2020年12月27日

コロナウィルスは過度に恐れ過ぎているのか? (武田邦彦氏の意見の方が正しいのか?)


コロナウィルスは過度に恐れ過ぎているのか?

(武田邦彦氏の意見の方が正しいのか?)


武田邦彦】奴らにブチギレた!これはもう医療崩壊というか日本が崩壊している!

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この図ではインフレインザが今年は極端に減っている、でもこの図をテレビでは出さない
確かにこの図を比較してテレビでは出さない



コロナウィルスのことがなぜわかりにくいのか?
それは原発事故でもそうだった、放射線とか核とかわからないからである
すると意見が二に分かれた、微量の放射線はかえって体にいいとかいう科学者もいた
その人は御用学者だった、また危険を過度に言う人もいた
それで地元でも混乱させられた
浪江の人たちは何の政府の支持もなく最も放射線が高い山の方の津島に逃げたのである
ところがその中に東電の社員がいて街の方に逃げた方がいいとしてそれに従った人たちがいたのである、街の方が海側の方が安全だったのである

安全な方向へ誘導した人がいた!

すると今回のことでも一体安全と危険をどう分けるのか?
何が危険で安全なのか素人にはわからない、また専門家でもいう人は同じように二つに分かれる、ただこれはただの風邪だという学者もネットにいる
週刊誌などでもそういう意見をだしている、過度に恐れ過ぎている
それで社会を混乱させて経済活動を止めるのが問題としている

このコロナウィルスも科学の問題になるから科学者でないと専門家でないとわからない
それで国民は右往左往するだけでとなる

ただ原発事故の時はどうして原発が安全神話を作ったのはそれが原発によって莫大な利益が利権が得られるからであることは明白だった
金の成る木でありあらゆる人が群がった、それがこれまでも再三指摘してきたように政治家も官僚もマスコミもまた地元でもその金に群がったのである
例えば官僚というときその中には検察官僚もいたし自衛隊とか警察も入っていたのであるその人たちが天下りしていたのである
そして全マスコミが東電の「安全神話」に加担していたのである
爆発した時、中国にその全マスコミの幹部が東電に招待されていたからである
原発では利益関係がわかりやすかったのである、みんな利権となり金になるということで安全神話に加担したのである、地元の人たちも利益になるから積極的に誘致したのである
だから何か今になるとその構図はわかりやすいのである
でもこのコロナウィルスは何なのかその構図がわかりにくい、利権とか利益からコロナウィルスが過度に危険を言うのか、何かそれでメリットがあるのか、また誰かが利権になり利益になるのか、それが良く見えないのである
利益になる利権になるというとき確かにワクチン製造会社とか薬剤関係の会社が利益になり利権になるから危険を言わせるとなる
マスコミも視聴率を稼ぐため宣伝費を出してくれるスポンサーのために危険を過度に報道する、それは利権、利益のためであるとなる

それは原発でもそうだった、電事連が宣伝費として800億円をマスコミに出していたというからその利益は莫大なものとなっていた
それもわかりやすいのである、でもなかなかコロナウィルスの過度の危険を言うのは誰がもうかるのか、利権となり利益となるのか良く見えないのである
現実は医療崩壊にしても開業医とかが患者が減りかえって損している
誰か特別利益になる人が組織が団体がいるのかとなる
政府にしても金を出すのだから出したくない、利益にはならないのである

厚労省が二類にしているのはそれを取り下げない事情は厚労省独自の省庁のエゴでそうしているという、それは何らか利権と関係しているのかとなる
でも全体的に見て誰が得するのか利益になるのか明確に見えないのである  
推理小説とかドラマだと必ず利益になる、ある人を殺して得になる人が犯人としてあげられる、その人が動機をもつからである
でもコロナウィルスで利益を得るのは誰なのか?
ワクチンを作れば薬剤会社でありマスコミは脅して恐怖を与えればみんな見るから視聴率が上がり宣伝効果もあがるとなる
それで巧妙にテレビ放送で危険を言いそこに消毒剤の宣伝が入っていた、それはみんなが怖がっているから効果的だったのである
でもその他誰が利益を得るのか?それが原発のように見えないのである

ただGAFAというインタ−ネットの大会社がさらに利益をあげた、するとこれはこの会社の人たちの陰謀なのか?それを言う人もいたね武田邦彦氏も言っていた
利益を一番あげたのは得たのはGAFAだからである
社会自体がテレワークとかになりますますGAFAに頼るようなったからである
その他で利益を得たの製薬会社だけどまだ安全性が確認さていないのでそれで大儲けするということるでにはならないだろう

ただ確かなことは危険ではないと言うことは政治家とか官僚とか上からの圧力があり言えないことは確かである、ただ別に今回は週刊誌でも言っているしネットなら言っている
結構こんなに騒ぐ必要はないととしているのだ、だから原発の「安全神話」とはまるで違ったものである、原発でと強力な権力の言論統制があり危険だと言えなかったからであるそれで地元の東電の下請け会社の人も安全だと言っていたのである
言わせられていたのである

武田邦彦氏の言うようにただいじめるだけに危険を言うというのも納得できない
そんなことして何になるのか?政府にしてもそれで利益があるのかとなればない、支持率も下がっている、なんとか危険を除きたいということでありgo to トラベルを推進したのである、経済を止めないようにしたのである
だからコロナウィルスの問題は不可解なのである、もちろんこれが未知のものだからどうなるかわからないということがある、専門家もわからない
するともし拡大したらなんで止めるようにもっと強力な政策を示さなかったのか実行しなかったのかと責められる、だから私たちは安全になるように努力しましたとしてそうしているのか?それも良くわからないのである

ただ言えることは原発事故で爆発した時、東電の社員は放射線のことを知っていた
だから一番危険な津島に浪江の人たちが逃げるとき、街の方に引き返したのである

つまり誰かが一人でも正しいことを知っていた、その人に従ったら被害にあわなかった

ではその人は誰になるのか?武田邦彦氏になるのかとなる
その人を信じて行動すればいいのかとなる、ただ別にみんなコロナウィルスを恐れてはいない、50以下の人は恐れていない、だから感染者が止められないのである
とにかくコロナウィルスの問題は感染者の数で一喜一憂して過度に恐れたり安心したりするとなる、でも実際にその数に問題がありそれですべてが決まるわけではない
ただその数に恐怖する、それは放射線量でこの辺が混乱させられたと似ているのである

posted by 老鶯 at 19:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

寒椿、年暮れぬ、冬の暮、冬深む(年末俳句十句) (今年も終わりに・・・・)


寒椿、年暮れぬ、冬の暮、冬深む(年末俳句十句)

(今年も終わりに・・・・)


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街中の墓地の回りや寒椿

新築の家の庭石寒椿

老いてなほ真に生きむ寒椿

貧にあれ偽らざれや寒椿

赤心を示して映えぬ寒椿

壁映る枯木の影や陽も落ちむ

この道の一人行くのみ年暮れぬ

石一つ村の重しや冬の暮

我が一人家を守るや年暮れぬ

コロナにも籠もればかからじ冬の暮

一人飲む抹茶の味や冬深む

本を読む意味くみ取りて冬深む


冬の薔薇一輪静か庭に見ゆ災いなくもここに咲くべし

我が齢(よわい)この家に生きて尽きなむや母姉なおもここにあるべし




寒椿というときかなり寒い時である、その前だと冬椿になる、つまり寒椿と冬椿ではかなり感覚的に違うのである、冬椿というときむしろあたたかいとも感じる 

邪心の無い清らかな心。大伴家持は「皇祖の 天の日嗣と 継ぎて来る 君の御代御代 隠さはぬ 赤き心を 皇辺に 極め尽くして」(20-4465

赤心とは中国由来だけど日本化したとき天皇への赤き心、偽りなき心と変化した
漢字の意味でも日本化すると違ってくる
隠さはぬ・・・というのがふさわしい、この赤さはより寒い時映えるのである

枯木の影が壁に映っている、そして陽もはや落ちようとしてその影は薄れてゆく
まさにそれは老人にも見えるのである

冬はコロナウィルスに関係なく冬籠もるとかの季節である、この季節は何か書き物するとか本読むとか本来は家に籠るのが普通だった、ただ現代は交通の便がいいとか車とかもっているのでそうならなかったのである
第一車とかなければ家に籠り遠くに行けないのである
ということはコロナウィルスで人間本来の生活を見直すということにもなった 

もともと冬は内面化するのに向いている季節である、内に籠もり内面化する
それで抹茶を飲むとか本を読み直すとか何かに対して理解を深める鑑賞を深めるのに向いているのである
だから家に私設図書館が必要になる、古典とかでも本を読み直すのに向いている
ただ読書にしても自分なりに読まなければ身につかないのである

いづれにしろ今年も終わる、家の修理とか家の中を整理するのが手間である
でも何か家というのは老人になると大事になる、なぜなら家にいる時間が長くなる
すると家で快適に過ごすことが大事になる、ただ昔風の家は寒いのである
隙間風とかも入る、風流は寒きものというのも実際は辛くなる
部屋を18度に保つと五年長生きすると書かれたものがあった
やはり温度は体に影響する、最近だから寒いと風呂に入る回数が多くなった
ユニットバスを作ったのが良かった、百万は本当に安かった

ともかく人間の心は相当に汚れるようになった、貧乏になるとどうしても心も曲がる
ただ裕福でも曲がっている人がいる、日本人の心は何か穢れて曲がってしまった
それは金しか見えなくなったからである、あらゆることに金が優先されるからである
それも今食べるものがないとかなるととうにもならない、これから貧乏になるからさらに日本人の心は悪化する

江戸時代でも忠義とかありその時代時代に何かモラルが形成されて社会があった
今は金しかないのである、「金になるか」これしかないのである
相手が苦しんでいても金を第一にする、むしろ相手が弱る時金を要求して責めてくるのである、もうかつての日本人はいない、ただ日々、金、金、金なのである
それで社会が荒廃してしまったし原発事故でもそういう背景があって起きたのである
金のために何か大事なことを売りわたして故郷に住めなくなったのである
ただそんなことでも依然として反省している人はいない

今度はいくら補償金をもらうことまた金を追及している、金まみれになっている
そしてコロナウィルスでもそうである、医師会とかで医療崩壊を言うが金を得るためであり利権のためであり金なしでは動かないというのもそうである
そうしている内に原発事故が起き日本自体が危機的状態に陥るともなる
つまり金だけでは解決しないことが起きて来る、実際に看護師でも一か月50万払うとしてもやる人がいないからである、看護師がやめているからである
だからこの問題は金では解決しないのである、金は必ずしも万能ではない
誰も命がけとなるとしたくないからである、でもそうしなければ日本が滅びるということにまでなる恐怖がある、そういう時金では解決しないのである
もちろん天皇の忠誠とかも過去のものである、天皇が維持できるのかともなっている