していた、ごまかしたとしていたからだ
それで私自身も計ったらモニタリングポストの回りは確実に倍以上あった
なぜならモニタリングポストの下の土をとって計っていたからである
低く見せるためにそうしていたのである、そこで大成建設の人が働いていた
そこにごまかすことをしていたとなる

その人が言っていたことはすぐ近くの森は高いと言っていた
それはどれくらいかというとyoutubeでは20マイクロシーベルにもなっていた
それは原発に接近すればするほど高くなっていて最高でそうなっていた
だから原発との距離と比例して高くなっていたのである
近ければ近いほど高いのは当然だとなる
それから森の中の高いのは森に蓄積されやすいということがあるだろう
つた森は除染できないからいつまでも高いとなる
それで7割が森に囲まれた飯館村は森を除染できないので放射線を低くできないのである駅通りとかはやはり除染の効果があり低くなったのか、0.5はまだ低くすぎる
というのは浪江町から双葉町にバスで入った時、浪江町で0・5であり双葉町に入ると
7マイクロシーベルトになっていた、それには驚いた

なぜこうして大きな差が出たのか?

それは原発の爆発で出た放射性物質はブルームとなり雲の塊りのようにして流れたからである、平均に分散するというのではなかった
それとその時の風向きが影響した、東風が春に海から吹きそれが山の方へ向かって吹いたその時運悪く雨とか雪がふり放射性物質が雨と雪とかについて降った
それで山側は高くなったのである
海側は低いということは確かである、それで浪江の東電の人が町長が山の方が安全だからと津島に逃げた、でもそこは一番放射線が高い場所になっていたのである
でも東電の人がいて海側の方が安全だとして町民も従って街の方へ引き返した
つまり海側の方が安全だったのである、海側は低いのである
海の方に放射性物質が流れたからである

だからあそこの海の近くが低いことはわかる、でも0.05というのは納得できないのである
いづれにしろ双葉町にしろ大熊町にしろ回復不可能とも見た
住民は帰ってこない、町は放棄されたとなる、ただ廃炉事業に40年もかかるとしたら
その仕事は延々とつづく、そのための施設が必要でありそこで働く住民が必要になる
原発ができたときから原発の町と化して東電の社員のようになっていた
下請けで働くとかなんらか東電と関係していた、もう東電なしでは原発なしでは成り立たない状態になっていたのである

でも津波であれだけの松が海岸に残ったのが不思議である
南相馬市では特に鹿島区の人工林だった松原は一本の松も残らず消失したからである
あそこは多少高台になっていて残ったのか不思議である
あれは人工林ではなく自然林の松のようだ   
双葉町は津波で死んだのは20名くらいである、だから被害は少なかった
海岸には港もないし人もあまり住んでいなかった
久ノ浜のようだったらもっと被害があった、だからその点で津波だけだったらこんな被害になはならなかったのである

いづれにしろこの放射線の被害は森はほとんど除染不可能であり放射線の量が減らない
森の中で放射性物質が循環する、木の葉が散って落葉になっても放射性物質は消えない
セシウムは30年消えない、プルトニウムは二万年消えないという恐ろしいものだったのである、ただ見えないから意識化することがむずかしい、でも機械があれば誰でも計測できることが違っていた
コロナウィルスとなると計測できない、だからそのことで不安が増すのである
そしてその感染者の数におびえていることは同じだったのである
とにかく数値が問題になるのである、数値に一気一憂する
でもそんなに心配しなくてもいいというのはコロナウィルスの場合であり放射線量は素人でも正確に測れるのである、それは科学に詳しくなくても素人でもわかるのである

だからわからない素人は何も言うなというのは間違っていた
私が駅のボランティアでJRの駅長でも管理している人に仙台行きといわき行の表示を跨線橋にしてくれと言ったらしてくれたからである
原発ではそういうことはありえないのである
だからそこは完全なブラックボックスになっていた、安全神話というブラックボックスになっていた、それがどれほど危険なものか、今になってわかったのである
ただ時遅しとなっていた

この世の中は権力というのは怖いものなのである、権力によって科学でもゆがめられる
社会も歪められる、そのく権力が誰が持つのか、それが大問題なのである
原発の場合は権力をもっている全部で「安全神話」を作りブラックボックス化した
政治権力、官僚の権力、科学者(御用学者)、マスコミ・・・・・
これらが一体となり安全神話を作った、こうなると誰も逆らうことができなくなっていたのである、カルト宗教団体とか創価なども一枚加わっていたし意外と宗教団体は原発に抵抗しない、推進派になっていた、創価の場合は大成建設と富士山の正本堂建設で受注して密接な関係になった、つまり権力と権力は結託して利益を計る
利益でみんな結び合うのである

そして創価の雑誌の潮とか第三文明では原発を宣伝して宣伝費をもらっていたのである
何でも御利益ならとりつくからである、そして利益を配分するということでは同じなのである、第一仏教でも神社でも御利益宗教である、集団化すればみんなそうなる
御利益を配分するには東電のような有力企業にとりつくとなる、それは暴力団ともにているとなる
官僚は天下り先が東電でありマスコミは電事連からでも800億円が宣伝費として出ていた、それでマスコミで反対することはなかったとなる
東電によって爆発したとき朝日新聞ですら幹部が中国に招待されていたからである  

民主主義でもマスコミが報道を独占したように公平な報道もなかった
ただマスコミはテレビ六局で報道を独占していただけである
なぜら他は報道はできなかったからである、なんかyoutubeが生れて双葉町をビデオカメラをもって取材していた、放送局だと思ったら違っていた
別に個人的youtubeで双葉町のことを報道している、それが参考になる
つまたテレビ六局時代の独占は終わったのである
こうしたプログなど誰でもできるしたいしたことないともみる
でも意外と文章でも写真でも主張したり報道できるのである
つまりマスメデアとメデアでありその内容よりメデアであること報道する装置をもっていたことによって権力をもったのである
だからテレビウィルスが強力なものとなったのでてある

このようにあらゆる巨大権力が合体して一体となればそれに逆らうことは不可能である
「安全神話」とか創価の選挙の不敗信仰とかも似ている、戦争中の現人神(あらひとかみ)信仰の不敗神話もそうである、それはあくまで人間が作ったものであり絶対に安全などこの世にないのである
だからこそ津波であれバベルの塔のように崩壊したのである、神によって打ち砕かれたのである、この世の権力がいかに巨大でも全能の神にかなうことはないのである
絶対安全などこの世に人間の力で作りだせないのである
原発というのは確かに事故なのだがそれは巨悪でもありそれが津波によって自然災害によって暴かれたということがあったのだ   

まずこれだけ巨大化した権力になると対抗できないからである
だからこそ神の力によって砕かれたのである、つまり神がどこにいるともなるがなんらか神が人間に作用することがある、コロナウィルスでもグロ−バル経済をとめたようになんらか神の力が働いたのかとも思うからである
第一世界的なグロ−バル経済など止めようがないからだ
そんな力もまた人間にはない、でもこのまますすむと世界中でグロ−バル経済、資本主義経済の横暴が覆い地球自体が滅びるとまでなる、生態系が破壊されるて住めなくなるとまでなる、その実例が原発事故だったのである
一時吉田所長が東北に住めてくなると恐怖したからである
そんな空恐ろしいものを作ったことが問題だったのである、だから罰当たったともなる
神からの警告として津波があり原発事故になったともみるのである 

新しくできた原発伝承館を見た、600円の入場料をとられた、映像がほとんどであり見るべきものがなかった
そういう映像は前に見ていたからである、ただここも建物だけは立派だった
中味はなかった、何か建物とかは立派になった、駅でもエレベーターがあるのでうらやましく思った
それは避難区域になったところは建物だけは立派なのである
でもそこに住む住民がいないのである、そのアンバランスが何か原発事故の復興を象徴していたのである

posted by 老鶯 at 21:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

双葉町を十年ぶりにたずねるーその歴史から(1) (私の父親が酒屋で働いていた)


双葉町を十年ぶりにたずねるーその歴史から(1) 

(私の父親が酒屋で働いていた)

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明治4年7月14日(新暦 : 1871年8月29日) - 廃藩置県により中村県が成立する。
明治4年11月29日(新暦 : 1872年1月9日) - 中村県と平県が合併されて磐前県が成立し、現在の双葉町域は同県に属する。
1876年(明治9年)8月21日 - 磐前県・福島県・若松県が合併し、現在の福島県が成立し、現在の双葉町域は同県に属する。
1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行にともない、標葉郡新山村(しんざんむら)と長塚村が発足する。
1896年(明治29年)4月1日 - 標葉郡が楢葉郡と合併し、双葉郡となる。
1898年(明治31年)8月23日 - 常磐線長塚駅(現在の双葉駅)が開業する。
1913年(大正2年)2月1日 - 新山村が町制施行して新山町(し

双葉町は、標葉(しねはorしぬは)と楢葉(ならは)の二つの葉がある。
この周辺には古墳が非常に多く、夫沢横穴古墳の長者原の地名、
標葉郷夫沢村は相馬中村藩領。


地名としての「広野」は天正10年(1582年)の藩主 岩城常隆の時「北迫村に広野立つ」とあるのが初見とされていますが、江戸時代の初期ここに相馬路(南方の岩城平から北方の相馬中村までの浜街道)の宿駅「広野宿」が設けられ、「広野」の名称が使われております。

「浜街道」の名称はすでに8世紀初頭「道(陸)の奥」の国府 多賀城に通じる官道「海道」として敷かれていたことに始まります。

「続日本紀」の養老3年(719年)の条には「石城国始めて駅家一十処を置く」とあり、その一処がこの地に置かれた可能性も考えられます。

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双葉町の歴史は相馬藩からみると夜の森がある、夜の森とは夜は余のことだった
相馬藩の殿様が余の森と言ったからである
この辺は森で覆われていて磐城藩との境目であった
それで領地争いがあり、小良ヶ浜(おらがはま)というのも俺の浜だという意味であり境目だから起きたことである

双葉町は古代からの歴史があり末続(すえつぐ)が須恵、陶(すえ)から由来していて
島根県の出雲に末次(末継)の元があり渡来人が来た道でもある
前にも考察したように韓国の伽耶国のツノガノアラシトが鉄を求めて砂鉄を求めて来た道でもある、だから必ず諏訪神社が東北に多い、蝦夷といわれたとき出雲のことだったということでもそうである、そして島根県とかの方言のズーズー弁が東北のズーズー弁とにているというときそこに深い関係があった、つまり蝦夷というとき出雲と深く関係していたのである、だから出雲と古代は関係ずけられる

そのあと戦国時代になると相馬藩(中村藩)と磐城藩で争いがあった
その境目になっていたのが双葉郡になる、争っていても磐城藩内から相馬藩に移る人もいた、不思議なのは久ノ浜の大久川という地名である
南相馬市に大久氏とか大悲山(だいひさ)という姓がありこれの由来はここから来ているのだろうか?
なぜなら姓の発祥地は地名であり村に由来しているからである
末続(すえづき)は墓地の八割が新妻の姓だった、新妻氏の子孫だとなる、それは磐城藩から移り住んだともなる
要するにここは江戸時代に境界でありそれを知る必要がある

それと双葉郡はもともと新山村と長塚村がありそこが宿場となっていた
なぜ二つの村が宿場となったかというとそれは村で中村藩の人を迎えるのに負担になったから分担したのである、宿場とは村の人にとって負担になっていたのである
常磐線が通った時、双葉駅はなかった、長塚駅だったのである

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この双葉町と私の父親と深い縁があった、なぜなら私の父親は葛尾村(かつろう)から新山の酒屋で丁稚として働いていたのである
今の富沢酒屋店との隣にあった酒屋だったのである
富沢酒屋店には古い煉瓦の煙突があり相当に古いことがわかる
明治時代からもあったのかもしれない、酒屋はたいがい古い、酒屋で働く人が多かったからである

そこで私の姉が良く銀行のことを言っていた、子供の時、父親の酒屋に行き銀行がありそこで遊んだとか言っていた、その当時銀行があることはめずらしいことだったのである
だからそういう話を聞いたから人間はそれで思い入れが生まれる
とにかく私の父親は葛尾村から出て双葉の新山で働き暖簾分けして鹿島町に来たとなる
また母親は原町で警察署長していたが警察だから転勤していた
それで名前はトミ子なのだがそのトミは富岡と関係あるらしい、つまり富岡で生まれたからだとか言っていた、姉はハマ子と名付けられた、浜は磐城か小名浜で生まれたからだという、その土地に生まれたのでそう名付けられた
これも昔となり私の家族はみんな死んでしまった
こうして双葉町とは縁がある、やはり相馬藩内縁戚関係がある
葛尾村でも双葉町でも浪江町でもそうである、新地町とも関係がある
なぜなら私の父親の前の妻は新地の人だったからである、今も私の墓に眠っているからだだから相馬藩内に関係していたのである
昔は近くの人と結婚することが多いから縁戚関係になっているのが多かったのである

ともかく町がゴーストタウンになるとこうした歴史とか思い出が消失してしまう
それは古い歴史だけではない、何かそこで培われた思い出が消失する
そして老人になるとわかるがみんな親でも死んでしまう、すると後に残るのは思い出だけなのである
それで私は一人になり延々と家族のこと家のことを思い出して短歌とかにしている
家に愛着がある、それはどこでも同じなのである
家の愛着はみんなある、そこで暮らした思い出がありその思い出はその土地と深く結びついているのである、だから家がなくなるとまた街全体がゴーストタウンになるとそうした思い出が失われる、それが大きな損失となっていたのである
老人は思い出に生きる、それで老人は帰りたいとなるのである
要するに思い出がしみこんだ町が故郷になるからである

とにかくまるでそこは映画のロケのセットのようになった場所だった、それで写真をとりに来る人が多い、つまり前も小高などでそうだったがそういうことが継続している
興味半分で廃墟の街を見に来ているのである

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新山橋

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昭和22年に作られた、戦争が終わり私の生まれた年だった

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この橋の近くの富沢酒店の隣に私の父親が働いた酒屋があった
でも戦前に倒産してなくなった


それで不思議だったのは出会い橋という石の橋だった、作られた年代も書いてあり
水が流れてひびいていた、でももうここには出会いがなくなった
なんともわびしいとなる、ただ興味本位で見に来る人は多い、こういう街全体が廃墟化したのはなかなかないからである
でも現実は貴重な歴史でも思い出でも失われたことを知るべきである 

石の橋出会い橋かな流る水ひびくも逢わじ秋の日暮れぬ

ここで出会ったが今や逢わない、鹿島の落合橋のことをプログで書いたが何か橋というのは人が出会う場所なのである、ここで人が出会っていたのである
石の橋は新山橋であり出会い橋と名付けた橋は元からあったのではなく何か勝手に出会うからと名付けた
ただ川としては小さい、でも水が結構流れていた、雨が降ったからだろう
自然でも人間が住まないと活きてこないことがある、つまり人間化した自然としてあるからそうなる

我が父の新山働く酒屋あり故ある地や秋の日暮れぬ     

我が父の酒屋に働く双葉町姉は語りぬ虫のなくかな 

私は姉と母と60年住んでいたから忘れられないのである、だから延々と書いているのである、その思い出に連なるものとして双葉町があった
でも双葉町という名前ではない、長塚と新山という名前に親しみかある
何か地名というのは思い出として記憶として心にすりこまれる
双葉町となったときそういう記憶が失われるのである、ここに合併とかで失われた地名の問題があった
人間の記憶が長い年月で作られる、そういう人が生きた記憶が歴史でもある
それで老人は故郷に帰りたいとなるのである
その喪失は思った以上に大きなものなのである
つまりそうした記憶が貴重なのはそれこそ生きたことの証だからである
そういう記憶がもう作れない、あとは死ぬだけになってしまったからである
記憶こそが生きた証(あかし)になっているから姉は認知症になっても昔のことを語りつづけたのである

私の家族が死んだとき本当に悲しかった、でも今になるとだんだん記憶がうすれ歴史と化してゆく、その自分の家の歴史に連なるものとして双葉町があった
やはり親までは深く継続した歴史というのではなく生々しい記憶として残っている

posted by 老鶯 at 08:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2020年10月02日

無人駅の久ノ浜駅で私が経験したことと同じだった (無人駅の案内でたりないものが改善されていない)

無人駅の久ノ浜駅で私が経験したことと同じだった

(無人駅の案内でたりないものが改善されていない)

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原町駅

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双葉駅ほここから海が見える

今日は双葉を見て回り久ノ浜に行った、久ノ浜は無人駅である、そこで30分くらい待っていた
それで私が無人駅ボランティアしたことと同じことを経験したのである
私は良く乗客に聞かれたのである、上り下りの線があっても仙台行きがどこなのか
またいわき行きがどこなのかわからなくなるのである
それは表示がないからである
それで私は階段と駅舎のある反対側の待合室にどちらに行くか表示した方がいいと言ったそれが外からの人がわからないからである
また無人駅だからここで乗ったという証明になる切符をとりだすのがわからないのである
はじめての人にはわからない!

すると聞く人もいないので困るのである、それも最初は地元の人に聞かれたのである
だから教えていたのである、それでも地元の人はそういうことがわかってくる
でも外から来る人はわからないのである
ここに無人駅の問題があった、地元だったら無人駅でもさほど困らない、だんだん慣れてわかってくるからである、でも外から来た人はわからない
外から遠くから来た人はちょっとしたことがわからないのである
地理でもすぐ近くでもわからないということを誰でも経験している
だから地元の人に聞くのである、ただ人間だと親切に教えないのである
だからスマホを見ているのである
もし親切に教える人がいたら直接聞いた案内してもらった方がいいとなるのだ

私はそこにいた人が一人いたので仙台行きがどっちの側なのか聞いたのである
でも聞く人がいないと不安になる、なぜなら単線の場合があり必ず線がどっちになるか決まっていないときがあるからだ
だから外から来る人はちょっとしたことがわからないで戸惑うのである
その時聞く人がいなと不安になる
もし番線が間違ったら困るからである、何か昼間だと12時ころなのか4時間くらい電車が来ないとなっていた、今ローカル線はそういうのがあり困るのである

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これは私が言ってJRの人が設置したのである
だから言えばJRでは要望に答えてくれる
でも何も言わないと久ノ浜などの駅のように改善しないのである
だからJRが客の要望を聞かないということはないのである
お前みたいな門外漢は言うなとはなっていない
とにかく嫌でも設置したからである
他ではそんな無視することがある、原発はもう絶対に何も聞かない
何も知らないお前は口出しするなで終わりだからである


とにかく私は駅長とか水戸管理局の人が回ってくるので言ったのである
仙台行きといわき行、東京行きの表示をしてくれとそうしたらしてくれたのである
ただこれは要望しないとしてくれない、でもそれは最初は地元の人でも遠くの人でも困っていたことだから私だけの問題ではない、みんなの問題であった
だから要望すればJRではしてくれたのである
今日も駅のホームの反対側の待合室の板がはがれていたので直すようである
水戸管理局の人が常に点検している、でも何が困っているかそうして点検する人もわからないのである、私はいつも駅にいたから良く聞かれたから言ったのである
駅の改札する入り口の向かい側の待合室に仙台行きといわき行の表示をすればいいと言ったらそのようにしたのである

これはどういうことなのか?

私は駅長など煙たがられた、嫌がられた、何でお前が一人そんなことを言うのかという感じだった、でもそれは自分一人だけのことではない、みんなが困っているからそう言ったのである、そしたら改善したのである

まず普通何か要望しても一人だったら答えない、そんなのは無視される
でもそれはみんなが困っていることだからそれは一人のことではなかったのである
ただ何も言わなければ何もしてくれない、すると地元の人でも外から来る人でも困るのである、外から来る人はちょっとしたことがわからないからだ

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ここで乗ったという証明書がでる、あとは降りた駅で清算する

私は無人駅で乗った証明書が出る機械のことを知っていたからそれはできた
でもはじめての人は気づかないのである
地元の人は慣れてくるばわかるが外から来る人は慣れていないからわからないのだ
第一今や車社会で鉄道の乗り方すふらわからなくなっている人がいるからだ
だから頻繁に利用していればわかる、利用しないとなんでもわからなくなるのである

こういうことは原発にも言えたのである、原発がすぐ近くあったのだから中を見せて説明してくれとかなんとか言いたくでも言えなかったのである
これが大問題であり大事故になってとりかえしつかなくなった

それが爆発したりしたらどうなるのですか?

そんなことは絶対ない、だから何も言うな!

これで終わりである、だから駅のことに鉄道のことに口出しするなというと同じなのである、そういうことは今の社会に多すぎるのである
それぞれの専門分野がありそこには立ち入ることも何か聞くことすらできないのである
結果的に大事故になったり利用者が不便になったり困ることがあってけも放置されるのである
ただ久ノ浜駅の問題は誰も要望しないから案内板が設置されないのである
誰かが言えば個人でもJRでは設置する、それは私自身の経験でわかる 
久ノ浜駅では誰も言わないから設置されないのである

2020年10月01日

一五夜の満月(川子の溜池)


一五夜の満月(川子の溜池) 

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カシオの月の満ち欠けを示す時計では完全な満月になっていなかった
明日が完全な満月なのである


十五夜や電車の行き来平常に

十五夜や一人守りぬ広き家

一五夜の満月光り実りかな

秋の雲溜池に映し鯉沈む   


溜池の水面にいくつか波紋かな川子の村の秋の夕ぐれ 

秋の蝉声の聞こえずあわれかな季節のすすむははやかりしかな


「十五夜の日は満月」という認識の方も多いかもしれませんが、実は満月は1日ずれることも多いんです。実際、2020年の十五夜は10月1日ですが、満月は10月2日になります。何故なのでしょうか?

それは、月は必ずしも15日ピッタリで新月から満月になるとは限らないから。時期によって13.9日015.6日と大幅に変わります 

時計で月の満ち欠けがでるのがある、確かにわずかに満月ではない、明日が完全な満月である
目測では満月に見える、でも機械の方が今は正確である、目測は誤る、とうしてしも満月にしか見えないからである

川子の溜池を写真にとった、それをどう撮ろうかと工夫する、その前にいろんな角度が撮ってみる、するとその中にこれはいいなとして選ぶのがいい、写真にとってみないとわからないからである
ここはいつも通る道だけど良く見ていなかった、人間はとにかく近くでも良く見ていないのである

ここに鯉がいたこともわからなかった、蛙はいる、何か波紋が静かにいくつか広がる
それが神秘的である、日本には溜池が多い、それはやはり自然ではないが沼のようになっているのだ、この写真だと溜池が村の中心のようにも見える
溜池があって村があるとなる

一五夜の供え物はしなかった、彼岸があり墓参りして花をさす、そういうことを一人でやるのが結構手間なのである
ときもかく季節は常に変わりもう今年は秋が早くすぎて冬になるかもしれない
もう秋の蝉の声は聞こえなかったからだ




十五夜の月と電車の写真一枚


十五夜の月と電車の写真一枚

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十五夜や電車の行き来平常に

最初スーパーヒタチの写真を撮ろうとした、満月と写そうとした
広角レンズには収まったが列車はうまくとれなかった
その時満月は薄い雲に隠れて光っていた
だから写真をとるのは動いているとむずかしい、背景でも満月と一緒にとろうとしても雲に隠れたりするからである

今日は十五夜であり満月である、電車の行き来は正常にもどった
ただコロナウィルスでまた乗客は少ないし遠くからも来ない、駅でマスクしているから話すこともできない、写真をとるには困らない、ただ鉄道写真は意外とむずかしい
動いているからその一瞬をとらえるのがむずかしい
そこにスキルとカメラとレンズが必要なのである
夜景をきれいにとるとするとかなりの用意が必要である
そこまでやるとなると金もかかるしめんどうになる  

レンズが高いのには驚く,カメラ本体より高いのである
今のカメラでは夜景はきれいにとれない、ただ写真にこるとやはり景色でも見方が変わってくる、何か平凡なものでも違ったもものに見える
人間の眼とカメラの眼で二つで見れるから視野が広がる
こんなふうに見えてこんな写真がとれるんだとなる
それは近くでも一つの場面を詳しく見る、いろんな角度から見る
それで近くでも結構写真になるものがあると思った

JRは乗客を人と見ていない (お上であり人を運ぶモノと見ているー無人駅のボランティアは排除されるだけだった)


JRは乗客を人と見ていない

(お上であり人を運ぶモノと見ているー無人駅のボランティアは排除されるだけだった)

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武田邦彦

本当にそこは人にサービスするということはない
監視しているのである、刑務所の中のように見回りしている感覚なのである
だから上からの目線で命令するという感覚なのである


ここで新幹線のことで見回る車掌がまるで監視しているとか客として扱わない
国鉄時代と同じで上から目線で命令する感覚だとか不満を言っている
それは武田邦彦氏は前も言っていたのである
何か気軽に話もできない、旅も楽しむことができないというのもわかる

例えば航空会社だと飛行機の中はキャビンアテンダント女性がいてサービスしているし親切である
鉄道の場合はそういうことはない、人間に対してサービスするという感覚がないのであるそれは自分が駅でボランティアしてわかった
いろいろ案内とかしてきた、それはただ偶然に無人駅になったからである
そこで聞かれたのでただ案内しただけである
ゴミ箱がホーム内にありゴミを投げる場所がわからないので私は乗客のゴミをホーム内のゴミ箱に捨てたりした
そしたら監視カメラで見ていて駅長が私にホームに入るなと今は常駐している高校生の見守り役に注意されたのである

そのこともそうだか何かと自分が無人駅でたりないものを言うとなんだこいつは目障りだとしていた、私がそこで何をしていたかはわかっていたのに何もするな、かかわるなという態度だった

無人駅だから何もしなくていいんだ!  

これがJRの基本的態度なのである、つまり人間に対するサービスは全く考えていない
だから新幹線で見回りしていても客を監視しているのでありサービスするという感覚はない、そもそもサービス業と考えていない
あくまで人でもまるでモノのように目的に安全に運ぶことを主眼としていて人に対するサービスは考えていない

人は乗せてやっているんだ、ありがたく思い!

これがJRの基本的態度でありまた国鉄時代のお上の上から目線の態度なのである
ただそれは自分の場合、ボランティアしても誰も認めない、乗客自体が風を吹いて遅れた時、案内したら血相変えてそんなことするなとわめいて怒っていた
そして遂にはあいつは怪しいやつだとして誰かが匿名の人が通報してきたのである
それもみんな集まっているとき公衆の面前で職務質問されたのである

だから別に駅長とかJRの人だけではなかった、結局誰も認めなかったということである
ただ私の目的は駅でいろいろな人と出会って情報を仕入れることだった
だからその延長としてたまたま案内していたのである

ともかくJRの問題はまず人を乗せているのではない、モノを目的地までに時間通りに正確に安全に運ぶことを仕事としている
人へのサービスは眼中にないのである
だから駅は効率的にコスト削減のために無人化する、車内でもサービスする感覚はない
だから弁当食べてもあとかたづけはしない、航空会社とは違っている
そもそも鉄道は貨物輸送からはじまったのであり観光で乗客をのせるというのは付随的なことだったのである

ただ時代が変わるとただ人を安全に運ぶとかではなく、人へのサービスも必要になる
つまり社会が豊かになると基本的に安全に時間通り運ぶのが基本であっても人へのサービスが必要になってくる、それでローカル線でも観光列車になりそこでは人へのサービスが求められるのである、今の時代はなんでもハードからソフトの時代になっている
観光業はソフトである、ソフトとは柔かなとなり柔軟な対応とかなハードとは違っているつまり鉄道が車に押されて客が維持できなくなるというときソフトの面で充実させることがかえって必要になる
鉄道を観光で利用するとなると何かソフトの対応が必要になるからだ

いづれにしろ今回のコロナウィルスで鉄道の客とか航空の客が激減したことには驚いた
鉄道まで激減した、それも何なのだろうとなる
それは自分に対する冷たい仕打ちから罰を与えたともとりたくなる
それも一方的でもJRは全く人間のサービスを無視した会社であるからそうなる
とにかく自分の駅でしたことは全く否定されて排除されただけだったとなる 

ただなにかにやといっても自分の場合はJRにはずいぶん乗ったから世話になった方でありそれであまり文句は言えないとなるがそれにしても自分にされたことはひどかったとはなる
それはなぜか、乗客でも駅長でも誰も認めなかったことである
でもそれなりに役立っていたのだがそれが認められなかった、余計なお世話だとなってしまったのである


なぜ態度が悪い?
このような駅員の態度の問題はJR東日本が発足してから起きたことではない。国鉄時代から続く内容である。

国鉄時代からのお役所体質
黙っていても会社が儲かる構造
もともとは公企業だったため、お客様への質の高いサービスというよりもただ電車を動かすことに重点が置かれていた。

JR東日本の駅員の態度が悪い人、なぜそんなに多いのか?

これはみんな思っていることである、だから今回のようなコロナウィルスで客が乗らないというときこういうことも考え直すこともあるとなる、どうしたら客を増やせるかとなる時、人へのサービスも考えざるを得なくなるからだ
要するに乗せてやっているという態度は収入が減ることもないからそうなっているからである



花の変容(Flower transformation)


花の変容(Flower transformation)

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これはインタ−ネットに出ていた画像から変化させたものである
すると著作権違反にもなる
何かインタ−ネットには無数の画像がでているからそれをソフトで変えると創造したものになる
第二次第三次作品とはなる、これは抽象画に成り安かったのである

This is a variation of the image on the internet.
Then it also becomes a copyright violation
There are innumerable images on the internet, so if you change them with software, it will be created.
It will be the second and third works, which was easy as an abstract painting.