藍深き朝顔一輪 (俳句は限界ー短歌は表現の幅がまだある)
今日は曇って来た
石三つ秋の陽さして道の駅
藍深き朝顔一輪心しむこの道の辺に行く人もなく
藍深き朝顔一輪この道に見る人もなく我が見て帰る
藍深き朝顔一輪ここに咲き虫の音幽か我が聴き帰る
花知るやこの道来たる我をしもまた来たらむと咲きて待つかな
朝顔の一輪深き淵の色 蕪村
これが有名な句なのだけどこれだけでは物足りない、そもそも俳句は短すぎるから何か一つのジャンルとして成り立たなくてっている
それで短歌の方に可能性がある、それだけ依然として表現の幅があるからだ
とても俳句では表現できなくなっている
露もありつ かへすがへすも 思しりて ひとりぞみ(見)つる あさがほのはな
(西行(1118-1190)『山家集』)
この短歌と比べてみればわかる、何か自分の短歌と共通したものがある
かへすがへすも 思しりて ひとりぞみ(見)つる あさがほのはな
つまりつくづくあさがおの花を一人みたということである
ただこの朝顔が藍色のものかどうかわからない、でもこの短歌の方が短歌だけで一つの完結した世界を表現している、俳句はそれがうまくいかない、だから限界なのかともみる
写生俳句は確かに一つの規範を示したものであり今でも通用している
でも短すぎるということで限界になった
すると日本文学では詩の分野では短歌は残るが俳句はは消滅してゆくかもしれない
ただそうはいっても誰か天才的な人が新しい俳句を作れば別である
正直子規は確かに写生俳句という革新をしたが明治時代にしろその後に芭蕉、蕪村、一茶とかの俳句の三傑を生んでいないのである
俳句も大衆化して月並みになったということである
ともかくいつも行く近くの道である、そこにも季節の変化がある
これが車だと何か道の辺の花にも感じないなのである
やはり車は非人間的になる、道の辺の花に目をとめるということがないからだ
見慣れて何もないようでも朝顔の一輪深き淵の色のように深い色を見る、それが心に残るそもそも色は不思議である、色は神秘的なのである
青があったとしてもそのバリエーションはいろいろあるからだ、同じ青はない
この朝顔というとき自分の母親の色だった、地味だし寡黙だからこの青にあっていた
私の母親はもし短歌を書く訓練をする余裕があったら短歌を作っていたかもしれない
ただ貧乏で働き詰めでそれができなかったのである
何かこうした文化的なものは余裕がないとできない
私は別に才能はないけど自然を見てきたから自ずと身についたものがあったとはなる
自然を知るには時間がかかるのである
他の物にいろいろいまどわされるとまた自然の奥深さを知ることはむずかしい
何か修行や訓練が必要になる、その点問題はあったが引きこもりは観想的生活には向いていた、自分自身はもともとそういう性格であり向いていたのである
今回は原町の道の駅で二週間ぶりに行った、足が悪くなり動けなくなったのは辛かった
完全ではないにしろ直った、やはり一人だと病気になったりしたら補佐するものがいないから辛いとなる