2021年01月11日

ワンルームで在宅勤務、もう限界! 一人暮らしの若者たちの悲鳴 (アフターコロナの暮らし)


ワンルームで在宅勤務、もう限界! 一人暮らしの若者たちの悲鳴
(アフターコロナの暮らし)

spacehouse1.jpg



これは同情する、テレワークとなると家が仕事場になる、でも日本では借りる部屋でも狭すぎるのである
知的仕事をするには家が仕事場にするには広い家が必要である
広い家だと仕事場としての部屋、台所、食事する場、居間とかと分れて必要なのである
それから寝室も別に必要である
知的仕事にはさらに書庫とか私設図書館があるといい、ネットで調べものができるが専門的になると良質なものは本で貯えられているからである

私は今まで家族三人で暮らしていた、今は一人である、だから大きな家に一人住んでいるから部屋も七つくらいありそれが全部自分一人で使っている
それで感じたことは家というのは部屋ごとに役割りと機能があると思った
台所は食事を用意するためにありまた居間はくつろぐ場所としてある
そして部屋が変わると気分が変わるのである
ワンルームではそれができない、狭い部屋に閉じ込められて牢獄に入ったような気分になる、すると仕事もはかどらないとなる

今私は今は八畳間があり寝室も八畳間でありか広い、仕事しているパソコンがある部屋は狭いがそれはそれなりに機能している
つまりそれぞれの部屋の用途が違っていて機能している
居間にいるときは何かくつろぐ時である、寝室は眠る場所であり広いからゆったりとして眠りに入れる
そして眠る前に必ず本を読んだり書き物したりもする、その空間が何か本を読むことに適していた、そこで何度も同じ本を読んでいると頭に記憶されやすいことが分かった
それは広い部屋がそういうふう雰囲気を作りイメージが湧きやすいようになっていたのである

そして書庫もありそこでアトランダムに本をとりだして読むと前読んだ本でも引用して今では活用している、つまり仕事場になるとこうして部屋の機能がありそに応じて雰囲気も違っていて気分転換になる
気分が自ずとその部屋によって変わるのである、だから今になると自分はつくづく贅沢していると思った、前は家族三人だったからこういうことがなかったのである
割と狭い部屋にいたからである、家族がみんな死んだ結果大きな家を一人で利用するようになりこうなったのである

家で仕事するとなると家にいる時間が長くなるどうしても家の中で暮らすのだから家が大事になる、また老人はあまり外出しないから家に長くいるから家が大事になると思った
今や旅行でも十年以上していないからである
ずっと家にいてこうして書き物したり創作しているからである
画家だったらアトリエが必要なように仕事するにしても仕事場がないとそういう部屋がないと仕事もすすまないのである
だからこれは大きな問題である、東京のような賃貸の部屋ではそうした大きな家とを借りたり部屋をもてないからだ

ただ田舎だと空家とか多く家一軒を安く借りられる、広い庭つきでも借りられる
隣では二階建てで広い庭があり四万で借りている
その庭は特別広いのである、そういう空家となっているのが田舎では多いのである
だから田舎だとテレワークでもできる家に住むことができる
ただ東京から遠くなるから問題が生まれる、簡単に東京に出ることはできないからだ
それでも郡山市辺りだと新幹線で一時間だともなる
すると私が仙台市に行くより近いともなるのである

とにかくアフターコロナではこうして家で仕事するとなると大きな家が必要になる
もし家族がいたら妻や子供の部屋も必要になる、そうすると大きな家で部屋も七つくらい必要になる、そうなると東京辺りだとそんな家に住むのはむずかしくなる
でも田舎だとそういう家に住むことができる
でも実際は東京周辺に移り住む人が多いというのもわかる、やはり余り東京から会社から離れると仕事しにくいことがあるからとなる

アフターコロナで暮らしが生活形態が変わる、コロナウィルスが終息しても変わりないという時家が大事になる
家が高価だからローンで買うことは馬鹿げている、家は消費すべきものだと言うのもわかる、それは高すぎるからそうなっていたのである
むしろ地方だと田舎だと安くなる、ますます空家でも増える、それでリホームして住める東京から離れて住んでも仕事ができるとなると地方の活性化にもなる
少子高齢化で地方は衰退してゆくからである、東京から分散して住むことは地方を活性化するとなる

ただそれでも地方といっても地方都市に人が集まる、東北だったら仙台市とかである
そういう都会に人が集中することは止められない、震災以後、原発事故以後、仙台市に人が移り集まったようになる
どうしても現代はそうなりやすい、便利な場所に住みたいとなる
でも都会で広い家をもつことはむずかしいのである
地方分散移住にしてもやはり東京から千葉とか神奈川とか埼玉になっている
そこはすでに東京圏だからである、通勤圏内だからである

コロナウィルスがこうして生活形態まで変えてしまうのは驚きである
それも世界的に変わる、それがすべて悪いとはならない、かえって人が分散して住みよい社会ともなる、東京一極集中が止まるともなるからだ
会社に通わずに家で仕事できることは大きな変化になる
ただその用意ができていてなから戸惑うとなっている


読書の方法はまず記憶させること
(場所を変えて何度も読むーページを飛ばして読んでもいい)
posted by 天華 at 19:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

商業の歴史をふりかえる (商業は政治力となる軍事力があって成り立つ―グロ−バル経済も同じ)


商業の歴史をふりかえる

(商業は政治力となる軍事力があって成り立つ―グロ−バル経済も同じ)


経済という時、例えば商業の歴史も牧畜とか農業があるとするとそれと同じように古い
人間の歴史がはじまって以来商業は貿易ははじまっていた
なぜならある地域だけであらゆるものがあるわけでもない、また生産もできない
だから自ずと貿易が起こり物々交換も起こる、貿易は何かと交換することである
それで物々交換となるとめんどうだから必然的に貨幣が生まれたのが人間の歴史である
宝貝というのは珍しいから貨幣になった歴史があり漢字で貨幣とか財とかに貝の字が使われたのはそのためである、つまりそれだけ貨幣の歴史が古いのである
それはどうしても人間は一地域だけだと限られた物しか得られないからそうなった
縄文時代ですら貿易があった
ヒスイが発見されているからだ、それは日本海側の糸魚川からとれたものであり
青森の三内遺跡から発見された、つまりそういう遠くからも運ばれていたのである
すでに貿易があったという証拠になる

第一聖書にも記されている神との契約というとき商業がなければその言葉もありえない、商業には契約が欠かせないからである、するとそれだけ商業の歴史が古いということである、契約の虹というのもそうである
そして商業は交通と密接に関係している、遠くに行くとなると交通が発達しなければできないからだ、それで砂漠とか平原とか草原とか川とか海が交通路になり商業が発達した
そこは自然の交通路になっていたからである
日本では山が多いからそれが障害となり交通が妨げられて商業が盛んにならなかったともなる
そしてそういう草原と砂漠とかは遊牧民がいて移動して暮らしていたのである
すると遊牧民は自ずと商業民族となるというのもわかる
それで遊牧民が航海民になった、地中海のフィニキア人は遊牧民だったというのもイメージしやすいのである

歴史家ヘロドトスは、その著書「歴史」の序文で「ペルシア側の学者の説では、争いの因をなしたのはフェニキア人であったという。それによれは、フェニキア人は、いわゆる紅海からこちらの海に渡って来て、現在も彼らの住んでいる場所に定住するや、たちまち遠洋航海にのりだして、エジプトやアッシリアの貨物を運んでは各地を回ったがアルゴスにも来たという。」

紀元前11世紀にはテュロスはイスラエル王のダビデと友好関係を結び、紀元前10世紀にテュロス王のヒラムはイスラエル王のソロモンと共同で紅海の貿易に進出する[7]。紀元前9世紀にはテュロスを中心にフェニキアの貿易網が栄え、その様子は旧約聖書のエゼキエル書に記されている

finicia1.jpg




これだけ古いのである、ソロモンの栄華というときまさに貿易があった商業が盛んになっていたからだとなる、、テュロスは今のシリアでありイスラエルの隣なのである
誤解しているのはイスラエルは半分は砂漠であり商業の国でもあった
だからラクダとともに泊まる宿がある、交易の国でもあった
イスラエルは遊牧民の国であり農業の国ではない、農業はイスラエルが建国して砂漠を畑とか果樹園に変えたのである
そもそも砂漠は遊牧民の世界であり自ずと商業が発達する
その延長として海が交通路になるのは自然だとなる、この辺が地理的に理解しにくいのである、私は実地にイスラエルに行って理解したのである
地理は実地にその場所に立たないとわからない、そのイスラエルからギリシャに船で渡った、それはまさにフェニキア人と同じだったとなる
途中船はキプロスに寄り6時間くらい停泊したのでそこで買ったのがイギリスのコインだったというのもそこはイギリス領に一時なっていたからである

いづれにしろ商業は人間の歴史がはじまるとともにあった、日本の縄文時代でもあった
ヒスイが青森の三内遺跡に日本海から運ばれた、日本海は冬をのぞいて穏やかだから交通路になったためである、太平洋洋側は海が荒いから交通路になりにくくかった

斉明天皇4年(658年)4月に船軍180隻を率いて蝦夷を討ち、飽田・渟代二郡の蝦夷を降伏させる。降伏した蝦夷の酋長・恩荷に小乙上の冠位を与えるとともに、渟代・津軽二郡の郡領に定めた。

飽田・渟代(秋田、能代)となっている、つまり日本海側の歴史はそれだけ古いということになる

ともかく経済を理解する時、商業とか貿易でもこれだけ古い、そこで必然的に交換の道具として貨幣も生れた、聖書でもキリストが神殿で商いの場所にするなと起こった時、神聖な場所が商売で汚されていたからだとなりまたそれだけ商売が盛んになっていたからである
その商業か貿易が盛んになることは必ず経済戦争に発展する
川が交通路になるとその通行のために税金をとるとかなったりする
それで戦争になったりもする、それは現代のグロ−バル経済になってもそうである
米中の覇権争いとなるのはそのためである、商業には政治と軍隊がからんでくるのである商業から戦争が起こり安いのである

商業でも貿易でも本来悪いことではない、貿易して富が増大することである
互いに利益を得ることである、でもそれも全面的にいいものとはならないのが人間の歴史だったのである、それは富の奪い合いとかなり戦争の原因になったからである
まさにグロ−バル経済というのもそうである
それが一見いいように見えても実際は必ず争いになる、富をめぐる争いになる
それが米中の対立となる、政治がからんできて政治とはまた軍事力となりその力で商業の利益を得るとなるからだ

すべての道がローマに通じるというときすべての富がローマに集まるという意味にもなる今ならすべての富がアメリカに集まるともなる、だからドルが世界で通用する
そのドルが世界の基軸通貨共通貨幣になっているのはアメリカが覇権国であるからである第一ドルでなければ石油も買えないのである
それに中国とかが反発するものわかる、そこで対立して戦争までになる

商業の発展には交通が基本にある、だから常に移動して暮らしていた遊牧民は自ずから商業民族にもなる、そして商業は貿易は必ず他国を通る時、盗賊に襲われる
それから守るために軍事力が必要になる、安全が保証されないとできないのである
それで政治力と軍事力が必要になる、また関税が生まれるのもそのためである
それは安全を保証するのものでありやむをえないとなる
だからローマ帝国でもすべての道はローマに通じるというときその帝国内では安全に商業もできるとなった、そして富がローマに集まったのである
モンゴル帝国でもそうである、あれだけ広い地域を治めたと安全に商業を貿易ができるようになり貿易が発展したとなる

第5代皇帝クビライによって元が成立すると、1260年(中統元年)に諸路通行中統元宝交鈔(中統鈔)が7万3千錠(365万貫)発行されて通貨が統一された

中統鈔の材料は桑の樹皮であり、繊維状にした内皮にニカワを混ぜて薄くのばして縦長に裁断し、銅版画で印刷して皇帝の御璽を押印した。中統鈔には皇帝の権威を表す龍や銅貨の図柄、額面金額、発行所、発行所の役人の名前、製造所、そして偽造者を惨殺刑とする文言が印刷された

貨幣が紙幣ともなり統一されたのはモンゴル帝国が成立したからである
それはアメリカ帝国が成立したと同じである、こうみると歴史は繰り返されている
ドルが世界の基軸通貨となったのはアメリカ帝国が成立しているからである
でもその覇権が奪われると中国が新しい通貨を発行して世界を支配するとなる
つまり経済の上に政治力があり軍事力が関係している、それは変わらないのである
つまり民主主義だとか自由経済だとか言っても結局その上に現実的な力として政治力があり政治の力の背後には軍事力があるとなる、だから人間の歴史は本質的に変わりがなく
同じようなことをカルマとして繰り返しているとなる
グロ−バル経済は一見自由であり公平にみえてもそうではない、やはり政治力とその背後に軍事力があって成り立っているのである

posted by 天華 at 10:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題